2012年7月31日火曜日

被災地集団移転 官民の知恵と能力を結集せよ

東日本大震災の復興事業は時間との闘いでもある。復興が遅れるほど、故郷を見限り、離れる住民が増えてしまう。
 事業別に工程表を示すことなどで、被災者が将来に希望を持って地元に住み続けるようにすることが大切だ。
 大震災から1年4か月以上を経て、津波被災地での防災集団移転促進事業がようやく動き出す。最も進捗(しんちょく)が見られる宮城県岩沼市の6集落の移転事業で、移転先の宅地造成が8月5日に始まる。
 読売新聞の7月上旬の調査によると、岩手、宮城、福島3県の26市町村で約2万6000戸が集団移転の対象だが、このうち政府の同意を取り付け、事業化が決まったのは22%にとどまっている。
 住民の合意形成に時間を要したり、自治体の技術系職員の不足から移転先の土地確保などの手続きが遅れたりしているためだ。
 昨年度の復興関連予算約15兆円のうち6兆円が未消化なのも、復興事業の遅れを象徴している。
 過去の災害と比べて、今回は被害の規模がはるかに大きい。
 集団移転事業は、新潟県中越地震の際、115戸で約2年を要したのに対し、今回は、その200倍以上が対象になる。
 土地区画整理事業も、阪神大震災では20地区、平均12・8ヘクタールだったのに対し、今回は58地区、平均90ヘクタールに上っている。
 今後、東北の被災地で、膨大な宅地造成や住宅建設の事業が本格化すれば、作業員や資材の確保が困難になり、事業がより長引き、費用も膨らみかねない。
 宅地造成に必要な保安林の開発許可や埋蔵文化財調査などの作業を簡素化するため、規制緩和や指針策定を急ぐことが必要だ。
 東北の沿岸部は、過疎に悩む小規模自治体が少なくない。多額の予算を費やして集団移転しても、新たな過疎地や限界集落を作り出す可能性がある。移転先の将来像をどう描くのか、総合的な対策の検討が求められる。
 集団移転の作業を加速するには自治体の担当職員の数を増やすことが欠かせない。地道ながら、全国の市町村や政府が派遣する応援職員をさらに積み増すことが重要だ。OB職員を積極的に再任用し、派遣してはどうか。
 宮城県東松島市や女川町では、本来は自治体が行う設計・発注業務もゼネコンやコンサルタント会社に委任する設計・施工一括発注方式の町づくり事業を予定している。民間の知恵や能力を最大限活用し、事業を加速させたい。

地震の研究 観測強化を防災対策に生かせ

国民の生命や財産を守るために、今度こそ、有効な研究を進めたい。
 政府の地震調査研究推進本部(本部長・平野文部科学相)が、地震や津波の調査研究に関する「基本方針」の見直し案をまとめた。
 推進本部は、防災・減災対策の一環として、どこで、どんな地震が起こるかを調査、評価している。基本方針は、その手法や関係府省の分担を定めたものだ。
 見直し案は超巨大地震の発生を前提に、海底に地震計を増設するなど観測網の強化を打ち出した。各地の揺れや津波が、どれほど大きくなるかを、あらかじめ見積もれるようにするのが目的だ。
 速報の予測技術の改良や高度化にも取り組む。東日本大震災では当初、気象庁が津波の高さを低く予報したり、余震の緊急地震速報が誤ったりした。
 マグニチュード9だった大震災の教訓を踏まえれば、妥当な内容と言えよう。
 現行の基本方針は2009年に策定されたが、大震災では、それまでの調査研究の成果をほとんど生かせなかった。
 超巨大地震の発生も、巨大津波の襲来による大規模な被害も、予測されていなかったためだ。全くの「想定外」続出で、基本方針は根底から揺らいでいた。
 調査研究の成果を、地震・津波対策の強化につなげることが重要だ。防災対策の司令塔である中央防災会議は、推進本部と密接に連携すべきである。
 大震災で日本列島の地下の状況が変わり、これが新たな巨大地震を誘発するとの懸念もある。04年のインドネシア・スマトラ島沖地震の後、実際、こうした誘発地震が続発している。
 西日本の太平洋沿岸では、地震や津波の規模が東日本大震災を上回ると言われる南海トラフ巨大地震の発生が心配されている。
 地震の調査研究の充実は待ったなしと言えよう。
 今回の見直し案には、過去の津波の痕跡を各地の沿岸で調べるなど新たな視点も盛り込まれた。だが、ほとんど専門家はいないのが現状だ。人材の育成や体制の整備も忘れてはならない。
 地震は複雑かつ、多様な要因が重なって発生するため、完璧な予測は困難だ。思わぬ場所で思わぬ巨大地震が発生する「想定外」の恐れは常にある。
 新たな基本方針は、そうした限界を専門家が政府内外に丁寧に説明することを求めている。情報発信の工夫も必要だ。

国民年金未納―一歩踏み込んだ対策を

自営業者やパート労働者らが加入する国民年金で、保険料の未納がまた増えた。昨年度の納付率は58.6%で、4年続けて過去最低を更新した。
 サラリーマンやその配偶者らを含む公的年金の加入者全体では95%が納めている。しかし、国民年金では加入者約1900万人のうち、今年3月まで2年間、保険料を払っていない人が320万人もいる。
 未納問題が年金への不信や不公平感を高め、それが未納につながる悪循環を、早く断ち切らねばならない。政府は踏み込んだ対策をとる必要がある。
 まずは「保険料を払えるのに払わない人」への対策だ。
 悪質な未納者からは強制徴収できる仕組みがある。ただ、日本年金機構が最終的に財産を差し押さえた例は、昨年度で5千件余り。前年度から増えてはいるが、1万2千件近かった06年度と比べれば半数以下だ。
 年金記録問題への対応などに追われ、強制徴収が手薄になったという。
 年金機構から厚生労働省、財務省を通じて国税庁に滞納処分を委任できる仕組みも、国民年金では使われたことがない。
 国税庁には税金の滞納処分を通じてノウハウが豊富にある。「国税庁が乗り出した」というだけで、一定の効果が期待できよう。政府もやっと積極的に活用する方針を打ち出した。
 年金機構と国税庁を核に、徴収業務の連絡と調整を担う組織を立ち上げる構想もある。縦割り意識を捨て、連携を深めてもらいたい。
 保険料を「払えない人」への対策も欠かせない。
 障害者や生活保護の受給者のうち一定の人は、保険料が自動的に免除される。所得の少ない人も、申請すれば全額または一部が免除される。
 年金機構は市町村などから得た所得情報に基づき、免除の対象者に文書を送って申請を促している。年に百数十万件に及ぶものの、応じない人が多い。申請して全額免除になった人は3月末で230万人いるが、1年間で9万人増えただけだ。
 未納が続くと将来、年金を受け取れなくなる恐れが高まる。無年金や低年金の人が増えないようにするには、申請を待たずに免除手続きができるようにすべきだろう。
 年金も保険である以上、「本人が申し込む」という申請主義が原則ではある。ただ、その見直しがたびたび議論されてきたのは、未納問題が一向に改善しないためだ。厚労省は一歩踏み出すときではないか。

北方領土―利益見すえて交渉せよ

領土問題をめぐる立場の隔たりは大きいが、解決は互いに豊かな利益をもたらす。そのことをロシア側に納得させ、打開への道を見いだしたい。  日ロ外相会談がロシアの保養地ソチであり、北方領土問題で首脳間をふくめて協議を続けることで合意した。  5月の大統領復帰前から日本との関係改善に意欲を見せてきたプーチン氏も玄葉光一郎外相と会談し、「互いに受け入れ可能な領土問題の解決をめざす」との持論をあらためて語った。  だが、今月初めのメドベージェフ首相の国後島訪問について、ラブロフ外相は「日本の抗議は受け入れられない」とし、政府要人の北方領土訪問を続ける考えを示した。「第2次世界大戦の結果、ロシア領になった」という強硬な主張も変わっていない。  空港や産業施設を整備するなど、北方領土の実効支配を強める政策もロシア側は着々と進めている。日ロ関係の改善でプーチン氏がねらうのも領土問題の解決ではなく、ロシア極東やシベリアの開発に必要な資金や技術を引き入れることだ――。そうした警戒が日本側に絶えないのも、当然といえよう。  一方で、注視すべき動きもある。ロシアは4年前に中国との国境交渉を決着させた。昨年はノルウェーとの係争海域を画定し、今月半ばにはウクライナと海峡の国境問題も解決した。  いずれもロシアは、相手国との関係や資源開発での協力など経済的な実利を重視し、領土や権益の面で譲歩もしている。  北方領土問題には、第2次世界大戦終結に際しての旧連合国の思惑や、冷戦の影響が複雑にからみ、解決をさらに困難にしている。  それでも、利益があれば領土面で一定の譲歩にも応じるプーチン氏の外交の性格を、注意深くみていく必要がある。その真意も、結局は交渉を通じてつかんでいくほかない。  中国の経済的・軍事的な強大化が象徴するように、アジア太平洋をめぐる国際情勢は急速に変化している。南シナ海での領土や海洋権益をめぐる争いや北朝鮮の核開発は、ロシアが求めるこの地域との経済関係の強化にも重大な障害となる。  航行の安全もふくめ、さまざまな分野で日ロが共同歩調をとれば、互いに大きな利益を引き出せる。9月に極東ウラジオストクで予定される次の日ロ首脳会談は、そのことを協議する最初の重要な機会である。  本格交渉のスタートとすべく、万全の準備で臨むべきだ。

2012年7月30日月曜日

日露外相会談 戦略を持って交渉を継続せよ

ロシア南部の保養地ソチで行われた玄葉外相とラブロフ露外相との会談は、北方領土問題について、次官級、外相、首脳のレベルでそれぞれ交渉していく方針で一致した。
 日本とロシアが領土問題を前進させる環境は、まだ整っていない。様々な協議を通じて首脳間の信頼関係を構築することが先決だ。
 外相会談で、玄葉氏はメドベージェフ首相が今月初旬、北方領土の国後島を視察したことに改めて遺憾の意を示した。双方が国民感情に配慮しながら協議する必要があると述べたのも当然だろう。
 ラブロフ氏は「落ち着いた雰囲気で感情的にならずに」議論を続けるとしながらも、露要人の領土訪問は今後も続くと述べた。
 だが、これは極めて問題だ。
 ロシア側が、日本政府の意向を無視し、自国の論理だけで北方領土の実効支配を強めることは容認できない。
 日本の抗議の意思がどこまでロシア側に伝わっているのか疑問である。日本の政権基盤が不安定で、ロシア側から足元を見られているのかもしれない。
 玄葉氏は領土問題で「両国間の諸合意、諸文書、法と正義の原則に基づき解決したい」と強調した。ただ、日露間では「法と正義の原則」など、基本的な考え方が異なっている。それをどう克服するか、打開策を探る必要がある。
 玄葉氏はプーチン大統領とも会談した。プーチン氏は日露間の経済発展の現状を高く評価し、「何ができるか、何をすべきかを考えないといけない」と述べ、日露の協力拡大に期待を表明した。
 実際、日露間の経済関係は深まっている。サハリンの石油・天然ガス開発プロジェクトや自動車分野などで、日本企業の進出が目立つ。2011年の貿易額は過去最高の約307億ドルとなった。
 日露関係の強化は、双方にメリットがある。経済だけではなく、北朝鮮の核問題や、経済・軍事力を高める中国に対処するためにも、重要性を増すだろう。
 プーチン氏は玄葉氏に「相互に受け入れ可能な解決策を探るべく、交渉を継続したい」との意向を示した。真意は不明だが、領土問題解決に意欲を見せている。
 日本政府は、アジア太平洋地域を重視するプーチン政権に、どう向き合い、領土問題解決への糸口を見いだすか。対露戦略を練り直さなければならない。
 プーチン氏と親交のある森元首相を特派するなど、“オールジャパン”で対応すべきだ。

