2015年7月31日金曜日

社会保障の維持へ能力に応じた負担を

 8月から介護保険制度の利用者負担の仕組みが変わる。負担能力があるかどうかをこれまでよりも詳細に調べ、「能力あり」と判断された人の負担を増やす。

 少子高齢化で保険財政は逼迫している。能力に応じて適切な負担をしてもらうことは避けられない。個人情報の保護には十分留意し、利用者の理解を得ながら進めてほしい。

 従来は、介護が必要な高齢者が介護保険を利用すると、費用の1割を自分で負担してきた。8月から、一定の所得以上の人はこの負担が2割になる。

 もう一つ注目しなければならないのは、特別養護老人ホームや老人保健施設などの利用者に対する補助基準の見直しだ。

 従来は所得だけが基準で、所得が少なく住民税がかかっていない世帯であれば補助を受けることができた。それが見直しによって預貯金や有価証券などの資産額を調べることになった。

 具体的には、配偶者がいる人の場合、資産の合計金額が2000万円を超えていれば補助の対象から外す。配偶者がいない人なら1000万円が基準だ。

 配偶者の所得状況も厳格に勘案する。従来は所得の少ない妻が施設に入ったとき、その妻の住民票を施設所在地に移したりして世帯を分離すれば、夫に一定以上の所得があっても妻は補助の対象となってきた。こんな場合、8月からは補助を受けられなくなる。

 資産はあってもすぐには取り崩せないという人や、夫婦といっても生活の勘定はまったく別という人もいるだろう。そういう人たちから見れば、納得しがたい見直しかもしれない。

 しかし、国も地方も財政は逼迫している。制度を支える現役世代の負担を抑えるためにも、ある程度は高齢世代の中で負担してもらう方向はやむを得ない。

 もっとも現状では、介護保険を運営する自治体が利用者の資産を把握する有効な手立てがない。利用者やその家族に通帳の写しなどを提出してもらうことになり、手間がかかる。一部の自治体では介護職員に資産調査を協力させ、混乱も起こっているようだ。

 こうした状況を解消するには、マイナンバー制度の活用も検討すべきだろう。介護保険制度のみならず社会保障制度全体において、より公正で公平な負担を目指し努力を重ねていきたい。

基地騒音の軽減に力尽くせ

 司法が騒音被害を重大な利益の侵害ととらえ、国に抜本的な対策を迫っていると受け止めるべきである。米軍と海上自衛隊が共同使用する厚木基地(神奈川県)の騒音訴訟で、東京高裁が一審に続き、夜間早朝の自衛隊機の飛行差し止めを命じる判決を出した。

 損害賠償も、判決後の将来に発生する被害の分まで認めるという踏み込んだ判断を示した。

 同様の訴訟は厚木以外の基地でも起きている。国は上告を検討しているが、訴訟の行方とは別に、これまで以上に騒音問題と真摯に向き合い被害を軽減する取り組みに力を入れる必要がある。

 これまでの騒音訴訟では、過去の被害への賠償は認められても、将来分の賠償や飛行の差し止めは認められなかった。このため住民が訴え、国が賠償金を支払い、また住民が訴える――が繰り返されてきた。根本的な対策はとられず、被害も改善しなかった。

 ところが昨年、横浜地裁が初めて自衛隊機の飛行差し止めを認めた。今回の判決も「睡眠妨害は深刻で賠償金の支払いで回復できない」としてこの判断を支持した。

 ただ、騒音の主な原因となっている米軍機については、一審も二審も飛行の差し止めを認めていない。「国の支配が及ばない」という判断である。

 海上自衛隊は以前から、原則として夜間の飛行を自粛してきた。そのため、飛行が差し止められても騒音の被害は大きくは改善しない、との指摘もある。

 それでも高裁の段階で初めて飛行差し止めが命じられ、司法が騒音被害の救済に向けた姿勢を強めた意味は大きい。

 騒音は厚木だけの問題ではない。国は各地の基地の周辺で、防音対策への助成などを一層細やかに行っていく必要がある。

 米軍に対しても騒音被害を軽減するための協力を求めるべきだ。訓練を本当に必要なものに絞ったり、深夜や早朝の時間帯からずらしたりすることはできないのか。粘り強い交渉を求めたい。

参院審議―歯止めなき「違憲」法案

 政府の説明を聞けば聞くほど納得できなくなる。

 参院に移った安全保障関連法案の審議で、改めてあらわになったのは、歯止めを欠いた法案の危うさである。

 象徴的なのは、南シナ海での戦時の機雷掃海だ。

 安倍首相は、集団的自衛権を使って南シナ海で機雷除去を行う可能性について「(武力行使の)新3要件に当てはまれば、対応していく」と述べた。

 同じ首相が、先月の衆院審議ではこう言っていた。「南シナ海には迂回路(うかいろ)がある。なかなか想定しえない」

 首相がこだわっていた中東のホルムズ海峡は、遠い。日本の存立が脅かされる「存立危機事態」が起きると言っても幅広い国民の納得を得るのは難しい。そこで今度は、中国の進出が目立つ南シナ海を強調し始めたように見える。

 「想定しえない」から「対応していく」へ。わずか2カ月で変化した首相答弁は、拡大解釈の余地を大きく残した法案の無限定な性格を映し出す。

 米軍など他国軍への兵站(へいたん、後方支援)についても、質問者が突けば突くほど、法案の対象が広がっていく。

 共産党の小池晃氏が「米軍のミサイル、戦車は運べるか」と問うと、中谷防衛相は「除外した規定はない」。ロケット弾の提供についても「排除する規定はない」。爆撃に向かう米軍の戦闘機に空中給油することも否定しなかった。

 これだけ対象が広がっても、憲法が禁じる「武力行使との一体化」にはあたらないというのだから、驚くばかりだ。

 小池氏はさらにこう問うた。「米軍ヘリが敵の潜水艦を攻撃し、海上自衛隊のヘリ空母(護衛艦)に着艦して燃料補給を行う。こういう活動が可能になるということか」

 中谷防衛相はこれも否定せず「海自の護衛艦は魚雷の攻撃を受けない安全な場所で活動を行う」と答弁した。

 兵站を担う護衛艦が常に安全な場所にいられるはずがない。戦場の現実を無視した机上の空論と言うほかない。

 首相はきのうの集中審議で、集団的自衛権の行使を容認しても「(他国の)戦争に巻き込まれることは絶対にないと断言したい」と述べた。

 何を根拠に「絶対に」と言い切れるのか。政権が正しいと言えば正しい、安全だと言えば安全だ、合憲だと言えば合憲だ、そういうことなのか。

 これで国民の納得がえられると思っているなら、甘すぎる。

新国立競技場―「政治」の責任はどこへ

 文字通りの「トカゲのしっぽ切り」ではないか。

 いや、「後進に道を譲る勇退で、定例の人事」と説明しているのだから、トカゲのしっぽ切りにもなっていないか。

 白紙に戻った新国立競技場の建設問題で、文部科学省の担当局長が定年まで1年半余を残して辞職する。責任を問う声が出ていただけに、詰め腹を切らされたとみるのが自然だろう。

 しかし、担当局長が辞めれば済む話ではない。

 安倍首相は、自ら本部長を務める東京五輪・パラリンピック推進本部の会合で、「内閣全体として責任を持って競技場の建設を進めていく」と強調した。文科省任せの態度をやっと改めたが、総工費や工期が迷走した失敗を繰り返さないためには、これまでの政策決定と事業実施過程の検証が欠かせない。

 とりわけ官僚を指揮し、最終責任を負うはずの「政治」が厳しく問われるのは当然だろう。

 まず、下村博文文科相だ。

 その責任を問う声は、野党に加え与党からも上がっている。ところが下村氏は、五輪に向けて「責任を果たすことが最も重要」と語り、官邸も擁護する。

 9月の自民党総裁選後に内閣改造が見込まれるから、下村氏をはずすとしても他の人事と一緒にした方が無難だ――。政権がそんな考えだとしたら、国民の反発はさらに増幅するだけだろう。

 次に、森喜朗・元首相。

 東京五輪の組織委会長であり、その前年にラグビーW杯を開く日本ラグビー協会の重鎮でもある。その森氏が、両大会の主会場に予定されてきた新競技場の問題に影響力を持つことは関係者の誰もが認める。

 しかし本人は「私がやっているように思われ、迷惑だ」「もともとあのスタジアム(のデザイン)は嫌だった」と、まるでひとごとのようだ。

 そして、安倍首相である。

 今月に計画を撤回したのはいいが、その1週間前に国会で、計画見直しは「間に合わない」と答弁していた事実は消えない。「1カ月ほど前から検討してきた」とも釈明したが、誰に何を検討させ、どんな回答を得て決めたのか不明なままだ。

 過ちの責任と原因追及をうやむやにし、情報を明かさない姿勢が続く限り、再び失敗する恐れはぬぐえない。

 「政と官」の役割分担と責任を踏まえつつ、とるべき責任をとる。これが本来の政治のあるべき姿だ。文科省が設ける第三者委員会の検証でこと足れり、とはいかない。

集団的自衛権 法的安定性は確保されている

 安全保障関連法案は、法的安定性や、過去の政府見解との論理的整合性を十分に確保している。政府は、この点を繰り返し丁寧に説明し、国民の理解を広げねばならない。

 参院特別委員会の法案審議が本格化してきた。民主党は、礒崎陽輔首相補佐官の「法的安定性は関係ない」との発言を問題視し、礒崎氏の更迭などを求めている。

 礒崎氏の発言は、集団的自衛権の行使の限定容認について説明する中で出たものだ。政府見解と相いれず、失言なのは間違いない。政府・与党幹部は、もっと緊張感を持つべきである。

 安倍首相は、礒崎氏の発言は不適切だとの見解を示しつつ、「安全保障環境の変化を十分に踏まえる必要があるとの認識を示した」と一定の理解も示した。時代の要請に応じて、可能な範囲内で憲法解釈を見直すことは大切だ。

 北朝鮮は、日本を射程に収める数百発の弾道ミサイルを配備し、核開発を進める。中国も、東シナ海で領海侵入やガス田施設建設、南シナ海でも大規模埋め立てなどの現状変更を試みている。

 特に、大量破壊兵器とミサイル技術の進展と拡散は、日本にとって深刻な脅威である。

 この現状に対応するには、集団的自衛権行使の限定容認や、自衛隊と米軍の防衛協力の拡充を通じた抑止力の強化が欠かせない。

 弾道ミサイル発射を警戒中の米軍艦船が攻撃されるケースは、まさに日本の存立が脅かされる事態であり、集団的自衛権の行使を可能にしておく必要がある。

 一方で、安保法案は、存立危機事態や必要最小限の武力行使といった厳格な要件を定めることで、過去の最高裁判決や政府見解の基本的な論理を踏襲している。

 本来、抑止力向上の観点では、昨年5月に有識者会議が提言した全面的な行使の容認が望ましかった。だが、これを退け、限定容認にとどめたのは、法的安定性を重視したためにほかならない。

 そもそも、憲法9条と現実には様々な乖離がある。多くの憲法学者が自衛隊の存在や国際平和協力活動を「違憲」と決めつける。長年の国会での安全保障論議や、自衛隊の国内外での実績と評価を無視した硬直的な主張である。

 国会では、もっと現実を直視した議論が求められよう。

 参院特別委には、衆院では審議に加われなかった少数6会派も参加している。次世代の党と新党改革は安保法案に前向きだ。より多角的な質疑を展開してほしい。

厚木騒音訴訟 海自機飛行差し止めは必要か

 判決により、自衛隊の活動に悪影響が及ばないか、懸念される。

 海上自衛隊と米海軍が共同使用する厚木基地の第4次騒音訴訟で、東京高裁は、1審の横浜地裁と同様、自衛隊機の夜間早朝の飛行差し止めを命じる判決を言い渡した。

 「必要性・緊急性がある場合など、客観的にやむを得ない場合」を除き、午後10時から午前6時までの飛行を禁じた。米軍機の飛行差し止めについては、「国に権限がない」と却下した。

 高裁は、自衛隊機の飛行に関し、「高度な政治的判断や防衛戦略上の判断を要する」として、防衛相の幅広い裁量権を認めた。

 飛行目的に比べて離着陸による騒音被害が過大な場合は、防衛相の裁量権を逸脱し、差し止めの対象となるという見解も示した。こうした考え方は理解できる。

 だが、判決が、騒音の主因は米軍機であると認定しながら、自衛隊機の飛行を差し止めたことには、矛盾を感じる。

 海自は、既に夜間早朝の訓練飛行を自主規制しており、昨年度の離着陸は53回にとどまる。騒音の軽減効果が限定的な飛行差し止めは、果たして必要なのか。

 飛行差し止めは、2016年12月末までに限定した。米軍の空母艦載機が17年頃までに岩国基地に移駐する予定で、その後は「騒音の発生状況が大きく変わる可能性がある」という理由からだ。

 無期限の差し止めを命じた1審判決に比べ、自衛隊に対する一定の配慮はうかがえる。

 海自は、哨戒機P3Cや救難飛行艇US2など約40機を厚木基地に配備し、警戒監視や、海難事故の救助、離島からの急患搬送などの任務に対応している。

 判決が、現行の夜間早朝の飛行について、「すべてに緊急性が認められるわけではない」と認定したことには、疑問を拭えない。

 緊急性はなくても、夜間の救助活動などを想定した訓練は不可欠だろう。防衛省幹部は「訓練と実任務は不可分だ」と語る。

 中国が一方的な海洋進出を続ける中、自衛隊機の活動の重要性は高まっている。中谷防衛相が「受け入れがたい」として、上告の意向を示したのは、うなずける。

 判決は、基地の騒音訴訟で初めて、将来分の損害賠償も認めた。賠償額は計94億円に上る。被害の深刻さを重視した結果だろう。

 無論、厚木基地の騒音問題は放置できない。政府は、米軍機の岩国移駐を着実に実行するなど、一層の努力をするべきだ。

2015年7月30日木曜日

「安全な国」担うサイバー人材の育成急げ

 サイバーセキュリティー問題が深刻化している。政府の年次報告によると、2014年度に検知された政府機関へのサイバー攻撃は、主なものだけで264件と前年度から倍増した。その4割が日本年金機構の個人情報流出の原因となった標的型メールだ。企業への不正アクセスも増えた。

 政府は近く新しいサイバーセキュリティー戦略をまとめる。日本全体が日々脅威にさらされているとの危機感を持ち、国を挙げて備えを急がなければならない。とくに重要なのは人材の育成だ。

 情報処理推進機構の調べでは、企業でセキュリティーに従事する技術者は26万5000人だが、8万人ほど不足している。いまいる技術者も6割はスキルが不十分で教育、訓練が必要とされる。

 それにもかかわらず、企業の動きは鈍い。セキュリティー人材を育成していない企業は7割にのぼる。投資余力のなさを理由にする企業が多い。問題意識を欠いており、放置できない事態だ。

 米国では、走行中の車を離れた場所から操るハッキングが技術的に可能とわかり、リコール(回収・無償修理)を迫られる事例も出てきた。車や家電など様々なものがネットにつながる時代を迎え、サイバー攻撃が現実空間をも揺るがすリスクが明確になった。

 企業は社内の情報を守るだけでなく、製品の安全性を確保するためにも、セキュリティー技術の向上を経営課題とはっきり位置づけるべきだ。人材の厚みが競争力に直結するとの発想で、育成を速やかに進める必要がある。

 国としてセキュリティー産業を振興する視点も要る。政府は日本再興戦略に、ファンドを使ったセキュリティーベンチャー創出を盛った。実効性のある具体策を示してほしい。産業としての発展が大学などでの人材育成に弾みをつける。そんな循環をつくりたい。

 国家の関与が疑われるサイバー攻撃が増えるなか、官民連携も大切だ。巧妙かつ執拗な攻撃に対抗するには、警察や自衛隊と企業が協力しやすい体制が欠かせない。当面の人材不足を補ううえでも、情報や知恵の共有は有効だ。

 社会保障と税の共通番号(マイナンバー)制度の導入や東京五輪に向け、日本へのサイバー攻撃が激しくなるとの見方がある。日本は治安のよさなどから「安全な国」とみられてきた。サイバー問題でその評価を損ないたくない。

最低賃金は影響に目配りを

 厚生労働省の中央最低賃金審議会は2015年度の都道府県ごとの地域別最低賃金を平均で時間あたり18円引き上げ、798円とする目安を決めた。引き上げ幅は最低賃金が時給で示されるようになった02年度以降で最大となる。

 中小・零細企業では最低賃金やそれに近い水準の賃金で働く人が少なくない。パートなど非正規労働者の待遇改善には最低賃金引き上げの効果が大きい。半面、企業の経営は圧迫される。実際の上げ幅を決める各都道府県の地方審議会は、地域経済への影響などを十分に踏まえて判断すべきだ。

 この数年は最低賃金が生活保護の給付水準を下回って勤労意欲を損ねる「逆転現象」を解消するため、積極的に最低賃金を引き上げる傾向にあった。全国平均で12年度が12円、13年度が15円、14年度は16円上がっている。

 逆転現象は14年度で解消されたが、今年も上げ幅の目安が大幅になったのは、賃金上昇によって消費を刺激し経済の好循環につなげたいとする政府の意向がある。

 気になるのは大幅な最低賃金引き上げに中小・零細企業が対応できるかだ。従業員30人未満の企業についての厚労省の調査では、今年の賃上げ率は0.9%と昨年の1.1%より下がっている。無理な最低賃金引き上げで企業の経営が悪化し、地域の雇用に悪影響が及んでは元も子もないだろう。

 中小・零細企業が低賃金の労働力に頼らず収益力を高めることは欠かせない。ただ流通分野の過当競争や下請け企業に対する値下げ要求など、経営環境は厳しい。都道府県の審議会はそうした点にも目配りしつつ最低賃金を決めてほしい。

 政府の役割は企業が継続的に賃金を上げていける環境づくりだ。企業が利益を生む力を高めなければ賃金の上昇はおぼつかない。

 サービス業の生産性向上の支援など、掲げた政策の実行を政府は急いでもらいたい。企業が成長分野に参入しやすくする規制改革もペースを上げる必要がある。

原発再稼働を考える―稼働ゼロの実績を土台に

 東日本大震災後、すべての原発が止まって、まもなく2年がたつ。冷暖房に電気を多く使う夏も冬も、大規模な停電を引き起こすことなく乗り切った。

 4年前の福島第一原発事故は国家存亡の危機を招き、今も収束していない。原発の怖さを知ったからこそ、不便はあっても原発は止まったままにしたい。各種の世論調査で、半数以上が再稼働に反対しているのは、そんな思いの表れだろう。

 だが、安倍政権は原発に回帰しようとしている。8月には九州電力川内原発(鹿児島県)を再稼働させて、いずれは日本の電源の2割以上を原発でまかなうことを目指している。

 なし崩しの原発回帰に、反対する。国民生活に負担がかかりすぎないよう配慮しつつ、再稼働しない努力を最大限、するべきだ。目指すべきエネルギー社会は、再生可能エネルギーが主軸であり、原発が基本的な電源となる社会ではない。

■避けられた電力不足

 朝日新聞は11年7月に社説で「原発ゼロ社会」を提言した。

 ◆古い原発や危険度の高い原発から閉め、20~30年後をめどにすべてを廃炉にする。稼働させる原発は安全第一で選び、需給からみて必要なものに限る

 ◆節電・省エネ対策を進めつつ、再エネの開発・普及に全力をあげる。当面は火力発電を強化しても、長期的には脱原発と温暖化防止を両立させる

 ◆多様な事業者の新規参入を促す電力改革を進め、消費者側の知恵や選択が生きる分権型のエネルギー社会に転換する

 基本的な考え方は、今も変わらない。しかし、この4年間で状況は変わった。

 最も劇的だったのは、原発による発電がゼロになったことだ。4年前は、全国で原発が動いていた。その後、定期点検のため次々に休止し、一時的に関西電力大飯原発(福井県)が動いたものの、13年9月以降、一つの原発も稼働していない。

 この間、心配された電力不足は起きなかった。緊急電源をかき集めてしのぐ局面もあったが、節電の定着をはじめ、火力の能力を高めたり電力会社の垣根を越えて電力を融通しあったりすることで、まかなえた。

 ただし、原発稼働をゼロのまま定着させる環境が盤石になったとは、まだ言えない。

 大規模発電所から遠方の大消費地に電気を送る集中立地型の供給態勢は、原発事故後もそのまま残る。システムの脆弱(ぜいじゃく)さは克服されていない。電力使用量のピーク時に大きな火力発電所が故障すれば、不測の事態が起きる可能性も消えてはいない。

■システムはなお脆弱

 電力の9割を火力に頼っている現状が持続可能とも言えないだろう。エネルギー源を輸入に頼る以上、為替や価格の変動リスクに常にさらされる。

 電気料金にしても、国民や日本経済が値上げをどの程度まで許容できるのか。詳細な調査もないままに、値上げが生活や経済活動に深刻な影響を与えることは避けなければならない。

 国民生活に深刻な影響を与えるリスクはゼロとなっていない。そう考えれば、最後の手段としての再稼働という選択肢を完全に否定するのは難しい。

 それでも、個々の原発に対する判断は、きわめて慎重でなければならない。「この原発を動かすことで、どんな不利益を回避できるのか」「電力を広域的に融通して電力需要に応えてもなお、再稼働は必要なのか」といった観点から納得のいく説明ができなければならない。

 原発の安全性が立地条件から見ても十分に確保されていることや、周辺の住民が避難できる手段が整っていることは、当然の前提になる。稼働ゼロの実績は、それだけ再稼働へのハードルを高くしている。

 こうした状況のもとで、できるだけ早く再エネを育て、分散型の電力システムへと切り替えていく。そのためには、新たな方向へと誘導する政策努力が欠かせない。

 政府は改革の道筋を立て、送電網の充実、原発のゴミ処分などに資源を集中させる。廃炉を進める態勢づくりや、収益源だった原発を失う立地自治体への支援、原発関連の事業者への経過措置も必要になる。

■原点は福島第一原発

 ところが、安倍政権は逆を行こうとしている。「原発依存度を可能な限り低減する」としながら、原発を維持する方向へ転じて「原子力規制委員会がOKした原発はすべて動かす」と判断を丸投げした。規制委は、発電所に限って物理的な安全性を見るにすぎず、政策全体に責任を負うものではない。

 立地自治体には「国が責任を持つ」といいながら、具体的な中身はない。川内原発の場合でも住民の安全確保や、火山噴火の問題は積み残したままだ。

 原発を考える原点は、福島第一原発の事故にある。今、原発は動いていない。この実績を生かすことを考えるべきである。

TPP閣僚会合 合意へ交渉カードを出し切れ

 環太平洋経済連携協定(TPP)交渉の大筋合意を目指す、大詰めの閣僚会合が始まった。

 TPPは、日米など12か国が高いレベルで貿易や投資を自由化し、アジア太平洋地域の経済成長を加速させる構想である。世界経済の4割近くを占める自由貿易圏を構築する意義は、極めて大きい。

 5年にわたる曲折を経て、ようやく醸成されたTPP合意への機運を生かさねばならない。参加国は、温存してきた交渉カードを、今こそ切るべきだ。

 これまでの交渉で、31分野にわたる協定のうち約8割で決着の道筋がついたとされるが、妥協の難しい案件ほど積み残しとなっている。楽観は禁物だろう。

 交渉全体の妥結には、経済規模の大きい日米が、2国間協議で合意することが不可欠だ。

 今回を逃せば、来年秋に大統領選を控えた米国で国内産業の保護を求める声が強まり、決着のハードルはさらに高くなろう。日米が決裂し、TPP交渉全体を漂流させる事態は避けねばならない。

 米国産コメの無関税輸入枠の拡大規模や、日本製自動車部品の関税を引き下げる時期など、主要な対立点で日米の距離は縮まってきたという。

 折り合うために一定の譲歩をしつつ、いかに国益を守るか。甘利TPP相は戦略的かつ、したたかに交渉に臨んでもらいたい。

 全体交渉では、米国など先進国と新興国の溝が埋まるかどうか、なお予断を許さない。

 国有企業への優遇撤廃に関しては、各国に例外措置をどの程度認めるかを巡って協議が続く。

 投資分野でも、進出国の協定違反で損失を受けた企業が、相手国の政府に損害賠償を求めることができる「ISDS条項」に、豪州や新興国が難色を示している。

 知的財産分野では、新薬開発のデータ保護期間の扱いが焦点だ。大手製薬会社の多い米国が「12年」を主張し、安い後発医薬品を早く使いたい新興国は「5年以下」を求めて対立するが、ここへきて妥協を探る動きも出てきた。

