2014年6月30日月曜日

「負の遺産」にならない五輪計画に改めよ

 2020年東京五輪の組織委員会や東京都は五輪会場の計画を再検討する方針を打ち出した。国際オリンピック委員会(IOC)などの協力を得ながら、しっかりと見直してほしい。

 五輪会場の整備は、新設する10の競技施設を都が担当し、組織委員会が仮設施設を、国が主会場である新国立競技場を建設する。五輪招致に立候補した段階で都がまとめた計画では、総事業費は4554億円を見込んでいた。

 しかし、資材や人件費の上昇で都の担当分だけでも建設費は当初案から2倍以上に膨らむ見通しだ。国立競技場の解体工事の入札が不調になるなど、工事費の上昇の影響は早くも表面化している。

 すでにバスケットボールやボートなどの会場を再検討する案が出ているが、この際、39の施設すべてについて精査すべきだ。既存施設をなるべく活用し、設備や工法も徹底的に洗い直してほしい。

 自然環境に配慮して、カヌー(スラローム)の会場を葛西臨海公園から移すことも必要だ。基本設計が固まった新国立競技場も、景観面への影響を考慮してさらに縮小した方がいい。五輪関連の施設が将来の世代にとって「負の遺産」になっては困る。

 東京五輪の特徴は選手村から半径8キロ圏に会場の大半を収める「コンパクトな五輪」にある。この基本理念は維持しながら建設費の抑制に取り組むべきだ。

 27日まで続いたIOCの調整委員会との会合では、計画を見直す背景について一定の理解を得られたもようだ。実際に変更する際には各競技の国際団体の意見をできるだけ反映する必要がある。

 20年に向けて道路や鉄道など様々なインフラを整備する構想も浮上している。老朽化した首都高速道路の更新など急いだ方がいい事業は確かにある。

 一方で、羽田空港を再拡張する構想のように、すぐに着手しても五輪に間に合わないものもある。こうした事業はこの際、五輪後に先送りするのも一案ではないか。

 東日本大震災からの復興を世界に示すことが、五輪開催の理念のひとつだったはずだ。五輪関連の工事が復興事業に悪影響を及ぼすことはできるだけ避けたい。

 会場計画の変更と並行して、都が中心になって東京の都市ビジョンを早急にまとめてほしい。そのなかでインフラ整備の優先度をしっかりと示すべきだ。

遺族の信頼得る医療事故調に

 医療事故の原因究明と再発防止を目的とした医療事故調査制度が来年秋に発足する。制度の創設を盛り込んだ医療・介護総合推進法が国会で成立した。

 制度の大枠は定まったが、魂を入れるのはこれからだ。厚生労働省が施行までに事故の届け出基準や調査内容などについて具体的な指針をつくる。医療事故で肉親を失った遺族らの信頼にこたえる制度にしたい。

 患者の取り違えなど重大な医療事故が2000年ごろに相次ぎ、医師らの責任を問う訴訟が増えた。しかし遺族にとって訴訟の負担は重く、必ずしも原因の解明にもつながらない。医療側からも責任追及より再発防止を重視した調査制度を求める声が上がった。

 こうした経緯から、透明性と中立性が制度の要だ。

 医療機関は、診療行為に関連して患者が予期せず死亡した場合、新設される「医療事故調査・支援センター」に届け出たうえ、病院内に設けた調査組織が原因などを調べる。これには外部の専門家が加わる。

 センターは医療機関からの調査報告を分析、広く注意喚起し再発防止に役立てることに努める。

 遺族が医療機関による病院内での調査に納得できない場合はセンターが再調査できる。

 確かに医師に対する責任追及ばかりが前面に出ては、医療機関の組織的な問題を明らかにし再発防止につなげられない懸念がある。だからといって身内や組織をかばう調査が横行するようでは困る。

 医師と遺族では医療行為に関し知りうる情報量に格差がある。事故を隠蔽する心ない医療機関もある。制度は医師や医療機関の自浄能力に期待するところが大きい。

 センターは医療機関から届け出を受けても警察に通報しない。ただ悪質であれば、捜査の対象になりうることは今と変わらない。

 医療機関側が改めて襟を正し、遺族からみて透明度の高い院内調査を心がけることが何より大事だろう。

国際カルテル―摘発強化は世界の流れ

 日本企業が価格カルテルで海外の当局や裁判所から多額の制裁金や罰金を命じられる事例があとを絶たない。

 目立つのは、自動車部品や自動車の海上輸送サービスでの摘発だ。ビジネスが国際化しても順法意識は「ガラパゴス」のまま、というお寒い構造が日本最強の産業で露呈している。

 米国では企業だけでなく個人の刑事責任も厳しく問われ、米国の刑務所に収監される日本人も相次ぐ。

 「これも仕事の内」という忠誠心や出世への野心からとはいえ、ライバル企業と価格の相談をしたら、外国の刑務所に長ければ2年も入れられる――日本のサラリーマンには由々しき時代ではある。

 摘発が急増しているのは、海外の独占禁止法当局が自国や域内の企業にとって競争上、不利にならないよう、外国企業の不正追及を強化しているためだ。

 通商戦略でも、世界貿易機関(WTO)協定や自由貿易協定(FTA)で競争政策を重視している。これが新興国での独禁法の整備につながり、日本などの企業が欧米以外でも摘発される例が増えている。

 真っ先に不正を通報した企業を免責する制度や、他の不正を明かせば制裁を減免する仕組みが威力を発揮している。

 罰金や課徴金・制裁金を払っても一件落着ではない。責任ある役員に穴埋めさせる株主代表訴訟が起こされる可能性が高いからだ。最近も、住友電工の元経営陣が5億2千万円で和解した。海外では顧客に当たる組み立てメーカーや消費者が民事訴訟を起こす恐れもある。

 カルテルを「必要悪」とする言い分は到底、通用しない。根絶には、企業トップが断固たる態度を現場に示すべきだ。強い立場の買い手が無理な要求をして、売り手を不正に追い込んではいけない。

 そのためにも、日本は厳罰化の世界的な流れにあわせ、課徴金の制裁的な上積みや罰金の高額化、関与者への刑事罰の強化を進める必要がある。

 今後、米国が「有罪」と認定した役職者の引き渡しを日本に求めてくる可能性も取り沙汰される。ただ、米国の言うがままに対応するのでは、カルテルに対する国際的な事件処理をむしろ複雑にしてしまう。

 各国の独禁当局は01年から国際的な協議の場を設けている。そこで厳罰化の水準をそろえたり、課徴金や制裁金を貿易相手国にきちんと分配する仕組みを調整したりしながら、国際カルテルの追放を進めてほしい。

外国人労働者―継ぎはぎ政策は限界だ

 安倍政権が「成長戦略」のひとつとして、事実上の外国人労働力の活用強化を決めた。

 「日本で働きながら技能を身に着け、本国に戻って活躍してもらう」とうたう技能実習制度の拡充が柱だ。最長3年の期間を5年に延ばし、対象も今の68職種に介護、林業などを加える方向だ。「諸外国の要望も踏まえて」と言うが、人手不足対策であるのは明白だ。

 特に人手が足りない建設業では先に、「特定活動」ビザを合わせて5~6年に延ばす応急措置を決めた。これを造船業にも適用する。両業界には塗装など共通する作業が多く、人集めで不利になると見た造船業界が要望したという。

 あまりに場当たり的な、継ぎはぎ対応にあきれるばかりだ。

 技能実習制度では低賃金や残業代の不払い、違法な労働、暴行など問題が山積みだ。米国務省の報告書でも「強制労働の事例がある」と指摘された。政府は監視を強化し、期間の延長は優良な受け入れ先に限ると説明するが、問題の解消が先だ。

 政権は一方で「移民は受け入れない」と繰り返す。

 移民に関する確立した定義はないものの、かつて国連が「通常の居住地以外の国に移り、少なくとも12カ月間住む人」と示したことがあり、今もしばしば引用される。

 これに照らせば、技能実習生も「移民」だ。実習生なしには成り立たない業界や地域も少なくない。現在、約15万人。目の前の現実の課題として、外国人と暮らし、ともに働く社会を目指すべきだ。

 新しい問題ではない。地域では、ブラジルを中心とする日系人に関して、多くの課題を抱えつつも「共生」に向けた取り組みが続いている。

 バブル経済期の人手不足を背景に急増した日系人は、08年のリーマン・ショックで急減したが、ブラジル国籍者だけでなお20万人近くが暮らす。定住者ビザを出してきたのに、失職を理由にお金を渡して帰国を促したことが厳しく批判された。

 政府が3月に改定した定住推進策は「地域社会の一員として受け入れる」ことを強調する。日本語教育の充実をはじめ、自治体や自治会、NPOと連携した多様な取り組みの必要性を指摘している。

 推進策も言う通り、これらは日系人だけでなく、日本で暮らす全ての外国人にあてはまる。

 移民か、そうでないか。労働者か、技能実習か。身勝手な言葉の使い分けはやめて、現実を直視すべきだ。

社会福祉法人 地域貢献で存在意義を示せ

 税制上の優遇措置などを受けながら、民間企業と同じ事業に安住している。社会福祉法人が、十分に役割を果たしていないとの批判が多い。

 介護施設や保育所を運営する社会福祉法人の改革に向けて、厚生労働省の有識者検討会が報告書案をまとめた。事業を充実させる契機としたい。

 社会福祉法人は、社会福祉法に基づく非営利の民間組織で、約2万の法人が存在する。行政による規制や指導監督が厳しい反面、法人税などの免除や施設整備の補助金を受けている。

 1950年代から福祉サービスの中核となってきたが、近年は、同分野への企業やNPOなどの参入が進む。社会福祉法人を取り巻く環境は大きく変化している。

 高齢化の進展や雇用の不安定化により、単身高齢者の見守りや引きこもりの若者の支援など、公的制度では対応しきれない課題も顕在化している。

 だが、こうした新たな地域ニーズに対応する社会福祉法人は、一部に限られているのが実情だ。

 報告書案が、地域貢献活動の義務化を求めたのは、もっともである。利益を追求する企業にはできない分野に取り組むことが、社会福祉法人の本分だろう。

 社会福祉法人が運営する特別養護老人ホームで、平均3億円もの利益を蓄えていることも問題視されている。

 こうした資金を活用して福祉サービスを地域に提供しなければ、存在意義が問われるという報告書案の指摘は、うなずける。

 地域貢献活動の効率的な実施には、法人の規模拡大や複数法人による共同事業の促進が必要だ。

 大阪府では、複数の社会福祉法人が協力して資金を出し合い、生活困窮者に対する相談支援事業を展開している。生活資金や食料品などの援助も行う。他の地域の参考となろう。

 2015年度から、介護保険サービスの一部が市町村の事業に移管される。生活困窮者自立支援法も施行され、市町村が相談や就労支援などを行う。

 社会福祉法人は、これらの事業の主要な委託先になると期待されている。果たすべき役割は、ますます大きくなる。

 一部の法人では、理事長による運営の「私物化」が問題となっている。信頼性の確保には、運営の透明性の向上が不可欠だ。財務諸表を公開している法人は半数にとどまる。報告書案が指摘したように、公開の義務化が急がれる。

国際教員調査 時短は事務作業の見直しから

 日本の教員は勤務時間が長い。指導力への自信がない。この現状をどう改善していくべきか。

 経済協力開発機構(OECD)の国際教員指導環境調査によると、日本の中学教員は1週間に平均53・9時間も勤務している。

 対象となった33の国・地域で最も長く、全体の平均の1・4倍の長時間勤務を強いられている。

 ところが授業時間は逆に短い。全体の平均が19・3時間だったのに対し、日本は17・7時間にとどまっている。

 肝心の学習指導がおろそかになっていないか心配だ。仕事の効率化を進めるとともに、指導の充実を図る必要がある。

 長時間勤務の大きな要因が、事務作業や部活動などの指導である。授業とその準備以外の仕事が全体の半分を超え、他国に比べて際立って長い。

 日本の教員は日常的に、各種団体から届く調査への回答作成や、滞納給食費の徴収、保護者への対応など、さまざまな仕事に追われている。たまった仕事を片づけるため、早朝や休日に出勤するケースも多いという。

 まずは、事務作業の見直しが急務だ。県と市町村の双方で実施していた調査を一本化したり、文書の書式を統一したりするだけで、作業量をかなり減らした例もあるという。参考にしてほしい。

 メールによる情報交換やパソコンを使った情報の共有で、作業時間の短縮も可能だろう。事務職員をこれまで以上に活用することも検討してはどうか。

 部活動についても、外部指導者の活用などで教員の負担軽減を図るべきだ。

 生徒の指導に自信を持っている教員が、少数派だったことも気がかりである。

 「生徒に勉強ができると自信を持たせる」ことができたとの回答は全体平均で8割を超えたのに、日本は2割弱にとどまった。

 1970~80年代に大量採用されたベテラン教員が退職の時期を迎えている。主力となる若手教員の指導力をいかに高めていくかが大きな課題と言える。

 多忙で研修に参加できないと訴える教員も多かった。教育委員会や学校は、勤務ダイヤなどの面で配慮してもらいたい。

 日本の女性校長の割合は6%で調査対象国の中で最低だった。政府は2020年までに女性管理職の割合を30%とする目標を掲げている。教育現場での女性活用も進めねばならない。

2014年6月29日日曜日

経営者と株主は会社の将来を共に語れ

 3月期決算会社の株主総会の開催がピークを越えた。出席者が経営陣に成長戦略などをただす場面も多く、企業や株式市場の先行きに対する株主の関心の高さがうかがわれた。

 企業は総会で寄せられた声を経営に生かし、今後の成長につなげる必要がある。さらに総会が終わった後も、経営戦略を説明する機会をできるだけ多く設け、会社の将来に関するビジョンを株主と共有すべきである。

 2014年3月期は企業業績の回復が鮮明になり、株価もおおむね上昇基調をたどった。しかし、株主は満足していない。

 一例をあげるとすれば、前期に23年ぶりに営業最高益を更新した日立製作所だ。同社の総会では株主のひとりが、競争相手である独シーメンスと比べた場合の利益率の低さを指摘していた。

 個人が欧米の機関投資家と同じようなグローバルな視点で企業を評価する時代だ。台頭著しい海外ファンドだけが物言う株主ではない。好業績であっても経営者は片時も気を抜けない。

 日産自動車など、総会で株価への不満が聞かれる企業も決して少なくなかった。株価は全般には堅調だが、同業種の中で格差がつきやすくもなっている。経営戦略を機動的に見直し、現金などの資産を活用することにより、収益力を高める。株主は経営者のそんな姿勢を注視し、変革への行動を促す存在である。

 今年は集中日に総会を開催する企業の比率が、初めて4割を下回った。個人への開かれた総会を意識する企業が増えたからだ。開催が分散したため、1人でも複数の企業の総会に出席しやすくなった。こうした傾向が来年以降も続くことを期待する。

 今年1月からは少額投資非課税制度(NISA)が始まった。制度の普及に伴い、今後は長期投資の個人マネーが株式市場に流入してくる可能性がある。

 一方で、金融機関などと株式の持ち合いを続けることへの批判は、さらに強まりそうだ。

 とすれば、企業にとって個人株主は自社の将来を語る相手として、ますます重要な存在となっていく。日本版スチュワードシップ・コード(行動規範)の導入に伴い経営への影響力を強めようとしてくる年金などに対するのと同じように、企業は個人株主とも真摯に向きあわなくてはならない。

新教委制度で問われる首長

 知事や市町村長の良識が大いに問われる制度といえる。通常国会で成立した改正地方教育行政法に基づき来春スタートする、教育委員会の新しい仕組みのことだ。

 いじめ事件などをめぐり教委とその事務局の無責任体質や閉鎖性が批判され、すったもんだの揚げ句まとまったのが今回の新制度である。政治的な妥協の産物でもあるから極めて複雑で、曖昧さも拭えぬ設計になっている。

 新制度でも教職員人事など教育委員会には相当の権限が残る。一方で、従来の委員長と事務局トップの教育長を統合した新「教育長」を置く。首長はその任免権を持つほか「総合教育会議」で教育委員とともに重点施策を協議し、教育行政の「大綱」をつくって公表する。おおよそこんな制度だ。

 木に竹を接いだ格好だが、新「教育長」の創設により責任の所在が明確になるのは確かだろう。首長と教育委員が、公開の総合教育会議の場で忌憚(きたん)のない意見を述べ合えば地域の教育を活性化させる効果も期待できる。

 しかし、それもこれも、まずは委員会と総合教育会議の役割分担をはっきりさせてこその話だ。そのうえで首長、新「教育長」、教育委員のそれぞれが教育に対する高い見識を持って会議に臨まなければならない。

 とりわけ大切なのは、首長の自覚と自制だろう。選挙で民意を得たという錦の御旗を掲げ、思いつきや大衆迎合的な施策をゴリ押しするのでは困る。教育には政治的中立性、安定性、継続性が必要なことをよく認識すべきである。

 首長は強い権限を持つ新「教育長」を任免できるほか、教育行政の「大綱」づくりも担うだけに暴走した場合の危険は大きい。教育委員もこれまでのような名誉職気分を脱して、首長サイドと正面から議論する気概が要る。

 教員資格を持つ職員が多いため身内意識が強く、排他的になりがちな事務局の体制見直しも大きな課題だ。新制度を機に、自治体は改革を競い合ってもらいたい。

ODA見直し―危うい軍への支援解禁

 政府の途上国援助の基本方針であるODA大綱。この見直しに向け、有識者懇談会が岸田外相に報告書を出した。

 これまで大綱が禁じてきた軍への支援でも、災害救助など非軍事目的ならば認めてよいとの提言が含まれている。

 今年で60年を迎える日本のODAは、報告書が指摘するように「平和国家として世界の平和と繁栄に貢献してきたわが国の最大の外交ツール」であり、各国から高く評価されてきた。

 それが軍への支援に踏み出すとなれば、従来の方針からの大きな転換である。

 武器輸出三原則の撤廃、そして集団的自衛権の行使容認に向けた動き。安倍政権は「積極的平和主義」の名のもと、戦後日本が堅持してきた「平和国家」としての外交政策を次々と変えようとしている。

 今回のODA改革も、その文脈にある。性急に結論を出すのは危うい。

 台風、地震、津波。ODAの対象となる東南アジアの国々は自然災害と隣り合わせだ。昨年11月、フィリピンで約1千万人が被災したというすさまじい台風被害は記憶に新しい。

 これらの国々で災害救助に大きな役割を果たす軍に対し、日本がその目的を限って支援することの意味がないとは言えないだろう。

 とはいえ、日本がいかに非軍事という線引きをしても、その線がいつまでも維持される保証はない。それに、他国からみれば、軍への支援は「軍事支援」にほかならない。

 政府はフィリピンなどへの巡視船供与に続き、軍民共用港の整備も検討しているという。南シナ海への攻勢を強める中国への牽制(けんせい)が念頭にあるならば、「力には力」の悪循環を招きはしないか。

 厳しい財政事情を反映して、政府全体のODA予算はピークだった97年からほぼ半減した。効率を高め、国民の理解を得られるような改革は大いに進めるべきだ。

 だが、それが途上国の発展やそこに住む人たちの福祉の向上というODAの本質を損なうことになってはならない。

 軍への支援解禁を含む今回の大綱見直しの動きには、現地でさまざまな支援活動に取り組む多くの非政府組織(NGO)が懸念を表明している。

 政府は、年内の新大綱決定前にこうした団体とも意見交換する予定という。これを形式的に終わらせてはならない。

 積極的平和主義の一方的な押しつけは、禍根を残すだけだ。

エジプト―記者たちを解放せよ

 報道の自由は、民主主義社会を支える主柱のひとつである。その原則を顧みない国に、真の安定と発展はない。

 中東の大国エジプトに暗雲が広がっている。言論弾圧にしか見えない報道関係者の拘束や投獄が続いているからだ。

 衛星テレビ局アルジャジーラの記者3人に今月、懲役7~10年の判決が言い渡された。

 昨年夏のクーデターのあと、カイロで激化した街頭デモなどを取材し、「内戦状態」と報じたことが問題視された。

 勾留はすでに半年間に及ぶ。公判では、虚偽の報道やテロ組織支援などの罪に問われたが、確かな証拠は何も示されないまま有罪が宣告された。

 オーストラリア人のピーター・グレスト記者についての「証拠」は、記者が以前にアフリカで撮った番組映像など、まるで無関係なものだった。

 エジプト人のバヘル・ムハンマド記者には、「武器所持」の罪も加えられた。治安部隊が発砲したデモ現場から持ち帰った銃弾の空薬莢(やっきょう)ひとつが理由とされた。

 およそまともな司法判断とは言えない。それを許しているのは、クーデターで実権をにぎった元軍総司令官、シーシ大統領が率いる強権政治である。

 前政権を支えた「ムスリム同胞団」を抑えこもうとするあまり、その支援者のデモや当局の取り締まりを取材するメディアも許さない姿勢に傾いている。

 国際組織「ジャーナリスト保護委員会」によると、クーデター以降、拘束された記者は65人以上。昨年1年間で職務中に殺害された記者は6人を数え、シリア、イラクに次いで多い。

 どの国であれ、どんな政治状況や対立構図であれ、そこで働くジャーナリストの使命は当事者の現場を取材し、事実を世界に伝えることにある。

 当局が治安維持の名目を掲げたとしても、記者の当然の仕事を犯罪扱いすることは国際社会から容認されるはずがない。

 国連事務総長は判決について「深く懸念する」との声明を出し、多くの国々や人権団体が批判の声をあげている。

 エジプト当局は、虚偽の報道によって誤った国のイメージが世界に広められたと記者たちを糾弾したが、全く的外れだ。

 国の評判をおとしめているのは、報道を萎縮させようとする今の当局自身の偏狭さである。エジプトは本来、もっと寛容で懐の深い国であるはずだ。

 シーシ政権と司法は一刻も早く記者たちを解放し、報道の自由を認めなくてはならない。

株主総会 外部の声を経営改革に生かせ

 外部の声を積極的に採り入れ、経営に生かしていくことが、企業価値の向上に欠かせない。

 今年の株主総会シーズンが山場を越えた。

 暴力団員らへの融資が問題となったみずほフィナンシャルグループや、業績回復のメドが立たないソニーなどの総会では、株主からの批判が相次ぎ、経営陣が謝罪や釈明に追われた。

 株主総会は経営陣が直接、株主の声に耳を傾ける大切な機会である。年1回の総会にとどまらず、日常的に外部の声を採り入れようとする企業が増えてきた。

 今年の株主総会では、新たに社外取締役を選任する企業が約250社にのぼり、社外取締役を置く東証1部の上場企業は全体の7割を超えた。

 今月、成立した改正会社法で、社外取締役のいない企業に来春から理由の説明が義務付けられることも、導入を後押しした。

 社外の目で経営を見直す企業の増加が、前例踏襲型の経営や低収益率など、日本企業の課題解決につながることに期待したい。

 ただ、取引先などから「お飾り」のような社外取締役を迎えるだけでは、十分なチェック機能は果たせまい。独立性の高い立場から厳しい注文をつけてもらわないと、意味はない。

 社内では見落とされている問題点を指摘できる視野の広さや見識を備えた人材を、しっかり選ぶことが、何より大切である。

 会社の事情に疎い社外取締役への十分な情報提供も、実効性を上げるために欠かせない。

 今年の株主総会は、敵対的な合併・買収(M&A)を阻止する買収防衛策への株主の賛否も、注目を集めた。

 ゲーム大手のカプコンの総会では、会社側が買収防衛策の継続を提案したが否決された。

 カプコンは外国の機関投資家の議決権が約45%を占めている。防衛策は経営陣の自己保身であり、株主の利益にはつながらないと考えた株主が多かったのだろう。

 多様化する株主の理解を得るには、経営トップが一段と丁寧に説明する必要がある。

 もちろん、「物言う株主」の主張が常に正しいとは限らない。

 電力各社の株主総会では、脱原発を求める株主提案が出された。経営陣は、業績回復には原発の再稼働が欠かせないと説明し、提案は全て否決された。

 株主と経営陣が建設的で緊張感のある対話を重ね、経営改革を進めることが求められる。

イラク流動化 無秩序の拡大を食い止めたい

 イラクの混乱が、国境を越えて急速に広がっている。中東全体の不安定化を避けるため、イラクと米国など関係国は、協力して事態の収拾を図らなければならない。

 イスラム法に基づく新国家建設を標榜するスンニ派過激派組織「イラク・シリアのイスラム国(ISIS)」がイラク中・西部で都市や油田を制圧し、国境地帯からイラク軍部隊を排除した。

 シリア国境付近では、シリアのアサド政権と対立するアル・カーイダ系テロ組織「ヌスラ戦線」が、ISISと共闘を始めた。二つの過激派が、国境が存在しないかのように両国を自由に行き来し、無秩序状態を作り出している。

