2015年12月31日木曜日

株価が映す世界経済のリスクに備えよ

 東京証券取引所で2015年の最後の株式取引が30日に行われた。日本経済の体温計といえる日経平均株価は1万9033円71銭で取引を終了した。14年末に比べ1582円94銭高い水準だ。

 日経平均の暦年ベースでの上昇は4年続けてのことだ。これはバブル崩壊後では03~06年に並ぶ最長の期間だ。株価が示唆する日本経済の先行きは決して悲観すべきものではない。

 とはいえ、今年は世界経済の様々なリスクを映し、日経平均が乱高下をくり返す場面も多かった。日本の政府と企業が警戒を怠るわけにはいかない。

 今年の株式相場は前半と後半で様相が変わった。

 日経平均は6月24日に終値で2万868円03銭の年初来高値をつけた。金融危機後の合理化で企業の収益力が高まったところへ円安の追い風も加わり、企業業績が好調に推移したからだ。

 株価の上昇に背中を押されるように米欧での企業買収も増えた。それが市場での日本企業への成長期待を一段と高めるという好循環につながった。

 しかし、8月に中国が人民元の切り下げを発表すると市場の雰囲気は一変した。グローバル経済のけん引役だった中国経済の先行きに対する懸念が浮上し、世界同時株安に日本も巻きこまれてしまった。新興国経済の減速懸念で原油安が加速したことも、市場の波乱要因になった。

 世界経済は不透明感を増しながら越年する。

 12月に米連邦準備理事会(FRB)が実施した利上げが新興国の経済や投資資金の流れにどんな影響を与えるか、まだ見通しにくい部分が多い。さらに、パリなどで発生したテロや欧州の難民危機は世界各地で政治的な緊張を生み、グローバルな金融市場に深い影を落としている。

 こうした中で日本の政府と企業はともに、リスクが顕在化した場合への備えが求められる。

 政府は規制改革で起業しやすい環境を整えるなど、経済の新陳代謝や潜在成長率の引き上げにつながる施策を急ぐべきだ。安倍晋三首相にはいま一度、経済最優先の姿勢を示してほしい。

 業績が過去最高の水準にある企業は、豊富な資金を抱え込むことなく投資の機会を探る必要がある。持続的な成長を可能とする基盤固めを進めるべきだ。

抜本改革が急務のFIFA

 国際サッカー連盟(FIFA)の不祥事が拡大の一途だ。

 12月に入り、米当局が新たに中米ホンジュラス出身のFIFA副会長ら計16人を収賄などの罪で起訴した。5月に放映権をめぐる汚職などで起訴した14人と合わせ、これで30人となり、改めて金まみれの体質を浮き彫りにした。

 加えて、FIFAの独立機関である倫理委員会は、ブラッター会長がプラティニ副会長に不正な報酬を支払っていたとして、2人を8年間の活動停止処分にした。サッカーを最も人気の高いスポーツにし、ビジネスとしても育て上げたブラッター時代は終わりを告げたといっていい。

 この報酬に関してはスイス当局が捜査中のうえ、米当局も汚職追及の手は緩めていない。FIFAは全面的に協力して徹底的に組織のウミを出しきるとともに、倫理委の体制を強化するなど自浄を尽くし、解体的な出直しを目指してほしい。

 ブラッター体制の17年間、本人もインタビューで自賛した通り、サッカーは世界の「共通言語」になった。ワールドカップ(W杯)はトップブランドとなり、世界中で視聴され、多様なマーケティングを通じ、スポンサーやファンから巨額の金が流れ込んだ。

 しかし、光が強ければ影も濃いとの言葉通り、裏ではW杯開催地や会長・理事の選挙、放映権などで巨大な利権が生まれ、幹部による口利きや金の授受が日常化するなど腐敗が進んでいたようだ。

 FIFAは今月、理事会で改革案を承認している。巨大な権限を持ち、外部から決定過程が見えにくくなっていた理事会を、意思決定部門と実務部門に分割し、さらに会長ら幹部の任期を3期12年までとして、報酬も開示する。

 来年2月の会長選を待たず、この改革が断行できるのか、新生FIFAの覚悟が試される。「サッカー選手」は世界中の子供らのあこがれの職業だ。夢のピッチを金や利権で汚すのは、絶対にやめてほしい。

2015―2016 深くねむるために

 世界はどうやってできたか。アメリカ先住民のアコマヴィには、こんな神話があるという。

 雲が固まってコヨーテになり、霧が凝縮してギンギツネとなる。ギンギツネは熱心に仕事をして、陸地をつくり、木や岩をつくる。コヨーテはその間、ただ眠っているだけ。コヨーテは眠ることでギンギツネの創造に協力しているのだ――。(河合隼雄「神話の心理学」)

 何もせず、何の役にも立っていないコヨーテがどうして、世界をつくっていることになるのだろう? この、ちょっとおかしな創世神話は、夢をみたり、理想を語ったり、目には見えないものに思いをはせたりする力が、実際に現実を動かす力と同等に、世界を成り立たせるには必要なのだということを暗示しているのかもしれない。

 2015年が終わる。

 眠りの浅い、1年だった。

 ■私たちの「値札」

 重機がうなり、ダンプカーが土ぼこりを巻き上げる。

 東九州自動車道の北九州市から宮崎市までを結ぶ約320キロのうち、最後の1区間7・2キロの工事が、来春開通を目指して急ピッチで進んでいる。完成すれば約10分早く行き来できる。

 当初予定から1年遅れ。ミカン園を営む岡本栄一さん(69)が用地買収に応じなかったためだが、今年9月、福岡県による強制収用が完了した。

 道路でミカン園は分断された。だが岡本さんはいまも、約1億7千万円の補償金の受け取りを拒んでいる。もらえば、反対してきた16年間が「なかったこと」になってしまう。とはいえ、収用された倉庫などは新設せねばならず出費はかさむ。妙な袋小路に追い込まれている。

 「今年のは見栄えが悪くて」

 初出荷の日。岡本さんに手渡されたミカンの皮には黒い斑点がある。強制収用のごたごたで手入れが行き届かなかった。味は変わらない。でも、見栄えが良ければM寸10キロ2500円、悪いと1200円という。

 中身より見かけ。この世界はいま、そんな風にできている。

 「おやじの代からの土地を守ってミカンを作り続けたい」。思いが素朴であるほど、信じるのが難しくなるものだ。

 どうせお金なんでしょ。

 もっと巧(うま)くやればいいのに。

 しかし、巧くやるとはどういうことか。思いをさっさと数字に変えて、できるだけ多額の補償金を手にすることだろうか。

 巧く立ち回って億のお金を手にしたら、岡本さんの「値」は上がるのか下がるのか。10分の便利を喜ぶ私たちには、いったいいくらの値札がぶら下がっているのだろう。

 ミカンを口に放り込む。

 甘い。そして酸っぱい。

 ■「魂の飢餓感」

 8月に閣議決定された、戦後70年の安倍首相談話は、とても巧く書かれていた。

 「植民地支配」「侵略」「痛切な反省」「心からのおわび」。焦点だったキーワードはすべて盛り込み、結果、中国や韓国の反応は抑制的だった。

 あれから4カ月。いま、あの談話から最も強く伝わってきたことは何かと問われたら、どう答える人が多いだろう。

 言葉とは不思議なものだ。

 思いに裏打ちされていなければ、ほどなく雲散霧消する。

 「歴史的にも現在においても沖縄県民は自由、平等、人権、自己決定権をないがしろにされて参りました。私はこのことを『魂の飢餓感』と表現をしております」

 沖縄県の翁長雄志知事は12月、米軍普天間飛行場の辺野古移設をめぐり国と争う裁判で、こう訴えた。「魂の飢餓感」への理解がなければ、政府との課題の解決は困難なのだ、と。

 キーワードを組み合わせて巧みに言葉を操ってみせた人は、この陳述をどう聞いただろう。

 人には「魂」としか言いようのないものがあることを知っただろうか。技巧では、その飢えや渇きは満たせないことに、思いを致しただろうか。

 12月。7年前に過労自殺した女性の両親が、ワタミなどを訴えた裁判は、ワタミ側が1億3千万円超の損害賠償を支払うことなどで和解した。

 26歳。手帳に書き残された「どうか助けて下さい」。

 享受してきた「安さ」の裏に何があるか、私たちは考えてきただろうか。目には見えないものへの感受性がもっと豊かな世界だったら、彼女はいま、来年の抱負を新しい手帳に書きつけているかもしれない。

 ■それでも考え続ける

 深くねむるために 世界は あり/ねむりの深さが 世界の意味だ(「かたつむり」)

 7月に没した哲学者の鶴見俊輔さんは、こんな詩を残した。

 あなたが、私たちが、深く眠るために。世界がそうあるためには――。答えは出ないかもしれない。それでも、考え続けるしかない。私たちはこの世界に関わっているから。いや応もなく、どうしようもなく。

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中国大気汚染 環境改善を遅らせる強権統治

 成長至上主義のツケに加えて、中国共産党の一党独裁による強権統治が事態の改善を遅らせていると言えよう。

 中国各地が深刻な大気汚染に見舞われている。北京市当局は今月、2度にわたって、最悪レベルの汚染を示す「赤色警報」を発令した。

 北京の一部地域では、直径2・5マイクロ・メートル以下の微小粒子状物質(PM2・5)の濃度が1立方メートルあたり日本の環境基準の20倍に相当する700マイクロ・グラムを超えた。

 警報期間中の計約7日間、通行車両をほぼ半減させる交通規制や工場の稼働停止などの緊急措置をとった。日本人学校が休校し、日系企業が在宅勤務に切り替わるなど邦人社会への影響も心配だ。

 強引な交通規制などは、昨秋のアジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議や今年9月の軍事パレードでも実施された。

 重要行事の際に、習近平政権のメンツを保つのが最大の目的だったのではないか。こうした場当たりな対応を繰り返すだけでは、抜本的解決は図れまい。

 大気汚染悪化の原因は、石炭を燃やす際に生じる煤煙や低品質のガソリンを使った自動車の排ガスなどだ。改善には、長期的で粘り強い取り組みが欠かせない。

 政権は、改正大気汚染防止法を年明けに施行するなど環境対策を重視する姿勢は示している。

 だが、中国では「法治」を掲げながら、「司法の独立」はない。迅速な情報公開が不可欠にもかかわらず、地方官僚の意識は概ね低く、隠蔽体質も甚だしい。

 経済的な利益を優先し、汚染の蔓延を助長してきた地方当局と企業の癒着の構造にメスを入れるのは難しいだろう。

 今春、大気汚染を巡って当局を告発し、大反響を呼んだインターネット動画は閲覧不能になった。民間活動団体(NGO)やメディアによる企業に対する監視が重要だが、政権はむしろNGOや報道への締め付けを強めている。

 このままでは、地球温暖化問題を巡って表明した温室効果ガス削減の公約すら、そらぞらしい。

 習政権は2020年までに、いくらかゆとりのある「小康社会」の構築を目標に掲げている。実現には、国民の生活水準の向上は無論、環境対策の徹底が急務だ。

 中国の大気汚染は日本にとってもひとごとではない。PM2・5などが偏西風に乗って飛来している。日本は環境協力を進める一方、中国が対応に本腰を入れるよう促し続けねばならない。

ISS参加延長 安保面の国際協調も深めたい

 宇宙開発で、日本の存在感を示すための取り組みが求められよう。

 政府は国際宇宙ステーション(ISS)への参加期間を2024年まで延長することを決めた。米国と合意文書を交わした。

 米国は昨年、ISSの運用を20年以降も続けることを決め、他の14か国に引き続き参加するよう求めた。ロシアとカナダが継続の方針を示している。

 日米両国は、宇宙分野で科学技術開発やビジネスに関する協力を進めている。ISSへの参加継続は日米協調の象徴と言える。

 合意文書で両国は、ISSを通じた国際貢献を強調した。アジアでは、通信放送や災害対策などで宇宙利用への関心が高まっている。このため、合意文書には東南アジアなどに宇宙実験の機会を提供することが盛り込まれた。

 日本がISS利用の窓口になれば、アジアでの求心力を高めるのに役立つだろう。

 日米両国は、宇宙空間に浮かぶ人工衛星の破片など「宇宙ごみ」の回収技術の開発も進める。

 日本は、ISSの実験棟「きぼう」で、08年から宇宙の観測や微小重力を生かした科学実験などを行っている。今月帰還した油井亀美也さんら、これまで5人の日本人宇宙飛行士が長期滞在した。

 5回にわたって打ち上げた無人補給船「こうのとり」は、ISSへの物資輸送の欠かせない手段となっている。

 ISSに参加することで、日本の宇宙技術は着実に進歩した。

 ただ、費用に見合う成果が得られていないとの批判は根強い。

 11月に行われた政府の「行政事業レビュー」では、年350億~400億円に上るISSの運用経費について、「額が適正かどうか議論が必要だ」と指摘された。

 無重力空間を利用した新薬開発の実験などで、具体的な成果が求められるだろう。

 安全保障面で、ISSの重要性は高まっている。

 中国は、22年を目標に独自の宇宙ステーション建設を計画する。過去には人工衛星の破壊実験を強行し、国際的な非難を受けた。

 ISSは、対中国の国際連携の要となる存在だ。この観点でも、日本の参加継続は意義がある。

 米国はISSで培った成果を基に、火星での有人探査を目指している。一方、日本は、有人宇宙活動をさらに進めるかどうか、方向性が定まっていない。ISSへの参加継続を、宇宙政策の長期構想を描く契機としたい。

2015年12月30日水曜日

原油安の負の影響にも警戒を怠るな

 原油相場の低迷が長期化している。世界の主要市場で国際相場が1バレル40ドルを下回り、欧州やアジア市場の指標油種は11年ぶりの安値に下げた。天然ガス価格も急落し、米国の先物相場は16年ぶりの安値を記録している。

 原油相場が低迷する最大の要因は需給の緩みだ。中国など新興国の経済に減速感が強まり、世界のエネルギー需要の伸びは鈍った。一方、供給面では米国が40年ぶりに原油輸出を解禁することを決めた。経済制裁の解除でイランの原油輸出回復も見込まれる。

 過去最高の水準に達した世界の原油在庫は削減のメドが立たない。安全保障の観点から1975年に原油輸出を原則禁止にした米国が政策を転換した理由も、シェール革命で原油生産が急増し、国内在庫が歴史的な水準に積み上がったことにある。

 原油や天然ガスの供給が増え、相場が下落したことは資源の多くを輸入に頼る日本の経済にプラスの効果が大きい。直近11月の貿易統計で、原油と天然ガスの輸入額は計1兆円を下回った。急落前の2013年11月と比べると8600億円強の減少だ。年間に直せば海外への富の流出は10兆円減り、恩恵は企業収益や家計に及ぶ。

 米国は今も大量の原油を輸入している。原油の品質も日本の精製設備には向かず、米国が安定した調達先になるかどうか不透明な要素はある。それでも原油供給の8割強を中東諸国に頼る日本にとって、調達の選択肢は増える。

 しかし、原油安がもたらすのは、こうしたプラスの効果だけではない。原油などの相場が急落した背景には新興国の経済が減速し、世界の成長力が鈍ったことがある。世界銀行は、原油など1次産品の価格安が新興国経済を下押しする負の循環を指摘する。

 世界の株式市場は、産油国が財政赤字を埋め合わせるために金融資産を売却するオイルマネーの逆流に揺れる。今後は、耐久力の弱い産油国や資源企業が危機的な状況に直面する可能性も否定できない。政府・日銀は、金融市場への影響に十分目配りすべきだ。

 国際エネルギー機関(IEA)は相場急落によって原油関連の投資が16年まで2年連続で減少し、それが20年以降の相場高騰につながると予測する。中東情勢の悪化が及ぼす影響とともに、将来の原油供給が不安定になるリスクにも警戒が必要だ。

政府機関の地方移転に本腰を

 地方創生の柱である政府機関の地方移転に暗雲が漂っている。政府の検討状況を見る限り、大きな成果が上がるのか心もとない。

 中央省庁や独立行政法人など政府機関は東京など首都圏に集中している。それを少しでも分散しようというのが今回の試みだ。8月末までに42道府県が69機関の誘致を提案した。

 政府は今回、来年3月末の決定に向けて、ほぼ半分の34機関を検討対象にした。このうち、「組織全体の移転」を検討をするのは大阪が移転先になる国立健康・栄養研究所だけだ。

 理化学研究所のような研究機関や森林技術総合研修所のような研修機関の多くは「一部移転」の検討にとどまる。それも地方の大学などとの共同研究の体制づくりなどといった、地方側からみれば移転とみなせない事例が多い。

