2014年3月31日月曜日

17年ぶり消費増税、転嫁着実に乗り切れ

 4月1日に消費税率が5%から8%に引き上げられる。17年ぶりの消費増税だ。政府は増税分がきちんと商品・サービス価格に転嫁されるよう監視の目を光らせ、企業や消費者の混乱を和らげる対応にも万全を期してもらいたい。

 公正取引委員会と中小企業庁はことし2月までに、納入業者が増税分を価格に上乗せすることを仕入れ業者が拒んだとして、計859件を指導した。

 「公立病院が注射針やガーゼの納入業者に一律3%以上の納入価格引き下げを要請していた」。大手の仕入れ業者が中小・零細の納入業者による増税分の転嫁を認めない「買いたたき」の一例だ。

 増税分の転嫁を認める代わりに利益提供を要請した、といった報告も相次いでいる。

 企業が商品やサービスの価格に上乗せし、最終的に消費者が負担するのが消費税のしくみだ。増税分の転嫁を拒む行為は法律で禁じられている。

 不当な買いたたきなどによって下請けの中小・零細企業の収益が悪くなれば、大企業を起点とする賃上げの動きが足踏みし、デフレ脱却のシナリオにも影響を与えかねない。

 政府は下請けの中小・零細企業に約600人の転嫁対策調査官(転嫁Gメン)を派遣している。書面調査や立ち入り検査も強化し、悪質な場合は企業名も公表するなど厳正に対処すべきだ。

 中小・零細企業にはあらかじめ価格転嫁を取り決める「転嫁カルテル」という対応策もある。足元の対策に不備はないか、企業もいま一度点検すべきだろう。

 消費の現場では、一時的に混乱するところも出るかもしれない。税額を含めた価格表示をするお店もあれば、税抜きの本体価格だけを表示するお店もある。すべての商品に自動的に3%の増税分が転嫁されるわけでもない。

 企業の多様な価格戦略はできるだけ尊重されるべきだが、不当な便乗値上げは許されない。企業や消費者からの相談などに、政府はしっかり対応してもらいたい。

 増税は消費者に負担をもたらす。一時的に売り上げが減る企業もあるだろう。4~6月期の景気が減速するのは避けられない。

 それでも消費増税は、先進国で最悪の状態にある財政を立て直すのに欠かせない一歩だ。官も民も力をあわせて、この局面を乗り切りたい。

寄付で自立する公益法人に

 公益法人の制度改革に伴う新法人への移行作業が大詰めだ。全日本柔道連盟で昨年起きたような不祥事をなくし、補助金依存体質から抜け出せるか。単なる看板の掛け替えに終わらせてはならない。

 政府は明治期にできた公益制度の抜本改革を目指し、2006年に新公益3法を成立させた。(1)時代に即した公益性の見直し(2)不祥事防止のためのガバナンス強化(3)寄付金を集めやすくすることによる自立の促進――などが柱だ。

 旧法人にはゴルフのような外来スポーツの振興を大義名分に公益認定を得た団体があった。政府の公益認定等委員会は、こうした施設の公益性が現在では薄くなっているとして、できるだけ一般法人になるように指導した。

 移行申請は昨年11月に締め切った。2万4317あった旧法人のうち、新制度での公益認定を希望したのは9054にとどまった。このうち2月末までに認定を受けたのは8878で、旧法人の36%に絞り込まれた。

 新法には公益法人の役員が担う役割などを明記した。組織運営の手腕に欠ける往年の名選手が幅を利かせ、不明朗な資金流出などを起こした例があったからだ。

 今後の最大の課題は欧米のような寄付文化を育めるかどうかだ。認定委によると、日本における寄付金の総額は国内総生産(GDP)の0.11%で、2.2%の米国と比べ、いかにも少ない。

 旧法人が税優遇を得るには特定公益増進法人という1つ上の資格も得る必要があった。新制度では、寄付した人が所得税などの確定申告の際に寄付分の税額控除を受けられる仕組みが、全ての公益法人に適用されるようになった。

 旧制度では国などからの助成を得ようと、所管官庁からの天下りの受け入れに熱心な公益法人が少なくなかった。こうした癒着体質が税金の無駄遣いを生んだ。

 寄付金を集めやすくなったからには制度をフル活用してもらいたい。自分たちの活動を広く知ってもらう努力も重要だ。

国民投票法―「18歳」着実に進めよ

 憲法改正手続きの一環である国民投票法の改正案が、いまの国会で成立する見通しになった。自民、公明、民主など7党が、法案を共同提出することで合意した。

 改正の柱は、投票に参加できる年齢を、改正法施行から4年後に「20歳以上」から「18歳以上」に引き下げることだ。

 また、選挙権も18歳からとする公職選挙法の改正を2年以内にめざすこととし、その旨を新たに付則に書き込む。

 この合意を、手放しで評価するわけにはいかない。

 憲法を改正するなら、将来を担う若い世代の意見も幅広く反映させる。あわせて成人や選挙権年齢も世界標準である18歳にすることで、社会や政治への参加を促す――。

 こうした法制定当時の議論からすれば、後退した感が否めないからだ。

 07年に成立した国民投票法は、投票権を18歳以上に認めている。ただし、法施行までの3年以内に、成人や選挙権の年齢も18歳以上にそろえるための法的措置をとると明記し、それまでは国民投票も20歳以上にするとしていた。

 その後、法相の諮問機関である法制審議会が、成人年齢を「18歳に引き下げるのが適当」と答申したものの、必要な民法などの改正に向けた議論は事実上、放置されてきた。

 自民党内には、保守派を中心に18歳を大人扱いすることに猛烈に反対する勢力がある。

 それでも今回、民主党の要求をいれて選挙権年齢引き下げを改めて付則に盛り込むのは、改憲に向けた法的環境を整えておく狙いがあったからだ。

 加えて自民党には、改憲に反対する共産党や社民党を除く政党で共同提案の枠組みをつくっておけば、憲法改正の発議に必要な3分の2の勢力を集めやすくなるとの思惑もある。

 だが、改正案が成立したとしても、それで憲法改正に向けた準備ができたと考えるのは大きな間違いだ。

 選挙権年齢のほか、今回の合意では、公務員の組織的な投票運動の規制についても今後の検討課題とされた。

 これらに加え、今回はうやむやにされている成人年齢の引き下げも、同時に検討されるべきだ。自民党は改憲への環境整備を急ぐあまり、大事な問題を先送りしようとしていないか。

 こうした「宿題」にきちんと答えを出さない限り、国民投票の実施など不可能だ。

 「18歳」の議論は、着実に進めなければならない。

中間貯蔵施設―ボールはまだ国にある

 福島県内での除染で出た廃棄物を保管する中間貯蔵施設をめぐって、政府が修正案を県や地元町村に示した。

 当初3カ所で予定されていた施設の建設は、地元の見直し要望を受けて双葉、大熊の2町に集約された。ただ、それ以外は当初案からの修正がほとんどなく、首長からは「もう少しスピード感をもって対応してもらいたい」(大熊町長)と、いらだちの声があがった。

 現状では、国が予定する来年1月の搬入開始は、とても無理だろう。計画がいたずらに遅れれば、復興に支障が出る。国は合意への道筋をつける努力と工夫を重ねるべきだ。

 国と地元との溝は大きい。

 例えば施設用地について、地元は賃貸も認めるよう求めている。たとえ長期間住めなくても先祖伝来の土地を手放したくない住民が少なくないからだ。だが、国は「管理上の困難」を理由に買収する方針を譲らない。

 代替案として、「地元の意向も踏まえた跡地利用」を提示したが、例示もないままでは住民も判断に困る。地域振興策についても、「財政措置を講じる」との言及にとどまった。

 最大の課題は、除染廃棄物の最終処分だ。

 国は搬入開始から30年以内に県外に移して最終処分するという方針を掲げるが、県民の間には「結局はほごにされる」との懸念が強い。現実に、東京ドーム23個分とされる量の汚染土などを、ほかの自治体が引き受けることは考えにくい。

 原発の安全対策や使用済み核燃料の処理にみられるように、難題を先送りして結局は壁にぶち当たるのが過去の原子力政策だった。その反省にたてば、現時点で30年後の約束にこだわることは、必ずしも生産的ではないという見方もある。

 むしろ、廃棄物の量を減らしたり有害物質を除去したりする技術開発や安全管理面での地元の継続的な関与などについて議論を重ね、誠実に履行する道を探るべきではないか。

 原発事故の直接の被害者でありながら、後始末の過程で生じる負担を受け入れなければ前を向けないところに、福島の苦悩がある。

 中間貯蔵についても、各住民が意見や希望を口にし、それに対し最大限の努力がはらわれたことを確認する「納得」のためのプロセスが重要だ。

 もちろん、「福島に押しつけて終わり」であってはならない。その点で国の対応は「通り一遍」の印象が強い。ボールはなお国の側にある。

あす消費税8% 社会保障安定への大きな一歩

 ◆景気失速の回避に全力尽くせ◆

 消費税率があす1日、5%から8%に引き上げられる。増税分は社会保障費の財源になる。

 政府は、社会保障制度を充実させるとともに、増税の打撃を緩和し、春以降の景気失速を回避しなければならない。

 安倍政権の経済政策、アベノミクスの効果で景気は回復してきたが、デフレ脱却や、本格的な経済成長は道半ばである。日本経済は正念場を迎えよう。

 消費増税は、自民、公明、民主の3党が合意した社会保障と税の一体改革で決まった。8%に続き、2015年10月には10%へ引き上げる予定になっている。

 ◆次世代につけを回すな◆

 国の借金は1000兆円を超え、先進国最悪の財政状況だ。少子高齢化や、働く世代の減少などにより、特に膨張しているのが、医療、年金、介護、子育て支援などの社会保障費である。

 年30兆円に達している社会保障費はさらに毎年1兆円程度も増える見通しだ。

 巨額の赤字国債発行で、将来世代へのつけ回しを続けるべきではない。

 消費者全体で幅広く負担する消費税の増税によって、安定的な税収を確保し、社会保障制度を維持・充実する意義は大きい。

 政府は増税分の使途について、高齢者を支える医療と介護の連携体制の強化、子育て支援、少子化対策などに充てる方針だ。

 国民に一層の負担を求める以上、効果的な施策を実施しなければならない。社会保障制度を安定させるため、医療、年金、介護の給付費抑制も含めて、政府はさらなる検討を急ぐ必要がある。

 消費増税に先立ち、消費者の間では、自動車、家電といった耐久消費財をはじめ、食品、家庭用品など幅広い商品で駆け込み需要が高まり、消費が拡大してきた。

 それにより、今年1~3月期の成長率は5%前後の伸びが見込まれているが、問題は、増税後の日本経済の動向といえる。

 ◆成長戦略で基盤強化を◆

 1997年4月に消費税率が3%から5%に引き上げられた際、アジア通貨危機や金融不安も重なり、景気は急激に悪化した。

 今回も、駆け込み需要の反動減による販売の落ち込みなどで、増税後の4~6月期にマイナス成長に陥るとの予測が大勢を占める。7~9月期以降、再びプラス成長に回復するとみられるが、先行きは楽観できない。

 安倍首相が、「増税の悪影響を最小限に抑え、速やかに景気が回復軌道に戻るよう万全を期す」と強調しているのはもっともだ。

 政府が景気下支えの「切り札」としているのが、公共投資を柱とした5・5兆円の13年度補正予算と一般会計総額が過去最大の95・9兆円の14年度当初予算だ。

 予算が前倒しで使われるよう、政府は新年度予算の公共事業などの執行率を「9月末に6割以上」とする数値目標を設けた。

 迅速な執行を通じ、景気の腰折れを防ぐ効果が期待される。ただ、建設現場の人手不足や建材価格の値上がりで、入札が不調となる例が目立つのは気がかりだ。

 景気の牽引けんいん役である企業の設備投資と輸出は依然、力強さを欠いている。

 企業各社は、4月以降の販売減などの逆風も覚悟しなければなるまい。民需が主導する力強い景気回復に向け、試練が続きそうだ。

 それだけに重要なのが、政府が6月にまとめる成長戦略の第2弾である。企業活力を引き出したり、新産業の育成に弾みをつけたりする規制改革や、大胆な法人税率引き下げなどを打ち出し、経済の基盤を強化してもらいたい。

 消費増税分を円滑に販売価格に転嫁できるよう、政府や自治体が監視を強めることも大切だ。

 ◆価格への転嫁は着実に◆

 大企業が有利な立場を利用し、納入業者に価格据え置きを強いる買いたたきを防ぐ必要がある。

 一方、消費増税で負担が増す家計への対策が不十分な点は問題だ。政府は低所得者に給付金を支給することにした。

 だが、対象者を絞った1回限りの給付では、負担軽減の効果は限定的だろう。

 首相は、今年末に15年10月に消費税率を10%に引き上げるかどうか決定する方針だ。今年7~9月期の経済成長率が決断のポイントになるに違いない。

 10%とする場合は、生活必需品の税率を低く抑える軽減税率の導入が不可欠だ。軽減税率の協議を再開した自民、公明両党は、10%と同時の導入を決断し、対象品目の選定を急ぐべきである。

2014年3月30日日曜日

耐震化と事後への備えを両輪に減災を

 甚大な被害をもたらす恐れのある南海トラフと首都直下の地震について、政府は防災基本計画を決めた。建物の耐震化や避難施設の整備などを重点的に進め、とくに南海トラフの対策では、最大33万人と想定される死者を10年間で8割減らす目標を掲げた。

 国の被害想定によると、マグニチュード(M)9級の南海トラフ地震の被害額は最大220兆円。M7級の首都直下では同95兆円にのぼる。影響は被災地だけにとどまらず、東日本大震災を超える国難になる恐れが大きい。

 被害を減らすため、計画は20項目以上の数値目標を盛った。全国の住宅の耐震化率を、今の約80%から2020年までに95%に高める。沿岸部の市町村すべてが津波避難ビルを指定する、などだ。

 被害想定を出しっぱなしにするのでなく、具体的な減災目標や達成の方策を示したのは前進と評価したい。南海トラフで707市町村、首都直下で310市区町村を重点地域に定め、国が対策を後押しする仕組みも妥当だろう。

 ただ課題も多い。計画に盛った対策は耐震補強や津波避難タワーなどハード面に偏る。施設整備には多額の費用がかかる。財政が厳しいなか、防災予算を聖域扱いすることはできないだろう。

 減災のカギはむしろ、地震発生後に迅速、的確に情報を伝えるソフト面の対策だ。伊豆大島の台風災害では避難指示が出ず、多くの住民が犠牲になった。津波や余震など二次災害から人命を守るには、気象庁や自治体などが情報の伝え方を工夫する必要がある。

 南海トラフ地震は被害が広域に及ぶため、全国規模の体制づくりも求められる。救助隊の派遣や復旧作業を、被災地以外の自治体がどう手分けして担うのか。

 基本計画はこれらの課題に言及はしたが、具体策はあいまいだ。誰がいつまでに対策をつくるのか政府は真剣に考えるべきだ。

 計画にあわせ、東海、東南海・南海など地域ごとに定めていた地震大綱も全国規模に一本化した。ならば、東海地震だけは「予知可能」との前提でこの地域の対策を定めた大規模地震対策特別措置法は、廃止すべきではないか。

 東海地震を予知できる科学的な根拠は乏しく、この地震が単独で起きるのか連動するかも今の地震学では分からない。予知に頼らず、地震の発生後への備えを積み重ねて減災社会を築きたい。

再生エネの導入目標は適切か

 国の中長期的なエネルギー政策の指針となる「エネルギー基本計画」について、政府・与党は太陽光や風力など再生可能エネルギーに限り導入目標を盛り込む方向で調整している。

 おかしいと言わざるをえない。再生エネルギーは目いっぱい伸ばす必要がある。しかし、電源の最適な組み合わせは、原子力や天然ガスなど、ほかのエネルギーとのバランスで決まるべきものだ。目標が妥当なのかも、十分に検証されているとは言えない。

 基本計画は4月にも閣議決定する。政府が2月にまとめた計画案は再生エネルギーの導入を「3年程度、最大限加速する」としていた。だが、電源の比率は具体的な数値を示していなかった。

 原子力発電所がどこまで再稼働できるか見通せず、現段階では全体の比率は決められないとの判断だった。再生エネルギーに限った目標設定の動きは、明記を求める与党内の意見に配慮してだろう。

 政策の誘導目標としての電源の比率は、いずれ決めなければならない。ただし、決めるなら原発への依存度も含め、全体の配分を決めるべきだ。供給の安定性や経済性、温暖化問題への対応など、総合的な視点が欠かせない。

 目標の水準も問題だ。

 政府・与党の調整では、震災前の2010年につくった現行計画の数値を参考に、これ以上を目指すとの案が検討されている。

 新しい基本計画に求められるのは、震災を経た日本がエネルギーの供給構造をどう変えていくのか方向を示すことだ。そして再生エネルギーは政策転換の象徴だ。

 十分な議論もせず、震災前の数値をそのまま載せるべきではない。意欲的な目標を決めるにしても、再生エネルギーの得失を考慮した現実的な検証が大前提だ。

 新しい基本計画は、原案作成にあたった経済産業省の有識者会議を含め2年以上にわたる議論を重ねてきた。不用意な導入目標を盛り込むことで、積み上げてきた議論を台無しにしてはならない。

ODAと腐敗 法守る意識の輸出こそ

 政府の途上国援助(ODA)をめぐる疑惑がまた発覚した。

 鉄道コンサルタント会社がベトナムなど3国で計60億円の事業を受注した見返りに、計1億円のリベートを相手国の公務員らに渡した疑いがある。

 政府は民主主義や法の支配を広める「価値観外交」を掲げ、東南アジア諸国への2兆円規模のODAを表明した。インフラ輸出の拡大も打ち出している。

 それだけに、断じて腐敗に甘い国とみられてはならない。

 現に、国際NGOの報告書では、日本は海外への贈賄の摘発に熱心でない国に分類されている。汚名返上のためにも、国内の取り締まりはもちろん、相手国への腐敗防止の働きかけも強化すべきだ。

 海外で贈賄した企業への罰金は最高3億円と、決して軽くない。それでも、事業のうまみが罰金額を上回れば抑止にならない。そう指摘されてきた。

 国連腐敗防止条約は、賄賂を使って獲得した事業の収益を没収する法の制定を求めている。日本が署名してから10年以上たつ。法改正を急ぐべきだ。

 最近、日本の商社もインドネシアでの贈賄で米司法省に罰金90億円を科された。英米は不正防止策を怠った企業への制裁を強めている。法を守らない企業は深手を負う時代だ。

 贈賄工作は海外の子会社が実行することが多いとされる。企業グループ全体でチェック体制を敷き、親会社が子会社や関連会社へ指導する仕組みが要ると識者は言う。傾聴すべきだ。

 賄賂は相手側から求められるケースが多いようだ。しかし、腐敗に手を貸すのは成長を邪魔するのに等しい。腐敗した国は投資を避けられ、市場が育たない。ODAの本旨を損なう。

 裏返せば、相手国に腐敗根絶を働きかけ、支援することも立派な途上国援助になる。

 賄賂で受注を競うと、支援国の側は出費がかさみ、相手国の事業額にもはね返る。双方に害をなす背信行為だ。

 一国だけで浄化を働きかけても、効果は薄い。他国と連携し、援助の条件として汚職対策を求めるべきだ。

 外務省は新時代のODAの重点の一つに「法制度整備支援」を打ち出した。法の専門家を派遣し、腐敗防止を含む法制度作りや法律家の育成を支える。

 実は6年前にベトナムへの贈賄事件が発覚した際も、再発防止策として掲げていた。だが、現実にはこの分野の日本の支援額はまだ多いとはいえない。

 日本の信頼を取り戻すため、今度こそ有言実行を求めたい。

いじめ対策 教訓くみ工夫重ねよう

 「いろんな人から『死ね』と言われた」

 中学2年生の男子生徒は遺書にそうつづっていた。昨年夏、名古屋市南区のマンションから飛び降りて命を絶った。

 同市と市教育委員会は第三者検証委員会を設けた。いじめが要因の一つとする報告書を今月まとめ、遺書も含めた全文をホームページで公開した。

 すべてを公開することをめぐり議論は尽きなかった。だが、「悲劇を繰り返さないで」との遺族の思いを重視した。

 生徒はなぜ、痛ましい道を選んだのか。そこには読み取るべき教訓があるはずだ。

 教育現場でも、子どもの心理に配慮しつつ報告書を活用すれば、貴重な教材になろう。

 いじめの調査では、遺族が学校や教育委員会に不信感をもつケースがたびたび起きた。大津市のいじめ事件でも、教委の調査姿勢が遺族を傷つけた。

 名古屋市の対応は早かった。独自の判断で検証委の即時設置を決めた。遺族に調査状況を丁寧に伝え、信頼関係を築いた。

 「疑問が明らかになり、胸のつかえが取れた」。遺族のコメントである。同様の事態に向き合う場合の手本になろう。

 検証委は、生徒が教室や部活で暴言や、机への落書きなどの嫌がらせを繰り返し受け、苦痛を蓄積させたと認定した。

 日ごろから多くの生徒の間で「うざい」などの悪態が常用されていたため、この生徒への暴言も埋没した。学校全体での是正の努力が欠けていたことが背景として指摘されている。

 いじめに気づくには、思春期の心理について知識を深める必要がある。名古屋市は4月から、拠点中学に常勤のスクールカウンセラーなどを置き、多忙な教員を支援する。評価できる試みだ。

 いじめを防ぐには、教員だけでなく、子どもたち自身の力を伸ばすことも大切だろう。

 生徒は学校の出来事をしばしば教員よりもよく見ている。今回の調査でも教員が気づかなかったいじめの証言があり、「なぜ相談に乗れなかったのか」と後悔する生徒もいた。仲裁に乗り出す生徒が増えれば、大きな効果を生むだろう。

 「学校をよくする主体は自分たちだ」。生徒たちにそんな自覚を促す取り組みがもっとほしい。地域の中学校の生徒会役員が集まり、いじめ問題などを話し合う「サミット」を開いている自治体もある。

 さまざまな工夫をこらし、学校と地域の全体で、いじめをなくす意識を高めたい。

国家戦略特区 成長戦略を加速する起爆剤に

 岩盤のような堅い規制に突破口を開き、成長戦略を加速できるか。

 政府が国家戦略特区の第1弾として、東京圏、関西圏、沖縄県など6か所の地域を指定した。

 地域活性化を目指す従来の特区と異なり、国主導で先進プロジェクトを進めるのが特徴だ。国家戦略特区を日本経済再生の起爆剤とする狙いは妥当だろう。

 特区ごとに、特区担当相と自治体、民間企業の代表らによる「特区会議」を設け、詳細な事業計画を策定する。

 安倍首相は「岩盤規制を打破するためのドリルを実際に動かせる態勢が整った」と述べた。スピード感をもって実現に取り組むことが求められる。

 特区に期待されているのは、経済成長を先導する役割である。

 東京圏は、世界で最もビジネス展開しやすい国際都市作りが目標だ。規制緩和をテコに都心部や周辺自治体で外国人向けの住居や医療施設を整備し、職住近接の環境作りを進める。

 大阪など関西圏は、高度医療を推進する拠点と位置づける。保険診療と保険外診療を併用する「混合診療」の拡大や、先端医療研究の充実を図る。沖縄県は国際観光の拠点として、新たなビジネスの創出を目指すという。

 いずれも速やかに成果を上げることを期待したい。

 このほか、新潟市と兵庫県養父市は「農業改革」を、福岡市では「創業のための雇用改革」をテーマに事業を具体化する。

 農地売買に関する農業委員会の権限を自治体に移譲し、農業への企業参入を目指す養父市の提案など、注目される構想もある。

 ただ、農業団体の反発などで実現のハードルは高い。政府の強力なバックアップが不可欠だ。

 特区で実施できる規制緩和メニューも、まだまだ物足りない。特区制度の策定段階で、関係府省や業界団体の抵抗が激しくなり、農業や医療、雇用などの改革案が骨抜きにされたためである。

 政府は特区のアイデアをさらに募り、有望な案件について追加指定する方針という。

 成長戦略に資する規制緩和策を積極的に発掘し、規制改革のメニューを大幅に拡充することが重要と言える。

 特区の規制緩和をフォローアップし、有効なものは速やかに全国で実施するべきだ。こうした取り組みを実行するためには、首相が指導力を発揮し、ドリルの威力を高めることが肝心である。

高松塚壁画 現地復元より劣化防止優先だ

 かけがえのない文化遺産を損なわずに後世へ継承する。その難しい課題を改めて問いかけたと言えるだろう。

 「飛鳥美人」に代表される高松塚古墳(奈良県明日香村)の極彩色壁画の保存法を検討してきた文化庁の有識者会議は、壁画修復後も当分の間、古墳外で管理する方針を決めた。

 壁画は、2007年に石室ごと解体され、外部で修復が続いている。17年度にも古墳に戻す予定だった。事実上の方針転換だ。

 有識者会議は、その理由として、石室内に戻した場合に、「現在の技術では再びカビ等の生物被害が間違いなく生じる」ことを挙げている。石材の強度や漆喰しっくいの状態についても、大地震が発生した際に耐えられないと指摘した。

 石室内にきちんと復元できないというのであれば、方針を変えるのは、やむを得まい。

 42年前、「考古学最大の発見」と言われ、古代史ブームを巻き起こした8世紀初めの壁画である。国宝にも指定されている。

 再び劣化せぬよう、確実に残すことを最優先すべきだ。

 そもそも、なぜこんな事態に至ったのか。壁画保存に関する文化庁の対応が、ずさんだったからにほかならない。壁画発見後、修理に伴う薬剤や石室内への多数の人の出入りなどの影響で環境が変化し、大量のカビ発生を招いた。

 現場は、早くからカビや退色に気づきながら、十分対策を講じなかった。壁画損傷事故を隠していたことまで明るみに出た。

 一連の教訓を、政府は文化財保護行政に生かさねばならない。

 壁画・石室の保存管理・公開の方法、場所について、有識者会議は具体的に言及していない。

 会議の中では、高松塚古墳の近くの施設に保存することが望ましいとの主張もあった。

 遺跡には、現地保存の原則がある。訪れる人は現地だからこそ、その存在する歴史的な背景や意義に思いをはせることができる。こうした考え方を、できるだけ大事にしたいからだろう。

 たとえば、高松塚古墳から約1キロ南のキトラ古墳の極彩色壁画も外部で補修されているが、当面、墳丘には戻さない代わりに、16年度から古墳付近に展示施設を設けて公開する方針だ。