電子書籍 活字文化の発展につなげたい

この夏、電子書籍の普及を目指す市場の動きが活発化している。活字文化の一層の発展につながるよう、環境整備を図るべきだろう。
 インターネット通販大手の楽天は、低価格の電子書籍端末の販売を始めた。業界最大手の米アマゾン社も、近く日本語で読める端末サービスで事業参入する。電子書籍の配信に本腰を入れる出版社も増えている。
 ただし、携帯電話向けのコミックなどが電子書籍市場の多数を占めているのが実情だ。
 普及が進まないのは、端末価格が高額な上、電子版で読める本の数が限られているためである。電子書籍の規格も統一されておらず、端末を買っても電子書籍がすべて読めるとは限らない。これでは読者層は広がるまい。
 電子書籍端末の発売でブームが起きた2010年を電子書籍元年と呼ぶこともあったが、掛け声倒れに終わった感が否めない。
 今春、大手出版社や官民合同ファンドなどの出資で「出版デジタル機構」が設立された。デジタル化が進まない中小出版社の書籍の電子化などを支援していく。電子書籍市場の拡大に一定の役割を果たすと見られている。
 無論、本当の読書の楽しさは、紙の本でしか味わえないという人も多いだろう。だが、電子化が進めば、発行部数の少ない学術書や専門書の入手が容易になる。品切れになった本が電子版として復刊されるケースも相次いでいる。
 最先端の電子書籍には、文中に書き込んだり、言葉を辞書で調べたりする機能が付いているものがある。ツイッターで感想を発信することも可能だ。新しい読者層が広がるに違いない。
 電子化時代には、新たな課題も浮上している。
 例えば、紙の本が許可なく複製され、ネット上に大量発信されると被害は甚大だ。しかし、本のレイアウトや編集を担う出版社は、著作権法上の権利が保障されておらず、権利侵害を訴えることができない。
 そのために、出版社などに「著作隣接権」と呼ばれる権利を付与することが検討されている。
 国会議員や有識者が組織した印刷文化の基盤整備を検討する勉強会は、著作隣接権の創設に向けた中間報告を発表した。この権利によって保護される対象には、電子出版用のデータの作成者も含めるべきだと提案している。
 活字文化を守るため、議論を深めていく必要がある。

国会を包囲する人々―民主主義を鍛え直そう

夕暮れの国会議事堂を、無数の灯(ともしび)が取り囲んだ。
 きのう、市民グループの呼びかけであった「国会大包囲」。脱原発を求める人々が、キャンドルやペンライトを手に「再稼働反対」を連呼した。
 ここ数カ月、毎週金曜の夕方には、首相官邸と国会の前でも何万という人々が抗議の声をあげている。
 1960年の安保闘争から半世紀。これほどの大群衆が、政治に「ノー」を突きつけたことはなかった。
 「もの言わぬ国民」による異議申し立て。3・11と福島原発事故がもたらした驚くべき変化である。
■原発再稼働で拡大
 官邸前の抗議行動は、3月末に300人ほどで始まった。それが、6月に政府が大飯原発の再稼働を決めた前後から、みるみる膨らんだ。
 「大包囲」に来た高知県四万十市の自営業の女性(60)は、再稼働を表明した野田首相の記者会見に憤る。「国民の安心のために決断したという言葉が許せない。正直に金もうけのためといえばいいのに」
 再稼働を急ぐ政府や電力会社は「本当のこと」を語っていない――。話を聞いた参加者にほぼ共通する思いだ。
 まず、「安全だ」という説明が信じられない。
 当然だろう。事故原因も判然とせず、大飯では活断層の存在も疑われている。首相が「事故を防止できる体制は整っている」と力んでも、真に受ける人がどれほどいるのか。
 「電気が足りなくなる」という説明にも疑問の目を向ける。
 足りない、足りないと言いながら、昨冬もこの夏も余裕があるではないか。再稼働の本当の理由は、電力会社の経営を守るためではないのか。
 参加者の中には、原発ゼロを実現するにはある程度時間がかかると考える人もいる。
 もし首相が「脱原発」の立場を明確にし、危険度の高い原発から順次廃炉にする行程を示していたら、ここまで怒りが燃え広がることはなかったのではないか。
■根強い体制不信
 ただ、問題は野田政権のふるまいだけにとどまらない。抗議の根っこにあるのは、間接民主主義のあり方に対する強い不信感である。
 兵庫県姫路市の女性(77)は「民主主義は民の声を聴く政治のはず。声が届かないのはファッショだ」と語った。
 こんな声は抗議の場のあちこちで聴かれる。
 有権者が、選挙で選んだ自分たちの代表(議員)を通じて政策を実現する。その間接民主主義の回路が機能せず、自分たちの声が政治に届かない。
 そんないらだちが、人々を直接民主主義的な行動に駆り立てているのではないか。
 そして、これを決定づけたのが原発事故だった。
 これは天災ではなく、電力会社や政府による人災だ。メルトダウンの事実も、放射性物質の飛散情報もすぐに公表しなかった。そんな政府の情報をもとに報道するメディアも信用できない――。
 政治不信にとどまらず、新聞やテレビまで「体制側」とみなして批判の目を向ける。それほど不信の根は深い。
■補完しあう関係築け
 直接民主主義の流れは、今後も強まるだろう。
 安保闘争のような大規模な政治行動は、高度経済成長とともに70年代以降、影を潜めた。
 いまは右肩下がりの時代。手にしていたはずの豊かさも、安全までも、ポロポロとこぼれ落ちる。さまざまなテーマで、政治の責任を追及する声がやむことはあるまい。
 そんなとき、官邸の壁を隔て、「体制」と「民衆」が相互不信に凝り固まって対峙(たいじ)していては何も生まれない。
 直接民主主義は、選挙と選挙の間の民意を映す方法としては有効だ。しかし、その声を政策に落とし込むのはあくまでも政党や政治家の役割である。
 国民との間の詰まったパイプを修繕し、新しい回路をつくることで相互補完の関係を築く。
 一連の抗議行動を呼びかけた市民グループのリーダーの一人は「大規模な抗議行動で、数を可視化することで議員が動き出した」と語る。
 抗議の人波が膨れあがるのにあわせて、与野党の議員が行動に加わるようになった。地方議員らが「原発の即時全廃」を掲げて「緑の党」を立ち上げた。
 中には選挙目当ての便乗組もいるだろうが、人々の声が政治を動かしつつあるのは確かだ。
 抗議行動の主催者らは、官邸側に面会を申し入れているという。この際、老壮青の参加者も招き入れて、首相みずから話し合ってはどうか。
 それを手始めに、不信に動かされる「負の民主主義」を、信頼と対話に基づく「正の民主主義」に鍛え直していくのだ。

2012年7月29日日曜日

野村CEO辞任―不正のシステムを断て

上場企業の公募増資をめぐるインサイダー事件で、証券最大手、野村ホールディングスの渡部賢一・最高経営責任者(CEO)が辞任する。
 当局の追及に加え、日本航空の再上場で主幹事のまとめ役から降ろされるなど、「野村排除」の動きに追い込まれた。
 担当部署内で秘密にすべき増資の情報が営業部門に漏れ、収益偏重の企業文化も放置されてきた。経営陣がずさんな管理の責任をとるのは当然だが、それにもまして重いのは、最大手が不正に走ることで業界に腐敗を広めた罪である。
 一連のインサイダー事件で特徴的なのは、証券会社の客筋に当たる運用のプロたちによる悪質で組織的な不正だ。
 代表例が大和証券からの情報でインサイダー取引をしたとして摘発された米ヘッジファンド傘下の投資助言会社である。野村はその最大の取引先だった。
 助言会社の手口はまさに「不正のシステム化」だ。「我々はインサイダー規制の対象外」と言って証券会社に内部情報を求め、情報の価値や持ち込む頻度に応じて証券売買の発注を割り当て、競わせた。
 そして、シンガポールにある運用会社と一体となって東京市場でインサイダー取引を繰り返していたという。
 証券取引等監視委員会は課徴金支払いを命じるよう金融庁に勧告し、金融庁は助言会社の実態を資産運用業とみなして登録を取り消した。
 助言会社のシステムを前提とすれば、野村との取引には問題がなかったとは考えられない。むしろ最大手の迎合が不正システムを拡大させた疑いが強い。野村は社内調査でここを詰め切れず、当局にげたを預けた。証券界の出直しのためにも、全貌(ぜんぼう)解明が欠かせない。
 助言会社を日本に、運用会社を海外に置く例はほかにもある。助言会社を不正取引の隠れみのにさせてはならない。
 運用のプロが不正な情報を要求する動きを早期につかむ通報制度の整備や罰則の検討を急ぐべきだ。海外の監督当局との連携も重要になる。
 そもそも、金融商品取引法には不正を幅広く禁じる規定があるが、当局は市場の萎縮を恐れて適用に慎重だった。
 しかし、おりしも英国ではロンドン銀行間取引金利(LIBOR)の不正な操作が明らかになり、世界的に金融証券市場に対する不信が高まっている。
 当局は発想を転換して、機動的な摘発による信頼回復を優先すべき段階に来ている。

大阪都構想―「住民本位」の魂入れよ

橋下徹大阪市長が掲げる「大阪都」構想の実現に向けた法案を、民主、国民新、自民、公明、みんなの党などが共同で週明けの国会に提出する。いまの国会で成立する見通しだ。
 法案は、政令指定市とその周辺をあわせた人口が200万人以上の区域を対象に、市町村を廃止して特別区を置くことを認めるものだ。
 大阪だけに適用されるものではないため、大阪府を「都」とする条項はなく、府の名称は変わらない。
 成立すれば、地方の発案による新しい自治体の形づくりに道を開くことになる。分権改革のひとつとして評価できる。
 ただし、これは、特別区設置に向けた手続きを定めた法案だ。特別区がどんな行政サービスを担うのかといった中身については触れていない。
 橋下氏が率いる大阪維新の会の構想は、大阪市を解体して特別区に再編し、府との間で権限や税財政の配分を効率的に整理しようというものだ。
 大阪府と市の権限争いを終わらせるのにとどまるのでなく、いかに住民本位の制度をつくれるか。橋下氏らの力量が問われるのは、これからだ。
 与野党の法案が一本化されたのは、構想への協力姿勢を示すことで、次の衆院選で維新の会を敵に回したくない思いがあったのは明らかだ。
 各党の当初の案の中には、制度づくりで政府の関与を認めず、関係自治体での住民投票すら不要という「維新の会の言うがまま」の案もあった。
 いくら地方の発案を尊重するにしても、府と特別区の役割分担などを見直すには、新たに地方自治法や地方税法などの改正が必要になるのは確実だ。
 東京都と違って大阪府・市は、地方交付税がなければ財政が立ちゆかず、政府との調整は不可欠だ。住民投票がないというのも乱暴にすぎる。
 その点、今回の法案では、法改正が必要な項目については総務相との協議を義務づけ、関係する議会の議決と住民投票による過半数の賛成が必要とした。各党の協議により、妥当な内容に落ち着いたといえる。
 今後、維新の会が区割りや財政調整などの計画をつくり、議会や住民が認めれば議論の舞台は再び国会に戻ってくる。新しい大阪府の中身にかかわるこの議論は、自治制度のひとつの大きな改革の仕上げとなる。
 橋下氏をめぐる政局的思惑から離れ、どれだけ住民目線の姿勢を貫けるか。国会もまた試されることになる。

米GDP低迷 景気失速を防ぐテコ入れ策を

米国経済の減速が、一段と鮮明になってきた。思い切った景気テコ入れ策が求められよう。
 米国政府が発表した2012年4~6月期の実質国内総生産(GDP)の速報値は、前期比年率で1・5%増にとどまった。1%台の低成長は、3四半期ぶりである。
 失業率が8%台に高止まりするなど雇用悪化に伴って、個人消費が伸び悩み、企業の設備投資が低調だったことが主因だ。欧州債務危機の再燃にも影響を受けた。
 米国経済は昨年末、いったん景気回復の軌道に乗ったように見えたが、勢いは続かなかった。
 米国景気の足踏みは続き、今年後半から来年にかけ、さらに減速するという観測も出ている。
 スペインの財政不安拡大に対し、独仏首脳が「あらゆる措置を取る」ことで合意したが、先行きは不透明だ。欧米経済の不振は、世界経済の波乱要素と言える。
 問題は、景気を下支えする米国の財政・金融政策に手詰まり感があることだ。
 ブッシュ前大統領が01年以降に実施した所得税減税などの大型減税措置は今年末に失効する。財政再建を目指す与野党合意により、来年から政府歳出の強制削減措置も発動される予定だ。
 ブッシュ減税失効による事実上の増税と、巨額の歳出カットは、「財政の崖」と呼ばれる。
 崖から転落するような超緊縮財政は景気にマイナスだ。ショックを和らげようと、オバマ大統領が中低所得層向けの減税延長を提案したのはもっともである。
 しかし、11月の大統領選に向けて対決色を強める野党共和党は富裕層を含めた減税延長を求め、歩み寄りはうかがえない。決着は選挙後に持ち越されそうだ。
 適切な財政政策をすぐに打ち出せない以上、当面は、金融政策の下支え効果に期待が高まろう。
 米連邦準備制度理事会(FRB)は6月末、長期国債の保有比率を高めて長期金利の低下を促す金融緩和策を半年延長した。だが、市場の焦点だった量的緩和策の第3弾(QE3)は見送った。
 雇用情勢の悪化が止まらず、欧州危機拡大で市場が混乱する場合には、QE3を含め、追加策をためらうべきではあるまい。
 ただ、FRBの追加策は、ドルやユーロに対する歴史的な超円高を加速させ、日本の景気に深刻な影響を与える可能性がある。政府・日銀は警戒を強め、円高阻止の為替介入や、一段の金融緩和策を検討してもらいたい。