 文化庁や消費者庁など中央省庁の移転についてはさらに厳しい。検討対象には入っているが、方向性はまったく示されていない。

 省庁側は東京から移転できない理由として、主に2つを挙げている。ひとつは国会対応や他の省庁との連携だ。一見するともっともなようだが、テレビ会議の活用など政府内部の仕事の進め方を見直せば不可能ではないはずだ。

 もうひとつは東京のアクセスの良さだ。特に研修機関の移転について「地方では受講生や講師の利便性が確保できない」という指摘が多い。東京が便利なことは当初からわかっている。これを反対理由として認めるなら、最初から検討しなければいい。

 政府は現在、東京にある企業の本社機能の移転を後押ししている。自ら範を示す必要があるのではないか。

 安倍政権が地方創生の総合戦略をまとめて1年。全国の自治体も続々と地方版の戦略をまとめ、これから実行段階に入る。

 政府は地方創生の最大の柱として東京に集中する人の流れを変えることをあげる。ならば政府機関の移転に本腰を入れるべきだ。

東京一極集中の是正 多極化へもっと本気を

 首都・東京へ向かう人の流れが止まらない。東京圏(東京、埼玉、千葉、神奈川)は昨年、11万人近い転入超過となった。転入超過は19年連続だ。

 安倍政権は地方創生を掲げ、東京一極集中の是正を目標とする。ただ、政府機関の地方移転が尻すぼみの兆しを見せるなど、本気度には疑問符がつく。

 20年の五輪を前に、都心ではさまざまな開発が進む。地方から人が集まり、東京は日本の成長エンジンであり続ける。人々が信じていても無理はない。

 だが忍び寄る高齢化が、東京の競争力を奪う恐れが出てきている。地方との共倒れを防ぐためにも、行き過ぎた一極集中に歯止めをかけていくべきだ。

 ■東京に迫る危機

 五輪が終わった後、東京の高齢者の数はさらに増える。

 国立社会保障・人口問題研究所の将来推計によれば、1都3県では10年から25年までの15年間で、65歳以上の高齢者が計223万人増える。一方、15~64歳の生産年齢人口は、なお東京への流入が続くことを前提にしても、計195万人減る。

 「東京圏の経済成長率は25年を境に急速に低下する」。人口問題に詳しい松谷明彦・政策研究大学院大名誉教授はみる。

 すでに高齢化が進んでいる地方に比べ、高齢者の増え方が急激だ。「東京は相対的に貧しくなり、高齢者福祉のコストが財政を悪化させる。公共インフラの維持も難しくなる」と松谷さんは警鐘を鳴らす。

 東京のもう一つの問題は出生率の低さだ。1人の女性が生涯に産む子の数を示す合計特殊出生率は全国最低の1・15(昨年)。子育て環境の厳しさが言われて久しい。

 東京が若い世代を吸い寄せ、日本の人口減少が加速する。民間研究機関「日本創成会議」は「人口のブラックホール現象」と指摘した。

 時間がない。東京の危機をいま一度認識し、国を挙げて対策を講じていくべきだ。

 ■伝わらぬ覚悟

 政府が昨年末に決定した地方創生戦略には、「地方に30万人の雇用を創出する」「地方から東京圏への転入を6万人減らし、転出を4万人増やす」といった数値目標が盛られた。

 目指す方向に異論はない。ただ、当の政府が、どれほどの覚悟を持って取り組んでいるか。

 典型例が政府機関の地方移転だ。仕事と人の好循環を促すとして、今年3月から東京圏以外の自治体に提案を呼びかけた。

 中小企業が多い大阪府が中小企業庁を、京都府が文化庁の誘致に名乗りを挙げるなど、計69機関が対象に上がった。

 だが各省庁は「行政機能が下がる」「国会答弁に支障が出る」と反発した。政府は今月、検討対象を34機関に絞り込んだ。7省庁も候補には残ったものの、議論は先送りされた。

 高齢者の移住を促す政府方針も波紋を呼んでいる。元気な時に入居し、必要に応じて医療・介護が受けられる共同体をつくる構想が柱で、263自治体が受け入れに前向きだという。

 東京の高齢化の速度を抑える効果はあるかもしれない。ただ地方の人口構造を乱し、財政負担を転嫁する恐れはないか。制度設計は慎重に進めるべきだ。

 ■地方都市を拠点に

 一極集中の是正に向けては、地方の力を相対的に強くしていくことが必要だ。

 東京を除く46道府県と96%の市町村が地方交付税に頼る。この体質が変わらぬ限り、政府がことあるごとに「あめ」をばらまいても、格差解消は遠い。

 地方創生も、中央集権の色合いは相変わらずだ。国の構造をどう変えるか。分権の方向性を打ち出すべきではないか。

 東京一極ではなく、地方の大都市を拠点にした多極型に――。格差研究で知られる橘木俊詔(たちばなきとしあき)・京都女子大客員教授はこう提唱している。大阪や名古屋、札幌、福岡などの政令指定都市を核と位置づけ、東京の機能を分散していくとの主張だ。

 現実的な道だろう。政府機関の移転も、国がまず全体的なビジョンを示し、自治体と議論を詰めていくほうがいい。

 ただ、大都市が「ミニ東京」となるだけでは意味がない。多極化の効果が周辺全体に及び、新たな産業育成につながっていくような形が望ましい。

 そのためには、自治体が真の自主性を発揮できる仕組みが必要だ。税源と権限の配分を抜本的に見直していくべきだ。

 東京の華やかさに目を奪われがちな若い世代に、「地方で暮らす」という選択肢の魅力を示していくことも大切だろう。

 福井県は先月、「ふくい暮らしライフデザイン設計書」を公表した。福井と東京で23~60歳を過ごす場合の家計収支を比べると、手元に残るお金は福井が3千万円多い、と試算した。

 地方の持ち味である住みやすさを、各地がもっと競い合う。そうなれば、東京一辺倒の人の流れも変わってこよう。

郵貯限度額上げ 運用資産増にはリスクもある

 巨大な資産がさらに膨らみ、日本郵政グループの経営の足かせにならないだろうか。

 政府の郵政民営化委員会が、ゆうちょ銀行の現行1000万円の貯金限度額を1300万円に引き上げるよう求める報告書をまとめた。かんぽ生命の契約限度額も1300万円から2000万円となる。

 政府は政令を改正し、来年4月から実施する見通しだ。

 報告書は、現行の規制が金融機関の少ない過疎地の高齢者に不便をもたらしていると指摘した。年金が振り込まれると、ゆうちょ銀の限度額を超過してしまうなど、利便性を損なっているという。

 本来は、金融2社の業務規制の緩和は、完全民営化後に進めるのが筋だ。だが、報告書が高齢者ら個人の決済口座を使いやすくすることに主眼を置いているなら、一定の限度額引き上げも選択肢の一つだろう。

 ただ、金融2社の運用資産の規模は300兆円近くに達し、その半分以上は国債が占めている。低金利下で国債による運用額を増やしても高い収益は見込み難い。

 むしろ、国債価格の変動に伴い損失が発生するリスクが増えたと受け止められれば、11月に上場した金融2社の株価が足を引っ張られる懸念もあろう。

 株価低迷で政府保有の日本郵政と金融2社の株式売却が遅れ、民営化のスケジュールに支障をきたす事態は避けたい。金融2社は限度額の引き上げに伴い、野放図に資金を集めるべきではない。

 引き上げは元々、自民党の支持基盤である「全国郵便局長会」が求めていた。貯金額などに応じて、郵便局が受け取る手数料の増加が期待できるためだ。

 来夏の参院選を見据え、自民党が貯金限度額2000万円への引き上げを提言したのに対し、民間金融機関は、金融2社による「民業圧迫」だと反発していた。

 引き上げ幅が300万円に圧縮されたのは、民間の反発に配慮したためだろう。自民党が矛を収めたのには、大手銀行の政治献金再開を意識したとの見方もある。

 肝要なのは、不採算の郵便事業を含め、日本郵政グループ各社が収益源の多様化と経営効率化を進めることである。全国遍く公平なサービスと商品を提供する義務を果たしつつ、民営化を着実に進めねばならない。

 金融2社は、単独で新規事業への参入を目指すだけでなく、民間金融機関と連携した地域活性化事業の展開などを検討すべきだ。

司法試験漏洩 有罪判決を機に再発防止図れ

 司法試験の考査委員による問題漏洩は、試験の公正さに対する信頼を大きく損ねた。

 有罪判決を契機に、実効性のある再発防止策を講じなければならない。

 東京地裁が、国家公務員法(守秘義務)違反に問われた明治大法科大学院の元教授、青柳幸一被告に対し、懲役1年、執行猶予5年の判決を言い渡した。

 判決は「問題を作成する考査委員の立場にありながら、交際中の教え子の女性を合格させようと、自ら進んで犯行に及んだ」と認定した。「経緯や動機に酌むべきものはなく、強い非難に値する」と指弾したのは当然である。

 実刑を選択しなかったのは、青柳被告が失職などの社会的制裁を受けている点を考慮したためだ。司法試験の根幹を揺るがせた犯行の重大性を踏まえた判決と受け止めるべきだろう。

 考査委員は毎年、法科大学院の現役教員のほか、裁判官や弁護士ら法律実務家から任命される。今回の事件を受けて法務省は、来年の司法試験について、現役教員を問題作成者から除外した。

 日常的に受験生と接する法科大学院教授の不正が明らかになった以上、不信を払拭するための当座の措置としては理解できる。

 法務省は、現役教員の代わりに、法科大学院の教員経験者や法学部教授らを考査委員に選んだ。学術的な専門性も必要とされる分野の出題には、研究者の関与が不可欠との考えからだ。

 だが、候補者が限られ、人選は難航したとされる。試験問題の質を担保する上で、再来年以降も現役教員を外し続けるのは、現実的とは言えまい。

 法務省は、受験予定の法科大学院生らに課外指導を行わないことなど、考査委員の順守事項を改めて定めた。考査委員に誓約書を提出させ、自覚を促すという。

 不正防止を徹底するためには、誓約を守らなかった場合に、何らかのペナルティーを科すといった方策も必要ではないか。

 青柳被告は旧司法試験時代を含めると、14年間も考査委員を務めていた。任期が長期にわたれば、緊張感も失われやすい。考査委員の任期に一定の制限を設けることも検討すべきだろう。

 考査委員の講義は、学生の間で人気が高い。法科大学院側にも、考査委員を教授に抱えておくと、経営上、プラスになるという意識があったことは否めない。生き残り競争にさらされる法科大学院の管理体制も問われている。

2015年12月29日火曜日

「慰安婦」決着弾みに日韓再構築を

 日本と韓国の関係が「戦後最悪」といわれるほど冷え込んだ最大の要因は、旧日本軍の従軍慰安婦問題をめぐる対立だった。その障害がようやく取り除かれる見通しとなった。日韓関係の再構築に向けた弾みとしたい。

 岸田文雄外相と尹炳世(ユン・ビョンセ)外相がソウルで会談し、慰安婦問題を「最終的かつ不可逆的」に解決することで合意した。具体的には韓国政府が元慰安婦を支援するための財団を設立し、日本政府が約10億円を政府予算から一括拠出することになった。

韓国は世論対策万全に

 日本政府は「責任を痛感」し、安倍晋三首相は元慰安婦に「心からのおわびと反省の気持ち」を表明する。さらに両国は国際社会でこの問題をめぐる非難を控えることを確認。韓国側はソウルの日本大使館前に設置された慰安婦を象徴する「少女像」について、「関連団体との協議を通じて適切に解決するよう努力する」とした。

 日本政府は慰安婦問題を含めた戦後の賠償問題について、1965年の日韓国交正常化の際に結んだ請求権協定で「完全かつ最終的に解決された」との立場を貫く。今回もその原則は堅持しつつ、心身に深い傷を負った元慰安婦への人道的な配慮から政府予算による拠出を決めたようだ。

 韓国政府も日本が求めた「最終的解決」に同意し、「少女像」の大使館前からの撤去にも主体的に取り組む姿勢を示した。双方の譲歩が妥結につながったといえる。

 90年代から外交的な懸案として浮上した慰安婦問題はたびたび、日韓の関係改善を妨げてきた。

 近年では2011年、韓国の憲法裁判所がこの問題で日本と交渉しない韓国政府の「不作為」を違憲と判断。当時の李明博(イ・ミョンバク)大統領が日本に強硬に解決を迫るようになり、進展がままならないなか、業を煮やして日韓双方が領有権を主張する竹島(韓国名は独島)に上陸した。

 朴槿恵(パク・クネ)政権発足後も、韓国は慰安婦問題決着を首脳会談の事実上の前提条件とし、日韓首脳会談が3年半も開かれないという異常な状態が続いた。

 この間、日本側の対応にも原因がなかったわけではない。典型例は安倍政権が、旧日本軍の関与を認め謝罪した「河野談話」を再検証したことだ。韓国はこれを談話の否定と受け止め、相互不信を一層深めた。さらに慰安婦問題を女性の人権問題ととらえる欧米の疑心も呼び、日本への不信が国際的に広がる要因ともなっていた。

 今回の合意には日韓双方に不満の声も出るだろう。だが、ようやく達成した合意である。過去の苦い教訓も踏まえつつ、日韓が着実に履行することが肝要だ。

 とくに韓国政府には世論対策を含めた真摯な対応を求めたい。過去に日本側が実施したアジア女性基金を通じた償い事業は、元慰安婦を支援する市民団体らの抵抗に遭い、韓国で十分な成果を上げられなかった経緯があるからだ。

 日本大使館前の「少女像」もその市民団体が設置した。朴政権は責任をもって、世論や市民団体を粘り強く説得してもらいたい。

 日韓の間ではここにきて、関係改善への機運がようやく広がりつつある。韓国の憲法裁が先に、日韓の請求権協定を違憲とする訴えを却下したのはその一例だ。

安保協力は待ったなし

 もちろん、慰安婦問題の決着で歴史をめぐる対立が解消したわけではない。竹島の領有権問題、歴史教科書をめぐる対立は根深く、戦時中に日本企業に徴用された韓国人への損害賠償を求める訴訟も韓国で相次いでいる。

 大切なことはこうした歴史問題のあつれきを最小限に抑えつつ、未来に向けた協力や連携を地道に重ねていくことだ。

 日韓は距離的に近い隣国同士だ。互いに主要な貿易相手国でもある。日米が主導して合意した環太平洋経済連携協定(TPP)には、韓国も参加に意欲を示している。アジア太平洋に新たな通商の枠組みを定着させるうえでも、互いに協力する余地は大きい。

 安全保障面でも、ともに米国の同盟国として北朝鮮の核兵器やミサイル開発、中国の海洋進出など北東アジアを揺さぶる脅威に共同で対処していく必要がある。とくに北朝鮮情勢をめぐる情報共有を密にするため、日韓の軍事情報包括保護協定(GSOMIA)などの締結を急ぎたい。

 今年は日韓国交正常化50年の節目の年だ。慰安婦問題の決着はその一年の締めくくりにふさわしい出来事となった。新たな50年に向け、一歩ずつ前に踏み出したい。

慰安婦問題の合意 歴史を越え日韓の前進を

 戦後70年であり、日本と韓国が国交正常化してから半世紀。そんな1年の終わりに、両政府は最大の懸案だった慰安婦問題で合意に達した。

 節目の年にふさわしい歴史的な日韓関係の進展である。両政府がわだかまりを越え、負の歴史を克服するための賢明な一歩を刻んだことを歓迎したい。

 きのうあった外相会談の後、岸田外相は慰安婦問題を「軍の関与のもと多数の女性の名誉と尊厳を傷つけた問題」と定義し、「日本政府は責任を痛感している」と明言した。

 50年前の請求権協定で「法的には解決済み」とする日本政府はこれまで、国家責任を連想させる言葉遣いに消極的だった。今回はその原則を維持しつつ、率直な表現に踏み込んだ。

