2015年9月30日水曜日

米ロは対「イスラム国」で打開策を探れ

 シリア難民の問題は重大な人道危機だ。解決には同国の内戦収拾が欠かせない。そのため国際社会の結束が必要だが、そんな当然のことが実現しない。絡み合う大国の思惑がこれを阻んでいる。

 米国のオバマ大統領とロシアのプーチン大統領が、国連総会にあわせシリア情勢について話し合った。シリアのアサド大統領の退陣を求める米国と、政権を支援するロシアの溝は埋まらなかった。

 この違いが内戦収拾を遅らせ、過激派組織「イスラム国」(IS)に台頭する隙を与えてきたことを、両首脳は重く受け止めるべきだ。米ロの歩み寄りなしに問題は解決しない。あきらめずに打開策を探ってもらいたい。

 プーチン大統領は国連総会での演説で「アサド政権と協力しないのは間違いだ」と語り、IS掃討のために米軍主導の有志連合にロシアやアサド政権などを加えた大連合の形成を提唱した。

 一方、オバマ大統領は演説でアサド大統領を「暴君」と批判し、改めて退陣を求めた。プーチン大統領との会談でも「アサド政権が残る限りシリアの安定はない」と伝えたという。

 米軍はイラク領内に続き、昨年9月からシリア領内のISに空爆を始めた。ISと戦う反政府勢力への軍事訓練も実施しているが、ISの勢いは衰えていない。

 ロシアの提案には米主導の掃討作戦が手詰まりにある間にシリア問題の主導権を握り、ウクライナ情勢をめぐって深まる国際的孤立を抜け出たいとの思惑が見え隠れする。米国が簡単に乗るわけにいかない事情もあるだろう。

 提案の実現へロシアも歩み寄るべきだ。国民への弾圧を繰り返すアサド大統領を簡単に許すわけにいかない。将来の大統領退陣と新政権への移行に向けた協力をロシアが約束したうえで、現政権の存続を限定的に容認する――。そんな構想が必要ではないか。

 シリア内戦の死者は20万人を超え、1千万人以上が住む家を追われた。これ以上、放置してはならない。大切なのは絡み合う糸を解きほぐす順番だ。優先すべきは、IS掃討と新政権移行の道筋をセットで描くことだ。

 大統領排除にこだわるあまり国際社会が身動きをとれず、ISの残虐行為が繰り返されるようでは、犠牲者や難民が増えるだけだ。テロ拡散の危険も増す。米ロは協力の実現に力を注いでほしい。

日ロの対話継続が重要だ

 安倍晋三首相とロシアのプーチン大統領がニューヨークの国連本部で、およそ10カ月ぶりに首脳会談を開いた。北方領土問題で前進はなかったが、首脳対話の継続を確認したことは重要だろう。

 北方領土をめぐる昨今のロシアの立場は強硬だ。政府要人の現地訪問が相次ぎ、四島の実効支配を誇示する姿勢がめだつ。領土問題に相当な議論を割いたという先の日ロ外相会談でも、ラブロフ外相は「北方領土は議論していない」と日本側をけん制していた。

 しかし、何もしなければ四島のロシア化は着実に進み、解決の道は遠のくばかりだ。交渉を前進させるには、あらゆるレベルの対話を途切らせないことが大切だ。

 今月22日には貿易経済に関する日ロの政府間委員会が約3年ぶりに開かれ、プーチン大統領も前向きに評価した。10月8日には北方領土問題などを話し合う外務次官級協議も再開する予定だ。

 なかでも重要なのは首脳同士の対話だろう。安倍首相は会談で自らの自民党総裁再選に触れ「平和条約交渉に腰を据えて静かに取り組む素地が整った」と語った。

 国内で絶対的な権力を持つプーチン大統領と今後も会談を重ねて信頼関係を築き、大統領の本音を探りつつ、領土交渉打開の糸口を見いだしていく必要がある。

 その意味で、11月の国際会議の場で首脳会談を続け、プーチン大統領の来日も「最適な時期」に実現するとした合意は妥当だ。もちろん、大統領の来日が領土問題解決の突破口になるという安易な期待は禁物で、長期的な視野に立った粘り強い交渉が欠かせない。

 プーチン大統領はかねて日本との平和条約締結に前向きだ。今回の会談では経済協力の「潜在力」に言及した。領土問題で譲歩する意思があるかは不透明だが、日本との関係改善に取り組む余地を残していることは確かだろう。

 日本政府にはウクライナ危機を招いたロシアに建設的な対応を促す責務もある。それを忘れず、対ロ交渉を着実に進めてほしい。

対ロシア外交―より広い視野に立て

 ロシアとの粘り強い対話は維持すべきだ。同時に、国際情勢を踏まえたより広い視野で、対ロ外交を考えることの重要性も忘れてはならない。

 訪米中の安倍首相が、国連総会の合間をぬってロシアのプーチン大統領と会談した。

 懸案の北方領土問題で進展は見られなかった。

 会談で首相は「プーチン氏の訪日をベストなタイミングで実現したい」と述べた。そのために、平和条約交渉を中心とする政治分野や経済分野で「成果を準備したい」と語った。プーチン氏は「日ロ間の経済協力には大きな潜在力があると信じている」と、日本の経済協力に期待感を示した。

 北方領土問題を打開し、日ロ関係を長期的に安定させるためには対話が欠かせない。首脳同士がひんぱんに会い、信頼関係を築くことが効果を持ちうるのは首相の言う通りだろう。

 一方で、日本が忘れてはならない原則がある。ウクライナ危機で顕在化したロシアの「力による現状変更」は決して容認できない、ということだ。

 米欧が経済制裁を強め、ロシアに国際秩序への復帰を迫るなか、日本としても国際社会の結束を重視する必要がある。

 世界がいま、注視しているのは、シリア内戦にかかわるロシアの活発な動きだ。

 シリアなどで活動する過激派組織「イスラム国」を抑えるため、ロシアは、現在のアサド政権を支援するよう主張する。これに対し、米国は、シリア安定化のためアサド大統領の退陣を求めて対立している。

 内戦の犠牲者や欧州に押し寄せる難民を減らすためには、地域に大きな影響力を持つロシアとの対話が重要な意味をもつ。オバマ米大統領がプーチン氏との2年ぶりの本格的な首脳会談に臨んだのはそのためだが、対立は容易に解けそうもない。

 ここにきて、ロシアがシリアに積極的に介入しようとする背景には、ウクライナ問題から国際社会の目をそらすとともに、ロシアの発言力を高めようとする意図もうかがえる。

 国連総会に限らず、最近の米国とロシアは、ウクライナとシリアの二つの問題をめぐって、つばぜり合いを演じている。

 日本独自の対ロ外交も、こうした国際情勢の大きな流れと無縁ではいられない。

 大切なのは、二国間の政治的な成果を焦ることではない。米欧と協調し、国際秩序を尊重する姿勢を示すことこそ、長期的には北方領土に関する日本の主張の正当性を強めるはずだ。

18歳と政治―先生の背中を押そう

 先生を萎縮させてはならない。むしろ背中を押したい。

 選挙権年齢が18歳以上になるのを前に、文部科学省と総務省が、高校生向けの副教材と先生用の指導書を作った。

 政治や選挙を学ぶうえで、知識の暗記より実践を重視した。討論や模擬選挙、模擬議会などの具体的な方法を示している。

 生徒が多様な見解を知り、自ら考える。その大枠の方針には賛成だ。

 日本の学校は「政治的中立」を理由に、生の政治を遠ざけてきた。新たに取り組むには、先生のやる気がカギを握る。

 だが、指導書は「べからず集」の色が濃い。「教員が個人的な主義主張を述べることは避ける」と繰り返し、法律をふまえた注意点を細かに示した。

 先生が生徒に自説を押しつけてはならないのは当然だ。ただ慎重になるあまり、授業に二の足を踏んでは困る。

 文科省や教育委員会は現場を励まし、試行錯誤を認め、課題をいっしょに解決してほしい。

 自民党は、公立高校の先生が「政治的中立」を逸脱した場合、罰則を科す法改正を安倍首相に提言した。主権者教育に水を差す動きだ。

 いま必要なのは規制ではない。取り組みを促す工夫である。教委と選挙管理委員会が協力し、学校を支えてほしい。

 副教材は何も役所だけが作るものではない。若者の団体が授業プログラムをつくり、広げる動きもある。多様な教材から、先生がふさわしいと思うものを選ぶ自由こそが欠かせない。

 高校生の自主的な活動も応援したい。

 文科省は1960年代末の学生運動を背景に、生徒の政治活動を広く制限してきた。それを改め、新しい通知案では、放課後や休日、校外でデモや集会に参加するのを認める方針だ。その点は一歩前進といえる。

 すでに安保法制をめぐっては各地で高校生が団体をつくり、デモを呼びかけた。ところが、文科省の通知案は、学業に支障があると高校が判断すれば、禁止などの指導をするよう求めている。

 憲法の思想・良心の自由に関わる問題だ。校外での活動に、学校がどこまで口を出すことが適切か。慎重な対応が必要だ。

 次の学習指導要領では、社会参画を学ぶ科目「公共」が新設される。その先には、憲法改正の国民投票が見え隠れする。

 民主主義を育てるために、いかに学校や生徒の主体性を大切にして見守るか。問われているのは、この社会の姿勢である。

中韓国連演説 「反日宣伝」利用を憂慮する

 安全保障や歴史認識を巡って韓国と中国が共闘し、国連を「反日宣伝」の舞台として利用することは看過できない。

 韓国の朴槿恵大統領は国連総会の一般討論演説で、北東アジア情勢に関し、「安保秩序に重大な影響を及ぼしかねない新たな動きがあり、地域諸国の憂慮を生んでいる」と主張した。

 日本の安全保障関連法については、「透明性をもって履行されねばならない」と注文をつけた。

 自衛隊の活動は法律に従い、国会の承認なども必要となる。「透明性」を日本に求めるのは根拠がない。むしろ中国の軍備増強に向けて主張すべきではないか。

 安保関連法は、日米同盟を深化し、北朝鮮の軍事的挑発などを抑止するもので、韓国にも役立つ。米国は無論、アジア諸国の大半も高く評価している。日本への警戒感を煽(あおる)のは筋違いだ。

 朴氏は、9月初めに行われた中国の「抗日戦争勝利70年」の軍事パレードに出席するなど、露骨に対中傾斜を強めている。安保政策でも、日米韓の枠組みを軽んじるつもりなのだろうか。

 今回の演説では、元慰安婦を念頭に、生存者が少なくなっており、「心の傷を癒やす解決策」が早急に必要だとも述べた。

 問題は、朴氏が具体的な解決策を提示せず、日本の歩み寄りだけを求めていることだ。日本のアジア女性基金の活動を評価したこともない。基金は、韓国の元慰安婦61人に首相のお詫びの手紙とともに「償い金」を支給している。

 朴氏は「国連人権委員会の特別報告者らの努力を無駄にしてはならない」と語った。クマラスワミ報告は、慰安婦を「強制連行された軍用性奴隷」とするなど、事実誤認が多い。これに依拠した日本批判は受け入れがたい。

 中国の習近平国家主席も演説で歴史問題に言及した。「中国は死傷者3500万以上の犠牲を出して、日本の軍国主義の主要な兵力に抵抗した」と強調したが、数字の拠より所は示さなかった。

 中韓は、日本に関する一方的な見解を、客観的事実であるかのように喧伝(けんでん)している。

 習氏は、国連や多国間の平和事業に関する総額10億ドル(約1200億円)規模の基金の創設も表明した。経済力をてこに、中国の国際社会への影響力を強めようとする意図がうかがえる。

 東・南シナ海で力による現状変更を図り、地域の緊張を高めている中国に、国際秩序を主導する資格があるとは言えまい。

2015年9月29日火曜日

無用な株式持ち合いの解消ためらうな

 企業どうしや企業と銀行が互いの株式を保有することを、株式の持ち合いと呼ぶ。買収の脅威から会社を守るといった目的のものも多いとされ、一般投資家の声が経営に届きにくくなるという弊害が指摘されてきた。

 株式の持ち合いは、米英など市場経済が成熟した国にはほとんど見られない慣習だ。日本の企業社会の閉鎖性の象徴と見る向きもある。株式市場の活性化に向けて、企業と銀行は経済合理性に欠ける株式の持ち合いを、一刻も早く解消する必要がある。

 野村証券の調べによれば、持ち合い株式の市場全体の時価総額に占める比率は2014年度末に16%だった。同比率は1990年前後には50%に達したが、バブル崩壊に伴って企業が持ち合い株を手放す動きが加速し、低下の傾向が鮮明になった。

 しかし、ここ数年は株式相場が堅調なこともあり、そうした持ち合い解消の動きが鈍ってきたとの指摘が聞かれる。

 株式の持ち合いは企業統治(コーポレートガバナンス)の面からみて問題が大きい。企業どうしのなれ合いにつながり、経営へのチェックが働きにくくなるからだ。これはしがらみのない社外の視点を取り入れることにより、企業の競争力を高めていこうとするガバナンス改革の流れに逆行する。

 社外の視点を欠いた経営は、市場から調達した資本の効率利用の妨げにもなる。資本効率をはかる自己資本利益率(ROE)という指標で比べると、米欧は一般的に10%超だが多くの日本企業は一けたにとどまる。設備投資や自社株買いに使われるべき資金が、持ち合い株という低収益の資産に回っていることも一因だ。

 銀行が企業と持ち合いをしている場合は、金融仲介機能への影響も懸念される。銀行は株価の下落時に損失を抱え、リスクを伴う貸し出しなどの業務を拡大しにくくなるからだ。企業に必要な資金が回らなくなれば、経済にも悪影響が出かねない。

 最近は旧財閥系企業や銀行を中心に、一定の投資収益が見込めない株式は売却する方針を表明する例も出始めた。売却対象の企業は自力で新たな株主を探す必要がある。その緊張感が経営改革を推進する力になる。

 積年の課題である株式持ち合いの解消に向け、日本企業は今こそ歩みを速めるべきだ。

世界の貧困撲滅に民間の力を

 世界の首脳が国連本部に集まり、2030年までに貧困や飢餓の撲滅を目指す開発目標「持続可能な開発のための2030アジェンダ」を採択した。今年末で期限を迎える現行の「ミレニアム開発目標」に代わる新たな目標である。

 途上国開発の課題には先進国を含むすべての国が対応する必要があることや、企業や市民社会の役割が欠かせないことをうたっている。日本もその一員として、官民が連携して目標の実現に力を尽くすべきだ。

 17分野、169項目について目標を設定した。貧困や飢餓に終止符を打つことや教育や保健・衛生の充実など従来目標の継承のほか、男女平等の実現や格差の是正、気候変動への対応など幅広い分野を対象にしている。8分野の現行計画に比べて桁違いに多い。

 著しい貧困にある人口が1990年比で半減するなど、00年に採択された現行目標はいくつかの項目を達成した。しかし、この間に実現した途上国の経済水準の底上げや、経済のグローバル化によって課題は多様化し、途上国だけの対処ではすまなくなっている。

 今後も地球環境や社会と調和した成長を実現するには、すべての国がこうした課題に向き合わねばならないのは当然と言えよう。

 途上国開発は従来、豊かな先進国が政府開発援助(ODA)で支援することに主眼が置かれてきた。だが、経済発展に伴って途上国側が求めているのは雇用を生み、産業を興すパートナーである。

 アフリカ向けの直接投資額は00年代半ばに、ODAの合計を上回った。援助から貿易・投資への変化ははっきりしている。途上国の自律的な成長を促す民間部門の役割が重要だ。各国政府には企業や非政府組織(NGO)の活動を後押しする投資環境や貿易のルールを整えることが求められる。

 もちろん、まだ多くの貧困や飢餓に直面する人々がいる。ODAの役割が失われるわけではない。ODAと貿易・投資の効果的な組み合わせを考えることが大事だ。

TPP交渉―意思と知恵が問われる

 環太平洋経済連携協定(TPP)交渉は、近く参加12カ国の閣僚会合が開かれる。

 「背水の陣」で臨んだはずの前回会合で大筋合意に失敗してから2カ月。今回も合意できないと、交渉が漂流する恐れが高まりそうだ。

 世界貿易機関(WTO)での通商自由化交渉が停滞し、軸足は各国間や地域での交渉に移っている。成長著しいアジア太平洋地域が舞台のTPPの行方は、今後の各地の交渉の動向を左右する。アジアの活力を取り込みたい日本にとっても、避けて通れない課題である。

 交渉を取り巻く政治状況は予断を許さない。

 農業や自動車の分野でカギを握る国の一つ、カナダでは10月半ばに総選挙がある。今回の閣僚会合で合意できず、カナダの政権の枠組みが大きく変わることになれば、交渉が本格的に中断しかねない。来年になると、TPPを主導する米国の大統領選が本番を迎える。民主、共和両党の妥協は難しくなり、米議会による承認まで見すえた道のりは険しくなる。

 甘利・TPP相は「今回の機を逃せば、交渉が年単位で先延ばしになりかねない」と指摘する。その危機感を他国の閣僚と共有し、会合に臨んでほしい。

 各国が対立するテーマは、次第に絞られてきている。安価な後発薬の普及を左右する新薬のデータ保護期間など、知的財産権を巡る問題。マレーシアなど一部の国にとって難題である国有企業の扱い。7月の前回会合で争点になった、乳製品などの市場開放問題だ。

 自動車の関税引き下げ・撤廃交渉に関連して、製品を「TPP産」として認める際に、TPP域内での部品調達比率をどの水準に設定するかという原産地規則を巡る協議も気がかりだ。

 日本などは、タイなどTPP域外をからめた分業を念頭に、4割程度の比率を唱えている。これに対し、メキシコとカナダは共に加わる北米自由貿易協定(NAFTA)並みの6割程度を主張しているようだ。自国の自動車産業への配慮がある。

 大詰めを迎えるにつれて、国内産業を保護しようと利害対立が激しくなるのが通商交渉の常だ。各国とも国内の雇用に一定の配慮が欠かせないとしても、広く消費者の利益を意識しないと交渉は前に進まない。

 複雑な連立方程式に挑み、妥協を図る意思と知恵があるか。交渉参加国の中で突出した経済規模を誇る米国と日本の責任は大きい。今回の会合で大筋合意にこぎ着けてほしい。

介護と仕事―両立支援を柔軟に

 働きながら家族を介護している人は240万人、介護のために勤め先を辞めた人は1年間で9・5万人。国の統計(2012年)が示す「介護と仕事」をめぐる状況である。

 介護は、親が体調を崩して突然始まることもある。いつ終わるのか、わからない。40代、50代で退職すれば再就職は容易でなく、貧困に陥る恐れもある。経験豊かな社員に辞められたら、企業にとっても痛手だ。

 共働きの増加やきょうだいの減少で、介護の分担は以前より難しくなっている。介護施設もすぐには増えない。それでも仕事を続けられる仕組みや取り組みは急務だ。

 厚労省の有識者研究会が8月にまとめた報告書は、現在の両立支援制度が「家族を介護する労働者の現状に対応できていない」と指摘する。もっとも本質的な対策は、長時間労働を減らすなど働き方全体を変えることだという。その通りだろう。

 疲労の蓄積を減らせるし、親が介護施設でのデイサービスから戻る時間に合わせて帰宅しやすくもなる。

 ただ、働き方全体をすぐに見直すのは難しい。だから、まずは既にある介護と仕事の両立支援の制度を使いやすくし、利用を促すことが大切だ。

 代表例は介護休業制度だろう。現在の仕組みでは介護を必要とする家族1人につき最長93日まで取得できるが、原則1回に限られる。病院から退院した後に利用する介護サービスを決めるなど、介護の態勢を整えるための制度とされる。

 しかし、1回しか使えないことから「いざという時のためにとっておこう」と利用控えが起きているという。実際、介護中の労働者の利用率は3%余にすぎず、アンケートでは「1回」よりも「複数回」への分割を望む声が圧倒的に多い。

 通院の付き添いなどにあてる介護休暇(年5日)も、利用率は3%に及ばない。現行の1日単位だけでなく、時間単位でも認めたほうが使いやすい。

 報告書も介護休業の分割取得や、介護休暇の取り方について検討することを求めた。これを受けて厚労省の審議会が関連法の改正を視野に議論を重ねる。改正を急ぐべきだ。

 介護を必要とする人も、支える人も状況は様々だ。制度に柔軟性を持たせることが欠かせない。介護に柔軟に対応できる仕組みは、育児や病気など他の事情を抱えた人にとっての働きやすさにもつながるはずだ。介護しやすい社会を築いて高齢化に備えたい。

原発交付金 制度見直しで再稼働の促進を

 政府は2016年度から、原子力発電所がある自治体に配分されている電源立地地域対策交付金の制度を見直す。

 九州電力川内原発(鹿児島県)のように再稼働した原発を抱える自治体には、稼働実績に応じた交付金に加え、地域振興のため、県に最大5億円を配分することが柱だ。

 電力の安定供給には、燃料費が安く、昼夜を問わず発電できる原発の活用が欠かせない。再稼働した原発の立地自治体への支援を手厚くし、原発の稼働率を上げようという狙いは妥当だ。

 交付金制度の見直しを、再稼働に対する地元自治体の理解を得る一助としたい。

 政府は、原発の新増設の推進についても、明確な方針を示し、自治体の支援を強化すべきだ。

 交付金は元々、原発の稼働率に応じて増減されていた。ところが、東日本大震災後に稼働ゼロが続いたため、稼働率を一律約8割とみなして支払われてきた。今回の見直しで、その基準は段階的に約7割に引き下げられる。

 他に有力産業がない地域では、交付金や固定資産税など原発関連の歳入に大きく依存している。

 交付金の減額に、自治体には「住民生活への影響は避けられない」と、不安の声が多いが、再稼働を促すために、配分にメリハリを付けることはやむを得まい。

 廃炉が決まった原発を抱える自治体への配慮は欠かせない。

 原発が廃炉になると、原則として立地自治体に交付金は支払われなくなる。福井県敦賀市は、敦賀原発1号機の廃炉などにより、20年度の交付金は、15年度比で約4億円減り、約11億円に落ち込む見通しだという。

 廃炉予定の原発がある自治体の地域振興に向けて、政府は財政支援する方針を示した。適切な措置だ。太陽光などの再生可能エネルギーや高効率の火力発電の誘致が有力な選択肢となろう。

 財政支援が、予算のバラマキに陥ってはならない。有効に活用されているか、政府はしっかりと目配りしてもらいたい。

 再稼働が進めば、原発の使用済み核燃料の保管場所の確保が問題となる。青森県六ヶ所村の再処理工場建設が遅れていることで、保管場所が満杯になり、原発の運転継続が困難になる恐れがある。

 電力会社が原発での保管能力を増強するには、自治体の同意が必要だ。政府が、同意した自治体への交付金の増額を決めたのは、再稼働を進める上で有効だろう。

五輪追加種目 「東京」を盛り上げる決定打に

 五輪で実施する競技を開催都市が選ぶ。新たな試みを、大会の盛り上がりにつなげたい。

 2020年東京五輪の組織委員会が、国際オリンピック委員会(IOC)に提案する追加種目を決めた。来夏のIOC総会で正式決定される。

 野球・ソフトボール、空手、ローラースポーツ(スケートボード)、スポーツクライミング、サーフィンの5競技18種目だ。これらの選手にとって、東京五輪の舞台に立てる可能性が高まったことは、大きな励みになるだろう。

 追加種目の実施は、IOCが昨年末から進めている五輪改革の目玉の一つだ。開催する国で人気のある競技や、メダル獲得が有望な競技を加えることにより、五輪への関心を高める狙いがある。

 背景にあるのは、IOCの危機感である。巨額の財政負担に対する市民の反発などで、五輪招致を断念する都市が相次いでいる。

 追加種目が五輪の新たな可能性を引き出せるかどうか、東京五輪が試金石となる。

 日本において、野球は国民的スポーツだ。設備の整った球場が多数存在するため、建設コストを削減できる。組織委だけでなく、プロとアマチュア球界が協力し、日本に根付いた野球の魅力をIOCに訴えていく必要がある。

 08年北京五輪を最後に、五輪競技から外れた。この際には、米大リーグのトップ選手が、シーズン中であるために出場しないことなどがマイナス材料となった。大リーグ側に可能な限りの協力を求めていく努力も欠かせない。

 ソフトボール日本代表の女子選手たちが、北京五輪で金メダルを獲得した際の笑顔は、感動をもたらした。五輪への復帰は、ソフトボール界にとっても悲願だ。

 今回、世界野球ソフトボール連盟を新設し、男子の野球と一体となってアピールしてきた戦略が実を結びつつある。

 日本発祥の空手は、世界的に競技人口が多いことが強みだ。会場には、既存の日本武道館などを活用できる。ルールの周知などが課題となるだろう。

 ローラースポーツ、スポーツクライミング、サーフィンについては、若者に人気の競技を重視するIOCの意向に沿った選考だ。

 東京五輪を巡っては、新国立競技場建設計画とエンブレムの白紙撤回で失点が続く。

 国民の期待をこれ以上、裏切らぬよう、組織委は最終決定に向けたIOCとの折衝に万全の態勢で臨まねばならない。

2015年9月28日月曜日

なお課題多い原子力規制の信頼回復

 原子力規制委員会が発足して、まる3年がたった。東京電力・福島第1原子力発電所事故の教訓を踏まえ、規制委は国の原子力政策や電力会社の影響力から独立した組織として、原発などの安全対策を厳しく審査してきた。

