2015年8月31日月曜日

日本の製造業にデジタルで新風を

 デジタル技術の進展が、製造業に変革を迫っている。あらゆるものをインターネットにつなぎ、大量のデータを使って新たなビジネスモデルを競う時代の到来だ。機器単体ではなくサービスと一体で売る知恵や、事業のスピード感を企業は問われる。

 日本の製造業の足元はしっかりしている。本紙の集計では、自動車や電機などの好調で4~6月期の純利益は、1年前より26%増えた。だが、油断はできない。長年の蓄積を無駄にしないためにも、競争ルールの変化にあった自己改造が必要だ。

独米中に後れとるな

 世界の動きは速い。ドイツは官民を挙げてIT(情報技術)をてこにした製造業の革新に乗り出した。部品の製造や組み立て、販売などの現場をネットワークでむすび、データを共有して需要の変動に柔軟に対応できる生産体制づくりをめざしている。

 モノのインターネットと呼ばれる潮流だ。製造業の復活をねらう米国では、大企業が手を組み、産業機器にセンサーを付け運用や保守に生かす試みなどが広がる。経済が減速する中国も、製造業のIT化に活路を探る。

 日本はどうか。コマツはブルドーザーなどの建設機械をITで熟練者並みに自動制御するしくみを実現した。生産設備のデータを分析し、品質向上に生かす繊維大手の東レのような例もある。

 問題はこうした動きが一握りの企業に限られることだ。コンサルティング会社アクセンチュアの調査によると、「収益源の創出にモノのネット化が役立つ」と考える経営者は世界全体で約6割に上るが、日本は3割にとどまる。

 日本の製造業が戦後の経済発展をけん引したのは間違いない。精密加工や品質管理のノウハウは財産だ。しかし、自信が過信になっては世界競争で埋没しかねない。旧来型の機器販売は、価格競争に巻き込まれやすい。デジタル技術で新風を吹き込み、新たな製造業へ踏み出すときだ。

 人工知能ベンチャー、プリファード・ネットワークス(東京・文京)の西川徹社長は「ITと製造業の連携で日本から新たな価値を提供したい」と語る。工作機械のファナックなど大手メーカーと協業し、高度な自動化技術などを開発するという。こうした試みはもっとあっていい。

 製造業を強くするデジタル技術は数多く、生かさない手はない。例えば、事業のアイデアをネットに投稿し、必要な資金を大勢から集めるクラウドファンディング。ものづくりに応用すれば、投資リスクを抑えながら、実験的な製品投入に挑みやすい。

 ソニーが出資するベンチャー企業は、ドアのカギをスマートフォンで開け閉め可能にする電子機器の商品化にクラウドファンディングを使った。うまく利用することでベンチャー、さらには個人にも製造業の担い手を広げられる。

 仕事を外注したい企業と、受注したい個人をネットで仲介するクラウドソーシングも使いこなしたい。ユニークな素材や加工の技術を持ちながら事業化できずにいる企業は多い。ネットでソフト開発やデザインを頼めば、新たなものづくりにつながるだろう。

人材育成が課題に

 このサービスの大手クラウドワークスには、ITなどの技能を持つ働き手70万人が登録する。ネットを通じて社外から英知を取り込み、事業スピードをあげる。自前主義に陥らないオープンな姿勢は製造業の刷新に生きるはずだ。

 ロボットや身につけるウエアラブル端末など、工場で働く人を助ける技術にも期待したい。人手不足を補うだけではない。画一的な作業から解放され、創造的な仕事に注力できる環境は、イノベーションを起こすのに重要だ。

 さらに、将来を担う人材の育成が欠かせない。これからの製造業は斬新なビジネスモデルを編み出す発想力が一段と大切になる。だが、そうした人材が必要と考える企業の7割が実際は確保できていないとIT人材白書は指摘する。

 子どもにプログラミングを教えるNPO法人CANVAS(東京・台東)は、ドローン(無人飛行機)やロボットの操作など、デジタル時代のものづくりをみすえた教育に取り組む。石戸奈々子理事長は「産業を生み出す力を育む」と話す。こうした人材の育成に、企業は積極的に関わるべきだ。

 日本の製造業は1千万人が働く中核産業である。政府はIT活用を成長戦略に掲げる。世界に手本を示す気概で製造業を21世紀型につくりかえなければならない。

安保法制―NGOの危惧にも耳を

 新しい安全保障法制の行方が自分たちには死活問題だとして、大きな危惧を抱いている人たちがいる。世界各地で難民支援などに携わるNGO(非政府組織)の関係者だ。

 一連の法案には、武装集団に襲われたNGO職員らのもとに自衛隊が駆けつけて警護できるようにするPKO協力法の改正も含まれている。

 安倍首相は国会で「自衛隊の近くでNGOが武装集団に襲われた場合でも、自衛隊は駆けつけて救援できない。これでいいのか」と述べ、改正はNGOのためにもなると強調する。

 だが、NGOの中には、自衛隊が他国軍への兵站(へいたん、後方支援)などで活動範囲を大幅に広げることが、やがては自分たちの活動の障害になりかねないとの危機感が強い。

 国会審議をにらみ、この思いを共有するNGOが連携する「NGO非戦ネット」を発足させ、これまで58団体と450人が賛同者に名を連ねた。

 同ネットが先に発表した声明は、自衛隊の海外での活動が拡大すれば、平和国家としての日本のイメージが一変し、「NGOの活動環境は著しく危険なものに変わることは明らかだ」として廃案を訴えている。

 長年の内戦をへて南部が分離独立したスーダンで、07年から人道支援に携わってきた日本国際ボランティアセンター(JVC)の今井高樹・スーダン現地代表は、その背景を次のように説明する。

 アラブ諸国への軍事介入も辞さない欧米とは違い、日本は友好的な国と見られている。欧米のNGOがスパイと疑われてしまうのに対し、日本の活動は純粋な人道支援だと評価されている。こうした中、自衛隊が他国軍の後方支援などをすれば、欧米に向けられているのと同様の敵対感情が日本のNGOにも向けられかねないという。

 今井さんは11年、政府軍と反政府勢力の戦闘に巻き込まれ、事務所が略奪にあった。非武装の国連車両に救援されて郊外に脱出した。そんな経験から、各勢力が入り乱れるような市街戦の現場に自衛隊が救援に入ることも現実的ではないと語る。

 こうした現場の声は、これまでの国会審議では十分に反映されてはいない。

 一連の議論では、同盟国との連携強化という「軍」の論理が重視され、国際貢献の一翼を担うNGOなどの「民」の視点が抜け落ちている。

 これも、多岐にわたる法案を短期間に一括審議しようという無理が生んだひずみである。

大学入試改革―本当に実現できるのか

 大学入試センター試験にかわる新しい「大学入学希望者学力評価テスト」が、2020年度から始まる。

 その制度設計を検討する文部科学省の有識者会議が、中間まとめ案を了承した。

 スタートまで5年だが、具体像は見えてこない。

 本当に実現できるのか。問題の中身や実施方法を、できるだけ早く詰めてほしい。

 今回の改革は高校、大学教育、それをつなぐ大学入試を三位一体で変えるのを目指す。入試を変えない限り教育も変わらないとの声が強いためだ。

 狙いは知識を覚え込むだけでなく、問いを自ら立て、多様な人々と対話しながら答えを探る力を育てることだ。

 小中高の教育内容を決める学習指導要領も同時に改訂する。

 まれにみる大改革である。

 まとめ案は新テストについて最初の4年を試行期間とし、その間に試験内容や体制を詰めるという。後ろ倒しにも見えるが、着実に進めるために助走を設けるのはやむを得ない。

 心配なのは、案が生煮えなことだ。肝心な出題のイメージを示せず、採点や成績提供の方法もまだ具体化できていない。

 今回の改革は、一発勝負で知識の量を一点刻みで問う日本の入試への批判から出発した。

 そこで掲げたのが、複数回の受験を可能にし、思考力を問う「合教科・科目型」「総合型」や記述式の問題を出し、成績を段階別に表示することだった。

 ところが、売りだった「合教科・科目型」「総合型」について、まとめ案はふれていない。

 難しいと判断したのなら、きちんと説明してほしい。既に教育産業は新タイプの問題を試作し、講座を設けるなど走り出している。

 まとめ案は実施に際して、いくつもの課題を挙げた。

 記述式問題は採点に大勢の人が必要で、時間がかかる。多様な力を測るのにコンピューターでのテストを導入すると、端末の整備にお金がかかる。試験中に故障すると、混乱を招く。

 複数回の試験では、難易度を調整するのに全問題の予備調査が要る……。

 いずれも前提条件の問題だ。一つひとつ実現可能な道を探らなければ、理念倒れに終わる。

 そもそもすべてを新テストに背負わせるのは無理がある。記述問題は大学の個別試験に任せるなど切り分けが必要だろう。

 今回の改革は日本の試験風土を大きく変えるものだ。高校や大学と議論し、生徒や保護者に説明を尽くして進めてほしい。

旧ソ連抑留者 「シベリア以外」の解明も急げ

 闇に埋もれた悲劇の全容解明を進める重要な手がかりとしたい。

 第2次大戦終結後、旧ソ連の収容所などに抑留された日本人に関する新たな資料が続々と見つかった。

 中国・大連で抑留された日本人の写真55点や、朝鮮半島北部、南樺太(現サハリン)、大連での抑留死亡者の名簿などが、ロシアの公文書館に保管されていた。

 名簿に関する本紙報道を受け、厚生労働省は、のべ1万723人の抑留者名簿を既に開示している。旧ソ連とモンゴルで抑留された「シベリア抑留者」とは別の2130人の氏名が含まれる。

 シベリア以外での抑留の実態は全体の死者数を含め、ほとんど明らかになっていない。実態調査と、高齢化する遺族らへの情報提供など支援を急がねばならない。

 日ソ両国は1956年の「日ソ共同宣言」で、賠償請求権の相互放棄に合意した。

 シベリアからの帰還者や遺族らは日本政府を相手取り、強制労働の賃金支払いや損害賠償を求める訴訟を起こした。

 抑留者への慰労金支給を決めた88年の特別基金法や、政府に調査を義務づけた2010年の特別措置法は、シベリア抑留者に救済措置を講じるためのものだった。

 しかし、シベリア以外の抑留死亡者については、政府は2000年以降、名簿を入手していたにもかかわらず、シベリアを優先し、公表や調査を行わなかった。塩崎厚労相がこれを陳謝し、是正を約束したのは、一歩前進である。

 シベリア以外の抑留者に対する新たな支援や調査を実施するには、課題が少なくない。現行法は、その対象を旧ソ連とモンゴルでの抑留者に限定しているからだ。

 調査体制の強化も検討したい。知見を持つ日本の専門家を参加させる工夫も考えられよう。

 実態解明には、ロシアがまだ日本に提供していない情報の掘り起こしが欠かせない。

 例えば、朝鮮半島北部に関し、ロシアは興南、元山両地区の「送還収容所」の情報は政府に提供したが、数千人が死亡したとされる平壌近郊の複数の収容所については、公開していない。

 刑死や虐待が絡む記録は「機密」指定がなされ、担当の治安機関が解禁に消極的だという。

 資料の公開には、プーチン大統領など、露政府の高いレベルでの判断がカギとなろう。

 安倍首相は今秋、プーチン氏との会談を探っている。抑留問題の解明でも協力を求めるべきだ。

地熱発電 豊富な資源を有効活用しよう

 火山国の日本は、地熱資源が豊かだ。地球温暖化対策にも役立つ地熱発電を普及させたい。

 環境省は、国立・国定公園での地熱発電に対する規制を緩和する方針を決めた。近く都道府県などに通知する。

 地熱発電は、火山のマグマの熱で生じる蒸気を井戸でくみ上げ、タービンを回す。二酸化炭素をほとんど排出せず、太陽光や風力のように天候に左右されない安定した再生可能エネルギーだ。

 日本の地熱資源量は2340万キロ・ワットに達する。米国、インドネシアに次ぐ世界3位の量だ。

 福島第一原発の事故後、再生エネへの期待が高まった。地熱発電も、再生エネの固定価格買い取り制度に後押しされ、事業計画が急増している。検討段階を含め、約70地点で開発の動きがある。

 だが、現時点で利用されているのは、国内の資源量の2%に過ぎない。8割が集中する国立・国定公園での開発制限が、普及が遅れていた要因の一つだ。

 今回、公園内で最も規制が厳しい特別保護地区を除き、全域での開発が可能になる。特別保護地区周辺の第1種特別地域では、発電所建設は認めないものの、地下の地熱資源に隣接地から斜めに掘り進む形での開発を解禁する。

 その他の地域では、現行の高さ制限を超える発電施設も、景観と調和していれば建設を認める。

 政府は、総発電量に占める地熱の割合を、現在の0・3%から2030年には約1%に引き上げる目標を掲げている。規制緩和で導入に弾みをつけたい。

 地熱発電開発には10年以上の期間を要する。適地を探し、試掘をして事業の採算性を精査する必要があるからだ。大型発電所の初期投資額は200億円超に上る。

 地熱資源が豊かな地域の多くは観光地だ。発電所建設では、温泉の枯渇を懸念する地元との合意形成が難航しがちだ。

 経済産業省は、地元の理解促進や井戸掘削の補助、発電所建設の債務保証などに、年230億円を投じている。有望な発電計画を効果的に支援したい。

 無論、生態系や景観に対する配慮は欠かせない。環境省は国立公園内の植生や希少動物についてデータ整備を進める。環境負荷の少ない発電所の建設地点を選ぶ参考になるだろう。

 環境影響評価の対象外である小規模の計画も目立つ。コストを抑え、開発期間も短縮できるためだ。乱開発にならぬよう、環境省や自治体が監視する必要がある。

2015年8月30日日曜日

戦後70年の視角 資本主義を鍛え世界に変革の姿を

 戦後70年という節目に、数百年という単位で世界の歴史を振り返ると、現在の立ち位置と未来へのヒントが見えてくる。

 英国の経済史家、アンガス・マディソンの推計では、紀元後1年時点の世界最大の経済大国はインド、中国がそれに続いた。

 中印両国の経済規模は、ローマ帝国時代のイタリアをも大きく上回っていた。

アジアの時代の再来
 英国で起きた産業革命を経て、19世紀から20世紀にかけて世界経済の重心は欧州と米国に移った。そして我々がいま目にしているのは、アジアの時代への回帰だ。

 アジアでは戦後、日本の高度成長を皮切りに、韓国、台湾、シンガポール、その後は東南アジア諸国が後を追うように雁行(がんこう)型の経済発展を遂げた。

 2001年の世界貿易機関(WTO)加盟を機に中国は世界経済に本格的に統合され、日本を抜いて第2の経済大国に躍り出た。戦後70年は、アジアの時代再来の序章だったといえる。

 アジア開発銀行(ADB)によれば、50年にはアジア全体の経済規模が世界の過半を占めるようになる。

 経済史家のカール・ポランニーによれば、19世紀文明は、力の均衡の政治、金本位制、自由主義国家、市場経済の4つの制度に特徴づけられるという。

 20世紀は米国を中心としたドル本位制、WTO、自由民主主義国家、市場経済を軸とした世界システムに移った。では21世紀はどこへ向かうのか。政策研究大学院大学の白石隆学長は中国の台頭などを背景にした「富と力の急激な変化」が起きると予測する。

 いま中国経済は、高度成長から安定成長へと軟着陸するための試練に直面している。世界同時株安の引き金となるほど影響力を増した中国は、改革を通じ世界経済の安定に貢献しなくてはならない。

 政治面からみたアジアは、海洋進出を強める中国と、今なお最大の大国である米国がせめぎ合う前線でもある。

 日本は米国との堅固な同盟関係を維持しつつ、中国とは経済分野の協力を深め、この地域の安定の要になれるかの存在意義が問われている。

 モノ、サービス、カネ、ヒトが世界的規模で行き来するグローバル化がこれまで以上に進むことも、21世紀の潮流だ。

 曲折はあろうが、長い目で見ればアジア太平洋地域はその中心舞台だ。日本の役割は地域の経済統合を主導することだ。

 環太平洋経済連携協定(TPP)と、日中韓など16カ国による東アジア地域包括的経済連携(RCEP)を結合し、アジア太平洋自由貿易圏(FTAAP)を実現する具体的な道筋を探るときだ。

 IT(情報技術)化も加速し、自動運転車といった革新的な製品の登場が相次ぐだろう。

 金融とITが融合したフィンテック。自動車や自宅といった時間や空間を共有する経済。こうした米国発の新サービスが瞬く間に世界中で広がっているのも、ネットの普及があればこそだ。

「課題解決先進国」へ
 あらゆるモノをネットにつなぐ時代にあって、ドイツや米国は製造業の主導権づくりでしのぎを削っている。日本勢も世界的競争の中で躍進する努力を急ぐべきだ。

 人口減少に直面する日本経済にとって、ロボットや人工知能(AI)は大きな可能性を秘める。人間の雇用を奪うという悲観論にくみせず、賢く活用することで経済の生産性を高めたい。

 再びアジアに目を向ければ、低い出生率に苦しむ韓国、シンガポール、タイなどで日本を追いかけるように少子高齢化という難題に直面していく。欧州も同様だ。

 若者も、高齢者も、女性も、外国人材も仕事、子育て、地域生活にかかわっていくような全員参加型の社会が実現できれば、日本は「課題解決先進国」として世界に1つのモデルを示せるだろう。

 そのためにも日本は自らの宿題を片づけることが大事だ。先進国で最悪の財政を再建し、社会保障制度を再構築すべきだ。企業も競争力を高める余地はなお大きい。

 進化する資本主義と世界に日本がどうかかわるか。国も、企業も、個人も内向き思考から決別し、たゆまぬ変革に挑戦して未来を切り開こう。

中国「戦勝」70年―過去から何を学ぶのか

 アジア太平洋戦争の終結は、日本では8月15日と記憶され、毎年その日で歴史回顧の季節が終わったかのようになる。

 だが、日本が正式に連合国に降伏する文書に調印したのは9月2日。そちらを第2次大戦終結の節目とみる国もある。

 日本に侵略された中国は、翌9月3日を記念日としている。今年のその日、習近平(シーチンピン)政権は「抗日戦争・世界反ファシズム戦争勝利70周年」と題した行事を開く。北京・天安門周辺で大規模な軍事パレードをする。

 どの国の節目でも、あの戦争の歴史を振り返るときに大事なことは何かを考えたい。

 それは必ずしも戦勝国と敗戦国の区別ではあるまい。その立場を超え、70年前までとその後の歩みから何を学ぶかである。

 人命が粗末に扱われた時代を過去のものとし、一人ひとりを人間として尊重する人権思想の基点を確認することである。

■日本と中国の一致点

 中国政府は行事への安倍首相の出席を望んだが、実現しなかった。事情がどうあれ、日中首脳の同席が想像しにくい理由の一つは、「抗日戦争」という名に刺激的な響きがあるからだ。

 中国の公式説明では、この行事名は今の日本ではなく、過去の日本軍国主義を指すとしている。アジアに多大な損害を与えたことへの反省は日本国内でほぼ共有され、日中間でも実はおおむね認識が一致している。だとすれば、行事名に過敏になる必要はないのかもしれない。

 だが、90年代後半以降、中国政府が歴史を手段にして、対日批判を強めたのも事実だ。今回の行事について中国側が「特定の国に対するものではない」といっても、額面通り受け取るのは難しい。

 日本側の政治家らにも、歴史認識をめぐり中国に疑念を抱かせる言動が少なからずあった。互いに疑心暗鬼を深める曲折をたどった近年の日中関係を振り返ると、歴史をどう学ぶかという記憶の問題とともに、教訓を今にどう生かすかという実践の難しさを痛感させる。

 そのうえで気がかりなのは、いまの中国が歴史を強調するばかりで、古い国家統治から脱皮しない危うさである。

■人権理念を掲げて

 中国が言う「反ファシズム」もまた、70年前までの戦争を意味づけるキーワードである。

 確かに第2次大戦は、反ファシズムの性格を帯びた。国家を優先して市民を抑圧し、侵略に及んだ日独伊に対する旗印だ。だから連合国側が人権の戦いとして解釈するのは必然だった。

 その理念づくりを主導したルーズベルト米大統領は、ドイツの脅威を前にした41年初めに、めざすべき「四つの自由を土台とする世界」を議会で語った。言論、信教、欠乏からの自由、恐怖からの自由である。

 これが後に国連憲章や世界人権宣言、さらに国際人権規約へとつながり、国際社会の精神的支柱となる。日本国憲法にも人権規定が盛り込まれた。

 そこには勝者による歴史の正当化という側面がある。だが、理念自体の意義は重い。

 中国も、連合国の一員として国連憲章づくりを含む過程にかかわった。中国歴史学界の重鎮、袁偉時氏は「中国は70年前の理想を忘れてはならない」と呼びかけている。

■大国に問われる姿勢

 だが、今の中国国内で人権が保障されているとは言えない。

 貧困を劇的に減らしてきたのは事実だが、言論や宗教活動を制限し、弁護士や学者を簡単に拘束する。習政権下での抑圧ぶりは悪化する一方だ。

 中国が外交で人権を掲げないのは国内問題と表裏一体だからだ。今年2月、国連安保理であった国連創設70年記念の公開討論で王毅(ワンイー)外相が強調したのは「各国の主権、独立性の尊重」で、人権への言及はなかった。

 英国が「主権の名のもとに人権抑圧が放置されてはならない」、欧州連合が「安保理は基本的人権の擁護に貢献できる」と発言したのとは対照的だ。

 国際社会は、人権を内政問題と片づける古い思考から脱している。紛争や災害のときなど、政府間では、主権か人権かという悩みはいまも残るが、市民の間では国境を超えた人権意識が着実に広まっている。

 それが、先の大戦から70年をへて到達した国際社会の姿であり、その潮流は止まらない。

 中国は、戦後も国内の動乱が続き、主権の安定をめざす時期があった。しかし、いまや世界第2の大国であり、他国からの侵略など想像しがたい。

 それでもなお、人権より主権にこだわる習政権の姿勢は、それこそ70年前までの全体主義にも通じる統治ではないのか。

 かつての戦勝を記念するとの名目で、道路や地下鉄駅、空港を閉鎖して市民生活を滞らせ、街頭で最新兵器を誇示することにどれほどの意味があるのか。

 過去に学ぶことの意味がここでも問われている。

休眠預金法案 公正性の確保へ審議を尽くせ

 お金の出し入れが10年以上ない休眠預金を、社会福祉などに活用するための法案を、超党派の議員連盟がまとめた。

 今国会に法案を提出して、成立を目指すという。

 休眠預金は毎年、約500億円発生し、金融機関の利益に計上される。英国や韓国では、この休眠預金を福祉活動などの支援に使う制度がある。議連は、こうした例も参考に法案を作成した。

 活用の対象として、生活困窮者や子供・若者に対する支援などが明記されている。預金者から請求があった場合は、休眠預金の払い戻しに応じる。

 預金者保護に配慮しつつ、「眠れる資金」を福祉向上に役立てる趣旨は妥当だろう。

 国などの公的支援が及ばない活動を助成する狙いから、資金配分を民間団体に委ねる。その司令塔が、一般財団法人として新設される「指定活用団体」だ。

 活用団体は、全国の財団法人などから公募で複数の「資金分配団体」を選ぶ。この分配団体を通じて、実際に福祉事業に取り組むNPOやボランティア組織に助成金の給付や貸し付けを行う。

 民間の知恵を生かし、現場の実情に合った支援が行き渡ることを期待したい。

 気がかりなのは、法案の内容に関し、公正で透明な資金配分が行われるのか心もとない、とする声が少なくないことだ。

 活用団体と分配団体のガバナンス(組織統治)やコンプライアンス(法令順守)に関する問題提起が目立つ。特に、支援先からの利益供与などの不正を防ぐ手立てがあいまいだとの指摘が多い。

 多額の資金仲介を担う両団体には、厳格な運営が求められる。

 制度の詳細は、内閣府令などで定める方向という。だが、監査の在り方など、資金配分の適正さを確保するための規定については、法律でもっと明確に定める必要があるのではないか。

 配分に関与する人物が所属、関係する団体への支援など「お手盛り」を防ぐ措置も欠かせまい。

 そもそも休眠預金は預金者のお金である。できるだけ減らすことが望ましい。英国や韓国は、休眠口座があるかどうか、一般の人が気軽に調べられるオンラインシステムを設けている。日本でも減らす工夫を検討してはどうか。

