2013年5月31日金曜日

アフリカ開発―資源頼みから脱却を

 かつてアフリカが「暗黒大陸」と呼ばれた時代があったことを知る人はどれほどいるだろう。それほどまでに、近年のアフリカの成長には目を見張る。

 だが、順調に見える成長にもゆがみが見える。一番の課題は、成長が天然資源頼みになりがちなことだ。すそ野の広い、持続的な発展への脱皮を後押ししなければならない。

 日本が音頭をとって20年前に始めたアフリカ開発会議(TICAD)が、1日から横浜市で開かれる。5回目となる会議には、地域の50余国の首脳たちや国際機関の代表が集まる。

 原油や希少金属といった資源の開発、輸出が本格化したのは世紀が変わった頃だ。過去10年の地域の平均成長率は約6%に達するが、この豊かさが全体の人々に行き渡っていない。

 例えば、アフリカ中西部の赤道ギニアという国では石油生産が始まってから一人あたり所得が先進国並みになった。ところが5歳までに乳幼児の1割以上が亡くなっている。貧富の格差が広がり、衛生状況の改善が遅れているからだ。

 食糧の生産性も低い。農村の貧困が解消されず、海外からの穀物輸入が増え続けている。

 サハラ砂漠周辺では、地球温暖化による干ばつや地域紛争に住民が苦しんでいる。

 日本はこの5年間に、アフリカ向けの政府の途上国援助(ODA)を倍増させ、コメ増産や教育、保健支援に取り組んできた。製品の品質や生産性を向上させるカイゼン運動も各国に広がっている。

 こうした日本の得意技を生かしつつ、工業化や農業強化への支援を拡充する。草の根の人々の生活や福祉に目を配る「人間の安全保障」の理念を支えにしたい。

 アフリカの巨大な消費市場や資源開発への経済界の関心は高い。投資リスクを減らすためにも、各国は腐敗を一掃し、政治安定に努めてもらいたい。

 近年はインド、ブラジルなどの新興国や韓国も、アフリカとの経済交流を深めている。中国は、日本を大きく上回る援助や貿易投資をしている。

 今回の会議では、11年前に発足し、地域統合を目標に掲げるアフリカ連合(AU)が共催者に加わる。アフリカ側が実力と自信をつけてきた表れだろう。

 大陸の人口は10億人。2050年には世界の5人に1人がアフリカ人になる見込みだ。

 雄大な自然や独自の文化。アフリカの魅力は多様だ。

 この会議を日本とアフリカとの信頼構築につなげたい。

クールジャパン―利益より日本の良さで

 外国に比べて見劣りがしてきた日本政府の文化予算が、急に膨らもうとしている。

 日本の文化を海外に売り込むクールジャパン戦略では、昨年度補正予算と今年度予算で840億円以上が計上された。

 一方で下村博文・文部科学相は、2020年までに文化庁の予算を倍増させる「文化芸術立国中期プラン」を私的懇話会で打ち出した。

 今年度の文化庁予算は1033億円。10年以上にわたり、約1千億円でほぼ変わらない。一般会計に占める比率は、0・11%にすぎない。

 他国の文化予算は、別格のフランスが4474億円で1・06%。映画やテレビドラマで「韓流」ブームを世界に起こした韓国は、1418億円で0・87%だ(12年、文化庁調べ)。

 心の豊かさに満ちた社会をつくるため、これまで抑え込まれてきた文化予算を増やすことは歓迎したい。

 だが、肝心なのはその中身だ。真に文化の質を高めたり、海外の日本への理解を深めたりすることにつながる施策に、効率的に配分すべきだ。

 例えば、クールジャパン戦略では、輸出する映画やテレビ番組に、外国語の字幕や吹き替えを付ける補助金(約95億円)への評価が高い。「韓流」が成功した理由の一つとして、翻訳付きで作品を外国に売り込んだことは、よく知られている。

 ただ、経済的な成果は、期待しすぎないほうがいい。当たるか当たらないか、予想が難しいのが文化や芸能の世界だ。

 クールジャパンと名付けられた海外の日本ブームは、近年は息切れも指摘されている。

 コンテンツ輸出で9割以上を占めるゲームソフトは売り上げが停滞し、アニメの海外販売もピークだった05年の半分程度に落ち込んだ。

 クールジャパン戦略を所管する内閣府も「経済成長にどれくらい貢献するか、という数字は持ちあわせていない」という。

 政府のクールジャパン推進会議は、アクションプランで正統な日本料理の「食の伝道師」育成を打ち出した。複数の民間議員が指摘したように、海外での正しさの押しつけは逆効果だろう。謙虚さこそ、日本文化のクール(良さ)だ。

 韓国では毎年、コンテンツ振興院が白書を発行し、文化政策を点検している。邦訳された10年度版は500ページ以上。よく整理されて読み応えがある。

 膨らんだ予算がどのように使われたか、継続的な検証も欠かせない。

選挙制度論議 政治の安定へ衆参同時改革を

 ◆定数削減競争は大衆迎合だ

 今国会会期末まで1か月を切ったのに、衆院選挙制度の抜本改革論議は行き詰まったままだ。

 与野党に合意形成の機運がなく、実現はもはや困難な状況にある。

 自民、公明両党が国会に提出した、衆院小選挙区定数の「0増5減」を実現する区割り法案は、参院で審議されなくても、衆院で再可決され、成立する見通しだ。

 だが、0増5減は、あくまでも緊急避難的な措置に過ぎない。

 選挙制度の抜本改革を実現するために、与野党は、議論を仕切り直す時期に来ている。

 ◆立法機能低下に懸念

 与野党の合意形成を妨げている最大の要因は、衆院議員の定数削減を巡る足並みの乱れだ。

 民主党は、消費増税に国民の理解を得るには国会議員自ら「身を切る」必要があるとして、定数80の削減を主張している。

 しかし、定数削減は、選挙制度改革のきっかけとなった衆院小選挙区の「1票の格差」是正とは無関係である。

 身を切ると言うなら、歳費や政党交付金を削るべきだろう。その方が効果も大きい。

 自民党は比例定数を30削減して150とし、その中に60の中小政党優遇枠を設ける考えだ。公明党への配慮だが、中小政党に特別な枠を与えることが公正な制度と言えるのか。

 日本維新の会は144減、みんなの党は180減を唱えている。削減幅を競うかのようである。

 国会議員を減らせば国民に歓迎されると政党が考えていること自体、大衆迎合主義的な発想で嘆かわしい。定数削減は選挙制度と切り離して議論する必要がある。

 そもそも、日本の国会議員数は先進国の中では少ない方だ。

 与党は閣僚ら政務三役を政府に送り込んでいる。定数を削れば、国会では委員会を掛け持ちする議員が増える。中小政党も発言の機会を奪われる。立法能力や行政監視機能が低下しかねない。

 最高裁は2011年3月、小選挙区の「1票の格差」が最大2・30倍となった09年の衆院選を「違憲状態」と判断した。各都道府県にまず1議席を割り振る「1人別枠方式」が格差の主因と指摘し、廃止を求めた。

 立法府の裁量権に司法が大きく踏み込んだと言えよう。

 ◆格差是正絶対視するな

 昨年12月の衆院選を巡る「1票の格差」訴訟では全国の高裁・支部で「違憲」判決が相次いだ。一部には選挙無効という判決もあったが、再選挙のルールも確定しておらず、無責任ではないか。

 投票価値の平等は選挙制度の絶対的な基準ではない。選挙区選は行政区画を基に成り立っている。地方では人口減が著しい。人口比例だけで片づかない地域特有の問題や経済・文化的事情もある。

 司法の判断と現実の政治を調和させる選挙制度が求められる。

 共産党などが主張するような完全な比例代表制とすれば、確かに民意がそのまま獲得議席に反映されて、1票の格差はなくなる。

 しかし、中小政党も議席を得やすいだけに、多党化が避けられない。連立政権が常態化し、中小政党が政策決定のカギを握るなど、政治の不安定化を招く。

 民意をいかに集約し、安定した政権を作るかという観点が最も重要だ。

 それには、自民、民主両党などが主張する現行の小選挙区比例代表並立制の手直しか、一部の小政党が求める中選挙区制の復活以外に、現実的な選択肢はないだろう。

 参院の選挙制度も、併せて考えなければならない。今は、衆参両院いずれもが「違憲状態」にあると司法が断じる異例の事態だ。

 裏を返せば、衆参両院の制度を同時に見直す好機と言える。

 衆院も参院も選挙区選と比例代表選を組み合わせる点で、似通った制度になっている。「強すぎる参院」の問題もある。

 ◆二院制の役割議論せよ

 「決められない政治」を脱するため、衆参のねじれが生じにくい制度を設計すべきだ。

 まずは、衆参各院にどんな役割と権能を持たせるかという根本的な議論が欠かせない。憲法の二院制に関する条項の見直し論議も深めてもらいたい。

 衆参両院が従来のようにそれぞれ独自性を主張し、各党が党利党略にとらわれる限り、いくら時間をかけても合意は困難だ。

 今の状態が続くなら、各党の利害から離れた有識者による第三者機関に諮問するしかない。その際、与野党は、答申を尊重して立法化することをしっかり取り決めておくことが肝要である。

2013年5月30日木曜日

夫婦のあり方―別姓も選べるように

 妻も夫も、もとの姓のままでもいいし、どちらかの姓にあわせてもいい――。そんな結婚のしかたは、いつになったらできるのか。

 夫婦は夫か妻の姓を称する、と民法は定めている。この規定が個人の尊厳を保障する憲法にかなうのかが裁判で問われた。

 東京地裁の判決は、結婚と改姓の間で悩んでいる人たちに、解決策を示さなかった。

 生まれながらの姓を、結婚で変える影響は小さくない。

 仕事で築いた実績や人間関係は、姓を変えることで途切れかねない。

 新しい姓を名乗ることで、本来の自分でなくなったような気持ちになる人もいる。

 厚生労働省の統計では96%の夫婦は夫の姓にしており、女性に改姓の負担が集中している。

 旧姓を使っていいと認める職場は広がっているが、すべてではない。身分証明になる運転免許証などの姓と通称が違うことで生じる不便や混乱は、しょっちゅうのことだ。

 裁判をおこした5人もこうした悩みを抱えており、見回せば近くにいそうな人たちである。

 婚姻届を出さずに、夫婦として暮らす「事実婚」を選ぶ人たちもいる。だが、税制上の控除や相続権など、法律上の結婚で認められる利益をあきらめなければならない。二人の間の子どもは婚外子となる。

 女性の社会進出が進み、家族のかたちは多様になり、予想できた問題である。とうに立法で解決しておくべきだった。

 法務省は96年に、夫婦は希望すればそれぞれ結婚前の姓を名のれる選択的別姓の制度をふくむ民法改正案要綱をまとめた。この案では、子どもたちの姓は一方の姓に統一される。

 ところが、与党・自民党の一部の国会議員から「家族の崩壊を招く」「家族の一体感が損なわれる」などの反対が出て、法案提出に至らなかった。民主党政権でも実現せず、法案は17年間、日の目を見ていない。

 姓が違う夫婦がいても、それぞれの考えを尊重した結果だ。そこに家族崩壊の兆しをみるのは、ゆきすぎではないか。

 民法が夫婦同姓としたのは、結婚制度に不可欠であるとか、結婚の本質にもとづくものだなどの説明がされているわけではない。それは今回の判決も認めている。

 国連の女性差別撤廃委員会も、結婚によって姓の変更を強制するのは問題があると指摘してきた。欧米の多くの国は、同姓かそれぞれ旧姓を名乗るかを選べる仕組みにしている。

競馬の払戻金―納得できる課税とは

 誰がどれだけ馬券を買い、どれくらい勝ったのか。なかなか把握しにくい競馬の払戻金だが、そこにどう税金をかけるのが妥当なのか。考えさせられる裁判があった。

 ある男性が、億単位のお金を投じてインターネットで馬券を買い続け、1億円を超える利益を得た。それを所得と申告していなかった罪で起訴された。

 国税庁の通達によれば、馬券の払戻金は偶然に得た「一時所得」に区分される。経費として差し引けるのは勝った馬券の購入費だけになる。ただ男性側は「馬券を継続的に買っており、外れた馬券の購入費も経費とみるべきだ」と主張していた。

 大阪地裁は「一時所得かどうかは具体的状況で判断すべきだ」との物差しを示し、この男性の馬券の買い方は「資産運用の一種」と判断した。外れ馬券もすべて経費と認めながらも、無申告は違法とした。

 これだけだと、資産運用でなく競馬を楽しむ多くのファンには縁遠い話だが、判決は次のような見方も示している。

 払戻金は、「原則としては一時所得」である。つまり、誰もが外れ馬券を経費扱いにできると認めたわけではない。だが、くだんの国税庁通達は各税務署に考え方を示したもので、国民に対する拘束力は持たない。

 経費扱いできるのは勝ち馬券の購入費だけとの画一的な処理は、「弾力的運用」をうたう通達前文の趣旨にも合わない。判決はそうも指摘している。

 「杓子定規(しゃくしじょうぎ)な課税はだめ」と、司法が警鐘を鳴らしていると受け止めるべきだろう。

 今回のような馬券の買い方は、ネット技術の進展で容易になった。社会や経済活動の変化に応じた課税をどう進めていくのか。常に大きな課題である。

 日本では、納税者が自ら所得と税額を計算する申告納税制度が基本である。どんな所得にどれだけの税が課されるかは、納税者が納得する形で示しておかないといけない。

 税制改正に関する政府内の意見表明の過程で、国税庁は昨年9月、競馬など公営競技の払戻金は一定額を超えれば、税を天引きする案を示している。

 ただ払戻金が課税対象であること自体、周知されているとは言い難い。公営競技の収益の一部はすでに公共事業に充てられており、天引き課税にはファンならずとも異論はあろう。有識者を含め多様な意見を十分に聞くべきだ。

 今回の判決で税のありように関心が高まるなら、その意義はさらに大きくなる。

日印首脳会談 関係発展の柱となる原発協力

 日印両国が一層関係を深めていくための重要な柱となろう。

 安倍首相が、来日中のインドのシン首相と会談し、日印原子力協定の締結交渉再開で合意した。

 年内妥結を目指す方針で、締結すれば、日本から原子力関連技術が輸出できるようになる。

 交渉は、民主党政権時代の2010年6月に始まったが、東京電力福島第一原子力発電所事故の後、事実上中断していた。

 人口12億人のインドは、経済の急成長に伴って電力不足が深刻化し、原発の増設を計画している。主力の電力供給源である石炭火力発電所に、温室効果ガスを排出しない原発が加われば、地球温暖化対策にも役立とう。

 安倍政権の経済政策「アベノミクス」は、成長戦略としてインフラ輸出を重視する。原発や関連機器の輸出が増えれば、日本にとってもメリットは大きい。

 安倍首相は、シン首相に対し、核不拡散の努力を評価するとともに、核拡散防止条約(NPT)体制を推進する立場から、インドの核実験全面禁止条約(CTBT)の早期批准を促した。

 NPTに加盟していない核保有国インドとの協定に日本国内で慎重論が強かったことを念頭に置いた発言だろう。

 インドは核実験を凍結し、民生用施設は、国際原子力機関(IAEA)の査察も受け入れている。交渉再開にあたって日本は、こうした姿勢の堅持を確認したい。

 両首脳がインド西部のムンバイ―アーメダバード間約500キロ・メートルの高速鉄道計画について、共同調査の着手で合意したことも前進である。日本が官民を挙げて目指してきた新幹線システムの受注につながると期待される。

 日本は、ムンバイの地下鉄建設などに対する円借款の供与も決めた。インドの経済発展につながる大型インフラ整備で連携強化を確認した意義は大きい。

 日本企業のインド進出は増加し続けている。貿易額は日中間などに比べればまだ少ないが、一層拡大する潜在力がある。

 安全保障面では、海上自衛隊の救難飛行艇の輸出について、両国が検討を始めることで一致した。実現すれば、防衛装備品の民間転用による輸出となり、日印安保協力の具体的な成果となる。

 昨年6月に初実施した海自とインド海軍の共同訓練も定期化される。中国を牽制けんせいする効果もあるだろう。アジアとインド洋の安定に結びつけなければならない。

成年被後見人 選挙権の迅速な回復は当然だ

 精神疾患や知的障害で成年後見人を付けた人に選挙権を認める改正公職選挙法が成立した。

 7月の参院選から、約13万6000人に投票の道が開かれることになった。多くの人が投票所に足を運び、1票を投じてほしい。

 公選法は、判断能力に欠けるといった理由から、成年後見人の付いた人の選挙権を認めていなかった。この規定について、東京地裁は3月、「法の下の平等に反する」として違憲判決を出した。

 判決を受け、自民、公明両党は問題の規定を削除する改正案を国会に提出した。野党も同調し、衆参両院とも全会一致で可決した意義は大きい。判決から2か月余という迅速な対応も評価したい。

 成年後見人を付けた人の障害の程度には個人差がある。原告の女性は簡単な読み書きができ、意思表示も可能だ。そもそも一律に選挙権を奪う規定自体に無理があったと言えよう。

 今後の運用にあたっては、不正投票に障害者を巻き込まない対策が重要だ。改正法には、特定候補者に投票を誘導するような不正の防止策が盛り込まれた。

 自力で投票用紙に記入できない人を助ける代理投票では、代筆役とチェック役の補助者を付け、この2人については、市町村職員に限定するという規定だ。

 家族など付き添い人が投票に手を貸すことはできない。参院選は目前に迫るが、各選挙管理委員会は、投票所で適切なサポートができるよう、人員確保などに万全を期してもらいたい。

 病院や介護施設などで行われる不在者投票についても、「選管が選んだ立会人を付ける」との努力規定が設けられた。施設職員が入所者に無断で、特定候補に投票する行為を防ぐのが目的だ。

