2014年5月31日土曜日

企業は資本の有効利用で市場評価向上を

 日本の上場企業はリーマン・ショックの痛手を乗り越え、最高益の更新をうかがうところまで経営を立て直した。

 今後は業績を伸ばすだけでなく、効率よく稼ぐことを追求する必要もある。日本企業は、経営にとって最も重要な財務基盤である資本を有効に使っていないと、長らく批判されてきた。

 資本効率を示す自己資本利益率(ROE)という経営指標を見ると、日本企業は2013年度に8.6%だった。これは株主からの調達資金や利益の蓄積で構成する資本が、年8.6%で運用されていることを意味する。

 金融危機が起きる前の05年度と06年度にROEが約10%だったことを考えれば、現在の日本企業の資本効率は必ずしも満足できる水準ではない。米欧の大企業のROEは10%をゆうに超える。資本効率の向上は、国際競争のなかにいる日本企業にとって差し迫った経営課題の1つだ。

 ROEの高い企業は低い企業に比べ、株価に象徴される市場の評価が高まりやすい。市場評価が高まれば、増資で事業の拡大に必要なリスクマネーを調達しやすくなる。資本効率は企業の成長戦略にかかわる問題でもある。

 企業が資本効率を高めるには2つの方法がある。

 まず、事業内容を常に見直し、低採算の分野から撤退する一方、人やお金を稼げる部門に集中させることだ。利益を生みにくい資産を抱えていないかどうかの点検も必要だ。使い道のない現預金や、目的がはっきりしない持ち合い株式などは圧縮すべきだ。

 好例は三菱重工業だろう。10年ほど前には1%前後で低迷していたROEが、14年3月期には11%に改善した。成長性や投資効率などの観点から、縮小・撤退する事業と力を入れる事業を仕分けする「ポートフォリオ経営」を進めてきた成果が、あらわれた。

 自社株買いによって過大な資本を減らすことも、資本効率の改善につながる。自己資本を厚く積み上げるだけでは、市場の評価は高まらない。

 実質無借金のアマダは利益をため込まず、自社株買いなどに回すことにより資本効率の向上を目指す方針を発表した。

 いかに資本を有効に利用するかは、金融危機を乗り越えた日本企業にとって、経営の新たな座標軸となる。

大統領選後のエジプトの課題

 エジプトの大統領選挙で、シシ前国防相が圧勝した。民主化要求運動「アラブの春」によってムバラク政権が崩壊してから3年あまりを経て、エジプトは軍出身の大統領に回帰する。

 シシ氏は昨年7月のクーデターを主導した。選挙で選ばれたモルシ政権を力ずくで倒した人物の大統領就任には批判もある。だが、選挙での圧勝には治安の回復と経済の安定を願う国民の期待が込められていると言っていい。

 ただし、シシ氏に求められるのは、エジプトを3年前に戻すことではない。エジプト国民は決死の思いでムバラク政権の強権支配にノーを突きつけた。国民の声を広く反映する統治の仕組みを築くことを忘れてはならない。

 そのためにはまず、民政への移管を確実に進めることだ。エジプトでは議会が解散された状態が続いている。今回の大統領選挙に続き、議会選挙を早期に実施することが欠かせない。

 国民の融和も重要な課題だ。暫定政権はモルシ政権を支えたイスラム組織「ムスリム同胞団」をテロ組織に指定し、徹底的に弾圧した。治安部隊とデモ隊の衝突が繰り返され、より過激なイスラム勢力のテロも増えている。

 海外からの投資や、主要な外貨獲得源である観光収入は落ち込みが続く。不安定な政情が経済活動を滞らせ、国民の不満が増幅する悪循環に陥っている。これを断ち切るには、同胞団を含むすべての勢力との対話が不可欠だ。

 エジプトは中東最大の人口を抱える地域大国だ。その行方を、リビアやシリアなど混乱が続く周辺国も注視する。シシ体制に改革の継続を促し、経済の回復に手を差し伸べるのは国際社会の役目だ。日本もその輪に積極的に加わる必要がある。

 日本政府はムバラク政権の崩壊後、議会選挙や大統領選挙の円滑な実施への協力など、民主化の支援を続けてきた。今後も経済協力との両輪でエジプトの国づくりを支えていくことが大切だ。

憲法と国民―決定権は私たちにある

 集団的自衛権にからんで憲法論議が盛んになるなか、憲法改正手続きを定めた国民投票法の改正案が、いまの国会で成立する見通しだ。

 これまではっきりしていなかった投票権年齢を20歳とし、4年後に18歳に引き下げる。成人年齢の引き下げをはじめ先送りされた論点も多いが、これで国会が憲法改正案を国民に問うための法的手続きがととのうことになる。

 日本国憲法が施行されて67年。いわゆる改憲派と護憲派を軸になされてきた論争は、これまでとは違った局面に入っていかざるを得ない。

 ただちに衆参両院で3分の2の賛成を得て条文ごとの改憲案が発議され、国民投票にかけられる状況にはない。だとしても、改憲は現実にあり得るという緊張感のなかで、双方が主張を展開することを迫られる。

 憲法が戦後日本の発展に果たしてきた役割は極めて大きい。国民主権や基本的人権の尊重、平和主義の原理は、社会を支える基本構造として機能してきた。今後とも堅持していくべき価値である。

 一方、103条のすべてに指一本触れてはならぬと考える必要はない。

 ねじれ国会であらわになった衆参両院の関係をどう見直すか。政府と自治体の役割分担はどうあるべきか。議論の余地は大いにある。

 安倍首相は改憲手続きを定めた96条改正や9条の解釈変更を唱える。それは「全面改正せよ」「一切認められない」という二元論的な対立のすき間をついて出てきた「からめ手」だ。認めることはできない。

 集団的自衛権をめぐる今週の衆参両院の審議で、安倍首相は憲法解釈を変え、自衛隊による米艦防護やペルシャ湾での機雷除去に道を開くことに強い意欲を示した。

 首相は答弁で「国民の命や平和な暮らしを守る」と繰り返し強調した。熱意はわかったが、だったらなおさら、なぜそのための憲法改正案を国民に問おうとしないのだろうか。

 立憲政治の原則を、もう一度確認したい。

 私たちは選挙で信認した政権に、法の制定や改廃、その適切な執行を託している。だが、憲法に関しては白紙委任をしているわけではない。

 憲法についての最終決定権者は国民であり、それを担保するのが国民投票だ。それをないがしろにするのは、どんなに多数の支持を得た政権であっても、許されることではない。

防潮堤の建設―住民まじえて丁寧に

 津波から住民の命や財産をどう守るか。東日本大震災の被災地だけでなく、海に面した全ての自治体が抱える課題だ。

 とりわけ頭を悩ますのは、整備する防潮堤の高さだろう。高いほど津波が防げる半面、自然環境や景観は損なわれ、漁業や観光にも響く。

 被災地では防潮堤の再建が進んでいるが、宮城県内など一部地域で住民から「高すぎる防潮堤」への異議申し立てが続く。事業主体が代替案を工夫して当初計画より低く抑えたり、震災前と同じ高さにとどめたりした例も出ている。

 こうした津波被災地の現状から、各地の自治体は何をくみ取るべきか。

 防潮堤などの「ハード」に頼りすぎず、避難の計画作りや訓練といった「ソフト」を重視する。住民をまじえて丁寧に合意形成をはかる。この2点に特に気を配って欲しい。

 大震災直後の11年夏から秋にかけて、政府の中央防災会議の専門調査会が、防潮堤の高さに関する指針を決めた。

 明治・昭和三陸地震津波など、数十年から百数十年に1度起きる津波(L1津波)に対しては、防潮堤などの施設で住民の命と財産を守る。

 さらに発生頻度が低い東日本大震災級の巨大津波(L2津波)には、ハードとソフトの総合対策で対応する。

 ざっとそんな内容だ。

 自治体はこの方針に沿い、過去の津波の記録やシミュレーション結果に基づいて堤の高さを決める。ただ、「だから高さは変えられない」というかたくなな姿勢では、反発を招き防災対策がかえって遅れかねない。

 専門調査会は「環境保全、周辺景観との調和、経済性、公衆の利用などを総合的に考慮する」とも強調している。柔軟に考える必要があることを、国は自治体に改めて説明すべきだ。

 貴重な資源である「海」との向き合い方の変遷は、海岸法の歴史に表れている。

 「海岸の(災害からの)防護」を目的としてできたこの法律は、90年代末の改正で「環境保全」や「適正な利用」といった視点が加わった。今国会で審議中の改正案には、植樹を「緑の防潮堤」と位置づけ、清掃や動植物保護などを手がけるNPOを海岸協力団体に指定する制度が盛り込まれている。

 防災と環境維持を両立させる。行政と住民の連携を深め、「自分たちの海岸」として保護・活用していく。

 そうした観点を大切に、防潮堤問題に取り組みたい。

拉致再調査 北朝鮮は誠実に約束を果たせ

 北朝鮮が拉致被害者の安否などについて全面的な再調査を約束した。この機会を逃さず、長年の懸案の解決につなげなければなるまい。

 26~28日の日朝協議に基づく合意文書は、再調査について「包括的かつ全面的に実施する」と明記した。未帰国の拉致被害者12人に加え、拉致の疑いのある特定失踪者約470人も対象に含めた。

 北朝鮮が、国内の全機関を調査できる権限を持つ「特別調査委員会」を設置し、調査状況を日本側に随時報告する。「日本人の生存者が発見された場合、日本側に伝え、帰国させる」としている。

 安倍首相は「拉致被害者救出の交渉の扉を開くことができた」と強調した。北朝鮮が「拉致問題は解決済み」とする従来の主張を撤回したのは、日本から経済支援などを引き出す思惑からだろう。

 菅官房長官は、再調査について1年以内にも結果を公表するよう求める考えを示している。

 ただ、北朝鮮は横田めぐみさんの「遺骨」を返還し、日本側の鑑定で別人のものと判明した前例がある。こうした不誠実な対応を許さぬよう、外務省や警察当局が協力し、北朝鮮の調査状況を監視して注文を付けることが重要だ。

 再調査の開始時に、日本側は北朝鮮に対する独自制裁を一部解除する。北朝鮮籍船舶の日本への入港禁止措置などが対象だ。さらに「適切な時期」に北朝鮮への人道支援を検討するとしている。

 再調査だけで、制裁の一部を解除することに、日本国内では疑問の声もある。だが、制裁解除の約束なしでは北朝鮮の譲歩を引き出すのが難しかったのも事実だ。

 政府は、具体的な進展を見極めつつ、慎重かつ段階的に制裁を緩める必要がある。人道支援は、重大な成果を前提とすべきだ。

 北朝鮮は、朝鮮総連中央本部の土地・建物の競売に懸念を示し、善処を求めていた。だが、この問題は、朝鮮総連が巨額融資を返済しなかったことが原因だ。政府が応じなかったのは当然である。

 北朝鮮が日本との関係改善に動いたのは、国際的な孤立を打開する狙いもある。中国との関係は冷え込み、米国や韓国との協議も最近は途絶えている。

 大切なのは、日本が北朝鮮包囲網の足並みを乱さないことだ。米韓両国と緊密に情報共有し、協調体制を維持せねばならない。

 北朝鮮は核やミサイルで軍事的挑発を続けている。日本は、拉致と核・ミサイル問題を包括的に解決する方針を堅持すべきだ。

内閣人事局発足 官僚機構を活性化できるか

 戦略的な人事を通じて官僚機構を活性化し、重要政策を推進できるかどうかが問われる。

 中央省庁の幹部人事を一元管理する内閣人事局が発足した。4月成立の国家公務員制度改革関連法に基づくもので、総務省からの出向者を中心に約170人の体制だ。

 幹部人事は従来、各府省が局長級以上の人事案を作り、首相官邸の承認を得ていた。今後は、内閣人事局が部長・審議官級を含む約600ポストの候補者を選抜したうえ、各閣僚が首相・官房長官と協議して人事を最終決定する。

 初代局長は自民党衆院議員の加藤勝信官房副長官が兼ねる。政治主導人事を強める狙いだろう。

 政府は、情実を排し、能力・実績主義に基づき、公正かつ適材適所の人事を行うことが大切だ。

 新制度の試金石となるのが、今夏の幹部人事である。

 府省間の人事交流を活発化し、縦割り行政を是正するとともに、民間企業の人材を積極活用し、官僚の意識改革を促したい。

 重要政策を担当する部署に、府省の垣根を越えて優秀な官僚を集め、政府の政策遂行力を高めなければならない。

 女性の活用も焦点となる。

 安倍内閣は、女性の潜在力を重視し、昨年以降、各府省幹部に積極的に起用している。内閣人事局の担当審議官にも、厚生労働省の女性官僚を充てた。

 幹部に占める女性の割合を今の3%から2020年までに30%に引き上げる方針も掲げる。実現には仕事と子育てを両立できる環境整備が欠かせない。国家公務員制度担当の稲田行政改革相は、女性の視点で改革を進めてほしい。

 内閣人事局は、将来の幹部候補の若手官僚を育成する政府全体の計画を策定する。任用、採用試験、研修の事務など、従来の人事院の機能の一部も担う。

 中央省庁の幹部には、社会や国際情勢の変化に機敏に対応し、省益より国益を優先することが求められる。中長期的に人材を育成していく必要がある。

 政府は、内閣人事局が適格性を審査して幹部候補者の名簿を作る際、民間人の登用については第三者の意見を聞く仕組みを政令で定めた。人事の公正性を確保するには妥当だろう。

 給与ランク別の定員である「級別定数」の決定権限は人事院から内閣人事局に移管されたが、人事院も一定の関与を続けることが認められている。二重行政にならないよう、調整してもらいたい。

2014年5月30日金曜日

こんどこそ真摯な拉致被害者の調査を

 北朝鮮が日本人拉致被害者らの安否に関する「包括的かつ全面的」な再調査に応じ、日本政府は見返りに経済制裁を一部解除することになった。北朝鮮はこんどこそ、真摯で誠意ある調査を実施すべきだ。それをもとに被害者の早期帰国につなげてほしい。

 拉致被害者らの再調査は、日朝がスウェーデンで開いた政府間協議で合意した。安倍晋三首相は「全面解決への第一歩となるよう期待する」と述べた。

 日本側の発表によると、北朝鮮は拉致被害者に加え、拉致の疑いがある「特定失踪者」を含めたすべての日本人の安否に関する調査を約束した。今後、3週間前後で特別調査委員会を立ち上げるという。調査委に日本人は加わらないが、菅義偉官房長官は「随時報告を受ける」としている。

 北朝鮮が過去に実施した調査は極めてずさんだった。2008年には再調査を約束したが、日本の首相交代などを理由にほごにした経緯もある。北朝鮮はこんどこそ本気で再調査を実施するつもりがあるのか、実施しても誠意ある詳細な調査をするのか。疑念は捨てきれないだけに、日本側は厳しく監視していく必要がある。

 当然のことながら、再調査にとどまらず、拉致被害者らの早期の帰国実現に向けた段取りを整えていくことが欠かせない。

 日本は見返りとして、北朝鮮の調査委が活動を開始する時点で制裁を一部解除する予定だ。

 「行動対行動」の原則を主張する北朝鮮を動かすには、一定の制裁の緩和が必要なことは理解できる。だが、人的往来の規制解除などに加え、人道目的とはいっても北朝鮮船舶の入港禁止を解除するのはいかがなものか。

 制裁に苦しむ北朝鮮に物資や資金を流す秘密のルートとして利用され、国際社会による包囲網の抜け穴となる懸念があるからだ。入港禁止を解除するにせよ、二重三重の歯止めが不可欠だ。

 北朝鮮が日朝の関係改善に意欲をみせる背景には、こうした国際包囲網を揺さぶる思惑があるはずだ。北朝鮮は核兵器開発を続け、これまでも核実験やミサイル発射を強行して国際社会を威嚇してきたことを忘れてはならない。

 日本としては米国や韓国など関係国との連携も重視しつつ、拉致、核、ミサイルの包括的解決に向け、北朝鮮との交渉を慎重に進めていく必要があるだろう。

政府事故調の資料を公開せよ

 政府は福島第1原子力発電所の事故の原因や経過に関わる資料を最大限公表すべきだ。悲惨な事故から学び二度と繰り返さないため、政府や東京電力が知り得た情報をできる限り開示し、多角的な検証を重ねることが重要だ。原子力への信頼回復にも欠かせない。

 政府の事故調査・検証委員会が吉田昌郎・福島第1原発所長(当時)を聴取した「聴取結果書」の内容が報道された。政府は吉田氏が開示を望まないとした「上申書」を理由に公開を拒んでいる。

 2011年6月に発足した政府事故調は約1年間にわたる調査でおよそ770人を聴取したが、報告書に載せた以外の内容は明らかにしていない。事故調の会合も非公開が多く、吉田氏や菅直人元首相ら少数を除けば、だれを聴取したかも開示していない。

 政府事故調は閣議決定に基づき設置され、東電などの民間の関係者を聴取する法的な権限を持たなかった。このため事故調は責任は追及せず、真相究明を最優先して任意で聞き取った。要請を受けた関係者には非公開を前提に話した人が多いとみられる。

 経緯は理解できるが、それでも吉田氏を含む関係者の聴取結果を可能な限り公開する手立てを政府は真剣に検討すべきだろう。

 あの時、事故現場や東電本店などで対応した人々の証言は後世に残すべき歴史的な資料で、教訓をくみ取る必要があるからだ。

 また、全容解明からほど遠かった政府事故調の報告書を補い、事故のより詳細な全体像を知るのにも役立つ。

 事故調の畑村洋太郎委員長(当時)らは調査の限界を率直に認め、調査の継続を強く求めていた。事故から3年がたち、原子炉の損傷場所などもわかってきた。膨大な証言録と新たにわかった事実を突き合わせる意義は大きい。

 事故はいまだ収束せず、真相解明も終わってはいない。日本の経験を世界の原子力安全に生かすうえでも、事実を見極め再発を防ぐ努力を惜しんではいけない。

拉致再調査―今度こそ真の救済を

 日本人拉致問題について、北朝鮮が再調査を約束した。

 スウェーデンで開かれた外務省局長級協議で日朝両政府が合意し、きのう安倍首相らが発表した。北朝鮮は再調査のための特別委員会をつくり、それに応じ日本は北朝鮮に対する独自の制裁を解除していく。

 これまで日朝協議が開かれても、「拉致問題は解決済み」と繰り返してきた北朝鮮だ。「すべての日本人に関する包括的な調査」へと態度を変えさせたことの意味は大きい。

 この合意を、長年苦しめられてきた被害者とその家族にとって真の救済となるような結果に結びつけたい。

 「全面解決へ向けて、第一歩となることを期待している」と安倍首相が語った。この機会を逃してはならない。

 もっとも、合意文書をみる限り、実際にはこれからも日朝間では激しい駆け引きが繰り広げられそうだ。

 北朝鮮は08年、再調査を約束し、今回のように委員会を立ち上げて対応すると表明した。だが、日本の政権交代を理由に、突然、委員会の設置をとりやめると一方的に通告してきた経緯がある。

 政府間での合意とはいえ、今回も疑念がぬぐえないのはそのためだ。日本政府は北朝鮮側から適宜、調査の報告を受けるとしているが、経過を慎重に見極めながら、細かく注文をつける必要がある。

 それでも、今回の合意は、08年のときよりも幅広い内容になっている。

 終戦前後に北朝鮮で死亡した日本人の遺骨問題や、北朝鮮国内に住むいわゆる日本人妻の帰国問題にも言及している。これに対し、日本側は北朝鮮が強く望む船舶の入港禁止措置の解除などにも踏み込んでいる。

 北朝鮮は金正恩(キムジョンウン)・新体制が発足して以降、核・ミサイル開発といった強硬路線を続ける一方、国民に約束した経済回復はまったく進んでいないという事情がある。

 日本政府には、北朝鮮の内部事情を探りつつ、硬軟両面でのしたたかな外交が求められる。制裁緩和を活用し、北朝鮮が誠実に対応せざるをえないような状況をつくる工夫が要る。

 日朝首脳が初めて会談し、日朝平壌宣言を発表したのは12年も前のことになった。

 平壌宣言は国交正常化をうたい、隣国同士のあるべき姿を網羅的に示している。関係が悪化し続けた歳月を補う作業は困難を伴うが、時間を浪費する余裕はない。

南シナ海対立―憂慮される中国の行動

 中国の国有企業が南シナ海の西沙(パラセル)諸島近くで、石油の掘削を始めてから間もなく1カ月になる。

 中国側は作業をやめる気配を見せず、公船を多数投じてベトナムを威嚇している。

 力ずくのやり方に国際的に非難が高まるのは当然だろう。中国は責任ある大国にふさわしい振る舞いを考えるべきだ。

 中国側が掘削開始をベトナムに通告したのは5月3日だった。その後、両国の船舶の衝突やにらみ合いが続いている。

 掘削は場所を移して第2段階の作業に入り、8月中旬まで続けるという。西沙を実効支配する中国としては「近海」だから問題はないと主張するが、「自国の排他的経済水域内」とするベトナムは納得できまい。

 現場からは緊迫した様子が報じられている。強硬なのはどちらか、主張は食い違うが、巡視船は中国のほうがはるかに大きく、装備が整い、数も多い。中国軍の艦船の動きも伝えられる。事態を悪化させている責任の所在は、中国側のほうが重いのは明らかだ。

 安倍首相や菅官房長官は相次いで憂慮を示した。これに対し中国外務省の報道官は「事実を顧みず、火事場泥棒を狙い、下心のあるもの」と反論した。

 日中間に多くの外交問題があるにしても、中国政府を対外的に代表する発言としては乱暴にすぎる。アジアの緊張を高めないよう、隣国の日本政府が意思表示するのはもっともだ。

 さらに気になるのは、劉振民外務次官による発言だ。報道によれば、「南シナ海は中国の海上生命線で、中国にとっての重要性は他国をはるかに上回る」と述べている。

 南シナ海の安全と航行の自由は、どの国にも等しく大切だ。自国だけに優先権があるかのような主張は説得力をもたない。

 中国はこれまで、南シナ海問題では強く出たり、周囲との融和を探ってみたり、態度が揺れてきた。いまの習近平(シーチンピン)政権内にも対外強硬派と協調派があり、前者の発言力が徐々に増しているようにみえる。

 中国政府は昨秋、周辺国との外交を話し合う会議で「善隣友好、互恵協力」を打ち出した。それ以前には、東南アジア諸国連合(ASEAN)との間で南シナ海の行動規範づくりにも合意している。

 そうした平和共存をめざす基本姿勢に立ち返るべきだ。それがひいては、中国の国益にもかなう。威圧で主張を押し通そうとする姿は、どの国からも尊敬されない。

維新の会分裂 野党再編は政策本位で進めよ

 第3極勢力の中核だった日本維新の会が分裂する。野党再編の進め方や基本政策で足並みが乱れてきた以上、当然の帰結と言えよう。

 維新の会の石原慎太郎、橋下徹両共同代表が会談し、維新の会を「分党」することで一致した。石原、橋下両氏を中心に、それぞれ新たな政党を作ると見られる。

 分裂の引き金は、橋下氏が主導する結いの党との合流問題だ。

 石原氏は、結いとの政策合意に「自主憲法制定」の明記を求めたが、結いの江田代表は、幅広い野党結集の妨げとなると反対した。協議は行き詰まっていた。

 石原氏は記者会見で、憲法や集団的自衛権の扱いに関し、結いと「大きな齟齬(そご)を感じた」と語った。橋下氏が結いとの合流を優先したため、分裂はやむを得ない。

 維新の会は2012年9月、橋下氏らが結成し、その後、石原氏率いる旧太陽の党が合流した。両氏を二枚看板に12年12月の衆院選では躍進したが、昨年の参院選は振るわなかった。

 石原氏は原発を推進する立場なのに対し、橋下氏らは「原発ゼロ」を持論としている。党内では、エネルギー政策などを巡る「東西対立」が絶えなかった。

 今回の分裂は、政策の違いに目をつむり、選挙戦術を優先して合流したツケが回ったと言える。

 今後は、野党再編が加速しよう。橋下、江田両氏は7月にも新党を作り、来春の統一地方選に向けた準備を急ぎたいとしている。

 橋下氏は、自民党に対抗するため、野党結集の必要性を強調する。民主党やみんなの党の一部にも新党参加を呼び掛ける構えだ。

 民主党も、傍観してはいられまい。党内では、海江田代表は指導力に欠けるとして、辞任を求める声が出ている。維新の分裂が、民主党内の反執行部の動きを後押しする可能性もある。

 一方、石原氏は、将来の自民党との連携を視野に、憲法改正の実現を目指す意向だ。安全保障の考え方が近いみんなの党との協力も模索すると見られる。

 肝心なのは、野党再編を進める際に、政治理念や政策を共有することだ。維新の会は分裂後も、合致する政策については政権と協力する「責任野党」の立場を忘れるべきではあるまい。

 昨夏の参院選以降、自民党だけが突出した「1強多弱」の状況が続く。野党は存在感を示せていない。政府・与党の政策の問題点を指摘し、政治に緊張感を持たせる役割を果たさねばならない。

法科大学院離れ 養成機能の立て直しが急務だ

 法科大学院離れに歯止めがかからない。

 今春の志願者は過去最低の1万1450人にとどまり、ピークだった2004年の6分の1にまで減っている。

 司法制度改革の目玉である法科大学院制度を維持するのなら、立て直しが急務である。

 対照的に、志願者が増えているのが、法科大学院を経ずに司法試験の受験資格を得られる予備試験だ。今年の志願者は1万2622人となり、初めて法科大学院志願者を上回った。

 予備試験経由で司法試験に合格するのは年100人超で、約2000人の合格者全体から見れば少数派だ。だが、このまま、予備試験ルートが肥大化すれば、法科大学院を中核とする法曹養成制度が揺らぎかねない。

 予備試験は本来、経済的事情で法科大学院に通えない人にも、司法試験に挑戦する道を開くための「例外的制度」だ。

 ところが、最近は、法科大学院で学ぶ時間と費用を節約するための「近道」として、予備試験を利用するケースが目立つ。法科大学院に在籍しながら、予備試験を受ける学生も多い。

 現状が予備試験の趣旨に反しているのは明らかだ。

 こうした状況を生み出した最大の原因は、法科大学院が自らに課せられた養成機能をきちんと果たしていないことにある。

 昨年の司法試験における法科大学院修了生の合格率は26%で、低水準のままだ。2~3年の歳月をかけ、年間80万~150万円の学費を払っても、司法試験に合格する確率が低いのなら、学生が敬遠するのは無理もない。