 危機感を抱いたシリア軍が、イラク国境地帯を空爆し、イラクがこれを歓迎した。シーア派とスンニ派の対立に根ざす両国の内戦の一体化と、複雑な対立の構図を印象づけるものだ。

 こうした混乱に乗じるように、イラク北部の少数派クルド人が独自に油田管理や原油輸出を始めた。イラクの分裂につながりかねない、憂慮すべき動きだ。

 ISISに、スンニ派の大国サウジアラビアなど湾岸諸国内から巨額の活動資金が流れているとされる点も問題だ。サウジがこの資金の流れを断つことが、混乱収拾への重要な一歩となろう。

 ケリー米国務長官が中東・欧州訪問で、「イラクが国家存亡の危機に直面し、中東全体が脅威にさらされている」と警告したのは、当然である。地上部隊を投入する選択肢を排除した米国は、外交努力を加速させるべきだ。

 米国は、穏健なシリア反体制派に対する資金援助を決めた。穏健派によるヌスラ戦線への牽制を通じて、ISISの力を殺ぐ狙いがあるのだろう。

 同時に、米国の軍事顧問団の約180人がイラクでの任務を開始した。イラク軍の立て直しを図りつつ、ISISの組織や動向に関する情報を集め、将来の選択肢である「無人機による空爆」の目標も特定するという。

 イラクの国家基盤が崩れる事態を防ぐため、米国は、イラクに影響力を持つ国や勢力の結集を目指しているが、実現可能なシナリオを描き切れていない。

 ケリー長官はマリキ首相に、スンニ派やクルド人を含む挙国一致の内閣作りを改めて求めた。首相は国民融和を急ぐ必要がある。

 日本政府はイラク避難民支援に約6億円の緊急援助を決めた。イラク安定に日本も協力したい。

2014年6月28日土曜日

片務的な日・EU経済連携交渉では困る

 日本と欧州連合(EU)が進めてきた1年間の経済連携交渉の成果をEUが評価し、交渉を中断せずに継続することを決めた。EU側の関税撤廃を悲願とする自動車や電機など日本の輸出産業にとって朗報といえる。

 だが、残された課題も大きい。交渉での日本とEUの立場が、対等からほど遠い状態だからだ。EUは今でも乗用車に10%、家電に14%の高い関税を課し、域内の市場を保護している。これらの分野で日本側の関税はゼロである。

 それでもEUは、日本市場の非関税障壁が高く閉鎖的だと主張する。自ら関税を下げるそぶりを見せつつ、日本に規制や基準の改定を迫る交渉戦術だろう。その象徴として鉄道分野に焦点を当て、JRグループ各社などが資材調達の方式を見直し、EUからの輸入を増やすよう求めている。

 民営化した企業に強制するのは本来なら筋違いだ。だが、JR各社が自主的に調達の透明性を高める姿勢を示せば、政府間交渉を後押しするのも事実である。

 現実的な策として日本は官民協調で制度の透明化に努めるべきだろう。同時にフランス、ドイツ、イタリアなどEU主要国も日本と同じように鉄道調達や政府調達の改善に努力する必要がある。

 交渉の継続は、EU側の一方的な審査で決まった。これから先も日本がEUに採点される立場にとどまるようでは困る。経済連携の目的は、お互いに譲り合い、両者が等しく自由化の恩恵を受ける点にある。片務的な交渉の構図は、連携の本来の理念に反する。

 世界全体を見回せば、日米欧を結ぶ三角形の中で、日米が軸の環太平洋経済連携協定(TPP)は交渉の難航が続いている。米欧を結ぶ環大西洋貿易投資協定(TTIP)にも大きな進展がない。日本とEUは、今こそが日・EU間の経済連携協定(EPA)を推し進める好機と考えるべきだ。

 日・EUが力を合わせれば、世界の自由貿易体制に貢献できる分野は多い。たとえば自動車などの技術基準・認証では、日・EUで次世代の国際標準づくりを主導できるはずだ。伝統的に米国内の基準を諸外国に広げる発想に縛られる米国は、今のところ日・EUとは異なる路線を歩んでいる。

 目先の損得を追って交渉戦術を競うだけでは、互恵的な関係は築けない。日・EUは大局観をもって経済連携を目指してほしい。

ウナギを食べる日本の責任

 生物保全の国際機関が、日本を中心としたアジア地域に生息するニホンウナギを絶滅の恐れのある「レッドリスト」に指定した。ウナギの供給は、養殖のための稚魚も含めすべて天然の資源に頼る。政府は近隣の各国・地域と協力して乱獲防止に努めてほしい。

 レッドリストの指定は法的な拘束力を持たない。だが、生物保護のために国際的な商業取引を規制するワシントン条約の会議はこれを重要な判断材料にする。

 稚魚やかば焼きなどの製品を合わせ、日本人が食べるウナギは半分以上を輸入に依存している。2016年に開かれる次回の会議で商業取引の規制が決まれば、供給量の減少は避けられない。

 ただ、国際規制の影響を心配する前に、こうした状況を招いた原因が私たち日本人にあることを忘れてはならない。

 ここ数年は価格の高騰で消費が減少しているが、以前は世界でとれるウナギの7割を日本人が食べるといわれた。資源減少を裏付けるように国内でとれる稚魚の量は1960年代のピークから大幅に落ち込んでいる。昨年末からの漁獲量の回復は一時的なものと考えた方がいいだろう。

 日本の養殖施設は足らない稚魚をアジアからの輸入で補っており、漁獲量は日本以外の地域でも減少傾向にある。

 ウナギの稚魚は昨年、平均1キロ200万円を超す高値で取引された。高値で取引されるほど密漁や乱獲は増える。クロマグロの資源を減少させた構図と同じだ。

 10年のワシントン条約会議で禁輸措置を免れた大西洋・地中海産のクロマグロは、同海域の資源管理機関が大幅な漁獲量の削減を打ち出すことでようやく資源量の回復にこぎ着けた。ウナギも漁獲量の削減と、密漁に対する監視体制の強化が急務だ。

 近年、海洋生物の消費に欧米の保護団体は厳しい視線を向ける。それをはね返して日本人の食文化を維持するには、厳格な管理と資源回復の実証が必要になる。

集団的自衛権―ごまかしが過ぎる

 「憲法上許されない」と言ってきたことを、これからは「できる」ようにする。

 いま、自民党と公明党が続けている集団的自衛権の議論の本質は、こういうことだ。

 憲法の条文を改めて「できる」ようにするならば、だれにも理解できる。だが、安倍政権はそうしようとはしない。

 憲法の解釈を変えて「集団的自衛権の行使」をできるようにする。いままでとは正反対の結論となるのに、自民党と公明党はきのうの協議で、これは「形式的な変更」であり「憲法の規範性は変わっていない」とわざわざ確認した。

 理解不能。身勝手な正当化だと、言わざるを得ない。

 与党の政治家はこぞってこの理屈を認め、閣議決定を後押しするのか。考え直す時間は、まだ残されている。

 きのう政府が与党に示した閣議決定案の改訂版は、72年の政府見解を根拠としている。

 その論理の組み立ては、憲法前文や「生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利」への尊重を求めた13条の趣旨を踏まえれば、9条は「必要な自衛の措置」をとることは禁じていないというものだ。

 しかし72年見解は、武力行使が許されるのは日本に対する急迫、不正の侵害に対してであって、他国への武力攻撃を阻止する集団的自衛権は「許されない」と結論づけている。

 その組み立てはそのままに、結論だけ書き直す。そんな都合のいいことは通らない。

 さらに見過ごせないのが、国連決議に基づく集団安全保障の扱いだ。

 安倍首相は、集団安全保障の枠組みでの武力行使は否定していた。ただ、それでは自衛隊によるペルシャ湾などでの機雷除去ができなくなるとみた自民党が、これを認めるよう提案すると、公明党は猛反発。この問題は棚上げされた。

 だから閣議決定案にこのことは明示されていない。ところがきのう明らかになった想定問答には、機雷除去などは「憲法上許容される」と書いてある。その場しのぎのごまかしだ。

 理屈にならない理屈をかざし、多くの国民を理解できない状況に置き去りにして閣議決定になだれ込もうとしている。閣議決定に書き込めないことでも、実はできると説明する。

 日本の安全を守るためのリアルな議論はどこかに消えた。

 あとに残るのは、平和主義を根こそぎにされた日本国憲法と分断された世論、そして、政治家への不信である。

原発賠償基準―和解の実績を生かして

 福島県浪江町の1万5千人が原発事故に対する慰謝料の積み増しを求めていた件で、仲介役の原子力損害賠償紛争解決センター(ADR)が示した和解案を東京電力が拒んだ。

 ADRは当事者間で話がつかない場合、事態を早く解決するために設けられた枠組みだ。このまま物別れとなり訴訟にでもなれば、双方の負担が増す。東電に再考を求める。

 そのうえで、今回の申し立てを、原発事故に伴う損害賠償のあり方そのものを考えるきっかけとしたい。

 原発推進を国策としながら、日本の原子力損害賠償制度は極めて脆弱(ぜいじゃく)だった。過去にない過酷事故で被害がどれだけ膨らむかが見えないなか、国は原子力損害賠償紛争審査会(原賠審)を通じ、現実を後追いしながらつぎはぎのように基準を設定していくしかなかった。

 象徴的なのが、精神的な苦痛に対する慰謝料の基準を、交通事故の自賠責保険に求めたことだ。「故郷を奪われ、着の身着のまま避難した自分たちの扱いが、交通事故の最低補償並みなのか」。被害者がそう受け止めるのも自然なことだ。

 今回の申し立ては、浪江町が住民の7割以上をたばねて代理人となり、町民共通の事情を理由に増額を求めた。ADRが本来、被害者の個別事情に対応する機関であるとすれば、その手法に議論はあろう。

 浪江町の求めに応じると「原陪審で決めた指針+個別対応」という枠組みが崩れ、賠償問題がふり出しに戻りかねない。東電側に、そんな危機感もあったかもしれない。

 だが、制度が整っていないなかで事故が起きた以上、適切な賠償ができているか、常に目を向けていくべきである。

 事故から3年以上が経ち、被害実態の中には当初の見込みと大きく異なる部分もある。ADRにもこれまで約1万2千件の紛争が持ち込まれ、7割の和解実績が積み上がっている。

 これらを分析し、共通性があるものについては東電自身が自主的に賠償基準に取り入れていく。国としても賠償基準全体へと反映させていく。そうした工夫の余地はあるはずだ。

 そもそも、国が生活再建などへの財政支出を渋り、東電による損害賠償の枠内での救済にこだわったことに無理があったのではないか。

 政府内では、ようやく原子力賠償制度の見直し作業も始まった。福島第一原発事故の経験と反省を、こうした分野にも生かすべきだ。

集団的自衛権 解釈「適正化」が導く自公合意

 自民、公明両党が粘り強く協議を重ね、日本の安全保障にとって画期的な意義を持つ合意をまとめ上げつつあることを、高く評価したい。

 政府が、集団的自衛権行使を限定的に容認する新たな憲法解釈の概要案を与党に示した。行使容認に慎重だった公明党から異論は出ず、与党は大筋で了承した。新たな解釈は、7月1日に閣議決定される見通しだ。

 概要案は、「我が国と密接な関係にある他国」が攻撃され、日本国民の権利が「根底から覆される明白な危険がある」場合、必要最小限度の実力を行使することが憲法上許容される、としている。

 政府・自民党が、公明党の主張する「歯止め」の表現も盛り込みながら、長年、憲法上はできないとしてきた集団的自衛権の行使を条件付きで容認したものだ。

 重要なのは、この憲法解釈の変更が日米同盟や国際協調を強化して、抑止力を高めることを目指していることだ。「戦争参加への道を開く」といった一部の極論は全くの的外れである。

 概要案が指摘するように、日本の安全保障環境は根本的に変容している。大量破壊兵器や弾道ミサイルの拡散、国際テロの脅威などを踏まえれば、どの国も一国のみで平和を守ることはできない。

 日本が世界とアジアの安定に貢献し、同盟国の米国や友好国と緊密に連携することが、日本自身の平和と安全の確保につながる。集団的自衛権の行使は、そのための重要なカードである。

 多くの関係国が、日本の憲法解釈の変更を支持していることを軽視すべきではない。

 与党協議会の高村正彦座長は、新たな解釈について「解釈の適正化であって、解釈改憲ではない」と強調している。

 確かに、新解釈は1972年の政府見解の根幹部分を踏襲し、必要最小限度に限定した集団的自衛権の行使しか認めていない。

 従来の見解とも一定の整合性を維持した合理的な範囲内の解釈変更であり、「本来は憲法改正すべきなのに、解釈変更ですませた」「立憲主義に反する」といった批判は当たるまい。

 概要案は、集団的自衛権を行使する場合は、民主的統制の観点から、原則として「国会の事前承認」が必要と明記している。

 妥当な内容だ。政府は閣議決定後には、国会の閉会中審査などを通じて、新憲法解釈の意義や内容を丁寧に説明し、国民の理解を広げることが求められる。

東京五輪計画 整備費の膨張防ぐ工夫が要る

 東京五輪に投入できる財源は限られている。施設整備費の大幅な膨張が見込まれる以上、計画を柔軟に見直し、可能な限り費用を圧縮していく努力が求められる。

 2020年東京五輪・パラリンピックの競技会場の計画が一部で変更されることになった。東京都が新設する10か所分の施設整備費などの見積もりが、当初の1538億円から約3800億円に増加することが分かったためだ。

 建設資材や人件費の高騰が主な要因とされる。都は五輪資金として、4100億円の基金を有しているものの、施設整備費だけにその大半を充てれば、周辺の道路整備費などが不足してしまう。

 舛添要一都知事が「適切かつ速やかに改める」と計画変更を表明したのは、もっともである。

 見直しの対象として浮上している施設のうち、カヌー・スプリントとボート競技を行う水上競技場については、69億円のはずだった整備費が1000億円にまで膨らむ可能性が出てきた。

 工法の変更で費用の圧縮を図るというが、当初の見通しが甘過ぎたことは否めない。

 五輪後の活用が見通せないため、364億円をかけて整備する予定だったバスケットボールとバドミントン会場は、建設中止を検討する。賢明な判断だ。五輪施設は将来にわたり、スポーツ振興の拠点となることに意義がある。

 他の施設の建設についても、コスト削減を図ってもらいたい。

 東京は、選手村から半径8キロ以内に主要会場を集める「コンパクトな五輪」をアピールし、開催を勝ち取った。計画見直しで、会場の多少の分散は避けられまい。

 12年のロンドン五輪などでも、計画の変更は行われた。東京五輪の準備状況視察のために来日した国際オリンピック委員会(IOC)調整委員会は27日、「早い段階で改善の作業をすることは、非常に重要だ」と理解を示した。

 大会組織委員会と都は来年2月までに、開催の基本計画をIOCに提出する。選手の利便性が著しく損なわれないよう留意し、各競技団体の理解を得て計画を練り直す必要がある。

 政府が整備する新国立競技場についても、「巨大過ぎる」といった批判がある。

 五輪のメイン会場だけに、IOCとの約束である8万人収容の規模は維持せねばならない。一方、当初より延べ床面積を2割以上縮小した設計案にも無駄な部分がないか、徹底した点検が必要だ。

2014年6月27日金曜日

1914年サラエボの教訓に学ぶ

 ちょうど100年前のあす6月28日、ボスニア・ヘルツェゴビナのサラエボ。市街を流れる川にかかる橋のたもとで鳴りひびいた銃声が世界を戦争のうずに巻き込んだ。なぜだれも望まなかったのに大戦になってしまったのか。今日につながる多くの示唆がある。

 オーストリア=ハンガリー帝国の皇位継承者だったフェルディナント夫妻が凶弾に倒れたサラエボ事件は、セルビア人によるものだった。オーストリアは最大の敵・セルビアをたたく好機とみた。

偶発的事件から大戦に
 ドイツの支援を受けたオーストリア。対するセルビア。後ろ盾はロシアだった。オーストリアとセルビアの戦争は8月、ドイツとロシアの戦争になった。

 ドイツはフランスにも宣戦布告しベルギーに侵攻すると英国がドイツに宣戦布告。バルカン半島の局地紛争が欧州全土に広がった。

 第1次大戦の過程を克明にえがいたバーバラ・タックマンの名著『8月の砲声』を読むと、各国とも回避したいと思いながらずるずると、いつの間にか大戦になってしまった様子がよくわかる。

 「各国の元首は、戦争のせとぎわに立たされてがくぜんとし、あとへ引こうとしたが、戦争のスケジュールは彼らを容赦なく力ずくで前方へ引きずっていった」

 だれもが読み違えた。まさかという思いだったに違いない。その背景には、欧州各国の相互依存関係が深まり、戦争は無益で意味のないものになったという時代認識があった。

 その見方を形成するのに影響を及ぼした1冊の本がある。英国の著述家であるノーマン・エンジェルの『ザ・グレート・イリュージョン(大いなる幻想)』だ。

 11カ国語に翻訳され、世界的なベストセラーになった。日本では社会運動家の安部磯雄が『現代戦争論 兵力と国利の関係』(1912年)の邦題で翻訳した。

 交通の発達で分業が盛んになり相互関係が生じた結果、「政治と経済の境界が一致せざるに至り」「兵力はますます効用を失いつつあり、遂には経済的に無効となった」「戦争が不可能ということではなくて、無効である」と説く。

 欧州では経済的な相互依存関係が深まっているので、戦争で相手国の領土をとって豊かになるというのは幻想で、もはや戦争は無益だとの論理展開だ。

 しかしそれは「大いなる幻想」だった。引き金は暗殺という偶発的な事件だったが、各国は相手の出方を見誤った。構造的な要因もあった。覇権国家だった英国の力が低下し、ドイツが膨張する中で力の均衡に変化が生じていた。国内の不満を解消するため関心を外に向ける内政的な思惑もあった。

 「8月の砲声」はすぐにやむと思われていた。中外商業新報(日本経済新聞の前身)が開戦直後、政財界の55人に「大戦争はいつまで続くか」を聞いた。時期を明示した46人中45人が1年以内におわると回答した。ところが4年間つづく。ここでも読みがはずれた。

 第1次大戦はわれわれに多くのことを教えてくれるが、今、必要なのはサラエボの含意に思いをはせることだろう。

 第1は偶発的な衝突は回避しなければならないということだ。尖閣諸島や防空識別圏でそのおそれはないのか。グレーゾーンの守りを固めるのは大事だが、相手の出方を読み間違えず危機を招かないためには外交努力が求められる。

力の均衡崩れる危うさ
 第2は力の均衡の問題だ。中国の台頭でパワーシフトがおこっており、覇権国家である米国の力の低下も相まって、バランスが崩れるときの危うさが世界に漂っているのを知っておく必要がある。

 第3はグローバル化が進む中でのナショナリズムの扱いだ。どこの国でも所得格差をはじめとして社会への不満がうずまく。外に敵をつくることでそれを解消し、政権を維持しようとする動きが出てくる。政治がナショナリズムをきちんと管理できるかが焦点だ。

 五百旗頭真・前防衛大学校長は第1次大戦からの100年の歴史をふまえて次のように総括する。

 「第1次大戦の教訓はかりそめにもいくさはすまじだ。想定外の展開がおこり止められなくなる」 「第2次大戦の教訓は力をつけて勢いづく国に融和策をとってはならない。途方もなく弾みを与え、事態の収拾を不可能にする」

 「力をつけ台頭するものには国際的な連携で自制を余儀なくさせ、非軍事的な手段であれば受けいれて協力関係をつくっていく」

 歴史はまず繰り返さない。だが学ぶべき教訓がそこにはある。

社外取締役―お飾りにしないで

 社内の人間で固めがちだった日本企業の取締役会が変わってきた。

 きょうピークを迎えた企業の株主総会で、今年は社外取締役を選ぶ動きが目立つ。東証1部上場企業では、社外取締役を選任する企業が74%と、昨年より12ポイント増えた。

 先の通常国会で成立した改正会社法は社外取締役の導入を強く促し、導入しない企業は「社外取締役を置くことが相当でない理由」を株主総会で説明しなければならないと定めた。

 法改正の過程で検討された社外取締役選任の義務化は、経団連などの反対で見送られた。しかし経団連の主要企業でも、キヤノン、新日鉄住金、東レなどが今年になって社外取締役を選んでいる。時代の流れだ。

 問題は、社外取締役がお飾りに終わらず、役割をきちんと果たすかどうかである。

 ほとんどの日本企業では、大半の取締役が社内で出世した結果として選ばれており、社長に「ノー」と言いづらい。それに対し、株主や社会の代表として発言できるのが社外取締役だ。社内の論理と異なる視点から社長の提案にも異論を投げかけ、結果によっては経営責任を追及することが期待される。

 ただ、社内出身の取締役に比べ、会社についての情報量は少ない。きちんと機能するためには、最新の経営情報を常に提供するなど、会社側の環境づくりが欠かせない。

 もとより人選は大切だ。社外取締役の多くは他の会社で経営経験がある人だが、弁護士や公認会計士、学者も多い。経済産業省や財務省、法務・検察など官僚OBの就任も目に付く。6社も7社も社外取締役や監査役を兼任している人もいる。

 なぜ今、その人を選ぶのか、どんな働きを期待するのか。会社が置かれた環境や戦略との関係で、具体的な狙いを説明できないような人選では困る。

 経営に外部の声を届ける点では、株主、中でも機関投資家の役割は大きい。政府は今年、機関投資家に企業との対話や議決権の行使を通じて成長を促すよう求める「日本版スチュワードシップ・コード」を策定した。社会のなかで企業が立ち位置を誤らぬよう、社外取締役とともに監視してほしい。

 飲料大手のサントリーホールディングスが、コンビニ大手ローソンの新浪剛史会長を社長に招くように、日本企業でも、経営トップをも外部から選ぶことが選択肢になり始めた。

 外部の視点を経営にどう生かすか。そこが問われている。

司法取引―乱用を防ぐ手立てを

 刑事事件の容疑者や被告が共犯者について話したら、自らの処分が軽くなる。そんな司法取引を採り入れることが現実味を帯びてきた。

 いわば、容疑者に利益を与えて供述を引き出す手法を正当化するしくみだ。

 無関係の人が罪を着せられたり、実際の関与より重い責任を問われたりするおそれがある。きわめて慎重に扱うべきだ。

 自らの罪を認めたり、他人の犯罪について捜査協力したりしたら、処分が軽くなる司法取引は欧米で広く行われているが、日本は導入に慎重だった。

 それがいま、刑事手続きを改革する法制審議会の部会で前向きに検討されている。

 取り調べの録音・録画の制度化に伴い、供述を得るのが難しくなると心配する捜査当局が司法取引の導入を望んでいる。

 検討されている対象は、汚職や詐欺、薬物・銃器犯罪など。共犯者など他人の行為について話す見返りに、不起訴、軽い求刑などの利益が与えられる。検察官と容疑者ら、弁護人が合意し、書面化するという。

 容疑者を利益誘導するやり方は捜査現場で現にあり、いっそ制度化すべきだという指摘もある。複数がからむ事件で主犯者を確実に罰するため、指示に従っただけの人に口を開いてもらう効果はあるかもしれない。

 そんな利点をふまえてもなお、懸念は残る。米国では、容疑者らの供述が、無関係の人を事件に引き込むことが少なくないと言われている。

 その対策としてウソの供述を犯罪とする検討もされているが、十分だろうか。利益が確約されるなら、他人を悪く言って自分の罪を軽くしようとしたり、取調官が言う筋立てに迎合したりしても不思議でない。

 取引で得た供述でかえって捜査が誤った方向に導かれる可能性もありうる。捜査当局も「新たな武器」と喜んでばかりはいられないはずだ。

 乱用を防ぐには、取引の前後で供述がどのように変わったかを検証可能にすることだろう。この部分の取り調べの録画・録音は、逮捕されていようが在宅だろうが不可欠だ。

 取り調べを適正にする改革で、逆に冤罪(えんざい)のきっかけを生んでは元も子もない。

 導入されれば、裁判所の責任は重みを増す。取引で得た供述の信用性を、より厳しい目で吟味するのは当然のことだ。

 取引をした被告に対して検察が求刑を軽くしても、きちんとふさわしい刑の重さを決める。それが裁判所の役割だ。

ODA大綱改定 平和構築へ戦略性を高めよ

 安倍政権の掲げる「積極的平和主義」を具体化するため、政府開発援助(ODA)も積極的に活用すべきだろう。

 ODA大綱の見直しを検討してきた外務省の有識者会議が、岸田外相に報告書を提出した。11年ぶりの見直しで、政府は年末までに、新しい大綱を閣議決定する予定だ。

 報告書は、ODAの基本方針の一つとして「非軍事的手段による平和の希求」を掲げた。

 従来は、軍隊に対する支援は認めていなかったが、民生目的や災害救助などの非軍事目的の支援については、「一律に排除すべきではない」として、ケースによっては認めるよう提言した。

