2014年1月31日金曜日

FRBは柔軟で透明な量的緩和縮小を

 米連邦準備理事会(FRB)のイエレン副議長が2月1日付で議長に就任する。バーナンキ現議長が着手した量的金融緩和の縮小を引き継ぎ、異例の政策対応を正常化に導く手腕が問われる。

 イエレン氏に望みたいのは柔軟で透明な政策運営だ。量的緩和縮小のペースをうまく調節し、市場との対話にも万全を期すことで、米国や世界の経済に与える影響を最小限に抑えてもらいたい。

 FRBは今年1月から、月850億ドルの証券購入を100億ドル減額した。2月からさらに100億ドル減らし、月650億ドルとする。イエレン議長の就任後も段階的に縮小していく公算が大きい。

 金融危機に見舞われた米経済の傷は徐々に癒えつつある。家計が負った債務の返済が進み、個人消費や住宅投資も持ち直してきた。シェールガス革命などを追い風に、製造業が国内に回帰する動きも出てきた。FRBが量的緩和の出口を探るのは理解できる。

 だが市場ではリスク回避のムードが広がり、新興国の通貨が軒並み下落している。日本を含む主要国の株式市場も不安定な状態が続く。FRBがここで金融政策のかじ取りを誤れば、世界経済に強いショックを与えかねない。

 学者出身のイエレン氏は経済の分析や予測に定評があり、中央銀行の実務経験も長い。有事の危機管理能力には不安が残るとの声も出ているが、バーナンキ氏の後継として適任といえるだろう。

 だが証券購入の停止や保有資産の圧縮、ゼロ金利政策の解除に至るまでには長い時間がかかる。実体経済や市場の状況を十分に見極めながら、異例の金融政策を的確に修正していく必要がある。

 雇用の安定を重視するイエレン氏は慎重なペースで量的緩和の縮小に取り組むとみられるが、バブルやインフレへの警戒感から縮小を急ぐよう求める声もある。FRBの合意形成に指導力を発揮するとともに、その意図を市場に正しく伝えるよう努めるべきだ。

 金融政策の正常化に備え、米経済の成長力を高める政府・議会の努力も要る。与野党が連邦債務の上限引き上げなどを巡って対立を繰り返すのはやめ、法人税減税や国産エネルギー開発といった成長戦略の具体化に協力すべきだ。

 日本も無関係ではいられない。株価や長期金利の変動に振り回されず、成長戦略の強化を通じて景気回復の基盤を固めてほしい。

生命科学の夢を広げる快挙だ

 理化学研究所の小保方晴子研究ユニットリーダーらによる新たな「万能細胞」の発見は、生命科学のフロンティアをひらく画期的な成果だ。なぜ万能細胞が生まれるのか、生命の不思議をしっかり解明して応用を目指したい。

 弱酸性の溶液につけるといった単純な刺激で、マウスの細胞が様々な臓器の細胞に成長しうる「万能性」を得る。受精卵に近い状態まで細胞がリセットされると言ってもいい。にわかには信じがたく、学術誌が最初は研究論文の掲載を渋ったのもうなずける。

 人間は受精卵から始まり、増殖と機能分化を繰り返して、数十兆個の細胞からなる複雑な構造と機能を備えた体に育つ。新発見は、生き物の成長と細胞分化の仕組みに潜む謎を根幹から解き明かす手がかりになるとみられる。

 論文発表を機に、今回の成果を確認する検証が世界中で始まっているだろう。なぜリセットされるのか、細胞や遺伝子のメカニズムを調べる研究も進むはずだ。

 応用面では傷ついた臓器を治す再生医療が思い浮かぶ。畜産への利用もあるだろう。実用を視野に研究するのは大事だが、人間の細胞で可能かなど、まだわからないことが多い。まずは基礎固めだ。容易に万能細胞がつくれると、クローン作製など使い方次第で生命倫理の問題が生じる恐れもある。

 山中伸弥京都大学教授によるiPS細胞の作製に続いて、日本の科学者が世界を驚かせた大きな成果である。大事に育てたい。

 小保方さんは大学の学部では化学を学び、大学院に進んでから生命科学の道を選んだ。山中教授も最初は整形外科医を志していた。異分野からの参入で生命科学の世界の常識にとらわれていなかったことが、大発見の背景にあるのかもしれない。若くして研究チームを任された点も共通する。

 大発見の芽がどこにあるか、科学の世界では事前にはわからないことがある。基礎科学の伸ばし方や研究者の育成の面でも、今回の快挙は示唆するところが多い。

新万能細胞―常識を突破する若い力

 輝かしい新星が現れた。

 理化学研究所の小保方(おぼかた)晴子ユニットリーダー(30)らのグループが、まったく新しい万能細胞「STAP(スタップ)細胞」の作製に成功した。

 筋肉や神経など、さまざまな細胞に変化できるのが万能細胞だ。万能性があるのは、生命の初期である受精卵など、特殊な細胞に限られるというのが生物学の常識だった。

 だが近年、万能細胞を人の手で生み出す研究が進み、すでに、受精卵を壊してつくるES細胞、山中伸弥・京都大教授らが遺伝子を導入する方法で開発したiPS細胞がある。

 STAP細胞の大きな特徴は、弱酸性の液体に浸すなど細胞を外から刺激することで、ずっと簡単につくれるところだ。

 一昨年英科学誌ネイチャーに論文を投稿した当初は突き返された。だが追加の証拠をそろえ、掲載にこぎ着けた。最初に拒絶した専門家は「何百年にもわたる細胞生物学の歴史を愚弄(ぐろう)している」と激しい意見を付けてきた。これはいまや最大級の賛辞と読まれるべきだろう。

 まさに教科書を書き換えるような大発見である。

 博士号をとってわずか3年。若い小保方さんの研究過程は、決して順風満帆ではなかった。

 「誰も信じてくれない中で、説得できるデータをとるのは難しかった」「泣き明かした夜も数知れないですが、今日一日、明日一日だけ頑張ろうと思ってやっていた」と振り返る。

 化学畑の出身で、生物学の既成概念にとらわれず、自らの実験データを信じた。一人また一人と周囲の研究者を味方につけ、数々の壁を乗り越えた。

 変わってきたとはいえ女性の働きづらさが指摘される日本で、これほど信念に満ちた研究成果を上げた小保方さん、そして彼女を支えた共同研究者のみなさんはすばらしい。

 「21世紀は生命科学の時代」といわれ、日本政府も力を入れる。小保方さんの属する理研の発生・再生科学総合研究センターは00年に神戸市にできた。基礎研究から治療への応用まで、再生医学を総合的に進める態勢づくりが結実したようだ。

 特大ホームランを放った小保方さんに限らず、きっと同じように「もう一日だけ」と頑張っている研究者がたくさんいるだろう。そう考えると、日本の科学への希望も膨らむ。

 教科書を学ぶ学習を卒業し、教科書を書き換える研究の道に進む。強い信念と柔らかな発想に満ちた若い世代の飛躍を、もっともっと応援したい。

論戦スタート―「責任野党」って何だ

 「政策の実現をめざす『責任野党』とは、柔軟かつ真摯(しんし)に政策協議を行っていく」

 安倍首相のこんな呼びかけにどう答えるか。きのう終わった衆参両院での代表質問では、野党の対応は割れた。

 民主党や共産党などは対決姿勢を鮮明にした。これに対し、首相が視野に入れているみんなの党は政策協議に前のめり。日本維新の会は半歩身をひいていた。一方、みんなの党とたもとを分かった結いの党は、政界再編を訴えつつも、政権とは距離を置いた。

 首相が野党との協議を呼びかけたのは、この春以降進めようとしている集団的自衛権の行使容認や憲法改正をにらみ、協力できる勢力を少しでも多く確保しておきたいからだ。これらの政策に慎重な公明党への牽制(けんせい)になるとの計算もあるようだ。

 しかし、自民党が衆参両院で圧倒的勢力を占めるいま、そこに安易にすり寄っていくのが野党に求められる姿勢だろうか。

 「政策実現のために協議する」という首相の言葉自体を否定するつもりはない。ただ、思い浮かぶのは昨年の特定秘密保護法案のずさんな修正協議だ。

 与党は審議の終盤になって、政府案にはなかったチェック機関の新設を乱発したあげく、採決は強行。このため、参院では最終的には与党だけの賛成で成立した。

 結局、あのドタバタは、よい法案にするための「真摯な協議」というよりは、与党が一部の野党を巻き込むための大義名分づくりという意味しかなかったのではないか。

 政府提出法案の審議が中心の議院内閣制のもとでの野党の役割は、政策の選択肢を有権者に示すことだ。

 そのうえで論戦を通じて問題点を浮かび上がらせ、対案を提出したり、政府案を修正させたりする。

 衆参のねじれが消え、数を頼んだ抵抗手段が封じられたいまこそ、野党の政策立案の力が問われる。

 いまの野党のほとんどは、政権を担当した経験がある。決して無理な注文ではあるまい。

 代表質問で民主党の海江田代表は、首相の靖国神社参拝や公共事業の大盤振る舞いなどを取り上げ、政権運営を強く批判した。しかし、問題追及の域を抜け切れず、政策の選択肢を示すにはいたらなかった。

 まずは反対ありきのかたくなな姿勢、そして無定見なすり寄りや離合集散は排し、政策で勝負する。そんな責任野党こそ求めたい。

都知事選討論会 公約の実現性を競うべきだ

 公約実現への道筋を、各候補がどこまで具体的に考えているか。それを知るうえで、一定の意義はあったと言えよう。

 東京都知事選に立候補している元厚生労働相の舛添要一氏、元首相の細川護熙氏、前日本弁護士連合会長の宇都宮健児氏、元航空幕僚長の田母神俊雄氏の4人が、日本テレビの報道番組に出演した。

 今回、ようやく主要候補が一堂に会した。細川氏が告示前から討論会出席を断ってきたためでもあるが、候補者同士が都の将来像を議論することは、有権者に判断材料を提供しよう。

 原子力発電所問題について、舛添氏は「消費地、供給地の全部合わせて国の政策」としながらも、都の再生可能エネルギーの割合を高めると語った。田母神氏は「原発の安全を確保しながらの電力供給は可能だ」と指摘した。

 いずれも現実的な考え方だ。

 原発の即時ゼロを掲げる細川氏と宇都宮氏は、その実現のために東京電力の株主としての影響力を行使すると強調した。

 だが、東電の発行済み株式総数に占める都の所有分は、1・2%に過ぎない。それなのに原発の存廃を左右できるかのように主張するのは疑問である。

 細川氏は、原発以外は誰が知事になっても変わらないとして、原発を最大の争点に位置づけた。

 しかし、肝心の代替エネルギーの確保策に関しては、旧都立大などが前身の首都大学東京を挙げ、「そういうところで対策を考えていただきたい」と丸投げした。

 これでは無責任に過ぎる。

 2020年東京五輪・パラリンピックについては、舛添氏が「史上最高の大会にする」と訴え、交通網の整備や治安対策の充実を約束した。細川氏と宇都宮氏は、現在の計画案の過大な部分は見直すべきだと主張した。

 新国立競技場の収容人数など、招致段階で国際オリンピック委員会(IOC)に示された計画案の根幹部分の大幅変更は認められまい。新しい知事に求められるのは、計画案を前提としつつ、無駄があれば改善する姿勢だろう。

 討論では、待機児童の解消策について、都が保有する遊休地活用といったアイデアが出された。

 ただ、急速に進む高齢化への対応や、首都直下地震対策などの重要課題で、踏み込んだ見解は示されなかった。各候補の具体策をもっと聞きたい。

 2月9日の投票日に向け、さらに論議を深めてもらいたい。

新興国通貨安 FRBは「出口戦略」を慎重に

 新興国通貨が軒並み急落し、世界同時株安の様相を呈している。

 発端は米国の量的緩和策の縮小である。副作用の拡大を防ぎ、市場安定を図ることが求められよう。

 米連邦準備制度理事会(FRB)が、金融危機後に導入した量的緩和策第3弾(QE3)をさらに縮小することを決めた。米国債などの毎月の購入規模を100億ドル減らし、2月から650億ドル(約6・7兆円)とする。

 昨年12月、QE3の「出口戦略」に踏み出して以来、購入規模の減額決定は2か月連続である。

 FRBは声明で、「経済活動は上向いてきた。失業率が低下し、個人消費と企業投資の勢いが増した」と指摘した。

 景気回復の動きに自信を深めたFRBは、もう一歩踏み出すことが妥当と判断したのだろう。

 声明は、今後について、一定のペースで規模縮小を進める方針を改めて明らかにした。年内にもQE3の終了が見込まれる。

 ただ、懸念されるのは、新興国にあふれていた「緩和マネー」が、QE3縮小とともに引き揚げられて米国などに逆流し、新興国通貨が売られていることだ。

 先週、アルゼンチン通貨ペソが急落した。それが連鎖し、トルコ、ブラジル、インド、インドネシアなどの通貨も下落している。

 自国通貨を防衛しようと、トルコとインドの中央銀行が政策金利を引き上げ、投資マネーの引き留めを狙ったのに続き、南アフリカも約5年半ぶりに利上げした。

 こうした緊急策によって、ひとまず通貨安は一服した模様だが、新興国通貨が売られやすい状況は続いており、楽観は禁物だ。

 金融危機後、成長著しい新興国は世界経済を牽引(けんいん)してきた。だが、最近は景気が減速し、物価高や経常赤字にも苦しむアルゼンチンなどへの警戒感は強い。市場に狙い撃ちされている面が否めない。

 新興国が通貨防衛のために利上げすれば、かえって景気を冷やすというジレンマも抱える。

 ニューヨークや東京、アジアなどの株価下落が止まらないのも、新興国経済への不安感が市場を揺るがしているからだろう。

 今後の焦点は、FRBが出口戦略を進めるペースだ。バーナンキ議長の後任として1日に就任するイエレン新議長の責任は重い。

 出口戦略は、急ピッチな緩和縮小で世界の株式・為替市場の混乱を招かないよう、慎重な舵取りが欠かせない。「市場との対話」を工夫してもらいたい。

2014年1月30日木曜日

成長戦略の実行力問われるオバマ教書

 オバマ米大統領が議会での一般教書演説で、経済成長の促進を通じて雇用の創出や格差の是正に努力する方針を表明した。その手段として法人課税の軽減や環太平洋経済連携協定(TPP)の交渉妥結などに意欲を示した。

 11月の中間選挙をにらんで中間層の支持を得たいとの思惑もにじむが、実行できないのでは意味がない。与党・民主党と野党・共和党が政治対立を乗り越え、成長戦略の実現に協力してほしい。

 大統領は「私が提案するのは成長を加速させ、中間層を強くし、中間層に新たな機会を生み出す政策だ」と述べ、米経済の再生に全力を挙げる考えを示した。「今年を行動の年にする」とも語り、与野党の協力を呼びかけた。

 リーマン・ショックから5年以上を経て、米経済は着実に回復しつつある。しかし与野党の政争で連邦政府の経済政策が機能不全に陥り、景気下支えの手段を米連邦準備理事会(FRB)の量的金融緩和に頼ってきた。

 その量的緩和の縮小が始まり、景気や市場に悪影響を与える可能性もある。ここで米経済の成長基盤を固め、中間層を底上げすることが、米国のためであり、世界のためにもなるだろう。

 大統領が掲げた法人税率の引き下げや長期失業者の再就職支援、国産エネルギーの開発はいずれも重要だ。中長期的な財政再建にも配慮しつつ、企業や個人の活力を引き出す支援措置をどう講じていくのか。包括的な成長戦略を早急に具体化してほしい。

 外交に割いた時間はわずかだった。中間選挙を控えているとはいえ、内政に関心が偏りすぎていないかという懸念が残る。

 米国の強い関与を必要とする安全保障上の課題は世界に山積している。大統領が触れたイランだけでなく、北朝鮮にも核開発問題がある。中国軍の増強もアジア太平洋地域の不安を高めている。

 「アジア太平洋地域で重点的な取り組みを続ける」と力説したのも、こうした状況を踏まえてのことだろうが、具体策には踏み込んでいない。この地域に対するオバマ政権の関与が看板倒れに終わらぬよう、日米が外交・安保の協力を一層深める必要がある。

 アジア太平洋地域への関与という意味では、TPPも有力な枠組みになる。交渉の推進を口約束だけに終わらせず、日本とともに早期妥結に汗をかくべきだ。

派遣で働く人を困らせないか

 厚生労働省の審議会が労働者派遣制度の見直し案を決めた。派遣で働く機会を狭めかねない内容になっているのは問題だ。国会審議など法改正の作業のなかで、再度の見直しを強く求めたい。

 審議会がまとめた案では、派遣労働者が同じ職場で働ける期間をどの仕事も原則3年までとした。

 通訳、秘書など、期間を切らずに派遣で働ける「専門26業務」という区分は廃止する。26業務に就いていた人は、派遣会社と無期雇用契約を結べば、派遣先で期間を定めず働けることとする。しかし有期の契約だと、その職場での就労は3年で打ち切られる。

 派遣会社に無期契約を結ぶ余裕がどれだけあるかは分からない。期限を切らず派遣で働きたいのに、それがかなわない人たちが出そうだ。雇用への影響が心配だ。

 企業は派遣労働者を3年ごとに交代していけば、労働組合などの意見を聴いたうえで、同じ仕事を派遣労働者に任せ続けられるようになる。だが派遣で働く人にとっては、慣れた職場を3年で去らなければならなくなる。

 こうした規制の背景には、派遣労働を「臨時的・一時的な働き方」と位置付けていることがある。働き方の多様化に逆行している。派遣という働き方に否定的な姿勢を転換すべきだ。

 もちろん、仕方なく派遣で働いている人が、正社員など安定的な雇用に移れるようにすることは重要だ。賃金など処遇の改善も課題になっている。そのためには派遣で働く人が、自らの職業能力を高めやすくする必要がある。

 審議会の案が派遣会社に対し、派遣労働者への計画的な教育訓練や、能力開発の相談に乗るなどのキャリア形成支援を求めたことは妥当だろう。公共職業訓練の内容の見直しなどを含め、職業能力の向上を社会全体で後押ししたい。

 そのうえで派遣労働を働き方の選択肢の一つとしてとらえ、就労する機会を広げることが求められる。人口減少のなか、労働力を確保するためにも欠かせない。

グローバル化と教育―共生の道開ける人材を

 グローバル化を見すえた教育に、大切なものは何だろう。

 安倍政権と文部科学省にとっては、英語の勉強と並んで「日本人としてのアイデンティティーを育む」ことが柱であるらしい。今年に入って、次々と改革を打ち出している。

 まず、教科書の検定基準などを改定した。政府の統一見解のある事柄はそれに基づく記述を入れることや、「愛国心」養成をもりこんだ改正教育基本法の目標に沿うことを求めた。

 中学高校では、「尖閣諸島は固有の領土であり、解決すべき領有権問題は存在しないことについて理解を深めさせる」と、領土問題についての教科書の書き方や指導の指針を改めた。

 さらに、高校での日本史の必修化も検討している。

 それが本当に、多種多様な国際舞台で活躍する人材を育てることにつながるのだろうか。

 海外との交流が増える時代に大切なのは、「己を知る」ことだけではなく、相手を知ることだろう。他者とのかかわりの中で自分をみる「相対化」の力こそが求められる。

■逆風への対抗策か

 文科省の「教育振興基本計画」は、グローバル化の進展を「我が国の国際的な存在感の低下」につながる危機ととらえ、「一人一人が誇りと自信を取り戻す」ことを掲げている。

 領有権問題や歴史認識をめぐり、中韓は国際社会へのアピールを強める。安倍首相の靖国神社参拝に米政府が「失望」を表明し、日中関係をめぐる発言は欧米メディアに脅威と受け取られた。あたかも、そんな向かい風に立ち向かう盾として「国民の物語」を求めるかのようだ。

 「中国や韓国の学生たちと日本の学生たちが議論しても、議論にもならない。日本の学生たちは知らないから」。下村文科相はそう語っている。

 だが、近隣との口論に勝つ人材づくりがグローバル化教育の目標ではあるまい。価値観の違う多様な人々と協働できる素養を育てるには、どうしたらいいのかが問われている。

■世界の中の日本学ぶ

 求められるのは、日本と海外の双方向から現在と過去の世界と日本を見つめさせ、考えさせる教育ではないだろうか。

 たとえば、尖閣の領有権をめぐる我が国政府の見解は事実として知っておくべきだろう。しかし、「領有権問題は存在しない」と公理のように教えるよりも、そもそも領土とは何か、なぜそれが国の摩擦をもたらすのか、考えさせる方が役立つ。

 相手が自国の主張ばかり教えているから我々もと、政府の意地の張り合いを持ち込むようでは教育の視界を狭める。必要なのは、幅広い近現代史の文脈を踏まえたうえで、今の論点を俯瞰(ふかん)する思考ではないか。

 日本史必修化論の背景にあるのは、高校で日本史を学ばずに卒業する生徒が3~4割ほどいるとみられることだ。しかし、では世界史の学習が十分かといえば、心もとない。

 そもそも、1989年に高校の指導要領を改訂した際に世界史を必修にしたのは、小中学校の歴史教育が日本史中心で、高校で学ばないと世界史をほとんど知らないまま大人になってしまうからだ。

 必修である今でさえ、世界史が敬遠される傾向はある。大学入試センター試験で、世界史を選ぶ受験生は日本史の半分ほどしかいない。

 カリキュラムがきつい中で日本史を必修にしようとすれば、世界史を必修から外すことになりかねない。グローバル化対応のはずが世界史感覚のない人を増やしたのでは本末転倒だ。

 それよりも、世界史と日本史を融合させ、近現代史を中心に世界の中の日本を学ばせることを検討すべきではないか。

 いまも世界史、日本史には通史を学ぶB科目のほか、近現代史を中心に学ぶA科目がある。日本学術会議は、この世界史Aと日本史Aを統合した「歴史基礎」を新設し、必修とする案を一案として提唱している。

 世界史と日本史を関連づけて教えることは、いまの指導要領でも強調されており、決して奇抜な提案ではない。

■互いを高める知恵を

 教育誌「教職研修」1月号に載った劇作家・平田オリザさんのインタビューは示唆に富む。

 日本が国を開くにあたって大切なのは、「わかりあえないということを出発点とする」ことだ、と指摘する。「わかりあえない者同士が、どうにかして共有できる部分を見つけ、そこを少しずつでも広げていくのがコミュニケーションなんです」

 文化や民族、宗教、歴史と、人間には相違点があって当たり前だ。一方通行の自己主張では共感は得られないし、私たちは子どもたちを勝つために学ばせるのではない。

 異なる国であれ民族であれ、共通点を見つけ、互いを高め合う共生の道を切り開く知恵を備えた人材こそを育みたい。

オバマ氏演説 そっけなかった「アジア重視」

 中間所得層への支援を優先課題に掲げ、雇用創出や所得格差是正の実現を約束した。11月の中間選挙に向け、低迷する支持率の回復を意識した演説と言えるだろう。

 オバマ米大統領が、1年間の施政方針を示す一般教書演説を行って、今年を「行動の年」と位置づけた。固い決意がうかがえる。

 オバマ氏は、下院を支配する共和党と激しく対立し、政府機能の一部停止という事態を招いた。内政、外交とも失点続きで、支持率が一時は、就任以来最低の水準にまで落ち込んだ。

 中間選挙で、民主党が上下両院で少数党に転落すれば、政権のレームダック化は決定的だ。巻き返しへの戦略が問われている。

 オバマ氏は演説で、金融危機後の経済再生の成果を強調した上で景気回復の恩恵を得ていない低所得者層に配慮し、最低賃金引き上げを提案した。環太平洋経済連携協定(TPP)に伴う雇用拡大や移民制度改革も表明した。

 いずれも、民主党の支持基盤固めにつながる政策だ。

 特に注目されるのは、議会で法案が可決されない場合、大統領令を発すると述べたことだ。最低賃金引き上げを共和党が拒んでも、連邦政府契約職員に限っては、大統領令で引き上げるという。

 共和党との対立軸を鮮明にした形だが、共和党は早くも「議会軽視」と強く反発した。対立はかえって先鋭化する恐れがある。

 選挙の年だけに、内政が重視され、外交・安全保障政策への言及は比較的少なかった。

 アフガニスタンに駐留する米軍戦闘部隊が今年末に撤収し、テロとの戦いが「ようやく終わる」と強調した。撤収後もテロ対策には万全を期してもらいたい。

 エネルギー問題では、「シェールガス革命」を念頭に、「エネルギー自給に近づいた」と述べた。これが、中東への米国の関心の減退につながっては困る。

 アジア太平洋については「引き続き、重視し、同盟国を支え、より安全で繁栄した未来を形作っていく」と主張した。「アジア重視」政策の継続は言明したものの、そっけない表現にとどまった。

 オバマ氏はアジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議を2年続けて欠席した。「重視」をどう具体化していくのだろうか。

 中国の台頭を受け、米国と、日本など同盟国との結束が今ほど必要なときはない。オバマ氏は今春のアジア歴訪で、指導力を一層発揮することが求められる。

NHK会長発言 中立・公正な報道で信頼築け

 中立で公正な報道や番組制作を続けることで、視聴者との信頼関係を築き、公共放送トップの責任を果たすべきだ。

 NHKの籾井勝人会長の就任記者会見での発言が物議を醸している。

 籾井氏は、いわゆる従軍慰安婦問題への見解を聞かれ、「今のモラルでは悪い」としつつ、ドイツやフランスを例示し、「戦争している所にはつきものだった」と指摘した。オランダになぜ今、売春街があるのか、と反問もした。

 具体的な国名を挙げ、現在の公娼(こうしょう)や売春にまで言及したのは、適切さを欠いているだろう。

 籾井氏は、執拗(しつよう)な質問に「個人的見解」を示したというが、軽率だったと言われても仕方ない。会長会見で、個人的見解を披瀝ひれきしたことが混乱を招いた。

 ただ、発言には、必ずしも強い非難に値しないものもある。

 「韓国が、日本だけが強制連行したと言っているからややこしい。(補償問題は)日韓基本条約ですべて解決している、国際的には。なぜ蒸し返されるのか」と疑問を呈したくだりなどだ。

 元慰安婦への補償問題は、1965年の日韓請求権協定で法的には解決している。日本側は「アジア女性基金」による「償い金」の救済事業という対応もとった。それでも、韓国側は一部を除いて受け取りを拒んだ経緯がある。

