2013年10月31日木曜日

地方税改革はつじつま合わせにするな

 総務省が地方法人課税のあり方に関する報告書をまとめた。地方税である法人住民税の一部を国税化し、地方交付税として自治体に再配分する仕組みを盛り込んだ。都市と地方の税収の格差を縮めるのが目的だが、目先のつじつま合わせの案と言わざるを得ない。

 格差是正策として政府は2008年度に、法人事業税の一部を国税である地方法人特別税に衣替えして、配り直す制度を導入している。東京都や愛知県など企業が集積する地域から集まる税金を国がその他の地域に回している。

 今回の案はそれに上乗せするものだ。法人住民税は都道府県のほか、市町村も徴収しており、市町村間の格差をならす意味もある。

 背景にあるのは消費税の増税である。地方消費税は主な地方税のなかで人口1人当たりの税収額の格差が最も小さいが、それでも11年度で最大の東京都と最少の奈良県で1.8倍の開きがある。

 さらに大半の自治体は税収が増えると国からもらう地方交付税が減るが、交付税を最初からもらっていない東京都などは税収が丸々増える。だから新たな是正策が必要なのだという。

 しかし、自前の税金でできるだけ歳入をまかなうのが地方自治の大原則ではないか。地方税である法人住民税をさらに国税化することはこの原則にそぐわない。

 確かに税収面の格差はあるが、地方交付税なども加えた自由に使える財源でみるとかなりならされているのが実態だ。地方税収全体に占める東京の税収の割合は16%だが、交付税などを加えた財源では10%まで下がる。

 そもそも、08年度に導入した地方法人特別税は税制の抜本改革が実現するまでの暫定措置だったはずだ。それを残したうえで、新たな対策を加えるのは筋違いだ。

 本格的な法人課税改革の障害になりかねない点も気になる。国内企業の活力を引き出し、海外企業の投資を呼び込むには、主要国よりも高い法人実効税率の引き下げが欠かせない。その手足を縛らぬよう注意する必要がある。

 日本の法人実効税率をみると、国際的に高いのは地方税の方だ。法人事業税や法人住民税の軽減が大きな課題になるといわれる。

 税収格差を縮めるために法人2税を活用しすぎると、実効税率を下げにくくなる可能性がある。目先の対策に終始するのではなく、総合的な検討が必要だろう。

トルコを首脳外交の先例に

 安倍晋三首相が5月に続いてトルコを訪問し、エルドアン首相と会談した。日本の技術・資金支援で建設した海底トンネルの完成式典に出席し、政府が後押ししてきたトルコでの原子力発電所の受注も、三菱重工業などの企業連合に正式に決まった。

 国会開会中の平日を使った首相の外国訪問は珍しいが、トルコは中東の大国であり、歴史的な親日国でもある。トルコでの相次ぐ大型受注を、官民連携によるインフラ輸出のモデルにしたい。

 首脳会談では原子力の専門家など科学技術分野の人材育成に日本が協力する共同宣言に調印した。シリア情勢やイランの核開発問題での連携も確認した。

 完成した「ボスポラス海峡横断地下鉄」は、トルコ最大の都市であるイスタンブールをアジア側と欧州側に隔てるボスポラス海峡の下にトンネルを掘り、鉄道を通す大プロジェクトだ。大成建設が建設を請け負い、日本政府が1533億円の円借款を供与した。

 海峡は深く、流れも速い。建設には箱形のコンクリート構造物を海底に沈め、つなぎ合わせる工法を採用した。海外のライバル企業が尻込みする難工事の成功は日本の技術力を示したといえる。

 日本はボスポラス海峡にかかる大型橋も建設した。トルコの成長を支えるインフラ整備で日本が果たしてきた役割と、技術への信頼が親日感情をより深め、新たな大型受注へとつながっている。

 安倍政権はインフラ輸出を成長戦略の重点に位置づけている。首脳レベルで関係を深め、企業が持つ技術力への評価が次の受注をもたらすトルコでの成功を、他の新興国にも広げていきたい。

 シリア内戦など中東の混乱収拾に、日本が単独で影響力を行使するには限界がある。イスラム教と民主主義を調和させながら、経済成長を続けるトルコの経験は他の中東諸国にも参考になる。トルコとの緊密な関係をいかし、日本が中東の安定や経済開発で存在感を高めていくことも大切だ。

情報を守る―盗聴国家の言いなりか

 いまの世界でまず守らなければならない情報とは、何だろうか。政府の秘密か、それとも市民の個人情報か。

 米政府による世界規模の盗聴や情報収集に批判が高まっている。その底知れない広がりに驚いた国際社会では、市民の情報を守る動きが加速している。

 欧州連合(EU)はグーグルなど外国企業に、個人情報の勝手な流用を許さないルールづくりに力を入れる。

 国連では、ネット上の個人プライバシーの保護を、国際人権規約に照らして確認する総会決議案の検討が始まった。

 いずれも、だれかが勝手に個人の情報を盗んだり記録したりするのを防ごうとする危機感から生まれた国際潮流だ。

 ところが日本では、論議が逆の方向に動いている。政府が米国からもらう断片情報を守るために、公務員や市民ら自国民の監視を強めようとしている。

 特定秘密保護法案である。スパイ疑惑の当事者である米政府の求めに従って、日本人に秘密の厳守を義務づけ、重罰を設けようというのだ。

 世界の潮流に逆行しているといわざるをえない。

 米国の軍事機関のひとつである国家安全保障局による膨大な情報吸い上げの疑惑は連日、各国で報じられている。

 ドイツのメルケル首相は私用の携帯電話を長年盗聴されていた。35カ国の首脳の電話が盗み聞きされているという。フランスやスペインでは1カ月に市民の数千万のメールや電話が傍受され、ブラジルでは国営石油企業の通信など産業情報も盗まれていた疑いがある。

 そこから露呈したのは、ほぼ独占しているネット技術などを駆使する米国の身勝手さだ。外交の看板に民主主義や自由をうたう一方、実際は自国の国益を最大限追求し、同盟国さえも広く深く盗聴するという寒々しい現実がさらけだされた。

 日本政府がそのさなかに米国情報の保護を優先し、日本社会の「知る権利」を削るならば、あまりに理不尽である。

 ドイツとフランスは、EUと米国との自由貿易交渉でも、諜報(ちょうほう)活動の釈明を求めるなど攻勢を強める構えでいる。

 いま情報保護のために矛先を向ける相手は自国民ではなく、米政府であるのは明らかだ。

 安倍政権がやるべきことは、日本の市民のプライバシーが侵されていないかを確認し、個人情報を守る国際規範づくりに率先して参画することだろう。それこそ積極的平和主義と呼ぶにふさわしい行動だ。

保育での急死―防げるのに防げてない

 保育施設で子どもが死亡する事故が絶えない。厚生労働省への報告によると、11年に14件、12年は18件だった。

 子を突然失った親が「なぜ」と疑問を抱くのは当然だ。だが、事故原因を究明し、明らかにする公的な制度はない。警察が捜査するのもまれだ。

 遺族らでつくる「赤ちゃんの急死を考える会」は厚労省への報告を情報公開請求した。白玉で窒息死する事故が昨年だけで2件あり、どちらも刻んでいない状態だった。初めて施設に預けられた子が数時間後に息絶える事故も3件あったが、いずれも理由ははっきりしない。

 原因が十分に調査されず、教訓も公にされないため、同じような事故が繰り返されている、と遺族らは憤る。

 検証の実例はある。

 愛知県碧南(へきなん)市の認可保育所で3年前、1歳の栗並寛也(くりなみひろや)ちゃんがおやつでのどを詰まらせ、39日後に亡くなった。国の基準を超える多くの子を預かっていたのが背景では、とする両親の訴えを受け、県と市は1年7カ月後、有識者委員会で検証した。

 報告書は、保育所の態勢不備や市の事故対応の鈍さを指摘し、今後は行政が原因究明にすみやかに取り組むよう求めた。

 報告後、県は事故対応を定めた指針をつくった。それに先立ち、0~1歳児1人あたりの面積基準も国より広げた。

 母のえみさんは「遺族が前を向いて生きるためにも必要だ」と検証の必要性を強調する。

 子は思いがけない行動をとることがあり、事故の危険をどう減らすかがカギとなる。保育所のニーズが高まる一方、現場の人手不足も深刻になっている。

 だからこそ、起きてしまった事故から教訓を引き出し、再発を防ぐ仕組みを整えるべきだ。

 15年度から、保育制度が大きく変わる。詳細を検討する政府の子ども・子育て会議では、事故検証の制度化も議論されている。ぜひ実現してもらいたい。

 厚労省は今年3月、認可保育所に関し、保育実施主体の市町村の責任で事故を検証するよう求めたが、義務ではない。

 しかも死亡例は認可外のほうが多い傾向がある。認可の有無を問わず、施設の監督権限を持つ都道府県や政令指定・中核市に検証させるほうがよいのではないか。具体的な進め方について、国は指針を示すべきだ。

 保育施設で過ごす子は240万人ほどいる。年々増え、就学前の3人に1人を超す。

 早すぎた死を「不幸な事故」で終わらせない。それが、安全を高める何よりの道である。

首相トルコ訪問 インフラ輸出に弾みつけたい

 インフラ(社会基盤)輸出を成長戦略の柱に据える日本にとって、経済成長著しいトルコなど新興国の魅力は大きい。

 官民一体となった取り組みを強化することで、輸出に弾みをつけるべきだ。

 トルコを訪れた安倍首相は、エルドアン首相との会談で、三菱重工業などの企業連合がトルコ政府と原子力発電所建設で合意したことを歓迎した。

 「福島第一原発事故の教訓を共有することにより、世界の原子力安全の向上を図っていくことはわが国の責務だ」とも表明した。

 トルコでは、経済成長に伴い拡大する電力需要をまかなうことが重要な課題だ。原発建設は国家的なプロジェクトと言える。

 国際的な受注合戦の末、日本企業が受注に成功したのは、5月に続いて再訪した首相の「トップセールス」の効果もあろう。

 原発技術で国際貢献を目指す首相の姿勢は評価できる。原発を輸出することは、中長期的な原子力の技術者の確保にもつながる。

 首脳会談では、トルコに科学技術大学を共同で設立することでも合意した。原子力分野の専門家育成も目的としており、日本からの技術支援の拠点としたい。

 原発だけでなく、鉄道をはじめとした交通インフラでも日本の協力は進んでいる。

 安倍首相は、アジアと欧州を結ぶボスポラス海峡の海底トンネルを通る地下鉄の開通式に出席した。大成建設などが工事を担当し、総工費約3900億円の4割を円借款でまかなった。

 地理的な要衝に位置するトルコは、現地に進出した日本企業にとって、欧州などへの輸出拠点となる。トヨタ自動車などがすでに進出している。

 日本とトルコの経済連携協定(EPA)交渉を加速させる必要がある。貿易や投資を促進するための環境を整えることで、さらに協力関係を強化すべきだ。

 トルコは内戦が続く隣国シリアのアサド政権と対立している。難民支援や化学兵器廃棄で、日本とトルコが協力する意義もある。

 気がかりなのは、北大西洋条約機構(NATO)加盟国であるトルコが、中国製防空システムの導入に向けて交渉を進めていることだ。中国と軍事的に協力することになれば、NATOの軍事機密が中国へ流出する恐れもある。

 NATO加盟国の間に中国企業との交渉の再考を促す声が広がっている。トルコには、慎重な対応が求められよう。

天安門突入事件 中国社会の不安定さが見える

 少数民族による自爆テロと見られる。中国共産党支配に反抗する意思を示したのではないか。

 北京中心部の天安門前に車が突っ込んで炎上した。車に乗っていた3人を含む5人が死亡し、日本人ら約40人が負傷した。車内からはガソリンなどが発見されたという。

 巨大な毛沢東の肖像画が掲げられた天安門は、党指導部の所在地・中南海にも近く、一党独裁の象徴的存在だ。周辺では、1989年の天安門事件はじめ、数々の反政府行動が発生している。

 当局は、事件をテロと見て、容疑者グループ5人を拘束したと発表した。この5人も車内の3人もいずれもウイグル族と見られる。ウイグル族は、新疆ウイグル自治区を主な居住地とするイスラム教徒のトルコ系少数民族だ。

 新疆では、警察が反テロ作戦と称し、ウイグル族「武装集団」への攻撃を繰り返している。習近平政権になってからは、10人以上の死者が出る場合もあったという。今回の事件も、新疆の緊張の高まりと関係があるのではないか。

 ウイグル族は、事実上、政治的には共産党、経済的には多数派の漢族の支配下に置かれている。「自治」や「宗教の自由」は名ばかりの状態だ。平均的な所得水準は低く、生活は豊かでない。

 ウイグル族住民の間では、党と漢族への反感が広がっており、くすぶり続けてきた新疆独立を目指す動きも活発だ。

 力による支配とインフラ整備などへの財政出動を二本柱とする党の少数民族政策では、統治が以前より困難になってきていることを示すものと言えよう。

 今回の事件で、共産党政権は報道を厳しく規制し、インターネット上の書き込みも削除した。NHK衛星放送のニュースは遮断された。新たな反政府行動の誘発を恐れているからだろう。

 隣接するチベット自治区でも、少数民族が党と漢族に反発する構図は同じだ。既に100人を超すチベット族の仏教僧らが焼身自殺を図っている。

 少数民族に限らず、人口の9割以上を占める漢族の間でも、格差社会への憤りが充満している。デモや暴動などの集団抗議行動が年間18万件程度発生していると言われるほど、中国社会の不安定化は進行している。

 党の重要政策を決める中央委員会総会が11月9日から始まる。習総書記が事件を踏まえ、社会安定に向けたいかなる政策を打ち出すか、注視しなければならない。

2013年10月30日水曜日

減反はなくし農家の個性を競争力に

 政府は1970年に始まったコメの生産調整(減反政策)を見直す。農家に対して一律支給する補助金などと合わせ、11月末までに改革案をまとめる考えだ。農家の創意工夫や活力をそいできた横並びの保護政策を改め、意欲ある農家を後押しする規制改革を実現してほしい。

 大規模農家から零細な兼業農家まで同じように生産量を減らす減反政策は、農地を集約しコメの生産コストを4割引き下げようとする政策と矛盾する。

 食の多様化や少子高齢化が進み、2012年産米の需要は779万トンにまで落ち込んだ。10年前に比べ1割強の減少だ。このままではコメ農家はいっそうの減反を強いられる。

 様々な問題を抱える減反政策は抜本的に見直すべきだ。生産目標の設定を自治体中心に任せる案も出ているが、それでは抜本改革にならない。需給は市場の機能を通じて調整するのが基本だ。

 農業の競争力を高めるためには、これまでの平等主義ではなく、それぞれの農家の「強さ」を伸ばす政策への発想転換が重要だ。大規模化で生産コストを下げられる農家はその路線を追求し、規模拡大が難しい農家は付加価値の高い作物を強みにする。農家や地域が持つ個性をいかす政策が要る。

 政府は民主党政権が導入した減反協力農家への一律補助金などを見直し、コメ以外の農産物も対象に支援する制度や経営安定に向けた保険制度を検討している。

 コメ以外の農産物に目を向けるのはいい。価格が大きく下落した場合への備えも必要だ。ただし、新しい制度はどうすれば農家の強みを引き出せるかという発想で詰めてほしい。別な横並び保護策に置き換わるようでは困る。

 中山間の農地を守ることも大切だ。だが、そこにも農業と観光の融合など補助金頼みにならない自立策が求められる。

 農業改革の議論には、農産物を買う消費者や企業の視点を忘れてはならない。既存の農家だけでなく、規制緩和によって企業や新たな就農者を呼び込み、農業を活気のある産業にしたい。

 環太平洋経済連携協定(TPP)交渉で農産物の貿易自由化が具体化してくれば、農業団体などから「農家を保護せよ」との声は強まるだろう。しかし、政府は農業の競争力を高める戦略を強い意志で貫いてほしい。

自民党の右バネが心配だ

 自民党は先祖返りを始めていないか。そんな心配をしてしまうほど保守派の活動が活発だ。最高裁判決に公然と異を唱えるなどやや節度に欠ける発言も見聞きする。あまり右バネが働いては内外に無用なあつれきを生みかねない。

 保守派が目下の標的にしているのは、最高裁が違憲判決を下した婚外子の相続権問題だ。政府は嫡出子との格差解消のため、民法改正に動き出した。だが、保守派は「結婚せずに出産する女性が増えたら、家族制度を揺るがす」と阻止の構えだ。

 憲法改正に必要な手続きを定めた国民投票法の改正案づくりも保守派の抵抗で与党内の調整に手間取っている。保守派は公務員に政治活動の自由を与えることに反対しているほか、同法が18歳から投票権を認めていることにも不満を示している。

 経済政策では一般用医薬品(大衆薬)のネット販売の自由化に反対し、タクシー台数の規制強化を求めるのは保守派の議員が多い。政官業が手を携えて既得権益を守る自民党に戻るのだろうか。

 安倍晋三首相が会長を務める保守派の集まり「創生日本」は約半年ぶりに総会を開いた。事務局によると、昨年の衆院選や今年の参院選で初当選した自民党議員でこの半年の間に48人が新たに会員になった。

 創生日本の幹部の多くは首相の靖国神社参拝に期待する。この時期に総会を開いたのも、首相が靖国の秋の例大祭に足を運ばなかったことへの間接的な不満の表明という側面もあったようだ。

 首相は第1次政権時に靖国参拝しなかったことを「痛恨の極み」と発言しつつも、総合的に判断して第2次政権でも参拝を見送ってきた。首相を支えるべき身内が圧力をかけすぎるのは好ましいことではない。

 有権者は何を望んで自民党に政権を託したのか。日本経済はまだ回復への緒についたばかりだ。政策の優先順位を間違わない政権運営をしてもらいたい。

秘密保護法案―首相動静も■■■か?

 特定秘密保護法案をめぐり、こんな議論まで飛び出した。

 小池百合子元防衛相が衆院特別委員会で、新聞の「首相動静」をやり玉に挙げた。

 「毎日、何時何分に誰が入って何分に出たとか、必ず各紙に出ている。知る権利を超えているのではないか」

 その意に沿うように、27日の首相動静の一部を黒塗りにしてみると――。

 首相動静、■日

 【午前】■時■分、東京・■■■■町の■■省。■分、■■自衛隊ヘリコプターで同所発。■■、■■■■■■■■■同行。■分、東京・■■■■町の■■■■駐屯地着。

 【午後】■時■分、■■方面総監部庁舎で■■■■■相、■■■■副大臣らと食事。■時■分、■■ヘリで同駐屯地発。■分、■■空港着。

 情報統制のもとで、あえて首相の動きを伝えようとすると、こうなってしまう。

 小池氏は「日本は機密に対する感覚をほぼ失っている平和ボケの国だ」とも述べた。

 そうだろうか。

 菅官房長官はその後の記者会見で「各社が取材して公になっている首相の動向なので、特定秘密の要件にはあたらない」と説明した。当然だ。

 小池氏は第1次安倍内閣で、安全保障担当の首相補佐官に任命され、国家安全保障会議(日本版NSC)の創設を主導してきた政治家である。情報公開を軽んじる考えを国会で公言するような人物が、NSC法案や秘密保護法案を進めているということか。

 同じ安倍内閣で小池氏が経験した防衛相ポストは、秘密保護法案によれば、まさに特定秘密を指定する権限をもつ「行政機関の長」にあたる。

 それを考えると、やはり秘密が際限なく増えていく懸念はぬぐえない。

 一方、民主党政権の時代にも、秘密保全法制がらみの情報公開請求に対し、全面黒塗りの資料が公開されたことがある。

 「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■」

 こんな具合だ。

 政治家や官僚は、だれのために働いているのか。原点から考え直してもらいたい。

 たしかに首相動静は、他国の新聞ではあまり見ない欄だが、むしろ日本政府の透明性を誇るべきではないか。

 いったん秘密保護法が成立すれば、何が特定秘密かもわからなくなる。

 黒塗りの文書でさえ出てこないのである。

みずほ銀行―本当に出直すには

 失敗を繰り返す企業体質がこれで本当に改まり、再出発ができるのだろうか。疑念がぬぐえないまま、問題の幕引きだけを急いでいるようにみえる。

 「みずほ銀行」がグループ信販会社を通じた暴力団関係者向け融資を放置していた問題で、第三者委員会による調査報告と業務改善計画が発表された。再発防止策と社内処分を主な柱に据え、金融庁に提出した。

 1カ月前に行政処分を受けた際は、問題の報告が担当役員止まりとしていながら、今月になって一転、経営トップも知っていたと説明を翻した。そんな失態の裏には、金融庁の検査を逃れる意図があったのではないかとの疑惑も浮上していた。

 ことの次第では、経営責任や処分内容も大きく左右されかねない。だが、第三者委員会の調査結果は経営側の説明をほぼなぞるものだった。

 金融庁への誤った説明は「担当者の記憶違いによる」と不正を否定。震災後のシステム障害への対応や引責で役職員が入れ替わっていたことに加え、頭取レベルで解決に向けた引き継ぎがなく、問題が見過ごされたとし、「認識が低い」「組織として重大な問題」と強調した。

 処分としては、問題の時期に取締役だった現旧役員54人に対し、減俸や過去の報酬の一部返却などを決めた。関係する歴代トップ3人のうち、引責辞任は、みずほ銀行の前頭取で現会長の塚本隆史氏が会長職を退くだけ。ただし兼任の持ち株会社会長は続ける。

 そもそも強制力がない20日足らずの調査で、金融庁の検査もかわした問題の真相をどこまで解明できるのか、最初から疑問がつきまとった。案の定、それが払拭(ふっしょく)されたとは言えない。

 薄く広い処分も、引責辞任の拡大で経営が動揺するのは避けたいという内向きの配慮が優先されたのではないかとの疑いが残る。組織風土を刷新して出直そうという危機感がかすんでいるとすれば、病状は重篤なままではないか。

 再発防止策としては、元裁判官を社外取締役に迎え、反社会的勢力との取引を防ぐ専門組織を新設するなど、当然なことが並ぶ。だが、形つくっても魂が入らないのがみずほの悪弊だ。今度こそ更生できるのか。経営陣が背負う十字架は重い。

 一方、業務改善計画を受けとった金融庁は、検査への信頼を回復する責を負う。報告をうのみにするだけでは、当局と業界との関係をむしろ疑われよう。こちらも業務改善計画をつくり、国民に示してはどうか。

減反見直し 政治主導で競争力強化を図れ

 貿易自由化に備え、農業の競争力強化が急務である。中核農家を重視した農業政策への転換が求められよう。

 政府・与党は、コメの生産目標を国が定め、農家に割り当てる生産調整(減反)制度の段階的な見直しに着手した。廃止も視野に検討する。

 減反は、コメの生産量を抑えることで価格の低下を防ぎ、農家の収入を安定させる狙いがある。コメ余りを背景に、1970年代に本格的に導入された。

 だが、割高なコメ価格がコメ離れを加速し、農地が縮小するという悪循環を招いた。零細農家も手厚く保護される農政を続け、中核農家の生産意欲を減退させ、農業の活力を奪ってきたと言える。

 減反が見直されると、意欲的な農家は国の目標に縛られず、市場動向や消費者の好みを見極め、生産量を独自に決める。生産性の向上も期待できよう。

 環太平洋経済連携協定(TPP)交渉が本格化している。日本が一層の市場開放を迫られれば輸入農産物との競争は激化する。減反見直しで大規模化に道を開き、農家の経営努力を促すのは適切だ。

 安倍政権が見直しに踏み込むのは、国政選挙まで最大3年近く時間があるからだろう。2009年にも、当時の石破農相が減反改革を唱えたが、農業団体や自民党内の反発で実現しなかった。

 減反を廃止すれば、生産量が増えて米価が急落するとの見方は根強い。「収益が下がり、かえって農業の競争力が低下する」といった反対論がくすぶっている。

 こうした不安を和らげ、打撃を最小限に抑えるには、一定の移行期間を設け、減反に協力する農家への補助金を段階的に減らす激変緩和策が有益だろう。

 直ちに見直すべきなのは、民主党政権が導入した戸別所得補償制度である。減反農家へ一律に補助金を支給するもので、これを継続すると、零細農家が補助金を目当てに農地を手放さず、大規模化を目指す政策と矛盾するからだ。

 一律支給をやめ、生産性の高い中核農家を重点的に支援する仕組みに改めてもらいたい。

 自民党は、「国土保全」を名目に山間地などの農村を支援する新制度も検討中だ。地域振興や環境保全は大切だが、バラマキとならぬよう制度設計に工夫が要る。

 安倍政権は農業を新たな成長産業と位置付けている。減反見直しに加え、企業参入を促す規制緩和など、政治主導で農業の活性化策を加速しなければならない。

福島原発汚染水 政府と東電はどう封じ込める

 東京電力福島第一原子力発電所の汚染水対策は待ったなしだ。政府と東電は、実効性ある対策をまとめねばならない。

 原子力規制委員会の田中俊一委員長が広瀬直己東電社長と会談して、汚染水問題は「極めて憂慮すべき状態」と指摘し、抜本的な改善を求めた。

 作業ミスや貯蔵タンクの欠陥などで、汚染水の漏出が相次いでいる。遅きに失した感はあるが、規制当局のトップが直接、事業者に注文するのは当然のことだ。

 これに対し、広瀬社長は、東電の組織全体から福島に要員を派遣し、体制を強化する当面の対策を説明した、という。

 現場の除染などを進め、顔を覆うマスクなしで作業できる環境を整える。現場付近に宿泊施設を造り、作業員の移動量も減らす。

 問題収束のめどが立たない中、社員らの士気低下を懸念する声がある。作業環境の改善をテコにミスをなくすことが必要だ。

 現状では周辺の海に汚染の影響は出ていない。放射性物質の量は飲料水の基準をも下回っている。大切なのは、今後も、外部への影響を抑えていくことである。

 汚染水は、1日平均で400トンずつ増え続けている。敷地内に設置した貯蔵タンクはすでに約1000基に上り、いずれ増設する場所はなくなるだろう。

 汚染水増加の主な原因は、原発建屋内に流れ込む地下水だ。放射能を含む冷却水に触れ、汚染水となる。雨水にも、地表の汚染物質が混入している。

 建屋に入る前の地下水をくみ上げて海に流す計画については、漁業者の了解を得られていない。

 試運転中の汚染水浄化装置がトラブル続きなのも問題だ。安定稼働すれば、汚染水が漏出した時のリスクを軽減できる。浄化後の水は海に流しても危険性はかなり低いと指摘する専門家は多い。