 軍民共用の港湾や空港を整備したり、軍人を日本に研修に招いたりすることなどが想定される。

 多くの国が軍隊を平和構築や民生目的に活用している。日本が重要な外交カードであるODAをこうした分野に使うのは、「積極的平和主義」の理念とも合致すると評価できる。

 平和構築目的のODAでは、政府は、円借款により、フィリピンに巡視船10隻を供与することを決めた。ベトナムにも巡視船を供与する方向で検討している。

 南シナ海では中国が力ずくの海洋進出を展開しており、両国の海上保安能力の向上を支援することは、日本の海上交通路(シーレーン)の安全確保にも資する。こうした戦略的なODAのさらなる拡大が欠かせない。

 報告書は、ODAと国連平和維持活動(PKO)の連携強化も提言した。政府が昨年末に決定した国家安全保障戦略が同様の方針を示したことを踏まえたものだ。

 PKOに参加する自衛隊が道路や施設を整備する一方、国際協力機構(JICA)がODAで国づくりを支援する。双方の取り組みが相乗効果を上げるよう、大いに知恵を絞りたい。

 日本のODAは今年で60周年を迎えた。政府のODA予算は、1997年度の約1兆1700億円をピークに減少傾向をたどり、今年度は約5500億円とほぼ半減した。そろそろ、ODAの減少に歯止めをかけるべきだ。

 報告書は、開発協力分野での民間資金の活用も求めている。

 先進国から途上国に流れている民間資金は、ODAの2・5倍に上るとされる。政府のODAと日本企業の経済活動を有機的に組み合わせて途上国の社会資本整備を支援することは、日本の成長戦略にも沿うはずだ。

脱法ドラッグ 摘発と啓発の強化が急務だ

 脱法ドラッグを吸ったとされる男の運転する乗用車が歩道に突っ込み、1人が死亡、7人が重軽傷を負う事件が東京・池袋の繁華街で起きた。

 危険運転致死傷容疑で送検された男は、当時の状況について「覚えていない」と供述している。

 周りに危害を及ぼす脱法ドラッグの蔓延(まんえん)を放置してはならない。摘発の強化が急務だ。

 脱法ドラッグが絡む事件は後を絶たない。大阪市で2012年5月、脱法ドラッグを吸った男が商店街を車で暴走し、女性をひき逃げした。同じ年の10月には、愛知県の会社役員が車で自転車の女子高生をはね、死亡させた。

 警察庁によると、昨年は176人が脱法ドラッグ関連で摘発された。09年の16倍に上る。40人は吸引などの後に交通事故を起こし、41人にけがを負わせた。

 脱法ドラッグは、麻薬や覚醒剤に似た幻覚や興奮作用を引き起こす。錯乱や意識消失も招き、死亡することさえある。強い依存性が指摘されている。

 薬事法で「指定薬物」とされた成分を含む脱法ドラッグの販売は禁じられている。

 それにもかかわらず、お香やアロマなどと偽り、繁華街やインターネット上で公然と売られているのが最大の問題だ。数千円程度と比較的安価なものが多い。

 警察と厚生労働省は監視を強め、販売業者を積極的に摘発することが重要である。

 厚労省は昨年3月、成分が似た薬物を一括して規制する「包括指定」を導入した。その結果、指定薬物は1378種に増えた。

 ただ、短時間で成分を特定する簡易鑑定の手法が確立されておらず、結論が出るまでに、少なくとも1か月を要している。

 鑑定技術を向上させ、怪しいドラッグであっても鑑定結果が出るまで販売を止められない現状を、打破しなければならない。

 若者の中には、友人に誘われ、興味本位に手を出すケースが少なくない。簡単に手に入るため、罪悪感が希薄なことも蔓延の背景にあるのだろう。

 脱法ドラッグは、麻薬や覚醒剤などの乱用につながるゲートウェー・ドラッグ(入門薬物)と呼ばれる。今年4月からは薬事法で、指定薬物を含む脱法ドラッグの製造や販売だけでなく、購入、所持、使用も禁じられた。

 政府は脱法ドラッグの違法性をきちんと周知し、学校などの関係機関と連携して啓発や更生に力を入れる必要がある。

2014年6月26日木曜日

中国をにらんで東アジアの「合従」進めよ

 力まかせに現状を変更しようとしている大国に、どう対処するか――。古典的ともいうべき国際政治の難題が、東アジアを揺さぶっている。中国が海洋進出を加速しているためだ。

 フィリピンのアキノ大統領が来日したのは、この難題への取り組みの一環といえる。安倍晋三首相との会談では、東シナ海や南シナ海での「法の支配」の重要性を確認し、海洋の安全保障で協力を強めることで一致した。

 東シナ海では中国の公船が、尖閣諸島周辺の日本の領海に侵入を繰り返している。南シナ海では中国の作業船が、フィリピンと領有権を争う南沙(英語名スプラトリー)諸島の岩礁を一方的に埋め立て、陸地部分を広げている。

 日本とフィリピンの首脳が安保協力の強化を打ち出すと同時に「法の支配」を改めて訴えたのは、連携して中国をけん制しつつ、責任ある大国としての行動を促したものと評価できよう。

 中国はベトナムと領有権を争う西沙(英語名パラセル)諸島の海域で、一方的に石油掘削施設を設置しベトナムの激しい反発も引き起こしている。フィリピンはベトナムと連携して中国に対抗する構えも強めている。

 中国の戦国時代の故事に基づく「合従」という漢語が当てはまるような動きが、日本とフィリピン、ベトナムの間で進んでいるようにみえる。これをどこまで広げ、しかも強固なものにできるかは、東アジアの安定にかかわる。

 足元の情勢を安易に過去になぞらえることは、慎むべきだろう。ただ、中国が実力行使を進め、特に最近は加速している現実を踏まえれば、古典的な知恵に学ぶ意味は小さくない。

 「合従」策によるけん制の一方で問われるのは、中国にルールの尊重を促す努力だ。米海軍の主催で26日に始まる環太平洋合同演習(リムパック)には、中国海軍が初めて加わる。こうした機会を通じて中国に国際ルールや国際常識の理解を促すことは、不測の事態を防ぐのにも役立つ。

 アキノ大統領は今回、フィリピン南部ミンダナオ島のイスラム武装勢力、モロ・イスラム解放戦線(MILF)との和平促進に向けた国際会議に出席した。

 フィリピン政府とMILFの2011年の和平合意は、日本政府が仲介した。地道な外交努力の大切さを、改めて確認したい。

変わる企業のトップ選び

 経営トップを社外から起用する動きが広がってきた。歴代社長を創業一族で占めてきたサントリーホールディングス(HD)はローソンの新浪剛史会長を10月1日付で社長に迎える。代表的な同族企業での外部登用は日本企業のトップ選びの変化を象徴する。

 社外の人材はしがらみがなく、違った物の見方ができる強みがある。外部から招いたトップが思い切った経営改革を実行した例は米国などでは珍しくない。

 社内でトップ候補者を育てることはもちろん大事だが、適任者を社外に求めることも企業の競争力を高める道の一つだ。経営の担い手を社内外から柔軟に選ぶことが一般的になるよう期待したい。

 今春以降、資生堂やベネッセホールディングスのトップに他社の社長経験者が就いた。武田薬品工業も英企業出身者が社長になる。

 外部登用の背景にあるのはグローバル化など環境変化のスピードが上がっていることだ。企業は従来の延長線上にない発想でマーケティングや海外戦略を組み立てることを求められている。サントリーHDも新浪氏の国際性を生かした海外事業強化が狙いという。

 トップ選びで留意したいのは、社外取締役や経営の助言機関である諮問委員会メンバーらの意見にも耳を傾け、候補者を幅広く選び出すことだ。社外取締役らで構成し、トップ候補者を決める指名委員会を置いている企業もある。外部からも適任者を探し出す力量を委員会は問われる。

 日本板硝子では海外企業出身の外国人トップ2人が、事業戦略をめぐる取締役会との意見の相違などでそれぞれ短期間で退任した。

 経営方針などのすり合わせが不十分なまま外部からトップを起用すれば、経営を混乱させる恐れもある。候補者については実績のほか、考え方や性格なども含め情報収集を尽くす必要がある。

 ヘッドハンティング会社なども使いこなしたい。企業が直面する課題を見極め、最適なトップ人事へ様々な手を打つべきだ。

反省なき議会―人権と少子化を学べ

 要するに早く騒動を収めたいだけなのがありありだ。

 出産・子育て支援策を取りあげた女性都議への暴言問題で、東京都議会は「信頼回復及び再発防止に努める」というだけの決議を採択した。

 やるべきこともやらずに「再発を防ぐ」と言われても、有権者が信用するとは思えない。

 名乗り出たのは、録画でもはっきり聞こえる「早く結婚した方がいいんじゃないか」の発言をした鈴木章浩都議だけだ。

 言われた塩村文夏(あやか)都議の側は他にも「産めないのか」などの暴言が聞こえたと訴えたが、決議には触れられていない。多くの議員が同調して笑ったことへの反省も一言もない。

 決議案は3案あった。他の発言主も名乗り出よと求めた2案は、自民や公明など多数派の反対であっさり否決された。

 そもそも、塩村氏の提出した発言者の処分要求書も議長は受理しなかった。

 議会には事実を解明する気がないとみられても仕方がない。

 鈴木氏も、5日間も知らん顔をして「謝罪の機会を逸した」では弁明にもなっていない。

 会派離脱も党への謝罪にすぎない。塩村氏や都民へのけじめにはなりえない。

 都民だけでなく全国に抗議が広がったのはなぜか。暴言と冷笑の裏には性差別意識がある。男女共同参画なんて口先だけ。こんなヤジを飛ばす心性こそ、少子化の元凶だ……。そう感じた人が多いからだろう。

 東京の少子化は東京だけの問題ではない。若い世代が仕事のない地方を離れ、出生率が全国一低い東京に吸い寄せられる。人口のブラックホール現象だ。

 東京を出産と育児のしやすい都市にしないと、日本の少子高齢化は止まらない。解決策を考えるのは都だけではなく、議会の仕事でもある。議員らはその自覚に著しく欠けている。

 東京の待機児童は全国最多。舛添要一知事は「任期4年でゼロ」を公約したが、容易ではない。約3人に1人が非正規という不安定な雇用も改善しないと男女とも安心して結婚や出産ができるようにならない。

 本当に信頼回復したいなら、都議会はまず事実解明の努力を尽くすべきだ。そのうえで、議員が性差別と人権、そして少子化を学ぶ場を設けてはどうか。

 厳しい現状を知り、ひとごとのように暴言を吐いている場合ではないと気づいてほしい。

 うわべだけの反省ですませるなら、必ずや有権者に見限られる。このまま幕を引くことなど許されるはずがない。

リニアと環境―発車前に対話深めよ

 「沿線の自治体や住民が十分関われるように」。品川―名古屋間で2027年開業を目ざすJR東海のリニア中央新幹線計画に、環境相がこう注文した。

 JR東海はつねに、環境面への最大限の配慮を強調する。ただ、これまでの環境影響評価(アセスメント)の流れを見ると、異論に耳を傾け、計画を柔軟に修正する姿勢が乏しい。

 ある意味あたりまえの指摘が出されたことを、重く受け止めるべきだ。

 アセスは本来、環境影響を最小限にするのが目的だ。ただ、この事業に関してはそれにとどまらぬ意義がある。

 リニア中央新幹線は、整備新幹線の法律に基づいてつくられる。ただ、JR東海は、総額9兆円超の建設費を全額自己負担する。政府の金が投入されない半面、これほどの大事業なのに、国会の議決さえ得る必要がない。

 法的根拠に基づいて国民の声を反映しうるのが環境アセスである。すでに多くの疑問や批判が出た。ていねいに答えて理解を広げてこそ、事業を進める資格がある。

 例えば、名古屋開業時で27万キロワットと想定されるリニアの電力消費について、原発停止に伴う需給への影響や二酸化炭素(CO2)排出増加を懸念する声が多い。

 ところが、JRは「電力は十分まかなえる」「CO2の排出量は航空機より少ない」と繰り返すばかりだ。経営陣は原発再稼働への強い期待感すら示す。とても、納得できる態度とは言い難い。

 大事なのは、すれ違いに終わらぬ対話である。そこで一つ、JRに提案したい。

 静岡県は4月、リニア建設に伴う環境問題を専門家らがチェックする連絡会議を設けた。この考え方を一歩進め、沿線の全都県との間で公的な協議機関を設けるよう、JRから申し入れてはどうか。

 必要に応じて住民も参画できるようにする。オープンな場で意見を交わせば、理解も得やすくなるだろう。

 環境相意見も踏まえて、リニアを主管する国土交通省が7月22日までにJRに意見を出す予定だ。

 残土置き場や橋梁(きょうりょう)の設置をめぐる災害の恐れ、河川水量への影響など、特に関心が高い問題について、環境相意見は具体的な言及が少ない。

 これらの多くは国交省の所管業務である。国交相は、沿線住民が納得できるような意見をきちんと示すべきだ。

司法取引 捜査の新たな切り札になるか

 警察・検察の犯罪捜査が、大きく変わる可能性がある。欧米で普及している司法取引が、日本にも導入される見通しが強まったためだ。

 政府の法制審議会の部会では、導入賛成の意見が多数を占めている。法務省は、早ければ来年の通常国会に関連法案を提出する方針だ。事件の真相に迫る上で、司法取引という新たな捜査手法を採り入れる意義は小さくない。

 司法取引は、容疑者が首謀者の犯罪を明らかにするなど捜査に協力すれば、見返りとして、本人の起訴を見送ったり、求刑を軽くしたりする制度である。

 振り込め詐欺や覚醒剤売買などの事件では、末端の容疑者を逮捕しても、首謀者まで捜査がたどり着けないケースが多い。司法取引で首謀者を特定できれば、犯罪の全容解明につながる。

 談合や粉飾決算など会社ぐるみの経済犯罪の捜査にも有効だ。犯罪に加担した従業員から供述を得やすくなり、経営陣の刑事責任の追及が円滑に進むだろう。

 今回の導入論議は、取り調べの録音・録画(可視化)の法制化を検討する中で浮上してきた。

 可視化には、捜査官による供述の誘導や強制を防ぐ利点がある一方で、容疑者がカメラを意識し、供述を渋る弊害も指摘される。

 今後、可視化を本格的に実施する場合、司法取引で供述を引き出す仕組みを作っておけば、捜査力の低下をある程度食い止める効果が期待できよう。

 司法取引の対象から殺人などを除外し、薬物・銃器犯罪や詐欺・汚職などに限定する方向で議論が進んでいるのは妥当と言える。殺人の共犯者が捜査機関との取引によって軽い刑になることに、被害者側の抵抗感が根強いためだ。

 懸念されるのは、容疑者が自らの刑を軽くしてもらおうと、他人に罪を着せる虚偽の供述をする恐れがあることだ。冤罪えんざいを生んではならない。

 法務省が示した試案では、対策として、司法取引の際に容疑者の弁護士の同意を必要としている。虚偽供述に対しては、5年以下の懲役という罰則も設けているが、これらだけで十分だろうか。

 警察・検察が供述の裏付け捜査を徹底する必要がある。裁判所も公判で供述の信用性を厳正にチェックすることが求められる。

 暴力団が絡む事件では、組員らが報復を恐れ、捜査に協力しないケースも出るだろう。司法取引は万能でないことも、捜査機関は念頭に置くべきだ。

NTT回線開放 公正な競争の確保が重要だ

 情報通信市場の競争を促進し、利用者の利便性を向上させる契機としなければならない。

 NTT東日本、西日本が今秋から、光ファイバー回線を一般事業者向けに有料で開放する。

 ソフトバンクやKDDIなどの通信会社だけでなく、様々な業種の企業がNTTの光回線を使い、一般家庭やオフィス向けのサービスを提供できるようになる。

 光回線は、主に固定電話やインターネット接続などで使われている。開放によって事業者は利用の自由度が高まる。住宅メーカーと警備会社、医療機関が連携した在宅介護や遠隔医療など、新事業への応用範囲は広がりそうだ。

 ケーブルテレビなど地域限定の光回線とは違い、NTTのネットワークによって、サービスを全国展開できるのも魅力と言える。

 新たな事業が生み出され、日本の経済成長を後押しする効果に期待したい。

 ゲームやカラオケの配信などを事業者と一括契約できるようになれば、料金も割安になろう。

 NTT東西の光回線は、国内7割のシェア(占有率)を持つが、スマートフォンの普及などで契約が伸び悩んでいる。企業向けに利用を開放し、新たな収益源とする狙いがある。

 NTTグループの市場独占を避けるため、グループのNTTドコモによる光回線の利用は電気通信事業法で制限されてきたが、総務省は一般企業への開放に合わせ、ドコモにも認める。

 ドコモは光回線による通信サービスに参入し、携帯電話との一括契約で料金を割り引く「セット割」を始める方針だ。

 携帯大手3社がそろって「セット割」を行うことになる。「格安スマホ」を展開している仮想移動体通信事業者(MVNO)も、NTTの光回線とのセット販売に乗り出すとみられる。

 料金やサービス面で競争が促され、多くの消費者にメリットが広がるようにしたい。

 重要なのは、ドコモなどNTTグループ向けの利用料の過度な優遇を防止するなど、公正な競争条件を確保することだ。

 総務省は、NTTの光回線を通信会社や一般事業者に開放する際のルール作りを進めている。ドコモをはじめグループ会社向けの利用料については、公表を原則とすべきだろう。

 ルールが適切に運用されているかどうか、監視する体制作りも課題である。

2014年6月25日水曜日

日本経済再生へ足踏みせず改革を

 政府が改訂版の日本再興戦略、経済財政運営と改革の基本方針(骨太の方針)、規制改革実施計画を決めた。安倍晋三政権の経済政策「アベノミクス」の第3の矢となる成長戦略が出そろった。

 踏み込み不足がめだった昨年の成長戦略と比べれば、ひとまず前進した。大事なのは、今回決めた政策を迅速に実施し、積み残した懸案に果断にとりくむことだ。

世界標準の法人税制に
 日本経済はグローバル化と少子高齢化という大きな構造変化に直面している。1%未満の潜在成長率を底上げするには、これまでと次元が異なる大きな改革が要る。

 まずは法人減税だ。政府は来年度から数年で法人実効税率(東京都の場合で35.64%)を20%台に引き下げる方針を盛った。「3年で20%台、5年で25%程度」といった具体的な道筋まで示さなかったのは残念だが、法人税改革の一歩を踏み出したのは前進だ。

 先進各国による法人減税競争はとまらない。英国では法人実効税率を2015年に20%まで下げる。フランスも歳出削減を財源に減税を断行する構えだ。政府・与党は年末までに世界標準の法人税制をきちんと設計してほしい。

 「岩盤規制」のいくつかで風穴をあけることができたのは評価していい。医療では、公的な医療保険が使える保険診療と、保険が使えない自由診療を組み合わせる「混合診療」を拡大する。

 労働時間ではなく成果に応じて給与を払う新たな制度の対象者は「少なくとも年収1000万円以上」としたが、あまり狭めないでほしい。農業協同組合の改革でも、法案作成の段階での骨抜きは許されない。

 民間の企業や個人の創意工夫を通じ、技術革新や新サービスの創出を促す規制改革の意義はこれからも変わらない。裁判で解雇無効の判決が出た場合の金銭解決、企業の農地所有など、さらなる岩盤規制の突破にも挑んでほしい。

 総人口や労働力人口の減少は日本経済の成長率を下押しする要因だ。新たな担い手を増やすため、外国人材の受け入れを拡大する方向を示したのは妥当だろう。

 建設などの分野で目先の人手不足対策を講じる必要があるのは理解できるが、中長期的な視野にたった外国人材受け入れの議論はなお不十分だ。

 アジア太平洋を見渡せば、シンガポールやオーストラリアなどは高度な外国人材を積極的に招き寄せている。日本も少子化対策の強化と併せて、外国人材のさらなる活用策を真剣に検討すべきではないか。

 持続的な経済成長と財政再建の両立に向け、これから始まる15年度の予算編成は重要だ。

 来年度は、国と地方の基礎的財政収支の赤字を半減する目標が達成できるか否かが問われる年だ。15年10月に予定通りに消費税率をいまの8%から10%へと引き上げられるかが焦点だ。

 歳出の削減・抑制の努力はこれまでのところ不十分だ。高齢化で膨らむ一方の社会保障費を効率化しないと、いくら税収が増えても歳出が減らず、財政再建が逃げ水のように遠のいてしまう。

 公的年金では、年金給付の水準を毎年小刻みに下げる「マクロ経済スライド」というしくみを着実に発動できるようにするのは当然だ。

社会保障の効率化急務
 いまは原則65歳である年金の受給開始年齢を引き上げることや、現役世代と比べて優遇されている高齢者向けの年金税制の見直しも検討すべきだ。医療費の抑制策も待ったなしだ。

 環太平洋経済連携協定(TPP)交渉の早期妥結もあきらめないでほしい。日本が農業関税で高い水準の自由化に応じなければ日本抜きで妥結すべきだ――。ニュージーランドのキー首相にこういわれるようでは情けない。

 円高や高い法人税率、厳しい労働規制を含む日本企業の「6重苦」のうち、高い電力料金への対応はまだ手つかずだ。安全性を確認できた原子力発電所を再稼働させるべきだ。20年以降の温暖化ガス削減目標づくりを視野に、中長期のエネルギー政策も少しずつ固めてほしい。

 今回の成長戦略の内容を海外や国民にきちんと発信していくことも、国内外の投資を呼び込むために欠かせない。

 日本経済はようやくデフレからの脱却が視野に入ってきたとはいえ、潜在成長率を押し上げていくには不断の努力が要る。日本経済の真の再生に向け、改革の足踏みは許されない。

集団的自衛権―命かかわる議論の軽さ

 新たな提案を出したかと思えばすぐ引っ込める。

 集団的自衛権など安全保障政策の与党協議の混迷は、もはや見るにたえない。

 国連決議にもとづく集団安全保障の一環としての武力行使に、自衛隊も参加できるようにしたい。中東・ペルシャ湾での機雷除去を念頭に、自民党が公明党にこう提案したのは、20日のことだった。

 だが、これに公明党が猛反発すると、自民党はきのうの協議では棚上げ。一方で集団的自衛権を認める座長私案を公明党の求めに応じて修正し、両党は合意に向け一気に歩み寄った。

 政府や自民党としては、議論を足踏みさせるよりは、合意を優先させたということだ。狙い通り、来週には閣議決定されそうな運びになった。しかも自民党は、機雷除去をあきらめたわけではなさそうだ。

 一連の協議のありようは、驚くほどに軽い。

 戦争のさなかのペルシャ湾で、自衛隊に機雷除去をさせるべきかどうか。まさに隊員の命がかかった問題だ。

 かつて占領下の日本で、こんなことがあった。

 朝鮮戦争が始まった1950年、政府は占領軍の強い要請を受け、海上保安庁による「日本特別掃海隊」をひそかに朝鮮半島沖に派遣した。憲法9条に反するとの声を、吉田茂首相が押し切った。

 ところが一隻の掃海艇が機雷に触れて沈没、隊員1名が亡くなった。「戦後ただひとりの戦死者」と言われる。

 集団安全保障は、平和や秩序を壊す国に対し、国連加盟国が経済や軍事的手段で制裁する仕組みだ。日本が憲法の枠内でどこまで協力するかは、本来は時間をかけて正面から議論すべき重いテーマである。

 先の与党協議では、多国籍軍の後方支援にあたっての新たな条件が突然示され、やはり公明党の反発ですぐさま別の条件に置き換えられた。

 自民党はとっかえひっかえ取引カードを繰り出しているだけではないか。誠実さを疑う。

 「安倍政権での議論を十分だと思いますか」。朝日新聞の世論調査で、「十分ではない」と答えた人は76%だった。

 集団的自衛権に集団安全保障。ただでさえわかりにくい言葉が飛び交い、議論の焦点もくるくる変わる。こんな協議を見せられれば、多くの人が不十分だと思うのは当然だ。賛否以前の問題である。

 この状況のまま、本当に閣議決定に踏み切るのか。

東京五輪計画―スポーツの未来図を

 2020年東京五輪・パラリンピックの会場計画が見直されることになった。

 東京は昨秋、選手村を中心に8キロ圏内に会場の85%が収まる「世界一コンパクトな大会」を掲げ、招致に成功した。

 国際公約である計画をむやみにいじるのは望ましくないが、大会後に活用されない「負の遺産」を残すようでは困る。

 準備の進みぐあいを視察する国際オリンピック委員会(IOC)調整委員会の初視察が、きょうから始まる。広げすぎた風呂敷を率直に説明し、新たにスタートを切る好機としたい。