児童虐待 通報を生かす態勢の拡充急げ

虐待されている乳幼児を救うには、児童相談所(児相)や地域が協力して、異変を早く発見することが重要だ。
 厚生労働省が2011年度に全国の児相で対応した虐待の通報や相談件数をまとめた。前年度を約3500件上回る、5万9862件に達し、過去最多を21年連続で更新した。
 要因には、虐待防止に向けて、社会の通報意識が高まっていることもあるだろう。
 今月25日、兵庫県で1歳の長女を虐待していた両親が逮捕され、子供は保護された。きっかけは、親子が訪れた店に居合わせた客が女児の顔のあざを不審に思い、警察に知らせたことだった。
 こうした行動を、いらぬおせっかいと考えて躊躇(ちゅうちょ)してはならない。児童虐待防止法は関係機関への通告を義務づけている。
 問題は、社会の関心の高まりをきちんと生かせるかどうかだ。
 併せて公表された10年度の虐待事例の分析によると、51人の子が虐待を受けて死亡し、うち7例は児相が情報をつかんでいた。
 最近も、今月9日に埼玉県で5歳男児が母親と内縁の夫に暴行され、死亡している。
 児相は虐待を把握しており、一時保護もしたが、虐待の心配が少なくなったとみて、親元に帰していた。結果的には児相の判断ミスと言えよう。教訓を今後の対応に生かさねばならない。
 児相が抱える構造的な問題が人員不足である。通報や相談件数はこの10年で2・6倍にもなっているのに、児童福祉司の増員は1・6倍にとどまっている。
 初期の通報や相談に対応できる人員をまず確保しなければ、深刻な事案にはなおのこと十分に対応できまい。都道府県や政令市は、職員の配置を見直し、態勢を拡充することが急務だ。
 虐待による死亡例の8割が3歳以下に集中している。「望まない妊娠」で子を産んだ若い親が虐待するケースが目立つ。産婦人科など医療機関も連携を深め、虐待の予防に取り組んでもらいたい。
 「親権」を盾に児相などの介入を拒む親もいる。
 これに対し、児童相談所長などの申し立てがあれば、家庭裁判所が期限付きで親権を停止できる法的制度が今年4月からスタートした。ある程度の時間をおいて、虐待する親の更生を図るものだ。
 4~6月の3か月だけで、児童相談所長から7件の申し立てが出ている。親子関係の再建につなげる方策として活用したい。

2012年7月28日土曜日

ロンドン五輪 数多くの感動を味わいたい

ロンドン五輪が開幕した。世界のアスリートたちは、どのようなドラマを見せてくれるのか。4年に1度のスポーツの祭典を堪能したい。
 今回の夏季五輪には、204の国・地域が参加する。そのすべてから女子選手が出場する初の五輪だ。全競技で女子種目が実施される初めての大会でもある。
 ロンドンで五輪が開催されるのは、1908年、48年に続き3度目となる。
 今回、英国政府が神経をとがらせているのは、テロ対策だ。選手村は、高圧電流が流れる高さ約5メートルのフェンスに取り囲まれている。ロンドン市街には地対空ミサイルも配備されている。
 8月12日の大会終了まで、万全の警備体制を敷いてほしい。
 欧州は金融危機の中にある。英国も例外ではなく、超緊縮財政下での「倹約五輪」となった。日本円にして約1兆1300億円とされる大会経費は、中国の国威発揚の場となった前回北京五輪の4分の1とも言われる。
 メーンスタジアムの建設には、産業廃棄物などが原料のコンクリートを利用した。選手村は大会終了後、民間の集合住宅として生まれ変わる予定だ。
 経費抑制、環境への配慮、施設の有効活用――。これらがロンドン五輪らしさを示している。
 日本にとっては、五輪に初めて参加した1912年のストックホルム大会から、ちょうど100年の節目を迎えた。
 今回、出場する日本選手は293人。選手団の目標は、国別の金メダル数で5位以内になることだ。北京五輪での金メダルは9個で、8位だった。5位になるには15個以上が目安となるだろう。
 政府は近年、メダル有望種目に的を絞って、強化費を重点配分する事業に力を入れている。政府主導の強化策が奏功するかどうかも問われる五輪と言える。
 大会序盤の競泳や柔道、体操などで好成績を挙げれば、日本選手団全体が勢いに乗る。
 特に、競泳平泳ぎの北島康介選手は、100メートルと200メートルで五輪3連覇の偉業に挑む。五輪史に名を刻む泳ぎを期待したい。
 男女サッカーの白星発進で、国内は早くも沸き立っている。日本選手の活躍は、応援する私たちを元気づけてくれる。
 感動を呼ぶシーンが多いほど、五輪への関心も高まるだろう。2020年東京五輪の招致活動を盛り上げていくうえでも、追い風となるに違いない。

野村トップ辞任 証券会社はタガを締め直せ

大手証券が自ら市場の公正を踏みにじった責任は重い。トップ辞任は当然である。
 上場企業の公募増資を巡るインサイダー取引問題を受け、野村ホールディングスの渡部賢一グループ最高経営責任者(CEO)ら経営首脳2人が今月末、引責辞任する。
 野村が6月末に社内調査結果と当面の再発防止策を発表した際、渡部氏は自らの処分を減給にとどめ、辞任を否定していた。
 その後、株の売り出しなどの主幹事業務から、野村が外されるなど顧客離れが広がり、経営体制の刷新を迫られたのだろう。遅きに失した感は否めない。
 後任のCEOは、今年4月から傘下の野村証券で社長を務める永井浩二氏が兼務する。
 永井氏は記者会見で「野村を根底から作り替える」と述べた。言葉通り社内改革を進め、再発防止策を徹底してもらいたい。
 野村では15年ぶりに営業出身のトップだ。永井氏は、収益偏重でモラルの低下した営業現場のタガを締め直す責任がある。
 今年は増資情報を悪用したインサイダー取引の摘発が相次ぎ、このうち野村からの情報漏洩(ろうえい)は3件と最も多かった。
 機関投資家などを担当する営業部門が、企業増資を扱う法人部門から未公開情報を入手し、「早耳情報」として投資家に提供していた。本来、両部門の間に情報を遮断する壁が築かれているはずなのに、有名無実になっていた。
 大口顧客を未公開情報でもうけさせれば、個人など一般投資家に不利益を与え、市場の公平性をゆがめる。許されない行為だ。
 野村の追加調査では、摘発された不正取引以外に複数の情報漏洩の可能性が指摘されている。恒常的に行われていたのではないか。全容を解明する必要がある。
 インサイダー取引につながった情報漏れは、SMBC日興証券(旧日興コーディアル証券)や大和証券などでも発覚した。得意先の大口投資家への増資情報の提供は、大手証券の営業慣行としてまかり通っていた疑いがある。
 日本証券業協会の自主ルール強化など、証券界を挙げて再発防止に取り組むべきだ。
 政府は、金融商品取引法を改正し、インサイダー取引に対する課徴金の引き上げや、情報を漏らした側も処罰の対象とすることなどを検討している。
 日本市場は「インサイダー天国」という汚名を返上するため、罰則の強化を急がねばならない。

最低賃金―底上げは社会全体で

働く人の賃金が生活保護の水準を下回る「逆転現象」が、なかなか解消されない。
 最低賃金の今年度の引き上げ目安額は、全国平均で7円にとどまった。この通りになると、時給は平均744円になる。
 逆転現象が起きていた11都道府県については、引き上げ額の目安に幅を持たせた。今後、都道府県ごとに最低賃金を決めるが、目安に沿って最大限引き上げても、北海道と宮城県では逆転したままだ。
 目安額は、厚生労働省の審議会で労使が徹夜で議論したものの、大震災が影響して低水準となった昨年度の実績額と同じ。景気に明るさが見えていただけに、残念だ。
 かつて最低賃金は、おもに主婦パートや学生アルバイトが対象とみられていた。今はそれに近い水準で生計を立てている人も多い。逆転解消は不可欠だ。
 気になるのは、生活保護への風当たりが強まっていることである。自民党は保護費の水準を10%引き下げる政策を掲げる。
 厚労省は5年に1度の消費実態調査の結果を受け、保護費の見直し作業に入っている。
 今年中には報告書がとりまとめられるが、デフレ傾向を反映して保護費が引き下げられる可能性が高い。
 その動きに連動し、最低賃金を抑えようという考え方では、デフレを加速させかねない。賃金が低迷すれば、人々は低価格志向を強め、それが人件費をさらに押し下げる圧力になる。
 賃金が安く、雇用が不安定なワーキングプアが増えれば、結局、生活保護費はふくらむ。
 こんな悪循環から脱出するためにも、最低賃金は引き上げていきたい。
 ただ、低い賃金で働く人が多い中小・零細企業ばかりにコストを負わせるのは酷だろう。社会全体で取り組むべきだ。
 経済構造を変えて、まともな賃金を払えるような付加価値の高い雇用をつくる。そこへ労働者を移していくために、職業訓練の機会を用意し、その間の生活を保障する。
 雇用の拡大が見込まれる医療や介護の分野では、きちんと生活できる賃金が払えるよう、税や保険料の投入を増やすことも迫られよう。
 非正社員と正社員の待遇格差も是正する。そのために、正社員が既得権を手放すことになるかもしれない。
 いずれにせよ、国民全体で負担を分かち合わなければならない。私たち一人ひとりにかかわる問題として、最低賃金をとらえ直そう。

五輪の力―曲折をこえ、輝き放つ

女子と男子のサッカー白星スタートで、日本代表に弾みがついたロンドン五輪。この夏は、近代スポーツを生んだ国への里帰りだ。かつてアマチュアリズムを掲げた五輪は、億万長者のプロも出る祭典に姿を変えた。
スポーツと報酬を切り離したアマチュアリズムの思想は、19世紀後半に英国で作られた。
上流階級が、体力に優れる労働者階級に負けるのを嫌がり、独占的にスポーツを楽しむためにつくった差別的な思想が原点にある。「職工、労働者、日雇い労働者」は除外された。
生活の糧をスポーツで得る人間をプロとみなし、排除する考えは、五輪にも組み込まれた。
第2次大戦後、おもに共産圏でスポーツの力を国威発揚に使った。国に手厚く保護され、メダルを量産した。
時代にそぐわなくなったアマチュア規定は、1970年代に五輪憲章から消えた。
階級差別は昔の話になったが、今は経済力の格差がある。
メダル集めの上位には、国策で選手強化に取り組むことができる国が目立つ。最先端の用具を使い、医科学の粋を集めた練習メニューで鍛える。五輪切符をつかむために、世界を転戦する。日本も国主導で、金メダル数世界5位以上をめざす。
開催国の英国をふくめ、メダルが有望な種目に強化費がかたよる傾向がある。弱小の競技団体は自助努力を求められる。勝ち組と負け組を分ける、新たな差別が生まれている。
そうした矛盾を抱えつつも、五輪の輝きは、世界の人々の目を引きつけてやまない。
国際オリンピック委員会(IOC)はテレビ放送権料やスポンサーから集める巨額の協賛金の一部を元手に、途上国のスポーツ支援に取り組んでいる。貧困や混乱が続く国から参加できるのは、そうした取り組みの恩恵も大きい。
内戦が激化するシリアや「アラブの春」をくぐりぬけたチュニジア、リビア、エジプトからも選手団がつくられた。IOCに加盟する約200の国と地域がロンドンに集う。
自己の限界に挑む姿に、私たちは心を打たれる。メダル争いがすべてではない。
五輪は肥大化し、商業主義に依存するようになった。多くの曲折があったし、課題は残る。
くらしや経済が国境を越える時代になぜ、国ごとの熱狂かとためらいを覚える人もいるだろう。だが、古めかしい遺恨や領土問題で熱くなるより、よほどよい。アスリートたちの躍動に喝采を送ろう。