 両者の間を取って「8年」案を提示している日本が積極的に調整役を務め、打開を目指したい。

 気がかりなのは、カナダの2国間協議の遅れだ。今秋に総選挙を控え、乳製品などの市場開放に応じにくい事情がある。

 日米には、カナダ抜きで大筋合意を図るべきだとの声もあるが、TPP参加国の結束という点で望ましい対応とは言えまい。

自民慰安婦提言 誤解拭う対外発信を強めたい

 日本の名誉が不当に傷つけられている事態は、看過できない。事実誤認を的確に正すため、対外発信力を戦略的に強化することが急務である。

 自民党が、慰安婦問題をめぐる海外の誤解を解消し、日本の名誉と信頼を回復するための提言を安倍首相に提出した。

 いわれなき批判に対し、政府が様々なチャンネルを通じて、関係者に正確な情報を提供し、積極的に反論するよう求めている。

 首相は「提言をしっかり受け止める」と述べた。提言内容を今後の政府の施策に迅速かつ適切に反映させねばならない。

 ある米国の高校教科書は慰安婦に関し、「日本軍が最大20万人にも及ぶ14歳から20歳の女性を徴用した」と記している。日本政府が抗議したが、誇大な数字や不正確な記述は是正されていない。

 米国議会などの慰安婦批判決議には、「性奴隷」という歪曲した表現が頻繁に使われている。

 このままでは、誤った認識が拡散し、既成事実化しかねない。

 提言は、昨年8月、朝日新聞が吉田清治氏の慰安婦強制連行の証言を虚偽と認めたことが一つの契機となった。32年間も「十分な検証もせず記事を捏造し続け」た朝日新聞の責任は、取り返しがつかないほど大きい、としている。

 1993年の河野洋平官房長官の談話については、河野氏が談話発表後の記者会見で、強制連行の「事実があった」と述べたことを「重大な問題」と指摘した。

 談話自体は強制連行は確認できないとの認識で作成されたが、河野氏の発言により、強制連行があったかのような誤った認識が世界に広がった、と認定している。

 後に自民党総裁、衆院議長を務めた河野氏に対する自民党の見解としては、異例と言える。

 政府は、強い危機意識を持って、慰安婦問題に関する海外広報戦略に取り組む必要がある。

 留意すべきは、反論の方法を誤ると、かえって「女性の人権軽視」といった誤解を与え、国際社会の反発を招きかねないことだ。

 提言は「女性を民間業者が募集し働かせ、女性の人権と尊厳を著しく傷つけた点に議論の余地はない」と明記した。この前提を踏まえた反論こそが説得力を持つ。

 政府は、請求権問題は法的に解決済みとの立場だ。それでもアジア女性基金を設立し、韓国などの元慰安婦285人に、首相のお詫びの手紙と償い金を渡した。

 こうした事実も伝え、効果的な内外への発信に努めるべきだ。

2015年7月29日水曜日

大学を衰弱させる「文系廃止」通知の非

 文部科学省が全国の国立大学に対し、人文社会科学系の学部・大学院のあり方を見直すよう求めた通知に反発が強まっている。ことさらに「組織の廃止」に言及するなど問題の多い内容であり、批判が高まるのは当然だろう。

 時代の変化のなかで大学がその役割を自らに問い、改革を続ける必要があるのは言うまでもない。しかしこんどの要請は「すぐに役に立たない分野は廃止を」と解釈できる不用意なものだ。文科省は大学界を混乱させている通知を撤回すべきである。

 この通知は、国立大の第3期中期目標・中期計画の期間(6年間)が来年度から始まるのに合わせて出された。各大学は新たな中期目標・中期計画を、これに沿ってつくるよう求められている。

 通知のなかで文科省は「各大学の強み、特色、社会的役割を踏まえた速やかな組織改革を」と注文をつけ、特に教員養成系学部・大学院、人文社会科学系学部・大学院について「組織の廃止や社会的要請の高い分野への転換に積極的に取り組むよう努める」とした。

 かねて文科省は国立大に、旧態依然たる横並びから脱し、グローバル化や大学ごとの特色を出すための取り組みを求めてきた。その方向性自体は理解できる。

 しかし今回、人文社会科学だけを取り上げて「廃止」にまで踏み込んだのは明らかに行き過ぎである。文科省は「廃止」に力点は置いていないと釈明するが、大学側への強い威圧と受け止められても仕方があるまい。

 また、通知にある「社会的要請」とはそもそも何か。実学的なスキル育成だけでなく、歴史や文化を理解する力、ものごとを批判的に思考する力を持つ人材を育てるのも大学の役割ではないか。そうした機能を失った大学は知的な衰弱を深めるに違いない。

 さきの国立大学協会の総会では、文科省の姿勢に多くの懸念が示されている。日本学術会議も今月23日に「教育における人文社会科学の軽視は、大学教育全体を底の浅いものにしかねない」と強い調子で批判する声明を出した。

 文科省は、国立大の運営費交付金の配分権を握っている。この権限をバックに大学に画一的な「改革」を押しつけても真の成果は期待できまい。11年前の国立大法人化のとき、文科省は大学の自主性を高めると説明していた。その約束はほごになったのだろうか。

安保法案の説明は謙虚に

 安全保障関連法案の参院での審議が始まった。なぜ有権者の理解が進まないのか。世論調査の結果を分析すると、法案がわかりにくいこともさりながら、安倍政権の高飛車な言動への反発が影響していることが読み取れる。今後の国会審議では丁寧さに加え、謙虚さが求められる。

 「法律がないと日米間でもできる訓練とできない訓練がある」。参院の特別委員会の審議で、元自衛官の佐藤正久氏(自民)は安保法案の早期成立を訴えた。

 政府・与党は参院では衆院に比べて与党質問の割合を大幅に増やす方針。与党議員と閣僚の掛け合いで法案の必要性を説く狙いだ。

 他方、野党議員は礒崎陽輔首相補佐官を追及した。礒崎氏は選挙区での会合で法案について「法的安定性は関係ない」と発言し、与党内からも批判が出ていた。

 政府はこれまで(1)安保法案は1972年の政府資料を根拠としており、法的に継続性がある(2)集団的自衛権に関する憲法解釈の見直しはあくまで「限定的」である――と説明してきた。

 国際情勢が変動しているのだから法的継続性はいらないとする礒崎氏の発言はこれと矛盾する。

 日本経済新聞の最新世論調査によると、安倍内閣を支持しないと答えた人に理由を聞いたところ、最も多かったのは「政策が悪い」(41%)だが、ひところよりは減っている。ここに来て急増したのは「政府や党の運営の仕方が悪い」(38%)だ。

 要するに、首相に近い議員の勉強会での放言騒動などを含め、安倍政権に数のおごり的な雰囲気を感じるのだろう。

 消費税を初めて導入した際、当時の竹下登首相は法案審議に先立ち「低所得層の負担が重くなる」など6つの懸念を自ら例示した。反対派に寄り添う姿勢をみせることで批判を和らげた。

 政治は周囲を説得して合意をつくり出す作業である。安倍政権は野党との接点づくりに努めてほしい。正しいから正しいでは困る。

参院選挙改革―大きな汚点を残した

 鳥取と島根、徳島と高知をそれぞれ「合区」するなどして、参院の定数を「10増10減」する改正公職選挙法が成立した。都道府県単位の選挙区が統合されるのは、参院選が始まって以来初めてのことだ。

 最高裁に「違憲状態」だと指摘されたまま、来年夏の参院選に突入する愚だけはかろうじて避けられた。しかし、参院本会議での採決は、賛成131、反対103という小差。合区対象となる4県選出の自民党議員6人は退席した。

 2年近くかけて議論してきたにもかかわらず、である。

 議論を尽くし、意見の違いを調整して、公共の利益にかなう結論を出す。それが民主主義的手続きの基本である。とりわけ代表民主制の基礎となる選挙制度は、党派を超えた幅広い合意のうえで決めるのが筋だ。

 それなのに、際だったのは議論を主導すべき自民党の怠慢である。最大格差が4倍を上回る「6増6減」案を示すなど、場当たり的な対応を重ねたあげく、来年の参院選が約1年後に迫るなか、維新の党など野党4党が出した「10増10減」の「助け舟」にしぶしぶ乗った。

 それでも一票の最大格差は、2・97倍もある。憲法が求める「投票価値の平等」にこたえ得るか、深刻な疑問符がつく。

 一方、民主、公明両党などが共同提出した「10合区」案は、最大格差が1・95倍。一票の不平等を正すという点では自民党案よりはましである。少なくとも来年の参院選はこちらで行うべきだったが、国会ではほとんど議論されなかった。主権者である国民は考える機会も材料も与えられないまま、結論だけが押しつけられた形だ。

 今回、改正法の付則にはこんな一文が盛り込まれた。「選挙制度の抜本的な見直しについて引き続き検討を行い、必ず結論を得るものとする」。しかしこれは3年前、「4増4減」して現行制度に改めた時の付則に「必ず」が加わっただけだ。

 合区が最善かには議論の余地がある。日本の人口減少と都市への人口集中が進めば、今後も同じような小手先の数字合わせが繰り返され、ずるずる合区を重ねる事態になりかねない。

 それでいいのか? その答えを探るためにも、「参院の役割とは何か」を根本から議論する必要がある。

 ところが毎回、答えを出せないまま、弥縫(びほう)策でお茶を濁す。その繰り返しが、自らの正統性と「良識の府」の看板をどれだけ傷つけてきたか、参院議員はいつになったら気づくのか。

「違憲」法案―軽視された法的安定性

 安全保障関連法案をめぐり、安倍首相の側近で法案作成にあたった礒崎陽輔首相補佐官の発言が、波紋を広げている。

 「考えないといけないのは、我が国を守るために必要な措置かどうかで、法的安定性は関係ない」と講演で語ったのだ。

 法的安定性とは何だろう。

 憲法や法律、その解釈はみだりに変更されないことで社会が安定する。国家権力はその範囲内で行動しなければならない。民主国家として、法治国家として当たり前のことだ。

 この法的安定性が改めて注目される背景には、安倍政権が踏み込んだ、集団的自衛権をめぐる憲法解釈の変更がある。

 政権は「憲法解釈上、行使できない」としてきた歴代内閣の見解を「行使できる」と百八十度転換。「それでも法的安定性は保たれる」としてきた。

 これに対し、多くの憲法学者や内閣法制局長官OBらは「それでは法的安定性は失われる」と指摘してきた。

 つまり、法案が「合憲か、違憲か」を左右するキーワードである法的安定性について、解釈変更を引っ張ってきた礒崎氏が「関係ない」と切り捨てたことになる。礒崎氏はきのう「おわび」をし、首相も「誤解を与えるような発言は慎むべきだ」と語ったが、法案が違憲であるとの疑いがますます濃くなったと言わざるを得ない。

 法的安定性を重んじる社会であればこそ、国民は、権力は憲法の下で動くという安心感、信頼感のなかで生活できる。権力が法的安定性を軽視することは法の支配に反し、憲法が権力を縛る立憲主義に反する。

 仮に法的安定性のない法案が成立したら、どうなるか。

 想定されるのは、自衛隊の海外派遣中に憲法の番人である最高裁が違憲判決を出したり、政権交代によって再び憲法解釈が変更されたりする可能性だ。

 不安定な立場のまま自衛隊員が海外で生命の危険にさらされていいはずがない。自衛隊がともに活動する相手国に対しても無責任ではないか。

 代表質問で民主党の北沢俊美元防衛相はこう訴えた。

 「日本の強さは、精強な自衛隊員の努力やたゆまぬ外交によってのみ、実現するのではありません。国家統治の柱である憲法の下、立憲主義と平和主義がしっかり機能してこそ、国民は団結し、諸外国も日本に信頼を寄せるのです」

 傾聴すべき意見である。

 権力が恣意(しい)的に憲法を操ることは許されない。政権は根本から考えを改めねばならない。

参院選制度改革 「合区」後の議論を早く始めよ

 都道府県単位の選挙区を一部で見直す、前例のない制度変更だ。来夏の参院選が混乱しないように、各政党や関係者は準備を急ぐ必要がある。

 参院選への「合区」の導入を柱とする改正公職選挙法が成立した。「鳥取と島根」「徳島と高知」の2合区に加え、選挙区の定数配分の変更により、全体では定数を「10増10減」する。

 「1票の格差」は、2013年参院選の最大4・77倍から2・97倍に縮小する。最高裁が認定した「違憲状態」を解消する過渡的な措置として、やむを得まい。

 自民、維新、次世代各党などが賛成したが、公明党は「格差是正が不十分」として反対した。1999年の自公の連立以降、両党が法案の賛否で分かれたのは初めてだ。党利党略が絡む選挙制度改革の難しさが浮き彫りになった。

 改正公選法の付則は、19年参院選に向けて、参院のあり方を踏まえた選挙制度の抜本改革を目指し、「必ず結論を得る」と明記した。残された時間は決して長くない。参院各会派は、早急に議論を始めるべきである。

 地方の過疎化と都市部への人口流入に伴い、今後、1票の格差が拡大するのは確実だ。

 最高裁は、10年参院選に関する判決から都道府県単位の選挙区に否定的見解を示すようになった。だが、憲法が、選挙制度について国会に一定の裁量権を認めているのを軽視すべきではあるまい。

 安易に合区を増やすことには、地方の反対が根強い。各県は固有の歴史や文化、地域事情を持つのに、合区の対象県のうち1県は「地域代表」を失い、国政に意見を届けにくくなるからだ。

 各党の判断で、出馬できない候補を比例選で処遇するとしても、調整の難航は避けられない。

 選挙区選と全国比例選を組み合わせた現行制度を前提にした改革は、限界を迎えつつある。

 参院には、衆院の抑制・補完という機能が求められる。それにふさわしい高い識見を持つ人材を選ぶには、どんな制度が良いか。

 自民党からは、改選ごとに各都道府県から最低1人の参院議員を選出する仕組みを憲法に明記するよう求める意見も出ている。

 与野党で論議を深めることが重要だ。有識者懇談会を設置し、検討を委ねるのも一案だろう。

 参院選改革と同時並行で、法案の衆院再可決の要件緩和など「強すぎる参院」の是正策についても、憲法改正を排除せずに、本格的に検討しなければならない。

「チーム学校」 いじめ解決に専門家の力を

 いじめや不登校で苦しむ子供を助けるには、心理や福祉の専門スタッフの力を借りることも有力な選択肢だろう。

 その観点から、中央教育審議会の作業部会がまとめた「チーム学校」に関する中間報告は注目に値する。

 臨床心理士や社会福祉士などの資格を持つスクールカウンセラーやスクールソーシャルワーカーを法令上、学校に必要な職員と位置付け、教師とチームを組んで問題解決に取り組むよう求めた。

 教師だけが子供の指導に携わる学校文化を改める意味を持つ。

 岩手県で中学2年の男子生徒が自殺した問題では、生徒が担任教師と交わす生活記録ノートで、いじめ被害を示唆していた。

 しかし、学校の調査報告書によると、担任教師は生徒を気遣っていたものの、話を聞いたことで、生徒を前向きな気持ちにさせ、解決したと思っていた。いじめではなく、「ちょっかい」「からかい」といった認識だったという。

 教師は生徒に関する情報を校長らに報告していなかった。問題を一人で抱え込み、対応が後手に回った典型例と言えよう。

 早い段階から、カウンセラーも関与していたら、追い込まれていく生徒の心理状態を理解し、適切に対応できたかもしれない。

 川崎市の中学1年の男子生徒が殺害された事件では、担任教師が不登校になった男子生徒に面会できないまま、悲劇が起きた。

 この場合でも、ソーシャルワーカーを活用していれば、最悪の事態を防げた可能性が指摘されている。頻繁に家庭訪問を重ねて話を聞き、警察などとも連携しながら、交友関係の改善に向けた手助けが望めるためだ。

 各自治体は、こうした専門人材を学校に派遣しているが、複数の学校の掛け持ちで勤務日数が限られ、ニーズに応じ切れていないのが実情だ。文部科学省には、人員の安定的な確保が求められる。

 中間報告は「部活動支援員」の新設も提案した。外部の指導者が運動部の顧問を務め、対外試合の引率などを行えるようにする。部員の技量向上だけでなく、部活動の指導に時間を取られる教師の負担軽減にも役立つだろう。

 支援員が「勝利至上主義」に陥って、行き過ぎた指導に走らないよう、教育委員会が研修を徹底することも大切だ。

 「チーム学校」が実現すれば、担任教師が児童・生徒と向き合う時間が増える。きめ細かな対応につなげることが重要である。

2015年7月28日火曜日

高い質を伴うTPP合意の好機逃すな

 日米など12カ国による環太平洋経済連携協定(TPP)締結に向けた交渉は、28日から始まる閣僚会合でいよいよ総仕上げの段階に入る。

 世界経済の4割弱を占める12カ国が貿易や投資の拡大を通じ、アジア太平洋地域の経済を活性化する意義はきわめて大きい。高い質を伴う内容で大筋合意する好機を逃してはならない。

 TPPは物品にかかる関税の撤廃・削減にとどまらず、知的財産権や環境、労働、国有企業を含む幅広い貿易・投資のルールを定めるものだ。実質的に新たな国際標準となる可能性を秘める。

 2010年に始まった交渉は、対象31分野のうち17分野で事実上決着した。閣僚会合は未解決の懸案を決着させる最大のヤマ場となる。今こそ12カ国の閣僚はこれまで温存してきた最後の交渉カードを切るときだ。

 12カ国は全体会合と並行して、2国間の会合で関税交渉をする。経済規模の大きな日米の交渉の成否は交渉全体にも影響する。米国産コメと、日本製自動車部品の扱いをめぐり、両国は早期に合意する必要がある。

 関税以外では、知的財産権が最大の焦点だ。新薬の開発データの保護期間を何年に設定するかをめぐり、米国とオーストラリアなどが鋭く対立している。

 著作権の保護期間や、ワインやチーズなどの特産物につける地理的表示のルールづくりといった課題もある。

 多国籍企業が進出先政府を訴えることができる「ISDS条項」が焦点の投資分野や、国有企業の分野などでも、米国とそれ以外の国の間で対立が目立つ。日本は双方に歩み寄りを促す積極的な仲介役も果たしてもらいたい。

 気になるのは、カナダの2国間交渉が遅れていることだ。カナダは乳製品、鶏肉などの市場開放に慎重な姿勢を崩していない。ニュージーランドも日米やカナダへの乳製品の輸出拡大を強く主張している。

 日米からは一部の国を外して大筋合意を探る声が出ているものの、望ましい姿とはいえない。また、合意ありきで関税撤廃の程度が小さくなっては困る。

 TPPは、世界最大の自由貿易圏をつくる画期的な取り組みだ。12カ国はあくまで野心的な内容で合意できるように精力的に交渉を進めるべきだ。

宇宙の夢にも優先順位を

 宇宙への夢を広げる話題が紙面をにぎわしている。

 米航空宇宙局(NASA)の無人探査機「ニューホライズンズ」が打ち上げから9年半をかけて冥王星に最接近し、その素顔を写した映像を送ってきた。

 驚いたことに、冥王星の表面には巨大な氷の山や平原など多様な地形があることがわかった。氷の下に何らかの熱源があり、地球の「地殻活動」にも似た地表面の動きがあるとうかがわせる。太陽系の成り立ちの謎を解く手がかりになりそうだ。

 一方、日本の宇宙航空研究開発機構(JAXA)の油井亀美也さんが国際宇宙ステーションに搭乗し約5カ月間の任務を開始した。宇宙飛行に挑んだ日本人は油井さんで10人目だ。

 ステーション滞在中に、油井さんは無重量状態が生物に与える影響を調べ、宇宙に存在するとされながら目に見えない「暗黒物質」の観測にも取り組む予定で、その成果が期待される。

 こうした宇宙の探査や利用にはお金に換算できない価値がある。

 探査機の画像や油井さんの笑顔を目を輝かして見詰める子どもたちがいる。宇宙開発は子どもたちの豊かな探究心を育てるよい触媒だ。次世代が探究心や創造力を欠いては、活力があり持続可能な世界を築いていくことは難しい。探査機の開発などで培われた技術も社会に役立つに違いない。

 とはいえ夢にも優先順位が要る。JAXAの予算は年間約2千億円。NASAの10分の1、欧州宇宙機関(ESA)の3分の1程度だ。ロケット開発から有人飛行、「はやぶさ」のような無人探査機まで手広く進めると、研究基盤や成果が欧米に比べ中途半端で厚みに欠くものになりかねない。日本にとって何が本当に大事なのかを見極めて投資する必要があろう。

 とくに国際宇宙ステーションへの参加は約400億円の予算が毎年かかる。参加を通じ日本が何を得られるのか、国民に示したうえで継続を判断すべきだ。

安保法案、参院審議―危機に立つ政治への信頼

 新たな安全保障関連法案が、きのう参院で審議入りした。

 衆院の法案審議は無残な結果に終わった。

 集団的自衛権の行使をどんな場合に認めるのか、法案の核心である存立危機事態についてすら政府の説明は不明確なまま、世論の強い反発のなかで、与党が数の力で採決を強行した。

 国民が法案の中身を理解していないわけではない。理解すればするほど納得できない人が増え、審議を重ねるほど反対論が広がっていく。

 日本で唯一、武力行使できる組織である自衛隊をどう動かすかの議論である。軍事抑制、国際協調を基本にしてきた戦後日本の歩みを大きく変える議論でもある。

 何よりも大事なのは、幅広い国民の信頼と合意にほかならない。ところが現状では、それが決定的に欠けている。

 憂うべき政治の惨状と言うほかない。国民の不信はなぜ、ここまで広がってしまったのか。

■危うい「結論ありき」

 原因のひとつは、広範な国民の異論に耳を貸さず、結論ありきで押し通してきた安倍政権の政治姿勢にある。

 政策上、どうしても集団的自衛権の行使が必要というなら、国民投票などの手続きをへて憲法を改正する必要がある。それが多くの憲法学者や内閣法制局長官OBらの指摘だ。

 安倍首相もそのことは分かっているのだろう。

 思い起こせば、首相に再登板してまず訴えたのが、憲法改正のハードルを下げるための憲法96条の改正だった。これが「裏口入学だ」と批判を浴びるや、首相は迂回路(うかいろ)に突き進む。内閣法制局長官の首をすげ替え、解釈改憲をはかる閣議決定で事を済ませようとしている。

 憲法は権力を縛るもの、という立憲主義を軽んずる振る舞いであり、憲法を中心とする法的安定性を一方的に掘り崩す暴挙でもある。

 その結果、いま危機に立たされているのは政治と国民の信頼関係だ。法案が成立すれば、自衛隊が海外で武力行使できるようになる。信頼のない政権の「総合的判断」を、国民がどこまで信じられるのか、根源的な危惧を感じざるを得ない。

 その行き着く先に何があるのか。自民党が野党時代の3年前に発表した憲法改正草案には、様々な制約をもつ自衛隊に代わり、国防軍の保持が明記されている。集団的自衛権は当然に認められ、憲法上、海外での武力行使も可能となる。

■軍事偏重の限界

 憲法改正には時間がかかる。国を守るという目的さえ正しければ、憲法解釈の変更も許される――。政権はそう考えているのかも知れない。

 しかし、衆院審議で焦点になった中東ホルムズ海峡の機雷掃海に、それだけの切迫性があるとは思えない。

 朝鮮半島有事についても、すでに周辺事態法があり、その再検討と、個別的自衛権の範囲で対応可能だろう。

 やはり法案の最大の目的は、軍拡と海洋進出を進める中国への対応に違いない。

 政権としては、与党が衆参で圧倒的な数を持つ間に法案を通し、日米同盟と周辺諸国との連携を強化していくことで、中国への抑止力を高めたいということだろう。

 だが、中国に近接する日本の地理的な特性や、両国に残る歴史認識の問題の複雑さを考えれば、中国と軍事的に対峙(たいじ)する構想は危うさをはらむ。

 米国からは、南シナ海での自衛隊の役割強化を望む声も聞こえてくる。だが人口減少と高齢化にあえぐ日本の国力からみて軍事偏重、抑止一辺倒の考え方には、いずれ限界がくる。

 本来、日米豪と東南アジア諸国連合(ASEAN)、そこに中国も加えて協力しなければ、安定した地域秩序は築けない。長期目標はそこに置くべきであって、まずは米国と協力しながら中国との信頼醸成をはかり、その脅威を低減させる方がむしろ現実的ではないか。

 これまでの法案審議で欠けているのは、こうした本質的な安全保障論である。

■周回遅れの安保論議

 政権はことあるごとに「安全保障環境の変化」を強調している。しかし軍事に偏った法案には「周回遅れ」の印象がある。

 非国家主体の国際テロに対しては、軍事力や抑止力の限界を指摘する声が一般的であり、この法案では回答にならない。原発テロが安全保障上の脅威となり、サイバー攻撃が重要な意味をもつ時代に、この法案がどのように役立つのか。そこもよくわからない。