 しかしこの間に原子力の安全規制に対する国民の不信感をぬぐいきれたとはいえない。信頼回復の道はなお遠し、だ。

 改めて指摘したいのは、説明能力不足だ。田中俊一委員長は「世界最高水準の基準」と口にするが、具体的にどこが改善され、どれくらい安全になったのか、他国に比べどうなのか、一般の人には極めてわかりにくい。専門的な議論をだれにもわかるような言葉で、ていねいに説明する責任がある。

 政府側の発言にも問題がある。安倍晋三首相は「規制委が安全を確認した原発を再稼働」と言うが、規制委の審査は決して100%の安全を保証するものではない。政府関係者は規制委の任務を正しく理解し国民に伝えるべきだ。

 規制委を支える原子力規制庁の体制も課題を残したままだ。現場経験のある人材が足りていない。当初は「半年くらい」としていた審査が長引き、原発の再稼働まで約2年を要したのは人材不足が大きい。

 新基準の下での審査体制が次第に整って、今後は審査の迅速化が期待されるところだ。とはいえ、政府が原発を基幹電源として長期的に維持するのなら、人員や予算でもっと手厚い体制を敷いてしかるべきだろう。米国の原子力規制委員会のように、電力会社から審査料を徴収して規制庁の独自財源とするやり方も一考に値する。

 原子力の安全規制は、事故から国民の生命や健康を守るのが目的だ。その点で、万が一の事態に際しての住民避難のあり方は極めて重要だ。規制委は避難計画などのガイドラインはつくったものの、原発ごとの具体的な計画づくりは地元自治体に委ねたきりで、口を差し挟まない姿勢だ。

 計画づくりは、地域の実情をよく知る自治体が担うのが妥当だろう。ただ自治体の手には負えないことも多い。ぬかりがないように政府が支援しなければならない。

 規制委も原子力の専門家の視点で計画を客観的にチェックし、より実効性が高く住民が安心できる内容にするよう努力すべきだ。自治体が抱える課題に対して、もっと真摯に耳を傾ける必要がある。

アスベストの恐ろしさ今も

 建材などに用いられたアスベスト(石綿)が、扱っている工場の労働者だけでなく周辺の住民にも深刻な健康被害をもたらすことを企業がみずから認めた「クボタ・ショック」から、今年で10年。国内では新規の使用が原則として禁止され被害者の救済も進んでいるが、なお万全とはいいがたい。

 アスベストは軽くて耐火性に優れ、主に建材として大量に用いられた時期があった。だが人が吸引すると中皮腫や肺がんといった重い病気を引き起こすことが明らかになり、政府は2006年に遅まきながら新規の使用を禁じた。

 政府の推計では、同年時点でアスベストを用いた建物は全国でおよそ280万棟あった。小さな建物を含めればもっと多いとみられる。こうした建物の解体はこれからが本番で、20年から30年ごろにかけピークを迎える見通しだ。

 不安を覚えるのは、解体に際しアスベストの有無を調べなかったり飛散対策が不十分だったりする例がしばしば伝えられていることだ。工事の発注者や工事を請け負った企業の法令無視と同時に、一部の自治体が監視と情報公開に消極的なことが問題である。

 自治体が発注者の場合でさえ、ずさんな工事が報告されている。違法工事に関する公文書の公開請求に、自治体が十分に応じない例もある。アスベストは健康被害が表れるまで時間がかかる。将来の救済への備えとしても、監視と情報公開を徹底すべきだ。

 昨年、解体工事の発注者の責任を明確にした法改正があったが、周知は不十分だ。飛散を防ぐ技術の革新が進んでいるのに、広く知られず普及に手間取っている。こうした面でも情報の目詰まりを解消する取り組みが求められる。

 救済の面では、被害を認定する際の基準が国際的にみて厳しすぎるとの指摘が出ている。

 世界を見渡すと、適切なアスベスト規制を欠いている国はなお少なくない。日本が果たすべき役割は大きい。まず国内の対策を万全にする必要がある。

地方創生―「住民が主役」を貫けるか

 地方創生に向け、自治体による「総合戦略」と「人口ビジョン」作りが佳境を迎えている。

 地域の魅力アップや雇用創出でどんな策がありそうか。その結果、人口をどれぐらいにすることができるか。地方創生法などで全ての都道府県と市町村に策定の努力義務が課された。取り組みの出発点となる作業だ。

 合計特殊出生率が昨年は1・42と9年ぶりに低下し、東京圏への人口転入超は3年連続で増えて年11万人に及ぶ。縮みつつ一極集中が止まらない現状を打破する試みでもある。

■丸投げする自治体も

 しかし、小さな自治体にとっては荷が重い作業だ。国は総合戦略を評価して交付金などの配分を決める姿勢のため、へたな計画は作れない。

 だから、戦略の検討は官民のシンクタンクに頼む。国が広く地元関係者の意見を反映するよう求めているので、審議会にかけて体裁を整える。そんな例が相次いでいるとの声が、国と地方の両方から聞こえてくる。

 少子高齢化や財政難の深刻さを考えれば、役所任せではいられない。住民自ら地域の将来像を考え、行動する。そこに役所や地元企業、大学が協力して特色ある地域づくりを進める。

 そうした方向に踏み出せるのか。それとも国からの補助金・交付金の獲得競争に終わってしまうのか。地方創生は正念場を迎えている。

 住民主導の街づくりは、もちろん容易ではない。それでも、目を凝らせば、お手本はあちこちにある。

 高松市に隣接する人口2万8千人弱の香川県三木町。ここでは、くじ引きなどで選ばれた町民30人余りが主役の「百眼百考会議」が、「移住受け入れ」「結婚・出産・子育て等若年世代対策」など四つの分科会に分かれ、町役場の職員と一緒に議論を重ねている。

■役場職員と対等に

 会議が生まれて5年。シンクタンク「構想日本」の関係者らの力も借りるが、議論への助言にとどめ、対策の中身は自分たちで考える。

 国が音頭を取る地方創生について、筒井敏行町長(73)は「ニンジンをぶら下げられ、競争させられているようだ」と厳しい。それでも、法律に記された総合戦略を作らないわけにはいかない。

 そこで、百眼百考会議を戦略作りの土台にすえた。これなら町の試みと矛盾しない。「計画が国に認められなくてもムダにはならない。町民が『私のまち』と一人称で発言する町にしていきたい」と力を込める。

 三重県松阪市の場合は、「住民参加」を行政が半ば強引に進めてきた点に特徴がある。

 自治会や消防団、老人クラブ、PTAなど地域の組織がこぞって参加する住民協議会がその舞台だ。もともと市内の一部地区にあったが、平成の大合併で人口が16万8千人弱になった市全体に広げ、40を超える協議会が活動している。

 財政難で行政にも限界がある。自治会は少子高齢化で力が弱っている。縦割りを超えて地域住民が集まる仕掛けを用意し、NPO法人なども含めて「地域の経営主体」になってもらう。そんな狙いを込めて、市の職員が住民との対話を重ねてきたという。

 地域の史跡巡りとデータベース作り、植樹など公園の整備と活用策の検討、他の地区の住民を招いての1日交流会……。活動ぶりが先頭を走るという地区でも、今後の事業計画には地道な取り組みが並ぶ。協議会長を務める葉山和則さん(71)は「事業そのものより人づくりこそが目標です」と話す。

■国は地方に任せよ

 三木町と松阪市に共通するキーワードがある。「過程」の重視だ。目先の成果を急ぐより、住民が考え、行動する確かな構造を築くことに力を注ぐ。

 国は、このメッセージをどう受け止めるだろうか。

 「地方の自主性」を強調しながら、総合戦略に関して自治体に出した通知では「留意すべき事項」に加えて「施策の基本的方向の例」まで書き込んだ。

 具体的な事業でも旗を振る。地域経済の活性化策では「プレミアム付き商品券」を例示。米国の例を参考に、退職に伴い地方へ移住したいサラリーマンらを生かした街づくりでは、モデル事業を実施する。

 プレミアム商品券は98%の自治体が発行手続きを取り、モデル事業には200を超える自治体が関心を示した。国が推奨する事業ならおカネをもらえるはず。県や市町村がそう考えるのも無理はない。

 急速な少子高齢化と、地方の将来に関して国の危機感が強いことは理解できる。自治体の側に国頼みの姿勢が根強いという問題もあるだろう。

 しかし、「中央集権的な地方創生」では、真の創生はおぼつかない。住民にも、自治体にも、国にも、覚悟が要る。

通常国会閉幕 与野党は不毛な対立を断て

 日本の平和確保に極めて重要な安全保障関連法が成立した国会として、歴史に刻まれよう。

 8か月に及んだ通常国会が閉幕した。

 安倍首相は記者会見で、安保関連法について「戦争を未然に防止し、地域の平和と安定を確固たるものとする」と語った。「ロシア、中国、韓国との関係改善に力を入れる」とも強調した。

 与党の自民、公明両党の結束は終始、揺るがなかった。自民党総裁選における安倍首相の無投票再選は、所属議員が安保関連法成立を最優先したためだろう。

 民主党は「違憲法案」と断じ、野党共闘を目指した。だが、元気、次世代、改革の3党は、与党との連携を選択した。維新の党も、松野代表らと大阪系議員が分裂状態にあり、共闘は限定的だった。

 残念なのは、世論が大きく割れたことだ。今後、賛成、反対両派の融和をいかに図るのか。重い課題を残したと言えよう。

 地域農協の経営の自由度を高める改正農協法が成立したのは、安倍政権の重要な成果である。

 農業の競争力強化に向けた一歩となる。農協と農家が受け身の姿勢から脱し、販路開拓などの創意工夫に取り組むことが大切だ。

 農協が営農指導に本腰を入れる環境を作るため、農家以外の「准組合員」のサービス利用制限という、積み残しの課題についても、政府は検討を急ぐべきだろう。

 過去に2度廃案となった改正労働者派遣法の成立も意義深い。政府は、派遣労働者の雇用安定と処遇改善に努めねばならない。

 ただ、政府が新規に提出した75法案のうち、成立したのは66本にとどまった。過去最長の95日間の延長をしたのに、9割に満たない成立率は物足りない。

 働いた時間ではなく、成果に応じて賃金を決める労働基準法改正案や、取り調べを可視化する刑事司法改革関連法案などの処理は、先送りされた。

 憲法審査会の審議も事実上、中断した。民主党などが対決姿勢を強める中、与党としては、安保法案への影響を最小限に抑える必要があると判断したためだ。

 安保法案優先の判断は理解できるが、他の重要法案の審議を同時並行で進める方策をもっと真剣に探るべきだったのではないか。

 野党は、対案を示し、政府に建設的な論戦を挑む。政府・与党は、謙虚な姿勢で審議の充実に努める――。与野党双方が、それぞれの本来の役割を自覚し、誠実に取り組むことが求められよう。

難民大量流入 欧州の支援策は奏功するのか

 中東やアフリカなどから難民や不法移民が流入するスピードを抑え、秩序だった難民支援の体制を構築できるのか。欧州連合(EU)の協調の真価が試されよう。

 EUは、首脳会議を開き、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)など国際機関に少なくとも10億ユーロ(約1300億円)を追加拠出することを決めた。シリア周辺国で難民を支援するためだ。

 内戦が続くシリアからは、400万人以上がトルコやヨルダンなどに流出した。

 欧州に向かう難民を減らすには、周辺国での難民生活を安定させることが肝要である。EUの支援は、内戦終結の道筋が見えない中での苦肉の策と言えよう。

 首脳会議は、難民流入の玄関口であるギリシャとイタリアに、難民登録や指紋採取を行う施設を、11月末までに設置することでも合意した。難民と不法移民を区別する狙いだ。EUと加盟国が連携して国境警備を増強するという。

 EUにとっての難題は、欧州入りした難民の受け入れについて、加盟国がどう分担するかだ。

 首脳会議に先立って開催された法相・内相理事会では、ギリシャとイタリアが抱える難民12万人を2年間で、加盟国が共同で受け入れることを決めた。

 ハンガリーやスロバキアなど東欧4か国が反対し、異例の多数決で決着せざるを得なかった。

 欧州での難民申請者は今年、100万人を超えると予測されている。今回の分担決定は焼け石に水ではないか。持続的な受け入れ体制を作ることが急務である。

 EUが流入抑制を含む対策を打ち出したのは、大量の難民らが殺到することが各国の社会の安定を脅かすという危機感からだ。

 財政危機のギリシャで20日行われた総選挙では、反移民を掲げる極右政党が第3党になった。

 経済大国ドイツは難民を寛大に受け入れてきたが、今月中旬、国境検問による制限を始めた。流入急増で収容能力を超えた地元当局が抗議の声を上げたことが大きい。受け入れに反発する極右集団の活動も顕在化している。

 欧州への難民流入は今や、国際社会全体が取り組むべき問題だ。米国やオーストラリアはシリア難民の受け入れ拡大を表明した。

 日本は、シリア周辺国の難民に対する食料供与や上水道整備など支援に力を入れ、11億ドル(約1300億円)以上を拠出してきた。人道危機の深刻化を受け、一層の貢献へ知恵を絞る時である。

2015年9月27日日曜日

アジアの安定に懸念残した米中会談

 アジア太平洋の安定につながるのかどうか。こんな思いを抱き、多くの国々が米中首脳会談を見守ったにちがいない。ところが、あらわになったのは対立の根深さであり、中国から責任ある行動を引き出すことの難しさだった。

 オバマ大統領と習近平国家主席の会談は、海洋で強気な行動を繰り返す中国に対し、どこまで歯止めをかけられるかが、大きな焦点のひとつだった。

 だが、目に見える成果はほとんどなかった。オバマ氏は中国が南シナ海の岩礁を埋め立て、軍事施設を建てている問題をめぐり、重大な懸念を伝えた。習氏はそれでも、中国の主権の範囲内の活動という立場を譲らなかった。

 米中両政府は会談後、成果文書をそれぞれ別々に公表したが、いずれも南シナ海問題に言及していない。軍事施設の建設をやめさせるため、米国は中国への圧力を強めてほしい。

 双方は、空中での衝突防止措置の枠組みでは合意した。昨年来、中国軍機が米軍機に異常接近する事件が相次いでいるためだ。意図しない衝突を防ぐうえで有効だが、まず、中国軍がそのような挑発をやめることが大切だ。

 会談のもうひとつの焦点は、中国が関与しているとされるサイバースパイの問題だ。両首脳はこうした活動をしないことを確認。閣僚級の対話や、緊急連絡用のホットラインの設置で合意した。一歩、前進といえるが、解決にはもっと本格的な対策が必要になる。

 海洋やサイバー問題は米国だけでなく、他の国々も大きな影響を受ける。日本は米国と連携し、中国に是正を働きかけてほしい。

 会談では、人権派弁護士を次々と拘束するなど、習政権下で人権が弾圧されている問題も取り上げられた。習氏は国際社会の懸念を真剣に受け止めるべきだ。

 一方で、環境や経済では、互いに協力に前向きな姿勢をにじませた。習氏は、温暖化ガスの排出量取引制度などを導入すると約束した。米中は温暖化ガスの二大排出国であるだけに、一層の努力を期待したい。

 人民元をめぐっては、習氏が記者会見で「長期的に切り下げを続ける根拠はない。為替レートの市場化を進めていくことを約束する」と語った。中国経済の先行きには、世界的な不安も漂っている。中国は経済運営の透明性をさらに高めてもらいたい。

一元化で年金の基盤を堅固に

 公務員などが加入していた共済年金制度が10月から廃止され、厚生年金に一本化される。官民格差の是正が主な狙いだ。年金制度はより大きな単位にした方が環境変化の影響も受けにくい。これを機に厚生年金の安定に関係者は全力を尽くしてほしい。

 これまでは同じ給与所得者であっても、民間企業の会社員は厚生年金、公務員や私立学校の教職員は共済年金という別の公的年金に加入していた。現状では共済年金の方が保険料率が低く、給付も職域加算という分だけ厚生年金より手厚いなどの格差がある。

 2012年に成立した被用者年金一元化法の施行によって、今後は公務員も私学教職員も厚生年金に加入する。共済年金に加入していた人の保険料率は段階的に引き上げられて厚生年金と同じになる。職域加算部分も廃止される。

 職域加算に代わって、民間の企業年金に相当する新たな公務員の上乗せ年金制度が導入される。ただ、単純な上乗せでは格差が残るので、公務員の退職手当を引き下げたうえで新制度を導入する。このほか、遺族年金の支給対象など制度間で違いがあった点は、原則的に厚生年金の基準でそろえる。

 しかし、すべてが一本化されるわけではない。共済組合などの事務組織は温存され、保険料徴収や年金給付、積立金運用などを担うという。ここに無駄や非効率な面は残らないだろうか。

 厚生年金はこれまで旧国鉄職員が加入したJR共済年金などを統合してきた。いずれも加入者の減少で財政が大幅に悪化した制度の救済だった。政府はかつて「1995年をめどに一元化を完了する」と閣議決定していたが、実際には行き詰まった制度をそのたびに統合するにとどまっていた。

 これらに比べれば今回の公務員の共済年金などはまだ余裕がある。少子高齢化で厚生年金の財政も厳しい。制度ごとの利害にとらわれず、組織の効率化なども進め、統合のメリットが最大限に発揮できるようにすべきだ。

米中首脳会談―サイバー合意を一歩に

 米国と中国は、実に深い対立点を抱えつつも、現実的な共存の道を手探りし続けるほかない。そんな苦しい思惑が今回も色濃くにじんだ。

 米・ワシントンであった両国の首脳会談である。かつてない緊張の中だったが、何とか進展を演出して終わった。

 最大の争点は、サイバー空間での犯罪と国家のかかわりである。今回は、企業の知的財産などを盗む犯罪への対策で協力することで合意を表明した。

 サイバー問題はいまや、世界の平和と安定を脅かす難題である。米中の合意がどう履行されるかは不透明だが、少なくとも両政府が攻撃を実行も支援もしないと約束した意味は重い。

 これを第一歩として対話を進め、ネット空間での国際規範づくりをめざしてもらいたい。

 米国では、産業情報や政府の個人情報が大量にネット上で盗まれる事件が相次ぎ、中国政府・軍の関与が疑われている。

 中国は全面否定しているが、米国は軍事的な脅威としても重大にとらえ、中国に制裁を科す論議も高まっている。

 一方、中国側が「自分たちも被害者だ」とする主張にも理がある。サイバー技術で優位に立つ米政府の情報機関が、ネットに侵入して世界規模で大量の情報収集をしてきたことが近年、明るみに出たからだ。

 だが、北朝鮮など第三国の疑いが強いネット攻撃も起きている。サイバーの無法状態が続くことは、米中自身に利益とならないことを悟るべきだ。

 核問題での核不拡散条約のような、基本的な国際ルールがサイバーにも必要だろう。米中の協力がその機運を高める契機になることが望ましい。

 米中間では、サイバーの論点は安保・経済に限らず、人権や民主化問題にも及ぶ。国家が通信や情報を規制する中国では、フェイスブックやツイッターは禁じられ、外国企業による通信・報道にも規制がある。

 開かれたサイバー空間の原則を米国は唱え、中国は「サイバーにも国家主権が及ぶ」と反論する。そこには、自由と統制にかかわる根源的な価値観の対立がのぞく。

 人権をめぐる米国の懸念に対し、中国は今回も内政問題として受け入れなかった。サイバーと並ぶ争点である南シナ海問題でも、歩み寄りはなかった。

 習近平(シーチンピン)氏は会見で、米中は「世界の平和に共通の責任を負う」と述べたが、その自覚を行動で示すべきだ。古い覇権思考から脱皮した21世紀型の大国像を米中双方が示してほしい。

シリア難民―近隣の国々にも支援を

 欧州に押し寄せる難民の波に世界の目が注がれている。欧州連合は16万人の受け入れを決めたが、それは難民全体のほんの一部でしかない。

 難民の出身国と近接の国々では、はるかに多くの人々が助けを待ち望んでいる。

 欧州に到達した難民たちの問題から、中東を中心にした世界の難民問題の全景へと思いをはせたい。戦乱や迫害から逃れ、生存の道を探る人々への緊急救援に、日本を含め国際社会も本腰を入れるべきだ。

 いま最も多くの難民を出している国は、紛争が4年に及ぶシリアである。人口2200万の半分以上が家を失い、国外への難民や国内避難民となった。

 このうち、北隣のトルコには200万人がとどまっている。南のヨルダンには60万人。西のレバノンは、国の人口500万で、すでにパレスチナ難民数十万人も抱えているが、シリア難民100万人が流れ込んだ。

 シリア国内にとどまる避難民は、760万人を数える。

 隣接国の受け入れは限界に近く、生活環境も厳しい。レバノンにある難民キャンプを取材した本紙記者によると、支援にあたる国連機関は慢性的に資金が足らず、そこで暮らす人々には絶望感が強いという。

 事態はもはや人道問題にとどまらない。膨大な難民の存在は、地域の治安や政治的安定、経済的繁栄を脅かす要素になりつつある。中東全体の安定に直結する最優先課題と位置づけるべきだ。

 欧州連合は、シリア周辺の国々を支援するための拠出を10億ユーロ(約1340億円)以上増やすと決めた。連携強化も目指す。状況は切迫しており、欧州以外の関与も不可欠だ。

 日本政府は、シリア難民の若者を留学生として受け入れるよう検討を始めた。だが、その規模は数十人程度とみられ、国際貢献というにはあまりに規模が小さすぎる。

 国連の難民問題の責任者だった緒方貞子さんは「難民の受け入れに積極性を見いださなければ、積極的平和主義というものがあるとは思えない」と語り、安倍政権に決断を促している。日本政府は大胆な受け入れ策を打ち出すとともに、難民キャンプへの支援拡大など多様な手段も講じるべきだ。

 事態の打開には、シリアの内戦状態を収束させる努力が必要だ。国連総会を機にニューヨークに各国首脳が集まる時でもある。包括的な難民対策に向け、実効性のある国際行動の道筋が描かれるよう期待したい。

米中首脳会談 「独善」で大国関係は築けない

 中国が独善的行動で国際秩序に挑戦し続ける限り、自らが望む米国との「新しいタイプの大国関係」は構築できまい。

 中国の習近平国家主席が米国を公式訪問し、ワシントンでオバマ大統領と会談した。

 オバマ氏は、米企業や国民への中国発のサイバー攻撃に対して、「非常に深刻な懸念」を表明し、習氏に停止を要求した。

 大統領選挙を来年に控えた米国では、対中世論が硬化している。オバマ氏も一層厳しい姿勢を示さざるを得なかったのだろう。

 両首脳は、企業秘密などを盗み出すサイバー攻撃を実行、支援しないことでは一致した。閣僚級対話の創設でも合意した。

 問われるのは実際の行動だ。攻撃への関与を否定する中国が合意を本当に順守するのか、国際社会は注視しなければならない。

 中国が南シナ海で岩礁を埋め立てている問題を巡って、両首脳の議論は平行線に終わった。

 オバマ氏は会談後の共同記者会見で、「米国は国際法が許す場所ではどこでも、航行や飛行、軍事行動を継続する」とクギを刺した。習氏は「領土主権と、合法的で正当な海洋権益を守る権利がある」と強弁し、譲らなかった。

 最近、中国が埋め立てた岩礁の3か所で3000メートル級の滑走路を建設していることが判明した。完成すれば、南シナ海の広大な海域が中国の事実上の支配下に入る可能性も指摘されている。

 中国の力による現状変更は看過できない。米国は、日本など関係国と連携して、中国に自制を促す必要がある。中国が米国との対等な関係や国際社会での大国としての地位を望むなら、地域の安定に相応の責任を果たすべきだ。

 習氏の訪米に合わせて、中国は米ボーイング社から旅客機300機を購入する大型契約を結んだ。経済カードで米財界を懐柔し、取り込む狙いが明白である。

 だが、株価維持の市場介入や人民元切り下げなどに見られる中国の恣意(しい)的な政策運営に、米国は不信感を強めている。

 習氏は記者会見で、「長期的には人民元を切り下げる根拠はない」と述べ、市場原理を重視する考えを強調した。その言葉通り、国際ルールに則(のっと)った透明性の高い改革を推進してもらいたい。

 気候変動問題に関して、両首脳は協力強化を改めて確認した。協調を打ち出せる数少ない分野の一つではないか。温室効果ガス排出量の世界1、2位の中国と米国は着実に削減を進めるべきだ。

受刑者の診療 医官不足に歯止めをかけたい

 刑務所などの矯正施設が、医師不足に悩んでいる。受刑者らを適切に処遇する観点から、早急な対策が求められる。

 矯正施設の常勤医師である「矯正医官」を確保するための特例法が成立し、年内に施行される。民間病院との兼業を容易にするなど、勤務条件を改善するのがポイントだ。矯正医療の充実につなげてもらいたい。