 籾井氏は、海外向けに発信している国際放送について、「政府が右と言っていることを左と言うわけにはいかない」と語った。この発言も、政府の意向におもねるのか、という批判を招いている。

 だが、税金も投入されている国際放送で政府見解を伝え、理解を求めるのは、むしろ当然だ。

 菅官房長官は、籾井氏の一連の発言について「個人としてのものだ」と述べ、政府としては不問に付す考えを示した。

 NHKの経営委員会も、「公共放送トップの立場を軽んじたと言わざるを得ない」として厳重注意にとどめ、進退は問わないことにした。なお信頼回復の余地があると判断したのだろう。

 NHKは最近、原子力発電所の再稼働や米軍輸送機オスプレイの配備、特定秘密保護法などの報道をめぐって、政財界から偏向しているとの指摘を受けている。

 籾井氏は「放送法に沿ってやれば、政府の言いなりになることはない」と語っている。

 NHKは、視聴者の期待に応える番組作りを進め、放送の不偏不党を貫いてもらいたい。

2014年1月29日水曜日

与野党は経済政策メニュー示し競い合え

 安倍晋三首相の施政方針演説への代表質問が始まった。国会は衆知を集め、国民が暮らしやすい国のしくみをつくる場である。与野党が互いに歩み寄り、建設的な合意を生み出すことを期待したい。

 民主党の海江田万里代表は対決色を出そうと挑発的な発言が多かった。他方、首相の答弁は比較的おとなしめだった。声を荒らげることもなく、用意した紙を淡々と読み上げ続けた。

 昨年の臨時国会で特定秘密保護法を力押しで成立させ、内閣支持率を低下させたことを意識したのだろうか。施政方針演説では決めセリフ的に登場した「この道しかない」も少なめだった。

 その結果、国会論戦の初日だったわりに、安倍政権が政策課題にどう取り組むかがみえにくかった面は否めない。

 政権の今年の最大の課題とも目される集団的自衛権の行使を巡る憲法解釈の変更をどのような道筋で進めるのか。民主党の海江田万里代表は変更に反対する立場から、日本維新の会の松野頼久国会議員団幹事長は賛成の立場からこの問題を取り上げた。

 首相は有識者の集まり「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会」の報告が出ていないとし、「懇談会の議論を待ちたい」と繰り返すにとどめた。

 憲法改正など国論が大きく割れそうな課題になると「国民的な議論の深まりの中において判断されるべきもの」などと無難な答弁に終始した。

 ややいただけなかったのは、法人税改革にどう取り組むのかなどアベノミクスの先行きに関しても「与党の検討を見守りたい」と曖昧な答弁だったことだ。

 新たな成長戦略を示す6月に向け、国民はどんな手があるのかを注視している。与野党が経済政策のメニューを示し、競い合うのがよい国会論戦ではないだろうか。

 首相は施政方針演説で、建設的な野党との話し合いに柔軟に取り組むと強調した。みんなの党の渡辺喜美代表との政策協議にも前向きに取り組む姿勢をみせている。「この道」にこだわらず、よいものはどんどん取り入れるべきだ。

 維新の松野氏は「野党提出法案も充実した審議をする国会への転換を求める」と促した。政府提出法案と野党の対案を一括審議するのは、政策本位の与野党の話し合いを活性化させるよい手段だ。与党も耳を傾けてもらいたい。

異論を認めぬ習政権の体質

 中国の北京市第1中級人民法院(地裁)は、市民運動家の許志永氏に対し公共秩序騒乱の罪で懲役4年の実刑判決を言い渡した。

 許氏は教育の機会均等や政府高官の資産公開などを求める「新公民運動」の中心人物。中国憲法の枠内での改革を訴え、一党独裁の打破は主張していない。

 いわば穏健な改革を唱えてきたのだが、それでも共産党政権は厳しい実刑を科した。許氏のほかにも新公民運動の関係者は昨年から次々と当局に拘束されてきた。

 異論を認めない共産党政権の非民主的な体質が改めて露呈したといえる。同時に、習近平国家主席ひきいる現指導部の本質が浮き彫りになった印象も強い。

 許氏の公判の直前、国際的な報道機関のICIJ(本部ワシントン)は習主席や温家宝前首相の親族らが英領バージン諸島などのタックスヘイブン(租税回避地)で資産を運用してきたと伝えた。

 高官の資産公開を訴える新公民運動への弾圧は、習主席らが自らの暗部を隠すためでは、との疑いを禁じ得ない。習主席の旗振りで進む腐敗撲滅キャンペーンや司法改革も、つまるところ政敵を排除し自らの権力基盤を強めるための政治的布石にみえてくる。

 許氏の公判に先立ち、共産党政権はウイグル族の研究者、イリハム・トフティ中央民族大学准教授を拘束した。数日後に当局は、ウイグル独立派と連携して「国家分裂活動に従事した」との容疑を明らかにした。

 イリハム氏はウイグル族の人権擁護を訴える言論活動で知られ、昨年10月に北京・天安門前で起きた突入・炎上事件の際には「分裂主義者のテロ」と決めつけた当局の発表に疑念を呈した。許氏と同じくイリハム氏も言論活動が罪に問われた印象が強い。

 習政権は力で異論を抑え込む反動的な姿勢を改めるべきだ。中国社会の安定は世界経済にとっても大切で、日本をはじめ国際社会としても習政権に姿勢転換を促していく必要があろう。

建設の人不足―実習生頼みは安直だ

 建設現場で人手不足が深刻化している。

 東日本大震災の復興事業に加え、景気回復を受けてビルやマンションの建設が相次ぐ。東京五輪の開催も決まった。

 そこへ公共事業を大幅に積み増せば、人手や資材の不足に拍車がかかるのは当然だ。安易な景気対策のツケである。

 政府は、国内の労働現場に外国人を受け入れる技能実習制度について、建設分野の緊急緩和策を検討し始めた。

 公共事業を発注する際の見積もりでも、人件費の基準額を昨年春に続いて再び増額する。入札では、価格競争を中心とする仕組みでは不調に終わる例が相次いでいるため、技術の一層の重視や複数工事の一括発注など「多様化」を進めている。

 こうしたなりふり構わぬ対応には、心配や疑問を抱かざるをえない。とくに、外国人技能実習制度の緩和である。

 最長で3年間、外国人が働けるこの制度は日本の技能や知識を途上国に伝え、人づくりに協力するのが狙いだ。しかし、中小・零細事業者が安く労働者を確保する手段になっており、トラブルが絶えない。

 09年には出入国管理及び難民認定法(入管法)が改正され、実習生をきちんと労働者に位置づけることにはなった。ただ根本的な解決には遠く、国会の付帯決議で「制度の抜本的な見直し」が求められている。

 総務省は行政評価・監視の一環で実態を調べ、昨春、法務省と厚生労働省に勧告した。

 実習生が単純労働力として雇用されている心配が残る。協同組合などの監理団体は企業へのチェック能力が不足しており、行政も実態をつかんでいない――。勧告からは、制度が依然として多くの問題を抱えていることがわかる。

 政府は新年度をめどに、技能実習制度の見直し策をまとめる予定で、法務省の有識者会議が議論中だ。ところが、建設分野の緊急緩和策は3月末までに決めるという。あまりにご都合主義ではないか。

 制度を利用して働く外国人は約15万人で、約1割が建設業界のようだ。少子高齢化のなか、実習生が欠かせないという業界は建設に限らない。

 実習生が技能を学びつつ、きちんと報酬を得られ、日本の事業者も助かる仕組みに改める。社会保険に未加入の事業所が少なくない建設業界の古い体質を是正し、日本の若者も就職したくなる環境を整える。

 課題は山積している。拙速な実習生頼みは禍根を残す。

研究不正疑惑―政府の責任で解明を

 国の肝いりのアルツハイマー病研究「J―ADNI(アドニ)」で、データ改ざんを指摘する実名入り内部告発メールを、厚生労働省が無断で告発対象で研究責任者の東京大教授に転送していた。

 公益通報者保護法に関する国のガイドラインには「通報者が特定されないよう十分に配慮する」とある。その精神にもとる行為である。

 しかも告発者本人が「内部告発のつもりで送った」と言っているのに、田村厚労相はきのうの記者会見で「告発とは受け止めていない」「東大の調査を見守りたい」と素知らぬ顔だ。

 おかしくはないか。

 公益通報者保護法は、企業や行政機関の犯罪行為を実名で内部通報した人を保護するための法律だ。今回のような学術研究での不正告発は、直接の対象ではないかもしれない。

 だからといって、告発の対象者に「逆通報」するようなことがあってはなるまい。

 研究不正対策が進んでいる米国でさえ、内部告発した研究者の多くが報復を受けたと感じているという調査がある。対策が不十分な日本では、告発者の保護はなおさら重要になる。

 東大への調査丸投げも、疑問である。

 J―ADNIには全国38の医療機関が参加している。研究責任者が東大教授だからといって東大単独で疑惑の全容が解明できるとは思えない。

 これまでに24億円、新年度も5億円の税金が投入される予定の研究だ。多額の税金を使う研究について、だれが質を保証して、だれが納税者の観点からチェックするのか。

 厚労省だけでなく文部科学省、経済産業省もからむ研究である。お金を出して後は知らない、では通らない。少なくとも調査の枠組みは、政府がつくるべきではないか。

 米国は保健福祉省の下に研究公正局を設けている。生命科学分野を中心に、連邦政府が資金援助した研究では研究機関が不正の予防と調査の責務を負い、政府機関が監査権限を持つ仕組みだ。欧州各国も研究不正対策の取り組みを進めている。

 告発メールを受け取った厚労省の担当専門官は医師で、転送先の研究責任者について「雲の上の存在。技官になる前は口をきく機会もなかった」という。

 日本ではかつて、科学技術政策の司令塔である総合科学技術会議の議員も務めた研究者が、巨額の不正流用を起こした。

 大物研究者への遠慮は無用である。組織的なチェックの仕組みが必要だ。

衆院代表質問 「責任野党」の中身が問われる

 政策ごとに是々非々で臨むのか、政権への対決姿勢を貫くのか。野党の路線の違いが明確になってきたと言えよう。

 安倍首相の施政方針演説に対する代表質問が始まった。日本維新の会の松野頼久幹事長代行は「責任野党として、外交・安保、憲法改正については協力するが、内政は対立軸を明確にして徹底議論する」と主張した。

 これは、首相が演説で、「政策の実現を目指す責任野党とは真摯しんしに政策協議を行う」と呼びかけたことに呼応したものだ。

 首相はすでに、みんなの党の渡辺代表と、安全保障政策や経済対策に関する戦略対話を行うことで一致している。

 維新の会、みんなの両党は昨年の臨時国会で、特定秘密保護法の修正で与党と合意した。与党との議論によって法案をより良く仕上げることも野党の責務である。

 政府・与党もいかに野党と協力関係を築くかが問われよう。

 集団的自衛権の行使を可能にするよう憲法解釈を改める問題は、一つの試金石となる。

 松野氏は「国際情勢の変化に合わせて見直すべきだ」と述べ、議論に応じる姿勢を示した。与野党の建設的な議論を期待したい。

 一方、民主党の海江田代表は質問で、「安倍首相と真正面から対峙(たいじ)」すると、対決姿勢を鮮明にした。「すり寄ってくる野党は良い野党、批判する野党は悪い野党と言いたいのか」とも語った。

 みんなの党を念頭に置いたものだろう。そんな認識では、野党共闘を築くのは難しい。

 海江田氏の対応で疑問なのは、「国民を顧みない政策」に民主党の対案を提示すると言いながら、一向に実行しないことである。

 経済政策「アベノミクス」について「燃料費や原材料費の高騰など、国民生活を圧迫しつつある」と批判するが、では、民主党にデフレ脱却への妙案はあるのか。

 海江田氏は「雇用の安定によって消費を拡大することが経済成長の本道」と言う。それなら具体策を明らかにしてもらいたい。

 原子力発電所の問題については、安倍政権のエネルギー政策があいまいだとして、「将来的に脱原発を目指すのか、そうではないのか」とただした。

 首相が「そう簡単に原発はもうやめたというわけにはいかない」と答えたのはもっともである。

 民主党こそ、安価な電力の安定供給の重要性、脱原発による経済や環境への悪影響などを踏まえた現実的な政策を示すべきだ。

学習指導解説書 「尖閣」「竹島」の明記を起点に

 日本の将来を担う子供たちに、領土に関する正しい知識を習得させることが大切である。

 文部科学省が、中学校と高校の学習指導要領の解説書に、尖閣諸島と竹島を初めて「我が国固有の領土」と明記する改定を行った。

 日本が実効支配する尖閣諸島については、「解決すべき領有権の問題は存在しないことを理解させる必要がある」とも言及した。

 尖閣諸島や竹島について言及した教科書が増えてきたとはいえ、いまだに記述がない教科書も一部に残っている。

 解説書は、指導要領のように法的拘束力はないが、出版社の教科書編集や教師が授業を行う際の指針となる。今回の改定により、どの教科書にも適切な記述が盛り込まれることが期待される。

 政府見解に基づいて、領土教育の充実を図るのは、文科省として当然のことだ。国際社会で日本の立場を主張できる人材を育成する上でも意味があろう。

 従来の解説書では、竹島について、中学社会科の地理的分野で触れるよう求めていたが、「固有の領土」という直接的な表現は避けていた。高校の地理では「中学校における学習を踏まえる」としか記述されていなかった。

 尖閣諸島に関しては、中高いずれも言及されていなかった。

 こうした解説書の内容が、領土問題を必ずしも重視しなくても構わないといった誤解を教育現場に与えた面は否定できない。

 竹島は、遅くとも江戸時代初期の17世紀半ばに日本が領有権を確立し、1905年に閣議決定を経て、島根県に編入した。ところが、韓国が52年、竹島を取り込む形で一方的に「李承晩ライン」を設定し、不法占拠を続けている。

 尖閣諸島は、1895年1月、中国の支配が及んでいないことを確認した上で領土に編入した。これは、日清戦争を終結させた下関条約の調印前のことである。

 中国側が領有権を主張し始めたのは、周辺海域で石油埋蔵が判明した後の1970年代以降だ。

 こうした歴史的経緯を踏まえ、日本政府の見解が国際法上、正当な根拠に基づくことを生徒にきちんと教える必要がある。

 今回の改定に対し、韓国政府は「直ちに撤回することを求める」との声明を発表した。中国政府も反発を強めている。

 国の主権にかかわる領土について、どのような教育を行うか。それは内政上の問題である。他国が口を挟むべきものではない。

2014年1月28日火曜日

燃料のコスト抑え輸出競争力を高めよ

 モノの輸出額から輸入額を差し引いた貿易収支(通関ベース)が、2013年に過去最大の赤字を記録した。円安や原子力発電所の停止で燃料などの輸入が膨らみ、輸出を大幅に上回った。

 貿易赤字が定着すれば、海外との総合的な取引状況を示す経常収支も悪化しかねない。日本の経済や財政に与える影響を重く受け止め、燃料調達費の抑制や輸出競争力の強化に努力すべきだ。

 13年の貿易赤字は前年比65%増の11兆4700億円となった。原油や液化天然ガス(LNG)などの輸入増が主因で、多くの国富が海外に流出したことになる。

 13年は海外からの配当や利子なども含めた経常収支の黒字を確保できるものの、過去最低の水準に縮小するとの見方が多い。貯蓄を取り崩して消費に回す高齢者の増加もあって、いずれは経常赤字に転じるとの予測も出ている。

 日本が恒常的な経常赤字に陥れば、より多くの海外資金に頼らざるを得ない。国債の9割以上を国内資金で消化するのも難しくなる。そのリスクを視野に入れ、官民が必要な改革に動くべきだ。

 重要なのは燃料調達費の抑制だ。割安なシェールガスで作るLNGを米国から輸入したり、電力・ガス会社がまとまってLNGを購入したりする工夫が要る。

 企業や個人がもう一段の省エネルギーに取り組み、輸入に頼らない太陽光や風力などの再生可能エネルギーを伸ばすことも大切だ。安全性の確保を大前提に、原発の再稼働を着実に進めていく必要もあるのではないか。

 輸出を増やす努力もあきらめてはならない。行き過ぎた円高が是正され、アジア地域の人件費アップで日本とのコスト格差が縮小するなど、国内の立地条件は一時より確かに改善している。だが日本企業の競争力の低下や海外移転が響き、輸出の数量が構造的に伸びにくくなっている面もある。

 「いいものを安く供給する」という従来の発想だけでは限界がある。自社の技術やブランドに磨きをかけ、アジアのライバル企業が簡単にまねできない商品やサービスを提供できるか。そこが日本の経営者の腕の見せどころだ。

 こうした企業の努力を支えるため、政府は一層の規制緩和や貿易自由化、法人実効税率の引き下げに踏み込んでほしい。経常収支の悪化を想定し、財政再建にも本腰を入れておく必要がある。

「食の安全」を一から築き直せ

 マルハニチロホールディングスのグループ企業、アクリフーズの群馬工場で製造した冷凍食品に農薬が混入された事件で、群馬県警が契約社員としてこの工場で働いていた49歳の男を逮捕した。

 調べに対して、男は「覚えていない」と容疑を否認しているという。犯行の動機や経緯もまだ明確にはなっていない。同じような事件の再発を防ぐためにも、県警は事件が起きた背景にまで踏み込んで捜査を尽くす必要がある。

 男は昨年10月、工場の冷凍食品に農薬のマラチオンを4回にわたり混入した疑いが持たれている。

 逮捕容疑はアクリ社の業務を妨害した偽計業務妨害だが、食品に毒物を混入する行為は、不特定多数の人を無差別に狙う極めて悪質な犯罪である。

 この事件では、「食の安全」に対する会社側の意識の甘さが明らかになった。昨年11月に消費者から「異臭がする」との苦情があってから、自主回収を始めるまでに1カ月半もかかっている。

 記者会見でも、当初は混入された農薬の毒性を低くとらえて公表した。それが直後に厚生労働省の指摘で訂正に追い込まれるなど、不手際が続いた。

 同社の食品で体調不良を訴えた人は約2800人に上る。適切な対応をとっていれば被害を抑えられた可能性もある。混入を許さない製造工程への見直しや監視体制の強化など、安全対策を一から築き直す覚悟が必要だ。設置予定の第三者委員会を活用し、外部の意見も取り入れるべきである。

 回収対象となった冷凍食品のうち、プライベートブランド(PB=自主企画)商品の一部には製造者であるアクリフーズの記載がなかった。現行制度ではPB商品の場合、製造所の固有記号を表示すれば省略できるためだ。

 このためPB商品の回収が必要になったときは、販売者は何が問題の商品かをよりわかりやすく迅速に消費者に伝えるべきだ。食品の安全確保に多面的に取り組まなければならない。

NHK新会長―あまりに不安な船出

 公共放送のトップを任せられるのか。強い不安を感じる。

 NHK新会長の籾井勝人(もみいかつと)氏が就任会見で、政府の立場に寄り添うような発言を繰り返した。

 尖閣諸島・竹島などの領土問題で、一部経費を国が負担する海外向け放送による政府見解の発信強化に意欲を見せ、「政府が右ということを左というわけにはいかない」と述べた。

 安倍政権が世論の反対を押し切って成立させた特定秘密保護法も、「必要だとの政府の説明だから、とりあえず受けて様子を見るしかない」と語った。

 籾井氏は、「政府からふきこまれたわけではない」とし、自身の見解を番組に反映させる意図がないことも強調した。

 だが一方で、議論を呼ぶような問題をとりあげる番組では「了解をとってもらわないと困る」と、会長としての方針も示した。現場を萎縮させる恐れはないのだろうか。

 公共放送の先駆けである英BBCは、フォークランド紛争やイラク戦争で必ずしも英政府を支持せず、客観的な報道に努めた。時の政権からは非難されたが、国際的な評価は高まった。

 NHKが向くべきは政府ではなく、受信料を納める国民の方である。放送内容が政府の宣伝ととられれば、海外での信頼もかえって損なわれよう。

 籾井氏は「放送法順守」を何度も口にした。大事なのは「健全な民主主義の発達」と明記された法の目的に照らし、社会の諸問題について、視聴者に多角的な視点や情報を提供することだ。その使命を果たす覚悟がなければ、会長は務まらない。

 籾井氏は個人的見解と念押ししたうえで、従軍慰安婦についても持論を展開した。「今のモラルでは悪いが、戦争をしているどこの国にもあった」とし、補償を求める韓国側の動きには「日韓条約で解決している。なぜ蒸し返すのか」と述べた。

 これには与野党から批判が相次ぎ、韓国でも反発を招いた。大手商社での国際経験を買われての人選だったはずが、いったいどうしたことか。

 昨年末の経営委員会では会長任命に先立ち、「言葉の選び方には留意して」と注文されていた。籾井氏は昨日、「私的な考えを発言したのは間違いだった」と釈明したが、早くも懸念が的中した形だ。

 NHKが自主自律を守るには不断の努力が必要だ。予算承認権を握る国会では、政治が干渉してくるリスクは常にある。会長はそれを率先して防ぐべき立場だ。自らの発言が審議対象になるようでは困る。

日中と世界―歴史に学んでこそ

 いまの日中関係を第1次世界大戦前の英独関係になぞらえた安倍首相の発言が、欧米で波紋を広げた。

 この騒動が意味するところは何だろうか。

 首相はスイスでの内外メディアとの会合で、「大切なことは(日中で)偶発的な衝突が起こらないようにしていくこと。今年は第1次世界大戦から100年目。イギリスもドイツも、経済的には依存度が高かった最大の貿易相手国だったが、戦争が起こった」などと語った。

 首相は「発言には何の問題もなかった」と強調する。ただ、会合の出席者の驚きは、日中対立の当事者である首相が、武力衝突の可能性を完全に否定しなかった点にあるようだ。

 いまの東アジア情勢を当時の欧州と重ねる論調は、欧米にもある。だが、「訳知り顔の評論家でなく、日本の指導者が言えば衝撃は大きい」(英BBC)というわけだ。

 侵略の定義は定まっていないといった発言から、首相は欧米メディアから「歴史修正主義者」と見られてきた。各国の新聞紙上では、首相の靖国神社参拝を批判する中国と、中国の軍備増強こそ脅威だという日本の外交官の論争が続いている。

 そんな下地があるところに、首相はスイスで自ら参拝の正当性を主張し、中国をなじった。そこで「緊張緩和への行程表は?」と問われ、「あるというわけではない」と首相が答えれば、記者たちが背筋の寒い思いをするのは無理もなかろう。

 首相にとってこの騒ぎは心外なのだろう。しかし、欧米の反応ぶりは、日本人が考えている以上に深刻に、日中関係は「危ない」と見られていることの表れだといえる。

 このことは、首相自身も、そして私たちも謙虚に受け止めたほうがいい。これを機に頭を冷やし、今後の関係改善につなげるよう、理性的な努力を日中双方の当事者に求めたい。

 首相は先の施政方針演説で、「我々が人類の自由のために一緒に何ができるかを問うてほしい」という故ケネディ米大統領の世界への呼びかけを引用し、「積極的平和主義のもとで役割を果たしたい」と述べた。

 そのケネディ大統領は、列強の誤算と誤解が第1次大戦を招いたとするバーバラ・タックマンの『八月の砲声』に感銘を受け、陸軍の全将校にも読むように指示し、世界中の米軍基地に送ったことで知られている。

 歴史と謙虚に向き合う態度。これこそが、指導者が学ぶべき点ではないか。

春闘スタート 「好循環」を占う賃上げの行方

 賃上げで安倍政権の経済政策「アベノミクス」が目指す経済の好循環に弾みをつけられるか。

 今年の春闘はその試金石となる。

 経団連と連合の労使トップらによる公開討論会が開かれ、今年の春闘が事実上スタートした。

 円安などを背景に企業業績は回復している。利益を賃金アップにつなげ、消費回復で景気をさらに上向かせることが重要だ。

 連合の古賀伸明会長は討論会で「すべての働く人の賃金底上げを図る」と述べ、約2%の定期昇給に加え、1%以上のベースアップを求める考えを強調した。

 経団連は「業績好調な企業は、拡大した収益を賃金の引き上げに振り向けていく」とする春闘方針を示している。ベアの容認は6年ぶりのことである。

 安倍首相は、政労使会議で賃上げを要請し、法人税の軽減措置や規制緩和など企業支援策を打ち出してきた。こうした取り組みが奏功し、賃上げの機運が高まってきたのは心強い。

 むろん賃金は各労使の交渉で決まるものだが、デフレによって労働者の平均給与が15年で約13%も下がった事実は重い。

 消費者物価は上昇に転じ、今年4月には消費税率が5%から8%に上がる。賃金が上がらぬまま家計の負担が増せば、消費は冷え、景気失速を招く恐れがある。

 春闘では、好業績の大企業を中心に、ベア実施に前向きに取り組んでもらいたい。

 人件費を恒常的に上昇させるベアに慎重な企業も少なくない。経営実態に応じて、主にボーナスや残業代で業績改善に報いることも現時点ではやむを得まい。

 賃上げの動きを持続し、大企業から中小企業へ、正社員から非正規労働者へと波及させていくことが肝心である。

 収益力の向上へ、余剰資金を成長への投資に積極活用する「攻めの経営」が求められる。高成長を期待できる事業への転換や、優秀な人材獲得のための処遇見直しなど、生産性向上の取り組みには労働側の協力も必要だ。

 労働者の4割を占める非正規労働者の収入アップや雇用安定は、労使共通の課題と言える。

 有能で意欲のあるパートタイマーを正社員に登用する門戸を広げるなど、雇用制度のあり方についても論議を深めてほしい。

 女性や高齢者など多様な人材を貴重な戦力として活用していく方策も、春闘で労使が論じるべき重要テーマである。

日本史必修化 自国の軌跡を深く学びたい

 日本人としてのアイデンティティーを育んでいくためには、日本史の教育が欠かせない。

 下村文部科学相が、高校の日本史の必修化を検討する考えを表明した。中央教育審議会に諮問し、早ければ5~6年後の実施を目指すという。

 日本の将来を考える上で、日本の歴史を学ぶことが必要だ。若者が自国の歴史に誇りを持てるようにすることも大切だ。日本史必修化の方向性は妥当だろう。

 国際化が進み、日本人が海外で自国の文化などを語る機会が増えてくる。必修化の検討は、国際人の基盤となる教養が足りないことへの危機感の表れとも言える。

 高校の「社会科」は、1989年の学習指導要領改定で、現行の「地理歴史」と「公民」に分かれた。地理歴史の中では、世界史が必修で、併せて、日本史か地理のいずれかを選択履修するという取り扱いになっている。

