2013年12月31日火曜日

歴史的な株高が映す期待を現実に

 株価は経済の先行きを映す鏡である。2013年の株式市場は総じて明るい雰囲気だった。国も企業も市場のメッセージをきちんと受けとめ、新年を迎えたい。

 大納会の30日、日経平均株価は1万6291円で今年の取引を終了した。年間上昇率は57%と1980年代後半のバブル期を上回り、朝鮮戦争の特需が日本復興を後押しした51、52年や、日本列島改造ブームがあった72年に次ぐ過去4番目の大きさとなった。

 外国人投資家の年間買越額もおよそ14兆円と過去最高だった。

円安の追い風を生かす
 このような歴史的な株価上昇が映したものは、日本経済が長期の低迷から抜け出すことへの期待感にほかならない。

 株価上昇のきっかけとなったのは、安倍晋三首相の経済政策、アベノミクスの第1の矢と呼ばれる大胆な金融緩和だ。3月に就任した黒田東彦日銀総裁は4月の金融政策決定会合で、2%の物価上昇率目標を掲げ通貨供給量を大幅に増やすことを決めた。

 金融緩和を受けて外為市場では円安・ドル高が加速した。リーマン・ショック後に合理化を進めていた日本企業は円安の追い風を生かして業績を改善させ、株式市場の評価を高めた。

 株価の上昇は資産効果や心理の好転を通じて個人消費を刺激したため、流通業など内需型企業も潤った。それが再び株価にはね返るという好循環になった。

 アベノミクス第2の矢である財政政策も景気を下支えした。金融緩和をきっかけとする円安・株高と相まって、日本経済はデフレ脱却の端緒をつかんだ。

 とはいえ、一年をふり返れば日本経済の課題やアベノミクスの限界もはっきりしてきた。

 まずもって第3の矢と呼ばれる成長戦略が物足りない。

 安倍政権が今年6月に打ち出した日本再興戦略は、医療や農業など高い成長が見込める分野で、本格的な規制改革に踏みこまなかった。再興戦略が明らかになった直後の株価下落は、政策の中身が期待に届かないとき、市場の反応がいかに厳しいかを示している。

 安倍首相は本紙インタビューで、来年6月をめどに新たな成長戦略をまとめると語った。経済の新陳代謝を促し、潜在成長率の引き上げにつながるような具体案を示してほしい。

 財政健全化計画への信頼を高めることも課題として残る。来年度予算案は社会保障費の膨張に歯止めがかからず、歳出抑制に甘さが目立つ。国債の新規発行は相変わらず巨額だ。今は落ちついている長期国債の金利が今後、必要以上に上昇しないか心配になる。

 国から企業に目を移すと、資金が手元に積み上がり、賃金の上昇や投資の拡大に生かされていないという問題がある。

 日本企業は国内総生産(GDP)の半分近くにあたる220兆円の現預金を保有している。投資家は、今後稼ぐ収益を含めて企業に資金を有効に使うよう求めている。企業は来年、そうした声に応える必要がある。

 世界経済は金融危機後に好調を保った新興国に陰りが見える一方、米国の景気が回復するなど移行期にある。米連邦準備理事会(FRB)は量的緩和の縮小を始めた。これを受け、経常収支が赤字の新興国の通貨が下落するなど、国境を越える投資マネーの動きは相変わらず速い。

経済重視の姿勢崩すな
 経済が良い循環に入り始めた日本も、資金流出のきっかけになるような懸念を市場に抱かせるわけにはいかない。

 その意味で気になるのは、安倍首相の経済重視の姿勢が変わりつつあるようにも見えることだ。

 安倍首相が成長戦略実行国会と位置づけた先の臨時国会は、焦点が特定秘密保護法案に移り、国会運営が拙速とも批判された。

 政権発足1年の機会をとらえて踏みきった靖国神社への参拝については、日本企業の中国ビジネスに与える悪影響を指摘する投資家も少なくない。

 株価上昇は日本経済の構造変化に対する期待の表れだ。安倍首相が経済以外の分野を含めた全ての政策への信認と取り違えるようなら、アベノミクスへの市場の評価も揺らいでしまう。

 来年は4月に消費税率が引き上げられるなど、景気の先行きにとって不透明な要素が増える。国も企業も円安・株高に安住して課題を先送りしては、日本経済を強くすることはできない。株価上昇を実体経済のいっそうの好転につなげるべきだ。

アベノミクス1年―中長期の視点を忘れるな

 この1年、日本経済はアベノミクスを中心に回ってきたといえるだろう。

 安倍政権は「異次元」の金融緩和と大規模な財政出動を推し進めた。幸い、世界経済も落ち着きを取り戻した。

 これらが日本経済の沈滞したムードを一変させたのは間違いない。物価はプラスに転じ、政府は12月の月例経済報告で「デフレ」の文字を4年2カ月ぶりに削った。

 しかし、金融と財政が混然一体となった異例のデフレ脱却策は、財政破綻(はたん)のリスクを膨らませてもいる。

 危惧するのは、安全保障の強化など「安倍カラー」の政策を進めるために支持率の維持が最優先となり、景気のわずかな停滞もなりふり構わず排除する姿勢が見えることだ。

 来春の消費増税への対策に5・5兆円もの国費を投入するのはその典型だ。目先の景気刺激を意識するあまり、構造的な財政悪化の是正という中長期の政策がおろそかになっては、手痛いしっぺ返しが来る。

■インフレ期待の逆流

 アベノミクスで、まず打ち出されたのは日銀による金融緩和である。正式には「量的・質的金融緩和」という。

 以前は、緩和策の終了に備えて満期3年までの国債を市場で買っていたが、現在は3年以上の国債も大量に買い込む。2年で日銀の資産を2倍に増やし、2%の物価上昇を目指す。

 金融緩和への強い姿勢を示すためだが、一方で金融政策のかじ取りは難しくなる。

 生命線は「インフレ期待」である。家計や企業が物価高を予想して早めに支出を増やし、それが経済を活性化させ、さらに物価上昇につながる好循環を想定している。

 現実に、物価は上がりつつある。だが、その相当部分は円安による輸入インフレで占める。値下げ競争でデフレの元凶だったパソコンや家電で価格低下が止まったのも、輸入依存度が高まったためだ。

 これだけでは家計を圧迫する「悪いインフレ」である。実質的な収入が増えなければ、日銀の想定とは逆に家計の財布のひもは固くなる。インフレ期待が「逆流」しかねない。

 先々のインフレ率の予想も伸び悩み、金融市場では追加緩和の催促が始まった。黒田日銀総裁は「緩和策の逐次投入はしない」というが、インフレ期待を維持するために追加緩和を続ける悪循環のリスクもちらつく。

 こうしたジレンマを覆い隠すのが、大盤振る舞いの財政出動だ。政権発足後、補正予算を含めると年間100兆円規模の大型歳出が続く。

 リーマン・ショック前の好況期に比べ15%ほど多く、国債依存率も上昇した。経済全体の財政依存は深まっている。

 消費増税対策の補正予算も、公共事業をはじめとするバラマキ型で、古い自民党時代の赤字膨張メカニズムさながらだ。

■劣化する財政規律

 そもそも消費増税は、社会保障を持続可能なものにするための第一歩である。国民に負担増を求める以上、中長期の歳出抑制につながる財政改革に力を注ぐべきだった。

 ところが、安倍政権では社会保障との「一体改革」という位置づけは遠景に退き、増税対策の名目で予算の分捕り合いが展開される。財政規律は「量的・質的」にむしばまれていると言わざるをえない。

 日銀の金融緩和が長期金利を抑え込んでいることが、政府与党の慢心を助長していることも否定できまい。

 結局、アベノミクスは金融と財政の「上げ底」ミックスに過ぎない――。いずれ、そんな疑念が深まるのを恐れる。

 それは、日銀の緩和策が財政赤字の穴埋めだという見方を広げ、国債暴落(金利急騰)の引き金になりかねない。

 安倍政権は、企業に対する賃上げ要請に力を入れている。9月から続いた政労使の協議は、合意文書で来年の春闘での「賃上げ」を明記した。

 インフレ期待の逆流を防ぐのに賃金上昇が重要であるのは事実だ。円安メリットを享受する主要企業が率先して労働者に還元すべきことも論を待たない。

■暮らしの底上げを

 ただ、賃上げやベアはあくまで労使の努力で主体的に生み出すものだ。成果を急ぐような政府介入は弊害が大きい。

 春闘の中心は製造業の大企業であり、対象は正社員だ。むしろ政府が果たすべき役割は、サービス業や非正規労働者、中小企業での賃上げに向けた環境整備である。

 例えば、巨大な潜在需要がありながら、低賃金労働が一般化している福祉・介護の分野だ。介護保険など制度に縛られた面が大きく、ここを社会保障の改革の中で相応の所得を生む仕事に変えていく。

 暮らしの底上げを目指す成長戦略に目を向けるときだ。

独大連立政権 欧州経済の再生に責任は重い

 安定的な政権基盤を得たメルケル・ドイツ首相が欧州財政・金融危機の克服に指導力を発揮することを期待したい。

 欧州一の経済大国、ドイツで、中道左右の2大政党が4年ぶりに大連立を組み、第3次メルケル政権が発足した。

 ドイツ連邦議会(下院)の選挙制度は基本的に比例代表制であるため、大政党でも単独過半数を占めることは難しく、政権作りには連立交渉が避けられない。

 9月の総選挙で大勝したのは、首相率いる中道右派、キリスト教民主・社会同盟(CDU・CSU)で、最大野党の中道左派、社会民主党(SPD)と交渉した。

 だが、社民党が連立合意作りで、全国一律の最低賃金制度導入などの公約実現を強く主張し、政権発足に80日以上も要した。国内の政治空白が生じ、欧州連合(EU)における危機対策をめぐる論議の停滞を招いたのは否めない。

 両党がまとめた連立合意書は、ユーロ加盟国に対して財政健全化と構造改革を求めた。ユーロ圏の信用で資金調達する「ユーロ共通債」など、ドイツの負担増につながる構想には、債務国の甘えを助長するとして、反対している。

 メルケル政権の従来路線の踏襲だ。危機克服に取り組む基本姿勢を改めて示したと言えよう。

 ギリシャなど南欧諸国は失業増に苦しみ、ユーロ圏がデフレに陥る危険も指摘される。

 経済が堅調で、昨年経常黒字が世界最大だったドイツは、「独り勝ち」の状況だ。欧州の景気回復に向け、内需拡大で域内諸国から輸入増を図るなど、成長に資する政策を検討する必要がある。

 連立合意書は、エネルギー分野では、2022年までに原子力発電所を全廃するというこれまでの「脱原発」政策も再確認した。

 ただ、代替電力として期待される再生可能エネルギーについては、電力会社が電力を一定年数、高値で買い取る「固定価格買い取り制度」を抜本的に見直す。

 新設の再生エネ施設で発電された電力は市場での取引を原則とするなど、競争原理が働きやすい仕組みを取り入れるという。

 再生エネ普及促進策の核として、この制度が2000年に導入されて以来、家庭の電力料金は右肩上がりで上昇し、現在約2倍にまでなっている。国民の反発は強く、見直しは当然と言える。

 日本の固定価格買い取り制度は、ドイツを参考にして作られた。日本は、ドイツの現状を注視し、制度見直しを進めるべきだ。

コミッショナー NPBの体制強化を最優先に

 プロ野球が一層、国民に愛されるよう、力を注いでほしい。

 東京地検特捜部長などを務めた弁護士の熊崎勝彦氏が、1月1日付でプロ野球の新コミッショナーに就任することが決まった。

 熊崎氏は記者会見で、「プロ野球界を活力あるものにし、社会に貢献できるように持ち味を発揮したい」と抱負を語った。

 2005年からコミッショナー顧問として、コンプライアンス(法令順守)問題などを担当してきた。その経験を生かし、プロ野球界が抱える問題点を改善するリーダーシップが期待される。

 まず、手がけねばならないのは、足元の日本野球機構(NPB)の改革である。統一球問題で、NPBはファンの信頼を失った。

 加藤良三・前コミッショナーは、統一球の反発力が高まった事実を把握していなかったという。重要情報がトップに伝わらないNPBの組織改革が急務だ。

 熊崎氏は、細かく目配りできる常勤の補佐役が必要だとの考えを示した。コミッショナーが的確な判断を下せるガバナンス(統治機能)を確立する必要がある。

 プロ野球を取り巻く環境は依然、厳しい。今季はセ・パ両リーグとも昨季より観客数が増えたものの、4球団では減少した。テレビの地上波中継も減っている。

 ファンサービス向上のため、新コミッショナーは12球団と連携し、知恵を絞ってもらいたい。

 特に、常設化した日本代表(侍ジャパン)の魅力を高め、収益につなげる戦略が求められる。ファンが喜ぶ国際試合の設定などで、手腕が問われよう。

 楽天は、エースの田中将大投手の米大リーグ移籍を容認した。

 大リーグに挑戦し、飛躍したいという選手の夢は、可能な限り尊重すべきだろう。

 一方で、スター選手の流出が続けば、プロ野球の地盤沈下が避けられないのも事実である。

 今回、日本選手が大リーグに移籍するためのポスティングシステムが、大きく変更された。移籍を容認した日本の球団が、2000万ドル(約20億円)を上限に譲渡金を設定する仕組みになった。

 上限がなかった日本選手の獲得金額を抑えたい大リーグ側の意向を反映した制度変更と言える。

 野球が世界的にさらに発展するには、軸となる日米の球界が共存共栄していくことが欠かせない。選手獲得における日米の公平なルール作りも、新コミッショナーの重要な課題である。

2013年12月30日月曜日

安倍外交は立て直しから再出発だ

 中国の台頭をどうやって受け止め、アジアの成長に生かすのか。安倍政権の対外政策は、来年以降もこれがいちばんの課題だ。

 そうしたなか、安倍晋三首相による靖国神社への参拝で、各国とのあつれきが広がっている。中国や韓国だけでなく、米国との間にもすきま風が吹く始末だ。

 中国は安倍首相が戦後の秩序に挑戦しようとしている、と宣伝してきた。この参拝によって、中国の主張に同調する空気がアジアや欧米に広がれば、日本は孤立しかねない。

■靖国参拝の影響抑えよ

 安倍外交は、参拝で生じた各国とのあつれきを取りのぞき、態勢を立て直すところから始めなければならない。

 そのうえで、中国にどう向き合っていくか、である。尖閣諸島への揺さぶりや、東シナ海での防空識別圏(ADIZ)の設定など、中国が強気な行動をやめる兆しはない。南シナ海では島々の領有権をめぐり、東南アジア諸国とも対立している。

 国力を増すにつれて、中国はこうした行動をさらに加速するかもしれない。中国の国防予算は2ケタで伸び続けており、すでに日本の2倍を超える。日本だけでは中国の軍拡に対応しきれない。

 そこで欠かせないのが、同盟国である米国や他の友好国との一層の連携だ。各国と安全保障の協力を強め、アジア太平洋に網状のネットワークをつくる。これを足場に中国に関与し、責任ある行動を働きかけていく。求められるのはそんな戦略だ。

 安倍首相はそんな発想から、今年、東南アジア諸国連合(ASEAN)の全加盟国を訪れ、米国、ロシア、モンゴル、中東諸国を訪問した。ASEANとは今月、都内で特別首脳会議も開いた。

 各国と「航行の自由」や海洋秩序の維持で一致し、協力を深めることで足並みをそろえた。アジア太平洋に安全保障網をつくるため、種をまいたといえよう。

 にもかかわらず、靖国参拝でこうした連携の輪が崩れるとすれば、外交上の損失はあまりにも大きい。そうならないよう、首相は優先順位が高い協力から、首脳外交の成果を着実に形にしてほしい。

 そのひとつがASEAN各国との協力だ。これらの国々の多くは、南シナ海に面している。だが、海上の警備力は十分ではない。日本が巡視艇の供与などによって警備力の底上げを支援すれば、南シナ海の安定に役立つ。

 すでに安保協力の実績があるオーストラリアや、インドとの海洋安全保障協力も加速したい。

 むろん、基軸になるのは日米同盟だ。日米は防衛協力のための指針(ガイドライン)を約17年ぶりに改定する。来年末までに協議を重ね、作業を終えるという。

 尖閣諸島を含めた東シナ海で危機が起きたとき、日米がどう対処するのか。これが、いちばんの焦点である。日本は情報収集や後方支援などで、さらに多くの役割を担うべきだ。そのためにも集団的自衛権行使を可能にする憲法解釈の見直しが必要だ。

 オバマ政権は、国防予算の削減を強いられ、中東情勢にも精力を割かれている。アジアへの関与が息切れしないか、心配だ。そうさせないためにも、自衛隊による対米協力の拡大は大事だ。

■「歴史」避け現実外交を

 こうした手立てを尽くしたうえで、中国との対立に歯止めをかける対策も欠かせない。まずは、尖閣諸島の周辺や東シナ海の上空で、不測の事態が起きるのを防ぐための措置だ。いざというとき、すばやく連絡を取りあえる体制を築くべきだ。

 日本の対外政策には、経済の視点も大切だ。アジアに米国を深く関与させるには、市場や投資先としての魅力も高める必要があるからだ。日本ができることは多い。

 たとえば、環太平洋経済連携協定(TPP)交渉では大胆な自由化を求める米国と、抵抗するアジア新興国の対立が続く。このままでは交渉が行き詰まりかねない。そんなとき日本が橋渡し役を果たし、交渉を妥結に導くことは、米国を政治的にもアジア太平洋に組み込むことにつながる。

 ASEANは2015年の経済統合をめざしている。各国が団結し、外交力を高める狙いだが、域内の格差は大きい。この解消に向けて日本が支援すれば、各国との絆はさらに太くなる。

 歴史問題に踏み込まず、現実外交に徹する。この姿勢に戻れるかどうかが、安倍政権の成否も決めることになる。

教科書検定―政治の力に屈するのか

 教科書検定のありかたの見直し案がまとまり、国民への意見公募にかけられた。

 歴史記述への国の介入が強まりかねない大きな方針転換だ。それを、検定を担う学者らによる審議会の会合を2回開いただけで通し、来年度の中学向け検定から適用しようとしている。あまりに拙速だ。

 審議会での説明を聞く限り、文部科学省は政治の力に屈したと言わざるをえない。

 たとえば見直し案には、愛国心や郷土愛をはじめとする改正教育基本法の「教育目標」に照らして、「重大な欠陥」があれば不合格にできる――という事項が含まれている。

 これまでの検定で、重大な欠陥のあるものが見逃されてきたということか。審議会で委員が尋ねると、文科省側は「今まで重大な欠陥があるのに通してきたという認識は、私どもにもない」と答えた。

 無用な改定であることを自ら認めたようなものだ。

 それでも改定を図るのは、政権への配慮としか言いようがない。4月の衆院予算委員会で、安倍首相は「検定基準に改正教育基本法の精神が生かされていなかった」と述べている。

 見直し案には、近現代史で通説的見解のない数字などを書くときは、通説がないことを明示するルールも盛り込まれた。

 これについても、文科省は自ら「何をもって通説とするかは非常に難しい問題」と認めた。通説の有無や、史実の評価が定まっているかを誰が判断するのか、と委員からも懸念が出た。そもそも通説がゆらぐことは、古代史や中世史の方が多い。

 そうした無理を承知で、ことさら「近現代史の数字など」に的を絞った事情ははっきりしている。自民党などが、国会をはじめさまざまな場で、日中戦争で起きた南京事件の犠牲者数をめぐる記述などをやり玉に挙げてきたからだ。

 通説的な見解、愛国心。これらは、いわば目盛りのない物差しだ。目盛りがないから、使う者が好きなように判定できる。出版社は不合格を恐れて自主規制するようになる恐れがある。

 主観的な物差しを検定の場に持ち込めば、文科省や検定審の恣意(しい)が働くという以前に、ときの政権の意向に教科書の中身がふりまわされる危険が高まる。今回の改定過程じたいが、それを如実に物語る。

 教科書を書く側ばかりか、検定する側も政権の顔色をうかがわざるをえなくなる。文科省は自らの首を絞めるような改定を本当にやるつもりか。

WTOの行方―自由化の調和を担え

 自由貿易の基盤を作ってきた世界貿易機関(WTO)の多角的貿易交渉(ラウンド)が岐路に立っている。

 交渉12年に及ぶドーハ・ラウンドは今月、何とか3分野で部分決着にこぎ着け、「崩壊」は避けられた。

 だが、ラウンド全体の交渉は自然消滅するとの見方も強い。そうなればWTOのルール作りの機能が弱まり、自由貿易体制の求心力まで低下し、保護主義を助長しかねない。

 加盟国は交渉継続のため、知恵を絞ってほしい。

 今回合意した3分野は、先進国が途上国向けの関税撤廃枠を広げる「開発」、通関手続きの改善といった「貿易円滑化」、そして「農業」のうち途上国の補助金をめぐる扱いなどだ。

 農業分野の大半を含む残る6分野は、物品の関税引き下げやサービス貿易の一層の自由化など、159カ国に増えた加盟国が足並みをそろえるのは難しいものばかり。

 今後の交渉計画は1年かけて練り直す。継続の流れを絶やさないためには、新たな候補分野を加えて枠組みを弾力的に見直すことも考えられよう。

 IT製品の関税引き下げ協定のように、特定分野で有志国から自由化を広げる取り組みを増やしてラウンドを補完するのも一案だ。

 一連の交渉難航の根底には、WTO発足当初からある南北対立がある。途上国にとっては自由化の負担が増す一方、先進国の市場が十分開かれていないとの不満が募る。かたや先進国は投資など新分野の自由化が途上国の反対で果たせず、ラウンドへの熱意を失った。

 さらには新興国の台頭と世界の多極化という環境変化が重なる。これを背景に米中がにらみ合い、行き詰まった。

 当初は市民団体から「グローバル資本主義の手先」として糾弾されたWTOだが、自由化の矛盾を是正する交渉の場としての性格も帯びてきた。この機能を失ってはならない。

 世界は、国や地域ごとの自由貿易協定(FTA)が乱立する時代に入った。だが、FTAで南北問題そのものが消えるわけではない。多数のルールが並立することで経済活動が煩雑になり、かえって自由貿易を阻害する弊害も指摘される。

 いずれFTAの整合化に向けた機運も高まろう。その場はWTO以外に考えにくい。最も開かれた自由化の礎として、乱立する個々の自由化を調和させる舞台として、WTOの役割はなお大きい。

みずほ追加処分 経営の刷新で一から出直せ

 経営を刷新し、今度こそ企業体質を立て直さない限り、失墜した信頼の回復は望めまい。

 みずほ銀行が暴力団組員らへの融資を放置していた問題で、金融庁はみずほ銀と持ち株会社のみずほフィナンシャルグループ(FG)に対する追加行政処分を下した。

 問題融資のあった提携ローンを1か月間の業務停止とし、経営責任の明確化や管理態勢の強化を命じた。9月の業務改善命令から、わずか3か月である。

 みずほ銀は当初、「問題融資の情報は担当役員止まり」と金融庁に説明していたが、実際には当時の頭取らに報告が上がっていたことが判明した。

 金融庁が短期間に2回も処分するのは異例だ。無責任体質の改善を厳しく迫る狙いだろう。

 みずほは金融庁に対し、来年1月17日までに業務改善計画を提出する。暴力団取引から決別するため、実効性のある再発防止策を講じる必要がある。

 疑問なのは、行政処分を受けたみずほの対応だ。みずほFGの塚本隆史会長は3月末で引責辞任するものの、みずほ銀の佐藤康博頭取は、兼務するみずほFG社長を含めて続投する。

 佐藤頭取は記者会見で、「国際金融市場で評価されるガバナンス(企業統治)体制を作ることが私の責務だ」と述べた。

 金融庁は、「取締役会は実質的な議論を行っておらず、機能を発揮していない」と、今回の処分理由で厳しく批判した。「佐藤体制」を維持したまま、抜本的な経営改革が進むだろうか。

 みずほは、第一勧業、富士、日本興業の旧3行統合で発足して以来、大規模なシステム障害など不祥事を繰り返してきた。

 過去にも指摘された「縦割り意識」の払拭に真剣に取り組まなかったことが、不祥事の連鎖が止まらない主因と言えよう。

 旧行意識の打破が急務である。旧3行で役員ポストを分け合うバランス人事や、相互干渉を避ける悪弊を徹底して排すべきだ。

 みずほはメガバンクで初の委員会設置会社に移行し、社外取締役による経営監視を強める。外部の風を吹き込み、よどんだ空気を一新できるかどうかが問われる。

 金融検査にも課題を残した。暴力団融資に関するずさんな説明をうのみにして、検査の甘さを批判されたからだ。

 検査に対する国民の信頼を回復するよう、金融庁は検査手法に一層、磨きをかけてもらいたい。

2013回顧・世界 災害への同情と中国への不安

 東日本大震災からの復興途上にあるだけに、国民は、海外で起きた災害にも強い関心と同情を寄せているのだろう。

 本紙読者が選んだ「海外10大ニュース」の1位は、「猛烈な台風がフィリピン直撃」だった。レイテ島などで、死者・行方不明者合計約8000人という甚大な被害を出した。

 ロシアの「隕石落下」が3位だ。隕石の軌跡をとらえた映像がテレビで流れ、天変地異の凄まじさが強い印象を残したようだ。

 今年は以前にも増して中国を巡る重要ニュースが多く、その台頭ぶりを裏付けた。

 習近平氏の国家主席就任は、4位に入った。習政権は、日本に対して、軍事力を背景にした強圧的な姿勢を示している。日本の対中不信感は強まるばかりだ。

 中国は、貧富の格差や環境悪化など、急激な成長に伴うひずみに直面している。

 微小粒子状物質(PM2・5)による大気汚染の深刻化が5位になったのは、日本にも汚染の影響が及ぶのではないか、という強い不安の反映でもあろう。

 北朝鮮・金正恩政権のナンバー2と言われた張成沢・国防委員会副委員長が失脚して処刑されたという衝撃的な出来事は、12月に報じられ、10大ニュースの「番外」として追加された。

 恐怖政治によって独裁体制を固め、核・ミサイルの開発を続ける北朝鮮は、来年も、地域の不安定要因であることに変わりない。

 米国では、オバマ大統領が2期目をスタートさせた(9位)。だが、外交、内政ともつまずきが多く順調とは言えなかった。

 米中央情報局(CIA)の元職員エドワード・スノーデン容疑者が、国内外における米情報機関の広範囲な通信傍受を暴露した(8位)。傍受対象だとされた欧州諸国からは強い反発が起きた。