2012年7月27日金曜日

北朝鮮新体制 「先軍政治」から転換できるか

北朝鮮の若い指導者、金正恩・党第1書記の後見役と目されていた軍総参謀長の解任が、様々な臆測を呼んでいる。
 新体制が本格的に始動して3か月余りたった北朝鮮の行方には不確実さが増しており、警戒が怠れない。
 解任された総参謀長は、金正日総書記時代の2年前、正恩氏と一緒に党中央軍事委員会副委員長に抜擢(ばってき)され、政治局常務委員も務める軍のトップエリートだった。
 総書記の葬儀では、正恩氏とともに霊きゅう車の先頭を歩き、新体制で正恩氏を支える軍部の要と見られていた。
 すべての職務からの解任を決めた政治局会議は、「病気のため」と説明しているが、背景に権力闘争の存在を指摘する声もある。
 大将だった金正恩氏は、総参謀長の解任直後に「共和国元帥」に昇格した。名実ともに軍部を掌握したことを示し、政権の安定ぶりを誇示する狙いがあろう。
 北朝鮮の軍に目立った動きは伝えられていないものの、日本は米韓両国と連携し、今後の動向を注視しなければならない。
 金正恩氏は、父親の「遺訓」を無条件で貫徹するとしながらも、目新しい統治スタイルを随所で示している。
 北朝鮮メディアが、正恩氏に随行していた若い女性を「夫人」と紹介し、結婚していた事実を明らかにしたのはその一例だ。
 ミニスカートの女性楽団の公演を放映させ、ミッキーマウスに似たキャラクターが登場した。
 権威主義的で神秘性を好んだ父親との違いを強調しようとしているかのように見える。孤立ではなく、国際社会と交流を深めたい意欲すら、うかがえる。
 問題は、こうした変化が果たして軍事最優先の「先軍政治」の転換につながるのかどうかだ。
 正恩氏が演説で強調した通り、最優先課題は「人民の食糧問題の解決」だ。空腹を我慢するために「ベルトを締めあげずにすむよう」経済を立て直すことにある。
 正恩氏は耕地面積の拡大や生産性向上を指示した。「外貨稼ぎ」の名の下に行われている地下資源の無秩序な開発・輸出を批判し、資源を内閣が一元的に管理する方針を表明した。経済の抜本的改革に乗り出す予告とも受け取れる。
 だが、核とミサイルの開発によって国際社会からの経済制裁を招き、経済再建の選択肢を自ら狭めてきたのが、北朝鮮の現実だ。
 先軍政治から「経済最優先」への転換は容易ではあるまい。

ウナギ取引規制 日本の食文化を守る戦略を

日本の食文化を守るうえで気になる動きだ。
 絶滅の恐れがある生物の国際取引を規制するワシントン条約の対象に、ウナギを加えることを米政府が検討している。
 アメリカウナギのほか、日本で広く食べられているニホンウナギも含まれる。規制案は、輸出国の許可証を必要とするものだ。
 米政府は、2013年3月に開かれるワシントン条約締約国会議で正式に提案するかどうか、今秋にも方針を決定するという。
 全面的な輸出入の禁止ではないが、規制が実施されれば、国内消費の7~8割を輸入に頼る日本への影響は避けられない。
 農林水産省は米国の動向を注視するとともに、ウナギの安定供給を図る総合的な戦略を早急に講じる責任がある。
 米国がウナギ保護を求める背景には、乱獲や地球温暖化の影響などで、世界的に資源量が大幅に減少している事情がある。
 すでにヨーロッパウナギは、欧州連合(EU)の提案で07年に規制対象に決まった。
 このため日本は、ニホンウナギを養殖する中国や台湾などから、大半のウナギを輸入している。
 国内では、養殖に使う稚魚のシラスウナギが3年連続の記録的な不漁で、漁獲量は約50年前のピーク時の5%にも満たない。
 郡司農相は「枯渇している状況ではない」と説明するが、油断するのは禁物だ。
 前回10年のワシントン条約の会議では、欧米が大西洋・地中海クロマグロの禁輸案を提案した。途上国などを日本陣営に引き込むことで、辛うじて否決できた。
 クロマグロ同様、世界で取れるウナギの大半は、日本人が食べている。それだけに、国際社会の理解を得るには、日本が率先してウナギの保護や資源管理に取り組む姿勢を示さねばならない。
 中国や台湾などと協力して対策を急ぐことが肝要だ。
 ウナギの生態は十分に解明されていない。10年に卵からの完全養殖に成功したが、実用化には程遠い。稚魚を大量生産する技術の確立や産卵、回遊ルートなどの調査研究にも取り組むべきである。
 取引規制への対応を誤れば、値上がり傾向が続く価格がさらに高騰する恐れがある。養殖業者や専門店が経営難に陥るだけでなく、ウナギが庶民に手の届かない高級食材になりかねない。
 きょうは土用の(うし)の日。これからもかば焼きを食べ続けるために知恵を絞りたい。

関電社長発言―今また「再稼働」とは

どうやら思考回路は、「3・11」以前のままのようだ。
 関西電力の八木誠社長が、高浜原発3、4号機(福井県)について、「優先的に再稼働する方向で国と調整したい」と述べた。大飯原発3、4号機(同県)がフル稼働に入ったのを受けて、早くも次の原発の稼働に意欲を示したわけだ。
 事業者の願望を語っただけと見過ごすわけにはいかない。
 原発の安全規制は国の原子力安全・保安院を離れ、独立性の高い原子力規制委員会が9月にも発足する。そのことを、どう考えているのだろうか。
 枝野経済産業相が「不快な発言」とし、「規制組織の成立を今は見守るべきだ」とくぎをさしたのは当然だ。
 規制する側とされる側の逆転が起き、規制当局は電力事業者の虜(とりこ)となっていた――。国会事故調査委員会は、両者の関係を最終報告でこう表現した。
 重要なことは今後も、実質的に自分たちで決めていくと関電が考えているとしたら、思い違いも甚だしい。
 足元では、大飯原発の再稼働にすら疑問符がついている。
 敷地内を走る断層が活断層である可能性が指摘され、関電は近く調査を始める。次の原発を考える前に、第三者を入れた徹底した調査が不可欠である。
 さらなる原発の再稼働は、電力需給の点からも疑問だ。
 梅雨明け以降、関西ではおおむね最高気温が31~35度と、平年並みかやや高い日が続く。しかし供給力にしめる使用率は80%台。今のところ、原発ゼロでも乗り切れた水準だ。
 八木社長は「需給ではなく、わが国のエネルギー安全保障を考えて」と語っている。
 本音は「自社の安全保障を考えて」だろう。関電は4~6月期の連結経常損益が、1千億円程度の赤字になる見通しだ。火力発電の燃料コストが主な要因となっている。
 業績悪化に歯止めをかけるために、より多くの原発を動かしたい。そんな経営判断があるに違いない。
 しかし、首相官邸前のデモに見られるように、脱原発を求める声は高まる一方だ。多くの人々が新たな社会を模索し、節電に必死に取り組んでいる。
 昔のように原発に頼った経営はもはや成り立たない。経営を取り巻く環境が一変したことを前提に、原発以外の電源確保にあらゆる手を打ち、消費者の理解を得るのが、企業経営者の務めではないか。
 3・11以前には、もう戻れないのである。

ウナギ減少―資源保護に転じる時だ

今こそ、資源としてのウナギの保護に乗り出すべきだ。さもないと、私たちの食卓から消えることにもなりかねない。
 ウナギのかば焼きの値上がりが続く。原因は稚魚であるシラスウナギの3年続きの不漁だ。
 日本は、世界のウナギの約7割を消費しており、保護に率先して取り組む責任がある。
 その生態を考えれば、国際的な協調が欠かせない。ニホンウナギは3千キロかなたの太平洋で産卵する。幼生は黒潮に乗って運ばれ、日本や中国などの川を上って数年から十数年かけて成長し、産卵場所に帰る。
 ニホンウナギの資源量は1970年代の1割程度にまで減った。乱獲に加え、生育の場である河川環境の悪化がある。
 気候変動の影響もいわれる。エルニーニョなどの影響で産卵場所がずれるなどして幼生が黒潮に乗れず、東アジアに戻れなくなるとも考えられている。
 卵から完全養殖する技術は開発が続いているが、コストも量も実用化にまだ遠い。当面は天然のシラスウナギをとってからの養殖が頼りだ。
 日本と中国、韓国、台湾の研究者に業界代表も加わった東アジア鰻(うなぎ)資源協議会はこの春、緊急提言をした。漁獲を規制することが急務とし、とりわけ、産卵のため海に戻る親ウナギの一時的な漁獲制限を求めた。
 つまり、食べるのは当面、養殖だけにしよう、というのだ。
 日本での消費のうち、天然物は約0.1%だ。養殖物も味では負けない。天然物は将来、資源が回復したときの楽しみとしてよいのではないか。
 シラスウナギ漁も、現在は、都道府県ごとに漁期を定める方法で制限されている。科学データに基づき日本全体で総合的に管理することが必要だ。
 緊急提言は、河川環境の保全なども挙げている。
 政府も中国など関係国との協議を始めた。10年以上にわたる協力の実績がある協議会とも連携してほしい。
 東京大の研究チームは09年、天然ウナギの卵を初めて洋上で採ったが、その一生はなお謎に包まれている。謎のまま絶滅させるわけにはいかない。
 ヨーロッパウナギはすでに絶滅危惧種とされ、ワシントン条約で国際取引が規制されている。米国は、アメリカウナギに加えてすべてのウナギの規制をするよう、提案する構えだ。そうなれば、日本など東アジア諸国への影響は大きい。
 科学的な調査を踏まえ、国際的な資源の保護と利用の両立を図るモデルをつくりたい。

2012年7月26日木曜日

南シナ海緊張 中国の強硬姿勢に深まる憂慮

中国は一方的な行動を自制し、ベトナムなどと対話を通じて緊張緩和に努めてもらいたい。
 中国が、南シナ海の南沙、西沙、中沙の3諸島を管轄する「三沙市」を設置した。これらの諸島を巡って中国と領有権を争っているベトナムやフィリピンは直ちに強く反発した。
 3諸島はこれまで、中国南部の海南省が西沙諸島の永興島に置く連絡事務所が管轄していた。市への格上げは、実効支配を強化する狙いがあろう。
 市の人民代表大会(市議会)を設置して市長も選出し、行政組織の体裁を整えた。三沙市を拠点に、南シナ海の観光・水産業、資源開発を推進する方針という。
 中国の三沙市設置は、ベトナムが南沙、西沙両諸島の領有を明記する海洋法を制定したことへの対抗措置だ。だが、そもそも、中国が20年前に領海法で3諸島などの領有を勝手に定めたことにトラブルの原因があった。
 さらに深刻なのは、中国軍が重要拠点の防衛に当たる「警備区」を、この三沙にも置くと決めたことだ。滑走路などを守る小規模な部隊は既に駐留しているが、南シナ海での本格的な軍事行動に備える態勢作りと言える。
 中国がベトナムなどに比べて圧倒的な軍事力を背景に、南シナ海を「中国の海」にしようとすることは、軍事的な衝突を引き起こしかねない。憂慮すべき事態だ。
 中国は、ベトナムが排他的経済水域(EEZ)と主張する海域でも、一方的に資源開発の入札計画を発表した。南沙諸島などの周辺海域に漁船30隻を漁業監視船とともに送り込んだ。いずれも、南シナ海に緊張をもたらす行為だ。
 南シナ海の安定は、東南アジア諸国連合(ASEAN)にとって欠かせない。海上交通路(シーレーン)の安全確保の観点から、日本の国益にも資する。
 日本は、中国の脅威にさらされているベトナムやフィリピンと連携して、海上安全保障分野での人材育成や巡視船供与などの協力を強める必要がある。
 東シナ海では、尖閣諸島をめぐる情勢が厳しさを増す一方だ。
 最近、中国の漁業監視船は2日連続で尖閣諸島近くの領海を侵犯した。南シナ海同様に、海洋権益を拡大しようとする中国の動きは露骨にエスカレートしている。
 中国が南シナ海で展開している多数の漁船による示威活動を東シナ海で行う可能性も排除できない。日本は、尖閣諸島の警戒体制を強めねばならない。

