2015年1月31日土曜日

中小企業や非正規の賃上げ促す政策を

 経団連と連合のトップが会談し、春の労使交渉が本格的に始まった。家計の購買力を高めて消費を活発にし、デフレ脱却へつなげるためにも、積極的な賃金引き上げを企業に期待したい。

 ただ日本商工会議所によれば、中小企業では賃上げ予定があるとした企業の割合が昨年を下回る。非正規社員の賃金を上げる動きが広がるかどうかも見通しにくい。

 政府は今年も経済界に賃上げを要請しているが、中小企業の生産性向上を後押ししたり、非正規社員が新しい技能を習得する機会を増やしたりするなど、働く人全体の賃金が上がりやすくなる環境づくりにより力を入れるべきだ。

 経団連によると昨年は基本給を底上げするベースアップ(ベア)と定期昇給を合わせた賃上げ率が15年ぶりに2%台に乗った。しかし円安や消費増税に伴う物価上昇を考慮した実質賃金は昨年11月まで17カ月連続で前年比マイナスだ。購買力の低下を示している。

 賃金が上がって消費が増え、企業業績を押し上げ、それがまた賃金や雇用の増加につながる好循環をつくるには、まずはその起点になる賃金上昇が必要だ。大手企業では輸出採算の改善などを背景に昨年に続きベアを検討するという経営者が少なくない。一時金の増額を含め賃上げに前向きな姿勢がみられることを歓迎したい。

 問題はそうした賃上げの流れをいかに広げるかだ。中小企業の従業員は雇用者全体の約7割を占める。その賃金上昇が重要となる。

 中小企業が原材料高などを製品価格に転嫁できるよう、政府は中小企業と取引のある大手企業に配慮を求めた。だが企業が収益を上げて賃金の原資を増やすには、競争力を高めることが本筋だ。

 規制改革を進めて企業に医療や環境・エネルギー関連など成長分野への進出を促し、競争力を自ら高めやすくしなければならない。成長力のあるベンチャー企業を増やすため、起業支援も要る。

 働く人の4割近くに達した非正規社員の賃金増も大切だ。国税庁の調査では非正規労働者の平均年収は170万円弱にとどまる。

 賃金の高い仕事に移るため教育訓練はより大事になる。公共職業訓練は民間の力を活用して内容を充実し、成長分野で働くのに必要な技能を学びやすくしたい。国の職業紹介の民間開放を進めて転職しやすくするなど、政府は労働市場改革に本気で取り組むときだ。

競争問うソフトバンク合併

 ソフトバンクが携帯電話などの通信事業を営む子会社4社を4月に合併すると発表した。携帯分野でKDDIを抜いて国内第2位に浮上する。通信市場での3社寡占体制が進むだけに、新たな競争を促す通信行政が求められる。

 合併するのは、携帯電話事業を営むソフトバンクモバイルやワイモバイルなどの4社。単純合算で売上高が約3兆5000億円、PHSを含む携帯電話の契約者数は約4700万件となる。

 ソフトバンクは「合併後もブランドや事業内容はそのまま継続する」とし、合併は経営の効率化が狙いだという。飽和した国内市場より、現地の通信会社を買収した米国市場に力を入れる作戦だ。

 懸念されるのは、ワイモバイルとの統合が価格競争を抑える要因になりうることだ。同社は新規参入組のイー・アクセスが前身で、ソフトバンクグループに入った後も低価格路線を貫き、大手3社と一線を画してきたからだ。

 総務省は「グループ企業同士の合併で法制度上問題はない」としている。だが経営統合が進めば、高止まりする通信料金を抑制する新興勢力が市場から一つ消えることにもなりかねない。

 ソフトバンクの決定には総務省の方針変更も関係した。周波数の割り当てでは複数企業で申請した方が有利で、未使用分も含めると同社が最も多く電波を獲得した。だが総務省がグループを一体とみなすことにしたため、会社を分けておく必要性がなくなった。

 買収した企業の電波の利用権が買い手にそのまま移転することに疑問を唱える声もある。総務省は競争を促すためにイー・アクセスの参入を認めたが、結果的に寡占状態を崩せなかったためだ。

 合併で経営を効率化するのは当然の企業戦略だが、海外展開のために国内利用者が踏み台になるのは好ましくない。ソフトバンクには価格面でも挑戦者であり続けることを期待し、総務省には通信市場のサービス競争がさらに進むよう新たな通信政策を求めたい。

年金額の抑制―低所得者対策と一体で

 年金額が16年ぶりに引き上げられることになった。

 実施は新年度から。だが、物価の伸びほど年金額は増えない。理由は、保険料を払う若い世代の減少を年金額に反映させる「マクロ経済スライド」が初めて適用されるからだ。

 この仕組みは、2004年の法改正で導入された、年金額の抑制ルールだ。物価と賃金のうち低いほうの上昇率を見て、それより下回る幅での引き上げにとどめる仕組みだ。

 年金制度は「世代間の仕送り」でもある。少子高齢化が進むなか、仕送りする側・支える側の保険料負担が重くなり続けることを避けるため、受けとる側の金額を実質目減りさせて「入りと出」のバランスを取る。制度維持のために必要な仕組みといえよう。

 しかし、これまで一度も適用されたことはなかった。物価がマイナスになるデフレが続き、「デフレ下では適用しない」という前提条件があったことなどが理由だ。このため徐々に給付水準が目減りしていく見通しは外れ、現在の給付水準は想定より高い。

 いまの高齢者への給付に将来分の原資を使っている格好で、その分、将来の水準は下がる。厚労省が昨年出した試算によると、インフレ時を想定したいまの抑制ルールを適用しても30年後に厚生年金は2割、国民年金は3割下がる。今後再びデフレが起これば、将来の給付水準はさらに低くなる。

 こうした状況を踏まえ、厚生労働省の審議会は報告書で、この仕組みによる給付水準の抑制が「極力先送りされないよう工夫することが重要」と指摘、デフレでも実施するような見直しをうながした。

 若い世代が老後を迎えたときの「生活の安心」が底上げされれば、いま保険料を支払う納得感にもつながる。

 高齢者にとって厳しい見直しになるのは確かだが、制度の維持と若い世代のために検討は必要だろう。その場合でも、低所得者への配慮は欠かせない。国民年金を実際に受け取っている額は、平均で月5万円程度。こうした人たちにも、抑制は一律に適用される。影響を少しでも和らげる手立てと一体でなければならない。

 年金額が低い人に最大で月5千円支給する制度ができてはいるものの、消費税率の10%への引き上げ先送りによって支給開始も先送りになった。こうした手立てが確実に実施されなければ、抑制ルールの見直しに対する納得は得られない。

原爆症訴訟―法改正で解決図れ

 高齢の被爆者たちをいつまで法廷で争わせるのか。国は原爆症認定制度を根底から改め、全面解決を図るべきだ。

 厚生労働相に原爆症認定申請を却下された被爆者らが起こした裁判で、大阪地裁は原告4人の病気を原爆症と認め、却下処分を取り消した。

 全国で集団訴訟が始まった03年以降、国の敗訴は30回を超える。一連の司法判断を受け、厚労省は13年12月に基準を改め、がん以外の病気をより幅広く認定するようにした。

 4人は、新基準でも認定の対象外とされた人たちだ。判決は、放射性物質を体内に取り込む内部被曝(ひばく)の影響を考慮せず、「過小評価の疑いがある」と、新基準の不十分さを指摘した。

 認定についての国の考え方そのものに、疑問が投げかけられたといっていい。

 原爆でどれほど放射線を浴びたかは、主に当時いた場所から推定するしかない。長年の研究で、被曝線量が高いほど病気になりやすいことはわかってきている。国は爆心地からの距離や投下後の時間をもとに原爆症と認めるか、線引きしている。

 しかし内部被曝をはじめ、放射線の人体への影響は未解明な点が多い。裁判所はそういう前提に立ち、基準にあてはまらない人でも当時の状況や行動などを詳しく検討し、原爆放射線の影響が疑われる場合には原爆症と柔軟に認めてきた。

 行政がこうした考え方を共有しない限り、司法判断とのずれは永遠に埋まるまい。

 全国では今も被爆者89人が5地裁と2高裁で裁判を続ける。裁判を起こせずにいる被爆者はさらに多いだろう。

 問題解決に向け、日本原水爆被害者団体協議会(被団協)は、今の認定制度の全廃を提案している。被爆者全員に月3万円程度の手当を支給し、放射線との関連が疑われる病気になった時は症状に応じて最高13万円程度まで加算する。その方向で法改正すべきだとの主張だ。

 今も被爆者の9割超が月1万6千~13万円程度の手当を受けており、試算では、国の支出増は小幅にとどまるという。

 不確かな被曝線量で線引きする今の認定制度より、妥当な制度といえるのではないか。

 広島、長崎への原爆投下から8月で70年たつ。被爆者援護法も7月で施行20年となる。法改正を考えるいい機会だ。

 被爆者は「戦争を起こした国が原爆被害者に償うことで、将来の不戦の証しにしたい」と願ってやまない。国はいま一度、その声に耳を傾けるべきだ。

邦人人質事件 ヨルダンとの連携を大切に

 過激派組織「イスラム国」とみられるグループが指定した人質殺害の期限が過ぎた。今後の展開は予断を許さない。

 政府は、ヨルダンと緊密に連携し、後藤健二さんの救出に向けて総力を挙げるべきだ。

 犯行グループは、後藤さんの解放と引き換えに、ヨルダンで収監中の女死刑囚の釈放を要求した。実現しない場合、ヨルダン軍パイロットと後藤さんを殺すと脅している。死刑囚をシリア・トルコ国境に連れてくることも求めた。

 人質殺害を予告し、解放の条件や期限を次々に変え、揺さぶりをかける。人命を弄ぶ卑劣な手口には、強い憤りを禁じ得ない。

 ヨルダン政府は、パイロット解放を条件に、死刑囚釈放の用意があると表明した。死刑囚は同時爆破テロの実行犯だ。人質の命を優先し、超法規的措置を取るという厳しい決断をしたのだろう。

 後藤さんと死刑囚の「1対1」の交換を求めるイスラム国と、どう折り合うか。水面下でギリギリの交渉が行われている模様だ。

 ヨルダン情報相は「後藤さんの解放についても日本と協力して努力を続けている」と明言した。

 長年の日本との友好関係を重視したものだ。日本は、欧米とも協調する穏健なヨルダンの役割を高く評価し、計3000億円以上の経済支援を実施してきた。

 首脳の相互訪問も活発で、安倍首相とアブドラ国王は個人的な信頼関係を築いている。

 政府が、ヨルダンに事件の現地対策本部を設置し、強固な協力体制を維持しているのは適切だ。日本が独自にできることは限られている以上、ヨルダンとの連帯を大切にしたい。

 ヨルダン同様、日本との関係が良好なトルコの役割も重要だ。

 イスラム国の支配地域に近いトルコ南部の国境周辺は、過去にも人質解放の舞台となった。イスラム国に拉致されたフランス人記者や、トルコ外交官らは、いずれもこの近辺で解放されている。

 人質交換では、不測の事態もあり得る。人質を迅速に保護できるよう、トルコと十分協議し、万全の対策を講じる必要がある。

 後藤さん救出は今が正念場だ。日本政府は、情報収集や関係国との調整に、従来以上に緊張感を持って取り組んでほしい。

 野党の一部議員は、安倍首相の中東歴訪やイスラム国対策の2億ドル支援表明が過激派を刺激した、と批判する。だが、そうした批判は、日本の援助の趣旨をねじ曲げ、テロ組織を利するだけだ。

国内生産回帰 事業環境の改善を急ぎたい

 主要メーカーが、海外に移した生産拠点を国内に戻し始めている。

 キヤノンは、コピーとプリンターの複合機など高価格品の製造を国内に移す方針を決めた。

 日産自動車やパナソニックなどの大手企業も、生産の一部を国内に切り替える方向だ。

 雇用や消費の拡大など、メリットは大きい。工場の立地する地方の経済活性化にもつながる。国内回帰の流れを歓迎したい。

 日本メーカーは、1980年代以降、生産拠点の海外移転を加速させた。円高の進行で輸出価格が上昇する中、人件費などの安い新興国で生産することで、厳しい国際競争に勝ち抜くためだ。

 特に、2008年のリーマン・ショック以降、1ドル=80円という超円高に直面し、国内の産業空洞化に拍車がかかった。

 国内工場を閉鎖した大企業の雇用が失われただけでなく、大手に部品などを納入していた下請けや取引先の仕事も減った。

 安倍政権の経済政策「アベノミクス」による大胆な金融緩和が奏功し、円高は是正されたが、輸出回復の足取りは鈍い。14年は過去最大の貿易赤字を記録した。

 円高の後遺症で、国内の生産基盤が弱体化し、日本の「稼ぐ力」が低下しているのではないか。

 生産の国内回帰は、各企業にとっても利点がある。開発部門と生産現場の連携が密になり、製品化までの期間を短縮できる。海外の拠点から、独自技術が流出するリスクも軽減できる。

 既存の施設の再利用にとどまらず、新たな設備投資につなげることが重要だ。各企業は省力化による生産性向上や、製品の高付加価値化を進め、再び円高に振れても空洞化に逆戻りしない、強い収益構造を作ってもらいたい。

 民間の努力を後押しするためにも、国内の事業環境の改善は、喫緊の課題である。

 原子力発電所が1基も稼働していない状態が続き、企業向けの電気料金は東日本大震災前に比べて平均3割も上昇している。

 安全性の確認できた原発を着実に再稼働し、電力コストを引き下げなければならない。

 政策による後押しも不可欠だ。労働規制の緩和や法人税実効税率の継続的な引き下げなど、成長戦略の推進が求められる。

 環太平洋経済連携協定(TPP)交渉の早期妥結もカギとなる。工業製品の関税引き下げによって、日本企業が輸出しやすい環境を整える必要がある。

2015年1月30日金曜日

スカイマーク―空の競争を立て直せ

 国内航空3位のスカイマークが民事再生法の適用を申請した。日本航空と全日本空輸を中心とする体制に風穴を開けようと、政府の後押しも得て参入したが、20年弱での挫折である。

 民間投資会社の支援で運航を続けながら、大手2社との業務提携も視野に再建を目指すという。航空会社にとって安全の徹底は最低限の責任だ。関係者全員が肝に銘じてほしい。

 格安航空会社(LCC)が台頭するなかで、スカイマークが売りにしてきた「安さ」が強みを失いつつあった。その打開策としてもくろんだ国際線への進出は頓挫し、航空機を納めるはずだった欧エアバス社とトラブルに陥った。経営を主導してきた西久保慎一社長の退任は当然だろう。まずは足元を固め、戦略を練り直してほしい。

 スカイマークの動向とともに気がかりなのは、わが国の国内航空の競争の行方である。

 スカイマークなどの参入で価格(運賃)競争がやっと本格化した路線は少なくない。航空会社にとってドル箱でもある羽田空港の発着路線で、大手2社以外の「第3極」を維持・拡大していけるかがカギになる。

 スカイマークと同様に羽田便に参入した地域航空3社は、いずれも単独での経営を断念し、全日空から出資を受けている。LCCが少しずつ力をつけてきているが、大手2社のグループ企業が中心だ。

 国土交通省が進めてきた航空分野の自由化は大原則だ。ただ、その結果が寡占では利用者利益の実現が怪しくなる。大手2強と羽田一極集中という国内航空の特殊性を踏まえ、どうかじ取りするのか。国交省の役割と責任は小さくない。

 その際のキーワードは「透明性」だろう。関係業界だけでなく国民の納得を得るには、政策判断の過程と理由を明らかにすることが欠かせない。

 国交省は自らの姿勢を省みるべきだ。スカイマークを巡っても、日航との提携方針を打ち出した際に太田国交相が「厳しく判断する」と語り、全日空を巻き込む方向に事実上誘導した。

 民主党政権のもとで破綻(はたん)しながら劇的な再生をとげた日航に対しては、かつて蜜月関係にあった自民党の厳しい姿勢が目につく。そんな政治状況への配慮がなかったと言い切れるかどうか。日航だけとの提携が公平な競争を妨げると考えたのなら、きちんと説明するべきだ。

 スカイマークとともに頓挫した空の競争を立て直すには、国交省が「政治」との関係を見直すことが出発点となる。

原発事故処理―安全と着実さが最優先

 大量の放射性物質が放出された福島第一原発の事故から3月で4年。4号機からの核燃料取り出しは予定通り昨年末に終わった。放射線源になるがれきの撤去が進み、顔全体を覆う全面マスクの必要な範囲が狭まるなど、事故処理の歯車がようやくかみ合ってきた部分がある。

 一方、東京電力は昨秋、1号機の燃料取り出しが従来の見込みより2~5年遅れると明らかにし、今月はタンクにたまった放射能汚染水の処理が予定通りには終わらないとも公表した。

 ずれ込みの背景には、未曽有の事態で既存の技術やノウハウが通用せず、想定通りに進めない実情がある。

 いまだに巨大なリスクを抱える現場である。東電は安全と着実さを最優先に事故処理を進めるべきで、迅速さを求めるあまり、拙速になってはならない。

 福島第一では13年4月に約3千人だった平日の作業員が、現在は2倍以上の約7千人に増えている。

 それでも、燃料が溶け落ちた1号機では、燃料がどこにどんな形状であるのか、どこから取り出したらいいのかも、まだわかっていない。強い放射線の下で燃料の状態を確かめる技術から開発しなければならない。

 国と東電の13年6月段階の廃炉工程表では19年度だった使用済み燃料の取り出し開始を21年度に、20年度だった溶け落ちた燃料の取り出し開始を25年度に遅らす。それが東電の方針で、事情は2、3号機も同じだ。

 高濃度汚染水の処理も、東電の広瀬直己社長が13年9月に安倍首相に今年3月末までに終えると約束した。だが、それも放射性物質を取り除く設備の不調などで、想定の約6割しか処理できていない。

 いずれも、予定通りにはいかない固有の事情がある。

 先週、協力会社の作業員が高さ11メートルのタンクから転落して死亡する労災事故が起きた。原因は調査中だが、作業員が増えるにしたがって、事故も増えてきている。今年度は昨年11月までに40件と、13年度(23件)から大幅に増えている。

 スケジュールに縛られ、安全管理が二の次になっていなかったか。労災を招くミスは新たな放射能汚染も招きかねない。

 原子力規制委員会は先週、福島第一の中期的なリスク低減目標の見取り図をまとめた。労災を重く見て労働環境の改善を含めている。

 事故処理が安全に、着実に進むために、規制委に限らず、政府は現場の実情を踏まえて支援する必要がある。

スカイマーク 強引な経営手法が招いた破綻

 強引な拡大路線が招いた破綻劇と言えよう。

 国内航空会社3位のスカイマークが、東京地裁に民事再生法の適用を申請し、受理された。

 今後は裁判所の管理下で、経営再建を目指す。コスト削減のため路線や便数を絞り込み、運航を継続していく方針という。

 突然の経営破綻だけに、社内の動揺も大きいだろう。現場の混乱を防ぎ、安全運航に万全を期さなければならない。

 スカイマークは、独立系航空会社として1998年に就航した。全日本空輸と日本航空の2強に対抗する「第3極」を育て、競争を促進する。こうした政府の航空自由化政策に沿った設立だった。

 「大手の半額」という低料金を売り物に注目されたが、値下げ競争で収益は低迷した。

 2004年にIT企業創業者の西久保慎一氏が社長に就任し、業績を盛り返したものの、格安航空会社(LCC)の相次ぐ参入などで、再び苦境に立たされた。

 LCCとの差別化を狙った座席の広い中型機への切り替えは、乗客数の伸び悩みで裏目に出た。

 国際線への参入のため一括契約したエアバスの超大型機6機の購入も、支払いのメドが立たなくなり、7億ドル(830億円)の違約金を請求される事態となった。

 6機の価格は、年間売上高の2倍と巨額だった。ワンマンとも評される西久保氏ならではのトップダウンの判断だったが、見通しの甘さは否めまい。

 当面は、国内の投資ファンドが資金繰りなどを支える。だが、本格的な再建には、他の航空会社の協力が欠かせない。

 スカイマークは、羽田空港に36の発着枠を持つ。乗客の多い「ドル箱路線」の増便が期待できることから、全日空や日航に加え、海外勢がスカイマーク支援に名乗りを上げる可能性もあろう。

 ブランド力に勝る大手と、安さが人気のLCCの狭間はざまで、スカイマークがどう活路を開くか。再生計画の実効性が試される。

 スカイマーク破綻に、航空行政も有効な手を打てなかった。

 経営改善策として、スカイマークは日航との共同運航を提案したが、公的支援で再生した日航の事業拡大につながることを理由に国土交通省は難色を示した。全日空を交えた共同運航などを模索するうちに、経営が行き詰まった。

 競争促進による利便性向上と、航空会社の経営安定をいかに両立させていくか。航空行政の在り方を点検すべきだ。

内閣官房改革 効率的な「官邸主導」の実現を

 肥大化した組織を整理し、内閣が全体として、より効率的に業務を行える体制を築きたい。

 政府が、内閣官房と内閣府をスリム化する業務見直しの基本方針を決めた。与党の提言に基づき、計20業務の統廃合や移管を3年程度で行う。関連法案を今国会に提出する。

 内閣官房では、郵政民営化、法曹養成制度改革など4業務を廃止する。宇宙開発や地域活性化など6業務は内閣府に移管する。

 内閣府からは、犯罪被害者施策を国家公安委員会、自殺や薬物の対策を厚生労働省に移すなど、10業務を最も大きな役割を担う他省庁に移管する予定だ。

 2001年の中央省庁再編後、内閣の看板政策や省庁横断的な政策を、縦割りを排して「首相官邸主導」で進めるため、内閣官房と内閣府に約90業務が追加された。併任を含む職員は計約3500人から約5900人に膨らんだ。

 この中には、既に一定の役割を終え、「官邸主導」で取り組む必要性が薄れた業務が少なくない。職員を出向させている省庁が恒常的に人員不足に陥り、関係省庁間で責任の所在が不明確になるといった深刻な弊害も生じている。

 山口沖縄・北方相が現内閣で最多の12部局を担当するなど、内閣府特命相が多数の業務を抱え、個別政策に目配りできない状況にある。国会でも、内閣委員会に法案が集中し審議が滞りがちだ。

 この現状を整理し、各閣僚を優先度の高い業務に専念させるのが今回の狙いだ。方向性は妥当であり、着実に進める必要がある。

 スリム化は、12年にも実施されたが、限定的だった。

 今回は、業務の移管先の省庁に、定員・予算のほか、政策の「総合調整権限」を与える。

 これにより、例えば、自殺対策を担当する厚労省は、警察庁や文部科学省との政策調整がしやすくなる。適切な措置である。

 今回の改革を、看板の掛け替えに終わらせてはならない。関係省庁の対立による「縦割り行政」が復活しないよう、担当閣僚が指導力を発揮することが重要だ。業務見直しに合わせた適正な人員の配置も欠かせない。

 基本方針には、内閣官房と内閣府に新たな業務を追加する場合、原則として法律に期限を明記し、3年後をメドに業務を再び見直すことも定めた。新たな肥大化を防ぐことが大切である。

 今回の見直しを機に、より効率的な「官邸主導」を可能とする組織改革を続けるべきだ。

2015年1月29日木曜日

原油安―官民とも利点を生かせ

 原油の値下がりが急だ。国際指標となっている油種でみると、昨年夏の水準から半値以下になった。

 石油輸出国機構(OPEC)の減産見送りや米国のシェールガス生産で供給が潤沢な一方、中国、欧州経済のもたつきで需要は盛り上がりを欠く。このことが根本にある。

 原油安は、ガソリン価格の値下がりにつながった。火力発電の主な燃料である液化天然ガス(LNG)の相場も原油と連動しており、恩恵はさらに広がりそうだ。昨年1年間で12兆円超、1カ月あたり1兆円の赤字に悪化した貿易収支も、今後好転するとの見方が有力だ。

 東日本大震災で国内の原子力発電が止まり、火力発電を増やすためにLNGの輸入が膨らんだことを受けて、政官界や経済界から「国富の流出は年間3・6兆円に達する」と危惧する声が相次いだ。この金額は輸入量の増加のほかLNG相場の上昇や円安が進んだ影響も含んでいたが、わが国経済に負の影響をもたらしたことは確かだ。

 その逆の現象が、足元で起きている。円安は引き続き海外への支払額を膨らませるが、原油・LNG値下がりの効果は大きい。メリットが本格化する時期や幅にはさまざまな見方があるが、「年間数兆円」とはじく民間調査機関もある。

 それだけ国全体の消費や投資の余力は増す。予定外の減税を実施したようなものだ。政財官界で、このプラス効果への注目がかつての「国富流出」危機ほどに高まっていないように映るのはなぜだろう。政策や経営にしっかり織り込んでほしい。

 まずは財政政策である。今年度の補正予算案には、中小の運輸業者や漁業者らへの補助金が手厚く盛り込まれた。予算編成が最新の状況より遅れがちになるのはやむをえないが、この春の統一地方選を意識した思惑からか、原油の急落を踏まえようとする姿勢は乏しかった。