 国家公務員の矯正医官は、受刑者の診察・治療や、感染病の予防に当たっている。

 国家権力によって、強制的に身柄を拘束している以上、受刑者の心身のケアや施設の衛生管理は、政府の重要な責務である。受刑者の健康維持は、円滑な社会復帰に向けた第一歩となるだけに、矯正医官の役割は大きい。

 ところが、矯正医官は減少傾向にある。現在は計257人で、定員に対し2割の欠員が生じている状態だ。欠員で矯正医官が一人もいない施設も20か所を超える。

 矯正医官が不在だと、緊急時の対応に支障が出る。外部の医療機関に搬送する場合、逃走に備える職員を同行させる必要がある。

 受刑者は医療保険の対象外で、治療費はすべて国が負担することから、刑務所内での治療に比べて、コストもかかる。

 矯正医官が敬遠される最大の要因は、自らの医療技術の維持・向上が難しい勤務環境にある。

 国家公務員で兼業が制約されるため、民間病院で経験を積む機会に乏しい。矯正施設では症例も限られる。医療の進歩に取り残される不安は大きいだろう。

 特例法は、これまで首相と法相の許可を必要とした兼業を、法相の承認だけで可能にした。外部の研修に参加しやすいよう、フレックスタイム制も導入した。勤務実態を考えれば、妥当な内容だ。

 ただ、矯正医官の給与水準は、民間の医師に比べてかなり低い。財政難の中、給与水準の見直しは容易ではないが、今のままでは人材確保が難しいのも事実だ。

 民間病院を退職したベテラン医師の採用を広げてはどうか。

 反抗する受刑者の治療では、緊張を強いられる。矯正医官のストレス対策も大切である。

 近年、刑務所では、受刑者の高齢化が急速に進み、医療需要の増加を招いている。

 出所しても再犯に走り、刑務所に戻ってしまう高齢受刑者は後を絶たない。法務省は、自治体や福祉機関と連携し、出所者の住居や仕事の確保など、再犯を減らす取り組みを強化すべきだ。

2015年9月26日土曜日

東京五輪へ懸念の払拭に全力を尽くせ

 2020年の東京五輪・パラリンピックのメーン会場となる新国立競技場をめぐる迷走の責任の取り方として、これで十分といえるのだろうか。

 下村博文文部科学相は来月の内閣改造で交代するという。山中伸一・前同省事務次官と整備主体の日本スポーツ振興センター(JSC)の河野一郎理事長は給与の一部を返納することになった。

 一連の問題を検証していた第三者委員会の報告書が「国家的プロジェクトの難度に求められる適切な体制を整備できなかった」として、文科相らの責任に言及したことを受けたものだ。

 既存の計画の白紙撤回は多大な時間と金のロスを生み、国際的な信用も落とした。事態の重大性に比べると、文科相らの身の処し方はタイミングとバランスを失していると言わざるを得ない。

 エンブレムの見直しもあって国民の五輪への熱意や期待はしぼみつつある。世界の目も厳しい。政府やJSC、五輪組織委員会は、第三者委の指摘を教訓にして大会の準備に全力を尽くすべきだ。

 新競技場の整備計画が見直しに至った理由の一つとして報告書が挙げたのは、JSCに重要事項の決定権限がなかったことだ。

 森喜朗・五輪組織委員会会長や競技団体のトップらがメンバーの「有識者会議」と、監督官庁の文科省が実権を持っていた。「あちらが決めるから」といったもたれ合いが生まれ、責任の所在が曖昧となるのは必然だろう。

 新競技場の整備費が3000億円を超えそうだとの報告が設計会社側から13年8月に届いたあと、JSCは有効な対策を打たなかった。これも機動性を欠く硬直した意思決定の仕組みがもたらした、と言わざるを得ない。

 一方で文科省は、複雑な構造物の施工経験がないのに専門家や国土交通省と連携を図ろうとせず、縦割り組織の拡充に走った、と報告書は明記する。たこつぼを掘っただけだったのだ。コストの変動やその理由についての国民への説明は、不十分なうえに遅れた。税金を使っているという意識が希薄だったからにほかなるまい。

 下村文科相は意思決定の欠陥を「日本の行政全般の問題」と指摘した。五輪組織委も含めてこの問題をどこまで厳しくチェックし改善できるか。文科相を退いたあとこそ責任を問われ続けることを、肝に銘じてもらいたい。

見過ごせぬロシアの対日姿勢

 外相会談で領土問題が議論されたのに、記者団に「テーマになっていない」と言い張る。第2次世界大戦に負けた日本に北方領土の返還を求める権利はない、と言わんばかりの態度をとる。ロシアがこんな対応に終始するなら、日ロ関係は前進するどころか、後退せざるを得ない。

 モスクワを訪れた岸田文雄外相は、夕食も交えて4時間半にわたりラブロフ外相と会談した。その後、2人はそろって記者会見し、岸田氏は「領土問題で突っ込んだ議論をした」と説明した。

 ところがラブロフ氏は「ロシアは北方領土を議論していない」と否定。テーマになったのは「平和条約の締結問題だ」と述べた。

 日本側によると、会談の約半分は領土問題に費やしたという。事実とすれば、外交に駆け引きはつきものとはいえ、ラブロフ氏の発言は誠意を欠くものだ。

 ロシア政府の中でも外務省は領土問題でかたくなだといわれる。このため安倍晋三首相は、年内にもプーチン大統領を日本に招いて首脳レベルで領土交渉の進展をめざす筋書きを描いている。来週、ニューヨークで会談することも決まった。

 強い権力をにぎるプーチン氏とじかに話し合って領土問題を動かそうという発想は、間違っていない。問題は、どう譲歩を引き出すのか、である。プーチン氏はロシア世論の愛国心に訴えて求心力を保とうとしており、領土の交渉は困難が予想される。

 日本は経済協力をテコに交渉を促したい考えだが、それだけでは十分ではないだろう。ロシアは中国との蜜月を演出しているが、内心、中国の急速な台頭に脅威を抱いている。そんな事情も踏まえ、互いに利益となる安全保障協力の拡充なども探っていくべきだ。

 ウクライナをめぐる停戦合意が守られていないことから、日本がロシアとの要人往来を進めることに、米国は懸念を示している。日米の連携が大きく乱れることがないよう、目配りも必要になる。

「新3本の矢」―言葉が踊るむなしさ

 法成立後も国民の批判が根強い安全保障論議から心機一転、来年の参院選も意識しつつ、関心が高い子育てや介護など生活に密着した課題を前面に、ということだろうか。

 自民党総裁に再選された安倍首相が、強い経済、子育て支援、社会保障をキーワードとする「新3本の矢」政策を発表した。大胆な金融緩和、機動的な財政運営、成長戦略を柱としてきたアベノミクスが「第2ステージに入った」とし、誰もが家庭や職場、地域で輝ける「1億総活躍社会」を目指すという。

 14年度に490兆円余だった名目国内総生産(GDP)を600兆円に。足元で1・42の出生率は、欲しい子どもの数に基づく「希望出生率」として1・8に。介護離職ゼロ、待機児童ゼロ。様々な目標が並ぶ。

 しかし、言葉だけが踊る観は否めない。

 GDP目標にしても、政府は既に名目で年3%の経済成長を掲げてきた。実現すれば、目安の20年度にはほぼ600兆円になり、今回の目標は従来目標の言い換えにすぎない。しかも、国内経済が成熟し、中国など海外の変調の影響をもろにかぶる構造が強まる中で、3%成長は至難の業だ。実際、安倍政権は発足後の約3年間に1度も達成していない。

 「50年後も人口1億人を維持するという国家としての意思を明確にする」との宣言も、そのためには30年ごろに出生率を2・07まで引き上げることが必要になる。専門家の間では実現は難しいとの見方が大半だ。

 大切なのは、威勢のよい発言ではなく、地に足のついた目標と、対策の着実な実行である。そのためにも、アベノミクス「第1ステージ」の総括が欠かせないはずだ。

 日本銀行による異次元緩和や政府の補正予算編成の功罪を検証し、予想されるリスクを分析する。これまでの成果として政権は雇用や賃金の指標が好転していることを強調するが、国民に実感が乏しいのはなぜか。アベノミクスの成否を左右すると位置づけてきた成長戦略の方向性は間違っていないか。

 個別の政策についても同様だ。介護では、政府は財政難から特別養護老人ホームなど施設の建設に一定の歯止めをかけ、在宅介護を中心にすえている。介護職員の不足が深刻さを増すなかで、年10万人とされる介護離職者をどうやってゼロにしていくのか。

 国民が聞きたいのは言葉ではない。実現可能な具体策と、財源などその裏付けである。

ワーゲン不正―全容解明と対策を急げ

 世界有数の自動車メーカー、独フォルクスワーゲン(VW)の不正が発覚した。

 米国での排ガス規制を逃れるため、主力となるディーゼル車の制御装置に違法なソフトウェアを組み込んでいたという。

 不正に適合試験を通った車は、公道では最大で基準値の40倍もの窒素酸化物(NOx)をはき出していた。

 米当局は刑事罰も視野に捜査に着手した。VWは欧州市場での不正も認めているという。

 規制当局と消費者をあざむく、極めて悪質な不正である。最高経営責任者の辞任は当然だ。VWは、車の回収・修理とともに、経緯の解明と公表に全力をあげるべきだ。

 環境性能をめぐる自動車業界の国際競争は激しさを増している。ハイブリッド車や電気自動車で先行する日本勢に対し、欧州メーカーはディーゼル車を中核にすえ、排ガスの浄化技術に力を入れて米国市場に攻勢をかけていた。そのトップバッターがVWだった。

 ディーゼル車は欧州市場では燃費がよく温室効果ガスの排出も抑制できる「エコカー」として定着しており、新車販売の5割以上を占める。

 だが、排気中のNOxや黒煙を減らそうとすると燃費が落ちる問題がある。

 VWの違法ソフトは、ハンドル操作やスピードなどから「試験中」と判断すると排ガス浄化機能が働き、一般走行だと判断すると機能を大幅に落として燃費をあげるよう、巧妙に細工するものだった。

 トヨタ自動車を抜いて世界首位に立つ目標を掲げていたVWが、環境性能と燃費の両立を演じることで米国市場でのシェアを伸ばそうとした。それが不正の背景ではないかとの見方が強まっている。

 高い環境性能と低いコストを両立させることは、どの自動車メーカーにとっても難しい課題ではある。しかし、温暖化防止を含む環境対策が待ったなしの状況である以上、各社は技術力を磨いて対応する以外にない。

 VWの不正発覚は、交通機関が環境に与える影響を監視・分析し、必要な改善を求める非営利組織(NPO)が、ディーゼル車の排ガス試験での数値と実際のデータとの乖離(かいり)に疑問を抱いたのが始まりだった。

 人材面でも資金面でも大企業に対抗しうる市民セクターは確実に成長している。こうした厳しい目に向き合って消費者の信頼を得ることなしに、企業経営が成り立たないことも、今回の不正事件は示している。

与党税制協議 軽減税率の制度設計を急げ

 2017年4月の消費増税に向けて、時間を浪費すべきではない。

 食品などの税率を低く抑える軽減税率に政策の選択肢を絞り、詳細な制度設計を急ぐ必要がある。

 安倍首相と公明党の山口代表が会談し、消費税率10%時の負担緩和策について、14年末の与党税制改正大綱に沿って軽減税率を導入すべきだとの認識で一致した。

 ただ、与党税制協議会は、9月中の負担緩和策の策定を見送った。今年末の税制改正を見据えて、給付型の財務省案と軽減税率の2案を引き続き検討するという。与党は、両党首の意向を尊重して、今後の議論を進めるべきだ。

 財務省案では、消費者が買い物のたびにマイナンバー(共通番号)カードを持ち歩き、税額を記録する手間が生じる。軽減対象の商品でも、購入時には10%分の税金をいったん支払わねばならない。

 公明党が「痛税感の緩和にはならない」として、財務省案に反対したのはもっともである。自民党は、難点の多い財務省案に、これ以上拘泥すべきではあるまい。

 自民党が軽減税率に慎重なのは、有力支持組織である経済団体の意向に配慮しているためだ。

 軽減税率の導入には、取引ごとに税額や税率を記入するインボイス(税額票)が不可欠とされる。経済界は、企業や小売店の事務負担が増えるとして、軽減税率に反対を唱えている。

 インボイスは、欧州やアジアの多くの国で定着している制度だ。日本企業だけが頑(かたく)なに採用を拒み、消費者に無用の負担を押しつけるのは身勝手が過ぎよう。

 自民党の野田毅税制調査会長は「事業者が猛反発したら動かない」と主張する。税を巡る利害調整や公平性確保は、政治の大切な役割であることを自覚してほしい。

 政府や自民党内に、軽減税率の準備に時間がかかるとして、17年の消費増税との同時導入は難しいという意見があるのも問題だ。

 自民、公明両党は12年末の連立政権合意以降、軽減税率の検討を重ねてきた。今さら時間が足りないという言い訳は通用しない。

 時間がないと言うのなら、なおさら対象品目の線引きやインボイスの具体的な内容などを、早急に詰めることが求められる。

 麻生財務相は記者会見で、与党協議について「まだ日が高いのであって、12月まで時間がかかる」と述べた。主管閣僚としての責任感に欠けると言うほかない。

 国民に負担を求める環境整備は政府・与党の重要な責務だ。

VW排ガス不正 顧客を欺く大規模な規制逃れ

 「クリーンディーゼル車」と銘打ちながら、環境基準を大幅に超える排ガスを出していた。

 環境保護意識の高い消費者を欺いた行為は、極めて悪質である。

 独フォルクスワーゲン(VW)が、米環境保護局(EPA)の排ガス規制を違法にクリアしていたことが発覚した。

 ディーゼル車の排ガス試験の際、エンジンに搭載したソフトウェアを作動させることにより、基準値を満たすように細工していた。実際に道路を走行すると、基準値の最大40倍の窒素酸化物などを排出していたという。

 対象車数は世界で1100万台に上る。ゴルフなどの人気車種も数多く含まれている。

 引責辞任するマーティン・ウインターコーン最高経営責任者は「これほどの規模の不正が行われていたとは信じられない」と語った。有数のメーカーでありながら、ガバナンス(企業統治)が欠如していると言わざるを得ない。

 経営陣は不正に関与していなかったのか。EPAなどによる調査で、不正の経緯を徹底的に解明してもらいたい。

 VWは、アウディ、ポルシェなどのメーカーを傘下に抱える。燃費の良いディーゼル車を主力に据え、2004年からの10年間で世界の販売台数を1000万台に倍増させた。今やトヨタ自動車と首位を競う規模に躍進した。

 だが、排ガス規制の厳しい米市場では、トヨタのハイブリッド車などに押され、苦戦を強いられている。VWの焦りが、不正につながったと言える。

 VWには、年間の利益を上回る最大180億ドル(約2兆円)の制裁金が科される可能性がある。違法行為の重いツケである。

 日本では、VWのディーゼル車は正規販売されていないが、来年にも投入される予定だった。販売戦略の見直しは避けられまい。

 欧州連合の執行機関、欧州委員会は、VW以外のメーカーでも不正の疑いがあるとして、加盟国に実態調査を求めた。各国で基幹産業と位置付けられる自動車業界も、自浄能力を試される時だ。

 今回の問題の背景には、メーカー間の激しい燃費競争もあろう。消費者には、少しでも燃費の良い車を求める傾向が強い。日本でもカタログ表記の燃費と実際の走行時の数値の差が大きく、混乱を招いているとの指摘が多い。

 メーカーに求められているのは、正確な情報を消費者に伝える真摯(しんし)な姿勢である。

2015年9月25日金曜日

自動車の信頼揺るがすディーゼル不正

 「世界的な名門企業がこんな悪質なことをするのか」。そう耳を疑った人も多いだろう。ディーゼル車をめぐる独フォルクスワーゲン(VW)の不正である。

 欧州で人気のディーゼルエンジンは、日米などで一般的なガソリンエンジンに比べて燃費性能が高い。他方で窒素酸化物(NOx)など有害物質の排出量が多く、排ガスをいかにきれいにするかが年来の課題となってきた。

 特に米国では規制が日欧と比べても厳しい。それをクリアするためVWは、排ガス試験の時だけエンジンの動作を調整して有害物質を減らす違法なソフトを使っていたという。実際の走行時には規制値の最大40倍のNOxをはき出していたそうで、言語道断だ。

 エンジンの開発には、排ガス浄化を徹底すると燃費や走りの性能が落ちるという二律背反がつきまとう。VWは違法ソフトで排ガスをきれいにしたと見せかけ、同時に車選びの決め手となる燃費やエンジン出力の数値も引き上げたようだ。NOxの大量排出は健康被害につながる。罪は大きい。

 VWが1兆円近い特別損失を早々と計上し、それを原資に対策に取り組むと表明したのは、事態の早期収拾に向けたシグナルとして評価できる面もある。とはいえ、信頼回復への道のりは長い。

 まずは不正の範囲をはっきりさせ、リコール(回収・無償修理)などの対策を迅速に進めることが肝要だ。現時点の対象車は米当局の指摘した48万台強だが、他の車種や米国以外で不正がなかったのか、早く確定する必要がある。

 他のメーカーにとっても「対岸の火事」ではない。「他社もやっているのでは」と疑う人は、当然いる。社会からの信頼を回復するため何をすべきか、自動車産業全体で考えるときだ。

 日本を含む各国当局は、VW車に限らず自国を走る車が本当に環境基準に適合しているか、いま一度チェックすべきだろう。

 事件の波紋がどこまで広がるか注視する必要もある。一つはディーゼル車全体に逆風が吹くかどうかだ。パリでは市中心部の大気汚染がひどく、ディーゼル車の走行に制限を加える動きもある。欧州勢が得意とするディーゼル車が失速すれば、世界の自動車市場の勢力図が変わる可能性もある。

 VWはドイツの製造業の要ともいえる企業で、好調な同国経済への影響にも目をこらしたい。

欧州の難民問題は包括対応で

 欧州連合(EU)は流入が止まらないシリアなどからの難民への対応策をまとめた。この問題では欧州内部の亀裂が目立っていた。解決に向けた大枠でひとまず合意したことを歓迎したい。

 ただ、難民や移民を各国がどう受け入れるかという詳細や、流入に歯止めをかける有効な手立ては見えていない。解決までの道のりはなお遠いのが現実だ。

 第2次世界大戦後の欧州で最も深刻といわれる今回の難民問題に対処するには、包括的な発想が欠かせない。やむにやまれぬ事情から祖国を離れた難民をだれが受け入れ、どう定着を支援するかという点がひとつだ。

 EUはあらたに難民12万人の受け入れ分担を決め、ドイツなどに偏っていた定住先を分散させる計画を前に進めた。ただ、国ごとに受け入れ枠を割り当てる案にはハンガリーやチェコなど中・東欧の一部の国が最後まで反対した。

 この問題をめぐる欧州内部の温度差が改めて浮き彫りになったといえる。これをどう調整するかは、今後も大きな課題だ。

 もうひとつは、欧州への難民の流入をどう減らすか、という問題だ。EUは首脳会議で、難民支援に取り組む国連機関や、トルコなど難民が滞在するシリア周辺の国々に資金支援する方針を決めた。流入を減らすには、難民が滞在している域外での対応を強化する必要があるとの判断からだ。

 同時に、シリア内戦の終結に向けて国連主導による国際的な取り組みの強化を呼び掛けた。難民問題の根っこにあるのは内戦だ。日本も平和解決に向けた外交に力を注がねばならない。

 EUのトゥスク大統領は、数百万人のシリア難民がこれから欧州を目指してくる可能性があると警告した。一方で米国をはじめ、受け入れる難民の数を増やす方針を表明する国が相次いでいる。

 問題は国際社会全体で取り組む段階に入った。欧州などの動きを注視するとともに、日本としても議論を急ぐ必要があろう。

新国立競技場―失敗の教訓を生かせ

 不明瞭な役割分担、責任のあいまいさ、国民にきちんと向き合おうとしない説明不足。

 新国立競技場の建て替え計画が、いかにずさんな組織運営のもとに進められ、白紙撤回に至ったかが浮き彫りになった。

 問題を検証した文部科学省の第三者委員会による報告書が公表された。約1カ月半という短期間での検証だったが、その内容はもっともな指摘である。

 東京五輪・パラリンピックは5年後に迫る。検証結果を生かし、早急に計画を練り直すには、強い責任と覚悟をもったリーダーシップが必要だ。

 その筆頭は安倍首相である。「五輪を成功させる責任は、最終的には私にある」との国会答弁を忘れてはならない。

 五輪担当相や五輪組織委、日本スポーツ振興センター(JSC)などの役割を明確に定義し、失敗を繰り返さない体制づくりが火急の任務である。

 報告書は、旧計画の責任の所在として、下村文科相と山中・前文科事務次官、JSCの河野理事長を列挙。検証委の委員長は「巨大事業に対して組織体制が伴わず、ミスマッチを放置した結果責任」と述べた。

 工費の高騰、専門家の不足など問題は多々あったが、報告書がすべてに通じて指摘しているのは、どの組織にどんな権限と責任があるのかがあいまいだった点である。

 その結果、意思決定をめぐり「機動性がなくなり、硬直性を招いた」と分析。だれもが当事者意識が薄いなかで、計画見直しの決定が遅れた。

 さらに報告書が指摘しているのが、透明性の欠如である。

 工費の試算が激しく変化しても説明がされず、国民の理解は乏しいままだった。そもそも競技場の必要性や意義についての情報発信を怠った点なども厳しく報告している。

 こうした検証結果は、以前からある程度、見通されたものでもある。ところが今に至るも、計画づくりの手続きや組織運営がどこまで改善されたか心もとないのは、どうしたことか。

 新たに建て替えを担う事業者の公募はすでに締め切られた。しかし、どんな競技場を造るのか、工費の上限を1550億円とした妥当性は何か、いずれも十分な国民の理解を得ているとは言えない。財源の確保や大会後の活用方法などの旧来の課題もそのままだ。

 出発点として、東京五輪の理念と、後世に残す競技場の未来図をしっかり描く必要がある。組織論にとどまらない、骨太な構想力こそ求められている。

日ロ外相会談―当面の成果を急ぐより

 岸田外相がモスクワを訪問し、ロシアのラブロフ外相と会談した。

 とりわけ目立ったのはロシア側の強硬姿勢である。

 ラブロフ氏は会談後の共同記者会見で「日本が国連憲章を含む第2次大戦後の歴史的現実を受け入れて初めて、問題を前進させられる」と語った。

 第2次大戦の結果、北方四島はロシアのものとなり、敗戦国の日本には異を唱える権利がないという主張だ。

 岸田氏は会談で、8月22日のメドベージェフ・ロシア首相の北方領土訪問など最近のロシア側の強硬な動きに対し、「極めて遺憾だ」と抗議した。共同記者会見では「双方に受け入れ可能な解決策を作成するため、対話を続けていかなければならない」と呼びかけた。

 だが、この時期の訪ロが適切だったか、疑問がぬぐえない。

 メドベージェフ氏が択捉島を訪問した時、領土問題で日本に譲歩する考えはないと発言していた。今月2日には、ロシアで対日関係を担当するモルグロフ外務次官が、北方領土問題について「日本側といかなる交渉も行わない。この問題は70年前に解決された」と述べた。

 それでも岸田氏が訪ロに踏み切った背景には、北方領土交渉を加速するため、プーチン大統領の年内訪日をめざす首相官邸の意向があるようだ。だがロシア側の強硬姿勢を見るにつけ、年内訪日が実現できる環境にあるとはとても思えない。

 ロシアは米欧主導の制裁の影響などで経済苦境が続き、領土問題での譲歩が難しい国内事情がある。それが日本への強硬姿勢が際立つ要因でもあろう。

 もちろん、ロシアとの対話のパイプを維持することは重要だ。北方領土問題の打開はもとより、北東アジアの秩序づくりやエネルギー確保の多角化を考えても、日ロ関係を長期的に安定させ、強化していくことは欠かせない。

 一方で、守るべき原則を忘れてはならない。ウクライナなどでのロシアの「力による現状変更」は決して容認できない。この理念をともにする国際社会と協調してこそ、日本の主張の正当性も高まっていく。

 日本政府がいまなすべきことは、当面の成果を急ぐことより、米欧と緊密に連携しつつ、ロシアに対して、国際法の順守と国際秩序への復帰を強く促すことだ。

 長い目で見れば、そのことこそがロシアとの対話の環境を育て、北方領土をめぐる日本の立場を強めることになる。

安倍総裁続投 「経済最優先」に軸足を戻せ

 政策の軸足を安全保障から経済再生に移す。そうした安倍首相の基本方針は妥当である。

 首相が、自民党総裁再選の正式決定を受けて、記者会見した。今後の政権運営について、「デフレ脱却はもう目の前だ」と語り、経済政策を最優先する考えを示した。

 昨年度は490兆円だった名目国内総生産(GDP)を600兆円に増やす目標も掲げた。

 GDP600兆円という目標の達成は、簡単ではあるまい。4~6月期の実質GDPが前期比マイナスとなるなど、景気回復は足踏みしている。大企業の決算は好調だが、中小企業の業績改善や地方活性化はまだ限定的である。