 高松塚古墳の壁画についても、こうした形で、国民が歴史的な文化遺産に触れる機会を広げるのは一案である。しっかり保存することを前提に、期限を区切っての公開なども考えていい。

2014年3月29日土曜日

特区で岩盤規制突破へ二の矢三の矢を

 政府が地域を限って規制改革を進める国家戦略特区を指定した。安倍晋三政権の成長戦略のなかでも規制改革は一丁目一番地だ。厚い岩盤に守られた規制を突破していくための最初の一歩にすぎない。これにとどまらず改革の二の矢、三の矢を放ち続けてほしい。

 国家戦略特区はこれまでの特区と異なり、国主導で規制改革を実践する場だ。東京都を中心とする東京圏、大阪府などの関西圏、沖縄県を広域特区として指定した。農業の新潟市と兵庫県養父市、雇用の福岡市といったテーマ別の改革拠点も選んだ。

 対象地域を幅広く選んでしまうと既得権益を持つ関係者の抵抗が強まり、思い切った改革が進まないおそれがあった。いち早く成果を出すことを優先し、地域を絞り込んだ点は理解できる。

 広域特区では、容積率を緩和して高層マンションをつくりやすくする。外国人向けに賃貸マンションを宿泊施設として提供できるようになる。教育分野では、公立学校運営を民間企業にゆだね、大学の医学部も新設できる。

 これから特区ごとに国・地方・民間からなる会議を立ち上げ、具体的な計画をつくる。ここで改革が骨抜きになっては、看板倒れに終わったかつての特区の二の舞いになりかねない。用意された改革のメニューをすべて使い切るぐらいの計画にしなくては経済効果はそがれる。一部の自治体は熱心ではないが、岩盤規制突破の責任が重いことを自覚すべきだ。

 主役となる企業にも注文したい。特区には利子補給のしくみや税制上の優遇措置があるが、基本はあくまで規制改革だ。安易に政府の支援を期待するのではなく、自らの創意工夫でビジネスを創出し、収益と雇用の拡大を通じて成長の起爆剤となってほしい。

 規制改革に終わりはない。たとえば、企業による特別養護老人ホーム運営への参入、農地所有など積み残しの懸案は多い。国家戦略特区法を毎国会で改正するなど、スピード感を持って改革メニューを追加する。成果を確認できた改革はすみやかに全国で展開する。そんな政策の筋道を忘れてはならない。

 安倍首相は1月に「向こう2年間、岩盤規制といえども私の『ドリル』から無傷ではいられない」と語った。その言葉に偽りがないように、改革の先頭に立ってもらいたい。

渡辺氏の説明は納得しがたい

 みんなの党の渡辺喜美代表が知人から8億円の借金をしていた。2度の借入時期がいずれも国政選挙の直前であり、「選挙資金ではない」との釈明を聞いてもにわかには納得しがたい。疑惑を晴らすには、自ら資金の流れを詳細に明らかにすべきだ。

 資金提供を公表したのは渡辺氏とつきあいのあった化粧品販売会社の会長だ。2010年の参院選の1カ月前に3億円、12年の衆院選の1カ月前に5億円を渡辺氏の口座に振り込み、2億4700万円は返済されたという。

 国政選の選挙運動に使ったのであれば、公職選挙法に基づき選挙運動費用の収支報告書への記載が義務付けられている。日常の政治活動に充当した場合は政治資金収支報告書に記載しなければ政治資金規正法違反になる。8億円はいずれの報告書にも載っていない。

 昨年の国会議員の資産等報告書では渡辺氏の借入金は2億5000万円となっており、こちらとも辻つまが合わない。

 渡辺氏はあくまでも「個人の借り入れ」であり、「違法性の認識はない」と主張した。資産等報告書への無記載は「事務的なミス」であり、修正するそうだ。

 言い分をそのまま受け取ったとしても、8億円の使い道は気になる。党首は「もろもろ」の出費があり、代表例として縁日で熊手を買ったことを挙げたが、その程度で残金ゼロになるだろうか。

 選挙資金のような別の使い道があったと考える方が自然だし、逆にとんでもない浪費家だとしたら持論の「小さな政府」の担い手になれるとは思えない。

 みんなの党は昨年、分裂騒動があり、渡辺氏の「個人商店」の色彩を強めた。党内に渡辺氏に意見具申できる議員は見当たらず、自浄作用が働きにくい体質だ。党所属議員の1人が渡辺氏の口座を調査をするというが、とことん踏み込めるだろうか。

 進んで外部の有識者の手に委ねるなど手を打たなければ、遅かれ早かれ有権者に見捨てられる。

猪瀬氏の処分―これで幕は引けない

 政治とカネをめぐる重大な問題である。公開の法廷で真実を究明すべきではなかったか。

 徳洲会グループから5千万円を受けとった猪瀬前都知事に対し、東京簡裁がきのう罰金50万円を命じた。

 知事選を目前に控えた時期の金銭授受である。都議会や記者会見で猪瀬氏が繰り返してきた「選挙に関係ない」「個人的な借り入れ」という釈明では、およそ国民の理解は得られなかった。刑事処分は当然だろう。

 政治腐敗への不信を背景に、政治家のカネの流れの透明化が本格的に進んで20年になる。その後、政治家個人は企業献金を受けられず、政党だけに絞る法改正もされた。

 だが、政治家による企業からの「個人的な借り入れ」がまかり通るようでは、政治資金をただす制度は意味がなくなる。

 今週も、みんなの党の渡辺喜美代表に8億円を貸した、と化粧品大手の会長が明かした。

 こうして表沙汰になる闇のカネは、氷山の一角にすぎないとみるべきだろう。「個人的」という名目で政治につきまとうカネの横行を見過ごすことはできない。

 猪瀬氏に対し、書面審理の簡単な手続きで罰金刑が宣告されたのは、東京地検が略式起訴を選んだためだ。

 一応の刑事責任を問う処分ではあるが、事件の社会的な波紋を考えれば、あまりに中途半端ではないか。

 金銭授受が何であったのか、国民が公開審理で知る機会は失われた。

 授受の趣旨について、猪瀬氏と徳洲会側の主張には食い違いが大きかった。きのう会見した猪瀬氏は、これまでの釈明を修正し、「選挙に使う可能性があったのも事実」と認めた。

 それでもなお不明朗なことが多すぎる。

 徳洲会側は見返りに何を期待し、猪瀬氏はどんな形でこたえたのか。謝礼を受けた仲介役はどんな役割をしていたのか。そもそも、なぜ猪瀬氏は選挙前に見知らぬ人間とこんな関係を結ぶに至ったのか。

 裁判になれば、当事者たちが証言し、そうした問題がただされる可能性もあったはずだ。

 略式起訴は、容疑者の同意なしにはできない。猪瀬氏は有罪を認めることと引きかえに、自分のふるまいが精査される局面を免れた。

 本当に罪を認めるならば、やるべきことが残っている。自らが深みにはまった政治にまつわる利権の構造を、できる限り明らかにすることだ。

台湾議会占拠―守るべきは民主主義

 台湾の立法院(国会)を大学生らが占拠するという異常事態が続いている。

 馬英九(マーインチウ)総統の率いる国民党政権が、中国との経済協定を強引に進めたと反発している。

 政権や既成政党への不満に加え、中国への急速な接近をめぐる不安が根底にあるようだ。

 こうした若者らの奔放で自由闊達(かったつ)な政治行動は、80年代以降の台湾が成し遂げた民主主義の発展のあかしともいえる。

 馬政権は強制力を避けて慎重に打開策を探ってほしい。台湾民主政治の歩みに禍根を残さない収拾を望みたい。

 混乱のきっかけは、馬政権が昨年、中国と署名した「中台サービス貿易協定」だ。金融、運輸、医療などの分野で互いの市場開放を取り決めた。

 立法院での承認をめぐり、与野党は対立した。その末に国民党が委員会の審議を打ち切ったことが学生らを怒らせた。

 「中国は大事だが、接近し過ぎている」。そんな思いは多くの市民も共有している。学生らの行動は同情を集め、大学教授らの支援も広がった。

 馬政権は、中国との関係改善を掲げて08年に発足した。その方針は当初広く支持を集め、10年に中国と「経済協力枠組み協定」という包括合意をした。

 今回の協定は、その中の一分野にすぎない。馬政権はそう軽くみたのではないか。4年前の協定当時と比べ、説明に丁寧さが欠けたことは否めない。近年相次いだ政権の不祥事で不信が高まっていた背景もある。

 学生らは問題提起という一定の役目を果たした。全般に統率もとれている。だが、占拠をずっと続けるわけにはいくまい。どこかで落としどころを見据える決断が必要になろう。

 最大野党の民進党は、協定承認に反対し、学生の行動を支持している。ただ、反原発など最近の運動をめぐっては、市民の自発的な動きが目立ち、民進党の存在感が薄い。民意の核としてどう役割を担うか、課題を突きつけられている。

 これまでの台湾の民主化の過程は、他国の事例と比べて犠牲者が少なく、野党結成の容認、総統の直接選挙、政権交代へと、穏やかに進んできた。これは誇るべき歴史だ。

 学生らの意識の高さと、彼らが立法院から排除されずにいる様子には、対岸にいる中国の心ある人々も注目している。

 台湾の民主主義を守るという見地から、与野党、学生、市民のそれぞれの立場で何ができるか、協定の審議でどこまで妥協できるか、再考してほしい。

巨大地震防災 強化地域の対策推進が急務だ

 巨大地震・津波対策は待ったなしだ。自治体が本腰を入れて取り組む一歩としたい。

 南海トラフ巨大地震、首都直下地震について、中央防災会議は、対策を強化する地域として、32都府県の延べ1017市区町村を指定した。

 南海トラフ地震では、死者が30万人以上、被害額は200兆円超と予測されている。首都直下地震の死者は2万人以上とされ、首都機能の維持が危ぶまれている。防災・減災対策は、日本の根幹に関わる重要課題と言えよう。

 対象の市区町村は、昨年末に施行された両地震の特別措置法に基づき、今後、地域の防災計画を策定し、対策を進める。

 ただ、財政基盤の弱い市町村は単独での対策推進に限界がある。事業に優先順位をつけ、政府が効率的に支援することが大切だ。

 特措法の規定では、南海トラフ地震の対象市町村が津波避難施設を整備する際、政府が費用の3分の2を補助する。小中学校の移転については、用地取得費の4分の3が政府負担になる。

 首都直下地震の被害が想定される都心部でも、道路拡幅や公園整備の認可が簡素化されている。

 こうした政府の支援策を有効に活用してもらいたい。

 取り組むべき課題は山積している。例えば、津波対策が必要な地域で、ハザードマップを作成している市町村は1割強に過ぎない。防災行政無線も、指定された地域の2割近くで未整備だ。

 予測される被害が大き過ぎるため、対策の立てようがないと、取り組みに消極的な地域があることも深刻な問題である。

 津波による広域浸水が予測されている名古屋市では、住宅の耐震化が進まない。住民の間には「津波で流されると分かっていて改修費は出せない」との声がある。

 最短4分後に津波が襲来し、最高30メートル超になると予測される四国の一部地域では、「逃げられない」とあきらめる住民もいる。

 着実な対策の実行が、万が一の際の生死を分ける。政府と自治体は防災の基本原則を住民に説明し、協力を得る必要がある。

 中央防災会議は今回、南海トラフ、首都直下地震を含め、各地で起こり得る巨大地震の対策を網羅した大綱もまとめた。

 交通網のマヒを防ぐ対策、帰宅困難者への対応、2020年東京五輪・パラリンピックに向けた関連施設の耐震性確保などを挙げている。政府と自治体が連携し、しっかりと対処せねばならない。

プロ野球開幕 80年の伝統に新たなページを

 プロ野球が28日、セ・パ両リーグで開幕した。今季は、プロ野球の誕生から80年の節目となるシーズンである。熱戦を期待したい。

 1934年11月、来日したベーブ・ルースら大リーグ選抜チームは、全日本チームに圧倒的な力の差を示した。その中で光ったのが、静岡・草薙球場での一戦で見せた沢村栄治の快投だった。

 翌12月、沢村らがメンバーとなって、巨人軍の前身である大日本東京野球倶楽部が発足、日本のプロ野球の歴史が始まった。

 以来、数々の名選手がファンを熱狂させた。プロ野球は国民的スポーツとして根付いた。

 今や、日本のプロ野球で実績を残した選手が、大リーグのチームでも主力を務める時代となった。プロ野球の進化には、目を見張るものがある。

 日本野球機構(NPB)の今季のスローガンは「NEW PLAY BALL! あたらしい球史をつくる。」だ。

 12球団の選手は、プロ野球の伝統に誇りを持ち、球史に名を刻むようなプレーを見せてほしい。

 セ・リーグでは、球団創設80周年の巨人が、リーグ3連覇と日本一奪還を目指す。それを阻もうとする5球団と、どのような戦いが繰り広げられるのか、今から楽しみである。

 パ・リーグで注目したいのは、昨季、日本一となった楽天の戦いぶりだ。日本球界のエースだった田中将大投手がヤンキースに移籍した。その穴を埋めるには、選手たちの奮起が欠かせない。

 プロ野球の底上げには、次代を担う若手の台頭が必要だ。

 各球団には今季も有望な新人が入団した。楽天の松井裕樹投手、巨人の小林誠司捕手らの前評判が高い。2年目を迎えた“二刀流”の日本ハム・大谷翔平投手や、阪神の藤浪晋太郎投手らの成長ぶりからも目が離せない。

 NPBにとっても、今季は極めて重要なシーズンとなる。

 昨季、統一球の反発力を高めた事実を伏せていた問題で、ファンの信頼を失い、加藤良三・前コミッショナーが辞任した。

 1月に就任した熊崎勝彦コミッショナーは、NPBの組織改革を重要課題に据え、「事実を伝えていく広報力を強化したい」と語っている。実行力が問われよう。

 ファンあってのプロ野球である。NPBと12球団が一体となり、これまで以上に親しまれるプロ野球の実現へと、力を注いでいかねばならない。

2014年3月28日金曜日

日豪EPAをTPP交渉打開のテコに

 日本とオーストラリアが2国間で進めてきた経済連携協定(EPA)交渉が、最終的な局面に入った。来日したロブ貿易相と林芳正農相らの閣僚協議で意見調整が進展し、4月上旬の安倍晋三首相とアボット首相による首脳会談で決着する可能性が見えてきた。

 国内に痛みを伴う自由貿易を進め、互いに歩み寄る日豪双方の政権の努力を評価したい。それぞれ米国と同盟関係にある日豪両国の絆が太くなれば、アジア太平洋地域の安定にもつながる。

 日豪EPAは第1次安倍政権の2006年に、国内の農業協同組合や農林族の反対を押し切り、首相自身が交渉開始を決断した経緯がある。長年の交渉が、ようやくあと一歩のところまで来た。この機を逃さず、合意に向けて集中的に努力を倍加してほしい。

 最大の焦点は、日本が輸入牛肉に課す現在38.5%の関税だ。対日輸出を増やしたい豪州は20%前後への引き下げを求め、国内畜産農家への悪影響を心配する日本は削減幅を縮めようとしている。

 豪州国内には、関税ゼロを目指して、もっと強硬に交渉すべきだという声もある。日豪はともに環太平洋経済連携協定(TPP)の交渉国であり、TPPは原則的に全品目の関税撤廃を掲げているからだ。日豪EPAで安易に妥結を急がず、TPP交渉の決着を待つべきだという意見だ。

 だが2013年9月に発足したアボット政権は、多国間のTPPより2国間のEPAを優先する方針を採った。日本の牛肉市場では豪州産と米国産が激しくシェアを競っており、米国産に先んじて豪州産だけの関税が下がれば、競争で有利になるからだ。

 この豪州の方針転換を、安倍政権は最大限に活用すべきだ。日豪が妥当な関税率で先行して合意すれば、牛肉で強硬姿勢を崩さない米国の立場に少なからず影響を与えるだろう。ライバルの豪州に後れを取るとなれば、米国は対日要求の水準を下げてくる可能性もある。TPP交渉の膠着を打開するテコになるかもしれない。

 ただし豪州産への関税削減の幅が小さければ、米国を焦らせる効果は弱くなってしまう。国内の畜産農家への影響を抑える方策は欠かせないが、TPP交渉の前進を目指すならば、まず日豪EPAで深掘りの関税削減が必要である。安倍首相は指導力を発揮し、強力な日豪合意を実現してほしい。

「捏造」疑った再審決定の重み

 半世紀も昔の話で、詳細は分からない。そういってすむ話では到底ない。検察、警察の信頼を大きく揺るがす深刻な事態である。

 静岡県清水市(現静岡市清水区)で1966年、みそ製造会社専務の一家4人が殺害された。この事件で逮捕され、強盗殺人罪などで死刑が確定していた袴田巌さん(78)について、静岡地裁が裁判をやり直す再審の開始を決めた。

 再審請求の審理で弁護側は、袴田さんが犯行当時に着ていたとされるシャツに付いた血液のDNA型を、新しい技術で鑑定した。その結果、袴田さんや被害者とは一致しなかった。

 シャツは事件直後の捜索の際ではなく、事件発生から1年あまりたって発見された。一緒に見つかったズボンも袴田さんとサイズがあわない。こうした点も踏まえ、裁判所は「後日捏造(ねつぞう)された疑いがある」と指摘した。

 そうだとすれば、捜査のミスなどというレベルではなく、捜査機関による犯罪行為がなされていたことになる。国民の信頼をつなぐためにも、検察、警察は全力を挙げて当時の経緯を調べ上げ、真相を明らかにする責任がある。

 裁判所は「これ以上拘置を続けることは耐え難いほど正義に反する」と、拘置の停止も決めた。これにより袴田さんは釈放された。検察や警察への強い不信感がうかがえる、異例の措置といえる。

 ただ衣類発見の経緯をめぐる不自然さなどは、かねて指摘されていた。再審開始を直接後押ししたのは鑑定技術の進歩だが、裁判所がこれらの衣類を、袴田さんが有罪である有力な証拠と判断し続けた点も忘れてはならない。

 再審開始の決定に不服があれば、検察は即時抗告で異議を申し立てられる。そうなれば今回の決定が正しいかどうか、高裁、最高裁でさらに審理が続く。

 事件からすでに48年がたった。検察は再審の入り口での争いをこれ以上引き延ばすのではなく、再審裁判へと場を移すべきだ。即時抗告は断念するよう求める。

死刑囚の再審―過ちはすみやかに正せ

 無実の人を罪におとし、長年にわたり、死刑台の縁に立たせる。許されないことが起きたおそれが強い。

 静岡県で48年前、一家4人が殺害された。犯人として死刑を宣告された袴田巌さんの再審の開始を静岡地裁が決定した。

 検察側は抗告によって手続きを長引かせるべきではない。すみやかに再審すべきである。

 80年代、免田栄さんら死刑が確定した4人が相次いで再審で無罪になった。自白の強要、とりわけ死刑の取り返しのつかなさを考えさせたはずだった。

 袴田さんの死刑確定や第1次再審請求審はそうした動きと並行していたのだが、判決は今日まで維持されている。あの教訓ははたして生かされたのか。司法界は猛省せねばなるまい。

 今回の決定が特に重いのは、袴田さん有罪の重要証拠で、犯行時に着ていたとされた衣服5点について、捜査機関が捏造(ねつぞう)した疑いがあるとさえ言及していることだ。

 死刑を決定づけた証拠がでっち上げだったとしたら、かつてない深刻な事態である。

 捜査・検察当局に求められるのは、この指摘を真摯(しんし)に受けとめ、何が起きたのか徹底調査することではないか。

 袴田さんは78歳。いつ執行されるか分からない死刑の恐怖と向き合う拘置所暮らしで精神の病が進み、姉や弁護人による面会でさえ難しくなった。

 死刑の確定から34年である。むだにしていい時間はない。

 再審を開くかどうかの判断にここまで時間を要している裁判のあり方も検討すべきだ。

 衣服の血痕に用いたDNA鑑定の新しい技術が今回の決定を後押ししたのは確かだろう。ただし、衣服は一審が始まった後に現場近くで突然見つかったとされ、その不自然さのほか、袴田さんには小さすぎる問題などがかねて指摘されていた。

 「疑わしきは被告人の利益に」の理念は尊重されていたのか、問い直すべきだ。

 27年かかって棄却に終わった第1次再審請求審と比べ、第2次審では証拠の開示が大きく進んだ。裁判所が検察に強く促した結果、当初は調べられていなかった証拠が多く出された。

 袴田さんに有利なのに、弁護側が存在さえ知らなかった証言もあった。それもなぜ、もっと早くできなかったのか、と思わざるをえない。

 今回の再審開始決定は、釈放にもあえて踏み込んだ。裁判長が、これ以上の拘束は「耐え難いほど正義に反する」とまで断じた意味はあまりに重い。

渡辺氏の借金―この説明は通らない

 この説明で納得できる人はいないだろう。

 みんなの党の渡辺喜美代表がきのう、自らの8億円の借金について記者団に説明した。

 だが、その内容はまるで説得力のないものだった。

 カネを貸した化粧品会社ディーエイチシーの吉田嘉明会長は、渡辺氏から「参院選が近づいてきた。資金を借りたい」との申し出を受けたと朝日新聞の取材に答えている。

 選挙運動や政治活動に使ったのならば、それぞれの収支報告書に記載がない場合は公職選挙法や政治資金規正法に違反する可能性がある。

 だが、渡辺氏は「選挙資金として借りたわけではない」と断言。「選挙資金」という吉田氏の認識については、「ウソとは申しませんが、誤解がある」と語った。

 では巨額のカネは何に使ったのか。渡辺氏は「会議費や交際費、旅費など政治資金を使うにはふさわしくない支出」だといい、「とりの市で大きい熊手を買うこともある」と述べた。

 渡辺氏が3億円を借りたのが2010年6月、5億円を借りたのは12年11月だ。その翌月には参院選、衆院選がそれぞれあった。吉田会長の発言も踏まえれば、選挙に無関係とみるほうがむしろ不自然だ。

 党首ともなればなにかとカネがかかるのは事実だとしても、短期間にこれだけ使うとは驚くべき浪費家だ。

 渡辺氏は、みんなの党の倫理委員長で弁護士資格を持つ議員に個人口座の通帳を預け、法に触れるような出入金がないか調べさせるという。

 だが、身内がいくら通帳をチェックしてみたところで、有権者が納得する「調査結果」が出ることは期待できまい。

 この件は、医療法人徳洲会側から5千万円を受け取って辞職した猪瀬直樹前東京都知事の事件と構図がそっくりだ。

 猪瀬氏も当初は「個人の借入金」との説明を繰り返していた。だが、東京地検の事情聴取には都知事選の資金だった趣旨を認め、収支報告書にウソを書いた公選法違反の罪で略式起訴される見通しだ。

 猪瀬氏のケースとどこが違うのか。渡辺氏は「銀行口座を通してやりとりしていて、裏金ではない。副知事や知事が持っているような職務権限もない」と強調する。

 ならば違法性がないことを客観的に証明するしかない。

 それが年20億円あまりの政党交付金を受ける公党の代表としての当然の責任である。

袴田事件再審 科学鑑定が導いた「証拠捏造」

 逮捕から48年を経て、最新のDNA鑑定が再審の重い扉を開いた。

 「袴田事件」の第2次再審請求で、静岡地裁は、死刑が確定した袴田巌元被告(78)の再審を認める決定をした。犯行時の着衣とされた5点の衣類が、袴田元被告のものではない可能性が強まったためだ。

 地裁は「捜査機関が証拠を捏造(ねつぞう)した疑いがある」とまで指摘した。検察・警察は、決定を重く受け止めねばならない。

 地裁は「これ以上身柄拘束を続けることは、耐え難いほど正義に反する」として、死刑の執行停止と釈放も求めた。袴田元被告は長期間拘置され、認知症のような症状が出ているという。

 法務省が袴田元被告を釈放したのは、適切な措置だろう。

 事件は、1966年に静岡県清水市(現静岡市)で起きた。みそ会社専務宅が全焼し、一家4人の他殺体が見つかった。

 従業員の袴田元被告が強盗殺人などの容疑で逮捕された。無罪を訴えたが、1審で死刑が言い渡され、80年に最高裁で確定した。

 再審開始決定の決め手となったのは、弁護側の鑑定結果だ。有力な物証とされた衣類の血痕について、被害者や袴田元被告のDNA型と一致しなかった。

 地裁は「鑑定の信頼性は高い。無罪を言い渡すべき明らかな新証拠だ」と結論づけた。

 衣類のDNA鑑定は、第1次再審請求の過程でも実施されたが、鑑定不能に終わっている。科学鑑定の進歩が、再審開始決定をたぐり寄せたと言える。

 静岡県警の捜査を巡っては、当初から疑問点が多かった。

 問題の5点の衣類は、公判が始まってから9か月後、みそタンクから発見された。地裁が今回、発見の経緯が不自然で、血痕などの変色状況から、事件直後に隠されたものではない可能性が大きいと指摘したのはうなずける。

 県警が証拠をでっち上げたとすれば、許されない犯罪行為だ。

 1審に提出された自白調書の大半は、威圧的な取り調べなどを理由に証拠採用されなかった。袴田元被告を犯人と決めつける不当な捜査が行われた疑いがある。

 検察が衣類発見時の写真など多くの重要証拠を開示したのは、第2次再審請求審になってからだ。当初の公判や第1次再審請求の段階で開示していたら、審理結果に影響を与えたのではないか。

 公金を使って集めた証拠は、検察の独占物ではない。改めて肝に銘じてもらいたい。

渡辺代表借入金 「もろもろ」で8億円が通るか

 8億円もの借入金を一体何に使ったのか。公党の党首として国民の疑問に答えてもらいたい。

 みんなの党の渡辺代表を支援していた化粧品販売会社ディーエイチシーの吉田嘉明会長が、2010年参院選の直前に3億円、12年衆院選の直前に5億円を渡辺氏に貸していたことが明らかになった。

 吉田会長は「選挙資金として貸した」と証言した。だが、渡辺氏の選挙運動費用や政治資金の収支報告書に8億円の記載はない。公職選挙法や政治資金規正法に違反する可能性がある。

