2015年10月31日土曜日

米利上げへの備えを怠るな

 米国の7~9月期の実質経済成長率は前期比で1.5%(年率換算)にとどまった。ただ個人消費や住宅投資は底堅く、米国の景気拡大は続いている。時期は不透明だが、米国がいずれ利上げに踏み切るのは間違いない。経済が不安定な新興国を中心に米国の政策転換への備えを万全にすべきだ。

 7~9月期に米国の成長が減速した背景には設備投資や輸出が伸び悩んだことがある。資源価格の低迷でエネルギー関連企業の投資が引き続き大幅に減ったことや、新興国などの景気減速が響いた。

 もっとも、これによって米国の景気が失速に向かうとの見方はほとんどない。雇用環境が緩やかながらも改善しており、消費が腰折れする可能性が低いためだ。

 雇用の改善が続けばいよいよ米国の利上げが射程に入ってくる。失業率の低下が賃金や物価にどう影響するかが政策判断のカギを握ることになると見られる。金融市場では12月に予定されている次回の政策決定会合に向け、様々な見方が飛び交うことになるだろう。

 しかし、より重要なのは、目先の利上げの有無に一喜一憂することではなく、利上げ後の世界への想像力をはたらかせ、備えをしっかりしておくことだろう。

 日欧や中国は金融緩和を進めており、米国が小幅利上げに踏み切っても、世界的に資金が潤沢な状況は大きく変わらないとの見方もある。とはいえ2004年以来となる米国の引き締め方向への政策転換は世界経済や金融市場に不測の事態をもたらす恐れもある。

 いちばん気になるのは、すでに資源価格の下落などで打撃を受けている新興国の経済や通貨への影響だ。新興国の政府は資源依存からの転換など経済の構造改革を急がなければならない。ドル建て債務が膨らんでいる新興国企業も財務基盤の強化を進めるべきだ。

 緩やかな利上げのもとで米国経済が持続的に成長するなら日本にとって悪いことではないが、新興国経済などを通じた間接的な影響は注視していく必要がある。

中国社会の変化促す「一人っ子」政策撤廃

 中国が全ての夫婦に第2子の出産を認めることを決めた。人口抑制を目的として1979年に導入した「一人っ子政策」は既に見直しが始まっていたが、今回は第2子出産の申請・認可手続きをなくし、一人っ子の奨励策も打ち切るという。思い切った政策転換によって中国の社会、経済がどう変化するのか注視したい。

 13億を超す中国の人口は2020年代にピークに達した後、減少に転じると予測されてきた。高度成長時代が終わる中、少子高齢化で人口が中長期的に減れば、消費市場の活性化は望めない。

 特に問題なのは労働人口の減少だ。12年には就業年齢人口(15~59歳)が初めて減少に転じた。労働力不足と人件費の高騰が続けば、製造業などのコスト競争力は低下し、成長の足かせになる。

 危機感を抱く当局は、13年には夫婦どちらかが一人っ子の場合、2人目の出産を認める政策に踏み切った。だが、人口増加の効果は予想外に小さかった。毎年200万人の出生数増加を見込んだものの、2人目出産の申請数は伸びない。若者夫婦の生活習慣の変化、子供の教育費増大といった問題も影響したと見られる。

 中国共産党は中央委員会第5回全体会議(5中全会)で国民経済の中期目標を定める第13次5カ年計画(16~20年)の大枠を固めた。「中高速成長を保つ」とし、年6%台後半から7%程度の成長を想定する。20年に国内総生産(GDP)と1人当たり所得を10年比で倍増させる公約も確認した。

 人口面の制約を緩めるのは、消費主導の安定成長への条件だからでもある。第2子を認める政策を全面実行すると30年の人口は14.5億人前後になるという。とはいえ労働人口の回復には長い時間がかかる。今後、生まれる子供が本格的に就業するのは30年代半ば以降になる。安定成長には人口以外の総合的な構造改革が重要だ。

 「5中全会」のコミュニケは「一人っ子政策」撤廃を除くと具体策に欠ける。中国は今後、国有企業の抜本改革、民間活力を生かす政策を合わせて打ち出すべきだ。

 中国が長年、実施してきた「一人っ子政策」には女性や子供の人権侵害という負の側面もあった。強制的な堕胎の横行や、戸籍のない子供が社会的に不利益を受ける問題だ。3人目は認めない産児制限を維持する以上、人権問題の解決にも真剣に取り組んでほしい。

中国一人っ子 出産規制全廃すべきだ

 出産は本来、人間の自由な営みに委ねられるべきものである。政治が強制的に制限するという、いびつな施策をこれ以上続けるべきではない。

 中国政府が、一人っ子政策と呼ばれた産児制限を緩める。今週開かれた共産党中央委員会の第5回全体会議で、来年からの経済方針である第13次5カ年計画の概要に盛り込まれた。

 多くの国では、家族計画への政府の関与はせいぜい教育・啓発活動までだ。1979年以来続いた一人っ子政策は食糧不足への心配によるものとはいえ、妊娠中絶の強制など深刻な人権侵害を伴い、国際的な批判を浴びてきた。

 一昨年の緩和策では「両親いずれかが一人っ子なら2人目を認める」というものだった。今回は、例外なく2人目を認めるという。一歩前進ではあるが、産児制限の制度は残る。全面的に撤廃するべきだ。

 国の富強をめざす習近平(シーチンピン)政権は、労働人口の減少と高齢化がもたらす経済成長の鈍化や社会保障負担の増大にどう対応するか、という問題意識から政策変更に踏み切ったのだろう。その観点から考えても、遅きに失したと言わざるを得ない。

 人口は、かなりの確かさで将来を予測できる。出生率が下がった中国には、経済的に豊かになる前に高齢化が進むという根本的な懸念があり、一人っ子政策の撤廃を主張する声はかねて強かった。

 なぜ遅れたのか。考えられるのは、計画出産を管理する体制が中央から地方まで膨大な人員によって築き上げられ、一種の権益化が進んだことだ。違反者に科せられる罰金が地方政府の財源になったとも伝えられる。行財政のあり方全体が絡んだ構造的な問題である。

 いまやっと制限緩和しても、経済効果はそうないかもしれない。大都市では日本同様の少子化が進み、一昨年の緩和による出生増は限定的だった。もし増えても、新たな働き手として社会に加わるのは十数年先だ。

 新しい5カ年計画には、労働人口を増やす方策として、農村人口の都市受け入れを促すことが盛り込まれた。このことだけでも、農村の土地問題、社会保障や教育の受け皿など、関連する課題が多岐にわたる。

 こうした人口移動のほか、公害など、いわば日本の高度成長期を圧縮する形で諸問題に直面しているのが、いまの中国の姿だ。習政権の国内改革がめざすべき目標は、13億人とこれから生まれる子どもたちが安心して暮らせる国造りに尽きる。

原爆症訴訟 政治主導で真の解決を

 老いた被爆者たちにこれ以上、裁判を強いるのは酷だ。政治の責任で決着を図るべきだ。

 がんや心筋梗塞(こうそく)などの病気になったが、国に原爆症と認定されなかった被爆者たちが起こした裁判で、また国が負けた。東京地裁と大阪高裁でおととい判決が出た18人のうち、17人が原爆症と認められた。

 集団訴訟が始まった03年以降、国の敗訴は40件近い。裁判に踏み切ったことでようやく原爆症の認定を受けた被爆者は300人を超えている。

 行政の決定が司法に覆され続ける状況は異常だ。被爆者の平均年齢は80歳を超えた。安倍政権は問題の全面解決に向け、すみやかに行動すべきだ。

 安倍首相は07年夏に、原爆症認定の基準を見直す、と表明した。与党の国会議員が具体案をまとめ、翌年導入された。爆心地からの距離など、一定の条件を満たす人のがんは原爆症と認められやすくなった。

 だが問題は解決しなかった。厚労省が認定にあたり、他の病気と放射線との因果関係に強くこだわったためだ。被爆後に爆心地付近を歩いた入市被爆者は浴びた放射線量が低いとされ、申請をほとんど却下された。

 その後も国の敗訴は止まらず、厚労省は13年末に基準を再改定した。ただ実質的には、入市時期や被爆距離の条件をわずかに広げただけだった。

 今回勝訴した被爆者はいずれも、厚労省が再改定基準でも原爆症に該当しない、と判断した人たちだ。東京地裁判決は「基準は目安の一つではあるが、該当しなくても原爆症と認められることはある」と断じた。

 塩崎恭久厚労相は専門家の意見を聴いたことを理由に、基準のさらなる見直しに慎重な姿勢を示すが、問題の本質を理解してほしい。行政の考え方を司法判断に沿うよう改めない限り、いたちごっこは終わらない。

 被爆当時の行動やその後の健康状況を詳しく調べ、一定程度の被曝(ひばく)が疑われるようなら原爆症と柔軟に認める。それが、裁判所の考え方だ。

 現実に入市被爆者らにも病気は多発している。微細な放射性物質を取り込む内部被曝の影響を示唆する研究成果も次々と発表されている。

 放射線の影響が明らかに否定できない限りは原爆症と認める。そういう方向で認定のあり方を抜本的に改めるべきだ。訴訟で国と争わなければ救済されない現状はおかしい。

 被爆者との争いに今度こそ終止符を打つ。そういう指導力を安倍首相に発揮してほしい。

辺野古工事着手 基地負担軽減を着実に進めよ

 米軍普天間飛行場の辺野古移設の本質は、現飛行場の危険性の除去と、周辺住民の基地負担の軽減である。「新基地」の建設ではない。

 この目的に向け、政府は移設を着実に進めるべきだ。

 防衛省が辺野古での埋め立て本体工事に向けた作業に着手した。陸上に資材置き場を整備し、年明けに海上作業に入る。2022年度以降の移設完了を目指す。

 石井国土交通相は、沖縄県の埋め立て承認取り消しの執行停止に続き、地方自治法に基づく代執行に向けて、県に是正勧告した。

 沖縄県は、勧告を拒否する方針だ。翁長雄志知事は「強権極まりない」と政府を非難した。

 国交相は11月中にも高裁に提訴する。勝訴すれば、代執行により、承認取り消しを撤回する。前知事の埋め立て承認が正当である以上、関係法に基づき、移設作業の根拠を維持するのは当然だ。

 今後、県が防衛省の設計変更などを拒否した場合も、代執行手続きが想定される。移設を完遂するためにはやむを得まい。

 菅官房長官は、在沖縄米海兵隊の一部が移転する米領グアムを訪問した。米海兵隊幹部らと会談し、「沖縄の負担軽減に直結する大事な事業だ。目に見える形での協力を期待したい」と訴えた。

 12年の日米合意で、海兵隊員約1万9000人のうち、約4000人がグアム、約5000人が米本土などに移転する。20年代前半に始まる予定だ。協定により、日本も費用を3割強負担する。

 グアム移転を実現し、約1048ヘクタールに及ぶ県南部の施設返還計画を前進させることが重要だ。

 米議会には、辺野古移設をグアム移転の前提条件とみなす議員が少なくない。民主党政権が移設を停滞させた際、グアム移転関連予算を削減したこともある。

 翁長氏は、菅氏のグアム訪問を「パフォーマンス」と断じた。辺野古移設が頓挫すれば、沖縄全体の負担を大幅に軽減する海兵隊のグアム移転も滞りかねないことを認識しているのだろうか。

 日米両政府は9月、在日米軍施設で環境汚染事故が起きた場合、自治体の立ち入りなどを認める新協定も締結した。返還予定地への事前立ち入りも認める内容で、日米地位協定の事実上の改定だ。

 政府は、こうした基地負担軽減策を進めることが大切である。

 その点、普天間飛行場の輸送機オスプレイの訓練を佐賀空港へ移転する計画が、地元の反発によって先送りされたのは残念だ。

民主・共産接近 岡田氏が失う物は少なくない

 民主党内で、「お家芸」とも言うべき路線対立が再燃してきた。

 岡田代表ら執行部が共産党との連携を模索することに、保守系が強く反発しているためだ。

 党政調会長も務めた松本剛明元外相は、「政策の調整なくして、選挙協力があるのか」と岡田氏らを批判し、離党届を提出した。

 細野政調会長も、共産党との選挙協力に反対し、「共産党と我々が目指すものは違うと明確に言わないと、民主党の存在意義はない」と強調した。保守系が、日米安保体制を否定する共産党との協調を拒否するのは当然だろう。

 民主、共産両党の接近は、共産党が仕掛けた。志位委員長が9月中旬、安保関連法の廃止を目的とする連立政権構想を打ち出した。来年夏の参院選などで野党が統一候補を擁立する構想である。

 野党が結集せず、バラバラに戦えば、「1強」の自民党を利する。岡田氏や枝野幹事長は、そう考えつつも、共産党との連立は困難として、連立政権を前提としない選挙協力を追求したい考えだ。

 だが、共産党は、政権合意に基づく統一候補の擁立に執着している。民主党への一方的な支援では何も得るものがないからだ。

 民主党は2009年に社民党と連立を組んだ結果、米軍普天間飛行場の移設問題を迷走させた末、社民党の離脱と鳩山政権崩壊を招いた。その教訓を踏まえれば、基本政策が一致しない党との連携にはより慎重に臨むべきだろう。

 民主党内では今なお、安保関連法を巡る対立も続く。岡田氏は関連法の廃止法案を次期通常国会に提出したい意向だが、保守系の前原誠司元外相らは、「廃止」でなく「見直し」を主張する。

 集団的自衛権に関して、あいまいな党見解をまとめたツケだ。

 理解できないのは、枝野氏らが「安倍首相は保守ではない。急進改革で、日本が大事にしてきたものを壊そうとしている」などと批判したうえ、民主党こそが「保守本流」と自称していることだ。

 自民党の「宏池会」を意識し、穏健な保守票を取り込む狙いだろうが、先の国会での振る舞いは保守とは程遠い。共産党と連携すれば、保守層は一層離れよう。

 民主党は25日の宮城県議選で2議席減らし、共産党に第2党の座を奪われた。自民党批判票の受け皿になっていないのは明白だ。

 政権奪還を目指すなら、それにふさわしい政策や路線を示すことが欠かせない。岡田氏にその用意があるのだろうか。

2015年10月30日金曜日

排ガス不正の代償が重いVW

 排ガス試験の不正問題に揺れるドイツ自動車大手フォルクスワーゲン(VW)が、2015年7~9月期決算を発表した。不正があった車の回収と無償修理の費用を引き当てたため、最終損益は前年同期の29億ユーロ(3800億円)の黒字から17億ユーロ(2300億円)の赤字に転落した。

 今後の最大の焦点は事態を収拾する費用がどこまで膨らむかだ。VWは回収・修理のほか、米当局の制裁や世界各地での損害賠償に備えなければならない。不正の代償といえる様々な費用は、最終的に自己資本の3分の1弱にあたる300億ユーロ(約4兆円)に膨らむとの指摘がある。

 経営環境にも不透明感が強い。VWの1~9月の世界販売は前年同期の実績を下回った。成長を支えてきた中国など新興国の景気減速が影響している。10月以降は不正のためにブランド力が低下した影響も本格的に出てきそうだ。

 乗用車部門の投資抑制を表明するなど、VWは世界景気の減速や業績悪化に手を打ちつつある。販売がさらに落ち込み、キャッシュフロー(現金収支)に影響が出るようなら、減産や人員削減に踏み込む必要も浮上するだろう。

 一般にドイツの企業では、従業員の代表が経営に強い発言力を持つ。VWの場合も、従業員と協議しながら合理化を断行するという難しいかじ取りを、株主から求められる可能性がある。

 もちろん、不正問題の真相解明と責任追及を徹底し再発防止に万全を尽くすことが、ブランド力と信頼の回復に欠かせない。

 開催中の東京モーターショーでは、問題が起きたディーゼル車の先行きを心配する声も聞かれた。車の技術に関する不正は業界の信頼に影を落としかねない。

 VWと取引する日本の部品メーカーには業績の悪化懸念が浮上している。日本勢は欧州最大の自動車メーカーの不祥事から無縁ではない。少なからぬ影響を受けると判断すれば、消費者や株主に迅速に情報を開示すべきだ。

言葉だけが踊る「一億総活躍」では困る

 安倍晋三首相が掲げる「一億総活躍社会」の実現に向け、首相を議長とする国民会議の議論が始まった。11月中に緊急対策を、来年5月をめどに総合的な策を打ち出すという。

 安心して産めない、思うように働けない、介護が不安……。日本社会の現実は厳しい。この流れを変えるには、対策のメニューを並べるだけでは不十分だ。実効性のある対策になるよう、社会保障制度などの抜本改革を恐れない、踏み込んだ議論を求めたい。

 少子高齢化とそれに伴う労働力の減少という課題に日本は直面している。このままでは経済は勢いを失い、社会保障制度の維持は難しくなる。

 社会全体で子育てを支えるとともに、年齢・性別にかかわらず意欲ある人が働けるようにすることが、重要だ。働き方を見直し、家庭と両立できるようにすることが欠かせない。

 具体的な施策を詰めるうえで特に大事な視点は、ふたつある。ひとつは財源、とりわけ子育て支援の財源をどう確保するかだ。

 日本の国内総生産(GDP)に占める家族関係の政府支出の割合は1%程度だ。女性の高い就業率と出生率の回復を両立させているフランスやスウェーデンでは3%前後と、大きな違いがある。

 良質な保育や教育は、子どもが健やかに成長し社会で力を発揮するための基礎ともなる。子育て支援は未来への投資だ。高齢者向けに偏っている配分を、思い切って子ども・子育てに振り向ける議論を始めるときだ。

 もうひとつは「介護離職ゼロ」に向けた人材確保だ。政府は介護施設の整備などを急ぐというが、人手不足は深刻だ。介護ロボットなどの活用や、介護保険外の付加価値の高いサービスの提供などを通じ処遇を改善することが、必要だろう。外国人材をどう位置づけるかについても、改めて議論を深める必要があるのではないか。

 「一億総活躍」という言葉は間口が広く、絡めようと思えばどんな施策にも絡めやすい。最も避けなければならないことは、大局的な視野なしに、省益ねらいや人気取りの施策が乱立することだ。

 国民会議のメンバーは、政府の他の会議のメンバーと一部、重なっている。だからこそ、横断的で国民的な議論をしやすい面もあるだろう。首相はリーダーシップを発揮しなければならない。

辺野古、本体工事着手 埋め立て強行は許されぬ

 政府はいつまで、沖縄に差別的な歴史を強いるのか。

 米軍普天間飛行場の移設先、名護市辺野古で政府は、埋め立ての本体工事に着手した。

 新基地建設に「NO」という多くの沖縄県民の声に耳を傾けようとせず、一連の手続きを強行する安倍政権の姿勢に、深刻な疑問を感じざるを得ない。

 沖縄県民の人権と民意がないがしろにされている。

 同時に、沖縄という一地域に過度の負担を押しつける、この国のあり方が問われている。

 ■沖縄の「NO」の理由

 政府に改めて求める。工事を速やかに中止し、県と話し合いの場をもつべきだ。

 いま一度、沖縄県民の心情に寄り添ってみたい。

 太平洋戦争末期、沖縄は県民の4人に1人が犠牲になる痛ましい地上戦を経験した。本土防衛の「捨て石」とされたのだ。

 その沖縄は戦後、平和主義や基本的人権を保障した日本国憲法から隔絶された。米軍統治のもと、「銃剣とブルドーザー」で土地を奪われ、強権的な支配のなかで米軍基地が広がる。

 念願の本土復帰から43年。今なお、国土の0・6%の沖縄に全国の73・8%もの米軍専用施設を抱えている。

 戦後70年たつのに、これほど他国軍の基地が集中する地域が世界のどこにあろうか。度重なる事故や犯罪、騒音などの基地被害に脅かされ続けてもいる。それが沖縄の現実である。

 それでも、翁長雄志知事は日米同盟の重要性を否定していない。抑止力で重要な米空軍嘉手納基地の返還も求めていない。

 こうした歴史をたどってきた沖縄に、さらに「新たな基地建設」を押し付けようとする。そんな政府の姿勢に「NO」の声を上げているのだ。

 辺野古に最新鋭の基地が造られれば、撤去は難しい。恒久的な基地になりかねない。

 ■民意に耳を傾けよ

 それに「NO」を告げる沖縄の民意は、昨年の名護市長選、県知事選、総選挙の四つの小選挙区で反対派が相次いで勝利したことで明らかである。

 政府にとって沖縄の民意は、耳を傾ける対象ではないのか。着工に向けた一連の手続きにも、強い疑問を禁じ得ない。

 翁長知事による埋め立て承認の取り消しに対し、沖縄防衛局は行政不服審査制度を使い、同じ政府内の国土交通相が取り消し処分の執行停止を認めた。

 この制度はそもそも、行政機関から不利益処分を受けた「私人」の救済が趣旨である。防衛局は「私人」なのか。政府と県の対立を、政府内の国土交通相が裁くのが妥当なのか。公正性に大きな疑問符がつく。

 政府は同時に、地方自治法に基づく代執行手続きにも着手し、知事の権限を奪おうとしている。その対決姿勢からは、県と接点を探ろうという意思が感じられない。

 埋め立て承認の留意事項として本体着工前に行うことになっている事前協議についても、政府は「協議は終わった」と繰り返し、「終わっていない」という県の主張を聞こうとしない。

 さらに政府は名護市の久志、辺野古、豊原の「久辺3区」に対し、県や市の頭越しに振興費を直接支出するという。

 辺野古移設に反対する県や市は無視すればいい、そういうことなのか。自らの意向に沿う地域だけが、安倍政権にとっての「日本」なのか。

 この夏に行われた1カ月の政府と県の集中協議も、結局は、県の主張を聞き置くだけに終わった。その後、政府が強硬姿勢に一変したことを見れば、やはり安保関連法を通すための時間稼ぎにすぎなかったと言わざるを得ない。

 ■日本が問われている

 「普天間飛行場の危険性を除去する」。政府はいつもそう繰り返す。しかし、かつて米国で在沖米海兵隊などの整理・縮小案が浮上した際、慎重姿勢を示したのは日本政府だった。

 96年の普天間返還の日米合意から19年。本来の目的は、沖縄の負担軽減のためだった。

 そのために、まず政府がなすべきは、安倍首相が仲井真弘多(ひろかず)・前知事に約束した「5年以内の運用停止」の実現に向けて全力を傾けることではないか。

 米国は、在沖海兵隊のグアム移転や、ハワイ、豪州などへの巡回配備で対応を進めている。

 その現状を見れば、「辺野古移設が唯一の解決策」という固定観念をまずリセットし、地域全体の戦略を再考するなかで、代替施設の必要性も含めて「第三の道」を模索すべきだ。

 ひとつの県の民意が無視され続けている。民主主義国として、この現実を見過ごすことはできない。

 日本は人権を重んじる国なのか。地域の将来に、自分たちの意思を反映させられる国なのか――。

 私たちの日本が、普遍的な価値観を大事にする国であるのかどうか。そこが問われている。

1億総活躍会議 スローガン倒れにならぬよう

 安倍首相は「1億総活躍社会」の実現を打ち出したが、国民は具体的なイメージを描きにくいのではないか。

 「1億総活躍社会」に向けた具体策を議論する政府の国民会議の初会合が開かれた。11月中に緊急対策をまとめた上で、来春にも中長期的なプランを策定する予定だ。

 議長を務める首相は「みんなが活躍できる社会を作るために、それを阻むあらゆる政策を取り除いていきたい」と強調した。

 政府は、「1億総活躍社会」の姿について、「50年後も人口1億人を維持」「誰もが家庭、職場、地域で充実した生活を送れること」と説明する。

 それらを実現するため、首相は、「国内総生産(GDP)600兆円」「希望出生率1・8」「介護離職ゼロ」という新たな3本の矢を掲げている。

 スローガン倒れにならぬよう、国民会議が推進役となり、具体的な目標と工程表をまとめ上げることが重要である。

 緊急対策では、出生率の向上と介護離職問題に重点が置かれる見通しだ。成長戦略や女性活躍推進、人口減を念頭に置いた地方創生といった政府のこれまでの政策と重なる部分が多い。

 政府の経済財政諮問会議や産業競争力会議、「まち・ひと・しごと創生会議」などで議論を重ねてきたテーマでもある。

 国民会議には、これらの会議を兼務するメンバーが目立つ。既存の会議との連携を重視したのだろう。屋上屋を架したことにならないよう、国民会議の位置付けをはっきりさせるべきだ。

 政府方針に沿い、自治体は地方創生の総合戦略を策定し、企業は女性登用の行動計画作りを始めている。これからが正念場だ。

 国民会議は、従来の政策分野との整合性を考慮して、議論を進めてもらいたい。

 どのテーマも、やるべき対策はほぼ出そろっている。国民会議に期待されるのは、施策の優先順位や強化すべき部分を明確にし、実施を後押しすることだろう。

 特別養護老人ホームを増設するため、国有地を安く貸し出すなど、新たなアイデアを提示することも求められる。

 予想されたことだが、各省庁に「1億総活躍」に絡めて来年度予算の増額を狙う動きが見られる。来年夏に参院選を控え、有権者にアピールしたい与党の思惑と相まって、安易なバラマキに陥ることがあってはならない。