 経済政策「アベノミクス」の3本の矢のうち、金融緩和と財政出動は、円高是正、株高などの成果を上げた。反面、成長戦略は目に見える結果を出していない。

 安倍政権は昨春以降、平和安全法制の整備に力点を置いてきた。安全保障関連法の成立は、経済最優先という第2次政権発足時の原点に立ち返る好機と言える。

 アベノミクスの第2段階では、医療、農業、労働分野の岩盤規制の改革やインフラ輸出の拡大など、成長戦略の強化に重点的に取り組む必要がある。

 首相は、「希望を生み出す強い経済」「夢をつむぐ子育て支援」「安心につながる社会保障」を新たな3本の矢と位置づけた。

 最初の3本の矢とはかなり性格が異なるが、社会保障を重視する姿勢は理解できる。

 首相は、社会保障政策に関し、「介護離職ゼロ」という新たな目標を打ち出した。特別養護老人ホームを大幅に増やすことなどで、「要介護3」以上の特養ホーム入所待機者約15万人を、2020年までにゼロにするという。

 親の介護目的の離職者は、40、50歳代を中心に年10万人に上るとされる。働き盛りの労働力の確保は成長戦略にも役立とう。

 特養ホーム増設は巨額の財源を要する。社会保障費の抑制につながる在宅介護の拡充とバランスを取りつつ、進めたい。必要な介護人材を確保するため、低賃金・重労働も是正せねばなるまい。

 介護休業・休暇を取りやすくすることも重要だ。介護休業の取得率は3・2%に過ぎない。要介護者1人につき原則1回しか取れないことが高いハードルである。

 政府は、複数回の取得を可能にする法改正を検討している。企業の理解と協力を得ながら、利用しやすい仕組みに改革すべきだ。

「新国立」検証委 文科相の責任にも言及した

 下村文部科学相らは、国家的プロジェクトを念頭に置いた管理体制を構築せず、責任の所在が不明確だった――。

 安倍首相が7月に白紙撤回した新国立競技場の旧建設計画について、文科省の第三者委員会が検証報告書を文科相に提出した。

 文科省と事業主体の日本スポーツ振興センター(JSC)の責任を厳しく問う内容だ。コスト膨張の主因だった巨大アーチ構造に固執し、批判を浴びたことを考えれば、納得のいく結論である。

 旧計画は当初、2019年のラグビーワールドカップに間に合うように完成させる予定だった。厳しい工期に加え、技術的にも難しい工事だけに、計画をスムーズに推進する体制整備が極めて重要だったのは、明らかだ。

 それにもかかわらず、大規模事業の経験に乏しいJSCを事業主体としたことが、つまずきの発端だと言えよう。報告書は、JSCを「当事者としての能力や権限がない」と酷評している。

 報告書は、下村文科相に対し、「組織内の調整を図って報告・相談が密に行われる仕組み作りが十分でなかった」と、所管官庁の責任者としての落ち度を認定した。重く受け止めねばならない。

 JSCの河野一郎理事長についても、「適切な組織体制を整備することができなかった」と批判した。河野理事長は任期が切れる今月末で退任する意向を表明した。迷走を招いた組織のトップとして、退任は当然だろう。

 報告書は、文科省の対応も「JSCへの管理監督が不十分」だったと非難している。文科省とJSCの連絡協議会は、開催された実績がないという。意思疎通を欠いていた実態を物語っている。

 報告書は、20年東京五輪の開催が一昨年9月に決定した後、建設計画を見直すチャンスがあったとの見方を示した。総工費が3000億円を超えそうだとの報告が設計会社からあったためだ。

 だが、誰も的確な判断を下さなかった。報告書が「意思決定に機動性がなかった」と結論付けたのは、もっともだ。総工費の「上限額がないに等しい状況だった」と、コスト意識の欠如を指摘したことも、的を射ている。

 重要なのは、旧計画の教訓を現在の計画に生かすことである。五輪の準備期間を確保するには、新国立競技場は20年のできるだけ早い時期に完成させる必要がある。遠藤五輪相はJSCを指導し、計画を確実に進めてもらいたい。

2015年9月24日木曜日

効果的な国際金融規制を構築せよ

 米大手証券リーマン・ブラザーズの破綻から7年余りが経過した。金融機関を規制しようという動きは今も続く。

 世界経済に甚大な被害を与えた金融危機の再発は防がなければならない。政府が経営に行きづまった巨大金融機関を公的資金で救済するようなことは、もはや社会的に受け入れられにくい。厳しい金融規制は必要だ。

持続的成長の視点も

 しかしながら、過剰な規制によってお金のめぐりが悪くなり、経済成長が妨げられるとしたら、問題である。監視の行き届かないところで新しいリスクの芽が育っている可能性もある。持続的な経済成長に資する、バランスの良い国際的な金融規制の構築を急がなければならない。

 リーマン・ショック後に進んだ金融規制の強化は2つの大きな流れを指摘できる。

 1つは、各国当局で構成するバーゼル銀行監督委員会がつくり、世界中に適用を求める自己資本比率規制だ。融資などのリスク資産を分母、株式などから成る資本を分子とし、一定以上の比率を保つよう義務づける。

 こうしたバーゼル規制は銀行経営の安定を目的に、1990年代に導入された。その後は、比率の引き上げなどの強化が段階的に進んだ。リーマン・ショック後に導入された「バーゼル3」と呼ばれる現在のルールは、2013年から始まり19年までの達成が義務づけられている。

 問題はバーゼル規制をとりまく状況が不透明なことだ。足元では銀行が保有する国債の金利変動などに備えて、資本の積み増しを求めてはどうかという案が議論されている。国債を大量に保有する日本の銀行は反対しているが、議論がいつ、どのように収束していくかは見通しにくい。

 規制環境が不透明さを増してくると、銀行は思い切った戦略がとりにくくなる。規制強化に備えて取引のリスクをあらかじめ抑える動きが強まると、経済成長に必要なお金を企業に回す資金仲介機能が衰えかねない。

 「バーゼル3」の導入前には「日米欧の国内総生産(GDP)を約3%押し下げる」といった分析もあった。各国当局はそうした定量的な分析をあらためて実施すべきだ。そのうえで経済への影響を検証しながら、資本規制の強化に関する現実的な予定を決めていく必要がある。

 リーマン・ショック後の規制のもう1つの大きな流れは、各国独自の金融機関の業務制限だ。銀行と証券の垣根を高くしたり、投機性の高い業務を禁じたりするというのが主な内容だ。

 たとえば危機の震源地となった米国では、金融機関の経営を安定させるため、銀行や証券会社の自己資金による証券売買などを禁じた「ボルカー・ルール」が今年7月に導入された。

 米金融機関は同ルールに対応するため、自己売買部門の縮小にいっせいに動いた。このため資本市場でリスクの高い社債などの取引が減り、企業の債券発行に支障が出ているとの指摘も聞かれるようになった。

 高リスク取引の制限は欧州など他地域でも導入されつつある。しかし具体的な中身はばらばらだ。このため日本の三大銀行グループを含む大手の金融機関にとって、グローバルな業務展開がしにくくなっている面がある。

新しい担い手も必要

 金融危機後の国際協調を進めるため、09年に先進国と新興国の監督当局が金融安定理事会(FSB)という組織をつくった。日本の金融庁はこうした場をもっと活用して過剰規制の弊害を指摘し、各国ルールの調和を働きかけるべきだ。危機の舞台とならなかった日本は中立的な立場で議論を主導しやすいのではないか。

 金融危機後は、銀行を仲介せずインターネット上でお金を貸し借りする動きが広がり、仮想通貨の利用も進むなど、金融とIT(情報技術)の融合が進んだ。ファンドが投資家からお金を集めて企業に融資する例も増えている。こうした動きは金融仲介機能の低下を補う意味で重要だ。

 一方で、実態の乏しい金融ベンチャーやファンドに資金が集まりすぎている、といった懸念の声も出始めている。投資家保護や情報開示に問題がないかどうかなど、監督当局のいっそうの目配りが欠かせなくなってきた。

 銀行や証券の枠組みを超えた新しい金融の担い手も視野に、包括的な規制をつくるための国際連携を加速させるときだ。

核なき世界へ―日本から流れ作れ

 この春開かれた核不拡散条約(NPT)の再検討会議は最終文書をまとめられずに終わった。核兵器を持たない国々の不満は強まり、NPT体制は危機に直面している。

 「核兵器のない世界」へ強い意欲を示していたオバマ米大統領の任期も、残り1年半を切った。核廃絶へ向けた歯車を再び力強く動かすために、国際社会があらゆる機会を通じて知恵を出し合う必要がある。

 今月からニューヨークで第70回国連総会が始まった。難民問題などが主なテーマだが、核保有国の首脳級が集まる外交の舞台を、核軍縮についても論じる場にしたい。

 そのために、被爆国の日本が果たせる役割は大きい。

 安倍首相は8月に広島、長崎を訪問した際、「国連総会に新たな核兵器廃絶決議案を出す」と約束した。

 日本は94年以降、こうした決議を出し続けており、昨年は170カ国の賛成で採択された。

 ただ、昨年の決議は、世界の核弾頭の9割超を持つ米ロ両国に「さらなる削減に向け、議論を継続するよう奨励する」との表現にとどまった。全般に総花的で、核軍縮を促す効果は薄いと、専門家やNGOから批判されてきた。

 被爆70年の節目だ。潮目を変えるような意欲的な提案をしてはどうか。

 例えば、米ロ両国には、現行条約で1550発までとされている戦略核弾頭数を、数字もあげて削減を迫る。中国などほかの保有国には、核戦力の近代化を自制するよう求める。

 核軍縮の進め方について、各国が具体的に話し合う場を設けていく必要性も訴えたい。

 NPT再検討会議の最終文書案には、核軍縮に向けた「効果的な措置」を検討する作業部会を国連に設けるとの勧告が盛り込まれていた。国連総会で改めて提案されれば、実現への道が開ける可能性はある。

 核保有国は、部会の設置が、核兵器禁止条約の制定につながることを警戒している。米国の核の傘に依存する日本も、禁止条約に消極的だ。非人道的な核兵器は法的に禁じるべきだとの国際世論が強まるなか、存在感を示せていない。

 そういう日本が思い切った提案に踏み切るならば、核廃絶へ向けた国際潮流を再び強めることになろう。

 各国首脳は28日からの一般討論演説に向け現地に入る。核の非人道性を最も知る国として禁止条約の必要性を認め、核保有国を議論に引き寄せてほしい。

児童虐待―司法も防止の手助けを

 虐待を受けた可能性があるとして、児童相談所に警察が通告した今年上半期の18歳未満の子どもは1万7千人超と過去最多を更新した。警察が親や養親を逮捕・書類送検した事件数も376件と過去最多だった。

 両親が3歳の次男をウサギ飼育用のケージに入れ、暴行を加えて死亡させた▽父が生後4カ月の長女の腹部を殴って死亡させた――。いずれも今年発覚した事件だ。

 虐待の実態は外から見えにくい。近所の人が見かねて注意しても開き直ったり、しつけだと言い張ったりする親もいる。

 虐待が増える背景には様々な理由がある。核家族化や社会とのつながりが希薄になって孤立する親の存在や、貧困による生活不安などから、目の前にいる最も弱い存在の子どもにストレスのはけ口が向かいやすいといった点も指摘される。

 繰り返し虐待事件を起こす親が少なくないのも特徴だ。

 虐待対応の中核は児童相談所が担っている。だが、深刻なケースほど親は児相の介入に反発しがちで、「児相頼み」では解決は難しい。再発を防止するには、司法や学校など複数の機関の連携が不可欠だ。

 高松地検は昨年12月から、児童虐待で親が送検されたら児相や市町村の担当職員、学校の教師、医師ら事件の関係者に集まってもらう試みを始めた。起訴すべきか判断する前に、どうすれば再発を防げるのか、意見を聴いてから決めるためだ。

 9カ月で扱った事件数は10件。処分保留で釈放され、児相の支援を受けながら立ち直り始めた親もいるという。

 過去に虐待事件を担当した経験から、検察の役割を考えてきたという酒井邦彦・高松高検検事長は「重い刑罰を科しても、親の虐待傾向が収まらない限り再発の危険はなくならない。子や親を取り巻く人たちが情報を寄せ合い、児相の指導につなげる方が子どものためになるはずだ」と話す。

 立場の違う人の間に顔の見える関係ができれば、相談しやすくなる効果もあるだろう。虐待事件の多い都市部で同様のことをするのは難しいかもしれないが、参考になる取り組みだ。

 福岡市と和歌山県では、児相に常勤の弁護士を配置している。子どもの保護など、親権を制限してでも即決すべきケースは多い。家庭内に踏み込む以上、法的な助言が欠かせないのは全国の児相も同じだ。

 虐待対策に特効薬はない。行政の縦割り意識を捨て、社会総がかりで取り組むしかない。

電力取引監視委 競争促進と安定供給の両立を

 電力自由化による競争促進と安定供給体制の維持を、どのように両立していくか。新たな組織の担う責任は重い。

 電力取引が適切に行われているかどうかチェックする政府の「電力取引監視等委員会」が発足した。

 2016年4月の電力小売り全面自由化に向けて、公正な競争環境を整備するのが狙いだ。

 料金低下やサービス向上など、自由化のメリットを消費者が受けられるようにするには、大手電力と新規事業者が、対等な条件で競争することが欠かせない。

 監視委は経済産業相直属の組織で、学者や弁護士など5人の委員と、約70人の事務局からなる。

 顧客に料金やサービスを十分説明せずに契約を迫るといった不適切な取引を監視して、不正業者に立ち入り検査や業務改善勧告を行う強い権限を持つ。

 全面自由化時の新規参入に、約70の事業者が名乗りを上げている。電気と携帯電話、電気とガスなどのセット販売も可能になり、利便性が増す一方で、顧客争奪戦の激化も予想される。

 長期契約による行き過ぎた顧客の囲い込みなどが横行して競争が阻害されないよう、しっかり目を光らせてもらいたい。

 新規事業者が顧客に電気を届けるには、電力会社から送電網を借りる必要がある。その使用料金を定めるのも、監視委の役割だ。

 大手電力は現行の使用料について、送電網の整備コストに見合ったものだと主張している。これに対し、新規事業者側には割高であるとの不満が根強い。

 監視委には、公平性や競争促進の観点からバランスの取れた料金体系を作ることが求められる。

 競争を最優先するあまり、電力の安定供給がおろそかになっては本末転倒だ。

 電力の小売業者には、自社の発電所を持たないところも少なくない。顧客の電力需要に見合った電力を確実に調達しないと、停電や設備故障など不測の事態を引き起こしかねない。

 供給力の裏付けもないまま顧客と契約を結んでいないか。監視委は、厳格に審査する必要があろう。全国的な電力需給調整を行う「電力広域的運営推進機関」と、どう連携していくかも課題だ。

 電力の自由化で先行した欧米各国では、競争激化で送電設備の更新や修繕が滞り、大規模停電を引き起こしたケースもある。

 こうした欧米の教訓を生かす視点も忘れてはならない。

子宮頸がん ワクチンの副作用対策を急げ

 ワクチン接種と副作用の因果関係を解明することが、何より重要だ。

 子宮頸(けい)がんワクチンの副作用問題で、厚生労働省が、患者の追跡調査結果を有識者検討会に報告した。

 186人が「未回復」の状態と判明し、深刻な副作用が残ることが確認された。これを受け、検討会は、2013年6月以降、控えてきたワクチン接種の勧奨について、再開の見送りを決めた。

 原因が究明されていないことを考えれば、やむを得まい。

 調査では、09年12月のワクチン発売から14年11月までに接種を受けた約338万人の女性のうち、何らかの症状が報告された2584人を追跡調査した。経過が確認できたのは1739人だった。

 副作用報告の割合は、接種が拡大している海外に比べて、格段に高いわけではない。

 しかし、日本では、比較的症状の重い患者が目立つと指摘する専門家が相当数いる。頭痛や倦怠けんたい感、関節痛、認知機能の低下など、症状は様々で、深刻だ。

 主に医師の報告データに基づく今回の調査には限界がある。患者の詳細な診断、治療に加え、接種歴のない同世代女子の体調などとの比較検討も求められる。

 厚労省は、相談窓口を全都道府県に設け、治療などの支援を強化する。滞っていた健康被害救済の審査も本格化させた。

 ワクチン接種のリスクは、ゼロにできない。欧米先進国は、副作用の疑いがあれば、速やかに補償する制度を設けている。救済に長期間を要するようでは、患者たちに不信が増大し、感染症対策に支障を来すためだ。

 日本も救済を急ぎたい。

 国内では子宮頸がん患者が増加し、年間約1万人が発症している。死亡者は約3000人に上る。

 子宮頸がんワクチンは、性交渉により、男性から女性に原因ウイルスが感染するのを防ぐ効果が期待されている。豪州では、男女両方が定期接種の対象だ。

 国内でも現在、勧奨はしていないものの、女性を対象にした定期接種の制度が設けられている。希望者は公的な助成を得られるが、安心して接種を受けられる状況にないのは明らかだろう。

 子宮頸がんの早期発見には、定期検診を受診することが重要である。ただし、予防にはつながらず、日本産科婦人科学会などは接種の意義を訴えている。

 そのためには、ワクチン不信の軽減が大前提だ。厚労省は対応を急がねばならない。

2015年9月23日水曜日

生殖医療の議論を深め合意形成目指せ

 子どもを持ちたいという夫婦の切実な願いに、科学技術はどこまで応えていくべきなのか。国民的な合意がないままに実態が先行しているのが、生殖補助医療だ。

 卵子提供や代理出産など、第三者がかかわる不妊治療は、多くの課題をはらんでいる。生まれてくる子どものためにも、法整備を含めた制度づくりを急ぐ必要がある。多くの国民が納得できる合意点を探らなければならない。

 焦点の一つは、卵子提供による不妊治療だ。今年7月、無償ボランティアからの卵子提供をあっせん・仲介する民間団体が、体外受精に成功したと発表した。

 卵子提供を認めるのか、その場合の条件は何か。日本には公的なルールも、それを裏付ける法律もない。姉妹など身近な人から提供を受け、出産するケースもある。もはや議論を先送りできる段階ではないだろう。安全性の確保はもちろん、どんな人が提供者になりうるかなど、慎重な検討がいる。

 何より、生まれてくる子どもの利益を最優先で考える必要がある。日本では第三者からの精子提供がすでに普及しており、遺伝上の親を知りたいと悩む子どもたちがいる。こうした自然な気持ちにどう配慮するかは大きな焦点だ。

 代理出産は、さらに課題が多い。代理出産を依頼するために日本から海外に渡る夫婦がいるという現実はあるが、とりわけ女性の身体を出産の道具に利用することには倫理的に大きな問題がある。

 議論が高まった時期はあった。厚生労働省審議会の部会は2003年、代理出産を禁じ、卵子提供は一定の条件で認める報告書をまとめた。08年には日本学術会議が、代理出産を原則禁止とし、公的管理下での試行の道は残す報告書を出した。だがいずれも、具体的な動きにはつながらなかった。

 民法は第三者がかかわる不妊治療で子どもが生まれることを想定していない。自民党内には、民法の特例法を定めて親子関係を明確にすべきだという動きもある。

 生殖補助医療への受け止め方は文化や価値観によって異なる。英国やフランスなど法制化した国でも、認める医療の範囲など具体的な内容はさまざまだ。

 一人ひとりの家族観もからむ問題だけに、日本でも多様な意見があるだろう。不妊に悩む夫婦は多い。望ましい制度づくりに向け、私たち一人ひとりが身近な問題として捉え、考えていきたい。

中南米の「太平洋同盟」と連携を

 メキシコとコロンビア、チリ、ペルーが進める地域協力の枠組みである「太平洋同盟」は今夏、経済統合を深める協定を発効させた。域内のモノの貿易の92%について関税を撤廃したという。

 人口は合わせて2億人を超え、名目国内総生産(GDP)は東南アジア諸国連合(ASEAN)10カ国の合計にほぼ並ぶ。各国とも米国と自由貿易協定(FTA)を結ぶなど経済運営で市場原理を重視し、相対的に慎重な財政・金融政策を進めているのが特徴だ。

 太平洋同盟という名前が示すようにアジア・太平洋の国々との関係拡大を目指しており、日本としても連携を深めていきたい。

 日本はすでにコロンビア以外の3カ国との間で経済連携協定(EPA)を結んでおり、コロンビアとも交渉を進めている。貿易や投資の拡大に向けた制度的な足場づくりは進んでいるといえる。

 これから問われるのは、4カ国の内需を取り込んでいく視点だろう。この地域での日本企業の投資は従来、米国市場をにらんだメキシコでの生産拠点づくりと、チリでの鉱山開発が目立ってきた。今後は現地のニーズにより密着した取り組みも求められる。

 たとえばコロンビアの首都ボゴタで初めての地下鉄を建設する計画が浮上するなど、都市化を背景としたインフラ整備の需要は着実に膨らんでいる。日本政府が成長戦略の柱の一つとするインフラ輸出にとってはチャンスだ。

 内需を取り込むには、現地のニーズをきめ細かくつかむ必要がある。とりわけ人材の育成は、長い目でみて大きな課題といえる。

 他の多くの中南米諸国と同じように、太平洋同盟の4カ国も原油や銅など資源の輸出に依存する度合いが高い。最近の資源価格の下落で足元の成長は減速気味だ。各国は産業構造の高度化や多様化を迫られていて、そうした面でも関係を深める機会は多いはずだ。

 先週、チリ沖で発生した地震が改めて示したように、防災・減災の協力も深める必要がある。

司法試験不正―委員の任期に制限を

 法と正義を教える立場の人間が社会のルールを踏みにじる。司法試験の公正さを揺るがしかねない事態である。

 明治大法科大学院の教授による不正事件が今月、明るみに出た。自らが作成にかかわった試験の問題などを、教え子に漏らしたとして告発された。

 大学は本人を懲戒免職とし、法務省は再発防止策づくりなどのための部会を発足させた。不正の動機は何か。大学はなぜ見過ごしたのか。他の大学も含め、同様の行為はないのか。

 司法試験制度全体の信頼を取りもどすため、徹底解明を進めなくてはならない。

 これまでに指摘される問題点は、同じ人物が長期間、試験の問題づくりに携わるケースがあったことだ。期間の制限を設けるよう検討すべきである。

 問題をつくる考査委員は今年132人。裁判官や弁護士、法務省、法科大学院などの中から毎年任命する。法務省は再任の上限は10年が目安というが、明確な規定はない。元教授は02年から委員となり、憲法分野ではまとめ役だった。

 07年にあった別の大学院での漏洩(ろうえい)疑惑を機に、法務省は委員に対し、受験を控えた学生らへの指導を禁じた。だが、委員の氏名は公表されている。長く務めれば当然、学生が集まる。本人の緊張感も緩みかねない。

 日弁連はかつて、委員の再任を最長3年にする案をまとめていた。特定の大学院に委員が偏ることも減らせる。関係者の多くが合意できるのではないか。

 教える者が問題づくりに加わる仕組み自体に「危うさ」があるのは確かだ。だが、大学院教員をすっかり外すことには慎重であるべきだ。

 そもそも、いまの司法試験制度は、法科大学院との連携を前提に始まった。暗記中心の試験をやめ、大学院での教育を踏まえ、まじめに取り組んだ学生なら合格できる。そうしたプロセス重視に改めるのが司法制度改革のねらいだった。

 しかし最近は、法科大学院を経ない予備試験からの合格者が増え、今年は1割を占めた。大学院教員のように教育過程を知る人がいなくなれば、理念はさらに形骸化する。

 社会の新たな諸問題に、柔軟な発想で対処する。求められるのは、そんな法律家だ。過去の判例に詳しい実務家と、新しい学説に通じた研究者が補いあい、多様な視点から問題をつくる。その意義は薄れていない。

 法務省は、できるだけ幅広い知見を集め、有効な改善策を練ってほしい。

チベット50年―民族に真の自治を

 平均高度4千メートルという中国西部の高原地帯チベットが、自治区成立50年の節目を迎えた。

 現地では祝賀ムードが演出されたが、習近平(シーチンピン)政権の政策は相変わらず経済成長と管理強化の組み合わせに終始している。自治の名にふさわしく、独自の民族文化を尊重する方向を明確にするべきだ。

 区都ラサで今月あった記念式典で、民族政策を担う兪正声(ユイチョンション)・全国政治協商会議主席は、50年でチベットが「天地がひっくり返るような」変化を遂げたと述べた。これまでチベットの財政の95%を中央が負担し、住民の収入は毎年10%以上伸びたという。今後も成長政策に力点を置くとしている。

 しかし、チベットの文化が大事にされてきたとは言いがたい。自治区内で漢族人口の比率が高まり、学校では標準中国語教育を浸透させている。

 何よりも、人々にとって大事な心のよりどころであるチベット仏教の寺院や僧侶への監視を強めている点が懸念される。

 宗教問題は自治区成立前からの複雑な経緯がある。1959年に起きた動乱で、チベット仏教の最高指導者ダライ・ラマ14世が北インドに逃れ亡命政権を樹立。以来、チベット民族の自治拡大を求めている。これに対し中央政権は、国家を分裂させるものとして非難している。