 その結果、高校生の3~4割は日本史を学ばないまま高校を卒業していると推定される。

 義務教育段階で一通り、日本の歴史を履修しているとはいえ、高校で理解を深める機会を持たない生徒が少なくないのは問題だ。

 日本史の必修化を求める声は自治体などから出ていた。東京都や神奈川県は、独自教材を作成し、都立校や県立校の生徒に日本史を必ず学ばせている。

 ただ、必修化にあたっては、検討すべき課題も多い。

 世界史に代わって日本史だけを必修にすれば、小中高校を通じて外国の歴史に触れる機会がほとんどない生徒が出かねない。

 例えば、中学校で世界史の要素を取り入れるなど、義務教育も含めたカリキュラムの見直しを考える必要があるのではないか。

 世界史と日本史がともに必修となれば、今度は地理を学ばない高校生が増えるかもしれない。地理歴史の総合科目を新設して、必修とすべきだという意見もある。

 知識の詰め込みに偏りがちな従来の歴史教育の在り方にも、再考の余地がある。膨大な用語の暗記を強いるのでは、高校生が「歴史嫌い」になるのも無理はない。

 歴史的事件の背景を掘り下げて考えさせるなど、生徒の知的好奇心を喚起するような教育内容を工夫すべきだろう。

 近現代史に関する教育を充実させることも求められる。日本とアジア諸国の間に横たわる歴史を正しく理解する学習を通じて、現在の複雑な国際情勢を見る眼が養われていくはずだ。

2014年1月27日月曜日

アラブ諸国は民主化をあきらめるな

 熱狂が思い描いた未来だろうか。アラブ諸国に広がった民主化要求運動、いわゆる「アラブの春」が始まって3年。独裁政権が倒れた後も、各地で新しい国づくりへの苦闘が続く。混乱は長期化し、人々は疲れている。

 だが、民主化をあきらめてはならない。法と秩序の確立に辛抱強く取り組まねばならない。国民の和解を促し、安定の実現に何ができるのか。国際社会も改めて考える必要がある。

 行方を占うのが、アラブの大国であるエジプトだ。ムバラク政権の打倒を目指すデモが始まったのは、2011年1月25日。中心となったのは「パンと自由」の標語を掲げる若者たちだった。

 その後、主役はめまぐるしく代わった。初めての自由選挙で大統領の座についたのは、組織力を持つイスラム勢力出身のモルシ氏だ。そのモルシ大統領は昨年7月、軍によるクーデターで追われた。

 今月、モルシ政権下で制定された憲法の改正を問う国民投票があり、98%が賛成した。改正憲法は軍の権限強化を定める。ムバラク時代への揺り戻しともいえる。

 クーデターに反発するイスラム勢力は投票をボイコットした。軍主導の暫定政府との衝突も続く。それでも、多くの賛成票を集めた国民投票の結果は、早期の安定を望む声を映しているのも事実だ。

 暫定政府は今夏までに大統領選挙と議会選挙を予定する。民主選挙はアラブの春で多くの犠牲を払って手にした果実だ。イスラム勢力を含む、全政治勢力が参加し、期日通り実行することが重要だ。

 国際社会は連携し、公正な選挙実施を迫る必要がある。日米欧はエジプトに多額の経済援助を続ける。確実な民政移行を援助継続の条件とすることも必要だろう。

 チュニジアでも世俗勢力とイスラム勢力の対立が続き、憲法制定など民主化の手続きが遅れている。リビアやイエメンでは、国内に割拠する部族や宗教勢力が衝突を繰り返している。混迷から抜け出る道は対話以外にない。アラブの春でつかんだ「自由」を暴力で台無しにしてはならない。

 「パン」、すなわち、生活水準の底上げも重要な課題だ。アラブの春の根底には、急増する人口と高い失業率がある。多くのアラブの国で30歳以下の若年層が人口の5割以上を占める。雇用を生む産業の育成や人材教育への協力が、政治的な安定にも欠かせない。

電力先物が機能する環境を

 政府は国内に電力や液化天然ガス(LNG)の先物市場を創設する計画だ。電力会社などが価格の変動リスクをヘッジしたり、日本の指標価格を世界に発信することで割高なLNG輸入価格を下げたりすることが狙いだ。

 日本は世界最大のLNG輸入国であり、国内に先物市場を持つ意義は大きい。ただ、先物市場がうまく機能するためには活発な現物取引市場の存在が欠かせない。

 原油は1980年代に生産過剰に陥り、あふれた原油が現物市場で自由に取引されるようになった。その現物取引のリスクをヘッジする場として、欧米の先物市場は成長した。

 LNG市場は中東など産ガス国の影響力が強く、需給を反映して価格が決まる現物取引はまだ少ない。政府や企業は米国やカナダ、ロシアなどに対しもっと輸出を増やすように働きかけ、LNGが現物市場で自由に取引できる構造に変える必要がある。

 超低温で液化し、特殊な船で運ぶLNG取引は石油などに比べ小口化が難しい。世界で初めてとなるLNG先物市場を成功させるためには商社などの知恵を借り、課題を解消しなければならない。

 政府は電力市場を自由化すれば価格の変動が増すから、価格変動に備える先物市場を2016年度にも立ち上げたいと考えている。しかし、先物市場はそれを必要とする企業が増えてこそ成り立つ。

 まず、電力の自由な取引をはばむ地域独占をなくすことが先だ。異業種の企業が自由に市場に電力を供給し、既存の電力大手も地域を越えて競争する環境を実現してもらいたい。規制の中で創設した電力卸売市場がうまく機能しなかった教訓をいかしてほしい。

 政府は電力やLNG先物の担い手として東京商品取引所を考えている。ただ、東商取の売買は低迷し、赤字経営が続く。国内外から幅広い参加者を集めるためには東商取が経営を立て直し、企業や投資家の信頼を回復することが求められる。

法人減税論議―いいとこ取りはダメだ

 安倍首相が、法人税率の引き下げに意欲を見せている。

 政府の経済財政諮問会議で、「税制改革では従来、収入(増減税)中立という考え方だったが、経済のグローバル化の中でこれでよいのか」と問題提起。法人税率を下げた諸外国の経済成長や税収がどうなったか、分析するよう指示した。

 確かに、新興国だけでなく先進国でも法人減税に踏み切る国が少なくない。日本の税率が相対的に高いのは事実だ。

 ただ、先進国の中で最悪の財政状況を考えれば、首相も語る通り、「経済再生と財政再建の両立」が大前提である。

 財政を立て直すには、歳出削減、増税、経済成長に伴う税収増の三つしかない。

 いずれも欠かせないが、法人減税で企業活動が活発になれば税収の総額は増えるという成長優先の主張と、歳出削減や増税など具体的に金額が見込める取り組みに軸足を置くべきだとする意見が常にぶつかってきた。

 予算のカットや負担増の痛みから逃げ、税の自然増収に過度に頼れば、景気の変動などで目算が狂った時、ツケは国民に回ってしまう。

 日本の過去の法人減税への評価はもちろん、海外の事例も幅広く集め、議論を進めることが必要だ。税率だけでなく、医療や年金など社会保険にかかわる企業負担にも目を配っていくべきだろう。

 法人税にまつわる課題は、ほかにも山積している。

 そもそも、250万を超える法人の7割強が赤字で、法人税を納めていない実態がある。同族企業では役員や社員に名を連ねる親族への支払いをはずみ、わざと赤字にしている例が少なくないとされる。ここにどう切り込むか。

 時代遅れの租税特別措置を見直して、経済の新陳代謝を促すことも不可欠だ。

 日本の企業が国際競争で不利になるのを防ぐには、グローバル企業の一部による租税回避も放置できない。国境をまたぐ取引や資金移動を複雑に積み重ね、違法すれすれの方法で税を逃れている問題である。

 各国とも頭を悩ませているだけに、世界3位の経済大国として対策の音頭を取ってほしい。

 法人減税を声高に求める経済界にも言いたい。

 手元に十分な資金を抱えながら、賃上げにも投資にも動こうとしない大企業への視線は厳しい。自身の負担減が国民に還元される道筋を自ら示さないと、消費増税に直面する国民の支持は得られない。

五輪組織委―次世代見すえ新風を

 五輪は世界の多彩なアスリートたちが夢を胸に集う祭典だ。その運営の主役には、やはりスポーツ界の人材が似合う。

 2020年東京五輪・パラリンピックの組織委員会が発足した。その印象は残念ながら、五輪の躍動感や多様性からは開きがあると感じざるを得ない。

 会長に選ばれたのは、76歳の森喜朗元首相。実務を担う事務総長には、70歳の武藤敏郎・元財務次官が就いた。

 組織委の運営費だけでも3千億円。大会時は職員3千人とボランティア8万人を束ねる大所帯だ。政官のOBらにも一役買ってもらいたいのはわかる。

 だが、国政を動かした政治家らが五輪の顔というのでは、政官主導でものごとを仕切る古臭い日本社会の縮図のようだ。

 国内をまとめる内向きの発想に閉じこもらず、スポーツを介して世界との接点を広げる開放的な人材登用が望ましい。

 国際的な潮流は、アスリート主導の運営である。

 12年ロンドン五輪の組織委会長は、陸上金メダリストのセバスチャン・コー氏だった。16年リオデジャネイロ五輪は、バレー五輪代表だったカルロス・ヌズマン氏が指揮を執る。

 五輪はできるだけ政治から切り離し、主役はスポーツとする。五輪憲章を貫く基本理念を、組織運営の礎としたい。

 今回、日本オリンピック委員会(JOC)をはじめスポーツ界は、人選の過程で、ほぼ蚊帳の外に置かれた。

 ビジネス感覚と国際性を兼ね備え、知名度も高い人材がスポーツ界になかなか見当たらない現実も直視せねばなるまい。

 五輪までの6年余りは、国際オリンピック委員会(IOC)や国際競技連盟など世界のスポーツ界と関係を深める好機だ。

 まずは、世代間バランスを考えて、組織委の中核に大胆に若手を登用してはどうか。

 IOC総会でのプレゼンテーションで活躍したフェンシングの太田雄貴選手や、パラリンピアンの佐藤真海選手ら、才能豊かな若い世代はいる。

 また、今回の組織委の役員12人が全員男性というのは時流にあわない。森会長は「オールジャパン体制を作りたい」と語るのだから、その第一歩として女性を積極的に登用すべきだ。

 安倍首相は昨秋のIOC総会で、100カ国・地域の1千万人が恩恵を受ける発展途上国へのスポーツ支援も打ち出した。

 平和の祭典を機に、日本と世界との交流の窓を広げ、次世代の人材を育てる。それは組織委の大きな役割であろう。

日印首脳会談 潜在的な可能性を引き出せ

 成長著しいインドと安全保障と経済で協力を進める意義は大きい。

 安倍首相がインドを訪問し、シン首相と会談した。シン首相は地域の平和安定や経済開発の「キーパートナー」と日本を位置づけた。安倍首相も「日印関係は世界で最も可能性を秘めている」と応じた。

 安倍首相のインド訪問は2007年以来、2回目だ。今回は、インドの共和国記念日という重要な行事に、日本の首相では初めて主賓として招かれた。両国の関係の深まりの表れだろう。

 外交・安全保障では、安倍首相が「積極的平和主義」の立場で国際社会に貢献していく方針を説明した。シン首相は、「日本の努力を称賛した」という。

 新たに、国家安全保障会議(日本版NSC)の谷内正太郎国家安全保障局長と、インドの国家安全保障顧問が定期的に協議することで合意した。

 海上自衛隊とインド海軍の共同訓練を継続し、海自の救難飛行艇「US2」のインド輸出に向けた協議も進める。

 安保協力の強化は、日本にとって原油などを運ぶシーレーン(海上交通路)確保に不可欠だ。

 両国は、軍事面で台頭する中国への懸念を共有しており、中国へのけん制という意味もある。

 会談で署名された共同声明には、安保協力に関し「航行の自由」と「上空飛行の自由」の重要性が明記されている。「海」と「空」で強権的に進出を図る中国を念頭に置いたものである。

 一方、安倍首相はインドの地下鉄整備などのために、2000億円超の円借款供与を表明した。新幹線技術の輸出をにらみ、インド西部のムンバイ―アーメダバード間の高速鉄道計画に関して共同調査を急ぐことでも一致した。

 日本にとって、世界第2位の人口を抱えるインド市場は魅力的だ。だが、日印間の貿易や投資額は日中間に比べると少なく、拡大の余地があると言える。

 首相のインド訪問には日本企業の経営者らも多数同行した。官民一体でインドとの経済的な結びつきを強めていくべきだ。

 両首脳は、日本からインドへ原子力発電技術や関連機器を輸出できるようにする原子力協定の早期妥結を目指すことも確認した。

 核拡散防止条約(NPT)に加盟していない核保有国のインドとの協定について、日本国内にはなお慎重論がある。そのことも念頭に置きながら、政府は交渉を加速させる必要がある。

農薬混入事件 「食の安全」揺るがす内部犯行

 日本の「食の安全」を揺るがし、食品メーカーへの不信を増大させた。捜査当局は真相解明を急ぐべきである。

 食品大手「マルハニチロホールディングス」の子会社「アクリフーズ」群馬工場で製造された冷凍食品に農薬マラチオンが混入された事件で、群馬県警が工場の契約社員の男(49)を偽計業務妨害容疑で逮捕した。

 男は昨年10月、工場で製造する冷凍食品に4回にわたり、マラチオンを混入した疑いがある。

 工場で製造されたピザなどを食べ、体調不良を訴えた人は全国で約2800人に上る。

 男は調べに対し、「覚えていない」と話しているという。まだ動機も判然としない。  群馬県警は、農薬の混入方法、事件の背景などを徹底的に究明してもらいたい。

 マルハニチロの久代敏男社長とアクリフーズ社長は、3月末で引責辞任することを表明した。

 昨年11月、工場で製造されたピザを食べた消費者から異臭の苦情があってから自主回収まで1か月半も要し、対応が遅れた。信頼を失墜した以上、辞任は当然だ。

 10月以降に群馬工場で製造した冷凍食品の回収率は約85%にとどまる。マルハは引き続き、返品を呼びかける必要がある。

 食品業界では2008年に発覚した中国製冷凍ギョーザ中毒事件後、意図的な異物混入を防ぐ「フードディフェンス(食品防御)」の考え方が広がっている。

 この群馬工場でも、従業員にポケットのない作業着の着用を義務づけ、製造ラインに監視役の従業員も配置していた。

 しかし、工場に入る際の持ち物検査などはなく、「袖口に忍び込ませれば、農薬を持ち込むことはできる」と話す従業員もいる。

 グループ全体の食品安全管理体制を含めた品質管理のあり方や、従業員教育などに問題がなかったか。検証が必要だろう。

 今回の事件は、業界全体にも警鐘を鳴らしている。

 性悪説に立つことは難しいかもしれないが、悪意を持つ従業員の不正を防ぐことが何よりも重要だ。そうした行為を難しくするための監視強化など、社内体制の整備が各社に求められる。

 マルハニチロは2014年3月期決算の業績予想を下方修正した。群馬工場の製造を中止し、販売不振に陥ったのが主因だ。

 いったん失った消費者の信頼回復の道が険しいことを、業界各社は肝に銘じなければならない。

2014年1月26日日曜日

春闘―賃上げの持続と波及を

 景気回復を受けて賃上げへの期待が高まるなか、春闘が本番を迎える。

 賃金水準を一律に引き上げるベースアップ(ベア)に、久しぶりに焦点があたっている。連合は「1%以上」の要求を掲げた。ベア要求は5年ぶりだが、この時はリーマン危機で雲散霧消してしまった。強まる一方だった賃金デフレを反転させられるかが問われる。

 連合のベア要求の内訳は、昨年来の物価上昇への対応と、生産性向上に対する労働の貢献への分配だ。物価が上がって目減りした実質賃金を埋め合わせるのは当然である。

 重要なのは、実質賃金の持続的な引き上げだ。

 それには人材の強化を通じて生産性を上げていくことが重要になる。逆にいえば、生産性向上分を働く人々にきちんと還元することで、企業も次の果実を得られる。

 経団連は賃上げへの姿勢を軟化させつつも、「支払い能力は企業ごとにバラバラだ」と主張する。

 だが、それを口実に各企業が賃金を抑え、株主還元や内部留保を優先した結果、経済全体が縮む「合成の誤謬(ごびゅう)」に陥ったのが実態だ。働く人々全体に経営側が全体としてどう報いるか。その観点こそ経済全体の持続的な成長への鍵となる。

 むろんベアや定期昇給はおおむね大企業の正社員の話だ。中小企業の従業員、非正規労働者への波及を考えれば、新しい展望が必要になる。連合は中小企業でもベア相当分の賃上げを、非正規では時給で30円の底上げを、それぞれ求めている。

 これに対し、経営側の多くは月々の賃金引き上げは避け、短期の業績で変動する賞与などで対応したい構えだ。

 しかし、不安定な収入が多少増えても生活への安心感は根付かない。賞与は多くの非正規労働者に無縁で、広がりを欠く。経営側は賃金上昇の「持続」と「波及」をもっと真剣に考えなければならない。

 経営側が賃上げ自体には柔軟になった背景には、消費増税やインフレの副作用を抑えたい安倍政権の強い要請がある。

 賃上げの代わりに法人減税や解雇規制の緩和などの「ごほうび」を期待しているのなら筋違いだ。家計への負担しわ寄せや雇用切り捨てを元手に賃上げしても、経済効果はあるまい。

 着実に賃金を上げながら、それに見合う収益を生む仕事を組織的に創造する――難しいが本質的な課題に挑む覚悟こそ、経営者は示してもらいたい。

シリア会議―民衆の救済が最優先だ

 中東のシリアの人口は2200万。ちょうど東京都と神奈川県を合わせた数である。

 東京・神奈川で4人に1人が自分の家を追われ、200万人が国外へ逃げ出している事態を想像できるだろうか。

 3年に及ぶ戦火と処刑などで十数万の命が失われ、それが今も日々増えていたら……。

 いま最も優先すべきは、国際政治の打算や民族対立の折り合いをつけることではない。

 戦闘の即時停止と、「人道的に恥ずべき規模」(国連)にまでなった難民の救済である。

 長らく延期されていたシリアの和平会議が、スイスで開かれている。アサド政権と反政府勢力が初めて同じ席についた。

 交渉の前途は、あまりに険しい。戦況で優勢に転じたアサド政権には、独裁体制をゆるめる気配はうかがえない。

 反政府勢力は分裂しており、会議にやってきた「シリア国民連合」がどれほどの勢力を代表しているのかもあやふやだ。

 とはいえ、たとえ非難の応酬になっても、すべての出発点は対話でしかない。

 交渉のカギをにぎるのは当事者たちだけではない。むしろ、彼らを取り巻く主要な国々こそ果たすべき責任は大きい。

 シリアの情勢は、複層的な代理戦争の様相を呈して久しい。米欧対ロシア、そしてイラン対アラブ諸国の構図である。

 米欧はアサド政権の退陣を前提とするが、ロシアは拒んでいる。会議がめざす「移行政府」の考え方は同床異夢だ。

 イランは結局、この会議に招かれなかった。直前に国連事務総長が招待を取り消したのも、イランがアサド退陣を受け入れる考えがないからだ。

 だが一部の西欧諸国からは、今は政治体制にこだわらず、停戦地域と人道支援の拡大を急ぐべきだとの声が上がっている。

 シリアには、戦火のため国際救援の手が届かず、飢餓や医療不足にあえぐ地域が多くある。国連の報告では、国民の半数が貧困に直面している。

 政治論争より、人命を救う措置が先決なのは当然だろう。会議では少なくとも、休戦地域を広げるめどをつけるべきだ。

 長期的な和平構想づくりは、イラン抜きにはあり得ない。皮肉にも、長年の懸案であるイラン自身の核問題をめぐっては、昨年の国際合意で制裁も緩められ、雪解けムードにある。

 シリアを中東の失敗国家として置き去りにしてはならない。日本政府も支援金の上積みにとどまらず、積極的に停戦実現への貢献策を探るべきだ。

日米軸に安倍外交の立て直しを急げ

 国際秩序に挑戦しようとしている。侵略の歴史を認めようとしない――。安倍晋三首相の靖国神社参拝をめぐり、中国が世界中でこんな対日批判を続けている。日本を孤立させるための宣伝だが、米欧メディアが日中対立に関心を寄せるきっかけにもなっている。

 こうしたなか、安倍首相が出席した世界経済フォーラム年次総会(ダボス会議)でも、日中関係をめぐる質問が相次いだ。首相は第1次世界大戦でぶつかった英独関係の教訓を引き合いに、日中の首脳対話が必要だという趣旨の発言をした。

 ところが、あたかも日中武力衝突の危険を指摘したかのように誤って報じられ、波紋を広げる一幕があった。

 安倍首相が靖国神社を参拝したことによって、根拠に欠ける中国の反日宣伝が勢いづく余地が生まれてしまった面は否めない。安倍政権はこうした構図を早急に改めなければならない。

 まず、中国の批判には客観的な事実を示し、ひとつひとつ冷静に反論していく必要がある。ただ、中国の狙いは安倍政権を歴史論争の泥沼に引き込み、国際的に孤立させることにある。売られたケンカを買うような対応だけでは、中国側の思うつぼだ。

 安倍政権にとっての上策とは、歴史問題には深入りせず、中国の台頭をにらんだ外交や安全保障協力を、各国と着実に積み重ねていくことである。

 安倍外交を立て直す起点になるのは、日米関係だ。米政府は靖国参拝に「失望」を表明したが、この問題に一区切りをつけ、同盟強化を加速していく姿勢も明確にしている。

 今月中旬、谷内正太郎国家安全保障局長が訪米した際にも、ライス大統領補佐官やケリー国務長官、ヘーゲル国防長官らが応対し、連携を確認した。視線の先にあるのは、中国軍の増強や緊迫する北朝鮮の情勢だ。

 そこで大きな課題になるのが、歴史問題で冷えている韓国との関係改善である。北朝鮮問題などに対応するには、日米だけでなく、日米韓の結束が欠かせない。

 先週に来日したバーンズ米国務副長官も、日韓の修復に強い期待をのぞかせた。安倍首相はかねて、朴槿恵(パク・クネ)韓国大統領に会談を呼びかけている。朴大統領は会談に応じ、話し合いで対立を解く姿勢に転じてほしい。

構造転換で明暗分けた米企業

 米国の大企業が事業構造の転換を急いでいる。世界各地で米企業と競う日本企業も足元の業績回復に安住することなく、収益力を高める必要がある。

 米企業の業績は全体としては好調だ。トムソン・ロイターによれば、主要500社の2013年10~12月期の純利益は前年同期に比べ7%増えたもようだ。ただ、売上高は1%弱の微増にとどまるなど、すべての企業に追い風が吹いているとは言えない。

 事業をとりまく様々な環境の変化で業績の明暗が分かれる場合が多い。金融業が代表だ。

 リーマン・ショック後の規制強化により、米金融機関は高リスクの取引が難しくなった。このため、銀行と証券の業務を兼営することで経営リスクを低く抑えたバンク・オブ・アメリカなどが増益だった半面、証券売買を収益源としてきたゴールドマン・サックスなどの利益は大幅に減った。

 金融以外ではIT(情報技術)関連の企業でも、業績の好不調が分かれた。

 半導体大手のアドバンスト・マイクロ・デバイス(AMD)は売上高が4割近く増え、最終損益も黒字になった。パソコン向けの事業にかわり、ゲーム機向け画像処理半導体の事業に力を入れるなど、需要の変化を見すえた経営戦略が実を結んだ。

 対照的にハードウエア事業の不振にあえぐIBMは、7四半期連続の減収となった。中国レノボ・グループへの低価格サーバー事業の売却は、構造転換を急ぐ危機感の表れに他ならない。

 米企業決算は、過去に成功した事業モデルや経営戦略であっても、短期間で競争力を失いかねないという厳しい現実も示す。そうした傾向は小売業など金融やIT以外にも広がっている。

 日本でも任天堂が赤字の見通しを突然発表するなど、往年の勝ち組だった企業が劣勢に立つ例は後を絶たない。米企業の動向を注視し、日本企業も事業構造を常に見直し競争力を磨くべきだ。

日本版NIH 医療の競争力強化の司令塔に

 優れた医学研究を医薬品開発や治療法に結実させる必要がある。日本の競争力強化へ、“医療の司令塔”が果たすべき役割は大きい。

 政府は、医療分野の研究開発を支援するため、独立行政法人「日本医療研究開発機構」を創設することを決めた。各省庁でばらばらだった研究支援体制を一元化する狙いがある。

 世界の医学研究や創薬をリードする米国の国立衛生研究所(NIH)をモデルに、「日本版NIH」と呼ばれる。政府は関連法案を通常国会に提出し、新法人を2015年4月に発足させる方針だ。

 医療分野は成長戦略の柱として期待される。成長の牽引(けんいん)力となるよう、看板倒れに終わらせず、実効性のある組織とすることが肝要である。

 新法人は、各省庁の研究開発予算を一括管理し、大学などの研究機関に配分する役割を担う。有望な分野を優先し、基礎研究から製品化までを継続的に支援する。

 山中伸弥・京都大教授が作製したiPS細胞(人工多能性幹細胞)に代表されるように、日本の医学の基礎研究レベルは高い。

 ところが、医薬品・医療機器の貿易で約3兆円の輸入超過となるなど、医療技術の実用化では米欧に後れをとっている。

 基礎研究と臨床応用の間に溝があり、大学などの研究成果が、企業による製品化に結びついていなかったのは問題と言える。

 研究開発に対する政府の支援は、基礎分野を文部科学省、臨床研究は厚生労働省、産業化は経済産業省がそれぞれ担当し、時にちぐはぐだ。類似研究に各省が予算を奪い合うケースも多い。