女性警察官 治安守る力として重用したい

地域の安全確保や犯罪捜査に、女性警察官の力をもっと役立てていくことが求められよう。
 全国の警察官(約25万人)のうち、女性の占める割合は現在、6・8%だ。それを2023年までに10%程度に引き上げる方針を警察庁は打ち出している。今年の警察白書では女性警官の増員を特集した。
 新卒の採用拡大だけでなく、主婦や子育てを経験した退職者を再雇用する計画もある。警察活動に女性の視点や感性を取り込もうという試みだ。
 他の官庁や企業に比べて、警察での女性の進出は遅れているとされる。増員計画を着実に進めていくことが大切である。
 女性警官は一昔前まで、警察学校を卒業すると、駐車違反などを取り締まる交通部門に配属され、数年後に結婚退職というケースが多かった。
 それに近年、変化が表れている。都道府県警の多くで女性警官が男性と同じく地域の交番勤務からスタートするようになった。
 交番勤務は警察の基礎を学ぶ場だ。地域の防犯活動に取り組み、犯罪現場に真っ先に駆けつける。若い警官はそうした職務で経験を積み、刑事捜査や警備といった専門分野に振り分けられる。
 交番勤務は、女性警官の潜在能力を見いだす機会と言える。
 特に期待されるのは、性犯罪や家庭内暴力、ストーカーなど、女性が被害者になることの多い事件での捜査だ。
 昨年12月に起きた長崎県西海市のストーカー殺人では、千葉、長崎、三重の3県警が、被害女性側からの相談をたらい回しにした結果、女性の家族2人が殺害されるという最悪の事態を招いた。
 各県警で不適切な対応をしたのは、いずれも男性警官だった。警察庁幹部は「被害女性への共感の欠如」を反省点に挙げた。
 警察署の刑事課に女性警官が増えれば、性犯罪などの被害者の女性が相談しやすくなるだろう。泣き寝入りも減るのではないか。
 捜査でのメリットもある。柔らかな物腰で地域に溶け込み、情報収集の面で高い評価を受けている女性警官もいる。
 もちろん、数を増やすだけでは、女性の力は生かせない。やる気を引き出すため、管理職への積極的な登用も課題だろう。女性の警察署長は現在、北海道警に1人いるだけなのが現状だ。
 女性にとって警察が魅力的な職場となるよう、人事全般の再検討も必要である。

シリア化学兵器―無法を許さぬ連携を

 化学兵器を持っていると公言するシリアに対し、国連安全保障理事会は新たな厳しい態度でのぞまなければならない。
 シリアでは、政府軍が民間人への攻撃を続けている。そんな情勢のなかで政府報道官が「適切に管理している」「使うのは外敵に対してだけ」と述べた。
 使用する可能性すら示唆したことは重大である。国連や米国が非難し、シリア政権よりのロシアさえ「国際的義務の順守を求める」と声明したことは、問題の深刻さを物語る。
 安保理はこれまで、シリア政府への制裁決議を求める欧米と拒否するロシア、中国の間で分裂してきた。しかし、化学兵器の存在まで持ち出して、国際社会の介入を邪魔しようとする政権を座視してよいはずがない。
 化学兵器禁止条約にシリアは署名していない。だが、大量破壊兵器の所在を監視し、使用を禁じて拡散を防ぐことは、イランや北朝鮮などもふくめて国際的な問題である。
 もはや一刻の猶予も許されない。政府軍から離脱した自由シリア軍が急速に武力攻勢を強めている。混乱のなかで化学兵器が使われたり、テロ組織に流れたりせぬように、安保理は一致した対応をとるべきだ。
 この国の情勢の危うさは、反体制派の武力攻勢が、政治的な統制がないままに進んでいることにある。
 内戦で体制が倒れたリビアの場合は、反体制派の主力だった国民評議会が早い段階で「リビアの代表」として国際的な認知を受け、武力闘争も評議会と連携して行われた。その結果、体制崩壊後の民主化も国民評議会主導で進んだ。
 それに対して、シリア国民評議会に対する国際社会の認知は進んでいない。国外で活動する国民評議会が国内の反体制運動とのつながりが弱かったことが理由でもあるが、国際社会も直接にシリア国内の反体制派と連携できるわけでもない。
 首都が陥落してアサド体制が倒れても、それで反体制派の勝利とならない可能性が強い。
 現体制の中核である少数派のイスラム教アラウィ派が、北西部ラタキア県などを抵抗の拠点にし、化学兵器もそのまま同派の武器となるシナリオもありうる。同じく少数派で体制を支えたキリスト教徒の問題もある。
 化学兵器の脅威が浮上したいま、欧米や日本は、あらためてシリア国民評議会との連携を通して、国内反体制派への関与を強める道を探るべきだ。「アサド後」をにらみ政治的に対応できる受け皿作りが求められる。

原子力規制委―候補者の所信聞きたい

 新しくできる原子力規制委員会の人事案をめぐり、脱原発派の人たちから、差し替えを求める声が上がっている。
 福島事故を教訓に、原子力規制を抜本的に転換することができる人材なのか。判断の軸はそこにある。
 候補者本人から考え方を聞かなければならない。人事の決定は、国会の同意を必要とする。与野党は一刻も早く人事案の審議に入り、候補者の所信をただすべきだ。
 政府が候補としているのは、前原子力委員長代理の田中俊一氏ら5人。過去3年間に、原子力関連業界から年50万円以上の報酬を受けていないことなどを基準に人選した。
 これに対し、「原子力ムラと関係の深い人物が多い」との声が上がっている。特に委員長に想定されている田中氏は旧日本原子力研究所の出身で、原子力学会の会長も務めた経歴から、「原子力ムラの中心」と批判を浴びている。
 たしかに、経歴を見れば原発の推進側にいたことは間違いない。一方で、原子力規制を担う委員会に、高度な専門知識が必要なことも事実だ。
 肝心なのは、脱原発依存にかじを切ろうとしている現状を深く認識し、厳しく規制にのぞむ姿勢をもちあわせているかどうかである。
 田中氏は事故直後、「原子力利用を先頭に立って進めてきた者として、深く陳謝する」とする緊急提言をまとめた専門家16人の中心人物で、老朽化した原発にも厳しい目を向けているとされる。評価は分かれる。
 国会同意人事のうち特に重要な案件は、衆参両院の議院運営委員会で候補者の所信を聞き、質疑応答をすることになっている。日銀総裁・副総裁や会計検査院の検査官、公正取引委員会の委員長などが該当する。
 原子力規制委も、このルールの対象とすべきだ。
 候補者のこれまでの活動や原子力事業者との関係について情報公開を徹底させるのは当然として、候補者当人から新しい原子力規制や再稼働問題に対する識見、姿勢を表明してもらい、国民に広く伝わる形で検討するのが国会の責務だろう。
 問題は、人事がまたもや政局に利用されていることだ。事前に読売新聞に情報が漏れたとして自民党が態度を硬化させ、人事案の国会への提出自体が遅れている。
 新たな原子力規制は、待ったなしである。本質と関係のないところで時間を浪費する愚は、いい加減やめるべきだ。

2012年7月25日水曜日

エネルギー選択 付け焼き刃の議論で決めるな

国の将来を左右する重要なエネルギーの基本政策は、付け焼き刃の「国民的議論」で決めるべきものではない。
 政府は2030年の電源に占める原子力発電の比率を、「0%」「15%」「20~25%」とする3案を示し、どの選択肢が望ましいか、国民に意見を求める手続きを進めている。
 その一つが、抽選で選ばれた国民による意見聴取会だ。8月4日までに全国の計11会場で開く。
 国民に幅広く意見を求めるのは妥当だが、意見聴取会が混乱を招いている事態は看過できない。
 7月15~16日の聴取会で、電力会社の社員が社名を明かしたうえで原発の利用継続を主張したところ、脱原発を求める出席者から強い批判を浴びた。
 すると政府は急きょ、電力会社と関連会社の社員に意見表明を認めない方針を決め、22日に開かれた2か所の聴取会では、電力関係者4人に発言を辞退させた。
 電力関係者というだけでエネルギー政策に関する意見表明を封じるのは、言論の自由を抑圧することにならないか。政府は、途中でルールを変更した理由をきちんと説明する必要がある。
 原発推進と脱原発という不毛な「二項対立」を避けるには、多様な意見を出し合い、冷静に話し合うことが肝心なはずだ。
 意見聴取会で脱原発派が激しいヤジを飛ばすなど、マナー違反が散見されるのも残念である。
 8月4~5日に実施する新手法の「討論型世論調査」に関する懸念も拭えない。
 エネルギー選択に関する世論調査に答えた全国の約3000人から希望者200~300人が参加して2日間の討論会を開き、終了後に再び意見を調べる。
 討論を通じて理解を深め、意見の変化を見るという趣旨はわかるが、討論の資料や運営によって考えが誘導される恐れはないだろうか。政府は実験的な取り組みにとどめ、結果をストレートに政策判断へ反映させてはならない。
 そもそも、政府の示した3選択肢はいずれも、水力を含めて現在約10%の再生可能エネルギー比率を25~35%に引き上げる想定だ。経済界などでは、とても達成できないとする声が強い。
 このままでは、どの選択肢を採用しても、電力を安定供給できる現実的な電源構成となるまい。
 経済や環境への影響を考慮した中長期のエネルギー政策を打ち出すためにも、政府は3選択肢の妥当性を再検討すべきである。

オスプレイ搬入 日米は同盟悪化避ける努力を

日米両政府は、同盟関係の悪化を回避する努力を重ねるべきだ。
 米軍の新型輸送機MV22オスプレイが岩国基地に陸揚げされた。一部で反対活動が行われたが、大きな混乱はなかった。
 日米両政府は、今年発生した2件の事故報告書が公表され、安全性が確認されるまで、オスプレイを日本で飛行させないことで合意している。搬入にまで反対するのは、明らかに過剰反応だろう。
 山口県で行った読売新聞の世論調査でも、岩国基地への一時駐機に「安全性が確認されれば賛成」との回答が54%に上っている。
 MV22の事故率は海兵隊の全航空機の平均以下なのに、オスプレイだけが危険であるかのような主張は現実離れしている。
 そもそも、事故が絶対に起きない航空機はあり得ない。安全性については、感情的にならず、冷静に議論する必要がある。
 肝心なのは、日米同盟の重要性を踏まえ、オスプレイの安全性を十二分に確認するとともに、10月の沖縄・普天間飛行場への配備を予定通り実現することだ。
 飛行性能に優れたオスプレイの配備は、在日米軍の抑止力を高めることも忘れてはなるまい。
 26日には日米合同委員会が開かれ、オスプレイの飛行訓練に関する安全対策を協議する。政府は月内にも、防衛、国土交通両省の専門家や民間有識者らによる調査チームを訪米させ、4月のモロッコの事故報告書の説明を受ける。
 森本防衛相も8月上旬に米国を訪問して、パネッタ国防長官と会談し、オスプレイに試乗する。
 一連の協議を通じて、事故原因を検証するとともに、再発防止策の徹底や、より安全な飛行ルートの設定を求めることが大切だ。
 来日したカーター米国防副長官は記者会見で、安全性の確認を最優先させる考えを強調した。
 その言葉通り、米政府には、事故に関する情報提供に積極的に協力し、オスプレイの安全対策を強化してもらいたい。
 疑問なのは、民主党の前原政調会長が「沖縄、山口の民意を軽く考えすぎている」などと語り、オスプレイの配備延期を公然と求めていることだ。
 前原氏は、外交・安全保障通の与党幹部として、本来、配備先の自治体などに協力を求めるべき立場にある。政府・与党の足並みが乱れていては、地元の理解を広げることは到底できない。
 日本側から日米同盟を揺るがすことがあってはならない。