 休眠預金の活用策を巡る様々な疑念を解消し、国民の理解を得ることが重要だ。より良い制度とするため、国会は法案審議を十分に尽くすべきだ。

ギリシャ総選挙 チプラス氏は延命できるのか

 欧州連合(EU)から巨額の金融支援を受けているギリシャで、議会が解散された。9月20日に総選挙が行われる。

 経済危機の再燃を防ぐには、改革を実行できる安定政権の樹立が不可欠だ。その実現の可否が、ギリシャとEUの将来を大きく左右しよう。

 急進左派連合のチプラス党首は1月の総選挙で、「反緊縮」を掲げて大勝し、首相に就任した。

 だが、ユーロ圏離脱につながる債務不履行の瀬戸際に立ち、方針転換を迫られた。年金削減や増税など、抜本的な改革を条件とするEUの追加支援を受け入れた。

 これに反発した一部の与党議員が政権を離れ、新党を結成したため、急進左派連合を中核とする連立与党は過半数割れに陥った。

 チプラス氏がわずか7か月で首相を辞任し、総選挙を仕掛けたのは、それ以外に連立政権を延命させる手段がなかったためだ。

 選挙戦では、構造改革の是非や、経済再建、弱者への救済策などが主要な争点になりそうだ。

 最近の世論調査では、急進左派連合が優勢を保っているものの、チプラス人気には陰りも見える。7月の唐突な国民投票実施に代表される「大衆迎合政治」の行き詰まりが露呈したためだろう。

 チプラス氏が今回、この政治手法を修正し、痛みを伴う改革も国民に訴えられるか。成長を実現する具体的な構想を提示できるか。これらが厳しく問われよう。

 一方、最大野党の中道右派、新民主主義党は政権返り咲きを狙っている。1970年代から何度も政権を担ったが、バラマキ政治で財政難の素地を作った。EUとのパイプを生かし、均衡ある経済政策を示すことが求められる。

 懸念されるのは、「反緊縮」の新党や反EUの極右政党などが伸長し、新連立政権発足までの政治空白が長期化することだ。

 EUの支援で経済破綻の恐れはひとまず遠のいたが、選挙後のギリシャが改革を怠れば、EUとの協調関係が崩壊しかねない。

 EUは2010年以降、3度にわたる金融支援でギリシャを救済した。ギリシャ発の危機の拡大でユーロの信頼が揺らぐことを回避するための苦渋の判断だった。

 しかし、今や、支援を主導するドイツなどでは、ギリシャが再生できなければ、ユーロ圏離脱もやむを得ない、との冷めた声が強まっている。欧州の金融安定網の整備が進んだことが背景にある。

 ギリシャの有権者は、EUの厳しい視線を自覚すべきだろう。

2015年8月29日土曜日

農家のための農協へ抜本改革を着実に

 農業協同組合制度を抜本的に見直す改正農協法が28日の参院本会議で可決、成立した。来年4月に施行される。農協法改正は農業の競争力強化に向けた規制改革の柱のひとつだ。今後は当事者である農協が改革を着実に実行していくことが求められる。

 農協法の改正は全国農協中央会(JA全中)の監査・指導権限をなくし、従来のトップダウン型から農家による農家のための組織に農協を変えることが主眼だ。地域農協や組合員農家はこれまでのように全中の方針に従うのでなく、農業に自由な発想を持ち込み、競争力強化につなげる必要がある。

 改正法は農協の運営にあたる理事に、意欲的な農家や販売、経営のプロの登用を求める。地域の特色を引き出す農産物をどう売るのか、どうすれば経営のムダをなくせるか、自ら考える組織に変わる必要があるからだ。

 全国を見渡せば、小売りなどの顧客開拓に力を入れ、他産業との連携を強めて生産性の高いビジネスモデルを築いている農協は少なくない。こうした取り組みを各地に広げてもらいたい。

 重要なのは意識改革だ。今月就任した全中の奥野長衛会長は「全中がピラミッドの頂点に立つ構造から大きく変わらなければならない」と強調する。改革への意気込みを10月に決める今後の活動方針で具体化してほしい。

 改正法は農協の事業目的として「農業所得の増大に最大限の配慮をしなければならない」と明記した。農協制度本来の狙いからみて、当たり前の文言をあえて加えたのは、農協が本来の目的を離れ、農協自身の組織維持に注力してきたからだ。

 農産物の流通コストや農家が調達する肥料、農機の価格をできるだけ安くし、農家に利用価値を認められる農協に変わるべきだ。改正法は農協が組合員農家に対して農協の利用を強制してはならないことも明記した。

 今回の改正法は課題も残した。農家以外の「准組合員」の農協サービス利用に歯止めをかける規制は、施行後5年間の実態調査を踏まえて検討することにした。

 地域農協の多くは准組合員を顧客にした金融業務に依存し、修正が難しい現実はわかる。しかし、農協の設立目的に照らし事業の軸はあくまで農業であるべきだ。国民が納得できる事業形態や組織に変えてもらいたい。

課題残る新競技場の整備計画

 7月に安倍晋三首相が抜本的な見直しを表明していた新国立競技場の新たな整備計画が関係閣僚会議で決まった。競技機能に限定し、開閉式の屋根を取りやめるなどして、整備費の上限を1550億円と旧計画より約1千億円減らしたのが最大の特徴だ。

 巨大なアーチを使ったデザインや膨らんだ整備費をめぐる5月以降の混乱に終止符を打ち、2020年の東京五輪・パラリンピックのメーン会場としてふさわしい施設に育て上げる努力が、関係者に改めて求められる。

 整備計画は、事業主体の日本スポーツ振興センター(JSC)に「工事費の縮減に関する技術提案を求め、最大限コスト圧縮を目指す」と注文している。資材高や求人難の中ではあるが、民間の知恵も借りて、手をゆるめず、さらなる減額を目指してほしい。

 スケジュールによると、この9月から事業者の公募を始めて、来年末に着工し、20年4月末完成の段取りだ。しかし、国際オリンピック委員会(IOC)が同年1月末への前倒しを求めている。五輪運営の予行演習などに時間を要するためという。政府は工期の短縮を事業者に求めるようだが、人手不足などで綱渡りを迫られる局面も予想される。

 一連の騒動を踏まえ、整備計画については内閣全体で責任を持って進めることに加え、JSCが工事などの進捗状況を関係閣僚会議に定期的に報告、公表することにもなった。工期の管理も含めて責任の主体を明確にし、国民への情報公開を心がけていくべきだ。

 今回、計画策定にあたり、陸上競技の関係者からは、練習用グラウンドであるサブトラックを求める声が多かった。国際大会に不可欠の施設だという。計画では五輪開催の際、徒歩圏内に仮設し、常設は見送った。

 五輪後、新競技場の運営は民間に移される。サブトラックの有無は、施設をどんな種目主体で活用するかというビジネスプランにも関わり、より議論が必要だろう。

自民総裁選―挑戦者はいないのか

 来月8日告示の自民党総裁選は、安倍首相の無投票での再選の可能性が高まっている。

 各派閥はこぞって安倍氏の再選支持を決めた。無派閥の野田聖子氏が立候補を模索しているが、必要な20人の推薦人を確保するめどは立っていない。

 谷垣幹事長は「必ずしも無理に争いをつくる必要はないのではないか」と語り、無投票で問題ないとの考えだ。

 だが、こうした考え方には、納得がいかない。

 安倍氏は2012年の総裁選で石破茂氏らを破り総裁に返り咲くと、3カ月後の衆院選で政権に復帰。13年の参院選と14年の衆院選にも連勝した。

 懸案だった経済では株価を上げ、いま首相たる総裁を交代させる理由はないということなのだろう。延長国会で安保法案が審議中という事情もある。

 それでも3年に一度の総裁選は、党員だけでなく一般の有権者にとっても大きな意義がある。首相の向こう3年のビジョンは何か、政策の優先順位はどうか、それに代わりうる選択肢はあるのか。これらを問う貴重な機会である。

 金融緩和による景気浮揚にかげりが見えてきた経済政策、エネルギー政策における原発の位置づけ、近隣外交の立て直し、そして安全保障――。論じるべき点はたくさんある。

 こうした政策論争の場を自らつぶしてしまうのは、政権党として責任放棄だ。

 各派が早々に再選支持を決めた背景には、安倍氏に挑むよりも、その後の内閣改造や党役員人事でよりよいポストを得たいという思惑もうかがえる。政権党として、あまりに内向きな姿勢ではないか。

 衆院での小選挙区制と政党交付金の導入で、公認権と資金の配分を握る党執行部の力が強まった。派閥のボスが群雄割拠する時代は去ったが、OBからは「党全体が上ばかり見るヒラメ化した」(山崎拓元幹事長)とのため息が出る。

 派閥間のむき出しの権力闘争が影を潜めたのはよいとしても、まっとうな政策論争まで失われては本末転倒だ。

 このところ自民党議員と言えば、報道を威圧する発言や新規公開株をめぐるトラブルなど、議員としての資質を疑わせるような情けない話ばかりが取りざたされる。

 400人を超える議員を擁する大政党だ。それなのに、20人の推薦人をかき集め、安倍氏に堂々と政策論争を挑む気概のある議員は一人もいないのか。

 政権党の真価が問われる。

新国立競技場―判断できる材料示せ

 安倍首相が「計画を白紙に戻す」と宣言してから6週間、見直された新国立競技場の計画概要が28日に示された。

 建設費の上限は1550億円、工期は東京五輪・パラリンピックが開かれる2020年の4月末とする。観客席の数は国際オリンピック委員会(IOC)の求めに応じて6万8千とし、屋根は観客席に限られた。一方、構想にあった冷暖房設備や、コンサートを想定した開閉式屋根の設置は見送られた。

 新計画は、一時は最大約3462億円まで膨らんでいた旧計画の内容を見直すとともに、過去の五輪競技場の建設費と比べながら必要なコストを積み上げて算定していったという。

 政府は、最終的に2651億円となった旧計画から約1100億円を圧縮したと強調。遠藤五輪担当相は「妥当な、皆さんにご理解いただける数字」と言う。

 しかし、1550億円が妥当なのかは、判然としない。比較対象の2651億円が適正な額だったのか極めて怪しい。差額だけ強調されても評価は難しい。加えて、IOCが求める20年1月に完成を早めれば、費用は増える見通しだという。それでは、差額も縮んでしまう。

 旧計画の問題点や責任の所在などについて、文科省の第三者委員会で検証が続けられている。検証を急いで具体的な反省材料を示し、それを新計画にどう生かしたのか示さない限り、判断のしようがなく、国民の信頼は得られまい。

 本来は、検証結果を踏まえて計画を見直すのが筋だ。しかし、残された時間を考えれば、新計画を示して早く作業に着手する必要性は理解できる。

 それでも、時間がないからといって、なし崩しで計画を進めてよいはずがない。計画や作業に関する情報を公開し、必要があれば修正を加える柔軟さが必要になる。

 新計画では、サッカーのワールドカップを想定して大会後に観客席数を8万に増やす方針も示された。一方で、財源の確保や開催後の維持管理、その後の活用方法も依然、具体的には明かされていない。

 旧計画の見直しを先送りしたツケも回って一層、難事業となってしまった。スポーツ関係者の意向を反映させるだけでは済まない。安全性を確保しながらコストも見なければならない。

 旧計画と同じ失敗を繰り返さないためには、走りながら考えることが必要だ。カギは、国民の信頼を得ることにある。その点を肝に銘じてほしい。

自民党総裁選 無投票再選も前向きな選択肢

 今国会で最も重要な安全保障関連法案の審議への影響を小さくする観点を重視して、自民党総裁選の日程を決めたのは、妥当である。

 自民党が、安倍首相の9月末の総裁任期満了に伴う総裁選について、8日告示―20日投開票とすることを決定した。

 任期満了に伴う総裁選は通常、秋の臨時国会前に行われる。今回は通常国会の大幅延長に伴い、異例の国会開会中となった。

 自民党は、15日告示―27日投開票の日程案なども検討した。だが、安保法案の参院審議がやや停滞している中、法案の審議・採決や首相の外遊日程への影響を考慮し、総裁選を規定上、最も早い日程で実施することにした。

 総裁選では、安倍首相が無投票で再選される公算が大きい。

 首相の出身の細田派など、党内の7派閥は、そろって首相への支持を決めた。国会閉会後の10月の内閣改造・党役員人事におけるポスト獲得をにらんだ動きだ。

 2012年9月の総裁選で首相と争った石破地方創生相は今回、閣内にいることもあり、出馬しない意向だ。立候補を模索する野田聖子・前総務会長は、推薦人20人を確保できないとみられる。

 確かに、首相の3年間の実績を踏まえれば、対抗馬の擁立は簡単ではあるまい。衆院選2回と参院選に大勝し、強固な基盤を築いた。低下したとはいえ、40%台の内閣支持率も維持している。

 昨年9月には、菅官房長官、麻生財務相ら内閣の骨格を維持しつつ、党執行部に谷垣幹事長、二階総務会長を配した。長期政権を見据えて、重厚な布陣を敷く戦略が安倍体制を安定させている。

 複数の候補が総裁選に出馬すれば、今後3年間の日本の針路に関する政策論争を行う機会になる可能性はある。ただ、今の自民党にその余裕があるだろうか。

 世界経済は不安定化し、日本の景気回復も足踏みしている。首相の経済政策「アベノミクス」に対立軸を掲げて、政権内で戦い、エネルギーを費やすことが、果たして生産的なのか。

 安保法案は、日本と地域の平和と安全を確保するうえで極めて重要だが、国民の理解は必ずしも広がっていない。

 法案審議が大詰めを迎える中、全国遊説や党員投票などを伴う本格的な総裁選を行う環境を確保するのが難しい事情もある。

 難局を切り抜けるうえで、自民党が一致結束することも、一つの前向きな選択肢ではないか。

新国立競技場 五輪へ失策はもう許されない

 2020年東京五輪までの残された時間を考えれば、もう失策は許されない。

 政府が一体となって、建設計画を遅滞なく進めてもらいたい。

 政府が新国立競技場の新たな整備計画を決定した。総工費の上限は、1550億円に設定した。関連工事費を加えた旧計画の工費2651億円から、約1100億円削減した計算になる。

 今回の上限額も、他国の五輪スタジアムと比べると、決して安価ではない。それでも、旧計画の甘いコスト意識を教訓に、無駄の排除に努めた姿勢はうかがえる。

 仕切り直した整備計画は、新国立競技場を原則として競技専用にすることを打ち出した。これが、工費削減の最大のポイントだ。

 旧計画では、五輪後のイベント収入を見越し、巨大アーチ構造による開閉式屋根の設置に固執した。今回、工費膨張の元凶をとりやめ、屋根を観客席上部に限ったのは、現実的な判断である。

 観客席数は、旧計画から4000席減の6万8000席とした。五輪後に、陸上トラック部に席を増設すれば、8万席になる。

 国際サッカー連盟がワールドカップ(W杯)決勝の会場の条件としている「常設8万席以上」に対応することが念頭にある。

 W杯招致のメドすら立たない段階で、サッカー界に過度に配慮した印象は拭えない。

 常設の陸上サブトラックの設置が見送られたのも、残念である。東京五輪は、仮設トラックで対応するというが、五輪後も競技専用として有効活用するには、やはり常設トラックは不可欠だろう。

 陸上競技関係者が不満を抱くのも、無理はない。用地確保について、検討を続けるべきだ。

 新たに持ち上がっているのが、完成時期の前倒し問題だ。政府は五輪開幕の3か月前の20年4月末に完成させる予定だが、国際オリンピック委員会(IOC)は20年1月までの完成を求めている。

 確かに、リハーサルなどを実施する相応の準備期間は必要である。政府は、工期の可能な限りの短縮に努めてほしい。

 その点で、建設業者の選定は、極めて重要になる。政府は、設計と施工を一括発注する方式を採用する。専門家の意見を聞きつつ、コスト削減と工期短縮を両立できる業者を選ばねばならない。

 整備計画は、建設費の具体的な財源を示していない。東京都の財政負担や、スポーツ振興くじ(toto)の活用などについて、理解を得ることが大きな課題だ。

2015年8月28日金曜日

大学入試改革はどこへいく

 いったいどんな入試に生まれ変わるのか、まだまだ具体像が見えない。大学入試センター試験にかわる新たな制度について、文部科学省の「高大接続システム改革会議」が中間まとめを公表した。

 議論が拡散するなかで、中間まとめは新制度への本格的な移行はこれまでの方針より4年繰り延べるよう求めた。こんどの入試改革の多難さを示す展開である。

 高校の学習指導要領改訂に合わせ、在学中の学力を測る「基礎学力テスト(仮称)」は2023年度から、新たな共通1次選抜となる「学力評価テスト(仮称)」は24年度から本格的に実施するという。このくらいの準備期間を置くこと自体はやむを得まい。

 もっとも、本格実施までの4年間は試行期間と位置づけ、2つの試験はとりあえず19年度、20年度にスタートする。段階的移行といえば聞こえはいいが、試験内容や実施体制を「走りながら考える」わけだ。受験生や高校側を振り回すことにならないだろうか。

 実際にこの中間まとめでは、出題方式や成績提供のあり方など、肝心の部分が昨年末の中央教育審議会答申からさほど具体化していない。たとえば、かねて注目の記述式問題は採点事務がネックとされてきたが、今回も明確な対応策は示されないままだ。

 コンピューターによる採点支援も探るというが、長文を正確に採点するシステムが開発されているわけではない。記述式問題を出題したい、という意気込みだけが先行しているようだ。このままでは理念倒れに終わるだろう。

 受験機会の複数化や1点刻みの成績評価からの脱却など、入試改革の大きな方向性は間違っていない。しかし具体論が伴わず、現実的な落としどころも定められないのではせっかくの改革が迷走を始める恐れがある。

 そもそも大学入試改革は、共通のテストとともに各大学の個別試験の見直しも重要な課題だ。この点も含めて、さらに突っ込んだ検討が必要だろう。

薬局の機能を高め医療の効率化進めよ

 薬局や薬剤師のあり方が問われている。どのように患者の役に立っているかがわかりにくいことが大きな原因だ。医療の質や安全性を高め、膨張する医療費を抑えるといった役割を明確に担えるよう、制度の見直しや関係者の意識改革が求められる。

 患者が病院や診療所にかかったとき、薬については医師が書いた処方箋を外の薬局に持ち込んで受け取ることが多い。これを医薬分業という。薬の専門家である薬剤師が処方は適切かなどをチェックするためだ。

 しかし現実には飲みきれないほどの多種多量の薬を処方されて、かえって状態が悪化する患者や飲み残して効果が出なかったりする患者が相次いでいる。「処方箋通りに薬を出しているだけ」と見られても仕方がない状況だ。

 本来は必要なはずの患者の服薬歴の管理もせずに、調剤報酬だけは受け取っていたという不祥事なども発覚した。薬局改革が必要との認識は高まっている。

 厚生労働省はこの状況を踏まえて議論を始めている。改革の方向は「かかりつけ」機能の強化だ。

 方向は妥当だろう。患者が異なる疾患でそれぞれ別の医療機関を受診し、そのたびに別の薬局で薬を受け取っていては、その患者の服用薬の全体像を把握することは難しい。いつも利用する薬局を決め、そこに各医療機関が出す処方箋を持ち込むようにすれば、この問題は解決する。

 調剤する薬局が一つなら、医師と相談しながら重複して処方されている薬や飲み合わせの悪い薬を省くといった作業がしやすい。服薬しやすい工夫をし、飲み残しを減らすことも可能だろう。特に複数の病気を抱えることが多い高齢患者にこの機能は重要だ。価格の安い後発薬の利用も進めたい。

 薬局が地域の人に気軽に立ち寄れる健康相談所として活躍することも期待される。日々の健康づくりに貢献し、必要なときに受診を勧めるといった機能が発揮できれば医療の効率化にもつながる。

 かかりつけ薬局として選ばれるためには、患者にメリットを感じてもらう努力が必要だ。努力する薬局を評価するような調剤報酬の支払い方式を考えるべきだ。

 処方箋には病名の記載がないなど、薬剤師に患者情報が不足している問題も改善が必要だろう。患者の側でも、かかりつけ薬局を持つという意識を高めたい。

集団的自衛権―存立危機とは何なのか

 日本は直接攻められていないのに、他国のために自衛隊が出動する。そんな集団的自衛権がどんな時に必要だというのか。

 安倍政権が憲法解釈を変えた昨年夏の閣議決定から1年が過ぎても、いまだに具体的な想定が見えない。

 歴代政権は集団的自衛権をずっと否定してきた。その重い国策を転換しようというのなら、なぜ、どんなケースで必要か、国民に理解できる説明をするのは最低限の責務である。

 ところが、これだけ議論を重ねてもなお、説得力のある具体例は示されていない。

 他国への攻撃によって日本の存立が脅かされる明白な危険がある事態――。そんなときに個別的自衛権では対応できないことが、現実に起こりえるのか。根本的な問いに答えがない。

 もともと安倍首相が掲げたのは、日本人の母子が乗る米国の軍艦のイラストだった。「日本人の命を守るため、米国の船を守る」とし、それには集団的自衛権が必要だと語った。

 だが、今週の参院で民主党が「邦人が米軍艦に乗っていることの、どこが『存立危機』なのか」とただすと、中谷防衛相は「邦人が乗っているかは判断の要素の一つではあるが、絶対的なものではない」と述べた。これでは説明になっていない。

 政府は実際には、朝鮮半島有事で集団的自衛権をつかい、対馬海峡を自衛隊が封鎖する事態などを水面下で想定したことがある。そうした本音の具体例は今に至るも表で説明しない。

 それ以外に、これまでに政府側が挙げた具体例としては、公海上で弾道ミサイル対応に当たる米艦の防護や、中東ホルムズ海峡での機雷掃海がある。

 だが、艦隊を組む米艦が自衛隊に守ってもらうような事態に現実味があるとは言い難い。

 中東での機雷掃海についても首相は「(原油が)途絶えれば救急車などのガソリンはどうなるのか。寒冷地で命に関わる問題となりかねない」という。それで国家存立の危機だと納得する国民がどれだけいるか。

 国民の目にはっきりと見える日本への攻撃と違って、他国への攻撃が日本の存立に影響するかを判断する認定は、政府の恣意(しい)に左右されやすい。

 だからこそ一定の基準が必要なはずだが、政府のいう武力行使の新たな要件は歯止めにはなり得ない。このままでは集団的自衛権を行使する決断を政府に白紙委任するに等しい。

 存立危機事態とは何か、その認定の明確な基準すら見えない欠陥法案である。

経団連と移民―生活者の視点で検討を

 経団連が近く「日本型移民制度」の検討を始める。榊原定征会長(東レ相談役最高顧問)が主導し、日本に定住したい外国人とその家族を迎え入れられないか、道筋を探るという。

 政府の推計では、2060年の総人口は、現在の3分の2の8700万人まで減り、とりわけ労働力人口の落ち込みが深刻になる。地域共同体の存亡や社会保障制度のゆらぎ、国や自治体の財政難など、深刻な課題の根っこに共通するのが少子高齢化に伴う急速な人口減である。

 経団連の検討は将来の日本の姿への危機感がきっかけだが、内部では移民受け入れへの慎重・反対論もあるようだ。ただ、世界規模での人の移動と移住が加速するなかで、その是非を検討することは不可避だろう。

 一方、政府は「いわゆる移民の受け入れは考えない」の一点張りだ。女性や高齢者の就業を促しつつ、少子化対策の充実で足元は1・4台の合計特殊出生率を2030~40年に2強へ回復させ、総人口は1億人を保てるとはじく。しかし、そのめどは全く立っていない。

 海外への技術移転を名目に単純労働者を一定期間に限って受け入れる技能実習制度をなし崩しに広げるなど、目先の対策に終始しているのが実情だ。

 そんな政府の姿勢に異を唱え、正面から問題提起することが経団連の狙いなら、試みを歓迎する。そして、移民問題を国民全体で議論していきたい。

 欠かせないのは、「生活者」の視点を徹底することだろう。

 日本型移民制度が、技能実習制度や、研究開発などに携わる「高度外国人材」受け入れ制度の隙間を埋め、人件費の抑制をはじめ経営の利便を高めるだけの内容にとどまるなら、国民からの批判は免れまい。

 定住外国人の受け入れで、社会保障や税・財政を通じた給付と負担のバランスはどう変わるのか。国民に懸念が根強い治安問題への対策や、住民の対立を防ぐ手立てを工夫できるか。

 検討の幅を広げるためにも、経団連は議論を公開してはどうか。移民問題は賛否が分かれるテーマだけに、その検討過程と議論を尽くす姿勢が大切になる。官庁や大学、民間研究機関を巻き込み、国民の関心と議論を高めていきたい。

 日本を訪れる外国人が急増し、訪日外国人なしには成り立たない地域や産業も増えている。コンビニや外食チェーンでは、外国人の従業員が当たり前になった。

 まずは検討を始める。その一歩を踏み出すことが重要だ。

大学入試改革 思考力を判定できるテストに

 大学入試制度は2020年度から抜本的に変わる予定だ。

 不安を抱く子供たちや保護者、学校関係者も多いだろう。政府は丁寧な議論を重ね、社会全体の理解を得ていく努力が欠かせない。

 文部科学省の有識者会議が、現行の大学入試センター試験に代えて導入する「大学入学希望者学力評価テスト」の制度設計に関する中間報告をまとめた。

 昨年末の中央教育審議会答申を具体化したものだ。歴史であれば、年号などの暗記力を問うのではなく、年表や資料を示して、歴史的事象が起きた原因や背景を考えさせる問題を出すという。