 渡辺氏は記者会見で、「純粋に渡辺個人を応援してもらう」趣旨で借りたものだと強調した。

 使途の内訳は「政治家として生きていく上で必要なもろもろ」とし、会議費や旅費などに充てたと語った。違法性の認識はなく、一部は返済したとも弁明した。

 あくまで個人の借り入れだとして、切り抜けたいのだろう。

 しかし、選挙を間近に控えた時期に巨額の資金提供を受けたという点では、猪瀬直樹・前東京都知事を巡る不祥事と似た構図である。渡辺氏が、選挙目的ではないと言うのなら、何に使ったのか具体的に説明する必要がある。

 仮に、個人の借入金としても看過できない点が少なくない。

 自らの資産等報告書の借入金残高に吉田会長からの借入金がきちんと反映されていない。渡辺氏は「事務的なミスで訂正したい」と釈明したが、これほどの巨額なやり取りを単なるミスというのでは国民には理解されまい。

 5億円を借りながら、借用書を作らなかったのも不可解だ。

 渡辺氏は、借入金に法に触れる部分がないかなどについて、党の倫理委員長に調査をゆだねるというが、身内だけで疑惑を十分晴らすことができるだろうか。

 みんなの党はかねて、渡辺氏が党務を仕切る「個人商店」的な色彩が強く、党運営が民主的ではないと批判されてきたからだ。

 渡辺氏との確執で離党し、結いの党を結成した江田憲司氏は、政党交付金や立法事務費を渡辺氏が差配し、幹部との協議はなかったと指摘している。

 渡辺氏は、安倍首相とのパイプを生かし、個別の政策で安倍政権と協力する「責任野党」を標榜(ひょうぼう)してきた。首相が進める集団的自衛権行使を可能にする憲法解釈の見直しにも前向きだ。

 渡辺氏が今後も求心力を維持できるかどうかは、首相にとっても関心事だろう。

2014年3月27日木曜日

日韓の首脳会談と関係改善への一歩に

 米国が仲介役を務める形で、ようやく日本と韓国の首脳の正式な顔合わせが実現した。日韓の本格的な2国間首脳会談の実施と、関係改善への一歩としたい。

 オランダでの日米韓首脳会談は、米国のオバマ大統領の強い要請によって開かれた。

 日本では一昨年末に第2次安倍晋三政権が発足し、韓国でも昨年2月に朴槿恵(パク・クネ)政権が始動した。それにもかかわらず歴史問題をめぐる対立から、これまで一度も日韓の首脳会談を開けない状況が続いていた。この間に両国関係も大きく冷え込んだ。

 米国としては、ともに同盟関係にある日韓がいがみ合ったままでは、中国の海洋進出や北朝鮮の核問題といった北東アジアの安全保障上の脅威に共同対処するうえで大きな支障をきたしかねないとの危機感があったようだ。

 現に会談では対北朝鮮政策が焦点となり、地域の平和と安定を脅かす核開発の阻止に向け、日米韓が緊密に連携していくことを確認した。3カ国の外交・防衛当局による安保協議も近く開くという。

 北朝鮮はこの首脳会談に合わせるかのように、日本海に向けて弾道ミサイル2発を発射した。北朝鮮の核問題をめぐる日米韓の圧力をけん制したとの見方もある。北朝鮮がさらなる挑発行為に打って出る恐れは十分にあり、警戒は怠れない。日米韓の連携の必要性は一段と増したといえる。

 そのためにも日韓の一刻も早い関係改善が欠かせない。まずは米国の労を無駄にせず、こんどこそ日韓の本格的な首脳会談の実現につなげていく必要がある。

 安倍首相は先に、日本の植民地支配と侵略を謝罪した村山談話を継承し、従軍慰安婦問題で旧日本軍の関与を認めて謝罪した河野談話も「見直さない」と明言した。朴大統領はこれを評価し、日米韓の首脳会談には応じた。

 だが、慰安婦問題などで「誠意ある対応」を求める立場は堅持する。今回の会談でも日韓の歴史問題は取り上げなかったという。日本側の具体的な歩み寄りがない限り、日韓だけの首脳会談には容易に応じない構えとみられる。

 両国は近く慰安婦問題を議論する外務省局長級の協議を開く方向だ。この行方が当面の焦点になるだろうが、両首脳は歴史問題だけでなく、安保、経済を含めて多くの懸案が山積みになっていることを忘れてはならない。

核テロ防止で一致した世界

 核物質を使ったテロの防止を話し合う核安全保障サミットがオランダのハーグで開かれ、約50カ国の首脳らが核物質の保有量削減などで合意した。

 核テロの未然防止は世界共通の課題である。ウクライナをめぐる日米欧とロシアの対立が深まるなか、主要国が一致して核テロ防止策の強化を打ち出せたのは今回のサミットの成果といえる。

 日本政府は日本原子力研究開発機構の実験施設(茨城県東海村)で使用した高濃縮ウランとプルトニウムを撤去し、米国に引き取ってもらうと発表した。また原子力発電所でのテロ対策を点検するため国際原子力機関(IAEA)の専門家による調査を受け入れる。

 核安保サミットは「核なき世界」を唱えたオバマ米大統領の提案で2010年に初めて開催し、今回で3回目だ。日本のほかイタリアや韓国などが不要な核物質の撤去や全廃の方針を表明し、各国が自ら保有する核物質の量を最小限に抑える動きが加速した。

 原子力の利用国は増え続ける。核物質の保管や輸送の安全確保が今後も重要性を増すのは確実だ。

 核なき世界の実現には、テロ対策と並行して、核軍縮を遅滞なく進めることが不可欠だ。米ロなど核兵器保有国には核軍縮への努力を改めて強く求めたい。

 日本が忘れてならないのは、核燃料サイクル政策に向けられる世界の厳しい視線だ。日本は核兵器の非保有国で唯一、使用済み核燃料から取り出したプルトニウムの発電目的に限った再利用を国際社会から認められている。

 日本はすでに約44トンのプルトニウムを保有する。青森県六ケ所村の再処理工場が稼働すると保有量がさらに増えるが、すべての原発が止まった現状ではプルトニウムをいつまでにどれだけ消費できるのかはっきりしない。

 安倍晋三首相は「利用目的のないプルトニウムは持たない原則を堅持する」と述べた。その言葉通りプルトニウムの利用計画を明確にし世界に説明する責任がある。

日米韓会談―「第一歩」とするには

 安倍首相のにこやかな顔と、朴槿恵(パククネ)大統領のこわばった表情が対照的だった。

 オバマ米大統領の仲介による3カ国の首脳会談がオランダ・ハーグで開かれた。

 安倍、朴両氏が協議の席に着くのは初めてのことだ。深まってしまった両国間の溝を埋め、関係改善への歩みを進めていくことが両首脳の責任だ。

 約45分間の短い会談で話し合われたのは、おもに北朝鮮の核・ミサイル開発への対応だ。3人の首脳は、連携を強化していくことで一致した。

 さて、今回の会談をどう見るべきか。

 なにしろ就任から1年以上経ってもテーブルに着けなかった日韓両首脳である。ともあれ会談にこぎつけたことをよしとするのか。それとも、米国の力の入れようとは裏腹に成果は乏しかったとするか。両様の見方はできるだろう。

 肝心なのは、会談後に安倍首相が強調したように「未来志向の日韓関係に発展させていく第一歩」にできるかどうかだ。

 会談の実現に向け、首相は慰安婦問題をめぐる河野談話を「安倍内閣で見直すことは考えていない」と答弁した。

 ところが、「自民党総裁特別補佐」の肩書を持つ萩生田光一衆院議員は、談話の検証で新たな事実が出てくれば「新たな政治談話を出すことはおかしなことではない」と語った。

 首相答弁には一部から強い批判が起きた。萩生田発言は、こうした批判に対し「首相の本心は違う」と釈明したのだと受け取られても仕方がない。

 安倍首相は会談の冒頭、朴大統領に「お会いできてうれしい」と韓国語で呼びかけた。

 気遣いもいいが、「未来志向」というならば、まずは首相自身がその中身を示していかねばならない。

 一方、朴大統領はわざわざ会談の直前にドイツ紙のインタビューに答え、歴史問題での安倍政権の姿勢を非難した。

 外に向かって言うよりも、お互いの目を見て語り合う。これが責任ある首脳の態度ではないだろうか。

 3首脳がハーグで顔を合わせているまさにその時に、北朝鮮は中距離弾道ミサイルを日本海に向けて発射した。日米韓の連携が重要なのは明らかだ。

 この会談をオバマ大統領の顔を立てただけの記念撮影会に終わらせてはならない。

 日米韓の実務的な協議に引き継ぐとともに、日韓2国間の首脳会談の実現に向け、地ならしを急ぐべきだ。

ノドン発射―自ら遠ざける国家再建

 北朝鮮の金正恩(キムジョンウン)政権は、まだわからないのか。

 軍事挑発は、国際社会の中で自らを今以上に孤立させるだけである、ということを。

 きのうの未明、平壌北方から2発の中距離弾道ミサイル「ノドン」が発射された。

 同じころにオランダであった日米韓の首脳会談に反発した示威行動であるのは間違いない。

 北朝鮮は、日本や韓国とは対話の歯車がまわり始めている。だが、最重視する交渉相手の米国は話し合いの席についてくれない。だから、その米国に決断を迫るメッセージを送ったつもりでもあるのだろう。

 だが、そんな見え透いた脅しには何の効果もない。それどころか、話し合いの機運をさらに遠のかせてしまった。愚かというしかない行為である。

 権力継承からまだ間がない金正恩体制はいま、主に二つのことを急いでいる。

 国内向けに外交的な成果を誇示することと、経済の立て直しだ。いずれも朝鮮労働党が生まれて70年となる来年を意識した動きとみられる。

 対外的には日韓に続き、関係がぎくしゃくしている中国や、体制維持のために不可欠な米国との関係改善を望んでいる。

 また、金正恩氏はすでに国民に向けて、生活を向上させると約束しており、これが果たされなければ、体制の不安定さが増す恐れがある。

 北朝鮮は一昨年、2度にわたって長距離弾道ミサイルの発射実験を強行したが、その際「人工衛星の打ち上げであり、宇宙の平和利用はどの国にも認められた権利だ」と主張した。

 弾道ミサイルの技術使用を禁じた国連安全保障理事会の決議に違反していないとの理屈だ。

 だが、今回の発射前には海上の航行禁止区域すら設定していない。危険かつ明確な安保理決議違反である。

 北朝鮮に対し、日韓両政府がそれぞれ直接協議の場で、厳重に抗議するのは当然だ。

 とくに月末に日朝局長級協議を予定している日本政府は、その場で弾道ミサイル問題をとりあげ、国際社会の一員としての自覚を強く促すべきだ。

 核・ミサイル問題に加え、ジュネーブで開かれている国連人権理事会では、拉致問題を含む北朝鮮の人権侵害に非難が集中した。人権理事会では異例となる制裁措置の検討にまで触れた決議案の採決を迎えようとしている。

 金正恩氏が真に国の立て直しを図るのなら、現実を直視する以外にない。

日米韓首脳会談 「北」の核放棄へ連携取り戻せ

 日米・米韓同盟を再び重層的に機能させることが肝要である。

 安倍首相、オバマ米大統領、韓国の朴槿恵大統領がオランダ・ハーグで会談し、北朝鮮の核問題で日米韓の連携を強化することで一致した。中国が相応の役割を果たすことの重要性も確認した。

 米国の仲介で、安倍首相と朴大統領の初会談が実現したことを、ひとまず歓迎したい。日米韓の足並みが乱れていては、核実験やミサイル発射を繰り返す北朝鮮に、効果的な対処はできない。

 北朝鮮が会談に合わせて中距離弾道ミサイル・ノドン2発を発射したのは、日米韓に対する牽制(けんせい)だけでなく、自らの孤立化への焦りと見ることもできよう。

 北朝鮮に核放棄を迫るには、日米韓の外交・防衛当局の実質的協力を深め、中国などとの北朝鮮包囲網を再構築する必要がある。

 来月下旬には、オバマ大統領の日韓歴訪が予定される。北東アジアの平和と安定に向けて日米韓の結束を強める機会としたい。

 安倍首相は会談で、日本人拉致問題でも米韓との協調を重視する考えを示した。拉致問題の前進へ、3か国の連携を基盤とし、「対話と圧力」による北朝鮮への働きかけを強化することが大切だ。

 首相は、中国の名指しを避けながらも、「力を背景とした現状変更」を許さない考えも強調した。これは重要な論点である。

 中国は、軍備を増強し、東・南シナ海で領土や海洋権益の拡大を図る動きを見せている。

 中国が、ロシアのクリミア編入と同様の冒険主義に走らないよう抑止するには、日米韓が「力による現状変更」を看過しないとの共通認識を持ち、中国に責任ある行動を促すことが欠かせない。

 日米韓首脳会談では、いわゆる従軍慰安婦や歴史認識の問題は議題とならなかった。こうした懸案は、やはり日韓間で対話を重ね、接点を模索するしかない。

 朴大統領は今回、米国の顔を立てる形で会談に応じたが、日韓首脳会談については、依然、慰安婦問題での「誠意ある措置」などの条件を付けている。その頑かたくなな態度は変わっておらず、日韓関係の修復への道は遠い。

 元慰安婦などの個人の賠償問題は、日韓国交正常化時に解決済みで、日本も安易な譲歩はできない。ただ、首脳会談が開けない現状は日韓双方にマイナスだ。

 まずは局長級協議などを通じて日韓が知恵を出し合い、関係改善を図ることが求められる。

核安全サミット テロ防止に問われる管理強化

 核テロの脅威に立ち向かうには、各国が連携して核物質の管理を徹底することが欠かせない。

 核安全サミットが、オランダ・ハーグで、先進国や新興国など50か国以上の首脳らを集めて開かれ、共同声明を採択した。

 共同声明は、テロリストによる核物質入手の阻止を最重要課題に掲げている。その上で国際原子力機関(IAEA)が策定した核物質や核関連施設の防護に関する指針の受け入れを各国に促した。

 IAEAによると、核物質や放射性物質の違法取引や盗難、紛失は昨年だけで146件に上る。核テロが起きる可能性は否定できず、各国には指針に沿った実効性ある対応が求められよう。

 声明が、各国に対し、核兵器への転用可能な高濃縮ウランやプルトニウムの保有量を最小限とするよう要請したことも重要である。それぞれの保有量を抑えて、テロリストへの流出を防ぐ狙いだ。

 過剰な核物質は国外に搬出し、責任を持って処理する能力のある米国のような国の管理下に置くことが望ましい。

 声明の趣旨に沿って、イタリアやベルギー、韓国などが、不要なプルトニウムや高濃縮ウランの国内からの撤去を表明した。

 日本も、日本原子力研究開発機構が高速炉臨界実験装置で使ってきた高濃縮ウランとプルトニウム数百キロを撤去し、米国に引き渡すことで合意したと発表した。

 「利用する目的のないプルトニウムは持たない」との日本政府の原則にかなう措置とも言える。

 今回のサミットで、安倍首相は東京電力福島第一原子力発電所事故の経験を踏まえ、「日本には核安全の強化を主導する責任がある」との決意を示した。

 唯一の戦争被爆国であり、原子力の平和利用で先進的な技術を持つ日本は、この分野でも積極的に役割を果たすべきだ。

 核安全サミットは、「核のない世界」の実現を目標に掲げたオバマ米大統領の提唱で4年前に始まり、核テロ防止などに一定の成果を上げてきた。ただ、核兵器そのものの削減が遅々として進んでいないのは問題である。

 気がかりなのは、核拡散防止条約(NPT)で核兵器の保有を認められた米英中仏露5か国のうち中国だけが核兵器の保有量を増やしているとされることだ。

 中国は、世界の安全保障環境の不安定要因となっている核軍拡をやめ、他の保有国とともに核兵器を削減していかねばならない。

2014年3月26日水曜日

G7の警告をロシアは真摯に受け止めよ

 日米欧の主要7カ国(G7)がオランダで緊急首脳会議を開き、ロシアが議長国を務める予定だった6月のソチでの主要8カ国(G8)首脳会議への不参加を決めた。ロシアはG7首脳の警告を真摯に受け止め、事態をさらに悪化させる行動を厳に慎むべきだ。

 G7がまとめた首脳宣言は、武力を背景にウクライナ南部のクリミア半島の編入を強行するロシアの行動を「違法」と非難し、承認しないと表明した。ロシアの今後の対応次第では、さらなる制裁強化も辞さない覚悟も示した。

 G8の枠組みからロシアをどこまで除外するかは、首脳会議で意見が割れたという。永久追放の極論もあったようだが、ロシアが方針を変更し「意味のある議論ができる環境」に戻るまで参加を停止することとした。

 対ロ圧力の度合いで日米欧の姿勢に濃淡があった面も否定できないが、ロシアに強硬な行動の撤回を促し、状況緩和に向けた対話の余地を残したといえるだろう。

 ロシアは1998年にG8の完全な一員となった。もともとは91年、当時のソ連のゴルバチョフ大統領を招いて「G7プラス1」会合を開いたのがきっかけだ。冷戦の終結を受け、ソ連も含めて冷戦後の国際秩序づくりを主導していこうという趣旨だった。ソ連崩壊後はロシアがその役割を担った。

 G8は世界の平和と安全に責任を持つ大国の枠組みだ。ロシアは一時的な参加停止を大きな痛みと感じていないかもしれないが、冷戦後の国際秩序を大きく揺るがし、一歩ずつ築いてきた責任ある大国の地位と信認を捨て、国際的な孤立への道を歩もうとしている。その自覚はあるのだろうか。

 G8に復帰する意思が少しでもあるのなら、G7の警告に今度こそ耳を傾けるべきだ。強硬な行動を直ちに控え、ロシアにとっても地政学的に重要なウクライナの安定に向け、日米欧と協調して取り組んでいく必要がある。

 安倍晋三首相は首脳会議で「力を背景にした現状変更は断固許すことができない」と主張した。中国の海洋進出などの脅威を踏まえれば、大国の身勝手な振る舞いは決して放置できない。

 同時に長期的にみれば、日ロの関係は北方領土問題を解決し、中国の軍事的な台頭をけん制するうえで重要だ。今後もロシアとの対話のパイプは閉ざさず、粘り強く説得していくべきだろう。

待機児童解消は今が正念場だ

 保育所に入れない待機児童をいかになくしていくかは、女性の活躍を後押しするうえでも少子化対策としても、待ったなしの課題だ。政府は2015年度から始まる予定の新しい子育て支援制度でも、待機児童解消を大きな目標に位置付けている。

 しかし、逆風も強まっている。保育士不足や工事の遅れが目立ち始めているのだ。逆風をはねのけ、17年度までに40万人分の保育の受け皿を確保するためには、国も自治体も一層の工夫が必要だ。

 新しい子育て支援制度には、消費税増税分から7千億円を投じることがすでに決まっている。政府の検討会で具体案を議論しており、保育所や認定こども園の数を増やすといった量の拡大に優先的に予算を投じる。職員の配置を手厚くするなど質の向上にかかわる部分は予算を絞り込むが、現状では妥当な判断だろう。

 ただ、保育の担い手が増えなければ、量の拡大もおぼつかない。より働きやすい職場環境の整備や、資格を持ちながら保育士として働いていない人への就労支援などを着実に進める必要がある。

 その上で、問われるのは各自治体の工夫だ。比較的短期間で整備できるよう、既存の建物を改装したり、より小規模の施設を増やしたりする自治体もある。建設需要の拡大に伴い、規模の大きな保育所の新設工事が遅れるケースも出ているだけに、有効な対策といえるだろう。

 幼稚園の預かり保育でカバーできる範囲もあるだろう。地域の人材も上手に生かしたい。保護者のニーズを踏まえ、各自治体が地域の実情に合わせて計画的に整備していくことが大切だ。保育の担い手として企業の力をもっと生かすことも欠かせない。

 重要なのは、整備を進めるとともに、多様なサービスの存在や現状をきちんと住民に伝えることだ。子育て世帯の悩みを聞き、丁寧に対応する支援がカギを握る。より分かりやすく、利用しやすくしていくことが求められている。

G7の役割―普遍の価値観を説け

 これは21世紀の新しい冷戦なのだろうか。

 これまでG8と呼ばれてきた主要8カ国の枠組みから、ロシアが外される。米欧日など7カ国がウクライナ情勢を理由に、ロシアの参加停止を決めた。

 ロシアは「(G8に)しがみつきはしない」と対抗心をむき出しにしている。さながら東西分断の時代に時計の針が戻ってしまったかのようだ。

 米欧の経済制裁にもロシアは動じる気配はない。クリミア半島の併合はほぼ完了した。

 情勢は依然、緊迫している。主要7カ国は、いっそう結束を固めてロシアへの圧力をかけ続け、再考を促すほかない。

 ロシアがG8に正式に参加したのは1997年だった。政治と経済の両面でロシアを民主主義と市場経済のブロックに組み込み、冷戦構造への後戻りを防ぐねらいがあった。

 だが実際は、経済が力をつけるにつれ、プーチン氏は強権姿勢を強めてきた。米欧型の人権や自由の価値観を認めない点では中国も同じであり、今の世界は一見、米欧と中ロの陣営に分極化しているようにもみえる。

 だが前世紀の冷戦時代と違うのは、どの国も地域も、切っても切れない相互依存の関係にあることだ。貿易、投資、エネルギー、そして文化。あらゆるものが国境を超えて行き交う。

 もはやイデオロギーで世界が分断される時代でもない。それどころか、テロや核問題、環境問題など、国々が共通した利害をもつ課題が山積している。

 そんなグローバル化世界の難題として浮上したのは、新たな安定役の模索であろう。「世界の警察官」を任じてきた米国の力が後退し、「Gゼロ」すら叫ばれるいま、どうやって世界の秩序を守ればいいのか。

 中ロを含む大国が拒否権をもつ国連安保理は機能不全がいわれて久しい。先進国と新興国でつくるG20は主に経済を論じる枠組みであり、政治や安保を語る場としては機能しにくい。

 だからこそG7にとって本当の正念場ではないか。近年形骸化が指摘されてきたものの、価値観を共有する首脳が一堂に会し、自由と民主主義という普遍の原則を再確認し、アピールできる数少ない枠組みである。

 力や脅しで国境を変えようとする行為を既成事実化させてはならない。それは尖閣問題を含むアジアなど各地に波及しかねない世界秩序への挑戦である。

 「法の支配」を強めるためにG7がどんな役割を果たせるか。欧米と日本は今こそ知恵をしぼるときである。

リニア新幹線―これでは前に進めない

 品川―名古屋間で27年開業を目指すリニア中央新幹線に、環境破壊の懸念が強まっている。

 JR東海が昨年公表した環境影響評価(アセスメント)の準備書に対して、沿線7都県の知事から「基準を満たせばよいという姿勢はだめ」「主観的な評価で不十分」など、厳しい意見が相次ぎ出された。

 特に問題視されたのは、重要な課題についてJRがとる対策が具体的でないことだ。

 大半の区間がトンネルで、中部空港の埋め立てに匹敵する膨大な残土が出る。だがJRは「自社で一部を再利用し、残りの活用は自治体と今後相談する」と繰り返すばかり。静岡県では南アルプスに土の置き場を設ける考えを示し、「崩落の危険がある」と反発を招いた。

 JRは「日本の大動脈を二重にする社会的意義にご理解を」と強調する。ただ、高架橋が史跡地区を横切らないよう求める岐阜県可児市には「トンネルが長くなりすぎる」とにべもない。トンネル工事で大井川の流量が減らないよう求める静岡県の自治体の懸念にも、「水が減れば必要な対策をとる」と答えるにとどまっている。

 時速500キロ超で走るリニアは、新幹線に比べ、列車1本あたりの電力消費量は多くなる。

 JRは、45年に大阪まで延伸され、航空便が廃止されれば、「CO2の排出量は増えない」と主張する。だが専門家から「名古屋までの開業の間は増えるはず」と反論された。

 多くの声に耳を傾け、計画を適切に正していく環境アセスの意義をどう理解しているのか。

 JRは今後、知事意見を踏まえた評価書をつくり、国に出す。早い着工が本音だろうが、拙速は論外だ。多岐にわたる意見の一つひとつにしっかり対応する責任がある。

 リニアの早期開業を望む声は政財界に強い。ただ、50年前の高度成長期に誕生した東海道新幹線の時と違い、「人口減少時代に本当に必要なのか」と疑問視する人は少なくない。とにかく予定通りにといった姿勢ではなく、まずは環境への影響をできるだけ最小に抑える計画をつくることが、絶対条件である。

 97年制定の環境影響評価法は環境対策でベストを追求するよう、事業者に義務づけた。それでも欧米より後進的と言われるのに、JRのアセスはその法が求めるレベルに達してない。

 JRが評価書で姿勢を改めないのであれば、計画に待ったをかけることも考えるべきだ。最終的な認可権を握る政府のチェック能力が問われる。

G7VSロシア クリミア編入を前例にするな

 ロシアによるクリミア半島編入が、他国の領土を力で奪うあしき前例とならぬよう、国際社会は一層結束すべきだ。

 日米欧の先進7か国(G7)は、ウクライナ情勢を巡りハーグで首脳会議を開き、編入を「国際法違反」と改めて非難した。ロシアが方向転換するまで、G8サミット(主要国首脳会議)への参加を停止すると決めた。

 ロシアが状況を悪化させるなら、現在の制裁に加え、厳しい経済制裁を科すとも警告した。

 G7が団結して強い意思を示したことは、ロシアに対するさらなる圧力となろう。

 首脳会議で日本は、ウクライナに対して、最大約1500億円の支援を表明した。ウクライナ経済は債務不履行(デフォルト)も懸念される事態だ。情勢安定化のためにも、米国や欧州と共に支援を行うことが不可欠である。

 G7の決定に対し、ロシアのラブロフ外相は、「G8に固執しない」と述べ、国連安全保障理事会や、主要20か国・地域によるサミットを重視する意向を示した。

 外相が強気の姿勢を崩さない背景には、クリミア編入に対するロシア国民の圧倒的支持がある。

 プーチン大統領は、自らの編入戦略が奏功したと受け止め、国際的に多少非難されても、クリミアを手放さないつもりなのだろう。クリミアでは、ウクライナ軍の撤収が決まり、ルーブルが流通し始めるなど「ロシア化」が進む。

 懸念されるのは、ロシアがウクライナの東部や南部の国境周辺に軍を集結させていることだ。

 ロシアが、クリミア以外のウクライナ国内に軍事的に介入した場合、米国始めG7各国は本格的な経済制裁に乗り出すに違いない。ロシアだけでなく、世界経済に甚大な影響が及ぶのは確実だ。

