2011年10月30日日曜日

向田邦子没後30年 鴨下信一さんが選ぶ本

■生活への美意識で虚飾を撃つ

 こんなに何事も忘れやすい世の中で、奇跡のように人々は向田邦子を忘れなかった。飛行機事故で逝って30年。本は、いまだ盛んに読まれている。
 世評の最も高いのはエッセーで、無類の記憶力で描いた昭和戦前の中流家庭の生活、家族のぬくもりは『父の詫(わ)び状』(文春文庫・530円)に収められている。しかし、この本は遠景に置いておこう。今となっては理想の〈平均的日本人の家庭〉に育った彼女は、そこから何を得て成人したのか。それは、昔はどこにでもあった〈生活の美感・美意識〉だったと思う。
 その美感、美意識で彼女は現在の日本人の虚飾、思い上がり、自己満足、一点豪華主義のような卑しさを撃った。たいていは週刊誌連載のために書いたものだが、決して低レベルではない。中でも最も辛辣(しんらつ)な「黒髪」「拾う人」「特別」などは『無名仮名人名簿』に収められている。

■“人間通”に磨き
 こうしたエッセーを書くことで“人間通”に磨きをかけ、小説を書きはじめる。
 小説となると本を選ぶのが難しい。「かわうそ」は屈指の短編で、直木賞受賞の主な理由はこれだろう。『思い出トランプ』(新潮文庫・420円)に収録されている。ただ、次席のものがこの本の中には見当たらない。独断では「鮒(ふな)」がいいが、これは『男(お)どき女(め)どき』(新潮文庫・380円)に入っている。この作品の結末は傑作だ。
 ここでは『隣(とな)りの女』を挙げる。「春が来た」が入っているからだ。
 ゆき遅れのOLがあまり素性を知らない男と知り合い、彼は家に訪ねてくるようになる。暗いことばかりだった家庭が明るくなって、皆が生き生きしてくる。母は本当に若返ってきれいになった。しかし彼は家に来なくなり、母は突然死ぬ——それだけの短編だが、まるで神話のようだ。亡くなった久世光彦やぼくのような彼女の周囲の演出家は不思議とこれが好きで、何回もドラマ化している。「寓意性(ぐういせい)と神話性」が向田邦子の小説の特色だろう。
 もっと大きな特色は〈笑いとユーモア〉で、何に限らず彼女の作品にはこれがある。「春が来た」の母娘の会話なども抱腹絶倒だ。『寺内貫太郎一家』(新潮文庫・460円)をはじめとするテレビドラマで彼女が人気を得たのも当然だろう。
 〈性〉の追求も特色のひとつ。大胆にも彼女はそれを、制約の多いテレビで試みた。ノベライズでもいい『あ・うん』などを入り口にして最後期の『阿修羅のごとく』(文春文庫・660円)『幸福』(岩波現代文庫・1155円)などに触れていただきたい。

■家族の形を予言
 また、彼女は〈今の家庭以外に、人は心を癒やされる場所を持ってはいけないのか〉と常識的な道徳を外れた生き方をドラマの中で示唆しながら〈家庭の形はそのままにはゆかないだろう〉と予言的に答えている。これだけでも家庭・家族観が単にノスタルジックなものでないことがわかる。家庭の崩壊を見据えながら〈それでも人は絆だけは求めるものだ、たとえその形態がどんなに変わろうとも〉。その意味で家族は続く、彼女はそういっているのだ。
 ◇かもした・しんいち 35年生まれ。演出家。TBSで、多くのテレビドラマの演出をした。向田邦子とは「寺内貫太郎一家」などでコンビを組んだ。著書に『名文探偵、向田邦子の謎を解く』(いそっぷ社・1680円)。

2011年10月23日日曜日

熟議民主主義とは 田村哲樹さんが選ぶ本

■話し合いで作られる意見

 熟議民主主義という言葉を見る機会が増えた。熟議民主主義とは、単に多数決で決めることでも、利益誘導政治でもない。各自の要求や利益は、話し合いを通じてその内容を吟味される過程で変化していく。その結果生まれる意見や決定は、よりよいものに、あるいは、より広く受け入れられるものになる。これが熟議民主主義である。
 「熟議の国会」という言葉もあるが、熟議民主主義への関心の多くは、一般市民による熟議にある。市民討議会や討論型世論調査と呼ばれるものが、その典型である。熟議で形成された市民の意見を届けることで、議会での決定がよりよいものになるという考えは、ユルゲン・ハーバーマス『事実性と妥当性』において提示された。篠原一『市民の政治学』は、ハーバーマスの考えをわかりやすく説明するとともに、現代社会の歴史的変容が市民社会における政治の拡大をもたらし、市民の熟議を求めることを論じている。

■参加をどう実現
 しかし、市民の熟議は、もちろん万能ではない。ジェイムズ・S・フィシュキン『人々の声が響き合うとき』(早川書房・2730円)は、民主主義の三原理として、熟議、政治的平等、政治参加を挙げ、いかなる民主主義の理論も、この三つをすべて満たすことはできないと言う。市民の熟議の場合、熟議と平等を満たすことはできるが、参加の原理を厳密には満たすことはできない。ある程度の参加は達成できるが、それはあくまで「ある程度」なのである。
 この難点を少しでも解消するためには、熟議をできるだけ多くの場所で行うことが大切となる。フィシュキンは、討論型世論調査に加えて、「熟議の日」という大胆な提案も行っている。これは、国政選挙前に祝日を設け、全有権者に各地域の討論会への参加を奨励するものである。他方、ジュヌヴィエーヴ・フジ・ジョンソン『核廃棄物と熟議民主主義』(新泉社・2940円)は、現在と将来の市民に深刻な影響を及ぼす政策の形成に様々なタイプの人々を包摂するには、様々なタイプの公開討論会を連続的に組織することが大切と説く。

■民主主義と余暇
 だが、討論会だけではなく、職場、地域、学校、家族などを民主主義の場所としてとらえ返すことも大切である。そこで起こる日々の諸問題もまた、そこに生きる人々の熟議によって対応・解決されるべき問題だからである。討論会だけが熟議民主主義というわけではない。
 そのために必要なことの一つは、対話の仕方を身につけることである。北川達夫・平田オリザ『ニッポンには対話がない』は、教育を主題として、対話とは何か、それをどうやって身につけていくことができるのかを簡明に伝える。もう一つは時間である。ベンジャミン・R・バーバー『〈私たち〉の場所』(慶応義塾大学出版会・2625円)は、民主主義にとって余暇がいかに大切かを教えてくれる。市民の熟議を考えることは、現在の社会の「忙しさ」を見直すこととセットでなければならない。
 最後に、熟議民主主義批判として、それが意見対立の重要性を軽視しているとするシャンタル・ムフ『民主主義の逆説』(以文社・2625円)を挙げておこう。熟議民主主義とは何かもまた、熟議の中で常に問い直されるべきと思うからである。
 ◇たむら・てつき 70年生まれ。著書に『熟議の理由』『語る 熟議/対話の政治学』など。

2011年10月16日日曜日

きのこの季節だ! 飯沢耕太郎さんが選ぶ本

■文学も音楽もすべて学べる

 秋はきのこのシーズン。そろそろ全国各地で、きのこ狩りの話題が聞こえてくるようになった。松茸(まつたけ)やしめじの味を楽しむのもよいが、ぜひ「書棚のきのこ狩り」の面白さも知っていただきたい。というのは、秋になるときのこをテーマにした本の出版も活気づいてくるからだ。

■文化的にも注目
 これまで「きのこ本」といえば、「毒きのこと食用きのこの見分け方」といった実用書か、生物学や生態学の観点から見た研究書が中心だったのではないかと思う。だがここ数年、きのこを文学、アート、ファッションといったカルチャー的な側面で取り上げた本がどんどん増えてきている。
 「きのこライター」を名乗って精力的に活動している堀博美の『きのこる』もそんな一冊。全111項目にわたって「きのこの基礎知識」から「きのこと世界の民族」まで、ありとあらゆる話題を網羅している。これを読破すれば、あなたも「きのこ博士」として尊敬されることは間違いない。

■身近にも「王国」
 グラフィック・デザインを本業とする鈴木安一郎の『きのこのほん』は、一見普通のきのこ写真集だ。だが、これら色とりどり、多種多様なきのこたちが、すべて彼が居を構える富士山麓(さんろく)一帯で撮影されたということに驚かされる。奇跡のような「きのこの王国」がわれわれのごく身近な場所にも存在している。その驚きを共有したいという鈴木の思いが伝わってくる。
 ウェブデザイナー、アーティストとして活動する、とよ田キノ子が監修した『乙女の玉手箱シリーズ きのこ』も楽しい本だ。きのこの魅力に取りつかれてとうとう「キノ子」と名乗るようになってしまった彼女は、世界中のきのこグッズをコレクションしている。それらがたっぷり紹介されているページをめくっているだけで、幸せな気分になってくる。きのこの形をしたベンチやシェルターのある「きのこ公園」など、必見の「きのこスポット」を紹介したページも役に立ちそうだ。
 このような「文科系きのこ本」の走りといえるのが、京都大学の数学教授で、洒脱(しゃだつ)なエッセイでも知られた森毅が編集した『キノコの不思議』(光文社文庫、品切れ)だ。中井英夫、水木しげる、種村季弘、白土三平など錚々(そうそう)たる面々がきのこの魅力をさまざまな角度から論じるエッセイや漫画を寄せている。圧巻は手塚治虫の珍しい小説「妖蕈譚(ようじんたん)」。僕はこれを読んで、あの奇妙なキャラクター、ヒョウタンツギがきのこの一種であることをはじめて知った。
 『キノコの不思議』にも素晴らしいきのこ画を掲載している画家の小林路子には『森のきのこ採り』(白日社・1890円)というエッセイ集がある。「一年のスケジュールをきのこ採り中心にセット」しているという彼女の、楽しくも物狂おしい日々が綴(つづ)られている。
 「きのこ狂い」といえば、現代音楽作曲家のジョン・ケージにとどめをさす。その彼の文章を集成した小沼純一編の『ジョン・ケージ著作選』(ちくま学芸文庫・1155円)には「音楽愛好家の野外採集の友」というエッセイがおさめられている。「人が茸(きのこ)に熱中することによって、音楽についての多くを学ぶことができる」。いや、音楽だけではなく文学も絵画も映画も、すべてがきのこから学べると主張したい。
 ◇いいざわ・こうたろう 54年生まれ。『きのこ文学大全』など、きのこにかかわる編著書多数。近著に『きのこのチカラ』(マガジンハウス)。

2011年10月9日日曜日

辛亥革命100年 丸川哲史さんが選ぶ本

■孫文の冷静なリアリズム 辛亥革命という歴史的事業の意義を日本の側からアプローチするとすれば、これに日本人が積極的に関与した史事から出発するのも悪くない。保阪正康『孫文の辛亥革命を助けた日本人』は、宮崎滔天や山田良政・純三郎兄弟などがいかに献身的に中国の革命に関わったかを分かりやすく叙述している。
 興味深いのは、孫文を慕う日本人側のややロマン主義的な行動の傾向に比して、孫文自身は革命にかかわっては冷静なリアリズムを体得していたことである。本書は日本人の側の行動に、明治維新(また自由民権運動)の理想が日本では実現しづらくなっていたことへの代償行為を読みとっており、興味深い。
 ただし日本側からのアプローチだけでは、やはり限界があるだろう。お薦めは『新編 原典中国近代思想史 3「民族と国家 辛亥革命」』である。ここには孫文だけでなく、他の中国人革命家の当時の言葉も多く収録されている。辛亥革命を推進した主体として、孫文などの広東グループ(興中会)だけでなく、湖南派(華興会)、浙江派(光復会)など複数の潮流がかかわっていた。
■国民国家と天下
 これら諸潮流には様々な対立点があるが、たとえば省の独立(維持)に比重を多くかける傾向と、中央政治を握ることを優先する傾向の対立点があった。またどういった社会階層を国造りの主導的勢力と認定するのかについても分岐があり、さらには孫文のように欧米や日本の援助に頼るやり方への批判なども潜在していた。いずれにせよ、中国近代革命一般を読み解く上でも決定的な諸論点である。
 その上でご紹介したいのが、溝口雄三『中国の衝撃』に収められた「再考・辛亥革命」及びその他の論文である。溝口は辛亥革命を観察する際には、西洋からの影響(インパクト)よりも、国民国家よりも広い「天下」概念(王朝交代の歴史空間)の潜在性を重視すべきであるとし、辛亥革命には独自のサイクルとして「集権—分権—集権」が表現されたと述べている。
 もとより溝口には、中国の近代化はもともとから中国社会が持っていた「基体」がまるで蛇が脱皮するように自身を革新していくプロセスとしてある、という独自の中国観があった。この考え方は、今日の「中国の台頭」を観察する上でも有効なのではないかと思う。
■日本人への問い
 最後に。冒頭に紹介した『孫文の辛亥革命を助けた日本人』には、後に日本が中国侵略に傾いたことに鑑み、「辛亥革命に協力した日本人のいく人かがもっていた、あの道義や正義はなぜ生かされなかったのだろう」という問いかけがある。その答えは台湾史研究者・戴國キの『戴國キ著作選1 客家・華僑・台湾・中国』(創英社/三省堂書店・2940円)の論文「連帯とチョッカイ—一幅の掛軸から—」に記されている。
 この中で戴は、辛亥革命に反対する徳富蘇峰と激しく対立しそれを擁護した中野正剛が後に満州事変を全面的に支持する要因を探る中で、中野が理念として「民権運動を守れなかった」と指摘し、また日本人のアジアへの関わり方として「日本国内の問題を自覚することなく、まして解決できなくて新たな用語“連帯”を叫ぶ」ことの問題性を指摘していた(そこには、日本人の好意に甘えた自分たちの側の反省も含まれている)。戴の主張は今日でも当てはまるかもしれない。
 ◇まるかわ・てつし 明治大学教授(東アジア文化論) 63年生まれ。著書に『日中一〇〇年史』『台湾ナショナリズム』など。