作業員の被曝―公的チームで監視を

これでは壊れた原発と闘えない。そんな事実が発覚した。
福島第一原発であった被曝(ひばく)線量隠しだ。下請け会社の作業員たちが、放射線の数値が少なめに出るよう鉛の覆いを線量計にかぶせて現場に入った。
最前線の人々の身の安全なくして、今後長くかかる廃炉は進められない。再発を防ぐ決め手は、その作業に対して、線量管理を監視する強力な公的チームをつくることではないか。
原発の作業は、電力会社から別企業に発注され、それがまた下請けに出されることが多い。
線量隠しは、下請け会社の役員が指示した。法令で定める限度を超えれば原発で働けなくなるという不安が、背後にあるようだ。幾重にも重なる雇用の底辺に「仕事を失いたくない」という心理がある。それを思うと胸が痛むが、偽装は絶対に許されない。
放射線にさらされる職業人の線量限度は、ふつうの人の限度よりずっと高い水準に設定されている。しかも原発事故現場のような過酷な環境で働く人は、被曝の線量が限度すれすれになりうる。だから、線量を正しく測り、記録していくことは健康管理の生命線だ。
厚生労働省は福島第一原発で事故処理にあたった人について被曝線量のデータベース化を始めたが、これもその考え方に沿っている。もし測定そのものがゆがめられたら、本人も企業も社会も、信頼できる健康管理の基本情報を失ってしまう。
政府と東京電力は、福島第一原発1~4号機を30~40年かけて廃炉にする計画だ。この間にプールの核燃料や事故炉の溶融燃料を取り出さなくてはならない。作業員は被曝リスクと向き合うことを強いられる。
東電は、4号機原子炉建屋のプールに保管された燃料を試験的に取り出した。将来を見すえて今こそ、線量管理の態勢を整えるべきときだ。
線量管理の監視チームは、東電や関連企業から独立していることが求められる。なれ合いは禁物で、抜き打ちの立ち入り調査が欠かせない。雇い主には言いにくい作業員の訴えを受けられる中立のチームが要る。
福島での廃炉は、日本社会がこれまでに経験したことのない大事業になる。監視チームをどの組織の下に置くのであれ、政府が最終責任者となるべきだ。
脱原発の流れが強まる今後、国内ではほかの原発の廃炉も相次ぐことが予想される。
最も危険な現場である福島第一原発で手本をつくる。それを時代が求めている。

脱法ハーブ―有害薬物から若者守れ

脱法ハーブという新手の薬物汚染が、若者を中心に広がっている。夏休みも始まった。危うい実態をつかみ、有効な規制の手段を急いで整えるべきだ。
厚生労働省は麻薬や覚醒剤のほかにも、危ない薬物を指定し、輸入や製造、販売を禁じている。だが、指定が追いつかずに街に出まわっているものがある。興奮や幻覚をひきおこす物質を乾燥植物片に混ぜ込んだものが多い。
それが脱法ハーブだ。
軽い語感とは裏腹に、意識障害や呼吸困難などの深刻な症例が報告されている。命の危険が指摘されているものもある。
ハーブを吸った者が車を暴走させ、通行人にけがをさせる事故もたびたび起きている。
そんなものが、厚労省がつかんだだけで繁華街やネット上の389店で売られている。
東京都内では今年1~5月だけで94人が救急車で運ばれた。3分の2は10~20代の若者だ。
おもしろ半分に興奮や快楽を求めて手を出すのは危ない。学校と力をあわせ、若い世代にそう教えなければならない。
被害の多さや深刻さを具体的なデータで示さないと、怖さは伝わらない。ところが、何がおきているか全国の実態調査はまだない。早く始めるべきだ。
脱法ハーブの取り締まりにはいくつか難題がある。
薬事法には医薬品の無許可販売を禁じる規定がある。が、業者は吸わせる目的でないように装って「アロマ」などの名目で売っていて、適用が難しい。
厚労省は5年前から指定薬物の規制を始めた。毎年指定を増やし、対象は当初の31種から現在は77種に広がっている。
すでに海外で出回っていて、これから日本に来そうな薬物も数十種あるといわれる。
ひとつ指定すると、化学構造を少し変えた亜種がすぐに現れる。まるでもぐらたたきだ。
そこで厚労省は、構造の似た物質をまとめて禁じる「包括指定」を検討している。
医療目的の研究に支障が出ないか。刑罰を伴う規定があいまいでよいか。そんな慎重論もあるが、被害の防止を優先することに、異論はないだろう。制度の設計を工夫すればいい。
いまの薬事法にも指定手続きを簡略にする「緊急指定」の制度がある。ただ、何が「緊急」かの判断が難しく、活用されていない。使える手立てを尽くして若者の体を守るべきだ。
販売業者には、成分や原材料の表示を求めていく。そんな方法で汚染の広がりを防ぐことも考えよう。

2012年7月24日火曜日

オスプレイ配備―強行は米にも不利益

 米政府にも、ことの深刻さをよく考えてもらいたい。
 沖縄県の普天間飛行場に配備される予定の米海兵隊の新型輸送機MV22オスプレイ12機が、山口県の米軍岩国基地に陸揚げされた。
 国内ではオスプレイの安全性への懸念がますます強まっているが、日米両政府は普天間配備と本土での飛行訓練の計画は変えていない。
 だが、それは日米同盟の根幹に影響しかねないリスクをはらんでいる。米政府はそこを十分に理解すべきだ。
 両政府は、米軍が4、6月のモロッコと米フロリダでの事故調査を8月にまとめ、日本側がその安全性を確認するまでは、国内では一切の飛行をしないことで合意している。
 森本防衛相は、調査に納得がいかなければ、米側に押し返すという。日本の閣僚として当然の態度だが、不可解なのは、それでも10月の運用開始は動かさないとしていることだ。
 これでは、検証が形ばかりだと告白しているようなものではないか。こんな姿勢だと、どんな結果が出ようと国民の納得は得られまい。
 米軍による過去の事故調査では、調査委に空軍司令部が圧力をかけたことも伝えられる。こうした事例もふくめた洗いざらいの調査は不可欠だ。それには相応の時間がかかる。
 沖縄県民らが反発しているのは、オスプレイの安全性に疑問があるからだけではない。
 「世界一危険な飛行場」と米高官が認めた普天間の移設が、一向に進まないこと。1990年代に米側からオスプレイ配備の方針を伝えられていたのに、政府がなかなか公表しなかったこと。こうした不信が積もりに積もったあげくのことなのだ。
 日本政府は、問題がこじれれば、すでに決まっている海兵隊の一部グアム移転や嘉手納基地以南の米軍施設の返還などにも影響しかねないという。
 しかし、市街地に囲まれた普天間で、万一の事故がおこればどうなるか。
 仲井真弘多(ひろかず)沖縄県知事が、すべての米軍基地の「即時閉鎖撤去」というように、日米同盟の土台が不安定になるのは間違いない。
 「アジア回帰」を進める米国の戦略にとっても、大きなマイナスだ。
 クリントン国務長官は「オスプレイの沖縄配備は、米軍による日本防衛や災害救援の能力を高める」という。だが、それ以前に安全保障の基盤が揺らいでは、元も子もない。

原発事故調―これで終わらせるな

 福島第一原発をめぐる政府の事故調査・検証委員会が最終報告をまとめた。民間、国会それぞれの事故調を含め、第三者による検証は一区切りとなる。
 しかし、事故の発生と拡大の詳細な経過は、どこも解明できなかった。原因究明を続けることが不可欠だ。
 それぞれの事故調を通じて、事故を招いた土壌や背景はずいぶんと明らかになった。
 重大な事故は起きないという「安全神話」が形づくられた過程、行政の怠慢、東京電力ら事業者の当事者意識の欠如、有効な防災対策を講じ得なかった自治体の備えの甘さ――。
 そうした構造的要因が、事故時の混乱につながった。原子力規制委員会を中心とする新たな体制は、教訓をきちんといかさなければならない。
 問題は、「事故炉で何が起きたか」について、未解明な部分が多く残ったことだ。
 巨大事故の究明を語るとき、お手本とされるのは、1986年に起きた米国のスペースシャトル・チャレンジャー事故の報告書である。
 破片や写真を可能な限り集めて、想定される原因を一つずつつぶし、固体燃料ロケットの部品不良を割り出した。千分の1秒単位で何が起き、爆発にいたったかを解明している。
 もちろん今回の事故は、状況に違いがある。とくに事故炉の内部は、強い放射能のために直接調べることは困難だ。
 しかし、国内にある同じ型の炉を使ったり、小さなプラントを造ったりして再現実験をすることは可能だったはずだ。
 コンピューターを使った解析も、電源喪失後の個々の作業について、「この弁を開いていたらこうなる」「この時点で窒素を投入したら水素爆発が防げたか」など、枝分かれしていくシナリオを検証する。
 そうすれば、問題が炉や建屋の構造にあるのか、作業のミスなのかといった核心に、もう少し迫れただろう。
 委員長の畑村洋太郎氏自ら、23日の会見で「再現実験をやりたかった」と言及している。時間や陣容が足りなかったというが、まさにそのための政府事故調ではなかったか。
 これで終われるはずもない。世界に向けて、事故原因を解明する責任が日本にはある。
 たとえば、原子力規制委員会のもとで、研究者や技術者を糾合した専門チームをつくり、事故の工学的な検証にあたってはどうか。
 不断の取り組みを続けない限り、「収束」はやってこない。

政府事故調報告 原発の安全向上に教訓生かせ

「想定外」に備える危機対策を
 未曽有の原子力発電所事故の調査結果を教訓とし、政府と電力会社は、再発防止に取り組まねばならない。
 東京電力福島第一原発事故に関する政府の事故調査・検証委員会が最終報告書をまとめ、公表した。
 国会と東電の各事故調と民間の独立検証委員会が、それぞれ報告書を発表済みだ。四つの報告書が出そろい、事故の原因や経緯、政府や東電の問題点などの解明は一区切りがついた。
 だが、事故の全容解明にはまだ時間を要するだろう。今後も調査を継続しながら、危機対策を練り直し、原発の安全性を確保していく必要がある。
 ◆地震による損傷を否定
 政府事故調は、膨大なデータに基づき事故の技術的な側面を詳細に分析した点が特徴だ。「失敗学」を提唱している畑村洋太郎委員長が、責任追及よりも事実の解明に重点を置いたからだ。
 最終報告書は、他の事故調による報告書について、「明らかな事実誤認を前提としているものが多い」と批判している。
 例えば、国会事故調は地震で原子炉の重要機能が壊れた可能性を強調したが、政府事故調は、地震で福島第一原発1~3号機に「(放射能の)閉じ込め機能を損なうような損傷が生じた可能性は否定される」と、反論した。
 原子炉の運転データからは、原発の重要機器が津波襲来まで正常に機能していたことが分かっている。地震ではなく、津波が事故の主因とした政府事故調の分析には説得力がある。
 政府は、事故後、全国の原発で津波対策に取り組んできた。再稼働に向け、この対策が適切であることを国民に説明し、不安感の軽減につなげてもらいたい。
 東電が津波発生後に適切に対応していれば、炉心溶融(メルトダウン)を防げた可能性がある、と示唆した点も重要だ。
 事態が悪化する前に、現場が速やかに原子炉内の圧力を下げる措置を取っていれば、溶融前に炉心の冷却ができたと断じている。
 東電の危機対応力の欠如に厳しい評価を下したと言える。
 一方、他の事故調と同様、政府事故調が辛口の評価をしているのが、当時の政府の不手際だ。
 ◆不備だった官邸の対応
 首相官邸の対応について、「情報の不足と偏在が生じ、十分な情報がないままに意思決定せざるを得なかった」とした。
 菅首相や閣僚が、各府省幹部らが集まる官邸地下の「危機管理センター」を十分に活用しなかったためだ。その結果、放射性物質拡散予測システム「SPEEDI」を住民の避難誘導に利用することは検討もされなかった。
 民主党政権が、誤った「政治主導」で官僚組織を使いこなせず、事態を混乱させた責任は重い。
 最終報告書によると、原子力に「土地鑑」があると自負していた菅氏は「組織的に事態収拾に当たろうとしなかった」という。事故直後の原発視察を始めとする現場介入も、「弊害の方が大きい」と批判した。
 官邸が各府省や東電に対して、広報内容の事前連絡を求めたため、メルトダウンなど原発の状況に関する国民への情報提供も遅れた。
 こうした問題を指摘したのは当然である。危機的状況での情報発信の改善が求められよう。
 ◆今後も事故究明続けよ
 事故を防げなかった理由について、最終報告書は「東電も国も安全神話にとらわれていた」ことが根源的な問題、と批判した。政府が財源難から「発生確率の低い事象を除外」したとも指摘した。
 しかも、今回は、原発事故と自然災害が同時に起きる「複合災害」だった。発生確率が低くても甚大な被害が予想される危機への十分な備えは欠かせない。
 新たに発足する政府の原子力規制委員会は、深刻な事故を想定した防災計画の策定や防災訓練の実施といった平時からの準備に重点を置く必要がある。
 国際的にも、事故への関心は高い。長期にわたる廃炉作業や被災者の生活再建の状況を国内外に示さねばならない。
 畑村委員長は、締めくくりの所感で「形を作っただけでは機能しない」「変化に柔軟に対応する」など、教訓を列挙した。
 組織を改編するだけでなく、その構成員が、人間の考えには欠落があることを自覚し、「想定外」に備える重要性を訴えている。
 原子力に携わる全関係者は、肝に銘じるべきである。