 日本銀行の金融政策は、2%の物価上昇を目標とする。原油安はその妨げとなるが、消費者や企業経営者の心理は明るさが増している。それを生かす柔軟な対応が大切だろう。

 商社や石油元売りは原油安で損失を抱えがちだが、経済全体ではメリットは大きい。輸出型製造業には円安の追い風も続いており、企業の収益は押し上げられそうだ。

 株主への配当を増やすだけでなく、従業員に賃上げで報いる余地は広がる。取引先や地域社会も含めて幅広く目配りすることが、企業には求められる。

GPS捜査―警察まかせでいいか

 捜査対象者の車に、警察がこっそり全地球測位システム(GPS)の発信器を取りつけて居場所を探る。

 こんな捜査手法が許されるかどうかが問われた裁判で、大阪地裁は「重大な違法性はなかった」として捜査は適法だったとの判断を示した。

 だが、憲法が保障するプライバシー権との兼ね合いもあり、なしくずし的に認められていい捜査ではない。これを機に、GPS情報の取得は捜査でどこまで可能なのか、国会などで議論を尽くすべきだ。

 今回問題になったのは、窃盗などの罪に問われた男性への捜査だった。大阪府警と長崎、熊本両県警が、男性ら4人が使う車やオートバイ計19台の車両の表面に磁石でGPSの発信器を取りつけ、所在を割り出していたという。

 使われたGPSは、捜査員が電話で接続したときに警察側の端末に位置情報が示されるしくみだった。大阪地裁は、24時間監視・記録するものではなかったことや、数百メートル程度の誤差があるなど精度がさほど高くなかったことから、「プライバシー侵害の程度は大きいとはいえない」と判断した。

 同様の捜査は、愛媛、兵庫、福岡、愛知の各県警でも明るみに出ている。警察庁は「他の捜査手法では追跡を行うことが困難であるなど、特に必要性がある場合には許される」との内部規定を06年に定めていた。

 しかし、今の運用では警察が「必要」と判断すれば、だれもが居場所を知られてしまう可能性がある。自分の所有物にいつ、どこでGPSが取りつけられたかも、警察が明らかにしない限りわからない。取りつけの是非を含め、判断が警察にゆだねられている状態だ。

 技術革新とともに捜査手法が変わるのは当然だ。広域テロのような犯罪の場合、通常の尾行だけでは対応できない場合もあるだろう。

 だが、無断でGPSをつけ、位置情報をいつでも入手できるような手法は、強制性の強い捜査だ。本来は裁判所の令状をとり、適正かどうかの客観性を担保するべきではないか。

 令状請求の手続きを踏めば、事件の重大性や緊急性、ほかの手段がないかなどを裁判所が総合的に判断できる。警察も「明らかに犯罪の容疑がある」という証明が求められ、行き過ぎた捜査も防げるはずだ。

 犯罪とは縁もないのに、知らぬ間に警察に居場所を知られる人があちこちで出るような事態は防がなくてはならない。

アウシュビッツ 解放70年から得る教訓の重さ

 ナチス・ドイツによるユダヤ人大量殺害の象徴であるアウシュビッツ強制収容所が第2次大戦末期、旧ソ連軍に解放されてから70年を迎えた。

 ポーランド南部の現地では27日、記念式典が行われた。ガウク・ドイツ、オランド・フランス両大統領など欧米諸国の首脳・閣僚と約300人の元収容者らが出席し、犠牲者を追悼した。

 戦後70年に「ホロコースト(大虐殺)を繰り返すな」という教訓を改めて確認する場となった。

 ナチスは、ユダヤ人に対する差別政策を取り、大戦中、組織的な抹殺に乗り出した。殺害されたユダヤ人は約600万人とされる。アウシュビッツは、ガス室による「殺人工場」と言え、ユダヤ人ら110万人が亡くなった。

 従来の戦争犯罪の域を超えた、言語を絶する残虐行為である。

 ガウク氏は独連邦議会演説で、「ホロコーストに思いをはせることは、全ドイツ国民にとって重要であり続ける」と強調した。

 西独、統一ドイツは、ナチスの蛮行への深い反省に基づき、人権尊重や民主主義の確立に努め、国際的地位を築いた。ガウク氏の言葉は、この基本姿勢を今後も堅持しようという呼びかけだろう。

 世界では今なお、民族、宗教に根ざす紛争や過激派のテロが頻発している。今回の記念式典にも影を落としたのは残念だ。

 ウクライナ紛争を巡って米欧と対立するロシアのプーチン大統領は、招待されなかったことを理由に、式典を欠席した。

 安倍首相は中東歴訪中の19日、イスラエルのホロコースト記念館で演説した。「このような悲劇を二度と繰り返させない」との決意を表明し、「世界の平和と安定に貢献していく」と語った。

 ナチスの迫害から逃れたユダヤ人約6000人に独断で日本通過ビザを発給し、命を救った外交官、杉原千畝の功績にも言及した。

 一部の欧米メディアは、安倍首相を「歴史修正主義者」と問題視する。中国は、ホロコーストと旧日本軍の南京事件を同列に扱い、ナチスとイメージをだぶらせて日本批判を繰り返す。

 首相の演説には、歴史に正面から向き合い、その教訓を重視する姿勢を示すことで、欧米の誤解を正し、中国の宣伝戦に対抗する狙いもあったのだろう。

 日本は、過去への反省、戦後の平和国家としての歩み、そして将来にわたり、国際社会と協調するという明確なメッセージを海外に発信していくことが大切だ。

教科書の慰安婦 誤解を招く表現は訂正したい

 生徒が使う教科書に、重大な誤解を招く記述があってはならない。

 数研出版が発行する高校の「現代社会」と「政治・経済」の教科書から「従軍慰安婦」と「強制連行」の言葉が削除されることになった。文部科学省に訂正申請を行い、認められた。

 今年4月から使われる教科書に反映される。

 現代社会で、「強制連行された人々や『従軍慰安婦』らによる訴訟が続いている」という記述については、「国や企業に対して謝罪の要求や補償を求める訴訟が起こされた」に改められた。

 戦時中に多くの女性が慰安婦となり、名誉と尊厳を傷つけられたのは事実だ。

 ただし、慰安婦問題の本質は、旧日本軍の強制連行の有無である。これまでに政府が行った調査では、軍による強制連行を裏付ける資料は確認されていない。

 数研出版が、軍により慰安婦が「強制連行された」とも読み取れる紛らわしい記述を改めたのは、妥当な措置である。

 朝日新聞は1980~90年代前半、韓国で「慰安婦狩り」をしたとする吉田清治氏の証言を基に、軍が強制連行したなどと報じたが、昨年8月、「証言は虚偽だった」として記事を取り消した。

 数研出版がホームページで、「客観的事情の変更」を訂正の理由に挙げたのは、朝日新聞の誤報問題も背景にあるのだろう。

 そもそも、従軍慰安婦は70年代以降、使われるようになった造語だ。軍属であるかのような誤解を与える不正確な用語を教科書に使うのは、適切とは言えまい。

 慰安婦に関しては、現在、日本史や世界史の多くの高校教科書にも記述が載っている。

 文科省は、政府による調査結果などを踏まえて検定を行っているが、明確な誤りと認められない限り、修正を求めていない。

 このため、別の教科書会社の日本史の教科書には、「日本軍に連行され、『軍』慰安婦にされる者もいた」と書かれている。

 戦地に送られた慰安婦には「朝鮮人が多かった」といった記述も見られる。朝鮮人が圧倒的多数を占めたという従来の定説には、疑問が呈されている。日本人慰安婦の方が多かったとの説もある。

 文科省は昨年、学説が確立されていない場合はその旨を明示し、政府の統一見解があれば、それに沿った記述をするよう、検定基準を改正した。各教科書会社には、記述の再点検が求められよう。

2015年1月28日水曜日

ヤマトのメール便廃止が問う岩盤規制

 宅配便大手のヤマト運輸がメール便を3月末で廃止すると発表した。書類や雑誌を届けるこのサービスは、1通82円からという安さとコンビニからも発送できる便利さが魅力。法人だけでなく個人の利用も多く、2013年度の取扱数は年間20億通を超えた。

 そんな人気のサービスからなぜ手を引くのか。山内雅喜社長は「信書の定義や範囲が曖昧で、お客様が知らずに容疑者になるリスクがある」と説明した。信書をめぐる規制が分かりにくく、過剰な面もある、という主張である。

 安倍政権は岩盤規制の打破を成長戦略の柱に掲げるが、規制ゆえに民間企業の自由な事業展開が妨げられるケースはなお多い。そんな現実をヤマトの決断は改めて浮き彫りにしている。

 郵便法は信書を「特定の受取人に対し、差出人の意思を表示し、または事実を通知する文書」と定める。そのうち一般信書便のはがきや手紙などの配達は、日本郵便の独占が続いている。

 これに違反してヤマトのような事業者が信書を配達すると、その事業者だけでなく送り主まで「事業の独占を乱す罪」に問われる。最大で3年の懲役または300万円の罰金を科されかねない。

 ヤマトのメール便は本来、商品のカタログや定期刊行物の配達を想定している。これらは不特定多数あてなので信書ではない。

 ただ、利用者によっては特定の人あての領収書を送ったり私信を添えたりすることがある。これは信書にあたり、郵便法違反。送り主が警察の事情聴取を受けたり書類送検されたりした例が、ヤマトだけで近年8件発生したという。

 廃止するメール便の代替サービスをヤマトは用意するとしているが、主に法人向けにする方針。個人向けサービスの範囲は狭まるので消費者の便益低下が懸念される。メール便に比べ割高な部分もある日本郵便の「ゆうメール」などに移行する人も出てきそうだ。

 山内社長の言う通り信書と非信書の区別は一般の消費者には分かりにくい。何も知らずにメール便で信書を送ってしまった人にまで刑事責任を問うのも、行き過ぎだろう。法律の改正が求められる。

 今年秋以降には日本郵便を傘下に持つ日本郵政グループの株式上場が予定されている。ヤマトと同じ上場企業同士の競争が始まるわけで、一般信書便の独占をいつまで続けるのかも議論が必要だ。

政権として諫早湾の解決を

 有明海の諫早湾干拓事業を巡って、開門してもしなくても国が制裁金を支払う異常な状況がさらに長引くことになった。最高裁が国の異議申し立てを退ける決定をしたためだ。

 同事業については、干拓事業と漁業被害の因果関係を認め、国に5年間の開門調査を命じた福岡高裁判決が確定している。開門しない国に佐賀県の漁業者らは制裁金を求め、昨年6月以降、1日49万円(後に45万円に減額)を国は支払っている。

 一方、長崎県の営農者らが起こした裁判では長崎地裁が開門を差し止める仮処分決定をし、開門した場合には営農者に1日49万円を支払うように命じている。

 板挟みになった国は最高裁に異議を申し立てたが、これまでの手続きに問題はないことを理由に退けられた。一見すると不可解にもみえる決定だが、民事訴訟で当事者が異なればこうした判断が下されることはあり得るのだろう。

 重要なのは最高裁が国に対して「全体的に解決するための十分な努力」を求めた点だ。国に苦言を呈したといえる。

 今回の決定を受けて西川公也農林水産相は「一連の訴訟で速やかに最高裁の統一的な判断を得る必要がある」というコメントを発表した。もともと国に責任があるのに、相変わらずよそ事であるかのような農水省の姿勢には違和感をぬぐえない。

 司法判断が示されるたびに関係者が一喜一憂する姿はむなしい。もつれた糸を解きほぐすには法廷外で関係者が一堂に会して話し合うしかないのではないか。

 第三者を進行役に漁業者、営農者の双方が相手方の事情や立場にまず耳を傾ける。そのうえで有明海の再生と営農者の権利が両立する方法を探ってほしい。

 すでに国が支払う制裁金は9000万円を超えた。国民からみれば税金の無駄使いでしかない。もはや農水省任せではなく、安倍政権として解決に乗り出すべき時ではないか。

JR九州上場―売却益は国民のために

 JR九州の株式を16年度にも上場すると政府が発表した。87年の旧国鉄の分割・民営化の後、JRの株式上場は97年の東海に次いで約20年ぶり、4社目だ。JR北海道、四国とともに、赤字ローカル線の維持を支援する補助金「経営安定基金」を政府からもらってきた「3島会社」では初の上場である。

 焦点だった3800億円余の基金は、政府に返さず、取り崩して債務の返済などに充てることになった。JR九州の鉄道事業は年間150億円程度の赤字で、基金の運用益で穴埋めしている。とはいえ、力を入れてきた不動産事業が鉄道事業の赤字を補っており、直近の決算は売上高、経常利益で過去最高を更新した。それだけに「上場できるなら、まずは基金を返すべきだ」との声もあった。

 JR九州は、国民負担による基金がもらい切りになる意味を重く受け止め、民間企業として経営強化とサービスの維持・充実に努めてほしい。

 経営首脳からは「まちづくり会社になる」との声も聞かれるが、基本はあくまで鉄道事業だ。ユニークなデザインの車両や豪華寝台列車「ななつ星」で注目されるが、地元住民の通勤・通学をしっかり支える必要があるのは言うまでもない。上場前に大規模な無人駅化を進める動きもあるようだが、収益改善とサービス維持の両立は、公的な役割を担う鉄道会社として当然の責任である。

 JR九州の動向とともに目が離せないのは、同社の株式上場で得られる数千億円ともされる収益の扱いだ。

 与党議員の中には「鉄道がもたらす利益だから鉄道に使うべきだ」「整備新幹線の建設促進に」といった声がある。しかし、それでは筋が通らない。

 独立行政法人を通じて国が実質的に株式を持ち、4千億円近い公費による基金を抱える会社である。それがもたらす収益を「鉄道村」の埋蔵金のように扱うことは許されない。鉄道分野で今後、老朽化対策などさまざまな補助事業を行う必要があるとしても、毎年度の予算編成を通じ、財政全体の中で配分を決めるべき問題である。

 財政難は深刻だ。国の借金総額は1千兆円を超える。来年度の国の一般会計は、税収増で前年度より好転するとはいえ、財源不足を穴埋めするために37兆円近い国債を発行する。今後、東日本大震災の復興予算を積み増す可能性もある。

 そんな厳しい状況の中での貴重な財源であることを忘れてはならない。

NHK受信料―公共性考える議論を

 パソコンやスマートフォン、タブレット端末など、テレビ以外の様々な機器で放送番組を視聴できる時代に、NHKの受信料はどうあるべきか。

 その議論が始まりそうだ。

 放送法などにより、テレビ放送を受信できる設備を置くとNHKと契約し、受信料を払わねばならない。茶の間にある1台のテレビを家族で囲む風景が一般的だった頃から変わらないこの仕組みを、インターネット時代にそのままにしておいていいのだろうか。

 2015~17年度経営計画でNHKは、インターネット活用に重点を置き、〈放送と通信の融合時代にふさわしい“公共メディア”への進化〉を見据えるという。それを踏まえて経営委員会は、新しい受信料制度の研究を急ぐよう注文している。

 NHKは、既に放送した番組をネットで有料配信している。加えて、昨年の放送法改正で、これまで一部を除いてできなかった放送中や放送前の番組の配信もできるようになる。実施基準案には、ネット事業の費用は受信料収入の2・5%を上限とし、スポーツの生中継などを試験的に配信することなどが盛り込まれている。

 情報や文化を分け隔てなく伝えるのがNHKの役割である。視聴者がよりアクセスしやすいよう、新しい技術を活用するのは当然のことだ。

 しかし、その費用をすべてテレビを基準に集めた受信料で賄ってよいのか。受信料を財源に、どのような事業をどの程度まで実施するのが適切かなどについては、広く視聴者の意見を聞く必要がある。

 海外では様々なやり方で、公共放送を支えている。

 イギリスはテレビ放送の受信機を置く「受信許可料」として集め、払わないと罰金がある。フランスは受信機のある世帯から税として徴収する。

 ドイツは13年から、すべての住居と事業所から負担金を集める仕組みに変えた。放送を見ているか否かにかかわらず、誰もが情報源を利用できる環境をつくるために、みんなで費用を担うという考え方だ。

 こうした海外の例も研究しながら、日本の公共放送が果たすべき役割を吟味し、それを支える負担をどう分かち合うのがよいかを、じっくり考えてゆきたい。受信料を使うべき事業の範囲と内容は特に大事な論点になるだろう。NHKと民間放送とのバランスをどうとるかも課題だ。NHKも民放も、積極的に視聴者に考える材料を提供し、議論を呼びかけてほしい。

衆院代表質問 人質事件で与野党は結束せよ

 麻生財務相の財政演説に対する各党の代表質問が衆院で始まった。第3次安倍内閣の発足後、初の本格的な論戦だ。

 野党は、批判一辺倒でなく、具体的な対案を示し、建設的な議論を展開してほしい。

 民主党の前原誠司元代表は、シリアでの邦人人質事件について、過激派組織「イスラム国」と戦う周辺国への2億ドル支援に言及し、「(敵視される)リスクをどう想定していたのか」と追及した。

 安倍首相は、「周辺国への人道支援は、国際社会の一員として当然の責務だ」と反論した。「我が国は決してテロに屈しない。今後も、人道支援を積極的に実施する」とも力説した。

 残忍なテロを繰り返すイスラム国には十分な警戒が必要だが、国際協調を前提とする人道支援には前向きに取り組むべきだろう。

 前原氏と、維新の党の柿沢未途政調会長は、人質の早期救出に向けた政府の対応には協力する考えをそろって表明した。

 イスラム国との難しい人質解放交渉に臨むには、政府と与野党が足並みを乱さず、結束することが欠かせない。

 前原氏は、昨秋の消費税率10%への引き上げ先送り決定について「増税できる環境を作れなかった責任、経済政策が間違っていたことを、率直に認めるべきだ」と安倍首相に迫った。

 首相は「経済の好循環が着実に生まれ始めており、批判は当たらない」と強調した。2017年4月の消費増税を確実に実施するため、経済政策「アベノミクス」を前に進めるとも言明した。

 アベノミクスは、円安・株高、企業業績や雇用の改善などで、一定の成果を上げている。先の衆院選では、まだ恩恵を受けていない国民にも、その方向性がある程度支持されたのではないか。

 民主党も、消費増税の延期に賛成した。アベノミクスの修正を求めるなら、何をどう変えるのか、具体策を提示しなければ、説得力を持つ主張とはならない。

 前原氏は、今年度補正予算案について、商品券発行などで自治体を支援する総額4200億円の交付金の経済効果が乏しいと批判した。「統一地方選前のバラマキの典型だ」とも決めつけた。

 首相は、「過去の施策を検証し、効果的な取り組みとなるよう工夫をこらした」とかわした。

 確かに、交付金の経済効果は限定的だとの見方は少なくない。政府と自治体がより効果的な使い方を検討することが大切だろう。

若者雇用法案 企業は職場情報の積極提供を

 若者が自分に適した職場を選び、意欲的に働けるよう支援する体制作りが急務である。

 厚生労働省の審議会が若者雇用対策法案についての報告書をまとめた。各企業の就労実態に関する情報を、学生が入手しやすくすることが柱だ。政府は今国会に法案を提出する。

 企業業績の回復基調を受け、若者の雇用情勢は改善しつつある。だが、就職しても3年以内に離職する新卒者が大卒で3割、高卒で4割に上る。不本意ながら非正規雇用となっている若者も多い。

 キャリア形成のスタート時点でつまずくと、その後に挽回するのは容易でない。

 法案では、企業が新卒者を募集する際、離職者数や残業時間、有給休暇や育児休業の取得率といった情報の提供を義務付ける。

 学生には、知名度の高い大企業志向が根強い。採用がなかなか決まらない学生がいる一方で、中小企業は人材確保に苦戦している。若者を使い捨てる「ブラック企業」への不安も影響していよう。

 情報が不足しがちな中小企業についても、学生が就労実態を把握しやすくし、就職を後押しする。その狙いは適切だ。

 問題は、学生が問い合わせた場合に限り、企業に情報提供を義務付けたことだ。採用の選考で不利になるのを恐れ、情報請求をためらう学生も多いのではないか。

 企業が、提供する情報を自らの都合で選択できるようにした点にも疑問が残る。学生が知りたい情報を得られない可能性がある。

 こうした内容となったのは、会社案内やホームページでの一律の公表に企業側が強く抵抗したためだ。政府は、企業に積極的な対応を促す必要がある。学生に役立つ情報の発信は、会社のイメージアップにもつながろう。

 学校やハローワークを通じた情報請求を可能にするなど、利用しやすくする工夫も大切だ。

 若者の採用・育成に積極的な企業を厚労省が認定する制度も新設する。助成金などで支援する方向だ。新入社員の定着率などで一定基準を満たすことが要件となる。企業が、若者の雇用改善に取り組むよう有効に機能させたい。

 報告書は、未就職者や非正規雇用の既卒者に対する支援強化も打ち出した。若者が能力を発揮するには、再チャレンジの道を広げることが欠かせない。

 若者の雇用安定は、少子化対策や地方創生を進める上で重要だ。行政と企業、学校が一体となった取り組みが求められる。

2015年1月27日火曜日

ギリシャ新政権・EUは現実的に協調を

 ギリシャの総選挙で、欧州連合(EU)が同国に課す財政緊縮策に反対する急進左派連合が圧勝した。首相に就任したチプラス党首は、EUに金融支援の条件を緩和するよう要求する構えだ。両者の対立が深刻化すれば、欧州単一通貨ユーロへの信頼が根底から揺らぎかねない。

 2010年にギリシャが債務危機を起こして以来、EUは国際通貨基金(IMF)や欧州中央銀行(ECB)とともに、同国を金融支援する前提として構造改革と財政再建を迫ってきた。これまでの政権は公務員のリストラや国有資産の売却などで対応を試みたが、国民の不興を買った。

 選挙結果はギリシャ国民の民意である。その政治的な現実は直視しなければならない。一方で、EUなどが支援を続けなければ、同国の財政は今年夏にも再び破綻する恐れがある。経済的な現実からも目をそらすことはできない。

 支援する側のドイツなどには、お荷物となったギリシャをユーロ圏から外すべきだという意見も出ている。支援の枠組み見直しをめぐる協議が難航すれば、こうした感情的な極論が広がりかねない。だが、たとえ一国でもユーロを離脱すれば、半世紀を費やした欧州統合のタガは外れてしまう。

 ギリシャ新政権が直面する課題は、同国の国内だけの問題ではない。ユーロ圏発で再び世界経済を危機に陥れてはならない。チプラス氏が率いる新政権とEUは、現実主義に立って協議を進め、支援の継続を目指してほしい。

 総額2400億ユーロ(約32兆円)に上る支援資金について、チプラス氏は一部の返済免除を主張してきた。支援する側は、大幅な見直しには応じにくいが、返済期間や金利などで柔軟になれる部分があるはずだ。両者は実行可能な条件で合意点を探るべきである。

 ギリシャ総選挙の結果は、緊縮財政に不満を抱く国内世論に訴えたポピュリズムの勝利といえる。今年欧州では、債務危機に揺れたポルトガル、スペインや、EU懐疑論が強まる英国で総選挙が相次ぐ。近視眼的な人気とりの政治が欧州に拡散しないことを望む。

 日本から眺めると、保護と支援に慣れたギリシャ国民の判断は独善的と映るかもしれない。だが現実にはポピュリズムは日本でも広がっているのではないか。持続可能な発展のために、ギリシャの苦難を他山の石とすべきだ。

共通の土俵で安保を論じよ

 第3次安倍内閣になって最初の通常国会が始まった。集団的自衛権を巡る憲法解釈の見直しに伴う安全保障法制の整備に加え、アベノミクスの先行きにかかわる農協改革などの法案を審議する。大事なのは与野党が共通の土俵に立って政策論戦を展開することだ。

 前半国会は2015年度予算案の審議が円滑に進むかどうかが焦点だ。昨年の衆院解散が恣意的だったとの批判を封じるためにも、政府・与党は予算成立の遅れを少しでも小さくしたい考えだ。

 当然の対応だが、国会審議がないがしろにされては本末転倒だ。短期の暫定予算ならば、景気への影響はさほどでもない。政府・与党はできるだけ丁寧な国会運営を心がけねばならない。

 今国会の最重要課題である安保法制の中身を巡り、自民党と公明党の間になお距離がある。これからの日本は国際社会においてどういう存在になるのか。国のあり方の全体像が有権者にみえるような論戦が必要である。

 自衛隊法の手直しなのか、周辺事態法の改正なのか、などという形式論はその先の問題だ。

 有意義な論戦になるかどうかは野党次第ともいえる。岡田克也代表になった民主党は存在感を回復できるかどうかの瀬戸際にある。批判するだけでなく、しっかりした対案を示すべきだ。

 安保政策には同盟国との関係構築など長期的な視野がいる。政権交代があるたびに日本の針路が揺れ動いては困る。与野党が日ごろから意思疎通し、協力し合う関係を築くことが望ましい。今国会は共通の土俵をつくる絶好の機会ではないだろうか。

 他の法案審議では、昨年秋の臨時国会で審議未了・廃案になった女性活躍推進法案、労働者派遣法改正案などを最優先すべきだ。

 低所得の後期高齢者への特例措置を原則廃止する医療保険制度改革法案も重要である。「改革断行国会」と銘打つからには、国民に痛みを伴う改革もきちんと断行せねばならない。