2011年10月2日日曜日

ノーベル賞とは何か 辻篤子が選ぶ本

■威光をめぐる人間ドラマ

 ノーベル賞の季節がやってきた。明日の医学生理学賞を皮切りに、各賞の発表が続く。昨年は日本人2人の化学賞受賞で沸いた。今年はどうだろう。
 ダイナマイト王ノーベルが遺言に賞の創設を記したのは19世紀のことだ。1901年の第1回以来、21世紀の今も権威を保ち、世界中で注目される。
 とりわけ、自然科学の世界では、最高の栄誉だ。すぐれた研究者に資金の心配なく研究に打ち込んでほしい、というのがノーベルの願いだったようだが、受賞者は多忙になってそうもいかない。賞のたぐいまれな成功の皮肉な結果ともいえる。
 そんなノーベル賞だが、選考書類が50年間公開されず、またノーベル財団が多くを語らないこともあって、どこか謎に包まれた存在であることも事実だ。
 『ノーベル賞の百年』は、そのノーベル財団が100周年を記念して世界各地で開いた巡回展の図録をもとにしているが、同時に、賞の成り立ちや意義を知る格好の読み物でもある。
 日本版では、北里柴三郎ら科学者だけでなく、平和賞の渋沢栄一ら数多くの人が推薦されていたこと、また、物理学者の長岡半太郎の科学に対する厳しい姿勢をうかがわせる推薦書なども紹介されており、興味深い。
 賞が成功した大きな理由は賞金額と国際性とし、平和賞を贈るのがノルウェー、それ以外はスウェーデンと、決して強国ではないことも公明正大さへの評価を高めた、と分析している。

■選考の謎に迫る
 ここでは語られない選考過程の謎に、ハンガリーの化学者が受賞者を含む多くの科学者のインタビューをもとに迫ったのが『ノーベル賞 その栄光と真実』だ。受賞者はどう選ばれたのか、彼らはどう育ち、どう成果を得たのかを追っている。
 業績は十分値するのに受賞しなかった多くの人々についても1章を割いている。ノーベル賞に銀メダルや次点はなく、まさに1か0の世界だ。その差はあまりに大きく、もれた人に一抹の寂しさを感じるという。
 そして、ノーベル賞の栄誉を受けるのはごく限られた分野の、ごく少数の幸運な科学者であることを考えれば、ノーベル賞をもとに科学史をまとめ上げることはできない、とする。

■激しい競争描く
 一方、賞の威光は科学者をときに激しい競争に走らせる。N・ウェイド著『ノーベル賞の決闘』(岩波書店・品切れ)は「競争意識のある極端な例」を描きつつ、賞によって、功績がチームのリーダー1人に帰せられがちな問題点も指摘する。
 いかにライバルを出し抜いたか、受賞者本人が堂々と語っているのが『二重らせん』だ。DNAの二重らせん構造発見は、現在の生命科学の基礎を築いた20世紀最大ともいわれる成果である。多くの科学者が協力しつつ競い合う、科学的発見のプロセスを生々しく伝える。
 結局は、科学も、科学者という人間の営みなのだ。
 ノーベル賞は、そんな科学への関心を喚起する大きな役割を果たしてきた。この10年、相次いだ日本人受賞者が研究や人生を振り返った著書は、科学をより身近に感じさせてくれる。
 化学賞の白川英樹さんや田中耕一さんは、失敗を見逃さなかったことが発見につながった。物理学賞の小柴昌俊さんの試行錯誤も、大発見への道は決して平坦(へいたん)ではないと、ごく当たり前のことを教えてくれる。
 受賞者の功績を称(たた)えつつ、その背後にある科学という営みの広がりに思いをはせる。ノーベル賞とのそんなつきあい方が大切ということだろう。

2011年9月25日日曜日

数学本を読む 川端裕人さんが選ぶ本

■「憧憬」と「忌避」のあいだで 一般向けの数学書が、小さなブームだという。都内幾つかの大手書店で、平台陳列されているのを確認した。高等数学をかみ砕いて伝えるもの、中高の数学に再入門するもの、日常に密着した数学を詳述したもの、数学者評伝等、様々な系統がある。
 なぜ数学なのか。「数字は苦手!」と忌避する人が沢山(たくさん)いる中、数学にあらがいがたい憧憬(しょうけい)を抱く人も多いのかもしれない。ぼく自身そうだ。
■世界で最も確実
 数学的に証明されたことは、真理と言って良いという事実は格別に感じる。他の自然科学では、確からしく思えた説が別の説に乗り越えられることが常にありうる。その点、数学の進歩は人類の知的到達点であり、世界で最も確実なものだ。宇宙が数学的に記述でき、日常生活も数学なしには成り立たない現実を知るとさらに憧憬は深くなる。
 数学関連書を読むたび、思いを新たにする。『数学ガール』は、シリーズを通して「憧憬」を十全に表現してきた。素人に「フェルマーの最終定理」「ゲーデルの不完全性定理」といった高等数学の世界を垣間見させてくれるのも凄(すご)い。
 もっとも、高校までに習う数学すら、掘り下げれば予想もしない深みへと至る。『虚数の情緒』は、虚数という不思議な数をめぐり物理学まで見晴らす。熱い筆致で描かれる「想像上の数」i(虚数単位)が、まさに想像を超えて我々の日常に密着する様に驚かされる。
■かけ算に順序?
 日常と数学という括(くく)りなら『面白くて眠れなくなる数学』が読みやすい。クレジットカードにどんな数学が使われているのか? iPodで音楽を聞ける原理は? といった話題が満載で、我々の生活と数学が切っても切れないことを示す。
 数学一般書が「売れる」我々の社会は、数学的な思考に長(た)けているのか。実は心許(こころもと)ない。「憧憬」の前に「忌避」が立ちはだかり、数学嫌いの方が多いのではないか。高橋誠著『かけ算には順序があるのか』(岩波書店・1260円)を読むと、遠因のひとつは小学校教育かも、と感じた。「6人に4個ずつミカンを配ると……」という問題で「6×4=24」はバツ。「(1つ分の数)×(いくつ分)」と書くのが正しく「4×6=24」が正解。
 指導要領で決まっているわけではないが、教員が参照する指導書で強調されており「かけ算には正しい順序がある」と信じている小学校教員は多そうだ。児童が信じたまま大人になることも。証券会社の社員が「1株61万円」を「1円で61万株」と誤発注したいつぞやの事件も「正しい順序」にこだわるあまり混乱した、という説がある。
 本書では歴史や海外の事例をひき、「順序」が日本の小学校独特のものと明らかにする(つまり「正しい順序」はない)。とすると、導入時の教授法としてはともかく、いつまでも「順序」に拘(こだわ)るのはまずいのでは?
 中学に入ると抽象的な数学世界へいざなわれる。「順序」は問題にされない。しかし、直前まで「6×4は6個が4皿」「4×6は4個が6皿」と順序と意味に執着して教えられていたらどうか。具体物との対応を重視する算数から抽象的な数学へ、飛翔(ひしょう)するための助走路がない。「憧憬」に至る前に「忌避」に傾く人を増やしていないか。この懸念はうがちすぎだろうか。
 ◇かわばた・ひろと 作家 1964年生まれ。著書に『算数宇宙の冒険』『ギャングエイジ』など。

2011年9月18日日曜日

総理大臣とは何か 苅部直さんが選ぶ本

■孤独な首相官邸の現実
 まずは最近出た本から、平田オリザ・松井孝治『総理の原稿』をひもといてみよう。鳩山由紀夫首相(当時)のもと、内閣官房副長官・参与として演説の起草にあたった2人の証言録である。
 自民党がかつて作りあげた旧来の政権のスタイルを刷新し、首相と国民との間に新しい対話の回路をきりひらくこと。鳩山政権そのものに関する評価はともかくとして、そうした2人の努力は大事な意味をもっているだろう。そして同時に浮かびあがるのは、現行の制度のもとで首相官邸が置かれている孤独な状況である。「あとがき」で松井孝治は、それを自動操縦の飛行機で操縦席に座るパイロットにたとえている。
 従来ならば首相の国会演説は、各省庁から上がってくる成案を貼りあわせ、全体を調整すればできあがりであった。しかし、内閣主導でそれを一から作ろうとすると、それを十分にしあげられる人員も組織も、官邸には乏しいという現実にぶつかってしまう。
■一元化への努力
 行政官庁の縦割り組織に対し、首相が指導力をふるって決定を一元化する。そういうかけ声を口にするのは簡単だが、戦後政治の長い慣行をへて定着した構造を変えるには、まださまざまな試行錯誤が必要なのである。その努力の指針を、飯尾潤『日本の統治構造』が示している。
 これまでの、閣僚が各省庁の利益代表としてふるまう「官僚内閣制」ではなく、内閣自体において統合された政策を実現する、本当の意味での議院内閣制。そうした内閣を主導する首相の権力を制度において確立する努力が、今後しばらくは続くことと思われる。
 だが、「官僚内閣制」の問題は明治憲法の時代から由来するものでもあるし、それを打ち破ろうとする試みは戦前にすでにあった。そうした歴史上の沿革を知るには、御厨貴編『歴代首相物語』(新書館・2100円)が役にたつだろう。実は当方も書いている本だから拙稿は除外するとして、現在の政治にとらわれていると思いつかないような示唆を、明治時代以来の首相たちのプロフィルから得られるはずである。
 また制度はどうあれ、政権運営がどのようなものになるかは、結局のところ首相自身の個性に左右されるところも大きい。総理大臣の座についたあと、どのように状況を眺め、どんなきっかけで決断を下すのか。そのさいに誰に相談するのか。そうした首相の日常を詳しく伝える本として、細川護熙元首相の在任時代の日記である『内訟録』を、最後に紹介しておこう。
■個性発揮を期待
 これを読むと、首相の多忙さと孤軍奮闘ぶりに驚いてしまう。華やかな演説や外交の舞台に出る機会はごく一部で、続出する課題に対応するため多くの人と交渉する作業に、時間の大半が費やされる。首相が短い期間で交代することがよく批判されるが、辞めていったご当人たちは、心のどこかで「いっぺん首相をやってみてから悪口を言ってほしい」と思っているのではないだろうか。
 大震災などの事件がなかったとしても、総理大臣をめぐる課題はきわめて多い。新しい首相が苛酷(かこく)な業務をこなしつつ、いかに個性を発揮できるか。期待して見守っていたい。
 ◇かるべ・ただし 東京大学教授(日本政治思想史) 65年生まれ。『丸山眞男』でサントリー学芸賞、『鏡のなかの薄明』で毎日書評賞受賞。