 04年にスタートした法科大学院は、即戦力の法律家を育てるのが目的だ。実務重視のカリキュラムが組まれ、司法試験の受験対策は基本的に行わない。その結果として、合格率が低迷し、理念倒れに陥っていると言えよう。

 実務能力の養成はもちろん必要だが、まずは、司法試験を突破できるような実力を学生に身に付けさせることが大切だ。カリキュラムの見直しが不可欠である。

 当初、74校が乱立した法科大学院の淘汰(とうた)も進めねばならない。

 文部科学省は、司法試験合格率などに応じて、法科大学院をランク分けし、補助金を傾斜配分する方針だ。撤退や統廃合を迫られる大学院が増えるだろう。

 重要なのは、法科大学院のレベルを向上させ、優秀な人材が集まる養成機関にすることだ。

2014年5月29日木曜日

集団自衛権のルールづくり分かりやすく

 安倍政権の安保法制の整備に向けた作業が本格化してきた。難解な用語が頻出する分野であり、戸惑う有権者がなお多い。自衛隊はどういう状況になると何をすることになるのか。国民に分かりやすいルールをつくる必要がある。

 集団的自衛権の行使はできないとしてきた憲法解釈を変更するとどうなるのか。安倍晋三首相は衆院予算委員会での集中審議で、集団的自衛権の行使は「ときの内閣が個別具体的な事態に即し、諸般の要素を総合的に判断しながら慎重に決断していく」と強調した。

 変更イコール発動でないのは分かる。しかし、発動するかどうかを政権の政治判断のみに委ねるわけにはいかない。

 政府は与党の安保法制協議に、発動基準の検討材料として「警察権と自衛権の境界のグレーゾーンへの対応強化」など3分野の15事例を提示した。このうち憲法論議が不要な7事例から調整が進む見込みだ。

 具体例を取り上げることで、いくつか論点がみえてきた。警察では対処できない武装集団を自衛隊が制圧するケースは、政府がこれまで例に挙げてきた沖縄県の離島だけでなく、本土の過疎地にも適用することがあるという。

 その場合、自衛隊は警察や海上保安庁と同じ武器使用基準で対処するのか、などを早急に詰めなくてはならない。国際貢献における武力行使と後方支援の曖昧な線引きも再検討した方がよい。

 首相が憲法解釈の見直しの根拠に据えた1972年の政府資料は憲法13条の「生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利」を援用している。

 予算委で公明党の遠山清彦氏は「国民」という単語に注目し、避難民を乗せた米艦の防護は「日本人が乗っていない場合」は対象外と主張した。首相は退避の現場では在外邦人がどの船に乗るかをあらかじめ定めて退避計画をつくるのは難しいとの認識を示した。

 双方の距離はまだ大きいが、公明党が憲法論議の土俵に上がってきた点は評価できる。野党からも首相と方向性を同じくする発言があった。

 首相は公明党に配慮し、「いつまでに(結論を出す)と期限を決めているわけではない」と繰り返した。拙速は好ましくないが、東アジアの不安定な安保環境を考えれば与党協議をだらだらと引き延ばされても困る。

野党再編は政策重視で

 日本維新の会が分裂する。野党再編のきっかけとなる公算が大きく、自民党の独り勝ちとされる政界構図にまで影響するのかどうかに注目したい。政党の離合集散が有権者の支持を得るうえで最も重要なのは政策の一致だ。

 橋下徹大阪市長が率いる地域政党を足がかりに2012年に発足した維新は、直後に石原慎太郎元東京都知事が結党した太陽の党と合流した。しかし、エネルギー政策を巡る党内対立や東西の風通しの悪さが目立った。

 さらに「自主憲法制定」を掲げる石原氏は、路線が異なる結いの党との合流構想に猛反発した。結局、橋下、石原両氏が分党することを決めた。無理な同居が長続きするはずがなく、落ち着くべきところに落ち着いた格好だ。

 問題はこの先だ。石原氏に近い議員が去ることで維新はいったんは所帯が小さくなる。だが、結いの党との合流が実現すれば逆に議員数が増え、民主党を抜いて野党第1党になる見込みだ。

 発言権が弱まる民主党も何らかの動きに出ざるを得なくなり、分裂の可能性さえ秘める。来年春の統一地方選をにらみ、一気に再編劇が進むとの見方もある。

 ただ、それが単なる数合わせに終わっては意味がない。考え方の異なる勢力が政権交代だけを旗印に選挙互助会として集った民主党の失敗を国民は忘れていない。

 維新と結いは経済政策ではともに「小さな政府」を志向するが、外交・安保政策では必ずしも近くない。橋下氏は安倍晋三首相と親しいが、結いの江田憲司代表は首相に批判的だ。

 民主党は結いと別れたみんなの党に秋波を送るが、こちらはもっと政策的にばらばらだ。

 この際、主要野党が一斉に解党し、個々の議員が政策の旗のもとに「この指とまれ」型の再編をするのも一案だ。自公政権は順調だが、批判勢力なき民主主義がもろいのは歴史が証明する。どうやって強い野党をつくるか。有権者にも関心を持ってもらいたい。

原子力規制委―人事で役割ゆがめるな

 政策の変更を、人事をテコに進めようとする。安倍政権の「得意技」が、原発審査にも及んできたのではないか――。

 原子力規制委員会をめぐり、そう考えずにはいられない人事案が明らかになった。

 田中俊一委員長の下にいる委員4人のうち島崎邦彦委員長代理と大島賢三委員が9月の任期満了で退き、後任に元日本原子力学会長の田中知(さとる)・東京大教授と元日本地質学会長の石渡(いしわたり)明・東北大教授をあてる。国会で承認される見通しだ。

 気になるのは、島崎氏の退任と田中知氏の起用である。

 地震学者の島崎氏は、活断層評価などに関して電力会社や政財界から「審査が厳しすぎる」と強く批判されてきた。

 だが、おおかたの地震の研究者が同意する内容で、批判は当たらない。専門の近い石渡氏も科学的な姿勢を貫いてほしい。

 元外交官の大島氏に代わる形で就任する田中知氏は、政府の総合資源エネルギー調査会などで原子力推進の旗を振ってきた工学者だ。起用には、いずれ田中俊一委員長の後任にすえる狙いがあるようにも見える。

 規制委は原発事故の反省を踏まえて、原子力推進の経済産業省から切り離され、強い権限を持つ規制機関として誕生した。これまでの1年8カ月、曲がりなりにも「厳格な規制」をめざしてきた。

 そこに加わり、田中知氏がどんな貢献をするか。

 原子力規制の改革はまだ始まったばかりだ。実務にあたる原子力規制庁の強化、事故時の住民避難に悩む自治体への支援、電力会社の意識改革など、課題は山積している。

 昨年定めた原発の新規制基準にしても、不断に見直して最新の知見を反映しなければいけない。委員の役割は重大だ。

 田中知氏は事故後も「原子力は必要な技術だ」と主張し続けた。一方、氏が率いた学会事故調査委員会は最終報告書で、事故の背景として「専門家の自らの役割に関する認識の不足」や「規制当局の安全に対する意識の不足」を挙げた。閉鎖性を批判されている学会が、内部の議論だけでまとめたものだ。

 専門家としての深い反省に基づき、原子力や核燃料サイクルの推進という持論を棚上げしたうえで、安全の観点だけから虚心に原子力の規制にあたれるか。そうでなければ、委員を務める資格はない。

 残り2人の委員は来年に、委員長は17年に任期を迎える。

 人事で原子力規制を骨抜きにしてはならない。

集団的自衛権―疑問が募る首相の答弁

 安倍首相が集団的自衛権の行使容認への検討を表明してから初めて、きのうの衆院予算委員会で国会論戦があった。

 憲法解釈の変更による行使容認に否定的な野党と首相との議論はかみ合わなかった。ただでさえわかりにくいこの問題の論点が、国民の前に明らかになったとは言い難い。

 はっきりしたのは、首相がめざす夏までの憲法解釈変更の閣議決定など、とうてい無理な相談だということだ。解釈変更の根拠についても、首相はまともに答えようとしなかった。

 私的懇談会の報告を受けた先日の記者会見で首相は、憲法前文や13条をもとに自衛の措置をとることを認めた72年の政府見解を引き、必要最小限度の集団的自衛権の行使に向けた研究を進めると表明した。

 だが、72年見解は「集団的自衛権の行使は憲法上認められない」と明記している。

 きのうの審議では、72年見解が集団的自衛権を認める根拠になるのかという根本にふれる疑問を、公明党や民主党の議員が投げかけた。ところが、首相は「与党や政府において、議論していく」とはぐらかすばかりだった。

 もうひとつはっきりしたことがある。首相がいくら「必要最小限度」と強調しようと、明確な歯止めをかけるのは不可能だということだ。

 政府はおとといの自民、公明の与党協議会に、集団的自衛権やPKO、有事の一歩手前の事態にかかわる15のケースを、法的な対応が必要な事例として示した。首相が先の記者会見で説明した「邦人を運ぶ米艦の防護」も含まれている。

 きのうの答弁で首相は、日本人が乗っていなかったり、米国以外の船だったりしても、自衛隊が守る可能性があることを示した。機雷除去のため中東のペルシャ湾に自衛隊を派遣する可能性にも言及した。

 首相の答弁を聞けば、「自衛隊の活動範囲はどこまで広がっていくのだろうか」との懸念がやはりぬぐえない。

 集団的自衛権については、きょうも参院の外交防衛委員会で審議される。しかし、国会は会期末まで1カ月を切った。この問題が正面から議論されそうなのは、いまのところ来月に予定される党首討論ぐらいだ。

 自公協議は週1回のペースで続けられる。与党間で議論するのは当然だが、ことは憲法の根幹と安全保障政策の大転換にかかわる問題である。国会を置き去りにして閣議決定に突き進むことは許されない。

衆院集中審議 15事例の安保論議を深めたい

 安倍首相は、集団的自衛権の行使を容認する必要性を丁寧に説明し、国民の理解を広げる努力を続ける必要がある。

 衆院予算委員会で集団的自衛権の集中審議が行われた。首相は、政府が示した15事例のうち、紛争地から邦人輸送中の米艦防護に関連し、米国以外の船や、邦人が乗船していない米艦の防護も可能にすべきだと強調した。

 民主党の岡田克也前副総理は、米国以外の国も対象にすると、集団的自衛権の対象が際限なく広がると批判した。公明党の遠山清彦氏は、邦人が乗っていない米艦の防護に疑問を呈した。

 米国との同盟関係を最重視するのは当然だが、米国以外には集団的自衛権を行使しないという見解を取るべきではない。

 アジアや欧州各国との重層的な防衛協力は日本の安全確保に役立つ。2011年のリビア情勢悪化の際は、邦人がスペイン軍機や米国のチャーター船で退避した。

 一連の退避活動の中で、邦人が乗っている船は守るが、乗っていない船は守らないと区別する対応も、現実的ではあるまい。

 どんな事態が発生するか、想定するのは困難な以上、政府が情勢を総合的に勘案し、政策判断できる余地を残すことが望ましい。

 首相は、他国の武力行使と一体化する自衛隊の補給・輸送支援などを禁じる現行の憲法解釈について、維持する考えを示した。

 政府の有識者会議が提言したように、自衛隊の米軍支援を充実させるため、解釈を全面的に変更するのは一つの選択肢だ。「非戦闘地域」といった概念は日本独自のもので、国際的に通用しない。

 一方で、従来の政府見解との整合性を保つため、一体化を禁じる考え方自体を維持するのは、やむを得ない面がある。

 その代わりに政府は、禁止される自衛隊の支援活動の対象を極力限定し、自衛隊が活動できる地域や内容を拡大すべきだ。

 安全保障の論議は、抽象論でなく、具体的事例に即して行うことが重要である。15事例に基づく議論をさらに深めたい。

 日本維新の会の小沢鋭仁元環境相やみんなの党の浅尾代表は、集団的自衛権の憲法解釈の変更を支持する考えを表明している。公明党も、日本が15事例に対応することには基本的に前向きだ。

 民主党は依然、党内の意見が分かれている。亀裂を恐れ、安全保障論議を先送りしてきたツケだ。早急に議論を開始し、党の見解をまとめることが求められる。

子育て新制度 保育士の処遇改善になお課題

 子育て世帯のニーズに応じた良質な保育サービスの拡充が、少子化対策には欠かせない。2015年度に始まる「子ども・子育て支援新制度」で着実に実施してもらいたい。

 新制度で保育所などが受け取る「公定価格」の政府案が公表された。保育サービスの種類別に定められている。公定価格から利用者負担分を差し引いた額が、政府や自治体から施設に給付される。

 政府案の特徴は、職員給与を引き上げたり、職員配置を増やしたりした施設に対する給付を手厚くした点だ。保育の「質の改善」に踏み出したことは評価できる。

 改善策を実施すれば、平均的な規模の保育所や幼稚園では、収入が現行より1割程度増えると試算されている。各施設の積極的な取り組みを期待したい。

 ただ、質の改善は、まだ十分とは言えない。政府は新制度に消費税の10%への増税分から年間7000億円を投入する方針だが、待機児童解消へ向けて保育定員の拡大などを優先する。質の改善に振り向ける財源は限られている。

 職員の給与や配置について、一層の改善も検討されたものの、財源不足で見送られた。職員研修の充実などの施策も縮小された。

 保育士不足を解消し、保育の質と量を向上させるには、さらなる処遇改善が欠かせない。政府は、社会保障予算にメリハリをつけるなど財源確保に努めるべきだ。

 新制度は、保育所と幼稚園を一体化した「認定こども園」の普及を目指している。保育と教育に加え、地域の子育て支援も担う施設だ。公定価格も、多様な役割に応じた職員配置の費用を賄えるよう設定したという。

 だが、私立幼稚園などがこども園に移行するかどうかは、各施設の判断によるため、不透明だ。

 保育所の場合、親が共働きでなくなれば、子どもは転園を余儀なくされる。こども園なら、親の就労状況にかかわらず利用できる。子育て世帯の実情に合うだろう。政府は、移行を希望する施設への支援を強化する必要がある。

 新制度では、地域のニーズに応じた保育サービスの体制整備が市町村に義務づけられた。小規模保育なども対象事業となり、きめ細かな対応が可能になる。

 公定価格案が提示されたことで、必要な費用の算段がつく。市町村は適切な整備計画を早急に策定し、準備を本格化させねばならない。多様なサービスの内容や利用法を住民に分かりやすく伝える努力も求められる。

2014年5月28日水曜日

日中の意図せぬ衝突事故をどう防ぐか

 意図しない衝突が引き金になって、隣国どうしが紛争に入り込んでいく。歴史をみれば、こんな事例はたくさんある。そんな悲劇を防ぐため、日本と中国にはいまこそ危機管理の仕組みが必要だ。

 東シナ海の公海上空を飛んでいた自衛隊機2機に、中国軍の戦闘機が異常に近づく事件が起きた。現場は日本の防空識別圏(ADIZ)と、中国が正当性を主張しているADIZが重なる空域だ。

 飛んでいたのは海上自衛隊OP3Cと航空自衛隊YS11EBという、情報を集めるための航空機だ。これらにミサイルを積んだ中国軍のSU27戦闘機が、30~50メートルまで近づいたという。

 中国は、自衛隊機が「中国とロシアの合同軍事演習を妨害した」と訴えているが、日本はそうした事実を否定し、通常の警戒や監視活動だったと説明している。

 高速で飛ぶ航空機にとって、数十メートルといえば、危うくぶつかりかねない近さだ。公海上空でのこうした行動は国際常識を無視したもので、日本政府が厳重に抗議したのは当然だ。

 そのうえで大切なのは、どう再発を防いでいくか、である。日中は2012年6月、海上の緊急連絡体制の創設で大筋合意した。尖閣対立のあおりで、その後の詰めの協議は中断したが、中国は昨年4月にいったん再開に応じた。

 中国政府や軍の上層部としても、さすがに日本との危機管理の仕組みが欠かせない、と感じ始めているのだろう。にもかかわらず、中国側による危険な行動が現場で相次いでいるのは、いったいどうしたことだろうか。

 2011年春に、中国国家海洋局の小型機が海自艦船に異常に接近したのに続き、昨年1月には中国軍艦船が射撃用のレーダーを海自艦船に照射した。南シナ海でも昨年12月、中国軍艦船が米軍のミサイル巡洋艦に急接近し、ぶつかりそうになっている。

 ここから浮かび上がるのは、中国軍内の教育がまだ徹底されておらず、上層部の統制が末端まで行き届いていないのではないか、という疑いだ。中国の海軍、空軍、陸軍など、横の意思疎通も十分ではないとみる向きがある。

 だとすれば、ただ緊急連絡体制を設けるだけでは解決にはならない。自衛隊と中国軍の部隊レベルの交流を通じて、現場のパイプを太くし、無用な誤解を減らしていく努力も合わせて必要になる。

欧州統合の体制立て直しを

 欧州債務危機後初めて実施した欧州議会選挙は欧州統合の推進に影を落とす結果となった。主要会派が議席を減らす一方で、欧州統合や移民の受け入れに反対する極右勢力が躍進し、英仏などで首位となった。

 高失業率や財政緊縮策などへの不満が噴き出した形で、自由貿易や単一通貨ユーロへの影響も懸念される。欧州連合(EU)は統合推進に向けて体制の立て直しを急ぐべきだ。

 欧州議会はEUの主要機関の一つで、加盟国で構成するEU理事会と共同で法律を作り、政府にあたる欧州委員会を監督する役目がある。各国の人口に応じて議席数(定数751人)を割り振り、5年に1度、選挙を行う。議員は主義主張によって、会派を結成して行動している。

 加盟28カ国で実施した選挙で、中道右派「欧州人民党」と中道左派「欧州社会党」の2党で過半数を維持したが、いずれも大幅に議席を減らした。一方で債務危機の再発防止策としてEUが課した財政緊縮策や高失業率、長引く景気低迷などへの不満が、EU懐疑派や極右の勢力拡大につながった。

 特に深刻なのがフランス。極右の国民戦線が首位となり、バルス首相が「(政治的)地震だ」と警戒感を示した。ドイツとともに統合推進の軸となってきただけに、衝撃は大きくEU全体への影響も懸念される。英国でもEU離脱派の英国独立党が首位となった。

 債務危機が直撃したギリシャでは、反EUを掲げた急進左派連合が首位となり、緊縮財政に反対する動きが広がる恐れが出てきた。反EU勢力は新会派の結成に動いており、当然、議会活動を通じて、移民の制限や自由貿易反対など欧州統合と逆行する主張を展開するだろう。

 議会運営に深刻な影響が出るようなら、統合への求心力は一段と弱まる。ようやく明るさが見えてきた欧州景気への自信、ユーロへの信頼が揺らげば、新たな経済危機の火だねにもなりかねない。

欧州議会選挙―垣根なくす永遠の試み

 人も、モノも、カネも、文化も自由に行き交う。グローバル化は止めようのない世界の潮流であり、国境という垣根はますます意味を持たなくなる。

 その現実にどう向き合うか。国を開くことが生む国民の不安をどうときほぐすか。それは、いまのどの国の政治にも通じる避けようのない難題である。

 欧州議会の選挙で、「反統合」「反ユーロ」を訴える政党が躍進した。全751議席のうち3割近い議席を得た。

 欧州は、国境をなくす最先端の実験に取り組んでいる。だが今回の選挙結果は、欧州社会にいまも根強くのこる抵抗感を映し出している。

 統合をめざす道のりに終わりはないかもしれない。どんな壁にぶつかろうとも、自由と平等の価値をもって垣根をなくす努力を滞らせてはならない。

 欧州議会は、EUと呼ばれる欧州連合の立法機関である。加盟28カ国の有権者が直接選ぶ。

 今回の選挙でただちに統合が頓挫するわけではない。だが、気になるのは、反EU派の多くが移民の排斥を掲げ、国粋的な主張を強めていることだ。欧州各国の主要政党にも、その勢いに便乗し、主張を取り込もうとする動きがでている。

 長引く不況と失業、福祉カット。緊縮財政を各国に課すEUへの風当たりは強い。移民に対しては、雇用を奪い、福祉を食い物にしている、との批判がぶつけられている。

 国民感情が経済に影響されるのは世の常だ。むしろ事態を悪化させているのは、真の問題のありかを率直に説かず、ナショナリズムに訴える政治手法だ。

 景気、金融、環境、移民、どの問題も一国で対応できる構造ではない。だが、政治家たちは「EUが国の権限を奪ったからだ」と弁明してきた。

 再び国境の垣根を高くすれば問題は解決するかのような幻想をふりまいた責任は重い。

 EUは改めて、なぜ国の間の壁をなくすことが利益をもたらすかを説き、自らの改革にも取り組まねばならない。市民の多様な意見に目配りして納得を得る仕組みを整える必要がある。

 暮らしを左右する政策が、自分とは縁遠い政党や官僚らに決められている。そんな思いが政治への怒りやあきらめとなって投票率を下げたり、過激な主張になびいて留飲を下げたりする現象は世界各地にある。

 日本もひとごとではない。世界の現実と地続きにある日本の数々の問題を冷静に説き、そして国を開く賢い処方を多角的に論じる。そんな政治が欲しい。

国会改革―数ではなく論を競え

 数を頼みに、議論を軽視し、はやる与党。

 数にけおされ、覇気を失い、時には与党にすり寄る野党。

 今国会の論戦の低調ぶりは、目に余るものがある。

 そんななか、きのう与野党7党が国会改革について合意し、秋の臨時国会から衆院で先行実施されることになった。

 党首討論は月1回開く▽内閣提出法案は原則として優先審査する。野党の対案がある場合は同時に審査する▽議員提出法案は積極的に議論する▽首相の国会出席を本会議と予算委員会の基本的質疑や集中審議、締めくくり質疑などとする――などが改革の柱だ。

 かねて指摘されていた、首相や閣僚が国会に縛られ過ぎて海外での国際会議に出席できないという問題は解消されそうだ。ただそれが、国会の緊張感のなさを助長するようでは困る。

 その意味で、党首討論をいかに充実させられるかが、国会活性化のカギとなるだろう。

 党首討論は英国議会をモデルに、2000年に導入された。当初、原則週1回は開くとされていたが、最近は会期中に1回開催される程度で、形骸化が問題視されていた。それをこのたび改めて、月1回は実施しようというわけだ。

 党首討論のテーマは自由に選べる。個別の法案を離れ、一問一答形式で首相の考えをただす。野党にとっては、与党との対立軸を際立たせ、自らの存在をアピールする好機だ。

 一方で、野党が一方的に質問する本会議の代表質問や予算委員会の質疑と違い、首相にも反論権が与えられるため、野党党首の力量も同時に試される。奮起を期待したい。

 とはいえ、党首討論の充実という点では不十分な点もある。

 ひとつは、合計45分間という時間の短さだ。持ち時間は各党の議席数に応じて比例配分される。過去の論戦では不完全燃焼に終わったケースが多い。

 さらに、質問に立てるのは衆院または参院で10人以上の所属議員を有する会派という条件も、いかがなものだろうか。

 個別政策の賛否を超えて、憲法観や民主政治観など、国家の基本について論じ合うことを目指して創設された場である。ならば小政党にも議論の場を開いてはどうか。

 民主主義は単なる多数決とは違う。国権の最高機関たる国会に、数の論理とは異なる価値観で運営される議論の空間を設ける。この国の未来に向けた選択肢を増やすという意味でも、決して無駄ではないはずだ。

グレーゾーン 切れ目ない事態対処を可能に

 平時と有事の中間に相当するグレーゾーン事態に対し、いかに迅速で効果的な対処を可能にするか。与党は議論を深め、法整備を急ぐべきだ。

 政府が、現在の憲法解釈や法制度では十分な対処ができない15事例を自民、公明両党に提示した。与党は、15事例のうち、武装集団による離島占拠などグレーゾーン事態に関する議論を始めた。

 中国は東シナ海に防空識別圏を一方的に設定し、戦闘機が自衛隊機に異常接近した。尖閣諸島周辺では領海侵入が続いている。

 武装した偽装漁民や特殊部隊による離島上陸は、十分起こり得るシナリオだ。きちんとした備えをしておく必要がある。

 無論、一義的に海上保安庁や警察が対応すべきだが、海上自衛隊が対処した方が早く、適切な場合もあろう。だが、現行法では海上警備行動や治安出動が発令されない限り、海自は対処できない。

 海上警備行動などの発令には、閣議決定の手続きが必要となり、時間がかかる。発令されても、武器使用は警察権の範囲内に制約される。自衛権を行使できる防衛出動との落差は大きい。

 重要なのは、平時から有事への事態の進展に応じて、切れ目のない対処を可能にすることだ。自衛隊の行動に「時間」と「武器使用」の両面で隙間を生じないようにする法整備が求められる。

 具体的には、自衛隊に平時から領域警備などの任務を与え、海保・警察と連携して、様々な事態に対処できる体制を構築したい。必要に応じて、警告射撃や危害射撃ができるよう、武器使用権限を拡大することも欠かせない。

 武器使用権限の拡大は、必ず武器を使うことを意味するものではない。相手の出方次第で、武器を使える選択肢を広げるのが目的だ。その備えが、事態の発生や拡大を防ぐことにつながる。

 オバマ米大統領が尖閣諸島を日米安保条約の適用対象と明言したことは、抑止力を高める重要な政治的メッセージとなった。グレーゾーン事態の法整備や、それに基づく自衛隊の訓練は、現場レベルで抑止力を補強するものだ。

 安全保障の法整備は、グレーゾーン事態対処だけでなく、「駆けつけ警護」など国際協力や、集団的自衛権の憲法解釈変更を伴う活動と一体で進めるのが筋だ。

 15事例について多くの論点がある中、与党協議が週1回、1時間程度では議論が深まらない。自民党が来月中に結論を出すつもりなら、協議時間を増やすべきだ。

規制委人事案 科学的な原発審査につなげよ

 原子力規制委員会の独善的な姿勢を改める契機とせねばならない。

 9月に2年間の任期が切れる規制委の島崎邦彦委員長代理と大島賢三委員が退任することになった。

 政府は、2人の後任として、田中知・東大教授と石渡明・東北大教授を充てる国会同意人事案を衆参両院に提示した。

 民主党政権時の2012年に発足した規制委は、田中俊一委員長と委員4人で構成される。田中委員長の任期は5年、島崎、大島両氏以外の委員2人は3年だ。今回が初のメンバー交代となる。