 IOCも、ことさら立派で新しい施設を奨励しているわけではない。03年に五輪の肥大化を抑える提言をまとめ、「のちの利用も考えた規模」「既設・仮設の活用」を打ちだした。

 今回、東京都が受けもつ施設の建設費だけでも、当初予定の1538億円が3800億円に膨らむことがわかった。

 都は一部の会場建設をやめ、さいたま市などにある既存の施設を使う考えだ。IOCの思想にも沿った方針といえよう。

 今回の見直しは舛添要一知事と大会組織委の森喜朗会長の話し合いで決まり、スポーツ界は蚊帳の外。政治主導が色濃い。

 国内の競技団体からは「招致のときの約束を破るのは信頼を失う」との不満が聞かれる。

 国立競技場、代々木、駒沢など都内の主要施設は、半世紀前の五輪の遺産だ。どれも老朽化し、今回の五輪で再生を願う気持ちは関係者の間に強い。

 だが、立派な施設の建設を望むだけでは説得力が乏しい。これほど巨額の投資をスポーツ界が受けるのだから、長い視点で時代を読み解く必要がある。

 日本の人口は減っている。東京も、五輪のある2020年をピークに人口が縮んでゆく。

 その現実から目をそらさず、ポスト五輪の未来予想図をどう描くか。スポーツ振興の具体的な行動計画やビジョンを発信すれば、共感も広がるだろう。

 例えば、国際大会を誘致すれば、スターの競演を子どもたちが見て、競技の楽しさを知る。ひごろは市民レベルの大会に施設を開放し、トップアスリートたちが指導する。そんな試みがもっと広がっていい。

 スポーツ愛好者が増えれば、国民の健康増進に役立つ。医療費も抑えられるかもしれない。そうした市民の暮らしに根ざした目線に立つことで、施設計画の優先順位が見えてくる。

 少子高齢化が進む社会でスポーツが果たす役割は何か。その構想力が問われている。

与党安保協議 自衛隊活動を制約し過ぎるな

 政府・与党は、集団的自衛権の行使を容認する閣議決定を来週中に行う方向で調整している。

 安倍首相は記者会見で「責任与党として決める時はしっかり決める」と語り、早期の閣議決定に意欲を示した。

 当初、行使容認に前向きな自民党と、慎重な公明党の主張の隔たりは大きかった。双方が歩み寄り、詰めの協議に入ったことを前向きに評価したい。

 与党協議では、閣議決定案の文言を調整した。集団的自衛権の行使要件である「国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆されるおそれがある」場合について、「おそれ」を「明白な危険」に変更することが提案された。

 行使できるケースを極力限定するため、「歯止め」をかけたい公明党に配慮したものだ。

 与党合意に向けて一定の妥協は必要としても、重要なのは、緊急事態の発生時に、自衛隊が過剰な制約を受けることなく、効果的に活動できるようにすることだ。

 米艦防護、機雷除去、ミサイル防衛など、政府が示した集団的自衛権の8事例は基本的に実施できるようにしておくべきだ。

 集団的自衛権の行使容認は、近年の安全保障環境の悪化を踏まえて、日米同盟や米国以外の関係国との連携を強化し、日本の平和と安全を確保するのが目的だ。行使できる範囲を限定しすぎれば、その目的が果たせなくなろう。

 機雷除去に関しては、自民党が集団的自衛権の行使に加えて、集団安全保障に基づく活動も可能にするよう求めていたが、結論を先送りする方向となった。

 公明党内の慎重論が強い中、早期の閣議決定を優先するには、それもやむを得ない。だが、集団安保に基づく武力行使を認める余地は残しておくことが大切だ。

 海上自衛隊が機雷を除去中に、国連安全保障理事会で掃海の決議が採択されたら、活動の根拠が集団安保に移るため、掃海の中断を迫られるのは、おかしな話だ。国際社会からも理解されない。

 国連決議の採択は本来、武力行使の正当性を高めるはずなのに、本末転倒である。

 安倍首相は集団安保による武力行使を否定しているが、それは他国を攻撃するケースを念頭に置いたものだ。同じ武力行使でも、人員の殺傷などを伴わない機雷除去を同列に扱う必要はない。

 集団的自衛権の行使が集団安保に移行する例は、掃海以外にも起こり得る。政府・与党は近い将来、きちんと結論を出すべきだ。

骨太の方針 成長と改革の両立が肝心だ

 足元の景気回復を図りつつ、財政再建など中長期的な課題の解決をどのように進めていくか。

 安倍政権の実行力が問われよう。

 政府は、経済政策の指針となる「経済財政運営と改革の基本方針」(骨太の方針)と、成長戦略の第2弾である新たな「日本再興戦略」を閣議決定した。

 安倍首相は記者会見で「成長戦略にタブーも聖域もない」と述べ、日本経済再生に向けて改革を断行する決意を強調した。

 骨太の方針は、日本経済は「もはやデフレ状況ではない」としたうえで、脱デフレを確実にするため、成長戦略をさらに加速させる考えを示した。

 中長期的な成長力向上のカギを握るのは、財政の立て直しと、人口減対策だろう。

 健全な財政基盤がなければ、安定した政策運営ができない。人口は消費や生産力の源泉だ。

 財政健全化について骨太の方針は、経済発展に資する歳出への重点化と、成長志向の税体系を両輪に、経済再生と財政再建の「好循環」を目指す戦略を掲げた。

 人口減対策では、幅広い分野で規制・制度の改革を進め、2020年をめどに「人口減・高齢化」の流れを変えると宣言した。

 総合的に人口減対策を担う推進本部を設け、50年後も人口1億人を維持するとしている。

 財政と人口という日本の構造的な問題に、正面から取り組む姿勢は高く評価できる。

 とはいえ、財政改革も少子化対策も、長年の課題でありながら、府省縦割りや関係団体の抵抗で、十分な成果を上げてこなかった。肝心なのは、有効な具体策を、ためらわず実行することである。

 当面の成長戦略メニューを着実に進めることも大切だ。

 昨年の成長戦略は、農業分野をはじめ、強い抵抗勢力に守られた「岩盤規制」に対する踏み込み不足が指摘された。

 その改訂版とも言える今年の戦略には、法人税実効税率の20%台への引き下げや農協組織改革などの追加措置を盛り込んだ。市場や経済界には、本格的な規制改革へ前進したと評価する声が多い。

 各施策が、具体化の過程で官僚などに骨抜きにされないように、政治がしっかりと目を光らせることが大事だ。

 政権の安定している今こそ、大胆な改革を前に進める好機と言える。首相のリーダーシップのもと、政府・与党一体となって取り組んでもらいたい。

2014年6月24日火曜日

重電再編が映したグローバル競争の現実

 重電大手の仏アルストムをめぐる争奪戦が決着した。同社取締役会は米ゼネラル・エレクトリック(GE)からの事業買収や合弁会社設立の提案を受け入れると決め、GEに対抗した独シーメンス―三菱重工業連合の案を退けた。

 2カ月にわたる買収合戦はグローバル競争の厳しい現実を映す鏡であり、多くの日本企業にとって示唆するところは大きい。

 最大のポイントは、規模がモノを言うインフラ市場で国際的な統合再編の流れがはっきりしてきたことだ。GE―アルストム連合は火力発電設備だけで年商3兆円に達し、ライバルに大差をつける。対抗する三菱重工などの次の一手が注目される。再編のドミノ倒しが起きる可能性もあろう。

 インフラ市場に限った話ではないが、日本企業は横並び体質が強く、似たような事業を抱えていることが多い。海外の商談で日本勢どうしがぶつかるケースもある。国際再編の時代に、国内再編さえ十分に進んでいないのは大きな弱点だ。国内の統合を急ぎ、世界に通用する強い企業を生み出すことは待ったなしの課題である。

 M&A(合併・買収)の大切さも改めて分かった。日本企業は「自前主義」が強く、とりわけ外国企業の買収について慎重姿勢が目立ったが、これでは世界競争のスピードについていけない。

 医療機器市場では、積極的に買収攻勢をかけたGEやオランダ・フィリップスに比べて日本勢は動きが鈍く、事業規模や展開エリアで大きく引き離された。「技術はいいのに、ビジネスで負ける」という典型であり、これを繰り返してはならない。

 経営トップの資質の重要性も浮き彫りになった。三菱重工の宮永俊一社長は買収合戦のヤマ場で自ら欧州に乗り込み、シーメンス首脳やオランド仏大統領らと折衝した。結果として負けはしたが、世界の重電市場で一定の存在感を示すことはできた。

 買収に限らず、外国相手の大きな商談を進める場合、トップの直接的な関与がカギを握る。フットワーク軽く世界を飛び回る経営者が増えれば、日本企業のグローバル化もさらに進むだろう。

 今回の買収合戦で気になったのが仏政府の介入だ。民間ビジネスへの過度の干渉は公正な投資環境を損ねるだけでなく、自国企業の国際競争力を高めるうえでも決してプラスにはならない。

セクハラ都議会は猛省せよ

 こんな女性をさげすむ発言を許すわけにはいかない。都議会で少子化対策について質問した女性議員に向けられたヤジだ。23日になって自民党の鈴木章浩議員が名乗り出たが、卑劣なヤジを飛ばしたのは鈴木議員だけではない。

 「早く結婚しろ」「産めないのか」などというヤジは、18日の都議会で塩村文夏議員が妊娠や出産に対する都の支援策を質問しているさなかに飛び出した。ヤジにたじろぐ塩村議員に笑い声が広がるなど、ひどいありさまだった。

 今回のヤジは女性の社会での活躍に冷水を浴びせ、政府の成長戦略にも逆行する。

 政府は50年後にも1億人程度の人口を維持する目標を成長戦略に盛り込む方針だ。なかでも、合計特殊出生率が全国で最も低い東京都にとって、少子化対策は最大の課題になっている。

 塩村議員が質問したように晩婚化や晩産化に伴い、都内には出産や不妊に悩む女性が多くいる。結婚や子育てへの支援は女性だけでなく、男性にも必要だ。

 都議会自民党の対応もお粗末極まりない。吉原修幹事長は当初、「会派で不規則発言は慎むように話す」などと述べるだけだった。その後、各方面から批判が続出し、鈴木議員だと明らかにした。

 昨年6月の都議選で自民の候補者全員が当選し、都議会では自民主導の議会運営が続いている。今回の発言やその後の対応は、選挙で大勝した自民党のおごりから出た問題でもあるのだろう。

 鈴木議員は自民党の会派を離脱すると表明した。問題が発覚した直後に同議員は自ら発言したことを否定しており、議員辞職にすら値する言動ではないか。「産めないのか」などとヤジを飛ばした議員も自ら名乗り出るべきだ。海外でも報じられ、日本の国際的なイメージも損なっている。

 そもそも、私たちの心の内に同じような意識が潜んでいないか、考えたい。そうした偏見を許さず、出産や子育てと仕事が両立できる社会をつくりたい。

沖縄慰霊の日―犠牲者に誇れる平和か

 沖縄はきのう、慰霊の日を迎えた。

 69年前の沖縄戦最後の激戦地、摩文仁(まぶに)の丘であった追悼式で、安倍晋三首相は米軍基地の負担軽減にふれ、「沖縄の方々の気持ちに寄り添いながら、できることはすべて行う」と約束した。

 「鉄の暴風」と表現される米軍の猛烈な艦砲射撃や空襲。日本兵に殺されたり、集団死に追い込まれたりした住民もいた。沖縄戦は住民を巻き込んだ地獄だった。犠牲者は日米合わせて20万人を超えた。

 慰霊の日は、「本土防衛の捨て石」となった沖縄の悲劇を後世に伝え、平和を誓う日だ。

 そんな苦痛の記憶を抱える沖縄県民の多くにとって、安倍政権の進める外交・安全保障政策は、「気持ちに寄り添う」どころか、不安をかき立てる。

 昨年暮れ、特定秘密保護法が成立。今年4月、武器輸出三原則を緩和し、輸出禁止政策を放棄した。そしていま、集団的自衛権行使容認に向け、憲法解釈変更の閣議決定を急ぐ。

 政府は、日本を取り巻く安全保障環境の変化を指摘する。尖閣諸島をめぐる中国との関係悪化など、不穏な空気が存在しているのは事実だろう。

 だが、現在でも国内の米軍基地の74%が集中する沖縄に、さらなる負担を押しつけていいのか。普天間飛行場の移設先を名護市辺野古にすれば、負担増にしかならない。

 一方、集団的自衛権の行使が認められれば、沖縄の自衛隊もさらに強化されるのではないかと心配する声が沖縄にはある。

 米軍に加えて自衛隊まで出撃基地となれば、沖縄の軍事的負担はさらに増す。他国から攻撃される危険性が高まり、沖縄をさらに国防の最前線へと押しやることになるのではないか。

 きのう、沖縄戦に動員された瑞泉(ずいせん)学徒看護隊の生存者、宮城巳知子(みやぎみちこ)さん(88)の証言を記録した映画「17才(さい)の別れ」が県平和祈念資料館で初上映された。

 軍医から重傷者を毒殺するよう命じられ、注射を打つふりをしてごまかしたことなど、当時の過酷な体験を全国から来る修学旅行生らに語り続けてきた。だが近年、体力の衰えで講演を断ることも増えたため、証言の映画化に協力した。

 その宮城さんは「本土の方は沖縄戦のことをご存じない。もっと知って戦争をなくすことに協力して」と訴える。

 沖縄に負担を強いて成り立つ今の平和は、20万の犠牲者に誇れる平和だろうか。国民全員がそう問いかけられている。

保育園は迷惑?―譲り合いと触れ合いを

 保育所の建設が、地元住民の反対で難航するケースが相次いでいる。「騒音」などへの懸念が理由だ。

 関係者で丁寧な話し合いを積み重ね、お互い譲れるところは譲って、子どもが安心して過ごせる「地域に根ざした保育所」を増やしていきたい。

 働きながら子どもを育てる家庭にとって、保育所は欠かせない。ただ、数が足りず、昨年4月時点で全国で2万3千人の待機児童がいる。国は17年度末までに40万人分の保育の受け皿を確保する計画を定めた。

 ところが、実際の建設にあたって、保育ニーズの高い都市部で事業者が周辺住民から理解を得られない事態が生じている。子どもの声がうるさい、送迎時の車で渋滞や事故、路上駐車が発生する――。そんな懸念が示されている。

 車に対する心配には、事業者側が路上駐車を規制したり、駐車場を用意したりするなど、防止策を工夫する必要があろう。送迎時の混雑も、保護者が路上で長々と立ち話をしたりしないよう、ルールを決めて住民に約束することで、折り合える点はあるはずだ。

 問題は子どもの声である。二重窓ガラスや防音壁を設ける方法はすでに一般化している。プールや園庭で子どもたちが歓声を上げないよう気をつけている保育所もある。

 だが、「騒音防止」のため、子どもたちを半ば閉じ込めておく結果になるとしたら、せつない。地域に子どもたちの声が響くのは、そもそも自然なことではないだろうか。

 ひとたび保育所が建てられれば、そこは子どもが毎日を過ごす「居場所」だ。周辺住民からも温かく見守ってもらえるような環境が子どもには望ましい。親にとっても、子どもの育てやすさに直結する。

 住民と保育所の子どもが触れ合う機会を増やすのは、地域の寛容さを育むひとつの方法だろう。保育所にいるのが「見知った子どもたち」であれば、その声にもおおらかになりうる。

 事実、保育所を地域活動の拠点に提供したり、保育所のイベントに住民を招いたりして、当初の住民の反発を乗り越えたところもある。

 保育所と住民との関係の構築は、地域づくりそのものだ。都市部の課題である「人のつながりの希薄さ」を打破するきっかけともなるだろう。

 自治体も積極的に関与してほしい。子どもたちの声が響く地域は、多様性を包み込む力を持っていると言えるのだから。

首相沖縄訪問 米軍基地負担を着実に減らせ

 沖縄の米軍基地負担を着実に軽減するため、政府は全力で取り組まなければならない。

 太平洋戦争末期の沖縄戦の終結に合わせた「慰霊の日」の23日、安倍首相は、沖縄全戦没者追悼式に出席した。

 あいさつで、沖縄県内の基地負担軽減について「沖縄の方々の気持ちに寄り添いながら、『できることは全て行う』との姿勢で全力を尽くす」と強調した。

 仲井真弘多知事は昨年末、米軍普天間飛行場の辺野古移設に伴う埋め立てを承認した。式典の平和宣言では、3年連続で「県外移設」を訴えてきたが、今年は県外に固執しない表現に変えた。

 沖縄県では依然、県外移設を求める声が根強い中、苦渋の判断をした仲井真知事を支えるためにも政府は、様々な基地負担軽減策をきちんと実行する必要がある。

 仲井真知事の任期満了に伴う11月の知事選では、普天間問題が大きな争点となろう。辺野古移設に反対する保守系市長が出馬の構えを見せる一方、知事は3選出馬に関して態度を保留している。

 知事選結果が辺野古移設に与える影響を最小限にするため、可能な手を打つことが重要である。

 政府は、埋め立て予定地のボーリング調査を7月にも開始し、代替施設の工事をできる限り前倒しする方針という。設計・工事期間の短縮を図り、「2022年度以降」とされる普天間飛行場の返還を早めるべきだ。

 日米両政府は先週、埋め立て予定地を含む周辺水域を常時立ち入り禁止とすることで合意した。

 反対派による妨害を排除し、不測の事態を避けるにはやむを得ない。作業を円滑に進めるため、防衛省だけでなく、警察、海上保安庁など関係機関が連携し、万全の体制をとることが求められる。

 政府は、「24~25年度以降」とされる牧港補給地区の返還の大幅繰り上げも検討している。

 返還予定の米軍基地内の環境調査を事前に行えるようにする新たな協定の締結に向けた日米交渉も行っている。事実上の日米地位協定の改定に当たるもので、実現すれば、その意義は大きい。

 普天間飛行場に配備されている米軍輸送機MV22オスプレイの訓練についても、県外への分散移転をさらに拡大したい。沖縄の過重な負担を日本全体で引き受けることが大切である。

 在沖縄米軍の抑止力を維持しつつ、地域振興とも連動した基地再編を進めることが、安倍政権と地元の信頼関係を強化しよう。

都議会ヤジ問題 セクハラ謝罪で収拾できるか

 なぜ、もっと早く名乗り出て、謝罪できなかったのだろうか。

 東京都議会で、みんなの党の塩村文夏都議が質問中に浴びせられたヤジの問題である。

 18日の本会議で、塩村氏は、晩婚・晩産の傾向が進み、不妊治療を受ける女性が増えている現状を踏まえ、都の子育て支援体制などについて質問した。

 その際、議場から、男性の声で「早く結婚した方がいいんじゃないか」というヤジが飛んだ。別の声で「まずは自分が産めよ」「産めないのか」といった不規則発言も続いたという。

 議場では、ヤジを面白がるような笑い声さえ上がった。

 ヤジの張本人や同調した議員の不見識には、あきれるばかりだ。子どもを産みたくても産めない女性や、不妊治療を続ける夫婦には、どう聞こえただろうか。

 「ヤジは議会の華」とも言われ、核心を突いたヤジが議論を活性化させることもある。だが、個人の尊厳を傷つけるセクハラ発言が許されないのは、当然である。

 23日になって、自民党の鈴木章浩都議が、最初にヤジを飛ばしたことをようやく認めた。塩村氏に面会し、「ご心痛をおかけして誠に申し訳ない」と頭を下げた。

 鈴木氏は記者会見で、「誹謗(ひぼう)するつもりはなかった。謝罪する機会を逸してしまった」と釈明し、「逃げていたと言われても仕方ない」と述べた。

 都議会自民党の吉原修幹事長も「事の重大性を深く受け止める」と、会派代表として謝罪した。

 鈴木氏はこれまで、ヤジへの関与を一貫して否定していた。騒ぎが大きくなり、名乗り出ざるを得ない状況に追い込まれたということだろう。

 鈴木氏は、発言の責任を取り、会派を離脱したが、都議としての活動は続けるという。

 塩村氏は、鈴木氏の謝罪について、「少しほっとした」「一つの区切りがついた」と語った。

 一方で、鈴木氏以外の発言者が名乗り出ていないことに対しては、「一人だけで終わるというのは違うんじゃないか」と疑問を呈した。ヤジの内容のひどさを考えれば、もっともである。

 問題を収束させるには、ヤジを飛ばした他の都議も自らの発言にけじめをつける必要がある。これ以上、頬かぶりは許されまい。

 都議会には抗議が殺到している。議会の品位が問われていることを自覚し、各会派は再発防止に努めなければならない。

2014年6月23日月曜日

ロボットの活躍の舞台をもっと広げよう

 ロボットの活躍の舞台が急速に広がりつつある。これまで主流だった産業用ロボットはもっぱら工場内で働き、溶接や部品の実装に威力を発揮してきたが、今後は介護などより生活に密着した分野でも活用が進むだろう。

 ロボットの潜在市場は巨大で、日本の新たな基幹産業に育つ可能性もある。官民挙げた戦略的な取り組みで、ロボット産業を大きく伸ばしたい。

 最近話題を呼んだのはソフトバンクの家族型ロボットだ。人の表情や会話のトーンから相手の感情を理解し、簡単な言葉のやりとりをする。アプリソフトを搭載すれば、子どもの勉強の相手をしたり、お年寄りの話し相手になったりするのも夢でなくなるという。

 パナソニックは今月から介護用ロボットの受注を開始した。ベッドの一部が自動的に動き、車いすに早変わりする。ベッドから車いすへの移乗は介護者が数人がかりでお年寄りを抱え上げるたいへんな作業だが、ロボットを使えば1人ですみ、作業の負担も大幅に減るだろう。

 こうした例を挙げれば、きりがない。ロボットの応用分野は広く、少子高齢化の進む日本で、人に代わって、あるいは人を手助けして仕事をするロボットの社会的な意味合いは大きい。

 福島第1原発の廃炉作業でも放射線量の高い場所ではロボットに期待するしかない。トンネルなど老朽インフラの保守点検も、ロボットの活用で効率化できる。

 経済産業省の予測ではロボットの国内市場は現在8600億円だが、2035年には10兆円弱まで成長する。輸出を視野に入れると、さらに伸びる可能性もある。

 日本は産業用ロボットで世界一のシェアを誇り、ロボットに必須のセンサーなど要素技術も強い。こうした蓄積を生かして、非産業分野でも競争優位を築きたい。

 そのためには、技術者の独りよがりに陥らず、生活現場のニーズを踏まえた商品開発が必要だ。

 米国勢が先行しているとみられる人工知能やネット活用技術では、彼らと提携して、互いの強みを持ち寄るのも一つの手だ。

 政府の役割も大きい。生活ロボットに関する安全基準づくりなどを進め、企業が参入しやすい環境を整える必要がある。日本の生産性を引き上げるために、介護や医療、農作業などの現場でロボットの活用を促す役割も期待したい。

秘密監視機関を有効に使え

 12月に施行予定の特定秘密保護法の運用状況を監視する機関を国会に新設することが決まった。国民の知る権利を守る大事な役割を担う。与野党は重責を自覚して取り組んでもらいたい。

 新機関は「情報監視審査会」という名称で、衆参両院に置く。政府から毎年、特定秘密の指定や解除の件数などの報告を受け、秘密にすべきかどうかで意見が分かれる課題は個別に審査する。

 自民党は当初、国会が特に求めたときのみ政府が説明すればよいとの立場だった。公明党が監視機関が必要だと主張して常設することになった。

 この経緯だけでも自民党の情報公開への消極姿勢がうかがえる。機関をつくるからには形骸化させてはならない。

 審査会は秘密指定に納得できないときは勧告することができる。政府はこれに従う義務はないが、最大限尊重すべきだ。ないがしろにするのであれば法改正で国会の権限を強める必要がある。

 国会の側もどうすれば監視機能がうまく働くかを考えねばならない。類似の仕組みは外国にもあるが、米英などでは「国家の安全にかかわる情報は与野党で共有して政争の具にしない」という暗黙の了解がある。

 情報監視審査会は非公開で実施する。参加する国会議員が内容を逐一外部に漏らせば、政府は形ばかりの報告しかしなくなる。

 日本ではもともと政府が野党には秘密情報をほとんど教えずにきた。いきなり政権に就いた民主党が政府をうまく動かせなかったのは行政の重要な情報を知らなすぎたことが一因だった。