 日本の子供たちは、知識の活用に課題があると指摘されてきた。思考力のレベルを測る新テストの方向性は妥当である。

 だが、実現性を考えた場合、不透明な点は少なくない。

 中間報告は、新テストに記述式問題を盛り込むよう提言した。確かに記述式は、表現力を判定する手法としては適している。

 ただ、現在のマークシート方式に比べ、採点に多くの人員が必要だ。新テストは年に複数回の実施が検討されており、迅速な採点も要求される。採点基準を明確化し、公正さを担保せねばならない。

 24年度以降を目途めどに、コンピューター画面で出題・解答する方式の導入も提案された。大量の問題を蓄積できるほか、採点を補助する機能を使えば、試験の効率化が期待できるという。

 大規模試験にコンピューター方式を使用した例はない。端末の整備には巨額の費用がかかる。試験中に機器が故障すれば、混乱は避けられない。導入の長所と短所を吟味してほしい。

 中間報告は、各大学に対し、新テストの成績に加え、高校の調査書、論文や集団討論などの結果を総合的に考慮して、入学者を選抜するよう求めている。

 各大学が筆記テスト中心の個別試験を、労力を要する選抜方式に転換できるかが問われよう。

 今回の入試改革は、高校教育の見直しと連動して進められる。

 高校の次期学習指導要領は、議論を通じて答えを探究するアクティブ・ラーニングを取り入れる。新テストはこの学習の成果を見極める内容にすることも重要だ。

 学力の底上げを図るため、高校2、3年生を対象にした「高校基礎学力テスト」の導入も予定される。テストが増えることに伴う生徒の負担に留意しつつ、適切な実施方法を検討したい。

橋下氏維新離党 何とも分かりづらい内紛だ

 維新の党の内紛が創業者のダブル離党に発展した。この経緯には、多くの国民が首をかしげているのではないか。

 維新の党の橋下徹最高顧問(大阪市長)と松井一郎顧問(大阪府知事)が、そろって離党を表明した。

 橋下氏らは、11月の大阪府知事選・市長選に向けて「国政政党から離れ、大阪の地方政治に軸足を移す」と語った。背景には松野代表ら執行部への不信感があり、党内対立は分裂含みとなった。

 発端は、柿沢幹事長が来月の山形市長選で、民主党などが推す立候補予定者を応援したことだ。松井氏は問題視し、柿沢氏の辞任を要求したが、拒否された。このため、「永田町ボケしている」などと柿沢氏らを激しく批判した。

 市長選では、党の地元組織に別の立候補予定者を支援する動きがあり、党本部は特定候補の支持を見送った。そうした事情に配慮しなかった柿沢氏の行動が軽率だったのは否めないが、辞任するほどではないとの見方が一般的だ。

 橋下、松井両氏が今回、離党に踏み込んだのは、あまりに唐突であり、責任ある態度ではない。

 野党第2党の運営に強い影響力を持つ政治家の振る舞いとしては疑問視せざるを得ない。特に橋下氏が柿沢氏の留任を容認しつつ、離党するのは分かりづらい。

 松野氏も、今回の騒動を収拾できず、指導力不足を露呈した。

 橋下氏らは安倍首相と近く、政権に「是々非々」の姿勢を取ってきた。一方、松野、柿沢両氏は民主党などとの連携を重視し、路線対立が続いていた。

 11月に代表選を控えているが、発信力が高い橋下氏に「大阪系」の国会・地方議員が追随し、大量離党に踏み切る可能性もある。安易に離合集散を繰り返すだけでは国民の支持は一段と離れよう。

 維新にとっては正念場だ。

 気がかりなのは、安全保障関連法案の審議への影響である。

 維新は対案5本を参院に提出しており、与党と修正協議に臨む予定だ。領域警備法案などの民主党との共同提出も検討している。

 対案と政府案の隔たりは大きく、修正協議は難航が予想されるが、様々な論点について建設的な議論を行う意義は小さくない。

 橋下氏は、「安保法制で重大な局面の時に内紛をやっている状況ではない」と強調している。

 松野氏ら執行部は、修正協議に真摯(しんし)に対応してもらいたい。維新が「責任野党」に踏みとどまれるかどうかも問われている。

2015年8月27日木曜日

中国発の市場動揺に警戒怠るな

 世界的に株価の乱高下が続いている。直接のきっかけは、人民元の切り下げによって中国経済の不透明感が強まったことだ。そこへ米国の利上げ観測を背景とした新興国からの資金流出も懸念材料として加わり、株式などリスクの高い資産への投資が世界的に手控えられた。

 日経平均株価が2万円を下回るなど、日本市場も不安定な動きが続く。中国人民銀行(中央銀行)の追加金融緩和の決定を受け、株価はとりあえず反発したものの、世界的な市場動揺への警戒を怠るわけにはいかない。

説明力問われる習政権
 市場関係者が懸念するのは、中国の経済運営への信頼が揺らいでいることだ。人民銀が政策金利を引き下げたのはほぼ2カ月ぶり、預金準備率を下げるのはおよそ4カ月ぶりだが、経済実態を映す指標の動きなどを踏まえると、特に準備率の引き下げは後手に回った印象が否めない。

 中国の経済統計については、実態を映していないとの指摘が少なくない。年率7%前後という政府の成長目標に縛られ、機動的な金融政策が難しくなっているのではないか。習近平国家主席をはじめ共産党政権の指導部は、計画経済の名残というべき成長目標に過度にこだわるべきではない。

 中国へのもう一つの懸念は、共産党政権の市場との意思疎通が円滑ではない点だ。

 人民銀が今月11日、人民元の米ドルとの交換レートの目安である「基準値」の算出方法を変更して事実上の切り下げに踏み切った。人民元は米ドルにほぼ連動していたので、算出方法の変更が「市場化」に向けた改革の一環だ、とする人民銀の説明にはうなずける面もあった。

 しかし、説明はウェブサイトや国営メディアを通じた一方的なもので、記者会見などを通じた丁寧な説明はなかった。このため、中国の実体経済への不安が募る結果となった。

 共産党政権は市場の反応に注意深くなる必要がある。とりわけ、中国経済と世界経済の関係の深まりを踏まえ、海外市場への目配りが欠かせない。

 一方で日本を含む世界は、中国市場の動向や共産党政権の一挙手一投足に過度に振り回されないようにする、懐の深い向き合い方を求められる。主要国の緊密な情報交換も欠かせない。

 日本にとって悩ましいのは、投資家のリスク回避の傾向が強まると、安全資産とされる円が買われて高くなることだ。そうなると日本企業にとっては輸出が伸び悩んだり、円建ての収益が下振れしたりするリスクがある。株価の下落は、個人投資家の資産の目減りを通じて消費を下押しする「逆資産効果」を生む可能性もある。

 ただ、日本経済の先行きを過度に悲観する必要はない。

 4~6月期の実質経済成長率はマイナスに陥ったものの、景気回復の基調は崩れていない。企業収益は過去最高水準にある。

 金融市場の混乱があったからといって、一時的なカンフル剤のような景気対策を打つことが政府の役割ではない。大事なことは、安倍晋三政権の経済政策「アベノミクス」の第3の矢である成長戦略を加速することだ。

日本は成長戦略加速を
 岩盤規制の改革や、環太平洋経済連携協定(TPP)をはじめとする通商交渉を遅滞なく進め、日本経済の潜在成長率を引き上げる環境を整えるべきだ。少子高齢化という逆風を跳ね返す構造改革を断行しなければ、頻繁に成長率がマイナスに沈む脆弱な体質を抜本的に改善できない。

 日本企業もグローバル化をさらに進めるとともに、収益力を高めるための成長戦略を着実に進めなくてはならない。

 この点で心強いのは、企業が攻めの姿勢を崩していないことだ。例えば、日本勢による海外へのM&A(合併・買収)額は過去最高の水準に達している。国際的な再編に打って出ることにより成長を目指す戦略は、中長期の投資資金を引きつけ、市場の評価を高めることにつながる。

 中国発の市場動揺を受け、市場では米連邦準備理事会(FRB)が利上げの時期を、予想された9月から遅らせるとみる向きがある。しかし、他国の政策に期待をつなぐ前に、日本の政府と企業はなすべきことをなすべきだ。

 世界の株式市場は、コンピューターによる自動売買の影響が強まり、株価が極端な動きを示す傾向が強まった。短期の相場変動に惑わされず改革を進めたい。

全国学力調査―課題を見つめて改善を

 文部科学省が、全国学力調査の結果を発表した。

 各教科で成績の底上げが進んだが、基礎より活用力に課題がある。その傾向は変わらない。

 事業が始まって10回近い。60億円もの予算をかけ、小6、中3の全員を対象に行う。その必要がどこまであるのか。

 文科省は成果と課題を検証し、あり方を見直してほしい。

 調査は知識の活用問題を出すことでこれからの学力を学校や教育委員会に示してきた。データを重視する動きも広がった。

 そうした点で成果がなかったとはいえないが、多くの課題も浮かび上がった。何より見つめねばならないのは、学校教育に与えるひずみだ。

 調査前に過去の問題を繰り返し解かせ、テスト対策のために授業が遅れる。行事が後回しにされる。そんな例が、特に成績の振るわない県で少なくない。

 調査はあくまで学力向上の手段だ。成績を上げることが目的になるのは本末転倒である。

 調査の仕組みの問題もある。

 年ごとに難易度が違うため、学力が上がったか下がったかがつかめない。自治体は全国順位で判断するしかない。

 文科省は経年変化をつかむ調査を研究中だ。ランキングの横行を防ぐためにも急ぎたい。

 教育施策の検証と、学校の指導の充実と。調査が二兎(にと)を追っていることも問題をはらむ。

 政策を評価するには素顔の学力を測ることが欠かせない。なのに多くの学校が「指導」として対策問題を解かせている。

 二つの目的を切り分けるべきだ。どちらの面でも、巨費をかけて毎年全員に実施する必要性があるとは思えない。

 自治体による結果利用をめぐっても騒動が続いた。静岡県知事が全国平均以上の学校の校長名を公表した。大阪府教委は学校の成績を高校入試の内申評価に反映させると決めた。

 子どもや学校を競わせ、選抜に使うのは調査の趣旨を明らかに踏み外している。

 昭和の学力テストは、学校や自治体の競争が激化し、教師が子どもの誤答を指さすなど不正が相次いで中止になった。そのことを忘れてはならない。

 下村文科相は、大学入試改革に合わせて学力調査の中身を変えるとし、その結果、「地頭を鍛えるテストであれば競い合ってもいい」と語った。過去への反省が薄らいでいないか。

 次世代の調査を考えるにしても、現在のテストの検証抜きにはあり得ない。文科省は研究者や自治体、学校現場をまじえ、本格的な検討を始めるべきだ。

夏休み明け―命のSOSを見逃すな

 学校が始まる。つらい。どこかへ消えてしまいたい。

 そう思っている子どもが身近にいるのではないか。

 内閣府が40年余りの記録を調べたところ、子どもの自殺が休み明け前後に増えることがわかった。夏休み明けの9月1日が131人と突出していた。

 「休み明けは、環境が変わる契機になりやすく、動揺が生まれやすい」と内閣府はみる。

 痛ましい結果は何としても防がねばならない。子どもに寄り添い、話に耳を傾けたい。

 命を絶つ小中高生は年間300人を超えている。そこにはさまざまな要因が絡み合う。警察庁によると、小学生は家庭生活が多いが、中高校生は勉強や進路など学校関係が増える。

 子どもたちに言いたい。

 学校に行かなければと自分を追いつめず、いったん立ち止まり、心や体を休ませよう。

 親や先生、友だちに思い切って話してみよう。

 友人の家族や近所のおじさん、おばさんもいる。

 電話で話を聞いてくれる窓口もある。NPO法人の「チャイルドライン」(0120・99・7777)や、文科省の「24時間子供SOSダイヤル」(0570・0・78310)だ。

 自殺を防ぐには、家庭や学校、地域の役割が大きい。

 10代前半の場合、「事前に予兆がないことが多い」と、内閣府の関連白書は書いている。

 突発的に見えるのは、大人が微妙な変化を意識できていないからではないか。子どもの話しやすい雰囲気作りが大切だ。

 不安な表情や食欲のなさ、不眠などに気づいたら、抱え込まず連絡を取り合う必要がある。

 せっかく打ち明けられても「頑張れ」と励ましたり「死ぬのは愚かだ」と叱ったりすれば、開きかけた心は閉じてしまう。ともに考え、道を探ってみようと伝えたい。

 NPO法人「全国不登校新聞社」は休み明けに向けてウェブ版で緊急号外を出し、脳科学者の茂木健一郎さん、教育評論家の尾木直樹さんや、不登校体験者らのメッセージを載せた。

 同社記者の小熊広宣(こぐまひろのぶ)さんはコラムで、こうつづっている。

 「『逃げろ』と言って済むほど、事は単純ではない。逃げた先の安心が見えなければ、一歩は踏み出しづらいからだ。それでも言いたい。学校とつり合いが保てるほど、命は軽くない」

 子どもの話だけではない。

 命のSOSを見逃さず、絆を取り戻せるよう、一人ひとりができることをする。そんな社会でありたいと思う。

企業年金改革 多くの人が活用できる制度に

 公的年金を補完する手段として、多くの人が企業年金を活用できるようにすることが重要だ。

 企業年金改革関連法案が、衆院で審議されている。政府は、今国会での成立を目指している。

 法案の柱は、加入者本人が掛け金の運用方法を選び、その結果で年金額が決まる確定拠出年金制度の見直しである。

 中小企業でも導入しやすくするため、設立手続きなどを簡素化した「簡易型」を創設する。

 自前で制度を持てない会社の社員や自営業者向けの「個人型」についても、加入を後押しする仕組みを新設する。中小企業に限り、会社が社員の掛け金に加算できるようにする。

 企業年金は、公的年金である厚生年金の上乗せとして、会社ごとに任意で設ける制度だ。少子高齢化で公的年金の給付水準が下がる中、その役割は高まっている。

 大企業の社員以外にも、普及を促す狙いは適切である。

 現在、厚生年金の加入者のうち、企業年金に入っている人は4割に満たない。企業年金を導入している会社の割合は減少傾向にある。社員30~99人の中小企業では18・6%にとどまる。

 しかも、代表的な企業年金だった厚生年金基金は、一部を除き2019年3月までに解散される。バブル崩壊後の運用難で、存続不能の基金が続出したためだ。大企業は早々に撤退し、残るのは中小企業で作る基金がほとんどだ。

 基金廃止後の受け皿として、今回の改革が十分に機能するかどうかは不透明だ。「簡易型」の導入状況などを見極め、普及が進むよう工夫を重ねる必要がある。

 法案には、「個人型」の対象を専業主婦や公務員に拡大することも盛り込まれた。事実上、誰でも加入できるようになる。

 働き方が多様化し、離職や転職が一般化した。企業年金に入れない非正規労働者も増えた。すべての人に公的年金の補完手段を提供し、老後へ向けた自助努力を促す方向性は理解できる。

 疑問なのは、専業主婦が保険料の負担なしに基礎年金を受け取れる「第3号被保険者」制度を残したまま、税制上の優遇措置がある個人型への加入も認めることだ。過剰な優遇にならないか。

 非正規労働者については、厚生年金への加入拡大で、年金額の充実を図る視点も欠かせない。

 年金制度全体の枠組みの中で、老後の所得保障のあり方を検討することが大切である。

全国学力テスト 大阪府の入試利用は疑問だ

 成績が振るわなかった県で、徐々に学力の向上が進んでいるのは、何よりである。

 文部科学省が、小学6年生と中学3年生全員を対象にした4月の全国学力テストの結果を公表した。毎年実施される国語と算数・数学の基礎・応用問題に加え、3年ぶりに理科も行われた。

 目に付くのは、成績下位県と全国平均の差が縮まっている点だ。下位県が上位の秋田、福井両県などに指導方法を学ぶ。結果を学校ごとに精査し、授業に役立てる。こうした取り組みが学力の底上げにつながっているのだろう。

 全国学力テストは2007年度に始まった。都道府県別などの結果の公表で地域の実情が明らかになり、適度な競い合いが好結果を生んでいる。

 ただし、国語と算数・数学では、今回も応用問題の平均正答率が低かった。柔軟な思考力を養うことが求められよう。

 理科では、実験や観察結果を分析する問題の成績が低調だった。教師は、理科の面白さが伝わるよう授業を工夫してもらいたい。

 大阪府は今回、中3の学校ごとの成績を高校入試の内申点の基準として活用することを決めた。

 府教委は来春の高校入試から、内申点を校内の順位に応じた相対評価から、生徒個人の達成度をみる絶対評価に変更する。これに伴い、学力テストの結果を評価の基準に反映させ、学校ごとの評価のばらつきを調整する考えだ。

 大阪府では今回、中3の成績向上が目立った。松井一郎知事は「内申点への反映が決まり、生徒が本気で取り組んだ結果だ」と述べ、入試利用が好結果につながったとの見方を示した。

 そうした面は、あるかもしれないが、全国学力テストの入試利用は、制度の趣旨を逸脱しているのではないか。児童・生徒の学力の弱点を把握し、授業の改善に役立てるのが、本来の狙いである。

 入試に活用すれば、テストの成績だけに目が行くことになろう。2、3教科の結果を用い、全教科を対象に評価する内申点を調整することにも疑問が残る。

 内申点の絶対評価は、大阪府以外の都道府県では既に実施している。府教委の対応の遅れが、今回の問題の背景にある。文科省が来春の入試に限って利用を容認したのは、生徒の混乱を回避する観点から、やむを得ない措置だ。

 今後の全国学力テストの活用方法については、趣旨を踏まえた検討が求められる。

2015年8月26日水曜日

企業自身で生産性高める働き方改革を

 労働規制改革の柱の一つと政府が位置づける労働基準法改正案は、安全保障関連法案の審議の影響などで成立が次期国会以降に持ち越される見通しだ。働いた時間ではなく成果に対して賃金を払う「脱時間給」制度の新設や、働く時間の配分を本人にゆだねる裁量労働制の拡大が先送りされる。

 だが、これらの労働時間規制改革が狙っている労働生産性の向上は、日本企業にとって待ったなしの課題である。1時間あたりに生み出す付加価値などの指標で日本は欧米の後じんを拝す。問われるのは企業自身の改革姿勢だ。規制改革の実現を待つのでなく、社員の生産性を高める制度づくりに各企業が工夫を凝らすべきだ。

 生産性向上を促す働き方改革には様々なやり方がある。ソフトウエア開発のサイボウズは残業の有無や在宅勤務が可能かなどにより9通りのコースを設け、全社員が自分に合った働き方を選べる。

 仕事が集中するときは時間に制約されず働く人と定時退社や短時間勤務を希望する人を分け、本人が望まない残業は排除することで企業全体としての生産性向上につなげている。全社員一律の管理から多様な制度へという、労働時間改革の方向性を示す。

 KDDIは7月から、終業から翌日の始業まで少なくとも8時間あけることを社員に義務づけた。健康確保と併せ、社員自身が効率的な働き方を考えるきっかけをつくる狙いがある。

 産業界で広がり始めた朝型勤務や夜の残業禁止も無駄な業務の削減など仕事の進め方の見直しを促す。企業はさらに知恵を絞って制度づくりを競ってもらいたい。

 日本企業は欧米と比べ社員の仕事の範囲が曖昧で、労働生産性の向上を妨げる一因になっているといわれる。一人ひとりの職務内容を明確にし、メリハリをつけた働き方ができるようにしたい。

 脱時間給制や裁量労働制をめぐっては過重労働を招きやすいとの声がある。懸念を取り払うため企業は休日の設け方などの健康確保策を今から十分考えるべきだ。

 会社から示された業務量などについて負担があまりに大きいと社員が感じるなら、拒否もできるように、転職しやすい柔軟な労働市場を育てる必要もある。企業をけん制する効果によって過重労働を抑えやすくなろう。職業紹介の規制改革など労働市場の整備を政府は急がなければならない。

ネット国勢調査を円滑に

 今年は5年ごとの国勢調査の年である。今回から調査方法が大きく変わり、全国でパソコンやスマートフォンからのネット回答ができるようになる。従来通り調査票に記入して郵送することも可能だ。やりやすい方を選び、円滑な調査の実施に協力したい。

 日本で国勢調査が始まったのは1920年で、今回が20回目になる。人口動態などのビッグデータの正確性を高めることは、少子高齢化や地方創生の対策づくりにおいて重要だ。調査結果は選挙の1票の格差を計る基準にもなる。

 近年、調査員との接触を嫌う風潮が加速し、調査を拒む人が急増している。5年前の前回調査では全世帯のおよそ1割から調査票を直接回収できなかった。

 無回答世帯については調査員が隣家などから聞き込みをして調査票を埋める。だが、地域での人のつながりが希薄になり、特に単身世帯の把握は難しくなってきた。

 そこで今回、一部地域で試験導入してきたネット回答の全面解禁に踏み切る。総務省統計局は、調査対象となる全国約5200万世帯のうち約1000万世帯がネット回答するとみている。

 不正アクセスが起きないかを心配する向きもあろう。政府は、世帯ごとに配布するID番号を入力しないと回答できない仕組みを採用した。同一世帯からの複数回答などは自動的に検知する。IDを記載した書類は9月10~12日に青い封筒で郵便受けに届く。

 注意すべきは、ネット回答は先行して実施されることだ。国勢調査は10月1日が基準日で、従来の調査票による回答は10月7日が締め切りだが、ネット調査の回答期間は9月20日で終わる。

 長年の経験で「回答は10月に入ってから」と思ってIDの封筒を開けずにいると、ネット回答の期限に間に合わないおそれがある。

 そもそもネット解禁自体があまり知られていない。政府はもっと広報に力を入れる必要がある。次回以降はネット回答の期間をもっと長くすることも検討すべきだ。

世界同時株安―緩和頼み修正の試練だ

 先週来の世界同時株安は、週明けになって日米欧の株式市場をさらに一周した。中国発のブラックマンデーとも言える暴落の連鎖である。

 とはいえ、世界の株価は実体経済の実力以上にかさ上げされていた。日米欧が過去に例のない大規模な金融緩和で巨額のマネーを供給し、それが株式市場に流れこんでいたからだ。その調整が起きるのは避けられず、パニックに陥らぬよう冷静に対応することが肝要だ。

 同時株安の原因は二つある。

 ひとつは中国経済の減速がはっきりしてきたことだ。中国政府は7%成長目標の旗をおろしていないが、力強さは影をひそめつつある。経済実態をよく表すと言われる鉄道貨物輸送量は減少、電力消費も頭打ちで、輸出入は前年割れが続く。

 ここ数年、世界経済の主役は中国だった。リーマン・ショックの直後に中国政府が打ち出した4兆元(当時で50兆~60兆円規模)投資はそのはじまりだ。だが皮肉なことにその巨額投資が生みだした巨大な供給力が、いま大きな需給ギャップをつくって中国経済を苦しめている。

 原因の二つめは「中央銀行バブル」の終わりを市場が覚悟し始めたことだろう。7年前の経済危機を乗りきるために、先進国の中央銀行がこぞって乗り出した大規模な金融緩和である。

 その膨大なマネーは世界株高を演出してきた。だがゼロ金利や量的緩和という異例の策は、金利による市場の調整機能を損ね、政府の借金依存を助長するといった副作用がある。永久に続けることはできない。

 だから米国が年内にもゼロ金利を解除し、利上げに踏み切ろうとしているのは当然だろう。マネーの巻き戻しが株安につながるとしても、それはいつか通らねばならない試練である。

 だとすれば、株高と円安を推進力と頼んできた「アベノミクス」の限界も明らかだろう。今後、副作用が深刻にならないうちに量的緩和の縮小など正常化の道を早く探ることが必要だ。

 国内では株価急落のショックで、景気対策やいっそうの金融緩和を求める声が高まるかもしれない。だがそれは本質的な対策にならないばかりか、新たなバブルの原因を作るだけだ。

 もちろん再び世界経済危機に陥ることは防がねばならない。主要7カ国やG20で金融危機を連鎖させない協調体制を築いておくことが求められる。

 各国がバブルに頼ることなく経済の実力を地道につけていく。それしか世界経済を安定させる道はない。

南北朝鮮合意―民族和解進める契機に

 韓国と北朝鮮が互いに軍事力を増強し、緊迫した中で続いていた高官会談はきのうの未明、やっと合意にこぎつけた。

 北朝鮮の地雷爆発という挑発に端を発した軍事衝突の危機はいったん避けられた。南北は今回の合意をきっかけに、民族の和解に向けた対話を誠実に続けていくべきだ。

 南北が発表した合意文によると、地雷爆発について北朝鮮が遺憾を表明。韓国側は軍事境界線付近での大音量の宣伝放送を中断することが盛り込まれた。

 また、各分野の対話を南北間で続けていくことになった。

 金正恩(キムジョンウン)・第1書記は今回、「準戦時状態」を宣言し、砲兵部隊を増強させるなど緊迫感をあおった揚げ句、韓国に高官会談を持ちかけた。いつも繰り返してきた瀬戸際戦術である。