 肝心の原子炉技術を専門とする委員は1人のため、工学的議論が足りないとの批判が多かった。

 田中知氏は原子力工学を専攻してきた。日本原子力学会の元会長で、東京電力福島第一原発の事故後、学会の事故調査委員長として原因究明に取り組んだ。

 政府が田中知氏の起用を決めたのは今後、技術的な検討の充実を図るのが狙いだろう。

 石渡氏は、安全審査に欠かせない地質研究の専門家である。

 菅官房長官は、「公正な立場から職務を遂行できるベストな人材だ」と人選の理由を述べた。メンバーの交代で、規制委の能力が向上するよう期待したい。

 規制委を、本来求められている合議制の委員会として機能させることも重要だ。

 現状は、設備、自然災害など分野ごとに各委員が安全審査を担当している。規制委の会合で、田中委員長が「専門家の委員にお任せして」と発言する場面も多い。

 事実上、各委員が単独で最終判断を担う現状に、自民党などから「縦割り」との批判が出ているのは当然と言えよう。

 島崎氏が担当している自然災害の分野で、審査が長期化していることも看過できない。

 想定すべき地震の規模に関する審査で、島崎氏は、あらかじめ調査項目を開示せず、審査会合で毎回のように細切れの指示を出している。これでは、効率的に審査を進めるのは難しい。

 日本原子力発電敦賀原発の敷地内に活断層があるかどうかの評価の際に、絶対に活断層ではないという証明を求めるなど、非科学的な姿勢が目立つ。

 再稼働に向けた安全審査の手続きに入っている原発は11か所に上るが、いずれも審査終了のめどは立っていないのが現状だ。

 審査を加速させるには、規制委が、新たな陣容で審査方針を再検討することが必要である。

2014年5月27日火曜日

ウクライナ新政権のもとで混乱収拾を

 混乱が続くウクライナで大統領選挙が実施され、親欧米派のペトロ・ポロシェンコ元外相(48)が当選を確実にした。新指導者の誕生を危機打開への一歩とし、新政権のもとで早期の国内融和と秩序回復をめざしてほしい。

 ポロシェンコ氏は富豪の実業家として知られ、外相や経済発展貿易相なども歴任している。

 選挙戦では欧州連合(EU)との統合路線を主張しながらも、親ロシア派との直接対話や地方の自治権拡大に前向きに取り組むとした穏健路線が支持された。早急に国内の混乱を収拾し、安定に導いてもらいたいという国民の願いの表れといえるだろう。

 ウクライナでは2月の政変劇で親ロ派のヤヌコビッチ政権が崩壊し、政変を主導した親欧米派が暫定政権を担ってきた。しかし、政権の正統性をめぐる対立が混乱に拍車をかけた。親ロ派が多い東部などでは武装勢力が主要施設を占拠し、ウクライナからの分離独立まで唱える事態に陥っている。

 欧米が大統領選の実施を重視してきたのも、有権者の直接投票で新大統領を選び、新政権を発足させることで「正統性」をめぐる対立を収拾できるとみたからだ。ポロシェンコ氏にはまず、挙国一致内閣を発足させるとともに、親ロ派との直接対話を通じて国内の融和と安定に尽力してほしい。

 今回、ドネツク州など東部の多くの選挙区では武装勢力の妨害で投票ができなかった。「正統性」の問題が完全に解消されたわけではないが、親ロ派もポロシェンコ氏が地方の自治権拡大やロシア系住民の権利擁護に取り組む姿勢を見せていることを注視すべきだ。まずは武装解除を進め、新政権との対話に応じるのが筋だろう。

 国際社会はウクライナの秩序回復に向け、新政権への支援と協力を惜しむべきではない。とくにロシアの協力は不可欠だ。プーチン大統領はウクライナ大統領選の直前に「国民の選択を尊重する」と述べ、新政権との対話に応じる姿勢を示した。「平穏が訪れることを期待する」とも述べている。

 これが本音なら、東部の親ロ派武装勢力に武力攻撃の停止と占拠した施設の明け渡しを求め、直接対話に向けた環境整備に主導的な役割を果たすべきだ。ロシアがウクライナの新政権にも軍事的、経済的な圧力をかけるようなら、日米欧は対ロ制裁を一段と強める必要があるだろう。

商品市場の不正は許されない

 英国の市場監視当局(FCA)は、英金融大手のバークレイズが金の国際指標となる値決め業務で内部管理を怠ったとして、2600万ポンド(約45億円)の制裁金を科したと発表した。同社の元トレーダーが顧客に不利な取引を行ったのを防げなかったという。

 ロンドン市場ではバークレイズなど5つの金融機関が毎日2回、取引を通じて値決めを行う。その価格は各国の企業が長期契約などを結ぶ際の指標にしている。長い歴史を持つロンドンの金市場は大口の現物取引も可能で、中央銀行も利用するほどだ。

 国際的に影響力を持つ市場で不正が行われ、それをバークレイズが適切に管理できなかったのは、問題だ。しかもバークレイズは、国際的な金利指標であるロンドン銀行間取引金利(LIBOR)の不正操作にも関与していた。

 金価格の不正操作が、LIBORの不正操作でバークレイズが罰金を科されたのと同時期に行われていたことに、FCAは深い失望を表明した。当然だ。同じような不正が他の金融機関や他の商品市場でもないか、各国の監督当局は慎重に調査してほしい。

 原油などの国際相場が高騰した08年以降、日米欧などの当局は連携を強めながら商品市場の不正排除や透明性の向上に力を入れている。今回のような不正をなくすためにも、努力は続けるべきだ。同時に、急速な規制強化が商品市場の機能にどう影響するかにも、目配りが求められる。

 商品市場ではバークレイズのほかドイツ銀行、JPモルガン・チェースなどが相次いで大幅な業務の縮小を決めた。企業が価格変動リスクをヘッジしようとしても、注文を受ける金融機関が見つからないなどの影響が出ている。

 ドイツ銀行が撤退を決めたロンドン市場の銀の値決めは8月で廃止が決まり、新たな指標を見つける必要が浮上している。円滑な市場機能を維持できるよう、各国当局は市場参加者の声に耳を傾けてもらいたい。

ウクライナ―選挙尊重し混迷打開を

 国民は混乱にくじけず、民主政治を実行しようとしている。民意をしっかり受けとめ、事態の打開に結びつけるべきだ。

 欧州とロシアの間で揺れ続けるウクライナで大統領選挙があり、ポロシェンコ元外相が勝利する見通しだ。

 欧州連合(EU)への加盟を唱える親欧米派の政治家だ。ただし、欧米の軍事組織である北大西洋条約機構(NATO)への加盟問題は明言を避けた。

 欧米一辺倒でなく、ロシアとの関係も重んじる柔軟さの表れと受け止められている。

 政治的な対決でなく、現実的な解決策を探る実務肌。それがポロシェンコ氏の人物評だ。

 製菓業を中心に事業を手広く営む富豪の「チョコレート王」でもある。過去に、親欧米派、親ロシア派の両政権を通じて要職をこなした実績がある。

 この国は親欧米の西部と親ロシアの東部とに分裂している。なのに歴代の政権は、一方に傾斜した政策をしばしばとり、深刻な対立をもたらしてきた。

 いまの混乱も同じ構図だ。EU接近策を転換した前大統領を親欧米派が打倒した。怒った親ロシア派が東部の独立へ動き、暫定政権と衝突した。

 東西の争いは国の根本の成り立ちすら危うくさせかねない。国民は、バランス感覚と実務能力をそなえた政治の指導力を待ち望んでいるのだろう。

 まず、東部への対応を急がねばならない。今回、有権者の1割超を占める東部ドネツク、ルガンスク両州の多くの地域は親ロシア派武装勢力による妨害で投票ができなかった。

 選挙後、ドネツク州では、同勢力と暫定政権との武力衝突が激化している。東部の地方権限強化も前提にした対策を通じ、流血の拡大を防ぐべきだ。

 経済の立て直しも急務だ。歴代政権の深刻な汚職と腐敗体質もあり、巨額の対外債務を抱えて破綻(はたん)の瀬戸際にある。

 ロシアからは天然ガスの供給を止められる恐れもある。ウクライナ経由でロシアからのガスに頼る欧州にも重い不安をもたらしている。

 早く混乱を収拾し、経済再建とエネルギー対応などへの取り組みを急いでもらいたい。

 ロシアのプーチン大統領は「大統領選の結果を尊重する」と明言した。ならば、新たに生まれる政権の正統性を認め、真剣な対話を始めるべきだ。

 ロシアはクリミア併合などの強硬策に出たことで、欧米から経済制裁を受けている。これ以上、対立を長引かせることは誰の利益にもならない。

中国機の接近―衝突回避の手立て急げ

 日本と中国がにらみあう東シナ海で、またもや危険極まりない事態が起きた。

 双方の防空識別圏が重なりあう公海上空で、中国軍の戦闘機が海上自衛隊と航空自衛隊の警戒監視用の航空機に異常接近。空自機には、並走するように約30メートルにまで近づいた。

 お互いのパイロットの顔が見える距離だという。路上での幅寄せではあるまいし、あまりに向こうみずな行為と言わざるを得ない。

 日本政府が抗議したのは当然だが、今後に備え、両国は政治と現場のそれぞれのレベルで、衝突防止に向けた措置を急いでとらねばならない。

 東シナ海では、中国とロシアが合同で軍事演習を行っていた。中国国防省は、自衛隊機が「演習を偵察・妨害し、危険な行為を行った」という。一方、小野寺防衛相は「通常の警戒監視任務の一環。(中国機は)常軌を逸した近接行動だ」と批判している。

 思い起こされるのは、01年の南シナ海の公海上空で起きた中国軍戦闘機と米軍偵察機との接触だ。中国機は墜落、米軍機は海南島に緊急着陸して大きな外交問題になった。

 高速で飛ぶ航空機は、わずかな接触がすぐさま大事故につながる。慎重な対応が必要だ。

 東シナ海では昨年1月、中国の軍艦が海上自衛隊の護衛艦に、射撃用の火器管制レーダーを照射する事態が起きた。砲弾などを発射する直前に、目標の位置や速度をつかむために使われるレーダーだ。

 中国側の一連の行為は、政治的意図を持った挑発なのか、それとも現場の火遊びなのか。中国共産党の軍である人民解放軍と党中央との関係、あるいは軍の内部統制の実態は不透明だ。外部からは極めて分かりにくく、問題を複雑にしている。

 日中の防衛当局間では、偶発的衝突を防ぐための「海上連絡メカニズム」の協議が進んでいたが、尖閣諸島をめぐる対立で中断している。

 相手が何をするのかわからないという疑心暗鬼は安全保障環境を悪化させる。相互不信を解消するためにも、衝突回避システムの運用を急ぐべきだ。

 そして何より、海や空で緊張が高まっている時だからこそ、政治が重要になる。

 この春以降、日中友好議員連盟の訪中など、双方の往来が少しずつ活発になってきた。こうした動きを大きな流れに育てていくために、安倍首相も習近平(シーチンピン)国家主席も、関係改善の一歩を踏み出すべき時だ。

ウクライナ選挙 混迷を脱却する契機としたい

 新指導者の選出を、ウクライナが混迷から脱する契機としたい。国際社会には、連携して支援することが求められる。

 ウクライナ大統領選は親欧州のポロシェンコ元外相が、対立候補に大差をつけて勝利する見通しとなった。

 今回の大統領選は、投票がきちんと行われるかどうかが焦点だったが、東部ドネツク、ルガンスク2州では、親ロシア派武装集団によって投票が妨害された。ロシアに不法編入されたクリミア半島では投票自体が行われなかった。

 だが、全体としては、選挙は平穏に実施され、投票率は60%に達した。欧州連合(EU)が、「緊張緩和と治安回復に向けた主要なステップ」とコメントするなど、国際社会も高く評価した。

 選挙の正統性は保たれたと言えるのではないか。

 ポロシェンコ氏は、過去の親欧州政権だけでなく親露政権でも閣僚を務めた。成功した企業家としても知られ、その実務的な手腕に国民は期待を託したのだろう。

 勝利宣言の中で、ポロシェンコ氏は、国民が「欧州統合の道を選んだ」と述べ、EUとの政治、経済両面での関係深化を推進する方針を表明した。

 一方、安全保障面でロシアと協議を始める意向を示し、ロシアへの外交的配慮を見せた。東部のロシア系住民の不満に対処するため地方自治拡大も図る考えだ。

 選挙結果を受けて、ラブロフ露外相は記者会見で、「ロシアは、ウクライナの新しい大統領と対話の用意がある」と述べた。

 しかし、ロシアがウクライナへの強硬姿勢を改めたと考えるのは早計である。プーチン露大統領は、ウクライナ国境付近に展開した露軍の撤収を命じたと述べたが、大半の部隊は残ったままだ。

 ロシアの後押しを受けている東部の親露派は、空港や地方政府庁舎などを占拠し、分離独立の方針を変えていない。

 国際社会は、当面、ロシアに対して制裁による圧力を維持する必要がある。

 来月開かれる先進7か国(G7)首脳会議では、ウクライナ問題への対応が中心議題となろう。対露制裁強化の検討と合わせ、ウクライナ支援の継続が求められるのは、言うまでもない。

 日本は、今回の大統領選を重要な節目と見て、国際選挙監視団にも参加した。菅官房長官は「新政権が誕生したら支援していきたい」と語った。日本としても積極的に役割を果たす必要がある。

竹富町の教科書 単独採択の容認は禍根を残す

 教科書採択の悪(あ)しき前例にならないか。

 沖縄県教育委員会が、石垣市、竹富町、与那国町による八重山採択地区から、竹富町の離脱を認めることを決めた。

 竹富町教委は、共同採択地区内で同一の教科書を採択するという教科書無償措置法に違反し、2年以上、独自に採択した教科書を使用している。3月に文部科学省から地方自治法に基づく是正要求を受けたのに、従わなかった。

 県教委が竹富町を独立した採択地区と認めたことで、竹富町教委は来年度以降に使用する教科書について、単独での採択が可能になった。ごね得とも言える展開には疑問を禁じ得ない。

 忘れてはならないのは、今年度いっぱいは、違法状態が続くことだ。法令順守の観点から、極めて問題がある。

 下村文科相は、竹富町を相手とした違法確認訴訟は起こさない方針を表明した。これは、勝訴しても年度途中で使用教科書を変えると、学校現場が混乱しかねないと懸念したためだ。現在の違法状態を容認したわけではない。

 混乱を長引かせた県教委の責任は、重大である。

 八重山地区の採択地区協議会が中学校の公民教科書に育鵬社版を選んだのは、2011年夏だった。領土に関する記述が充実しているといった理由からだ。

 これに対し、竹富町教委のみが東京書籍版を採択した。

 県教委は竹富町教委に、適切な働きかけをしていない。文科省が県教委に対して昨年10月、竹富町教委への是正要求を指示した際も、動かなかった。

 そもそも共同採択制度は、人員に限りのある小規模自治体が協力して教科書を選ぶ仕組みだ。地理的、文化的な一体性を持つ市町村が共同採択地区を形成する。

 近年の市町村合併で、採択地区の線引きが現状に合わない例も出てきたため、4月に教科書無償措置法が改正された。採択地区の設定単位を「市郡」から「市町村」に変え、柔軟な組み合わせができるようにしたのが特徴だ。

 竹富町教委はこれを逆手に取って離脱を要望した。しかし、八重山地区の結びつきは今も強い。市町村合併といった事情は見当たらない。竹富町の離脱は、法改正の趣旨を踏まえたものではない。

 石垣市と与那国町が現行の枠組みの維持を求めたのは当然だ。

 法令を守って、教科書を採択する。当たり前のことがないがしろにされたのは、残念である。

2014年5月26日月曜日

5年の経験生かし開かれた裁判員制度に

 刑事裁判に市民が参加する裁判員制度が始まって、5年がすぎた。今年3月末までに4万9434人が裁判員や補充裁判員に選ばれ、計6396人の被告に対して判決を言い渡した。

 制度はおおむね順調に定着しつつある。だが裁判員の辞退率が6割台に上ることや、守秘義務が厳しすぎて経験を広く共有できないことなど、課題も多い。

 新たな問題として注目されているのが量刑の判断だ。裁判員制度が導入されて、性犯罪や児童虐待を中心に従来より重い判決が出るようになった。検察官による求刑を上回る判決も増えた。

 裁判員が被害の深刻さや犯行の卑劣さを重く見た結果であろう。市民感覚を反映させる制度の趣旨に沿ったものといえる。しかしこれは一方で、刑罰の公平や安定を損なうことにもつながる。特に被告の命を奪う死刑判決の場合、それは一層際立つ。

 このため裁判員裁判の判断を、「過去の例に比べて重すぎる」として、裁判官だけで審理する二審が減刑する事例が目立ち始めている。死刑判決では、裁判員裁判で出た21件のうち3件が高裁で破棄され、無期懲役となった。こうした現状を放置していいのかどうか、入念な検討が必要だ。

 守秘義務が厳しすぎることも、依然として大きな問題として残っている。過去の量刑と市民感覚のバランスのあり方を考えるうえでも、守秘義務の範囲を狭め、明確化することが欠かせない。

 個々の裁判の場で、裁判官は過去の量刑相場の意味をどう説明しているのか。それを受けた裁判員はどんな議論を経て判決を導いたのか。こうした実態が伝わらないからだ。

 高裁が破棄した3件は上告された。最高裁は一つ一つの事件についてこれまで以上に、裁判員となる国民を意識した判断を示すべきだ。判決に至る経緯を分かりやすく、丁寧に説明しなければならない。判決が出れば時間をおかずに公表することも必要であろう。

 裁判員制度は裁判官、検察官、弁護士という司法のプロだけで完結していた裁判に民主的なコントロールをきかせる仕組みだ。

 裁判員の負担をできる限り減らして、より多くの人が参加しやすい環境づくりを進めなくてはならない。守秘義務も緩めて裁判員の経験を社会全体で共有し、制度を育てていきたい。

電力と違うガス自由化の課題

 経済産業省の委員会で、都市ガス市場を自由化する議論が進んでいる。電力の小売りを全面自由化する法案も国会で審議中だ。

 業態の垣根を越えて競争を促すには、電力市場とガス市場の改革を歩調をあわせて進めることが重要だ。同時に忘れてはならないのは、電力と異なるガス事業固有の課題に配慮した制度設計である。

 現在の制度では家庭向けの都市ガスは、地元のガス会社からしか買えない。電力と同じようにガスの小売りも全面自由化し、消費者の選択肢を広げることは大切だ。

 ただし、電力会社が全国に10社であるのに対し、都市ガス会社は200以上ある。東京ガスや大阪ガスなど大手3社で全販売量の7割を占める一方、事業者の8割が従業員100人以下だ。すべてのガス会社が同じように自由化に対応できるのか、経営規模が極端に違うガス会社が同じ条件で競えるのか、見極めが必要だ。

 保安対策も課題だ。住宅や工場でのガス漏れは、重大事故につながる恐れがある。様々な事業者が参入しても消費者が安全にガスを使えることが自由化の大前提だ。

 現在はそれぞれの地域の都市ガス会社が保安の責任を負う。自由化後も、緊急事態への体制が整う既存ガス会社が、新規参入者の供給先を含めて保安業務を請け負う仕組みを考えるべきではないか。

 インフラの整備も欠かせない。ガスのパイプラインは電力の送電線にあたる。競争を促すには、誰もが公平で安価に使える必要がある。問題は全国でガスをやりとりする体制が整っていないことだ。

 国土面積のうち、都市ガスの供給地域は2割に満たない。隣接するガス会社どうしがつながっていない場所も多い。効率的にガスを届けるパイプライン網が必要だ。これを整備することが、ひいては災害時の安全対策にもなる。

 パイプラインの建設には巨額の資金がかかる。自由化されると回収が計算できない投資では意欲はわきにくい。企業の投資を促す支援策を考えることも必要だろう。

人口急減社会の問い―生き方の再検討を迫る

 これから先、見込まれる日本の人口減少は、急な坂を転げ落ちるかのようだ。

 国立社会保障・人口問題研究所の推計によれば、人口は約半世紀で3分の2に、1世紀で3分の1に縮む。

 どうすればこの流れを緩められるか。官民三つの有識者会議が相次いで報告をまとめた。

 主張の核心は、どれも同じ。結婚したい、産みたいという希望がかなっていないと指摘し、障害を取り除こうと訴える。

 対策にも共通点が多い。支援策拡充と働き方の改革である。

 三つのうち、民間の「日本創成会議」分科会が、大都市への人口流出が続けば約半数の市区町村は消滅の可能性があると指摘し、耳目を集めた。それを除けば、さほど目新しい指摘や対策があるわけではない。

 当然だろう。元々、やるべきことははっきりしているからだ。焦点は政治と社会に理解を広げ、実現できるかどうかだ。

■変わる家族の現実

 何が問題なのか。

 夫が「一家の大黒柱」として家族のぶんまで稼ぎ、主婦が家族の世話をする。そんな家族像を前提に、日本社会に張り巡らされた制度や慣行、人々の意識が、家族の現実にそぐわなくなっている。

 ほかの先進国と比べると、日本の特徴がくっきり浮かぶ。

 子育て支援が薄い。共働きの広がりに、支援策が追いついていない。

 長時間労働が際だつ。「大黒柱」は残業も転勤もいとわず働くのが当たり前だったからだ。その慣行が続いている限り、夫は家事や育児に参画しにくい。男性に負けずに働こうとすれば女性も長時間労働を強いられ、結婚や出産を先送りしがちだ。

 働き方による賃金格差が大きい。かつて非正社員といえば、主婦のパートと学生のアルバイトだった。夫や父親の稼ぎに頼れる前提で賃金を抑えられていた。だが、その賃金水準で働く大人の男性が増えた。女性がなお「大黒柱」を待ち望めば、未婚・晩婚が進まざるをえない。

■「日本型」のつまずき

 ならば昔の家族を取り戻せ。

 そう考える人もいるだろう。だが、難しい。夫の収入だけで暮らせる世帯は減っているし、雇用が不安定なこの時代、「大黒柱」1本に頼るのは危うい。家事の仕方も昔とは違う。環境が変われば家族は変わる。

 変化をとめられないことは、すでに実証済みだ。

 1973年の「福祉元年」宣言もつかの間、同じ年に石油危機に見舞われ、財政の悪化が進んだ。そこに登場したのが「日本型福祉社会」論だ。欧州で、手厚い福祉が勤労意欲を減退させたなどと批判し、自助や家族の支えあいこそ日本の「醇風美俗(じゅんぷうびぞく)」だと唱えた。

 自民党政権は、これを論拠に福祉を削り、負担を引き受ける主婦の優遇策を進めた。代表例が、会社員の夫を持つ主婦は、収入が低ければ保険料を払わずに年金を受け取れる制度だ。

 それでも共働きは広がった。収入が低い主婦を優遇する制度は低賃金労働を誘い、賃金格差の一因となった。安倍政権はいま「女性の活躍」を掲げ、こうした「日本型」の施策の見直しにとりくむ。

 世界をみても、イタリアやスペインなど、家族の力に頼る国々で少子化が顕著だと指摘される。家族に負担がかかりすぎると、家族をつくることをためらうのは、当然の帰結だろう。

■支える世代を支える

 これから、家族の負担はもっと重くなる。日本は、多くの現役世代で1人のお年寄りを支えた「胴上げ型社会」から、1人で1人を支える「肩車型社会」へと突き進んでいる。

 現役世代は、税や保険料の重さに耐えられるか。親族の介護のため、仕事や出産を諦める人が増えないか。共倒れを防ぐ工夫が要る。

 第一に、人の力を最大限生かせる仕組みである。

 たとえば、介護や子育てなどの事情に応じて柔軟に働ける制度だ。オランダでは労働者が労働時間の短縮や延長を求める権利を定め、短いからといって待遇に差をつけることを禁じた。就業率も出生率も上昇した。

 第二に、お年寄りを支え続けるためにも、「支える世代を支える」ことである。

 三つの報告は、高齢者に偏る社会保障を見直し、子育て支援などに振り向けよと唱える。貧しいお年寄りへの配慮が前提だが、避けてはいられまい。

 日本創成会議は、口から食べることが難しい場合、胃にチューブを通す胃ろうなど「終末期ケア」のあり方も議論すべき時期だ、と踏み込んだ。人生の最後の時期をどのように過ごすのが幸せなのか、議論を促した。

 生まれる。死ぬ。

 人口減少は私たちに、命をみつめることを求めている。生き方、暮らし方の再検討を迫っている。社会全体での議論なしには、前に進めない。

中国機異常接近 習政権は常軌逸した挑発慎め

 一歩間違えば衝突事故につながりかねない、非常識かつ極めて危険な挑発行為である。看過することはできない。

 中国軍のSU27戦闘機2機が24日、東シナ海の公海上空を飛行していた海上自衛隊のOP3C画像情報収集機と、航空自衛隊のYS11EB情報収集機に異常接近した。

 現場は、日本の防空識別圏と、中国が主張する防空識別圏が重なる空域である。中国軍機はOP3Cには約50メートル、YS11EBには約30メートルまで近づいたという。

 国際法上、航空機同士が安全のため確保すべき距離は定められていないが、今回のような異常接近は国際常識から外れている。

 小野寺防衛相は「常軌を逸した近接行動だ」と中国を批判した。日本政府は外交ルートを通じ中国に抗議した。当然の対応だ。

 東シナ海では、中国とロシアが合同演習を実施していた。防衛省によると、自衛隊機は演習区域から離れた場所で通常の警戒監視任務中だったが、中国国防省は「自衛隊機が中露合同演習を偵察、妨害した」との声明を発表した。

 中国は過去にも、国家海洋局のヘリコプターや航空機が東シナ海で数回、海自の護衛艦の100メートル以内を近接飛行した例がある。

 今回は、ミサイルを搭載し、速度も速い戦闘機だ。より危険な示威活動を一方的に正当化しようとすることは許されない。自衛隊は安全に配慮しつつ、警戒監視活動をきちんと継続すべきだ。

 中国機の異常接近の背景には、「海洋強国」建設を掲げ、東・南シナ海で覇権の拡大を目指す習近平政権の強硬姿勢があろう。

 懸念されるのは、中国軍の現場部隊が今後も、過激な示威活動を繰り返しかねないことだ。

 昨年1月の海自艦船へのレーダー照射事件で明らかになったように、軍隊の国際常識に反する行為を明確に禁止する部隊行動基準(ROE)さえ中国軍には整っていない可能性が高いと見られる。