高校生政治参加 校外の活動にも目配りが要る

 新たな通知を、高校生の主体的で節度ある政治参加につなげたい。

 文部科学省が高校生の政治活動に関する通知を46年ぶりに見直した。選挙権年齢が18歳以上に引き下げられるのに伴う措置だ。

 文科省は、学校の内外を問わず、高校生の政治活動を一律に禁じてきた。旧通知が出された1969年は、激化した大学紛争が高校にまで広がり、生徒による学校封鎖や授業ボイコットなどの混乱が生じた時期だった。

 これに対し、新通知は、放課後や休日に校外のデモや集会に参加することを原則容認した。時代状況が変わる中で、通知を見直すのは理解できる。

 高校生が自らの判断で政治活動に加わって、課題を感じ取る体験を通じ、有権者としての意識が醸成される面はあろう。

 ただし、高校生はあくまで学業第一であるべきだ。校外の政治活動が容認されるにしても、そこには一定の制限が求められる。

 デモや集会への参加が、警備活動の妨害など暴力行為に発展する事態はあってはなるまい。政治活動に熱中するあまり、学業が疎(おろそ)かになっては本末転倒だ。

 このような場合、新通知が政治活動を制限・禁止するよう、学校側に要請したのは当然である。

 生徒の校外の行動を学校がすべて把握するのは難しい。通知の趣旨を保護者や地域住民にもきちんと説明し、連携して目配りすることが欠かせない。

 校内の政治活動に関して、新通知はこれまでと同様、授業中はもとより、生徒会や部活動の時間も含めて禁止すると、改めて明記した。妥当な内容だ。

 生徒会や部活動は、生徒たちが自主性や協調性を育む貴重な教育活動でもある。生徒会の場を利用して政党のビラを配る。部活動のミーティングで特定の政党への支持を訴える。こうした行為が不適切なのは明らかだろう。

 主権者教育を充実させる観点から、今後、高校生が政治課題について討論する機会は確実に増える。例えば、生徒会主催で討論会を開くケースが想定される。

 その場合、大切なのは、特定の政治的主張を取り上げるのではなく、多様な意見が交わされるようにすることだ。安全保障法制や原子力発電所の再稼働など世論を二分するテーマでは特に重要だ。

 指導にあたる教師の役割は大きい。自身の主義主張を押しつけることは厳に慎み、中立・公正な立場で生徒に接してもらいたい。

2015年10月29日木曜日

米軍作戦が迫る中国の国際ルール順守

 南シナ海がさらに波立ってきた。中国がつくった人工島の近くに、米軍が艦船を展開し始めたからだ。中国は国際ルールを順守し、責任ある行動に出ることで緊張を和らげてもらいたい。

 中国は周辺国と領有権を争う南シナ海の南沙(英語名スプラトリー)諸島で、7カ所の岩礁を埋め立て、人工島を造成した。そこに軍事利用できる施設を設けているほか、周辺の12カイリ(約22キロ)を領海と主張している。

 米国はこのうち、スービ礁などの上にできた人工島の12カイリ以内にイージス駆逐艦を派遣し、航行させた。あえて中国の許可を得ずに軍艦を進入させることで、人工島が中国の領土であることを認めない姿勢を鮮明にするためだ。

 中国政府は「必要に応じてあらゆる措置をとる」と反発しており、対立が激しくなっている。しかし、国際法に照らせば、米国側に道理があるのは明らかだ。

 スービ礁などはもともと、満潮になれば水没してしまう岩礁だった。いくら埋め立てによって人工島を建設しても、国際法では領海を有する島とは認められない。

 仮に、米イージス艦が航行した海域が中国の領海だったという想定に立ったとしても、中国の主張には無理がある。沿岸国の秩序などを乱さず、ただ通過するだけの「無害通航」であれば、認めるというのが主要な国際ルールになっているからだ。

 これらの点からみても、米軍の行動を問題視する法的な根拠が、中国にあるとは考えられない。

 米国防総省は今後、数週間から数カ月間にわたり、南シナ海で似たような作戦を続けると言明している。中国側が人工島への米軍の接近を阻もうとすれば、予期しない事故が起きかねない。

 南シナ海がさらに緊張するのを避けるには、まず中国が国際ルールにもとづく「航行の自由」を尊重するとともに、人工島の建設をやめることが必要だ。

 南シナ海は、世界で取引される原油や液化天然ガス(LNG)の多くが通る大動脈だ。この海が不安定になれば、世界の経済にたちまち深刻な影響が及ぶ。

 解決には圧力だけでなく、対話も欠かせない。11月上旬には、東南アジア諸国連合(ASEAN)の拡大防衛相会合が開かれ、日米中も出席する。日本はこの機会も利用し、米国やASEANと連携して中国に自制を求めてほしい。

汚染水対策の実績積み重ねよ

 東京電力福島第1原子力発電所で、汚染された地下水が海に流れ出るのを防ぐ「遮水壁」が完成した。海をこれ以上の汚染から守る手立てができたのは一歩前進だ。ただ汚染水問題にはなお課題が多く残る。東電には今後も慎重かつ入念に対策を進めるよう強く求めたい。

 東電は発電所の護岸に沿い約800メートルにわたって、地下に鋼鉄製の壁(遮水壁)を築いてきた。護岸部からは海に、汚染土壌を通過してきた地下水が毎日約400トン流れ出ていた。壁の完成でこれを約10トンに減らせると試算している。これでようやく海の汚染は「制御できている状態」に近づいたといえるだろう。

 今後、東電は海水中の放射性物質の濃度などを継続的に詳しく調べて遮水壁の効果を明らかにすべきだ。また見落としてしまっている流出経路がないかを、改めて確認することも大事だ。

 対策ができたという確かな実績を示してこそ、風評被害の防止につながり、汚染水対策に協力してきた地元漁業者との信頼関係を強固にできる。

 海への流出を防ぐ手立てができたとはいえ、浄化処理が必要な汚染水は増え続ける。原子炉の建物内への地下水の流入が続くからだ。東電は建物を取り囲むように地下凍土壁を築き、建物への流入を制御する計画だが、いまだに完成していない。凍土壁の有効性や費用対効果に関し、いま一度考え直す必要がありはしないか。

 また、敷地内のタンクには汚染水などが約70万トンたまり増え続けている。その多くはトリチウム以外の放射性物質を取り除いた処理済みの水だ。

 現時点では、たとえ安全基準を満たしていてもトリチウム入りの水を海に流すことに関係者の同意を得るのは難しいだろう。東電は放出も将来の選択肢だととらえて理解を得る努力を続けるべきだ。それと同時並行でトリチウム除去技術の開発も進めておくのがいい。多重の備えが必要だ。

いじめ調査 幅広い認知に努めよう

 いじめの問題は、積極的な取り組みが必要だ。だからこそ「あってはならない」と考えず、むしろ「あって当たり前」ととらえるべきではないか。

 文部科学省が、小中高校と特別支援学校で昨年度に起きた、いじめの調査結果を発表した。

 岩手県矢巾町で中学生が自殺した問題を受け、調査のやり直しを求めていた。件数は調べ直す前より3万件増え、前年度並みの18万8千件になった。

 いじめ自殺が社会問題になると増え、年がたつと減る。再調査しなければ、そのサイクルを繰り返すところだった。

 新たに計上されたのは、からかいや仲間外れ、短期間で解決したものなどだという。

 いじめ防止対策推進法は、被害者本人が苦痛を感じるものはすべていじめと定義している。矢巾町の場合、いじめをトラブルと考え、解決済みと判断していた。できるだけ幅広くとらえることが大切だ。

 留意すべきは、件数がいじめの発生数ではなく、学校が認知した数であることだ。それは氷山の一角に過ぎない。

 認知件数は、学校や自治体が発見に力を入れるほど増える傾向にある。件数が多いことは、それだけ努力した成果と受け止めたい。

 都道府県の件数のばらつきもこれまで問題になってきた。

 子ども千人あたりの件数を見ると、前年度、最大の自治体が最小の83倍だったのが、今回は31倍になった。再調査で縮んだが、開きはなお大きい。

 いじめがゼロと報告した学校は全体で42%もある。本当にないか。見逃してはいないか。点検してもらいたい。

 対策推進法が施行されて2年たつ。学校に義務づけられた、いじめを防ぐ基本方針と対策組織はほぼ全校でつくられた。

 だが、矢巾町の中学校のように、形だけで実際には機能していない例もあるのではないか。教職員全員で話し合い、共通理解をつくることが欠かせない。

 NPO「ジェントルハートプロジェクト」の調査では、いじめを「解決できる」「ほぼ解決できる」と答えた中学校教員は4分の1強にとどまる。

 被害者に「君が弱いからだ」と責任転嫁する。「大丈夫か」と聞き、「大丈夫」と答えたので解決したと思い込む。そんな例も少なくない。教職員らの研修の拡充も求められる。

 子どもを見守るのは学校だけではないが、教職員がいじめの7割近くを発見していることも今回の調査でわかった。学校の役割は大きく、責任は重い。

飼料用米増産 主食用含めた抜本策を

 家畜に食べさせる飼料用米の生産は今年度、8万ヘクタールの作付けで42万トンが見込まれている。一昨年度と比べ、ともに4倍近い水準だ。主食用米の国内需要が年800万トンを割り込み、毎年8万トンのペースで減り続けているのと対照的である。

 増産の原動力は、農家への手厚い交付金だ。飼料用米は主食用ほど品質や食味が求められない一方、販売価格は安く、農家の所得は減ってしまう。その差を補うのが交付金の目的で、最大で10アールあたり10万5千円。田んぼで麦や大豆を作る場合の3万5千円を大きく上回る。

 国内消費が減り続ける主食用米を増産すれば米価が下落し、農家が困る。飼料用米の生産は耕作放棄地の増加に歯止めをかけ、えさ用とうもろこしの輸入が抑えられて食料自給率は高まる。そんな考えから、農林水産省は飼料用米の生産を10年後に年110万トンまで増やし、主食用の減少を穴埋めする方針だ。

 ただ、その政策に多額の公費が投じられていることを忘れてはなるまい。今年度の国の予算では、麦などへの転作や二毛作への助成も含め、水田活用のための交付金が2700億円余も計上されている。水田の維持は環境や景観の保全、地域社会の存続につながるのは確かだが、国民負担が伴う。

 主食用を含めたコメ全体の競争力を高めていく対策をなおざりにしてはならない。

 農水省は、飼料用米の生産コストを下げ、より安い価格で畜産農家や飼料メーカーに提供できるようにするため、省内に対策チームを立ち上げた。

 とはいえ、飼料用米の生産費の半分強を人件費や農機具費、田の賃料など主食用米と共通する項目が占める。米作全般について農地の集約と大規模化を進めるなど、抜本策が不可欠だ。

 主食用のコメではおいしさばかりが話題になるが、国内消費の3分の1は外食や弁当・おにぎりなどの「中食」が占め、安さは無視できない。政府が力を入れる輸出でも、価格が高ければ大きく伸ばすのは難しい。

 安倍政権はコメの生産調整(減反)を3年後にも「廃止」する方針だが、主食用とそれ以外のコメを区分し、食用の需給バランスに腐心する姿勢は変わらない。激変を避けることは必要だとしても、「おいしくて高くない、安いコメ」を掲げて内外の市場をてこ入れし、開拓できるかが問われている。

 縮む国内市場を安定させることにきゅうきゅうとし、交付金ばかりが増えていくようでは、米作の展望は開けない。

米艦南シナ海に 中国の軍事拠点化を許さない

 南シナ海で力による現状変更を進め、既成事実化を図る中国への厳しい警告を意味しよう。

 米海軍のイージス駆逐艦が、南シナ海のスプラトリー(南沙)諸島で、中国が造成した人工島の12カイリ(約22キロ・メートル)内を航行した。

 カーター米国防長官は「通常実施している作戦だ」と述べ、継続的に行う方針を表明した。

 中国が「領海」と主張する海域で公海と同様に巡視することで「航行の自由」を体現し、アピールする作戦だ。国際社会の利益である海上交通路(シーレーン)を脅かす行為は容認しない姿勢を明確に示したことは評価できる。

 中国は、岩礁埋め立てによる人工島造成や3000メートル級の滑走路建設など軍事拠点化を推進し、南シナ海を「中国の海」にしようとしている。米軍の有事介入を阻む「接近阻止・領域拒否(A2AD)」戦略の一環でもある。

 米艦が航行したスービ礁は、もともと満潮時に水没する暗礁だ。国連海洋法条約は、暗礁や人工島、沖合の施設はそれ自体の領海を有しないと定めている。

 国際法に根拠のない9本の境界線「九段線」を設定し、「歴史の中で主権が形成された」という中国の主張には無理があろう。

 中国の王毅外相が「米に軽率な行動を慎むよう促す」と反発したのは筋違いだ。「軽率な行動」を控えるべきは中国ではないか。

 中国は、ミサイル駆逐艦などが米艦を「監視・追跡、警告した」という。軍部隊が危険な挑発に出ないよう強く自制を求めたい。

 米国防総省は早くから艦艇航行を進言していたが、オバマ大統領は最終判断を先送りしていた。

 9月の米中首脳会談で、埋め立てや施設建設などの停止を要求したのに対し、習近平国家主席が「中国の領土だ」とはねつけたのを見て、ようやく踏み切った。

 オバマ氏は、習氏を説得できると過信していたのではないか。

 米国は気候変動問題やテロ対策で中国と協力しているが、その独善的行動を見過ごす理由にはなるまい。偶発的な軍事衝突を防ぐ措置をとりながら、対中戦略を練り直すことが求められる。

 菅官房長官は「開かれた、自由で平和な海を守るために国際社会が連携することは極めて大事だ」と語り、米国の艦艇派遣を支持した。フィリピンやオーストラリアも歓迎している。

 日本は、米国や関係国と緊密に連携しつつ、南シナ海での中国の動きを警戒せねばならない。

中央アジア歴訪 経済外交で中露を牽制したい

 地政学上の要衝で、資源にも恵まれている。中央アジア5か国との協力関係を戦略的に強化することが重要である。

 安倍首相が中央アジアを歴訪した。カザフスタンとウズベキスタンの訪問は2006年の小泉首相以来で、トルクメニスタン、タジキスタン、キルギスは歴代首相で初めてだ。

 安倍首相はカザフで中央アジア政策演説を行い、「自立的な発展を官民連携で支える」と表明した。社会基盤整備や人材育成を支援して、「3兆円超のビジネスチャンスを生み出す」とも強調した。

 1991年のソ連崩壊により独立した5か国はロシアとの関係が伝統的に深い。近年は、中国の影響力の拡大が著しい。中国は「一帯一路」、ロシアは「ユーラシア経済同盟」という独自の経済圏構想を掲げ、せめぎ合っている。

 日本が中露の緩衝地帯で存在感を高めれば、双方の拡張主義を牽制(けんせい)できる。中央アジアも、中露への依存度を下げることが安定した多角的な発展につながる。日本と中央アジアは互恵関係にある。

 カザフのウラン埋蔵量は世界2位で、トルクメンの天然ガス埋蔵量は4位だ。日本には、調達先としての潜在的な魅力も大きい。

 日本は04年以降、中央アジアと外相会合を定期開催してきたが、関係強化に十分とは言えない。

 首相は今回、50に上る建設など日本企業や団体の幹部を同行させた。トルクメンとは、天然ガスプラント建設など総額180億ドル以上の案件での協力で合意した。

 インフラ輸出の拡大は、安倍政権の成長戦略の柱だ。政府開発援助(ODA)を利用した経済外交を積極的に展開したい。

 カザフなどは、資源依存型の経済からの脱却と、産業の高度化を目指している。資源が豊富でないタジクやキルギスは、交通網の整備や民生の向上が急務だ。

 日本は、各国の個別のニーズを把握し、適切な資金協力や技術支援を行うことが大切である。5か国の連携を深めるため、物流の円滑化なども後押しすべきだ。持続的な取り組みが求められる。

 過激派組織「イスラム国」の勢力拡大は、中央アジア各国にとっても重大な脅威となっている。

 「イスラム国」の弱体化を図る一環として、この地域との戦闘員などの往来を阻止することが重要だ。テロ組織の資金源となる麻薬の流入阻止も欠かせない。

 日本は、テロ対策の観点から、各国の国境管理や麻薬取り締まりの強化に協力する必要がある。

2015年10月28日水曜日

ミャンマーの民主化占う選挙

 ミャンマーで5年ぶりの総選挙が11月8日に投票を迎える。2011年に軍事政権から民政に移管してから初めての総選挙で、この4年あまりで進んだ民主化の歩みを確固とした軌道に乗せられるかどうかが問われる。

 前回は軍政下にあり、アウン・サン・スー・チー氏ひきいる最大野党・国民民主連盟(NLD)が参加しなかった。軍政の肝煎りの連邦団結発展党(USDP)が大勝し、民政移管後はテイン・セイン大統領の与党となってきた。

 今回はNLDも全面的に参加し、USDPを上回って第1党に躍進する勢いをみせている。国会の議席の25%は軍に割り当てる仕組みのためハードルは高いが、NLDが政権を握れば平和的な政権交代が実現することになる。

 ただ、本当に公正な選挙になるか心配な面はある。選挙管理委員会は海外からの選挙監視団の受け入れを表明し、日本政府などが派遣を決めたが、野党からは公正さを疑う声が絶えない。

 NLDが勝った場合の軍の出方も、気がかりな点だ。1990年の総選挙ではNLDが地滑り的な大勝をおさめたが、軍政はその結果を認めず、それから長い抑圧と停滞の時代をミャンマーがたどった経緯がある。

 憲法上アウン・サン・スー・チー氏が大統領になれないこともあり、政権づくりも容易でない。

 テイン・セイン大統領は就任以来、政治だけでなく経済や対外政策も大胆な改革を進めてきた。近年の経済成長は実質で年率7%を超えており、政権の実績は評価すべき点が少なくない。

 とはいえ改革はどれも道半ば。メディアへの締め付けなど逆流めいた動きもある。仏教徒の間では反イスラム感情が広がり、少数民族のロヒンギャたちへの人権侵害はむしろ深刻になった。

 山積する課題を克服するには、できる限り幅広く国民の力を結集できる態勢を整えなくてはならない。今回の総選挙をそのための大きな一歩にしてほしい。

温暖化の影響軽減に戦略的取り組みを

 地球温暖化が進むと、真夏日が増え、集中豪雨が激しさを増すと予測される。また農産物の適地が変わり、熱帯の病気が日本国内に侵入してくる恐れがある。変化はすでに起き始めている。深刻な影響が広がらないうちに早めに対策を講じる必要がある。

 政府はこのほど「気候変動の影響への適応計画」案をまとめた。温暖化の悪影響を軽減するため必要な対策を農林水産業や防災、健康など7分野で76項目列挙した初の国家戦略だ。

 日本国内の平均気温は過去120年間で約1度上昇した。これから21世紀末までの85年間にさらに1~4度の上昇が予測される。気温上昇のペースを抑えるには、国内の努力だけでなく世界全体で温暖化ガスの排出を削減しなければならない。ただ現状の国際的な取り組みは温暖化を止めるのには不十分と言わざるを得ない。

 適応計画案が示すように、堤防や下水道の整備、高温に強い新品種の開発、熱帯病対策など広範な分野で、温暖化に伴う悪影響への備えを厚くしておくべきだ。

 水産資源への温暖化の影響などは未解明な部分が大きく、現状を把握する調査も要るだろう。

 「適応」とは、言い換えれば、私たちが慣れ親しんできた生活スタイルや国土利用のあり方を見直さねばならないということだ。

 対策は時間や費用がかかるものが多い。堤防整備が津波への備えにもなるなど、他の政策と相乗的な効果が見込めるケースもある。やり直しや重複が生じないよう優先順位をつけ戦略的に取り組む必要がある。

 また災害時に避難情報を伝える仕組みの改善などIT(情報技術)を活用したソフトな手法も重要な選択肢だ。

 防災や公衆衛生では地方自治体が大きな役割を担う。国民や企業がそれぞれ対策の必要性を理解し、立案と実行に積極的に関与することも大切だ。多様な利害関係者の意見調整を円滑に進めるため、適応計画を法制化することも検討すべきだ。

 視点を変えれば、温暖化は悪影響ばかりではない。例えば、北極海の海氷が解け、太平洋と大西洋を結ぶ北極経由の新航路が使えるようになった。変化は新たな商機でもある。新品種開発などの適応策を事業拡大につなげる動きが欧米では活発だ。その点で日本企業の感度は鈍くはないだろうか。

南シナ海 各国共通の利益を守れ

 南シナ海は、あらゆる国の船に対して通航の妨げのない、開かれた海でなくてはならない。

 それが、この海域をめぐる複雑な主権問題を考える際の出発点である。

 米海軍のイージス駆逐艦が、南シナ海スプラトリー(南沙)諸島のスビ礁と呼ばれる岩礁の近くの海を航行した。

 スビ礁は中国が実効支配し、大規模な埋め立てで滑走路を備えた人工島を建設している。

 そこから12カイリ(約22キロ)以内、中国が領海だと主張する海をあえて通ったのは「航行の自由を示すため」と、米国防総省は説明している。

 領海内であっても、軍艦の通航が、いわゆる「無害通航」なら、認めるのが国際ルールだ。事態をエスカレートさせず、説明通りの目的に沿うものなら、米国の主張は支持できる。

 米軍は一昨年11月、中国が東シナ海に防空識別圏を設けた直後、予告なく爆撃機を飛行させた。これと同様、今回も行動によって意思表示をしたということだろう。

 軍艦や軍用機の派遣は、決して穏やかな方法とは言えない。場合によっては不測の事態を招く恐れもある。今回は幸い、米中の軍艦が接触するような事態にはならなかった。両国には今後も自制が求められる。

 中国外務省は「中国の主権と安全を脅かす」「地域の平和と安定を損なう」と米軍の行動に強く反発している。しかし、中国の主張には無理がある。

 そもそも中国がこれまで南シナ海で続けてきた行動にこそ、問題があったからだ。

 スビ礁は、もとは満潮時に水没する小さな岩礁だ。海洋法上は島と見なすことができない。それを埋め立てて人工島にしたうえ、12カイリ以内を領海とみなし、無害通航権のある米軍艦の通過を非難するというのは、二重三重に無理のある主張だ。

 中国は南シナ海の大半の海域について歴史的な権利を持っていると主張しているが、スプラトリー諸島で7カ所も埋め立てをする行動は、他国から見て明らかに拡張主義である。

 南シナ海は世界の貿易船舶にとって重要な航路だ。

 その自由と安全は、米中はもとより東南アジア諸国、日本を含む各国共通の利益である。

 改革開放後の中国は、広く世界に通商の相手を求めた結果、目覚ましい経済発展を遂げた。成長が鈍化した今こそ、なおさらそれが必要だろう。

 他国との対立を招くことは、中国自身にとっても、決して得策ではないはずだ。

辺野古移設 分断誘う施策は慎め

 米軍普天間飛行場の辺野古移設に向けた埋め立ての本体工事に着手するための手続きを、政府が矢継ぎ早に進めている。

 基地建設を急ぐあまり、行政としての公正さ、公平さを見失ってはならない。安倍政権は沖縄県民の分断を誘うような施策は、厳に慎むべきである。

 政府は、名護市の久志(くし)、辺野古、豊原の「久辺(くべ)3区」と呼ばれる3地区の区長を首相官邸に招き、振興費を直接支出することを伝えた。

 今年度分は3地区で総額3千万円程度で、防災備蓄倉庫の整備などに使うという。

 ただ、区といっても東京23区のような自治体ではなく、町内会のようなものだ。区長は公職選挙法に基づく選挙で選ばれるわけではない。公金の管理や使途をチェックする議会もない。

 政府は「防衛施設周辺の生活環境の整備等に関する法律」が定める基地周辺対策費の活用を検討するという。だが、沖縄県や名護市が辺野古移設に反対だからといって、その頭越しに一部地域にだけ直接公金を支出するのは、税金の使い方として公平性、公正性を欠かないか。

 そもそも、公金の配分が政治的意見の相違で差別されることがあってはならない。

 政府が自らの意向に沿う地域だけに、自治体を通さずに公金を支出できる。そんなやり方が通用するなら、民主主義と地方自治は形骸化しかねない。

 政府が近年、「基地と地域振興はリンクしない」と繰り返してきたのは何だったのか。

 石井国土交通相はきのう、沖縄県の翁長雄志知事が行った埋め立て承認取り消しの効力を止めた。県と政府の対立を、政府の一員である国交相が裁く。その公平性、公正性に疑問がある中での判断だった。

 政府はまた、県の取り消し処分を是正するため、地方自治法に基づく是正勧告・指示や代執行に向けた手続きにも入った。

 これに対し、県もさらに対抗措置をとる構えだ。両者の対立は法廷闘争もにらみ、全面対決の様相である。

 政府の進め方は、たび重なる選挙で辺野古移設に「NO」の意思を示した沖縄の民意を軽く見ていると思わざるを得ない。

 そのうえに、今回の公金支出である。何よりも、県民の間に深い亀裂が生まれることが懸念される。

 歴史を振り返れば、政府の公金支出は、基地の賛否で割れる沖縄を分断させる手段として使われてきた。

 戦後70年を経てなお、分断策で沖縄を翻弄(ほんろう)してはならない。

軽減税率 簡明で有効な線引きが重要だ

 国民に分かりやすく、効果的な増税負担緩和策をまとめるべきだ。

 与党税制協議会が、2017年4月の消費税率10%への引き上げ時に導入する軽減税率に関する議論を、約1か月ぶりに再開した。

 軽減税率で目減りする税収分の財源の一部に、増税時の低所得者対策に予定していた4000億円を充てることで一致した。ただ、対象品目の範囲などでは、なお与党内に意見の隔たりがある。