 ロシア系住民の動揺を防ぎ、ロシアに介入の口実を与えないためにも、全欧安保協力機構(OSCE)による国際監視団が一刻も早く、ウクライナに赴き、治安情勢の監視を始めることが必要だ。

 クリミア問題は、沖縄県・尖閣諸島周辺で中国による領海侵入を繰り返し受けている日本にとっても重要な意味を持つ。

 今回のG7首脳会議で安倍首相が、力を背景とした現状変更は許せない、と踏み込んだ上で、「アジアなど国際社会全体の問題だ」と指摘したところ、複数の国から賛同意見が寄せられたという。

 尖閣諸島についても、日本の立場の正当性を主張し、国際的理解を得ていくことが肝要である。

関越道バス事故 命預かる責任を重んじた判決

 乗客の命を預かる運転手が寝不足でハンドルを握り、惨事を招いた責任は重い。安全運行を最優先すべきバス業界への警鐘となる判決である。

 群馬県内の関越自動車道で2012年4月、7人が死亡、38人が負傷したツアーバス事故で、前橋地裁は、自動車運転過失致死傷罪などに問われた運転手(45)に懲役9年6月、罰金200万円の実刑判決を言い渡した。

 ほぼ求刑通りの重い量刑となったのは、運転手の過失の重大性を考慮した結果だ。

 被告の運転手は多忙な勤務状態が続き、睡眠不足だったにもかかわらず、バス会社側の乗務要請に応じた。仮眠時間中も何度も携帯電話で話をするなど、十分な休息をとらなかった。

 判決が、運転手の対応を「非常識きわまりない行動」と批判したのは、もっともである。

 運転手は公判前の鑑定で、中度の睡眠時無呼吸症候群(SAS)と診断された。睡眠中に呼吸が止まった状態を繰り返す病気で、日中に強い眠気を催し、疲労を感じるのが特徴だ。患者は全国で200万人以上とされる。

 弁護側は、運転手がSASであることを理由に、「予兆なく睡眠に陥った。過失はない」と一部無罪を主張した。

 これに対し、判決は「事故前に眠気を催していた」と認定した。SASの症状が出たとしても、パーキングエリアで休憩するなど、適切な対応を取ることは十分に可能だったとも指摘した。

 なぜ、運転を続けたのか。遺族の無念さは察して余りある。

 SASを巡っては、今月、富山県の北陸道で28人が死傷する事故を起こしたバスの運転手も、「要経過観察」と診断されていた。

 国土交通省は、運輸事業者に対し、乗務員の早期診断や手当てを求めているものの、検査を義務づけてはいない。事故に結びつく恐れがある疾病であることを考えれば、検査の義務づけも検討すべきではないか。

 関越道の事故は、高速バスの運行形態を改善するきっかけとなった。国交省は、夜間運行の上限距離を670キロから原則400キロに引き下げ、1日の乗務時間も最長10時間とする新基準を設けた。

 バス会社は、新基準を順守することはもちろん、運転手の体調管理を怠ってはならない。

 運転手も体調に異変を感じたら、即座に会社に報告し、乗務を見合わせる。それがプロのドライバーとしての責務だ。

2014年3月25日火曜日

羽田の国際便拡大で空の競争力強化を

 羽田空港から発着する国際便が今月30日から拡充される。これまで昼の時間帯の国際線は韓国や中国など近距離アジア便が中心だったが、今後は東南アジアや欧州、北米便が登場し、空のネットワークが大きく広がる。

 乗客にとっての利便性を高めると同時に、航空会社や空港の国際競争力の強化につなげたい。

 羽田は世界でも指折りの混雑空港だが、2010年に第4滑走路が完成して発着枠に多少の余裕が生まれた。国土交通省はその枠を活用して段階的に国際便を増やしてきており、現在は1日50便強の国際便が30日からは90便近くまで増える見通しだ。

 これで期待されるのが、乗り換え機能の充実によるハブ(拠点)空港としての実力向上だ。

 たとえば全日本空輸や日本航空は、パリやロンドンに向かう欧州便を正午前後の時間帯に飛ばす計画。地方の利用者は当日朝の便で羽田に出てきて、1時間程度の所要時間で国際便に乗り継ぐことが可能になる。

 羽田・成田の首都圏2空港体制は乗り換えに不便なのが大きな弱点で、日本の地方空港から韓国の仁川空港を経由して世界に飛び立つ人も少なくない。

 国内線の中核空港であり都心から近い羽田発の国際ネットワークの拡充は、外国人観光客の呼び込みを含めて、空をめぐる国際競争で日本が巻き返すうえで大きな意味がある。

 むろん他にも課題は多い。航空会社が羽田や成田空港に支払う着陸料はアジアの空港に比べて割高で、引き下げが欠かせない。

 空港へのアクセスにも改善の余地がある。JR東日本は都心と羽田を結ぶ新線の開設を検討中だが、ぜひ実現してほしい。

 首都圏空港のさらなる容量拡大も必要だろう。20年の東京五輪も見据え、海外の人にもっと日本に来てもらうためにも発着枠をもう一段広げないといけない。

 空港の枠拡大によって、格安航空会社(LCC)など新たなプレーヤーの活躍の舞台も広がる。高コスト体質が指摘される既存の航空会社にとっては経営改革が待ったなしの課題である。

 世界が緊密に結びつき、ビジネスや観光の人の往来が活発化するなかで、空港や航空ネットワークの重要性は今後ますます高まるはずだ。日本も「空の競争力」に磨きをかけたい。

不発だった橋下市長の戦略

 市長選で再度、圧倒的な票を得て大阪都構想に弾みをつけよう。そんな橋下徹大阪市長の戦略は不発に終わったといえるだろう。むしろ都構想の実現はさらに不透明になった。

 橋下市長は23日の出直し市長選には勝ったが、投票率は過去最低だった。白票が全体の1割近くを占めたことにわかる通り、何のための選挙なのか有権者にはよく理解できなかったのだろう。

 今回の橋下氏の市長辞職と出直し選への出馬はあまりに唐突だった。大阪都構想に関する協議会での議論が難航している点を理由に挙げたが、市が2014年度予算を編成しているさなかの辞職は適切だったとはいえない。

 橋下市長は選挙期間中、協議会を構成する議員をかえて都構想の具体案を絞り込み、今秋に住民投票を実施する考えを表明した。来年4月に大阪都に移行する方針も基本的に変えていない。

 しかし、市長の与党である大阪維新の会の議会での議席は市でも府でも過半数に届かない。他会派の協力を得なければ住民投票すら実施できない。今回の市長選で自民や民主など他会派との関係はさらに悪化してしまった。

 大阪府と大阪市を統合し、市を幾つかの特別区に分割する都構想には、様々な論点がある。都構想を前進させたいなら、橋下市長が手順を一度棚上げして議会と柔軟に話し合うしかない。

 一方、市議会の自民党なども都構想に反対するだけでは無責任だ。府と市がこれまで、同じような施設を作ったり、ばらばらの戦略で都市開発を進めたりしてきたことは、否定できない。

 こうした長年の縄張り争いが、大阪という大都市の競争力の低下を招く一因になった。これを改善する選択肢のひとつが都構想であることは、間違いない。

 市議会側も、府と市が協力して成長戦略などに取り組める具体的な仕組みを提案すべきだ。首長と議会がただもめるだけでは、大阪の再生は一向に進まない。

PFI推進―安易な道に流れるな

 民間資金を活用した社会資本整備、いわゆるPFIを増やそうと、政府が躍起だ。今後10年間の目標として、過去十数年の実績の約3倍にあたる10兆~12兆円の事業実施を掲げた。

 高度成長期に造られたインフラの老朽化対策は待ったなしだが、国も地方も財政は苦しい。一方、民間には資金が余っており、投資の拡大は経済成長のためにも欠かせない。

 ならば、インフラ整備に民間資金を呼び込み、民の知恵を生かしながら、官の非効率を改めよう――。そんな一石二鳥、三鳥を狙っている。

 ただ注意すべきことがある。

 まず、民間資金の活用で目先の公費負担が抑えられるからといって、必要性が低い施設を増やすようでは逆効果だ。

 これまで実施された400件余、総額4兆円強のPFIを政府が分析したところ、4分の3は単なる延べ払いだった。建設費や一定期間の管理費を民間が立て替え、国や自治体が分割返済していく手法だ。「施設の安易な新設につながった」との批判が絶えない。

 政府は今後目指すべき手法として、施設の所有権は官が持ちつつ、更新を含む運営を民に任せる「運営権制度」の活用や、公共施設への民間店舗の併設などを挙げた。前者は空港や上下水道など、後者は庁舎への飲食・物販店舗の導入が想定されている。

 PFIでも、既存施設の維持・更新や集約化を中心にすえるべきだ。民間の事業者がある程度利益を得つつ、公的サービスの質を保ちながら公費支出や利用者負担をどう抑えるか。官民で知恵を絞ってほしい。

 PFIの主役は民間であることも、忘れてはならない。

 政府は昨年秋、官民共同出資でPFI推進機構(官民インフラファンド)を立ち上げた。

 機構は、民間企業や金融機関による投融資を補完し、事業に必要なノウハウや情報を提供することを自らの役割に掲げる。ただ、政府保証付きで資金の調達ができるだけに、前面に出すぎれば事業自体が公共事業と同じになりかねない。

 機構は、人材や経験に乏しい自治体を支援し、インフラに投資する民間ファンドへの出資にとどめるなど、黒衣に徹する姿勢が欠かせない。

 複数の官庁にまたがる事業の窓口を一本化したり、国・自治体が持つ施設の資産評価や情報公開を進めたりと、実務上の課題も山積みだ。

 PFIはこうした官の問題点を改める機会ともとらえたい。

核物質管理―不拡散の責務自覚せよ

 国際テロ集団による核テロの脅威にどう立ち向かうか。

 オランダできのう始まった核保安サミットは、原爆や水爆の原材料となる核物質が世界にちらばっている危うい現状を改めることに狙いがある。

 その中で日本政府は、茨城県東海村の研究施設にある高濃縮ウランやプルトニウムを米国に引き渡す方針を表明する。

 日本はこれまで原子炉の研究に必要と主張してきたが、核テロ対策の国際機運を高める責務は重い。核物質を減らす努力を今後も加速すべきだ。

 世界を見渡せば、米国と旧ソ連が冷戦時代、それぞれの陣営内の国々に結束の象徴のように核物質を供与していた。その多くは今も散在している。

 その回収の流れが強まったのは09年にオバマ米政権が「核なき世界」を打ち出してからだ。ウクライナやメキシコ、台湾など10以上の国・地域から兵器級の物質が引き揚げられている。

 核大国による兵器削減は進んでいないが、核物質の回収が各地で進められているのは、せめてもの前進といえるだろう。

 被爆国の日本は、そうした核の危険を減らす努力の先頭に立たねばならないはずだが、逆に大きな問題を抱えている。

 国際NGOの核脅威削減イニシアチブ(NTI)が一昨年、1キロ以上の兵器級核物質を保有する32カ国の核テロリスクを評価したところ、日本は23位。先進7カ国では最悪だった。

 独立性の高い原子力規制委員会の誕生や、原発の新規制基準によるテロ対策強化で今年は25カ国中13位に浮上したが、核物質が減少傾向にあるかどうかでは前回同様0点だった。

 いつ使うか分からないプルトニウムをもう何年間も、40トン以上保有しているからだ。原発の使用済み燃料から海外でプルトニウムを取り出し、混合燃料にして日本に送り返す輸送が大きなリスクとされる。

 日本は米国との協定で、自分でプルトニウムを取り出す再処理が特例的に認められてきた。だが、原発事故以来、混合燃料を原発で燃やし、効果的に減らす展望はなくなった。

 そのうえ再処理工場を本格稼働させて、プルトニウムをさらに上積みすれば、国際社会はどんな目を向けるだろうか。

 イランなど新規開発国には認めないのに、日本が余剰物質を抱え込むことは世界の核拡散防止の取り組みに水を差す。

 再処理には見切りをつけるべきだ。プルトニウムは責任ある国々で処理するなど、現実的な削減策を示さねばならない。

中韓首脳会談 鮮明になった「反日共闘」路線

 中国と韓国が、歴史問題で「反日共闘」路線をますます鮮明にしてきたと言えよう。

 中国の習近平国家主席と、韓国の朴槿恵大統領がオランダ・ハーグ郊外で会談し、中国黒竜江省のハルビン駅に開設した朝鮮独立運動家・安重根の記念館の意義を強調した。

 韓国側によると、記念館開設について、習氏は「私が直接指示した」と語り、朴氏も「両国民の結び付きを強める」と応じた。

 習氏は、朴氏に対して、韓国民が支持する対日強硬路線で共闘を持ちかけて、韓国を引きつけようとしているのではないか。

 安重根は、初代首相の伊藤博文を暗殺した人物であり、記念館開設を称賛するのは、日本にとって受け入れ難い。

 習氏には、25日に予定される日米韓首脳会談をにらみ、3国連携にくさびを打ち込む狙いがあったに違いない。日韓関係が悪化する中で、米国の仲介努力によってようやく実現する日米韓首脳会談に冷や水を浴びせる形になった。

 菅官房長官が、こうした中韓のやり取りを「一方的評価に基づく主張」と断じて、地域の平和と協力の構築にとってマイナスだと指摘したのも、もっともである。

 中韓首脳会談で習氏は、日本の植民地統治期に「光復軍」と呼ばれる朝鮮の抗日部隊が駐屯したという陝西省西安に石碑を建設中だと述べた。朴氏が要望したものだ。光復軍の実態は定かではないが、反日の新たな象徴となろう。

 朴氏が、中国と足並みをそろえているのも気がかりだ。日本を差し置いて習氏とは何度も会談している。中国との関係強化が、対北朝鮮政策や、経済協力でも重要であると考えているのだろう。

 これと対照的に、日本に対しては、いわゆる従軍慰安婦問題などで条件を付けて、日韓首脳会談の開催を事実上拒んでいる。

 良好な日韓関係なしには、米国を要とする日米及び米韓同盟が有効に機能しないのは明らかだ。

 歴史を巡る中韓連携は、今後さらに強まることが懸念される。

 中国の裁判所は先に、戦時中、強制連行された中国人元労働者らが日本企業を相手取り、謝罪と損害賠償を求めた訴状を初めて受理した。韓国でも元徴用工が同様の裁判を起こしている。

 いずれも、日本との国交正常化の際の約束を根底から揺るがす恐れがあり、容認できない。日本は、中韓両国だけでなく国際社会に対しても、法的な正当性を主張していくことが肝要である。

朝鮮総連本部 早期売却で公的資金の回収を

 巨額の公的資金の回収を進めるには、債務者が競売物件に居座り続ける事態を早期に解消せねばならない。

 整理回収機構が強制競売を申し立てた在日本朝鮮人総連合会中央本部(東京都千代田区)の土地とビルについて、東京地裁は、高松市の不動産関連会社「マルナカホールディングス」への売却を許可する決定を出した。

 機構にとって、債権回収の手続きが一歩前進したと言えよう。

 総連側は決定を不服として、東京高裁に執行抗告を申し立てた。「競売の手続きに重大な瑕疵かしがあり、総連が大きな損失を被る」との理由からだ。

 公安調査庁によると、総連は北朝鮮本国から「中央本部死守」の指示を受けている。

 だが、落札額は、下限額より約7500万円高い22億1000万円で、売却許可の条件を満たしている。総連側の主張は、さらに明け渡しを先延ばしにする時間稼ぎとみられても仕方がない。

 中央本部が競売にかけられたのは、総連が在日朝鮮人系信用組合から約627億円の融資を受けながら、返済しなかったことが原因だ。各信組は総連への融資の焦げ付きなどが重荷となり、1997年以降、相次いで破綻した。

 破綻処理には、1兆円超の公的資金が投入された。総連は、この事実を重く受け止めるべきだ。

 中央本部は、都心の一等地にある。ビザや旅券の発行代理業務を行い、北朝鮮の大使館的な役割を果たしてきた。最高裁が2012年、土地、建物の所有権は総連にあると判断したことを受け、競売手続きが進められてきた。

 昨年3月の1回目の入札で、鹿児島市の宗教法人が45億円余で落札したものの、代金を用意できず、取得を断念した。10月の再入札では、モンゴル企業が約50億円を提示したが、書類に不備があり、売却は認められなかった。

 この再入札でマルナカ社は次点だった。東京地裁が今回、「次点の入札者を保護し、迅速な不動産執行の実現に資する」として、再々入札を実施しなかったのは適切な判断だろう。

 再々入札を行えば、売却手続きがさらに長引く恐れがあった。

 マルナカ社は「入札は投資目的であり、総連に明け渡しを求める」という考えだ。総連は落札者の意向を尊重すべきである。

 機構が総連に融資金返還訴訟を起こしてから、8年以上が経過した。裁判所は、抗告に対する判断を速やかに示してもらいたい。

2014年3月24日月曜日

信書の定義を明確にし無用の混乱回避を

 田舎の両親が宅配便で家でとれた野菜やコメを都会で暮らす子どもに送り、その中に「寒さが続くので、体に気をつけてね」というメモを挟んだとする。

 誰がやっても不思議ではないこんな行為が、郵便法に触れかねず、最悪の場合、刑事罰の対象になることをご存じだろうか。

 今の郵便法は、信書を「特定の受取人に対し、差出人の意思を表示し、または事実を通知する文書」と規定し、信書を送達できるのは日本郵便だけと定めている。

 これに違反すると、運送会社だけでなく、送り主にも「事業の独占を乱す罪」として3年以下の懲役または300万円以下の罰金が科される。「体に気をつけてね」のメモは親から子にあてた信書にほかならず、田舎の両親が刑事罰を受ける可能性があるのだ。

 あきれた規制と笑ってはいけない。総務省によると郵便法違反は2010年度までの5年間で79件発生した。警察が送り主を事情聴取し、書類送検に至る例も起きている。

 何が信書で何が信書でないか、普通の人は判断に迷うケースも多い。今のままでは便利なサービスがあっても国民は安心してモノを送れない。

 こんな状況は早急に解消すべきである。抜本的な解決策は信書便事業を民間に開放し、一定の要件を満たした事業者に信書の配送を広く認めることだ。

 現状でも形の上では信書便事業への新規参入は可能だが、参入のハードルが高すぎて、一般信書便は日本郵便の独占が続いている。

 仮に今すぐ信書便の開放が難しいなら、規制の対象を誰でも分かるよう、はっきりさせるべきだ。

 ドイツや米国では送付物の重さなどによって規制の対象を明確にしている。こうした外形基準を導入すれば、たとえばメモを入れた小包であっても、一定以上の重さがあれば誰が配送しても罰せられることはなく、無用の混乱は回避できる。

 その際、規制対象の線引きが課題になるが、1社独占の続く信書の領域をできるだけ狭くするのが望ましい。

 信書について民間企業から規制改正の要望が出ている。総務省の情報通信審議会・郵政政策部会が今月まとめた中間答申は規制の見直しに消極的な見解を示したが、現状は問題が多い。政府として早急に見直しに着手すべきである。

手続き論で改憲を止めるな

 憲法改正の段取りを定めた国民投票法改正のめどが立ってきた。投票権を付与する年齢などの課題が解決せず、国民投票は事実上封印されてきた。手続き論を盾にして改憲を妨げるのは邪道だ。与野党は早期の法改正に向け、改正案づくりを急いでほしい。

 改憲は衆参両院議員の3分の2以上で発議し、国民投票で過半数の賛成があれば可能だ。その具体的なやり方を規定した国民投票法は2007年に成立した。

 「3つの宿題」が残った。ひとつが何歳から投票できるようにするかだ。自民党が20歳、民主党が18歳を主張し、原則18歳だが、民法の成人年齢などと整合性がとれるまで20歳とすることになった。

 あと2つは(1)公務員が改憲への賛否を訴える活動をしてよいのか(2)改憲以外の案件でも国民投票をするのか――である。

 これらは法施行後3年以内に解決するはずだった。だが、「20歳で成人」とする明治以来の法体系の見直しに霞が関が後ろ向きだったこともあり、論議が進まないままだった。

 改憲をすぐに政治日程に載せるかどうかはともかく、「そのための手続きが完成していないから改憲できない」では立憲国家として恥ずかしい。

 与党と民主党は今月、法改正後2年以内に投票権年齢の20歳から18歳への引き下げを目指すことなどで一致した。日本維新の会やみんなの党との調整も大詰めを迎えている。主要5党で共同提案できれば今国会での法改正の実現に大きく前進する。

 世界では投票権年齢は18歳とする国が多いが、何歳が正解と言い切れる問題でもない。各党とも合意重視で議論を深めてほしい。

 憲法は国の最高法規である。改憲手続きのような問題を政党の目先の党利党略に利用するのは好ましくない。

 一刻も早く改憲の土俵を整え、改憲派と護憲派が正々堂々とがっぷり四つに組んだ憲法論議に期待したい。

大阪市長選―「信任」からはほど遠い

 とても「信任された」とは言えない結果だ。

 議会の抵抗で行き詰まった大阪都構想を前に進めようと、大阪市長だった橋下徹氏が出直し市長選挙を仕掛け、再選を果たした。主要政党は「市長に独り相撲を取らせる」などとして候補者を立てなかった。論戦は停滞し、投票率は歴史的な低さとなった。

 橋下氏は選挙戦で「都構想に反対する政党に僕を落とすチャンスを与えた」「落ちなければ粛々と手続きを進める」と主張した。選挙で勝ったものこそ民意――以前からの持論である。だが、今回の選挙で浮き彫りになったのは、そうした考え方や手法の限界である。

 4分の3を超える有権者が棄権に回ったのはなぜか。告示後の朝日新聞・朝日放送の共同世論調査から、市民の悩みがうかがえる。都構想への賛否は割れたが、出直し選には55%が反対と答え、賛成の27%を大きく上回った。議会が思うように動かぬからと、話し合いを放棄して「民意」とりつけに走る橋下氏の手法が支持されたとは、とても言い難い。

 方針変更が不可欠である。橋下氏は都構想の設計図をつくる協議会から反対議員を外すことを公約に掲げた。だが、この選挙結果をたてに公約にこだわれば、議会との対立が深まるだけだろう。そもそも、反対派を押しのけるような議論を市民が支持するだろうか。まずはこの公約を撤回し、ノーサイドで話し合いを再開すべきである。

 橋下氏に反対しながら対立候補も立てなかった野党の姿勢にも、市民の厳しい目が向けられていることを忘れてはならない。急速な高齢化が進む巨大都市で、将来の財政破綻(はたん)をどう回避し、発展していくのか。野党側も説得力あるビジョンを示して議論を挑む責任がある。

 都構想実現に向けた政治日程の見直しも避けられないだろう。橋下氏は、夏までに都構想の設計図をつくるという。来春の統一地方選までに構想を実現させる目標を前提に、逆算した日程である。

 だが構想の是非を問う住民投票の実現には、市議会に加えて大阪府議会の承認も必要だ。橋下氏は「住民投票が議会でつぶされたら、統一地方選で過半数を取れるようがんばりたい」というが、いま必要なのは正面衝突でなく幅広い合意形成だ。

 改革を進めるには、結局は市民の理解と納得が欠かせない。日程は白紙に戻し、市長も野党も時間をかけてわかりやすい論戦を繰り広げてほしい。

原爆症認定―判決通りに人道重視を

 広島、長崎で被爆しながら、国に原爆症と認められなかった人たちが起こした裁判で、またも国は敗訴した。

 11年前の最初の提訴から、国は30回以上負け続け、厚生労働省は昨年、認定基準を一部改めた。だが先日の大阪地裁判決は、新しい基準でも対象外とされた被爆者4人を原爆症だとはっきり認めた。

 被爆者らは「認定制度を根本から見直し、生きているうちに問題解決を」と訴えた。平均80歳近い人々に、いつまでも法廷闘争を強いるのは、もはや人道問題ではないか。国は司法判断に従い、制度をすみやかに改めるべきである。

 焦点は、爆心地から数キロという遠距離で被爆した人や、投下後に爆心地付近を歩いた人(入市被爆者)だ。今回は4人全員が勝訴したが、うち3人は遠距離・入市被爆だった。

 厚労省は、こうした被爆は、浴びた放射線量は多くないはずだとして、病気との因果関係をもっぱら否定してきた。

 裁判所は、この対応は違法だとの判断を一貫して示してきた。だが厚労省の有識者検討会は昨年末、「司法判断を一般化して認定基準にすることはできない」との見解をまとめ、一連の判決は非科学的であるとの認識さえにじませた。

 だが、遠距離や入市被爆者の病気については、体内に入った放射性物質による内部被曝(ひばく)の影響を疑う見方が根強い。今回の大阪地裁もこの点を踏まえ、厚労省が依拠する学界の通説には限界があると指摘した。

 被爆地をどれだけ歩き回ったかといった当時の状況のほか、加齢など病気につながる被爆以外の要因も検討した。そうした結果、原爆放射線と病気の因果関係が否定できなければ、原爆症と認めるべきだとした。

 被爆者援護法の趣旨にかない、実に合理的な判断だと言っていい。

 被爆者の多くは国が起こした戦争で被爆し、病気になった責任を国に認めてほしいとだけ願っている。

 認定後には月13万円余りの手当が一律支給される。厚労省は原爆症認定を増やせば予算も膨らむと懸念するが、だからと言って認定を絞るのは誤りだ。まず幅広く認定し、手当については病気によって調整するなど、被爆者団体との話し合いで適切な額を考えていけばいい。

 安倍首相は昨年夏、「一日も早い原爆症認定に最善を尽くす」と被爆地で誓った。司法判断を重く受けとめ、人道的な決断をしてもらいたい。

消費増税の転嫁 不当な「買いたたき」を許すな

 消費税率が5%から8%に引き上げられる4月1日が迫っている。

 増税分を円滑に販売価格に転嫁するとともに、消費者にわかりやすい価格表示によって、混乱を回避することが不可欠である。

 消費増税を目前に控え、外食や鉄道などの企業各社は、増税分を転嫁するための値上げを相次いで発表している。

 一方、あえて価格を据え置く例も少なくない。コスト削減など企業努力で顧客の減少を防ぐのも、重要な価格戦略と言えよう。

 ただし、大企業が優位な立場を利用して納入業者に価格の据え置きを強いる「買いたたき」などは許されない。多くの中小企業を経営悪化に追い込む恐れがある。

 政府は昨年10月に消費税転嫁対策特別措置法を施行し、価格転嫁を拒否する行為を禁止した。転嫁拒否を取り締まる約600人の「転嫁Gメン」も新設し、違反に目を光らせている。