2011年9月11日日曜日

9・11から10年 岩崎稔さんが選ぶ本

■哀悼の意味を根底から再考
 もう十年が経つ。確かに、それは鮮烈な光景だった。あの日、テレビ画面には、激しく煙をあげている超高層ビルが朝の光のなかに浮かんでいた。ほどなく一機の航空機がもうひとつのビルに激突して爆発する。最後には、ふたつのビルが法外な粉塵(ふんじん)を巻いて崩れ落ちていった。
 事件後、ほとんどあらゆる総合雑誌が特集を組み、緊急出版もあいついだ。乱雑に散らかるわたしの書架にも、関連する雑誌や書籍が溢(あふ)れている。藤原帰一編『テロ後 世界はどう変わったか』(岩波新書・819円)は、雑誌「世界」に掲載された坂本義和や西谷修らの論文をまとめたものだが、事件から受けたショックを思い出すには好適な一冊だ。テッサ・モーリス・スズキ『自由を耐え忍ぶ』(岩波書店・品切れ)には視野を一気に広げられた記憶がある。事件が世界中の知識人に引き起こした反応については、中山元『新しい戦争? 9・11テロ事件と思想』(冬弓舎・1050円)が、コンパクトな作りながら、今では索引としても貴重だ。
■非対称のなかで
 9・11の死者は特別な存在に仕立てあげられ、そこには無限の情動が渦巻いているのに、これに対する報復として始められた戦争の、数十倍になる死者には不気味なほどに鈍感な反応しかない。価値のある死者と無価値な死者がいるかのように。そんな非対称のなかで、9・11の死者を哀悼するひとびとの心情を尊重しながらも、そこに他の死者たちに対する感受性を回復させる難しい試みをジュディス・バトラー『生のあやうさ 哀悼と暴力の政治学』が行っている。「悲しみの階層化」に対するバトラーの丁寧な批判は、哀悼することの意味を根底から考え直す哲学的思索である。
 文学にも達成がある。「コレクション 戦争と文学」の第4巻『9・11 変容する戦争』を通読すると、日本語で書かれた文学作品にもこれだけの厚みがあったのかと、あらためて驚く。事件当時の困惑を書いたリービ英雄の「千々にくだけて」など、宙づりの感受性も興味深いが、池澤夏樹の「イラクの小さな橋を渡って」や故米原万里の「バグダッドの靴磨き」などの作品は、9・11の最初の光景から見えない領域を開いている。
 出来事をアメリカや西側世界からではなく、その反対側の普通のひとたちの皮膚感覚で捉える機会は大切だ。リバーベンドという仮名のブログを翻訳した『バクダッド・バーニング イラク女性の占領下日記』とその続編『いま、イラクを生きる バグダッド・バーニング2』(アートン・1470円)は傑出している。といっても、何か特別な人物が、特別な立場から糾弾するのではない。たまたま英語が堪能なひとりの知的な女性が、持ち前の柔軟な感性と諧謔(かいぎゃく)によって、身のまわりで起きている欺瞞(ぎまん)と残虐をつぶさに報告している。そのひとつひとつが、わたしたちのステレオタイプを打ち壊し、世界で起こっていることが、支配者たちが取り繕っているものといかにかけ離れた現実であるのかを教えてくれる。
■映像の呪縛離れ
 強烈なイメージは、同時に多くを隠した。この十年を振り返ってみると、それは少しずつツインタワーの映像の呪縛から離れ、直後にわき上がった偏狭な憎悪や健忘症を、もっと複雑な歴史と記憶の文脈のなかで考え直す能力を鍛える過程であったと思う。
 ◇いわさき・みのる 東京外国語大教授(哲学・政治思想) 56年生まれ。共著に『21世紀を生き抜くためのブックガイド』など。

2011年9月4日日曜日

梅棹忠夫再読 加藤秀俊さんが選ぶ本

■学者としての業績に目を
 梅棹忠夫さんが亡くなって1年がすぎた。それを追憶する書物がいくつも編纂(へんさん)され、『知的生産の技術』や『文明の生態史観』などの旧著も版を重ねてきたようである。後輩の一人として、まことにうれしいことだ。
 だが、わたしからみて、いささか残念なのは梅棹さんへの評価が右にあげた2冊をはじめとするベストセラーに集中する傾向があり、かれの学者としての業績があまり知られてこなかったことだ。梅棹さんは確かにその鋭敏な目で時代を読む稀有(けう)の才能で世間をうならせたが、本来の研究者としてのすぐれた著作が忘れられがちなのである。
 だから、といって数式だらけの学術論文や調査資料を読むのがいい、というわけではない。まず、「わかりやすさ」を主義とした梅棹さんには、その専門をだれにでもわかるように書いた『生態学入門』という文庫本がある。これは本人がいう学生時代からの「長年の盟友」吉良竜夫さん(本年7月逝去)との共編。執筆者には中学生のころからの同級生、川喜田二郎さんもいて、交友のこまやかさがよくわかるし、これほど簡潔にわかりやすく「生態学」という学問を紹介してくれる本はめったにない。いまのところ品切れだけれど、古書店でも100円ほどで簡単に手に入る。あまり苦労せずに見つかるだろう。
■共同作業の名人
 梅棹さんは理学部動物学科の出身だったから「理学博士」。だが、かれは実験室的科学でなくフィールド・ワークの道をえらび、民族学、人類学にその関心をひろげた。そしてアフガンを舞台に『モゴール族探検記』を書いた。『梅棹忠夫著作集』のなかには600ページにおよぶ「中洋の国ぐに」という一冊があるが、この新書は「東洋」でもなく「西洋」でもない「中洋」の発見につながる重大な記録である。
 探検という作業は単独個人のものではない。それは複数の人間の呼吸のあった共同作業である。梅棹さんはそういう共同作業の名人だった。みずからすすんでチームをつくり、チーム・ワークのなかでみごとに役割をはたした。じっさい、世間のひとは梅棹さんを評して「孤高の天才」などというが、それはマチガイ。かれはけっしてスターではなかった。梅棹さんはつねに「チームの一員」だったのである。狭義の探検だけではなく共同研究もチームだった。かれのすべての著作はチーム、とりわけ今西錦司先生を中心とするチームによって、そのチームのために生まれたものだった、とわたしはおもっている。
 その梅棹さんが突然視力をうしなったのは86年春のこと。そこから20年以上の闘病生活がはじまるのだが、かれはその前後の事情を『夜はまだあけぬか』に冷徹に記録した。目がみえなくなったうえに、国立民族学博物館の館長職も退職。ということはチームからの予期せぬ離脱である。そのおおきな衝撃をのりこえるすさまじいエネルギーがこの本には充満している。ほんとうに強いひとだ、とわたしは感嘆した。
■虚無主義と通底
 生態学という学問は世界の姿をあるがままにみる学問である。そこには分類学も系統論も目的論もない。梅棹さんといっしょに、わたしはしばしば大徳寺の僧房(そうぼう)で和尚との問答に参加した。荘子についても語った。「あるがまま」をうけいれる梅棹生態学は、どうやら東洋の虚無主義と通じるところがあったようなのである。
 ◇かとう・ひでとし 社会学者 30年生まれ。近著に『メディアの発生』『常識人の作法』など。

2011年8月28日日曜日

電子書籍と本の未来 仲俣暁生さんが選ぶ本

■小さなメディアか「制度」か
 「文字を紙に刷って綴(と)じたもの」だった書物(本)が、「文字をディスプレー上に表示したもの」になる——ごく大雑把にいえば、後者が「電子書籍」と呼ばれるものだ。日本でも昨年からさまざまな企業がこの分野に乗り出し、「電子書籍元年」と喧伝(けんでん)された。「本」はこれからどうなるのか。その未来を考える手がかりとなる3冊を選んだ。
 アマゾンの「キンドル」や、ソニーの「リーダー」の成功で、アメリカでは電子書籍による読書が根づき始めている。その現状と背景を明快に語るのが『ルポ 電子書籍大国アメリカ』だ。出版エージェントとして米国の事情に通じている著者によれば、電子書籍は大活字本やオーディオブックなどと並ぶ多様な読書スタイルの一つであり、安価なペーパーバックに代わる消費形態という面が大きい。ただし紙の本が未来永劫(えいごう)にわたり安泰ということはなく、「紙の本」の読書はいずれ贅沢(ぜいたく)な行為になっていくだろう、とも。アメリカの出版人・書店人列伝としても読める1冊。
■読む行為の拡張
 日本でも、十数年前から「電子書籍」の取り組みがなされてきた。その草分け的存在として知られる企業の社長が、「元年」に至る紆余曲折(うよきょくせつ)を綴(つづ)った『電子書籍奮戦記』は、日本ではこれまで電子書籍ビジネスがいかに困難であったかを赤裸々に綴った記録でもある。過去の経験を踏まえ、電子書籍の本質は、物質としての「本」の代替ではなく、「読む」という行為の拡張であると著者は説く。本をインターネットと同様、誰もが発信できる〈小さなメディア〉として捉える視点で貫かれているのも、この本の特徴だ。
 電子メディアが本の世界を変えつつある事態を、「グーテンベルク以来の革命」と呼ぶことが多い。しかし「本」は印刷以前から存在したし、活版印刷が唯一の革命だったわけでもない。『知はいかにして「再発明」されたか』は、古代アレクサンドリア図書館から現代のインターネットにいたる、きわめて長い歴史的な射程のもとで、「知の制度」がいく度も移り変わってきたことを明らかにする。
 本の普遍的な価値を信じる人にとっては衝撃かもしれないが、どの時代においても、本は決して物語の主役にはならない。図書館、修道院、文字の共和国(手紙によるネットワーク)、大学、専門分野といった「知の制度」があってはじめて、本はその力を発揮できたのだ。著者によれば、現在最も有力な「知の制度」は、企業と大学が結びつき、ビッグサイエンスと呼ばれる大規模な実験科学を行う「実験室(ラボ)」である。
■単体でなく集合
 では次の時代はどうなるか。ネット上に巨大な電子図書館を構想するグーグルや、現在の知を遠い未来に伝える「一万年図書館」といった取り組みが、その萌芽(ほうが)として紹介される。『電子書籍奮戦記』でも「インターネット・アーカイブ」という団体の活動が最後に紹介されている。アーカイブとは、本だけでなく映像や音声、プログラムまでを保存する資料庫だ。これらに共通するのは、本を単体のモノとしてではなく、集合的なメディアとして捉える視点である。
 未来の「本」は、個人の声を伝える〈小さなメディア〉でありつづけるのか、それとも、「実験室」に代わる新たな「知の制度」となるのか。ミクロとマクロの両端を行き交うダイナミズムのなかに、「本」の本質があるように思えてならない。
 ◇なかまた・あきお フリー編集者 64年生まれ。文筆家、ウェブ上の「マガジン航」編集人。

2011年8月21日日曜日

小松左京を読む 東浩紀さんが選ぶ本

■娯楽と知の融合を実現
 去る7月26日に永眠したSF作家、小松左京。日本SFの創設者のひとりであり、戦後日本を代表するベストセラー作家だ。筆者自身、小学生時代からの熱心な読者でもある。そんな小松の代表作を三つ紹介したい。
 まずは1964年の『復活の日』。生物兵器として開発されたウイルスが事故で漏洩(ろうえい)、全人類がひと夏で死滅し、極寒の南極大陸と原潜乗組員だけが生き残る物語。——と要約するとハリウッド映画のような大味の印象を与えるが、実際に小説を読むと、最新科学を取り入れた設定の大胆さ、国際政治や分子生物学、社会思想まで自在に語る著者の博学、そして周到に配置された伏線に驚くだろう。
 とりわけこの小説で感銘を受けるのは、物語の最後、無人の世界に降り注いだ米ソの核の爆発が、結果としてウイルスを無力化し人類社会の復活を促すという逆転の展開である。冷戦下の死の技術によって滅びた人類が、もうひとつの死の技術により「たまたま」復活する。ここに込められたアイロニーには唸(うな)らざるをえない。
■哲学的な思弁も
 続いて66年の『果(はて)しなき流れの果(はて)に』。日本SFの最高峰と言われることも多い名作。若い理論物理学者が、ふとした機会で超常現象に巻き込まれ、過去から未来まで時空を超えた戦いに巻き込まれる——と記すとまたもやハリウッド映画のようだが、実際の読後感はまったく異なる。
 本書はじつは、物語のダイナミズムもさることながら、宇宙とは何か、知性とは何か、そして人間とは何かといった、随所に挿入される哲学的な思弁で名高い作品である。そしてまた同時に、父と子の対決の物語であり、主人公と恋人の時空を超えたラブストーリーでもある。時空を漂流するなかでテロリストとなった主人公の、「歴史を変えて、なぜいけない?」という叫びは、小松がなぜSFを書くようになったのか、創作者としての彼の態度表明のようにも聞こえ胸を打つ。
 そして最後に73年の『日本沈没』。タイトルどおり、日本が巨大地震で沈没するパニック小説。ベストセラーとなり映画化もされた。
 この小説もまた世間の印象と読後感が大きく異なる作品である。本作については日本沈没のスペクタクルばかりが注目されがちだが、実際に読むと、小説の焦点が日本人の強さにあることがよくわかる。本作に登場する政治家や官僚は、じつに勇敢に亡国の危機に立ち向かう。3月の震災後本書はまた売れていると聞くが、多くの読者は、現実の政治と『日本沈没』の政治の差異に暗澹(あんたん)たる気分になるのではないか。
■骨太な日本人論
 加えてまた、本作は骨太な日本人論でもある。日本人は日本列島を離れて日本人たりうるのか。物語の最後、日本沈没を予見した科学者が漏らす「もっとたくさんの人に」「この島といっしょに……死んでもらいたかった」という衝撃的な台詞(せりふ)は、読者に複雑な感慨を残すはずだ。小松はこの小説で、日本人にじつに大きな課題を投げかけている。
 以上3作品、いずれも小説を読むと、要約では伝わらない魅力的な細部が立ち上がってくるはずである。小松は、娯楽と知の融合を実現した希有(けう)な小説家だった。30年以上前の作品ではあるが、若い読者にこそ読んでもらいたいと思う。
 ◇あずま・ひろき 批評家・作家 1971年生まれ。著書に『クォンタム・ファミリーズ』など。