国会と「70年」―大いに論じよ歴史認識

 第3次安倍内閣が発足してから初の本格論戦の舞台となる通常国会が、きのう開会した。

 成長戦略や安全保障関連など、重要法案が目白押しの国会なのに、安倍首相の演説は来月まで先送りされた。肩すかし感は否めない。

 ところが開会前日に、首相から聞き流すことができない発言が出てきた。戦後70年の「安倍談話」についてである。

 首相はこのところ、戦後50年の「村山談話」や60年の「小泉談話」を「全体として受け継いでいく」と繰り返している。

 その村山談話の根幹は「植民地支配と侵略によって、アジア諸国の人々に多大の損害と苦痛を与えた」と率直に認め、「痛切な反省」と「心からのおわび」を表明している点にある。

 首相はおとといのNHK番組で、司会者から「植民地支配や侵略という文言を引き継ぐか」と問われ、こう答えた。

 「いままで重ねてきた文言を使うかどうかでなく、安倍政権としてこの70年をどう考えているかという観点から出したい」 「今までのスタイルを下敷きとして書くことになれば、『使った言葉を使わなかった』『新しい言葉が入った』というこまごまとした議論になっていく」

 驚くべき発言だ。

 植民地支配や侵略というかつての日本の行為を明確に認めなければ、村山談話を全体として受け継いだことにはならない。同じ番組で公明党の山口代表が「(談話の継承が)近隣諸国や国際社会にちゃんと伝わる表現でないと意味がない」と語った通りだ。

 こうした表現をめぐる議論を、「こまごまとしたこと」と片づけるわけにはいかない。安倍談話の内容は、中国や韓国だけでなく、東アジアの安定を求める欧米諸国も注目しているからだ。

 最近は封印しているが、安倍氏は村山談話の見直しに意欲を示していた。だが、村山談話はその後のすべての首相が継承し、国際社会でも高い評価が定着している日本外交の基礎である。いかに国会で圧倒的多数を占める政権とて、これをあっさりと覆すことはできない。

 「未来志向」の談話にしたいという思いはわかるにせよ、首相の発言を聞くにつけ、内外からの批判をかわしつつ、村山談話を骨抜きにするための狭き道筋をひたすら探っているように思えてならない。

 談話そのものは国会で審議するものではない。だが、背景にある首相の歴史認識について、国会は大いに論じるべきだ。

ギリシャ総選挙―信認される政策を

 ギリシャの総選挙で、反緊縮を掲げる野党・急進左翼進歩連合が第1党に躍進し、政権を担うことが確実になった。

 この選挙結果は、緊縮財政に対する国民の不満の強さの表れだろう。

 09年のギリシャ危機後、ギリシャ政府は、欧州連合(EU)などから支援を得る見返りに、財政再建・緊縮財政を進めてきた。年金や公務員給与のカット、増税と、国民に痛みを強いることで、財政状況は改善したものの、失業率が今も約25%にのぼるなど、経済には傷痕も残る。厳しい生活に対する国民の不満をとらえたのが、債務削減とともに緊縮策の見直しを訴えた急進左翼進歩連合だった。

 実際に政権についた後、急進左翼進歩連合がEUなどとの交渉で、具体的に何を求めるのかはまだ明らかではない。しかし、多くの支持を得た以上、選挙戦で掲げた要求の水準を急に引き下げるのは容易ではないだろう。

 とはいえ、ギリシャが自力で資金を調達するには限界があり、EUなどからの支援なしでは、立ちゆかない。ギリシャの財政再建努力とEUの支援がセットになって、市場の信認を得て危機を沈静化させてきた経緯もある。

 財政再建策の見直しを求めるにしても、おのずとその幅には限度がある。急進左翼進歩連合もユーロ圏にとどまる意向は示している。財政規律がユーロ加入の条件であったことを踏まえるなら、現実的な選択肢を対外的に示し、国民を説得することが必要になる。

 EU各国も、ギリシャが直面している政治状況や、ギリシャが財政再建に努めてきた事実を理解したうえで、改めて支援策を考えるべきだ。ギリシャ問題はユーロの信認に直結する。

 ギリシャに端を発した欧州各国の債務危機は、ユーロに対し、根源的な問題を投げかけてきた。各国財政がばらばらなままで、どう信認を維持するのか、という問題である。

 通貨の信認は、発行国の財政の信認にかかる。多くの国が加盟するユーロでは、そのための工夫が財政規律のルールであり、債務危機後は、緊縮財政だった。

 デフレに陥りかねない低成長の欧州では、ギリシャ以外の多くの国でも、「緊縮より成長」という主張が一定の支持を得てきている。各国の事情に配慮しながら、いかにユーロの信認を保っていくのか。ギリシャ支援を通じ、EUはその答えも探さなければならない。

通常国会召集 「改革断行」に値する論戦を

 安倍首相が「改革断行国会」と名付ける通常国会が召集された。

 経済再生や安全保障体制の強化、医療・農業・雇用の改革など、多くの政策課題にどう取り組むべきか。与野党は、建設的で深みのある論戦を展開してもらいたい。

 麻生財務相が今年度補正予算案に関する財政演説を行った。27日に各党の代表質問に入る。

 首相は、今年も「経済最優先」の方針を掲げる。来週中に補正予算案を成立させたうえ、越年編成となった来年度予算案を2月中旬に国会に提出し、3月末までに成立させることを目指している。

 景気回復への足踏み状況を早期に脱するため、予算案の成立を極力急ぐのは当然である。

 予算案審議では、経済政策「アベノミクス」に加え、シリアでの邦人人質事件や戦後70年の安倍首相談話などがテーマとなろう。

 人質事件では自民、民主両党が、首相、官房長官、外相の国会出席に関して、事件解決を優先することで一致した。適切な対応だ。

 問題なのは、一部野党が、首相の中東訪問が事件の要因であるかのような批判をしていることだ。2億ドルの支援は人道援助が中心で国際社会も高く評価している。

 非難すべきは、過激派組織「イスラム国」側である。与野党は党利党略を排し、結束する姿を海外に発信することが重要だ。

 安倍談話に関し、首相が、過去の植民地支配や侵略に対する反省やお詫わびなど、戦後50年の村山談話の表現にこだわらないととれる考えを示したのには疑問が残る。首相の真意は不明だが、野党は反発し、公明党も懸念を示した。

 戦後の平和国家としての歩みや今後の世界平和への積極的な貢献に言及し、未来志向の戦後70年談話とすることに異論はない。

 だが、歴代内閣の歴史認識を基本的に踏襲しないと、国際社会に誤ったメッセージを送ることにもなろう。首相には、発言に細心の注意を払うことが求められる。

 通常国会では、昨秋の臨時国会で廃案となった労働者派遣法改正案、女性活躍推進法案など100本超の法案審議が予定される。

 焦点は、集団的自衛権の行使を容認した新政府見解を反映する安全保障法制の整備である。

 日米同盟と国際連携を強化し、様々な危機への抑止力を高める新法制の制定は急務である。より幅広い合意形成を図りたい。

 政府・与党は、その必要性を丁寧に説明し、民主、維新両党など野党との連携を模索すべきだ。

ギリシャ総選挙 大衆迎合では経済の混乱招く

 ギリシャ発の欧州経済危機が再燃しないか、懸念が拭えない。

 ギリシャの総選挙で、緊縮財政路線との決別を掲げる最大野党、急進左派連合が第1党となり、連立政権作りに乗り出した。

 定数の過半数に迫る議席を獲得し、事前予想を上回る圧勝である。サマラス前首相率いる新民主主義党は、第2党に転落した。

 急進左派のツィプラス党首は、「悲惨な緊縮策は過去のものになる」と勝利宣言した。

 財政危機に陥ったギリシャは2010年以降、欧州連合(EU)などから支援を受ける条件として緊縮財政政策を続けてきた。

 基礎的財政収支が黒字化し、財政再建が進んだ反面、国内総生産は危機前の7割に縮小した。公務員のリストラで急増した失業率は25%前後に高止まりしている。最低賃金の引き下げなどに伴う国民生活へのしわ寄せも大きい。

 急進左派の最大の勝因は、国民の「緊縮疲れ」だろう。

 問題は、急進左派の公約が、あまりに大衆迎合的なため、EU支援の継続が危ぶまれることだ。

 EUに債務減免を求める。解雇された一部の公務員の復職を認める。いずれもサマラス政権の緊縮財政策を逆戻りさせる内容だ。財源の裏付けを欠く福祉政策の強化案もバラマキ批判を免れまい。

 現行のEU支援の期限は2月末だ。ギリシャ次期政権には、その後の支援策についてEUと合意することが喫緊の課題である。

 だが、急進左派の多くの公約は、EUにとって認めがたい。支援を主導するドイツは、債務減免を「問題外」と切り捨てている。

 協議が行き詰まれば、ギリシャの国債発行が困難になり、債務不履行に陥る危険さえある。

 EUは、前回の危機を教訓に、混乱の波及を防ぐため、財政難に陥った国を支援する総額5000億ユーロの「欧州安定メカニズム(ESM)」を発足させている。

 だが、ギリシャがESM発動の要件を満たせず、危機が深刻化すれば、欧州だけでなく、世界の金融市場に飛び火する心配は消えない。実際、急進左派の大勝を受けて、円高ユーロ安が進むなど、日本にも影響が出ている。

 急進左派は、公約に固執せず、債務返済先送りや金利軽減など、EUとの妥協点を探るべきだ。

 ユーロ圏がデフレに陥る懸念が強まる中、欧州中央銀行(ECB)は、国債購入による量的緩和を決めたばかりだ。危機回避へ、EUの政策協調が試されよう。

2015年1月26日月曜日

人命弄ぶ「イスラム国」の蛮行を非難する

 シリアやイラクの一部を実効支配する過激派「イスラム国」とみられる組織が、拘束した日本人2人のうち、湯川遥菜さんを殺害したとする音声付きの画像をインターネット上に載せた。

 安倍晋三首相は画像について、NHK番組で「信ぴょう性が高いと言わざるを得ない」と述べた。事実だとすれば、痛ましい結果に憤りを覚える。人命を弄ぶ過激派の卑劣な行為を強く非難する。これ以上の蛮行を許してはならない。政府は残る後藤健二さんの解放に全力をあげてほしい。

 湯川さんは昨年、シリアに入国し、イスラム国に拘束された。フリージャーナリストの後藤さんもシリアに向かった後、行方がわからなくなった。

 イスラム国は当初、法外な身代金の支払いを求めてきた。新たな画像ではこの要求を取り下げ、代わりに後藤さんを解放する条件としてヨルダンでのテロ事件に関与して拘束され、死刑判決を受けている仲間の釈放を求めている。

 政府は事実関係を早急に確認し、要求を精査することが必要だ。ヨルダンは日々、イスラム国の脅威と対峙する。安倍首相は今回の中東歴訪でヨルダンを訪れ、事件発生後も同国のアブドラ国王と電話で会談し協力を要請した。後藤さんの早期解放に向け、今後もヨルダンや関係国と緊密に連携していくことが重要だ。

 犯行は首相の中東訪問のタイミングが狙われた。イスラム国が存在を誇示するために、首相の訪問を利用したと言わざるを得ない。イスラム国の脅威が対岸の火事ではないことを示した。日本人もテロの標的となる現実を自覚しなければならない。

 米国が主導する有志連合がイスラム国の拠点に空爆を続ける。国際社会はイスラム国への資金や戦闘員の流入を遮断するための連携も強めている。イスラム国の勢いは、一時に比べ陰りが出ているとの見方もある。包囲網を粘り強く狭めていくことが大切だ。

 イスラム国は既存の国境を否定し、イスラム法に基づく復古的な統治を掲げる。実際は暴力と恐怖による支配であり、他者への寛容や物事の中庸を説くイスラム教本来の姿とはかけ離れたものだ。

 大多数のイスラム教徒は罪なき人々を巻き込むテロを苦々しく見ている。国際社会が穏健なイスラム教徒に寄り添い、中東の安定を後押しすることが欠かせない。

中国は資源輸出の是正急げ

 中国政府は高性能磁石の原料などに使うレアアース(希土類)に設定していた輸出枠を撤廃した。世界貿易機関(WTO)が昨年、中国の輸出規制について日米欧の提訴内容をほぼ全面的に認め、中国が敗訴したことを受けた措置とみられる。

 中国がWTOの判断に従い、貿易政策を是正したことは評価できる。しかし、WTOが指摘した輸出規制は輸出枠による数量制限だけではない。輸出税により国内と海外の調達価格に格差をつけていることや、輸出企業を限定する貿易権の制限も問題としている。

 レアアースには依然として15~20%程度の輸出税が残り、輸出できる権利は中国政府が許可証を出した企業に限られる。WTOが是正の期限とする5月までに、中国政府は残る輸出規制も撤廃してもらいたい。

 需要国の日本が省資源技術の開発など対応策を進めたことで、レアアースの相場は大きく下落した。ただ、当面の危機感が薄らいだからといって、問題のある輸出規制は放置できない。

 中国には日米欧が提訴したレアアースやモリブデン、タングステンのほかにも世界生産に占めるシェアが高い資源が多い。合成樹脂を燃えにくくするための添加剤として欠かせないアンチモニーは、中国の生産が世界の約9割を占め、輸出枠を設定したままだ。

 アンチモニーほどシェアは大きくないが、すずやすず製品、銀にも輸出枠は残る。中国はWTOに加盟する経済大国の自覚を持ち、貿易政策を是正すべきだ。

 中国以外でも資源の輸出規制は広がっている。インドネシアは自国産業の振興を狙い、昨年1月にニッケル鉱石などの輸出を禁止した。プラチナなどで高いシェアを持つ南アフリカも「戦略的鉱物資源」は国内に優先供給する政策の実現をめざしている。

 日本政府は自国産業を優遇する輸出規制が国際社会で認められないことを説明し、各国に政策の見直しを促してほしい。

「イスラム国」人質事件―暴挙に立ち向かう連携を

 非道と言うほかない。

 中東の過激派組織「イスラム国」が、拘束している日本人に関するものとする新たな画像と音声をネット上に公表した。

 人質の後藤健二さんが写真を手にもっており、英語のメッセージが流れている。写真には、もう一人の人質、湯川遥菜(はるな)さんが殺害されたとみられる画像が写っていた。

 安倍首相はきのうのNHK番組で、「残念ながら、今の時点で信憑性(しんぴょうせい)は高いと言わざるを得ない状況だ」と語った。

 湯川さんの安否について確実なことはまだわかっていない。だが、過激派が予告通りに殺害を強行したのだとしたら、心の底から怒りを禁じ得ない。

 「イスラム国」はこれまでもシリアやイラク北部で少数派の異教徒を殺害、奴隷化したり、米国人らを誘拐して殺したりと残虐の限りを尽くしてきた。

 こんな言葉が届く相手ではないとわかりつつも、あえて言わねばならない。

 これ以上、命を奪うな。

 どの国籍であろうが、どの民族であろうが、どんな宗教を信じていようが、人の命を一方的に奪うことは許されない。

 ましてや、殺害予告で家族らを不安の底に突き落とし、画像の公表で犯行を世界に誇示しようとしているのなら、卑劣であり、言語道断である。

■理不尽な拘束理由

 民族や宗教がからみあう中東地域では、第2次大戦後も繰り返される紛争で数えきれぬ人命が奪われてきた。

 そしていまでも「イスラム国」や、そのほかの武装勢力や、政府軍も入り乱れた戦闘行為などで、たくさんの罪のない市民が犠牲になっている。

 現地のこうした窮状に、多くの日本人も心を痛めている。安倍首相が最近表明した2億ドルの拠出は、周辺諸国への難民の「命をつなぐ支援」にほかならない。戦後日本が培ってきた平和主義に基づく、この地域の人々との協調の証しである。

 黒装束の脅迫者が口にした「日本は十字軍への参加を志願した」などという言葉は、とんでもない言いがかりだ。

 後藤さんは、紛争地の実情を取材し、世界に伝えようとしたジャーナリストだ。湯川さんも人々に危害を与えようとシリアに入ったわけではなかろう。

 2人とも、死の恐怖にさらされなければならない理由は全くない。イスラムの名をかたった理不尽な拘束と脅迫を、世界が厳しく指弾している。

■ヨルダン揺さぶりも

 この事件はもはや、日本と「イスラム国」との問題にとどまらなくなった。

 脅迫者らは人質解放の条件を、身代金ではなく、ヨルダンに収監されている仲間の釈放に変えたとしているからだ。

 ヨルダンの首都アンマンで05年に起きた爆破テロの実行犯として、死刑判決を受けて収監されている。イラクの混乱が隣国ヨルダンにも拡散した衝撃を内外に与えた事件であり、釈放は簡単ではあるまい。

 この要求には、「イスラム国」への空爆作戦に加わっているヨルダンに揺さぶりをかける意図もうかがわれる。

 アンマンには日本政府が現地対策本部を置いており、人質事件について両政府が緊密に協議してきただけに、その分断を狙っているのかもしれない。

 両政府にとって立場は極めて難しいが、テロ組織側の思惑に乗せられることなく、団結を保ちながら立ち向かうしかない。

 ヨルダンに限らず、トルコやイラク、サウジアラビアを含む湾岸諸国など周辺の国々との連携を深める努力も欠かせない。

 この地域には、部族のつながり、人の流れ、宗教上の事情などを通じて、「イスラム国」や、その関係者らにアクセスできる様々なルートがある。あらゆる可能性を探りつつ、事態の打開を図る必要がある。

■一層の対テロ連帯を

 中東・北アフリカ地域では、今後も日本人がテロや事件に巻き込まれることが予想される。このような事態に備えるためにも、日ごろから周辺の国々と一定の深度の協力関係を築くことが中期的に求められる。

 現時点ではとりわけ、「イスラム国」による脅威が深刻だが、その不安は地域を問わず、どの国も共有している。

 民族や宗派間の憎悪をあおり、平和的な統治の秩序を破壊する組織は、アラブ諸国の政府にとって重大な懸案だ。

 過激思想に触発された者たちによるテロの脅威に直面した欧米社会にとっても、「イスラム国」への対処は喫緊の難題だ。

 日本人の人質事件を注視する世界各国のまなざしには、これからの世界の安全をどう守るかをめぐる不安がある。

 アラブ、欧米を中心にした反過激派の連帯の中で、日本も多様な取り組みを重ねたい。多くの国を巻き込んだ協力態勢の中で、捕らわれた人たちが元気な姿で戻って来ることを望む。

邦人人質新映像 残虐非道な行為を非難する

 残虐非道な映像だ。断じて容認できず、強く非難したい。シリアでの邦人人質事件で、犯行グループが新たなビデオ映像を動画サイトに投稿した。

 映像では、過激派組織「イスラム国」とみられるグループの人質となったジャーナリスト、後藤健二さんがオレンジ色の服を着て、写真を手にしている。写真には、湯川遥菜さんとされる男性が殺害され、横たわる姿がある。

 英語の音声は、グループが指定した身代金支払期限の72時間以内に、日本政府が行動を取らなかったため、湯川さんは殺された、と一方的に主張している。

 身勝手な論理に基づき、無辜(むこ)の市民を拘束し、冷酷に殺害する。決して承服できない行為である。安倍首相がテレビ番組で、「言語道断で、許すことのできない暴挙だ」と批判したのは当然だ。

 首相は写真について、「信ぴょう性は高いと言わざるを得ない」と語った。事実なら、極めて痛ましく、残念な結果である。

 湯川さんは、海外の紛争地での警備などを業務とする会社を設立し、昨年7月にシリアに入り、8月に拘束されたとされる。

 映像は、後藤さんの解放の条件として、身代金の代わりに、ヨルダンで収監中の女死刑囚の釈放を求めている。2005年11月にアンマンで発生した同時爆弾テロ事件の実行犯である。

 新たな事態にどう対処するか。「テロに屈しない」という、確立された国際社会の共通の原則を堅持しつつ、「人命第一」で人質の救出に当たらねばならない。

 テロリストである死刑囚の釈放には、ヨルダン国内に慎重論が強い。一方で、イスラム国が拘束するヨルダン軍操縦士の解放との交換を求める声もあるという。

 いずれにせよ、ヨルダン政府と十分に情報を共有し、慎重に協議を進める必要がある。

 同時に、シリアの有力部族や宗教指導者らに引き続き仲介を求めて、犯行グループとの交渉を粘り強く進めることも重要だ。

 穏健なイスラム教徒の間では、残虐行為を続けるイスラム国に対する批判が強まっている。日本への同情的な意見も目立つ。イスラム国は孤立を深めつつある。

 こうした世論を背景に、イスラム国に影響力を持つ仲介者との連携を強めることが大切だ。

 安倍首相は、オバマ米大統領と電話会談し、事件の解決に向けた協力を要請した。欧米諸国との緊密な調整も欠かせない。

ピケティ現象 格差拡大は資本主義の宿命か

 資本主義経済の下では貧富の格差が拡大を続ける宿命にあるのか。

 フランスの経済学者、トマ・ピケティ氏が著書「21世紀の資本」で提唱した理論を巡り、世界で活発な論議が巻き起こっている。

 「ピケティ現象」とも言われるブームに火が付いたのは、一握りの経営者の巨額報酬など格差問題が深刻化した米国だ。分厚い学術書にもかかわらず、世界で100万部のベストセラーとなった。

 欧米を中心に200年以上の税務統計を分析したところ、株式や不動産などの資産から得られる利益の伸びが、賃金上昇率を上回っていたことが分かったという。

 ピケティ氏はこうしたデータを根拠に、将来にわたって資産家への富の集中が続き、貧富の差は拡大していくと結論付けた。

 確かに、著書に掲載された多くの図表からは、不平等が広がっていく傾向が見て取れる。

 経済発展とともに格差は解消するという、経済学で主流の説を覆す内容が、学界をはじめ各方面に一石を投じた意義は大きい。

 一方で、自説を裏付けるために都合のいいデータを選んでいる、といった指摘もされている。

 資本主義国で格差が際限なく広がるメカニズムの論理的な説明はできるのか。他の指標を用いても同じ結論が得られるのか。

 企業や個人の自由な行動と公正な競争を重んじる資本主義経済の在り方に関わる問題提起だけに、多角的な検証が求められよう。

 ピケティ氏の主張で疑問なのは、格差解消の処方箋として、富裕層に対する世界的な資産課税強化を提唱していることである。

 税負担の軽い国や地域に資産が逃避するのを防ぐ狙いだろうが、各国が一斉に増税で歩調を合わせることは、政治的にも実務的にも、ほとんど不可能だ。

 そもそも、報酬が従業員の数百倍の経営者も珍しくない米国より日本の格差は小さいなど、国によって状況は大きく異なる。税制を同列に論じるのは無理がある。

 富裕層に重税を課すことは、働く意欲をそぎ、成長を鈍化させる要因になりかねない。

 ピケティ説に乗じ、過剰な所得再分配を求める声が、日本でも強まってきたのは気がかりだ。

 成長の恩恵を受ける富裕層と、取り残される低・中間所得層という単純な図式を掲げ、バラマキ策を唱えるのは無責任だ。教育や職業訓練の充実など、努力すれば所得を向上できる機会を広げる政策にこそ、力を注ぐべきである。

2015年1月25日日曜日

安倍政権は農協の抜本改革を断行せよ

 農業協同組合の抜本改革をめぐり、自民、公明党で本格的な議論が始まった。両党とも改革は慎重に進めるべきだとの声が目立つ。背景には、4月の統一地方選や来年夏の参院選で農協の組織票を失うことへの懸念があるようだ。

 しかし、農協法に基づく権益を維持しようとする全国農協中央会(JA全中)の揺さぶりで農協改革が後退するようでは、安倍政権が推進する岩盤規制改革への期待は失望に変わる。農業の競争力強化に向け、安倍晋三首相は指導力を発揮すべきだ。

 政府は自民、公明両党の議論を踏まえて農協法改正案をまとめ、通常国会に提出する方針だ。改革は全中制度の見直し、農家以外の「准組合員」の利用制限、全国農協連合会(JA全農)の株式会社化などが柱になる。

 全中制度は地域ごとの単位農協に対する全中の指導・監査権限をなくし、公認会計士による監査に変える方針だ。全中は一般社団法人として農業振興策などをまとめる組織に変わる。

 農協は本来、農家が自主的に設立する草の根型の組織だ。頂点に立つ全中が指導・監査を通じて単位農協を縛るあり方は変えて当然だ。身内の監査から公認会計士による外部監査に変われば、経営の透明性も高まる。

 農協は農家の協同組合であり、農家以外の准組合員が過半を占める現状は改めるべきだ。規制改革会議の作業部会は昨年5月、「准組合員の事業利用は正組合員の事業利用の2分の1を超えてはならない」とする具体案を提言した。

 農家による農家のための組織であるからこそ、農協には銀行、保険業務の兼営など「特権」が認められている。農協法改正案では准組合員の利用について具体的な制限を盛り込むべきだ。

 全農の株式会社化は単位農協が株主となり、健全な事業運営ができているかをチェックすることが狙いだ。経営合理化で農産物の販売手数料を軽減したり、企業と連携を強めたりするためにも株式会社への転換を進めてほしい。

 農業の現場で大規模な生産者の多くは農協を利用せず、農産物を直接、小売りや外食産業に売り込む。現状の農協には対価を払うだけの利用価値がないとみているからだ。農協改革で今後の主役と位置づけられる単位農協も自ら経営感覚を磨いて魅力を高め、農家に存在意義を訴えてもらいたい。

実効性ある原発テロ対策を

 全電源喪失が炉心溶融を招いた福島第1原子力発電所の事故は原発の弱点をあらわにした。テロも含め、原子力の安全を脅かすあらゆる事態を想定し対策を講じていく必要がある。事故から得た大切な教訓だ。

