2015年5月31日日曜日

G7は世界経済の安定へ責任を果たせ

 世界経済は回復基調を保っているものの、さまざまなリスクが点在している。そんな中で開いた日米欧7カ国(G7)財務相・中央銀行総裁会議が閉幕した。

 議長国ドイツはG7首脳会議の準備会合と位置づけ、共同声明の採択や議長声明を出すことをあえて控えた。首脳会議で成果を出すため一層の努力が必要だ。

 先進国経済は2008年のリーマン・ショックの負の遺産をなお引きずり、経済の実力を示す潜在成長率が低下している。構造改革によって経済成長を促す必要があるとの認識で今回の会議が一致したのは、妥当といえる。

 こうした中長期の取り組みはもちろん大事だが、G7は目先の世界経済の安定にもきちんと責任を果たさなくてはならない。

 まずは、資金繰りが苦しく債務不履行(デフォルト)の懸念が出ているギリシャの問題を、早期に解決することだ。ギリシャでは民間銀行から預金の流出が続き、信用不安が高まっている。

 ギリシャ政府と、支援する側の欧州連合(EU)や国際通貨基金(IMF)、欧州中央銀行(ECB)は融資の前提となる改革案を協議しているが、なお双方の主張の隔たりは大きい。

 期限の6月末までに協議が整わないと「不測の事態が起きかねない」とルー米財務長官が警鐘を鳴らしたのは、当然だ。ギリシャもEU・IMFもそれぞれ歩み寄り、決着を急ぐべきだ。

 外国為替市場ではドル高・円安が進んでいる。米連邦準備理事会(FRB)が年内に利上げに踏み切る、との市場関係者の見方が背景にある。米国では労働市場の改善が続く一方、厳冬の影響もあって1~3月期の実質経済成長率はマイナスに陥った。先行きの景気や雇用情勢の見極めは難しい。

 FRBは市場との対話を丁寧に進め、金融市場の混乱を最小限におさえ込むよう政策運営に努めてほしい。日本の課題は、経済成長と財政健全化を両立させる道筋を定めることだ。

 中国主導のアジアインフラ投資銀行(AIIB)への対応で、G7は足並みの乱れを露呈した。欧州勢が参加を決めた一方、日米カナダは見送った。

 次の焦点はIMFの準備資産に中国の人民元を採用するかどうかをめぐる問題だ。今度こそG7は結束し、中国に資本規制の自由化などを働きかけていくべきだ。

各国で鉄鋼過剰への対応を

 中国を中心とした鉄鋼の設備過剰問題について、経済協力開発機構(OECD)が協議を続けている。過剰の解消が遅れ通商摩擦が激化する事態を懸念している。関係国は連携を強め、保護主義的な輸入制限の抑制と過剰解消に向けた取り組みを考えてほしい。

 経済産業省の推計では、2015年の世界の粗鋼生産能力は23億千万トンに及ぶ。一方で生産量は16億6千万トン程度にとどまる見通しで、6億5千万トン分の生産能力が過剰になるわけだ。しかも生産量は需要を大きく上回っていて、生産国の外にあふれ出して貿易摩擦を引き起こしている。

 世界の各国が、ダンピング(不当廉売)や補助金輸出に対抗する措置の発動に向けた調査を開始した件数は、14年に28件に達した。11年の2倍だ。緊急輸入制限発動のための調査を始めた件数も、11年の2件から8件に増えた。

 国際ルールに違反する不当廉売などには適切な対応が必要だ。ただ、保護主義的な措置が連鎖的に広がる事態は貿易の拡大ひいては世界経済の成長を阻害する。

 過剰が長引いている要因のひとつは、中国や韓国など生産国の政策だ。補助金や政府系金融機関の融資などを通じて市場の働きをゆがめているために、新たな過剰設備がつくられたり、不採算企業の退出が遅れたりしている。

 韓国のポスコがインドネシアで13年末に建設し能力増強を検討する高炉製鉄所を、韓国輸出入銀行は多額の融資で後押ししている。国内で能力過剰が深刻な中国は、海外での生産能力増強を政策的に進めようとしている。

 OECD鉄鋼委員会は各国の政府系金融機関などに対し、能力増強への融資などにあたっては現在の設備過剰を十分に踏まえて判断するよう求めた。

 OECDに加盟していない中国が今回の協議に参加しているのは評価できる。鉄鋼に代表される設備過剰は国際問題だとの認識を共有し、20カ国・地域(G20)でも対応を検討してもらいたい。

復興と負担―国は地元と協議尽くせ

 東日本大震災の被災地での復興予算について、政府が16年度から5年間の考え方を示した。

 15年度までの5年間は全額を国費でまかなってきたが、これを改め、一部の事業で被災自治体にも負担を求めるのが柱だ。

 津波被災地での高台移転や被災者の生活支援、除染など原発事故への対策は引き続き国が全額を出す。一方、地域振興や防災など全国に共通する事業には地元負担を導入する。

 復興の進展と事業内容に応じて、地方にも段階的に負担を求めていくことは必要だろう。

 復興予算は当初5年間で26兆円を超え、次の5年でも6兆円程度が必要になる見通しだ。当初5年分は所得税などの臨時増税を中心に手当てしたが、次の5年分は毎年度の剰余金や国の資産売却でまかなえそうだという。とはいえ、国民による負担である点は変わらない。

 ただ、自治体によって財政状況はまちまちだ。宮城、岩手両県は税収が回復しているが、被災市町村には国からの特別交付税に頼るところが少なくない。

 どの事業でどの程度の地方負担が適当なのか、国と県、市町村は、正式決定する6月下旬まで協議を尽くしてほしい。

 事業を一つひとつチェックすることは、負担を抑えつつ効果をあげるためにも欠かせない。

 震災が起きた11年、政府が当初10年間の予算枠を決めた際には、阪神・淡路大震災の例などを参考にしながら、ある程度「見込み」で判断するしかなかった。それが被災地以外でのさまざまな事業への「流用」や、被災地での過大な事業につながった面は否めない。

 震災から4年がたち、より確実な見積もりと検証ができるはずだ。状況の変化に合わせて見直しが不可欠な事業もあるだろう。不断のチェックは予算編成と執行の基本である。

 忘れてならないのは、原発事故に直撃され、復興が遅れている福島県への配慮だ。

 政府は今年度限りで終える事業として、福島県での再生可能エネルギー関連の2事業を挙げた。福島県は、原発事故からの復興の象徴として、県内で消費するエネルギーを再エネでまかなう長期目標を掲げている。

 もともと期間限定事業だったことなどが終了の理由で、国は「有効な事業を見極め、地元の方針を支援していく」という。

 原発被災地では、放射能汚染で復旧もままならないなか、復興を目指す困難な取り組みが続く。地元の思いを大切にしてこそ予算の見直しが説得力を持つことを肝に銘じてほしい。

禁煙週間―東京五輪を無煙の国で

 「世界禁煙デー」のきょう、禁煙週間が始まった。

 日本も批准しているたばこ規制枠組み条約が発効して10年がたった。加盟国は受動喫煙を法律で防止するよう求められているのに、日本の動きは鈍い。

 13年の厚生労働省の調査では屋内を全面禁煙にした職場は4割強で、4割弱は場所や時間を限って喫煙を認める「分煙」にとどまる。働く人の47%が「受動喫煙がある」と答えた。

 政府は速やかに法律での受動喫煙対策を強化すべきだ。

 11年に政府は全面禁煙か喫煙室を設ける空間分煙を事業者に義務づける労働安全衛生法の改正案を、国会に提出した。だが、たばこ関係業界の反発を背景に一部の国会議員が強く抵抗し、廃案になった。あす施行される改正法には努力義務が盛り込まれただけだ。

 これでは実効性ある法規制とは到底いえない。

 「20年、スモークフリーの国を目指して」。厚労省は東京五輪を意識し、今年の禁煙週間でこんなテーマを掲げた。

 五輪は対策の遅れを取り戻すチャンスととらえたい。スポーツの祭典を機に、健康に害を及ぼす受動喫煙を抑え込むのは世界の潮流だ。近年の開催決定国は、飲食店など公共の場での喫煙を法令で厳しく規制した。

 ところが東京都の舛添要一知事は今月、「国の法律でやってもらいたい」と、一時前向きだった受動喫煙防止条例の制定を見送る考えを示した。飲食店やホテルなどの業界が反対しており、配慮したようだ。

 生活習慣病予防のためにも、たばこ対策がいかに重要か、厚労相だった舛添氏は熟知していよう。首都が先導して国の尻をたたく勢いで取り組んでほしい。全国への波及効果は大きいはずだ。再考を求めたい。

 業界側も喫煙客が離れるのを心配する前に、煙を吸わされる客や従業員への配慮を優先してほしい。非喫煙者の多くが受動喫煙対策の強化を望んでいることも真剣に受け止めるべきだ。

 分煙を実施した企業や店も、それで終わりではない。

 分煙は日本で支持が根強いが、専門家は「時代遅れ」と批判している。世界保健機関(WHO)は「分煙で煙を完全には防げない」とし、屋内全面禁煙を求める。施設の種類や規模に応じて徐々に禁煙化を進め、最終的には全面禁煙にすべきだ。

 全面禁煙にした国や地域では、心臓や呼吸器の疾患が減少したとの研究報告もある。

 東京五輪を迎えた時、「禁煙後進国」では恥ずかしい。

日韓防衛相会談 安保協力強化の一歩となるか

 北朝鮮が核・ミサイル開発を続ける中、停滞している日韓の安全保障協力を強化する一歩となるのだろうか。

 中谷防衛相はシンガポールで韓国の韓民求国防相と会談した。自衛隊と韓国軍の共同訓練や、韓国軍艦船の日本訪問など、防衛交流の拡充を目指す方針で一致した。

 冷え込んだ日韓関係の影響で、防衛相会談の開催は4年ぶりだ。軍事面の連携が大きく前進したとは言えないが、閣僚会談が実現したことは前向きに評価したい。

 中谷氏は、国会で審議中の安全保障関連法案について説明し、理解を求めた。韓氏が、「韓国に関係することは相談してほしい」と要請したのに対し、中谷氏は、事前同意なしに自衛隊を韓国領域に派遣しない方針を強調した。

 日韓の安保関係がぎくしゃくしたままでは、北朝鮮に誤ったメッセージを送りかねない。今後も様々なレベルで対話を重ね、防衛協力を再構築することが重要だ。

 中谷、韓両氏は会談後、カーター米国防長官を交えた日米韓防衛相会談を行った。潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)の水中発射実験に成功したとする北朝鮮の発表などを踏まえ、3か国の情報共有を強化する方針を確認した。

 残念なのは、日韓が幅広い防衛秘密を共有する軍事情報包括保護協定(GSOMIA)の締結問題に進展がなかったことだ。

 韓国は2012年6月、いったん締結する方針を決めたが、世論の反発を受けて、延期した。現在は、北朝鮮関係の情報に限って、米国を通じて共有する仕組みがあるだけだ。

 自衛隊と韓国軍による水や食料などの相互提供を可能にする物品役務相互提供協定(ACSA)の締結も、めどが立っていない。

 両協定は、日韓双方にとってメリットが大きい。韓国は、大局的な観点に立ち、協定締結を前向きに検討することが求められる。

 韓国は、安全保障と経済分野の対日協力は、歴史問題と切り離して進める方針だという。

 韓国国会は、安倍首相の米議会演説に韓国への謝罪がなかったことを糾弾する決議を採択した。朴槿恵政権は、「明治日本の産業革命遺産」の世界文化遺産登録について、戦時中の強制労働問題を理由に反対する運動も展開する。

 こうした一方的な反日姿勢を継続しながら、実務的な協力を強化しようとすることには、無理がある。このままでは、日韓関係の改善は簡単ではない。

FIFA汚職 根深い強欲体質にあきれる

 国際サッカー連盟(FIFA)の闇が暴かれつつある。

 FIFAの副会長らが国際試合の放送権やスポンサー権などの便宜を図った見返りに、賄賂を受け取っていたとして、米司法省が関連業者5人を含む計14人を起訴した。

 起訴事実は、組織的な不当利得や資金洗浄などの罪だ。副会長らが1991年から受け取っていた賄賂やリベートの総額は、180億円を上回るという。

 米司法省は「被告らは、信用度の高い自らの地位を乱用し、世界中のファンらを深く傷つけた」と批判した。「捜査は、これが最終章ではない」とも強調した。

 不正の全容解明を求めたい。

 スイス当局も、ワールドカップ(W杯)の2018年大会と22年大会の開催地選定などを巡る不正疑惑の捜査に乗り出した。

 開催地は、それぞれロシアと、酷暑が懸念されたカタールに決まった。22年大会の招致には、日本も名乗りを上げていた。

 W杯は夏季に開かれてきたが、FIFAは、カタール大会の時期については11~12月とする異例の決定をした。カタール開催に固執したことがうかがえる。

 五輪と並ぶ巨大なスポーツイベントであるW杯は、FIFAの最大の収入源だ。11~14年の総収入7100億円のうち、W杯関連の放送権料やスポンサー料が7割を占めている。

 世界で延べ300億人以上がW杯をテレビ観戦するとされる。テレビ局にとっては、魅力的な大会だ。スポンサー企業はイメージアップを期待できる。経済効果を見越し、開催を求める国は多い。

 W杯などに絡む利権を買い取り、テレビ局や企業に転売しようと、専門業者がFIFA幹部を抱き込んだのが、一連の事件の構図だ。重要事項の決定権限が二十数人の理事に集中するFIFAの閉鎖的な組織運営が背景にある。

 FIFAでは、ゼップ・ブラッター氏が会長に就いた98年以降、金銭に絡む様々なトラブル、疑惑が取りざたされてきた。

 FIFAが事件の最中に総会を開き、ブラッター氏の5選を決めたことは、理解に苦しむ。多数の幹部が起訴されれば、通常ならトップも監督責任を免れまい。

 日本サッカー協会の大仁邦弥会長が、ブラッター氏支持の意向を示していたのも釈然としない。

 総会では、日本協会副会長の田嶋幸三氏がFIFA理事に任命された。FIFAの改革に、日本も積極的に関与していくべきだ。

2015年5月30日土曜日

安保は感情論でなく理詰めで論議せよ

 国会で安全保障関連法案を巡る与野党の論戦が連日続くが、中身がなかなか頭に入ってこない。質問する側も答弁する側も一方的に持論を述べることが多く、論点がかみ合わない。安保の議論はもともと感情論に陥りがちだ。これからの自衛隊は何をどこまでどうするのか。理詰めの審議が必要だ。

 審議の序盤、野党は安倍晋三首相に「法案が成立すると自衛隊員が亡くなるリスクが高まると認めよ」と再三迫った。

 首相は「国全体や国民のリスクが下がる効果は非常に大きい」との見方を示すとともに「隊員のリスクを極小化するための措置を規定している」と力説した。

 自衛隊員がどんな危険にさらされるのか。周辺にいる民間人への駆けつけ警備をする際の武器使用基準の緩和が十分なのか行き過ぎなのか。これらはよく論じた方がよい。日本は従来、国連の基準と比べて武器使用に抑制的だった。

 気がかりなのは、すぐにも亡くなる自衛隊員が出るかのような論議をする野党議員がいることだ。有権者の心を揺さぶることで反対論を勢いづかせたいのだろう。他方、ことさらに安全を強調する政府答弁にもやや違和感がある。双方とも実態を等身大で捉えて論議すべきだ。

 もう1つ大事なのは何のために安保法制を整備するのかを考えることだ。米国の国力の低下を踏まえ、日本も世界秩序の安定に積極的に国際貢献すべきだ。

 ここまでは野党にも賛同の声がある。民主党はこのほど、安保法制に関する考え方をまとめたが、「国際平和活動に積極的に取り組む」と明記した。

 今回の立法の目的の1つは、テロやサイバー攻撃など16年前に制定した周辺事態法の枠外の危機が増えていることへの対応だ。当時の国会答弁で「しない」と断言した活動のうち新たに「する」ものが出てきてもおかしくない。

 野党は当時の政府答弁といまの政府答弁の差異を際立たせることにばかり時間をかけても、あまり得るものはない。

 感情論が主役になっているせいか、特別委では盛んにやじが飛び交う。やじは国会の華などとよく言われるが、首相が自席から野党議員に「早く質問しろよ」とやじるのは品がない。法案への賛否は違ったとしても与野党が同じ土俵で論戦をすることが、国民の安保への理解を深める一助となる。

火山の活発化に着実な備えを

 鹿児島県の口永良部島の新岳で爆発的な噴火が起こり、130人余りの島民全員に島外への避難指示が出た。国や自治体は住民らの安全確保を第一に、迅速な避難の手助けや的確な情報発信に全力をあげてほしい。

 同島では昨年8月に小規模な噴火が起こり、気象庁は警戒レベルを引き上げていた。今回の噴火は火砕流を伴う激しいものだったが、いまのところ大きな人的被害は出ていない。国は住民のほか、近くを航行する船や航空機にもきめ細かに警戒情報を出し、被害を最小限に抑えてもらいたい。

 噴火が長引く恐れもある。2000年に噴火した伊豆諸島の三宅島では、島民が5年にわたり長期の島外避難を余儀なくされた。国や自治体はそうした事態も想定し、島民の避難先での生活支援策をいまから考えておくべきだ。

 今回の噴火を、列島全体で火山活動が高まっていることの表れとみる専門家は多い。桜島や阿蘇山で噴火が続き、昨年9月の御嶽山(長野・岐阜)噴火では多くの登山者が犠牲になった。箱根山(神奈川)や蔵王山(山形・宮城)でも警戒水準が引き上げられた。

 これらは4年前の東日本大震災との関連が疑われている。巨大地震の後には地殻のひずみが変わり、噴火しやすくなると考えられている。海外の巨大地震でも直後にたびたび噴火が起きてきた。

 ただ噴火の予測は難しく、前兆とみられる火山性地震が続いても噴火には至らない場合もある。正確な情報を知り、日ごろから着実に備えておくことが肝要だ。

 列島に110ある活火山のうち、噴火すると周辺への影響が大きい火山は47にのぼる。箱根山など37火山では噴石や降灰を予測した地図が公表されている。住民や観光客らはこれを参考にして行動すれば、被害を防げるはずだ。

 一方で、自治体や専門家らを集めて防災対策を練る協議会が未整備の火山もある。国と自治体が連携して協議会の役割を強め、対策づくりを急ぐべきだ。

首相のヤジ―立法府と国民への侮辱

 安全保障法制を審議している衆院特別委員会で安倍首相が飛ばしたヤジについて、改めて取り上げたい。国会における品位という問題にとどまらず、首相の立法府に対する理解や敬意が決定的に欠けているという根深い問題だからだ。

 おとといの特別委員会でのこと。中東で機雷掃海をすれば日本がテロリストに狙われたり、自衛隊員に死傷者が出たりしないか。民主党の辻元清美氏が3分間ほど、そんな指摘を続けているとき、「早く質問しろよ」と声があがった。

 このヤジを飛ばしたのが、ほかならぬ安倍首相である。

 紛糾すると、首相は「延々と自説を述べて私に質問をしないので、早く質問をしたらどうだと言った」と釈明。「言葉が少し強かったとすれば、おわびを申し上げたい」と謝罪した。

 こんな言い訳で済まされる話ではない。首相自身の答弁が長いとの指摘を受け、委員長から「簡潔な答弁」を求められてもいた。しかも辻元氏の質問は、国民や自衛隊員の命にかかわる問題だ。その最中に国会議員や審議を軽んじるような言葉を言い放ったのである。

 国会論戦には、与野党の対決という側面もたしかにあるだろう。だが、国会は立法府として行政府と向き合う場でもある。行政府の長である首相は、みずからの内閣が提出した安保関連法案の中身を説明する責任がある。国会議員は、国民を代表して、それを問いただす役割を負っている。

 口頭試問を受ける受験生と面接官のようなもの――。首相と議員の関係を、政治学者の杉田敦・法政大教授はそう例えている。受験生が面接官にヤジを飛ばすことは許されない。

 安倍首相のヤジによって侮辱されたのは、国会そのものであり、国会議員を送り出した国民でもある。国会全体として首相に対し、改めて強い怒りを表明すべきだ。

 安倍首相は2月の衆院予算委員会でも「日教組!」「日教組どうするの、日教組!」と民主党の質問者にヤジを飛ばして問題になった。反省どころか、数の力を頼んだおごりも極まれりというほかない。

 国会審議の前に米議会で演説し、安保法制について「戦後初めての大改革です。この夏までに成就させます」と誓った首相である。異論に耳を傾ける気は毛頭ないのかもしれない。

 しかし、まさにその大改革が議論されているのである。首相が国会をないがしろにする姿は二度と見たくない。

口永良部島―火山活動の監視強化を

 鹿児島県・口永良部島(くちのえらぶじま)の新岳(しんだけ)がきのう、爆発的な噴火を起こした。

 噴煙が高さ9千メートル以上まであがり、空気を巻き込んだ火山灰が斜面を流れ下る火砕流は海まで達した。相当な規模である。

 やけどした人が出たが、島にいた約140人がみな島外に避難できて不幸中の幸いだった。

 今後、噴火が拡大するのか、終息に向かうのか。避難解除までどれぐらいかかるのか――。

 残念ながら、現在の火山学で精度よく予測することはできない。予断や希望的観測を排し、火山活動の動向を見守りたい。

 人的被害が最小限で済んだのは、新岳が昨年8月に34年ぶりに噴火してから、観測が強化され、地元の人たちも十分に警戒していたからだ。

 直前の噴火警戒レベルこそ5段階のうち「レベル3」(入山規制)だったが、気象台は噴石の飛散や海に達する火砕流発生の可能性があると注意を呼びかけていた。

 住民も、昨夏の噴火時に約半数が島外に一時避難するなど、火山島に住むリスクを熟知しており、注意が浸透していた。

 総務省消防庁によると、噴火時に逃げ込むシェルターのない活火山は全国に多いが、新岳には17カ所設けてあった。

 さらに特筆したいのは、火砕流の到達範囲が危険区域を予測するハザードマップと、ほぼ合致したことである。

 もちろん、噴火の規模や火口の位置が事前の想定と近かったからではあるが、物心両面での準備が大事だとわかる。

 昨秋の御嶽山(おんたけさん)噴火、今月に入っての箱根大涌谷の火山性地震多発など、各地で火山活動が活発になっている。日本が世界有数の火山国であると思い起こすには十分だろう。

 折しも政府はきのう、活火山法の改正法案を閣議決定した。

 死者・行方不明63人を出した御嶽山の噴火災害を受けて、国が常時監視する火山について、周辺の自治体や観光事業者らに避難計画づくりを義務づけることなどが柱だ。

 現在47ある常時監視火山の周辺延べ130市町村で、避難計画があるのは20しかないという。関係者がよく話し合って、ハザードマップや警戒避難態勢を早くつくってもらいたい。

 将来にわたって重要なのは人材の育成である。火山は個性豊かで個別の研究も欠かせない。火山研究者が国内に110もある活火山より少ない状況は、着実に改善しなければならない。

 政府も市民も、火山にもっと関心を払うべきだろう。

安保法案審議 専守防衛の本質は変わらない

 安全保障関連法案を巡る衆院特別委員会の審議が本格化している。与野党は、いかに日本と世界の安全を維持するかという観点から、建設的な議論を展開してもらいたい。

 安倍首相は、集団的自衛権の行使の限定容認に関して「専守防衛の考え方は全く変わらない。新3要件で許容される武力行使はあくまで自衛の措置だ」と語った。

 集団的自衛権の行使が可能なのは、日本の存立が脅かされ、国民の権利が根底から覆される明白な危険があるケースに限られる。

 さらに、政府は、「国民の生死にかかわるような深刻、重大な影響」の有無などを総合評価し、行使の可否を判断する方針だ。相当、厳格な歯止めがかかっている。

 世界平和のための自衛隊の活動も、後方支援や人道復興支援に限定され、武力行使は含まれない。憲法の精神に基づく専守防衛の原則は堅持される、と言えよう。

 民主党の岡田代表などは、自衛隊の活動の拡大に伴い、自衛隊員のリスクが高まると主張した。

 首相は、「切れ目のない法制と日米同盟の強化で抑止力が高まれば、日本が攻撃を受けるリスクが下がる」と反論した。

 野党は、自衛隊員のリスクばかりを強調するが、安全保障環境の悪化による日本人全体のリスクも冷静に直視する必要がある。

 集団的自衛権の行使容認や、有事に至らないグレーゾーン事態での米艦防護は、切れ目のない日米共同対処を可能にする。日本が「守るに値する国」との認識を米国に広めることが、抑止力を高め、日本人全体のリスクを下げる。

 自衛隊の海外派遣について、首相は3項目の判断基準を示した。「紛争解決の外交努力を尽くす」「日本が主体的に判断する」「自衛隊の能力、装備、経験にふさわしい役割を果たす」である。