2011年8月7日日曜日

ヒバクシャ文学 川村湊さんが選ぶ本

■原爆と3.11体験を包括 「コレクション 戦争と文学」全20巻は、おそらく紙の大型文学全集として最後のものではないかと思われるが、その第1回配本『ヒロシマ・ナガサキ』(集英社・3570円)は、原爆文学の巻といってもよいだろう。だが、そこに川上宗薫とか美輪明宏といった作者名を見て、不思議がる読者もいるかもしれない。
 失神小説といわれる官能小説の第一人者だった川上宗薫と原爆のつながりは、奇異に思われるかもしれないが、彼が長崎で育ち、その初期に「夏の末」や「残存者」という、長崎における原爆被災に基づく短編を書いていたことを知れば、不審感はなくなるだろう。彼は直接には被爆していないが、原爆によって母と2人の妹を亡くした。また、美輪明宏は長崎で被爆している。2人の作品は、ヒバク(被爆/被曝)体験を描いた、当事者あるいは関係者の実体験の記録なのである。
■原民喜から遠く
 ヒバクとカタカナで書いたのは、主にアメリカの研究者たちによって「原爆映画」を「ヒバクシャ・シネマ」と呼ぶことがあるからだ。邦訳されている『ヒバクシャ・シネマ』は、「原爆の子」や「ゴジラ」、「八月の狂詩曲(ラプソディー)」に至るまでの日本映画を“ヒバクシャ・シネマ”と名付けている。
 これに倣えば、従来の原爆文学といういい方は、ヒバクシャ文学といい換えることができるかもしれない。それは単なるいい換えではなく、二つの積極的な意味を持つ。一つは、原爆投下による被災体験から遠く隔てられた時代や世代の文学活動をも含むことであり、もう一つはいわゆる3・11の原発震災に至るヒバク(被曝)の体験も(今後)包括できるようになるだろうからだ。
 『ヒロシマ・ナガサキ』にも収録されている青来有一の『爆心』に収められている短編は、「爆心」という地点と瞬間から、遠く、空間的にも時間的にも隔たったヒバクシャたちの現在を描いた小説である。「鳥」「釘」「貝」「石」といった作品には(「爆心」という題の作品はない)、ナガサキでのヒバクそのものよりも、その後を生きたヒバクシャ、あるいは関係者たちの「生」の重さが、それぞれ鳥や釘や貝や石などによって象徴的に表現されている。
 田口ランディの『被爆のマリア』も、いわばヒバクシャ文学の二世世代の作品集といえるだろう。その中の一編「永遠の火」は、結婚式のキャンドルサービスに“原爆の火”を使うことにこだわる父親と娘との葛藤を描いた短編だが、ヒロシマ・ナガサキにおける原爆のヒバク体験が、もはや記録でも記憶でもなくなった世代に、このヒバクという歴史的経験がどのように継承されるか、文学作品として表現されるかということが、正面のテーマとして主題化されているのである。
 原民喜、大田洋子の時代から、遥(はる)けく来たものだといわざるをえない。
■記憶装置の問題
 こうした文学作品に呼応する批評・研究として、川口隆行『原爆文学という問題領域』(創言社・2310円)と、これは文学研究ではないが、奥田博子『原爆の記憶』(慶応義塾大学出版会・3990円)を挙げておきたい。そこでは、文学や歴史という記憶装置自体の問題が問い直されているのである。
 『ヒロシマ・ナガサキ』に収録されている水上勉の「金槌(かなづち)の話」は、若狭の原発銀座における原発のヒバク労働者の記憶を刻み込んだ名編である。
 ◇かわむら・みなと 文芸評論家・法政大学教授 51年生まれ。近著に『原発と原爆 「核」の戦後精神史』。

2011年7月24日日曜日

復興と建築  五十嵐太郎さんが選ぶ本

■欠かせない地図的な想像力
 東日本大震災は建築の関係者にも大きな衝撃を与えた。長い時間をかけて形成してきた多くの街が押し寄せる津波によって壊滅したからである。そして住宅やビルがこんなにも脆(もろ)く、はかない存在だったことを見せつけられ、建築に何が可能かを自問せざるをえない状況がもたらされた。実際、体育館などを使う緊急の避難所生活、そして次の段階の仮設住宅は、現場で急速に進む事態であり、震災が起きてから初めて考えても、なかなか間に合わない。やはり、建築家の職能は、第3段階の復興、すなわち新しい街づくりや施設のデザインを行うときに、豊かな地形や街の記憶をきめ細やかに読み込む空間の読解能力が本格的に役立つだろう。
 もっとも、以前から世界各地で支援を継続し、今回も活動した建築家として坂茂が挙げられる。『Voluntary Architects’ Network』は、阪神大震災後の紙のログハウスに始まり、新潟県中越地震での避難所用の間仕切りシステム、スリランカの津波復興住宅、四川大地震後の仮設校舎などの試みを紹介したものだ。
■「持ち家」の再考
 佐賀県は支援策として、最大3万人の被災者受け入れを表明したが、被災地の近隣に仮設住宅を新しく建設しなくても(またその遅れを声高に批判しなくても)、仮に全国の空き家を積極的に活用したり、シェアが進めば、住まいの確保は一気に解決するかもしれない。
 牧紀男の『災害の住宅誌』も、世界の事例を分析しながら、人の移動を前提に住まいを考察するユニークな視点を打ちだす。今回の震災についても、人口増加の時代の復興モデルとは違い、すでに進行している人口減少を意識した計画が必要だという。彼によれば、持ち家に住み、1カ所に定住するのは災害の少なかった戦後から高度経済成長につくられた幻想であり、地震災害の時代となる21世紀前半は持ち家システムを再考し、不特定多数の人が交互に利用できる住宅ストックを整備した柔軟な社会が求められる。そして「復興」という言葉自体に高度成長期のイメージがつきまとっており、むしろ仕組みが生まれ変わる契機という意味で「再生」の方がふさわしいのではないかと述べる。
■地理を読みとく
 3・11以降、筆者は沿岸部を中心に、青森、岩手、宮城、福島、茨城、千葉の各地を歩いた。頭ではわかっていても、実際に訪れることで被災したエリアがあまりに広域であり、かつ多様であることが身体で理解できる。そうした後だからこそ、『東日本大震災 復興支援地図』(昭文社、千円)と『地図で読む東日本大震災』をより興味深く読んだ。前者は浸水範囲や通行禁止区域、避難所や災害対策本部などの情報を詳細にプロットし、後者は地震に関する各地の状況のほか、今後も見据え、立体的なデータによって日本の原発や活断層の位置も収録する。
 東日本大震災を理解するためには、地図的な想像力を欠かすことはできない。テレビで切りとられた被災地の映像を見て、政治に憤慨するだけでは不十分だ。それぞれの街がもつ人工的な風景と日本の複雑な地形が生みだす自然の風景が織りなされた豊かな世界が傷ついたのである。被災地は同一のシステムを応用すれば、すべての問題が解決するという単純な記号ではない。今後の街を考えるためには、まずマイクロレベルで地理を読みとくことから始めるのが重要だろう。
 ◇いがらし・たろう 東北大教授(建築史) 67年生まれ。著書に『過防備都市』など。

2011年7月17日日曜日

TPPと自由貿易 太田昌国さんが選ぶ本

■世界共通ルールの不条理さ 昨年10月、菅直人首相は「TPP(環太平洋経済連携協定)交渉への参加を検討」すると表明した。TPP構想は元来、貿易依存度が高い小国の話し合いから始まった。そこへ米国が参加を表明し、性格が一変した。政治・経済・軍事・文化的影響力で並ぶ国がない米国が登場すると、何事につけても事態は変化する。TPPは、その時点で、物品貿易の全品目の関税を即時ないしは段階的に撤廃するばかりではなく、投資、知的所有権、労働、医療、保険、労働者の移動などに関わる包括的な協定となる性格を帯びた。
 ひとたび発効すれば、それはヒトとモノをすべて商品化し、市場原理の中での熾烈(しれつ)な競争に巻き込む強制力をもつ。米軍の侵略で山野を焼き尽くされた後遺症に苦しむベトナムは、TPPの下では米国との農産物取引を共通のルールで行わなければならない。その不条理さを指摘する宇沢弘文氏の発言(「世界」2011年4月号)は、自由貿易の本質を衝(つ)いて、重要だ。
■中韓なぜ不参加
 米国政府と多国籍企業が主導するTPPに、民主党政権が前のめりになるのはなぜか。当初の東アジア共同体構想から日米同盟重視への路線転換と関係しているのか。菅首相の提起は唐突であったが、財界はこれを歓迎し、「参加しないと日本は世界の孤児になる」とまで言う。大方のメディアも、連合指導部も同じ意見だ。
 TPPを推進する大きな流れに抗する動きが出てきたのは、年が明けてからだ。論議が深まろうとするころ、「3・11」が起こった。今後のTPP論議は、社会・経済の構造を根本から揺るがしているこの悲痛な出来事を前に、真価を問われる。
 活発な批判を展開しているのは中野剛志氏で、『TPP亡国論』などの著書がある。推進論者の見解も紹介したうえで批判的な分析を行っているから、読者は論議の水準を公平に見きわめながら読み進めることができる。「環太平洋」というふれ込みなのに、中国と韓国がTPP参加を考えていない理由の考察もあって興味深い。逆にベトナムのような小国は、グローバリズムの太い流れに追い詰められて、自由貿易協定への参加を急ぐ。切ない現実である。
 視野を広げて、自由貿易が孕(はら)む問題点を世界的な規模で指摘するのが、トッドの『自由貿易は、民主主義を滅ぼす』である。確かに、TPPのような地域限定のものも含めて自由貿易協定はすべて、人間・地域・文化の多様性を否定し、世界を単色に染め上げる点に特徴がある。反対論に色濃い民族主義的立場からの国益論を離れて、対等・平等であるべき国家間・民族間の関係を今まで以上に壊すという観点からのTPP批判を深めるうえで本書は役立とう。
■食料主権と農業
 TPPを食と農業の観点から見ると、多くの人にとって身近な問題となる。『食料主権のグランドデザイン』には、「食料危機・食料主権と『ビア・カンペシーナ』」と題する真嶋良孝氏の論文がある。スペイン語で「農民の道」を意味するビア・カンペシーナは、グローバリズムに抵抗する運動の中で重要な役割を果たしている、国境を超えた農民運動である。ここでいう食料主権は、国家主権の主張とは重なり合わない部分があることの意味を、深く考えたい。
 食に関しては「地産地消」という言葉と実践が大事だが、福島県の生産者と消費者は、今この言葉を口にできない。その悔しさと哀(かな)しみを思いながら、この小さな文章を書いた。

 ◇おおた・まさくに 43年生まれ。著書に『「拉致」異論』『暴力批判論』など。

2011年7月10日日曜日

「3.11」前の原子力本 尾関章が選ぶ本

■「イデオロギーの技術」の罠
 本屋さんには、新刊の原発本が山積みだ。だが、こんなときは、3・11に先立って世に出ていたものをまず読みたくなる。そこには、確実に後知恵ではない真実がある。
 1冊目は『原発事故はなぜくりかえすのか』。著者は2000年に亡くなるまで脱原発を訴え続け、推進派からも一目置かれた科学者だ。
 読み返すと、はっとする一文に出会う。原発では、危急の事態を「人為的で動的な介入」で切り抜けようとするな、というのだ。「モーターが動かないときはどうするのかという問題が必ず出てきます」。まさに、電源喪失の警告ではないか。
 危機には、モーターよりも重力のような「自然の法則」に従う制御がよいという。反原発を棚上げしての助言とも読める。だが、自然流の極みに「太陽」などがあるとして脱原発を説く。鮮やかな論理展開だ。
 原子力企業に勤めた若いころ、この業界は「議論なし、批判なし、思想なし、の状態だった」と振り返る。この本は、市民科学者が、がんによる死の直前に残した言葉の結晶である。
■放射能の「悪さ」
 放射線の話では『いのちと放射能』。DNAを受け継ぐ生き物の営みに、放射線がどんな悪さをするかを語る。詩の一節などがちりばめられ、理性と感性が響き合う良書だ。
 著者は、生命科学が専門。放射線を日々少しずつ浴びたときの影響が見分けにくいことを示し、「はっきり統計的に証明できないところにこそ、この問題のおそろしさの一端がある」と、被曝(ひばく)リスクの核心を突く。
 放射性物質は、著者も実験に使ってきた。「針一本、ティッシュ一枚」の汚染まで記録して、目を光らせるのだという。少量を知的探究に用いるのではなく、大量に扱って膨大なエネルギーを得ようとする企てに無理はなかっただろうか。
 鎌田慧著『原発列島を行く』(集英社新書・735円)は「すべてカネの力で解決するやり方」で進められた原発立地の現場報告。10年ほど前の日本では、作業員の被曝線量が、いま問題視される水準よりずっと低くても心配されていた事実に立ちすくむばかりだ。
 有馬哲夫著『原発・正力・CIA』(新潮新書・756円)は、日本の原子力政策の源流に渦巻いた野心や思惑に迫る。
■草の根の再設計
 私が思うのは、この機会に、科学や技術を人間の尺度で再設計できないかということだ。
 ヒントとなるのは、かつて原子炉開発にかかわったこともある理論物理学者が書いた『科学の未来』。原子力をイデオロギーの技術と位置づける。
 政治の右、左ではない。「広島・長崎の廃墟(はいきょ)の中から何か平和的かつ有益なものをつくりだしたいという強烈な願望」が、凝り固まった信念に化けたというのだ。日本では、それが政界の思惑と絡み、国の科学技術政策の柱となり、産業界とも結びついたということか。
 イデオロギーの技術は、失敗が許されず、途中で降りることもできない、と著者はみる。そこに待ち受けているのは、「自分は過ちを犯さないと信じるという罠(わな)」である。
 原子力を論じたくだりはわずか。別の箇所では、研究者の自由な創意に根ざす小さな科学や、アマチュアも力を発揮できる科学に光をあてている。
 科学技術を草の根から組み立てるリベラルな発想が、いまこそ求められてはいないか。