 特定秘密に指定される情報の多くは安全保障に関わる案件だ。与野党が国際情勢について事実認識をほぼ同じくすれば国会論戦ももっとかみ合うようになるだろう。

 常設機関を設けるからには有効活用しなくてはもったいない。国会議員と省庁幹部が外交・安全保障などを巡り、自由に意見交換する場に使ってみるのも面白い。

カジノ解禁?―危うい賭けには反対だ

 カジノ解禁への議論が動き出した。

 安倍政権が成長戦略の素案で「検討する」とうたったのに続き、自民、維新、生活の3党による法案が衆議院で審議され、次の国会へ引き継がれた。

 結論を先に言いたい。カジノ解禁には反対だ。利点より弊害のほうが大きいと考える。

 まず、不正な資金の洗浄(マネーロンダリング)に使われる懸念である。暴力団など国内外の反社会的勢力に利用されることを防げるのか。

 ギャンブル依存症に陥る人が出るのは避けられず、対策にかかる社会的、経済的コストも無視できない。青少年や地域社会の治安への悪影響も心配だ。カジノ監督機関は行政の利権と天下りの温床になりかねない。

 推進派は観光振興、とりわけ訪日外国人を増やす呼び水になると強調する。カジノを成長戦略に位置づける安倍首相や政府も同じ発想だ。

 ただ、海外旅行客の増加が著しいアジア各地にもすでにカジノがあり、競争に勝つのは容易ではない。民間運営が想定されているがノウハウはなく、外国の業者に頼らざるをえない。もうけはもっぱら海外へ、という可能性も小さくない。

 訪日客は円安や格安航空路線の充実に支えられ、昨年初めて1千万人を超えた。今年も好調だ。外国人は日本のどこにひかれるのだろう。

 世界文化遺産にも登録された富士山や無形文化遺産になった「和食」、東京・銀座や秋葉原などでの買い物だけではない。地方の温泉街や旧宿場町、東南アジアの人たちには珍しい北海道や東北地方の雪景色とスキーなど、関心は広がっている。

 各地の自治体や関連業界も観光振興に力を入れている。自治体間の競争が足の引っ張りあいを招く例もあったが、東海・北陸地方や瀬戸内海沿岸で広域での取り組みが始まるなど、工夫が見られる。

 こうした動きを後押しすることこそが、政府の役割ではないか。カジノを解禁すれば誘致合戦を招き、せっかく盛り上がってきた「地域の魅力磨き」は水をさされるだろう。

 このほど島根、鳥取両県を訪れた安倍首相は、新たな観光戦略を決めた政府の会議で、次のように語った。

 「日本の各地域には、魅力あふれる観光資源や物産品がたくさんある。しっかり発信し、地域活性化につなげたい」

 その通りだ。賭博施設で観光客を増やそうという危うい「賭け」はいらない。

問題児の分離―「これで解決」ではなく

 荒れる学校の特効薬となるのだろうか。

 大阪市教委が、授業妨害などの問題行動を繰り返す児童・生徒を学校から引き離し、1カ所に集めて指導する「特別教室」を設けることを決めた。

 今、荒れる子の対応に頭を悩ませる学校は少なくない。大阪では、貧困問題が深刻化している地域で、10人以上の生徒が教室に入らず、廊下や校庭に集まって騒いだり非常ベルを鳴らしたりを繰り返す中学校もある。複数の先生がたえず対応に振り回され、ちゃんと授業を受けたい子にしわよせがいく。

 「まじめにやろうとする生徒らがバカをみることはあってはならない」(橋下徹市長)というのは、多くの保護者の率直な思いだろう。そうならぬよう、深刻な校内暴力や非行を繰り返す生徒は出席を停止し、心理学など専門知識のある教職員らがルールの大切さなどを教えるという。生徒指導と授業の両立にパンク寸前の教師からも「助かる」と歓迎の声が上がる。

 どうにも割り切れない思いが残るのはなぜだろう。

 学校に来るなと言われた子は、本当に立ち直れるのか。騒ぎ立てるのは、居場所のない自分に気づいて欲しいという必死のサインではないか。邪魔者のように追い払われたと受け止めれば、大人をうらむ気持ちが更生の妨げにならないか。

 家庭に問題を抱える子もいるだろう。地域から離れた特別教室の専門家が、家族の問題を丁寧にケアできるのかも心配だ。

 何より、「悪い子」を分けることが、本当に「よい子」のためになるのだろうか。

 先の見えぬ社会で、教育には学力向上など目に見える成果に注目が集まる。だが様々な人にもまれ、不条理がうごめく社会で生き抜く力を身につけることも、学校での学びだろう。

 問題は、子どもの問題行動が増えているのに、財政難で人も予算も増やせぬことだろう。明らかにスタッフが足りない。今回の施策は、制約の中で考えた苦肉の策ではある。

 私たち大人は学校や先生に不満を抱く一方で、どれだけ学校にかかわり先生たちを助けてきただろう。立ち直った「元問題児」が荒れる子の相談相手となっている学校がある。教員や警察のOBの出番かもしれない。

 少子化が深刻な社会問題となっている。どんな子も社会に居場所と役割を見いだせるようにしていくことは、社会を守ることにつながる。そんな視点で、全ての大人が力を出し合うときが来たのではないか。

通常国会閉幕 与野党協調を一層進化させよ

 通常国会が閉幕した。与野党の協力で成立にこぎつけた法律も少なくない。この流れを大切にしながら、国会を活性化する必要がある。

 安倍内閣が今国会に提出した新規の81法案のうち、医療・介護総合推進法など79本が成立した。成立率は97%と極めて高い。

 昨年7月に衆参のねじれが解消されてから初の通常国会は、一定の成果を上げたと言える。

 一昨年12月の第2次安倍内閣の発足以来、閣僚が一人も交代せず、内閣が安定していることも、国会が円滑に進んだ一因だろう。

 国会終盤に石原環境相が、原発事故に伴う汚染土などの中間貯蔵施設の建設を巡り、「最後は金目でしょ」と発言したのは不適切だった。石原氏が謝罪し、発言を撤回したのは当然だ。

 野党は、衆参両院に石原氏の不信任決議案などを提出したが、否決された。閣僚は、国会での与党多数に慢心せず、緊張感を持って職務に努めねばならない。

 議員立法では、与野党の協調が一段と進化した。

 憲法改正の手続きを明確にする改正国民投票法は、与野党7党が歩み寄って超党派の合意を形成して、衆参両院の9割を超える議員が賛成した。

 特定秘密保護法の運用を監視する国会の監視機関についても、与党は日本維新の会、みんなの党などと協議した。最終的に、与党提出の国会法改正案は、みんなの党も賛成し、成立した。

 与党が「数の力」で押し切るのでなく、野党と協力関係を構築したことは評価できる。安倍政権は、引き続き丁寧な国会運営を心掛けることが大切である。

 国会では、自民党の勢力が突出した「1強多弱」の状況が続く。民主党は海江田代表の求心力が低下し、代表選の前倒し論が出るなど、存在感を示せなかった。

 維新の会は、石原、橋下両共同代表が、原発政策を巡る対立に加え、野党再編に関する意見の違いを埋められず、分裂することになった。橋下氏側と結いの党は、合流への調整を急いでいる。

 自民党に対抗する勢力の結集を目指す狙いは理解できるが、政策の一致を前提とすべきだ。政策ごとに政権と協力する「責任野党」の立場も忘れてはならない。

 安倍政権は今後、集団的自衛権の憲法解釈の見直しに関する議論を活発化させる考えだ。与党は、解釈変更に前向きな維新の会やみんなの党などの協力を得るよう、努めることが欠かせない。

被災地の防潮堤 地域に応じた見直しが必要だ

 東日本大震災の被災地で、巨大な防潮堤の建設計画に住民から異論が相次いでいる。計画を冷静に再点検し、必要に応じて見直すべきだ。

 大震災では、岩手、宮城、福島の3県で、計約300キロあった防潮堤の6割が全半壊した。政府と3県は8000億円の国費を投じ、新たに計390キロに及ぶ整備を進めている。

 津波に備え、適切な規模の防潮堤は必要だ。問題は、住民が「防潮堤が高すぎる」として、計画に反対する地域が少なくないことだ。「海沿いの土地が減り、漁業に支障が出る」「海が見えなくなる」といった声が出ている。

 宮城県では県が建設を計画する276か所のうち、約40か所で合意を得られていない。

 主に都市部が被災した阪神大震災と異なり、東北3県の被災地には過疎地が多い。頼みの綱の漁業や観光が振るわなくなれば、住民の生活への影響は大きい。

 安倍首相の昭恵夫人らが「海が見えない復興でいいのだろうか」と、防潮堤の高さに疑問を投げかけたのは理解できる。

 防潮堤は、高いほど津波の防御効果は大きいが、一方で、建設費がかさみ、周辺の景観や環境は損なわれる。維持するための補修費もかかる。コンクリート製の堤防は耐用年数が50年程度とされ、将来的に改築は避けられない。

 費用対効果の観点からも慎重な検討が必要である。

 防潮堤の高さは、中央防災会議の専門調査会が示した指針に基づき、各県が決めた。数十年から百数十年に1度の頻度で起きる大津波から、住民の生命と財産を守ることが基準となっている。

 宮城県の場合、震災前に平均4メートルだった高さを、7・5メートルにまで引き上げる計画となった。

 それでも、1000年に1度と言われる東日本大震災級の巨大津波は防げない。

 防潮堤は、津波の勢いを抑え、住民が逃げる時間をより長く確保することを目的とすべきだろう。避難場所や経路の整備などと併せ、総合的な減災対策の一環として建設することが重要だ。

 住宅の高台移転や防潮堤の内陸移転などを組み合わせ、防潮堤を計画より低くした地区もある。

 県側が「高さは変えられない」と主張して住民の反発を招けば、かえって防災対策は遅れる。町づくりも進まず、住民の生活再建に支障を来す。

 そのことを念頭に、行政は住民の声に耳を傾けてもらいたい。

2014年6月22日日曜日

会社法改正を機に企業統治の質を競え

 企業統治を強化する目的で会社法が改正された。大きな特徴は企業に社外取締役の選任を強く促している点にある。

 具体的には社外取締役を置かない企業は、その理由を株主に詳しく説明しなければならなくなった。また社外取締役を活用した新たな会社形態として、監査等委員会設置会社が認められた。

 経営に外部の声を伝える社外取締役は、企業の競争力を高めるために有効な制度である。会社法の改正をきっかけとして企業は自社の統治を見直し、経営改善につなげるべきだ。

 すでに大企業は動き始めている。東京証券取引所の集計では、1部上場企業の74%が社外取締役を選任している。この比率は1年前より10ポイント強も高まっており、過去最高の水準だ。キヤノンや新日鉄住金など、新たに社外取締役の選任に動く事例も目立つ。

 会社法の改正により、中堅や新興の企業にも企業統治を向上させようとする意識が高まり、社外から取締役を迎える動きが広がることを期待したい。

 企業統治の優れた企業は、投資家の評価が高まりやすい。高い評価を背景に資金を調達し投資にふり向ければ、企業の収益力の向上につながる。そればかりか、雇用の拡大など経済全体にも良い影響を与える可能性もある。

 政府が企業統治の強化を成長戦略の一つに挙げたのは、そうした好循環を見込んでのことだ。

 もちろん、社外取締役がいても経営がふるわない企業はある。例えば、赤字が続くソニーは社外取締役の導入など企業統治の改革に、早くから取り組んできた日本企業の代表だった。

 市場の高い評価を持続させるには、統治の型を整えるだけでなく実効性を高める必要がある。経営トップは社外の声に耳を傾けようとしているか。単なるお飾りとして社外の人材が取締役会に招かれてはいないか。それを見抜く株主の眼力も問われる。

 当然のことながら、社外取締役の役割は成長の追求という経営の攻めの部分に限られるわけではない。中立的な立場から不正に目を光らせ、不祥事の抑止を通じて企業価値の毀損を防ぐことも、社外取締役の責務である。

 いずれの面でも経営基盤の強化につながる質の高い統治を確立し、それを競うことが、日本企業に求められている。

ハラルを知っていますか

 日本を訪れる外国人の増加に伴い、イスラム圏からの旅行者と接する機会が増えている。気持ちよく過ごしてもらうには、生活習慣への理解と配慮が大切だ。これが日本の魅力を高め、ひいてはイスラム圏市場の開拓につながる。

 ハラルという言葉を聞くようになってきた。本来は「許された」という意味のアラビア語だ。イスラム教は豚肉を食べたり、アルコールを飲んだりすることを禁じている。牛肉や鳥肉も決められた手順で処理したものに限られる。

 食事は旅の楽しみだ。だが、信徒には提供される食事がハラルであるかどうかは大切な問題だ。

 心配せずに食べたい。こうした声に応える飲食店が、少しずつ増えている。日本料理店の美濃吉(京都市)は一部店舗でイスラム教徒向けの懐石料理を提供する。新横浜ラーメン博物館(横浜市)では、大豆でコクを出す“とんこつ”風ラーメンが食べられる。

 政府は東京五輪が開かれる2020年に日本を訪れる外国人数を、2000万人に倍増させる目標を掲げる。実現には多様な文化や生活習慣に配慮した、「おもてなし」の体制を整える必要がある。

 日本政府観光局はイスラム教徒でも安心して食事ができる飲食店のリストを作り、国内外で配り始めた。空港やショッピングセンターには礼拝の場所を用意するところもある。こうした情報提供を充実させていきたい。

 世界で16億人のイスラム教徒は、30年には22億人に増える。旅行者が日本で体験した食の魅力を母国に伝えることは、日本の食品輸出を後押しするはずだ。

 食品や食材が、信徒が飲食できる基準に合格していることを証明する「ハラル認証」を取得する日本企業も増えている。国内で活動する認証団体は数十あるという。

 ただし、ハラル認証には国際的な統一基準があるわけではない。ある国が認める基準が、別の国では認められないこともある。輸出を増やすには、企業が認証について正しく知ることが必要だろう。

在外被爆者―一刻も早い公平救済を

 海外の被爆者にだけ、差別ととられるような制約を設けることの非は明らかだ。ただちに制度を改める必要がある。

 被爆者援護法に基づく医療費を、厚生労働省が在外被爆者に支給しないとしているのは違法だとする判決を、大阪高裁が言い渡した。

 昨年10月の一審・大阪地裁判決も違法としたが、今年3月の長崎地裁判決は合法とし、判断が割れていた。

 初めての高裁判決は「被爆者はどこにいても被爆者」の原則に立ち返ったといえる。

 厚労省は援護法とは別に、在外被爆者が払った医療費を助成する制度を10年前に設け、今年4月から上限額も引き上げた。

 しかし高裁判決は、そもそも法律上、在外被爆者を別扱いする根拠はないと断じた。

 当然といっていい。

 高裁判決も言及しているが、94年制定の被爆者援護法には、日本が起こした戦争の結果として原爆放射線を浴び、生涯にわたって健康不安に苦しむ人々に、国として償う性格がある。

 サンフランシスコ講和条約により、被爆者は米国に賠償を求める道も絶たれている。

 原爆投下時、広島と長崎には、当時日本国民だった朝鮮半島出身の人々をはじめ、多くの外国人がいた。戦後、日本から北米や中南米に移住した人も多い。現在、4千人余りが海外で被爆者健康手帳を持っている。

 被害を受けた点は同じであり、国内の被爆者と同等に日本が責任をもって救済すべきだというのが、57年の旧原爆医療法制定以来の法の精神だ。

 今回の裁判の原告は韓国在住だが、65年の日韓協定で「解決済み」とされている日本への個人賠償請求とは、まったく別の問題である。

 にもかかわらず厚労省は、海外は医療保険制度が日本と異なり、上限なしに医療費を受けられるようにすれば、逆に国内の被爆者との不公平が生じるおそれがある、と主張してきた。

 そうではないだろう。真の公平とは、必要な医療をどこにいても安心して受けられることであるはずだ。制度の違いからくるしわ寄せを、被爆者側に負わせるべきではない。

 実際、在外被爆者の医療費助成申請の9割が、現行上限の30万円以内に収まっている。極端に高額な申請の場合は治療内容を確認するなど、公平性を保てる工夫はあるはずだ。

 高齢化が進む被爆者にとって、医療は切実な問題である。国は、今回の司法判断に従い、抜本解決を急ぐべきだ。

医療介護改革―住民参加が不可欠だ

 団塊の世代が75歳以上になる2025年に向けて、医療と介護のあり方を大きく見直す法律が成立した。

 75歳以上の高齢者は、12年時点と比べ1・4倍を超す。医療と介護の費用は1・7倍の約74兆円に膨らむと推計され、現行の税や保険料の負担ではとても立ちゆかない。

 負担増が避けられないなか、サービス水準とのバランスをどう取って、「老後の安心」を実現するか。国も地方自治体も住民も、当事者として厳しい判断をしなければいけない時代を迎えている。

 新しい法律は、入院して手厚い医療を受けるところから、往診や介護を受けつつ家で生活するところまで、必要なサービスを切れ目なく受けられる体制づくりを掲げる。

 同時にサービス提供の効率化によって、できるだけ費用を抑えることを目指す。

 ただ、法律は大方針を定めただけで、具体的な「設計図」づくりは都道府県や市町村にゆだねられた。高齢化の状況など、それぞれの地域の実情を踏まえるためだ。

 病院や介護施設より、家での生活を柱に据え、住み慣れた地域で安心して生を全うできるようにするには、どうしたらいいか。施設不足が懸念される都市部を中心に、自治体が担う役割は大きく、重い。

 当の自治体からは、すでに懸念の声が上がっている。特に介護保険の要支援者向けサービスの一部が市町村の独自事業に切り替えられることに、「サービスの量や質を確保できそうにない」との訴えは強い。

 さらに、一定以上の収入がある人は利用者負担が引き上げられる。特別養護老人ホームの新規入所も、原則として要介護3以上の人に限られる。

 こうした痛みに耐えることが「安心」につながるのか。具体的な道筋を示せなければ、制度そのものへの信頼が揺らぎかねない。

 しかも、高齢者の自宅暮らしは公的なサービスだけではなりたたない。ゴミ捨てなどちょっとしたことにも手助けがいる人はますます増える。近隣住民らの支えが重要になる。

 国は法律が描く将来像や理念を自治体や住民に丁寧に伝え、設計図づくりを最大限に支援する義務がある。自治体への丸投げは、サービス低下や地域間格差を招くだけだ。

 それぞれの自治体で、新たな枠組みへの納得感が広がるかどうか。それには、計画づくりへの住民参加が不可欠だ。

富岡製糸場 世界に誇る近代日本の原点

 日本の近代化の原点となった施設の価値が、世界的に認められたことを喜びたい。

 群馬県の「富岡製糸場と絹産業遺産群」が、国連教育・科学・文化機関(ユネスコ)の世界文化遺産に登録されることが決まった。国内の世界文化遺産は、昨年登録された「富士山」に次いで14件目となる。

 明治以降の産業の遺構が世界遺産になったのは、初めてである。日本の工業発展の歩みを伝える貴重な資産として、大切に保存していくことが必要だ。

 富岡製糸場は、1872年に官営模範工場として設立された。

 日本が独自に編み出した良質の生糸の生産技術と、フランスの機械技術を結合させた世界最大規模の製糸工場だった。

 後に民間に払い下げられたが、富岡の技術は、高品質な生糸の大量生産への道を開いた。1930年代、日本の生糸は世界市場の80%を占めるに至った。

 世界の産業史や文明交流史の上でも、富岡製糸場が大きな役割を果たした点が、世界遺産に値すると評価されたのだろう。

 明治初期の建物が、完璧に近い状態で保存されていることも、誇るべき特徴だ。女子工員たちが鮮やかな手さばきを見せた繰糸場や、温度に配慮しながら繭を保存した赤れんが倉庫が、先人たちの足跡を今日に伝えている。

 1987年まで操業を続けた事業主が、工場閉鎖後も20年近く社員を配置し、年間1億円をかけて維持管理を続けた功績が大きい。世界遺産登録の陰には、こうした献身的な努力があったことも、忘れてはならない。

 富岡製糸場に加え、養蚕農家の田島弥平旧宅、蚕種を貯蔵した荒船風穴など、製糸場と密接な関係にあった三つの絹産業遺産も世界遺産となった。

 当初は、碓氷峠鉄道施設など10件の資産の登録を目指す計画だったが、製糸業の技術革新に直接関わった資産だけに絞り込んだことが功を奏した。今後の世界遺産登録に向けた戦略を考える上でも参考となるだろう。

 世界遺産登録により、政府や自治体は協力して維持管理していく義務を負うことになる。来場者が施設の素晴らしさを満喫できる受け入れ態勢の整備は必要だが、無秩序な観光開発は、世界遺産の価値を損ないかねない。

 単なる行楽地として振興を図るのではなく、歴史の重みを多くの人に知ってもらうことに力を入れるべきだろう。

児童ポルノ 所持の禁止を一掃の契機に

 改正児童買春・児童ポルノ禁止法が成立した。7月中に施行される見通しだ。子どもを食いものにする児童ポルノを一掃する契機にしたい。

 児童ポルノは、18歳未満の子どもを被写体にした、わいせつな写真や映像のことだ。

 改正法には、児童ポルノを個人的に所持・保管する「単純所持」の禁止規定が新たに設けられた。自らの性的好奇心を満たす目的で所持・保管した者に対しては、1年以下の懲役、または100万円以下の罰金を科す。

 これまでの規制対象は、製造、譲渡、販売などの供給行為に限られていた。単純所持に対する罰則については、所持者のプライバシーの侵害や捜査権の乱用につながる恐れがあるとして、導入が見送られてきた。

 しかし、児童ポルノを購入、収集する行為が、被写体となっている子どもの人権を著しく侵害しているのは明らかだ。単純所持を禁じるのは当然である。

 一方的にメールで送りつけられた場合などは摘発の対象外とするため、「自己の意思に基づく所持」という要件も設けた。恣意しい的な捜査を排除する観点から、適切な措置と言えよう。

 先進7か国(G7)で単純所持を禁じていないのは、日本だけだった。今回、各国と足並みがそろったのを機に、児童ポルノの根絶に向け、国際協力を強めていくことが重要だ。

 改正法は、児童ポルノの定義について、「ことさらに性的な部位が露出され、または強調されているもの」との文言を追加したが、なお曖昧だとの指摘がある。

 我が子の裸を写した成長記録などとの明確な線引きが必要だ。

 児童ポルノの国内の摘発件数は、インターネットの普及に伴い、増加する一方だ。警察庁によると、昨年1年間に摘発された事件は過去最多の1644件に上った。2004年の10倍近い。被害に遭った子どもは646人を数える。

 ポルノの製造過程で、強姦(ごうかん)や強制わいせつの被害を受けた例もある。性的虐待は、子どもの心身にダメージを与え、その後の人格形成に悪影響を及ぼす。画像がネット上に流出すれば、被害者の苦しみや屈辱はいつまでも続く。

 改正法には、児童ポルノの削除・拡散防止について、ネット事業者の努力規定が盛り込まれた。心身に有害な影響を受けた被害児童を保護する施策の充実も求めている。政府や関係機関の積極的な取り組みが欠かせない。

2014年6月21日土曜日

ビッグデータの活用促す個人情報保護を

 個人に関する情報をビッグデータとして活用する政府の制度案がまとまった。月内に大綱を公表し、来年の通常国会に個人情報保護法の改正案などを提出する。ビッグデータの活用は成長戦略の柱のひとつであり、プライバシー保護に十分配慮して進めてほしい。

 新制度案は内閣のIT総合戦略本部の検討会がまとめた。匿名化などの条件を満たすことで、個人の情報を本人の同意なしにビッグデータとして使えるようにする一方、プライバシー保護に関する指針作りや行政処分などを行う第三者機関の整備を盛り込んだ。

 政府が制度を改めるのは、情報共有を促すクラウド技術や携帯端末などの登場により、11年前に定めた個人情報保護法が実態に合わなくなってきたためだ。欧米でもビッグデータを活用する動きが加速しており、企業などが安心してデータを使えるようにする。

 新制度では個人の情報をどこまで保護するかという線引きが重要だ。政府は当初、顔認識データや位置情報、購買履歴などを新たに「準個人情報」と定義し利用を促そうとした。だが、こうした分野は技術革新で状況が変わるため、第三者機関に定義を委ねることにした。妥当な判断といえよう。

 行政機関や独立行政法人などにはそれぞれ別の個人情報保護法が定められており、個人情報の定義や情報開示の規定などが微妙に異なる点も問題だ。法改正ではこうした制度の違いについても整合性をとっていく必要がある。

 政府は新たに導入される社会保障と税の共通番号(マイナンバー)を使い、診療情報などもビッグデータとして分析し、医療費増大に歯止めをかけようとしている。そのためにも個人情報の利用条件を明確にすべきである。