 米国民からも批判の声が上がっており、大統領は、情報収集の方法の見直しを迫られている。

 連邦予算を巡る与野党対立で、10月初めに政府機能の一部が停止する事態も発生した(13位)。

 読者の心を和ませた出来事もあった。英国のウィリアム王子の妻キャサリン妃が、長男ジョージ王子を出産した(2位)。

 一方、英経済を再生させた「鉄の女」サッチャー元首相の死去(7位)に続き、12月は、南アフリカで多人種融和に尽くしたマンデラ元大統領の訃報が伝えられた。2人の指導者の業績は、今日も世界に影響を与え続けている。

2013年12月29日日曜日

国と東電は腰を据え再建計画に取り組め

 東京電力と原子力損害賠償支援機構は東電再建の道筋を定めた新しい「総合特別事業計画」をまとめ、政府に提出した。経営改革の加速を前提とする収支改善策を盛るとともに、福島第1原子力発電所での事故処理の費用を東電がすべて負担する枠組みを見直し、国との役割分担を明確にした。

 事故対応の東電任せを転換し、国が関与を強める方向性は評価できる。課題は残るが、腰を据えて計画に取り組み、福島の再生と電力の安定供給を確かなものとしなければならない。

 新計画では被災者への損害賠償はこれまでと同様、東電が支払う。一方、土地や建物から放射性物質を取り除く除染のうち、実施・計画済みの費用は国が保有する東電株の売却益をあてる。除染で生じた汚染土を保管する中間貯蔵施設の建設費は国が負担する。

 費用負担の上限に一定のめどがつき、東電は経営再建に取り組みやすくなる。ただし、国の支援拡大には東電が経営合理化への覚悟を示す必要がある。競争に率先して臨み、コスト低減への取り組みを大胆に進めなければならない。

 公正取引委員会は東電社員が送電線工事をめぐる談合を助長していたとして再発防止を求めた。本当に変わろうとする意思があるのか疑わしいと言わざるをえない。

 計画の前提にも不安がある。収支改善は柏崎刈羽原発の再稼働が条件だが、地元の理解を得られるのか不透明だ。昨年4月に作った現行計画の行き詰まりも、あてにした再稼働の遅れが響いた。

 廃炉部門は社内で分社させる。廃炉は国内外の力を結集させて取り組む息の長い作業だ。汚染水処理や廃炉の費用が膨らむ可能性もある。政府が責任を持って主導する体制を考えるべきではないか。

 1兆円の公的資金を東電に注入している政府は、同社に対して2つの顔を持つ。政府は東電の監督者として、事故の処理や賠償をしっかりと進めさせる責任がある。一方で株主としては東電に業績改善を求める立場にもある。

 政府が東電の「企業価値の向上」を前提に株式売却を視野に入れるなら、株主の顔がより前面に出る可能性がある。その場合、事故処理や賠償、さらには原発再稼働に向けた安全確認が後手に回るようなことがないか心配になる。

 政府は企業価値の向上を長期目標に位置付け、当面は引き続き事故処理に精力を傾けるべきだ。

政治危機でタイ経済も心配だ

 タイの政治に対するタクシン元首相の影響力を排除するよう求める勢力がバンコクでデモを始めてから、もうすぐ2カ月になる。

 汚職の罪に問われ亡命生活を送る元首相の妹であるインラック首相はこの間、反タクシン勢力への歩み寄りも見せてきたが、事態の打開にはつながっていない。

 2006年にクーデターで元首相が失脚して以来、タイでは元首相を支持する勢力と反タクシン勢力の対立を背景に街頭行動がくり返されてきた。10年にはバンコクの伊勢丹が焼き打ちされるなど大規模な騒乱に発展した。

 今回は3年前ほど深刻な事態に至ってはいないが、死傷者が出ている。「国民和解」の難しさが改めて浮き彫りになっている。

 今回のデモが始まったきっかけは、タクシン元首相が帰国できる環境を整える恩赦法案を与党側が成立させようとしたことだ。軽率だったと言わざるを得ない。法案がデモの広がりを受けて廃案になった後も、反タクシン勢力は目標を政権の打倒に変更してデモを継続してきた。

 インラック首相は下院の解散と総選挙の実施を表明するなど、反タクシン勢力との接点を探ってきた。だが、デモの沈静化には結びついていない。アピシット前首相ひきいる最大野党の民主党が来年2月の総選挙をボイコットすると決めたこともあって、総選挙の実施さえ危ぶまれ始めている。

 観光客の減少など政治危機の経済への影響はすでに表れ始めている。一方でインラック政権が進めてきたばらまき型の経済運営は財政面で困難に直面しつつある。

 自動車業界をはじめ日本企業にとってタイは重要な投資先であり市場となってきただけに、今後の景気動向が心配だ。

 東京で開いた日本と東南アジア諸国連合(ASEAN)の首脳会議をインラック首相が欠席するなど、混乱は外交にも影を落とす。与野党ともに国益を最優先する原点に立ち返って、政治危機の打開につとめることを望む。

東電事業計画―金融機関も変えてこそ

 東京電力が、新たな事業計画を政府に提出した。正月明けにも認められる見通しだ。

 東電の全額負担とされてきた除染などの事故対策費に上限が設けられ、それ以上については国費が投入される。

 法律上、原発事故への無限責任を負っている電力会社に対して、実質的な免責を導入することになる。

 一企業では到底まかなえない巨額な費用を東電に押しつけるだけでは、被災者への賠償や除染が滞りかねない。電力改革も進まない。かたや国には原発を推進し、過酷事故対策を怠ってきた責任がある。国費の投入はやむを得ない。

 ただし、兆円単位の税金を投じるからには、東電の利害関係者、とくに金融機関の貸手責任を問わなければならない。

 事故で事実上、債務超過に陥った東電は、本来なら破綻(はたん)処理されている。そうなれば、金融機関も巨額の債権放棄を迫られていたはずだ。

 震災前、東電が優良な公益企業だったことに安住し、原発リスクや安全投資への姿勢を吟味してこなかったと批判されても仕方がない。事故後の支援融資はともかく、それまでの債権が丸ごと守られることに、納税者が納得できるだろうか。

 今回、東電に身を切るリストラや経営改革を実行させるのは当然だが、金融機関への追及はまだ甘い。政府はあらゆる手段を検討すべきだ。

 柏崎刈羽原発(新潟県)の再稼働を、金融機関が強く求めていることにも注意しておく必要がある。債権の保全や融資の継続のために、再稼働で東電の収益力を上げさせることが金融機関の狙いだ。

 しかし、国民負担の増大を抑えられるからといって、早々と原発を再開することは許されない。東電は、数万人に今なお避難を強いる原因をつくった当事者である。

 汚染水対策をはじめ、福島第一原発の事故収束がおぼつかないのに、どこにそんな余裕があるのか。

 金融機関は、送配電部門や発電・燃料調達部門の分社化をめぐっても、東電から引き受けた社債の担保が散逸しないよう保証を求めている。将来に向けた改革を妨げかねない。

 こうした金融機関の振る舞いは、地域独占を前提とした古い電力システムにどっぷりつかっているように映る。

 今後、電力業界全体の制度改革が進む。電力向け融資のあり方についても、根本的に見直すときだ。

諫早湾干拓―開門避けてはならぬ

 「ギロチン」と呼ばれた長崎県諫早湾の閉め切り工事から16年あまり。広大な環境の変化は深刻なレベルに達している。

 福岡高裁は3年前、堤防の水門を開けるよう命じた。その期限は今月20日だったのに、政府は履行しないままでいる。

 この異例の事態の原因は、政府が開門に消極的だからだ。

 高裁の判決は、湾の閉め切りと周辺の漁業被害の因果関係を認めた。当時の菅直人首相が上告を断念し、判決は確定した。

 ところが干拓地の営農者らが農業への影響を理由に反発。開門差し止めの仮処分を長崎地裁に求め、地裁は先月、差し止めを命じる決定を出した。

 相反する司法判断のために、政府は身動きできなくなったというのが表向きの理由だ。だがそもそも、この事態を招いたのは政府自身ではないか。

 高裁判決が指摘した漁業被害との因果関係を政府は認めようとしない。仮処分の審理でも漁業被害を主張しなかったため、地裁は営農者側の訴えに沿った判断をせざるを得なかった。

 この干拓事業はもともと、戦後の食糧難時代にコメ増産を目指して計画された。減反の時代となっても止まることなく、むだな公共事業と批判されながらも事業目的に防災などを加え、2008年に完成した。

 湾が閉め切られたのは1997年で、前後して二枚貝の減少やノリの不作などが目立ち始めた。3550ヘクタールもの干潟と浅い海が、ムツゴロウなどの多様な生物もろとも消え、潮の干満や海流の変化も起きた。環境への影響が小さいはずがない。

 高裁が5年間の開門を命じた目的は、環境がどれほど改善するかを調べ、漁業被害を防ぐことだった。政府は湾周辺と有明海全域で続く様々な「異変」の原因を探る積極的意思を持って開門調査を実行すべきだ。

 強く開門に反対している長崎県の中村法道知事にも、調査の意義を理解してもらいたい。

 もちろん、開門に際しては、農業被害を最小限にする努力が尽くされるべきだ。農水省は農業用水の確保などで被害は防げると断言する。ならば営農者の不安をていねいにすくいとり、説得にあたるしかない。

 政府は司法任せの姿勢を続けるべきではない。地元のさまざまな対立を乗り越える道筋を、自ら積極的に探るべきだ。

 営農者たちと漁業者たちが争い、近隣県同士もいがみ合う、この不毛な構図は、国が押し通した巨大公共事業の産物なのである。その重い責任から目を背けてはならない。

参院1票の格差 国会に抜本改革迫る高裁判決

 おおむね妥当な判断が示されたと言えよう。

 「1票の格差」が最大4・77倍だった7月の参院選を巡り、全国の高裁で審理された16件の訴訟の判決が出そろった。

 「違憲状態」が13件、「違憲」は3件で、選挙を「無効」とする無責任な判断は広島高裁岡山支部の1件だけだった。

 昨年の衆院選を「違憲状態」とした先月の最高裁判決は、格差を放置した期間の長短だけでなく、是正に必要な措置などを総合的に考慮すべきだと指摘した。

 衆参の違いはあれ、今回の一連の「違憲状態」判決は、最高裁の考え方を踏襲している。

 多くの高裁が、参院の選挙制度の抜本的見直しには相応の時間がかかることを認め、是正に必要な期間は過ぎていないと結論づけた。立法府の裁量権に配慮した現実的な判断である。

 選挙区定数を「4増4減」して参院選に臨んだ国会の対応に一定の評価を与えた高裁もある。

 昨年の衆院選を巡る高裁段階の判決は、「違憲状態」2件、「違憲」14件と、より厳しかった。

 今回の内訳が逆になったのは、参院における定数是正のハードルの高さも考慮した結果だろう。3年ごとに半数を改選する参院では最低2人を各選挙区に割り振らなければならない。都道府県単位の区割りの変更も困難を伴う。

 一方、今回の高裁判決の多くが「4増4減」を定めた改正公職選挙法の付則を重視した。付則は2016年の次期参院選までに抜本改革の結論を得るとの内容で、判決はその実現を求めている。

 国会はこの点に留意せねばなるまい。上告審で最高裁もこの付則を重視する可能性が高い。

 既に参院の各党は、次期参院選からの新制度移行を目指して、制度改革の協議を続けている。

 具体案として、西岡武夫元参院議長はかつて全国9ブロックの比例選を提案し、その後、9ブロックの大選挙区選に修正した。

 民主党は以前、人口が少ない隣接県を一つの選挙区に統合する「合区」を提案したことがある。自民党内に同調する声もある。

 いずれの案も格差を是正しやすい利点がある。これらを参考に改正作業を急ぐべきだ。その際、多党化を招かず、民意を集約できるようにする視点も欠かせない。

 参院が多党化すれば、政権選択選挙である衆院選で勝利した与党は参院で過半数を取りにくい。ねじれが生じて政権が不安定になる制度は、避ける必要がある。

2013回顧・日本 「五輪」「富士山」に希望がわいた

 7年後の五輪開催に希望を見いだした人が多かったのだろう。

 読売新聞の読者が選ぶ今年の「日本10大ニュース」の1位に、「2020年夏季五輪・パラリンピックの開催地が東京に決定」が選ばれた。

 東京で五輪が開催されるのは1964年以来56年ぶりである。前回五輪は、日本の高度成長を加速させる契機となった。今度の五輪は、日本再生の起爆剤となり得る。ぜひとも成功させたい。

 東京都の猪瀬直樹前知事が5000万円受領問題(16位)で辞職に追い込まれ、大会組織委員会の人事などに停滞がみられる。オールジャパン体制で着実に開催準備を進めることが肝要だ。

 メーン会場の新国立競技場は「巨大すぎる」との指摘で、規模が縮小される見通しだ。無駄のない施設整備も欠かせない。

 僅差の2位は「富士山が世界文化遺産に決定」だった。当初除外される見込みだった「三保松原」を含むすべての構成資産が「世界の宝」と認定された。

 美しい姿を後世に残さねばならない。この夏は、マイカー規制が拡充され、入山料徴収が試験導入された。今後は一層、環境保全に知恵を絞る必要があろう。

 プロ野球では、楽天の「初の日本一」が4位、「田中投手が連勝の新記録」が8位に入った。

 仙台が本拠地の楽天の優勝は、東日本大震災の被災者を大いに元気付けた。日本一の原動力となった田中将大投手は、米大リーグ球団との移籍交渉に入る。さらなる活躍を期待したい。

 「長嶋茂雄氏と松井秀喜氏に国民栄誉賞」は5位に入った。長嶋氏はプロ野球を国民的スポーツに発展させた最大の功労者だ。松井氏の豪快なホームランには、多くのファンが熱狂した。

 巨人のユニホームを着て始球式を行った師弟の姿は、人々の記憶に深く刻まれたに違いない。

 安倍政権は「参院選で自民、公明両党が過半数獲得、ねじれ解消」(3位)で安定度を増した。

 一方で、課題も多い。来年4月に消費税率8%への引き上げ(7位)が実施される。越年した環太平洋経済連携協定(TPP)の交渉(9位)も大詰めを迎える。

 経済政策「アベノミクス」で上向いた景気を本格回復につなげる必要がある。来年は、経済再生を実感できる年としたい。

 今年は、伊豆大島の土石流(6位)など、自然災害が相次いだ。防災対策を怠ってはならない。

2013年12月28日土曜日

沖縄の決断に応え普天間の早期移設を

 17年も立ち往生が続く問題に、解決の糸口がみえてきた。米軍普天間基地を沖縄県名護市辺野古に移設するのに必要な埋め立てを県知事が承認した。政府は早期に移設が進むようにさらなる努力を払わなければならない。

 「基地負担を全国で分かち合う動きが出始めている」。沖縄県の仲井真弘多知事は承認発表の記者会見で、安倍内閣が打ち出した米軍訓練の半数を本土に移すなどの方針を高く評価した。

 第2次大戦で全国で唯一、一般住民を巻き込む地上戦を経験し、戦後は長く米施政下に置かれた沖縄の県民には「日本に見捨てられた」との被害者感情がある。

 基地反対運動は事故や騒音をなくしたいだけではなく、全ての日本人が同じ苦しみを味わっているのかという叫びでもあった。政府のみならず、全国民がこの思いを心し、各地で自ら訓練を受け入れるようにしなければ移設作業は再び暗礁に乗り上げよう。

 年明けに移設先の名護市の市長選がある。宜野湾市の住宅密集地にある普天間基地が抱える事故の危険をどう取り除くのかなど原点に立ち返り、早期の移設の必要性を沖縄県民や名護市民に理解してもらう努力が欠かせない。

 今回の決着にはいくつか懸念もある。政府は沖縄県に普天間基地の5年以内の運用停止の検討を約束した。「検討」とはいえ、沖縄県民の受け止めは「停止」だ。「米軍が了解しないのでダメでした」では苦労して築いた本土と沖縄の信頼関係は揺らぐ。

 移設完了は埋め立て開始から10年近くかかるとされる。普天間に駐留する米海兵隊の居場所が一時的でもなくなれば、外からの侵略への抑止力は大きく低下する。

 仲井真知事は「国際情勢は県民の意思に関係なく緊張している」と話した。中国の海洋進出により沖縄の戦略的重要性はかつてなく高まっている。移設作業を少しでも短縮できるようにしなくてはならない。

 沖縄県民が「不平等条約」と考えている日米地位協定の改定は米政府が消極姿勢を崩さず、難航が予想される。沖縄県が求める基地の土壌汚染などへの調査権は、今後増えるであろう県南の基地返還を円滑に進めるのに欠かせない。

 政府は「米国と協議する」と断言したからには、すぐに諦めてはなるまい。140万県民の意を体して粘り強く交渉してほしい。

銃弾供与が映すPKOの現実

 政府の想定が、国連平和維持活動(PKO)をめぐる厳しい現実に追いついていない。そんな実態があぶり出されたといえよう。

 南スーダンのPKOで、政府は陸上自衛隊の銃弾1万発を韓国軍に無償で譲渡した。自衛隊が海外で弾薬を提供するのは初めてだ。この決定が議論を呼んでいる。

 自衛隊と韓国軍は、PKOの国連南スーダン派遣団(UNMISS)に参加している。現地の治安が急速に悪化するなか、韓国軍から要請があり、UNMISSを通じて銃弾を譲渡したという。

 この措置はPKO協力法25条に基づくものだ。同法では国際救援活動などのために必要なら、物資を提供できると定めている。

 しかし、問題は残る。政府はこれまでの国会答弁で、同法に基づく物資の提供に、武器や弾薬が含まれることは想定していないと説明してきたからだ。

 武器や関連技術の輸出を禁じた武器輸出三原則との整合性も、問われている。いまの原則でも平和構築などの目的なら、条件付きで武器を提供できる。ただ、想定しているのは外国であり、国連などの国際機関には事実上、供与できない規定になっている。

 こうした問題点は残るが、人道上、今回の決定はやはり妥当だった。政府によると、現地の情勢は緊迫し、韓国軍とその宿営地にいる避難民が危険にさらされていた。韓国軍の小銃に使える銃弾を供与できる部隊は、日本以外にいなかった。このため、三原則の例外として提供を決めたという。

 とはいえ、日本と韓国の説明では食い違いもある。韓国国防省は銃弾は予備的に借りたのであり、不足してはいないとしている。どこまで本当に緊急性が高かったのか。政府はさらに説明を尽くしてもらいたい。

 国連では、日本のPKOへの貢献に期待が高まっている。この中で、自衛隊が危険な地域に行くことも増える可能性がある。そんな現実に合わせ、武器輸出三原則を改めることも検討すべきだ。

辺野古埋め立て―沖縄の負担を分かちあう

 米軍普天間飛行場を移設するため、名護市辺野古の海の埋め立てを認める。

 沖縄県の仲井真(なかいま)弘多(ひろかず)知事が、そんな判断を下した。

 宜野湾市の市街地の真ん中にある普天間飛行場は「世界一危険な基地」とも呼ばれる。その返還に、日米両政府が合意して17年。移設問題は新たな段階に入ったことになる。

 普天間の危険は一刻も早く除かなければならない。だからといって在日米軍基地の74%を抱える沖縄県内に新たな基地をつくらなければならないのか。

 移設計画への反発は強く、朝日新聞社などが県内で今月中旬に実施した世論調査では、64%が埋め立てを承認すべきではないと答えた。

 知事は3年前に「県外移設」を掲げて再選された。なのになぜ埋め立てを認めるのか。知事は、県民の批判や失望を覚悟しなければならない。

■県民の理解なしには

 埋め立て承認によって、移設は順調に進むのか。

 きのうの記者会見の、知事の言葉を聞こう。

 「辺野古については名護市長も市議会も反対していて、実現可能性はそんなに高くない」

 「県外の飛行場のある場所へ移設する方が早い。暫定的でも、県外移設案をすべて検討し、(普天間の)5年以内の運用停止を図る必要がある」

 知事は政府に対し、普天間の24機のオスプレイの半数程度を県外に配備し、さらに5年以内に普天間の運用を停止するよう求めていた。辺野古の埋め立ては認めるが、まず普天間を空っぽにせよ、というのである。

 「運用停止にとりくむと総理の確約を得ている」と、知事は首相との会談の成果を誇った。

 首相は、少なくとも公開の場では、オスプレイの県外配備ではなく訓練の半分を県外に移すとしか言っていない。そもそもオスプレイを全機、県外に移すのなら、辺野古の基地は要らない。知事の説明は、県外移設の公約と埋め立て承認のつじつまあわせにも聞こえる。

 しかし、沖縄の現状を表している面もある。基地負担を県外に移し、県民の理解を得る努力を重ねなければ、辺野古への移設もうまくいくかどうか。

 来年1月の名護市長選、9月の市議選、11月ごろの知事選と政治日程が控える。結果しだいで建設は頓挫しかねない。

 承認を得たらこちらのもの。抵抗する市民を排除して工事を進めればいい――。そんな発想が政府側にあるとすれば、すぐ捨てなければならない。県民の反発を強め、今後の数々のハードルを高くするだけだろう。

■「差別」という問い

 知事の判断にも、首相の回答にも、沖縄の思いは複雑だ。

 振興策への歓迎。負担軽減策への落胆。札束でほおをたたいて基地負担を我慢せよと迫るのか、という反発もある。

 沖縄の内部も、本土と沖縄の間も、分断が深まったようにみえる。

 近年の沖縄では「差別」という言葉が頻繁に使われる。

 たとえば公明党県本部が埋め立て不承認を求めた知事への提言も「差別と言わざるを得ない」と断じ、こう記した。

 安保による恩恵は全国民が享受し、基地の負担は沖縄に過度に押し付けるやり方は、これ以上容認できない。沖縄に基地が集中したのは地理的・軍事的な理由ではない。本土で反対運動が起き、米軍統治下の沖縄に追い払われたのだ……。

 基地の負担と歴史を重ね、差別だと訴える声もしばしば耳にする。王国をとりつぶされた琉球処分、本土防衛の「捨て石」にされた沖縄戦、独立する本土から切り離されて米国に「質入れ」された経緯である。

 それは、本土に暮らす者も等しく考えるべき問題だ。

 日本は戦後、憲法9条の下で平和国家の地位を築いた。ただし、それは日米安保条約による米軍の駐留と沖縄の負担の上になりたつ平和だ。

 本土の人々はその事実を忘れがちだ。だが、負担を強いられる側は忘れない。意識のギャップが広がれば、何かのきっかけで不満が爆発しかねない。

■環境変化を見据えて

 安倍政権が日米同盟を強固にしたいのなら、とりくむべきは沖縄の負担軽減だ。同盟に不可欠なのは、集団的自衛権の行使より何より、駐留米軍への地元の人々の理解である。

 沖縄が接する東シナ海は緊張を増している。一方で航続距離の長いオスプレイは、県外からでも容易に沖縄にたどりつく。安全保障環境や軍事技術が変わるなか、沖縄になければならないもの、本土で引き受けられるものは何かを、もう一度洗い出すべきだ。

 移転先の同意を得るのは容易ではない。だが、山口県岩国市は岩国基地に、普天間の空中給油機を受け入れると決めた。

 努力もせずに諦めていては、話は始まらない。

辺野古移設承認 日米同盟強化へ重要な前進だ

 ◆沖縄の負担軽減を加速させたい

 1996年の日米合意以来、様々な曲折を経てきた米軍普天間飛行場の移設問題の解決に向けて重要な前進である。

 沖縄県の仲井真弘多知事が、普天間飛行場の名護市辺野古への移設に伴う公有水面埋め立てを承認した。

 普天間問題はこの17年間、日米間の最大の懸案で、膨大な時間と精力が注がれてきた。日米両政府、沖縄県、名護市、米軍など多くの関係者が複雑な事情を抱える、困難な連立方程式だからだ。

 これまでの苦労を無駄にせず、難題を克服することは、日本の安全保障環境が悪化する中、同盟関係をより強靱きょうじんで持続可能なものにするという大きな意義を持つ。

 ◆知事の決断を評価する

 仲井真知事にとっては、まさに苦渋の決断だったろう。

 当初は、辺野古移設を条件付きで支持していたが、民主党の鳩山首相が「最低でも県外移設」と県民の期待を無責任に煽あおったため、2期目の知事選公約に「県外移設」を掲げざるを得なくなった。

 しかし、埋め立てを承認しなければ、普天間飛行場の危険な現状が長期間にわたって固定化されてしまうのは確実だ。

 知事は記者会見で、埋め立てを承認した理由について、「県外移設の方が早いとの考えは変わらない」と強調しつつ、政府の環境保全措置などが「基準に適合していると判断した」と語った。

 沖縄の米軍基地問題では常に、基地の抜本的な撤去を目指すか、段階的な負担軽減を進めるか、という方法論の対立がある。知事が着実な負担軽減を優先し、現実的選択をしたことを評価したい。

 辺野古移設は、広大な普天間飛行場を人口密集地から過疎地に移すうえ、在沖縄海兵隊のグアム移転を促進する副次的効果を持つ。県全体で大幅な負担軽減となり、沖縄の発展にも役立とう。

 知事の決断は、辺野古移設反対派から批判されているが、将来は高く評価されるはずだ。

 ◆リスク取った安倍政権

 知事の判断を後押しした安倍政権の努力も支持したい。

 基地負担の軽減策として、普天間飛行場や牧港補給地区の返還期間の短縮や訓練移転、米軍基地内の環境調査に関する新たな日米協定の協議開始などを示した。

 9~12年後の返還目標は、激しい日米交渉の結果で、知事の求める前倒しは簡単ではないが、日米両政府は最大限努力すべきだ。

 米軍輸送機オスプレイの訓練の県外移転も、沖縄の負担を日本全体で分かち合うため、関係自治体は積極的に協力してほしい。

 米政府は従来、日米地位協定の改定に慎重だったが、地位協定を補足する新協定の協議には応じることになった。返還予定の米軍基地内での事前の環境調査は跡地利用を促進する。より早い段階から調査できる合意を目指したい。