 レーダー照射に関しては、今年4月、中国で開かれた21か国の西太平洋海軍シンポジウムで採択された行動規範で、「回避すべき行動」に位置づけられた。

 日本は、米国や関係国と緊密に連携し、不慮の事故や衝突を防止する軍事的な国際行動規範やルールを策定して、中国に参加を粘り強く促すことが重要だ。

 制服組幹部間のホットライン設置などを柱とする日中の「海上連絡メカニズム」の協議も再開し、早期合意を目指したい。

福島原発地下水 海への放出で汚染水を減らせ

 事故が起きた原子炉の廃炉を進めるうえで、不可欠の作業である。

 東京電力福島第一原子力発電所から、くみ上げた地下水560トンが初めて海に放出された。

 政府と東電は、壊れた原発建屋への流入前に地下水を海へ放出すれば、建屋内で発生する汚染水を抑制できると期待している。

 海洋放出にこぎ着けたことで、難航する事故収束へ一歩前進したと言えよう。菅官房長官も、「汚染水対策の作業量が大幅に減少する」と述べている。

 今回放出した地下水は先月、敷地内の井戸からくみ上げ、貯蔵タンクに保管していたものだ。水質は、東電だけでなく、日本原子力研究開発機構と日本分析センターも検査し、外部の目で安全性を厳格に確認している。

 この結果を踏まえ、福島県や地元漁協などが放出を認めた。

 東電は今後、沿岸で捕獲した魚介類中の放射性物質が安全基準以下かどうかを測定し、漁業関係者に報告する。周辺海域の水質も検査し、原子力規制庁がその結果をチェックする。

 政府と東電は、こうした安全確保策を、国内外にしっかりと説明し、理解を得る必要がある。

 問題は、地下水を海洋に放出しても、汚染水の増加は依然として続くことである。

 敷地内のタンクにたまった汚染水は35万トンを超え、タンク数は900基近くに上っている。

 政府と東電は、建屋への地下水流入を完全に遮断する切り札として、「凍土壁」の設置を予定している。建屋を囲むように氷の壁を地下に設ける計画だ。

 すでに予備実験は成功しているが、肝心の着工は遅れている。原子力規制委員会が、安全対策の検討が不十分だ、と指摘しているためだ。凍土壁を保持する冷却機能が故障すれば、汚染水が流出しかねないとの懸念も示している。

 詰めを急いでもらいたい。

 汚染水から放射性物質を取り除く浄化作業も難航中だ。東電が設置した浄化装置「ALPS」に、故障や操作ミスなどのトラブルが続発している。

 ALPSを使えば、汚染水からやっかいな放射性物質がほとんど取り除ける。浄化してタンクに貯蔵すれば、漏えい時などのリスクが格段に軽減される。

 将来的には、浄化後の水の安全性を確認し、海に流すことも重要な検討課題となろう。ALPSの安定稼働に向け、政府、東電は全力を挙げねばならない。

2014年5月25日日曜日

治療の選択肢広げる混合診療の拡充を

 政府は、健康保険が使える保険診療と、保険が利かない自由診療を一連の治療の中で組み合わせる「混合診療」の拡大を検討している。患者の選択肢を広げる措置であり、具体化を急ぐべきだ。

 現在、混合診療は原則として禁止されている。保険診療は安全性・有効性が確認された治療であるのに対して、自由診療はそれらが保証されていないことなどが理由だ。実施した場合は、一連の治療全体が自由診療とみなされ、本来は保険が利く診療部分も含めて治療費が全額患者負担となる。

 この仕組みのままでは、海外では使われているのに日本ではまだ承認されていない医薬品や治療法など先進的な医療技術を患者が受けにくい。

 そこで政府は、例外的に混合診療が実施できる制度も設けている。専門家の会議が安全性・有効性をチェックした治療法については、実施できる医療機関も限定した上で認める仕組みだ。しかし、このやり方でも個々の患者の希望に迅速にこたえられず、使い勝手が悪いとして、政府の規制改革会議が改革案を示した。

 それによると、医師と患者が合意して実施する自由診療について、専門家組織が安全性などを即座に調べ、広く混合診療として実施できるようにするという。

 自由診療部分について審査する時間の短縮や、実施できる医療機関の拡大は患者の利便性向上につながる。政府はこの案に沿って着実に改革を進めてもらいたい。

 ただ、難病やがんの患者団体からは新しい仕組みについての懸念も出ている。医師と患者の合意といっても患者には十分な医療知識もなく、医師のいいなりに不確かな治療法を受けることになるといった不安だ。こうした点には目配りしつつ、混合診療拡充の是非とは別に、あやしげな自由診療の取り締まりを進める必要もある。

 安全性・有効性がきちんと確認された治療法であれば、そもそも混合診療という形ではなく、すべて保険が利くようにするのが理想だ。とはいえ高齢化で医療費が増え続ける中で、すべてを健康保険で賄う財政的な余裕はない。

 新たに開発される治療法などについて、どこまでを保険適用にし、どこからは保険外にするかといった議論は避けて通れない。費用対効果の観点からこのルールを作る検討も始まっている。しっかりと議論すべきだ。

ダンスを楽しく踊るには

 客にダンスを踊らせる「ダンス営業」は風俗営業法の対象となり、深夜の営業などが禁止される。こうした規制のあり方が時代にそぐわないとして、見直しを求める声が強まっている。

 風営法がつくられたのは戦後間もない1948年のことだ。当時はダンスホールが売春の隠れみのになるといった問題があり、規制が設けられた。だが社会情勢は大きく変わった。ダンスの営業を一律に縛るのではなく、新しいあり方を考えるときではないか。

 ダンス営業を行うには、都道府県公安委員会の許可が必要となる。営業時間は原則午前0時までで、18歳未満の立ち入りは禁じられる。住宅地や学校、病院などの近くでは営業できない。

 いまの規定では、カルチャースクールや公民館でのダンス教室も、営業として行えば原則、規制の対象となる。高齢者などの間で社交ダンスが流行している現状などを考えれば、こうした場を「善良な風俗の秩序を守るため」規制することに、首をかしげる人が多いのではないか。

 若い世代を中心に音楽やダンスを楽しむクラブについても、政府の規制改革会議が風営法の改正を提言するなど見直しを求める声が強い。客が増える深夜帯に営業できないため無許可で営業する店が多く、それを警察が摘発するという状況が続いてきた。

 クラブは若者の交流や文化発信の場にもなっている。一方で、風営法の規制とは直接関係ないものの、近隣の住民から騒音やごみ、迷惑行為などの苦情が多く寄せられているのもまた事実だ。

 超党派の国会議員でつくるダンス文化推進議連がまとめた風営法の改正案は、クラブなどの営業を午前6時まで認める一方、反社会的勢力の排除や青少年の深夜立ち入り制限は残すという内容だ。

 こうした動きも踏まえ、多くの人が納得できるルール作りを考えていきたい。もちろん、クラブ側にも、地域住民などから理解を得るための努力が求められる。

農協改革―「本業」重視で抜本策を

 政府の規制改革会議が、農業分野の改革案をまとめた。注目されるのは、農業協同組合(JA)グループをめぐる具体的な提言だ。

 ▼個々の農協の指導や政治への働きかけで中核となっている全国農業協同組合中央会(全中)は、農協法の根拠規定をなくし、必要なら任意の団体として活動してもらう。

 ▼個々の農協は、組合員のために肥料や農薬、機械などを購入し、農産品を販売する「経済事業」に集中する。

 ▼貯金や住宅ローンといった「信用(金融)事業」はグループ内の農林中央金庫に任せるか、農林中金からの窓口業務の受託にとどめる――。

 JAグループは、政治活動や事業ごとに全国・都道府県・各農協の3層構造を持つ「系統」組織だ。赤字続きの経済事業を信用事業の黒字で支える構造にもなっている。

 提言は、このJAグループの特性に切り込んだ。

 JA側は「グループの解体につながる。民間組織のJAに政府が口出しするのはおかしい」と激しく反発している。

 ただ、JAと日本の農政は切ってもきれない関係にある。

 多額の税金を投じてきても、農業がじり貧状態から抜け出せないのはなぜか。

 零細兼業農家が中心の米作などでは経営の大規模化が不可欠だが、JAは消極的だった。政治力の源泉である組合員数を維持したいという組織としての思惑が、大規模化を妨げる一因であることは否定できまい。

 規制改革会議がJAに投げかけたのは、各地の農協が主役となり、農家を支え、農業を強くするという「本業」に立ち返って競い合うべきだ、とのメッセージだろう。

 やる気のある大規模農家ほど農協を離れる。資材はJAより民間のホームセンターで購入する方が安いことも珍しくない。組合員も、農家以外の「准組合員」が農家の「正組合員」より多くなった。こうした現状を改めて見つめ直すべきだ。

 もちろん、農協のなかには民間企業と組んで加工・販売まで手がける「6次産業化」を先取りし、農産品の独自ブランド化や販路開拓に挑むなど、意欲的なところも少なくない。

 こうした取り組みをどう後押しするか。JAグループが4月にまとめた自己改革案は抽象的な記述が多く、物足りない。

 農業の低迷は、政府にもJAにも責任がある。それぞれが抜本的な改革案をまとめ、農業の強化を急ぐ必要がある。

国立競技場―立ち止まり議論し直せ

 2020年東京五輪・パラリンピックの主会場となる国立競技場の建て替えに、異論がわき上がっている。

 いまの施設を解体し、8万人収容のものを新築する計画に、建築家や市民グループ、学者らが見直しを求めている。

 指摘されている問題には、もっともな点も多い。国と実施主体の日本スポーツ振興センター(JSC)は、いったん立ち止まり、耳を傾けるべきだ。

 JSCは国際コンクールで選ばれたデザイン案をもとに、基本設計を進めている。だが、緑豊かで歴史ある神宮外苑に、この案のような巨大な施設はふさわしくないという意見は多い。敷地に余裕がないため、人や景観への圧迫感が強いからだ。

 経費にも疑問の声があがる。

 国費などで賄う建設費は、1300億円の想定が、規模を縮小したにもかかわらず約1700億円になっている。

 維持に必要な年間経費は、いまの5億~7億円から46億円に増える。JSCは企業への貸し出しなどで黒字を見込むが、思惑通りいかなければ、多額の公金負担の恐れがある。人口も税収も減ると予想される未来に、「つけ」を残すべきではないという意見には、うなずける。

 事業の進め方の情報が開かれていないのも大きな問題だ。

 関心が高い施設なのに、一般の人が意見を述べる機会はなかった。JSCのホームページでは、2年前のデザインコンクールの結果と昨年11月の有識者会議の資料が公開されているが、有識者会議は議事録はおろか、メンバーさえ書かれていない。情報が半年も更新されないのもお粗末だ。

 今後の議論の手がかりにと、世界的な建築家である伊東豊雄氏が、現在の競技場を改修する案を発表した。

 競技設備を新しく直し、観客席を2、3層にして、新築計画と同じ8万人収容にするプランだ。周囲への圧迫感も軽く、費用は半分ほどですむという。

 こうした対案も参考にして、21世紀の五輪にふさわしい競技場のあり方を、オープンに議論すべきだ。

 文部科学省は、19年のラグビーのワールドカップに間に合わせるため、解体・新築を急ごうとしている。しかし、横浜など立派な競技場はほかにもある。ラグビーを言い訳に見切り発車は許されない。

 新競技場は、多くの人がスポーツに親しみ、愛着を持てる場になってほしい。動き出したら止まらない、そんな古くさい公共事業にしてはならない。

国会改革 党首討論の定例化から始めよ

 自民、公明の与党と民主党、日本維新の会の4党実務者が国会審議の効率化と充実に向けた具体策をまとめた。昨年来の懸案が、ようやく前進したことになる。

 他党とも調整した上で、次の国会から適用すべきだ。

 4党案は、首相や閣僚の国会出席を軽減する代わりに、与野党の党首が論戦する党首討論を原則、毎月1回開催することが柱だ。

 欧米各国と比べて、日本の首相や閣僚は国会に拘束される時間が突出して長い。政府が国会で説明責任を果たすのは当然だが、国会答弁に追われて外交や内政にしわ寄せが生じるなら本末転倒だ。

 首相と閣僚の負担を減らし、本来の業務に力を振り向けさせるのは妥当な考え方である。

 4党の案は、首相の予算委員会出席を基本的質疑や締めくくり質疑、「必要と認められる特定の事案に関する集中審議」に限定した。この規定を拡大解釈せず、首相の出席は抑制すべきだろう。

 負担軽減の一方で、党首討論を活用する意義は大きい。集団的自衛権行使を巡る憲法解釈の変更問題や、安倍政権の経済政策「アベノミクス」、社会保障制度改革など、政党のトップ同士が論ずべき課題は多い。

 現在も党首討論は、週1回開催を原則としているが、首相が本会議や予算委などに出席する週は開かないとの申し合わせがある。

 野党は、党首討論より審議時間を確保しやすい予算委を優先していることなどから、今年は一度も開かれていない。今度こそ定例化を実現し、大局的な観点からの論議を充実させるべきだ。

 議員提出法案の審議を充実させるため、議員同士による自由討議を活用するという。多くの法案は内閣提出だ。議員立法の活用も進めねばならない。

 閣僚の海外出張を基本的に容認し、副大臣や政務官らが対応するとした。国会議員が質問内容を早い段階で政府に通告し、答弁準備にあたる官僚の負担を軽減させるという。いずれも国会審議を効率化する効果が期待できる。徹底してもらいたい。

 物足りないのは、衆参のねじれに対応する取り組みを見送ったことだ。ねじれ国会では、野党は衆参両院の同意を必要とする国会同意人事を否決し、政権を揺さぶった。同意人事の範囲を絞るなどの見直しを検討してはどうか。

 与野党は、ねじれが解消した今こそ、こうした課題に冷静に取り組むべきである。

がん患者の就労 治療との両立支援が必要だ

 働く意欲と能力のあるがん患者が増えている。働きやすい職場環境を整え、治療と仕事の両立を支えることが重要だ。

 厚生労働省によると、医療の進歩により、がん診断後5年の生存率は6割近くに向上した。働きながら治療しているがん患者は32万人に上る。

 一方で、働く世代でがんになる人は毎年20万人を超えている。診断を受けた時点で勤務していた人の3人に1人が退職や解雇で職場を去ったとの調査もある。多くのがん患者が、やむなく仕事を辞めているのではないか。

 問題は、残業の免除など、がん患者の就労支援に取り組む企業が1割にとどまることだ。半数以上はがんと診断された従業員数も把握していない。病気という個人情報に立ち入りにくいためだ。

 がんが「長く付き合う慢性病」となり、働ける患者もいることが、社会に十分認識されていない。職場でもいまだに退職して当然と思われていたり、本人が周囲の反応を心配して、病気のことを言い出せなかったりする。

 がんの治療経過や体調の変化は人それぞれだが、一定期間を過ぎれば比較的安定する場合が多い。通院しながら、責任ある立場で働いている人も少なくない。政府は、がんの正しい知識の普及・啓発に努めてもらいたい。

 働く世代の患者にとって、仕事は生きがいや治療の励みになる。高額な治療費負担のため、働かざるを得ない事情もある。

 政府も、2012年に閣議決定した「がん対策推進基本計画」で、就労支援など働く世代への対策を重点課題に掲げた。

 昨年度からは、ハローワークに専門相談員を配置し、患者の状況に応じた就職先を開拓するモデル事業が始まった。がん治療の拠点病院で専門相談員が出張相談を行う取り組みも進めている。こうした支援策を広げるべきだ。

 無論、企業の役割は大きい。

 患者側は、時間単位の有給休暇取得や短時間勤務制度など、治療に合わせて使える柔軟な休暇・休職制度を要望している。産業医らを交え、仕事の負担軽減や配置転換などを率直に話し合える体制作りも望まれる。

 併せて、がん検診の受診率向上など、予防と早期発見の取り組みを強化する必要がある。

 雇用延長で職場の高齢化が進み、働くがん患者は一層増える。意欲と体力に応じて働き続けてもらうことは、社会・経済の活力を維持する上でも役立つだろう。

2014年5月24日土曜日

タイ政治はクーデターで立て直せるのか

 政治の混迷が続いていたタイで軍がクーデターに踏み切った。経済や社会にまで混乱が広がっていたとはいえ、民主主義と法の支配を損なう行動は残念だ。

 プラユット陸軍司令官は「全勢力に公平を期した国家改革」を目指すと表明した。その言葉通り、根深い党派対立を克服して政治が機能する体制を整え、早期に民政に戻してもらいたい。

 政治対立の構図ははっきりしている。8年前のクーデターで政権を追われたタクシン元首相を支持する勢力と、元首相の影響力排除を目指す勢力の争いだ。

 元首相の妹であるインラック首相が率いる政権に反発して、反タクシン派は昨年10月末からデモをくり広げてきた。首相は事態を打開しようと下院を解散し総選挙に打って出たが、反タクシン派の選挙妨害で無効となった。

 さらに今月7日、首相は憲法裁判所の判断で失職した。政治の機能不全が深刻になる中で軍はまず全土に戒厳令を敷き、独自の調停案を示して両派に妥協を促した。それが不調に終わったのでクーデターを断行したようだ。

 懸念されるのは、政権を追われたタクシン派の反発がどんな形で出てくるか、だ。タイではクーデターが比較的平穏に進むことも少なくないが、軍政への抵抗が高まると流血をともなう惨事に発展するおそれが浮上する。

 そんな事態が実際に起きたのが1991年のクーデターの後だった。この時はプミポン国王じきじきの調停で収束したが、いま国王は高齢で体調がすぐれない。軍は治安を保つ一方で「公平」という看板に疑念をまねかないよう、十全の目配りを求められる。

 一方、対立するばかりで軍の政治介入を招いた両派は、真剣に反省すべきだろう。タクシン派は議会での優位に頼り、反タクシン派の不満への配慮を欠いた。反タクシン派は建設的な話し合いを目指そうとしなかった。

 クーデターを受けてタイの株価や通貨バーツは一時、急落した。タイに進出した日本企業の一部は操業短縮を余儀なくされた。タイの景気はすでに失速しつつあるだけに、心配だ。

 米政府がタイへの軍事支援見直しを打ち出すなど、外交面でも悪影響は避けられない。軍、タクシン派、反タクシン派は、タイの国益を最優先して政治の立て直しに取り組む必要がある。

資源輸出規制の撤廃を促せ

 有力な資源国であるインドネシアが鉱物の輸出を規制し、非鉄金属の相場が高騰している。自国産業を優先する保護主義的な輸出規制は世界の経済成長を阻害する。政府は世界貿易機関(WTO)への提訴も視野に入れ、同国に規制の撤廃を促すべきだ。

 インドネシア政府は1月、自国製錬業の育成を目的とする新鉱業法を施行した。これによりニッケルや銅鉱石の輸出は実質的に禁止された。

 影響が深刻なのは日本の輸入でインドネシア産が4割を占めるニッケルだ。世界屈指のニッケル鉱山を持つロシアの情勢も混迷し、国際指標となるロンドン市場の先物相場は年初に比べ一時5割も上昇した。日本国内ではニッケルを原料に使うステンレス製品も値上がりしている。

 世界シェアの高い資源を自国の産業向けに優先的に供給し、輸出を絞る考えは中国が実施したレアアース(希土類)などの規制と同じだ。中国の輸出規制については3月にWTOが、環境や天然資源の保護が目的だとする中国の主張を退け、協定違反と判断した。

 インドネシアの輸出規制についてもWTOへの提訴は選択肢になる。ただ、その前に2国間でよく話し合い、自由貿易を尊重し、国内外同じ条件で競争することが国内産業の育成にも役立つことを訴えてほしい。

 資源の輸出規制で自国産業を育てようとする保護策は南アフリカ共和国などでも浮上している。各国は自由貿易の恩恵を受けて成長していることを忘れてはならない。大部分の資源を輸入に頼る日本が先頭に立って、自国優先の輸出規制が広がらないように働きかけるべきだ。

 同時に日本企業は、不可欠な資源や燃料の確保が難しくならないように、調達先を多様化し、それぞれの国の企業と安定した関係を築いてもらいたい。調達先の分散が難しい希少資源はリサイクル利用や省資源の技術を磨く努力が求められる。

タイの政変―力ずくでは解決しない

 タイで軍がクーデターに踏み切った。憲法を停止し、夜間の外出や5人以上の集会を禁じた。マスコミ報道やソーシャルメディアも規制している。

 昨年11月から続く政治的な混乱を収め、これ以上の流血を防ぐことが目的という。

 確かに首都中心部を占拠する街頭デモが終わる気配はなく、総選挙は無効となり、事態収束の見通しは立たなかった。

 しかしだからといって、民主主義の原則にもとる強権発動を是とするわけにはいかない。

 長く混迷する政情不安の引き金を引いたのは、ほかならぬ軍である。06年にクーデターでタクシン元首相を追放し、裁判所や捜査機関に息のかかった関係者を送り込んだ。新憲法を制定し、上院の半数を民選から指名制に切り替えた。

 こうした「改革」を進めても、その後2度の総選挙では、タクシン派政党が勝った。

 今回も反政府派が再び街頭活動を強め、裁判所が選挙を無効とし、インラック首相を失職させた。そして軍の出動である。

 軍は戒厳令を先行させ、仲裁の立場を装ったが、話し合いは1日だけ。結局は反政府派の筋書き通りにことは進んでいる。

 タクシン派の団体はかねて、「クーデターがあれば内戦だ」と軍を牽制(けんせい)してきた。彼らはこの間、都市中間層を中心とする反政府派から選挙結果を否定され、侮辱的な言葉を浴びせられ続けた。その恨みは深い。

 軍がタクシン派の指導者らを拘束し、部隊を展開して力で押さえつけても、抜本的な解決にはつながらない。

 ここで反タクシン色の強い人物を首班にすえ、さらにタクシン派排除の政権運営を進めれば亀裂は深まるばかりだ。

 タイでは1932年の立憲革命以来、多くのクーデターが繰り返されてきた。軍が動き、国王が承認すれば、それで政治状況はいったんリセットされた。

 しかしグローバル化のなかで国民の多くが政治意識に目覚めた昨今、超法規的な手法は通用しなくなっている。国論が二分しているときに国王を巻き込めば、その権威は低下する。

 権力を一元的に掌握した以上、軍は混乱収束へ向けた展望と、民政に戻すタイムテーブルを速やかに示す義務がある。

 日本との関係が深い国だ。4千社近くも日系企業が進出するなど、東南アジアのなかでも経済的に最も近い関係にある。

 日本を含む国際社会は、選挙を尊ぶ民主主義への道筋からこれ以上逸脱しないよう、軍などに働きかけるべきだ。

年金受給年齢―信頼をこわさぬように

 「年金を何歳から受け取り始めるか」という議論が、メディアで話題を集めている。きっかけは田村厚生労働相が、75歳まで遅らせる選択肢を検討する意向を示したことだ。

 年金の受給開始年齢をめぐる議論は誤解も生みやすい。公的年金の生命線である「信頼感」を損ねないよう注意深く進めるべきだ。

 まず、厚労相は「75歳からしか受け取れなくする」と言ったわけではない。

 いま、年金を受け取り始める年齢は60歳から70歳の間で自由に選べる。それを最長75歳まで遅らせることを可能にしてはどうかという提案だ。

 早くから受け取れば、もらえる期間が長くなり、その分、1カ月あたりの年金額は減る。逆に遅くすれば、月額は増える。これは個々人が自分の人生設計に照らして考えればいい。

 問題は、年金財政を好転させるために、受給開始年齢を一律に遅らせる考え方だ。当面の年金給付額が削減される分、将来世代に年金を払う原資が増えるメリットがある。

 ただ、若い世代はみなメリットがあるかと言えば、そうでもない。年齢の引き上げは一気にできないからだ。

 現在、厚生年金(報酬比例部分)の受給開始年齢は60歳から65歳に段階的に引き上げられているが、これも決定から完了まで25~30年かけている。

 仮に現時点で受給開始年齢を一律に68歳に引き上げることを決めても、今の高齢者には影響を与えない。

 給付削減は、年金に強い不信を抱く若い世代から始まることになり、世代間の格差を緩和する効果は薄い。不満は一層高まり、老後を支える社会システム全体への不信の爆発へと連鎖する恐れがある。

 それより、すでに年金を受け取り始めている層にも効く改革案、たとえば人口減少などにあわせ給付を抑える「マクロ経済スライド」の早期発動、年金や資産への課税見直しなどを優先的に検討すべきだろう。

 生きている限り、生活を支えられる現金が受け取れる――。この安心感を担保するため、高齢者雇用を広げながら、どのくらいの年金水準を維持すべきかを考えていきたい。

 年金財政の帳尻を、給付削減で合わせようとするあまり、多くの国民が「年金がない。あっても低すぎる」と絶望に陥ってしまっては元も子もない。

 老後の生活は、雇用と年金をあわせて支えていく。この視点を忘れるべきでない。

タイクーデター 軍の全権掌握に正統性はない

 政治混迷の続くタイで軍がクーデターに踏み切った。事態の先行きは一層不透明になった。

 タイのプラユット陸軍司令官が22日、「軍が国家の全権を掌握した」と発表した。20日の戒厳令発令に続くクーデター宣言だ。

 タクシン元首相派の政権は崩壊し、当面、軍首脳らで構成する「国家平和秩序維持評議会」が国家運営にあたる。プラユット氏が首相代行を務める。政権退陣を求めていた反タクシン派の立場に沿った政変と言えよう。

 クーデターは、2006年に不正蓄財疑惑で批判されたタクシン首相が失脚させられて以来だ。

 タイには、軍がクーデターにより、政治混乱の収拾を図ってきた歴史がある。今回は、下院が解散したまま、首相が失職するという異常事態を受けて、軍が混迷に終止符を打とうとしたのだろう。

 軍は、安定化への道筋を付け、その後に民政移管することを考えているとみられる。

 しかし、どのような理由であれ、軍が、民主的な手続きを無視し、力によって政権を打倒する行為は、到底容認できない。

 全権を掌握しても、軍に正統性がないのは明らかだ。夜間外出禁止令や、集会の自由の制限なども課し、人権を抑圧している。

 岸田外相が、遺憾の意を表明した上で、「民主的な政治体制が速やかに回復することを強く求める」と述べたのは当然だ。ケリー米国務長官も、軍の行動に「失望している」と厳しく批判した。

 軍は今後、政治の安定に向け、各派との粘り強い対話を通じ、着地点を探すことが求められる。

 タクシン派は自派に有利な現行選挙制度での総選挙実施を訴えてきたが、反タクシン派は選挙制度改革を優先させるよう求めている。軍を含む各当事者が満足する結論を出すのは容易ではない。

 懸念されるのは、タクシン派がデモを強行し、軍と衝突することだ。10年には、軍がタクシン派デモを武力鎮圧し、90人以上が犠牲になった。惨事を繰り返さぬよう、双方に自制が求められる。

 政治の混迷が、タイの経済に与える悪影響は計り知れない。消費低迷などで、既に成長の減速傾向が鮮明になっている。政府機能が十分に働かず、予算編成や大型投資の認可でも弊害が出ている。