 公明党は「酒類を除く飲食料品全般」を対象とするよう主張している。対象の税率を8%とすると、減収は約1・3兆円になる。

 自民党は、対象品目を極力絞り込み、減収を最大でも4000億円に抑えたい考えだ。

 無論、国家財政への配慮は大切だが、消費者の負担を緩和できなければ、本末転倒である。

 公明党が「痛税感の解消には軽減対象を幅広く設定すべきだ」と指摘したのは、理解できる。

 対象品目の選定には、税収への影響と政策効果の双方への目配りが求められよう。

 17年4月の軽減税率の導入には今年末までの制度設計の完了が必要だ。両党は、集中的に協議を重ね、歩み寄らねばなるまい。

 消費税の増収分は全額、社会保障費に充てられる。このため、自民党は、税収減の穴埋めはあくまで社会保障費の枠内のやり繰りで手当てすべきだ、との立場だ。

 だが、軽減税率の実効性を保つため、社会保障費以外の歳出抑制や、他の税収を財源に活用することを前向きに考えてはどうか。

 対象品目の線引きが複雑すぎないようにすることも重要だ。

 食品表示法に基づく「生鮮食品」を対象とすると、マグロ単品の刺し身は税率が低くなるが、刺し身の盛り合わせは「加工食品」となり、標準税率が適用される。

 消費者や商店が混乱しないように、消費実態に即した簡明な線引きにする工夫が欠かせない。

 取引ごとに税額や税率を記入するインボイス(税額票)について両党は、事務負担が少ない簡易方式で始め、一定期間後、本格的な方式に移行することで合意した。経済団体が「納税事務が煩雑になる」と反対しているためだ。

 公平な消費税負担は、インボイスの本格導入が前提となる。簡易方式でのスタートはやむを得ないが、せめて本格的な制度の開始時期は明示すべきだろう。

 税額の一部が事業者の手元に残る、消費税特有の「益税」を縮小する方法も真剣に検討したい。

辺野古代執行へ 誤った県の手続きは是正せよ

 米軍普天間飛行場の辺野古移設の実現に向け、安倍政権が不退転の決意を示したと言えよう。

 政府は、辺野古での埋め立て承認を代執行する手続きに入ることを閣議了解した。沖縄県の翁長雄志知事による埋め立て承認取り消しについて、「違法な処分」として、是正・撤回させるためだ。

 菅官房長官は、取り消し処分に関して「普天間飛行場の危険性除去が困難となり、外交・防衛上、重大な損害を生じるなど、著しく公益を害する」と強調した。

 埋め立て承認に「法的瑕疵(かし)がある」とする翁長氏の判断の根拠とされた私的諮問機関の報告書には公平性や客観性が乏しかった。

 辺野古移設が日本全体の安全保障に関わる問題である以上、政府の代執行手続きは妥当である。

 都道府県への法定受託事務に関する代執行は初めてという。

 石井国土交通相がまず、翁長氏に承認取り消し是正を勧告・指示し、応じなければ、高裁に提訴する。勝訴すれば、翁長氏に代わって取り消しを撤回する運びだ。

 石井氏は、防衛省が申し立てていた翁長氏による取り消し処分の執行停止についても決定した。防衛省は、移設作業を再開し、近く本体工事に着手する。

 沖縄県などは、国交相が防衛省の申し立てを審査することについて「同じ内閣の一員が審査することは不当だ」と主張する。

 だが、石井氏は「国が公有水面を埋め立てる場合は、都道府県知事の承認を受ける。私人が埋め立てを行う場合と同様だ」と反論した。法律上の問題はあるまい。

 翁長氏は、国と地方の争いを調停する総務省の第三者機関「国地方係争処理委員会」に審査を請求する方針だ。認められなければ、提訴する構えを見せている。

 いずれにしても、政府と県の法廷闘争は避けられないだろう。

 政府は、名護市の地元3区に対し、市を通さずに振興補助金を支給することを決めた。今年度は計3000万円程度で、防災用倉庫などの整備に充てるという。

 地元3区は、キャンプ・シュワブに隣接し、基地負担が大きい。稲嶺進名護市長は移設に反対するが、3区には条件付きで容認する住民が多い。この事実は重い。

 本来、こうした基地周辺住民の意見や要望が尊重されるべきなのに、従来は軽視されてきた。

 政府が今年5月、地元3区との協議の場を設置したのは、辺野古移設を円滑に進めるための一つの環境整備として適切だろう。

2015年10月27日火曜日

TPPを攻めの経営と改革につなげよ

 日米など12カ国による環太平洋経済連携協定(TPP)は、日本経済の再生を後押しする歴史的な合意だ。日本企業はこれを追い風に、攻めのグローバル戦略を加速すべきだ。

 日本政府の発表によると、TPPで関税を撤廃する品目の比率は95%と、日本がこれまで結んできた貿易協定を大きく上回る。注目すべきは、日本を除く11カ国の関税撤廃率はいずれも99~100%となったことだ。

 11カ国はTPP発効後直ちに、品目数ベースで約87%の工業製品の関税を撤廃する。日本が強みを持つ自動車・自動車部品や機械製品の輸出に弾みがつきそうだ。

 愛媛県今治市のタオルや、陶磁器、鉄器といった日本の伝統工芸品にかかる関税もいずれ撤廃される。こうした商品の海外への販路を拡大できれば、地域経済の活性化にも役立つだろう。

 農産品では、日本が米や麦など重要5項目を中心に関税を維持した。11カ国より関税撤廃率が低くなった原因であり、今後の通商交渉への課題を残したといえる。

 一方で、TPPでは米国が日本産牛肉の無関税輸入枠を拡大するほか、日本酒やしょうゆの関税も将来撤廃する。海外で和食ブームが広がるなか、日本の食の輸出拡大につなげたい。

 TPPは物品の関税撤廃にとどまらず、投資やサービスなどの新たなルールを定めている。この点でも日本企業の商機が広がる。

 マレーシアやベトナムでは、日本の金融機関やコンビニエンスストアが進出しやすくなる。こうした国の公共事業に日本のゼネコンも参加しやすくなる。

 税関手続きも簡素になる。急いで送る貨物は税関に書類を出した後6時間以内に引き取れるようにするなど、中小企業や個人が恩恵を受ける内容も多い。

 日本企業と外国企業の競争は激しくなるだろう。しかし、企業が競争に背を向けたまま、収益力や生産性を高めることはできない。

 日本企業はこれまで以上に自らの商品やサービスに磨きをかけ、世界経済の4割弱という巨大な単一市場に果敢に挑んでほしい。

 農業対策でも過剰な保護策は慎み、農業の生産性や国際競争力を高めるための規制改革を進めるのが政府の役割だ。法人実効税率のさらなる引き下げを通じ、外国企業の対日投資を促すことも忘れてはならない。

伊方再稼働へ住民の不安拭え

 四国電力・伊方原子力発電所3号機の再稼働に、地元愛媛県の中村時広知事と伊方町が同意した。新規制基準に基づく原発の再稼働で地元同意を得たのは、九州電力川内原発に次いで2例目だ。

 伊方原発は7月、原子力規制委員会の安全審査に合格した。地元同意を得たことで、政府が掲げる再稼働の要件は整った。ただ事故が起きたときに住民が安全に避難できるかなど、なお課題も残る。国や四国電力はきちんと対応し、再稼働に万全を期すべきだ。

 同原発は四国から西に延びる佐田岬半島のつけ根にある。南海トラフ地震の震源にも近い。四国電力は想定される地震の揺れや津波の高さを引き上げ、非常用電源も増やして安全対策を強めた。

 規制委は安全審査でこれらを妥当とした。再稼働に向け、規制委は工事計画などの最終審査にも厳格にあたり、四国電力も安全点検をぬかりなく進めるべきだ。

 住民らが懸念するのは、事故が起きたときの避難体制だ。原発30キロ圏には瀬戸内海を隔てた山口県上関町を含め8市町があり、それぞれが防災計画を定めた。

 ただ半島の西側の住民は陸路で避難すると原発に近づくことになり、海路に頼らざるを得ない。計画ではフェリーなどを確保するとしたが、津波や地震と重なった場合でも確実に対処できるのか。

 安倍晋三首相は「事故時には政府が責任をもつ」と約束した。原子力防災会議も自治体の防災計画を了承した。だが国がどう責任をとるのか、なおあいまいだ。

 避難計画が机上の案にならないように、自治体ごとに防災訓練を重ね、実効性を高める必要がある。政府が11月に伊方で実施する総合防災訓練も、課題を洗い出す場として活用すべきだ。

 今後、再稼働が見込まれる他の原発でも、都道府県をまたぐ住民避難をどうするかなど様々な課題を抱えている。防災計画の妥当性や実効性を専門家が客観的にチェックするなど、住民の不安を拭う仕組みが欠かせない。

伊方原発 再稼働同意は拙速だ

 あまりに拙速だ。原発を抱える自治体のトップとして、責任を果たしたとはいえない。

 四国電力伊方原発(愛媛県伊方町)の再稼働に、中村時広知事と山下和彦伊方町長が同意した。新規制基準ができて以来、九州電力川内原発に次いで2例目の地元同意となる。

 中村知事は、判断条件としてきた(1)国の考え方(2)四電の取り組み姿勢(3)地元の理解――が満たされた、との考えを示した。

 国の考え方とは首相ら政府のトップが事故時には責任をもって対処する姿勢を示したこと。四電の取り組みとは、同社が規制基準の要求を上回る安全対策を施したことが主な中身だ。

 だが、事故が起きれば最も対応を迫られるのは自治体だ。

 事故発生を前提に、住民を被曝(ひばく)させることなく円滑に避難させる計画を整えることは、安全上の「最後の壁」だ。自治体に課せられた義務でもある。

 知事の言動からは、その重責への覚悟が伝わってこない。

 細長い佐田岬半島の付け根にある伊方原発は、事故時の避難計画の不備が指摘されている。周辺住民の反対論も根強い。

 再稼働に前のめりな国や電力会社の対応を確かめたからといって、現時点で再稼働を認めるのは責任転嫁に等しい。

 来月初めには国が現地で総合防災訓練を実施する。県や周辺市町が避難計画の実効性を確かめる重要な機会だ。それも見ずになぜ「ゴー」と言えるのか。

 きのうの会見で中村知事は「原発は絶対安全なものではない」としつつ、「代替電源が見つかるまでは最新の知見に基づく安全対策を施して向き合っていくしかない」と主張した。

 ならばなぜ再稼働を認めるに至ったのか、最終決断を前に県民と対話する機会をもっと広くもつべきだったのではないか。

 立地自治体が再稼働への「同意権」を持つ根拠は、電力会社と結んだ安全協定にある。安全確保を電力会社や国任せにせず、住民の不安を軽減するのがそもそもの目的だ。

 だが、伊方町議会は再稼働の是非を話し合う特別委員会をほぼ非公開にした。愛媛県も知事らが住民の声を直接聞く討論会を開かなかった。住民に真摯(しんし)に向き合ったとはいえない。

 今後は、原子力規制委員会の審査が終わった関西電力高浜原発(福井県)の再稼働が焦点になる。九州電力玄海原発(佐賀県)などの審査も大詰めだ。

 自治体が再稼働の判断を急ぐ必要はない。住民を守るため、できることをすべてやったか。確かめるのが先である。

医療事故調査 再発防ぐ土台にせよ

 10年以上も難航した議論を経て、ようやく今月から医療事故調査制度が始まった。

 医療で「予期せぬ死亡」が起きた場合、病院や診療所が自ら原因を調べ、遺族や第三者機関「医療事故調査・支援センター」に報告することが主軸だ。

 さまざまな妥協の産物であり、特に患者・遺族側からみると多くの不満や不安が残る。

 それでも、法律による義務づけは重要な一歩である。

 それぞれの医療機関が死亡事故の原因究明に取り組み、再発防止につとめることは、遺族への対応だけでなく、日本の医療全体を前進させるために欠かせない過程だからだ。

 各医療機関は、問題が起きたときは、制度の趣旨を踏まえ、遺族の疑念を招かない公正な院内調査を徹底すべきである。

 最も心配なのは、調査すべきケースかどうかの判断が各機関にゆだねられている点だ。

 「予期された死亡」と強弁して調べもしない。そんなことがあっては真相を知る道は閉ざされる。この制度に限らず、医療界全体の信頼を損ねてしまう。

 死亡に至った経緯が患者側に具体的に事前説明されたリスクに含まれていなければ、予期された死亡とは言えまい。

 院内調査の報告書を遺族に手渡すことは努力義務にとどまった。責任追及に使われかねないと医療側が抵抗したからだ。

 肝心の再発防止策の扱いについても同様に、厚生労働省の通知は「可能な限り検討することが望ましい」との弱い表現になった。「必ずしも再発防止策が得られるとは限らない」ことに留意するとしている。

 一にも二にも、個々の医療機関と調査関係者の誠意が問われているのである。

 事故調査の大切さは、医療界も広く認めている。

 日本医師会は「院内調査委員会を指揮する委員長と、専門的な医学判断をする委員は、院外から招くことが望ましい」とする指針を公表した。ともすると閉鎖的になりがちな医療機関に「外の目」を入れるとともに、遺族の素朴な疑問を意識した積極的な活動が期待される。

 院内の調べでは決着しなかった場合に調査に乗り出す「センター」の役割も同様だ。

 人はミスをするものであり、さまざまな状況下で医療事故は起きうる。医療者への刑事責任の追及の視点からだけでは、解決しない問題も多い。

 同じ過ちが自らの施設だけでなく、他の機関でも再び起きないようにする。そのための調査制度に育てていきたい。

維新の党混迷 いつまで泥仕合を続けるのか

 政党の分裂には、主導権争いや多数派工作が付き物だが、これほど不毛な泥仕合は珍しい。

 維新の党の大阪系国会議員や地方議員らは大阪市で「臨時党大会」を開き、「解党」を決めた。使い残した政党交付金は国庫に返納するという。

 5月の松野代表の選出や11月までの任期延長は党大会を経ておらず「無効」だとまで主張する。

 松野氏らは、自らの選出は適正で、大阪系の党大会は「無効」と指摘する。解党届を受理しないよう総務省に要請もしている。

 双方の言い分は平行線だ。

 大阪系は当初、政党交付金が分配される「分党」を求めたが、拒否されたため、解党の方針に転じた。松野氏側は大阪系議員らを大量に除籍処分にした。対立は今、大義のない抗争と化している。

 維新の銀行口座の印鑑と通帳は大阪系が押さえている。松野氏側は、今月支給された政党交付金も引き出せない状況だ。ツイッターなどでの非難合戦も激しい。

 事態を収拾できないようでは、国民の信頼を失うだろう。

 大阪系の後ろ盾である橋下徹大阪市長は今週末に新党「おおさか維新の会」を結党する予定だ。11月22日投開票の大阪府知事・市長選に独自候補を擁立する。

 対決をあおり、世論の関心を引くことによって、大阪ダブル選を有利に運ぶ政治的な思惑があるとみられる。発言を平気で二転三転させる、大衆迎合的な政治手法は、不誠実と言うほかない。

 松野氏らは、民主党との合流を視野に、来夏の参院選協力に関する政策協議を進めている。残留組には大阪系への反発が強く、橋下氏の言いなりにはなれない事情がある。松野氏の指導力欠如が事態をこじれさせた面は否めない。

 双方が譲らず、対立が法廷に持ち込まれる恐れもある。

 そもそも、安倍政権と対決する松野氏らと、「是々非々」の大阪系の路線は異なる。別々の道を歩むこと自体はやむを得ない。

 橋下氏らは2012年秋に日本維新の会を結党し、自民、民主両党に次ぐ勢力を得た。だが、その後、離合集散を繰り返し、地方組織や支持者を振り回してきた。

 維新が分裂すれば、新党も残留組も、共産党を下回る勢力になるとみられる。失地回復を目指すなら、まず本来の政治活動に専念できる体制を整えねばなるまい。

 「1強」の自民党に緊張感をもたらすには、健全な野党の存在が不可欠だ。維新の両陣営は、そのことを自覚する必要がある。

活字文化の日 知の基盤となる公立図書館に

 今日は、文字・活字文化の日だ。読書週間も始まった。本との出会いを求め、図書館を訪ねてみてはいかがだろう。

 「死ぬほどつらい子は学校を休んで図書館へいらっしゃい」。神奈川県の鎌倉市中央図書館勤務の女性司書が、8月末に発信したツイッターの文面だ。「改めて図書館の役割を教えられた」などと大きな反響を呼んだ。

 いじめを受けるなどして、学校生活になじめない子も、図書館で本の中の様々な世界に触れることによって、自分の居場所を見つけられるかもしれない。図書館は、誰でも気軽に足を踏み入れられる貴重な空間である。

 全国には約3200の公立図書館がある。10年間で400館増えた。本の貸し出し数は、年7億1000万冊に達する。

 各自治体は、住民が利用しやすい「知の基盤」とするため、創意工夫に一層努めてもらいたい。

 蔵書の質やサービスの低下が指摘される点は気がかりだ。この10年間で、書籍代などの資料費は年352億円から285億円に減少した。専任職員も1万4000人から1万人に減った。自治体の厳しい財政事情が背景にある。

 民間の指定管理者に運営を委託した公立図書館は、約400に上る。東京都千代田区の区立千代田図書館では、深夜までの開館や、地元にある古書店街の情報提供など多様なサービスが好評だ。

 一方、愛知県小牧市では、レンタル大手「TSUTAYA」を展開する企業に、新たな市立図書館の運営を委託する計画が、住民投票で否決された。

 この企業が運営する佐賀県武雄市図書館は、おしゃれなカフェの併設などで利用者を大幅に増やしたが、市民から図書の選定が杜撰(ずさん)だといった指摘を受けていた。

 民間の柔軟な運営方法を取り入れること自体は、悪くない。ただし、住民に良書を提供するのが、公立図書館の第一の役割であることを忘れてはならない。

 利用者の要望が多いベストセラー本の扱いも課題だ。

 今年の芥川賞を受賞した又吉直樹氏の小説「火花」のような人気作品は、長期の順番待ちとなることが珍しくない。要望に応えようと、同じ本を何十冊も購入する公立図書館もあるという。

 公金で図書を購入する以上、過度に人気にとらわれるべきではない。ベストセラー本の購入は最小限にとどめ、歴史的名作や、個人では購入しにくい高価な書籍などの充実に力を注ぐべきだろう。

2015年10月26日月曜日

自動車が向き合う21世紀の課題

 独フォルクスワーゲン(VW)のディーゼルエンジンをめぐる不正事件は、同社にとどまらず自動車産業全体の信頼性に疑問を突きつけた。一方で今週は東京モーターショーが開幕し、各社から未来のクルマに向けた提案が相次ぐ。21世紀の自動車の姿はどうあるべきか、考えてみよう。

 かつて米マサチューセッツ工科大の研究者は自動車を「世界を変えた機械」と命名した。

 自動車は快適で便利な移動手段であり、物流でも鉄道からトラックへの主役交代で小回りのきくきめ細かな配送が可能になった。

3つのハードル越えよ
 世界の自動車市場が過去1世紀、右肩上がりの成長を享受できたのも、それだけ自動車という商品の魅力が大きく、人々の心をとらえたからだ。だが、便利さや快適さの代償として自動車には負の側面もある。21世紀も交通の主役であり続けるには、3つのハードルを越えなければならない。

 1つは言うまでもなく環境問題だ。VWの不正が衝撃的だったのは、当局をだました悪質さだけではない。排ガスに含まれる窒素酸化物(NOx)などの有害物質は1975年前後に各国で大きな社会問題になったが、その後の技術革新で「既に解決済みの課題」とみなされることが多かった。

 ところが、現実にはそうでなかったことが、今回図らずも浮き彫りになった。事件を機に欧米では排ガス規制の強化が必至だ。技術的に対応できず、競争から振り落とされる企業が出るかもしれない。過去にも増して、環境技術の優劣が自動車会社の命運を左右する時代の到来である。

 排ガス浄化と並ぶ環境競争のもう一つの軸が燃費向上による二酸化炭素の排出削減だ。この領域では、ハイブリッド車や燃料電池車など日本メーカーが世界をリードしている技術もある。

 トヨタ自動車は2050年までに「エンジンだけで動く車をゼロにする」と宣言した。過去100年間、内燃機関(エンジン)が自動車のほぼ唯一の動力源だったが、その常識が塗り替わるのか。およそ1世紀ぶりの自動車のフルモデルチェンジに注目したい。

 2つ目の課題は安全だ。世界保健機関(WHO)によると、交通事故の死者は世界で年間125万人に達し、15~29歳の若年層では死因のトップだ。日本の交通事故死は減っているが、高齢者ドライバーの増加など安全向上に向けて気が抜ける状況ではない。

 事故低減には信号の整備や飲酒運転の厳罰化などに加えて、自動車の性能向上にも期待したい。

 ブレーキとアクセルの踏み間違いによる事故は昔から多いが、これを防ぐ手立てはないか。運転手が発作を起こした時に、それを感知して安全に止まれる車もほしい。人間よりも機械のほうが俊敏に反応し、事故を防げるのなら、機械が主導権をもって車を操る完全自動運転にも挑戦すべきだ。

 そして3つ目が渋滞だ。多くの新興国では、自動車の普及速度に道路整備が追いつかず、車が道にあふれかえっている。北京や上海では都心への車の流入制限を実施し、ジャカルタでは渋滞で飛行機に乗り遅れる人が珍しくない。時間のロスによる経済損失は大きく、発進と停止を繰り返すノロノロ運転は環境にも悪い。

賢い規制で解決支援を
 渋滞解消の責任者は道路整備などを担うそれぞれの政府だが、企業が一役買うこともできる。

 独部品大手のロバート・ボッシュはシュツットガルトで自動車とバスなどの公共交通を一体的に利用し、市内の混雑を防ぐ実証実験を展開中だ。米ウーバーテクノロジーズのように、1台の車に多人数の乗り合いを推奨するタクシー配車会社もある。

 一連の社会的課題を解決するためには、自動車産業単独の取り組みには限界もある。例えば自動運転の実現には、人工知能(AI)技術がカギを握る。この分野に優れた米シリコンバレーの先端企業と提携するなど、自前主義を排して社外と柔軟に手を組む「開かれた経営」が大切になる。

 政府も賢い規制、賢い政策によって問題解決を後押しすべきだ。国土交通省傘下の自動車事故対策機構は昨年から車種ごとの予防安全性能に点数をつけて評価し始めた。これが消費者の選択眼を高め、各社が安全性能の向上により力を入れる展開を期待したい。

 日本の自動車メーカーは世界市場で合計32%のシェアを持ち、米国やドイツを引き離す世界首位だ。21世紀の課題解決においても主導的役割を果たしてほしい。

TPP農業対策 政府も農協も問われる

 環太平洋経済連携協定(TPP)について、政府が関税の交渉結果を公表した。

 9千余の品目のうち最終的に関税をなくす物品の割合は95%に達し、農林水産分野での撤廃率も8割を超える。日本がこれまで結んできた自由貿易協定の自由化水準を大きく上回る。

 国内の農林水産業への影響は避けられず、政府は対策の検討を急ぐ。90年代のウルグアイ・ラウンド(多角的貿易交渉)でコメ市場を一部開放した際は、「金額ありき」で6兆円もの予算が投じられた。しかし農業関連の土木工事などが中心で、必ずしも農業の強化につながらなかった。同じ過ちを繰り返す余裕は、日本の財政にはない。

 危機感を募らせた農業団体が集会を開き、農林水産分野の族議員に圧力をかける。政府・与党も選挙での支持を期待して要求に応える。そんな構図とは決別しなければならない。

 対策について、甘利TPP相は「影響を受ける損失部分を補填(ほてん)するというより、(海外市場などに)打って出ていくためにどう強化していくかだ」と強調する。一方、農協組織のトップ、全国農業協同組合中央会(JA全中)の奥野長衛会長も「予算は国民のおカネであり、消費者の理解がないものはいただけない」として、政策の積み上げで提言をまとめる構えだ。

 農家の平均年齢は66歳を超え、後継者不足は深刻だ。耕作放棄地の増加にも歯止めがかからない。そんな状況の中で、「政」と「業」の関係はいや応なく変化を迫られている。

 「農協は農家や農業の役にたっているか」との問題意識から始まった農協改革論議は、農協法の改正に行き着いた。

 全中を一般社団法人に衣替えし、各地のJAには経営に精通した人材を役員に登用しつつ自主性を発揮するよう求め、「農業所得の増大に最大限の配慮をする」とうたわれた。

 今夏に全中会長に就いたばかりの奥野氏は、大学生時代に生活協同組合の活動に情熱を注いだ経験も踏まえ、農業者の枠を超えて「消費者との連携」の大切さを強調している。

 世論調査でTPP大筋合意を評価する人が多数であることからも見てとれる通り、「安さ」を求める消費者は多い。一方で、「安全・安心」の観点から国産品へのこだわりも根強い。