 特措法に触れる恐れがあるとして指導を受けた企業が、2月末ですでに約850社に達したのは問題だろう。

 納入業者に負担を押しつけようとする動きが、増税後はさらに拡大しかねず、政府は監視を一段と強めねばならない。

 取引の打ち切りを恐れ、転嫁を拒否されても通報できない納入業者も少なくないはずだ。

 公正取引委員会と中小企業庁は増税後、全国の中小企業約400万社を調査する。不当取引の防止につなげたい。

 政府は業者からの情報提供を待つだけでなく、独自に聞き取り調査を行うなど、積極的な実態把握にも努めるべきである。

 納入業者側も、価格交渉の経緯を詳細に記録するなど、自衛策を講じることが大切だ。

 小売店での価格表示は従来、支払額が顧客に一目で分かる税込み価格が義務づけられていたが、特措法は小売店での税抜き価格の表示も容認した。

 2015年10月に税率が8%からさらに10%へ引き上げられる予定であることから、再び値札を変更する手間を省く狙いがある。

 小売店は価格が税込みか税抜きか、明確に表示し、消費者が戸惑わないようにしてほしい。

 鉄道やバスでは同一区間の料金が、ICカード乗車券は1円単位で、現金で買う切符は10円単位で値上げされる地域もある。

 二重運賃に対して、乗客から不満が出る恐れもある。新たな運賃制度の周知徹底が求められる。

大阪市長再選 議会と調整問われる「都」構想

 これで「大阪都」構想が前進するのか。効果の疑わしい出直し選挙だったと言うほかない。

 日本維新の会共同代表である橋下徹氏が、大阪市長選で圧勝し、再選された。

 「看板政策」の都構想が大阪府と市の議会の抵抗で行き詰まったため、橋下氏は自ら辞職し、民意を問う戦略に出た。選挙戦では、両議会の代表らで作る法定協議会から反対派の委員を外し、構想を前に進めたいと公約した。

 ただし、都構想に反対する自民、民主、共産などの主要政党は「選挙に大義はない」との理由で、候補を擁立しなかった。

 事実上の無風選挙である。

 投票率は20%台にとどまり、橋下氏が初当選した2011年の前回選挙を大きく下回った。

 選挙結果が橋下氏にプラスに働くのかどうかは疑問だ。

 出直し市長選を断行し、議会との対立が深まったため、むしろ都構想の前途は以前にも増して厳しくなったように見える。

 協力関係にあった公明党などの理解を得ない限り、構想の実現は見通せない。そもそも法定協の委員差し替えは議会の決定事項だ。構想の可否を決める住民投票の実施にも、議会の承認が要る。

 橋下氏には、都構想実現の合意形成に向けて、他党との協力体制を構築する努力が欠けている。有権者が再び市政を託した意味は軽くない。まずは市議会との不毛な対立に終止符を打つべきだ。

 橋下氏は選挙前、「今年は2回市長選をさせてもらいたい」とも語った。構想が行き詰まるたびに選挙を繰り返すなら、税金の無駄遣いと批判を浴びよう。

 一方、自民、民主両党などの姿勢にも問題がある。

 府と政令市の二重行政を改め、「時代にふさわしい役所を一から作り直す」という橋下氏の問題提起は悪くない。これを否定し、現状でも改革可能というなら、説得力のある処方箋を示すべきだ。

 橋下氏は再選により、維新の会の共同代表を続けるだろう。だが、当面は、都構想の実現に集中せざるを得ないとみられる。

 維新の会は、原子力政策などで本拠地の大阪と石原共同代表ら東京の国会議員団のミゾは広がっている。党内の内紛も響いて支持率は低迷したままだ。

 維新の会は、個別の政策で安倍政権と協力する「責任野党」を自任しているが、その役割を果たせるだろうか。橋下氏のリーダーシップが問われるのは、大阪都構想だけではあるまい。

2014年3月23日日曜日

分権改革をこれで終わりにしていいのか

 政府が地方分権に関する一括法案を閣議決定し、今国会に提出した。国から自治体への権限移譲が柱になる。

 今回盛り込まれた項目は看護師などの養成施設の指定や商工会議所の定款変更の認可などの権限だ。これらを国から自治体に一斉に移すと同時に、自家用車を使って高齢者を有料で送迎する事業者の登録事務について希望する市町村などに移管する。

 併せて、学校の教職員の定数の決定や病院の開設許可のような仕事を、都道府県から政令指定都市に移す。全部で63法律をまとめて改正する。

 現在の分権改革は第1次安倍内閣時代の2007年に発足した地方分権改革推進委員会の勧告を出発点に進めている。法令で国が自治体に仕事やその基準を義務付ける規制を見直すなど、政府はこれまで3回にわたって一括法を制定した。今回が4番目になる。

 新藤義孝総務相は「残された課題を総ざらいしてすべてテーブルに挙げた」と説明する。しかし、こまごまとした項目が並んでいるだけという印象がぬぐえない。

 中央省庁が自治体への移管に難色を示している農地転用の権限などは今回も除かれた。国が管理する国道や河川の都道府県への移管も入っていない。反対が少ない項目を中心にまとめたのだろう。

 政府はこれで分権改革を一区切りにする方針だ。今後は全国一斉ではなく、希望する自治体だけに選択的に権限を移す「手挙げ方式」を導入するという。仕事がさらに増えることに不安を感じている市町村があるのは事実だ。

 しかし、本格的な改革をこれで終わりにするのはおかしい。自立した自治体をつくるためには国から地方に配る補助金を減らして、その代わりに地方に税源を移譲することが欠かせない。

 これまでの改革のなかには中途半端な内容も多い。福祉施設の基準はもっと弾力化して、自治体の裁量を広げていいのではないか。

 分権は民意の後押しなくして前に進まない。自治体はまず、これまでの成果を政策の形で住民に示す必要がある。そのうえで、どのような改革に今後取り組むべきなのか、全国知事会などが中心になって改めて議論すべきだ。

 地方側が強い決意で取り組まなければ、権限や税財源の維持にこだわる中央省庁の厚い壁を破ることはできない。

結束が試されるイラン核協議

 米欧、ロシアなど6カ国とイランが、同国の核開発問題をめぐる交渉を再開した。期限である7月までの最終合意を目指している。不安定な中東情勢の根にある核問題を決着させる好機である。これを逃してはならない。

 ウクライナ南部のクリミア半島のロシアへの編入をめぐり、米欧とロシアの間に亀裂が生じている。対立をイランとの協議に持ち込んではならない。主要国の結束が今こそ試されている。

 6カ国とイランは昨年11月、兵器開発への転用が疑われるウラン濃縮活動をイランが縮小する代わりに、米欧が対イラン制裁を緩和することで合意した。合意は7月20日までに履行する。

 この間に断続的に交渉を続け、ウラン濃縮や西部アラクに建設中の重水炉の扱い、原子力の民生利用などについて結論を出す。

 難しい問題である。だが、世界の懸念を無視したイランによる核開発と、同国の国際社会での孤立は、中東のリスクを高める要因になってきた。中東の安定にとってこれを取り除く意義は大きい。

 6カ国は米英仏独とロシア、中国から成る。イランと敵対してきた米欧に対し、ロシアや中国は経済関係を重視する。立場の違いを乗り越え、主要国がそろって交渉のテーブルにつくことがイランの歩み寄りを生んでいる。

 ウクライナ情勢をめぐる6カ国の対立が、イラン核交渉の機運をそぐようなことがあってはならない。混迷が続くシリア情勢の打開にも、米欧とロシアの一致した対応が欠かせない。

 イランの国際社会への復帰は日本にも大きな意味がある。今月上旬、日本を訪れたイランのザリフ外相は岸田文雄外相との会談で、「中東と北東アジアでの大量破壊兵器の拡散阻止」を確認した。

 イランは兵器開発で北朝鮮と協力関係にあるとされる。北朝鮮の核問題への対処にはイランとの連携が大事だ。原油や天然ガスを運ぶ海上交通路の安全確保での協力も日本の安定調達に重要である。

復興と人材育成―被災地を「学びの場」に

 東日本大震災から3年。被災地の惨状は、多くの人に「自分は何ができるか」を問う機会になった。

 復興事業では、被災者の複雑な要望を調整しつつ、過疎と地域経済の沈滞という震災前からの課題の克服を迫られる。

 大きな挑戦だが、だからこそ新たな人材が育つ場にもなりつつある。この流れをさらに太くしていきたい。

■変化しているニーズ

 東京では新年度を前に、被災地で働く人材を募集する説明会がいくつも開かれた。

 復興庁が事業主体の「WORK FOR 東北」も昨秋のスタートから3回、個人向け説明会を催した。実際の運営は公益団体やNPOが担っており、派遣先の仕事は様々。原則1年以上、専従できる人が対象だ。

 事務局の日本財団によると、説明会や転職サイトを通じた呼びかけで、これまでに333人が応募・登録した。

 震災直後を支えたボランティアが減る一方、こうした中長期型の支援への関心は必ずしも冷めてはいない。

 被災地側のニーズは変化してきている。

 震災当初は、物資の輸送やがれきの片付け、避難先での生活や企業の復旧に必要な人事・総務的な仕事など、目の前の問題処理が中心だった。

 「今後は現地の課題を分析して解決策を提示できる人が重要になる」。そう話すのは、各地の復興プロジェクトを支援する一般社団法人「RCF復興支援チーム」の藤沢烈代表理事だ。「とりわけ民間企業で一定の経験を積んだ人材が欲しい」

 例えば津波被害の大きかった沿岸部の水産業は、賃金の高い建設業に人を奪われ、思うように事業再開にこぎつけられない状況が生じている。

 収益性の高い産業へ再生するためには、付加価値を上げる新しい商品・サービスの開発や国外も視野に取引先を切り開くことのできる人材が不可欠だ。

■従来型の発想に限界

 自治体でも、民間人の経験を生かそうとする動きが活発になってきた。

 福島県浪江町は一昨年、初めてNPO法人を通じて職員を募集、採用した。背景には、「雇う/雇われる」という主従型の仕組みでは復興事業が保守的な行政の発想内にとどまり、住民や企業の思いに応えきれないという危惧があった。

 活用したのは、社会起業家の育成を手がけてきたNPO「ETIC.」が展開する「右腕派遣プログラム」。復興に取り組むリーダーを対等の立場から支援する人材の派遣だ。

 津波被災地区の集団移転事業の担当者として採用された菅野孝明さん(44)も、身分は職員ながら、あくまで事業上のパートナー。国の制度や予算措置と絡めた工程表づくりや、避難先が全国に拡散する住民に電話で意向を聞き取る調査などに、建設コンサルタントや大手進学塾で得た経験を生かし、次々と提案を実現させている。

 同僚の青田洋平さん(34)は「菅野さんに触発され、国の指示や住民要望を待って動くことに慣れていた自分たちも仕事ぶりが変わった」という。

 ただ、被災地での仕事は決して「厚遇」ではない。年収で400万円を超えることはまずないという。しかも、ほとんどの仕事は有期だ。関心はあっても転職には二の足を踏む人もいるだろう。

 その点では、企業が出向などで一定期間、被災地に希望者を送り出す仕組みを広げる必要があろう。復興事業への参加経験は元の職場でも大いに生かせるはずだ。経済団体が取り組んでいるが、強化してはどうか。

■起業を通じた再生

 新規事業の立ち上げや起業を考える人にとっては、被災地はまさに学びの場だ。

 高知県出身の溝渕康三郎さん(31)は大手飲食チェーンを辞め、昨年、岩手県陸前高田市の長谷川建設に転職した。

 いずれは地元に帰り、森林資源を使った自然エネルギー関連の地域おこし事業を始めたいと考えていた。長谷川建設では木質燃料を使ったストーブの営業開発を任されている。

 「県内外の自然エネルギーや地域おこしに関わる人と接する機会が格段に増えた」。起業に向けて、具体的にどんな準備が必要かも見えてきたという。

 ETIC.の山内幸治理事は「大企業との連携も大事だが、むしろ独立して起業する人材の育成につなげたい」と話す。ETIC.による派遣事業では、すでに14人が起業したという。「被災地で問われている問題は、東北だけでなく全国が震災前から抱えていた課題でもある。ここでの成功が日本再生のモデルになる」

 被災地での経験を、広く社会に生かしていく。支える対象から、ともに将来への打開策を探る場へ。東北を見つめ直し、人の交流を進めるときだ。

公示地価 アベノミクス効果で底入れか

 安倍政権の経済政策、アベノミクスの効果で大都市圏の地価がようやく上昇に転じた。不動産市場を活性化し、デフレ克服に弾みをつけたい。

 国土交通省が発表した1月1日の公示地価は、東京、大阪、名古屋の3大都市圏で、住宅地、商業地がともに6年ぶりに前年比プラスとなった。

 特に2020年に東京五輪・パラリンピックが開催される都の湾岸地区は10%前後も上昇した。

 全国平均の公示地価は住宅地、商業地とも6年連続のマイナスだったが、下落幅は縮小した。

 08年のリーマン・ショック後の景気悪化で落ち込んだ地価は、大都市圏が先行する形で底入れしつつあると言えよう。

 アベノミクスによる景気回復と日銀による大胆な金融緩和を背景に、都市再開発の機運が高まり、地価の回復を後押しした。日本経済の成長を期待し、海外の投機マネーも不動産市場に流入した。

 投資家から集めた資金で不動産を購入し、賃料収入などを配当として分配する不動産投資信託(REIT)の資産総額が昨年、過去最高となったのは象徴的だ。

 低金利や住宅ローン減税などの政策効果に加え、4月の消費税率の引き上げを控えて、住宅の駆け込み需要も旺盛だった。

 だが、今後の地価動向には、注意が必要である。

 駆け込み需要の反動減が心配されるほか、建材値上げや人手不足による建設費高騰で住宅市場が冷え込み、地価の底入れ傾向に水を差す恐れがあるからだ。

 政府は消費増税後の景気対策として拡充する住宅ローン減税などの効果を見極めるべきだろう。

 特に懸念されるのが、回復が遅れている地方の動きだ。札幌や仙台、福岡など中核都市の地価は上昇したが、下落を続ける地方も目立つ。都市部と取り残された地方との格差が広がりかねない。

 過疎化などの地方経済の構造問題だけでなく、アベノミクスの恩恵が及ばず、景気回復が遅れている事情がうかがえる。

 政府は規制改革などの成長戦略を進めて、地方景気の回復につなげ、全国的な地価の持ち直しを実現しなければならない。

 全国の住宅地の上昇率上位10か所のうち8か所を宮城、福島県の高台などが占めた。東日本大震災の被災者による住宅再建の需要が多いためである。

 転売目的の投機で地価が急騰して復興に支障が生じぬよう政府と自治体は監視を強めるべきだ。

中国経済リスク 「影の銀行」収束への険しい道

 中国経済の足を引っ張る「シャドーバンキング」(影の銀行)の拡大を食い止め、混乱を回避すべきだ。中国政府は難しい舵(かじ)取りを迫られる。

 上海市の太陽光パネルメーカーが今月初め、経営に行き詰まって社債の金利を払えず、中国社債市場で初めて、債務不履行(デフォルト)に陥った。

 李克強首相はこれに関連し、金融商品のデフォルトを一部容認する考えを示した。政府の方針転換であり、その意味は重い。

 中国当局は従来、危機に陥った企業や投資家を救済してきたが、市場のモラルハザード(倫理の欠如)を助長した面は否めない。

 パネルメーカーのデフォルト容認は、場合によってはデフォルトもあり得ることを示し、投資家に警告するのが狙いだろう。

 背景には、銀行を介さない金融取引であるシャドーバンキングが膨張し、中国経済を蝕むしばんでいることへの危機感がうかがえる。

 投資家はノンバンクなどの高利回りの財テク商品に群がった。地方政府傘下の投資会社がそれらを原資に不動産開発を進めたり、銀行から融資を受けにくい企業が社債を発行し、ノンバンクが引き受けたりする例が目立つ。

 巨額債務を抱えた地方政府や企業が行き詰まると、投資家に被害が及ぶことが避けられない。

 さらに厄介なのが、シャドーバンキングの不透明な実態である。総額が国内総生産(GDP)の半分に達するという推計もある中、膨張マネーに歯止めをかけようとする政策判断はもっともだ。

 デフォルト容認方針とともに、中央銀行にあたる中国人民銀行の周小川総裁が、上限規制がある預金金利を1~2年以内に自由化する方針を示した点も重要だ。

 金利自由化によって、低い預金金利を嫌って財テク商品に流入してきた資金の流れにブレーキをかけようとしているようだ。

 シャドーバンキングを縮小させるための大胆な改革は欠かせない。一方で、改革を急ぎすぎることによる副作用も懸念される。

 信用収縮によって、地方政府や企業の資金繰りが相次いで行き詰まるような事態を招けば、悪影響が広がるだろう。

 ニューヨーク、東京などの株式市場では、中国リスクが一因となり、株価の乱高下が続く。

 バブル過熱を制御し、景気減速傾向が続く中国経済を7・5%程度の安定成長に軟着陸させられるか。世界2位の経済大国・中国の綱渡りが続いている。

2014年3月22日土曜日

安倍政権は丁寧な意思決定を心がけよ

 後半国会が週明けから始まる。最大の政治課題は集団的自衛権の行使に関する憲法解釈の変更の是非だ。日本の将来にかかわる大きな決断になる。安倍政権は多くの国民の理解を得るべく丁寧な意思決定を心がけてもらいたい。

 自民党は3月中に集団的自衛権を論議する総裁直属の機関を設立し、党所属の全議員が参加できるようにする。公明党はすでに勉強会を立ち上げた。自公は並行して与党同士の意見交換も進める方針であり、話し合いの土俵が整う。

 中国の海洋進出や北朝鮮の挑発姿勢など東アジアの不安定な安保環境を考えれば、日米同盟の連携強化を急がねばならない。

 日本は集団的自衛権を保持するが、その行使はできないという従来の憲法解釈では対応できない事態が起きることも予想される。過去に政府が解釈を改めた事例はあり、時代の変化に即した見直しは欠かせない。

 新機関設立に先立ち、自民党が総務懇談会を開き自由な意見交換をしたところ、憲法解釈の変更への慎重意見が相次いだ。

 ただ、子細に発言を読み直すと「解釈変更に絶対反対」という声は少数だった。むしろ、自分たちが関われないまま、官邸主導でものごとが進むことへの不安感や抵抗感の表明に力点があるようだ。議論を尽くせば、こうした不満は解消されるはずだ。

 部会―政調会―総務会とボトムアップしていく自民党の伝統的な意思決定は時間がかかり、いまの時代にそぐわない面はある。さりとて安倍政権にありがちな官邸主導一辺倒のものの決め方も決して褒められたものではない。

 政府・与党は週明けに決めるはずだった武器輸出三原則の見直しについて「与党の党内手続きに時間をかける」として最終決定を数日遅らせる方向だ。党内の理解が深まれば、運用段階になってから異論が出ることもなかろう。

 同じことは集団的自衛権だけでなく、教育委員会の制度改革など後半国会の他の課題にも当てはまる。さまざまな意見に耳を傾けるのが民主主義だ。与党がまとまればさらに野党との接点を探り、より幅広い合意にこぎ着ける努力を惜しんではならない。

 そうなれば野党も反対のための反対では済むまい。与野党が互いに案を提示し、「よりまし」に向けて大胆に折り合う。そんな建設的な国会論議を期待したい。

国土を脅かす地球温暖化

 地球温暖化が日本にもたらす影響を予測した報告書を環境省が公表した。洪水や高潮の被害が増え熱帯の病気が流行するリスクが高まるという。生態系が変わり日本の伝統的な景観が消失するおそれが強い。被害を最小限にとどめるには、温暖化の進行を早期に抑え込まなくてはならない。

 このまま温暖化が進むと、災害や病気による生命や健康、経済への悪影響だけでなく、日本文化の基盤にある自然景観への脅威となる。海水面の上昇で砂浜が消える。本州のブナ林が消失し南方のアカガシが広がって、山林の姿が変わる。

 農業への影響も大きい。夏の暑さでコメの品質が悪化し、温州ミカンやリンゴの栽培適地が北上する。品種改良など適応策を講じても被害は避けがたい。

 温暖化の影響に関し、楽観論を耳にすることがある。北海道でコメ作りがしやすくなるなどの利点もあるとするものだ。甘い見方だと言わざるを得ない。

 仮に気温が何度か高くなり、そこで安定するなら、新たな気候に生活や産業を適応させるのは可能だろう。しかし温暖化の進展を抑えないと、気温がどこまで上がるのかわからない。安定した状態に落ち着くまで地球は暖かくなり続け、際限なく適応を強いられ続けることになりかねない。

 産業革命以降の化石燃料の大量消費が温暖化をもたらしたのはほぼ確実だ。人間が生み出した気候の変化は人の手でブレーキをかけなくては、止まらない。適応策は欠かせないが、温暖化の進行を止めることこそ最優先だ。

 温暖化によって世界が被る影響を見定めようとする国連の会議が25日、横浜で開幕する。

 日本はまず国内で実効性のある温暖化ガス削減策を講じなければならない。政府が昨秋に決めた暫定的な削減目標は排出をむしろ増やす内容で、世界の潮流に逆行する。早急に見直すべきだ。国連や2国間の協力を通じ世界の削減努力を後押しする必要もある。

「1強」国会―誰のための審議か

 いったい誰のための国会審議なのか。そう嘆息せざるを得ない前半国会だった。

 象徴的だったのが、都知事選の応援演説で、他候補を「人間のくず」とののしったNHK経営委員の任命責任を問われた時だ。「ある夕刊紙は、私のことをほぼ毎日のように『人間のくず』と報道しておりますが、私は別に気にしませんけれどもね」と首相。閣僚席はどっと沸き、首相は満足げだった。

 「身内」の笑い声にくるんで問題の本質をずらす。最後は定番フレーズ「個人的発言についてコメントすべきではない」で逃げる。議論は深まることなく、つるつると滑ってゆく。

 言葉を武器に人々の理性に訴え、説得を試みる。それが本来あるべき政治の姿である。

 だが首相は言葉ではなく、イメージを重視しているようだ。負けてない感じ。決然としている感じ――。結論は決まっている。議論は無駄だ。そんな「勝者のおごり」も垣間見えた。

 かくして14年度予算は戦後3番目の早さで成立した。

 17年ぶりの消費増税を織り込んだ総額は過去最大の95・9兆円。多額の公共事業予算が人手不足の中で順調に執行されるのか。突っ込んだ議論がされるべきだった。「アベノミクス」は本当にうまくいっているのか。丁寧な議論が不可欠だった。

 ところが与党は、首相の外遊を最優先に日程を決定。「スピード審議」を実現するため与党の質問時間を極力絞り、質問に立たない日さえあった。

 まったく理解に苦しむ。与党議員は首相の部下ではない。有権者の代表である。個々の政策について有権者の理解を深めるため、首相や閣僚に説明を求める責任を負っているはずだ。

 野党の批判機能の低下も著しい。民主党は下野の痛手からいまだ抜け出せず、存在感を示せない。日本維新の会やみんなの党は政権寄りの姿勢が目立ち、野党共闘もままならない。

 「数」を頼みに国会審議を軽視する与党と、「数」にひるんでそろりと「勝ち馬」に乗ろうとする野党内の動き。「1強」時代のそれが政治の実像だ。

 「待ったなし」。首相をはじめ昨今の政治家が好んで使う言葉だ。しかし「早さ」と引き換えに、政治家や有権者の政治的思考力は損なわれる。広い視野と長い射程で政治を捉える力を養うには、待って、考え、議論する時間が不可欠である。

 後半国会では深みのある論戦の展開を望む。首相が施政方針演説で繰り返した言葉を思いだそう。「やれば、できる」

学校図書回収―首長の危うい教育介入

 広島での原爆体験を描いた漫画「はだしのゲン」を、大阪府泉佐野市教委が、小・中学校の図書館から回収していたことが明らかになった。

 「差別的な言葉が多い」と問題視した千代松大耕(ちよまつひろやす)市長の意向を受け、教育長が指示した。

 一部の表現を問題とみて、作品と出会う機会を子どもから奪おうとするやり方は、「暴力的な描写」を理由に、昨年夏まで「ゲン」の閲覧を制限した松江市教委と相通じる。

 国内外で広く読まれてきた「ゲン」への一般的な評価を考えると、あまりに視野が狭く、思慮の浅い行為だ。

 差別的な言葉は人を傷つける。市長が例に挙げた「きちがい」や「乞食(こじき)」といった言葉は、今の時代には違和感はある。子どもたちが覚えて使うことがないよう、大人が注意を払う必要があるのも確かである。

 だが、「ゲン」に限らず、時代を超えて読み継がれる作品にはしばしば、現代なら差別的とされている言葉が登場する。それをすべて子どもから遠ざけることは不可能だし、全体として優れた作品が読めなくなったら弊害のほうがはるかに大きい。

 大事なのは言葉を「狩る」ことではない。今では注意しなければならない表現が、なぜ作品に登場するのか、あえて使われた意味は何か。時代背景も含め、丁寧に子どもたちに教えていくことが大切だ。

 回収のきっかけが、市長の要請だったことにも強い危惧を覚えずにはいられない。

 千代松氏はもともと、共通学力テストの学校別成績を自身の判断で公表するなど、教育行政への関与に積極的だった。今回の回収については、「人権的な観点から教育長に投げかけた」と説明した。

 市長は教育予算を編成し、教育長を含む教育委員を任命する権限も握る。市長の意見を聞いた教育長は、ほかの教育委員たちに相談しないで、回収に踏み切った。校長たちが強く抗議しても、20日まで本を返そうとしなかった。政治家である首長が、教育現場に干渉する危うさが浮き彫りになった。

 自民、公明両党が今国会で成立を目指す教育制度改革案は、首長の権限を強めるものだ。現行の教育委員長に代わって教委トップになる新たな「教育長」を直接任免できるようになる。

 だが首長が上意下達に出たとき、教委や学校現場がブレーキをかけられるのか。はなはだ心もとない。今回の事例を、政治主導の短所、弱点を精査するきっかけにするべきだ。

集団的自衛権 解釈変更へ共通認識広げたい

 日本の平和と安全を維持するため、いかに米国など関係国との連携を強化するか。現実に即した議論を深めるべきだ。

 自民党が、集団的自衛権の行使を可能にする政府の憲法解釈の見直しに向けた党内論議を始めた。9年ぶりに総務懇談会を開催したのに続き、月内にも総裁直属機関を新設し、全議員を対象とする勉強会などを開く。