 ビッグデータの活用を促すには消費者の理解も欠かせない。昨年には東日本旅客鉄道の電子乗車券情報をビッグデータとして活用する試みが利用者の反対で頓挫した。新制度ではビッグデータの利便性と安全性を、国民自身が納得できる環境作りが求められる。

 さらに海外のプライバシー保護制度との調和も必要だ。日本の制度は欧州から不十分と指摘されており、日本企業が現地で収集した顧客情報などを日本に持ち込めないといった問題がある。グローバル市場で日本企業が対等に競争できるようにするためにも、個人情報保護体系の見直しは重要だ。

河野談話の論議打ち止めに

 安倍政権が従軍慰安婦問題に関する「河野談話」の作成過程を検証した報告書をまとめた。談話の書きぶりを巡り、日韓両政府が事前に非公式なやりとりをしていたことを明らかにした。新たな論争を生みそうだが、あえて提言したい。もう打ち止めにしよう、と。

 談話は1993年に当時の河野洋平官房長官が発表した。日本軍が慰安所の設置・管理に「直接あるいは間接に関与した」と断じ、「おわびと反省」を表明した。

 自民党の保守派などは「軍の関与や強制連行を示す証拠はない」と談話を批判してきた。安倍晋三首相は2年前の自民党総裁選出馬時に「子孫の代に不名誉を背負わせるわけにはいかない」と談話の見直しに意欲をみせた。

 検証すると決めた時点では、談話の信ぴょう性を弱め、見直しにつなげる思惑があったようだ。

 そのわりに検証作業は元慰安婦16人からの聞き取り録など既存の文書を読み直すにとどまり、その証言が真実かどうかの裏付け調査には踏み込まなかった。

 談話の否定は日韓関係を一段と冷却化させかねず、首相の靖国神社参拝などと相まって欧米からも「歴史を書き換えようとしている」と懸念する声が出たためだ。

 首相は3月に国会で「河野談話を継承する」と明言した。結果として報告書は談話を堅持させたい側にも、破棄させたい側にも不満足なものとなった。政権運営として得策だったとは思えない。

 昔のできごとにはいくら調べてもはっきりしないことが少なくない。元慰安婦の証言の食い違いなどを指摘しても水掛け論になるばかりで、得るものは少ない。

 いま政府が取り組むべきは、長期的な日本の国益を見据えて外交政策を進めることだ。東アジアの不安定な安全保障環境を考えれば、民主主義・市場経済の価値観を共有する日韓が角を突き合わせてよいことはない。

 河野談話の蒸し返しはもうやめて、未来につながる日韓連携を考えるときだ。

慰安婦検証―問題解決の原点に返れ

 慰安婦問題をめぐる93年の河野洋平官房長官談話について、政府はきのう、作成過程などの検証結果を国会に示した。

 談話の文言をめぐって日韓両政府間でかなり細かなやりとりがあり、一部は韓国側の意向を受け入れたが、日本政府の独自の調査に基づいてつくった。最終的には韓国側と意見が一致した――。そんな概要である。

 両政府のやりとりからは、双方とも難しい立場を抱えながら問題を解決しようという強い意志が感じられる。検証チームの但木敬一座長も「談話を出すことで未来志向型の日韓関係をつくろうとした」と語った。

 この検証が行われたのは、日本政府が行った元慰安婦の聞き取り調査の信頼性を問題視する声が上がったからだ。談話の作成過程を明らかにすることで韓国を牽制(けんせい)する狙いもあったのだろう。

 しかし、報告書は次のように指摘している。資料収集や別の関係者への調査によって談話原案は固まった。その時点で元慰安婦からの聞き取りはまだ終わっておらず、彼女たちの証言を基に「強制性」を認めたわけではない。

 安倍首相はかつて、慰安婦への謝罪と反省を表明した河野談話の見直しを主張していた。

 だが、国際社会からの強い反発もあって、河野談話を見直さないとの方針に転じた。

 もう談話に疑義をはさむのはやめるべきだ。

 報告書は、河野談話やその後の「アジア女性基金」について、韓国政府が一定の評価をしていたことも明らかにした。

 韓国にすれば、日本側から秘密にしようと持ちかけられていたことである。それなのに了承もなく、一方的に公表されるのは信義に反することになる。

 報告書に韓国政府は猛反発し、せっかく始まった日韓の外務省局長級協議も中断する可能性が出てきた。

 また、韓国政府は「国際社会とともに対抗措置をとる」とも表明した。

 慰安婦問題が日韓の大きな懸案に浮上して、四半世紀がたとうとしている。

 この間、両政府関係者やNGOなど多くの人々が関わってきた。だが、もっとも大切なのは元慰安婦たちの救済であることは論をまたない。

 韓国政府に登録した元慰安婦の生存者は54人になった。

 日韓両政府に、互いをなじり合う余裕はない。河野談話をめぐって「負の連鎖」を繰り返すことなく、今度こそ問題解決の原点に返るべきだ。

都議会の暴言―うやむやは許されぬ

 議場が公の場であることをわきまえず、汚いヤジを飛ばして恥じることがない。名乗り出る潔さすら、持ち合わせない。

 そんな人が首都の議会にいるとは情けない。

 東京都議会の本会議。塩村文夏(あやか)議員が、東京は全国でとびぬけて晩婚晩産だと指摘し、妊娠・出産・育児に悩む女性への支援の充実を訴えていた。

 そこへ、男の声で「早く結婚した方がいいんじゃないか」などとヤジが飛んだ。

 塩村氏が絶句すると、議場に冷笑が広がった。暴言の出どころと疑われた会派の幹部は「臆測で言われても困る」と、発言者を特定せずに幕を引こうとしている。

 発言そのものも、事後の対応も、二重三重に罪深い。

 まず、少子化は、子どもを産み育てることを難しくしている社会構造の問題だ。

 それを、ヤジの主は「あなたが産めば解決する」と個人の問題にすりかえた。

 世の女性ひとりひとりに「あなたが産まないのが悪い」とメッセージを送ったに等しい。

 晩婚や晩産は男女双方の問題であるのは当然だが、そういう認識もまるで感じられない。

 この無理解こそ、既婚の女性に仕事か子どもかの二者択一を迫り、未婚の女性に結婚をためらわせる元凶ではないか。

 このまま発言者を特定もせずにうやむやにすれば、議会として暴言を許容したことになる。不心得な議員が一部にいたという話にとどまらなくなる。

 議員たちは選挙を通じて住民らに選ばれた代表である。その姿勢は、世の中の空気を映していると受け取られる。

 妊娠や出産の悩みを語ったり支援を求めたりすると、こんな仕打ちにあうのか――。

 職場や家庭で悩みを抱えている女性たちを、そんなふうに萎縮させる。そして、社会の難題の解決をますます遅れさせる。それがなにより罪深い。

 猪瀬直樹前知事のカネの疑惑の際は、あれほど厳しく「都民をなめるな」「自らえりをただせ」と迫った都議会である。自浄作用を働かせることを強く求めたい。

 塩村氏のツイッターへの投稿は、1日のうちに約2万回もリツイート(転載)され、全国に怒りが燃え広がった。

 ふつうの生活者の怒りが目に見える時代になった。あっという間に議員たちを取り囲んだ。救いはそこにある。これを教訓に、公に発言する責任の重さを全国の一人でも多くの議員にかみしめてもらいたい。

河野談話検証 外交的配慮が事実に優先した

 いわゆる従軍慰安婦に関する河野官房長官談話の綻びが、改めて浮き彫りになった。

 有識者による政府の検討会が、元慰安婦への「おわびと反省」を表明した1993年8月の河野談話の作成過程を検証した報告書をまとめた。

 韓国側が「韓国国民から評価を受け得るものでなければならない」と談話の修正を求めるなど、日韓両政府が緊密に表現を調整した実態が明らかになった。

 焦点の慰安婦募集の強制性について、談話は「甘言、強圧による等、総じて本人たちの意思に反して行われた」としている。

 こうした表現になった経緯に関し、報告書は「どのような表現・文言で織り込むかが韓国側とのやりとりの核心」で、「最後まで調整が実施された」と明記した。

 慰安所の設置に関する日本軍の関与については、日本軍の「指示」との表現を盛り込むよう韓国側が求めたが、日本側は拒否し、「要請」との表現に落ち着いた。

 韓国側の求めで、日本政府は元慰安婦16人の聞き取り調査を行ったが、調査終了前に政府内で原案が作成されていたという。

 事実関係よりも政治的妥協と外交的配慮を優先したのは明らかだ。極めて問題の多い“日韓合作”の談話と言えよう。

 日本政府は従来、慰安婦問題や河野談話の事実関係について、突っ込んだ議論を避けてきた。

 今回、談話の作成過程を詳しく検証し、公表したことは、慰安婦問題をめぐる国際社会の誤解を解くうえで一定の意味がある。

 日本側は、調査では官憲による強制連行は確認できなかったとして、談話には「強制連行」という言葉は使わなかった。

 だが、河野氏は談話発表時の記者会見で、強制連行の有無についての質問に、「そういう事実があった」と答えた。誤った認識をさらに広げた河野氏の罪は重い。

 安倍首相は、河野談話を見直さない方針を明言している。日韓関係の改善を模索するための大局的な政治判断だろう。だが、韓国政府は、検証について「談話の信頼性を損ねる」と反発している。

 河野談話が起点となり、日本が慰安婦を強制連行したかのような誤解が世界中に広がっている。米国では昨年、グレンデール市に慰安婦像が設置され、韓国系米国人による反日運動が展開された。

 河野談話があるために、政府は有効な反論を行えずにいる。

 談話の見直しは、いずれ避けられないのではないか。

諫早湾開門問題 政治主導で解決の道を探れ

 長崎県の諫早湾干拓を巡り、国が確定判決に従わず、制裁金を支払わねばならないという異常な事態となった。

 混迷に拍車がかかり、司法による早期決着は難しい情勢だ。政治主導で解決の道を探るべきである。

 佐賀県などの漁業者が干拓事業で漁業被害を受けたとして堤防排水門の開門を求める一方、干拓地の営農者らは農作物の塩害などを理由に開門に反対している。

 福岡高裁は2010年、漁業などへの影響を見極めるため、国に5年間の開門調査を命じた。判決確定後も開門は実現せず、佐賀地裁は開門まで漁業者らに1日49万円を払うよう国に命じ、12日から支払い義務が生じた。

 ところが長崎地裁は、開門した場合は、営農者に同額の制裁金を支払うよう命じた。

 相反する二つの司法判断が示され、国は開門してもしなくても、制裁金を支払わなければならない立場に追い込まれた。

 国はそれぞれの決定について、上級審に抗告したが、いつ結論が出るのか見通せない。

 裁判とは別に、関係者が冷静に話し合う場を設け、漁業者と営農者の根深い対立を解きほぐしていくしかないだろう。

 これまで国も、当事者や自治体に話し合いを呼びかけてきたが、特に長崎県と営農者は、かたくなに拒んでいる。

 開門を命じた福岡高裁判決に対し、当時の菅首相は長崎県に相談もなく上告を断念した。国策の干拓事業に対する長年の協力を裏切られた長崎県が、国に根強い不信感を抱くのも無理はない。

 しかし、県民のために様々な利害を調整するという、行政本来の役割を果たすためには、話し合いの席につくべきだ。

 国は対立を和らげ、建設的に話し合える環境作りに、もっと努力する必要がある。

 干拓地の営農に大きな悪影響を及ぼさないような開門調査の方法や、被害が生じた場合の補償のあり方などについて、具体的に提案することが重要だ。

 そもそも国が事業の継続を優先し、干拓が漁業に及ぼす影響について、十分な配慮をしてこなかったことが、事態をこれほどこじれさせた原因と言える。

 林農相は、「話し合いの糸口をつかむ努力をする」と繰り返し述べている。その言葉通り、積極的に調整に動くことが大切だ。担当閣僚として、政治力を発揮してもらいたい。

2014年6月20日金曜日

抑止力につながる集団的自衛権にせよ

 安全保障を巡る自民党と公明党の協議がヤマ場を迎えた。憲法解釈を見直し、集団的自衛権の行使を限定的に認める方向だ。重要なのは、解釈変更が侵略への抑止力の向上に本当につながるかどうかである。言葉遊びにならないように詰めの作業を進めてほしい。

 安倍晋三首相と公明党の山口那津男代表は党首会談を開き、与党協議を今国会の会期が22日に終わっても続けることを確認した。

 首相は与党協議について当初は「期限は切らない」と言っていたのに途中から「会期内」とハードルを上げた。与党の担当者は米艦防護など具体的な事例に沿って協議してきており、ある程度の時間がかかるのはやむを得ない。

 他方、中国軍機の自衛隊機への異常接近など東アジアの安保環境は日々、緊迫の度を強めている。今年末には日米の防衛協力の指針(ガイドライン)の改定を控えており、だらだらと協議を引き延ばされても困る。夏前には一定の結論を出してもらいたい。

 自公は政府が1972年にまとめた資料を基礎に理屈付けをすることで一致した。「自国の平和と安全を維持し、その存立を全うするために必要な自衛の措置」は認めるという内容だ。

 同資料は末尾で集団的自衛権の行使は「必要な自衛の措置」に含まれないと結論付ける。だが、弾道ミサイル防衛など当時はなかった課題も生じており、時代による変化はあってしかるべきだ。

 自民党も集団的自衛権を全面解禁してよいとは考えていない。どういう場合に行使でき、どういう場合は許されないのか。安保政策は国家の基盤であり、できるだけ多くの国民の理解を得る努力が欠かせない。わかりやすい集団的自衛権の発動基準が必要だ。

 集団的自衛権を認めると、かえって戦争に巻き込まれやすくなるとみる向きもある。同盟国の紛争だからと、むやみに首を突っ込む愚は避けねばならない。さりとて発動基準を厳しくしすぎて、自衛隊が身動きできない形にしてしまっては日米連携は深まらない。

 こうした相反する要請をいかに上手に裁くか。それこそが政治の腕の見せどころである。

 戦後日本では憲法が絡むと護憲と改憲がぶつかり合い、現実とかけ離れた不毛な論争が繰り広げられてきた。国民の安全をどう守るか。その原点に立ち返れば自公は必ず合意できるはずだ。

対話重視の原子力規制委に

 原子力規制委員会の新委員が国会の同意を経て決定した。

 日本原子力学会元会長の田中知・東京大学教授と地質学者の石渡明・東北大学教授の2人が、9月に任期満了をむかえる元外交官の大島賢三委員、地震学者の島崎邦彦委員の後任となる。

 福島第1原発事故を契機に、それまでの原子力安全規制の欠陥や無責任ぶりが明るみに出た。規制委員会はその反省にたち発足したが、規制に向けられる国民の視線には今も厳しいものがある。

 改めて規制委に求めたい。

 規制委の活動原則に「国内外の多様な意見に耳を傾け、孤立と独善を戒める」とある。原則の通り、対話をもっと大事にすべきだ。

 規制委は国民の生命と環境を守るため厳しい規制基準を運用し、原発を安全に運転させる使命を負う。ただ100%の安全はなく事故のリスクは常に残る。

 個々の原発の安全性がどこまで向上し、どれほどのリスクが残るのか。立地自治体や国民にわかりやすく伝え、住民が抱える心配にも耳を傾ける責任がある。

 再稼働を目指す適合性確認審査で、電力会社は規制委への説明に追われ委員の顔色をうかがうありさまだ。原発を動かす事業者の振るまいとして心もとない。事業者の能力不足もあろうが、規制委と事業者間のコミュニケーション不足から円滑で建設的な運営ができていないためだ。

 規制委は縦割りの体制を改めるべきだ。委員はそれぞれ活断層や放射線防護など受け持ちがあり、自ら原子力規制庁職員を率いて仕事にあたっている。これが委員会の視野を狭めてはいないか。委員会は一人ひとりがゼネラリストとして多角的な視点から議論を交わすことを通じ、一人だけでは困難な総合的な判断ができる。

 日々の審査は規制庁に任せ、委員会は規制庁が下した判断を独自に吟味し可否を判断する役割に徹していくべきだ。規制庁という役所と一体化することも委員会の独立性を危うくする。

集団的自衛権の協議―歴史の審判に耐えられぬ

 「期限ありきではない」

 こんな前提で始まったはずの集団的自衛権をめぐる与党協議が、いつの間にか大詰めを迎えつつある。

 きのう、安倍首相と公明党の山口代表が会談し、22日に国会が閉会した後も、議論を続けていくことを確認した。

 与党協議の焦点は、集団的自衛権の行使を認めるかどうかではなく、どの範囲まで認めるかに移っている。

 首相は、遅くとも7月初めまでに閣議決定をする構えだ。

 たとえどんなに限定をつけようとも、集団的自衛権を認めるのは、歴代内閣が憲法9条によって「できない」と言ってきた他国の防衛に、日本が加わるということだ。

 専守防衛に徹してきた自衛隊が、これまで想定していなかった任務のため海外に出動することになる。

 首相が、憲法解釈の変更に向けた検討を表明してから、わずか1カ月あまり。教科書を書き換えねばならないほどの基本政策の転換に、国民の合意が備わっているとは言い難い。

 実質的に期限を切ったなか、与党間の政治的妥協で決着をつけていい問題ではない。

 ここはいったん、議論を白紙に戻すべきだ。

■協議の限界あらわに

 きょうからの与党協議の焦点は、政府が示した15事例の具体的な検討から、自民党の高村正彦副総裁の私案を下敷きとした閣議決定の文案に移る。

 公明党幹部によれば、15事例は議論のための「小道具」に過ぎず、その役割はもう終わったのだという。はじめからわかっていたこととはいえ、それではいままでの協議は何だったのか。空しさが残る。

 一方、高村私案には重大な懸念がある。

 「我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆されるおそれがあること」。これが、「他国に対する武力攻撃」に、日本の自衛隊が武力を使うにあたっての条件だという。

 一見、厳しい枠がはめられているようにも見える。だが、結局は政府がこの条件にあてはまると認定さえすれば、自衛隊は武力を使える。

 ここに「限定容認論」のまやかしがある。

 あいまいな要件のもと、自衛隊が他国を守る武力行使に踏み出す。いったん認めてしまえば、「必要最小限」の枠などあっという間に広がっていくのは目に見えている。

 公明党の要求を受け、閣議決定にあたってはもう少し厳しめの表現に修正されるかもしれない。だが、その本質は変わりようもない。そして、その修正がまた、公明党を容認に引き込むための新たな「小道具」となる矛盾をはらむ。

 公明党が「連立離脱」というカードを早々に封印して行われた協議の限界である。

■広がる首相の狙い

 「日本人が乗っている米国の船を、自衛隊は守ることができない。これが憲法の現在の解釈だ」。与党協議は、先月の首相の記者会見での訴えを受けて始まった。

 ところが、いざ始まってみれば、政府の狙いがそればかりにあるわけではないことが次々に明らかになった。

 ペルシャ湾を念頭に置いた自衛隊による機雷除去への首相のこだわりは、その典型だ。

 一方、首相は記者会見や国会審議で、中国の軍備拡張や東シナ海での自衛隊機への異常接近などを例に挙げて、安全保障環境の変化を強調した。

 中国の軍拡は日本への脅威となりつつある。ただ、多くの国民が不安に感じている中国の尖閣諸島に対する圧力は、集団的自衛権の議論とは直接には関係がない。本来、個別的自衛権の領域の話である。

 政府が事例に挙げた離島への武装集団の上陸への対応も、自衛隊が警察権にもとづいて出動する際の手続きを簡素化することでほぼ決着。議論の焦点はもはやそこにはない。

 なぜ、こんなちぐはぐな議論のもとで、集団的自衛権を認める閣議決定になだれ込もうとしているのか。

■憲法に背を向けるな

 答えは明らかだ。日本の安全を確保するにはどうすべきなのかという政策論から入るのではなく、集団的自衛権の行使を認めること自体が目的になっているからだ。このまま無理やり憲法解釈を変えてしまっては、将来に禍根を残す。

 集団的自衛権が日本の防衛に欠かせないというのなら、首相は「命を守る」と情に訴えるのではなく、ことさら中国の脅威を持ち出すのでもなく、理を尽くして国民を説得すべきだ。

 そのうえで憲法96条に定めた改憲手続きに沿って、国民の承認を得る。

 この合意形成のプロセスをへなければ、歴史の審判にはとても耐えられまい。

医療・介護改革 「在宅」支える体制作りを急げ

 限られた財源で、増大する高齢者の医療・介護ニーズに対応するため、必要な改革を着実に実行しなければならない。

 医療法や介護保険法を一括して見直す医療・介護総合推進法が成立した。

 高齢者が病院や施設に頼らず、在宅生活を続けられるよう、医療や介護、生活支援を一体的に提供する。そうした体制を築き、給付費を抑制するのが目的だ。

 医療分野では、退院支援を重視して病院・病床の再編を図り、在宅医療を推進する。

 介護保険では、収入の多い人の自己負担割合を1割から2割に引き上げる。特別養護老人ホームの入所要件も厳しくする。

 全野党が、給付縮小と負担増につながる推進法に反対した。

 だが、団塊の世代が75歳以上になる2025年にかけて、医療・介護の費用は膨張し、このままでは制度の維持が困難になる。給付の効率化と重点配分は不可欠だ。推進法に盛り込まれた改革は避けて通れない。

 国会審議では、比較的軽度の「要支援者」向け介護保険サービスの見直しが焦点となった。

 訪問・通所介護を全国一律の保険サービスから外し、市町村が独自に内容を決めて実施する方式にするものだ。ボランティアやNPOも活用し、費用抑制を図る。

 現行のサービスには、掃除や洗濯、レクリエーションなど、専門職が携わる必要のないものが含まれている。財源を重度者へ重点的に振り向けるためにも、適切な見直しと言えよう。

 ただ、課題も多い。

 担い手の確保が難しい市町村は少なくない。サービスの地域格差の拡大や質の低下を懸念する声も根強い。高齢者が適切なサービスを受けられなければ、症状の悪化を招く恐れがある。

 一部の市町村は既に、ボランティアの養成や、サービスを提供する団体の設立支援などに取り組み、実績を上げている。

 政府は、先駆的なノウハウを紹介し、事業展開に関する具体的な運営指針を示すなど、市町村を支援していく必要がある。

 地域住民が、ボランティアとして積極的に事業に参加すれば、新たな支え合いの仕組みも生まれるだろう。市町村は、住民主体の街作りのチャンスととらえ、工夫を重ねてもらいたい。

 施設や病院に入れない人が「介護難民」とならないよう、地域ぐるみで在宅の高齢者を支えることが求められる。

ビッグデータ 安心して活用できるルールに

 企業などが蓄積している膨大な電子情報「ビッグデータ」をどう活用するか。プライバシーにも配慮した、ルール作りが急務である。

 政府の検討会が、ビッグデータの積極活用を図る個人情報保護法改正の大綱案をまとめた。

 個人情報保護法では、氏名や生年月日、住所などの「個人情報」を第三者に提供する場合は、本人の同意が必要と定めている。

 通販の購買履歴やスマートフォンの位置情報など匿名化されたビッグデータは個人情報に当たらないが、技術の進歩で複数のデータを組み合わせれば、個人を特定することが可能になってきた。

 知らぬまに自分の行動や好みが流布されないか不安に思う人もいよう。JR東日本は昨年、ICカード乗車券の乗降履歴を利用者に無断で販売し、反発を受けた。政府がビッグデータ提供のルール作りに乗り出したのは妥当だ。

 大綱案は、個人を特定できないよう加工したデータについては、本人の同意がなくても第三者に提供できるとした。

 住所を市町村と都道府県のどちらの単位で提供するかなど、詳細を業界の自主ルールで定めたうえで、各企業が情報を活用する。

 情報の匿名化などが確実に行われるよう、企業を検査・監督する第三者機関も設置する。

 複数のデータから個人を特定され、情報が悪用されるなどの被害が出た場合は、立ち入り検査や企業名の公表を行う。

 ビッグデータは、カーナビゲーションの位置情報に基づく渋滞解消や、小売店の販売データを使った効率的な商品仕入れなどに幅広く応用でき、総務省は年7兆円超の経済効果を見込んでいる。

 政府は来年の通常国会で法改正を目指す。データを安全に活用できるよう、制度を詰めてもらいたい。業界別の自主ルールの食い違いを調整する仕組みも重要だ。

 個人情報保護法を巡っては、2005年の施行後、報道機関に対する情報提供に関し、取材先が萎縮したり、行政機関が意図的な情報隠しの口実に使ったりする弊害が生じている。