 努力規定にとどまり、義務付けが見送られたのは、自治体の体制が整わないとみられるためだ。

 だが、東京都のように約1200施設に立会人を派遣する方針の自治体もある。各選管には積極的な対応が求められる。

 それにしても、違憲判決に対する控訴をいまだ取り下げていない政府の姿勢は不可解である。

 新藤総務相は控訴した際、記者会見で「立法措置がされた場合、訴えの意味は失われる」と述べ、原告側が訴えを取り下げるとの見方を示していた。

 原告はやむなく司法に訴え、主張が認められた。政府の対応は不誠実と言うほかない。政府が控訴を取り下げるのが道理である。

2013年5月29日水曜日

南海トラフ地震―「予知困難」を出発点に

 南海トラフの巨大地震が、いつ、どの地域を中心に、どんな規模で起きるか。それを直前に予知することは難しい。

 国の有識者会議がまとめた最終報告書はそう認めた。

 政府の地震対策は、見直しを迫られる。東海地震への対策の法制度は、予知は可能であり事前避難ができるという前提で組み立てられている。

 東海から九州にかけての広い地域が、不意打ちで大地震にみまわれる。そうなっても被害を最小限に食いとめ、人とモノの支援が被災地に行きわたるようにするには――。

 そんな視点で対策をたてなおさねばならない。

 多くの人命にかかわる原発や新幹線、高速道路、地下街などの安全対策は急務だ。

 一方で、いつ来るかわからないからこそ、各地域で今からできることを地道に積み重ねることが大切になる。

 自治体はまちづくり計画の見直しを始めるべきだろう。

 たとえば、大津波からの避難が難しい地域では、建築に一定の制限をかける。お年寄りや幼い子ども、障害のある人の施設は高台に移すか、高い建物に建てかえる。報告書はそんな策を列挙している。

 避難者は最大で全国1千万人近くにおよび、避難所の不足がみこまれる。被災地にとどまらなくてもよい人には、帰省や疎開をすすめる。そういう提案もしている。

 まちづくりの見直しも、避難所不足の解消も、地域で話し合わなくては進まない。裏を返せば、地域の防災力を高めるかぎは共助だといえる。

 アパートのあの部屋に、独り暮らしのお年寄りがいる。あちらの家族は地元を離れられない仕事だ。うちは県外に親類がいる。そうした個人情報を、地域でどのように、どこまで共有できるかが課題になるだろう。

 もう一つ、報告書が強調しているのは防災教育だ。予知できない震災に備えるには、将来の世代に防災の知恵を受け継ぐことが大切だからだ。

 災害の科学的な知識を学ぶ。自分が住んでいる街の危ない場所を知る。避難訓練をする。

 いまはそうした内容がいろいろな教科に散らばっている。しかし、学んだことが行動に結びつくには、もっと体系的に教える必要がある。文部科学省はそのためのカリキュラムの検討を進めている。

 いざというとき自ら行動し、身を守れる実践的な力を養う。世界有数の地震国にはそういう教育が欠かせない。

運動部の指導―指針に魂を入れるには

 学校の運動部活動で、指導者による生徒への体罰(暴力)と、本来の指導の違いはどこにあるのか――。

 文部科学省の有識者会議がそのガイドラインをまとめた。

 昨年12月、大阪市立桜宮高で体罰を受けた生徒が自殺した問題をきっかけに、議論してきた。6月中に全国の中学、高校に配られる。

 「体罰は許されない」ことを前提に、具体的な指導の仕方まで例示したガイドラインは初めて。体罰を根絶する試みの一つとして、その意味合いは小さくない。

 ガイドラインは、教育上必要な指導例や、厳しい指導として認められる例を示した。

 一方で、体罰や暴力に当たるとして許されないケースも例示している。殴る、けるなどのほか、パワハラやセクハラ、人格を否定する発言などだ。

 さらに、長時間にわたって無意味な正座をさせる、熱中症が予想される状況で水を飲ませずに長時間、ランニングをさせる。これらも許されない事例に挙げられた。

 おおむね妥当な内容だろう。

 ただし、実際には「厳しい指導」と体罰や暴力の線引きはそれほど簡単ではない。有識者会議でも、細かく例示することの是非をめぐって議論が揺れた。

 その意味で、ガイドラインはあくまで目安に過ぎない。

 これを機に、それぞれの学校で、指導者や教師、保護者をまじえ、部活動のあるべき姿や指導方法を議論してはどうか。

 ガイドラインは、科学的な指導方法を学ぶ研修など、指導力の向上を促している。

 しかし、顧問の教員だけにさらに負担を強いるのは現実的ではないだろう。

 朝日新聞社が全国の公立中学300校(有効回答95%)を対象に1月に実施したアンケートでは、84%の中学で外部指導者を招いていた。

 部活動の環境は急速に変化している。対象を外部指導者にも広げて研修をするなど、現状に応じた手立てを探りたい。

 体罰問題にとどまらず、部活動の位置づけそのものを問い直すことも必要だ。

 学習指導要領は、部活動は生徒の自主的、自発的な取り組みの場と位置づけている。

 だが、実際には部活動の成績が最優先になり、生徒の自主性が無視されているケースも少なくない。そんな体罰を生む土壌を断つためにも、生徒の声を反映させる工夫が欠かせない。

 ガイドラインに魂を入れるのは教育の現場である。

南海トラフ地震 被害を減じる法整備が急務だ

 死者が最大32万人と予想される「南海トラフ巨大地震」の被害をいかに抑えるか。対策を急がねばならない。

 政府の中央防災会議の作業部会が、この巨大地震の「減災」対策を列挙した最終報告書をまとめた。

 想定震源域の南海トラフは、静岡県沖から四国、九州沖に及ぶ。東日本大震災を上回る地震が起きれば、太平洋沿岸を10メートル以上の津波が襲う。内陸部でも震度6~7の揺れに見舞われる。

 報告書は、個人や地域が自らを守り、助け合う「自助」「共助」の重要性を強調した。国の救援・救助、自治体間の応援などの仕組みが機能しにくくなるためだ。

 甚大な被害想定を考えれば、適切な指摘である。

 大きな揺れを感じたら、津波の襲来前に逃げる。住宅の耐震化を進め、住宅密集地では防火対策を強化する。地域として、食料備蓄などの対応も大切だ。

 対策が進まないと、住宅など240万棟近くが全壊し、負傷者は62万人を超える。1週間後の避難者は950万人と試算されている。避難所の不足は明らかだ。

 報告書は、負傷の程度に応じ治療の優先順位を決める「トリアージ」の手法を、避難者の収容にも応用するよう提言している。自宅の損壊が軽微であれば、「在宅避難」をしてもらうという考え方だ。現実的な方策と言える。

 「公助」の大切さも無論、変わらない。国が、防災拠点や防潮堤の整備など、従来の地震・津波対策を、今後も着実に推進していくことは欠かせない。

 それに加え、自治体の取り組みをどう促すかが、重要な課題である。報告書が、国と自治体が連携して対策を進めるための法整備を求めたのは、もっともだ。

 例えば津波避難所の確保は、自治体だけでは進まない。国と自治体が、総合的な計画を策定し、財源を確保してこそ可能になる。

 自民、公明両党が国会に提出している国土強靱化基本法案は、これを後押しするものだ。与野党はしっかり議論してもらいたい。

 これまで対策の柱となってきたのは、大規模地震対策特別措置法だ。地震予知を前提に東海地震の関係地域に財源支援してきた。

 だが、報告書は「確度の高い予測は難しい」と、特措法の考え方に疑義を呈した。東海地震を含めた南海トラフ巨大地震の防災対策の見直しを求めたものだ。

 政府は、予知を前提としない地震対策を進める必要がある。

小学校の英語 楽しく学べる環境を整えたい

 日本の国際競争力を高める上で、豊かな語学力と幅広い視野を備えた人材が求められている。政府は教育環境の整備を進めるべきだ。

 安倍首相直属の教育再生実行会議が、海外で活躍できる人材の育成に向け、小学校から大学に至るまで、英語教育の拡充が必要だとする提言をまとめた。

 注目したいのは、小学校で教える英語を正式な教科とするよう検討を促した点だ。

 小学校では2011年度から「外国語活動」が必修となり、5、6年生が週1回、英語を学んでいる。英語に親しみ、慣れるのが目的で、中学校のような文法の指導はしない。初歩的な会話やヒアリングに重点を置いている。

 正式な教科ではないため、教科書は用いない。教員養成課程で英語の指導法を十分学んでいない学級担任が教えることから、指導力に不安を抱える教師も多い。

 教科へ格上げすることで、教科書を作り、授業の質向上につなげようという狙いは理解できる。

 ただ、課題は多い。

 正式な教科にすると、成績評価を行うことになる。その際、英語に親しむための授業で、テストによる評価はなじむだろうか。文法学習まで加わるようになれば、小学校の段階から英語嫌いになる子が出てくるかもしれない。

 小学校教師の語学力を高めるのも一朝一夕にはいくまい。研修の充実はもちろん、英語を専門とする専任教師が教えたり、外国人指導助手とチームで指導したりする体制を整えることが大切だ。

 他のアジアの国・地域を見ると、中国や韓国、台湾では、小学3年から英語を教えている。早い時期から学習を始めた方が身に着くと主張する専門家もいる。

 一方、母国語である日本語の習得を優先すべきだとの意見も根強い。実施学年を引き下げるかどうかは今後の争点となろう。

 提言は、大学教育にも言及し、「グローバル化の遅れは危機的状況にある」との認識を示した。

 日本人の海外留学生は減少傾向にあり、日本で学ぶ外国人留学生も欧米諸国に比べて少ない。英語を使った講義を増やすなど、日本人学生を鍛え、外国人留学生を呼び込む取り組みが欠かせない。

 提言は、英語を母国語としない人の英語力を測る「TOEFL」などの外部検定試験を、大学入試や卒業認定の判断材料に活用することも打ち出した。実践的な語学力の習得を促す観点から、検討に値するのではないか。

2013年5月28日火曜日

小平住民投票―賛否の二元論を超えて

 投票率が50%以上でなければ成立せず、開票もされない。

 そんなルールで行われた東京都小平市の住民投票は、ハードルを越えられずに終わった。

 住民投票というツールで、いかに民意をていねいに読みとるか。今後の他の自治体にとって多くの教訓が含まれている。

 問われたのは、雑木林を切り開いて都道をつくる計画を、住民参加で見直すべきかどうかだった。渋滞解消と、緑の保護。判断のわかれる問題だからこそ民意を問う価値があった。

 もともと都の事業だから、小平の民意だけで決められない。市長は結果の尊重を求められるが、拘束はされない。実質は世論調査に近い住民投票だった。

 ならば、大切なのは民意の内訳を測ることではなかったか。

 ところが、「50%ルール」を設けたことで、民意はみえにくくなった。

 見直しは不要と考える人は、反対票を投じるか棄権するか、二つの選択肢をもったからだ。

 それだけではない。

 50%ルールは、投票の実施が決まってから市が「後出し」で提案して作られた。市の姿勢はだれの目にも明らかだった。

 終わった後の記者会見で、小林正則市長はこう述べている。

 見直し派の署名活動で始まった流れから、投票した人は見直し賛成が大半でしょう。私が投票したかどうかは、ニュートラルに交渉すべき立場だから、明らかにしない方がよい――。

 投票に行く人は、見直し派。行かない人は、見直し不要派。そんな二元論がうかがえる。

 投票所に行くと、見直し賛成とみられないか。そう心配して棄権した人もいただろう。

 本来、見直しイコール撤回ではないはずだ。環境に配慮した計画にかえて道路をつくる選択もある。また、見直し不要の立場から投票した人も当然いたはずだ。50%を下回れば開票しないと決めたことで、その割合もわからなくなってしまった。

 投票の中身より前に、投票するかどうかが尺度になる――。投票率を要件とする制度設計の弱点が明らかになった。それが今回の教訓ではないか。

 一方で、投票率を要件にしたほうがよいケースもあろう。たとえば、首長が結果に従わねばならない「拘束型」で行うとしたら、どんなに低い率でも成立するルールにはしづらい。

 議論と実例を積み重ねて制度を熟成させるしかない。

 今回の投票率35%は4月の市長選と大差がない。つくられた壁は越えられなかったが、市民の関心は決して低くなかった。

公的支援―公取委がルール作りを

 経営危機に陥った企業を政府が支援する際、再生後をにらんで、ライバル企業との公正な競争をどう維持するか。

 国土交通省の審議会が、「公的支援と競争」をテーマに報告書をまとめた。

 経営破綻(はたん)から3年弱で再上場を果たした日本航空が、世界の大手航空会社の中でトップ級の収益を誇るまでによみがえり、ライバルの全日本空輸が「不公平だ」と悲鳴をあげたのがきっかけだ。

 報告書は、日航支援の際に競争確保への配慮が欠けていたとして、欧州連合(EU)の制度を例に一定のルールを決めるべきだ、との考えを示した。審議会は航空業界に絞って検討したため、「産業横断的な議論も必要」とも指摘している。

 企業への公的支援は、銀行のように社会全体の混乱を招きかねない場合は必要だとの合意がある。一般の事業会社は救済しないのが原則だが、日航では公共交通機関としての役割を踏まえ、公的資金が投入された。

 リーマン・ショックを受けて米政府が自動車会社を救済したり、日本政府も半導体会社に公的資金を投入したり、政府による救済の境界線はあいまいになっている。

 どんな状況なら政府の支援が正当化されるのか。救済する場合は、その後の競争にどう目配りするのか。

 ここは公正取引委員会の出番ではないか。再生した企業による安値販売などに目を光らせるだけでなく、政府としてのルール作りを主導すべきだ。

 米国では公的支援の際、事前に競争政策との調整はせず、事後に公正な競争が行われているかどうかをチェックする。

 これに対し、EUは日本の公取委にあたる欧州委員会競争総局がガイドラインを持つ。「公的支援は必要最小限に」との原則のもと、欧州委が再建計画を審査・承認したり、計画づくりの際に関係者から意見を聞いたりする手続きを定めている。

 審議会は、日航と全日空の寡占状態が続く日本の航空業界ではEU型が望ましいとした。

 航空業界以外でもEU型がふさわしいか、EUにならう場合はどんな事前調整が必要か、ルール作りを急いでほしい。

 というのは、政府による公的支援には「政治」の口出しがつきまとうからでもある。

 民主党政権が進めた日航再建には、自民党からさまざまな注文がつき、政争の具になりかねない局面もあった。政治の介入を防ぐには、透明性の確保がカギとなる。

波乱含みの株価 ひるまずアベノミクスを前に

 安倍首相の進める経済政策「アベノミクス」を好感し、急上昇してきた株価が、一転して波乱含みになってきた。

 マーケットの日々の変動に、一喜一憂すべきではない。政府と日銀は、アベノミクスを着実に推進し、明るさを増してきた景気の本格的な回復を急ぐべきである。

 東京市場の平均株価は先週後半から荒れ模様となった。23日に1万6000円の目前まで上昇した後、中国の景気指標悪化をきっかけに1000円以上も急落した。24日には激しく乱高下した。

 週明けの27日も、大幅に値を下げ、469円安の1万4142円で取引を終えた。

 昨秋からの急ピッチな株価上昇の息切れを警戒し、市場は利益確保の売りが出やすい状況だ。

 弱気な投資家心理に乗じて、海外の投機筋が先物などで売り攻勢を仕掛けたことも、下げを加速させているのだろう。

 市場の不安定な状況が長引き、実体経済の足を引っ張るようでは困る。政府と日銀は、市場動向の監視を強める必要がある。

 長期金利の上昇も気がかりだ。日銀の「量的・質的金融緩和」で国債の買い入れ額が上積みされ、長期金利の低下が見込まれたが、逆に緩和前より上昇している。

 このままでは、金融緩和の効果が減殺されて設備投資や住宅販売に水を差し、景気を冷やす恐れがある。日銀は金利上昇の阻止に、全力を挙げねばならない。

 昨秋からの株高や円高是正は、アベノミクスへの期待が先行してきたといえる。具体的な施策で景気回復を後押しすることで、経済政策に対する市場の信認を確かなものにしたい。

 特に「3本目の矢」である成長戦略が重要だ。民間活力を高め、持続的成長を実現するには、新規参入を阻む既得権益や規制を改革し、研究開発などを後押しする政策が不可欠である。

 大胆な方針を打ち出し、迅速に推進することが大切だ。

 歴代政権の成長戦略が成果に乏しかった教訓を踏まえ、府省縦割りの弊害を打破する強力な実施体制を構築し、実現への道筋を示すことが求められる。

 主役の民間企業も、円安の進行が追い風となり、業績回復を見込んで株価が急上昇した事実を前向きに受け止めてほしい。

 創意工夫とチャレンジ精神で新たな市場を開拓し、いかに収益力を強化するか。攻めの経営戦略の真価が問われよう。

放射能漏れ事故 安全意識を欠く研究者の対応

 研究者の安全意識の薄さが気になる。

 茨城県東海村にある素粒子研究の拠点施設「J―PARC」で、実験中に放射性物質が施設内外に漏れ、研究者約30人が被曝ひばくする事故が起きた。

 漏れた放射性物質の量はわずかで、被曝量も、健康への影響は考えられない低水準だ。

 だが、経緯をみると、実験の進め方や安全管理がずさんだ、と言わざるを得ない。施設を共同運営する日本原子力研究開発機構と高エネルギー加速器研究機構は、原因を徹底的に究明し、安全対策を抜本的に見直すべきだ。

 実験は、高エネ機構の研究チームが実施していた。粒子加速器で光速近くまで加速した陽子のビームを金にぶつけ、様々な素粒子を作り出すのが目的だった。

 その際、装置が誤動作して出力が予定の400倍も高くなり、想定外の放射性物質が発生して、実験装置から漏れ出た。

 最大の問題は、実験中に異常を知らせる警報が鳴り、装置が停止したにもかかわらず、研究チームが「誤警報」と判断して、加速器の運転を再開したことだ。

 これまでにも誤警報は珍しくなかった。今回も装置の動作を確認して再開したというが、結果として、点検が十分でなかった。

 間もなく、施設内の放射線量が通常の10倍に上昇した。再度、運転を止めて、今度は施設の排気ファンを回して換気し、再び運転を始めた。これにより、施設外に放射性物質が広がってしまった。