 日本企業をはじめ、外国資本はクーデターが繰り返される政治風土自体を、タイのリスク要因と見なしている。軍は、そのことを肝に銘じるべきである。

歯科の滅菌問題 院内感染防止策を徹底せよ

 多くの歯科で、医療機器の滅菌処置が不十分な実態が明らかになった。院内感染防止策の徹底が急務である。

 患者の唾液や血液に触れる歯科の医療機器には、病原菌を他の患者にうつすのを防ぐ措置が欠かせない。

 例えば、歯を削るドリルの柄の部分は、院内感染対策を示した日本歯科医学会の指針で、患者ごとに交換し、高温の蒸気で滅菌するよう定められている。

 ところが、患者ごとに必ず交換している歯科医療機関は34%に過ぎないことが、国立感染症研究所などの調査で分かった。

 「交換していない」という回答も17%に上った。簡単なアルコール消毒や洗浄で済ませ、繰り返し使っている歯科も多いのではないか。これではウイルス感染の恐れが残ってしまう。

 歯科の患者には、感染症への抵抗力が弱い乳幼児や高齢者も多い。感染防止策の心もとない実態には不安が募る。

 歯科での院内感染は、原因の特定が難しいこともあり、国内では報告されていない。だが、表面化していないケースはないのだろうか。米国ではB型肝炎などの院内感染例がある。

 院内感染を防ぐには、歯科医ら医療スタッフ自らが病原菌から身を守ることも大切だ。患者から医師らが感染し、他の患者にうつす可能性があるからだ。

 今回の調査では、B型肝炎ワクチンを接種している歯科医は約6割にとどまった。患者の血液や唾液の飛散から防護する眼鏡やマスクの着用も徹底されていない。

 健康に見える人でも、病原菌を持っている場合がある。どの患者も感染源になりうるという前提で対策を講じることが肝要だ。

 日本では、医療行為を介した感染被害が繰り返されてきた。代表例が、予防接種の注射器の使い回しによる肝炎感染である。

 厚生労働省は2010年、病院に対し、専門の感染対策チームを常駐させれば、診療報酬を上乗せする仕組みを導入した。

 歯科でも、機器を滅菌して患者ごとに交換すれば、診療報酬の加算が認められているが、金額は病院に比べて大幅に少ない。

 歯科医の増加で、歯科医院は過当競争になっている。経営が苦しく、高額な滅菌装置を設置する余裕のないところもあるという。

 歯科医療の安全性を高めるため、政府と歯科関係者は、診療報酬のあり方も含め、具体策を検討してもらいたい。

2014年5月23日金曜日

大飯差し止め判決への疑問

 関西電力大飯原子力発電所3、4号機について、福井地裁が運転再開の差し止めを命じた。東京電力福島第1原発の事故後、同様の差し止め訴訟が相次いでいるなかで初めての判決だ。

 裁判では、関電が想定する地震の揺れの強さが妥当か、事故時に原子炉を冷やす機能を維持できるのかなどが争点になった。判決は「(関電の対策は)確たる根拠のない楽観的な見通しのもとに成り立つ脆弱なもの」と断じた。

 疑問の多い判決である。

 とくに想定すべき地震や冷却機能の維持などの科学的判断について、過去の判例から大きく踏み込み、独自の判断を示した点だ。

 判決は関電の想定を下回る揺れでも電源や給水が断たれ、重大事故が生じうるとした。地震国日本では、どんなに大きな地震を想定しても「それを超える地震が来ない根拠はない」とも指摘した。

 これは原発に100%の安全性を求め、絶対安全という根拠がなければ運転は認められないと主張しているのに等しい。

 国の原子力規制委員会が昨年定めた新たな規制基準は、事故が起こりうることを前提に、それを食い止めるため何段階もの対策を義務づけた。「多重防護」と呼ばれ、電源や水が断たれても別系統で補い、重大事故を防ぐとした。

 判決はこれらを十分考慮したのか。大飯原発は規制委が新基準に照らし、安全審査を進めている。その結論を待たずに差し止め判決を下したのには違和感がある。

 関電は判決を不服として控訴した。原発の安全性をめぐる科学的判断に司法はどこまで踏み込むのか、電力の安定供給についてどう考えるのか。上級審ではそれらを考慮した審理を求めたい。

 一方で、判決が住民の安全を最優先したことなど、国や電力会社が受け止めるべき点もある。安全審査が進むなか、住民の避難計画づくりが遅れている。安全な避難は多重防護の重要な柱だ。自治体の計画づくりを国が支援し、電力会社も説明を尽くすべきだ。

日米協議の詰めを急ぎTPP交渉決着を

 シンガポールで開いた環太平洋経済連携協定(TPP)交渉の閣僚会合で、大筋合意に向けた道筋がようやく見えてきた。日米など交渉12カ国による共同声明は「交渉妥結に何が必要か、見解を共有した」と記し、残る課題が絞られてきたことを示した。

 決着を目指す機運が高まったことを歓迎したい。前回の2月の閣僚会合では、自由化を主導すべき日米が2国間協議で膠着状態に陥り、他の10カ国に「模様ながめ」の空気が漂っていた。今回の会合で各国が積極姿勢に転じたのは、日米間の協議が前進し、障壁だった対立の構図が薄れたからだ。

 交渉の勢いを維持しなければならない。そのためには日米が最終的な詰めを急ぎ、日米合意の内容を堂々と各国に示す必要がある。具体的にどこまで合意したのか分からない曖昧な状態のままでは説得力に欠け、交渉全体を力強く推し進める力にはならない。

 これから先は時間との戦いになる。推進役の米国が、11月に議会の中間選挙を控えているからだ。オバマ政権の通商政策は、ますます議会や特定業界の意向に左右されやすくなる。

 労働組合や自動車産業など保護主義的な勢力は、個別議員への影響力が大きい。日本への輸出を増やしたい豚肉業界なども、強硬姿勢を求めて強い声を上げている。中間選挙が近づくほど、オバマ政権は譲歩しにくくなる。日米に残された時間は多くない。

 日米両国の経済規模はTPP交渉国の約8割を占める。日米協議で決まる措置は、TPP域内の自由化の実質的な水準の目安となるだろう。牛肉・豚肉、乳製品などの関税の引き下げ幅や、自由化にかける期間、セーフガード(輸入制限措置)などが日米間で具体的にどう決着するかによって、各国の対応は変わってくる。

 日米の交渉担当者は「21世紀型の自由貿易協定」というTPPの看板に恥じない中身で、合意を築いてほしい。見かけ上の関税率の数字でなく、経済的に意味がある実質的な市場開放が重要だ。

 関税による保護に頼らない強い農業を築く改革の実行が、安倍政権の急務だ。一時的に不利益を被る農家や企業を支援する移行措置が必要になる場合もあるだろう。TPP交渉が大詰めを迎えた今こそ、こうした国内対策を含めて、通商政策と農業政策の知恵の絞りどころである。

裁判員制度5年―社会で経験蓄え育てよう

 すでに約5万人が担い、6千人以上に判決を言い渡した。

 くじで選ばれた市民6人が、裁判官3人と刑事事件を裁く裁判員制度が始まって5年たつ。

 裁判への市民参加は、先進国では一般的だ。しかし、日本では1943年まで15年間あった陪審制以来のこと。司法における戦後最大の改革だった。

 「ふつうの市民にできるのか」「辞退続きで裁判にならないのでは」。そんな懸念があったなか、おおむね順調に進んできたといえるだろう。

 市民を迎え入れた法廷は、以前よりも直接証拠を見聞きすることを重んじるようになった。わかりやすい裁判へと変化しつつあるのは評価できる。

 だが、判断に市民の感覚を採り入れ、ひいては司法への信頼を高めるという本来の目的は、どこまで進展しただろうか。

 さらに実のあるものにするための課題は少なくない。

■冤罪を防ぐ市民の目

 まず見直すべきは、裁判員裁判の対象の狭さだろう。

 殺人、強盗致死など重大事件に限られ、公判になる事件の2%にとどまる。大方は被告が罪を認めた事件で、裁判員が悩むのはもっぱら刑の重さだった。

 刑事裁判は有罪率が100%近く、検察が主張する有罪を確認する場だと指摘されてきた。それをふまえれば、有罪か無罪かの判断にこそ市民の目を生かすべきではないか。

 厚生労働省の村木厚子さんが巻き込まれた郵便不正事件、警察が捏造(ねつぞう)した鹿児島県議選事件、痴漢の誤認などをみても、冤罪(えんざい)のリスクは重大事件だけでなく身近な事件にもある。

 被告が起訴内容を争っている事件には裁判員が関与できるよう、対象を広げるときだ。

 死刑の選択に市民が直接向き合うようになったのも、裁判員制度がもたらした変化である。

 ことし3月末までに裁判員裁判で28件の死刑の求刑があり、21件で死刑、6件で無期懲役刑、1件で無罪の判決が出た。

 死刑判決のうち3件は、控訴審で無期に減刑された。

 誤判のおそれは常にある。死刑は執行したら取り返しがつかない。その決定の手続きには一点の疑いもあるべきではない。

 しかし、いまの評決ルールは多数決だ。多数意見に1人以上の裁判官が入る必要があるものの、5対4でも死刑は決められる。慎重な上にも慎重なルールとは言いがたい。

 死刑を続ける先進国は、日本以外には米国の一部の州があるだけだが、米国でも近年、死刑の選択はほかの手続きより厳格なものに改めてきた。

 日本弁護士連合会は、死刑評決は全員一致にすべきだと唱える。議論が尽くされたといえない点であり、再検討を要する。

■たゆまぬ検証の場

 裁判員制度はいまだ、完全なしくみとはいえない。絶えず見直し、改善策を検討する常設の場をつくるべきだ。

 法務省の検討会は、最初の3年間の検証をした。だが、長期にわたる事件を対象から外すなど小幅の提言をした報告書を昨年まとめて終わった。

 裁判所は独自に裁判員経験者へのアンケートなどを通し、改善点を探っている。だが、制度全体の検証は、裁判所から独立してなされるべきだろう。

 例えば、制度の成否を握るのは、裁判官と裁判員が対等に議論できるかだと言われてきた。市民参加が「お飾り」にもなりかねないからだが、十分な検証はされていない。

 裁判員を務めて急性ストレス障害になったとして国を訴えたケースもあった。終了後の心理面の支援にも考慮がほしい。医療の専門家らも加え、制度の改善を考えていく必要がある。

■根づかせる工夫を

 最高裁が毎年行う世論調査で「裁判に参加したい・してもよい」と答えた人は09年度の19%から昨年度は14%まで落ちた。

 候補になったが辞退する率は、09年の53%から昨年の63%へと増えている。

 制度が定着とは逆行しているように見えるのはなぜか。

 「裁判員の経験を社会で共有できていないことが妨げとなっている」。この制度と社会のかかわりをみてきた飯(いい)考行・専修大学准教授はそう語る。

 打開策の一つは、生涯課される守秘義務の見直しだ。裁判員法は評議の大まかな流れや判決に対する意見を述べることを禁じており、経験を話題にすることさえ、ためらわせがちだ。

 だが、罪と罰に悩む現場での市民体験は、司法への理解を深める公共財ともいえる。閉じ込めるのではなく、社会全体で蓄え、高めてゆくべきものだ。

 経験者がつながり、公開の場で語る試みも始まっている。そうした工夫がもっと欲しい。

 社会の正義は、「お上」にまかせるものではない。市民一人ひとりが考え、かかわることが健全な民主社会を形づくる。

 そのはずみになるよう、裁判員制度を成長させたい。

厚木騒音訴訟 飛行差し止めの影響が心配だ

 高度な公共性を有する自衛隊機の飛行を差し止める初めての司法判断である。自衛隊の活動への悪影響が懸念される。

 海上自衛隊と米海軍が共同使用する厚木基地の第4次騒音訴訟で、横浜地裁は、夜間・早朝に限って自衛隊機の飛行差し止めを命じる判決を言い渡した。

 「防衛相がやむを得ないと認める場合を除き」との条件を付けた上で、午後10時から翌午前6時までの飛行を禁じた。

 判決は「差し止めても公共性、公益上の必要性が大きく損なわれることはない」と説明するが、評価は分かれるだろう。

 人口密集地に位置する厚木基地では、夜間・早朝には自衛隊機の訓練飛行を行わないとする内部規則が存在する。しかし、任務が深夜に及ぶことは少なくない。昨年度は約80回の離着陸が午後10時~翌午前6時に行われた。

 小野寺防衛相が「受け入れがたい部分がある」と指摘したのは、自衛隊の任務への影響を懸念してのことだろう。

 海自は厚木基地に、潜水艦などを探知する哨戒機P3Cや救難飛行艇など約40機を配備し、警戒監視や離島の急患搬送などを担っている。米海軍も、空母艦載の戦闘攻撃機FA18や早期警戒機E2Cなどを配備している。

 中国が日本の太平洋側に艦船などの活動範囲を広げる中、厚木基地の重要性は高まっている。判決が、緊急時における海自の活動の足かせにならないだろうか。

 今回、原告の周辺住民らは、行政訴訟により飛行の差し止めを求めた。判決は、自衛隊機の飛行が行政訴訟の対象となる「公権力の行使」に該当すると判断し、差し止めを認めた。

 こうした判断は、嘉手納、普天間、小松、岩国、横田の5基地に関して係争中の騒音訴訟にも影響する可能性がある。基地の運用に支障が生じないとも限らない。

 判決は「騒音の大半は米軍機によるもの」と認定したが、米軍機の飛行差し止めについては認めなかった。訴えについて、「国の支配が及ばない第三者の行為の差し止めを求めるもの」と判断した点は、うなずける。

 厚木基地訴訟で、被告の国は、1996年に確定した第1次訴訟から騒音の損害賠償を命じられてきた。今回の判決での賠償額は、最大の約70億円に上っている。

 騒音被害の軽減に向け、政府は米軍に協力を求めていく必要がある。周辺地域の防音対策にも一層、力を入れてもらいたい。

中露接近 米への対抗で思惑が一致した

 力による一方的な現状変更を試みて国際社会に指弾されている中国とロシアの首脳同士が、緊密な連携を誇示した。

 中露に圧力をかける米国への挑戦的な姿勢をアピールしたと言えるだろう。

 習近平・中国国家主席とプーチン露大統領が、上海で会談した。共同声明も発表し、両国間の戦略的協力関係を新たな段階に引き上げると宣言した。

 米国の「アジア重視」政策に反発する中国と、ウクライナ領のクリミア編入を巡って米国や欧州諸国、日本から制裁を受けるロシアとの思惑が一致したのだろう。他国による「内政干渉」や「一方的制裁」への反対も表明した。

 会談に合わせて行われた中露海軍の合同演習開幕式にも、両氏はそろって出席した。日米同盟に対する露骨な牽制けんせいとみられる。

 両氏が、歴史問題で歩調を合わせたことも懸念材料である。

 共同声明は、第2次大戦後70年の来年に、「ドイツのファシズムと日本の軍国主義」に対する戦勝祝賀行事を共催することを確認し、「歴史の改ざんと戦後秩序の破壊に反対する」と強調した。

 名指しされた日本政府が「日本は歴史と正面から向かい合い、平和国家を築き上げてきた」と反論したのは、当然である。東シナ海や南シナ海、ウクライナで国際秩序の「破壊」を試みているのは、中露の方ではないか。

 ただ、中露接近に同床異夢の側面があることも確かだろう。ロシアは、北極海にまで触手を伸ばし始めた中国の海洋進出を警戒している。中国も、国内に少数民族の分離独立運動を抱え、ロシアのクリミア編入を支持できない。

 問題なのは、首脳会談後のアジア相互協力信頼醸成措置会議の基調演説で、習氏が、新たな安全保障構想を提唱したことだ。アジア各国が対等な立場で協力を進めることを原則とするという。

 「アジアの問題はアジアの人々が処理し、アジアの安全はアジアの人々が守る」とも語った。

 アジアの安全保障は、米国ではなく、中国が主導するとの決意を表明したものと言える。

 独善的な姿勢を強める中国と、どう向き合っていくか。

 日本は、米国との同盟関係を軸に、アジア諸国が結束を強化するよう働きかける必要がある。

 東アジア首脳会議や東南アジア諸国連合(ASEAN)地域フォーラムなど、アジアの安全保障問題について協議する多国間の枠組みを積極的に活用すべきだ。

2014年5月22日木曜日

中ロが目指す国際秩序に漂う危うさ

 中国の習近平国家主席とロシアのプーチン大統領はどんな国際秩序を目指そうというのか。そんな疑問を抱かせる会談だった。

 上海で開いた中ロ首脳会談の後で発表された共同声明は「もっと公正で合理的な国際秩序」を目指すとうたい、「他国の内政への干渉」や「一方的な制裁」への反対を打ち出した。

 ロシアのクリミア編入に対する日米欧の制裁や、サイバー攻撃によるスパイ活動容疑で米国が中国の軍人5人を起訴したことなどを念頭に、日米欧をけん制する狙いと受け止められている。

 問題は、中ロがこうした主張で他国をけん制するだけで、自らを省みていないことだ。たとえば、ロシアが武力を背景にクリミアを編入し、ウクライナの内政に圧力を加え続けていることに、共同声明は触れていない。

 共同声明は「第2次世界大戦後の国際秩序を壊そうとするたくらみ」への反対も明記した。日本をけん制したい中国にロシアが同調した形だが、クリミア編入で戦後秩序を揺るがしているのは、ほかでもなくロシアである。

 習主席がクリミア編入に注文をつけた形跡はうかがえない。東シナ海や南シナ海での動きを踏まえるなら、中国もまた力任せに戦後秩序を壊そうとしているのではないか、との疑念さえ浮かぶ。尖閣諸島の周辺で中国の公船が日本の領海への侵犯を繰り返しているだけに、警戒せざるを得ない。

 習主席は21日、アジアの安全保障に関する国際会議で「アジアの安全はアジアの人々が守る」と述べた。米国の影響力の排除を目指す構えといえる。中ロなど26カ国・地域が加わるこの会議で、日米はオブザーバーでしかない。

 そして会議に合わせるように中ロの海軍が東シナ海で合同演習を実施し、両首脳は上海での演習の開幕式に出席した。会議の正式メンバーのなかで圧倒的に強大な軍事力を持つ両国が、その力を誇示してみせた格好だ。

 中ロはロシアから中国への天然ガス輸出交渉の妥結にこぎつけ、両国の経済関係の強化で成果をあげた。ただ、高性能兵器の輸出交渉は決着せず、安全保障の分野では微妙なズレもうかがえる。

 こうした「綾(あや)」に目配りしながら、中ロが国際秩序を守り育む建設的なパートナーになるよう働きかける。日本は難しい外交を進めなくてはならない。

総合的な空き家対策を急げ

 放置された空き家が全国で増加している。倒壊するおそれなど様々な問題が起きている。早急な対策が必要だ。

 2008年の住宅・土地統計調査によると、空き家の数は全国で757万戸にのぼる。10年前より3割増えた。住宅の総戸数の13%に住人がいない計算になる。

 老朽化して管理が行き届かない家屋は地震などで倒壊する可能性がある。ごみが散乱して問題になる場合もある。放火のような犯罪の温床にもなりかねない。

 住宅の管理は基本的には所有者の義務だが、このまま放置するわけにはいかないとして条例を作り対策に乗り出す自治体が増えている。自治体の対応だけでは限界があるため、国も自民党を中心に法案を検討中だ。

 法案では市町村が固定資産税の納税情報をもとに所有者を調べることを認め、敷地に入って調査する権限も盛り込んでいる。登記手続きの不備で所有者すら判然としない物件があるためだ。

 そのうえで、問題がある物件を指定し、所有者に修繕や解体を促す。従わない場合には強制的に撤去することも可能にする。人口が減るなかで今後も空き家は増えるとみられ、こうした対策はもはや避けられないだろう。

 空き家問題では税制の不備を指摘する声もある。住宅が建っている宅地の固定資産税は特例で軽減されているが、更地にすると特例が受けられなくなるためだ。

 一方で人が暮らしていないのに優遇するのはおかしいとの意見もある。どういう税制にすれば空き家解消に効果的で公平性も保てるのか、よく考える必要がある。

 資産として活用する視点も不可欠だ。リフォームすればまだ使える物件は少なくない。

 空き家の急増は新規建設を重視してきた日本の住宅政策の結果ともいえる。中古住宅の流通市場がもっと整備されていれば、これほど増えなかったのではないか。空き家問題を日本の住宅のあり方を再考するきっかけにしたい。

大飯差し止め―判決「無視」は許されぬ

 東京電力福島第一原発事故の教訓を最大限にくみ取った司法判断だ。電力事業者と国は重く受け止めなければならない。

 関西電力大飯原発3、4号機(福井県おおい町)をめぐり、福井地裁が再稼働の差し止めを命じた。

 関電側の想定をはるかに上回る地震の可能性が否定できず、少なくとも250キロ圏内の住民に重大な被害を及ぼす恐れがある、と判断した。

 裁判長は、福島原発事故で15万人が避難を余儀なくされ、入院患者ら60人の関連死があったことに言及し、「原発技術の危険性の本質と被害の大きさが明らかになった」とした。

 そして「同様の事態を招く危険性が万が一でもあるか。裁判所がその判断を避けることは、最も重要な責務を放棄するに等しい」と述べた。

 原発は専門性が高く、過去の訴訟で裁判所は、事業者や国の判断を追認しがちだった。事故を機に、法の番人としての原点に立ち返ったと言えよう。高く評価したい。

 特筆されるのは、判決が、国民の命と暮らしを守る、という観点を貫いていることだ。

 関電側は電力供給の安定やコスト低減を理由に、再稼働の必要性を訴えた。これに対し、判決は「人の生存そのものにかかわる権利と、電気代の高い低いを同列に論じること自体、法的に許されない」と断じた。

 「原発停止は貿易赤字を増やし、国富流出につながる」という考え方についても、「豊かな国土に、国民が根を下ろして生活していることが国富だ」と一蹴した。

 関電は控訴する方針だ。再稼働を望んできた経済界や立地自治体の反発も必至だろう。しかし、福島原発事故で人々が苦しむのを目の当たりにした多くの国民には、うなずける考え方なのではないか。

 事故後、独立性の高い原子力規制委員会が設置され、新しい規制基準が定められた。安倍政権は規制委の審査に適合した原発は積極的に再稼働させていく方針を示している。

 だが、判決は「自然の前における人間の能力の限界」を指摘した。「福島原発事故がなぜ起き、なぜ被害が広がったか」にすら多くのなぞが残る現状で、限られた科学的知見だけを根拠に再稼働にひた走る姿勢を厳に戒めたといえる。

 事業者や国、規制委は、判決が投げかけた疑問に正面から答えるべきだ。上級審での逆転をあてに、無視を決め込むようなことは許されない。

厚木基地訴訟―住民に真摯に向き合え

 国の防衛のための基地には、高い公共性がある。だとしても地元の住民はひたすら騒音に耐えろというのでは理不尽だ。

 米軍と自衛隊が使う厚木基地(神奈川県)の騒音訴訟で、横浜地裁は住民の苦痛の訴えに理解を示す判断を下した。

 損害賠償だけではない。自衛隊機は原則として夜間と早朝は飛んではならない。全国の基地騒音訴訟を通じて、初めての飛行差し止めを命じた。

 厚木基地ではこれが第4次の訴訟だ。93年の第1次訴訟で最高裁はすでに、騒音が「住民の受忍限度を超える」とし、賠償すべきだとの考えを示した。

 なのに国は「基地の近くに住む以上、がまんして当然」との考え方を崩さず、その後も応急的な賠償にほぼ終始してきた。

 今回の命令は、賠償だけでは不十分との判断に踏みこんだ。これほど自衛隊に厳しい審判が出たのは異例のことだ。

 民事訴訟での飛行差し止めは、70年代に大阪空港訴訟の下級審で認められたが、81年に最高裁が覆し、その後は各地で退ける判断が定着していた。

 今回、原告団は基地騒音訴訟で初めて、行政訴訟の形をとって変化を促した。民事と違い、政府の処分や決定の妥当さを問う。防衛省の裁量の適否を判断する有効な手続きになった。

 とはいえ、より深刻な騒音をおこす米軍機について判決は、判断を避けた。米軍の飛行差し止めをめぐる民事訴訟では「国の支配は及ばない」と退ける判断が各地で続いている。

 行政訴訟でも今回のような結果では、司法による救済の道は八方ふさがりとなる。

 そもそも米軍駐留の前提となる日米安保条約の合憲性について、司法は「高度な政治性をもつ」として判断を避けてきた。

 だが、問われているのは国民が平穏に暮らす権利だ。軍の公共性とのバランスをどうとるべきか。司法が判断を避けてしまうようでは、国民はどこに救済を求めればいいのか。

 司法が介入を拒む限り、その分、国の責任は重い。各基地の防音対策だけでなく、自衛隊機と米軍機の離着陸を減らすなど抜本措置の検討を急ぐべきだ。

 自衛隊の活動も、日米安保体制も、国にとって重要である。だからこそ、その円滑な運営のために、国は住民の声に真摯(しんし)に耳を傾けねばならない。

大飯再稼働訴訟 不合理な推論が導く否定判決

 「ゼロリスク」に囚(とら)われた、あまりに不合理な判決である。

 定期検査のため停止している関西電力大飯原子力発電所3、4号機について、福井地裁が運転再開の差し止めを命じる判決を言い渡した。原発の周辺住民らの訴えを認めたものだ。

 判決は、関電側が主張している大飯原発の安全対策について、「確たる根拠のない楽観的な見通しのもとに成り立ち得る脆弱ぜいじゃくなもの」との見方を示し、具体的な危険があると判断した。

 「福島第一原発の事故原因が確定できていない」ため、関電は、トラブル時に事態把握や適切な対応策がとれないことは「明らか」とも一方的に断じた。

 昨年7月に施行された原発の新たな規制基準を無視し、科学的知見にも乏しい。

 判決が、どれほどの規模の地震が起きるかは「仮説」であり、いくら大きな地震を想定しても、それを「超える地震が来ないという確たる根拠はない」と強調した点も、理解しがたい。

 非現実的な考え方に基づけば、安全対策も講じようがない。

 大飯原発は、福島第一原発事故を受けて国内の全原発が停止した後、当時の野田首相の政治判断で2012年7月に再稼働した。順調に運転し、昨年9月からは定期検査に入っている。

 関電は規制委に対し、大飯原発3、4号機が新規制基準に適合しているかどうかの審査を申請している。規制委は、敷地内の活断層の存在も否定しており、審査は大詰めに差し掛かっている。

 別の住民グループが同様に再稼働の差し止めを求めた仮処分の即時抗告審では、大阪高裁が9日、申し立てを却下した。

 規制委の安全審査が続いていることを考慮し、「その結論の前に裁判所が差し止めの必要性を認めるのは相当ではない」という理由からだ。常識的な判断である。

 最高裁は1992年の伊方原発の安全審査を巡る訴訟の判決で、「極めて高度で最新の科学的、技術的、総合的な判断が必要で、行政側の合理的な判断に委ねられている」との見解を示している。