 沖縄振興策でも、安倍首相は、来年度予算の積み増しに加え、2021年度まで毎年3000億円台の予算確保を約束するなど、最大限の配慮を示した。県北部振興策にも毎年50億円を計上する。

 厳しい財政事情の中、異例の優遇措置だが、難局を打開するためにはやむを得まい。ただ、民主党政権が普天間問題を迷走させなければ、これほど巨額の国民負担は生じなかったろう。

 安倍政権が沖縄県の承認を得られたのは、不承認時の政権への打撃というリスクも覚悟し、一貫してぶれずに、仲井真知事との信頼関係を築いたことが大きい。だからこそ、知事も県民からの批判というリスクを取ったのだろう。

 首相は、知事との信頼を大切にしながら、米軍の抑止力の維持と沖縄の負担軽減の両立に全力を挙げなければなるまい。

 ◆地元の理解得る努力を

 普天間飛行場の辺野古移設の実現までには、まだ課題もある。

 来月19日の名護市長選は、移設に反対する現職と、容認する前県議の一騎打ちとなる見通しだ。

 前市長が出馬を取りやめ、容認派が一本化されたが、選挙結果は予断を許さない。

 本来、一地方選が日本の安全保障の行方を左右するような事態は避けるべきだ。その意味でも、知事が承認時期を市長選前の年内にしたのは適切だった。

 名護市長には、辺野古移設を中止させる権限はないにせよ、代替施設の建設工事をより円滑に実施するには、名護市の協力を得られた方が望ましいのは当然だ。

 政府・与党は引き続き、辺野古移設の意義と効用を丁寧に説明して、地元関係者の理解を広げる努力を尽くすことが求められる。

2013年12月27日金曜日

靖国参拝がもたらす無用なあつれき

 安倍晋三首相が靖国神社に参拝した。本人の強い意向によるものだろうが、内外にもたらすあつれきはあまりに大きく、国のためになるとはとても思えない。

 「尊い命を犠牲にされた英霊に手を合わせてきた」。首相は参拝後、こう強調した。赤紙で戦地に送られた多くの戦没者を悼むのは日本人として当然の感情だ。問題は靖国がそれにふさわしい場所かどうかだ。

 靖国には東京裁判でA級戦犯とされた戦争指導者14人がまつられている。1978年になって当時の宮司の判断で「昭和殉難者」として合祀(ごうし)された。

 日本政府はサンフランシスコ講和条約締結によって「東京裁判を受諾した」との立場だ。戦犯を神格化する行為が好ましくないことはいうまでもない。

 東京裁判の正統性を疑問視する向きがあるのは事実だ。しかし戦犯問題を抜きにしても、日本を無謀な戦争に駆り立てた東条英機元首相ら政府や軍部の判断を是認することはできない。

 いまの日本は経済再生が最重要課題だ。あえて国論を二分するような政治的混乱を引き起こすことで何が得られるのだろうか。

 外交でも失うものが多い。中国と韓国は猛反発した。両国とは首脳会談が途絶えて久しい。「参拝してもこれ以上悪くなりようがない」「参拝を外交カードにすべきだ」という声も聞いた。むしろ相手国への配慮に欠け、関係改善を遠のかせるだけだ。

 21世紀はアジアの世紀といわれる。アベノミクスでも掲げた「アジアの成長力を取り込む」という方針に自ら逆行するのか。経済界には首相への失望の声がある。

 さらに心配なのは日米同盟への影響だ。在京米大使館は「近隣諸国との緊張を悪化させる行動を取ったことに米政府は失望している」との異例の声明を出した。オバマ政権は台頭する中国と対峙し、小競り合いにつながるような行為は回避したいのが本音だ。

 10月に来日したケリー米国務長官らは身元不明の戦没者の遺骨を納めた千鳥ケ淵戦没者墓苑を訪れた。その含意は分かっていたのではないか。

 哲学者ベンサムの「最大多数の最大幸福」を持ち出すまでもなく、政治とは幅広い人々の主張をとりまとめ、代弁する営みである。首相の判断は状況や立場を踏まえたものでなくてはならない。

合憲判断なき参院の改革急げ

 7月の参院選をめぐり、全国の高裁・支部で審理されていた計16件の「1票の格差」訴訟の判決が出そろった。違憲と断じたのは東京や大阪高裁などの3件で、残る13件はただちに違憲とはされない「違憲状態」の判決だった。

 最終的な判断は最高裁に委ねられるが、高裁判決の大勢が違憲状態にとどまったことで、国会には安堵するような雰囲気も漂う。だが参院選を「合憲」と認めた判決が一つもないという事実の重さを改めて肝に銘じる必要がある。

 11月には最高裁が2012年の衆院選を「違憲状態」と判断した。国会は両院ともに、選出された議員の正当性が疑われかねない異常事態にあるといっていい。与野党は判決を真摯に受け止め、抜本改革の取り組みを急ぐべきだ。

 どのような選挙制度をつくるかは国会に裁量権があり、制度をかえるためには時間もかかる。

 このため1票の格差訴訟では、投票価値が著しく不平等なだけでは「違憲」とはせず、その状態が合理的期間内に是正されなかった場合にはじめて違憲判決を出す二段構えの判断を示してきた。

 7月の参院選で1票の格差は最大4.77倍あった。最高裁が前回10年の参院選を違憲状態とした後も、国会は選挙制度の抜本改正は先送りし、定数配分を「4増4減」する措置だけをとった。

 今回の一連の判決では、この「4増4減」には厳しい評価が相次いだものの、高裁の多くが「抜本的な是正をするには時間が足りなかった」と国会の取り組みに一定の理解を示したわけである。

 だが「違憲状態」はあくまで猶予期間にすぎない。憲法が求める投票価値の平等を軽んじ、いつまでも選挙区の数合わせに終始することは到底許されない。

 最高裁はこれまでの判決で、都道府県を単位として選挙区の定数を決めるいまの制度自体を見直すよう求めている。選挙区の統合やより大きなブロック制にすることなども含め、改革に向けた議論を加速させるべきである。

首相と靖国神社―独りよがりの不毛な参拝

 内向きな、あまりに内向きな振る舞いの無責任さに、驚くほかはない。

 安倍首相がきのう、靖国神社に参拝した。首相として参拝したのは初めてだ。

 安倍氏はかねて、2006年からの第1次内閣時代に参拝しなかったことを「痛恨の極み」と語ってきた。一方で、政治、外交問題になるのを避けるため、参拝は控えてきた。

 そうした配慮を押しのけて参拝に踏み切ったのは、「英霊」とは何の関係もない、自身の首相就任1年の日だった。

 首相がどんな理由を挙げようとも、この参拝を正当化することはできない。

 中国や韓国が反発するという理由からだけではない。首相の行為は、日本人の戦争への向き合い方から、安全保障、経済まで広い範囲に深刻な影響を与えるからだ。

■戦後日本への背信

 首相は参拝後、「母を残し、愛する妻や子を残し、戦場で散った英霊のご冥福をお祈りし、手を合わせる。それ以外のものでは全くない」と語った。

 あの戦争に巻き込まれ、理不尽な死を余儀なくされた人たちを悼む気持ちに異論はない。

 だが、靖国神社に現職の首相や閣僚が参拝すれば、純粋な追悼を超える別の意味が加わる。

 政治と宗教を切り離す。それが、憲法が定める原則である。その背景には、軍国主義と国家神道が結びついた、苦い経験がある。

 戦前の靖国神社は、亡くなった軍人らを「神」としてまつる国家神道の中心だった。戦後になっても、戦争を指導し、若者を戦場に追いやったA級戦犯をひそかに合祀(ごうし)した。

 境内にある「遊就館」の展示内容とあわせて考えれば、その存在は一宗教法人というにとどまらない。あの歴史を正当化する政治性を帯びた神社であることは明らかだ。

 そこに首相が参拝すれば、その歴史観を肯定していると受け止められても仕方ない。

 それでも参拝するというのなら、戦死者を悼みつつ、永遠の不戦を誓った戦後の日本人の歩みに背を向ける意思表示にほかならない。

■外交にいらぬ火種

 首相の参拝に、侵略の被害を受けた中国や韓国は激しく反発している。参拝は、東アジアの安全保障や経済を考えても、外交的な下策である。

 安倍首相はこの春、「侵略の定義は定まっていない」との自らの発言が内外から批判され、歴史認識をめぐる言動をそれなりに自制してきた。

 一方、中国は尖閣諸島周辺での挑発的な行動をやめる気配はなく、11月には東シナ海の空域に防空識別圏を一方的に設定した。米国や周辺諸国に、無用な緊張をもたらす行為だとの懸念を生んでいる。

 また、韓国では朴槿恵(パククネ)大統領が、外遊のたびにオバマ米大統領らに日本の非を鳴らす発言を繰り返してきた。安倍首相らの歴史認識への反発が発端だったとはいえ、最近は韓国内からも大統領のかたくなさに批判が上がっていた。

 きのうの首相の靖国参拝が、こうした東アジアを取り巻く外交上の空気を一変させるのは間違いない。

 この地域の不安定要因は、結局は歴史問題を克服できない日本なのだという見方が、一気に広がりかねない。米政府が出した「失望している」との異例の声明が、それを物語る。

 外交官や民間人が関係改善や和解にどんなに力を尽くそうとも、指導者のひとつの言葉や行いが、すべての努力を無にしてしまう。

 問題を解決すべき政治家が、新たな火種をつくる。

 「痛恨の極み」。こんな個人的な思いや、中国や韓国に毅然(きぜん)とした態度を示せという自民党内の圧力から発しているのなら、留飲をさげるだけの行為ではないか。それにしてはあまりに影響は大きく、あまりに不毛である。

 首相はきのう、本殿横にある「鎮霊社」にも参った。

 鎮霊社は、本殿にまつられないあらゆる戦没者の霊をまつったという小さな社(やしろ)だ。首相は、ここですべての戦争で命を落とした方の冥福を祈り、不戦の誓いをしたと語った。

■新たな追悼施設を

 安倍首相に問いたい。

 それならば、軍人だけでなく、空襲や原爆や地上戦に巻き込まれて亡くなった民間人を含むすべての死者をひとしく悼むための施設を、新たにつくってはどうか。

 どんな宗教を持つ人も、外国からの賓客も、わだかまりなく参拝できる追悼施設だ。

 A級戦犯がまつられた靖国神社に対する政治家のこだわりが、すべての問題をこじらせていることは明白だ。

 戦後70年を控えているというのに、いつまで同じことを繰り返すのか。

首相靖国参拝 外交立て直しに全力を挙げよ

◆国立追悼施設を検討すべきだ

 “電撃参拝”である。なぜ、今なのか。どんな覚悟と準備をして参拝に踏み切ったのか。多くの疑問が拭えない。

 安倍首相が政権発足1年を迎えた26日午前、就任後初めて靖国神社に参拝した。現職首相の参拝は、2006年8月15日の小泉首相以来だ。

 安倍首相は、第1次政権の任期中に靖国神社に参拝できなかったことについて「痛恨の極み」と述べていた。その個人的な念願を果たしたことになる。

◆気がかりな米の「失望」

 首相は終戦記念日と靖国神社の春・秋季例大祭の際、真榊(まさかき)や玉串料を奉納するにとどめてきた。

 参拝すれば、靖国神社を日本の軍国主義のシンボルと見る中国、韓国との関係が一層悪化し、外交上、得策ではないと大局的に判断したからだろう。

 米国も首相の参拝は中韓との緊張を高めると懸念していた。ケリー国務長官とヘーゲル国防長官が10月の来日の際、氏名不詳で遺族に渡せない戦没者の遺骨を納めた千鳥ヶ淵戦没者墓苑で献花したのは、そのメッセージだ。

 気がかりなのは、米国が「日本の指導者が近隣諸国との緊張を悪化させるような行動を取ったことに失望している」と、異例の声明を発表したことである。

 日米関係を最重視する首相にとって誤算だったのではないか。

 中国は東シナ海上空に防空識別圏を一方的に設定し、日中間の緊張を高めている。尖閣諸島をめぐって、さらに攻勢を強めてくる可能性もある。

 日本は同盟国の米国と連携して領土・領海を守り抜かねばならない。この微妙な時機に靖国神社に参拝し、政権の不安定要因を自ら作ってしまったのではないか。

 首相周辺には、「参拝しなくても中韓は日本批判を繰り返している。それなら参拝しても同じだ」と参拝を促す声があったという。首相が、中韓両国との関係改善の糸口を見いだせず、そうした判断に至ったのであれば残念だ。

 公明党の山口代表は首相から参拝直前に電話があった際、「賛同できない」と反対した。「中韓両国の反発を予測しての行動だろうから、首相自身が改善の努力をする必要がある」と述べている。

 首相は、外交立て直しに全力を挙げねばなるまい。

◆中韓の悪のりを許すな

 首相は、参拝について「政権発足後、1年間の歩みを報告し、戦争の惨禍で再び人々が苦しむことのない時代を創る決意を込めて不戦の誓いをした」と説明した。中韓両国などに「この気持ちを直接説明したい」とも語った。

 だが、中韓両国は、安倍首相に耳を傾けるどころか、靖国参拝を日本の「右傾化」を宣伝する材料に利用し始めている。

 中国外務省は、「戦争被害国の国民感情を踏みにじり、歴史の正義に挑戦した」との談話を表明した。韓国政府も「北東アジアの安定と協力を根本から損なう時代錯誤的な行為」と非難している。

 誤解、曲解も甚だしい。

 日本は戦後、自由と民主主義を守り、平和国家の道を歩んできた。中韓が、それを無視して靖国参拝を批判するのは的外れだ。

 そもそも対日関係を悪化させたのは歴史認識問題を政治・外交に絡める中韓両国の方だ。

 今回の参拝の是非は別として一国の首相が戦没者をどう追悼するかについて、本来他国からとやかく言われる筋合いもない。

◆A級戦犯合祀が問題

 靖国神社の前身は、明治維新の戦火で亡くなった官軍側の慰霊のために建立された「東京招魂社」だ。幕末の志士や日清、日露戦争、そして昭和戦争の戦没者らが合祀(ごうし)されている。戦没者だけが祀まつられているわけではない。

 靖国参拝が政治問題化した背景には、極東国際軍事裁判(東京裁判)で処刑された東条英機元首相ら、いわゆる「A級戦犯」が合祀されていることがある。

 靖国神社は、合祀した御霊(みたま)を他に移す分祀は、教学上できないとしているが、戦争指導者への批判は根強く、「A級戦犯」の分祀を求める声が今もなおある。

 首相は、靖国神社の境内にある「鎮霊社」に参拝したことも強調した。靖国神社には合祀されない国内外の戦死者らの慰霊施設である。そうした配慮をするのなら、むしろ千鳥ヶ淵戦没者墓苑に参るべきではなかったか。

 今の靖国神社には、天皇陛下も外国の要人も参拝しづらい。無宗教の国立追悼施設の建立案を軸に誰もがわだかまりなく参拝できる方策を検討すべきである。

2013年12月26日木曜日

経済に重きを置いた政権運営を

 第2次安倍内閣が発足1年を迎えた。7月の参院選で衆参ねじれ国会に終止符を打ち、6年続いた首相の1年交代を断ち切った安倍晋三首相の政治手腕は評価されてよい。来年もこの勢いを維持できるのか。いよいよ正念場である。

 日本経済新聞社とテレビ東京の世論調査によると、安倍内閣の12月の支持率は56%だった。前月より7ポイント下がり、発足以来の最低を記録したが、第1次内閣では1年足らずで28%まで下げたのに比べればはるかに高い。

独断専行の懸念ぬぐえ
 安倍人気をもたらした最大の要因はやはりアベノミクスだ。首相はしばしば「過去20年に及ぶデフレの暗雲を払った」と語る。

 経済政策の中身をみれば、財政再建への踏み込みが甘いなど問題点はあるが、「日本経済を立て直そう」「日本の底力を世界に示したい」という気力を国民の間に醸し出した効果は無視できない。

 与党内の内輪もめがさほどないことも安定感を生んだ。環太平洋経済連携協定(TPP)の交渉参加など自民党の伝統的支持層の利害にかかわる課題でも表舞台での怒鳴りあいはほとんどなかった。

 民主党政権は統率がとれず、決断を先送りして有権者の信頼を失った。安倍政権に「大人の政治」を感じるという声をよく聞く。

 政権1年ともなれば入閣待望組がうごめき出すのが政界の常だが、安倍首相は早々と現体制継続を表明した。うまくいっているときは動かないのが政治の鉄則だ。不慣れな閣僚を増やせば失言も生まれよう。

 政権の先行きに懸念がないわけではない。年初に始まった通常国会では野党の言い分を取り入れた融和路線だったが、ねじれ国会解消後の秋の臨時国会ではやや強引な国会運営がみられた。

 特定秘密保護法は野党の日本維新の会やみんなの党と法案修正で合意したのに、最後は慎重審議を求める両党を置き去りにして与党だけの賛成で成立させた。

 ねじれ国会がもたらす「決まらない政治」は困るが、1強多弱のもとで独断専行で決めてよいわけでもない。第1次内閣では法案を次々と力ずくで成立させたことが結果として政権を弱体化させた。

 「おおよそ軍勝五分をもって上となし、七分をもって中となし、十分をもって下となす」。戦国武将の武田信玄はこう説いたそうだ。世論に耳を傾け、野党とよく話し合う中で合意を見いだす政治を目指してもらいたい。

 その意味で、来年の政策目標の設定や順番付けを間違ってはならない。アベノミクスの3本の矢のうち成果がまだ十分でない成長戦略をどう軌道にのせるのかなど課題は山積している。

 安倍首相の発言を聞くと、アベノミクスを政権の足腰を強める一手段と考えているふしがある。究極の目標が憲法改正にあることは明らかだが、そこに突き進むあまり経済再生がおろそかになっては大多数の有権者の支持は得られないだろう。

 憲法改正の先触れともされる集団的自衛権の行使の解禁に踏み切れば秘密保護法の比でない国民的論議を巻き起こすのは確実だ。長期政権をうかがうのであれば、こうした課題に取り組む時期は慎重に選ばねばなるまい。

軸になる野党が必要だ
 政治の質を高めるには、野党の責任も重大だ。にもかかわらず民主党は求心力を取り戻せず、維新は東西対立が続く。みんなはついに分裂した。結いの党の議員のほとんどは比例代表での当選であり、みんなと道をたがえたからには議員を辞職するのが筋だ。

 健全な民主主義にはチェック機能が欠かせない。しっかりした軸になれる野党が育たなければ、徐々に与党を堕落させ、政治の劣化を招く。政府の説明責任もおざなりになろう。

 来年は12年ぶりに衆参両院選や統一地方選など大きな選挙がない年になりそうだ。党勢伸長につながるかどうかなどの思惑にとらわれずに政治を進めることができる。こういう年こそ政治の基本ルールを見直すよい機会だ。

 与野党は衆参両院の1票の格差の是正や臨時国会で持ち越しになった国会改革などに真剣に取り組まなくてはならない。

 安倍政権の善しあしを語る際、「民主党政権よりまし」という人が多い。政権交代からすでに1年。しかも民主党は参院選後も離党ドミノが止まらず、来年早々にも野党第1党の座を維新に奪われる可能性がある。そろそろ「よりまし」とは違う物差しをあてて政治を語る時期ではないだろうか。

沖縄基地負担―政権の「本気度」を問う

 安倍首相がきのう、沖縄県の仲井真弘多(なかいまひろかず)知事と会談した。

 知事が要請していた沖縄振興策と、米軍基地による負担の軽減策に対し、回答を伝えた。

 米軍普天間飛行場を移設するため、名護市辺野古の海を埋め立てることを認めるのか否か。知事の判断に影響を与えると注目されていた。

 回答を聞いた知事は、「驚くべき立派な内容をご提示いただいた」と絶賛した。

 そうだろうか。要請を超える額を約束した振興策は「満額回答」以上だが、負担軽減は踏み込み不足で、多くの沖縄県民の理解を得られるとは思えない。

 たとえば、普天間である。

 知事は要請書で、「5年以内の運用停止、早期返還」と、配備されているオスプレイ24機の半数程度の県外配備を求めた。

 首相は「普天間の危険性除去が極めて重要という認識は知事と共有している」と述べたうえで、まずオスプレイの訓練の約半分を県外に移す、と伝えた。

 「5年以内の運用停止」「早期返還」については、はっきりとは答えなかった。

 オスプレイも訓練移転にしか言及しないのだから、辺野古の基地が完成するまで、普天間を本拠として使うという意味にしか受け取れない。

 知事の要請書ではまた、日米地位協定改定を求め、具体例として、米軍基地内の環境汚染の確認が必要な場合に、専門家が立ち入り調査できるようにすることなどをあげた。

 首相は、環境に関して地位協定を補う協定を結ぶための交渉開始に日米が合意したと説明。「地位協定発効後五十数年で初めて行う取り組み」と誇った。

 沖縄の基地では、カドミウムなど様々な汚染が起きている。なのに米軍は、汚染を除いたり、補償したりする義務を負わない。そんな現状を見直すというのなら、歓迎する。

 ただ地位協定に関しては、米兵犯罪に関する条項など改定すべき点は数多い。環境に関する条項も米独間にはすでにある。環境についてのみ交渉を始めるというのは幅が狭いし、遅い。

 基地負担の軽減は、米国や、負担を引き受ける本土側の対応に左右される。「空手形」を出したくないという気持ちがあるのだろう。

 だが、それ以前に問われるのは政府の本気度だ。米国や本土の自治体と真剣に話し合う姿勢じたい、これまでの日本政府には欠けていた。

 安倍政権に、それがあるのか。はっきりと示してもらわなければならない。

石綿被害判決―不作為重ねた国の責任

 国のアスベスト(石綿)規制は後手後手にまわり、健康被害をもたらした――。

 大阪府南部の泉南地域に多くあった石綿関連工場の元従業員らが起こした裁判で、大阪高裁がきのう、一審に続いて国の責任を認め、賠償を命じた。賠償額も上積みした。

 泉南の裁判では四つめの判決だが、国はうち3回で負けた。被害者59人のうち35人が亡くなった。「命あるうちに解決を」の願いはかなわなかった。

 国は上告することなく、今回の判決内容を軸に被害者全員の救済に動いてもらいたい。

 判決は、国がやるべきことを怠った「不作為」の数々を列挙し、厳しく責任を指摘した。

 旧労働省の調査で58年には、じん肺になる危険性がはっきりしたのに、事業所に排気装置の設置を義務づけたのは71年だった。空気中の石綿粉じんの濃度についても、学会から規制強化の勧告を受けてから実施するまで14年もかかった。

 判決は、国は最新の研究成果をもとに、できるだけ早く適切に規制権限を行使するべきだ、と強調する。経済の効率性よりも人の生命、健康を優先すべきだという最近の司法判断の流れに沿ったものである。

 泉南地域は「石綿被害の原点」と呼ばれる。20世紀初頭から紡織業が盛んになり、戦前すでに健康被害が指摘されていたからだ。

 産業の発展とともに、新たな化学物質が続々と登場する。厳しい規制は業界の反発を招きがちだが、必要な措置をためらってはいけない。この判決を今後への重い警鐘と受けとめたい。

 石綿被害のすそ野は広い。兵庫県尼崎市の工場跡地では、周辺住民でも健康被害が発覚した。この後の06年、石綿健康被害救済法が制定された。

 国はその後も、石綿被害を訴える元建設作業員らが賠償を求める別の裁判でも争い続けている。この法は救済が目的であって、賠償責任を定めたものではないとの考えからだ。

 だが、過去の事実経過をみても、国の対応が後手に回ったことは否めないだろう。

 石綿による病気は潜伏期間が長く、被害者は今後さらに増える可能性が高い。裁判で争い続ける国の姿勢は、司法判断の積み重ねと逆行している。

 救済にも課題が多い。今の救済法は適用範囲が狭く、給付水準も低いことへの批判が強い。被害の実態に即して常に見直し、内容を充実させていくべきだろう。これ以上の不作為は政府の信頼を落とすばかりだ。

PKO弾薬提供 武器輸出の新原則策定を急げ

 厳しい環境の下、アフリカの国造りに共に取り組む仲間を助けるのは、国際常識である。

 国連南スーダン派遣団(UNMISS)に参加中の陸上自衛隊が、小銃弾1万発をUNMISS経由で韓国軍に無償提供した。海外での自衛隊の弾薬譲渡は初めてだ。

 南スーダンの治安情勢が悪化する中、韓国軍は宿営地に1万5000人の避難民を保護し、反政府勢力から包囲されていた。

 韓国兵や避難民の生命にかかわる人道性や緊急性、国連平和維持活動(PKO)という公共性、UNMISS参加部隊で日本以外に同種の弾薬を携行していないことなど、どの観点からも弾薬を提供しない選択肢はなかった。

 韓国軍から現地の陸自部隊に感謝の電話もあった。陸自が今後、他国に支援や救援を頼むケースもあろう。今回のような協力を重ね、国際的連帯を強めることが、陸自の安全確保にも役立つ。

 政府はPKO協力法に関する国会答弁で、武器・弾薬の提供は想定されず、要請されても断るとしてきた。部隊の生存にかかわる武器・弾薬の提供を他国に要請される事態は極めて異例だからだ。

 政府は今回、国家安全保障会議(日本版NSC)の4大臣会合や閣議を開き、UNMISSへの弾薬提供を、武器輸出3原則やPKO協力法の政府見解の例外扱いとすることを決めた。

 手続き上の欠陥はなく、文民統制も機能したと言える。

 一昨年に野田内閣が3原則を緩和し、平和構築・国際協力目的の武器提供は可能になった。ただ、提供先は国に限られ、UNMISSなど国際機関は対象外だ。

 政府は、武器輸出3原則の抜本的見直しを検討している。今回の事例も踏まえ、柔軟で現実的な新原則を早期に策定すべきだ。

 国連安全保障理事会は、現地情勢の悪化を踏まえ、住民保護の強化のため、UNMISSを増強する決議を採択した。展開中の軍事・警察要員約7500人に加え、約6000人を増派する。