 政府は前面に立って対処する姿勢を示している。地元関係者への説明を含め、汚染水を減らすための取り組み強化が求められる。

 政府の汚染水処理対策委員会は年内に包括的な対策をまとめる。対処案を公募したところ、779件が寄せられた。有力な手法はできる限り採用し、国費投入をためらうべきではない。

 規制委の責任も重い。汚染水問題を理由に、東電柏崎刈羽原発の再稼働に向けた安全審査を1か月以上、放置していることが懸念される。再稼働問題を前に進めるためにも、規制委として汚染水対策に積極的に関与すべきだ。

2013年10月29日火曜日

みずほは信頼回復へ重い課題を負った

 みずほ銀行は提携先の信販会社を通じて暴力団員らに融資していた問題で、OBを含む54人の処分を発表した。西堀利元頭取らに報酬の自主返納を求めるほか、塚本隆史会長が辞任する。

 銀行の社会的責任を考えれば、広範にわたる重い処分は当然だ。複雑な金融グループの透明度を高め、不正の芽を未然に摘み取ることができる組織づくりが、今後の課題である。

 みずほ銀は合計約230件、約2億円の暴力団融資が判明した後も、2年以上にわたり取引を完全には解消しなかった。みずほ銀が原因究明のために設置した第三者委員会は、問題が放置された理由について「自行の取引という意識が希薄だった」と分析した。

 問題融資は信販会社が審査をして顧客の商品購入代金を立て替え、その後にみずほ銀が信販会社に資金を貸し出す形式だ。問題の判明後、みずほ銀の取締役会に報告されたが、グループ会社の取引として扱われたこともあり、突っ込んだ議論はなかった。

 資本や人の面でつながりが深い系列会社に端を発する問題を、みずほ銀は自社の切迫した経営課題として捉えることができなかったということだ。

 みずほ銀は情報の共有により、反社会的勢力との取引をグループとして遮断する体制を築くという。しかし、それは最低限の再発防止策だ。必要なのは、トップが縦割り主義に陥りがちな経営を変え、法令順守の姿勢を社内外に示していくことである。

 第三者委は、問題を把握した西堀元頭取から塚本前頭取への引き継ぎがなかったと指摘した。暴力団融資は社会通念上、絶対に許されない。そうした取引の情報を新旧トップが共有しないといった組織の意思疎通の悪さは、早急に改めるべきだ。

 塚本前頭取と佐藤康博頭取も、問題融資が取締役会に報告された後、積極的に調べることはなかった。取締役として規律が緩んでいたと言われてもしかたない。社外取締役の声に耳を傾け、銀行の経営陣が緊張感を保つ仕組みをつくることも急務になる。

 塚本、佐藤の両氏は持ち株会社みずほフィナンシャルグループの会長と社長をそれぞれ続ける。銀行だけでなく傘下のすべての企業の透明度を高めることにより、グループとしての信頼回復を目指さなければならない。

動き出したNTTの国際戦略

 NTTグループが海外企業の買収を拡大している。インターネットで様々な情報を処理するクラウド事業の強化が狙いだ。ネットバブル時代の海外投資の失敗で萎縮していた国際戦略が動き出したことは好ましい。今度は慎重かつ大胆に事業展開してほしい。

 今回、新たに買収したのは米国のデータ通信会社とデータセンター会社の2社。グループの長距離通信事業やネット事業などを担うNTTコミュニケーションズが総額約850億円で買収した。

 NTTグループが再び海外に目を向けたのは、3年前の南アフリカの情報サービス会社買収が最初だ。情報処理を担うNTTデータも国際戦略を強化しており、2016年度末には連結海外売上高を200億ドルに倍増する計画だ。

 年間総売上高で11兆円近いNTTが海外にシフトする背景には国内市場の伸び悩みがある。需要拡大の担い手だった光通信や携帯電話サービスは飽和状態に近づいており、ライバルのソフトバンクも米携帯電話大手を買収した。

 だが外国企業を傘下に収めてもサービスや経営を統合しなければ、単に規模を追うだけで、真の競争力は生まれない。NTTが成長分野と期待するクラウド事業は、米AT&Tなど海外の大手通信会社も狙っているからだ。

 技術の共通化も欠かせない。NTTは自前の技術にこだわり、携帯分野などで世界から孤立した歴史がある。今回の買収にあたり、相手先企業の進んだ技術を前向きに取り入れていく姿勢を見せていることは評価できるだろう。

 NTTの国際展開は海外進出する企業には望ましいが、忘れてならないのは外国企業の買収資金が国内収入から来ている点だ。その意味で国内顧客にも利益が還元できる事業体制を築いてほしい。

 国境を越えたクラウドや携帯サービスの広がりで、今後は通信会社も国際的な再編が進むという見方がある。日本の通信会社がその一角を担えるよう、NTTには戦略的な事業展開を期待したい。

日本版NSC―軍事の司令塔にするな

 国家安全保障会議(日本版NSC)の設置法案をめぐり、衆院特別委員会の審議がきのう始まった。

 米国などのNSCと連携しながら外交・安全保障の司令塔として省庁間調整にあたり、議長である首相を助ける。

 扱うテーマは対中関係や北朝鮮の核・ミサイル問題、領土問題など。武装した漁民が無人島に来た場合、まず警察や海上保安庁が対応するが、エスカレートすれば自衛隊が出動し、短時間で切れ目のない対応をとる――。安倍首相が描くのはこんなイメージのようだ。

 たしかに、こうしたケースも全く想定できないわけではない。省庁の縦割りが迅速な危機対応を阻んできた経験を踏まえれば、内閣の調整機能を高める狙いは理解できる。

 だが、気掛かりな点は多い。

 まず、軍事偏重の向きはないか。むろん侵略やテロへの備えは必要だが、それだけが安全保障ではあるまい。エネルギー問題や金融不安、食糧、災害、感染症といった多様な危機にあたっては、軍事、外交、経済などさまざまな角度から検討されなければならない。

 軍事の司令塔のようになってしまっては、現代の複合的な危機には対処できない。

 NSC法案とセットとされる特定秘密保護法案の問題もある。政府が常に正しい判断ができるとは限らない。失敗すれば特に、国民への説明責任が生じる。後世の歴史的な検証に付されるのは当然のことである。

 だがNSCの議論に、米国などから得た機密情報が含まれ、それが特定秘密に指定されている可能性は高い。いまの特定秘密保護法案が通れば、どんな情報を得て、どんな議論が交わされ、その判断に至ったかを検証することは難しい。

 さらに安倍政権の視線の先をたどっていくと、NSC法案は安保政策の大転換に向けた最初の一歩とも言える。

 この法案が通れば、次に特定秘密保護法案の成立をはかり、日米同盟のさらなる強化に踏み出す。年末に策定する国家安全保障戦略には武器輸出三原則の見直しを盛り込む。集団的自衛権の行使をめぐる憲法解釈を変更し、来年末までに見直す日米防衛協力のための指針(ガイドライン)に反映させる。

 政権が描くのはそんな道筋であり、NSC法案はその入り口になる。

 日米同盟の軍事的な一体化をどこまで進めるのか。これからの論議が、日本の方向性を決めることになる。

公共インフラ―維持・管理への集中を

 高速道路をまたぐ一般道の橋(跨道橋〈こどうきょう〉)約4500カ所のうち約630カ所は、これまで一度も点検されていない。点検記録がない橋を加えると、全体の4分の1に達する。

 会計検査院の調べで、そんな実態がわかった。

 高速道路会社が目視での点検や応急補修は行っているというが、本格的な維持・更新作業は手付かずのままだ。万一、古くなった橋が高速道路の上に落ちたら大惨事になりかねない。

 なぜ盲点が生じたのか。

 跨道橋は大半が市町村など自治体の資産で、管理責任も基本的に自治体が負う。しかし、このことを十分自覚していない自治体が少なくないようだ。

 国土交通省は高速道路会社と自治体が連携して対応するよう指示したが、問題は跨道橋にとどまらない。公共インフラの老朽化全般に通じる教訓を学び取るべきだろう。

 まずは、縦割りを徹底的になくすことだ。

 インフラの管理者は、国や自治体のほか、鉄道会社、高速道路会社といった企業、独立行政法人など多岐にわたる。それぞれが自らの資産をしっかり管理するのが基本だが、跨道橋のように抜け落ちた例がないか、チェックを急ぐべきだ。

 自治体、とりわけ規模の小さな市町村をどう支えるかは、深刻な問題である。

 国交省のアンケートによると、インフラの維持管理・更新で市町村があげた懸念は、トップが「予算の不足」(86%)、次いで「職員の不足」(68%)だった(複数回答)。

 昨年末の中央自動車道・笹子トンネルの事故を受け、国交省は今年3月、当面の課題と対策を3年間の工程表にまとめた。自治体への支援では、支出の自由度が高い防災・安全交付金の積極活用や、国の出先機関の相談窓口としての機能強化を掲げたが、危機感が足りない。

 公共事業は新設を最小限に抑え、維持・更新に集中することを宣言すべきだ。そのうえで既存の公共施設のデータを再整備し、維持・更新にいくらかかりそうか、実態に即して推計することが出発点となる。

 たとえば、道路の橋(2メートル以上)は全国に70万近くあるが、建設年度がわからない橋が約30万もあるという。公共インフラ全体の維持更新費は、国交省がおおざっぱに「今後50年で190兆円」とはじいたことはあるが、具体的な推計作業はやっと本格化した段階だ。

 対策を急ぐ必要がある。事故が起きてからでは遅い。

みずほ改善計画 信頼回復への道筋が見えない

 甘い処分で幕引きを急いだとしか思えない。これでは、暴力団員への融資で失墜した信頼の回復に向けた道は険しい。

 みずほ銀行は経営体制の刷新も視野に、真摯しんしに出直す覚悟を見せるべきだ。

 みずほ銀が、系列信販会社のオリエントコーポレーションなどを通じ、多数の暴力団関係者に融資していた問題で、社内処分や再発防止策を盛り込んだ業務改善計画を金融庁に提出した。

 社内処分はOBを含む54人が対象だ。法令順守担当の役員2人を更迭し、他の役員も報酬を一部カットする。佐藤康博頭取は半年間の無報酬で、頭取を続投する。塚本隆史会長は辞任するが、兼任の持ち株会社会長は留任する。

 西堀利・元頭取らには、過去の役員報酬の返納を求める。

 問題を放置した経営陣を温存する中途半端な内容だ。佐藤頭取は記者会見で「まさに痛恨の極み。深く反省している」と述べたが、不祥事の責任を重く受け止めているのか、疑われても仕方ない。

 みずほ銀が調査のために設けた第三者委員会は、報告書で「反社会的勢力との関係遮断に組織として取り組む重要性について、認識が不足していた」と批判した。

 暴力団融資の温床となったローンの契約に、暴力団排除の条項を追加していない点も指摘した。事後対応は、あまりに手ぬるい。

 第三者委は弁護士3人の体制で調査期間もわずか約20日だった。どこまで真相に迫れたのか、疑問視する声もある。

 改善計画でみずほ銀が、暴力団排除の専門部署や社外取締役の導入を掲げたのは当然だ。再発防止を徹底しなければならない。

 最も重要なのは、第一勧業、富士、日本興業の3行統合で発足して以来、不祥事を繰り返した企業風土を根底から正すことだ。

 旧3行の縄張り意識によるガバナンス(企業統治)の欠如は深刻である。暴力団融資に迅速に対処できない一因ともなった。

 みずほ内には、後任を巡る旧3行の対立を避けるため、トップの続投を願う声もあるという。そんな内向きの発想で、本物の「ワンみずほ」は実現しないだろう。

 金融庁は立ち入り検査で「経営トップは知らなかった」とする誤った説明をうのみにし、実態を見過ごした。本当に悪質な検査逃れはなかったのか。金融庁は改めて厳しく調べるべきである。

 みずほの改善計画に不備があれば、金融庁は追加の行政処分を検討することが求められよう。

伊豆大島災害 安全確保に必要な政府の支援

 台風27号が伊豆大島に接近した先週末、再度の土砂災害が発生しなかったのは何よりだった。

 しかし、約10日前の台風26号で受けた爪痕は深く残っている。その教訓を再発防止に生かさねばならない。

 土石流被害による死者は33人に上り、9人がなお行方不明だ。

 時間の経過とともに、情報発信や避難誘導の課題が明らかになってきている。

 被災前日、気象庁や東京都が出した土砂災害警戒情報を大島町は認識していなかった。役場に夕方、警戒情報を伝える都からのファクスが届いていたにもかかわらず、防災担当者が帰宅していたため、翌未明まで放置されていた。

 町はもちろん、情報が届いたかどうかを十分に確認しなかった都の責任も重い。

 災害対策基本法上、避難勧告・指示を出す権限は市町村長にある。大型台風が接近している中、大島町長が出張で島を離れていたことも危機管理上、問題があった。町長は刻一刻と迫る危険を的確に把握できる状況になかった。

 首長以外の幹部職員や、支所など出先機関の長に、発令権限を与えている自治体もある。少なくとも首長不在時に誰が意思決定するかは明確にしておくべきだ。

 大島町の避難勧告・指示の発令基準が具体性を欠いていたことも反省材料だ。発令をためらって、住民の避難が遅れないよう、雨量などの客観的な数値基準を導入することが望ましい。

 もっとも、勧告や指示が発令されても、住民が対応しなければ危険は回避できない。今回の台風27号で、町は全島に避難勧告を出したが、避難行動を取った住民は3割程度だったとみられる。

 市町村には、日頃から住民に対して避難の大切さを周知することが求められる。

 古屋防災相は避難勧告・指示の発令について、「市町村に全部任せるルールで良いのかどうか、詳細に検証したい」と語った。

 実際、大島町のように、役所の人員が限られている市町村では、災害に関する専門知識を持つ人材の確保は難しいだろう。

 災対法は、災害対策の一義的な責務を市町村が負い、それを都道府県が支援し、政府がさらに補うという考え方が基本だ。

 政府と都道府県は、市町村の規模や能力に応じ、避難基準作りなどを支援する必要がある。

 今回の災害を踏まえ、政府、都道府県、市町村は、それぞれの役割を総点検してもらいたい。

2013年10月28日月曜日

成長戦略の見直しに動く世界の大企業

 米欧アジアを代表する大企業が成長戦略の見直しを迫られている。自国市場で息切れ気味の事業が増えているほか、収益源だった中国など新興国の景気も減速しているからだ。国内外に広く目配りし、経営資源の配分を絶えず見直す機動性が欠かせない。

 米国では主要500社の2013年7~9月期の純利益が、前年同期に比べ3%程度増えたもようだ。4~6月期より利益の伸びが鈍る企業は多く、経営の先行きは不透明さを増した。

 金融危機の後遺症から立ち直りつつあった金融業は、米国内の収益源である住宅融資業務の失速という壁にぶつかっている。バンク・オブ・アメリカなど同部門の人員を減らす例も目立つようになり、雇用への悪影響を指摘する声が強まっている。

 米国外に目を転じれば、新興国で苦戦する企業が増えた。

 新興国のパソコン市場の成熟化に伴い、半導体大手インテルの7~9月期の純利益はほぼ横ばいにとどまった。IT(情報技術)以外では、外食大手マクドナルドが米国販売は上向いたものの中国事業が足を引っ張り、増益率は5%と小幅だった。

 あらゆる国で一律の成長を目指す拡大戦略は曲がり角を迎えている。収益を伸ばすための最適な投資や拠点の配置を、企業が改めて考えるときだ。

 韓国の現代自動車は自国工場のストライキが原因で米国向け販売を思うように増やせず、業績が伸び悩んだ。こうした機会損失を防ぐため、韓国より労使の対立が少ない中国で生産ラインを増やす考えだ。フル稼働が続く米国での増産も、今後の検討課題となる可能性がある。

 もちろん、世界展開を意識し、製品やサービスの競争力を絶えず高める努力は必要だ。

 ネット上で経営情報を管理するクラウドサービスに力を入れる独SAPは、7~9月期に12%の増益を達成した。米欧アジアのすべての地域で好調を維持した点が見逃せない。クラウド事業に必要なソフト会社などを買収し、短い期間で世界展開する体制を整えたことが好業績の一因だ。

 事業を一気に広げられるM&A(合併・買収)は「時間を買う戦略」と言われる。経営環境の変化に短期で対応するための有効な手段であり、グローバル化を急ぐ日本企業も活用すべきだ。

改革の鍵は労働市場づくりだ

 社会の中で自分の能力がきちんと評価され、より良い処遇を求めての転職が容易で、失業しても再就職がしやすい――。そうした柔軟な労働市場を早く育てたい。労働条件の改善を後押しし、雇用の安全網づくりになるからだ。

 いま論議されている雇用分野の規制改革も、カギを握るのは労働市場の育成だ。解雇規制の緩和では、失業への不安などの悪影響を抑えるため、新しい仕事を見つけやすい環境を整えなくてはならない。規制緩和と並行して労働市場づくりに取り組む必要がある。

 国家戦略特区では企業や対象者を限って解雇規制の緩和が検討された。労働組合や厚生労働省の反発で見送られたが、成長分野への人の移動を促して経済を活性化するには、いったん採用した労働者を企業が抱え続けなければならない現行ルールが障害になっているのも確かだ。

 人が新しい職に移っていけるよう、能力評価の制度をつくり、能力を高められる機会も増やしていくことが重要になる。政府は介護や省エネ支援などの職業能力を評価する制度を整備中だ。こうした取り組みを広げていきたい。

 公共職業訓練は民間事業者への開放を進めれば、民が競うことで内容の充実につながる。

 能力開発支援などの仕組みを非正規社員にも積極的に活用してもらい、より待遇の良い仕事に移れるようにすれば、非正規雇用への規制も改革しやすくなる。

 民主党政権下ではパートや派遣労働などの有期雇用に通算5年の期間制限が設けられ、30日以内の短期の派遣労働は原則禁止になった。賃金などの労働条件が悪い非正規雇用は望ましくないとの考え方からだった。非正規社員が自助努力で処遇を改善しやすくなれば規制強化の意味は薄れる。

 労働市場づくりでは能力に見合った処遇が大事なため、年功型の賃金制度は抜本的な見直しが求められる。処遇のあり方をめぐって、労使が議論を深める必要性も一段と高まっている。

原子力政策―経産省が牛耳るのか

 原発の過酷事故は、国家的規模の危機を招く。福島第一原発の事故は原子力利用の巨大なリスクを白日の下にさらした。

 原子力政策の大きな方向を決めるには、原発維持にこだわらない科学者や人文系の学者など幅広い識者による検討の場を設け、国民的な議論を反映させていくことが必要だ。

 ところが、原発回帰を推し進める経済産業省の影響力がさらに強まりそうな動きがある。このままでは、原発ありきの専門家集団「原子力ムラ」の思惑で政策が決まりかねない。

 そんな懸念を抱かせたのは、国の原子力委員会のあり方を検討する有識者会議が先週まとめた見直し方針である。

 これまで原子力委がつくってきた「原子力政策大綱」を廃止し、今後、原子力政策は経産省がまとめるエネルギー基本計画で位置づける。そんな内容だ。

 約5年ごとの大綱は予定通り進まないことが多かった。エネルギー基本計画の中に原発についての計画が入ること自体も、自然なことだ。

 しかし、原子力利用の可否そのものや利用規模、将来像などはエネルギー面からの議論だけでは不十分である。

 放射能が拡散すれば手に負えなくなる原発は、他の発電方法と同列には論じられない。本質的に核兵器転用の危険をはらむ点でも、原発は異質である。

 自然災害の多い日本列島で国民は原発を許容できるのか、核不拡散の観点からどんな政策が望ましいか……。

 どれも原子力の専門家だけではなく、多角的な検討が必要な課題ばかりだ。

 幅広い視点で原子力政策を考えるのは、本来、原子力委の役割だった。1956年に発足した時は、ノーベル物理学賞の湯川秀樹氏、初代経団連会長の石川一郎氏らそうそうたる顔ぶれである。

 だが原発推進のレールが敷かれると形骸化し、原子力政策を批判的に点検する機能は働かないままだった。存在意義が問われるのも無理はない。

 だからといって経産省にゆだねるのでは、あまりに安直だ。いったい原発事故の教訓はどこにあるのか。

 福島の事故後、ドイツのメルケル首相は原子力専門家による検討とは別に、社会学者ら原子力の非専門家による倫理委員会を発足させ、そこでの議論をもとに脱原発を決断した。

 日本こそ同様の委員会をつくり、原子力政策を根本から見直すべきだ。個別対応に終始する政権の姿勢が問われている。

冬ソナ10年―ずっと韓流頼みでは

 その姿をひとめ見ようと、先日の羽田空港に数千人のファンがかけつけた。悲鳴にも似た声がいっせいに上がった。

 「ヨンさまー」

 韓流スター、ペ・ヨンジュンさんの公式の訪日は2年ぶり。相変わらずの人気ぶりだった。

 主演の韓国ドラマ「冬のソナタ」が日本で放映されたのは03年。「冬ソナ」ブームは、韓国ドラマや音楽の「韓流」人気が巻き起こる起爆剤となった。

 今年が日本の韓流10年といわれるのはそのためだ。

 冬ソナに続く別のドラマに加え、近年は「KARA」「少女時代」などのKポップが台頭。もはや一過性のブームではなく、日本社会に定着した娯楽文化の一つと言えるだろう。

 一方、ソウル近郊の金浦空港でも、日本のアイドルの到着を多くの韓国のファンが待ち受ける。あちらでも「日流」が根付いてきているのだ。

 国民同士が互いに関心を持つにつれ、交流のパイプは広がった。日韓の間には今、週に600便以上の飛行機が飛び交う。昨年往来したのは約550万人で「冬ソナ元年」の10年前と比べると倍増の勢いである。

 だが一方で、韓流関係者は、日本の一部に広がる「嫌韓」感情に危機感を強めている。これまでも政治に起因する関係悪化に振り回され、時に厳しい逆風にもさらされてきたためだ。

 国益を守るはずの政治が、素朴な文化交流や関連業界の人々を苦しめる。何とも愚かしい構図というほかない。

 だが、そもそも韓流や日流が生まれる下地をつくったのは政治だった。ちょうど15年前、当時の小渕首相と金大中(キムデジュン)大統領が打ち出した「日韓パートナーシップ宣言」である。

 宣言で小渕氏は、過去に対して「痛切な反省と心からのおわび」を述べ、金氏は「和解と善隣友好協力に基づいた未来志向的な関係発展」に踏み出すことを表明。首脳同士の相互訪問などとともに、文化や人的交流の拡大をうたい上げた。

 あれから市民の交流は発展したのに、政治のつながりはむしろ後退しているではないか。

 5年前、ヨンジュンさんの俳優活動が韓国で文化勲章を受けた際、こんな功績が語られた。「日韓の政治家や外交官100人分以上の役割を果たした」。的を射た指摘だ。

 国家外交のつたなさを、市民の文化交流が補うという政治の甘えの構造をいつまで続けるつもりなのか。15年前の宣言の精神に立ち返り、真剣に関係改善を進めるべきだ。

第3セクター債 バブルの清算を加速させたい

 債務超過に陥った第3セクターは整理が避けられない。地方自治体は、痛みが伴っても、バブル時代の「負の遺産」の清算を急ぐ必要がある。

 経営不振の3セクや地方公社などを整理・廃止するための地方債・第三セクター等改革推進債の発行が急増している。

 2013年4~9月の3セク債発行は64件、計3743億円に上った。09~12年度の104件、計4714億円を大きく上回るペースだ。3セク債発行は09年度から5年間の特例措置で、最終年度の駆け込みが続いたのだろう。

 3セク債は、議会の議決と、総務相または都道府県の許可を経て自治体が発行する。3セクの借金より低い金利に借り換えられるうえ、金利の半分は政府が交付税で負担してくれる利点がある。

 自治体が財政支援している3セク・公社1928法人のうち、実質的に債務超過状態にある団体が639法人に上るのは深刻だ。

 自治体に代わって公共事業用地を先行取得する土地開発公社が3セク債発行の6割を占める。林業、住宅、観光などの公社も多い。

 バブル時代に膨大な土地を抱えたものの、バブル崩壊に伴う事業縮小と地価下落により、未利用の土地が塩漬けになり、債務超過に陥るのが典型例と言える。

 3セクの巨額債務は、自治体財政にも影響する。北海道夕張市が財政再建団体となったのも、3セクの失敗が一因だった。

 問題なのは、1928法人のうち、改革方針が未定の団体が4割弱の716法人もあることだ。

 3セクの清算は自治体による債務肩代わりが必要となる。首長にすれば、その責任を問われるため任期中は問題を先送りしがちだ。だが、先送りは、金利負担や一層の地価下落などで、結果的に自治体や住民の負担を増大させる。

 3セクの債務問題を抱える自治体は、来年3月までの特例期間を逃さず、抜本改革に取り組むべきだ。それが、新たな地域活性化策に取り組む環境整備になろう。

 無論、病院、交通など、住民生活に不可欠な事業を担う3セクの場合、安易な清算はできない。

 しかし、事業を効率化しなければ、そのツケは住民に回る。自治体は、少なくとも3セクの債務を隠さず、議会や住民にきちんと説明し、善後策を協議すべきだ。

 総務省は、3セク債発行期限の単純な延長はしない一方、既に改革に着手し、真剣に努力している自治体には条件付きで延長を認める方向だ。妥当な対応だろう。

中国近隣外交 尖閣への影響が懸念される

 中国の習近平政権は、軍事力を増強し、南シナ海などで勢力を拡大する「海洋強国」を目指している。そのための環境作りに向けた外交を戦略的に進めているとみられる。

 日本としても尖閣諸島への警戒を強めねばなるまい。

 習国家主席や李克強首相が、同時期に北京で、ロシアのメドベージェフ首相、インドのシン首相、モンゴルのアルタンホヤグ首相と相次いで個別に会談し、相互関係の強化で合意した。

 中印会談では、係争地カシミール地方での軍事衝突回避を目指す国境防衛協力協定が結ばれた。

 3か国はいずれも中国と陸続きの隣国である。中国は、これらの国と常に安定した関係を維持してきたわけではない。1962年にインド、69年にはソ連と国境問題で戦った。モンゴルは、ソ連の衛星国で緊張関係にあった。