 チベットではダライ・ラマの写真や動画を所持することは取り締まりの対象だ。信仰に関する事柄も政治的に解釈される。そうした弾圧への抗議で焼身自殺する僧侶が後を絶たない。

 基本的な権利が保障されていない事実を見過ごすことはできない。兪主席は「信仰の自由は十分尊重されている」と語ったが、チベットの多くの人々はうなずけないだろう。

 チベットやウイグルの問題からうかがえるのは「中華民族」という言葉のもとで国内を一色に塗りつぶそうとする習政権の姿勢だ。

 かつて清朝はチベットを支配下に置くというよりは、その独自性を重んじる立場をとっていたと言われる。宗教や文化の多様性を尊重する包容力があってこその大国ではないか。

 中国当局と亡命政権の間では一時期、対話があったが、ここ数年途絶えている。ダライ・ラマの後継者問題も先行きが不透明だ。外国メディアが自治区に入ることは制限され、チベットの声は外に伝わりにくい。

 人々が心安らかに過ごせるよう各国が関心を寄せ、中国に対話の再開や現状の改善を働きかけ続けることが必要だ。

日露外相会談 領土対立打開へ対話を重ねよ

 北方領土問題に関するロシアの強硬姿勢がより鮮明になった。それでも、日露関係の改善には、政治家間の対話を粘り強く重ねるしかあるまい。

 岸田外相がモスクワで、ラブロフ外相と会談し、ロシアの首相や閣僚の相次ぐ北方領土訪問について「極めて遺憾で、受け入れられない」と抗議した。ラブロフ氏は「ロシアにはロシアの立場がある」などと反論した。

 一方で、「双方に受け入れ可能な解決策を模索する」ことでは一致した。来月上旬に次官級の平和条約交渉を1年9か月ぶりに再開することでも合意した。今後は、国際会議などの場で首脳や外相の対話を継続するという。

 平和条約交渉は、ウクライナ情勢に基づく日本の対露制裁や露側の対抗措置に伴い、中断していた。すぐに成果は期待できないが、交渉再開自体は評価したい。

 訪露を延期してきた岸田氏は会談で、「問題があるからこそ、対話を重ねていくことが重要だ」と強調した。理解できる主張だ。

 ただ、領土問題を巡る日露の立場の隔たりは大きい。

 ラブロフ氏は会談後の共同記者会見で、「北方領土については協議しなかった。議題は平和条約の締結だった」と語った。

 看過できないのは、ラブロフ氏が「戦後の歴史の現実を認識すべきだ」と述べ、70年に及ぶ北方領土の不法占拠を正当化し、既成事実化しようとしていることだ。

 安倍首相とプーチン大統領による2013年の日露共同声明は、北方4島の帰属問題解決を明記した「イルクーツク声明」など、両国が採択した全合意に基づき、条約交渉を進めるとうたっている。ラブロフ氏の発言は筋違いだ。

 露側には、日本を硬軟両様で揺さぶり、制裁解除や経済協力を引き出したい思惑があるようだ。

 米欧の経済制裁や原油価格下落などの影響で、国内経済は悪化している。経済担当のシュワロフ第1副首相が岸田氏と会談したのも露側の期待の表れと言えよう。

 当面の焦点は、プーチン氏の年内来日の行方である。

 日本側は前向きだが、来日が実現しても、中身のある会談ができなければ、意味がない。対露制裁に関する先進7か国(G7)の結束を乱すだけになりかねない。

 プーチン氏は、対日関係の修復と領土問題の前進に本気で取り組む意思と能力があるのか。日本政府は、露側の出方を見極めつつ、慎重に対処しなければなるまい。戦略的な交渉力が求められる。

墓地と行政 時代に見合ったメモリアルに

 今日は秋分の日。家族でお墓参りをする人も多いことだろう。

 お彼岸にお供えをするしきたりは、日本の伝統文化と言える。墓前で先祖に感謝の気持ちを伝えることで、家族の絆も深まる。

 お墓は昔から日本の風景に溶け込んできたが、近年は世話をする人がいない「無縁墓」が増えている。背景には、少子化がある。

 自分の死後、お墓が維持できるのか、不安を抱く人は多い。「承継者がいない」と回答した人が41%に上る調査もある。

 無縁墓対策として、墓地埋葬法施行規則は、連絡を求める看板を墓地に立てて、官報にも掲載し、1年間申し出がなければ、遺骨を無縁塚などに移せると定めている。この規定による改葬は、年5000件程度に上る。

 熊本県がまとめた墓地行政研究報告書は、自治体が墓地の実態を把握し、無縁墓などの再整備に取り組むべきだと指摘している。時代に見合った墓地行政のあり方を検討する必要がある。

 最近は公立の墓地でも、永代供養の合葬墓が増えている。遺族がお墓を個別に管理する必要がないというメリットがある。

 東京都立小平霊園では、3年前に設けた合葬タイプの樹林墓地が人気だ。今年も1600体の募集に対し、11倍の応募があった。

 遠方でお墓参りが出来ない人のため、鹿児島県姶良市では、社会福祉協議会がお墓の掃除や供花のサービスを行っている。高松市はこうしたサービスを「ふるさと納税」の特典に加えた。

 自治体にとっては、墓地の管理にもアイデアが求められる時代になったと言えよう。

 年間の死亡者数は増加傾向にある。昨年は127万人で、その3分の1から4分の1程度が、新しいお墓を作りたいと考えていたとされる。今後、都市部を中心に、お墓の需要増が見込まれる。

 だが、大規模墓地の新設は、周辺住民の反対などで容易に進まないことが多い。

 横浜市の市営墓地「メモリアルグリーン」は、遊園地跡地に、野球場などと一体的に整備された。住民の憩いの場になっている。他の自治体の参考になろう。

 墓地の経営許可は都道府県知事の所管だったが、地方分権改革により2012年から、市と特別区では市長、区長に移管された。

 ただし、市区ごとに政策を練るだけでなく、広域的に連携し、長期的視点に立った墓地行政を進めていくことも必要だろう。

2015年9月22日火曜日

高速各社の経営の自由度を高めよ

 旧道路4公団が民営化されて10月でちょうど10年になる。民営化時点で約40兆円あった債務は着実に減少しているものの、株式上場のめどはまったく立っていない。

 旧道路公団の民営化は小泉純一郎政権で実施された。日本道路公団を東日本、中日本、西日本のNEXCO3社に分割し、首都高速、阪神高速、本州四国の3公団も民営化した。NEXCO3社は国が、残る3社は国と自治体がすべての株式を保有している。

サービスエリアは変身

 民営化で最も変わったのが高速道路のサービスエリア(SA)とパーキングエリア(PA)だろう。現在、高速6社全体で全国に約860ある。物販・飲食施設のほか、宿泊施設などを併設するSAやテーマパーク型のSAなども生まれている。

 SA・PAの売上高は2013年度で約5千億円と民営化直後に比べて25%増えた。NEXCO中日本は高速道路の外で商業施設の運営に乗り出している。

 レンタカー業者や宿泊施設などと連携して観光商品を開発する動きも広がっている。これらの事業は将来、各社の経営の柱になり得る分野だ。現時点ではSAなどの関連事業の収益はNEXCO3社で全体の5%程度にすぎないだけに、伸ばす余地は大きいだろう。

 この10年近くの間に、NEXCO3社で合計約1060キロの高速道路が新規に開通した。整備計画が決定済みの全国9428キロの道路のうち、14年度末までで9割以上が完成した計算になる。

 この結果、高速道路の渋滞は少なくなっている。例えば、中央環状線が3月に全線開通した首都高速をみると、渋滞で失う時間が民営化当時に比べてほぼ半減した。高速道路の整備をきっかけに物流拠点や工場が立地し、地域経済の活性化に役立つケースも多い。

 一方、必要性が低い道路は造らないという民営化時の理念は後退している。例えば、民営化時に「抜本的見直し区間」として建設が凍結された新名神高速道路の2区間は12年に凍結が解除され、NEXCO西日本が現在、用地買収を進めている。

 政府は民営化時に「50年までに債務を全額返済し、高速道路を無料開放する」ことを目標に掲げた。しかし、中央自動車道の笹子トンネルで起きた天井板の崩落事故をきっかけに、政府は昨年この方針を撤回し、有料期間を65年まで延長した。

 老朽化した道路の更新や大規模な修繕に充てる費用を捻出するためだった。高速6社がまとめた更新・修繕計画の費用は4兆円を超す。道路を造り直すことを想定していなかった当初計画に問題があったといわざるを得ない。

 道路の老朽化は今後もますます進む。今回、各社が公表した費用は現時点で必要とみる金額にすぎない。今後は道路の新規整備を極力抑えて更新にお金を回すべきだが、それでも料金の徴収期間はさらに延びる公算が大きい。

 もちろん、通行料が無料になれば利用者への恩恵は大きいし、経済にもプラスになる。一方、それ以降の維持更新にかかる費用はすべて税金で賄うことになる。

 国の現在の財政状況から考えるとそんなことは現実的だろうか。いずれは恒久的な有料制が検討課題になるとみられる。

恒久的な有料も視野に

 高速道路は固定資産税が非課税になっている。地方税法では無料もしくは無料になる予定の道路を課税対象から外しているためだ。

 しかし、民営化され、当初の無料化目標も延期されたのだから税金を負担するのが筋だ。課税したうえで、国鉄民営化後のJRなどの事例を参考に、課税額を軽減するのが望ましいだろう。

 高速道路上のガソリンスタンドの減少も問題になっている。給油する場合は、一般道に出ても一定時間内なら追加料金が発生しないような仕組みを広げたい。

 この10年を振り返ると、休日の通行料が上限1000円になったり、一部区間が無料になったりするなど、政治の介入で高速料金はくるくる変わった。民営化されたといっても高速各社に料金の決定権は事実上ない。

 国交省がこの10年を点検するために設けた有識者からなる検討会は、上場について「経営状況などを慎重に見極める」と指摘するにとどめた。各社合計で13年度末で約29兆円の有利子債務を抱えているのは事実だが、経営の自由度を高めるためには上場が不可欠だ。

 ゆがんだ民営化を改め、上場に向けた経営基盤を整えることが次の10年の最大の課題になる。

プラザ合意―30年後の新協調体制を

 日本の円高不況とその後のバブル経済につながった「プラザ合意」から22日で30年。主要国が協調して国際金融市場を大きく動かした初めての試みだった。その歴史的評価はさまざまだが、世界経済の不均衡の修正のために主要国が連携したという点で今に通じる意義と教訓が見いだせる。

 1985年9月22日、米国ニューヨークのプラザホテルに、米、日、西独、英、仏の先進5カ国(G5)の蔵相や中央銀行総裁が秘密裏に集まり「ドル高是正」で合意した。米国の巨額の経常赤字が次第に米国経済をむしばみ、放置すれば保護貿易が台頭する恐れがあった。とりわけ対日赤字が巨額だったので円高ドル安を進め経常収支の均衡を取り戻す狙いだった。

 結果的に円相場は1ドル=240円台から翌年には一気に150円台へと急騰する。急な円高で日本の輸出産業は大打撃を受けた。不況対策と内需拡大のため、政府・日本銀行は財政出動と金融緩和を進めた。それが80年代後半のバブル経済につながったといわれている。

 とはいえこの30年を振り返れば、結果的に日本はその後の世界経済の構造変化を先取りして対応を促されていたことに気づく。生産拠点を海外に分散し、為替変動に強い経営にするグローバル化の先駆けである。

 プラザ合意の経験をいまの国際経済に生かすとすれば、日米欧の中央銀行が進めてきた大規模な金融緩和からの脱却こそ、ふさわしいテーマだろう。

 この異常な規模の世界的な金融緩和は、長期化すればするほど将来の金融市場の波乱を招きやすくしてしまう。早く脱却しなければならないが、最も経済状態が安定している米国でさえ9年ぶりの利上げに簡単に踏み切れずにいる。

 中国への示唆もあろう。中国はプラザ合意後の日本が円高不況に陥った問題点に注目し、人民元が急速に高くなるのを避けてきた。ただ、行き過ぎた管理相場がひずみを生み、金融政策や通貨政策の手足がかえって縛られている。そのなかで、先月の上海株の急落や人民元の不安定な動きが世界同時株安を引き起こした。

 経済大国となった中国は元高を受け入れ、柔軟な為替制度に転じるべきだ。そうなれば主要通貨である米ドル、欧ユーロ、日本円、英ポンドに人民元も加えた5極で、「新G5」をつくる可能性も生まれる。国際金融の安定のために、そうした新しい協調体制をめざすことも必要になってきたのではないか。

北朝鮮の挑発―失うものしかない愚策

 北朝鮮が、「人工衛星」打ち上げと称する長距離弾道ミサイルの発射実験や、4度目となる核実験を強行する構えを相次いで示唆している。

 来月10日に迎える朝鮮労働党創建70周年の記念日にあわせ、外交分野で何ら成果を出せていない金正恩(キムジョンウン)政権は、力を誇示することで国内の結束を図りたいのだろう。

 だが核・ミサイルといった軍事的挑発は、北朝鮮にとって失うものしかない愚策だ。

 日本や韓国との間で何とかつなげた対話を進め、さらに他の国々との協議も進めていくことでしか実利を得られないと悟るべきである。

 北朝鮮は、衛星の打ち上げは宇宙の平和利用であり、主権国家に等しく認められた権利だと主張する。だが、たとえ衛星を載せていようと、それを運ぶロケット打ち上げの技術は基本的に弾道ミサイルと同じだ。

 国連安保理決議は北朝鮮に対し、弾道ミサイルだけでなく、その技術を使った発射も禁じており、明確な決議違反となる。

 核実験に関しては、米国が北朝鮮への敵視政策をやめないことを理由に正当性を訴える。もし北朝鮮が米国から敵視されたくないのなら、大前提となるのは核の放棄以外にありえない。

 国際社会の反対を押し切って過去に3度の核実験をした北朝鮮は、自らを「核保有国」だと言い張るが、それを認める主要国はない。

 ちょうど10年前、日米中ロと南北朝鮮による6者協議は、1カ月以上の休会を間にはさむという異例のマラソン交渉の末に共同声明を出した。

 声明で北朝鮮は、すべての核兵器や核計画の放棄に加え、核不拡散条約(NPT)への早期復帰を約束した。それに対する事実上の見返りは、実に盛りだくさんだった。

 米国が北朝鮮を攻撃しない約束や、朝鮮戦争の休戦協定を平和協定に転換するための協議。日朝、米朝国交正常化に向けた措置。北朝鮮へのエネルギー支援……。いずれも北朝鮮が渇望してきたものばかりだった。

 声明は故・金正日(キムジョンイル)総書記が決断した遺訓でもある。金正恩氏は危うい瀬戸際戦術をまねるのではなく、共同声明をよく読み返し、何が国のためになるのか考えてみるべきだ。

 6者協議は中断して7年近くになる。北朝鮮に向き合う5カ国の側も、金正恩氏に改めて共同声明の価値を諭す手立てを練るべきだ。今週のワシントンでの米中首脳会談でも、真剣な議題となるよう望む。

飲酒喫煙の年齢 18歳解禁は理解を得られない

 「大人」になる年齢の見直しは、様々な分野に影響が及ぶ。根拠となる法律ごとに、改正の是非を丁寧に検討することが重要である。

 自民党が、民法で20歳と定めている成人年齢を18歳に引き下げるよう求める提言をまとめた。月内にも政府に提出する。

 改正公職選挙法の成立で、選挙権年齢が20歳以上から18歳以上に引き下げられることを受けたものだ。選挙権を行使する年齢と、民事上の権利や責任が生じる年齢は一致させるべきだろう。

 成人年齢が18歳になると、親の同意なしに、ローンなど商取引の契約が結べるようになる。悪徳商法の被害に遭わないよう、学校での消費者教育の充実など、環境整備を進めることが欠かせない。

 飲酒や喫煙を解禁する年齢については、結論を先送りした。

 当初、18歳から認める案をまとめようとしたが、党内や医療関係者などから、反対論が続出したためだ。当然だろう。

 厚生労働省によると、青少年期に喫煙を始めると、肺がんや心疾患にかかるリスクが大きくなる。日本医師会は、20歳未満の喫煙習慣が脳の発育にも悪影響を与え、認知症などの早期発症につながる恐れがあると警告している。

 酒を飲み始める年齢が早いほど、アルコール依存症になる確率が高まるとも指摘される。

 健康面への影響を踏まえれば、解禁年齢の引き下げは到底、社会の理解を得られまい。

 厳しい財政状況の中、社会保障費をどう抑制するかが、大きな課題だ。その観点からも、将来的に医療費の増大を招くような制度変更はすべきでない。

 飲酒や喫煙は、非行の引き金になる危険をはらむ。酒やたばこが許される18歳の生徒と、そうでない17歳の生徒が混在すれば、高校の生徒指導は混乱する。法律で認められれば、校則で禁止しても限界があるのではないか。

 一方、少年法の適用年齢に関し、自民党は、20歳未満から18歳未満への引き下げを提言した。

 更生を促すため、対象から外れる18歳と19歳に、刑罰より矯正教育を重視する少年法上の保護処分のような措置を講じることも求めた。妥当な内容だ。

 矯正教育を行う少年院への送致や、社会内で立ち直りを図る保護観察の処分が、少年の再犯防止に果たす役割は小さくない。引き下げを前提に、どのようなケースで18歳や19歳に保護的措置を適用するのか、議論を深めたい。

ドローン規制法 活用とのバランスが重要だ

 小型無人機「ドローン」の飛行ルールを定める改正航空法が成立した。年内に施行される。

 日本で初めてドローンに法の網がかけられた。有効活用と安全確保を両立させる契機としたい。

 住宅密集地や空港周辺のほか、祭りやイベントなど多くの人が集まる場所での飛行を原則禁止としたのが改正法の柱だ。

 ここ数年、ドローンの普及が進むとともに、各地で落下事故が相次いでいる。墜落した機体が当たり、負傷した例もある。安全対策上、飛行区域に一定の制限を設けるのは、やむを得まい。

 飛行させる場合には、日中に目視できる範囲に限ることや、人や建物と一定の距離を保つことを規定した。爆発物や危険物の輸送も禁じた。違反者には、50万円以下の罰金を科す。事故や悪用を防ぐ上で、必要な措置と言えよう。

 最も重要なのは、扱う側の安全意識の向上である。政府は改正法の内容を周知する必要がある。事故につながる粗悪な製品を排除するため、機体の性能や耐久性を評価する仕組みも求められよう。

 今年4月に首相官邸の屋上で墜落機が見つかった事件が、今回の法規制のきっかけだ。

 官邸に落ちたドローンは、13日間も気づかれなかった。国の中枢機能が、無人機の侵入に無防備であってはならない。

 改正法とは別に、首相官邸や皇居、原子力発電所など重要施設の上空の飛行を禁じる議員立法の法案も審議されている。できるだけ成立を急ぐべきだろう。

 警察庁は、重要施設に接近したドローンを探知し、妨害電波で飛行不能にする資機材などを導入するため、来年度予算の概算要求に計4億円を計上した。テロなどに悪用される事態も想定した態勢の整備が求められる。

 ドローンは、火山の観測や測量、橋や道路の点検、農薬散布など、幅広い分野での活用が期待されている。世界的に市場拡大が見込まれる成長分野だ。高齢者宅への日用品の運搬など、生活に密着した活用も可能だろう。

 改正航空法は、災害時の捜索・救助活動に加え、事業者が操縦者に訓練を課すなど安全措置を講じ、国土交通相の許可を受けた場合は、規制の対象外とした。研究、ビジネスでの利用を阻害せぬよう配慮したことがうかがえる。

 ドローンの技術開発で米国や中国などに後れをとらぬよう、官民が連携し、性能向上や用途拡大に取り組むべきだ。

2015年9月21日月曜日

子宮頸がん接種の救済急げ

 子宮頸(けい)がんワクチンの予防接種が事実上ストップしてから2年以上がたった。厚生労働省の専門家会議はこのほど、積極的な接種の呼びかけ再開を引き続き見送るとの判断を下した。

 さらなる調査や治療法の開発など、やるべきことは多くある。現時点では妥当な判断だろう。一層の研究を進めるとともに、国は健康被害の救済を急いでほしい。

 子宮頸がんワクチンの予防接種は2009年に始まり、13年4月からは、小6~高1の女子を対象に国や自治体が積極的に接種を勧める「定期接種」になった。しかし副作用報告が相次ぎ、13年6月から積極的勧奨を中止した。

 厚労省の追跡調査によると、14年11月までに約340万人が接種を受け、副作用の疑いがあるとの報告は約2600人だった。経過が把握できた人のうち186人は、頭痛や倦怠(けんたい)感などの症状が続いていた。

 専門家会議は、症状は接種時の痛みなどが身体の不調として表れたものとの見解を示している。だが、まだ保護者が安心して接種を受けさせられるだけの情報がそろったとはいえない。さらに実態解明を進める必要がある。

 大事なのは、治療の充実だ。どんな手法が有効なのか治療実績を集め、各地で適切な診察が受けられるようにしてほしい。

 生活面のサポートも必要だ。学校生活に影響が出ている人もいる。教育面の悩みを相談できる窓口を整えることが大切だ。

 予防接種で健康被害が生じた場合、医療費などを支給する救済制度がある。追跡調査がまとまったことを受けて、厚労省は審査を始めた。必要な支援が早く届くよう、適切に対応してほしい。

 接種の呼びかけ中断が長引くことで、将来、子宮頸がんの患者が多く出ることを懸念する医療関係者もいる。だがワクチンはそもそも、がんをすべて防ぐものではない。早期の発見・治療のために、国や自治体が定期的ながん検診の大切さを周知する必要もある。

コメ価格の下支え策は見直すべきだ

 今年の新米価格が上昇している。現在の値上がりは大雨など天候異変の影響ではない。政府が補助金で家畜飼料米への作付け転換を誘導し、主食用のコメの過剰感が解消してきたことが主因だ。その代価はコメの消費や税金を通じ国民が払うことになる。

 政府は7月末で飼料米の作付面積が前年の2.3倍の7万9千ヘクタールとなり、麦や大豆と合わせるとコメに換算して51万トンの転換になると発表した。この結果、主食米の民間在庫は今年6月の230万トンから来年6月には207万トンに減少する見込みだという。

 農林水産省の幹部は4月から「飼料用米推進キャラバン」と銘打って全国の産地を回り、飼料米生産への支援策などを説明した。5月には都道府県ごとにどれだけ作付けできたかの中間集計を公表。作付けを終えた主食用米も飼料米などに名目変更できるように、農家が提出する計画書の期限を7月末まで1カ月延長した。

 安倍政権は2018年にコメの生産調整(減反)をやめ、農家が自らの経営判断で生産できるように変える農業改革を進める。その政権が打ち出したとは思えない事実上の減反強化策だ。

 減反を本格導入して以降、生産調整に費やした補助金は14年度までの予算累計で9兆円に迫る。問題は莫大な財政支出が横並びの農家保護に向き、生産性を高める構造改革を阻害してきたことだ。

 財務省の試算では、飼料用米を作る農家の収入は92%前後を補助金が占める。農業改革が求める農家や地域農協の「経営感覚」は補助金頼みの経営ではないはずだ。

 飼料の自給率は高い方がいい。国産飼料が畜産製品の付加価値につながる可能性もある。だが、今年の作付け急増は需要に喚起されたものではなく、主食米の過剰解消と価格下支えが狙いだ。転作誘導による価格の下支えは税金だけでなく、コメを消費する家庭や外食、食品企業に負担を強いる。

 価格形成は市場にまかせ、価格が大きく下落して生産費を下回った場合は農家への直接支払いで経営を支援する。これが先進国の農業政策の主流だ。価格下落には生産性の向上を後押しし、国際的な競争力を高める側面もある。

 補助金で転作を誘導するのであれば、減反廃止はみせかけに終わる。肝心なのは価格支持という発想を根本から見直し、競争力の強化にかじを切ることだ。

新安保法制―不断の監視が始まる

 自衛隊に対する憲法の縛りをゆるめ、時の政権の判断による海外での武力行使に道を開く。

 それが、新たな安全保障法制の核心といっていい。

 政権が常に正しい判断をする保証がないことは、先の大戦の重い教訓だ。政権の判断を監視する目が機能するかどうかが、従来以上に大切になる。

 国家安全保障会議(日本版NSC)、特定秘密保護法、そして今回の安保法制――。安倍政権がめざしてきたのは、安全保障をめぐる判断の権限を首相官邸を中心に一元化することだ。

 刻々と変化する国際情勢について、政権が情報を集め、的確に分析し、過ちなき決断ができる。そんな前提の仕組みだ。

 問題は、その判断の是非を、だれがチェックするのかだ。

 やはり国権の最高機関である国会の責任は大きい。

 今の国会は自民、公明の与党の数の力が圧倒的だ。「違憲」法制の歯止め役は果たせなかった。野党が求めた、自衛隊海外派遣の「例外なき国会の事前承認」も盛り込まれず、特定秘密保護法の壁も立ちふさがる。