 初の法改正に向けた大綱案に、「国民の知る権利」を守る視点が欠けているのは問題だ。

 第三者機関による監視で、取材先が一段と萎縮すれば、取材・報道の制約は拡大する。

 改正案では、行政機関や民間企業による報道機関への個人情報提供が、規制の対象外であることをさらに明確化すべきだ。

2014年6月19日木曜日

「ポスト京都」の温暖化対策の議論急げ

 地球温暖化の抑制策を話し合う国際交渉に、前進の機運が出てきた。15日までドイツのボンで開いた国連の会合で、米国は来年3月までに、中国も来年早々に温暖化ガス排出削減の新たな目標を示すと表明した。

 実際に米中両国がどこまで踏み込むのかは不透明だが、これまで削減に消極的だった二大排出国の姿勢の変化は注目に値する。日本も目標の設定に向けた議論を早く始める必要がある。

 国連では2つの交渉が進む。京都議定書・第2約束期間(2013年から20年まで)の削減量を引きあげる議論が、ひとつ。もうひとつは、20年以降の「ポスト京都議定書」の新体制と新たな目標設定についての、交渉だ。

 「ポスト京都」に関し国連は、来年末にパリで開く気候変動枠組み条約第21回締約国会議(COP21)での合意を目指す。各国には来年3月末までに20年以降の新目標を提出するよう求めている。

 欧州連合(EU)は、30年時点で1990年に比べ40%減らす目標を、出す方向だ。今回、米中も提出の意思を明確にしたことで、「ポスト京都」の合意に向けた環境が整いつつある印象だ。

 日本は20年までの京都議定書・第2約束期間に削減義務を負うのを回避した。昨秋には、自主的に掲げた90年比25%削減という目標を約3%増に修正して、批判を浴びた。削減量の積み増しに向けた努力が求められる。

 20年以降の「ポスト京都」の新目標については、政府はいまだ検討に入らず、来年3月末に国連に提出できるかはっきりしない。他国から周回遅れといえる。

 昨秋の修正目標は、原子力発電所が動かない前提の数値。新たな目標を決めるのに、原発の再稼働をどこまで見込むかは難問だ。

 いうまでもなく、再稼働は原子力規制委員会の安全確認が不可欠だ。規制委の判断をゆがめる政治的な圧力はあってはならない。

 一方で政府には、エネルギー安全保障や経済の安定のため電源構成の将来像を示す責任もある。幅を持たせた姿でもいい。国民の間の多様な意見を踏まえつつ将来像を探る議論を始めるときだ。

 オフィスや家庭の省エネや非電力部門での化石燃料の消費抑制など、電源構成とは関係なく打てる温暖化対策もある。エネルギー政策と対をなす総合的な対策についても並行して議論すべきだ。

サイバー安全保障へ司令塔を

 急増するサイバー攻撃から政府の情報システムや電力などの重要インフラを守る「サイバーセキュリティ基本法案」の審議が大詰めの段階を迎えている。格好の標的とされかねない東京五輪も控え、早期の法制化を期待したい。

 法案は自民、公明、民主など超党派による議員立法で提出された。内閣に官房長官を本部長とする「サイバーセキュリティ戦略本部」を設け、国家安全保障会議などと連携しながら安全対策を立案したり、政府機関に対策実施を勧告したりできるようにする。

 政府の情報安全対策を受け持つ組織としては、2005年に設けた「内閣官房情報セキュリティセンター(NISC)」がある。しかし省庁間の連絡組織にとどまり、政府機関を狙った最近の標的型攻撃などに対し十分な情報収集や安全対策を行えなかった。

 新しい本部は政府のIT(情報技術)政策を担う「IT総合戦略本部」から独立し、同等の立場となる。事務局にあたるNISCの権限も法律で定められる。これまでは各省庁からサイバー攻撃の報告を受けるだけだったが、今後はNISC側から調査や資料の提出などを求められるようになる。

 政府機関を狙ったサイバー攻撃は12年度で約108万件。民間でも三菱重工業など防衛・宇宙やエネルギー関連の企業が狙われている。法案が成立すれば「サイバーセキュリティ」を法律上初めて定義した、世界でも珍しい包括的な安全対策の足場となる。

 基本法の運用にあたっては3つの点に配慮が必要だ。政府機関同士の情報の疎通をより緊密にすること、個人の権利や利益を侵害しないこと、企業活動の生産性をできる限り損なわないことだ。

 警察庁もサイバー犯罪対策のための産学官連携組織「日本版NCFTA(仮称)」の設立準備を進めている。防衛省や総務省などにも同様な組織がある。新設されるサイバーセキュリティ戦略本部はこうした組織と十分連携し、司令塔の役割を果たさねばならない。

環境相の発言―「最後は金」が蝕むもの

 そうだ。石原伸晃環境相の言葉が無神経に映したのは、いまの福島の一断面である。

 「最後は金目でしょ」

 損害賠償も除染も帰還も、移転先での新しい生活も。復興でさえも。原発事故の被災地には、「最後は金目」な案件がうずまいている。

 だけど、福島の人たちが本当に欲しいのはお金じゃない。

 放射能なんかこれっぽっちも気にしなくてよかった日々であり、田んぼや畑や海で汗をぬぐうひとときであり、子どもや孫と笑って過ごせる生活だ。

 取り戻せないことはわかっている。だからこそ、やりきれない。金目で済ませたいのは、住民ではない。国のほうなのだ。

 確かに、お金は便利だ。「代償」の道具として万能にみえる。だけど、そのお金は原発事故のあと、福島をひたすら蝕(むしば)んでもきた。

 「もらった」「もらえない」「足りない」「もらいすぎだ」――。無色透明を装いながら、遠慮なしに地域や家族や友人関係に踏み込み、分断した。

 この3年間、その矛盾と空虚さをいやというほどかみしめてきた。「どうせ金なんだろ」という目と闘いながら。

 その中で自分をどう取り戻し、周りとの関係を結びなおし、いかに生きるか。重たい問いと向き合ってきたのは、国ではない。彼らのほうだ。

 中間貯蔵施設もそうだ。ふるさとに、そんなものは欲しくない。だが、除染した汚染土をどこかで保管しなければ、福島全体の復興が進まない。

 葛藤から抜け出し、なにか前を向いていくための答えを探しに住民説明会へと足を運んだ人たちもいただろう。

 石原氏の言葉は、そういう人たちの心をへし折った。

 「30年以内の県外処分」も、もはやそらぞらしい響きにしか聞こえまい。

 膨大な量の汚染土を、いったい県外のどこが引き取るというのか。あてもないまま「約束します」と繰り返す国の軽さが、「最後は金目」と言い放つ大臣の姿と重なる。

 発言後、石原氏は釈明と陳謝に追われている。ただでさえ、むずかしさを増していた交渉だ。こんな形で断ち切ってしまった関係を修復するのは、容易ではないだろう。

 約2週間にわたった説明会に担当大臣である石原氏は一度も出席しなかった。まずは現地に足を運び、耳を傾けるといい。

 自らの発言の罪深さを、蝕んでしまったものの重さを、骨身で実感するために。

最高裁と米軍―司法の闇を放置するな

 57年前、米軍の旧立川基地の拡張に反対するデモの中、学生らが敷地内に入った。

 日米安保条約にもとづく刑事特別法違反で7人が起訴された。砂川事件である。

 東京地裁は、そもそも米軍の駐留が憲法9条に違反するとして無罪を言い渡した。

 続いて高裁をとばして審理した最高裁は、その判決を破棄し、差し戻した。罰金2千円の有罪判決が確定した。

 最高裁はその際、次のような判断をくだした。

 日米安保条約のような高度に政治的な問題に、司法は判断をしない――。

 それは「統治行為論」と呼ばれ、いまでも重い判例として強い影響力をもっている。

 最近になって、この判決に大きな疑義が持ちあがった。

 裁判長だった田中耕太郎最高裁長官が判決に先立ち、米国大使らと会い、裁判の情報を伝えていたというのだ。

 大使が本国にあてた複数の公電が米公文書館で公開され、そうした記述が見つかった。

 裁判は公平だったといえるのか。政治的に判決が導かれたのではないか。元被告ら4人が今週、裁判のやり直しを請求したのは当然だ。

 裁判所はすみやかに再審を開き、何が起きていたか、検証しなければならない。

 当時は日米安保条約の改定交渉が大詰めだった。米軍の駐留を違憲とした一審判決の取り消しを、両政府関係者が強く望んだのは想像にかたくない。

 そんななか、公電が伝えた田中氏のふるまいは、およそ常軌を逸したものだった。

 米側との面談で、審理の時期を漏らしたうえ、一審判決は誤っていた、と述べた。少数意見のない全員一致での判決にしたいと語った、とされる。

 公電は、外交官の都合に沿う表現や印象を反映しがちなものではあるが、これは司法の正義が根本から問われる疑義である。本来、最高裁自らがすすんで真実を解明すべきだろう。

 半世紀前のことと決して受け流せない。判決は今に至るまで、在日米軍がからむ訴訟で裁判所がことごとく判断を放棄する理由となっている。

 統治行為論は、司法に託された立法と行政に対するチェック機能を骨抜きにするという批判がかねて向けられてきた。

 むしろ高度な政治問題であるほど国民への影響は大きい。憲法の番人として、司法判断には重い役割が求められる。

 判決の正当性が揺らいだいまこそ、問い直さねばならない。

カジノ解禁法案 娯楽の「負の側面」も勘案せよ

 経済活性化だけではなく、社会全体への様々な悪影響を慎重に考慮することが大切である。

 自民、日本維新の会、生活の3党が提出したカジノ解禁法案が、衆院内閣委員会で審議入りした。3党は年内の成立を目指しているが、公明、民主両党などには慎重論が強く、見通しは不透明だ。

 法案は、刑法が賭博として禁じるカジノを合法化し、ホテル、娯楽・商業施設などとともに構成する「統合型リゾート」(IR)の整備を進める内容だ。政府に推進本部を設置し、法施行後1年以内に関連法を制定するという。

 議員立法では骨格だけを定め、詳細な制度設計は政府が行う、という二段構えである。

 法案を作成した超党派の議員連盟は、IRの整備が地域の活性化や観光振興、雇用創出、税収増などにつながる、と主張する。

 安倍首相も「課題もあるが、メリットも十分にある」と意欲的で、シンガポール訪問時にIRを視察した。月末の成長戦略にはIRの検討が盛り込まれる予定だ。

 経済界は、2020年の東京五輪との相乗効果を期待する。東京、大阪、北海道、沖縄など地方自治体も誘致活動を始めている。

 カジノによる集客が外国観光客の増加や地域経済の刺激に一定の効果を持つのは確かだろう。

 だが、カジノは、多くの「負の側面」を併せ持つことを、しっかりと認識すべきだ。

 犯罪の温床とならないように、暴力団を徹底的に排除し、資金洗浄(マネーロンダリング)の防止策を講じることが欠かせない。

 青少年や高齢者に対する様々な悪影響も懸念される。

 中国・マカオ、シンガポール、韓国など海外のカジノでは、ギャンブル依存症者の増大が社会問題となっている。自国民の入場制限や入場料の徴収、カウンセリングなどの対策を講じているが、解決の決め手にはなっていない。

 日本でも、競馬、競輪などの公営ギャンブルやパチンコで多重債務に陥る人が少なくない。日本のギャンブル依存症者の割合は諸外国より高いとの統計もある。この傾向に拍車をかけないか。

 依存症者対策の社会的なコストの大きさを考える必要がある。

 カジノに関する国民の理解も深まっているとは言えない。

 本気でカジノの解禁を目指すなら、海外の様々な問題事例や課題を検証し、国会できちんと議論せねばなるまい。法案を拙速に成立させることは避けるべきだ。

教育委員会改革 首長と二人三脚で課題克服を

 戦後、導入された教育委員会制度の大きな転換点だ。地方教育行政の立て直しにつなげたい。

 改正地方教育行政法が自民、公明両党などの賛成多数で成立した。来年4月から施行される。

 改正法のポイントは、教委が意思決定を担ってきた自治体の教育行政に、首長の意向を反映しやすくしたことだ。一方で、教職員人事や教科書採択などの権限は従来通り、教委に残した。

 民主党と日本維新の会は、教委を廃止し、首長の権限強化を徹底する対案を提出した。だが、教育行政には政治的中立性が求められる。首長の暴走を防ぎ、権限の均衡を図る観点から、改正法が教委を存続させたのは適切である。

 大津市のいじめ自殺事件で、教委が迅速に対処できず、機能不全を露呈したことが法改正のきっかけだった。教委を代表する教育委員長と実務を統括する教育長が併存し、責任の所在があいまいな問題も浮き彫りになった。

 改正法は、教育委員長と教育長の権限を「新教育長」に一元化し、首長にその任免権を持たせた。責任体制はこれまでより明確になったと言えよう。

 新教育長は教委の危機管理能力を高め、学校現場で起こる問題の解決に取り組んでほしい。

 教委の実務を担う事務局の職員には教員出身者が多く、不祥事などの際に、身内意識から学校に甘い対応をとりがちだとの指摘がある。教委の閉鎖体質も改善していかねばならない。

 権限が集中する新教育長の人選は重要である。首長は、自らの政治的立場に近いといった理由だけではなく、教育や行政に関するしっかりした識見や能力を持っているかどうかを見極めて、登用することが欠かせない。

 改正法には、首長が主宰し、新教育長、教育委員らで構成する「総合教育会議」を各自治体に新設することも盛り込まれた。

 教育行政の基本方針を策定するほか、学校施設の整備や教員の定数増といった予算措置を伴う重要施策について、首長が教委と協議する場と位置づけられている。

 気がかりなのは、総合教育会議で、首長と教委が激しく対立した場合の対応だ。施策の方向性が定まらなければ、学校現場が混乱してしまう。児童・生徒に最善の教育を施すために、合意形成を図る必要がある。

 首長が選挙を意識し、自らの考えを強引に押しつけるようなことは、厳に慎むべきだろう。

2014年6月18日水曜日

民主導の成長へ戦略の実行を加速せよ

 政府は成長戦略第2弾の素案をまとめた。昨年の「日本再興戦略」の改訂版だ。中身にあいまいな点は残るものの、一歩前進したのはたしかだ。安倍晋三首相は盛り込んだ政策の早期実現に全力をあげるべきだ。

 法人実効税率を数年でいまの35.64%(東京都の場合)から20%台に下げる方針を明記した。経済財政運営と改革の基本方針(骨太の方針)の素案と同様、法人減税で日本のビジネス環境をよくする考えを明確にしたのは当然だ。

 医療、雇用、農業といった「岩盤規制」のいくつかで、ひとまず最初の関門は突破した。法案とりまとめの段階で改革を骨抜きにしないように改めて求めたい。

 日本では少子高齢化で総人口が減り続けている。経済の担い手を増やすため、女性の活躍推進や外国人材の受け入れ拡大を打ち出したのは妥当だろう。

 成長戦略の主役は、民間の企業や個人だ。人手不足対策を講じつつ、法人減税や規制改革などを通じて民主導の技術革新や新ビジネスの創出を促し、持続的な経済成長の基盤をつくろうという手法は間違っていない。

 難題に真正面から取り組むことを避け、数値目標ばかりが目立った1年前の成長戦略と比べれば、改善したとの評価はできる。問われるのは、こうした戦略をいかに迅速に実行に移すかだ。

 地域を限って規制を緩和する「国家戦略特区」では、日本で起業をめざす外国人が登記や税務などに必要な手続きを一カ所でできるようにする。家事支援を担う外国人も受け入れるという。特区で効果が確認できれば、すみやかに全国で実施すべきだ。

 公的年金を運用する年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)については「適切な見直しをできるだけ速やかに実施する」としている。国債中心の運用を改めるのであれば、それにふさわしい組織改革は避けられない。

 成長戦略が詳しく触れていない課題もある。環太平洋経済連携協定(TPP)交渉の早期妥結や、安全性が確認できた原子力発電所の再稼働は、日本企業が抱える「6重苦」緩和につながる。

 アベノミクスの第3の矢である成長戦略はまだしっかりと放たれていない。「日本は今、歴史的な大転換期にある」という首相は改革を加速するための最前線に立ち続けてほしい。

諫早湾問題で新たな一歩を

 国が確定判決に従わずに制裁金を支払う。前代未聞の異常事態である。有明海の諫早湾干拓事業を巡る混迷が続いている。

 2010年の福岡高裁判決は干拓事業と漁業被害との因果関係を認め、開門して5年間調査するように国に命じた。準備工事が終わっていないことを理由に開門していない国に対して漁業者らは制裁金を求め、猶予期限がすぎた。

 国が佐賀県の漁業者らに払うお金は1日49万円だ。1年続けば、約1億8000万円に上る。

 一方、長崎県の営農者らが起こした裁判では長崎地裁が開門を差し止める仮処分決定をし、開門した場合には営農者に1日49万円を支払うように命じている。国は開門してもしなくても公金の支払い義務を負っている。

 こうした理解しがたい事態になっている一因は、漁業者と営農者それぞれが、国を相手取る形で裁判を続けているからだ。司法判断が示されるたびに関係者が一喜一憂する姿はもはやむなしい。

 こじれた糸を解きほぐすためには法廷外で関係者が一堂に会して、話し合うしかないのではないか。開門の是非をひとまず棚上げして、第三者を進行役に漁業者、営農者の双方が相手方の事情や立場にまず耳を傾けるべきだ。

 そのうえで、専門家の声も参考に漁獲量を回復し、農業被害を回避する方法を探ってほしい。関係自治体は国に協力して話し合いの環境づくりに努めるべきだ。

 もちろん、問題をこじれさせた最大の責任は国にある。福岡高裁の判決以前にも、開門による水質調査を求める動きはあったが、農林水産省は1カ月間の短期開門にとどめてお茶を濁した。

 その農水省が今は5年間の調査をする方針に転じたのだから、長崎県が不信感を抱くのはわからないではない。しかし、話し合いの席にすら着こうとしない長崎県のかたくなな姿勢はおかしい。

 有明海の再生と営農者の権利の両立に向けて、関係者は新たな一歩を踏み出すべきだ。

原発再稼働の前に―「被害地元」と向き合え

 福島での大事故の後、国は原発から30キロ圏内の地域に、万一の事態に備えて防災計画を立てるよう求めている。では30キロ圏外の地域は安全なのか。

 とてもそうは言えない。原発の周辺自治体が試算した放射性物質拡散予測で、その現実が次々と浮き彫りになっている。

 例えば兵庫県は、関西電力が早期の再稼働をめざす福井県の大飯、高浜の両原発から最短でも40キロ離れている。

 両原発で福島級の事故が起きたと想定し、過去の気象データを基に甲状腺の被曝(ひばく)線量を調べた。すると、150キロ離れた淡路島でも「安定ヨウ素剤の服用が必要」とする国際基準(7日間で50ミリシーベルト)を超える場合があるとわかった。神戸市や尼崎、西宮市などの阪神間でも、風向きによって基準値を大きく上回る可能性が浮かんだ。

 滋賀県の試算でも、大飯原発で福島級の事故が起きると、最悪の場合、40キロ以上離れた琵琶湖上空まで基準を超える放射性物質が届くという結果が出た。基準超えの地域は京都、大阪府にも広がっていた。

 なぜこんなことになるのか。

■甲状腺がんのリスク

 原発が大事故を起こすと、大気中に飛び出した放射性物質が広がり、地表も汚染する。福島級の事故の場合、避難や除染を必要とする国際基準(7日間の全身被曝で100ミリシーベルト)を超える地域は、原発からおおむね30キロ圏内とされた。

 だが放射性物質の集まり「プルーム」は、風任せでさらに外へと流れていく。大気中の放射性ヨウ素が十分に薄まっていないエリアでは、のど元の甲状腺が被曝して、小さな子どもが甲状腺がんになる確率が高くなる。プルームの拡散状況を素早く把握する体制を整え、的確なタイミングで安定ヨウ素剤を飲んでもらう備えが欠かせない。

 さらに考慮せねばならないのは、プルームの通過と降雨が重なれば、セシウムなど長期の影響をもたらす放射性物質が地上に集中的に落ちて、土地を汚染してしまうことだ。そうなれば一時的な対策ではすまない。

 福島第一原発から約40キロ離れた福島県飯舘村では、プルームが飯舘村の上空に達したとき雨が降った。原発マネーとは縁遠く、地産地消や心の豊かさを目指す村づくりを進めていた。だが事故のせいで、今も全域が避難区域に指定されている。

 関西広域連合は自治体の独自調査の結果をふまえ、30キロ圏外対策の具体的な指針を出すよう国に求めた。備えがなくては避難指示がいかに混乱するかは、明るみに出た「福山調書」でもはっきりした。国も必要性を認め、原子力規制委員会が範囲の設定などを検討すると、原子力災害対策指針に記している。

 だが規制委では今も本格的な検討はされておらず、再稼働に向けて、原発の施設内の審査が着々と進む。

■当たり前の主張

 もちろん規制をいくら強めても「絶対に安全」はない。原発を動かすなら、事故で被害を受ける地域を把握し、具体的な危険と対策を示して住民の了解を得ることが最低限必要である。

 だが国の覚悟は疑わしい。被害を受けるのは立地自治体だけではないのに、エネルギー基本計画には、再稼働の際は「立地自治体等関係者の理解と協力を得るよう取り組む」と記した。財政や雇用を原発に頼る自治体の弱みを見越して再稼働をスルリと進めたい思惑が見える。

 滋賀県の嘉田由紀子知事は福島での事故後、「被害地元」という考え方を示した。原発を動かすかどうかは、事故の被害を受ける全ての自治体が地元としてかかわれるようにしてほしいと求めている。当然の主張だ。だが現実は、立地自治体以外はほとんど口出しできない状況が続いている。

 隣の青森県にある大間原発の建設差し止めを求めて提訴した北海道函館市の工藤寿樹市長は、このままではまた「安全神話」になってしまうと警鐘を鳴らす。「理解を得るための手間ひまを惜しんだらおしまいだ」

 日本人の命を守る――。集団的自衛権の行使をめぐる記者会見で、安倍首相は繰り返した。それならば、原発事故の被害地元とも向き合わねばならない。再稼働の議論はそこからだ。

集団的自衛権 機雷除去も可能にすべきだ

 集団的自衛権に関する与党協議が大詰めを迎えている。自衛権行使の範囲を安易に狭めることは避けるべきだ。

 政府が、集団的自衛権行使の新たな憲法解釈の閣議決定原案を与党に提示した。

 原案は、「国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆されるおそれがある」場合などに限定し、集団的自衛権行使を容認している。高村正彦自民党副総裁が示した私案の新たな「自衛権発動の3要件」に基づくものだ。

 政府・自民党は、原案通りなら、米艦防護や機雷除去など、政府が示した8事例は、すべて対処可能だとしている。この内容を大きく変更することなく、与党合意の調整を急ぐ必要がある。

 公明党は、行使の範囲を狭めるため、「おそれがある」との表現の削除や変更を求める構えだ。

 公明党内には、日本周辺で邦人輸送中の米艦防護などは容認する声があるが、日本から遠く離れた中東での機雷除去などを認めることには慎重論が強い。

 湾岸戦争の時、日本は増税までして130億ドルという巨額の資金援助を行った。しかし、国際的に高く評価されたのは海上自衛隊の掃海活動の方だった。

 停戦前の機雷除去は、武力行使とみなされる。この制約のため、海自の掃海艇を派遣できたのは、停戦の成立後となった。集団的自衛権の行使を容認することによって、停戦前でも機雷を除去できるようにする意義は大きい。

 貿易立国・日本にとって、海上交通路(シーレーン)の安全確保は死活的な重要性がある。海自の高い掃海能力を活用する選択肢を持つことが大切である。

 機雷除去が必要になる可能性は低いとか、日本上空を通過する米国向け弾道ミサイルの迎撃は技術的に困難だ、といった主張が一部にある。だが、現時点での蓋然性や技術的問題を論じることに、どれほどの意味があるのか。

 様々な事態を想定し、適切に対処できる仕組みを構築しておくことが、安全保障の要諦である。

 湾岸戦争時には実際に機雷が敷設され、近年も、機雷による中東の海峡封鎖を示唆する外国高官の発言があった。迎撃ミサイルの日米共同開発が数年以内に完了すれば、グアムなどに届く弾道ミサイルの迎撃は現実の問題となる。