 法律上、自衛隊が可能な任務が拡大しても、実際に派遣するかどうかは、政府が、自衛隊の能力などを勘案し、慎重に判断するのは当然である。

 首相が、過激派組織「イスラム国」と戦う有志連合に自衛隊を参加させない、と明言しているのも、一つの政治判断だろう。

 野党は、基準があいまいで活動が広がりすぎる、などと批判する。だが、どのような国際情勢の下、どんな危機が発生するかを事前に網羅的に想定するのは困難だ。

 国会の承認を前提に、政府に一定の裁量範囲を与えなければ、自衛隊が柔軟かつ効果的な活動をすることはできない。

口永良部島噴火 円滑避難に生きた事前の備え

 大規模噴火にもかかわらず、人的被害は軽微で済んだ。備えの大切さを印象付けた。

 鹿児島県屋久島町の口永良部島にある新岳が噴火した。噴煙は9000メートルに達し、火砕流も発生した。

 屋久島町は直ちに、自衛隊や海上保安庁に支援を要請し、島民ら約140人に島外避難を指示した。政府も、首相官邸に対策室を設置し、救援活動を指揮した。

 7時間半後には全員が、町営フェリーや海保の巡視船などで隣の屋久島に移った。円滑な避難は、今後のモデルケースとなろう。

 新岳は昨年8月、34年ぶりに噴火した後、小康状態だった。今年初めに、再び火山性地震が増え始め、再噴火が警戒されていた。

 注目すべきは、屋久島町の噴火に備えた取り組みだ。

 前回の噴火まで、島内の避難所は、火口に近い地域にしかなかった。このため、火口から4キロ余り離れた高台にある鉄筋コンクリート造の元NTT関連施設を、新たに避難所として整備した。

 島民は、この施設までの避難訓練を実施していた。気象庁も、再噴火に警戒するよう、住民説明会を繰り返し開いた。

 今回の噴火直後に、島民と観光客らの8割超に当たる約120人が避難所に退避した。自宅待機の島民も含め、全員の安否をスムーズに確認できたのは、島を挙げての準備があったからだろう。

 気象庁は、噴火直後に、5段階の噴火警戒レベルを「3(入山規制)」から「5(避難)」に引き上げた。2007年の新基準導入後、最高の「5」となった火山は初めてだ。

 新岳は、爆発的噴火を繰り返しており、活動が1か月以上続いたこともある。火山活動の長期化を念頭に、政府や自治体は、島民の生活支援に取り組むべきだ。

 屋久島町が島民の帰還の可否を判断するには、新岳の活動データを集め、分析する必要がある。観測体制を充実させたい。

 国内では、各地で火山活動が活発化している。昨秋には、御嶽山の噴火で多数の犠牲者が出た。箱根山の一部地域では、4月から続く活動が静まらない。桜島も噴火を繰り返している。

 警戒が必要な火山の周辺自治体のうち、8割以上で避難計画が未整備だ。政府は活動火山対策特別措置法改正案を閣議決定した。関係自治体などに避難計画の策定を義務付けたことが柱だ。

 口永良部島の取り組みを参考に、備えを急がねばならない。

2015年5月29日金曜日

企業は統治改革を持続的成長につなげよ

 東京証券取引所は上場企業の経営規範を定めた「企業統治指針」(コーポレートガバナンス・コード)の適用を、6月1日から始める。株主をはじめとする外部の視点を経営に取り入れるよう促す内容だ。企業は統治指針を生かし、持続的な成長の道筋を確かなものとする必要がある。

 証券取引所などが統治指針を通じて企業活動を活性化させようとする動きは、欧米で広がっている。指針を守らない企業は理由を説明する義務があり、説明が足りない企業には株価低迷という圧力がかかる、という市場型ガバナンスの試みだ。

 欧米企業にとっては、株主などとの意思疎通の力を高めることが何よりも重要となっている。

 日本の統治指針も企業に説明責任を強く求める点で、米欧と同じ発想に立っている。さらに、日本の指針には経営のあり方を大きく変えうる個別の項目が、いくつか盛られている。

 まず、2人以上の社外取締役の選任を求めている点だ。

 社外取締役は市場の声を取締役会に伝え、人やお金などの経営資源を効率的に使うよう促す役割を担う。しかし、実際に社外取締役が2人以上いる上場企業は、全体の3分の1程度だ。もっと社外の女性や外国人などにも目を向け、取締役会の議論に多様な意見が反映されるための環境整備を急ぐ必要がある。

 企業が相互に株式を保有する、日本独特の持ち合いと呼ばれる形態について説明責任を課すことも、統治指針の特徴だ。

 日本の株式市場は全体の1~2割が持ち合いによるものとされている。そこには業務提携に伴う株式取得も含まれるが、経済的な便益が見込めないにもかかわらず保有されている場合も多い。

 合理的に説明できない株式保有は経営の閉鎖性の象徴と見られ、株式市場への資金流入の妨げになりかねない。企業は統治指針の適用をきっかけに、持ち合いの解消を一段と進めるべきだ。

 企業が持ち合い株の売却で得た資金を投資や配当、賃上げに回せば、雇用や消費などにも良い影響が出てくるだろう。

 株価が堅調に推移する背景の一つとして、統治改革をきっかけに日本企業の経営の透明度が増すことへの期待もあるという。株高に映る期待を現実のものとし、経済再生につなげたい。

捜査が暴いたFIFAの腐敗

 驚くべき顔ぶれだ。そして金額にあきれる。病巣の深さには言葉もない。米国とスイスの司法当局が国際サッカー連盟(FIFA)の現職副会長らを汚職に関与したとして摘発した。起訴されたのは14人、賄賂の額は24年間で計1億5000万ドル(約185億円)に上るという。

 FIFAはサッカー界の頂点、W杯の主催団体だ。世界有数の競技人口を誇るだけあり、国連をも上回る209の国と地域のサッカー協会が加盟する。

 一方で以前から、人気にあぐらをかいた金権体質が指摘され、開催地の選定や会長選をめぐり不正の噂が絶えなかった。今回の当局の動きを「遅きに失した」と考える関係者も多いだろう。

 摘発の容疑は、国際試合での放映権などを巡り企業に便宜を与え賄賂を受け取ったというものだ。2010年の南アフリカへのW杯招致でも金銭授受の疑いがある。

 さらに、スイス当局は18年のロシア、22年のカタールの開催地選定でも汚職や資金洗浄があったと疑い、FIFA本部を含め家宅捜索している。

 選手のスピーディーで華麗なプレーに酔うファンを置き去りに、一部の幹部が公正さを捨てて拝金主義に陥っていたとすれば、競技への冒とくであり、選手やサッカーを愛する人への裏切りだ。司法当局には徹底した真相解明を望む。選定に疑惑のある開催地は、全面的に捜査に協力すべきだ。

 また、FIFAはブラッター会長以下わずか25人で作る理事会で、W杯をつかさどり、放映権などを扱ってきた。汚職の温床になりやすく、決定までの過程が不明朗だとするガバナンス上の問題もかねて指摘されていた。理事を増やし、運営を透明化するなど解体的な出直しが必要となろう。

 世界中の街角やグラウンドで、子どもたちが将来のスター選手やW杯を目指し、今この瞬間もボールを蹴っている。純粋な瞳に金権や不正の影が似つかわしくないのは言うまでもない。

安保法制国会―「専守防衛」が変質する

 これまでと何も変わらない。専守防衛も、平和主義も、自衛隊のリスクも――。

 新たな安全保障法制をめぐる安倍首相ら政府側の答弁はそういう主張に聞こえる。

 そんなはずはあるまい。

 たとえば専守防衛。きのうの衆院特別委員会で安倍首相は、その定義について「いささかの変更もない」と断言したが、極めて乱暴な答弁だ。

 防衛白書によると、専守防衛は「相手から武力攻撃を受けたときにはじめて防衛力を行使するなど憲法の精神にのっとった受動的な防衛戦略の姿勢」である。普通の人がこれを素直に読めば、武力行使ができるのは日本が直接攻撃を受けたとき、という意味になるはずだ。

 安倍政権は昨年7月の閣議決定で、憲法解釈の変更による集団的自衛権の行使容認に踏み切った。国の存立が脅かされるなど新3要件にあてはまれば、他国への攻撃でも武力行使ができるようになる。日本の安全保障政策の大転換である。

 たとえ今回の集団的自衛権の目的が「他国の防衛」でなく、「日本の防衛」だとしても、そのきっかけは、やはり他国への攻撃ではないか。それを踏まえれば、少なくとも専守防衛は変質すると言うべきだ。

 政府が「不変」を強弁するのは、憲法改正を避けながら、集団的自衛権の行使容認をめざしているためだろう。憲法解釈の変更で済ませるには、安全保障政策の根幹は変わっていないと言わざるをえない。

 積極的平和主義のスローガンを掲げ、あくまで平和主義の継続を言い募るのも、同じような事情が見え隠れする。

 しかし、これほどの政策転換をこうした粗雑な理屈で通すのは無理がある。このままでは、国会答弁や政治家の言葉の重みが失われてしまう。

 集団的自衛権の範囲や内容をめぐっても、安倍首相は限定的であることを強調しながら、「一般に」「例外として」「現在は」などを乱発し、将来の変化に含みを持たせている。結果として「例外」は拡大し、政府の裁量に委ねるしかない状況に陥りかねない。

 国会がこんな政府の無理押しを問題にするのは当然だろう。

 きのうの審議では誰もがあぜんとするような場面があった。自衛隊のリスクについて問いただそうとした民主党の辻元清美氏に、安倍首相が「早く質問しろよ」とヤジを飛ばしたのだ。

 その後、首相は謝罪したが、真摯(しんし)な議論を妨げるような行為にあきれるばかりである。

FIFA汚職―これはレッドカードだ

 地球で随一の人気スポーツとされるサッカーのファンはもちろん、世界中からレッドカードが乱れ飛ぶような醜聞である。

 国際サッカー連盟(FIFA)が汚職疑惑で大揺れだ。大会の放送権をめぐる贈収賄などの疑いで、副会長ら14人が米司法省に起訴された。

 この20年余のFIFA幹部らの汚職の規模は、1億5千万ドル(185億円)を超す疑いがあるというから、嘆かわしい。

 FIFAは司法当局に全面協力し、当局に委ねるだけでなく自ら腐敗を解明すべきだ。

 降ってわいた話ではない。2018年ロシア、22年カタールが決まったワールドカップ(W杯)招致に絡んだ買収疑惑では複数の理事が活動停止に。このときの理事24人のうち、3分の1近くの7人が汚職で辞任、もしくは退任に追い込まれた。

 権力闘争も激しく、前回の会長選挙ではカタール出身の理事が集票工作の金を25人に渡し、追放になった。

 FIFAは、世界的な有料衛星放送の普及とともに収入が急増し、商業主義が深まった。W杯の開催を望む国も多い。

 W杯の絶大な人気ゆえ、FIFAへのチェック機能が働きづらい。サッカーそのものの魅力がまぶしすぎるから、汚職があっても、スポンサーのなり手はいくらでもいる。ファンが団結して、協賛企業の不買運動を起こすとも考えにくい。

 だが、同じような構図をもつ国際オリンピック委員会(IOC)は、不祥事を機に自己改革をしている。1999年、五輪招致での贈収賄事件を受けて組織の風通しを良くした。選手代表らを委員に加え、定年を80歳から原則70歳に下げた。会長の在任期間は最長で12年にした。

 しかし、FIFAは批判に聞く耳を持たなかった。会長職には定年も多選を禁じる規定もない。前任のアベランジェ会長が82歳までの24年間務め、後任のブラッター会長は79歳で18年目を迎え、強権ぶりが目につく。高額な年収も公開しない。

 今回の事件の進展がどうであれ、FIFAは徹底的な改革が必要だ。組織運営全般の透明性を高めなくてはならない。

 29日、現会長が5選をめざす会長選挙が予定されている。この事件の最中に強行したら暴挙だ。もはや現会長に改革は期待できない。新しいリーダーの下、刷新を図るべきだ。

 日本サッカー協会は、再びW杯を日本で開く夢を描く。新たにFIFA理事に就く田嶋幸三・日本協会副会長は、不正撲滅と組織の浄化を訴えるべきだ。

五輪専任相 新国立競技場への不信を拭え

 五輪相の専任により、2020年東京五輪・パラリンピックに向けた政府の準備体制が整う。

 東京五輪・パラリンピック特別措置法が成立した。これに伴い、安倍首相は6月中に下村文部科学相の五輪相兼任を解き、専任の五輪相を新たに任命する方針だ。

 1964年の東京五輪の際、専任の担当相が置かれたのは、大会の直前だった。本番の5年前に専任相を設けるのは、2度目の東京五輪を何としても成功させたいという首相の決意の表れだろう。

 内閣には、首相を本部長とする大会推進本部が設置される。五輪相は副本部長として、政府による準備作業の旗振り役となる。テロ対策、交通網や情報インフラの整備など課題は多岐にわたる。省庁間の調整能力が問われよう。

 まず取り組むべき問題は、五輪のメイン会場となる新国立競技場を巡る混乱の収拾である。

 事業主体は、文科省所管の独立行政法人「日本スポーツ振興センター」(JSC)だ。総工費を1300億円としてコンペを実施し、12年にデザインを決定したが、建設には3000億円を要することが、後になって判明した。

 JSCは昨年5月、規模を縮小し、工費を1625億円に抑えた基本設計案を公表した。

 だが、この案にも問題が生じた。目玉である開閉式屋根の設置が、新競技場が会場となる2019年のラグビーワールドカップに間に合わない見通しとなった。

 下村文科相は、開閉式屋根の設置を五輪後に後回しにする考えを示した。8万人収容の観客席の一部は、仮設席に変更する。

 旧国立競技場は、既に解体されている。この期に及んでの迷走は、お粗末に過ぎる。文科省とJSCの責任は重い。五輪開催都市である東京都の舛添要一知事が「誰が責任を取るのか」と批判したのは、もっともである。

 文科相が都に求めている費用の一部負担に対しても、知事は慎重な姿勢をみせる。

 工事が間に合わないのであれば、開閉式屋根がないまま五輪を迎えるのは、やむを得まい。そうであっても、五輪会場として機能性に優れた競技場を建設せねばならない。五輪後にレガシー(遺産)として活用する視点も大切だ。

 着工は10月の予定だ。文科省は工費や工期のしっかりとした見直し案を都に示す必要がある。国民の不信を払拭するため、五輪相が指導力を発揮し、都とも連携して工事を進めてもらいたい。

対「イスラム国」 国際包囲網の強化が急務だ

 一時は守勢に回ったとみられていた過激派組織「イスラム国」が、再び攻勢に転じている。国際社会は改めて対策を強化すべきだ。

 「イスラム国」は今月中旬、シリア中部の都市タドムルを制圧した。首都ダマスカスまで約240キロ・メートルの要衝で、アサド政権への軍事的圧力は高まる。

 アサド政権と、国際テロ組織アル・カーイダ系を含む反体制派による内戦は泥沼化している。

 統治の崩壊から生まれた力の空白に乗じて、「イスラム国」が伸長し、支配領域を固めた。すでに国土の半分を勢力圏に入れたとの見方もある。

 内戦も含め、戦闘の犠牲者は約4年で21万人以上に達した。

 米国は、空爆や限定的な地上特殊作戦で「イスラム国」を攻撃しているが、決定的な打撃を与えるには至っていない。

 残虐な住民支配の長期化とテロ拡散を避けるには、まず内戦を収拾することが有効だろう。

 アサド政権をイランやロシアが支え、反体制派をサウジアラビアやトルコが後押ししている。

 事態の打開には、紛争当事者に加え、シリアに影響力を持つ関係国による対話が欠かせない。

 イラクでは、首都バグダッドと幹線道路で直結する西部の要衝ラマディに駐留していた政府軍が、「イスラム国」に猛攻を加えられ、撤退せざるを得なかった。

 政府軍は、「イスラム国」が1年前に奪った北部拠点都市モスルの攻略準備を進めていた。だが、ラマディ奪還を優先せざるを得なくなったことで、モスル攻略は遠のいた。誤算だろう。

 ラマディ陥落の一因は、政府軍の士気が低く、軍隊の体をなしていない現状にある。組織の再建と規律の確立を急ぐ必要がある。

 文化遺産への脅威も深刻だ。

 「イスラム国」はシリアで、1~3世紀頃に栄えたシルクロードの隊商都市の遺跡パルミラを占領した。国連教育・科学・文化機関(ユネスコ)の世界遺産である貴重な遺跡の損壊が懸念される。

 イラクでは、メソポタミア文明期の遺跡などが破壊された。ユネスコは「イスラム国」の行為を「文化浄化」「戦争犯罪」と非難した。人類共有の遺産の価値を顧みない蛮行は、許されない。

 「イスラム国」のさらなる台頭を阻止するため、国際社会は、資金源封じ、戦闘員の流入阻止、宣伝戦への対抗などで、包囲網を強めねばならない。日本も米欧などと緊密に連携したい。

2015年5月28日木曜日

ネットがもたらす流通業の大量閉店時代

 家電量販最大手のヤマダ電機が約50の店を閉店する。不採算店を整理し経営体質を強化する狙いだ。同社以外にも、今年に入り大手流通業で大量閉店が相次ぐ。共通するのはインターネットの影響だ。流通業はネット時代の店の運営に一層の工夫が求められる。

 ヤマダ電機は主に地方や郊外の道路沿いに大型店を構え、大量仕入れと安値販売を軸に成長した。しかし近年は店を持たないネット通販会社による安値攻勢を受けていた。住民の高齢化や若者の車離れも郊外店には不利に働く。

 さらに、店で商品を選び、その場でスマートフォンなどを通じ安くネットで買う人も増えている。調査会社のGfKジャパンによれば、日本の家電市場でネット通販が占める比率は2014年、初めて10%を超えた。米国では25%に達し、今年、家電量販2位の企業が経営破綻した一因になった。

 家電市場だけではない。郊外の大型商業施設への出店に力を入れてきたアパレル大手のワールドは来春までに店の15%前後、400店から500店を閉じる。ブランド数も約1割減らす。同じくTSIホールディングスも11ブランドを廃止し今年8月末までに店舗数の約15%、260店を閉店する。

 両社とも、若い女性に人気のブランドを多数、世に送り出してきた。安いファストファッションの攻勢とネット通販の普及が拡大路線の見直しを迫った。また今の若者はブランドへの関心が薄く、ネットの投稿写真を参考にモノを選ぶ。無名の作り手の服もネットで買う。情報収集と購入の両面で店舗の存在価値は低下している。

 こうした課題はこれからの流通業に広く共通する。対処法は2つある。1つはネット通販部門の強化だ。家電量販のヨドバシカメラやアパレル大手のオンワードホールディングスはネット部門に力を入れ、サイトの使い勝手や販売後のサービス、ファンづくりなどを工夫し売り上げを伸ばしている。

 もう1つは滞在したくなる店づくりだ。高級音響機器の体験コーナーを設けた家電店や、店員が知識を磨き来店客に的確な提案をするファッション雑貨の店など、価格だけにこだわらない客を引きつけ業績が好調な小売店も多い。

 人件費の上昇などで店舗の維持経費は増えている。ネット販売の態勢を整えつつ、店ならではの魅力も提示する。今後の流通業にはそうした二刀流が要る。

シリアの内戦終結に全力を

 中東の過激派組織「イスラム国」(IS)が攻勢を強めている。今月に入り、イラクとシリアの主要都市を相次いで制圧し、実効支配する領域を広げている。

 残忍な無法集団の勢力拡大はテロ拡散の危険を高め、中東を一段と不安定に陥れる。国際社会はISと戦うイラク政府を支えるとともに、シリアの内戦終結に全力をあげるべきだ。

 ISが一方的に国家を宣言してから6月で1年になる。米国を中心とする有志連合が3000回を超える空爆を加えたが、十分な成果を上げていない。地上部隊の支援が得られないシリア領内での軍事行動には限界があるからだ。

 IS台頭の背景にはシリア内戦に伴う権力の空白と、その背後の主要国の対立がある。アサド大統領の退陣を求める米欧と政権寄りのロシアが対立し、有効な手を打てずに状況が泥沼化する隙を突いて過激派集団が勢力を伸ばした。

 シリア内戦は開始から4年が過ぎ、人権団体によると死者は22万人を超えた。政府軍と反政府勢力、ISなどイスラム過激派の三つどもえの戦いは出口が見えない。だが、ISはシリア領の半分を支配下に置いたとの情報もある。

 この状態を放置してはならず、IS打倒を優先すべきだ。そのためには内戦終結が欠かせない。アサド政権と全ての反政府勢力による和平協議を早急に再開しなければならない。2012年に国連などの仲介でまとめた暫定政権の樹立構想の実現を目指すべきだ。

 アサド政権を交渉のテーブルにつかせるには、影響力を持つロシアの役割が重要だ。多数の市民を虐殺したアサド大統領は許されない。民主的な勢力の後押しは重要だ。ただし、米欧はIS包囲網を強化するにはアサド政権の役割も考えるべきではないか。

 シリア情勢の打開には何より米ロの連携が求められる。ケリー米国務長官はウクライナ危機後初めてロシアを訪問し、プーチン大統領とシリア内戦についても話し合った。協力の進展に期待したい。

安保法制国会―リスクを語らぬ不誠実

 新たな安全保障法制の整備によって、海外に派遣された自衛隊員の危険が増すのではないか――。野党側の追及に対して、政府側は「リスクの増大」を明言しようとしない。

 安保法制を審議する衆院の特別委員会がきのう始まったが、論議がかみ合わない。原因はもっぱら、安倍首相や中谷防衛相らの不明確な答弁にある。

 法案がめざすところでは、自衛隊員の派遣先は世界規模となり、任務の幅も広がる。自衛隊の他国軍への後方支援はこれまで「非戦闘地域」に限られていたが、法案では「現に戦闘の行われていない地域」に広げている。派遣地域の治安を守るための巡回、検問など新たな任務も加わる。

 自衛隊員のリスクが高まるのは明らかであり、そのことを前提としなければ、およそ現実味に欠ける。このままでは論戦自体が成り立たない。

 賛否いずれの立場をとるにせよ、特別委員会はそれを判断するために議論を尽くす場である。政府はその材料をきちんと提供しなければならない。

 リスク論争で焦点となっているのが、他国軍への弾薬の補給などの後方支援である。中谷氏は「安全が確保された所に補給基地があって支援するので、前線から離れている」と説明するが、具体的にどの程度の距離を想定しているのか。政府は一定の目安を示すべきだ。

 補給基地やそこに至るルートは、攻撃の対象となりえる。中谷氏は「戦闘現場は動く」とも説明しており、当然リスクはある。戦闘現場になりそうな場合は休止、中断し、武器を使って反撃しながらの支援継続はしないと説明するが、休止の判断は的確になされるか、それで本当に安全が確保されるのか。

 安倍首相はまた、法整備によって「日本の抑止力が高まり、国民のリスクが下がる」とも主張している。だが、抑止力が万能であるかのような説明は大いに疑問だ。

 たしかに日米安保の強化は全体的な抑止力につながるかもしれないが、それで国民のリスクが下がるかどうかは別問題だ。たとえば、テロリストに対して抑止力は意味をなさない。踏み込んだ後方支援で日本の立場が鮮明になればかえってテロの危険性が高まる恐れもある。

 その意味で、問題は自衛隊員にとどまらず、国民全体にかかわる。政権はその説明を避けたまま、海外の紛争への関与を強める大転換を図ろうとしている。リスクを語らぬ姿勢は不誠実と言わざるをえない。

中国国防白書―緊張を高めてはならぬ

 中国軍は積極的に海洋進出を図る。おととい発表した中国国防白書のメッセージである。

 白書は2年に1度発表している。だが、それは対外的な軍の情報公開にはなっていない。

 どんな装備をどれだけ持っているのか、予算をどう使っているのかは不明で、核兵器配備の現状も公表していない。

 異様な膨張を続けながら実態を明かさない中国軍が周辺に不安を与えているのは明らかだ。一定水準以上の情報公開がなくては、近隣との最低限の信頼関係が築けない。

 責任ある大国というなら、中国は説明責任を果たし、国防情報の開示を進めるべきだ。

 こうした不透明さと対照的なのは、海洋への軍事展開に重点を置く戦略を打ち出した明確さだ。白書は「陸軍を重んじ海軍を軽んじる伝統的な考え方を打ち破る」と明記している。

 もともと沿岸の守りを主体とした海軍は80年代以降、能力を充実させてきた。その流れを強め、習近平(シーチンピン)政権は海軍重視の姿勢を内外に示している。

 さらに白書は、アジア重視政策をとる米国と、安保政策の転換を進めようとする日本への警戒感をあらわにしている。

 心配されるのは南シナ海での緊張の高まりだ。中国はまるで自国の内海のように南シナ海を見る考えが白書の前提にある。自国権益の防御という名目で攻撃的になるおそれがある。

 スプラトリー(南沙)諸島の岩礁での埋め立てや滑走路建設は、近隣各国の領有権主張を無視した一方的なもので、決して許されない。日米や豪州など地域の関係国は、国際法違反であるとの主張をあらゆる国際舞台で強めなくてはなるまい。