 両立は簡単ではないが、こうした声に耳を傾けて国民が納得できる対策と予算を示せるか。政府・与党とJAは、政策本位の新たな関係が求められていることを忘れないでほしい。

再審制度 証拠の開示を広げよ

 日本の裁判は三審制が原則である。だがその後も、過ちがあった可能性が強まれば、改めて審理の道が開かれる。刑事訴訟法が定める再審制度である。

 今月、再審をめぐる二つの事件で明暗が分かれた。

 死刑確定から43年。「名張毒ブドウ酒事件」の奥西勝死刑囚が89歳で病死した。再審を求め続けたが、ついにかなわなかった。一方、大阪市東住吉区で女児が死亡した住宅火災では、高裁が再審開始を支持した。

 3審を尽くして判決を確定させた重みは尊重されるべきだ。だが、人間の判断に絶対はない。誤審で無実の人を獄につなぐことがあってはならない。

 再審開始には新証拠が必要とされる。だが現実には、遺留物や供述など膨大な証拠を検察がにぎっている。「疑わしきは被告人の利益に」という刑事裁判の原則を、再審での証拠開示のあり方にも適用すべきだ。

 名張事件では、現場の写真ネガなど、検察が裁判所に出さぬまま持つ証拠を開示するよう、弁護団が求めてきた。正確には「持っているはず」のものだ。どんな証拠があるかさえ分からず、リストも求めた。だが裁判所はどちらも認めなかった。

 無罪と死刑の間で司法の判断が揺れた事件だ。捜査段階の「自白」を裏付けるとされた物証は、わずかしかない。真実の追究より、司法のメンツが優先されたのではないかという疑念をぬぐうためにも、裁判所は証拠開示を促すべきだった。

 ここ数年、再審無罪となった事件で、被告に有利な証拠を検察が隠していたケースが続いた。1967年に茨城県でおきた強盗殺人の布川事件では、「現場近くで見たのは別人」という目撃証言が有罪確定から20年以上たって開示された。

 97年の東電社員殺害では、遺体の付着物を検察が保管していたことがわかった。その鑑定で別人の犯行の疑いが強まり、ネパール人男性が釈放された。

 これらの教訓が十分に生かされているとはいえない。

 通常審をめぐっては、05年の公判前整理手続きの導入で、検察側の証拠開示は広がった。さらに先の国会には、検察が持つ証拠リストを被告側に示すとした法案が出された。

 この理念を再審にも広げるべきだ。法案の土台を話し合った法制審部会では、東電事件の再審に関わった裁判官が「再審の証拠開示は裁判官の運用に任されていて、統一したルールがない」と課題を指摘している。

 証拠開示請求に、裁判所や検察はきちんと応じるべきだ。

TPP「ルール」 官民で海外戦略を強化しよう

 新たな貿易や投資のルールを上手に活用し、海外事業を拡大したい。日本にも、ビジネス戦略の再構築が求められる。

 環太平洋経済連携協定(TPP)交渉で大筋合意した「ルール分野」の詳細を、政府が公表した。新興国が金融や小売業などで外国企業の参入規制を緩和するほか、知的財産権の保護体制を強化することが柱だ。

 共通ルールが参加12か国に適用されれば、公正で透明な経済取引が確保される。世界の国内総生産(GDP)の4割に及ぶ巨大市場で、企業が安心して海外に進出できるようになる意義は大きい。

 ベトナムやマレーシアは、外国の銀行やコンビニエンスストアの出店規制を一部撤廃する。堅調な需要の伸びが見込まれる新興国での事業展開に、日本企業がさらに力を注ぐ好機としたい。

 新薬開発のデータ保護期間は実質8年とする。著作権の保護は作者の死後70年に統一する。日本など多くの国は現在、50年だ。

 現在は知財の保護が不十分な新興国に新ルールが導入されれば、日本製の新薬やアニメなどを売り込みやすくなるはずだ。

 協定は、域内各国が、ソフトウェアの機密情報に当たる「ソースコード」の開示を、進出した外国企業に求めることも禁じた。

 中国は、外国企業にソースコードの開示を一方的に強要し、米国などの強い反発を招いている。

 TPPが、進出先国による恣意(しい)的な外資規制や国有企業優遇策の制限をルール化したことは、TPP交渉に参加していない中国を間接的に牽制(けんせい)する効果を持とう。

 新ルールの利点を有効活用するには、政府の対応も重要となる。企業の海外進出への実効性ある支援策を講じねばならない。

 特に、外国での事業経験やノウハウに乏しい中小企業を後押しする具体策が問われる。

 参加国が公共事業の入札を外国企業に開放することも、合意に盛り込まれた。鉄道や道路など社会資本(インフラ)整備事業を日本企業が受注するには、政府間交渉で相手国のニーズをつかむなど、官民連携の強化が大切だ。

 国内には一時、TPPに参加すると、外資の参入で国民皆保険制度が崩れたり、安全性に劣る食品が輸入されたりするとの懸念もあった。しかし、合意によって、日本の保険制度や食品安全基準を見直す必要は生じていない。

 政府は、合意内容や交渉経緯を関係者に丁寧に説明し、不安や誤解を解消すべきである。

温暖化適応計画 洪水や熱中症の対策が急務だ

 政府が、今世紀末までの温暖化の影響予測と、今後10年間で取り組むべき対策を盛り込んだ「適応計画」を決定した。

 地球温暖化が進めば、日常生活の広範囲に影響が及ぶ。被害を少しでも減らすため、効果的な対策を見極め、着実に進めることが重要だ。

 世界全体の平均気温は、18世紀半ばからの産業革命の前より、約1度上昇している。

 国際社会の温暖化対策は、二酸化炭素など温室効果ガスの排出抑制を主眼にしてきた。各国は削減目標を掲げているが、それが達成されても、温暖化を十分には抑えられないと、経済協力開発機構(OECD)は試算している。

 温暖化に社会を順応させる重要性は一層、高まろう。適応計画では、国土交通、農林水産、環境の3省を中心に、各分野の影響の重大性や対策の緊急性などを評価し、今後の対処法を示した。

 自然災害の面で、最も緊急性が高いのが、洪水対策だ。9月に茨城県の鬼怒川で決壊を引き起こしたような豪雨は、今以上に頻繁になると予想される。

 適応計画は、堤防強化の目的について、「決壊するまでの時間を引き延ばす」ことを挙げた。減災を前提にした対策だと言える。

 堤防が持ちこたえている間に住民が避難できるよう、自治体が、被害の広がりを予測した避難計画を整備することが欠かせない。

 健康面での対策も大切だ。今世紀半ばの熱中症のリスクは、20世紀末の約2倍になる。適応計画が指摘するように、ロボットを活用し、炎天下の作業を省力化するといった工夫が求められる。

 感染症を媒介する蚊などの生息域が拡大することから、幼虫の発生源対策なども必要になる。

 農林水産業では既に、水稲や果樹の育ちが悪くなり、味が落ちる悪影響が生じている。適応計画が掲げた暑さに強い品種の開発を加速させるべきだ。

 気温の上昇で、オレンジやマンゴーなど、新たな作物を栽培できるようになる地域もあろう。温暖化を地域振興につなげる「逆転の発想」も必要ではないか。

 対策を進める上で、留意すべきは、限られた予算を効果的に使うことだ。科学的根拠を基に優先度を判断して進めねばならない。

 政府は、11月末からパリで開かれる国連気候変動枠組み条約の第21回締約国会議(COP21)で適応計画を報告する。洪水被害が多い途上国などの参考となるよう積極的に発信していきたい。

2015年10月25日日曜日

軽減税率の議論で忘れてならないこと

 消費税の軽減税率をめぐる自民、公明両党による与党協議が近く再開される。

 安倍晋三首相は消費税率を2017年4月に8%から10%に引き上げるのにあわせ、軽減税率を導入する案をまとめるよう自民党税制調査会に指示した。

 課題は山積だ。まずモノやサービスの売り手が買い手に渡す請求書に、税率や税額などを記載したインボイス(税額票)を取り入れるかどうかだ。

 欧州連合(EU)加盟国で一般的なインボイスは、納税額を正確に計算することで、納税すべき消費税が事業者の手元に残ってしまう「益税」を防ぐのが目的だ。

 中小・零細事業者に大きな事務負担が生じるとの懸念が自民党や経済界から出ているが、公平な税負担を確保するにはインボイスは必要だ。

 与党内では、当面の事業者の事務負担を軽くするためのさまざまな案が浮かんでいる。しかし、いずれどこかの時点でEU型の厳格なインボイスを導入する方針は明確にすべきではないか。

 軽減税率の対象商品の線引きも難題だ。仮に軽減税率を8%とした場合、酒を除く飲食料品すべてを対象にすれば、約1兆3千億円の税収が減る。

 生鮮食品だけを対象にすれば税収減は約3400億円にとどまるが、例えば同じ刺し身でも品物によって税率が異なるといったわかりにくさがつきまとうだろう。

 留意すべき点は、軽減税率の導入で税収が減る規模によっては、消費税率10%時に約束している社会保障充実策(約2兆8千億円)を実現するのが難しくなる可能性があることだ。

 子ども・子育て支援や難病対策、介護保険の低所得者対策などは予定通り実施されるのか。与党はこうした点も明らかにすべきだ。もしも財源の裏付けがないにもかかわらず、充実策を100%実施しようとするのであれば無責任の批判は免れない。

 消費税は社会保障を支える重要な財源だ。日本の巨額の借金や社会保障費を考えれば、長期的には消費税率を10%を超えて上げていくのが避けられまい。軽減税率の設計次第で、将来の標準税率の引き上げ幅が大きくなりかねない。

 消費税の軽減税率の各論の論議に追われるだけでなく、もっと大きな視点で社会保障と税の一体改革を進めなければならない。

実利優先で急接近する中英

 中国の習近平国家主席が英国を訪れ、キャメロン首相との会談などで両国の経済関係を深める合意をまとめた。

 目を引くのは、英南東部で計画中の原発に中国の原子炉を導入することが決まったことだ。先進国が中国の原発を採用するのは初めて。インフラ輸出に力を入れる中国が、先進国の原発市場でも強固な足がかりを築いた格好だ。

 この原発に中国の国有企業が約66%出資することも決まった。建設から運営まで主導するとみられる。中国企業は別の英国内の原発への出資も決めた。

 豊かな資金力を武器とした受注獲得は、日本と競り合ったインドネシアの高速鉄道の場合と似ている。日本の企業がインフラ輸出の拡大をめざすなら、中国勢に勝つための戦略を問われることが一層はっきりした。

 中英両首脳は経済面での成果をアピールしたが、政治面での成果は印象が薄い。ただ、習主席が足元の中英関係を「黄金時代」とたたえたのは、決して経済的な視点だけからではない。

 一つには、エリザベス女王主催の歓迎晩さん会への出席などで自らの威信を高めた。何よりも、南シナ海の問題や人権問題など中国が触れられたくない政治的なテーマで、キャメロン首相の事実上の沈黙を勝ち取った。

 キャメロン首相は2012年、訪英したダライ・ラマ14世と会談し中国の強い反発を招いた。その後、経済界からの突き上げもあって対中政策を大きく転換し、今年はじめには主要先進国(G7)のなかで先陣を切って中国が主導するアジアインフラ投資銀行(AIIB)参加に手を挙げた。

 こうした実利優先の姿勢には英国内で批判が出ている。米国からも不快感を伝える声が聞こえる。それでもキャメロン政権は中国への傾斜を鮮明にした。

 中国からみればG7にくさびを打ち込んだとも評価できよう。その外交力がもたらす影響は改めて注目しなければならない。

杭打ち問題 不安の解消に全力を

 「住」の安全に直結する問題である。責任企業は機敏に不安の解消に動いてもらいたい。

 横浜市の築10年近くの大型マンションが、構造を支える杭打ちの一部が不十分だったために傾いた。調べると、杭打ちを担った現場責任者がデータを偽装していたことがわかった。

 あってはならない事態だ。問題の旭化成建材が過去10年に杭打ちをした物件は、全国に3040件ある。まずは全力で調査を急がねばならない。

 旭化成建材は当初、「調査は専門知識が必要で、人手が足りない」としていた。だが、国土交通省は、データ偽装の有無を調べて来月13日までに報告するよう期限を切って指示した。

 各物件の元請けのゼネコンなども協力して、点検を急ぐべきだ。より多くの目が入れば、調査の信頼性も増すだろう。

 不安は各地の住民や自治体、関係組織に広がっている。旭化成建材は、該当物件について、都道府県別や用途別の件数だけの発表にとどめ、物件名は問い合わせにも答えなかった。その対応は適切ではなかった。

 該当してもただちに構造に問題があるとは限らないし、マンションなどでは物件価値にかかわる。そうした配慮は必要ではあるが、だからといって一切、物件名を明かさないのでは地元の不安を一層かきたてる。

 忘れてならないのは、最優先すべきは安全の確認だということだ。3040件の中には、学校や役所、公民館、病院などが900件以上ある。一部自治体が労力を割いて物件の割り出しに追われたのは実に残念だ。

 国交省は、3040件の所有者や自治体へ、物件が調査対象に含まれることや、偽装の有無について個別に知らせるよう指示した。当然の措置だろう。

 もし今後、新たな物件でデータの偽装などが見つかれば、住民や関係者に動揺が広がる。旭化成建材には、いっそう丁寧な説明と対応を求めたい。

 横浜で杭打ちを担った人物は10年以上の経験のあるベテランで、東海地方を中心に41件に関わっていた。「悪意はなく、ミスを隠すためだった」というが、杭打ちのデータで三つの別のグラフを切り貼りしており、悪質と言わざるを得ない。

 工期やコストが最優先とされる現場では、こうした偽装は特殊ではないという指摘も業界から漏れている。今回の問題は、一部企業に限った話なのか。どうすれば再発を防げるのか。

 建設業界全体で点検し、国交省と自治体もチェック体制のあり方を考える機会とすべきだ。

温暖化適応策 走り出すしかない

 政府は先週、地球温暖化の被害軽減をめざす初めての国家戦略「適応計画」案をまとめた。主要7カ国(G7)では最も遅く、日本政府の消極的な姿勢を反映している。

 適応策の実行が遅れると、社会、経済、環境と、さまざまな分野で取り返しのつかない被害が生じうる。被害を予想しきることが難しくても、まず適応策の策定と実行を急ぎ、走りながら修正していくしかない。

 計画案は、すでに温暖化の影響とみられる被害が出ているとしている。全国の水稲で高温による品質低下が起き、病害虫の分布域拡大が確認されている。また、強い台風の増加といった「極端現象」による洪水や高潮、土砂崩れ、都市化とあいまった熱中症の増加なども、被害として挙げる。

 さらには、雨や雪の降り方が変わって水資源に影響を与えたり、観光業や企業の生産活動も対応が必要になったりする可能性も指摘した。

 「温暖化の被害が広範に及ぶ恐れがあり、対応を迫られている」旨を、この計画案で政府として宣言した意味はある。

 しかし、対策になると、各省庁がすでに実施したり計画していたりするものを束ねたに過ぎない。「21世紀末まで意識し、今後10年の基本的方向を示す」国家戦略というには弱々しい。

 台風や高潮、洪水などのリスクは国土にどう偏在しているのか。それを踏まえて今後、どう国土を利用していくのか。本来は、そんな骨太な議論にこそ計画案策定の意味がある。

 もちろん、リスクを正確に計測することは難しい。だからと言って、被害軽減に及び腰になってはならない。むしろ、最新の科学的な知見を取り込んで修正しながら、より被害の少ない国土利用を考えていくべきだ。

 実際、多くの国も走り出している。基になっているのは、英国政府が2006年に発表した「早期かつ強力な対策が経済学的にみて最終的に安上がりだ」という趣旨の報告書だ。

 日本の経済界などには依然、温暖化論議への懐疑的な見方が残る。だが、地球規模で温暖化は起きている。「原因の大半は人間の出す二酸化炭素など温室効果ガス」「ガスを削減しても容易に温暖化は止まらず、各地の気候変動は当面不可避」とみるのが世界の大勢である。

 温暖化による気候変動は世界全体を不安定にし、地球規模の災厄につながる。ガス削減で少しでも温度上昇を抑え、被害軽減にも手を打つことは、政府と国民の責務である。

国連創設70年 もう戦勝国の集まりではない

 国連は創設70年を迎えた。時代の変化に対応する改革の機運を高め、実現につなげたい。

 最近は、ロシアのウクライナ介入や中国の独善的な海洋進出など、力による現状変更の動きが目立つ。だが、国連は有効策を打ち出せていない。

 最重要機関の安全保障理事会に、新型の「冷戦」と呼ぶべき米露の対立が持ち込まれたことが原因の一つである。ロシアや中国の拒否権行使が相次ぎ、機能不全を露呈している。現在の国際情勢を踏まえた改革が急務だ。

 国連は第2次大戦の戦勝国(連合国)51か国で創設され、安保理で拒否権を持つ5常任理事国は米英仏中露が独占している。加盟国は今では、193か国に増えたが、安保理は50年前に非常任理事国が6から10に増えただけだ。

 敗戦国の日独は加盟が遅れたが、現在は国連予算の分担金額で米国に次ぐ2位と3位を占める。平和維持活動(PKO)にも貢献している。安保理の構成は現状に見合っていないと言えよう。

 安保理改革の議論は1990年代から本格化した。

 日独、インド、ブラジルの「G4」は、常任理事国を11に、非常任理事国を14~15に拡大する案を推進している。韓国やイタリアなどのライバル国は反対し、米英仏中露も本音では、既得権が損なわれるのを望んでいない。

 常任・非常任理事国の数や地域配分、拒否権の扱いについて議論は出尽くした。改革は実行段階に入るべきだろう。

 来年は国連事務総長が改選される。常任理が密室で決める現制度の見直しの必要性が指摘されている。複数候補が競い、国連の存在感を高める人材が選ばれる仕組みにすることが重要だ。

 国連幹部や職員に日本人が少ない現状も見過ごせない。

 各国は厳しい財政から分担金を拠出している。国連事務局の収支の透明性向上も求められよう。

 PKOには、アフリカを中心に16か所で12万人以上が従事し、停戦監視や武装解除、治安維持などで成果を上げている。

 紛争の増加でPKOは拡大し、慢性的な要員不足に直面している。過激派のテロなどで任務の危険さも増した。国際社会が結束し、要員や予算の確保に努めたい。

 政治利用が懸念される国連教育・科学・文化機関(ユネスコ)のあり方も課題だ。2030年までの貧困撲滅指標などを定めた「持続可能な開発目標(SDGs)」の達成も欠かせない。

マンション傾斜 施工管理への不信を広げるな

 施工不良やデータ改ざんは、1か所だけの問題なのか。調査を急ぎ、結果を速やかに公表するのが施工業者の責務だ。

 横浜市内の大型マンションに傾きが生じた問題で、杭(くい)打ち工事を請け負った旭化成建材が施工した建物の都道府県別の件数などが公表された。

 該当する建物は約3000件に上る。このうち41件については、横浜のマンションで施工データを偽装した現場責任者の関与が確認された。マンションだけでなく医療機関や学校なども含まれる。

 今回の問題で、建物の安全に対する国民の信頼は大きく揺らいでいる。不正はほかになかったのか。実態把握が急務である。

 国土交通省は、旭化成建材に対し、3000件全ての住民や施設管理者に連絡するよう指示した。旭化成建材による施工が、直ちに安全性の欠如につながるわけではないだけに、連絡にあたっては、丁寧な説明が求められよう。

 問題のマンションは、三井住友建設が元請けとして施工を受注した。旭化成建材は2次下請けの立場にあたる。

 これまでの内部調査で、深度不足が確認された杭は、いずれも基礎工事の終了直前に打たれたことが判明している。工期に間に合わせる目的で、施工不良が放置された可能性が指摘される。

 住民の安全よりも、コストや納期が優先されたのではないか。しっかり検証して、再発防止につなげることが肝要である。

 三井住友建設は、杭打ち工事の途中経過に関し、詳細な報告書の提出を旭化成建材に求めていなかった。その結果、施工不良や、注入されたセメント量を含むデータの改ざんを見逃した。

 全工程を統括する元請けとして無責任が過ぎるのではないか。

 三井住友建設は今後、全ての杭打ち現場に社員を立ち会わせて、1本ずつ作業を確認するという。着実に実行してもらいたい。

 ゼネコン各社が加盟する日本建設業連合会も、杭打ちに関し、統一的な管理指針を作成する方針を示した。建設業界の人手不足が深刻化する中、効率的な監督強化策を検討する必要がある。

 国交省は、販売元の三井不動産レジデンシャルを含め、関わった各社が建設業法や宅地建物取引業法に違反する疑いがあるとみて、調査を始めた。

 住民に損害を与えたことなどが裏付けられれば、業務停止などの処分を下すことができる。厳正な調査を求めたい。

2015年10月24日土曜日

イクメンを後押ししよう

 育児にもっとかかわりたい。そう考える男性は少なくない。育児に熱心な父親を指す「イクメン」という言葉も定着してきた。

 だが現実には、長時間労働などが大きな壁になっている。男性の育児は、女性の就労を進めるためにも、少子化対策としても大切だ。今こそ働き方を見直したい。

 日本の男性の「家庭進出」はまだ少ない。6歳未満の子どもがいる父親の家事・育児時間は1日平均約1時間で、欧米の3分の1ほどにとどまっている。

 政府は男性の育児休業取得率を2020年に13%にする目標を掲げる。14年度の実績は2.3%と、目標にはほど遠い。3歳未満の子どもを持つ20~40代の父親の3割が、育休をとりたくても休めなかったという調査もある。

 家事・育児の分担が女性にばかり偏っていては、働く女性の負担は重いだろう。やむを得ず仕事を辞めたり、職場で経験を積む機会が減ったりすれば、企業にとっても損失だ。保育サービスの拡充はもちろん大切だが、男性の分担が少しでも増えれば、女性が働くうえでの後押しになる。女性の社会進出と男性の家庭進出は、セットで考える必要がある。

 そのためには、職場の風土と働き方を変えていくことが重要だ。とりわけ硬直的な長時間労働にメスを入れることがカギを握る。

 仕事の進め方を見直し、省ける業務は省く。仕事の情報を周囲と共有しあい、休んださいに互いにカバーしやすくする。効率的に働く工夫は、多くあるはずだ。

 フレックスタイムなど多様な働き方を広めることや、意識改革も重要だ。厚生労働省も13年度から表彰制度「イクメン企業アワード」を設け、企業の取り組みを後押ししている。

 今後は働きながら介護を担う人々も確実に増える。働き方の見直しは、仕事と介護の両立のための処方箋ともなる。男性の育児の後押しを、多様な人材を生かせる、柔軟で働きやすい職場にするための一歩と捉えたい。

企業は新興国の変調も念頭に世界戦略を

 中国など新興国の景気が減速するなか、米欧企業の世界戦略の方向性に違いが見え始めた。グローバル化で先行した米企業が分社化などを進める一方、欧州勢はM&A(合併・買収)で巨大化を目指すという構図だ。米欧の企業と競う日本企業はより柔軟な世界戦略が求められている。

 本格化しつつある米国企業の2015年7~9月期決算は、世界経済の潮目の変化を映している。主要500社を対象にしたトムソン・ロイターの22日までの集計によれば、前年同期比で約3%の減益となった。最終集計でもリーマン・ショック後の09年7~9月期以来、6年ぶりの減益となる可能性があるという。

 米企業の業績に影を落としているのが、金融危機後も好調だった中国などの景気減速だ。典型的な例がキャタピラーだろう。新興国の建設着工の落ち込みで6割強の減益となり、大幅な人員の削減に迫られた。

 新興国の景気拡大という成長戦略の前提が揺らぐなか、単にコストを削減するのではなく、事業構造を見直そうという動きも広がりつつある。

 7割減益のアルコアは会社を2分割し、アルミ生産などの事業と、航空機向け部材などの事業を切り分ける。「ケンタッキー・フライド・チキン」などを展開するヤム・ブランズも、不振の中国事業を分離する。

 どちらも組織を小さくすることにより、新興国などの経営環境の変化に迅速に対応できるようになるのが目的だ。

 一方、欧州企業はM&Aを通じて、欧米以外の地域をさらに開拓する動きが続く。新興国経済が全般に変調をきたしても、分野や市場によっては成長が見込めるとの判断だ。

 例えば、ベルギーのアンハイザー・ブッシュ・インベブは英SABミラーの買収を決めた。ビール世界首位と2位の企業が統合でさらに巨大になることにより、南米やアフリカなど新興国で競争力を高める狙いがある。

 国内市場が成熟した日本企業も、M&Aなどで新興国市場を開拓することが欠かせない。しかし、足元では中国景気の減速などで、減益見通しの企業も出てきた。世界経済の変調も念頭に、重点的に開拓する市場をよく検討し、投資や人員の配分などを柔軟に変えていく必要がある。