 新法人を十分機能させるためには、まず省庁の縦割りをなくし、効率化を図ることが不可欠だ。

 新法人の職員は、医療や薬学の民間の専門家などで構成される予定だ。人材確保が難題である。

 将来性の高い研究領域を見極め、製品開発に向けて研究機関と企業をどう結びつけるか。「目利き力」が求められよう。

 産官学で取り組むべき課題は山積している。日本版NIHの創設はスタートに過ぎない。

 基礎研究を偏重しがちな大学の研究者の意識改革を進めるとともに、失敗のリスクが大きい革新的な技術開発を手がけるベンチャー企業の育成も急ぐべきだ。

 政府は、日本版NIHを大きく育てて、オールジャパンで医療分野の国際競争力を高める体制を築いてもらいたい。

敦賀原発活断層 規制委は科学的判断に徹せよ

 いかに公正な判断を迅速に下すか。原子力規制委員会の姿勢が改めて問われている。

 日本原子力発電敦賀原子力発電所(福井県)敷地内にある断層を規制委が追加調査した。

 昨年5月、規制委が同原発2号機の真下を通る破砕帯(断層)を活断層と認定する評価書をまとめ、再稼働は困難とされていた。活断層の真上に原発を造ることは認められていないからだ。

 しかし、原電が新たなデータを提示して再評価を求めたため、ようやく追加調査に至った。

 規制委は、評価書をまとめた専門家チーム会合を再度開き、検討する。公正な議論が不可欠だ。

 問題の断層について、原電は自社調査に基づき、「極めて古い時代にできたもので、今後活動する可能性はない」と主張する。

 これに対し、規制委は、断層北端に別の活断層があり、連動するとの見解だ。だが、原電の追加掘削調査で、二つの断層はつながっていないことが判明した。

 評価書の根幹は揺らいでいる。原電の主張を支持する専門家も少なくない。

 原電は調査完了まで結論を待つよう要請していたのに、島崎邦彦規制委員長代理は「これまで事故がなかったのは幸い」と断じ、強引に結論を出していた。拙速だったと言わざるを得ない。

 一方で追加調査まで半年も放置してきたことに、「(規制委は)遅滞の責任を問われる」(西川一誠・福井県知事)との指摘もある。規制委は再評価を速やかに進める必要がある。批判的な意見にも耳を傾けてもらいたい。

 これまでの混乱の原因は、自民党検討チームが昨年末、政府と規制委に提言したように、組織運営のまずさと無縁ではあるまい。

 規制委は委員長ら5人の合議制だが、地震については、専門家の島崎委員長代理が事実上の決定権者だ。過去に原発審査を経験した専門家は排除されている。

 全国で停止中の原発の再稼働に向けた安全審査でも、規制委は隣り合う活断層は連動するという前提で、電力会社に耐震性の評価を求めている。連動を否定する電力会社のデータは認めない。

 規制委に対しては、中立性を欠き、独善的との批判が多い。安全審査が当初の想定より長引いているのも、規制委のこうした姿勢が影響しているのではないか。

 偏りのない科学的議論を踏まえた対策が安全性の向上には欠かせない。規制委の改革が急務だ。

2014年1月25日土曜日

「経済の好循環」を言葉で終わらせるな

 安倍政権2年目の実質スタートとなる第186通常国会が始まった。安倍晋三首相は施政方針演説で、企業の収益を雇用拡大や所得上昇につなげる「経済の好循環」を目指すと訴えた。全国津々浦々まで誰もが実感できる景気回復に向けて前進してもらいたい。

 首相は演説で、賃金や消費など経済指標が過去1年間、いずれも好転したことを例示して「景気回復の裾野は着実に広がっている。この道しかない」と強調した。アベノミクスにより、株高などの成果が出ていることは評価できる。

 この勢いを持続できるかどうかは成長戦略にかかる。首相は国会開幕に先立ち、世界経済フォーラム年次総会(ダボス会議)で「さらなる法人税改革に着手する」と国際公約した。規制改革でも「既得権益の岩盤を打ち破るドリルの刃」となると力説した。

 その言やまさによしだが、問題は実行力だ。4月に消費税率引き上げがあり、それに伴う消費の落ち込みへの備えを万全にする必要がある。6月に打ち出す新たな成長戦略で農業分野などの岩盤規制が温存されれば、アベノミクスへの信頼感は損なわれかねない。

 政府は今国会に、医療分野の研究開発の司令塔となる日本版NIHを創設する日本医療研究開発機構法案などを提出する。ただ、前国会で成立させた国家戦略特区法のような目玉法案はあまりない。

 予算案審議などの過程で、マーケットの期待をいかにつなぎとめるかが重要になる。

 懸念されるのは、政策の優先順位付けだ。施政方針演説は安倍カラーがかなり鮮明だった。第2次政権になって初めて国会演説で「集団的自衛権について対応を検討していく」との方針を鮮明にし、教育分野では「道徳を特別の教科と位置付ける」と明言した。

 集団的自衛権を巡る憲法解釈の変更は進めた方がよいが、経済再生がおろそかになっては困る。連立政権の安定のためにも、公明党との安保政策の溝は時間をかけて埋めていかねばならない。

 衆参ねじれ解消後の最初の国会だった前国会は「成長戦略実行国会」と銘打ちながら、やや強引な国会運営の結果、特定秘密保護法を巡る与野党対立ばかりが目立った。首相はこのところの講演で「強い経済を取り戻すことが政権の最優先課題だ」と語ることが多い。その言葉を忘れずに、今国会に臨んでもらいたい。

経済でも冷え込む日韓関係

 韓国経済は回復基調にあるものの、その足取りはなお鈍い。低成長からの脱却は、2年目を迎える朴槿恵(パク・クネ)政権の主要課題になりそうだ。

 韓国銀行(中央銀行)が発表した2013年の実質国内総生産(GDP)の成長率は、前年比で2.8%となった。世界景気の回復で輸出が底堅く推移したほか、政府の景気刺激策もあって民間消費が増えた。GDPの伸び率は3年ぶりに前年を上回った。

 今年は3%台後半の成長率を見込んでいる。ただ、不確定要因は多い。とくに懸念されるのは為替のウォン高だ。電子や自動車など主力輸出企業の競争力に陰りが見えており、最大手のサムスン電子は昨年10~12月期の営業利益がほぼ2年ぶりに減益に転じた。

 こうしたなか、朴大統領は年初に3カ年の経済刷新計画を打ち出し、規制緩和や起業支援で内需産業を育成する方針を示した。

 輸出立国の韓国は一部の大手輸出企業が経済をけん引している。一方で、国内では貧富の格差や若年層の失業問題が深刻だ。新計画の策定は輸出依存の経済構造を見直すとともに、国民の不満を和らげる狙いがあるのだろう。

 韓国景気の懸念要因といえば、経済のつながりが深い日本との関係も気がかりだ。昨年は韓国の対日輸出が落ち込み、韓国を訪れる日本人観光客も急減した。昨年1~9月の申告額ベースの日本の対韓投資は約4割も減少した。

 日韓は新政権発足後、歴史問題をめぐる対立から一度も首脳会談を開いていない。政治的な関係の冷え込みが経済にも波及しているのは明らかだ。両国の政権はそのことをもっと自覚してほしい。

 懸案は歴史問題だけではない。経済でも日韓の自由貿易協定(FTA)交渉の再開、韓国が参加に意欲を示す環太平洋経済連携協定(TPP)交渉での協調など課題は山積みだ。そもそも政治対立が緩和されれば、貿易や投資環境にもプラスに働く。いつまでも、いがみあっている時ではない。

施政方針演説―明るさの裏側には?

 第2次安倍政権になって2度目の通常国会が召集された。

 6月までの会期中に、消費税率が引き上げられる。原発の再稼働や、集団的自衛権の行使容認の是非も議論される。日本の針路にかかわる重いテーマがひかえている。

 論戦に臨む安倍首相がきのうの施政方針演説でみせたのは、表向きの明るさだった。

 「やれば、できる」。首相はこの言葉を4回繰り返した。

 次の東京五輪を、日本が生まれ変わるきっかけとする。東日本大震災の被災者の住まいを一日も早く再建する。こうした文脈の中でのことだ。

 衆参のねじれを解消した首相が「やれば、できる」と意を強くするのはわからないでもない。演説を貫いたのは、日本の未来への楽観的なトーンだ。

 指導者が明るい未来を語ることに意味はある。だが、どうにも違和感をぬぐえない。

 首相が力を入れる経済では「三本の矢によって、長く続いたデフレで失われた自信を取り戻しつつある」として、「景気回復の実感を、全国津々浦々にまで届けようではありませんか」と呼びかけた。

 そうなってほしい。ただ、多くの国民には、目の前に迫った消費税アップが気にかかる。

 支出をどう切り詰めるか、売り上げへの悪影響をどう防ぐか。多くの家庭や企業が頭を悩ませているのが実情だろう。

 一方、増税が医療・介護や子育て支援の充実に本当につながっていくのか。お年寄りや小さな子どもがいる世帯にとって、これもまた切実な問題だ。

 首相は消費税対策について、5・5兆円の補正予算などの経済対策で「持続的な経済成長を確保する」という。

 その実体は公共事業頼みのバラマキ予算だ。こんな旧態依然の金遣いで、ますます難しくなる社会保障の受益と負担のバランスをとっていけるのか。疑問は尽きない。

 首相は教育改革や女性の積極登用を具体的に語る一方で、原発や集団的自衛権については深入りを避けた。

 例えば原発では「原子力規制委が定めた厳しい安全規制を満たさない限り、再稼働はない」と、これまでの見解をなぞっただけだ。

 東京都知事選の投票日までは「触らぬ神にたたりなし」という姿勢だとしたら、不誠実と言われてもしかたあるまい。

 首相が多くを語らなかったことこそ、もっとも議論されるべき課題だ。そこをごまかして、なんのための国会だろう。

大リーグ挑戦―機会を広げる工夫を

 高給選手に慣れっこのニューヨーカーたちでさえ、驚きの声を上げる契約だった。

 7年契約の総額1億5500万ドル。日本円で161億円。

 プロ野球の楽天を日本一に導いた田中将大投手が、大リーグの名門ヤンキースに移る。

 楽天の優勝が多くの人々を感動させたように、スポーツの魅力の一つは、努力でつかむ夢の達成にある。

 田中投手が破格の評価で大リーグ入りするのも、日米間の海を超えた「アメリカンドリーム」といえるだろう。

 先人の野茂英雄投手が渡米したのは1995年だった。優れた選手の流出防止が叫ばれた当時からは隔世の感がある。

 選手が高みをめざして大リーグに挑む流れは止められない。ならば、選手、球団、ファンのだれもが納得できるルールの整備をもっと進めるべきだ。

 田中投手が使ったポスティングシステムという制度は、先月に日米間で新たに結ばれた。

 それまでは、日本の球団に払う譲渡金で最高額を入札した米国の1球団だけに、契約の交渉権が与えられていた。

 新制度では、入札額の上限を2千万ドルとし、それを支払う用意のある米球団すべてが交渉に参加できるようになった。

 結果的に獲得競争が激化し、楽天から見れば、チームの大黒柱を少ない見返りで米国に手放す結果になった。

 日本球団だけが割を食う制度ではバランスを欠く。2年後に制度の見直しが予定されており、球界全体が繁栄できる仕組みを米国と粘り強く交渉しながら築いていく必要がある。

 日本側には狭量といわざるをえないルールもある。ドラフトを拒んで海外の球団に入った場合、退団しても高卒は3年間、大卒・社会人出身は2年間、日本の球団と契約できない。

 まずはこんな懲罰的な手法で選手を引き留める発想はやめた方がいい。米国で挫折しても、すぐ帰国してプレーしたくなるような舞台を用意する取り組みのほうがずっと健全だ。

 選手が海外に移る道としては入札制度のほかに、フリーエージェント(FA)権の取得もある。それには日本で9年間のプレーを義務づけている。そんな条件をゆるめる議論も避けて通れないだろう。

 グローバル化の波はプロスポーツ界も例外ではあり得ない。子どもたちの目線の先に世界があるのは望ましい。どの選手にも存分に力を試す機会を与えつつ、国内プロの隆盛も図る工夫と努力が求められている。

施政方針演説 不屈の精神で懸案解決に挑め

 「何事も、達成するまでは、不可能に思えるものである」

 安倍首相が施政方針演説の冒頭、南アフリカのネルソン・マンデラ元大統領の言葉を引用した。日本が直面する多くの難題に、不屈の精神で挑む決意を示したものだ。いかに結果を出すかが問われよう。

 通常国会が開幕した。

 首相が「好循環実現国会」と銘打ったように、経済政策「アベノミクス」によるデフレ脱却に最優先で取り組む必要がある。4月の消費税率引き上げによる悪影響を最小限に抑えねばならない。

 一方で、「地球儀を俯瞰ふかんする視点で戦略的なトップ外交」を進める意向を示した。「いかなる課題があっても首脳同士が対話することで物事が動く」と強調した。

 ただ、中国、韓国との関係は冷え切ったままだ。北朝鮮の拉致、核・ミサイル問題の進展には、中韓両国の協力が欠かせない。関係改善に取り組まねばなるまい。

 中国の急速な軍事力増強を踏まえれば、外交・安全保障政策をより能動的に展開すべきだ。

 首相は、国際協調主義に基づく「積極的平和主義」を演説の一つの柱とした。米国と手を携え、世界の平和と安定に積極的役割を果たす。それが日本の安全を守る道だという考え方を支持したい。

 昨年末に創設した国家安全保障会議を十分機能させるには、米国などと機密情報を共有できるよう制定した特定秘密保護法の施行へ準備を急ぐことが肝要である。

 次の課題は集団的自衛権の行使を禁じた憲法解釈の見直しだ。

 首相は、今春に有識者会議の報告を受けて政府の対応を検討する考えを示している。内閣法制局などの抵抗で長年困難とされてきた集団的自衛権の問題に、首相主導で終止符を打ってもらいたい。

 日米同盟を強化するには、日本を守っている米軍が攻撃を受けても日本は何もできない、という片務的な関係をできる限り是正していくべきだろう。

 米軍普天間飛行場移設問題は沖縄県知事が辺野古移設に伴う公有水面埋め立てを承認し、ようやく動き始めた。政府には、返還が確かなものになるよう地元の説得を含め一層の努力が求められる。

 首相は、政策実現を目指す「責任野党」とは真摯(しんし)に協議すると語った。野党の一部にも、政府に反対一辺倒ではなく、是々非々で対応する機運が高まっている。

 与野党には、国会改革や選挙制度改革、憲法改正などで建設的な議論を期待したい。

東京五輪組織委 オールジャパンで祭典準備を

 2020年東京五輪・パラリンピックの運営母体となる大会組織委員会が発足した。

 今後、国際オリンピック委員会(IOC)と調整を図りながら、開催準備を進めていくことになる。

 政府、東京都、日本オリンピック委員会(JOC)、経済界が一体となったオールジャパンの準備体制を築き、大会を成功に導かねばならない。

 組織委の会長には、森元首相が就任した。森氏は、日本体育協会、日本ラグビー協会の会長を務めるなど、スポーツ界全般にも幅広い人脈を持つ。それをフルに生かし、組織委内の意思疎通を図ってもらいたい。

 組織委は来年2月までに開催基本計画をまとめ、計画遂行の指揮を執る。PR活動も展開する。

 6年後の大会終了までに必要な運営費3000億円を確保するため、多くの企業からスポンサー料や寄付金を募る必要がある。副会長に内定した豊田章男トヨタ自動車社長の手腕に期待がかかる。

 実務を取り仕切る事務総長には、元財務次官の武藤敏郎氏が就いた。限られた財源の有効活用に留意することが肝要だ。

 国費を投入する新国立競技場の建設費は当初、1300億円とされたが、デザイン通りに建設すると3000億円にまで膨らむことが分かった。巨大過ぎるとの批判も高まり、延べ床面積の縮小などで1700億円に圧縮した。

 こうした甘い見積もりを繰り返せば、開催計画全体への不信感が広がるだろう。

 大会組織委については、2月初めまでに発足させることが、IOCとの契約で決まっていた。

 ぎりぎりのスタートとなったのは、猪瀬直樹・前都知事の不祥事が影響したためだ。都知事は組織委会長の人選を協議する役割を担っていたが、不在のまま会長が決まる想定外の事態となった。

 組織委においても、都知事の責任は重い。2月9日投票の都知事選で選ばれる新知事は、森会長、下村五輪相、竹田恒和・JOC会長らとともに、「調整会議」のメンバーとして、大会運営に関わる重要事項の調整にあたる。

 競技場建設のために都が保有している4000億円の基金の使途にも、責任を持つ必要がある。パラリンピックに備え、都心のバリアフリー化の推進も課題だ。

 大会の円滑な運営のためには、開催都市のトップとして、安価な電力の安定的な確保に努めることも、重要な責務である。

2014年1月24日金曜日

幼保の縦割りなくし待機児童を減らせ

 保育所に入れない待機児童の解消などを目指す新しい子育て支援制度の枠組みが、ほぼ固まった。今後、各地の自治体で、具体的な計画づくりや先行的な取り組みが本格的に始まる。

 だが、新制度は内容が非常に複雑で分かりにくく、幼稚園と保育所の一体化がどこまで進むかも未知数だ。限りがある予算のなかで、親子に必要な支援がより届く制度にしていくためには、議論を深める必要がある。

 2012年に法案が成立し、政府の会議が具体的な仕組みを検討してきた。消費税増税分から7000億円を投じ、15年度から始まる予定だ。自治体は地域の保護者への調査をもとに、必要なサービスの量の見込みと、どう確保するかをまとめた計画を立てる。

 新制度では、パートタイマーとして短時間働く人も保育所の利用対象であることが明確にされた。新たに公費による補助の対象となる小規模保育など新しいサービスの基準も決まった。大規模な保育所より機動的に整備できるため、自治体が上手に組み合わせることで地域の実情に応じた受け皿を増やしやすくなる。

 今後の鍵となるのは、幼稚園と保育所の機能を併せ持つ「認定こども園」がどこまで増えるかどうかだろう。保育所不足や幼稚園の定員割れ対策として06年に国の制度になったが、幼稚園は文部科学省、保育所は厚生労働省という二重行政はそのままで、普及は遅れていた。

 幼稚園と保育所の垣根が高いままでは、地域の人材も施設も効率的に生かせない。今回、課題を見直す形でこども園の新たな基準が設けられ、15年度から再スタートを切る。だがこども園に移行するかどうかは任意で、増えるかどうか疑問視する声も強い。しかも株式会社には参入制限がある。

 女性の生き方は多様であり、例えば専業主婦が新たに働きに出るなど状況も変わりやすい。親が働いているかどうかにかかわらず、同じ場所で子どもが質の高い教育と保育を受けられるようにすることが、時代に合っているのではないか。

 新しい制度では、幼稚園、保育所、こども園へのお金の流れは原則として一本化されるが、例外も残る。国や自治体の体制を含め、保護者にとってより分かりやすく、利用しやすい制度にしていくことが欠かせない。

タイ非常事態で流血避けよ

 タイ政府は首都バンコクと周辺地域に非常事態を宣言した。

 インラック政権の退陣を求める勢力が「バンコク封鎖」を掲げて市内の主だった交差点を占拠して以来、バンコクなどでは不気味なテロ行為が頻発している。

 暴力の連鎖を断ち切り法秩序を立て直すには、非常事態宣言はやむを得ない面がある。ただ、一時的とはいえ政府が強大な権限を掌握する劇薬だけに、運用には繊細な目配りが欠かせない。

 バンコクの非常事態宣言はほぼ4年ぶり。前回は治安部隊とデモ隊の衝突で多数の死傷者が出たうえ、証券取引所や伊勢丹のバンコク店などが焼き打ちに遭う騒乱に発展した。新たな流血を避けるため、デモ隊の過激な行動を誘発しない慎重な対処を期待したい。

 今回のデモのきっかけは、汚職の罪に問われて亡命中のタクシン元首相の帰国に道を開く法律を、与党が制定しようとしたことだった。元首相の実妹であるインラック首相は、反タクシン勢力の反発を和らげる努力も求められる。

 当面の焦点は2月2日に予定される総選挙だ。非常事態宣言の後も政府はデモの排除など強硬措置は控えているが、反タクシン勢力は選挙妨害を公言していて今後の展開は不透明感が拭えない。

 事態の打開が難しい一因は、選挙という仕組みそのものに反タクシン勢力が不信感を持っていることだ。総選挙では与党の勝利が確実とみられ、反タクシン勢力はその主張を反映する結果は期待できないと考えている。

 インラック首相も選挙で勝てるとみて下院解散に踏み切ったのだろうが、であればこそ、反タクシン勢力の不満をくみ取る取り組みを強めなければならない。

 アピシット前首相ひきいる最大野党、民主党の責任も重い。反タクシン勢力の声を国政に反映させる努力と同時に、法秩序の回復へ違法なデモと一線を画す必要がある。勝てそうもないからといって選挙をボイコットするのは、政党として本末転倒だ。

精神科医療―病院と地域の溝うめよ

 精神疾患で入院している患者は日本に約32万人。入院患者全体のほぼ4人に1人にあたる。

 そして年間2万人が病院で人生を終える。何年も入院生活を続け、年老いた統合失調症の患者も多いとみられる。

 こんな状況をいつまでも放置しておくわけにはいかない。

 病院から地域へ。

 日本の精神科医療に突きつけられてきたこの課題について、厚生労働省が近く新たな検討会を立ち上げる。

 議論の中心テーマは、既存の精神科病院の建物を居住施設に「転換」して活用するかどうかである。

 日本には精神科のベッドが突出して多い。人口あたりで見ると、先進国平均の約3・9倍になり、入院期間も長い。

 厚労省は10年近く前、大きな方向性を打ち出した。

 入院は短く、退院後は住みなれた地域で、訪問診療や看護、精神保健の専門職に支えられて暮らす――。

 しかしこの間、入院患者の数に大きな変化はない。改革の歩みはあまりに遅い。

 背景には、精神科病院の9割が民間という事情がある。単にベッドを減らせば、入院の診療報酬に支えられてきた経営が行き詰まる。借金は返せなくなり、病院職員も仕事を失う。

 そこで病院団体側は、病院の一部を居住施設に転換できるよう提案し、国の財政支援を要望している。

 これに対して、地域への移行を望む患者や支援者は「看板の掛け替えに過ぎず、病院が患者を囲い込む実態は変わらない」と強く反発してきた。

 この対立の構図に、いま変化が起きている。患者の退院と地域移行の支援で実績を上げてきた団体が、「転換型」の議論に意欲を示しているからだ。

 病院のままでは、入院患者に外部の専門家からの支援を届けにくい。居住施設になれば、患者に接触してその要望を聞き取るのが容易になり、本格的な地域での暮らしにつなげやすい。そんな考え方が背景にある。

 むろん制度設計や運用次第で「看板の掛け替え」に終わる危険性も否定できない。反対する側が抱く不信感の源がどこにあるのか、丁寧にひもとく作業が大前提となる。

 新年度の診療報酬改定でも、退院促進や在宅医療を充実させる方向が打ち出された。これを追い風に、病院中心から地域中心への流れを加速させたい。

 病院と地域の溝を埋め、患者が元の生活に戻りやすくする知恵を今こそ絞るべきだ。

都知事選告示―成長より成熟の知恵を

 五輪が決まり、東京は成長への期待にそこはかとなく華やいでいる。しかし、開催年の2020年は、祝祭の裏で東京が曲がり角を迎える年でもある。

 都の予測によれば、東京はこの年を境に人口減に向かう。

 しかも、都民の4人に1人が65歳以上、そのまた4人に1人が一人暮らしとなる。25年には15歳未満の人口が1割を切る。

 前回五輪は「育つ東京」の象徴であり、原動力だった。交通網が広がり、地方から若い働き手が流入して街は膨らんだ。

 50年たった今、人も街もくたびれてきた。直面するのは「老いる東京」「縮む東京」という難題だ。首都直下地震も30年以内に70%の確率で来るという。

 暮らしの安心をいかに保障するか。きのう告示された都知事選の主な候補者もその訴えに力を入れている。

 福祉を最重点とするのは宇都宮健児氏だ。「石原・猪瀬都政で削られてきた福祉予算を増やし、特別養護老人ホームや保育所の待機者を減らす」と説く。

 一方、元厚生労働相の舛添要一氏は「ハコモノを造って高齢者を収容する発想ではなく、街の人が面倒をみてくれる地域包括ケア」を訴える。

 細川護熙氏は「人口構造の変化に応じ、インフラは維持更新中心として新規建設を抑える」と訴え、経済成長至上主義からの転換を打ち出した。

 田母神俊雄氏は自衛隊での経験から、災害時に自衛隊などが自ら即応できる救助体制づくりを説いている。

 根本的には、東京全体の街づくりの未来図をどう描くかが問われていると言えるだろう。

 いま1300万人余の人口は2060年には1千万人ほどに減るという。成長を前提にできない以上、何に優先的に資金を投じるか選ばざるをえない。

 限られた資金と時間で、地震が来るまでに木造家屋の密集地域を火に強くし、道路や上下水道など古びたインフラを繕わねばならない。若い世代が減り、施設も足りないなか、大勢の高齢者が地域で暮らせる街をどうつくるかも迫られている。

 大量消費の都市生活や防災対策の見直しには原発をはじめエネルギー政策の視点は欠かせない。五輪に必要な整備を防災に生かす工夫も考えるべきだ。

 東京と地方の格差同様、都内も格差が広がる。人口減と高齢化は都心より郊外で早く進む。

 いびつに太ったまま老いつつある街。いかにゆがみを正し、スリムにし、足腰を強めるか。

 聞きたいのは、成長の夢よりも成熟への知恵である。

都知事選告示 東京の課題を幅広く論じよ

 東京都知事選が告示された。首都が直面する課題は多い。2月9日の投票日に向け、候補者は活発な論戦を展開してもらいたい。

 自民、公明両党が支援する元厚生労働相の舛添要一氏、元首相の細川護熙氏、共産、社民両党が推薦する前日本弁護士連合会長の宇都宮健児氏、元航空幕僚長の田母神俊雄氏らが立候補した。

 争点に浮上してきたのが、原子力発電所の問題だ。出馬を後押しした小泉元首相とともに、細川氏が「即原発ゼロ」を掲げたことで、耳目を集めている。宇都宮氏も「脱原発」を公約としている。

 舛添氏は、「中長期的に原発に依存しない社会を構築していく」と訴えている。

 電力の大消費地である東京で、エネルギー問題を論じることに一定の意義はあろう。

 しかし、脱原発を言うなら、安価な電力を安定的に確保する具体策を示さなければ、非現実的で無責任だ。火力発電の急増による経済、家計、環境への悪影響をどう考えるのかも聞きたい。