 米国防総省は、中国が工事をしている岩礁の12カイリ内の空と海への米軍機や艦船の派遣がありうるとの姿勢を示している。自衛隊による南シナ海の警戒監視の可能性も取りざたされる。

 中国の動きに、どんな対応が効果的かは熟考を要する。米軍の牽制(けんせい)行動が長く続いて中国軍が過剰反応すれば、情勢は一気に緊張しかねない。

 欧州連合(EU)の首脳会議常任議長(大統領に相当)は先日、日本との会合を前に、中国の南シナ海での行動について「地域の問題解決を困難にするのは確実だ」と懸念を示した。

 こうした国際世論をさらに強めつつ、日米はアジアの関係国と連携を深め、中国に責任ある行動をとるよう促す道筋を探るべきだろう。非難の応酬や力の対抗の果てに紛争に陥ることは、誰の利益にもならない。

中国国防白書 海洋の緊張高める「強軍戦略」

 南シナ海での島嶼(とうしょ)支配の一方的な拡大へ、海軍力の増強を加速させる。そんな中国の「強軍戦略」が鮮明になった。

 中国は、2年ぶりの国防白書に「海上の軍事闘争とその準備を最優先し、領土主権を断固守り抜く」と明記し、海上衝突を想定した「軍事闘争準備」を急ぐ方針を示した。公海での「航行の自由」に対する威嚇に等しい。

 中国は、南シナ海のスプラトリー(南沙)諸島で岩礁を埋め立てた巨大な人工島の軍事基地化を急いでいる。地域の緊張を高めるものであり、容認できない。

 白書は、米国との名指しを避けながら、「南シナ海問題に介入し、高い頻度で中国に対して海と空で偵察を続けている」と非難した。哨戒機などによる人工島の監視を牽制(けんせい)する狙いとみられる。

 フィリピンなどを念頭に、「一部の海上隣国が違法に『占拠』した中国の島で軍事的プレゼンスを強化している」と批判した。だが、その中国は、国際法の根拠のない9本の境界線を設定し、南シナ海の大半の領有権を主張する。

 中国海軍について白書は、従来の「近海防御」型から「近海防御と遠海護衛の結合」型へ転換する方針を打ち出した。より遠方の西太平洋でも、潜水艦などの活動を常態化させる可能性が高い。

 日本については、「戦後体制の脱却を追求し、安全保障政策を大幅に調整している」として、安倍政権の安保政策や日米同盟の強化に警戒感を示している。

 しかし、強引な海洋進出で戦後の地域秩序に挑戦しているのが中国だということを自覚すべきだ。菅官房長官が「我が国は地域の安定と平和のために歩んできている。指摘は全く当たらない」と反論したのは、当然である。

 日本は、安保関連法案の早期成立を図るとともに、先に合意した新たな日米防衛協力の指針(ガイドライン)に基づき、抑止力を高めなければならない。

 米国など関係国と協調し、偶発的な衝突につながりかねない危険な挑発行動を自制するよう、中国に促すことも重要である。

 白書は依然、中国軍の低い透明性の向上を求める周辺国の声に応えていない。前回の白書にはあった兵員数などデータ類の記載も一切なくなった。極めて問題だ。

 中国の国防予算は日本の約3・4倍に膨らんでいるが、核戦力や海空軍装備の実態は見えない。透明性を高め、周辺国との信頼を醸成することが、経済・軍事大国としての責任ではないか。

ストレス検査 職場環境の改善につなげたい

 従業員の心理的な負担の程度を検査する「ストレスチェック」の実施が今年12月から企業に義務づけられる。その具体的な運用方法を定めた指針を、厚生労働省が公表した。

 職場環境の改善につなげ、仕事に起因するうつ病などの予防に生かすことが大切だ。

 ストレスチェック制度は、昨年6月の労働安全衛生法改正で導入が決まった。当面は従業員50人以上の企業が対象となる。

 医師や保健師などの専門職が、調査票を用いて、職場における従業員のストレス要因や自覚症状などを検査し、ストレスの程度を総合的に評価する。結果は従業員に直接通知され、本人が同意しなければ企業には知らされない。

 ストレスが高いと診断された従業員が希望した場合には、企業は医師による面接指導の機会を提供する。必要に応じて業務軽減や配置転換などを行う。

 企業は、部署ごとの傾向を把握し、問題があれば改善策を講じる努力義務も負うことになる。

 仕事上のストレスが原因のうつ病などは増加傾向にある。2013年度には、精神疾患による労災認定が436件に上った。

 精神面の不調による従業員の休職や仕事の効率低下は、収益にも影響する。企業にとっても、職場のストレス対策は重要だ。

 留意すべきは、制度の目的が精神面の不調を抱える従業員の洗い出しではないことだ。その前段階でストレスを軽減し、不調を未然に防ぐ点にある。検査や面接指導の結果を理由とした解雇や降格などは禁じられている。

 従業員が、昇進などで不利になるのを恐れ、検査をためらったり、正直に答えなかったりすれば、制度は有効に機能しない。

 企業には、制度の趣旨を踏まえ、人員配置や長時間労働の見直し、職場のコミュニケーションの円滑化などに真摯しんしに取り組むことが求められる。制度の導入を、職場のメンタルヘルス対策への理解を深める契機としたい。

 産業医の確保と質の向上は欠かせない。検査結果を改善策につなげるには、メンタルヘルスと職場の実態に通じた産業医が必要だが、人材は限られている。

 各都道府県にある産業保健総合支援センターは、地元医師会などの協力を得て企業の健康対策を支援している。産業医らへのサポート体制をさらに強化すべきだ。

 中小企業については、面接指導をセンターが担うなど、制度の普及に向けた後押しが望まれる。

2015年5月27日水曜日

既存住宅を活用する政策へかじを切れ

 国土交通省が住宅政策の指針となる住生活基本計画の見直し作業を始めた。社会資本整備審議会の分科会で議論し、来春までに新計画を策定する予定だ。

 住宅政策は今、大きな転機を迎えている。日本の住宅の総戸数は約6060万戸と、すでに総世帯数(約5250万世帯)を大幅に上回っている。26日には急増する空き家対策のための特別措置法が全面施行された。

 住生活基本計画は5年ごとに見直すことになっている。人口減少の加速など最近の動向を新計画に適切に反映する必要がある。

 新計画では住宅政策の重点を新規物件の建設から、既存住宅の流通へとしっかりと移すべきだろう。住宅の流通戸数に占める中古住宅の割合は2013年で14.7%と欧米に比べてかなり低い。現行計画が掲げる20年に25%という目標の達成は現状では難しい。

 安心して中古住宅を購入できるようにするためにはまず、第三者が住宅の状況を調べるインスペクション(住宅診断)を普及させる必要がある。築年数などと併せて診断結果を示せば、適正な価格で取引しやすくなる。

 日本の住宅は築20年を超すと建物部分の資産価値がほぼゼロになる場合が多い。これでは適切に維持管理する動機づけにならない。しっかりと補修した住宅は取引価格が上がるようにしたい。

 中古住宅の購入費とリフォーム費用を一体で提供する住宅ローン商品ももっと広げたい。物件を買い取って再販する事業者の税負担の軽減なども要る。

 多様なニーズに合わせた住宅の整備も要る。例えば、バリアフリー構造で介護が必要になっても安心な高齢者向け住宅などだ。手ごろな家賃で暮らせるシェアハウスなどの需要も大きい。

 まちづくりと住宅政策の連携も不可欠になる。人口減少はますます進む。郊外での無秩序な宅地開発はできるだけ抑制して、コンパクトな街を目指す必要がある。

 日本では景気動向を判断する材料として、住宅の着工戸数を重視する傾向がある。住宅建設を後押しするために住宅ローン減税を拡充することも珍しくない。

 国民が住宅を購入しやすくすることは必要だが、新築物件を過度に優遇するのは時代に合わない。リフォーム投資を促し、何世代にもわたってひとつの住宅で暮らすことができる社会に変えたい。

高額な治療薬への対応急げ

 C型肝炎の治療に高い効果が期待できる薬が日本で使えるようになった。米ギリアド・サイエンシズが開発した「ソバルディ」(成分名ソホスブビル)だ。

 国内に200万人ほどいるとされるC型肝炎ウイルス感染患者のうち、「2型」と呼ばれる患者に効果がある。臨床試験では、併用薬と共に12週間投与したところ、96%でウイルスが消失したという。患者にとっては朗報だ。

 ただ、手放しで喜べない面がある。高額であることだ。1錠(1日分)の薬価は6万1799円。12週間投与すると併用薬分も含めて約550万円かかる。

 このままでは利用できる人が限られるため、厚生労働省はこの薬を健康保険など公的医療保険制度の適用対象とし、さらにこの治療法を医療費助成の対象とすることも決めた。これにより患者の負担は月1万~2万円となる。

 費用の大部分は国民が負担する税金や健康保険料で賄われる。

 もしこの薬を使わなければ、肝炎ががんに進行し、多額の治療費用がかかることもあり得る。そのようなことを考慮すれば、患者の負担を抑え、使いやすくしたことは意義がある。一方で今後も登場するであろう高額な薬などをそのまますべて公的保険や助成の対象としていたのでは、国民負担が過重になりかねない。

 既存の薬に比べ費用がどれだけ余計にかかり、効果はどれほど変わるのか。費用対効果を評価する手法をつくれば、経済的な効率性に優れた薬であると証明できたものだけを公的保険の対象とするといった区分けがしやすくなる。値段ほどの効果が期待できないとわかれば、製薬企業に薬価引き下げを求めることもできるだろう。

 英国などではすでにこのような手法の活用が始まっている。厚労省も来年度から試行を始める方向だ。この仕組みだけで問題がすべて解決するわけではないが、医療技術の高度化・高額化に備え、日本でも早急に研究を進め、データを集めることが求められる。

真価問われる国会―なし崩しは認められない

 歴史的な議論の始まりである。新たな安全保障関連法案が、きのうの衆院本会議で審議入りした。

 この審議が持つ意味は極めて重い。ただ慎重に議論を尽くせばいいというものではない。

 一連の法案がこのまま成立すれば、安倍政権が昨年から試みてきた安全保障政策の大転換が、首相が米国議会で約束した通りひとまず「成就」する。

 安倍氏が2006年に初めて首相に就いて以来唱えてきた「戦後レジームからの脱却」の骨格ができ上がる。

■歴史の審判が待つ

 しかし、法案提出までの経緯は、憲法が定める正当な手続きをへたものとは言い難い。

 集団的自衛権の行使を認めた昨年7月の閣議決定は、憲法96条が定める改正手続きを回避した解釈改憲である。先月末の「日米防衛協力のための指針」の改定は、日米安全保障条約の枠組みを越える内容だ。

 法案の成立は、なし崩しの実質的な憲法改正を立法府が追認することを意味する。

 その結果、国民投票によって有権者の意思が問われないまま憲法9条が変質し、自衛隊の海外での活動範囲が飛躍的に拡大する。自衛隊が海外で武力を行使し、犠牲者が出る可能性が生まれる。

 安倍首相を支える自民、公明両党が衆参両院で多数を占める国会だ。数の力で押し切るおそれもある。そんなことでは歴史の審判には堪えられまい。

 与野党の議員一人ひとりが、すべての国民の代表としての役割を肝に銘じるべきだ。法の手続きを無視して立憲主義を壊す片棒を担いではならない。

■乱暴な首相の理屈

 一連の首相の答弁は、乱暴な決めつけと、異論への敵意に満ちている。

 首相はきのうも「米国の戦争に巻き込まれることは絶対にない。そうした批判が全くの的外れであったことは歴史が証明している」と断言。さらに「戦争法案という批判は全く根拠のない、無責任かつ典型的なレッテル貼りであり、恥ずかしいと思う」とまで言い切った。

 これこそ、根拠のない無責任な決めつけではないか。

 フランスやドイツの反対を押し切って米国が進めたイラク戦争を思い起こしてみよう。

 日本政府は米国の求めに応じ、「非戦闘地域」とされたイラク南部のサマワで自衛隊が公共施設の復旧・整備や給水などの復興支援を実施した。

 自衛隊員による規律ある献身的な活動は、住民に歓迎された一方、2年半の派遣期間中、宿営地には砲撃が相次いだ。陸自の車両が、道路脇に仕掛けられた爆弾の被害にもあった。

 それでも隊員に犠牲者が出ず、一発の銃弾も撃たずに任務を終えられたのはなぜか。

 自衛隊の活動は敵対的なものではなく、武装部門による攻撃はしないという合意があったからだと、現地の反米強硬派の幹部が後に朝日新聞の取材に明かしている。

 集団的自衛権は行使せず、海外での武力行使はしないという9条に基づく自衛隊の抑制的な活動への評価に、幸運が重なった結果だと言える。

 安倍首相はおとといの自民党役員会で「自衛隊員のリスクが高まるといった木を見て森を見ない議論が多い」と語ったという。谷垣幹事長が明らかにしたが、事実なら驚くべき発言だ。

 自衛隊は日本国民を守る実力組織だ。武器を扱うのだから、任務には危険が伴う。

 この法案で政府が想定するように、戦闘現場の近くで他国軍の後方支援にあたれば、これまで以上のリスクが生まれる。その是非を国会で論じることは当然だ。

 首相は「安全が確保できないような場所で後方支援を行うことはなく、万が一、自衛隊が活動している場所や近くで戦闘行為が発生した場合は、活動を中断する」と説明する。

 だが、不意を突く砲撃や仕掛けられた爆弾などによる被害を百%防ぐことなど不可能ではないか。前線の他国軍を置いて自衛隊だけが「危ないので帰ります」などと本当に言えるのだろうか。

■議論の倒錯を正せ

 首相は今回の法制を進める理由について、「わが国を取り巻く安全保障環境がいっそう厳しくなり、国民にとってリスクが高まっているからだ。切れ目のない法制で抑止力が高まれば、日本が攻撃を受けるリスクは下がる」と強調した。

 それが首相の言う「森を見る」ことならば、9条を改正して必要な法整備を進めたいと説くのが法治国家の首相のとるべき道だったのではないか。その順序は完全に逆転している。

 そのために安全保障環境の変化にどう対応すべきかという議論がかえって妨げられているのは本末転倒である。

 この倒錯を正せるのは国会での言論であり、世論である。

安保法案審議 自衛官のリスクを克服したい

 安全保障関連法案が衆院で審議入りした。

 日本と世界の平和と安全を確保するため、自衛隊の役割を拡大する、極めて重要な法案だ。

 安倍首相は、集団的自衛権の行使の限定容認について、「従来の憲法解釈との論理的整合性と法的安定性に十分留意した。解釈改憲、立憲主義の逸脱という批判は全く当たらない」と強調した。

 政府・与党は、建設的な議論を通じて、法案の意義と必要性を積極的に発信し、国民の理解を広げる努力を尽くすべきだ。専門的な内容だけに、丁寧で分かりやすい説明を心がけてもらいたい。

 民主党の枝野幹事長は、他国領域での集団的自衛権の行使に関する統一見解を示すよう求めた。

 「一般に、武力行使を目的として海外の領土に入ることは許されない」との過去の首相答弁と、新3要件に合致すれば他国領域での行使も可能とする中谷防衛相らの発言の違いを追及したものだ。

 首相は、「海外派兵は一般に憲法上許されない」としつつ、「受動的、限定的な行為」である機雷掃海は他国領域でも新3要件を満たす場合があり得ると答えた。

 集団的自衛権の行使は、あくまで正当防衛的な行為だ。他国領域での行使を法的に可能にすることに問題はない。敷設された当事国が日本に期待するような機雷掃海を、他国への侵略的な海外派兵と区別するのも合理的である。

 無論、これは法律上の整理だ。実際に掃海を実施するかどうかは機雷の敷設状況などを踏まえ、総合的に判断する必要がある。

 自衛隊の他国軍に対する後方支援の活動範囲の拡大に関して、枝野氏は、「自衛官のリスク」が高まるはずだ、と主張した。

 維新の党の太田和美氏も、「自衛官の活動地域が戦闘地域に近づくことで、戦闘に巻き込まれる恐れも格段に高まる」と述べた。

 中谷防衛相は、「自衛隊はこれまでも任務を拡大し、厳しい訓練を重ね、リスクを極小化してきた。今回の法改正でも、リスクをゼロにはできないが、与えられた任務を着実に果たす」と反論した。

 国際平和協力活動に完全に安全な活動はあり得ない。だからこそ、組織的な訓練を受け、武器を使える自衛隊を派遣するのである。危険な任務は一切引き受けないのでは他国の信頼を得られまい。

 現地情勢を慎重に調査し、機動的に対策を取るなど、部隊の安全確保に万全を期しながら、国際社会の安定のための一翼を担う。それが日本が取るべき道だろう。

欠陥エアバッグ タカタは改修の責任を果たせ

 エアバッグは、ドライバーと同乗者を守る命綱だ。欠陥品の回収と修理を迅速に進めることが最優先である。

 自動車部品大手のタカタが、異常な破裂で死傷者の出ていたエアバッグのリコール(回収・無償修理)の範囲を、全米に拡大した。否定してきた製品の欠陥も認めた。

 対象は約3400万個と、米国史上最大となる。日本でも既に自動車メーカーが700万台分のリコールを実施するなど、影響は世界に広がっている。

 大規模なリコールの完了には、数年を要するとの指摘もあるが、利用者の安全確保は待ったなしだ。タカタは自動車各社とも協力し、リコールの着実な実施に全力を挙げなければならない。

 タカタは、原因が特定できないとして、全米でのリコールを拒んでいた。だが、今年2月に米当局から1日1万4000ドル(170万円)の制裁金を科され、方針転換を余儀なくされた。

 エアバッグの異常破裂が原因とみられる死亡者は、米国を中心に6人に上り、負傷者は100人を超えている。危機管理対応が後手に回り、被害を拡大させたと批判されても仕方あるまい。

 米国ではリコール対象が1600万個から倍増し、未改修が一気に増えた。日本でも対象の約3分の2の500万台近くが、改修を終えていないとみられる。

 欠陥エアバッグが搭載されている車の利用者に、危険性を周知することが焦眉の急である。

 交換用のエアバッグ製造に、時間がかかるという問題もある。タカタの同業他社は代替品の供給に協力する姿勢を示しているが、円滑に進むかどうか未知数だ。

 新たな犠牲を最小限に食い止めるため、破裂の危険が大きいとされる高温多湿地域で改修を急ぐなど、リコールを効率的に進めることも重要となろう。

 リコール費用が重荷となり、タカタは今年3月期決算で赤字に転落するなど、財務が急激に悪化している。経営が行き詰まれば、肝心のリコールに支障が出る。

 自動車メーカーによる費用の立て替えや一部負担など、現実的な方策も検討すべきだろう。

 タカタの高田重久会長が、公の場で一度も事態を説明していないのは理解に苦しむ。

 安全・安心な製品の供給は、製造業者の最大の使命である。欠陥があれば早急に原因を突き止め、十分に説明を尽くす。その責任を自覚すべきだ。

2015年5月26日火曜日

現実を直視して安保法制の論議進めよ

 日本のこれからの安全保障のあり方を定める法律をめぐる国会の審議がいよいよはじまる。安保法制の転機となる内容で、1960年の日米安全保障条約改定の際に匹敵するような意味を持つ安保国会となることを、与野党とも肝に銘じるべきだ。

 審議する法案は、自衛隊法や周辺事態安全確保法、国連平和協力法など10本の法律の改正を一本化した平和安全法制整備法案と、あらたに制定する国際平和支援法案の2本立て。

 今回の法制の整備は、冷戦がおわったあとでは(1)1990年の湾岸危機後の対応(2)90年代半ばの朝鮮半島危機への対応(3)2001年の9.11後のテロ対応――に次ぐ第4ステージといえる。

 中国が台頭する一方で米国の影響力が低下し力の均衡が変化する中、尖閣諸島をめぐる摩擦など日本を取りまく環境が大きく変化してきたのに対応するものだ。

 尖閣諸島など離島防衛に関して制度上の不備があったのは確かで、それを埋めるためにも切れ目のない態勢づくりを迫られていた。懸案の集団的自衛権の行使を限定的ながら容認することで、日米の連携をより強め抑止力を高める防衛上の意味は大きい。

 集団的自衛権発動の新3要件のひとつである「存立危機事態」に関し、憲法解釈の歴史的な転換であることを踏まえ、しっかりした議論を通じて有権者の理解を得るよう努めてほしい。本社の世論調査をみると法案の今国会成立への反対論が目立つのが気になる。

 国会審議でまず必要なのは、日本を取り巻く安全保障環境の変化をどうみて、どう対応しようとしていくのかの基本的な認識をめぐる議論だ。

 そのうえで、自衛隊の活動範囲を明確にするための論戦を期待したい。周辺事態を「重要影響事態」と改めて、事実上、日本周辺に限っている外国軍の後方支援を拡大することになるためだ。とりわけ中国が海洋進出を進める南シナ海での対応などで、さまざまな議論が出てくるとみられる。

 国会での議論を踏まえ、必要があれば修正に応じる柔軟な姿勢を政府・与党は示してほしい。今回の法制は向こう10年から20年の日本の安保体制を決めるものだ。改正点についての丁寧な審議が大事なのは言うまでもないが、現実を直視し国家の針路にも思いをはせた骨太の議論を望みたい。

目にあまる新競技場の迷走(社説)

 こんな体たらくで世界中から訪れる選手や観客を「おもてなし」できるのか。2020年の東京五輪・パラリンピックの主会場、新国立競技場の建設をめぐる迷走が目にあまる。

 そもそもの当初案を大きく修正した現行計画は、さらに3点を中心に変更されるようだ。

 まず、売り物のフィールド上部の開閉式屋根は五輪に間に合わず、閉幕後の設置になるという。さらに、トラックにせり出す可動式の1万5千席をやめ、五輪時のみの仮設とする。

 建築資材や人件費の高騰で、1625億円とされた総工費も、大幅な増加が避けられない。2500億円に上るとの試算もある。

 新競技場で19年に予定されるラグビーW杯までの竣工も危ぶまれる事態だ。建設主体である文部科学省傘下の独立行政法人、日本スポーツ振興センターの工費や工期に関する見積もりは、きわめて甘いと言わざるをえない。

 18日には下村博文・文科相が舛添要一・東京都知事に工費の一部500億円の負担を求めた。知事は見直し案の詳細が不明などとして即答を避けた。当然だ。

 文科省は今月中に洗い直した総工費などをつまびらかにするとしている。まず、現行計画を改める必要性について国民が納得できる説明をすべきだ。そのうえで、財源や五輪後の用途、収支について明確な見通しを示して欲しい。

 高コストで使い勝手の悪いスタジアムができたのでは、スマートやコンパクトを標榜する五輪の趣旨に反する。残念な箱モノの典型として後世に残りかねない。

 宇宙船のようで周囲の景観と合わないとの指摘もあったデザインを含め、「抜本的な見直し」という大胆で高度な判断が求められる可能性さえ、否定できない。

 今回の一連の動きは、10月の着工を前にゼネコンなどとのぎりぎりの協議の中から浮上したという。これ以上、場当たり的な対応や先送りは許されない。時間は限られているのだ。

原発ごみ処分―「増やさない」が前提だ

 原発の使用済み核燃料を処理する際に出る「原発のごみ」の処分について、国が7年ぶりに基本方針を改めた。

 最終処分場に自治体が手をあげるのを待つ公募方式をやめ、国の主導で候補地を決める。原発から出てくる高レベルの放射性廃棄物については、00年に法律をつくったものの、高知県東洋町が一度応募した後で住民反対により撤回した以外は、事例がなかった。

 最終処分場が未定の日本の原発は「トイレなきマンション」とも言われていた。国が前面に出て決めるのは、当然である。

 しかし、政府は今後も一定量の原発を見込み、再稼働に積極的だ。原発が動き続ければ、ごみもまた増え続けることになる。政府は廃液を固めたガラス固化体を4万本以上埋められる広さを確保する方針だが、ごみを増やさない、処分地を拡張しないために、原発をゼロにする前提が必要ではないか。

 事実上破綻(はたん)した核燃サイクル事業を前提にしていることにも問題が残る。政府は「ごみの減容化につながる」などとするが、仮にウラン燃料の再処理はできたとしても、高速増殖炉の技術にめどがたたない以上、今度は新たにできるウランとプルトニウムを混合した「MOX燃料」の再処理・処分という問題につきあたるからだ。

 「これ以上次世代に先送りするわけにはいかない」という政府の言い分はもっともだ。処分場が決まらなければ、放射性廃棄物は、既存の原発敷地内で保管することになってしまう。

 だが「原発ありき」での取り組みにとどまる限り、問題の解決にはつながらないだろう。

 廃棄物は、地下300メートルより深いところに埋めるが、トラブルがあったり、将来もっと安全な技術が開発されたりした場合にそなえて、後から取り出せるようにもする。

 数万年以上も人体に有害な強い放射線を出し続けるごみの扱いだ。福島第一原発の事故で、原発に関する「安全性」への信頼が崩壊した後でもある。予測しえない事態に備えることは必要な対応といえる。