 警報を再三、軽視したことにより、トラブルが深刻化した。

 しかも、放射性物質の放出を県や国に報告したのは、丸1日以上たってからだった。遅すぎる対応が不信を招いたと言えよう。

 原子力発電所と違い、実験施設に大量の放射性物質はないため、法律上、原子炉等規制法は適用されない。病院などと同様、放射線障害防止法に基づく強制力の弱い被曝対策しか求められない。

 現場の危機管理が甘くなった要因の一つではないか。

 実験を止めたくないとの焦りもうかがえる。素粒子実験は同じ操作を繰り返し、そのデータを分析する。停止が長引くと結果が得られないという事情がある。

 しかし、警報が頻発する中での実験データは科学的に十分信頼できるのか、疑問も生じる。

 日本の素粒子研究はノーベル賞を6人が受賞するなど、産官学が積極的に推進してきた分野だ。信頼回復を急がねばならない。

2013年5月27日月曜日

原子力機構―安全管理は改まるのか

 いったい、安全管理を改める気はあるのだろうか。

 高速増殖原型炉もんじゅの大量の安全点検漏れが発覚し、トップが引責辞任したばかりの日本原子力研究開発機構で、今度は放射能漏れ事故が起きた。

 陽子加速器施設「J―PARC」で放射性物質が漏れ出し、被曝(ひばく)した研究者は調査で30人に増えた。放射性物質の一部は施設外にも放出された。にもかかわらず、国や地元の茨城県、東海村への連絡が、発生から1日半も遅れるありさまだった。

 ドミノのように次々と倒れる安全管理。福島第一原発事故の教訓がいかされていないこの事態に、あきれるばかりだ。

 このままでは原子力機構の存続さえ危うくなろう。期日を区切り、外部の識者も入れて安全体制を総点検し、改善策を早急に打ち出すべきだ。

 もんじゅでの点検漏れは、大量の放射性物質を日常的に扱う事業者などで、慣れが問題をおこす「たるみ型」だった。

 今回の事故とお粗末な対応は、放射性物質が関心の中心にないため緊急対応を誤ってしまう「ずさん型」だ。大学などの研究機関や医療機関がおちいりやすい。

 原子力機構が高エネルギー加速器研究機構と共同運営するJ―PARCでは常時、大量の放射性物質があるわけではない。陽子線を使う実験中にだけ放射線や微量の放射性物質が生じるはずだった。

 誤作動で陽子線が想定の400倍もの強度になり、放射性物質が多くできたが、放射性物質を何とか閉じこめようとする意識自体がそもそも希薄だった。

 施設内の放射線量が上がった際に、安易に排気ファンを回したことが象徴的だ。「中の線量を下げなければ」という意識が先行し、「施設外に放射性物質が出るが大丈夫か」というリスク感覚はにぶかった。

 線量上昇後も実験を続けたことと合わせ、研究者のおざなりな安全意識は理解に苦しむ。

 原子力機構には旧動力炉・核燃料開発事業団由来の事業者的体質と、旧日本原子力研究所由来の研究所的体質が併存する。もんじゅやJ―PARCといった部門・施設の独立性も強い。

 もんじゅ不祥事によって安全面で批判されていることを、J―PARCの関係者がもっと自らの問題ととらえていれば、対応は違ったはずだ。

 原子力機構を所管する文部科学省には、同機構はもちろん、他の大学や研究機関の安全意識も向上させて同様の事故を繰り返させない責任がある。

日印経済―光も影も見据えて前へ

 高成長を続けてきたインド経済が、このところ減速を深めている。インフレや財政不安など過去の経済運営のゆがみと矛盾が噴き出したのだ。

 一方、日本企業のインド進出は1千社ほどにおよび、加速中だ。経済連携協定もでき、大企業の現地生産に連動する中小企業も目立つ。

 これまで進出を促してきたのは成長期待というインドの光の面だが、今後は経済や社会制度の遅れに伴う影の面も見据え、インドの人々の暮らしにどう貢献し、自らも成長できるかを考えたビジネス戦略が、一段と大事になってくる。

 これは日本企業の欠点を補う挑戦ともいえる。現地のニーズに応えるビジネスの基本能力をこの広大な亜大陸でどこまで鍛え直せるか。その成否は、日本が新興・途上国ビジネスでどこまで存在感を示せるかも占う。

 インドは地理的・人的つながりから中東・アフリカ市場への入り口としても重要だからだ。

 インドの消費者は日常の必要に応える商品性を重視するが、日本企業はインド向けの製品を作る面倒を嫌ってきた。逆に、韓国企業はここで努力し、盗難防止の鍵つき冷蔵庫といったアイデア商品で先行している。

 過去の惰性を改めるには、経営トップが変化を示すのが効果的だ。日立製作所は初の海外での取締役会をニューデリーで開いた。有力市場としてインド重視をはっきりさせるためだ。

 日本との距離を縮める新たな試みも生まれている。

 野球アニメ「巨人の星」をインドの国民的スポーツ、クリケットに置きかえてリメークし、テレビ放映した仕掛け人は原作を出版した講談社だ。日本メーカーの自動車や日本の航空会社が登場し、ブランド戦略としても作りこまれている。

 人材の育成や活用でも日本企業には地力がある。トヨタ自動車は日本以外で初めてインドに工員の養成学校を設けた。ヤクルトは日本でおなじみの女性販売員システムを展開している。

 インドのシン首相が来日し、安倍首相と会談する。日印の経済協力は鉄道など基盤整備の案件に注目が集まる。だが、実際に事業化されても、日本企業が請け負えないことが多い。世界に普及している民営化ビジネスの手法で、日本企業が遅れているからだ。

 一因として、公共施設の整備や運営を民営化する取りくみが国内で広がらず、企業が経験を積めないことがあるという。国内の改革の遅れが、国際競争力を弱めている一例といえる。

ミャンマー訪問 経済支援で日本の存在感を

 民主化と経済改革を進めるミャンマーに対し、日本が大型支援を表明した。アジアの新市場を開拓する布石でもある。

 安倍首相がミャンマーを訪問し、テイン・セイン大統領と会談した。日本の首相としては、1977年の福田首相以来36年ぶりの歴史的訪問だ。

 首相は大統領の改革を前向きに評価し、「官民の力を総動員し、国造りを応援する」と語った。

 具体的には、ミャンマーへの債権のうち3000億円を帳消しとし、日本企業の拠点となる工業団地開発などに910億円の政府開発援助(ODA)を拠出する。

 大型発電所や電力供給網、高速通信網などの整備でも、民間と連携して支援する方針を示した。

 民政移管後のミャンマーは、有力な投資先として世界中から注目され、米国をはじめ各国の進出競争が勢いを増している。首相は、日本企業の進出促進に向けてトップセールスを図ったといえる。

 大統領は謝意を示すと共に、日本の投資の重要性を強調した。

 ミャンマーは、天然ガスなどの資源に恵まれ、労働力の質と市場の潜在力の高さから、「アジア最後のフロンティア」といわれる。立ち遅れている社会基盤(インフラ)整備への日本の協力は、経済発展を大きく後押ししよう。

 首相は「ロシア、中東に続き、ミャンマーへのインフラ輸出も日本の成長につなげたい」と記者団に述べた。安倍政権の成長戦略の中で、ミャンマーは重要な位置を占めることになる。

 首相は大統領に、法整備や人材育成を支援する意向を伝えた。

 多様な経済支援を実効あるものにするには、ミャンマーの投資環境や企業運営などに関する法整備が必要だ。ミャンマーから1000人規模の青年を日本に招待する取り組みは効果的だ。

 両首脳は、少数民族の貧困撲滅対策への協力でも一致した。人権問題の解決につなげたい。

 安全保障協力の強化でも合意した。海上自衛隊の「練習艦隊」がミャンマーに初めて寄港するなど、防衛交流が活発化する見通しだ。その意義は小さくない。

 中国とインドの間に位置するミャンマーは、地政学的に要衝の地である。来年は東南アジア諸国連合(ASEAN)の議長国だ。

 中国寄りの外交から転換したミャンマーとの関係強化は、安倍首相が掲げる民主主義や自由を重視する外交路線とも重なる。軍事、経済面で自己主張を強める中国への牽制にもなるだろう。

行政不服審査 公平性の確保へ法改正を急げ

 納得できない行政処分に見直しを求めるのは国民の権利である。その権利を迅速で簡便に救済する制度を、より使いやすくする一歩としたい。

 政府が行政不服審査法の見直し作業を開始した。1962年の法制定以来初の抜本改正で、来年の国会への改正案提出を目指す。

 国民の権利意識が変化する中、国民の行政への信頼を確保するうえでも法改正は意義がある。

 行政不服審査は、費用も時間も要する裁判以外の方法で、国や自治体の処分を見直す唯一の制度だ。対象は、税金や社会保険、情報公開など、多岐にわたる。

 2009年度の申立件数は国が約2万3000件、地方が約1万5000件に上る。課税額の減少、公文書の不開示決定から開示への変更など、処分を見直す認容率は11・9%と5・4%だ。

 政府の見直し案では、審査の公平性を高めるため、対象の行政処分に関与していない職員から選ぶ「審理員」制度を導入する。

 現行では、処分に関与した職員が不服審査を担当する可能性がある。その場合、よほど明確なミスが発覚しない限り、処分は覆るまい。処分の関係者を審査に関与させない仕組みの担保が重要だ。

 民主党政権が法改正を検討した際には、民間有識者に審査を委ねる案が有力だった。だが、民間人の独自審査では、同じケースで別々の判断が出る恐れがあるうえ、効率性に疑問があった。今回の案の方が妥当である。

 見直し案は、有識者の第三者機関「行政不服審査会」を新設し、審理員が処分の見直しを認めなかった場合、審査会に諮問・答申を求めることも検討している。2段階の審査によって国民の救済機会を拡大する狙いは理解できる。

 ただ、すべての案件を第三者機関に諮問するのでは、非効率だし行政の肥大化につながる。審査の迅速性も失われかねない。小規模な市町村には、過重な行政負担となる恐れがある。

 一定の基準を設けて諮問案件を絞ることが現実的だ。市町村の場合は、第三者機関の共同設置や都道府県への委託を認めるなど、地域の実情に応じて柔軟な運用が可能な制度にしてもらいたい。

 政府は、審査の結論を出すまでの目安となる「標準審理期間」を設定することも検討している。現在は審査に数年かかる例もあり、必ずしも迅速な救済が実現していないとの指摘があるためだ。

 強制力はないが、審査期間短縮に一定の効果が期待できよう。

2013年5月26日日曜日

共通番号制度―公正な社会への道具に

 社会の主役として、市民がこの道具を使いこなしていけるのか。振り回されるのか。それが試される。

 一人ひとりが固有の番号を持ち、社会保障や税、災害支援の分野で活用する共通番号(マイナンバー)の法律が国会で成立した。16年1月から運用が始まる予定だ。

■再分配の重要さ増す

 これまで私たちは社説で、様々な注文をつけつつも、共通番号の必要性を認めてきた。

 経済のパイが広がる時代が過ぎ、少子高齢化が進むなか、税や社会保障を通じた所得再分配は一層、重要になる。それには負担と受益をきめ細かく把握することが必要だ。

 共通番号は、その貴重なツールになりうると考える。

 一方、「個人情報が国家に管理され、権力に都合のよい監視社会が実現する」という根強い反対論がある。「行政にとって仕事がやりやすくなるだけで、国民のメリットが見えない」という意見もある。

 煎じ詰めれば、「政府」は誰のためにあるのかという問いに突き当たる。

 政府を監視することはむろん必要だ。しかし、政府と市民とを対立する関係としてのみとらえれば、適切な所得再分配、格差の縮小は後手に回る。

 私たちは、その考えには立たない。そもそも行政が効率化することは、市民のメリットに結びつくはずだ。

■社会保障に生かす

 公平・公正な社会を担保するシステムとして、共通番号を機能させたい。

 社会保障にとって最も大切なことは、給付が本当に必要な人に届き、それを支えるための税や保険料が公正に分担されているかどうかである。

 この点への信頼と納得感が失われ、「約束が守られないかもしれない」「誰かがズルをしている」と思われれば、社会保障は成り立たない。

 記憶に新しいのは「消えた年金記録」の一件だ。ずさんな管理によって、せっかく払った保険料が給付に結びつかない事例が大量に発覚し、制度への信頼を揺るがした。

 転職や結婚などの際、同一人物に重複して番号が振られ、記録と本人とのリンクが切れてしまったからだ。一生変わらない番号で確認できれば、そうした事態は防げる。

 生活保護に対する不信も解消しなければならない。不正が横行し、欠陥のある制度という見方が広がれば、まじめな受給者が冷たい視線にさらされ、社会とのつながりを失う。本当に保護が必要な人に届かなくなる恐れがある。

 申請者の収入や資産をきちんと把握する。本人にあまり負担をかけずに審査し、迅速な保護につなげる。そのために共通番号を有効活用すべきだ。

 日本では若年層について政府の所得再分配の機能が弱く、一人親世帯の貧困率は先進国中で最悪の水準にある。

 どんな政策が貧困解消に効果があるのかを検証するのにも、共通番号は有効だ。そして、現役世代向けの社会保障を早く充実させる必要がある。

 将来を展望すれば、厳しい財政事情の下、社会保障を効率化する作業は避けて通れない。

 年をとると自動的に給付を始め、負担を軽くする制度よりも、人それぞれの「必要性」と「支払い能力」を物差しにする仕組みの強化が求められる。

 たとえば医療や介護、保育などの自己負担を世帯で合算し、年齢に関係なく、所得に応じて上限を設ける。そうした制度の運営にも共通番号が不可欠だ。

■不正利用への懸念

 共通番号に対しては「自営業者の収入は把握できず、税の公平な徴収には役立たない」という批判もある。

 私たちは、利子所得や金融資産を個別に把握できるよう、金融機関などへ共通番号の利用範囲の拡大を検討していくべきだと考える。

 ただ、共通番号で最大の懸念は、個人情報が大量に漏れて、第三者に悪用されることだ。利用範囲を広げれば、被害はさらに大きくなる。まずは制度を定着させていくべきだろう。

 それには行政側の規律はもちろん、情報漏れや不正利用を監視する第三者委員会の役割が極めて重い。陣容を充実させなければならない。

 自分の情報を、いつ、誰が、なぜ利用したかを自分のパソコンで確認できる「マイポータル制度」は自己情報のコントロールの点で大きな前進だが、ITに弱い高齢者らがこれを使った犯罪に巻き込まれないよう、細心の目配りが必要だ。

 自分の共通番号を安易に他人に示したりしないなど、国民の側にも自衛が求められる。

 様々なリスクがあるなかで、共通番号の利点を最大限に引き出すには行政への信頼感が欠かせない。信用できる政府をつくるのも、私たち自身である。

TPP交渉 攻守にらんだ戦略で巻き返せ

 出遅れていた日本が、いよいよ約2か月後に環太平洋経済連携協定(TPP)交渉のテーブルに着く見通しになった。

 政府は、交渉体制を強化し、アジア・太平洋地域での新たな貿易ルール作りで巻き返しを図ることが求められよう。

 米国など11か国がペルーで行っていたTPP交渉が24日終了した。次回は7月15~25日にマレーシアで開く日程を決めた。

 日本はTPP交渉参加を4月に11か国から認められたが、米国議会の承認手続きが残り、ペルーでの交渉には出席できなかった。

 7月23日ごろに米国の承認が得られるため、マレーシアでは最長で3日間参加の公算が大きい。

 11か国は年内妥結を目指し、関税、サービス、知的財産権などで交渉を加速している。日本はマレーシアで初めて詳細な交渉内容や各国の主張を把握できる。

 TPPの政府対策本部を中心に早急に状況を分析し、したたかな戦略を練ることが重要である。

 11か国が合意済みの点に関しては、そのまま受け入れを求められる可能性が高い。不利は否めないが、関税撤廃など各国がまだ対立している分野で、日本の主張を反映できるかが焦点だ。

 日本にとっては、参院選後の8月下旬以降に開かれる予定の本格交渉が正念場と言えよう。政府は米国などとの2国間協議も並行して加速しながら、明確な交渉方針を固めて臨む必要がある。

 TPPは「10年間で関税撤廃」が原則だが、自民党はコメ、麦、牛肉・豚肉、乳製品、甘味資源作物の5項目を「聖域」として例外扱いするよう求めている。

 ただし、米国や豪州などは、農業分野の市場開放を強く要求する構えだ。日本が5項目の死守を狙うだけの姿勢では、交渉の難局を打開する展望は開けまい。

 安倍首相が成長戦略の一環として「攻めの農業」を掲げ、農地集約化などを柱にした競争力強化を打ち出した点は評価できる。

 TPP交渉に併せて、一層の市場開放に備えた実効性ある施策を実施することが急務だ。

 TPPの本格交渉で、「守り」に加え、新たな市場を創造して成長に弾みを付けるための「攻め」も問われている。

 それには知的財産権の保護や、投資ルールの確立など、日本企業がビジネス展開しやすい環境整備を目指すべきである。

 国益を実現できる自由貿易圏作りに向け、攻守両にらみで交渉力を発揮しなければならない。

新型ロケット 国際価格競争に勝てる開発を

 世界で活気づく新型ロケット開発に日本も後れを取ってはならない。

 国の宇宙政策を決める内閣府宇宙政策委員会の専門部会が、次世代の大型ロケット開発を来年度から本格化させる方針をまとめた。

 目標は、低コストで使いやすいロケットを開発することだ。

 現在の国産大型ロケットH2Aは、1回の打ち上げに約100億円かかる。海外の大型ロケットよりも、2~3割高い。

 その結果、通信、放送など民間の人工衛星打ち上げ事業の受注で国際的に苦戦している。安全保障上、他国には依頼できない情報収集衛星などの打ち上げも、割高にならざるを得ない。