 事態の沈静化に向けて、決議を迅速に実施することが肝要だ。

 独立から2年半たつ南スーダンは、大統領と前副大統領の対立が部族紛争に発展し、内戦の瀬戸際にある。これを阻止するには、国際社会の関与が欠かせない。

 米国は、当事者間の対話による解決に向けて仲介を始めた。

 日本も、陸自隊員の安全に細心の注意を払いながら、国際社会の和平努力に貢献したい。

徳洲会事件起訴 徳田議員に問われる説明責任

 選挙違反事件の捜査には一区切りがついた。だが、猪瀬直樹・前東京都知事への5000万円提供問題の疑惑は、いまだに晴れていない。

 徹底解明が必要だ。

 医療グループ「徳洲会」の選挙違反事件で、東京地検特捜部は、徳田毅衆院議員(鹿児島2区)の母親と次姉、徳洲会幹部ら6人を公職選挙法違反で起訴した。

 6人は、昨年12月の衆院選で徳田議員を当選させるため、票の取りまとめ目的で買収資金を幹部らに提供したとされる。資金は、地元の選挙運動幹部らに流れたとみられている。

 この事件で、徳洲会が投じた買収資金は2億円を上回るという。大がかりな違法行為がまかり通っていたことに驚くばかりだ。

 特捜部は、難病のため起訴を見送った徳田議員の父、虎雄元衆院議員が違法行為を主導したとみている。組織ぐるみの選挙違反は、創業者の虎雄氏の代から続いていたとみられても仕方がない。

 起訴された次姉は「徳田家が違法選挙の中心にあった」と容疑を認めている。徳田議員は、特捜部の調べに対し、事件への関与を否定したというが、公選法の連座制の規定により、失職する可能性が高まったと言えるだろう。

 連座制が適用されると、候補者の親族、選挙運動幹部の禁錮や罰金以上の罪が確定した場合に、当選が無効となる。

 捜査の焦点は今後、5000万円問題に移るとみられる。

 猪瀬氏は「個人の借り入れ」と釈明したが、説得力を欠き、辞職に追い込まれた。

 猪瀬氏に5000万円を手渡したとされる徳田議員は先月、自民党を離党して以来、ほとんど公の場に姿を見せていない。

 5000万円に選挙資金の意図はなかったのか。徳田議員は当事者として、有権者に対し、説明責任を果たすべきだ。

 徳洲会と猪瀬氏の関係について、疑惑を深めているのが東京電力病院の問題である。

 都知事選直前の昨年11月、猪瀬氏が虎雄氏に支援を依頼した際には、東電病院の売却問題も話題に上った。東電病院の入札には、徳洲会も参加していたが、今年9月に特捜部の強制捜査を受け、辞退した経緯がある。

 徳田議員は、東電病院問題について、どこまで事情を知っていたのか。特捜部は、改めて徳田議員に事情を聞くとともに、猪瀬氏側からの聴取も進めて、全容を解明しなければならない。

2013年12月25日水曜日

財政再建の一歩といえる予算か

 政府が2014年度予算案を閣議決定した。国の一般会計の歳出・歳入総額は13年度当初予算に比べて3.5%増え、過去最大の95兆8800億円に達する。

 17年ぶりの消費税増税で単年度の財政収支は改善するが、歳出の抑制が甘いのは見過ごせない。日本経済の底上げも旧来型の公共事業に頼っているのが実情だ。

 会計処理の変更を含む特殊要因が歳出全体を押し上げている面はある。それでも財政再建と経済再生の両立に最善を尽くした予算と胸を張るわけにはいくまい。

■歳出抑制の努力足りず
 5%の消費税率を来年4月に8%まで引き上げるのは、日本にとって重要な成果だ。アベノミクスが支えた景気回復の恩恵もあって、税収は6.9兆円増える。

 この結果、新規国債の発行額は1.6兆円減る。国の基礎的財政収支の赤字は5.2兆円縮小し、8月の中期財政計画で掲げた4兆円程度の削減目標を上回る。

 見た目は改善するが、財政再建の一歩と手放しでは喜べない。歳出の4割以上を国債で賄う借金依存の財政運営は続く。消費税増税で逆に財政規律が緩み、必要以上に歳出が伸びたのは否めない。

 最大の問題は歳出全体の3割を占める社会保障費の膨張だ。高齢化の進展などで自動的に増える「自然増」への切り込みが足りず、30兆円をはじめて突破した。

 処方薬の一部を医療保険の対象から外すといった工夫はあった。だが2年に1度見直す診療報酬の増額改定には疑問が残る。70~74歳の医療費の窓口負担割合も、段階的な引き上げにとどまる。

 防衛、文教・科学、農林水産などの予算も軒並み増えた。防衛力の強化や教育の充実が重要なのは確かでも、「選択と集中」に徹したといいきれるだろうか。

 自治体の財源に回す地方交付税の減額も中途半端といえる。リーマン・ショック後から続く約1兆円の「別枠加算」を4割圧縮するのは前進だが、15年度以降の扱いは詰め切れずに終わった。

 経済再生の手段はどうか。存在感が大きいのはやはり公共事業だ。老朽化したインフラの補修や東京五輪に向けた交通・物流網の整備などに6兆円の予算を投じ、景気の下支えにも活用する。

 しかし経済効果が大きく必要性も高い事業を選んだようにはみえない。新幹線の路線整備を9年ぶりに増額するのは、問題が大きいといわざるを得ない。

 公共事業の景気刺激効果は認めるが、持続力には乏しい。その規模をむやみに膨らませるより、中長期的な成長基盤を固める事業をもっと増やせなかったのか。

 成長力の強化などを目指す1.9兆円の「優先課題推進枠」には、次世代のスーパーコンピューターや3Dプリンターの開発支援も含まれる。こうした施策に予算を重点配分する努力を続けたい。

 東日本大震災の復興費も例外ではない。多くの使い残しや被災地以外への流用が目立つにもかかわらず、3.6兆円の予算を追加するのが妥当なのか。財源を賄う個人の復興増税がまだ続くだけに、中身を絶えず精査すべきだ。

 今回の消費税増税は財政再建の一歩にすぎない。消費税率を15年10月に10%まで引き上げても、問題がすべて解決するわけではない。安倍政権が国と地方の基礎的財政収支を20年度までに黒字化する目標を堅持するというのなら、一層の努力が欠かせない。

■成長力強化で税収増も
 借換債も含めた14年度の国債発行総額は180兆円を超える。国と地方の長期債務残高は14年度末に1000兆円を突破する。この状態で日銀が国債の大量購入を続ければ、財政赤字の尻ぬぐいとみられる危険も増す。

 安倍政権は歳出の抑制に本腰を入れるべきだ。その本丸は社会保障費の効率化にある。余裕のある高齢者に給付の抑制と応分の負担を求める抜本的な社会保障改革から逃げることは許されない。

 成長力の強化を通じた税収の底上げも要る。政府見通しの実質成長率は13年度の2.6%から、14年度には1.4%に低下する。金融緩和と財政出動だけに頼らず、企業や個人の活力を引き出す成長戦略も充実させるべきだ。

 安倍政権の発足から26日でまる1年がたつ。アベノミクスを円安・株高、そして企業や個人の心理改善につなげ、デフレ脱却の端緒をつかんだ点は評価できる。

 しかし日本経済は消費税率を引き上げる14年度に正念場を迎える。せっかく手に入れた安定政権の力を、財政再建と経済成長の両立に使ってほしい。

予算編成―「100兆」続ける気か

 財源不足を補うための国債発行は41兆円余と、1・6兆円減らした。基礎的財政収支の赤字は一気に5兆円強を圧縮し、計画を上回った。

 歳出は総額こそ過去最大を更新するが、これは高齢化に伴う社会保障費の自然増や子育て対策の充実、公共事業関連の特別会計の廃止に伴う特殊要因などによるものだ――。

 政府が閣議決定した来年度の予算案について、財務省はそう説明しながら「大変引き締まった予算」と胸を張る。

 冗談はやめてほしい。

 景気回復と来年4月の消費増税で、税収は今年度の当初予算より7兆円近くも増える。これに支えられ、各省庁や族議員の要求に目配りした感が強い。

 リーマン・ショック後の経済対策として始めた地方交付税の別枠加算1兆円を全廃せず、4割削減にとどめたのはその一例だろう。

 何より、前段として国費5・5兆円を投じる今年度の補正予算がある。足もとの経済はプラス成長が続くのに、「消費増税による悪影響を防ぐため」と、公共事業を上積みしたほか、当初予算に計上すべき項目を数多くもぐりこませた。

 二つの予算案を合わせると歳出総額は100兆円を超え、リーマン後に補正予算で追加した際の年間歳出に肩を並べる。

 安倍政権は発足直後の今年初め、10兆円の12年度補正と92兆円の13年度当初の両予算を一体編成した。同じ構図だ。

 今年初めは「デフレから脱却するための第2の矢」との位置づけだった。今度は「経済再生・デフレ脱却と財政健全化をともに目指す」予算だという。

 バブル崩壊後、悪化した景気へのカンフル剤としてたびたび補正予算を組んだことが財政を大きく悪化させ、国の借金は1千兆円を超えた。

 今回は、財政を立て直すための増税で景気悪化が予想されるとして、それを防ぐための予算である。これでは際限がなくなりかねない。

 社会保障と税の一体改革の原点に返るべきだ。恩恵を受ける今の世代の負担を増やして、将来世代へのつけ回しを減らしつつ、社会保障を安定させる。その目的を見すえれば、予算編成で安易なバラマキに走ることはできないはずだ。

 年明けの通常国会で、二つの予算案が審議される。「消費増税後の景気が心配」との声が相次ぎそうな中で、どの議員がどこまで政府をただすのか。安倍首相はどう答えるのか。目を凝らしたい。

14年度予算案 景気重視で消費増税乗り切れ

 ◆無駄な歳出の見直しは道半ばだ

 来年4月の消費税率8%への引き上げによる景気失速をどう防ぐか。成長力の強化に全力を尽くさねばならない。

 政府は2014年度予算案を決めた。政策や国債の利払いなどに使う一般会計総額は、13年度当初予算比3・5%増の95・9兆円と過去最大に膨らんだ。

 安倍首相は予算案を5・5兆円の13年度補正予算案と一体の「15か月予算」と位置づけ、「景気回復を全国津々浦々に届けて力強い成長につなげたい」と述べた。

 ◆社会保障改革を急げ

 安倍政権の経済政策「アベノミクス」の効果で、景気回復は鮮明になってきたが、先行きは楽観できない。景気重視で大型予算を編成した狙いは適切である。

 反面、消費増税と景気回復の追い風で、税収が約7兆円増えて50兆円に達すると見込んだことから財政規律が緩み、硬直化した歳出構造の大胆な見直しには踏み込めなかった。

 首相が目標とする「経済再生と財政健全化の同時達成」の難しさを改めて浮き彫りにしたと言えよう。

 象徴的なのが、最大の歳出項目である社会保障費が、初めて30兆円を超えたことである。

 医療や介護などの自然増分だけで6000億円以上に上った。歳出の切り込み不足は否めない。

 高齢化の進行に伴い、今後も毎年1兆円程度ずつ膨らむ見通しだ。国民の将来不安を和らげるには、持続可能な社会保障制度を目指し、改革を急ぐ必要がある。

 価格が安い後発医薬品の普及などで医療費を抑える努力を続けるとともに、年金の給付水準の引き下げも検討すべきだろう。

 公共事業費は実質2%増の6兆円弱だったが、今年度補正予算案で約1兆円を前倒しで計上した分を含めると、大幅増額になる。

 資材価格の高騰や人手不足で公共事業の入札が不調となる例も増え、景気を刺激する即効性が薄れてきたと指摘される。

 必要性の高い事業を絞り込み、円滑な執行によって効果を上げる方策が求められよう。

 政府は成長基盤の強化のため、科学技術振興策などを盛り込んだ「優先課題推進枠」に1・9兆円を計上した。有効な事業を選別し、規制改革の推進と併せて、成長戦略を加速してもらいたい。

 2020年の東京五輪・パラリンピック関連の事業にも力を入れた。スポーツ予算を大幅に増やしたほか、道路など首都圏の交通網整備も充実させる。ただし、巨大な競技施設の建設などでの無駄遣いを防がねばならない。

 ◆防衛費の増額は当然だ

 防衛費は、中国の海洋進出や北朝鮮の核・ミサイルの脅威などを念頭に2年連続で増やす。日本の安全保障環境の悪化を考えれば、自衛隊の警戒監視体制を強化するための歳出増は当然だ。

 沖縄振興予算は、要望を上回る異例の増額を認めた。沖縄県の米軍普天間飛行場の移設に必要な名護市辺野古の埋め立てについて、県の承認を得るための環境整備を図っているのだろう。

 東京電力福島第一原子力発電所の事故に対応する予算も増額する。国が除染費用などで積極的に応分の負担をするのはもっともである。

 農業予算はメリハリが乏しい。主食用米の生産調整(減反)を5年後に廃止するのに伴い、減反に応じた農家へ一律に支給する補助金を減らしたのは妥当だ。

 一方で、農地や環境の保全を名目にした補助金などを新設した。横並びで手厚い補助を続けていては、生産性は上がるまい。

 歳入を見ると、税収増により、新たな借金となる新規国債の発行額は41・3兆円で今年度と比べて1・6兆円減った。その結果、歳入に国債が占める割合を示す国債依存度は、今年度の46%から43%に低下する。

 ◆歳入4割が借金頼み

 政策に使う経費を税収などでどれだけ賄えているかを示す国の基礎的財政収支(プライマリーバランス)の赤字額は、5兆円ほど圧縮される。

 15年度までに10年度比で赤字を半減させる政府目標の達成へ、一歩近づいたことは評価できる。

 しかし、歳入の4割以上を借金に頼るのは異常だ。新規発行額は減るが、過去に発行した国債の借り換え分を合わせた発行総額は約182兆円と最高額に達する。

 景気回復とともに物価が上がり続ければ、やがて金利も上昇し、国債利払い費が急増するだろう。財政運営の綱渡りが続くことを深刻に受け止めるべきである。

2013年12月24日火曜日

一層の制度改革で介護費用増に歯止めを

 何かに備えるのに、早すぎるということはない。急速に進む高齢化と介護需要の増加に耐えられる仕組みをどうつくるかは、待ったなしの課題だ。

 厚生労働省の審議会が、2015年度からの介護保険制度の見直しについて意見書をまとめた。経済力がある高齢者に新たな負担を求めるなど、方向性に一定の評価はできるが、踏み込みはまだ足りない。一層の改革を続けていくことが必要だ。

 介護が必要になりやすい75歳以上の高齢者の数は、25年には約2200万人に増える。介護費用も25年度に21兆円程度と、現在の2倍以上になると推計されている。

 こうした状況を踏まえ、意見書は、高齢者の負担のあり方とサービス内容の両面から、新たな策を打ち出した。

 一定以上の所得があるなら、利用者の自己負担割合を1割から2割に引き上げる。低所得でも夫婦で2000万円を超える預貯金があるなら、特別養護老人ホームの食費や居住費補助の対象から外す。負担の見直しは当然だろう。

 ただ、これらに伴う財政効果は全体から見ればわずかだ。資産をどう適切に把握するのかという課題もある。

 サービス内容の見直しにも、懸念が残る。例えば「要支援」と認定された人への訪問介護と通所介護は市町村の事業に移されるが、財源が介護保険から出ることに変わりはない。ボランティアの活用などでコストの伸びを抑えるというが、効率的にサービスを提供するにはもう一段の工夫がいる。

 夫婦のみ世帯や一人暮らし高齢者が増え、認知症への対応も拡充していかなければならない。必要な人に必要な支援を届けるためにも、今回の見直しをスタート地点として、二の矢、三の矢を打ち出すことが欠かせない。

 2割負担の範囲の拡大や保険料の負担年齢の引き下げ、給付の効率化などが検討課題になるだろう。負担が過度にならないよう配慮することはもちろん重要だ。

 そもそも、介護の担い手は十分に確保できるだろうか。介護職の専門性を高め、就労を継続しやすくすることが重要になる。海外の人材をもっと受け入れることも避けては通れない。

 医療と介護をより一体的に考えていくことも必要になる。制度の持続可能性を高めていくために、宿題は山積みだ。

小さくとも強い原子力委に

 政府の有識者会議が、原子力委員会の規模を縮小し存続させる報告書をまとめた。原子力の平和利用や核不拡散の推進など、重要な役割を今後も担う方向だ。存続させるなら、小さくても、しっかりした仕事ができる強い組織にしてもらいたい。

 原子力委は、原子力の開発と利用に関し大方針を決める「司令塔」として1956年に発足した。使用済み核燃料をリサイクル利用する政策など、同委が決めた基本路線はいまも継続する。

 しかし福島第1原子力発電所の事故を経て、政策の優先順位が大きく変わった。原子力の推進・拡大から、福島事故への対応、廃炉や放射性廃棄物の処理が緊急度の高い課題として浮上した。

 組織の抜本的な見直しに異論はない。肝心なのは、新委員会の使命を十分に果たせる権限と予算、人員を持たせることだ。形だけの中途半端な組織になるなら廃止した方がいい。

 原子力の長期戦略と位置付けられてきた「原子力政策大綱」の作成をやめるのはいい。逆に重要さを増すのは、平和利用と核不拡散の推進に加え、放射性廃棄物の処分など原子力利用の後始末に関する政策の方向性を議論し、政府の取り組みを監視することにある。

 有識者会議は、新委員会を原子力推進と一線を画した第三者的な組織にするとした。また内閣府の審議会でありながら、原子力に関する重要な事項について自ら積極的に意見表明し、政策を評価できるとした。

 役所から諮問を待つ受け身の審議会ではなく、政策の実行官庁である経済産業省や文部科学省などの仕事ぶりをチェックする役割を担わせるということだ。

 日本の原子力政策を立て直し、国民の信頼を取り戻すには、推進する官庁を厳しく見張る組織があった方がいい。政府は来年の通常国会に原子力委員会設置法の改正案を提出する予定だが、その過程で新委員会を骨抜きにするような所業は慎んでもらいたい。

原発と避難計画―安全神話が復活している

 電力会社は14基の原発が新たな規制基準を満たしていると主張して、原子力規制委員会に再稼働を申請している。安倍政権も再稼働に前向きだ。

 その一方で、自治体の避難計画づくりは、思うように進んでいないという現実がある。

 再稼働するなら、万一の事故に備えて避難計画を準備しておくことが最低限必要だ。安全装置をどう手厚くしても、想定を超える出来事は常に起こりえる。それが、福島の事故が示した手痛い教訓である。

■頭抱える自治体

 ところが、計画づくりを任された自治体は、事の難しさにどこも頭を抱えているのだ。

 福島の事故後、国は被害の大きさにてらし、防災計画を準備しておくべき自治体の範囲を、それまでの8~10キロ圏から30キロ圏に拡大した。対象となる市町村は45から135へと急増し、経験したことのない大がかりな避難計画づくりを迫られた。

 原発災害は、自然災害とは全く違う。放射線は目に見えないので、住民自ら危険を判断することができない。そして、被害は極めて広範囲に及ぶ。

 自治体の悲鳴に応え、全閣僚でつくる原子力防災会議はこの秋、各省庁に計画づくりをバックアップするよう指示したが、それでも一筋縄ではいかない多くの困難が横たわる。

 目に見えぬ敵を相手にするには、正確で迅速な情報が欠かせない。だが福島の事故では、パニックを恐れた政府が現実を正確に伝えない表現を多用した結果、放射線被曝(ひばく)の危険性が住民に伝わらず、無用な被曝を生んだ。正しい情報の冷静な発信だけでも実現は容易ではない。

 避難路の確保も難題だ。過疎地に立地する原発の周辺は、逃げるための道路が限られている。何万台もの車が集中すれば大渋滞が起きる。地震や津波と原発事故が重なる複合災害となれば、道路そのものも寸断されよう。命綱となる自家用車が使えない人も続出するだろう。

 まして入院患者など、容易に動かせない人をどこへどう避難させるのか。福島では、避難の過程で病が悪化したり死亡したりする悲劇が相次いだ。

 加えて、それぞれの原発が固有の地理的な事情を抱える。

■安全度外視の立地

 再稼働に向けた準備を進める愛媛県の伊方原発は、日本一細長い佐田岬半島の根元に立つ。事故となれば半島の先に住む5千人は孤立の危機に陥る。船での避難も想定するが、津波の危険もあり実効性は心もとない。

 首都圏に最も近い茨城県の東海第二原発は、30キロ圏内に98万人の昼間人口を抱える。県の試算では、5キロ圏内の9割の住民が圏外に出るだけで15時間、常磐道が通行止めになれば倍以上かかる。

 全国最多の14基の原発が集中する福井県は、1基が事故を起こして大量の放射性物質をまき散らせば、周囲の原発にも作業員が近づけなくなり、事故が連鎖する複合リスクを抱える。

 自治体の苦悩から見えるのは、原発の多くを本来は建ててはいけない場所に建ててしまったという根本的な問題だ。

 64年にできた原発の立地審査指針では、原子炉から「ある距離の範囲内は非居住区域であること」が条件となっている。

 だが、福島の事故後に国会事故調で参考人に立った班目春樹原子力安全委員長(当時)は、指針は原発を建てられるように作られたとの認識を示した。

 事実、極めて甘い事故想定のもとで「ある距離の範囲」が計算され、住民の避難が困難な場所でも建設されてきた。安全神話にもたれかかる形で、産業衰退に悩む過疎地に集中的に建てられてきたのだ。

■もう忘れたのか

 アメリカでは、実効性のある避難計画がなければ原発を動かすことはできない。ところが日本の場合、新たな規制基準でさえ、避難計画を原発運転の必要条件にしていない。計画の作成は自治体に委ね、責任を持って実効性をチェックする国の機関もない。

 安全神話が崩れた今、避難計画が立てられない原発については、すみやかに廃炉の決断をするのが筋だろう。

 自治体によっては、地元経済への配慮から再稼働に期待せざるをえない事情もある。甘い計画しか立てぬまま再稼働を認める首長も出てこよう。首長のさじ加減で住民の安全が左右され、緊急時の安全確保が各地バラバラなまま再稼働へと突き進むのか。安全ネットを張らないまま空中ブランコをするようなものではないか。

 「原発がなければ電気代が上がる」「日本経済に悪影響を与える」――そう主張する人たちも、住民の安全を棚上げにしたまま、再稼働を急ぐべきだとは思わないだろう。世界の原発では、30年余のあいだに5基でメルトダウンが起きている。人の力を過信して、安全神話を再稼働させてはならない。

国の権限移譲 地方の意志と能力も試される

 国と地方の二重行政によるムダの排除と、地域の個性や特色を生かした創意工夫を通じて、地方の活性化につなげることが肝要である。

 政府が、国直轄の国道・1級河川の整備・管理など48の事務・権限を政府から都道府県に移譲する方針を決定した。ハローワークの求人情報の自治体への提供など18項目の事務見直しも決めた。

 いずれも来年の通常国会に関連法案を提出し、実現を図る。

 国道・河川の権限移譲は、2008年の地方分権改革推進委員会の勧告以来の懸案だ。その後、民主党政権が国の出先機関の「原則廃止」といった乱暴な手法を掲げ、分権論議は迷走したが、ようやく現実的な内容で決着した。

 国道や1級河川の一部区間の管理は既に、都道府県に委ねられている。政府しか管理できないとの理屈は成り立たない。国道に接続する地方道との一体的な整備・管理により、整合性の取れた町づくりも可能になるのではないか。

 権限移譲に伴い、都道府県が負担する維持管理費を地方交付税で賄うなどの財源確保策をまとめたのは適切だ。財源の手当てなしには地方分権は進まない。

 一方で、地方が管理する道路や河川について、実情に応じて国直轄に移すことも可能にした。

 近年、各地で大雨による水害が発生し、小規模自治体では河川の管理や危機対応の難しい例が見受けられる。東日本大震災の復旧・復興では、災害時における政府の役割の重要性が再認識された。

 地方移譲という画一的な施策にはせず、国への移譲も認める柔軟な制度にしたのは妥当だ。

 注目されるのは、過疎地でタクシー・バスの代わりに有償旅客輸送を行う非営利組織(NPO)などの登録・監査事務の扱いだ。

 基本は、希望する市町村に国の事務を移すが、市町村が希望しない場合、希望する都道府県に移譲できる仕組みにした。

 新たな事務を引き受ける意志と能力があるか、自治体自身に判断を求める制度で、「手挙げ方式」と呼ばれる。他の事務・権限の地方移譲にも応用できるだろう。

 小中学校の学級編制基準の決定など、29の都道府県の事務・権限を政令市に移すことも決まった。政令市が教職員給与を負担する一方、独自の判断で少人数学級を編成できるなど裁量権が広がる。

 政府と都道府県、市町村はどう役割分担すべきか、引き続き検討し、地に足のついた分権改革を進めることが重要である。

虚偽表示対策 「食」の信頼回復につなげたい

 「食」の信頼を取り戻す契機にしたい。

 有名ホテルや百貨店で食品の虚偽表示が相次いだ問題で、政府が対応策をまとめた。

 来年の通常国会に景品表示法の改正案を提出する。

 改正案の柱は、監視体制の強化だ。農林水産省や経済産業省などに調査権限を付与する。出先機関を持たない消費者庁の調査だけでは限界があるからだ。

 産地偽装を監視するため、全国に約1300人配置されている農水省の「食品表示Gメン」などを活用すれば、効率的なチェックが可能になろう。

 調査・指示の権限しかない都道府県には、罰則を伴った措置命令を出せる権限を与える。命令に従わない業者には、3億円以下の罰金を科すことができる。

 こうした体制強化が虚偽表示の抑止力となるよう期待したい。

 改正案では、業者側にメニュー表示の責任者設置も義務づける。責任の所在を明確にすることで、意識改革を促そうとする狙いは適切と言える。

 政府は、違反業者に金銭を支払わせる課徴金制度の導入も検討するという。だが、課徴金の算定は複雑で時間がかかりすぎる、との指摘がある。そこまで厳しい対応が必要なのかという声も少なくない。慎重な議論が求められる。

 阪急阪神ホテルズ(大阪市)が運営するホテルで10月に発覚した虚偽表示は、百貨店や酒造業界など様々な業種に広がった。消費者庁によると、国に虚偽表示を届け出たのは307業者に上る。