 原子力規制委員会は内部からのテロ行為や情報漏洩を防ぐため、原発で働く人の身辺の状況を調べる制度を検討中だ。テロから原発を守るため制度は必要だろう。ただ、乱用されると働く人のプライバシーの侵害などにつながる恐れもある。制度がもたらす負の側面とのバランスに配慮し、実効性のある制度にすべきだ。

 原発内部の者によると推定される不審な出来事がこれまでも現実に起きている。2007年に北海道電力の泊原発で火災が連続した。他の原発でパソコンなど機材が行方不明になった事例もある。

 国際原子力機関(IAEA)は原子力施設で働く人たちの信頼性を確認する制度の導入を勧告している。欧米の主要な原子力利用国はすでに制度を導入済みだが、日本はまだだ。日本で盗まれた情報が他国での破壊行為に利用される危険もある。世界との共同歩調が求められる。

 原発の安全確保は電力会社の責任だ。しかし、企業の力だけで十分だろうか。警察などへの照会も想定される。法的な裏付けがある制度が必要ではないか。

 調査の対象には電力会社だけでなく協力会社の社員も含まれる。ただ核燃料を扱ったり、安全上重要な区域に立ち入ったりするなど業務内容により確認が必要な人は限られる。全員を対象に厳格に調べることはない。

 調査が必要な範囲や内容を明確にし、制度がテロ防止以外の目的に利用されないよう歯止めも要るだろう。過度な調査が職場の士気を落とす事態は避けたい。

 電力会社はトラブル隠しなどで国民の信頼を失った過去もある。秘密主義が原発の安全にマイナスの影響を与えかねない点にも配慮して制度を考える必要がある。

いま辺野古で―移設の状況にはない

 沖縄県名護市辺野古の海がまた、大荒れの様相だ。

 米軍普天間飛行場(宜野湾市)の移設に伴う埋め立て工事に先立ち、沖縄防衛局がブイやオイルフェンスなどを張る海上作業を再開した。

 埋め立て予定地に接する米軍キャンプ・シュワブのゲート前は連日、抗議の県民らと警官隊がもみ合い、騒然としている。けが人が続出。救急車で運ばれた人もいる。海上で抗議するカヌー隊の中には、海上保安官に胸を押されて骨折した男性や、救命胴衣を破られた女性もいる。異常な警備である。

 昨年8月に始まった海上作業は、一時台風などで中断。その後も知事選や衆院選への影響を考え再開を先送りしてきた。

 その知事選も衆院選も、辺野古移設反対の民意が圧倒した。政権は沖縄との話し合いを拒み、翁長雄志(おながたけし)知事の就任あいさつさえ受けつけない。

 基地建設に突き進む政権の姿勢に、県民の不信と怒りは膨らむばかりだ。きのうまでの3日間、県民に交じって国会議員、県議、市町村議もゲート前の座り込みに参加した。

 ここに来て注目されるのが、仲井真弘多(なかいまひろかず)前知事による埋め立て承認の判断を、翁長知事が覆すかどうかだ。

 承認手続きを検証する専門家チームが、まもなく作業を始める。仮に法的に欠陥があるとされれば、翁長知事は承認を取り消す方針。欠陥がなくても、知事選で辺野古移設阻止の民意を得たことを根拠に、承認撤回に持ち込む判断もあるという。

 承認の根拠の一つとなった国の環境影響評価(環境アセス)には、多くの専門家が疑問を呈してきた。この際、問題点を再確認することは意味がある。

 例えば国の天然記念物ジュゴンへの影響予測は「科学的ではない」との批判がある。

 オスプレイの運用も、一般の人々が意見を言えるアセス準備書段階まで伏せられ、低周波音対策などは示されていない。

 埋め立ての土砂の調達先も、アセスは触れておらず、鹿児島県奄美大島や香川県小豆島など県外から運び込まれることが後で明らかになった。土砂とともにカビやアリなどの外来生物が沖縄固有の生態系に侵入し、悪影響を及ぼす恐れもある。

 公有水面埋立法には「環境保全に十分配慮する」とある。政府は作業を強行せず、検証を受け入れる度量を示すべきだ。

 政府だけではない。沖縄で、辺野古で、何が起きているのか。今こそ本土の人々は直視しなければならない。

白鵬最多優勝―「国技」考える契機に

 横綱白鵬が大相撲初場所で大きな足跡を刻んだ。

 11月の九州場所で昭和の大横綱、大鵬が持っていた32度の最多優勝記録に並び、2場所連続優勝で記録を塗り替えた。

 その偉業をたたえたい。

 モンゴル相撲の英雄だった父の血を引く少年が来日したのは、2000年のことだ。

 175センチで体重70キロに満たない、やせっぽちの15歳だった。部屋から声がかからず、帰国前日になってようやく宮城野部屋への入門が決まった。

 前人未到の33度目の優勝は、01年春場所の初土俵から13年10カ月、06年夏場所の初優勝から8年8カ月の歳月をかけて積み上げた。

 相手の力を柔らかく吸収するような相撲は、「角界の父」と慕った大鵬に通じる。柏戸、栃ノ海、佐田の山、北の富士ら多彩な横綱と土俵をにぎわせた大鵬に比べ、白鵬は好敵手がおらず、大相撲の存続が危ぶまれた苦しい時期を孤独に支えた。

 同郷の朝青龍が暴力騒ぎで引退したのは10年。ライバル時代は2年ほどで終わる。その後、ひとり横綱の間に、角界では野球賭博事件、八百長問題など不祥事が相次いだ。

 双葉山の69連勝の大記録にあと六つと迫ったのは、野球賭博事件の年だ。横綱昇進後の休場はなく、まさに勝ち続けることで大相撲を守ってきた。その精神力は並大抵ではないだろう。

 横綱はその時代を映す存在ともいう。その意味で白鵬が抱えてきた苦悩にも目を向けたい。

 大相撲はプロスポーツであると同時に、伝統や格式を重んじ、国技とも呼ばれる。海外出身力士を迎え入れる国際化と、昇進するほど日本の精神性が求められる独特の世界。白鵬はそのはざまに身を置いてきた。

 東日本大震災から3カ月後に被災地を慰問した際、土俵入りに手を合わせて拝む人々を「生涯、忘れられない」と語っている。横綱としてどうあるべきかを見つめ直す機会だった。

 13年九州場所で稀勢の里に敗れた時は、「万歳」コールが館内に広がった。「自分がやってきたことは何だったのか」。師匠の宮城野親方にそう漏らしたという。

 優勝を重ねて聞こえてくるのは「日本人力士がふがいない」という言葉だった。横綱としての品格を常に問われながら、同時に日本人でない自分を意識させられてきた。

 大相撲の国際化は止めようもない。伝統を守りつつ、国技としてのあり方を問う。大記録をそんなきっかけにしたい。

欧州の量的緩和 政策協調強めてデフレ回避を

 欧州経済は深刻なデフレを回避できるか。これからが正念場である。

 欧州中央銀行(ECB)が、国債などを大量に買い入れる量的金融緩和策の実施を決めた。

 ユーロ圏19か国の国債などを、3月から月600億ユーロ(約8兆円)のペースで買い入れる。2016年9月末まで、この政策を継続する方針で、総額1兆ユーロを超える大規模な量的緩和となる。

 ECBの政策金利は、ほぼゼロの水準だが、ユーロ圏の消費者物価上昇率は昨年12月、約5年ぶりのマイナスに落ち込んだ。デフレの瀬戸際に追い込まれている。

 市中に出回る資金を増やす量的金融緩和によって、局面の打開を図るのは妥当な判断と言える。

 ECBの決定後、為替市場ではユーロが一時、対ドルで約11年ぶりの安値をつけた。ユーロ安が進めば、輸入物価は上昇し、デフレ圧力の緩和が期待できる。

 ただ、市場などでは、量的緩和による景気浮揚効果は限られるとの見方も少なくない。

 欧州主要国の貸出金利はすでに最低水準で、金利がさらに下がる余地は乏しい。追加緩和によって設備投資などの資金需要が大きく高まるかどうかは不透明だ。

 無論、ECBに頼るだけでは欧州経済の本格回復は望めない。

 経済力のあるドイツは、財政出動も含め、域内の需要拡大に貢献することが求められる。一方、産業の効率化が進まず、活力に乏しい南欧諸国は、規制緩和などの構造改革が待ったなしだ。

 懸念材料は、ユーロ圏の経済運営を巡り、欧州各国の足並みが乱れていることである。

 日米に比べ、ECBの量的緩和が「周回遅れ」となった背景には、経済情勢の違う国々の寄り合い所帯という事情があろう。

 イタリアなど財政事情の厳しい国は量的緩和に前向きだったが、ドイツは国債購入が中央銀行による財政赤字の穴埋めにつながりかねないとして反対していた。

 欧州経済の底上げには、各国が役割と課題を認識し、政策協調に努めることが重要だ。

 ECBの量的緩和で、世界の市場のカネ余りに拍車がかかる。緩和姿勢を強める日欧と、利上げに向かう米国という、政策の方向性の違いも、一段と鮮明になる。

 市場にあふれる巨額マネーの急激な動きが、市場を不安定化させるリスクは高まっている。

 日米欧の金融当局は連携し、投機的な動きへの監視を強めなければならない。

年金給付水準 非正規や将来世代の改善図れ

 制度の持続可能性を高め、将来の年金水準の低下を緩和するため、改革を急がねばならない。

 厚生労働省の審議会が年金制度改革の具体的内容を示した報告書をまとめた。

 給付抑制を図る仕組みの強化など、昨年6月に公表された年金財政検証で将来の給付水準改善の効果が確認されたものが中心だ。

 現行制度は、年金財政の安定化のため、少子高齢化の進み具合に応じて自動的に給付水準を引き下げる「マクロ経済スライド」を導入している。賃金や物価の上昇分より年金の増額を小幅にとどめ、給付を抑制する仕組みだ。

 問題は、物価や賃金が下がるデフレや上昇率が低い際の実施が制限されている点だ。高齢者の生活に配慮したものだが、結果として、給付抑制の遅れを招いた。

 今の高齢者への給付が高止まりしたままでは、将来世代の年金財源が減り、給付水準が低下する。経済動向にかかわらず、完全実施するよう見直すべきである。

 報告書が、給付抑制について「極力先送りされない工夫」を求めたのは、もっともだ。高齢者の反発が予想され、与党内に慎重論もあるが、将来世代の年金を守るためには、避けて通れない。

 報告書は非正規労働者の厚生年金加入を進める方針も示した。

 現行の厚生年金は、正社員が中心だ。パートなどの多くが除外され、老後は満額でも月6万円程度の基礎年金しかもらえない。非正規労働者の増加に伴い、将来、低年金者が続出する恐れがある。

 2016年10月から、対象拡大のため、加入基準が「労働時間が週30時間以上」から「週20時間以上」に緩和される。だが、パートの多い流通業界などの反対で、月収や企業規模に条件がつき、新たな加入者は25万人に過ぎない。

 非正規労働者の年金の充実は急務である。さらなる対象拡大が欠かせない。中小企業の経営に配慮しつつ、着実に進めるべきだ。

 基礎年金の保険料納付期間については、寿命の延びに対応し、今の40年間から45年間に延長することが「自然の流れ」とした。負担が増える分、年金額も増える。

 超高齢社会では、より多くの人が、できるだけ長く働き、社会・経済や社会保障制度の支え手となることが重要だ。将来世代の給付水準の改善にも役立つ。

 問題は財源である。基礎年金の半分は税金で賄われる。消費税率10%への引き上げの確実な実施にとどまらず、その先の負担増も見据えた議論が求められる。

2015年1月24日土曜日

ECB量的緩和が政府に迫る構造改革

 欧州中央銀行(ECB)が量的金融緩和の導入に踏み切った。米連邦準備理事会(FRB)が利上げ時期を探る中で、ECBが新たに潤沢な資金の供給源になるとの期待も膨らんでいる。日米欧の株価が上昇するなど、金融市場にはひとまず安心感が広がった。

 だがユーロ圏に限らず、経済の持続的な成長を金融政策だけに頼るべきではない。中央銀行にできることは、危機を先送りする時間稼ぎにすぎない。市場がとりあえず安定している間に、ユーロ加盟国の政府は財政再建と構造改革を急がなければならない。

 現在のユーロ圏の姿は、昨年10月に日銀が2度目の金融緩和を実施した日本の経済にも通じる。みずほ総合研究所の高田創チーフエコノミストは「量的緩和という劇薬で麻酔にかかった状態」と指摘する。麻酔とは、改革という手術をするための一時的な措置だ。

 いったん開腹して手術を始めたからには、病巣を切り取るなどの改革を素早く実行し、体を修復しなければならない。その手際が悪ければ生命が危なくなる。退路は断たれており、改革が急務であるとの認識を、執刀医である政治指導者は肝に銘じるべきだ。

 ECBが量的緩和に至るまでの過程で気になるのは、各国政府による露骨な政治圧力だ。フランスのオランド大統領はECBの決定に先立ち、量的緩和が既定の事実であるかのように発言した。議会選挙を控え、ユーロ圏からの脱退も取り沙汰されるギリシャの野党は、同国の国債を買い入れるようECBに公然と要求した。

 ECBのドラギ総裁は、財政が危機的な状況であるギリシャの国債の買い取りについて、財政再建の公約順守などの条件を付けた。同国で25日の議会選後に発足する新政権が、ECBの要求に応えられなければ、ユーロ圏への信頼は再び揺らぎかねない。

 量的緩和などの非伝統的な金融政策の手段は、緊急時の危機回避には有効だが、中銀の独立性が侵される事態に至ってはならない。緩和マネーがあふれて、競争力がない企業や銀行が淘汰されずに延命する副作用もありうる。一部の不動産や株などが高騰する局所バブルへの目配りも欠かせない。

 中銀が政権に改革を迫る構図は日本にも共通している。デフレ脱却と景気回復に向けて次に動くのは政府の番であり、成長を実現する主役は企業である。

英との安保協力をさらに前へ

 日米同盟という安全保障協力の「線」を、どう面に広げていくか。周辺の安保環境が厳しくなるなか、日本にとって待ったなしの課題になっている。

 そんな視点から、日本は英国と外務・防衛担当閣僚級協議(2プラス2)の枠組みを発足させ、初会合をロンドンで開いた。ともに米国の同盟国である日英の協力は、互いの利益になる。

 大切なのは結束の美辞麗句をうたい上げることより、目に見える成果を積み重ねることだ。今回の会合を足がかりに、着実に協力を具体化してもらいたい。

 有望分野のひとつが、防衛装備品の研究や開発だ。両国はすでに化学防護服の性能評価で協力しているが、新たに空対空ミサイルの共同研究を探ることにした。英側は自衛隊の最新鋭哨戒機「P1」にも関心を示した。

 友好国との装備品の共同研究や開発が広がれば、日本の調達コストを引き下げることができる。一方で、日本の装備品やその関連部品、技術が、紛争国などに流れることはあってはならない。日英で厳格な防止策を定めたうえで、取り組んでほしい。

 今回の会合では、大災害や海賊、サイバー攻撃への対応をめぐり、協力していくことでも合意した。とりわけサイバー対策では、米欧の豊かな経験から日本が学べることは多い。自衛隊や英国軍、サイバー担当者の接触を増やし、連携を急いでもらいたい。

 会合は、「イスラム国」が、拘束した日本人2人の殺害を予告した直後に開かれた。英側は日本への協力を表明し、テロとの戦いで結束していくことを確認した。

 日本が2プラス2を開くのは米国、オーストラリア、フランス、ロシアに次いで、英国が5カ国目だ。これらのパイプを生かし、情報収集力の向上につなげる努力も大事だ。それにはまず、相手国が持っていないアジア情報などを日本からも提供できる体制を整え、双方向の協力関係を築いていく努力が欠かせない。

欧州経済―緩和策だけでは不十分

 欧州中央銀行(ECB)が、国債などを買って市場に大量のお金を流す量的金融緩和に乗り出すことを決めた。昨年12月のユーロ圏の物価上昇率がマイナスに落ち込み、デフレを回避する必要があるからだ。しかし、金融緩和は時間稼ぎの性格が強い。加盟各国は成長を支える他の政策手段も講ずるべきだ。

 量的緩和は日米英の中央銀行が採用している。ECBは昨年6月に「マイナス金利」という奇策を導入しながら、量的緩和は見送ってきた。ユーロ圏の特殊な事情があるからだ。

 ユーロ加盟19カ国はそれぞれ国債を発行しており、その信用力もバラバラだ。様々な国債をどう買うべきなのか、日米英とは異なる難題があり、加盟国の賛否も割れてきた。

 3月に始める量的緩和では、ECBへの出資比率に応じて各国の国債を購入。国債購入で損失が出たら2割をECB、残りの8割を各国の中央銀行が負担する。ギリシャなど財政事情が特に悪い国は、財政再建の公約を守ることなどを国債購入の条件にし、ECBがギリシャ財政をまかなうような形にならない歯止めを設けた。

 国債などの買い入れ額は月に600億ユーロ(約8兆円)。期間は来年9月までだが、消費者物価上昇率が目安とする「2%弱」に届く見通しが立たなければ、その後も続ける。

 量的緩和が欧州経済にどんな効果をもたらすのか。

 まず、ユーロ安にはなりやすく、ドイツなどの輸出企業には追い風にはなる。輸入品の価格が上がり、物価全体を押し上げる可能性もある。

 しかし、ECBが供給する資金が、企業などに流れて投資に結びつくのか、その点は不透明だ。特に企業の資金繰りが厳しい南欧は、ECBへの出資比率がドイツなどに比べて小さく、今回の緩和によるお金は回りにくい事情もある。

 景気を回復させるうえで、金融緩和には限界があることは、日本の経験からも明らかだ。日本の大規模な緩和も、他の経済政策とのセットになっている。

 ユーロ安の恩恵を受けている間に、欧州経済の課題とされてきた労働市場の改革などに各国は取り組まなければならない。財政で景気を刺激することも必要になるだろう。

 同時に財政規律にも配慮しなければならない。量的緩和(中央銀行の国債大量購入)をやめるには、各国の財政が健全で債券市場が落ち着いている必要がある。政策を始める際には「出口」も見通しておくべきだ。

訪日観光客―地元の魅力を見直そう

 日本を14年に訪れた外国人が1340万人に達した。初めて1千万人を超えた前年より3割増だ。円安を追い風に観光客の伸びが著しく、政府が掲げる「20年に2千万人」という目標の達成が視野に入ってきた。

 経済効果は大きい。外国人が滞在中に落としたお金は昨年1年間で推計約2兆円。「日本人1人の平均的な年間消費を、外国人10人足らずの来日でまかなえる」という試算もあり、「外国人抜きには地域も企業も成り立たない」との声が漏れる。

 ビザの緩和や消費を促す税制の見直し、無料で使える無線通信網の充実と手軽に泊まれる宿泊施設の確保……。さまざまな取り組みが進む。安全・安心を守ることは大前提だが、官民でさらに知恵を絞ってほしい。

 訪問先を大都市圏や有名観光地からどう広げていくかが大きな課題だ。外国人の団体旅行の定番は、富士山をはさんで東京―大阪間を巡る「ゴールデンルート」だが、旅行業者と自治体が新たな広域周遊コースを売り込む例も見られ始めた。

 ただ、既存の観光地の連携強化にとどまってはもったいないし、連携も魅力ある地域があってこそだ。「うちには観光業界が注目してくれる名所旧跡もない」と諦めず、それぞれの地域が地元を見つめ直してはどうか。すぐに外国人を呼び込むことは難しくても、それが地域活性化への出発点になる。

 個人の観光客に狙いを定めれば、インターネットで直接情報を発信できる。外国人の買い物で消費税の免税対象が食料品や日用品にも広がったため、地方の特産品を売り込みやすくなった。クルーズ船や格安航空会社(LCC)には、地方を訪れる路線が少なくない。

 岐阜・高山や埼玉・川越などでの街ぶら、各地の温泉街、和食はもちろん雪景色や花見など、伝統的な日本の風情への関心だけではない。私たちが見慣れている日常の風景でも、外国人にも人気のアニメゆかりの地や、動画投稿サイトで話題になった場所などに、外国からわざわざ足を運んでいるという。ひとたび注目を集めると、ソーシャルネットワークサービスを通じた「口コミ」で一気に広がっていく。

 訪日観光を引っ張るアジアの人たちも、豊かになるにつれてお決まりの団体旅行では飽きたらなくなってきたようだ。地道に個人に働きかけることが、国同士の関係とは別に、日本のファンを増やすだろう。それが訪日観光の基盤を厚くし、外交の安定にもつながるはずだ。

邦人人質事件 解放へあらゆる手段を尽くせ

 事態は緊迫している。邦人2人の救出のため、政府は、あらゆる外交手段を尽くすべきだ。

 中東のイスラム過激派組織「イスラム国」とみられるグループが、人質2人の身代金2億ドルの支払期限として一方的に設定した「72時間」が、23日午後に経過した。

 湯川遥菜さんと後藤健二さんの安否は依然、不明である。

 安倍首相は閣僚懇談会で、「内閣を挙げて早期解放に全力で取り組む」ことを改めて指示した。外務、防衛両省や警察庁が連携し、対処しなければならない。

 2人はシリアで拘束されている模様だ。イスラム国の支配地域は、米国などの空爆を受けているうえ、シリア政府の統治が及ばず、治安が極めて悪い。イスラム国との直接の接触は容易でない。

 シリア国内で一定の影響力を持つ有力部族や反政府組織、宗教指導者らに協力を求めて、交渉ルートを確保し、解放を粘り強く働きかける必要がある。

 2004年にイラクで日本人3人が武装グループに拘束された際は、宗教指導者らの仲介により、無事解放されている。

 シリアと国境を接するトルコとの緊密な協力も重要だ。

 トルコ政府は、シリアの反体制派武装組織とのパイプがある。昨年9月、イラクでイスラム国に拘束されていたトルコ領事館職員ら49人の解放に成功している。

 トルコのエルドアン大統領が安倍首相に対し、全面的な支援を約束しているのは心強い。

 政府が現地対策本部を置くヨルダンは、多数のシリア難民を受け入れており、内情に詳しい。

 米英両国もイスラム国に関する独自の機密情報を持つ。

 各国から提供される様々な情報を総合的に分析し、イスラム国との交渉などに生かす。そうした巧みな外交戦術が求められる。

 日本の中東諸国に対する2億ドル拠出について、イスラム国は自らに敵対する行為と決めつけたが、実際は、難民向け食料やインフラ整備など非軍事分野の支援だ。

 外務省がホームページに、支援内容を紹介する英語とアラビア語のメッセージを掲載したのは適切である。海外メディアなどによる情報発信も積極的に行いたい。

 ジャーナリストの後藤さんの母親は記者会見で、「健二は中立な立場で戦争報道をしてきた。イスラム国の敵ではない」と語り、早期解放を呼びかけた。

 こうした後藤さんの立場や活動を海外に伝えることも大切だ。

白鵬33度目優勝 大相撲史に名を刻む偉業だ

 大相撲の歴史に新たな足跡が刻まれた。横綱白鵬が初場所で33度目の優勝を飾った。「昭和の大横綱」大鵬の32度を上回る歴代最多記録である。偉業を称たたえたい。

 今場所は、相手に攻め込まれる危うい一番が目立った。それでも、13日目に早々と優勝を決めた。得意の右四つではない苦しい体勢になっても負けないのが、白鵬の真骨頂と言えよう。

 優勝決定後、「うれしい」と語り、全勝に向けて「引き締めていきたい」と前を見据えた。

 2000年に15歳でモンゴルから来日した際には、体重60キロそこそこだった。そのやせた少年が大横綱に成長できたのは、基本に忠実な稽古を積み重ねた結果だ。

 大鵬と、69連勝を成し遂げた双葉山を敬愛する。大鵬の納谷幸喜さんを「角界の父」と慕い、納谷さんの生前には横綱としての心構えなどのアドバイスを受けた。

 日本相撲協会は、10年の野球賭博事件、11年の八百長問題など不祥事に揺れ続けた。信頼が地に落ちた時期に、一人横綱として土俵を支えた白鵬の功績は大きい。07年に横綱に昇進して以降、休場が一度もないのは立派である。

 強力なライバルがいないことも、優勝回数を伸ばせた大きな要因だ。現在、29歳。円熟味を増す取り口を見る限り、しばらくは白鵬の時代が続くのではないか。

 今後は、歴史に残る横綱としての品格が、より求められる。体勢を崩してまでの張り手や、勝負が決まった後のダメ押しなど、時として見られる感情的な行為は慎む必要がある。

 今場所は満員御礼が続き、天覧相撲も実現した。大相撲人気は確実に回復している。土俵をより盛り上げるには、白鵬を脅かす日本人力士の台頭が待たれる。

 白鵬は以前、「親方になって弟子を育てたい」と、引退後の思いを語っている。

 相撲協会には、日本国籍を有した力士しか親方になれないという内部規則がある。白鵬は、日本への帰化について、態度を明らかにしていない。帰化に消極的だとの見方もある。

 北の湖理事長は「昔から守ってきた。ここは譲れない」と、規則の見直しを否定する。

 3横綱全員がモンゴル国籍という現状の中、技量に優れた横綱が引退後、帰化せずに角界を去れば、貴重な指導者を失うことになる。功績が大きい横綱には、国籍を問わず一代年寄を与えるなど、柔軟な対応も検討すべきだろう。