 ◇
おぜき・あきら 51年生まれ。著書に『量子論の宿題は解けるか』。

2011年7月3日日曜日

地震予知は可能か 泊次郎さんが選ぶ本

■「前兆」の空しさ、歴史に目を
 地震発生を前もって知ることができたら、というのは古くからの人類の夢であった。日本でも、気象が異様である、星や月が近く見える、動物が異様な行動をとる、などさまざまな地震の「前兆」が伝えられてきた。 1880年の横浜地震の後、お雇い外国人たちが中心になって日本地震学会がつくられると、地震予知の実現は地震学の目的の一つに掲げられ、「前兆」が近代科学の対象になった。
 以来、大地震が起きるたびに地震予知は社会の大きな関心を集め、関心がさめかけたころに次の大地震が起きるという歴史が繰り返されてきた。1965年からは国の地震予知研究計画が始まり、今も続いている。
 科学観測によって報告された「前兆」は数多い。本震の前に起きる前震、震源付近での地震活動の活発化や静穏化、地殻の変動、地震波速度の異常、地下水位やラドン濃度の異常、電磁気や地電流の異常などである。

■なかった再現性
 これらの前兆をもとに大地震の直前予知は可能である、と考えた研究者も少なくなかった。78年には、東海地震が予知できることを前提にして、大規模地震対策特別措置法(大震法)が制定された。
 ところが、これらの「前兆」は、地震が起きた後にそれと分かったものばかり。しかも、「前兆」の出現の仕方はバラバラで、何の規則性も、再現性もなかった。予知の決め手になる「前兆」は何も見つかってはいない。「前兆」発見に重点を置いた地震予知計画の空しさや大震法の問題点については『「地震予知」はウソだらけ』に詳しい。
 95年の阪神・淡路大震災の後、政府は地震調査研究推進本部を設け、どこで大地震が起こる確率が高いかの予測を公表するようになった。地震予知計画も見直され、基礎的な研究に重点を置くよう軌道修正された。一方で、世界に例を見ない高密度の地震観測網が整備された。
 これにより、東日本大震災を起こしたプレート境界地震などについて新知見が得られた。この10年間の進展を紹介したのが『地震予知の科学』である。
 プレートの境界面は普段、どこもべったりくっついているわけではない。地震を起こさずズルズルとすべっている部分と、がっちりと固着している部分(アスペリティ)に分かれていて、アスペリティが急激にずれ動くと地震になる。東北日本では、アスペリティは境界面の3分の1程度であり、「地震が発生する場所と規模に関しては、ほぼ実用的な予測はできている」——と、本書は述べていた。

■過去のデータを
 だが、今回の東北大地震がマグニチュード9の超巨大地震になったのは、地震を起こさないと考えられていた3分の2の部分も大きくずれ動いたからであった。「いつ」はもちろん、「場所」と「規模」についても「想定外」だったのである。
 『超巨大地震に迫る』は、このような「想定外」がなぜ起きたのか、という問題にも迫っている。一言でいえば、超巨大地震が東北日本で過去にも起きたという例を知らなかったためである。歴史を参照することなしに、未来を予測することなどできない、というのが現在の地震科学の限界なのである。
 限界を克服するには、不思議な現象に向き合う研究者の好奇心を大切にすると同時に、過去の地震に関するデータ収集に優先順位を与えるべきだ、という著者の主張が新鮮に響く。
 
 ◇

とまり・じろう 東京大地震研究所研究員(地球科学史) 44年生まれ。元朝日新聞編集委員。著書に『プレートテクトニクスの拒絶と受容』。

2011年6月26日日曜日

肉を食べる 森枝卓士さんが選ぶ本

■なぜ生食が受容されたのか モンゴルの草原。遠来の客のために屠(ほふ)ってくれた羊は、その場ですべて料理された。肉は焼いた石と搾乳缶に入れて、内臓は煮て。戸外が冷凍庫状態になる冬場は、解体した状態で保存されるが、夏場は殺したら、すぐに加熱して食べるものだった。
 モロッコの乾燥地帯。緑の谷間の集落の市場には、羊を1頭だけ屠ってぶら下げた肉屋があった。電気も冷蔵庫もないから、生かしておくことが保存法なのだ。肉はすみやかに料理する。
 ユッケによる食中毒で死亡者が出る状況に接して、かつて訪ねたあちこちの食が頭に浮かんだ。生の肉を食べる文化も、それこそユッケやタルタルステーキ、あるいは馬刺しなどのように、ないではない。が、たいていは加熱してしまう。
●消化助ける料理
 何故(なぜ)かという問題含めて、ヒトが料理をすることとは、どういうことなのかの広い問題に答えてくれるのが、『火の賜物(たまもの)』。
 すり潰し、切り刻み、加熱する料理という行為は、歯や胃腸で行う消化の外部化ではないか。世界各地の食の文化を眺めながら、そんなことを考えていたのだが、その私のぼんやりとしたイメージを形にしてくれていたのが、この本だった。
 ヒトの進化から料理するということ、食べることについて考えさせられることが多い。そして、消化器官の外部化を果たしているからこそ、免疫力も他の動物より弱くなり、生食が難しくなったのかと思ったりもする。
 ●日韓混合の文化
 肉食について、別の視点から、多くの示唆を与えてくれるのが、『歴史のなかの米と肉』。
 日本にかつてあった、肉食のタブーは如何(いか)に形成されたのか。それを中心に、狩猟と農耕、あるいは天皇制や差別の問題にまで。米を食べること、肉を食べないこと、食べることがどのようなことであるのか、目から鱗(うろこ)がぼろぼろと落ちる。
 50代の私が若い頃、焼き肉屋は現在のように一般的な食事の場ではなかった。特別な関係でなければ、男女で行く場所ではないという意識があった。
 家族が楽しむような場所に変わるのは、韓流ブームなどの影響もあるだろうが、技術としては、日本の企業が作った無煙ロースターの普及による。そもそも、焼き肉は日韓混合の文化である。朝鮮半島に発したとはいえ、日本で発達し、里帰りしたような部分も多々ある。
 あるいは、韓国の日本料理屋には、コチュジャンだれの韓国式刺身(さしみ)(フエ)の盛り合わせをビビンバのように混ぜて食べる、フエ丼がある。一緒にそれを食べていた韓国人の友に、「懐かしい味でしょう」と言われて、面食らったことがあった。
 そのあたりの複雑怪奇にして、興味深い関係については、『世界の食文化(1)韓国』が詳しい。刺身とフエの関係を思い、刺身の文化ゆえにユッケという生肉食も容易に受容したのかと思ったりもする。(相対的に食中毒などの危険性は低い)海魚の刺身と同じ文脈で理解し、いや、誤解したために、日本では生肉食が広まってしまったか。
 実は刺身とて、戦前までは海岸部に限定の文化であった。戦後の流通革命、冷蔵技術の発達等で全国で食べられるようになったのだが、あまりにも日常となり、その事実も忘れられたか。
 ともあれ、喉(のど)元過ぎてとならぬことを願う。生肉食は知れば知るほど高リスク。コインで食べられるようなものでは……。
 ◇もりえだ・たかし フォトジャーナリスト 55年生まれ。大正大学客員教授。著書に『食べもの記』など。

2011年6月19日日曜日

脱成長 広井良典さんが選ぶ本

■震災後の新たな社会構想を
 「脱成長」、あるいは従来の経済成長とは異なる形での豊かさの実現というテーマへの関心が高まっている。最近その契機を作ったのは、フランスの思想家ラトゥーシュの『経済成長なき社会発展は可能か?』だが、こうした議論は、近年再び注目されている「GDPに代わる経済指標」や、ブータンの「GNH(国民総幸福量)」などをめぐる話題とも呼応する。さらに原発事故や今後のエネルギー政策に関する議論が、新たなリアリティーを加えることになった。
 脱成長論には様々な系譜があるが、一つの源流はJ・S・ミルが1848年、『経済学原理』(岩波文庫・品切れ)の中で展開した「定常状態」論だろう。ここでミルは人間の経済はやがて成長を終え定常状態に達すると論じたが、興味深いのは、人々はそこで真の豊かさを得るというポジティブなイメージを彼が提起していた点である。当時はなお農業の比重が大きく、ミルの議論も(一国内の)「土地の有限性」を意識したものだったが、やがて工業化が加速し、植民地を含む自然資源の収奪が本格化する中で、ミルの定常状態論は経済学の主流から忘れられていった。ドイツの生物学者ヘッケルが「エコロジー」という言葉を作ったのもほぼ同時代(1866年)である。
●環境と福祉国家
 100年以上をへて、ミルの定常状態論に人類が地球規模で直面していることを指摘したのが1972年のローマ・クラブ『成長の限界』(ダイヤモンド社・1680円)だ。明らかに現代の脱成長論の古典だが、そのアップデート版がドネラ・H・メドウズ他『成長の限界 人類の選択』である。この系譜に近いのが、エコロジー経済学を展開するハーマン・デイリーの『持続可能な発展の経済学』(みすず書房・3990円。原題は「成長を超えて」)で、デイリーは早い時期から定常経済における重要問題は生産ではなく「分配」であると論じていた。
 雇用や労働のあり方も重要だ。モノがあふれる時代となって現代の先進諸国は構造的な「生産過剰」となり、“失業問題を需要拡大と経済成長によって解決する”という発想が限界に達し、他方で長時間労働が慢性化している。むしろ賃金労働を減らしそれをコミュニティーや自然に関わる活動に変えていくことが重要で、こうした議論のひとつの先駆がアンドレ・ゴルツ『労働のメタモルフォーズ』(緑風出版・3360円)だが、この流れはドイツの「労働の未来」論やヨーロッパでの「時間政策」など具体的にも展開している。
 従来の福祉国家も成長志向を強くもっており、脱成長論が既存の“右・左”の対立軸と交差するのはこのためだが、環境と結びついた福祉国家の可能性について、エッカースレイ『緑の国家』(岩波書店・6300円)が興味深い。
●ローカル化へ
 そして脱成長論は「ローカル化」という方向と結びつく。これに関しては、「懐かしい未来」論で知られるヘレナ・ノーバーグ=ホッジと辻信一の対談『いよいよローカルの時代』が読みやすい。最後に原発問題とつながるが、日本でのエネルギーの地域自給の可能性を「永続地帯」というコンセプトとともに実証的に論じているのが倉阪秀史編著『環境』(勁草書房・3675円)である。
 震災を踏まえた、従来型の成長モデルと異なる新たな社会構想がいま求められている。
 ◇
ひろい・よしのり 61年生まれ。『コミュニティを問いなおす』で大佛次郎論壇賞。

2011年6月12日日曜日

ねじれ国会 竹中治堅さんが選ぶ本

■衆院は参院に優越するのか

 菅内閣が退陣をめぐり迷走している。ここまで内閣が追い込まれることになった最大の理由は昨年7月の参院選挙で民主党が敗北し、国会が「ねじれ」――与党が参院で過半数議席を確保できていないこと――状態に陥ったことにある。このため、重要法案を成立させることが困難になってしまったのである。

 一般に衆院が参院に優越すると考えられている。だが、法案に対し参院は衆院と実質的に同じ権限を持っている。衆院が再議決によって参院が修正・否決した法案を成立させるためには3分の2以上の賛成が必要で、与党がこの議席数を確保することは容易ではないからである。