 消費者庁は、阪急阪神ホテルズなど3社に景表法違反で措置命令を出した。

 虚偽表示が蔓延まんえんした要因は、業者側のモラルの欠如とともに、景表法の理解不足にある。

 消費者庁は近く、虚偽表示の具体例などを示したガイドラインを作成する。関係省庁はこれを活用し、各業界に適正な表示のあり方を周知徹底することが必要だ。

 消費者を裏切った業者は批判にさらされ、売り上げ減やブランドイメージの低下など、社会的な制裁を受ける。それが一連の虚偽表示問題の教訓と言えよう。

 ホテルや百貨店業界では、メニュー表示のチェック体制強化や、景表法に関する講習会の開催など、表示の適正化に努める自主的な動きが出てきている。

 年末年始には、食材購入や外食の機会が増える。各業者は、不適切な表示が残っていないか、改めて自己点検してもらいたい。

2013年12月23日月曜日

中間貯蔵施設の立地で政府は説明尽くせ

 福島第1原子力発電所事故の除染で生じた汚染土を保管する中間貯蔵施設について、政府は福島県に立地受け入れを要請した。施設の建設費約1兆円は、本来負担するはずだった東京電力に代わり、国が全額を出すことも決めた。

 除染では放射性物質で汚れた土をはぎ取る必要があり、福島県内だけで東京ドーム23杯分の汚染土が生じる。だが、それらを運び出す先が決まらず、復興の前提である除染が遅れている。除染に道筋をつけるため、汚染土を一時保管する施設は欠かせない。

 地元には「原発事故の被害を受けた地域に汚染土を押しつけるのか」という反発がある。政府は施設がなぜ必要か説明を尽くし、同意を得られるよう全力を挙げるべきだ。国費投入の理由も、国民に丁寧に説明してほしい。

 政府は候補地を双葉町と大熊町、楢葉町に絞った。約19平方キロメートルを国有化し、最長30年間、汚染土を保管する。県などは来年春までに受け入れるかどうか判断するというが、住民らの不安は強い。

 原発から離れた楢葉町では住民が帰還の準備を始めている。施設の近隣で被曝(ひばく)しないか、土を運ぶダンプカーが頻繁に往来し、事故や騒音はないか、といった懸念だ。双葉町などでも土地の売却費の基準がはっきりしないことに不満の声が出ている。

 政府はこれらの不安や不満にひとつひとつ答える必要がある。

 中間貯蔵施設は汚染土が外に漏れないよう多重の安全策を施す。それに加え放射線量を監視する施設を増やすなど、住民の安心につなげるべきだ。補償でも、原発事故の賠償金と土地の売却費を別にするなど、明確な基準が要る。

 建設費を国が出す理由もきちんと示すべきだ。自民・公明両党は「除染は復興と一体の公共事業」として国費投入を求めた。今回の決定はそれを踏まえているが、政府の説明を改めて聞きたい。

 汚染土の最終処分をどうするかも政府が方針を示すときだ。地元には「中間貯蔵施設が最終処分場になるのでは」という不安が根強い。このため環境省は福島県外で最終処分すると地元に約束し、法制化も検討している。

 原発の使用済み核燃料から出る廃棄物では、国や電力会社が処分場選びを先送りし、国民の不信を招いた。それと同じことを繰り返さないよう、政府はこの問題に真剣に向き合うべきだ。

経営者の行動が賃金を増やす

 政府と経済界、労働組合の代表による政労使会議は、企業収益の拡大を賃金の引き上げにつなげていくとする合意文書をまとめた。政府は毎月の給与水準を一律に底上げするベースアップ(ベア)も念頭においている。

 はっきりさせておきたい点がある。デフレ脱却へ賃金の上昇が課題なのは確かだが、政府は民間の賃金決定に介入すべきではないということだ。国の干渉は市場メカニズムをゆがめかねない。ベアなど賃金をどうするかは、あくまで各企業の労使の自主的な判断に任せるのが筋だ。

 消費が拡大し、それが企業の収益増につながり雇用も増える好循環を生むには、継続的に働く人の所得が伸びていく必要がある。

 円安などで企業収益は好転してきたが、グローバル競争は激しい。来年、賃金が上がっても、その先も安定的に働く人の収入が増えるかは不透明だ。

 企業を持続的な成長に導くために、経営者が行動することが何よりも求められる。力を入れてほしいのは成長への投資だ。

 非上場を含めた企業の抱える現金・預金残高は9月末で224兆円と、1年前に比べて5.9%増えている。研究開発や海外企業のM&A(合併・買収)などに、もっと資金を有効活用すべきだ。

 企業が収益力を高め、非正規労働者の賃金も上がりやすくなる流れをつくりたい。中小企業へ賃金増を広げることも欠かせない。

 政府は企業の活動を活発にする環境づくりが役割であることを肝に銘じてほしい。農業、医療、エネルギーなどの分野に企業が参入しやすくなる規制改革や、主要国に比べて高い法人実効税率引き下げなど、やるべきことは多い。

 人がより良い処遇の職に就ける社会にすることも必要だ。人の能力をきちんと評価する仕組みを整え、能力を高める機会も増やして成長分野に移りやすくすれば、収入を増やしやすくなる。政労使はこうした柔軟な労働市場づくりに協力して取り組んでもらいたい。

朴氏当選1年―融和めざす謙虚さを

 韓国大統領選挙で朴槿恵(パククネ)氏が勝利して1年がすぎた。

 初の女性大統領であり、朴正熙(パクチョンヒ)氏と親子2代で国のトップに就くのも初めて。話題性に富んだ朴氏が、選挙で力説したのは「国民の統合」だ。

 李明博(イミョンバク)前政権下で深まった政治や社会の対立をときほぐし、調和の社会をめざす。それが約束だったが、これまでのところ実現したようにはみえない。

 大統領は国民対話の機会を増やし、反対勢力をも包容する政治を進めるべきではないか。

 対立の大きな原因になっているのが、大統領選をめぐる情報機関の不正介入疑惑である。国家情報院(国情院)の職員が、野党候補に不利な情報をネットに大量に流したとされる。

 警察は、投票日直前に「介入は確認できない」と中間発表をし、野党候補はダメージを受けた。だが選挙後、国情院の組織的な介入や警察による事実の隠蔽(いんぺい)が次々と判明し、当時の国情院長などが起訴された。

 一方、本格捜査を指示したとされる検察総長が隠し子騒動で辞任するなど、不可解な出来事が相次いだ。野党側は、特別検事による疑惑の究明を求めているが、政権側の姿勢は必ずしも積極的とはいえない。

 さらに朴政権が、最左派の野党の解散を憲法裁判所に求めたことも波紋を広げている。北朝鮮式の社会主義を追求しているからだと政権は説明するが、「軍事政権への逆戻りだ」と同党は猛反発している。

 父の正熙氏は経済成長の土台を築いた半面、情報機関や軍を使い、反対勢力をねじ伏せた。そのため今も、父の独裁時代と重ね合わせた批判が噴出する。

 ただ、民主化して久しい今の韓国で、朴氏がきな臭い体制を復活させることはありえないだろう。そんな疑念を払拭(ふっしょく)するためにも、朴氏には透明な国政運営が求められる。

 まずは、選挙不正疑惑を解明する真剣な行動を示すべきだ。そのうえで野党との討論やメディア会見など広範な対話の場を広げることも有益だろう。

 国情院のあり方はこれまでもしばしば問題になってきた。これを機に根本的な組織改編を議論してみてはどうか。

 どの国であれ政治指導者は、自分の信念だけでなく、対立派との対話による妥協を築く謙虚さを備える必要がある。

 朴氏のかたくなな姿勢は日韓関係にも影を落としている。だが、民主主義の価値を共有する隣国同士である。開かれた政治を競い合う関係に進むことが、互いの利益となるはずだ。

薬の研究不正―再発防ぐ方策急げ

 データが改ざんされた論文で効能を宣伝し、もうけを得る。そんな不正が繰り返されれば、医薬品の信頼が崩れる。

 製薬大手ノバルティスの高血圧治療薬ディオバンをめぐる問題について、厚生労働省は刑事告発する方針を固めた。

 同社と、広告を担当した社員を薬事法違反で申告する。この法が禁じる「誇大広告」にあたる疑いが濃いとしている。

 企業と大学研究者が寄付金を通じて癒着し、医学の倫理をゆがめた許しがたい事件であり、告発は当然だ。強制捜査による全容解明を期待したい。

 厚労省や医学界、大学、製薬業界などは、再発を防ぐ方策づくりに本腰を入れるべきだ。

 今回、論文の不正が疑われた5大学のうち、これまでに京都府立医大と東京慈恵会医大、滋賀医大の3大学でデータの操作が確認された。

 この薬には、ほかの薬に比べて脳卒中や狭心症などを防ぐ副次効果がある、と3大学の論文は結論づけた。それが医師向けの売り込みに利用された。

 データの操作には、論文作りに加わった当時の社員の関与が疑われている。操作の仕方や、会社の組織的なかかわりなどは不明のままであり、捜査の手で明らかにされるべきだ。

 論文の不正は一般に、ほかの研究者を誤った情報でミスリードするため、研究の資金と時間を無駄に費やすことになる。人間が対象の臨床研究の場合、患者の人権の観点から問題はより大きい。

 今回のケースでは、不正論文にもとづく宣伝により、価格が安い別の薬があるのにディオバンの売れ行きが伸びた。高血圧患者や健康保険の財布が不当に傷められたとの指摘もある。

 これだけ広い弊害を起こす問題なのに、薬の研究不正を防ぐ仕組みは不十分なままだ。

 誇大広告への罰則は「2年以下の懲役か200万円以下の罰金」程度である。それも企業側を罰することしか想定しておらず、研究機関や大学、研究者らの責任を問うことは難しい。

 新たな防止策のアイデアは、さまざまに検討されている。

 例えば、企業に利益を返させる仕組みをつくる。臨床研究では、資格制度の導入のほか、研究者の医師免許停止や、大学の新規研究の一時停止などの制裁強化が挙がり、法による規制も論じられている。

 これは、人の健康と命に直結する問題である。臨床研究全体の質を高めるためにも、信頼を取り戻す方策をできるだけ速やかに実現したい。

天皇陛下80歳 公務の負担軽減を検討したい

 天皇陛下が80歳の誕生日を迎えられた。お元気で過ごされていることを心から喜びたい。

 陛下は昨年2月に心臓の冠動脈のバイパス手術を受け、順調に回復された。現在は手術前と同じペースで公務に取り組まれている。

 誕生日前の記者会見で、陛下は「年齢による制約を受け入れつつ、できる限り役割を果たしていきたい」と述べられている。

 公務については「しばらくはこのままでいきたい」と語り、健康上の理由による公務の軽減には否定的な考えを示された。

 国民の幸せを祈り、国民と共に歩み続けることに強い使命感をお持ちだからだろう。

 今年も、陛下は皇后さまと共に東日本大震災の被災地や熊本県水俣市などを訪ねられた。先日、インドを公式訪問された際も、過密な日程をこなされた。

 陛下にお元気で公務を続けられてほしいと願う国民も多いことだろう。そうであればこそ、ご負担が過重になってはなるまい。

 宮内庁は、公務時間のより一層の短縮や、皇太子さまや秋篠宮さまへの一部公務の引き継ぎも、検討していくべきだろう。

 常に国民を思いやる陛下の姿勢は、自らの葬儀や御陵に関する考え方にも表れている。宮内庁は11月、江戸時代から続いてきた土葬を火葬に変更し、御陵は規模を縮小する方針を明らかにした。

 御陵の整備や葬儀にあたって、国民に負担をかけてはならないという天皇、皇后両陛下のお考えを踏まえたものだ。伝統を守りつつも、時代に即した皇室のあり方を模索し続ける陛下らしいご決断と言えよう。

 今回の記者会見では、皇室と政治の関係について質問が出た。

 高円宮妃久子さまが、2020年東京五輪・パラリンピックの開催を決めた9月の国際オリンピック委員会(IOC)総会に出席されたことに関し、一部メディアなどが問題視していた。

 陛下は、判断の難しい場合、「宮内庁長官や参与の意見を聴くことにしています」と答えられた。天皇は「国政に関する権能を有しない」とする憲法4条を順守し、自らを律するというお立場を改めて強調されたのだろう。

 久子さまは、IOC総会で大震災への各国の支援などに謝辞を述べただけで、東京招致への直接的な言及は避けられた。「皇室の政治利用」に当たるはずがない。

 この問題でこれ以上、陛下の心を煩わせてはならない。

FRB出口戦略 慎重な緩和縮小で混乱を防げ

 米連邦準備制度理事会(FRB)が、危機対策として続けてきた異例の金融緩和策の修正へ、一歩を踏み出した。

 緩和を打ち切る「出口戦略」の道のりは長い。市場の混乱を招かないよう、難しい舵かじ取りを迫られる。

 FRBは、米国債などを毎月850億ドル(約8・7兆円)購入している量的緩和策第3弾(QE3)の規模について、1月から100億ドル減らすことを決めた。

 11月の失業率は7%に下がり、5年ぶりの低水準だった。住宅着工件数も増大し、7~9月期の実質国内総生産(GDP)は前期比年率で4・1%増えた。

 景気回復や雇用改善を裏付ける好材料が、量的緩和縮小の決断を後押ししたと言える。

 議会の与野党が財政協議で合意し、政府機関の一部閉鎖(シャットダウン)の再来は避けられる見通しだ。財政面の不透明感が薄らいだことも追い風になった。

 ただし、FRBはゼロ金利政策については、解除の目安としていた「失業率6・5%」を下回った後も維持する方針を示した。

 ニューヨーク株式市場などの株価が上昇している。量的緩和策の縮小が緩やかで、ゼロ金利政策の解除も急がず、金融引き締めはまだ先になるという方針が安心感を広げた点を評価したい。

 為替市場では、米景気回復を背景に、ドル買い圧力が強く、ドル高・円安傾向が続きそうだ。

 今後の焦点は、来年以降、FRBがどんなペースで量的緩和策を縮小していくかである。

 FRBは雇用などのデータ次第で「小幅の縮小を続ける」としているが、具体策は不明だ。「市場との対話」を工夫し、縮小を円滑に進めることが重要になる。

 5年に及んだ米国の金融緩和策により、過剰マネーが世界を駆け巡り、米国だけでなく、新興国などでも資産バブルを引き起こす副作用が懸念されてきた。

 一方、急激な緩和縮小をきっかけに、新興国からの資金引き揚げが加速し、世界経済を揺るがす事態を避けねばならない。

 FRBは米国だけでなく、新興国経済の変調にも目配りする細心の政策運営が要る。

 その重責を担うのが、1月末退任するバーナンキ議長の後任となるイエレン副議長だ。雇用を重視し、金融緩和に積極的なイエレン氏の手腕が問われよう。

 FRBが直面する出口戦略の試練は、日銀もいずれ乗り越えなければならないハードルである。

2013年12月22日日曜日

財政再建に禍根残す診療報酬の増額改定

 保険医療の公定価格である診療報酬をどの程度上げ下げするか。政府・与党内のドタバタ劇は2年に1度の年末の恒例行事だ。

 麻生太郎財務相と田村憲久厚生労働相の折衝を経て、安倍政権は診療報酬を2014年度に0.1%増額すると決めた。増額改定は3回連続。24日に閣議決定する14年度予算案の骨格が固まったが、膨張が著しい医療費への切り込みは不十分だ。財政再建への政権の本気度を疑わざるを得ない。

 診療報酬は医療サービスの技術料にあたる診療報酬本体と、医薬品や医療用材料の値段にあたる薬価とに分かれる。薬価について政府は実勢価格の下落を映して1.36%下げると、すんなり決めた。

 もめたのは本体だ。本体の改定率は医師、看護師、薬剤師、エックス線技師など保険医療にたずさわる専門職の人件費につながる。日本医師会は増額改定を求め、自民党の厚生族議員を動員した。

 14年度は消費税率の引き上げに伴い、設備投資や医療機器の購入にかかる税負担が増える病院などに対し、診療報酬でどう手当てするかが焦点だった。その補填のために麻生、田村両相は薬価を下げた分をそのまま本体に回すことで折り合った。さらに在宅医療の充実などを名目に色をつけた。

 国民医療費は診療報酬改定がない年も増え、足元では40兆円の大台を突破している。医療費の膨張は国民と企業の健康保険料・税負担の拡大に直結する。14年度は消費税増税で国民負担が約5兆円増えるのを考えると、診療報酬は減額改定してしかるべきだった。

 国民や企業の負担を増やすだけでは医療制度の持続性は保てないし、国の財政は借金漬けから抜け出せない。高齢者が増えるからといって医療費が膨らむのを傍観するのではなく、それを抑える予算編成と医療提供を効率化する制度改革が不可欠である。

 首相は11月の経済財政諮問会議で、14年度予算の編成が新たな国民負担につながるのを抑えるよう求めていた。関係者によると、改定率を決める大詰めの段階で、伊吹文明衆院議長が自民党の関係議員会合に出て増額改定を確認するひと幕があったという。

 立法府の長としてゆき過ぎた振る舞いだろう。仮に、それで首相の求めがないがしろにされたとすれば、今後に禍根を残す。診療報酬改定はあくまでも首相官邸が主導すべきものである。

NHKの独立性貫く経営を

 NHKの松本正之会長の後任に日本ユニシスの籾井勝人特別顧問の就任が決まった。1月25日から3年の任期となる。NHKは経営改革の途上にあり、3代続けての経済人登用は妥当といえる。新会長には公共放送の独立性を保つ経営のかじ取りを期待したい。

 今回の会長人事では、任命権を持つ経営委員会に安倍晋三首相に親しい委員が4人加わり、官邸の影響力が懸念された。安倍首相は官房副長官時代に従軍慰安婦を巡るNHKの番組に注文をつけたことがあるだけに、新会長はNHKの中立性を貫く必要がある。

 NHKの経営課題は山積している。日本の情報発信力を高める国際放送の拡充や新しい高精細放送の開始などだ。籾井氏は三井物産副社長や情報大手の日本ユニシス社長を6年務めており、そうした海外や情報通信分野の経験を今後の経営に生かしてほしい。

 経営改革では一層の経費削減が求められる。7つの放送波を持つNHKは経費が増大しやすい。松本会長のもとで受信料を引き下げたが、最近も職員による経費の流用が発覚したばかりだ。経営の監視と体質の強化が不可欠だ。

 浜田健一郎経営委員長は決定後の会見で籾井氏に「放送と通信の融合」についても期待を示した。籾井氏は「インターネット配信を含めた受信料体系の見直しが必要」だと指摘、新体制のもとでの新たな取り組みが期待される。

 NHKは放送番組に連動し様々な情報をネットで配信する「ハイブリッドキャスト」を9月から始めた。受信するには専用のテレビが必要であり、総務省で議論が進む次世代のスマートテレビと合わせて普及を図るべきだ。

 最大の課題は「4K・8K」と呼ばれる高精細な放送サービスの実用化である。政府は東京五輪が開かれる2020年までに商用化を目指している。ハイビジョン放送の16倍の解像度を持つ8K放送は多額の設備投資が要る。商社や情報企業で培った籾井氏の経営手腕が問われることになろう。

診療報酬―メンツ争いの先を見よ

 安心して医者にかかれるかどうか――。国民にとって大きな関心事だ。どこに目を向けていけばいいのだろう。

 年末の予算編成に向けて、診療報酬の改定が決着した。医師による治療や薬の代金である。保険料と税、そして患者の窓口負担で賄われる。

 全体では0・1%の微増だった。ただし、消費増税に伴うコスト増分の1・36%を除けば、実質的にマイナスとなる。

 2年に一度の改定には、「政治的なメンツ」がかかる。

 医療機関の収益に直結するため、日本医師会は引き上げを働きかけ、自民党は「民主党政権は増やした。我々が負けるわけにいかない」と主張した。

 一方、税や保険料の負担を減らしたい財務省や経営者団体、労働組合は引き下げを望み、首相官邸も負担増が経済に与える影響を心配した。

 高齢化や技術の進歩により医療費は年3%ほど自然に増えており、すでに約40兆円になる。借金だらけの日本で、診療報酬を大きく引き上げるのはもう難しい。さりとて大きく削れば医療現場は混乱する。

 結局、わずかなプラスマイナスにならざるをえない。そこから医療の先行きを占うのは、現実に合わなくなっている。

 むしろ、来年度予算案で注目されるのは、診療報酬とは別のルートで医療へお金を流す仕組みがつくられる点である。

 それは、各都道府県単位で医療体制を整える基金を設けることだ。来年度は約900億円を投じる。今回の診療報酬の引き上げ額は約400億円だから、額としても大きい。

 今年8月に報告書をまとめた社会保障国民会議が、発想の転換点となっている。

 会議であぶり出されたのは、日本が病院完結型の「治し、救う」医療に偏り、高齢化社会に必要な地域完結型の「癒やし、支える」医療が不足している実態である。

 地域医療のニーズは、それぞれの人口構成によって違う。それに対応した「ご当地医療」をつくるには、全国一律の診療報酬だけでは限界がある。

 だからこそ基金を設け、病院機能の集約や転換、連携に必要な費用を直接、補助金として出すことになった。

 むだ遣いや陳情合戦を招く恐れもあるが、うまく使えば地域医療を充実できる。自治体や医療機関のやる気次第であり、住民の協力や監視も必要だ。

 改革が実現すれば、永田町のメンツ争いに一喜一憂するよりは、ずっと生産的である。

米金融緩和―出口へ細心の目配りを

 米連邦準備制度理事会(FRB)が、景気てこ入れのために続けてきた量的緩和第3弾(QE3)の「出口」に向け、そろりと一歩踏み出した。

 来年1月から米国債などの買い入れ額を月850億ドルから750億ドルに減らす。FRBの資産規模はなお増え続けるが、増加ペースが鈍る。その分、市場に供給するマネーの増加量も鈍化する。

 経済をいびつにしかねない超金融緩和からの脱却は歓迎すべきことだ。FRBには、世界経済にも目配りした細心のかじ取りが求められる。

 今回の一歩までには曲折があった。バーナンキ議長は6月、買い入れ額の減少ペースを具体的に例示して市場の理解を得ようとした。ところが、これが金利上昇や新興国市場の動揺などを招き、9月からの緩和縮小を見送った。

 その後、米議会の対立で連邦政府の一時閉鎖があったが、経済の改善が着実だったことで、市場はFRBの出口戦略を好材料として織り込み始めた。新興国、とりわけ中国経済が落ち着いてきたことも大きい。

 さらに今月に入り、議会が今後2年の予算編成にめどをつけたことも追い風になる。

 FRBは雇用情勢の先行きには楽観的な見通しを示す一方、国債などの買い入れペースの縮小があくまで緩やかであることを強調した。緩和終了の見通しもあいまいにして、市場が予断を持つことを防いだ。

 実際、緩和縮小のニュースに株価は急騰し、まずは順調な滑り出しとなった。

 もっとも、長期金利の動き次第では、住宅や自動車などの基幹産業の回復が抑えられる懸念は消えていない。雇用も増えているが、非正規のワーキングプアも多く、消費が順調に伸びるか定かでない。

 ここを金融緩和であおった株高による富裕層の資産効果で埋め合わせている形だが、企業と株主の間でマネーが循環するだけでは、一般の人々に恩恵が及ばず、消費が伸びないので物価も上がらない。日本に似た構造的なデフレ圧力も心配される。

 昨年9月から続くQE3で米国経済の矛盾が深まった面があるともいえよう。

 財政をめぐる連邦議会の動向からも目が離せない。当面の予算編成こそ見通しが立ったが、医療制度改革(オバマケア)をめぐる対立は続いている。中間選挙への思惑も絡み、2月に期限を迎える債務上限問題が深刻化すれば、株高頼みの回復シナリオが揺らぐ恐れもある。

東電追加支援 賠償と廃炉へ体力をつけよ

 国が前面に立ち、東京電力福島第一原子力発電所の事故に対応する姿勢が、一層明確になったと言えよう。

 政府が福島の復興加速策を決め、東電に対する追加支援を打ち出した。

 原発事故の損害賠償や除染などの全費用を、東電と電力業界に負担させる制度を改め、政府も一部負担する方針を示した。

 東電任せでは、事故からの復旧は遅れるばかりである。福島の復興を進展させるため、国が応分の負担をすることを評価したい。

 現行の制度は、政府の原子力損害賠償支援機構が5兆円の資金枠を設け、東電が被災者に払う賠償金などを立て替える仕組みだ。

 だが、費用の総額はすでに資金枠の上限を上回る見込みである。政府が資金枠を2倍近い9兆円に積み増すのは妥当だろう。

 現制度の最大の欠陥は、東電が最終的に負担する金額が、青天井で膨らみかねない点だ。

 新制度は、5・4兆円の賠償費用について、引き続き東電と電力会社に全額返済を求める。

 ポイントは、大きく増える恐れのある除染関連のコストについて、東電の負担を軽減する支援措置を導入することである。

 具体的には、政府の保有する東電株を中長期的に売却し、その売却益を2・5兆円の除染経費に充てる。住民などの要望に応じて実施する追加の除染は、復興を促す公共事業と位置付け、復興関連の予算で手当てする。

 除染で生じた汚染土などを保管する中間貯蔵施設の建設費1・1兆円は電源開発促進税で賄う。

 これらの措置で、東電の重荷は軽くなると期待される。

 ただし、東電の経営は厳しく、実現への課題は山積している。

 株価が低迷し、巨額の除染費用に見合う株式売却益が、本当に出るかどうか疑問だ。

 しかも、十分な売却益が上がらない場合の財源も明示されていない。政府は代替財源の確保を急ぐ必要がある。

 むろん、東電が経営改革を一段と徹底し、企業価値と株価を高めることが何より重要だ。

 さらに気がかりなのは、原則として東電が負担する廃炉の費用である。炉心から溶け出した核燃料の取り出しと処理に、どれほどの年月とコストを要するか、容易には見通せない。

 政府は廃炉などの技術開発に関する援助だけでなく、国家的な難事業の達成を後押しする財政支援を、機動的に講じるべきだ。

改正生活保護法 就労支援で自立の手助けを

 生活保護費の受給者には、働けるのに職のない現役世代が増えている。生活保護から脱却できるよう自立を支援し、増加する支給総額の削減につなげることが肝要だ。

 改正生活保護法と生活困窮者自立支援法が先の臨時国会で、自民、公明両党などの賛成多数で成立した。民主党は採決を欠席した。

 民主党政権では、ひとり親世帯の生活保護に母子加算を復活させる手当などを手厚くした。これに対し、「自立支援」に重点を移したのが、今回の改革の特徴だ。

 改正生活保護法は、具体策として、就労を促進するための給付金の創設を盛り込んだ。

 これまで、生活保護受給者が働いて収入を得ると保護費が削られ、就労意欲をそいでいた。就労収入の一部を積み立て、生活保護の受給終了時にそれを給付する仕組みを設けるのは適切である。