 政府は火山帯や断層のある場所、地盤の軟らかいところなどを避けた「科学的有望地」を選び、対象となる自治体に提案するという。

 押しつけにならないよう、議論の仕方にも従来と異なる発想がいる。処分地の必要性だけを訴えても、同意は得られまい。課題も包み隠さず示し、問題解決型の対話へと進めることが不可欠だ。

教員の免許―国家資格は多様さ失う

 これで教育の質が高まるとはいえない。教員の多様さを失う恐れがある。

 自民党の教育再生実行本部が、教員の免許を「国家免許化」し、国家資格にする提言を出した。

 いまの制度は、大学で決められた単位と学位をとり、申請すれば、都道府県の教育委員会から免許が与えられる。

 その後、免許をとった自治体に関係なく、都道府県の採用試験に合格すれば、その自治体の学校に勤めることができる。

 これに対して実行本部は、大学の課程を終えた後に全国共通の国家試験をし、合格後に1~2年の研修を経て国が免許を与える形を検討している。具体的な制度設計はこれからだ。

 遠藤利明・本部長らは記者会見で、国家免許の医師のように教師に尊厳を持ってもらい、地域から尊敬されるようにしたいと話した。

 国家資格の分野は、医療や司法、福祉、理美容など幅広い。都道府県ではなく国家資格にすることで、なぜ尊敬されるのか理解しがたい。

 どんな試験を、どのようにつくるかも問題だ。政府の見解とは違う答えを書くと、不合格になるようなら困る。求められる教員像に政府がかかわることで、教育がときの政権の立場に左右されてはならない。

 いままではそのまま出ていた免許に試験が課される。志願者が減り、逆に優れた人材が他の分野に逃げかねない。

 実行本部は、自治体の採用試験の共通化も提案した。

 都道府県ごとに必要な教員像は違う。電子黒板などデジタル機器を使いこなす力に重きを置く県もあれば、英語力を大切にする県もある。筆記試験だけでなく実技や面接まで共通にするなら、各自治体のニーズが満たせなくなる可能性が高い。

 子どもたちは、さまざまな価値観に出あう必要がある。学校や地域の事情もいろいろだ。多様な先生がいてこそ、応えられる。国が試験や免許で物差しを一本にすることで、教員の人間像を狭めてはならない。

 他にもっとすべきことがあるのではないか。日本の教員の勤務時間の長さは国際調査でも際だっている。事務職員を増やし、負担を減らす必要がある。

 実行本部自身も提案しているように、奨学金を返還しなくてもすむようにしたり、給与を上げたりしなければ有為な人材は集まらない。

 教員という職の魅力を高め、若者をひきつける。国には、その努力こそ求めたい。

二階氏訪中 習氏の対日改善姿勢は本物か

 中国としては、異例の歓待ぶりだった。日中関係の本格的な改善につなげる意思があるのか。きちんと見極め、適切に対応することが大切だ。

 自民党の二階総務会長が、観光業界関係者ら約3000人を率いて訪中した。習近平国家主席は歓迎行事で演説し、「中日関係の発展を重視しており、この基本方針は変わらない」と強調した。

 遣唐使の阿倍仲麻呂や1972年の国交正常化など、良好だった両国関係史にも触れ、日中友好や民間交流の重要性を訴えた。

 二階氏は、安倍政権内での対中関係改善の旗振り役だ。習氏は、二階氏の訪中に合わせて、日中関係を重視するという前向きなメッセージを発したのだろう。

 二階氏が安倍首相の親書を手渡すと、習氏は「互いに戦略的互恵関係を推し進めれば、良い結果になる」と応じたという。

 歴史問題に関して、習氏は同じ演説で、「日本軍国主義の侵略の歴史を歪曲(わいきょく)、美化しようとする、いかなる言行も許さない」と述べた。今夏に戦後70年談話を出す安倍首相を牽制(けんせい)したものだ。

 安倍首相は再三、「村山談話、小泉談話を全体として受け継ぐ」と明言している。先の党首討論でも、村山談話にある「痛切な反省」に改めて言及した。

 だが、安倍談話の内容次第では、習氏が強硬姿勢に転じる余地を残しているのは間違いない。

 9月3日には「抗日戦争勝利70年」記念式典が予定される。習政権が歴史問題に絡めた反日カードを手放すことはあり得まい。

 今回の習氏の融和姿勢には、政権の安定にかかわる成長減速への強い危機感がうかがえる。

 中国は、景気下支えのために利下げを繰り返すが、目立った効果は見えず、消費は伸び悩む。日本の対中投資は激減し、企業間の協力や交流も停滞気味だ。

 習氏には、日本の技術や資金とともに、減少した日本人観光客を呼び戻す狙いがあろう。

 南シナ海の岩礁埋め立て問題を巡り、米国との対立が顕在化する中、対日関係の修復により、日米同盟の圧力を緩和させたい。そんな思惑もあるのではないか。

 菅官房長官は、二階氏訪中について「極めて有意義」と評価した。貿易・投資の拡大や安定した日中経済関係は、経済政策「アベノミクス」にとっても重要である。

 日本は、中国の反日宣伝や海洋進出には的確な対抗措置を取りつつ、日中関係全体の改善の流れを定着させることが欠かせない。

司法試験合格者 誤算が招いた目標の下方修正

 国民に身近な司法を実現するため、法曹人口を大幅に増やす司法制度改革が、思うように進んでいないことの表れだ。

 政府が、司法試験の合格者数について、「年1500人以上」とする案をまとめた。7月中旬までに正式決定する。2002年に閣議決定された「年3000人」という目標を事実上、下方修正するものだ。

 司法試験の合格者は、08年の2209人をピークに低迷し、政府は一昨年、目標の撤回を余儀なくされた。昨年の合格者は2000人を割り込んでいる。

 現状を考えれば、目標を一時的に下げるのはやむを得まい。

 合格者が増えない最大の要因は、法科大学院が十分に機能していないことだ。

 04年のスタート時に広く参入を認めたため、74校が乱立し、多くの大学院で教育の質を保てなかった。司法試験の合格率が上がらず、学生の募集を停止する大学院が相次いでいる。制度設計の甘さが招いた結果と言えよう。

 今春の法科大学院の受験者総数は初めて1万人を下回り、入学者の総数も2201人に減った。

 法曹の養成機能を高めることが急務だ。各大学院には、カリキュラムの見直しや、実務に精通した教員の確保が求められる。

 法曹需要の伸び悩みも誤算だった。政府は、行政による事前規制型から、司法による事後救済型社会への転換を目指したが、訴訟件数はむしろ、減少傾向にある。企業に採用される弁護士は、想定ほど増えていない。

 司法試験に合格しても、就職先が見つからない人が目立つ。将来に希望が持てないと、優秀な人材が法曹界を敬遠してしまう。

 日常生活のトラブルなどについて、弁護士に相談しやすい環境を整えることは、国民の権利を守る観点から重要である。弁護士が多くなれば、適正な競争が生まれ、サービス向上を期待できるという側面もあるだろう。

 法曹人口を増やす方向性は、維持しなければならない。

 弁護士の活動領域には、開拓の余地が残っている。

 例えば、自治体では、条例の立案や監査業務に法律知識を生かせよう。企業の知的財産保護や海外進出に関する法的アドバイスなどの重要性は増している。

 弁護士が社会の様々な分野で活躍できるよう、政府と日本弁護士連合会は、自治体や企業への働きかけを強め、雇用先の拡大を図ることが大切である。

2015年5月25日月曜日

TPP実現へ重大な責任を負う米議会

 米国の議会がどんな決定を下すのか。それによって、環太平洋経済連携協定(TPP)の命運が大きく左右される状況になってきた。米議会は責任の重さを自覚し、交渉の推進を促す法案を速やかに成立させるべきだ。

 環太平洋地域の12カ国が参加するTPP交渉は、いま足踏みした形になっている。米大統領に貿易促進権限(TPA)を与える法案の成立が遅れ、閣僚会合が事実上開けなくなっているからだ。米上院は先週末にようやく法案を可決したものの、下院の審議の行方はなお不透明だ。

 TPA法案が成立すれば、米議会は自由貿易交渉で合意した内容を修正できなくなり、合意案を一括で承認するか拒否するかの二者択一しかできなくなる。これが通らないと、合意後に米国から修正案が出され、交渉が振り出しに戻ってしまう恐れがある。このため、交渉合意の大前提はTPA法案の成立というのが交渉参加国にとっての共通理解になっている。

 法案成立が遅れている背景には米議員の間で自由貿易への懐疑論が広がっていることがある。自由貿易で米国の雇用が奪われ、経済も打撃を受けるとの考え方が、保護主義的な勢力が強い民主党だけでなく、共和党の一部議員にまで広がっている。製造拠点が多い州から選ばれた議員は自動車部品の関税撤廃などに反対している。

 ドル相場が上昇するなかで、外国による「為替操作」に歯止めをかける内容を法案に盛り込むべきだとの声も強まっている。成立した上院の法案は、政府に対する拘束力が弱い内容で落ち着いたが、下院はこれと異なる法案が提出される可能性もある。

 上下院の調整などでTPA法の成立に手間取れば、TPPの実現が危うくなる恐れもある。米国は来年秋の大統領選挙へ向けて「政治の季節」を迎えようとしており、自由貿易に反対するムードが一段と強まりかねない。

 TPP交渉は著作権や医薬品のデータの保護期間の統一など、なお難航している分野が少なくない。米国だけでなく、日本も交渉の前進に向けて指導力を発揮していかなければならない。

 アジア・太平洋で貿易や投資が加速し、質の高いルールが行き渡ることは、地域の経済的な繁栄を促す。その推進力になるTPPが実現するかどうか、大きな正念場を迎えつつある。

高齢者の消費者被害を防げ

 高齢者の消費者トラブルが相次いでいる。一人暮らしや認知症のお年寄りを狙った悪質商法もあり、被害は高額になりがちだ。地域で高齢者を見守る体制を築き、被害の拡大を食い止めたい。

 消費者庁によると、全国の消費生活センターに寄せられた高齢者の相談は、2013年度までの5年間で6割以上増えた。この間の同世代の人口の伸び(約1割)を大きく上回っている。

 高齢者の場合、自分では被害に気付いていないことも多い。同庁は悪質商法や誇大広告などで、14年は約1千万件の消費者被害・トラブルがあったと推計するが、うち約100万件は本人が自覚していない高齢者の被害という。

 孤独につけ込んで親しげに接し、商品を断れないようにする。認知症などで判断力が低下した人を狙い撃ちにし、次々に買わせる。悪質商法の手口は年々、巧妙になっている。誰がいつ、被害に遭ってもおかしくない。

 どんな手口や被害があるのか。行政が高齢者やその家族に分かりやすく情報を提供し、自衛を促すことは大事だが、それだけでは足りない。

 民生委員や介護のヘルパーが高齢者の様子がおかしいことに気づき、それがきっかけで相談につながるケースは少なくない。来春にも施行される改正消費者安全法は、自治体を中心に協議会をつくり、見守りが必要な高齢者の情報を地域で共有できるようにすることが大きな柱だ。実効性あるネットワークになるよう、自治体は工夫してほしい。

 消費生活センターなどの相談対応の力を伸ばすとともに、問題がある業者への行政の監視、取り締まりを徹底することも必要だ。成年後見制度など、高齢者の権利を守る制度への理解も広めたい。

 一方、政府の検討会では、トラブル防止のため、特定商取引法を見直し、規制を強化することなどが検討されている。健全な事業活動まで萎縮させることがないよう、よく議論してほしい。

社会保障と財政再建―資産と所得を改革の軸に

 20年度に国と地方の基礎的財政収支を黒字にする。首相が議長を務める政府の経済財政諮問会議を舞台に、この目標に向けた議論が本格化してきた。

 経済成長に伴う税収増、税制改革による増税、歳出の改革・抑制の三つを組み合わせ、具体的な計画を作る作業である。

 国の借金は1千兆円を超えた。今年度の予算でも財源不足を穴埋めする新規国債の発行が36兆円を上回り、借金の膨張に歯止めがかからない。

■理念あっての制度論

 その最大の原因は、国の一般会計の3分の1を占め、高齢化などで増え続ける社会保障費だ。年金や医療、介護といった「給付」と、税金や保険料の「負担」の両方を抜本的に見直すことが不可欠である。

 給付にも負担にも、二つの観点がある。「水準」と「配分」だ。将来世代へのツケ回しを少しでも減らすには、全体として給付を抑え、負担を増やしていく「水準」の調整が避けられない。一方、「配分」を変えていかないと、不平等や格差が拡大するばかりである。

 日本の社会保障制度は「世代」を軸に作られてきた。現役世代が納める保険料を高齢世代に仕送りする年金が代表例だが、医療や介護も総じて高齢世代が受けるサービスが多く、現役時代は負担感が先に立つ。

 しかし、世代を問わず、豊かな人がいれば生活が苦しい人もいる。「世代内格差」が深刻さを増している。ならば、「資産と所得」という軸をより強く打ち出すべきだ。

 豊かな人には給付を抑えながらより多くの負担を求める。資産や所得が乏しい人には給付と負担の両面で支援を厚くしつつ、細るばかりの中間層も支えていく。そんな理念なら、デフレ脱却・景気浮揚を重視する政権の方針とも矛盾しないはずだ。景気を左右するのは国民の多数を占める中堅・低所得の人たちの動向だからだ。

 資産や所得を意識した改革は少しずつ積み重ねられてきたが、歩みがあまりに遅い。まずは、改革の理念について国民の合意を取り付ける。そのうえでどの制度をどう改めるのか議論する。そうした手順を踏むべきではないか。

■成長頼みの甘い前提

 実際の経済財政諮問会議の論議には疑問や不安が募る。

 まず、前提が甘い。年度平均で実質2%、物価変動を加えた名目で3%の経済成長が続くとして税収をはじいているが、過去10年を振り返ってもほとんど達成できなかった高めの成長が当然のように語られている。

 税制改革については、17年4月に先送りした消費税の10%への増税こそ織り込むものの、それ以上の税率引き上げは首相が早々に封印した。法人税の減税を進めつつデフレ脱却を最優先課題とするためだ。

 学者や財界人からなる諮問会議の民間議員が提案した社会保障の改革メニューには、年金や医療、介護の各分野で様々な案が並ぶものの、早くも「総論賛成、各論反対」の気配である。

 やはり、まずは改革の軸をはっきりさせ、次のような改革を検討するべきではないか。

 年金では、豊かな人への給付額を抑える。対象を限って給付自体を減らすのは受給権がからむ難題だけに、年金所得課税を強化するのが現実的だろう。

 医療では、自己負担率の見直しが避けられない。現在は基本的に69歳までが3割、70歳代前半は2割、70歳代後半以降は1割と世代で分かれているが、これを段階的に3割にそろえていき、年齢にかかわらず生活に余裕のない人は負担を軽くする。

■税制改革に踏み込め

 国民全体としての負担の水準を高め、財政赤字を減らしていく際に中心となるのは、全額を社会保障に充てる消費税の増税だ。配分の是正には、相続税の強化が欠かせない。国民全員に割り振られるマイナンバーも、配分見直しに生かしたい。

 ただ、消費税は2年後に増税を控え、相続税は今年から引き上げられたばかりだ。当面の焦点は所得税である。

 稼ぎが多い人ほど税率が高くなる累進課税をとる所得税の改革は、「水準」と「配分」の両方の見直しにつながる。政権は配偶者控除の改革を急ぐ構えだが、構えをもっと大きくしてはどうか。法人税についても、租税特別措置の見直しや節税・脱税対策の強化など、課題は山積している。

 「デフレを抜け出せば、成長率が同じでもより多くの税収が入るはずだ」「思い切った歳出抑制は、17年度の消費増税の後に回しては」。諮問会議では早くもこんな声が飛び交う。

 基礎的収支の黒字化は、財政再建の出発点に過ぎない。甘い見通しはご法度だ。少子高齢化が急速に進むなかで、改革を先送りする余裕はない。

 しっかりとした処方箋(せん)を示せるかどうかは、首相の姿勢次第である。

伊方原発「合格」 再稼働へ着実に準備を進めよ

 四国電力伊方原子力発電所3号機の安全対策について、原子力規制委員会が、新規制基準を満たしているとする審査書案をまとめた。

 再稼働の前提となる安全審査に事実上、「合格」したことになる。意見公募を経て、7月ごろに正式決定される。

 四国4県では、火力発電所がトラブルで止まれば、電力供給が危うくなる綱渡りの状況が続く。供給力を安定させるには、原発の再稼働が欠かせない。目標とする年内の運転開始へ、必要な手続きを着実に進めたい。

 四国電力は、2013年7月の新規制基準施行と同時に、伊方原発の安全審査を申請した。免震機能を備えた「緊急時対策所」が整備済みだったため、合格の1番手と目されていた。

 だが、立地する愛媛県西部の佐田岬半島沖の海底に国内最大級の活断層「中央構造線断層帯」が通ることから、規制委は、より大きな地震の想定に基づいて安全対策を講じるよう注文をつけた。

 四国電力は、ここを震源とする地震の際に動くと想定される断層の長さを、申請時の54キロから480キロに大幅延長した。想定する津波の高さは、申請時の4・09メートルから8・12メートルに引き上げた。

 これに伴い、緊急時対策所については、耐震性能を強化した新施設を建設した。新基準により、自然災害への耐性は格段に向上したと言えよう。

 四国電力は、配管などの耐震強化工事を進めている。再稼働時にプルトニウムとウランの混合酸化物(MOX)燃料を使うため、その対策も追加した。

 規制委は今後、こうした工事などの妥当性を詳細に審査する。これが終われば、機器などが確実に機能することを確認する使用前検査が控えている。

 審査を円滑に進めるには、精度の高い実証データが不可欠だ。何が必要なのか、規制委は的確に指示し、四国電力は迅速に対応せねばならない。

 昨秋、安全審査に合格した九州電力川内原発では、一連の手続きが長期化している。規制委と九電の意思疎通に難があるのが一因だろう。教訓とすべきだ。

 避難計画の策定が必要な関係自治体の理解を得ることも、重要な課題だ。愛媛県や原発が立地する伊方町は、再稼働を認めるかどうか、意向を表明していない。

 政府と四国電力には、安全対策や、再稼働の必要性について丁寧に説明することが求められる。

空き家対策法 危険になる前に手を打とう

 放置された空き家の撤去や活用を進める「空家対策特別措置法」が26日、全面施行される。

 高齢化や人口減の影響で空き家は増加を続け、全国の住宅の14%にあたる820万戸に上っている。

 管理が行き届かずに老朽化した住宅は、地震や積雪などで倒壊する危険がある。ゴミの放置や不審者の立ち入りによる治安悪化などで、近隣の「迷惑施設」と化している場合も少なくない。

 特措法は、こうした住宅を自治体が「特定空き家」に指定し、所有者に解体や修繕などを勧告・命令できるようにする。

 命令に応じない時は、代わりに自治体が取り壊し、費用を所有者に請求することも可能となる。

 空き家対策は、ほぼ自治体任せにされてきたが、法的な強制力に乏しく、十分な成果が出ていないとの指摘もあった。

 増え続ける空き家が、防災や防犯面で地域に不安を与えている状況を、これ以上野放しにしてはならない。各自治体は特措法を有効に活用し、空き家対策を進展させるべきだ。

 死亡や転居などで住人のいなくなった家屋が放置されている背景には、税制上の問題もある。空き家を解体して更地にすると、住宅用地を対象とした固定資産税の軽減措置が打ち切られ、税負担が最大6倍に跳ね上がる。

 特措法では、特定空き家の所有者が自治体の勧告などに従わない場合、住宅が立っていても軽減措置を打ち切れるようにした。危険な家屋の撤去が進まない現状を踏まえれば、やむを得まい。

 ただ、遠隔地で手入れが行き届かないなど、所有者側にも様々な事情がある。

 相談窓口を設けている自治体も少なくない。清掃など維持・管理の代行サービスを紹介するなど、きめ細かい対応が求められる。

 危険な廃屋になる前に、撤去してもらうことが大事だ。費用の一部の公的補助など、先行事例も参考にしたい。

 利用価値のある空き家の有効活用も対策として有効だろう。

 空き家情報をネットで公開し、借り手を募る「空き家バンク」を設ける自治体が増えている。幅広く周知する必要がある。

 空き家を移住希望者に安く賃貸し、過疎化対策として役立てる。起業家向けのオフィスに改装し、地域経済活性化の拠点とする。こうした様々なアイデアを、全国の自治体で共有する仕組み作りを進めてはどうか。

2015年5月24日日曜日

核軍縮の停滞が招いた不拡散体制の危機

 当初から難航が予想されたとはいえ、あまりに残念な結果だ。ニューヨークの国連本部で1カ月近くにわたって開かれた核拡散防止条約(NPT)の再検討会議は、合意内容をまとめた最終文書を採択できずに閉幕した。

 会議の決裂で、世界の核軍縮、核不拡散への機運はさらに後退しかねない。公然と核開発を続ける北朝鮮への歯止めもきかず、事実上の核保有国でNPTに加盟していないインドやパキスタン、イスラエルが条約に加わる可能性も一段と遠のいた。NPT体制の行方に危機感を覚えざるを得ない。

 決裂を決定づけたのは、イスラエルを想定した中東の非核地帯化構想で全会一致の合意が得られなかったためだ。もっとも協議が難航した最大の要因は、核保有国と非保有国の根深い対立だろう。

 NPTは核兵器の保有を米国、ロシア、中国、英国、フランスの5カ国だけに認めている。もともと不平等な条約だが、核保有国には見返りに核軍縮の着実な履行を義務付けている。

 核軍縮の停滞に不満を持つ非保有国の一部は今回、核兵器を非人道的で不法とみなす「核兵器禁止条約」の検討を進めるよう主張。核保有国は段階的な核軍縮が現実的と反論し、議論は紛糾した。

 日本が米国の「核の傘」に守られているように世界の安全保障の現実を踏まえれば、核兵器の禁止に一気に踏み込むのは確かに難しいだろう。一方で核軍縮が遅々として進まず非保有国のいらだちが限界に達していることを、核保有国は重く受け止めるべきだ。

 なかでも世界の核弾頭の9割強を保有する米ロの責任は重大だ。両国関係はウクライナ危機をめぐって大きく冷え込むが、核軍縮に真摯に取り組まなければ、NPT体制が崩壊の瀬戸際に立たされる懸念を直視すべきだ。これは核保有国のなかで唯一、核軍備を増強している中国も例外ではない。

 日本は今回、世界の指導者らに広島、長崎への訪問を促す提案をした。中国が歴史問題をタテに横やりを入れる残念な一幕もあったが、今後も政府が主導して訪問を呼びかけていきたい。

 各国の指導者も被爆地の思いを真剣に受け止めてもらいたい。とくに「核兵器なき世界」を唱えた米国のオバマ大統領が残る任期で核軍縮への意欲を示そうとするなら、被爆地訪問は数少ない選択肢のひとつではないだろうか。

海の漂流ゴミの影響が心配だ

 海を漂流するゴミの問題が深刻さを増している。とりわけプラスチックのゴミは自然界で分解されにくく、形は変えてもなくならないため、海洋の生態系への影響が心配される。

 海は豊かな恵みをもたらす。海の生態系や美しさを損なわないためには、ゴミを流さないことが最も有効な対策だ。海水浴やキャンプのシーズンを迎え、砂浜や河原にゴミを放置しないよう、一人ひとりが心がける必要がある。

 海に流出するプラスチックゴミは世界全体で480万~1270万トンに達すると推定されている。日本近海でも漁具やペットボトル、レジ袋などが大量に漂っていることがわかっている。

 なかでも近年、その影響が心配されているのは、大きさが5ミリメートル以下の微細なプラスチックのゴミだ。「マイクロプラスチック」と呼ばれる。大きなゴミが紫外線にさらされ、波の働きで小さく砕けてできる。回収が困難なうえ、魚や貝類がプランクトンと誤って取り込むことが知られており、生態系に悪い影響を及ぼしかねない。

 ただ、どれほどの量の微細プラスチックが海を漂っているのかはわかっていない。またこれを摂取した魚介類にどんな影響があり、食物連鎖を通じて人間にも影響が及ぶのかなども未解明だ。詳しい調査を進めて汚染の全貌をつかむ必要がある。

 環境省によると、日本周辺ではとくに東シナ海から対馬海峡にかけて漂流するゴミが多い。発生源は日本国内だけでなく、中国や韓国などからの可能性が大きいという。廃棄物の回収や処分が適切になされていないと推定される。

 日本の海岸に漂着したゴミを自治体や市民団体が回収する動きが広がっているが、流出を抑えないことにはきりがない。ゴミの中には注射針のような医療系廃棄物も混じり、事態は深刻といえる。