 政治手法にも法案の目的にも深刻な疑問符がついた状態で、信頼と合意なき方向転換に踏み切れば、将来に禍根を残す。

 参院審議を機に、もう一度、考えたい。本質的な議論を欠いたまま戦後日本の価値を失うことの、軽率さと、罪深さを。

安保法案審議 参院でより丁寧な説明尽くせ

 国民の理解を広げる努力を重ねて、着実に成立を図ることが大切だ。

 安全保障関連法案が参院で審議入りした。

 安倍首相は本会議で、北朝鮮の核・ミサイル開発、尖閣諸島周辺での中国公船の領海侵入に触れ、法整備の必要性を訴えた。「様々な意見に耳を傾け、工夫をこらし、分かりやすく丁寧な説明を心がける」とも強調した。

 法案は、日米同盟を強化し、切れ目のない防衛体制を築くことで抑止力を高めるものである。

 ただ、国民には依然、政府の説明が不十分との声が根強い。

 読売新聞社の全国世論調査で、第2次安倍内閣の支持率が43%に低下し、初めて不支持率を下回ったのは、その表れだろう。

 政府は今後の参院審議で、自衛隊の部隊運用に悪影響を与えない範囲内で、法案内容に関する具体的な説明を尽くす必要がある。

 民主党の北沢俊美元防衛相は質問で、集団的自衛権行使の限定容認について「圧倒的多数の憲法学者が憲法違反と断じている。抜け道を選んだ」と批判した。

 首相は、「憲法解釈の最終的な機能を有する唯一の機関は最高裁で、(法案は)その判決の範囲内で憲法に合致したものだ」と反論した。1959年の最高裁砂川事件判決を踏まえた発言である。

 民主党は政府批判を優先し、参院への対案提出に慎重だ。野党が法案の合憲性などを追及するだけでは、建設的な議論にならない。責任政党なら、法案の形で具体的な考えを示すのが筋だろう。

 民主党内では、法案と直接関係ない「徴兵制」を巡る議論で足並みが乱れている。「憲法解釈が変更できるなら、徴兵制の導入も可能になる」との執行部の強引な論理に、保守派が「非現実的だ」と反発しているからだ。

 参院では、もっと本質的な安全保障論議を展開してほしい。

 維新の党も、やや迷走気味だ。党の支持率の低迷を受けて、松野代表は、政府との対決路線を強める意向で、領域警備法案などの提出に後ろ向きになっている。

 グレーゾーン事態における領域警備のあり方は、なお議論を深める余地がある。維新は、対案提出をためらうべきではあるまい。

 参院が議決しなければ、「60日ルール」により、法案は9月14日以降、衆院の3分の2以上の賛成で再可決・成立が可能になる。

 その場合、「参院不要論」が高まろう。参院は、「消化試合」と批判されないよう、審議を尽くして結論を出さねばならない。

調布小型機墜落 整備点検に問題はなかったか

 炎に包まれた住宅と裏返しになった機体が、事故の衝撃を物語る。小型機に何が起きたのか。

 東京・調布飛行場を離陸した直後の小型プロペラ機が、近くの住宅街に墜落した。民家が全焼し、巻き添えになった住民1人と、機長、同乗者の計3人が死亡した。

 警視庁は、業務上過失致死傷容疑で捜査を始めた。運輸安全委員会も調査官を派遣した。墜落原因の徹底解明を望みたい。

 「低空飛行で、おかしいと思った」「プロペラ音が止まったようだった」。目撃証言からは、墜落直前の小型機の異常な様子がうかがえる。多くの専門家が機体トラブルの可能性を指摘する。

 小型機にフライトレコーダーは搭載されていないため、目撃者や負傷した同乗者の証言が原因究明の重要な手がかりとなろう。

 機体の整備に問題はなかったのか。小型機は、不動産関連会社の所有で、航空機整備会社が管理していた。年1回の国の耐空検査に、5月に合格したばかりだった。

 今回の飛行では、整備会社から機長が経営するパイロット養成会社に時間貸しされていた。機長が事前に実施したテスト飛行では、異常がなかったとされる。

 機長は事故当日、飛行前点検も実施した。エンジンの点検内容などについて、整備記録のチェックが重要である。

 機長は、事業用操縦士資格のほか、パイロットの訓練や指導ができる「操縦教育証明」の国家資格も有していた。

 ただし、国内の飛行時間は600~700時間で、まだベテランとは言えないという。今回の飛行目的は、自らの技術を維持する「慣熟飛行」と届け出ていた。

 墜落前、小型機が本来のルートを外れ、左に旋回した理由も調べねばならない。「トラブルが起き、飛行場に戻ろうとしたところ、急激に出力が落ちたのではないか」という専門家の見方がある。

 東京都営の調布飛行場の発着数は、年1万6000回余りに上る。管制官はおらず、パイロットが自らの判断で離着陸している。

 伊豆諸島への定期便や自家用機の拠点として、利用される一方で、飛行場周辺の住民からは、事故への懸念の声が上がっていた。

 都は、事故原因がはっきりするまで、自家用機の発着を自粛してもらう方針だ。住民の不安を考えれば、適切な対応だろう。

 国土交通省は、小型機が発着する空港の安全対策や機体の整備体制などを総点検すべきだ。

2015年7月27日月曜日

補正予算を含め歳出を厳しく管理せよ

 政府による2016年度予算づくりが始まった。

 20年度までの財政健全化計画の初年度となる予算は、不要不急の事業を思い切って削り込み、歳出全体をスリムにすべきだ。

 各省の予算要求のルールとなる概算要求基準は、新味のない内容となった。

 公共事業など裁量的経費の1割を削減する。残りの金額の3割までを「新しい日本のための優先課題推進枠」という特別枠で要望できるようにするという。

 先進国で最悪の財政事情を踏まえれば、限られた予算は効率よく使わなければならない。費用対効果の高い予算に重点配分しようとするのは当然だ。

 しかし、成長戦略に沿った政策という大義名分で、旧来型の公共事業や補助金が特別枠に紛れ込む可能性はある。その中身は厳しく精査する必要がある。

 最大の政策経費である社会保障費は、前年度当初予算比で6700億円の増額要求を認めた。財務省は最終的に増額幅を5000億円程度に抑え込みたい考えだ。

 高齢化で膨らむ一方の社会保障費の効率化は急務だ。焦点の診療報酬では、薬の公定価格である薬価を大きく削り込んでほしい。さらに、医師らの技術料にあたる本体部分を含む報酬全体の引き下げもためらうべきではない。

 大事なのは、当初予算だけでなく補正予算を含めて財政規律を強化することだ。

 いくら年度当初予算の歳出の伸びを抑えても、その後で組む補正予算で歳出を膨らませてはバケツに穴があいているようなものだ。政府は補正予算を含め、毎年の歳出総額を厳しく管理する仕組みを導入することを検討すべきだ。

 経済の回復を背景にここ数年、決算ベースでみた国の税収は予算と比べて上振れした。しかし、これまではその一部か、すべてを補正予算での歳出増加の財源に使ってきた。

 安倍晋三政権は財政健全化の方法として、経済成長による税収増加を重視している。ならばなおさらのこと、せっかく増えた税収は安易に歳出拡大に使うのではなく、新規国債の発行を減らすのに役立てるのが筋ではないか。

 日本の借金の対国内総生産(GDP)比率は、危機に直面しているギリシャより高い。政府はその現実を直視し、堅実な財政運営に努めなくてはならない。

ガス田合意の原点に回帰を

 中国が東シナ海でガス田開発を進めている。政府は日中の境界線が未画定の東シナ海で中国が2013年6月以降、新たに12基の構造物を建設していると発表した。日中合意の精神に反して既成事実を積み重ねる手法は容認できない。中国に強く自制を促したい。

 日中両国は08年6月、双方の海岸線から等距離の地点を結ぶ中間線付近の白樺ガス田を共同開発し、特定海域を共同開発区域とする合意に達した。だが、中国は10年に条約交渉を延期し、中断したままになっている。中国で軍が中心の対日強硬派が合意履行に反対したのが影響した。中国はまず08年合意の原点に立ち返るべきだ。

 日本側には海上施設の軍事利用への懸念が出ている。中国がレーダーやヘリポートの設置に動くのではないかとの心配である。中国は南シナ海で岩礁埋め立てや滑走路建設を進めている。既に中国が防空識別圏を設置している東シナ海でどういう行動に出るのか注意を要する。

 中国のガス田開発は中間線の中国側で実施されている。日本への一定の配慮はみられる。とはいえ境界線が画定していない海域での一方的な海洋資源の開発には大きな問題がある。中国も当時の合意で「境界画定までの過渡的期間、双方の法的立場を損なわない」との方針を確認している。

 政府は中国の動きを長い間、公表してこなかった。外交上の過度な配慮には問題が残る。一方、このタイミングでの公表には安全保障関連法案に理解を得たいとの思惑もにじむ。主権が絡む問題は双方の疑心を深めないよう冷静な対処が求められる。

 安倍晋三首相は9月初旬にも中国を訪れ、習近平国家主席と会談することを検討中だ。過去2回の日中首脳会談では日本側から東シナ海問題を提起した。日中間には対話の機運があり、中国側も話し合いを拒んではいない。次回会談で両首脳はガス田を含めた懸案を真剣に議論し、納得できる解決策を探る環境を整える必要がある。

核燃料サイクル―計画は白紙に戻すべきだ

 8キロで原爆が作れるとされるプルトニウムは、国際社会がいま、最も神経をとがらせる物質の一つだ。それを日本は47・8トン(昨年末時点)保有している。前年より0・7トン増えて、原爆5975発分である。

 利用計画のないプルトニウムを取り出すことは、核不拡散の原則に反する。日本のプルトニウムは、政府が計画する「核燃料サイクル事業」で燃料として使うことになっている。これを保有する理由にしている。

■疑念を招く要因に

 ところが、核燃サイクルは、技術的に困難だったり、採算が合わなかったりと、政府の思惑通りに計画が実現できる見通しはない。計画の破綻(はたん)は内外に明らかだと言って良い。

 実際、海外からは「使う見通しのないプルトニウムを持つのは、日本が核兵器保有を考えているからではないのか」と疑念さえ招いている。国内にも「潜在的な核抑止力」との位置づけが見え隠れするが、唯一の被爆国であり平和国家を任じる日本にとって、外交上マイナスだ。

 プルトニウム保有の理由としている核燃サイクルは技術、費用、安全性、外交のどの観点から見ても合理的とはいえない。計画は白紙に戻すべきである。

 核燃サイクルは、原発の使用済み燃料を再処理してプルトニウムとウランを取り出し、再び利用する仕組みだ。

 経済産業省は昨年まとめたエネルギー基本計画で「サイクル政策の推進」を明記した。①福井県にある高速増殖原型炉「もんじゅ」での研究継続②青森県六ケ所村で日本原燃が進める再処理工場の稼働③プルトニウムを含む「MOX燃料」をふつうの原発で燃やす「プルサーマル」が主要な柱となっている。

 しかし、三つともそれぞれ困難に直面している。

■見通し欠く3本柱

 まず「もんじゅ」である。

 燃料として燃やした以上のプルトニウムが得られる「夢の原子炉」をめざした。しかし、20年前のナトリウム漏れ火災以後ほとんど止まったまま。大量の点検漏れも発覚し、運転再開はまったく見通せない。

 各国でも、水と激しく反応するナトリウムをめぐる技術開発などに手を焼き、先進国の多くはすでに撤退している。

 次に日本原燃の再処理工場。使用済み核燃料からのプルトニウムの取り出しは現在、英仏に委託している。これを国産化しようという計画で、1997年には完成しているはずだった。

 しかし、これまで20回以上、完成時期が延び、建設開始からも22年がたった。建設費は当初計画の7600億円から2兆2千億円に膨らんだ。

 来年3月の稼働をめざして原子力規制委員会の審査を受けている。稼働後40年間で、約3万トンの使用済み燃料の再処理に12兆6千億円かかると試算されているが、さらに膨らみそうだ。

 日本原燃は、原発を持つ電力会社がお金を出して運営する株式会社だ。もっと原燃への国の関与を強めて、事業を支える検討も始まっている。巨額の財政赤字を抱えて社会福祉など歳出の抑制が始まっている日本にそんな余裕があるのか。

 唯一、実用化していたプルサーマルも先行きが見通せない。

 再処理費用をかけた分、MOX燃料はウラン燃料に比べ割高になる。これまで海外に加工を依頼して輸入したMOX燃料の価格は、通常のウラン燃料の7~9倍とも推計される。

 費用がかかりすぎ、使用済み核燃料などのゴミを減らす効果もほとんど期待できない。MOX燃料を使う場合には、地元自治体の事前の了解が不可欠だ。東日本大震災前でも、実際にMOX燃料を使えるようになったのは4基で、業界の事前の計画の4分の1程度にとどまった。

■凍結こそ平和に貢献

 再処理をやめるのに約5兆円をかけたとしても、使用済み燃料を直接、地中に埋めて処分するほうが安上がりだとの試算もある。核兵器に転用できるプルトニウムの保有は、テロの標的になるなどのリスクも招く。

 米シンクタンク「核不拡散政策教育センター」のソコルスキー代表(元国防総省不拡散政策担当)らが先月、日中韓3カ国で政府高官を訪ね、「経済合理性のない再処理事業の計画や構想の停止を、日中韓、あるいは米国も含めた4カ国で同時に宣言してはどうか」と提案した。

 日本政府は来年3月、再処理工場を稼働させる考えだ。そんな状況に触れると、中国でも韓国でも色をなしたという。

 「再処理停止は東アジアの安全保障環境を改善する。特に非核保有国で先頭を行く日本の再処理停止は、韓国やイランなど他の非核保有国に対して新たな規範を示すことになり、意味は大きい」とソコルスキー氏。

 燃料増殖の見果てぬ夢は捨てて、核燃サイクルは凍結する。それこそが合理的で、核の不拡散と廃絶をめざす日本にふさわしい道ではないか。

仕事と介護 離職防止へ支援を拡充したい

 介護を理由とする離職をいかに防ぐか。政府と企業が連携して取り組むべき課題である。

 厚生労働省の研究会が仕事と家庭の両立支援に関する報告書案をまとめた。介護休業制度の見直しなど、介護しながら働く人を支える仕組みの拡充が柱だ。近く正式決定する。

 政府は、具体策を詰めて、来年の通常国会に育児・介護休業法改正案を提出する方針だ。

 高齢化に伴い、働きながら親の介護をする人が増えた。働き盛りの40~50歳代が中心だ。「介護離職」も年10万人に上る。共働きが増え、男性の割合も上昇傾向にある。ベテラン社員の流出は、企業にとっても痛手である。

 育児・介護休業法では、介護が必要な家族1人につき最長93日の介護休業を保障している。ヘルパーの手配など介護の態勢を整えるための期間として設定された。

 問題なのは、介護休業の取得率が3・2%と極めて低いことだ。原則として1回しか利用できないため、より大変な時期に備えて取得を控える人が目立つ。

 確かに、介護は先の予測が立ちにくい。要介護者や親族の事情で、在宅介護から施設入所への切り替えなど、態勢の変更を迫られることもあり得る。

 介護経験者の多くが、介護休業の分割取得を望んでいる。これを認めている企業では、離職割合が低いとの調査結果もある。

 報告書案が、分割取得の制度化を求めたのは適切だ。

 年5日まで認められる介護休暇についても、半日や時間単位の細切れ取得を提案した。介護休暇の対象となる通院の付き添いなど単発的な用事は、人によって回数や時間は様々だ。柔軟に利用できる仕組みが望ましい。

 長時間の残業と介護の両立は困難だ。現行法では、介護中に残業時間を制限する規定はあるが、育児中に認められる残業免除は適用されない。独自に免除している企業では離職が少ない。制度化も検討すべきだろう。

 企業の取り組みも重要だ。

 周囲に気兼ねして、介護休業などの利用をためらう人が多い。社内外の支援制度の周知も十分とは言えない。従業員が介護の問題を抱えているかどうか、把握さえしていない企業が半数に上る。

 企業は、相談体制を整備するとともに、従業員のニーズ把握と情報提供に努めてもらいたい。管理職研修などで日頃から介護についての理解を深め、両立しやすい職場作りを進めることも大切だ。

山岳遭難事故 体力や技術と相談して登ろう

 本格的な夏山シーズンに入った。各地は登山客でにぎわうが、心配なのは遭難事故だ。

 警察庁のまとめでは、山岳事故は年々増加傾向にあり、2014年の遭難者は統計史上最多の2794人だった。死者は272人、行方不明者39人、負傷者1041人に上る。

 40歳以上が遭難者全体の76%を占める。60歳代が最も多く、70歳代、50歳代と続く。死者・行方不明者の9割超が中高年だ。

 登山ブームで、中高年の愛好者が増えていることが背景にある。日本生産性本部の「レジャー白書」によると、登山人口推計770万人の約7割が40歳以上という。

 全身運動によって心肺機能が高まり、脚の筋力が鍛えられる。森林浴によるストレス解消や免疫力アップも期待できる。単なるレジャーにとどまらぬ魅力が、中高年を山に向かわせるのだろう。

 問題なのは、加齢による体力の衰えや技術不足を自覚せず、難しい山を選んで事故に遭うケースが絶えないことだ。

 最も多い遭難原因は「道に迷う」で、全体の4割に達している。「滑落」「転倒」が続く。

 十分な準備をして無理のない計画を立てていれば、多くは避けられたのではないか。

 遭難を防ぐには、自らを過信せず、力量に見合った山を選ぶことが肝心である。例えば、長野、静岡、山梨、新潟の4県が公表している難易度表「山のグレーディング」を使うのも一つの方法だ。

 計388の主要な登山ルートを、距離や地形などの特徴に応じて、10段階の体力度と5段階の技術レベルでランク付けしている。登った経験のない山でも、どの程度の体力や技術が必要かをイメージできる利点がある。

 ただし、この表は、雪がない時期で、天気が良好な場合を前提としている。出発前に最新の気象状況をチェックし、装備や行程など登山計画を念入りに吟味することが欠かせない。

 登山者の氏名や連絡先、行動予定などを記した登山届を、事前に登山口のポストや管轄の警察署に提出することは大切だ。届け出はインターネットでもできる。

 条例で提出を義務づけている自治体もある。家族にコピーを渡しておけば、より安心だ。万一の際、早期救助につながるだろう。

 日常的な体力づくりはもちろん、ねんざや骨折の応急処置の仕方を学んでおくことも必要だ。

 「自己責任」を自覚した上で、大自然を満喫したい。

2015年7月26日日曜日

欧州は統合の歩みを後退させるな

 経済・通貨統合を軸に平和と繁栄を築いてきた欧州が、歴史の逆回転につながりかねない事態に直面している。債務問題に苦しむギリシャは金融支援を受ける見通しとなったが、ユーロ圏離脱の危機から抜け出したわけではない。英国では欧州連合(EU)からの脱退論が台頭し、国民投票で残留の是非を問うことになっている。

 求心力を高めるはずの地域統合に対して逆向きの圧力が強まれば、欧州ひいては世界の安定を脅かしかねない。欧州は問題の背景に目を向け、統合の流れを強固にするよう態勢を立て直すべきだ。

域内に南北問題

 ギリシャは債務の返済不履行という最悪の事態をひとまず回避、EUからの金融支援を受けて経済再建に努めることになった。だが、支援内容や巨額の債務負担を緩和する方策は今後の交渉に委ねられており、最終解決には遠い。

 緊縮策の徹底を迫るドイツなど貸し手側と、返済負担の大幅軽減を求めるギリシャとの溝は深く、今後の展開次第ではユーロ圏離脱の危機が再燃する可能性もある。

 2009年に表面化した同国の債務問題がここまで深刻になった主因は、経済や財政の改革が不十分だったことにある。チプラス政権は成長力を高める政策と財政再建策を着実に進めるべきだ。

 同時に危機の背景として、欧州域内の南北格差の存在も見逃せない。ドイツや欧州北部の国々は経済が比較的順調で余裕がある。一方、南のギリシャやスペインなどは高い失業率に悩み、緊縮策が行き過ぎれば国民の不満が高まる。

 さらに今回の危機であらためて浮き彫りになったのは、単一通貨の持つ制度上の問題だ。1999年に発足したユーロ体制では欧州中央銀行(ECB)の一元的な金融政策のもと、同じ通貨を使う。ある国の景気が悪くなっても自国だけ金利を下げたり、通貨安に誘導したりすることはできない。

 これが日本のような国内の地域間格差であれば、不振の自治体に地方交付税交付金などの形で資金を移転できる。だがユーロ圏の財政運営は19カ国それぞれの主権下にあり、税金を他国のために使うことへの納税者の抵抗は強い。

 ギリシャ危機の抜本解決を探るいまこそ、問題に向き合う好機でもある。ユンケル欧州委員長らが6月に公表した報告書はユーロ圏共通の預金保険制度の実現などを提言したが、これを改革の第一歩としてあるべき姿を探りたい。

 もちろん各国が自助努力で経済改革を進めるのが大前提だ。だが、それでも苦境から抜けられない国を支える仕組みをどう築くのかなど、経済統合を一段と深める議論を進めない限り、危機は繰り返されるだろう。

 欧州統合の歴史は1952年設立の欧州石炭鉄鋼共同体にさかのぼる。2度の大戦で戦火を交えた独仏を中心に経済統合を進め、平和を担保する狙いが根っこにあった。ドイツを統合の枠内に収め、英独仏の三大国と中小国がバランスを取って統治しながら加盟国の拡大と統合を進める考え方だ。

 そんな統合の青写真をよそに急速に影響力を増しているのが、経済で一人勝ち状態のドイツだ。フランスや英国は対等な国力を保てず、ドイツが事実上「欧州の盟主」になった観がある。だが国内世論を意識したような対応も目立ち、リーダーとしての決定力を欠くのも否めない。欧州の重要問題でドイツは、自国の利益を超えた立場で指導力を発揮してほしい。

強い政治的結束を

 英国ではEUへの懐疑論が台頭し、キャメロン首相が脱退の是非を問う国民投票を17年までに実施すると公約した。反EU感情を生んでいるのは移民増加への警戒感だ。フランスやスペインでも反移民や反緊縮策を説く政党が支持を増やしている。統合が進みヒト、モノ、カネの流れが自由になるにつれ、恩恵を実感できない人々の不満が政治的に注目されやすい状況が生まれている。

 米国の指導力が揺らぎ、中国やロシアが影響力を増す世界にあって、豊かな民主主義国家の集まる欧州が存在感を発揮することの重要性は高まっている。その欧州の安定と繁栄は、経済・通貨統合の成功と切り離せない。英国がEUを脱退したりユーロの基盤が揺らいだりすれば、統合が逆回転し欧州は混乱しかねない。

 欧州は政治的結束を強め、その場しのぎでない解決策を見つけて統合の流れを確実なものにしてほしい。それが世界の安定にもつながる。日本もそんな欧州の動向を注視し、グローバルな課題で連携を深めるべきだ。

政権と決め方―基盤崩す「結論ありき」

 仏つくって魂入れず。

 安倍政権下での物事の決まり方を見ていると、見てくれは立派だが魂の入っていないうつろな仏が、ごろごろと転がっているような印象を受ける。

 決定の正当性や公正性を確保するためには、各界各層の幅広い意見を聴き、それを十分に考慮したというプロセスこそが重要だ。そのための仕組みは、現にさまざま用意されている。

 一般から広く意見を募るパブリックコメント。学識経験者らの意見を聴く、国会の公聴会や参考人質疑……。だがその多くは、政権がやりたいことをやるための「通過儀礼」や「アリバイづくり」と化している。

 経済産業省は今月、2030年度に原発の割合を約2割にする電源構成を原案通り決めた。しかし、2千件以上寄せられたパブコメの賛否の割合などは分析せず、公表したのは「概要」だけ。「2030年代原発ゼロ」を打ち出した民主党政権時代は約8万9千件のパブコメをすべて公表し、賛否などの分析結果もまとめていた。

 安全保障関連法案をめぐっては、衆院憲法審査会に招かれた3人の憲法学者全員が「違憲」と断じ、世論を大きく動かした。一方で、衆院特別委員会の地方での参考人質疑や中央公聴会で出された意見が法案に採り入れられた例は、全くない。

 衆院特別委での法案審議は116時間半。自民、公明の与党はこの数字をもって「議論は尽くされた」と主張したが、内実が伴っていないことは、安倍首相自身が委員会採決直前に「国民の理解が進んでいる状況ではない」と答弁したことからも明らかだろう。

 さらに言えば、集団的自衛権の行使容認は、首相の私的懇談会が出した報告書を受けて閣議決定されたが、メンバーに反対派は一人もいなかった。

 圧倒的な議席を有するがゆえか、安倍政権下、結論は最初から決まっているのだから、定められた手順を踏み、一定の時間を費やして外見を整えればそれでいい――そう言わんばかりの態度が目につく。

 しかし、そのような統治のあり方は、実に不安定だ。

 民主的なプロセスを軽視すれば、民主的に選ばれたはずの自らの基盤も揺らぐ。できるだけ多くの意見を聴き、納得をえたうえで物事を進めることは、一見遠回りなようだが、政権の正当性を高め、足腰を強くする。このことに安倍政権が思いを致すことができるか。