 習政権は3か国との関係を安定させることにより、後顧の憂いをなくし、東シナ海や南シナ海への進出を加速しようとしている可能性が大きい。

 中国は経済力を背景に一段と外交攻勢を強めている。3か国首脳が訪中したのも、主要貿易相手国の中国からもたらされる経済的利益への期待感からだろう。

 李首相は、景気減速が鮮明になっているインドのシン首相に、中国企業の対印投資拡大につながる協議を加速させると表明した。ロシアには、原油輸入量を10年間で1億トン増やすと約束した。

 だが、印露両国は中国への警戒心を緩めているわけではない。特に懸念しているのは、自国周辺の海に中国が進出することだ。

 シン首相は訪中前に、ロシアを訪れ、露製空母の来月末までの引き渡しを確認した。空母購入は中国のインド洋進出に備える狙いもあろう。中国はインドの周辺諸国で寄港地を確保しつつある。

 ロシアは太平洋艦隊を増強し、極東海域で大規模演習を行った。中国が北極海を含む北方への海洋進出に意欲を見せていることに神経をとがらせているからだ。

 ロシアはベトナムに潜水艦を売却するなど、中国と対立する国への協力も進めている。

 中国が海洋進出を強化すれば、尖閣諸島を巡る緊張が一層高まるのは避けられない。

 日本は、尖閣周辺海域での中国の動きを引き続き監視することが肝要だ。日米同盟を堅持しつつ、独自の海洋戦略を持つインドやロシアとの関係強化を図り、中国をけん制していく必要もあろう。

2013年10月27日日曜日

問題が多すぎるタクシーの規制強化

 自民党などがタクシーの規制を強化する議員立法の法案を月内にも提出し、今国会での成立をめざすという。だが、中身は問題が多い。自由化路線に逆行し、市場競争の活性化や消費者利便の向上を妨げる恐れがある。

 タクシーは2002年に政府による需給調整が撤廃され、新規参入や増車が原則自由になった。

 しかし、その後、仙台など一部地域で「台数が増えすぎて、運転手の生計がたたない」などと社会問題化し、09年から再規制が始まった。今では東京や大阪を含むほぼすべての大都市で、増車や新規参入が制限されている。

 新法案はさらに規制を強め、競争の激しい「特定地域」では時限的に新規参入と増車を禁止する。加えて所定の手続きを経たうえで、地域のタクシー会社全社に一定の比率で減車を強制するところまで踏み込む。

 かつて通商産業省が多用した業界の合意で過剰設備を廃棄する合理化カルテルが、21世紀の今に復活したような印象を受ける。

 だが、本当にここまでの措置が必要だろうか。09年の再規制後、運転手の平均年収や台当たりの売上げは底打ちし、景気回復に伴ってさらに上向く可能性もある。そんな時期にあえて規制を強める意味がよく分からない。

 そもそも供給過剰という理由で、当局や既存業界が需給調整に乗り出すのは正しいことなのか。

 今の日本で外食チェーンから半導体産業まで供給過剰気味の市場にこと欠かない。これらの分野にタクシーと同じ処方せんを当てはめ、「新規参入禁止」や「供給力の強制削減」を実施すれば、各市場の縮小均衡は止まらず、日本経済全体の活力も衰えるだろう。

 各企業が創意工夫を重ねて競争し、そこで敗れたプレーヤーが退出することで、需給が再び均衡する。これが本来の道筋である。

 仮に規制強化の流れが避けられないとしても、2つ注文したい。1つは自民党の有力者や国土交通省も同意する「規制強化はあくまで時限措置であり、基本は自由競争」という原則の確認である。

 もう1つは強制減車などができる「特定地域」の範囲をできるだけ絞り込むことだ。例えば東京23区は大多数のタクシーの初乗り料金が認可運賃の上限の710円に張り付いている。これでは供給過剰とはいえず、特定地域の要件を満たさないと考えるべきだ。

CO2削減目標を断念するな

 環境省と経済産業省は、日本の温暖化ガス削減目標を見直す作業を事実上、投げ出した。地球温暖化防止策を話し合う国連の会議を来月に控えて、無責任だと言わざるを得ない。安倍晋三首相は削減に誠実に取り組む覚悟を改めて示し、両省に対し目標作成を指示し直すべきだ。

 首相は今年1月の日本経済再生本部の会合で、関係閣僚に対し、民主党政権が決めた温暖化ガス削減目標の改定を指示した。

 二酸化炭素(CO2)など温暖化ガスの排出量を「2020年に1990年に比べ25%減らす」とした目標が、東日本大震災と福島第1原子力発電所事故を経て実現困難になったと判断したからだ。

 環境、経産両省は有識者を集めた合同会合を設け議論してきたが、結論を得られないまま、22日に審議を終了した。

 原発の稼働状況が見通せないことが大きな要因とされるが、これは理由にならない。原子力や火力など電源構成を明確に決めなくてもCO2削減の目標は別個に決められる。原発稼働の状況に応じて目標に幅を持たせる手もある。

 国連の気候変動枠組み条約第19回締約国会議(COP19)が来月11日からポーランドで開かれ、削減に向けた国際協力について話し合う。日本は国家目標を持たずに交渉に臨む。環境問題の取り組みで先進性を自負してきた国として、恥ずかしいことだ。

 第一次安倍政権の07年に、首相は「50年までに世界の排出量を半減する」との長期目標を示し、温暖化問題をめぐる世界の議論を主導した。同年の主要国首脳会議(G8)で先進各国は安倍提案に同意した。世界のCO2排出量は自然の吸収量の2倍を超えており、半減は理にかなうからだ。

 首相は今月上旬に科学技術関連の国際会議であいさつし「世界半減」に関し「責任を感じる」と述べた。日本の新たな削減目標と実行計画を世界に明示し、世界の長期目標の達成に貢献するよう、首相は指導力を発揮すべきだ。

国家戦略特区―地方の発想こそ生かせ

 安倍政権の目玉政策のひとつである「国家戦略特区」の概要が固まった。

 検討作業を担った民間の有識者グループと政府は「都市も地方も対象」「地域単位に限らず分野(プロジェクト)でも認定する」とした。自治体や企業から約200の提案があり、それも参考に規制改革のメニューが決められた。

 容積率や土地利用規制の緩和、国際医療拠点での外国人医師・看護師の業務解禁、世界共通の資格取得をにらんだ公立学校の民間委託……。

 大都市、とりわけ20年の五輪開催が決まった東京を念頭に、海外からヒトやカネを呼び込もうという狙いが色濃い。

 一方、地方の活性化に役立ちそうな項目は「農業者は農地にもレストランを開ける」「古民家をお店や宿泊施設に転用しやすくする」など、わずかだ。

 国際的な都市間競争が激しさを増すだけに、大都市圏の魅力を高めることは大切だろう。

 ただ、地震など大規模な災害にどう備えるのか、都市と地方との間で開く一方の格差にどう向き合うのかなど、課題が少なくない。

 むしろ、地方からの提案に注目したい。

 兵庫県の北部、約2万6千人の住民のうち3分の1が65歳以上という養父(やぶ)市は、高齢者を担い手に農業を発展させる構想を描く。

 市が今春、全額出資で立ち上げた株式会社に弾みをつけようと、この会社が遊休農地を直接所有できるようにし、農地に関する手続きで農業委員会の関与をなくすよう求めた。

 株式会社による農地所有も、農業関係者が取り仕切る農業委員会の抜本見直しも、農林水産省などの反対で進まない「岩盤規制」の代表例だ。

 これらの項目は「早急に検討」どまり。林農水相は部分的に規制を緩和する考えを示したが、実験的に取り組んでもらってこその特区ではないのか。

 「里地里山エネルギー自給特区」を掲げる岐阜県は、バイオマス発電を進めるため、保安林の指定解除に関する権限を県に移し、生育が早い木を遊休農地で育てる際の農地転用許可を届け出制に改めるよう求めたが、ゼロ回答だった。

 地域の活性化は、自治体や地元の企業、住民で知恵を絞るのが出発点だ。国も地方も財政難が深刻だけに、規制改革への期待は大きい。

 その突破口になってこその特区である。政府は、この原点に立ち返るべきだ。

教育と行政―現場の判断を縛るな

 近ごろ、教育現場への上からの押しつけが目につく。

 文部科学省は沖縄県竹富町の教科書採択をめぐって、県教委に是正要求を指示した。

 東京都や神奈川県の教育委員会は、特定の歴史教科書を選ばぬよう各高校に指導した。

 大阪市教委は、全国学力調査の結果公表を各校に義務づける方針を決めた。

 国―都道府県―市町村―学校を川になぞらえれば、いずれも川下の判断を川上から縛る動きとみることができる。

 わが国は戦前への反省や地方分権の理念から、なるべく上からの口出しを控え、川下の判断を尊重する制度を築いてきた。その理念がいま、転機に差しかかっているようにみえる。

 沖縄の教科書問題は、採択地区の3市町で中学校の公民の採択が割れた。そこには価値観の対立がある。竹富は基地問題、他の市町は領土の記述を重視したという。どちらも沖縄には切実な問題だ。そこへ国が口をはさめば、結果として教育の政治的中立を危うくしかねない。

 竹富の生徒には有志の寄付で教科書が無償で配られており、教育を受ける権利が侵害されてはいない。混乱の一因には法の不備もある。文科省もそう認めるだけに、是正要求という強硬手段には疑問がある。

 高校の教科書選びも、これまでは採択権は教委にあるとしつつ、各校の判断を尊重する運用がなされてきた。しかし、東京と神奈川の両都県教委は、国旗国歌をめぐる記述の一点を理由に、現場の選択を縛った。

 政府は96年に当時の行政改革委員会の提言で、各校が「自らの教育課程に合わせて教科書を採択する意義」を強調。09年の閣議決定などでも教育の多様性や自主性を重んじる考えを示してきた。今回の文科省や両教委の姿勢はこれと相いれない。

 大阪市の成績公表方針も「各校の判断に委ねる」との国の指針があるのに、「従わなければ処分も検討する」と校長の判断を縛った点で似通っている。

 三つの問題から共通して感じられるのは行政の現場不信だ。いじめや体罰問題への対応にみられる学校や教委の閉鎖性は市民の不信も招いており、現場の立場を弱くしている。

 しかし、文科省は一方で、これからの日本は自ら問題を見つけ、解決できる力を養うことが必要だと強調している。

 ならば、上から言われた通りにしか教えられないような学校にしてはならない。そこから自立した人材が育つとは、とても思えない。

東電会計検査 支援制度は維持できるのか

 東京電力に対する政府の財政支援の仕組みは、いずれ行き詰まるのではないか。そんな懸念を抱かせる報告である。

 会計検査院が、実質国有化された東電について、初めて検査を実施した。

 福島第一原子力発電所の事故に伴う賠償支払いのため、政府が東電に援助する公的資金の回収見通しを試算したところ、最長で31年後になることが判明した。

 現行制度では、東電が被災者や被災企業に支払う賠償費用を、政府が公的資金で一時的に立て替えている。政府は、東電が毎年の利益から払う特別負担金と、原発を保有する電力各社の一般負担金から回収を図る仕組みだ。

 支援額は最大5兆円で、既に3兆円が東電に提供された。ただ、経営が悪化している東電は特別負担金を全く払っていない。

 検査院によると、賠償費用が5兆円に達し、東電が特別負担金を払えない場合、回収が終わるのは2044年度だ。賠償費用が5兆円以上に膨らむ恐れがあり、極めて厳しい見通しと言える。

 加えて問題なのは、政府が国債を発行して金融機関から資金を調達しているため、回収が長引くほど、利払い費がかさむことだ。利払い費は最大794億円と試算された。これも国民負担になる。

 検査院は東電に対し、財務内容を早急に立て直すよう求めたが、その実現は簡単ではない。収益改善のカギを握る柏崎刈羽原発の再稼働のメドが立たず、代替の火力発電の燃料費が経営を圧迫し続けているからだ。

 除染に兆円単位の費用がかかるのは確実と見られている。東電がこの費用を負担する場合、東電の経営再建が暗礁に乗り上げるのは明らかだろう。

 事故を起こした東電が一層のコスト削減に努力すべきなのは当然だが、最終的な賠償負担をすべて東電と電力各社に求める現行制度には問題が多い。

 財政支援の在り方について、抜本的に見直す必要がある。原発政策を推進してきた政府が応分の負担をする、新たな仕組みを検討することが求められる。

 今回の検査では、東電が使用予定のない資産を売却せずに保有し続けている実態が指摘された。

 被災者らから請求を受けて賠償金を支払うまで、1年以上かかったケースが約200件あった点も検査院は問題視している。

 公的支援を受けている東電は、国民の理解を得るためにも、業務の改善を怠ってはなるまい。

活字文化の日 図書館を魅力ある知の広場に

 今日は「文字・活字文化の日」だ。読書週間もスタートした。

 秋の休日、図書館で活字に触れるのも、有意義な過ごし方だろう。

 普段はあまり読書をしない人にとって、図書館は縁遠い存在かもしれない。読売新聞の世論調査によると、この1年間に図書館を全く利用しなかった人は65%に上る。「行く時間がない」「本は読まない」といった理由が多い。

 だが、最近は、多くの人に来館してもらおうと工夫を凝らしている図書館が少なくない。

 埼玉県の所沢市立所沢図書館では、市内8か所の提携コンビニエンスストアで、24時間いつでも、図書の受け取り・返却ができるサービスを実施している。

 仕事が忙しく、なかなか図書館に行けない人にとっては、ありがたい取り組みではないか。

 佐賀県の武雄市図書館は、4月に新装開館したところ、1日平均の来館者が約3倍に増えた。県外からも多くの人が訪れている。

 ゆったりとした読書スペースを備えた東京の大型書店をモデルとした。運営は、大手レンタル業者に委託した。年中無休で、CD、DVDの有料貸し出しや新刊書販売のコーナーもある。

 武雄市図書館に対しては、商業色が強すぎるという批判があるが、一方で、工夫次第で図書館の魅力が増すことを如実に示した好例とも言える。

 図書館法が定めるように、資料を着実に収集、保存することが、図書館の基本的責務であることも忘れてはなるまい。

 秋田県立図書館は、著作権が切れた書籍や郷土資料など約2000点を電子化して保存した。閲覧用ソフトをスマートフォンなどにダウンロードすれば読める。

 電子書籍の館内閲覧や貸し出しを実施している公立図書館は、全国で約20館に過ぎないが、今後、そうしたサービスはますます求められるに違いない。

 図書館には人々が交流する場としての機能もある。講演や美術展といった催しも開かれている。

 最近、図書館のイベントとして話題になっているのが「ビブリオバトル」だ。お薦めの本を書評し合い、投票で「最も読みたくなった本」を1冊選ぶ。意外な名著を知るきっかけにもなる。

 今年の読書週間の標語は、「本と旅する 本を旅する」だ。自宅近くの図書館を訪れるのも、小さな旅だろう。様々な本が並ぶ図書館は「知の広場」だ。思わぬ本との出合いがあるかもしれない。

2013年10月26日土曜日

大企業のベンチャー投資を広げたい

 経営環境が好転し、日本の上場企業の手元資金は過去最高の水準にある。それを何に使うべきか。安倍政権はデフレ脱却をめざし経済界に賃上げを要望し、株主は増配などの利益還元を求める。

 設備投資を含め、資金の使い道は最後は経営者が決めるべきものだが、一つの候補として、社内外の起業家の卵やベンチャー企業への投資をぜひ検討してほしい。

 新しい企業が次々に台頭する米国に比べ、産業の新陳代謝が進みにくいのが日本経済の弱点だ。身軽で自由な発想の若い企業が増えれば、経済全体が活気づき、新たな成長の芽も生まれる。

 政府は6月に策定した成長戦略に、1年間に新たに誕生する企業数を全企業数で割った開業率を今の5%程度から米英並みの10%台に引き上げる目標を盛り込んだ。それも同様の問題意識からだ。

 起業を活発にする近道は、既存大企業とベンチャー企業の連携の強化である。米シリコンバレーでは、以前は自らもベンチャーだったシスコシステムズなどがさらに若い企業に出資・買収することで、一つの起業が次の起業につながる流れを生み出した。

 ベンチャーの生む技術やサービスを取り込むことで、資金を出す大企業の競争力も高まり、地域の経済や雇用改善にもつながる。

 日本でもまだ小規模ながら、2006年のライブドア事件や08年のリーマン・ショックで冷え込んだ大企業のベンチャー投資熱が復活する兆しがある。

 ヤフーやNTTドコモは30億~100億円の投資ファンドを創設した。ソニーも社内のエンジニアが自分の技術を生かして起業するのを後押しする組織をつくった。

 バイオ系では製薬大手の第一三共が金融機関などと組んで投資基金を創設し、大学などの有望な研究成果に資金を投じる。

 こうした動きを確実に成果に結びつけることで、カネ余り気味の大企業から、資金を切実に必要としている起業家にリスクマネーが流れるパイプを確立したい。

 最近は日本でも創業間もない小企業に数百万円の資金を投じる独立系の支援会社が登場し、どの企業が伸びそうかを見定める「目利き」の人材も増えている。

 ただ、資金力の制約から億円単位の投資は難しい。彼らの知恵や情報と、大企業の資金力が合体すれば、より充実したベンチャー支援体制ができるだろう。

信頼裏切るメニュー虚偽表示

 阪急阪神ホテルズが運営するホテルのレストランなどで、メニュー表示と異なる食材を料理に使用していたことが判明した。多少料金は高くても、おいしい料理で、ぜいたくな気分を味わいたい。そんな消費者の信頼を裏切った責任はきわめて重い。

 同社が「誤表示」として発表したのは、23店舗の47商品だ。芝エビと表記しながら価格の安いバナメイエビを使う、鮮魚といいながら冷凍保存された魚を使う、などのケースがあったという。

 「意図的に表示を偽って利益を得ようとした事実はない」とし、認識不足や部署間の連携不足が原因としているが、こうした表示は最長7年もの長期にわたり放置されていた。「誤表示」という釈明ですまされる問題ではない。

 どこに原因があったのか。まずはしっかりと再調査し、経緯を明らかにすべきだ。そのうえで再発防止に向けた対策を打ち出すべきだろう。担当者の研修を強化し、社内のチェック体制を整えることはもちろん欠かせない。

 今回の問題は、社内の自主調査で判明した。他社ホテルで同様のケースがあったことを機に、6月に調査を始めたという。ホテルやレストランの業界全体として、表示についての認識に甘い部分はないのか。他の企業にも、改めて厳しい点検を求めたい。

 2000年代に相次いだ偽装事件を経て、食に対する社会の目は一層厳しくなっている。内部告発も増え、何かあれば消費者からネット上で疑問・批判が上がることもある。企業が襟を正すだけでなく、消費者庁が監視の目を強めるといった対策も必要だろう。

 料理に使われる食材について、消費者が自ら正しいものか判断するのは難しい。このホテルなら、この店なら……。消費者はそんな「信頼」を食べている。過去には信頼を裏切って、廃業に追い込まれたケースもある。食にかかわる企業は、信頼の重み、信頼を失う代償の大きさを改めて肝に銘じるべきだ。

特定秘密保護―この法案に反対する

 安倍政権はきのう、特定秘密保護法案を閣議決定し、国会に提出した。

 法案は、行政府による情報の独占を許し、国民の知る権利や取材、報道の自由を大きく制約する内容だ。その影響は市民社会にも広く及ぶ。

 政権は、いまの国会での成立をめざしている。だが、与党が数の力を頼みに、問題だらけの法案を成立させることに強く反対する。

 北東アジアの安全保障環境の悪化に対応するため、国家安全保障会議(日本版NSC)と呼ばれる外交・安保政策の司令塔を新たにつくりたい。そこで米国などと機密情報を交換、共有するためには、秘密保全の仕組みが必要だ――。これが、政府・与党の言い分だ。

 安全保障には国家機密が伴うだろう。そうした機密を守るために、自衛隊法などが改正されてきた。

 今回の法案で示された秘密保護のやり方は、漏洩(ろうえい)を防ぐという目的を大きく踏みはずし、民主主義の根幹を揺るがすおそれがある。

■市民も無関係でない

 具体的にみてみよう。

 まず、特定秘密に指定され、保護される情報の中身。防衛、外交、スパイを念頭にした「特定有害活動」の防止、テロ防止の4分野が対象だ。法案の別表には、分野ごとに4~10項目が列挙されている。

 限定されているようにも見えるが、例えば防衛分野には、「防衛に関し収集した電波情報、画像情報その他の重要な情報」との項目がある。「その他の重要な情報」と判断すれば、何でも指定できてしまう。しかも、何が指定されたのか、外から検証する手立てはない。

 2007年には陸上自衛隊の情報保全隊が、自衛隊のイラク派遣に反対する市民らの情報を集めていたことが明らかになった。こうした個人の情報が、知らぬ間に特定秘密にされてしまう可能性だってある。

 いったん特定秘密に指定されてしまえば、将来にわたって公開される保証がないことも大きな問題だ。

 特定秘密の指定期間は最長で5年間だが、何度でも延長することができる。特定秘密を指定するのは、外相や防衛相、警察庁長官ら「行政機関の長」とされているが、何を指定し、どれだけ延長するかは実質的には官僚の裁量に委ねられる。

 与党との調整で、30年を超えて秘密指定を続けるときは内閣の承認が必要との条件が加わった。それでも、第三者がチェックする仕組みはない。

 要するに、情報を握る役所がいくらでも特定秘密を指定でき、何を指定したか国民に知らせないまま、半永久的に秘密を保持することができるのだ。

■立法府の活動も制約

 情報から遠ざけられるのは、行政を監視すべき国会議員も例外ではない。議員が特定秘密の提供を求めても、審議の場を「秘密会」とし、内容を知りうる者の範囲も制限される。疑問を感じても、同僚議員に訴えたり、秘書らに調査を命じたりすれば、処罰されかねない。

 政府は、特定秘密も情報公開請求の対象になるという。ただ、何が指定されているかわからなくては、公開請求すること自体が難しい。

 数々の批判を受け、安倍政権は「国民の知る権利の保障に資する報道または取材の自由に十分に配慮しなければならない」との一文を条文に加えた。

 取材についても、「法令違反または著しく不当な方法によるもの」でなければ「正当な業務」だと規定した。

 公明党は、これによって国民の権利には配慮したというが、まったく不十分だ。

■まやかしの知る権利

 「知る権利」を無理やり条文に入れ込んだものの、単なる努力規定で、実効性はない。「不当な取材方法」とは何かもはっきりしない。

 特定秘密を扱う公務員や防衛関連企業の社員らは、適性があるかどうか個人情報をチェックされる。特定秘密を漏らせば最長で懲役10年が科せられる。故意でなくても罰せられる。

 不正に特定秘密を得たり、漏らすことをそそのかしたりした者も、報道機関の記者に限らず罪に問われる。

 社会全体に及ぼす威嚇効果は極めて大きい。ふつうの情報の開示でも、公務員が萎縮してしまうおそれが強い。

 民主党はきのう、「知る権利の保障」を明記した情報公開法改正案を再提出したが、この法案は昨年末にいったん廃案になっていた。閣議などの議事録を保存し、一定期間後に公開するための公文書管理法の改正も手つかずだ。

 政府がもつ情報は、本来は国民のものだ。十分とは言えない公開制度を改めることが先決だ。そこに目をつぶったまま、秘密保護法制だけを進めることは許されない。

NSC法案 戦略策定強化へ早期成立図れ

 日本の安全保障環境が厳しさを増す中、首相に直結した外交・安保政策の司令塔を創設する意義は極めて大きい。

 国家安全保障会議(日本版NSC)設置法案が、衆院本会議で審議入りした。

 政府は年内に、初の国家安全保障戦略や新しい防衛大綱を策定する予定だ。有識者会議を中心に、集団的自衛権の憲法解釈を見直すための議論も進んでいる。

 安保戦略や新防衛大綱を充実させるためには、法案の成立を急ぎ、NSCの体制を早期に整える必要がある。政権党時代にはNSC創設に前向きだった民主党も、法案審議に協力してもらいたい。

 NSCでは、首相と官房長官、外相、防衛相による「4大臣会合」や、国土交通相ら5閣僚を加えた「9大臣会合」が、有事への対処や安全保障の基本方針などを決定する。突発事案への対応は「緊急事態大臣会合」で協議する。

 現在も、関係閣僚の会議は随時、開かれているが、会合を法制化して定期的に開催し、当面の案件だけでなく、中長期的な課題の議論を重ねることに意味がある。

 首相や閣僚が安全保障に関して共通認識を持ち、具体的な政策に反映させることが大切だ。

 安全保障担当の首相補佐官を常設するほか、NSC事務局として60人規模の国家安全保障局を新設する。現在の内閣官房の安保担当部局より体制が拡充され、自衛隊幹部も10人前後起用される。

 日本は従来、自衛官の活用に慎重すぎた。ミサイル発射や海外での邦人人質事件などの緊急事態に効果的に対処するには、軍事的知見を持つ人材が欠かせない。

 肝心なのは、外務、防衛、警察など関係省庁の縦割りを排し、閣僚と官僚が「オール日本」で協力する体制を構築することだ。

 サイバーや宇宙、海洋での安全保障は、特定の省庁だけでなく、政府全体の連携が不可欠だ。NSCの総合調整能力が問われる。

 自衛隊の国連平和維持活動(PKO)参加の是非を検討する際、外務省は積極的だが、防衛省は慎重で、時に対立し、国益より省益が優先される例もあった。

 NSCが発足しても、この構図が直ちには解消しないだろう。だが、普段からNSC内で関係省庁が緊密に意思疎通を図り、問題意識を共有することで、首相官邸の主導の下、より迅速かつ的確な政策判断ができるようにしたい。

 国際協力も重要だ。米英両国のNSCなどとの定期協議や情報共有を積極的に進めるべきだ。

メニュー偽装 「誤表示」の強弁は通らない

 「偽装ではなく、誤表示だ」という強弁は通用するまい。

 阪急阪神ホテルズが運営する八つのホテルのレストランなどで出された多くの料理で、メニュー表示と異なる食材が使用されていた。

 虚偽表示は7年以上に及び、約7万9000人に提供された。

 阪急阪神ホテルズは記者会見で、「メニュー表示と食材が合っているかどうか、チェックする意識が欠落していた」「従業員が(食材に関して)無知・無自覚だった」と釈明している。