 与党が3分の2以上の議席を確保できた場合でも野党が参院で法案審議に抵抗すると憲法の規定により再議決できるのは61日目以降になり、法案の成立は大幅に遅れることになる。

 法案だけが問題なのではない。参院は閣僚に対し問責決議案を可決することができる。研究者や新聞論調の多くは問責決議案が可決されても辞任する必要はないという意見で一致する。しかし、これまで閣僚に対する決議案の可決は閣僚の交代に繋(つな)がっている。また、国会同意人事――日銀総裁任命など内閣や首相が人事を行う際に国会の同意を得なくてはならないもの――も悩ましい。参議院が同意しない人事は行えないからである。

■必要だった譲歩

 読売新聞政治部『真空国会』や『背信政権』には、内閣が「ねじれ」国会に苦労する具体例が数多く記されている。2007年8月より2009年7月にいたる時期、国会はやはり「ねじれ」ていた。『真空国会』では07年9月に成立した福田内閣が新テロ対策特措法案の成立や日銀総裁の任命に難渋する様子が描かれている。『背信政権』には菅内閣が閣僚に対する問責決議案などに苦しめられる事例が盛り込まれている。

 「ねじれ」国会に内閣はどう対処すべきなのか。『老兵は死なず』の中の野中広務氏の回顧は示唆に富む。98年7月の参院選後に成立した小渕内閣は「ねじれ」国会に直面する。この内閣で官房長官を務めた野中氏は98年秋の臨時国会で法案を成立させるため、野党の対案を大胆に「丸のみ」した過程を振り返っている。

 菅内閣が法案成立に苦しんだのは、衆院が参院に優位すべきという考えから抜けきれておらず、野党への譲歩が足りなかったからである。小渕内閣の経験を参考にすべきであった。

■両院で過半数を

 最後に憲法学者が参院の権限を踏まえて統治機構について近年展開する議論を紹介しよう。『現代日本の議会政と憲法』の中で高見勝利氏は安定した国会運営のためには与党が衆参両院で過半数を確保することが大切であり、このため日本では「議院」内閣ではなく「国会」内閣が成立していると論じている。

 只野雅人氏は『岩波講座 憲法4』所収の論文で憲法66条第3項が内閣が国会に対し連帯責任を負うと規定することに注目する。従来、内閣は衆院の信任だけで成立・存続しうると考えられてきた。しかし、この条文や参院の権限を踏まえて考えると内閣の存在は参院を含めた国会全体の信任に依拠していると考える余地があると重い指摘をするのである。

 参院の権限、位置づけについて理解が進むことで間違いなく政治過程全体に対する認識も深まるはずである。
    ◇
 たけなか・はるかた 政策研究大学院大学教授(比較政治) 71年生まれ。『参議院とは何か』で大佛次郎論壇賞。

2011年6月5日日曜日

アイドル戦国時代 太田省一さんが選ぶ本

■「がんばる」の共同体として

 「総選挙」とは、いまやアイドルのためにある言葉かもしれない。

 アイドルグループAKB48が毎年行う「総選挙」は、グループの人気上昇とともにメディアも大々的に取り上げるようになった。ファンによるメンバーへの人気投票なので、当然お遊びの側面もなくはない。しかしそれは、想像以上に真剣なものである。その結果により新曲に参加できる選抜メンバーが決まり、さらに1位になったメンバーには「センター」(メインの立ち位置)が約束されるからだ。
 「会いに行けるアイドル」を標榜(ひょうぼう)するAKB48の特徴は、ファンとの特別な近さである。彼女たちは、専用劇場での公演、イベント、そして握手会を通じて、ファンと「現場」を直接共有する。その中でファンは、「推しメン」(自分が応援するメンバー)の選抜メンバー入りの夢を自分の夢としてかなえるために、CDを買い、投票する。

●未熟さ肯定する
 そこに見出(みいだ)せるのは、「がんばる」の共同体である。メンバーは歌や踊りに「がんばり」、ファンもまたそのように一所懸命に努力するメンバーの応援を「がんばる」。「総選挙」は、メンバーとファンが一体となって「がんばる」目標をわかりやすく定めてくれる。
 そこには、未熟さの肯定がある。完成に達することよりも、成長するために「がんばる」プロセス自体に比重が置かれる。このあり方は、K—POPアイドルが与える完成された印象と対照的である。西森路代『K—POPがアジアを制覇する』(原書房、1575円)は、その違いを考察した良書である。
 一方、いま日本のアイドル界は、「アイドル戦国時代」と呼ばれる活況を呈している。ただその中にソロ歌手はいない。名前が挙がるのは、AKB48をはじめとしてグループばかりである。その事情は、『グループアイドル進化論』に詳しい。
 こうしたアイドルグループに、日本人は、なぜこれほどひきつけられるのだろうか。
 そこには、「学校」に思い入れを持つ日本人特有の価値観があるように思われる。実際、AKB48の制服的なコスチュームなど、アイドルと「学校」的なものの結びつきを感じさせるディテールには事欠かない。

●「学級」のように
 より正確に言えば、アイドルグループが体現するのは、学習の場としての「学校」というよりも、共同体としての「学級(クラス)」である。『〈学級〉の歴史学』によれば、近代日本において「学級」は、活動体験を共有する生活共同体、そして他「学級」との対抗意識を共有する一種の感情共同体として独特の発達を遂げた。それはアイドル的な「がんばる」の共同体の集団的特徴にそのまま重なるだろう。
 だが一方でそれは、テレビやネットなどメディアを通じて形成されるバーチャルなものでもある。そうしたメディアは、アイドルへの一定の距離を確保してくれるがゆえに、アイドルへの愛ゆえの優れた分析や批評を可能にしてきた(代表例として稲増龍夫『アイドル工学』=筑摩書房・品切れ、宇多丸『マブ論』を挙げよう)。
 しかし、直接的な「現場」重視のアイドルグループの勢いは、アイドルをいかに語るかという課題を改めて突きつけている。ここで挙げたものを含め、ここ最近のアイドル論の相次ぐ刊行は、アイドルを語る新たな文法の模索の表れでもあるだろう。
 ◇
おおた・しょういち 社会学者 60年生まれ。著書に『アイドル進化論』など。

2011年5月29日日曜日

将棋の魅力 先崎学さんが選ぶ本

■孤独な世界にほとばしる情念
 森内俊之挑戦者の3連勝で始まった名人戦は、羽生善治名人が1勝を返し、佳境を迎えている。

 いうまでもなく将棋は考えることが大事なゲームである。ひとつの局面を前に、棋士は、次の一手を考え、その裏に深く沈んだ指し手を読み、苦悩する。根を詰めて物を考えるというのは決して楽なことではない。
 今の世の中、人間が物を真剣に考えている姿を見られることは実はすくない。その、貴重な姿を集めたのが、棋士をモデルとした写真集『棋神』である。棋士の写真を長く撮りつづけている中野英伴氏のカメラは、我々棋士のもっとも棋士らしい、生身の人間が悶(もだ)え苦しむ表情を生き生きと写し出している。
 将棋の対局は静けさの極致にあるような世界であるが、この本における一枚一枚の写真からは、燃えるような人間の情念のほとばしりが見えてくる。
 ネットで中継されるのが当たり前となり、テレビカメラが対局室に入る時代であるが、カメラマンが撮れるのは、第一手を着手する時と、終局後に限られていることが多い。その理由は、撮られるという意識が思考のさまたげになり易(やす)いからだ。だから、棋士とカメラマンの間柄には、絶対的な信頼関係が必要である。中野氏は長くこの世界と付き合うことによって、棋士の信頼をかち取り、棋士のあけすけな生の表情を切り取ることができた。

●プロになるまで
 将棋のプロは百数十人しかいない狭い世界である。我々はちいさい頃から奨励会という修業機関に閉じ込められ、将棋一筋の毎日を送る。4人に3人が辞めていくという奨励会は厳しい世界で、原則として、そこを抜けなければプロになることはできない。
 『泣き虫しょったんの奇跡』は、長年奨励会に身を置いた著者の瀬川晶司氏が、年齢制限という壁にはばまれ、一度はこの世界を去りながらも、奇跡的に特別試験という例外によって、プロとなるまでを回想した本である。瀬川君がプロになったのは、本人の強い決意もさることながら、まわりの無条件で善人といえるよき人たちに支えられてのことだった。
 将棋の世界は常に盤上を前に孤独で、自分ひとりで自己完結するよりない。そんな世界の中、人々がつながり、ひとりの人間の夢を押し上げたという事実は同業者から見てうらやましい限りである。夢を目指すこと、そしてあきらめないことの重要性を痛感させられる。

●美しさを感じて
 さて、将棋のルールを覚えたが、次に何をしていいか分からないという人に是非おすすめなのが『1手詰(てづめ)ハンドブック』である。著者の浦野氏はプロ七段。詰将棋の名手としても知られている。1手詰であるから、1手、それで玉が詰む。上級者には簡単だが、覚えたての人にはなかなか詰まないだろう。しかし、考えているうちに、パズルの答えが頭に浮かんだ時のような、パッとひらめく感じが訪れるに違いない。そして、将棋の手筋の美しさというものも感じてもらえれば嬉(うれ)しい。
 将棋は玉を詰ますゲームだから、その詰の形の基本を覚えられる本著は、はじめの一歩にもってこいである。上達すれば、同じ著者の「3手詰」「5手詰」のシリーズにも挑戦していただきたい。
 ◇
せんざき・まなぶ 将棋棋士八段 70年生まれ。著書に『山手線内回りのゲリラ』『先崎学の浮いたり沈んだり』など。

2011年5月22日日曜日

もうひとつの東北 熊谷達也さんが選ぶ本

■“辺境”“忍耐強さ”だけでなく

 東日本大震災の発生から2カ月以上が経ち、「復興」という言葉がメディアで飛び交う頻度が増えている。しかし、被災地の現実がどうかといえば、復興には程遠い。津波に呑(の)まれた町の道路は、かろうじて車が通行できる程度になっただけだ。いまだに辺り一面が瓦礫(がれき)で埋め尽くされたままで、実際に目にすると、更地にすることさえ不可能なのではないか、と思えてしまう。そして、1万5千人余の死者に加え、いまなお9千人近くが行方不明で、肉親を捜し続けている人々がいる。そんな状態で「復興」という言葉を耳にしても、絵空事にしか聞こえない。

 震災発生直後から、私は、中央から発信される様々な言葉に違和感を覚えていた。たとえば、原発事故に端を発した食品や水の放射能汚染や計画停電、さらには買いだめの報道等。その瞬間にも、雪が降る寒空の下で人の命が失われつつあるというのに、見当外れにしか思えない東京での騒ぎは何なのだ?という憤りが、東北の被災地の人々のあいだには、確実にあった。同時に、このまま見捨てられてしまうのではないか、という不安が心の底に横たわっていた。

●中央視点に違和感
 震災発生直後はもちろん、いまなお、中央メディアが発している情報と被災地の現実には、確実にずれがある。たぶん、メディアには何の悪意もない。それは確かだろう。だが、不意打ちのように自然が私たちに突きつけたおびただしい死、という現実に、メディア自身が、まともに向き合うことができなかったのだと思う。それよりは、誰かの責任を追及できそうな原発事故に目を向けているほうが、はるかに楽なのだろう。発信する側も受け取る側も。
 考えてみれば、日常の中から死を隠蔽(いんぺい)しているのが、現代に生きる我々である。突然の累々とした死に、うろたえ、機能不全に陥ってしまうのは当然のことだ。そんないま、日本を代表する宗教学者、山折哲雄氏の『わたしが死について語るなら』は、私たちが立ち止まり、死の意味を改めて考えるためのテキストとして、多くのヒントを与えてくれる。読者一人一人が、今回の震災を自身の中で消化するための一助となるに違いない。
 もうひとつ、私の違和感やギャップの原因になっているのは、やはりいまだに中央からの視線は、東北を辺境として捉えているに違いないこと。たとえば、被災地や避難所での人々の映像とともに、「東北人の忍耐強さ」が、称賛の言葉として口の端にのぼることが多い。しかし、あえて皮肉な見方をするならば、旧来の、寒い、暗い、貧しい、というイメージのまま、中央が東北を見る目はほとんど変わっていない、ということでもある。

●深層に豊かな文化
 そんなステレオタイプなイメージを払拭(ふっしょく)してもらうために、あるいは、東北人自身が自らのアイデンティティーを取り戻すために、ぜひとも手にとってほしいのが、哲学者、梅原猛氏の『日本の深層』と、「東北学」を提唱して久しい民俗学者、赤坂憲雄氏の『東西/南北考』である。いずれの著書も、アプローチの方法論は違っていても、縄文及び蝦夷(エゾまたはエミシ)の豊かな文化を深層部分で受け継いでいるのが東北の真実の貌(かお)であり、それを足がかりとすることで、これまでとは違った日本の姿が見えてくることを示唆している。そしてそこにこそ、今後の本当の意味での「復興」の指針が隠されているに違いないと、私は思う。
 ◇
くまがい・たつや 作家 58年生まれ。仙台在住。著書に『邂逅(かいこう)の森』『銀狼王』など。

2011年5月15日日曜日

相撲はスポーツか 玉木正之さんが選ぶ本

■呑気に、融通無碍に考えたい

 新弟子死亡事件や大麻所持事件、横綱の暴行引退事件や野球賭博、そして携帯メール八百長事件……。不祥事続きの角界は信頼を回復できるのか?