 宇宙産業の活性化、財政の負担軽減のため、低コストのロケット開発は急務と言えよう。

 米国や欧州、ロシア、中国はすでに新型ロケット開発に乗り出している。アジアやアフリカの新興国で、人工衛星の打ち上げ需要が拡大したことが背景にある。

 H2Aは世界最高水準の性能を誇り、打ち上げ成功率も95・5%と高い。高性能のままで、低コストをいかに実現するかが、大きな課題である。

 宇宙航空研究開発機構(JAXA)と三菱重工業は、開発計画のたたき台をまとめている。打ち上げ費用の目標は、現在の半分に当たる約50億円だという。

 ロケットの根幹部であるエンジンから新規開発に挑む。米企業との共同開発などで量産を図り、単価を下げることも視野にある。

 新型ロケットの打ち上げは、各国が設定した目標年に合わせて2020年に始める。計画の具体化を急いでもらいたい。

 宇宙政策委の専門部会は、ロケットの開発は民間主導で進め、JAXAの関与は最小限にとどめるとしている。これにより、総額1900億円とされる開発費を圧縮するという。

 厳しい財政事情を考えれば、開発予算の抑制は欠かせない。

 一方で、ロケット開発では思わぬトラブルも起きる。予想外に費用を要したり、技術的な難題に直面したりして、民間主導では対処できない事態もあり得る。

 JAXAは、1970年の初の人工衛星打ち上げなど日本の宇宙開発を先導してきた。H2Aの前身であるH2ロケットの打ち上げ失敗時には、原因究明と改良に取り組み、性能向上を実現した。

 JAXAの技術の積み上げも生かし、オールジャパンで開発する体制の構築が求められる。

2013年5月25日土曜日

憲法と国会―立憲主義を踏み外すな

 いまの憲法に、問題点があるのかどうか。衆院の憲法審査会が、3月から続けていた憲法各章の条文についての自由討議を今週終えた。

 討議の過程では、改憲手続きを定める96条改正の是非に注目が集まった。全体を振り返ってみても、自民党が昨春にまとめた「改正草案」に沿って示した見解の中には、見過ごせない点が多い。

 例えば、第3章の「国民の権利及び義務」に関しては、こんな議論があった。

 いまの13条には、「生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利」は、「公共の福祉に反しない限り」最大の尊重を必要とするとある。自民党案はこれを「公益及び公の秩序に反しない限り」と改めている。

 自民党の委員は「基本的人権の制約は、人権相互の衝突の場合に限られるものではないことを明確にした」と説明した。

 つまり、権力側が「公の秩序に反する」と判断すれば、私たちの人権を制限できる余地が生まれるということだ。

 集会、結社、言論、出版などの「表現の自由」を保障した21条についても「公益及び公の秩序」を害する活動や、それを目的にした結社は認められないとしている。

 いま、憲法の尊重擁護義務は天皇や国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員にのみ課せられている。自民党は、国民一般にも尊重義務を課すべきだと主張した。

 さらに、各地の高裁から「違憲」と断じられた一票の格差についても、自民党からはこんな開き直りのような発言が繰り返された。

 「立法府が決めた選挙制度に対し、司法が違憲や選挙無効の判断をすることは、立法府への侵害だと考える」

 近代憲法の本質は、権力が暴走しないように縛る「立憲主義」にある。自民党の主張には、逆に権力の側から国民を縛ろうという「統治者目線」や、司法に対する牽制(けんせい)がいたるところに見られるのだ。

 一票の格差是正のための緊急避難的な措置である小選挙区定数の「0増5減」すら、いまだに実現していない。そこから先の改革については、会期内では絶望的だというのがいまの国会の姿である。

 憲法をよりよいものにするために、国会議員が率直に議論する。それは否定しない。

 けれども、自らには甘く、国民への制約は強めるというのでは方向が逆だ。そこに自民党の改憲論の本質が見える。

日印原子力協定―核不拡散の原点どこに

 政府がインドとの間で、原子力協定締結に向けた協議を再開させる。原発技術の輸出をにらんでのことだ。

 インドは核不拡散条約(NPT)に加わらないまま、核兵器保有に至った国である。

 一方、日本はNPT体制の下で、核兵器の廃絶を目標にかかげる被爆国だ。

 インドと原子力協定を結ぶことは、NPT体制をさらに形骸化させることにつながる。

 協定より先に、まずNPTへの加盟や、包括的核実験禁止条約(CTBT)の署名を求めるべきだ。

 日印の公式協議は10年6月以来3回開かれたが、福島第一原発事故で中断していた。

 来週、シン首相が来日し、安倍首相と首脳会談を予定している。その共同声明に協議再開を盛り込む方針だ。

 インドでは軍事用を含め原発20基が稼働しているが、ほとんどが国産の小型炉で海外からの大型原発導入を熱望している。

 日本の原発技術は、米国製やフランス製の大型原発にも使われており、日印が原子力協定を結ばなければ米仏からの原発輸出も難しい。このため、米仏両国は日本政府に協定締結を非公式に促してきている。

 しかし、NPTに照らすと、これは大問題だ。

 核兵器保有を米ロ英仏中の5カ国に限り、核保有国は核軍縮に努める。他の国は核保有を図らない代わりに、平和目的の原子力技術の提供を受ける。

 そうしたNPTの精神を顧みなかったインドに技術を提供することは「NPTを守らなくても、原子力技術は手に入る」というメッセージになる。

 インド、パキスタン、北朝鮮といったNPT未加盟・脱退宣言国が次々に核実験をし、加盟国であるイランの核開発も止められない。NPT体制の弱体化は目を覆うばかりだ。

 それでも、日本がNPTを壊す側に回ってはいけない。

 08年、インドへの原発輸出を狙う米国の働きかけで、日本など原子力供給国グループ(当時45カ国)はインドへの技術提供を認める特例を決めた。

 その際、日本の外務省は「インドに非核保有国としてのNPT早期加入、CTBTの早期署名・批准を求める立場に変わりはない」と説明した。

 日印間で協議が始まったのを受けて、10年の長崎平和宣言は「被爆国自らNPT体制を空洞化させるものであり、到底、容認できない」と抗議した。

 被爆国としての筋を通すべきだ。

共通番号法成立 公正な社会保障へ大きな一歩

 ◆情報漏えい対策に万全を期せ◆

 公正で効率的な課税や社会保障給付を行う重要な基盤が、ようやく整うことになった。

 国民に周知徹底し、利便性の向上に役立てることが肝要だ。

 全国民に番号を割り振る共通番号制度関連法(マイナンバー法)が参院本会議で、自民、公明、民主3党などの賛成多数で可決、成立した。2016年からシステムの運用が始まる。

 既にほとんどの先進国が共通番号制度を取り入れている。後れを取ったとはいえ、日本でも導入されることを歓迎したい。

 ◆薄らいだ国民の不安感◆

 共通番号制度は、顔写真やIC(集積回路)チップの入った「個人番号カード」を国民一人ひとりに交付し、行政機関が社会保障給付や納税を管理する仕組みだ。

 この制度を使えば、個人の複数の情報を共通番号で「名寄せ」することによって、行政事務の効率化を図ることができる。所得のほかに、年金、医療、介護の保険料負担、給付などの記録を結びつけることが可能になる。

 年金の支給漏れの防止などにも役立つだろう。きめ細かい行政サービスを実現するためには、欠かせない制度である。

 国民にとっても、年金給付の申請の際、住民票や所得証明書が不要になるなど、メリットは大きい。パソコンで自分の年金や納税の状況を調べることもできる。

 以前は、「個人情報流出の恐れがある」「国が個人情報を一元管理する国民総背番号制だ」といった拒否反応が強かった。

 今回の共通番号法が成立した背景としては、2002年に稼働した住民基本台帳ネットワークシステムが、安定的に運用されていることが挙げられる。

 全住民にコード番号を付け、全国ネットで結んだこのシステムは、住民サービスの向上と行政事務の効率化で実績を上げている。10年以上、深刻な情報漏れ事故も起きていない。国民の不安感は薄らいだと言えよう。

 共通番号制度は、住基ネットのシステムを土台に構築される。

 住基ネットに反対していた民主党が、09年に政権についたことも共通番号の法制化の大きな要因と言える。野田内閣は消費税率の引き上げを柱とする社会保障と税の一体改革を打ち出す中で、共通番号法案をまとめた。

 これを自公民3党で修正したのが今回の共通番号法である。社会保障の改革は、3党が協調して進めていく責任がある。

 共通番号制度の利用範囲は当面、個人情報の保護を重視し、社会保障や税の手続きに限定される。まずは運用に慎重を期すということだろう。

 ◆利用範囲の拡大検討を◆

 診療情報などに利用範囲を広げれば、利便性はさらに高まる。

 東日本大震災の際、被災した役場や病院で住民票情報やカルテが失われ、被災者の救援に支障が生じた。共通番号を使えば、全国どこからでも被災者の病歴や服薬歴を確認でき、適切な治療を速やかに行えるのではないか。

 災害時でなくても、患者が複数の病院で重複して検査や投薬を受ける無駄を省ける。副作用の恐れがある薬の「飲み合わせ」防止にも活用できよう。

 政府は、医療や介護、保育などの費用総額に、世帯ごとに上限を設け、自己負担額を抑える制度の導入を検討している。その実現にも共通番号は欠かせない。

 新法は付則に、施行から3年をメドに利用範囲の拡大を検討すると明記している。政府は、制度の有効活用を図らねばならない。

 ただ、社会保障番号を導入している米国では、番号が盗用され、勝手にローンを組まれる「なりすまし」被害が多発している。

 韓国でも、住民登録番号がインターネット上に流出し、他人が番号を使って買い物をするなどの詐欺事件が相次いだ。

 いずれも本人確認が不徹底なために起きた問題だ。

 ◆信頼性の高い制度に◆

 こうした事例を他山の石として、対策を講じてもらいたい。

 新法は、被害防止のため、窓口などでの本人確認は、顔写真入りの個人番号カードで行うよう定めている。情報を外部に漏らした場合の罰則も規定した。

 さらに、独立性の高い第三者機関として、「特定個人情報保護委員会」が新設される。強い調査権限を持ち、不正があった場合には勧告や命令ができる。

 個人情報の管理に万全を期し、国民から信頼される共通番号制度にする必要がある。

2013年5月24日金曜日

ミャンマー訪問―商売ばかりではなく


 安倍首相がきょうからミャンマーを訪ねる。首都ネピドーでテインセイン大統領と会談し、両国の関係強化をうたう共同宣言に署名する予定だ。
 テインセイン大統領は、ミャンマーの元首として47年ぶりにワシントンを訪れたばかりだ。
 軍事政権による強引な遷都で批判された首都に主要国の首脳を迎え、かつて制裁を科していた相手国に大統領が出向く。
 2年余り前に現政権が発足し、民主化と開放政策を進めたことで、国際社会からの認知が確実に進んだ証しである。
 日本は戦前からこの国と深いつながりがある。独立にもからんだ。戦後も賠償をへて長く最大の援助国だった。だが軍政に対しては、制裁を科すわけでも積極的な援助をするわけでもない中途半端な立ち位置だった。
 今回の訪問には企業トップ約40人が同行する。一行は、日本が官民をあげて推進するティラワ経済特区の開発予定地を視察する。政府は3千億円もの延滞債務の放棄に加え、500億円を超す円借款を供与する。
 訪問の最大の狙いは「アジア最後のフロンティア」とされるミャンマーとの経済関係を強化することなのだろう。しかし、忘れてならないことがある。
 首相の訪問は36年ぶりだ。
 前回の福田赳夫氏は、ミャンマーに続いて訪れたマニラで、東南アジア諸国連合(ASEAN)と「心と心の触れあう関係を構築する」と誓った。
 エコノミックアニマルとアジア各国で厳しく批判された反省から打ち出した原則だった。
 安倍首相は1月、この福田ドクトリン以来といえるASEAN外交の原則を発表し、第1に「自由や民主主義、基本的人権など普遍的価値の定着と拡大に努力する」と表明した。
 とすれば、対ミャンマー政策は、経済進出や中国を牽制(けんせい)する地政学的な意味あいを強調するより、苦難の道を歩んできたこの国の人々が平和で民主的な社会に暮らせるよう後押しすることに力点を置くべきだろう。
 ミャンマー政府には「民主化の一層の進展に期待する」といった抽象的な表現ではなく、この国の抱える課題について、率直な注文をつけてはどうか。
 例えば少数民族や宗教間問題の解決、残る政治犯の釈放などだ。2年後にある総選挙より前に、軍の絶対優位を定めた憲法の改正を促す必要もある。
 日本政府や企業は、援助や投資に際して、軍政時代の政商ばかりを相手にせず、野党や住民の意見もくんで、国民全体の利益になる進出をめざすことだ。

スポーツ事故―学校でどう命を守るか


 学校で運動中に子どもが亡くなるという、痛ましい事故が後を絶たない。
 文部科学省の有識者会議は昨年7月、授業や部活動中の事故で死亡した児童・生徒が98~09年度で計470人にのぼる、と報告した。重い障害が残った子も120人いる。
 滋賀県愛荘(あいしょう)町では09年夏、男子中学生が柔道部の練習中に頭を打って死亡した。大津地裁は今月14日、顧問の安全管理に過失があったと認め、町に賠償を命じた。母親は「子どもたちが安心してスポーツを楽しめる学校を」と語る。
 柔道だけの問題ではない。有識者会議によると、自転車やボクシング、ラグビーの部活動中の事故発生率は柔道を上回った。授業では、陸上競技や水泳中に多く事故が起きている。
 子どもたちを守るため、もっとできることはないか。
 まずは健康管理の徹底だ。学校事故の死因トップを占めてきた「突然死」はここ数年、90年代末の3割程度に減っている。定期健康診断で心電図検査が義務づけられ、心疾患が発見されやすくなったためという。
 子どもに持病はないか。体調が悪いのに無理をしていないか。教員同士はもちろん、保護者や学校医らが連携を深め、健康状態の把握で事故を防いでもらいたい。
 昨年度から、柔道や剣道などの武道が中学で必修化された。今のところ死亡事故はないが、意識を失ったり、骨折したりしたケースはある。安全対策が十分か、常に注意深い点検が欠かせない。
 過去の事故から教訓を引き出す営みも有効だろう。名古屋市の取り組みが参考になる。
 高校の柔道部で2年前に生徒が死亡した事故で、市教委は医師や弁護士、柔道指導者らでつくる中立、公正な第三者委員会に原因究明を委ねた。
 第三者委は学校や遺族への聞き取りに加え、診療記録も精査して、昨年5月に提言をまとめた。最大のポイントは、事故ごとに第三者委が原因、背景をきちんと調べ、その結果を行政や学校が共有して、事故防止に役立てていくことだ。そうした取り組みを法制化で定着させるよう促した。
 すぐに法制化が実現しなくても、名古屋市にならい、自治体が進んで第三者委を設置して、教訓や反省を教育現場に生かしていくことは可能だろう。
 安心して楽しいスポーツに打ち込める。そんな学校づくりに向けて、できることはたくさんあるはずだ。

日本版NSC 情報収集・分析力も強化せよ


 政府の安全保障会議の形骸化が指摘されて久しい。

 外交・安保政策を実質的に議論し、主導する司令塔づくりを急がなければならない。

 政府が国家安全保障会議(日本版NSC)設置法案の素案を明らかにした。首相と官房長官、外相、防衛相の3閣僚による会合を常設し、外交・安保戦略の実質的な決定機関とすることが柱だ。

 首相と8閣僚で構成する安保会議の枠組みは残し、安保政策の基本方針などを審議する。

 テーマに応じて、中核の4人に国土交通相や国家公安委員長などを加えた6、7人の閣僚会合も随時、開く。来月上旬の法案の国会提出を目指している。

 9人の会議で中身の濃い議論を行い、迅速に結論を出すのは難しい。従来も4人の非公式協議はあったが、法律上の正式機関と位置づけることの意義は大きい。

 NSC創設を機に、主要閣僚が2週間に1回程度、定期的に外交・安保問題を協議し、中長期的かつ総合的な視点で戦略・政策を立案する。関係省庁も連携し、NSCを全面的に支える。こうした体制を確立することが重要だ。

 同時に、官房長官や外相、防衛相には、常に実力者を起用し、一定期間は交代させないなど、人事面の工夫も求められる。

 緊急事態への対処など危機管理の実務は、NSC事務局でなく、従来通り、内閣危機管理監が率いる内閣官房が統括するという。

 NSCが国内の大規模災害などは扱わないのは当然だ。ただ、アルジェリアの人質事件や北朝鮮のミサイル発射など、外交・安全保障に関係する事態については、NSC事務局が内閣危機管理監と緊密に連携する必要がある。

 安全保障とインテリジェンス(情報)は、車の両輪の関係にある。安保政策の質を高めるには情報収集・分析能力の強化が欠かせない。インテリジェンスの専門家育成に本腰を入れるべきだ。

 素案では、外務、防衛、警察、公安調査など関係省庁に局長級の「情報連絡官」を置き、NSCへの情報提供を義務づけた。

 日本の情報機関は長年、「上がらず、回らず、漏れる」と揶揄やゆされてきた。重要情報が首相官邸に適切に伝わらず、関係機関に共有されずに、外部に漏洩ろうえいしがちだという問題点を指摘したものだ。