 都知事には、原発の存廃を決める権限はないのに、どう脱原発を進めるのか。

 猪瀬直樹前知事が、5000万円の受領を巡って辞職したのを受けた知事選だけに、「政治とカネ」の問題は避けて通れまい。

 東京佐川急便からの1億円借り入れ問題で、20年前に首相を辞任した細川氏は、「返済した」と強調している。だが、借り入れの目的などについて、より丁寧な説明が求められよう。

 新しい都知事には、2020年東京五輪・パラリンピックの準備を遅滞なく進める責務もある。

 細川氏は開催返上論を唱えていたが、「過大な施設計画を見直す」と考えを変えた。舛添氏は「史上最高の五輪」を目指すという。

 少子高齢化対策も重要なテーマである。20年には東京の人口のほぼ4人に1人が高齢者になる。都内の合計特殊出生率は全国で最低水準にある。

 舛添氏は、厚労相を務めた経験を生かして社会保障制度を充実させると訴える。医療・介護サービスの向上や育児支援に、限りある財源をどう使うか。各候補者にとっては知恵の出しどころだ。

 首都直下地震に対する備えについては、具体的政策が問われている。木造住宅密集地の不燃化は喫緊の課題である。

 都議会と信頼関係を築き、着実に政策を実行に移せる人物を有権者は見極めてほしい。

シリア国際会議 和平への道筋は見えてくるか

 流血を止める道筋は見えてくるのだろうか。

 シリア内戦の終結を目指す国際和平会議の閣僚級協議が、スイス・モントルーで行われた。

 3年近い内戦を通じてアサド政権と反体制派が話し合いのテーブルにつくのは初めてだ。和平に向けた節目としたい。

 国連主催の協議には、日米など40余りの国や国際機関の代表が参加した。2012年にジュネーブで開かれた関係国会合の合意に基づき、反体制派を含む移行政府の樹立を話し合った。

 だが、閣僚級協議は、政権と反体制派代表の「国民連合」の主張がかみ合わず、他の出席者も巻き込んだ非難の応酬に終始した。前途の険しさを示したと言える。

 シリア外相は、内戦を「テロとの戦い」と位置づけ、強気の姿勢で反体制派を非難した。化学兵器廃棄に協力していることで外交的立場が強まり、戦場でも優勢を保っているからだろう。ロシアも政権の擁護に回った。

 これに対し、国民連合議長は、アサド大統領退陣を訴え、その上で移行政府を樹立すべきだと主張した。ただ、国民連合は、傘下組織の離反が相次いで、反体制派をまとめ切れていない。国際社会の信頼も限定的だ。

 今回の協議で、米国は国民連合に同調した。英国や日本のように国民連合を含む移行政府樹立を支持しつつも、アサド退陣を明示的には求めない国も多かった。

 内戦の死者は12万人を超え、約900万人が、難民や国内避難民となっている。この危機を一刻も早く終わらせるため、関係各国はさらに努力せねばならない。

 混乱に乗じ、国際テロ組織アル・カーイダ系のイスラム過激派武装勢力が影響力を増していることも情勢を一層複雑化している。

 アサド政権と国民連合は、閣僚級協議に続き、ジュネーブで直接交渉を行う予定だ。

 注目されるのは、米露外相が、北部アレッポに限定した停戦を提案していることである。国連は直接交渉で、政権と国民連合双方に、提案受け入れを働きかける。

 交渉は難航確実だが、部分停戦でも実現できれば、紛争地の住民に人道支援を届けられる。合意形成に全力を挙げてもらいたい。

 閣僚級協議には岸田外相が出席し、難民支援などへの取り組みを強化していると述べた。日本の表明した人道支援額は、合計4億ドル(約420億円)に上る。今後もシリアの安定に向け、日本のできる貢献が問われ続けよう。

2014年1月23日木曜日

政策を軸に新しい首都の顔を選ぼう

 東京都知事選が23日に告示され、選挙戦が本格的に始まる。今回選ばれる都知事は1200万人を超す都民の安全や安心を担うと同時に、6年後に開催される五輪に向けた新しい顔になる。

 知事選には前日本弁護士連合会会長の宇都宮健児氏、元航空幕僚長の田母神俊雄氏、元首相の細川護熙氏、元厚生労働相の舛添要一氏らが出馬の意向を表明している。自民、公明の両党が舛添氏を支援し、共産、社民両党が宇都宮氏を推薦している。細川氏は民主党が勝手連的に支援する方針だ。

 都政の最大の課題はやはり五輪の準備だろう。それは競技施設や選手村の整備だけではない。首都高速道路の更新や東京外郭環状道路の建設のような都市基盤の再整備も必要になる。

 街の景観を改善し、バリアフリー化を進めることも欠かせない。日本経済をけん引する東京の国際競争力を高める意味でも、一定の投資は不可欠だろう。

 各候補者にはまず、五輪やそれに関連する都市づくりに臨む姿勢をしっかりと聞きたい。この点で「五輪返上論」に一時言及していた細川氏は気になる。

 五輪が開催される20年ごろには東京は新しい局面に入る。人口が減少に転じ、都内の高齢者、特に一人暮らしの高齢世帯が急速に増えるためだ。石原慎太郎元知事以降の都政では高齢者福祉の優先度は低かった。少子化対策でも都は後手に回ってきた。

 舛添氏や宇都宮氏は介護や医療の充実を訴えている。限られた財源のなかでどの施策に注力するのか、具体策を提示してほしい。

 首都直下地震への備えも重要だ。都内には建物の倒壊や火災の危険性が高い木造住宅密集地域が広がっている。東日本大震災後の電力事情を踏まえれば、再生エネルギーを普及し、電力の自給率を高める必要もあるだろう。

 都知事の発言力は全国の首長のなかでも抜きんでている。それだけに候補者の主張は毎回、多岐にわたるが、原発政策のような都知事の権限を越えた問題を最大の争点にすることには疑問がある。

 細川氏の政策発表が22日までずれ込んだこともあって、今回は主要な候補者を集めた討論会すら開かれていない。それでなくても都知事選は人気投票になりがちだ。

 掛け声だけでなく、実現可能な政策を掲げているのは誰か。有権者の眼力も問われるだろう。

安全軽視の体質に切り込め

 もはや自浄能力による再生は困難ではないか。そんな懸念さえ抱かせるほど、北海道旅客鉄道(JR北海道)には安全を軽んじて顧みない意識がはびこっていた。

 昨年起きた函館本線の脱線事故をめぐり、補修が必要なレールが270カ所で放置され、レールの検査データが改ざんされていた事実まで発覚したことから調査を進めていた。その結果、データの改ざんは44ある保線担当部署のうち7割超の33部署に上ることがわかった。保線担当者の16%は改ざんに手を染めた経験があった。

 データの改ざんには本社の社員もかかわっていた。改ざんを前任者から引き継いだとの証言もある。鉄道会社として、あってはならない異常な事態である。

 国土交通省は鉄道事業法にもとづく2度目の事業改善命令と、JR会社法による監督命令を出す。当然の措置といえる。

 国交省やJR北海道のこれまでの調査では、なぜこのようなずさんな保線管理がまん延したのか、なお明確にはなっていない。この点に切り込まなければ、効果的な対策が打ち出せない。

 同省は安全対策を監視する第三者委員会の設置を求めている。こうした外部の目も活用し、本社と現場の意思疎通のあり方など、安全軽視を生んだ企業体質を根本から見直すべきだ。

 設備の修繕や更新など安全対策に必要な資金を確保できるようにすることも求められる。

 JR北海道は営業エリアが広く路線距離が長いが、地域内の人口は少ない。積雪対策の費用もあって営業損益は赤字が続き、旧国鉄を分割・民営化する際に国が用意した経営安定基金の運用益で穴埋めしている。慢性的な資金難で設備投資が不十分になったとも指摘されている。

 人口減少で鉄道経営を取り巻く環境は厳しさを増す。国は同社の安全への取り組みを監督するだけでなく、自立して事業を営めるようにするための経営改革を促していく必要がある。

死刑囚の証言―真相求め続ける一助に

 死刑の執行を待つ人間が、自分の事件を公の場で語ることはほとんどない。

 だが、その言葉には、事件の真相を改めて考えさせる手がかりが確かにあった。

 オウム真理教事件の裁判員裁判で、元教団幹部の中川智正死刑囚が証言した。17年近く逃亡していた平田信(まこと)被告の共犯者として法廷で尋問された。

 過去に死刑囚が証言した4例のうち、法廷では1例だけ。残る3例は、拘置所に裁判官らが出向いていた。

 今回も検察側は、移送中の警備や本人の心情への影響を案じて出張尋問を求めた。だが、東京地裁は特別扱いの必要はないとして法廷を選んだ。

 その判断は正しかったというべきだろう。

 裁判員と遺族らが、犯罪に手を染めた当事者の選ぶ言葉をじかに聞き、その表情と語りぶりを見届けることができた。

 それは裁判記録だけでは語り継げない生身の情報だ。

 証言は、妹を脱会させようとした男性を教団が拉致した事件について行われた。医師だった中川死刑囚が麻酔をし、のちに男性は死亡した。

 真っ先に口にしたのは謝罪だった。そのうえで「ちゃんと証言します」と明言した。遺族も公判後、「真剣、正直に証言しようとした」と評価した。

 新事実は出てこなかった。だが、年月を経て、死刑囚という立場になり、事件をどう見ているかが伝わった。

 拉致の現場で計画が思うように進まなかった時点で、中止できなかったのか。やめれば、教祖に背くことになるのか。

 その問いには、「いや、そこがこの事件の引き際だった。ここでやめておけばよかった」。そう、あっさり述べた。

 では、なぜ、実際に引き返さなかったのか。ひとごとのような言葉にも聞こえる。だが、そんな自制心の喪失こそが組織を暴走させたのかもしれない。

 どれほど事実の断片を集め、肉声を聞いても掘り尽くせない真相の闇は残る。それでも、同様の犯罪をうまないため、社会が共有すべきことはもっとあると感じさせられる。

 死刑囚はついたてで囲われ、傍聴席からは見えなかった。地裁は、証人への配慮というが、今回証言する3死刑囚は全員、それは不要と言っている。

 そもそも法廷証言は重いものだが、これほどの事件であればなおさら意味が大きい。性犯罪などで証言の負担が明らかなケースでない限り、法廷の公開の原則は尊重されるべきだ。

東京都知事選―「脱原発」の道筋語れ

 告示前日にやっと主な立候補予定者の政策がそろい、東京都知事選の舞台が整った。

 原発の問題は、地方選挙である都知事選の争点にふさわしいか。年明けに元首相の細川護熙氏が出馬の意向を示して以来、論争が巻き起こった。

 東京はこれから人口減と超高齢化の時代に入る。首都直下地震の脅威も迫る。大量消費と膨張から、効率と安心へ。街づくりの転換が課題となる。その一環としてエネルギー政策を語る意義は大いにある。

 現実問題として東京電力の原発はいま一基も動いていない。原発ぬきの電力政策は絵空事ではなく、切実に考えざるをえない課題でもあるはずだ。

 主な顔ぶれのうち、3氏が脱原発の立場を取っている。問われるのは具体的な道筋だ。

 細川氏は「原発即ゼロの方向を明確にすることこそ、都民の生命財産を守る知事の最大、最重要課題だ」と位置づけた。専門家による戦略会議を設け、海外の再生可能エネルギーの先進施策を採り入れるという。

 日弁連前会長の宇都宮健児氏も再稼働を認めないとし、「福島に加え、柏崎刈羽原発の廃炉を東電に提案する。新潟県ともタッグを組みたい」と語る。

 元厚生労働相の舛添要一氏は段階的な原発依存脱却を説く。省エネ徹底のほか、東京のエネルギー消費量に占める再生可能エネルギーの割合を、2割程度まで高めることを掲げる。

 都はすでに「2020年までに再生可能エネルギー20%」の目標を打ち出している。ただ、都単独では難しく、東北の風力発電からの購入など生産県との連携や、国の電力改革が前提になるという。また、都は東電の大株主とはいえ、保有比率は1・2%にすぎない。

 脱原発は東京単独ではできない。きれいごとばかりでもすまない。電気料金への影響や、電気を大量に使う暮らしの見直しなど、都民の負担や理解を得なくては進まない面もある。

 だからこそ実行可能なビジョンを示し、代替エネルギーの普及に努め、国と東電に電力改革を働きかける。雇用や財政基盤を憂える原発立地自治体の振興にも協力する。知事にはそんな構想と交渉の力が要るはずだ。

 告示前は立候補予定者がそろわずに公開討論会が中止されるなど、注目度の割に政策論議は低調だった。有権者は脱原発の包み紙ばかり見せられてきた。

 箱の中身はどう違うのか。原発を認める立場の元航空幕僚長の田母神俊雄氏らも含め、実のある論戦を期待する。

ノロウイルス 入念な手洗いで感染を防ごう

 ノロウイルスが猛威を振るっている。全国各地で集団食中毒が後を絶たない。手洗いの励行で感染拡大を防ぎたい。

 浜松市で今月、給食の食パンを食べた1000人以上の小学生らが嘔吐おうとや下痢などの症状を訴え、学校閉鎖が相次いだ。

 京都市の病院では、約100人の患者らが症状を訴え、うち4人が死亡した。一部の患者からノロウイルスが検出された。

 発症すると、激しい嘔吐や下痢、腹痛に襲われる。大人の場合、数日で治るが、抵抗力が弱い乳幼児や高齢者は重症になりやすい。嘔吐物をのどに詰まらせて死亡する高齢者も少なくない。

 厚生労働省の速報値によると、昨年12月の患者数は約1700人に上る。大流行した2006年ほどではないが、年が明けても患者は増えている。流行は2月まで続くという。警戒を怠れない。

 家庭や学校、職場で、予防の意識を高めることが重要だ。

 ノロウイルスは、患者の便や嘔吐物、加熱が不十分な二枚貝などに潜んでいる。感染力が強いことが、最大の特徴だ。わずかな数のウイルスが体内に入っただけで、感染してしまう恐れがある。

 ノロウイルスが付着したドアノブを触った手から経口感染する。床に飛散した嘔吐物の消毒が不十分だと、乾燥したウイルスが舞い上がり、感染が広がる。

 家族が発症したら、タオルを共用せず、ペーパータオルを使う。衣服は別々に洗濯する。こうしたことが感染防止に役立つ。

 医療機関や介護施設などは、集団感染に細心の注意を払わねばならない。入院患者や入所者の体調の変化に留意する必要がある。

 やっかいなのは、感染者が自覚症状のないまま感染を広げるケースがあることだ。浜松市の場合、給食の食パンを納入していた製パン会社の従業員4人からノロウイルスが検出されたが、いずれも体調不良は訴えていなかった。

 この製パン会社では、従業員にマスクや手袋の着用を指示していたが、防ぎきれなかった。

 食品会社は、従業員にトイレの後や調理前の手洗いを徹底させるのはもちろん、調理器具を十分に消毒することが大切だ。

 ノロウイルスに対し、アルコール消毒は効果がない。衣服は85度以上の熱湯に1分以上浸す。調理器具には、塩素系の消毒剤を用いることがポイントだ。

 ノロウイルスにはワクチンや治療薬がない。だからこそ、予防に万全を期すことが重要である。

米情報機関改革 「盗聴」で問われた監視体制

 安全保障とプライバシー保護をどう両立させるか。米情報監視体制の実効性が問われている。

 米国のオバマ大統領が国家安全保障局(NSA)による情報収集活動の改革案を発表した。

 改革案は、情報収集活動に対する監視を強化し、活動の透明性を高めることや、同盟国や友好国の首脳への通信監視を原則として行わない方針などを盛り込んだ。

 NSAは通信傍受を主任務とするが、元中央情報局(CIA)職員が持ち出した機密文書により、大がかりな盗聴や通信記録の収集の実態が暴露され、国内外から激しい批判を浴びた。

 同盟関係を結ぶドイツのメルケル首相ら外国首脳の携帯電話や電子メールを傍受していたとされたことは、外交問題に発展した。

 国際社会で米国への信頼を取り戻すために、オバマ氏の打ち出した改革は妥当だろう。

 もとより、ドイツなどの首脳にとって、米国が通信監視をやめても、他国からの監視がなくなるわけではない。同盟国にも独自の防諜ぼうちょう体制の確立が求められる。

 NSAが米国内で収集し、保管している膨大な電話通話記録は、電話番号や通話日時を記したものだ。米国では、政府の市民に対する情報収集は行き過ぎだとして、すでに訴訟も起きている。

 政府が記録を乱用するのを防止するために、オバマ氏が通話記録を政府内で保管せずに、外部の機関に保管を委託する方針を示したのはもっともである。

 一方、オバマ氏は、NSAの情報収集活動として通信傍受は今後も継続する、と明言した。

 2001年の米同時テロ以降、テロやサイバー攻撃阻止のために通信傍受の役割が重要性を増しているのは間違いない。プライバシー保護のために一定のルールを設けて、情報機関の活動を続ける決意を示したのは、評価できる。

 米国の収集した情報は、他国の安全保障にも役立っている。

 NSAなど米情報機関にとっての今後の課題は、改革の契機ともなった、元CIA職員による機密文書流出のような事件の再発を防ぐことだろう。

 米国内には、元職員を犯罪者というより、内部告発者として扱うべきだとの声もある。情報保全体制に不備な点があるかどうか、検証すべきである。

 米情報機関と情報交換を行う日本にも、機密保護が求められる。特定秘密保護法による体制作りをその第一歩としたい。

2014年1月22日水曜日

岩盤規制を崩し法人税下げに踏み込め

 政府が昨年6月にまとめた成長戦略の実行計画を決めた。今年6月に打ち出す新たな成長戦略の検討方針も明らかにした。

 日本は消費税増税で財政を再建しつつ、効果的な成長戦略で景気回復の基盤を固める必要がある。既存の施策を実行するだけでなく、関係者の抵抗が強い「岩盤規制」の緩和や法人実効税率の引き下げにもっと踏み込むべきだ。

 政府はこの3年間に取り組む成長戦略の施策と実施時期、担当閣僚を明示した。24日召集の通常国会に30本あまりの関連法案を提出し、早期成立を目指す。

 ここでは踏み込めなかった施策を改めて検討し、新成長戦略に反映させる方針も示した。医療、介護、農業などの規制緩和や法人実効税率の引き下げが課題だ。

 今の成長戦略が企業部門の活性化を重視しているのは評価できる。だが国の数値目標が先に立ち、肝心の規制緩和や法人税減税が小粒なのは否めない。その反省を踏まえ、企業の活力を引き出す一層の改革に動くのは歓迎だ。

 問題は本当に実現できるかどうかである。保険診療と自由診療を併用する混合診療の拡大、農地売買の権限を握る農業委員会や農協の見直し、外国人の技能実習制度の拡充といった課題を並べ立ててみても、既得権益を崩せず腰砕けになるのでは意味がない。

 法人実効税率の引き下げも重要だ。復興特別法人税を1年早く打ち切り、2014年度に35%台まで引き下げるが、主要国の25~30%に比べればまだ高い。

 底堅い成長を前提とした政府の試算によると、消費税率を10%に引き上げても、20年度の基礎的財政収支の赤字は国内総生産(GDP)の1.9%に上る。一層の歳入の確保や歳出の抑制が必要なだけに、1%あたり4700億円の減収となる法人実効税率の引き下げをためらうムードは強い。

 それでも先送りは許されない。社会保障費を含む歳出の抑制、法人税の課税ベースの拡大などで財源を賄う工夫をしてほしい。

 「3本目の矢が加速し、日本経済を安定的な成長軌道に乗せることができるか否か。世界はその行方を見定めようとしている」と安倍晋三首相はいう。

 アベノミクスの重心を金融緩和や財政出動から、成長戦略に移せるのか。本丸に切り込めない成長戦略を繰り返すのでは、市場の関心をつなぎ留めるのも難しい。

シリア和平を実現する時だ

 国際社会の力が試される場だ。

 22日からスイスで、内戦が続くシリアの和平を話し合う国際会議が開かれる。日欧米など約40カ国の外相級に加え、シリアのアサド政権と反体制派の代表が初めて同じテーブルにつく。

 この機会を逃してはならない。内戦の当事者と、政権と反体制派のそれぞれに影響力を持つ主要国がそろう会議を停戦の実現につなげてほしい。

 2011年に内戦が始まってからの死者は10万人を超えた。200万人を超える難民が周辺国に逃れた。シリアの人々は先の見えない毎日に疲れきっている。

 国民への弾圧を繰り返すアサド政権の罪は免れない。同時にここまで事態を放置した国際社会の責任も重い。シリアをめぐっては、反体制派を支持する米国や欧州と、アサド政権を支持するロシアや中国の足並みがそろわず、有効な手が打ててこなかった。

 この間に犠牲者が増えただけでなく、反体制派とも一線を画するイスラム過激派が勢力を拡大し、国内は四分五裂の状態にある。

 和平会議は12年にも開かれた。このときは、米国やロシアなどが政権と反体制派の同意を前提とする移行政府の樹立で合意した。

 しかし、内戦の当事者が会議に参加しておらず、合意は実現していない。今回もこのときの考え方が土台となる。民主的な体制への道筋を描くことは大切だ。

 ただ、政権と反体制派の溝は深く、反体制派内でも意見は割れている。一足飛びでの歩み寄りは簡単ではない。今、急がなければならないのは、人道危機を悪化させないことだ。双方が銃を置き、支援物資が人々に届くようにしなければならない。国際社会も停戦の後押しに全力をあげてほしい。

 会議には日本の岸田文雄外相も参加する。シリアでは政権が保有する化学兵器の廃棄作業が始まった。難民の受け入れは周辺国の重荷になっている。日本はこうした支援活動にも積極的に加わっていくことが必要だ。

安重根論争―政治が負の連鎖を断て

 明治維新の立役者の一人で元首相の伊藤博文を暗殺した朝鮮の独立運動家、安重根(アンジュングン)の評価をめぐり、日本政府と韓国、中国両政府が非難しあっている。

 暗殺現場である中国のハルビン駅に、地元当局が記念館を開設したためだ。昨年の安倍首相による靖国神社参拝に対抗した対日圧力の一環とみられる。

 いまの北東アジアに何より必要なのは融和の努力のはずだ。なのに、あえて対立の火種を増やし、言い争いを深める事態を憂慮せざるをえない。

 安重根の評価は、とくに日韓の間で対照的だ。菅官房長官は「死刑判決を受けたテロリストだ」とし、韓国外交省は「独立と東洋の平和のために献身した偉人」と反論している。

 この落差を埋める手だては、容易には見つからない。歴史とは、同じコインの表と裏を見るように、それを評価する者の立ち位置や考え方によって異なる叙述になりがちだからだ。

 9・11テロ事件の直後、当時のパウエル米国務長官はテロの認定の難しさをこう語った。「ある者には『テロリスト』でも、別の者には『自由の戦士』に映るような領域がある」

 パレスチナのアラファト氏や東ティモールのグスマオ氏のように、時に犯罪者、時に英雄とされた例は世界史に数多い。

 日本と中韓が安重根をめぐる自説をぶつけ合っても、生まれるものは争い以外にない。自国の叙述に閉じこもったまま相手の理解のみを求める行為は、もはや外交とはいえない。

 どの国の間にもある永遠の平行線の課題は棚上げし、協調できる結節点を探るのが政治の責務だろう。日中韓の指導者たちにはその自覚が欠けている。

 政府間のさや当てをよそに、韓国民の間では日本との距離を縮めようとの声も出ている。

 韓国の世論調査によると、安倍首相の靖国参拝後でも、半数近くが日韓首脳会談の実現を支持している。

 ソウルでは、長崎・対馬で盗まれた仏像を日本へ返すよう政府に求める訴訟が韓国の市民団体によって起こされた。

 市民レベルや経済界では無為な対立を続けるよりも、新たな互恵の関係をめざす動きが芽生えているのに、政治のリーダーたちはなぜ、負の連鎖を断ち切れないのか。

 自国の歴史観を押し通すことで国内の狭い支持層を喜ばすことはできても、複眼的な視座が求められる外交の地平は開けない。日中韓の指導者は、アジアの未来を描く大局観こそを語り合ってほしい。

JR北海道―国の命令で変われるか

 いわば、安全確保への最後通告である。

 事故が続いたうえ、線路の点検データを改ざんするなど、利用者の信頼を裏切ってきたJR北海道に、国が安全に向けた監督命令を出す。87年に国鉄を分割・民営化し、JR各社が発足して初めてのことだ。

 安全対策が進まないと、経営者らを罰することができる、強制力を伴う命令だ。経営の自主性を重んじる民営化の本旨からいえば、究極の一手といっていい。そこまでの事態に至った責任は極めて重大だ。

 JR北は、改ざんにかかわった社員5人の解雇など、計75人への処分を発表した。ただ野島誠社長は辞職せず、改革に取り組むと強調した。

 国は安全統括管理者の解任も決めているが、社長の続投を支持した。安全第一の観点からすると、判断が甘すぎないか。

 昨年6月に就任した野島社長は改ざん発覚後、2回入院した。11年に当時の社長が自殺し、今月には元社長も自殺とみられる遺体で見つかった。経営陣の混迷ぶりに、利用者の不信感は募る一方だ。

 16年春には北海道新幹線も一部開業する。道民の足である在来線はもちろんのこと、今のJR北では、とても高速列車の運行を任せられない。

 安全確保と信頼回復にはまず、改革の道筋をはっきりさせることだ。

 一連の不祥事で、社内の意思疎通の悪さが浮かんだ。複数労組の激しい対立の影響も指摘される。

 組織を立て直すには、思い切った改革を進められる外部の人材を中心に、経営陣を入れ替えるのが早道だろう。事故を繰り返してからでは遅すぎる。

 JR北の転落は、鉄道事業者にとって他山の石でもある。

 今では信じがたいが、JR北はごく最近まで、技術力が高いと業界内で評価されていた。鉄道は、安定した設備があり、多くの専門部署が複層的に働くことで安全が保たれる。

 だがJR北は、設備への適切な投資を怠り、専門職員も過度に削った。安全は損なわれ、現場の士気も低下した。

 効率化を優先した国鉄改革の負の側面が如実に出たともいえる。公共交通の経営で、カネと人のバランスを保つ大切さをかみしめる必要がある。

 国は11年度からの10カ年で、経営基盤の弱い北海道、九州、四国、貨物のJR4社の設備投資に2390億円の支援を進める。これを効果的に活用し、安全設備の強化を急ぐべきだ。