思いやり予算 納税者の理解の範囲で

 在日米軍基地の施設整備費や従業員給与など駐留経費の日本側負担、いわゆる「思いやり予算」をめぐり、日米両政府が今後5年間の水準を定める特別協定の交渉に入っている。

 今年度の1899億円から700億円程度の減額を求める日本に対し、米国は3割増を要求しているもようだ。

 忘れてならないのは、この予算は日本国民の税金で負担しているということである。

 3割増がなぜ必要なのか、日本政府は積算根拠とともに米側に厳しくただしてもらいたい。

 少子高齢化が進み、国の借金は1千兆円を超す。財政再建の圧力は増す一方だ。中国の軍拡や海洋進出への対応で一定の防衛費の負担は必要だとしても、予算に聖域はあり得ない。

 その意味で、日本側が今回、米軍基地内のレストランやバーなど娯楽施設で働く従業員の労務費の廃止などを米側に提案したのは理解できる。

 そもそも「思いやり予算」をめぐる日本の気前の良さは、米軍基地を受け入れている国の中で突出している。

 米国防総省の04年の統計によると、02年の日本の米軍駐留経費の負担率は日米全体の74・5%で、ドイツの32・6%、韓国の40%に比べて格段に高い。この「厚遇」を続けるべきか、そこから議論が必要だろう。

 米政府も国防予算の削減が続くなど、財政事情の厳しさは同じだ。日米双方がコスト意識を高め、それぞれの負担のあり方を精査し、その当否を改めて考え直すべき時ではないか。

 日本の防衛費の増加幅は18年度までの5年間の中期防衛力整備計画で年0・8%ずつと決まっている。仮に思いやり予算が増えれば、その分、装備品などの予算は削られることになる。

 一方で、その装備品は、来年度の概算要求で新型輸送機オスプレイや戦闘機F35A、滞空型無人機グローバルホーク、新早期警戒機E2Dなど米国製兵器の購入が目白押しだ。維持費や修理費もかさむに違いない。

 米軍普天間飛行場の辺野古移設についても、もし日本政府が本格着工に踏み切れば、経費は大きく増えるだろう。安保法制の成立を受けて自衛隊の活動が拡大すれば、その関連経費もふくらむ可能性が高い。

 負担のあり方に納税者の理解が得られなければ、日米同盟への疑問が広がりかねない。

 日米が役割をどう分担し、優先順位をどこに置き、安全保障の将来像をどう描くか。根幹の議論の中で、思いやり予算のあり方も再検討する必要がある。

死亡火災再審 自白偏重への重い警告

 大阪市東住吉区で起きた小6女児の死亡火災で、殺人罪などで無期懲役が確定し服役中の母親ら2人の再審請求に対し、大阪高裁はきのう、検察の即時抗告を棄却、地裁の再審開始決定を支持する決定を出した。

 直接の証拠は捜査段階の自白だけという事件だった。高裁は決定で「自白を裏付ける物証や客観的事実はない」と指摘し、捜査のあり方を批判した。

 自白の信用性が揺らいだ以上、当然の判断だ。捜査のどこに問題があったのか、警察や検察は謙虚に省みるべきだ。

 事件が起きたのは95年。女児が自宅の火災で焼死し、母親と内縁の夫が、保険金めあてに殺害したとして逮捕された。刑は06年に確定した。

 再審の焦点は火災の原因が、放火か自然発火かの認定だ。

 車庫にガソリンをまいて放火した――。夫の自白に沿って弁護側が独自に再現実験したところ、火は爆発的に広がり、とてもやけどを負わずに屋外へ逃げるのは困難だと分かった。

 これが決め手になり12年、地裁が再審開始を決定、検察が即時抗告していた。しかし検察が改めてやった実験でも、車からのガソリン漏れが起き、自然発火した可能性の方が強まった。

 車庫に風呂釜の種火があったことは当初からわかっていた。捜査段階で実験を綿密にやったのか、大阪府警が自然発火の可能性を検討し尽くしていたのか、厳しく問われよう。

 即時抗告審で母親は訴えた。

 「何で娘を助けられへんかったんや、殺したことと同じやぞと言われ、自責の念にさいなまれ私のせいだと思い込んだ」

 決定の中で高裁は「取調官はたびたび大声を出し、被害者を救出しなかったことを責め、相当の体調悪化がうかがえる中で自供書を作成させた」と、強要があった可能性を指摘した。密室の取り調べで、あってはならぬ捜査だった。

 取調官の誘導や強要に屈し、虚偽の自白をする。そんな事例は再審で男性の無罪が確定した足利事件などで問題になった。

 描いた構図に沿って客観証拠を都合よく解釈することは、決して許されない。まして今回の事件が起きた当時はパソコンも普及し始め、指紋のデータベース化など、科学捜査の導入が進んでいた時代だ。

 大阪高裁は「刑の執行を今後も継続することは正義に反する」と、2人の釈放を認めた。検察側は異議を申し立てたが、「無罪を言い渡すべき蓋然性(がいぜんせい)がより高くなった」という決定の重みをよく考えるべきだ。

英中国原発導入 技術と安保に懸念はないのか

 経済的な実利を優先する余り、英国は安全保障を蔑(ないがし)ろにしていないか。中国への急接近に違和感を禁じ得ない。

 中国の習近平国家主席がロンドンで、キャメロン英首相と会談した。

 記者会見で、習氏は中英関係について「黄金時代を迎えた」と評した。キャメロン氏も「英国は西側での格別のパートナーとして協力したい」と強調した。習氏はエリザベス女王と馬車でパレードをするなど異例の歓待を受けた。

 両国は総額400億ポンド(約7兆4000億円)に上る投資・貿易契約で合意した。最大の目玉は、原子力発電所を巡る協力だ。

 中国が自主開発した原子炉技術を英東部の原発に導入し、南西部に新設する原発にも出資する。実現すれば、中国の原発技術の採用は先進国で初めてだという。

 英国を自らに引き寄せ、日米を牽制(けんせい)する中国の狙いは明白だ。環太平洋経済連携協定(TPP)交渉で日米など関係国が大筋合意し、対中包囲網が広がることへの危機感もあるのではないか。

 英国は、欧州連合(EU)残留の賛否を問う国民投票を控え、キャメロン氏はEU改革を目指す交渉に臨む。巨額の資金を必要とするインフラ建設などで中国の支援を受けることにより、立場を強める思惑もあるのだろう。

 キャメロン氏が2012年、チベット仏教最高指導者ダライ・ラマ14世と会談したことに中国が反発し、中英関係は冷え込んだ。

 英国はその後、関係修復に転じ、人権問題への言及を事実上封印した。昨年、香港で学生らの民主化要求デモが起きた際にも、旧宗主国でありながら関与を控えた。

 今年3月には、中国が主導するアジアインフラ投資銀行(AIIB)への参加を、先進7か国(G7)でいち早く表明していた。

 中国は南シナ海などで一方的な現状変更を行い、国際秩序に挑戦している。その動きをG7の一員として非難した英国が、ここまで経済面で中国依存を高めることに対し、国際社会の懸念が広がるのは避けられまい。

 中国は、原発の安全性を判断する情報を十分に公開していない。導入はリスクを伴う。英国では、原発が中国に遠隔操作される可能性を指摘する報道すらある。

 英国の高速鉄道などのインフラを巡り、輸出攻勢をかける中国と日本の受注競争が激化するのは確実だ。日本は米国と連携し、「中英蜜月」の行方を警戒しつつ、対英関係を強化せねばならない。

小渕氏政治資金 表に出せないことが多すぎる

 秘書の違法行為を見過ごしたうえ、説明責任も十分に果たしていない。国会議員としての資質に疑問符がつこう。

 小渕優子・元経済産業相の関連政治団体を巡る政治資金規正法違反事件に関し、弁護士らの第三者委員会が調査報告書を公表した。小渕氏の監督責任は「軽微とは言えない」としつつ、法的責任は否定している。

 小渕氏はそれを受けた記者会見で、資金管理や収支報告書作成は秘書に任せ、内容を確認しなかったと説明した。監督責任が「私にも大きく降りかかる」と述べ、謝罪した。後援会の意向を尊重するとして、議員辞職は否定した。

 虚偽記入は5年間にわたり、総額3億円を超える。「秘書任せ」で済む話ではない。自らが秘書を指導し、資金を管理するのは、政治家の最低限の責任である。

 有罪判決を受けた元秘書は、父の恵三・元首相にも仕えてきた。古参秘書への小渕氏の甘えと遠慮が不正を招いた面は否めない。

 事件の発端は、表に出せない慶弔費や選挙の陣中見舞いなどの支出が膨らんだことだ。帳尻合わせのため、虚偽記入を行った。

 小渕氏は記者会見で、肝心の簿外支出の詳細は調査でも判明しなかった、と述べた。関係者の死去や資料の紛失が理由という。

 だが、小渕氏が元秘書を直接問いただすなど、真相を究明する手段はいくらでもあったはずだ。

 簿外支出の実態や他の不適切な支出について、どう説明するのか。その内容に政治家としての「再起」がかかっている、という危機意識が乏しいのではないか。

 小渕氏は昨年10月の経産相辞任時、疑惑を解明し、説明すると約束したが、1年間も口をつぐんだ。こうした不誠実な姿勢が、国民の政治不信を増幅させている。

 第3次安倍改造内閣では、新閣僚に関し、政治とカネの疑惑が早くも浮上している。

 島尻沖縄・北方相は、支持者へのカレンダー配布による公職選挙法違反の可能性が指摘される。森山農相が代表の自民党支部は、談合に絡んで指名停止になった建設業者から献金を受けていた。

 税金が原資の政党交付金が支給されている以上、国民の厳しい視線が注がれるのは当然である。

 重要なのは、政治資金の管理の適正化と、透明性の向上だ。

 各政治家は、実務を担う秘書らへの監督を強めるべきだ。責任あるポストを目指すなら、政治資金と秘書の管理能力も問われることを自覚する必要がある。

2015年10月23日金曜日

中央アジアの国づくり支えよ

 安倍晋三首相がモンゴル訪問に続き、28日までの日程でカザフスタンなど中央アジア5カ国を歴訪する。日本には総じてなじみの薄い国々だが、ユーラシア大陸の中央に位置し、地政学的な観点から重要な地域である。今回の訪問をきっかけに、日本と各国との協力関係を深めたい。

 日本の首相が中央アジアを訪れるのは9年ぶりで、5カ国すべてを歴訪するのは初めてだ。

 5カ国はかつてソ連を構成した共和国で、1991年のソ連崩壊に伴って独立国家となった。建国から24年と、いまだ国づくりの途上にある。歴史的経緯からロシアの影響力が根強く残っているが、見逃せないのは近年、中国の存在感が急速に増していることだ。

 カザフスタンは原油のほか、ウランなど鉱物資源が豊富だ。トルクメニスタンは世界有数の天然ガス埋蔵量を誇る。中国は早くからこうした資源に着目してきた。さらに自ら進める「シルクロード構想(一帯一路)」と呼ぶ経済圏づくりに欠かせない地域として、経済的な結びつきを深めている。

 中央アジア全体の対外貿易額はすでに、中国がロシアをはるかに上回っている。特定の国に過度に依存する体制には弊害も多い。日本にとっても豊富な天然資源は魅力だが、同時に産業基盤やインフラ整備、人材育成などの協力を通じて、より開かれた安定した国づくりを支えていく必要がある。

 5カ国はいずれもイスラム国家で、政情不安が続くアフガニスタンに近接する。イスラム過激主義や国際テロの脅威が浸透しやすい地域ともいえる。過激思想やテロの拡散を防ぐためにも、積極的な関与が欠かせない。

 中央アジアはキルギスを除く4カ国で、権威主義的な政治体制が続く。カザフスタンはナザルバエフ大統領、ウズベキスタンはカリモフ大統領が建国以来、一貫してトップの座にある。経済・社会の発展を側面支援することで、自律的な民主化を促すことも、日本に課せられた重要な役割だろう。

「倫理的消費」を育てる主役は民間だ

 消費者庁が「倫理的な消費」の啓蒙と育成に乗り出している。自然や社会に配慮した消費を伸ばすため研究会を定期開催し、欧州の先進事例も踏まえ近く報告書をまとめる。新市場を後押しするのはいいが、過度な干渉は企業のアイデア競争を萎縮させかねない。芽をつまぬよう気をつけたい。

 流通業界などで倫理的消費に注目する企業が増えている。セブン&アイ・ホールディングスや三越伊勢丹ホールディングスが、英語で倫理的を意味する「エシカル」を経営の指針や店頭キャンペーンに掲げているのが代表例だ。

 消費者の関心が高いのは、生産・流通過程で地球環境への負荷が小さいか、商品をつくる工場などの労働環境が良好か、地域に貢献する商品か、などの点だ。消費者の45.4%がこうした商品に興味を持ち、19.9%が購入しているという調査結果もある。

 欧州では衣料品を短期に使い捨てる流行への反動で2004年ごろから、米国では08年のリーマン・ショックを機にエシカル消費が広がった。日本では東日本大震災の影響が大きい。節約やボイコットではなく、いい商品を積極的に購入し作り手を応援するのが、かつての消費者運動と違う点だ。

 こうした消費の広がりは環境や地域にプラスに働く。先進国の企業にとっては安さ以外の付加価値を前面に出しやすくなり、競争力の強化にもなる。国内外でのエシカル消費を、ぜひ後押ししたい。

 ただし気になる点もある。研究会では国が基準を設け、倫理的と認定した商品だけに認証ラベルを発行する案も出た。そうなれば審査などにコストがかかる。芽生えたばかりの分野で定義を厳密に定めると企業の参入意欲をそぎ、市場が広がらない可能性もある。

 また、エシカル消費の柱の一つに、地域の存続に役立つ買い物がある。消費者が国産品や地元産品に愛着を感じ、企業が地域ごとに特色ある商品などを競って開発すれば、地場産業は活性化する。

 しかし国や自治体がエシカルを名目に、魅力の乏しい商品や企業を保護すれば、先行きは危うい。保護で成り立つ産業や企業は、長い目でみれば衰退する可能性が高いからだ。これでは結果的に地域の未来にとってマイナスになる。

 企業の創意工夫や消費者の満足感がエシカル消費を伸ばすカギになる。国や自治体は側面支援に徹したい。

南シナ海問題 中国は航行の自由守れ

 さまざまな国の領有権の主張が絡みあう南シナ海で、米国と中国の緊張が高まっている。

 中国が埋め立てて造った人工島の近くに、米軍の艦船か、航空機を派遣する。オバマ政権がその方針を固めた。

 国際法では領土から12カイリ(約22キロ)が領海とされるが、米軍はあえて通航し、中国の一方的な主張を認めない姿勢を示そうとしている。

 これに中国が反発するのは、筋違いである。人工島の領有権も領海の主張も、説明のつくものではない。仮に領海内だとしても、軍艦の航行が、いわゆる「無害通航」ならば、認めるのが国際ルールだからだ。

 どの国であれ、国際規範に沿った「航行の自由」という海洋の原則を曲げてはならない。とりわけ世界有数の重要海路である南シナ海で、独断によるルール変更は許されない。

 懸念されるのは、米軍のそうした行動に対する中国の反応である。米中の軍同士が直接対峙(たいじ)すれば、西太平洋地域は一気に緊迫しかねない。

 万が一にも軍事衝突に発展させてはならない。米側は航行に踏み切っても無用な挑発は避けるべきなのは言うまでもない。

 この緊張を招いた大きな責任は、中国の側にある。国際規範を守り、不測の事態が生じぬよう自制すべきだ。

 そもそも中国の主張には無理がある。南シナ海のほぼ全域に「管轄権がある」というが、法的根拠は乏しい。92年に定めた領海法で、軍艦が領海内を通るには中国の許可が必要としているのも受け入れがたい。

 中国側には軟化の兆しも見える。人工島建設について「民間サービスが主」と釈明し、東南アジア諸国連合(ASEAN)に対しては、南シナ海での衝突回避のための「行動規範」づくりを働きかけている。

 中国が国際ルールを守る国として発展するか、それを無視して「力による現状変更」に進むのかの分岐点となる。責任ある大国として分別を示すときだ。

 国際社会も、中国にいかに向き合うのかが試される。来月の主要20カ国・地域(G20)首脳会議や、アジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議など各国首脳が顔をそろえる機会を通じて、南シナ海情勢を安定させる道筋を探りたい。

 安保法制が成立した日本も、最大の役割は軍事的関与ではなく、国際社会の結束を築く外交面にあることを忘れてはならない。ASEANと日本のパイプを生かし、粘り強く緊張をほぐす努力が求められている。

維新の混乱 有権者への背信だ

 不毛な争いをいつまで続けるつもりなのか。

 維新の党の分裂劇が泥沼化している。松野頼久代表が率いる党執行部は今月、橋下徹大阪市長らの新党に合流するとみられる国会・地方議員ら計165人を除籍した。これに大阪側は「処分は無効」とし、24日に大阪で開く「臨時党大会」で「解党」を決める方向だ。

 日本維新の会と結いの党が合併し、維新の党が誕生したのは昨年9月だった。12月の衆院選比例区では、自民、民主に次ぐ838万票を獲得した。

 有権者の多くは、野党第2党の維新が第三極として与野党間で役割を果たすことを期待したはずだ。ぶざまに自壊していく展開を誰が望んだだろう。信頼を裏切った罪は極めて重い。

 このまま法廷闘争に発展するようなことになれば、国民の政治不信はますます強まろう。

 改革勢力を称した維新の看板はもはや地に落ちた。双方の合意のうえで党を解散し、それぞれ別の党として出直す。それが無用な内紛を終結させる最短の道ではないか。

 混乱の始まりは、野党再編をめぐる考え方で松野氏らと対立し、8月に離党した橋下氏による新党結成宣言だった。

 大阪系議員らは、党を二つに分ける「分党」を執行部に要求した。年内に国が党に払う計約13億円の政党交付金も分配されるからだ。だが交渉は決裂した。大量処分を受けた大阪系は「執行部の任期は切れている」と猛反発し、対立は激化した。

 今は党員でもない橋下氏がツイッターなどを通じて執行部攻撃を事実上指揮し、火に油を注いだ。一方的に解党宣言をした橋下氏は「党をつくった者としての責任」を強調するが、公党を自分の個人商店とでも考えているようにしか見えない。

 「解党し、政党交付金は国民にお返しする」。そう橋下氏は主張する。ただ、大阪の党本部にある党名義の通帳や印鑑をかたくなにガードしているのは橋下氏に近い議員たちだ。「金は要らないとずっと言ってきた」という橋下氏の言葉を額面通り受け取ることは難しい。

 そもそもいったい誰の金と思っているのか。政党交付金は政治活動のために国民が負担しているお金だ。仲間内で非難、中傷合戦に明け暮れている維新に対しても、公金が支出されると思うとやりきれなくなる。

 党を束ねきれなかった松野氏らの責任もむろん大きい。

 双方とも事態を収拾できなければ、また新党をつくっても有権者の信頼は取り戻せまい。

NHK改革 国民が期待する公共放送とは

 視聴者の受信料に支えられている公共放送の業務は、どうあるべきか。NHKの改革に向けた議論が活発化している。

 焦点は、受信料の支払いの義務化と、テレビ番組のネット配信業務の拡大だ。

 受信料について、自民党の放送法改正に関する小委員会は「公平な負担のため、支払いの義務化に向けた制度改正が急務だ」とする第1次提言を発表した。総務省も近く有識者会議を発足させる。ともに来年夏に結論をまとめる。

 放送法は、テレビがある世帯にNHKと受信契約を結ぶことを義務付けているものの、視聴者に支払い義務までは課していない。

 その結果、4世帯に1世帯は受信料を支払っておらず、国民の間に不公平感が強まっている。現状を放置することはできまい。

 英仏独など主要国では、国民に公共放送の受信料の支払いを義務付けている。

 公共性の高い情報を、あまねく全国に届ける。そのコストを国民が公平に負担する観点から、義務化することは理解できる。

 自民党小委は、NHKのテレビ番組を24時間、ネットで同時配信する業務も、「早期に実現するべきだ」と提言している。

 高機能のスマートフォンが普及したことで、通勤時などに、様々な番組をネットで視聴したいというニーズは高まっている。テレビ局がネット配信を拡大するのは、自然な流れだろう。

 ネット配信は、災害情報の伝達にも有効だ。NHKには、地震や津波、台風、豪雨などの災害時に、避難に役立つ情報を住民に素早く提供する使命がある。

 ただ、NHKがテレビ番組を常時、ネット配信するには、膨大なコストを要する。テレビ受像機の有無にかかわらず、受信料の支払いを義務化することで、収入増を目論もくろんでいるとの指摘もある。

 視聴スタイルが多様化する中で、公平性を確保できる料金体系を検討することが重要だ。

 NHKは、高精細な4K動画の配信サービスなどの新規事業にも取り組む方針だ。

 自民党小委と総務省の有識者会議の議論では、NHKの業務をどこまで拡大すべきか、というテーマは避けて通れない。国民にとって本当に必要な業務に受信料を投入する視点が大切である。

 NHKと民放をどう棲(す)み分けさせるのかという問題もある。ローカル局の在り方を含めた幅広い議論を通じ、国民に理解されるNHKの将来像を描いてほしい。

日韓防衛相会談 対「北」協力を再活性化したい

 停滞していた日韓の防衛協力を再活性化する契機となるのだろうか。

 中谷防衛相がソウルで韓国の韓民求国防相と会談した。防衛相の訪韓は4年9か月ぶりだ。

 中谷氏は、集団的自衛権の行使を限定容認する安全保障関連法に関連し、「韓国領域で自衛隊が活動する場合、国際法に基づいて韓国の同意を得る」と説明した。

 韓氏は「朝鮮半島の平和と安定に寄与しなければならない」と述べ、一定の理解を示した。

 韓国の黄教安首相は最近、「必要性があると認めれば許可する」と語り、邦人保護目的の自衛隊受け入れの可能性に言及した。安保関連法に対する韓国の警戒感が和らいでいるとの見方もある。

 会談では、北朝鮮の核・ミサイル問題について、日米韓で連携して対応することを確認した。

 北朝鮮は、弾道ミサイル発射や核実験強行を示唆している。核弾頭の小型化が進展し、開発中の潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)などに搭載可能になれば、日米韓にとって重大な脅威だ。

 米国が、韓国に日韓協力の改善を促してきたのは当然だ。例えば、高い探知能力を持つ海上自衛隊のイージス艦や潜水艦の情報などは韓国にも有益だろう。

 中谷、韓両氏は、日韓の幹部・部隊交流の強化で一致した。

 斉藤治和航空幕僚長が今週、訪韓し、韓国軍も18日の自衛隊観艦式に初めて艦船を派遣した。自衛隊と韓国軍の信頼関係を醸成するため、交流を着実に広げたい。

 中谷氏は韓氏に来年中の来日を要請し、韓氏は「実現に向けて努力したい」と述べた。韓国国防相の来日は2009年以来、途絶えている。閣僚の相互訪問を定期化することも大切である。

 だが、韓国では、慰安婦問題などを巡る反日世論が根強い。朴槿恵政権がすんなりと協力関係を強めると見るのは早計だろう。

 韓氏は、防衛秘密を広く共有する軍事情報包括保護協定(GSOMIA)の早期締結に韓国が難色を示していることについて、「共感が広がれば可能だが、今はそうした時期ではない」と語った。

 水や食料などの物品役務相互提供協定(ACSA)の締結に関しても慎重姿勢を崩さなかった。

 両協定が締結されれば、日韓協力の実効性を飛躍的に高める。韓国にとっても、領土・領海を防衛するうえでメリットは大きい。

 韓国は米韓同盟だけで北朝鮮に対処できると判断し、日本の役割を軽視しているのではないか。

2015年10月22日木曜日

携帯通信料金の低減へ競争を活発にせよ

 携帯通信料金の引き下げを促す総務省の有識者会議が始まった。低廉で良質な通信サービスは経済を活性化し国民生活を便利で快適にするための必要条件だ。料金プランの細目いじりにとどまらない骨太の施策を期待したい。

 議論のきっかけは安倍晋三首相の発言だ。9月の経済財政諮問会議で「携帯料金等の家計負担の軽減が大きな課題」と述べ、総務省に対応策の検討を指示した。

 携帯市場はNTTドコモとKDDI、ソフトバンクの3社による寡占状態にあり、料金の高止まりや横並びといった問題が生じている。携帯通信は公共の電波を使ったサービスでもあり、3社は指摘を謙虚に受け止めてほしい。

 総務省が検討するのはスマートフォン料金の多様化だ。データ通信の利用が少ない人向けに、今より安い料金プランの設定を促す。外食店で「並み」や「大盛り」だけでなく、小食の人向けに「小盛り」のメニューを用意するようなもので、考え方は妥当だろう。

 スマホの買い替え優遇策も焦点だ。端末を買い替える人に対し、各社は月々の通信料金を割り引くことで実質的に助成している。その原資は同じ端末を使い続ける人が支払う割高な料金であり、不公平を指摘する声も多い。

 とはいえ、企業が自主的に決めるべき財やサービスの価格設定に政治が口をはさむことには、違和感を覚える。政府がなすべき仕事はむしろ、携帯市場の競争環境を整えることだ。