 総務懇談会では、行使を容認する意見の一方で、「国民に分かりやすい議論が必要だ」「立法府の意見に十分に配慮すべきだ」といった慎重論が目立った。

 この背景には、安倍政権の政策決定を首相官邸が主導する「政高党低」に対する自民党側の不満があるようだ。丁寧な党内調整は大切だが、感情論ではなく、冷静な議論が求められる。

 まず、過去の政府見解と一定の整合性を取りつつ、時代の変化に対応して憲法解釈を変更することに問題はない。「憲法の番人」と呼ばれる内閣法制局も、解釈変更は可能との立場である。

 日本の安全保障環境が悪化する中で、様々な緊急事態に対処し、日本の領土・領海を守り抜く。そのためには集団的自衛権の行使を可能にし、自衛隊と米軍の連携を強化して、日米同盟の抑止力と信頼性を高めることが不可欠だ。

 日本が単独で対処するなら、今の何倍もの防衛費を要しよう。

 無論、集団的自衛権の行使を容認する新解釈が将来、再び安易に変更されることは許されない。

 新解釈の安定性を確保するには自民党内の議論をしっかり行い、180人以上に上る当選1回の衆参両院議員を含め、新解釈の意義や論理構成などについて、一定の共通認識を持つ必要がある。

 さらに、与党内や与野党の議論を通じて、より広範な合意を形成し、国民の理解を広げる努力も重要だ。自民党議員は、こうした手続きの重要性を自覚し、党内論議に臨んでもらいたい。

 一方で、いたずらに議論を重ねれば良いわけではない。自民党には既に、集団的自衛権に関する議論の積み重ねがあり、2012年衆院選の政権公約には行使を容認する方針を明記している。

 政府は、4月の有識者会議の報告書、与党協議を経て、夏に新解釈を閣議決定し、年末の日米防衛協力の指針改定に反映する日程を描いている。自民党内の論議が長引けば、この日程も遅れよう。

 活発な議論によって適切な時期に結論を出し、政治を前に進める。それが政権党の務めだ。

日本の温暖化 被害軽減へ効率的対応が要る

 地球温暖化の悪影響を抑えるため、効率的かつ効果的な対策を講じていかねばならない。

 温暖化が日本に及ぼす影響について、環境省の研究班が報告書をまとめた。

 温室効果ガスの排出量がこのまま増え続けると、国内の平均気温は今世紀末に最大6・4度上昇し、海面も60~63センチ上昇する。

 国民の日常生活に深刻な影響が及ぶのは必至である。

 報告書によると、今世紀末、熱中症などによる死者数が、全国で2倍以上に増える。感染症を媒介する蚊の一種ヒトスジシマカの分布がほぼ全国に拡大する。

 コメの生産地は北上する。温州ミカンに代わり、亜熱帯果樹のタンカンが関東でも栽培可能になる。全国の砂浜の85%が消滅する。農業、観光など地域産業にとっても打撃となるだろう。

 海面上昇により、日本の排他的経済水域(EEZ)の基点である沖ノ鳥島が水没してしまう可能性もあるのではないか。

 膨大な被害額も目を引く。20世紀末には年間約2000億円だった洪水被害額が、最大で約4800億円増加する。高潮被害も年間約2600億円増える。

 こうした被害を少しでも軽減する取り組みは重要だ。

 だが、ダムや堤防を全国にくまなく整備して、被害を完全に食い止めようとするのは現実的ではあるまい。温暖化の進行をある程度、見越した上で、社会が気候変動に順応する「適応策」を検討していくのが重要となるだろう。

 例えば、ハード面の整備は人口密集地や産業集積地に重点を置き、他の地域は避難用のハザードマップを充実させるなど、メリハリのある対策を考えるべきだ。

 高温に強い農作物への品種改良の研究や、都市部のヒートアイランド現象を緩和するための緑化促進なども必要だろう。

 政府は来夏に具体的な適応策をまとめる。予測が難しい気候の変化に柔軟に対応できるようにすることが肝要だ。

 無論、温暖化対策で最も重要なのは、温室効果ガスの排出量を減らすことである。報告書が、世界規模での排出削減が進めば、日本への悪影響は大幅に軽減されると指摘しているのはもっともだ。

 カギとなるのは、世界全体の排出量の4割以上を占める中国と米国の取り組みである。京都議定書に代わり、2020年発効予定の新たな枠組みが両国の排出削減につながるよう、日本も積極的に交渉に関与していくべきだ。

2014年3月21日金曜日

財政再建と成長戦略の宿題に取り組め

 2014年度予算が成立した。13年度補正予算とあわせた「15カ月予算」との位置づけだ。4月からの消費増税後は一時的に実質成長率が落ち込む公算が大きく、安倍晋三政権は予算の円滑な執行を通じて景気を下支えするように努めてもらいたい。

 国や地方の公共事業の執行は、建設労働者の人手不足や資材価格の高止まりなどで遅れ気味になっている。政府は13年度補正のうち7割を6月末までに、9割を9月末までに執行する目標を掲げた。14年度予算でもこうした数値目標を掲げるのは妥当だ。

 14年度予算には、公共事業という目先のカンフル剤が目立つ問題はある。とはいえ、執行が大きく滞るようでは何のための大盤振る舞いかが問われる。地方自治体と協力して入札のしくみを工夫し、13年度補正と14年度予算の切れ目ない執行が欠かせない。消費税率を来年10月に10%に引き上げる環境づくりにもつながるだろう。

 日本経済にとっての最大の課題は、先進国で最悪の状態にある財政の立て直しと、成長の両立だ。政府はその宿題にきちんと取り組むべきだ。6月にまとめる経済財政運営と改革の基本方針(骨太方針)、成長戦略が焦点だ。

 心配なのは、政府が中長期の財政再建のシナリオを描ききれずにいることだ。消費税率を10%まで上げても、2020年度に国・地方をあわせた財政の基礎収支を黒字にする目標は達成できないことは政府自らが認めている。

 最大の歳出である社会保障費の膨張に歯止めをかけられずにいることが問題だ。高齢化の進展で社会保障費は自動的に年1兆円ずつ増えていく。これを抑え込まないとせっかく消費増税で歳入が増えても、財政再建は逃げ水のように遠のいてしまう。

 70~74歳の医療費や、介護保険の自己負担割合の引き上げは予定されているが、十分とはいえない。15年度予算案の編成や年金財政の検証をにらみ、経済財政諮問会議はさらに社会保障費を効率化する選択肢をそろそろ示す時ではないか。

 そして成長戦略だ。諸外国より高い法人実効税率を引き下げる方針をはっきり示すとともに、まずは国家戦略特区を使って医療、労働、農業といった「岩盤規制」に風穴をあけるべきだ。日本経済の持続的な成長基盤づくりの手を緩めてはならない。

対話力試されるFRB新議長

 米連邦準備理事会(FRB)はイエレン議長が就任してから初めての連邦公開市場委員会(FOMC)を開き、金融の量的緩和の縮小を続けることを決めた。

 米国経済が順調に回復する中で、市場の関心はいつ利上げが始まるのかに移りつつある。市場の期待をうまく管理しながら政策を転換していくのは容易ではない。新議長の手腕が早々に試されることになる。

 証券購入額を1カ月当たり650億ドルから550億ドルに減らすという今回の決定は市場の予想通りだ。証券を新規に購入する量的緩和は、経済が変調をきたさない限り、今秋にも終了するとの見方が強まってきた。

 今後の焦点は、量的緩和終了後に現在のゼロ金利政策をいつまで続けるのかだ。FRBはその判断材料として失業率を重視する姿勢を取っていたが、今回これを改めた。失業率が予想以上に低下したためで、今後は労働市場の状況やインフレ圧力、金融状況など幅広い材料を考慮するとしている。

 これは、わかりやすい数値で政策の方向性を示す手法の限界がはっきりしたことを意味する。経済や金融の動きは複雑であり、特定の数値を政策の指標に掲げると無理も出る。様々な指標を参考にしながら政策判断をするとした今回の見直しは理解できる。

 FRBの声明は、量的緩和終了後も「相当の期間」はゼロ金利を維持するという言い方で利上げまでの時間軸を示した。しかし、イエレン議長は会見で、この期間について「恐らく6カ月程度を意味する」と具体的な時期に言及。これを受けて株価が一時急落した。新議長は就任早々、市場との対話の難しさに直面した形だ。

 こうした試練は今後も続くだろう。政策の透明性をなるべく高めることと複雑な経済・金融情勢にあわせて柔軟に対応することのバランスをどう取るのか。新議長が直面する難題は、米国と同様に大胆な金融緩和政策を取ってきた日本にとっても無縁ではない。

日米韓会談―好機を無駄にするな

 一衣帯水の日本と韓国の首脳のことばが響き合うのは、実に久しぶりのことだった。

 「安倍内閣で河野談話を見直すことは考えていない」

 「幸いなことだと思う」

 先週の参院予算委で、安倍首相が慰安婦問題をめぐる河野談話の見直しを明確に否定し、朴槿恵(パククネ)大統領がこれを評価した。

 そして来週、オランダのハーグで開かれる核保安サミットで、日米韓の首脳会談が開かれる方向となった。

 安倍首相と朴大統領が話し合いのテーブルにつくのは初めてである。日韓関係の修復になんとしてもつなげるべきだ。

 首相は予算委で、「戦後50周年には村山談話、60周年には小泉談話が出された。安倍内閣としては、歴史認識に関する歴代内閣の立場を全体として引き継いでいる」とも語った。

 ふたつの談話は「植民地支配と侵略によって、アジア諸国の人々に多大の損害と苦痛を与えた」との立場を明確にし、近隣諸国との新たな関係づくりに向けた日本の決意を示した。

 河野談話とともに、日本の対アジア外交の基盤となってきたものであり、見直すべきでないのは当然だ。

 歴史問題がくすぶるなか、おととしの李明博(イミョンバク)前大統領の竹島上陸でつまずいた日韓関係は、両国の政権が代わっていっそうこじれてしまった。

 安倍首相らの歴史認識をめぐる発言や靖国神社参拝。かたやオバマ米大統領らに日本の非を訴えるばかりで、対話に応じようとしない朴大統領の姿勢。

 東アジアの安定には日韓関係の改善が欠かせないと考える米国は、バイデン副大統領らが直接、間接に仲介を試みてきた。両首脳の発言の陰にはこうした米国の意向もちらつく。

 首相の答弁には、ネット上などで批判があがっている。河野談話の見直しや撤回を求める声が国会の内外にあることを考えれば、予想された反応だ。

 その意味で、安倍首相はそれなりのリスクをとった。同じことは朴大統領にも言える。

 互いの国民の一部が反目し、非難の応酬に熱くなっている。そんな時こそ、より冷静になれる指導者であってほしい。

 首相も大統領も、そのことばが本心から出たものなのかはわからない。一度会って関係が好転するというほど、ことは単純ではないだろう。

 それでも、機を逃さずに日韓関係を前へ進めることが、両首脳の外交上の責務だ。米国に義理立てした、一度限りの会談にしてはならない。

強制送還―死への経過、再検証を

 日本で20年以上暮らし、日本人の女性と家庭を築いていた。

 だが入管は、在留期限が切れたとの理由で拘束し、猿ぐつわをして国外に出そうとした。

 その途中、このガーナ人男性は死亡した。4年前に成田空港で起きた事件をめぐり、東京地裁は入管の責任を認めた。

 入管職員による過剰な制圧が男性を窒息死させたと断じた。硬直した入管行政を考え直す契機とすべきだ。

 この強制送還の手続きで、いったい何が起きたのか。だれが責任を負うのか。法務省は再検証をしなくてはならない。

 同省は、本人の持病による病死と主張し、入管職員の制圧に問題はなかったとしていた。

 だが判決は、男性は飛行機内でほとんど抵抗しておらず、入管の制圧のやり方は違法だったと結論づけた。

 千葉地検は2年前、職員たちの不起訴処分を決めている。今後の検察審査会の判断を待つまでもなく、検察は見直し捜査を始めるべきだろう。

 そもそも入管の手続きは、外部の目にさらされることが少ない。国内の容疑者らの拘束をめぐる刑事手続きと同様に、きちんと監視の目を行き届かせる仕組みを検討すべきだ。

 国外退去を命じられる人の中には、在留期限を過ぎてはいるが、犯罪に手を染めることもなく、仕事や家族などを通じて日本の社会にしっかり根をはった人が少なくない。日本で教育を受けた子をもつ人もいる。

 様々な事情を抱える人びとを一律に犯罪者を見る目で扱うことは避けるべきではないか。

 退去の対象となっても、法相が特別に在留を認める制度はある。法務省は06年から、考慮される事情を示したガイドラインを公開しているが、認められるかどうかは当局の裁量にまかされている。

 事件後、法務省は本人の同意がない送還を控えていたが、その後再開した。以前は民間機で一人ずつだったが、現在では、ほかの一般客への影響を考慮して、チャーター機で一斉送還している。

 一人ひとりの事情を勘案するよりも、一つの便で多人数を送還する効率が優先されがちだ。在留を求め裁判を準備しているさなかに対象になったケースもあるという。

 どの国籍の人が、世界のどの地にいても、人間としての権利をもつのは同じはずだ。多様な理由で日本に生活の基盤をもつ人びとを、できる限り受け入れ、共生する寛容な社会でありたい。

日朝協議再開へ 拉致被害者の再調査を起点に

 対話が正式に再開することは一歩前進だ。

 日本人拉致問題で粘り強く交渉し、現状を打開する成果を追求していかねばならない。

 日朝両政府が19、20の両日に中国・瀋陽で行った外務省課長級の非公式協議は、「双方が関心を持つ問題」について、局長級の正式な政府間協議を再開することで一致した。

 北朝鮮は、拉致被害者の横田めぐみさんの両親と、めぐみさんの娘、キム・ウンギョンさんとの第三国での面会実現に応じるなど、これまでの頑かたくなな姿勢を軟化させているように見える。北朝鮮の出方をさらに見極めたい。

 日朝の政府間協議は、野田政権の2012年11月にも行われたが、その直後に北朝鮮が長距離弾道ミサイルを発射したため、中断したままとなっていた。

 再開する協議で日本は、北朝鮮が「解決済み」と主張する拉致問題を正式な議題として認めさせる必要がある。全被害者の即時帰国、拉致の真相究明、実行犯の引き渡しに全力を挙げてもらいたい。

 まずは、拉致被害者の再調査の実施を確約させるべきだ。

 北朝鮮は08年8月に瀋陽で行った日朝の政府間協議で、専門の組織を早期に設置し、拉致被害者の再調査を開始することで合意していた。だが、その後、再調査を一方的に先送りした。

 現在の金正恩政権下の北朝鮮では、経済が一層困窮していると言われる。北朝鮮は、協議の中で日本に制裁緩和や支援を求めてくる可能性が極めて高い。

 だが、北朝鮮はこれまで拉致問題で不誠実な対応を繰り返してきた。古屋拉致問題相は「拉致被害者が戻って来なければ、制裁解除はおろか1円の支援もない」と強調した。その通りである。

 日朝協議では、米国や韓国と懸念を共有する核やミサイル開発なども議論し、包括的な解決を目指す姿勢は堅持すべきである。

 北朝鮮の人権侵害に対する国際的な批判の高まりも、日本にとって追い風となろう。

 ジュネーブで17日に開かれた国連人権理事会に、国連の調査委員会は、北朝鮮による日本人拉致や政治犯収容所での虐待などを「人道に対する罪」と厳しく糾弾する報告書を提出した。

 北朝鮮は、これを「全面的に否定する」と反発したが、国際的孤立は深まっている。日本政府は、引き続き国連という場を有効に活用し、北朝鮮への「圧力」も強める戦略を練ることが重要だ。

ネット託児事件 ベビーシッターの質も確保を

 インターネットのベビーシッター紹介サイトに潜む危険な一面が、浮き彫りになった。

 神奈川県警が、ベビーシッターの男を、預かった男児の死体遺棄容疑で逮捕した。

 横浜市に住む男児の母親は、以前にも紹介サイトを通じて男にシッターを依頼し、トラブルになった。しかし、メールのやりとりで男が偽名を使い、待ち合わせ場所には代理人が現れたため、同一人物と気づかずに預けたという。

 男児は、男が保育室として使っていた埼玉県内のマンションの一室で3日後、遺体で発見された。事件の全容解明と、再発防止に向けた対策が急がれる。

 紹介サイトが広がっている背景には、派遣事業者を通すよりも低料金で、すぐにシッターを確保できるという利便性がある。経済的な事情から、個人シッターに頼らざるを得ない親も少なくない。

 しかし、サイト側がシッターの本人確認をしないなど、信頼性に欠ける面が指摘されている。

 田村厚生労働相が、「どういう仕組みなのか、状況を調査してみたい」と語ったように、まずは実態把握が重要だ。

 紹介サイトに限らず、ベビーシッター業界全体にも、改善すべき点がある。ベビーシッターには公的資格がなく、行政への届け出も必要ない。子どもの命を預かるシッターの仕事に、行政のチェックが及んでいないのが実情だ。

 一方で、親の働き方が多様化したことに加え、ひとり親家庭も増えている。夜間や休日も対応してくれるベビーシッターの需要は近年、高まっている。

 シッターの質の確保が、大きな課題である。

 事業者100社が加盟する「全国保育サービス協会」では、独自の資格制度を設けている。業界の自主的な取り組みをさらに強化してもらいたい。

 2015年度に始まる政府の子育て支援の新制度では、シッター業務の一部を市町村の認可制とする。所定の研修を受ければ、シッター側に補助金を支給する。

 補助金の分、利用者負担が軽減され、安さを売り物にした悪質業者の排除につながると期待される。こうした仕組みを拡充し、全体の質を高めたい。

 どのシッターを選ぶかは、利用者側の責任だ。厚労省は事件を受け、シッター利用時の注意事項を示した。事前に面接し、信頼できる人物かどうか確かめる。こうした点に留意する必要がある。

2014年3月20日木曜日

クリミアの編入を国際社会は認めない

 国際社会の再三の自制要求にもかかわらず、ロシアがウクライナ南部のクリミア半島の編入強行へと突き進んだ。武力による威嚇で主権国家の領土の一部を奪うような行為は決して認められない。

 ロシアによるクリミア編入の方針は、プーチン大統領が上下両院議員らを集めた演説で表明した。クリミアで実施された住民投票で圧倒的多数がロシアへの編入を支持したのに対し、ロシアが早々に応じた格好だ。

 大統領はこの住民投票について「完全に民主的で合法的だ」と強調した。さらにロシア国民も大多数が「クリミアをロシアの領土とみなしている」と述べ、こうした民意を尊重して編入を決断したとの認識を示した。

 演説で大統領は、ソ連のフルシチョフ時代にクリミアがロシアからウクライナ領に帰属替えされた経緯にも触れた。当時は住民の意思を問わず、秘密裏に決定されたとし「明白な憲法違反だった」との主張を展開した。あらゆる理屈を重ねて、編入を正当化しようとしているのだろう。

 だが、クリミアの住民投票は米欧が批判するように、ロシアが武力を背景に事実上、現地を実効支配するなかで実施された。ロシアがいくら住民の「自決権」を主張しても、国際社会はその投票自体を認めていない。

 そもそもロシアは1994年、ウクライナが核兵器を放棄する見返りに、同国の領土を保全するブダペスト覚書に米英とともに署名している。97年にロシアとウクライナが結んだ条約では、双方の国境不可侵で合意している。ロシアによるクリミア編入はこうした外交上の約束事にも反する。

 ロシアは国連安全保障理事会の常任理事国で、主要8カ国(G8)の一員でもある。本来は世界の平和と安全に責任を持つべき大国が、国際秩序を大きく揺るがせた罪は重い。その自覚はロシアにあるのだろうか。

 日米欧の主要7カ国(G7)は来週、オランダでの核安全保障サミットの際に首脳会合を開き、対ロ制裁の強化を話しあうという。深刻な事態を招いたロシアに、相応の罰を与えるのは当然だ。

 同時に、ロシアのさらなる暴走をどう止めるか、どのようにロシアを再び責任ある大国へと導き、国際秩序の危うさを是正していくかも真剣に考えていく必要があるだろう。

産業再編を官任せにさせるな

 日立製作所など3社の中小型液晶パネル事業を統合し、2012年に発足したジャパンディスプレイが株式を上場した。

 大株主である官製ファンドの産業革新機構は保有株の約半分を売却し、出資額の8割にあたる1600億円を回収した。今後、革新機構が残りの保有株も円滑に売却できれば、公的資金の回収は確実になり、ジャパンディスプレイの経営の自由度も増す。

 ジャパンディスプレイが発足後2年という短期で上場できた背景には、中小型液晶が使われるスマートフォンやタブレット(多機能携帯端末)の需要拡大がある。革新機構の出資を増産投資に回し、需要増に機動的に対応した。

 母体3社と関係の薄い人材を経営トップに招き、経営の一体化を進めた効果も大きいという。NECなど3社の半導体事業を統合したルネサスエレクトロニクスは、母体企業の強すぎる関与が経営不振の原因とされている。

 有望ではあるが、大企業が主力と位置づけていない事業を思い切って切り離す。大株主が事業資金を提供するとともに、経営にも目を光らせる。そんな産業再編のひな型の1つをジャパンディスプレイは示している。

 ただ、同じことは官製ファンドに頼らなくてもできるのでないかという疑問はある。

 革新機構が設立された09年は、金融危機のためにリスクマネーの供給が世界的に細っていた。日本は11年に東日本大震災も経験し、資本市場の機能が一段と低下した。金融の非常時にジャパンディスプレイのような産業再編を進めるには、公的な支援が必要だった面は否めない。

 しかし、現在は資本市場が正常化しており、官製ファンドの役割も縮小に向かわざるをえない。豊富な資金を持つ民間のファンドや企業にとっては、産業再編を主導する好機だ。そうした民間の動きを官製ファンドが妨げていないかどうか、厳しく監視していく必要もある。

強制連行訴訟―日中の遠い「戦後」解決

 さきの戦争被害の償いを求める問題が、また新たに中国から投げかけられた。

 戦中に日本へ強制連行されて働かされたとして、中国の元労働者や遺族が北京で提訴し、裁判所が初めて受理した。

 同様の訴訟はすでに韓国で広がっていたが、中国では政府が水面下で封印してきた。

 中国では事実上、司法は共産党政権の指揮下にある。今回の受理の背景には政権の意図があったはずだ。訴訟にあえて干渉せず、市民の対日要求を黙認したのだろう。

 習近平(シーチンピン)政権は世界で対日批判を続けている。その一環として賠償問題のカードを切ったとすれば、歴史問題をさらに政治化させ、解決を遠ざける。

 むろん、歴史問題をときほぐす責任は、安倍政権にもある。戦争指導者が合祀(ごうし)されている靖国神社への参拝を強行したことが事態をこじらせた。

 歴史に背を向ける者には歴史を突きつけよ。中国側に言わせれば、そうなるのだろう。

 だが、両国の政権が背を向け合ったまま、問題解決でなく、悪化を招く言動を繰り返すことは、いい加減にやめてもらいたい。

 戦争の償いをめぐっては、52年の日華平和条約締結時に台湾の蔣介石政権が権利を放棄し、72年の日中共同声明で改めて中国政府が放棄を明確にした。

 そこには「戦争の指導者と違い、日本国民も戦争の被害者」だから、賠償を求めないとする中国側の理由づけがあった。

 一方で80年代以降、日本は中国に多額の支援を出した。これが実質的に賠償の代わりである点には暗黙の了解があった。

 その流れを考えれば、戦中の行為の賠償請求権問題は解決済み、とする日本政府の主張には当然、理がある。

 だが、現実的に、その主張一辺倒で問題の解決に向かうだろうか。

 今回のような訴訟が広がれば、日本企業の対中投資を萎縮させかねない。それは日本のみならず中国にとっても不利益となり、両国経済を傷つける。

 そもそも、これは人権問題である。中国では政権の思惑とは無関係に、国民の権利意識は高まっている。個々人が当局や企業など相手を問わず、償いを求める動きは止めようがない。

 過去にふたをしてきたという意味では日中両政府とも立場は同じだ。歴史の禍根を超えて互恵の関係を築くには、どうしたらよいのか。その難題を考える出発点に立つためにも、両政府は対話を始めるしかない。

ネット託児―切実なニーズ、直視を

 ベビーシッターが、預かった子どもの死体遺棄容疑で逮捕された事件。ネットを通じた託児の広がりがあぶり出したのは、仕事と子育ての両立に悪戦苦闘する親たちの姿だ。

 社会はどう応えるのか。公的な支援策の改善、職場の理解など多面的な対応が必要だ。

 緊急の場合の公的な託児は今でもある。「一時預かり」、宿泊を伴う「ショートステイ」、夜間に預かる「トワイライトステイ」といった事業を市区町村が行っている。

 ただ、利用実績は低い。一人親世帯を対象に「公的制度等の利用状況」を聞いた厚生労働省の調査では、母子世帯のショートステイの利用経験者は1・2%だけ。未利用者の54・6%が制度を知らなかった。

 制度を周知させる努力は必要だが、もし本当に頼れる制度なら親の間で口コミで評判になっているはずだ。病気の子どもは対象外だったり、年齢制限があったり、預ける場所が遠かったりと、使い勝手の悪さがネックになっている。

 厚労省によると、母子家庭の母自身の平均年収は223万円。お金も時間も余裕がない中で、託児ニーズは切実である。

 公的な制度の改善に時間がかかる現状を考えれば、ネットで仲介されるサービスを制限するだけでは解決にはなるまい。まず託児業者に対する安全確保のガイドラインや情報開示の仕組みづくりを進めるべきだ。

 さらに、必要性の高い病児保育を含め、金額的に利用しやすく、質も向上させるには、公費の投入が必要になる。

 だが、財源は十分か。15年度のスタートを目指している新しい子育て支援制度は、検討中の充実策をすべて実施する場合、年間約1・1兆円が必要となるが、消費増税で確保されるのは7千億円だけだ。

 自民、公明、民主3党は一昨年6月、子育ての財源確保をめぐって、「政府は最大限努力する」とうたった。どう賄うか、早く議論を深めて欲しい。

 子育てには、個々の職場での理解と支援も大切だ。05年の改正育児・介護休業法により、就学前の子どもが病気やけがをした際、非正社員を含めて、看護休暇が1年間に5日とれる制度が導入されている。

 実際にとれるかどうかは職場の雰囲気が影響する。上司や同僚の冷たい視線を浴びながら休んだり、早退したりするのはつらい。子育て支援は、自分が直接かかわっていなくても、職場や地域での助け合いを通じ、誰もが貢献できる。