 原発の審査に関し、司法の役割は抑制的であるべきだ、とした妥当な判決だった。各地で起こされた原発関連訴訟の判決には、最高裁の考え方が反映されてきた。

 福井地裁判決が最高裁の判例の趣旨に反するのは明らかである。関電は控訴する方針だ。上級審には合理的な判断を求めたい。

TPP交渉前進 新興国との調整も急ぎたい

 環太平洋経済連携協定(TPP)交渉は今回も大筋合意を持ち越した。最終決着に向け、日米など12か国は歩み寄りを図るべきである。

 シンガポールで開かれたTPP閣僚会合は、「交渉妥結に何が必要か、見解を共有した」と強調し、「市場アクセスとルールの課題を前進させた」とする共同声明を発表した。

 甘利TPP相は、「今までよりはるかに霧は晴れてきた。交渉は最終局面にある」と語った。フロマン米通商代表も「今後の道筋を定めることができた」と評価した意義は大きい。

 約4年間続く難交渉の決着へ、さらに前進したと言えよう。

 7月に次回交渉が行われる。これに先立ち、日米両国は、事務レベル協議を来週再開する。

 両政府は4月の日米協議の成果を踏まえて最終調整を急ぎ、全体交渉に弾みをつけるべきだ。7月が大きなヤマ場になる。

 シンガポールでは、日本が関税撤廃の例外扱いを求める牛肉・豚肉など農産品5項目や、米国が主張する日本の自動車市場への参入拡大などで協議が続けられた。

 これまでの大詰めの交渉に対し、日米の業界で不満もくすぶるだけに、両国政府は関係者への説得に力を注ぐことが大事だ。

 米国とマレーシア、ベトナムなど新興国との間でも、新興国の国有企業の在り方や知的財産権に関する交渉が決着していない。

 新興国が国有企業に対する税制優遇措置などで自国産業を保護していることに関し、米国は外資の競争条件を対等にするため、縮小・撤廃を求めている。

 新興国の抵抗は強い。米国も新興国の国内事情に一定の理解を示し、妥協点を探るべきだろう。

 気がかりなのは、米議会がまだ、大統領に通商一括交渉権(TPA)を与える法案を成立させていないことである。

 11月の中間選挙を控えた議会が保護主義的な圧力を強めると、オバマ政権の交渉姿勢に響き、全体の交渉が長期化しかねない。

 TPPは、アジア太平洋地域で新しい自由貿易圏を構築し、投資や貿易の拡大を通じて、雇用創出や経済振興を図るのが狙いだ。

 TPPでアジアの活力を取り込むことは、日本の成長戦略の柱となる。知的財産権の保護など、貿易や投資ルールを確立できれば、経済効果は大きいだろう。

 日本の国益の最大化にどうつなげるか。大局的な姿勢が、交渉の終盤で問われている。

2014年5月21日水曜日

活力強化の原点忘れず法人減税進めよ

 法人税改革をめぐる政府内の議論が大詰めを迎えている。

 安倍晋三首相は経済財政諮問会議で「法人税を成長志向型の構造に変革していく」と発言し、6月にまとめる経済財政運営の基本方針「骨太の方針」に法人減税を明記するよう指示した。

 日本の法人実効税率は東京都の場合で35%超だ。米国を除く主要国では最も高く、20%台が多いアジア諸国よりも高い。諮問会議の民間議員が「将来的には25%をめざしつつ、数年以内に20%台への引き下げをめざすべきだ」と提言したのは当然だろう。

 政府税制調査会も近く、税率の引き下げを「避けては通れない課題」とする意見書をまとめる見通しだ。「必ずしも単年度での税収中立である必要はない」と減税先行を容認する構えだ。

 法人減税が必要との認識で一致しているのはよいとしても、財源をめぐる議論が迷走している感は否めない。

 政府税調が減税の財源として、いまより企業の課税対象を広げようと考えているのは妥当だ。しかし、法人課税だけで増減税の帳尻をあわせようとしているようにみえるのは気がかりだ。

 たとえば、繰越欠損金制度を国際的に見劣りする中身にしてしまうと、かえって日本企業の競争力をそぎかねない。固定資産税や住民税など、他の税目も含めた税体系全般の見直しという視点がどうしても要る。

 一方、諮問会議の民間議員は景気回復で想定より税収が増えた分を減税の財源に活用するという。法人減税が中長期的に経済活性化につながるのはたしかだが、景気回復がもたらす自然増収でまかなうという考え方は理解を得にくい部分があるのではないか。

 税の世界だけで小手先の話をされては困る。これまでの議論では、100兆円近くに膨らんだ国の歳出を削減し、減税の財源に回すという発想が欠けているといわざるを得ない。

 経済成長と財政再建の両立のため、政府は歳出と歳入を一体で改革する大きな処方箋を真剣に探るときだ。当然、社会保障制度改革による歳出抑制も待ったなしだ。

 日本の立地競争力を高め、外国企業の投資も呼び込む。企業が元気になれば、雇用や賃金を通じて広く家計にも恩恵が及ぶ――。経済の活力を強化するという法人減税の原点を忘れてはならない。

ナイジェリア拉致の解決急げ

 許されない卑劣な犯罪である。アフリカ西部のナイジェリアでイスラム過激派が200人以上の少女を拉致して1カ月以上がたつ。行方はいまだにわからない。

 国際社会は一斉に非難の声を上げている。米国や英国が専門家を派遣するなど協力も始まっている。国際社会が結束し、一刻も早い少女たちの救出をめざしたい。

 ナイジェリアはアフリカ最大の人口と経済規模を持つ。原油生産量もアフリカ最大であり、1億7000万人の人口は2050年には、インドや中国に次ぐ規模になる見通しだ。

 資源に加え、消費市場の魅力は日本企業も引き付けている。ホンダは二輪車を現地で組み立て、味の素と東洋水産は即席めんの生産に乗り出すことを決めた。

 ただし、輝かしい成長の陰にも目を向ける必要がある。少女らを拉致した過激派「ボコ・ハラム」とは、現地の言葉で「西洋の教育は罪」を意味するという。

 成長の原動力となった油田はキリスト教徒が暮らす南部に集中する。一方でイスラム教徒が暮らす北部には恩恵が回らず、貧困は解消されていない。深刻な南北の経済格差に加え、政府にまん延するとされる汚職や腐敗への反発がテロを生む土壌になっている。

 ナイジェリアだけでなく、マリやニジェールなどのサハラ砂漠の周辺諸国、いわゆる「サヘル地域」一帯でイスラム過激派が活動を活発化させている。

 アフリカは「最後のフロンティア」と呼ばれる。軌道に乗りつつある成長を、頓挫させてはならない。国境を越えて移動する過激派を封じ込めるには、地域全体で対策を練る必要がある。そのためには国際社会の連携が重要だ。

 アルジェリアでは昨年、イスラム過激派の襲撃により、日本企業の関係者に多数の犠牲者が出た。日本もサヘル地域の安定化に積極的に加わっていくべきだろう。

 経済格差を解消し、アフリカの自立を促す経済協力と両輪で進めることが大切だ。

原発事故証言―再稼働より全容公開だ

 危機が極まった局面では、人間は必ずしも規則通りには動かない。自らの命を優先する者もいる。それを計算に入れずに、どう安全を設計できるのか。

 福島第一原発の元所長、吉田昌郎(まさお)氏(昨年12月に死去)の証言を記録した「吉田調書」の内容が明らかになった。

 貴重な証言を読むと、根源的な疑問が浮かぶ。原発とは、一民間企業である電力会社に任せていいものなのか、と。

 政府の事故調査委員会による調書によると、発生4日後だった。原子炉そのものが壊れるかもしれない。その最悪の事態が心配されたとき、所員の9割が命令に反して10キロ余り離れた別の原発に一時退避したという。

 原発の事故対応をめぐる疑問は以前からあった。電力会社は原発運転員らに「命が危なくても残って作業せよ」と命じられるのか。どこまで必要な人員を確保し続けられるのか。そう危惧される事態が実際に起きていたのである。

 現在の商業用原発は、異常が起きた場合、運転員が適切に対応して初めて安全が保たれる。深刻な状況になればなるほど、対応には人手が必要になる。だが、自衛官や警察官、消防士など特殊な公務員と違い、原発運転員は民間従業員である。

 当時、現場に残って献身的に働いた約50人は「フクシマ・フィフティー」と呼ばれ、世界から称賛された。だが、次の事故でもそんな英雄的精神が発揮される保証はない。吉田調書は重大な問題を投げかけている。

 ところが原子力規制委員会の田中俊一委員長は調書の存在自体知らなかったという。事故を繰り返さないために生まれた規制組織が、事故の詳細を把握していないとは理解に苦しむ。

 原発の新しい規制基準が昨年つくられる過程でも、事故時の運転員たちの離脱は、その可能性さえ議論されてこなかった。

 失敗学で知られる政府事故調の畑村洋太郎元委員長は、報告書の総括で「あり得ることは起こる。あり得ないと思うことも起こる」と述べた。その反省はどこへいってしまったのか。

 政府事故調は772人もの関係者から事情を聴いている。ほかにも貴重な論点が隠されているに違いない。

 東京電力はただちに事実関係を明らかにすべきだ。この問題を正面から議論せずに原発運転を任せることはできない。

 政府は事故調の資料をすべて公開し、「福島の教訓」を国民的にくみ取る努力を尽くすべきだ。それなしに、再稼働へ突き進むことに反対する。

教育委員会―数の力と一線画す

 教育委員会の制度を改革する法案が衆院で可決された。

 いじめや体罰事件のとき、教委の動きの鈍さ、不都合なことを隠す体質が批判された。

 一時は、教育行政の決定権を首長に移す案が有力になった。それが与党間の協議で押し戻され、教委に権限が残された。

 学校教育の風通しは良くしてほしい。でも、数の力に左右されるのは心配だ。今回の経緯は多くの人がそう思っていることの表れではないか。

 一例として、学校図書館の本を挙げたい。仮に保護者の過半数が、あるいは選挙で選ばれた市長が、「アンネの日記」は要らないと言ったら、それだけで直ちに撤去してよいか。

 ちょっと待ってくれと思う人が多いのではないか。それは、学校の本は人気の有無だけでなく、子どもの教育に有益かどうかを考えて選ぶべきだと思うからだろう。

 基本は多数決だが、なかには「みんなが言うからそうした」ではいけないことがある。学校で学ぶ大切なことの一つだ。

 とくに教育には思想・良心の自由や少数者の人権とかかわりが深く、多数決や人気投票のなじまない領域が多々ある。

 また、首長は次の選挙までの4年で結果を出そうとする。だから数字で測れる短期目標を好む。悪いことではないが、それで見落とされるものもある。

 たとえば、学力向上を掲げれば支持する住民は多いだろう。一方で、遊び時間が減って友だちづきあいが薄れる弊害が出ても、それは数には表れない。

 教委を廃し、首長に権限を。そう主張する首長や野党は「民意の反映」を理由に挙げる。

 たしかに、委員らは市民代表だが、非常勤のため事務方の職員らに軽くみられ、十分チェックが働かない。が、委員らを任命するのは首長だ。まず自ら人選を工夫すべきではないか。

 本来いろいろな立場の人からバランス良く委員を選べば、一人の首長に任せるよりも多様な声を反映できるはずだ。

 合議制の委員会は「簡単に決まらないこと」が持ち味だが、危機管理対応では弱みになる。

 この法案はその欠点を補う目的などから、首長と委員らの協議の場を新設。首長が仕切る。

 ただ、この会議と委員会の役割は線引きを明確にしたい。予算にかかわることは首長の仕事だが、教育の中身にかかわること、とくに教科書採択や教員処分は委員会に任せるべきだ。

 首長が自らの信条を「民意」にすり替えてしまう。それが最も危ないからである。

与党安保協議 個別的自衛権では限界がある

 日本の平和と安全を確保するには、どんな憲法解釈の見直しや法整備が必要なのか。与党は、しっかりと議論し、結論を出さねばなるまい。

 自民、公明両党が、集団的自衛権の憲法解釈の変更などに関する協議を開始した。

 武装集団による離島占拠などグレーゾーン事態、国連平和維持活動(PKO)参加中の自衛隊が他国部隊や民間人を助ける「駆けつけ警護」など国際協力、集団的自衛権の順で、論議を進める。

 公明党は、グレーゾーン事態の法整備などに前向きな一方で、憲法解釈の変更には慎重姿勢を崩していない。合意しやすいテーマから議論するのは理解できるが、焦点である集団的自衛権の論議を先送りしてはならない。

 3分野の憲法解釈の検討や法整備は一体で進めるべきだ。

 与党は意見集約の期限を定めていない。今秋の臨時国会での関連法改正や年末の日米防衛協力の指針(ガイドライン)改定などの日程を念頭に、適切な時期に結論をまとめることが求められる。

 公明党は、政府の有識者会議が解釈変更を求めた米艦防護、機雷除去、ミサイル防衛などの事例に対応する必要性は認めつつ、集団的自衛権でなく個別的自衛権や警察権で対応できると主張する。だが、その理屈には無理がある。

 例えば、日米の艦船は通常、最低でも数キロ離れて航行している。遠く離れた米軍艦船への攻撃を自衛隊艦船への攻撃とみなして反撃することは、個別的自衛権の拡大解釈にほかならない。

 機雷除去も、日本船だけを標的に敷設された場合は個別的自衛権の適用もあり得るが、機雷は不特定多数の国を対象とするのが通例で、そんな事態は非現実的だ。

 米国に落下する弾道ミサイルの迎撃を「警察権に基づく危険物の除去」と説明することも、日本の警察権が米国に及ばない以上、困難と言わざるを得ない。

 自衛権を行使した際、国連憲章51条に基づき、安全保障理事会への報告義務がある。有識者会議の指摘通り、個別的自衛権を拡大解釈したと受け取られれば、国際法違反と批判される恐れがある。

 そもそも米艦防護も、機雷除去も、様々な事例が想定される。個別的自衛権や警察権に限定していては、機動的で効果的な対応を行うことは望めない。

 自公政権は、両党が対立する政策でも合意を見いだしてきた歴史がある。集団的自衛権の問題も、きちんと結論を出せるはずだ。

裁判員制度5年 精神的負担をどう軽減するか

 裁判員制度がスタートしてから、21日で5年を迎えた。

 4万9000人以上が裁判員や補充裁判員を務め、6400人の被告に判決が言い渡された。

 市民感覚を刑事裁判に反映させようという制度は、大きな混乱もなく、おおむね順調に運用されている。裁判官、検察官、弁護士は、証人尋問を活用するなど、わかりやすい審理を徹底し、制度の一層の定着を図ってもらいたい。

 裁判員裁判になって、変化が見られるのが量刑だ。

 裁判官裁判の時代には、量刑は「求刑の8がけ」などと呼ばれたが、裁判員裁判では、検察の求刑を上回る判決が40件を超える。

 性犯罪や児童虐待で刑を重くする傾向があるのは、卑劣な犯罪には厳しい刑を科すべきだという裁判員の意識の表れだろう。

 裁判員の量刑判断をどこまで尊重すべきかという問題も浮き彫りになってきている。

 東京高裁は、裁判員裁判の死刑判決3件を破棄し、被告を無期懲役とした。うち2件は裁判官裁判では死刑が選択されることの少ない、被害者1人の事件だった。

 裁判員裁判は、犯行の悪質性や残虐性から被告の更生可能性は乏しいと判断し、死刑とした。一方、裁判官だけの控訴審は、同種事件で過去に死刑の適用がないことから極刑を回避した。

 先例踏襲の高裁の姿勢には、国民の意見を生かす制度の趣旨が損なわれるとの批判がある。

 ただ、過去の裁判と著しく量刑が異なれば、司法の公平性の面で問題が生じよう。上級審がチェック機能を果たすことが大切だ。

 今後の大きな課題は、裁判員の精神的な負担の軽減である。

 凄惨せいさんな遺体のカラー写真を見て、精神的ショックを受けた裁判員もいる。検察官には、白黒写真やイラストを使うなど、裁判員に配慮した立証が求められる。

 裁判終了後、自らの判断が正しかったのかどうか、思い悩む裁判員経験者は少なくない。

 裁判所は無料の相談窓口を設けている。裁判員経験者の精神状態に問題がないか、連絡をとって確かめる裁判官もいる。きめ細かなケアをさらに充実させたい。

 裁判員の辞退率が高まっていることも気がかりだ。今年1~3月は66%に上った。平均審理日数は現在、9日間だ。仕事の都合で辞退した人は多いだろう。

 会社が柔軟に休暇を認めるなど、裁判員が参加しやすい環境整備が制度の定着には不可欠だ。

2014年5月20日火曜日

「何でも内閣府」に歯止めをかけよ

 2001年の中央省庁再編で誕生した内閣府の肥大化が目立つ。省庁間の調整能力が弱まり、境界にある課題を片端から持ち込んだ結果だ。処理能力の限界を超えていないか。省庁の再々編も含め、幅広く見直すべきだ。

 内閣府は、旧総理府、旧経済企画庁、旧沖縄開発庁などが統合されてできた。発足時は経済財政、沖縄・北方対策、男女共同参画などの仕事を6閣僚が分担した。

 その後、新たな政策課題が生じるたびに食品安全、規制改革、地方分権などを追加した。第2次安倍政権では内閣府にかかわる閣僚が9人もいる。

 近年増えた仕事の中には「アルコール健康障害対策」「死因究明の推進」など既存の省庁で十分対応できそうなものがある。

 かつての省庁は権益を広げようと貪欲に仕事を奪い合った。それが財政難で予算も職員も増えなくなり、どこの役所も手間がかかる仕事から逃げ回る。民主党政権下では省庁間調整の場になる事務次官会議が廃止されていた。

 世論が注目する課題は既存の省庁に任せるよりも担当部署を新設した方が一生懸命やっているようにみえるのではないか――。歴代政権のこんな打算的な判断も「何でも内閣府」を後押しした。政治主導のはき違えとしか言いようがない。

 自民党は今月、行政改革推進本部で内閣府の職務の見直しを始めた。同じく肥大化しつつある内閣官房と併せて、しっかり歯止めをかけてもらいたい。

 難題が起きたときに閣僚に特命事項として託し、省庁間調整ごと一気に進めるやり方を全否定する必要はない。問題は一段落したあとだ。政府は12年に「(一定期間後に自動的に部署などを廃止する)サンセット条項を厳格化する」との方針を打ち出したが、民主党政権は実行力に欠けた。

 安倍政権は内々に「特命事項は3年内に所管省庁を定め、移管する」などの案を検討中だ。ルールがはっきりすれば膨張した仕事を整理・統合しやすくなる。

 この機会に内閣府以外の省庁のあり方も再検討してはどうか。

 旧自治省や旧総務庁などからなる総務省も巨大すぎるとの批判がある。総務省の一部となった旧郵政省は01年当時、旧通産省と一緒にして情報通信省にする案が政府内にあった。こうした構想を改めて考えてみるのも一案だ。

光回線利用促すNTTの決断

 NTTが光回線の直接販売を見直し、他の通信会社などを通じた卸販売に切り替える。事実上の光回線開放にあたる戦略転換といえ、携帯電話各社はNTTの光回線とのセット割引などが可能になる。NTTの決断を評価したい。

 新方針は先週の決算発表で鵜浦博夫社長が表明した。今夏までに卸価格を決め、年内にサービスを始める。NTTの光回線は東西地域会社が「フレッツ光」として消費者に直接販売してきたが、今後は競合相手の通信会社でも販売できるようになる。

 NTTの方針転換の背景には通信環境の変化が見逃せない。「LTE」と呼ばれる高速無線技術が登場し、携帯電話網も光回線並みの通信速度になった。この結果、NTTの光回線契約数は約1800万件で伸び悩み、顧客の獲得が難しくなってきたからだ。

 一方、KDDI(au)は光回線と携帯電話のセット割引で顧客を拡大。独占規制によりNTTの光回線とのセット割引が組めないNTTドコモには不満の声が多い。NTT東西としてはドコモ1社とだけ組むわけにもいかず、今回の措置になったともいえる。

 今回の方針転換は東西会社には事業モデルの大きな転換となる。多額の販促費で光回線を自ら販売してきたが、今後は回線の保守や貸与が主体になる。民主党政権時代にNTTの光回線を分離し中立的なインフラ会社にすべきだという議論があったが、それに近い。

 問題は卸価格の公平性をどう担保するかだ。価格はNTT東西との相対契約で決まるが、ドコモなどグループ企業を優遇するようなことがあってはならない。契約の自由に反しない範囲で行政も目を光らせておく必要があろう。

 NTTが光回線を開放することで第三者による新しいサービスも生まれてくるに違いない。光回線と無線LANを組み合わせれば、家電製品やウエアラブル端末などもネットにつなげる。新方針が行政や医療、教育など様々な分野の情報化を促すことを期待したい。

中国の弾圧―理解できぬ言論封じ

 民主化を求める学生らが弾圧された中国の天安門事件から、来月で四半世紀になる。

 この事件について考える小さな集まりを開いた弁護士や学者が最近、次々に拘束された。

 言論や集会への締めつけを強める習近平(シーチンピン)政権の振るまいは、看過できない。ただちに全員を釈放するよう強く求める。

 今なお中国では、あの事件を公の場で語ることができない。共産党一党支配を続ける政権は当時と同様に、民主化の要求を受け入れようとしない。

 鎮圧に乗りだした軍が国民に銃を向け、多数を殺害した。そんな不都合な歴史にふたをするための言論封じでもあろう。

 知識人や遺族らは、真相の解明や再評価を求めてきた。今月3日に北京で開かれた会合も、その活動の一つとして、十数人が集まった。

 そのうち人権派弁護士の浦志強氏、自由主義知識人の徐友漁氏ら、中心的な5人が翌日以降連絡がつかなくなっている。

 会合直後に摘発したという事実は、当局が常に浦氏らを監視していたことをものがたる。

 容疑は「騒ぎを引き起こした罪」だとされる。この内輪のささやかな集まりがなぜ「騒ぎ」なのか、理解に苦しむ。

 浦氏は長年、人権の改善に尽力してきた。最大の功績は、裁判なしに拘束、長期労働させる「労働矯正制度」を昨年末、習政権に撤廃させたことだ。

 毛沢東時代以来のその制度は言論弾圧にも使われ、浦氏はずっと廃止を呼びかけてきた。それだけに今回の拘束は大きな衝撃を与えている。

 ほかにも、天安門の運動に加わった経歴のある元新華社記者の高瑜氏が行方不明になっており、別の内外の報道関係者も複数拘束されている。

 こうした事態に憂慮を深める声明が、世界の人権団体や研究組織から相次いでいる。

 中国外務省報道官は「中国は法治国家である。中国の法律に触れれば、法によって処罰される」と反論している。

 しかし、ただ集まって語り合っただけの人びとを捕まえるような国が法治国家の名に値するだろうか。

 司法による言論弾圧の動きは強まるばかりだ。憲法に基づく権利を求めた「新公民運動」の主導者、許志永氏は先月、「公共の秩序を乱した罪」で懲役4年が確定した。

 習政権はいったい、何を恐れているのか。共産党以外の政治組織も主張も一切認めぬ、かたくなな態度は、自信のなさを示しているとしか思えない。

自衛権の協議―問われる議員の矜持

 憲法の政府解釈の変更によって、集団的自衛権の行使を認めるかどうか。

 この問題を最大の焦点とし、安全保障政策についての与党協議がきょうから始まる。

 安倍首相は先週、みずからの私的懇談会の報告を受け、行使容認に向けた解釈変更に踏み出す考えを示した。

 自民、公明両党の幹部らによる協議は、首相が投げたこのボールを検討する場となる。

 安全保障環境の悪化を理由に、憲法に定められた手続きを踏むことなく憲法9条を実質的に死文化させる。こんな安倍政権のやり方に、私たちは社説で反対してきた。憲法に縛られる側にある権力者による、憲法への反逆行為に等しいからだ。

 日本の安全を確実に守り、PKOなど国連の旗のもとでの活動にさらに貢献していくにはどうすべきなのか。こうした課題について、国民の負託にこたえるべき国会議員には、私的懇談会とはちがった責任と矜持(きょうじ)があるはずだ。与党に限ったことではない。野党議員も国会審議などでその役割を果たさねばならない。

 公明党の山口代表は、きのうの都内での講演で、集団的自衛権について次のような見解を明らかにした。

 日本政府は自衛隊発足以来、海外では武力を使わないとの考え方を貫いてきた。それこそが国際社会にも認められてきた憲法9条に基づく規範性、法的安定性だ。そこで憲法解釈を変えて海外に出て行くぞとなると、身構える国も出てくるし、「そんなつもりで自衛隊に入ったわけではない」という人も出てくるだろう――。

 こうした憲法の規範性をどう考えるかが、与党協議での重要な判断基準だという。立憲主義を踏まえた、極めて理にかなった見解だ。

 一方で自民党の石破幹事長は週末のテレビ番組で、安倍首相が私的懇談会の提言を受けてもなお否定した多国籍軍への参加について、「国民の意識が何年かたって変わった時、(方針が)変わるかもしれない」と語った。

 将来の多国籍軍への参加に含みを残した発言だが、これこそ時の政権が何でも判断できるという考えの表れであり、受け入れられない。

 きょうからの与党協議は、平和主義を掲げてきた戦後日本の大きな転換点となる可能性をはらむ。

 連立維持という政治的要請に向けた結論ありきの議論は、決して通らない。

農協改革案 解体的出直しは避けられない

 日本農業の再生へ、農業協同組合(JA)グループの大胆な改革は避けられない。

 政府の規制改革会議が農業改革の原案をまとめた。農協法を改正し、全国に約700ある地域農協を指導監督する全国農業協同組合中央会(JA全中)を頂点とした「中央会制度」を廃止することが柱である。