 近隣諸国に廃棄物対策の強化を働きかけるとともに、私たち自身が国内での発生を減らすよう努める必要がある。

核会議決裂―拡散への危機感高めよ

 核兵器の拡散を食い止めるのは、地球を次世代へ渡す全世界の責務である。

 その道筋を話し合う5年に1度の国際会合が、何の成果も出せずに終わった。ニューヨークで続いていた核不拡散条約(NPT)の再検討会議である。

 加盟国の合意をまとめる最終文書をめぐり決裂したことは、NPT体制の持続性に大きな疑問符をつけることになった。

 国際社会は、重大な危機感をもたねばなるまい。今後、NPT体制の修復をめざす努力を各国が一段と強めるべきだ。

 同時に、必ずしも会議の合意だけに頼らず、協力できる国々で核廃絶をめざす活動を盛り上げることにも力を注ぎたい。

 会議の決裂は、表面的には中東の非核化をめぐる文言が主因だった。イスラエル寄りの立場をとる米国などがアラブ主導の文言に同意しなかった。

 だが、事態の本質は中東問題ではない。最も深刻な問題は、核保有国と非核国の対立の溝が、もはや隠し通せないほど深まったことにある。

 会議で、核兵器の非人道性を強調する非核国の主張に対し、核保有国は次々と難色を示し、表現を弱めることに腐心した。

 NPTは核保有を米ロ英仏中にだけ認める代わり、その5カ国に誠実な核軍縮交渉を義務づけている。だが実際には、軍縮に消極的どころか、核による脅しを発言する国まで出て、非核国の不満は高まっている。

 NPT非加盟のイスラエルやインド、パキスタンはすでに核を保有し、北朝鮮の身勝手な核開発も続いている。これ以上、核に走る国を許しては一気に連鎖反応が起きかねない。世界の状況は危うさを増している。

 ただ今回の会議では、核の非人道性の論議が正面から取り上げられ、各国の理解が進んだ。非人道性を根拠に核を違法化する「核兵器禁止条約」など、新たな法的枠組みを探る動きを日本ももっと後押しすべきだ。

 日本が提案した広島、長崎への各国指導者らの訪問も、地名は削除されたものの趣旨は最終文書案に盛り込まれていた。

 日本政府は、核保有の5大国を含む世界の指導者や軍縮専門家、若者らを招き、非人道性を積極的に訴え続けてほしい。

 日本を含め、安保面で他国の「核の傘」のもとにある非核国には矛盾がつきまとう。だとしても、被爆国日本が非人道性に口をつぐむことは許されない。

 最終文書案に従い、安保上の核兵器の役割を減らす。そして核兵器の違法化をめざす。その目標へ率先して進むべきだ。

参院選挙改革―「時間切れ」は許されぬ

 「良識の府」であるはずの参議院、とりわけ第1党である自民党の無責任ぶりにはあきれ果てる。

 参院の一票の格差是正策を話し合う与野党の検討会で、自民党は「都道府県単位の選挙制度は極力維持する」とし、現段階で最有力なのは「6増6減」案であるとの考えを示した。

 改選ごとに宮城、新潟、長野を1議席減らし、北海道、東京、兵庫を1議席増やす。それによって一票の格差は最大4・31倍になるという。

 しかしこれは、最高裁が昨年11月に「違憲状態」とした、2013年の参院選の4・77倍とほとんど変わらない。野党からは「不誠実だ」などの批判が出たが、当然である。

 経緯を振り返っておきたい。

 最高裁は3年前、一票の格差が最大5・00倍だった10年の参院選について違憲状態と判断し、都道府県単位の区割りを見直す必要性を指摘した。

 だが抜本改革はなされず、「4増4減」でお茶を濁した。ただ、改正公職選挙法の付則には、16年の参院選に向けて「選挙制度の抜本的な見直しについて引き続き検討を行い、結論を得る」と明記された。

 「今度こそ」と13年9月、各会派の代表でつくる「選挙制度協議会」が発足。座長を務めた自民党の脇雅史氏は昨年4月、鳥取と島根など22府県の選挙区を合区する案を「座長案」として提示した。ところが自民党内で合区への反発が強まり、脇氏は座長を事実上更迭される。

 その後の自民党は第1党として議論をリードする責任をまったく果たさず、党内の意見集約すら怠った。あげくの果ての、弥縫(びほう)策とも呼べない「6増6減」案である。

 この約2年間、いったい何をしてきたのか。

 来夏の参院選に間に合わせるためには、今国会で改正案を成立させる必要がある。この期に及んでの自民党案提示は、小手先の改革で済ませるために「時間切れ」を狙っているのではないかと勘ぐられても仕方ない。

 本来は、二院制のもとで衆院と参院がどう役割分担をするかという観点から、根本的に議論されなければならない問題だ。

 だが、残された時間は少ない。合区案を含む「座長案」をめぐっては、各会派の間に議論の蓄積もある。ギリギリまで協議を重ね、一票の格差を大幅に縮減する改革案をまとめるべきだ。これほどの投票価値の不平等の上にあぐらをかいて平然としているなら、「国民の代表」を名乗る資格はない。

NPT会議決裂 核兵器の非人道性を訴えたい

 核軍縮・不拡散の体制強化に向けた関係国の合意形成の難しさが改めて露呈した。

 5年に1度の核拡散防止条約(NPT)再検討会議が決裂した。最終文書を採択できなかったのは、2005年の前々回以来である。

 直接の原因は、核を保有するとされるイスラエルを想定した「中東非核地帯構想」に関する国際会議を、来年3月1日までに開くとした最終文書案を巡る対立だ。

 エジプトなど中東の一部の国がこの問題に固執したのに対し、米英などが「独断的な期限だ」と反対し、全会一致による採択が不可能になった。

 対立の構図は10年前と同じだ。190の加盟国が様々な論点で、もっと柔軟に歩み寄らなければ、会議の存在意義が問われる。

 核軍縮を巡る保有国と非保有国の対立も目立った。軍縮の停滞に不満を抱く急進的な非保有国は、核保有を禁じる法的措置や核廃絶の目標期限設定を求めた。

 NPTの空洞化に対する危機感が、新たな法的枠組みを模索する動きに発展したのだろう。

 オバマ米大統領は「核兵器なき世界」を提唱したが、米露は依然、世界の9割を超す計1万5000発以上の核弾頭を保有する。英仏中にも核放棄の動きはない。

 保有国側は、核削減の法的義務や「核兵器不使用」の約束を断固拒否した。核軍縮の機運の低下が懸念される事態だ。

 ただ、核兵器の非人道性への認識が広がった点は前進である。

 日本など159か国の提案を踏まえ、最終文書案に「核使用がもたらす壊滅的な非人道的結果への深い懸念」を明記することで関係国の合意も成立した。

 世界の指導者や若者に広島、長崎への訪問を促す文言が最終文書案から削除された問題では、日本が粘り強く復活を求めた。その結果、被爆者の体験を共有することの重要性を確認する表現で、削除を主張した中国と折り合った。

 被爆地訪問の教育的効果を強調する文言が最終文書案に残ったことは、巻き返しを図った日本外交の一定の成果と言える。

 核保有国である中国が「日本は自らを加害者ではなく、被害者として描こうとしている」などと主張し続けたことは認められない。軍縮協議の場に歴史問題を持ち込むことは筋違いである。

 日本は、北朝鮮の核の脅威とも向き合っている。関係国と緊密に連携し、NPTの実効性強化へ積極的な行動を続けたい。

島サミット 太平洋諸国と戦略的な連携を

 親日的な太平洋の島嶼(とうしょ)国と、戦略的な協力関係を着実に拡大したい。国際社会における日本の発言力も高まろう。

 日本と、パプアニューギニアなど14島嶼国の首脳らが、太平洋・島サミットを福島県いわき市で開いた。3年に1度の会議で、7回目である。

 安倍首相は演説で、防災や地球温暖化対策などに3年間で550億円以上の支援を行う方針を表明した。約4000人の防災専門家らを育成する考えも示した。

 島嶼国は台風や津波の被害を受けやすい。日本は従来、地震計や潮位計、災害警報網の整備、砂浜の再生などを、政府開発援助(ODA)で手がけてきた。

 日本の高い技術力を生かし、きめ細かい支援を重ねるべきだ。

 東日本大震災で大きな被害を受けた福島での開催は意義深い。首脳には、地元産食材を使った料理がふるまわれた。復興のアピールに加え、風評被害の払拭につながることを期待したい。

 日本にとって、島嶼国は資源の宝庫だ。天然ガスなどエネルギーや、鉱物の貴重な輸入元になっている。周辺海域はマグロ、カツオの好漁場でもある。

 採択した首脳宣言は「武力による威嚇、武力の行使に訴えることなく、国際紛争を平和的に解決する重要性」を強調した。名指しを避けつつ、この地域で影響力を拡大する中国を牽制(けんせい)したものだ。

 中国は、14か国中8か国と国交を持ち、港湾などインフラ整備を支援する。中国企業もリゾート開発に乗り出している。巨大な経済圏を目指す「21世紀海上シルクロード」構想の一環とみられる。

 特に、昨年9月の民政復帰まで約8年間軍政が続いたフィジーとの関係強化に力を入れている。

 フィジーは今回、9年ぶりに島サミットに参加した。安倍首相はフィジー首相との会談で、9億円の資金協力を伝えた。同国の民主化を後押ししつつ、連携を強化することが重要である。

 首脳宣言は、日本が目指す国連安全保障理事会の改革について、交渉プロセスに「建設的に関与する」と明記した。改革実現には、国連加盟国の3分の2の賛成が必要である。島嶼国を有力な支持基盤として大切にしたい。

 太平洋地域は先の大戦で激戦地となった。今年4月には天皇、皇后両陛下が戦没者の慰霊のためパラオを訪問された。首脳宣言が掲げた「戦没者遺骨の収容」を加速するには、各国との実務的な協力が欠かせない。

2015年5月23日土曜日

多様な働き方を受け入れる派遣法に

 続けたい仕事なのに、3年たつと変わらなくてはならない――。国会審議が始まった労働者派遣法の改正案では、派遣労働者が困る例が相次ぐ恐れがある。問題はまだあり、期間が30日以内の短期の派遣で働くことは原則禁止のままになっている。

 改正案は派遣で働きたい人の身になって十分考えてはいない。政府・与党に法案修正を求めたい。

 改正案で評価できる点はある。派遣会社に派遣労働者への計画的な教育訓練や、希望があれば能力開発の相談に乗るなどのキャリア形成支援を義務づけたことだ。派遣で働く人の職業能力の向上を促せれば待遇改善につながろう。

 一方で改悪と思える点がある。ソフト開発や広告デザインなど期限を切らずに派遣で働ける専門26業務という区分がなくなり、これらの業務に就いていた人は、派遣会社に無期雇用されないと同じ職場で働けるのが3年までになる。

 同じ仕事を続ける中で技能や専門性を磨きたい人もいるだろう。それを妨げていいのか。短期の派遣の禁止も、家計の足しにと1週間でもいいから働きたいといった主婦らから、その機会を奪う。

 こうした問題を生んでいるのは派遣法が、派遣労働を例外的な働き方と位置づけているためだ。

 改正案では「派遣就業は臨時的かつ一時的なものであることを原則とする」との文言を法律に盛り込む。期間を区切った働き方は不安定で望ましくないという考え方を明確にするということだろう。

 しかし、どんな仕事を選び、どんな働き方をするかは本来、個人の自由だ。より多くの人に就業してもらい、労働力不足を乗り越えるためにも、働き方の選択肢は広げるべきだ。

 自らの意に反して仕方なく派遣で働いている人もいる。正社員になりたい人は希望がかないやすくなるよう、職業訓練を充実させるなど、派遣労働者の雇用の安定化に力を入れることはもちろん重要だ。だが派遣という労働形態に否定的な立場をとり、これを制限することは、働き方の多様化の流れに逆行する。

 安倍内閣は労働時間ではなく成果に対して賃金を払う「脱時間給」制度の導入をめざしている。働く時間が長いほど生産量が増える工場労働が主流でなくなってきたことに対応したものだ。労働者派遣も、時代の変化に合った制度を整える必要がある。

タイは民主的な憲法草案を

 タイの軍事クーデターから1年がたった。タクシン元首相を支持する勢力と反タクシン派の対立が原因で混乱した秩序を再建することに、軍事政権は一定の成果をあげたといえる。4月には戒厳令の解除に踏み切った。

 一方で、軍の実力者でもあるプラユット暫定首相が強大な権限を手にし、メディアへの締め付けなど強権的な動きが目立つ。その割には治安の問題以外の課題への取り組みは力強さを欠いていて、閉塞感さえ感じられる。

 治安が改善されたあとも軍政に存在意義があるとすれば、党派対立が再燃して政治と社会が再び混乱しないよう「国民和解」を進め、持続的な経済成長の足場となる改革を断行することだろう。

 インラック元首相に対する刑事訴追など、タクシン派への圧迫が目立つのは気がかりだ。党派対立をかえって根深いものにし、「国民和解」を遠のかせることになりかねない。批判的な意見も含め広く民意をくみ取るべきだ。

 党派対立の根っこにある格差の是正に、軍政は精力を傾ける必要がある。実効性のある資産課税などが求められている。

 何より大切なのは、民政に復帰するための取り組みを着実に進めることだ。その前提となる新憲法の草案は起草作業が進んでいるが、4月に明らかになった第1次草案は「内容が民主的ではない」と批判を浴びている。

 議員でなくても首相になることができるとの条項や、非民選議員中心の上院の権限を強化する条項などが、問題視されている。

 批判を踏まえて軍政は、草案を国民投票にかける方針を決めた。ただ、否決されると民政復帰はますます遅れかねない。そうならないよう、民主的な内容に改める作業を急ぐべきだ。

 景気が停滞色を強めているのは、インラック政権時代のばらまき的な政策の反動という面がある。持続的な成長の基盤を整えるうえで、ばらまき路線からの脱却と構造改革が求められている。

IS事件検証―再発防止に資するのか

 非道な国際犯罪の犠牲を防ぐ観点からは、極めて不十分だと言わざるを得ない。

 政府は、過激派組織「イスラム国」(IS)による邦人人質事件への対応を検証した報告書を公表した。

 首相官邸や外務省、警察庁などの担当者による検証に有識者の意見が加味された報告書は、「政府による判断や措置に人質の救出の可能性を損ねるような誤りがあったとは言えない」と結論づけた。

 ただ、結論にいたるまでの個別対応の詳細は明らかにされていない。被害者のプライバシーや、他国との情報交換の中身を明かすことができない事情はあるだろう。それでも、45ページの報告書の記述はあまりに抽象的だ。これを読む限りでは、結論の当否を判断することはできず、責任のありかも不明だ。

 その最たるところが国会でも問題になった1月17日の安倍首相のカイロでの演説だ。

 首相は「ISIL(ISの別称)と闘う周辺各国を支援する」と述べ、難民支援などに2億ドルの拠出を表明。ISは20日、これを批判し、2億ドルを要求する映像を公開した。

 報告書は「スピーチの案文については、様々な観点から検討した」としたうえで、「ISは自らに都合よく様々な主張を行うが、スピーチの内容・表現には問題がなかった」と結論づけている。

 政府はこの時点で、ISが2人の邦人を拘束している可能性は「排除されない」との認識だったという。確かにISの脅迫は事実をねじ曲げた言いがかりだ。とはいえ、首相がISを名指ししたことへのリアクションをどこまで検討したのか、問題がないと判断した根拠は何だったのかは全く不明確だ。

 安倍首相ら多くの政治家がかかわった事件である。有識者を交えても、官僚による検証には限界がある。また、報告には米国の対テロ戦争支援以来の日本と中東の関係についての歴史的な考察も欠けている。

 これらの点を補うためにも、国会による検証内容の精査は不可欠だ。秘密保全の手立てを講じてでも、もっと詳細な情報を明らかにすべきだ。

 気がかりなのは、報告がこれからの検討課題として、情報収集・分析能力の強化とともに、危険地域への渡航の抑制を挙げていることだ。

 無謀な渡航はもちろん慎まなければならない。ただ、民間による報道や人道支援には意義がある。おしなべて規制する方向に進むべきではない。

中国の弾圧―人権弁護士を釈放せよ

 中国の良心的弁護士として知られる北京在住の浦志強さん(50)が今月、中国当局に起訴された。不当な措置であり、ただちに釈放するよう求める。

 罪名は「民族怨恨(えんこん)扇動罪」と「騒動挑発罪」だという。当局が問題視したのは、ブログの書き込みとされる。

 浦さんは中国内陸部の少数民族ウイグル族向けの政策について「新疆ウイグル自治区を植民地と見なしている」と批判したり、中国による尖閣諸島領有権の主張に「無理がある」と疑いを差し挟んだりした。

 中国にも憲法上、言論の自由がある。罪に問われるのはおかしいと疑問視する声が中国の国内からも出ている。当局は最初から浦さんの活動を阻むのが狙いだった、とみるほかない。

 浦さんは、裁判抜きで行政機関が市民を拘束、長期労働させる「労働矯正制度」の問題を訴え続け、13年に制度廃止を実現させた功績で知られる。

 言論人への弾圧事件では弁護人を買って出ており、言論の自由の大切さを深く理解している。多くの人々の人権を改善するため力を尽くした代表的な人物と言っていい。浦さんへの迫害は、中国の市民社会に対する打撃でもある。

 拘束は昨年5月初めだった。天安門事件から25年を迎えて、十数人で集まった私的会合の直後に捕まった。それから1年以上、起訴前の身柄拘束が続いたこと自体が異常だ。

 今月初め、米国務省が早期釈放を求めたところ、中国外務省は内政干渉であると反論した。しかし、どの国であれ、これほどの人権の侵害に関心を寄せるのは当然だ。アムネスティ・インターナショナルなどの国際人権組織が昨年から釈放を求める声明を出しているほか、日本からも、浦さんを心配する中国研究者らが声を上げている。

 同時期に身柄を拘束されたベテラン記者、高瑜さんに対しては先月、共産党中央の文書を外部に漏らしたとして懲役7年の判決が下された。昨年9月にはウイグル族の穏健派の学者、イリハム・トフティさんが国家分裂罪で無期懲役となった。

 習近平(シーチンピン)政権のもとで、知識人、メディア関係者、弁護士らへの弾圧の厳しさは明らかに過去の政権を上回る。

 習政権は昨年10月、全面的な司法改革の方針を打ち出した。だが、実態は、司法の独立による健全な法治とは正反対であり、党中央の意思をより忠実に反映させる司法を強める流れでしかない。浦さんの事件は、その現実を証明している。

軽減税率 対象の線引きは分かりやすく

 自民、公明両党の与党税制協議会が、消費税の軽減税率導入に関する議論を再開した。

 低い税率を適用する食品の範囲について、両党はこれまでの8案を、「酒類を除く飲食料品」「生鮮食品」「精米のみ」の3案に絞って検討していく方針を確認した。

 選択肢が多すぎると、議論が拡散し、意見集約が難しくなる恐れがある。3案をベースに具体論を深めるのは妥当だろう。

 財務省の試算によると、3案のうち、酒類を除く飲食料品は最も対象範囲が広く、消費税率1%あたりの減収額も6600億円と大きい。一方、精米のみでは200億円にとどまり、消費者負担を軽減する効果は限られる。

 消費を下支えする狙いや、厳しい財政事情を勘案すれば、減収額が1700億円と中間に位置する生鮮食品を軸に検討を進めることが、最も現実的だろう。

 ただ、生鮮食品の場合は、具体的な線引きが難しい。例えば塩ザケや生ハムなど、生鮮食品と加工食品のどちらなのか、即断できない品目は多い。消費者や商店が混乱しないよう、分かりやすい基準作りが求められる。

 2014年4月に消費税率を8%に引き上げた後、消費の低迷が長引き、14年度は5年ぶりのマイナス成長に落ち込んだ。政府は低所得者に原則1万円の給付金を支給したが、効果は乏しかった。

 軽減税率は対象品を買うたびにメリットを受けられる。政策効果の持続性の点でも、給付金より軽減税率の方が優れている。

 高齢化で膨張する社会保障費を賄うため、いずれ消費税率を10%超に上げることも視野に入ろう。家計に過大な税負担を強いることのないよう、軽減税率の枠組みを早期に整備することが重要だ。

 自民、公明両党で調整を要する点も少なくない。

 公明党は、17年4月の「消費税率10%」と同時に、軽減税率を導入すべきだと主張している。だが、自民党内には同時導入にこだわらないとする声もある。

 両党は昨年の衆院選後の連立政権合意で、軽減税率について「17年度からの導入を目指す」ことを明記した。同時導入で足並みをそろえるのが筋だ。

 軽減税率の円滑な導入には一定の準備期間が要る。今秋には詳細な制度設計を終えたい。

 欧州では大半の国が、新聞や書籍に軽減税率を適用している。民主主義や活字文化を支えるため、日本でも対象とすべきだ。

人質事件検証 情報収集分析の人材養成急げ

 日本人が海外でテロに巻き込まれることは、もう珍しくない。今回の検証を今後の対策に着実に生かすことが肝要だ。

 過激派組織「イスラム国」による日本人人質事件に関する政府の検証委員会の報告書が公表された。後藤健二さんら2人の救出に向けた政府の判断や対応について、「誤りがあったとは言えない」と結論づけている。

 人質の「救出が極めて困難なケース」だったとも総括した。

 「イスラム国」は残虐で狂信的な暴力集団だ。政府が「テロに屈しない」姿勢を堅持する中、人質救出のためにできることが相当限られていたのは事実である。

 報告書は、内閣官房高官らで構成する検証委の評価が中心で、自己弁護の表現も目立つ。一方で、有識者の意見も併記している。

 「『イスラム国』と闘う周辺国」への人道支援を含む安倍首相の中東演説の内容や表現に関して、「問題はなかった」と明記した。

 有識者からは、「イスラム国」の「脅迫の口実とされた」として「対外的発信には十分に注意する必要がある」との指摘が出た。

 日本がシリア周辺国などを支援し、「イスラム国」包囲網の一翼を担うことは、国際社会の一員として当然の責務である。

 無論、対外発信には細心の注意が求められるが、過激派組織の出方を慮おもんぱかって過剰に萎縮するようでは、「テロに弱い国」とみなされ、かえって標的にされかねない。

 報告書は、今後の課題として、「言語・宗教・現地情勢等に精通した専門家の育成・活用」や「情報の収集・集約・分析能力の一層の強化」を挙げている。

 近年は、中東や周辺でのテロが相次ぐ。アラビア語やトルコ語に通じ、中東に詳しい人材の養成に優先的に取り組む必要がある。

 他国の情報機関と渡り合える専門家を給与、役職などで処遇し、戦略的に育成すべきだ。機密は、ギブ・アンド・テイクが原則である。関係国にとって、情報提供に値する国にならねばなるまい。

 海外で日本人がテロ被害に遭う度に情報力強化が叫ばれるが、やがて忘れられる。そんなパターンを断ち切ることが大切である。

 事件の未然防止のため、危険地域への無謀な渡航を制限する方法についても、検討が必要だ。

 報告書は、関係者との信頼関係維持のため、人質解放の具体的な交渉内容に言及しなかった。テロ対策や安全保障への国民の理解を広げるには、もう一歩踏み込んだ検証内容の公開が欠かせない。

2015年5月22日金曜日

民の知恵で農地の集約促せ

 高齢化によって放置される農地などを集約し、日本の農業競争力を高める政策が進んでいない。

 政府は昨年、都道府県ごとに農地の中間管理機構(農地バンク)を発足させた。耕作放棄地の発生を抑え、規模拡大をめざす専業農家や農業法人、企業などが農地を確保しやすくするのが狙いだ。

 しかし、農林水産省が発表した初年度の利用実績は賃借と売却を合わせて3万1千ヘクタールと、毎年の目標とする14万ヘクタールの2割にすぎなかった。農地バンクは安倍政権が打ち出した農業改革の柱のひとつである。関連予算としてすでに900億円強を投入したのだから、もっと有効に機能させるべきだ。

 新たに農業に参入しようとする企業や、規模拡大をすすめる農業法人を中心に、農地の需要は全国で23万ヘクタールもある。問題はこうした需要に見合う農地の供給が確保できていないことだ。

 高齢化で農作業が難しくなってきても、農地を貸し出すことに不安を感じる農家は多い。まず農地バンクが自らの役割をよく説明することで不安を取り除き、農地の供給を掘り起こす必要がある。

 熊本県は農地の貸し出しを促すため、原則10年以上としていた貸出期間を5年でも可能にし、賃借料の支払いもコメなどの物納でできるようにした。都道府県ごとにこうした工夫を進めてほしい。

 農水省が実施した調査では、農地バンクの役員には県庁の元職員や農業協同組合関係者が多く、制度が求める企業経営者など「民間の知恵」の活用が進んでいないことも明らかになった。

 農地バンクの役割は農地の貸し出しを促しながら、やる気のある担い手とうまく組み合わせることにある。そこに民間企業のノウハウをいかしてもらいたい。

 公共事業による買い上げなどを期待して農地を抱え込む所有者も少なくない。転売目的の保有をなくすには、政府が検討する耕作放棄地に対する固定資産税の課税強化も有効だろう。貴重な農地は農業のためにいかされるべきだ。