2015年1月23日金曜日

訪日客の急増を手放しで喜べるか

 2014年に日本を訪れた外国人が前年に比べ3割増え、1341万人となった。円安で日本への旅行が割安になったことや査証の発給要件の緩和、誘致活動、羽田空港の能力増強などの結果だ。

 日本に滞在し、快適さなどの魅力を体験する外国人が増えるのはうれしい。しかし旅行者の急増で新たな課題も浮上しつつある。政府は東京五輪を開く20年に訪日外国人を2000万人に増やす目標を掲げている。課題は早く解決していきたい。

 人気観光地では観光バスや宿泊施設が不足しつつある。日本人の国内旅行人気が復活してきたことも背景にある。このままでは、外国人のせいで旅行がしにくくなった、などの不満が出かねない。

 日本文化の好きな外国人向けに古民家を滞在型宿泊施設に転用する。日本人と交流したい人のために、現代版の「民宿」として一般家庭が空き部屋を提供する。宿泊施設の不足を補うこうした新しい動きが、すでに始まっている。

 ただしもう一段の広がりのためには、既存の規制が壁になっている。バスの免許制度なども含め、外国人が日本の文化や社会と交流しやすくする方向で、規制はなるべく緩和していきたい。

 携帯端末を無線でインターネットに接続するときの不便さにも不満が大きい。使える場所の少なさに加え、利用開始時の手続きが煩雑な点も課題だ。主な用途が旅行中の観光情報の入手だけであることを考えれば、登録手続きはもっと簡素化してもいいだろう。

 訪日外国人の消費額が14年、初めて2兆円を超えた。旺盛な消費意欲が歓迎される一方で、小売店や飲食店、宿泊施設などでのマナーに課題がある観光客も一部で目立ち始めている。

 日本に関心を持ち足を運ぶ人が増えても、互いへの反感につながってはもったいない。日本人も海外旅行が大衆化した高度成長期、文化の違いに疎く、ひんしゅくを買いがちだった。外国旅行に慣れていない人々には、学びの期間や機会が必要になる。

 海外の旅行会社と協力し事前にマナーを解説したり、ネットで発信したり、説明書きを業界で作り目立つよう掲示したり、といった試みを重ねてはどうか。上手な伝え方をマニュアル化してもいい。異文化の慣習に詳しくなり、帰国後に自慢できる。そんな旅の付加価値を提供する姿勢で接したい。

米金融規制は再点検のときだ

 リーマン・ショック後に世界各国で導入された金融規制に行きすぎはないのだろうか。そんな問題を投げかける動きが米国で起きている。米保険大手メットライフが厳しい規制を見直すよう連邦地裁に提訴した。

 争点となっているのは、当局が巨大銀行を「金融システムを安定させる上で重要な金融機関(SIFI)」と認定し、特に厳しい監督下に置く規制だ。具体的には自己資本の積み増しを求めたり、自社株買いなどの財務戦略を制限したりする。

 すでに、米国を代表する銀行や証券会社がこの規制の対象となっている。メットライフは2014年12月に対象となったが、この判断を不服とした。

 金融危機の際に複雑な取引をしていた米保険大手アメリカン・インターナショナル・グループ(AIG)は、公的資金で救済された。規制当局はメットライフがAIGと並ぶ保険大手である点を重視したとされる。

 これに対してメットライフは、同社の金融派生商品の取引がAIGのようには多くなく、仮に破綻しても金融システムに深刻な影響を与える可能性は低い、と主張しているもようだ。

 もともとSIFI規制は銀行が念頭にあった。その対象を広げ、金融危機の再発防止に向け念には念を入れるというのが最近の傾向だ。しかし、預金を融資に回し信用創造をする銀行の規制を、預金業務のない保険会社に当てはめることへの批判は強い。

 今回の問題に限らず、金融全般への規制が厳しすぎると産業に必要な資金が回りにくくなるとの指摘がある。このため実施が延期されたルールもある。メットライフの提訴が、米金融規制の中身をていねいに点検しなおす契機となることを期待したい。

 金融規制は各国で強化の方向にある。それが経済に与える影響などを日本も改めて検証し、世界の金融監督者の集まりなどの場で情報を発信すべきだ。

労基法の改正―働き過ぎ防止は十分か

 労働時間規制について議論している厚生労働省の審議会で、労働基準法改正の骨子案が示された。通常国会に提出される改正案のもとになる。

 経済界が求める規制緩和が並ぶ一方で、過労死や過労自殺の原因となる長時間労働を防ぐ方策は内容が薄い。一言で言えば骨子案はそんな内容だ。

 まず、緩和の中身。働く人が始業・終業時刻を決められる「フレックスタイム制」を活用して、より繁閑に対応しやすくする。あらかじめ想定した時間だけ働いたとみなす「裁量労働制」では、認められる業務を追加し、手続きも簡単にする。

 目玉は「高度プロフェッショナル労働制」だ。高度な職業能力を持ち、高い収入を得る人が対象で、残業や休日・深夜労働をしても、割増賃金が一切払われなくなる。

 政府は「時間ではなく、成果で評価される働き方」と説明してきた。しかし、労働基準法は成果で賃金を決めることを禁じているわけではなく、賃金制度は労使で決めればいいことだから、この理屈には無理がある。

 似た制度として、経営者に近い立場の管理職に適用される「管理監督者」があるが、こちらは深夜の割増賃金は必要だ。それもない新制度は、従来の考え方を大きく変えるものだ。

 別の制度が必要だというのなら、無理な長時間労働を防ぐ手立てを講じて、運用をチェックすることが不可欠だ。

 長時間労働が強いられる社会で、規制緩和だけが進めば、働き手の不安は募る。大切なことは、社会全体から働き過ぎをなくすことだろう。

 それなのに、骨子案に示された働き過ぎ防止策は、通達や指導にとどまるものが目立つ。

 1日8時間を超えて働かせる時に結ぶ労使協定の問題は先送りされた。

 この労使協定には、1カ月の残業の上限を45時間とする基準があるものの、特別条項があれば、労災の過労死認定基準(月80時間)を超える残業が認められる。このため、長時間労働の温床になっているという指摘があり、審議会でも見直すべきだという意見が出ていた。

 監督指導の強化もうたわれてはいる。しかし、取り締まる労働基準監督官が増えず、権限の根拠になる法律が変わらないなら、実効性は乏しい。

 ニーズがある規制緩和をする一方で、問題が明らかな部分では規制を強化する。それこそが規制改革ではないか。審議会は働き過ぎ防止策をさらに詰めて結論をまとめてほしい。

大阪市敗訴―対立関係に終止符を

 「労働組合活動に参加したことがあるか」

 「組合活動に誘われた場所、時間帯は?」

 こんなアンケートを3年前、職員に実施した大阪市と弁護士に、大阪地裁は「憲法上の権利を侵害する設問があった」として賠償を命じた。

 アンケートを主導したのは橋下徹市長である。市長は判決を重く受け止め、労組との対立関係を見直すべきだ。

 橋下市長就任後、市が労組対策を巡って敗訴するのは3度目だ。昨年9月、組合事務所を庁舎から退去させたことが違法とされ、その2カ月後には教研集会を小学校で開こうとした教職員組合に会場を貸さなかったことが、やはり違法とされた。

 今回のアンケートは「回答しなければ処分の対象となりえる」とする市長名の文書が配られ、「業務命令」として名前や所属を書くよう求めていた。

 判決は「組合活動への参加を萎縮させる効果を有するもの」「懲戒処分という威嚇力を背景に記名式で実施した」と、調査手法そのものが妥当でなかったと認定した。

 かつて大阪市では労組が人事に介入していたことや、労使一体となって選挙運動をしたことなど、不適切な関係が次々と問題になった。判決は「調査の必要性がなかったとはいえない」と、アンケートの意義までは否定しなかった。

 しかし政治家を応援する活動への参加の有無や、活動に誘われた場所まで答えさせるのは、明らかに行きすぎだ。

 公務員であっても憲法上の団結権や、プライバシー権は保障されている。判決はこうした基本的な権利が侵害されることがあってはならないことを改めて指摘し、市の強引な手法をいましめたといえる。

 大阪市では、組合と市が今なおまともに話ができない関係にある。

 組合執行部が、職場ごとに意見を聞く。こんな当たり前の活動すら、大阪市では勤務時間内外を問わず、庁舎内の会議室ですることが条例で禁じられ、公園や喫茶店で会議を開く職場もあるという。これでまともな労使関係といえるだろうか。

 橋下市長は「調査の必要性はあったと思っている」と、昨年の2件と同様、今回も控訴の意向を示している。

 主張が異なる以上、上級審まで争う選択はあろう。だが、もっと労組や職員と正面から対話できないものか。普通に話し合える関係になってこそ、よい仕事が生まれるものだ。

邦人人質事件 国際連携で救出策を探りたい

 卑劣な殺害予告声明が指定した期限まで残された時間は短いが、関係国との連携により、人質救出の道を探りたい。

 過激派組織「イスラム国」とみられるグループによる人質事件で、政府は、邦人2人の解放に向けて、情報収集や犯人との接触に全力を挙げている。

 安倍首相や岸田外相は会談や電話で、欧米や中東の各国首脳・外相への協力要請を重ねてきた。

 殺害予告声明の身代金支払いの期限は23日午後とされる。様々な外交ルートを駆使し、イスラム国に近い仲介者などを通じて、犯人と交渉する必要がある。

 世界が注目するのが、2億ドル(約236億円)という巨額の身代金要求への日本の対応だ。

 日本は1977年、日本赤軍の日航機ハイジャック事件で、600万ドルの身代金を払い、国際社会から強く批判された。99年のキルギスでの邦人人質事件でも、身代金の支払いが取りざたされた。

 日英両政府がロンドンで開いた外務・防衛閣僚会合(2プラス2)では、ファロン英国防相が「強く対応しないと、後々いろんな問題が出てくる」と述べ、毅然とした姿勢を貫くよう促した。

 国連の報告書によると、イスラム国が最近1年間で得た身代金は3500万~4500万ドルとされる。今回の要求は、その5倍前後に上り、極めて高額である。

 仮に日本が身代金を支払えば、テロリストの新たな活動資金に使われることになる。日本が脅迫に屈しやすい国だとみなされ、今後、世界中で日本人がテロの標的になりかねない。

 気になるのは、安倍首相の中東歴訪がテロリストを刺激し、今回の事件を招いたかのような、的外れの政権批判が野党の一部などから出ていることだ。

 首相の中東訪問は、各国との連携を深め、地域の平和と安定に貢献することが目的である。

 イスラム国対策として表明した2億ドルの支援も、イラク国内の避難民や周辺国に流出した難民向けの食料、医療などの人道支援だ。「我々の女、子供を殺し、イスラム教徒の家を破壊する」との犯人側の主張は全く当たらない。

 人質の1人は、紛争地で苦しむ女性や子供の報道に力を入れてきたジャーナリストの後藤健二さんだ。日本記者クラブは「『報道の自由』を脅かす」とし、2人の解放を求める声明を発表した。

 政府は、欧米や中東のメディアを通じ、こうした事実を丁寧かつ繰り返し発信する必要がある。

温暖化被害予測 先を見据えた対応が必要だ

 国内で温暖化がこのまま進めば、災害の多発にとどまらず、生活全般に大きな影響が及ぶ。被害を最小限に抑える対策が急務である。

 環境省が今世紀末までの温暖化の影響予測に関する報告書案を公表した。政府は今夏、これを基に被害軽減に向けた「適応計画」を初めて策定する。

 世界の温暖化対策は、温室効果ガスの排出削減に重点が置かれてきた。無論、排出抑制は重要だが、削減が進んでも、ある程度の気温上昇は避けられない見通しだ。国際交渉では、適応策の充実が重要視されるようになった。

 政府が独自に適応計画を作るのは、時宜にかなっている。

 報告書案は、専門家が500本以上の論文などを精査し、影響の重大性、対策の緊急性、予測の確実性の観点から、被害のレベルを評価したものだ。自然災害や農業、健康などの分野で、早急な対策を求めている。

 心配されるのは、豪雨の頻発や強力な台風による洪水や高潮だ。昨夏に広島で起きたような土石流災害も増える可能性がある。

 全国的な防潮堤整備など、ハード面での対策には限界がある。危険地域の居住を制限する。局地的豪雨や台風の進路の予測精度を向上させ、早めの避難を呼びかける。人命を守るため、ソフト面での対処がより重要になるだろう。

 高齢者を中心に、熱中症が増加することも懸念される。ヒートアイランド対策として、都市部の緑化などを進めたい。

 農業分野では、特にコメ作りへの影響が大きい。高品質の1等米の比率が、全国的に下がると予測される。温室効果ガスの排出削減が十分でなく、国内の平均気温が3度以上高くなれば、北日本以外の地域では収穫量が減少する。

 害虫や外来種の雑草の防除も、今以上に必要になる。降雪量の減少とともに、雪解けの水の量も減るため、田植え期などに農業用水が不足する恐れがある。主食の生産基盤が脅かされかねない。

 ミカンやリンゴについては、2060年代に現在の産地の多くが栽培に適さなくなるという。

 温州ミカンに高温障害が表れるようになった愛媛県の農家では、県の研究所などの支援を受け、イタリア原産のオレンジの栽培にも乗り出している。

 暑さに強い品種の開発や、別の作物への切り替えが重要となる。研究機関と自治体、農家が連携し、地域の実情に合った栽培計画を立てることが求められよう。

2015年1月22日木曜日

理想論のオバマ教書で米政治は動くか

 オバマ米大統領は上下両院とも野党多数になった連邦議会に歩み寄るのか。答えはノーだった。一般教書演説は、富裕層増税による所得格差の是正や、企業の法人税逃れへの批判など支持層向けの理想論が大半を占めた。これで米政治は動くのか。停滞が続くことを前提にした日本外交が必要だ。

 「きょうは議会への提案より、眼前にある重要な事柄に焦点を当てたい」。オバマ氏は演説の冒頭でこう述べた。

 一般教書は本来、大統領が向こう1年間、どんな政策を進めたいかを議会に伝え、必要な法整備を要請するものである。議会は当てにしないと言わんばかりの演説は異例だ。野党の共和党は「オバマの『我が道を行く』路線」と対決姿勢を強めている。

 オバマ氏を強気にさせたのは好調な米経済だ。昨年11月の中間選挙で与党・民主党が大敗したが、株高などを背景に政権支持率はこのところ上向きだ。演説では「雇用は1999年以来の勢い」「失業率は金融危機前の水準」などと自画自賛した。

 中低所得の育児所帯を対象にした最大3000ドルの税額控除。有給の病気休暇制度の創設。日本の専門学校に相当する地域の短大の授業料の無償化。オバマ氏が演説で打ち出した政策メニューは、小さな政府を掲げる共和党が受け入れられないものばかりだ。

 オバマ氏は環太平洋経済連携協定(TPP)交渉の「大統領一任」を求めた。賛成する共和党議員は多いが、党派対立が激化すると、どうなるかは不透明だ。

 米経済再生を重視した結果、オバマ政権の内向き志向はより顕著になった。外敵対処は「最初の反応が軍隊を派遣することだったら不必要な紛争に巻き込まれる」が基本方針。過激派「イスラム国」への武力行使権限の付与を議会に求めたのはあくまでテロ対策だ。

 キューバとの国交交渉の開始、中国との地球温暖化対策での合意などを例示し、外交の軸足を対話に置く姿勢を明確にした。「海事問題のルール確立」は掲げたが、中国を名指しはしなかった。

 こうした融和姿勢に乗じ、中国が日本への攻勢を強める可能性は否定できない。そうさせないためには、東アジアにおける米軍のプレゼンスを低下させないよう繰り返し働きかける必要がある。沖縄の米軍普天間基地の移設問題の解決はとりわけ欠かせない。

経営力を高め好循環つくれ

 賃金が上がって消費が伸び、生産活動を活発にし、それがまた賃金増につながり消費を刺激する――。そうした経済の好循環をつくるため、企業の利益を生む力はこれまで以上に問われている。

 経団連は円安による輸出採算の改善などで堅調な企業業績を背景に、春季労使交渉の指針で賃金の引き上げに前向きな姿勢を示した。社員全員の基本給を上げるベースアップ(ベア)も選択肢の一つとした。問題はこの先も継続的に賃金を上げていけるかだ。

 法人減税や原油安によるエネルギーコストの低下は収益増の要因になる。だが持続的に利益を拡大していくには、事業の成長力を高めることが何より大事だ。

 最高益更新や連続増益を見込む企業は少なくない。ただし電機や自動車業界などでは海外であげる収益の割合が高い例もみられる。国内の従業員の賃金を安定的に増やしていくには国内で稼ぐ力を高める必要がある。

 日本生産性本部によれば働く人の付加価値を示す労働生産性の伸び率は、物価変動の影響を除いた実質ベースで昨年4~6月期、7~9月期と連続して前の期を下回った。消費増税の影響はある。だが企業はそれを跳ね返すだけの競争力をつけなくてはならない。

 付加価値を高めた製品やサービスを、ふさわしい価格で販売する戦略が重要になる。食品などでは値上げしても売れ行きが落ちない例が出ている。新しいビジネスモデルの創造にも力を入れ、「脱デフレの経営」を広げたい。

 日銀によると企業(金融を除く)が抱える現預金は昨年9月末で233兆円と過去最高水準にある。企業買収や設備投資など資金の有効活用も急ぐ必要がある。

 デフレ脱却をめざす政府は今年も政労使会議を通じて企業に賃上げを促した。市場メカニズムを損なう心配があり、政府は民間の賃金決定への介入を控えるべきだ。干渉させないためにも企業は、自社の収益力を高め、賃金を上げやすくすることが求められる。

中国経済―再分配できる改革を

 中国の昨年の経済成長率は7・4%だった。他国より随分高いが、13年の7・7%から減速し、中国にとっては90年以来の低い数字だ。

 昨年3月に掲げた目標は「7・5%前後」だから、7・4は目標達成といえる、と中国政府は説明する。しかし、わずかに下回ったことに意味がある。統計の信頼性に議論がある点を別としても、政策しだいで7・5は達成できたはずだからだ。ここには成長軌道を修正する習近平(シーチンピン)政権の意図が込められているとみるべきだ。

 習政権は成長率が鈍化しつつある現状を「新常態(ニュー・ノーマル)」と呼び、局面が変わったとの認識を浸透させている。今年の成長率目標は7%程度に抑えるとの見方が強い。

 過去の高速成長は、農村出身者を低賃金で使って労働集約型産業の輸出で稼ぎ、国内ではインフラ投資や不動産投資を牽引(けんいん)役とするものだった。

 こうした資源大量投入型成長は行き詰まりをみせている。そこで習政権は「市場の役割の重視」を打ち出し、規制改革、新成長分野の創出などで経済全体の効率化を目指している。

 成長一辺倒から転じて成長の質を磨くのも大切だが、忘れてはならないのは、分配への目配りだ。

 都市と農村、内陸と沿海、富者と貧者。発展の不均衡と所得格差は長く中国経済の代名詞となっている。労働力不足で低所得層の底上げがみられるが、まだ深刻な状況だ。不動産の高騰も、持てる者と持たざる者との差を広げた。

 その意味で必要なのは、税財政の再分配機能を高める改革ではないか。

 現状は、個人所得税が税収に占める比率は低く、相続税がない。資産・所得の格差是正が難しい。地域間の財政移転の仕組みも不完全だ。年金をはじめ社会保障制度は構築途上で、給付面の仕組みも欠く。

 これらの改革のいくつかは検討課題に上っているが、先行きは不透明だ。実現すれば社会が安定し、個人消費を促し、投資に過度に依存した体質からの脱皮を図れるだろう。

 中国経済は80年代以降、改革を跳躍台とした。外国企業を呼び込み、国有企業を整理し、世界貿易機関に加盟した。

 習政権もまた、今年を「改革のかぎになる年」と位置づける。世界第2の経済大国とはいえ、国民1人当たりでみれば中所得国だ。急速に進む少子化と高齢化を考えれば、残された時間はあまり多くない。

「慰安婦」記述―事実をなぜ削るのか

 教科書会社の数研出版が、高校の公民科の教科書3点から「従軍慰安婦」の言葉を削除する。戦時下で将兵の性の相手をさせられた女性についての記述が、同社の教科書から消える。

 記述の「誤記」を理由として文部科学省に訂正を申請し、認められた。この春から教室で使われる教科書に反映される。

 例えば「現代社会」の教科書では、「強制連行された人々や『従軍慰安婦』らによる訴訟が続いている」というくだりを、「国や企業に対して謝罪の要求や補償を求める訴訟が起こされた」と直すことにした。

 文科省は検定後に教科書会社が記述を訂正しなければならない場合の理由として、「誤記」「誤植」や「客観的事情の変更に伴い明白に誤りとなった事実の記載」を規則に挙げている。

 「従軍慰安婦」の表現が適切かどうかという議論はあるが、軍の関与の下で慰安所がつくられたことは事実だ。安倍首相も国会で慰安婦について「筆舌に尽くし難いつらい思いをされた方々」と答弁している。それがなぜ「誤記」なのか。

 数研出版は朝日新聞の取材に「より客観的な事実関係を述べるように見直した」と答えた。

 自社サイトでは「高校の先生へ」として「客観的事情の変更等」があったとし、生徒に必要に応じて周知するよう求めた。

 だが、事情が具体的にどう変わったかにはふれていない。これでは教員もどう生徒に伝えてよいかわからない。訂正の経緯と理由を丁寧に説明すべきだ。

 文科省も「誤り」ではない記述の訂正をなぜ認めたのか。「直した後の記述が間違いでないため認めた」というが、こちらも説明する責任がある。

 教科書各社の関連記述をめぐっては、「新しい歴史教科書をつくる会」が昨年9月、「慰安婦」「強制連行」の記述の削除や訂正を教科書会社に勧告するよう文科相に求めた。

 朝日新聞は、慰安婦にするため女性を暴力的に無理やり連れ出したとする故吉田清治氏の証言記事を取り消した。同会はそれを挙げ「『慰安婦問題』は問題として消滅した」と主張する。だがそういった極端な主張は、日本が人権を軽視しているという国際社会の見方を生む。

 慰安婦問題は日本にとって負の歴史だ。だからこそきちんと教え、悲劇が二度と起きないようにしなければならない。

 論争のあるテーマだが、避けて通るべきではない。議論の背景や論点など多様な視点を示す必要がある。教科書はそのためのものであってほしい。

米一般教書演説 対テロで一層の指導力発揮を

 国際テロの拡散と激化を阻止するため、米国は従来以上に指導力を発揮してもらいたい。

 オバマ米大統領が一般教書演説で、イスラム過激派組織「イスラム国」について「広範な有志連合を率い、最終的に壊滅させる」と述べ、打倒への強い決意を表明した。

 イラクやシリアの一部を支配するイスラム国や、アル・カーイダ系国際テロ組織の過激思想と暴力は、中東にとどまらず、パキスタンやフランスで悲劇を生んだ。

 日本も、イスラム国とみられる組織に邦人2人を拘束され、巨額の身代金を要求されている。

 オバマ氏は、米国主導の有志連合の空爆について「イスラム国の伸長は阻んでいるが、(壊滅には)時間がかかる」と認めた。さらに、イスラム国への武力行使を正式に容認する決議の採択を、共和党が多数を占める議会に要請した。

 イスラム国の打倒へ、米国の決意と結束を示す狙いだろう。卑劣なテロの封じ込めには、米国のより踏み込んだ対応と、日欧など関係国の協調が欠かせない。

 オバマ氏は、中国や北朝鮮による頻繁なサイバー攻撃を念頭に、「進化する脅威に対応する」とも強調した。サイバー防衛の強化には、国際社会の官民の英知と最先端技術の結集が重要だ。

 アジア太平洋地域の貿易についてオバマ氏は、「中国でなく、我々がルールを作る」と語った。中国が自国主導の通商圏構築を目指す中、日米が主導する環太平洋経済連携協定(TPP)交渉の早期妥結の重要性を訴えたものだ。

 そのため、通商一括交渉権(TPA)を大統領に付与する法案の早期成立を議会に求めた。成立しないと、TPP交渉全体が漂流しかねない。オバマ氏は、議会の説得に全力を挙げるべきである。

 米国経済は堅調だ。オバマ氏は、景気拡大や財政赤字縮小などの実績を誇示した。経済格差を是正するため、最富裕層の資産課税強化と、中間層以下への減税も唱えた。残り2年となった政権の「遺産」とする思惑があろう。

 共和党は強く反発している。来年の大統領選の前哨戦が活発化する中、党派対立が先鋭化する恐れがある。オバマ氏は、共和党の協力が得られない場合、議会手続きを経ず、大統領令などの権限を行使することも辞さない構えだ。

 だが、党派対立が政治の停滞を招けば、失速気味の世界経済に悪影響を与えかねない。オバマ氏と共和党は、米国の国際的責任の重さを自覚し、行動してほしい。

訪日客急増 観光立国へ弾みをつけたい

 日本の魅力をさらに高め、観光立国の実現に弾みをつけたい。

 2014年に日本を訪れた外国人旅行者は前年比29%増の1341万人に達し、2年連続で最高を更新した。滞在中の買い物や旅行費用の総額も初めて2兆円を超えた。

 政府は、訪日客の拡大を成長戦略の柱と位置付け、東京五輪・パラリンピックが開催される20年までに年間2000万人とする目標を掲げている。その達成が、現実味を帯びてきたと言えよう。