JR北海道 安全重視への体質改善を急げ

 保線データ改ざんなどの不祥事が続くJR北海道は、命令を重く受け止め、安全軽視の体質を一掃せねばならない。

 国土交通省がJR北海道に対し、JR会社法に基づく監督命令と、鉄道事業法の事業改善命令を通知した。鉄道事業本部長を安全統括管理者から解任することも命じている。

 鉄道会社に対する監督命令と解任命令は初めてだ。JR北海道は2011年の特急列車脱線炎上事故でも事業改善命令を受けた。再度の改善命令も、前例はない。

 鉄道会社で最も重視すべきは安全の確保である。厳しい気象条件の下で運行するJR北海道には、なおのこと徹底が求められる。安全対策がずさんな組織を立て直すには、異例の命令を発する必要があったと言える。

 改ざんについて、国交省は刑事告発を検討している。実態の徹底解明に避けて通れない。

 JR北海道の野島誠社長は記者会見で、「危機的状況にある。安全な鉄道の再構築に向けて全力で取り組む」と述べた。一から出直す覚悟で改革に臨むべきだ。

 一連の命令は、国交省による特別保安監査の結果に基づく。改ざんが確認された部署の多くの社員は、監査の過程で「前任者からの引き継ぎなどで改ざんが慣例化していた」と語った。上司の指示があったとの証言もある。

 JR北海道の社内調査では、保線を担当する44部署のうち33部署で改ざんを行っていたことが分かった。計75人の役員、社員が、懲戒解雇を含む処分を受けた。不正の蔓延(まんえん)に驚くばかりだ。

 昨年9月の貨物列車脱線事故では、虚偽のデータが、原因を調査する国の運輸安全委員会にも報告された。原因が正しく解明されなければ、再発防止策も講じられない。改ざんは利用者への許し難い背信行為である。

 JR北海道の体質として、国交省は命令の理由の中で安全意識の欠如に加え、現場の実態に対する本社の関心の薄さを指摘した。

 経営陣、管理部門から現場まで、全社的に安全管理体制を再構築することが肝要だ。社員教育の見直しも欠かせない。

 監督権を持つ国交省も、JR北海道の改革に責任を持って取り組まねばならない。

 JR北海道では労働組合が強い影響力を持ち、それが管理職と現場を隔てる一因になっているとの指摘もある。国交省は今回、労組の問題に触れていない。引き続き検証が必要だろう。

「ギョーザ」判決 中国産食品の信頼確保が課題

 安価な中国産食品の安全性をいかに確保するかは、今なお日中双方にとって重要な課題だ。

 2008年に発覚した中国製冷凍ギョーザ中毒事件で、中国人被告に無期懲役が言い渡された。

 中国河北省石家荘市の裁判所の判決によると、冷凍ギョーザの製造企業の臨時従業員だった被告は、工場内の冷凍庫に侵入し、注射器で有機リン系殺虫剤をギョーザに注入した。騒ぎを起こし、待遇改善を訴えたかったという。

 ギョーザを食べた千葉と兵庫の3家族10人が中毒症状を起こし、1人が一時意識不明となった。中国国内でも被害者が出た。

 判決が「計画的で不特定多数の健康に被害を与えた悪質な犯行」と断じたのは当然だ。

 この事件で、中国政府は当初、「国内で殺虫剤が混入された可能性は極めて小さい」と主張し、日本に責任転嫁しようとした。

 混入された殺虫剤の科学鑑定結果などをもとに、日本側は反論し、外交問題に発展した。

 長期にわたる中国側捜査の結果、中国の工場内における人為的な毒物混入だったと判明した。

 事件によって、日本での中国のイメージは大きく傷つき、日中関係の悪化に拍車がかかった。ひとりの従業員による特異な犯罪だったにもかかわらず、中国産食品全般への信頼が揺らぐきっかけになったとも言える。

 中国国内では、事件後も、粉ミルクへの有害化学物質混入やカドミウム汚染米流通などが相次いで表面化し、中国産食品の安全性への懸念は強まっている。

 事件を機に、日本向けの中国産食品を扱う日系のメーカーや商社の多くは、農場での農薬使用量や加工原料のチェックを強化するなど、より徹底した品質管理を行うようになった。

 工場内に防犯カメラを設置したり、ポケットのない作業服を導入したりして、異物混入を防ぐ対策を講じている日系企業もある。

 厚生労働省が昨年発表した12年度の輸入食品監視統計によると、中国からの輸入食品のうち、安全面での違反件数の割合は、輸入食品全体の平均を下回った。

 ギョーザ事件の影響により、いったん大きく落ち込んだ中国からの食品の輸入量は、現在ではほぼ回復している。

 日本の食卓は、生産コストを低く抑えられる中国産食材を抜きにしては成り立たない。食の安全確保に万全を期す一層の努力が、双方の関係者に求められよう。

2014年1月21日火曜日

風力や地熱も伸ばし新産業育てる制度に

 再生可能エネルギーによる電気を電力会社が買い取る制度について、経済産業省の有識者委員会が来年度の運用ルールの検討を始めた。制度開始から1年半たち、太陽光発電が急拡大した一方、風力などが伸び悩み、課題が浮かび上がっている。

 太陽光に偏らず風力や地熱などもバランスよく伸ばし、電力の安定供給や新産業の創出につなげたい。それには買い取り価格や対象をきめ細かく決め直すべきだ。審査の厳格化も避けられない。

 買い取り制度は発電設備を設けた企業や家庭が一定の利益を得られるようにして導入を後押しする。2012年7月の制度開始から太陽光では560万キロワットの設備が稼働し、国内の発電能力は倍増した。再生エネルギーの導入拡大へ欠かせない制度といってよい。

 運用見直しでは風力、地熱や、廃棄物を燃やすバイオマス発電を後押しすることが重要だ。特に海につくる洋上風力は日本近海に適地が多いと考えられている。

 経産省は洋上風力を陸上の風力から分け、陸上より高い価格で買い取る案を示した。千葉県沖などで実証試験が進み、参入を表明する企業も出ており、この案は妥当だろう。海でつくった電気を大都市などに届ける送電線も整備し、洋上風力を戦略的に伸ばしたい。

 地熱発電を計画する企業も多いが、環境影響評価(アセスメント)に時間がかかっている。政府は手続きを簡素化する方針という。着実に実行すべきだ。

 一方、太陽光は発電設備のコストが急速に下がっている。それに応じて電気の買い取り価格を下げ、審査も厳しくすべきだ。今年度は1キロワット時あたり36円(税抜き)と事業者に有利な価格に設定された。認定だけ受けて建設に着手せず、建設費がさらに下がるのを待つ事業者もいるとされる。

 買い取り制度は費用を消費者の電気料金に上乗せすることで支えられている。悪質な事例が出ないよう、建設計画が明確かをきちんと審査し、認定後もチェックする仕組みが必要だ。価格改定を今のように1年ごとでなく、半年程度に短縮することも検討すべきだ。

 太陽光発電はパネルや設置工事を含めて国内市場規模が1兆円を超えた。風力や地熱も風車やタービン、その部品など関連産業の裾野は広い。これらの新産業が育ち、雇用を生むよう、買い取り制度を上手に活用したい。

中国の安定成長に潜む不安

 中国経済は年率7%台半ばで安定成長の軌道に乗ったのだろう。そんな印象を受ける。

 中国の国家統計局は2013年10~12月期の国内総生産(GDP)が前年同期に比べ実質7.7%増えたと発表した。7~9月期に比べ小幅の減速で、7%台の伸びは7四半期連続となった。

 13年通年の前年比伸び率も7.7%。12年と比べて横ばいで、政府が目標として掲げていた7.5%成長を達成した。足元の物価や雇用情勢も比較的落ち着いていて、安定感がある。ただ、心配な材料がないわけではない。

 まず、一部の大都市で不動産価格が大きく上昇するなど、投機的な不動産投資が沈静化していないことだ。地方政府の債務や「影の銀行」と呼ばれる不透明な金融取引が膨らんでいる。政府は引き締め気味の金融政策でバブルの抑制に努めているが、効き過ぎると不良債権の膨張など金融不安が浮上するおそれがある。

 根底には、投資に頼りすぎた成長モデルからなかなか脱却できない問題が横たわる。投資主導の成長は不動産投機だけでなく、設備の過剰や乱開発といった問題も引き起こしがちだ。

 投資頼みを克服するうえで欠かせないのは個人消費の拡大だ。それには低所得層の収入の底上げが望ましいが、格差是正の歩みは鈍い。所得分配の不平等さを表す指標であるジニ係数は12年の0.474から13年は0.473と、わずかな改善にとどまった。

 中国経済が比較的安定した成長の勢いを保つなかで、日本との経済関係は停滞している。中国の統計によると、13年は日中間の貿易額も日本からの対中投資も前年より落ち込んだ。政治的な対立が一因なのは間違いない。

 北京で深刻な大気汚染がしばしば発生するなど、長年の高成長の副作用である環境問題は中国の国家的な課題だ。日本のノウハウや技術が求められるはずで、政治対立が協力を妨げている現状は双方の国民にとって不幸といえる。

競争力強化―官が出しゃばる前に

 成長戦略の柱のひとつである産業競争力強化法が、きのう施行された。

 強化法は、日本経済の三つの「ひずみ」をなくそうと、対策を盛り込んでいる。

 「過剰規制」の解消では、企業単位で個別の規制緩和を申請できたり、事前に規制適用の有無を確認できたりする仕組みが設けられた。「過小投資」対策でも、リース方式を促すなど工夫が見られる。

 問題は、「過当競争」解消のために産業再編を促そうとしていることだ。政府は商品やサービスの需給動向など市場構造を調査し、結果を公表する――。そんな規定がある。

 たしかに、業界再編が進まずに国内競争で疲れ果て、世界の大競争から取り残されている業界もあろう。だからと言って、政府が特定の分野をあげて再編を迫ろうというのなら、勘違いもはなはだしい。

 そもそも政府が「過剰だ」と的確に判断できるのか。過剰の解消が寡占を招き、消費者利益を損なわないのか。過当競争に陥ったのは、手厚い公的金融などの保護政策が一因ではないのか。政府の介入で本当に競争力がつくのか。疑問はつきない。

 政府の役割は、企業が再編に踏み出しやすいよう法律や税制などを整えることにある。

 強化法案の採決時には、衆参の経済産業委員会がそれぞれ決議し、「競争力強化は民間が自発的に取り組むべきだ」「政府の関与は最小限に、環境整備にとどめるべきだ」とくぎをさした。当然の指摘だ。

 懸念が募るのは、「機構」という名の官民ファンドが増殖しているからでもある。

 政府の資金を呼び水に民間の資金や取り組みを引き出すのが狙いだが、「官」が事実上主導したり、経営不振の「民」の温存につながったりしている例も見られる。

 政府は内閣官房で官民ファンドの課題を検討中だ。「官は補完」を徹底してほしい。

 企業側にも言いたい。

 強化法では、「事業者の責務」として、「商品・サービスの需給、競争の状況を踏まえ、需要の拡大、新規事業、事業の再編や撤退、設備投資に努めねばならない」とされた。

 こんなことまで法律でうたわれ、情けなくないか。

 景気は上向き、企業全体では手元資金も十分だ。なのに、有力企業ですら官民ファンドに頼る動きが少なくない。

 「官」にすがらず、自力で競争に勝つ。「民」の大原則を、改めて自覚してほしい。

中国経済―真の改革できるか

 国の経済の規模を表すGDP(国内総生産)で、中国が昨年、日本の2倍にまで成長したことがわかった。

 長らく世界で2位だった日本を中国が抜いたのは、そのわずか3年前のことだ。中国の発展は驚くべきペースである。

 日中の差が開いたのは、人民元高と円安が統計に響いた面もある。また、1人あたりでは、中国はまだ日本の5分の1程度で、発展途上国の水準だ。

 とはいえ、この規模は日本を含む外国企業にとって、さらなる巨大市場を意味する。昨年の自動車販売台数は2198万台で、日本の4倍。携帯電話の契約数は11億件を超えた。

 資金力を蓄えた中国企業は、石油、金属、海運など各分野で世界市場に台頭している。総じて隣国の成長は商機の拡大をもたらすものだ。日中関係の悪化に影響されながらも日本企業の対中投資は続いている。

 しかし、中国経済は必ずしも今後を楽観できる状況にあるわけではない。問われなくてはならないのは、規模や速度よりも成長の質にある。

 昨年の成長率は前年と同じ7・7%だった。国家統計局長は「全体的に安定していた」というが、下降するかにみえていた経済が持ち直したのは、昨年後半に鉄道建設などの景気対策を再び打ったためだ。

 08年のリーマン・ショック後の野放図な景気対策が各地でむだな公共事業や不動産投資を招いたことは記憶に新しい。

 そうした投資を原因とするものを含め、中央・地方政府の債務が520兆円にのぼることが昨年末に明らかになった。

 政府が巨費を注ぐ開発一辺倒の経済運営は、資源を浪費し、環境に重い負荷をかけている。地球規模で資源・エネルギーや気候変動の問題を考えねばならない今の時代、このまま長続きできる政策とはいえない。

 習近平(シーチンピン)政権は昨秋の共産党中央委員会総会で「改革を全面的に深化させる」とうたった。具体策は明示しておらず、本気度が試されるのはこれからだ。

 建国以来の国富を消失したといわれる文化大革命の後、80年代から成長を続けられたのは、計画経済から市場経済へと近づく努力を積んだ成果だ。

 私営企業を容認し、外国企業を招き入れ、世界貿易機関(WTO)に加盟し、金融制度も少しずつ自由化してきた。

 だが、今なお効率に劣る大型国有企業が幅を利かせ、民間部門の成長を阻んでいる。そんな硬直化した構造を変えてこそ、真の発展がもたらされる。

マイナー自衛権 円滑な危機対処法制を整えよ

 日本の安全保障環境が悪化する中、様々な危機に迅速かつ効果的に対処できる法制度を整えておくことが急務である。

 政府が、本格的な武力攻撃には至らないような緊急事態に対する自衛権(マイナー自衛権)に関する法整備や対応策の検討を進めている。

 武装した国籍不明の特殊部隊や偽装漁民が離島を占拠する。他国の潜水艦が領海侵入し、退去要請に応じずに潜没航行を続ける。そんな事態を想定したものだ。

 中国は昨年、海軍艦船のレーダー照射や一方的な防空識別圏の設定を強行した。尖閣諸島周辺での領海侵入も恒常化させている。

 離島占拠などは、決して非現実的なシナリオではなく、「今そこにある危機」である。

 現代戦では、国家が宣戦布告し、大規模な侵攻を伴う武力攻撃を仕掛ける例は少ない。むしろ小さな危機が重大な事態に発展する蓋然性の方が高い。

 新防衛大綱が、平時と有事の中間にある「グレーゾーンの事態」への対応の重要性を指摘しているのは、適切だ。事態の兆候段階から、その進展に応じて、機動的でシームレスな(継ぎ目のない)対処が求められよう。

 焦点は、自衛隊の武器使用権限の拡大である。

 現在は、海上警備行動の発令時でも、武器使用の裁量は警察権より若干広いだけだ。自衛権に基づき、あらゆる武器使用が可能な防衛出動との落差は大きい。離島を占拠した重武装の集団などを制圧するのに十分とは言えない。

 一方で、防衛出動の発令には、「我が国に対する急迫不正の侵害」「他に適当な代替手段がない」「必要最小限の武力行使」という自衛権発動の3要件を満たす必要がある。そのハードルは高く、手続きにも時間がかかる。

 この法の隙間を埋めることが円滑な危機対処を可能にする。抑止力の強化にもつながるはずだ。

 例えば、自衛隊法を改正し、自衛隊に領域警備任務などを新設して、それに応じた武器使用権限を与えることが、一つの有力な選択肢となるだろう。

 ただ、新たな任務の要件を厳しくしすぎると、実効性が失われる。自衛隊の柔軟な部隊運用が可能な仕組みにすることが肝心だ。

 マイナー自衛権は、個別的自衛権の範囲内である。日米同盟と国際連携の強化に不可欠な集団的自衛権に関する政府の憲法解釈の見直しと同時並行で、検討作業を着実に進めてもらいたい。

安重根記念館 韓国の反日工作は執拗すぎる

 安重根記念館歴史問題で、日本に対する圧力を加えようとする中国と韓国の連携が一段と強まった。憂慮すべき事態である。

 中国黒竜江省ハルビン駅に、「安重根義士記念館」が開館した。安重根は、朝鮮独立運動家で、初代韓国統監の伊藤博文を暗殺した人物だ。韓国では、日本支配に抵抗した英雄とされる。

 朴槿恵・韓国大統領が昨年6月、習近平・中国国家主席に、暗殺現場のハルビン駅に記念碑の設置を求めた。それに、中国側が記念館の設立で応えたものだ。

 朴氏には、日本の歴史問題で、中国と共闘する狙いがあったのだろう。韓国外交省は、開館を歓迎し、安重根が「韓中両国民から尊敬されている」と強調した。

 しかし、日本の立場や国民感情を無視して作られた記念館は、到底受け入れがたい。

 日本政府はこれまで再三、両国に懸念を伝えていた。開館に際して、韓国と中国に対し、外交ルートで抗議したのは当然だ。

 菅官房長官は、安重根について、「我が国の初代首相を殺害し、死刑判決を受けたテロリストだ」とし、この件での中韓連携は「地域の平和と協力の関係の構築に資するものではない」と述べた。

 朴氏の意向を受け入れ、記念館を設立した中国も問題である。

 多民族国家の中国にとって、安重根を称揚することは、少数民族である朝鮮族の国境を超えた民族意識を刺激しかねない危険をはらんでいる。

 それでも、中国が記念館開設に踏み切ったのは、反日をテコに、韓国を外交的に取り込もうという打算が働いたのだろう。日米韓の外交・安全保障上の連帯にくさびを打ち込む狙いがうかがえる。

 一方、安重根記念館以外でも、韓国は、歴史認識に関する一方的な主張を強めている。国際機関や第三国で、日本の立場を損ねていることは看過できない。

 韓国政府は、国連教育・科学・文化機関(ユネスコ)による世界記憶遺産に、いわゆる元従軍慰安婦らの証言記録を登録するための準備を始めた。

 フランスで行われる国際漫画祭では、慰安婦問題をテーマとする作品を展示すると決めた。

 米国では、韓国系団体が、教科書に「日本海」に加えて、韓国での呼称「東海」を併記するように求める運動を展開している。

 日本政府は、韓国の執拗(しつよう)な外交工作に対抗して、正確な事実関係を丁寧にかつ粘り強く、世界に対して主張していくしかない。

2014年1月20日月曜日

普天間移設の重要性を粘り強く説け

 米軍普天間基地の移設の是非が最大の争点となった沖縄県名護市長選で、受け入れ反対を掲げた現職の稲嶺進氏が再選された。移設への市民の抵抗感が改めて浮き彫りになった。政府は移設の重要性を市民に丁寧に粘り強く説き続けなければならない。

 名護市辺野古が移設先に浮上してから5回目の市長選だった。最初3回は移設推進派が勝ったが、その後2回は反対派が連勝した。民主党政権が「県外移設」というパンドラの箱を開けた影響が大きいと言わざるを得ない。

 ただ、きっかけは民主党でも、市民が心の内に不安を抱えていた事実は無視できない。騒音や事故で迷惑を被るのではないか。なぜ沖縄はこれほど重い基地負担を強いられるのか。こうした疑問を放置すべきではない。

 中国が海洋進出を活発化させ、北朝鮮の動向も不透明だ。米軍の沖縄駐留は日本の安全保障、さらに東アジアの安定に欠かせない抑止力である。国際情勢の現状をみれば、代替施設なしの普天間返還は現実的な選択肢ではない。

 自衛隊は沖縄県の尖閣諸島などの防衛に力を入れ始めた。だが、島を奪われた場合に自力で取り返す能力はまだ不十分だ。在日米軍との協力体制を強化したい。

 移設作業が頓挫すれば宜野湾市の市街地にある普天間基地を使い続けることになる。万が一、ヘリ墜落などの事故が起きれば、周辺住民に深刻な被害が生じかねない。県内の米軍駐留の反対論もかつてない盛り上がりをみせよう。

 政府と稲嶺市長にはこうした現実を見据え、協議の席についてもらいたい。

 移設に必要な辺野古沿岸の埋め立ては沖縄県の仲井真弘多知事が昨年末に承認した。市町村にはこれに関する法的な権限はない。

 稲嶺市長は漁港の資材置き場の使用許可など関連するあらゆる権限を使って移設を阻止する構えをみせる。政治目的のために行政の権限を乱用するのは筋違いだ。

 政府も市に権限がないからと力ずくで工事を始めるべきではない。市民の納得なしにできた基地では円滑な運用は望めない。

 自民党は投票日直前に突如、名護市振興基金の創設などを提唱した。移設推進派候補が敗れたことで白紙撤回するのか。基地負担と地域振興をあからさまに絡めるような手法では市民との永続的な関係は築けまい。

XP終了でIT環境見直そう

 米マイクロソフトがパソコンの基本ソフト(OS)「ウィンドウズXP」の保守を4月9日で打ち切る。利用者はOSを更新するかパソコンの買い換えが必要だ。個人も企業も自らのIT(情報技術)環境を見直すきっかけにしてはどうだろうか。

 ウィンドウズがパソコンOSの地位を不動にしたのは、1995年に発売した「ウィンドウズ95」からだ。ちょうどインターネットの普及期と重なったことから、ネットへの接続機能を標準搭載し、パソコンをインターネット端末に変えることに成功した。

 ところがネット経由で様々なソフトを利用できるクラウド技術やスマートフォンが登場したことで環境は大きく変わった。多様なデータをOSに関係なく、パソコン以外の携帯端末などでも利用できるようになったからだ。

 パソコン時代にはマイクロソフトのワープロソフト「ワード」や表計算ソフト「エクセル」が標準となったため、これらのソフトを搭載したウィンドウズが人気を得た。だがクラウドで様々な互換ソフトを使えるようになり、利用者の選択肢も広がった。

 それならば「XP」の次は必ずしもウィンドウズを選ぶ必要はないかもしれない。スマートフォンやタブレットでの利用を前提に、クラウド上にデータを保存するサービスも利用価値が大きい。企業の情報システムも抜本的に見直すいい機会だといえる。

 ウィンドウズXPから新OSへの更新が遅れている背景には、行政や企業などで様々な業務システムに使われているためだ。しかしマイクロソフトによる保守が終われば、ウイルスなどに対する脆弱性が高まり、信頼性が損なわれることは避けられない。

 マイクロソフトには利用者が新OSに移行できるよう注意喚起と支援を期待したいが、利用者には特定企業に依存しないIT環境を構築するチャンスともいえる。会社のシステムを見直すことも含め対応を急いでほしい。

名護市長選―辺野古移設は再考せよ

 名護市辺野古への基地移設に、地元が出した答えは明確な「ノー」だった。

 米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)の移設先とされる名護市の市長に、受け入れを拒否している稲嶺進氏が再選された。

 沖縄県の仲井真弘多(ひろかず)知事は辺野古沖の埋め立てを承認したが、市長選の結果は移設計画や政府の手法への反発がいかに強いかを物語る。強引に事を進めれば大きな混乱を生む。政府は計画を再考すべきだ。

 名護市長選で基地移設が争点となるのは5回目だ。

 昨年末の知事の承認によって、日米両政府の合意から18年間進まなかった移設計画は一つのハードルを越えた。今回の市長選ではこれまで以上に「基地」が問われた。

 移設反対派は地元の民意を示す最後の機会ととらえた。一方、推進派の末松文信氏側には連日、大臣や知事、自民党国会議員が応援に入り、国や県とのパイプを強調。基地受け入れの見返りに国から交付される米軍再編交付金などを使った地域振興策を訴え続けた。

 しかし、振興策と基地問題を結びつけて賛否を迫るやり方には、名護市だけでなく、沖縄県内全体から強い反発がある。当然だろう。

 知事が承認にあたり安倍首相と振興予算の確保などを約束したことに対しても、「カネ目当てに移設を引き受けた、という誤ったメッセージを本土に発信した」と批判が上がった。知事は県議会から辞職要求決議を突きつけられる事態となった。

 極めつきは自民党の石破幹事長の発言だろう。市長選の応援で「500億円の名護振興基金を検討している」と演説し、その利益誘導ぶりは有権者を驚かせた。稲嶺氏は「すべてカネ、権力。そういうことがまかり通るのが日本の民主主義なのか」と痛烈に批判した。

 この選挙をへてなお、政府は辺野古移設を計画どおり推進する方針だ。

 稲嶺市長は、作業に使う海浜使用許可を拒むなど、市長の権限で埋め立て工事の阻止をめざす考えだ。政府が立法措置や強行策を用いて着工することなど、あってはならない。

 「普天間の5年以内の運用停止」という知事の求めを、国が約束したわけではない。普天間の危険性を考えたとき、辺野古移設が最善の道なのかどうか。政府は県外移設も含め、もう一度真剣に検討し直すべきだ。同時に、オスプレイ配備の見直しや米軍の訓練移転など基地負担軽減を急ぐ必要がある。

タクシー規制―構造改革が欠かせない

 タクシーが過剰な地域では国土交通相が新規参入や増車を禁じ、減車を盛り込んだ計画を認可する。運賃も限度を超える安値を認めず、変更させる。

 そんな規制強化が始まる。

 27日に施行されるタクシー適正化・活性化特別措置法の改正法(タクシー減車法)である。自民、公明、民主の3党が共同提案し、成立した。

 タクシー業界では、小泉内閣時代の02年に需給調整が廃止され、車両や運転手が増えた。政府は規制緩和で雇用が増えたと強調したが、乗客数の減少に歯止めがかからず、縮むパイを奪い合う状況に陥った。

 政府は09年に規制強化へかじを切った。車両が多すぎる地域では新規参入や増車申請に厳しく対応し、業者が自主的に減車する仕組みも設けた。だが徹底せず、タクシーの労使がそろって対策の強化を求めていた。

 確かにタクシー業界の環境は厳しい。運転手は労働時間が全産業の平均より長いのに、収入は6割弱にとどまる。

 09年の規制強化後は、1日・1車両あたりの売り上げや運転手の収入はわずかに上向いた。とはいえ、さらなる規制強化で供給を絞るだけでは、抜本的な対策にはならない。

 総人口が減る中で、タクシー市場の縮小にどう歯止めをかけていくのか。取り組むべき課題は言い尽くされている。

 まずは、利用者への情報提供を強化することだ。

 消費者の目が競争を促し、それが市場の維持・拡大につながる。民間では当然の循環が、とりわけ流し営業が中心の大都市圏では起こりにくかった。

 ただ、運転手の数で9割を占める法人タクシーでは、スマートフォンと「配車アプリ」の普及で車を呼びやすくなり、あらかじめ料金の目安を調べられるなどサービスが充実してきた。