 あすから、参院で安保関連法案の審議が始まる。

全国学力調査―大阪は目的外に使うな

 教育のあり方は地域ごとに多様であっていい。でも、これは容認するわけにいかない。

 毎年春の全国学力調査(今年は3教科)の結果を、大阪府教委が高校入試の内申評価に使う件だ。以前から懸念表明している文部科学省は「原則として認めない」との方針を示した。

 だが府教委は方針転換するつもりはなく、近く教育長が文科省に説明に行くという。松井一郎知事は「従う義務はない。僕らペットじゃないんで」とまでいい、けんか腰の様相だ。

 なぜ容認できないか。

 それは学力調査の目的が施策の成果や課題を検証することにあり、個人を選抜するためのものではないことに尽きる。

 入試は個人の成績を競うものだ。結果を生徒の利害にかかわる内申点に流用すれば、教育政策のモニタリングという調査の趣旨が変わってしまう。

 入試の公平性を担保するための「統一的なモノサシ」として学力調査の結果を活用したい。それが府教委の主張だ。

 公平な評価の仕組みは必要としても、なぜ学力調査でなければならないのか。内申書は、ふだんの学習態度や頑張り度合いを学校が評価し、高校に提出する書類だ。通常は先生が教科の基準に照らして校内試験の成績などを基につけている。

 府には先生の主観で高い評点に偏る学校が出るという疑念がある。だがそれでは教師をはなから信用していないに等しい。何より、大半の都道府県は学校の判断で内申書をつけている。

 学力調査には苦い過去があることを忘れてはならない。

 1960年代、学校や自治体間の競争が激化し、教師が答えを指さしながら教室を回ったり、成績の悪い子を休ませたりする不正が相次いだ。

 弊害の大きさに当時の文部省が中止を決めた経緯がある。

 8年前、43年ぶりに調査が復活した際には、60年代の過ちを繰り返してはならないとの共通理解があったはずだ。

 実際に大阪府では新方式の導入をにらみ、今春の調査の直前、過去の問題を集中的に解かせた中学校が複数あった。

 今後、通常の授業を犠牲にしてでも学力調査の点数アップに血道を上げる中学校が続出することは、想像に難くない。

 この問題は今月開かれた文科省の全国学力調査専門家会議でも議題となり、テスト結果の向上に指導が偏ってしまうといった批判が相次いだ。

 文科省は来月にも正式な結論を出す。府教委は考えを改め、方針を撤回すべきだ。

道徳教科書検定 子供の考える力を育みたい

 道徳の授業を充実させて、子供の思いやりや規範意識を育てる上で、教材の役割は大きい。

 文部科学省の審議会が道徳の教科書の検定基準案をまとめた。小中学校の道徳が「特別の教科」に格上げされるのに伴うものだ。

 小学校の教科書は2016年度、中学校は17年度に検定作業が行われる。いずれも、その2年後から授業で使用される。

 道徳は現在、正規の教科でないため、教科書はなく、各学校が副読本や独自の教材を使っている。適切な教材を入手できず、教え方に不安を覚える教師も多い。

 検定を通じて教科書の水準が担保され、教師の指導の手がかりとなることが期待される。

 教科書会社には、質の高い教科書を編集するため、工夫を凝らしてもらいたい。

 検定基準案の最大の特徴は、児童・生徒が問題意識を持って多角的に考えながら、道徳を学べるよう、配慮を求めたことだ。

 教科書に載っている偉人の伝記や逸話をただ読むだけでなく、様々な場面で自分が取るべき行動を考え、議論させる狙いがある。

 例えば、周囲の人間関係に流されて、いじめを傍観することが、なぜ問題なのかを問いかける。クローン技術や臓器移植などを題材にして、生命の大切さと最先端科学の関係について話し合いを促す。そんな内容が想定される。

 道徳の教科化に対し、「国による価値観の押し付け」といった声が一部にあるが、こうした批判が当たらないのは明らかだろう。

 多様な見方が可能な問題を取り上げる際、特定の主義主張に偏った記述や構成を慎むべきだと検定基準案が強調したのは妥当だ。

 ただ、基準案は、どのような記述なら修正を求められるかという具体例は示していない。実際の検定作業で、偏った内容かどうかを判断するのは容易ではない。

 文科省は、教科書調査官と共に検定を行う専門委員に、道徳教育に精通した教師や、他の教科を専門とする学識経験者も加える方針だ。できるだけ多くの目でチェックする体制作りが重要である。

 道徳の教科化で、残された課題は、評価方法の確立だ。

 文科省は、数値による評価ではなく、児童・生徒の成長を記録する記述式の評価とする方向で検討している。確かに、他の子供と優劣をつける評価はなじむまい。

 子供たちの積極的な授業参加を促し、更なる学習意欲を喚起する方法を考えたい。

西伊豆感電死 電気柵の適正使用を広めよ

 なぜ、2人が感電死する痛ましい事故が起きたのか。原因を究明し、安全対策を徹底しなければならない。

 静岡県西伊豆町で、川の近くで遊んでいた2組の家族連れと近所の住民の計7人が相次いで感電した。父親2人が死亡し、男児2人を含む5人も、手や足にけがを負った。

 川岸に鹿よけの電気柵が設置されていた。切れた電線の端が川の水につかっていたという。川遊びをしていた男児が電線に触れて倒れ、助けようとした父親らも次々に感電したとみられる。

 この電気柵は、家庭用コンセントを電源としていたが、変圧器を用いて、100ボルトの電圧を440ボルト程度にまで高めていた。強い電気が継続的に流れていたことが、惨事を招いた可能性が大きい。

 県警は、電気柵を設置した地元住民の安全対策が不十分だったとみて、重過失致死傷などの容疑で調べている。捜査結果を再発防止につなげたい。

 動物よけの電気柵は急速に普及している。背景にあるのが、野生鳥獣による食害の増加だ。農作物の被害額は年200億円に上る。補助金制度を設け、電気柵の設置を奨励している自治体もある。

 過疎化や高齢化により、有害鳥獣を駆除するハンターは減少している。人手のかからない電気柵は、食害防止の便利な道具だろう。

 電気柵は、ホームセンターなどで2、3万円で購入できる。正しく使えば、人が触れても大けがはしないとされる。

 ルールを守り、安全対策に留意することが大切である。勝手な改造は、厳禁である。

 電気事業法に基づく経済産業省令で、電気柵には、漏電遮断器と電流を弱める制御装置、危険を知らせる看板を設置することが義務付けられている。

 2009年に兵庫県で男性が感電死した際、経産省と農林水産省は改めて適正使用を自治体を通じて呼びかけたが、十分に浸透しているとは言い難い。

 今回の電気柵でも、漏電遮断器、制御装置、看板のいずれも設置されていなかった。

 事故後、各自治体は再度、農家などに使用方法の周知を図っている。補助金の給付先などの現地調査を行い、使用状況をチェックすることも必要だろう。

 都市部の家庭菜園などでも、電気柵の利用は増えている。自宅の庭で使用するケースもある。

 安全対策は十分かどうか、改めて点検したい。

2015年7月25日土曜日

グローバルな再編時代を迎えたメディア

 グローバル化とデジタル化が進むなか、新聞などのメディアがどう生き残り、報道を通じた社会的責任を果たしていくか――。英国の有力経済紙を発行するフィナンシャル・タイムズ(FT)・グループを日本経済新聞社が買収するのは、そうした新しい課題に対する取り組みの一つだ。

 世界の主要な新聞社はいま新しい事業モデルへの変革を迫られている。パソコンやスマートフォンなどデジタル媒体で情報を得る読者が増え、紙媒体だけでは成長が見込めなくなりつつある。

 世界のどこにでも即座に情報を届けることができるデジタルの長所を活用した事業展開が、欠かせなくなっている。そんな変化のなかでFTの電子メディア事業は注目されてきた。有料読者のうち電子版が約7割を占め、紙媒体との関係が逆転している。

 米ニューヨーク・タイムズや米経済紙ウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)も、電子版で世界に読者を広げ紙媒体を補完することに成功している。デジタル化の成否はメディア企業としての命運を握る課題になった。

 欧米では紙の媒体を主力としてきたメディアの収益力が低下し、リストラを余儀なくされる例も目につく。歴史のある主要なメディアにとっても、再編が重要な選択肢になってきた。

 2013年にはインターネット小売り大手アマゾンの創業者ジェフ・ベゾス氏が、個人資産で米ワシントン・ポストを買収した。WSJも米ニューズ・コーポレーションの傘下に入っている。

 合従連衡が進むなかで、ひとつの国や地域を越え、グローバルな補完関係を持つメディアが戦略的に手を結ぶ意味も大きくなっている。日経によるFT買収は、欧米とアジアという異なる地域で強みを持つ主要メディア同士による本格再編として、新しい分野を切り開こうとする試みといえる。

 新聞を中核とする質の高いメディアが、中正公平な報道で社会の要請にこたえる意義はこれまで以上に高まっている。民主主義の健全な発展を支えるのは多様で自由な言論空間の存在であり、そのためにそれぞれのメディアが果たすべき役割は大きい。

 もちろん、個々の媒体には長年かけて築いた固有の価値観や評価軸がある。互いのカルチャー(文化)を尊重することが実り豊かな協業への前提条件となる。

1票の格差を巡る「嫌な感じ」

 政治家が自分の議席を守ろうと必死になる気持ちはわからなくもない。さりとて、それが政治活動の全てでは困りものである。参院の1票の格差是正の過程で露呈された議員たちの自己中心的な振る舞い。衆院でも同じことが繰り返されないか厳しく見守りたい。

 参院の定数を10増10減する公職選挙法改正案の、今国会での成立が確実になった。1票の格差は2013年の参院選の最大4.77倍から2.97倍に縮まる。

 最高裁が「違憲状態」と断じた状態のまま来年の参院選を迎えるよりはましである。自民党内に強い抵抗があった鳥取と島根、徳島と高知の合区に初めて踏み切ることも、それなりに評価できる。

 問題はこれまでの経緯だ。最高裁が(1)1票の格差の判断に衆参の違いはない(2)選挙区を都道府県単位とする必要はない――との基準を示したのは3年も前のこと。

 前者は2倍未満にせよという意味だ。これを踏まえ、自民党の参院幹事長だった脇雅史氏は昨年4月、22府県を合区して格差を1.83倍にする案を示した。これが現状における理想形である。

 ところが自民党内は合区で選挙区を失う議員を中心に反対一色となり、脇氏を更迭し、その後1年近く見直し作業を空転させた。時間切れで2倍超もやむなしとの雰囲気をつくる小細工とみられても仕方あるまい。来年の参院選後ただちに、さらなる格差是正に取り組んでもらわねばならない。

 人口が少ない地域の声も国政に反映させることは大事である。だが、1票の格差を放置する以外にやりようがないわけではない。

 格差是正は衆院でも喫緊の課題である。第三者機関が検討中の小選挙区を9増9減する案に、自民党内では「できっこない」と軽んじる声がある。冗談ではない。

 今回の参院採決で公明党は「これでは不十分」として連立後初めて自民党と賛否をともにしなかった。自民党は自身が醸し出している「嫌な感じ」(石破茂地方創生相)を、もっと自覚すべきだ。

予算編成―まずは抜け道をふさげ

 いったん予算を絞ったように見せても、様々な「抜け道」を通じて結局は膨らみ、財政を悪化させていく。

 国の予算編成は、その繰り返しだったと言っても過言ではない。これを断ち切らなければ、財政再建など不可能だ。

 まずは、来年度予算である。

 各省庁が要求を出す際の基準がきのうの閣議で了解された。デフレ脱却と経済再生を目指す安倍政権は今回も、あらかじめ歳出に上限を設けることを見送った。

 重視するのは「特別枠」だ。

 公共事業や教育など、政策判断で増減させやすい「裁量的経費」について、まず今年度の予算から1割減らすことを関係省庁に求める。省庁は9割相当額の3割、つまり今年度実績の27%まで、特別枠分として要求できる。

 テーマは、地方創生やIT(情報技術)・ロボットの開発と活用など、政権が重視する課題の推進だ。役所間で知恵を競い、縦割りを超えて配分のメリハリをつけるのが狙いで、各省庁がめいっぱい要求を出せば4兆円近くになる。

 特別枠という手法は、かれこれ10年以上続いている。一定の効果が認められる一方で、通常の予算が特別枠に看板を掛けかえて復活した例も数多い。

 有効な要求を見極め、総額も絞って財政再建につなげることが「霞が関内」、つまり要求する役所と査定する財務省の作業だけでやれるだろうか。このところ税収が上向きなのを受けて、来年の参院選をにらむ与党には、さっそく予算増を求める動きが目立ってきている。

 特別枠を生かすなら、役所からのすべての要求をわかりやすく一覧にまとめ、国民に示してはどうだろう。

 新国立競技場の建設問題では、国民の怒りが計画を白紙に戻した。負担を強いられる納税者の「常識感覚」を生かさない手はない。

 忘れてならないのが、今年度の補正予算の問題である。

 中国など海外経済の元気のなさを受けて、国内景気もいま一つ力強さを欠く。安全保障法制への対応などから安倍政権の支持率が下がっているだけに、与党から「このままでは参院選を戦えない」と補正を求める声が高まりはしないか、心配だ。

 景気が上向いて税収が増えると、年度予算で気前よく配る。景気が悪くなり始めたら補正予算を組んでてこ入れする。

 そんな繰り返しで、国の借金は1千兆円を超えた。もう、打ち止めにする時だ。

鶴見さん逝く―個々の行動に宿る理念

 安倍政権が安全保障関連法案を強行に推し進め、戦後日本が歩んできた道筋を大きく変えようとしている夏に、鶴見俊輔さんが世を去った。93歳だった。

 リベラルな立場からの発言・執筆で、戦後の思想や文化に大きな影響を与えた哲学者で評論家。反戦平和のために行動する姿勢を貫いた知識人だった。

 雑誌「思想の科学」、60年安保の反対運動から生まれた市民たちの「声なき声の会」、「ベトナムに平和を!市民連合(ベ平連)」、憲法を守る「九条の会」、3・11後の脱原発の動き。鶴見さんは様々な活動で、中心的な役割を担ってきた。

 一貫していたのは、特定の主義や党派によらず、個人として考え、行動する姿勢だ。

 その基底には、戦争の体験と記憶があった。

 米国留学中に日米開戦。戦時交換船で帰国したのち、軍属として南方に赴き、「死」を身近に感じる日常を送った。後々まで、「僕が人を殺さなかったのは偶然」と語り、戦中に反戦の意志を行動で示さなかったことを「負い目」としていた。

 同時に、戦後の知識人への違和感も隠さなかった。

 あの戦争は一部軍閥が指導したものであり、国民に責任はないとする米国の占領政策に大半の知識人がのり、「自分たちがやった戦争だという自覚が育たなかった」ことを批判した。

 戦後の憲法に寄りかかって、民主主義が成立したと考えるのは「はりぼての護憲」だと断じ、民主主義とは「目標としてあるもの」で、そこに向かう運動を担うのは私的な信念であると説いた。

 一部の者が「絶対的な正しさ」で大衆を引っ張ることを警戒し、「烏合(うごう)の衆」に期待をした。違う考えを持つ、バラバラな人々が、そのことを自覚することで、思想的な強さになるのだと。「鉄の団結」は考える力を弱めてゆくとも語っていた。

 10年以上前の発言だが、今の社会状況を考えると、その理念は重みを増している。

 権力を握る政治家たちは、自分たちの「正しさ」ばかりを唱えている。だが、そんな政治に向き合う市民の行動には明らかな変化が見える。

 安保法案に対して、全国で多くの人びとが街頭で抗議行動を繰り広げている。ネットを介して広がる市民のうねりは、かつての安保闘争などと違い、党派性や組織性からは縁遠い。

 一人ひとりが自分の思いで動き、民主主義を渇望する行動の中に、鶴見さんの思想が息づいている。

概算要求基準 社会保障費の抑制がカギだ

 経済成長を後押ししつつ歳出膨張に歯止めをかける。「経済・財政一体改革」を着実に推進することが重要だ。

 政府が、2016年度予算の大枠となる概算要求基準を決めた。歳出全体の上限はなく、要求総額は2年連続で100兆円を超える見通しとなった。

 16年度からの3年間は、政府の財政健全化計画の集中改革期間にあたる。財務省は、集中改革の初年度にふさわしい予算となるよう、厳しく査定すべきである。

 要求基準は昨年と同様、成長戦略や地方創生など安倍政権の主要課題に予算を重点配分する4兆円規模の特別枠を設けた。公共事業費などの裁量的経費15兆円の1割を削減し、財源を確保する。

 無駄な支出を削り、成長に資する政策に予算を優先して回す狙いは妥当だろう。

 気がかりなのは、特別枠の趣旨に合わない事業が紛れ込む懸念があることだ。昨年は「地方創生」などを名目に、旧来型の道路建設を要求する例も見られた。各府省は、特別枠に便乗するような要求を慎しまねばならない。

 政府は、歳出改革に熱心な府省の予算を優遇する一方、取り組みが遅れた場合は改善を求める「インセンティブ措置」を導入する。各府省は、要求段階から歳出改革に取り組む必要がある。

 予算編成の最大のカギは、歳出全体の3割を占める社会保障費をいかに抑え込むかだ。

 社会保障費は高齢化などで年1兆円規模のペースで膨らむ見込みだが、政府は3年で1・5兆円増にとどめる目標を掲げた。

 概算要求基準では、前年度比6700億円増までは要求を認めるとしている。財務省は内容を精査し、5000億円増に抑制することを目指す。

 医療機関に支払う診療報酬の引き下げなどが検討課題となるが、医師会などの猛反発が予想される。与党内にも、来夏の参院選を意識し、社会保障費の抑制への抵抗が強まっている。

 だが、痛みを伴う改革なしに、社会保障費の拡大にブレーキをかけることはできない。政府は負担増や給付削減も聖域とせず、制度改革を断行すべきだ。

 内閣府は20年度の基礎的財政収支の赤字が、従来の9・4兆円から6・2兆円に減るとする新試算を公表した。成長による税収増が見込まれるためだが、政府目標の黒字化には遠く及ばない。

 目先の税収増に油断して、歳出削減の手を緩めてはなるまい。

東京五輪へ5年 「新国立」の失策を挽回しよう

 2020年7月24日。東京五輪の開幕まで、5年を切った。オールジャパン体制で準備を進め、大会を成功させたい。

 メイン会場となる新国立競技場の建設計画を巡る迷走は、五輪に向けた盛り上がりに水を差す手痛い失策だ。安倍首相が巨費を要する計画を白紙撤回したのは、適切な判断だったが、工程は厳しくなった。

 計画を練り直すため、政府は遠藤五輪相を議長とする関係閣僚会議を発足させた。国土交通省や財務省など、省庁横断の「整備計画再検討推進室」も設けた。東京都の職員もメンバーに加わる。

 事業主体の日本スポーツ振興センター(JSC)と、所管の文部科学省の無責任な対応が混乱を招いた。それを考えれば、遠藤五輪相を責任者に、官邸主導で建設を進める方針は妥当である。

 下村文部科学相は、計画の撤回に至る経緯を検証する第三者委員会を設置する。責任の所在だけでなく、問題点をあぶり出し、教訓を今後に生かすことが大切だ。

 政府は、9月にも新たな整備計画をまとめる。それに基づいたコンペを経て、来年の早い時期に、発注、着工にこぎ着け、20年春に完成させる方針だ。

 新計画の策定にあたっては、建設費用の圧縮を図りつつ、選手にとって使い勝手の良い競技場にする視点を忘れてはならない。五輪後も有効活用するためにも、サブトラックは不可欠だろう。

 都と大会組織委員会が進める競技会場の見直し作業は、大詰めを迎えている。コスト削減のため、新設を取りやめ、既存施設を活用するケースが目立つ。都の担当分だけで約2000億円の整備費を節減したという。

 開催都市の負担軽減のために、国際オリンピック委員会(IOC)が進める五輪改革のモデルケースとなるよう、一層の費用抑制に努めてもらいたい。

 見直しの結果、選手村から8キロ圏内に主要会場を集中させる「コンパクトな五輪」という当初の理念が変容したことも事実だ。セーリングの会場が、東京の湾岸部から神奈川県の江の島に変更となったのは、端的な例だろう。

 会場の分散化により、選手らの移動手段の確保などが重要になる。警備の対象地域も広域化する。国交省や警察庁など、複数の省庁が関連するだけに、五輪相の調整力が問われる。

 政府と都、大会組織委の役割と権限を明確にして、効率的に準備を進めることが肝要である。

2015年7月24日金曜日

「ウナギの日」に考えよう

 ウナギやマグロなどの水産物はほかの食料とは異なる点がある。サケ・マスなどごく一部を除き、畜産物や穀物、野菜のように人の手で供給量を増やす技術が十分に確立されていないことだ。関連産業や消費者は天然の資源を損なわないようにする必要がある。

 絶滅のおそれが指摘されるニホンウナギは、水産総合研究センターが2010年に世界初の完全養殖に成功した。ただ、ウナギの生態は未知の部分が多く、人工稚魚の供給は年1万尾が視野に入った段階だ。養殖施設の需要はアジア地域全体で3億尾にのぼる。

 近畿大学が先行するクロマグロの完全養殖も、養殖需要を満たすだけの稚魚の供給能力はない。

 日本が得意とする完全養殖の技術を磨き、人工稚魚の供給を増やす努力は欠かせない。同時に、人工稚魚を確保できるようになるまでは天然の稚魚をとりすぎない資源管理が重要だ。

 今年の水産白書は水産資源を減らす要因として過剰な漁獲や海洋・河川の汚染、産卵場所の藻場や干潟が沿岸開発で減少したことなどを指摘した。自然の再生能力を損なう主因は人間だ。

 天然資源が減少したニホンウナギやクロマグロの稚魚は近年、高値で取引されるようになった。ウナギ稚魚の取引価格は一時、1キロ200万円を超えた。世界でとれるクロマグロやウナギの多くは高値に吸い寄せられるように日本の市場に集まる。高値は密漁や乱獲も誘発する。

 供給削減につながる厳格な保護策は後手に回りがちだ。クロマグロの未成魚は値ごろな商材として小売りや外食店向けの需要も多い。しかし、関連産業が資源を持続的に利用し、消費者が好きな魚を食べ続けたいと思うのであれば資源量が回復するまでの間、一時的な我慢も必要だ。

 今日は一年でもっともウナギの消費が増える土用の丑(うし)の日。わたしたちが口にするのは、資源保護が求められる特異な食料であることを考えたい。

身の丈に合わせた自然体の五輪でいい

 こんなありさまで本当に大丈夫なのかと一抹の不安がよぎる。2020年東京五輪についてだ。24日で大会まであと5年になった。

 招致段階の費用の見積もりはなんとずさんだったことか。資材価格や人件費の上昇だけでは到底説明できない状況だ。

 競技会場などの整備費はもともと、4554億円と想定していた。ところが、東京都の担当分では約1500億円だった当初案が一時、3倍に膨らみかねない事態になった。昨年以降、都は他県の施設の活用など大幅に計画を見直し、約2600億円まで圧縮した。

 2520億円という巨額の整備費で国民の多くからノーを突きつけられた新国立競技場も白紙に戻った。文部科学省任せで迷走した反省を踏まえ、財務省や国土交通省などによる横断チームが結成された。これまでの文科省などの責任も明確にする必要がある。

 建設費を抑えると同時に、五輪後の施設運営でも楽観的な収支見通しを排すべきだ。持続可能な将来像を模索し、実現してこそ真に五輪のレガシー(遺産)になる。

 国際オリンピック委員会(IOC)は昨年末、五輪の改革案「アジェンダ2020」をまとめ、開催費用の削減を打ち出した。IOCのこの方針転換で、東京の計画見直しもこれまでのところ大きなあつれきは生んでいない。不幸中の幸いといえるだろう。

 一方、競技会場を集約する「コンパクト五輪」が修正されたことで、選手の円滑な移動手段の確保など新たな課題が出てきた。訪日客の急増もあって、宿泊施設の不足もさらに深刻になるだろう。

 20年に向けて動き出している様々なプロジェクトの行方も気になる。都は晴海の選手村について水素社会を先取りする地域に整備する方針だ。映像技術から夏場に強い花の品種づくりまで、様々な技術開発も始まっている。

 大会まで5年となり、改めて五輪開催の意義を確認する必要がある。豪華な施設を誇り、メダルの数ばかりを気にするような五輪は今の日本にはふさわしくない。

 都市整備や技術開発も大事だが、これも予算を大盤振る舞いしてまで進める必要はない。少なくとも五輪のために震災復興が後回しにされるようでは困る。

 予算の使い道の透明性を高めて、身の丈に合わせた自然体の大会にする。これこそが成熟した国における五輪の姿だろう。

中国ガス田―不信の連鎖に陥るな

 中国が、東シナ海の日本と中国の中間線近くの中国側海域でガス田開発を進めている。日本政府は13年6月以降に12基の施設を確認したとして、それを含む計16基の写真を公開した。