 最大の追い風となったのが、円安の進行である。日本での旅行や買い物が、外国人にとって割安となったことが大きい。政府が昨年10月、外国人向けの消費税の免税対象に、化粧品や食料品などを追加したことも功を奏した。

 特に、買い物好きと言われる中国人旅行者は前年比83%増え、過去最高の240万人が訪れた。

 13年に観光ビザ(査証)が免除されたタイやマレーシアなど、東南アジア各国からの旅行者も軒並み大幅に伸びた。

 羽田空港での国際線発着枠の拡大や、格安航空会社(LCC)が相次いで実施したアジア方面への増便も集客を促した。

 官民の取り組みが成果を上げていることは評価できる。

 今後の大きな課題は、東京や京都、大阪などに集中している訪問先を他の地方に分散させ、日本観光の裾野を広げることだ。

 地方の豊かな自然や伝統文化、郷土料理などを十分に堪能してもらう。東南アジアからの旅行客には、雪国の生活を体験してもらう。工夫した旅行プランを、積極的に海外に発信していきたい。

 人気スポットとして定着すれば、雇用が創出され、若者の定住につながる。地方創生の有効な手段となるはずだ。日本文化の多様な魅力が理解されれば、リピーターも増えていくだろう。

 小さな商店で、外国人向けの免税手続きを行うのは難しい。政府は、一度払った消費税の返金を受け付ける専用のカウンターを商店街に設けられるようにするなどの制度改正を検討している。ぜひ、実現してほしい。

 ネットで観光情報を検索する外国人のため、公衆無線LANの拡充も急がねばならない。

 訪日客の急増で一部に混乱も起きている。浴場での水泳やレンタル自転車の乱暴運転など、外国人の振る舞いへの苦情は少なくない。快適な旅を楽しんでもらうためにも、日本でのルールやマナーを丁寧に伝えることが大切だ。

2015年1月21日水曜日

「イスラム国」の卑劣な脅迫は許されない

 シリアやイラクで勢力を伸ばす過激派「イスラム国」とみられるグループが、日本人の男性2人の殺害を警告するビデオ声明を公表した。72時間以内に2億ドルの身代金を支払うよう求めている。

 安倍晋三首相がエジプトやヨルダンなど、中東4カ国・地域を訪問しているさなかの卑劣な脅迫である。人命を取引材料とする非道な行為は断じて許されない。安倍首相は訪問先のイスラエルで「人命第一での対応を指示した」と述べた。

 映像に映る男性は昨年、内戦中のシリアで拘束された湯川遥菜さんと、取材でシリアに向かった後、行方のわからなくなったフリージャーナリストの後藤健二さんとみられる。

 「イスラム国」は暴力による恐怖で支配地域を広げてきた。残虐行為を繰り返し、従来の国家秩序を否定する過激派組織の台頭は国際社会に共通の脅威である。

 米国が主導する有志連合が「イスラム国」の拠点に空爆を続けている。これに対し、「イスラム国」は拘束した米国や英国の民間人を相次いで殺害し、残忍な映像を公開してきた。

 今回の日本人の殺害警告は、「イスラム国」の蛮行が遠い地の話ではないことを示した。映像に登場する黒覆面の男は「日本の首相へ」と呼びかけ、身代金を要求する理由として安倍首相が「イスラム国」対策のために2億ドルの拠出を表明したことをあげた。

 見当違いも甚だしい。「イスラム国」の暴力から逃れるため、シリアやイラクでは多くの人々が住む家を追われた。難民を支える環境を整えることが急務だ。そのための人道支援である。

 「イスラム国」の支配地域から伝えられる民族や宗教の少数派や女性、子供に対する非人道的な行為こそ断罪されてしかるべきだ。

 「イスラム国」の活動に加わった欧米出身の若者が母国に戻り、テロ行為に及ぶ危険も増している。フランスの風刺週刊紙襲撃など同国での連続テロ事件をきっかけに、欧米とイスラム世界の亀裂が深まっている。

 安倍首相は「テロに屈してはならない」と述べるとともに、「国際社会と連携し、地域の平和と安定に貢献する方針は揺るがない」と決意を示した。

 「イスラム国」と対峙する各国と綿密に連携し、2人の早期解放に全力をあげてほしい。

中国は経済力に見合う責任を

 中国の2014年の国内総生産(GDP)は、物価変動の影響を除いた実質で前の年に比べ7.4%増えた。13年の7.7%成長より一段と減速した。

 背景には、08年のリーマン・ショック後の景気対策に端を発する不動産開発ブームの後遺症がある。政府は金融システムと地方財政の健全化に優先的に取り組んでいる。当面は不動産市場の冷え込みが続き、景気に下振れ圧力となる公算が大きい。

 注目したいのは、成長率の低下にもかかわらず雇用情勢が全体として良好なことだ。製造業に比べて雇用を吸収する力の大きい第3次産業が、わりあい順調に発展している効果とみられる。

 雇用の面からは、景気の減速は容認できるといえる。むしろ、これ以上の高成長を追えば賃金インフレを招くおそれもあろう。

 成長率について中国政府は「7.5%程度」との目標を掲げていた。掲げた数字に届かなかったのは16年ぶりのことだが、世界的にみればなおかなり高い水準だ。

 14年の名目GDPは63兆6463億元(約1200兆円)で、日本の2.5倍近い規模に膨らんだとみられる。中国の景気減速は原油をはじめ1次産品の国際相場が低迷する一因となっている。中国経済が世界経済に及ぼす影響はますます大きくなっている。

 その経済規模と影響力に見合うだけの責任を中国政府は自覚してもらいたい。ひとつはいうまでもなく、景気の腰折れを防ぎ過熱を抑えて安定成長を保つことだ。もうひとつは、世界の経済秩序に建設的な貢献をすることだ。

 たとえば知的財産の保護強化は急務といえる。およそ4兆ドルと世界でも群を抜く外貨準備を持つ国が、知的な営みに正当な対価を払おうとしない姿勢を続ければ、悪影響は計り知れない。

 環境保全も深刻な課題だ。中国マネーは世界各地で大規模開発を促しているが、環境を犠牲にして成長を追い求める「中国モデル」の輸出になってはなるまい。

イスラム国―許しがたい蛮行だ

 過激派組織「イスラム国」が、その凶暴な刃を日本人にも向けた。

 日本人2人を人質とし、72時間以内に2億ドルを支払わなければ殺害すると脅迫するビデオをインターネットで公開した。

 人命の重みを顧みず、国際社会に恐怖を与えて優位に立とうとするふるまいは、身勝手で、許されるものではない。「イスラム国」はすみやかに2人を解放すべきだ。

 「イスラム国」は昨年6月、カリフ(預言者ムハンマドの後継者)制国家の樹立を一方的に宣言し、シリアとイラクで勢力を広げた。昨年来、欧米人らを拘束し、一部を殺害し、映像をネット上で公開してきた。被害者はジャーナリスト、援助活動家など、現地情勢を憂慮する民間人だった。

 今回の事態は、「イスラム国」の脅威が遠い世界の出来事ではなく、日本と直接つながりがあることを如実に示した。

 ビデオの中で脅迫者は、中東訪問中の安倍首相が2億ドルを「イスラム国」対策として避難民支援にあてると表明したことに矛先を向けた。首相の中東訪問のタイミングを狙った脅しとみられる。

 しかし、日本からの医療や食料の提供は、住んでいた街や国を追われる人たちが激増するなかで、不可欠の人道的な援助である。「イスラム国」に向けた攻撃ではなく、脅迫者たちの批判は筋違いだ。

 安倍首相は記者会見で「許し難いテロ行為に強い憤りを覚える」と述べ、中東地域の平和や安定を取り戻すための非軍事の支援を続けていく意思を強調した。毅然(きぜん)として向き合っていくべきだろう。

 「イスラム国」は暴力的な戦闘行為を続けることを存立基盤としており、その統治システムも判然としない。今までの国際社会のルールも通用しない。そんな相手と対峙(たいじ)することは容易ではないだろう。

 一方、国際協調なしにテロ行為には対処できない。日本政府は関係各国と連携して情報を集め、2人の救出に向け粘り強く交渉していく必要がある。

 2人が拘束された経緯ははっきりしないが、どんな事情で現地にいたにせよ、人命の重みを最優先に対応すべきだ。

 米国などが実施する「イスラム国」の空爆に日本は関与せず、人々の生命と生活を守ることに焦点をあててきた。

 これまで培ってきた中東地域との協力関係もある。「イスラム国」が暴挙を重ねることのないよう伝えていくしかない。

春闘の課題―賃上げ波及に知恵絞れ

 経団連はきのう、今春闘に臨む指針を発表した。

 「賃金の引き上げを前向きに検討することが強く期待される」「ベースアップ(ベア)は賃金を引き上げる場合の選択肢の一つ」とし、賃上げを認めていく姿勢を示したことは評価できる。

 日本銀行の大胆な金融緩和で、物価は上昇基調にある。賃金が物価ほど上がらず、特に昨春の消費増税後、消費はしぼんでいる現状を踏まえると、賃上げは日本経済全体の課題と言えるからだ。

 安倍政権も賃上げには前向きだ。政府、労働界、経済界の代表による「政労使会議」は昨年暮れ、「賃金の引き上げに向けた最大限の努力」を経済界に促した。政府が昨年に続いて春闘に注文をつけるのは、賃上げが景気の行方を左右すると見ているからだろう。

 現在の経済環境を見れば、業種によって差はあるものの、賃上げには追い風も吹いている。人手不足で労働側は賃上げを求めやすいし、円安で大手製造業では業績好調の企業が多いから、経営側にもある程度、要求にこたえる余裕がある。

 また、適切な賃上げで社員の貢献に報いることは、長期的には企業の成長につながる。90年代後半以降、利益確保のために賃金カットやリストラが広がったことで、経済全体の不振が深まったことは記憶に新しい。経営者には目先の利益だけに縛られない判断がほしい。

 一方の交渉当事者である労働組合の中央組織である連合は、ベアを「2%以上」とし、昨年の「1%以上」を上回る方針を示している。

 しかし、今や雇用者に占める労働組合員の割合は17・5%、総数は985万人に過ぎない。2千万人を超える非正社員を視野に入れなければ、春闘の存在意義が問われる。

 非正社員について連合が「待遇底上げ」を掲げるのに対し、経団連は「非正規労働者の賃金は労働市場の需給関係の影響を強く受ける」として、正面から取り組むことを避けるかのような姿勢だ。

 賃上げを中小企業や非正社員に波及させる後押しも、大企業の役割だ。政労使会議でも、経団連の指針でも、この点はあいまいな書きぶりにとどまっている。各社は踏み込んだ取り組みを工夫してほしい。

 大企業正社員の賃上げが中小企業や非正社員に広がり、働く人全体の賃金上昇が物価上昇を追い越す。今春闘は労使ともそんな姿を目指してもらいたい。

「イスラム国」 人質の殺害脅迫は許されない

 安倍首相の中東歴訪に照準を合わせた、卑劣な脅迫である。断じて許すことはできない。

 過激派組織「イスラム国」とみられる組織が、邦人2人の殺害を予告する映像をインターネット上で公開した。

 人質解放の条件として、日本政府に対し、72時間以内に2億ドル(約236億円)の身代金を支払うよう要求している。2人は、湯川遥菜さんと、ジャーナリストの後藤健二さんとみられる。

 湯川さんは昨年8月、シリア北部で写真を撮ろうとした際、イスラム国に拘束された。後藤さんは、湯川さん救出と取材のため、シリアに入国したとされる。

 動画投稿サイトに登場したテロリストは、日本に対し、「イスラム国に対する十字軍に参加している。女、子供を殺し、イスラム教徒の家を破壊するために1億ドルを拠出した」と批判した。

 「イスラム国拡大を防ぐ訓練費用」の1億ドル供与と合わせて、身代金額を算出したとしている。

 身勝手で筋違いな要求だ。

 安倍首相はエジプトでイスラム国対策の2億ドルの支援を表明したが、それは避難民向けの食料や医療など人道援助が中心だ。あくまで非軍事活動に徹している。

 そもそも、民間人殺害などの蛮行を繰り返しているのはイスラム国の方である。イスラム国を空爆した米国や英国などの民間人の身柄を拘束し、空爆中止や身代金の要求が聞き入れられないとして、計5人を殺害している。

 安倍首相は記者会見で、「人命を盾にとって脅迫することは許し難いテロ行為であり、強い憤りを覚える」と強調し、人質2人の早期解放を求めた。「人命尊重」の観点で対応する方針も示した。

 政府は、ヨルダンに現地対策本部を設置し、首相に同行中の中山泰秀外務副大臣を派遣した。米欧や中東の各国と連携し、人質の救出に全力を挙げねばならない。

 過去には、国際的な協力により、交渉を通じて人質が解放された例もある。イスラム国の様々な情報の収集と分析に力を入れたい。

 不当な要求に応じれば、日本がテロに弱いとみなされる恐れがある。テロ組織を勢いづかせ、同様の事件を引き起こしかねない。

 菅官房長官が「テロに屈することなく、国際社会とテロとの戦いに貢献する我が国の立場に変わりない」と語ったのは当然だ。

 テロの連鎖を断ち切るため、テロ資金対策やテロリストの渡航阻止などで、国際社会が一致して取り組むことが欠かせない。

春闘交渉方針 賃上げの流れを確かなものに

 企業の収益増が賃上げにつながる流れを、確かなものとしたい。

 経団連が、今年の春闘交渉に臨む経営側の方針を示す「経営労働政策委員会報告」を公表した。

 収益の拡大した企業について、「賃金の引き上げを前向きに検討することが強く期待される」と明記した。基本給を底上げするベースアップについても「賃上げの選択肢の一つとして考えるべきだ」と、積極的な対応を求めた。

 経労委報告はベアについて、一昨年は「余地はない」と否定していたが、昨年は「ここ数年と異なる対応も選択肢となる」として、6年ぶりに容認した。経団連が今回、さらに踏み込んだ表現で賃上げを促したことを評価したい。

 昨年の春闘では、15年ぶりに2%台の賃上げが実現した。だが、消費税率が5%から8%に上がった影響を含めた物価上昇に、賃金の伸びが追いつかず、個人消費は低迷が続いている。

 政府、労働界、経済界の3者による政労使会議が昨年末、経済界が賃上げに最大限の努力をすることで合意したのも、景気回復の遅れへの危機感の表れと言える。

 安倍政権の経済政策「アベノミクス」が奏功し、企業業績は大きく改善した。賃上げを継続することで家計の購買力を増し、消費の回復が企業業績を押し上げる「経済の好循環」の動きを本格化させることが大事だ。

 労組の中央組織である連合は、「2%以上のベア」を要求している。これに対し経団連は、消費増税分を除いた物価上昇率が1%に満たないとして、大幅なベアに否定的な考えを示している。

 小売業など内需型の企業や、多くの中小企業は、円安による原材料費の輸入コスト増が経営の重しになり、業績改善が遅れている。各企業の労使が、経営実態や今後の見通しについて丁寧に話し合うことが求められる。

 人件費を恒常的に押し上げるベアが難しい企業も、一時金や諸手当を組み合わせ、できる限り賃上げに取り組んでもらいたい。

 長時間労働の是正や、女性の働きやすい環境の整備など、労働者の総合的な処遇改善についても、労使が議論を深め、実りの多い春闘とする必要がある。

 全体の4割を占める非正規労働者の雇用安定や収入増加も重要な課題だ。不本意ながら非正規に甘んじている人も少なくない。こうした人材を正社員に登用する道をどう広げるか、労使で知恵を絞らねばならない。

2015年1月20日火曜日

生産の国内回帰を一過性で終わらせるな

 円安の長期化などを受けて、日本企業の生産の国内回帰の動きが広がっている。キヤノンはカメラやプリンターの国内生産の比重を増やし、2年後をメドに現在4割の国内比率を5割超まで引き上げる方針だ。パナソニックやダイキン工業も中国で生産する一部家電の国内移管を進めつつある。

 自動車業界でも、日産自動車は最近の為替レートを勘案すれば国内生産のほうが有利とみて、日本からの輸出を増やす考えだ。自動車部品メーカーの間にもそれに追随する動きがある。

 一度は海外に出た生産活動が日本国内に戻ってくることを基本的には歓迎したい。

 新たな雇用の機会が生まれ、地域経済や関連する中小企業が潤うだけではない。製造業の労働生産性はサービス業などと比べてかなり高く、経済に占める製造業の比重が上がれば、日本の成長力が底上げされる可能性もある。

 ただ、今の生産回帰の動きは緒に就いたばかりだ。既存工場の生産量を増やして対応するケースが多く、工場新設にまで踏み込む例は少ない。円安頼みの国内回帰にとどまれば、為替が反転したとたんに、次は空洞化が進むことにもなりかねない。

 その点で参考になりそうなのが、米国の例だ。日本より一足早く経済のサービス化や脱製造業化が進んだ米国だが、最近は製造業復活のきざしもある。欧州の電機会社や日本の自動車会社など外資を含めて次々に新設工場が立ち上がり、米製造業は昨年1年間で約20万人の新規雇用を創出した。

 背景にあるのが立地競争力の向上だ。中国をはじめとする新興国の賃金の上昇で米国との労務コスト差が縮まり、シェール革命によってエネルギーコストも低減した。ほかにも柔軟な労働市場や成長性が見込める消費市場、IT(情報技術)人材の集積など、内外の企業にとって米国に投資したくなる魅力に事欠かない。

 日本も海外企業の呼び込みも含めて、立地競争力の向上に乗り出すときだ。政府は法人税率の引き下げや規制緩和、労働市場の流動化促進などで企業がビジネスしやすい環境を整える必要がある。高い技術力をもった人材を生み出す教育機関の役割も重要だ。

 グローバル企業は地球儀を眺めながら「どの国が最適立地か」を決める時代である。選ばれる国になるための努力が欠かせない。

企業年金の普及へ知恵絞れ

 厚生労働省の審議会が企業年金など私的年金制度についての改革案をまとめた。少子高齢化で厚生年金や国民年金などの公的年金は今後、スリム化が避けられない。公的年金を補完する手段として、私的年金の重要性は増す。制度の充実を急いでほしい。

 改革案は毎月一定の掛け金を積み立て、その資金を個人の責任で運用して将来の年金原資とする確定拠出年金制度の見直しが柱だ。中小企業でも導入しやすい簡易型確定拠出年金制度をつくることや、同制度に専業主婦や公務員などが加入できる道も開くという。

 日本で正社員として会社で働いている人は原則、公的年金である厚生年金に加入する。この厚生年金加入者のうち、企業年金に加入している人は4割に満たない。特に中小企業従業員への企業年金の普及が遅れている。そもそも企業年金には入れない自営業者や専業主婦などについても公的年金の補完手段が求められる。

 こうした課題を踏まえると改革案の方向性は妥当だろう。ただ今回の対策で本当に中小企業などへの普及が進むのか疑問視する向きもある。改革を着実に実行したうえで効果を見極め、必要に応じてさらなる改革を進めるべきだ。

 かつて代表的な企業年金制度であった厚生年金基金の解散が相次いでいる。これは2012年に起きたAIJ投資顧問による年金資産の消失事件がきっかけだ。同事件で多くの基金の財政が悪化したことから、国が大半の基金の解散を促す法改正を実施したのだ。

 この政策については、「解散後の受け皿がない」との批判があった。今回の改革案の実現に当たっては、解散する厚生年金基金の受け皿づくりという視点も必要になるだろう。

 確定拠出年金以外にも企業年金、私的年金には様々なタイプがあり、それぞれにメリット、デメリットがある。一つの制度に偏ることなく、柔軟な発想で多様な企業年金、私的年金が普及するように知恵を絞りたい。

少子化と学校―統廃合ありきではなく

 人口減少の進むなか、文部科学省が小中学校の統廃合をめぐる手引をまとめた。

 これまでの学級数や通学距離に加え、通学時間の目安を示した。約60年ぶりの見直しだ。

 学校の小規模化は多くの自治体が頭を悩ませている。学校は地域の核だけに、統合には反対の声が上がり、こじれやすい。

 文科省の調査だと、学校規模に課題があると考える自治体のうち、検討の予定が立っていないところが半数以上を占める。

 そこで新しい基準を示すことで市町村による統合の議論を後押しするのが文科省の狙いだ。

 少子化は今後も続く。自治体が現実を直視することは、たしかに必要だ。

 ただ、その議論が「統合ありき」であってはならない。手引は、学校存続の選択も尊重されるべきだと述べている。

 行政が性急に統合を進めると地域の反発を生む。そのことは1960年代、ベビーブーム世代の就学期が過ぎ子どもが急減した際、国が経費削減を求めて統合の旗を振り、住民のあつれきを生んだ経験でも明らかだ。

 学校は、まちづくりの拠点でもある。東日本大震災で、避難所など防災施設の役割を果たしたことは記憶に新しい。保護者とともに住民の意見を聞き、反映させることが欠かせない。

 手引が小規模校を残す道を詳しく書いた点も注目したい。

 離島や山間部で学校同士が遠すぎる場合。統合すると子育て世代の流出が進み、集落が消滅しかねない場合。そんな事例を抱える自治体は、国の調査だと2割ある。これらの地域では統合は既に手詰まりだ。

 少人数できめ細かな指導をしつつ、本校と分校をテレビ会議システムで結び合同授業をするなど工夫してほしい。そこからは新たな学校像や教育方法が編み出される可能性がある。

 統廃合はゴールではない。肝心なのは統合後、どんな学校にするかである。

 例えば保護者や住民が学校運営に参画する「コミュニティ・スクール」にする。公民館や福祉施設と一体化し、子どもが様々な人とふれあいやすくする。そんなアイデアを手引はいくつも示している。

 4月から教育委員会改革で自治体の長が「総合教育会議」を設け、教委と話し合う。

 学校のありかたは、予算を握る首長と学校設置者の教委がともに考えるのにふさわしいテーマだ。学校のこれからを考えることは、地域の未来を展望することでもある。活発な議論を期待したい。

バター不足―国産と輸入の両立図れ

 スーパーの店頭などで、バターの品不足が続いている。

 需要が膨らむクリスマスシーズンを経て、国による緊急輸入と国内乳業大手の増産が効いてくると見られるが、品薄を一気に解消するのは難しそうだ。

 根本的な原因は生乳の生産が減っていることだ。生乳はまず鮮度が求められる牛乳や生クリームに加工され、保存がきくバターは最後に回される。生乳の需給の変化がバターの過不足に直結する構図で、バター不足はここ7年で4度目だ。

 エサにする穀物の国際相場の上昇や円安に伴う負担増、環太平洋経済連携協定(TPP)交渉で乳製品の関税引き下げがテーマになっていることへの不安……。生乳の生産減には多くの要因がからむが、ここは構造的な課題に目を向けたい。

 国内の乳牛頭数がピークだった80年代半ばと比べ、農家1戸あたりの飼育頭数は75頭と3倍になった。しかし、その内実は総頭数が3分の2に、農家数は5分の1強に急減した「縮小」である。労働時間の長さなどが敬遠され、農家の高齢化と後継者不足に歯止めがかからない。

 今年度は、国内で消費するバターの2割近くを輸入に頼る見通しだ。その場しのぎの対応は限界だろう。量と質の両面で消費者が求めるバターを確保するには、国内の生産・流通面のてこ入れはもちろん、海外からの調達力も高める「二兎(にと)を追う」ことが欠かせない。

 バターは現在、事実上の国家貿易の対象品目だ。高い関税で輸入を管理しつつ、高関税の代償として国際ルールで義務づけられた輸入枠を消化しながら、足りなくなったら国の判断で緊急輸入するのが基本だ。

 しかし、ふだんは市場を閉ざし、必要な時だけ買い付けるやり方で安心できるのか。新興国や途上国の経済発展で世界の乳製品消費は増えると見られる。段階的にでも市場を開放し、買い手としての存在感を高め、安定確保につなげてはどうか。

 国内の生産・流通には、変化の兆しがうかがえる。

 酪農が盛んな北海道では、TPP交渉で対立しがちな乳業大国、ニュージーランドの資金負担で、同国が得意とする放牧による低コスト経営を広げるための調査研究が動き出した。国内で生産された生乳は全国に10ある指定団体に集める体制が確立しているが、個々の酪農家の創意工夫を促そうと、流通ルートを増やす規制緩和も始まった。

 あらゆる知恵を動員し、業界の「常識」を見直す。こうした取り組みの加速が不可欠だ。

農協改革 全中の権限縮小をためらうな

 農業再生のカギとなる農協改革が、正念場を迎えている。

 全国に約700ある地域農協の頂点に立つ全国農業協同組合中央会(JA全中)の見直しについて、与党の自民、公明両党が今週、本格的な議論を開始する。

 最大の焦点は、全中が持つ各農協への監査権の取り扱いだ。

 全中は、全国の地域農協に対する監査を通じて、経営改善や他の農協との再編を求めることができる。監査費用などとして年80億円を集めており、監査権は全中の「力の源泉」と言われる。

 強い権限を背景とした全中の画一的な経営指導が、地域農協の独自性を損ない、日本の農業の生産性が高まらない一因となっていることは否めない。

 政府は、農協法を改正し、監査権を撤廃したうえで、全中を農協法に基づく組織から一般社団法人に改組する方針だ。安倍首相が、「抜本改革を断行する。全中には脇役に徹してもらう」と明言しているのは妥当である。