 ただ、合意文をみる限り、北朝鮮が具体的に得たのは、地雷爆発がなければ止まったままだった宣伝放送の中断だけだ。

 北朝鮮の実際の目的はむしろ南北対話を軌道に乗せることにあったとみるべきだろう。

 韓国との関係を前進させ、いずれは米国との関係改善を図る狙いとみられるが、地雷爆発によって2人の韓国軍下士官は足を切断する大けがを負った。

 危機を背景にした、非人道的な戦術を続けていては、対話が再開されたとしても、韓国側に深い憎悪と不信感が募るだけだということを悟るべきだ。

 韓国の朴槿恵(パククネ)大統領は、地雷爆発に対する北朝鮮の謝罪と再発防止の確約が必要だと主張していたが、責任の所在があいまいな遺憾表明にとどまった。

 それでもこれまで朴政権を相手にしてこなかった北朝鮮の態度を考えると、一定の成果と言えるだろう。会談に臨んだ韓国側代表は「一貫した原則」が譲歩を引き出したと自賛した。

 だが、ここまで南北関係が悪化した原因は、北朝鮮側だけにあるわけではない。

 北朝鮮に多くの問題があるのは事実だが、朴政権も自身の掲げた原則が受け入れられない限り、対話に応じないという姿勢では突破口は開けない。対日政策にも共通する問題である。

 きのうで5年任期を折り返した朴政権の成否は、前半に著しく欠いた、しなやかさを持てるかどうかにかかっている。

 南北間で合意した対話の継続は、ともに実績の乏しい両政権にとって大きな意味を持つ。

 軍事的な挑発のみならず、言葉の非難の応酬も自制し、ねばり強く対話を積み重ねるべきだ。冷戦の残滓(ざんし)を一日も早く取り除く責任は南北双方にある。

世界同時株安 市場不安の沈静化を急ぎたい

 中国経済への懸念を震源に、世界的な市場の動揺が続いている。

 東京市場の平均株価は25日、733円安の1万7806円と大幅に下落した。これで6日続落となり、下げ幅は計2800円を超えた。外国為替市場で円高が加速したことも、株安に拍車をかけた。

 中国市場に端を発した株価急落は、欧米やアジアの主要市場へと連鎖し、「世界同時株安」の様相を呈している。

 警戒は怠れないが、投機的な思惑で乱高下している面もある。甘利経済再生相は「冷静な対処が必要だ」と述べた。確かに、日本や欧米の経済は概(おおむ)ね堅調だ。過度な悲観は不要だろう。

 肝心なのは、市場の不安を沈静化し、実体経済への波及を防ぐことである。日米欧と中国は混乱収拾へ政策協調を強めるべきだ。

 株安の引き金は、中国が11日に打ち出した人民元の切り下げだった。輸出テコ入れを要するほど中国景気が悪化しているとの見方から、上海市場の株価が崩れた。

 中国の経済成長率は7%を維持しているが、消費や輸出など経済指標の多くが景気減速を示している。実態はもっと深刻だとする観測は根強い。

 経済成長の鈍化を容認する「新常態」政策の下、構造改革を進めて中国経済を軟着陸させられるのか。中国政府の経済運営への不信感が、不安を増幅している。

 習近平政権は、中国が世界市場混乱の火種となっている現実を直視する必要がある。25日に追加金融緩和を決めたが、さらに景気安定に万全を期さねばならない。

 米国が近く利上げに踏み切るかどうかも、大きな焦点である。市場の混乱が収まらないうちに利上げを強行すれば、新興国から一気に資金が流出し、通貨・金融危機を招く恐れが指摘されている。

 いずれ米金融緩和の幕は引かねばならないが、出口を急いで世界経済を混乱させてはなるまい。米連邦準備制度理事会(FRB)は市場動向を注視し、慎重に利上げの時期を探ってほしい。

 日本では株安を受けて、自民党などから補正予算による景気対策を求める声が出ている。だが、企業業績は過去最高の水準である。安易な財政出動は慎むべきだ。

 何より大切なのは、安倍政権の経済政策「アベノミクス」を着実に実行し、民需主導の本格成長を達成することだ。新ビジネスの育成を促す規制緩和など、民間活力を引き出す成長戦略をしっかり推進したい。

南北協議合意 着実な履行で信頼を醸成せよ

 合意を着実に履行し、対話を重ねて、信頼を醸成することが重要だ。

 韓国と北朝鮮の高官協議が合意し、共同文書を発表した。

 北朝鮮は、非武装地帯での地雷爆発で韓国兵が負傷したことに「遺憾」を表明する。韓国は、拡声機による宣伝放送を中断する。この2点が核心である。

 北朝鮮は、前線部隊に発令した「準戦時状態」も解除する。

 南北間で高まった軍事的緊張の緩和が期待される。北朝鮮はまず、前線に送っていた地上部隊などを通常の配置に戻すべきだ。

 共同文書には、地雷を敷設したのが北朝鮮だとの表現はない。だが、「遺憾」表明により、韓国側は、「北朝鮮が謝罪した」と主張できる。韓国側が求める離散家族の再会も文書に盛り込まれた。

 北朝鮮が“危機”を仕掛けて協議を実現させたが、結果的には、韓国側の意向がかなり反映された合意内容と言えよう。

 これは、北朝鮮が宣伝放送の中止を最優先した事情が大きい。

 北朝鮮は、宣伝放送を通じて、韓国の経済的優位や北朝鮮独裁体制の問題点が、前線の兵士や住民などに広まることを極度に警戒しているようだ。金正恩政権の不安定さの表れではないか。

 今回は本格的な軍事衝突を回避できたが、今後は楽観できない。経済面で行き詰まり、外交的にも孤立する北朝鮮が、弾道ミサイル発射などの軍事的挑発に再び走る可能性は否定できない。

 高官協議は、南北関係の改善に向けて、当局者会談の早期開催にも合意した。会談では、軍事的緊張の再発を防止する具体策を話し合うことが大切である。

 韓国は、2010年の北朝鮮の韓国哨戒艦撃沈や黄海・延坪島砲撃を受けて、北朝鮮に交易制限などの独自制裁を科している。

 北朝鮮は会談で、制裁解除や経済支援などを求めるだろうが、実現は簡単ではない。本気で今の苦境を脱したいなら、本格的な政策変更が避けられまい。

 軍事的挑発による瀬戸際戦術で経済的な見返りを要求する常套(じょうとう)手段を放棄し、国際社会との協調に踏み出す必要がある。

 安倍首相は国会で、今回の南北合意について、「地域の緊張緩和や諸懸案の解決につながることを期待する」と評価した。

 今回の南北合意が、拉致問題を含む北朝鮮の対日姿勢にどう影響するのか。日本は、「対話と圧力」の原則を堅持しつつ、戦略的外交を進めるべきだ。

2015年8月25日火曜日

年金機構と厚労省は責任感と緊張感を

 日本年金機構から125万件に及ぶ個人情報が流出した問題について、2つの調査報告書が相次いでまとまった。機構自身によるものと、厚生労働省が設けた第三者委員会がまとめたものだ。

 両報告書から見て取れるのは、公的年金という国民生活になくてはならない仕組みを担っているという責任感と緊張感の欠如だ。備えはおろそかで、事後の対応も後手後手だった。

 流出したのは基礎年金番号とその番号を使っている人の名前、生年月日など。情報は一度のサイバー攻撃で流出したわけではない。今年5月8日から20日にかけ大きく分けて3回の攻撃があり、最後の攻撃が致命傷となった。4月には厚労省に対する同様の攻撃があったことも明らかになった。

 初期の段階ですばやく適切に対応をしていれば情報流出は防げたわけだ。しかし年金機構は、サイバー攻撃を受けた際の組織横断的な対応を迅速に進めるための体制を整えていなかった。情報が現場で止まってしまい、組織全体で共有することもできなかった。

 業務の都合を優先して、本来は保管すべきではないインターネットにつながった場所に個人情報を大量に保管していたのも、深刻な問題だ。年金機構を監督する立場にある厚労省の危機意識も薄かったといわざるを得ない。

 再発防止のため年金機構は、理事長をトップとする組織を設けて改革に取り組むという。そもそも年金機構は、前身である旧社会保険庁のずさんな年金記録管理の反省を踏まえて発足した。もう言い訳は許されない。今度こそ生まれ変わらなければならない。

 今回の問題は、企業など情報を扱うあらゆる組織にとって教訓となる。被害の拡大を防ぐのに、インターネットから情報システムを切り離すのは有効な手段だが、IT(情報技術)は組織にとって業務インフラでもある。

 攻撃を受けたときに遮断する部分と運用を続ける部分を決めておかないと、混乱を招く。いつ、だれが遮断の指示を出すのかなど、ルールの確立が必要だ。攻撃を想定した訓練も欠かせない。

 攻撃の手口は巧妙化し、100%安全なシステムはつくれないといわれる。サイバー攻撃はもはや日常的に存在する脅威と考えなければならない。人材の育成や技術開発、情報の共有など、国全体で取り組むべき課題は多い。

北方領土交渉の厳しい現実

 ロシアのメドベージェフ首相が先週末、北方領土の択捉島を訪問した。「日本の国民感情を傷つける」などとして中止を求めた日本政府の警告は全く考慮されなかった。極めて遺憾である。

 同首相による択捉島訪問は初めてだが、すでに大統領時代を含めて2度も北方領土の国後島を訪れている。今回は戦後70年の節目に合わせ、ロシアの実効支配を誇示する狙いがあったのだろう。

 現に首相は北方領土を「ロシアの一部だ」とし、「我々はこれからも訪問を続ける」と強調した。ロシア外務省も「国際社会にとって重要な終戦70年を前に、日本は疑う余地のない第2次世界大戦の結果に異議を唱え続けている」と日本を非難する声明を出した。

 こうしたロシアの強硬な対応は日ロの関係改善に水を差す。年内を目標としているプーチン大統領の訪日準備を含め、日ロ協議への負の影響は避けられまい。

 一方で、ロシアはプーチン政権下で北方領土のインフラ整備を着々と進めている。択捉島では新空港が開港し、色丹島では病院が新設された。さらにロシア政府は北方領土を含む周辺地域の開発のため、来年から10年間の長期計画を決めた。首相に限らず、ロシア閣僚らの訪問も相次いでいる。

 日本の反発にもかかわらず、北方領土のロシア化は着実に進んでいる。日本政府はこの厳しい現実を直視し、領土交渉を進めていく必要がある。

 プーチン大統領は今のところ、領土問題の「解決は可能」と公言している。自らは現地を訪れず首相や閣僚を派遣することで、日本を揺さぶる思惑も垣間見える。

 領土交渉が一段と厳しさを増すなか、突破口を見いだせるとすればやはり首脳会談だろう。安倍晋三首相はまずは9月以降の国際会議の場を使い、大統領との会談や接触の機会を探ってほしい。

 その際に閣僚らの訪問自粛を改めて求め、大統領の本音を探り、領土交渉の進展に向けた道筋をともに考えていくべきではないか。

択捉島訪問―ロシアの無益な挑発

 ロシアのメドベージェフ首相が、北方領土の択捉島を訪問した。領土問題で日本に譲歩する考えはないとし、今後も訪問を続けると発言している。

 隣国同士で係争中の領土がある場合、あくまで対話を通じて平和的な着地点を探る。それが責任ある国家のとるべき態度である。ことさらに実効支配を誇示するような挑発的な動きは、厳に慎むべきだ。

 こうした行為は、両国の対話の努力に水を差すものであり、日本政府が即座に抗議したのは当然である。岸田外相の訪ロやプーチン大統領の年内訪日の見直しもやむをえまい。

 メドベージェフ氏の北方領土訪問は3度目だ。大統領だった2010年、ソ連・ロシアの最高指導者として初めて国後島を訪れた。首相就任後の12年に択捉島訪問を計画したが、悪天候のため再び国後島を訪れた。

 ウクライナ危機をめぐり、米欧は対ロ圧力を増しているのに比べ、日本は対話をつなぐ姿勢をとってきた。だが、そのパイプをロシア側が細めた形だ。

 国際社会で孤立し、強まる制裁下で経済的にも苦しいプーチン政権は、国内批判をかわそうと国民のナショナリズムをあおっている側面もありそうだ。

 だとしても、隣国への思慮を欠く振る舞いは、歴史的な日ロ間の対立の溝を広げるだけで、誰の利益にもならない。

 ただ、ロシアの対外政策は、巧妙に硬軟緩急を絡ませるのが常だ。領土問題で日本を突き放す姿勢と並行して、ロシア国内での開発投資に秋波も送る。

 プーチン氏の真意はどこにあるのか依然見えないし、それが彼らの外交戦術でもあろう。いまの国際情勢の中で、日本との間でどんな関係を描いているのか、慎重に探るほかない。

 安倍首相はきのうの参院予算委員会で、択捉島訪問について「極めて遺憾」としたうえで、プーチン氏との対話を通じて交渉を続ける意向を示した。

 戦後70年たっても、いまだに平和条約が結べないのが、日ロ間の現実である。膨張する中国との向き合い方や、エネルギー問題を含め、北東アジアの安定秩序づくりを探るうえで、日ロの関係を長期的に強化してゆくことは欠かせない。

 対話の環境づくりのためにも安倍政権はロシアに対し、国際社会との協調を強く求めねばならない。領土問題の交渉に当面の成果を急ぐより、国際秩序へのロシアの復帰を促すことが、長い目で見れば日本の北方領土をめぐる立場を強めることにつながるはずだ。

スカイマーク―利用者に応える再建を

 経営破綻(はたん)した国内航空3位のスカイマークの再建が本格化する。

 一時は米デルタ航空が支援に名乗りをあげ、国内航空への外資参入かと注目されたが、スカイマークの債権者による投票を経て、当初の構想通りANAホールディングスの支援で進むことになった。

 スカイマークは約20年前、安さを売りに新規参入し、一定の支持を得てきた。ANA(全日空)とJAL(日本航空)の大手2社とは異なる「第三極」としての立ち位置を貫くことが、利用者をつなぎとめ、再建を確かにするはずだ。関係者はそのことを肝に銘じてほしい。

 デルタは成田空港を拠点に、米航空会社のなかで最多となる日本発着の国際便を運航している。ライバルのユナイテッド、アメリカン両航空が、それぞれANA、JALと提携するなかで、デルタも日本での提携先を探してきた。

 「デルタの支援でスカイマークの第三極としての立場が守られ、競争を通じて利用者にもメリットがある」との主張は、一定の説得力があった。債権者による投票では「国内業務に精通し、支援の実績もあるANAの方が迅速に再建できる」とのANA側の訴えが通った格好だが、デルタ側の指摘をしっかり受け止める必要があろう。

 スカイマークは今後、増資で新たな株主を呼び込み、破綻前の役員が残る経営陣も刷新する。ANAは新たに2割弱の大株主になり、役員を送り込む。整備での協力のほか燃料や部品の共同調達、一部路線での共同運航を提案しつつ、「運賃や路線、便数の決定には口を出さない」と繰り返している。

 札幌や北九州、宮崎の各市に拠点を置く新規航空会社の経営が行き詰まった際、ANAは出資や人材派遣で支援してきた。「経営の自主性は尊重している」と強調するが、ANAの影響力を指摘する関係者も少なくないだけに、「有言実行」を徹底してほしい。

 スカイマークは、元大株主で前社長の西久保慎一氏が進めようとした路線拡大や一部座席の高級化を中止したところ、経営は黒字基調に回復してきたという。ただ、夏休みシーズンを過ぎると乗客自体が減るうえ、スカイマークを上回る安さが売りの格安航空会社も元気なだけに先行きは予断を許さない。

 運航の安全・安心を徹底しつつ、どこまで安さを追求できるか。利用者の声にしっかり耳を傾けることが、再建への近道だろう。

南北高官協議 衝突の回避へ冷静に歩み寄れ

 軍事的挑発で緊張を高めつつ、対話で譲歩を引き出すことを狙う――。北朝鮮は、危険な瀬戸際戦術を自制すべきだ。

 韓国と北朝鮮の軍事的緊張の高まりを受けて、南北高官協議が板門店で開催された。

 韓国は金寛鎮大統領府国家安保室長らが、北朝鮮は金正恩第1書記の側近の黄炳瑞・朝鮮人民軍総政治局長らが出席した。異例の高いレベルの対話は3日連続で行われたが、難航している。

 軍事衝突という最悪の事態を避けるため、双方は、積極的に歩み寄り、緊張緩和の具体的な措置を探ることが求められる。

 緊張の発端は、4日に軍事境界線付近で、北朝鮮が設置したとみられる地雷が爆発し、韓国軍兵士2人が重傷を負ったことだ。

 韓国側は、休戦協定違反だと北朝鮮を非難した。対抗措置として、北朝鮮体制を批判する拡声機の宣伝放送を11年ぶりに再開した。

 北朝鮮は、放送中止を要求し、韓国内に砲撃した。さらなる軍事行動を予告したうえ、韓国側に協議を申し入れた。北朝鮮に応戦した韓国の朴槿恵政権に対する硬軟両様の揺さぶりである。

 この背景には、北朝鮮の国際的な孤立が指摘される。核実験の強行などにより、最大の友好国、中国との関係が冷え込み、首脳級交流は途絶えている。

 中国の抗日戦勝記念行事への朴大統領出席が発表された直後に北朝鮮が砲撃したのは、中韓接近を牽制けんせいする狙いだろうか。

 前線部隊に「準戦時状態」を発令したのは、金正恩第1書記だ。国内体制が不安定な中、指導者の経験に乏しい金第1書記が、一触即発の状況に適切な対処ができるのか。不安は拭えない。

 一方、朴氏は「挑発には断固として対応する」と公言する。政権支持率は低迷し、韓国メディアは北朝鮮に対する強硬な姿勢を主張している。朴氏も、容易に妥協できない国内事情を抱える。

 だが、南北双方は、軍事衝突のリスクを直視し、冷静に対応することが肝要である。

 北朝鮮指導部は、韓国の“脅威”を強調することで、軍や朝鮮労働党など国内の引き締めを図っているとされる。10月10日の党創建70周年に合わせて、国威発揚の目的で、中長距離弾道ミサイルを発射するとの観測もある。

 日米韓3か国は、緊密に連携し、北朝鮮情勢の情報共有を強化する必要がある。新たな軍事的挑発を封じ込めるため、抑止に万全を期すことも大切だ。

中1男女殺害 子供の深夜遊びは危険過ぎる

 大阪府寝屋川市の中学1年の男女が行方不明になった事件は、2人の遺体が相次いで見つかる最悪の結末となった。

 2人とも、両手を縛られ、顔には粘着テープが何重にも巻かれていた。少女には30か所以上も切り傷があった。残忍な犯行に憤りを禁じ得ない。

 府警は、少女の遺体を遺棄した容疑で、寝屋川市の契約社員の男(45)を逮捕した。

 男は容疑を否認している。少女を車に乗せたことは認めたが、「同乗者が女の子を殴り、死体を遺棄した。同乗者の名前は言いたくない」と話しているという。

 供述に不自然さは拭えない。府警は、殺人容疑でも男を追及する方針だ。理不尽な事件の全容解明を急いでもらいたい。

 男は2002年にも、中学2年の男子生徒らを車に監禁する2件の事件を起こしている。生徒らを粘着テープや手錠で拘束し、連れ回していた。

 今回の被害者2人は、12日夜に自宅を出た。翌13日午前5時頃、寝屋川市駅前の商店街で一緒にいるところが確認されて以降、行方が分からなくなった。

 逮捕の決め手となったのは、防犯カメラの映像だ。

 2人が商店街から姿を消したのとほぼ同じ時刻に、駅近くに設置されたカメラが男の軽ワゴン車を捉えていた。少女の遺体が見つかった高槻市内の駐車場周辺のカメラにも、似た車が映っていた。

 防犯カメラが、容疑者の特定に有効であることが、改めて実証されたと言える。

 通学路や繁華街で防犯カメラを増設する自治体が多い。捜査に活用できるだけでなく、犯罪の抑止効果も期待できよう。

 学校の目が行き届かない夏休みに、子供の安全をいかに守るかも課題である。

 被害者の2人は、簡易テントを使い、駅周辺で何度か野宿をしていた。遊びのつもりだったのだろうが、子供だけの深夜の外出には危険がつきまとう。

 携帯電話やスマートフォンの普及で、子供同士で容易に連絡が取れるようになった。いわゆる「普通の子」でも、深夜に出かけるケースが珍しくないという。

 保護者にとっては、我が子の行動に注意を払うことが一層、重要になっている。

 繁華街などでの警察による補導の強化や、地域の見守り活動も欠かせない。非行防止だけでなく、犯罪に巻き込まれる危険性を教える指導が大切である。

2015年8月24日月曜日

原油安に気を緩めず改革の好機に

 原油価格の下落が止まらない。米原油先物相場は一時、1バレル40ドルを下回り、6年5カ月ぶりの安値水準に落ち込んだ。

 原油安は消費国の負担を軽減し、景気の改善を後押しする。1年で半値以下になった原油価格の恩恵は日本でも広がりつつある。だが、価格高騰の危機は過ぎたと気を緩めてはならない。省エネルギー対策の手を休めず、エネルギーの需給構造の変化を調達改革の好機としていくことが重要だ。

解消せぬ供給過剰
 下落に歯止めがかからないのは原油余りの状態が一向に解消しないためだ。

 国際エネルギー機関(IEA)によると、2015年4~6月に需要を上回った供給量は世界で日量300万バレルを超え、前年同期の2倍以上に増えた。石油天然ガス・金属鉱物資源機構の野神隆之主席エコノミストは「短期的に需給が締まる材料がなく、原油価格はまだ下がる余地がある」と言う。

 米国ではシェールオイルと呼ぶ新型資源の生産量が高止まりし、石油輸出国機構(OPEC)も高水準の生産を続けている。イランと米欧などは核開発の解決へ向けた協議で合意した。イランへの経済制裁が解除されると、同国産原油がさらに市場に流れ込む。

 新興国の需要をけん引してきた中国経済は減速懸念が強まっている。ギリシャ問題をはじめとする欧州経済の低迷で世界の需要は伸び悩んでいる。

 原油に限らず、鉱物資源や食糧など、新興国の旺盛な需要を背景に商品相場が大幅に上昇する「スーパーサイクル」は転機にある。原油が1バレル100ドル超の高値に戻ることは当面、考えにくい。原油安は長引くだろう。

 日本経済は原油安で一息ついた。東京電力福島第1原子力発電所の事故後にすべて止まった原発を代替するための原油や天然ガスの輸入が急増し、貿易収支は11年に赤字に転落した。しかし、原油安の進展により電気やガス料金は下がり始めた。企業業績への好影響も期待できる。大和証券の試算によると原油安は主要200社の経常利益を7%押し上げる。

 ただし、原油高の痛みを忘れ、エネルギー調達の効率化や利用の多様化への機運がしぼんでしまうことが心配だ。原油や天然ガス調達費の負担が減っても、国内消費のほぼ全量を輸入し、その8割超を中東産油国に頼る脆弱さは変わらない。調達先分散の努力を怠ってはならない。

 シェール革命はエネルギー貿易の流れを変えた。この変化を積極的に取り込む必要がある。米国ではシェールオイルの増産によって13年の原油輸入量は05年比で2割以上減った。

 減少量が多かったのはシェールオイルと成分が似ている南米やアフリカ産の原油だ。米国市場から押し出された原油はアジア市場に流れ込んでいる。日本はこれらの輸入を増やし、中東への依存率を下げるべきだ。

 米国ではシェールガスを液化天然ガス(LNG)に加工して輸出する計画だ。日本やアジア諸国も購入する準備を進めている。新たなLNG輸出国の登場を、今は中東やアジアに集中するLNGの調達先の分散につなげたい。

 化石燃料自体への高い依存度も放置してはならない。太陽光や風力など再生可能エネルギーの利用を拡大し、燃料転換の取り組みを減速させないようにすべきだ。

省エネ努力の継続を
 省エネの努力も続けることが重要だ。IT(情報技術)を使って電力消費の無駄を省いたり、電気自動車や燃料電池車の普及を促したりする挑戦がイノベーションにつながるはずだ。

 産油国は歳入の大半を原油輸出に頼り、原油安は国家財政を圧迫している。原油安の長期化は世界経済の新たな波乱要因となりかねない。目先の産油国経済への警戒が必要だが、同時に長期的な視点も欠くわけにいかない。

 英BPのチーフエコノミスト、スペンサー・デール氏は「シェールオイルの資源量を考えると、これまでのような米国の増産は2、3年しか続かない」と見る。米エネルギー省も、シェールオイルの生産量は20年代に入ると緩やかに減少に向かうと予測する。

 そのとき、増大する新興国の需要を満たせる生産余力はサウジアラビアなど中東産油国にしかない。原油供給地としての中東の存在感が再び高まる可能性がある。雇用創出や産業育成への協力など、中東産油国の安定に向けた地道な関係強化の大切さは変わらないことを認識する必要がある。