 あわせて、会社や運転手への評価制度を整え、積極的に公表してはどうか。東京などでは導入済みだが、全国でサービス向上を競ってほしい。

 運転手の待遇改善では、歩合制に偏った給与体系の見直しが避けられない。労使で交渉すべき課題ではあるが、なかなか改まらない。国や自治体が後押しできないか。

 高齢化とともに介護タクシーへの需要は増え、観光分野でも期待は大きい。

 にもかかわらず、労働条件の厳しさから若者が敬遠し、運転手の平均年齢は全産業平均より15歳も高い57歳だ。

 ジリ貧から脱するには、構造改革が欠かせない。

名護市長再選 普天間移設は着実に進めたい

 選挙結果にとらわれずに、政府は、米軍普天間飛行場の辺野古移設を着実に進めるべきだ。

 沖縄県名護市長選で、辺野古移設に反対する現職の稲嶺進市長が、移設の推進を訴えた新人の末松文信・前県議を破って、再選された。

 1998年以降の5回の市長選で、最初の3回は容認派が勝利し、前回以降は反対派が当選した。民主党政権が無責任に「県外移設」を掲げ、地元の期待をあおった結果、保守層にも辺野古移設の反対論が増えたことが要因だろう。

 公明党は、党本部が移設を支持しているのに、県本部は「県外移設」を崩さず、市長選を自主投票にした。党本部がこの方針を“黙認”したのは、移設を推進する与党として問題だった。

 末松氏は、政府や沖縄県との連携を強化し、名護市の地域振興に力を入れる方針を前面に掲げた。だが、同じ容認派の前市長との候補一本化に時間を要するなど、出遅れが響き、及ばなかった。

 昨年末に仲井真弘多知事が公有水面埋め立てを承認したことにより、辺野古移設を進める方向性は既に、定まっている。

 そもそも、在沖縄海兵隊の輸送任務を担う普天間飛行場の重要な機能を維持することは、日米同盟や日本全体の安全保障にかかわる問題だ。一地方選の結果で左右されるべきものではない。

 仲井真知事が市長選前に承認を決断したことは、そうした事態を避けるうえで、適切だった。

 名護市長には、代替施設の建設工事に伴う資材置き場の設置などの許可権限があり、工事をある程度遅らせることは可能だろう。ただ、権限は限定的で、辺野古移設の中止にまでは及ばない。

 稲嶺市長は、末松氏が集めた票の重みも踏まえて、市長の権限を乱用し、工事を妨害する行為は自制してもらいたい。

 政府は今後、在日米軍の抑止力の維持と沖縄の基地負担の軽減を両立させるため、沖縄県と緊密に協力し、建設工事を加速させることが肝要である。

 工事が遅れれば、市街地の中央に位置する普天間飛行場の危険な状況が、より長く続く。在沖縄海兵隊のグアム移転や県南部の米軍基地の返還といった基地負担の軽減策も遅れるだろう。

 仲井真知事らが求める工事の期間短縮や、円滑な実施には、地元関係者の協力が欠かせない。政府は、辺野古移設の意義を粘り強く関係者に説明し、理解を広げる努力を続ける必要がある。

自民党大会 政府と一体で経済を再生せよ

 「日本を覆っていた厚く、黒い雲を吹っ飛ばすことができた」と、安倍首相は経済政策「アベノミクス」を自賛した。

 だが、油断は禁物だ。アベノミクスの真価が問われるのはこれからである。

 自民党が都内で定期党大会を開いた。首相は「景気回復を全国津々浦々まで届けることが今年の私たちの責任だ」と強調した。

 確かに、経済指標は好転しているが、4月には消費税率の引き上げが控えている。このハードルを乗り越え、景気の腰折れを招かぬよう、自民党としても政府を支えていかねばならない。

 成長戦略のカギを握る環太平洋経済連携協定(TPP)交渉も大詰めを迎える。自民党はコメや麦など重要5項目の関税維持を求めている。だが、大事なのは国益の最大化である。何を守り、何を譲るのか大局的に判断すべきだ。

 党大会で決まった運動方針は、「政府・与党が一体となって、デフレ脱却と景気回復に取り組む」と明記した。原子力発電所の再稼働に向けて地元自治体の説得に努力するとの記述もある。いずれも着実に進めてもらいたい。

 運動方針は憲法改正に積極的に取り組むことも明記し、党憲法改正草案への理解を求めるための対話集会の開催を盛り込んだ。参院選後、憲法改正に向けた動きが鈍い。もっと力を入れるべきだ。

 石破幹事長は、党運営に関連し、野党時代のつらさを忘れず、「謙虚で丁寧で正直で親切」な自民党を目指そうと呼びかけた。

 昨年秋の臨時国会で、特定秘密保護法の審議が混乱し、与野党の泥仕合になったのは、与党の強引な国会運営も一因だった。「数の力」に傲おごってはならない。

 民主党や日本維新の会、みんなの党など野党側と政策ごとの合意形成に努力することが大切だ。

 党大会に来賓として出席した公明党の山口代表は「お互いの持ち味を出し合って国民の期待に応えたい」とし、自公連立政権の力を結集したいと語った。

 公明党は、靖国神社参拝など、首相が掲げる保守色の強い政策に慎重な姿勢を崩していない。公明党との関係にも一層、留意しなければなるまい。

 例えば、安倍首相が春以降取り組む集団的自衛権の行使を可能にする憲法解釈の見直し問題だ。

 山口代表はかつて、「断固反対」とまで語っていた。首相は、憲法解釈変更の意義と必要性を公明党にきちんと説明し、周到に根回しすることが求められよう。

2014年1月19日日曜日

大型商業施設を地域づくりに生かそう

 近年やや減速していた大型ショッピングセンター(SC)の新規開業が、再び加速する見通しだ。地域振興を狙い、歓迎する姿勢を打ち出す自治体が増えたことも背景にある。

 便利な買い物の場というだけでなく、長い目で見た街づくり、地域おこしにこうした大型商業施設をどう位置付け、生かすか。視野を広げて考えたい。

 2012年に30件台だったSCの新規開業は13年、14年と60件台が続く。1件当たりの面積も拡大傾向にある。大手流通業に加え不動産会社が本格参入してきたことも、施設の増加を後押しする。

 個人商店保護などのため規制する例が多かった各自治体も、土地の用途変更による工場跡地などへの誘致に力を入れ始めた。設備投資、雇用の創出、若い住民の流入や定着につながるからだ。

 大型SCは駐車場を備え、流行の商品を置き、入居する店の新陳代謝も激しい。子供連れも安心して歩け、休憩所もある。消費者の支持が集まるのは自然な流れだ。

 それと入れ替わるように閉店、衰退が進むのは地方百貨店と個人商店の集まる旧来の商店街だ。

 大型SCは、地域社会で百貨店や商店街が担ってきた機能を意識的に肩代わりしていけないか。それが長い目で見れば集客力の向上や施設の存続にも役立つ。

 高級品や高齢者向け商品を置くことによる地方消費の掘り起こしや、医療、教育、育児、食品の宅配など社会的サービスの充実などが考えられる。子供は働く大人の姿に触れられ、高齢者は会話を楽しめる。そんな仕掛けもいい。

 近年の一部の商業施設は目先の収益だけでなく、スポーツ体験の場を設け、地域住民向けサービスを提供するといった工夫で集客につなげている。参考にしたい。

 自治体や地域の企業は、高齢者など自家用車での移動が難しい住民のために、路線バスなどの交通手段も柔軟に用意したい。立地も大きな地域づくりのデザインの中できちんと位置付け、地域の総合的な魅力づくりに生かすべきだ。

 旧来の商店街からSCへの主役交代は、成長著しいアジアを含む世界的な流れだ。SCをめぐるアイデア競争や試行錯誤は、そのまま流通業や不動産業の国際競争力につながる。国内でも駅ビルやオフィス街、空港ターミナル、住宅地の魅力向上に応用できる。挑戦を重ねたい。

生活保護は医療費に切り込め

 生活保護法の改正案と、生活保護に至る前の段階にある人を支援する新法が昨年12月に成立した。一連の見直しが働ける人の自立を支援することに重点を置いた点は評価できる。

 だが、保護費の総額の約半分を占める医療扶助の見直しについては踏み込みが足りない。保護費の膨張に歯止めをかけるには、さらなる改革が欠かせない。

 生活保護費は年間約3兆8千億円で、受給者数は昨年10月時点で過去最高の約216万人にのぼる。リーマン・ショック以降、働ける年代の受給も目立つ。このため生活保護法の改正では、不正受給対策などと並んで、就労の促進が柱の一つに位置付けられた。

 保護から抜け出した際に受け取れる給付金が新たに創設された。現行制度では、働いて収入を得ると受給額が減るが、その減額分の一部を積み立てる形にして、保護の終了時に支給する。就労意欲を高め、生活を安定させるのにつながるだろう。

 生活困窮者を支援する新しい法律は、自治体が就労の相談に乗ることや、失業して住まいを失った人に家賃相当の金額を一定期間、給付することが盛り込まれた。早い段階からきちんと支援できれば、生活保護に頼らずにすむ人が増えると期待できる。

 一方、大きな課題が残された。医療扶助の適正化策として、安価な後発医薬品の利用促進が改正法に盛り込まれ、すでにその部分は施行された。これは本来、国民全体にかかわる医療費抑制策だ。

 生活保護の受給者は病院窓口での自己負担がない。過剰な投薬などにつながるとの指摘があるが、見直されなかった。本人の健康のためにも問題だ。費用の一部でも負担する仕組みを検討すべきではないか。負担した後で本人に還付する方法も考えられよう。

 生活保護制度は国民の暮らしの「最後の安全網」だ。本当に困った人をしっかり守る、信頼性の高い制度にするために、議論を深めていく必要がある。

自治体と原発―国策の限界と向き合う

 エネルギー政策は国策だから、自治体の首長選で争点にすべきでない――東京都知事選で細川元首相が脱原発を旗印に立候補を表明すると、安倍政権内からそんな声が上がり始めた。

 見識を疑う発言だ。

 確かにエネルギー政策は国が主導してきた。増大する電力需要をまかなうため、過疎に悩む自治体に原発を引き受けさせ、大量の電気を全国に送った。都市は豊富な電力による成長を、地方はお金と雇用を手に入れ、互いに依存してきた。

 その国策がいかにもろく、危ういものだったかを、福島での原発事故がまざまざと見せつけたのではなかったか。

 国が繰り返した「原発は安全」という神話に乗った代償は大きかった。近隣自治体はもちろん、消費地である都市も放射能汚染の危険にさらされた。

 「お任せ」のリスクに気づいた自治体のトップたちは、エネルギー政策について次々と発言、行動するようになった。

 2府5県による関西広域連合は、原発が集中立地する福井県のそばに近畿の水がめ・琵琶湖があることに危機感を強め、電力会社に安全に関する情報公開を強く求めてきた。都市の原発依存を変える取り組みも増えている。住民に節電法を具体的に伝え、埋め立て地や空港にメガソーラーをつくるなど自前の発電施設を増やす動きが続く。

 関西に限らない。全国の多くの自治体で、水、太陽、森林、風など未利用の地元資源を発掘して電力自給率を高める動きが加速している。福島、山梨など、数十年後の「自給率100%」をめざす県もある。

 国策の来し方をきちんと反省し、自治体の動きを積極的に後押しすることを抜きにしたままでは、政府が国策の限界を直視しているとはとても言い難い。

 他方で、先送りされてきた難問と向き合うには、自治体側の覚悟も問われる。

 立地自治体では、原発は重要な地場産業だ。消費地での脱原発論に対する不満は根強い。福井県からは、使用済み核燃料の中間貯蔵を消費地で引き受けるべきだとの意見が出ている。

 消費自治体が脱原発をめざすなら、立地自治体の経済再建や、自分たちの消費が生んだ廃棄物の処理での負担や協力は避けられないだろう。一方だけ利する道は必ず壁にぶつかる。

 もともと、巨大消費地・東京での知事選で、原発問題から目をそらすことなどできないのが現実である。今後の自治体選挙の手本となるような、深みある論戦を展開してもらいたい。

公安情報収集―「監視社会」にするな

 警察や政府は日ごろから社会の情報を集めている。国民の膨大な個人情報を知り、蓄え、利用することもできる。

 その収集や扱い方に問題はないのか。そんな検証が普段からできる仕組みが、健全な民主社会には欠かせない。

 約3年前、警視庁が国際テロ対策で集めた情報が流出した。個人情報をさらされたイスラム教徒17人が提訴し、東京地裁は先週、東京都に賠償を命じた。

 警察のものと認定された資料は、国籍、写真、勤務先、立ち寄り先などを記し、テロリスト扱いのような記述もあった。

 そんな資料が広まったために仕事を失ったり、差別されたりするなどの深刻な影響が出た。情報の管理に重大な落ち度があったのは明白であり、償いをするのは当然だ。

 流出したのは、個人情報だけではない。警視庁公安部の情報集めのありようも明らかになった。イスラム教徒というだけで対象とし、モスクを訪れた人の後をつけて監視下に置いた。

 この情報収集自体は宗教活動を萎縮させるなどの制約を与えておらず、違法ではない。地裁はそう判断した。

 だが、ほとんどのイスラム教徒は平和的に暮らす人たちだ。具体的にテロとの関連が疑われるわけでもないのに信仰で網をかけ、人びとのプライバシーを洗い出す手法は、明らかにふつうの市民感覚に反する。

 イスラム教徒だけの話ではない。何らかの理由をつけて、当局がさまざまなグループや個人の情報を秘密裏に集める実態は、皮肉なことに流出や内部告発で初めて表面化する。

 7年前、自衛隊のイラク派遣に反対する市民の情報を陸上自衛隊情報保全隊が集めていたことが、内部文書で明らかになった。のちの訴訟で仙台地裁は、国が個人情報を集めたのは違法と判断した。

 こうした問題をさらに深刻化させるのが、昨年成立した特定秘密保護法である。すでに逸脱した情報収集の事実があるのに、いっそうブラックボックスの奥に封じ込めかねない。

 この法律は、特定秘密に指定できる4分野の一つとして「テロ防止に関する事項」をあげている。つまり、当局がテロ対策の名目をつければ、どんな情報収集も、外部からの検証ができなくなる公算が大きい。「欠陥法」である理由の一つだ。

 政府や警察は、「監視社会」になりかねない安易な秘密指定を厳に慎まねばならない。逆に情報収集をしっかり監視できる仕組みを検討すべきである。

国会改革 党首討論をもっと活用せよ

 ◆選挙制度の見直しは不可避だ

 内外の変化に的確に対応し、直面する懸案を迅速に処理していかねばならない。そのためには、旧弊にとらわれがちな政治の意思決定システムの改革が欠かせない。

 通常国会が24日に召集される。国会改革を急ぎたい。

 ◆必要な首相の負担軽減

 首相や閣僚は英独などに比べてはるかに長時間、国会審議に縛られている。政府が説明責任を果たすことは大切だが、内政、外交の支障になるのでは本末転倒だ。

 自民、公明両党は先月、国会運営の見直し案を提示した。

 昨年わずか2回しか開かれなかった党首討論を毎月1回必ず開催する。代わりに、首相の出席は本会議や予算委員会の基本的質疑などに限る。閣僚が国際会議や災害対応で欠席する際は副大臣、政務官が対応するといった内容だ。

 方向性は妥当だろう。

 民主党は「首相や閣僚が国会審議から逃げる口実になる」と反発しているが、これは説得力を欠く。与党時代には、「国益及び外交的な観点から」弾力的な国会運営を提案していたからだ。

 政権交代すれば、野党も与党になる。建設的な姿勢でルール作りを進めることが肝要だ。

 運営の効率化だけでなく、審議の内容も充実させねばならない。与野党攻防は、法案成立を急ぐ与党と会期末での審議未了、廃案を狙う野党との日程闘争に陥りがちだ。臨時国会の特定秘密保護法の成立過程が典型的だった。

 法案の大半は内閣提出である。国会が立法機関としてより機能するには、議員立法をもっと活発化させねばなるまい。

 国会は、衆参のねじれを解消した今こそ、将来の再度のねじれを想定し、備えておくべきだ。例えば、衆参の議決が異なった場合に設けられる両院協議会の在り方を見直すことである。

 現在は衆参各院の委員10人全員が、各院の多数派から選ばれるのが慣例だ。このため、法案の賛成者10人、反対者10人が出席して、結論が出ず、物別れを確認するだけで形骸化している。

 委員の数や構成を変えるなど、合意形成に役立つ運営方法を考えてもらいたい。

 昨年末、みんなの党から分裂して旗揚げした結いの党が、国会で新会派を結成できない問題にも早急に結論を出す必要がある。

 ◆会派離脱問題にケリを

 結いの党の15人は衆参両院に会派結成届を出したが、受理されなかった。みんなの党が比例選出議員13人の離脱を認めず、会派代表者が届け出る慣例に阻まれた。

 結いの党には控室や質問が割り振られない。立法事務費も受け取れない。国会活動は困難だ。

 みんなの党は、党の得票で当選した比例選出議員に辞職して議席を返上するよう求めている。

 党名だけで選ばれた比例単独候補なら一理あるが、自民党が言うように「ケンカしているのに、同じ会派と言い続ける方が不自然」なのも確かである。

 衆院の議院運営委員会理事会は、会派の離脱に関して、「個人の意思を尊重する」と申し合わせている。これまでも、離党した比例選出議員の会派離脱が認められたケースは少なくない。

 比例選出議員が新党に参加できることは公職選挙法に根拠がある。その際、会派離脱も認めないと政界再編の足かせとなる。

 当事者間で話がつかないのであれば、衆参両院議長が調整に乗り出すべきだろう。

 こうした事態は、今後も起きうる。会派結成・離脱についてルール化しておくことが望ましい。

 選挙制度改革が、遅々として進んでいないことも問題だ。

 一昨年12月の衆院選での「1票の格差」について、最高裁は「違憲状態」と判断した。昨年7月の参院選に対する全国の高裁判決は「違憲状態」が13件で、「違憲」は3件だった。

 ◆定数削減にこだわるな

 いずれも格差を是正する観点から、立法府に抜本的な制度改革を求めている。衆参両院とも司法から「合憲」と見なされていない現状を、与野党はもっと深刻に受け止めねばならない。

 与野党の合意を妨げる最大の要因は、議員定数の削減に関する考え方の違いである。大衆迎合的な色彩の強い定数削減は切り離して、望ましい制度の在り方を優先して議論すべきだろう。

 与野党が「党利党略」に固執し、具体案をまとめられないのなら、安倍首相が提案しているように、有識者による第三者機関に検討を委ねるしかない。

2014年1月18日土曜日

「百年安心年金」の辻つま合わせは限界だ

 日本経済が人口の少子化・高齢化に直面するなかで年金制度を超長期にわたって持続させるのは容易ではない。保険料、税など年金財源を負担する現役人口は先細りする。人口構造の激変に備え、制度改革を急がなければならない。

 しかし安倍政権は確たる手を打っていない。首相官邸の社会保障制度改革国民会議は2013年8月の報告書で「年金の持続可能性は確保されている」と断じた。

 高齢層に痛みを求める改革から距離をおこうとする政権の意向が背後にあるのではないか。改革を怠れば若い世代の不信感を一段と強め、保険料の不払いなどをさらに増やすおそれが強い。

 厚生労働省は近く年金財政の検証結果を公表する。日本経済の実力を率直に見通し、背伸びした前提を排した将来像を示すべきだ。それが改革を促すテコになる。

 財政検証は04年の年金改革法に基づき5年ごとにする。前回09年の検証で同省は年金積立金の超長期の運用利回りを年4.1%(中位ケース)と想定した。実力より背伸びさせた前提をおき、今後百年間の収支の辻つまを合わせた。物価や賃金の前提も甘めだった。

 これが、04年改革のときに与党が有権者に訴えた「百年安心プラン」の実態である。超党派の議員による国会版国民会議は昨年「実績が前提を下回れば将来世代が財政負担を負う。前提は保守的におくべきだ」と提言している。

 与野党の良識ある声に厚労省は謙虚に耳を傾けるべきである。政権内や一部の学識者には、アベノミクスの効果が出れば成長が高まるので、強気の前提をおくのは差し支えないという意見がある。

 成長戦略の大切さは論をまたないが、超長期の経済前提とは区別するのが常道である。かりに実績が前提を上回れば、将来世代の負担を計画よりおさえるなど「うれしい誤算」を享受すればよい。

 大改革を待たずとも、すべきことは多々ある。受給者への実質支給額を毎年、小刻みに下げる制度は今すぐ実施すべきだ。年金課税を強化して財源を増やすのも、制度の持続性向上に有効だろう。

 厚生年金などの支給開始を現行計画の65歳より上げる課題を、政権はたなざらしにしている。日本人より平均寿命が短いにもかかわらず、欧米の主な国は67~68歳への引き上げを決めた。若い世代が不利な現状をやわらげる要諦は、一刻も早い改革への着手である。

腑に落ちないグーグル判決

 米グーグルの検索機能が個人のプライバシーを侵害したとして、表示差し止めと損害賠償を命じた東京地裁の一審判決を東京高裁が覆した。人格権侵害は認めたものの、検索サービスの利便性を優先した腑(ふ)に落ちない判決だ。

 プライバシーの侵害が問われたのは、検索キーワードと関連性の高い言葉を自動的に補う「オートコンプリート」と呼ばれる検索支援機能だ。日本ではサジェスト機能とも呼ばれ、コンピューターが統計処理に基づき関連する言葉を自動的に補ってくれる。

 原告側によると、自分の名前を入力すると犯罪を思わせる言葉が表示され、職を失うなどの被害にあったという。一審ではこうした機能が個人の名誉を毀損するサイトに導いていたことを考慮し、慰謝料の支払いなどを命じた。

 一方、高裁は「支援表示はウェブページの抜粋にとどまり、それ自体でプライバシー侵害にはならない」と判断。「事実が公表されない法的利益と、それを公表する理由とを比較衡量すれば、後者が優越する」と結論づけた。

 高裁判決はインターネット時代を迎え、検索サービスが生活に不可欠な技術となった点を重視したといえる。だが、それだからといって個人の権利が侵害された状態を看過していいというのはうなずけない。不当な表示を削除できる何らかの法的措置は必要だろう。

 グーグルの検索機能を巡ってはフランスやドイツでも削除を命じる判決が下されたが、グーグルは十分には対応していないようだ。適切な救済措置がとられなければ政府間で協議し、司法とは別な形で対応策を求めていくことも、今後は重要だといえよう。

 原告側は上告する構えだが、仮に最高裁が判断を再び覆したとしても、国境を越えた外国企業の情報サービスに対し、国内法の執行をどう求めていくかという課題は残る。便利な技術の発展をそぐことは好ましくないが、それを適切に利用できる環境づくりも併せて進めていく努力が必要だ。

自衛艦事故―なぜ繰り返されるのか

 なぜ自衛艦をめぐる事故が絶えないのか。

 海上自衛隊の輸送艦おおすみと小型釣り船が広島県沖で衝突した。釣り船は転覆し、船長と同乗の男性が死亡した。

 千葉県沖でイージス艦あたごと漁船が衝突し、漁船の父子が行方不明になった事故の記憶はまだ生々しい。88年には潜水艦なだしおと釣り船が衝突し、30人が亡くなる惨事もあった。

 08年のあたご事故では、海自の事後対応が問題視された。防衛相への報告が遅く、状況説明も二転三転した。

 今回の事故では、発生の約20分後に防衛相に連絡が入った。一方、事故状況については「海上保安庁が捜査中」としてほとんど明らかにしていない。

 あたご事故当時、防衛省が独自調査を先行させ、捜査妨害と批判されたことを強く意識しているとみられる。

 捜査や運輸安全委員会の調査への配慮は必要ではあるが、国民を守るはずの自衛隊をめぐる事故に関心が高まるのは当然だ。特に、海自の再発防止策が機能していたかは、しっかり検証されなければならない。

 釣り船に乗っていた男性は「一度追い越したおおすみが後方から再び接近し、避けきれなかった」と証言した。衝突直前、貨物船が両船の前を横切るのも見たという。

 どちらの船に回避義務があったかはまだはっきりしない。ただ、おおすみの艦橋からは釣り船がぶつかった左舷側に死角があり、乗組員が直前まで接近に気づかなかった可能性もある。

 小野寺防衛相は「おおすみ側に問題があるとの報告を受けていない」と言うが、防衛省としても徹底した原因究明を進めていくべきだ。

 見張りの態勢はどうなっていたのか。釣り船をいつ発見し、どういう措置をとったか。客観的な事実関係については、すすんで公表してもらいたい。

 あたご事故では、自衛艦側の責任をめぐって海難審判と刑事裁判で判断が割れた。「多くの船が行き交う海で、どう事故を防ぐのか」という肝心な課題は、未完のままである。

 海自の主要艦艇が配置されている瀬戸内海や東京湾の混雑度は国内指折りで、レジャー船も多い。海自側が細心の注意を払うというだけでは、事故の根絶は難しい面もある。

 自衛艦の航路や通過時刻をできるだけ周知し、民間側にもいっそう注意を求める必要があるだろう。海上保安庁や港湾管理者などと連携して、海の安全策をもっと練っていくべきだ。

震災関連死―弔慰金を再出発の糧に

 阪神大震災から19年が過ぎた。あの惨劇は多くの変化を社会にもたらしたが、避難生活で体調を崩して亡くなる「震災関連死」が初めて認定されたのも、この震災だった。

 認定されると、弔慰金が支給される。賠償の意味合いではなく、大切な家族を失った人たちが生活を立て直すための見舞金だ。だが、東日本大震災では認定が滞り気味で、申請手続きなどを改善する必要がある。

 自然災害の犠牲者の遺族には、災害弔慰金支給法に基づき市町村から最高500万円の弔慰金が支給される。地震や津波が直接の原因で亡くなった人だけでなく、関連死でも同じように支給される。

 認定されると子供は公的奨学金も得やすくなる。生活再建への糧にという立法趣旨をふまえると、関連死を広く認めることにもっと力を注ぐべきだろう。

 被災がどこまで死亡原因と関連するかを調べるため、市町村が審査会を設けることになっている。本来、審査委員は震災時に市町村にいて、被災の実態を熟知していてこそ、的確な判断ができる。