参院は1票の格差是正へ合区に踏み切れ

 参院の1票の格差の是正策を話し合う与野党の協議会で、自民党は選挙区のあり方について「都道府県単位をできるだけ維持する」との考えを示した。これでは格差はほとんど縮まらない。選挙区の合区に踏み切るべきだ。

 最高裁は1票の格差について、2010年の参院選の最大5倍、13年の同4.77倍のいずれも違憲状態と判断した。過去には5倍超でも合憲としていたが、時代の変化により許容範囲を狭めた。

 にもかかわらず自民党の危機感は乏しい。溝手顕正参院議員会長は協議会で、北海道、東京、兵庫の定数を2つずつ増やし、宮城、新潟、長野で2つずつ減らす6増6減案が「中心になる」と説明した。最大格差は4.31倍である。

 わずか0.46ポイントの格差縮小で最高裁が合憲判決を出すとは思えない。東京を2分割するなどして格差を1.89倍にする民主党案などと比べると、自民党のやる気のなさが目立つ。

 自民党が合区を嫌がる最大の理由は、議席が減る可能性が高いからだ。合区の有力候補と目される鳥取・島根、徳島・高知、佐賀・長崎などの1人区のほとんどは自民党が議席を占めている。

 他方、6増6減案をみると、削減対象である3つの2人区の2議席目で当選した6議員のうち、自民党所属は1人だけだ。大した格差削減効果もない6増6減案にこだわる背景に、党利党略があるとみられてもしかたあるまい。

 安倍政権は来年の参院選で自民党の議席を増やし、憲法改正に必要な3分の2超の議席を改憲勢力で占めることを目指している。

 改憲の是非は有権者が判断することだが、3分の2超を占めたのは自民党に有利な選挙制度だったからといった批判が出ると、憲法論議が脇道にそれかねない。

 選挙制度改革はすべての政党がほぼ等しく痛みを分かち合うべきものだ。自民党のいいとこ取りは許されない。

 最高裁は判決で都道府県単位にこだわる必要はないとの判断を示した。1票の格差を大幅に縮めるには合区しかないというのは、自民党以外の与野党におおむね共通のコンセンサスである。ブロック制への移行を訴えてきた公明党も合区に理解を示した。

 あとは自民党次第だ。いつまでも党内がまとまらなければ、総裁である安倍晋三首相のかなえの軽重が問われる。

イルカ漁―国際理解へ努力重ねよ

 「追い込み漁」は、イルカを生きたまま捕まえる伝統的な漁法だ。日本では和歌山県太地町で行われている。

 その追い込み漁で捕まえたイルカを今後購入しないと、日本動物園水族館協会が決めた。世界動物園水族館協会から「追い込み漁は残酷」と非難され、世界協会の会員資格の停止を突きつけられての方針転換である。

 日本協会の新方針は、加盟する約150の動物園と水族館の投票で決まった。世界協会のネットワークからはじかれると希少動物の確保が難しくなる。日本協会の会員のうち、イルカを飼育する水族館は5分の1強にとどまる。そんな事情が投票結果につながったようだ。

 日本協会は「追い込み漁を否定しているわけではない。どこが残酷なのか、世界協会からは回答がないままだ」と言う。ただ、海外を中心にイルカ漁に厳しい目が向けられているのも事実だ。新方針に沿った対応を急がねばならない。

 まず、イルカの人工繁殖に本格的に取り組むこと。そして、官民あげてイルカ漁に理解を得る努力を重ねることだ。

 イルカの捕獲が禁止されている米国では、水族館のイルカの7割が人工繁殖だが、日本は1割余。日本協会も「購入しやすい分、人工繁殖の努力が足りなかったかもしれない」と話す。

 イルカの寿命は長く、人工繁殖に切り替える時間はありそうだ。ただ、専用の設備などに費用がかさむため、小さな水族館では取り組みが難しい。実績のある水族館を中心に連携し、行政も支援を考えてほしい。

 2年ほど前の統計によると、日本からは年間100頭近いイルカが輸出されており、その多くは飼育用と見られる。国内の水族館による購入頭数の5倍前後だ。漁業者の協力を得て、輸出も控えていくべきだろう。

 世界協会の強硬姿勢の背景には、国際的な反捕鯨団体の働きかけがある。イルカとクジラは生物学的に違いはなく、太地町のイルカ漁も沿岸小型捕鯨とともに反対運動に直面してきた。

 これらの小型鯨類漁業は国際捕鯨委員会の規制の枠外にあるが、国や県が関与して捕獲数を制限し、種の保存に努めている。地域の歴史や文化、生活と結びついていることと合わせて、粘り強く訴えていきたい。

 欧米では、野生の生物を捕まえて飼い、ショーをすることを否定する動きが広がりつつあるという。動物園や水族館が生物保護の拠点としての役割を強め、伝統的な生業には理解を求める。そんな戦略が必要だ。

国立競技場―甘すぎた構想、猛省を

 お粗末と言うしかない。

 文科省が、2020年東京五輪・パラリンピックの主会場となる新国立競技場の計画を見直す方針を明らかにした。

 目玉だった可動式屋根の設置を大会後まで先延ばしし、陸上トラックにせり出す形の可動式のスタンド1万5千席を、仮設に変える。

 工期と建設費の見積もりの甘さが、修正を招いた原因だ。

 昨今の資材費、人件費の高騰を考えれば、総工費1625億円が実情にあわないのは想像がついたはずだ。計画に反対する建築家から見通しの甘さを指摘されていたのに、文科省傘下の独立行政法人、日本スポーツ振興センター(JSC)は放置してきた。その責任は重い。

 しかし、もはや建物のデザインを一からやり直す余裕はない。19年のラグビー・ワールドカップに間に合わせる計画は今も維持しているから、時間はあと4年しかない。

 現計画を土台にしつつ、見直せる部分の洗い出しを急ぐべきだ。まず、開閉式屋根だ。文科省は五輪後に造る方針だが、本当に必要か。スポーツ行事は原則、屋根をあけて開かれる。日照を遮り、風通しも悪くする屋根は、芝生にはマイナスだ。

 それでも文科省が屋根にこだわるのは、スポーツ行事だけでは赤字になるため、収益性の高いコンサートを開くためだ。これまで近隣への騒音の配慮からコンサートは年数日に制約されていたが、屋根が遮音装置になることで年12日まで増やす。

 ただ、それでも年間の収入は6億円。35億円の維持費を賄うまでにはいかない。年間700万円のVIPルームなどで約20億円の収入を見込むが、どれだけ需要があるか、疑問が残る。

 総工費、そして後利用の維持費はどれほどかかるのか。バラ色の未来図を描き、五輪の後は「負の遺産」になる悲劇は避けたい。長期的な構想を考えて、工期がもっと必要となれば、ラグビーは別の場所に変えることも選択肢に含むべきだろう。

 競技場の改築費にはすでにスポーツくじの売り上げの5%が充てられ、さらに10%にする法改正が検討されている。文科省はJSCが運用するスポーツ振興基金を取り崩し、政府出資の半分にあたる125億円を充てる。スポーツの振興に使うべきお金が、ハコモノに消えるのは場当たり的に過ぎる。

 巨額の税金が投入されるナショナルスタジアムに、国民の合意、共感は欠かせない。今回のずさんな顚末(てんまつ)を猛省し、改めて開かれた議論を深めるべきだ。

イルカ伝統漁 国際的圧力に屈した組織残留

 世界中の希少な生き物を間近に見られる水族館や動物園を維持していくには、やむを得ない選択だったと言える。

 世界動物園水族館協会から、追い込み漁で捕獲したイルカを購入しないよう迫られた日本動物園水族館協会(JAZA)が、その要求を受け入れ、世界協会傘下にとどまることを決めた。世界協会は決定を歓迎している。

 JAZAは先月、倫理規定に反するとして、世界協会の会員資格を停止された。イルカを追い込み漁で入手し続ければ、除名するとも通告されていた。

 追い込み漁は和歌山県太地町で行われている伝統的漁法だ。金属音を鳴らして群れを湾内に追い込み、網を張って捕獲する。6年前に公開された米映画「ザ・コーヴ」の題材となり、イルカがかわいそうだという印象を残した。

 世界協会の要求には、追い込み漁を批判する反捕鯨団体などの主張が色濃く反映されている。日本独自の文化を全く顧みず、漁法のどのような面が残酷なのかを具体的に説明しない世界協会の一方的な姿勢は、極めて問題である。

 だが、除名された場合に、JAZAの多数を占める動物園が受ける不利益は大きい。海外の動物園から希少動物を借り受け、繁殖させるといった事業が立ち行かなくなる恐れがある。

 国際的圧力の中で、JAZAにとっては、各施設の運営継続を優先した苦渋の判断だった。

 JAZA加盟の約30の水族館がイルカを飼育している。その多くが太地町から調達したものだ。

 今後は、水族館で繁殖させることが重要になる。米国では、水族館生まれのイルカが7割を占めるのに対し、日本は1割余りにとどまる。研究機関と協力し、繁殖技術を確立する必要がある。

 繁殖には専用プールなどの整備も不可欠だ。自前で取り組むのが難しい中小の水族館に、大型施設で繁殖させたイルカを分配するなど、連携の強化が求められる。

 今回の問題により、追い込み漁ができなくなるわけではない。世界協会に加盟していない中国などの水族館や、JAZAに未加盟の国内の施設は、今後も捕獲したイルカを購入するだろう。

 追い込み漁は、政府による資源管理の下で、合法的に実施されている。菅官房長官は「資源の持続的な利用について、丁寧に説明していきたい」と述べた。

 鯨類に関する日本の伝統文化について、国際社会の理解を得る努力を続けていかねばならない。

東芝不適切会計 株下落招いた情報開示の遅れ

 日本を代表する大企業として、あまりにお粗末な対応ではないか。

 東芝が過去のインフラ工事を巡り、不適切な会計処理を行っていた問題である。

 4月上旬の発覚を受け、東芝は社内調査に着手した。その後、グループ会社を含め、今年3月期決算の発表を延期した。詳細な説明がないまま、業績悪化への懸念が強まり、東芝株は急落した。

 田中久雄社長が初めて記者会見を開き、弁護士などの第三者委員会で全容解明を急ぐ方針を発表するまで、1か月以上も要した。

 投資家への情報開示という上場企業の大切な責務を、適切に果たしたとは言えまい。

 東芝は、第三者委に対する情報提供などで、調査の円滑な進行に全面協力しなければならない。

 問題となったのは、長期にわたる工事の進捗(しんちょく)に応じて売り上げや費用を計上する「工事進行基準」に基づく会計処理の扱いだ。

 発電や鉄道関連などインフラ関連の3部門で、費用が実態より過少に見積もられ、決算計上されていた。本業のもうけを示す営業利益は、2012年3月期から3年間の合計で約500億円もかさ上げされていたという。

 田中社長は「他の事業にも同様の可能性がある」と説明しており、不適切な会計処理が、幅広く行われていた恐れもある。他の部門や関連会社を含め、徹底した調査が求められる。

 東芝は原因について、各部門が収益目標を重視するあまり、会計処理の妥当性を十分検証しなかったためだと説明し、役員報酬の一部返上を決めた。

 決算の粉飾や、会社ぐるみの会計操作は行われていなかったか。第三者委は、しっかりメスを入れてもらいたい。悪質な損失隠しなどがなかったとしても、ノルマ優先の社内風土が会計処理をゆがめていたとすれば、問題だ。

 工事進行基準の会計処理を巡っては、07年に重機大手のIHIでも同様の問題が起きた。営業赤字に決算修正する直前に公募増資をしていたこともあり、金融庁は金融商品取引法に違反していたとして課徴金16億円を科した。

 今回、明るみに出たきっかけは、証券取引等監視委員会に対する関係者の通報だ。東芝社内で業務の適正さをチェックする内部統制や会計監査が、十分に機能していなかったと言わざるを得ない。

 市場の信頼回復には、原因を厳しく究明し、実効性のある再発防止策を打ち出す必要がある。

2015年5月21日木曜日

好循環促し中長期の成長基盤を固めたい

 内閣府が発表した今年1~3月期の国内総生産(GDP)は、物価変動の影響を除いた実質で前期比0.6%増、年率換算で2.4%増となった。

 日本経済の実力とされる1%未満の潜在成長率はもちろん、実質で年率1%台半ばという民間予測をも上回る結果となった。

 中身は数字の印象ほど強くない。GDP統計では、在庫が増えると成長率を押し上げ、逆に在庫が減ると押し下げる。今回の1~3月期の年率2.4%の成長のうち、在庫の変動だけで2%分も押し上げられた。

 国内の需要低迷で在庫が大きく積み上がっているわけではない。ただ、GDP統計をかく乱しやすい在庫に大きく依存した高成長は、ひとまず「追い風参考記録」程度に考えるべきだ。

 好材料は、設備投資や住宅投資が4四半期ぶりに増えたことだ。雇用者報酬の増加を背景に、個人消費も底堅く推移している。

 景気は昨年4月の消費税増税後に大きく落ち込んだものの、2四半期連続でプラス成長となった点は民需主導で緩やかな回復が続いていると評価できる。

 大事なことは四半期ごとのGDPに一喜一憂せず、日本経済再生とデフレ脱却に向けた中長期の成長基盤をしっかり固めることだ。

 企業収益は過去最高を更新している。企業が賃上げや配当増加を通じて家計への還元を増やせば個人消費を押し上げ、さらに企業収益や個人消費が増えるという好循環を実現しやすくなる。

 甘利明経済財政・再生相は「設備投資にはまだ弱さがみられる」と語った。企業経営者が弱気の心理を払拭し「攻めの投資」に打って出るかが試される局面だ。

 政府はそのための環境を整える責任がある。大詰めを迎えている環太平洋経済連携協定(TPP)交渉を早期に妥結させるとともに、労働や医療などの規制改革を着実に実施していくべきだ。

 内閣府は製品、仕掛かり品、原材料、流通という4種類の在庫の計数を初めて開示した。これまでは在庫の推計の難しさが、民間のGDP予測が大きく外れる一因となっていた。

 予測と実績の食い違いが市場を大きく混乱させるといった不確実性を減らす一歩として、妥当な対応だ。これにとどまらず、GDP統計の精度を高めるための不断の努力を政府に求めたい。

自衛隊の活動域さらに詰めよ

 安倍晋三首相と野党代表による党首討論が約1年ぶりに開かれ、安保法制を巡る国会攻防が始まった。日本の針路にかかわる重大な局面である。専門用語を振りかざさず、与野党は有権者にわかりやすい論戦を心がけてもらいたい。

 討論で首相は集団的自衛権の行使はあくまで限定的であり、「武力行使や戦闘行為の目的を持って他国の領土・領海に入ることは許されない」などと踏み込んだ答弁をした。

 自衛隊の活動領域が際限なく広がるのではないかと懸念する声は少なくない。今回の法整備で何をどれだけ何のために広げるのか。より詳細な説明をすべきだ。

 民主党の岡田克也代表は法案の書きぶりからは相手国の領土・領海への攻撃は可能と読めると指摘し、首相発言に沿った歯止めを書き足す法案修正を迫った。

 審議を進めるにつれ、ほかにもさまざまな論点が出てこよう。野党も頭ごなしに法案を否定するのではなく、よりよい日本の安保環境を生み出すための知恵を出すべきだ。必要であれば与野党で法案の修正協議をすればよい。

 維新の党の松野頼久代表は1990年代に国連平和維持活動(PKO)法をつくった際、国会の会期をまたいで審議した例を挙げ、安保法案の今国会中の採決は好ましくないと訴えた。

 論戦はまだ入り口である。採決時期は法案審議の深まり具合によっておのずと見えてくるはずだ。

 この日の論戦では「戦闘現場以外」と「非戦闘地域」はどう違うのか、といった一般人にはなかなか理解が難しい議論もあった。党首討論は国の将来像を論じ、法案の細部は特別委員会で安保に詳しい議員が詰める。うまく役割分担して議論を前に進めてほしい。

 そのためには党首討論が年1回では困る。原則として毎月開催との与野党申し合わせがあるにもかかわらず、めったに開かれないのはどうしたことか。後半国会では党首たちが繰り返し真剣勝負を展開することを期待する。

党首討論―不誠実な首相の答弁

 この国会初の党首討論で際立ったのは、安全保障に関する質問の本質をはぐらかす安倍首相の不誠実な答弁だった。

 与党は安全保障関連法案の審議入りを急ぎ、夏までに成立させる方針だ。だが、首相が通り一遍の答弁を繰り返すばかりでは、安保政策の歴史的転換への国民の不安は募るばかりだ。

 徹底審議によって問題点を明らかにする国会の責務は、ますます重くなったと言える。

 質問に立ったのは民主・岡田代表、維新・松野代表、共産・志位委員長の3人だ。

 岡田氏は、米軍などへの後方支援で自衛隊のリスクは高まるのではないか▽新要件のもと自衛隊が集団的自衛権を行使すれば、その活動は相手国の領域にも及ばないか▽首相は米国の戦争に巻き込まれることは「絶対にあり得ない」と言ったが、本当にそう言えるのか――の3点をただした。

 一連の政策転換の中でも、多くの国民がとりわけ不安を感じているところでもある。

 これに対する首相の答弁はまったく不十分だった。

 首相は、「安全が確保されている場所で後方支援を行う」「他国の領土に戦闘行動を目的に自衛隊を上陸させて武力行使をさせることはない」などと繰り返した。

 首相はまた、「過去の日本の戦争は間違った戦争との認識があるか」という共産・志位氏の問いにも直接は答えなかった。志位氏は「戦争の善悪の判断ができない首相に戦争法案を出す資格はない」と批判した。

 首相の答弁は、これまで記者会見などで述べてきた見解をなぞったものだ。官僚が用意した想定問答の範囲内なのだろう。紛争の現場では想定外の事態は当然起きるのに、そうしたリスクを考慮して答弁していてはとても審議は乗り切れないと考えているように見える。

 しかし、そうした姿勢では説得力は決して生まれない。「巻き込まれは絶対にあり得ない」との先の首相発言に対し、朝日新聞の世論調査では68%が「納得できない」と答えていることからもそれは明らかだ。

 きのうの討論では、集団的自衛権からPKOまで多岐にわたる論点のすべてを取り上げることはできなかった。

 維新・松野氏は、いまの国会にこだわらず、何回かの国会にまたがる慎重審議を求めた。当然の要求である。

 国民の理解を得ることなしに一連の法案を通すことは絶対にできない。時間をかけた誠実な審議は欠かせない。

伊方原発―見切り発車はだめだ

 四国電力伊方(いかた)原発3号機(愛媛県伊方町)について、原子力規制委員会が新規制基準に適合しているとの審査書案をまとめた。九州電力川内(せんだい)原発、関西電力高浜原発に次ぐ3例目だ。

 今後、審査書が正式決定されれば、再稼働に近づく。

 伊方3号機は東京電力福島第一原発と違い、加圧水型だ。運転開始も94年と国内では新しい世代で、新基準にも比較的対応しやすいとみられてきた。

 だが川内や高浜と同様、基準をクリアしても、取り組むべき課題は残っている。

 一つは住民の避難計画だ。

 伊方原発は海に突き出た佐田岬半島の付け根にある。原発事故で放射線が漏れた場合、半島部の住民約5千人が孤立する恐れがある。県の避難計画では、船で県内か対岸の大分県へ向かうことになる。

 大分への定期船だと避難完了に16時間半かかる。自衛隊などの船を使えば4時間半で済むというが、津波がくればどうするのかなど、住民の不安は強い。県が主導して、計画の実効性をより高めていく必要がある。

 再稼働に対する地元同意もこれからだ。

 同意の根拠となる安全協定を四国電力と結んでいるのは愛媛県と伊方町だけだ。しかし避難計画づくりが義務づけられている30キロ圏内にはほかに愛媛県の6市町と山口県上関町が入る。

 同意対象を立地自治体のみにせず、少なくとも30キロ圏の自治体の意見を反映させる仕組みを四電と愛媛県は考えるべきだ。

 規制委の審査では、原発の北約8キロにある国内最大級の活断層「中央構造線断層帯」での地震対策が焦点となった。四電は基準地震動を引き上げて耐震策を強化したが、専門家から「想定が甘い」という声も出る。

 耐震設計の基礎となる基準地震動の妥当性は、高浜と川内に対する福井、鹿児島両地裁の判断が異なったように難しい問題だ。四電は規制委が了承したとしても、今の想定で本当に大丈夫なのか、新たな知見を取り入れることを怠ってはならない。

 福島原発事故前、原発依存度が4割を超えていた四電は原発の全停止を受け、一昨年、料金を値上げした。経営を安定させるため、既存の原発を活用したいという姿勢は否定しない。

 だが事故後の社会環境の変化を考えれば、再稼働はあくまで将来的な「原発ゼロ」への一時的な選択肢と考えるべきだ。

 四国は原発なしでも供給力に比較的余裕がある。四電と国、自治体は時間を惜しまず、課題の解決に努めるべきだ。

党首討論 抑止力向上の議論を深めたい

 日本の平和と安全を確保するため、いかに抑止力を高めるのか。今国会初の党首討論では、建設的な論戦が展開されたとは言い難い。残念だ。

 民主党の岡田代表は、安全保障関連法案の集団的自衛権の行使について「(外国の)領土・領海・領空で行わないのか。法制上はできるのではないか」と質(ただ)した。

 安倍首相は、「海外派兵は行わない。外国の領土に上陸し、戦闘作戦行動を目的に武力行使を行うことはしない。大規模な空爆を行うこともない」と強調した。

 集団的自衛権の行使は、国民の権利が根底から覆される明白な危険がある「存立危機事態」に限定される。さらに、武力行使は必要最小限度にとどまる。

 岡田氏は、どんな事態を想定し、他国での武力行使があり得ると考えているのか、分かりづらい。一方で、首相も、岡田氏の質問に正面から答えておらず、議論はかみ合わないままだった。

 集団的自衛権の行使を可能にすることは、日米同盟の抑止力を強化し、紛争の未然防止に役立つ。首相には、その意義を丁寧に説明する姿勢が求められる。

 米軍などへの自衛隊の後方支援の拡大も議論になった。法案は、従来の「非戦闘地域」に限らず、現に戦闘が行われている現場以外での活動を可能にした。

 岡田氏は「自衛隊が戦闘に巻き込まれるリスクが飛躍的に高まる」と主張した。首相は「戦闘が起こった時は、部隊の責任者の判断で一時休止する」などと説明し、安全は確保されると反論した。

 昨年7月の新政府見解は、「戦闘現場」以外での後方支援を可能とする憲法解釈を打ち出した。法案はこの解釈に沿ったものだ。

 実際の自衛隊の活動地域は、政府が現地情勢などを総合的に勘案して決定し、国会の承認を得る。法律上可能な活動をすべて実施するわけではない。国民の不安をあおるような議論は避けたい。

 維新の党の松野代表は、「何でも反対の野党を作るつもりはない」と言明した。首相が進める憲法改正について、「胸襟を開いて話し合おう」とも呼びかけた。

 政権とは政策ごとに是々非々の関係を築き、前向きな論争を深める。維新の党は、民主党とは一味違う野党の路線を貫くべきだ。

 党首討論の開催は、昨年6月以来だ。原則、党首討論の毎月開催という合意は守られていない。

 党首討論を増やすとともに、より聞き応えのある議論になるよう各党首の努力が欠かせない。

GDP連続増加 攻める企業の背中を押そう

 景気の緩やかな回復基調を、民需主導の本格的な成長につなげたい。

 今年1~3月期の実質国内総生産(GDP)速報値は、前期比0・6%増、年率換算で2・4%増と、2四半期連続でプラス成長になった。

 個人消費が3期連続で伸びた。設備投資と住宅投資も4期ぶりに増加に転じた。民間の内需がそろって復調したのは心強い。

 ただ、商品などの在庫増加が、GDPを押し上げている面もある。積み上がった在庫を円滑に解消しないと、生産の抑制につながる恐れがあろう。

 輸出は3期連続で増えたが、伸び率は縮小した。中国など海外経済の減速にも警戒が必要だ。

 GDPの6割を占める個人消費の先行きが、安定成長を実現できるかどうかのカギとなる。

 消費は昨年4月の消費税率引き上げ後に急減し、その後の回復は依然として緩やかだ。円安で食料品などの輸入価格が上がり、消費者の負担感は増している。

 家計の根強い節約志向を払拭するには、購買力の源泉である賃金や所得を、着実に増やしていくことが欠かせない。

 経団連のまとめによると、今春闘の賃上げ率は2・6%と、21年ぶりの高水準だった。連合の集計では、中小企業の賃金も昨年を超える伸びとなった。

 家計の多くが、春闘による収入増を実感できるのは、これからだろう。賃金上昇をテコに消費が活発化し、企業業績を一段と押し上げる「好循環」の歯車が回り始めることを期待したい。

 消費と並ぶ内需の柱の設備投資も、ようやく上向いた。だが、その勢いは緩慢である。

 業績は好調だが、円安や原油安など良好な事業環境がいつまで続くか見通せない。海外景気の不透明感も強まっている。そうした理由で「攻めの経営」にかじを切れない企業も多いとみられる。