中1男女殺害―防ぐ手立てなかったか

 夏休みのさなかに悲しく凄惨(せいさん)な事件が起きた。

 大阪府寝屋川市の中学1年の女子生徒(13)が殺された事件で、同市内の男(45)が死体遺棄容疑で逮捕された。一緒にいた男子生徒(12)も遺体で発見された。

 女子生徒は吹奏楽部でトロンボーンの練習に励んでいた。男子生徒は「人をたすける人になりたい」と小学校の卒業アルバムに書いていた。

 将来ある最愛の子を非道に奪われた家族の心痛は、察するに余りある。なぜ2人が狙われ、どんな手口で近づいたのか。同種の事件を繰り返さないためにも、警察は事件の解明に向け全力をあげてほしい。

 考えたいのは事件に巻きこまれる前に、被害に遭うのを防ぐ手立てはなかったかだ。

 防犯カメラには、事件前、2人が商店街を歩く姿が映っていた。深夜とはいえ、人通りも少しはあった。まだ幼さが残る男女だ。長時間、街をうろつく姿に、帰宅を促したり警察に連絡したりする大人がいなかったのか、悔やまれる。

 昔は面倒見のよい大人が地域にいた。人間関係が希薄になり、他人への干渉を避ける風潮が強まっていないだろうか。

 夏休みになると子どもは開放的になり、夜間の外出や、普段とは異なる行動パターンをとることも多くなる。学校の目も届きにくい。それだけ犯罪被害に遭う危険性が高まることを、大人がしっかり認識したい。

 身を守るすべを、子どもにも教えておくことが大切だ。

 昨年9月に小学校1年の女児が殺害された神戸市では、市教委が夏休み前、全小中学生に防犯チェックシートを配った。

 車の中から道を聞かれたら「車と距離を取る」「危険を感じたら車の進行方向と反対へ逃げる」など、具体事例ごとに家庭で話し合える内容だ。

 小学生向けの防犯対策はあっても、中学生になった途端、保護者も地域も油断しがちだ。

 警察庁によると、中学生の犯罪被害者数は昨年までの10年間、小学生を上回っている。最近は携帯電話を通じて犯罪に巻き込まれることも増えている。

 教育委員会や学校は、繰り返し注意を呼びかけてほしい。

 今回の捜査では、犯行時間の絞り込みや容疑車両の特定に、防犯カメラの映像が有力なツールとなった。一方、犯罪抑止の面では役割を果たせなかったともいえる。社会がどうカメラを使いこなすか、今後のカメラの設置のあり方を考える上でも、一つのきっかけになろう。

戦争を描く―想像の力でつなぐ記憶

 戦後70年のこの夏、数多くの出版物やテレビ番組などで戦争が語られた。「悲惨さを伝えたい」「言い残さねば」「70年たったからこそ話せる」。様々な思いのこもる戦争体験者の言葉は、強く胸に迫る。

 既に人口の大半が戦後生まれ。敗戦時、10歳以上だった人は8%に満たない。体験を語る声を聞ける時間は限られる。地域や学校、メディアでも、生の証言に触れ、記録する機会をできるだけ作りたい。戦争を考えることを、8月だけの行事にしてしまわないことが大切だ。

 創作された作品が、戦争を考える入り口になることも多い。中でも「マンガの影響力は大きい」と、京都精華大学マンガ学部教授の吉村和真さんは指摘する。朝日新聞が今夏、東京都内で1千人に「戦争のイメージを作った作品」を尋ねた調査でも、一番多かったのは「はだしのゲン」だった。

 「戦闘の興奮を見せるだけのものや安易なメロドラマなど、質の高くない作品もたくさんある。しかし、描き手の自由の幅が広いからこそ、優れた作品も生まれる」と吉村さん。近年の傾向は、戦争を知らない世代の女性が、秀作を発表していることだという。

 例えば、父のシベリア抑留体験に基づく「凍りの掌(て)」などの作者おざわゆきさんや、「この世界の片隅に」などで戦時下の暮らしを描いた、こうの史代さんは1960年代生まれだ。

 さらに下の世代の今日マチ子さんは、少女と戦争がテーマの作品を次々発表している。

 今日さんが最初に戦争と向き合った「cocoon」は、ひめゆり学徒隊がモチーフ。沖縄を取材し、多くの資料を調べたうえで、ファンタジーのように描いた。同世代の劇作・演出家、藤田貴大(たかひろ)さん(30)が13年に舞台化、今夏も上演され、大きな反響をよんだ。

 作品の中で、少女たちの日常と戦場の切れ目はない。藤田さんは「僕が生きている現実もそうなのではないか。今が戦後ではなく、戦前であるような感じは2年前より強い」と話す。

 そういう現実に対抗するためにも、「戦争の怖さと、その中にも青春があったことの両方を想像して、表現することが大事だ」と考える。「知らないことを調べ、注意深く、でも想像力を使って手を伸ばし、誰かとつながる。批判されたら、議論して、また学ぶ。それは、体験者でないからこそできる、戦争の語り方ではないか」

 若い想像力で向き合う戦争。それが記憶をつなげてゆく。

野党安保対案 建設的な修正協議を求めたい

 野党が対案を提出することは、政府案との一致点や相違点を明確化し、より本質的な議論を可能にする。前向きな対応だと評価したい。

 維新の党が、安全保障関連法案の対案5本を参院に提出した。近く与党の自民、公明両党との修正協議が行われる。

 対案は、政府案の存立危機事態における集団的自衛権の行使は認めず、日本への攻撃の危険がある「武力攻撃危機事態」に限って武力行使を容認することが柱だ。

 朝鮮半島有事での米軍艦船の防護を可能にする一方、中東での機雷掃海は容認しないという。

 米艦防護を可能にしておく必要がある、との認識を与党と維新が共有する意味は大きい。安保政策の安定には、与野党の幅広い合意形成が欠かせないからだ。

 ただ、対案には問題がある。米艦防護を「個別的自衛権の延長」と説明し、集団的自衛権の行使かどうかを曖昧にしていることだ。国際的には、個別的自衛権の拡大解釈と受け止められかねない。

 中東での機雷除去は、日本近海での米艦防護と比べて、必要となる蓋然性は低い。だが、万一の場合に備えて、そうした選択肢を確保しておくことが大切だ。

 対案は、自衛隊の他国軍に対する後方支援を国連安全保障理事会決議がある場合に限定するなど、政府案との隔たりは大きい。修正協議は難航が予想される。

 しかし、与野党が様々な論点を丁寧に議論することは、国民の理解を広げる一助となろう。建設的な論議にしてもらいたい。

 維新が今回、衆院提出の対案3本を8本に分割したのは、民主党との共同提出の余地を広げるためだ。未提出の領域警備法案など3本は民主党と協議している。

 疑問なのは、民主党執行部が対案提出に慎重姿勢を崩していないことだ。党内に様々な意見を抱える中、政府案の批判に徹した方が得策という政治的判断があるようだが、責任ある態度ではない。

 日本を元気にする会と新党改革も、自衛隊の海外派遣に一律に国会の事前承認を義務づける対案の提出で合意した。月内にも提出し、与党との協議を求める方針だ。

 国会の関与を強めるのが狙いだが、重要影響事態などの危機が発生している段階でも、事後承認を認めないのは、迅速で機動的な事態対処を妨げる恐れがある。両党の対案は要件が厳し過ぎる。

 それでも、与党は両党との協議に応じ、政府案への理解を求める努力を尽くすべきだろう。

震災遺構の保存 合意形成へ議論を尽くそう

 保存するか、解体するか。東日本大震災の遺構を巡って、被災地の自治体が難しい選択を迫られている。議論を尽くして慎重に判断したい。

 宮城県南三陸町は、津波で破壊され、鉄骨の骨組みだけが残された防災対策庁舎について、震災から20年後の2031年まで、県有化することを決めた。県の提案を受け入れたものだ。

 保存経費の高さなどを理由に、町が13年9月に発表した解体は当面、見送られる。

 方針転換のきっかけは、今年1月に県の震災遺構有識者会議がまとめた最終報告だ。

 報告は、減災や防災の重要性を後世に伝える遺構として、「原爆ドームにも劣らないインパクトを持ち、強い発信力がある」と保存の意義を高く評価した。

 これを受け、村井嘉浩知事は「今の時点で町を二分する議論に終止符を打つのは無理がある」として、県有化を持ちかけた。

 3階建ての庁舎は、屋上まで津波が達し、町職員ら43人が死亡・行方不明となった。外壁などが流失した姿は、津波の恐ろしさを雄弁に物語っている。

 一方で、家族を奪われた遺族らにとっては、目にするのもつらい、忌むべき対象であることも理解できる。庁舎の解体・撤去を求める声への配慮も欠かせない。

 県有化は、時間をかけて保存か解体かを合意形成するための穏当な選択ではないか。

 13年11月に復興庁が震災遺構の保存費用を支援する制度を始めて以来、被災各地で遺構の扱いに関する論議が活発化している。

 支援制度は、1市町村につき1か所に限り、保存工事の初期費用を政府の復興交付金で支払う。

 現時点で保存が決まり、国の支援対象となった施設は、岩手県内の「たろう観光ホテル」と「明戸防潮堤」、宮城県内の「気仙沼向洋高校」の3か所で、いずれも犠牲者が出ていない。

 犠牲者が出た遺構に対しては保存に抵抗感を抱く声が根強く、地元の合意が難しいのが実情だ。

 保存の是非を決めるまで時間がかかる場合も、応急修理費を政府が負担するとしている。

 即断できない自治体は、こうした制度を活用しながら、時間をかけて、合意形成への努力を続けるしかないだろう。

 問題は、保存となれば、長期にわたり維持管理費が自治体にのしかかることだ。参観方法や復興後の街づくりとのバランスなどについても、知恵を絞ってほしい。

2015年8月23日日曜日

ポストバブル世代の発想生かそう

 戦後まもなく生まれた団塊の世代がもうすぐ70歳になる。その子供たちにあたる1971年から74年に生まれた団塊ジュニア世代も、40歳を超えた。これからは高度成長やバブル景気を実感として知らない団塊ジュニア以下の人たちが、本格的に日本社会を引っ張る役回りを担うことになる。

社会課題を身近に意識
 育った時代の違いが生む新しい発想や価値観を生かし、住みやすくて活気があり、満足度の高い社会をつくっていきたい。

 戦後の70年と重なる形で人生を歩んだ団塊世代には、集団就職や進学などで地方から大都市に上京した人も多い。狭い下宿やアパートを振り出しに、核家族を形成し借金をして郊外に庭付き一戸建てを建て、マイカーを購入した。

 年を追って日本は豊かになり、地価と給与の上昇を前提に人生を設計してきた。漫画やファッションなどの消費文化も若い団塊世代が主導した。こうした「主役感覚」は現在の50代も引き継いだ。

 40歳以下が育った環境は違う。社会に出るころには経済の停滞期が始まっており、若者が少数派となる中で青春期を過ごした。大都市やその近郊で生まれ育ち、親に個室を与えられた人も多い。上昇志向は薄くなった一方で、高齢化や地域の空洞化などの課題を目の当たりにして大きくなった。

 デジタル機器を使う技術にはたけている。小さいころから情報端末やネットになじんだ世代は、社会や企業に透明性を求め、人間関係も縦の関係より横のつながりや組織を超えた広がりを大事にするという調査結果もある。

 団塊世代のようなハングリー精神にはやや欠けるが、日本社会がこれから直面する課題を自分のこととして認識している。1つの組織に漬かりきらず、複数のつながりの中で自分を最大限に生かす。そんな志向を、社会や企業もどんどん生かしていってはどうか。

 豊かさの中で育った世代は家や車を個人の社会的地位を示すものととらえ、憧れる気分が薄い。その結果、若い世代から共通の趣味や夢を持つ人、あるいは子育て中の家族などが一緒に住んで助け合う「シェアハウス」や、近所の人と車を共有し地域コミュニティーづくりにもつなげる「カーシェア」などのビジネスが育った。

 米国ではこうしたシェア文化の流れがネットとむすびつき、「空き部屋を持つ人と旅行者」や「車に乗りたい人と乗せたい人」をネットで仲介するサービスが誕生し急成長している。簡易なデジタル工作機を共有する会員制工作室の普及は、米国で草の根のものづくり文化を復活させつつある。

 日本では、こうした前例のないビジネスは規制・禁止する方向で法律などが解釈されがちだ。なるべく柔軟にとらえることで、起業や新事業の機会は増え、若い生活者の満足も高まる。人と人とのつながりの再構築にも役立つ。

 社会や地域の課題を解決するためのビジネスを立ち上げる社会起業家や、会社員が自分のスキルを生かしてNPOなどを手伝う「プロボノ」という活動も、主導するのは40歳前後から下の世代だ。

 こうした動きが盛んになれば、難しい課題に挑戦する人材の育成や、企業が社員の社会活動を通じて新市場攻略のノウハウを蓄積するといった副次的な効果も生まれる。そのため米国や英国では社会や企業、大学が歓迎し、応援している。日本も後を追いたい。

家族の多様さ認めよう
 家族のあり方も変わっていく。正社員の父と専業主婦の母に子供2人。そうした「標準世帯」はもはや標準ではない。共働きやひとり親の家庭は珍しくない。同性カップルがつくる家族をどう制度に組み込むかも目の前の課題だ。古い世代が旧来の家族の形に固執し続ければ、日本は窮屈な社会になり、結果的に少子化を加速する。

 人生設計の多様化が進めば、現在の正社員の働き方が必ずしも全員にとって理想の雇用ではなくなる。非正規雇用でも結婚や子育てに不安がないよう、賃金などの処遇を見直してはどうだろう。

 若い世代にも危うさはある。今の日本の自由や豊かさは、戦争への反省や敗戦から立ち直ろうとする努力を通じて築かれた。今後も一人ひとりの努力なしに、自由も豊かさも維持することは難しい。年長者は、この70年の歩みをきちんと伝えたい。

自民と教科書―政治は採択に関わるな

 来春から中学校で使われる教科書の採択が、各自治体で進んでいる。

 そんななか、自民党の議員連盟が社会科の各社の教科書を比べるパンフレットをつくり、全国の地方議員あてに配った。

 議会での質問などを通じて教育委員会にはたらきかけ、保守色の強い教科書を選んでもらうのが狙いだという。

 採択はあくまでも教委の権限で行うものだ。我が街の子どもや学校にふさわしい教科書は何か、教育の観点から議論して選ぶことになっている。

 各社の教科書をどう受け止めるかは、政党の自由である。

 だが、政党が自らの主張に近い教科書を選ぶよう、はたらきかける行為は慎むべきだ。

 地方議員は教育委員の人事に同意を与える存在だ。行為が圧力と受け止められないよう自重してほしい。教委が本分を果たせるよう見守ってもらいたい。

 パンフレットには、たしかに特定の社を推薦する明確な表現はない。

 だが、取り上げた論点は、安倍政権が重視する国旗・国歌、集団的自衛権、憲法改正や、自民党がこれまで「自虐的な記述がある」などと指摘してきた南京事件、慰安婦などだ。

 たとえば国旗・国歌では、保守色の強い教科書について「特集ページで詳しく記述」など好意的に紹介。それ以外の教科書は、拉致問題で「索引に載っていない教科書がある」など否定的に評している。

 教科書は、政党の主張を教え込む道具ではない。

 教育委員は、議会で質問されても、1人の意見として参考にしつつ独自に判断してほしい。

 教育委員会の制度改革で、各自治体ではこの春から首長が「総合教育会議」を設け、教委と協議することになっている。

 文部科学省は教科書採択について、この会議の議題にすべきではないとした。教科書採択は政治的中立性が強く求められると考えているからだ。

 自民党は、教科書で政府見解があるものは取り上げるよう検定のルールの変更を提言し、実現させた。18歳選挙権に合わせ、政治的中立を逸脱した高校教員に罰則を科す法改正を安倍首相に提案してもいる。

 政治が教育現場に踏み込む一連の動きはいただけない。

 各地の採択は月末まで続く。

 自民党のパンフレットの題は「より良い教科書を子供たちに届けるために」。

 そのために政党や議員は何をすべきで、何をすべきではないか。改めて考えてもらいたい。

天津爆発事故―人命尊重の責任果たせ

 中国・天津で起きた危険化学物質倉庫の爆発事故は死者が121人、被災者が3万人を超える惨事となった。発生から10日が過ぎたが、被害の全容さえ見えない。問われるべきは、これまでも事故や災害のたびに人命軽視が指摘されてきた中国政府の姿勢である。

 事故があった浜海新区は、天津港の周辺で新たに開発され、大企業の工場や高層住宅、ショッピングビルが立ち並ぶ。中国で最近の経済成長を先導してきた地区の一つだ。トヨタをはじめ日本の企業も進出しており、操業停止などの影響が長引くと心配されている。

 それ以上に気にかかるのは市民の安全と健康だ。

 事故後初めて雨が降った後、路上に見慣れぬ白い泡や粉があらわれた。国営テレビは、大気から神経性ガスが検出されたと報じている。

 今回、厳しいメディア統制の中で、こうした独自取材情報が伝えられているのは注目される点だ。半面、地元の天津市側の情報発信は遅きに失した。「有毒なものはない」と報道を打ち消しているが、市民らは市側の説明を疑っている。

 そもそも、住宅街から数百メートルしか離れていない場所に、なぜ大量の危険物があったのか。保管していた会社と、地元の警察幹部との関係をうかがわせる報道もある。

 真相はなお不明だが、総じて言えば、経済成長優先、金もうけ優先で、基本的な安全が軽視されるという、中国のあちこちで見られる構図がここでも繰り返されている。

 事故対応の指揮をとっていた閣僚級幹部を共産党中央規律検査委員会が取り調べ始めたという。しかし、これは市民の報復感情を満足させても、安心感にはつながりそうにない。

 6月にあった長江での客船転覆事故の際、遺族は現場に近づくことを許されず、原因究明はうやむやになった。08年の四川大地震では、ずさんな工事でできた各学校の校舎が崩れたことが子供の犠牲を増やしたと指摘されたが、追及しようとする市民に当局は圧力をかけた。

 人命を大事にすること、守ることは、どの国の政府でも最低限のつとめだ。そのために市民の疑問、不安にこたえる情報を公開するのもまた当然だ。

 中国共産党最高指導部である政治局常務委員会が20日、事故を議題とする会議を開き、「人民大衆の生命の安全に責任を負う態度」を強調した。危機感のあらわれだろう。このままでは政権への信頼が失われる。

露首相択捉訪問 領土交渉に背向ける軽挙妄動

 日露関係の改善と領土問題の解決の機運を大幅に後退させる動きだ。断じて容認できない。

 ロシアのメドベージェフ首相が北方領土の択捉島を訪問した。港湾施設や空港などの整備状況を視察した後、若者向けの政治集会で、択捉島と国後島を「優先発展地域」に指定する方針を表明した。

 ソ連の占領開始から今月で70年となるのに合わせ、実効支配の固定化を印象づける狙いだろう。

 訪問は日本の中止要請を無視したもので、重大な主権侵害である。岸田外相が駐日露大使に、「日本国民の感情を傷つける。極めて遺憾だ」と抗議したのは当然だ。

 ロシアは最近、対日強硬姿勢が目に余る。6月末、排他的経済水域(EEZ)内で、日本漁船も従事するサケ・マス流し網漁の来年からの禁止を決めた。日本漁業への打撃が心配される。

 7月以降、保健相と副首相が相次いで北方領土を訪れた。千島列島全体の社会基盤整備などに、10年間で約1200億円を投じる「発展計画」も発表した。

 安倍政権を揺さぶり、ウクライナ問題で対露制裁を発動中の米欧との連携を乱す意図が見える。

 日本は、中国の軍事的台頭を牽制し、ロシアとの「反日」共闘の構築を避けるため、日露間の対話を重視してきた。

 安倍首相とプーチン大統領の個人的な関係をテコに領土交渉を進展させようと、プーチン氏の年内来日も探っている。首相の戦略の方向性は理解できる。

 だが、最近のロシアの動きは、プーチン政権が領土問題を本気で前進させる意向がないことを如実に示しているのではないか。

 仮に来日が実現しても、中身のある対話や目に見える成果は期待できまい。岸田氏は当面、訪露の調整を凍結するという。日本側の戦略は行き詰まりつつある。

 プーチン氏が米国を特に敵視し、露国民の愛国心を煽って政権の求心力としている現実が背景にある。プーチン氏は核兵器使用の可能性にも言及し、米欧に対する威嚇発言を繰り返してきた。

 軍備を急速に増強し、米欧への軍事的挑発も続けている。クリミア半島編入という力による現状変更は、到底許されない。

 国際ルールを守り、建設的な役割を担うことこそがロシアの利益になる――。日本は米国と連携し、今秋の国連総会やアジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議などを通じて、この点をプーチン氏に説き続ける必要がある。

こうのとり 信頼される日本の宇宙技術に

 国際宇宙ステーション(ISS)に物資を運ぶ無人補給船「こうのとり」が、H2Bロケットで打ち上げられた。

 25日にISSにドッキングする予定だ。成功すれば、2009年の初号機から5機連続となる。日本の宇宙技術に対する国際的な信頼性は一層高まろう。

 無人補給船は、こうのとり以外に、米国の2社とロシア宇宙庁が運用する計3機種がある。いずれも昨秋以降、打ち上げなどの失敗が相次ぎ、予定した実験や観測が実施できなくなっている。

 こうのとりの積載能力は、他の補給船の2~3倍に上る。初号機以降、収納方法の見直しなどの改良を進めてきた。今回は、6月に失敗した米補給船に代わり、米航空宇宙局の要請で水処理装置などを緊急搭載している。

 ISSの運用に欠かせない存在になっていると言えよう。

 ドッキングの際には、日本人飛行士が中心的役割を担う。ISSに滞在中の油井亀美也さんがロボットアームを操作し、こうのとりをつかまえる。地上からは、若田光一さんが支援する。

 ISS計画への関与を通じ、人材と技術は着実に育っている。

 日本のISS関連予算は、年350億~400億円だ。このうち、こうのとりの製造、運用が200億円を占める。400社以上の国内企業が開発や製造に関わり、培ってきた技術を米国の宇宙関連企業などに販売してきた。

 政府は20年までに、こうのとりを、さらに4回打ち上げる。こうのとりで使用している電池やエンジンなどの技術を、宇宙分野に限らず、産業界で幅広く活用していくことが求められる。

 ISSの運用は20年までとされてきたが、米国は24年まで延長する方針を決めている。宇宙での長期滞在の医学的な研究や、飛行技術の改良などを手がける予定だ。将来的に、月と火星の有人探査を実施することが念頭にある。

 ロシアは宇宙庁がISSへの参加継続を表明し、カナダも延長を決めた。欧州は来年中に方針を決定する。日本も来年度末までに結論を出すことになっている。

 政府は既に、こうのとりの後継機の検討を始めている。部品を減らすことで、コストを半減させる改良型の開発を目指す。

 現在のこうのとりに対しては、費用がかかり過ぎるといった批判がある。ISSへの参加延長の可否を判断するにあたっては、後継機をどのように活用できるかという視点も大切だろう。

2015年8月22日土曜日

効率を高めつつ石炭火力拡大に歯止めを

 中部電力が計画中の石炭火力発電所(愛知県武豊町)の環境影響評価(アセスメント)で、望月義夫環境相が建設に「待った」をかけた。環境相が石炭火力の新設に異議を表明したのは、大阪ガスなどが山口県で進める計画に次いで今年2度目となる。

 電力の自由化をにらんで、発電コストが相対的に低い石炭火力の新設計画が相次いでいる。環境相の異議は、このままだと二酸化炭素(CO2)などの排出量を「2030年度に13年度比で26%削減する」とした政府の地球温暖化対策の目標達成が困難になる、と判断したからだ。

 しかし、今回のようにエネルギー効率の高い最新鋭の発電所の建設を次々に止めていけば、結果として効率の悪い古い発電所が温存されて、かえってCO2削減に逆行しかねない。石炭火力の増加を防ぐ有効な手立てがほかにないとはいえ、ちぐはぐな政策と言わざるを得ない。

 そんななか、大手電力会社と新電力など35社は自主的なCO2の削減策を公表した。高い効率の火力発電の導入や原子力発電所の再稼働、再生可能エネルギーの拡大で、30年度の販売電力1キロワット時あたりのCO2排出量を13年度に比べて約35%減らす、という。

 石炭利用の効率を高めてCO2の排出量を減らす技術革新には期待したい。ただ、こうした取り組みを重ねたとしても、石炭火力から排出されるCO2をどの程度まで減らせるのか、現状では確たることは言えない。

 CO2の排出は火力発電が抱える外部不経済といえる。これを内部化する仕組みとしてCO2排出に課税する考え方がある。石炭や天然ガスなどの発電時のCO2排出量などに応じて課税すれば、相対的に排出量が多い石炭火力の拡大に一定の歯止めをかけられるだろう。効率の悪い古い発電所の淘汰を促す効果も期待できる。