 だが、一部の従業員は、料理の中身がメニュー表示と異なることを知りながら、「問題ないと思った」と話している。故意に偽装していたという疑いは拭えまい。

 虚偽表示の例は、次のようなものだ。メニューには「芝海老えび」と記載していたが、実際はバナメイエビだった。芝海老の仕入れ値が1キロ・グラム2500円なのに対し、バナメイエビは1400円だ。

 「九条ねぎ」とうたっていたものは、普通の青ねぎ、白ねぎだった。普通のねぎの仕入れ値は1キロ・グラム800円で、九条ねぎの2000円より格段に安い。

 「不当に利益を上げる意図はなかった」というホテル側の主張は、額面通りに受け取れない。名の通ったホテルでコンプライアンス(法令順守)機能が働かない実態に、あきれるばかりだ。

 ホテル側は、景品表示法(優良誤認)に違反する恐れがあるとして、消費者庁に報告した。森消費者相は「厳正に対処したい」と語った。徹底調査を求めたい。

 東京のプリンスホテルでも6月に、チリ産ローストビーフを「国産牛肉」と表示していたことが明らかになった。

 これを契機に、阪急阪神ホテルズが系列のホテルを調べた結果、今回の問題が発覚した。

 ホテルの生命線は、サービスの質だ。利用客は、館内のレストランで、良質の食材を使ったうまい料理に見合う料金を支払う。

 阪急阪神ホテルズの行為は、長年かけて築いてきたブランドイメージを自ら傷つけるものだ。

 食品を巡る偽装行為は後を絶たない。2007年には、大阪市の高級料亭で牛肉の産地偽装が発覚した。食材の使い回しなども判明し、廃業に追い込まれた。

 阪急阪神ホテルズは客に代金を返す意向だ。返金額は最大で約1億1000万円に上るという。

 偽装の代償は大きい。信用を取り戻すのは容易でない。食品関係者は、人ごとではなかろう。

2013年10月25日金曜日

公務員のやる気を引き出す改革を望む

 ふれ込みは立派でも、その通りにものごとが動くのかが心もとない事柄は少なくない。安倍政権が今国会に法案を提出する国家公務員制度の改革もその一つだ。何を実現したいのか。その原点に立ち返り、進める必要がある。

 制度改革事務局がまとめた制度改正案の最大の柱は幹部公務員人事の一元管理だ。内閣に人事局を新設し、これまで各省庁にあった任免権を集約する。

 事務次官や局長の人事は現在、所管する閣僚が首相官邸に事前報告し、官房長官らによる人事検討会議に諮ったうえで閣議了解を得る仕組みだ。政治主導の体裁にはなっているが、あくまでも慣例にすぎない。

 今回の改革ではこの検討作業が法律で裏打ちされ、範囲も審議官・部長級まで広がる。政治主導が強まれば、官僚が自分たちに都合のよい順送り人事をできなくなるし、成果主義による抜てきも増えよう。理念としては妥当な判断だ。

 各閣僚が補佐官1人を任命する権限も与える。ときどきの政策課題に応じて外部から専門スタッフを呼んで来れれば、役所の理屈にからめとられにくくなる。

 不安なのは看板倒れに終わらないかだ。官僚は国益の名のもとに仕事を増やし、自身の省の権益を広げがちだ。縦割り行政、縄張り争いは政治主導でたださねばならない。ただ、与党内にも対象範囲が広すぎてかえって目が行き届かないのではないかとの声がある。

 政治主導を「政治家主導」とはき違え、政権トップの好き嫌いによる恣意的な人事が乱発されないかとの懸念もある。上の意向ばかり気にする官僚が多くなると組織は萎縮し、有能な学生も集まらなくなる。

 政官癒着が指摘された昔の自民党政権とも、官僚を敵視して役所が機能不全に陥った民主党政権とも異なる新たな政と官の連携をつくり出せるか。政治が針路を示しつつ、公務員のやる気を引き出す制度運用をしてもらいたい。

 与党内で意見が割れる公務員の労働基本権の制限緩和の検討を先送りしたのはやむを得まい。

 公務員制度改革は5年前に基本法ができたが、制度設計のための法整備は議論百出で3度も頓挫した。完璧を求めるあまり、現状維持が続くのは本末転倒だ。小さく産んで大きく育てる、とのことわざもある。今国会で法案を成立させ、一歩踏み出すことが大事だ。

冬の節電はまだ緩められない

 政府はこの冬の電力需給対策を月内にも決める。全国的に電力不足は回避できそうだが、原子力発電所の稼働がゼロになり、地域によってはなお綱渡りが続く。景気が上向き生産活動も好転が見込まれるなか、企業や家庭の自発的な節電はまだ緩められない。

 経済産業省の見通しでは、この冬が2年前並みの厳寒になっても、電力供給の余裕を示す予備率は関東以北で9.7%、中部以西で5%ある。冬に需要が増え、本州からの融通に制約がある北海道を除けば、節電の数値目標を設ける必要はないとした。

 原発の停止で化石燃料の輸入が膨らみ、日本経済に悪影響を与えているが、電力需給自体は一時の深刻な状況から改善してきた。国民に節電を強要する数値目標はできるだけ避けるのが望ましい。

 ただ、関西や九州では予備率3%台と厳しい状況が続く。政府はそれを丁寧に説明し、国民に無理のない節電を呼びかけるべきだ。

 電力需給が改善したのは、電力各社が古い火力発電所を急きょ立ち上げ、供給力を増やしたことが大きい。これらは特例的に検査を延ばして運転している。不測の事故で止まれば需給が突然逼迫し、大規模停電に陥りかねない。

 家庭や企業は、暖房温度を下げる、全館暖房は避けて身の回りだけ暖める機器を使う、無駄な照明を消すなど、節電の継続を心がけてほしい。電気をどこで、どれだけ消費しているかが分かるスマートメーター(次世代電力計)の普及を政府が後押しし、「賢い節電」を定着させることも大事だ。

 電力会社には、需給に関するデータについて一段の情報開示を求めたい。これらは需給見通しを決める前提になるが、電力各社の情報開示は十分とはいえない。

 企業や家庭の節電はどれほど定着し、今後も期待できるのか。電力各社による料金引き上げが相次ぐなか、それによる需要減少はどの程度想定されるのか。電力会社がこれらを示すよう、政府は電力会社に強く求めるべきだ。

在外被爆者―救済に国境などない

 被爆者救済のあり方が問われた裁判で、国側がまた負けた。

 被爆者援護法により、国内の被爆者は治療を受けた場合、自己負担した医療費が原則、全額返ってくる。だが、海外に住む被爆者には適用されない。

 在外の場合、代わりに医療費助成制度があるが、年18万円程度までという上限がある。

 「これは差別」と韓国人被爆者が起こした裁判で、大阪地裁はきのう、国の方針に沿って医療費支給を拒んだ大阪府の措置は違法だ、と判決した。法律上、在外被爆者への支給を制限できる根拠はないとした。

 外国人でも被爆者健康手帳がとれる道を開いた70年代の訴訟以来、在外被爆者の裁判で国側は敗北を重ねてきた。行政訴訟として極めて異例だ。なぜか。

 援護法は、原爆放射線の影響に生涯苦しむ被爆者を援護するのは国の責任とうたう。「どこにいても被爆者は被爆者」が基本原則である。だが国は法の運用でこれを徹底してこなかった。そこに問題の本質がある。

 広島、長崎では、日本国民とされた朝鮮半島出身者が、推定で数万人、被爆した。現在4500人いる在外被爆者のうち3千人が韓国在住だ。海外に渡った日本人被爆者も少なくない。

 57年に制定された旧原爆医療法以来、国籍や居住国で援護に差をつける条項は法律にない。だが国は、在外被爆者に対しては通達や法解釈で救済の幅を狭めてきた。裁判で違法と指摘されると、部分的に制度を改める小手先の対応を繰り返した。

 被爆者の老いは進む。国が法廷で争い続けるのは、時間かせぎとの批判も受けよう。基本原則に立ち返り、制度を改めるべきである。

 韓国人被爆者たちは今年8月、日本政府に個人賠償を求める権利があることを確認するため、韓国で集団提訴した。

 これに対し日本政府は65年の日韓協定で、個人賠償は「解決済み」との立場だ。韓国の被爆者には援護法に基づく手当を支給しているほか、91~92年度に「人道支援」として計40億円を拠出している。

 日本側には「どこまで賠償を求めるのか」との声もあるが、被爆者たちの根底にあるのは、公平な対応をしてこなかった日本政府の姿勢への疑問である。

 国によって医療保険制度が異なる事情はあるが、支給対象を自己負担分に限れば、極端な額にならないのではないか。要は、在外被爆者が「差別」と感じない策を実現することだ。国は被爆者団体、そして韓国政府とも協議していくべきだ。

無形文化遺産―和食の真価は何か

 和食が世界のWASHOKUになる。日本の「食」文化の真価とは何だろうか。

 ユネスコ(国連教育科学文化機関)の事前審査で、無形文化遺産への登録が勧告された。

 富士山が記憶に新しい世界遺産は遺跡や自然を選ぶ一方で、無形文化遺産は芸能や工芸、社会慣習などを対象とする。

 その前身だった「傑作宣言」の時に日本からは能楽や人形浄瑠璃文楽、歌舞伎が選ばれた。09年に無形文化遺産に変わり、日本の21件が登録されている。

 これまではすべて日本国内で指定された重要無形文化財と重要無形民俗文化財だ。その点で和食は異例の推薦だった。

 世界遺産と違って、無形文化遺産には「顕著な普遍的価値」は求められない。重視されるのは、その文化を支えるコミュニティー(共同体)である。

 ユネスコへの提案書は、和食を支える共同体を「すべての日本人」と広くとらえた。だが、食文化の伝承を意識する日本人はそう多くない。

 和食を無形文化遺産に、という運動はもともと京都の日本料理業界から始まったとされる。世界遺産が観光資源となっている現状で、経済的な思惑がなかったとはいえないだろう。

 だが、この運動に農林水産省が加わってから、会席など高級料理ではなく、日常的な「一汁三菜」を基本とする提案に転じた。韓国の宮廷料理が見送られたことが動機の一つとされる。

 提案書は、「自然の尊重」の精神のもと、できるだけ食材の持ち味を生かす工夫に特徴があると説明。そのうえで健康・長寿や肥満の防止に役立つことを強調している。

 保護策の柱としては「食育基本法」を挙げる。都市と農村の共生、消費者と生産者の信頼、環境と調和のとれた食料の生産などをうたっている。

 こうしてみれば世界と共有すべき和食の価値とは、安全と健康にこそあるといえるだろう。実際、多くの日本人が心がけ、支える食文化はそこにある。

 ただ、食品をめぐる問題は今もあとを絶たない。何も輸入品のせいだけではない。生産地や食材、消費期限、調理法など国内の偽装が相次いでいる。

 「人と自然との融合のもとに食事を摂(と)る」と提案書に表現された食の光景が、私たちの暮らしにどれほどあるだろう。

 農村の再生や環境の保全など「食」を守る社会づくりは、そもそも今の日本が息長く取り組むべき目標なのだ。WASHOKUの登録は、その誓いを再確認する契機と考えたい。

IAEA報告書 「1ミリ・シーベルト」はあくまで長期目標

 東京電力福島第一原子力発電所の事故による除染は当面、どのレベルまで実施すべきなのか。

 国際原子力機関(IAEA)の調査団は、徹底除染により年間被曝ひばく線量を「1ミリ・シーベルト以下」にすることについて、「必ずしもこだわらなくてもよい」との見解を示した。

 適切な指摘である。環境省にはIAEAの見解に沿い、除染を加速させることが求められる。

 調査団は今月、第一原発周辺の現地調査を実施して除染状況をチェックし、報告書をまとめた。

 注目すべきは、報告書が、国際的基準に照らし、「年間1~20ミリ・シーベルトの範囲内のいかなるレベルの個人放射線量も許容し得る」と明記した点である。

 避難住民の帰還に向け、政府が設けている「20ミリ・シーベルト以下」という目安を補強するものだ。早期の帰還実現への弾みとしたい。

 政府は、除染の長期目標として「1ミリ・シーベルト以下」も掲げる。

 だが、1ミリ・シーベルト以下にならなければ帰還できないと思い込んでいる住民が少なくない。民主党政権が、徹底除染を求める地元の要望を受け、1ミリ・シーベルトを当座の目標としたことが尾を引いている。

 ゼロリスクにとらわれると、除染完了のめどが立たなくなる。住民の帰還は遅れるばかりだ。

 IAEA報告書も、1ミリ・シーベルトについて、「除染のみで短期間に達成できるものではない」と結論付けた。政府には、その事実関係を丁寧に説明するよう注文した。

 政府は、1ミリ・シーベルトが安全と危険の境目ではないことを住民に周知する必要がある。

 環境省は、第一原発周辺の11市町村で除染を実施しているが、汚染土を保管する仮置き場の確保などが難航し、作業は大幅に遅れている。現在、7市町村の除染計画を見直している。

 汚染レベルが比較的低い地域で重要なのは、除染と併せ、住民の生活再建に必要なインフラ整備を進めていくことだ。

 1ミリ・シーベルトを一気に目指さず、段階的に取り組めば、除染からインフラ復旧に、より多くの費用を振り向けられる。報告書のこの提言は、除染計画の参考になろう。

 政府は除染費用として、今年度までに約1兆3000億円を計上した。要した費用は東電に請求する仕組みになっているが、経営が悪化している東電に支払う余力はない。電気料金の値上げなどで国民の負担となる可能性が高い。

 いかに効率よく的確に除染を進めるか。喫緊の課題である。

ネット配信 外国企業にも消費課税が要る

 急成長するインターネット配信ビジネスで、国内と外国の企業との間で課税の不公平が生じている。対等に競争できる環境作りが必要だ。

 政府税制調査会は、外国から電子書籍や音楽などを日本に配信するサービスに対しても、消費税を課すかどうか検討を開始した。

 現行の税制では、国内から配信された電子情報だけに消費税が課税されている。例えば、米国を拠点とするアマゾン・ドット・コムのネット書店で日本の消費者が電子書籍を買った場合には、非課税扱いとなる。

 同じ商品なのに、国内配信か、海外からの配信かによって消費税分の価格差が生じれば、国内企業は不利な競争を強いられよう。

 出版業界やネット業界が「競争条件を歪ゆがめている」と指摘し、税制の見直しを求めているのはもっともである。

 こうした事態が生じたのは、消費税の対象を「国内取引」と「モノの輸入」に限定しているためだ。海外のサーバーからのデータ配信は、モノ以外の「国外取引」とみなされて課税されない。

 海外からの配信が非課税のために得られなかった日本の消費税収は、年数百億円規模に達しているという見方もある。

 政府は2014年4月に消費税率を5%から8%に引き上げる。15年10月には10%まで上げる予定だ。消費税の扱いをこのままにしておけば、非課税措置による弊害が拡大してしまう。

 日本の配信業者が海外に拠点を移すなど、産業の空洞化を助長する一因にもなりかねない。

 インターネットメディア総合研究所によると、日本の電子書籍の市場規模は、17年度には12年度の約3倍にあたる2400億円近くに膨らむ見通しだ。

 ネット配信ビジネスは、有望な成長産業の一つである。政府は、消費税の課税対象の見直しを急がねばならない。

 ただ、外国企業の日本への配信額を正確に把握できるかなど、検討すべき課題は多い。外国の税務当局と協力し、海外企業に関する情報を共有できるようにすることなどが欠かせないだろう。

 欧州連合(EU)では約10年前からドイツなどが順次、域外からネット配信されるサービスに日本の消費税にあたる付加価値税を課している。

 域外の配信業者は、事業登録が求められる仕組みで、一定の成果が上がっている。登録制は、日本でも検討に値しよう。

2013年10月24日木曜日

「聖域」の中身開示し自由化へ議論深めよ

 環太平洋経済連携協定(TPP)交渉で大きな焦点となる関税の撤廃をめぐり、政府・与党内の調整が活発になってきた。ここは交渉の成否と日本の農業の行方を左右する重要な局面である。経済の実態に即した透明な議論を、政官の当事者に求めたい。

 高い水準の貿易自由化を目指すTPP交渉は、あらゆる貿易品目について関税を撤廃することを目標に掲げている。ただ、これは交渉の中身を濃くするための建前であり、本音ではどの国にも守りたい「聖域」が国内にある。

 日本では自民党がコメ、麦、乳製品、牛肉・豚肉、砂糖を「重要5項目」と呼び、自由化の例外にすると主張してきた。この5項目を詳しく見ると、関税分類上は586品目に細分化されている。

 たとえばコメに分類する品目は「もみ」「玄米」「精米」など、いわゆる「ごはん」の材料となる粒状のコメだけでなく、「もち」「だんご」「ビーフン」「せんべい」などの加工品や、他の原料と混ぜた調製品が多く含まれる。コメだけでも58品目ある。

 これらを精査し、本当に関税で守る必要があるかどうか調べるのは当然のことだ。自由化しても国内の影響が少ない品目が含まれている可能性がある。関税撤廃する品目数が多いほど、自由化の比率を示す数字は大きくなり、他国との交渉で有利になるだろう。

 品目絞り込みの意見調整は、農業関係者だけによる密室の協議で進めてはならない。対象品目に関連する生産者や加工業者の経営の実態を重視し、何よりも現実の消費の動向を見据えて、透明性の高い議論をすべきだ。

 今のところ5項目の中に具体的にどのような関税品目があるのかすら、一般には知られていない。これでは農家や企業だけでなく、最大の利害関係者である消費者の目で判断ができない。

 日本の農業政策は、農林水産省、農業協同組合、農林族議員の3者が中心となり、重要な決定がなされる時代が続いてきた。この結果、農政への国民や消費者の信頼が損なわれたという苦い教訓を忘れてはならない。

 安倍晋三首相は、TPP交渉参加に際して「強い農業をつくる」と宣言している。その目標は関税で手厚く保護するだけでは実現できない。首相は自ら指導力を発揮して、中身があいまいな「聖域」に果敢に切り込んでほしい。

アジやサバにも危機は迫る

 過剰な漁獲で資源量が減少している水産物はクロマグロやウナギに限らない。イワシなどの身近な魚にも油断すれば資源枯渇の危機は迫る。日本人が魚を食べ続けるためにも資源調査の精度を高め、漁獲管理の手法を工夫する努力が政府と漁業者に必要だ。

 日本は国連海洋法条約の加盟国として沿岸水域の汚染を防ぎ、生物資源を維持する義務を負う。政府は資源の状態や国民生活への重要度を基準にイワシやサバ、アジ、サンマなど7種の水産物について漁獲の上限量を定め、資源が減少しないように管理している。

 しかし、現在の手法が万全とは言えない。政府が設定する漁獲上限に対し、実際の漁獲量が大幅に少ない魚種は多い。マイワシの2012年の漁獲量は上限の4割にとどまった。資源調査で設定した上限が本当に適正だったのか、検証は欠かせない。

 全体の漁獲上限を決め、それを県や漁業の方法ごとに割り振る手法にも改善の余地はある。現状では「早くとった者勝ち」の漁獲競争に陥りやすいからだ。

 政府は今年、漁業団体と協力して北海道のサバ漁で船団ごとの漁獲枠を導入した。ノルウェーなど海外で多いこの手法は、漁獲競争の抑制が期待できる。新潟県佐渡島でも甘エビ漁で漁業者ごとの枠を設定している。

 漁獲を管理するためのコストや調整の手間を敬遠する漁業者は多い。だが、水産業は天然の生物資源に依存しており、日本近海にいる魚種の4割強は資源量の減少が指摘されている。可能な海域、魚種からきめ細かな管理体制を広げてほしい。

 魚体の大きいマグロなどは量ではなく、数での漁獲管理を日本近海から実現すべきだ。本数で管理するようになれば出荷価格の安い未成魚の漁獲は減る。

 回遊域が広い魚種の資源を守るためには近隣諸国の協力が欠かせない。中国や韓国に過剰な漁獲を防ぐ対策を求めるためにも、日本が見本を示したい。

一票の格差―是正につながる判断を

 ある人の投票の価値が、別の選挙区の人の5分の2だった。

 そんな不平等がうまれたのが昨年末の衆院選だ。国民の意思がゆがんだ形で国会に反映される異様な状態が続いている。

 その一票の格差をめぐり、最高裁がきのう弁論を開いた。来月にも判決が出る見通しだ。

 すでに出た16件の高裁判決の多くは、憲法が求める投票価値の平等に照らして違憲だと判断した。選挙の無効を命じた判決もある。

 問題は、議席をまず都道府県に一つずつ割り振ってから人口比例で配分する「1人別枠方式」にある。最高裁は11年3月、09年の衆院選について、この方式が一票の格差をうむ主な要因だとし、国会にすみやかな廃止を求めた。

 それから1年9カ月、国会は警告に応じず、昨年の衆院選は同じ方式で行われた。今回、違憲が確定すれば小選挙区制導入以来、初めてとなる。重大な国会の不作為である。

 司法は違憲審査に慎重に臨んできた。国民の代表である国会を尊重するがゆえだ。今回はそもそも国会に民意がきちんと反映されていない疑いがもたれ、国会と国民の利益に対立がある。司法が踏み込んで厳しく審査するしかない。

 大切なのは、司法が違憲と判断するような状態の是正にいかに結びつけるかである。

 昨年11月の法改正で「1人別枠方式」は法律の条文からは消えたが、議席配分にあたって実質的には温存された。今年6月に成立した新区割り法による「0増5減」は、最高裁が求めた根本的な是正とは本質的に異なり、微修正にすぎない。

 ところが政府・自民党は「0増5減」で違憲状態は解消ずみだとしている。最高裁が違憲判断を出しても、国会が無視してしまう可能性もある。

 最高裁は中選挙区制時代の76年と85年、衆院選の一票の格差に違憲判決を出した。いずれも選挙を無効とすることに伴う混乱を避け、無効までは宣言しない「事情判決」だった。

 議員の多くは、たとえ自分が選ばれた選挙の正統性が否定されても、議員の身分を奪われることはないとたかをくくっているのかもしれない。しかし、85年の判決は補足意見で、一定の期間後に選挙を無効にする可能性にも言及した。

 国会は厳しい判断が示されることを前提に、ただちに抜本改革に取り組むべきだ。

 違憲とされても立法府が動かないのでは、違憲審査の存在意義はなくなってしまう。

違法貸しルーム―住まいの貧困対策急げ

 まさに「うなぎの寝床」だ。窓もなく、薄い間仕切りで区切られ、ベッドを置くのが精いっぱいの部屋がぎっしり並ぶ。

 そんな「違法貸しルーム」が市民団体の調べでは東京を中心に500物件近くあり、数千人が暮らすとみられる。

 不健康なうえ防災面の危険もあり、国土交通省が自治体を通じて指導に乗り出した。悪質業者は取り締まるべきだが、ただ閉鎖させるだけでは路頭に迷う人が出かねない。住まいの受け皿確保を同時に進めるべきだ。

 市民団体によると、住む人の8割方は20~30代。非正規雇用で給料の安い単身の若者が多いとみられる。月5万円前後の低家賃にひかれ、危険に目をつぶり入居する。ネットカフェや終夜営業店を転々とする人々がいることと相通じる問題だ。

 違法ルームに払う金があれば郊外にアパートを借りられる。選択の問題だ。そんな見方が国や自治体の担当者の間にある。

 ただ、アパートを借りたくても保証人になってくれる人がいない。敷金礼金が高くて用意できない。勤め先で交通費が支給されず、都心に住むしかない。市民団体の調査に対し、そうした事情を訴えた住人もいる。

 働いているのに収入が低く、まともな住まいに暮らせない。本来そういう人たちを支えるべきなのは住宅政策だが、十分に機能しているとは言いがたい。

 公営住宅は倍率が平均8倍もあって、なかなか入れない。そもそも単身者向けの住戸は乏しい。自治体は財政難で、公営住宅を減らす方向にある。

 一方で、いまや3人に1人が非正規で働いている。これも労働市場の規制緩和という政策の結果だ。国は住まいの貧困対策に力を入れるべきである。

 島根県の社会福祉協議会は、保証人をたてられない生活困窮者むけに、低料金で保証人がわりになる事業をしている。

 東京都は職探しを支援しつつ民間から借り上げたアパートを3カ月間、1日500円で提供している。敷金礼金を無利子で貸す制度もある。ただし対象は東京に半年以上くらし、原則いま住居がない人に限られる。

 これらを参考にもう少し間口を広げ、違法貸しルームからの退去支援策を考えてはどうか。

 住まいのない人がいる一方、住宅の13%は空き家になっている。古びて借り手のない貸家の耐震改修費や家賃を補助し、みなし公営住宅として使う。そんな発想も検討に値しよう。

 働いて自立する意思のある若者を支えられずに、どうして社会の活力が取り戻せるだろう。

秘密保護法案 国会はどう機密を共有するか

 国民の「知る権利」を守りつつ、国の安全保障に関わる機密を保全する仕組みを構築することが肝要である。

 機密情報を漏らした公務員らの罰則を強化する特定秘密保護法案について、自民、公明両党が政府の修正案を了承した。法案は25日、国会に提出される。

 日本の平和と国民の安全を守るためには、米国など同盟国とテロや軍事関連の情報共有を進めることが欠かせない。その情報が簡単に漏れるようでは、同盟国との信頼関係が揺らぐ。漏えいを防ぐ法律が必要なゆえんである。

 法案では、防衛、外交、スパイ活動防止、テロ防止の4分野で、特に秘匿性の高い情報を「特定秘密」に指定する。漏えいだけでなく、漏えいを働きかける行為も処罰の対象としている。

 このため、取材・報道の自由が制約されるとの危惧がある。

 修正案には、「国民の知る権利の保障に資する報道または取材の自由に十分に配慮する」との文言が明記された。懸念を払拭する上で確かな前進と言える。

 報道関係者の取材行為についても、「違法または著しく不当でない限り、正当な業務とする」との規定が加えられた。通常の取材が罪に問われるのを防ぐ一定の効果が期待できよう。

 ただ、漏えいに対する罰則は懲役10年以下で、国家公務員法の懲役1年以下より格段に重い。公務員が萎縮し、取材への協力をためらう可能性は否定できない。

 行政機関が都合の悪い情報を安易に秘密指定する懸念も残る。

 修正案では、政府が秘密の指定や解除に関する統一基準を定め、その際には有識者の意見を聞くことも義務づけた。

 恣意しい的な運用を防ぐには、秘密指定の範囲を厳格に規定する基準作りが求められる。

 行政機関に属さない国会議員への機密開示に関する検討も不十分だ。法案は、国会の委員会に、秘密会の開催などの条件下で特定秘密を提供できるとしているが、提供を受ける議員の範囲や、漏えい防止の具体策は手つかずだ。