 しかし、厳しい監視が欠かせない論点は数多い。

 法制を政権がどう運用し、自衛隊の活動はどう広がるのか。専守防衛が変質しないか。軍事に偏らない外交・安全保障の努力は。強大な同盟国・米国に引きずられないか。文民統制は機能するか。自衛隊の活動拡大で防衛費が膨らまないか……。

 安保政策は本来、幅広い国民の支持の基盤のうえに、与野党を超えた合意に基づき継続的に運用されることが望ましい。

 だが今回の安保法制審議は、政治に対する国民の基本的な信頼を傷つけた。法制がこのまま続く限り、結局は、安保政策の安定的な継続性は望み得ない。

 「違憲」の法制については、継続性より正しい軌道に戻すことを優先すべきだ。法制に反対した野党には、政権交代が実現すれば、法制を是正する意思を明確にしてもらいたい。

 野党には、もう一つの選択肢を国民に示すことも求めたい。

 日本のあるべき将来像や国際貢献策は何か、具体的に示すこと。そしてその実現のために、自公政権に代わり得る民意の受け皿を形にすることだ。

 法制に対する国民の監視が大切なことは言うまでもない。国会の行方を左右するのも、選挙を通じて示される国民の意思である。判断材料を提供するメディアの役割も重い。

 安保法制の成立は、議論の終わりを意味しない。これからの不断の監視の始まりである。

小学生の暴力―要因を解きほぐして

 突然壁を蹴る。友だちにいきなり殴りかかる。

 小学生の暴力行為が昨年度、1万1千件を超え、過去最多になった。文部科学省の調査でわかった。

 中高生が前年度より減ったのと対照的だ。8年前の3倍余りに上る。特に低学年で増えた。

 学校が軽いものも報告するようになったとの指摘もある。だが被害者が病院で治療を受けた例は1400件近くもある。

 集団で教員に反抗した、かつての校内暴力とは違い、個人でいきなり怒りを爆発させる例が多いと現場の先生らは言う。

 攻撃に走る理由や背景を探り、対応を考える必要がある。

 小学生の暴力行為は、なぜ増えているのか。「貧困などで入学前の家庭教育が十分でない例が目立つ」と文科省は見る。

 それだけで説明はしきれない。専門家は言う。家庭や地域で人との関わりが薄くなったためでは。親の虐待の影響もあるだろう。食生活や睡眠不足やゲームのせいかも……。

 確たる結論はない。だが、大人や社会の変化が影を落としているといっていい。一人ひとりの子のなかで、要因が複雑に絡み合っているのではないか。

 それだけに、学校の役割は大きい。

 まず必要なのは、その子の行為の背景や要因を丁寧に解きほぐすことだ。厳罰で抑えても、根本的な解決は難しい。「困った子は困っている子」と考え、本人の声に耳を傾けたい。

 保護者と話し合って理解を深め、児童相談所や民生、児童委員と連携することが重要だ。

 先生が十分指導できるよう態勢を整えることも欠かせない。

 小学校は学級担任制だ。クラスの中で起きた問題は担任教師が抱え込みがちになる。

 これを乗り越えようとしたのが横浜市だ。各校で1人ずつ、児童支援の専任教諭を決め、授業時間を減らす。その分、暴力行為やいじめ、発達障害などに積極対応できるようにした。

 この方式は他市にも広がりつつある。文科省はそんな自治体の努力を支援してほしい。

 子ども自身に人間関係づくりの力をつける教育も大切だ。

 ゲームを通じて互いの気持ちを理解する。対立したとき、力に訴えず思いを伝える。そんなプログラムがある。異なる年齢の子ども同士での活動を増やしてもよいだろう。

 暴力を許さない姿勢は、いじめを減らすことにもつながる。

 学校という小さな社会を、どの子も安心できる場にする。それは大人の役目である。

郵政株上場へ 成長の将来ビジョンを示せ

 株式上場をテコに郵政民営化をどう進展させるか。日本郵政には、経営戦略の着実な具体化と、投資家への丁寧な説明が求められる。

 東京証券取引所が、日本郵政と傘下のゆうちょ銀行、かんぽ生命保険の3社の株式上場について承認した。11月4日に、異例の「親子同時上場」が実施される。

 現在の想定株価による時価総額は、3社合計で約13兆円に上る。1987年のNTTに次ぐ大型の新規上場となる。

 上場時に、3社合計で1・4兆円の株式が売り出される。政府は幅広い国民に売却する方針だ。個人投資家を増やし、市場活性化につなげたいとの期待は大きい。

 政府は順次、日本郵政株の売却を進め、収入のうち4兆円を震災復興財源に充てる。復興を後押しする観点からも、郵政上場を成功させることが重要だ。

 郵政グループは上場後、厳しい市場の評価にさらされる。肝心なのは、安定した収益基盤を確立して、企業価値を維持・向上させることである。

 ただし、現状は厳しい。郵便事業は慢性的な赤字で、金融部門のゆうちょ銀とかんぽ生命の利益で穴埋めしているのが実情だ。

 頼みの金融2社も、超低金利で運用収益は低迷している。

 規模が大きくても、効率性や収益力が伴わなければ、投資家の失望を招くことになろう。日本郵政は、金融と郵便の双方について、持続的な成長に向けた将来ビジョンを早急に示すべきだ。

 ゆうちょ銀とかんぽ生命は、国債中心の資産運用を改める必要がある。住宅ローンや企業向け融資など高収益事業への参入を申請しているが、金融庁は認可を見送っている。国の信用力を背景とした民業圧迫の恐れがあるためだ。

 自民党提言を受け、政府はゆうちょ銀の貯金とかんぽ生命の契約の限度額引き上げを検討中だが、これも金融2社株を全て売却する「完全民営化」が前提だろう。

 日本郵政が完全民営化のスケジュールを明示しないと、投資家は郵政グループの将来性や株価の先行きを評価しにくい。

 金融2社の利益に頼らずに済むよう、郵便事業の収益基盤をどう強化するかも難題だ。全国の郵便局で、あまねくサービスを提供していく義務が課されていることを忘れてはならない。

 そのコストを賄うためにも、買収した豪物流大手などのノウハウを生かし、総合物流事業に脱皮する構想の具体化が急がれよう。

生涯現役社会 高齢者の活躍の場を増やそう

 日本の平均寿命は、男性80・5歳、女性86・83歳だ。今後も延びると予測される。人生90年時代の到来である。

 敬老の日のきょう、世界屈指の長寿国となったことを、改めて喜びたい。

 総人口に占める65歳以上の割合は25%を超え、2060年には40%となる見込みだ。

 高齢化が進むに連れて、労働力人口の減少や社会保障費の膨張など、深刻な問題も生じている。

 意欲のある高齢者が、能力を発揮して活躍できる場を増やし、社会の支え手になってもらう。「生涯現役社会」の実現が、超高齢社会を乗り切るカギとなる。

 65歳を超えても働きたいと思っている人が、35~64歳の5割を占めている。生涯現役社会を目指すことは、高齢者一人一人の生活を充実させ、経済的に安定させる上でも重要だろう。

 13年4月に改正高年齢者雇用安定法が施行され、希望すれば65歳まで継続雇用されるようになった。だが、65歳以降の就労機会については限られるのが現状だ。

 厚生労働省の検討会が6月にまとめた報告書は、生涯現役社会の実現に向け、65歳以上の継続雇用の促進や、中高年の能力開発・再就職の支援強化を打ち出した。

 高齢者の知識や経験を生かし、若手の指導役にする。本人の生活パターンに合わせた柔軟な働き方を認める。こうした工夫で、65歳以上を引き続き雇用する企業が増えた。各企業が実情に応じた対策を進めてもらいたい。

 働く側の意識改革も重要だ。長く働き続けるには、若いうちから将来設計を明確にし、能力の向上に取り組む必要がある。

 中高年が転職しやすい労働市場の形成も求められる。

 高齢者は、健康や経済力の面で個人差が大きい。多様なニーズに対応するには、自治体が地域の経済団体やNPOなどと連携し、高齢者向けの仕事を開拓する体制作りが欠かせない。

 軽作業などの働き口を提供しているシルバー人材センターの機能強化も課題となる。

 千葉県柏市は「生きがい就労」として、農業や福祉の仕事を創出し、高齢者に提供している。福岡県は「70歳現役応援センター」を開設し、高齢者の就労やボランティア活動を手助けしている。

 介護や保育分野の人手不足を補うなど、地域の問題解決にもつながる取り組みだ。高齢者の活躍の場を広げることは、孤立防止や介護予防にも有効だろう。

2015年9月20日日曜日

日中対話の継続へ仕切り直しを

 安倍晋三首相と中国の習近平国家主席は9月上旬、北京での首脳会談を探ったが、実現しなかった。今、重要なのは対話の扉を閉ざさず、新たな日中関係の構築を引き続き模索することだ。

 安倍首相は戦後70年談話に侵略、植民地支配、反省、おわびという文言を盛り込んだ。中国側からは批判的な論評も出たが、一定の範囲で評価したのも確かだ。それでも会談にこぎ着けられなかった。国内事情を踏まえ双方とも無理はできなかった、というのが実情だろう。

安保法などの説明必要

 中国は9月3日の大規模軍事パレードを抗日戦争勝利、反ファシズム戦争勝利70年を記念する主要行事と位置付けた。習主席が軍を含め権力を掌握した事実を示す内政上の意味が大きかった。安倍首相は、仮に訪中するなら、日中の和解を演出する融和的な行事にしてほしいと注文を付けていた。

 中国では、軍などを中心に日本に強く出るべきだと主張する勢力が一定の力を持つ。この勢力の抵抗もあり、記念行事を融和的にするのは困難だった。3日夕、訪中した各国首脳らが鑑賞した行事も抗日色が強く、安倍首相が参観するにはハードルが高すぎた。

 問題は今後である。日中首脳は昨年11月、北京で3年ぶりに正式に会談し、4月にはインドネシアでも会った。双方は仕切り直しのうえ、まず国際会議の場を利用して3回目のトップ会談を実現すべきだ。安倍首相は次回会談で長く焦点だった「歴史認識問題」を丁寧に説明し、将来に禍根を残さないよう布石を打つ必要がある。

 次回会談ではもう一つ、大きな課題がある。国会で安全保障関連法が成立した。政府の説明は、日本を取り巻く環境が激変し、米国などとの連携強化で抑止力を高めるには、集団的自衛権を限定的に容認する法整備が必要というものである。

 中国は反発し、日本への警戒感を強めている。安保関連法の成立を踏まえ、安倍首相は習主席に法律について直接、説明し、合わせて今後も対中関係を重視する姿勢を伝えるべきだ。法律の趣旨は中国を敵視することではなく、あくくまで平和と安定の確保である。

 安全保障を巡っては、中国による南シナ海での岩礁埋め立て問題がある。間もなくワシントンで開く米中首脳会談でも南シナ海は最大の焦点だ。

 米国は、中国が人工島に軍事拠点を築き南シナ海を勢力圏にするつもりではないかと見て、警戒を続けている。南シナ海の安全が損なわれるならアジア、世界の経済に打撃となる。日本は米国と協調しながら中国に自制を促す必要がある。中国は海洋の安全保障で責任ある態度を示すべきだ。

 東シナ海では中国がガス田開発を継続し、日本が中止を求めている。2008年、日中は共同開発で合意したが、沖縄県の尖閣諸島沖での漁船衝突事件などから、中国側が条約締結交渉を中断した。

 中国は合意へ立ち返り、話し合いに応じるべきだ。中国の海洋進出が目立つなか、偶発衝突を回避する日中防衛当局間の海上連絡メカニズムの運用開始も急がれる。

 経済を巡っては、中国が主導して年内に発足するアジアインフラ投資銀行の透明性の確保や、減速する中国経済に関して率直に意見交換する必要がある。

日中韓会談にも期待

 日中間の経済的な相互依存関係は深まっている。2国間の貿易や投資、人の往来などを増やして互いの利益につなげていくことは、全体的な関係の改善にも役立つだろう。

 韓国を入れた日中韓3カ国での対話も重要だ。3カ国首脳会談は12年5月以来、3年以上開かれていない。経済的に中国に傾斜する韓国は、対中関係を最大限に重視している。朴槿恵(パク・クネ)大統領は先に訪中し、軍事パレードまで参観した。

 日本と韓国の立場は違うものの、中国だけではなく韓国も入れたマルチの対話実現は、アジア諸国に安心感を与える。日中韓首脳会談は来月以降、ソウルで開く方向で調整が進む。久々の3カ国会談に期待したい。

 12年秋、尖閣諸島の国有化問題を引き金に、中国各地で激しい反日デモの嵐が吹き荒れた。日本企業が被った被害や打撃も大きかった。

 それから3年。世界第2位の経済規模を持つ中国と、第3位の日本の真摯な首脳対話はアジアばかりでなく世界の安定にとって重要だ。ようやく見え始めた関係改善への道を歩んでいくべきだ。

安保法制と民主主義―新たな「始まり」の日に

 「憲法守れ」

 「採決撤回」

 新しい安全保障法制が成立したきのう未明、国会前ではストレートな怒りのコールが何度も、何度も繰り返された。

 だが、こわばった悲壮感は感じられない。むしろ前向きな明るさをたたえている。「結果」としてではなく「始まり」として、この日を捉えているからだろう。

 党派によらず、党派を超えて、一人ひとりが時間と労力を使って、ただ反対の意思を示すために足を運び、連日、国会前に空前の光景が生まれた。

■「裸」の安倍政権

 こんなことが許されるのかという反発。自分は誰にも代表されていないという不満。日本が大事にしてきたものが壊されてしまうという不安。そして何より、この国の主権者はわれわれである、勝手なことはさせないという覚悟が、人々を突き動かしている。

 「民主主義って何だ?」

 「これだ!」

 「賛成議員は落選させよう」

 怒りと悔しさと今後に向けた決意がないまぜになったコールが、夜を徹して響き続けた。

 憲法は日本の最高法規であり、法律は憲法に適合させなければならない。ところが今回、「集団的自衛権の行使を容認する」という政府の方針を最上位におき、それに合わせて法律をつくることで、実質的に憲法を変えてしまった。しかも、本来は国民の側に立ち、政府に憲法を守らせる役割をもつはずの国会で、自民、公明の与党がそれに手を貸した。

 55年前、政治学者の丸山真男は、改定日米安全保障条約が、国民の多様な意見や、議会政治の根本ルールを踏みにじるやり方で衆院で強行採決されたことを受け、こう言った。

 「岸内閣は、民主主義も憲法もルール・オブ・ローも、要するに民主政治のあらゆる理念と規範を脱ぎすてて、単純な、裸の、ストリップの力として、私たちの前に立っております」(「選択のとき」)

 まさにいま安倍政権が見せつけているのは、日本が戦後70年をかけて積み上げてきた理念も規範も脱ぎ捨て裸となった、むき出しの権力の姿である。

■国会内と外の往還

 国会の大きな機能のひとつは、国民の間にある多様な意見を調整し、まとめあげることだ。ところが与党は今回、「数の力」を頼むばかりで、その役割を放棄した。国会前に空前の抗議の光景が生まれたのは、国会が空前の機能不全に陥っているからにほかならない。

 民主主義は単なる多数決ではない。多数を得て代表に選ばれた人は、自分に票を投じなかった少数の方をこそ向き、納得を得られるように力を尽くす。代表民主制の要諦(ようてい)である。

 異論や世論に耳を傾けて自論を修正する気がないのなら、議会で討議する必要はない。民主主義のプロセスを軽視し、手間を惜しむ国会議員こそが、代表制を内側からむしばみ、自らの正統性を掘り崩している。

 一方、巨大与党を前に、腰が定まらなかった民主党などの野党は今回、各界各層、全国各地に広がる抗議のうねりに後押しされ、反対姿勢を強めた。そしてその姿は、自分たちが代表されているという手ごたえを、国会の外にもたらした。

 この往還こそが政治である。

 主権者が動けば、政治は動く。政治は、政治家だけのものではない。法制は成立したが、主権者が今回、その実感を何らかの形で手にしたことは、これからの日本政治を根っこのところから変えていくに違いない。

■「現実」を自らの手で

 安倍首相は国会で、法案が成立すれば「間違いなく理解は広がっていく」と答弁した。既成事実を積み重ねれば、国民はいずれ忘れる、慣れると踏んでいるのだろう。

 岸内閣を「裸」と看破した丸山真男はこう話を続けている。

 「あの夜起ったことを、私たちの良心にかけて否認する道は、ちょうどこれと逆のこと以外にはないでしょう。すなわち、岸政府によって脱ぎすてられた理念的なもの、規範的なものを、今こそことごとく私たちの側にひきよせて、これにふさわしい現実を私たちの力でつくり出して行く、ということです」(同)

 不断の努力。

 デモに参加している若い世代が、好んで口にする言葉だ。憲法12条の「この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によつて、これを保持しなければならない」からきている。

 自由も民主主義も、日々私たちが行使することによってのみ守られる。

 既成事実に身を委ねず、自分の頭で考え、言葉にし、いまここにはない現実を自らの手でつくり出していこうとする主権者一人ひとりの不断の努力が、この国の明日を希望で照らす。

安保関連法成立 残念だった「違憲論」への傾斜

 安倍首相は、安全保障関連法の成立後、「国民の命と平和な暮らしを守り抜くために必要な法制だ」と語り、法整備の意義を強調した。

 今後も、丁寧な国民への説明を続けねばならない。

 衆参両院の法案審議時間は、計約220時間にも上った。

 残念だったのは、民主党など野党が、審議の場で安保法案は「憲法違反」と主張する立場に安易に傾斜してしまったことだ。いかに抑止力を高め、日本の平和を確保するのか。こうした本質的な論議は深まらず、物足りなかった。

 民主党の岡田代表は、「あらゆる手段で法案成立を阻止する」と明言した。そのため、独自の対案を出すこともなく、最後は、問責決議案などの提出で法案成立を遅らせ、自らのメンツを保つこと自体が目的化していった。

 民主党には本来、岡田氏を始め、日本周辺有事における米軍艦船の防護を可能にすることに前向きだった議員が少なくない。野党第1党の対応として疑問である。

 維新の党も、国会に提出した対案で日本周辺での米艦防護を容認した。しかし、橋下徹大阪市長の新党結成発言で分裂状態に陥った後、松野代表は民主党と連携し、政府案への反対姿勢を強めた。

 民主、維新両党は、今月3日の軍事パレードで中国が誇示した軍備増強や、北朝鮮の軍事的挑発の深刻さを軽視していないか。

 一方、元気、次世代、改革の野党3党が与党との協議で、自衛隊の海外派遣に対する国会の関与強化で合意したのは、重要な前進だ。政府は関連法の成立後、国会承認の厳格化を閣議決定した。

 民主党などは、集団的自衛権の行使を容認する存立危機事態の具体例が曖昧だと主張したが、そうではあるまい。最も明確なのは、周辺有事で弾道ミサイルを警戒中の米艦が攻撃されるケースだ。

 ミサイル防衛は、米軍の早期警戒衛星や日米のイージス艦のレーダー情報を共有し、両国が共同対処することが基本である。米艦が攻撃され、防衛網の一角が崩れることは、まさに日本の存立が脅かされる事態となろう。

 邦人輸送中の米艦の防護などを含め、従来は一切できなかった自衛隊の反撃が可能になる選択肢を確保する意味は大きい。

 米艦が攻撃されても、近くにいる自衛隊艦船が傍観するしかないようでは、同盟関係が崩壊しかねない。同盟には、相手国にとって「守るに値する国」であり続ける不断の努力が欠かせない。

日越首脳会談 南シナ海で戦略的に連携せよ

 中国の独善的な海洋進出を許さず、地域の安定を保つため、日本は関係国との連携を戦略的に強めなければならない。

 ベトナムの最高指導者、グエン・フー・チョン共産党書記長が来日し、安倍首相との会談で、海洋安全保障分野の協力を拡大することで合意した。

 両首脳が共同声明で、南シナ海の現状に、「深刻な懸念」を表明し、「国際法に基づく紛争解決」を訴えたことも評価できよう。

 中国は、関係国と領有権を争う南シナ海を囲い込み、実効支配を一段と加速させている。

 中国に自制を促し、国際ルールを順守させるには、ベトナムなど周辺国が海上保安機関の警戒・監視体制を整えることが急務だ。

 昨年5月、南シナ海で中国が一方的に始めた石油掘削を巡って、中越の多数の船舶が衝突する事件が起きた。軍事紛争に発展させないためにも、海上警察の法執行能力を高めることが重要である。

 安倍首相は、約2億円相当の中古船舶などを無償で供与する方針を伝えた。既に提供を約束している6隻に追加するもので、ベトナム海上警察は巡視船として活用する予定だ。海上保安庁は乗組員の育成などを支援する。

 物資提供と人材育成の両面でベトナムを後押しする日本の取り組みは妥当である。

 米国もベトナムとの関係強化に乗り出している。南シナ海で岩礁を埋め立て、軍事拠点化を急速に進める中国に対抗するためだ。

 チョン氏は今年7月、共産党トップとしてベトナム戦争終結後初めて訪米した。オバマ大統領はチョン氏との会談で、海洋安保協力を深化させることで合意した。

 米国はベトナムに、巡視船購入の資金供与のほか、装備近代化の支援を進めている。関係が希薄だったベトナムに急接近し、中国の行動を牽制(けんせい)する戦略だろう。

 日本は米国と緊密に連携し、ベトナムとの安保協力の実効性を高めていくべきだ。

 日越両国は経済協力の推進でも一致した。急成長を遂げるベトナムへの投資・輸出の拡大は、安倍政権の成長戦略にも資する。

 ホーチミン市の総合病院建設に対する有償資金協力も決まった。政府は、ほかにも交通インフラ整備など、効果的な支援を実施する必要がある。環太平洋経済連携協定(TPP)交渉の早期妥結に向けた協力も進めたい。

 中国をにらみ、安保・経済など包括的な協調関係を深め、相互利益を拡大させることが大切だ。

2015年9月19日土曜日

どう使うかで決まる安保法の評価

 安全保障関連法案をめぐる与野党の最終攻防が延々と続いた。参院本会議での法案採決を先送りさせるため、安倍晋三首相の問責決議案や内閣不信任決議案などの決議案を野党が繰り出し、与党が次々と否定していく消耗戦だ。

 最後は多数を占める与党が押し切るかたちで安保関連法案は成立する運びだ。日本の安保政策は極めて重要な転換点を迎える。

求められる国際貢献
 安保法制は大まかに2つの要素で構成される。ひとつは世界平和への積極的な貢献だ。2つ目は日本の抑止力を高めるため、日米同盟をいままで以上に強める方策である。集団的自衛権の行使の限定容認がそこに含まれる。

 日本は先の大戦を引き起こした当事者という負い目もあり、あらゆる国際紛争から距離を置いてきた。この判断は間違っていない。しかし、戦後70年もたち、世界の日本を見る目は変わってきた。

 日本は何もせずに平和がもたらす繁栄を享受しているのではないか。そんな世界の声に応えようと、1992年のカンボジアを手始めに国連平和維持活動(PKO)に自衛隊を派遣し始めた。

 ただ、中身は道路補修など非軍事分野に限定してきた。今回の法整備によって、派遣部隊の近くで民間人がテロリストに襲撃された場合の駆けつけ警備などができるようになる。

 こうした安全確保活動は、テロの標的になることの多い米ロのような超大国には不向きである。これまではスウェーデンなどのPKO先進国が主に担ってきた。日本もいつまでも「危ないことに関わりたくない」とばかり言ってはいられない。

 安保法制ができると、いつでも自衛隊を海外に送り出せるようになる。しかし、国民の理解を伴わない派遣は政治的な混乱を招く。必要に応じて特別措置法を制定してきたこれまでに劣らぬ説明責任を負うという認識が必要だ。

 冷戦が終結して四半世紀がたつが、東アジアの安全保障環境は残念ながら改善したとは言い難い。朝鮮半島は引き続き不安定だし、中国の海洋進出は日本を含む周辺国と摩擦を引き起こしている。

 戦後日本は日米安保体制によって、外からの攻撃などの不測の事態に備えてきた。同盟を一段と強化するという方向性を否定する有権者はさほど多くないはずだ。

 ただ、同盟強化によって何が変わるのかはわかりにくい。抑止力は失って初めて、その存在に気付くものだからだ。

 米軍がフィリピンから撤退した途端、中国が南シナ海の島々を実効支配し始めた。こうした事例から日米の絆の重要性を類推するしかない。政府は国民に丁寧に説明しなければならない。

 安保法制をどう運用するのかと同時に、首相の今後の政権運営のあり方も重要だ。法案審議の過程で、近年にない規模のデモが国会を取り囲むなど世論の強い反発があった。「これは戦争法案だ」との声も出た。