 安倍首相は日本の首相として元慰安婦に対し、「心からのおわびと反省」を表明した。

 かつて慰安婦問題をめぐる「河野談話」の見直しに言及したこともある安倍首相だが、岸田外相を通じてとはいえ、談話の核心部分を韓国で表明したことには大きな意味がある。

 ■日本政府の責任明言

 一方、韓国の尹炳世(ユンビョンセ)外相も日本政府に応えた。

 今回の合意について、「日本政府の措置の着実な実施」という前提つきながら、「最終的かつ不可逆的に解決されることを確認する」と言い切った。

 日本側から「韓国は約束してもゴールポストを動かす」と批判されていたことを意識したうえでの確約の表明である。

 両外相ともメディアを通じて両国民に固く誓ったのだ。合意をしっかり履行してほしい。

 韓国政府は、元慰安婦の名誉と尊厳を回復し、心の傷を癒やすための財団をつくり、そこに日本政府が約10億円を国家予算から拠出する。

 日本は90年代、国民の募金からなる「償い金」と、政府の資金による医療・福祉支援事業に首相の「おわびの手紙」を添えた「アジア女性基金」事業を始めた。東南アジアなどで成果を生んだが、韓国では反対の声が強まり、頓挫してしまった。

 韓国側で基金の意義が理解されなかった要因は、さまざまあった。日本政府が必ずしも積極的な姿勢で事業に臨まなかったことや、「償い金」に民間募金をあてたことなどで、韓国側は責任回避だとして反発した。

 両政府とともに、元慰安婦たちの支援者ら市民団体、メディアも含めて、当時の教訓を考えたい。

 新たに設けられる財団の運営のあり方については今後、詰められる。何より優先すべきは、存命者が50人を切ってしまった元慰安婦たちのそれぞれの気持ちをくむことだろう。

 韓国の支援団体は合意について「被害者や国民を裏切る外交的談合」と非難している。日本側からもナショナリズムにかられた不満の声がでかねない。

 だが今回の合意は、新たな日韓関係を築くうえで貴重な土台の一つとなる。日本政府は誠実に合意を履行し、韓国政府は真剣に国内での対話を強める以外に道はない。

 ■互恵の関係強化を

 50年前の12月18日。

 日韓はソウルで基本条約と四つの協定の批准文書を交換し、新たな第一歩を踏み出した。

 請求権のほか、漁業、文化財・文化協力、在日韓国人の法的地位の4協定はこれまで、その時々の実情に合わせて何らかの形で改良が加えられてきた。

 現在の日韓関係の原点ともいえる「65年体制」の枠組みを、時代に応じて考えていくことは、いまを含む各世代の両国民が担う責務である。

 この半世紀で日韓関係は大きく飛躍した。韓国の1人あたりの国民所得は、当時の100ドル余りが今や3万ドルの目前。そこには日本の経済協力金が役立った。そして日本も、急成長する韓国から莫大(ばくだい)な利益を得た。

 ともに協力し合い、利益を広げる互恵の関係がこの半世紀の歩みだったし、これからもあるべき隣国関係の姿である。

 日韓の国交正常化を強く後押しした米国は、今回の和解にも大きく関与した。この2年半、日韓両国はワシントンを主舞台として、激しい「告げ口」外交を展開してきた。

 その結果、傷つき、疲れ果てた日韓が悟ったのは「不毛な争いは何も生み出さない」というあたり前のことであり、対話という原点に戻ることだった。

 ■安保など課題山積

 経済だけでなく、安全保障や紛争・災害の人道支援、環境対策など、地球規模の課題が多い時代、アジアを代表する主要国同士の日韓が手を携えて取り組むべきテーマは数知れない。

 両外相はきのう、ともに「日韓関係が新時代に入ることを確信している」「来年から新しい関係を切り開けることを期待する」と期待を述べた。

 3日後の新年からは、日韓がともに前を向いて歩む50年の始まりとしたい。

慰安婦問題合意 韓国は「不可逆的解決」を守れ

 ◆少女像の撤去も重要な試金石だ◆

 未来志向の日韓関係の構築には、韓国が合意を誠実に履行することが大前提となろう。

 岸田外相と尹炳世外相がソウルで会談し、慰安婦問題で妥結した。

 日本は「責任を痛感」し、元慰安婦を支援する新基金に約10億円を拠出して、安倍首相がお詫わびを表明する。両国は「最終的かつ不可逆的な解決」と確認する。

 韓国は、ソウルの日本大使館前に設置された、慰安婦を象徴する少女像の撤去に努力する。

 これらが合意の柱である。

 ◆新基金は軌道に乗るか

 朴槿恵大統領は岸田氏との会談で、「韓日関係の新たな出発点になることを願う」と語った。

 日本は、1965年の日韓請求権協定で元慰安婦らの補償問題は解決済みと主張してきた。新基金はあくまで人道支援であり、日本の法的な立場は損なわれない。ただ、政府の資金拠出が事実上の国家賠償と誤解されないか。

 岸田氏は「日韓関係が新時代に入ると確信する」と語った。尹氏は「慰安婦の名誉と尊厳が回復され、心の傷が癒やされるよう祈念する」と強調した。

 今年は国交正常化50周年の節目なのに、朴氏の慰安婦問題への過剰なこだわりによって祝賀ムードは乏しかった。合意が、停滞してきた日韓関係を改善する契機となるのか、見守りたい。

 日本は95年にアジア女性基金を設置し、首相のお詫びの手紙や「償い金」などを元慰安婦61人に渡した。だが、韓国側は評価せず、国内向けに説明しなかったため、日本側に不満が残った。

 この轍てつを踏んではなるまい。

 ◆支援団体の説得がカギ

 大切なのは、日韓共同の新基金事業を着実に軌道に乗せるとともに、韓国が将来、再び問題を蒸し返さないようにすることだ。

 その主たる責任は無論、韓国側にある。かつて金大中、盧武鉉両大統領らが歴史認識に関して「今後、過去の問題は出さない」などと明言したのに、国内世論に流され、態度を翻したからだ。

 大統領が交代するたびに、問題が再燃するようでは、外交は成り立たない。安倍首相が日韓合意後、「子や孫の世代に謝罪し続ける宿命を負わせるわけにはいかない」と強調したのは、もっともだ。

 韓国の元慰安婦支援団体は、今回の合意を「被害者と国民を裏切った外交的談合だ」などと批判した。支援団体が設置した少女像の撤去にも反対している。

 慰安婦問題の妥結が長引いた一因は、当事者意識を欠いた、世論任せの韓国政府の姿勢にある。

 朴氏が11月の日韓首脳会談で具体的な妥結案を提示せず、「被害者が受け入れ可能で、韓国国民が納得できる解決策が必要だ」と語ったのは象徴的だ。

 韓国政府が合意を真剣に履行するつもりなら、まず、合意に反対を唱える国内勢力を説得できるかどうかが問われる。少女像の撤去も重要な試金石となろう。

 日韓合意には、両国が国連などで慰安婦問題について、互いに非難、批判することを自制することが盛り込まれた。

 韓国が慰安婦関連資料を国連教育・科学・文化機関の世界記憶遺産に登録する準備をしていることなどが、念頭にあろう。

 国際社会の表舞台で日韓両国が対立している姿を露呈することは双方にとってマイナスだ。不毛な争いには終止符を打ちたい。

 ◆「嫌韓感情」どう収める

 朴氏に求められるのは、自らが煽って日本国内で高まった「嫌韓感情」を収める努力だろう。第三国で日本を批判する「告げ口外交」や、韓国系団体が米国各地で慰安婦像を設置している問題への反省も必要ではないか。

 日本の資金拠出については、国内から「譲歩しすぎだ」「朴政権は放置しておけば良い」といった異論が出ている。

 それでも安倍首相が「自分が責任を取る」として、拠出を決断したことには、日韓関係の改善を通じて、核・ミサイル開発を続ける北朝鮮に対する日米韓の連携を復活させる狙いもうかがえる。

 日韓両国が歴史認識の問題を克服することができれば、最近、中国に急速に接近する韓国を日米の側に引き戻すことにつながる。歴史を外交カードに利用する中国を牽制しつつ、日中関係を前に進めるという戦略的な意義もある。

 日韓関係にはなお、元徴用工の損害賠償訴訟、日本産水産物の輸入規制、日韓自由貿易協定(FTA)交渉など、様々な懸案が山積している。一つひとつ着実に解決していく努力が欠かせない。

2015年12月28日月曜日

山積するASEAN共同体の課題

 東南アジア諸国連合(ASEAN)の10カ国は31日に「共同体」となる。その名にふさわしい実体をともなっていない面もあるが、経済を軸として統合が進んでいるのは事実だ。

 日本にとってASEANは、平和で繁栄したアジアを築いていくうえでの大切なパートナーといえる。共同体づくりを促し、関係を深めていきたい。

 ASEAN共同体は(1)政治・安全保障(2)経済(3)社会・文化――の3本柱からなる。このうち具体的な取り組みが進んでいるのは、経済共同体(AEC)づくりだ。

サービス自由化に遅れ

 モノの域内貿易にかかる関税はすでに、品目数で96%について撤廃が完了している。ベトナムやミャンマーなど遅れて加盟した4カ国を除けば、撤廃率は98%超。18年末までに全域でも撤廃率を98%以上に高める計画だ。

 早くから東南アジアの各地で生産や物流の拠点を築いてきた日本企業は一段と効率的なネットワークを整えやすくなる。もちろん、ASEANの企業も含め競争が激しくなる可能性も大きい。機会と挑戦の両面があるといえる。

 実際、AEC発足をにらんだ再編はすでに始まっている。タイの工場で手掛けてきた製品の生産を人件費の安いカンボジアに移す一方、タイでは製品の高度化を進める、といった動きだ。

 AECのうたい文句は「単一の市場、単一の生産基地」だ。合わせて6億2000万の人口を擁するだけに、魅力は大きい。ただ、実際には乗り越えるべき課題が山積している。小売りや金融などサービス分野の自由化は今のところ掛け声だおれに終わっている。

 さまざまなルールの調和や労働者の移動制限の緩和なども、具体的な歩みはにぶい。国内の雇用と産業を守りたいとの思惑から、保護主義的な規制をあらたに導入しようとしている国さえある。

 統合が遅れ気味になっている根本的な原因としては、10カ国の多様性を指摘できる。1人当たり国内総生産(GDP)がアジアでトップのシンガポールから、世界でも最貧国のグループに属するミャンマーまで、経済の発展段階には大きな開きがある。

 政治体制は民主主義から王制、一党独裁まで。宗教や言語など社会と文化のあり方は、それぞれにユニークで、しかも複雑に入り組んでいる。ちゃんと目配りをしないで統合を推し進めれば、深刻な混乱を引き起こしかねない。

 AECを前に進めるには、他の2本柱、つまり政治・安全保障と社会・文化の面での共同体づくりも、欠かせない。いうまでもなくこれは容易ではない。

 足元ではむしろ、外交・安保の面で亀裂が深まっている。ひとつは、南シナ海で人工島の整備を大々的に進めている中国との向き合い方をめぐってだ。おおざっぱにいえば、反中、親中、中立に三極化しつつある。

 もうひとつは、米国が主導する環太平洋経済連携協定(TPP)をめぐってだ。ここでも、交渉に参加した国と参加する意欲を表明した国、参加を表明していない国の3つに分かれている。

 もっとも、TPPの歩みを振り返ると、シンガポールとブルネイを含む4カ国が立ち上げた枠組みに米国などが乗っかって今の姿になっていることに気がつく。

脈々と生きる現実主義

 ASEANも含めたアジア・太平洋地域の経済統合のレベルを引き上げていく起爆剤として、シンガポールなどが仕掛けた面がTPPにはあるわけだ。

 3月に亡くなったリー・クアンユー元シンガポール首相以来のしたたかな現実主義が、脈々と息づいていることがうかがえよう。

 中国やインドに比べると東南アジア諸国の規模は小さい。大国とはいいがたい国々が団結することで存在感を発揮し、地域や世界の中での発言権を高めていくための枠組みが、ASEANだ。

 そして今世紀になって浮上した共同体づくりの取り組みは、グローバル化の進展や中国の台頭といった世界規模の地殻変動に対応し、さらに存在感を高めようという試みだといっていい。

 戦後日本のアジア外交のなかで対ASEAN外交は比較的成功してきたといえる。ASEANが一体となって存在感を発揮することは、日本の外交・安全保障にとってプラスに働く面が大きい。

 各国を結ぶ交通・通信インフラの整備や法制度の調和に向けた取り組みなど、ASEAN共同体の深化に役立つ協力を日本は進めていかなくてはならない。

裁判員裁判 死刑と向き合う機会に

 くじ引きで選ばれた国民たちが下した選択によって、命が絶たれる。死刑をめぐる状況は新たな局面を迎えた。

 川崎市で3人を殺害した津田寿美年・死刑囚の刑が執行された。市民が裁判員を務める制度のもとで死刑が確定した7人のうち、初のケースとなった。

 携わった裁判員の苦悩はいかばかりか、はかりしれない。

 評議は6日間に及んだ。刑罰の意味、遺族の思い、本人の更生の可能性など、重い課題を考え抜いた末の結論だろう。4年前、判決後の会見で裁判員たちは「人を死に追いやる」「精神的につらい」と語っていた。

 同様の声が死刑判決に関わった各地の裁判員から聞こえてくる。心のケアをさらに充実させる取り組みが欠かせない。

 その一方で、裁判員が死刑求刑事件について判決を下すこともあるという仕組みから、私たち国民は逃れるべきではない。

 そもそも国家権力が人を裁き、罰することができるのは、主権者である国民の負託を受けているからだ。刑罰のあり方を決めているのは国民であり、その究極の現れが死刑だ。

 だが、これまであまりに多くの手続きを、執行する刑務官ら専門職に負わせ、大多数の国民の認識から遠ざけてきた。

 内閣府が今年1月に公表した世論調査によれば、死刑をやむを得ないとする回答は約80%にのぼる。それでも裁判員たちが苦しむのは、「人の命を奪う」という死刑の本質に当事者として直面するからだ。

 人を裁くという経験を通じ、死刑と向き合い、是非を考える。裁判員制度をそうした機会にしていくことが大切だろう。

 そのためにも、裁判員の経験を市民ができるだけ共有できる仕組みが必要だ。加えて、国による情報公開が欠かせない。

 先進国の中で死刑を続けているのは米国と日本だけだが、米国では遺族やマスコミに執行を公開している。日本で立ち会うのは刑務官と検察官ら。プロの裁判官ですら実態を知らない。

 死刑囚はどんな日々を送るのか。執行の順番はどう決まるのか。裁判所の評議室に集まった誰もよく知らないまま、死刑判決にすべきか議論している。そんなことでいいのだろうか、と裁判員の経験者らが昨年、死刑に関する情報公開を法務省に求めた。まさに裁判員制度が掲げた「市民感覚」ゆえだろう。

 その求めに法務省は応じぬまま、今回の執行に踏み切った。「裁判員は与えられる事だけ知ればいいのか」との経験者たちの憤りを放置してはならない。

保育事故検証 実ある制度に育てよう

 保育所など子どもを預かる現場で死亡などの重大事故が起きたら、自治体が第三者委員会を設けて事故を検証する。内閣府などの有識者検討会がそんな仕組みを提言した。

 認可外の保育施設の場合は都道府県、それ以外の場合は市町村が担う。国も新たに設ける有識者会議で検証報告をもとに再発防止のための提言をする。年度内に国が通知を出し、来年4月から実施する運びだ。

 これまでも厚生労働省が認可保育所に事故後の検証を求める通知を出してはきたが、具体的な検証の仕方などについての定めがなかった。事件性がないと判断されると警察も捜査をしない。悲しみが癒えないまま家族が自分たちで調査をし、真相を知るためにやむにやまれず訴訟を起こすこともあった。

 再発防止のために事故の検証が欠かせないことを明確にし、認可外の保育施設も含めて第三者による検証をルール化した意義は大きい。

 しかし、実のある制度にするために、課題もある。

 まず、今回の仕組みは法的拘束力のない通知によるものだ。将来的には、児童虐待防止法に基づく虐待事例の検証のように、法律に位置づけることが必要だろう。

 自治体による検証の目的は、責任の追及ではなく、原因を究明して事故の再発防止や保育行政に役立てることにある。同時に、事実を知りたいという家族の思いに応える側面もある。

 それだけに、第三者委員会は家族も納得できるようなものでなければならない。中立性・客観性を担保するのに、委員会の人選は重要だ。

 国の有識者会議も、事故の分析や再発防止策を検討することに加えて、第三者委員会による検証がきちんと行われるよう目を光らせてほしい。

 中身ある検証は、事故について速やかに報告されることが前提だ。だが、今は認可外の保育施設に、重大事故の報告は義務付けられていない。

 死亡事故の多くが認可外の施設で起きていることを考えると、認可外施設への取り組み強化も必要だ。指導監督の権限を持つ都道府県がその役割をしっかり果たすのはもとより、いずれは報告義務を課す制度の見直しも必要だろう。