 安全保障に重大な影響がある機密を立法府や与党幹部が全く知らないで日本の針路を定めるのか、という問題は出てくるだろう。

 米国の連邦議会では、秘密会を開催し、政府から機密の開示を受ける仕組みが機能している。

 公権力が集めた情報は官僚の独占物ではない。立法府も機密を共有し、保護する制度を自主的に検討すべきではないか。

シリア化学兵器 廃棄には国際支援が不可欠だ

 化学兵器廃棄に向けた経済、外交両面での国際的支援を、シリア内戦の収拾にもつなげたい。

 化学兵器禁止機関(OPCW)は、アサド政権が申告した23か所の関連施設の査察を近く終える予定だ。査察結果に基づき化学兵器廃棄の詳細な工程表を作成する。

 シリアの首都ダマスカスでは、来年前半までの廃棄作業完了を目指し、OPCWと国連の合同派遣団が活動を開始した。

 アサド政権に協力して廃棄作業に取り組むが、要員や資金は不足している。廃棄処理施設の整備もこれからだ。国際社会による早急な支援が不可欠である。

 ノルウェーのノーベル賞委員会がOPCWへの平和賞授与を決めたのは、そのような支援を各国に呼びかける狙いもあろう。

 シリアでの化学兵器廃棄が困難を極めるのは、内戦の中で作業を進めねばならないからだ。

 一部の化学兵器関連施設は、政府軍と反体制派武装勢力の戦闘地域内に位置する。作業要員に危害が及ぶ懸念も拭えない。アフメト・ウズムジュOPCW事務局長は、予定通り廃棄作業を進めるには停戦が必要だと訴えている。

 だが、停戦の早期実現は容易でなかろう。内戦勃発から2年を過ぎても戦闘はやむ気配がない。

 犠牲者は10万人を超え、難民も200万人に上る。国際テロ組織アル・カーイダ系のイスラム過激派が、混乱に乗じて勢力を拡大しているのも深刻な問題だ。

 和平に向けた国際会議の早期開催が望まれるが、反体制派の大半はアサド大統領退陣を会議参加の前提条件としている。

 会議と停戦の実現に向け、反体制派に影響力を持つ米国と、アサド政権の後見役であるロシアは、最大限の努力をしてほしい。

 日本は、米露などと並び、化学兵器廃棄の技術と経験を有する世界でも数少ない国の一つだ。

 日本は中国で、旧日本軍の遺棄化学兵器の廃棄を進めている。地中に埋設された砲弾の発見に手間取り、作業は長期化しているが、2010年には日本製の移動式処理設備が稼働を始めた。

 オウム真理教による地下鉄サリン事件では、猛毒のサリンを処理した経験もある。

 安倍首相は国連総会で、シリア化学兵器廃棄への「能(あた)う限りの協力」を表明している。

 OPCWには、日本はこれまでも予算拠出や自衛官派遣で貢献してきた。シリア和平のため、一層の支援に努めてもらいたい。

2013年10月23日水曜日

青く澄んだ「北京秋天」はどこへいった

 どこまでも高く青く澄んだ空。洋画家の梅原龍三郎が戦前に発表した「北京秋天」という絵は、さわやかな北京の秋空を鮮やかに描き出している。

 ところがこの名作のイメージとかけ離れた日が、最近は目立つ。大気汚染のせいだ。4日には、悪名高い微小粒子状物質(PM2.5)の濃度が1立方メートルあたり389マイクログラムと、基準値(同75マイクログラム)の5倍を記録した。

 北京だけではない。黒竜江省ハルビンでは一昨日、PM2.5が同1000マイクログラムを超え、正確な測定が不能なレベルに達した。

 世界保健機関(WHO)傘下の専門組織、国際がん研究機関(IARC)は先週、大気汚染の発がん性を初めて認定した。特に中国をはじめ途上国でPM2.5などの被害が懸念されると警告した。邦人を含め、北京などで暮らす人々の健康が心配だ。

 中国の大気汚染が深刻になったのは、共産党政権が経済成長を最優先して環境対策を後回しにしてきたからだ。ここに来てようやく、本格的な対策に乗り出す構えを見せている。

 政府が9月中旬に発表した「大気汚染防止行動計画」は、大気の浄化や汚染の抑制などに今後5年間で1兆7500億元(約27兆円)の投資を見込む。

 これを受け北京市は、自動車保有台数の抑制や鉄道の整備、石炭に替わるクリーンエネルギーの導入などに取り組む行動計画を明らかにした。2017年までに1兆元の投資を見込む。

 北京市はさらに、東京の大気の改善に成功した経験を学ぶため環境の専門家を今月末に都に派遣する予定だ。尖閣問題で日中関係は冷え込んでいるだけに、北京市の危機感がうかがえよう。

 中国の大気汚染の影響は東シナ海を越えて日本にも及んでいる。日本の国益に直結する課題として、東京都だけでなく日本政府としても中国の環境改善に協力していくべきだろう。中国側に対策の加速を促していく必要もある。

 PM2.5については日本の観測態勢や国内の発生源対策も十分ではない。そもそもPM2.5の危険性にいち早く注目したのは米国で、日本の対応も鈍かった。

 政治的な対立や感情的なわだかまりがあるにしても、中国や韓国など周辺国と手を携えることで、世界の中でも先進的な環境対策を進めていきたい。

時間がかかりすぎる再審判断

 司法の判断が大きく揺れて迷走し、長い年月を費やしたあげく、釈然としない結論が示された。そんな印象がぬぐえない。

 三重県名張市で1961年、ぶどう酒を飲んだ女性5人が死亡した名張毒ぶどう酒事件で、裁判をやり直す再審を求めていた死刑囚の訴えを、最高裁が退けた。

 7度目となる今回の再審請求で、弁護側は「ぶどう酒に混入されていたのは死刑囚が自白した農薬とは違う種類だった」と主張した。物証であるぶどう酒や、鑑定の詳しい記録は残っていない。

 最高裁は、当時に近い状況で改めて行った鑑定の結果を検討したうえで、弁護側の主張は再審を始めるだけの明白な証拠にはあたらない、という判断を下した。

 だがこの事件は、一審で無罪判決となり、今回の再審請求でも一度は開始の決定が出され、死刑と無罪を行き来する経緯をたどっている。「疑わしきは被告人の利益に」という刑事裁判の大原則に照らして、疑問がまったく残らないとはいえないのではないか。

 裁判所が出す結論にかかわらず、再審を始めるかどうかの段階でこれほど長い時間がかかるのは大きな問題だ。今回の決定まで、再審の請求があってから11年半、高裁で再審請求が認められてからでさえ8年半の月日がたった。

 再審開始の決定に検察が異議を申し立て、取り消されれば弁護側が異議を唱える。再審の入り口で、こうした非公開の争いが延々と続くことが大きな原因だ。

 一度再審が決まれば、すみやかに公開の場である再審の裁判に移り、そこで結論を出すという仕組みに改められないだろうか。裁判員制度の導入で通常の刑事裁判の迅速化が進むなか、いたずらに長引く再審の問題は際立つ。

 近年、DNA型鑑定の精度が飛躍的に進歩するなど、将来の再鑑定で過去の判決が見直される事態が想定される。裁判で証拠となった資料や鑑定の記録をどう保存するかも、名張事件の裁判が突きつけた大きな課題である。

国家安保戦略―「軍事解禁」の危うさ

 これが平和主義と呼べるのだろうか。

 安倍政権が、日本の外交・安保政策の指針となる初めての国家安全保障戦略(NSS)の原案をまとめた。

 新防衛大綱とともに、年末に閣議決定する方針だ。今後10年を想定した内容となる。

 国の安全保障を考えるとき、防衛だけを突出させず、外交や経済をふくむ総合的な戦略を描くことには意味がある。

 だが原案が示すのは、日本が軍事分野に積極的に踏み出していく方向性だ。外交努力への言及は乏しい。

 日本が抑制的に対応してきた軍事のしばりを解く。ここに主眼があるのは疑いない。

 原案には盛り込まれなかったが、憲法解釈の変更による集団的自衛権の行使容認も、視野に入っているだろう。

 それが首相の言う「積極的平和主義」だとすれば、危うい道と言わざるをえない。

 紛争から距離をとり、非軍事的な手段で平和構築をはかってきた戦後日本の歩みとは根本的に異なるものだ。

 きのうの衆院予算委員会で、民主党の岡田克也氏は「集団的自衛権まで認めるのなら憲法9条とは何か。『普通の国』になるのか」とただした。首相は「(有識者懇談会の)結論を待ちたい」と答弁したが、だれもが抱く疑問ではないか。

 一方で、原案には武器輸出三原則の見直しの必要性が明記された。防衛産業の強い要請を受け、武器輸出の拡大をはかる。ここでも軍事のしばりを解く意図があらわになっている。

 輸出後の目的外使用や第三国移転に事前同意を義務づけるといった「厳格な管理」の規定は防衛産業には不評だ。しかし、これを見直せば、三原則の空文化は一層進むだろう。

 武器輸出に歯止めがなくなれば、日本製の武器が紛争を助長する懸念がぬぐえない。国際環境が変わっても武器は残り、日本の意図に反して使われる恐れすらある。

 政権は今国会で、日本版NSCと呼ばれる国家安全保障会議をつくる法案の成立をはかる。首相のもとに情報を一元化し、外交・安保政策の司令塔とする試みである。

 本来ならNSCで国際情勢を緻密(ちみつ)に分析し、時間をかけて安保戦略を練るのが筋だろう。しかし政権は、有識者の議論を追認する形で、年末の策定に踏み切ろうとしている。

 平和国家の基本理念を、なし崩しに覆すようなことがあってはならない。

日中35年―重みを増す協働の価値

 35年前のきょう、日本と中国は対等な隣人として尊重しあう関係の一歩を踏み出した。

 当時の福田赳夫首相とトウ小平(トウは登におおざと)副首相の立ち会いのもと、東京で日中平和友好条約の批准書が交わされ、条約が発効した。

 そのころ、両国を結びつけたものが二つあった。

 一つは「反ソ連」。アジアで覇権を求める国に反対する。ソ連を意識した条項を中国が強く求め、日本が受け入れた。

 もう一つは経済支援。当時の中国の国内総生産(GDP)は日本の4分の1未満。日本が将来への期待から手を差し伸べ、円借款は累計3兆円を超えた。

 あれから時代は変わった。ソ連は消え、中国のGDPは日本を抜いた。もはや当時と同じ形の利害関係ではない。

 だとしても、変わらぬ現実は今の時代にも続いている。両国はアジアを代表する主要国であり、助けあうことが互いに大きな利益になるという関係だ。

 残念ながらいまの両国は、尖閣問題で対立している。今月の東アジアサミットで安倍首相は南シナ海の領有権問題について「国際法の順守を」と訴え、中国側は「当事国以外が介入すべきでない」と反論した。

 その一方で最近、交流が復活している。先月、中国の大手企業首脳ら10人が来日した。日本の経済団体も訪中を準備している。きのうは北京で条約35年を記念する行事が開かれた。

 もちろん、中国は対日姿勢を軟化させたわけではない。根強い反日世論もある。民間交流を先行させ、徐々に政治に圧力をかける手法だろう。

 それでも、交流の扉を完全に閉ざすことは双方のためにならないとの認識が両国間に形成されつつあるとはいえる。

 対立点を抱えつつも協調するのは世界の2国間外交では珍しいことではない。むしろ、その知恵を絞ることにこそ国家の力が試される。尖閣が動かなくても、他の課題を通じて関係を築き直す余地は大いにある。

 たとえば中国では大気汚染が深刻化している。人の寿命が5・5年縮むともいわれ、影響は西日本に及びかねない。ほかにも感染症や高齢化対策など共有できる課題は多々ある。

 条約発効の日、トウ小平氏はこう語った。「この条約は私たちの想像以上に深い意味を持つかもしれません」。日中が協働する意義は、時とともに重みを増すと予見したのだろうか。

 「すべての紛争を平和的手段で解決する」「平等互恵」。条約の文言はいまなお、かみしめる価値をもっている。

「核不使用」賛同 抑止力維持しつつ軍縮進めよ

 唯一の被爆国として、「核兵器のない世界」の実現を訴えていくのは日本の当然の責務だ。同時に、米国の「核の傘」で安全保障を担保する現実も忘れてはなるまい。

 国連総会第1委員会で、「核兵器の不使用」を訴える共同声明が発表され、日本が124か国とともに賛同した。

 同様の共同声明は昨年5月以降、計3回発表されたが、日本が加わったのは初めてである。

 これまで日本が賛同しなかった主な理由は、「いかなる状況においても」核兵器を使用しないという文言があったためだ。米国の核使用を否定すれば、米国の核抑止力に頼る日本の安保政策と整合性が取れないとの判断があった。

 今回の声明でもこの表現は残ったが、日本の要請で「核軍縮に向けたすべてのアプローチ」を支持するとの新たな文言が入った。

 政府は、「アプローチ」には、「核の傘」の下で段階的な核軍縮を核保有国に促すという日本の政策も含まれると解釈し、矛盾は生じないとしている。

 原爆の惨禍を経験した非核保有国の日本が声明への不賛同を続ければ、核軍縮に及び腰だと見られかねなかった。文言を調整した上で賛同したのは妥当である。

 来年4月には広島で非核保有国12か国の「軍縮・不拡散イニシアチブ」外相会合も開かれる。日本は存在感を示すべきだ。

 ただ、現実は厳しい。世界には依然1万7000発を上回る核弾頭が存在する。米露は削減方向に動いているが、中国は250発まで増強してきているとされる。

 今年2月に3度目の核実験を行った北朝鮮は、核開発を続行しているとみられる。日本への核の脅威は増しているといえよう。

 核を持たない日本が、核攻撃を阻止するには、日米同盟の強化を通じ、米国の核抑止力の信頼性を確実に維持していくしかない。

 オバマ米大統領は、世界的な核削減を主張しつつ、日本への「核の傘」を堅持する姿勢を変えていない。今月初めの外務・防衛担当閣僚による日米安全保障協議委員会(2プラス2)でも、その方針が改めて確認された。

 米国や関係国とともに、北朝鮮に働きかけ、核開発を阻止するための対話の枠組みを再構築する外交努力も必要である。

 北朝鮮のように核開発に走る国が相次ぎ、核拡散防止条約(NPT)体制は揺らいでいる。核不拡散で日本の役割の重要性は増しこそすれ、減ることはない。

中国大気汚染 健康被害防止の対策が急務だ

 間近なビルもかすんで見えない。中国の大気汚染が再び、深刻の度を増している。

 暖房用石炭を大量に燃やす冬季になれば、汚染拡大が懸念される。中国政府には迅速な対策が求められる。

 黒竜江省ハルビンでは21日、直径2・5マイクロ・メートル以下の微小粒子状物質(PM2・5)の濃度が、1立方メートルあたり1000マイクロ・グラムの観測上限を超えた。

 日本の環境基準である1日平均35マイクロ・グラムをはるかに上回る。

 市内の全小中学校は休校になった。路線バスも一部運休した。

 こうした状況は、ハルビンにとどまらない。10月に入り、北部を中心にPM2・5の汚染が広がっている。北京でも、濃いスモッグに覆われ、当局が定める6段階の汚染指標で最悪の「深刻な汚染」に該当する日が続く。

 懸念されるのは、住民の健康被害だ。世界保健機関(WHO)の専門組織である国際がん研究機関(IARC)は、PM2・5について、「発がん性がある」と認定した。アスベストや喫煙と同じリスクがあるという。

 肺の奥まで入り込むPM2・5は、ぜんそくや気管支炎を引き起こす。IARCが早急な対策を求めたのは当然だ。

 中国で生活している邦人の健康状態も気がかりである。

 対策として、まず必要なのは、電力供給の約8割を占める石炭火力発電所や工場に脱硫装置を設置し、排煙を浄化することだ。目先の利益だけを追求するのでなく、環境対策にコストをかける意識を根付かせることが肝要だ。

 約2億台に上る自動車・バイクの排ガス対策も急務である。中国で使われているガソリンは、硫黄含有量が多く、高濃度の汚染物質を排出しているとされる。ガソリンの品質向上が欠かせない。

 強い政治力を背景に低品質製品で巨利を得てきた石油業界に対し、習近平政権がどこまでメスを入れられるかがカギを握る。

 中国の大気汚染は、日本にとって人ごとではない。PM2・5などが偏西風に乗って、西日本を中心に飛来している。

 尖閣諸島を巡り、日中両国が対立する中にあっても、環境対策は、両国が協力して取り組むべき重要課題と言える。

 北京市は月内に担当者を東京都に派遣する。日本の専門家も中国に招かれている。現状に対する中国の危機感を物語っている。

 大気汚染を改善した日本のノウハウは中国にも役立つだろう。

2013年10月22日火曜日

再生可能エネルギーの持続的な育成を

 太陽光や風力など再生可能エネルギーはできるだけ増やしたい。しかし、大切なのは持続的に伸ばしていくことだ。普及を後押しする支援策も、経済成長や電力の安定供給とのバランスを欠くようではうまくいかない。

 再生エネルギーによる発電設備は6月末までの1年間で、火力発電所数基分にあたる366万キロワットが運転を始めた。再生エネルギーでつくった電気を電力会社が買い取る制度の導入後、最初の1年としては順調な滑り出しといえる。

 ただ、国が制度の対象として認定した計画は合計2291万キロワット。稼働済み設備の5倍に及ぶ計画が手をつけられていない。消費者の負担増や送電能力の不足など様々な課題も表面化しつつある。

 買い取り制度は事業者が一定の利益を得られるようにして再生エネルギーの普及を促す。買い取り価格は普及による発電設備の値下がりなどを考慮して毎年度見直すが、適用されるのは計画が認定を受けた時点の価格だ。

 認可を受けた計画の9割以上は太陽光発電だ。太陽光は初年度の買い取り価格が1キロワット時あたり42円。今年度は38円に引き下げられた。事業者の中には認定だけ受けて建設は先送りし、設備費用の低下を待つ動きもあるという。経済産業省は認定した計画を改めて精査してほしい。悪質な例は認定を取り消すこともやむをえない。

 電力会社は買い取り費用を電気料金に上乗せし、最終的に企業や家庭が負担する。普及に伴い負担額は増える。現在の負担額は標準家庭で月額120円。5年後には3倍超になるとの試算もある。

 再生エネルギーを着実に伸ばしながら、影響を最小限に抑える制度の見直しが欠かせない。認定の審査の厳格化や買い取り価格の適切な引き下げが必要だ。

 送電インフラの整備も重要だ。北海道では大規模太陽光発電の計画が相次ぎ、北海道電力が電力の受け入れを制限する事態になった。風力発電の適地は6割以上が北海道と東北に集中する。

 問題は国のエネルギー政策の全体像が見えない中で、発電設備の整備を促す買い取り制度だけが先行して進んでいるところにある。再生エネルギーを持続的に伸ばすには買い取り制度や電力制度改革、電力インフラの整備を一体で進める総合戦略が欠かせない。再生エネルギーの導入目標を具体的に示すことも必要だろう。

除染に一石投じたIAEA

 福島第1原子力発電所周辺の除染に関し、年間被曝(ひばく)線量を1ミリシーベルトまで下げる長期の目標に「必ずしもこだわらなくてもよい」との見解を国際原子力機関(IAEA)の調査団が示した。

 1ミリシーベルトについては国内でも「目標が高すぎて非現実的だ」などと批判が出ている。除染の進め方をめぐる論議に、IAEA調査団が一石を投じた形だ。

 長期的には1ミリシーベルトを実現し、原状を回復するのが望ましい。しかし住民の帰還と復興を進めるうえで、長期目標が障害になるようではいけない。

 また除染に努めても放射線量がなかなか下がらない現実もある。除染で得られるプラスの面と、除染にかかる費用負担のバランスも考慮しなければならない。

 長期の目標は大事にしつつも、住民の帰還や地域の復興を射程に収めた、現実的な足元の除染目標と除染計画を練るべき時期だろう。政府は年間20ミリシーベルトを帰還の目安としてきたが、それが足元の除染目標として妥当なのかは、改めて議論が要る。

 線量がある程度下がった地域で、線量計を携帯するなどして住民が自ら被曝を減らすやり方もある。福島県田村市で試行されている。こうした方策にも政府や自治体は知恵を絞るべきだ。

 IAEA調査団のレンティッホ団長は記者会見で「除染への期待と現実のギャップを埋める必要がある」と述べた。

 1ミリシーベルトまで下がるとこれまで期待してきた住民もいる。除染計画づくりでは住民の声を反映させるべきだが、同時に場所によっては短期的には実現できないことを、政府は住民にはっきり説明する責任がある。1ミリシーベルトは安全と危険を分ける境界線ではない。

 国の直轄除染にかかる費用について、産業技術総合研究所は約2兆円と試算したが、政府が費用の全体像を早く示すことも大事だ。それにより、除染の継続か、移住など他の手段が経済的なのかの比較も可能になる。

元首相発言―トイレなき原発の限界

 小泉純一郎元首相が、ここにきて積極的に「原発ゼロ」を訴えている。

 放射性廃棄物という「ごみ」の始末に道筋がついていない以上、原発を続けるのは無責任。自然エネルギーや省エネを生かした循環型社会を目指すべきだ――といった内容である。

 「トイレなきマンション」になぞらえられるこの問題は、私たちも社説で折に触れて指摘してきたところであり、小泉氏の主張はもっともだ。

 日本のエネルギー政策を見直すうえで、根源的かつ早急な対応を迫られている課題である。そのことを、政府はしっかり認識してもらいたい。

 安倍首相は今国会で、野党の質問に答える形で「可能な限り原発への依存度を下げる」と繰り返している。

 だが、発言とは裏腹に、政府内で進められている議論は「原発回帰」が鮮明だ。

 年末に向けたエネルギー基本計画の見直し作業でも、原発の必要性を強調する議論ばかりが先行している。原発の後始末にかかる政策は、いっこうに具体化が進んでいない。

 とくに、放射性廃棄物を深く地中に埋める「地層処分」の候補地については、02年から公募を続けているが、手をあげる市町村がない。福島の原発事故を目の当たりにしたのだから、なおさらである。

 安倍首相はきのうの国会答弁で、地層処分について技術面でさらなる検討を加える意向を示したが、問題の根本は原子力政策そのものへの国民的合意がないことにある。

 脱原発とセットで廃棄物処理の具体策を検討すべきだ。

 その点で、日本学術会議がまとめた提言は参考になる。

 まず、廃棄物を地表か浅い地中で暫定保管する方針に切り替える。そのうえで、ごみの量が増加し続けないよう総量の上限を設ける。

 私たちは核燃料サイクル事業もやめるべきだと考える。使用済み燃料棒は不安定なプールではなく、「乾式キャスク」と呼ばれる強固な入れ物に移し、地表で暫定管理する。

 そうした環境を整え、最終処分法についての研究や社会の合意形成をじっくり進めていくのが現実的だろう。

 暫定保管とはいえ、安全基準を定め、法律を整備し、貯蔵のための設備を製造・構築するにも時間がかかる。条件を満たせない原発は運転を認めない、といった規制も必要になる。

 後始末なき原発回帰は、「国の責任」からほど遠い。

医学部新設―医師偏在をなくすには

 安倍首相が、東北地方で医学部の新設を検討するよう、下村文部科学相に指示した。地元国会議員や知事らの要望を受けたものだ。

 医学部の新設は「国家戦略特区」でも要望がある。「復興支援」で東北で特例的に認めるだけなら意義はうすい。今後、高齢化が一気に進み、医師不足が深刻化する首都圏などへの目配りが求められる。

 重要なのは、医師の養成を偏在の是正につなげることだ。

 高齢ニッポンの医療ニーズを満たす医師をどう計画的に配置できるか。この問いに正面から向き合う必要がある。

 日本の医療は大きな転換を迫られている。

 これまでは、技術を尽くして患者を徹底治療する「とことん型」が中心だった。病気やケガが治れば、元の生活に戻れるという前提があった。

 今後は、現役世代の数が減少する一方、75歳以上の後期高齢者が急増する。複数の病気を抱えた高齢者が、完全には治らずとも地域で暮らし続ける。その生活を支える「まあまあ型」の医療の需要が増える。国際医療福祉大の高橋泰教授はそう分析する。

 このニーズを満たせる医師を育て、都市と地方で異なる高齢化にあわせて配置しなければならない。政府の社会保障国民会議も同じ方向性を打ち出した。

 実現のためには、まず医師の養成を変える必要がある。

 一つは勤務地の問題だ。いま地方の医師不足には、既存の医学部に「地域枠」を設け、定員を増やすことで対応している。

 都道府県から奨学金を受け、医師になってから自治体病院やへき地の診療所などに一定期間(標準9年)勤務すれば、返済が免除される。この方式をさらに拡充すべきである。

 もう一つは診療科の問題だ。

 厚生労働省の検討会が今春、専門医に統一的な基準を設ける新しい制度の骨格をまとめた。まあまあ型医療の要となる「総合診療専門医」の新設を含め、どんな専門医を、どこで、どのくらい養成するかに枠を設け、偏在解消につなげる考えも議論された。

 しかし、医療界では「偏在是正に国が医師を強制的に配置するのはおかしい」といった意見が根強く、効果は不透明だ。

 自由を制限されるのは誰でもいやだ。とはいえ、医師の仕事の公共性は高い。この二つにどう折り合いをつけ、未曽有の高齢化に立ち向かうか。医学部新設は、この課題の中に位置づけられなければならない。

衆院予算委 実りある経済論争が聞きたい

 日本の針路を左右する課題が山積している。国会には、実りある政策論争を期待したい。

 衆院予算委員会で質疑が始まった。

 民主党の前原誠司・元外相は、安倍政権の経済政策「アベノミクス」について、「経済指標は良くなっているが、この考えにはくみしない」と述べた。

 金融緩和と財政出動の効果は短期的で、経済指標の最近の好転は、中国の経済成長など外的な要因もあると指摘した。

 安倍首相は、グリーンの先の崖を心配して、バンカーからパターで打つようなものだと、ゴルフに例え、デフレから脱却できなかった民主党政権を批判した。バンカーから脱するサンドウエッジがアベノミクスだとも主張した。