 改正生活保護法は、不正受給の防止策も打ち出した。

 不正受給に対する罰金を引き上げ、受給可否の判断材料となる就労や求職状況について福祉事務所の調査権限を拡充する。親族ら扶養義務者が扶養できない場合は、その理由の説明を求める。

 いずれも制度の信頼性を高めるために必要な措置である。

 新法の生活困窮者自立支援法は、低所得者が生活保護に頼らずに済むよう支えるのが目的だ。失業者が住居を確保できるよう、家賃相当の金額を一定期間給付する制度も、その一例である。

 離職で社員寮を出るなど住まいを失うと、職探しでも不利になる。給付金で住居を持ち続けられれば再就職しやすくなるだろう。

 ただ、こうした改革を実施しても、多くの課題が残る。

 生活保護受給者は過去最多の215万人に達し、支給総額は3兆8000億円に上る。支給総額の削減には、その約半分を占める医療扶助の適正化が欠かせない。

 医療費負担がないことが、受給者の過剰受診を招いているとの指摘がある。政府の財政制度等審議会は1月、自己負担の導入を提言した。引き続き検討すべきだ。

 生活保護対策で大切なのは、貧困層の拡大を防ぐことだ。低所得世帯に育った子供は高校や大学への進学率が低く、就職後の所得も低い傾向がある。「貧困の連鎖」は断ち切らなければならない。

 生活困窮者自立支援法は、生活困窮世帯の子供が補習などの学習支援を受けられるよう、国費で補助することを明記した。この制度を有効に機能させたい。

2013年12月21日土曜日

想定を直視して首都地震への備え着実に

 国の中央防災会議がマグニチュード(M)7級の首都直下地震の被害想定を見直した。死者は最大2万3千人、被害額は国の年間予算に匹敵する95兆円にのぼる。目を背けたくなる数字が並ぶが、想定を冷静に受け止めて対策をひとつひとつ積み上げたい。

 首都圏では90年前の関東大震災のようなM8級の巨大地震のほか、M7級の地震がたびたび起きてきた。関東大震災はおよそ200年ごとに起き、次は22世紀とみられるが、M7級はいつ起きてもおかしくない。政治や経済の中枢がある都心南部でM7.3の地震を想定したのが、今回の予測だ。

 想定では都区部の多くが震度6強以上の揺れになり、17万棟の建物が全壊する。冬の夕方、強風などの悪条件が重なれば、火災が多発して41万棟が全焼、焼死者が1万6千人にのぼる恐れがある。

 首都直下地震は都心南部で起きるとは限らず、都の西部や周辺の県が震源になる可能性もある。それらのなかで「最悪の被害」を想定し、防災の出発点にするという同会議の考え方は妥当だろう。

 対策でまず重要なのが、古い建物の耐震補強を急ぐことだ。都内の建物のうち耐震基準を満たさないものは13%ある。同会議はそれを半減すれば、死者を5千人減らせると試算した。

 山手線の外側に広がる木造住宅密集地の解消もカギを握る。建物の移転や再開発には住民合意が必要で、時間はかかるが、自治体が粘り強く取り組んでほしい。

 想定は地震直後から数カ月間に予想される様々な影響も示した。停電や断水が1週間から1カ月続く地域が出るほか、物流が滞って日用品や燃料が不足する。社員が出社できなくなり、企業活動が停滞する恐れもあるとした。

 中央省庁や企業の本社が集まる地域だけに、政府や企業が業務・事業継続計画(BCP)を見直し、影響を最小限に抑える必要がある。家庭が備蓄品を用意するうえでも想定は参考になるだろう。

 同会議は2020年の東京五輪前に地震が起きる可能性もあるとし、即効性のある対策を求めた。木造住宅で漏電による出火を防ぐため、揺れを感知して電気を止める機器の設置などを提言した。

 地震に強い都市づくりは住宅密集地の再開発などで年月がかかる。即効性は大事だが、防災予算のバラマキにならないよう費用対効果の点検も欠かせない。

諫早湾問題の解決策を探れ

 長崎県の諫早湾干拓事業を巡って、福岡高裁が開門調査を命じた期限である20日がすぎた。今も開門のめどは立っていない。国が確定判決に基づく義務に従わないという極めて異常な事態になった。

 福岡高裁は2010年12月に佐賀県の漁業者らが主張した干拓事業と漁業被害との因果関係を認め、今年12月20日までに開門し、調査を5年間、実施するよう命じた。当時の民主党政権が上告を断念し、この判決が確定している。

 しかし、農林水産省は干拓地の営農者らの反対で、開門に伴う農業被害を抑える準備工事にすら着手できていない。漁業者側は判決を履行しない国に制裁金の支払いを求める方針だ。

 先月の12日には営農者らが申し立てた開門の差し止めを求める仮処分を長崎地裁が認めたことで事態はさらに複雑になった。国は開門しなければ確定判決に背き、開門すれば仮処分に反するからだ。

 こうした状況に陥った背景には、国に対する長崎県や営農者らの強い不信感があるのだろう。高裁判決が示されるまでは、国は一貫して開門による調査の必要性を否定してきたからだ。

 林芳正農相は佐賀県と長崎県に3者協議を呼び掛けているが、長崎の反対で実現していない。協議の場すらもてないのは残念だ。

 長崎県の気持ちもわかるが、開門への賛成派、反対派の双方がこのまま訴訟合戦を続けても、地域間の対立が深まるだけではないか。司法の判断に一喜一憂するこんなおかしな状態を、関係者は誰も望んではいないはずだ。

 こじれた糸を解きほぐすためには、開門の是非をひとまず棚上げして、関係者が一堂に会して話し合うしかないだろう。まずはそれぞれの立場や事情を理解するところから始め、農業被害をなくす方法や漁獲量を回復するやり方などについて知恵を出し合うべきだ。

 国のあいまいな姿勢は確かに問題だが、漁業者と営農者が国を批判していがみ合うだけでは何も解決しない。

普天間移設―力ずくの理不尽さ

 沖縄県の米軍普天間飛行場を県内の名護市辺野古に移設するため、国の埋め立て申請を承認するかどうか。仲井真弘多(なかいまひろかず)知事の判断時期が迫っている。

 この1カ月の政府・自民党の沖縄への働きかけはあの手この手、誠実さからはほど遠い露骨な知事包囲網づくりだった。

 まずは、沖縄県が地盤の自民党国会議員5人に、選挙公約だった「県外移設」の放棄を迫った。離党勧告までちらつかせ辺野古容認に転じさせ、党県連にも同調させた。

 うつむきがちの5人を従えた石破茂・自民党幹事長の会見を見て、多くの県民が「21世紀の『琉球処分』だ」と怒った。県議会でも屈辱は語られた。

 その光景が、1879年に明治政府によって琉球王国が解体され、日本に併合された歴史と重なったからだ。

 次の手は、来年度予算の満額回答方針などの振興策や、米軍基地への環境調査に言及した負担軽減策の提示だった。

 来年1月の名護市長選で辺野古移設反対派が再選すると、移設は暗礁に乗り上げる。政府には、その前に知事の埋め立て承認を得て、辺野古移設を軌道に乗せたいという思惑がある。

 一方、仲井真知事は沖縄政策協議会で政府に「普天間飛行場の5年内の運用停止」「日米地位協定の改定」などを求めた。

 いずれも米国が容易に受け入れそうにない難題だ。だからこそ政府の真剣さが試される。

 この際、はっきりさせておくべきことがある。

 政府・自民党は「県外移設はあり得ない」「(辺野古がだめなら)普天間の固定化になる」と、沖縄に県内移設を迫った。

 だが、そもそもなぜ「県外」はあり得ないのか。県内以外の移転先を真剣に探したのか。沖縄県が何度尋ねても、いまだに納得いく説明はない。

 96年の返還表明から17年。普天間はすでに固定化している。

 辺野古移設が決まっても、日米合意による返還時期は早くて9年後。政府が前倒しを約束しても、理不尽さを味わってきた県民は簡単には信じまい。

 自民県連や一部の首長は県内移設容認に転じたが、那覇市議会や県政与党の公明党県本部は、県外移設を堅持している。

 朝日新聞などによる県内の世論調査でも、64%が知事の埋め立て承認に反対。政府の負担軽減策も63%が実現に懐疑的だ。

 「琉球処分」の言葉が飛び交うほど不信の澱(おり)がたまった沖縄に、政府は誠実に説明を尽くし、信頼回復を図るしかない。それがすべての出発点になる。

福島の復興―縦割りでは進まない

 原発事故からの福島復興を進めるための政府指針が、正式に決まった。

 ふるさとに帰りたい人、帰りたいが当面は帰れない人、帰らない人と、多様化する住民の事情それぞれに合わせた対策を掲げている。

 新たな賠償の上積みも打ち出した。有形無形の資産を突然奪われた痛みは、決して金銭であがなえるものではないが、生活再建に向けて極端な不公平が生じないよう配慮しつつ、できるだけ補償しようという姿勢は感じ取れる。

 ただし、今回の決定はあくまでメニューの提示にすぎない。重要なのは、こうした対策が地元の意向を反映しながら着実に実行されることだ。

 賠償交渉でも、東京電力が必ずしも指針に忠実に支払いに応じてきたとは言い難い。「出し渋り」のような態度を取らせないよう、政府による監視や仲裁機能の強化が必要だ。

 避難解除とともに帰還する人たちへの被曝(ひばく)線量の管理や健康不安を取り除くための支援策などには、とりわけ細心の目配りが求められる。

 気になるのは、国側の執行態勢だ。これまでも自治体側には不満が強い。例えば、縦割りの弊害である。

 賠償、除染、避難の区域割りや避難解除、復興計画と、現場ではどれも密接に関連しているのに、中央官庁の所管はそれぞれ異なっている。相談に行っても、所管する事業以外への関心や知識が乏しく、理解されなかったりたらい回しにされたりといった例が後を絶たない。

 本来なら復興庁が担うべき役割だが、「地震・津波被害が本務で、原発災害は別枠」と一線をひく傾向が強いという。今回の指針も、復興庁の復興推進会議ではなく、原子力災害対策本部での決定となった。

 指針には、随所に「地元の意向」や「地元とともに」との表記が盛り込まれているが、国側の対応がバラバラでは言葉だけに終わりかねない。被災自治体とともに課題解決と向き合い、ワンストップ的に相談に応じる執行態勢をいま一度強化してもらいたい。

 自治体にとっては、経験したことのない仕事の中身や量である。職員の疲労も目立つ。県外の自治体やNPOとも連携し、人材支援を含めた外部の協力が不可欠だろう。

 自立的な福島の復興をしっかり支える。それが、原発を利用してきた国民として果たさなければいけない責任であることを肝に銘じたい。

診療報酬改定 制度維持へ実質下げは妥当だ

 社会保障制度を維持するには、増え続ける医療費の伸びを抑えることが欠かせない。

 医療機関の収入となる診療報酬について、政府は来年度、実質的に1・26%引き下げることを決めた。6年ぶりのマイナス改定だ。

 診療報酬が引き上げられれば、保険料や医療機関の窓口での支払いも増える。来春の消費税率引き上げと重なれば、家計には二重の負担増になる。

 下げ幅は物足りないが、診療報酬を実質引き下げで決着させたことは妥当だ。消費や景気への悪影響を避けることにもつながる。

 医師の技術料など「本体」部分は0・1%増にとどめ、医薬品など「薬価」を1・36%引き下げるとした。医薬品の実勢価格を反映させたものだ。

 民間病院の収支は昨年、平均7600万円の黒字で、前年より改善した。病院勤務医の給与も上昇している。政府は、診療報酬を引き上げる必要性は乏しいと判断したのだろう。

 ただし、消費税率引き上げで医療機関の負担が増える分を補填(ほてん)するため、初診料などが加算された。結果的に0・1%の増となったのはやむを得まい。

 自民党は、医師の待遇改善や医師不足の解消を求める日本医師会などの要望を受け、診療報酬の引き上げを主張した。しかし、医療費抑制を目指す首相官邸と財務省に押し切られた。

 確かに病院勤務医の労働実態は依然厳しく、夜間当直を挟んだ長時間勤務や、当直明けの手術は常態化している。

 だが、医師不足は診療科や地域による医師の偏在が主因だ。単に診療報酬の総額を増やしても、大きな改善は見込めないだろう。

 診療報酬をどの分野に配分するかは、年明けに中央社会保険医療協議会で議論される。

 大切なのは、激務の救急、小児科、産科、外科などに診療報酬を重点配分することである。診療所より人手不足が著しい病院に報酬を手厚くする必要もある。

 医療費の無駄をなくす工夫もしなければならない。特に圧縮の余地が大きいのは薬剤費だ。

 医師が処方する薬の中で、価格の安い後発医薬品の割合は4割程度にとどまっている。さらに使用を促進すべきだ。

 薬を医療機関外の薬局で受け取る院外処方の調剤料は、院内処方に比べて高い。薬局の調剤医療費が膨張する一因だ。この点も早急に是正してもらいたい。

NHK新会長 偏りなき番組で責任を果たせ

 中立で公正な番組作りを推進することで、公共放送のトップとしての責任を果たしてほしい。

 NHKの経営委員会は松本正之会長の後任に籾井勝人氏を選出した。籾井氏は三井物産で副社長を務めた後、情報システム会社の日本ユニシスで社長などを歴任した経済人だ。

 民間出身の会長は3代連続である。企業で培った経営手腕を存分に発揮し、NHK改革の実効を上げることが求められる。

 松本会長が受信料の値下げや職員給与の削減といった改革に取り組んだ点は評価できる。

 ただ、民放に比べ、要員削減や制作費の使い方などでNHKの合理化努力はまだ甘い。籾井氏はコスト意識を徹底させ、肥大化した組織の見直しを図るべきだ。

 NHKの収入の9割超を占める受信料は、支払っていない比率が全国で3割近くに及ぶ。

 国民の不公平感を和らげるためにも、受信料の徴収率をさらに引き上げる必要がある。

 法令順守も新会長の重要な課題だ。今秋には放送技術研究所で架空発注問題が起きた。NHKでは、インサイダー事件など過去にも深刻な不祥事が頻発している。

 職員の意識向上を図り、再発防止に努めることが大切になる。

 原発の維持・再稼働や米軍輸送機オスプレイの配備に批判的だとして、NHKの番組・報道には政財界から「偏っている」との批判が高まっていた。これも松本会長退任の背景にあろう。

 特定秘密保護法をめぐる報道でも、論点が多岐にわたらず、登場する識者の人選も、反対する側に傾いていたのではないか。

 番組制作の最高責任者に就く籾井氏は、見解が分かれる問題を取り上げる場合、バランスを重視し、放送内容が中立かどうか絶えず目配りをしなくてはならない。

 「不偏不党」は、放送法で定められた大原則だ。偏らない番組を提供し続けることで、視聴者との信頼関係を築くべきだろう。

 国外での外国人向け放送の拡充も急務だ。日本の政策や文化、観光資源を積極的に海外に発信していくことは国益にもつながる。

 外国のケーブルテレビ会社への販売促進などで効果的な戦略を立てることが望まれる。商社出身の籾井氏の人脈やビジネス経験に期待したい。

 次世代高画質放送「8K」(スーパーハイビジョン)の開発や、番組のインターネットへの同時配信といった技術革新に注力することも新会長の使命と言える。

2013年12月20日金曜日

説明責任欠いたままの猪瀬知事の辞職

 東京都の猪瀬直樹知事が19日、辞職を表明した。434万票という個人としては過去最高の得票で都知事に就任して1年。徳洲会から5千万円を受け取った問題を受けた引責辞職である。

 徳洲会からの資金提供を巡る知事の説明は二転三転した。都議会は強い調査権限がある特別委員会(百条委員会)でさらに追及する方針だった。

 百条委の設置は知事に対する都議会の事実上の不信任といえる。徳洲会問題では東電病院を巡って知事が虚偽の答弁をした疑いも浮上した。このまま知事の座に固執すれば、都の来年度予算の編成時期と重なるだけに都政の停滞が長期化しかねなかっただろう。

 これで都政の混乱は一段落するが、徳洲会との関係を巡る猪瀬氏の疑惑が晴れたわけではない。うやむやのままで終わらせてはならない。猪瀬氏には引き続き、説明責任を果たしてもらいたい。

 市民団体などは公職選挙法違反などの疑いがあるとして東京地検特捜部に告発している。徹底した真相の究明を求めたい。

 猪瀬氏は石原慎太郎前知事の要請で、2007年に都の副知事に就任した。都庁内に様々なプロジェクトチームを立ち上げ、地下鉄一元化や水道事業の国際展開などを主導してきた。

 石原氏の後継指名を受けて昨年12月に知事に就いて以降は、五輪招致の実現や東京への外資誘致などに取り組んだ。しかし、都政を立て直すためには猪瀬知事の辞職は避けられず、この時期に自ら進退を決めたのは当然だろう。

 猪瀬氏の辞職に伴い、都知事選が来年2月上旬ごろに実施される。組織委員会の人事や競技施設の具体化など、五輪に向けた準備を遅らせるわけにはいかない。

 五輪が開催される20年ごろには東京の人口も減少に転じる。急速な高齢化への対応や全国で最も低い出生率の改善など、都政は課題が山積している。

 木造住宅の密集地域のような災害に弱い都市構造の改善も急務だ。老朽化が目立つインフラの更新も避けられないだろう。都政の停滞は許されない。

 新しい知事は「五輪の顔」になるのだろう。都知事の候補者選びは知名度が重視されがちだが、単なる人気投票にしてはならない。

 候補者はまず、しっかりとした政策を掲げてほしい。それを見極める有権者の責任も重い。

米量的緩和の縮小を円滑に

 米連邦準備理事会(FRB)が来年1月から、量的金融緩和を縮小することを決めた。月850億ドル(約8.8兆円)の証券購入をまず100億ドル減額する。

 米国では景気回復の地盤が徐々に固まり、財政運営を巡る混乱も回避されつつある。リーマン・ショックに端を発した大胆な金融緩和の出口を探るのは自然だ。

 だが証券購入の停止やゼロ金利政策の解除までには時間がかかる。世界経済や金融市場への影響を最小限に抑えるため、透明で柔軟な政策運営に努めてほしい。

 FRBは証券購入を段階的に縮小し、来年後半にも停止する方針を示した。金融引き締めを意図しているわけではなく、失業率が6.5%を安定的に下回るまではゼロ金利政策を続けるという。

 こうした説明が安心感を与えたこともあって、市場の動揺は避けられた。金融政策の正常化に向けた一歩をうまく踏み出したと評価してもいいだろう。

 しかし予断は許さない。量的緩和の縮小に伴って米国の長期金利が上昇し、住宅市場や個人消費の回復を妨げる恐れがある。新興国から資金が流出し、世界経済の足を引っ張る懸念も拭えない。

 FRBは経済情勢を見極めながら、量的緩和の縮小ペースをうまく調節すべきだろう。その判断や意図を明快に伝え、市場に十分織り込ませる努力も要る。

 証券購入の縮小に踏み出したのはバーナンキ議長だが、購入停止やゼロ金利解除までの過程に責任を負うのはイエレン次期議長である。政策運営の連続性を保つだけでなく、市場との対話を改善する工夫を凝らしてもらいたい。

 米国の与野党にも注文がある。財政運営を巡る対立を繰り返し、米経済を危険にさらしてはならない。歳出強制削減の緩和などで合意したのに続き、連邦債務の上限引き上げでも折り合うべきだ。

 長期金利や株価の変動には日本も神経質にならざるを得ない。安倍政権は日本経済の成長基盤をしっかりと固めておくべきだ。

猪瀬氏の辞意―政治と利権の深い闇

 表の政治を操る裏の利権構造は旧態依然のようだ。

 東京都の猪瀬直樹知事の辞任劇は、変わらない政治とカネの問題の根深さを見せつけた。

 有権者が1千万を超える都知事選は、都市型選挙の典型と見られてきた。幅広い民意の支持がものを言い、金権選挙にはなりにくいはずだった。

 ところがその裏側では、都から補助金を受けている医療法人・徳洲会側から、猪瀬氏に5千万円もの現金が動いていた。

 猪瀬氏は徳洲会側とは面識がなかったとされる。石原慎太郎前知事と親しかった徳洲会は、都政とのパイプをつなぎとめたかったのだろう。

 それは猪瀬氏だから、はまった落とし穴でもない。知事という権力の座には、さまざまな思惑をもった人がまとわりつく。その舞台裏が、徳洲会事件のために厚い幕のすきまから垣間見えたにすぎまい。

 猪瀬氏に期待されたのは、この古い政治の打破だったはずだ。ジャーナリストとして、副知事として、多くの利権を追及する姿勢を見せてきた。

 彼なら今までの職業政治家と違って利害関係にとらわれない政治をしてくれる――。「アマチュア」ならではの斬新な政治を有権者は望んだことだろう。

 ところが、選挙の前から利害関係者とカネをやり取りし、発覚後も言い逃れを二転三転させた。その姿は旧来の政治家と何ら変わらなかった。

 猪瀬氏には、東京電力病院の売却にまつわる疑惑も浮かんでいる。まっとうな説明をしないままの幕引きは許されない。

 政治家として身を引いても、事実の重みを説いてきた作家としての説明責任は消えないことを肝に銘じるべきだ。

 私たちは何を頼りに、どんなリーダーを選べばいいのか。有権者に残した問いかけは重い。闇の中でうごめく政党の打算や利権団体のしがらみを断ち切る政治は実現しないのか。

 猪瀬氏の去り際も象徴的だった。辞任を決意させたのは、前任の石原氏らから促されたことだという。自民党本部が公然と辞任を求めたことも決定的だっただろう。

 有権者の怒りの声よりも、背後に控える政党やOBが引導を渡すことによって政治生命が絶たれる。この経緯自体、猪瀬氏が古い政治の世界にからめとられていたことを物語っている。

 徳洲会と関係のあった政治家は猪瀬氏だけではない。政治に利害関係をもつ団体も徳洲会だけではない。「猪瀬問題」で終わらせるべき話ではない。

首都地震想定―一極集中の見直し急げ

 首都直下地震は、今後30年間に70%の確率で起きるという。最悪で2万3千人が亡くなる大災害が近い将来、ほぼ確実に来る。そう覚悟したうえで、対策を急がねばならない。

 東京都区部の一般道はひどい渋滞が数週間続くという。消防や救急、救援物資はすぐには来ない。まずは自衛が大切だ。

 正しく備えれば被害は大幅に減らせる、と内閣府と中央防災会議は強調している。

 例えば、この地震で最も怖いのは火事だが、揺れたら自動で電気を止めるブレーカーの全戸普及などで半分に減らせる、という。実際、東日本大震災の直後に起きた火災の5割は、電気系統が原因である。木造住宅の密集地域を中心に、設置の義務づけと助成を進めるべきだ。

 しかし、より根本的には、東京一極集中の弊害にもっと目を向ける必要がある。

 日本は首都への依存度が高い国だといわれる。資本金1億円以上の大企業は、半分以上が東京圏にある。製造業の集積も、首都にしては厚い。

 このたび成立した国家戦略特区法で都心の容積率が緩和されると、高層オフィスビルやマンション建設がしやすくなる。東京五輪もあいまって、集中はますます進みそうだ。その東京が大打撃をうければ、その被害は全国に連なる。

 想定では、地下鉄は発生から1週間、在来線は1カ月動かない可能性がある。会社や役所は無事でも、職員が出勤できずに業務がまひする恐れが強い。

 財政難を考えると、大がかりな首都機能の移転や分散は現実的ではない。なるべく今あるものを使って人、モノ、権限のバックアップを進めるべきだ。

 官公庁には、緊急時は地方部局の長に権限を委任することが提言されている。民間企業も本社にかわる拠点の機能を整えておくのが得策だろう。

 それには、東京にお伺いを立てなくても判断できる人材の配置と養成も要る。官民ともに中央から地方への権限移譲が被害軽減に役立つといえる。

 民間シンクタンクの木下祐輔研究員は、大阪にもデータセンターを造る、日本海側にも倉庫を造るといったバックアップ投資を企業に促す減税を提案している。検討すべきではないか。

 ワーク・ライフ・バランスの推進を兼ね、在宅勤務者の率を高めれば、帰宅困難者を減らすことや業務の早期復旧に役立つかもしれない。これも一種の「人の分散」である。

 地震は防げないが、防げる被害はたくさんある。

猪瀬都知事辞職 東電病院問題にまで幕引くな

 あまりに多くの疑惑を抱えたままで、都政を担うことはできない。辞職は当然である。

 東京都の猪瀬直樹知事が、医療グループ「徳洲会」側から現金5000万円を受け取っていた問題で、辞意を表明した。

 猪瀬氏は記者会見し、5000万円は「個人的な借入金」だったと改めて主張した。

 だが、現金が提供されたのは、都知事選を目前に控えた時期である。徳洲会が運営する病院などの施設に対し、知事には開設許可や指導監督の権限がある。

 猪瀬氏の主張に無理があるのは、初めから分かりきっていた。場当たり的な弁明を繰り返した末に追い詰められた印象が強い。

 現金を受け取った日の行動や、その後の保管状況について、猪瀬氏は説明を二転三転させた。辞意表明の直前には、東京電力病院の売却を巡り、都議会で虚偽の答弁をした疑いも浮上していた。

 猪瀬氏には副知事時代の昨年6月、都が筆頭株主だった東電の株主総会で、都内にある東電病院の売却を迫った経緯がある。徳洲会は東電病院の競争入札に参加したものの、東京地検特捜部の強制捜査を受けて辞退した。

 出馬前に猪瀬氏は、徳洲会創業者の徳田虎雄元衆院議員と面会している。都議会では、この時、「東電病院の売却は話題になっていない」と答弁したが、実際には話題に上っていたことが関係者の証言で明らかになった。

 2週間後の現金授受は、東電病院問題と関係がなかったのか。

 都議会の要請で提出された東電病院の入札に関する都の資料には、全面を黒く塗り潰した文書も交じっていた。

 疑惑は何一つ解明されていない。辞職で説明責任を免れると考えたとしたら、全くの見当違いである。徳洲会の公職選挙法違反事件を捜査してきた東京地検特捜部には、5000万円疑惑についても詳細な解明を求めたい。