 そう受け止めた人がなぜこれほどいたのか。安倍政権のどこかしらに危うさを感じさせる部分があるからだろう。

 首相の応援団的な存在である若手議員からメディア批判が飛び出した。デモに参加した若者を「利己的」と攻撃して自民離党に追い込まれた議員がいた。

対話も同時に進めよ
 安倍首相は祖父の岸信介元首相が決断した安保改定がのちに評価されたことを挙げて、今回の法整備もいずれ理解されると強調する。岸氏は退陣に追い込まれ、「寛容と忍耐」の池田勇人内閣の経済重視路線のもとで安保体制が幅広い支持を得るようになったという側面を見落としてはならない。

 安保改定に反対した人々が本当に反対していたのは安保でなく、岸氏の政治姿勢にあったのだとすれば、安倍内閣も同じ道をたどらないとも限らない。

 この人ならば国のかじ取りを任せられる。そんな安心感のあるリーダーの下でなければ、集団的自衛権を実際に行使するのは難しかろう。安倍首相に期待することは多い。有事に備える一方で、周辺国との摩擦の解消へ外交努力を進めることが一例だ。対立をあおるような言動はその反対である。

 法整備だけで世の中が一変するわけではない。どんな仕組みも機能するかどうかは動かし方次第である。のちのち失敗だったと言われないためにはどうすればよいのか。重要なのはこれからの取り組みだ。

 安保法制を生かすも殺すも、使い手にかかっている。

安保法案と国会―熟議を妨げたのはだれか

 つかみ合いと怒号。委員長の姿は見えず、声も聞こえず、現場にいた者も何が起きたかわからない中での「可決」。

 参院特別委での混乱と内閣不信任決議案などをめぐる攻防の果てに、憲法違反だと考えざるを得ない安全保障関連法案の審議が大詰めを迎えている。

 国権の最高機関とされる立法府が無残な姿をさらしたのは、極めて遺憾である。

■抵抗に理はある

 この責任は一体どこにあるのか。いろいろな見方はありうるだろう。

 それでも、抵抗する側には理があると考える。

 安倍首相は14日の特別委で、「熟議の後に、決めるときには決めなければならない。それが民主主義のルールである」と語った。

 衆参で200時間を超える審議で熟議はなされたか。とてもそうは思えない。

 審議の意味は確かにあった。

 広範な国民が法案に反対の意思を示すようになったのは、その成果だろう。一方で、国会での与野党の質疑が熟議の名に値したとはとても思えない。

 その責任の多くは、政権の側にある。

 安倍内閣は、集団的自衛権は行使できないとしてきた歴代自民党内閣の憲法解釈を正反対にくつがえす閣議決定をもとに、法案化を進めた。その結果出てきたのが、自衛隊法など10本の改正案をひとつに束ねた一括法案と1本の新法だ。

 多岐にわたる論点を束ね、丸ごと認めるか否かを国会に迫る。これでは熟議などできはしない。衆院特別委の浜田靖一委員長(自民)でさえ、衆院での採決後に「法律10本を束ねたのはいかがなものか」と内閣に苦言を呈したほどだ。

 一括法案の中核にあるのは、違憲の疑いを指摘されてきた集団的自衛権の行使容認である。個々の改正点が政策的に妥当であるかを検討する前に、まずは憲法に適合しているのか判断すべきなのはあたりまえだ。

■何でも決めていいか

 国民を守るための安全保障政策や、世界の平和と安定に寄与するための国際貢献策は、極めて重要な政策テーマだ。

 政権を担った経験のある民主党など野党にも、安全保障に詳しい議員は多い。「集団的自衛権ありき」でなく、安倍内閣がまっとうなやり方で新たな安全保障政策を提起していれば、もっと冷静で、実のある論戦の土壌はつくれたはずだ。

 それなのに国会審議で見せつけられたのは、「安全保障環境は変わった」といった説明の繰り返しと、矛盾を突かれるとそれまでの答弁をくつがえす政府側の一貫性のなさだ。

 その典型は、自衛隊による中東・ホルムズ海峡での機雷除去だ。首相は当初から集団的自衛権行使の具体例として挙げ続けていたのに、採決の直前になって「現実問題として想定されていない」と認めた。

 問題点を指摘する議員に「早く質問しろよ」。閣僚答弁の間違いについての指摘に「まあいいじゃない、それくらい」。議場での首相のヤジも驚くべきものだった。

 「決めるべき時には決めるのが民主主義のルール」というのも、常に正しいのだろうか。

 国会議員には、憲法を守り、擁護する義務がある。憲法に違反する立法はできない。

 選挙で多数を得たからといって、何をしてもいいわけではない。それは民主主義のはき違えであり、憲法が権力をしばる立憲主義への挑戦にほかならない。「民主主義のルール」だと正当化できる話ではない。

 野党議員が議会の中で認められるあらゆる手段を駆使して、こうした政権側の動きを止めようと試みたのは当然だ。

■社会の骨組みの危機

 もちろん、暴力的な行為は許されない。しかし、参院での採決をめぐる混乱の責任を、野党ばかりに押しつけるのはフェアでない。

 「違憲」の法を成立させようとする国会の前で、憲法学者の樋口陽一・東京大学名誉教授はこう訴えた。

 「憲法だけでなく、日本社会の骨組みが危ない」

 この危機感を共有する。

 今回のようなやり方で新たな法制をつくったとしても、残るのは政治への不信である。

 いつか現実に自衛隊が他国軍の兵站(へいたん、後方支援)に出動することになれば、国民の幅広い理解も後押しもないまま、隊員たちは危険な任地に赴くことにもなる。

 安倍首相は「法案が成立し、時が経ていく中で間違いなく理解は広がっていく」と述べた。「のど元過ぎれば」とでも言いたいのだろうか。

 内閣の行き過ぎをとめる責任は、与党にもある。

 一連の経緯は国会への信頼も傷つけた。この法制を正すことでしか、国会は失った信用を取り戻すことはできまい。

安保法案成立へ 抑止力高める画期的な基盤だ

 ◆「積極的平和主義」を具現化せよ

 日本の安全保障にとって画期的な意義を持つ包括的法制が制定される。高く評価したい。

 今国会の焦点の安全保障関連法案が19日に成立する見通しとなった。

 歴代内閣が否定してきた集団的自衛権の行使を限定的ながら、容認する。日米同盟と国際連携を強化し、抑止力を高めて、日本の安全をより確実なものにする。

 自衛隊の国際平和協力活動も拡充する。人道復興支援や他国軍への後方支援を通じて、世界の平和と安定を維持するため、日本が従来以上に貢献する道を開く。

 この2点が法案の柱である。

 ◆国際情勢悪化の直視を

 日本は今、安保環境の悪化を直視することが求められている。

 北朝鮮は、寧辺の核施設の再稼働を表明した。衛星打ち上げを名目とする長距離弾道ミサイルを来月発射する可能性も示唆した。中国は、急速な軍備増強・近代化を背景に、東・南シナ海で独善的な海洋進出を強めている。

 大量破壊兵器と国際テロの拡散も深刻化する一方である。

 北朝鮮の軍事挑発や中国の覇権主義的な行動を自制させ、アジアの安定と繁栄を維持する。それには、強固な日米同盟による抑止力の向上と、関係国と連携した戦略的外交が欠かせない。

 安保法案は、外交と軍事を「車の両輪」として動かすうえで、重要な法的基盤となろう。

 戦後70年の節目の今年、安倍政権は、法案の成立を踏まえ、「積極的平和主義」を具現化し、国際協調路線を推進すべきだ。

 この路線は、米国だけでなく、欧州やアジアなどの圧倒的多数の国に支持、歓迎されていることを忘れてはなるまい。

 220時間にも及ぶ法案審議で物足りなかったのは、日本と国際社会の平和をいかに確保するか、という本質的な安全保障論議があまり深まらなかったことだ。

 ◆国民への説明は続けよ

 その大きな責任は、野党第1党の民主党にある。安易な「違憲法案」論に傾斜し、対案も出さずに、最後は、内閣不信任決議案などを連発する抵抗戦術に走った。

 多くの憲法学者が「違憲」と唱える中、一般国民にも不安や戸惑いがあるのは事実だ。

 だが、安保法案は、1959年の最高裁判決や72年の政府見解と論理的な整合性を維持し、法的安定性も確保されている。

 日本の存立が脅かされ、国民の権利が根底から覆される明白な危険がある――。そうした存立危機事態が発生した際さえも、憲法が武力行使を禁止している、と解釈するのには無理がある。

 政府が長年、集団的自衛権の行使を禁じる見解を維持してきたのは、今回の「限定的行使」という新たな概念を想定しなかったためだ。従来の解釈が、むしろ過度に抑制的だったとも言える。

 安倍首相は、第1次内閣の2007年に有識者懇談会を設置し、解釈見直しに着手した。13年に懇談会を再開し、昨年5月の報告書を踏まえ、行使容認に慎重だった公明党や内閣法制局も交えた協議を経て、法案を作成した。

 国論の分かれる困難な政治課題に、ぶれずに取り組めたのは、3回の国政選に大勝し、安定した政権基盤を築いたことが大きい。選挙公約にも平和安全法制の整備を掲げており、「民意に反する」との批判は当たるまい。

 無論、今後も、安保法案の意義や内容を分かりやすく説明し、国民の理解を広げる努力は粘り強く継続しなければならない。

 安保法案が成立しただけで、自衛隊が効果的な活動を行えるわけではない。法案は、自衛隊法95条の「武器等防護」に基づく平時の米艦防護や、海外での邦人救出、「駆けつけ警護」など、多くの新たな任務を定めている。

 ◆防衛協力を拡充したい

 まず、自衛隊が実際の任務にどう対応するか、自衛官の適切な武器使用のあり方を含め、新たな部隊行動基準(ROE)を早急に作成しなければならない。さらに、そのROEに基づく訓練を十分に重ねることが大切である。

 平時の米艦防護が可能になることで、自衛隊と米軍の防衛協力の余地は大幅に広がる。米軍など他国軍との共同訓練や、共同の警戒・監視活動を拡充すべきだ。機密情報の共有も拡大したい。

 新たに必要となる装備の調達や部隊編成の見直しなども、着実に進めることが重要である。

 それらが、安保法案の実効性を高めるとともに、様々な事態に切れ目なく、かつ機動的に対処する能力を向上させるだろう。

2015年9月18日金曜日

参議院は何のために存在しているのか

 安全保障関連法案の参院での採決をめぐる攻防がギリギリの段階を迎えた。与党が法案の成立を急いでいるのに対し、野党は採決の先送りに向けてあの手この手の戦術を繰り出している。二院制のもとでの第二院のあり方が問われる局面である。

 特別委員会の開会をめぐり野党議員が通路をふさぎ、法案採決では与野党議員が入り乱れて激しくもみあう混乱ぶりは、言論の府にはやはり似つかわしくない光景と言わざるをえない。

 野党は参院本会議で閣僚の問責決議案などを連発し、衆院にも内閣不信任決議案を提出、さらには長時間の討論で採決阻止をめざそうとしている。米映画「スミス都へ行く」でよく知られるフィリバスターといわれるやり方だが、こうした議事妨害は一概に否定できないとしても決して議会政治の王道ではない。

 言論には言論で、正々堂々と向き合うのが基本のはずだ。社会をひとつにまとめていくのが政治の役割だとすれば、議会はそのために力をつくさなければならない。合意形成に向けた努力である。それに対する政権や政党への最終的な評価は選挙で有権者が示すことになる。参院の場合、来年夏の通常選挙がその機会だ。

 第二院である参院には衆院とは別の役割が期待されているはずだ。それは「良識の府」や「再考の府」といった言葉であらわされている。

 第一院である衆院の行きすぎをチェックし、足らない点を補う「反省の院」だ。採決阻止から議事妨害まで衆院と似たようなことをやっていては参院の存在意義は薄れてしまう。

 参院に送られた法案が60日以内に採決されない場合は否決されたものとみなして衆院で再可決できる「60日ルール」の適用論が取り沙汰されたのもうなずける。そうした展開は参院の自己否定につながる。参院無用論が出てこないようにしなければならない。

 「真実一路」や「路傍の石」で知られる作家・山本有三が書いた、無所属の議員で組織した会派「緑風会」の結成趣意書の一節に次のようなくだりがある。

 「参議院は、衆議院と一緒になって政争をこととするようであっては、第二院としての存在価値はなくなると思う」

 いま一度しっかりかみしめていい言葉だ。

看護師の役割を広げよう

 医師の判断を待たずに一定の診療行為ができる看護師を育てるための研修制度が10月から始まる。医師が不足している地域や診療分野も多いなか、看護師が医師の役割の一部を担うことができれば、効率的な医療体制につながる。着実に育成を進めてほしい。

 新しく始まるのは「特定行為にかかる看護師の研修制度」と呼ばれる。この研修を修了した看護師は、最初に医師から診療内容についての手順書を受け取れば、その後は毎回医師の指示を仰がなくても、自らの判断で診療行為ができる。実施できるのは脱水症状に対する点滴など38種類の行為だ。

 この仕組みができた背景には医師不足以外にも、慢性病の高齢患者が増えていることがある。政府は医療費抑制も踏まえ、このような高齢患者について、できる限り住み慣れた自宅や高齢者住宅で療養してもらいたいと考えている。これら住居を医師がすべて回って常に診療することは物理的にも難しい。在宅医療などの分野は看護師の活躍できる余地が大きい。

 すでに試行事業によって、少数ではあるものの、一部の診療行為ができる看護師が活躍している。これらの医療現場では「説明が丁寧」「相談しやすい」など患者からの評判もなかなかだ。研修制度によって、看護師の能力をより高め、医療の質の向上に役立ててもらいたい。

 この仕組みは当初、一部の診療行為ができる看護師の資格制度を設ける方向で議論が進んでいた。しかし、安全性などの面で医師の側から反対が出て、研修制度に落ち着いた経緯がある。

 患者の安全はなによりも重要だ。研修制度においてもそこは徹底すべきだ。ただ、医師による診療だけが安全とは言い難い。すべて医師任せでは、医師自身も疲弊する。今は医師や看護師、介護職なども含めたチームで患者を支えることが大切とされる。最も効率的な体制づくりのためには、医療職の間でどのような役割分担が必要かを問い続けてほしい。

安保法案、採決強行―日本の安全に資するのか

 与野党の激しい対立と市民の反対デモのなかで、新たな安全保障関連法案が、自民、公明の与党などの賛成多数で参院の特別委員会を通過した。政権は成立を急いでいる。

 この法案は、憲法9条の縛りを解き、地球規模での自衛隊の海外派遣と対米支援を可能にするものだ。

 成立すれば、9条のもと、海外の紛争から一定の距離をとってきた戦後日本の歩みは大きく変質する。

 法案がはらむ問題は、その違憲性だけではない。

■9条の資産を生かす

 政権が強調するように、新たな法制で日本は本当により安全になるのか。そこに深刻な疑問がある。

 確認したいのは、安全保障政策は抑止力だけでは成り立たない、ということである。

 軍事的に一定の備えは必要だが、同時に、地域の緊張をやわらげる努力が欠かせない。

 無謀な戦争への反省から、戦後日本は近隣国との和解を通じて地域の安定に貢献してきた。その歩みこそ「9条がもたらした安全保障」である。専守防衛はそのための大原則だ。

 中国の軍拡や海洋進出にどう向き合うかは日本の大きな課題だ。だがそれは、抑止偏重の法案だけで対応できる問題ではない。仮に南シナ海での警戒・監視に自衛隊を派遣したとしても、問題は解決しない。

 これからの日中関係を考えるカギは「共生」であるべきだ。日中は経済はもとより、環境、エネルギー問題など、あらゆる分野で重要な隣国同士だ。

 必要なのは協力の好循環である。対立の悪循環に陥ることはお互いの利益にならない。

 もし東シナ海や南シナ海で日中が衝突すれば、米国を含む世界の悪夢となる。抑止と緊張緩和のバランスをとりつつ、アジア太平洋をより安定させる外交努力こそ、日本がなしうる最大の貢献である。

■新たな「安全神話」

 日米同盟を考えるうえでも、法案の問題は大きい。

 戦後の日本政府は、米国の数々の戦争に対して、真っ向から批判したことはない。

 イラク戦争という誤った戦争を支持し、復興支援のため自衛隊を派遣した。日本政府はまともな検証をしていない。法案にも、自衛隊の派遣に事後の検証を義務づける規定はない。

 米国が大義なき戦争に踏み込んだ場合、自衛隊の海外活動の縛りを解く日本が一線を画していけるか。これまで以上に難しい判断と主体性が問われる。

 安倍首相は審議でこう強調してきた。「日本が戦争に巻き込まれることはあり得ない」「自衛隊のリスクは高まらない」

 新たな「安全神話」である。

 法案が成立すれば、自衛隊は海外での戦闘を想定した組織に変質する。米軍などとともに、より踏み込んだ兵站(へいたん、後方支援)に参加し、発進準備中の航空機への給油や弾薬の提供も請け負えるようになる。リスクが高まらないはずがない。

 首相は過激派組織「イスラム国(IS)」に対する軍事作戦には「政策判断として参加する考えはない」と述べた。だが、法案では可能になっており、将来的に兵站で戦闘に巻き込まれる可能性は排除できない。

 海外で一人も殺さず、殺されないできた自衛隊が、殺し殺される可能性が現実味を帯びる。

 それなのに、自衛官が人を殺した時に対応する法制に不備がある。拘束された時に捕虜として遇される資格もない。そんな状態で自衛隊を海外の紛争地に送り出してはならない。

■揺らぐ平和ブランド

 国際社会における日本の貢献に対しても、軍事に偏った法案が障害になる恐れがある。

 貧困、教育、感染症対策、紛争調停・仲介など、日本が役割を果たすべき地球規模の課題は多い。いま世界が直面している喫緊の問題である難民対策も、日本がどう貢献していくかの議論が迫られている。

 こうした活動に世界各地で携わる日本のNGO(非政府組織)には、自衛隊の軍事面での活動が拡大すれば、日本の平和イメージが一変し、NGOの活動が危険になるとの声がある。

 混乱が続く中東では「戦後、海外で一人も殺していない」という日本の平和国家ブランドへの評価が根付いてきた。海外での武力行使に歯止めをかけてきた9条の資産といえる。

 法案によって、かえって日本の貢献の手足が縛られるとすれば、政権が掲げる「積極的平和主義」とは何なのか。

 法案には、国連平和維持活動(PKO)の拡充など検討に値するテーマも含まれる。ところが11本を2本にまとめた法案の一括成立にこだわる政権の姿勢で、議論は未消化のままだ。

 安全保障政策の面からも、この法案には危うさがある。広範な「違憲」との指摘に耳を貸さず、合意形成の努力も欠いたまま、成立させてはならない。

安保法案可決 民主の抵抗戦術は度が過ぎる

 安全保障関連法案が参院特別委員会で、自民、公明両党などの賛成多数で可決された。

 鴻池祥肇委員長の不信任動議を否決した直後の法案採決では、与野党議員が委員長席に殺到し、混乱した。与党は18日までに、法案を参院本会議で可決、成立させる方針である。

 これに対し、野党側は、中谷防衛相の問責決議案などを参院に提出した。衆院への内閣不信任決議案の提出も含め、法案成立に抵抗し続ける構えだ。

 看過できないのは、民主党が主導して、国会内で連日、度を越した審議妨害・引き延ばし戦術を展開していることである。

 委員会室前の通路で、多数の女性議員らを「盾」にして、委員長や委員の入室を邪魔する。委員長らの体を激しく押さえつけたり、マイクを奪ったりする。

 どんな理由を挙げても、こうした物理的な抵抗や暴力的な行為を正当化することは許されまい。

 言うまでもなく、国会は審議・言論の場である。国会議員には、一定のルールに基づく、品格と節度のある行動が求められる。

 民主党議員らの言動は、国会外のデモとも連動し、法案成立をあらゆる手段で阻止する姿勢をアピールするための政治的パフォーマンスだと言うほかない。

 安保法案は、日米同盟を強化し、抑止力を高めて、切れ目のない事態対処を可能にするものだ。できるだけ早期に成立させる必要がある。審議が尽くされた法案を粛々と採決するのは、民主主義の基本原則に合致している。

 特別委の採決では、与党に加え、元気、次世代、改革の野党3党も賛成した。この意義は大きい。

 3党が賛成したのは、自民、公明両党との協議で、自衛隊の海外派遣に対する国会の関与を強化することで合意したためだ。

 中東での機雷掃海など、日本攻撃が差し迫っていない存立危機事態時の防衛出動は、例外なく国会の事前承認を求める。重要影響事態でも、国民の生死に関わる場合を除き、事前承認を求める。これらが5党の合意の柱である。

 3党は、法案修正を求めたが、付帯決議や閣議決定で合意を担保することで歩み寄った。与党も、より緊急な事例を除き、3党の主張する事前承認を受け入れた。

 双方が協議を重ね、現実的な妥協を図ったことは評価できる。安全保障に関わる法案は、より多くの政党の賛成で成立させることが望ましい。成立した法律の安定的な運用を可能にするからだ。

東日本豪雨 不明者の氏名は開示が原則だ

 東日本に甚大な被害をもたらした豪雨から、1週間が過ぎた。被災した住民たちの一日も早い生活再建を願いたい。

 時間の経過とともに、行政の対応の問題点が浮かび上がってきている。茨城県常総市の鬼怒川の堤防決壊を巡っては、安否不明とされた住民に関する情報発信に大きな教訓を残した。

 県と市は、家族などから救助要請がありながら連絡の取れない住民を安否不明者として、人数を公表した。先週末時点で15人と発表された。今週になって、14人の無事が確認されたが、県はこの情報を翌日まで市に伝えなかった。

 関係機関が人命に関わる重要情報を共有しなかったのは、基本的なミスと言うほかない。

 安否不明者の氏名が公開されなかった点も看過できない。市の発表では、最大で25人に上り、多数の警察官や自衛隊員らが浸水地域などの捜索に動員された。

 不明者に数えられた住民の多くは、避難所や自宅にいた。氏名が公表されていれば、本人や周囲からの情報で、より速やかに安否確認が進んだ可能性は大きい。無事である人が早めに判明すれば、残る不明者の捜索に集中できる。

 氏名を非開示にした理由について、常総市長は「個人の名前、人格を尊重した」と説明した。

 2005年の個人情報保護法施行を背景に、個人情報開示に対し、過剰に抑制的な風潮が生まれた。常総市長の対応は典型例だ。

 保護法23条は、生命、身体などの保護に必要な場合には、本人の同意なしに個人情報を第三者に提供できると規定している。

 大規模災害が起きた際、自治体などは、人命に関わる情報を可能な限り公開する。その原則を徹底させたい。匿名発表は、住民に必要以上の不安を与えるという弊害を忘れてはならない。

 避難誘導にも、不手際があったと言わざるを得ない。

 常総市が鬼怒川の決壊現場付近に避難指示を発令したのは、ごく限られた範囲を除き、決壊の後だった。そもそも市は、河川の水位の数値基準などに基づく避難誘導のマニュアルを作成していなかった。重大な反省点だ。

 市は、浸水した鬼怒川東側の流域住民に対し、川の西側に避難するよう防災無線で呼び掛けた。川が増水する中で適切な措置だったのか、検証が必要だろう。

 大きな河川の流域は複数の自治体に及ぶ。市町村の境界にとらわれない広域的な避難の在り方も、検討課題である。

2015年9月17日木曜日

ぶつかり合うしかない不幸な議会の姿

 今国会の焦点である安全保障関連法案の扱いがいよいよ大詰めを迎えた。与党側は参院平和安全法制特別委員会につづいて参院本会議で採決、遅くとも18日までの法案成立をめざしている。民主党などは「あらゆる手段で抵抗する」として徹底抗戦の構えだ。

 各党の考え方が大きく異なる法案であり与野党が激突するのはおかしくないが、参院での5党合意を除けば、両院を通じて歩み寄りはみられなかった。安全保障という国の基本の問題で、対立だけがより際だってくるのは不幸な事態と言わざるをえない。

 政府の説明は、日本を取りまく安全保障の環境は大きく変化しており、米国などとの連携を強化し抑止力を高めるためには、集団的自衛権の限定容認をはじめとする法整備が必要というものだ。

 しかし日本経済新聞社とテレビ東京の8月の世論調査では安保関連法案の今国会成立に賛成が27%で、反対が55%と、一貫して反対が大きく上回っており、有権者の理解は進んでいない。

 憲法学者による「違憲」発言や、「法的安定性は関係ない」といった首相補佐官の発言などが響いているとみられる。

 政府と野党の応酬も合憲―違憲の水かけ論に終始した印象をぬぐい去れない。自らの正当性を強調するばかりで、合意形成に向けた努力はまず見られなかった。民主党が国会に提出した対案は領域警備に限られ、むしろ政府案追及を優先し、安全保障政策を包括した議論にはならなかった。

 安保関連法案をめぐる与野党攻防は、議会のあり方を考えるヒントも与えてくれている。議会は大きく分けて、提出法案を審議で練り上げていく変換型と、議会を劇場のような存在とみて討論を中心とするアリーナ(闘技場)型の2つのタイプがある。

 野党が対案を出して法案を修正していく変換型は、やはりむずかしいのだろうか。与野党が討論で見解の違いをはっきりとみせるのがアリーナ型だが、国会審議を見る限り、しっかりした議論ができているとはとても思えない。その判定は有権者が選挙で下すことは知っておく必要がある。