 だが、手をこまぬいていては、厳しい国際競争や人口減少の荒波は乗り切れまい。人手不足が事業拡大の足かせになるという、新たな課題も顕在化してきた。

 生産性を高める省力化投資や、成長分野への転換を目指す新規投資の必要性は増している。

 甘利経済再生相は、リスクを取って成長に挑む企業に関し、「背中をしっかり押していく。手立てを検討したい」と述べた。

 新規参入を阻む規制の撤廃をはじめ、事業機会の拡大につながる具体策を急がねばならない。

2015年5月20日水曜日

南シナ海の安定脅かす中国の埋め立て

 中国が南シナ海の南沙(英語名スプラトリー)諸島で岩礁の埋め立てをこれまでになく加速している。アジアの成長地域の安定を揺るがす恐れのある行為であり、容認できない。

 中国の軍事力に関する米国防総省の年次報告書は、中国が南シナ海で進める埋め立てに強い危機感を表明した。米当局者は埋め立て面積が昨年12月時点から4カ月余りで4倍に拡大したとしている。驚くべきスピードだ。

 東南アジア諸国連合(ASEAN)は、先の首脳会議の議長声明で中国の埋め立てを批判した。しかも「深刻な懸念を共有する」という踏み込んだ表現を使った。

 中国は南シナ海のほぼ全域に主権が及ぶと主張し、大陸から舌を伸ばすように囲い込もうとする。いわゆる「砂の万里の長城」の建設である。他の関係国の共通認識は「中国の主張に国際法上の根拠はない」というものだ。

 ASEANの反発はもっともだろう。平和と協力を口にする中国は関係国が納得する解決策を探るべきだ。埋め立てペースを一時的に弱めるぐらいでは意味がない。

 危機感を抱く米国はケリー国務長官を中国に送り、緊張緩和に向けた行動を促した。中国側は「領土と主権を守る」と反発しつつも、これ以上の摩擦を望まない意向も示した。

 気になるのは中国の習近平国家主席がケリー長官に伝えた「広い太平洋には米中両大国を受け入れる十分な空間がある」との言葉だ。米国と競合する太平洋での影響力拡大へ意欲がにじむ。南シナ海に米国が口を挟むのをけん制した、とも受け取れる。

 習政権の発足後、中国は軍事能力を隠さないようになった。人工島の施設建設には南シナ海の実効支配を強める狙いがある。東シナ海に続く防空識別圏の設置も視野に入れる。目的は制空権確保だ。

 中国の国防費は5年連続で2桁増となった。規模は米国に次ぐ世界第2位で日本の3倍を超す。懸念されるのは中国の海・空軍の一段の増強だ。中国の一連の動きは、太平洋への入り口にある沖縄県の尖閣諸島の問題にも関わる。

 日米両国は先に新たな日米防衛協力の指針(ガイドライン)で合意した。これは海洋安全保障での協力を含む。日米は関係国と連携しながら、中国に挑発的な行為を自制するよう繰り返し促す必要がある。

患者本位で大学病院の改革を

 厚生労働省が全国の大学病院などに対して立ち入り検査を始めることになった。群馬大病院や東京女子医大病院で患者の死亡事故が相次いだことを受けた措置だ。医療安全にかかわる問題点を徹底的に洗い出し、患者本位の病院改革を進めてほしい。

 今回の検査は高度な医療を提供しているとして厚労省から「特定機能病院」の承認を受けている病院を対象とする。全国で86病院あり、そのほとんどを大学病院が占める。承認を受けると、診療報酬の優遇があり、病院の収入が増えるなどの利点がある。

 群馬大病院も東京女子医大病院も特定機能病院だが、その承認は近く取り消される。重大な事故を起こした責任を踏まえれば当然だろう。この2つの病院に限らず、厚労省は高度医療を提供している病院について、安全管理体制上の構造的な問題がないかを立ち入り検査で調べたい考えだ。

 群馬大病院では1人の医師による肝臓の腹腔(ふくくう)鏡手術で8人の患者が死亡していた。腹部に小さな穴を開け、そこから医療器具を体内に入れ、手術する先進的な手法だ。東京女子医大病院では、人工呼吸中の小児への投与が禁止されているはずの鎮静剤が使われ、小児患者が死亡した。

 検査で調べるべき点はいくつもある。新しい技術を患者に使う際に十分な議論をしているか、事故が起こったときすぐにその原因を検証し、再発防止に努めているかなどだ。薬の情報はもちろんのこと、診療科の壁を越えて様々な情報を周知徹底できる体制ができているかもポイントだろう。

 東京女子医大病院は2001年にも女児が心臓手術の事故で亡くなり、特定機能病院の承認取り消し処分を受けた。その後再承認されたわけだが、過去の教訓は十分生かされなかったともいえる。承認基準のあり方も問われそうだ。

 最後の頼みの綱として大学病院を受診する患者も多い。今回の検査を契機に、患者の期待を裏切らない病院をつくるべきだ。

南シナ海問題―安保法制適用の危うさ

 南シナ海の緊張が高まっている。スプラトリー(南沙)諸島で中国が岩礁の埋め立てを急速に進め、人工島に3千メートル級の滑走路が輪郭を現している。

 北京を訪問したケリー米国務長官が懸念を表明。王毅(ワンイー)外相は「完全に中国の主権の範囲内のことだ」と反発した。

 ベトナムやフィリピンなども領有権を主張しており、地域の不安定要因になりつつある。

 この問題に日本はどう対応するのか。安全保障法制をめぐる国会審議でも、焦点のひとつとなるのは間違いない。

 日本に対しては米側からの期待がある。米海軍第7艦隊のトーマス司令官は1月、ロイター通信に「南シナ海での海上自衛隊の活動が将来有意義になる」と語った。自衛隊や豪州軍などが南シナ海の警戒監視にあたれば、米軍の負担軽減になる。

 日本は南シナ海での領有権問題の当事国ではないが、中東からインド洋を経てくるシーレーン(海上交通路)上にあたり、将来的に海上自衛隊が警戒監視活動を担う可能性がある。

 政府は今回の安保法制で周辺事態法から「周辺」の概念を外す抜本改正をめざしており、重要影響事態法という新しい枠組みの中では、南シナ海も適用対象となる。

 さらに、今回の安保法制で政府が狙うのは、紛争に「切れ目なく」対応できる仕組みをつくることだ。そうなると、政権の判断次第で、次のような展開も想定できないわけではない。

 ――共同訓練中の米艦への攻撃に自衛隊が武器等防護の規定で反撃する→そこが入り口となって重要影響事態に進み米軍に後方支援する→紛争が拡大して存立危機事態と認定し集団的自衛権を行使する。

 中谷防衛相は民放のテレビ番組で「南沙もホルムズ(海峡)もシーレーンという共通性がある。シーレーンは生命線。死活的な状況が起きうる」と述べ、南シナ海で存立危機事態に発展する可能性を示唆した。

 しかし、進んで軍事衝突を起こそうという国はない。南シナ海の問題もあくまで平和的に解決しなければならない。

 抑止力を振りかざす前に「法の支配」を浸透させる外交努力を最優先すべきだ。東シナ海では不測の事態を回避するための「日中海上連絡メカニズム」の早期運用をめざしているが、こうした危機管理のシステムづくりこそ急ぐべきだろう。

 万が一にも軍事衝突にいたれば、日中両国は壊滅的な打撃を被る。その現実感を欠いた安保論議は危うい。

刑事司法改革―国会論議で前進はかれ

 捜査や刑事裁判のあり方を変える刑事訴訟法などの改正案がきのう衆議院で審議入りした。

 戦後の刑事司法の歩みで、裁判員制度と並ぶ大改革となる。

 法案の柱である取り調べの録画・録音(可視化)は、捜査の透明性を高め、冤罪(えんざい)をなくすうえで意義が大きい。

 ただし、対象となる事件は、警察の強い意向を受けて殺人・放火など裁判員裁判対象の重大事件と、検察独自捜査事件だけに絞られた。全刑事裁判の2%程度にすぎない。

 重大事件で先行するにしても、段階的に対象犯罪を広げていくことが、制度の理念に沿うことになるはずである。

 密室の取り調べが供述の強要、誘導を招き、冤罪に結びつくことは長年指摘されてきた。

 これは、過去の問題ではない。先週、鹿児島地裁が捜査の違法性を認め、国と鹿児島県に賠償を命じた鹿児島・志布志事件、12年のパソコン遠隔操作事件など、やってもいない犯罪を「自白」することは近年も起きている。

 取り調べの可視化は、こうした捜査の不正を防ぐとともに、裁判で供述が被告の意思によるものかどうかが争われた際の証拠にもなる点で、有用だ。

 他の先進国が導入してきたが、日本では「容疑者の供述が得られにくくなる」と捜査当局の抵抗が強かった。今回の改革は大きな転換点となるだろう。

 改革のきっかけは、厚生労働省の村木厚子さんを冤罪に巻き込んだ郵便不正事件だったが、法案通りなら、この事件も志布志事件も対象外になる。

 死刑や長期の刑など深刻な結果に至る冤罪が許されないのは当然だ。ただ、現実には、痴漢など身近にある事件にこそ、冤罪がそのままになるリスクがひそんでいるのではないか。

 例外規定が広すぎる問題もある。例えば、容疑者のふるまいから録画・録音下では十分供述できないと捜査当局が判断すれば、可視化の義務は免れる。

 暴力団絡みの組織犯罪で報復を恐れるなど、ビデオカメラの前ではおよそ供述できない人への一定の配慮は必要だ。しかし録音・録画の原則は貫いたうえで、その記録の裁判での取り扱いを厳格にすることで、対処すべきではないか。

 改正案には、通信傍受の拡大や司法取引の導入など、人権やプライバシーとの関係で懸念がある内容も含まれている。

 いずれも本来、個別に入念に精査されるべき捜査手法である。国会は懸念の払拭(ふっしょく)に必要な修正を加えるべきだ。

教員資質向上策 国も積極的に役割果たしたい

 次代を担う子供たちの学力を伸ばすには、教員の指導力を高めることが欠かせない。

 政府の教育再生実行会議が、教員の資質向上に関する提言を安倍首相に提出した。養成・採用・研修の各段階で、国がより積極的に役割を果たすよう求めたのが特徴だ。

 公立小中高校の場合、教員の養成は大学、採用や研修は各自治体の教育委員会に委ねられている。その結果、内容やレベルにばらつきがあるのは否めない。国が関与することで、全体の底上げを図ろうという狙いは理解できる。

 資質向上策の一つは、教員が経験に応じて習得しておくべき能力を示す「指標」の導入だ。国が大学や教委と協力して策定する。

 ベテラン教員の大量退職で、若手の教員が急速に増えている。

 変化の激しい時代への対応力を子供たちに身に付けさせるため、課題の解決方法を主体的に考えさせる指導が求められる。

 教員が一方的に説明する従来型の授業から、児童・生徒に発表や討論の機会を与える新しい授業に転換していくことが重要だ。

 国が指標作りに関与することには、教員の管理強化を招くとの批判がある。しかし、目指すべき教員像が明示され、大学や教委が方向性を共有する意義は大きい。

 わかりやすい指標を策定し、教員養成のカリキュラムや研修内容の充実につなげることが大切だ。現職教員の研修の場として、実務教育を重視する教職大学院を活用するのも有効だろう。

 提言が、教員採用試験の共通化に言及した点も注目される。

 現行制度では、都道府県や政令市の教委が個別に、一般教養や教科の専門知識などを問う筆記試験を行っている。さらに、面接や論文、模擬授業などの2次試験で合格者を決めている。

 毎年の筆記試験問題の作成は、各教委にとって大きな負担だ。筆記試験を大学入試センター試験のような共通問題として、国が作問に携われば、試験の水準が均等化される。教委が面接などに力をより注ぐことが可能になろう。

 実行会議とは別に、自民党は、都道府県教委が発行している教員免許を「国家免許化」すべきだとする提言をまとめた。教員の質を高めるのが狙いだが、文部科学省だけで膨大な事務を処理できるのかといった問題がある。

 文科省は今後、これらの提言の具体化を検討する。優れた人材が教員を志し、その能力を生かせる仕組みを構築してもらいたい。

松野維新新代表 「責任野党」の路線を堅持せよ

 看板政策の「大阪都」構想の頓挫によって、重大な危機を迎えている。早急に態勢を立て直さなければならない。

 維新の党は両院議員総会で、住民投票での都構想挫折で引責辞任した江田憲司代表の後任に、松野頼久幹事長を選出した。任期は今年9月までだ。松野氏は、幹事長に柿沢未途政調会長を起用する意向を示した。

 国会開会中で、20日には党首討論を控える。党の路線の継続性を優先した緊急避難的な布陣だ。

 松野氏は「一致団結し、この難局を乗り切りたい」と語った。

 松野氏は、橋下徹大阪市長らとともに、維新の党の前身である日本維新の会の2012年の結党に参加し、要職を務めてきた。

 情報発信力の高い橋下、江田両氏に代わる「党の顔」として、存在感と指導力を発揮できるかどうかは、未知数である。

 維新は、政権との協力を重視する橋下氏に近い大阪系や、対決色の強い旧結いの党系など、様々な勢力の寄り合い所帯だ。

 松野氏は、自らの基盤を固めながら、衆院40人、参院11人の結束を維持する、という難しい党運営が求められる。

 松野氏は記者会見で、将来の野党勢力の結集を目指す持論に言及した。ただ、維新の一体性を維持した野党再編は簡単ではない。

 政権には、是々非々の立場で臨む。現実的な対案を示し、建設的な論戦を仕掛ける。維新の党は、そうした「責任野党」の路線を堅持すべきである。反対一辺倒に陥りがちな民主党との差別化を図ることにもなろう。

 松野執行部は、安全保障関連法案への見解をまとめることが急務である。安保環境の悪化を踏まえ、日本と世界の平和を確保するため具体的な処方箋を示すべきだ。

 維新は、道州制の実現など、統治機構改革が中心の憲法改正を主張している。国会での改正論議の活性化に向け、主導的な役割を果たしてもらいたい。

 維新の党首交代は、政界全体の構図にも微妙な影響を及ぼす。

 安倍首相や菅官房長官は、安保政策や憲法改正の考えが近い橋下氏との連携を重視し、大阪都構想にも理解を示してきた。野党間の分断を図るとともに、与党の公明党をけん制する狙いがあった。

 ただ、自民、公明両党内には、維新との協力に否定的な勢力が少なくない。一方、民主党は維新との共闘を目指している。

 首相は、政権運営の戦略の練り直しを迫られよう。

2015年5月19日火曜日

お金の話 - 柳原鉄太郎 -

01.高度経済成長期には、需要と「供給」がバランスよく伸びたため、経済が順調に成長しました。


02.高度経済成長期が終わった後の日本経済は、「安定成長期」と呼ばれ、引き続き順調な成長を続けました。


03.バブルをつぶすために日銀が行ったのは、金融の「引き締め」でした。


04.アベノミクスの「3本の矢」は、金融政策、財政政策、「成長戦略」です。


05.日本は、貿易収入は赤字ですが、貿易収入、サービス収入、第一次所得収入、第二次所得収入を合計した「経済収支」は黒字です。


06.アメリカの景気が悪くなると、アメリカの中央銀行が金融緩和を行うので、ドルと円の為替レートは「円高」になりやすい。


07.日本的経営の特徴は、終身雇用と「年功序列賃金」と起業別組合です。


08.初心者が景気を見るための経済指標として、内閣府が発表する「景気動向指数」のCIの一致指数はオススメです。

若い世代に夢与える科学技術計画に

 科学技術立国を揺るぎないものにするため、日本の研究開発をどう強めていくか。政府の総合科学技術・イノベーション会議(議長安倍晋三首相)が、来年度から始まる次期科学技術基本計画の素案をまとめた。

 基本計画は5年ごとに定め、科学技術政策の指針となる。過去5年を振り返ると日本から6人のノーベル賞受賞者が出て、世界から称賛された。だが受賞業績の多くは20~30年前のもので、足元の研究開発をみると心配な点が多い。

 日本発の論文数は15年前に米国に次ぎ世界2位だったが、その後中国や英独に抜かれて5位に転落した。海外の頭脳と知恵を磨く国際共同研究も他の先進国に比べて低調だ。少子高齢化で研究人口の減少も見込まれる。

 次期基本計画はこうした現実をしっかり見据え、危機感をもって研究開発の立て直し策を示すべきだ。人材育成や大学改革、産学連携の強化など課題は多い。

 同会議の有識者会議がまとめた素案は、新たな技術やビジネスモデルから産業を起こす「イノベーションの創出」を前面に打ち出した。日本が得意とするセンサーやロボット、超微細の加工技術などを伸ばし、産業競争力の強化につなげるとした。

 同会議は昨年、総合科学技術会議が改組され、イノベーション政策づくりが新たな役割に加わった。イノベーションの種を生む研究開発を強め、成長戦略に生かすことは同会議の重要な使命のひとつである。

 一方で、イノベーション政策に偏りすぎ、産業に直結しにくい基礎的な研究を軽視していないか。科学の原点は真理の探究で、そこから意図しなかったイノベーションが生まれることもある。長い目で科学研究の多様性を確保することも基本計画では重要だ。

 そのためには研究人材の持続的な育成策が欠かせない。博士号を取っても非正規職員のままの「ポスドク」が1万6千人を超え、博士課程への進学をめざす学生が減っている。科学に関心をもつ高校生の割合も主要国で最低水準だ。

 理科好きの中高生を増やし、職業として研究者を選ぶ若者を後押しする仕組みが要る。硬直的な大学人事を見直し、若手を大胆に登用することも必要だ。若い世代が科学技術に夢を持てるように、メッセージを発信することも基本計画の役割であるはずだ。

ミドルの転職支援に力を

 労働力不足が深刻になるなか、活躍の場を広げたいのは女性や高齢者に限らない。産業構造の変化などを背景に、これまで培ってきた技能を発揮できる職務やポストが、社内で得にくくなってきたミドル社員もそうだ。

 ミドルが別の企業に移りやすくする必要がある。彼らの力を社会全体で生かさなくてはならない。

 いわゆる「社内失業」状態にある人は衰退産業を中心に現在200万~300万人に上るとされる。多くはミドル層とみられる。

 バブル期入社の社員が50歳前後で大量にいる。同じく大量採用された団塊ジュニア世代はまだ40代前半だ。企業は成熟分野からの撤退を進めており、今後、余剰人員問題は深刻になる恐れがある。

 一方で経験を重ねてきた人材へのニーズは高い。中小企業庁の調査では、中核となる人材が足りない中小企業は、研究開発・製造で57%、国内営業で51%ある。余剰な人材を必要な企業へ移す仕組みの整備が急務だ。

 40代や50代での転職はリスクが大きいため、ひるみがちになる。政府は新しい職種や業種に必要なスキル(技能)の習得の支援に力を入れるべきだ。

 公共職業訓練の内容を民間事業者の活用によって充実させたい。訓練を受ける人に直接補助するバウチャー(利用券)方式を取り入れ、受講者が施設を選べるようにすれば、施設間の競争によって訓練の質向上につながる。

 職業能力の評価制度を整えることも企業の中途採用を増やすには欠かせない。人材を求める企業はミドルを対象としたインターンシップ制度も考えてはどうか。

 職業紹介でも、民間人材サービス会社が活動しやすくなるよう、規制の見直しが待ったなしだ。

 労働時間でなく成果に賃金を払う「脱時間給」制度の新設などはもちろん大事だが、日本が成長するためには、人が企業の枠を超えて柔軟に移れる労働市場づくりが劣らず重要だ。政府は雇用改革にさらに力を入れてもらいたい。

橋下氏引退へ―議論なき独走の果て

 問題提起の能力は抜群だったが、話し合って解決する姿勢は乏しい。つきつめればそんな政治家だったのではないか。

 悲願の大阪都構想が住民投票で反対多数となり、政界引退を表明した橋下徹大阪市長。「劇場型」「ポピュリズム」といわれた手法は、良くも悪くも日本政治の一端を象徴していた。

 7年余りの軌跡は有権者にとっても教訓になる。これを機に改めて考えたい。

 橋下氏の持ち味は、納税者としての感覚だったと思う。

 知事時代、国の公共事業に自治体が支出を強いられる直轄事業負担金制度に、真っ向から異議を唱えた。おかしいと感じれば一歩も引かない。見直しに導いたこの件はその典型だろう。

 公務員の政治活動に疑問を呈し、労組の事務所を市役所から退去させた。首長がもっと教育行政に関わるべきだとの考えから、文部科学省の批判を押し切り、全国学力調査の結果を府教委に開示させた。

 市民の視点で問題を次々とあぶり出す。事の本質を突く鋭さ、多弁を武器にした突破力は卓越していた。だが、その強さが、異論を顧みずに独走する危うさにもつながった。

 大阪都構想もそうだった。

 議会から多くの批判を浴び、否決されたが、奇策で住民投票に持ち込む。自ら論戦の先頭に立ち、反対派の主張を「デマ」と切り捨てた。

 異論を持つ相手を弁舌で圧倒することは目立ったが、耳を傾け、自説を柔軟に修正することはほとんどなかった。

 17日夜、記者会見で橋下氏は「日本の民主主義をレベルアップしたと思う」と語った。

 だが政治とは、多様な民意を受け止め、衝突を最小限に抑えながら合意点を探る作業だ。問題の「答え」を強引に押しつけ、立ちはだかった人を「既得権益」と攻撃する手法は、民主主義とはほど遠い。

 「選挙で僕を落とせばいい」

 橋下氏はよくそう口にした。

 大阪府知事、大阪市長のダブル選や国政選挙などで勝利するたび、「民意を得た」と勢いづく。ことあるごとに政治決戦に走る姿勢は、丁寧な合意形成をすっ飛ばす「選挙至上主義」といわれても仕方ないだろう。

 有権者も考える必要がある。

 「答え」をあらかじめ示してくれる政治はわかりやすい。だが、一度任せて追従するだけで民主主義は機能しない。

 橋下時代は区切りを迎える。これからは、選ぶ側もともに「答え」を探す。そういう姿勢が求められてこよう。

オスプレイ事故―安全の再検証を求めよ

 米海兵隊の新型輸送機オスプレイが米ハワイ州で訓練中に着陸に失敗し、乗組員1人が死亡する事故があった。

 東京の横田基地に米空軍のオスプレイ10機の配備が決まったばかりだ。中谷防衛相はこの時の会見で「日本政府としては、安全性が十分に確認されたと判断した」と述べていた。

 それから1週間足らずで、この事故である。オスプレイの安全性に改めて、重大な疑問符がついたことになる。

 日本政府は事故を重く受けとめ、機体の安全性を再検証するよう米側に強く要求すべきだ。原因究明はもとより、今回の事故に照らして何らかの構造上の欠陥がないかどうか、改めて検証する必要がある。

 オスプレイは開発段階で事故が相次いだ。安全性が高まったと言われてきたが、昨年秋にもペルシャ湾で事故を起こしている。機体の大きさに比べてプロペラが小さく、低空でトラブルが起きた場合に軟着陸する機能が不十分だといった指摘も出ている。

 再検証の結果、もし構造上の問題が浮き彫りになれば、米軍横田基地への配備はもちろん、自衛隊による佐賀空港への17機の配備計画も見直さなければならない。

 また、すでに沖縄の米軍普天間飛行場に配備されている米海兵隊のオスプレイ24機については、事故の原因が究明されるまで飛行を見合わせるよう早急に要請すべきである。

 機体の問題だけではない。オスプレイの運用にあたって日米で合意したはずの飛行ルールも守られていないのが現状だ。ルール厳守も米側に強く求めなければならない。

 菅官房長官はきのうの会見で「米側に関連情報を速やかに提供するよう申し入れをしている」「安全な運用に最大限配慮するよう求めてきているので、そうしたことをしっかりと主張していきたい」と述べた。いずれも当然の要求だが、いまのところ政府内に配備計画を見直す動きはない。

 おととい那覇市で3万5千人(主催者発表)が集まった県民大会では、オスプレイへの反発が出ていた。横田基地の地元でもオスプレイ反対の集会が開かれ、参加者が「沖縄と思いはひとつ」と訴えた。

 こうした基地周辺住民の不安を日本政府は真剣に受けとめ、その解消に努める責任がある。安全保障上の重要性を盾に等閑視しているとすれば、考え違いもはなはだしい。国民が二の次であってはならない。

スポーツ庁新設 五輪成功へ選手強化の先頭に

 スポーツ政策の司令塔としての機能を果たすことが、2020年東京五輪・パラリンピックの成功につながる。

 「スポーツ庁」の新設を盛り込んだ改正文部科学省設置法が成立した。10月に約120人体制で発足する。

 11年8月に施行されたスポーツ基本法の付則に、スポーツ庁設置の検討が明記された。その後、東京五輪の開催が決まり、スポーツ庁を求める機運が盛り上がったのは、自然な流れと言える。