 保育所を増やす「量の拡大」は急ピッチで進んでいるが、職員の配置を厚くしたり、研修を充実させたりといった「質の向上」は後手に回っている。そもそも事故が起きない態勢作りを忘れてはならない。

男女共同参画 働き方の見直しを加速したい

 女性の活躍を推進するには、男性の働き方の見直しが欠かせない。

 政府が、新たな「男女共同参画基本計画」を閣議決定した。今後5年間の目標と施策をまとめた。

 新計画の特徴は、あらゆる分野で女性の活躍を促すため、長時間労働や転勤が当然視される男性中心型の労働慣行の変革を強く求めた点だ。併せて、育児や家事が女性に偏った現状を改め、男性も担うことが重要だと指摘した。

 第1子の出産を機に退職する女性は6割に達している。長時間労働の慣行は、子育てなどで働く時間に制約のある女性のキャリア形成を阻んできた。

 働く意欲があるのに、諦めざるを得ない女性は303万人に上る。日本経済の大きな損失だ。

 男性の育児・家事参加を妨げている主因も長時間労働である。

 2020年までに、週60時間以上働く人の割合を今の半分程度の5%に減らす。男性の育児休業取得率を2~3%から13%に引き上げる。男性の家事・育児時間も、世界最低レベルの1時間余りから欧米並みの2時間半に延ばす。

 新計画が、こうした目標を改めて掲げたのは、うなずける。家庭や地域での生活の充実は、男性にとっても望ましいはずだ。

 具体策としては、有給休暇の取得促進や、男性が育児休業を利用しやすい職場環境の整備などを挙げた。残業時間の上限規制も検討する。まずは、各企業が実効性ある対策を練ることが大切だ。

 新計画では、分野別の女性登用の目標値も示した。20年度末までに、国家公務員の課長級で今の3・5%から7%へ、民間企業の課長級では9・2%から15%へ、それぞれ引き上げる。

 政府は、20年までに指導的立場の女性を30%程度にすることを目指している。新計画でもこの目標を掲げてはいるが、実現が困難であることを示した形だ。背景には、管理職候補となる女性の育成が遅れている現状がある。

 新計画には、管理職手前の係長級で、女性の登用目標が新設された。企業については、20年度末までに25%とする。8月に成立した女性活躍推進法を有効に機能させ、着実に実現すべきだ。

 働く女性の過半数を占めるパートなど非正規労働者の処遇改善も重要課題だ。低賃金で雇用が安定せず、男女の賃金格差や母子家庭の貧困の要因となっている。

 男女共同参画は、政府が掲げる「1億総活躍社会」の基盤である。官民で取り組みを加速したい。

笹子事故判決 インフラ管理者への警鐘にも

 経年劣化を想定した点検で事故を確実に防がねばならない。道路などのインフラ管理者に警鐘を鳴らす判決と言える。

 山梨県の中央道で2012年に起きた笹子トンネル天井板崩落事故で、横浜地裁が、トンネルを管理する中日本高速道路と子会社に計約4億4000万円の損害賠償を命じた。

 事故の発生時点で、トンネルの完成から35年が経過していた。天井板は、アンカーボルトでトンネル天頂部からつり下げられていたが、接着剤の劣化などでボルトが抜け落ちて崩落した。通行中の車3台が下敷きになった。

 保守点検の重要性を改めて認識させる事故だった。

 死亡した9人のうち、5人の遺族が、「天井板の老朽化を認識していたのに改修しなかった」と訴えていた。中日本は事故を予見できなかったと反論した。

 判決は、適切な点検によって事故を回避する責任を怠ったと結論づけた。重視したのは、2000年に行われた打音検査で、既に200か所以上のボルトの緩みが見つかっていた点だ。

 この経緯を踏まえ、経年劣化の進行と崩落を「予見し得た」と判断したことは、うなずける。

 事故の約2か月前に実施された点検の適否も争点になった。中日本は、主に双眼鏡を使った目視で異常の有無をチェックした。

 ボルトの緩みなど、外から見えない不具合の点検方法としては、打音検査が一般的だ。検査を尽くしていれば、「不具合に気づき、事故を防げた」と主張する遺族側の心情は理解できる。

 中日本は、打音検査でも不具合を見逃す可能性があるとする国土交通省の調査結果を示し、「打音検査を行っても事故は予測できなかった」と訴えた。

 しかし、最低限必要な点検を怠ったと捉えるべきだろう。判決も「点検方法は甚だ不十分だった」として過失を認定した。

 千葉県君津市の国道410号のトンネルで23日、天井のモルタル約23トンが剥がれ落ちた。老朽化対策として新たに吹き付けられたモルタルだ。安全性向上のための補修工事が事故を招いたのは、本末転倒というほかない。

 トンネルだけでなく、高度成長期に整備された橋などのインフラの老朽化が進んでいる。

 「不具合を的確に把握できる点検方法を選択する注意義務を負う」。中日本に対する判決の指摘を、あらゆるインフラ管理者が肝に銘じねばならない。

2015年12月27日日曜日

文科省は国立大をどこに持っていくのか

 相次ぐ指示への対応に追われ、教育・研究にじっくり取り組む環境が損なわれる一方だ――。

 文部科学省の大学行政をめぐって、国立大の間にこんな不安が広がっている。たしかにこの1年、同省が矢継ぎ早に示した方針には疑念が少なくない。文科省は国立大をどこに持っていくのか。

 大学関係者からの批判がとりわけ強いのは、全国の国立大にあてた6月の通知だ。文科省は教員養成系学部や人文社会科学系学部について「組織の廃止や社会的要請の高い分野への転換に積極的に取り組む」よう求めた。

 不用意に「廃止」にまで言及した通知に、「文系つぶし」だという反発が巻き起こったのは当然だろう。経団連も「産業界はそうしたことを求めてはいない」と突き放している。

 文科省は「誤解を招く内容だった」と釈明しているが、通知自体は撤回していない。10月に就任した馳浩文科相は、この文書を「32点くらい」と評した。そこまで問題の多い通知を、なぜいまだに撤回しないのか。それとも「文系つぶし」が本音なのだろうか。

 同省は来年度から国立大を「世界トップ水準を目指す」「特定の分野で拠点となる」「人材育成や研究で地域に貢献する」――の3つの類型に分け、その枠ごとに取り組みを評価して補助金を傾斜配分する仕組みも導入する。これについても効果より弊害が大きくならないか、疑問が残る。

 もちろん、国立大にも一定の役割分担はあろう。税金を使うからには資金配分にメリハリも大切だ。とはいえ、すべての国立大を単純に類型化するのでは大学の持つさまざまな可能性を摘み、序列化を強めかねない。地方での地道な研究からもノーベル賞学者が生まれることを考えてほしい。

 収入の大半を占める運営費交付金の減額も、国立大の大きな悩みだ。来年度予算ではとりあえず据え置きとなったが、2017年度からは毎年約0.5%ずつ減らすという。将来は授業料などにはね返る心配がある。

 国立大にも自助努力は必要だが、おのずと限界はある。高齢者向けに偏った歳出を見直し、若年層向けの予算へのシフトを図るなかで大学予算の充実を検討したいものだ。文科省は教育・研究の中身に口を出して大学を萎縮させるのは慎み、もっと金を出せる仕組みづくりに注力すべきである。

中国で強まる言論への圧力

 中国の著名な人権派弁護士、浦志強氏に有罪判決が下された。中国独自のミニブログへの書き込みだけで「民族の恨みを扇動した罪」「言いがかりをつけて騒ぎを起こした罪」を認定した。言論空間への圧力が強まる中国の現状を憂慮する。

 判決は懲役3年、執行猶予3年だった。国際社会や国内の改革派知識人から無罪、釈放を求める声が高まるなか、一定の配慮は示した。とはいえ全国人民代表大会(国会に相当)のあり方をただし、ウイグル族問題など中国の民族政策見直しを求めただけで有罪とするのは大きな問題だ。

 浦氏は中国で最も影響力を持つ弁護士の一人だった。当局が司法手続きを経ずに市民を拘束し、強制労働に従事させる労働教養所制度の違法性を訴える訴訟を繰り返し提起した。習近平指導部は2013年末、この制度を廃止した。

 浦氏は中国の時事雑誌の表紙を飾るほどの時の人となった。「反腐敗運動」を展開する共産党の規律検査部門が党規違反を理由に党員に過酷な取り調べをし、けが人や死者が出た問題も追及した。

 今回の事件は、党の意向に従わない浦氏の言論を封じる狙いがあったと見る向きもある。政治色の強さ故に罪の立証にも無理が出た。送検後、現場に案件が差し戻されるなど、捜査の迷走も透けて見える。

 判決後、米国務省報道官は「中国での法治の強化に取り組み、世界的に評価されている勇気ある弁護士」と改めて浦氏を評価し、曖昧な罪による有罪に懸念を示した。習近平指導部は法治を掲げている。だが、国民の権利を守る法治とはいえない。

 7月には著名な女性人権派弁護士、王宇氏ら多くの弁護士、活動家が拘束された。浦氏は拘置所を出たものの、有罪判決で中国の弁護士資格を失う。中国内ではインターネット上の言論監視も厳しくなった。中国には世界第2位の経済大国にふさわしい人権を尊重する国への脱皮を望む。

高浜原発 再稼働に反対する

 関西電力高浜原発3、4号機(福井県高浜町)の運転を禁じた福井地裁の仮処分決定が取り消された。関電は来月下旬にも再稼働に踏み切る見込みだ。

 だが、司法判断の直前に完了した地元・福井県の同意手続きには問題が多い。このまま再稼働へ進むことには反対だ。

 福井県には廃炉が決まったものも含めて15基の原子炉が集中する。西川一誠知事は同意にあたって五つの条件を掲げ、国と関電に責任の明確化を迫った。

 福島第一原発事故後、原発再稼働に世論は一貫して慎重だ。西川氏は「国民理解の促進」を国に強く求め、安倍首相から「全国各地で説明会を開く」との言質をとった。

 関電には使用済み核燃料の中間貯蔵施設を県外につくる時期の明示を求めた。関電は11月、「20年ごろに場所を決め、30年ごろに操業する」と表明した。

 西川氏は、条件がすべて満たされたとの認識を示した。だがこれらの約束がどれほど内実を伴っているかは疑問だ。

 関電は以前から「中間貯蔵施設は関西に設置したい」と自治体への説明を続けてきた。しかし反発は強く、めどは立たない。結局は「空手形」ではないか、との疑いが否めない。

 一方、西川氏はどこまで自身の責任を果たしたか。

 「原発の安全性や必要性は国や事業者に説明責任がある」とし、県主催の住民説明会は開かなかった。30キロ圏に京都、滋賀両府県を含み、計約18万人が暮らす高浜原発周辺の避難計画は今月まとまったばかり。だが西川氏は「法律上、避難計画は再稼働の条件ではない」と述べ、府県境をまたぐ訓練も待たずに同意に踏み切った。

 地元同意は本来、住民の安全と安心を高めるプロセスのはずだ。だが、九州電力川内原発(鹿児島県)、四国電力伊方原発(愛媛県)に続き、望ましくない「ひな型」がまた一つ増えたのは残念というしかない。

 国の再稼働ありきの姿勢もより露骨だった。林幹雄経済産業相は司法判断の4日前に福井を訪れ西川氏に同意を要請した。

 原発周辺の自治体や住民には、再稼働の判断に関与できないことへの不満が強い。高浜でも京都、滋賀両府県が立地自治体並みの「同意権」を求めたが、関電は応じていない。国も「地元同意は法令上の要件ではない」と静観するばかりだ。

 安倍首相は「原発の重要性に国民理解が得られるよう説明していく」と述べた。それならば「地元」の範囲についても方向性を示すべきではないか。

公文書管理法 霞が関をもっと透明に

 政府などの文書管理ルールを定めた公文書管理法の見直しに向け、有識者でつくる内閣府の公文書管理委員会が検討を進めている。

 2011年に施行されたこの法は、「霞が関の透明化」に一定の役割を果たしてきた。一方、14年施行の特定秘密保護法によって、政府が秘密だと指定した情報の管理は格段に強まった。情報の保全と公開のバランスを取り戻すためにも、国民の知る権利に資する方向での見直しは不可欠だ。

 公文書管理法は、意思決定にいたる過程が検証できるように行政機関に文書作成を義務づけ、各省でバラバラだった保存や管理のルールを統一した。各省の判断では文書を廃棄できなくなり、歴史的価値のある文書は公開に向け国立公文書館に移すことを定めた。

 ただ、法の趣旨が浸透しているとはとても言えない事例が、最近も明るみに出ている。

 内閣法制局は、集団的自衛権の行使を認めた憲法9条の解釈変更までの内部協議の過程を文書に残していなかった。

 原子力規制委員会は12年の発足から3年の間、作成が義務づけられている文書リストをつくっていなかった。

 いずれも、「現在及び将来の国民に説明する責務が全うされるようにする」との法の目的に反している。

 一方、法制定時から指摘されていた文書管理体制の弱さも、あまり改善されていない。

 政府全体で年間200万件以上の文書が保存期間を終えるが、公文書館への移管か廃棄かの判断をしているのは内閣府と公文書館の20人ほどの職員だ。職員は少しずつ増えているが、フランスのように各省に文書管理の専門家が配置されているようなレベルにはない。

 こうした現状を受け、日本アーカイブズ学会などが公文書管理委に見直すべき点を提言している。公文書管理は国民の知る権利や記録遺産形成のためであることを明確化▽公文書館の権限強化と組織拡充▽専門職員資格制度の構築などだ。

 いずれもうなずける内容だ。一朝一夕には実現できないものもあるが、その方向への道筋を明確にすべきだ。

 公文書管理は単なる役所の内部ルールではない。政策がどのように決定され、どう実施されたかを国民が検証できるようにするための取り決めだ。

 来年3月までにまとめられる見直し案が、行政ではなく国民の利益を高める内容となるよう求めたい。

防衛費5兆円 同盟強化に役立つ装備調達に

 政府の2016年度予算案で防衛費は4年連続で増え、過去最高の5兆541億円となった。

 4月の新たな日米防衛協力指針(ガイドライン)の決定や、9月の安全保障関連法の成立後、最初の予算編成だ。日米同盟を強化する安倍政権の意思を明確に示せたのではないか。

 集団的自衛権の行使の限定容認による米艦防護任務もにらみ、弾道ミサイル防衛対応型のイージス艦1隻の建造費を盛り込んだ。米軍機支援も念頭に、新型空中給油機KC46Aを1機導入する。

 「切れ目のない事態対処」の一環として、南西諸島の防衛強化に向けて、戦車並みの火力を有する機動戦闘車36両と、水陸両用車11両の購入費を計上した。輸送機オスプレイ4機も購入する。

 滞空時間が長い無人偵察機グローバルホーク3機も導入される。より早期に危機の端緒を捉えることが可能になり、自衛隊の警戒監視能力はさらに高まろう。

 東シナ海では中国軍が活動を活発化させている。11月には、海軍艦船が尖閣諸島周辺で「特異な航行」を繰り返した。北朝鮮も核・ミサイル開発で挑発を続ける。

 こうした現状を踏まえれば、今回の防衛装備の調達内容は適切だろう。今後は、米軍との共同訓練などを重ね、実効性のある運用態勢を構築せねばならない。

 新型哨戒ヘリSH60Kは、17機を一括購入する。長期契約で調達費を抑制する特別措置法に基づいて、114億円を節減した。今後も、この経費節約策を積極的に活用することが大切である。

 10月には、防衛装備庁が発足した。従来の内部部局や陸海空3自衛隊による縦割りを排し、一元的に装備調達を担う組織だ。

 限りある予算を有効活用するには、装備調達の優先順位を決め、無駄な支出は徹底的に省く努力が不可欠だ。3自衛隊の予算配分の抜本的見直しも避けられまい。

 日米両政府は、16年度から5年間の在日米軍駐留経費の日本側負担(思いやり予算)について年平均1893億円とすることで合意した。今年度とほぼ同水準だ。

 光熱水費の負担率を下げ、福利厚生施設の従業員を減らす一方、イージス艦の整備などでの雇用を増やす。妥当な内容である。日本側の経費負担は、同盟国としての責任分担にほかならない。

 米軍はアジア重視のリバランス(再均衡)政策に基づき、最新鋭のイージス艦などの日本への重点配備を進めている。日本の抑止力を高めることは歓迎したい。

2015回顧・世界 テロと不正が衝撃を与えた年

 中東の混迷が地域を越え、欧州にまで波及する構図が鮮明になった。

 読売新聞読者が選んだ今年の「海外10大ニュース」の1位は、パリ同時テロだった。シリアとイラクにまたがって勢力を維持する過激派組織「イスラム国」の犯行が、世界を大きく揺さぶった。