 今回の採決にあたり、討論よりも抵抗戦術のパフォーマンスが強調されては困る。お互い突っぱり合い、ぶつかり合いの押し相撲ばかりやっていては、日本政治の信頼が損なわれるだけだ。

地方都市に広がる地価回復

 地価の回復のすそ野が一段と広がっている。国土交通省が発表した基準地価(7月1日時点)をみると、三大都市圏が3年連続で上昇し、地方圏も下落幅がさらに縮まった。全国平均では依然として下落しているものの、各地で地価が底入れしつつある。

 今回の基準地価の特徴は地方都市でも地価が着実に回復している点だろう。先行して上昇した仙台市や福岡市などの地方中枢都市だけでなく、盛岡市の住宅地や熊本市の商業地なども上昇に転じた。特に、今年に入って下げ止まる地域が増えている。

 地価回復の最大の要因は堅調な実需だ。大都市部では好調な企業業績を背景にオフィスを拡張する動きが増えている。各地でビルの空室率が低下し、東京の都心部などでは需給が引き締まったことで賃料も上昇している。

 不動産投資信託(REIT)による物件取得も活発だ。金融機関の不動産向け融資も伸びている。投資マネーの一部は地方都市にも向かっている。

 適度な地価上昇は経済にとって望ましいし、現在の地価動向は総じて景気の実態を反映しているといえる。土地の収益力が高まっているのだから、大都市部を中心に地価が上がるのは自然な動きだ。

 ただし、気がかりな点もある。愛知県の名古屋駅周辺では46%近くも地価が上がる場所が出てきた。北海道倶知安町でも40%の上昇地点があった。リニア中央新幹線への期待や訪日客の増加など上昇する要因はあるものの、急激すぎるのではないか。

 リーマン・ショック前のミニバブル期を振り返ってもわかる通り、地価は上昇への期待感から大きく振れやすい。政府や日銀はよく注意してほしい。

 資材や人件費の上昇の影響も心配だ。首都圏の新築マンションの販売価格はすでにかなり高い。

 現状では低金利や贈与税の非課税枠の拡大などが効いているが、価格がさらに上がるようだと実需が冷え込みかねないだろう。

「違憲立法」採決へ―憲法を憲法でなくするのか

 強まる国民の反対の中、安全保障関連法案をめぐる与野党の攻防は最終局面を迎えた。与党はあくまでも週内に成立させる構えだ。

 歴代内閣が「憲法を改正しなければできない」と明言してきた憲法解釈を覆し、安倍内閣が集団的自衛権の行使を認める閣議決定をしたのは昨年7月。以来、憲法学者や元内閣法制局長官らの専門家が、そのおかしさを繰り返し指摘してきた。

■裏道をたどった政権

 その決定打が、違憲立法審査権を持つ最高裁の長官を務めた山口繁氏の次の言葉だ。

 「従来の憲法解釈が、9条の規範として骨肉と化している。集団的自衛権を行使したいのなら、9条を改正するのが筋であり、正攻法だ」

 もはや最高裁の判断を待つまでもない。集団的自衛権にかかわる立法は違憲だと考えざるを得ない。

 なぜ、集団的自衛権を行使できるようにしなければ、国民の生命や財産を守ることができないのか。この根本的な問いに、安倍首相は日本人が乗った米艦の防護や中東ホルムズ海峡の機雷掃海を持ち出したが、その説明は審議の過程で破綻(はたん)した。

 それでも政権は法成立へとひた走った。これは、安倍内閣が憲法を尊重し擁護する義務を守らず、自民党や公明党などがそれを追認することを意味する。

 法治国家の土台を揺るがす行為だと言わざるを得ない。

 安倍政権がたどってきた道筋を振り返ってみよう。

 2012年末に政権復帰した安倍氏は、9条改正を視野に、まず憲法改正手続きを緩める96条改正を唱えた。ところが世論の理解が得られないとみると、9条の解釈変更へと転換する。有権者に改憲の是非を問う必要のない「裏道」である。

 真っ先に使ったのが、違憲立法を防ぐ政府内の関門であり、集団的自衛権は行使できないとの一線を堅持してきた内閣法制局の長官を、慣例を無視して交代させる禁じ手だ。

 法制局の新たな体制のもと、政権は集団的自衛権の「限定容認」を打ち出した。根拠としたのは、59年の砂川事件最高裁判決と72年の政府見解だ。

■法の支配を傷つける

 だが、砂川裁判では日本の集団的自衛権は問われていない。72年見解は集団的自衛権の行使は許されないとの結論だ。「限定」であろうとなかろうと、集団的自衛権が行使できるとする政府の理屈は筋が通らない。

 その無理を図らずも裏付けたのが「法的安定性は関係ない」との首相補佐官の言葉だった。

 そのおかしさにあきれ、怒りの声が国会の外にも大きく広がったのは当然である。

 安倍首相は「安全保障環境の変化」を理由に、日米同盟を強化して抑止力を高め、国民の安全を守ると繰り返してきた。こうした安全保障論にうなずく人もいるだろう。

 一方、自衛隊を出動させるという大きな国家権力の行使にあたっては、政府は極めて抑制的であるべきだ。どんなに安全保障環境が変わったとしても、憲法と一体となって長年定着してきた解釈を、一内閣が勝手に正反対の結論に変えていい理由には決してならない。

 そんなことが許されるなら、社会的、経済的な環境の変化を理由に、表現の自由や法の下の平等を政府が制限していいとなってもおかしくない。

 軍事的な要請が憲法より優先されることになれば、憲法の規範性はなくなる。

 つまり、憲法が憲法でなくなってしまう。

■立憲主義を問い直す

 これは、首相が好んで口にする「法の支配」からの逸脱である。自衛隊が海外での活動を広げることを歓迎する国もあるだろう。だが、長い目で見れば、日本政府への信頼をむしばむ。

 裁判所から違憲だと判断されるリスクを背負った政策をとることが、安全保障政策として得策だとも思えない。

 首相は「夏までに成就させる」との米議会での約束をひとまず果たすことになりそうだ。

 一方で、法制局長官の交代に始まるこの2年間を通じて明らかになったのは、たとえ国会議員の数のうえでは「一強」の政権でも、憲法の縛りを解こうとするには膨大なエネルギーを要するということだ。

 憲法は、それだけ重い。

 憲法学者や弁護士の有志が、法施行後に違憲訴訟を起こす準備をしている。裁判を通じて違憲性を訴え続け、「もう終わったこと」にはさせないのが目的だという。

 憲法をないがしろにする安倍政権の姿勢によって、権力を憲法で縛る立憲主義の意義が国民に広まったのは、首相にとっては皮肉なことではないか。

 改めて問い直したい。憲法とは何か、憲法と権力との関係はどうあるべきなのか。

 法が成立しても、議論を終わりにすることはできない。

基準地価 警戒したい都心のミニバブル

 日本経済の持続的な成長には、実需に基づいた緩やかな地価の上昇が好ましい。

 国土交通省が発表した7月1日の基準地価は、東京、大阪、名古屋の3大都市圏で、住宅地が2年連続、商業地は3年連続上昇した。

 全国平均では下落が続いているが、下げ幅は2008年のリーマン・ショック後で最小だった。

 好調な企業業績を追い風に、オフィス需要が伸びている。低金利や住宅ローン減税が住宅販売を下支えしたことも、都市部の地価を上向かせた要因だ。

 地価は、経済の活力を示す目安となる。不動産価格の上昇が、消費や設備投資を刺激する資産効果に期待したい。

 利便性の高い都心部や、東京五輪の会場となる臨海部では、高額マンションの販売が好調で、地価も上がっている。

 円安によって日本の不動産の割安感が強まり、中国など海外から多額の投資資金が流入している。局地的に「ミニバブル」のような動きも見られるという。

 一方で、中国景気の減速や世界的な株安によって海外マネーが流出に転じ、不動産市況が冷え込む懸念も拭えない。

 国交省は、投機的な思惑で地価が乱高下する兆しはないか、警戒を強める必要がある。

 地価の安定的な回復には、不動産取引の活性化を促す政策対応も求められる。

 容積率緩和などの規制改革によって、大規模な再開発を後押しする。法人税実効税率を早期に20%台に引き下げ、企業の投資意欲を高める。こうした取り組みを、政府は着実に推進するべきだ。

 気がかりなのは、地方圏で地価の二極化が、一段と顕著になってきたことである。

 札幌、仙台、広島、福岡の中枢4都市は、調査地点の約7割が上昇した。これに対し、4都市以外の地方圏は、上昇地点が1割にも満たなかった。

 観光など地場産業の振興や充実した子育て支援策によって、地価下落に歯止めをかけた自治体も少なくない。各地域の知恵と工夫が問われている。

 住宅地上昇率の全国上位10か所のうち8地点が、福島県いわき市内だった。福島第一原発事故の避難者が地元への帰還を諦め、いわき市に住宅を新築する動きが強まったためという。

 地価急騰で被災者の生活再建が妨げられないよう、政府はしっかり目配りしなければならない。

阿蘇山噴火 「速報」を被害防止に生かそう

 国内各地で火山活動が活発化する中、「噴火速報」が有効に機能する態勢整備を急ぎたい。

 熊本県の阿蘇山・中岳で噴火が続いている。噴煙の高さは一時約2000メートルに達し、噴石の飛散も確認された。

 気象庁は14日午前の噴火の7分後に速報を発信した。火口から約3キロの観光施設にいた約200人の観光客らは直ちに避難した。

 噴石に当たって3人が死亡した1979年の噴火に匹敵する規模だったが、人的被害が発生しなかったのは何よりだ。

 噴火速報は、戦後最悪の火山災害となった昨年9月の御嶽山噴火を契機に導入された。気象庁が発信した速報は、携帯電話のメールで観光施設の職員らに伝わり、迅速な避難誘導につながった。

 初めて発信された速報が、被害防止に役立ったと言えよう。

 小規模な噴火が頻発している阿蘇山だが、今回は速報により、多くの人が通常とは異なる危険な事態だと判断したのではないか。

 気象庁は、速報の20分後に出した警報で、噴石飛散や噴煙などの詳細な情報を伝えた。噴火警戒レベルも、2(火口周辺規制)から3(入山規制)に引き上げた。

 これを受け、阿蘇市などは、火口から最大約4・7キロの範囲を立ち入り禁止とした。

 関係機関が的確に安全確保策を講じたのは、多数の登山客が犠牲となった御嶽山噴火の教訓が生かされた結果だろう。

 阿蘇山では、今後も同規模の噴火が起きる可能性がある。広域に影響が及ぶほどの大規模噴火の兆候は観測されていないが、引き続き警戒は怠れない。

 多くの観光客が訪れる火山で、噴火が相次ぐ。身を守るには一刻も早い避難が欠かせない。

 気象庁は、活動が活発な47火山で火口周辺を常時観測し、速報を発信する態勢を整えている。速報は、スマートフォンや防災行政無線などにも配信する仕組みだ。

 ただし、速報を山頂周辺などで受信できる火山は、一部にとどまる。総務省消防庁が昨秋実施した調査では、10火山だけだ。防災行政無線のスピーカーが整備されているのも、16火山に限られる。

 政府は、通信会社や周辺自治体と協力し、入山者の多い火山を中心に、速報を確実に伝達できるようにすべきだ。

 桜島や箱根山では、噴火警戒レベルが引き下げられたものの、観光産業への影響は深刻だ。安全対策の強化は、観光客の不安軽減にもつながるだろう。

2015年9月16日水曜日

難民を生む中東の混乱解消に全力尽くせ

 欧州連合(EU)は急増する難民や移民への対応策を話し合う内務・法務相理事会を開いた。加盟国に難民受け入れの分担を義務付ける案については東欧諸国などの反発が強く、結論を先送りした。

 押し寄せる難民への対処は一刻を争う。欧州の結束が問われている。だが、問題の解決には彼らがなぜ、国を離れて新天地を目指すのか、問題の根に目を向ける必要がある。国際社会は多数の難民を生む中東の混乱解消にも全力を尽くさねばならない。

 難民が中東やアフリカから欧州に向かうルートは主に2つある。1つは北アフリカから地中海を越えイタリアなどに渡るルートだ。もう1つはトルコやギリシャを経てバルカン半島を北上する。

 いずれのルートも難民急増の原因は、2011年に中東で始まった民主化要求運動「アラブの春」にさかのぼる。エジプトやリビアで独裁政権が相次いで崩壊したが、その後の民主化の歩みは遅く、むしろ治安は悪化している。

 なかでも内戦が泥沼化しているシリアの人々の絶望は深い。内戦が始まって4年半で400万人が国を離れ、760万人が国内で避難民となった。シリアの人口は2200万人だ。国民の半数が故郷を追われる異常事態である。

 シリアでは政府軍、反政府勢力、イスラム過激派が入り乱れて国土を奪い合い、収拾のめどが立たない。いつかは国に戻る。そう考えて周辺国にとどまっていた難民も帰還に見切りをつけ、安全な地を求めて欧州に向かっている。欧州が直面する難民流入は内戦収拾に効果的な手を打てず、放置してきたつけとも言える。

 米国は過激派組織「イスラム国(IS)」へ空爆を続けている。難民の急増を受けて英国もシリア領内での空爆に加わり、フランスも参加の意向を示している。一方、ロシアがアサド政権への軍事支援を強めているとの情報もある。

 ISのような無法集団へは武力行使もやむをえない。だが、軍事行動だけでは問題の解決にはならない。あわせて内戦の政治的な決着を探ることが重要だ。シリアの全勢力と主要国が参加する対話の実現に国際社会は尽力すべきだ。

 日本もこの点で役割を果たす必要がある。ヨルダンやトルコなどシリア周辺国の難民受け入れも限界にある。人道・経済支援に積極的に加わり、中東の安定に貢献していくことが欠かせない。

国も沖縄県も同じ行政なのに

 米軍普天間基地の移設問題はこのまま法廷闘争に突入するしか手がないのだろうか。行政組織の一員という意味では政府も沖縄県も同じ立場のはずだ。互いに意固地にならず、少しずつでも歩み寄ることが大事だ。

 普天間基地は沖縄県宜野湾市の市街地にある。2004年には米軍ヘリコプターが近くの大学キャンパスに墜落する事故が起きた。普天間の運用停止は一刻も早く実現しなくてはならない。

 他方、中国の活発な海洋進出を考慮すれば、抑止力の低下を招く事態は避けねばならない。この2つの要素を両立させようと政府が立案したのが、人口が比較的少ない同県名護市辺野古沿岸に基地を移す計画だ。これをいまさら覆すのは現実的ではない。

 翁長雄志知事は前知事が下した移設先の埋め立て許可を取り消す手続きに入ると表明した。自身の判断の是非を問う県民投票の実施も検討中だそうだ。

 こうしたやり方がよい結果に結びつくとは思えない。

 政府と県は以前にも法廷で争ったことがある。1995~96年にあった代理署名拒否訴訟だ。米軍への用地提供に応じない地主に代わって知事がする応諾の署名を当時の大田昌秀氏が拒み、政府が裁判所に訴えた。

 最高裁は政府に軍配を上げ、大田氏も最後は署名をした。政府と県の双方に感情的なしこりが残った。これと同じことを繰り返すのはあまりにも不毛である。

 1カ月の集中協議期間が終わる際、政府と沖縄県はなお話し合いを続けるための枠組みをつくることで合意した。このパイプを生かして接点を探るべきだ。

 政府は県南部の米軍基地はできるだけ広範囲かつ早期の返還が実現するように努める方針だ。そのことが沖縄県民に理解されれば、普天間移設への反発も少しは和らぐのではないか。

 どうすれば沖縄の基地負担を軽くできるか。政府と県が連携して考えてほしい。

安保公聴会―国会は国民の声を聴け

 新たな安全保障関連法案を審議している参院特別委員会が中央公聴会を開いた。ふだんの公聴会でも多い大学教授にまじって、異色ともいえる2人の公述人が野党推薦で発言した。

 1人は、「憲法の番人」とも呼ばれる最高裁の元判事、浜田邦夫さん。もう1人は、国会周辺で反対デモを続ける学生団体「SEALDs(シールズ)」メンバーの奥田愛基(あき)さん。

 浜田さんは法案を「違憲」と指摘。「非常に危機感がある。本来は憲法9条の改正手続きをへるべきものを内閣の閣議決定で急に変えるのは、法解釈の安定性で問題がある」。奥田さんは「憲法とは国民の権利。それを無視することは国民を無視するのと同義」と語った。

 衆参で200時間もの審議を重ねた結果、政権の説明の矛盾がさらに鮮明になっている。安倍首相自身が集団的自衛権行使の具体例として説明してきた二つの事例さえ揺らいでいる。

 中東ホルムズ海峡での戦時の機雷掃海について、首相は「現在の国際情勢に照らせば、現実の問題として発生することを具体的に想定しているものではない」。日本人の母子を乗せた米艦の防護も、中谷防衛相は「邦人が乗っているかは絶対的なものではない」と述べた。

 何のために集団的自衛権の行使が必要なのか。政権の説明の根底がふらついている。

 こうした事例について浜田さんは「政府答弁が変わって、いずれも該当しないとなって、それでも強行採決するというのは納得いかない」と指摘した。

 浜田さん、奥田さんの発言の背後には、政府の説明に不信と不安をもつ幅広い民意があるとみるべきだ。

 ところが自民、公明両党はきょうの地方公聴会が終われば、直ちに採決する構えだ。国民の代表である公述人の意見を、審議に生かすつもりは最初からなかったと言わざるを得ない。

 公聴会をめぐっては、第1次安倍内閣だった07年、河野洋平衆院議長が「国民の意見を聴いてすぐ採決するのでは、何のために聴いたのか、ということになる」と与野党に提起したが、見直しにはつながらなかった。

 公聴会は本来、民意を国会へとつなぐ回路であるべきだ。与党推薦であれ、野党推薦であれ、公述人の意見に真摯(しんし)に耳を傾け、今後の審議に生かすことこそ国会の責務のはずだ。

 首相自身、おとといの国会答弁で「確かにまだ支持が広がっていない」と認めた。そんな状態で採決に踏み込むようなら、国会の存在意義が問われる。

難民問題―法務省任せで良いのか

 欧州へ押し寄せる難民をめぐって、各国が受け入れを表明している。カナダや豪州、ベネズエラなどに続いて、オバマ米大統領も年間1万人の受け入れを準備するよう指示した。

 こうした中、外国人の受け入れに関して今後5年間の政府方針となる「第5次出入国管理基本計画」が決定された。

 難民の認定に新たな枠組みを加えて受け入れを広げる一方で審査の仕組みは厳格化した。計画がうたう「難民問題に国際社会の一員として」あたることにつながるのか、はっきりしない。大まかに言って、計画はそんな内容だ。

 そもそも、出入国管理の観点だけで難民問題に向かうことには無理がある。計画をまとめた法務省任せにせずに、省庁を横断した政府全体での取り組みが求められる。

 今回の決定に先立って法務省が6月に公表した計画案は、難民審査を厳しくするという面に偏っていた。このため、国連難民高等弁務官事務所などが懸念を表明していた。

 計画では、アフリカで女性器切除を強要されている女性など「新しい形態の迫害」を受けている人を難民認定の対象に加え、国際標準に一歩近づけた。難民には認定しないものの、紛争避難者の在留を人道的な配慮から認めることも明確にした。

 しかし、紛争避難者の保護を広げることにつながるのかどうかは不透明だ。さらに、就労目的など明らかに難民にあたらない申請が多いとして、審査の厳格化もうたっている。

 難民問題を扱う際に「偽装」や「不正」を防ぐ法務省の観点も必要だろう。しかし、それが全てであるはずがない。昨年、日本が受け入れた難民は11人。これまでの延長では国際的な責任を果たせないことは明白だ。

 動かすのは、政治家のリーダーシップである。ところが、欧州難民について、菅官房長官は7日の会見で「現時点で具体的な支援策を追加することは考えていない」と発言。上川法相も15日「国際社会と連携をとる」と原則論に終始した。

 難民問題では日本にも実績がある。1970年代に始まったベトナムやカンボジアなどのインドシナ難民だ。当時、日本も1万1千人を超える人々に定住を認めている。

 途方もない数の難民は深刻な人道問題であり、世界全体での取り組みを促している。「積極的平和主義」を掲げる政権なら、日本に何ができるのか、具体策について真剣な検討に入るべきではないか。

消費税負担緩和 インボイス導入から逃げるな

 財務省が示した消費税率10%時の負担緩和案に対する批判が、一段と強まっている。

 15日の与党税制協議会では、公明党から「我々が訴えてきた軽減税率とは違う」「消費者の負担が大きい」などの異論が相次いだ。

 このため協議会は、負担緩和策について、本来の軽減税率の導入を軸に、財務省案などと並行して検討していくことになった。

 財務省案は、全品目に税率10%を課した上で、酒類を除く飲食料品の税率2%相当額を後日、消費者に給付する。1人年5000円程度の上限を設ける方向だ。

 財務省は「日本型軽減税率」と称しているが、お金を広く薄く配る給付金制度にほかならない。痛税感を和らげる効果に乏しく、国民に多大な不便を強いる。

 与党は、軽減税率導入に絞って具体策を詰めるべきだ。

 財務省案では、消費者は買い物の際にマイナンバー(共通番号)カードを持ち歩かねばならない。紛失や盗難のリスクは大きい。

 カードの製造が追いつかず、消費税率10%が予定される2017年4月までに、全国民に行き渡らない可能性も高いという。カード不足で給付が行えない状況での見切り発車は許されまい。

 自民党内には、軽減税率の導入に関し、中小企業などの事務負担が重くなるとの反対論がある。

 取引ごとに税額を記入するインボイス(税額票)の作成が必要になるためだ。

 ただ、インボイスは簡略化しようと思えば、請求書に税率や税額などを書き加える程度で済み、さほど負担が増えるわけではないと指摘する専門家も少なくない。

 軽減税率を導入している欧州各国のほか、アジアにも韓国やタイなどインボイスを採用する国がある。日本だけ作成が難しい事情があるとは思えない。

 全国の食品店にカードの読み取り機を設ける財務省案は、インボイス方式より手間も費用もかかるのではないか。企業の負担を軽くするため、顧客の国民に面倒を押しつけるのは筋が通るまい。

 先進国最悪の財政事情を抱える日本ではいずれ、消費税率の10%超も視野に入ってくる。

 財務省案では、税率を上げる度に、いったん支払う消費税の痛税感が大きくなる。給付額は膨らみ、受給の回数や手間も増そう。

 食料品や新聞など必需品の消費に支障が出ないよう、税率が低いうちに、軽減税率の枠組みを整えておくべきだ。

安保法案公聴会 日中関係の改善にも寄与する

 法案の論点は、ほぼ出尽くした。採決の環境は整ったのではないか。

 参院特別委員会が、安全保障関連法案を採決するための前提となる中央公聴会を開いた。

 与党推薦の公述人の坂元一哉・大阪大教授は、「わが国の抑止力を格段に強化し、世界平和によりよく貢献する能力を増やす」と法案を評価した。集団的自衛権の限定行使により、米艦防護などが可能となることを理由に挙げた。

 「日米同盟の強化が中国との軍事衝突を減らすだけでなく、互恵関係を築くことにも役立つ」とも語った。日米の抑止力向上が中国の独善的行動を阻止し、日中関係改善を促すとの認識は妥当だ。

 白石隆・政策研究大学院大学長は、サイバー攻撃、海賊、大災害など、非伝統的な安全保障上の脅威が拡大していると指摘した。

 「世界の遠いところでも、日本と関係ないとは言えない。平和構築、復興支援は日本の安全にとって重要だ」とも強調した。

 安保法案に基づき、自衛隊の国際協力活動を着実に拡充することが日本に求められている。

 野党推薦の浜田邦夫・元最高裁判事は、法案について「憲法9条の範囲内ではない。内閣法制局の合憲性のチェックがほとんどなされていない」と疑問を呈した。

 だが、法案は、1959年の砂川事件の最高裁判決や72年の政府見解の基本的考え方を踏襲したものだ。内閣法制局も、この点を十分に検討し、合憲性を認めている。浜田氏の指摘は当たるまい。

 疑問なのは、小林節・慶大名誉教授が「政治家たちが憲法を無視することは、何でもできる独裁政治の始まりだ。北朝鮮と同じ体制だ」と法案を批判したことだ。

 政府・与党は、法案作成の協議に長い時間を費やし、集団的自衛権の行使容認を極めて限定的にとどめた。合憲性や法的安定性に慎重に配慮するためだ。北朝鮮と同列に扱うのは論外である。

 参院の審議時間は100時間近くに達し、同様の質問の繰り返しも目立ってきた。16日の地方公聴会が終われば、法案を採決してもよい時期ではないか。

 与党は、日本を元気にする会、次世代の党、新党改革の野党3党との協議で、自衛隊派遣への国会関与を強化する閣議決定を行うことなどで大筋合意した。

 安全保障政策は、より多くの政党の賛成を得て、安定した基盤の上で進めることが望ましい。与野党がその努力をぎりぎりまで続けたことは高く評価できる。

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