 日本のスポーツ政策は、縦割りの弊害が指摘されてきた。

 五輪は文科省、パラリンピックは厚生労働省の担当だったことがその象徴だ。昨春、厚労省の障害者スポーツ部門が文科省に移管され、五輪とパラリンピックの選手強化を一体的に推進する体制は、ようやく整った。

 それでも、競技場整備は国土交通省、スポーツビジネス振興は経済産業省など、依然、各省に所管がまたがる。文科省の外局としてスポーツ庁が新設されても、この状況は基本的に変わらない。

 スポーツ庁に期待されるのは、効率的にスポーツ政策を推進する調整機能である。五輪メダリストら、民間人からの起用が有力視される初代長官には、話題作りよりも実務能力が求められる。

 当面の最大の課題は、東京五輪・パラリンピックに向けた選手強化だ。地元開催の大舞台で日本選手が活躍すれば、スポーツ熱は一層高まるだろう。

 スポーツ庁は、各競技団体に強化費を配分する際の中心的役割を担う。今年度の「競技力向上事業費」は74億円だ。

 限られた予算の中で、最大の成果を上げる必要がある。各競技団体に広く薄く行き渡らせる傾向が強かった日本オリンピック委員会(JOC)主導の従来の配分方法を変えるのは妥当である。

 メダル獲得が有望な種目に思い切って重点配分するなど、メリハリを利かせることが重要だ。

 柔道やフェンシングなどの競技団体で、助成金の不正受給といった不祥事が相次いでいる。公金である強化費を扱う各団体のガバナンス(統治能力)の欠如は深刻だ。規律向上へ、スポーツ庁が指導力を発揮してもらいたい。

 東京五輪・パラリンピック特別措置法案が近く成立すれば、政府内の総合調整にあたる五輪相が誕生する。五輪準備を円滑に進めるには、大会組織委員会と五輪相、スポーツ庁の協力態勢を築き、役割を明確にすることが肝要だ。

日本産食品輸入 台湾の規制強化に根拠はない

 東京電力福島第一原発の事故に伴う日本産食品の輸入規制は、国際的に緩和の流れにある。それに逆行する動きであり、極めて残念だ。

 台湾当局が、全ての日本産食品に産地証明書の添付を義務付けた。福島、茨城、千葉、栃木、群馬の5県から食品を輸入することを禁じてきた措置に、新たな規制を加えた形だ。

 特定地域の水産物、茶製品、乳幼児用食品などに、放射性物質の検査も求めている。

 実施直前、台湾当局は従来の検疫証明書なども産地証明書として認めるとの見解を示した。影響を抑えようという意図はうかがえる。馬英九総統も「短期的な規制措置だ」と述べている。

 そうであっても、規制を強化した台湾の判断は容認できない。日本産食品の安全性に新たな問題が生じたわけではない。林農相が「科学的根拠に基づかない一方的な措置だ」として、撤回を求めたのは、もっともである。

 日台関係が良好であるにもかかわらず、農相があえて世界貿易機関(WTO)への提訴に言及したのは、やむを得ない。

 規制強化の背景には、台湾側の事情があるのではないか。当局は3月、禁輸対象の5県から加工食品が輸入されていたと発表した。産地を偽装した中国語のシールが貼られた製品もあったという。

 これを受け、当局は新たな規制の実施を決めた。来年1月の総統選を控え、馬政権には、住民の関心が高い「食の安全」の問題に積極的に取り組む姿勢をアピールする狙いがあるのだろう。

 当局は、回収した日本産食品の放射性物質検査を実施したが、当然の結果ながら、異常な例は見つかっていない。

 日本政府は、原発事故後に設けた食品中の放射性物質に関する基準に従い、出荷時に安全性を厳しくチェックしている。汚染食品が出回る心配はあるまい。

 こうした事実は、国際的にも認知されつつある。輸入を規制した約50か国・地域のうち、既に14か国が撤廃に応じている。

 日本にとって台湾は、香港、米国に続く食品の主要輸出先だ。政府は、科学的データを示しながら台湾と対話を重ね、一連の規制の撤廃を求める必要がある。

 中国は10都県の食品輸入を全面禁止し、韓国も8県の水産品輸入を禁じたままだ。風評被害の拡大を防ぐ広報活動が重要である。

 「日本の食」の輸出促進に支障を生じさせてはならない。

2015年5月18日月曜日

都構想否決でも迫られる大阪の改革

 「大阪都構想」を巡る大阪市の住民投票で反対票が賛成票を上回った。市民は大阪市の分割を否定した。橋下徹大阪市長が都構想を打ち出したのは2010年。5年に及ぶ論争に終止符が打たれた。

 日本経済新聞社とテレビ大阪が4月下旬に実施した世論調査をみると、都構想に反対する理由として最も多かったのは「多くの費用がかかる」だった。市を5つの特別区に分割する場合、新たな庁舎建設やシステム改修費などで600億円程度かかる。

 大阪市の分割で期待できる効果がみえにくい一方で、費用がかさむという点が市民が都構想を拒否した大きな理由だろう。120年を超す歴史がある大阪市がなくなるという点も、心情的に影響したとみられる。

 ただ、都構想を支持しなかったからといって大阪が今のままでいいと考えているわけではないだろう。橋下市長らが主張した府と市の二重行政の解消は長年の課題だ。インフラなどの老朽化が進むなかで、府と市の戦略を擦り合わせることはますます重要になる。

 大阪府と大阪市が対立する様はかねて「不幸せ(府市あわせ)」といわれてきた。大阪の地盤沈下に歯止めをかけ、大阪全体の成長戦略を強力に推進するためにも府と市の協力が欠かせない。

 市営地下鉄の民営化など橋下市長らが掲げる政策には検討に値するものが少なくない。こうした政策の是非は今回の投票結果とは別の話だ。

 一般に大阪は東京に次ぐ大都市とみられている。しかし、人口ではすでに神奈川県に抜かれて大阪府は3位になっている。都道府県別の県内総生産をみても、2位の大阪府と3位の愛知県の差は徐々に縮まっている。

 これはひとえに横浜市や名古屋市に比べて、大阪市の成長力が劣っているためだろう。日本経済を考えるうえでも大都市の競争力の強化は欠かせない。

 投票結果を受けて、記者会見した橋下市長は12月の市長任期が終わったあとは政界を引退する意向を表明した。これにより維新の党の国政での影響力低下も避けられない情勢だ。

 4月の統一地方選では各地で投票率が低下した。候補者不足も深刻だ。住民に直接的に自治のあり方を問うた今回の試みは、地方政治の空洞化を補うひとつの取り組みとしても評価できる。

東芝は会計問題で説明尽くせ

 時価総額が2兆円に迫る大企業の決算がいつ発表されるか分からず、投資家は大いに戸惑っている。そんな残念なことが株式市場で起きている。不適切な会計処理の問題で2015年3月期の決算発表を延期した東芝のことだ。

 東芝は不適切会計の解明を法律家などで構成する第三者委員会に委ねると発表した。調査に必要な情報を迅速に提供するなどして、東芝は上場企業としての責任を果たすべきだ。

 問題の中心は、プラントや情報システムなど長期間の事業の収益を計算する「工事進行基準」という会計処理だ。工事の進捗に応じて売上高や費用を毎期の決算に割り振るもので、それらを正確に見積もることが大前提となっている。東芝の場合、費用の見積もりが過小だったため、利益が過大に計上されていた。

 こうした問題は東芝の室町正志会長を委員長とする特別調査委員会が調査してきた。その結果を踏まえ記者会見した田中久雄社長は、不適切会計の背景について「予算達成目標が高く、内部統制が十分に機能しなかった可能性がある」と説明した。

 調査を引きつぐ第三者委は不適切会計の影響の広がりに加え、費用の過小な見積もりに不正の意図がなかったかどうかなども、厳しく検証する必要がある。

 田中社長は会見で「特別委の調査過程で工事進行基準のほかに、さらに調査が必要な事項が判明した」とも述べた。そうした点も第三者委が調査するというが、現時点では詳しい情報が開示されていない。東芝の決算を巡る不透明さは晴れないままだ。

 第三者委が工事進行基準のほかどんな項目を調査するのか、その影響額はどの程度かなど、東芝は株主に十分な情報を機動的に開示する必要がある。

 工事進行基準は建設業や造船業などでも使われている。そうした業界では東芝の会計問題をきっかけに、基準が適切に使われているかどうかの再点検も必要だろう。

大阪都否決―「橋下後」へ具体策を

 自治のあり方を問う前代未聞の住民投票で、市民は変革ではなく市の存続を選んだ。

 大阪市を5特別区に分割する協定書への反対が、賛成を上回った。橋下徹市長が提唱した大阪都構想は成就しなかった。

 橋下氏は昨夜、敗北を認め、任期満了で政界を引退する意思を表明した。結果は市を二分する大激戦だった。残る任期で橋下氏は、対立ではなく反対各派との融和に努めるべきだ。

 大阪低迷の最大の原因は府と市の二重行政にあるのだから、役所を一からつくり直し、大阪が抱える問題を根本的に解決しよう。橋下氏のこの問題意識は理解できる。だが、その先にどんな具体的なメリットがあるかが、説得力をもって受け止められなかったのではないか。

 都構想実現後の成長戦略として橋下氏が挙げたのは高速道路や鉄道の整備、大型カジノの誘致だった。一方、反対派は市民の税金が府にとられ、行政サービスが低下すると指摘した。

 反対派の主張の根拠にもあいまいな点はあった。それでも、今の暮らしに影響するのは困るという漠然とした不安感が、期待にまさったように思う。

 「橋下流」の強引なやり方が、投票行動に影響を与えたことも否定できない。

 都構想の骨格となる協定書は、大阪維新の会がほとんど単独でまとめた。府・市議会は昨秋、いったん否決した。しかし維新は水面下で公明党の協力を得て住民投票に持ち込んだ。昨年の衆院選で公明候補が立つ選挙区に、維新が対立候補を擁立しなかったことが背景にある。

 こうした経緯は「裏取引」との批判を招き、正当性への疑問を広げた。

 橋下氏が政治家としてけじめをつける姿勢は理解できる。一方、急速な少子高齢化や全国一多い生活保護受給者、11兆円を超す府と市の借金など、大阪が待ったなしの課題を抱える現状は変わらない。

 むしろ都構想の否決で、処方箋(せん)は白紙に戻ったともいえる。

 これからは反対派が具体策を問われる。自民、民主、公明、共産の各党が説得力ある対案を示していたとはいいがたい。維新を含め、党派を超えて知恵を結集すべきだ。長年の対立のエネルギーを、大阪再生へ向けた熱意に転換してほしい。

 人口減少時代を迎え、基礎自治体の規模はどれくらいがいいか。都道府県との役割分担はどうあるべきか。大阪の論戦で浮かんだ数々の課題は全国の多くの都市に共通する。各地で答えを探る営みが広がればいい。

電子教科書―教育を変える契機に

 子どもがタブレット端末などで学ぶ「デジタル教科書」。

 そのあり方の検討を、文部科学省が始めた。有識者会議で来年中に結論を出す。

 教科書は中心となる教材で、誰もが使うものだ。それを変えることは授業、教員、教育全体を変えることにつながる。

 多角的で幅広い議論がなされることを期待する。

 デジタル教科書は画面でページをめくる。「紙」の教科書と違い、文字や図形だけでなく音声や動画も載せられる。

 例えば英語の発音が聞け、算数で図形を動かせる。理科の実験映像も見ることができる。

 授業の方法も膨らむ。ネットワークでつなげば、全員の答えを電子黒板に映し共有できる。これまでは授業で教えてきた内容を家で映像を見て予習し、教室では議論に時間をかける「反転授業」もやりやすくなる。

 教師が教え込む授業から、児童生徒が自ら学ぶ授業へ。その改革の後押しにもなる。

 一方で、実現するには課題も多い。一つひとつ洗い出し、丁寧に議論したい。

 デジタルの光だけでなく影を見つめ、それを最小限にする姿勢が必要だ。視力への影響やデジタル依存などのデータを集めてほしい。有害情報にアクセスできない仕組みは欠かせない。

 デジタル教科書はあくまでも手段に過ぎない。大切なのはどんな授業を目指すのかである。

 鉛筆を使い、ノートに写すなど手を動かす機会を減らしてはならない。デジタルか紙かではなく、それぞれの良さを生かした使い方を工夫したい。

 教員も指導力を高めなければならない。養成や研修から見直す必要が出てくるだろう。

 目の前のハードルとなるのは、紙の教科書を前提にした検定、採択、供給の制度である。

 いまの教科書の中身をタブレットに入れるだけでは意味がない。ただ、音声や動画まで含めるなら、膨大な情報を国がどう検定するかを検討しなければならない。これを機に時代に即した柔軟な検定制度を考えたい。

 義務教育の場合、今の教科書のように無償で配るのか、著作物を使う場合、権利を持つ人への支払いをどうするのかといった検討も必要になる。

 導入には端末やネットワーク環境の整備が条件だ。高額のコストを、いったい誰が負担するのかも問題になる。現状では自治体や学校、家庭で格差が大きい。国の支援が求められよう。

 情報化のうねりは加速している。子どもたちが生きる次の時代を見すえた議論を進めたい。

「大阪都」反対 住民投票で破綻した橋下戦略

 大胆な改革に対する市民の将来不安を払拭できなかった。橋下徹大阪市長の政治生命に直結する結果となった。

 地域政党・大阪維新の会代表の橋下氏が推進してきた「大阪都」構想の賛否を問う住民投票は、反対が僅差で賛成を上回った。投票率は66・83%に上り、市民の関心の高さを示した。

 これに伴い、政令指定都市の大阪市を廃止して5特別区に分割し、広域行政を大阪府に移管する制度案は廃案となり、大阪市が存続することが決まった。

 橋下氏は記者会見で、「都構想を説明し切れなかった私自身の力不足」と敗戦の弁を語った。

 橋下氏らは、「府と市の二重行政の無駄を省き、生み出した金で豊かな大阪を作る」と強調した。行政改革分を含め、財政効果は年155億円に上るとも訴えた。

 都構想に反対する自民、公明両党などは、財政効果は年1億円にすぎないと反論した。「大阪市を分割すると、住民サービスが低下する」とも主張した。

 読売新聞の世論調査では、2011年以降、賛成が多数だったが、先月27日の告示前には賛否が拮抗(きっこう)し、告示後は反対の方が多くなった。財政効果が不透明な中、身近な行政サービス低下への懸念を感じる人が増えたためだろう。

 橋下氏は、維新だけで制度案を作成し、市議会の十分な議論がないまま住民投票に持ち込んだ。この強引な手法も批判を招いた。

 大阪市は、企業の本社機能の流出が続き、「商都」としての地盤沈下が指摘されて久しい。生活保護受給者の割合も格段に高い。

 今後も、大阪市の活性化に向けた議論は継続する必要がある。

 道府県と政令市の二重行政は、大阪だけの問題ではない。

 昨年の地方自治法改正で、16年度から知事と政令市長の「調整会議」の設置が義務づけられる。人口減時代に道府県と政令市がどう連携するか、議論を深めたい。

 維新の党にとって、都構想の頓挫は大きな打撃である。最高顧問の橋下氏は、12月の市長任期満了後の政界引退を改めて表明した。江田代表も辞任する意向を明らかにした。党全体の影響力の低下は免れまい。

 安倍政権との関係にも変化が生じよう。橋下氏は、安全保障政策や憲法改正で首相と考えが近く、政権との協力を重視してきた。

 維新の党が今後、どんな路線を取るにせよ、「責任野党」として建設的な政策論争を政権に仕掛ける姿勢を忘れるべきではない。

臨床研究法規制 癒着を排して産学連携進めよ

 製薬企業と医師の癒着を断つルールを整備することが急務だ。

 高血圧治療薬「ディオバン」の臨床研究データ改竄(かいざん)事件を受け、厚生労働省が臨床研究の法規制を検討している。秋の臨時国会に法案を提出する方針だ。

 製薬会社が広告で使用することが想定される臨床研究を対象とする。未承認や適用外の薬の臨床研究も、患者に及ぼすリスクが高いため、規制する見通しだ。

 新薬の販売承認を目指す治験については、医薬品医療機器法でデータの保存や監査が義務付けられている。これに対し、臨床研究には法的な規制が存在せず、政府に調査権限もない。不正が生まれやすい土壌だと言えよう。

 法整備を臨床研究の信頼回復につなげることが大切である。

 ディオバン以外にも、白血病治療薬の患者データが製薬企業に流出するなど、臨床研究を巡る不正が相次いでいる。

 研究を補助するスタッフや、使途を問わない寄付金が、製薬企業から大学病院の医師に提供される。研究成果は企業のPRに使われる。こうした関係に不信の目が向けられるのは、無理もない。

 医療の発展に、民間の資金や技術力の活用は欠かせない。重要なのは、資金の流れの透明性を確保することである。

 厚労省が、臨床研究に関わる提供資金の公開を製薬会社に義務付けるのは適切な措置だ。

 一方で、研究者個人への講演料や原稿料は公開の対象から外れる見通しだ。不透明な資金を提供する手段として悪用されることがあってはならない。

 不正防止には、臨床研究計画の審査体制の見直しも不可欠だ。有用な研究なのか、資金は適切に確保されているのかといった点を厳格に審査する必要がある。

 現在は、全国の医療機関に設置された約1300の倫理審査委員会などが審査を担当しているが、権限は明確でない。

 法案には、規制対象の臨床研究の計画を審査する第三者委員会を主な医療機関に新設することも盛り込まれる。第三者委は厚労省の認定を受け、他の医療機関が実施する臨床研究の審査も行う。

 患者の利益を守るためのチェック機関として、有効に機能させることが求められる。

 日本の医学では、臨床研究が基礎研究よりも大きく遅れている。法規制によって臨床研究がこれ以上、停滞しないように留意することも重要である。

2015年5月17日日曜日

時給8000円を稼ぐ「ビール売り子」の超仕事術

 5月も半ばを過ぎ、夏場のように暑い日も珍しくなくなってきたこの時期。プロ野球がいよいよシーズンの本格的な戦いに入ってきている。

「球場の華」が緻密に組み立てる3つの戦略とは?

 そんな野球選手と同じように、野球場で奮闘する娘たちがいる。ビールの売り子さんだ。正しくは、「立売スタッフ」という職業名である。プロ野球シーズンだけの季節限定のアルバイトだ。

 「ビール、いかかですか~?」

 元気のいい声とともに球場の客席を上へ下と歩き回る彼女たち。艶やかな服装、屈託のない笑顔、キビキビとした対応。一見すると、華やかな職業、仕事のように見える。「球場の華」といってもいいだろう。だが、そんな彼女たちは、現場の3つの苦労と戦っている。

■ 背負うだけでも一苦労

 まずは、背中に背負うビールサーバー。その重さは、15~18キログラムともいわれる。この仕事に就いた当初は背負うだけでも、一苦労。スタジアムの通路を往復するだけで精一杯だそうだ。

 2つめの苦労は、急勾配なスタジアムの階段。野球場に行ったことのある方はご存知かと思うが、結構な角度の階段が上から下まである。お客さんから手が上がれば小走りに駆け上がり、タンクのビールがなくなれば取り替えにバックヤードへ帰る。修行僧のように何度も何度も昇り降りするのだ。

 最後は天候。2月から始まるオープン戦の頃の寒い風。梅雨時の突然の土砂降り。夏の直射日光――。天候の影響をモロに受けながらも、懸命に販売している。暑くても寒くても笑顔でいなくてはならない。

 そんな過酷な販売現場ではあるが、ビール売り子さんのアルバイトは若い女性に人気の職業だそうだ。この人手不足の時代でも、人材集めにはそれほど困らないらしい。

■ 歩合制により3時間で3万円稼ぐ売り子も

 魅力の1つは、頑張った分だけ得られる、歩合制の給与システムだ。球場や契約している酒店にもよるが、給与体系は大きく分けて以下のような内訳だ。

固定給=出勤したことによる手当。ごく少額(交通費500円という名称のこともある)
歩合給=1杯○円、1杯の販売価格の○%がフィードバックされる。販売杯数が増えていくと、歩合の単価が上がったり、ボーナスが支給される
連続勤務給=野球が3連戦でその3日間連続で出勤すると手当追加
皆勤ボーナス=毎月全試合出勤するとボーナス追加
 こうした各種成果給が組み合わさっている。歩合給の世界と言われる給与体系である。

 では、一体この過酷な現場で、この給与体系で、「何杯売って」「いくら稼いでいるのか」。気になるところだろう。

 最近、テレビでよく見かけるタレントの「おのののか」さん(プラチナムプロダクション所属)は、以前ビールの売り子さんだったという経歴がある。彼女も、以前は東京ドームで伝説的な販売結果を残したと有名だ。

 本人の発言によれば、彼女の公式記録は1日に400杯。筆者は、リアルな売り子さんへのインタビューやネットでの情報を探してみたが、400杯というのは、どうやら圧倒的な数字のようだ。

 通常は、初級者は50~80杯。1日100杯前後、これが経験者の中での“平均的な売り子”さんだ。結果、1日の報酬は、9000円前後。時給にすると、2,000~3,000円となる。

 これが、各球場に数人は存在する、トップ売り子さんになると、200から多いときで300杯売る。すると1日に2万~3万円稼げる。時給にすると5,000~8,000円だ。これは、「とても」いや「かなり」高い給与水準ではないだろうか。

 月収、年収まで追ってみよう。月に、12日(3連戦を4回、毎週金曜~日曜)出勤するとすれば平均的な売り子さんは、月収10万8千円。これも悪くない。トップ売り子さんは、日収2.5万円とすれば、月収30万円だ! 

 時給だと、大企業の役員クラスと遜色ない時給を叩き出していることになる。年収で比較すると、企業の主任~課長と同じレベルなのだ。

■ トップ売り子さんとの違いは何か? 

 売り子さんを長年研究している「売り子さんファンクラブ」に取材を続けた。すると、この「時給8000円」を稼ぐ売り子さんにはいくつかの特徴があった。というより、売るための戦略が徹底しているのだ。

①魚の目、木の目、鷹の目
 彼女たちは、いくつもの目を持っている。近くにいる目の前のお客さん。先ほど買ってくれた少し離れた場所にいるお客さん。そしてこれからお代わりを頼みそうな遠くのお客さん。
お客様に対する目線、目の届き場所を適宜変えている。ビールを頼むお客さんを逃さずキャッチしている。

 もちろん、そのためには、試合の展開を読んだり、買ってくれたお客さんを覚えていたり、ビールを飲むペースを把握していることが必要だ。

②自分の“しるし”=特徴を魅せろ
 売り子さんがお客様を見つけていくことは大事だ。しかし、それ以上に必要なことは、お客様から声をかけて頂くこと。そのためには、「選ばれるしるし」が必要である。

 トップの売り子さんは、実に様々な、個性的な“しるし”を用いている。例を挙げよう。

・髪飾りに、花のモチーフや、キャラクターを付ける
・名札に、手描きのPOPやイラストを加えて、特徴づける
・首に巻くタオルを、球団カラーと合わせる、巻き方を目立たせる
 と、実に様々な方法を各自でアレンジしている。

 自分という売り子を覚えてもらい、また買ってもらうことを考えている。

③販売効率を高めるドミナント戦略
 トップの売り子さんは、あちこち歩きまわって、広くお客様を集めているのか。いや違う。(そもそも、売り子さんによって販売エリアが区切られている。)トップ売り子さんは、あまり、広く歩きまわらない。これは、筆者もオドロキの事実だった。

 実は、彼女たちも歩き回わらずに効率的に売りたい。それはそうだ。重いタンクをあちこち、昇り降りしていては体力が持たない。ビールやガスの補充にだって行かなくてはならない。

 ではトップ売り子さんは、どうしているか。自分からまた多く買ってくれるお客さんを、絞って固めていくのだ。あるプロ野球ファンが最初1回ビールを買うとする。その際に、周囲のお客様にも合わせて宣伝・営業する。「今日は○○チームが勝つといいですね!」と元気よく一声添えて。「今、ビールのタンクを替えてきたばかりだから、新鮮ですよ!」と大きな声で勢いを伝える。

 さらに②で紹介した「覚えてもらうための」特徴を必ず伝えて、魅せる。買ってもらったお客だけでなく、周囲5メートル四方のお客を、自分のファンエリアにしていく。こうすると、「またあの娘から買いたい」「私も買いたい」「じゃあ、私も」という価値の連鎖が起こっていく。

 あちこちのお客様を刈り取るのではなく、あるエリアを集中的にファンにしていく。これは、コンビニエンスストアの出店政策、ドミナント戦略そのままだ。

■ 後は勝手に売れていく

 話を戻そう。

 ドミナント化で固定のファンができた、エリアも定着した。すると後は試合展開次第ではあるが、ビールは勝手にどんどん売れていく。いや、ビールが売れるというより、あの売り子さんから買いたくなっているだけか。

 時給8000円を達成することは、並大抵ではない。しかし、トップ売り子さんが実践しているエッセンスは、われわれのビジネスにも必ず役立つ。そんなことを考えながら、野球場で楽しみたい。

原 佳弘

時事問題

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