 日中両政府は08年6月、ガス田の共同開発をめざすことで合意している。交渉は尖閣問題などで中断しているが、合意が破棄されたわけではない。

 中国の一方的な現状変更は、断じて容認できない。日本政府は中国に対し、開発の中止と共同開発に向けた交渉再開を求めていく必要がある。

 東シナ海は、排他的経済水域の境界をめぐり日中間に争いがある。線引きが画定するまで互いに配慮しながら、ガス田の共同開発を進めるはずだった。

 しかし現状は、中国が岩礁の埋め立てを進めてきた南シナ海と同様、既成事実を積み重ね、海洋進出をはかる動きにも見える。中谷防衛相は東シナ海の施設について「(中国が)安全保障の観点から利用する可能性がある」と述べ、レーダーやヘリポートなど軍事目的で使用される可能性を指摘している。

 日本政府がこの時期に公表したのは、中国の脅威を強調し、安全保障関連法案への理解を求める意図もありそうだ。

 だが、東シナ海の軍事的な緊張を高めることは避けなければならない。外交的に解決する以外に道はない。

 一方で、日本政府がこれまで中国側の動きを公表してこなかったのは理解に苦しむ。日中合意違反であり、把握した段階で広く内外に公表し、国際社会に理解を求めるべきだった。

 何よりも急務なのは、両国が一定の信頼を取り戻すことだ。首脳同士が大局を見据えて話し合い、大きな方向性を打ち出すことが重要である。

 08年の日中首脳会談では当時の福田首相と胡錦濤(フーチンタオ)国家主席が「東シナ海を平和・協力・友好の海とする」ことを盛り込んだ日中共同声明に署名した。

 日中両政府は、安倍首相が9月初旬に中国を訪問し、習近平(シーチンピン)国家主席と会談することを検討している。これを実現させ、両首脳が継続的に話し合える環境を整えるべきだ。

 今回の日本の公表後、中国外務省は談話の中で「東シナ海問題での共通認識の履行を重視する立場は変わらない」とした。日本との協力に応じる余地を残したとも取れる。

 不信の連鎖に陥ることは日中双方の利益にならない。安全保障上の対立をあおるより、今後の協力関係を発展させる糸口としなければならない。

「違憲」法制―与党議員こそ街に出よ

 自民、公明の与党が採決を強行し、安全保障関連法案が衆院を通過してから1週間。

 「国民は忘れる」。安倍政権周辺の目算はどうやらはずれ、全国各地でデモが活発化したり、学者有志らが声明を出したりするなど、異議申し立てのうねりは確実に広がっている。

 しかし政府・与党は空うそぶく。自民党の谷垣禎一幹事長は「かつての安保にせよ、PKOのときも、自分の時間をつかって抗議する方はもっとたくさんいた」。

 主権者から突きつけられている「NO」に耳を貸さず、数の多寡の話にして矮小(わいしょう)化する。そのくせ自民党は、ヤジや批判を恐れて、街頭演説は当面行わないというのだから、実に情けない内弁慶ぶりである。

 安倍首相は「支持率のために政治をやっているのではない。やるべきことはやっていきたい」と言う。政治家として、まっとうな矜持(きょうじ)だ。

 ただし今回の法案は、「やるべきこと」か「やるべきでないこと」かの選択にとどまる問題ではない。安倍政権は、違憲立法という「やってはならないこと」をやろうとしているのではないかという疑念が深まり、このままでは国や社会のあり方そのものが壊されてしまうという危機感が、ひとびとを街頭に押し出しているのだ。

 憲法は権力を縛るもの。民主的に選ばれた政権であっても、多数を使って憲法違反の法律をつくることは許されない――この大原則を軽視してはばからない首相らの言動の背景には、選挙で勝ったら「期限付き独裁」、勝った側の決定に従うのが議会制民主主義だ、という発想があるのだろう。

 だが主権者は、選挙で選ばれた代表に白紙委任しているわけではない。代表が、主権者の意思を代表せずに重大な決定をしたら、「おかしい」と声を上げるのは当然であり、主権者の責務であるとも言える。

 そもそも国会議員の仕事は、国民の声を広く聞いて国政に反映させることのはずだ。ところが昨今、政府・与党の決定を国民に「下ろす」のが仕事だという思い違いが広がっている。毎週金曜日の夜、国会前に響く「民主主義ってなんだ」「勝手に決めるな」というコールに込められているのは、そんな政治の現状に対する怒りだ。

 政治とは、意見を同じくする「身内」で「いいね!」と言い合うことではない。与党議員こそ街頭に出て主権者の声を聞き、社会の空気を体で感じ、自らの言葉で語るべきだ。

防衛白書 中朝の軍事力増強へ対応急げ

 中国と北朝鮮が着々と軍備を増強している。警戒と監視が怠れない。

 2015年版の防衛白書が公表された。中国による「力を背景とした現状変更の試み」について、「高圧的とも言える対応」と「一方的な主張を妥協なく実現しようとする姿勢」への懸念を示した。

 東シナ海での防空識別圏設定や南シナ海の岩礁埋め立て・軍事拠点整備などを踏まえたものだ。

 尖閣諸島の周辺海域では、中国公船の接近に「ルーチン化」の傾向が見られると指摘した。世界最大級の1万トン級の巡視船建造など公船の大型化にも触れた。

 海上保安庁は15年度中に巡視船12隻による専従部隊を編成する。中国の装備増強に対応し、万全の備えを取ることが肝要である。

 日中両政府は、自衛隊と中国軍の偶発的な衝突を防ぐ「海上連絡メカニズム」の早期実現に向け、調整を急がねばならない。

 東シナ海の日中中間線付近で、中国が新たなガス田開発の海上施設を建設したことが判明した。自民党の指摘で、中国に「繰り返し抗議し、作業の中止を求めている」との記述が白書に追加された。

 海上施設にレーダーなどが設置されれば、安全保障面の影響もある。軍事拠点化を阻止するため、中国との交渉に努めるべきだ。

 白書は、弾道ミサイルに搭載して打ち上げる新型の極超音速兵器を中国が開発していることも取り上げた。米国のミサイル防衛網の突破が目的で、開発は一定程度進んでいるとされる。実用化の行方を注視する必要がある。

 北朝鮮の金正恩政権について、白書は、相次ぐ幹部の粛清による「萎縮効果」から、十分な外交的検討を経ずに「軍事的挑発行動に走る可能性」に言及した。

 弾道ミサイルについては、「打撃能力の多様化」と「奇襲攻撃能力の向上」を指摘した。北朝鮮は、移動式発射台からの発射実験を繰り返し、潜水艦からの水中発射試験に成功したと発表している。

 白書は、北朝鮮が核開発を継続しており、「核弾頭搭載弾道ミサイルが配備されるリスクが増大していく」と分析している。

 中距離弾道ミサイル「ノドン」は日本を射程に収めている。仮に核の小型化が実現すれば、日本への脅威が格段に高まる。

 安全保障関連法案を成立させ、集団的自衛権の行使により、ミサイルを警戒する米艦の防護などを可能にする必要性は一段と大きくなっている。それが日米同盟の抑止力の向上にもつながろう。

油井さん宇宙へ 国際協力で存在感を示したい

 油井亀美也さんが、ロシアの宇宙船で国際宇宙ステーション(ISS)に無事到着し、活動を開始した。

 日本人として5人目のISS長期滞在だ。12月の帰還まで、科学技術や医学分野などで様々な宇宙実験を手がける。米露の宇宙飛行士と共に設備の維持、更新にも携わる。

 宇宙開発で、日本の存在感を示すことを期待したい。

 注目される実験の一つが、宇宙研究で最大の謎とされる「暗黒物質」の検出だ。銀河の星が群れをなしているのは、見えない暗黒物質による引力が影響しているとされるが、正体は分からない。

 それを突き止めれば、ノーベル賞級の発見と言われる。

 実験装置を船外に設置する必要がある。ISSに近づいた補給船をロボットアームで捕まえるなど、他にも高度な任務が多い。

 航空自衛隊のテストパイロットだった油井さんの冷静な判断力が求められる局面は多いだろう。

 ISSについては、2020年までの運用期間の延長が、関係国の検討課題になっている。

 米国は、24年まで延長する方針だ。ロシアや欧州、日本などにも参加継続を呼びかけている。国際協力による有人の月・火星探査を見据え、技術実証や医学研究を強化することが目的だ。

 米国には、宇宙を巡る国際情勢の変化も念頭にあるだろう。

 中国は、軍主導で宇宙開発を進め、地上偵察や測位などに力を注ぐ。衛星破壊の実験を実施し、国際的な批判を浴びたこともある。独自の宇宙基地建設も主要な目標に掲げている。

 ISSは、中国を牽制する重要拠点とも言えよう。

 ロシアは、ウクライナ問題などで米国と対立するが、3月に宇宙庁が参加継続を表明した。宇宙産業維持のため、当面は米国に合わせた形だ。ただし、長期的には独自の宇宙基地を検討するとも報じられており、不透明さが残る。

 カナダは、4月に延長を決めた。欧州は来年中に方針を決める。日本も検討を急がねばならない。

 ISSは、宇宙分野における日本の国際協力の柱だ。日米両国は、安倍首相の今春の訪米時に、ISSの運用延長の重要性を確認した共同文書をまとめている。

 政府は、ISS関連予算として年350億~400億円を計上している。日本が参加を継続するにしても、活用策とコストの圧縮について、さらなる工夫をしないと、国民の理解は得られまい。

2015年7月23日木曜日

スマホ「2年縛り」が映す通信の寡占化

 総務省の有識者会議がスマートフォン契約などの問題点を指摘した報告書を公表した。いわゆる「2年縛り」を批判し、消費者保護の観点から携帯各社に見直しを求めているのが柱だ。

 2年縛りはNTTドコモ、KDDI、ソフトバンクの大手3社がそろって採用しており、中身もほぼ同じだ。2年続けて契約する人には月々の通信料金を割り引く一方で、中途解約すれば9500円の違約金を徴収する。

 長期契約の見返りに値段を安くするのは雑誌の定期購読などでもよくある一般的な慣行だ。だが、スマホについて消費者の不満が大きいのは、最初の2年の拘束期間が終わった後も、特に意思表示しなければ自動継続扱いになり、先々まで縛り続けられることだ。

 そのため解約時に思わぬ違約金が発生したという苦情が後を絶たない。1カ月間だけある無料解約のタイミングを逃して、携帯会社の乗り換えを諦める人もいる。

 報告書が「自動更新契約は利用者の選択の自由を実質的に奪っている側面がある」と指摘したのは、妥当だろう。携帯各社は批判を真摯に受け止め、対応を急いでほしい。契約更新が近づいた顧客に、電子メールなどでその旨を通知するのは当然だ。無料解約できる期間の延長も欠かせない。

 最初の2年間だけ縛り、それ以降は毎月の料金が少し上がったとしても、違約金の発生しないプランを用意するのも一案だ。

 顧客から意思表示がない場合は、契約が自動的に切れる選択肢を設けてもいい。利用者はその都度主体的に携帯会社を選び直すので、納得感が高まるだろう。

 2年縛りに限らず携帯市場全般に消費者の不満が高まる背景には市場の寡占化がある。大手3社のサービス内容はほぼ横並びで、料金も高止まりしたままだ。

 スマホ普及率が日本は約5割にとどまり、米国や韓国よりかなり低いのも料金の高さが一因とされる。スマホをもっと手軽に使えるようにして、日本全体のIT(情報技術)スキルを引き上げたい。

 それには競争促進が不可欠だ。総務省は大手3社の設備を借りて格安スマホサービスを提供する「MVNO」が事業しやすい環境を整え、消費者の選択の幅を広げてほしい。競争が機能することで、政府が特に介入しなくても市場で不評のサービスが自然に姿を消す。それが本来の道筋である。

米・キューバさらに前進を

 米国とキューバが54年ぶりに国交を回復した。最短で150キロほどしか離れていないのに対立してきた両国が、ようやく正面から向き合った。「歴史的」といった声が上がるのは当然だろう。

 ただ根深い相互不信が一朝一夕に払えるわけはなく、関係正常化とは言いがたい。建設的に関係を深め、両国の国民だけでなく南北アメリカ大陸全体に前向きの変化をもたらすことを期待したい。

 今後の主な課題としては、米国がキューバに科している経済制裁の解除、米国がキューバから租借したまま返還を拒んでいるグアンタナモ海軍基地の扱い、革命の際にキューバが接収した米国人の資産への補償、などがある。

 経済制裁の解除には米議会の承認が必要だが、多数を握る共和党はキューバの独裁体制や人権抑圧などを理由に国交にも反対している。時間をかけて相互の不信を和らげていく努力が欠かせまい。

 両国の対立は冷戦の名残といった面が大きい。1962年のいわゆる「キューバ危機」は世界を核戦争の瀬戸際まで追いやったとされるが、危機が去ったあと少なくとも米国にとってのキューバは安全保障上の脅威ではなかった。

 とくに冷戦が終結してからの米国の対キューバ政策は、情緒的な惰性に陥っていた印象が強い。それが中南米の左派政権の対米警戒感を招いてきた面もある。そんな惰性の政策を打破し現実的な外交を目指しているのが、オバマ政権だと評価できるのではないか。

 ケリー国務長官は、キューバとの国交回復を機に中南米の左派政権のなかでも反米色が強いベネズエラと対話を深めたい、と表明した。不毛なあつれきが目立ってきた南北アメリカ大陸で、実利を重視して関係を深めようという機運が広がるなら、歓迎できる。

 伝統的に日本とキューバの関係は悪くない。唯一の同盟国である米国とキューバの国交回復は、さらに交流を拡大するうえで追い風だ。中南米諸国との関係全般を改めて考える機会でもあろう。

TPP交渉―日本がまとめ役に

 環太平洋経済連携協定(TPP)は、参加12カ国による大詰めの交渉が近く米国で始まる。前半は各国の首席交渉官が、後半は担当大臣が一堂に会し、今月末までの日程で積み残した課題について話し合う。

 経済規模が飛び抜けて大きい米国と日本の責任は重い。米国側の自動車部品、日本側の農畜産物などの二国間の市場開放交渉も並行して行われるが、早期に合意し、TPP全体のとりまとめに力を注いでほしい。

 モノの関税の引き下げ・撤廃だけでなく、さまざまな分野での新たなルール作りがTPPの特徴だ。ただ、暗礁に乗り上げた世界貿易機関(WTO)での自由化交渉と同様に、ここでも先進国対新興国という利害対立の構図が影を落とす。

 世界第3位の経済大国である日本は、先進国としての恩恵を期待できる分野が多い。しかし、交渉にはベトナムやマレーシア、ブルネイなど、経済の発展段階も政治・社会体制もさまざまなアジアの国が加わっている。日本は自由化へ強硬姿勢をとりがちな米国に同調するばかりではなく、アジアの代表として橋渡し役を務めるべきだ。

 試金石は、知的財産権分野、とりわけ新薬開発に伴う権利保護のあり方を巡る対立にどう向き合うかである。

 世界的な巨大製薬会社がそろう米国は、権利の保護期間の延長を強く主張する。しかし、保護を強めれば、同じ成分で安く作れる後発薬の生産が抑えられて薬代が高くなりかねない。

 TPPの交渉参加国では、以前から保護強化に反対している新興国に加え、財政負担の増加を懸念する豪州なども反対を強めているという。

 日本には米国勢に次ぐ大手製薬会社があり、これまでは基本的に米国と歩調を合わせてきたようだ。が、ここは米国を説得し、保護強化に反対する国々との間をとりもつ役回りを果たすべきではないか。

 貿易・投資の幅広い自由化を掲げるTPPの目的は、各国の消費者の利益を全体として高めることにある。特定の大企業の懐だけを潤すようなルールを導入すれば、TPPへの不信を高めることにもなりかねない。

 一部の国で大きな比重を占める国有企業の扱いなど、自由化の急先鋒(きゅうせんぽう)である米国と他国が対立する難題は少なくない。

 高い水準の自由化を目指すTPPの理念は保つべきだが、交渉をまとめるには各国の事情への配慮が欠かせない。日本が担うべき役割と責任を自覚し、政府は交渉に臨んでほしい。

世界遺産―迫る危機に目を向けて

 この夏も、雄大な自然や古代へのロマンを求めて「世界遺産」を訪ねる人がいるだろう。家族や友人らとの思い出をつくりつつ、存亡の危機にひんする遺産が世界に少なくないことを心の片隅に置きたい。

 ドイツのボンでは今月まで、新たな登録を決める世界遺産委員会が開かれた。日本では「明治日本の産業革命遺産」をめぐる日韓の論争が注目されたが、参加各国が最も心配し、議論した対象は別にあった。イラクやシリアなど戦乱が続く地域にある遺産の保護である。

 世界遺産の本来の目的は、危機に立つ人類の至宝への国際的な関心と協力を喚起することにある。その原点の精神を忘れてはなるまい。

 世界遺産は、その知名度や参加の広がりから、ユネスコ(国連教育科学文化機関)がかかわる事業で最も成功したものだといわれる。これまでに登録された遺産は、今回の24件を加えて総計1031件になる。

 このうち、とくに緊急の対応を要する48件が「危機遺産リスト」に登録されている。

 今回の委員会で危機遺産として認められた一つは、イラクの古代遺跡「ハトラ」だ。砂漠の中にそびえ立ち、ローマ帝国の侵攻にも耐えた要塞(ようさい)都市。しかし、この地域を支配する過激派組織「イスラム国」(IS)が遺跡を破壊する映像をこの春公開し、動揺が広がった。

 内戦が続くイエメンの二つの遺産も今回、危機遺産に加えられた。シリアでは、国内の遺産6件すべてが危機遺産にも登録されている。とくに、古代遺跡「パルミラ」は最近、その周辺をISが占拠したことから懸念がぬぐえない。

 これらの例が示すように、世界遺産に対する最大の脅威は、戦争である。戦闘や略奪による直接の被害が心配されるうえ、紛争地であるために支援や修復の手が届きにくい。

 言語道断なのは、人々が守り伝えてきた遺産をわざと破壊して力を誇示しようとするISのような動きである。このような暴挙を許してはならない。

 文化の多様性を認め、他者の個性を認めることなくしては、遺産の保護のみならず、平和も安定も望めない。日本を含む国際社会は、遺産に対する世界の関心を呼び起こし、多角的な対応を進める必要がある。

 国士舘大学が長年イラクの遺跡調査に取り組んできたように、日本は以前から、戦乱に見舞われた国の遺産を保護する活動に熱心だった。協力の試みをこれからも続け、広げたい。

中国ガス田開発 実態公開して自制を促したい

 日中間の合意に反して海洋資源を開発する中国の独善的な行為は容認できない。日本は、中国に粘り強く自制を促さねばならない。

 政府は、日中の境界が画定していない東シナ海で、中国がガス田開発のため、2013年6月以降、新たに12基の海洋プラットホーム(海上施設)などを建設していると発表した。

 施設の航空写真や地図も、外務省のホームページで公開した。

 菅官房長官は記者会見で、「一方的な資源開発は極めて遺憾だ」と述べた。中国の海洋進出の実態を国際社会に幅広く訴え、中国をけん制する狙いは適切である。

 公開した理由について、中国政府が日本との共同開発の交渉に応じない一方、開発を近年、加速させていることを挙げた。

 中国が態度を硬化させるとして、政府には公開に慎重な意見があった。だが、過度の融和姿勢は既成事実を積み重ね、権益確保を狙う中国を利するだけだろう。

 中国外務省は、ガス田開発について「開発活動は完全に正当で、合法だ」と強弁した。

 境界が未画定な以上、開発地点は、係争中の海域である。ガス田が日中中間線の中国側海域にあるという理由なら、筋が違う。

 日中は08年、中間線に隣接する白樺ガス田を共同開発し、中間線をまたぐ特定海域を共同開発区域とすることで合意した。中国は10年に合意実現への条約交渉を延期し、中断したままだ。

 日本は、中国に開発の中止と、交渉の早期再開を改めて求める必要がある。

 懸念されるのは、海上施設の軍事利用である。

 中国は南シナ海で岩礁を埋め立て、軍事拠点化を進めている。

 中谷防衛相は、東シナ海の海上施設についても、中国軍がレーダーを配備したり、偵察のためのヘリコプターの活動拠点として利用したりする可能性を指摘する。

 中国は13年11月、沖縄県の尖閣諸島上空を含む防空識別圏(ADIZ)の設定を一方的に発表した。中間線付近でのレーダー配備が実現すれば、中国本土のレーダーでカバーできなかった隙間を埋めることが可能になる。

 日本は米国と緊密に連携し、警戒を強化しなければならない。自衛隊と中国軍の航空機や艦船の偶発的な衝突を防ぐ「海上連絡メカニズム」の実現も急ぎたい。

 日本の主権に関わる主張は守りつつ、戦略的互恵の観点から日中関係を改善することも大切だ。

熱中症予防 室内だからと油断はできない

 多くの地域で猛暑が続いている。くれぐれも熱中症に注意したい。

 13~19日の1週間に、熱中症で救急搬送された人は、総務省消防庁の速報値で6165人に急増し、うち14人が死亡した。

 都道府県別では、埼玉県の605人が最多で、東京都578人、大阪府340人と続く。都市部でのヒートアイランド現象も影響しているのだろう。

 梅雨明け前後のこの時期は、気温が急に上昇する。体が暑さに慣れず、熱中症にかかりやすい。

 体内の水分や塩分が失われ、体温の調節機能が働かなくなることが原因だ。初期には、目まい、手足のしびれ、頭痛、吐き気などの症状が出る。

 重症になると、意識障害やけいれんが起きる。命にかかわるだけに、早めの手当てが肝心だ。

 兆候を感じたら、涼しい場所へ移動しよう。安静を保ち、汗で奪われた水分や塩分を補給する必要がある。首やわきの下に保冷剤を当て、体を冷やすことも有効だ。重症の場合は、周りの人がためらわずに救急車を呼ぶべきだ。

 「室内なら大丈夫」と油断してはならない。東京都監察医務院の集計では、例年、熱中症の死者の9割近くが屋内で亡くなっている。日中よりは涼しい夜間に死亡する人も3割に上る。

 消防庁は、室温が28度を超えたら、エアコンや扇風機を使うよう呼びかけている。

 特に、高齢者は要注意だ。老化により発汗機能が衰えるため、体温が上がりやすい。暑さやのどの渇きも感じにくくなっている。

 のどが渇いていなくても、時間を決めて意識的に水を飲むよう、習慣づけてほしい。

 電気代の節約などを理由に、冷房を控えるお年寄りは少なくない。周囲の目配りが重要だ。

 民生委員が戸別訪問して保冷剤を配り、注意を促している地域がある。家族が、様子を確認する電話をかけるのもいい。見守りの態勢を充実させたい。

 体温の調節機能が未発達な乳幼児も、リスクが高い。外出の際には帽子をかぶらせ、適度に休ませるなど、大人がそばで体調に気を配ることが大切だ。

 図書館や商業施設などを地域の避暑スポットとして推奨する「クールシェア」の取り組みも、各地で広がっている。冷房の利いた場所に家族で出かければ、家庭の節電にもつながる。

 蒸し暑い夏になりそうだ。知恵と工夫で乗り切ろう。

2015年7月22日水曜日

企業統治の不全が招いた東芝の利益操作

 東芝の不適切な会計処理の実態が法律家などで構成する第三者委員会の調査で判明し、田中久雄社長を含む歴代の3社長がそろって職を辞した。

 日本を代表する企業の一つが組織的に利益操作を続け、株主を含むすべての利害関係者の信頼を損ねてしまった事実は、重い。表面上の利益をあげれば良しとする企業風土をつくりあげた経営者が辞任するのは、当然だ。

 第三者委の調査報告は、不適切会計の再発を防止するため社外取締役の増員など企業統治(コーポレートガバナンス)の強化を提言した。外部の視点を効果的に取り入れることによって経営の透明度を上げ、社会や市場に誠実な企業に生まれ変わってもらいたい。

 第三者委は5月から東芝の不適切な会計処理を調べてきた。調査報告書によれば会計操作はインフラ建設やパソコン、テレビなど多くの事業分野に及んでいる。

 利益を水増しした手法は多岐にわたったが、共通しているのは収益目標の達成を求めるトップの強い圧力があった点だ。

 税引き前損益の段階で修正が必要となる金額は、会社の自主チェック分も含め、2008年度から14年4~12月期までで合計1562億円にのぼるという。

 これは同期間の東芝の合計税引き前利益の約3割に相当する。株主の投資判断に大きな影響を与える規模だ。業績の修正によって東芝の財務基盤が大幅に傷む可能性は小さいとみられるが、失った市場の信頼を取り戻すのは容易なことではない。

 東芝は日本ではいち早く委員会設置会社に移行するなど、ガバナンス改革に熱心な企業とみられることが多かった。しかし、不正に目を光らせる監査委員会の委員長を社内取締役が務めるなど、外部の視点で経営を監視する体制といえるものではなかった。