2012年7月23日月曜日

返還15年―香港らしさを大切に

 英国の植民地だった香港が、中国に返還されて今月で15年が経った。中国は、自由や活気といった「香港らしさ」をこれからも大切にしてほしい。それは香港の発展、ひいては中国の発展にもつながるはずだ。
 社会主義の中国のもと、香港に50年間、高度な自治や言論の自由、市場経済を認める。「一国二制度」という、返還の大原則だ。
 1997年の返還前には、自由が奪われて重苦しい社会になる、といった見通しがしばしば語られた。89年の天安門事件の記憶も強く残っていた。
 幸いにして、そうした予想は裏切られ、劇的な社会の変化は起こらなかった。中国政府はおおむね慎重に、一国二制度を進めてきたと言える。中国経済は急成長を遂げ、香港は大きな恩恵も受けた。
 ところが、ここに来て、香港らしさが失われてしまうのでは、という不安が市民の間で強まっている。
 記念日の1日には、民主化を求める大規模なデモがあり、主催者発表で約40万人(香港大学の推計では約10万~11万人)が参加した。人口約710万人の香港では大きな数字だ。
 背景にあるのは、中国の影響力が強まっている、という実感だ。3月にあった香港政府のトップ、行政長官の選挙では、中国政府が票のとりまとめに動き、親中派の実業家、梁振英氏(57)を当選させた。
 梁氏は中国政府と近すぎるとの見方も多く、支持率は5割ほど。香港より中国を優先させるのでは、と疑う人もいる。
 任期5年で、香港がどこに進むのか。試金石になりそうなのが、2017年の次期行政長官選の仕組み作りだ。
 これまでの長官選は、職域代表らで作る選挙委員会による間接選挙だった。委員は親中派が多く、中国政府のお墨付きがなければ当選できなかった。
 中国は、次の選挙は直接選挙に変更しても良いとしている。あらかじめ「指名委員会」が指名した複数の候補に対し、有権者が票を投じる。制度の細部は決まっていないが、多様な意見の人たちが立候補できる仕組みにすることが不可欠だ。
 香港はアジアの金融センターとして、中国の金融改革を引っ張る役割も果たしてきた。社会体制や政治面でも、中国が香港から学べることは多い。
 民主化デモには、中国本土からの参加者もいた。本土からは昨年、2810万人が香港を訪れた。香港での自由の体感が、中国の発展に役立てば良い。

著作権法―利用者の声を、もっと

文化を豊かにするためには、その利用者の声も大切だ。

少し大げさに言えば、今の日本に暮らしていれば、著作権という言葉を聞かない日はない。

本も映画も、音楽も絵画もテレビドラマも、ほとんどが著作権法で言うところの著作物にあたる。子供からお年寄りまでが利用者になっている。

その著作権がさらに注目を集めている。背景には、急速なデジタル化やネットの広がりがある。デジタル化された表現は、電子書籍のように扱いが簡単だし、劣化することなく瞬時に複製を作ることができる。大きな魅力である一方、海賊版が広がるなどの問題が生じている。

1970年に定められた著作権法も改正されてきた。今の国会では、自民党や公明党の議員立法によって、海賊版をダウンロードした場合に罰則が科されることになった。

これまでの改正は、組織力も資金力もある音楽や映画、出版などの業界や著作権団体が、政治家や行政に働きかけた例が多い。今も電子書籍化に対応し、出版社のための権利を新たに設けようとする動きがある。

著作権法について話しあう文化審議会の分科会も、利用者代表は30人中で数人にとどまる。

著作者やその継承者の権利を強める動きに、利用者の立場が十分に反映されているとは言いがたい。無法な複製は許されないが、あまりに制限されていると感じられるのも、息苦しい。

今回の法改正で、著作物を利用しやすくする新規定が盛り込まれたが、わずかにとどまる。パロディーを法的にどう扱うかの議論も始まったばかりだ。

著作権をめぐるビジネスは国際化し、環太平洋経済連携協定(TPP)でも取りあげられる可能性がある。著作者が亡くなってから何年間権利を守るのかという保護期間を、現在の50年から米国並みの70年に延ばすべきだといった議論がある。

絵画の模写や、和歌の本歌取りなど、文化は「まね」を通じて継承、発展してきた。広く利用者の声を吸い上げる仕組みをつくることが欠かせない。

著作物に誰もが日常的に接するのが現状なのだから、開かれた国民会議のような場で話しあってはどうか。その結果を、政治家や行政にきちんと届け、文化を育てるようにしたい。

著作権法は、その目的を「公正な利用に留意しつつ、著作者等の権利の保護を図り、もって文化の発展に寄与する」と掲げる。表現者たちの創造力とともに利用者を大切にしてこそ、発展がある。

駆けつけ警護 PKOの実効高める法改正を

国連平和維持活動(PKO)協力法の制定以来、20年持ち越された重要課題の解決に向けて努力を重ねることが大切だ。
 内閣、外務、防衛の3府省がPKO協力法改正案をまとめた。自衛隊が、離れた場所にいる民間人らを助ける「駆けつけ警護」を可能にすることが柱だ。
 民主党内には慎重論があり、今国会への改正案提出は困難視されているが、できるだけ早期に閣議決定してもらいたい。
 現行法では、PKOに従事中の自衛官は、正当防衛などの目的でしか武器を使えない。このため、暴動などに巻き込まれた民間人から救援要請を受けても、現場に駆けて救出することができない。
 武装勢力など「国に準じる組織」に対して武器を使った場合、憲法の禁じる「他国への武力行使」に当たる恐れがある、との見解を内閣法制局が示しているからだ。
 だが、自衛隊が民間人、特に日本人からの救援要請を受けた際、「憲法に抵触する恐れがある」として断ることが、実際にできるだろうか。そうした事態は、いつ発生してもおかしくない。
 結局、とりあえず救援要請のあった場所に向かい、自分の身が危うくなったら、武器を使う――。そんな厳しい、ぎりぎりの決断を部隊指揮官に迫るような法律は、やはり改正する必要がある。
 自衛隊がPKOに参加し始めた初期の段階では、国内世論の賛否が分かれていた。自衛官の武器使用を抑制的にすることにも一定の意味があったかもしれない。
 だが、今や、自衛隊のPKO参加は圧倒的多数の国民に支持されて定着し、自衛隊の本来任務に格上げされている。様々な経験や現場のニーズを踏まえ、活動の実効性を高めるよう、武器使用のあり方を見直すのは当然だ。
 3府省の案は、「受け入れ国の治安維持を支援・補完する」ための武器使用は容認するという。
 しかし、内閣法制局は、駆けつけ警護を「国や国に準じる組織の攻撃が想定されない」場合に限定する条件を追加するよう求めており、調整が難航している。
 内閣法制局の主張は疑問だ。
 国連決議に基づくPKOでの武器使用が「武力行使」に当たる恐れがあるとの解釈は、日本だけで、世界の常識から外れている。この条件を追加すれば、自衛隊の活動が今よりも制約されかねない。
 野田首相は、駆けつけ警護を可能にすることに前向きだ。PKOの現場の実情を踏まえ、この問題に取り組んでほしい。

検察改革 新体制でも着実に歩を進めよ

一度失った国民の信頼を取り戻すことは容易ではない。検察トップには組織を再生し、捜査の適正化を実現させる指導力が求められる。
 笠間治雄・検事総長が退任し、後任に小津博司・東京高検検事長が就任した。
 大阪地検特捜部の証拠改ざん隠蔽事件を受け、笠間氏はこの1年半、捜査のチェック体制の構築や倫理規定の策定、取り調べの録音・録画(可視化)の試行などを主導してきた。改革に一応の道筋をつけての退任と言えよう。
 だが、検察改革の真価が問われるのは、これからである。新総長の責任は極めて重い。
 組織内の不正を根絶するだけでなく、複雑・高度化する犯罪に対処し得る捜査力を磨き、治安を守るという本来の使命を果たしていかねばならない。
 小津氏は法務省勤務が長く、一貫して捜査畑を歩んだ笠間氏とは対照的な経歴を持つ。緒に就いたばかりの検察改革を遂行するため、まずは現場の検事をしっかり統率することが課題となろう。
 不祥事を招いた大きな要因が、検察の閉鎖的な体質だ。それを改め、独善に陥らない組織風土を作り上げることが肝要である。
 昨年7月、最高検に設置された監察指導部は、検察内外から寄せられた情報を基に約170件の調査を実施した。その中で、取り調べ中の検事の不適切な発言など4件について改善指導を行った。
 供述の任意性が問題になりがちな知的障害者の取り調べについて、最高検は有識者で構成する外部委員会から、恒常的にアドバイスを受けている。
 こうした取り組みをさらに充実させる必要がある。
 今月10日には、大阪地検が、業務上横領罪で起訴した被告の無罪判決を求める異例の論告をした。捜査の不手際が理由だった。
 有罪の獲得に拘泥せず、立証に過ちがあれば潔く認める姿勢を現場に浸透させてもらいたい。
 検察の証拠開示については、依然として不十分との声が弁護士会などから挙がっている。
 再審開始決定が出た「東京電力女性社員殺害事件」や「福井女子中学生殺害事件」では、当初の裁判や再審請求審で、検察は証拠開示に消極的だった。
 税金と公権力を使って収集した証拠は、真相解明に役立てるべき「公共財」であり、検察だけの所有物ではない。全証拠のリストを弁護側に示すことなど、証拠開示の拡充を検討する必要がある。

2012年7月22日日曜日

公共事業―「防災」便乗は許されぬ

政府・民主党や自民、公明両党が、「防災」を掲げて公共事業の拡充へと動き始めた。
 東日本大震災は、防災・減災対策の重要性をあらためて突きつけた。高度成長期に集中的に整えられた社会基盤は、更新期を迎えてもいる。
 対策は待ったなしである。
 一方で国の財政は火の車だ。「防災」に便乗したバラマキは許されない。社会保障と税の一体改革で消費増税の道筋がついたいまこそ、予算の使い道を吟味しなければならない。
 一体改革で足並みをそろえた民自公3党が、そんなギリギリの検討をへて公共投資を唱えているとは、とても思えない。
 まず政府・民主党である。国土交通省は今年度から5年間の社会資本整備重点計画の案を示した。68の項目のうち半分近くが防災関連だが、どれを優先するのかメリハリを欠く。
 重点計画のとりまとめはこれで3回目。道路や空港など九つの長期計画ごとに事業費を盛り込む従来の方式が「予算の無駄遣いや硬直化につながる」として、03年に変更された。
 「コンクリートから人へ」を掲げた民主党政権は、重点計画を根本から見直すとしていたが、絞り込む姿勢に乏しい。むしろ、「防災」を予算計上の口実にしようとしていないか。
 自民党が国会に提出した国土強靱(きょうじん)化基本法案は「先祖返り」ともいえる内容だ。
 基本理念として「国土の均衡ある発展」「多極分散型国土」「複数国土軸の形成」といったことばが並ぶ。60年代から90年代に5次にわたってつくられた全国総合開発計画(全総)のキーワードだ。「3年で15兆円」「10年で200兆円」と、事業費の目標も掲げている。
 全総の策定や事業費の明示がバラマキの一因になった。その反省から、自民党政権時代に方針転換したのではなかったか。
 公明党が骨子をまとめた法案も、ソフト面の対策の必要性に触れながら「10年で100兆円」とうたっている。
 バラマキ合戦の根っこは、3党による消費増税法案の修正協議にある。増税で「財政による機動的対応」が可能になるとし、「成長戦略や防災・減災に役立つ分野に資金を重点的に配分する」と法案の付則に盛り込んだ。このままでは、公共事業のための増税になりかねない。
 公共投資を増やせば、目先の経済成長率は高まる。近づく国政選挙への対策のつもりでもあるのだろう。しかし、そうした発想が財政赤字の膨張を招いた歴史を忘れてもらっては困る。