 憲法解釈の変更では、政府に、内外の情勢を総合的に勘案して対処するための裁量の余地を残し、自衛隊の効果的な活動を可能にすることを最重視すべきだ。

電力販売自由化 利用者本位で競争の促進図れ

 電力販売の全面的な自由化をテコに、利用者の利便性を向上させなければならない。

 改正電気事業法が成立し、家庭向けなどの電力販売は2016年をメドに自由化されることになった。

 自前の発電設備を持つ一般企業や、電力会社から電気を仕入れている新規事業者などが、小口電力を販売できるようになる。

 「地域独占体制」のもと、小口電力の販売区域をすみ分けている大手電力会社にも、他電力管内での販売が解禁される。

 今回の自由化をにらみ、ガスや情報通信など様々な業種の企業が、参入を計画している。

 電力市場の競争を促進させ、料金の引き下げやサービスの向上につなげようという自由化の狙いは妥当だろう。

 肝心なのは、狙い通りに競争が起きるようにすることだ。

 大規模工場向けなどの大口電力は、すでに販売が自由化されている。だが、新規参入組のシェア(占有率)は約4%にとどまる。大手電力による他電力管内での「越境販売」もわずかだ。

 全面自由化後は、携帯電話と電気のセット割引なども可能になる。大手電力が危機感を持つほど魅力的なサービスの開発に、新規事業者は知恵を絞ってほしい。

 大手電力の側も地域独占にあぐらをかき、競争を避けていた面は否めない。利用者が気に入った電力会社を選べる、自由な市場を実現するには、大手自身が「相互不可侵」などの古い意識を捨て去ることが求められる。

 全ての原子力発電所が停止し、電力供給が不足しているのも懸念材料だ。改正法で、電気の販売業者は、契約先に電力を確実に供給する義務を負う。需要に見合う電気を確保できなければ、事業拡大の支障となろう。

 安全性を確認できた原発の再稼働を着実に進め、新規参入組が十分な電力を確保できる環境を整備する必要がある。

 政府は販売自由化に続く改革として、18年~20年をめどに電力会社の発電と送配電部門の分離を目指している。送配電の中立性を高め、新規参入を促す狙いだ。

 ただ、米国では発送電分離による発電業者と送電業者の連携不足が引き金となり、大停電を招いた例がある。競争激化の影響で、送電線などに十分な設備投資が行われていないとも指摘される。

 電力安定供給の確保を最優先にした、地に足のついた改革を目指さねばならない。

2014年6月17日火曜日

中東を不安定にするイラク分裂を許すな

 イラクが国家分裂の危機にある。イスラム系武装勢力がイラク北部にある第2の都市モスルを掌握した。支配地域の拡大をくい止めようとするマリキ政権との間で激しい戦闘が起きている。

 イラクの分裂は周辺国を巻き込んで、中東を一段と不安定にしかねない。混乱を放置してはならない。国民の和解を促し、国家の一体性を維持するために国際社会は結束して行動することが必要だ。

 武装勢力はイラクで少数派のイスラム教スンニ派が中心だ。マリキ政権は多数派のシーア派が主導する。武装勢力が急速に勢力を伸ばす理由として、シーア派中心の国家運営に対するスンニ派住民の不満を見逃せない。

 シーア派の宗教指導者は住民に義勇兵として武装勢力との戦いに加わるよう呼びかけた。クルド人勢力は混乱のすきをついて、北部の油田都市を事実上、制圧した。

 米国がフセイン政権を倒した2003年のイラク戦争から11年が過ぎた。イラク国民は多数の犠牲を払い、新しい国づくりに取り組んできたはずだ。民族や宗派に分かれ、互いに憎しみをむき出しにする今の事態は、積み上げてきた民主化の努力を台無しにする。

 事態収拾に米国が果たすべき責任は重い。ただし、イラクの安定にはシーア派が国民の大多数を占めるイランや、スンニ派の大国サウジアラビアなど周辺国の建設的な関与が欠かせない。

 内戦が続くシリア情勢も密接に関係している。武装勢力は米軍やマリキ政権の掃討作戦を受けてシリアに逃れ、内戦に加わった。戦闘の経験を積み、武器を手にしてイラクに戻ってきたとされる。イラクの混乱収拾はシリアの和平実現と不可分である。

 マリキ政権は積極的な外資導入でイラクの原油生産を回復させ、直近では石油輸出国機構(OPEC)でサウジに次ぐ水準に達している。国際原油市場はイラクからの供給が再び大きく落ち込みかねないリスクに衝撃を隠せない。

 イランやリビアの生産が低迷し、サウジの増産余力も大きくはない。欧州市場のブレント原油、アジア市場で指標となる中東産ドバイ原油などが先週から騰勢を強めたのはそのためだ。

 原油相場の上昇は企業収益を圧迫し、国内では電気・ガス料金の上昇につながる。イラク情勢の緊迫長期化は、景気の下振れ要因としても無視できない。

理研は抜本改革で不正を絶て

 小保方晴子氏らが発表した「STAP細胞」の論文不正問題で、理化学研究所は関係者の処分を近く決める。処分で終わらせるのではなく、理研は不正を招いた根幹の問題を洗い出し、覚悟を決めて組織改革に踏み出すべきだ。

 外部有識者らがつくる理研改革委員会は先週、論文不正の再発防止策を盛った提言を公表した。STAP研究の舞台になった「発生・再生科学総合研究センター」(神戸市)の解体や幹部の辞任を求めるとともに、不正防止を担う新組織の設置などを提言した。

 改革委が指摘したように、理研の組織に「構造的な欠陥」があり、今回の疑惑を拡大させたことは明らかだ。小保方氏による捏造(ねつぞう)や改ざんを見抜けず、成果を過大に広報した。調査も限定的で、なぜ不正が起きたのか、真相はなおはっきりしない。

 改革委が理研に踏み込んだ改革を求めたのは当然だ。理研は提言を真摯に受け止め、まず自身で改革案を示すべきだ。

 研究不正の芽を摘む体制づくりは欠かせない。研究者として守るべき作法など倫理教育の徹底が要る。報告は小保方氏らの秘密主義を指摘したが、所内で情報を共有し、批評しあう仕組みも必要だ。

 一方で、意欲ある研究者を萎縮させてはならない。未知の現象に挑もうとする若手を「未熟」と切り捨てるのでなく、先輩が丁寧に教え、独創的な研究を育てたい。

 理研を所管する文部科学省の責任も重い。科学技術予算の増額とともに理研の組織は膨らんできた。研究費の使い方をきちんとチェックしているのか。成果を競わせることは大事だが、特定の科学誌に掲載した論文の本数ばかりを重視していないか。

 政府は理研を、国の研究を先導する「特定研究開発法人」に指定する方針だったが、不正発覚で見送った。指定は理研改革の達成状況を見極めてからでも遅くない。ほかの公的研究機関もこの問題を他山の石とし、不正防止や研究現場の活性化に役立てるべきだ。

所在不明児―見守りの網を、細かく

 住民票はあるが、どこにいるか1年以上つかめない。日本にはそういう小中学生が700人余りもいる。

 今まさに育児放棄や虐待に遭い、命の危険にさらされている子がいてもおかしくない。

 助けの必要な親子に気づき、手を差し伸べる人を増やすこと。そして、見守る地域の網目を細かくすることが必要だ。

 あの神奈川県厚木市の男の子が、そう教えてくれる。

 男の子は5月、アパートから遺体で見つかった。亡くなったのは7年半も前、5歳半のころだった。父親に食事を十分与えられず、衰弱死したらしい。

 母親は夫の暴力を逃れるため別居していたという。男の子も母親と一緒と思い込まれて、事件発覚が遅れたふしがある。

 振り返れば、3歳半のころに救う機会がなくはなかった。

 男の子が早朝屋外にいて、迷子として児童相談所(児相)に預けられた。母親への夫の暴力がわかったのはこのときだ。同じころ、市の3歳半健診があったが、男の子は来なかった。

 早朝の迷子と健診未受診。片方だけでは気づけなくても、二つの情報を突き合わせれば危険を見抜けたかもしれない。

 関係機関が連絡をとりあう地域の協議会は今もあるのだが、いかんせん市町村単位だ。大都市は案件が多く、気になる事例を個別に検討する余裕がない。

 この点で注目されていいのが大阪市西成区だ。中学校区ごとに、幼小中の先生や民生委員らが集まる組織がある。一人一人の子に目が届く「顔の見える」規模の支援網づくりは、他の都市の参考になりそうだ。

 厚木の事件は市、児相、教育委員会のどこも男の子の所在をきちんと確かめていなかった。その結果、気づく機会を逃してきたことは批判を免れない。

 ただ、精神論だけで子どもは救えない。背景に人手不足があるなら早急に改善すべきだ。

 全国の児相では、虐待相談の対応件数が10年で倍以上に増えた。厚木のように、担当者が常に100人もの案件を抱えている児相があるのも事実だ。

 また、乳幼児健診に来ない家庭は虐待などのリスクが高く、全戸訪問して確かめるべきだと言われてきた。これも取り組むには当然、人手がいる。

 長期的には、どの子も就学前教育を受けられる社会をめざすべきだ。保育園や幼稚園は子どもの異変に気づくだけでなく、保護者の悩みを聞いて行政の支援につなぐ窓口にもなる。

 子どもを救うためには、保護者も救う必要がある。

若者の意識―「どうせ」のその先へ

 「『自虐史観』を植えつけられて、若者が自国に誇りを持てなくなっている」

 「行き過ぎた個人主義がはびこり規範意識が低下している」

 こう熱心に主張される向きには、まずは安心して頂きたい。

 閣議決定された今年の「子ども・若者白書」は、日本、韓国、米国、英国、ドイツ、フランス、スウェーデンの計7カ国で、13~29歳の男女約千人ずつを対象に昨年実施したインターネット調査の結果を掲載した。

 「自国人であることに誇りを持っている」と答えた人の割合は、日本が70%。米国、スウェーデン、英国に次いで高く、「自国のために役立つと思うようなことをしたい」は55%でトップだった。一方「他人に迷惑をかけなければ、何をしようと個人の自由だ」は42%。他国平均は約8割なので極端に低い。

 調査で若者意識すべてをつかめるわけではないが、気になるのは「自分自身に満足している」と回答した人の割合が日本は46%で最下位だったことだ。他の6カ国は7割を超える。

 日本人であることの誇りが、自分自身への満足を大きく上回るという日本だけのこの傾向をさて、どう考えたらいいのか。

 いまを生きる子どもや若者の意識からは、目に見えない、この社会の「気分」を感じ取ることができる。正解はない。ただ、基調には「どうせ」が漂っているように思えてならない。

 「自分の将来に明るい希望を持っている」(62%)、「うまくいくかわからないことにも意欲的に取り組む」(52%)、「社会をよりよくするため、社会における問題に関与したい」(44%)、「私の参加により、変えてほしい社会現象が少し変えられるかもしれない」(30%)。すべて日本が最下位だ。

 「どうせ」は便利だ。高望みしなければ、失望せずに済む。低成長時代に適合した、「幸せ」な生き方だとも言える。

 だが、「どうせ」が広がると、本来は自分たちの手でかたちづくっていくはずの社会が、変わりようのない所与のものとして受けいれられてしまう。

 人は社会のなかで役割を担い、そのことを通じて人に認められたいという欲求を満たし、生きている実感を手にできる。「どうせ」な社会はおそらく、その機能を持ち得ないだろう。

 「どうせ」なんかじゃない。

 彼らよりも長く生きている「大人」がそれを示せるかどうかが、まずは問われている。「そんなキレイゴトじゃ、どうせ何も変わらないんだよ」で、片付けてしまわずに。

年金運用改革 リスク見極めて慎重に進めよ

 老後の生活を支える年金資金を、いかに安全かつ有利に運用するか。

 年金保険料を負担している国民の利益につながる改革とするべきだ。

 政府は、新たな成長戦略の素案に、公的年金の資金運用見直しを盛り込んだ。年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)が保有する資産の投資収益を向上させ、できるだけ高い年金給付水準を維持するのが狙いである。

 GPIFは、約130兆円の資産を保有する世界最大級の年金基金だ。運用の基本比率は、国債などの国内債券が60%を占め、国内株式は12%にとどまる。

 国債は安定して運用できる利点がある一方、大きな収益は得にくい。より高い収益を見込める株式の運用枠拡大や、不動産投資信託(REIT)を運用対象に加えることなどを検討するという。

 株式や不動産への資金流入が株価や景気を支え、運用実績のさらなる改善をもたらす「好循環」も期待される。運用先を分散、多様化する方向性は理解できる。

 GPIFの過去12年間の平均運用収益率は約2%にとどまる。株式運用の比率が高い欧米などの年金基金に比べると、利回りが見劣りしているのは確かである。

 政府の年金財政検証によると、将来の給付水準の目標を保てる標準的なケースは、4・2%の運用利回りが前提だ。

 年金財政の強化という観点からも、長期的な収益率の改善が望まれている。一定の範囲で国債から株式などに運用対象を切り替えるのは、合理的な判断と言える。

 ただし、経済動向などによって株価が急落する危険があることも忘れてはならない。

 公的年金の積立金は、年金保険料収入のうち給付に充てなかった分を運用し、将来の給付に備えるまさに「虎の子」の資金だ。

 目先の利益を得るため株式比率を極端に増やした結果、年金基金が巨額の損失を出す事態を招けば、将来世代が受け取る年金が大きく減ってしまう恐れがある。

 株式運用の拡大は、経済情勢などを見極めながら、慎重かつ段階的に進めるべきである。

 GPIFの投資行動が、短期的な株高を目的とした「株価維持政策」と見られれば、株価形成をゆがめ、市場を混乱させる。

 投資判断が政治の圧力などに大きく左右されないよう、GPIFの独立性と透明性を高めることが大事だ。高度な金融知識を持つ人材を集め、リスク管理体制を充実させる取り組みも欠かせない。

イラク情勢緊迫 過激派の攻勢をどう抑えるか

 イラク情勢が緊迫の度を増している。

 「新たなイスラム国家建設」を掲げるスンニ派の過激派組織「イラク・シリアのイスラム国(ISIS)」が、イラク北部の複数の都市を制圧した。

 マリキ政権は軍による空爆を行い、支持基盤のシーア派から義勇兵を募って応戦している。

 中東の混乱に拍車をかける、憂慮すべき事態と言えよう。

 ISISは、国際テロ組織アル・カーイダの流れをくむ武装集団だ。シリア内戦に乗じて勢力を拡大し、推定5000人規模に膨れ上がった。イラクに転戦する際には、シリアとの国境の抹消までも宣言していた。

 指導者は「第2のビンラーディン」とも呼ばれており、米国が1000万ドルの懸賞金をかけて国際指名手配した。

 ISISは、制圧地域で厳格なイスラム法を適用し、従わない者を殺害している。人道上、極めて問題である。国連が「司法手続きを経ない即決の処刑だ」と非難したのはもっともだ。混乱拡大で、原油価格も上昇し始めた。

 マリキ首相にもこうした事態を招いた重い責任がある。首相は、国民の多数を占めるシーア派を政権で優遇し、スンニ派の政敵追い落としに固執した。

 軍や治安機関の内部でも宗派対立が顕在化し、士気は低下した。ISISが攻め込んだ地域では、将兵らが制服や装備を投げ出して逃亡したという。

 国民融和を怠った首相の統治手法のツケが回った結果である。

 ISISの攻勢をマリキ政権が単独で食い止めるのは困難だろう。当面は、国際社会がマリキ政権を支え、連携して混乱の拡大を回避する必要がある。

 カギを握るのは米国の対応だ。オバマ大統領は、「あらゆる選択肢を排除しない」と述べ、空爆も念頭にペルシャ湾へ空母を派遣した。一方で、紛争介入への消極姿勢は変わらず、地上軍投入の可能性を早々に排除した。

 オバマ氏は、米軍のイラク撤退を掲げて当選し、2011年に撤収を完了させた。イラク情勢の悪化は、撤収後の治安確保の手当てなどが十分だったのかという問いを大統領に突きつけている。

 シーア派大国で、マリキ政権に影響力を持つ隣国イランの出方も焦点だ。イラク支援をめぐり、断交中の米国とも直接協議する方針という。中東の周辺国は、この動きに加わり、対ISISで共闘していくことが求められる。

2014年6月16日月曜日

JA全中の指導権限廃止は必須条件だ

 政府の規制改革会議は農業協同組合の組織刷新、農地売買の許可権限を握る農業委員会の見直し、企業の参入規制緩和といった農業改革策を決めた。どれも農業の競争力強化に欠かせないものだ。若い人が魅力を感じ、仕事にしたいと考える農業に変える。その目標に向けて改革を断行してほしい。

 政府は昨年、都道府県ごとに設立する農地の管理機構を軸に農地の集約・拡大を推進することや、2018年の生産調整(減反)廃止を決めた。今回の焦点は農協組織の刷新だ。

 規制改革会議の作業部会が5月に提言した全国農協中央会(JA全中)の「廃止」は、与党内での議論を踏まえて後退した。しかし、農協の組織と機能を本当に変えられるかどうかは、政府が来年の通常国会に提出する農協法改正案の中身にかかる。

 農協組織の頂点に立つ全中が経営指導で地域ごとの農協を縛る権限をなくし、個々の農協、農家の創意工夫を伸ばす環境に変えることは改正案の必須条件だ。安倍晋三首相は「地域の農協が主役となり、農業の成長産業化に全力投球できるように抜本的に見直す」と明言した。改正案はその決意にふさわしい内容にすべきだ。

 政治活動の資金源として、全中が地域農協などから賦課金を集める制度もなくすべきだ。

 規制改革会議は、農産物の販売などに携わる全国農協連合会(JA全農)に対し株式会社への転換を求めた。経営意識を高め、資材の販売価格や農産物の出荷コストをなるべく安くする。農家の経営に貢献し、農業の生産力を高める農協の目的に照らして当然だ。

 農家が農協組織を通じて農産物を共同で販売したり、資材を共同で購入したりする行為は独占禁止法の適用から除外されている。小規模な農家の立場を守るためだ。

 ただ、どの農家の農産物も同じように扱う共同販売では、優れた農産物を作る意欲は生まれにくい。共同販売の仕組みを残すにしても平等主義を改め、農家の意欲を引き出す工夫は要る。

 農協の構成員で農家以外の「准組合員」が多くなっている現状を是正するルールも必要だ。これを機に、農家のための組織である農協本来の姿に戻るべきだ。

 政府は農協の組織刷新を含め、今後5年を農業改革の集中期間と位置付けた。農家の高齢化を踏まえれば一刻の猶予も許されない。

環境も誇れるリニア新幹線に

 リニア中央新幹線は超電導など日本が世界に誇る技術を活用して建設する。環境保護でも世界に誇れる計画にしてもらいたい。

 東海旅客鉄道(JR東海)が2027年に開業を目指すリニア新幹線計画の環境影響評価書について、石原伸晃環境相は国土交通相に意見書を提出した。

 トンネル工事に伴い発生する大量の残土など「相当な環境負荷が生じることが懸念される」と指摘した。JR東海は「環境重視の立場から適切に対応」するという。

 リニア新幹線は最高時速500キロで品川~名古屋間を最短40分で結ぶ。将来は大阪まで延伸する計画で、東名阪の移動時間を大幅に短縮し、広範な経済効果が期待できる。長距離の超電導リニアを世界に先駆けて実用化できれば、海外への展開も視野に入る。

 ただ計画区間286キロのうちトンネルが86%を占め、東京ドームの50杯弱に相当する残土が発生する。山梨県から長野県にかけて南アルプス国立公園を貫通し、地下水位の低下や野生動物の生息環境への影響が指摘される。

 大量の残土の扱いを今の段階で決めるのは難しい。沿線自治体とよく話し合ってとりあえずの置き場を決め、再利用できるまでしっかり管理する必要がある。

 トンネル工事は地下水の流れや河川の流量にも影響を与える。工事中から水の流れを常時監視し、周辺や下流の自治体の飲み水や農業用水に問題が生じないようにする配慮が欠かせない。

 環境相は大量の電力消費が温暖化ガスの排出増加を招くことにも懸念を示した。開業すれば27万キロワットもの大きな電力を消費することになる。これは一般家庭の数十万世帯で使う電力に匹敵する。再生可能エネルギーや省エネ技術を徹底して活用すべきだろう。

 国土交通相は環境相の意見書を踏まえ、7月22日までに意見を提出、それを受けてJR東海が工事計画を申請する。安全で快適、さらに経済振興と環境保全が両立する計画にしてもらいたい。

イラク緊迫―分裂の回避へ全力を

 中東のイラクが、またも内乱の危機に直面している。

 政権をにぎるイスラム教シーア派に対し、スンニ派の武装組織が争いを挑んでいる。

 混乱のなか、クルド人勢力も油田都市の掌握に動き始めた。

 国家の分裂を食い止めるにはどうすればいいのか。米国はじめ国際社会は早急に行動を起こさねばならない。

 武装組織は、国際テロ組織アルカイダ系の過激派である。国内第2の都市モスルを瞬く間に制圧し、さらに首都バグダッドをめざし南下している。

 マリキ首相率いるイラク政府は空爆などで反撃を始めた。

 問題の根深さをうかがわせるのは、現地から報じられる避難民の声である。

 モスルから50万人が逃げ出したが、その多くが恐れるのは、必ずしも武装組織ではなく、むしろ政府軍の反撃だという。

 スンニ派が多い都市や地域では、政府軍は「シーア派軍」としか見られていない。武装組織が地元にすんなり受け入れられた土壌もそこにある。

 それは、この8年間、政権を担っているマリキ氏が自らのシーア派優遇に走り、国民の統合に失敗したツケといえる。

 内戦に手を焼いた米軍が悟った教訓は、スンニ派の協力なしに国の安定はないことだ。

 奪われた都市を力で奪い返すだけでは、また報復の連鎖に陥りかねない。マリキ政権は、穏健なスンニ派との融和策を打ち出し、どの宗派も共生できる国家像を示さねばならない。

 一方、いまのイラクの混乱は、となりのシリアから伝染した病理ともいえる。

 3年以上にわたる内戦で、アルカイダ系組織はシリアに広い支配地域を得た。そこで武器や財力を蓄えた末に、イラクへも版図を広げようとしている。

 戦乱を放置すれば、荒廃はやがて地球規模で飛び火する。アフガニスタンで犯した過ちを国際社会は再び繰り返すのか。

 それを防ぐ最大の責任は米国にあることは言うまでもない。大義のない戦争でイラク社会と中東の秩序を一変させた混沌(こんとん)が今も尾を引いているのである。

 米軍がイラクを撤退して2年半。この間、オバマ政権は中東への関与からほとんど手を引いてきたが、このまま傍観を続けるようであれば、大国のご都合主義のそしりを免れない。

 イラクの治安回復とシリアの停戦に向け、米国は本腰を入れるべきだ。国連やアラブ諸国、イランなどとも協調し、中東情勢のこれ以上の流動化を止めなくてはならない。

大学改革―知の多様性を守れるか

 大学にトップダウンはなじむのか。この改革案は大学本来の強みを損ないかねない。

 大学でのものごとの決め方を改める法案が、国会で審議されている。これまで教授会は、重要事項を審議する役割を担ってきた。これを、学長が必要と思うときに意見を聴く諮問機関に位置づけを変える。

 大学は少子化で学生が減る危機に加え、新興国を含めた国際競争にもさらされる。安倍首相は「世界トップ100に10大学以上」を成長戦略に掲げた。

 生き残るには、特色が要る。

 お金と人を呼べる研究・教育への特化を進めたい。

 選択と集中によって短時間で成果を出せる大学にしたい。

 だから、各学部の発言力が強く、決定に時間もかかる仕組みをやめ、すいすいと結論を出せるようにしようというのだ。

 しかし大学というものは、ひとの気づかないことを提案するのが大切な仕事だ。みんなが考える余裕のないことを、引き受けて考える仕事ともいえる。

 それには、多彩な知のサンプルを取りそろえておく必要がある。今ここにある需要だけで学問の品ぞろえをしたら、間違える。長い目で見ると、かえって社会に貢献できなくなる。

 たとえば秋田大の伝統である鉱山学は長く斜陽だったが、都市鉱山や資源外交で再び注目され、国際資源学部の創設に発展した。商売にならないものは切るような大学だったら、再生の芽は摘まれていた。人文や社会科学にも、社会に“セカンドオピニオン”を提供するという、金額に直せない役割がある。

 世の中も学問も複雑になっている。どんなに優れたリーダーも、一人で全分野を見通して判断するのは容易でない。

 改革案は、かえって学長を孤立させかねない。発言力を奪われた教授陣は、全学の運営に関心を失う。学長は多角的な意見を拾えなくなる。そうして、判断を誤るリスクが高まる。

 学部タテ割りの弊害は改善すべきだが、今の制度でもできることだ。げんに、全学のテーマを討論する学部横断型の組織をつくっている大学は多い。

 責任と権限をはっきりさせる利点もなくはない。小さな単科大学が学長の強い統率力で成長した例もある。しかし、それが大きな総合大学に通用するかといえば、あつれきを生むだけに終わるかもしれない。

 大学の性質によって、それぞれ最適な意思決定の仕組みは違うはずだ。一律に学長主導を制度化しなくていい。右向け右は大学に最も似合わない。

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