 第三者委の調査報告書も、不適切な会計操作が続いた理由の一つとして「監査委員会による内部統制機能の不備」をあげている。東芝が今後、社外取締役をさらに増やしても、その生かし方をしっかりと考えなければ再発防止と信頼回復はおぼつかない。

 監査法人は会計操作を本当に見抜けなかったのかなど、はた目には分からない点が残っている。証券取引等監視委員会などがさらに徹底して調査することも、東芝の信頼回復に欠かせない。

防衛白書は等身大の分析で

 日本を取りまく安全保障の環境は年々、厳しくなっている。政府が公表した防衛白書も、海洋進出を強める中国や北朝鮮による核・ミサイル開発に、強い懸念をにじませる内容になった。

 日本の周辺で実際に起きていることを考えれば、妥当な記述といえるだろう。なかでも中国の海洋での強気な行動は、日本だけでなく米国や他のアジア諸国の不安も招いている。

 中国のこうした行動について白書は「高圧的ともいえる対応を継続」していると指摘した。「不測の事態を招きかねない危険な行為も見られる」と批判した。

 尖閣諸島では中国監視船による領海侵入が続いている。南シナ海では中国が7カ所の岩礁を埋め立て軍事拠点をつくろうとしている。これらの動きを踏まえれば白書の指摘は誇張とはいえない。

 北朝鮮に関しても白書は深刻な脅威認識を示した。特に、核兵器を搭載できる弾道ミサイルの開発に北朝鮮が成功した可能性にふれた点に、注目したい。事実とすれば日本がそれらの「核ミサイル」の射程に入ることになり、脅威が大きく高まるからだ。

 むろん、いたずらに国民の危機感をあおる記述は避けなければならない。日中による偶発的な衝突を防ぐための「海空連絡メカニズム」について、中国が関心を示していることも紹介したのは、適切だといえよう。

 今回の白書は当初の予定より与党の了承手続きが遅れた。東シナ海での中国のガス田開発について記述が不十分だとの指摘が自民党側から出たのが、一因という。

 これを受け防衛省は、中国が現場海域で「新たな建設作業などを進めていることが確認」されている、といった記述を追加して、最終的に自民党側の了承を得た。

 この記述を追加すること自体に問題があるとは思わないが、政治家の要求で白書の内容が二転三転するようなことは、本来は望ましくない。今後も現実を等身大に分析する内容に徹してほしい。

東芝不正会計―実効ある企業統治を

 株式や投資信託を購入している人はもちろん、年金制度などを通じて国民の多くが広く企業に投資し、活動を支えている。

 その判断材料となる企業決算が正確なものであって初めて、安心しておカネを回すことができる。今の経済のシステムは、適時、正確な会計処理と情報開示なしには成り立たない。

 名門企業の東芝で起きた不正会計は、投資家と経済システムへの背信行為であり、社外取締役を増やすなど企業統治の形を整えただけでは不正は防げないという教訓を改めて示した。

 法曹関係者らの第三者委員会は、大半の事業部門に広がっていた不正について「経営判断として行われた」とし、一部は経営トップが積極的に関与していたと認めた。過去7年間で利益の水増しは1500億円を超えている。

 利益目標の達成を現場に強く迫る経営幹部と、上司にさからえない企業風土。東芝は経営陣を刷新するが、会社全体の文化や風土を作り直すことが急務である。

 東芝は、いち早く委員会設置会社に移行し、企業統治のお手本の一つとされてきた。委員会設置会社は、経営の根幹と言える事項に社外取締役が関与する仕組みで、①監査②指名(取締役の候補者を選ぶ)③報酬(経営陣の報酬を決める)の三つの委員会を取締役会に設ける。

 不祥事を受けて、東芝は委員会設置会社の仕組みをさらに強化する考えだ。今は全体の4分の1、4人の社外取締役を過半数に増やす方向だ。

 しかし、第三者委員会は監査委員会の社外取締役について「財務に十分な知見を有する者がいなかった」と指摘している。数だけ増やしても投資家や消費者の不信はぬぐえない。

 安倍政権は、複数の社外取締役をすえるよう上場企業に求める指針を導入するなど、企業統治の強化に熱心だ。その狙いとして「企業の稼ぐ力の強化」を掲げるが、まずは不正の防止を徹底するべきではないか。

 東芝の不正会計の表面化は、社内から外部への通報がきっかけだったようだ。今後、証券取引等監視委員会や金融庁が調査を本格化させるが、東芝株が上場されている東証を運営する日本取引所グループや、監査法人を束ねる日本公認会計士協会なども、それぞれの視点から必要な対策を検討してほしい。

 企業の取締役会のあり方にとどまらず、不祥事の通報制度から行政・刑事両面での処分まで、企業統治にかかわる制度全体の点検を急ぎたい。

防衛白書―法制を急ぐ必要はない

 国民の納得がえられないままで、安全保障関連法案の採決を強行する切迫性があったのか。きのう閣議報告された15年版の防衛白書を読むと、改めてそんな疑問を禁じえない。

 防衛白書は、日本の防衛政策の方向性を内外に示す役割がある。多くのページを割いたのはやはり中国との関係だ。

 尖閣諸島周辺の中国公船の活動について、白書は「ルーチン(日常業務)化の傾向が見られる。運用要領などの基準が定まった可能性も考えられる」「公船は大型化が図られている」と分析した。

 防衛省によると、中国公船が日本領海に侵入する回数は毎月3回で、上旬、中旬、下旬に1回ずつ。2、3隻が午前中に入って約2時間で出ていくパターンになっているという。

 だとすれば、中国当局の一定のコントロール下にあるとの見方もできる。

 中国公船への対応は海上保安庁が担っている。公船の大型化に対しても、海上保安庁への予算の重点配分など軍事だけでない議論が必要だ。

 海保と自衛隊との役割分担を明確にする点では、野党提出の領域警備法案の議論も大事だが、なお生煮えのままだ。

 最も重要なのは、偶発的な軍事衝突を回避する危機管理策であり、「日中海空連絡メカニズム」の運用開始に向けて協議が進んでいることは評価できる。さらに首脳同士が率直に語り合える環境をつくることこそ、地域の平和と安定につながる。

 中国の軍事力の拡大や強引な海洋進出は見過ごせないが、脅威をあおるだけで解決はできない。緊張を下げる外交努力を急がねばならない。

 もうひとつ、安全保障上の大きな課題は、過激派組織「イスラム国」(IS)をはじめとする国際テロへの対応だ。白書では「わが国も無縁とは決して言えない状況が起きている」と警戒感を示した。

 ただ、非国家の国際テロに対しては軍事力の限界を指摘する声が一般的である。軍事に偏った安保法案は「周回遅れ」の印象がぬぐえない。

 貧困対策や感染症対策、教育支援などテロの根を断つ非軍事の貢献こそ日本にふさわしい。戦後70年かけて培ってきた「平和国家日本」のブランドをどう生かしていくか、現実的な議論をもっと深める必要がある。

 防衛白書は中国をはじめ近隣諸国も注目している。白書の記述を通じて、各国と信頼醸成をはかる。そんな建設的な発信ができないものか。

東芝会計操作 ルール軽視の企業風土改めよ

 日本を代表する大企業が、会社ぐるみで利益の水増しを繰り返していたとは、言語道断だ。

 東芝の不適切会計に関する第三者委員会が、調査報告書を発表した。

 報告書は、田中久雄社長、佐々木則夫副会長、西田厚聡相談役の歴代3社長の時代に、損失計上の先送りなどが経営判断として組織的に行われていたと認定した。

 東芝の社内調査で約500億円とされていた利益のかさ上げは、1500億円超に膨らんだ。

 田中氏ら歴代社長を務めた3人のほか、取締役6人が辞任し、経営陣を大幅刷新したのは当然だ。東芝は信頼回復へ、再発防止に全力を挙げなければならない。

 会計操作の最大の原因は、行き過ぎた利益至上主義にある。

 業績報告の会議では、社長らが「チャレンジ」と称する過大な収益目標を設定し、各部門に厳しく達成を迫っていた。

 決算期末のわずか3日前に120億円の利益改善という常軌を逸した指示を出し、利益のかさ上げに追い込んだケースもある。

 さらに報告書は、上司の意向には逆らえない「企業風土」が、不適切な会計処理が長年続いた温床になったと指摘した。

 コンプライアンス(法令順守)よりも上司の命令を重んじる慣行は看過できない。ルール軽視の体質を改める必要がある。

 独立した立場から社内の不正に目を光らせる内部統制も、機能していなかった。

 会計や業務を監視する監査委員会のメンバー5人のうち3人は社外取締役だったが、2人は元外務官僚で、報告書は「財務・経理に十分な知見を有している者はいなかった」と批判した。

 東芝は社外取締役をいち早く導入するなど、ガバナンス(企業統治)改革の先駆者とみなされてきた。だが、形ばかりで中身が伴っていなかったと言われても仕方があるまい。統治体制の抜本的な見直しが求められる。

 会計監査のプロである監査法人も、利益の水増しを見抜けなかった。経営トップまで関与した隠蔽工作をどう見破るか。難しい課題を残したと言えよう。

 2011年に発覚したオリンパスの粉飾決算事件など、上場企業の会計不正が後を絶たない。人ごとと受け止める経営者が少なくないからではないか。

 日本企業の情報開示と証券市場に対する信頼を損なわぬよう、各企業は社内体制を真剣に点検してもらいたい。

米キューバ復交 独裁体制にどう改革を促すか

 完全な関係正常化へ向け、ハードルは、なお高いと言えよう。

 米国とキューバが国交を回復し、互いの首都で大使館を再開した。

 東西冷戦中の1961年、米国が当時の反米政権に断交を通告して以来、54年ぶりの復交である。対立解消への大きな節目には違いない。

 両国が国交回復の方針で合意したのを受け、オバマ米政権は今年1月、キューバに対する渡航・送金規制を緩和した。5月には「テロ支援国」の指定も解除した。

 残り任期が1年半を切り、オバマ大統領は外交の「遺産」作りを急ぎたいのだろう。

 ワシントンでキューバのロドリゲス外相と会談したケリー米国務長官は、記者会見で、「対立するよりも、関与した方が互いの利益になる」と強調した。

 ケリー氏は8月14日、国務長官として70年ぶりにハバナを訪れ、司法協力や麻薬対策、キューバでのインターネット普及などについて話し合う方向だ。

 米国からは、キューバへの旅行者が急増し、昨年1・3%だったキューバの経済成長率を今年前半、4・7%に押し上げた。

 だが、正常化には課題が多い。最大の難関は、米国による対キューバ経済制裁の扱いである。解除には米議会での手続きが必要だが、上下両院で過半数を握る共和党には反対論が根強い。

 共産党一党独裁を続けるカストロ政権が、政治的自由や人権を抑圧しているためだ。

 オバマ政権は、米大使館に勤務する外交官を増員してキューバ国民との接触機会を設け、インターネット普及を通じて海外情報を浸透させれば、キューバでも改革を求める声が広がると期待する。

 一方、米国の「内政干渉」に対するキューバの疑念は深い。米側の行動がカストロ政権を刺激すれば、両国が新たな対立の火種を抱えることになりかねない。

 関係正常化には、キューバが政治改革を進めることが不可欠だ。オバマ政権は、慎重に民主化を促していくことが求められる。

 米国がキューバとの復交を果たした背景には、中国が近年、強大な経済力をテコに、米国が伝統的に「裏庭」と見るカリブ海で影響力を拡大してきた現実もある。

 その中国は経済成長の陰りもあって、中南米諸国への支援がままならなくなっている。

 オバマ政権は、中国を相手に巻き返しを図れるのか。路線転換の真価が問われる。

2015年7月21日火曜日

仕事と介護の両立へ知恵を絞ろう

 高齢化が進むなか、仕事と介護を両立しやすくするために、どんな制度が必要か。厚生労働省の研究会が近く報告書をまとめる。審議会での議論を経て、政府は来年の通常国会に育児・介護休業法の改正案を提出する方針だ。

 親の介護に直面する子ども世代は、40、50代の働き盛りが多い。介護が原因で社員が離職したり、職場で十分な力を発揮できなかったりすれば、企業にとっても大きな損失だ。法改正の議論とは別に、企業がすぐに取り組めることも多いはずだ。両立を支えるため、今こそ知恵を絞りたい。

 改正議論の最大のポイントは、介護休業の分割取得だ。現在は介護が必要な家族1人につき93日間休むことができる。だが例外的な場合を除き、1回しか利用できない。「もっと大変な時期があるかも」と利用をためらうケースは多く、取得率は3%ほどだ。

 親が倒れたとき、在宅から施設に移るとき、など複数回に分けて利用できるようになれば、社員にとって大きなプラスだ。分割取得を認めるとともに、企業の雇用管理の負担が重くなりすぎないよう回数の上限を検討してほしい。

 ここで大事なのは、介護休業の期間を、介護体制を整えるための期間として使うことだ。介護は先の見通しが立ちにくく、介護期間が10年以上になることもある。休業を自らが直接介護する期間と捉え、いたずらに日数を延長することは現実的ではない。

 短時間勤務や残業免除をどう扱うかも、論点になる。育児支援策としては定着しているが、介護では期間などの制度設計が容易ではない。慎重な検討が必要だ。

 そもそも、企業が長時間労働の見直しを進めれば、それ自体が両立への大きな支えになる。有給休暇の取得促進に加え、フレックスタイムなど柔軟な働き方をしやすくすることも大切だ。

 社員があらかじめ、介護の知識を持てるようにすることも有効だろう。丸紅はセミナーやハンドブックを通じて社内外の介護支援制度を周知するとともに、相談体制の整備に力を入れている。こうした事例はもっと広がっていい。

 介護が必要になりやすい75歳以上の高齢者の数は、2025年には約2200万人と、12年の1.4倍に増える。子ども世代はきょうだいの数が少なく、働く女性も増えている。両立できる仕組みづくりは待ったなしだ。

多様な災害を予見し備えを

 今年は梅雨明け前から台風が多く発生し、先週末には台風11号が西日本を直撃した。日本列島では多くの火山で噴火活動が活発になり、地震も依然として多い。

 自然災害が多発していることを踏まえ、中央防災会議は国や自治体の防災対策の進め方を示す防災基本計画を修正した。

 昨年夏に広島市で起きた大規模な土砂災害を教訓に、地滑りの危険が高い地域を自治体が公表し、住民に早めの避難を促す。多くの登山者が犠牲になった御嶽山の噴火も踏まえ、登山者を守るシェルターの整備なども盛った。

 貴い人命を奪った災害から学び、同じ被害を繰り返さないことは大事だ。4年前の東日本大震災の教訓は「想定外」をつくらないことだった。基本計画は起きてしまった災害の再発防止にとどまらず、今後起こりうる災害を予見して備える発想がほしい。

 発生の恐れが指摘されながら、対策が遅れている災害のひとつが大規模水害だ。中央防災会議は2010年、荒川や利根川があふれると最大230万人が避難を迫られ、多くの地下街や地下鉄が水没するとの予測を示した。

 これを受け、国は大規模な地下街を対象に浸水対策や避難計画づくりを義務づけた。だがビルやマンションの駐車場など中小の地下施設は対象外で、備えに死角が多い。市町村を越えて住民を受け入れる避難所の確保もこれからだ。

 火山噴火への備えも不十分だ。富士山や浅間山が大規模に噴火すると、首都圏の広い範囲で火山灰が積もる。電力や水道の供給に支障が出たり、道路や鉄道網が寸断されたりする恐れが大きい。

 市民生活への影響をどのように軽減し、企業活動の生命線であるサプライチェーンをどう維持していくのか。国や自治体は具体策づくりを始めるときだ。

 列島の災害史をひもとくと、20世紀後半は大地震や火山噴火が例外的に少ない時期だった。これからは多様な災害を想定し、防災基本計画の抜本的な見直しが要る。

砂川判決―司法自ら歴史の検証を

 最高裁は、憲法の番人と呼ばれる。行政から、立法から、そして言うまでもなく外国政府から独立した存在であることが、司法の公正さの礎である。

 ところが半世紀前、その原則を揺るがす出来事があった疑いが今も未解明のままだ。「砂川判決」の背後にある米政府と最高裁長官との関係についてで、当時の被告が裁判のやり直しを求めた審理が終盤を迎えた。

 司法は自ら史実を検証し、国民の疑念にこたえるべきだ。

 1957年、米軍基地の拡張に反対するデモの学生らが、刑事特別法違反に問われた。

 2年後、日米安保条約の改定を前に世論が盛り上がるなか、東京地裁は「米軍駐留は憲法9条違反」として無罪を言い渡した。だが9カ月後、最高裁は破棄し、差し戻した。

 日米安保条約のような高度に政治的な問題について司法は判断しない。いわゆる「統治行為論」を最高裁判決は打ち出し、今も重い影響力をもっている。

 この判決をめぐる疑義が明るみに出たのは2008年以降。裁判当時の田中耕太郎最高裁長官が駐日米大使らと判決前に会い、裁判の情報を伝えていたとの米政府の公電が公開された。

 条約改定を進めたい日米両政府にとって「米軍駐留は違憲」との一審判決がいかに不都合だったかは、想像にあまりある。

 米大使館の公電によると、大使に対し長官は一審判決は誤っていたとし、最高裁では全員一致で判決して「世論を乱す少数意見」は避けたい、との望みを語った。

 政府高官も無関係ではない。一審判決の翌朝、外相に会った大使が判決を「正す」重要さを強調したとの文書もある。

 「公平な裁判を受けられなかった」と被告や遺族が昨年、再審を請求したのは当然だろう。

 公電は外交担当者の見方によるものとはいえ、複数の公電が伝える長官と高官らのふるまいは、司法の独立だけでなく、国家の主権すら忘れ去られていた疑念を抱かせる。

 それは敗戦の影が色濃く残る往時の出来事とは決して片付けられない現代の問題である。米軍基地問題の訴訟をめぐり、統治行為論は、住民被害の救済を阻む壁であり続けている。

 さらに安倍政権は、今国会での成立をねらう安保関連法案の合憲性の根拠として、砂川判決を挙げた。その歴史的検証はいよいよ不可欠である。

 憲法をめぐる議論は活発になっている。国民の信頼を得るには、最高裁はこの歴史の暗部から目を背けてはならない。

政務活動費―ネット公開当たり前に

 不適正な支出が相次いだ地方議員の政務活動費に関し、領収書を含むすべての収支報告書類をインターネットで公開する議会が少しずつ増えてきた。

 都道府県で初めて、高知県議会が今月1日からネット公開を始めた。大阪府議会も30日に続く。兵庫県議会や大阪市議会も来年から公開する。

 朝日新聞の1月現在の調べでは、領収書までネット公開している議会は25市町だけだった。政務活動費を支給している939議会の3%にも達しない。

 こうした中、政務活動費の支給額が多い都道府県や政令指定市の議会がネット公開に踏み出したことは評価できる。ほかの議会も早急に検討してほしい。

 ネット公開の最大の長所は、住民にとっての便利さだ。

 大半の議会では、平日に事務局へ行かないと書類が見られない。領収書のコピーには情報公開請求を、という議会も多い。

 ネットならいつでも閲覧できるし、印刷も簡単だ。

 昨年辞職した兵庫の「号泣県議」をはじめ、最近も神戸市や大阪府東大阪市で政務活動費のおかしな使い方が問題化した。

 議員たちの弁明から浮かぶのは、税金を使っている、という感覚の欠如だ。使途をガラス張りにし、ネットを通じて広く住民の目にさらすことによって、緊張感は確実に高まろう。

 議員も「監視」と身構えるべきではない。政務活動費は、政策立案のための経費である。どう活用しているかは政治家としての腕の見せどころのはずだ。

 高知県議会の公開書類からは、議員がどんな分野に関心を持ち、どこを視察したかがわかる。「議員が何をしているかわからない」という住民の不信感は根強い。ネット公開は仕事ぶりを伝える機会となろう。

 高知県では職員1人が約5600枚の書類をネットに載せ、特別な経費は要らなかった。約3万枚を公開する大阪府は、サーバー代など100万円弱の見込みだ。コストや手間もネット公開を拒む理由になるまい。

 国会議員の経費の使途は地方以上に不透明だ。

 政務活動費に相当する立法事務費は、議員1人あたり月65万円が会派に支給される。政治資金に充てている政党が多いが、収支報告ではほかの収入と一緒にされ、国会での立法にどう生かされたかははっきりしない。領収書の開示請求もできるが、相当な時間がかかる。

 「ネット公開が当たり前」というほど地方議会の透明度が高くなれば、国会に改革を迫る圧力となるだろう。

主権者教育 政治的中立をどう確保するか

 高校生への主権者教育がこれから本格化する中で、政治的中立をどのように確保するか――。

 選挙権年齢を「18歳以上」に引き下げる改正公職選挙法の成立で、教育現場に課題が突き付けられている。

 自民党の文部科学部会が、主権者教育に関する提言を安倍首相に提出した。政治的中立を逸脱した教員に対し、罰則を設ける法改正を行うよう求めている。

 教育公務員特例法は、公立学校の教員について、国家公務員と同様、特定の政党や候補者の支援を呼びかける政治活動を制限しているが、罰則は適用されない。

 教員が特定のイデオロギーを押しつけるようなことがあれば、生徒が政治に関する教養や偏りのない見方を学ぶ上でマイナスになる。教育現場での政治的中立を徹底させようとする、自民党提言の方向性は理解できる。

 だが、どのような授業が、政治的中立を逸脱するのかという線引きはこれからだ。罰則を設ける議論が先行することには、与党内にも慎重論がある。

 主権者教育では、政治問題をタブー視しないことが大切だ。各政党の公約を使った模擬選挙の実施など、実践的な授業で生徒の関心を高める工夫が欠かせない。

 国政選挙の争点として、今後も消費税や安全保障、原子力発電所の再稼働など、世論を二分するテーマが予想される。

 どういう指導であれば、バランスがとれるのか。文部科学省が、具体的なガイドラインを示す必要があるだろう。

 高校生の政治活動をどこまで認めるかも、論点となる。

 旧文部省は1969年、高校生の政治活動は望ましくないとの通知を出した。大学紛争の余波で、生徒による学校封鎖が起きた状況が背景にあった。選挙権年齢の引き下げに伴い、文科省は今秋までに通知を見直す方針だ。

 これについて、自民党提言は、学校内外の政治活動について、「基本的に抑制的であるべきだ」との考えを示した。

 学校が教育の場である点に留意しつつ、高校生の適正な政治活動の在り方を考えたい。

 17歳の高校生が18歳の同級生に同調して選挙運動などをすると、公選法に抵触する恐れがある。文科省と総務省は、こうした高校生と選挙を巡る注意点をまとめた副教材の作成を進めている。

 各都道府県でも、教育委員会と選挙管理委員会が連携し、相談態勢を整えてもらいたい。

性犯罪報告書 法改正で「逃げ得」を許すな

 性犯罪を罰する法律の見直しを議論してきた法務省の有識者検討会が、報告書案を公表した。

 卑劣な性犯罪を「性的自由だけでなく、被害者の人格や尊厳を著しく侵害する犯罪」と位置づけ、強姦罪の法定刑の引き上げを促した。

 厳罰化の理由として、強姦罪の刑の下限(懲役3年)が、強盗罪(懲役5年)より短いことを疑問視する声が多かった。

 被害が一生続くこともあるのに、物を奪う罪より刑が軽いのはおかしい、と言われてきただけに、もっともな指摘である。

 上川法相は今秋にも刑法改正を法制審議会に諮問する。どの程度の刑罰が適切か議論を深め、法改正につなげてもらいたい。

 強姦罪と強制わいせつ罪は、被害者の告訴がなければ、起訴に持ち込めない親告罪だ。報告書案では、これを非親告罪に変えるべきだとの多数意見が示された。

 被害に対する周囲の偏見や加害者の逆恨みを恐れ、告訴をためらう被害者は少なくない。

 被害の深刻さを考えれば、加害者が罰を免れる「逃げ得」は許されまい。被害者の泣き寝入りを防ぐため、「告訴の負担をかけずに加害者を罰すべきだ」という報告書案の見解は、うなずける。

 ただし、自らの意思に反して事件化されることに不安を感じる被害者がいることも事実だ。

 捜査や裁判の過程で、警察官や検察官、裁判官らの配慮を欠いた対応によってプライバシーが脅かされるなど、被害者が再び傷つく「二次被害」への懸念は根強い。関係者に被害者保護の意識を徹底させることが欠かせない。

 親や雇用主といった優位な立場を悪用した性犯罪に対処するため、強姦罪と同等の規定を新設すべきだとの指摘も注目される。

 現行法では、被害者の抵抗を著しく困難にするほどの「暴行・脅迫」が伴うことを、強姦罪の成立要件としている。

 しかし、逆らうことができない強い支配関係の下では、被害者が抵抗や拒絶の意思表示をすることは、困難だろう。明確な暴行・脅迫の事実がなければ、加害者が強姦罪に問われない現状は、改善する必要がある。