 昨年12月の都知事選で史上最多の434万票を集めた猪瀬氏には、都議会への事前説明なしに新しい施策を発表するなど、強引な都政運営が目についた。

 ネットなどによる情報発信に偏り、肝心の議会との信頼関係構築に積極的でなかった姿は、政治家としての資質を欠いていたと言わざるをえない。それは今回の独善的な議会答弁にも表れていた。

 首都のかじ取り役には組織運営能力も不可欠だ。次の都知事選びの重要なポイントとなろう。

「首都直下地震」 人命と国の中枢をどう守るか

 大震災で日本の中枢機能がマヒする最悪の事態を防がねばならない。

 首都直下地震の対策を検討してきた政府の中央防災会議の部会が、予想される地震の規模や、それによる被害予測をまとめた。

 想定したのは、東京都心南部を震源とするマグニチュード7・3の地震だ。首都周辺で起き得る大地震のうち、今後30年間の発生確率が70%と高く、国の中枢を直撃する恐れがあるためという。

 この地震では、震度6強の猛烈な揺れが都心部を襲う。一部地域は震度7になる。最悪の場合、建物61万棟が倒壊・炎上し、約2万3000人もの犠牲者が出る。

 巨大過密都市の弱点を反映したものだ。対策は急務である。

 特に火災は深刻だ。各所で同時多発し、延焼が2日程度続く。被災者が周囲を火に囲まれ、逃げられない事態も心配される。

 住宅を失ったり、帰宅できなくなったりした被災者で街はあふれる。がれきで主要道路は不通となり、鉄道など交通網が止まる。

 停電や電話の不通、断水が1週間程度も続くかもしれない。

 懸念されるのは、国会や首相官邸、官庁街が機能不全になることだ。震災対応の司令塔が失われれば、被害は一層拡大しよう。

 経済活動の中枢が壊滅すれば、生産や流通が滞り、全国に甚大な影響が及ぶ。経済被害の額は、約95兆円に上るという。

 政府や自治体はもちろん、企業や家庭で対策を講じたい。

 今回、中央防災会議の部会は、東京都内の建物の耐震化率が今の87%から94%に上昇すると、死者数は半減すると試算した。

 火災についても、揺れを感知して電気を止める「感震ブレーカー」が全戸に普及し、初期消火できれば、焼死者は9割減るという。

 官民が連携し、こうした足元の対策を強化することが肝要だ。

 内閣府は、今回の被害想定に合わせ、政府の活動が震災時にも停滞しないようにする「事業継続計画」の素案をまとめた。

 被災状況の把握を急ぎ、救助救援を展開する。内外への正確な情報発信に努め、金融の安定、治安対策などの非常時優先業務に全力を挙げるという内容だ。関係府省の役割分担を明確にし、確実に実施できるよう備えるべきだ。

 対策の加速を図る首都直下地震対策特措法も先月、成立した。今後、下水道の補強などインフラ整備を急ぐ地域を指定し、政府と自治体が取り組むことになる。優先順位をつけ、着実に進めたい。

2013年12月19日木曜日

ドイツ新政権は「大人の国」を築けるか

 ドイツで中道左右の二大政党による大連立政権が発足した。3期目となるアンゲラ・メルケル首相には、国内の支持率や政治情勢に目を奪われず、ユーロ圏全体の経済成長と安定に目配りした大きな構えの政策運営を期待したい。

 メルケル首相が率いる保守系のキリスト教民主・社会同盟(CDU・CSU)と、第2党である中道左派の社会民主党(SPD)を合わせると、議会全体の約8割の議席を占める。極めて安定した政権基盤の上で、首相は存分に指導力を発揮できるはずだ。

 強力な新政権の誕生を機に、ドイツは「大人の国」に脱皮してほしい。これまでのドイツは、財政危機に陥った南欧諸国に対して寛容とはいえなかった。資金援助の前提として厳しい緊縮財政と構造改革を求めたため、南欧諸国では反ドイツ感情が高まった。

 一方、ドイツ国民の間には「勤勉に働く我々の税金で、なぜ遊んで暮らす南欧諸国を助けるのか」という不満がくすぶっている。共存共栄を理念とするユーロ圏で、こうした亀裂が広がれば、危機の再来につながりかねない。

 ドイツ一人勝ちの不均衡は、世界全体にとっても好ましくない。同国の経常黒字額(2012年)は2385億ドルに上り、中国を抑えて2年連続で圧倒的な世界1位だ。通貨統合による貿易拡大で最も大きな恩恵を得たのはドイツである。ユーロ圏の結束なくして同国の成功もない。

 南欧の債務国が財政の健全化を目指すのは当然だが、ドイツ自身もユーロ圏の中核国として応分の責任を果たさなければならない。メルケル政権は経常黒字を膨らませ続けるのではなく、積極的に内需拡大策を推し進め、諸外国に輸出機会を提供すべきだ。

 インフラ整備の投資など、ドイツの内需拡大の余地は大きい。また労働者の受け入れを進めることで、雇用機会の増大でもユーロ圏各国に貢献できる。そのためには国内の規制改革が欠かせない。

 二大政党の連立交渉は、最低賃金や年金制度改革など内政問題が焦点だった。だが、南欧諸国では成長と雇用の低迷が続き、ユーロ危機はまだ収束から程遠い。

 メルケル首相は「ユーロ圏の中でのドイツの責務」について政権内の議論を深め、意思統一を目指してほしい。ドイツが内向き志向で国内優先の姿勢を採れば、危機を克服することはできない。

中国は月探査への疑念を解け

 中国の無人探査機が月面への軟着陸に成功した。中国の宇宙技術の水準の高さを示す一方で、月の資源獲得や軍事利用などへの懸念を生んでいる。宇宙空間は人類共通のフロンティアだ。中国には国際的な秩序を守り、他国との協調を重視した宇宙開発を進めるよう望みたい。

 中国は独自の宇宙ステーションや月の有人基地の建設を目指している。科学研究が目的というが、宇宙開発全体が軍主導で進められてきたこともあって軍事的な思惑を疑う声は世界で多い。

 中国紙「北京晩報」は今月初め、月探査の目標について解説した記事で「月の上には兵器の実験場や軍事用ミサイルの燃料倉庫、発射基地をつくることができる」と解説した。核融合の燃料となるヘリウム3など月の資源獲得の意図をうかがわせる社説を掲載した中国の新聞もあった。

 過去にも中国はミサイルによる人工衛星の破壊実験を行い、大量の宇宙のゴミを発生させて国際的な非難を浴びたことがある。

 中国の宇宙開発に関する情報公開が進んでいないことが疑念を深める大きな要因だろう。月探査の科学データを公開して宇宙科学の発展に貢献すべきだ。

 月の資源利用などに関しては実効性のあるルールがない。宇宙開発を進める国々はルールづくりに向け話し合う必要がある。

 有人宇宙飛行や月着陸などで、日本の宇宙開発が中国に大きく水をあけられたのは否めない。

 しかし日本は背伸びをして国威発揚を狙った挑戦をする必要はない。日本は、全地球測位システム(GPS)を活用した新しい情報サービスの創出や防災など、社会や産業に役立つ宇宙の利用に取り組んでいる。「はやぶさ」による小惑星探査など科学研究で実績も積んできた。

 今後もロケットや衛星の商業・科学利用を推し進め、有人飛行など多額の費用がかかる分野は欧米などとの国際協力を土台に進めていけばよい。

ブラック企業―根絶のために行動を

 ひどい働き方をさせられていると思ったら、役所に相談するなど行動を起こそう。社会の側はそれを受け止め、企業に是正させる仕組みを整える。この二つをかみあわせ、ブラック企業を根絶していきたい。

 過労やパワハラで社員が精神障害になった事業所で、その後も月80時間超の残業が続く。ある会社は、残業代が支払われない「管理職」が社員の7割を占め、うち半分は20代……。

 「若者の使い捨てが疑われる企業」への対策として、厚生労働省が実施した調査からは、すさまじい実態が伝わる。

 対象になった5111事業所のうち82%で、違法残業や賃金不払いなどの労働法令違反が見つかった。

 こんな風に思う人がいるかもしれない。「若いときには、がむしゃらに働いて当たり前。オレもそうだった」と。

 確かに、これまでも長時間労働や過剰なノルマはあったし、労働法令がいつも守られていたわけではない。

 それ自体、問題ではあるが、そこには「メンバーシップ型」と呼ばれる日本独特の雇用システムもあった。会社はいったんメンバーになった正社員に厳しい要求をするかわりに、育成の機会と雇用の安定を保障するのが前提だった。

 ブラック企業には、この前提がない。体力と気力のあるうちは徹底的に働かせ、心身をこわしたりして「能力不足」と判断したら、退職に追い込む。まさに使い捨てだ。

 どう対応するか。

 今回の調査はハローワークへの相談電話や投書など、労働者の行動が手がかりになった。

 働く側が労働時間や賃金、採用・解雇について、労働法の基礎を身につけておくことが肝要だ。それがないと、会社の言いなりになってしまう。学校も、就職率を競うだけでなく、学生・生徒に命と健康を守る手立てを伝えてほしい。

 ただ、行動を起こしても、それを受け止める枠組みがなければ孤立するだけだ。

 労働者の不満の受け皿であるはずの労働組合の組織率は今年17・7%まで落ち込んだ。ブラック化しやすい新興企業では、組合がないのが普通だ。

 個人でも加入できるユニオン、労働相談を受けるNPOや弁護士、そしてなにより、労働行政の奮起にかかる。

 事後的な摘発はもちろんのこと、「使い捨て」の判断材料のひとつである離職率の調査・公表など、あらゆる取り組みを強化すべきだ。

イタイイタイ病―住民が培った信頼関係

 イタイイタイ病は、いまから1世紀も前に最初の患者が出たとされる公害病である。

 富山県の神通川沿いで、鉱山から流れたカドミウムが飲食物を通じて人の体に入り、全身をむしばんだ。

 国が最初の公害病と認めたのは1968年。それから約半世紀へた今月、被害者団体と原因企業の三井金属が「全面解決」に向けた合意書に調印した。

 社長が初めて公式に謝罪し、これまで賠償の枠外だった腎機能障害の人にも一時金を払う。被害者団体の高木勲寛(くにひろ)代表は式典で、「筆舌に尽くせぬ辛酸の歴史があった」と述べた。

 すでに世を去った人々の命は戻らないが、それでも一つの節目に達したことは評価したい。長い道のりが残した教訓を今後も考え続けねばならない。

 水俣病や四日市ぜんそくなどと比べて特筆されるのは、被害者側と企業が息長く「緊張感ある信頼関係」を培ったことだ。

 裁判にでた被害者側は二審で勝った72年、三井と交渉し、賠償、土壌の復元、今後の公害防止について文書を交わした。

 この際、三井は謝罪を申し出たが、対策に「一定の成果が出るまでは」と、あえて受け入れを保留した。

 被害者らは毎年、鉱山を立ち入り調査し、三井と意見交換した。カドミウム濃度は自然界レベルにまで下がり、汚染土壌の入れ替えも昨年で終えた。

 幅広い救済を盛り込んだ今回の合意も、互いの努力の積み重ねが結実したものだ。被害者側と企業とが真摯(しんし)に向き合った長い対話と責任ある行動にこそ、問題を解くカギがあった。

 時代は移り、環境意識が高まったいま、かつてのような形の公害は影を潜めている。だが、地域の人間や暮らしより企業や国の経済性が優先されがちな現実は変わったとは言い難い。

 東京電力福島第一原発事故がその典型だろう。自然災害が発端とはいえ、企業活動が住民に広大な被害を及ぼしてしまった問題をどう解決するのか。イタイイタイ病の歴史に学ぶべき点は多いのではないか。

 この公害病について国はいまもかたくなな姿勢を崩さない。公的な救済制度ができた67年以降、行政が患者と認めたのは196人で、存命は3人だけ。いまも申請は続いているが、認定されるのはごくまれだ。

 認定基準は、水俣病でも大きな問題となっている。国は被害の実態に即し、柔軟に見直していくべきだ。行政だけが公害克服の歴史から取り残されるようでは困る。

原子力規制委 独善性を排する改革が急務だ

 原子力施設の安全性を科学的かつ公正に判断できる組織たり得るか、が問われている。

 原子力規制委員会の設置法が定めている専門家組織について、規制委がようやく新設に向けた検討を始めた。

 この組織は、「原子炉安全専門審査会」「核燃料安全専門審査会」「放射線審議会」だ。専門的な判断に不可欠な組織である。

 規制委は設置を先送りしてきたが、自民党から「法の軽視だ」との批判を受け、重い腰を上げた。早期の設置を求めたい。

 規制委は現在、原子力発電所の安全審査に注力している。ところが、田中俊一委員長と委員4人の中で原子炉に詳しいのは1人しかいない。専門的な議論が尽くされているわけではない。

 実際、規制委の議論でも「私は素人なので」「専門の委員にお任せする」というやりとりは珍しくない。最終判断には担当委員個人の考えが色濃く反映される。

 自民党の原子力規制プロジェクトチームは、こうした現状について、「合議制で行うべき検討ができていない」「安全審査が法的に適正でない」などと、安全確保への懸念を示している。

 もっともな指摘である。

 設置法は、民主党政権時代に自民党が中心となって議員立法で成立させた。規制委の体制は、原発大国である米国の原子力規制委員会をモデルとした。

 規制委事務局である原子力規制庁と、専門家組織が技術的な検討を行う。これらを踏まえ、規制委が総合的に判断する。それが、本来の姿のはずだった。

 専門家組織の設置に向けて動き出したとは言え、田中委員長の姿勢には疑問を禁じ得ない。「規制基準まで議論してもらうつもりはない」などと述べ、規制委の根幹となる業務には関与させない意向を示している。

 これで、専門家組織は機能するだろうか。専門委員の人選についても、田中委員長の意向で進むことに、自民党内には懸念する声が上がっている。

 規制委は、設置法で独立性を保証されている。しかし、独善的であってはならない。

 自民党は、規制委の独善を抑えるため、目付け役となる顧問会議を政府内に創設するよう提言している。国会にも、規制委の活動をチェックするための委員会を設ける案が出ている。

 規制委設置法をまとめた自民党には、国会審議などを通じ、規制委の現状を改める責任がある。

イタイイタイ病 「全面解決」までの長い道のり

 公害病と認定されてから45年、「全面解決」までの道のりは、あまりに長かった。

 富山県の神通川流域で発生したイタイイタイ病を巡り、被害者団体と原因企業の三井金属鉱業が被害者救済の合意書に調印した。三井金属鉱業は初めて正式に謝罪した。

 被害者の高齢化が進む。他界した人も少なくない。被害者と原因企業が歩み寄り、全面解決を実現させたことを評価したい。

 環境省の基準でイタイイタイ病と認定されず、救済から漏れていた被害者に、三井金属鉱業が1人当たり60万円の一時金を支払うのが、合意書の柱だ。

 認定患者への賠償金1000万円とは大きな開きがある。早期解決を目指してきた被害者たちにとって、解決案の受け入れは苦渋の決断だったろう。

 一時金は、イタイイタイ病の前段症状である腎機能低下の度合いなどで、条件を満たした人が対象となる。該当者は1000人近くに上るとみられる。

 三井金属鉱業には、可能な限り多くの人を救済する姿勢で臨むことが求められる。

 イタイイタイ病は、水俣病、新潟水俣病、四日市ぜんそくとともに4大公害病に数えられる。体の骨が折れやすくなり、患者が「痛い、痛い」と泣き叫んだことから、病名が付いた。1968年、日本初の公害病に認定された。

 原因は、神岡鉱業所(岐阜県)から排出された重金属のカドミウムだ。汚染流域で収穫されたコメなどを通じて被害が広がった。

 三井金属鉱業は、認定患者への賠償金支払いに加え、汚染地域の土壌改善などに取り組んできた。汚染された農地の復元事業は昨年、ようやく終了した。

 いったん公害を引き起こすと、被害者救済や環境の回復に長い年月と多くの費用を要する。イタイイタイ病の教訓である。

 環境省の患者認定基準が、早期の幅広い救済を阻んだと言えよう。重症化し、骨軟化症にならないと、イタイイタイ病と認定されないため、比較的、軽症の人が置き去りにされる結果となった。

 認定のハードルが極めて高いという点では、水俣病も同様だ。

 最高裁は4月、環境省の基準で認定を退けられたケースについて、水俣病患者と認める判断を示した。被害者救済を巡る争いは、今なお続いている。

 水俣病問題でも、被害者をはじめ、当事者同士の歩み寄りが何よりも求められる。

2013年12月18日水曜日

自衛隊の変革に欠かせぬ陸海空の連携

 日本の防衛は長年、北方を重視してきた。米ソ冷戦下、旧ソ連による侵攻を警戒していたからだ。だが、ソ連はとっくの昔に崩壊した。現実に合った体制への変革を急がなければならない。

 こうしたなか、政府は新しい防衛計画の大綱(防衛大綱)で、南西諸島の守りにいちばんの重点を置いた。中国軍による海洋への進出が加速し、これらの島々が最前線になっているからだ。

 もう一つの重点はミサイル防衛だ。核ミサイルの配備に動く、北朝鮮の脅威をにらんだものだ。日本の安全保障の環境を考えれば、いずれも当然の路線だ。

 とりわけ、尖閣諸島を含めた南西諸島の守りは急務だ。中国は海空の軍事力を伸ばし、これらの島々を抜けて太平洋に活動を広げている。これに対し、自衛隊の体制はいかにも手薄だ。

 政府は島の防衛をてこ入れするため、水陸両用車や機動戦闘車を導入するほか、水陸機動団も設ける。広い海域を長時間、監視できるよう、無人偵察機も購入する。

 ただ、新たな装備や部隊を整えるだけでは、十分ではない。敵に奪われた島を取り返すには、まず周辺の海や空に部隊を展開し、安全を確保したうえで、上陸部隊を送り込まなければならない。これまで以上に、陸海空の統合運用力が求められる。

 大綱もこの点を意識した対策を打ち出してはいる。陸海空の各自衛隊が情報を共有しやすくするため、データリンクの機能を強め、相互に人員も配置する。これらに加えて、陸海空の統合演習などを増やし、日ごろから連携力を養っていく努力も欠かせない。

 大綱や初の国家安全保障戦略では、米国との連携の強化も掲げた。国防予算の削減を強いられる米軍のアジア関与が息切れしたら、地域の安定は揺らぐ。自衛隊は情報収集活動などで、米軍の活動を一層、肩代わりするときだ。

 今回、積み残しになった課題もある。そのひとつが集団的自衛権の行使問題だ。この行方しだいで日米協力の内容は大きく変わる。安倍政権は来年度に判断を先送りしたが、米側と非公式な擦り合わせを進めておく必要がある。

 日本の防衛予算は長年の減少に歯止めがかかったとはいえ、大盤振る舞いできる財政状況にはない。限られた予算を効率的に使えるよう、無駄な装備などのリストラも怠らないでほしい。

日本アラブ関係を多面的に

 日本とアラブ諸国の官民が経済関係の強化を話し合う「日本・アラブ経済フォーラム」が開かれ、エネルギーや投資、産業育成など55件の協力案件で合意した。

 アラブ諸国に広がった民主化要求運動、いわゆる「アラブの春」以降、中東情勢は混迷が続く。一方で原子力発電所事故後の日本は原油や天然ガスの輸入が増え、アラブ諸国への原油依存度は1973年の第1次石油危機前の水準に戻ってしまった。

 アラブ諸国が困難を乗り越え、日本が安定的に資源を得る多面的な協力関係が今こそ求められている。2009年に始まった対話は今回が3回目。アラブの春後では初めてだ。20カ国に及ぶアラブの代表が集まった会合を新たな関係を築く出発点としたい。

 アラブの春で独裁政権が倒れたエジプトやリビアでは、新しい国づくりへの苦闘が続く。シリアの内戦は出口が見えず、犠牲者は増えるばかりだ。日本が国際社会と歩調をあわせてこれらに向き合う必要があるのは言うまでもない。

 忘れてならないのは経済問題だ。アラブ世界は豊かな産油国から、資源が乏しく、まだまだ所得水準の低い国まで多様な顔を持つ。だが、共通する悩みは急速な人口増加と増大する若年層の失業だ。

 広がる経済格差と失業問題は体制への不満を生み、過激なイスラム勢力が育つ温床となる。アラブ諸国は雇用の場と、産業の育成を求めている。会合では「人材教育が重要」(イラクのシャハリスタニ副首相)との意見が相次いだ。

 日本の自動車業界や電機業界はサウジアラビアで、自動車や家電製品の修理技術を教える職業訓練学校を設置し、すでに多くの卒業生が社会で働いている。こうした取り組みを広げていきたい。

 社会不安の解消には電力や水などのインフラ整備も急務だ。膨らむ設備需要は日本企業のチャンスでもある。中東・北アフリカ地域の人口は4億6000万人。経済規模は東南アジアを上回る。市場としての魅力も見逃せない。

安倍政権の安保戦略―平和主義を取り違えるな

 安倍政権がきのう、今後10年の外交・安保政策の指針となる初めての国家安全保障戦略(NSS)を閣議決定した。

 これを踏まえた新防衛大綱と中期防衛力整備計画(中期防)も、あわせて決定した。

 安保戦略は本来、外交と防衛を組み合わせた安全保障の見取り図を示す意味がある。

 戦略の中核に据えられたのは日本の「強靱性(きょうじんせい)」を高めることである。政権の関心は軍事に偏っており、バランスを欠いた印象が否めない。

■9条を掘り崩す

 大国化する中国への対抗心に駆られるあまり、日本の安保政策の基軸としている専守防衛から、「力の行使」にカジを切ろうとしているのか。

 日中関係を安定軌道にのせる外交戦略などは、どこかに置き忘れてきたかのようだ。

 安保戦略が強調しているのが、安倍首相が唱え始めた「積極的平和主義」というキーワードである。

 憲法9条による縛りを解き、日本の軍事的な役割を拡大していく考え方のことだ。

 裏返せば、海外の紛争から一定の距離を置いてきた戦後の平和主義を「消極的」と切り捨てる発想が透けて見える。

 このキーワードは、憲法解釈の変更による集団的自衛権の行使容認をめざす安倍政権の布石でもある。

 平和主義の看板は掲げ続ける。しかし、それは方便にすぎず、実体は日本の安保政策の大転換となる。

 安倍政権は国家安全保障会議(日本版NSC)を立ち上げ、多くの反対を押し切って特定秘密保護法も成立させた。

 そして今回の安保戦略――。さらに、集団的自衛権の行使容認というパズルのピースがはまれば、安倍首相がめざす「強靱化」は、ほぼ完成する。

 そのとき、戦後の平和主義は足もとから崩れる。

■軍事力の拡大ねらう

 憲法9条が体現してきた安保政策の中身を掘り崩す動きは、すでに始まっている。

 安保戦略では、武器輸出三原則について「新たな安保環境に適合する明確な原則を定める」と記された。空文化が進む懸念がぬぐえない。

 日本は三原則のもと、非軍事的な手段で平和構築に貢献し、信頼を得てきた。そういうあり方こそ、積極的平和主義の名にふさわしいはずだ。

 敵のミサイル発射基地を自衛隊がたたく敵基地攻撃論も、近隣諸国や米国からの警戒感を招いてきた。防衛大綱では、弾道ミサイルへの対応のなかで「検討の上、必要な措置を講ずる」という表現にとどめたが、将来に含みを残している。

 たしかに、日本を取り巻く安保環境は厳しい。

 中国は海洋で国際秩序への挑戦を続けている。米国の影響力は低下し、尖閣諸島をめぐる確執や北朝鮮の核ミサイル問題への対処にも不安が残る。

 そこで、日本が軍事的な役割を拡大し、地域のパワーバランスをはかるのが安倍政権の考え方なのだろう。戦争に至らないまでも、不測の事態に備える必要があるのは確かだ。

 とはいえ、新たに「統合機動防衛力」構想を掲げた防衛大綱や、中期防が示した装備増強が適正かどうかは精査が必要だ。

 機動戦闘車99両、新型輸送機オスプレイ17機、水陸両用車52両、無人偵察機グローバルホーク3機……。減り続けていた戦闘機も、260機から280機に増やす。

 沖縄配備が反発を招いた米海兵隊のオスプレイや、やはり米海兵隊が上陸・奪還作戦に使ってきた水陸両用車を導入する。

 自衛隊への配備は、広く国民の理解を得られるだろうか。

 中期防が示した5年間の総額の防衛費は24兆6700億円と増加に転じている。

■国際社会の共感を

 軍事偏重の動きは、近隣諸国への敵対的なメッセージにもなる。軍拡が軍拡を呼ぶ「安全保障のジレンマ」に陥れば、かえって地域の安定を損なう。

 地域の軍備管理の構想もないまま、軍拡競争に足を踏み入れるような発想からは、およそ戦略性は感じられない。

 そもそも中国の軍拡を抑制するには、国際世論を日本に引きつける外交力が必要になる。歴史認識や領土問題の取り扱いが肝心だが、安保戦略からは解決への道筋が見えない。

 逆に、「我が国と郷土を愛する心を養う」という一文が盛り込まれた。過剰な愛国心教育につながる危うさをはらむ。

 ナショナリズムをあおって国策を推し進めるような、息苦しい社会に導くのは誤りだ。

 これまでも、戦前回帰を思わせる政治家の発言が国際的な批判を浴び、日本の外交的な立場を悪くしてきた。

 国際社会の共感を生むためにも、日本の平和主義をどう位置づけ、いかに活用するか。明確に発信すべきだ。

国家安保戦略 日本守り抜く体制を構築せよ

 ◆「積極的平和主義」の具体化が急務

 日本の安全保障環境は近年、急速に悪化している。東アジアの平和と安全の確保へ、包括的かつ体系的な指針を初めて定めた意義は大きい。

 政府が国家安全保障戦略を決定した。1957年の「国防の基本方針」に代わる歴史的文書だ。

 今月上旬に発足した国家安全保障会議(日本版NSC)が策定した。防衛力だけでなく、外交・経済・技術力など国の総合力を駆使し、国益を守る道筋を描いたことは、画期的だと言える。