 高橋秀実『おすもうさん』は筆者自らまわしを締めて土俵に上がり、力士や行司のナマの証言を集め、肌で感じた「呑気(のんき)でゆるやかな相撲の世界」を描いた秀逸なノンフィクション。
 明治時代には「待った」を54回繰り返し、仕切りに1時間37分かけたこともある。明治42年に国技館ができたときも「八百長」が横行。「呑気者同士ゆえの八百長。呑気こそ相撲の伝統」と看破する。しかし、そんな大相撲が、やがて「裸一貫褌(ふんどし)一丁で相手に(略)挑む。大日本帝国が敢行すべき『肉弾戦』」として「国技報国」に利用される。
 そして敗戦後はエスニックな魅力の行司や力士が進駐軍米兵の人気の的となり、柔道や剣道がGHQによって禁止されるなか、相撲は興行を再開。戦後の「スポーツ」として復活する。
 相撲の「正史」ともいうべき新田一郎『相撲の歴史』にも、「この融通無碍(ゆうづうむげ)、これこそが相撲であった」と述べられている。

■八百長は「悪」か
 中島隆信は『大相撲の経済学』で「八百長は本当に悪か」と問題提起し、「真剣勝負が増えることで(略)観客の目を楽しませる」なら「八百長を極力減らすようなしくみを考え」るべきだが「相撲のパフォーマンス向上にそれほど効果があるわけでもな」いなら「部外者が(略)目くじらを立てて非難する必要もない」と書く。
 相撲は、「呑気」に「融通無碍」に考えるべきものなのだ。
 風見明『相撲、国技となる』(大修館書店、1680円)によれば、明治の大相撲の「近代化」は「力士の芸人根性の象徴」だった観客の「投げ花(投げ祝儀)」や「桟敷での力士の接待」の禁止、「人情相撲(八百長)」の排除から始まった。
 そのような近代日本が否定した前近代の相撲は、江戸風俗研究家の三田村鳶魚(えんぎょ)の話をまとめた柴田宵曲(しょうきょく)編『侠客(きょうかく)と角力(すもう)』(ちくま学芸文庫、1365円)に詳しく、江戸期には相撲(や侠客)の世界が「アジール(聖域・避難所)」として機能したことがわかる。そして「晴天十日の小屋掛け興行」が、明治の常設館(国技館)での興行となったことを、「意気とか情味とかいふものを余所(よそ)にして、財布ばかり大事がる」として、江戸っ子は「折角(せっかく)出来上(あが)つた国技館を、しみつたれと罵(ののし)つた」という。
 しかし、時代は変わる。メディアが「八百長は許せない」と非難し、監視カメラの設置や携帯電話の持ち込み禁止で「大相撲のスポーツ化」が推進される。それを見て、世知辛い世の中……と思うのは私だけだろうか?

■日本文化として
 そんなときは飯嶋和一の名作『雷電本紀』(小学館文庫、730円)に描かれた雷電の豪快無双の活躍を読んで留飲を下げるのがいい。天明の大火で焼け野原となった江戸の町で、母親たちが次々と差し出す赤ん坊を抱きあげ、「厄払い」に励む雷電は、抑圧された民衆たちの閉塞(へいそく)感の象徴ともいえる「拵(こしら)え相撲」(八百長)を「鉄砲(張り手と突っ張り)」でぶち壊す。小説とはいえ、相撲が「スポーツ化」することなく「美しい日本文化」であった姿を味わえる。
 いや、『映像で見る国技大相撲』(全20巻、ベースボール・マガジン社)のDVDを見れば、「八百長」と騒がれた最近の大相撲も、実は素晴らしい名勝負だとわかるはずだが……。
  ◇
たまき・まさゆき スポーツライター 52年生まれ。近刊に『大相撲八百長批判を嗤(わら)う』(飛鳥新社)。

2011年5月8日日曜日

巨大災害と人間 矢守克也さんが選ぶ本

■断絶から回復するために
 東日本大震災は、言うまでもなく巨大災害である。巨大災害は、被害規模はもとより、日常性、つまりそれまでのつつがない暮らしに対する断絶が巨大だという意味で巨大災害である。この断絶を回復しようとして人も社会も悩み苦しむわけだが、中井久夫『分裂病と人類』(東京大学出版会、2310円)と木村敏『時間と自己』(中公新書、693円)は、回復の方向性が二つの方向に切り裂かれうることを示唆している。

 一つは「立て直し」路線、もう一つは「世直し」路線である。日常からの断絶が巨大だからこそ、そこへ回帰しようとする「立て直し」の思いは、被災者を中心に切実だ。他方で、防災対策は言うに及ばず、エネルギー政策など、これまでの社会を抜本的に見直す必要、つまり、「世直し」を訴える声も大きくなる。この分裂は災害後の社会につきものだが、今回ほど、この点に関する社会的舵(かじ)とりが重要となるケースはあるまい。

●「想定外」忘れる
 抜本的な見直しと言えば、大震災後、「想定外」という言葉を頻繁に耳にするようになった。精神分析学的に見れば、用語の使用自体が巨大な断絶に対する精神的適応策となっている一面があるが、まずは原点に還って検討する必要がある。
 『三陸海岸大津波』、特に「明治二十九年の津波」を一読すると、今回の大津波と見まごう記述に満ちあふれていることに気づかされる。海抜50メートル近くまで津波が遡上(そじょう)した可能性、地震から30分間の行動が生死を分けたこと……。
 つまり「想定外」とは、文字通り夢想だにしなかったことではなく、逆に本来身近なことを「なかったこと」にすることではないのか。かつて、寺田寅彦は、「天災は忘れた頃にやってくる」と災害の風化を警告したとされる。しかし、「天災と国防」(岩波文庫『寺田寅彦随筆集第五巻』693円)の次の一節を見る限り、この警句は「災害は『想定外』を忘れた頃にやってくる」と、補足して受けとめるべきだろう。「文明が進むに従って人間は次第に自然を征服しようとする野心を生じた。……(略)……そうしてあっぱれ自然の暴威を封じ込めたつもりになっていると、どうかした拍子に檻(おり)を破った猛獣の大群のように、自然があばれ出して……」。要するに、「想定外」とは、事実認識のエラーというよりも、私たちの態度の問題なのだ。

●総合的な態度を
 『津波とたたかった人』は、津波避難の物語「稲むらの火」で有名な浜口梧陵の伝記である。ただしここで注目したいのは、安政の南海地震津波の後、梧陵が被災した故郷で果たした役割である。梧陵は、被災者の雇用対策と防災対策を両立させた広村堤防の建設(技術者・実務者)、無償の被災者支援活動(ボランティア)、次代のリーダーの育成(教育者)など、今日別々に担われている活動に垣根を越えて関わる。防災が、一部の専門家や実務者のみが関わる閉鎖的な領域として囲われがちな今日だからこそ、その総合的な態度に学ぶ必要がある。
 この意味で、研究者を含め被災地外からの支援者が、被災者とどう向き合うかも、今後きびしく問われることになろう。この点、フィリピンのピナトゥボ火山噴火の後、現地のアエタ族と共に歩んだ文化人類学者の記録『噴火のこだま』が、秀抜な思索と実践のあとを提示している。同書を貫く問い「この災害にとって自分は第三者なのか当事者なのか、後者だとすればいかなる意味でそうなのか」。これは、今、私たち全員に突きつけられた課題でもある。
 ◇
やもり・かつや 京都大教授(社会心理学) 63年生まれ。著書に『防災人間科学』。

2011年5月1日日曜日

アラブの民衆蜂起 酒井啓子さんが選ぶ本

■次々と連鎖、底流に何が?

 昨年末、一露天商の焼身自殺をきっかけとして、チュニジア全土に反政府デモが広がった。23年間大統領職にあったベンアリが亡命したのが1月14日。その11日後にはエジプトで大規模デモが組織され、2月11日には30年のムバラク治世に終止符が打たれた。チュニジア、エジプトでの民衆蜂起を見て、イエメン、バーレーン、リビアと、次々にアラブ諸国に反乱の火の手があがっている。

 なぜ突然、アラブ諸国で民衆デモが盛り上がり、次々に連鎖しているのか。なぜエジプトで政権打倒が成功したのに、リビアでは内戦状態と化し、多国籍軍が介入する事態になったのか。
 こうした展開を予想していた中東研究者は、ほとんどいない。それだけ「想定外」の事件だったわけだ。これまで国内外の中東現代政治を専門とする研究者の多くは、もっぱら「なぜ中東で権威主義体制が続くのか」に焦点を当ててきた。
 そのなかで唯一、中東の民主化の展開に着目して各国の比較研究を続けてきたのが、大東文化大学の松本弘氏である。やや古くなるが、05年日本国際問題研究所編の『湾岸アラブと民主主義』は、実質的に氏がまとめた論文集で、湾岸産油国の政治体制とその変遷を知るには、最適の教科書である。

■各国を比較研究
 その後松本氏の研究は、他の若手研究者とともに、人間文化研究機構プロジェクト「イスラーム地域研究」のウェブサイト、「中東の民主化と政治改革の展望」にデータベースとして掲載されてきた。そこでは、東南アジアや中央アジアを含めたイスラム諸国25カ国を対象として、議会制度の改変、選挙結果や憲法改正などの過程が丹念に記述されている。ここで描かれる各国の民主化の蹉跌(さてつ)こそが、現在の反政府デモの高揚を説明しているのだ。このウェブでのデータベースをもとにした分析が、今の動乱を受けて急遽(きゅうきょ)出版されることになった。松本弘編『中東・イスラーム諸国の民主化ハンドブック(仮)』(明石書店)が待ち遠しい。
 一方で、チュニジア、エジプトで何が起こったのか、総勢38人の内外の研究者たちがビビッドに現状を論じているのが『現代思想4月臨時増刊号』(11年)である。「ジャスミン革命」直後に企画され、エジプト「革命」成立から2週間後にはすべての原稿が集まるという、書き手の熱意と興奮があってこそ編纂(へんさん)が可能だった本書では、歴史学、文学、政治学など、あらゆる分野の中東専門家が、進行中の「革命」を熱く論じる。

■柔軟な若者文化
 なかでも「革命」の歓喜が伝わってくるのが、エジプトでのデモに見られる若者文化、民衆パワーに触れた論文だ。デモのなかで多くのポップソングが生まれ、素人映画監督が撮ったデモ映像がユーチューブで流される。フェイスブックなどのネット技術が革命を成功させた、と強調されがちだが、その底流にはアラブ文化の持つ生き生きとした感情表現、欧米ポップスをふんだんに取り入れる柔軟性と多様性があることを忘れてはならない。関口義人編『アラブ・ミュージック その深遠なる魅力に迫る』(08年)は、そうした豊かなアラブの音楽文化を、伝統音楽からエジプト・ポップまで紹介する。イスラム、自爆テロといったステレオタイプなイメージを一掃し、今のアラブの若者たちの溢(あふ)れるエネルギーを伝えてくれる、好著だ。
  ◇
さかい・けいこ 東京外国語大学教授(中東現代政治) 59年生まれ。著書に『〈中東〉の考え方』など。
 

2011年4月24日日曜日

岡本太郎生誕100年 山下裕二さんが選ぶ本

■思想の普遍性に大きな意味
 今年は、岡本太郎(1911〜96)生誕100年。東京国立近代美術館の「岡本太郎展」(5月8日まで)、太郎の誕生日である2月26日から放送されたNHKの連続ドラマ「TAROの塔」をはじめとして、太郎100歳を寿(ことほ)ぐ企画が目白押しだ。

 太陽の塔を通じて漠然と太郎の存在を知ってはいるが、なぜいま岡本太郎なんだろう、と訝(いぶか)しく思っている中高年の方、またリアルタイムではまったく知らないが、ここ10年ほどの「太郎ブーム」を通じて新たに興味を持った若い方も多いだろう。そんな人たちが、岡本太郎の存在をより深く理解するために繙(ひもと)いてほしい本をいくつか紹介したい。
 まずは、太郎自身の著作。私が彼の存在に深入りしはじめた96年当時、つまり太郎が没した時点ではそのほとんどすべてが絶版だったが、さまざまなかたちで復刊が果たされてきた。その中でも決定版といえるのが、この2月から刊行が開始された『岡本太郎の宇宙』全5巻(ちくま学芸文庫)である。
 いまの時点で3冊が刊行されているが、もっとも重要な著作である『今日の芸術』(54年)、『日本の伝統』(56年)はこの文庫版全集で読むことができる。私は編者の一人であり、詳細な解説も付したので、ぜひ参照していただきたい。しかし、文庫本という制約があるため、初版に収められた図版を収録することはできなかった。いまどき、ネット書店や図書館で初版を入手することも比較的容易だから、『日本の伝統』の場合はとくに、太郎自身が撮った写真も収められている初版をぜひ参照していただきたい。