 検討会でも、「地位・関係性の利用」という要件を満たした場合には、暴行・脅迫がなくても処罰できるようにすべきだとの意見が多数を占めた。

 埋もれがちな被害を救うため、法の穴は、可能な限り埋めていかねばならない。

2015年7月20日月曜日

1700兆円を経済の再生に生かそう

 日本人のお金に対する保守的な姿勢は相変わらずのようだ。日銀の資金循環統計によれば、2015年3月末の家計の金融資産は初めて1700兆円を超えたが、安全資産の代表である現金と預金の比率が52%と過半だった。

 家計の金融資産は個人が老後に備えて蓄えたものという面が大きい。慎重に使わなければならないのはもちろんだ。しかし、資金に多少なりとも余裕があるなら、元本が減るリスクがあるかわりに高い収益を見込める投資に回すことは、有力な選択肢のはずだ。

市場の正しい知識を
 それはめぐりめぐって日本経済を活性化させる効果も持つ。個人が積極的に資産運用に取り組むための環境整備を急ぐべきだ。

 個人金融資産の6割強は60歳以上に偏在している。一般にこの世代は、教育費や住宅ローンの負担が軽くなる一方、退職金を受け取るため、金融資産の蓄積が進む。高額品を中心とする消費の主役として注目されるだけでなく、リスクマネーの出し手としての役割を期待する向きが多い。

 現在の60歳以上の人は投資の初心者が多い。まずは投資や資本市場に関して正しい知識を得るための学びの機会が必要だ。

 東京証券取引所は全国の主要都市に専門家を派遣し、投資のルールや市場の仕組みを教えるセミナーを、12年度から実施している。14年度は41回開催し5500人弱が参加した。投資経験の浅い個人にとって、こうした場でリスクとリターンの関係などを理解することは大切な経験だ。

 東証だけでなく、証券会社の自主規制団体である日本証券業協会なども含め、多くの市場関係者が個人投資家の裾野を広げる努力を続けてほしい。

 投資の学習と並んで重要なのは、個人の資金が市場に流れる仕組みを整えることだ。一定金額以内の個人の株式投資について、売却益や配当に税金を課さない少額投資非課税制度(NISA)を、有効に使いたい。

 金融庁によれば、同制度の導入から1年たった14年末の口座数は825万口座に達した。50歳以下で投資経験が乏しい人の開設が増える傾向にあるという。

 16年からは親や祖父母が子や孫の代理として投資する場合に非課税となる、ジュニアNISAが創設される。高齢世代から若い世代への金融資産の移転を促す狙いがある。金融機関が長期の視点で資産形成の助言などに力を入れることが普及のカギだろう。

 個人の資産運用の手段として古くからある金融商品には、投資信託がある。NISAの枠内で投信を持つ個人も増えた。

 しかし日本では、投信を運用する大手の資産運用会社が銀行や証券会社の傘下にあるため独立性に乏しく、運用のプロが育ちにくいとされる。運用会社が外部から経営者を招いたり独自の人材育成を進めたりして、専門性や信頼性を高めることが重要だ。

 既存の金融機関や運用会社に頼ることなく、自力で有望な企業や事業を見つけ、資金を投じたいと考える人もいるだろう。そうした需要に応えるうえで、インターネットの活用は有効な手段だ。

 企業がウェブ上で事業アイデアを公開し、個人から小口出資を募るクラウドファンディングが、5月に解禁された。

個人資金を引きつけよ
 同制度を利用するのは知名度の低いベンチャー企業が多い。監督当局が不正に目を光らせるのは当然だが、ウェブを運営するクラウドファンディング事業者が出資を募る企業に対し詳しい経営情報の開示を促すといった、自主的な取り組みも欠かせない。

 モノの値段が下がり続けるデフレのもとでは、現金や元本保証の預金を多く持つことが財産の目減り防止につながった。日本経済がデフレからの脱却を果たし、再生の道筋がはっきりとしたものになれば、個人が自己責任に基づいて株式などに資金を投じる動きも強まるだろう。

 企業にとって個人投資家は、投機的なファンドなどと違って経営をじっくりと見てくれる資金の出し手となりうる。これまでにも増して、企業が個人を引きつけるための努力が必要となる。例えばオリックスは昨年から、1カ月に2~3回の頻度で個人向けの会社説明会を開いている。

 個人マネーを成長の原資とした企業が、雇用創出やイノベーションを通じて成長の富を社会や個人に還元していく。そんな経済活性化の道筋を、さらに太く、確かなものとしたい。

ギリシャ問題―弱い経済包摂するには

 財政危機に陥っているギリシャが欧州連合(EU)から求められていた財政改革案を受け入れ、金融支援が動き出すことになった。これで当面はギリシャの債務不履行(デフォルト)の危機は遠のいた。

 とはいえ、めぼしい産業が観光や海運などに限られているギリシャ経済の再生は見通しにくい。5年におよぶ緊縮財政の結果、経済規模は2割縮み、国民は疲弊している。このうえ激しい緊縮を進めれば、かえって経済が悪化し、再び財政危機がぶりかえす恐れさえある。

 危機を封じ込めるには、国際通貨基金(IMF)のラガルド専務理事が主張するように、ギリシャに対する「相当な規模の債務減免」も必要ではないか。

 先週来のユーロ圏各国によるギリシャ支援協議では、ギリシャ支援をめぐって立場が二つに分かれた。「離脱だけは回避すべきだ」と考えるフランスのような国々と、「場合によってはギリシャのユーロ離脱もやむなし」とするドイツのような国々である。

 この論争は、欧州統合は誰のためにあるのか、という問いを想起させる。経済が強大な国々が弱い国々に手をさしのべて欧州としてまとまっていくという思考と、弱い国を切り捨てる思考である。後者の路線に突き進めば、ユーロ内の亀裂が深まり、経済の強弱にさらに大きな落差が生じてしまうだろう。

 当のギリシャの政府も国民も「ユーロ残留」を望んだ。ならば、こうした経済力の弱い国家や国民を包摂する制度を組み立て直す方策こそが、いま必要なのではないか。

 ギリシャ自身が財政改革や成長戦略に取り組まねばならないにしても、構造的な経済格差をうめるには、ユーロ圏のなかの「地方交付税」のような財政支援の仕組みを拡充する必要がある。その先にユーロ圏の本格的な財政統合も視野に入る。

 また今回、ユーロという単一通貨システムの構造的な欠陥もあらわになった。各国財政はばらばらで企業の競争力もずいぶん違うのに、経済が強い国も弱い国も同じ通貨、同じ為替レートで競争する。その結果、ますます国家間の経済力格差は広がり、修正もできない。

 これでは早晩「次のギリシャ」が生まれるだけだ。通貨制度の中で工夫できる余地がないのか検討してほしい。

 英国の離脱問題もくすぶり、EUの存在意義がさまざまな形で問われている。ギリシャ問題はEUとユーロの未来を考える材料を与えている。

中学生の死―命と向き合えているか

 なぜ、SOSのサインを生かせなかったのか。

 そう問わざるを得ない事件が、また起きた。

 岩手県矢巾町で中学2年の男子生徒が鉄道で亡くなった。

 生徒は毎日提出する生活記録ノートに、学校でいじめられていることをつづり、死んでいいですか、と訴えていた。

 ところが、その情報は教員全体で共有されておらず、校長にも届いていなかった。

 生徒は校内アンケートにも、いじめられていると書いていたが、集計されていなかった。

 町教育委員会は第三者委員会を設けて調査する。

 直接の関係者ではなく客観的な立場の委員を選び、遺族の声を聞きながら検証してほしい。

 これまでも、いじめ自殺が起きるたびに学校がサインを見逃したことが批判されてきた。

 そこに横たわる根本の問題こそ見つめなければならない。

 まず一つめは、学校が子どもの命に十分向き合えていないのではないかということだ。

 思春期は心が揺れ動く時期だ。大人にはささいに見えることでも、子どもは死に向かって容易にジャンプする。

 たとえ小さくても悩んでいる兆候が現れれば、最優先で対応すべきだ。生徒のつらさや苦しさへの感性が、多忙のなかで鈍っているなら本末転倒だろう。

 二つめは、教員が課題を抱え込みがちなことだ。今の子どもは、内面をそのまま表に出さない傾向にある。それをつかみ、すぐに対処することは一人では難しい。教職員が集団として取り組むことが欠かせない。

 文部科学省はスクールカウンセラーら専門家とともに取り組む「チーム学校」構想をまとめた。いじめにも有効だろう。

 教員がなかなか課題を共有できない背景には、いじめが起きると「指導力がない」と評価されることがあるといわれる。

 文科省はいじめをいち早く発見し、隠さず対応した学校や教員を評価するよう通知した。

 それはどこまで届いているのか。今回の学校のいじめの発生件数はゼロと報告されていた。

 大津市のいじめ事件を機に生まれた「いじめ防止対策推進法」は、学校や教委で方針をつくり、組織を設けることで、いじめを防ごうとするものだ。

 だが、いくら仕組みを整えようと、魂を入れるのは人であることを忘れてはならない。

 いじめは学校だけの問題ではない。家庭や地域社会が、子どもの孤独をどこまでくみとれるか。問われているのは、大人一人ひとりである。

自衛隊共同訓練 安保法制と連動して拡充せよ

 安全保障法制の整備だけでは、抑止力の向上は限られる。自衛隊が他国軍と共同訓練を重ね、多角的な防衛協力体制を構築してこそ、その実効性が担保される。

 自衛隊が最近、新たな共同訓練を相次いで実施している。

 豪州北部で実施中の米豪合同軍事演習には、陸上自衛隊が初参加した。米豪が重視する3万人規模の大型演習で、南西諸島防衛を担う陸自の西部方面普通科連隊が、米海兵隊と水陸両用作戦の上陸訓練などを行った。

 南シナ海や西太平洋での中国軍の海洋進出には、豪州も日米と懸念を共有している。日米豪の安保協力を拡充し、様々な危機への対処能力を高める意義は大きい。

 6月下旬には、海上自衛隊とフィリピン海軍が南シナ海のパラワン島で遭難船の捜索・救助を想定した訓練を実施した。海自はP3C哨戒機を初めて派遣した。

 現地は、中国が一方的な岩礁埋め立てを進めるスプラトリー(南沙)諸島に近い。警戒監視能力が弱い比軍にとって、海自のノウハウを学ぶ利点は小さくない。

 海自は10月、米、インド海軍がインド洋で行う軍事演習にも8年ぶりに参加する見通しだ。

 衆院を通過した安全保障関連法案が成立すれば、海自による米軍艦船の防護や、より機動的で柔軟な補給・輸送支援が可能になる。米軍以外の他国軍に対する後方支援なども実施できる。

 唯一の同盟国・米国との防衛協力を大幅に深化させる。豪州や東南アジア各国など友好国との重層的な連携体制も拡大する。この両路線を着実に進めるべきだ。

 多様なシナリオを想定し、実戦的な訓練を重ねる。成果と問題点を検証し、作戦計画や部隊編成、装備などの改善を図る。このサイクルを続けることが、自衛隊の技量を向上させる。関係国との強い信頼関係も築けるだろう。

 安保法案は、国連平和維持活動(PKO)に参加する自衛隊の任務と武器使用権限も拡大する。

 新たに治安維持任務や、他国部隊などへの「駆けつけ警護」が解禁される。現行のPKO協力法では武器使用が制限され、訓練さえできなかった「暴動対処」「敵の包囲・捜索」といった任務にも参加が可能になる。

 6月下旬、モンゴルで実施された23か国のPKO共同訓練には、陸自部隊が初参加した。こうした機会を通じて、PKOの練度を高め、新たな任務に取り組む準備を進めることが求められる。

スマホ契約 「2年縛り」の見直しが急務だ

 携帯電話をもっと安く手軽に使いたい。そんな利用者の希望にかなったサービスを実現する契機としたい。

 総務省の有識者会議がスマートフォンなどの携帯電話契約の問題点に関する報告書をまとめた。2年契約の中途解約に高額な違約金を課して利用者を囲い込む、「2年縛り」契約の見直しを求めたのが柱である。

 2年縛りは携帯大手3社がそろって採用している。これが料金の安いサービスへの乗り換えを阻害し、料金を高止まりさせている一つの要因ではないか。

 報告書を受け、総務省は携帯各社に2年縛り契約の改善を求めることを決めた。要請に法的拘束力はないが、携帯各社は真摯しんしに受け止め、「囲い込み商法」を早急に改めるべきだ。

 日本の携帯市場では、格安スマホを販売する仮想移動体通信事業者(MVNO)の参入が相次いでいる。携帯端末を他社で使えないように制限をかける「SIMロック」も、5月以降の新機種から解除可能になった。

 MVNOなどの安いスマホに乗り換えやすい環境が整ってきたことは確かだろう。

 ただし、利用者にとって納得のいかない点は少なくない。

 特に、2年で契約が自動更新され、「知らないうちに次の2年縛りが始まっていた」という苦情が後を絶たない。無料解約は更新月の1か月間に限られる。無料解約の機会を逃してしまい、乗り換えをためらう利用者も多い。

 携帯各社は、更新の近い利用者にメールなどで知らせ、無料解約期間を2か月に延ばすとしているが、これでは不十分だ。

 欧州では、2年超の契約は禁じられている。日本でも、当初の2年が経過した後は、違約金をゼロにすべきではないか。

 2年縛りは、新規契約から2年間の割引が手厚く、2年ごとに携帯会社や端末を変える人のメリットは大きい。一方、同機種を長く使う人は、割引の原資となる高い通信料を払わされている。こうしたビジネスモデルは問題だ。

 契約期間に「縛り」のないプランもあるが、通信料が割高で、2年縛りが全体の9割を占める。報告書は、「形式的なプランに過ぎない」と疑問を呈した。

 利用者の選択肢を増やし、競争を促すことが欠かせない。

 日本のスマホ料金は、利用の少ないユーザー向けのプランを中心に、海外より割高という。さらなる料金引き下げを求めたい。

2015年7月19日日曜日

日本人自身のレジャー消費も伸ばしたい

 外国人観光客の増加が注目を集める陰で、日本人自身の国内レジャー消費が停滞している。2014年の国内旅行市場で、日本人の旅行の回数や消費額などが軒並み前年比マイナスに転じた。地方経済の活性化や観光サービス業の育成のためにも、レジャー消費の活性化へ工夫を重ねたい。

 国内の旅行消費額に占める外国人の比率はまだ1割以下。市場の9割以上は日本人による消費だ。しかし14年の1人当たりの国内宿泊観光旅行の回数は1.3回、宿泊数は2.1泊と、いずれも3年ぶりに減少した。旅行消費額も8.1%減と不振だった。

 日本生産性本部がまとめた最新版のレジャー白書でも、14年に国内旅行をした人は前年より3.4%減っている。しかし白書によれば「国内旅行をしたい」人は前年より増えている。工夫次第で市場はもっと広がるはずだ。

 同本部の調査では近年、旅の目的は多様化している。野外コンサート、アイドル公演、美術展、テーマパーク、サイクリングなど、名所旧跡や郷土料理といった従来型の楽しみとは違う動機で旅をする人が増えている。需要を掘り起こす好機だ。

 金沢市の湯涌温泉では、この街が舞台となったアニメに登場する架空のお祭りを再現しファン1万人以上を集める。京都では有名寺院だけでなく四季の自然や路地の町家など新しい魅力を発掘し、観光客を増やしている。こうした工夫をどんどん広げるべきだ。

 高齢化もにらみ、旅行各社はつえや車いすの利用者を対象とするツアーに力を入れている。観光地側も受け入れ態勢を整えたい。

 有名観光地では外国人の増加で宿泊施設が混み始めている。民家の空き部屋などに内外の旅行者が泊まりやすくするため、規制緩和や法整備が求められる。人とのふれあいは地域のファンやリピーターを育てるのにも有効だろう。

 休暇の取りにくさもレジャー市場育成の壁だ。有給休暇の消化率を高めることは働く人の心の健康や家族間のコミュニケーションにつながる。働き方を工夫し、仕事の効率や生産性を下げずに休暇を取れる職場をつくりたい。

 今年は9月に大型連休がある。このため夏ではなく秋に旅を楽しむ人が例年より多い。本来、気候のいい秋は旅行向きの季節だ。この時期に交代で有給休暇を取る慣習を育てるのも一案だろう。

途上国の開発に効率の視点を

 貧困の撲滅などをうたった国連の「ミレニアム開発目標」が、今年末に期限を迎える。

 これを引き継ぐ2016年以降の「持続可能な開発目標」の実現に向け、資金面の課題を話し合う国際会議を国連がアフリカのエチオピアで開いた。

 新目標の原案は、貧困など社会的課題への対応にとどまらず、途上国の経済成長、良質なインフラ整備、再生可能エネルギーの拡大を含む幅広い内容を盛っている。

 目標達成には年間で数兆ドルかかるとの試算もある。官民の資金を賢く使い、効率よく持続可能な開発を進めていく視点が不可欠だ。

 開発に関する国連の会議は従来、豊かな先進国が政府開発援助(ODA)で途上国を支援することに主眼を置きがちだった。

 対して今回は、民間企業の直接投資や海外出稼ぎ労働者からの母国向け送金、民間資金を使ったインフラ整備、技術革新の重要性が強調された。これは当然だ。

 中国やインドなどで高成長が実現した結果、途上国の貧困層は大きく減少した。経済のグローバル化を背景に、昨年の途上国向けの直接投資や送金は、ODAの約4~5倍に膨らんでいる。

 こうした現実を踏まえれば、先進国によるODAは規模の大きさを競うよりも、民間資金の呼び水となるような工夫がこれまで以上に求められる。

 一方で途上国は、汚職を根絶したり法制度の透明性を高めたりする改革に加え、税収を増やす自助努力を怠ってはならない。

 今年は開発に関する国際会議が目白押しだ。新目標を議論する首脳会議が9月に、温暖化対策の新たな国際的な枠組みを話し合う国連の会議(COP21)が年末に、それぞれ開かれる。

 ミレニアム開発目標の多くが達成できたとはいえ、サハラ砂漠以南のアフリカではなお貧困に苦しむ国がある。環境、教育、健康、雇用の改善と両立する成長をいかに実現するか。先進国と途上国が手を携えるべき課題は多い。

弁護士拘束―中国国民の権利損なう

 中国の人権問題に関心を寄せる人々の間で7月10日は「暗黒の金曜日」と呼ばれている。各地で人権派の弁護士、活動家が警察によって一斉に連行された。その後も摘発が続き、取り調べの対象者は200人を超えた。見過ごせない暴挙である。

 主な標的となったのは北京の弁護士事務所で、その関係者は拘束されたままだ。ほかに湖南省、上海、河南省など各地で取り調べを受けた人々は、この事務所と関係があると見なされたようだ。

 弁護士らは、立ち退きなど様々な問題に巻き込まれて役所に陳情する庶民に寄り添ってきた。中国社会の人権を巡る状況を改善していくうえで貴重な担い手である。彼らを狙い撃ちにする行為は、ひろく国民の権利全体を損なうことにつながる。

 中国政府は国営メディアを通じ、この弁護士事務所に「社会秩序を乱す犯罪集団」のレッテル貼りをしている。住民と警官とのトラブルを問題としてことさらに取り上げ、ネットで広めた行為などを指している。政府の主張に沿えば、異議申し立てはすべて「反政府」になってしまう。

 5月には良心的弁護士として広く知られた浦志強氏が起訴されたばかりだ。昨年中国で拘束された人権活動家は1千人近くに上ると言われる。習近平(シーチンピン)政権になってからの弾圧ぶりはかつてない厳しさだ。

 改革開放以後、中国では二つの力がせめぎ合っている。

 一つは生活水準や教育水準の向上を背景とする、市民の力だ。彼らは保守的な一面を持ちながらも、生活にかかわる権利意識があり、行動する力量を備えてきている。

 これに対するものが、一党支配を守ろうと異論を抑え込む力だ。習政権に顕著なものだ。

 中国は04年の憲法改正で「国家は人権を尊重し、保障する」という条項を加えた。もとより言論や集会、結社の自由も規定されている。だが、実効あるものにする制度はなく、空文に等しい。

 逆に、今月1日に施行された国家安全法は、安全の名のもとに市民の権利を制限する傾向を助長しかねず、さきに国連人権高等弁務官も懸念を表明した。

 習政権は昨年秋、共産党の会議で「法にもとづく国家統治の全面的推進」を打ち出した。起きていることを見る限り、そこで言う法とは、市民の権利を守る盾ではなく、市民を抑え込むこん棒である。13億人が法治にほど遠い状況に置かれ続けることを深く憂慮する。

又吉氏芥川賞―文学に親しむ入り口に

 お笑いコンビ「ピース」の又吉直樹さん(35)が書いた「火花」が芥川賞に決まった。

 笑いの世界での成功を目指してもがく2人の若者を描いた中編だ。人気芸人が書いた初の小説は、今年1月の発表時から注目されていた。掲載した文芸誌「文学界」は普段の読者層とは異なる10~20代にも売れ、創刊以来初めて増刷された。3月に出た単行本もベストセラーに。受賞決定で増刷され、発行部数104万部に達した。

 書き手の名前や話題性にひかれて、本を手に取る人も多い。そうした読者を思い、又吉さんは、受賞決定後の記者会見でこんなことを言っていた。

 「面白い小説はたくさんある。僕の小説に合わない人も、他の小説は合うかもしれない。1人目で読んでいただけるのはうれしいが、100冊読めば、絶対小説が好きになる。そこまで頑張ってもらいたい」

 彼がこれほど信頼する小説の力とは何だろう。

 又吉さん自身は少年時代、自分の中に渦巻く疑問や葛藤が、芥川龍之介や太宰治の小説に表現されていることを見つけ、文学に傾倒していったという。

 日常に違和感を覚えたり、生きづらさを抱えたりしている人は少なくない。特に若い世代では、孤独にさいなまれたり、同調圧力の強い人間関係の中で、周囲に合わせることに疲れたりしている人もいるだろう。

 文学は、そうした苦しみを直接解消できるわけではない。しかし、古今東西の小説には、おびただしい数の先人が向き合ってきた悩み、悲しみ、喜びなどが詰まっている。それに触れることで、登場人物への共感を通して自分自身を肯定したり、困難を乗り越える知恵や勇気を得たりすることはできる。

 「火花」と同時受賞は、失業中の青年と介護が必要な祖父との暮らしを見つめた「スクラップ・アンド・ビルド」。作者の羽田圭介さん(29)は会見で「高齢者対若者といった対立構造を作る言説が幅をきかせているが、顔を見ないで何か言うのはすごく簡単。顔が見える状態で、異なる価値観の相手にどういう行動を起こすのかを書きたかった」と語った。

 小さな家庭の物語が、読み手の想像力で、社会全体にも、国同士の関係にも広がり、考えを深めさせる。

 これもまた、文学の力だ。

 話題性と若い世代に届く言葉を持つ芥川賞作家の誕生で、小説に光が当たる。これが幅広い人が文学に親しみ、何かを発見するきっかけになるといい。

CO2削減目標 省エネを加速させる契機に

 実現可能性を重視したとはいえ、目標の達成は決して容易ではない。

 官民挙げて、省エネルギーに取り組むことが求められる。

 政府が、温室効果ガスの排出削減目標を正式決定し、国連に提出した。2030年度までに13年度比で26%削減する。

 ベースになっているのが、30年時点の日本の電源構成だ。

 燃料を輸入に頼る火力発電を減らし、原発を引き続き利用する。太陽光、風力などの再生可能エネルギーの比率も増やす。こうしたエネルギー政策の下で、可能な限り高い削減率をはじき出した。

 二酸化炭素(CO2)を排出しない原発の活用は、温暖化対策上、極めて重要である。再生エネについては、発電コストの軽減などが大きな課題となろう。

 排出量の増加が著しいのは、デパートやスーパー、オフィスビルなどの業務部門だ。目標では、4割の削減を目指している。省エネ型の照明やOA機器などの導入が欠かせない。

 年末にパリで開かれる国連気候変動枠組み条約の第21回締約国会議(COP21)に向け、各国は削減目標の策定を進めている。米国や中国、欧州連合などは、既に国連に提出した。

 COP21で20年以降の温暖化対策の新たな枠組みが合意されれば、各国は、自らが示した目標の達成に取り組むことになる。

 新たな枠組みで大切なのは、先進国だけに排出削減義務を負わせた京都議定書の失敗を教訓に、全締約国に対象を広げることだ。米欧と比べても見劣りしない目標を掲げた日本は、公平・公正な枠組み作りを主導してもらいたい。

 各国に目標を順守させる仕組みも不可欠だ。目標を掲げるだけでは温暖化の進行を防げない。

 一方で、目標の達成を厳格に義務付ければ、米国の離脱で骨抜きになった京都議定書の二の舞いになりかねない。

 各国に対策の進捗(しんちょく)状況の定期報告を義務付ける。相互に検証し、目標の引き上げを促す。目標を後退させることを禁じる――。いかに世界全体の排出量を削減するかという観点で、実効性のある枠組みを作り上げねばならない。