クリミア「併合」 露の領土強奪は代償も大きい

 ロシアのプーチン大統領が、武力をてこに、強引なクリミア併合に踏み切った。国際規範に反する暴挙であり、到底容認できない。

 プーチン氏は、住民投票の結果に基づいてウクライナからの「独立」を宣言したクリミア自治共和国とセバストポリ特別市について、ロシアに編入する方針を表明した。

 「クリミアは、強く揺るぎないロシアの主権下になければならない」と主張して、クリミア側代表と編入条約に署名した。

 条約は、議会の批准同意などを経て発効する。年末までの移行期間に通貨ルーブルなどが導入されて、併合は完了する予定だ。

 クリミアはロシアによって軍事的に掌握されている。併合が、領土保全の重要性をうたった国連憲章に反するのは明らかだ。

 ロシアと米英は、ソ連解体後、ウクライナとの間で、ウクライナが旧ソ連製核兵器を廃棄するのと引き換えに、領土の一体性や政治的独立を武力で脅かさないとの覚書を交わした経緯がある。

 冷戦終結に伴うこうした取り決めは今回、完全に無視された。編入強行は、冷戦後の国際秩序に対する挑戦とも言えよう。

 国際社会が、クリミア併合に猛反発しているのは当然だ。バイデン米副大統領は、「領土の強奪」と非難した。欧州連合(EU)も声明を出し、併合を承認しない態度を改めて示した。

 安倍首相は参院予算委員会で、編入決定について、ロシアを「非難する」と初めて明言し、「力を背景とする現状変更の試みを決して看過できない」と述べた。

 沖縄県・尖閣諸島周辺で、公船による領海侵犯などを繰り返す中国も念頭にあるのだろう。

 今後、国際社会が、ロシアに対してどのような厳しい追加制裁措置を科すかが焦点になる。

 米国は、既に追加制裁実施の方針を決めた。EUも20日からの首脳会議で制裁強化を話し合う。

 オランダ・ハーグで来週開催される核安全サミットでは、日米英仏独伊加の先進7か国(G7)首脳が、ウクライナ問題で協議する見通しだ。G7が結束してロシアに圧力をかけることが肝要だ。

 ウクライナ情勢が緊迫して以来、ロシアの株価やルーブルは下落した。クリミア併合により、インフラ整備などに巨額の財政支出が必要だとも言われている。

 併合に踏み出したロシアは、国際的孤立と経済悪化という大きな代償を支払うことになろう。

黒田日銀1年 これからが脱デフレの正念場

 日本銀行の黒田東彦総裁が、20日で就任1年を迎えた。

 異次元の金融緩和で景気回復を後押ししたが、2年で物価上昇率2%を目指す脱デフレ戦略は道半ばだ。これからが正念場と言える。

 黒田日銀は発足間もない昨年4月、安倍政権の経済政策「アベノミクス」の1本目の矢として大胆な金融緩和策を打ち出した。

 日銀の資金供給量を2年で2倍の270兆円に拡大する内容を好感して円安・株高が進み、景気を浮揚させる成果を上げた。

 就任時にマイナスだった消費者物価上昇率は、プラス1%を超えた。黒田総裁は2%の目標達成に向けて「道筋を順調にたどっている」との見方を示している。

 2014年度予算も、20日にスピード成立する見込みだ。2本目の矢である機動的な財政政策とあわせ、日本経済再生に弾みがつくことが期待される。

 ただし、民間では、日銀の想定通りにデフレを脱却できるかどうか、疑問視する声が多い。

 問題なのは、現在の物価上昇が円安進行や輸入原材料の高騰などによる「悪い物価上昇」の側面が強い点である。

 4月に消費税率が5%から8%に引き上げられる影響も、追い打ちとなりかねない。増税前に家電や自動車を購入する「駆け込み需要」の反動減も出て、消費が大きく落ち込む懸念は大きい。

 消費増税の打撃を最小限にとどめないと、脱デフレへの道はさらに険しくなるだろう。

 黒田総裁が金融政策について、「必要があれば躊躇(ちゅうちょ)なく調整する」と述べているのは妥当だ。どのような「次の一手」を打てるか、具体的な検討が求められる。

 今年の春闘では、製造業を中心に賃上げの動きが目立った。持続的な賃上げを、大企業から中小企業に波及させ、所得増加が景気を押し上げる「好循環」を軌道に乗せねばならない。

 そのために重要なのは、政府と日銀が連携して、3本目の矢である成長戦略をさらに強化し、民間活力を引き出すことだ。

 「経済の血流」とされる金融の機能強化も課題である。日銀が資金供給量を急増させているのに、金融機関の貸し出しは伸び悩んでいる。企業の資金需要をいかに高めるかが問われよう。

 日銀は先月、融資に前向きな金融機関に低利で資金供給する制度を拡充し、来年度も継続する方針を決めた。融資促進策を粘り強く続ける姿勢を評価したい。

2014年3月19日水曜日

デフレ脱した地価が安定推移するには

 国土交通省が発表した公示地価をみると、東京、大阪、名古屋の三大都市圏の地価が6年ぶりに上昇した。不動産市場への資金流入が増えており、土地デフレはほぼ終息したと判断できる。地価の上昇は安倍政権が掲げる脱デフレを後押しする要因になる。

 三大都市圏では住宅地、商業地ともに上昇に転じた。地方圏は下落が続くが、札幌や福岡など地方中核都市は上昇している。都道府県ごとの平均値をみても大都市部のほか、沖縄県なども上がった。

 地価が上昇に転じた最大の要因は企業業績の改善だ。大都市部では企業が新たにオフィスを拡張する動きが広がり、東京の都心部のオフィス空室率は低下している。

 賃料をみても新築ビルだけでなく、一部の既存ビルでも上昇に転じ始めている。土地の収益力が高まっているのだから、地価が上がるのは自然な動きだろう。

 住宅地をみても首都圏の新築マンションの契約率は好不調の目安である70%を上回っている。戸建て住宅では消費増税前の駆け込み需要とその反動減が出ているが、住宅ローン減税の拡充という政策効果もあって、需要は底堅い。

 こうした実需を背景に不動産投資信託(REIT)や外資系ファンドを通じた市場への資金流入が増えている。REITの昨年の資産取得額は2兆2300億円と前年の2.8倍に膨らみ、お金の一部は地方都市にも向かっている。

 地価の適度な上昇は経済にとって望ましいし、現在の地価動向は景気実態を総じて映したものといえる。ただし、再開発が進む名古屋駅周辺や2020年の五輪開催を控えた東京の湾岸部では上昇率が2ケタになる地点も出てきた。

 リーマン・ショック前のミニバブル期を振り返ってもわかるように、不動産価格は上昇への期待感が先行して振れやすい。地価は消費者物価に直接には反映されず足元の動きが見えづらいだけに、注意も必要だ。

 今後も地価が安定的に推移するためには、しっかりとした実需による下支えが要る。その意味で、法人実効税率の引き下げや規制緩和を通じて海外からの直接投資を呼び込むことが重要になる。

 日本は人口減少という構造的なマイナス要因を抱えている。ビジネスセンターとしての日本の都市の魅力をさらに高めないと、持続的で安定した地価上昇は望めないだろう。

人民元改革は一歩進んだが

 中国の通貨・人民元の対ドル相場について、中国人民銀行(中央銀行)は1日当たりの変動幅を2倍に広げた。市場の需給を反映した人民元相場の形成に向けて、形のうえでは改革が一歩前進したと評価できる。

 ただ、人民銀はこれまで、主に人民元の急激な上昇を抑える目的で為替市場に介入してきた。今回の改革が実質的にどれほどの意味を持つかは、今後の運用にかかっているといえよう。

 為替相場の急激な変動は望ましくないが、人為的な相場が長く続くと国民経済全体をゆがめかねない。相場の基準値を当局が発表する方式の見直しや、為替介入の透明性の向上、国境を越える資金の出入りの一層の自由化など、検討すべき課題はなお多い。

 今回の改革については投機筋に警告する狙いとの見方も強い。変動幅拡大に先立って人民銀は、押し下げ介入による人民元の下落を演出していた。変動幅を広げることで、投機筋が人民元の先高を当て込んで買い進むのをけん制する効果を強化したといえる。

 変動幅を広げてから最初の取引日となった17日に、人民元はドルに対して11カ月ぶりの安値をつけた。人民銀ひいては共産党政権として、改革で元高が進むわけではないとのメッセージを伝えようとしたようにみえる。

 人民銀の周小川総裁が預金金利を2年以内に自由化すると表明するなど、共産党政権は金融面で幅広い改革を進めようとしている。背景には、規制のために資金の流れが滞り「影の銀行」と呼ばれる不透明な金融取引の膨張を招いた、といった反省があろう。

 共産党政権が強調している「市場に決定的な役割を発揮させる」方針の一環でもあり、方向としては歓迎できる。とはいえ改革は思わぬ波紋を生むことがある。

 中国の景気は下振れ圧力が高まっていると見る向きは多く、その動静に世界の金融・商品市場が一喜一憂している。慎重な目配りが求められる。

クリミア危機―編入は最悪の選択だ

 米欧の制裁に対するロシアの返答は明確だった。一切の譲歩を拒む強硬策である。

 プーチン大統領は、クリミア自治共和国のロシア編入で共和国指導者たちと合意した。ロシアの議会に対しても、承認の手続きに入るよう求めた。

 編入の是非を問う住民投票からわずか2日後の出来事だ。

 ロシア議会では、全会派が大統領の決定を支持している。手続きが済めば、ロシアはソ連崩壊後初めて領土を拡大する。

 それはロシアにとって最悪の選択である。経済とともに、大国としての地位と信頼を決定的に傷つけることになろう。

 プーチン氏は、ロシアが過去に結んだ約束の重みを考えるべきだ。

 ウクライナはソ連の崩壊後に独立したあと、ロシアおよび米英と覚書を交わした。国内の核兵器の撤去と引きかえに、主権や国境を尊重することを保証した内容だった。

 さらにロシアは、黒海艦隊の駐留継続を事実上の条件に、クリミア半島をウクライナ領と認める条約も結んでいる。

 こうした約束を公然とほごにし、不当な手続きでクリミアを併合すれば、自国の利益本位に他国の主権や領土を侵したソ連の行動と違いはない。

 米欧はロシア高官らの資産凍結などを決めた。それでもプーチン氏が強気を崩さないのは、今の米欧には荷の重い軍事対応などに踏み込む力はないと見限っているからだろう。

 だが、足元のロシア経済は、米欧との対立激化に耐えるほどの体力があるとはいえない。

 もともと不安な投資環境から外国資本の流出が加速する。資源依存からの脱却は遅れる。成長が鈍った経済に、さらに打撃を与えることは間違いない。

 クリミア危機を平和的に対話で打開することが、ロシア自身と周辺地域に最も大きな利益となるのは明らかだ。

 危機はさらにウクライナ東南部へ広がる恐れもある。ロシア系住民の保護を理由に、プーチン氏が東南部にも武力介入する選択肢を残しているからだ。

 そうなれば、ウクライナ軍も対抗措置に動かざるを得まい。新たな戦争がそこに生まれる。プーチン氏がいま突き進めている領土拡張の動きは、21世紀の国際社会に対する深刻な挑戦なのである。

 軍事衝突の防止に向け、欧州安保協力機構(OSCE)は監視団の派遣を急ぐべきだ。日本を含む主要国グループは、プーチン氏に対する有効な説得策を早急に見いださねばならない。

技術流出―「やり得」の流れを断て

 東芝の最先端技術が、韓国の半導体大手SKハイニックスに流出した疑いが強まり、警視庁が強制捜査に入った。

 対象となったのは、スマートフォンなどに多用されるデータ記録用の半導体「フラッシュメモリー」の研究データだ。東芝の提携先である米サンディスク日本法人の元技術者が在職中に東芝のサーバーからコピーし、転職先のSK社に提供したとして、不正競争防止法違反の疑いで逮捕された。

 並行して、東芝は容疑者とSK社を相手取り、民事訴訟も起こした。損害額は1千億円規模とみられる。

 容疑者は犯行を認めているという。有罪になれば、民事訴訟でも強力な追い風になる。

 大事なのは、事実の解明と不当利得の回収である。秘密を盗むことも、盗まれた秘密を買うことも、損得勘定で割に合わない。「やり得」は通じない――という教訓を残さなければならない。

 不正競争防止法は、利益を得るために盗まれた技術を使っていたなら、外国企業でも処罰の対象になる。不正を顧みず、カネにあかせて技術を買い集める風土があるなら、日本の官民が連携して是正を求めていく必要もあろう。

 ましてやSK社は、次世代メモリーの開発では東芝と提携しており、パートナーの関係でもある。容疑者を厚遇で迎え、「訳あり」データを利用した経緯について、きちんと説明責任を果たすべきだ。

 産業競争力を支える独自開発の技術が、退職者や転職者を介して韓国や中国に流出していることは、日本メーカーの地盤沈下の一因とされてきた。

 そこに犯罪捜査のメスが入るのは極めてまれで、今回の事件も氷山の一角に過ぎない。

 技術流出をとめるには、不正競争防止法の要件の緩和や厳罰化だけでは限界がある。

 なにより、企業側が社内態勢を見直していかなければならない。技術者が目先の誘惑に流されないよう、やりがいを持ってもらう工夫とともに、不正の「やり得」を許さない自衛策の徹底が不可欠だ。

 社員やOBと守秘義務契約を結んで情報の管理を厳重にし、コンピューターの操作履歴など証拠の保存も図る。そうした基本的な対策すら手が回らない企業がまだ多い。問題が起きても会社の世評を気にして泣き寝入りする例も少なくない。

 ちぐはぐで及び腰な姿勢が不正を助長する。そんな認識を持ち、流れの根を断ち切る時だ。

日米韓首脳会談 ボールは朴大統領側にある

 日米韓3か国政府が、オランダで24、25両日に開かれる核安全サミットの際、首脳会談の開催を検討している。停滞している日韓関係の打開に向け、実現を図りたい。

 安倍首相が14日の参院予算委員会で、いわゆる従軍慰安婦問題に関する1993年の河野談話について、安倍内閣は見直さないと明言した。戦後50周年の村山談話を含めた歴代内閣の歴史認識を継承する立場も明確にした。

 韓国の朴槿恵大統領が翌15日、安倍首相発言を「幸いだ」と評価した意味は大きい。次は首脳会談へ前向きな決断をしてほしい。

 河野談話には問題が多い。日本軍による慰安婦の強制連行を裏付ける資料は見つかっていない。談話の表現を日韓両政府がすり合わせた可能性も指摘される。

 菅官房長官が談話の作成過程を検証する考えを示したのも、このためだ。安倍首相自身、談話の内容に疑問を持ち、談話に対する評価を意図的に避けてきた。

 今回、あえて河野談話の見直しを封印したのは、日米韓首脳会談を実現するための環境整備を優先し、談話見直しに反発する韓国側に配慮するという大局的な政治判断をしたものと言えよう。

 米国が、4月のオバマ大統領の日韓歴訪を前に、日韓関係の改善を本格的に仲介しようとする動きに、日本が呼応した面もある。

 重要な同盟国である日韓両国の足並みが乱れたままでは、米国の「アジア重視」戦略の具体化に支障を来すと、オバマ政権が懸念するのは当然だろう。

 日韓関係は、昨年2月の朴大統領就任以来、首脳会談が行えないという異常な状態が続く。

 朴大統領は、米欧首脳との会談で日本批判を繰り返す「告げ口外交」を展開してきた。その徹底した反日姿勢は、日韓の閣僚会談や実務的な協力、国民世論にまで様々な悪影響を及ぼしている。

 日韓が今、連携して取り組むべき課題は少なくない。

 北朝鮮の核開発や軍事的挑発、中国の軍備増強と海洋進出など、北東アジアの安全保障情勢は悪化している。環太平洋経済連携協定(TPP)や日韓自由貿易協定(FTA)の交渉も急がれる。

 本来、首脳や外交当局には、解決が困難な懸案があっても、2国間関係全体が損なわれないよう、粘り強く対話を重ね、接点を探るべき責任がある。

 日韓双方が、それを自覚し、今後の対応を考えるべきだ。日米韓首脳会談をその一歩としたい。

パラリンピック アスリートの活躍に感動した

 ソチ冬季パラリンピックが閉幕した。

 ソチ五輪に続き、テロの発生が懸念された。ウクライナ情勢が緊迫化する中、開催国ロシアに抗議し、ウクライナ選手団がボイコットを示唆した。

 こうした問題を抱えた大会だったが、無事、全競技が実施されたことは喜ばしい。ウクライナ選手団も参加し、25個のメダルを獲得する活躍を見せた。

 今大会で改めて目を見張ったのは、選手の競技力の向上である。元々、パラリンピックは障害者のリハビリの延長として始まった。それが近年は、冬季、夏季とも、より高いレベルで競うスポーツとしての性格が強まっている。

 出場する選手は、障害者というより、アスリートそのものだ。

 日本選手は6個のメダルを手にした。前回より5個減ったとはいえ、金メダル3個は立派である。選手たちの健闘をたたえたい。

 男子アルペンスキーの狩野亮選手は、2種目で金メダルに輝いた。スーパー大回転座位では、日本選手として初の連覇を成し遂げた。男子回転座位で金メダルの鈴木猛史選手とともに、アルペン競技での日本の強さを印象づけた。

 メダル争いとともに、感動を呼んだのは、障害を乗り越え、懸命に戦う選手たちの姿だ。

 男子アルペンスキーで3大会連続のメダルを獲得した森井大輝選手は、高校2年の時、バイク事故で車いすの生活になった。

 失意の中、長野パラリンピックでの日本選手の活躍をテレビで見て、パラリンピック出場を志し、チェアスキーを始めたという。

 鍛錬を積み重ねた森井選手の精神力に拍手を送りたい。

 人々に希望と力をもたらしてくれる選手たちの競技レベルが向上するよう、政府は可能な限り支援を拡充していくべきだ。

 選手たちは、バリアフリー化された練習場の確保が難しい。高額な専用の用具の購入費や、海外遠征の費用を自分で用立てる選手も少なくない。

 パラリンピックの選手強化は4月に、従来の厚生労働省から、五輪を担当する文部科学省に移管される。指導者の層が厚い五輪の競技と一体的にレベルアップを図る狙いは理解できる。問われるのは、その実効性だ。

 パラリンピック用ナショナルトレーニングセンター新設の調査費も文科省予算に計上された。

 2020年には東京パラリンピックが開かれる。障害者スポーツへの理解を広げたい。

2014年3月18日火曜日

クリミアのロシア編入は容認できない

 ウクライナ南部のクリミア半島でロシア編入の是非を問う住民投票が実施され、圧倒的多数の住民が編入を支持した。

 ロシアはこの結果を承認し、今後の対応を決める意向だが、米欧などは投票自体を「国際法違反」として認めていない。ロシアは国際社会の批判に耳を傾け、クリミアの自国への編入強行という最悪の事態を避けるべきだ。

 クリミアはロシア系の住民が約6割と多い。もともとロシアへの帰属意識が強く、住民投票の結果は予想通りといえる。プーチン大統領は「住民の選択を尊重する」とし、ロシアへの編入を辞さない強硬姿勢を貫いている。

 クリミアの自治共和国議会は事前に国家独立の意思を宣言しており、今後は「独立国家」としてロシア編入の手続きに入る構えだ。これなら領土の変更は全土の国民投票が必要とするウクライナ憲法にも抵触せず、ロシアへの編入もウクライナ抜きで「合法的」に進められるとの理屈である。

 だが、投票はロシア軍とみられる武装部隊が主要拠点を占拠し、ロシアが事実上、現地を掌握する異常な環境下で実施された。投票の設問もロシアへの編入か、自治権の拡大かを選ぶものだった。「現状維持」の選択はなく、公平性も著しく欠いていた。

 国連の安全保障理事会は先に、ウクライナの主権や領土保全の尊重を唱えるとともに、同国の承認がない「住民投票は無効」との決議案を採決した。ロシアの拒否権行使で廃案となったが、15カ国のうち米欧など13カ国が賛成し、中国も棄権した。この事実をロシアは重く受け止めるべきだ。

 ロシアにはまだ路線転換の余地が残っている。まずはクリミアを自国へ編入せず、地元住民を説得する。現地に展開するロシア軍は撤収し、ウクライナへの武力行使の可能性も否定する。

 そのうえで、ウクライナの政変で政権を掌握した暫定政府との対話に応じ、5月末に予定される大統領選を含めた政権移行に全面的に協力する――。こうした措置を通じてクリミアの緊張緩和と、ウクライナ安定の道を国際社会とともに模索していくことだ。

 ロシアが編入を強行すれば国際的な孤立は決定的となり、制裁による打撃も大きくなるだろう。

 日本も主要7カ国(G7)の枠組みで、ロシアに自制を促すぎりぎりの努力を続けてほしい。

「拉致」の再調査につなげよ

 北朝鮮に拉致された横田めぐみさんの両親の滋さん、早紀江さん夫妻がモンゴルで、めぐみさんの娘のキム・ウンギョンさんと初めて面会した。日本と北朝鮮による政府間の非公式協議で第三国での面会に合意し、実現にこぎつけたという。

 横田さん夫妻は帰国後の会見で「めぐみに似ていた」などと印象を語った。これまで「拉致問題の幕引きに利用される恐れがある」と慎重姿勢を崩さず、悩みに悩み抜いた末の決断だった。孫との面会は万感の思いだっただろう。

 ただ、面会の場にめぐみさんは姿を現さなかった。横田さん夫妻によれば、めぐみさんの安否について、とくに新たな情報はなかったという。北朝鮮が第三国での面会に応じたのは一歩前進かもしれないが、拉致問題の解決には全くつながっていない。

 急がれるのは事件の全容解明と、めぐみさんを含めた日本人の拉致被害者全員の帰国である。

 今回の面会は今月初め、中国・瀋陽での日朝赤十字会談に合わせて開いた政府間の非公式協議で合意した。日朝は19日から赤十字会談を再開し、その際に再び非公式協議を予定している。

 日本政府はまずは2012年11月以来、中断している局長級の公式協議の早期再開を促し、拉致被害者に関する誠意ある再調査を求めていくべきだ。北朝鮮はこれまでも再調査を約束しながら、ほごにしてきた。被害者の帰国を実現するうえでも、こんどこそ本格的な再調査につなげたい。

 北朝鮮が日朝の関係改善に意欲をみせる背景には、経済が極度に困窮するなか、国際社会による包囲網を揺さぶる思惑も見え隠れする。北朝鮮は核開発を放棄する構えを一切みせず、短距離ミサイルの発射も繰り返している。

 日本としては拉致問題の解決はもちろん重要だが、拉致、核、ミサイルの包括的な解決を前提に、国際的な協調の枠組みで引き続き北朝鮮に強い圧力をかけていくことが大切だ。

日朝関係―懸案解決へ一歩ずつ

 さまざまな思いが行き交った時間だったに違いない。

 北朝鮮による拉致事件の被害者・横田めぐみさんの両親が、めぐみさんの娘キム・ウンギョンさんやその家族と、モンゴルで面会した。

 ウンギョンさんの存在が明らかになってから12年近く。会いたい気持ちと、「北朝鮮で会えば拉致問題の幕引きに利用される」という心配との間で揺れた夫妻の心情を察し、面会実現を喜び合いたい。

 日朝両政府は、19日から再び外務省課長級の協議のテーブルにつく。北朝鮮の真意を見極めつつ、交渉レベルを上げていくことができるかどうか。拉致事件にとどまらず、核・ミサイル問題も含めて粘り強く、したたかな交渉が求められる。

 最近の北朝鮮の対日重視の背景にあるのは何か。もちろん、崩壊した経済の立て直しのために日本から支援を得る狙いがあるのだろう。

 加えて、金正恩(キムジョンウン)政権になってから滞っている中国や米国との関係を改める環境づくりの思惑もあるはずだ。

 正恩氏が権力を継承して2年がたつが、まだ一度も中国を訪問できていない。一方、中国の習近平(シーチンピン)国家主席は数カ月のうちに訪韓し、朴槿恵(パククネ)大統領と会談するとみられている。

 北朝鮮の思惑がどうであろうと、日本はこの機会を逃すべきではない。同時に、留意しなければならない点もある。

 北朝鮮の核開発に関する6者協議は、08年12月に中断したまま再開のめどはたっていない。それを尻目に北朝鮮は昨年2月に3度目の核実験に踏み切り、国連安保理の決議にもとづく制裁を受けている。

 日朝の当局者が水面下で交渉を重ね、首脳会談で故・金正日(キムジョンイル)総書記に拉致を認めさせた02年とは、国際的な環境が決定的に異なるのだ。

 「拉致問題は、私の内閣で解決に向け全力を尽くす」

 安倍首相はこう繰り返している。横田さんはじめ被害者家族の高齢化が進んでいることを考えれば、当然の姿勢だろう。

 同時に、何をもって解決とするのか、核をめぐる6者協議にどうつなげていくのか、難しいかじ取りを迫られる。目先の結果を求めて焦るのは禁物だ。

 この点で、中韓と足並みをそろえられる関係にないのは、つらいところだ。

 日本政府は、24日からオランダで開かれる核保安サミットで日米韓の首脳会談を模索する。北朝鮮問題を話し合う好機である。無駄にする手はない。

クリミア投票―ゆがめられた民族自決

 ロシアのプーチン大統領は今のところ、米欧の説得を聞き入れるつもりはないようだ。

 ウクライナのクリミア自治共和国をロシアに編入するかどうかを問うた住民投票は、国際的な反対に抗して強行された。

 編入に9割超が賛成したというが、その結果は開票するまでもなく明らかだった。ロシアが武力で掌握し、異論を封じた中での手続きだから当然だ。

 反対派を銃口で沈黙させたうえでの投票は、国際法が定める「人民の自決の権利」とかけ離れているのは明白である。

 このままロシアがクリミア半島の併合に進めば、武力による領土拡張に等しい。国際社会の秩序を揺るがす暴挙から、プーチン氏は手を引くべきだ。

 そもそも、独立や併合といった国境線の変更は、過去どのように認められてきたのか。

 近代に勢いを得た民族自決の権利は、植民支配からの解放を求める権利として、1960年代以降のアフリカ諸国などの独立を後押ししたものだ。

 冷戦後は、弾圧や内戦で民族の共存ができなくなった結果として、国際社会が独立を認めるケースが生まれた。旧ユーゴスラビアのコソボや、アフリカの南スーダンがその例だ。

 それ以外では、当事者の間で分離独立の合意を平和的に築いている。チェコとスロバキアは93年に連邦を解体した。英国では、スコットランドの独立を問う住民投票が秋にある。