 競争が活性化すれば結果として料金水準も自然に引き下がり、消費者の満足度も高まるだろう。

 一つの道筋は、大手3社からネットワークを借りて格安料金でスマホサービスを提供する「MVNO」と呼ばれる通信会社を伸ばすことだ。近年は楽天やイオンなど一般の消費者に身近な企業が、この分野に参入した。

 大手3社が適切な条件で自社設備をMVNOに開放するよう、実効性の高いルールを定めるのが、政府の役割である。

 「第4の携帯会社」の登場を促す方策も検討すべきだ。ソフトバンク傘下の米スプリントによる米TモバイルUSの買収計画を米当局が阻止したのは、「買収が成立し携帯会社が3社に減ると、寡占化で消費者利益が損なわれる」と判断したからだ。日本でも3社体制が4社体制に変われば、競争が活気づく可能性がある。

日韓防衛協力さらに肉付けを

 北朝鮮問題をはじめとして北東アジアにはさまざまな火種がくすぶっている。日本と韓国が安全保障の面で協力できる体制を整えなければ、いざというときにそなえるのは難しい。

 中谷元・防衛相が韓国を訪れて韓民求(ハン・ミング)国防相と会談した。日本の防衛相の訪韓は実に4年9カ月ぶり。歴史問題をめぐる対立のあおりで、長く途絶えていた。

 助け合うべき隣国間の防衛交流が、ここまで滞るのは異常だ。これを機に目に見える協力の成果を着実に積み上げていきたい。

 会談では、日米韓が連携し北朝鮮問題に対応していくことを確認した。輸送機部隊が相互に訪問するほか、11月の自衛隊音楽まつりに韓国軍の部隊が加わることも申し合わせた。

 ただ、こうした交流はそれ自体が目的なのではない。互いの信頼を培い、緊急時に連携できる体制にもっていくのがねらいだ。

 その意味で残念なのは、機密情報を共有しやすくするための日韓軍事情報包括保護協定(GSOMIA)や、自衛隊と韓国軍が食料や燃料を融通しあう物品役務相互提供協定(ACSA)について、進展がなかったことだ。

 北朝鮮などの動向をより良く把握するうえで、GSOMIAは欠かせない。ACSAも、自衛隊と韓国軍の連携を進めるうえで必要だ。日本はすでに米国やオーストラリアと結んでいる。

 日本への警戒感から韓国内にはなお、これらの締結に慎重な声がある。韓国自身の利益にもかなう協定であり、前向きに検討してもらいたい。

 安倍政権としても、韓国側の疑念を和らげる努力を尽くす必要がある。中谷氏は会談で、安全保障関連法について、韓国の同意なしに自衛隊が同国領内で活動することはないと説明した。

 ただ、同意を得る領域に北朝鮮が含まれるかどうかなど、認識のずれもうかがえる。引き続き、ていねいな説明が求められる。

被曝労災 救済漏れを出すな

 東京電力福島第一原発で、2011年の事故後に放射線被曝(ひばく)を伴う作業に従事し白血病になった41歳の男性が、初めて労災と認定された。

 男性は福島第一で働いた12年10月~13年12月に約16ミリシーベルト、その直前に九州電力玄海原発で約4ミリ被曝しており、白血病の労災認定基準の一つ「年5ミリ以上」を超えていた。

 福島第一では毎日多くの人々が被曝しながら働いている。作業環境は、通常の原発と全く違う。被曝リスクを厳密に管理した上で、白血病などを発症した人は手厚く救済すべきだ。

 事故は終わっていない。何十年かかるか見通せない廃炉作業が終わるまで、被曝労災という形でも人的被害が続いていくことを覚えておきたい。

 最も大事なことは、正確な被曝記録に基づくリスク管理だ。

 東電によると、事故から今年8月末までに働いた約4万5千人のうち約2万1千人が累積で5ミリを超えている。作業員の被曝限度は年間50ミリ、5年間で100ミリなので、今後限度近くまで被曝する人が増えるだろう。

 あろうことか福島第一では事故後、被曝線量を実際より少なく記録するため、線量計を着けなかったり、鉛のカバーで覆ったりといった不正が横行した。

 作業員の健康を傷つけかねない言語道断の行為だ。再発防止には雇い主だけでなく、廃炉を進める東電や国も責任がある。

 線量を記録する放射線管理手帳の扱いも見直しが必要だ。

 作業員が預けた手帳を会社が返さなかったり、記録が抜けていたりといった訴えがある。

 海外では国が一元管理している所もある。検討に値しよう。作業員が被曝状況をいつでも確かめられ、不審に思えば相談できる仕組みも用意すべきだ。

 厚生労働省は被曝労災に関する情報の公表に消極的だった。個人情報には配慮するにしても工夫して周知を図りたい。

 現行の労災制度は外傷を念頭に作られているため、後になって発症することが多く因果関係の立証も難しい白血病やがんなどに適用すると無理が生じる。

 例えば発症そのものが離職後になることが少なくない。症状に気づいたときには会社がなくなっている例もありうる。

 離職後も健康診断などで作業員の健康管理を助けたり、雇い主の協力なしでも労災申請が容易にできるようにしたり、根本的な見直しが必要ではないか。

 被曝でリスクのある作業に携わった作業員の不安にこたえるためにも、せめて労災認定では積極的に補償・救済したい。

放送大の削除 自由の侵食を憂う

 学問の自由は憲法で保障された権利である。自由に真理を探り、新たな知見を創造する営みが民主社会の基盤をつくる。

 その最高の学府であるはずの大学で、自由を縛る自主規制とも言える出来事があった。

 放送大学が、7月に行った試験問題に不適切な内容があったとして、学内サイトに載せる際に一部を削除した。

 問題は「日本美術史」で、戦前・戦中に起きた芸術家の弾圧などの歴史についての設問。安倍政権が進めた安保法制と絡めて、「平和と自国民を守るのが目的というが、ほとんどの戦争はそういう口実で起きる」などと記した5行分が消された。

 受験者670人のうち1人から「現政権への批判ともとれる。教育者による思想誘導と取られかねない」との指摘が大学に寄せられていたという。

 出題者の佐藤康宏・東大教授は「いまに生きる自身の問題として考えてほしいとの意図で書いた。設問に必要な導入部だった」と削除の撤回を求めたが、大学側は聞き入れなかった。

 放送大学はテレビやラジオなどを通じて教育する通信制の大学・大学院だ。放送の内容には「政治的公平」という放送法4条の規定が適用される。大学はそれを根拠に、「一般大学より中立性に配慮せねばならない」と説明している。

 だが、放送法の目的は「放送による表現の自由の確保」である。ましてやここは、「大学」である。政治、社会、科学、芸術の分野を問わず、自由な思索を表現し、批判し、論じることこそが学問の基本である。

 教授の問い方に異論があったにせよ、削除して「なかったこと」にするのではなく、オープンに議論すればいい。「中立」の名目で考えを排除したり、表現を制限したりすることは、学問の危機につながる。

 放送大学のホームページによれば、学生の8割以上が30歳以上で、大半が社会的経験を積んだ大人である。教授の意見を自分なりに受け止め、読み解く力は十分あるはずだ。

 最近、公民館など公共の施設で、「政治的公平」を理由にさまざまな市民活動が妨げられる事例が後をたたない。

 削除された佐藤教授の文章には、過去を振り返った、こんなくだりもあった。「表現の自由を抑圧し情報をコントロールすることは、国民から批判する力を奪う有効な手段だった」

 自由という価値観が、往時のような権力の行使ではなく、自主規制で侵食されているとすれば、実に危うい風潮だろう。

TPP全容公表 関税撤廃を成長拡大に生かせ

 極めて広範な品目に及ぶ関税撤廃は、環太平洋経済連携協定(TPP)交渉の大きな成果だ。

 新段階に入る貿易自由化を、日本経済の成長拡大に生かしたい。

 政府がTPP交渉で大筋合意した関税分野の全容を公表した。日本が輸入する農林水産品と工業品のうち、関税を撤廃する品目の割合は95%に上る。域内11か国への日本の輸出品は、国によって99~100%の品目で撤廃される。

 貿易自由化の進展は、域内経済を活性化し、日本に多大な恩恵をもたらす。高い撤廃率の達成は支持できる。

 自動車や電機など工業品では、日本製の品質の良さを売り込み、販路拡大の実績を上げたい。

 域内国では、みそや日本酒などの関税がなくなる。日本産牛肉は、米国で無関税輸入枠が広がる。和食ブームを追い風に、輸出に弾みをつけることが大切である。

 野党や生産者の間では、TPP交渉合意への批判も聞かれる。

 特に、コメや牛・豚肉など「重要5項目」で、約3割の関税を撤廃することへの不満が目立つ。

 民主党は、合意が重要5項目の関税維持を求めた2013年4月の衆参両院農水委員会の決議に違反すると主張している。

 だが、政府は、輸入実績が少ないものや、国内に代替品がないものを中心に撤廃品目を選んだとしている。森山農相も「(決議は)しっかり守れた」と評価した。

 果樹や野菜の農家らは、重要5項目以外の農産品で関税が撤廃されることに反発している。

 ただ、日本に輸入される農産品に限れば、撤廃率は81%にとどまる。参加国で唯一の8割台で、突出して低い。最も多い例外措置を獲得したと言える。

 甘利TPP相は「不満足な点はどの国にもある。1国が100%満足する協定では、残りの国には魅力がなく、誰も入らない」と強調した。もっともな指摘だ。

 政府は、合意内容の詳細や交渉経緯に関する情報開示などを徹底し、国会での承認手続きを確実に進めるべきだ。消費者のメリットもよく説明し、国民の理解を広げることが肝要である。

 政府は11月中に、農業強化や企業の海外進出支援を盛り込むTPP総合対策を策定する。

 農家らに一定の支援を行うのは理解できるが、生産者保護に偏ったバラマキにしてはならない。

 農業や製造業の国際競争力の向上に役立つ、「攻めの対策」を講じる必要がある。

巨人野球賭博 ファンを裏切った罪は重い

 ファンあってのプロ野球である。浅はかな行為で期待を裏切った罪は、あまりに重い。

 読売巨人軍の福田聡志投手が野球賭博に関与していた問題で、日本プロフェッショナル野球組織(NPB)の調査委員会は、笠原将生、松本竜也両投手も賭博に関わっていたとする中間報告をまとめた。

 伝統ある球団で、あってはならない不祥事が起きたことは、極めて残念である。巨人の久保博社長は「プロ野球ファンの皆様に深くおわびします」と謝罪した。

 福田選手は、今年8月から9月にかけて、税理士法人勤務という男性に持ちかけられ、プロ野球の試合で賭けをした。賭けの対象には、巨人戦も含まれていた。八百長はなかったにせよ、不信を招く言語道断の行為である。

 男性を福田選手に紹介した笠原選手は、プロ野球を対象にした賭博のほか、バカラ賭博などにも手を出していた。松本選手は、笠原選手を介して、プロ野球を対象に賭けをしていた。

 野球協約は、プロ選手が野球賭博に関わることを禁じている。3選手の行為が協約に違反するのは明らかだ。コミッショナーによる処分に従うしかない。球団としても、厳正な処分が必要だ。

 プロ野球界には、消しがたい過去がある。1969年の「黒い霧事件」だ。暴力団の絡んだ野球賭博に関連し、八百長を行ったとして、当時の西鉄などの選手が永久失格処分を受けた。

 これを機にプロ野球界は、選手が賭博に関わらないよう厳しく指導してきた。暴力団排除の取り組みも強化した。3選手の愚行は、球界の努力を無にしかねない。

 ファンの信頼を回復するため、再発防止の徹底が何より重要である。所属選手の管理が不十分だった巨人が、選手教育を根本から見直さねばならないのは、言うまでもない。球界全体でも研修などを充実させてもらいたい。

 NPBや日本プロ野球選手会などで構成する「プロ野球暴力団等排除対策協議会」は19日、若手選手らを対象に講習会を開いた。講師からは「プロ野球選手は反社会的勢力から狙われる存在だ」といった注意喚起があった。

 野球賭博に関われば、選手生命が絶たれかねないことを選手一人一人が肝に銘じねばならない。

 プロ野球選手は、子供たちにとって、あこがれの的だ。発言や行動は常に注目される。ユニホームを着ていない時も、身を律することが求められる。

2015年10月21日水曜日

政府機関の移転に知恵絞れ

 東京に集中する中央省庁や独立行政法人などの政府機関をどれだけ地方に移転できるか。地方創生を掲げる安倍政権の本気度を測る試金石になるだろう。

 政府は東京、神奈川、千葉、埼玉を除く43道府県に対して誘致したい政府機関を提示するように求め、8月末までに鹿児島県を除いた42道府県が69機関の誘致を提案した。

 現在、道府県や関係機関に意見を聞いており、年内に対応策をまとめて来年3月末までに移転機関を決定する方針だ。

 自治体側の提案をみると、文化庁や消費者庁、中小企業庁などの政府機関のほか、理化学研究所のような研究機関や消防大学校のような研修機関の誘致を求めている。69機関のなかには首都圏に立地する必然性が低い組織が少なからずある。

 政府機関の地方移転はかつて竹下内閣時代にも実施された。約70機関が移転したが、横浜市やさいたま市など東京近郊ばかりで、首都圏以外に移ったのは3機関だけだった。

 政府は現在、東京に集中する企業の本社機能の地方移転を税財政面から後押ししている。自ら範を示す意味でも、一定の成果を上げなければならないだろう。政府機関の移転が進めば地方経済への効果も大きい。

 各省庁の対応をみると気になる点がある。全面移転を避けるために、地方への出先機関の設置を逆提案する動きがある。見かけ上の移転件数を水増しするために行政の肥大化を招く結果になれば、本末転倒である。

 東京から移転できない理由としては国会対応や他の省庁との連携を挙げる場合が多い。一見もっともなようだが、むしろ、テレビ会議の活用など政府内部での仕事の進め方そのものを見直す機会にすべきだろう。

 移転できない理由をあれこれ探すのではなく、移転に伴うマイナス面を減らして効果を膨らます知恵が必要だ。

マンションの偽装を根底から洗い直せ

 マンションで暮らす住人の安全や安心をないがしろにした、由々しき事態だ。横浜市都筑区で三井不動産レジデンシャルが販売した物件で、施工不良やデータ改ざんが相次いで明らかになった。

 杭(くい)を固い地盤まで打ち込む基礎工事は、建物の強度を確保するのに極めて重要だ。杭が地盤まで届いていなかったりセメントで固定されていなかったりすれば、建物が沈下し傾く可能性があることは、素人でもわかる。

 その工事で手を抜き、データを偽装することは、あってはならない。横浜市や国土交通省は問題の全容を明らかにしたうえで、業者を処分すべきだ。

 現在、杭打ち工事をした旭化成建材や元請け業者である三井住友建設が建物全体の基礎工事の状況を調べているが、外部の専門家も加わるのが望ましい。いいかげんな施工をした業者に「建物の安全性に問題がない」などといわれて、住人は納得できるだろうか。

 旭化成建材は、工事にかかわった特定の社員の責任を示唆しているが、それで済ますわけにはいかない。手抜き工事や不正に目をつぶる風潮が社内になかったか、偽装が生まれた原因を根本から究明する必要がある。

 マンション住人に対するきめ細かな対応も不可欠だ。三井不動産レジデンシャルが提案している建て替えは所有者の5分の4以上の同意がなければ実施できない。今回のような団地型のマンションはさらに複雑になる。

 10年前に発覚した耐震強度の偽装事件では、すべての物件を建て替えるのに6年を要した。今回は700戸に上る物件だ。住人の意見は分かれる可能性が大きいだけに、横浜市は専門家を派遣し話し合いを手助けしてほしい。

 マンション工事を巡るトラブルは全国で相次いでいる。根本的には企業や技術者のモラルの問題とはいえ、今回のケースでは旭化成建材はもとより、それを監督する立場だった三井住友建設にも重大な責任がある。関係者全体で再発防止策を検討すべきだ。

 民間機関や自治体による建物検査のあり方も再検討する必要がある。基礎工事の状況を事後的に調べるのは現実問題として難しいものの、杭打ちの詳細なデータの提出を求めて確認するなど、抑止力を高める余地はあるだろう。

 住宅の購入は人生の一大事である。安全網は二重、三重でいい。

中国経済 構造転換の機会逃すな

 中国経済の成長ペースが落ちている。今年7~9月期の国内総生産(GDP)実質成長率が前年同期比6・9%と発表され、目安となる7%をわずかながら割り込んだ。

 リーマン・ショック後の大規模景気対策の後遺症を引きずり、設備投資や不動産投資はなお力不足だ。輸出も不振が続いている。その一方で、ネット通販などのサービス分野は大きく成長している。中国経済は成長速度が変化するとともに、構造自体が変わる時期に差しかかっているといえる。

 中国政府の今後の仕事は、構造転換を促すようなかじ取りだ。そこで阻害要因となりうるのが、素材やエネルギーなど重要産業を握る国有企業だ。

 例えば石油産業は国有企業の寡占状態にあり、ガソリンスタンドへの民間資本参入がようやく認められたに過ぎない。非効率を温存するばかりか、さきに石油企業関係者の腐敗が摘発されたように、不正の温床にもなっている。

 金融部門も4大国有商業銀行が圧倒的な存在感をもち、融資の相手としても国有企業が優先されてきた。

 李克強(リーコーチアン)首相は「大衆起業」を呼びかけ、民間の活力を重視する姿勢をみせている。ならば、国有企業と、それを支える構造に切り込む必要がある。幸い、国内の雇用状況はさほど悪くない。当面の景気下支え策は最小限にとどめ、改革のほうに重点を置く好機ととらえるべきだ。

 この変化は、日本企業にも意味を持つ。

 これまで中国に輸出や投資をしてきた企業の多くが、旺盛なインフラ整備やビル建設に絡む重厚長大型産業にかかわってきた。だから最近の景気後退の影響がマイナスにいっそう強く出てしまった。

 日本国内で中国経済悲観論を実態以上に増幅させる要因には、日本企業のこれまでの関わり方もあるのではないか。

 今後、中国経済でより期待されるのは、消費主導の成長である。ただ、地場系、外資入り乱れての競争は激しく、消費者の好みの変化も早い。

 ホンダは新投入のスポーツ用多目的車が人気を呼び、自動車販売全体が縮小しているにもかかわらず、前年比3割増のペースだという。今後の事業展開にあたってヒントになりうる事例ではないか。

 減速したとはいえ、巨大市場だ。中国企業と競い合いながら売れ筋を見極めることが、日本と中国の経済再活性化にもつながるはずだ。

災害と教育 郷土の弱点も教えよう

 茨城県常総市を流れる鬼怒川(きぬがわ)の決壊から1カ月あまり。この数年、河川の氾濫(はんらん)に限らず、地震や津波、火山の噴火、土砂崩れなど、日本列島のあちこちで自然災害が相次いでいる。

 日本は太平洋を取り囲む造山帯にある中緯度の島国だ。その成り立ちは、豊かな四季や変化に富む気象と景観、心身を癒やす温泉などをもたらした。

 さまざまな自然災害は美しい国土の「裏の顔」でもある。自らの命や財産にかかわる以上、市民も行政任せではなく、事前にリスクを知り具体的な対策を考えておくことが重要だ。

 災害に強い市民を育てるために、郷土の特色と関連づけた実践的な防災教育を学校で強めることを提案したい。

 これまでの防災では、巨大な堤防や防潮堤に代表されるハードの対策が重視されてきた。

 確かに、例えば戦後しばらく2、3年に1度はあった死者1千人超の巨大水害が1959年の伊勢湾台風以来ないのは、治水対策によるところが大きい。

 ただ、優先度の高い土木工事は進めるにしても、あらゆる自然災害を土木技術で防ごうというのは非現実的だ。財政上の問題だけでなく、自然と社会のあり方としても問題が大きい。

 一方、防災教育の効果は岩手県釜石市で実証済みだ。このまちでは、東日本大震災で約1千人の死者・行方不明者を出したが、震災前から片田敏孝・群馬大教授らと「揺れたらとにかく高所へ」「ハザードマップを信じず、状況を見て判断する」「人を助ける」と津波対策を教えた結果、小中学生約3千人はほぼ全員が助かった。

 「防災教育を新教科に」との意見は震災後の学習指導要領改訂では採用されなかったが、その重要性に疑いはない。

 子どもたちに郷土の美しさと表裏一体の弱点に気づかせ、災害時にどこへどう逃げるかを考えさせる。算数、理科、社会など既存教科の中で防災を教える取り組みが増えている。

 三重県では小学校低学年から中高生まで年代に合わせた防災ノートを配っている。高知県教委は県内の実践例をまとめた。災害を伝える新聞なども教材になりそうだ。

 災害弱者である子どもたちの命を守る。その視点で郷土のどこにどんなリスクがあるかを見直すことは、多くの気づきを生むだろう。子どもたちに保護者らと避難経路や連絡方法などを相談させれば、大人も自分のこととして考える機会になる。

 子どもたちを介して、大人たちの防災意識も高まるはずだ。

官民対話 攻めの経営へ転じる契機に

 企業経営者に染み付いたデフレマインドを払拭し、攻めの経営にかじを切る契機としたい。

 政府と経済界の代表が企業の設備投資の拡大などについて意見交換する「官民対話」の初会合が開かれた。

 安倍首相は席上、「企業収益は過去最高だが、投資の伸びは十分ではない。一歩踏み込んだ投資拡大の見通しを示してほしい」と各経済団体に要請した。

 消費税率が10%に引き上げられても、景気を腰折れさせず、成長を続けるには、個人消費とともに、設備投資の拡大が不可欠である。首相の問題提起はもっともだ。

 官民対話は来春に向けて月1回のペースで開かれ、賃上げや規制緩和などもテーマとなる。実効性のある議論を期待したい。

 日本企業の2014年度の経常利益は約65兆円で、2年前より約16兆円も増えた。利益剰余金などの内部留保も約50兆円増加し、総額350兆円超に達している。

 ところが、14年度の設備投資は、2年前より5兆円増の約40兆円にとどまっている。

 中国など海外経済の先行きに対する懸念から、経営者が必要以上に設備投資を控えているのではないか。工場の生産ラインなどで古い設備を更新しないまま、使っているケースが多い。

 無論、企業が事業リスクを慎重に見極めることは重要である。一方で、経営者には、政府に注文を付けられるまでもなく、自らの判断で、成長が見込める分野に投資する決断力が求められる。

 いつまでも守りの姿勢を続けていては、企業も日本経済全体も活路が開けまい。

 労働人口が減少していく中、生産性の向上は、日本企業の避けて通れない課題だ。熟練工不足を補う機械化投資、環境問題に目配りした省エネ投資など、打つべき手はいくらでもあろう。

 ドイツや米国では、官民を挙げた取り組みが本格化している。インターネット技術を使って需要を予測し、生産工程を綿密に管理するシステムが広がりつつある。

 日本も手をこまぬいてはいられない。産官学が連携し、得意とするロボットや人工知能などの分野への投資を進めるのも一案だ。

 官民対話では、経済団体が、法人実効税率の20%台への早期引き下げや、医療、環境分野などの成長産業の育成につながる規制緩和を促進するよう求めた。

 政府が、こうした要望にしっかりと応え、企業の投資意欲を後押しすることも大切だ。

中国経済減速 「新常態」へ構造改革は進むか

 中国経済の減速が一段と鮮明になってきた。

 足元の景気失速を回避しつつ、痛みを伴う構造改革をいかに前進させるか。世界経済に影を落とす「中国リスク」の行方から目が離せない。

 中国の7~9月期の実質国内総生産(GDP)が、前年同期比6・9%増となった。7%割れは、リーマン・ショック後の2009年1~3月期以来、6年半ぶりだ。企業の設備投資や生産活動が伸び悩んだのが主因である。

 習近平政権は、投資中心の高成長から消費主導の安定成長へ移行させる「新常態」(ニューノーマル)を目指している。今年の成長目標も、従来の「7・5%前後」から「7%前後」に下げた。

 このため、今回の減速は政権の方針に沿うもので、想定の範囲内だとの見解を強調している。

 だが、このまま経済の軟着陸を実現できると見るのは、早計と言えるだろう。

 6・9%という数字でさえ、度重なる金融緩和や公共事業の積み増しといった政策を重ねて、ようやくこぎ着けたものである。

 しかも、鉄道輸送量や電力消費量などから推計される実際の中国の成長率は、統計数値より格段に低いとの見方が一般的だ。

 懸念されるのは、中国政府がメンツを保つため、「数字作り」を優先していないかという点だ。肝心の改革が後手に回り、安定成長への道筋が描けなくなる。

 一時的な景気刺激策にとどまらず、経済の質を高める構造転換にこそ、注力すべきだろう。

 具体的には、非効率な国有企業の改革を断行することが急務だ。経済活動に占める民間企業の割合を高め、自由に能力を発揮できるようにしなければならない。

 さらに、国外から資本を呼び込んで、経済活動の活性化を促すには、金融制度を抜本的に見直す必要もある。中でも、金利の自由化や人民元取引に関する規制緩和などが重要だ。

 中国は今夏、唐突な人民元切り下げで世界株安を招いた。独善的な政策運営を改め、国際市場の信認を得ることが欠かせない。

 過剰な生産設備や在庫の解消が進まず、企業の設備投資や生産活動の伸びが鈍化し、原材料の輸入が低迷している。一方で、個人消費の推移は比較的堅調である。

 こうした傾向は、中国がニューノーマルへの転換を図る以上、しばらく続くと見るべきだ。日本企業も中国市場の変化に対応した戦略の練り直しが求められよう。

2015年10月20日火曜日

有権者はおごりに敏感だ

 政治は主権者たる国民に代わって権力を行使する作業である。信用できない人には任せられない。疑わしい行為があれば、一般人よりはるかに詳しい説明責任が求められるのは当然だ。政治家が世の中を甘く見ていると感じさせる出来事が相次いでいるのは残念だ。