 気がかりなのは、先の佐賀県知事選で、与党の推薦候補が農協系団体の支援候補に敗れたのを受け、農協改革への異論が勢いを増しつつあることだ。

 自民党の稲田政調会長が、地元の福井市で地域農協幹部に農協改革を説明したところ、出席者から農協を悪者にしているのではないかといった声が出た。「今までの農政の失敗は自民党の責任だ」などの厳しい意見も相次いだ。

 全中の万歳章会長は、「改革は自らの手でやり遂げる」との姿勢を変えていない。選挙結果を根拠に与党へ揺さぶりをかけ、農協改革に抵抗する構えだ。

 だが、知事選では、農業政策に関する候補の主張に大きな違いは見られなかった。

 与党候補の主な敗因は、候補者選定を巡る自民党本部と県連の調整不足や、候補の急進的な政治手法に対する関係団体や有権者の反発にあったと言えよう。知事選の結果によって、農協改革の方向性が否定されたわけではない。

 与党はひるまず、抜本改革を実現するべきだ。

 福井県の「JA越前たけふ」は、上部団体頼みを改めようと、農産品の販売や資材調達を独自に手がけ、収益を大きく向上させた。農協改革の眼目は、こうした取り組みを後押しすることにある。

 安倍政権が重要課題に掲げる「地方創生」の観点からも、地域経済の活性化に資する農協改革を推進しなければならない。

小中学校統廃合 地域の将来見据えて進めたい

 少子化が進む中、小中学校をどう再編するか。自治体にとって、避けて通れない問題である。

 文部科学省が、公立小中学校の統廃合に関する基準を59年ぶりに見直した。小学校は全校で6学級以下、中学校は3学級以下の場合、統合の検討を自治体に促している。

 学級数があまりに少ないと、子供の人間関係が固定化する。同じ子供が長期間、いじめに遭う恐れもある。クラス対抗の行事や部活動にも制約が生じる。集団生活で社会性を身に付ける機会が少なくなることが懸念される。

 子供たちの良好な教育環境を保つためには、一定の学校規模が必要になるのは間違いない。

 旧文部省は1956年、望ましい学級数として、小中学校とも1校あたり「12学級以上18学級以下」との基準を示した。

 だが、近年の児童・生徒数の減少により、公立小中学校の約半数が11学級以下になっている。地方の過疎地だけでなく、住民の高齢化が進む都市部の団地などでも、こうした状況に直面している。

 新たな基準が、特に、クラス替えができない規模の学校について、統合の検討を急ぐべきだと指摘したのは理解できる。

 新基準では、スクールバスなど交通機関の利用を想定し、「通学時間は1時間以内」との目安も加わった。これまでは、徒歩や自転車での通学を前提に、小学校は4キロ・メートル以内、中学校は6キロ・メートル以内という基準しかなかった。

 通学範囲が広がることで、統合の選択肢は増えるだろう。

 一方で、長時間の通学により、子供たちに過度な負担がかからないよう配慮すべきだ。

 学校が地域コミュニティーの核としての機能を持っていることにも留意する必要がある。

 休日に開放された運動場で、汗を流す住民は多い。災害時には避難所となる防災拠点でもある。学校をなくすことが人口流出に拍車をかけ、地域の衰退を招くような事態は避けねばなるまい。

 離島や山間部などの小規模校では、地理的条件から統合は難しい。このようなケースでは、他校とのオンライン授業を行うなど、より多くの仲間と交流する機会を増やす工夫が欠かせない。

 改正地方教育行政法が施行される4月から、首長と教育委員会で構成する「総合教育会議」が各自治体に設置される。学校統廃合はこの会議で扱う重要テーマとなろう。地域の将来も見据えた、多角的な検討が求められる。

2015年1月19日月曜日

「自主再建」で民主の信頼回復はなるか

 顔をすげ替えるだけでは解決にならない。大事なのは、失った有権者の信頼をどうやって回復するかだ。その一歩となるべき民主党代表選にもかかわらず、論戦はあまりに内向きだった。自民党に対抗できる野党づくりはまだかなり時間がかかりそうだ。

 代表に岡田克也代表代行がほぼ10年ぶりに返り咲いた。安倍晋三首相も一度失敗しており、再チャレンジは悪いことではない。とはいえ、岡田氏が掲げた「オール民主党を結集し、党の原点を再確認する」という自主再建路線で本当に党勢を拡大できるのだろうか。

 代表選の期間中、自民党からは「岡田氏に勝ってもらいたい」との声が出ていた。野党第1党がほぼ現状維持という結論を出したことにほくそ笑んでいよう。

 今回の代表選が凡戦になった最大の要因は、解党的な出直しによる野党再編に前向きだったはずの細野豪志元幹事長が維新の党などとの合流に消極姿勢をみせたからだ。投票直前の候補者演説では労組系の議員票を取り込もうと「連合と一緒」とまで言い切った。

 代表選に敗れたからと、再び方向転換したら信用を失う。党内の再編論者は当分、沈黙せざるを得ない。岡田氏は代表選出後の記者会見で維新との合流について「考えられない」と明言した。

 民主党はどこに向かうのか。岡田氏は会見で「自民党は右にシフトし、真ん中が空いている。そこを目指す政策展開が必要だ」と説明した。

 具体例として、長島昭久氏らが中心になってまとめた安保基本法案は白紙に戻し、集団的自衛権の憲法解釈見直しに基づく安保法制の制定や、安倍政権のもとでの憲法改正は阻止する考えを示した。

 代表選の決選投票で、旧社会党系が軸になった長妻昭元厚生労働相の陣営の支持を得て逆転勝ちしたことで、従来の立ち位置よりもやや左に寄った印象だ。

 保守系を切り離して自民党との対抗軸を鮮明にするのか。それとも従来通りに党内融和を優先して政策論争を封印するのか。多難な党運営が予想される。

 国会議員だけの代表選にしなかったにもかかわらず、党員・サポーターの投票率は46%にとどまった。菅直人首相と小沢一郎氏が争った2010年の67%どころか、野党だった02年の51%にも及ばなかった。一般の有権者の関心はさらに低かったに違いない。

働きやすい保育の職場に

 2017年度末までに6万9千人の保育士確保が必要――。厚生労働省がこんな推計をまとめた。国や自治体は待機児童をなくそうと保育施設の整備を急ぐが、「箱」ができても人がいなければ子どもを預かることはできない。

 意欲を持って保育の仕事を始めても、数年で離職する人は少なくない。新たに就業する人を増やすことも必要だが、やりがいをもって働き続けられる環境を整えることが不可欠だ。国、自治体、事業者は一層知恵を絞る必要がある。

 保育施設の拡充は急ピッチだ。13~17年度の5年間で40万人分を増やす予定で、4月からは量、質の両方を高めることを目指した新しい子育て支援制度も始まる。それだけに担い手の確保は必須だ。

 国も新たな対応方針を打ち出した。保育士試験を受験する人への学習費用の援助や、現行は年1回の試験を年2回にするよう都道府県を後押しすることなどだ。他の福祉資格を持つ人には試験科目の一部免除も検討する。より受験しやすくすることは妥当だろう。

 他の産業に比べ低いと指摘されてきた民間の保育士の給与も、15年度予算案で3%の処遇改善加算などが盛り込まれた。

 とはいえ、それだけでやりがいが高まるわけではない。保育の現場では、子どもや保護者に対してよりきめ細かな対応が求められるようになっている。研修で力を伸ばす機会を増やす、キャリアアップができる仕組みを整える――。意欲を持って働き続けられるよう、日々の就労環境を向上させる工夫が事業者には必要だ。

 より柔軟な勤務体系を工夫する余地もあるだろう。資格を持ちながら保育士として働いていない「潜在保育士」は60万人以上といわれる。働きやすい職場づくりは復職を支援する意味でも重要だ。

 政府は「女性の活躍」を成長戦略の柱に掲げる。保育はその基盤ともなるサービスだ。そこで働く人たちがどうすれば働き続けやすくなるか。事業者や自治体の好事例を共有することも大事だろう。

民主党新代表―「穏健中道」からの再起

 きのうの民主党代表選で、決選投票の末、岡田克也氏が新しい代表に選ばれた。民主党政権で外相、副総理を務めたベテランの再登板である。

 すぐに政権交代を実現できる情勢にはない。まずは党の再建に注力すべき時だ。熟議を経て最後はリーダーの決定に従う。そんな政党文化をつくらなければ信頼回復は望めない。

 そのうえで、安倍政権が進める政策に明確な対案を打ち出さなければならない。

 決選投票を前に、岡田氏が「新しい民主党の大きな旗にしよう」と呼びかけたのは、格差問題への取り組みだった。

 アベノミクスの問題点を指摘し、修正を促しつつ、不平等を是正する。男女の格差、将来世代の負担、働く環境の改善や、子育て・教育政策の拡充など人への投資――。これらの課題は党が一丸となって取り組むテーマとなり得る。

 「2030年代原発稼働ゼロに向け、あらゆる政策資源を投入する」と岡田氏が訴えた原発再稼働の問題でも、説得力ある道筋を早急に示すべきだ。

 個々の政策の土台となる明確な理念を示す必要もある。

 その点、今回の代表選ではっきり見えたのは、3人の候補者の違い以上に、共有する価値観のありようではなかったか。

 昨年、民主党は「穏健中道」の理念を掲げる報告書をまとめた。「分極化」が指摘される今の日本の政治地図を広げれば、真ん中に空いているのが、穏健中道のスペースだといえる。

 その実現を目指すなら、戦後70年の歩みのうえに日本の将来像を描くことだ。歴史認識の問題では、アジアの人々に「痛切な反省とおわび」を表明した村山談話を堅持し、国際社会との協調を示すべきである。

 もうひとつのカギは、立憲主義という基本ではないか。権力は憲法によって縛られる、という政治家が従うべき大原則だ。多様性をもつ寛容な社会を守るためにも、憲法の精神を生かさなければならない。

 安全保障問題で民主党は、集団的自衛権をめぐる閣議決定について「立憲主義に反するため、撤回を求める」と公約した。議論を深め、穏健な安保政策を追求してほしい。

 衆院選では安倍政権に対抗する力強さに欠け、党勢回復にはほど遠い結果となった。だが、民主党の再起は日本政治にとって重要だ。自民党の目が届かない人々への心配りを大切に、投票先を見失った有権者の受け皿づくりを進めることが岡田新体制の使命となる。

表現と冒とく―境界を越える想像力を

 ある人々による風刺表現が、別の人々に侮辱と受けとめられる。その反応が多数の殺害という最悪の形になったのが、フランスの週刊紙が載せたイスラム教預言者の風刺画だった。

 「絵の問題でなぜ殺人まで」と思う人は少なくないだろう。一方、多くのイスラム教徒にとっては激しい冒瀆(ぼうとく)だった。

 どんな理由があれ、表現に暴力で対抗するのは許されない。

 ただ、表現の自由と、個人の信仰や規範との対立を、どう調整するかは難しい問題だ。

 民主主義の歩みを振りかえれば、政治権力を対象にした表現の自由は決して制限されてはならないのは明らかだ。批判や風刺にも、最大限の自由が保障されねばならない。

 だが、どんな場合でも無制限というわけではない。無分別な表現は、個人や集団、民族などの名誉や尊厳を傷つける「暴力」にもなりえる。

 どこまでが自由で、どこからが侮辱か、その線引きは一様ではない。時代や社会によっても変わりうる問題だ。どの場合であれ忘れてならないのは、自由の行使には、節度と思慮が伴わねばならないということだ。

 ある集団や民族に属していることを理由に存在意義を根本から否定したり、憎しみをあおったりする言動は、自由の名で守られるべきものではない。

 自分にとっては当たり前に思える常識や正義が、他者にとっては必ずしもそうではないという想像力。それがあっての表現の自由である。

 グローバル化が進み、インターネットが世界を覆ういま、あらゆる表現は国境や、文化圏、宗教圏をかるがる越える。

 表現者が意図した「宛先」の枠内では問題のない内容でも、「宛先」の外では不穏当と感じられることが起こりやすい。欧州の新聞が自分の読者向けに載せた表現が、遠い中東の人々の感情を揺り動かすと同様に、日本の国内向けの言葉や表現も、瞬く間に国外を駆けめぐる。

 多種多彩な文化や歴史が共存している世界の一員として、自由に伴うべき思慮の領域を、広く深く持たねばならないのが、いまの時代の要請であろう。

 ある表現について、他者が違和感や反論を抱けば、それを表現し返す双方向性の手段が開かれるべきだ。報道機関を含め、表現者はいつも謙虚に耳を澄ます姿勢が欠かせない。

 この表現が他者の心にどう映るか。たとえリスクがあっても表現する意義は何か。簡単ではないが、想像力を不断にめぐらす努力を続けていくしかない。

岡田民主新代表 「原点回帰」で党は再生するか

 党の再生へ、急進的ではなく、穏健な改革路線を選択したのだろう。

 民主党代表選は、決選投票の末、岡田克也代表代行が、細野豪志元幹事長を小差で破り、長妻昭元厚生労働相を含む三つどもえの戦いを制した。

 党員・サポーターと地方議員を含む第1回投票では、細野氏が僅差で1位だった。決選投票では、長妻氏を支持した国会議員がより多く岡田氏支持に回った結果、岡田氏が逆転を果たした。

 細野氏が「過去との決別」を訴え、より大胆な改革や世代交代を主張したのに対し、岡田氏は「原点回帰」を唱え、民主党の基本路線を踏襲する考えを示した。

 野党再編を巡っても、岡田氏は自主再建路線を堅持し、維新の党との合流を強く否定した。

 こうした岡田氏の主張が、長妻氏を支持するリベラル系議員に評価されたのだろう。

 岡田氏は当選あいさつで、「統一地方選、参院選、衆院選を一つ一つ乗り越える。国民の信頼を取り戻す」と強調した。

 岡田氏は、挙党態勢の構築を目指す方針だ。ただ、保守系の岡田氏がリベラル勢力に配慮しすぎれば、党の政策や体質の改革が停滞するのではないか。

 代表選では、集団的自衛権の行使に関し、岡田、細野両氏が限定容認を否定しなかったのに対し、長妻氏が明確に反対するなど、党内の意見の隔たりが露呈した。

 岡田氏は今後、集団的自衛権の行使の是非に関する統一見解の策定など、先送りしてきた外交・安全保障政策に関する党内論議を主導することが求められる。

 非現実的な最低保障年金制度の創設など、2009年衆院選の政権公約(マニフェスト)の抜本的な見直しも急務である。

 看過できないのは、岡田氏が安倍政権下では憲法改正論議に応じない考えを示したことだ。

 岡田氏は、首相が「GHQ(連合国軍総司令部)の素人が8日間で作り上げた代物」と発言したとして、「首相は憲法をさげすんでいる」と主張している。

 だが、憲法制定がGHQ主導だったのは事実だ。党が一丸となって政権奪還を目指すのなら、憲法改正論議は避けて通れない。

 論議を経た党決定に全議員が従う文化を定着させる。安倍政権の経済政策「アベノミクス」など重要政策への現実的な対案を提示する。こうした改革なしには、失墜した民主党に対する国民の信頼を回復することはできまい。

インフル猛威 こまめな手洗いで感染予防を

 インフルエンザが猛威を振るっている。

 今月5~11日の患者数は、1医療機関当たりの平均で33・28人に上り、警報レベルの30人を超えた。昨季より3週間早い。

 流行はさらに拡大し、患者数が例年より多くなる可能性がある。予防を徹底したい。

 インフルエンザは、咳(せき)やくしゃみなどの飛沫(ひまつ)を介して感染する。喉や肺でウイルスが増え、2日程度の潜伏期間の後に発症する。一般の風邪と異なり、急に38度以上の高熱を発し、頭痛、全身の筋肉痛といった症状が表れる。

 感染予防には、日頃の心がけが何より重要だ。

 人混みを避け、こまめに手を洗う。睡眠や食事に気を付けて、抵抗力を高める。加湿器も、気道の粘膜の湿気を保ち、防御機能を維持するのに役立つ。

 予防接種は重症化を防ぎ、効果が半年程度続くが、感染や発症を完全に抑えることはできない。過信は禁物である。

 今季検出されたウイルスのほとんどが、A香港型(H3N2型)だ。この型では、抗インフルエンザ薬が効かない耐性ウイルスは、今のところ見つかっていない。

 悪寒などの症状が出たら、早めの受診が望ましい。薬を服用し、休養に努めれば、多くの場合、数日で回復する。

 特に用心せねばならないのは、高齢者や持病のある人だ。H3N2型は、細菌感染による肺炎を併発するリスクが比較的高い。子どもの脳症にも要注意である。

 呼吸が苦しそうになったり、痙攣(けいれん)が起きたりしたら、すぐに病院に連れて行くことが大切だ。

 肺炎予防には、肺炎球菌ワクチンが有効とされる。政府は、65歳以上を対象に、昨年から接種費用の一部を助成している。インフルエンザが引き金となった死亡例の多くは、肺炎を併発しているだけに、高齢者の接種を促したい。

 今季も介護施設などで集団感染が発生し、高齢者が死亡している。来訪者や職員からの感染が考えられる。施設側には、流行期に見舞客を制限するといった対応が求められるだろう。

 年明けから、働き盛りの20~40歳代の患者の増加が目立つ。大人の場合、発症から5日間程度はウイルスを排出しているため、外出を控える必要がある。

 仕事があるからといって、無理に出勤してはいけない。感染を広げてしまう恐れがある。

 患者が十分に休むためには、職場の理解が欠かせない。

2015年1月18日日曜日

柔軟に働くホワイトカラーをより多く

 新しい制度を利用できる人を、もっと広げられないか。労働時間の長さではなく、成果に応じて賃金を払う「ホワイトカラー・エグゼンプション」の導入に向け厚生労働省が示した案は、対象者を限定しすぎている。

 新制度は短い時間で成果をあげる効率的な働き方を促す。企業の生産性も高める。より多くの人が対象になるよう設計すべきだ。

 労働時間は原則として1日8時間まで、1週間では40時間までと定められ、残業や休日出勤には雇用主に割増賃金の支払いが義務づけられている。ホワイトカラー・エグゼンプションの考え方は、企画や管理、研究開発などに携わる人についてこうした労働時間規制をなくし、賃金を働いた時間に連動させないというものだ。

 働く時間が長いほど生産量が増える工場労働と違い、ホワイトカラーの仕事は成果を時間で測れない。戦後に工場労働を念頭に設けられた労働時間規制を、経済のソフト化やサービス化にあわせて見直していくのは妥当だ。

 効率的な働き方によって1人あたりの生産性が上がれば労働力不足を補う効果も期待できる。

 だが厚労省が労働政策審議会に示した案は、制度の意義を十分に生かせるか疑問だ。対象者を少なくとも1千万円強の年収がある、金融ディーラー、アナリストなどの専門職に限っている。

 高収入の人に絞ったのは、「残業代がゼロになる」との批判も考慮してだろう。ただ新制度では、これまでのおおよその残業代も「込み」にして賃金を決め直せる。対象業務を企業の労使で決められるようにするなどで、制度を活用できる人を増やすべきだ。

 労働時間規制がなくなれば過重労働を助長するとの懸念も出ている。厚労省案は制度を利用する企業に、本人の同意に加えて年104日の休日の設定などを求めることとしたが、あいまいな部分も多い。健康確保は制度導入の条件だ。内容を詰める必要がある。

 また厚労省案は、仕事の範囲をはっきり決められる社員を対象とすべきだとした。過重労働対策として職務の明確化は必要だろう。

 裁量労働制の対象に営業職の一部などを加えることも厚労省は打ち出した。ホワイトカラー・エグゼンプションを使える人が増えれば柔軟な働き方が広がる。この制度の普及に向け、十分な健康管理ができる環境づくりを急ぎたい。

「大阪都」の具体像をもっと

 橋下徹大阪市長らが掲げる「大阪都構想」の賛否を決める住民投票が5月に実施される方向になった。同構想に反対している公明党が投票を容認する姿勢に転じ、大阪府・市の議会で制度案が可決される見通しになったためだ。

 今回決まった案によると、2017年4月に大阪府と大阪市を統合・再編し、市を5つの特別区に分割する。福祉や教育など住民に身近なサービスは区が担当し、大規模なインフラ整備や都市開発などは府に一本化する。

 5つの特別区の財政力の格差をならすために、現在は市の税収になっている固定資産税などを府の税収に変え、府が区に配分する仕組みも導入する。今回の案は東京の都区制度とほぼ同じ内容だ。

 大阪の経済が振るわない背景には府と市の戦略がばらばらで、効果的な政策を打ち出せなかったことも影響している。二重行政は様々な無駄も生んできた。都構想はこうした問題を改善する選択肢のひとつではある。

 ただし、まだ制度の骨格が示されただけだ。市民からみれば日々の生活や地域の姿がどう変わるのかまったくわからないだろう。

 ひとつの市を5つの区に分割すれば、住民の声を行政に反映しやすくなる面はある。各区が地域の事情に応じて政策にメリハリをつけることも可能だ。

 一方で行政サービスにはばらつきが出る。区によっては住民の負担が増す場合もある。新たに特別区の庁舎を建てたり、システムを改修したりする経費もかさむ。

 大阪の成長戦略の司令塔を府に一本化するのは構わないが、それで何をするのかもまだ見えない。橋下市長は一例として、湾岸部にカジノなどを誘致する構想を挙げているが、法案が通れば現在の体制でも取り組めるだろう。

 大阪の将来を大きく左右する問題だ。最終的に住民に直接判断をあおぐことは必要だが、現在のような生煮えの段階で、住民投票の時期を決めるのはおかしな話ではないか。

農協改革―目的を見失うな

 全国に約700ある農協(JA)を束ねる全国農業協同組合中央会(全中)の改革を巡り、安倍政権と全中の対立が激しくなってきた。

 政権は昨年春の規制改革会議の提言に基づき、全中が内部組織を通じて農協に実施している監査の廃止を掲げる。「一般の企業のように公認会計士の監査を受ければよい」との考えだ。

 監査問題の先には、全中について定めた農協法の規定を削除し、全中を他の業界団体のように一般社団法人などに衣替えすることが視野に入っている。

 全中は真っ向から反論する。独自の監査は少ない費用で効果をあげているとし、全中は農協法に基づく組織であるべきだと主張している。

 先の佐賀県知事選では農協改革が争点の一つとなった。地元農協などが立てた候補と政権が全面支援した候補がぶつかり、地元擁立候補が勝利した。

 首相は農協改革を断行すると強調するが、農協は自民党の支持基盤でもあり、春の統一地方選をにらんで党内には慎重論もある。改革論議が混迷する可能性は小さくなさそうだ。

 政権と全中に求めたいのは、政治的思惑や駆け引きを排し、改革の目的を忘れずに農協のあり方を根本から見直すことだ。

 後継者や国際競争力の不足など課題が山積みのわが国の農業を強化するには、個々の農協が創意工夫をもっと発揮し、地域に根ざした取り組みを広げることが不可欠だ。なのに、全中を中心とするJAグループのピラミッド型の組織構造がそれを阻んでいないか。こうした問題意識が改革の原点だったはずだ。

 注目したい農協がある。福井県のJA越前たけふである。

 農薬や肥料などの購買事業とコメなど農産物の販売事業からなる「経済事業」は農協の活動の根幹だが、大半の農協が赤字に悩んでいる。たけふは上部団体頼みを改めようと、卸業者などへのコメの直接販売を徹底し、資材の独自調達を進めた。そうして経済事業は黒字を維持し、農家も潤ったという。

 必要なのはこのような挑戦を促しつつ、JAグループにすくう非効率を徹底的になくしていくことだろう。

 JAグループは昨秋、全中を含む自己改革案をまとめたが、JAたけふが突きつけた問題に答える内容とは言い難い。政権側も個々の改革案について、事実やデータを示しながら必要性を丁寧に説明する必要がある。

 政治ゲームにかまけている余裕はない。農業の強化は待ったなしの課題である。

国際放送―独立保ってこそ信頼性

 NHKが「国際放送」の強化を、2015~17年度の経営計画で重点方針の一つに掲げた。

 「日本を正しく理解してもらうために、日本を世界に、積極的に発信」とうたい、予算を手厚くする。14年度に171億5千万円だった国際放送費は、15年度予算案では225億9千万円に。向こう3年で、さらに大幅に増やすという。

 テレビやラジオを通じ、日本の社会や文化、自然などを海外の人に知ってもらうのは良いことだ。欧米などとは異なる視点で世界の出来事を報じることにも意味がある。

 気がかりなのは、政権との距離だ。

 NHKの予算は国会の承認が必要だし、基本方針や会長を決める経営委員は、国会の同意を得て首相が任命する。政治の影響を受けやすい。

 1年前に就任した籾井勝人会長は記者会見で「政府が右と言うことを左と言うわけにはいかない」と発言し、批判を浴びた。その後、発言を取り消したが、考えを変えたとは言わない。報道機関の長として、疑問符は消えていない。

 昨年の衆院選で、自民党がテレビ報道への圧力ともとれる文書を出した。民放各社はその事実を公表したが、NHKは受け取ったか否かの問いに答えず、政権党とのやりとりを明らかにしなかった。