 イラク戦争開戦時の米国の失敗を教訓に、政策立案と情報分析の分離の原則は守りつつ、情報の迅速な伝達を可能にする仕組みを構築することが大切である。

日航支援検証 公正な競争を保つ指針作りを


 公的資金の投入で企業の再生が成功しても、公正な競争をゆがめる副作用は放置できない。

 「支援」と「競争」を両立させるルールが必要だ。

 国土交通省の有識者委員会は、2010年1月に経営破綻した日本航空への公的支援を検証する報告書をまとめた。

 国内線、国際線の航空網を維持するため、政府の支援は必要だったとしながらも、「競争環境を確保する観点が不十分で、競合他社への配慮に欠けていた」と総括した。妥当な認識である。

 日航は、人員削減や不採算路線からの撤退といった経営改革を進めて業績をV字回復させ、昨年9月には株式の再上場を果たした。スピード再建は評価できよう。

 だが、リストラ効果以上に、約3500億円の公的資金や法人税の免除などの優遇措置が利益を押し上げた面は否定できない。

 13年3月期の連結決算で、ライバルのANAホールディングスは最高の営業利益を計上した。ところが、日航の営業利益は、さらにその2倍に達した。

 ANAが、日航への手厚い支援で健全な競争がゆがめられていると批判するのももっともである。経営体力を武器に日航が新サービスや値下げなどに走れば、ライバル社の経営に打撃を与え、日航の価格支配力が強まりかねない。

 利用者の利便性が低下する事態になれば、問題だ。

 報告書は、日航の中期経営計画が終了する16年度まで、国交省に日航の監視継続を求めた。国交省は、日航が過度に有利になって公正な競争が阻害されることのないよう目を光らせるべきだ。

 航空会社が公的支援を受ける際の手続きや事業制限の仕組みを整えておくことも求められる。

 報告書が、欧州連合(EU)の指針を参考に、再建計画策定時に関係者に意見聴取する制度を提言したのは理解できる。競合他社などの多様な意見を反映させれば、政策の透明性も高まろう。

 報告書は、EU指針のように路線拡大の制限などには踏み込まなかった。行き過ぎた規制は再建の足を引っ張るとの懸念もあるのだろう。検討課題にしてほしい。

 報告書は、産業横断的な指針を作る必要性も指摘した。

 グローバルな競争で、一部の製造業が経営不振に陥っている。再建は自助努力が基本であり、安易な支援は望ましくない。産業界の共通ルールを策定する場合も、支援の必要性を公正に判断できる仕組みにすることが重要だ。

2013年5月23日木曜日

ヘイトスピーチ―憎悪の言葉であおるな


 東京や大阪の在日コリアンの多い街で「朝鮮人は出て行け」「殺せ」などと連呼して歩く、ヘイトスピーチ(憎悪表現)と呼ばれる動きが増えている。
 デモに参加するのは、日本のごく一部の人々だ。しかし、その文言をみれば、大正時代の関東大震災後におきた朝鮮人虐殺の暗黒を思いおこさせる。
 惨事から90年。日本はいま、国際社会の責任ある一員になっている。それなのに、なんとも悲しすぎる現実である。
 たしかに韓国との間には、竹島の領有権問題など懸案が山積みだ。日本から多くの支援を受けて成長した韓国の企業が、いまや日本企業を追い越し、苦しめている。
 そんな現状へのいらだちが、心ない言葉をうみだすのか。
 けれども、日韓は持ちつ持たれつの大切なお隣さんだし、在日コリアンはともに社会をつくる仲間だ。
 たとえば世界的に売り上げが好調なサムスンのスマホは、多くの日本の部品でできている。
 もうすぐ離任する申ガク秀(シンガクス、ガクは王へんに玉)・駐日大使は着任早々、東日本大震災の被災地を訪ね、最後の講演も先日、東北で終えた。
 安倍首相の歴史認識発言などで韓国の対日感情もよくない。それでも日本を完全に排除したり、抹殺したりしようという動きは、いまのところない。
 韓国メディアは日本のヘイトスピーチを報じている。同時に最近では、反韓デモとともに、それに抗議する人々がいることも大きく伝えている。
 日本での動きを受けて、国連の社会権規約委員会は一昨日、ヘイトスピーチの防止や包括的な差別禁止法の制定を、日本政府に求めた。
 日本も加盟する人種差別撤廃条約の中には、ヘイトスピーチを法律で禁じるよう求める条文もある。実際、ドイツなど多くの欧州の国には、ヘイトスピーチを処罰する規定がある。
 ただ、日本政府はこの条文について保留している。表現の自由との関係があるからだ。
 おりしも、自民党は憲法草案に、定義がはっきりせぬ公益や公の秩序を理由に、表現の自由を制約する、と書いている。
 憎悪表現のスピーチを規制する法は表現の自由への両刃の剣となりかねず、憲法学者の中でも消極的な見方が多いという。
 言葉の暴力はそもそも、取り締まりの方法をさぐる以前の常識の問題だ。この国は、差別を助長する言葉があちこちに氾濫(はんらん)する社会になってもいいのか。
 わたしたちはどんな国をつくるのか。そこが問われている。

日本郵政人事―政治介入に終止符を


 安倍政権が日本郵政の社長以下、経営陣を刷新する。前政権の「色」がついた布陣を一掃する狙いがある。
 小泉政権が鳴り物入りで決めた郵政民営化だが、その後、見直し問題が政治の思惑に左右され、トップ人事にも波及した。
 今回も、国民には「政治に翻弄(ほんろう)される郵政」「民営化の混迷」としか映らないだろう。
 政治介入に終止符を打ち、何のための民営化か、理念と戦略を再定義すべきだ。
 人事のきっかけは昨年暮れ、自民党が政権に復帰する直前、旧大蔵省OBで、小沢一郎元民主党代表に近い斎藤次郎前社長が退任し、同じ役所の後輩でもある坂篤郎副社長を昇格させたことだった。
 菅官房長官ら政府・自民党は強い不快感を抱いた。100%株主である政府の権限をふるって経営陣をすげ替え、社外を含む18人の取締役のうち17人を退任させる。
 後任の社長には郵政民営化委員会の委員長を務めている西室泰三・元東芝社長が就く。新たな社外取締役には御手洗冨士夫・前経団連会長らを招く。
 斎藤氏から坂氏へという旧大蔵官僚による社長ポストのたらい回しは、大いに問題だった。
 一方で、77歳の西室氏以下、新経営陣を見ても経営変革への期待を高めるインパクトには乏しい。事業の収縮が止まらない郵便事業は総務省OBによる経営が続く。
 郵政グループは15年秋に持ち株会社の株式上場を目指しており、政府も震災復興の財源として当てにしている。
 今年3月期の決算では民営化後の最高益を出し、課題の郵便事業も4年ぶりに黒字だった。ただ、民間に比べて高い人件費を削減した効果も大きい。今後リストラで業績を保つ余地はあろうが、市場が期待するのは本業での収益向上だ。
 かんぽ生命やゆうちょ銀行は業務やリスクの管理体制の甘さが指摘され、金融庁が新規業務の認可を出していない。
 市場として有望視される医療分野への保険参入も、米国の反発を受けて自粛する方針だ。
 しかも、郵政は巨額の国債を保有する。日銀は、郵政が上場を目指す15年までに年2%のインフレを実現する構えだ。連動して金利が上昇(国債価格が低下)していくことによる影響を、どう和らげて上場へこぎ着けるか。
 こうした疑問にこたえられるよう、新経営陣は郵政の将来像について、明快な方針を示してほしい。

維新VSみんな 改憲論議が失速しては困る


 夏の参院選の構図が変わりつつある。

 みんなの党が、日本維新の会との選挙協力解消を決めた。みんなの党の渡辺代表は、「基本的な価値観の相違がある以上、関係の全面的な見直しを行わざるを得ない」とその理由を語った。

 維新の会の橋下共同代表によるいわゆる従軍慰安婦に関する一連の発言が主な理由だという。

 両党は、ともに憲法改正を公約に掲げ、96条の改正論議を牽引けんいんしてきた。参院選では、自民党と合わせて、憲法改正の発議可能な3分の2以上の勢力を獲得できるかどうかが焦点と見られていた。

 それだけに、両党が反目するのは残念である。これによって、高まっていた憲法改正論議が、失速するようでは困る。

 両党は、衆院選の反省から、参院選挙区で候補者を調整してきたが、またもやつぶしあいを演じることになる。両党の対立は、改選定数2~3の選挙区では民主党を利する結果になろう。

 渡辺氏は、両党連携の在り方などを巡り橋下氏と確執があった。支持率が下降傾向にある維新の会とは、これを機に袂たもとを分かつ方が選挙に有利と見たのだろう。

 橋下氏は、沖縄の在日米軍に風俗業の活用を提案したことについては、「国際感覚が乏しかった」と陳謝した。だが、自らの慰安婦発言は撤回しないという。

 「戦場の性」の問題に関しては歴史的事実を踏まえていても、「当時は必要だった」などと、ことさら主張すべきだったのか。内外への波紋も計算できないようでは、政治家として稚拙である。

 慰安婦問題には、女性の尊厳をはじめ、様々な論点がある。

 事実関係としては、強制連行を裏付ける資料が確認されないのに、1993年の河野官房長官談話で官憲による強制性を認めたかのように記述されたことだ。

 第1次安倍内閣が、2007年に「強制連行を直接示すような記述は見当たらなかった」とする政府答弁書を閣議決定したにもかかわらず、国際社会の誤解は払拭されていない。

 米議会や欧州議会などは、旧日本軍が「女性を強制的に性奴隷化した」といった、誤解に基づく対日批判決議を採択している。

 韓国などとの情報戦で押し込まれ、日本がいくら弁明しても、国際的にはなかなか受け入れられにくい状況は憂慮すべきだ。

 こうした現実に日本政府と与野党は、どう対処するのか。戦略的に考えていかねばならない。

中国潜水艦潜航 海自の警戒能力向上が急務だ


 国際法違反ではないものの、いたずらに軍事的緊張を高める行動だ。中国に自制を求めたい。

 中国海軍所属とみられる潜水艦が南西諸島の接続水域内を海中に潜ったまま航行していた事案が今月、相次いで発生した。

 2日に鹿児島県・奄美大島沖で、12~13日には沖縄県・久米島沖で潜航が確認され、防衛省は国名を伏せて事案を公表した。

 海上自衛隊の潜水艦探知能力という手の内を明かすのは軍事的には「非常識」で、異例の対応だ。中国に対し、警告のメッセージを送ることを重視したのだろう。

 しかし、19日にも沖縄県・南大東島沖で3件目の潜航が発覚し、警告の効果はなかった。

 国際法上、潜水艦は他国領海では海上に浮上して航行する義務がある一方、接続水域では潜航が認められている。とはいえ、日本の領海に入れば、直ちに海上警備行動を発令する非常事態となる。

 中国は昨年9月の日本の尖閣諸島国有化後、中国公船による再三の領海侵入や、海軍艦船のレーダー照射事件を起こしている。

 中長期的には、海軍の活動海域を、沖縄、台湾などを結ぶ第1列島線の外側の西太平洋に広げて、領土・海洋権益の拡大を図る「海洋強国」戦略も掲げる。

 今回の潜航は、有事の際に第1列島線の内側に米軍空母などを侵入させない「接近阻止・領域拒否」戦略の一環であり、一連の示威活動とも連動しているようだ。

 中国の独善的な膨張主義は、国際社会の反発を招き、結果的に自らの利益になっていない。中国はその現状を直視し、冷静に戦略を見直すべきではないか。

 日本は、中国軍の潜水艦に対する海自のP3C哨戒機や潜水艦などの警戒監視活動を一段と強化することが急務である。

 海自は、老朽化したP3Cを新型哨戒機P1に順次更新するとともに、潜水艦を16隻から22隻体制に増やす方針だ。

 中国海空軍の急速な装備増強や近代化、過度な示威活動を踏まえれば、今年末に策定する新防衛大綱では、海自と航空自衛隊の装備と人員を質・量ともに拡充することが優先課題となる。

 防衛省が検討している高高度無人偵察機グローバルホークの導入も前倒しで実施すべきだ。

 無人機による日米共同の警戒監視活動は、南西諸島周辺でフル稼働中の海空自の負担を軽減し、潜水艦の探索などの高度な任務に取り組む体制を充実させよう。

2013年5月22日水曜日

敵基地攻撃論―無用の緊張を高めるな


 敵の弾道ミサイル基地などを攻撃できる能力を、自衛隊が持つことを検討する――。
 自民党の国防部会・安全保障調査会が、こんな提言をまとめた。すみやかに結論を出し、政府が年内に策定する新防衛大綱に反映させたいという。
 北朝鮮によるミサイル攻撃への対処などを念頭に置いたものだろう。
 だが、これではかえって地域の不安を高め、軍拡競争を招くことにならないか。そんな危惧を抱かざるを得ない。
 日本の安全保障政策は、専守防衛が原則だ。自衛隊は「盾」として日本防衛に徹し、米軍が「矛」として攻撃を担うという役割分担を前提にしている。
 安倍首相は「盾は自衛隊、矛は米軍で抑止力として十分なのか」と語る。米軍に頼るだけでなく、日本も「矛」の一部を担うべきだという主張である。
 北朝鮮のミサイル問題や核実験に加え、中国の海洋進出も活発化するなど日本を取り巻く情勢は厳しさを増している。そうした変化に合わせて、防衛体制を見直すのは当然のことだ。
 しかし、自衛隊が敵基地をたたく能力を持つことが、本当に日本の安全を高めることにつながるのか。
 政府見解では「相手がミサイルなどの攻撃に着手した後」の敵基地攻撃は、憲法上許されるとしている。一方、攻撃の恐れがあるだけで行う「先制攻撃」は違憲との立場だ。
 とはいえ、日本が敵基地攻撃能力を持てば、周辺諸国から先制攻撃への疑念を招くのは避けられない。
 装備や要員など態勢づくりの問題もある。
 自民党内では、戦闘機への対地ミサイルの搭載や、巡航ミサイルの配備などが検討されているようだが、それで済むほど単純な話ではない。
 北朝鮮のノドン・ミサイルは山岳地帯の地下に配備され、目標の把握すら難しい。情報収集や戦闘機の支援態勢などを考えれば、大掛かりな「矛」の能力を常備することになる。
 その結果、各国の軍拡競争が激化し、北東アジアの安全保障環境を一層悪化させる懸念すらある。財政的にも現実的な選択とは思えない。
 安倍政権は、集団的自衛権の行使容認や、憲法9条改正による国防軍の創設をめざす。敵基地攻撃論は、そうした動きと無縁ではあるまい。
 いま必要なのは、ぎくしゃくした周辺国との関係を解きほぐす外交努力である。無用の緊張を高めることではない。

原発と賠償―時効3年はそぐわない


福島第一原発事故は続いている。被害の全体像はまだつかめない。それなのに、賠償を求める権利は来年3月以降、時効を迎えるのか。被災地にのしかかる疑念である。
 権利を侵されて生じた損害の賠償を求める権利は、3年間で時効により消える。そう民法が決めているからだ。
 だが原発の巨大な事故は、3年の時効が想定していない事態だ。今回はこの考えを当てはめることはないと、法律によって明確にすべきだ。
 被害にあった人はまず、東京電力に賠償を求める。事故後、東電は約16万人に補償金を仮払いした。金額に納得できなければ、原子力損害賠償紛争解決センター(原発ADR)に和解を仲介するよう申し立てる。そこでも不調なら訴訟、というのがおもな賠償の流れである。
 時効対策として政府が出した特例法案が衆院を通過し、参院に送られた。時効が成立する前に原発ADRに申し立てていれば、ここで和解できなくても、その後1カ月は裁判を起こせるようにするという内容だ。
 これでは賠償を受けられない人が相次ぐ事態を防ぐには足りず、混乱もおこしかねない。
 原発ADRは11年9月にできた。昨年末までで約1万3千人の申し立てにとどまる。広く知られて活用されているとはいえない。申し立てをためらう、避難生活でそれどころではないといった事情で、賠償を受けられなくなる人は出ないか。
 ADR側の受け入れ態勢も十分ではない。審理に平均8カ月かかる。特例法案によって駆けこみの申請がふえれば、さらに長期化も予想される。
 将来に問題になるかもしれない健康被害や、風評被害などへの賠償の可能性は、きわめて不安定な状況におかれてしまう。
 東電は2月に、「時効の完成をもって一律に賠償請求を断ることは考えていない」と表明した。だが、この言葉は後の裁判で被災者に何かを約束するものにはならない。
 すべての被災者が十分な期間にわたって賠償を請求する権利を使えるよう、時効について必要な措置をとることを、衆院の委員会は政府に求めた。
 時効の制度の背景には、使うべき権利を使わぬ者は保護しないという考えがある。これは、家を奪われ、生活の立て直しに追われている被災者にあてはまらないのは明らかだ。
 時効を使うべきか、その期間をどうはかるべきなのか。原発事故の今後を見すえて対策をとるべきだ。

女性の幹部登用 「なでしこ銘柄」増やしたい


 安倍首相は、成長戦略の柱の一つに「女性の活躍」を掲げている。女性の能力をもっと生かし、経済の活性化を図るのが狙いだ。

 首相は、その具体策として、全上場企業が女性の役員を最低1人は登用するよう経団連などに協力を求めた。女性の経営参画が、会社の成長にも資するという問題意識がある。

 「言うは易やすく行うは難し」である。日本では、女性の管理職登用が進んでいない。民間企業と公務員の管理職以上の女性は、米仏英各国など先進諸国では40%前後なのに対し、日本では約12%と大きく差がついている。

 このままでは、社会のあらゆる分野の指導的地位において女性が占める割合を「2020年までに少なくとも30%程度」とする政府の目標を達成するのは難しい。

 注目されるのは、政府の要請に応じた各証券取引所の動きだ。上場企業に提出を義務づけている「コーポレート・ガバナンス(企業統治)報告書」に女性の役員数を開示するよう促している。