 前原氏は、「グリーンに乗るかどうかわからない。一緒に崖に連れて行かれてはたまらない」と応じたものの、議論が深まったとは言い難い。

 来春の消費税率引き上げによる景気の腰折れを避け、経済を再生させることが日本の最大の課題である。民主党なら、どんな政策を採るのか具体策を聞きたい。

 前原氏は日銀の黒田東彦総裁に金融緩和縮小への「出口戦略」を示すよう迫った。だが、デフレ脱却は道半ばで、政策効果を見極める段階である。黒田氏が「時期尚早」と答えたのは当然だろう。

 民主党は、環太平洋経済連携協定(TPP)交渉について、聖域なき関税撤廃を前提としないとする自民党の選挙公約との関係や、交渉に関する情報開示のあり方などをただした。

 しかし、首相は「公約をたがえてはならないと考えている」と繰り返すばかりだった。

 自民党はコメ、麦など「聖域」の絞り込みを検討している。TPP交渉の展開は不透明だ。自由貿易推進で、日本が成長にどう弾みを付けるのかという観点からも、与野党は論戦すべきだろう。

 小泉元首相が「原発ゼロ」を唱えていることも議論になった。

 安倍首相は「政権を預かる立場としては、いかなる事態でも国民生活に責任あるエネルギー政策を進める」と語った。

 経済活動や家計に与える悪影響を考えれば、原発をゼロにする政策は非現実的だ。

 放射性廃棄物処分場が確保出来ていない問題について、首相は「処分地選定に着手できていない現状を真摯しんしに受け止めなければならない」と語った。首相主導で取り組みを強化する必要がある。

貿易赤字15か月 原発再稼働で早期に歯止めを

 貿易赤字の拡大に歯止めがかからない。国富の流出が続けば、日本経済再生への道は一段と険しくなるだろう。

 政府は「貿易立国」の復活に向け、全力を挙げなければならない。

 輸出額から輸入額を差し引いた9月の貿易収支は、9300億円の赤字だった。貿易赤字は15か月連続で、第2次石油危機時の14か月を超え、33年ぶりに最長記録を更新した。

 今年度上半期(4~9月)の赤字も4・9兆円に達し、半期として過去最大となった。

 貿易赤字の主因は、全国の原子力発電所が停止し、代替する火力発電所向けの燃料輸入が急増したことである。為替相場が円安・ドル高に振れたことも、赤字拡大に拍車をかけたと言える。

 主力燃料である液化天然ガス(LNG)の輸入額は、東日本大震災前から倍増した。政府試算によると、LNGや石油など、原発停止による火力発電の追加燃料費は、2011~13年度の3年間で総額9兆円にのぼる見通しだ。

 巨額の輸入代金が、中東などの資源国に流出し続けている異常事態を看過できない。

 安全性を確認できた原発を再稼働し、火力発電への過度な依存を改めることが急務である。

 燃料費の増大に伴う電気料金の上昇も深刻だ。東京電力の管内では、標準家庭の料金が震災前より約30%、月額で1800円近く値上がりした。

 企業向けの電気料金は、家庭より値上げ幅が大きい。企業がコスト増を敬遠し、生産拠点を海外に移す「産業空洞化」が再び加速しかねない状況だ。空洞化で輸出が減り、貿易赤字がさらに拡大する悪循環も懸念される。

 安倍首相は規制緩和など成長戦略を推進し、日本を「世界で一番企業が活躍しやすい国」とする考えを示している。その実現には、安価な電力の安定供給体制を確立することが不可欠だろう。

 中国からの太陽光パネルやスマートフォンの輸入が増える一方、アジアなど新興国向け輸出が伸び悩んでいるのは気がかりだ。

 政府は法人税実効税率を引き下げ、企業の競争力強化策を後押しすべきである。官民連携による、原発や高速鉄道などインフラ輸出の促進も求められる。

 肝心なのは、民間企業が創意工夫で魅力的な商品やサービスを生み出すことである。チャレンジ精神を発揮し、国際競争を勝ち抜いてもらいたい。

2013年10月21日月曜日

企業の創意生かす競争力強化策に

 安倍晋三政権が6月にまとめた成長戦略「日本再興戦略」が実行の段階に入る。政府は産業の新陳代謝を促す産業競争力強化法案を今国会に提出した。国際的なビジネス環境を整える国家戦略特区の関連法案も準備している。

 デフレからの早期脱却を目指し、成長戦略の軸足を企業の支援に置くのはいい。日本経済の主力エンジンである企業の活力を引き出し、設備投資や雇用、賃金を生み出す力を高めることが、国民生活を向上させる結果にもなる。

過剰な介入は避けよ
 だが経済再生の成果を急ぐあまり、国が過剰な介入に乗り出すのでは困る。企業の創意工夫や自主的な経営判断を妨げないような成長戦略の運用を望みたい。

 産業競争力強化法案は2013年度からの5年間を、成長戦略の「集中実施期間」と位置づけた。施策の内容や実施期限、担当閣僚を定めた実行計画をつくる。

 事業の再編や先端設備の導入、ベンチャー支援に動く企業を法人税減税などで優遇する。車の自動運転のような先端技術の実証実験に取り組む企業に、特例的な規制緩和を認める制度も設ける。

 日本では同じ業界に多くの企業がひしめき、過酷な消耗戦を続けている。先行きに自信を持てず、投資に二の足を踏む企業も少なくない。過剰な規制は新規事業の開拓を阻み、リスクマネーの不足は起業の障害になっている。

 こうしたゆがみを是正し、産業の新陳代謝や需要の創出を促すという法案の趣旨に異論はない。一連の法人税減税や規制緩和にも一定の効果は期待できるだろう。

 法人税減税には生産性や利益率などの基準を設け、特例的な規制緩和には安全性の確保といった条件を課す。詳細は省令や告示で定めるが、企業の使い勝手が悪くならぬよう注意した方がいい。

 問題は国の干渉が強まりかねない点だ。今回の法案には、供給過剰などで事業再編が必要な業界を国が調査・公表する規定もある。国が成長分野と衰退分野を選別し、特定の方向に企業を誘導するのがいいことだとは思えない。

 期限つきの政策減税や規制緩和の特例には、政治家や官僚の裁量が働きやすい。優遇措置の見返りに企業に過度の圧力をかけ、無理な賃上げや投資の拡大を迫るようなことがあってはならない。

 国家戦略特区は厚い岩盤に阻まれた規制改革の突破口だ。医療分野では混合診療の対象や外国人医師の受け入れを拡大し、病床規制を緩和できるようにする。

 教育分野では公立学校の運営を民間に委ね、大学の医学部を新設することを認める。都市分野では都心への居住を促す容積率の緩和、農業分野では農地利用の効率化に向けた農業委員会の権限縮小などが可能になる。

 法案の成立を見越して準備を始めた自治体もある。国際空港を擁する千葉県成田市は、国際医療福祉大(栃木県)が計画する医学部・付属病院の誘致に名乗りをあげた。海外からも医師や患者を招き、一般の会社員世帯が払える学費に抑えることを売り物にする。

 雇用分野では有期雇用の期間拡大を検討したが、厚生労働省が現行5年の有期期間を全国一律で10年に延ばす法案の提出を約束した。これも国家戦略特区の効用といえるだろう。

特区を再生の起爆剤に
 政府の規制改革会議がふがいないだけに、先兵役の責任は重い。この特区をうまく活用し、経済再生の起爆剤にすべきだ。

 安倍政権の成長戦略はこれで終わりではない。産業競争力強化法案や国家戦略特区が重要なのは確かだが、これまでに打ち出した施策の満足度が高いとは言い難い。

 復興特別法人税の廃止に続く法人実効税率の引き下げや、医療・農業の岩盤規制の改革に踏み込むべきだ。成長戦略を絶えず進化させる首相の指導力が試される。

 企業の経営努力も問われるだろう。安倍政権が14年4月の消費税増税を決断した一方、多くの法人税減税を実施する点については「企業優遇」との批判が絶えない。企業収益が増えても、雇用の拡大や賃金の上昇という恩恵が家計に及ばないとの不満も根強い。

 安倍政権は「6重苦」ともいわれた企業の障害を、曲がりなりにも取り除きつつある。それでも企業が手元資金を積み上げ、必要な投資や従業員への還元を渋るのでは、経済再生の弾みがつかない。

 長い目でみた収益基盤を固めるために何を育て、何を捨てるのか――。国の政策に注文をつけるだけでなく、企業自身の成長戦略も語らなければならない。

公務員改革―情実、猟官生まぬよう

 中央省庁の幹部公務員人事を内閣が一元的にとりしきる。

 そんなうたい文句の国家公務員法改正案を、安倍内閣がこの国会に提出する。

 官僚の人事は基本的に各省が差配してきた。首相官邸がかかわるのは次官・局長級のみ。それも、各省がつくった案を官邸の会議に諮る方式だった。

 政府・与党で合意した改正案の骨格によると、官邸がかかわる対象を部長級にまで広げる。新設する内閣人事局で適格性を審査したり、首相や官房長官からも閣僚に幹部人事をもちかけられるようにしたりして、官邸の役割と権限を強める。

 実現すれば、前向きな効果も生むだろう。官邸の人事権を強めれば、官僚の視線は省庁よりも官邸に向かう。省益優先のふるまいが減り、縦割りの弊害が薄まるかもしれない。

 だが深刻な副作用を生みはしないか。政治家が官僚の人事にむやみに口を出し、官僚が政治家におもねる恐れがある。

 閣僚は人事権を持つが、多くの場合、事務次官以下でまとめた人事案を尊重しているのが現状だ。今度の案では▽閣僚が民間人を含め、これはと思う人を推薦▽首相・官房長官と閣僚が協議――と、選考過程で政治家が果たす役割を明文化した。

 近年の政治は2度の政権交代に加え、首相は毎年、閣僚はさらに頻繁に代わる不安定ぶりだった。もしも首相や閣僚がお気に入りを省庁の幹部に並べた揚げ句、ともに頻繁に代われば、行政は大混乱に陥る。

 こんな時代だからこそ、政治には節度が求められる。

 それでも政治の関与を強めるのなら、副作用を抑える仕組みが要る。

 まず、内閣人事局による適格性審査を実効あるものに練り上げることだ。

 審査を通った幹部候補の中から人選し、閣僚と首相・官房長官が協議する段階でも透明性が必要だ。抜擢(ばってき)や降格の理由を国会で説明したり、協議の記録を残して後日公開したりすることは可能なはずだ。

 一元化は4度目の挑戦だ。麻生、鳩山、菅の3内閣が法案を出したが、廃案となった。

 公務員の労働基本権回復をめざした民主党政権とは立場が違うため、安倍内閣は麻生内閣の法案を下敷きにした。人事の公正を図る第三者機関である人事院の意見を聴く規定を加えるなど、徐々に穏当な内容になりつつある。

 だが、まだ不十分だ。情実人事や猟官運動がはびこらないよう、いっそうの工夫がほしい。

鉄道トラブル―JR一体で安全確保を

 JR北海道で、耳を疑うような不祥事が止まらない。

 線路の異常が270件も放置されていたのに続き、今度は非常ブレーキが利かない状態の特急が3カ月も営業走行していた疑いが発覚した。

 線路異常の情報は、現場部署内でさえ共有されていなかった。本社はチェック機能を果たさず、経営陣は不祥事の原因把握もおぼつかない。状況の深刻さは想像を超えているようだ。

 弱い経営基盤、40代が8%しかいない社員の年齢構成、労組間の激しい対立など、多くの要因が浮上している。

 全株式を実質保有する政府は、JR北の経営陣を刷新する方針だ。JR東日本も中堅社員を派遣する。だが、その場しのぎの対策では傷を広げるばかりだ。思い切った改革のため、企業再生に実績を持つ鉄道業界外の人材登用も考えるべきだ。

 これまでの国の安全施策についても検証を求めたい。

 05年のJR宝塚線脱線事故後、国は、鉄道事業者が自主的に安全管理体制を整えるよう促す政策を推し進めた。安全意識を組織の隅々まで行き渡らせるねらいがあった。

 方向性は悪くない。ただJR北も、形の上では体制を整えてきたはずなのに、結局は機能していなかった。

 太田昭宏国土交通相は、鉄道事業者への監査を見直す考えを示した。全国に32人いる監査官の増員も検討する考えだ。

 重要な一手だが、鉄道は技術の専門性が高く、役人による監査には限界もある。そこで、監査に加えて、事故や重大トラブルを調査し、安全対策を提言する専門機関の運輸安全委員会を強化してはどうか。

 5年前に発足した安全委は鉄道でこれまで79件の調査報告書を公表した。9件をJR北が占め、事業者別で2番目に多い。

 工事箇所の確認不足、本社と現場、社員同士の連携ミスなど、現在の窮状に通じる問題がいくつもあった。

 トラブルが続く事業者は、経営構造や労務環境に問題を抱えていることが多い。安全委はそうした背景に深く切り込み、予防に役立つ提言をする権限をもっている。フル活用し、改革を強く後押しすべきだ。

 人口減少の時代を控え、鉄道事業の経営環境は厳しい。効率化を急ぎ、安全性を損ねたJR北の例はひとごとではない。

 技術者を共同で育て、車両や部品を共通化するなど、業界が一体となって効率と安全の両立に挑戦する。そこを怠ると、鉄道は明るい未来に向かえない。

靖国参拝見送り 的外れな中韓両国の対日批判

 安倍首相は、靖国神社の秋季例大祭中の参拝を見送り、神前へ真ま榊さかきを奉納するにとどめた。

 春季例大祭と終戦記念日に続いて、今回も参拝を見送ったのは、中国、韓国との関係がさらに悪化する事態を避けるのが目的だ。

 中韓両国は、極東国際軍事裁判(東京裁判)で処刑された東条英機元首相ら「A級戦犯」が合祀ごうしされている靖国神社を軍国主義の象徴とみなして、首相や閣僚の参拝に反対している。

 もとより、戦没者をどう追悼するかは、国内問題であり、他国から干渉される筋合いではない。

 だが、外交問題化している以上、首相の判断は妥当だろう。

 靖国神社に参拝することへの首相の意欲は強いとされる。なお慎重な対応が求められる。

 残念なのは、中韓両国に、首相の参拝見送りを前向きに受け止める姿勢が見られないことだ。

 中国外務省は、首相の真榊奉納について「いつ、いかなる方式で参拝しようとも反対する」と述べ、事実上の参拝と見なす考えを示した。韓国外交省も「深い憂慮と遺憾の意」を表明した。

 日本は戦後一貫して平和国家として歩み、国際社会にも貢献してきた。中韓両国は、そのことに目をつむっているのではないか。

 中韓の指導者が、安倍政権の政治姿勢を「右傾化」と批判するのは、反日世論を利用し、自らの求心力を維持する狙いもあろう。

 しかし、的外れな対日批判をエスカレートさせた結果、日本から中国への投資が落ち込み、中国経済への悪影響も広がっている。

 安倍首相は、首脳会談の開催を繰り返し呼びかけている。中韓首脳はこれに応じ、事態打開に動くべきだ。「互損」から「互恵」へ転換を図らねばならない。

 今回の参拝見送りの背景には、日中・日韓の対立を懸念する米国に配慮した側面もある。

 今月初旬に来日した米国のケリー国務長官とヘーゲル国防長官は千鳥ヶ淵戦没者墓苑を訪れ、献花した。無宗教の国立施設である墓苑は、先の大戦の戦没者のうち、身元不明などで引き渡し先のない遺骨を納めている。

 千鳥ヶ淵訪問は、靖国神社参拝について慎重な対応を求めるメッセージとも見られている。

 戦没者の慰霊をどう考えるかは、日本国内にも様々な意見がある。戦争指導者への批判も根強い。だれもが、わだかまりなく戦没者を追悼できる国立施設の建立について議論を深めるべきだ。

羽田国際発着枠 配分方法の透明性を高めよ

 公平な競争環境を整備し、航空行政の透明性も高める。空港の機能強化を図るうえで、政府が重視すべき課題が浮き彫りになった。

 国土交通省は、羽田空港の国際線発着枠について、来春から日本航空に1日5便、全日本空輸に11便を新たに配分することを決めた。

 日航は「不当に不均衡な内容」だと反発し、配分の見直しと検討過程の説明を国交省に申し入れた。航空業界が政府に発着枠の配分で抗議するのは異例だ。

 2010年に経営破綻した日航は、約3500億円の公的資金による資本増強や、法人税の免除など手厚い支援をテコにわずか3年足らずで再建を果たした。日航のスピード再生は評価できる。

 しかし、日航の13年3月期の当期純利益が全日空の約4倍に上るなど、経営体力には大きな差が生じている。公平な条件下で行われるべき企業間の競争が公的支援によって歪ゆがめられているとすれば、是正が必要だろう。

 国交省は、適正な競争環境を確保するため、全日空に優先配分したと説明している。判断にはうなずける点もある。

 問題は、検討過程が不透明だったことだ。

 国交省は昨年、羽田の国内線の発着枠を増やした際、日航に3便、全日空に8便と傾斜配分した。有識者会議を設けて議論を重ね、航空会社からの意見聴取も実施した末の決定だった。

 これに対し、今回は外国の政府や企業との交渉を伴う国際線の配分であることを理由に、公開の場で協議せずに結論を出した。

 空港は貴重なインフラ(社会基盤)で、発着枠の配分は、航空会社の経営戦略や収益に直結する重要な決定と言える。

 国内の航空会社の配分は、国際線であっても事前に検討の進め方を明確にしておくなど、決定過程をできるだけ分かりやすく示すべきだったのではないか。

 民主党政権が主導した日航救済に批判的な自民党の意向が働いたとの見方も根強い。こうした疑念を招かないためにも、政治の介入を防ぐような客観的な決定方法を工夫することが求められよう。

 政府は20年の東京五輪開催に向け、羽田の国内線と国際線の発着枠をさらに拡大したい考えだ。国内外の航空会社が発着枠の追加配分を望むことが予想される。

 今回の問題を教訓に、国交省は発着枠の配分方法に関する検討を急がねばならない。

2013年10月20日日曜日

秘密保護法案はさらに見直しが必要だ

 国の機密を漏らした公務員などへの罰則を強化する特定秘密保護法案の修正案を、自民、公明両党が了承した。政府はいまの臨時国会に法案を提出して、成立を目指すという。

 修正案には国民の知る権利や取材の自由に配慮する条文が盛り込まれた。国による情報統制が強まるとの批判を受けての対応だ。「半歩前進」といっていいが、これらは努力規定にすぎない。

 修正後もなお、秘密の指定範囲は曖昧で、厳罰化によって公務員が萎縮し、知る権利を損なう恐れがある。政府は法案の成立を急ぐのではなく、さらに議論を尽くして見直しを進めるべきだ。

 法案では、防衛、外交、スパイ活動、テロの4分野で、特に秘匿すべき情報を各省の大臣が「特定秘密」に指定する。この秘密を外部に漏らした公務員には、最長で10年の懲役が科せられる。

 政府は秘密保護法案を、外交・安全保障政策の司令塔となる国家安全保障会議(日本版NSC)の設置法案と一体のものと位置付けている。米国などと情報を共有し、安全保障会議を機能させるためには、秘密を守るための法整備が欠かせないという考えからだ。

 機密の漏洩を防ぐ仕組みの必要性は理解できる。しかし修正案でも秘密に指定する要件は曖昧なままで、都合の悪い情報を隠す形で使われかねない。政府は有識者の意見も聴いて指定の基準を設けるというが、外部の第三者機関をつくるのも一案ではないか。

 秘密指定が妥当かどうか検証する手段は不十分なままだ。一定期間すぎれば開示したり、指定解除後の文書の廃棄を厳しく制限したりする策を検討すべきである。

 取材活動については「著しく不当な方法でない限り正当な業務」と規定した。これも「著しく不当」の内容が不明確だ。そもそも何が正当な取材行為かは、国が決めるようなものではないだろう。

 取材する側が原則として罰則の対象外になったとしても、公務員の側は罰則の重さから取材への対応をためらってしまいかねない。必要な情報まで開示されなくなってしまう恐れがある。

 政府は、国の持つ情報は本来、国民のものであるとの大原則に立ちかえり、いま一度法案を見直してほしい。これと並行して、公文書の適切な作成・管理や、使い勝手のいい情報公開の仕組みを整える努力も怠ってはならない。

経営統合が映す地銀の課題

 地方銀行の再編が加速する可能性が出てきた。きっかけは、ともに東京都を地盤とする東京都民銀行と八千代銀行の経営統合だ。

 都民銀と八千代銀は2014年10月をメドに設立する共同持ち株会社の傘下に入る。グループの預金量は4兆4000億円弱と、全国の地銀の中で20位程度の規模となる見通しだ。

 過去の金融再編は地銀を含め、不良債権問題で経営が行きづまった銀行の救済の側面が強かった。都民銀と八千代銀の統合は、苦境に陥る前に経営基盤を強化しようという戦略的な動きだ。

 全国には105行も地銀があり、各地域で横並びの貸し出し競争を続けている。再編で経営コストを下げれば、銀行の収益力は上向く。新たな貸出先の発掘や企業育成に取り組む余裕も生まれる。そんな統合後の戦略を都民銀と八千代銀が示すことができれば、他の地銀の再編の呼び水にもなる。

 景気は回復基調にあるとはいえ、地銀の主要な顧客である中小企業は、大企業に比べ経営環境が苦しい。中小企業をいかに支えるかは地銀全体の喫緊の課題だ。

 帝国データバンクによれば、銀行が中小企業金融円滑化法に基づき債務の返済条件を緩めたにもかかわらず経営が破綻した事例は、09年12月の集計開始から今年9月までに1030件に達した。資金繰りをつなぐだけの企業の延命策には限界がある。

 売り上げを伸ばすための戦略づくりや新規事業を始める手助けなど、企業が地銀に求めるものは様々だ。そうした分野に人材を回すためには、統合で業務の無駄を極力省くことが必要だ。

 地銀のもう一つの課題は企業の海外進出の支援だ。現地での資金調達や法務・税務の助言など、地銀だけでは対応しきれない分野もある。外部の専門家の力を借りることが欠かせない。

 とくに都民銀と八千代銀の地盤である東京は、大手の金融機関や法律・会計事務所が集積する。提携戦略も進めやすいはずだ。

学力調査―公開する責任と覚悟は

 全国学力調査の結果について大阪市教委が全国で初めて、校長にホームページなどで公表を義務づけると決めた。委員の話し合いで、「開かれた学校づくりのため公表すべきだ」との意見が大勢を占めたからだ。

 改めて、成績公表のリスクと重い責任を考えたい。

 学力調査をめぐっては、公表が過度な競争を招いて不正が横行した苦い歴史があり、文部科学省は教委による学校別の成績公表を禁じている。学校独自の判断による公表は認めているが、大阪市教委は「従わない校長は処分を検討する」としており、事実上の強制だ。

 文科省はルールに反すると改善を求めたが、その文科省もいま、公表解禁を検討中だ。各地の首長や保護者から「税金を使う以上、国民には結果を知る権利がある」などの主張が相次いでいるためだ。なし崩しに学校別の成績公表へ移行する可能性もある。

 学校は、子どもが社会を生き抜く力をつける場所だ。テストの点は教育の成果の一部でしかない。そう頭ではわかっていても、数字を突きつけられると弱いのが人間である。

 学校が序列化される懸念はもちろん、こわいのは、点数に振り回されて教育がゆがんでいくことだ。過去には、公表される平均点を上げようとした先生が、障害をもつ子にテストを受けさせなかった例もあった。様々な境遇や個性の子が尊重しあい成長するという教育の本質が破壊されては、本末転倒だ。

 一方、公表を求める保護者の思いの底には、なにごとも隠しがちで、コミュニケーションが取りにくい学校への不信感がある。公表することで地域に学校の課題が伝わり、保護者の信頼と協力が得られやすくなるかもしれない。先生たちに、よい意味での緊張感も生まれよう。

 だが、公表が教育のゴールではありえない。公表するにしても、学校序列化で終わるのでなく、結果が思わしくない場合には原因と課題をさぐる工夫を重ねなければならない。成績がふるわなかった生徒への取り組みと成果などを継続的に地域に発信する努力も欠かせない。学校をよくするための地域との対話の出発点でなければならない。

 学校や先生をさらしものにするパフォーマンスに終わるなら、子どもや先生を傷つけるだけだ。学力には、貧困や地域の教育力など複雑な要素がからむ。安易な公表は現場を荒廃させ、問題解決を遅らせる。その重い自覚がなければ、公表する資格はない。

中国の人権―運動弾圧は許されない

 中国の憲法第35条は、こう規定する。「中華人民共和国の公民は言論、出版、集会、結社、行進、示威の自由を有する」

 にもかかわらず、ごく穏健な改革を主張する市民運動家が中国で相次いで身柄を拘束されている。当局の振る舞いは明らかに人権を無視した弾圧であり、許されるものではない。

 いま、中国では「新公民運動」と呼ぶ動きが各地で起きている。真正面から民主化を求める従来の運動とは異なる。ラジカルな体制批判を控えながら、「公務員の資産公開」「出稼ぎ農民の子らへの教育機会の平等」といった具体的な主張を掲げ、支持を広げている。

 今年7月に拘束されたのは、その運動の担い手の一人だった法学者・許志永氏。そして、許氏の釈放を求めて署名運動をネットで展開した企業家の王功権氏が9月13日に拘束された。いずれも「公共の秩序を乱した罪」の容疑というが、首をかしげざるを得ない。

 ほかにも拘束されたままの関係者がいる。こうした運動は、教育水準の向上、情報を伝えるパソコンや携帯電話の普及とともに起きた必然的なうねりといえる。自らの頭で考え、行動する市民が厚みを増している。

 東アジアでは1980年代後半以降、経済発展とともに民主化が進んだ先例がある。韓国と台湾だ。

 しかし中国は、経済発展しても抑圧の手を緩めない統治スタイルに固執している。憲法に基づき、当たり前の権利を求める市民に対し、習近平(シーチンピン)政権は、その声に耳を傾けるどころか、取り締まり強化で応じている。あまりに硬直的な対応である。市民の権利意識という内圧の高まりに、いつまでも耐えられるというのだろうか。

 そればかりか、憲政(憲法に基づく政治)自体を否定する論調が主要メディアで流されている。その中のある記事は、憲政を「社会主義体制を崩壊させる米情報機関の武器」と言い放っている。異様というほかない。