 農作物の集荷や販売にあたる全国農業協同組合連合会(JA全農)の株式会社化も提案した。

 全中は経営指導が画一的で、生産現場の創意工夫を阻んでいる、と批判されてきた。

 規制改革会議が「農業振興に十分な役割を果たしていない」と問題視し、厳しい案を突きつけたのは理解できる。

 地域農協の自立を促し、地元の特色を生かした独自経営を進めることで、「攻めの農業」への道が開けると見ているのだろう。

 JA全農の株式会社化で、資金調達が進めやすくなり、販路拡大や流通の効率化も期待される。

 改革案は、企業の農業参入を促進する規制緩和や、農地売買の許可権限を持つ農業委員会の見直しも打ち出した。

 林農相が「農協は農業者の期待に応えていないという声がある。問題意識は共通している」と改革案を評価した意味は重い。

 政府は、6月に策定する新たな成長戦略に大胆な農業改革を盛り込む方針だ。農業は「岩盤規制」の代表格とされる。実効性ある具体策を打ち出す必要がある。

 全中は、「JAグループの解体につながり、大きな問題がある」と猛反発している。あくまで4月にまとめた自己改革案を推進したい考えとみられる。

 だが、自己改革案はあまりに踏み込み不足で、JAグループの危機感の薄さは否めない。抜本改革を迫られたのは仕方あるまい。

 日本農業はじり貧の状態だ。過去20年間で農業所得は半減し、耕作放棄地は倍増した。農業従事者の平均年齢は約66歳に達し、高齢化も進行している。

 大詰めの環太平洋経済連携協定(TPP)交渉では、農業分野の一層の市場開放が焦点だ。今、担い手農家に集中する振興策で生産性向上や競争力強化を実現しないと、再生のチャンスを逸する。

 ただ、農協は強大な政治力を持つ。自民党内では農村部の選出議員を中心に、抜本的な組織見直しに対する慎重論もくすぶる。

 農協や族議員の反発を抑えながら、いかに農業改革を進めるか。安倍政権の真価が問われよう。

南シナ海情勢 対立激化招く中国の独善行動

 中国とベトナムの対立は、ベトナム国内の反中デモで死者が出る事態にまで発展した。一層の情勢悪化が懸念される。

 双方が領有権を主張する南シナ海・パラセル(西沙)諸島沖で、中国が一方的に石油掘削を始めたのが、対立の発端だ。現場海域では、両国艦船が衝突する事件が起きた。今もにらみ合いが続いている。

 中国の勝手な振る舞いに、歴史的に反中感情を持つベトナム人の怒りが爆発したのだろう。反中デモが多発し、デモ隊の一部は中国系企業を襲い、中国人2人が死亡した。中国系と間違われた日系企業にも被害が出た。

 デモに行き過ぎがあったのは確かだ。中国政府は、ベトナム側に、デモの被害を受けた企業や個人への賠償を求めている。

 ただ、2005年や12年に中国で起きた反日デモでは、中国当局は、「愛国無罪」を叫ぶ中国群衆の破壊行為や略奪の多くを黙認した。被害を受けた日系企業などへの賠償はほとんどなかった。

 一方で、中国政府は、ベトナムとの交流計画を一部停止するとも発表した。賠償要求と同様、反中デモを利用し、ベトナムを牽制けんせいする狙いがあるに違いない。

 ベトナム当局は、デモを黙認する姿勢から一転し、規制に乗り出した。ベトナムにとって中国は、最大の貿易相手国で、輸入の約3割を頼る。デモによる経済悪化を回避しようとしたとみられる。

 デモが沈静化しても、中国が、石油掘削をやめない限り、問題の解決はあるまい。そのような中国の独善的行動は、アジア太平洋地域の安定を損なうものであり、日本も米国も懸念を示している。

 中国は、フィリピンが領有権を主張するスプラトリー(南沙)諸島でも、一方的に暗礁を埋め立てて滑走路を建設しているとされる。極めて挑発的な動きだ。

 フィリピンと米国は先月、軍事協定に調印し、フィリピン国内での米軍再駐留への道を開いた。南シナ海とその上空を支配しようとする中国は、米国の反応をうかがいつつ、既成事実を積み重ねようとしているのではないか。

 東南アジア諸国連合(ASEAN)が結束し、今月の外相会議と、首脳会議後の議長声明で、南シナ海情勢について「深刻な懸念」を表明したことは注目される。

 東シナ海で中国の圧力に直面する日米両国は、アジアの海洋における航行の自由の維持を訴えている。懸念を共有するASEANとの連携を一層強めるべきだ。

2014年5月19日月曜日

人手不足を奇貨とし強い経営に

 人手不足が広がっている。昨年11月に1倍台を回復した有効求人倍率は今も上昇傾向にある。流通・サービス、建設、IT(情報技術)関連など、幅広い分野で人材を確保できない例が出ている。

 人手不足の背景や実情は分野によって異なる。それを見極め、効果的な対策を実行することが必要だ。たとえば労働集約型の産業なら、単に人を手当てするのではなく、より少ない人数で仕事をする生産性の向上が課題になる。

高付加価値型に脱皮を
 賃金が安いため、人が集まりにくい業種も多い。新規参入を促すなど競争を活発にし、商品やサービスの付加価値を高めて働く人の収入増につなげることが大切だ。いまの人手不足を奇貨とし、日本の成長力の向上につなげたい。

 労働集約型の流通・サービス業ではこの20年、若く元気な労働力が豊富にあることを前提に、人件費を抑え低価格で商品を提供し、業績を伸ばす企業が目立った。

 少子高齢化が進めば、若い労働力は貴重になる。生活関連の市場も縮む。安い労働力をあてにした低価格大量販売の先行きは、そもそも危うい。企業はビジネスモデルの革新を求められる。

 柱は1人の従業員が生む付加価値を増やすことだ。教育に力を入れ、質の高い商品やサービスを適正な価格で提供してはどうか。いま消費者には「少し高くても価値の高いもの」を求めるムードがある。追い風として生かしたい。

 飲食店や低価格衣料品店のチェーンの中には、パートやアルバイトを社員として雇用する動きがある。単なる人手の「囲い込み」ではなく、人材として育てる姿勢の表れであるなら歓迎だ。

 ITの活用で無理なく合理化を進めるのもいい。今後伸びるネット通販の仕組みを前倒しで整備すれば、売り場の人手不足の緩和になる。サービスの質を高め、従業員の負担を増やさず仕事を効率化することは、日本の課題であるサービス産業の生産性向上につながる。優れたノウハウの蓄積は海外進出にもプラスだ。

 建設業界も人手不足が深刻だ。だがこれは2020年東京五輪の関連工事など、一時的な需要による労働者不足の面が大きい。

 人口減少時代は道路建設や宅地造成のような、高度成長期と同じタイプの土木工事はそう多く必要としない。

 建設業界がもっと力を入れるべきなのは、高度な技術を持った人材の確保だ。省エネに優れた住宅、店舗、高層オフィス。そうした建物が集まり、快適な生活が営める「スマートシティー」の開発や、高齢者向け住宅……。需要の膨らむこうした分野の担い手をきちんと育てたい。中間層が増えるアジアでの需要も大きい。

 IT業界も同様だ。単純な入力業務など、人海戦術に頼ったビジネスモデルは先行きが暗い。今後は集めたデータを分析したり、新しいビジネスのアイデアを生み出したりする人材が重要になる。

 高齢化で介護の分野は、産業としても成長性が高いと期待されている。問題は介護サービスをする人材の確保だ。25年には約100万人が足りなくなるとされる。

 最大のポイントは処遇の改善だ。仕事の負担に見合った収入が得られず、離職する人は多い。

サービス向上で収入増
 介護保険制度で報酬は定められているが、事業者の創意工夫で多様なサービスを提供し、働き手の収入を増やす道は開かれている。保険外の市場を育てることがカギだ。利用者が介護保険を使いながら、必要に応じて保険の上限を超えるサービスや対象外のサービスを受けることは可能だからだ。

 事業者には需要を掘り起こし、より付加価値が高く魅力的なサービスを提案していく努力が求められる。競争を通じてサービスの質を高めていくことが、介護職員の収入と意欲の向上につながる。

 福祉機器や介護ロボットの開発、普及も大切だ。介護の負担を軽減するだけでなく、新しい産業育成にもつながる。

 人手不足対策としては外国人労働力を様々な分野でもっと活用すべきだという議論がある。人口減による労働力不足を補ううえで外国人はたしかに大きな戦力だ。

 日本の市場開放を進めて海外企業の進出を促すことも、外国の人材が日本で就労しやすい環境の整備につながる。

 外国人がやりがいを感じて日本で働くためには、賃金などの待遇の改善も求められよう。そのためにも企業が生みだす付加価値を高める必要がある。事業を革新する力を企業は一段と問われている。

ナイジェリア―放置できぬテロの温床

 驚くべき蛮行だ。学校から200人を超すキリスト教徒の女生徒が武装組織にさらわれた。

 この娘たちを奴隷として売り飛ばす。そう脅しつつ、収監中の仲間の釈放を求めている。

 アフリカ西部のナイジェリアで4月から続くこの事件に、世界の目が注がれている。

 組織の名は、ボコ・ハラム。「西洋の教育は罪」という意味だという。女性に学校教育は要らない、と唱える過激派だ。

 彼らはイスラム主義を掲げているが、イスラムの教えからは程遠い。誘拐だけでなく、爆破や襲撃も繰り返してきた。

 教育を受ける権利は平等であり、性別も国籍も宗教も関係ない。それは今の世界に共通する普遍の原則である。

 近年の紛争介入に及び腰だった米欧も素早く反応した。救出へ国際支援が集まりつつある。一日も早い帰還を願う。

 この多民族国家は長い内紛の歴史を抱えている。様々な抗争で、この15年間で2万5千人超の命が失われたとされる。

 テロは、この国の社会に深く巣くった病なのである。

 その背景にはアフリカの国々にありがちな構造がある。貧困と格差、そして腐敗だ。

 ナイジェリアには豊かな油田がある。だが、その恩恵はキリスト教徒の多い南部の特権層が独占している。イスラム教徒が多い北部はとくに貧しい。

 その反発から生まれた抵抗組織を政府は弾圧し、多数を警察が処刑してきた。それが報復の連鎖に拍車をかけた。

 そんな惨状に国際社会はどれほど関心を払ってきただろう。

 9・11テロ事件以来、米国がご都合主義の対テロ戦に終始した責任は重い。だが、アフリカ大陸への深い理解を欠いてきたのは、米国だけではない。

 アルジェリアで昨年、日本人10人が犠牲となる痛ましい人質事件が起きた。その背景には、この地域でのイスラム過激派の台頭があった。ナイジェリアの組織も無縁ではない。

 「地球最後の巨大市場」。アフリカは近年そう呼ばれ、安倍政権も中国に負けじと経済関与の拡大にかじを切る。

 その戦略を描くときに、アフリカ共通の難題である腐敗と人権軽視への取り組みが、どれほど意識されているだろうか。

 遠い国といえどもテロの温床を放置すれば、やがては地球規模で暴力が拡散する。それが9・11の教訓だったはずだ。

 格差と貧困の撲滅に向けて、もっと貢献の道を探れないか。それこそ「地球儀外交」「積極的平和主義」の名に値しよう。

成長への展望―イノベーションこそ

 上場企業の好決算が相次いだのに対し、株式市場の動きはさえない。

 アベノミクスの「賞味期限切れ」だけが理由ではない。1年ではげ落ちる円安効果の先に、新たな成長の展望を描けない企業が多いからだろう。

 求められるのは、人材にきちんと投資して、その能力を結集し、イノベーション(革新)を生み出す態勢だ。

 日本企業が「技術で勝ってビジネスで負ける」と言われて久しい。その原因は、①社会の変化が生む潜在的なニーズがつかめない②自社内外の技術やデザインを、売れる商品に結びつけられない――という二つの「ない」に集約されそうだ。

 そんな弱点を克服するにはどうすればいいのか。

 工場向けのセンサー類などを手がけるキーエンス(大阪市)は、営業担当者が客先から聞いた苦情や要望、相談をカードに忠実に記録し、開発担当者の下に集積している。

 ただ、「個々の顧客が欲しいものは作らない」。開発担当者が多くのカードに目を通すことで大勢の顧客の「求めるもの」が浮かび上がり、汎用(はんよう)性のある技術や製品への道筋が見えてくる。「筋の良い」開発をより分ける組織能力こそがイノベーションの生命線という。

 対照的に、取引先の現場で社員が見聞きしたアナログ情報を徹底して掘り下げていくのが、冷凍システムなどをつくる前川製作所(東京都)だ。

 顧客の工場に営業、製造、設計など部門横断的なチームで出向いて話を聞く。その後、チーム内で情報の解釈を出し合い、ニーズの全体像を掘り下げる。

 社内でさらなる意見交換を経て、参加者が共通の理解に行き着いた時、具体的な製品の開発が始まる。経営トップは自然な議論で結論が出るのを待つという点がユニークだ。

 日本企業は生産現場で「カイゼン運動」を積み上げてきた。自社の知恵と社外の情報を結びつけ、発展の道筋をつけられる土台はあるはずだ。

 一方、日本政策投資銀行が東京や大阪、広島などで開く「イノベーション・ハブ」のように、複数の企業が知恵を出し合う場も生まれている。地方の有力企業もメンバーだ。

 地方には投資家の圧力とは無縁なオーナー企業も多い。こうした中堅・中小を含む企業群がオープンな議論を通じてニーズを把握し、社内に埋もれた技術や人材の再評価に踏み出していければ、日本の産業界も面目を一新する。

インフラ老朽化 橋とトンネルの点検を着実に

 老朽化する橋やトンネルを点検し、迅速に安全対策を講じなくてはならない。全国の自治体にとって重い課題だ。

 国土交通省は7月から都道府県道や市町村道にある橋やトンネルを5年ごとに点検するよう、各自治体に義務付ける。自治体は橋やトンネルの安全性を4段階で自己評価し、レベルに応じた対策に取り組む。

 構造物の機能に支障が生じたり、その可能性が著しく高かったりする「緊急措置段階」と診断された場合は、迅速な修繕や通行規制を実施するルールだ。

 自治体には共通の点検基準がなく、検査の頻度や、安全性の評価方法はまちまちだった。政府が点検や安全診断を一律に自治体へ課し、老朽化対策を進めるのは妥当と言えよう。

 懸念されるのは、高度成長期に整備された橋やトンネルといったインフラ(社会資本)の損傷や劣化が今後、急速に進むことだ。

 完成から50年以上が経過する施設は10年後、全国の橋で約4割、トンネルで約3割にも達する。

 特に自治体は、全国に約70万ある橋の9割、約1万に上るトンネルの7割を管理している。自治体の老朽化対策は待ったなしだ。

 これまで自治体の安全対策は十分だったとは言い難い。

 2012年12月に起きた中央自動車道・笹子トンネルでの天井板崩落事故を受けて、国交省が実態を調査したところ、事故後になって、初めてトンネルを点検した市町村は約3割に達した。

 多くの自治体が老朽化対策に消極的な背景には、予算や技術力が乏しい事情がうかがえる。

 国が自治体に定期点検や安全性の評価を義務付けるだけでは、対策の効果は十分に上がるまい。

 政府・自治体は、老朽化対策の財源確保や民間企業との連携強化に工夫を凝らす必要がある。

 過疎化でほとんど利用されていない橋やトンネルは閉鎖して点検や修繕の対象を絞り込み、費用を抑制することもやむを得ない。複数の市町村が企業に修繕を一括発注できれば、予算の効率的な執行に役立つだろう。

 自治体の技術者不足も深刻だ。橋を点検できる職員のいない町は全国の5割、村は7割に上る。

 国や企業の技術者を人材難の自治体に派遣し、高度な技術を要する点検・修繕を代行させる仕組みが考えられないか。

 自治体の技術力を高める研修を充実したり、資格制度を新設したりする方策も検討に値しよう。

インド政権交代 変化求める声にどう応えるか

 景気減速や腐敗政治に不満を持つ有権者が変化を求めて、10年ぶりの政権交代を実現させた。

 インドの下院選挙で、最大野党のインド人民党が議席の過半数を獲得し与党の国民会議派に圧勝した。

 人民党のナレンドラ・モディ氏が近く首相に就任する。8億人を上回る有権者のうち、過去最高の66・4%が投票した。新政権への強い期待の表れと言えよう。

 選挙戦の争点は経済政策だった。高成長率は急減速し、最近では4%台に低迷している。深刻なインフレや、激しい経済格差に不満を持つ中産階層や農村の貧困層が、経済改革を訴える人民党の支持に回ったと見られる。

 モディ氏は、インフラ開発に巨額の予算を投じる大胆な経済成長戦略を公約に掲げた。

 西部グジャラート州の首相として、規制緩和やインフラ整備によって、日本など外国企業を誘致し州経済の立て直しに成功したのが実績である。有権者は、モディ氏の政策手腕と構想に、インドの将来を託したのだろう。

 閣僚が辞任に追い込まれるなど相次ぐ汚職の発覚が、人民党勝利の追い風になったのも確かだ。

 気がかりなのは、モディ氏にヒンズー至上主義者の一面があることだ。州首相在任中に、イスラム教徒虐殺事件で適切な措置を取らなかったという批判は根強い。

 インドには1億人以上のイスラム教徒がいる。宗教対立を激化させぬよう、細心の注意を払わねばなるまい。対立を招けば、隣国のイスラム国家パキスタンとの関係も悪化し、周辺地域の不安定化を誘発する。

 インドは、民主主義や法の支配といった価値観を共有する日本や米国と連携を保ちつつ、主要な新興国として中国やロシアに影響力を発揮してきた。

 モディ氏は3月に、国境を接する中国について、「拡張主義を改めるべきだ」と述べた。力で現状を変更しようとする中国を牽制けんせいする上でも、インドの役割は極めて重要だ。世界と地域の安定へ、積極的に取り組んでもらいたい。

 日本とインドは、毎年、首脳の相互訪問を実施し、政治、経済両面で関係を緊密化している。

 今年1月の安倍首相の訪印では、海上自衛隊とインド海軍の共同訓練継続など、安全保障協力で合意した。日本から原子力発電技術の輸出を可能にする原子力協定も交渉中である。

 モディ氏には、今後も日印協力を深めるよう期待したい。

2014年5月18日日曜日

インドの次期政権は経済改革を大胆に

 インドの総選挙で最大野党の人民党(BJP)が大勝し、10年ぶりに政権を担うことになった。多数の政党が乱立する同国で、一つの政党が下院の過半数を制したのは30年ぶりだ。近年の経済停滞の打破を望む国民の期待が表れたといえる。それに応え大胆に改革を進めてほしい。

 シン政権の最大与党、国民会議派は議席が4分の1以下に減り、歴史的な大敗を喫した。シン政権は国営企業の民営化や外資へのサービス分野の開放といった経済改革に大きく踏み込めず、インフラ整備でもスピード感を欠いた。

 近年、インドの景気は失速し、一時は年率10%前後を記録していた実質経済成長率は昨年、4%台にとどまった。シン首相が保守的な与党の抵抗を突破できなかったため、との見方は強い。

 次期首相にはBJPの選挙戦を指揮したナレンドラ・モディ氏(63)が就く。西部のグジャラート州で2001年から州首相をつとめてきた同氏は、強いリーダーシップで電力網などインフラの整備を進めた。外資誘致でも実績をあげ、同州はインドで指折りの高い経済成長を遂げた。

 シン首相と違い、保守的な勢力の抵抗を打破できるのではないか。そんなモディ氏の指導力への期待が、BJP大勝の一因だ。

 外交・安全保障の面では、強硬な路線に傾く懸念が指摘されている。BJPは前回の政権担当時に核実験を断行した経緯もあり、核政策は注視が必要だ。

 内政ではヒンズー教徒とイスラム教徒の対立激化を心配する声がある。02年にグジャラート州で多数のイスラム教徒が虐殺された事件は、州首相のモディ氏が黙認したともいわれる。米国政府は同氏への査証(ビザ)発給を停止している。「世界最大の民主主義国」の指導者として、少数勢力にも配慮する姿勢を求めたい。

 インドが力強い成長軌道に復帰すれば、日本企業に大きなチャンスとなる。アジアの安定を保っていくうえでも、インドは日本の大切なパートナーだ。

 日本政府は親日家とされるモディ氏をはじめ次期政権とのパイプを早急に確立し、経済改革を後押ししていかなくてはならない。日本が支援するデリー―ムンバイ間の産業大動脈構想の進展を促すためにも、連携強化は欠かせない。核政策や内政が過激にならないよう注文をつけていく必要もある。

遺伝子検査の健全な普及策を

 病気にかかる可能性などを簡単な検査で判定する遺伝子検査ビジネスが広がっている。なかには科学的根拠が薄弱で利用者の誤解を招きかねないサービスもある。

 遺伝情報の活用は、これからの医療を大きく変える潜在力を秘める。適切な規制と健全な産業育成策の両立が求められる。

 遺伝子検査ビジネスは、利用者が口内の粘膜などを採って事業者に送ると、含まれる遺伝子を調べ病気のリスクや体質を判定してくれる。運動や芸術の才能までわかるとするサービスもある。

 経済産業省の研究会が当面は法的な規制はせず個人情報保護などを定めた業界の自主的なルールに委ねるとする報告書をまとめた。

 遺伝子検査は技術革新による急成長が見込まれる。拙速な法規制はビジネスの芽を摘みかねない。法規制を見送った姿勢は理解できる。インターネットを介してサービスが提供される例も多く、国内だけの規制では効果的でない。

 ただ検査の精度や限界について利用者に情報を十分に提供しない不適切なサービスが野放しになるのは望ましくない。糖尿病など多数の遺伝子が関わる病気のリスク判定は現状では難しく、才能は遺伝子だけでは見定めがたい。遺伝情報の正しい理解が十分に普及しておらず、一般の利用者と事業者の間には大きな情報格差がある。

 利用者へのていねいな説明を含め、検査の質を保証しより高める努力なしに健全で競争力のある産業は育たない。米国では科学的根拠の薄い検査を規制する動きがある。正しい理解に基づくサービスを広げる責任は事業者にある。

 将来的には遺伝情報は病気の治療や予防、生活習慣の改善に役立つと期待される。人間の全遺伝情報(ゲノム)を短時間、低価格で読み取る技術の実用化が間近とされ、遺伝情報の活用がこれからの医療では当たり前になる。

 国民の健康増進と医療費の抑制のため検査ビジネスをどういかすのか、国として大局的な戦略をたてる議論も必要だ。

徘徊行方不明―明日は我が身の意識で

 認知症のあるお年寄りが毎年およそ1万人、行方不明になっている。警察による身元照会の体制に穴がないか点検するとともに、地域住民によって行方不明を防ぐ実践を積み重ねる必要がある。

 自力で帰宅できなくなった認知症の人が、報道をきっかけに家族と再会するケースが相次いでいる。ひとりは行方不明になって7年近くが経っていた。

 東京都内に自宅があるこの女性は群馬県で保護され、身元不明のまま介護施設で暮らしていた。家族が捜索願を出していたが、保護した警察が女性の衣服に書いてあった名前を誤って入力したため、行方不明者を名前で検索するシステムでは見つけられなかった。

 認知症の人は、自分の名前や住所を言えない場合がある。本人の顔写真など多様な情報が登録できるようシステムを改めるべきだ。住まいから遠く離れた場所で保護される可能性を前提に、全国レベルの情報共有を強化して欲しい。

 私たち住民も、認知症の人に目を配っていこう。

 徘徊(はいかい)が疑われるようなお年寄りがいたら、声をかける。所在がわからなくなったら、行政や福祉施設、地元ラジオ局や交通事業者、住民らに情報を流し、早い段階で見つける。そんな取り組みがすでに始まっており、福岡県大牟田市では10年の蓄積がある。

 大都市では、地域の人間関係が薄くても人の目は多い。ツイッターなどソーシャルメディアの活用で、行方不明者の情報を広く共有すれば、早期発見につながりやすい。

 「身内が認知症」という情報が他人に知られることに抵抗を感じる人も、まだ多いだろう。

 しかし、できるだけ早く見つけられれば事故に遭遇するリスクは減る。徘徊中にJR東海の列車にはねられた事故では、列車遅延などに対する家族への損害賠償請求を裁判所が認めた。

 身元不明のまま保護が長期間に及んだ場合、生活費を誰が負担するのかという問題も表面化している。

 もちろん、行方不明の防止を優先するあまり、認知症の人を閉じ込めるのは厳禁だ。本人の歩きたいという自然な欲求を押さえつければ、症状が悪化する恐れが高い。

 65歳以上で、認知症の人は推計462万人。今後も増えていくのは確実だ。認知症の人の自由を尊重しつつ、行方不明を防ぐ手立てを講じる。いつかは認知症になるかもしれない「我が身」のためでもある。

インド総選挙―発展の果実を草の根に

 インドの政権が10年ぶりに交代する。総選挙でナレンドラ・モディ氏の率いるインド人民党が地滑り的な勝利を収めた。

 投開票に大きな混乱はなく、敗れた与党国民会議派も淡々と結果を受け入れた。

 有権者数は8億人を超す。世界最大の民主主義国の面目躍如である。壮大な実践に、まずは敬意を表したい。

 モディ氏は西部グジャラート州の首相として、インフラ整備に剛腕を振るい、停電をなくした。日本をはじめ外資を積極誘致して州を発展させた。

 その手腕を開発と経済再生に生かして欲しい。そんな願いが人民党を押し上げた。

 この10年、政権を担った経済学者のマンモハン・シン首相も改革が期待された。しかし連立他党の抵抗もあって規制緩和は進まず、経済成長は減速した。政府の汚職も次々発覚した。

 国民会議派は、ネール初代首相のひ孫を選挙の顔に押し立てたが、結党以来の惨敗だった。政治王朝への批判もあり、立て直しは容易ではない。

 単独過半数を得たモディ氏は強い指導力が発揮できる。経済界は、大胆な規制緩和や官僚主義の打破を待ち望んでいる。

 成長を軌道に乗せ、その果実を国民全体に行き渡らせて欲しい。IT大国で人工衛星も飛ばす国でありながら、国民の6割はトイレも使えない状態にある。このいびつさを解消して、富を配分しなければならない。

 懸念もある。かつてヒンドゥー至上主義団体の幹部だったモディ氏は02年にグジャラート州内で起きた宗教暴動を放置し、イスラム教徒の虐殺を止めなかったと非難された。この件で、米国からは入国を拒まれた。

 インドには1億数千万人のイスラム教徒が住み、周りもイスラム国が多い。無用な摩擦を避け、テロなど突発事態にも冷静に対応することが求められる。

 モディ氏は外交の経験がほとんどなく、米中などとの信頼構築も今後の課題だ。

 インドは、カシミールの領有権問題で対立するパキスタンともども核兵器保有国でありながら、核不拡散条約(NPT)に加盟していない。

 モディ氏は選挙期間中、核兵器の先制不使用の方針を維持する考えを示したが、人民党は選挙マニフェストで「核ドクトリンの見直し」を掲げていた。

 日本はそのインドとの間で、原子力協定締結に向けた協議を進めている。巨大市場に目がくらんで、急ぐことがあってはならない。モディ政権に改めてNPT加盟を説く必要がある。