 男女雇用機会均等法の施行は1986年で、当時企業に採用された「均等法世代」と呼ばれる女性総合職も、幹部になっている。

 女性役員には、外部の人材に頼るばかりではなく、生え抜きの女性社員を能力に応じて登用することが必要ではないか。

 経済産業省と東京証券取引所は今年2月、女性が働き続けるための環境整備など人材活用を積極的に進めている花王や東レなど上場企業を選定し、発表した。「なでしこ銘柄」と呼んでいる。

 投資家が、人材を生かす経営管理能力や環境変化への適応力を評価する目安になるという。

 この取り組みは、安倍内閣が野田内閣時代の有識者会議の提言を引き継ぎ、証券取引所に働きかけて実現した。女性活用は、どの政権にも共通する課題と言える。

 首相は先月、育児休業を3年まで取得できるようにすることを経済界に要請した。現行の育児・介護休業法では原則1年、最長1年6か月となっているが、企業側に自主的な対応を求めたものだ。

 働く女性の選択の幅は広がる。育児と仕事との両立を支える道を開く一つの方法だろう。だが、3年の育休で、企業負担は増し、女性にとってもキャリアでのマイナスや所得減への懸念がある。こうした課題をどう乗り越えるか。

 需要の多い0~2歳児の保育施設の拡充など、待機児童対策もしっかり進めたい。

暴力団追放訴訟 住民の勇気と安全守ってこそ


 暴力団追放運動の新たな手段を有効に機能させることが肝要だ。

 都道府県の暴力追放運動推進センターが、住民に代わって組事務所の使用差し止めを求める代理訴訟制度で、神奈川、福岡のセンターが今春、国家公安委員会の認定を受けた。

 両県のセンターは訴訟を起こす資格を得たことになる。これで認定を受けたのは、東京、埼玉、徳島、大分、佐賀と合わせて7センターとなった。

 代理訴訟制度は1月施行の改正暴力団対策法で新設された。みかじめ料要求や不当な債権取り立てなどの被害相談を行う公益財団法人のセンターが、住民の訴えを受け、訴訟の原告となる。

 弁護士との交渉や訴訟手続きの面で、住民側の負担は、かなり軽減されるに違いない。最低300万円はかかるとされる裁判費用についても、全額か大部分をセンターが負担する。

 問題は多くのセンターで認定申請が遅れていることだ。

 景気低迷が長引き、運営資金となる企業からの寄付金が集まらないのが主な理由という。未認定の40センターの半数以上が今年度内の申請を見送る見通しだ。

 財政基盤の弱いセンターに対し、自治体が公費で支援することを検討してはどうか。抗争事件を起こした暴力団事務所の使用差し止めを住民が求めた裁判で、福岡県久留米市が訴訟費用の一部を負担したケースは参考になろう。

 住民が原告となって組事務所の使用差し止めを求めた訴訟は、過去に24件あり、ほとんどで訴えが認められている。裁判が提起されただけで、不当な要求が止まった例もある。暴力団を弱体化させる有効な手段の一つと言える。

 公的制度への移行で今後、訴訟件数の増加が予想される。暴力団排除の流れを加速させたい。

 ただ、新制度には心配な点がある。代理訴訟とはいえ、住民の氏名を裁判で明かさざるを得ないことだ。組事務所が存在することで受ける精神的苦痛などを、具体的に立証する必要があるからだ。

 従来の訴訟では、原告となった何百人という住民の氏名、住所が訴状に添付された。今後は、公になる住民の氏名を最小限にとどめるよう工夫すべきだろう。それができれば、警察も効率的に住民の警護に当たれるはずだ。

 住民に被害が及べば、制度の根幹は揺らぐ。暴力団の報復を封じ込めるため、警察は全力を尽くさねばならない。

2013年5月21日火曜日

政治家の言葉―橋下さん、やっぱり変だけれど、憲法で表現の自由が保障されているからどうかと思う


 言葉は政治家の武器である。
 日本維新の会の橋下徹大阪市長は、そのことをよくわかっている政治家だと思う。だが、今回ばかりはその使い方を間違えている。
 橋下氏は19日、維新の会共同代表の石原慎太郎氏に会い、旧日本軍の慰安婦をめぐるみずからの発言が混乱を招いたとして陳謝した。
 ただ、発言そのものは撤回していない。それどころか、メディアの報道を「大誤報」だと決めつけ、「日本人の読解力不足」とまで言い切った。
 橋下氏は1週間前、記者団にこう語った。「銃弾が雨嵐のごとく飛び交う中で、命をかけて走っていくときに、どこかで休息をさせてあげようと思ったら慰安婦制度は必要なのはだれだってわかる」
 その後の取材に、女性の人権の大切さを強調もしている。だが、この発言に端を発した騒動を「読解力不足」と言い逃れするのは、見苦しくないか。
 橋下氏はこれまでも、大胆な言動で世間の耳目を集めてきた。去年は竹島について「(韓国の実効支配という)事実を武力でひっくり返すわけにはいかない。共同管理にもっていかないと」と語っている。
 批判を恐れず、本音で物事を前に進めようというのが「橋下流」だ。一方で、過ちがあれば撤回する潔さもあった。世論の一定の支持を得てきたのは、そのためだろう。
 ところが今回は、明らかに一線を越えている。一連の発言の中で、沖縄の米海兵隊司令官に「もっと風俗業を活用してほしい」と言ったのは、その最たるものだろう。
 米政府の不興を買ったからというのではない。
 意に反して米軍基地の重荷を負わされている沖縄。その中にあって、さまざまな事情から風俗業で働く女性たちを「活用しろ」という無神経さに、多くの人はあきれたのだ。
 しかも、言葉を重ねていくうちに、傷口を広げている。
 政治家の言葉は、世の中の異なる利害を説得によって調整するためのものだ。社会の少数者に光をあて、励ますこともまた大きな役割だろう。
 みずからの言葉がもたらす結果に、責任を負わなければならないことももちろんだ。
 橋下氏は、50人を超える国会議員を擁する公党の代表だ。
 意表を突く発言で注目を集め、批判する者はあらゆる理屈をつかってやり込める。
 こんな大人げないやり方は、もう卒業してはどうか。
 もっとも憲法で表現の自由が保障されているから橋本さんを否定するにも無理があるのだが…

高速道路―借金返済を延ばすなら


 全国の高速道路で、今後直面する大規模な改修や造り直しの費用をどうまかなうか。
 国土交通省は、道路建設にかかった借金の返済期限を先延ばしして、資金を捻出する方針を固めた。今後、関係する審議会で議論が進む見通しだ。
 旧道路公団の民営化でうたわれた「2050年までに旧公団の約40兆円の借金をすべて返し、高速は無料にする」との計画は、名実ともに破綻(はたん)する。
 改修をめぐっては、首都高速会社が今年初め、「約9千億円が必要」と発表したのを皮切りに、東、中、西日本の各高速会社や阪神高速会社も同様の試算を示した。合計すると現時点で7兆円近くになる。
 05年の民営化では、事前に日々の維持修繕費は計算していたものの、大規模改修費は考慮されていなかった。
 料金を無料にすれば、老朽化対策は税金で進めることになるが、国の財政難を考えると現実的ではない――。関係者の多くが、当時から計画の危うさを認識していたようだ。
 無責任というしかない。
 国民の安全・安心にかかわるだけに老朽化対策を怠ってはならないが、条件がある。
 まず、新規着工から改修へ、政策の重点を完全に変えなければならない。
 「民間の経営判断にゆだね、むだな道路を造らない」ことが民営化の目的だったが、税金で整備する「新直轄方式」も用意された。これが、費用対効果に疑問符がつく路線を増やす抜け道になっていないか。
 いったん造ればいずれ改修が必要となり、また税金をつぎ込むことになる。人口減のなか、国民負担を抑えるには、新規着工どころか、代替ルートのある老朽化路線の閉鎖も必要だ。
 そのうえで、返済期限の先送りで浮かせた財源が、確実に改修にあてられる仕組みが不可欠だ。財源を別管理で積み立てるなど、透明性の高い制度を作るべきである。
 国交省が返済延長を探る背景には、改修以外の問題もある。
 08年秋、麻生政権時に3兆円かけて始まった高速料金割引の財源が今年度で底をつく。国交省は景気への配慮から、割引を見直しつつも続ける考えだ。
 しかし、財源をなし崩しにあてることは許されない。
 民主党政権時代を含め、高速料金は目先の景気下支えと人気取り対策から、猫の目のように変更されてきた。こんな政策とは決別しなければならない。
 これも、返済延長の条件の一つである。

シェールガス 米国産輸入で高値買い是正を


 「シェールガス革命」に沸いている米国が、割安な天然ガスの日本向け輸出に道を開く。

 東京電力福島第一原子力発電所の事故後、ほとんどの原発が停止し、火力発電に依存する日本にとって、調達先を多様化する重要な一歩である。

 米エネルギー省は、中部電力と大阪ガスが参画するテキサス州の企業の液化天然ガス(LNG)輸出事業を認可した。地中深くの岩盤から採掘したシェールガスなどをLNGに加工して輸出する。

 中部電力と大阪ガスは、このプロジェクトで2017年から両社合わせて最大年440万トンを輸出する計画という。日本のLNG輸入量の5%にも相当する。

 米国は原則、自由貿易協定(FTA)を結んでいない日本などへのLNG輸出を規制していた。

 しかし、例外的に対日輸出を初めて認めた意義は大きい。シェールガス革命で生産が飛躍的に増大して需給見通しが緩み、日本に輸出しても米国内の価格上昇は避けられると判断したのだろう。

 日本が、環太平洋経済連携協定(TPP)交渉参加を決めたことも追い風になり、オバマ政権が日米関係を重視したといえる。

 シェールガス革命の恩恵を享受する日本は、これで安価なガスを調達できるようになる。

 日本がカタールなどから輸入するLNG価格は、100万BTU(英国式熱量単位)約17ドルと北米のガス価格より4倍も高い。

 原発を再稼働できない日本は、生産国から足元を見られ、「ジャパンプレミアム」という高値買いを強いられている。12年度の貿易赤字が過去最大の8兆円超に達したのも、LNG輸入が主因だ。

 米国産ガスを輸入した場合、LNGへの加工代や輸送コストを加えても約10ドルと割安になる。米国との連携を切り札に使い、中東などとのLNG価格交渉を有利に進める効果も期待できる。

 米国では、三菱商事と三井物産の連合や住友商事が天然ガスの開発に参加している。官民連携でこれらのプロジェクトによる輸出の早期認可を働きかけ、高値買いの構造をさらに是正すべきだ。

 米国から天然ガス輸入が始まるのは約4年先だ。原発を再稼働できなければ、当面は火力頼みで、燃料コスト高を余儀なくされる状況は変わらない。

 国富の流出を食い止めるため、政府は安全性が確認できた原発を着実に再稼働する必要がある。エネルギーを安定供給する総合戦略を構築しなければならない。

東大の推薦入試 多様な人材発掘につながるか


 「受験秀才」ではない有能な人材発掘につながるだろうか。

 東京大学が2016年度入試から、推薦入試を導入する。独自の筆記テストを行わない入試は初めてだ。従来の選抜方法では見いだせなかった多様な学生を確保する狙いがある。

 入学定員の3%にあたる100人程度の募集を想定している。人数は決して多くはないが、筆記テスト中心の入試の在り方に、一石を投じる試みと言えよう。

 東大の浜田純一学長は4月の入学式で、「学部の学生構成の均質性が東大の弱さだ」と述べた。

 首都圏や中高一貫進学校の出身者が多く、女子学生や留学生が少ない環境では、学生が切磋琢磨せっさたくまして、社会で必要な力を身につける機会が乏しいとも指摘した。

 東大は論文数などを指標とした国際大学ランキングでも、欧米の主要大学の後塵こうじんを拝している。

 あらかじめ「正解」のある問題を手際よく解く能力に秀でた学生ばかりでは、世界で通用する独創的な研究者や様々な分野のリーダーとなる人材が育つのは難しい。今回の入試改革の背景に、そんな危機感がうかがえる。

 推薦入試では、高校長の推薦に加え、専攻を希望する分野に関する論文を提出させた上で、時間をかけて面接を行う。意欲や問題設定の能力をじっくり見極めようという姿勢は評価できる。

 推薦入試の合格内定者に大学入試センター試験を受けさせるのも特徴の一つだ。一定水準の成績を収めなければ、内定を取り消すこともあるという。

 京都大学でも、書類審査や面接などで能力を総合評価するAO(アドミッション・オフィス)型の入試を16年度から始める。東大と同様、センター試験の成績を合否の判断材料とする。

 これまで私立大学を中心に導入されてきた推薦入試やAO入試では、学力試験を課さないケースが多かった。東大や京大の新たな入試は、大学生の学力低下を招いたとの批判がある従来の方式とは明らかに異なるものと言える。

 東大や京大には、新たな選抜方法で入学する学生の才能を確実に伸ばすことが求められる。東大では早い時期から大学院の授業の聴講を認める方針だ。十分な成果を上げるには、指導方法に工夫を凝らすことが大切である。

 首相直属の教育再生実行会議でも大学入試改革がテーマとなる予定だ。東大や京大の取り組みを参考に議論を重ねてもらいたい。

2013年5月20日月曜日

生活保護改正―弊害が出ないか心配だ


貧困に陥った人を保護から遠ざける結果を招かないか。国会審議を通じて、現場への影響を慎重に見極める必要がある。
 安倍内閣が生活保護法の改正案を閣議決定した。今国会での成立を目指す。
 懸念が二つある。
 一つは、生活保護を申請するときのハードルである。
 改正法案では、申請時に収入や資産を記した書類を本人が提出することを明記した。
 当たり前のように思えるが、厚生労働省は08年に「保護を申請する権利を侵害しないこと」を求める通知を出し、事情があれば口頭の申請も認めた。
 というのも、福祉事務所では過去、保護費の膨張を抑えようと、色々と理由をつけて申請を受け付けない「水際作戦」が横行したからだ。困窮者の餓死事件を引き起こしたとされ、大きな社会問題になった。
 今回の改正案は、下げたハードルを再び上げたように映る。
 厚労省は「運用は変わらない。口頭での申請も認める」と説明する。書類が必要なことは施行規則に書かれており、それを法律にしただけという。
 現場からは疑問の声も聞こえてくる。
 年金や医療保険は、本人が保険料を支払うことが給付の要件になる。一方、「最後のセーフティーネット」である生活保護では、保護の必要性を証明する最終的な責任は行政側にあるとの認識が浸透してきた。
 しかし、申請書と生活困窮を証明する書類の提出が明記されることで、その立証責任が本人に移り、支給をめぐるトラブルの際、申請者側に過重な負担がかかりかねないという。
 もう一つの懸念は、役所が親族に収入や資産の報告を求めるなど、扶養義務を果たすよう働きかけやすくしたことだ。
 昨年、人気お笑い芸人の母親が生活保護を受けていたことなどをきっかけに、世間には怒りの声が満ちた。それを受けた措置だが、親族の勤務先まで連絡がいく可能性があると知れば「迷惑がかかる」と、申請をためらう人も増えそうだ。
 こうした引き締め策は、悪意のある申請の抑止より、保護が必要で誠実な人を排除する弊害のほうが大きくならないか。
 自民党の議員からは「生活保護は運用を厳しくすれば減らせる」という声も上がる。
 だが、「水際作戦」で餓死が発生したら、世間の怒りはまた行政に向くだろう。バッシングの矛先が、受給者と行政を行き来する。不毛な繰り返しは、もう見たくない。

火山国の備え―研究と防災を近づけよ


 2年前、東日本大震災の本震から4日後の夜、おおぜいの火山学者が緊張した。富士山の真下を震源とするマグニチュード6・4の地震があったからだ。
 巨大地震の直後から数年のうちに、周辺で火山の噴火が起きる。
 そんな世界的な経験則そのままに、富士山が噴火するのではないかと考えたのである。
 さいわい、その後、富士山やほかの火山で変わったことは観測されていない。
 これを機に内閣府の有識者会議は大規模火山災害への備えを点検し、先週、政府主導で具体的な対策を急ぐよう提言した。
 110の活火山がある世界有数の火山国にしては、現在の防災体制は地震以上に貧弱で、相当のてこ入れが必要だ。
 有識者会議の提言は、ないないづくしの現状を訴える。
 火山灰が大都市に与える影響が十分にわかっていない。実践的な避難計画は霧島山と桜島にしかない。特に注意が必要な47火山でさえ観測体制は必ずしも充実していない。火山防災に関する研究や予算をまとめる組織がない……、といった具合だ。
 火山の防災について、政府の取り組みはきわめて弱かった。
 1914年の桜島大正噴火から100年近く、比較的静穏な時期が続き、切実感がなかったことが根本原因だ。
 しかし、研究と防災に長期的に取り組む必要があるのは明らかだ。提言が求めるように、政府主導で進めるべきだ。
 現在、日本の火山研究者は大学に約40人。気象庁や国土地理院、各省の下の研究機関を合わせても約80人で、活火山の総数にも足りない。まとめ役の気象庁は政府内で発言力が小さい。
 まず、地震の調査研究と防災をつなぐ地震調査研究推進本部のような仕組みをつくるべきだと提言は求めている。この組織は中央防災会議の意見にもとづき、防災上の要請を反映させた調査研究計画を決めて、役立っている。
 地震と別に本部をつくるかどうかは置いて、火山研究に防災の観点を強めることができるだろう。従来は研究者の責任感に頼りすぎだった。人材を育てながら研究と防災の距離を縮めないと、資金面でも人材面でも火山防災は前に進まない。
 海外を見ると、米地質調査所が有名な米国をはじめ、イタリアやインドネシア、フィリピンといった火山国は先を行く。人材を一つの組織に集め、監視・研究だけでなく火山情報の発表やハザードマップ(災害予測図)づくりも担っている。