 習政権に対しては発足当初、改革志向への期待が知識人層にあったものの、今や失望のほうが大きい。

 中国政府が最近、国連の人権理事会に提出した「国家人権報告」は「市民一人ひとりが、より尊厳があり、自由で幸福になるよう努める」と明記している。

 その目標こそ、周囲から尊敬される大国になるために目指すべき方向ではないか。まずは第一歩として、許氏、王氏らを直ちに釈放するべきである。

競争力強化法案 成長戦略の具体化へ成立急げ

 日本経済再生の本丸である成長戦略を前進させる大切な一歩だ。

 政府は産業競争力強化法案を国会に提出した。成立を急ぎ、企業活性化を図らねばならない。

 デフレから脱却し、日本経済を安定成長の軌道に乗せるには、企業業績の回復が賃上げや雇用拡大につながる「好循環」を実現することが必要である。

 競争力強化法案は、安倍政権が6月にまとめた成長戦略のうち、主に産業振興策を具体化したものだ。企業の底力を高める施策が、幅広く盛り込まれた。

 今後5年間を競争力強化の「集中実施期間」と定め、当面3年間の「実行計画」を作成する。各施策の実施期限を決め、遅れや成果不足が生じた場合は、追加策を担当閣僚に義務づける。

 着実に成果が上がるよう、施策の中身をきちんと詰めることが重要である。

 競争力強化の柱は、新規ビジネスへの参入を阻んでいる過剰な規制の見直しだ。

 次世代自動車など先進的な事業を進める企業に、規制緩和を特別に認める「企業実証特例制度」を導入する。イノベーション(革新)の促進に期待したい。

 企業が目指す新規事業が規制に抵触していないかどうか、国が事前にお墨付きを出す「グレーゾーン解消制度」も新設する。医療分野などが有望視され、定着すれば企業は新たなビジネスを展開しやすくなるのではないか。

 国内で過当競争の続く業界は少なくない。このため、再編による企業の集約化を促そうと、法案は合併や会社設立にかかる税負担の軽減も打ち出した。

 ただ、支援策を民間企業が積極的に活用しないと、十分な効果が上がらない恐れがある。

 政府は12月、設備投資減税や賃上げした企業の税負担軽減を柱とした経済対策を策定する。各企業が「攻めの経営」を展開する好機である。競争力を高める経営戦略を真剣に考えてほしい。

 無論、今回の法案だけで、競争力強化策が万全とは言えない。

 規制緩和を先行導入する「国家戦略特区」など、他の成長戦略とあわせて、企業が活動しやすい環境作りを加速させるべきだ。

 政府が決めた国家戦略特区の規制緩和項目は、雇用や医療などの分野で改革の後退が目立つ。物足りない内容である。

 安倍首相がリーダーシップを発揮し、強固な「岩盤規制」を大胆に切り崩すことが求められる。

イラン核協議 外交的解決へ動き出すのか

 イラン核問題が外交的解決に向け動き出すのかどうか。注視したい。

 イランが、国連安全保障理事会常任理事国(米英仏露中)にドイツを加えた6か国との協議で、経済制裁緩和を条件に核開発を抑制するという新提案を行った。

 6か国側は協議への「重要な貢献」と評価した。共同声明が初めて発表されたのも良い兆候だ。

 詳細は未公表だが、イラン側によるとウラン濃縮の「レベル」を制限するという。核爆弾製造につながる濃縮度20%のウランの生産停止を要求してきた6か国に、イランが歩み寄ったとも言える。

 イランと6か国の核協議は、2008年から行われてきたが、イランは消極的態度に終始し、進展は見られなかった。

 その間、イスラエルがイランの核施設を攻撃する可能性をちらつかせた。緊張が高まり、関係国間では神経戦が続いてきた。

 今回の新提案を機に協議が進展するのか、なお不透明だ。

 イランが積極姿勢に転じたのは、経済困難に対する国民の不満の高まりを背景に、穏健派のロハニ大統領が選出されてからだ。

 イランでは、米欧主導による経済制裁を科せられているため、主な収入源の原油輸出が半減し、急激なインフレが進んでいる。

 大統領には、核協議で米欧と妥協を図って制裁を解除させ、経済立て直しを図りたいとの思惑がうかがえる。最終決定権を握る最高指導者ハメネイ師も、そうした方針を容認しているのだろう。

 オバマ米大統領の手腕が問われる局面でもある。米国は革命後のイランと敵対的な関係を続けてきたが、オバマ氏はロハニ大統領と電話で会談し、核問題の外交的解決を目指すことで一致した。

 米国が、有数の産油国である地域大国イランとの関係改善に踏み出せば、中東における戦略的立場の強化に役立とう。

 ただ、イランとの交渉には、核武装化の阻止があくまでも前提とならねばならない。

 核協議は来月に再開されるが、米国が主張するように、イランから、核兵器開発を決して行わないことを示す「有意義、透明かつ検証可能な行動」を引き出すことが肝要である。

 イスラエルは、「提案ではなく、実際の行動」を見極めるとし、イランへの不信感を隠さない。

 イスラエルによる軍事攻撃の懸念を払拭できるかどうかは、イランの今後の出方にかかっていると言えよう。

2013年10月19日土曜日

五輪にらみITSで日本の技術力強化を

 最新のIT(情報技術)を使い車の安全運転や渋滞緩和などを目指す「ITS(高度道路交通システム)世界会議」が今週、東京で開かれた。9年ぶりの日本開催で様々な技術が披露された。米国も車の情報化に力を注ぐが、ITSは日本の得意分野だけに世界をにらんだ技術戦略が必要だ。

 ITSは「インテリジェント・トランスポート・システムズ」の略で、高速道路の自動料金収受システム(ETC)もそのひとつ。会議は欧米やアジアの推進団体が1994年から持ち回りで開催しており、今回は自動運転や車の位置情報などを有効活用するビッグデータに関心が集まった。

 自動運転ではトヨタ自動車や日産自動車、ホンダなどが最新技術を紹介した。無線やレーダーなどを使い、前方の車に合わせて減速するなど安全運転を促す仕組みだ。米IT大手のグーグルなどもこうした分野に参入しており、日本の技術力が試されている。

 ITSで日本が世界をリードしていくには何が必要か。まずは技術の標準化とそれを広めるための環境整備である。政府は放送のデジタル化で空いた周波数の一部をITSに提供した。しかし技術や製品が海外にも売れるようにするには、通信規格の共通化などを外国にも求めていく必要がある。

 自動運転は高齢者や身体障害者などの運転支援手段として期待が大きい。だが新技術を車に搭載するには道路交通法など様々な法規制の見直しが欠かせない。国土交通省が推す小型電気自動車にも同様なことがいえよう。

 ビッグデータとして車の情報を集約し、交通基盤整備に役立てるには、プライバシー問題も避けて通れない。東日本旅客鉄道(JR東日本)がIC乗車券の利用情報を外部に提供しようとして問題となった。今後は正当な公共の目的のためなら、個人情報をきちんと保護したうえで利用できるように合意形成が求められる。

 2020年には東京五輪の開催が決まった。都市交通網の整備は喫緊の課題だが、今から新しい道路や鉄道をつくるのは容易でない。既存のインフラの有効活用を考えるべきであり、そのためにもITSの技術が重要になる。

 11月には2年ぶりに東京モーターショーも開かれる。日本は行政も企業も縦割りの技術開発に陥りがちだが、垣根を越えて日本の技術力強化に取り組んでほしい。

「中高速」成長に移行した中国

 中国の国家統計局は7~9月期の国内総生産(GDP)が前年同期に比べ7.8%増えたと発表した。4~6月期の7.5%を上回り、3四半期ぶりの拡大となった。中国の景気回復が腰折れする懸念は遠のいたといえる。

 ただ、一部の都市では不動産価格が大きく上昇しており、投機的な不動産投資が再び活発になっている印象を受ける。健全な回復とは言い難い面がある。

 GDPの伸び率は6四半期連続で7%台となった。2003年から07年まで5年連続で2ケタ成長を記録したころに比べるとかなり低い成長率だが、国際比較をすればなお高水準だ。

 李克強首相は中国経済がかつての「高速成長」の段階から「中高速成長」の段階に移行したと強調している。無理な景気対策で高速成長を目指すのではなく、7%台の安定成長を維持できるかどうかを、当面の経済運営のカギと位置付けている。

 李首相にとって心強いのは、GDP伸び率が減速しても雇用情勢は悪くないことだろう。都市部の失業率は過去3年、ほぼ横ばい。失業率統計に反映されない農村からの出稼ぎ労働者の雇用も、深刻ではないとの見方が強い。

 もっとも、全体的な雇用情勢とは裏腹に大卒者の就職は厳しいと伝えられる。大学の質よりも量を重視した拡充が急速に進んだことが最大の原因だが、大卒者にふさわしい仕事を創出できていないことも一因だ。

 不動産投機やインフレなど様々な問題を引き起こしがちな投資主導の経済成長を脱して、大卒者に適した仕事を多く生み出せるような質の高い成長にどう転換するか――。そんな課題が足元の景気と雇用の動向から浮かび上がる。

 問われるのは、自発的な創意工夫を促す透明性の高い経済と社会の実現に向けた改革だろう。共産党が11月に開く第18期中央委員会第3回全体会議(3中全会)で、指導部がどこまで具体的な改革を打ち出すか、注目したい。

戦没者追悼―新たなあり方さぐる時

 安倍首相が、靖国神社の秋の例大祭での参拝を見送った。外交への悪影響や、台風26号の被災者の救出活動がなお続いていることを考慮したという。妥当な判断だ。

 一方、きのうまでに新藤総務相や「みんなで靖国神社に参拝する国会議員の会」の157人が参拝した。首相自身は就任後は控えているが、閣僚らの参拝は定着しつつある。

 首相や閣僚が靖国に行くかどうか。例大祭や終戦の日のたびに内外から注目されるのは、やはり異様なことだ。

 首相は在任中の参拝に、なお意欲を示しているという。だが、その意欲はむしろ、多くの国民が心静かに思いを捧げることができ、外交的な摩擦を招くことがないような、新たな戦没者追悼のあり方を考えることに注げないだろうか。

 首相をはじめ政治指導者の靖国参拝には、賛成することはできない。

 靖国神社は、亡くなった軍人や軍属らを「神」としてまつった国家神道の中心施設だった。戦後は宗教法人として再出発したが、A級戦犯14人を合祀(ごうし)したことで、戦争責任の否定につながる政治性を帯びた。

 指導者が詣でれば、政教分離の原則に反する疑いが生じるとともに、靖国神社の歴史観を肯定したと受け取られる。戦場で命を奪われた犠牲者を偲(しの)ぶ遺族らの参拝とは、おのずと性格が異なるのだ。

 先ごろ来日したケリー国務長官とヘーゲル国防長官は、米国の閣僚として初めて千鳥ケ淵戦没者墓苑で献花した。

 墓苑は海外での無名戦没者約36万柱が眠る国の施設だ。1959年の創建時、「全ての戦没者を象徴する施設に」との構想もあったが、靖国の価値を損なうとの反発を受けた。こうした経緯から、外国政府の高官はほとんど訪れたことがない。

 ケリー氏らの意図は定かでないが、海外の要人が訪れる追悼の場として、ひとつの可能性を示したのは確かだろう。

 2001年から靖国参拝を繰り返した小泉元首相の在任中、新たな国立追悼施設の建設や千鳥ケ淵の拡充が議論された。だが自民党内外の反発は根強く、議論は沙汰やみになった。

 それでも、02年に政府の懇談会が出した「新たな施設をつくり、21世紀の日本は国家として平和への誓いを内外へ発信すべきだ」との報告には、いまなお意義がある。

 戦後70年も近い。もう一度、当時の検討を再起動させるべきではないか。

再審の壁―手続きの整備が必要だ

 裁判で有罪が確定したあとでも、その結論を覆すような新証拠が見つかれば、改めて審理する。それが再審である。

 三重県で52年前に起きた名張毒ブドウ酒事件で、最高裁は死刑囚の再審を認めなかった。

 もともと自白と状況証拠で有罪となった事件である。一審は無罪。名古屋高裁もいったんは再審の開始を認めた。複数の裁判官が有罪に疑いをもった。

 弁護側が出した新証拠は、犯行に使われた農薬は、死刑囚が自白したものとは別だった可能性がある、というものだった。

 だが、最高裁は、再審を開くほどの証拠ではないと判断した。一方で、農薬が別物だった可能性は依然残る。再審を始めるのに必要な新証拠のハードルはどこまで高くすべきなのか、すっきりしない結論だ。

 最高裁は1975年、「疑わしきは被告人の利益」とする原則が、再審開始の判断にも適用されるとの決定を出した。その理念に立ち返り、再審のあり方を再考すべきではないか。

 確定判決は尊重されるべきだが、誤りだった場合は救済されねばならない。まして死刑になれば、取り返しがつかない。

 そもそも再審を始めるかどうかの審理は事実上、有罪か無罪かの判断に結びついている。だが、その手続きには具体的な規定が乏しく、裁判所の裁量が大きい。証拠の取り扱いや被告人の権利をめぐる公判のようなルールがなく、非公開のなかで判断されている。

 刑事訴訟法ができた当時、再審は例外的と考えられていた。だが75年の決定をうけ80年代、4件の死刑確定事件が再審で無罪となった。近年も、足利事件、布川事件、東電社員殺害事件など、再審無罪が相次いでいる。再審の可否をめぐる手続きについて整備すべきだろう。

 さらに、再審の可能性を見すえた証拠の保存や開示のあり方についても議論が必要だ。

 今回は、重要な証拠だった毒ブドウ酒が保存されていなかったため再鑑定できず、当時の鑑定方法も分からなかった。

 事件から時間がたつほど新証拠を見つけるのは難しくなる。一方で、DNA鑑定など技術の進歩により、証拠の価値は時とともに重みを変える。

 重要な証拠が検察側の手に埋もれていることもある。これまでの再審請求審では、裁判所が検察側に促して出てきた証拠が大きな役割を果たした。

 とりわけ死刑事件については、求められた証拠を確実に開示しない限り、刑の執行への理解は得られまい。

竹富町の教科書 違法状態の解消迫る是正要求

 違法状態を解消するためには、当然の措置と言えよう。

 下村文部科学相が、沖縄県の竹富町教育委員会に対して是正要求を行うよう県教委に指示した。竹富町教委が教科書採択のルールを守らずに、独自採択した教科書を使用し続けているためだ。

 是正要求の指示は地方自治法上で最も強い措置である。発動は過去に2例しかなく、教育行政では初めてだ。竹富町教委は重く受け止めねばならない。

 今回の問題は、八重山地区(石垣市、竹富町、与那国町)が2011年夏、中学校の公民教科書に育鵬社の教科書を選んだにもかかわらず、竹富町教委だけが別の教科書を採択したことが発端だ。

 「新しい歴史教科書をつくる会」の元メンバーらが執筆する育鵬社版は、領土に関する記述が詳しい。中国との緊張が高まる中、国境に近い八重山地区が育鵬社版を選んだ理由の一つだ。

 一方で、国旗・国歌や日本の伝統文化にもページを割いている育鵬社版に対しては、沖縄県内で反発がある。竹富町教委が採択を拒んだ背景には、こうした事情があるのだろう。

 国費による教科書の無償配布を定めた教科書無償措置法は、複数の市町村からなる広域地区では、同じ教科書の採択を義務づけている。教師が教材の共同研究をしやすい点などを考慮している。

 竹富町教委の独自採択が、無償措置法に反するのは明らかだ。

 混乱を長引かせたのは、民主党政権の誤った対応である。当時の中川文科相は「独自採択は法律に抵触する」という立場をとりながら、竹富町が自前で教科書を購入し、生徒に配ることについては、容認する姿勢を示した。

 その結果、竹富町では町民らの寄付で別の教科書を購入し、昨年4月以降、生徒に配布してきた。政権交代後の今年3月に、当時の義家弘介文科政務官が竹富町を訪れ、決定を見直すよう指導したが、聞き入れられなかった。

 無償配布を受けず、違法状態のまま、義務教育の授業を行っているのは極めて問題である。

 竹富町教委を指導すべき立場にある沖縄県教委が、十分な働きかけをしてこなかったことも見過ごせない。混乱の収束に向け、県教委は、竹富町教委に法令を順守させるという本来の役割を果たさなければなるまい。

 竹富町のような事態が再び起きないよう、文科省も改めて採択ルールの徹底を図るべきだ。

毒ぶどう酒事件 再審へのハードルはなお高い

 再審開始へのハードルの高さを改めて印象づける決定である。

 「名張毒ぶどう酒事件」の第7次再審請求で、最高裁が奥西勝死刑囚の特別抗告を棄却した。

 この決定により、2005年の再審開始決定を取り消した昨年の名古屋高裁決定が確定し、再審は開かれないことになった。

 三重県名張市の公民館で1961年、ぶどう酒を飲んだ女性5人が死亡、12人が中毒になり、毒物を混入したとして奥西死刑囚が逮捕された。1審は無罪、2審は死刑と判断が分かれ、72年に最高裁で死刑が確定した。

 刑事訴訟法は、確定判決を覆す明白な証拠の存在を再審開始の要件としている。今回の決定は規定を厳格に適用したと言える。

 第7次請求では、再審開始を取り消した名古屋高裁の決定を最高裁が差し戻し、事件直後と同様の条件で科学的な鑑定を行うよう求めた複雑な経緯がある。

 犯行に使用された毒物は、奥西死刑囚の自白通りの農薬だったのか――。差し戻し審は鑑定結果から、「自白通りの農薬だとしても矛盾はない」と結論付けた。

 鑑定に基づくこの高裁判断を支持した最高裁の決定は重い。

 足利事件や東京電力女性社員殺害事件など、近年の再審公判ではDNA鑑定など科学的証拠を重視する傾向にある。この流れに沿った判断とも位置づけられる。

 ただ、差し戻し審の鑑定は、事件当時と全く同じ条件で行われたわけではない。物証のぶどう酒や鑑定方法の詳細な記録が残されていなかったからだ。

 後の科学的な再検証に堪え得るよう、捜査当局は証拠を適切に保管せねばならない。今回の再審請求を巡る教訓である。

 第7次再審請求から、今回の最高裁決定まで、11年以上の時間を要した。あまりにも長いと言わざるを得ない。

 最高裁によると、戦後、死刑か無期懲役の確定後に開かれた再審は、いずれも無罪になった。再審請求があった場合、裁判所は新証拠の評価に多くの時間を割き、再審開始の是非を判断してきた。

 これに対し、新証拠が出た場合、まず再審を開始し、その評価をすべきだと主張する法曹関係者もいる。一考の価値があろう。

 一方で、再審が増えれば、確定した判決への信頼性が揺らぎかねないという指摘もある。

 再審開始のハードルをもっと低くするかどうか。司法が抱える大きな課題である。

2013年10月18日金曜日

米国の財政再建へ冷静な与野党協議を

 米国の財政運営をめぐる混乱がひとまず収まった。米国債の元利払いができなくなる債務不履行(デフォルト)は回避され、政府機関の一部閉鎖も解除された。

 米国や世界の経済を危険にさらす政争を繰り返してはならない。問題の根底にある債務の膨張を止めるため、与野党が財政再建の具体策を冷静に協議すべきだ。

 米連邦政府の債務は法定上限の16.7兆ドルにほぼ到達し、新規の国債発行ができなくなっていた。17日までに対応策をとらないと債務不履行に陥る恐れがあったため、来年2月7日までの国債発行を認めることで折り合った。

 来年1月15日までの歳出を手当てする2014会計年度(13年10月~14年9月)の暫定予算を組み、政府機関の業務も正常化した。米経済の失速や市場の動揺という最悪の事態だけは免れた。

 だが今回の対応は時間稼ぎにすぎない。内外の批判や市場の警告に背中を押され、暫定措置で急場をしのいだというのが実情だ。

 医療保険制度改革法(オバマケア)の見直しを迫る野党・共和党と、これに強く反発する与党・民主党の対立が解消したわけではない。最後は抜本的な修正を見送ることで決着したものの、暫定措置が切れた後の対応を決める際に、問題が再燃しかねない。

 財政運営をめぐる与野党の対立が長引き、米国は多大なコストを支払ってきた。11年には米国債の格下げに追い込まれ、13年には歳出の強制削減を迫られた。

 オバマ大統領が景気対策を提案しても実現せず、包括的な財政再建策もまとめきれない。ようやく復調してきた米経済にこれ以上の負荷をかけてほしくはない。

 対立の根っこには、イラク戦争やリーマン・ショックを受けた財政事情の悪化がある。債務の上限を頻繁に引き上げないと、必要な支出を賄えない。そうした現実から目をそらすことはできない。

 しかし富裕層の増税を訴える民主党と、社会保障費の削減を求める共和党が具体策で折り合えずにいる。党派の根深い対立を乗り越え、妥協点を探るときだ。

 与野党は中長期的な財政再建計画を協議する機関を立ち上げ、12月13日までに結論を出すことも決めた。増税と歳出削減のバランスがとれた計画をまとめ、財政運営の機能不全に終止符を打つ――。米国は今度こそ「決められない政治」と決別する必要がある。

土砂災害の警報をどう伝える

 10年に一度の強い勢力で関東に接近した台風26号は、東京・伊豆大島(大島町)で土砂災害による甚大な被害をもたらした。土砂災害から人命を守るため、住民に早く危険を知らせて避難ができるよう、情報伝達の見直しが急務だ。

 伊豆大島では24時間あたり820ミリ超と、記録的な雨が降った。この豪雨により16日朝、大規模な土砂崩れが起こり、島の西側の元町地区などをのみこんだ。

 土砂災害は起きてから逃げたのでは遅く、事前の避難が鉄則だ。だが大島町は住民に避難勧告や指示を出さなかった。川島理史町長は「(雨量が急増した)夜中に避難勧告すれば、災害の拡大につながるという認識だった」と語ったが、この対応には疑問が残る。

 もろい火山土に覆われた伊豆大島は過去にも土砂災害が多く、元町地区も都が「土石流危険箇所」と指摘していた。気象庁が町に土砂災害への警戒を促した15日夕から夜の時点で、町は住民に注意を呼びかけられなかったのか。

 風水害対策では避難勧告の前にまず「避難準備」情報を出し、住民に注意喚起している自治体が多い。土砂災害でも雨量に応じて自治体が発生の危険度を判断し、段階的に避難の準備や開始を呼びかける仕組みはできるはずだ。

 数十年に一度の大雨や暴風などに備えて、気象庁が8月末に運用を始めた特別警報も、発令の仕方を見直すべきだ。

 今回の台風では伊豆大島の雨量は発令基準を満たしたが、都区部などで基準に達せず「都道府県単位の広がりがなかったので発令しなかった」(同庁)という。

 特別警報が出れば、市町村は防災無線などで住民に伝える義務を負う。レーダーなど観測網が整備され、局地的な予報の精度は上がっている。それに対応し、もっと細かな地域ごとに警報を出せないか、気象庁は検討してほしい。

 急傾斜地など土砂災害の危険地域は全国52万カ所に及ぶ。台風のほか長雨も想定し、きめ細かな避難情報の出し方を考えるときだ。

秘密保護法案―疑問の根源は変わらぬ

 安全保障にかかわる秘密漏洩(ろうえい)への罰則を強める特定秘密保護法案について、政府と与党は「知る権利」や「取材の自由」を明記するなどの修正で合意した。内閣は近く閣議決定し、国会へ提出する予定だ。

 政府の原案に対し、言論界や法曹界から国民の知る権利を制約するといった批判が出た。修正は、これを受けた公明党の主張を反映したものだ。

 だが、チェックがないまま特定の情報が秘密にされ、後世の検証も保証されない法案に対する根本的な疑念は解消されていない。このまま国会に提出することには反対だ。

 法案の骨格はこうだ。防衛、外交、スパイ活動の防止、テロ防止の4分野で、漏れれば国の安全保障に支障をきたすおそれがある情報を閣僚らが「特定秘密」に指定。漏らした公務員や民間の関係者には、最長で懲役10年の罰則が科せられる。

 問題なのは、何が特定秘密に指定されているかさえわからず、指定が妥当かどうかの検証ができない点だ。秘密指定の有効期間は5年が上限だが、何度でも延長が可能だ。これでは永久に秘密とすることができる。

 政府は与党側からの要求を受け、知る権利や報道、取材の自由に「十分に配慮しなければならない」と条文に明記。また、秘密指定の基準をつくる際には有識者の意見を聞くことを義務づけ、30年を超えて秘密指定を続けるには内閣の承認が必要とすることにした。

 それでも、秘密指定が閣僚らの判断に委ねられていることに変わりはないし、30年目に内閣の承認が得られれば、その後も指定期間の延長は可能だ。

 安全保障上、秘密にしなければならない情報があるのはわかる。だが、公務員の一般的な守秘義務や自衛隊法などによる防衛秘密保護の仕組みを超えて、新たな立法をする必要があるのかは疑問だ。

 沖縄返還などにからむ米国との密約をひた隠しにしてきたことに代表されるように、情報公開にきわめて消極的な政府の姿勢を、私たちはさんざん見せつけられてきた。東日本大震災をきっかけに、政府の意思決定の重要会議の記録が残されていないことも表面化した。

 こうした体質がある限り、政治家や官僚が、新たな法を錦の御旗に情報を独占しようとする傾向が強まる危惧はぬぐえない。そうでなくても、報道機関の取材に公務員が萎縮してしまうおそれが強い。

 報道や取材の自由を明記しても、何の担保にもならない。

米財政危機―先送りに終わらせるな

 米国債は、米政府の借金の証文である。その利払いや返済が滞れば、リーマン・ショックを超える破局を招く。米財務省がそう警告した危機は、期限ぎりぎりで回避された。

 議会が政府債務の上限を引き上げる法案を可決、暫定予算も成立させ、半月あまりに及んだ政府の一部閉鎖も解かれる。

 共和党内の「ティーパーティー(茶会)」と呼ばれる強硬派らは最後まで抵抗した。だが、土壇場で党内の穏健派と民主党が協調して押し切った。

 不毛な政争が招いた混乱は、共和党の敗北に終わった。米国民の暮らしや世界経済を人質にとる瀬戸際戦術は、多くの国民から見放され、国際的な米国の信用もおとしめた。

 共和党は17年前の政府閉鎖でも同じ失敗をしている。自分の支持基盤しか考えない狭量な行動は国益どころか党益にもならない。責任ある大国の政治家としての良識を取り戻すべきだ。