新検事総長―後戻りさせぬ覚悟を

検察のトップが交代した。
 不祥事を受けてゼロからの出直しを迫られるなか、その先頭に立ってきた笠間治雄検事総長が退き、後任に東京高検検事長の小津博司氏が就いた。
 検察改革の旗を改めて高く掲げ、再生への足取りを確かなものにしなければならない。
 笠間氏は、証拠改ざん事件などの責任をとって辞職した大林宏氏を引き継ぎ、2010年12月に総長になった。以来、改革の道筋をつけることに追われた1年7カ月だった。
 取り調べの様子を録画する範囲を広げる。特捜事件のチェック体制を見直し、独自捜査優先の考えから抜け出す。苦情を受けつける監察指導部を設ける。検察運営に外部識者の声をとりいれる。部下による上司の評価制度を導入する――。うちだした対策は多岐にわたる。
 第一線に強い抵抗がある録画や特捜改革がそれなりに進んだのは、その特捜部勤務が長く、現場一筋の検察官人生を送った笠間氏が音頭をとったからこそといえる。折にふれ口にしていた「人間が100人いれば100通りの正義がある」という言葉も、独善に陥りやすい検察組織への戒めとなっただろう。
 だが、どの取り組みも緒についたばかりだ。
 東京地検の検事が事実と異なる捜査報告書を作成していた問題では、その対応や処分の手ぬるさが、社会の批判を浴びた。
 供述頼みの捜査・公判からの脱却をうたう一方で、いざ法廷の検察官に目を転じれば、相変わらず調書によりかかり、調書どおりの判決を得ようという立証活動から抜け出せていない。
 染みついた体質は、一朝一夕に変わるものではない。
 小津新総長は笠間氏とは対照的に、法務事務次官などを歴任し、もっぱら法務行政で手腕を発揮してきた。改ざん事件が発覚したころの危機感や緊張感がうすれ、揺り戻しが懸念される時期に、かじ取り役を担う。
 よりどころとすべきは、昨年秋に制定された「検察の理念」だ。検察官に対し、権限の行使が真に国民の利益にかなうものになっているか、常に問い直すことを求めている。
 いまはふつうの人々が刑事裁判に参加し、検察官の捜査や公判での振る舞いをチェックする時代である。内向きの論理や説明はもはや通用しない。
 国民の厳しいまなざしを自覚し、国民をおそれ、国民に理解される活動を重ねる。信頼を取り戻す道はほかにない。後戻りはもちろん、足踏みも許されない。トップの覚悟が問われる。

離党相次ぐ民主 首相はひるまず体制立て直せ

民主党で離党者が相次ぎ、野田首相は、一段と厳しい政権党の運営を迫られている。さらなる離党を防いで政治をいかに前に進めるか。今、それが問われている。
 懸念されるのは、エネルギー政策や環太平洋経済連携協定(TPP)参加など党分裂を誘発しかねない問題で、首相が思うように決断できない事態に陥ることだ。
 民主党の離党者は、小沢一郎元代表のグループ以外からも出ている。理由は、反消費増税に限らない。女性参院議員3人は、脱原発や反TPPも訴えて離党した。
 「次の選挙で生き残れない」と見切りをつけた面もあるだろう。党に対する愛着も薄い。
 輿石幹事長が「国民の信を問う前に、政権が崩壊する」と述べたのは、危機感の表れだ。
 「政権交代」は果たしたものの、政権公約(マニフェスト)の主要政策は、ほぼ総崩れだ。
 党を立て直すには、実現不可能な公約に固執せず、新たな党の目標を設定することから始めることが必要ではないか。
 党のよって立つ基盤を築き、一体性を作り出すために、政策論議を重ねるべきだ。
 民主党には、手順を踏んで決めた政策を尊重せず、議論を蒸し返す体質もある。全議員が参加する場での議論は大切ではあるが、それだけでは収拾がつかない。離党の呼び水にもなっている。
 政策の最終決定へのプロセスをもっと工夫すべきだ。
 鳩山元首相ら一体改革関連法案の採決時に造反した議員が、反消費増税の立場から執行部を揺さぶる構えを見せている。
 鳩山氏は首相官邸前で行われた反原発再稼働デモにも参加した。大衆迎合そのものではないか。
 この先、原発政策やTPPの方針決定を巡って、党内の意見が大きく割れる可能性もある。
 前原政調会長を中心に、今から十分議論しておくことが、肝要である。次期衆院選の公約を準備することも急がねばならない。
 今度こそ、実現可能な公約となるよう精査が必要だ。
 民主党の分裂に「極めて遺憾」と不満を表明した支持団体の連合との関係改善も課題だ。
 だが、国民政党として、政策や選挙でどこまで連合に依存すべきかということも議論の対象になるのではないか。
 党執行部は、時には毅然(きぜん)とした態度を示し、所属議員が政府の決定や党議拘束に従う政党文化を育てていかなければならない。

シリア情勢 アサド政権がほころび始めた

内戦は激しくなるばかりだ。それを食い止める有効策を打ち出せない国連安全保障理事会の機能不全は深刻である。
 シリアの首都ダマスカスの中心部で、治安機関施設が爆破され、会議中だった国防相や国家治安局長、アサド大統領の義兄である国防次官らが死亡した。反体制派「自由シリア軍」が、犯行声明を出した。
 比較的治安が安定していたダマスカスだが、今月中旬から反体制派による攻撃が相次いでいた。
 厳戒をかいくぐって体制の中枢が直撃された意味は重大だ。
 駐イラク大使や精鋭部隊の准将などエリートの離反が始まった。多数の住民が国外に脱出している。反体制派の武装蜂起と国際的な孤立で、アサド体制は内部からほころび始めたのではないか。
 火力で優勢な政府軍は、ダマスカスなど各地で報復に乗り出した。政府軍と反体制派の双方が攻撃をエスカレートさせており、停戦の機運はまったく見えない。
 治安がここまで悪化したのは、アサド政権の責任が大きい。国連とアラブ連盟の特使を務めるアナン前国連事務総長が示した停戦調停案を受け入れると表明しながら、実行しなかったからだ。
 国連の停戦監視団の任期切れを前に、安保理で米欧が、アサド政権に経済制裁を警告する決議案を出したのは当然である。だが、ロシアと中国が拒否権を行使して廃案となった。
 対シリア決議案で両国の拒否権行使は昨年から3度目だ。軍事的に深いつながりを持つロシアがアサド政権をかばい、中国が同調する図式が今回も繰り返された。
 ロシアは、アサド政権の延命に固執せず、流血停止に向けて影響力を行使すべきである。
 安保理が決めたのは結局、停戦監視団の任期の30日間延長だけ、というのは残念だ。停戦が実現していない中で、監視団ができることは、住民虐殺が起きた場合の現地調査などに限られよう。
 米露中英仏の安保理常任理事国とシリア周辺国が6月に開催した関係国会合では、シリアの政府関係者と反体制派の双方が参加する暫定政府樹立で合意している。実現に向けて、関係国はシリア側への働きかけを強めるべきだ。
 日本は、ゴラン高原でシリア軍とイスラエル軍の引き離しにあたる国連平和維持活動(PKO)に自衛隊の輸送部隊を派遣している。シリア情勢のこれ以上の悪化は中東地域の不安定化につながる。日本も注視する必要がある。

2012年7月21日土曜日

原子力規制委 与野党で同意人事を弄ぶな

国会は職務放棄をするつもりなのか。
 衆参両院が、原子力規制委員会の委員長と委員4人の人事案について政府から提示を受ける合同代表者会議の開催を見送った。
 田中俊一・高度情報科学技術研究機構顧問を委員長に充てる人事案を読売新聞や日本経済新聞が事前に報じたことに対し、自民党などが「国会提示前に報道されたのは問題だ」と反発したためだ。
 国会の役割は、候補者の能力を吟味し、人事案の可否を判断することだ。それと何ら関係のない事前報道を問題視し、同意手続きに入らないのは筋違いである。
 国会の同意が遅れれば、政府は人事を発令できず、9月上旬に予定している規制委の発足がずれ込む恐れもある。原子力発電所の再稼働に向けて、原発の安全性を審査する規制委の速やかな始動は最優先の課題ではないか。
 規制委は、民主、自民、公明3党の法案修正協議で設置が決まった。円滑な発足に協力すべき立場の自民党が人事にブレーキをかけるのはどうしたことか。政府を支える民主党まで自民党に同調したことも理解に苦しむ。
 奇怪千万なのは、衆参の議院運営委員会が政府に事前報道の経緯を調査するよう求めていることだ。リークが疑われるからだ、というが、取材活動を制約することは許されることではない。
 問題の根源は、国会同意人事のルールを定めた2007年の衆参の議運委員長合意にある。野党の民主党の主張で、事前に報道されれば、「原則、当該者の提示は受け付けない」と明記した。
 さすがに、今回の規制委人事については、衆参の議運委員長が事前に例外扱いとすることで合意していた。専門知識を持ち、原発事故にも対応できる適格者は多くない。報道で人事が白紙撤回される事態を避けるためだ。
 こうした経緯からも、人事案の審議を急ぐとともに、不合理な規則を撤廃すべきである。
 政府は、人事案を来週以降、国会に示す予定で、中身は変更しないという。
 国会は、日本銀行総裁などの人事の同意前に候補者の所信を聴取している。なぜ規制委を対象外とするのか、首をかしげる。
 原子力安全行政の立て直しを担う規制委の公共性や重要性を考えれば、与野党は、委員長や委員候補の見解を聴き、資質に問題がないか、ただす必要があろう。
 それこそ、同意の採決前に国会が果たすべき責務である。

金利不正操作 市場の信頼回復へ改革を急げ

国際的な基準金利の不正操作が英国で発覚し、市場への不信感が高まっている。金融当局は真相を解明して再発防止策を徹底すべきである。
 LIBOR(ライボー)と呼ばれる「ロンドン銀行間取引金利」を巡る不正事件のことだ。
 LIBORは、ロンドン市場で取引する欧米などの大手銀行が英銀行協会に自己申告する調達金利をもとに算出される。
 企業向け融資や金融派生商品などの指標に幅広く使われ、これらの金融取引の規模は、世界で約360兆ドルに上るという。
 それほど重要な基準金利が英大手バークレイズの虚偽申告で(ゆが)められていた。バークレイズは巨額の罰金を支払ったが、投資家の信頼を裏切る背信行為である。
 不正は2005~09年にかけて行われた。当初は金利を高めに申告してLIBORを高く誘導し、利益を稼いだようだ。リーマン・ショックの08年前後からは、逆に低い金利を申告し、危機で揺らぐ自行の信用維持を狙ったらしい。
 だが、単独ではLIBORを操作しにくい。他行も談合していた疑いがある。英中央銀行幹部がバークレイズに不正操作を促していたとの疑惑も浮上している。
 英金融監督当局が、複数の欧米金融機関の本格調査に乗り出したのは当然だ。金融界の暗部にメスを入れるべきだ。
 英国だけでなく、米国の金融当局の姿勢も問われている。
 ガイトナー米財務長官はニューヨーク連邦準備銀行総裁だった08年に問題を把握し、英中央銀行総裁に改善策を提言した。だが、英米当局とも結局は放置した。対応は不適切だったのではないか。
 こうした経緯を踏まえ、米連邦準備制度理事会(FRB)のバーナンキ議長は今週、米議会公聴会で、「LIBORには構造的な欠陥がある」と述べた。
 銀行各行の申告が正しいかどうか、監査の強化は不可欠だ。金利を提示する銀行数を増やすなど、LIBORの透明性と信頼性を高める改革が急務である。
 今後、他行の不正が発覚したり、不利益を被ったという投資家などが金融機関に集団訴訟を起こしたりする可能性もある。市場の動揺が拡大しないよう望みたい。
 日本にとっても対岸の火事ではない。日本版LIBORとして、公表している東京銀行間取引金利(TIBOR)について、全国銀行協会が点検を強化する方針を決めた。投資家の不信を払拭する不断の努力が欠かせない。

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