 11月13日、劇場やレストラン、競技場などが襲撃され、130人が犠牲となった。1月の政治週刊紙への襲撃(9位)に続いてパリで起きた惨劇だ。

 フランスのオランド大統領は同時テロを、「イスラム国」による「戦争行為」と非難し、非常事態を宣言した。実行犯は欧州で育ったアラブ系の若者らだった。

 10月にエジプト東部でロシア機が墜落した(15位)のも、爆弾テロによるものだ。その後、米仏など有志連合やロシアが「イスラム国」掃討に向けた空爆を強化し、国際社会の「反テロ」機運が高まったことは重要である。

 シリアなどから流入する難民の急増(4位)は、欧州の重い負担となっている。東欧諸国が受け入れに難色を示し、欧州連合(EU)内に亀裂が入りかねない。

 難民急増の背景にあるのは、シリアの内戦の長期化だ。米露や中東などの関係国が結束して終結を急がねばならない。

 二つの大がかりな不正の発覚は世界に衝撃を与えた。

 米環境保護局は、独自動車大手フォルクスワーゲン(VW)が排ガス規制に合格するため、ディーゼル車に不正ソフトウェアを搭載していたと発表した(6位)。

 大量のリコール(回収・無償修理)を迫られ、ドイツを代表する企業の信用が失墜した。

 米司法当局は国際サッカー連盟(FIFA)の汚職で、多数の幹部らを起訴した(8位)。ブラッター会長も不正な金銭授与の疑いで、FIFA倫理委員会から8年間の資格停止処分を受けた。FIFAの自浄能力が問われよう。

 「ネパールで大地震、約9000人死亡」が2位だったのは、東日本大震災以降、外国の地震でも関心が高いことを示している。

 ミャンマーでは、2011年の民政移管後、初の総選挙で、アウン・サン・スー・チー氏が率いる最大野党・国民民主連盟(NLD)が圧勝した(5位)。円滑な政権交代が課題となる。

 米国とキューバが54年ぶりに国交回復した(3位)ことで、東西冷戦の遺物とも言える両国の対立は解消に向かいつつある。オバマ政権の「遺産」となるだろう。

2015年12月26日土曜日

住宅政策の転換を大胆に進めるときだ

 住宅政策の指針である新たな住生活基本計画の骨子案がまとまった。国土交通省が社会資本整備審議会の分科会に示した。来年3月までに新計画をまとめ、閣議決定する方針だ。

 新計画は2016年度から10年間を対象にしている。その折り返し点である20年ごろには人口に続いて世帯数も減少に転じ、住宅需要が本格的に減り始める。13年で約820万戸ある空き家は、23年には約1400万戸に膨らむという試算もある。

 新計画の骨子案では目標のひとつに「新たな住宅循環システムの構築」を掲げた。住宅を購入して終わりではなく、その住宅が資産として次世代に継承される仕組みを整える。空き家の増加を抑えるためにも既存の住宅の取引をもっと活性化する必要がある。

 住宅の流通戸数に占める中古住宅の割合をみると13年で14.7%にとどまっている。政府は現行計画でも中古住宅の割合を高める目標を盛り込んだが、この比率はここ数年、むしろ低下している。

 安心して中古物件を購入できるようにするためには、第三者が住宅の状況を調べるインスペクション(住宅診断)を普及させる必要がある。米国では中古物件の買い主の8割程度が診断をしているが、日本ではまだ少ない。

 中古住宅の購入費とリフォーム費用を一体で提供する住宅ローン商品ももっと広げたい。

 日本の住宅は築20年を超すと建物部分の資産価値がほぼゼロになる場合が多い。これでは適切に維持管理する動機づけにならない。

 住宅投資に占めるリフォーム投資の割合をみると日本は13年で28.4%と欧米よりもかなり低い。こうした日本の非合理な資産評価が影響しているのだろう。

 これからは建物を一体で評価するのではなく、柱や壁などの構造部分と内外装・設備部分を分けて評価すべきだ。例えば、シロアリ対策をしていれば構造部分の耐用年数は延びるはずだし、給排水管を交換すれば設備の資産価値はその分、元に戻るだろう。

 高齢化が進むなか、住宅のバリアフリー化を進めるリフォームももっと後押ししたい。地球温暖化をにらみ、住宅の省エネ性能を高める必要もある。

 住宅政策は今、大きな転換点を迎えている。新規物件の建設から既存物件の流通促進へ、政策の重点を大胆に変えるときだ。

注文受け止め万全の再稼働を

 原子力発電所に絶対の安全はないとしたうえで、リスクを最小限に抑えるよう求めたことは、現実的な判断といえる。関西電力の高浜原発3、4号機(福井県高浜町)をめぐり、福井地裁は再稼働を認める判断を下した。

 住民らによる仮処分申請を受け、同地裁は4月、「想定を超える地震で大事故に至る危険性がある」として差し止めを命じた。関電が異議を申し立て、地裁は別の裁判長のもとで改めて審理し「地震に対し余裕のある安全性を確保している」と判断を覆した。

 同原発は原子力規制委員会の安全審査に合格している。争点になった安全審査の妥当性についても「専門性や独立性が確保された規制委が十分に審査しており、不合理な点はない」とした。過去の原発訴訟で最高裁が出した判例を踏まえたものだ。

 福井地裁の前回の裁判長は、原発の耐震基準づくりに携わった専門家の発言を引用し、「地震の想定が甘く、絶対安全とはいえない」と断じた。だが当の専門家が「事実誤認」と反論するなど、緻密さに欠けた点は否めない。

 一方で、国や電力会社が重く受け止めるべき点も多い。地裁は「規制基準は安全神話に陥らないよう最新の知見を反映し、高い水準の安全性をめざす努力が求められる」と注文をつけた。

 東京電力福島第1原発の事故後、住民の原発への不安はなお強い。原発の安全性は規制委だけでなく、司法も判断してしかるべきだ。今回、地裁も指摘したように、安全審査のあり方に根本的な問題があれば、司法も踏み込んで判断すべきだろう。

 高浜原発の再稼働をめぐっては地元の高浜町のほか、西川一誠知事も同意を表明した。関電は来年1月にも再稼働をめざしている。

 一方で、同原発から30キロ圏には京都府や滋賀県の一部が含まれ、事故が起きたときの住民避難などになお課題が残る。国や関電は防災計画づくりなどを支援し、再稼働に万全を期すべきだ。

慰安婦問題 日韓で歴史的な合意を

 慰安婦問題の合意をめざし、岸田外相があさって韓国を訪れ、尹炳世(ユンビョンセ)外相と会談する。

 戦時中、日本軍の将兵たちの性の相手を強いられた女性たちをいかに救済するか。政治的な立場を超えて、両政府がともに対処すべき人権問題である。

 元慰安婦の1人が初めて韓国で名乗り出て、24年の歳月が流れた。今年だけでも多くの元慰安婦が遺恨を胸に抱いたまま、亡くなった。韓国政府が把握する存命中の元慰安婦は50人を切り、平均年齢は90歳近い。

 両政府に残された時間はわずかしかない。両国関係にとっても長く刺さってきたトゲを自らの手で抜くべき時だ。

 政府間で合意がなされても、日韓とも国内から不満や反発は出るだろう。一部には、この問題をナショナリズムに絡めて論じる狭量な声もある。

 しかし、そうした摩擦を乗り越え、大局的な見地から、健全な隣国関係を築く重みを説くことが政治の責務であろう。この機を逃してはならない。

 日韓は1965年に国交正常化し、ことしで50年を迎えた。

 半世紀前、両国を往来する人は1万人にすぎなかったが、最近では500万人を超えるなど交流は活発化している。いまや経済や文化の協力関係は切っても切れない間柄である。

 その一方で、慰安婦問題は、関係の深化を阻む壁となってきた。両政府は、50年前に交わした請求権・経済協力協定で、慰安婦問題も法的に解決したかどうかの見解で対立し、話し合いは平行線をたどってきた。

 今回の会談で合意ができれば、それはどちらか一方ではなく、双方が大きく歩み寄った中身になるはずだ。不幸な過去の歴史から未来に向けて歩を進めようとする両政府の意思を確認する一里塚となろう。

 慰安婦問題をめぐる交渉は、表向きの外交当局の局長級協議ではなく、水面下での非公式接触で進められてきた。それがここで急加速したのは、先月の初の日韓首脳会談が実現した直後からだ。

 日韓双方の政権とも、最大の同盟国である米国から、和解へ向けて強く背中を押されてきた事情がある。それに加え、来春にある韓国の総選挙を意識して交渉を急いだ面もある。

 国内世論を探りつつ、外交のかじ取りをせねばならない事情は日韓とも同じだ。ここは両政権の指導力の真価が問われる局面である。

 国交50年の節目の年にふさわしい歴史的な合意を政治の責任でまとめてほしい。

防衛費5兆円 聖域化は許されない

 安倍政権による2016年度予算案で、防衛費が史上初めて5兆円を突破した。

 5兆541億円。15年度に比べて1・5%増え、社会保障費の1・4%増を上回る。

 16年度は国の財政健全化計画の初年度で、社会保障費を除く政策予算の伸びを今後3年で計1千億円に抑える方針だ。その伸びの大半を16年度の防衛費で占めることになる。あおりで、教育など他の予算の増額は難しくなる。

 中国の軍拡や海洋進出への対応で、一定の防衛費の負担が避けられないのは確かだ。

 といって、財政規律をないがしろにはできない。中国と張り合うように予算を増やしていくことも現実的ではない。

 限られた予算の中で、防衛費をどこまで負担するかは国民の理解が要る。年明けの国会で政府は防衛費の将来見通しを明確に説明すべきだ。野党はしっかりただしてもらいたい。

 16年度予算案を点検すると、防衛費が将来的に膨らんでいく方向性が見て取れる。

 まず最新鋭の米国製兵器の購入だ。新型輸送機オスプレイ、戦闘機F35A、滞空型無人機グローバルホーク、新早期警戒機E2D……。兵器が高額になれば維持費や修理費もかさむ。

 これらの支払いは、複数年にわたって分割払いする「後年度負担」で行われる。将来の予算を圧迫し、結果的に防衛費増につながる恐れがある。

 在日米軍駐留経費の日本側負担、いわゆる「思いやり予算」の今後5年間の水準も実質増で日米両政府が合意した。16~20年度の総額は9465億円で、15年度までの5年間を133億円上回っている。

 沖縄県の米軍普天間飛行場の辺野古移設経費も増えている。政府が工事を本格化させれば、さらに膨らむだろう。

 新安保関連法が来春施行されれば、自衛隊の任務は増え、活動範囲も広がる。他国軍との共同訓練などに対応するためには予算の裏打ちが必要だ。

 安倍首相はこれまで、中期防衛力整備計画(中期防、14~18年度)で5カ年の防衛費の総額を明示している、と説明してきた。安保法制が防衛費には影響しないという趣旨だ。

 だが、自衛隊の海外展開に向けた動きとともに、コストも増えるだろう。来夏の参院選が終われば、防衛費増への圧力が強まる可能性は否定できない。防衛大綱や中期防の見直しを求める声が高まるのではないか。

 厳しい財政状況のもとで、防衛費の聖域化は許されない。

高浜再稼働へ 「差し止め」覆す合理的決定だ

 専門性が極めて高い原子力発電所の安全審査について、行政の裁量を尊重した妥当な決定だ。

 関西電力高浜原発3、4号機の再稼働差し止めを命じた仮処分の保全異議審で、福井地裁が、差し止め決定を取り消す決定を下した。

 「原子力規制委員会の判断に不合理な点はなく、3、4号機の安全性にも欠ける点がない」というのが、取り消しの理由だ。

 3、4号機については、地元の福井県知事と高浜町長が既に、再稼働に同意している。

 関電は25日、3号機への核燃料挿入を始めた。来年2月までに2基を順次、再稼働させるという。安全確保を最優先し、着実に準備を進めてもらいたい。

 3、4号機は今年2月、東京電力福島第一原発の事故後に厳格化された新規制基準に基づく安全審査に合格した。

 ところが、4月に福井地裁の当時の樋口英明裁判長が「新基準は緩やかに過ぎる」と独善的な見解を示し、再稼働を差し止めた。「ゼロリスク」に固執した不合理な決定だったと言うほかない。

 今回、林潤裁判長は「新基準や規制委の判断に不合理な点があるか否かの観点から審理・判断するのが相当だ」と指摘した。

 その上で、「危険性は社会通念上、無視できる程度にまで管理されている」と結論付けた。

 原発の安全審査について、最高裁は1992年の四国電力伊方原発訴訟判決で、「最新の科学的、技術的、総合的な判断が必要で、行政側の合理的な判断に委ねられている」との考え方を示した。

 司法の役割を抑制的に捉えたこの判例が、原発訴訟での司法判断の基準となっている。

 今回の決定も、判例に則った常識的な内容だと言える。

 一方で、林裁判長は決定の中で、関電と規制委が安全神話に陥ることなく、高い安全性を目指す努力を継続するよう求めた。

 福島第一原発事故の教訓を踏まえれば、関電だけでなく、原発を保有するすべての電力会社に当てはまる注文である。

 避難計画の実効性を高めることも欠かせない。

 高浜原発で万一、重大事故が発生した場合には、半径30キロ圏内の住民が、バスや自家用車に分乗し、兵庫、徳島両県に避難する計画だ。福井県と京都府の17万9000人が対象となる。

 政府と関係自治体には、住民が県境を越えて円滑に避難できるよう、体制整備が求められる。

監査法人課徴金 最大手でこの体たらくとは

 企業と監査法人のなれ合いが不適切会計につながった。企業会計への信頼を損ねた監査法人の責任は重い。

 東芝の不適切会計問題で、金融庁は会計監査を担当した新日本監査法人に対し、来月から3か月間、新規契約を禁じる一部業務停止を命じた。21億円の課徴金も科す。

 監査法人が課徴金を支払うのは初めてだ。新日本の監査の実態について、金融庁は「東芝の説明や提出資料に対して、批判的な観点からの検証が十分に実施できなかった」と厳しく批判した。

 企業の財務諸表は、投資家が金融取引をする際の重要な目安だ。監査法人は、その正確さを保証する業務を担っている。投資家保護の観点から、金融庁が異例の重い処分を下したのは当然だ。

 東芝に対する監査が正常に機能し、不適切会計を早期に改めていれば、巨額の赤字や1万人超の人員削減という最悪の事態を避けられた可能性がある。

 新日本は、オリンパスの粉飾決算で損失隠しを発見できず、2012年に業務改善命令を受けている。その際、再発防止の徹底を誓ったにもかかわらず、監査体制の見直しを怠っていた。

 国内最大手の監査法人がこの体たらくとは、嘆かわしい。相次ぐ会計不正で、公認会計士の信頼度が低下していることへの危機感が乏しいと言わざるを得ない。

 新日本は60年にわたり、東芝の監査を担当してきた。監査チームは、不正の兆候を見つけても、適切な改善指導をしなかった。

 監査報告書をチェックする新日本の品質管理部門や審査部門も、不自然な会計操作を見逃した。二重の不作為が、東芝の問題を深刻化させたと言えよう。

 監査法人は、顧客である企業と契約し、監査報酬を受け取る営利企業の側面を持つ。金融当局のような強制的な調査権限を持たないため、そもそも監査法人が不正を発見することは困難だ、と釈明する公認会計士は少なくない。

 だが、粉飾決算の増加を背景に、経営実態を正確に反映した財務諸表を求める投資家のニーズは高まっている。時代の要請を踏まえ、公認会計士は意識を改革しなければならない。

 海外の一部の監査法人は、外部の目で監査状況を監督する社外取締役のような役員を置いている。企業に監査法人の定期的な交代を義務づける国もある。金融庁は、現行の監査制度の問題点を精査し、改善に努めてもらいたい。

2015年12月25日金曜日

縦割り排し社会保障・税一体改革を

 政府が2016年度予算案を決めた。予算総額は96兆7千億円程度と過去最高を更新した。

 税収増を見込み、新規国債発行額を抑える結果、借金で歳出をどれくらい賄うかを示す国債依存度は35.6%まで下がる。

 日本の借金残高は国内総生産(GDP)の2倍を超え、財政は先進国で最悪の状態にある。単年度の財政赤字を前年度より小さくしたのは前進だが、財政健全化の道筋が整ったとはいえない。 