過労死防止法案 働く人の心と体を守りたい

 働き過ぎのために、命を落とす人が後を絶たない。労働環境を改善し、過労死を防ぐ対策を充実させる必要がある。

 自民党が、過労死防止法案をまとめた。今国会に提出する。過労死対策を国の責務と位置づけ、実態調査の実施を求めた点がポイントである。具体的な防止策については、政府が大綱を作成して規定する。

 民主党など野党6党も、既に同趣旨の法案を提出している。与野党は調整を急ぎ、成立を図ってもらいたい。

 仕事による過労で脳や心臓の病気になり、2012年度に労災認定された人は338人に上った。2年連続での増加だった。

 うつ病など精神疾患による労災認定も過去最多の475人に達し、前年より5割近く増えた。うち93人が自殺を図っていた。

 パソコンやスマートフォンの普及に伴い、時間や場所にかかわりなく仕事ができるようになった。それが労災認定の増加を招いているとの指摘がある。四六時中、仕事に追われれば、ストレスや睡眠不足をもたらしやすいからだ。

 労災と認定される過労死は“氷山の一角”に過ぎないだろう。実効性のある対策を講じる前提として、まずは健康被害の実態を把握しようという自民党の法案の狙いは理解できる。

 ただ、法案が労働時間の短縮のあり方に触れていないのは物足りない。過労死や過労自殺を防ぐには、長時間労働の是正を進めることが何より重要である。

 他の先進国と比較し、日本人の労働時間は長い。週に60時間以上働いている人は、480万人に上る。過労死の予備軍と言えよう。統計に表れない、賃金不払いのサービス残業も蔓延(まんえん)している。

 大綱に時短の具体策をしっかりと盛り込むことが大切だ。

 労働基準法の規定で、労使が協定を結べば、事実上、際限なく残業時間を延ばせる仕組みについても、再考が求められる。

 法案は、企業に対し、政府の施策に協力する責務を負わせた。

 政府の経済財政諮問会議と産業競争力会議は、労働時間ではなく、成果で働きを評価する新たな労働管理制度を提言した。

 「長時間労働を助長する」との批判もあるが、一方で、遅くまで漫然と職場に残る非効率な残業を解消する効果も期待できよう。

 早朝勤務の導入で、夜間の残業をなくし、時短につなげた企業もある。企業は生産性の向上と時短の両立に工夫を凝らすべきだ。

5・9%成長 駆け込みの反動減を乗り切れ

 消費税率引き上げ前の駆け込み需要で押し上げられた高成長である。

 増税後の反動による消費減少で景気失速を招かぬよう、政府と日銀は政策運営に万全を期すべきだ。

 内閣府が発表した1~3月期の実質国内総生産(GDP)は、前期比1・5%増、年率換算で5・9%増の高い伸びとなった。

 牽引けんいん役は、個人消費の大幅な増加だ。4月から消費税率が8%に上がる前に、自動車や家電などを購入する動きが強まった。

 内需のもう一つの柱である企業の設備投資も、前期比4・9%増と、約2年ぶりの大幅な増加を記録した。円安などを追い風に業績を回復した企業の投資マインドの改善は、民間主導の本格成長への好材料と言える。

 だが、4月以降は消費増税の影響によって、経済成長にいったんブレーキがかかることが懸念される。景気の落ち込みを最小限にとどめる必要がある。

 政府は、2013年度補正予算に盛り込んだ5・5兆円規模の経済対策の、着実な執行に努めてもらいたい。

 ただし、財政出動に頼り続けるわけにはいかない。消費など民需の速やかな回復が大切だ。

 百貨店の売り上げや新車販売台数は、4月にマイナスに転じた。落ち込みは想定内とする見方もあるが、油断は禁物だろう。

 雇用・所得環境をさらに改善して、需要を下支えすることが求められる。安倍政権の要請もあり、多くの企業が今春、ベースアップに踏み切ったのは心強い。

 賃上げの動きを中小企業の社員やパートなどの非正規労働者にも波及させ、力強い成長を実現できるかどうかが課題である。

 今年3月期決算で、上場企業の税引き後利益の合計は、前年から倍増した。好業績の企業が今後も利益を給与やボーナスで社員に還元することが、消費を増やし、それが企業利益を押し上げる「好循環経済」の原動力になる。

 民間企業が将来性のある事業をしっかり見極め、前向きの投資を加速させることも重要である。

 気がかりなのは、円安が定着しているのに、輸出が思うように回復していない構造的な問題だ。

 中国やアジア新興国の成長率が鈍化し、外需の先行きは一段と不透明になってきた。

 中小企業の持つオンリーワン技術や大企業に埋もれる多数の特許など、日本のもの作りの財産を有効活用し、「世界で稼ぐ力」を今こそ高めなければならない。

2014年5月17日土曜日

角川ドワンゴは若い才能を世界へつなげ

 出版大手のKADOKAWAと「ニコニコ動画」などを手掛けるドワンゴが10月に経営統合すると発表した。日本のアニメやゲームなどをインターネットで世界に発信する狙いだ。米企業が主導するネット市場で日本発の情報発信が加速することを期待したい。

 KADOKAWAは角川書店を中核にアニメやゲーム、映画など幅広いコンテンツ事業を手掛けている。携帯向けゲームから出発したドワンゴは、音楽や映像などのネット配信で220万人を超える有料会員を抱える。両社が統合することで、様々な分野のコンテンツを提供できる体制が整う。

 両社が接近した背景には、新しいコンテンツ産業の姿を模索する角川歴彦会長とドワンゴの川上量生会長の盟友関係が見逃せない。角川氏はグーグルやアマゾン・ドット・コムなど米企業によるネット支配に警鐘を鳴らしてきた。ドワンゴの和製ネット技術を活用すれば、日本からの情報発信が可能になると考えたようだ。

 両社の経営統合は2000年に話題となった米メディア大手タイムワーナーと米ネット大手AOLの統合を思い起こさせる。この計画はネットバブルの崩壊で頓挫してしまったが、クラウドやスマートフォンなどの新技術が登場した今は、新たな相乗効果を生み出せる可能性が高いだろう。

 KADOKAWAは特にアニメやゲームなどのサブカルチャーに強く海外にもファンが多い。クール・ジャパンの重要な担い手といえ、ネットによる情報発信力を高めれば、日本の魅力を海外に一層訴えられるに違いない。

 ドワンゴの動画配信サービスは政治家の発言などをネットで生中継し、視聴者が自由にコメントを投稿できる仕組みが人気を集め、若い世代に支持されている。広告モデル中心のネット市場で課金サービスが成功した珍しい例といえ、海外展開にも力を入れている。

 日本のコンテンツ市場は米国に次いで大きいが、海外輸出比率は5%程度で米国の18%に比べ見劣りする。新生「角川ドワンゴ」が日本の作品を海外に広める役割を担えば、若い日本のクリエーターを育てることにもなろう。

 ただ経営トップが手を組んでも現場がついてこなければビジネスの成功は望めない。文化も生い立ちも異なる企業同士が一緒になれるかどうかは、新会社を担う経営者の手腕にかかっている。

法相は難民に冷たくないか

 2013年に日本が難民と認定して保護を決めた人は前年より12人減って6人にとどまった。1997年以来16年ぶりの1桁だ。

 申請者の数は3260人と過去最高だったので、先進国のなかで際立って厳しいと指摘されてきた難民認定の基準がさらに厳格になったといえる。

 たとえば悲惨な内戦が続くシリアを逃れた人たちへの対応だ。欧米の多くの国がおおむね難民と認めているのに、日本はゼロだ。

 主要7カ国(G7)のほかの国では、毎年の難民認定者数は1000人を超えている。米国や英国のように万単位の国もある。日本は3桁も4桁も少ない。

 日本の門戸はなぜこうも狭いのか。政府は明快な説明をしていない。難民認定のあり方については国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)がガイドラインを出しているが、政府は「法的な拘束力を持つものではない」として事実上ないがしろにしている。

 最初の審査をする入国管理局が難民と認定しなかった人たちは不服なら再審査を受けられるが、そのための「第三者機関」である難民審査参与員という仕組みも十分に機能しているとは言い難い。

 特に13年は、参与員の多数による判断を谷垣禎一法相が初めて覆し、門戸を一層狭くした。政府は、法相が参与員の多数意見と異なる判断をしたことはない、と国際社会にアピールしてきたが、それは通用しなくなった。参与員については国連で独立性に疑念が寄せられたこともある。

 法務省は昨年から難民認定のあり方を見直す作業を進めているが、狙いは申請者の増加に対応した手続きの効率化にあるようだ。「難民鎖国」といった批判をはね返し、難民に温かい国にしようとする意欲は伝わってこない。

 国会は11年、世界の難民問題への取り組みでわが国が「主導的な役割を担う」との決意を表明した。谷垣氏が総裁を務めていた自民党も含む全会一致だった。言行不一致ではないか。

辺野古移設―これが熱望した祖国か

 この15日に本土復帰から42年を迎えた沖縄県で、米軍普天間飛行場(宜野湾市)の移設をめぐって、異常ともいえる事態が進行している。

 名護市辺野古への移設をめざす政府が、強引に工事の準備に取りかかっているのだ。

 まず動きがあったのは4月11日。政府の担当部局である沖縄防衛局が工事に先立ち、資材置き場として使う辺野古漁港の使用許可申請など6件の申請書を、名護市長宛てに提出した。

 それは事前調整もなく突然のことだった。防衛局職員が持ち込んだのは市役所の閉庁間際。提出先を間違え、他の部署に置いて帰った書類もある。

 文書には、根拠のない「回答期限」が一方的に設定されていたほか、記載漏れなどの不備が目立った。

 名護市は再提出を求めたが、防衛局は「適正だった」と拒んだまま。期限とした5月12日は過ぎた。防衛局は許可が得られなかったものとして、計画を進めるという構えを崩さない。

 市の担当者は「申請書の形式を満たしておらず、審査に入れない」と戸惑う。

 普天間飛行場の辺野古移設について、安倍首相は1月に「地元の皆様のご理解をいただきながら、誠意を持って前に進めていきたい」と語った。

 ところが、現状は見ての通り。誠意のかけらもない。

 1月の名護市長選で移設反対を訴えて再選され、「権限を行使して着工を阻止する」と表明した稲嶺進市長に挑むような、強硬姿勢だ。

 政府は6月以降、海底ボーリング調査を開始し、来春にも埋め立て工事に着手する予定だ。

 しかし、国の天然記念物のジュゴンやサンゴの群落など、近海の豊かな生態系への影響や騒音など、環境や生活に大きな支障が出るという心配に、政府は納得いく説明をしていない。

 「地元の理解」を得るには、まず地元の心配に正面から答えなくてはならない。

 米国の映画監督オリバー・ストーンさんらが移設反対の声明を出すなど、海外の知識人や政治家の間に、沖縄への理解が広まりつつある。米国世論に移設の不当性を直接訴えたいと15日、稲嶺市長が渡米した。

 同じ15日、安倍首相は集団的自衛権の行使容認の検討を表明した。それは、平和憲法の及ばない米軍占領下、沖縄が復帰を熱望した祖国の姿だろうか。

 まして、反対いまだ根強い県内移設にひたすら突き進む、こわばった顔つきの国が、望んだ祖国であるはずもない。

国際宇宙基地―地上の争い超える道を

 宇宙飛行士若田光一さんが日本人初の船長を務めた国際宇宙ステーション(ISS)の視界が、急速に悪くなってきた。

 ウクライナを巡る米ロ対立が波及し、ロシアが2020年でISSへの協力打ち切りを示唆したからだ。24年までの運用延長という米提案を拒むものだ。

 巨費と長い年月をかけて建設されたISSは、あと14年で寿命とされる。最後は解体して大気圏に落とし燃え尽きさせる計画だが、それまでの維持もお金がかかる。何より飛行士を運ぶのがソユーズ宇宙船だから、ロシア抜きでは立ちゆかない。

 何のためにいつまで運用を続けるか。ISSの後の宇宙開発の姿も思い描きながら、国際的な議論を積み重ねるしかない。

 ISSには米国とロシア、欧州11カ国、日本、カナダの計15カ国が参加している。地上400キロの高さに浮くサッカー競技場ほどの建造物だ。

 事業費は当初約4兆円と見込まれたが、建設が遅れたことなどで2倍に膨らんだ。

 日本も実験棟「きぼう」の提供などで1割に当たる8千億円を投じ、現在も資材運搬などで年間約400億円を運用に費やしている。宇宙開発予算のざっと1割強だ。

 ISSの評価は難しい。

 無重量状態を利用して新素材をつくる実験などは、やや期待外れだ。他方、宇宙に巨大な構造物を造る工学的挑戦や、宇宙長期滞在での人体への影響を調べる医学的研究には最適だ。

 国際政治上の意味も大きい。

 東西冷戦中に西側の団結を誇示するものとして米国が構想したが、冷戦終結で米ロ融和の象徴となり、近年では「ノーベル平和賞に推薦できないか」といった声もあがっていた。

 ウクライナ問題で米ロの宇宙協力がほぼ止まっても、ISSだけは例外扱いだった。

 それが正念場を迎えている。

 米ロには「月や火星への有人基地という次の目標に、早く向かいたい」という本音がある。

 そうしたISS後の国際協力には、独自路線を歩んできた中国も関心を示している。

 米ロ対立が続けば、ロシアと中国が組み、新冷戦的な枠組みが宇宙に持ち込まれかねない。

 財政難や格差拡大に悩む各国が単独で進出するには、宇宙は広大すぎる。地上の争いや対立を超えねばならない。

 ISSは、費用対効果を見ながら寿命間際まで使い続け、国際協力を深める。そして、次の段階では中国なども巻き込み、人類全体で宇宙に踏み出していく。そんな絵を描けないか。

法人税率下げ 成長志向で具体策をまとめよ

 企業の競争力を強化して、産業空洞化に歯止めをかけるには、法人減税が急務である。経済再生と財政再建を両立させる具体策が求められる。

 政府の成長戦略の目玉として、法人税の実効税率引き下げを巡る論議が大詰めを迎えている。

 安倍首相は経済財政諮問会議で「法人税を成長志向型の構造に変革する方向性を示してほしい」と述べ、6月の「経済財政運営の基本方針」(骨太方針)に税率引き下げを明記するよう指示した。

 法人税の実効税率は、35・64%(東京都)で、20%台が多い欧州やアジアの国々より高い。

 首相は英国で今月初め、「日本に投資と人材を呼び込むよう専念している」と強調した。法人減税によって外国から対日投資を呼び込み、成長に弾みを付ける効果にも期待しているからだろう。

 甘利経済財政相は、5年程度で20%台に引き下げたい考えだ。諮問会議の民間議員も、「将来的には25%、数年以内に20%台を目指すべきだ」と主張している。

 市場が注目する骨太方針で、大胆な引き下げ方針を国際的に発信したい意向は理解できる。

 しかし、最大の問題は減税の代替財源をどう確保するかだ。実効税率が30%を切るには、約3兆円の財源が要る。

 政府や経済界の一部では、景気回復とともに当初見込みより上振れする法人税収を財源に充てるべきだという意見が出ている。

 ただ、税収は景気動向に左右される。上振れ分を減税財源の一部に活用する案は選択肢になり得るとしても、自然増収だけを頼りに減税を行うのは問題だろう。

 政府税制調査会が16日にまとめた法人税改革の原案は、「単年度での税収中立である必要はない」として、減税先行を容認する方針を示した。併せて、「恒久減税である以上、恒久財源を用意することは鉄則」と明記した。

 日本の財政悪化は深刻である。成長重視で減税を先行させる場合でも複数年で財源を確保する重要性を明確にしたのは妥当だ。

 国内企業の約7割が法人税を払っていない。欠かせないのが、企業に広く薄く法人税負担を求める「課税ベースの拡大」である。

 特定業種の税負担を軽減する租税特別措置については、政策効果が薄れたものは廃止・縮小すべきだ。赤字企業であっても、事業規模に応じて納税する外形標準課税の拡大も検討に値する。

 財源に一定のめどをつけた現実的な案をまとめてもらいたい。

「原発ゼロ」の夏 安定供給の回復へ再稼働急げ

 2年連続で節電目標は回避されたが、電力不足は昨夏より深刻だ。電力各社は安定供給に万全を期さねばならない。

 東京電力福島第一原子力発電所の事故後初めて「原発稼働ゼロ」で、電力消費の多い夏を迎える公算が大きい。

 政府は電力需給に関する閣僚会議で、今夏は数値目標を掲げず、無理のない節電を要請する方針を決めた。家庭や企業も、できる範囲で省電力に協力し、暑い夏を乗り切りたい。

 原発なしで夏の需要ピーク時に各電力が自力確保できる供給余力は、九州電力が1・3%、関西電力は1・8%にとどまる。停電を防ぐ最低ラインとされる3%を下回る厳しい状況である。

 九電と関電は、東電から電力の融通を受けて3%を確保する計画だが、発電所のトラブルなどで供給力が下がれば、たちまち停電の危機が迫る。まさに綱渡りだ。

 猛暑時の停電は、冷房停止による熱中症の増加などで人命にかかわる事態を招きかねない。

 政府は需給対策として電力各社に供給力の積み増しを要請した。だが、各社は老朽化した火力発電所まで総動員している。大幅な上積みは望めまい。

 決め手はやはり原発再稼働である。原子力規制委員会が安全審査を優先的に進めている九電川内原発1、2号機が再稼働すれば、九電の供給余力は14%を超え、危機的な電力不足は解消される。

 安全性を確認できた原発の再稼働を進め、電力の安定供給体制を立て直すことが急務である。

 ところが、原発の安全対策について、規制委が検討項目を次々と追加したため、再稼働への審査は大幅に遅れている。

 関西と九州の経済連合会が連名の意見書で、規制委の審査について、「効率的で責任のある意思決定が迅速に行われているとは言い難い」と批判したのはもっともだ。改善に動こうともしない規制委の姿勢が問われている。

 提出書類の不備など、電力会社側の不手際も目立つ。もっと緊張感を持って対応してほしい。

 原発ゼロに伴う経済的な負担は大きい。原発を代替する火力発電所の追加燃料費は年4兆円近くに膨らみ、標準家庭の電気料金は、原発事故の前より東電が約4割、関電も3割上がった。

 再稼働がさらに遅れれば、追加値上げは不可避となり、家庭も企業も大打撃を受ける。政府は事態を重く受け止め、再稼働の早期実現に真剣に取り組むべきだ。

2014年5月16日金曜日

憲法解釈の変更へ丁寧な説明を

 安倍晋三首相が憲法解釈を変更し、集団的自衛権の行使を可能にする方向で「政府としての検討を進める」と正式表明した。日本の安保政策の分岐点となり得る重大な方向転換だ。幅広い国民の理解を得られるように丁寧な説明、粘り強い対話を求めたい。

 首相の発言は有識者の集まりである「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会」(座長・柳井俊二元駐米大使)が報告書を提出したのを踏まえてなされた。

安保環境の大きな変化
 報告書は「我が国を取り巻く安保環境はわずか数年の間に大きく変化した」と指摘した。東シナ海や南シナ海での中国の振る舞い、北朝鮮の挑発的な言動などを例示するまでもなく、うなずく国民は多いだろう。

 さらに報告書は「一方的に米国の庇護(ひご)を期待する」という冷戦期の対応は時代遅れだと強調し、新たに必要な法整備を進めるべきだと訴えている。

 財政難の米国に単独で世界の警察を務める国力はもはやない。内向きになりがちな米国の目をアジアに向けさせるには、日本も汗を流してアジアひいては世界の安定に貢献し、日米同盟の絆を強める努力がいる。

 日本が取り組むべき具体策として報告書は(1)日本近隣有事の際の米艦防護や不審船の船舶検査(臨検)(2)日本船舶が利用する海上航路での機雷の除去(3)離島に上陸した武装集団への迅速な対応――などを挙げた。

 これらはあくまでも有識者の意見である。政策を決めるための土台でしかない。

 政府はまず、急いで取り組むべき課題とじっくり考えるべき課題、現行法制でできることと憲法解釈の見直しが必要なことを、きちんと仕分けることが大事だ。

 提言のうち、国際貢献のための武力行使を容認するくだりを首相が「採用できない」と明言したのは当然だ。

 今の時点で最も警戒が必要な非常事態としては、沖縄県の尖閣諸島などの離島に漁民と称する正体不明の武装集団が上陸するケースが考えられる。

 警察や海上保安庁には荷が重いが、かといって、いきなり自衛隊が防衛出動するのか。警察権と自衛権の境界にあるグレーゾーンへの対処方法を早く決めておかなくてはならない。これは憲法解釈の見直しも不要で、来週始める自民党と公明党の協議はここから着手するのが妥当だ。

 「与党協議の結果に基づき、憲法解釈の変更が必要と判断されれば、改正すべき法制の基本的方向を閣議決定していく」。首相はこうも述べた。解釈変更ありきではない、と印象付けることで、現在の解釈を変えたくない公明党と折り合う糸口を探る狙いがある。

 与党協議では具体的な事例に沿って検討すべきだ。戦後日本の憲法論議は一般人には縁遠い法理にばかり着目し、袋小路に入り込むことが多かった。

 日本が直面しそうな危機に対処するにはどんな手があるのか、それは公明党が主張する個別的自衛権の拡大解釈などで説明できるのか、集団的自衛権にもやや踏み込むのか――。こうした議論を重ねれば合意に至る道筋は必ずみつかるはずだ。

与党以外とも対話を
 もちろん日本ができる実力行使の範囲を歯止めなく広げ、際限なき軍拡に走ることは憲法が掲げる平和主義に反する。戦前には在外邦人保護を理由にして中国大陸に戦闘部隊を送り込んだこともあった。日本が許される自衛権は「必要最小限度の範囲」という憲法解釈まで変えてはいけない。

 自公関係に亀裂が生じれば、影響は安保・外交政策にとどまるまい。景気の先行きは予断を許さない。与党の内輪もめで成長戦略のとりまとめなどが滞り、日本経済が立ち往生するような事態は誰も望んでいない。

 話し合うべきは与党だけではない。民主党など野党にも集団的自衛権の行使解禁に前向きな議員はいる。国を二分する論争にすれば政権交代があるたびに憲法解釈が変更されかねない。

 海外では外交・安保政策で与野党が一定の共通認識を持つ国が多い。日本でもそうした与野党関係を築きたい。

 外国への説明も不可欠だ。報告書の中身をよく読みもせずに「軍国主義の復活」などと言い立てる国も出てこよう。有事への備えの強化と並行して、周辺国との緊張緩和にも全力で取り組み、日本の意図を世界に正しく理解してもらわねばならない。

集団的自衛権―戦争に必要最小限はない

 歴代の内閣が憲法9条のもとで否定してきた集団的自衛権の行使を、政府解釈の変更によって認めるべきだ――。

 安倍首相の私的諮問機関「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会」がきのう、こんな提言を柱にした報告書を首相に出した。

 これを受けて、安倍氏は集団的自衛権の行使容認に向けた与党協議などの政治プロセスに入ることを表明した。

■自衛権の行使=戦争

 集団的自衛権の行使を認めるには、憲法改正の手段をとらざるを得ない。歴代内閣はこうした見解を示してきた。

 安倍氏が進めようとしているのは、憲法96条に定める改憲手続きによって国民に問うべき平和主義の大転換を、与党間協議と閣議決定によってすませてしまおうというものだ。

 憲法に基づいて政治を行う立憲主義からの逸脱である。弊害はあまりにも大きい。

 まず、戦争の反省から出発した日本の平和主義が根本的に変質する。

 日本が攻撃されたわけではないのに、自衛隊の武力行使に道を開く。これはつまり、参戦するということである。

 懇談会は、集団的自衛権を行使するには「わが国の安全に重大な影響を及ぼす可能性がある」「(攻撃された国の)明示の要請または同意を得る」といった条件をつけている。

 だが、いずれも単なる前提に過ぎなかったり、国際法上あたり前のことだったりして、明確な歯止めとはなり得ない。

 集団的自衛権を行使するかしないかは、二つに一つだ。首相や懇談会が強調する「必要最小限なら認められる」という量的概念は意味をなさない。

 日本が行使したとたん、相手にとって日本は敵国となる。

 また解釈変更は、内閣が憲法を支配するといういびつな統治構造を許すことにもなる。

 国民主権や基本的人権の尊重といった憲法の基本原理ですら、時の政権の意向で左右されかねない。法治国家の看板を下ろさなければいけなくなる。

 そして、近隣国との関係改善を置き去りにしたまま解釈改憲を強行することで、東アジアの緊張はかえって高まる。

■見過ごせぬ二重基準

 きのうの記者会見での首相発言は、理解しがたかった。

 懇談会は集団的自衛権のほか、国連の集団安全保障のもとでの自衛隊の武力行使に憲法の制約はないと解釈するよう、政府見解の変更を求めた。

 首相はこの考え方を「これまでの政府の憲法解釈とは論理的に整合せず、採用できない」と退けた。

 それをいうなら集団的自衛権の行使容認も、これまでの政府の憲法解釈とは整合しない。

 それなのに首相は、「自国の平和と安全を維持し、その存立を全うするために必要な自衛の措置」は禁じられていないという72年の政府見解を引き、集団的自衛権は許されるとの考えは「政府の基本的な立場を踏まえている」と評価した。

 だが、72年の見解は、首相の引用部分に続いて「集団的自衛権の行使は憲法上許されない」と明記している。そこには触れぬまま提言を受け入れようというのは、二重基準によるごまかしとしか言いようがない。

 これから与党協議に臨む自民党や公明党の議員は、こんなまやかしを認めてしまうのだろうか。協議の行方から目を離すことはできない。

■9条のたがを外すな

 一方、集団的自衛権の行使容認とは別に、報告書は国連PKOの際の武器使用のあり方や、日本の領土・領海への武力攻撃とまではいえない侵害への対応にも触れている。

 「PKOでの武器使用に憲法の制約はない」という懇談会の提言は論外にしても、PKOなどの問題は、一つひとつ丁寧に検討すべき論点であることは確かだ。

 海外での武器使用に関しては、政府は9条の平和主義と国際社会からの要請とのはざまで、針の穴を通すような憲法解釈や立法を重ねてきた。そうした矛盾がPKOの現場で端的に表れてきたのも事実だ。

 しかし、それは憲法9条を尊重してきた日本国民が自らに課した「たが」でもある。

 この矛盾を少しでも解消するため、さらに知恵を絞るべきなのは当然のことである。ただし、憲法を改正するのでなければ、検討は9条の範囲内にとどめるのもまた当然である。

 首相は集団的自衛権の行使容認を突破口に、やがては9条のしばりを全面的に取り払おうとしているように見える。

 これが「戦後レジームからの脱却」の本質であるならば、看過できない。

 いったい何のための集団的自衛権の行使なのか。日本の安全確保や国際平和への貢献のために何をすべきなのか。その目的や手順を誤ってはならない。

時事問題

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