 昨年、後援会の不明朗な収支を批判されて閣僚を辞めた小渕優子衆院議員が調査を委託した弁護士らが「小渕氏は全く関与していなかった」との報告書を発表した。

 元秘書ら2人が今月、東京地裁で政治資金規正法違反の有罪判決を受けた。小渕氏は事件発覚時に「政治家として説明責任を果たす」と明言していたのに、結果発表の会見に姿を見せなかった。

 これにて一件落着でよいのか。小渕氏が主導した不正でなくとも、秘書を監督する政治的・道義的な責任はあるはずだ。秘書の犯罪が政治家本人の被選挙権停止につながる連座制の適用範囲の拡大を与野党は検討すべきである。

 内閣改造で就任した新閣僚もさまざまな問題が指摘されている。森山裕農相は談合で指名停止になった企業から献金を受けていた。

 献金授受の禁止対象の境目がわかりにくいのは事実だが、2月に似たようなケースで当時の西川公也農相が辞任したのは記憶に新しい。疑わしい献金はあらかじめ返しておくのが、入閣待望組のたしなみというものだ。

 島尻安伊子沖縄・北方相の選挙区内でのカレンダー配布も感心しない。うちわを配って閣僚辞任に追い込まれた松島みどり衆院議員の騒動の教訓がいかされていない。政府が臨時国会の召集を見送ったのは「野党の追及を回避するため」との見方が出ている。そうでないならば、閉会中審査に積極的に応じ、森山、島尻両氏に国会の場で事情説明をさせるべきだ。

 登場したのは、いずれも自民党の政治家である。「安倍1強」のもとで、多少のことは大丈夫と思っていないか。有権者はそうしたおごりに敏感である。「違法ではない」で済まさないでほしい。

中国の安定成長に欠かせぬ民間の活力

 中国の7~9月期の国内総生産(GDP)は物価変動を除く実質で前年同期比6.9%増となった。成長率は4~6月期から0.1ポイント鈍った。7%割れはリーマン・ショック後の2009年1~3月期以来、6年半ぶりである。中国の景気減速は世界経済の回復を遅らせる要因になっており、先行きに引き続き警戒が必要だ。

 心配なのは輸入の大幅減少が続いていることだ。9月のドル建ての輸入額は前年同月比20.4%減った。1~9月の累計でも前年同期比15.3%減だ。鉄鉱石、石炭など資源のほか工作機械も落ち込んだ。企業の活動実態を映す卸売物価指数も下落が止まらない。

 これらの数字は、鉄鋼をはじめ重厚長大産業の生産能力が過剰になるなかで、生産や設備投資の調整が本格化していることを意味している。対中輸出への依存度が高い資源国などへの悪影響はしばらく続くだろう。一方、消費はなお堅調で、大都市での住宅販売も持ち直しつつあるが、経済全体をけん引するには力不足だ。

 中国人民銀行(中央銀行)は昨秋から利下げを続けてきたが、今後、一段の金融緩和を迫られる可能性が高い。

 中国の習近平国家主席は訪英前の海外メディアとのインタビューで、減速する中国経済への懸念を表明した。マクロ経済政策担当の李克強首相ではなく、トップの習氏自身が言及するのは異例で、危機感がうかがえる。

 中国は今月下旬、共産党中央委員会第5回全体会議(5中全会)を開く。国民経済の中期目標を定める第13次5カ年計画(16~20年)のほか、景気の現状認識と対応策もテーマになる。

 共産党トップに習氏が就いて3年がたつ。習指導部は持続可能な成長を掲げているが、実効性のある政策に乏しい。安定成長を目指すなら、民間の活力を生かす大胆な具体策が必要だ。

 中国では国有企業を優遇し、民間企業や個人経営者が割を食う「国進民退」が問題になってきた。「5中全会」ではこれを打破する議論が欠かせない。民間の力を生かせなければ、新たな成長の芽は育たず、持続可能な成長もない。

 中国の株式市場の混乱や人民元不安はいったん収束しつつあるものの、先行きは不透明だ。民間活力を重視する経済改革や金融市場改革を進めることで、政策運営への信頼を取り戻すことも重要だ。

臨時国会 召集の求めに応じよ

 安倍内閣は、この秋の臨時国会の召集を見送る方向だ。

 これに対し民主党はじめ野党がきのう、早期の召集を求めることで一致した。当然の要求であり、安倍首相はただちに応じるべきだ。

 通常国会で尽くせなかった法案審議などのため、秋に臨時国会を開くことは慣例となっている。この秋に開かれなければ、05年以来のことになる。

 菅官房長官は「首相の外交日程を優先せざるを得ない」と説明する。11月にかけて日中韓首脳会談や主要20カ国・地域首脳会議などが続くのは確かだ。一方で、立法府の議論が求められる政策課題は山ほどある。

 首相は第3次改造内閣を発足させ、GDP600兆円などを目標とする「新3本の矢」や「1億総活躍社会」を掲げた。ただ、その実現可能性や「総活躍」の意味について、首をかしげる国民も多い。首相はまず所信表明演説でめざすところを明確にし、質疑を通じて国民の疑問に答える必要がある。

 また、安全保障関連法制について首相は「国民の理解がさらに得られるよう丁寧に説明する努力を続けたい」と語った。言葉通り、今後どのような運用を考えているのかなど、いっそうの説明責任を果たすべきだ。

 環太平洋経済連携協定(TPP)での合意内容、政府と沖縄県の対立が深まっている米軍普天間飛行場の移設問題、近隣外交の立て直しや難民対策なども議論しなければならない。

 これだけの論点を、すべて年明けの通常国会に持ち越せというのは身勝手ではないか。国会軽視と言われても仕方がない。

 新閣僚にも問いたいことがある。森山農水相が代表を務める自民党支部は、鹿児島県から指名停止となった建設会社による寄付を受けていた。不祥事が指摘される閣僚はほかにもいる。

 政府側が早期の国会に及び腰なのは、野党の追及をできるだけ遅らせたいからではないか。そう見られては首相としても不本意だろう。

 野党は憲法53条に基づく召集要求を視野に入れている。53条は、衆参いずれかで総議員の4分の1以上の要求があれば、内閣は召集を決定しなければならない、と定めている。

 条文には召集期日の規定はなく、内閣としては引き延ばしも可能だが、だからといって早期召集を拒めば、少数派の意向を尊重すべきだという憲法の趣旨に反することになる。

 野党の要求を待つまでもなく、安倍内閣はみずから臨時国会召集に踏み切るべきだ。

官民投資対話 政府は役割を間違うな

 企業の投資促進策を検討する「官民対話」が始まった。政府が政労使の会合で賃上げを促したのに続く試みだ。安倍首相のほか主要閣僚と主な経済団体のトップらが向き合い「未来への投資」を話し合うという。

 会合は、政府からの強い「要請」で幕を開けた。首相は「産業界は今後、一歩踏み込み、投資拡大の具体的見通しを示してほしい」と発言。甘利経済再生相は会合後の会見で「投資に対するコミットメント(関与)が弱ければ、さらなる強い要請をかけていく」と語った。

 いらだちは、わからなくはない。企業の収益は過去最高水準にあり、2014年度の経常利益は12年度から16兆円余り増えて65兆円近くに膨らんだ。その間、企業が持つ現金・預金は20兆円強増えて210兆円と、手元に資金がたまっている。製造業の設備の「年齢」はこの20年間に5年延びて16年強(13年)に達したが、大企業の足元の設備投資は12年末から横ばいの水準にとどまる。

 だとしても、予算や税制のほか、さまざまな許認可権限を握る政府が民間企業に強く迫って、経営の根幹にかかわる投資計画を出させるかのような振る舞いは尋常ではない。政府は自らの役割を勘違いしてはならない。

 会合で示された資料によると、14年度、日本企業による海外企業の合併・買収(M&A)は過去最高を更新して8兆円に及んだ。政府が熱心な企業統治の強化とそれによる株主重視の流れの中で、上場企業による株主への還元(配当と自社株買い)も13兆円近くと過去最高を塗り替えた。

 海外での設備投資が活発なことも含め、企業はおカネを使うべきだと判断したところには使っている。言い換えれば、国内で投資しても収益につながりにくいと見ているのだ。

 このメッセージを政府は重く受け止めるべきだ。投資が増えないのは、人口が減り、これといった大型の新産業も見当たらず、国民の所得が全体として下がっているという構造的な問題が横たわっているからだろう。

 新産業の創出などで国民の所得を高めていくためにどんな施策が効果的か。家計が財布のひもをしめ、少子化が進む一因となっている社会保障のほころびをどう繕っていくのか。

 「GDP600兆円」や「50年後も人口1億人を維持」と達成への道筋が見えない目標を声高に唱えつつ、企業に投資を迫っても、抜本的な解決策にはならない。

携帯料金軽減策 消費者利益につながる競争を

 携帯電話料金の負担軽減策を検討する総務省の有識者会議が初会合を開いた。年内に報告書をまとめる。携帯電話市場の競争を促進し、料金の引き下げにつなげたい。

 議論のきっかけは、安倍首相が経済財政諮問会議で「携帯料金の家計負担の軽減は大きな課題である」と問題提起し、高市総務相に対策の検討を指示したことだ。

 今や生活に欠かせないインフラとなった携帯電話の料金を抑え、消費を活性化させたいという首相の狙いは、理解できる。

 2014年の家計の通信費は04年比で2割以上増え、月約1万7000円に達した。

 中でも、最近普及がめざましいスマートフォンの料金の高さに不満を抱く利用者は少なくない。

 NTTドコモ、KDDI、ソフトバンクの携帯大手3社の料金やサービスは、ほぼ横並びで、国際的に見ても料金は高めだ。

 背景には、大手3社による市場の寡占化がある。甘利経済再生相は、「(携帯3社は)ほとんど変わらないような料金で揃(そろ)えている。競争が適正に働いているのか、疑問を国民が持っているのは確かだ」と指摘している。

 携帯料金は、1996年に認可制から届け出制に変わり、自由化されている。政府が、料金体系にまで口を出すのは、極めて異例だ。大手通信会社には、首相の指示に対する反発の声もある。

 だが、市場環境を整えて、料金引き下げやサービス競争を促し、消費者利益の確保に努めるのは行政の責務と言っていい。

 現状は、格安スマホを提供する携帯会社へ移ろうとしても、中途解約に高額な違約金を課す「2年縛り」が障害となっている。

 2年ごとに携帯会社や端末を変える契約者に対しては、通信料や端末の販売代金の割引が手厚い。一方、同じ機種を長く使う人は、割引原資となる高い通信料を払わされている。

 総務省は、こうした市場が抱える課題を整理し、携帯電話各社が自主的に改善策を講じるように要請しなければならない。

 欧米などでは、市場への新規参入促進を狙って、携帯会社が使用する電波の割り当てに、競争入札制度を採用する国が多い。

 日本では、多くの電波を割り当てられた大手3社の市場占有率が拮抗(きっこう)している。このため、過度な価格競争をする必要がない。

 今後の市場動向によっては、電波割り当てのあり方も検討対象にすべきではないか。

アフガン情勢 米軍駐留延長で治安取り戻せ

 アフガニスタンの安定へ、国際社会は多くの犠牲を払い、膨大な費用と時間を費やしてきた。この国をテロの温床に逆戻りさせてはなるまい。

 オバマ米大統領が、約9800人のアフガン駐留米軍の撤収を2016年末に完了させる目標を撤回した。17年以降も約5500人を残留させる。妥当な判断だ。

 米軍は、01年9月の同時テロ後に、タリバン政権を倒し、駐留を開始した。ピーク時には約10万人を派遣し、北大西洋条約機構(NATO)軍などと治安維持任務に従事した。近年はアフガン治安部隊の訓練に重点を置いている。

 米国にとって最長の14年間も戦いを続けているのは、対テロ戦略の重要性が変わらないためだ。

 オバマ氏は、08年の大統領選以来、イラクとアフガンでの戦争終結と米軍撤収を一貫して公約に掲げてきた。国内の厭戦(えんせん)ムードが背景にあった。だが、米軍などが戦闘任務を終えた14年以降、アフガンの治安は再び悪化した。

 ガニ大統領が米軍の駐留延長を強く求め、カーター米国防長官も「完全撤収は自滅的だ」と認めた。オバマ氏が公約撤回に追い込まれたのは、アフガン情勢に関する見通しが甘かったためだろう。

 米共和党には、5500人規模の残留では不十分との声もある。イラクでは、米軍撤収後に過激派組織「イスラム国」が台頭した。イラクの轍てつを踏まないよう、戦略の再構築を急ぐべきだ。

 アフガンでは昨年9月、国際社会の支援によって、初めての選挙を通じた政権交代が実現した。今年7月には、ガニ政権とタリバンが初の和平協議も行った。

 しかし、タリバンは最高指導者オマル師の死亡発覚で混乱し、協議の再開は見通せない。

 心配なのは、タリバンによる攻勢の激化だ。先月末には、北部クンドゥズの大半を一時制圧した。タリバンと敵対する「イスラム国」によるテロも深刻化している。

 アフガンの自助努力が欠かせない。大統領と行政長官が力を競い合い、統治機能が低下している現状は放置できない。指導部の結束が安定への第一歩となろう。

 治安部隊の強化も、喫緊の課題だ。米軍やNATO軍はアフガン政府と連携し、必要な兵力と装備を確保するとともに、組織的な訓練を継続することが重要だ。

 日本は01年以来、武装解除や社会資本整備、警官育成、教育、医療などに約7000億円もの支援を実施してきた。今後も、非軍事分野の貢献に力を入れたい。

2015年10月19日月曜日

欧州の難民問題に日本はどう向き合うか

 米国、オーストラリア、ニュージーランド、ブラジル、ベネズエラ――。欧州を揺さぶるシリア難民の受け入れを表明する声が、域外の政府からも相次いでいる。

 そのなかで日本政府は、トルコなど周辺国への資金援助を表明しているが、難民の受け入れには慎重だ。これで日本という国に共感を得られるのか、考えてみる必要があろう。

 思い起こすのは、1970年代の後半から80年代にかけて世界を揺るがせたインドシナ難民の問題だ。米国や豪州、欧州諸国などが受け入れを進め、アジアで唯一の先進国だった日本にも受け入れを求める声が世界的に高まった。

 そのころ日本は難民の保護を定めた国際条約にも加盟していなかった。だが79年に東京で先進国首脳会議(サミット)を主催する立場だったことなどを踏まえ、受け入れに踏み切った。結果として、外圧に屈してしぶしぶ、という印象が残ったのは否めない。

 今のところ、シリア難民をめぐって露骨な日本批判が高まっているわけではない。とはいえ、このほど国連安全保障理事会の非常任理事国に選ばれ、来年には伊勢志摩サミットが予定されている。改めて日本の姿勢が問われる局面と言わざるを得ない。

 アジアで生まれたインドシナ難民を、多くの欧米諸国は日本以上に受け入れた。そんな過去を顧みても、シリア難民の問題を身近に受け止めるまなざしが必要だ。

 難民政策の全体を考え直す機会でもある。シリア難民の問題が深刻になる前から、日本は難民に冷淡だとの批判を浴びてきた。

 それを踏まえ法務省はこの夏、難民認定の基準を改めていくことを検討する方針を打ち出した。これをどう具体化するか、多様な観点から検討が求められる。

 改めて指摘しなければならないのは、難民の受け入れが社会に緊張をもたらす可能性だ。十分な備えがなければ、かえって排外主義的な声を高めかねない。

 米国や豪州のような「移民国家」と違って、日本は海外からのヒトの受け入れに慣れていない。日本語教育や職業訓練、日本の習慣になじんでもらうための仕組みなど、緊張を和らげる態勢をどう整えるのかは、難民政策を考えるうえで欠かせない視点といえる。

 もちろん、異文化に寛容な心構えをどう育むか、われわれ自身も問われている。

8兆円買収が問う経営革新

 パソコン大手の米デルが、データ記憶装置の大手である米EMCをおよそ8兆円で買収する計画を発表した。IT(情報技術)業界で過去最大の規模という。

 めざすのは機器からソフト、サービスまで手がける総合IT企業への転換だ。想定通りの成果を上げられるか現時点では見通しにくいが、リスクをとって経営の革新に挑む姿勢は、業種を問わず企業が注目すべきものだろう。

 1984年創業のデルは、電話やネットで注文を受け、パソコンを顧客に直接売る手法で急成長した。パソコンの低価格化を促すビジネスモデルは斬新で、部品調達のノウハウを自動車メーカーも学ぶほどだった。

 しかし、2000年代に入り、IT機器の主役がパソコンからスマートフォンに移ると失速する。変化の波に乗り遅れたからだ。

 13年にはMBO(経営陣が参加する買収)によって非上場会社となった。短期的な利益を求める株主の圧力から逃れ、長期の視点で会社を立て直すためだった。そして打ち出したのが今回の買収だ。業界勢力図を変える試みに再び着手したといえる。

 浮き沈みのあるデルの歴史は、自己を変革し続ける努力なくして企業は競争力を保てないという現実を示す。経営者は自社の取り組みが十分か自問してほしい。

 ネット検索の枠を超えさまざまな産業に進出する米グーグルは今月、持ち株会社のアルファベットに衣替えした。自動車や医療といった新規事業を独立した会社として運営し、イノベーションを加速するねらいがある。

 グローバル化や顧客ニーズの多様化で、画期的と思われた製品や技術もあっという間に古びる時代になった。収益力のあるグーグルのような会社も、強い危機感に突き動かされた。

 大切なのは、環境変化を先取りする経営の追求を怠らないことだ。成功体験に安住すれば成長が止まる。業績が上向いてきた日本企業も油断してはならない。

銀行の献金 なし崩し復活は筋違い

 全国銀行協会の佐藤康博会長(みずほフィナンシャルグループ社長)は先週の記者会見で、政治献金の再開について「各行が独自に判断する」という立場を表明した。1997年を最後に、政治献金を自粛してきた銀行業界で、なし崩しに再開する可能性が出てきた。

 ときに政府の支援を受けることもある銀行が政権与党に政治献金をすれば、両者の関係に不信を招きかねない。どれほど国民にとって必要な措置でも、国民の理解は得られなくなる。銀行は政治献金を慎むべきだ。

 銀行業界が1998年から政治献金を自粛してきたのは、金融危機のもとで銀行に対して総額13兆円という巨額の公的資金が注入されたからだ。ところが最近では「献金再開の環境が整ってきた」と考える銀行もあるらしい。

 たしかに3メガバンクなどは公的資金を完済したし、長らく納めてこなかった法人税も最近では納めるようになった。とはいえ、今でもひとたび大手銀行が経営危機に陥れば、政府は公的資金を投じることになる。危機の教訓をふまえ、そのほうがコストが安いと多くの国民も受け入れるようになったからだ。

 銀行には、それだけ公的な存在なのだという自覚がほしい。

 そもそも企業・団体献金そのものが段階的に廃止すべきものだ。いまだに放置されていること自体がおかしい。

 20年前、政党助成制度が導入されたのは「政官業の癒着の温床」とされた政治献金をなくすのが目的だった。そういう国民との約束で、政党助成制度には毎年総額300億円を超える国費が投じられている。国民は1人あたり毎年250円を政党活動のために負担しているのだ。

 にもかかわらず政治献金廃止の約束は事実上ほごにされてきた。政治家個人に対する企業・団体献金は禁じられたものの、政治家が代表する党支部へ献金するといった抜け道は許されている。現状は、政治家による税金と企業献金の二重取りと言ってよい。

 恩恵を最も受けているのが最大与党の自民党だ。政党交付金額は最大、企業献金も最も多く集めている。昨年、5年ぶりに政治献金の呼びかけを再開した経団連が、今年も呼びかけを続けるという。

 安倍政権は経団連が重要視してきた法人税の引き下げや原発再稼働などを推進している。経団連が実質的にその安倍政権のために政治献金を呼びかけている。「政策をカネで買う」行為と批判されても仕方ない。

韓国の教科書 時を逆戻りさせるのか

 韓国教育省は、2017年から中学と高校の歴史の授業に国定教科書を使うことを決めた、と発表した。

 現行の検定制の歴史教科書の中には事実関係の誤りや、北朝鮮に融和的な記述もあるとしており、国定教科書にすることでそうした問題を解消し、「国民統合をはかる」と説明する。

 しかし、民主化して30年近くたつ韓国は、多様な価値観が存在する先進国である。いまごろなぜ、歴史教科書のみを国定化せねばならないのか、理解に苦しむ。

 韓国政府内にも反対意見はあったが、朴槿恵(パククネ)大統領の強い意向によって決まったと伝えられる。多くの意見をとりいれるとの趣旨で、国史編纂(へんさん)委員会で中身を詰めるという。

 だが、野党や学生、市民団体などが強く反発しており、社会に動揺が広がっている。

 主要大学の歴史学研究者らは早々と、執筆陣に加わることを拒否すると宣言したほか、保守系メディアの中からも多様性を守るべきだとして慎重意見や反対論が相次いでいる。

 朴氏は大統領府での会議で「歴史教育は、決して政争や理念の対立によって国民や学生を分裂させてはいけない」と述べた。だが、対立の最大の原因となっているのは、ほかならぬ国定化の一方的な通告だ。

 韓国では朴大統領の父で、軍事独裁政権を率いた故・朴正熙大統領時代の1974年に教科書が国定化された。80年代の民主化後にやっと徐々に検定制の採用が始まり、全面的に検定教科書が使われ出したのは、わずか4年前のことだ。

 現行教科書には軍事独裁に批判的な記述も少なくない。国定化に反対する人々が「最大の狙いは父親の名誉回復だ」と非難を強めるのはそのためだ。

 国定教科書の略称は「正しい歴史教科書」にするというが、そもそも誰が何をどう正しいと判断するのか。

 朴氏は日本に対しても繰り返し「正しい歴史認識」の重要性を強調してきた。確かにどの国であれ、過去の負の事実から目を背けたり、政治の思惑で史実を曲げたりするべきではない。だが、まるで朴氏の主張だけが正しいかのような姿勢は、日本側に失望感を生んでいる。

 韓国の民主化は、多くの流血の末に市民が勝ち取った。多様な意見が共存してこその民主国家である。

 時計の針を逆戻りさせるかのような時代遅れの措置は、国民統合どころか、社会に不信感を広げるだけだ。

就職活動見直し 学業への影響を小さくしたい

 大学生の採用活動を巡るルールの再見直し論議が、本格化してきた。学生が学業に取り組める環境整備につなげたい。

 中小企業が加盟する日本商工会議所が、2017年春入社予定の学生から、大企業の選考活動の解禁時期を4年生の6月に改めるよう提言した。

 今年の大企業の採用活動は、経団連の指針で、会社説明会が3年生の3月、選考活動は4年生の8月に解禁された。昨年と比べて、3~4か月繰り下げられた。

 このため、大企業の選考結果を受けて内定辞退が相次ぐ中小企業は8月以降、追加募集を迫られたが、選考期間が短くなり、人材の確保が困難になった。

 東京商工会議所の調査では、採用活動の繰り下げが悪影響を招いたと回答した会員企業は4割以上、大学は7割に上った。

 日商の三村明夫会頭が「問題点が明らかになった以上、(経団連指針を)継続するのは良くない」と述べたことは理解できる。

 こうした指摘を踏まえ、経団連は年内に指針を見直す方針だ。現在、約1300社を対象に採用活動の実態調査を行っている。

 そもそも指針が採用時期を繰り下げたのは、学生の就活の負担を減らし、学業に専念する時間を十分に確保することが目的だった。しかし、実態はその狙い通りに進んだとは言い難い。

 経団連に加盟していない外資系や新興の企業は、より早い今春から選考活動に動き、学生も出遅れまいと就活を始めた。いったん内定を得た学生も、8月解禁の大企業の入社試験を受けるため、結果的に就活が長期化した。

 このため、学生から「授業に出席できず、学業に支障を来した」といった不満が出ている。公務員の採用試験と日程が重なり、負担が重くなったとの指摘もある。

 民間調査によると、8月1日時点で大学生の約7割が内定を得ていた。中小企業だけでなく、経団連加盟の一部の大企業も、解禁前に内々定を出すなど、事実上の選考活動を始めていたためだ。