世代間の不均衡是正を

 財政赤字の主因は、高齢化に伴う医療や年金、介護といった社会保障費の増加だ。16年度は前年度比の増加額を4400億円強にとどめた点はひとまず評価できるものの、歳出は切り込み不足だ。

 医療の公定価格である診療報酬は8年ぶりに引き下げられる。しかし、診療報酬のうち、医師、歯科医師、薬剤師の技術料部分、いわゆる本体は引き上げられた。

 診療所の収益は増えているのに本体部分をプラス改定したのは、来年の参院選を意識して医師会などに配慮した結果と疑わざるを得ない。

 地方財政も、国からの自立を促す改革を素通りしている。

 政府は国と地方をあわせた基礎的財政収支を20年度に黒字にする目標を掲げている。

 金融市場で日本の国債への信認が疑われると長期金利が上昇し、事実上の財政破綻につながるリスクが高まる。経済成長を確保しつつ堅実な財政運営が求められるのは、この心配をなくすためだ。

 社会保障費を賄う安定財源としての消費税はいずれ10%を超えて上げる必要があるだろう。ただ、社会保障費の膨張に歯止めをかけなければ、際限のない増税を強いられかねない。だからこそ社会保障制度の効率化は急務となる。

 こうした観点からみると、16年度予算案は及第点に達しない内容だ。3つ問題がある。第1は所得や資産にゆとりのある高齢者に負担を求める改革に踏み込んでいないことだ。

 医療では、70歳以上の高齢者の窓口自己負担が原則1~2割にとどまり、現役世代の3割より低く抑えられたままだ。

 年金では、受給者が現役世代の所得控除より手厚い税制優遇措置を受けている。そのうえ高所得の年金受給者についても、基礎年金の半分に税金が投じられている。

 所得や資産が比較的豊かな高齢者にも優遇措置を続ければ、世代間の給付と負担の不均衡はいっこうに是正されない。今回も痛みを伴う改革を先送りし、この点では「決められない政治」が続いた。

 第2は子ども・子育て支援だ。幼児教育無償化の対象を広げたりひとり親家庭に配る児童扶養手当を増やしたりするのは妥当だ。

 しかし、安倍晋三政権が合計特殊出生率をいまの1.4台から1.8に上げる目標を掲げている割には小粒な内容だ。

 少子化への対応は息の長い取り組みが要る。そのためには高齢者向けの歳出を抑え、浮いた財源を思い切って子ども・子育て支援に振り向ける、といった歳出の抜本的な組み替えが必要だ。今回の予算案はその難題を避けた。

 15年度補正予算案では低所得者のうち年金受給者だけを対象に給付金を大盤振る舞いする。高齢の有権者が増えるほど、高齢者を優遇する政策がまかり通る「シルバー民主主義」の弊害は目に余る。

勤労税額控除も一案

 第3に、真に支援が必要な低所得者向けの対策だ。17年4月の10%への消費増税時には軽減税率を導入することが決まった。

 それでも、国民年金や国民健康保険(国保)といった社会保険では、税以上に低所得者の負担が相対的に重い「逆進性」の問題が残っている。

 改善策として例えば、税と社会保障の共通番号(マイナンバー)を使い、勤労税額控除のようなしくみを導入するのは一案だ。

 働いても所得が低い間は社会保険料負担を減免し、手取りの所得を増やせるような誘因策はあっていい。働く意欲を持つ人々を下支えする施策は、生活保護の改革などとあわせ安全網を再構築するうえで重要になる。

 日本では、税は自民党税制調査会と財務省、社会保険は厚生労働省と縦割りでバラバラに制度設計をしてきた結果、効率性や効果に乏しい制度を温存してきた。

 社会保障制度を持続可能にするとともに、財政健全化の道筋を固める。そのためには社会保障制度と税制を一体的に抜本改革する必要がある。安倍政権はその課題から逃げてはいけない。

予算と税制 国民を見くびるのか

 政府が来年度の一般会計予算案を決めた。総額は96・7兆円と、また過去最高を更新した。計上予定だった一部を今年度の補正予算に回しながら、なお膨張が止まらない。

 一方で、財源不足を穴埋めする新たな国債の発行は前年度から2兆円余り減らす。底堅い景気に支えられ、税収が今年度当初予算から3兆円ほど増えると見込んだからだ。それでも国債発行額は34兆円を超え、歳出全体の3分の1余りを将来世代へのつけ回しに頼る。

 巨額の財政赤字を抱えて高齢化が進むだけに、必要な予算に絞り込み、負担増に向き合うしかない。にもかかわらず、来年夏に参院選を控えて「負担増は選挙後まで封印」という政府・与党の姿勢が露骨だ。選挙こそが給付と負担のあり方を問う機会なのに、負担の話を隠せば票が集まると言わんばかりではないか。あまりに国民を見くびっている。

 予算編成では、医療の高額療養費制度が焦点になった。年齢や所得に応じて患者が支払う分(総額の1~3割)に上限を設ける制度だ。70歳以上向けの特例や優遇を見直し、一定の所得がある人は現役世代と同じ負担水準にして医療を巡る財政を改善することが検討されたが、選挙を意識する与党の反対で「来年末までに結論」となった。

 「世代」を軸に作られてきた日本の社会保障を「所得や資産」に応じた制度に改め、豊かな人には負担増や給付減を求めることが避けられない。実際、政府の改革工程表には介護保険でも負担増につながる検討項目が並ぶが、それらも「16年末までに結論」である。

 税制でも先送りが顕著だ。

 17年度から導入する消費税の軽減税率を巡り、1兆円もの税収減をどう穴埋めするのか。自民・公明両党は決められず、「16年度末までに安定的な恒久財源を確保する」とうたうにとどまった。所得税の配偶者控除の見直しに関する政府税制調査会の2年越しの議論も、当分の間お蔵入りになった。

 政府・与党だけではない。政権時に2段階の消費増税を決めた民主党では、10%への増税に反対する声が出ている。対象範囲を広げた軽減税率の導入に納得できないことが理由のようだが、増税をやめて財政再建の道筋をどう描くのか。

 年明け早々に国会が始まる。納得できる負担なら受け入れるという国民は少なくあるまい。どの政党が税・財政問題に責任を果たそうとするのか。そこに注目しよう。

高浜原発訴訟 司法の役割はどこへ

 まるで福島原発事故以前の司法に逆戻りしたかのようだ。

 福井地裁がきのう、関西電力高浜原発3、4号機(福井県)の再稼働を禁じた4月の同地裁の仮処分決定を取り消した。

 新規制基準について、4月の決定は「緩やかに過ぎ、適合しても原発の安全性は確保されない」と断じていた。だが今回は「高度の専門性、独立性を有する原子力規制委員会が審査する新規制基準の枠組みには合理性がある」とし、規制委の審査についても「判断に不合理な点はない」と結論づけた。

 同時に審理していた大飯原発3、4号機(同)の運転差し止め仮処分申請も、「再稼働が差し迫っているとはいえない」として却下した。

 4月の決定は05年以降、四つの原発に5回も耐震設計の目安となる基準地震動を超える地震が来たことや、使用済み核燃料プールの設備も堅固でないと指摘した。これらの点も今回の決定は「危険性は社会通念上無視し得る程度にまで管理されている」と述べた。

 原子力専門家の知見を尊重し、安全審査に見過ごせないほどの落ち度がない限り、司法は専門技術的な判断には踏み込まない――。92年、四国電力伊方原発訴訟で最高裁が示した判例だ。今回の決定は、この考え方を踏襲したといえる。

 だがこの枠組みで司法が判断を避け続ける中で、福島事故が起きたのではなかったか。

 原発はひとたび大事故を起こせば広範囲に長期間、計り知れない被害をもたらす。専門知に判断を委ね、深刻な事故はめったに起きないという前提に立ったかのような今回の決定は、想定外の事故は起こり得るという視点に欠けている。「3・11」後の原発のあり方を考える上で大切な論点だったはずだ。

 関電は高浜の2基の再稼働が1日遅れるごとに、約4億円の経済的損失が出ると主張してきた。「司法のストッパー」が外れたことで、再稼働へ向けた手続きが加速する。

 だが、原発には国民の厳しい視線が注がれていることを忘れてはならない。

 電力会社は原発再稼働の同意を得る地元の範囲を県と原発立地自治体に限っている。高浜原発の30キロ圏内には、京都や滋賀も含まれる。同意を得る範囲は見直すべきだ。

 福井県に多くの原発が集まる集中立地のリスクについても、議論は不十分だ。政府も電力会社も、これらの問題点を置き去りにしたまま再稼働に突き進むことは許されない。

16年度予算案 成長基盤の強化を急ぎたい

 ◆財政健全化の手綱も緩めるな◆

 経済再生と財政再建の両立へ、成長基盤の強化と一層の構造改革を着実に進めねばならない。

 政府が2016年度予算案を閣議決定した。

 一般会計総額は、15年度当初予算比0・4%増の96・7兆円と、過去最大になった。

 景気回復に伴い、税収は15年度より3兆円多い57・6兆円と、25年ぶりの高い額を見込んだ。新規国債発行額は34・4兆円で、7年ぶりの低水準に抑えた。アベノミクスが奏功し、財政状況が好転していることは評価できる。

 ◆少子化対策に重点配分

 ただ、来年夏の参院選を意識したバラマキ色の濃い予算も散見される。財政再建の道のりの険しさを、より真剣に自覚すべきだ。

 限られた予算の中で重点配分したのは、「1億総活躍社会」に向けた子育て支援などの少子化対策だ。保育施設の整備や児童扶養手当の増額で家計を後押しする。

 麻生財務相は「少子高齢化に正面から取り組む」と強調した。

 企業は、人口減による国内市場の縮小を見越し、設備投資などに慎重になっている。少子化に歯止めをかけ、経済の活力を高める狙いは理解できる。

 歳出総額の約3割を占める社会保障費は、15年度比4400億円増の31・9兆円となった。

 政府は社会保障の伸びを年5000億円に抑える方針を掲げており、目標の範囲内に収めた。

 これは、2年に1度の診療報酬の見直しにより、マイナス改定としたことが大きな要因だ。

 だが、高齢化が進行する中、今の制度のままでは、社会保障費の伸びを抑制し続けることは難しい。抜本的な改革を断行しないと、社会保障制度の持続可能性自体が危ぶまれよう。

 所得の多い高齢者の医療費負担増や、年金課税の強化などの検討を急がねばならない。

 公共事業費は5・9兆円で15年度とほぼ同額となった。その中で、防災対策や老朽化したインフラ(社会資本)の補修・更新に手厚く配分したのは適切だ。

 地方交付税交付金は、15年度比1・6%減の15・2兆円に抑えた。自治体財政は改善しており、リーマン・ショック後に緊急対策として導入した「別枠加算」を廃止するのは妥当である。

 ◆ODA増額は適切だ

 政府開発援助(ODA)費には5500億円を計上した。17年ぶりの増額を歓迎したい。

 安倍政権の「積極的平和主義」に基づき、ODAの戦略的活用を進めることが大切である。

 防衛費は4年連続の増額で、初めて5兆円を上回った。

 中国の海洋進出などで、日本の安全保障環境は厳しさを増している。離島防衛や警戒監視活動を強化するのは当然と言えよう。

 気がかりなのは、家計の下支えを名目に、低所得の年金受給者向けの給付金制度に、15年度補正予算案との合計で3800億円も計上したことだ。1000万人以上に各3万円を支給するという。

 一時的な給付では貯蓄に回る分も多く、十分な効果が出ない恐れがある。財政への目配りをせず、選挙目当てで、高齢者に大盤振る舞いをするのなら問題だ。

 農道や用水路の整備などを行う土地改良事業も、15年度補正予算案と合わせて、1200億円以上増やした。

 環太平洋経済連携協定(TPP)の発効を見据えて、農地の有効活用を図るのが目的だという。

 かつてのウルグアイ・ラウンド対策では、土地改良事業に巨費を投じながら、農業の競争力強化の成果はあまり上がらなかった。今度も同じ轍を踏まないか。

 農家の生産性向上など、政策効果の精緻な検証が欠かせない。

 ◆税収増の持続は不透明

 借金で予算をどれだけ賄うかを示す国債依存度は35・6%で、08年度以来の低い水準となった。

 税収の大幅増を見込んでいるためだが、この強気の見積もりは、名目3・1%という高めの成長が前提になっている。

 しかし、中国の景気減速や米国の利上げの影響など、世界経済の先行きには不透明感が漂う。

 国内でも、企業の業績改善に伴う税収増が、果たしていつまで続くのか、不安は拭えない。

 政府は、20年度に基礎的財政収支を黒字化する目標を掲げる。名目3%の高成長を続けても、20年度には、なお6兆円もの赤字が残ると試算されている。

 景気動向に左右されやすい税収の増加を過剰に期待するだけでなく、歳入・歳出改革を徹底することが求められる。

2015年12月24日木曜日

監査法人はなれ合い排し虚偽を見抜け

 金融庁は東芝の会計不祥事をめぐり、同社の会計監査を担当した新日本監査法人への行政処分を出した。利益操作を見抜く注意を怠ったことなどが理由だ。3カ月間、新規業務の受注などを禁じるほか、監査法人に対しては初となる課徴金も科す。

 新日本監査法人は2012年にもオリンパスの粉飾事件に関連して、金融庁から業務改善命令を受けている。大企業の虚偽記載を相次いで止められなかったという事実は重い。監査法人としての信頼回復が急務となる。

 今回の問題を、新日本監査法人だけの話にとどめてはならない。東芝という著名な大企業の不祥事は、日本全体への国際的な信用に影響しかねない。経済の重要なインフラである監査制度の改革を進めるため、市場関係者が知恵を出し合うときだ。

 何よりも重要なのは、監査法人として不正な会計処理を見抜く力を高めることだ。

 米国ではエネルギー大手エンロンの粉飾事件をきっかけに、公認不正検査士という資格を持つ会計士が増えている。犯罪捜査の知見を備えた監査人のことで、世界各地にネットワークを持つ。日本の監査法人もこうした専門職を積極的に育成すれば、利益操作を見抜くだけでなく、不正を抑止する力も高まることになる。

 公認会計士を証券取引等監視委員会に研修に出し、不正摘発の実務を経験させることも有効だ。書面チェックだけでなく、監査先の企業の倉庫などを通告なしに調査するといった、足を使った監査がいっそう求められる。

 企業とのなれ合いを排する必要もある。日本では企業との緊張関係を保つため、監査人が一定期間で交代しなければならない。さらに、海外には欧州のように監査法人そのものを定期交代させる制度の導入に動く地域もある。今後、欧州の事例などを注意深く検証し、監査の実効性を高める仕組みづくりを進める必要がある。

 監査法人は企業が支払う監査手数料を収入源の一つとする。このため企業に遠慮して強くモノが言えないことがある。しかし、厳正さを欠いた監査は長い目で見て企業の利益を損なう。

 業績の水増しを続けてきた東芝が1万人もの人員削減や事業売却に迫られる事態を見れば、企業にとって厳しい監査が不可欠なことは明白である。

五輪の経費は丁寧な説明を

 迷走が目立った2020年の東京五輪・パラリンピックのメーン会場「新国立競技場」のデザインと施工業者が決着した。当初の巨大な鉄骨のアーチを使った流線形の斬新な案に比べ、和の伝統を生かし、緑が多い歴史的な空間である神宮外苑の景観と調和したスタジアムになりそうだ。

 着工は来冬だが、作業に遅滞は許されない。事業主体の日本スポーツ振興センター(JSC)など関係機関は、万全の取り組みが必要となる。加えて、五輪後も末永くアスリートや市民に愛される場所へと育て上げることも大切だ。

 ひとつの山は越えたが、次の難題は大会経費の膨張をどう抑えこむかだ。組織委員会は来年5月に国際オリンピック委員会(IOC)に大会の予算計画を提出する。約3年前に作成された五輪の立候補用の資料では運営費を3千億円強と見積もり、不足分は都や国が補填するとしていた。

 しかし、その後の経済、社会の変動は著しい。パリ同時テロのような、不特定多数の市民が集まる場所での被害を防ぐため、対策費や警備費が大きく増えることは確実だ。人手不足による人件費の高騰も追い打ちをかけそうだ。

 大会の経費に関して、今夏、組織委の森喜朗会長が施設の建設や交通インフラの整備も含め「2兆円」と発言したこともある。

 当初計画を大きく上回れば、公的な資金の投入は不可避だ。厳しい財政事情の中で開催する意義を、国民に納得してもらう必要も出てくる。組織委は今後、途中経過も含め経費について丁寧な説明をし、情報開示を進めるべきだ。