 米議会では2011年以降、上院を民主党、下院を共和党が支配している。そのねじれに起因する「決められない政治」は世界経済のリスクとなった。

 今回の合意も当座の先送りでしかない。債務上限の引き上げは来年2月7日まで、暫定予算は1月15日まで、それぞれ期限がついている。その間、改めて与野党が赤字財政を中長期的に再建するための合意を探る。

 だが、来年は選挙の年だ。妥協は一層難しくなる。最大の争点である医療保険改革は1月から本格運用へ動きだし、春夏の予備選を経て、11月の中間選挙まで活発な論争が続く。

 その状況下では、次の期限の2月までにまた、同じ危機が再演される恐れがある。

 各議員が選挙区の有権者の意向だけに縛られがちなのは、構造的な問題もある。各州で選挙区が政党の支持分布に従って区分けされ過ぎたために、個々の議員が全米の世論を必ずしも尊重しなくなっている。

 米国の予算制度にも特徴がある。歳出入を管理して財政健全化を図る面では優れているが、決定権が議会両院と大統領に分断され過ぎている弱点がある。米政治はその制約を長年、良識による妥協で乗り越えてきた。

 だが今では、「大きな政府」「小さな政府」の対立軸を超えた共通点を見いだす調整機能が細り、少数の極論が議会全体を振り回す傾向が強まっている。

 問題の先送りと危機の繰り返しは米国のためにも、世界のためにもならない。米議会はその現実を直視し、健全な政治機能を早急に立て直す必要がある。

伊豆大島災害 なぜ避難を促さなかったのか

 大惨事を防ぐ手だてはなかったのか。

 台風26号に伴う豪雨で伊豆大島の集落が土石流に襲われた。死者22人、行方不明者も多数に上っている。警視庁などは不明者の救出に全力を挙げてほしい。

 10年に1度とされる強い台風が日本の南海上を北上中の15日夕、気象庁は大雨警報と土砂災害警戒情報を東京都大島町に出した。

 土砂災害警戒情報は市町村が避難勧告や避難指示を発令する際の参考情報と位置付けられるが、町は発令しなかった。「夜間で大雨の中、被害者を増やす恐れがあった」というのが町長の説明だ。

 雨量は16日午前0時過ぎから急増した。未明の3時間雨量は国内統計史上2番目の数値を観測し、その頃、土石流が発生した。

 確かに、暴風雨の中での避難は難しかったろう。だが、警戒情報が出た前日のうちに避難を呼びかけることはできなかったのか。

 進路予想がある程度正確な台風の場合、津波や竜巻などに比べて事前の避難には時間的余裕があるだろう。町は危険を察知し、適切な対応を取るべきだった。

 町長と副町長が出張で不在だったことが、町の意思決定に影響を及ぼした可能性もある。

 伊豆大島では、1958年の狩野川台風で104棟が全半壊し、18人が死傷するなど、度々、土石流が発生している。過去の教訓が生かされなかったのは残念だ。

 気象庁は今回、最大級の危険に対して警戒を呼びかけるために導入した特別警報を発しなかった。府県のほぼ全域など、広い範囲で危険が迫っているという基準を満たさなかったからだ。

 この基準では、離島の災害は特別警報の対象から外れるケースが多くなる。局所的な危険に対し、同レベルの注意喚起ができるよう基準の見直しを検討すべきだ。

 土砂災害防止法上、都道府県は危険地域を警戒区域などに指定することになっている。指定されると、市町村は避難場所などを明示したハザードマップを作成・公表する責任を負う。

 しかし、都は島嶼部での指定に着手しておらず、大島町は土砂災害を想定したハザードマップを作成していなかった。

 警戒区域などの指定は全国的にも遅れている。「指定されると不動産価値が下がる」といった住民の反対などが背景にある。各自治体は住民の理解を得るよう努めなければならない。

 伊豆大島の惨事は、災害列島に暮らす国民への警鐘でもある。

デフォルト回避 火種を残す米議会の歩み寄り

 米国議会の与野党が歩み寄り、政府が債務不履行(デフォルト)に陥るという最悪の事態は土壇場で回避された。

 世界経済の最大の不安材料が解消したことは朗報だが、危機再燃の火種は残った。先行きは波乱含みと言えよう。

 上下両院は16・7兆ドル(約1640兆円)の法定上限に達している連邦債務上限を来年2月初めまで引き上げる法案を可決した。オバマ大統領の署名で成立した。

 上限を引き上げないと政府は新規国債を発行できない。資金不足で国債の返済や利払いも不能となるデフォルトの期限が17日に迫っていた寸前の決着だった。

 新年度予算が成立せず、10月1日から政府機能の一部が停止した異常事態についても、与野党は1月半ばまでの暫定予算の編成で一致した。予算成立後、政府機関の閉鎖がただちに解除された。

 ニューヨーク株価は大幅に上昇した。米国財政の信認を失墜させる二つの難題が同時に解決したことを好感したのだろう。

 今回の大混乱は、来秋の中間選挙の前哨戦として、与野党が激突したために起きたものだ。

 大統領は、内政の最重要課題として3年前に成立させた医療保険制度改革法(オバマケア)に沿って、具体的な政策を推進する方針を明確にしている。

 野党・共和党の強硬派はこれに反発し、オバマケアを盛り込んだ予算成立を阻止したうえ、債務上限引き上げにも抵抗してきた。

 だが、不毛な党派対立や自説を曲げない一部共和党議員への米国民の批判は根強い。国際通貨基金(IMF)や日本なども米国に警告し、収束を促した。

 妥協が成立した背景には、共和党が強硬路線を修正せざるを得なかった事情がうかがえる。国内外の圧力に加えて、世論が大統領の追い風になった。

 ただし、与野党の根本的な隔たりは解消されていない。むしろ対立が先鋭化する傾向にある。

 巨額の財政赤字削減を目指し、「小さな政府」を掲げて歳出拡大に反対する共和党と、社会保障の充実を重視する与党・民主党の主張は基本的に異なるからだ。

 上下両院で多数派が異なる「ねじれ」が生じ、合意形成が一層難しくなっている。来年、暫定予算切れや債務上限に達する際、対立が深まることに要警戒だ。

 超党派で財政赤字削減策を協議する展望も不透明だ。政治の機能不全により、世界を何度も混乱させる米国の責任は重大である。

2013年10月17日木曜日

ネット講義を広めて大学改革に生かせ

 大学の授業をインターネットで無料で配信する動きが世界で広がり、日本でも来年春にサービスが始まる。多くの人に教育の機会を広げ、大学の知名度を高める手段としても期待は強い。これを大学改革や国際競争力の強化にどう役立てるか。産業界とも連携して知恵を絞ってほしい。

 ネットによる授業配信は「大規模公開オンライン講座」と呼ばれる。先行する米国ではハーバード大などが配信会社を設け、世界の有力大学約150校、550以上の講座を配信している。修了しても「単位」にはならないが、受講者は700万人を超えた。

 ネット講義の利点は誰もが受講でき、学びの場が広がるだけではない。最大数万人が聴く授業の魅力を高めるため、教員は創意工夫を迫られる。教室での授業の役割は重いが、今のように知識詰め込みでよいか見直す契機になる。漫然と教え続ける教員は淘汰され、大学を変革する可能性が大きい。

 だが日本では対応が遅れ、東大が9月以降、米配信会社を経由して2講座の公開を始めたのにとどまる。教員の多くが新しい情報技術の活用に消極的で、ネット講義を、既得権益を脅かす黒船のようにみる教員もいるという。

 出遅れに危機感をもつ国内の大学や企業が集まり、先週、産学の推進協議会が発足した。東大、京大、早稲田大、慶応大など少なくとも13大学が来春、それぞれ1講座以上の配信を始めるという。

 参加大学や講座数を増やすため、まず大学関係者の意識改革を求めたい。日本の大学の研究水準は世界に引けを取らないが、情報発信が貧弱で留学生集めも苦戦している。大学の魅力を国内外に発信し、意欲の高い学生を集めるのにネットをもっと活用すべきだ。

 産業界が協力する余地も大きい。ネット講義は膨大な数の受講者を集め、それぞれの理解度に応じて教材を作るなど「ビッグデータ」の塊とされる。企業が技術開発を支援し、受講者に使いやすいサービスになれば、新たな教育ビジネスの芽にもなるだろう。

 米国ではネット講義で優秀な成績をあげた学生の就職を企業に仲介する動きがある。これには賛否があるが、ネット講義が国境を越えた人材獲得競争に使われ始めた現実も見据え、日本独自の配信サービスを定着させたい。受講者データの保護や利用について協議会がルールを作る必要もあろう。

対立軸を示せない国会論戦

 安倍晋三首相には楽な論戦だったろう。国会で首相の所信表明演説への与野党の代表質問が始まったが、政策課題を一通りなぞっただけの平板な質疑だった。

 衆参のねじれが解消され、政府・与党が内輪もめしなければ、政府提出法案が葬られるおそれはほぼなくなった。政策決定への世の中の関心は国会ではなく、政権内の事前調整へと向いている。

 立法府が消化試合のようなやりとりしかできないのでは存在意義が薄れてしまう。国民が抱く疑問や懸念をわかりやすく提示し、それを解きほぐす。こうした機能をきちんと発揮してもらいたい。

 退屈な論戦になった責任は野党第1党の民主党にある。

 海江田万里代表はまず、東京電力福島第1原子力発電所での汚染水漏れ問題を取り上げたが、自身は東日本大震災当時の経産相だ。安倍政権の対応を不十分と批判する一方、「廃炉に向けた作業は民主党も最大限の協力を続ける」と語らざるを得なかった。

 環太平洋経済連携協定(TPP)交渉に関しては、安倍政権内から関税の一部をなくしてもよいとの趣旨の発言が出ていることを指摘し、「聖域なき関税撤廃を前提としない」との自民党の選挙公約に反するとただした。

 だが、民主党はTPP参加に賛成なのか反対なのかには相変わらず触れずじまい。迫力に欠けた。

 海江田氏は本会議後、「完全野党か責任野党か、という分け方はしない」と話したが、このまま与党との対立軸を示せなければ、党の再生はおぼつかない。

 政権交代が日常茶飯事の欧米諸国での与野党の戦い方などを改めて研究して出直すべきだ。

 日本維新の会の石原慎太郎共同代表は占領下でできた現憲法を破棄すべきだとの持論を展開した。

 首相は挑発に乗らず、「最終的には帝国議会で議決され、有効と考える」と従来の政府見解を崩さなかった。「成長戦略実行国会」と銘打った以上、他の課題で波風は立てない。当然の判断である。

台風被害―災害の国の重い教訓

 想像をはるかに超える大災害から、いかに身を守るか。

 多くの犠牲者が出た台風26号による伊豆大島の土石流被害は、災害の国に暮らす私たちに重い課題を改めて突きつけた。

 竜巻やゲリラ豪雨など、短時間のうちに激しい被害をもたらす災害が近年めだつ。一瞬の判断が命にかかわる事態は、この国のどこに住んでいても、ひとごとではない。

 この台風が「10年に一度」の勢力であるのはわかっていた。実際、島の24時間雨量は観測史上最大を記録した。

 しかし気象庁は、県単位の広がりという基準を満たしていないとして、特別警報を出さなかった。ただし、東京都と大島町に対し、「特別警報級」の警戒を呼びかけてはいた。

 町は、避難指示や勧告を出さなかった。島のほとんどの世帯には防災放送の受信機があったというが、結果としてその備えは生きなかった。

 雨脚は未明になって急速に強まった。土石流はそれから短時間のうちに起きている。

 真っ暗闇のなか、すでに風雨が強まっている段階で避難を呼びかければ、かえって住民を危険にさらす。そんな判断が働いたのかもしれない。

 この段階に至ってからでは、行政にとっても住民にとっても避難すべきかどうかの判断は非常に難しかっただろう。

 気象庁は前日の午後5時半すぎから6時ごろにかけ、大雨警報と土砂災害の警戒情報を相次いで島に出していた。

 この時点から深夜になるまでの間のどこかで、避難に踏み切るタイミングはなかったか。

 土砂崩れや水害の危険について、防災放送などを通じた住民への周知は十分だったか。

 特別警報の制度ができたことで、かえって通常の警報への対応がゆるんではいないか。

 よく検証し、全国で教訓を共有できるようにすべきだ。

 伊豆大島は、27年前の三原山噴火で全島民避難を経験している。火山灰の降り積もった傾斜地だけに、土石流に備えて砂防ダムの整備も進められていた。

 災害を多く経験し、防災意識が高いとされる島でも、これだけの被害に遭ってしまう。防災の難しさを思い知らされる。

 自分の住む場所にはどんな災害のリスクがあるかを知り、どこに避難するか日ごろから具体的に考えておく。「迷ったら避難」を胸に刻む。

 そんな当たり前の備えを、行政だけでなく住民一人一人が怠らないようにする。まずはそこから始めたい。

代表質問―野党は論戦力を磨け

 安倍首相の所信表明演説に対する代表質問が始まった。

 首相が掲げるテーマは「成長戦略実行国会」だが、それだけではない。戦後日本の歩みを大きく変えようと政権が繰り出す数々の政策をめぐり、与野党が腰を据えて議論を尽くすべき重要な国会である。

 与野党の数の差は圧倒的だ。与党内の調整がつけば、どんな法案でも成立の見通しが立ってしまう。数で劣る野党は論戦の力を示すしかない。

 だが、きのうの衆院本会議では、首相が踏み込んだ答弁を避け、野党が得点をあげる場面はみられなかった。

 質問に立った民主党の海江田代表がまず取り上げたのは、福島第一原発の汚染水漏れの問題だった。

 首相の「状況はコントロールされている」との発言は、東電フェローの「コントロールされていない」発言と食い違う。

 これに対し、首相は「全体として状況はコントロールされている」と答えるだけで、議論は深まらなかった。

 首相発言をめぐる応酬を続けても水掛け論になるばかりだろう。むしろ問題は、汚染水漏れを止める道筋を与野党ともに示し切れていないことにある。

 民主党政権時代の対応の甘さをみずから検証し、その反省を踏まえて具体的な対案を示す。そういう切実な作業を経てこそ、論戦も迫力を増す。民主党にはそこまで踏み込む責任があるはずだ。

 今国会は外交・安全保障も大きなテーマになるが、ここでも議論の進展はなかった。

 首相が唱え始めた「積極的平和主義」とは、いったい何なのか。そうただした海江田氏に対し、首相の答えは「世界の平和と安定にこれまで以上に積極的に貢献する国になるべきだ、との考えを積極的平和主義として掲げた」というものだった。

 この論議は、安倍政権がめざす集団的自衛権の行使容認に密接にかかわる。首相は「平和国家の根幹は不変」とも述べたが、集団的自衛権の憲法解釈変更に向けた地ならしではないのか。課題は残る。

 「知る権利」にかかわる特定秘密保護法案についても表面的なやりとりに終わったが、今後の審議で論点を洗い出すべきだ。与党が数で押し切ってすむ話ではない。

 野党間の隔たりは大きい。だが民主党のみならず、主張に説得力があれば、連携できる一致点も浮かぶだろう。いまの野党が存在意義を示すためには、その道しかあるまい。

衆院代表質問 野党は建設的論戦を仕掛けよ

 衆参の「ねじれ」が解消されて、自民党の「1強」に「多弱」の野党が挑む国会だ。政治の混迷で山積している課題の解決に向け、野党は建設的な論戦を仕掛けてもらいたい。

 衆院で安倍首相の所信表明演説に対する代表質問が始まった。

 民主党の海江田代表は、東京電力福島第一原子力発電所の汚染水問題に関する首相発言について、「今も状況はコントロールされていると考えるか」とただした。

 首相は、「近海の放射性物質の影響は発電所の港湾内の0・3平方キロ・メートルにブロックされている」とし、「全体として」コントロールされていると主張した。

 海江田氏が首相の言葉尻をとらえるような質問に終始したのは、物足りなかった。

 政府が前面に立って汚染水問題に当たる、という首相の判断は正しい。民主党には、政権党時代に東電任せにして今日の事態を招いたという負い目があろう。

 今後の論戦では、野党も政府を批判するだけでなく、汚染水処理のあり方を具体的に提言して議論を深めるべきである。

 海江田氏は、来年春に消費税率を5%から8%に引き上げることに伴う経済対策をやり玉に挙げた。政府が検討している復興特別法人税の1年前倒し廃止は「(復興を支える)絆、連帯の精神に反する」と疑念を示した。

 これに対し、首相は、強い経済を取り戻すことが被災地にも希望の光をもたらすとし、「足元の経済成長を賃金上昇につなげること」が前提だと強調した。

 デフレ脱却は、企業の収益増を賃上げや雇用拡大に結びつける好循環の実現がカギとなる。政府には経済界の協力を得るため、積極的な取り組みが求められる。

 経済対策は、海江田氏が懸念するように、「不要、不急の公共事業が目白押し」であってはなるまい。ばらまきではなく、効果的であることが肝要だ。

 消費税増税に伴う低所得者対策は、民主党政権以来の宿題である。生活必需品などの税率を低く抑える軽減税率の導入を明確に打ち出すべきだろう。

 国家安全保障会議(日本版NSC)の設置法案とともに検討されている特定秘密保護法案も論議になった。首相は、秘密保全に関する法整備は喫緊の課題としたうえで、「国民の知る権利、報道の自由も重要」との見解を示した。

 日本の安全保障戦略に関わる重要な法案だ。与野党で十分論議を尽くさねばならない。

福岡の医院火災 高齢者守る万全の防火態勢を

 防火態勢の不備がいくつも重なったことが、惨事を招いたと言えるだろう。原因を徹底的に究明し、再発防止を図らねばならない。

 福岡市の「安部整形外科」で11日未明、火災が発生し、入院患者8人を含む10人が死亡した。亡くなったのは、いずれも70~80歳代の高齢者だった。

 火元は、4階建て医院の1階にあった医療器具周辺とみられ、火はタオルに燃え移ったらしい。

 看過できないのは、自動的に閉まるはずの防火扉の多くが作動しなかった点だ。煙が短時間で病棟内に充満し、患者は逃げる間もなく死亡した。死因は一酸化炭素中毒とみられている。

 無届けで増築した際、医院は旧式の防火扉を更新しないまま使用した。防火扉の点検は十分に行われていたのだろうか。

 増築で建物が吹き抜け構造となったため、煙が瞬く間に広がったとの指摘もある。

 患者の命を預かる医療機関として、防火意識が、あまりに低かったと言わざるを得ない。

 ほかにも問題点は多い。

 元院長の妻(火災で死亡)が防火管理者だったが、高齢のため消防から交代を求められていた。夜間の初期消火や避難誘導のマニュアルを作成していなかった。

 初期消火に欠かせないスプリンクラーも設置されていなかった。この医院のようにベッド数19床以下の小規模な「有床診療所」には、設置義務がない。

 過去に火災で多数の犠牲者が出たグループホームなどの高齢者施設について、総務省消防庁は、スプリンクラー設置の義務付けを決めている。大規模病院にも、既に設置が義務付けられている。

 これに対し、有床診療所の対策は置き去りにされてきた。今回の悲惨な火災を踏まえれば、有床診療所にも、スプリンクラー設置が必要なのは明らかだ。

 経営が厳しく、多額の費用を要するスプリンクラーを設置する余裕がない有床診療所もあるという。廃院や病床閉鎖に追い込まれる施設が出れば、地域医療に影響を与えかねないとの声もある。

 だが、万全の防火対策を講じ、患者を守るのは医療機関の責務と言えよう。スプリンクラー設置の義務付けも検討すべきだろう。

 避難誘導を円滑に行うため、当直など、夜間の人員配置の規定を設けることも必要だ。

 今回の火災を教訓に、高齢者を抱える小規模医療機関の防火態勢の強化を急いでもらいたい。

2013年10月16日水曜日

首相は「実行なくして成長なし」を貫け

 衆参両院のねじれの解消後、初の本格論戦の舞台となる第185臨時国会が召集され、安倍晋三首相が所信表明演説をした。

 産業競争力強化法案が重要法案となる今国会を、首相は「成長戦略実行国会」と位置付けている。今後3年間を集中投資促進期間とし、税制、予算、金融、規制改革などのあらゆる政策を総動員する考えを表明した。

 首相はアベノミクスで経済成長率や雇用情勢が改善した成果を示す一方で「これまでも同じような『成長戦略』はたくさんあった」と指摘。「実行なくして成長なし」と訴え、今国会で結果を出すよう呼びかけた。

 演説で首相が力説したのは、長引くデフレからの脱却などの諸課題は「『意志の力』さえあれば乗り越えることができる」ということだった。

 岩盤規制を崩し、企業による農地取得や混合診療の原則解禁に踏み出すには、首相の強い指導力が欠かせない。首相が年内妥結への決意を示した環太平洋経済連携協定(TPP)交渉をめぐっても、関税撤廃の例外品目の縮小などの国内調整が本格化する。コメなど重要5分野の聖域維持を求める声がある自民党内をまとめるには、首相官邸の調整力が問われる。

 社会保障制度改革については「受益と負担の均衡がとれた制度へと、具体的な改革を進めていく」と簡単に触れただけで、踏み込み不足の感は否めない。財政再建の道筋をつけるには社会保障費の抑制は避けられない。「痛み」を伴うだけに、首相はていねいに説明し、理解を求める姿勢が要る。

 外交・安全保障政策では「積極的平和主義」の理念を掲げ、国家安全保障会議(日本版NSC)の創設や、国家安全保障戦略を策定する方針を打ち出した。

 ただ日本版NSCと密接に関連する特定秘密保護法案には言及しなかった。公明党との協議が続いているためとみられるが、この法案には「報道の自由」の観点などから批判が出ている。今国会に法案提出を予定している以上、首相自ら説明すべきである。

 日中、日韓関係にも全く言及がなかった。中韓両国の国内事情もあり、ともに首脳会談が実現していないが、これでは日中、日韓関係を軽視していると誤解されかねない。「対話の扉はつねに開いている」との基本姿勢を改めて示した方がよかっただろう。

資産価格の核心に迫る受賞

 株式や不動産の価格はどう決まるのか。資産価格形成の実証分析に関する功績をたたえて、米エール大のロバート・シラー教授ら3氏にノーベル経済賞が授与されることになった。

 何が資産価格の変動をもたらしどんな影響を経済や金融市場に及ぼすかは、危機後の世界経済の安定を考えるうえで欠かせない問題だ。タイムリーな受賞といえる。

 日本の土地バブル崩壊は金融危機に発展、企業破綻も相次いだ。米国の住宅バブル崩壊も多くの銀行破綻や高失業をもたらした。

 「資産価格がどこまで上昇すればバブルなのかを判定するのは難しい。バブル破裂後に迅速に対応すればいい」というのが世界金融危機以前の米欧政策当局者の常識だった面がある。危機後はそんな楽観論が後退し、資産価格の動きは経済や金融の安定と切り離せないとの認識が高まりつつある。

 過剰債務を減らしつつ、資産価格の落ち込みにどう歯止めをかけるかが政策当局者の今の関心事だ。だが、経済や資産価格が回復してくれば、資産バブルの防止策も検討課題になってこよう。

 受賞した3氏のうちシラー氏とシカゴ大のユージン・ファーマ教授では資産価格の決定メカニズムに関する見方が大きく異なる。

 行動経済学の視点で考えるシラー氏は投資家心理が一方向に傾くことで、資産価格が合理的に説明できない水準になりうることを立証。一方のファーマ氏は投資家が情報を常に迅速に取り入れることで適正な資産価格が決まると、市場機能重視の結論を導き出す。

 資産価格は投機や群集心理だけで決まるわけではない。古い発想ではとらえにくい新しい価値やトレンドを正確に映しだすケースもあろう。半面、いったん流れができると雪崩現象が起き、非合理的な価格が定着するケースもある。

 資産価格の核心に迫ろうとする研究者の受賞はよい機会だ。内外の政策当局者はいま一度、資産価格の動向を政策対応の中でどう位置付けるかを考え直してほしい。

所信表明演説―1強のおごりはないか

 長い休みをへて、きのう臨時国会がようやく開会した。

 7月の参院選で衆参両院の「ねじれ」が解消してから初の本格論戦の舞台だ。成長戦略の実行、福島第一原発の汚染水対策、環太平洋経済連携協定(TPP)交渉への取り組み。議論を尽くすべき課題は多い。

 それなのに、その幕開けとなった安倍首相の所信表明演説は、拍子抜けするほど素っ気ないものだった。各党とまともに議論する気があるのかどうか、疑わしい。

 首相がいま最も力を入れているのは、消費税率引き上げに伴う成長戦略だ。演説では「起業・創業の精神に満ちあふれた国を取り戻すこと。若者が活躍し、女性が輝く社会を創りあげること。これこそが私の成長戦略です」と打ち上げた。

 ただ、具体策となると「企業実証特例制度」をつくるほか、今後3年間を「集中投資促進期間」として税制や規制改革など「あらゆる施策を総動員する」というぐらいだ。

 汚染水漏れには「国が前面に立って、責任を果たす」。TPP交渉では「攻めるべきは攻め、守るべきは守り、アジア・太平洋の新たな経済秩序づくりに貢献する」というだけだ。

 「知る権利」との関係が焦点となっている「特定秘密保護法案」には一言も触れなかった。

 首相は就任直後の通常国会での演説では、「丁寧な対話を心がけながら、真摯(しんし)に国政運営にあたっていくことを誓います」と強調していた。

 ところが今回は、参院選で自公両党を支持した国民への感謝はあっても、野党との熟議による合意形成を求める言葉は消え失せた。あまりにも現金な態度ではないか。

 会期は53日間しかない。このなかで政権が成立をめざすのは、前国会で廃案になった電気事業法改正案をはじめ、産業競争力強化法案、国家安全保障会議(日本版NSC)設置法案、議員立法の国民投票法改正案など盛りだくさんだ。

 短期間をいいことに、政権側が重要法案をスピード審議で乗り切ろうとしているのなら、考え違いだ。

 両院を制し、衆院では3分の2を占める圧倒的な与党だからこそ、いっそう丁寧な国会運営が求められる。

 首相が演説で強調したように、政策を前に進めることには賛成だ。だが、国民が増税などの痛みを強いられるなか、権力が集中する「1強」のおごりが見えるようでは、信は失われるだろう。

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