 戦略は、国際社会とアジアの平和と安定に積極的に寄与するという「積極的平和主義」を基本理念に掲げている。

 ◆NSC主導で国益守れ

 北朝鮮は核・ミサイル開発を進展させ、軍事的挑発を繰り返す。中国は軍備を急速に増強・近代化し、防空識別圏の設定など、尖閣諸島周辺で「力による現状変更」を試みている。国際テロやサイバー攻撃への警戒も怠れない。

 日本単独で自国の安全を維持するのは難しい。世界と地域の平和に貢献することで、周辺情勢は改善され、米国など関係国との連携が強化される。日本の安全保障にも役立とう。

 日本が国際社会の主要プレーヤーの地位にあれば、海洋活動や自由貿易など、様々な国際ルール作りで発言権を確保できる。

 そのために重要なのが、「積極的平和主義」の推進だ。

 戦略は、日本の平和、更なる繁栄などを国益と定義し、大量破壊兵器の拡散、中国の台頭といった課題を列挙した。総合的な防衛体制の構築、日米同盟の強化などの戦略的アプローチも明示した。

 NSCが主導し、この戦略を具体的な政策にきちんと反映させることが急務である。情勢の変化に応じて、戦略を修正し、より良い内容に高めていくサイクルを作り出す努力も欠かせない。

 戦略が、安全保障の国内基盤を強化するため、国民が「諸外国に対する敬意を表し、我が国と郷土を愛する心を養う」方針に言及したのは前向きに評価できる。

 安倍首相は、新たな外交・安保政策について「国民、海外に対し透明性をもって示す」と語った。中国の独善的な外交手法との違いを明確化するためにも、内外に丁寧な説明を行うことが大切だ。

 ◆「統合機動防衛力」整備を

 安保戦略と同時に閣議決定された新しい防衛大綱は、「統合機動防衛力」という概念を打ち出した。2010年策定の現大綱の「動的防衛力」を発展させたもので、機動力に加えて陸海空3自衛隊の一体運用を重視するという。

 平時と有事の中間にある「グレーゾーンの事態」への対処を強化し、防衛力の「質」と「量」の両方を確保する方向性は妥当だ。

 冷戦後、日本本土への着上陸侵攻の恐れはほぼ消滅したが、離島占拠、弾道ミサイル、テロなど、新たな脅威が出現している。警戒監視活動を強化し、制海・制空権を維持するには、「質」と同様、「量」も確保せねばならない。

 新大綱が、減少が続いていた護衛艦や戦闘機の数を増加に転じさせたのは適切である。無人偵察機グローバルホークの導入や早期警戒機の増強を急ぎたい。

 新大綱は、離島防衛の強化に力点を置き、陸上自衛隊への新型輸送機オスプレイの導入や水陸両用部隊の新設を明記した。

 離島防衛には、迅速に部隊を動かす機動力の向上が重要だ。様々なシナリオを想定し、米軍との共同訓練を重ねるとともに、グレーゾーンの事態における武器使用のあり方を検討する必要がある。

 疑問なのは、陸自の定数を現大綱の15万4000人から5000人増やしたことである。

 厳しい国家財政の下、防衛予算の大幅な伸びは期待できず、防衛力整備のメリハリが不可欠だ。新大綱は、戦車・火砲を減らしたように、優先順位の低い分野は合理化すべきだった。北海道の陸自定数維持は過疎対策ではないか。

 ◆集団的自衛権を可能に

 敵の弾道ミサイル基地などを攻撃する能力の保有については、検討を継続することになった。

 日本単独で攻撃するのでなく、日米同盟を補完するにはどんな能力を持つのが効果的か、しっかり議論を深めることが肝要だ。

 集団的自衛権の憲法解釈の見直しも、残された課題である。

 「積極的平和主義」の具体化や日米同盟の強化には、集団的自衛権の行使を可能にすることが必要だ。来年の通常国会閉幕後に結論を出せるよう、安倍政権は、行使に慎重な公明党や内閣法制局との調整に入るべきである。

2013年12月17日火曜日

農業の自立めざす改革方針を実践せよ

 政府は農林水産業の活力を取り戻すための改革プランを決めた。消費者の視点を大切にし、経営感覚を持つ生産者を増やす。「チャレンジする人」を後押しできるように規制や補助金を総点検し、農業の自立を促す環境に変えることが基本方針だ。

 基本方針に異論はない。問題は何をすべきかを分かっていながら、プランに盛り込まれた具体策が基本方針にそぐわなかったり、農業団体などの反対が強い規制改革を先延ばしにしてしまったりすることにある。

 生産現場の強化策となる減反廃止が典型的な例だ。減反協力農家に対する補助金が飼料米の増産奨励や農地の維持を名目にした補助金に変わるだけなら、農業の自立を促す基本方針に反する。

 政府は2018年度に減反をやめる方針を示した直後に、来年つくる主食米の生産目標を大幅に減らす減反強化を決めた。これでは農家はどっちを向いて進めばいいのか分からない。

 企業との連携を強め、農産物の付加価値を高めることは重要だ。ただ、改革プランには食料自給率に重点を置くこれまでの発想が色濃く残る。たとえば農村生活を体験するアグリツーリズムや市民農園など、サービス産業として自立する農業をめざしてもいい。

 肝心なのは従来の枠組みにとらわれない創意工夫で、付加価値を生み出すことだ。そのためにも自由に活動できる規制緩和が要る。

 企業が農業に参入しやすくなる農業生産法人の要件緩和、農地売買などの権限を握る農業委員会と農協の役割見直しといった改革は来年6月までに議論を深めると結論を先延ばしにした。いずれも規制改革会議が見直しの必要性を明記した重要課題であり、改革を急ぐべきだ。

 基本方針にある「美しく伝統ある農山漁村を将来にわたって継承していくこと」も大切な視点に違いない。しかし、それを理由に横並びの農家保護や規制を続ければ、若い働き手を10年で倍増させる目標は実現できない。

 政府は規制改革会議や産業競争力会議での議論を取り入れ、来年6月をメドにこの農業改革プランを改定する考えだ。それをもとに15年春に次の農業基本計画も決まる。安倍晋三首相は「農業の大改革を実現する」と明言した。今回の基本方針を貫き、その言葉を実践してもらいたい。

企業に残る先行きへの不安

 日銀が12月の全国企業短期経済観測調査をまとめた。大企業だけでなく中堅・中小企業の業況感も上向き、景気回復の裾野が広がっていることを裏づけた。

 ただ来年4月に消費税増税を控えていることもあって、先行きには慎重な見方が多い。安倍政権は財政出動と金融緩和で当面の景気を下支えするとともに、企業の活力を引き出す成長戦略の実行に引き続き努力すべきだ。

 日銀の調査では、大企業の業況感が製造業、非製造業ともに4四半期連続で改善した。中堅・中小企業をみても、製造業と非製造業がそろって好転している。

 安倍政権の経済政策「アベノミクス」の始動からほぼ1年がたち、円安や株高の恩恵が広く浸透しつつある。輸出採算の改善や堅調な個人消費が、企業の業況感を好転させているのは確かだ。

 しかし公共事業や消費税増税の駆け込み需要が、景気を底上げしているのも見逃せない。「企業収益の改善が設備投資の拡大につながり、雇用や所得の増加を通じて消費も刺激する」という好循環の定着にはなお時間がかかる。

 先行きの業況感が企業規模を問わず悪化したのは、そんな不安の表れだろう。大企業製造業の2013年度の設備投資計画が下振れした点にも、将来に自信を持ちきれない経営者の姿が垣間見える。

 ここで景気回復の基盤を固め、民間需要が主導する持続的な成長につなげたい。財政再建に不可欠な消費税増税をうまく着地させるためにも、成長基盤を強化する政策を怠ることはできない。

 事業規模18兆円を超える経済対策や14年度の税制改正大綱がまとまった。だが持続的な効果を期待しにくい公共事業や政策減税に多くを頼っているのが実情だ。

 こうしたカンフル剤や日銀の金融緩和だけで、日本経済を本格的に再生するのは難しいだろう。安倍政権は成長戦略をもっと強化し、医療などを中心とする岩盤規制の緩和や一層の法人実効税率引き下げに踏み込むべきだ。

教委の改革―誰が首長を止めるのか

 地方の教育政策の最高責任者を首長にして本当に大丈夫か。教育委員会の改革を話し合ってきた中央教育審議会の答申に、危うさを感じる。

 今の制度では決定権は委員会が持つ。合議制だから極端な結論が出にくく、安定感がある。半面、即断即決は苦手。いわばカメ型のシステムだ。いじめの事件で事実解明の動きが鈍かったのは、弱点の表れだ。

 そこで答申は、最終的な決定権を首長に移す提案をした。日ごろは事務方トップの教育長が仕切るが、いざというときは市長や知事が即断し、指導力を発揮できる。ウサギ型のシステムだ。教委はいわば諮問機関の位置づけに変わる。

 しかし、ウサギに暴走はつきものだ。審議では懸念の意見が最後まで出た。これから具体的な制度設計を担う文部科学省は、よく耳を傾けるべきだ。

 教育学者の梶田叡一委員はこう指摘した。「首長の99%は立派な人だろう。だが、そうでない1%の人が選ばれてしまったときのための歯止めを作っておくのが制度設計というものだ」

 「首長に権限を」の根底にあるのは「首長が民意だ」という考え方だ。これには当の首長が警鐘を鳴らした。京都市長の門川大作委員だ。「選挙が単一争点になり、教育が争点にならないことはいくらでもある」

 審議の続くさなかにも首長が全国学力調査の公表ルールを破るような実例があったことで、懸念は現実味を増した。教委に発言力がある今でさえ、独走する首長はいる。改革後はどうなるのか、と。改革案には与党の公明党も「教育の政治的中立を守れるのか」と反対している。

 合議制の委員会が「船頭多くして」とならぬよう、いざというときかじを取る人を決めておきたいのはわかる。が、それは教育長を仕切り役と明記することでクリアできるだろう。

 教育に民意を反映するには、住民目線で教育行政を点検し、物申せる委員会にすることが大切なはずだ。その目で答申をみると、事務的な案件まで委員会にかけるのをやめて、任務を絞り、教育の基本方針や教科書採択など重要案件を熟議できるようにしたのはうなずける。委員や事務局の人選も大切だ。

 ただ、付属機関に格下げされた委員会が果たして「最後は私が決める」という首長を止められるか。根本的な疑問は残る。

 答申には、委員会に決定権を残したまま、首長と教育長の関与や権限を強める別案も付記された。この方がウサギとカメのバランスが取れている。

中間貯蔵施設―空手形を繰り返すな

 原発事故に伴う除染で出た土などを保管する中間貯蔵施設について、政府が福島県と候補地の双葉、大熊、楢葉3町に受け入れを正式要請した。

 いつまでも仮置き場に保管しておくわけにはいかない。東京ドーム23個分とされる量を考えれば、一定の面積も必要だ。

 やむをえない選択ではある。

 受け入れる自治体や住民の心中は推してあまりある。

 3町では置かれた状況に違いがある。原発事故から2年9カ月がたち、生活再建に対する住民の考えもさまざまだ。

 被災者支援策を全体として示し、多様な選択肢を用意して、ていねいに手順を踏むことが何より大事である。

 石原環境相は、汚染土などを30年以内に福島県外に移すことを法制化する意向も示した。地元の不安に対する一つの答え方ではあろう。

 ただ、現実に最終処分地のめどが立っているわけではない。原発から直接出る廃棄物に比べれば放射線量はずっと低いものの、住民の間でも「他県が引き取るわけがない」と話す人が少なくない。

 被災地には、避難にしろ除染にしろ、「これまで国には空手形を切られ続けてきた」との不信が根強くある。繰り返してはいけない。

 対象となる土地の買い取り価格も気になる。環境省は東京電力の賠償と切り離し、通常の公共事業用地の買収基準を適用する考えだが、「賠償と補償の二重どり」といった批判が出ることを心配する声がある。

 目先の交渉を優先させるあまり、地域全体の再建に与える影響や他の政策との整合性を考えずに安易な約束や契約に走れば、新たな分断を招き、禍根を残すことにもなりかねない。

 政府は腰をすえ、先々をにらんで合意点を見いだす努力を続けるべきだ。

 かりに用地買収が順調に進んだとしても、さらなる難題が待ち構えている。

 例えば汚染土の運搬だ。3千万トン以上と試算される汚染土を3年間で運びきるには、連日2千台の10トン車が2往復以上走る必要がある。ダンプやトラックを確保できるのか。渋滞や事故も心配だ。

 草木など燃えるものは事前に各地で焼却して運搬量を減らす工夫がいる。すでに数カ所で施設の建設が計画されているが、焼却に伴う放射性物質の拡散防止や隣接自治体間での情報交換、協力も必要になろう。

 あらためて思う。原発事故の後始末は、かくも困難なのだ。

猪瀬氏と5000万 説明と規範意識が足りない

 到底、納得できない釈明を、いつまで繰り返すのか。東京都の猪瀬直樹知事に対する不信感は増すばかりである。

 猪瀬氏が医療グループ「徳洲会」側から5000万円を受け取っていた問題で、都議会が集中審議を再開した。

 都議会は先週で閉会したが、会期中の猪瀬氏の答弁で疑惑は一層深まった。それを考えれば、当然の対応である。

 この日の審議で問題とされたのが、5000万円の保管状況だ。猪瀬氏は「貸金庫に入れて一切、手を触れなかった」と主張してきたが、実は5月に最初の貸金庫から自宅近くの別の貸金庫に現金を移していた、と説明を翻した。

 猪瀬氏は「すぐに返せる状態にしようと思った」と弁明したものの、説得力を欠く。なぜ最初から、そう説明しなかったのか。

 猪瀬氏は「個人的な借入金だった」という主張を変えていない。5000万円受領に関し、「個人の借り入れなので妻以外には伝えなかった」とも強調してきた。

 一方で、徳田毅衆院議員から議員会館で現金を受け取った後、そのまま自宅に戻ったとの答弁は変遷している。実際には、自分の事務所に立ち寄ってから帰宅していたことが明らかになった。

 事務所では、秘書らに5000万円受領の事実を一切、伏せていたのだろうか。

 猪瀬氏の特別秘書が9月に徳洲会側に現金を返却した際、公用車を使っていたことも判明した。公私の区別を強調する姿勢と公用車の使用は、明らかに矛盾する。

 都知事選で猪瀬陣営が作成した選挙運動費用収支報告書に、不適切な記載があった疑いもある。「秘書に聞いてほしい」という答弁では、有権者は納得しまい。

 都政の停滞が懸念される。

 2020年東京五輪・パラリンピックの運営主体となる大会組織委員会の理事長人事について、猪瀬氏は「年内に決める」と明言していた。だが、議会対応に追われ、下村五輪相との協議はいまだに実現していないという。

 年明けには、都の新年度予算案に対する知事の査定が控える。それにもかかわらず、都幹部から予算案に関する説明を受ける時間さえ、なかなか割けていない。

 都議会では、最大会派の自民党以外の各会派の議員から、辞職を促す声が上がっている。

 猪瀬氏が引き続き都政のかじ取りを担うと言うのなら、5000万円問題の説明責任をきちんと果たすことが先決である。

張成沢氏処刑 失政への不満封じる恐怖政治

 金正日総書記の死から2年を経て、北朝鮮は一段と不安定化しているということだろう。

 金正恩政権のナンバー2と目されていた張成沢国防委員会副委員長が、解任・党除名処分の4日後、クーデター目的の国家転覆陰謀行為を働いたなどとして死刑判決を言い渡され、即刻処刑された。

 自身の叔父すら抹殺する「恐怖政治」で独裁体制の強化を図ろうとする金正恩第1書記の冷酷な本性と、そうでもせねば国内を統制できないとの危機感の表れだ。

 国営メディアは、秘密警察・国家安全保衛部の特別軍事法廷の判決文を伝え、「国の経済と人民生活を破局に追い込もうとした」と張氏を糾弾した。国家が崩壊寸前になれば、政権簒奪(さんだつ)に成功するとの打算があったとしている。

 挙げられた罪状は、中露との国境に位置する羅先経済貿易地帯の土地を「50年期限で外国に売り飛ばす売国行為」や、4年前のデノミによる「途方もない経済的混乱の惹起(じゃっき)」など多岐にわたる。

 どこまで事実か疑わしいが、こうした発表自体が体制内の亀裂と経済失政を自認したに等しい。全責任を張氏になすりつけ、政権の正当化を図る狙いではないか。

 国内統制を強める北朝鮮は、対外的には挑発路線に一層傾斜する可能性がある。核抑止力の誇示へ、4回目の核実験や、「人工衛星打ち上げ」と称するミサイル発射に踏み切ることへの懸念は強い。

 事実、プルトニウム生産炉の運転再開や、核実験場、ミサイル発射場の整備を進める様子が衛星写真の分析で判明している。国際社会は、今後の動向を鋭意注視し、連携して対応せねばならない。

 張氏の勢力一掃後、金第1書記は、内閣主導の名の下で、経済活動を展開する意向のようだ。

 経済再建と核戦力強化の二兎にとを追う「並進路線」を変える兆しは見られない。

 だが、核・ミサイル開発を続ける限り、北朝鮮への経済制裁は緩和されない。外国からの投資や観光客誘致の成果は上がるまい。

 経済の困窮によって、国民の不満は高まる。内部から崩壊に向かうリスクは増すばかりだ。

 中国は、北朝鮮を安定化させて中国東北部の開発につなげようと、改革・開放を促してきた。その中心人物でもあった張氏の処刑は、大きな誤算だろう。

 核武装する独裁国家の不安定化は、内乱など暴発の危険を伴う。日米同盟を堅持し、防衛力を強化して備えるべき重要な局面だ。

2013年12月16日月曜日

「家族のかたち」問うた最高裁

 性同一性障害のため女性から性別を変更した男性とその妻が、第三者から精子の提供を受けて人工授精で子どもをもうけた。夫妻は出生届を出したが、役所はこの男性を父親とは認めず、父の欄を空白とする戸籍を作った。

 親が性別を変更したこのような家族を、法律上、どう位置付ければいいのか。民法にも戸籍法にも規定はない。そうしたなかで、最高裁は「血縁関係がなくても父子の関係が認定できる」とする初めての判断を示した。

 医療技術の進歩や個人の意識の変化で、家族のあり方は多様化している。社会の動きに法律や制度が追いついていないのは明らかだ。司法の判断に任せるのではなく、法整備に向け政府内や国会で議論を深めていく必要がある。

 役所の対応を不服として夫妻が訴えたこの裁判では、一、二審とも、「血縁関係がないのは明らか」などとして、男性を父親とは認めなかった。

 最高裁は、2004年に施行された性同一性障害特例法が変更後の性を認め、結婚もできるとしていることを重視した。結婚を認める以上、民法の規定通り「妻が婚姻中に妊娠した子は夫の子と推定する」との考え方である。

 ただ最高裁のこの決定も意見は大きく割れた。第3小法廷の5人の裁判官のうち2人は反対意見を述べた。「法律の解釈ではなく、本来は立法で解決されるべきだ」という考えも示された。

 家族のあり方については、様々な意見や価値観がある。だが法律が整備されていないことが原因で、生まれてくる子どもたちが法的に不安定な立場に置かれ、不当に不利益を被ったり差別を受けたりすることがあってはならない。

 生殖医療と家族のかたちに関する法整備は、10年前に法相の諮問機関である法制審議会で議論されて以降、進んでいない。難しい問題であることは間違いないが、足踏みすればするだけ、実態との隔たりが大きくなる。立法府に投げかけられた課題は大きい。

米金融規制の厳格化に懸念が消えない

 リーマン・ショックのような金融危機の再発を防ぐ目的で、銀行への規制が各国で強化されている。金融危機が世界経済に与えた打撃の大きさを考えれば、ある程度の規制強化は必要だ。

 しかし、厳しすぎる規制の拙速な導入は銀行の資金仲介機能を低下させ、経済成長の阻害要因にもなる。規制がもたらす副作用に、世界の監督当局がもっと目を向けるよう求めたい。

 米国では連邦準備理事会(FRB)などが、銀行に自己資金を使った高リスクの市場取引を原則として禁じる、ボルカー・ルールの最終案を承認した。

 当初案では取引が禁じられることになっていた日本国債は、日銀や金融庁の要求が反映され、禁止対象から外れた。米銀が日本国債を自由に売買できなくなり、市場の流動性が低下するといった事態は避けられそうだ。

 とはいえ、懸念を拭いきれない点も残っている。

 まず、随所に曖昧さが残り、運用の仕方によっては米資本市場の活力低下を招きかねない点だ。同ルールは銀行の自己資金取引を禁じる一方、顧客の求めに応じた債券などの売買は認める。ところが、2つの取引を区別する基準がはっきりとは示されていない。

 銀行が自己資金取引の禁止を厳格に解釈すれば、社債などの売買が低迷し、米企業の資金調達に支障をきたす。米景気にも悪影響が及びかねないため、日本にとっても看過できない。

 さらに、邦銀のドル調達への影響も懸念される。ボルカー・ルールは通貨スワップなどにも制限を加える。米銀がスワップ取引を縮小すると、邦銀はドルを調達しにくくなってしまう。日本企業などへのドル建て融資を伸ばすことも難しくなる。

 日銀・金融庁は米国に懸念を伝え、曖昧な点や取引縮小を招きかねない部分について明確な指針を示すよう求めるべきだ。

 米国以外の国や地域でも、銀行と証券の業務を分けるよう促したり、国際合意された水準より高い自己資本比率を義務付けたりする動きが広がっている。

 独自規制が増えすぎると、企業の国際展開を支援する銀行の活動や、自由なお金の流れに支障が出る恐れもある。世界の監督当局が連携し、規制の簡素化や国際調和を進めるときだ。その作業に日本も加わるべきである。

軽減税率―増税の趣旨を忘れるな

 消費増税に伴い、所得が少ない人にどう配慮するか。

 生活必需品の税率を低く抑える軽減税率について、自民、公明両党は消費税率「10%時」に導入することで合意した。

 軽減税率は不可欠という立場の公明党が「10%への引き上げと同時に」とする一方、慎重な自民党は「10%になってからのいつか」と解釈する。玉虫色の決着である。

 私たちは社説で、「軽減税率の導入は将来の課題に」と主張してきた。

 財政難の下、急速な高齢化や少子化への対策を考えると、消費税率は将来、10%超にせざるをえまい。その段階で、税率が20%前後と高く、軽減税率も採り入れている欧州各国を参考に導入を検討し、10%までは現金給付などで低所得者対策を講じよう。そんな主張である。

 それだけ、軽減税率には課題が多い。

 まず、所得が多い人まで恩恵を受け、税収が目減りする。社会保障と税の一体改革の手直しが避けられず、社会保障が手薄になれば、低所得者への対策がかえって弱まりかねない。

 適用する商品やサービスの線引きも難しい。海外でも「店で食べるか持ち帰りか」など、区分けに苦労している。混乱を避けようと対象を広げると、税収減が大きくなる。

 もちろん、軽減税率には利点もある。日々の生活には助かるし、国民の間での支持も高い。

 自公両党は、合意文書で「一体改革の原点に立って必要な財源を確保する」「関係事業者を含む国民の理解を得る」などと課題を列記しつつ、来年末までに結論を出す、とした。

 その際、忘れてもらっては困ることがある。

 取引ごとに、適用される税率や税額を記した書類(インボイス)を導入することだ。中小業者は事務が繁雑になると反発するが、税率が複数になれば欠かせない。

 消費者には、負担した消費税の一部が業者の手元に残る「益税」への不信がある。インボイスは、取引の透明性を高めることにつながる。

 もうひとつ、確認しておきたいことがある。

 軽減税率をめぐる自公両党の駆け引きを見ていると、今後、消費税率10%への引き上げ自体を見送ろうという空気が政府・与党内で強まりかねない危うさを感じる。

 消費税の2段階増税は、社会保障を安定させつつ財政再建を進めるための一歩である。その趣旨を肝に銘じて欲しい。

原爆症認定―切り捨てでいいのか

 裁判で国がどれほど負け続けていても、判決に合わせた政策にすることはできない。

 原爆症認定制度の見直しを話し合ってきた厚生労働省の有識者検討会がそういう最終報告をまとめた。

 認定基準が抽象的なのが裁判の敗因とみて、表現を明確化する代わりに、認定範囲を全体的に狭めることも提言している。

 改正を求めてきた被爆者が納得するはずがない。100人を超す原告団を結成し、裁判を続ける構えだ。「今後訴訟で争う必要がないように」と、話し合いを重視した09年の国との合意は風前のともしびである。

 根本的な誤りは、厚労省の基本認識にある。被爆者の病気を原爆症と認めるかについて役所と裁判所では考え方が違う、との立場は見当違いである。

 裁判所は認定制度や運用について、法に反していないかを審査する。国の敗訴が続いたのは、被爆者援護法をねじ曲げて運用していたからに過ぎない。

 それは考え方の違いではなく、行政が誠実に法を執行しているかどうかだ。検討会はこうした本質に踏み込まず、被爆者委員の反対も押し切って、行政に有利な結論に向かった。

 厚労省は16日に開く認定審査の専門家会議で、基準の見直し案を示す方針だ。しかし、検討会の方向性で問題が解決しないのは明らかである。

 被爆との関連が疑われる病気になった被爆者は、援護法の立法精神に基づいて原爆症と広く認めていくべきだ。

 そもそも、被爆者たちの要求は受け入れがたいものなのか。

 原爆症認定患者には月13万円余りの手当が支給される。厚労省は、基準緩和で受給者が増え、経費が膨らむと国民の理解が得られない、と主張する。

 ただ被爆者団体は、命にかかわらない病気では手当額を減らすことも提案している。きめ細かく設定していけば、十分に理解を得られるのではないか。

 原爆症認定をはじめとする被爆者援護制度は、放射線を理不尽に浴び、健康不安に終生おびえる人たちに対し、国が補償するという性格もある。

 放射線の健康への影響をどう考えるべきか。福島第一原発事故で被曝(ひばく)した周辺住民や原発作業員への今後の対策を考えるうえでも大事な先例となりうる。

 健康被害を訴える人たちを「被曝線量は少ないのでは」などと切り捨て、次々と裁判に走らせることが国民の望むところなのか。安倍首相には、敗訴、敗訴の現実と向き合い、政治的な決断をしてほしい。

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