 クリミアの事態は、そのいずれにも当てはまらない。

 最近まで半島ではロシア系、タタール系、ウクライナ系の人びとが平穏に暮らしていた。

 ところがウクライナの政変時に、親ロシア派の党首が軍の後押しで自治政府首相に就き、一方的にロシア編入を掲げた。

 地元ではロシアのテレビだけ視聴可能にし、反ウクライナ感情をあおっている。人為的に対立をつくり、民族自決の論理をふりかざしているのが実態だ。

 国連安保理では、事前に住民投票を無効とする決議案を採決したが、ロシアが拒否権を行使した。だが、いつもはロシアに同調する中国は棄権した。ロシアの孤立は深い。

 幸いプーチン政権も、米欧との対話まで拒んでいるわけではない。大国の身勝手さが過ぎるとしても、クリミア半島の代償としてウクライナを欧米側に追いやる事態は望むまい。

 欧米が制裁を強めるのは当然だが、同時に外交交渉の歯車も加速させるべきだ。ウクライナの新政権もまじえ、対話を尽くすほかあるまい。

横田夫妻と孫娘 対面にめぐみさん不在の重み

 「夢のようなことが実現した」「若い時のめぐみによく似ている」

 孫娘とようやく出会えたことは、やはり望外の喜びだっただろう。

 北朝鮮による拉致被害者・横田めぐみさんの両親の横田滋さん、早紀江さん夫妻が、めぐみさんの娘、キム・ウンギョンさんとモンゴルのウランバートルで、初めて対面した。生後10か月のひ孫にも会えたという。

 夫妻は、孫娘の存在が判明した2002年から、会いたいとの意向を示していた。だが、訪朝すれば、拉致問題の幕引きに利用されかねないと見送ってきた。

 夫妻が高齢であることなど、「人道的な見地」を重視して、政府が北朝鮮と交渉し、面会実現に尽力したことは評価したい。

 外務省の幹部は今年1月下旬以降、ベトナム・ハノイや香港で北朝鮮の当局者と極秘に接触し、第三国での対面の実現に向けて調整したという。拉致問題の解決を前面に掲げる安倍首相にとって、具体的な一歩だと言える。

 ただ、その場にめぐみさんの姿はなく、安否に関する情報は得られなかった。その重みもまた、かみしめなければならない。

 北朝鮮は、めぐみさんが「死亡した」と主張し、日本に遺骨を提供したが、別人のものだった。その後も、拉致問題の再調査を約束しながら、一方的にこれを見送った。極めて不誠実な態度だ。

 第三国でのウンギョンさんとの対面を受け入れた北朝鮮側の意図を十分見極めたい。

 昨年12月、金正恩政権は中国とのパイプ役だった張成沢氏を粛清し、中国との関係が冷え込んだ。経済は一層困窮している。国民の不満をかわそうと拉致問題で駆け引きし、見返りに日本に経済制裁の緩和を求めてくるだろう。

 背景には、拉致問題を巡る北朝鮮包囲網の強まりもある。

 国連の調査委員会が、北朝鮮は国家ぐるみで拉致など人権侵害を行っていると糾弾した報告書をまとめた。北朝鮮は、対日関係の改善を図ることで、国際的な批判を和らげたいのではないか。

 日本は、拉致問題に真剣に取り組まねばならない。同時に、国際社会を脅かす核・ミサイル問題の包括的な解決も求めていく必要がある。北朝鮮への「対話と圧力」を堅持していくべきだ。

 日朝両政府は19、20の両日に中国・瀋陽で外務省課長級による非公式協議を行う。これを正式な協議に格上げするとともに、北朝鮮の出方を探ることが肝要だ。

クリミア危機 住民投票結果は認められない

 ロシアによる事実上の軍事支配下で行われた不法な住民投票だ。国際社会が投票結果は受け入れられないと表明しているのは、当然である。

 ウクライナ南部クリミア自治共和国とセバストポリ特別市で、ロシアへの編入の賛否を問う住民投票が行われた。自治共和国の選挙管理委員会によると、編入への賛成票が96・77%に達した。

 親露派のアクショーノフ自治共和国首相は「皆でロシアへ行こう」と勝利を誇った。自治共和国議会は「独立」を宣言し、ロシアに編入を要請する決議も採択した。

 これを受け、ロシアのプーチン大統領が、クリミアについて、ロシアへの編入に踏み切るのか、当面編入せずに実質的な支配を一層強めるのか、予断を許さない。

 今回の住民投票の投票率は80%を上回ったが、投票で問われたのは、ロシア編入と、自治権の一層の拡大との二者択一だった。現状維持を望む声を最初から無視したのは、問題である。

 国際社会は、住民投票の実施を厳しく批判している。

 オバマ米大統領は、プーチン氏との電話会談で、住民投票はウクライナ憲法に違反しており、「決して認めない」と伝えた。欧州連合(EU)や日本も、結果を受け入れないと表明した。

 国連安全保障理事会でも、米国などが、住民投票を無効とする決議案を提出した。ロシアの拒否権行使で否決されたものの、15理事国中、ロシアと、棄権した中国を除く、すべての国が賛成した。

 プーチン氏は、住民投票は「国際法の規範と国連憲章に完全に合致したものだ」と強弁している。だが、ロシアは、このままでは、国際社会で一層孤立していくことを覚悟すべきだろう。

 住民投票の強行を受け、米国とEUは足並みをそろえてロシアへの制裁強化を発表した。米国は、プーチン氏の側近や政府高官らを対象に、資産凍結や米国への渡航禁止措置を取った。EUも同様の措置で合意した。

 ロシアが対抗措置を取れば、ロシアや米欧に限らず、世界規模の経済悪化を招く恐れもある。

 ロシアが「ロシア系住民保護」を口実に、ウクライナ東部への軍事介入をちらつかせているのも懸念材料だ。ロシアは、ウクライナ国境近くで軍事演習を繰り返しており、緊張が高まっている。

 米欧は、ロシアに対して、制裁圧力を継続する一方で、外交努力を重ね、平和的な解決への糸口を模索せねばならない。

2014年3月17日月曜日

試練迎える日銀の「異次元」金融緩和

 黒田東彦日銀総裁が就任してからおよそ1年たつ。着任してすぐに決めた大胆な金融緩和は市場のムードを変え、デフレ脱却への道筋をつけた点は評価できる。

 ただ、今後は2%という物価目標をどんな形で実現させるのかなど試練も待ち構えている。政府との間合いをどう取るかも含めて難しいカジ取りを迫られるだろう。

 黒田総裁は就任直後の昨年4月に、日銀の資金供給量を2年間で2倍に増やすことや、2年程度を念頭にできるだけ早く2%という消費者物価上昇率の目標を実現するという緩和策を打ち出した。

金融市場の空気変える

 その効果が鮮明に出たのは金融市場。安倍晋三首相が「異次元の金融緩和」をアベノミクスの「第1の矢」として掲げたことで円高修正や株価上昇が進んでいたが、これを加速させる結果となった。

 市場のムードが好転したことで企業や消費者の心理も好転。とくに円安は海外売り上げの多い大企業の収益改善に貢献した。物価も徐々に上昇し、マイナス物価転落の恐れも遠のいた。

 ただ、金融緩和の効果が実体経済にどこまで浸透したかという点では、まだ道半ばと言える。

 大企業を中心に賃上げやM&A(合併・買収)などの投資増加に動くところも出てきたが、手元資金や収益が拡大している割には企業はおカネを使うことに慎重な姿勢を崩していない。金融機関の貸し出しはプラスに転じているとはいえ、全体として借り入れ需要が高まっているとは言えない。

 そうした中で2年目を迎える「黒田日銀」はどんな構えで臨むのか。日銀は大胆な金融緩和の継続で、消費者物価上昇率が「2014年度終わりから15年度にかけて目標の2%程度に達する可能性が高い」とする。物価上昇は、その分を差し引いた実質金利の低下を通じて経済を刺激すると見る。

 ただこれまでの物価上昇はエネルギー価格の上昇や円安による面が大きい。パソコンなど耐久消費財も上昇し始めたが、増税前の駆け込みや輸入品の値上がりなどの影響もある。エコノミストの間では、円安が一段と加速しないと目標達成は難しいとの見方が多い。

 円安の加速によって、原材料など代替のきかない製品が値上がりすることで物価が上昇するのは望ましい姿ではない。賃上げや雇用の改善が内需の増加につながる好循環を実現していかないと、安定的な物価上昇にはつながらない。

 日銀はデフレ心理が染み込んだ人々の見方を変え、「物価は毎年2%上がるのが当たり前」と感じる姿に転換することを狙うが、思惑通りに進むかはまだ見えない。

 問題は、2年をメドにした2%の物価目標の実現が難しくなってきた際にどうするのかである。目標の早期達成という約束を守るため追加緩和を積極的に進めていくのか、それとも時期には厳密にこだわらず、緩和効果の浸透を待つ姿勢を取るのか。

 黒田総裁は「必要に応じてちゅうちょなく政策を調整する」と言う。市場では夏までに追加緩和があるとの見方が多いが、1回の追加緩和で物価への効果がはっきりしなければ「黒田日銀」が忌避している「戦力の逐次投入」に追い込まれる恐れもある。

求められる柔軟な対応

 重要なのは物価だけでなく経済全体の姿や金融市場の動向などに幅広く目配りすることだ。総合的な視点にたって政策対応を検討していく柔軟な姿勢が求められる。

 もうひとつ目を配らざるを得ないのは先進国で最悪水準にある財政の状況だ。大胆な金融緩和の主要な手段は長期国債の大量の購入である。それが金融政策の手段というよりは財政の穴埋めだと受けとめられれば、日本国債への信認は低下し、長期金利が意図しない形で上昇する恐れがある。

 それを抑えるために国債を買い増しする悪循環に陥れば、金融緩和は出口を失ってしまう。日銀は大胆な金融緩和を継続する中で、このリスクを強く認識していく必要がある。

 もちろんこうしたリスクの顕在化を防ぐ責任は政府にある。安倍政権は信頼できる財政再建の道筋を早急に示さなければならない。

 経済の持続的な成長の基盤をつくるのも政府の役割だ。いつまでも日銀の異次元の金融緩和や公共事業などの財政拡張策に頼ることはできない。

 政府は金融緩和の効果が浸透する間に、民間の活力を引き出す規制改革を柱とした成長戦略を実行に移すべきだ。黒田総裁には政府がそうした責任を果たすよう促していく役割も期待される。

横断幕問題―差別許さぬ社会意識を

 ごくひとにぎりのサポーターの無分別な行為が、スポーツと多くの人々を傷つけた。

 サッカーのJリーグは浦和レッズに対し、1試合の無観客試合を科す制裁を決めた。リーグ史上初となる重い処分だ。

 スポーツ界が人種差別とどう闘うかが問われる事態だ。処分は妥当な判断であろう。

 今月のリーグ戦で、3人の浦和サポーターが、「JAPANESE ONLY」と書かれた横断幕を掲げた。

 「日本人以外、お断り」と解釈できる内容であり、決して許されるものではない。

 浦和はこの3人と、その所属グループに、無期限の活動停止と入場禁止の処分を決めた。

 大きな問題だったのは、浦和の当日の対応だった。

 報告書によると、試合開始の30分ほど前に警備員が横断幕に気づいていた。だが、結果的に試合終了後まで放置した。

 Jリーグの村井満チェアマンは「放置は、クラブが差別行為に加担したと受け止められても仕方ない」と指摘した。

 浦和の社長ら幹部に問題が報告されたのはその日の深夜になってからだったという。人種差別への意識の低さと、組織としての反応の鈍さは、危機的といっていいだろう。

 サッカーの本場である欧州を中心に、人種差別を撲滅する動きは世界中に広がっている。国際サッカー連盟の要請に応じて、日本でも昨年に明文化したばかりだった。

 差別行為の問題の根深さは、多くの場合で、当事者に悪意の自意識が薄い点にある。完全に防ぐことはむずかしい。

 大切なのは、問題が起きたときにいかに速く、どう対応するかだ。

 浦和の例のように、撤去は当事者との合意の上という慣例は見直すほかあるまい。意図が何であれ、差別と広く受け止められる言動や掲示には、即時対応する原則が欠かせない。

 ただ、今回をきっかけに観客を監視、規制する動きが進むとすれば、それも気掛かりだ。

 差別的な行為は見過ごさない一方で、スポーツを楽しむ自由な空気は守る。そんな節度ある姿勢が求められる。

 それはもはやスポーツ界に限った話ではなく、社会全体で取り組むべき課題であろう。

 人種を理由にした排斥を許す余地は、政治、経済、暮らし、どの領域にもない。差別はその被害者だけでなく、社会全体を息苦しくし、自由をむしばむ。

 今回の問題を機に、そんな問題意識を再確認したい。

首相の懇談会―「空疎」なのはどっちだ

 どうしても、違和感が募る。

 集団的自衛権の憲法解釈変更について、安倍首相は「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会(安保法制懇)」の報告書が提出された後に対応を検討すると強調している。

 このため国会もメディアも「待ち」の態勢を取らざるを得ず、報告書の価値が自然とつり上がっている印象だ。しかしそもそも報告書は、どれほどの正統性を持ち得るのだろうか。

 確認しておきたい。安保法制懇は首相の私的諮問機関である。設置は法令に基づかず、人選も運用も好きに決められ、国会の目は届かず、法的な情報公開の義務もない。政府は従来、私的諮問機関は「意見交換の場にすぎない」と説明してきた。

 安保法制懇には、首相と志を同じくする仲間が並ぶ。これまでの懇談会の議論では「集団的自衛権を行使できるようにすべきではないといった意見は表明されていない」という答弁書が先日、閣議決定された。

 首相は「空疎な議論をされている方は排除している」と国会で述べた。「結論ありき」の疑念はぬぐいようがない。

 安保法制懇だけではない。同じく首相の私的諮問機関「教育再生実行会議」のメンバーも首相に近い人物が目立つ。内閣法制局長官人事でも、内部昇格という慣例を破り、自らに近い人物を据えた。安倍政権の特徴的な政治手法の一つだ。

 かつて中曽根政権も私的諮問機関を多用し批判を浴びたが、最低限の正統性確保への配慮はあった。例えば84年に設置された「閣僚の靖国神社参拝問題に関する懇談会」。適切な方式での公式参拝実現を促す内容の報告書を出し、それを根拠に中曽根首相は公式参拝に踏み切った。ただ、公式参拝違憲論を唱えていた憲法学の権威・芦部信喜氏もメンバーに入り、報告書には違憲の主張が付記された。

 この事実は決して軽くない。

 少数意見に耳を傾け、反対派からも合意を得られるよう力を尽くす。その合意形成のプロセスをおろそかにして、選挙に勝てば何でもできるとばかりに「勝者の正義」を押しつけるようなやり方では民主政治は成り立たないし、政権の正統性をも傷つけてしまうだろう。

 ある時点において多数派だったことを足場にする「勝者の正義」は歴史の風雪に耐えられない。首相が是が非でも「戦後レジームからの脱却」に挑むというなら、「お友達」の意見を錦の御旗にして強引に事を進めるのはやめ、国会など公的な場で堂々と議論に臨むべきだ。

国民投票法改正 与野党は共同提案へ合意急げ

 与野党に課せられた宿題の解決にようやくめどがついてきた。合意形成を急ぎ、今国会中の法改正を実現すべきだ。

 自民、民主、公明の3党が、憲法改正手続きを定めた国民投票法の改正案を共同提案することで大筋合意した。

 自民公はじめ7党の実務者が、共同提案に向けて協議を重ねていることを前向きに評価したい。

 国会による憲法改正の発議には、衆参各院の3分の2以上の賛成が必要である。将来の連携も念頭に、今から与野党間の信頼関係を築いていくことが重要だ。

 国民投票法は2007年5月、第1次安倍内閣で成立した。その際、法律の付則に与野党の課題が明記された。

 一つは、国民投票の投票年齢を「18歳以上」としたが、その前提として公職選挙法の選挙権年齢や民法の成人年齢も「20歳以上」から引き下げるよう検討し、法制上の措置を講じることを求めた。

 与党案は、この付則を削除したうえで、国民投票年齢は「改正法施行から4年後」に、自動的に18歳以上に引き下げるとした。民主党は「直ちに」18歳以上にするよう求めている。

 このため、与野党間で作業部会を設けてさらに検討することで折り合った。国民投票と選挙権年齢の引き下げを2年以内に実施することを目指すという。

 ほとんどの国の選挙権や成人年齢は18歳以上だ。国民投票、選挙権だけでなく、成人年齢も国際標準と同じである方が望ましい。

 だが、成人年齢を変更すると少年法、未成年者飲酒禁止法など多くの法改正が必要だ。社会への影響も大きい。与野党は議論を深めてもらいたい。国民の理解を広げていくことも欠かせない。

 もう一つの課題は、公務員の政治活動を制限している国家公務員法と地方公務員法の見直しだ。憲法改正の重要性を踏まえ、公務員にも政治活動の自由を認めるべきだという議論が起きている。

 与党案は、公務員が賛否の呼び掛けや意見表明をするのは認める一方、組織的な運動を主導するのは禁止するとしてきた。

 この禁止規定については法案から削除し、付則に検討課題として盛り込む方向となった。

 公務員の労働組合から支持を受ける民主党が、強く反対していることに配慮して、譲歩した。

 ただ、公務員が公正かつ中立的な立場であることは重要である。組織的な運動には、何らかの制限を設ける必要があろう。

竹富町の教科書 学校の違法状態は看過できぬ

 教育現場で法律を無視した状況が2年近くも続いているのは、極めて問題だ。一刻も早く是正されなければならない。

 下村文部科学相が、教科書採択のルールを守らず、独自採択した教科書を使っている沖縄県の竹富町教育委員会に対し、是正要求に踏み切った。

 地方自治法に基づく措置で、国が直接、市町村に発動するのは初めてだ。竹富町教委は深刻に受け止めてもらいたい。

 石垣市、竹富町、与那国町から成る八重山地区は2011年夏、中学校の公民教科書に育鵬社の教科書を選んだ。ところが、竹富町教委だけが東京書籍の教科書を採択した。それが問題の発端だ。

 教科書無償措置法は、複数の市町村で構成される広域地区では、教師が教材の共同研究をしやすいといった理由から、同一の教科書の採択を義務づけている。竹富町の独自採択が、無償措置法に違反するのは明白である。

 竹富町教委は町民らの寄付で東京書籍の教科書を購入し、一昨年4月以降、生徒に配布してきた。当時の民主党政権が、自前での教科書購入を容認する姿勢を示したためだ。民主党政権の誤った対応が、混乱に拍車をかけた。

 政権交代後、安倍政権が竹富町教委に対し、再三、無償措置法に則(のっと)った教科書の採択を求めたのは、法治国家として当然だ。今後、是正要求にも従わないようなら、文科省は違法確認訴訟を起こすことも検討すべきだろう。

 これまでの沖縄県教委の対応も、非難を免れない。

 下村文科相は昨年10月、まず沖縄県教委に、竹富町教委への是正要求を指示したが、県教委は「大きな問題は生じていない」などとして、これに応じなかった。

 今回のような事態の再発を防ぐため、政府は無償措置法改正案を今国会に提出した。広域地区では教科書を選定する協議会を必ず設け、教委の教科書採択はその協議結果に基づくよう、法案に明記したのがポイントだ。

 採択の手続きをより明確化することは意味がある。

 改正案には、教科書採択の理由の公表を、教委の努力義務とする規定も盛り込まれている。

 例えば、尖閣諸島に近い八重山地区が育鵬社版を選択した理由の一つは、領土に関する記述の充実だった。日本と中国との緊張が高まっているからだ。

 採択の根拠を、各教委が丁寧に説明し、地域住民や保護者の理解を得ていくことが肝要である。

2014年3月16日日曜日

技術情報の不正流出を防ぐために

 日本企業の先端技術が狙われ、海外に流出している事実を改めて裏付ける事件が起きた。東芝と提携している米企業の元技術者が、東芝の営業秘密の研究データを転職先の韓国企業に不正に提供した疑いで、警視庁に逮捕された。

 競争力の源泉である技術情報の流出はかねて指摘されており、今回の事件も氷山の一角といっていい。ことは一企業の経営問題のレベルにとどまらず、国益にもかかわる深刻な事態であり、官民挙げた取り組みが必要だ。

 流出したのは東芝の主力製品である半導体メモリーに関する研究データだ。元技術者は米半導体メーカー、サンディスクの日本法人に勤務していた際に無断でコピーし、韓国の半導体大手、ハイニックス半導体(現・SKハイニックス)に提供した疑いがある。

 警視庁は元技術者を不正競争防止法違反(営業秘密開示)の疑いで逮捕した。だがこの法律は罰則が軽いなど、抑止力が十分とはいえない。政府は現在、知的財産の保護に向けて新法の制定を検討しており、今回の事件も踏まえて、作業を急ぐべきだ。

 一方、企業としては、まず自分の力でしっかり秘密を守る姿勢が大切だ。重要情報へのアクセス制限を徹底したり、社員と秘密保持契約を結んだりすることで、退職後も含めて、情報流出に歯止めをかける仕組みが欠かせない。

 力のある技術者にはそれに見合う報酬や処遇を用意し、自社につなぎ留める努力も必要だ。全社員一律のリストラを実施し、優秀な技術者ほど不満を抱いて海外企業に転じたとされる電機産業の歴史を反面教師とすべきである。

 そして現実に不正流出が確認できたら、損害賠償請求などをためらうべきではない。

 日本企業は情報流出を「会社の恥」ととらえ、問題が公然化するのを嫌う傾向が一部にあるが、それは情報を得ようとする人や企業にとっても好都合なことだ。今回東芝は「情報流出による逸失利益は1000億円以上」として、損害賠償を求めてハイニックスを提訴したが、必要な措置だろう。

 経済産業省の2012年の調査では「過去5年で情報が明らかに漏れた」「恐らく漏れた」と答えた企業が全体の14%に上り、かなりの企業が情報流出に頭を痛めている実態が分かった。各企業はいま一度、自社の体制を見直し、不正流出への備えを強める時だ。

かかりつけ医を定着させよう

 患者が病院や診療所で受ける医療行為の公定価格である診療報酬が4月から変わる。厚生労働省が原則2年に一度見直しているが、今回の見直しで注目すべき点がある。かかりつけ医(主治医)が定着するかどうかだ。

 人口の高齢化が進み、病気にもなりやすい高齢者が今後ますます増える。これらの人の医療をすべて大病院への入院などで対応していたのでは、施設が足りないだけでなく、膨大な医療費もかかりかねない。そこで大病院頼りをできる限り減らし、自宅など住み慣れた場所で療養してもらう体制をつくることが必要になる。

 その体制の要が、かかりつけ医だ。患者に身近な診療所や中小病院の医師がときには患者宅を訪問もしながら、患者の健康を管理し、本当に必要なときだけ入院を指示する役割が求められる。

 4月から診療報酬の中に「地域包括診療料」などの名称でそのような役割を果たす医師への報酬が新たに設けられる。経済的に優遇して、かかりつけ医を増やすのが狙い。ただ、24時間対応してくれる薬局と連携しなければならないなど、この報酬を得るための条件は厳しく、すぐには増えない可能性もある。

 かかりつけ医が機能すれば、あちこちの医療機関にかかって同じような薬をもらったり、検査を受けたりする無駄を減らすことも期待される。ぜひ増やしていきたい。4月以降、医療現場の状況を見ながら定着に向けた柔軟な制度見直しも進めるべきだろう。

 かかりつけ医には、どんな病気でも一通り診療できる総合的な能力や、専門医や大病院を的確に紹介できる人脈なども求められる。現状では、そんな医師が身近にいないとの国民の不安も根強い。医師教育課程の改革や、研修制度によって信頼に足る医師を早く多く育ててほしい。

 国民医療費はすでに年40兆円ほどに達する。さらなる高齢化を前に、医療の効率化に必要な対策は避けて通れない。

原発優先審査―多重防護を忘れるな

 原発再稼働の前提となる原子力規制委員会の審査が、新たな段階に入った。

 九州電力の川内(せんだい)原発1、2号機(鹿児島県)に関する検討を優先し、審査書案をまとめることにした。新規制基準に照らして、現時点で適合に最も近いと判断したからだ。他の原発の審査からも職員を回して、集中的に作業する方針だ。

 しかし「規制委の規制は最小限の要求」(田中俊一委員長)である。国際原子力機関(IAEA)が求める多重防護によって、大量の放射性物質をまき散らす過酷事故が起きても周辺住民を守れるようになったか。その点検が欠かせない。

 川内原発は立地条件が他原発より有利だった。敷地内に問題となる断層がなく、周辺に大きな活断層は少ない。敷地は標高13メートルで、津波の心配も小さい。

 九電は耐震設計の基になる基準地震動を2度にわたって引き上げた。福島第一原発の事故を踏まえ、事業者に自ら安全性を高める姿勢を求めている規制委のメガネにかなった面もある。想定地震の見直しを拒み続け、昨年9月まで動いていた大飯原発が優先審査に入らなかった関西電力と対照的である。

 優先審査では、火山噴火の影響や、見直した基準地震動に照らした耐震性、過酷事故時の事業者の対応などを詳しく厳格に検討することが期待される。

 だがそれだけでは不十分だ。

 日本の原発規制は事故の前、「厳格な対策で、過酷事故が現実に起こるとは考えられない」と慢心していた。

 IAEAが掲げる5層の多重防護のうち、外側の二つ、つまり第4層の「事故の進展防止と過酷事故の影響緩和」は事業者任せ、住民の避難計画など第5層の「放射性物質の放出による放射線影響の緩和」も名ばかりだった。

 新基準で事業者の過酷事故対応は審査に組み込まれたが、事業者の枠を超える第4層と、第5層に対する規制委の取り組みは依然弱い。

 朝日新聞の首長アンケートによると、川内原発30キロ圏の9市町はすべて避難計画をつくったという。だが、ほとんどの首長が「要援護者の避難支援策」や「地震、津波など複合災害時の対策」「避難時の渋滞対策」「安定ヨウ素剤の配布」などを課題に挙げている。

 米原子力規制委員会のヤツコ前委員長は「避難計画が不十分ならば、米国では原発停止を指示するだろう」という。

 使える避難計画をつくることは事故の最低限の教訓である。

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