飯島氏の訪朝 「拉致」解決へ糸口つかめるか


 膠着状態に陥った日本人拉致問題を打開する糸口はつかめるのか。安倍政権の外交戦略の実効性が問われよう。

 14日から17日まで北朝鮮を訪れた飯島勲内閣官房参与が帰国し、菅官房長官に、「本音の話をしてきた」と報告した。

 飯島氏は北朝鮮で、序列2位の金永南・最高人民会議常任委員長ら要人と会談し、「拉致問題が解決しなければ、日本政府は動かない」とはっきり伝えたという。

 今回の訪朝は、安倍首相の「拉致問題は安倍政権で絶対に解決しなければならない」との意向を受けたものだろう。

 小泉首相の政務秘書官だった飯島氏は、2002年と04年の小泉訪朝に随行している。北朝鮮外交に関与してきた飯島氏に対する安倍首相の信任は厚い。

 北朝鮮は、08年の日朝実務者協議で、拉致被害者再調査のための委員会を早期に設置することを約束した。だが、北朝鮮は結局、再調査を見送っている。

 昨年11月、金正恩体制下で実現した4年ぶりの日朝政府間協議も、北朝鮮の長距離弾道ミサイル発射で行き詰まったままだ。

 日本政府は北朝鮮に、拉致被害者の即時帰国、真相の究明、拉致実行犯の引き渡しを求めている。「拉致問題は解決ずみ」と繰り返してきた北朝鮮が、今後、どう応えてくるのか。

 慎重に見極めつつ、主体的な外交を展開しなければならない。

 気がかりなのは、極秘裏に進めていたはずの今回の訪朝が、平壌到着のその時から北朝鮮に一方的に明らかにされたことである。

 首相がノーコメントを通す間、北朝鮮側は飯島氏を厚遇し、動静を連日詳報した。結果的に北朝鮮に利用された面は否めない。

 日本人通訳は付いていたのか。会談記録は日本側にも残っているのか。朝鮮総連中央本部(東京)の競売問題との関係はなかったのか。多くの疑問がある。

 北朝鮮には、安倍政権の内情を探るとともに、圧力を強めようとする日米韓の連携にくさびを打ち込む狙いがあっただろう。

 来日した米国のデービース北朝鮮担当政府特別代表は、「北朝鮮が我々を分断するため、挑発から対話に戦略転換することは予測していた」と述べた。北朝鮮に、付け入る隙を与えてはなるまい。

 核・ミサイル問題での国際連携を堅持しながら、拉致問題解決へ進展を図っていく。その難しい課題に結果を出すことが、安倍政権に求められている。

火山災害対策 大噴火へ十分な備えが必要だ


 火山噴火への危機感が薄れていないか。

 内閣府の有識者会議がそう警告し、政府などに火山対策の整備を促す提言をまとめた。

 東日本大震災の後、地震や津波対策が注目されているが、有識者会議の提言は、火山にも十分な警戒が必要だと強調している。

 もっともな指摘である。

 日本には110の火山がある。うち47火山は、今後100年程度の間に噴火する可能性があり、気象庁が地震計などを設置して、監視・観測を続けている。

 政府は2008年、47火山の周辺自治体に、避難計画を検討する「火山防災協議会」を地方気象台などと設けるよう求めた。ところが、まだ26火山にしかない。

 住民の避難計画があるのは、桜島(鹿児島県)と霧島山(宮崎、鹿児島県)の周辺自治体だけだ。取り組みの加速が急務である。

 火山大国の日本では、9万年前に阿蘇山が噴火し、九州全域が溶岩に覆われた例もある。

 こうした「巨大噴火」は2万~5万年に1回程度だが、火山灰などの噴出量が、その100分の1以下の「大規模噴火」は、過去1000年で15回以上あった。

 大規模噴火でも、噴出量は1億立方メートル(東京ドーム80杯分)を超える。火山灰が広く飛散し、甚大な被害は避けられまい。富士山で大規模噴火が起きれば、首都圏の都市機能がマヒするほどの降灰が予測されている。

 ただ、桜島の大正噴火(1914年)以来、広域に影響が及んだ噴火は起きていない。比較的平穏な時期が続いたことが、対策が進まない主な要因だろう。政府は、自治体の避難計画策定の支援を強化すべきだ。

 政府自体の備えも不十分だ。警察庁や総務省消防庁、防衛省の役割分担が明確ではない。

 住民への避難指示も、現状では混乱しかねない。災害対策基本法に基づき市町村長が出すことになっているが、対象が複数の市町村にまたがる場合には、国が直接、指示する必要がある。

 有識者会議が提言で、避難指示に関する法整備の検討を求めたのは当然と言えよう。

 提言は、火山研究の低迷にも懸念を示した。次世代の専門家が不足しているという。調査研究を一定水準に維持していかないと、火山の防災対策の足元は揺らぐ。

 東日本大震災以降、火山活動の活発化も指摘されている。想定外の災害に対処が遅れる失敗を繰り返してはならない。

2013年5月19日日曜日

飯島氏訪朝―「対話と圧力」の継続を


北朝鮮を訪問していた飯島勲・内閣官房参与が帰国した。
 北朝鮮要人らとの会談の詳しい内容は明らかになっていないが、日本人拉致被害者の即時帰国などを求めたという。
 日朝は5年前、いったん日本人拉致の再調査をすることで合意したが、北朝鮮側が一方的に中止した経緯がある。
 事態の打開には、対話が欠かせない。そこで、小泉政権時代に首相秘書官として日朝問題にかかわった飯島氏の訪朝となったのだろう。
 そのこと自体、理解できる。
 ただ、今回の訪朝には双方の政治的な意図が見え隠れするのも事実だ。
 安倍政権は北朝鮮問題で「拉致、核、ミサイル」の包括的な解決をめざす。そのため、米国や韓国とともに、核・ミサイル開発をやめるよう北朝鮮に強く迫ってきた。
 だが、米韓は今回の訪朝を知らされておらず、強い不快感を示している。とくに韓国政府からは「北に利用されるだけ。日本は拉致問題のことしか考えていない」との批判が出ている。
 北朝鮮に対しては、最大の後ろ盾である中国もこれまで以上に厳しい態度をみせ始めた。そんなさなかの日本の単独行動に米韓は首をかしげる。
 それでなくても歴史認識発言などで、日本と米中韓の関係はぎくしゃくしているときである。安倍政権は、この問題での日本の立場を各国に丁寧に説明する必要がある。
 参院選を控えた時期の電撃訪朝に「政治利用では」といぶかる声もある。そんなことがあってはならないのは当然だ。
 一方、ミサイル発射の動きをみせ、緊張をあおってきた北朝鮮は、ここにきて対話に比重を移し始めている。とはいえ、核放棄を求める米韓との関係改善は、すぐにはむずかしい。
 そこで、拉致問題という懸案をかかえる日本との対話にかじをきった可能性が高い。
 日米韓の足並みを乱れさせようとするのは北朝鮮の常套(じょうとう)手段だ。ナンバー2の金永南(キムヨンナム)・最高人民会議常任委員長が飯島氏と会談。日本との親密な関係を印象づけようとしているところにも、その意図がうかがえる。
 在日本朝鮮人総連合会(朝鮮総連)の中央本部の存続も、北朝鮮が日本に急接近してきたねらいの一つだろう。
 北朝鮮との対話は必要なことだが、振り回される結果に終わっては元も子もない。
 同時に、米韓と連携して圧力をかけ続ける。そのことを忘れてはならない。

住民投票―民意を無にしない


 東京都の小平市で、住民投票がある。渋滞のネックを解消するため、雑木林をきりひらいて都道を造る。その計画を、住民参加によって見直すべきかどうかが問われる。
 直接請求による住民投票は都内で初めてだ。住環境のような身近な問題で、民意をじかに示す機会ができた意義は大きい。
 現役世代の半分が市外へ働きに出るベッドタウンにも、ふるさと意識が根づく。社会の成熟のあらわれだろうか。
 残念なのは、市と議会が「投票率50%以上」という成立の条件をつけ、下回れば開票しないと決めたことだ。ほかの自治体の先例を参考にしたという。
 結果を市民の意思として都などに伝えるには、あるていど投票率がないと信頼性が担保されない。市はそう説明する。
 考え方としてはわかる。
 しかし、「50%」はハードルとして高すぎないか。市長選の投票率は過去6回つづけて5割を切った。市議選も、ここ5回のうち4回は下回っている。全国をみても、統一地方選の投票率は平均50%前後だ。
 この住民投票では、市長は結果の尊重を求められるが、拘束はされない。投票率は市民にどれだけ問題が共有され、関心があるかの目安だ。率の高低は尊重すべき度合いをはかる材料ととらえ、成立要件にはしない。そんな制度設計もありえた。
 なにより、50%に達しないと開票しないというのでは、投票した人の意思を無にすることになる。投開票や準備にかかる税金や人手も、むだになる。
 住民投票を、議会や首長は自らの存在意義をおびやかすものとみなしがちだ。原発をめぐる東京都や大阪市の住民投票条例案も議会で否決された。
 本来、首長や議会と住民投票は対立関係にない。互いにおぎない、高めあう関係にある。
 ネットが普及して、政治への「議論」にはだれでも参加しやすくなった。しかし、実際の政治に「参加」する機会は、多くの人にとって数年に一度の選挙での投票くらいしかない。
 住民投票は、そのすき間をうめる貴重な機会にもなる。苦労して署名を集めても議会に否決されたり、開票されなかったりすることが続けば、政治への無力感がつのる。
 住民投票の過程で、市民は集会を開くなどして議論と理解を深める。それによって政治への参加意識、ひいては選挙への関心も高まる――。神奈川県逗子市の元市長で、龍谷大教授の富野暉一郎さんの指摘だ。
 小平の選択に注目したい。

北極海の開発 資源や航路で戦略的関与を


 商業、軍事利用の潜在的な可能性が高い北極海を巡り、各国の利害が交錯し始めた。日本もオールジャパンで国家戦略を練るべきである。

 米露両国や北欧諸国などによる「北極評議会」が2年ぶりの閣僚会議をスウェーデンで開き、日本や中国、韓国など6か国のオブザーバー資格を新たに承認した。

 評議会は、北極圏開発や環境保護を協議する場で、日本は環境研究や極地観測への貢献が評価された。オブザーバーとして協議に参加する意義は大きい。海洋国家としての国益にもつながろう。

 北極海は、地球温暖化に伴って年々海氷が縮小している。アジアと欧州を結ぶ定期航路ができるかどうか、注目されている。

 昨年12月には、ロシア政府系企業のタンカーが、ノルウェーの液化天然ガス(LNG)を福岡県北九州市に運んだ。北極海航路を利用した世界初のLNG輸送だ。

 こうした航路が定着すれば、日本にとっても、欧州との航行距離がスエズ運河経由より約4割縮まるという利点がある。

 ただ、北極海は海深が浅く、船舶の座礁事故の危険性が高い。救難などの拠点となる港湾は、主にロシアに頼らざるを得ない。

 事故を防ぐためにロシアは、航行する船舶に砕氷船の随行を義務づけて料金を課すなど、商業的に支配権を握りつつある。

 安定した航行が確保され、採算が取れるかどうか。日本は慎重に見極めるべきだ。

 北極海の海底には、豊富な天然ガスや原油などのエネルギー資源が眠っていることも魅力だ。

 酷寒の海での資源開発は大規模な国家的プロジェクトとなる。商業利用に向け、各国の駆け引きが始まっている。日本も官民連携を強化し、検討する必要がある。

 気がかりなのは、南下政策を長年進めてきたロシアが、北極海航路に安全保障上も目を転じることだ。原子力潜水艦などでつくる太平洋艦隊を増強し、北東アジアでの活動を強める可能性がある。

 米国も「安全保障上の利益拡大が重要だ」として、北極圏開発を国益と位置づける国家戦略を発表した。中国も「海洋権益」の確保を目指し、活発に動いている。

 日本も無関係ではいられない。北極海航路の使用が国際的に活発化すれば、宗谷、津軽、対馬海峡が中国、ロシアなどの重要な“出入り口”となるだろう。

 北極圏の動向は、日本の安全保障政策の観点からも注視していくことが肝要である。

いじめ対策法案 社会全体で取り組む契機に


 いじめは許されないという共通認識の下、社会を挙げて対策に取り組む契機としたい。

 自民、公明両党が、いじめ防止対策推進法案を国会に提出した。民主、生活、社民の野党3党も既に、同趣旨の法案を出している。

 与野党案とも、いじめの早期発見や問題解決への施策を盛り込んでいる。国や自治体、学校に継続的な対策を促す上で、新たな法律を制定する意義は大きい。

 与野党は合意点を見いだし、早期成立を目指してもらいたい。

 与党案は、いじめの定義について、「児童・生徒が心身の苦痛を感じているもの」としている。被害を受けている子供の視点で判断することは評価できる。

 インターネットを使った中傷について、明確にいじめと定義づけたことも適切だ。

 近年、他人のアドレスや名前を偽装する「なりすましメール」で嫌がらせをしたり、ネットの掲示板に大量の悪口を書き込んだりする行為が増えている。

 いじめ防止に向けて、与党案は学校だけでなく、国や自治体の責務にも言及した。相談体制の整備や教員研修の充実、スクールカウンセラーの確保を求めている。

 家庭でのしつけを重視し、規範意識を養う指導を保護者の責務と明記したのもうなずける。

 深刻ないじめが表面化する度に、閉鎖的で迅速な対応に欠ける学校や教育委員会の問題点が浮かび上がってきた。いじめ問題の解決を、学校や教委に任せておくことに限界があるのは明らかだ。

 いじめを苦にした児童・生徒の自殺などが起きた場合、どのように原因究明を進めるか、という点が重要な課題である。いじめに至った経緯を丁寧に掘り下げていく作業が、再発防止につながる。

 法案提出のきっかけとなった大津市のいじめ自殺事件では、弁護士や教育評論家らで構成する第三者調査委員会が、遺族に対し審議経過を説明するなど、透明性を確保しながら調査を重ねた。

 その結果、教師間の意思疎通の欠如や、教委が原因究明に消極的だった実態をあぶり出した。

 学校や教委と利害関係のない第三者が、外部の視点で調べる仕組みは、有効な手法である。当事者による調査では、どうしても身内に甘くなるためだ。

 この点では、与党案よりも野党案の方が、第三者による調査委員会の活用を具体的に規定している。今後の法案審議で重要な論点となるだろう。

2013年5月18日土曜日

子どもの貧困―あってはならないこと


 もし成立すれば、「貧困」という言葉を冠する初めての法律になる。その意義は大きい。「あってはならない状態にある子どもたち」の存在を日本社会が認め、国が政策課題として位置づけるからだ。
 「子どもの貧困対策法」(仮称)の制定に向け、政治の動きが大詰めを迎えている。自民、公明両党と、民主党がそれぞれ法案をまとめた。
 違いは「相対的貧困率」の扱いだ。これは、世帯所得をもとに、国民一人ひとりの所得を計算し、それを順番に並べ、真ん中の人の半分に満たない所得の人の割合をいう。
 民主党が法律に、その削減目標を書き込むよう主張しているのに対し、自公両党は政府がつくる「大綱」に盛り込む程度にとどめる構えだ。
 目標は、なるべく明確に示して欲しい。もっとも、この指標が十分な市民権を獲得できていないのも事実だ。そこをまず変えていきたい。
 相対的貧困率は民主党政権時代の09年に初めて公表された。子どもの場合、最新の数値は15・7%。7人に1人が貧困となり、先進国の中では高い部類に入る。1人親に限ると5割強で、先進国で最悪水準だ。
 腑(ふ)に落ちない人もいるだろう。この日本で、そんなに貧しい人たちが多いのか、と。
 確かに、敗戦直後のように衣食住にも事欠く「絶対的貧困」はかなり解消された。
 ただ、生活はできていても、社会の平均的な暮らしぶりにはとても届かない世帯が多いのは問題だろう。あまり違うと、教育や仕事、付き合いなどの社会参加が阻まれてしまう。
 相対的貧困率は、所得について、とりあえず「真ん中の半分」というラインを決め、それ以下の人の割合を政策の指標にしようというものだ。
 かつて日本は「一億総中流」といわれたが、過去にさかのぼった分析によると、相対的貧困率は全年齢、子どもとも上昇基調にある。
 経済的な理由で進学できない子どもたちも少なくない。家庭環境という「自己責任」ではない要因で、才能を開花させる機会が奪われる。それが「あってはならない」ということに異論はないはずだ。
 親の所得が低いと、子どもの学歴も低くなり、大人になっても低所得になる確率が高い。そんな貧困の連鎖、固定化は、社会の安定を失わせる。
 この危機感を、連帯感へと昇華し、奨学金や様々な生活支援の充実につなげたい。

活断層と関電―安全面での言行不一致


 災害想定が甘いと、甚大な被害の原因となる。福島第一原発事故の大きな教訓はそこだ。
 反省を踏まえて発足した原子力規制委員会が、最新の科学的見地に基づき、想定できる最大限のリスクに備えるよう求めるのは、当然のことだ。
 なのに、関西電力の姿勢は何とも解せない。全国で唯一運転している福井県の関西電力大飯原発3、4号機の安全をめぐり、規制委の要請を関電がなかなか受け入れないのだ。
 大飯原発の近くには二つの海底断層があり、10キロほど離れた陸にも断層が走る。三つが中間の湾内でつながっている可能性が最近の研究で指摘された。いずれも活断層で、三つを結べば長さは63キロに及び、これまでの想定以上の大きな揺れになる恐れがある。
 3、4号機は暫定的な基準に基づいて9月まで運転継続の予定だ。7月に新規制基準を導入する方針の規制委は、この新基準の基本にそって、3連動地震発生を前提に揺れの強さの想定を検証するよう関電に求めた。ところが、関電は拒んでいる。
 関電は独自調査の結果、3連動の可能性はほぼないと主張する。だが、規制委が意見を求めた外部の専門家も「3連動地震の恐れは否定できない」との見方を示している。
 実は昨年の再稼働の前、関電は国の指示で3連動地震による揺れも試算した。重大事故につながるレベルではなかったとしている。だが、新基準が導入される以上、念には念を入れて再点検するにこしたことはない。
 複数の活断層の連動は、他の原発でも危惧されている。大飯3、4号機での安全審査が先例となる形となっており、関電だけでなく他の電力事業者も注目している。
 であれば、なおのことだ。規制委が示してきた「疑わしきは黒」という安全優先の原則がこのケースの審査で徹底されるべきだろう。
 まして大飯原発の再稼働は、原発依存度が高かった関西の電力需給に配慮しての、特例措置だった。関電の社長は当時、「基準が追加されれば、しっかり安全性を確認していく」と語っている。責任を持って言行一致に全力をあげてほしい。
 規制委の田中俊一委員長は、非常に重大な問題が見つかれば大飯原発を停止させる考えを示してきた。電力需要が高まる夏が近づいているが、規制委の使命はあくまで安全確保である。
 節電につとめる国民にも思いをいたしながら、厳格な審査をまっとうしてもらいたい。