 「紳士協定」の指針が有名無実化していたことを裏付ける。

 経団連は、日商に加え、大学や学生などの幅広い意見を参考に、指針の再見直しの結論を出してほしい。加盟企業に指針の順守を働きかけることも求められよう。

 中小企業の人材確保には、大企業志向の強い学生に、中小企業の魅力を伝える合同説明会や就業体験などに、官民を挙げて知恵を絞ることが欠かせない。

マレー機撃墜 ロシアは事件捜査に協力せよ

 300近い人命を奪った悲劇から1年以上が経過しても、実行犯訴追の展望が開けていない。極めて重大な問題だ。

 昨年7月、ウクライナ東部上空で起きたマレーシア航空機撃墜事件について、最も多くの犠牲者を出したオランダの安全委員会が最終報告書を公表した。

 報告書は、ウクライナ政府軍と親ロシア派武装集団の戦闘中に発生した撃墜の経緯を詳細に分析した結果、地対空ミサイル「ブク」によるものと断じた。

 ミサイルが発射された可能性のある場所として、ウクライナ東部の約320平方キロ・メートルの範囲を特定した。一帯を支配していた武装集団の関与を示唆したものだ。

 米欧諸国やウクライナ政府は、通信傍受やレーダーの記録などから、武装集団がマレー機をウクライナ空軍機と誤認し、ミサイルを発射したと指摘してきた。

 しかし、報告書は、実行犯の特定にまでは踏み込まなかった。安全委に捜査権限がないとはいえ、遺族らが憤りを募らせているのは理解できる。

 実行犯特定を含む刑事責任の追及は今後、オランダ、マレーシア、ウクライナ、米露などで構成する共同捜査団に委ねられる。

 すでに複数の実行犯が浮かんでいるという。共同捜査団は、安全委の調査結果を十分に生かし、蛮行の責任の所在を明確にしなければならない。

 障害となるのは、ロシアと武装集団が、自らの関与を一貫して否定していることだ。「ブク」を保有するウクライナ軍による撃墜の可能性を主張してきた。捜査にも非協力的と言うほかない。

 プーチン政権は事件直後、国際的な調査チームの現場入りを武装集団が妨害するのを黙認した。

 今年7月には、実行犯の責任を問う国際犯罪法廷設置を巡る国連安全保障理事会決議案に拒否権を発動し、否決に追い込んだ。

 一連の行動は、ロシアへの不信を強めるだけではないか。

 ミサイル発射地点の解明と、全実行犯の訴追には、ロシアによる情報提供が欠かせない。国際社会は共同捜査団を支援し、ロシアに協力を促すことが肝要だ。

 真相解明には、ウクライナ東部情勢の安定化が急務である。

 9月以降、戦闘は小康状態にあるが、ウクライナ政府軍と武装集団の重火器撤去が進まないなど、停戦合意の履行は遅れている。

 紛争の長期化を避けるために、米欧や日本は連携し、当事者に停戦の順守を迫り続けるべきだ。

2015年10月18日日曜日

日米韓を立て直す契機に

 マイナスだった水準がようやくゼロに近づいてきた。日本と米国、韓国の協力関係の現状は、ひと言でいえばこんな感じだろう。関係の立て直しを、さらに急がなければならない。

 オバマ米大統領と韓国の朴槿恵(パク・クネ)大統領が会談し、北朝鮮に核放棄を迫るとともに、弾道ミサイルの発射や核実験に踏み切れば、新たな制裁も辞さないことを確認した。

 ここまでは初めから想像できた展開だ。会談の最大の注目点は、朴大統領がどれくらい本気で日米韓の結束に踏み込むかだった。北朝鮮の核問題や中国の海洋進出といったアジアの懸案に対処し、地域の安定を保つうえで、3カ国の連携が待ったなしだからだ。

 この点で、朴大統領の訪米はひとまず一定の成果があったといえよう。オバマ大統領は会談後の共同記者会見で、日韓首脳会談が11月1日に開かれる方向で調整が進んでいることを踏まえ、両国の関係修復に強い期待感を示した。

 朴大統領も日米と結束して北朝鮮問題に当たる考えを表明し、冷え込んだ日韓関係の改善にも応じる姿勢をにじませた。

 日韓ののど元に突き刺さっている旧日本軍の従軍慰安婦問題は、なお打開の糸口がみえていない。両首脳はこの好機を生かし、接点を探る努力を尽くしてほしい。

 日米韓の結束にとって、もうひとつ不安の種がある。韓国の外交政策が中国寄りに傾いているようにみえることだ。韓国は中国主導のアジアインフラ投資銀行(AIIB)に参加した。9月には朴大統領が訪中し、抗日戦勝70周年の記念式典に出席、軍事パレードも参観した。中国が海洋で強硬な行動に出ている問題などでも韓国の批判は控えめにみえる。

 中国が国際規範や法に違反したら、韓国も米国と同じ声をあげてほしい――。オバマ大統領は会見でこう求めたが、朴大統領から明確な答えはなかった。日米と韓国の対中政策の溝が広がらないよう、韓国側にも考慮を求めたい。

企業の意思決定に政府が介入しては困る

 政府は企業に投資拡大を促す「官民対話」の初会合を開いた。首相や経済閣僚と経済界の代表者が参加し、投資促進に向けた規制緩和や減税策なども話し合う。経済の活性化に向け官民が意見交換することには意味があろう。

 だが、設備投資をどうするかなど、企業が自主判断で決めるべきことに政府が干渉するなら問題だ。企業の経営戦略をゆがめるようなことになれば、民間の活力が抑えられる懸念がある。政府の役割は民間が競争力を高めやすくなる規制改革などの環境づくりだ。

 政府が企業に投資増を促すのは業績が堅調な割には投資が伸び悩んでいるためだ。上場企業全体の手元資金は2014年度末で105兆円と過去最高水準にある。一方で民間設備投資は鈍化しており、先行指標となる機械受注額は15年7~9月期に、船舶・電力を除く民需で前期比マイナスとなるのがほぼ確実な情勢だ。

 設備投資の停滞は中国経済の減速などが影響している。ただ資金は潤沢なだけに、企業がお金をもっと投資に振り向け、景気の足踏み状態を打開してほしいと政府が考えるのもわからないではない。

 しかし政府の圧力を受ける形で、企業が無理をして投資を拡大すれば、肝心の競争力が低下する心配がある。国内投資に資金を回す結果、海外事業展開に支障が出るという事態も考えられよう。

 経営の意思決定は個々の企業が下し、国の圧力や統制は排除するのが自由主義経済の基本だ。賃上げの働きかけもそうだが、企業の経営判断への政府の介入には違和感を覚えざるを得ない。

 最も大事なのは企業が持続的に成長する力をつけることだ。安定的に投資を増やしていけるだけの競争力を持った企業が広がることが、強い経済を実現するために欠かせない。

 医療、環境・エネルギー関連といった成長分野への企業参入を促す規制改革や、法人実効税率の着実な引き下げなど、企業の活動を活発にする環境整備は一段と重要になる。政府はこうした政策を強力に進めてほしい。

 企業が資金を有効活用して競争力を高める努力もいっそう求められる。ロボットや人工知能は新しいビジネスの種になり、生産性向上にも使える。イノベーションを起こす力を経営者は問われる。日本経済の再生へ企業と政府がそれぞれの役割を果たすときだ。

軽減税率 インボイスが不可欠だ

 個人や企業が決められた税金を納める。国や自治体は、税金を使って必要な行政サービスを提供する。これが税・予算制度の基本的な仕組みである。

 支払った税金が国などに届かず、誰かが懐に入れる事態がまかり通るようでは、行政システムは成り立たない。税金を実際に負担する人と、税務署への納税事務を担う人が異なる間接税については、とりわけ目を光らせる必要がある。

 代表的な間接税である消費税に関して、10%への増税後も食料品などの税率を現行の8%にとどめる軽減税率の導入を政府・与党が検討し始めた。実務上の課題として、業者間の取引にインボイスを導入するかどうかが争点になっている。

 インボイスとは、取引するモノやサービスごとに、適用される消費税率と税額を記した明細書だ。消費税率が二本立てになれば、きちんとした納税を促すためにインボイスが不可欠とされる。軽減税率を実施済みの欧州各国では、インボイスがやりとりされている。

 ところが、「事務負担が増す」との理由から、日本の経済界では中小業者を中心にインボイスへの反対が強い。自民党の中に軽減税率への消極論が根強く残るのも、理由はもっぱらインボイス問題だ。

 軽減税率を導入するなら、インボイスは欠かせない。

 ある業者が原料を仕入れ、製品に加工して販売した、としよう。業者は原料の仕入れ時に消費税を支払い、製品の販売時には消費税を受け取って、その差額を税務署に納める。消費者が支払った税金を事業者が取引段階に応じて分担して納税するのが消費税の仕組みだ。

 例えば、消費者は基本税率分の消費税を支払ったのに、業者が軽減税率の取引だと偽れば、業者の手元に税金の一部が残る。こうした不正を防ぐための道具がインボイスである。

 軽減税率を主張してきた公明党は、業者の事務負担を軽くするために、既存の伝票類を生かして軽減税率の取引に印をつける「簡易型」インボイスを提唱している。が、こうした方法でしっかりチェックできるのかどうか、心もとない。

 消費税には、納税額の計算を簡単にする簡易課税制度や、売り上げが一定額以下の業者は納税しなくてよい免税点制度があり、消費者が支払った税金が業者の手元にとどまる「益税」問題がかねて指摘されてきた。

 軽減税率の導入で不透明・不公正さを増すような制度設計は許されない。

高校の「歴史」 近現代を複眼思考で

 2022年度に始まる予定の高校の新しい学習指導要領で、「歴史総合」(仮称)が必修科目として登場する。

 その中身を具体化する議論が中央教育審議会で来月、始まる。知識の暗記を超え、歴史を複眼思考でとらえる内容にしてもらいたい。

 「歴史総合」は「世界史」と「日本史」を一つにし、近現代史を中心に学ぶ科目だ。

 いまは「世界史」が必修になっている。「日本史」の必修を求める声が自民党から出ていたが、二者択一ではなく統合する形にした。

 グローバル化が進むなか、日本と世界の歴史を関連づけながら学ぶ意味は大きい。特に近現代史は重要だろう。それは主に戦争を含む歴史であり、現在の問題に直結するからだ。

 日本と中国、韓国の間では、南京事件や慰安婦などをめぐる歴史認識の違いが問題になってきた。なぜ対立するかを理解し、解決策を考えるには、記録や資料をふまえ、論点をつかむことが欠かせない。

 歴史教育全体も見直したい。

 これまでの授業は、年号や用語などの暗記が中心だった。古代から順に学習するため、近現代史は足早に通過しがちでもあった。それらを改め、自ら調べる学習を充実させ、課題を論じる授業を広げてもらいたい。

 心配な点もある。

 まず、先生の教える自由がどこまで保障されるかだ。

 先生が自らの主張を教え込む授業では困る。一方で、偏っているとの批判を恐れ、及び腰になっては元も子もない。

 論争的なテーマの授業を試行錯誤できるよう、教育委員会も保護者も見守ってほしい。

 教科書のありかたも問題だ。

 文部科学省は教科書の編集の指針を改め、領土問題で日本政府の考えを書くよう求めた。

 検定基準も戦後補償など政府の見解があるときは、それに基づく記述を入れるよう定めた。

 その結果、中学校の教科書の領土の記述は政府見解をなぞるだけで、相手国の主張まで扱った本はほとんどなかった。

 慰安婦など論争的な主題を扱うのに消極的な傾向も見える。これでは多様な考えを学ぶ授業は難しい。

 安倍首相は戦後70年の談話で「謙虚な気持ちで、過去を受け継ぎ、未来へと引き渡す責任があります」と述べた。

 それを実現するカギを握る一つが歴史教育だ。価値観の違う人々と次の世界をつくる世代をどう育てていくか。中教審の議論に注目したい。

米韓首脳会談 対中傾斜で同盟を揺るがすな

 米国と韓国が強固な同盟を維持することは、北朝鮮の軍事挑発に対する抑止とアジア地域の安定に不可欠である。韓国は過度に中国に接近し、同盟を弱体化させてはなるまい。

 オバマ米大統領がワシントンで朴槿恵韓国大統領と会談し、北朝鮮の核放棄に向けた協力などを柱とする共同声明を発表した。

 北朝鮮が国連安全保障理事会決議を破って弾道ミサイル発射や核実験を強行した場合は、追加制裁に踏み切ると警告している。

 北朝鮮は今夏以降、南北間の軍事的緊張を高め、核実験実施なども示唆した。オバマ氏が共同記者会見で、「韓国防衛への米国の責任は揺るぎない」と述べ、同盟強化を確認した意義は大きい。

 ただ、米韓の「緊密な同盟」は多分に、演出されたものであることは否めない。米国内で強まっていた韓国の対中傾斜への不信感を打ち消す必要があったからだ。

 朴氏は、中国主導のアジアインフラ投資銀行(AIIB)への参加を決め、中国の「抗日戦勝」記念軍事パレードにも出席した。

 記者会見で朴氏は、日米などが大筋合意した環太平洋経済連携協定(TPP)について、「米韓は自然なパートナーになれる」と語り、参加の意欲を示した。米側の懸念を緩和する狙いだろう。

 オバマ氏は記者会見で、中国が国際ルールを守らない場合には、「韓国も声を上げてほしい」と朴氏にクギを刺した。中国による東・南シナ海での独善的な海洋進出を念頭に置いたものだ。だが、朴氏はこの点に言及しなかった。

 韓国が今後、対中姿勢を修正するかどうかは不透明だ。

 中韓の貿易額は米韓、日韓の合計を上回る。韓国が経済面で中国を重視するのは理解できるが、安全保障面で米国から中国に軸足を移すことは、地域を不安定化させる危険をはらんでいる。

 朴氏はワシントンで行った講演で、11月初めの日中韓首脳会談の際、安倍首相と初めて本格的に会談する意向も表明した。

 就任以来、慰安婦問題の進展を日韓首脳会談を行う条件としてきた。日韓関係の改善を求める米国の再三の働きかけに、ようやく応じた格好である。

 一方で、朴氏は、「慰安婦問題で進展があれば、意味ある首脳会談になる」とも強調した。

 朴氏が歴史問題に偏った外交姿勢を改めなければ、日韓が山積する懸案に効果的に対処することは難しい。米国が望む日米韓の緊密な連携も実現できないだろう。

有給休暇取得率 効率的に働いて引き上げよう

 効率的に働き、しっかり休む。長時間労働を是正し、仕事と生活の調和を図るには、有給休暇の取得率向上が重要だ。

 厚生労働省が昨年度から有休取得促進期間に定めた10月、改めて労使で実効性ある対策を練ってもらいたい。

 休んでも賃金が支払われる有休は、労働基準法が定める労働者の権利だ。6か月以上勤め、出勤率が8割以上なら、勤続年数に応じて年10~20日認められる。パートなどにも一定の有休がある。

 働く人が休暇によって心身ともにリフレッシュすれば、仕事への意欲が高まろう。企業の業績向上にもつながると期待される。

 だが、有休の取得率は近年、50%を下回る水準で低迷している。2014年は47・6%にとどまった。政府は、20年までに70%に引き上げる目標を掲げるが、現状とは大きな隔たりがある。

 労働時間が長い人ほど、取得率が低い傾向が見られる。週60時間以上働く正社員では、3割近くが年間1日も取得していない。過労死につながりかねない現状の改善を急がねばならない。

 課題となるのは、長時間労働を前提とした働き方の見直しと、管理職の意識改革である。

 厚労省の調査では、労働者の3分の2が有休の取得に「ためらい」を感じている。「皆に迷惑がかかる」「後で多忙になる」を理由に挙げる人が多い。

 有効な対策となるのが、「計画的付与制度」の普及だろう。

 有休の取得は本人の申し出が原則だが、労使協定を結べば、有休の一部について、企業が計画的に割り振ることができる。労働者が気兼ねなく休める上、企業側も労務管理がしやすくなるのが、この制度のメリットだ。

 採用している企業は2割に満たないが、そうでない企業より平均取得率は8ポイント程度高い。

 先の国会に提出された労働基準法改正案には、年5日の有休を企業の責任で確実に取得させる仕組みの導入が盛り込まれた。早期成立を目指したい。

 家族の誕生日に有休を取得する制度を設けるなど、利用しやすいように工夫する企業も増えてきた。厚労省は、土日や祝日に有休を組み合わせる「プラスワン休暇」を推奨している。

 祭りや行事に合わせて休暇の取得を呼びかける自治体もある。

 余暇の充実は、観光や趣味などの消費拡大にも役立つ。企業や地域の実情に合った対策を、官民で推進する必要がある。

2015年10月17日土曜日

中国は海の緊張緩和へ具体的な行動を

 中国と東南アジア諸国連合(ASEAN)各国の国防相らによる非公式会議が北京で開かれた。南シナ海での中国の一方的な岩礁埋め立てに関係国が反発し、危機が続いている。中国に強く自制を促したい。

 「アジア回帰」政策を掲げる米国は、南シナ海での航行の自由を強調している。中国とのハイレベルの接触のたびに懸念を伝えてきた。

 9月下旬のワシントンでの米中首脳会談では、オバマ大統領が南シナ海問題を提起。習近平国家主席は中国の主権を主張して譲らず、対立が深刻化した。習氏の訪米は、格が高い「国事訪問」にもかかわらず、包括的な共同声明さえ出せない状況に追い込まれた。

 中国は、周辺国と領有権を争う南沙(英語名スプラトリー)諸島で造成した人工島から12カイリ(約22キロ)を領海と主張している。軍事利用も可能な構造物の建設も続いている。

 カーター米国防長官は先に「航行の自由」確保へ米軍は世界のあらゆる場所で活動するとしたうえで、「南シナ海は例外ではなく、今後も例外にならない」と強調した。人工島から12カイリ以内での米艦艇の活動もためらわない構えだ。米・オーストラリア外務・防衛閣僚協議後の記者会見での発言だけに情勢は緊迫している。

 中国とASEANの国防相会議で、南シナ海での米軍活動に関して、いかなる具体的な議論があったのかは明らかになっていない。中国は南シナ海問題を巡るASEAN各国の立場の違いを利用したい。ASEANの足並みが乱れるなら米国をけん制できると読む。

 ASEAN各国側としても、世界第2位の経済規模を持つ中国との経済・貿易関係を重視している。インドネシアは、高速鉄道の建設で破格の条件を示した中国案を採用した。

 とはいえ中国が力による現状変更をやめない限り南シナ海情勢の危うさは続く。中国は緊張緩和へ具体的な行動を取るべきだ。米中が衝突すれば、ASEAN諸国や日本、世界経済にも甚大な影響が出るのは間違いない。

 中谷元・防衛相は11月上旬、マレーシアで開くASEAN拡大防衛相会合の際、中国の常万全国防相との会談を検討している。日本も米国、ASEAN各国と歩調を合わせ、中国に真摯な対応を迫る必要がある。

信頼回復の道遠い東洋ゴム

 不正行為の広がりは目を覆うばかりだ。免震ゴムの性能データを改ざんしていた東洋ゴム工業が、鉄道車両や船舶などの揺れを抑える防振ゴムでも試験結果を偽っていたことが明らかになった。

 関与していた社員や組織の倫理観の欠如に慄然とする。コンプライアンス(法令順守)への感度の鈍さや安全意識の薄さは深刻だ。免震ゴムの不正を受けて始めた教育研修の見直しなど再発防止策も、不備がないか点検してもらいたい。企業風土を抜本的に改革することが急務だ。

 東洋ゴムでは2007年に断熱パネルの耐火性能の偽装が発覚。今年3月には免震ゴムでの不正を公表した。性能偽装は今回の防振ゴムで3度目になる。

 特に問題なのは防振ゴムでも免震ゴムの場合と同様に、品質保証の担当組織の社員がデータ改ざんなどにかかわっていたことだ。

 品質管理に最も目を光らせなければならない部署で品質偽装が起きるという例は、まず聞かない。社員の意識を変えていかない限り不祥事の根は断てないだろう。

 免震ゴム問題では公表が大幅に遅れ、その学習効果に疑問符もつく。今回の防振ゴムの不正は8月後半に発覚したが、国土交通省や経済産業省への報告は9月末、公表は10月半ばになってからだった。迅速に情報開示する姿勢がなくては社会の信頼はなかなか取り戻せまい。

 防振ゴムの不正は免震ゴム問題を受け、ほかの製品に性能偽装がないかをチェックした「緊急品質監査」の完了後に発覚しており、その検査の甘さを露呈する形にもなった。東洋ゴムは改めて品質の点検をやり直す必要があろう。

 東洋ゴムは出荷した防振ゴムの安全性を納入先の企業の協力を得て入念に調査する責任がある。事故が起きれば人命にもかかわる。

 規律が緩み、不正を生んだり見逃したりする企業風土ができてしまうと、元に戻すには相当の労力が要る。相次ぐ不祥事に揺れる東洋ゴムは他企業の反面教師だ。

企業の税逃れ 対策の実行が問われる

 多くの国が財政難に直面し、国民に負担増を求めている。一方で、世界を舞台に活動する大企業は各国の税制の違いをついて節税を徹底している。

 この問題にどう向き合うか。先進国が中心の経済協力開発機構(OECD)の加盟国に、中国やインドなど新興国も加わって、行動計画がまとまった。

 現状を放置すれば、海外に出ていくのが簡単ではない個人や中小企業にますます負担のしわよせが行き、不公平感が高まって税制への信頼が揺らぎかねない。そうした危機感を背景に、負担をできるだけ公平にしようとする行動計画の趣旨を歓迎したい。

 OECDの推計では、世界で毎年1千億ドル(約12兆円)~2400億ドル(29兆円弱)、法人税収の4~10%の税収の目減りが生じているという。こうした現状に対し、行動計画は「企業は利益を生んだ場所で納税するべきだ」という原則を強調する。企業活動の実態に後れをとりがちな税制を改め、脱法的な行為に目を光らせるための対策は15項目、千数百ページに及ぶ。

 例えば▽音楽や書籍が国境を超えて売買される電子商取引の普及に合わせて、サービスを提供する事業者の所在地に着目する従来の原則にとらわれず、顧客がいるところで消費税を課す▽大企業のグループ内取引に関して、融資に伴う利子や配当、特許料の支払いという名目で低税率国に設けた子会社に利益をためることを防ぐ、といった内容だ。

 ただ、行動計画に強制力はない。企業に狙われる各国税制の「ずれ」や「抜け穴」も、企業誘致のための優遇に端を発していることが少なくない。各国が協調して計画の細部を詰め、実行していけるかが問われる。

 当面の試金石として、新たな協定を作る作業に注目したい。

 国際的な税制の取り決めは二国間の租税条約の積み重ねが基本だが、その数は世界で3500に及ぶ。税逃れの防止へ新たに1本の協定を作り、それに沿って租税条約を改めていくことで対応を早めるのが狙いだ。11月から始まる協議を着実に前進させていく必要がある。

 行動計画には、多国籍企業の活動や納税の実態をつかむため、様々な情報を統一形式で報告させ、国際的に交換することが盛り込まれた。

 日本の経団連など各国の経済界は、事務負担の増加などを理由に抵抗したようだ。しかし、自らの活動に納税者の理解を得ることは大切な課題のはずだ。しっかり協力してほしい。

安保と議事録 歴史検証に堪えられぬ

 集団的自衛権の行使を可能にする安保法制の成立から1カ月。参院特別委員会での採決のプロセスが、いかに日本の民主主義に汚点を残したか。公開された参院の議事録から、改めて見えてくる。

 「発言する者多く、議場騒然、聴取不能」

 採決直後の速記録は、鴻池祥肇委員長が可決を宣言したとする際のさまをこう記していた。

 しかし、このほど参院のホームページで公開された議事録には、鴻池氏の判断で「質疑を終局した後、いずれも可決すべきものと決定した」「なお、両案について附帯(ふたい)決議を行った」などの文言が追加されている。

 野党が「与党だけで文書を作り上げたのは前代未聞」(民主党の岡田代表)として、作成過程を検証するよう参院事務総長に申し入れたのは当然だろう。

 議事録をあつかう最終権限は委員長にある。だとしても、このようなやり方が通用するなら、「なかったこと」を、事後的に「あったこと」にできることにならないか。

 議事録は国会審議の公式記録だ。それなのに、この議事録を読んでも可決が「賛成多数」か「全会一致」か、付帯決議はどの会派が提出したのか、どのような内容なのかもわからない。

 戦後日本の一大転換となる一幕が、歴史的検証の素材たり得ない。後の世代に対する責任放棄と言われても仕方がない。議事録はいったん白紙に戻し、記録の内容について与野党で協議し直すべきだ。

 問題はこれだけではない。横浜市であった地方公聴会の報告をしないまま、公聴会の翌日、委員会採決が行われた。

 公聴会に対しては採決に向けた「通過儀礼」と化しているとの指摘もある。しかし本来は、利害関係者や学識経験者から意見を聴き、法案審査に生かすためにある。参院先例録は、派遣された委員が、その結果を「口頭または文書で委員会に報告する」と定めている。

 公述人から「公聴会への派遣は委員45人中20人。報告がされなければ、公聴会の内容が共有されない」「公聴会が本当のセレモニーになってしまう」と抗議の声が上がっている。重く受け止める必要がある。

 最後は多数決で決める。それが議会制民主主義の一面であるのはその通りだ。

 だが、その根幹は異論や反論にも耳を傾け、議論をする、そのプロセスにこそある。

 民主的なプロセスを軽んじる政治は、民主的に選ばれたはずの自らの基盤を弱くする。

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