2013年3月20日水曜日

体罰の基準 指導との混同をなくす一助に


 文部科学省が体罰の基準を示した通知を全国の教育委員会に出した。学校教育法で禁じられた体罰と、生徒指導として認められる行為の具体例をそれぞれ挙げたものだ。

 体罰と厳しい指導の一線をどこで引けばいいのか。教師の間では理解が不十分で、混乱が生じている。両者の区別を周知徹底することは、教育現場で体罰根絶に取り組むための一助になるだろう。

 通知は、次のような行為が体罰にあたると例示している。

 反抗的な態度を見せた子の頬を平手打ちする。ふざけていた子にボールペンを投げつける。教室に居残りさせた上、子供がトイレに行きたいと訴えても室外に出ることを許さない――などだ。

 一方、教室内で立たせたり、宿題や清掃活動を課したりするのは、指導の範囲内で認められることを確認した。他の子供を殴った子の両肩をつかんで引き離すような行為も問題ないとしている。

 教師による力の行使が許されるのは、他の生徒に対する暴力行為をやめさせるような場合に限られる、との考え方だ。常識的な線引きと言えよう。

 ただ、教師は日々、生徒と接する中で様々な場面に遭遇する。通知がマニュアル化し、臨機応変な対応まで縛るようになっては本末転倒だ。毅然きぜんとした態度を示さねばならないケースもある。

 「子供の叱り方がわからない」という若い教師は少なくない。いかなる暴力も許されないという原則を押さえた上で、状況ごとに適切な指導を行う判断力を養うことが欠かせない。

 通知は、運動部活動の指導の在り方にも言及した。部活動は教育の一環でありながら、統一的なガイドラインがなく、顧問教諭の裁量に委ねられてきたためだ。

 大阪市立桜宮高校で、バスケットボール部の男子生徒が顧問教諭から暴力を受け、自殺した問題の教訓を踏まえている。

 勝利至上主義を戒めるとともに、特定の生徒に対し、執拗しつように肉体的・精神的な負担を強いる行為は「指導ではない」と断じた。

 運動部の場合、実績を上げた指導者に対しては、他の教師が異論を挟みにくく、暴力が黙認されがちだ。通知が校長ら管理職に、顧問教諭をしっかりと監督するよう求めたのは当然である。

 教師が「愛のムチ」などとして暴力をふるっても、生徒は反抗心や恐怖心を抱くだけだ。教師に服従するばかりで、生徒の自主性も育まれないだろう。

時事問題

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