 世界には政府の強い影響下にある放送局が少なくない。その中で、NHKは、政府から独立し、受信料で支えられている。

 政府の宣伝機関ではない放送局が発信するニュースや番組だからこそ、海外で信用される。政権に寄り添っていると疑われるような振る舞いで、自らの価値を下げるべきではない。

 NHKによる海外への情報発信については、総務省が検討会を設けている。中間取りまとめの骨子案には、組織や人事、財源、番組内容など多岐にわたって方向性が示されている。拘束力はないとはいえ、影響を及ぼすことはあり得る。総務省は結論を押しつけるべきではない。

 国際放送には国の交付金も出るが、15年度予算では費用の約16%で、大半は受信料で賄う。それを負担する視聴者が納得できるよう、番組には多様な価値観を反映してほしい。

 世界のどこであれ、国際ニュースは、欧米メディアの報道が人々の情報源になりがちだ。その現状のなかで、アジアの発信元として、NHKが定評を築きたいならば、政権との健全な距離を保ち、主体的な立場を貫くことが欠かせない。

エネルギー政策 全原発停止を終わらせよう

 ◆電力安定供給の回復が急務だ◆

 安全性の確保を大前提に、原子力発電所の稼働ゼロに終止符を打つ。安価で安定した電力供給を可能とする最適な電源構成を構築する。

 東日本大震災後に揺らいだ電力供給体制の正常化に向けた重要な年である。

 安倍政権は、原発を活用する現実的なエネルギー政策を推進しなければならない。

 ◆最適な電源構成を示せ

 電力は「経済の血液」とも言われる国力の基盤である。安定供給を回復しないと、安倍政権の経済政策「アベノミクス」も、成功はおぼつかない。

 政府は今月中にも、2030年の最適な電源構成の検討に入るという。各電源が長所と短所を補い合う「ベストミックス」を明確に掲げることが重要だ。

 震災前、日本の電力は、火力発電6割、原発3割、水力を含む再生可能エネルギー1割という比率で賄われていた。

 ところが、東京電力福島第一原発の事故の影響で、定期検査を終えた原発を再稼働できなくなり、現在は全発電量の9割を火力に頼る状況になっている。

 過度の火力依存の弊害は大きい。液化天然ガス(LNG)などの燃料費は、震災前より年4兆円近く増え、電気料金は企業向けが3割、家庭向けも2割上昇した。

 燃料のほぼすべてを輸入しているため、巨額の国富流出が続いている。政情の不安定な中東への依存が強まり、エネルギー安全保障の観点で不安がある。温室効果ガスの排出量も急増した。

 一方、太陽光や風力などの再生エネは国内で自給でき、地球環境への負荷が小さい利点がある。できる限り普及させたい。

 ただし、普及拡大のための固定価格買い取り制度は、コストが電気料金に転嫁され、利用者負担に跳ね返る問題がある。

 再生エネは、日照や風の状況によって発電量が急変するなど、多くの欠点も抱えている。現状では基幹電源とはなり得ない。

 原発は燃料費が安く、大量の電力を安定供給できる。政府が、原発を「重要なベースロード電源」と位置付け、中長期的に活用する方針を示しているのは妥当だ。

 ◆再稼働へ政府は前面に

 喫緊の課題は、安全性の確認できた原発を、着実に再稼働することである。

 九州電力川内原発(鹿児島県)1、2号機は昨年9月、原子力規制委員会の安全審査に「合格」し、地元自治体の同意も得た。

 ところが、書類提出などに手間取り、運転再開は春以降にずれ込む見通しだ。九電はこれ以上の遅れを招かぬよう、準備に万全を期してもらいたい。

 第2陣の関西電力高浜原発(福井県)3、4号機は「合格証」に当たる審査書案が決まり、審査は最終段階に入っている。

 関電は今秋の再稼働を目指しているが、立地自治体だけでなく、隣接する滋賀県や京都府が事前に同意を得るよう求めるなど、不透明な要素も少なくない。

 宮沢経済産業相らは関電任せにするのではなく、地元の説得・調整へ前面に立つべきだ。

 再稼働に向けた安全審査を申請している原発は、このほかに16基もある。規制委は安全性を最優先しつつ、効率的な審査に努めてもらいたい。

 今後、古くなった原発の更新や新増設を一切行わず、運転開始から40年で原発を廃炉にする原則を厳格に適用すると、49年に国内の原発はゼロとなってしまう。

 これでは、原子力産業の将来が見通せず、原発技術を担う人材も育たなくなろう。これから30~40年かかるとされる福島原発の廃炉作業にも支障が出かねない。

 最新の原発を開発し、運用することで、高い原子力技術を維持できる。政府は、原発を新増設していく方針を明確化すべきだ。

 ◆最終処分に道筋つけよ

 電力不足に悩む新興国に安全性の高い日本の原発を輸出することは、日本の成長に資するだけでなく、国際貢献にもつながる。

 エネルギー資源の乏しい日本にとって、使用済み核燃料を再利用する核燃料サイクルは必要な政策である。放射性廃棄物の容量削減など、メリットは大きい。

 ところが、日本原燃が青森県六ヶ所村に建設中の再処理工場の完成が当初予定から20年近く延期されるなど、計画の遅れは深刻である。着実な推進が求められる。

 原発の活用では、放射性廃棄物の最終処分場の確保は避けて通れない。候補地選定に道筋をつけることが肝要だ。

2015年1月17日土曜日

都市型震災と復興の教訓を語り継ごう

 6434人が犠牲になった阪神大震災からきょうで20年になる。被災地の再建は進んだが、被災者の心になお深い傷を残す。復興の過程で様々な課題も浮かび上がった。都市型震災への備えを進め、復興の教訓も語り継ぎたい。

 人口密集地を震度7の揺れが襲った阪神大震災は、現代の都市が直下地震にいかに無防備かを見せつけた。25万棟の住宅が全半壊し、多くの人が下敷きになった。同時多発した火災が燃え広がり、高速道路の安全神話も崩れた。

 その後、日本の都市は地震へのもろさを克服できたのか。4年前の東日本大震災で、私たちは津波を伴う巨大地震の恐ろしさをかみしめた。だが大都市を襲う直下地震は阪神以降なく、想定外の被害が生じないか、なお不安が残る。

 列島には2千を超える活断層があるとされ、どこで地震が起きてもおかしくない。それを念頭に、対策を怠りなく進めたい。

 まず古い住宅の補強は急務だ。1981年以前の古い耐震基準に基づく住宅は全国に1千万棟以上あり、それ以降でも耐震性の低いものがある。補強には数百万円の費用がかかり、所得が少ない高齢者らにとって負担が重いことが、改修が進まない主因だ。

 一方で、壁の一部だけ取り換えて耐震性を高めるなど安価な工法が登場し、自治体が費用を補助する仕組みも広がった。それらをうまく活用したい。自治体は費用補助に加え、安価な工法を紹介する取り組みにも力を入れるべきだ。

 高層へ、地下へと広がった大都市で、予期せぬ被害が生じる恐れはないか。とくに、経済や政治の機能が集まっている東京で大地震が起きても、国の中枢機能を保てるのか。死角がないか徹底的に洗い出す必要がある。

 阪神大震災の被災地では、被災者向けの災害復興住宅の建設や街区の再建は早かった。だが、もとの暮らしを取り戻せない被災者もいる。年月とともに復興住宅の入居者が高齢化し、孤独死や心の病に悩む人も増えている。

 復興住宅を地域的に分散させたり、被災者のほか様々な世代を受け入れたりして、コミュニティーをどう再建するか。これは復興の過程で明らかになった課題だ。

 東日本大震災の復興はこれから本格化する。阪神大震災の被災地の自治体や住民は、復興の反省点についても積極的に発信し、東日本の被災地で役立ててほしい。

認知症の検査で事故を減らせ

 75歳以上の高齢者が運転免許を更新する際に加え、逆走、信号無視などの違反をした場合に、認知機能の検査を義務付ける。認知症の恐れがあると判定されれば医師の診察を受けてもらい、診断が確定すると免許を取り消す。

 高齢者の交通事故を抑止するための新たな制度を、警察庁が公表した。今月始まる通常国会に道路交通法の改正案を提出する。

 交通死亡事故の総数は減り続けている。だが、75歳以上による死亡事故が全体に占める割合は、2003年の5.5%から13年には11.9%に増えた。高齢者の死亡事故の3割で認知症や認知機能の低下が疑われるという。

 認知機能の低下を早い段階で見つけることは、本人のためにも重要なことだ。高齢者のなかには周囲の偏見を恐れたり、病気への不安から受診をためらったりしている人もいるだろう。高齢者の尊厳やプライバシーにも配慮した制度を作り上げてほしい。

 75歳以上の免許更新時の認知機能検査はすでに導入されている。しかしいまの制度では、検査で認知症の恐れがあると判定されても特定の違反がなければ医師の診断は課されておらず、原則として免許は更新される。

 改正案ではこれまでの免許更新時だけでなく、違反をした場合にも検査を受けてもらう。さらに受診の義務化で医師の判断を求める機会を増やし、認知症のドライバーを確実に見つけることを狙っている。事故を起こせば他者も巻き込んでしまう。免許取り消しなどの措置はやむを得ないだろう。

 ただ公共交通機関が行き渡っていない地方では、運転免許が取り消されると、買い物や通院など日常の外出の手段さえなくなる可能性がある。独り暮らしの場合であればなおさらだろう。

 そうした人たちの生活をだれが支えるのか。コミュニティーバスといった移動手段を確保するなど行政と地域がいっしょになって、車がなくても暮らしていける町づくりをさらに考えていきたい。

阪神大震災20年―防災の日常化を進めよう

 6434人の命を奪った阪神・淡路大震災から今日で20年。

 この間、町は生まれ変わり、神戸市の人口は震災前を上回った。かつてのにぎわいが戻らない地域もあるが、人々の営みは息を吹き返したようにみえる。

 だが、記憶が遠くなるにつれ、少しずつ「慢心」が忍び寄ってはいないだろうか。

■風化を防ぐ

 神戸市では、震災後に誕生・転入した人が、住民の4割を超えた。兵庫県民2200人を対象にした昨年の県の調査によると、住んでいる地域が「安全」だと思う人は7割近くに達し、約65%が「地域の防災訓練に参加したことがない」と答えた。

 東日本大震災を経てもなお、「阪神」の被災地でさえ、災害への構えが緩みつつある。

 風化を防ぐにはどうすればいいのか。ヒントになりそうな地域が神戸市にある。

 東灘区魚崎地区。昔ながらの人情が残るところだ。

 先週土曜日、寒風が吹きつけるなか、200人近い住民が小学校の運動場に集まった。Tシャツや毛布で作った簡易担架でけが人に見立てた人を運んだり、消防署の職員から消火器の使い方を学んだり。

 魚崎地区では震災の2年後から、ほぼ2カ月に1度、こうした訓練を重ねている。なぜ息長く続けられるのだろう。

 地区のリーダー役、清原孝重さん(65)の答えは明快だ。

 「次の災害への危機感です」

■土手の花見

 兵庫県の想定では、南海トラフ巨大地震があれば、魚崎地区のある東灘区には最短110分で最大3・3メートルの津波が到達するとされる。具体的な災害が迫っているという意識の共有が防災活動の原動力だというのだ。

 「阪神」では、がれきの中から助けられた人の約8割が家族や近所の人によるものだった。消防は同時多発する火災や救助要請で大混乱し、道路も寸断されて身動きがとれなかった。「公助」の限界である。

 清原さん自身、全壊した家の下敷きになり、近くの人に救われた。「結局、頼りになるのは『ご近所力』」。経験に裏打ちされた清原さんの言葉は重い。

 とはいえ、災害に備え続けるのは容易ではない。ならば普段の生活や地域活動の中に防災を組み入れてはどうだろう。

 「土手の花見の防災」という言葉がある。こんな逸話がもとになっている。

 ――むかしあるところに、決壊を繰り返す川があった。いくら工事の必要性を訴えても村人は集まらない。そこで、知恵者が土手にたくさんの桜を植えた。春になり、大勢の花見客が土手を踏み固めることで、堤防の強化につながった……。

 魚崎地区では、訓練のたびに炊き出しをして交流を深めてきた。毎年2月には餅つきをし、体の不自由な人やお年寄りの家を回って餅を配る。その際「お変わりありませんか」と声をかけ、「要援護者リスト」を更新している。町おこしを防災につなげている好例といえよう。

■学校の役割

 日本は世界でもまれな災害大国である。

 文部科学省の地震調査研究推進本部によると、今後30年以内にマグニチュード(M)8~9級の南海トラフ地震が発生する確率は約70%。首都圏に甚大な被害をもたらす恐れのあるM8級の相模トラフ沿いの地震も、今後30年以内に最大で5%、M7程度なら約70%の確率で起きると予測されている。

 地震だけではない。噴火、台風、土砂崩れ。災害はいつ、どこで起きてもおかしくない。

 ハードで守るには限界がある。それは「想定外」の津波が堤防を乗り越え、町をのみ込んでいった東日本大震災の例を見ても明らかだ。

 やはり「防災力」を高めるしかあるまい。

 重要なのは、学校の役割だ。

 大津波に襲われた岩手県釜石市の小中学生は率先して高台に逃げ、約3千人のほとんどが助かった。「釜石の奇跡」と呼ばれるこの結果は、「被害想定を過信するな」という事前学習のたまものだった。

 防災は、社会や理科などで触れるよう学習指導要領で定められている。だが、何をどう教えるか、中身は体系的に整理されているとは言いがたい。

 「命を守る」を原点に、住んでいる地域が経験した災害の歴史やリスクに触れてみる。すべての子がこうしたことを学べば、家庭で話題になり、共に考えるきっかけにもなる。

 地域の拠点として、学校を機能させることも大切だ。

 少子化がすすみ、空き教室を抱える学校は多い。たとえばこうした場を活用し、普段から学校が地域の「たまり場」になれば、人と人とのつながりも生まれやすくなるだろう。

 災害に強い国にするために、準備を急ぎたい。被害をゼロにはできない。しかし「減災」ならすぐにでも始められる。

阪神大震災20年 復興の成果と教訓生かしたい

 阪神大震災から、17日で20年を迎えた。6434人の犠牲者を悼むとともに、防災の重要性を再認識する日としたい。

 横倒しになった高速道路の橋脚、街中のあちこちで上がる炎――。大震災の惨状が、改めて思い出される。

 壊滅的被害を受けた神戸市などの被災地は、復興を遂げた。惨禍の痕を見つけるのも難しい。

 神戸市が、街並みを元通りにするのではなく、災害に強い街づくりを進めてきたことは、他の自治体の参考になろう。

 被害が大きかった地域には、再開発に合わせて防災公園を設けた。住民の避難場所となるだけでなく、広い空間を設けることで、火災の延焼を防ぐ狙いがある。

 老朽家屋を撤去した跡地を更地のまま残す「まちなか防災空地」を増やしているのも、同じ目的からだ。市が、固定資産税を免除して、土地を借り受け、自治会などに管理を委ねている。

 緊急車両の通行を想定した道路拡幅、生活用水確保のための水道管の耐震化にも力を入れた。

 阪神大震災を契機に、地域住民が助け合う「共助」の大切さが注目されたことも忘れてはならない。倒壊した家屋から救助された生存者の約8割が、家族や近隣住民によって助け出された。

 神戸市は震災後、自主防災組織の活性化に取り組んだ。地域住民が防災訓練を企画したり、地域を巡回して高齢者宅を把握したりと、様々な活動を続ける。住民同士の普段のつながりが、災害時の助け合いに生きるはずだ。

 被災地には1年間で100万人以上のボランティアが駆けつけ、がれき処理などを行った。「ボランティア元年」と言われる。

 今や、災害現場でボランティアの存在は欠かせない。東日本大震災の被災地でも、高齢者の見守りなどで被災者を支えている。参加した若者が次代のリーダーとなることを期待したい。

 教訓もある。神戸市長田区の駅前商店街では、行政主導の再開発により高層ビルを建設し、新住民を呼び込んだ結果、コミュニティーが崩れたという。

 商店街の理事長は、東日本大震災の被災地を訪れ、「住民自らが街づくりを考えないと、本当の復興にならない」と訴えている。

 都市部が被害に見舞われた阪神大震災と、過疎地での被害が甚大だった東日本大震災では、復興の道程も異なるだろう。しかし、住民が主体となった地域再建が重要であることに、変わりはない。

オウムと裁判員 サリン事件の風化防ぐ契機に

 オウム真理教による凶悪な無差別テロを裁く裁判員裁判が始まった。教団の闇にどこまで迫れるか、注目される。

 地下鉄サリンなど4事件で殺人罪などに問われた教団元信者・高橋克也被告の初公判が、東京地裁で開かれた。

 高橋被告は17年に及ぶ逃亡の末に逮捕、起訴された。地下鉄サリン事件の審理を裁判員が担当するのは初めてである。

 高橋被告はサリンを散布した豊田亨死刑囚を車で送迎したとして起訴された。初公判で「まかれたものがサリンとは知らなかった」などと無罪を主張した。検察側との激しい攻防が予想される。

 事件は、20年前の1995年3月20日、朝の通勤時間帯に起きた。東京・霞ヶ関駅を通る地下鉄5本の車内で、一斉に猛毒のサリンが散布された。13人が死亡し、負傷者は6000人を超えた。

 首都中心部を狙った卑劣極まりない犯罪だ。松本智津夫死刑囚の指示の下、教団に迫る捜査をかく乱するのが目的だった。

 公判の焦点は、共謀関係を検察側が立証できるかどうかだ。豊田死刑囚や総合調整役を務めた井上嘉浩死刑囚ら死刑囚6人の証人尋問が予定されている。

 犯行から年月が経過し、記憶が薄れている可能性がある。事前のやりとりなどを、どこまで具体的に引き出せるかが鍵になる。

 高橋被告は今回、猛毒VXガス襲撃事件など3事件でも起訴された。4月下旬に予定される判決までの公判回数は計41回に及ぶ。裁判員裁判では過去最多だ。

 審理は原則、午前10時から午後5時までで、平日すべてを公判に充てる週もある。裁判員の肉体的・精神的疲労は相当なものだろう。裁判所は休憩時間を十分に確保するなど、過度な負担がかからないよう配慮する必要がある。

 警視庁は今月、事件発生直後の無線交信記録を公開した。「ガソリンがまかれた」などと情報が錯綜し、混乱するやりとりからは、化学テロへの備えが不十分だったことがうかがえる。

 サリン製造など教団の武装化を担ったのは、有名大学出身の高学歴者を含む若者たちだった。

 教団は現在、団体規制法に基づき、公安調査庁の監視下にある。国内の信者数は約1650人を数え、3年前より約150人増えた。地下鉄サリン事件を知らない若い世代の入会が目立つという。

 高橋被告の裁判で、真相を解明することを通じて、事件の風化を防がなければならない。

2015年1月16日金曜日

通商秩序の進化へTPPの早期決着を

 経済は生き物である。技術や輸送手段、ビジネスモデル、消費の潮流は常に進化し、ヒト、モノ、カネが国境を越えるグローバル化の流れは、好き嫌いにかかわらず止められない。変化する経済の実情に合わせて、通商秩序の枠組みも進化しなければならない。

 世界を網羅する自由貿易の制度を築いた世界貿易機関(WTO)が発足して20年がたつ。その下での国際標準のルールが、貿易自由化と世界経済の成長に果たした役割は計り知れない。

 だが、今ではWTO協定の内容は時代遅れになりつつあり、国際法としての弱点が目立つようになった。他国を顧みず自国の利益だけを優先する通商政策や、現行協定では規制できない不公正な商取引が横行している現実がある。

 今こそルールを更新し、通商秩序を再構築すべき時だ。残念ながら、世界から約150もの国や地域が参加するWTOの交渉は動きが遅い。当面は有志国が中心となって協議する自由貿易協定(FTA)の網を広げていくしかない。

 その中で最も意欲的な目標を掲げるのが、日米が軸となる環太平洋経済連携協定(TPP)の構想である。知的財産権や投資、競争政策、政府調達、サービスなど、WTO協定の弱点を補い、21世紀型の通商ルールのひな型となる可能性がある。新たな秩序づくりを主導する日米の責任は重い。

 その意志を共有するはずの日米が、昔ながらの関税をめぐる協議でもたついているのは情けない。世界経済の大局を見据えて、経済大国として指導力を発揮してほしい。日米2国間の協議を早く決着させ、漂流の気配も漂うTPP全体の交渉に弾みをつけるべきだ。

 日本とオーストラリアの2国間の貿易協定が正式発効した。7年以上を費やす難交渉だったが、安倍政権と豪アボット政権が果敢に国内の反対勢力を抑え、合意に到達できた。通商交渉は政治指導者の決断で決まるという成功例だ。

 一方、今週都内で開く日中韓3カ国の交渉は、これまで大きな進展は見られなかった。経済規模が大きい日中韓の自由化は極めて重要だが、合意への強い意志が、どの国からも感じられない。緊張感が緩んでしまった一つの要因は、TPP交渉の長期化である。

 TPPが形になれば、日中韓を含めた他の通商交渉も加速するだろう。新たな通商の歴史を開けるか、今こそが正念場である。

安保の視点欠かせぬ宇宙戦略

 世界の安全保障にとって、宇宙の平和をどう守るかが大きな課題になってきた。米国をはじめとする主要国の軍は、衛星に多くの活動を頼っているからだ。日本の自衛隊も例外ではない。

 こうしたなか、政府は新しい宇宙基本計画をまとめた。2015年度から10年間の方針を定めたものだ。

 大きな特徴は、これまでになく安全保障の要素を多く盛り込んでいることだ。宇宙政策と安全保障が切り離せなくなっている現実を踏まえた内容といえよう。

 たとえば、地上や海上の偵察に使う情報収集衛星を拡充するほか、自衛隊の通信用として、独自の衛星を3基、打ち上げる。

 さらに、地上の位置情報を高い精度で測る「準天頂衛星」を、いまの1基から23年度までに7基に増やす。民間だけでなく、自衛隊による活用も視野に入れている。

 自衛隊は現在、多くの活動を米国の全地球測位システム(GPS)や軍事衛星に頼っている。ミサイル発射の兆候など、日本が把握しきれない地上や海上の動きも、米国の衛星からもたらされるケースが少なくない。

 だが、米国の衛星システムも盤石とはいえない。中国は衛星攻撃能力を持っており、ロシアやイラン、北朝鮮が同様の兵器を開発しているとの情報もある。

 この現状を考えると、日本が独自の衛星網を整備することは理にかなっている。それにより米国への依存度を下げられるうえ、米国の衛星が攻撃された場合、日本が機能の一部を補うことが可能になるかもしれないからだ。

 もっとも、宇宙をめぐる軍事攻防が激しくなり、そこが陸海空に次ぐ「第4の戦域」になるような事態は防がなければならない。

 日本は長年、宇宙利用を平和目的に限ってきた。08年の宇宙基本法で、安全保障上の利用にも道を開いたとはいえ、あくまでも専守防衛の範囲内にとどめるのは当然だ。軍拡を防ぐための国際ルールづくりにも貢献してほしい。

テロへの対応―自由を貫いてこそ

 フランスの週刊新聞「シャルリー・エブド」の関係者ら17人が犠牲になった連続テロから、1週間が過ぎた。

 パリでの100万人を超す大行進など、暴力に屈しない決意を内外に示した国民の姿は、国際的に共感を呼んだ。

 ただ、その後のオランド政権の対応には、やや過剰な面があるように見える。不穏な空気を心配せざるを得ない。

 たとえば、バルス首相は国会演説で、フランスは「テロ、聖戦主義者、イスラム過激派との戦争状態にある」と宣言した。さらにオランド大統領は、空母「シャルル・ドゴール」を中東の過激派組織に対する空爆作戦に向かわせる、と表明した。

 無抵抗の人々をテロで失ったことに対するフランス人の悲しみと怒りは理解できる。

 しかし、テロ犯罪に対抗して政府首脳が「戦争」という言葉で民心を駆り立て、国外での軍事力行使に即時直結させる行動が、いまのフランスに求められる賢明な対応だろうか。

 オランド政権は事件前まで、10%台という低い支持率に悩んできた。これを機に国内の支持を高めようとする意図が潜んでいるのではないか、と分析する専門家もいるほどだ。

 世界中の市民が「わたしはシャルリー」の合言葉を掲げて、フランス国民との連帯を示したのは、この事件が「言論の自由」という理念を脅かすと感じ取ったからに他ならない。

 この普遍的な理念を守るという姿勢は大切だが、それをフランスの国防全般と置き換えたり、狭量な愛国心をあおったりするような政治利用はあってはなるまい。

 テロに屈しない姿勢とともに、テロに直面しても落ち着きを失わない態度も、世界の市民はフランスに期待している。

 さらに気になるのは、事件以降、テロの擁護とも受け取れる発言をした人たちが、「テロ礼賛」容疑などで司法当局に相次いで摘発されていることだ。フィガロ紙によると、その数は54件にのぼるという。

 その中には、実際にテロ組織とつながっている例がないとは言い切れないが、多くの場合は冗談や悪態だ。

 事件を機に、自由な発言への取り締まりが強まり、市民生活への制限が高まるようなことがあれば、それは守るべき価値を自ら損ね、テロリストの狙いどおりの効果を生んでしまう。

 事件の解明と再発防止は急がねばならない。ただ、あくまで節度を保ちつつ、自由社会の原則を尊ぶ筋道で進めてほしい。

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