 こうした手法を検討する時期に来ているのではないか。増税で得た歳入を再生エネルギーの買い取り制度で生じる賦課金の軽減に回せば、国民負担も抑えられる。個別的な規制よりも、市場による選択を重視したい。

 政府は7月、30年度時点での望ましい電源構成(ベストミックス)を決めた。経済にも環境にも目配りした選択だ。ひとつの電源に偏らない、全体としてのベストミックス実現を強く望みたい。

南北の緊張に警戒怠れない

 韓国と北朝鮮の軍事的緊張が高まっている。北朝鮮軍は南北の軍事境界線に近い韓国側に砲弾を発射し、韓国軍も応射した。金正恩(キム・ジョンウン)第1書記は前線地帯を「準戦時状態」とし、軍部隊にいつでも戦闘可能な態勢をとるよう指令したという。

 「準戦時状態」は過去にも発令されたことがある。とはいえ北朝鮮の挑発行為が南北の局地的な軍事衝突に発展する懸念は否定できず、警戒が怠れない。

 南北の間では今月4日、非武装地帯の南側に仕掛けられた地雷が爆発し、韓国軍兵士が負傷する事件が起きたばかりだ。韓国は「北朝鮮の犯行」と断定し、報復措置として拡声器を使った宣伝放送を境界線沿いで再開していた。

 また今週からは、米国と韓国が朝鮮半島有事を想定した合同軍事演習を開始し、北朝鮮は反発を強めていた。

 北朝鮮は地雷設置や砲撃への関与を否定する一方で、宣伝放送が中止されなければ強力な「軍事行動」をとると警告している。北朝鮮による威嚇は合同演習をけん制するとともに、宣伝放送の中止を求める狙いがあるようだ。

 南北間では2010年、北朝鮮が黄海上にある韓国の延坪島(ヨンピョンド)を砲撃し、民間人らが犠牲になる事件も起きている。不測の事態を避ける意味でも、南北はともに自制し、緊張緩和に向けた努力を進めるべきだ。

 不安を覚えるのは、北朝鮮を率いる正恩氏の過激で好戦的ともいえる対応ぶりだ。国内では側近を含めた政権幹部を次々と粛清し、恐怖体制を敷く。南北関係を意図的に悪化させる背景にも、体制を引き締める思惑がうかがえる。

 北朝鮮は10月に朝鮮労働党創建70年を迎える。韓国への威嚇に加え、長距離弾道ミサイルの発射や核実験の実施などで国威を発揚し、国際社会を揺さぶる可能性も捨てきれない。日本も米国や韓国、中国などとの情報共有をより密にし、北朝鮮の挑発行動への警戒を強めていく必要がある。

年金情報流出―あまりに無防備だった

 ウイルスメールによって日本年金機構から約125万件の個人情報が流出した問題に関して二つの報告書が公表された。機構の内部調査報告書と厚生労働省の第三者検証委員会の報告書である。

 流出に至る経過を見ると、個人情報を守る基本が欠落していると言わざるをえない。機構からの流出に先だって、厚労省に類似のメールが送りつけられていたにもかかわらず、この事案を機構に伝えていなかったことも新たに明らかになった。厚労省は機構の監督官庁である。その責任も大きい。

 個人情報の流出と対応の不手際は、年金制度への不信にもつながる。機構も厚労省も早急に対処策を定めて着実に実施してほしい。

 報告書が列挙した機構の不備はこんな具合だ。

 セキュリティーの専門知識がある職員が担当部署に配置されていなかった▽ウイルスメールが届いた場合、開封したかどうか受信者に確認する手順が定められていなかった▽ウイルスメールを模したメールを送付して対処方法を学ぶ訓練が行われていなかった▽共有ファイルサーバーに個人情報を保存する際はパスワードをかけるルールが守られていなかった……。

 ないないづくしである。政府のサイバーセキュリティ戦略本部は「攻撃は巧妙化しており、メールも見分けが困難。メール開封を前提とした対策が必要」と指摘する。だが、機構では、こうした対策以前にやるべきことができていなかった。

 個人情報保護に関する機構の緩さは、今回の流出事件にとどまらない。

 年金に関して機構から一般企業に個人情報を入れたディスクを送る際に、データにアクセスするパスワードが分かる紙を同封して普通の郵便で送っていたことも明らかになっている。

 今回の問題の根底には、機構の前身である旧社会保険庁の体質が影響していることを機構側は認めている。

 年金記録問題などで解体された社保庁では、現場の実態が幹部に伝わらない、ルールが徹底されない、といった問題があった。情報を守るうえで欠かせない組織文化の改善に、本気で取り組んでほしい。

 来年1月からは、国民ひとりひとりに番号を割り振るマイナンバー制度が始まる。情報を流出させない手立てが万全となるまで、年金分野の接続は見送るべきだ。

 このままでは、個人情報の保護があまりに危うい。

育休退園―自治体の知恵を生かせ

 2人目、3人目の子どもが生まれて育児休業を取る間は、親が自宅にいるのだから、保育園に通う上の子ども(0~2歳)は一時退園とし、入園待ちの他の家庭の子どもを入れる。

 埼玉県所沢市が4月からこんなルールを実施したところ、退園の可能性が生じた保護者が裁判に訴える事態になった。

 待機児童問題は都市部を中心に深刻だ。朝日新聞が20政令指定都市と東京23区に聞いたところ、今年4月1日現在で待機児童(厚生労働省の定義による)は7千人。この定義には含まれない「隠れ待機」(保育施設に入れず育休を延長しているケースなど)は3万人に達していることが分かった。

 1人目の子どもの入園待ちで親が働きに出られない。2人目が生まれて退園を強いられる。片働きでも子どもを預けざるをえない事情がある……。家庭の事情は様々だ。どの家庭の子どもを優先すべきなのか、一概に答えは出せない。

 根本には保育園不足があり、国も自治体向けの予算を積んで対策を進めているが、短期間での解消は困難だ。

 それでも、家庭同士の対立をあおるような制度は好ましくない。「子どもを増やしたら保育園を使えない」という認識が広がれば、出産したい気持ちが薄れかねない。子育てしやすい社会づくりへの機運に水をさすことは避けなければならない。

 自治体には、保護者や保育、教育の関係者らによる「子ども・子育て会議」を設ける努力義務が課されている。所沢市も設置済みだ。この場を有効に使って、待機児童、隠れ待機の問題を少しでも改善する方策を探ってはどうだろう。

 ほかの自治体の実践は、自分のまちの保育を考えるヒントになる。

 育休退園を実施している静岡市は、年度途中の職場復帰で保育園が見つからない家庭向けに「待機児童園」を用意している。通常の保育園と比べて低コストで設置でき、保育園に空きが出るまでの間、子どもを預かる施設だ。

 横浜市では「退園で子どもの環境が変わるのはよくない」という保育現場の考えを尊重し、いったん入園すれば通い続けられる仕組みがある。入園待ちの家庭には専門の職員が、保育園以外の様々なサービスを紹介している。保育士らが自宅で子どもを世話するサービスなどだ。

 自治体が悩みや経験を持ち寄り、知恵を絞る。所沢市の事態を、そうした取り組みへのきっかけとしたい。

70年談話質疑 歴史認識の共有進める土台に

 過去の総括を踏まえ、平和国家として世界にどう貢献するのか。与野党は、未来志向の議論を深めてもらいたい。

 参院特別委員会で、安倍首相が先に発表した戦後70年談話を巡る質疑が行われた。

 次世代の党の和田政宗氏は「不戦の誓いや歴史的事実を丁寧に述べている」と談話を評価した。談話にある「民族の自決の権利」に関連し、中国の少数民族弾圧について首相の見解を尋ねた。

 首相は、「普遍的価値である人権の保障が重要だ。人権状況を注視している」と応じた。

 新党改革の荒井広幸氏も談話に賛意を示した。先の大戦での軍部の暴走を踏まえ、自衛隊に対する国会のチェック機能を強化する重要性も指摘した。

 過去の誤りを教訓とし、現在の政治に生かす視点は大切だ。

 一方、社民党の又市征治氏は安全保障関連法案を「戦争法案」として、談話に逆行すると批判した。首相は、法案は「国民の命と平和な暮らしを守る」と反論した。

 法案は、談話が重視する「積極的平和主義」を具体化するものである。批判は当たらない。

 同様に疑問なのは、談話の発表直後、民主党の岡田代表が、談話の「植民地支配」や「侵略」が日本の行為か、一般論か、定かでない、と主張したことだ。

 談話は、「侵略」「植民地支配」の主体として「日本」「我が国」「私たち」と記している。

 共産党は、首相が自らの言葉で「反省」や「お詫び」を述べていない、と非難している。

 だが、談話は、国内外で犠牲になった人々に対し「深く頭(こうべ)を垂れ、痛惜の念を表す」と明記している。戦後50年の村山談話の「お詫び」に相当する表現である。

 野党は、首相の揚げ足を取っているのに過ぎない。

 世論調査では、談話への支持が不支持を大きく上回っている。先の大戦をどう考えるか。保守からリベラルまで、歴史認識を巡って対立してきた国民が一定の合意に向かううえで、安倍談話は重要な土台になり得よう。

 日本の針路に関する建設的な論議には、歴史認識を大筋で共有することが前提となる。

 談話は、戦争と関わりのない世代に「謝罪を続ける宿命を背負わせてはならない」と強調した。正確な史実を将来世代に引き継ぐため、歴史教育の充実が急務だ。

 平和の構築、途上国支援、核軍縮など、日本が担う役割についても多角的な議論を進めたい。

年金情報流出 危機感の欠如が被害を広げた

 膨大な個人情報を扱う組織とは思えない。ずさんな情報管理体制を改めることが急務である。

 日本年金機構から受給者の基礎年金番号など125万件の個人情報が流出した問題で、機構の内部調査委員会と厚生労働省の検証委員会が、それぞれ報告書を公表した。

 機構の報告書によると、5月8~20日にウイルスを仕込んだ「標的型メール」計124通を受信した。うち5通の添付ファイルなどを職員が開いてパソコン31台がウイルス感染し、21日から3日間で一気に情報が流出した。

 この間、機構が被害を食い止める機会は何度もあった。

 だが、最初のメール受信後に送信元アドレスの受信拒否設定をしなかった。メール受信者に添付ファイル開封の有無をきちんと確認せず、機構全体のインターネット接続を遮断する措置も遅れた。

 機構の水島藤一郎理事長は記者会見で、「開封したかどうかの確認は行われていると思っていた」と釈明した。担当者任せの甘い対応ぶりがうかがえる。報告書が「危機感が十分ではなかった」としたのはもっともだ。

 ずさんな情報管理が常態化していたことも問題である。

 必要があれば、インターネットに接続された共有ファイルサーバーへの個人情報の保存を認められていた。常に情報流出の危険にさらされていたと言える。

 パスワードの設定といったルールが守られず、機構が実態をチェックする仕組みもなかった。

 報告書は、組織の一体感の不足など、旧社会保険庁からの「積年の問題」が根底にあると分析した。旧社保庁では、本庁と地方など採用の異なる職員の「3層構造」が統制の欠如を招き、年金記録漏れなどの不祥事につながった。

 悪(あ)しき体質が残っているのだろう。情報管理体制の強化に加え、組織の抜本改革が求められる。

 厚労省の責任も重大である。

 検証委員会の報告書によると、機構の情報システムに関する厚労省の担当部署が不明確で、適切な指揮監督ができなかった。

 機構が標的型メールを受信する前の4月に、類似の攻撃を受けていたにもかかわらず、情報提供や注意喚起を行わなかった。

 塩崎厚労相が「けじめは機構も厚労省もつけなければいけない」と述べたのは当然だ。再発防止を徹底し、年金制度への信頼回復に努める必要がある。

 巧妙さを増すサイバー攻撃に対し、官民で対策を強化したい。

2015年8月21日金曜日

ギリシャ支援は「三度目の正直」になるか

 財政危機に陥っているギリシャへの最大860億ユーロ(約11兆8000億円)に及ぶ金融支援が決まった。一時はユーロ圏からの離脱も懸念されたギリシャだが、これによりようやく資金繰り難が一段落となり、本格的な経済再建に取り組む。

 ギリシャへの金融支援は2010年、12年に次いで3度目となる。過去の支援はいずれも、根本的な解決につながらなかった。今回もなお越えるべきハードルがあり、先行きは楽観できない。「三度目の正直」として支援が成功するよう、関係国は全力を尽くす必要がある。

 金融支援は欧州安定メカニズム(ESM)という仕組みを通じて実施し、第1弾として今秋までに260億ユーロをギリシャに供与する。うち100億ユーロを銀行の資本増強などにあてる計画だ。危機で傷ついた銀行システムの修復は、経済再建の前提条件として待ったなしの課題である。

 ギリシャは支援を受ける条件として16年に基礎的財政収支を黒字化させ、さらに18年にこの黒字の国内総生産(GDP)比率を3.5%にするという宿題を負った。

 年金制度改革や増税を実施する予定だが、経済停滞が長引けば国民からの風当たりが強まり、チプラス政権の基盤が揺らぐ可能性もある。経済再生に向けたギリシャ自身の覚悟と果断な改革実行がまず問われる。

 今回の支援策で積み残しになった重要な課題が、ギリシャの対外債務の扱いだ。ギリシャ支援で重要な役割を果たしてきた国際通貨基金(IMF)は、負担を大幅に軽減するよう欧州関係国に求め、今回の支援計画への参加を留保している。

 ギリシャの自助努力だけでは危機脱却は困難というのがIMFの見立てだ。ドイツなどは債務元本の圧縮を認めない立場を譲っていないが、返済期限の延長や金利負担の軽減といった代替策を講じる余地はある。秋に予定する協議で現実的な落としどころを探り、IMFも加わった強固な支援体制を築いてもらいたい。

 ギリシャの「稼ぐ力」を育てる努力も問題の根本的な解決には欠かせない。財政規律の重視と経済成長の確保という二つの課題をどう両立させるか、ユーロ圏の取り組みが試される。世界経済を揺さぶる危機の再燃は何としても避けなければならない。

安保対案との接点を見いだせ

 維新の党が安全保障関連法案への対案を参院に提出した。日本を元気にする会と新党改革も近く独自案を共同提出する見込みだ。政府・与党はこれら野党の主張に耳を傾け、少しでも幅広い合意づくりに努力すべきだ。

 維新は衆院段階でも対案を出したが、与党は「内容的に距離がある」として早々に法案の修正協議を打ち切った。法案の参院審議が遅滞した場合、衆院の3分の2の多数による再議決で成立させることができる。この「60日ルール」を適用できる期間内に政府案を衆院通過させることを優先した。

 政府・与党は安保法案の参院での採決は9月上旬とする方向で調整している。衆院で大詰めを迎えたときよりも、時間に少し余裕がある。双方が折り合える接点はまったくないのか。じっくり話し合ってもらいたい。

 維新が作成した5法案は衆院に提出したものとほぼ同じだが、海外に派遣した自衛官が不正に武器を使用した場合の処罰規定などを加えた。さらに領域警備法案など3法案を民主党と一緒に提出することを検討中だ。

 元気と改革が作成するのは、自衛隊を海外に派遣する際の国会承認をすべて「事前」とする案だ。政府案は緊急時は「事後」でもよいとしている。

 野党提案をオール・オア・ナッシングで論じれば政府・与党も受け入れ難いだろう。小さくとも折り合える部分があれば取り入れ、法案修正する。そうした態度で協議に臨むことを期待する。

 維新が対案を細かく分けたのは接点探しをしやすくするためだ。政府・与党も自衛隊法など10本もの法律の改正案を束ねた平和安全法制整備法案の分割処理を視野に入れて対応すべきだ。

 政府案の衆院採決の際、主な野党は本会議を欠席した。法案の修正協議に真摯に取り組めば、参院本会議ではもう少し円満な形で採決できるかもしれない。有権者は法案の中身と同時に、政府・与党がどんな姿勢なのかをみている。

岩手県知事選―不戦敗という責任放棄

 岩手県知事選は、民主、維新、共産、生活の野党が支援する現職の達増拓也氏が、無投票で3選を果たした。

 平成に入り、知事が無投票で選ばれたのは5例目だ。

 もともと、自民、公明両県連が支援する元復興相の平野達男参院議員との一騎打ちが予想されていた。ところが平野氏は告示2週間前になって「国の安全保障のあり方が最重要課題へと浮上し、県政のあり方は論点になりづらい状況が生じてきた」として、立候補を断念した。

 背景には、知事選と、平野氏の辞任に伴う参院補選で連敗すれば、安全保障関連法案をめぐり支持率が低落傾向にある安倍政権にとって大きな痛手になりかねない、ならば「不戦敗」の方がよいという自民党の判断があったようだ。

 地方は、地方それぞれの事情を抱えている。政党が国政の対立構図をそのまま持ち込み、知事選をたたかうことが必ずしもよいとは言い切れない。

 しかし選挙は、単に勝敗を決めるだけではない。有権者が候補の主張に耳を傾け、よりよいと思った候補に一票を投じる行為を通じ、自分たちの暮らしと政治について考える機会を提供する大事な役割を担っている。選挙での論戦が地方行政に緊張感をもたらす効果もある。

 東日本大震災の被災地である岩手県では、復興の進め方など多くの争点がある。複数の候補が議論をたたかわせ、有権者の判断を仰ぐ方が望ましかった。

 その意味で、国政で1強を誇る自民党が、敗北を恐れて選挙を避けた責任は大きい。政党が目先の党利にしか関心を払わなければ、地方自治や民主主義はやせ細るばかりだ。

 それにしても、昨今の地方選挙の低調ぶりは深刻である。

 今月9日の埼玉県知事選の投票率は26・63%。戦後の全国の知事選で3番目の低さだった。今春の統一地方選では、10道県知事選の平均投票率は47・14%で戦後最低を記録。41道府県議選は全選挙区の3割超が無投票当選だった。

 一方で、選挙が行われても、与野党相乗りの「無風選挙」となる知事選も相次ぐ。

 選ぶ側と選ばれる側の両方で進む「選挙離れ」の悪循環を、どうすれば断ち切れるか。一朝一夕に答えが見いだせる問題ではもちろんない。

 ただ少なくとも、政党が有権者に選択肢を示す責任を放棄しているようでは、再生に向けた一歩すらおぼつかない。

 政党として何をなすべきか、真剣に考えるべきときだ。

高校野球100年―新たな記憶が刻まれた

 高校野球100年の夏の甲子園が幕を閉じた。

 1点差での決着が15、サヨナラ試合が8。実力伯仲の好試合が目立ち、観衆は7年ぶりに86万人を超えた。歴史の節目にふさわしい大会となった。

 全国3906校の頂点に立った東海大相模(神奈川)の門馬敬治(もんまけいじ)監督は、45年前に同校を率いて初優勝を果たした故・原貢(みつぐ)さんの教え子だ。

 今大会では原さんの教え通り攻撃的な野球を貫いた。決勝の九回、勝負を決定づける本塁打を放った小笠原慎之介投手を抱きしめた光景は、選手たちとの強い絆を感じさせた。

 人が人を育て、次世代へつなぐ。100年にわたり高校野球をはぐくんできた伝統だ。

 東北勢初の優勝をめざした仙台育英(宮城)も見事だった。

 東北の学校の決勝進出は第1回大会の秋田中以来8回目。延長再試合の激闘を演じた三沢(青森)や、ダルビッシュ有投手を擁した東北などが挑んだが、あと一歩届かなかった。

 今大会で仙台育英は花巻東、秋田商を下して決勝へ進んだ。「東北勢としてがんばれよ」と声をかけられ、そんな思いも背負って臨んだ決勝だった。

 控えの佐々木啓太選手は、東日本大震災の津波で被害を受けた宮城県石巻市北上町の出身だ。甲子園に来る前、地元の診療所から手紙を受け取った。

 「北上町に笑顔を届けて」と書いてあったという。

 三塁コーチ、伝令役として仲間を励ました佐々木選手は試合後、「いい試合ができた。被災地の人に笑顔を届けられたと思う」と胸を張った。

 震災以降の5大会で、東北勢の準優勝はこれで3度目だ。

 甲子園ではかつて言われた東西の実力差はなくなってきている。遠征試合や指導者の交流が盛んになり、切磋琢磨(せっさたくま)で戦術も向上しているのだろう。

 今回は第1回大会に出場した早稲田実(西東京)や、鳥羽(京都)の活躍が話題をよび、初出場で初勝利をあげた広島新庄、大阪偕星、津商(三重)、創成館(長崎)の健闘も新たな歴史を刻んだ。

 夏を終えた3年生たちはユニホームを脱ぐ。

 仙台育英の佐々木柊野(とおや)主将は高校卒業後は消防士を目指すという。「みんなと一つになった経験はどこにいっても通用する。これからにつなげたい」

 甲子園に出られなかった球児たちにとっても、仲間と白球を追った経験が無駄になることは決してあるまい。それぞれの進路で生かしていってほしい。

サイバー新戦略 官民で専門技術者を育成せよ

 サイバー攻撃の被害は深刻化している。官民は総力を挙げて防護策を強化せねばならない。

 政府は、サイバーセキュリティーに関する新たな戦略案をまとめた。9月上旬に閣議決定する予定だ。

 政府の司令塔である内閣サイバーセキュリティセンター(NISC)の機能を強化し、調査・監視対象を政府だけでなく、独立行政法人、特殊法人に拡大する。

 平時は別の業務をしている情報分析・安全対策能力の高い官民の人材を緊急時に招集し、危機に対処する「即応予備チーム」も発足させる。チームの実効性を得るため、訓練を重ねるべきだ。

 日本年金機構の125万件もの個人情報流出問題を踏まえ、標的型メールを開封しても被害を防止できる新システムも構築する。

 ウイルス感染を早期に発見し、侵入範囲を拡大させない仕組みにすることが大切である。

 情報流出など、深刻な被害の恐れがあった2014年度の政府機関へのサイバー攻撃は264件に上った。前年度の約2倍だ。

 10月からは、共通番号(マイナンバー)が国民に通知され、来年1月から制度運用が始まる。国民に情報漏れの不安は根強い。

 来年は主要国首脳会議(伊勢志摩サミット)、20年には東京五輪を控えている。サイバー攻撃対策の予算と人員の拡充は急務だ。

 戦略は、民間企業に対しても取り組みの強化を促している。

 専門技術者の育成に加え、攻撃を受けた場合に、官民間や企業同士で迅速に情報共有を徹底することを掲げた。企業の対策を第三者が客観的に評価する仕組みも導入する。各企業は、積極的に協力してもらいたい。

 サイバー対策は今、国際社会にとって共通の課題である。

 戦略は、サイバー空間を悪用する国際テロ組織などに効果的に対抗するため、米国や東南アジア諸国などと協力を深めるという。

 米国は、この分野で圧倒的な先進国だ。それでも、最近、政府職員の人事を管理する機関がサイバー攻撃を受け、2000万人以上もの個人情報が流出した。

 様々な被害事例や防御策に関して、米国との情報交換を重ね、日本の対策にも有効活用したい。

 サイバー空間に関する国際的なルール作りも重要だ。中国や北朝鮮などは、組織的に他国に攻撃を仕掛けているとされる。こうした国も参加した、実効性あるルール作りは簡単ではないが、粘り強く協議を進める必要がある。

広島土石流1年 教訓を早期避難に生かしたい

 75人が犠牲になった広島市の土砂災害は20日、発生から1年となった。惨事の教訓を生かし、備えに万全を期したい。

 松井一実市長は追悼式で、「災害時の危機管理体制の強化を推進し、市民が安全・安心に暮らせる『まち』を実現したい」と強調した。住民の要望を踏まえつつ、着実に復興作業を進めることが大切だ。

 住宅被害は4749戸に上り、今も約180世帯が公営住宅や民間借り上げ住宅で仮住まいを続けている。「元の場所に戻りたくない」と話す人も少なくない。

 被災家屋は現地で再建するのが基本方針だが、災害再発への不安もあって停滞している。被災者の生活再建とコミュニティーの再生が引き続き課題となろう。

 「雨が降るだけで恐怖がよみがえる」などと訴える被災者の心のケアも欠かせない。

 未明の住宅街を襲った土砂災害で、問題だったのは広島市の避難勧告が遅れた点だ。発令時には既に各地で被害が発生していた。

 この反省から、気象庁と都道府県が土砂災害警戒情報を出した時点で、市町村は直ちに避難勧告を発令する手順が定められた。

 悲劇を繰り返さないため、市町村長は躊躇ちゅうちょせずに、避難勧告を発令することが肝要である。

 ただし、夜間や雨が強まってからの避難は危険を伴う。

 政府の中央防災会議は、市町村が避難勧告に先立って発令する「避難準備情報」の積極的な活用を呼びかけている。住民に避難準備を促し、避難所の受け入れ開始の目安となる情報だ。

 夜間や明け方に大雨が予想される場合、前日の夕方までに避難準備情報を発令すれば、避難途中の危険は格段に低減される。

 発令する際には、市町村が予想される雨量や危険地域を可能な限り具体的に伝えることが不可欠だ。被害が想定できれば、住民の危機感の喚起にもつながろう。

 情報の伝達方法も工夫が求められる。広島の災害では、屋外スピーカーでの避難勧告などの放送が豪雨の音にかき消された。テレビやラジオのほか、インターネットや緊急速報メールなど手段を多様化・多重化させる必要がある。