 だが、東日本大震災は阪神の場合と事情が大きく異なる。津波による被害が広範囲に及んだ東北では宮城、岩手の被災市町村の多くが、職員不足などを理由に審査を県に委託している。宮城は半数、岩手は8割以上の市町村が県任せだ。

 日弁連の調査では、関連死の認定率は県設置の審査会に比べて被災市町村の方が高い傾向がある。この問題を国会で取り上げた階猛議員(民主)によると、昨年9月時点に宮城で31ポイント、岩手で6ポイントの差があった。

 被災市町村の行政機能は次第に回復してきている。県に委ねている審査会を独自に設置していくべきだろう。

 原発事故の影響で避難生活を余儀なくされている人も多い。弔慰金の申請手続きを遺族が知らずに、関連死と認識されずに埋もれたまま見過ごされているケースもあるのではないか。

 参考になるのは、町単独で審査会を設けている岩手県山田町の取り組みだ。昨春の広報誌に申請手続きを載せたところ、9カ月間で14件の申請があり、12件が認定された。

 国と被災自治体が協力し、被災地や避難先の遺族に、弔慰金制度の趣旨と申請の案内を個別に郵送するのも一案だろう。

 家族が避難生活で命を落とした責任を感じている人もいると聞く。関連死認定で遺族の心の負担を少しでも軽くし、再出発のきっかけを広げたい。

東京都知事選 五輪返上論はどこまで本気か

 電力の大消費地である東京で原発問題を議論するのは有意義だが、「脱原発」運動に選挙を利用するのは筋違いだ。

 東京都知事選に出馬する意向を表明した細川護熙・元首相の動向が耳目を集めている。

 細川氏は、「原発の問題は国の存亡に関わるという危機感を持っている」と強調し、脱原発を前面に掲げた。原発即時ゼロを唱える小泉元首相が支援する。

 細川、小泉両氏は、いずれも首相時代、内閣支持率が高かった。かつての国民的人気をあてにした選挙戦術である。

 ただ、都は東京電力の主要株主ではあるが、東電株の50・1%は原発再稼働を目指す政府の原子力損害賠償支援機構が保有する。細川氏が再稼働を阻止できるかのように主張するなら無責任だ。

 看過できないのは、小泉氏が都知事選を、「原発ゼロでも日本は発展できるというグループと、原発なくして日本は発展できないというグループでの争いだ」と位置付けたことである。

 産業や家計への影響、地球温暖化対策、エネルギーの安全保障といった複雑な要因を軽視し、原発ゼロか、推進か、と二者択一で問題を単純化すべきではない。

 細川氏の正式な記者会見は、2度も延期されている。公約の準備が整わないからだ。付け焼き刃的な発想だけでは、都政の抱える様々な課題に対処できないことの表れとも言えるだろう。

 細川氏は昨年、2020年の東京五輪・パラリンピック開催が決まったことについて、「原発問題があるから辞退すべきだった」との返上論を述べていた。どこまで本気なのだろうか。

 今回は、猪瀬直樹前知事が5000万円借入金問題で辞職しての出直し選挙だ。それだけに、細川氏には、首相辞任の要因となった東京佐川急便からの1億円借り入れについて説明が求められる。

 一方、舛添要一・元厚生労働相は記者会見で、「史上最高の五輪」を目指すことや、防災対策、医療・介護の充実、雇用対策などに意欲を示した。具体的な方策を選挙戦で明らかにしてもらいたい。

 原発に関しては、即時ゼロではなく「原発に依存しない社会」を作ると述べる一方、東京で省エネを進め、再生可能エネルギー拡大へ努力すると語っている。

 首都の顔を選ぶ都知事選で問われるのは、東京をどういう都市に変えていくのかという明確なビジョンだ。候補者同士の討論会などで、議論を深めるべきである。

センター試験 改革に功罪の検証は不可欠だ

 大学入試センター試験がきょうから2日間、実施される。

 参加する大学・短大は843校で、志願者は56万人にのぼる。

 多くの受験生が日夜、勉強に励んできたことだろう。試験では実力を存分に発揮してほしい。

 試験を実施する大学入試センターと各大学の担当者は、一昨年に起きた問題冊子の配布ミスなどのトラブルを繰り返さぬよう、気を引き締めて臨む必要がある。

 センター試験は1990年に導入された。共通一次試験から衣替えし、私立大にも参加の道が開かれた。現在、私立大の約9割が利用している。

 推薦入試や、面接などによるAO(アドミッション・オフィス)入試と併用する大学もある。

 大学進学に必要な基礎的学力を身に着けているかどうかを判定するための共通試験として、定着してきたと言えるだろう。

 試験の問題は、大学教員らが2年近くの時間をかけて作成している。難問奇問を排した良質な問題が多いと評価が高い。

 一方、出題科目数は、高校の授業内容の細分化で6教科・29科目にまで増えた。各大学はアラカルト方式によって、利用科目や科目数を自由に決められる。受験生から見ると、科目選択が複雑になり過ぎているのではないか。

 加えて年1回の試験結果が受験の成否を大きく左右することが、受験生に過度の心理的負担を強いている面は否定できない。

 全国の会場で50万人以上が一斉に受験する現行方式では、スムーズな運営が困難になっているとの指摘もある。

 センター試験を巡っては、中央教育審議会で見直し論議が進んでいる。「達成度テスト」の創設を柱とする政府の教育再生実行会議の提言を受けたものだ。

 提言は、高校生の基礎学力の到達度を測る「基礎」レベルと、大学の一般入試で活用する「発展」レベルのテストを新設し、それぞれ複数回の受験を認めるよう求めている。これが実現すれば、大学入試は大きく様変わりする。

 挑戦する機会が増えるのは、受験生にとって望ましいことだ。

 一方で、達成度テストには、出題科目はどうするのか、試験の運営はどこが担うのかといった検討すべき課題が多い。

 入試改革は、受験生や教育現場に与える影響が極めて大きい。

 まずは、センター試験の功罪をしっかりと検証し、議論を尽くすことが肝要だ。

2014年1月17日金曜日

賃金を継続的に上げるための労使交渉に

 政府が企業に賃金の引き上げを強く働きかけるなかで、春の労使交渉が始まる。大事なのは目先の賃金の交渉に終わらせず、継続的に賃金を増やしていくには何をすればいいかを議論することだ。企業の競争力を高める人事処遇制度の改革や能力開発の充実に、労使が道筋をつける春にしたい。

 連合はこの春、勤続年数に応じて毎月の給与が上がる定期昇給の確保に加え、すべての社員の基本給を引き上げるベースアップ(ベア)を5年ぶりに求めている。

 これに対し経団連は、賃上げは手当や一時金の増額なども選択肢だとして、人件費の負担が重くなるベアの実施に慎重だ。ただ企業業績が回復傾向にあることから、ベアに踏み切るかどうかは各企業が経営状況をもとに適切に判断することとした。ベアは「論外」などとしてきた姿勢を和らげた。

 1人あたりの現金給与総額はピークの1997年から2012年にかけて1割以上減っている。デフレ脱却へ賃金の引き上げは大きな課題だ。業績の改善で支払い能力の向上が見込める企業は、賃金の増額を前向きに考えてほしい。

 消費が伸び、それが企業の利益増につながって新たな雇用を生む好循環をつくるには、働く人の所得が今年だけでなく、継続的に増えていく必要がある。そのためには企業が持続的に成長していかなければならない。国際競争を勝ち抜く手立てについても、労使で議論を深めてもらいたい。

 業績は好転し始めたとはいえ、円安に支えられている面が大きい。経営者にはM&A(合併・買収)などの経営戦略に知恵を絞ることが求められるが、労働組合も企業の生産性を高める処遇制度改革などで経営側に協力すべきだ。外国人を含め専門性の高い人材を採りやすくするには、成果に応じた報酬決定を強める必要がある。

 企業が新しい分野に進出する動きが増え、既存の社員も知識や技能を広げることを迫られている。能力開発の進め方も労使が議論する重要なテーマになる。

 企業の競争力が高まれば、パートや契約社員など非正規で働く人たちの賃金も増やしやすくなる。雇用者の4割近くを占める非正規労働者の収入を底上げするためにも、各社の労使は企業の成長力を高める議論を活発にしてほしい。重要な業務を受け持つパートの正社員への登用を拡充するなど、雇用制度の見直しも考えるべきだ。

原子力防災に国の関与強めよ

 原子力発電所の事故に備え、周辺の自治体が定める住民の避難計画づくりが遅れている。全国16カ所の原発に近い135市町村のうち、昨年12月までに計画ができたのは4割の53市町村にとどまる。

 東京電力など7つの電力会社は9原発16基の再稼働をめざし、原子力規制委員会が安全審査を進めている。法的には避難計画の策定は再稼働の要件ではないが、計画がなければ地元住民の同意を得るのは難しい。自治体が実効性の高い計画をつくれるよう、国が情報提供などでもっと支援すべきだ。

 福島第1原発事故を踏まえ、国は原発から半径30キロ圏内の市町村に避難計画を義務づけた。それまでの同8~10キロ圏から広がり、対象市町村の数は3倍に増えた。

 だが、車による避難者が集中して起きる道路渋滞をどう防ぐかや入院患者らの避難手段の確保、被曝(ひばく)を抑えるヨウ素剤の配布をどうするかなど、戸惑う自治体が多い。東電柏崎刈羽原発のように計画を策定済みの市町村がゼロという地域もある。

 国はこれらの自治体に防災専門家を派遣してノウハウを伝授し、計画づくりを後押しすべきだ。

 被曝防止を除けば、原発事故の避難は津波や火山噴火と共通点が多い。国の中央防災会議には災害対策の専門家組織があるが、原子力分野で活用できていない。原発事故は原子力防災会議、自然災害は中央防災会議という縦割りを排し、両者が連携する必要がある。

 国は緊急時の拠点となる「オフサイトセンター」の移設を計画しているが、これも再考が要る。福島の事故では施設が原発から5キロの場所にあり、放射線の影響で役に立たなかった。このため全国に20あるセンターのうち、原発に近いものは遠くに移すという。

 だが、平時に使わない施設が非常時に機能する保証はなく、ハコモノ優先の対策には限界がある。県庁など既存施設を司令塔とする手もあろう。住民が安心できる計画をどうつくるか、自治体任せにせず国が責務を果たすべきだ。

東電事業計画―原発再稼働は許されぬ

 改めて、言う。

 東京電力の柏崎刈羽原発(新潟県)は再稼働すべきでない。

 政府が、東電の新たな事業計画を認定した。柏崎刈羽7基のうち4基を14年度中に再稼働させることが前提である。

 東電はすでに原子力規制委員会に2基の審査を申請済みで、この2基が7~8月に再稼働できなければ秋までに最大10%の電気料金値上げが必要、との見通しも示した。

 再稼働への前のめりぶりと、電気代を人質にとるかのような姿勢に、あきれるほかない。

 福島第一原発事故の当事者として、東電が今やるべきは、事故の収束と汚染水対策を急ぎ、廃炉の道筋をつけること。そして、被害者への賠償や被災地の除染に万全を期すことのはずである。

 東電の大株主でもある政府の振る舞いはさらに問題だ。原発を推進し、事故を招いた反省を踏まえて、原発依存度を減らす手立てを講じるのが、政府の責任である。

 それなのに、将来への見取り図も示さず、よりによって東電の原発再稼働に頼るとは。

 そもそも柏崎刈羽は福島第一と同じ沸騰水型であり、規制委の審査には時間がかかる。新潟県の泉田裕彦知事も、東電を強く批判している。今夏の再稼働は非現実的なのに、「再稼働できなければ電気料金値上げ」と打ち出すのでは、まるで脅しではないか。

 再建計画には、他にもさまざまな対策が盛り込まれた。

 「全ては東電の責任。対策も東電任せ」という政府の姿勢を改める。東電の汚染水・廃炉対策部門を社内で独立させ、税金の投入と合わせて国の関与を強める。除染でも、廃棄物の中間貯蔵施設を国が建設するなど、東電の負担に上限を設ける。

 経営改革を急ぐ。将来の電力システム改革をにらみ、発送電分離につながる持ち株会社化・分社化を進める。火力発電所の建設や燃料の調達で他社との連携を深め、人員削減も織り込んで経費を減らす。

 これらは、わかる。税金の投入は避けられないし、東電の改革を他の電力会社に生かしていく視点も大切だ。

 しかし、原発事故で東電は事実上破綻(はたん)したことを忘れてもらっては困る。政府が専門の機構を設けて東電を支え、新たに税金の直接投入に踏み切るのは、あくまで賠償や除染、廃炉を進めるためであるべきだ。

 柏崎刈羽原発の再稼働に依存する事業計画は、手段も目的も取り違えている。

オウム裁判―あの闇を問い直すとき

 数々の異常な犯罪に暴走した集団は、社会のどんなひずみから生まれたのか。あらためて、考える機会にしたい。

 オウム真理教による事件で、3人の逃亡犯の1人、平田信(まこと)被告の裁判が、きのう始まった。約2年前、いったん幕引きされた一連の裁判の再開である。

 代表だった松本智津夫死刑囚の起訴から19年。すでに189人が裁判を終えた。だが、いまに至るも、解明された部分より、未解明の部分の方がはるかに大きい。

 新たな被告3人については、市民が参加する裁判員裁判となる。オウムの一連の事件では初めてで、今回は補充も含め10人が任務を引き受けた。

 宗教活動に心のよりどころを求めたはずの若者たちが、いかに犯罪行為にかかわっていったのか。

 オウムによる事件全体のごく一部ではあるが、市民の視点を加えて裁く意義は大きい。

 平田被告は、脱会しようとした信徒の兄の拉致や爆破事件などに関与したとして起訴された。逃亡生活は17年に及んだ。

 この間、社会の一隅に身を置きながら、事件をどう省み、何を考えていたのか。初公判で謝罪を口にしたが、それが本心なら、真実を語るしかない。

 平田被告の裁判には、死刑囚3人を含む元教団幹部らが出廷する。関係者は全員、当時の実相を率直に明かすべきだ。

 刑事裁判は、証拠と法で個人の刑事責任を判断する場であり、事件の社会背景をつかむこと自体を目的とはしていない。

 だとしても、この機に再び、教団組織が犯罪集団へと変容していったさまを見つめ直すことは、同じようなことを起こさない助けになるはずだ。

 本来なら松本元代表こそ証言すべきだろう。しかし本人は拘置所で意思疎通も困難で、出廷の見込みはないという。

 どれほど歳月を経ようとも、「オウム現象」の究明は重い問いとして残り続ける。

 一教団が生物・化学兵器を開発して軍事化を進める。指導者の命じるまま拉致や殺人までも正当化する。その果てには、地下鉄サリン事件という未曽有のテロも引き起こした。

 いまの若者世代には荒唐無稽とさえ思えることが実際にあった。日本がバブル景気に沸き、世界が冷戦の終わりを迎えたころ、この集団は肥大化した。

 あれから多くが変わったいまでは、そんな現象は起こりえない、と言い切れるだろうか。

 そう断言できないところに、オウム事件の闇がある。

認知症対策 生活習慣の改善も予防になる

 認知症の高齢者が、従来の予測を大幅に上回るペースで増えている。予防や診療の体制整備を急がねばならない。

 厚生労働省研究班の推計によると、認知症の高齢者は462万人に達する。過去20年間で6倍に増えたという九州大の研究結果もある。

 急速な高齢化に加え、糖尿病の増加が認知症の患者数を押し上げている事実は見逃せない。

 国内外の調査で、糖尿病を患う人は、アルツハイマー型認知症の発症リスクが2倍前後に高まることが分かってきた。

 アルツハイマー型認知症は、脳内に異常なたんぱく質がたまって発症する。糖尿病になり、血糖値を下げるインスリンが多量に分泌されると、このたんぱく質が分解されにくくなって蓄積し、認知症が起きやすくなるという。

 糖尿病は、食べ過ぎや運動不足による肥満が主な原因だ。運動や和食を中心とした食事で生活習慣に気を配っている人は、糖尿病ばかりでなく、認知症の発症リスクが低いとのデータがある。

 厚労省は、こうした情報を周知すべきだ。若い頃から生活習慣に注意して予防につなげたい。

 認知症の前段階とされる「軽度認知障害」も400万人に上る。記憶力や判断力の低下といった症状が表れる。早く対処すれば、認知症への進行を抑えられる可能性があるという。予防法の早期確立が期待される。

 認知症になった場合でも、早期発見は重要である。頭部を強打したことで血腫が脳内にできた場合など、治療により回復可能なケースがあるからだ。

 だが、診断がつかないまま、症状が悪化する患者は少なくない。専門医による「物忘れ外来」を普及させるなど、正確に診断できる態勢作りが必要だ。

 早期に診断がつけば、医師の指導のもと、家族や周囲の理解と協力で、より長く家庭生活や仕事を続けることも可能だろう。

 認知症対策は、高齢化が進む先進国共通の課題となっている。

 日米など主要8か国は先月、ロンドンで初の「G8認知症サミット」を開いた。2025年までの治療法確立を目指し、研究費の大幅な増額や研究データの共有を図ることで合意した。

 未解明な部分が多い認知症の研究に、国際協力は欠かせない。世界で最も速く高齢化する日本が主導すべきだ。政府が先頭に立ち、研究陣の総力を結集して臨んでもらいたい。

オウム公判再開 裁判員は事件をどう裁くか

 社会に大きな衝撃を与えたオウム真理教の事件が、初めて裁判員によって裁かれる。公判の行方を注視したい。

 17年に及ぶ逃亡生活の末に出頭し、逮捕された元教団幹部・平田信被告の裁判員裁判が東京地裁で始まった。

 教祖の松本智津夫死刑囚ら13人の死刑が確定し、2011年にいったん終結していたオウム公判の再開である。

 平田被告は、目黒公証役場事務長の仮谷清志さん拉致事件や都内のマンションでの爆発事件などへの関与を問われ、逮捕監禁罪や爆発物取締罰則違反などで起訴された。いずれも1995年3月の地下鉄サリン事件直前に起きた。

 平田被告は初公判で被害者と遺族に謝罪したが、起訴内容の一部を否認した。テロ集団と化して凶行を重ねた教団の実態が、公判でどこまで解明されるだろうか。

 焦点の一つは、元教団幹部の死刑囚の証人尋問である。

 検察は、現場の指揮役を務めた井上嘉浩死刑囚ら3人を尋問し、犯行に至る経緯を立証する方針だ。死刑囚らは証言に応じる姿勢を示しており、何らかの新事実が明らかになる可能性もある。

 公開の法廷における死刑囚の尋問は極めて異例だ。

 裁判所は不測の事態に備えて、法廷の傍聴席前に防弾性のアクリル板を設置する。死刑囚の精神状態を安定させるため、証言台の周囲には遮蔽板を立てる。

 法廷で混乱が生じるようなことがあってはならない。万全の態勢で臨んでもらいたい。

 薬物を大量投与された後に死亡した仮谷さんの遺族が、被害者参加制度を利用して、裁判に参加している。2008年から導入されたこの制度では、被害者・遺族が法廷で被告に対し、直接質問することができる。

 遺族は真相解明に期待をかけている。平田被告は初公判で「見張りをしただけで、拉致するという認識はなかった」と述べた。裁判員の事実認定が注目される。

 公判は週3~4回のペースで進み、判決は3月上旬の予定だ。裁判員にとって、約2か月に及ぶ長期審理の負担は小さくない。

 しかも、凶悪テロを引き起こした教団を巡る裁判だ。地裁が裁判員候補者として400人を選んだものの、辞退希望者が相次いだ。裁判に関わることへの不安が背景にあったのだろう。

 重圧のかかる審理だけに、裁判員の体調への配慮など、裁判官のきめ細かなサポートが必要だ。

2014年1月16日木曜日

東京の活力高める政策を競う都知事選に

 2月9日投開票の東京都知事選の立候補者がほぼ出そろったようだ。6年後の五輪開催を控えた重要な選挙になる。

 首都・東京の動向は国の行方にも影響を与える。当面、国政選挙は予定されていないだけに都知事選の結果は安倍晋三内閣に対する評価を示すものにもなるだろう。

 しかし、出馬表明した候補者の主張を聞くと、気がかりな点がある。本来、都ではなく、国が権限をもつ問題を知事選の主要な争点に位置付ける動きだ。その代表例が細川護熙元首相らが掲げる「脱原発」である。

 東京は電力の最大の消費地だ。その東京が再生エネルギーの普及などに取り組み、電力の自給率を高めることは危機管理の面でも必要だろう。東京電力の第4位の株主として、経営動向や電力改革に注文をつけることも大事だ。

 しかし、都知事に原発政策を決める権限はない。その東京で原発を最大の争点に据えることは適切なのだろうか。掛け声だけで具体的な道筋を欠いていては有権者に誤解を与えるだけだ。

 細川氏を支持する小泉純一郎元首相のように「原発ゼロか否かの争い」といった単純な議論はもっとおかしい。都政には他にも様々な課題があるからだ。

 新たな知事の役割はまず、五輪の準備を着実に進めることだ。競技施設の建設費は資材価格の上昇や現場の人手不足で膨らんでいる。現行案のままでは都財政はひっ迫しかねない。老朽化したインフラの更新も避けられない。

 五輪が開催されるころには東京の人口も減少に転じる。そのなかで日本をけん引する東京の活力をどのように高めるのかを聞きたい。若年者の失業率は今でも高いので雇用対策も必要だ。

 安全・安心な街づくりも重要なテーマだ。今後、都内では高齢者が急速に増えるが、介護施設の整備は遅れているし、首都直下地震への備えも心もとない。

 猪瀬直樹前知事が徳洲会からの資金提供問題で辞任したこともあって、「政治とカネ」も争点になる。細川氏は東京佐川急便からの借り入れ問題で首相を辞めたが、当時、十分な説明をしていない。

 都知事選で幅広く論争することは望ましいが、「東京から日本を変える」などといった抽象論だけでは物足りない。舛添要一元厚生労働相ら各候補者にはもっと具体的な政策で競い合ってほしい。

アフリカと持続的な関係を

 安倍晋三首相がコートジボワール、モザンビーク、エチオピアのアフリカ3カ国を訪問した。日本の首相による、本格的なアフリカ訪問は8年ぶりだ。

 アフリカは「最後のフロンティア」と呼ばれる。豊かな資源と人口の伸びをばねに、経済は成長軌道に乗りつつある。今回の訪問をアフリカとの持続的な関係を築く足掛かりにしたい。

 成長に伴い、アフリカ諸国が求めるものは従来の援助中心の支援から、経済の自立を促す貿易や投資へと移っている。市場獲得をめぐる競争も激しさを増している。

 安倍首相はエチオピアでの政策スピーチで、「日本と日本企業にはお役に立てる力がある」と訴えた。そのためには、政府と企業の連携が重要だ。

 安倍首相はモザンビークで、港湾と内陸部をつなぐ幹線道路の整備などに700億円の政府開発援助(ODA)を供与し、資源開発や環境保全の人材育成での協力を表明した。

 モザンビークでは石炭開発に新日鉄住金が、天然ガス開発に三井物産がそれぞれ参加している。道路や港湾をODAで整備し、企業が資源開発に投資する役割分担はアフリカ開発のモデルとなる。

 アフリカでは中国が巨額の援助で先行し、存在感を高めている。しかし、中国企業が中国人の作業員を使い、建設まで丸抱えする手法には反発もある。

 大切なのはアフリカの若者に働く場を用意し、技術を備えた人材を育てることだ。これがアフリカの安定と成長を支え、ひいては日本のビジネス機会につながる。

 成長軌道に乗ったとはいえ、地域紛争は依然、課題である。エチオピアは隣国の南スーダンで発生した政府軍と反乱軍の衝突の仲介にあたっている。安倍首相は今回、アフリカの紛争や災害に対応するための資金支援を表明した。

 ソマリア沖の海賊対策には日本の自衛隊も加わっている。アフリカの安定に日本が役割を果たしていくことも忘れてはならない。

一人っ子政策―中国国民に選ぶ権利を

 「産みたい放題にしたら、1年で3千万、10年で3億だよ。あと50年したら、地球は中国人でひしゃげてしまうじゃないか。だから、あらゆる代価を払って出生率を下降させなくちゃ」

 中国のノーベル賞受賞作家、莫言さんの長編小説「蛙鳴(あめい)」(中央公論新社)のなかで、産婦人科医が一人っ子政策の必要性をこう語る場面がある。

 その政策がわずかに緩められる。習近平(シーチンピン)政権が「両親のいずれかが一人っ子なら、2人目の出産を許す」と決めた。

 そもそも産児制限という制度自体、現代の人権感覚に反するものだ。緩和にとどまらず、完全撤廃へ動くべきだ。

 これまでは、少数民族を例外とし、農村は条件つきで二子を認め、都市部は両親が一人っ子同士なら2人目が認められた。今回の決定で多くの夫婦が対象になるのは確かだ。

 政権の背を押したのは、高齢社会への危機感である。働ける人口が減り続ければ、将来への不安が高まる。

 建国の父、毛沢東は人口を国力の基とする考えから産児制限を否定した。だがその後、食糧不足の心配から、1979年に制限が始まった。憲法には「夫婦は計画出産を実行する義務を有する」との条文がある。

 計画出産の主体は国であり、中央政府を頂点とする管理体制が地方に根を張っている。

 「蛙鳴」では、監視の目を盗んで子を産む者と当局者との血みどろの闘いが描かれている。小説だけの世界ではない。中絶や避妊手術の強制例は多く伝えられる。「盲目の人権活動家」として知られる陳光誠氏は、その告発で拘束された。

 映画監督の張芸謀(チャンイーモウ)氏がひそかに3人の子をもうけていたとして、1億3千万円の罰金を科されたことも報じられた。高額罰金を地方政府が財源として頼るいびつな構図があるだけでなく、資産家は金次第で子を増やせるという矛盾もある。

 非情な産児制限のせいで多くの人々が疲れ、傷ついた。

 今後も管理体制は温存されるだろう。2人目が許されるといってもまず申請が必要で、自由に産めるわけではないのだ。

 減る人口があれば増えすぎる人口もある。対応は各国の難問だ。人口問題に取り組む国連人口基金は、個人一人ひとりの選択権を出発点とし、啓発活動で進めるべきだ、との考えをとっている。

 中国は今や経済大国でもある。前時代的な強制をやめて、基本的人権として国民の選択を尊ぶ方向へかじを切る時だ。

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