 東京五輪はもともと大半の競技を湾岸地区で実施する計画だったが、施設建設費が膨らみ、一部競技で近県の既存施設を活用する。

 会場の配置の面でコンパクトでなくなったうえに、大会経費も膨らんでは招致時の理念とはかけ離れてしまう。政府は基本方針で「コストをできる限り抑制する」とうたった。実を示す、具体策を見せて欲しい。

野生動物による被害 人との関係結び直すには

 日本列島の各地で、野生動物による被害が目立っている。

 シカやイノシシ、サルが農作物を食い荒らす。農林水産省によると、農業被害は毎年200億円前後に達する。

 丹精を込めて育てた作物が食べられた農家の嘆きは深い。シカに樹皮をかじられて木が立ち枯れたり、貴重な高山植物が消失したりする被害も深刻だ。

 11年度現在の推計では、シカは全国に325万頭、イノシシは88万頭いる。

 環境、農林水産両省は23年度までにシカとイノシシの個体数を半減させるという目標を掲げた。これを受け、全国の自治体が捕獲活動を強化している。

 放っておけばシカは年20%程度の割合で増えるといわれる。被害に歯止めをかけるには当面、捕獲で個体数を減らしていくしかない。

 ■増加の原因は

 ただ、動物がなぜ増えているのか。原因の根っこにも目を向けていく必要がある。それはすなわち、人と動物の関係を問い直すことだ。

 環境省によると、シカは14年度現在、全国の6割の地域で分布が確認されている。78年度と比べ、分布域は2・5倍に広がった。イノシシも同1・7倍になっており、どちらも東北や北陸で急速に拡大している。

 江戸時代から戦時中までは、乱獲や乱開発の影響で、野生動物は減少の一途をたどっていたとされる。

 近年になって動物たちが一転して急増したのはなぜか。専門家の見方はさまざまだ。

 高度成長期に燃料が木炭からガスや電気に代わり、人が入らなくなった里山に動物たちが入り込んだ▽国の造林政策で伐採された広葉樹林の跡や、過疎化で放棄された田畑に生えた草が、格好のえさになった▽狩猟者が減少し、高齢化も進んだ――。

 総じていえば、自然に対する人間の働きかけの変化が、動物の増加につながった可能性が高いということだ。

 だとすれば、動物たちを捕獲し、数を減らすだけで問題は解決しない。

 今年5月に施行された改正鳥獣保護法は、野生動物の「管理」を目的に明記した。

 増えすぎた動物の数や生息地を「適正」にすることが「管理」と定義されるが、ではどのような状態が「適正」か。絶対的な答えがあるわけではない。

 ■「被害」の管理も

 生息状況は地域によっても異なる。各地で科学的なデータを積み重ね、あるべき「管理」を探っていくしかない。

 野生動物の管理にいち早く取り組んできたのが兵庫県だ。丹波市に07年、拠点となる森林動物研究センターを開設した。

 活動の柱は研究だ。シカについては県内の個体数を科学的な根拠に基づいて推定し、年ごとの捕獲目標を設定している。

 もう一つ力を入れているのが、地域住民への啓発だ。

 「知らず知らずにしている『えづけ』をやめましょう」。センターの専門員たちは集落を回って呼びかけ続けている。

 動物たちが集落に来るのは、人は気づいていないが、魅力的なえさがあるためだ。

 例えば、畑に放置した野菜くず、稲刈り後の田やあぜ道に生えてくる雑草は、シカやイノシシの好物だ。住民がこれらをきちんと処理し、集落や田畑を柵で囲めば、動物たちはわざわざやってくる理由を失う。

 クマは、なったまま放置されているカキやクリの実に目をつけて近づいてくることが多い。

 「不要な木は伐採し、切れない木はトタンを巻いてクマが上れないようにすれば、出没は確実に減らせる」と専門員の広瀬泰徳さんは言う。

 ■都市住民も関心を

 こうした取り組みは「被害管理」と呼ばれる。被害を抑えるために、人間がまず自分たちの側の要因を取り除く。動物たちとの共生に向けて、忘れてはならない観点といえよう。

 ただでさえ高齢化が進む中山間地で、獣害対策はたいへんな重荷だ。都市に暮らす人々も関心を寄せてほしい。

 動物の捕獲や農業被害を防ぐ柵の設置には多額の費用がかかる。専門家の育成も急務だ。

 野生動物が人里に近づかなくても暮らせる森林の再生に向け、自治体が独自の税を導入する動きも相次いでいる。都市部の納税者の理解は欠かせない。

 動物を引き寄せる果実をもぐ作業は高齢者にはきつい。各地のNPOなどが募集している果実もぎのボランティアに参加するのも大きな貢献になろう。

 動物の肉を活用したジビエ料理も注目されている。衛生管理の徹底が前提だが、都市で販路が広がれば、中山間地の新たな産業に育つ可能性も秘める。

 人間社会とのバランスが崩れた結果、動物たちは人里にあふれ出た。調和のとれた関係を結び直すために何ができるか。一人ひとりが考えていきたい。

韓国憲法裁判決 却下で「反日」火種は回避した

 韓国の憲法裁判所が、日韓請求権協定の違憲性の確認を求めた訴えを却下した。

 憲法判断に踏み込まなかったことで、日韓関係の新たな火種になる事態は避けられたと言えよう。

 訴えを起こしたのは、戦時中、日本政府に動員された軍属の男性の遺族だ。韓国側の請求権放棄を定めた協定の条項について、「憲法が保障する財産権を侵害し、違憲だ」と主張していた。

 遺族は元々、「強制動員」被害者への韓国政府による支援金支給を巡って訴訟を起こし、その過程で憲法裁に訴えた。

 憲法裁は「協定が違憲か否かは、(遺族の)訴訟の判決に影響を与えない」と却下理由を示した。訴えが憲法裁で審理する要件を満たさないとも指摘した。支援金の増額を求めている訴訟の内容を考えれば、穏当な判断だろう。

 左派の盧武鉉政権が2005年、慰安婦問題は「未解決」だと表明して以降、韓国司法は請求権協定を自国に都合の良いよう、一方的に解釈する傾向が目立つ。

 今回も、憲法裁が違憲判決を出せば、重大な外交問題に発展し、日韓関係の基盤が損なわれる恐れがあった。訴えを門前払いしたことで、慰安婦問題の妥結などに余地が残った形だ。

 判決を受け、日本の外務省は、「日韓関係前進のために双方が努力する必要がある」とのコメントを発表した。

 請求権協定は1965年、両国が国交を樹立する「基本条約」と同時に締結された。日本が無償・有償で計5億ドルの経済協力を約束し、「両国および国民間の請求権に関する問題が完全かつ最終的に解決された」と明記している。

 韓国は協力資金をインフラ建設などに活用し、経済発展につなげた。協定が両国のプラスとなったことは、評価されるべきだ。今回のような訴えが憲法裁に提起されること自体、理解し難い。

 今回の事案以外にも、韓国の裁判所は、日韓関係に影響を及ぼしかねない訴訟を審理している。特に懸念されるのは、戦時中に動員された元徴用工の裁判である。

 韓国最高裁は12年、「植民地支配と直結した不法行為」などについては、協定の対象と認め難いという判断を示した。

 審理を差し戻された高裁で、日本企業に賠償を命じる判決が相次ぎ、再び最高裁で審理中だ。

 韓国政府は従来、元徴用工も協定の対象という立場だった。最高裁には冷静な判断を求めたい。

米の武器台湾へ 地域の安定へ関与が不可欠だ

 台湾海峡、ひいては東アジアの平和と安定の維持には、米国の積極的な関与が欠かせない。

 オバマ政権が台湾に対し、総額18億3000万ドル(約2200億円)の武器売却を決めた。退役フリゲート艦2隻や水陸両用車、小型の地対空ミサイルなどを供与する。

 米国は国内法で、中国を念頭に、台湾の自衛力維持を目的とする武器の提供を定めている。

 今回の売却決定には、「台湾防衛」の政治的メッセージだけでなく、南シナ海で人工島を造成し、軍事拠点化を進める中国をけん制する狙いもあるのだろう。

 来年1月の台湾総統選では、「台湾独立」志向の強い最大野党の候補が勝利し、政権交代する可能性が大きい。中台関係の悪化も予想される。その局面で決定すれば、地域の緊張が高まると懸念し、今回、決めたのではないか。

 米中両国は、2020年以降の地球温暖化対策の枠組み「パリ協定」合意を巡って協調を確認したばかりだ。双方とも決定的な対立は避けたい思惑で一致する。

 米国が10年と11年に計約120億ドルの武器売却を決めた際には、中国がいずれも猛反発し、米中軍事交流を一時停止した。それに比べると、今回の売却には最新兵器も含まれず、抑制的と言える。

 中国は台湾海峡を挟んだ沿岸部に大量のミサイルを配備し、新型戦闘機とフリゲート艦などを量産している。軍事バランスは圧倒的に中国優位に傾いている。

 台湾防衛には、防空態勢や上陸阻止能力の強化が不可欠だが、台湾の求める新型戦闘機や潜水艦、イージス駆逐艦の売却は実現しなかった。オバマ政権は「必要ない」として認めなかったという。

 中国外務省は米国に武器売却の撤回を求め、売却に関与する米企業に制裁を科すと表明した。軍事交流停止などには踏み込まず、控えめの抗議だ。実質的に、中国の脅威になる売却ではないと判断しているのだろう。

 習近平政権が、独善的な海洋進出をやめなくても、米国との軍事交流を継続し、関係冷却化を回避できると計算しているのなら、筋違いである。

 米国が、南シナ海の人工島の12カイリ内に米艦艇を航行させる作戦を継続することも重要だ。10月下旬に実施したが、3か月に2回程度の頻度で巡視を行う方針を維持する必要がある。

 挑発を容認していると受け取られないよう、具体的な行動で自制を促し続けねばならない。

2015年12月23日水曜日

再生エネ買い取りの入札制は限定的に

 経済産業省・資源エネルギー庁の有識者会合が、太陽光発電など再生可能エネルギーの導入拡大策について改革案をまとめた。

 2012年にスタートした再生エネの固定価格買い取り制度(FIT)で太陽光発電などの導入が進んでいる。しかし普及が太陽光に偏り、買い取りのために消費者が支払う賦課金が急増する問題が生じている。

 改革案は再生エネ発電事業者の間の競争を促し、コストの低減を狙う。最小のコストで発電に取り組む「トップランナー」を基準にして買い取り価格を決定し、比較的大規模な太陽光発電所に対しては入札で価格を決めるという。

 太陽光発電の急増は最初の買い取り価格が高すぎ、投機的な狙いの業者も含めて参入が殺到したためだ。価格を建設費などの実態に即してこまめに改めていたら混乱は回避できたはずだ。尻ぬぐいに入札で価格といっしょに導入量も決めてしまうのは筋が通らない。

 消費者の負担を減らすため、やむを得ない措置だとしても、入札は限定的にすべきだ。電力の地産地消を目指して再生エネ導入を進める地域の動きに水を差さないよう配慮が要る。

 日本の再生エネが欧米に比べてコスト高なのは土地代や人件費のほか、建設に必要な許認可などに費用や時間がかかるためだとの指摘もある。そうした不要なコストを減らす努力も必要だろう。

 再生エネの電気が送電線の能力をこえそうな時などに電力会社が再生エネ発電を止められる「出力制御」について、改革案は情報開示が必要だとした。

 出力制御は安定供給のため必要だが、運用ルールが不透明だと、再生エネ事業者は収益を見通しにくくなり新規参入を妨げる。

 電力会社はどんな条件下で、再生エネの出力を制御するのかというルールを明確にし、止めた後にはその判断が的確であったかどうかを検証できるデータを示すべきだ。電力網を賢く使うには、判断の誤りも含めて運用経験を関係者で広く共有するのが望ましい。

 20年以降の世界の温暖化対策の枠組みを決めるパリ協定が採択され、再生エネ拡大の必要性はさらに増した。FITで参入した再生エネ事業者はいずれ補助金なしで自立し、安価な電力を供給することが期待される。そうなるように息の長い支援と、きめ細かな制度改革が欠かせない。

悩む中国が透ける経済会議

 中国共産党が来年の経済運営の基本方針を定める「中央経済工作会議」で安定成長を確保し、財政出動や企業向け減税を拡大する方針を決めた。景気減速を食い止める方向に動いた点に注目したい。

 今回の会議は従来の2、3日間より長い4日間にわたった。見方が分かれる景気の現状認識と対策を巡って長時間、真剣な議論が交わされたもようだ。中国は持続可能な安定成長を指す経済の「新常態」(ニューノーマル)を強調している。だが、景気下振れへの不安は国内で広がっており、その対策に悩む姿が透けて見える。

 景気の下押し要因としては(1)製造業の過大な設備(2)膨大な住宅在庫(3)地方政府などの借金(4)企業の高コスト――を示し、解決に全力を挙げるとした。中でも住宅在庫の問題には当局の危機感が見える。中国では大都市の住宅価格が高過ぎ、庶民には手が届かない。一方、地方都市では膨大な在庫が積み上がる不均衡な状態だ。

 対策としては農民の都市への定住で需要を喚起し、不動産開発業者に住宅価格の引き下げを促すとした。住宅は国民生活に直結するだけに、問題解決が急がれる。

 新たなキーワードは「供給側(サプライサイド)改革」だ。規制緩和や減税で企業のコストを下げ、自主的な意欲を促すとした。詳細は明らかではないが、国有企業の抜本改革が進まない現状では効果は限られる。民営企業を育てる大胆な政策も求められる。

 今年7~9月期の国内総生産(GDP)は前年同期比6.9%増で6年半ぶりの7%割れとなった。2016年は新5カ年計画の初年に当たる。会議では16年の成長目標を15年の「7%前後」から引き下げるかに触れなかったが、習近平国家主席は16年からの5年間の年平均成長について「6.5%以上が最低ライン」としている。

 中国の景気減速は、アジアばかりではなく世界経済をも揺るがしかねない。今後、中国政府が示す景気の下押し要因を取り除く具体的な施策を注視したい。

新国立競技場 耳を傾け続けよ

 木材を使い、和を感じさせる「木と緑のスタジアム」が、2020年東京五輪・パラリンピックの選手と観客を包み込むことになる。

 当初の計画が白紙撤回された新国立競技場の建設は、関係閣僚会議を経て建築家の隈研吾氏と大成建設などのチームが手がけることに決まった。

 国立競技場や大会エンブレムをめぐる一連の混乱から、東京五輪は信頼回復に努める新たな段階に入る。

 大会組織委員会や競技場の事業主体の日本スポーツ振興センター(JSC)、そして政府は二度と失敗が許されない状況であることを認識し、公正、透明なプロセスに徹してほしい。

 国立競技場の旧計画では建築家や国民から建物の大きさや費用面などで多くの意見が出されていたが、JSCなどが真剣に耳を傾けることはなかった。

 自分たちの声が響かないところで下された判断を、人々は拒む。専門家の決定であっても、納得できる道筋を経ていなければ受け入れない――。

 それが一連の問題から学んだ教訓だったはずである。

 JSCなどは今度こそ、国民の多様な意見に耳を傾けるとともに、過程を丁寧に説明していくところから始めるべきだ。

 今回はすでに、競技団体や選手、国民から意見を聞き始めている。選手らからは芝の管理の重要性や競技が見やすい観客席などの要望が挙げられた。

 本体着工は来年12月。しばらくの間は聞き取った意見を詳細な設計に生かすことができる。

 より良い競技場にするために勉強会を開く市民団体もある。国民の代表と車座集会で対話するなど、なるべく多くの声を反映させる工夫をしてほしい。

 建設費用は1490億円とされるが、増税や資材・人件費の高騰などで上ぶれすることもあり得るだろう。

 組織委は今週、招致段階で約3千億円としていた組織委予算が増額となる可能性を明らかにした。政府なども今後、開催に必要な取り組みと関連経費を詳細に検討していく。

 状況が変わった時にはその都度、国民が納得できる十分な説明を尽くしてもらいたい。

 選考過程に不正があったとされた旧エンブレム問題の調査報告書も、「国民のイベント」であることに思いを致さず、専門家集団の発想で物事を進めたことが過ちだったと指摘した。