 都道府県は、土砂災害防止法に基づく警戒区域の指定作業を急ぐべきだ。全国で土砂崩れの危険がある約64万か所のうち、指定を終えたのは40万か所にとどまる。

 危険箇所を警戒区域に指定することは、周辺住民の防災意識を高める効果を持つだろう。

2015年8月20日木曜日

東芝は実効ある統治改革で信頼回復を

 不適切な会計処理の問題に揺れる東芝が新しい経営体制を発表した。他の企業の社長経験者などを社外取締役に迎え、企業統治(コーポレートガバナンス)を強化することが大きな柱だ。

 東芝の信用は不適切会計で失墜した。統治改革によって経営の透明度を高めることは信頼回復への最低条件だ。それと並行して弱った本業を立て直すことも東芝の再生に欠かせない。

 東芝の社外取締役は、三菱ケミカルホールディングス会長の小林喜光氏、アサヒグループホールディングス相談役の池田弘一氏、資生堂相談役の前田新造氏ら7人となる。小林氏らの選任により取締役会の過半を社外の人材が占めるようになる。指名、監査、報酬の3委員会も全員が社外取締役で構成する。

 こうした措置によって、社外の目で経営を監督する形が強まることは確かだ。著名財界人が名を連ねる取締役会は社内外に安定感を醸し出す効果もあるだろう。だが、問われるのは実効性だ。社外取締役が自由に発言し、時には社長に苦言を呈することができるような環境を整えるべきだ。

 例えば、社外取締役に社内の重要情報が直接上がる報告系統を作ったり、社長を交えずに経営を議論する場を多く設けたりといった手立てが必要となる。

 東芝は2015年3月期の連結決算が最終赤字になることも明らかにした。利益の水増し分を修正したことにより、半導体や家電などの事業の収益性の低さが判明。これに伴って関連事業の資産の価値を厳しく見積もり、損失を計上するからだ。

 東芝にとっては統治改革だけでなく、事業の再建も喫緊の課題である。しがらみに捕らわれて踏み込めなかった不採算事業の切り離しなどを実行する必要も出てくる。社外取締役の財界人が再建を後押しできるかどうか、その手腕が試される。株主の立場にたち企業価値の向上に尽力すべきだ。

 不適切会計を巡っては東芝の歴代3社長が辞任したほか、執行役らの処分も進んだ。しかし、真の動機は何だったのか、責任の所在はどこにあったのかなど判然としない点は多々残る。

 証券取引等監視委員会の厳正な調査と処分が必要なことはもちろんだが、東芝も新たに判明した事実を開示し、再生への強い覚悟を示してほしい。

拙速は避けたい「ゲノム編集」

 DNAの遺伝情報を望み通りに書き換える「ゲノム編集」と呼ぶ新技術が、世界の科学者の間で議論を呼んでいる。安全性や生命倫理上の課題について十分な検証や合意がないまま、遺伝病の治療などに応用されかねない心配があるからだ。

 受精卵などの遺伝情報を書き換えれば、遺伝病を治せる可能性はある。しかし現時点では治療手段として、どこまで有効なのか確かめられていない。子や孫の世代に望ましくない影響が及ぶ恐れも払拭しきれない。親の希望通りの外見や能力をもたせた子ども(デザイナーベビー)の誕生に応用される懸念もある。

 日米の遺伝子細胞治療学会は8月初め、新技術を受精卵や生殖細胞などに使うことに反対する共同声明を発表した。

 この声明に賛同したい。生命科学の技術進歩は急速だ。次々に登場する新技術は私たちが健康に生きるのに有用な情報を知り、難病を克服するのに役立つ。だが技術進歩に社会の仕組みが追いつかず振り回される面もある。時折、立ち止まって考えることが大事だ。

 事の起こりは中国の研究者が4月に人間の受精卵の遺伝情報をゲノム編集で改変することに成功したと発表したことにある。拙速な応用に対する懸念が世界で広がり、米政府が「こえてはいけない一線」と科学者に自制を求める声明を出した。日本政府も対応を議論し始めた。

 ゲノム編集は生物学の基礎研究では便利な道具である。米国ではエイズ患者を対象にした臨床試験が始まり発症防止に効果をあげているという。技術を全面的に否定するのは賢明でない。

 とりあえず生殖細胞などへの応用について関係学会や研究機関が国際的なモラトリアム(一時中止)を決める必要がある。そのうえで、この技術がもたらす影響を一般の人々にもわかりやすく説明し、どんな条件下なら研究が許されるのか、合意形成のための幅広い議論を進めてもらいたい。

自衛隊の資料―国民に伏せられた事実

 新たな安全保障関連法案を審議する参院の特別委員会が、きのう再開した。

 冒頭から問題になったのは、法案成立を先取りして自衛隊が作成していた内部資料である。今月11日の特別委で共産党の小池晃氏が暴露したのを受けて、審議が中断していた。

 この資料には、日米防衛協力のための指針(ガイドライン)と安保法案に伴う、対米支援の具体的な内容が含まれている。

 それぞれ十分な議論が必要な内容なのに、国会にも国民にも伏せられてきた。政権の国会軽視、国民軽視の姿勢が改めてあらわになったと言える。

 資料が明確に示すのは、日米の軍事的な「一体化」がいっそう進む方向性である。

 ▼平時から利用可能な常設の同盟調整メカニズム(ACM)の中に「軍軍間の調整所」を設置。要員派遣の検討が必要

 ▼南シナ海での情報収集、警戒監視と偵察などの関与のあり方について、今後、ワーキンググループなどを活用して検討

 自衛隊と米軍が日常的に緊密な連携をとり、日米共同計画を策定し、共同訓練を重ねることで、抑止力を高める――。そんな将来像が浮かぶ。

 だが、そこで日本のシビリアンコントロール(文民統制)は確保されるのか。不測の事態の際、米軍の現場レベルの軍事的な判断に引っ張られないか。次々と疑問がわいてくる。

 政府が国会であいまいな答弁をしてきた南シナ海での対米協力についても「検討する」と明記しているが、日本がどこまで踏み込むのかは難しい問題だ。日本海や東シナ海の警戒が手薄にならないか。防衛費が拡大することはないか。

 安倍首相は今春の米議会演説で、法案を「この夏までに成就させる」と公約した。水面下では、国会で説明できない対米支援の方向性まで約束していたということなのか。

 国連平和維持活動(PKO)をめぐっても、派遣中の南スーダンでの活動拡大が検討スケジュールに盛り込まれていた。離れた場所で襲撃された他国部隊などを武器を使って助ける「駆けつけ警護」の任務への追加を想定しており、まさに法案成立を先取りした計画だ。

 資料は5月に作られたという。衆院の審議入りの日に、自衛隊幹部のテレビ会議で使われていた。その後も重大な事実が隠され、判断材料を欠いたまま、衆院は法案を通過させたことになる。

 事実が伏せられた審議で、法案を成立させてはならない。

広島災害1年―地域のリスクを知ろう

 75人が亡くなった広島土砂災害から、20日で1年になる。

 山裾の住宅地を襲った土石流で大きな被害が出た広島市安佐南区では、今も巨石が住宅地そばの谷を埋めている。家屋が損壊した約180世帯が市の提供する公営住宅などに身を寄せるが、うち66世帯が新たな居宅へ移るめども立っていない。

 災害大国に暮らす私たちはこの災害を教訓にし、いま一度、身の回りの自然のリスクを点検したい。

 多くの犠牲者を出した同区八木地区などは、土砂災害防止法に基づく警戒区域に指定されていなかった。それが危険性に対する住民の意識に影響を与え、避難の遅れにつながったといわれた。

 広島市が被災地の住民約1千人を対象にした調査では、居住地が「危険」または「やや危険」と災害前に認識していた人は48%にとどまった。

 かぎは住民の危機意識だ。

 国は広島のケースを教訓に同法を改正し、警戒区域の指定前でも、現地調査を終えて指定の候補になれば住民に知らせるよう都道府県に義務づけた。行政は繰り返し、住民への周知を徹底してほしい。

 国土交通省は、土砂災害の発生の恐れがある警戒区域が全国に約65万カ所あると推計する。ことは住民の命に関わる。現地調査を急ぎ、危険な地域は自治体の責任で開発制限も考えていかなければならない。

 大雨による土砂災害は事前の予測が難しい。とはいえ、地震や火山噴火に比べれば、まだ被害を防げる可能性は高い。

 避難は明るいうちに早めにするのが基本だ。深夜など屋外への移動が危険な時は、自宅内であっても山側とは離れた2階以上への避難が有効だ。

 行政が出す防災情報も重要だが、大切なのは住民自身が地元の地形をよく知っておくことだ。5年前に土砂災害に見舞われた岐阜県では、自然災害による被害予測や避難経路を示すハザードマップを、全市町村で住民とともに作っている。

 地元の人だけが知る過去の土砂崩れの場所から、冠水の恐れがある道路、消火栓の場所やアマチュア無線を持っている家まで載せている自治体もある。

 情報のきめ細かさだけではない。マップを作るために住民が何度も集まる。そのたびに災害に関する伝承や知見の共有が進み、地域の防災意識を高めることにもつながるだろう。

 手間も暇もかかるが参考にしたい。日頃の備えは災害発生時の被害軽減に生かされよう。

安保法案審議 成立後に向けた検討は当然だ

 国会で審議中の法案が成立した場合に備えて、各府省が法案を円滑に施行できるよう検討しておくのは当然のことだ。

 参院特別委員会が安全保障関連法案の審議を8日ぶりに再開した。法案成立後の「主要検討事項」などを記した防衛省統合幕僚監部の内部資料を巡る政府答弁に共産党が「納得できない」と反発し、審議が中断していた。

 中谷防衛相は、資料が5月下旬に作成されたことを認め、「私の指示の範囲内のものであり、シビリアンコントロール(文民統制)上、問題はない」と強調した。

 資料は、自衛隊幹部ら約350人のテレビ会議で使用された。主要検討事項として、南シナ海での警戒監視活動や、南スーダンでの国連平和維持活動(PKO)での「駆けつけ警護」任務の追加などを列挙している。

 法案成立後、自衛隊がどんな課題に直面するか、いかに準備すべきか。これらを様々な観点から事前に検討・協議しておくことは必要な手続きだ。むしろ、検討しないことは職務怠慢になろう。

 特に、安保法案は、多様な危機が発生した際、日本が迅速かつ切れ目のない対処ができるようにすることを目指している。切れ目を作らないためには、多角的で入念な準備が欠かせない。

 共産党などは、「法案内容の先取りであり、国会軽視だ。国民への説明もなく、独走だ」と批判した。自衛隊が暴走しているかのような構図を作りたいようだ。

 だが、中谷氏は「法案成立後に行うべき運用要領の策定や訓練の実施は含まれていない」と説明している。資料内容に基本的に問題はないと言える。

 社民党は、暴動などに巻き込まれた他国軍や民間人らをPKO参加中の自衛隊が救援する「駆けつけ警護」を安保法案が解禁すること自体が憲法上、問題だと追及した。PKOの現場の実情から乖離かいりした、筋違いの主張である。

 政府は従来、憲法が禁じる武力行使になりかねないとして、正当防衛以外の武器使用を禁止してきた。この憲法解釈は、過度に抑制的なうえ、PKOの国際標準からも外れており、自衛隊の効果的な活動を妨げてきた。

 実際、民間人からの救援要請を断ることは、人道上も難しいし、自衛隊の信頼も失墜しよう。

 無論、新たな任務には自衛官のリスクが伴う。リスクを極小化するため、現時点で可能な検討を着実に進め、法案成立後の訓練などにつなげることが大切である。

知的財産の活用 法改正を競争力向上に生かせ

 日本企業の知的財産戦略を強化し、競争力を高める好機としたい。

 今国会で、特許法と不正競争防止法が改正された。年内にも施行される見通しだ。

 改正特許法は研究開発促進を、改正不正競争防止法は独自技術などの保護を目的としている。

 特許などの知的財産は、企業の「稼ぐ力」を向上させ、経済発展の原動力となる大切な資源だ。今回の法改正によって、成長戦略の一環として、知財の活用・保護を後押しする狙いは妥当である。

 改正特許法は、社員が仕事で行った発明(職務発明)の特許権を原則、「社員所有」から「企業所有」に切り替えるのが柱だ。

 企業は現在、職務発明の特許を活用して事業展開する際、社員から特許権を買い取っている。

 だが、対価を巡る訴訟は絶えない。青色LEDの開発でノーベル賞を受賞した中村修二氏と、勤務先だった日亜化学工業が争ったケースは典型と言える。

 職務発明の特許権を企業所有とすることで、企業は訴訟リスクを気にせず、研究開発に注力できるようになると期待される。

 気がかりなのは、社員が個人で特許権を得られなくなり、発明の意欲が薄れかねないことだ。

 改正法は、発明した社員には、ボーナスや昇給・昇進などの経済的な利益を受ける権利があることを明記した。

 研究部門の士気低下や人材流出で開発力が衰えるのを避けるには、各企業が十分な報奨を用意する必要がある。処遇への不公平感が生じないよう、透明性の高い社内規定を設けることも大事だ。

 日本企業は多くの特許を取得しているが、収益拡大につなげる取り組みは出遅れている。

 競争力の源泉となる独自技術を徹底して守る一方、量産技術などは公開して市場全体の底上げを図る。そんなメリハリの利いた知財戦略が求められる。

 一方、改正不正競争防止法は、非公開の技術やノウハウなどの営業秘密の盗用に対する罰金の大幅な引き上げを盛り込んだ。

 日本の大手メーカーの社員らが社内情報を持ち出し、海外などのライバル企業に売り渡すケースが少なくない。国際競争力を損なう流出に歯止めをかけるため、罰則を強化するのは理解できる。

 退職者との秘密保持契約の締結など、企業の適切な情報管理も一層重要となる。「産業スパイ天国」と揶揄(やゆ)される日本の現状を、官民が連携して改めねばならない。

2015年8月19日水曜日

経営のモデルチェンジに踏み出そう

 企業経営の視点から戦後という時代を見渡すと、最初の半世紀弱とその後の20年あまりで明暗がくっきり分かれた70年間だった。

 前者の時代は日本企業と日本経済が目を見張るような成長を遂げ、造船をはじめ自動車や半導体で次々に生産量や建造量の世界一の座を獲得した。こうした個別産業の躍進にとどまらず、終身雇用に代表される日本的経営そのものが世界のお手本になった。

成功体験が足かせに
 ところが、いわゆるバブル景気が崩壊した1990年代前半を転機として、長い停滞の時代に突入した。よくいわれる「失われた20年」の幕開けである。

 なぜそうなったのか。要因はいろいろあるが、あえて一言でいえば、企業や経営者が過去の成功体験にとらわれて、変革に尻込みしたからだ。その結果、新興市場の興隆やデジタル技術の台頭という大きなうねりをとらえきれず、世界のライバルに後れをとった。

 だが、悲観ばかりしても仕方がない。幸い足元を見れば、日本企業を取り巻く環境は数年前に比べて大きく改善している。

 行き過ぎた円高など日本企業を苦しめた「6重苦」のかなりの部分は解消された。株式市場も活況を呈し、リスクマネーや成長資金の調達も容易になった。

 この追い風を生かして、日本企業は競争力を高めるときである。「失われた20年」の間にも景気が上向く局面は何度かあった。企業業績もそれに連動して良くなったが、残念ながら抜本的な問題解決にはつながらなかった。今回はそれを繰り返してはならない。

 まず重要なのは、事業の取捨選択だ。「事業の選択と集中」は過去20年にわたって繰り返し指摘された課題だが、今に至るも十分に実行されたとはいえない。

 例えば「沈む巨艦」といわれた日立製作所は見事復活したが、その原動力はテレビなど競争力を失った事業を切り離したことだ。

 日立の復活を主導した川村隆相談役は「命脈の尽きたゾンビ事業を社内に残しておくと、それが他の事業の勢いをそぎ、企業がまるごとゾンビ事業の集団に変わってしまう」という。

 反対に事業の取捨選択に消極的だったシャープは不振を続けている。傘下に複数の事業を抱える企業の経営者は自分の会社が日立型なのかシャープに近いのか、自問してほしい。

 再編統合の加速も残された課題である。狭い日本市場に多数の企業がひしめき合うようでは、世界への飛躍は望めない。米フォーチュン誌によると、2000年には世界の大企業500社に104社の日本企業が名を連ねたが、今年は54社にとどまり、ほぼ半減した。世界における日本企業の存在感が大きく縮んでしまったのだ。

 これを克服する一つの道筋が合併や買収によって、強力な企業をつくることだ。石油元売り大手の出光興産と昭和シェル石油が7月に経営統合することで基本合意した。これに続く再編集約の連鎖を期待したい。経営者はグローバル競争の厳しい現実を見据えて、勇気ある決断をすべきである。

企業は個性を磨け
 新しい価値を生み出すイノベーション力の強化も大切だ。京都は京セラや村田製作所、任天堂、タクシーのエムケイなど他とはひと味違う独自の技術やサービスで知られる企業が集まる。稲盛和夫京セラ名誉会長は「京都の企業人は他人と群れず我が道を行くというタイプの人間が多い。彼らのこだわりの強さが京都企業のユニークさの源泉」と指摘する。

 自らのこだわりをとことん追求することで新機軸が生まれ、それがブランドに昇華することもある。横並び競争に背を向けた京都企業の姿は大いに示唆に富む。

 米アップルは母国外で最大とされる研究開発拠点を横浜に建設中だ。この事実が示すように、今の日本にはイノベーションの元手である人や技術、産業集積の厚みは十分にある。あとは企業や経営者がそれをどう生かすかである。

 企業は足元の好業績に安住し、改革の手を緩めてはならない。上場企業全体の利益額でみれば、現状はリーマン・ショック前のピーク時の水準にようやく戻った程度にすぎない。「失われた20年」に終止符を打ち、現状を突き抜けてさらに飛躍するためには、絶え間ない経営革新が必要である。

日本と韓国―節目の年に関係改善を

 安倍首相が戦後70年を機に出した談話は、自身の歴史認識を明確にしないなど、不十分な内容だった。

 なかでも歴史認識問題が二国間に重くのしかかる韓国に対しては、中国に比べて言及が少ないほか、日本が植民地支配した事実を明示しなかった。韓国側から歩み寄りがあるまで積極的には働きかけない、という従来の路線を貫いた形である。

 韓国の朴槿恵(パククネ)大統領にかたくなな姿勢が目立つのは事実だ。だからといって日本として有効な手立てを講じなければ、日韓ともにアジアのリーダーとして責任を問われかねない。

 そんな中、朴大統領は植民地解放を祝う式典での演説で、安倍談話について「残念な部分が少なくない」としつつも、「謝罪と反省を根幹にした歴代内閣の立場がこれからも揺るぎないと国際社会に明らかにした点に注目する」と語った。

 まもなく任期を折り返す朴政権は、内政外交とも目に見える実績が乏しい。これまでは世論の支持を得ていたとされる対日強硬姿勢も、成果が見通せず、逆に政策の問題点が浮き彫りになりつつある。

 朴大統領の発言は、遅まきながらも対日政策を転換し、両国関係を前に進める意思を示したとみてよいだろう。

 日本との関係ではすぐに「弱腰外交」などと批判することがあった韓国メディアにも、今回はおおむね韓国政府の対応を支持する報道が目立っている。

 今年6月、50年前の日韓基本条約の調印にあわせた記念式典が東京とソウルで開かれ、安倍首相と朴大統領がそれぞれ足を運んだ。

 いよいよ関係改善に動き始めたかと期待が高まったのもつかの間、世界文化遺産の登録をめぐる衝突が起きた。

 対立の原因は双方の思い込みや誤解だったが、特に日本側に相手への不信感が残り、それが慰安婦問題をめぐる政府間交渉にも悪影響を及ぼしている。

 半世紀前、東京で調印された日韓基本条約は、それぞれの国会で批准され、12月にソウルで批准書の交換式が開かれた。日韓にとって節目の年は、まだ4カ月あまり残っているのだ。

 今秋、韓国で日中韓3カ国の首脳会談が行われれば、安倍首相と朴大統領の初の首脳会談が実現する可能性が出てくる。そうなれば、日韓間の懸案解決に向けた推進力がおのずと生まれてくるはずだ。

 安倍談話が出た今、日韓に求められるのは、不毛な対立に終止符を打つ具体的な行動だ。

休眠預金活用―共助を厚く多様に

 10年以上お金の出し入れがなく、本人との連絡もとれない預金を休眠預金という。

 これを社会福祉などに役立てようと超党派の議員が法案にまとめた。ところが、目指してきた今国会への提出が危ぶまれている。与党・自民党の一部議員が難色を示しているからだ。

 休眠預金は年間約800億円生じている。払い戻しがあっても500億円程度が残り、最終的に金融機関の収益になる。これを社会福祉などに回せば、行政による事業とは異なる、新たな共助の仕組みになりうる。趣旨への理解を深め、実現してもらいたい。

 法案は▽難病で入院する子どもの近くに家族が宿泊するサービス▽障害者が自立するためのカフェの運営▽行政に頼らない村おこしのための空き家活用、といった事業を想定している。採算が見通しにくく、成果が出るまでに時間がかかるものが多い。行政の補助金や民間金融が届きにくい分野でもある。

 新たに資金を管理運用する一般財団法人を設立。この財団法人が「資金分配団体」を公募で決める。そこから、事業に取り組む法人や団体に助成や貸し付け、出資をおこなう。預金者からの求めがあれば必ずお金を返す仕組みは確保する。

 ところが、法案提出の直前になって自民党の一部から疑義が出た。財団法人の新設やお金の使い方について「既存の行政組織を使えばいい」「国庫に入れるべきだ」との声があがっているという。

 もちろん、預金者のお金を使う側の責任は重い。審査や監査に第三者の目を入れ、透明性を高めるための手立てや規則を設ける必要がある。

 しかし「国や官でなければ信用できない」というわけではない。最近は社会的事業への貸し付け・助成などを専門にするNPOや財団も成長し、貸し倒れのない融資や、そのための審査基準、事業評価法、支援先への指導などで実績をあげているところが少なくない。自治体や地域金融機関などと協力し、地域に根ざした支援態勢を整える事例も増えている。

 こうした組織が資金分配団体になることが想定されている。法案が成立して団体間の連携や相互チェックができるようになれば、無駄遣いを防ぐことにもつながるのではないか。

 法案の先にあるのは、困っている人たちだ。日本は財政難に直面している。支援の形は様々にあってよい。共助を厚くするために、法案の成立にこぎつけてもらいたい。

再生エネ見直し 国民負担抑制の具体策を示せ

 過剰な国民負担を避けつつ、いかに再生可能エネルギーの導入を進めるか。実効性のある具体策が求められる。

 経済産業省の有識者会議で、固定価格買い取り制度見直しに関する議論が本格化している。

 太陽光や風力などの再生エネで発電した電気は、政府が決めた固定価格で電力会社が買い取る。その費用は電気料金に上乗せして回収される。2015年度の家計や企業の負担額は計1・3兆円と、前年度の約2倍に急増する。

 有識者会議の主な意見をまとめた論点整理は、「太陽光に偏った導入が進んだ結果、国民負担の増大などの問題も顕在化している」と、指摘した。

 負担増の主因である太陽光偏重を是正することが急務だ。

 政府が認定した再生エネの発電設備のうち、太陽光が9割以上を占める。仮に全ての設備が稼働すれば、発電能力は約8200万キロ・ワットに上り、政府が、30年度の電源構成比率で想定する導入量を約3割も上回る。

 12年の制度導入時に太陽光の買い取り価格が高く設定され、申請が殺到したためである。現在は当初より約3割引き下げられたが、それでもドイツの2倍以上だ。さらなる引き下げが欠かせない。

 有識者会議では、原則年1回の価格改定をもっと頻繁に行うことや、太陽光発電の国内導入量に上限を設けるといった意見が出た。実現を急ぎたい。

 過去に高値で認定された事業者は、その価格で最長20年間買い取ってもらえる権利がある。利益拡大のために太陽光パネルの値下がりを待ち、発電を始めない事業者も後を絶たない。

 国民負担の生じる制度を悪用した荒稼ぎは看過できない。やむを得ない事情もないまま発電開始を遅らせている事業者については、認定を取り消すべきだ。

 一方で、風力や地熱など太陽光以外の再生エネは、導入がほとんど進んでいない。開発規制などのため、計画から稼働まで長期間かかることなどが原因という。

 論点整理でも、環境影響評価(アセスメント)の迅速化や、自然公園内の地熱発電所建設に関する規制の緩和などに取り組む必要があるとの意見が多かった。

 太陽光偏重を改め、風力や地熱など他の再生エネもバランスよく導入することは、電力の安定供給にとっても重要だ。

 経産、環境両省を中心に、政府を挙げて取り組んでほしい。

天津爆発事故 中国は情報開示を前向きに

 中国政府は、事故原因の究明と情報開示を急ぐ必要がある。

 貨物取扱量で世界有数の港を持つ天津市の化学物質倉庫で、大規模な爆発事故が発生した。

 高層ビルをしのぐ高さの火柱が上がり、周辺を焼き尽くした。現場に残る直径100メートルもの穴が惨状を物語る。2キロ以上離れた建物の外壁や窓ガラスが爆風で破壊され、死者は100人を超えた。