農業の成長戦略 「所得倍増」へ農地集積を急げ


 一層の市場開放に備えて、日本農業をどう再生するか。小規模農家から生産性の高い大規模営農へ、転換を促す施策の実効性が問われよう。

 安倍首相は、成長戦略第2弾の柱として「攻めの農業」の実現を打ち出した。「農業の構造改革を今度こそ確実にやり遂げる。農地の集積なくして、生産性向上はない」と述べた。改革の方向性は間違っていない。

 目玉となるのは、首相が「農地集積バンク」と呼んだ新たな農地仲介制度である。農林水産省が早期導入を目指している。

 現在、農地売買などを行っている都道府県の農業公社に強い権限を与え、農地を管理する機構に衣替えする。機構が小規模農家などから土地をいったん借り上げ、大規模化を目指す農家や農業法人に橋渡しする仕組みだ。

 耕作せずに放置されたままの放棄地は20年で倍増し、滋賀県全体とほぼ同じ規模にまで拡大した。深刻な状況といえる。

 焦点は、新制度が大規模農家の育成につながるかどうかだ。

 借り手が見つからないと機構が農地を丸抱えすることになり、その間も、機構は農地の貸し手に賃料を払い続ける必要がある。農地を維持管理し、用排水路を整備する費用もかかる。

 財政負担は年数千億円と見込まれている。仲介がうまく進まなければ、巨額の国費を投入するだけで終わりかねない。

 借り手を確保するには、企業などの新規参入を後押しする政策が不可欠だ。集約しやすい優良農地を仲介することも求められる。

 農地の賃貸や売買の許可権限を持つ農業委員会を見直さないと、農地集積の支障となろう。

 農業を成長戦略と位置付ける以上、農水省はメリハリの利いた制度設計を行い、農協などの既得権に切り込んでもらいたい。

 首相は「10年間で農業・農村の所得倍増目標」を掲げたが、効果的な施策をテコに農業従事者も努力しないと高いハードルだ。

 自民党がコメ農家などを対象とする所得補償制度を拡充し、農地を維持している全農家に補助金を支給する制度を検討していることも問題である。

 零細農家でも補助金をもらえるなら、農地の出し手は増えまい。農地集約の方針に妨げとなる政策は再考すべきではないか。

 農地の規模拡大は長年実現できなかった。環太平洋経済連携協定(TPP)交渉参加をにらみ、改革を加速しなければならない。

敵基地攻撃能力 日米連携前提に保有の検討を


 日米同盟の抑止力を強化する方向で、自衛隊と米軍の役割分担を見直すことが肝要である。

 自民党が、年末に策定する予定の政府の新たな防衛大綱に関する提言案をまとめた。

 自衛のために相手国のミサイル基地などを攻撃する「敵基地攻撃能力」の保持について、「検討を開始し、速やかに結論を得る」と明記した。北朝鮮の核・ミサイル開発を念頭に置いたものだ。

 北朝鮮の弾道ミサイル能力が向上する中、ミサイル防衛による抑止に限界があることは否定できない。同時に多数のミサイル攻撃を受けた場合、すべてを完璧に迎撃するのは困難である。

 日米両国は長年、自衛隊は専守防衛で「盾」、米軍は「矛」の役割をそれぞれ担い、報復攻撃の打撃力は米軍に全面的に委ねる体制をとってきた。

 この米軍の攻撃力の一部を補完する形で、自衛隊が敵基地攻撃能力を保有することは、日米の防衛体制の強化につながろう。

 安倍首相も前向きな姿勢を示している。今月上旬の国会答弁で、日本へのミサイル攻撃が迫っている際に「米軍に攻撃してください、と日本が頼む状況でいいのか」と問題提起した。

 重要なのは、自衛隊がどんな装備を導入するのが良いのか、具体的な検討を進めることだ。

 選択肢としては、攻撃目標の正確な位置を入力し、全地球測位システム(GPS)で誘導する巡航ミサイルの導入や、ステルス性を持つ最新鋭戦闘機F35などによる対地攻撃が想定される。

 巡航ミサイルは、移動式発射台を使うノドン・ミサイルなどへの攻撃が難しい。F35では、相手国への領空侵入を支援する大規模な航空部隊の編成が必要となる。

 どちらの場合も、日本が単独で攻撃するのは非現実的だ。攻撃目標の探知など情報面の協力を含め日米の緊密な連携と適切な役割分担を前提とせねばなるまい。

 提言案は、南西方面の島嶼とうしょ防衛のため、陸上自衛隊に「海兵隊的機能」を付与し、水陸両用部隊を新設することも求めている。

 中国軍が尖閣諸島周辺での示威活動を強める中、島嶼防衛を強化する必要性は増している。陸自は既に米海兵隊と共同訓練を重ね、海兵隊的機能の保有を進めているが、新大綱では装備面を含め、その動きを加速させるべきだ。

 新型輸送機オスプレイを自衛隊が導入することも、前向きに検討していいだろう。

2013年5月17日金曜日

首相とデフレ―前回の教訓いかせるか


 安倍内閣は発足以来、日銀による前例のない金融緩和と大型の12年度補正予算をてこに、円安と株高を引き寄せた。
 13年度予算も成立し、1~3月期の経済成長率は2期連続のプラスとなった。企業や消費者の心理は明るさを増し、政権は経済の実績を前面に出して、参院選に臨む構えだ。
 円安、株高、好業績に、景気の堅調な拡大――。
 日本経済の現状は、どこかで見た光景である。そう、安倍氏が首相だった06~07年もそうだった。
 第1次安倍政権は、05年の「郵政総選挙」で自民党が圧勝し、改革への期待から株価が急騰した流れのなかで発足した。
 為替は1ドル=110~120円台で、平均株価は1万6千~1万8千円台で推移。消費者物価の上昇率もプラスが続き、デフレから本格的に脱却できるかに思われた。
 しかし、この「宴」は世界経済の変調であえなく終わる。安倍政権時に浮上したサブプライムローン問題、福田政権時の08年に起きたリーマン・ショックで円高と株安が進み、デフレに逆戻りしてしまった。
 安倍氏に近い経済学者らは、日銀による金融緩和の不十分さをやり玉に挙げるが、それだけではあるまい。
 円安・株高による「猶予」のうちに、日本経済の体質を強める取り組みが弱かったのではないか。規制改革による国内市場の開拓、起業の促進といった政策だ。
 では今の安倍政権はどうか。
 政府の産業競争力会議は成長戦略のとりまとめに入ったが、IT(情報技術)の活用拡大や企業を支援する特区制度のてこ入れ、社会インフラや農産物の輸出強化など、あたりさわりのない項目が並ぶ。
 業界の既得権に切り込む姿勢には乏しい。医療や介護、環境・エネルギー、教育など、需要がある身近な分野での思い切った対策が見えてこない。
 首相は企業に雇用増や賃金アップを呼びかけるが、企業を動かすには「商機がある」と思わせることが一番のはずだ。
 日銀の金融緩和にもかかわらず長期金利が上がるなど、国債市場が不安定なだけに、財政規律への目配りも欠かせない。ところが、政府の経済財政諮問会議での財政健全化計画づくりは遅々として進まない。
 まさか、参院選まではデフレ脱却へのムードだけを演出しておけばいいと考えているわけではあるまい。再び一時の宴で終わるなら、反動は大きい。

脱原発と地元―敦賀をモデルケースに


 現状維持はもはや夢物語だ。
 福島の原発事故の教訓から生まれた原子力規制委員会の有識者会合が、福井県敦賀市にある敦賀原発2号機の真下に活断層があると断定した。委員の一人は「これまで事故もなく経過してきたことは幸いと言うしかない」と述べている。
 活断層が動いて大事故ともなれば、真っ先に避難しなければならないのが敦賀市民だ。40キロ先には関西の水がめ、琵琶湖もある。天災は待ってくれない。
 敦賀市の河瀬一治市長は、結論は「断定ではない」などと反発する。地元の推進派からは、時間をかせげば、原発再稼働に前向きな安倍政権が何とかしてくれるという声も聞こえる。
 原発の立地自治体には、国が交付金をつぎ込んできた。そこで敦賀市に対し、「補助金目当ての抵抗」と言う人もいる。
 ここは、立ち止まって考えてみよう。脱原発社会を目指すには、地元での深刻な影響に正面から向きあう必要がある。
 かつて港を中心に栄えた敦賀市は、経済の中心が太平洋側に移る中、4基の原発を受け入れて地元経済の軸足を変えた。
 だが新型転換炉「ふげん」は廃炉作業中で、3・11後は老朽化する敦賀1号機の再稼働は見通せない。高速増殖原型炉「もんじゅ」も点検放置問題で再開のめどがない。敦賀2号機も廃炉となれば43年ぶりに原発の灯が絶える公算が大きい。
 原発の存在を前提としてきた市民生活は根底から揺さぶられる。特に雇用への影響が大きい。人口約6万8千人のうち、原発や関連施設で働く人は約5千人、旅館など原発と切り離せない仕事をする人も約5千人といわれる。家族も含めれば数万人が原発に暮らしを頼る。
 財政への影響も深刻だ。原発受け入れの見返りに、累計500億円の交付金を受け取った。固定資産税なども入れると予算の5分の1が原発関連の収入だ。医療費補助や消防署職員の人件費にも交付金がまわる。
 河瀬市長は今回の決定に反発する一方、仮に原発がなくなっても「廃炉には30年も40年もかかり、専門の会社が必要だ」「世界に原子力の安全を確保する技術を発信する道もある」と述べた。こうした転換が具体化すれば、敦賀市は脱原発の町のモデルケースとなりうる。
 国策を受け入れた自治体が原発と決別する。その試みを国や、関西などの電力消費地がどう手助けしていくべきか。
 敦賀が「原発銀座」から脱却できるよう、さまざまな後押しで知恵をしぼる時がきた。

GDP高成長 「異次元の回復」とは気が早い


 安倍内閣の進める経済政策「アベノミクス」を好感した円安や株価上昇の追い風を受け、景気の持ち直しが一段と鮮明になってきた。

 本格的な景気回復へ、政府と日銀は政策のかじ取りに万全を期さなければならない。

 今年1~3月期の実質国内総生産(GDP)は、前期比0・9%増と、2四半期連続でプラス成長となった。年率換算で3・5%の高い成長率である。

 株高が購買意欲を刺激する「資産効果」などで、個人消費が堅調だった。円安を背景に輸出も回復した。内需と外需がそろって上向いたのは心強い。

 東京市場の平均株価が1万5000円の大台を回復し、足もとでも明るい動きが広がっている。

 甘利経済財政相は3・5%成長について、「異次元の政策投入による、異次元の景気回復への歩みが始まった」と、アベノミクスの効果を強調した。

 だが、日本経済が上昇気流に乗ったと考えるのは早計に過ぎる。力強い成長のカギとなる企業の設備投資はまだ低調で、雇用の回復も遅れているからだ。

 今年度予算を着実に執行するとともに、日銀の量的・質的金融緩和をあわせた「2本の矢」で、景気をしっかり支えたい。

 民間主導の成長にバトンタッチできるかどうかは、「3本目の矢」の成長戦略にかかっている。

 安倍内閣は産業振興や成長市場の育成策について、産業競争力会議などで論議している。

 歴代内閣も成長戦略を打ち出しながら、成果は乏しかった。今度こそ民間の提言を生かし、技術革新や競争力強化に有効な戦略を練り上げてほしい。

 他の主要国に比べて高い法人税率の引き下げや、過剰な雇用規制の緩和も急務である。

 むろん、主役は民間企業だ。リストラ頼みの「守りの経営」から脱却し、収益力の強化を図ることが求められる。

 心配なのは、1ドル=100円を突破した円安が勢いづき、原材料の輸入価格上昇といった副作用が深刻化しかねないことである。

 円安で火力発電の燃料費が増大し、電気料金が追加値上げを迫られると、家計や企業への打撃は大きい。経済再生の観点からも、安全性を確認できた原子力発電所を着実に再稼働すべきだ。

 日銀の金融緩和に逆行して長期金利が上昇し、景気への悪影響も懸念され始めた。政府と日銀は市場動向を注視する必要がある。

「もんじゅ」 安全意識の抜本改革が必要だ


 事実上の「運転禁止」となる深刻な事態だ。

 福井県にある高速増殖炉「もんじゅ」に対し、原子力規制委員会が、運転再開に向けた作業の停止を命じることを決めた。あまりに点検がずさんだったためだ。

 今年1月、「もんじゅ」を運営する日本原子力研究開発機構が約1万件の点検漏れがあったことを原子力規制庁に報告した。さらに、その後の規制庁の立ち入り検査で、非常用電源機器など重要設備の点検漏れも判明した。

 設備の点検は、安全確保の根幹だ。原子力研究の中核組織である原子力機構で、その基本がないがしろにされていたことになる。

 厳しい措置はやむを得まい。

 もんじゅは、ウラン資源を有効活用する核燃料サイクル開発の要となる原子炉だ。

 試験運転から間もない1995年のナトリウム漏れ事故で10年以上、止まった。2010年に運転を再開したが、核燃料交換装置の落下事故で停止が続いている。1兆円近い予算が投じられていることを問題視する声もある。

 だからこそ、信頼を損なうことのない運営が求められよう。

 それにもかかわらず、原子力機構の鈴木篤之理事長は、規制庁の聴取に対し、「形式的ミスはやむを得ない」と述べたという。

 旧原子力安全委員会の委員長まで務めた専門家の発言とは思えない。原子力の安全確保に対する責任感が希薄なのではないか。

 点検の頻度、方法に問題はなかったのか。課題を洗い出す必要がある。人員配置や点検に要する予算の確保が適切だったのか、検証することも重要である。

 もんじゅが動かず、原子力や核燃料サイクルの研究開発に批判が出る中、職員の士気を低下させない対策も求められよう。

 安倍首相は13日の参院予算委員会で、核燃料サイクルについて問われ、「日本は高い技術を有しており、世界と連携し、継続して進めていく」と明言した。資源に乏しい日本のエネルギー安全保障を考えれば、もっともな見解だ。

 首相は、「使用済み核燃料への対応に各国が悩んでいる」とも指摘した。高速増殖炉は使用済み核燃料中の放射性物質を効率的に燃やせる。今後も、核燃料サイクルの柱に位置付けるべきだ。

 規制委は、原子力機構の体質改善を確認するまで命令を解除しない方針という。いたずらに「運転禁止」が長引かないよう、規制委は再開を前提に、改革すべき項目を具体的に指示すべきである。

2013年5月16日木曜日

日米地位協定―沖縄から、主権回復を


きのう本土復帰41年を迎えた沖縄が、厳しい問いを突きつけている。「日本は主権国家と言えるのか」と。
 政府が先月開いた「主権回復の日」の式典に、抗議の声が広くあがった。沖縄、奄美、小笠原にとって、日本から切り離された屈辱の日だからだ。
 在日米軍に特権を与えている日米地位協定の存在こそが、主権を脅かしている。抗議の声はそう指摘する。
 この不平等な協定は、米軍を国内に長期駐留させるためにできた。1952年にサンフランシスコ講和、日米安保の両条約とともに日米行政協定として発効。60年の安保条約改定にあわせ、現在の地位協定となった。
 米軍人・軍属による犯罪や事故のたびに、日本の犯罪捜査や裁判権を制限する条項が問題となってきた。
 ビザやパスポートなしで入国できる、自治体への自動車税は5分の1でいい、などの根拠となる取り決めもある。
 近年、関心が高まっているのが基地内の環境汚染だ。たとえば、嘉手納基地で80年代にポリ塩化ビフェニール(PCB)。恩納通信所跡地からは96年に高濃度のPCBやカドミウム、水銀。03年にはキャンプ桑江の返還地から高濃度の鉛、六価クロムがそれぞれ検出された。
 協定によって、汚染した土地をもとに戻す義務も補償する義務も、米軍にない。後始末は返還後、日本側が負う。このため跡地利用計画が大幅に遅れるところも出始めた。
 最近では、ベトナム戦争で使った枯れ葉剤を基地内に保管、一部を除草剤としてまいたと証言する退役軍人もいる。米軍は否定するが、基地内が汚染されている不安は広がる。
 沖縄には国内の米軍基地の74%が集中する。だが、協定で被る不利益は沖縄だけではない。
 たとえば、首都圏を含む1都8県の上空には、米軍が権利を持つ横田基地の巨大な管制空域が存在する。民間機はいまも、遠まわりを強いられている。
 オスプレイのような米軍機が全国で低空飛行訓練できるのも、協定があるからだ。
 沖縄県はこれまで、汚染された環境の回復など、11項目の協定見直しを日米両政府に求めてきた。だが、運用の一部見直しだけで、協定そのものが改定されたことは一度もない。
 主権国家だと胸を張るのならば、問題が多いこの協定を、成熟した国家同士の関係に直すことから始めるべきだ。それが、沖縄の問いかけに対する誠意ある回答ではないか。

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人手不足への対応は急務だ

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