●写真にも重要性
 ちくま学芸文庫版に収録予定のうち、いまだ刊行されていないが他の文庫で読めるもっとも重要な著作は『沖縄文化論——忘れられた日本』だろう。初版は61年。その前年、「中央公論」誌上に連載され、三島由紀夫、川端康成らに絶賛された鮮烈な紀行文である。なおこの時期、太郎が残した著作では、写真がきわめて重要な役割を担っている。実は、太郎の写真に注目が集まったのは没後のことだが、それをある程度集積した写真集として『岡本太郎が撮った「日本」』(毎日新聞社、1470円)をあげておこう。
 太郎100歳の誕生日に合わせて、さまざまな雑誌が同時多発的に岡本太郎特集を組んだ。「芸術新潮」3月号の「岡本太郎を知るための100のQ&A」、「別冊太陽」の「岡本太郎新世紀」、「カーサ・ブルータス」4月号の「あなたの知らない岡本太郎」など。いずれも太郎入門のために、懇切な誌面をつくっている。豊富なヴィジュアルが盛り込まれたこれらの特集でまずはイメージをつかんで、それから太郎の思想の核心に踏み込んでほしいと思う。そしてさらに深入りしたい方には、かなり高価だが斬新な編集による『岡本太郎爆発大全』を手にとられることをお薦めする。

●「法隆寺になれ」
 大震災後のいまこそ、岡本太郎の思想がもつ普遍性は、より大きな意味をもつと思う。彼は、49年に法隆寺金堂壁画が焼失した数年後、「今さら焼けてしまったことを嘆いたり、それをみんなが嘆かないってことをまた嘆いたりするよりも、もっと緊急で、本質的な問題があるはずです。自分が法隆寺になればよいのです」と言い放った。このドキリとする言葉の意味を、いまこそ多くの人に噛(か)みしめてほしいと思う。
  ◇
やました・ゆうじ 美術史家 58年生まれ。著書に『岡本太郎宣言』など。

2011年4月17日日曜日

原発事故とコミュニケーション 神里達博さんが選ぶ本

■専門知と市民、どうつなぐ
 絶え間なくメディアからもたらされる悲劇的な映像を見ていると、私たちが築いてきた文明がまるで張りぼてであったかのような無力感を覚える瞬間がある。だが、こういう時にこそ、理性の力が試される。それは結局のところ、言葉の、コミュニケーションの力をどこまで信じられるかに、かかっている。
 一方でこの1カ月間、とりわけ原子力発電所の事故に伴うコミュニケーションは、うまくいったとは言いがたい。そこには発表の仕方やタイミングといった手続き的な問題もあるが、放射能の評価、避難指示の範囲や安全基準の根拠など、不確実性を含むリスク情報をめぐる混乱が、ことの本質であろう。とはいえ、これらを真正面から読み解くには、高度の専門知が必要で骨が折れる。ならば一般市民はどんな種類のリテラシーを身につけるべきなのだろうか。

■リスクを知る力
 『リスクセンス』は人々が生活の中で出会う、さまざまなリスクとつきあっていく上での基本的な考え方を、豊富な事例で解説する。リスク概念の歴史的背景や、安全性の基準がどのような論理で作られているのかなど、読み物としても面白い。複雑化した現代においては、リスクセンスを磨くことで「大局的に見る力を養うべき」という指摘は、現在の我々に響く。
 併せて紹介したいのは、災害時における人々の心理を扱った広瀬弘忠『人はなぜ逃げおくれるのか』(集英社新書、735円)である。今回の震災でも「パニックに陥らないように」ということがしばしば言われた。だが最新の研究によれば、現代人は災害時にパニックを起こさず、むしろ逃げるべき時に逃げない「正常性バイアス」こそが危ういという。災害時のデマなども扱っており興味深い。
 我々は短期的なリスクについてのみならず、今後、社会全体として原子力という技術にどう向き合うべきか、議論を避けるわけにはいかないだろう。そこでは客観的で公平な知識、とりわけ歴史的視座が重要となる。だが長い間、原子力発電を巡る議論は、推進と反対にほぼ完全に分極してきたこともあり、中立的で読みやすい本は少ない。そんな中『「核」論』は、我が国の原子力の歴史を努めて公平な立場から描いた良書である。

■協働の場確保を
 また今回はっきりしたように、原子力という技術は社会的影響が大きく、その決定において専門家にすべてを委任するわけにはいかない問題である。実は近年、生命倫理や地球温暖化なども含め、このような「科学によって問うことはできるが、科学だけでは答えの出せない問題」が目立っている。『トランス・サイエンスの時代』は、この状況に対し、専門家と市民をつなぎ、協働の場を確保する仕組みを説く。「科学技術の成果に大幅に依存した社会を選択」した我々は、誰もが参加の権利と義務を持つのだ。
 未曽有の大災害のなか、ネットのメディアとしての役割が一気に高まったことは、一つの希望でもあった。専門家が自発的に人々に「つぶやく」ことで、ライブのリスク・コミュニケーションを行うという状況は、過去に例がない。佐々木俊尚『キュレーションの時代』(ちくま新書、945円)は、このような全く新しい情報環境の姿を包括的に素描する。本書で示される電子民主主義的な信頼付与システムと、専門知の権威性とが、どのように「止揚」するのか——2010年代の大きな軸になるのではと感じた。
  ◇
かみさと・たつひろ 東京大特任准教授(科学史・科学論) 67年生まれ。著書に『食品リスク』。

2011年4月10日日曜日

転機の地方自治 新藤宗幸さんが選ぶ本

■首長・議会、二元代表制の行方
 第2次大戦後の民主改革のなかでも大きな「成果」は、地方自治制度の改革であった。自治体の政治制度は、直接公選の首長と議会からなる二元的代表制を基本とし、両者の抑制と均衡でその意思を決めるとされた。

 とはいえ、両者の権限関係は「強い首長・弱い議会」でもある。再議権、専決処分、予算の作成権、議会の招集権などは首長権限である。加えて戦後改革から1999年度まで機関委任事務制度が自治体行政に重きをなした。個別の仕事ごとに首長や行政委員会を法令で各省大臣の地方機関と位置づけ、大臣の指揮命令のもとに仕事を処理させるものであった。これは2000年4月の第1次地方分権改革で廃止され、自治体の自由度がたかまった。だが、この改革以降、住民の自治体議会を見る眼(め)は、徐々にきびしさを増した。
 実際、機関委任事務体制のもとで議会権限が制約されてきたこともあって、議員は首長との政治的取引によって支持集団への利益の還元を指向してきた。また都道府県議会や大都市議会には、既存政党の系列化が進行した。一方で市町村議会は地域有力者支配から脱却できていないところが多い。いきおい住民の眼に議会は、仲間内だけの閉鎖的な機関であり、課せられた行政のチェック機能を果たしていないと映る。

●地域政党の登場
 西尾勝『地方分権改革』は、第1次地方分権改革の意義や残されている課題を論じるが、議会不信論は不要論ではないとの立場から、議員構成や報酬の見直し、選挙制度の改革、会期制度の廃止と夜間開催などを提起する。
 近年では議会基本条例を制定し議事運営などを改めようとする議会も現れているが、改革の進捗(しんちょく)度は遅い。最近の議会改革の動向を知るには、日経グローカル編『地方議会改革の実像』が役立つ。また、議員の報酬やその他の費用、議会運営の実態などを、事例を交えて論じたものに竹下譲『地方議会 その現実と「改革」の方向』がある。
 ところで、近年、名古屋市や大阪府にみるように、首長が自ら「地域政党」なるものを立ち上げ、議会に自らの意に叶(かな)う政治勢力を築こうとする動きが顕著である。実際、3月13日の名古屋市議選では、「減税日本」が第1党となった。4月10日投開票の大阪府議、大阪市議選挙でも「大阪維新の会」が過半数獲得を目指している。
 これは二元的代表制が予定する、民意を自治体政治に反映させる多元的チャンネルの否定に通じかねない動きである。ただし、首長の政治権力の確立指向に「大衆的支持」があるのは、議会が自己改革を怠っているからだといってよい。議会は変わりうるのか、注目されよう。

●画一から多様へ
 こうした動きと微妙に関わりながら、自治体政治制度を国政に倣った「議会内閣制」に改めるべきとの構想も提起されている。画一的制度から多様な制度への転換は、これまでにも指摘されているが、現実味を増すかもしれない。だが、その是非を論じる際に意外と知られていないのが外国の制度だ。比較地方自治論として山下茂『体系比較地方自治』(ぎょうせい、3500円)がある。日本の地方自治のあり方を考えるのに貴重な文献である。
 戦後65年を経過した現在、画一的な自治制度が転換期にあることは確かである。
  ◇
しんどう・むねゆき 東京市政調査会研究担当常務理事 1946年生まれ。著書に『司法官僚』など。

2011年4月3日日曜日

大震災と喪失感 香山リカさんが選ぶ本

■時間をかけ、感情と向き合う
 戦後最悪の自然災害となった東日本大震災と、それに続く福島第一原発の事故。

 失ったものの大きさに、ただ呆然(ぼうぜん)としている人、いまだに恐怖や不安で落ち着かない人も少なくないだろう。世間は「一日も早い復興を」と盛り上げようとしているが、とてもそんな前向きな気持ちにはなれず情けない、と自分を責めている人もいるはずだ。
 しかし、それはあたりまえのことだ。今回の震災の犠牲者は1万人をはるかに超え、増え続けているが、その数が何万になろうとも、家族や知人にとってはそれはあくまで“愛する人ひとりの死”なのだ。悲しむ人や悲しみ方も当然、その分だけあり、決して「1万人分の悲しみ」という何かがあるわけではない。

●せかすこと慎む
 自らも愛妻をがんで亡くした医師・垣添忠生氏の『悲しみの中にいる、あなたへの処方箋(せん)』は、愛する人を失って悲嘆に暮れる人たちの心に、やさしくそして具体的に寄り添おうとする本である。「本なんかで勉強してもこの悲しみは消えない」と思う人もいるかもしれないが、「“そんなはずはない”という否認」「“誰もわかってくれない”という疎外感」など、親しい人と死別した場合に誰にでも起きうる反応が具体例をあげながら示されると、「私だけじゃなかったんだ」とそれだけでも気持ちが落ち着くのではないだろうか。
 では、どうすればそこから立ち直れるのか。本書の中で、著者は繰り返し、「『悲しむこと』に一心に打ち込むこと」、「我慢や遠慮をせず、おおいに涙を流すこと」の効用を説く。それをするには、時間や場所なども必要になるだろう。悲しみに暮れる人を「一刻も早く立ち直って」とせかすことを、私たちは慎まなければならないのである。
 『それでも人生にイエスと言う』は、第2次大戦中、強制収容所に収容された経験を持つ精神科医、フランクルの講演集だ。自らも極限的な苦しみを味わったはずのフランクルだが、人生における「苦悩」の意味を積極的に認めようとする。しかし、ただ苦悩すればよい、というわけではない。「苦悩が意味をもつかどうかは、その人にかかっているのです。その人だけにかかっているのです」。絶望のどん底にある人にとっては、いささか厳しすぎる言葉だが、「苦しみや困難を意味あるものにできるかどうかは、私次第」とつぶやくと、一筋の光が見えてくるようにも思う。
 そして、本書で何よりすばらしいのは、「それでも人生にイエスと言う」というタイトル。これは、収容所の人たちが自分たちで作った歌の一節だそうだ。

●小さな芽吹きが
 『もこもこもこ』は、私が昨年、父親を亡くしてまもなく、柳田邦男氏と対談したときに教えてもらった擬音だけの絵本だ。大地に何かが芽吹いて「もこもこ」「にょきにょき」と育っていき、「ぱちん!」とはじけて、その後に広がるのは「しーん」という静寂。しかし、裏表紙の内側「見返し」と呼ばれる部分に、小さく「もこ」と次の芽吹きが……。それ以上、何の説明もないのだが、悲しみによる混乱が続いていた私の心の中で、すとんと何かが腑(ふ)に落ちた。
 悲しみを悲しみのまま、抱きしめる。時間をかけてその感情と向き合い、自分なりの、自分だけの意味を見つける。そこから始めるしかないが、それは必ず始められるはずなのだ。
  ◇
かやま・りか 精神科医 1960年生まれ。著書に『生きてるだけでいいんです。』など。

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