 天津には、日本をはじめ多数の外国企業が進出している。トヨタ自動車が工場の操業を停止し、イオンモールもテナント全店が休業するなど、影響は深刻だ。早急な復旧が求められる。

 原因は不明だが、倉庫に保管されていた化学物質への消防隊による放水が、大爆発を誘発したとの見方もある。付近に大量の有害物質が置かれていたことも判明し、周辺住民に健康被害が及ぶ事態が懸念されている。

 疑問なのは、当局が情報統制を強めていることだ。社会不安を警戒してメディアの独自報道を抑え、ネット情報も厳しく管理している。発生から1週間近く経過したのに、爆発に至る経緯や被害の全容は明らかにされていない。

 これでは、日系企業などが、操業の再開時期の決定や部品調達先の変更など重要な経営判断を下すのは困難だ。物流を含めた経済活動の正常化に支障をきたそう。

 中国経済の成長と発展には、国外からの投資が欠かせない。国際標準に適(かな)った事故対応ができないと評価されれば、中国から外資の足は遠のく。

 金融市場などでの政策運営も同様である。

 中国人民銀行は先週、人民元の対ドル相場を大幅に切り下げた。中国が主張するように、市場実勢に合わせる狙いも否定はできない。だが、唐突かつ急激な切り下げは、市場との対話を重視する先進国の手法とは異質だ。

 このため、なりふり構わぬ通貨切り下げによる輸出のテコ入れに頼らねばならないほど、中国経済は悪化しているとの臆測を呼び、世界の市場に動揺を与えた。

 中国は、上海市場などで株価が急落した7月にも、証券会社に投信の買い支えを求めるなど、強引な株価維持策に打って出た。

 透明性が原則の国際金融秩序に沿った施策とは言えない。

 独善的な通貨政策や情報統制を続けていては、世界2位の経済大国にふさわしい信頼は得られまい。国際ルールに則(のっと)った対応を積み重ねることが重要だ。

2015年8月18日火曜日

踊り場経済には景気対策でなく改革を

 4~6月期の国内総生産(GDP)速報値は、物価変動の影響を除いた実質で前期比0.4%減、年率換算で1.6%減となった。

 3四半期ぶりのマイナス成長は、日本経済が一時的に停滞する「踊り場」の局面に入ったことを示唆するものだ。

 マイナス成長の主因は、輸出から輸入を差し引いた外需と、個人消費が落ち込んだことだ。

 輸出は中国を含むアジア向け、米国向けが振るわず、品目ではスマートフォン向けを含む電子通信機器、建設機械、半導体製造装置などで減少した。

 今年前半の世界貿易は、中国向けを中心に弱含んでいる。その影響が日本経済にも及んだ格好で、先行きは注視する必要がある。

 内需の柱である個人消費が減ったのは、6月の長雨による天候不順といった一時的な要因が大きいと政府はみている。

 企業収益は過去最高水準であるのに、GDPが落ち込んだ理由は、企業の海外部門の収益を含めるか否かの違いだ。

 GDPに、海外からの利子・配当所得などを加えた国民総所得(GNI)というデータがある。実質GDPは前期比マイナスだったものの、実質GNIは前期比年率で2.0%増えた。

 日本企業の海外子会社から得た所得を、いかに従業員への賃金、株主への配当、設備投資に振り向けられるか。今回のGDPは日本経済が好循環を続けていくための課題を示しているともいえる。

 景気の先行きを過度に悲観視する必要はないだろう。雇用・所得環境の改善は続いている。先行指標である鉱工業生産の予測指数や景気先行指数は上向いている。設備投資もいちおう今年度は高水準の計画が予定されている。

 問われるべきは、マイナス成長に陥りやすい日本経済の体質だ。今のところ4~6月期の成長率は主要先進国で最低だ。

 日本経済の実力である潜在成長率は1%にも満たないとされる。成長の天井が低いため、国内外で起きた一時的なショックをうまく吸収できず、GDPが減りやすくなるというもろさを抱える。

 規制改革で経済の新陳代謝を高めたり、法人実効税率を引き下げる道筋を早期に固めて日本の立地競争力を高めたりする。そんな改革を通じて潜在成長率を高めるのが王道だ。カンフル剤となる景気対策を打つことが答えではない。

天津の惨事を徹底究明せよ

 中国・天津市の港湾部で12日深夜に大きな爆発が起き、多数の犠牲者が出た。現場には毒性の高いシアン化ナトリウムが残っている可能性が指摘されており、事態が収束するメドはたっていない。

 トヨタ自動車の合弁工場が操業停止を余儀なくされるなど、被害は進出した日系企業にも及んでいる。貨物の取扱量で世界有数の天津港が機能不全に陥るなど、経済への影響は深刻だ。当局は復旧を急ぐ必要がある。

 何よりも大切なのは、有害物質をしっかり処理して新たな被害を防ぎ、原因や背景を究明して再発防止に生かすことだ。

 2度の大きな爆発のうち特に大きかった2回目は、駆けつけた消防隊の消火活動が引き起こしたとの見方が強まっている。

 爆発した倉庫が保管していたシアン化ナトリウムは水と反応して引火性の有毒ガスを発生させる化学物質。放水が被害を甚大にした可能性があり、消防当局の指揮の是非が問われる。港湾当局との情報共有のあり方も検証が必要だ。

 住宅街の近くに危険物質を貯蔵した倉庫があったことには法令違反の指摘が出ている。倉庫の建設が認められた背景の解明が欠かせない。さもないと習近平国家主席が唱える「法治」の確立もかけ声倒れと言わざるを得ない。

 例によって共産党政権は情報統制を強めているが、それでは関係者が責任を回避するための隠蔽を容易にしかねない。事態の究明にもマイナスだ。新たな被害を防ぐためにも、再発防止に向けた教訓を学び取るためにも、積極的に情報を開示すべきだ。

 400人以上が亡くなった長江の客船転覆など中国では重大な事故が絶えない。安全や法令順守をないがしろにして成長を追い求める傾向が、企業経営者や当局者の間に残っているのではないか。

 中国経済の持続的な成長には「量から質へ」の転換が求められる。習主席ひきいる指導部は事故の教訓を最大限にくみ取り、国民と共有しなければならない。

マイナス成長―危うい政策目標と想定

 内閣府が発表した4~6月期の国内総生産(GDP)速報値は3四半期ぶりにマイナス成長となった。物価変動の影響を除いた実質成長率は前期比0・4%減。このペースが1年間続くと想定した年率換算では1・6%減だった。

 回復が進むと見られた個人消費が落ち込んだ。円安で食料品などが値上げされたが賃金はそれほど伸びず、実質的な家計の負担が増したためだ。また、円安効果で伸びると期待された輸出も、6四半期ぶりのマイナスだった。

 昨年4月の消費増税後、景気はゆるやかに回復していると見られていた。ここにきてのマイナス成長は日本経済の実像を考えるうえで示唆的である。

 このマイナス成長は何か大きなショックによって引き起こされたものではない。むしろこの間、経済環境は比較的良好だった。企業業績は改善し株価は回復。雇用増の動きも活発だ。訪日観光客の急増で関連産業は潤った。日本銀行は金融緩和を続け、公共事業も高水準だ。

 こんな好条件のもとでも日本の成長率はさえなかった。

 もちろん、世界経済には不安定な動きも確かにあった。欧州ではギリシャ債務問題による混乱があり、中国経済は減速傾向が次第にはっきりしてきた。

 とはいえ、こうした海外要因は一時的なものではない。しばらくこの不安定な状況が続くと見たほうがいい。ならば、今後輸出が劇的に増えたり、日本を訪れる外国人観光客の需要がさらに飛躍的に盛り上がったりすることは想定しにくく、外需に過大な期待はできない。

 政府は、2020年度に基礎的財政収支を黒字にするという財政健全化計画を掲げている。その前提は実質2%、名目3%という高い成長率である。だが、今回のマイナス成長という現実を冷静に分析すれば、成長期待だけで財政再建を進める危うさは自明と言える。

 また2%インフレ目標を掲げて大規模な金融緩和を続ける日銀にも、貴重な指標となったはずだ。消費者が先行きの物価上昇を予想すれば、消費を盛んにして需要を押し上げ、成長率は高まる。そんな日銀のシナリオ通りの消費行動は現れていない。この政策に無理があることが、次第にはっきりしてきたのではないか。

 政府も日銀も、現実を出発点にして、想定する成長率やインフレ率を修正し、経済戦略や金融政策を組み立て直す。そんな必要があることを、今回のマイナス成長は示唆している。

人民元ショック―不透明さ除く努力を

 外国為替市場に対する当局の介入や誘導は、市場の動揺が激しい場合は、ありうることだ。だが先週、中国発で引き起こされたのは、当局の介入が各国の市場を不安定にさせるという形で起きた出来事だった。

 中国の通貨・人民元の対米ドルレートが8月11日以降、大幅に元安に振れた。今回の対応もさることながら、過去数カ月にわたり硬直的にレートを維持してきた点にも問題がある。市場と対話し、柔軟に対応する姿勢が中国に求められている。

 一国の通貨価値は、経済力の上昇とともに増す。中国もその道を歩んできた。対米ドルレートを事実上固定していたのを改め始めたのが10年前だった。当局が毎日公表する基準値を中心に一定の変動を認め、その幅を上下0・3%から、最近は2%にまで拡大した。この間、少しずつ元レートが上昇した。元を信用ある国際通貨へと引き上げる長期戦略に沿うものでもあっただろう。

 米国の利上げが近いとみられる最近は、円、ユーロに比べ元高が目立っていた。市場で変動幅ぎりぎりの元安になっても、基準値は高めを維持する状況が昨年末から続き、明らかに無理があった。

 今回の措置は、市場の実勢に基準値を合わせた結果ではある。中央銀行である中国人民銀行の幹部は「市場化改革の一歩だ」と説明している。だが、それならもっと早くレート調整に着手し、ショックを和らげることができなかったのか。

 人民銀行は、7月の株価急落への対策で通貨供給が増え、外為市場に元安圧力がかかっていた、とも説明した。だとすれば、やはり政府の強引な政策対応が諸悪の根源だったということではないか。

 今回の事態を機に「中国経済の低迷ぶりは深刻だ」という見方が各国の市場関係者に広がっている。いくぶん誇張されているとはいえ、そう受け止められるのは、政策の不透明さにも起因している。そもそも、金融政策のプロたる人民銀行は政府の一部門にすぎず、その上に共産党最高指導部があり、独立性が保障されていない。

 中国はいまやアジアインフラ投資銀行を設立して世界をリードしようという勢いである。ならば、少なくとも国際金融の世界では、その常識に合わせる改革がいっそう必要だろう。

 不透明な当局と不透明な市場は無用の混乱を招き、信頼を損なう。中国自身はもちろん、その他の国々にとっても、避けたい事態だ。

GDPマイナス 景気の停滞を長引かせるな

 緩やかに回復してきた景気の雲行きが、怪しくなっている。

 4~6月期の実質国内総生産(GDP)速報は、前期比0・4%減、年率1・6%減となった。3四半期ぶりのマイナス成長だ。

 個人消費と輸出の不振が、主な要因である。本格的な成長実現のカギとなる設備投資も、小幅ながら3期ぶりに減少した。景気は回復が足踏みする「踊り場」に入ったとする見方も出ている。

 大切なのは、停滞を長引かせないことだ。政府・日銀はリスクを入念に点検し、景気失速の回避に万全を期さねばならない。

 内需の柱の個人消費は、前期比0・8%減だった。マイナスは、消費税率引き上げの影響で急減した昨年4~6月期以来である。

 甘利経済再生相は消費減少の原因として軽自動車税増税や天候不順を挙げ、「一時的な要素が大きい」との見方を示した。

 ただ、円安による原材料高で食品などの値上げが続き、賃上げの恩恵は相殺されている。家計が節約志向を強めているのは確かだ。デフレで染みついた弱気から、脱し切れていない面もあろう。

 過度な悲観は無用だが、政府は消費不振の要因を多角的に分析し、改善策を練る必要がある。

 さらに警戒すべきなのが、海外経済の減速だ。特に、波乱含みの中国経済から目が離せない。

 中国は工業生産や建設投資など経済指標の伸びの鈍化が目立つ。その影響で、アジア新興国の成長も減速気味だ。中国を中心とした外需の低迷が、日本の輸出の足を引っ張っている。

 中国人民銀行が3日連続で人民元切り下げに踏み切ったことで、市場では中国経済が想定以上に悪化しているとの観測が強まった。中国の成長が失速すれば、世界経済への打撃は大きい。

 年内にも予想される米国の利上げを引き金に、新興国から巨額の資金が流出するとの見方もある。先行き不透明感は増している。

 海外発の波乱に耐えられるように、日本経済が基礎的な成長力を高めることが急務である。

 民間の意欲と活力を高めることが大事だ。生産性向上に資する設備投資の促進策や、成長産業の拡大につながる規制緩和など、政府の成長戦略を加速させたい。

 企業利益を賃上げに還元し、消費拡大につなげる「好循環経済」を目指す方向は正しい。その実現を確かなものとするため、政府はアベノミクスを深化させる手を間断なく打っていくべきだ。

新国立競技場 「選手第一」の視点を忘れずに

 できる限り経費を抑制し、現実的でベストな計画にする必要がある。

 政府が、新国立競技場建設の基本方針を発表した。これを基に、総工費などを含む具体的な整備計画を今月中にまとめる予定だ。

 安倍首相は「アスリート第一の考え方のもと、世界の人々に感動を与える場としなければならない」と強調した。2020年東京五輪をつつがなく開催できるよう、政府が一体となって綿密な計画を練り上げてもらいたい。

 基本方針では、工期短縮のため、デザイン・設計と施工を一括発注する方式が採用された。

 白紙撤回された旧計画では、コスト意識を蔑(ないがし)ろにしたまま、デザインが選ばれた。同じ失敗を繰り返さないためにも、一連の整備案をセットで募集・選定するのは、適切だと言えよう。

 旧計画で工費を膨張させた要因の一つが、巨大アーチに支えられた開閉式屋根だ。基本方針が開閉式屋根を取りやめ、観客席上部にだけ屋根を設けるとしたのは、費用圧縮の観点からも妥当だ。

 新競技場の用途を、原則として競技機能に限定したことも評価できる。五輪後のコンサートなどのイベント収入を当て込んで、開閉式屋根にこだわった旧計画の問題点の教訓が生かされている。

 五輪後については、維持費抑制のため、施設運営を民間に移管するとした。負のレガシー(遺産)とならないよう、官民で知恵を絞ることが大切である。

 2520億円とされた工費をどこまで圧縮できるかが、新計画の最大の焦点だ。ただし、五輪後も有効活用するために必要な機能までそぎ落としてはなるまい。

 その点で、選手がウォーミングアップなどに使う陸上競技のサブトラックの整備が、基本方針に示されなかったのは疑問だ。用地確保が困難なことが原因という。

 サブトラックがなくては、国際大会だけでなく、国体や高校総体の開催基準も満たせない。日本を代表する競技場として、やはりサブトラックは不可欠だろう。

 基本方針には、事業主体の日本スポーツ振興センター(JSC)による整備プロセスを、関係閣僚会議で点検すると明記された。

 JSCと、所管する文部科学省の無責任な対応が迷走を招いただけに、新計画では、責任の所在と権限を明確にすべきだ。

 契約内容などの透明化を図るとともに、工事の進捗(しんちょく)状況やコスト変動の見通しなどを随時チェックする仕組みも求められよう。

2015年8月16日日曜日

戦没者を静かに追悼できる環境を

 70回目の終戦の日を迎え、全国戦没者追悼式のおことばで、天皇陛下が先の大戦に対する「深い反省」に言及し、犠牲になった人々に改めて哀悼の意を表明された。

 われわれ自身も平和への誓いを新たにするとともに、国のために亡くなった戦没者の追悼についても考える機会にしたい。

 ちょうど今、あの暑い夏を思い出させる映画が上映されている。『日本のいちばん長い日』(原田眞人監督)と『天皇と軍隊』(渡辺謙一監督)である。共通のテーマは天皇制だ。国のありかたにかかわる問題を問いかけている。

戦争終わらせた「聖断」
 ポツダム宣言を受諾し、戦争にピリオドを打ったのは昭和天皇の「聖断」だった。政府・軍首脳の「決められない政治」は天皇の意思が示されてはじめてケリがついた。

 『日本のいちばん長い日』は玉音放送の原盤の奪取をもくろむ陸軍将校らの動きを軸に描いた終戦ドラマだ。そこではっきりしているのは、戦争を終わらせたのが天皇の存在だったという事実だ。

 『天皇と軍隊』は資料映像などをもとに戦後史をたどる。そのひとつのポイントが現憲法の制定過程において、天皇制を維持した1条と戦争放棄の9条がセットだったという点だ。天皇制を続けた方が好都合と踏んだ占領軍。天皇制を守りたい政府首脳。両者の思惑の一致から9条が盛り込まれた。

 その後の国際情勢が変化する中で、戦力を否定したのに自衛隊が創設された。今日の集団的自衛権の限定容認にいたるまで、解釈で揺れ続ける9条の原点がここにあることは知っておいた方がよい。

 もうひとつ、なお尾を引く靖国神社の参拝問題も天皇制と微妙に絡む。極東国際軍事裁判(東京裁判)が事後法で裁いた法手続きとしては問題のある裁判だったのは間違いない。だが、サンフランシスコ講和条約の締結によって、裁判の結果を受け入れたことで、日本が国際社会に復帰できたという現実もある。

 靖国神社は1978年にA級戦犯を合祀(ごうし)した。昭和天皇とのやりとりを記述した富田朝彦・元宮内庁長官のメモに「だから私あれ以来参拝していない。それが私の心だ」とある。合祀して以降、天皇の靖国参拝が実現していない事実は重い。

 安倍晋三首相が設けた有識者の集まり「21世紀構想懇談会」が先週まとめた報告書は「1930年代以後の政府、軍の指導者の責任は誠に重い」と指摘した。A級戦犯というくくりを外したとしても、当時の戦争指導者の判断を肯定できないということだ。

 戦争で亡くなった約310万人の日本人の多くは赤紙で戦地に送り出された。こうした人々と無謀な戦争に駆り立てた側を全く同列に弔うことには違和感がある。

 靖国神社を合祀前の状態に戻してはどうだろうか。厚生省は66年にA級戦犯14人を公務死認定したが、当時の靖国は同省から届いた名簿を宮司預かりにした。宮司交代後にしまってあった名簿を取り出し、「昭和殉難者」としてまつったのが合祀である。

 ならば名簿を再び宮司預かりにすれば、それをことさらに分祀(ぶんし)と呼ぶかどうかは別にして、戦争指導者と犠牲者の間に一線を画する効果はあろう。中曽根内閣などが靖国に水面下で分祀を働きかけたことがある。

分祀や新施設も選択肢
 国が無宗教の追悼施設を新たに設けることも考えられる。小泉内閣時代に当時の福田康夫官房長官の私的諮問機関が提唱した。無宗教の施設にすれば、宗教法人である靖国の場合と異なり、公人が参拝しても政教分離を定めた憲法への抵触を心配しなくてすむ。

 すでにある千鳥ケ淵戦没者墓苑を拡充するのも一案である。現在は戦地などで収集したが、身元不明で遺族に渡せなかった遺骨などが納められており、天皇陛下や首相は毎年参拝している。

 そこに戦争指導者以外の犠牲者を一緒にまつり、追悼の中心施設と位置付ける方が、全く新しい施設をつくるよりも遺族には抵抗感が小さいかもしれない。

 いずれにせよ、いちばん大事なのは多くの国民がわだかまりを抱くことなく、英霊を弔うことができる静かな環境をつくることだ。戦後70年を経てなお、終戦の日が来るたびに靖国を巡り内外にあつれきが生じる今の姿を続けていては戦没者もうかばれまい。

 「この年のこの日にもまた靖国の みやしろのことにうれひはふかし」。昭和天皇は86年、こんな歌をよまれた。そこに込められた思いをくみ取りたい。

戦後70年に問う―個人を尊重する国の約束

 終戦の年の秋、連合国軍総司令部(GHQ)が、日本政府の敷いていた言論統制を解いた。

 作家の高見順は、日記にこう残している。

 「自国の政府により当然国民に与えられるべきであった自由が与えられずに、自国を占領した他国の軍隊によって初めて自由が与えられるとは」

 明治憲法下の国民は主権者の天皇に仕える「臣民」で、その権利は法律で狭められた。

 日本の降伏を求めたポツダム宣言やその後のGHQの人権指令を経て、人びとは人権という価値と正面から向き合った。

■惨禍くぐり関係転換

 「お国のために」とのかけ声の下、戦時体制は人々の生命を奪い、生活を破壊した。その惨禍をくぐった戦後、国家と個人は根本から関係を改めた。

 国の意思を決めるのは国民とし、その人権を尊重する平和国家としての再出発だった。

 それは「国家のための個人」から「個人のための国家」への転換であり、戦後の民主社会の基礎となってきた。

 しかし、この結び直した関係を無効化するかのような政治権力の姿勢が、強まっている。

 憲法違反の疑いが強い安保関連法案が衆院で可決され、参院で審議中だ。憲法の下での約束では、国の原則をここまで変えるには、権力側は憲法改正手続きをとり、国民投票によって国民一人ひとりの意見を聞くのが筋だ。今起きているのは、重大な約束違反である。

 安全保障にはさまざまな考えがあろう。だが、各種の世論調査で「政府の説明は不十分だ」「今国会での成立は必要ない」との意見が多数であることは、国民に相談することなく一方向へ突き進む政府、与党への不信の広がりからではないか。

■国政の権威は国民に

 今年は、いまの英国でうまれ、各国の立憲主義の礎となったマグナ・カルタ(大憲章)から800年の節目でもある。

 強大な権力を誇る王であれ、法に縛られる。貴族が王に約束させ50年後に議会も開かれた。

 その後、権力者間の闘争や戦争を経て、多くの国が立憲制を選び取ってきたのは、権力とはそもそも暴走するものであり、防御の装置は不可欠だという歴史の教訓からだ。

 戦後日本に人権感覚をもたらしたGHQも例外ではなく、自らの占領への批判は封じる権力の姿をあらわにした。

 第2次世界大戦に至る過程でドイツ、イタリアでは、選挙で選ばれた指導者が全体主義、軍国主義を進めた。多数決が間違えることもある。

 英国下院のジョン・バーコウ議長は今月、東京で講演した。「世界最長の歴史をもつ議会といわれているが、改善の余地が常にある」。議会の役割は権力の精査であり、国民が関心をもつことを同じ時間軸で議論することが大事だ、と話した。

 国民の代表のはずの議会が、ともすれば権力側に立ち、国民感覚と離れてしまう。そんなリスクへの自覚、自戒だろう。

 日本国憲法前文は「国政は国民の厳粛な信託により、その権威は国民に由来する」とする。

 その国民の意思が反映されるのは、たまにある選挙のときに限られていいはずがない。たえず国民が意思を示し、それを国政が尊び、くみ取る相互作用があってこその国のかたちだ。

 安保法案や原発問題などからは、国民を権威とした価値観をいまもわきまえない政治の時代錯誤が透けてみえる。

■権利を使ってこそ

 止められなかった戦争について、歴史学者の加藤陽子東大教授は「軍部が秘密を集中管理し、憲兵などで社会を抑えたことが致命的だった」と語る。

 全体主義が進むなか、治安維持法や言論、出版、結社を取り締まる法が、情報を統制し、反戦、反権力的な言論を弾圧した。体制にものをいう大学教授が職を追われた。国民の目と耳は覆われ、口はふさがれた。

 社会の生命線は、情報が開かれ、だれもが自分で考え、意見や批判をしあえることである。

 いま、人々が街に出て、デモをし、異議を唱える。インターネットで幅広い意見交換がある。専門を超え、研究者たちが外に向けて発言をする。

 重ねられた知に基づく議論の深まりを感じさせる動きだ。

 一方で、政府の秘密情報の管理を強め、情報に近づくことを犯罪にする特定秘密保護法が昨年施行された。自分と違う意見や、報道への制裁、封殺を求める物言いが政党の一部にある。

 精神的自由に干渉しようとするいかなる動きにも敏感でいたい。社会問題で声を上げることの結果は必ずしも保証されない。だが、表現の権利や自由を使わず、あきらめた先に待っている闇を忘れてはなるまい。

 国のために国民がいるのではなく、国民のために国がある。自由な社会は、一人ひとりの意思と勇気なしには成り立たないことも、歴史は教えている。

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