 京都議定書で削減義務を負っていない中国は、世界の排出量の4分の1を占める最大排出国だ。中国の取り組みが、温暖化対策のカギを握っている。

 日本は米欧などと協調し、中国に対して積極的な排出削減を促していく必要がある。

「ゆう活」推進 効率的に働いて残業減らそう

 仕事を早めに切り上げて、夕方は家族や友人との時間を楽しもう。

 政府が国家公務員を対象とした「ゆう活」をスタートさせた。

 7、8月の2か月間、出勤を1~2時間繰り上げる。行政サービスに支障が出る職員などを除き、全体の4割にあたる22万人が参加している。

 朝型勤務を広め、ずるずると長引きがちな夜間の残業を減らす。その狙いは理解できる。

 ただ、初日の7月1日に予定時間に退庁した中央省庁の職員は、65%にとどまった。働き方を変えるのは容易ではないようだ。

 どうすれば、ゆう活を定着させることができるか。課題を検証し、長時間労働を改める契機とすることが求められる。

 政府は、ゆう活の推進を民間企業にも呼びかけ、国民運動としたい考えだ。

 日本の平均労働時間は年間1750時間程度で、先進国の中では長い方だ。パートを除いた正社員に限ると、2000時間を超える。20年前からほとんど減っていないのが実情である。

 週49時間以上働く人は22%で、10%前後の欧州諸国より格段に多い。「過労死ライン」に当たる週60時間以上の人も9%に上る。特に働き盛りの30歳代男性は、18%と深刻な状況だ。

 働き過ぎで疲弊すれば、仕事の効率は落ちる。創造力も減退する。長時間労働は、企業にとってもマイナス面が大きいだろう。

 ゆう活を進める上で重要なのは、出勤を早めた分、確実に終業を繰り上げることである。

 労働者には「働く時間が延びるだけではないか」と懸念する声が多い。業務内容や配分を見直し、効率化を徹底できるかどうかが成否のカギとなる。

 先行して朝型勤務を導入した企業では、会議時間の制限や資料の簡素化をルール化している例もある。各企業は、こうした先進事例も参考に、実効性ある取り組みにつなげてもらいたい。

 残業削減が賃金低下を招かないよう、効率的に働く人が報われる人事評価制度の普及も重要だ。

 長時間労働を是正し、ワーク・ライフ・バランス(仕事と生活の調和)を確保することは、女性の活躍を促すためにも欠かせない。余暇の充実は、レジャーや文化活動などの需要を生み出し、成長戦略にも資するだろう。

 ゆう活を夏のイベントに終わらせず、残業の少ない働き方を社会に根付かせることが大切だ。

2015年7月18日土曜日

核燃サイクルは効率的で透明な運営を

 電力自由化が進むなかで核燃料サイクル事業を安定して継続するにはどうすべきか。経済産業省の専門家会合で検討が始まった。

 この事業は、原子力発電所で生まれる使用済み核燃料からプルトニウムなどを取り出し、燃料として再利用する。電力会社が共同出資した日本原燃(青森県六ケ所村)が、要となる再処理工場を建設・運転する計画だ。

 電力の自由化はこの事業にとって大きな環境変化といえる。電力会社は地域独占でなくなり、これまで通り事業費用を出したり債務を保証したりするのが難しくなるとみられるからだ。

 新しいエネルギー政策の下では原子力への依存度が下がるため、再処理工場の稼働率も低くなる見込みで、巨額の初期投資を回収できるかどうかも懸念される。

 仮に電力会社が破綻しても核燃料を安全、確実に保管して再処理するため、国は何らかの形で最終的な責任を引き受ける必要があろう。安定的に事業を続けるには国の関与が不可欠なわけで、事業のあり方を見直そうという経産省の考え方は妥当だろう。

 ただ、この事業はもともと電力業界が自らの意思で着手した事業で、一義的な事業責任は電力会社にある。国が丸抱えしてはモラルハザードにつながる。国の関与と電力会社の責任との適切なバランスをとらなければならない。

 経産省の見積もりでは総費用は12兆6千億円にもなる。これを国民全体が電力料金の一部で負担してきた。さらなる負担を国民に強いることは避けなくてはなるまい。事業のあり方をどのように見直すにしろ、国民負担をできるだけ軽くするため効率的で透明性の高い運営が求められる。

 まず国民が知る必要があるのは日本原燃の能力だ。同社は再処理工場を来年3月に稼働させる計画だが、稼働は過去に22回も延期されてきた。今も原子力規制委員会による安全審査が進行中で、目算通りの稼働は確実ではない。

 トラブルで経験を積み技術力が育ったとの指摘もあるが、本当に事業を任せられるのか、改めて検証すべきではないか。

 原発の数が減る結果、核燃料サイクル事業が当初の見込み通りの経済的な利益を生まない可能性も大きくなる。事業の継続策を決める前に、経産省と電力業界は事業全体の長期的な採算性について国民に説明する責任もある。

長期で成果出す公的年金に

 公的年金積立金の運用益が2014年度に過去最高となった。少子高齢化が進み年金財政が厳しくなるなか、明るい話題には違いない。とはいえ、年金運用は数十年の長期の視点で評価されるべきものだ。単年度の成績にこだわりすぎることなく、長期にわたり安定した運用の成果を出すための組織改革も進めてほしい。

 厚生年金や国民年金の積立金を運用している年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)が公表した14年度の運用状況によると、約140兆円の運用資産からの収益は15兆2922億円と、13年度に比べ約50%増えた。運用利回りも12.27%だった。

 安倍政権のもとでGPIFは国債中心の運用を見直し、株式に代表されるリスク資産への投資を増やす方向で改革を進めた。

 実際、GPIFの運用資産に占める国内株の比率は13年度末の16%から14年度末には22%に、外国株の比率は15%から21%へと、いずれも大幅に増えた。そこへ世界的な株高が重なり、運用収益が増えたという構図だ。

 しかし、運用環境は常に変化する。過去には株価の低迷で損失が発生した年もある。現在のように市場が不安定になることもある。株価の大幅な値上がりが続くという、楽観的な前提で年金運用を考えるべきではない。

 年金積立金の原資は国民の保険料だ。年金受給者の長期的な利益に資するため、運用も長期的視点で安全かつ効率的に進めることが大原則となる。

 GPIF改革は大学教授などが参加した有識者会議が、13年11月に発表した提言にもとづいている。この提言は運用の見直しだけでなく、組織改革の必要性を指摘した。権限が理事長に集まる独法から、多くの金融の専門家による合議で運用戦略などを決める特殊法人への改組だ。

 短期的な運用成績の向上もさることながら、年金受給者が長期的に安心できる運用体制の構築を進めるべきである。

新国立競技場問題―強行政治の行き詰まりだ

 安倍首相の言葉が空々しい。

 「国民の声に耳を傾けて」「世界から称賛される大会に」

 2020年東京五輪・パラリンピックの主会場となる新国立競技場の計画見直しに、首相がやっと重い腰を上げた。

 わずか1週間前、国会で「時間的に間に合わない」と否定したのは、首相自身だった。

 急な心変わりは、審議を重ねるほど異論が高まった安全保障関連法案を、衆院で強引に採決したタイミングと重なり合う。

 せめて競技場の問題では、民意にこたえる指導者像を演じることで内閣支持率の低落傾向に歯止めをかけたい。そんな戦術と勘ぐられても仕方ない。

 空前の財政難のなか、競技場に無謀な巨費を投じる愚策だった。丁寧な説明と合意づくり、完成後もにらんだ長期の収支計画など、公共事業に求められる水準にほど遠い代物だった。

 「白紙に戻し、ゼロベースで見直す」(首相)との方針転換は至極当たり前の決定である。

 政府と東京都、大会組織委員会など各関係組織は、五輪・パラリンピックを成功させる国際責任を果たすとともに、後世の国民スポーツの底上げに資する堅実な計画を練り直すべきなのは言うまでもない。

■あいまいな責任所在

 問題の核心はむしろ、なぜ、この土壇場まで決断ができなかったのか、である。誰の目にも明らかな問題案件であり続けたにもかかわらず、なぜ止められずにここまできたのか。

 そこには、日本の病んだ統治システムの姿が浮かび上がる。すなわち、責任の所在のあいまいさである。

 下村文科相は情報が上がってくるのが遅れたと逃げ、事業主体の日本スポーツ振興センターは、計画変更の判断は文科省に責任があると押しつけあった。

 3千億円でも4千億円でも立派なものをと主張してきた大会組織委の森喜朗会長はきのう、「僕は元々、あのスタジアムは嫌だった」「誰も責任はない」と言い放った。

 当初予算からほぼ倍増した建設費と、完成後の維持費をどう工面するのか。政府の説明にはいくつも疑問が突きつけられ、あやふやに終始した。

 「誰が責任をとるのか」。舛添要一・都知事が漏らした怒りの声はもっともだったが、その知事も含めて今に至るも、誰が最終責任者なのかが見えない。

 本紙が報じた国会議員の発言は驚くほかなかった。「責任の行き着く先は、安倍晋三と森喜朗という2人の首相になるから誰も鈴を付ける人がいない」

 権力を握った者がにらみをきかせれば、無理が通る――。露呈したのは、首相や有力政治家が絶対君主のようにふるまい、たとえ同じ政党のメンバーでも異論を言えない。そんな日本の政界の有り様である。

■民意軽視が常態化

 世論に押された末の今回の決定は、安倍流政治の行き詰まりも物語っている。

 競技場問題が迷走した過程で一貫していたのは、異論を遠ざける姿勢だった。政策決定の責任者たちが、国民の声に耳をふさぐことが常態化している問題は深刻だ。

 「デザインが景観にそぐわない」「巨大すぎる」「工費が膨れあがりかねない」。国際コンペで採用されたデザインについては当初から、建築界や市民団体から異論が噴出していた。

 昨年5月に基本設計案を了承した時も含め、見直す機会は何度もあった。デザインが決まったのは「民主党政権のときだ」と下村文科相は責任転嫁めいた釈明もした。

 だが、ことごとく引き返すチャンスを逃してきたのは安倍政権だったことを猛省すべきだ。

■安保と原発にも通底

 民意を顧みず、説明責任を避け、根拠薄弱なまま将来にわたる国策の決定を強行する――。

 それは競技場問題に限った話ではない。国民が重大な関心を寄せる安保関連法案や、原発関連行政にも通底する特徴だ。

 首相や閣僚らが意味不明な国会答弁を重ね、国民の疑問は置き去りにされている安保法案。国民の安全に関する最終責任がどこにあるのか見えないまま、再稼働に突き進もうとしている原発の問題。

 そのいずれでも国民の多数がはっきりと強い懸念を示している。国民の命と安全に直結する問題だというのに、首相は国会での数の力で押し通し、異論に敬意を払おうとしない。

 政治権力者が民意に耳をふさぐなら、学者や市民の異議申し立てが熱を帯びるのは当然だ。これ以上、政治と国民の距離を広げてはならない。

 急に競技場計画を見直す理由として、首相は「主役は国民一人ひとり、アスリートの皆さんです」と語った。ならば安保も原発も、あらゆる政治課題でも、主役は国民一人ひとりであることを悟るべきだ。

 今回の競技場問題から、くむべき教訓は広く、重い。

新国立競技場 計画の白紙撤回を評価したい

 安倍首相が、新国立競技場の建設計画を白紙に戻すことを表明した。

 財政難の中、2520億円もの巨費を投じて建設に突き進むことには、そもそも無理があった。「ゼロベースで計画を見直す」とする首相の決断を評価したい。

 計画に対しては、世論の批判が強まる一方だった。与党内からも疑問視する声が上がっていた。

 首相は、「国民、あるいはアスリートたちからも大きな批判があった」ことを見直しの理由に挙げた。2020年東京五輪・パラリンピックについて、「みなさんに祝福される大会でなければならない」とも強調した。

 国を挙げて東京五輪を成功させるには、大会のシンボルである新国立競技場に不信の目が向けられる事態は避けねばならない。

 工費膨張の元凶だった2本の巨大アーチ構造に見切りをつけた首相の判断は、遅きに失したとはいえ、適切である。

 計画見直しにより、19年のラグビーワールドカップに間に合わなくなっても、やむを得まい。

 下村文部科学相や、東京五輪・パラリンピック組織委員会の森喜朗会長らは、五輪招致の際、新国立競技場の斬新なデザインが、高い評価を得たと強調してきた。抜本的な計画変更は、国際的な公約違反に当たるとも訴えた。

 だが、建設コストの削減が、国際オリンピック委員会(IOC)が開催都市の負担軽減を目的に進める五輪改革の趣旨に合致することは間違いない。

 デザイン変更に伴う違約金が発生しても、巨大アーチを取りやめることによるコスト節減で、容易に補えるだろう。

 1300億円の建設費を想定した12年の国際コンペで、審査委員長を務めた建築家の安藤忠雄氏は、16日の記者会見で、「コストについて、徹底的な議論はなかった」と釈明した。

 当初から関係者にコスト意識が乏しかったというわけだ。巨大アーチ構造は工費がかさむことが分からなかったのだとしたら、専門家として、お粗末である。

 首相は、下村文科相と遠藤五輪相に対し、直ちに新たな計画作りに着手するよう指示した。

 重要なのは、五輪までに確実に完成させることだ。工期は限られているだけに、デザイン選定や基本設計で失敗は許されない。

 責任の所在や権限があいまいだったことが、これまでの迷走の原因である。それを教訓に、作業を効率的に進めねばならない。

芥川賞 新風巻き起こした異才の「芸」

 文学の世界に新たな風が吹いた。

 芥川賞に、お笑い芸人の又吉直樹さんの「火花」が選ばれた。

 天才肌の先輩芸人と後輩の「僕」の師弟関係を描いた泣き笑いの物語だ。又吉さんの初の純文学作品で、今年3月に単行本が刊行されると、たちまちベストセラーとなった。増刷後の累計発行部数は104万部になる。

 シリアスな中にもユーモアのある内容で、選考委員は「主人公と先輩のまさに『火花』の散るような関係がとてもよく出ていた」とその表現力を評価した。「どうしても書かざるを得ない切実なものが迫ってくる」とも指摘した。

 又吉さんは、中学時代から、芥川龍之介や太宰治の小説に親しんできた。これまでに2000冊以上もの小説を読み、知的な「読書芸人」とも称されてきた。

 「お笑いのライブで気づいたこと、コントでは表現できなかったことが、文章を書く時の第一歩」と語る。日々、言葉で真剣勝負する芸人の世界で磨いたセンスが、読者を引きつけるのだろう。

 「言葉の最大瞬間風速が吹いているのは、文学の世界かもしれない」と、小説を書く魅力を独特の言い回しで表現する。

 これまで純文学の新人作家は、文学雑誌に投稿し、作家一筋を目指す人が主流だった。だが、近年は、歌手経験を持つ川上未映子さん、女優・演出家の本谷有希子さんら、多彩なジャンルの人材が著名な文学賞を受賞している。

 文学も作家も、時代とともに変化していく。複雑な現代社会をリアルに描くため、様々な経歴を持つ小説の書き手が登場するのは、むしろ自然な流れだろう。

 お笑いの世界では、北野武さんや松本人志さん、太田光さんら、文筆、映画、絵画といった様々な知の世界で活躍する逸材が目立ち、層の厚さをうかがわせる。

 読書離れが指摘されて久しい。昨年の書籍・雑誌の推定販売額は1兆6065億円で、ピークだった1996年の2兆6563億円の約6割までに落ち込んだ。

 スマートフォンなどに時間を割く若者が増えていることが、背景にあるとされる。

 そうした若い人々が、又吉さんの小説に高い関心を寄せていることは朗報である。

 本をこよなく愛し、読書推進活動にも熱心な又吉さんは、「僕の本を読んで、別の人の本も読んでくれたらいい」と語っている。

 「火花」の盛り上がりを、活字文化の活性化につなげたい。

2015年7月17日金曜日

本音の安保論議で理解深める努力を

 今国会最大の対決法案である安全保障関連法案が衆院を通過した。野党が本会議での採決を退席、自民、公明両党などによる可決となった。与野党で折りあうのが難しい内容だとしても、国家の基本である政策をめぐり対立が先鋭化するのは不幸なことである。

 特別委員会での法案審議は116時間に達し、採決の時機が迫っていた。委員会審議で焦点になったのは、衆院憲法審査会で憲法学者が集団的自衛権の行使容認を違憲と断じたことで火がついた合憲・違憲の論争だった。

 憲法論議に時間をとられた結果、本筋の議論が突っ込み不足だった印象はぬぐい去れない。集団的自衛権の行使が可能な「存立危機事態」や、従来の周辺事態の範囲を拡大する「重要影響事態」の、定義や適用などだ。自衛隊の活動範囲はさらに詰めておくべきで、参院での審議に期待したい。

 同時に、有権者の理解を得るため大事なのは、なぜ今、安保法制かの本音の議論をすることだ。

 政府は法整備が必要な理由として、日本を取りまく安全保障環境の変化をあげる。それが何なのかの説明が不十分と言わざるを得ない。特に、急速に台頭する中国軍に対する抑止力について、あえて具体的な言及を避けている点は指摘してもいいだろう。

 もちろん現在の中国を仮想敵国や脅威と受け止めているのではない。関係改善に向けた外交努力が必要なことは言うまでもない。

 友好関係が成立していてこそ経済的な相互依存関係も深まり、日本の安全保障を確かなものにできる。軍拡が軍拡を呼ぶ「安全保障のジレンマ」に陥るようなことは避けなければならない。

 ただ中国の力がどんどん大きくなり、一方で米国の影響力が相対的に低下する中、アジアで力のバランスに変化が生じている。東シナ海や南シナ海での中国の強気な姿勢は見逃せない。一党独裁の国家では、いつ何どき何がおこるか分からない、という不透明感がどうしてもつきまとう。

 もうひとつ忘れてならないのは「60日ルール」である。法案が参院に送付され60日以内に採決しない場合、否決したものとみなして衆院の3分の2以上の再可決で成立する、とした憲法の規定だ。適用される事態になれば参院不要論が出てくるのは必至だ。参院の存在意義を示すためにも法案審議に一工夫も二工夫もしてほしい。

新競技場の見直しは当然だ

 ようやく重い腰が上がるのだろうか。2020年東京五輪・パラリンピックのメーン会場となる新国立競技場の建設計画の見直しを、政府が検討し始めた。

 整備費が当初の計画を5割以上も上回る2520億円と公表されてから、20日近く。破格の費用で財源も不透明なうえ、完成後の収支も大幅に悪化するとの見通しに、一般の市民のみならず五輪出場経験のあるアスリートたちからも批判の声があがっていた。

 昨今の世論調査では、計画について「見直すべきだ」「納得できない」とする回答が7~8割にも上っている。

 日本は少子高齢化が進む成熟した国家である。数十年に1度のスポーツの祭典とはいえ、できるだけお金をかけずスマートに運営したい。そんな国民の良識が政治を動かしたともいえよう。

 安倍晋三首相は16日、「国民の声に耳を傾ける」などと語った。行動で示してもらいたい。

 今のところ見直し案の具体的な中身は明らかにはなっていないが、焦点は巨大な2本の鉄骨「キールアーチ」を残すのか、やめるのか、になるだろう。

 独創的なデザインが五輪招致の際の「国際公約」なのは事実だが、整備費が膨張した主因でもある。工費を大幅に減らすため、専門家の知恵を借りながらアーチ案を変える英断を下すべきだ。

 当初、新競技場の完成は19年9月のラグビーW杯の開催に間に合わせるはずだった。見直せば完工が遅れる可能性は高い。W杯は会場の変更も含めた柔軟な対応が必要になってくる。所管の文部科学省などは競技関係者に向けて丁寧に説明してほしい。

 気になるのは、安倍政権への支持のかげりと時期を合わせるようにして新競技場を見直す考えが政府・与党内で浮上したことだ。

 政権への悪影響を回避するといった動機を優先して、見直しの徹底を怠るようでは困る。国民は本気度を注視している。残された時間は少ない。

法案 参院へ―怒りと疑問にこたえよ

 「勝手に決めるな」

 「国民なめるな」

 世代や党派を超えた重層的な抗議のコールが連日、国会周辺の空気を震わせている。

 「これが民主主義か」という疑問。「主権者は私たちだ」という怒り。それらを大いに喚起しつつ傲然(ごうぜん)と振り払い、自民、公明の与党はきのう、安全保障関連法案を衆院通過させた。強行しても「国民は忘れる」。安倍政権のこの侮りを、主権者は決して忘れないだろう。

 論戦の舞台は参院に移る。

 「良識の府」「再考の府」。参院はまがりなりにもそう称されてきた。衆院の「数の政治」に対して「理の政治」。国会をより慎重に動かす。そんな役割を本来は担っている。

 解散がなく、6年という長い任期が保障されているのも、衆院議員とは異なる目線と射程の長さで、ものごとを多元的に検討することが企図されている。様々な価値観や異なる意見のせめぎ合いから導かれた結論の方が、間違いが少ないからだ。

 ところが安倍政権下、まさにその多元性が押しつぶされそうになっている。

 集団的自衛権は行使できないとしてきた内閣法制局を、人事を通じて我がものとする。首相の「お仲間」で固めた私的懇談会が「行使容認」の報告書を出す。メディアを威圧しようとする自民党の動きも続く。

 多元性の確保が存在意義のひとつである参院であればこそ、安倍政権の「数の政治」に追従すれば、自殺行為になる。くすぶる不要論にまた根拠が加わるだろう。

 議論すべきことは山ほどある。大多数の憲法学者の「違憲」の指摘に、政府は全く反論できていない。どんな場合に集団的自衛権を行使できるのか、安倍首相は「総合的判断」と繰り返すばかりで、要は時の政権に白紙委任しろということかと、不安は高まる一方だ。

 学者、学生、法曹界、無党派市民。各界各層、各地に抗議の動きが広がり続ける背景には、安保法案への賛否を超えて、この国の民主主義、立憲主義がこのままでは壊されてしまうとの危機感がある。

 そもそも、この違憲の可能性が極めて高い法案を審議するのは、最高裁に「違憲状態」と指摘された選挙制度によって選ばれ、その是正にすらまごついている人たちなのだ。

 あなたたちは何を代表しているのか? この問いに少しでも答えたいなら「理の政治」を打ち立てるしかない。主権者は注意深く、疑いの目で見ている。

辺野古移設―政権は沖縄の声を聞け

 米軍普天間飛行場の沖縄県名護市辺野古への移設に伴う新基地計画をめぐり、県の第三者委員会が、前知事の埋め立て承認手続きに「法的瑕疵(かし)」があったとする報告書をまとめた。

 報告を受けて、翁長雄志知事は「内容をしっかり精査し、承認取り消しを含めて慎重に検討していきたい」と語った。

 法的な根拠の怪しい事業を強行し続ければ、県民の怒りはますます膨らむ。安倍政権はまずボーリング調査を中止し、知事と話し合うべきだ。

 2013年12月の仲井真弘多前知事の埋め立て承認には、これまでも県民から正当性に疑問の声があった。前月の11月には「不明な点があり、懸念が払拭(ふっしょく)できない」(県環境生活部)としていた県の見解が、翌12月に突然、「現段階で取り得ると考えられる環境保全措置が講じられており適合」(県土木建築部)と一変したからだ。

 第三者委員会は、公有水面埋立法の審査基準に照らして、辺野古埋め立ての必要性に「合理的な疑いがある」「生態系の評価が不十分」「生物多様性に関する国や県の計画に違反している可能性が高い」などと厳しく指摘。「法の要件を満たしておらず、承認手続きには法律的瑕疵が認められる」と断じた。

 県民の懸念を、委員会が改めて問題視したと言える。

 委員会は弁護士3人、環境専門家3人の計6人。以前から辺野古新基地に反対を表明していたのは1人だけだ。

 沖縄県議会では今週、県内に持ち込まれる埋め立て用の土砂を規制する条例が成立した。特定外来生物が混入していないか調査を義務づけることで、辺野古埋め立てにブレーキをかけようとする翁長知事与党が主導したものだ。

 沖縄で相次ぐ動きは、政権への異議申し立てにほかならない。しかし、政権の動きは鈍い。菅官房長官は「(埋め立て承認の)行政の判断は示されている」と言う。

 政権は、知事が承認取り消しをすれば、地方自治法に基づく是正指示や、行政不服審査法に基づく不服審査請求などの対抗措置を講じるとみられる。最後は司法の場で判断の是非を争う展開も予想される。

 これ以上、政権と沖縄の対立を高めてはならない。

 「辺野古新基地建設NO」の民意は、戦後70年、米軍基地に囲まれた暮らしを余儀なくされてきた沖縄県民が、度重なる選挙で示した明確な意思である。

 政権は、県民の選択の重みを改めて考え直す必要がある。

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