 五輪は国民とともにある。

 大会に直接かかわる人たちは、この精神を再び見失うことがあってはならない。

介護と仕事 両立支援は厚く多様に

 家族の介護をしながら働く人を支える制度の見直し案を厚生労働省の審議会がまとめた。

 介護休業(93日間)は1度しか使えないことから、利用をためらう人が多かった。これを3回まで分けて取れるようにする。1日単位だった介護休暇(年5日)も半日単位で取れるようにする。短時間勤務やフレックスタイムなどの働き方も、これまで介護休業と合わせて93日までだったが、介護休業とは別に3年まで利用できるようにする。介護をしている人の残業を免除する制度も新設する。

 介護のために仕事を辞めざるをえず、生活破綻(はたん)につながってしまうケースすらある。そして介護はみなが直面する問題でもある。見直し案は、全ての職場に求める、いわば最低限の支援だ。企業側は、実態に応じてさらに使いやすく、多様な選択肢を増やす努力を重ねて、社会全体として支援を厚くすることに貢献してほしい。

 介護休業は、特別養護老人ホームなどを見つけるための準備期間と位置づけられている。しかし、労働組合の連合の調査では、施設への入所が必要になった人のうち実際に入るまでに93日以上かかった人が36%いる。入所待ちの人には期間を延長するなど、工夫の余地がある。

 また、在宅で介護を続ける人には短時間勤務のニーズが高い。しかし、短時間勤務を取り入れるかどうかは会社の選択に委ねられており、こうした柔軟な働き方などの仕組みがない所も4割以上ある。

 仕事を休んだり、勤務時間が短くなったりする人のカバー態勢など、職場の理解と協力が不可欠だ。仕事を辞めざるを得ない人が増えれば、職場も立ちゆかなくなる。そのことを経営者も直視してほしい。

 制度の見直しとあわせて、介護サービスの充実も必要だ。例えばデイサービスの朝夕の送迎は、働いている人には大きな負担だ。延長保育のようなサービスを求める声も多いが、対応するサービスはまだ少ない。

 介護休業などの制度を利用しない主な理由に、職場に制度がないこと、仕事を代わってくれる人がいないことが挙がる。

 しかし、介護休業や介護休暇はそもそもが法律で定められた働く人の権利で、希望すれば誰でもとることができるものだ。制度に通じていない人への情報の提供とともに、相談窓口を整備することも大切だ。

 希望する人が働き続けられるようにすることは、急速に高齢化が進む日本に必要な取り組みである。

沖縄振興予算 自立的発展へ有効かつ適正に

 沖縄振興予算は、沖縄県の特殊事情を考慮して設けられた、他の都道府県にはない制度だ。有効かつ適正に執行することが大切である。

 政府は2016年度予算案に、15年度当初比10億円増の3350億円を計上する。

 3月に返還された米軍西普天間住宅地区の跡地利用関係費や、県北部への「ユニバーサル・スタジオ・ジャパン」の進出に向けた調査費が新たに盛り込まれた。那覇空港の第2滑走路の整備費も、概算要求通り認められた。

 米軍普天間飛行場の辺野古移設に反対する翁長雄志知事が政府と対決姿勢を強める中、政府内で減額を求める声もあった。だが、来年夏の参院選で沖縄選出の島尻沖縄相の改選を控え、菅官房長官らの意向で2年ぶりに増額した。

 島尻氏が主導し、概算要求になかった子どもの貧困対策費10億円が新規計上された。学校での教育支援員の増員などに充てる。

 沖縄県は、母子世帯が多く、児童扶養手当受給率は全国1位で、子どもの貧困が深刻とされる。こうした問題に積極的に取り組もうとする姿勢は評価したい。

 ただ、沖縄振興予算の半分近くを占める一括交付金は14年度に44億円の使い残しが出たため、15年度予算でその分が減額された。

 一括交付金は、使途の自由度が高く、自治体には便利な制度だが、近年、「政治加算」で急増したため、使い切れない例も増えた。

 執行に際しては、無駄な支出につながらないか、絶えざるチェックが欠かせない。

 沖縄は、製造業が育っておらず、基地、公共事業、観光に頼る「3K経済」の構造が続いてきた。国際物流拠点化などで、自立的な発展を目指す方向に振興予算を振り向けることが大切である。

 米軍基地の返還と地域振興を連動させる視点も重要だ。

 政府は今月、県南部の米軍施設返還計画の一部前倒しを発表し、工事に着手した。辺野古移設を前提に、普天間飛行場の跡地に「東京ディズニーリゾート」関連施設を誘致する構想も浮上した。

 翁長氏は辺野古移設の代替案や独自の振興計画を示していない。振興策を得るために政府との対立を煽あおっているなら、筋違いだ。

 来年1月24日に、普天間飛行場のある宜野湾市の市長選が行われる。現職を与党が支援し、移設反対派は元県職員を擁立する。

 普天間問題の原点である飛行場の危険性除去を、どう進めるべきか。市民の判断が問われよう。

新国立競技場 次世代の聖地に育てていこう

 建設工事が滞りなく進むよう、政府には細心の目配りが求められる。

 新国立競技場の新たなデザインが決まった。応募のあった2案のうち、大成建設などが提案した案が採用されることになった。

 発注者の日本スポーツ振興センター(JSC)が審査結果を関係閣僚会議に報告し、了承された。安倍首相は「基本理念や工期、コストの要求を満たす素晴らしい案だ」と評価した。

 首相が旧計画を白紙撤回してから5か月を経て、新国立競技場の建設は、ようやく前へ進む。

 デザインを担当したのは、著名建築家の隈研吾氏だ。観客席の屋根部分などに木材を多用し、伝統的な日本建築の持ち味を色濃く出した点は、好感が持てる。

 総工費は約1490億円で、政府が整備計画で設定した上限の1550億円を下回った。巨大アーチ構造などが原因で工費が膨らんだ旧計画と比べ、約1000億円の節減となっている。

 ただし、今回の総工費でも、過去の五輪スタジアムの建設費と比較すれば、かなり高額だ。旧計画のような膨張を招かないよう、政府とJSCは、コスト管理を徹底しなければならない。

 作業を効率化するため、政府は今回、デザイン・設計・施工を一括発注する方式を採用した。その結果、大手ゼネコンとチームを組めない建築家は締め出されたといった声が上がった。

 しかし、五輪までの残された時間を考えれば、やむを得ない措置だったと言えよう。

 JSCは2案の内容を事前に公表した。審査の採点結果も明らかにした。旧計画では不透明な選考過程が問題視されただけに、教訓を生かした適切な対応だった。

 国際オリンピック委員会(IOC)は、東京五輪開幕の半年前の2020年1月までの完成を求めている。現時点での完成予定は、それよりも早い19年11月末だ。

 審査で高評価を得た工期短縮のため、人手や資材を集中させれば、他の競技会場などの整備に支障が生じかねない。ゼネコン間の調整なども必要だろう。

 東京五輪後の新国立競技場の活用法は、大きな課題だ。サブトラックについて、東京五輪は仮設で対応するが、常設トラックがなくては、国際的な陸上競技大会を開くのは困難だ。日本を代表する競技場として、それでいいのか。

 旧競技場同様、スポーツの聖地として、国民に親しまれる競技場にすることが大切である。

2015年12月22日火曜日

医師の報酬引き上げは妥当なのか

 健康保険で受ける医療の公定価格である診療報酬が2016年度は全体で1%程度引き下げられることが決まった。診療報酬のうち薬価部分が下がったことが寄与した。保険料や税金が財源である健康保険の財政は厳しく、引き下げは妥当だ。

 しかし医師、歯科医師、薬剤師の技術料部分、いわゆる診療報酬本体については約0.5%の引き上げとなった。国民の負担軽減や国家財政の健全化に役立てるためには引き下げてもおかしくはないはず。なのに、なぜこの部分をわずかでも優遇する必要があったのか明快な理由が見当たらない。

 診療報酬は原則2年に1度、社会情勢を踏まえて改定することになっている。16年度は改定年に当たるため、政府の来年度予算編成の中で改定率が議論されていた。

 薬については、実際の取引価格を基に新たな薬価が決まる。市場では以前に決めた薬価より安く取引されることが多いため、新薬価は改定のたびに下がるのが常だ。

 これに対し、いつも大きな議論となるのは本体部分の改定率だ。病院や診療所などの収入に直結する部分だけに、医師会など関係団体の引き上げ圧力は強い。

 今回、本体部分の中で、大病院の近くに密集する大型「門前薬局」の報酬を引き下げる方針は示された。「処方箋通りに薬を出しているだけ」といった批判や、それらの薬局の利益率が高いことを踏まえると、適切だろう。

 問題はその他の部分で目立った切り込みがないことだ。医療機関の経営は楽ではない、といわれるが、医療機関の機能や規模などを子細に見ると一様ではない。

 手術などを担う急性期病院では経営が厳しいところもあるが、診療所の収益などは安定的といえる。全体を抑えつつ、余裕のあるところから厳しいところへ財源を回す改定を考えるべきだ。

 にもかかわらず、本体部分は引き上げありきで検討が進んだ感が強い。来夏の参院選を見据え、日本医師会などの支持を得るための政治決着といわれても仕方ない。

 全体の改定率が決まったことで、次は個別の診療報酬の改定作業が始まる。少なくとも医療機関の経営実態に即した改定をしてもらいたい。できる限り費用を抑えて良好な医療体制をつくるための、医療機関や患者負担のあり方などについても、もっと議論を深めるべきだ。

死角多い高層ビルの地震対策

 西日本の太平洋沖に延びる南海トラフで巨大地震が起きると、超高層ビルの横揺れは最大で幅6メートルになるとの予測を内閣府が公表した。長周期地震動と呼ばれるゆっくりした揺れが生じるためだ。

 マンションやオフィスビルなど高さ60メートル以上の高層ビルは、東京など三大都市圏を中心に2千棟以上ある。報告によれば、ビルが倒壊する危険性は小さいが、天井が落ちたり家具が倒れたりして被害が広がる恐れがあるという。怖さを知り、備えておきたい。

 長周期地震動は1往復するのに数秒以上かかり、船に乗っているように感じる揺れだ。高層ビルは共振を起こして揺れが増幅しやすい。2011年の東日本大震災では、震源から770キロ離れた大阪府湾岸の高層ビルで壁や天井などが壊れる被害が出た。

 今回の予測でも、マグニチュード9級の巨大地震が起きると、50階超のビルの最上階は大阪市で幅3~6メートル、東京23区内で同2~3メートルの揺れになる。25~50階建てビルでも大阪で2メートル、東京で1~2メートルの揺れになる。

 対策として、まず家具やオフィス機器の固定が欠かせない。重い冷蔵庫やコピー機などが動いて人にぶつかると命にかかわる。天井板などの落下防止策も必須だ。

 緊急停止したエレベーターに人がとじ込められるのを防ぐ対策も点検が要る。マンションの高層階には高齢者や体が不自由な人も多く住む。エレベーターが何日も止まった場合、移動手段をどうするか。ビルの管理会社や管理組合が事前に考えておくべきだ。

 最近の高層ビルでは5~8階ごとに地震計を置き、揺れを測って建物の安全性を素早く診断する技術が広がり始めた。揺れが収まった後に安全に業務を継続できるかどうかや、自宅に帰れなくなった買い物客らを受け入れられるかどうかを、判断したりする。

 こうした技術も積極的に活用したい。高層ビルの地震対策は死角が多いとされる。予測を機に、ひとつひとつ埋めていきたい。

地域と学校 教育に多様な論議を

 学校と地域が力を合わせて子どもを育てる。そんな環境づくりを進めるための手立てを、中央教育審議会が答申した。

 住民らが登下校を見守ったり、放課後の学習を支えたりと、さまざまな活動がある。

 そうした取り組みを総合的に進めるために「地域学校協働本部」を全小中学校区をカバーしてつくる。さらに住民も学校と共に教育を考え、意見する「コミュニティ・スクール」の指定を各公立学校でめざすという。

 学校はいじめや不登校など、数多くの課題に直面している。多くの地域も、都市化や過疎化など人口や社会の変化により、人のつながりが弱まっている。

 子どもを中心にして学校と地域が支え合うことは重要だ。教育だけでなく、まちづくりにも役立つだろう。

 住民による学校支援はすでに色々な形で広がっている。登下校時だけでなく、朝の時間に住民が本の読み聞かせを担うなどの公立小中学校は6割近い。

 学校側も、子どもを町おこしや防災活動に参加させるといった取り組みが増えている。

 答申は、そんな流れを後押しするものといえる。各教育委員会は地域の実情をふまえながら進めてほしい。

 何より気をつけるべき点は、学校と地域とが対等な目線に立つことではないか。どちらかが大きな声をもつというのでは、「協働」とはいえまい。

 地域にはさまざまな考えや立場の人々がいる。校長が考えを押しつけたり、動員したりしてはパートナーではなくなる。住民側も、学校の多忙さや家庭の大変さへの理解が要る。

 両者の関係は一筋縄ではいかない。率直な対話を積み重ねることを心がけるべきだろう。

 「コミュニティ・スクール」の制度は実は10年あまり前にできていたが、これまで全校の1割も指定されてこなかった。学校が批判の的になるのでは、と警戒する教委が多いからだ。

 そのため答申は、住民、保護者らが学校運営を話し合う協議会について、「校長のビジョンを共有し賛同する」存在と位置づけた。だが、制度の狙いは住民を学校の「辛口の友人」とし、意見を生かすことにある。それを忘れては困る。

 国民一人ひとりが教育の当事者になり、「社会総掛かり」での教育をめざす。答申はそんな大きな目標を描いている。

 ならば、多様な社会をしっかり反映し、学校と地域で大いに意見を交わすようにしたい。そんななかでこそ、個性豊かな子どもが育つのではないか。

ふるさと納税 税収差是正は抜本策で

 政府は、ふるさと納税で企業版を新設することを決めた。都市部と地方の税収の偏りをならすことにつなげる考えだ。

 先行して実施した個人版では豪華な返礼品を用意する自治体が相次ぎ、「まるでお得な通信販売」とも指摘される。共感に基づいて出し、見返りは求めないという寄付の本質から離れているとの批判は根強い。

 企業版の導入で、企業と自治体の癒着を招く恐れがある。自治体間の財政格差を是正するなら、税制や予算など国と地方の税財政制度を正面から見直し、抜本策を講じることこそが行政の役割ではないか。

 ふるさと納税は、ある自治体に寄付した分、もともと納税している地元への税金を減らせるのが基本的な仕組みだ。自治体間でおカネを動かす手段として「寄付」を組み込んだ。

 企業の場合、既に寄付金額の約3割について、国に納める法人税や自治体への法人事業税・住民税が減免されている。ふるさと納税では、事業税・住民税を中心にさらに3割分を上乗せできる。

 3大都市圏で地方交付税を受け取っていない裕福な自治体への寄付は対象外で、自治体が取り組む地方創生事業に寄付するという枠組みにした。特に条件がない個人版と比べ、企業版では自治体の事業と関連づけたことは評価できる。

 それでも、寄付した企業が見返りを求め、自治体が応えようとする事態を防げるのか。

 企業と自治体は、入札や事務所・工場の立地、事業への融資や許認可など、様々なつながりがある。政府は本社がある自治体への寄付を対象外にし、法令に触れる企業への便宜供与を具体的に示して注意を促すようだが、それで十分だろうか。

 NPOや公益法人などへの寄付活動を続けている企業は少なくない。自治体への寄付を優遇することで、こうした民間への寄付が割を食う恐れもある。

 税収格差をならすための税制改革では、法人事業税に関する暫定措置を打ち切る一方、法人住民税の一部を地方交付税に回して自治体に配りなおす仕組みが決まった。ただ、部分的な手直しの感は否めない。

 国と地方の税財政制度を巡る課題に取り組もうとしたのが、国から地方への税源移譲と補助金の削減、地方交付税見直しという「三位一体改革」だった。

 小泉政権がこれを掲げ、実行に移してから10年が過ぎた。自治体間の財政力の差をはじめ、課題はなお山積している。そろそろ仕切りなおす時だ。

診療報酬改定 地域医療を守る視点が重要だ

 高齢化で膨らむ医療費の抑制は、社会保障制度を維持する上で欠かせない。診療報酬のマイナス改定はやむを得まい。

 2016年度の診療報酬改定で、政府は全体として0・84%引き下げることを決めた。前回14年度改定はプラス0・1%だったが、消費増税の対応分を除けばマイナス1・26%だった。実質的に2回連続の引き下げだ。

 今回、医師らの技術料である「本体部分」を0・49%引き上げる一方、医薬品の価格である「薬価部分」は、実勢価格に合わせて1・33%引き下げる。

 政府は、財政健全化に向けて全体のマイナス改定を早々に決め、本体部分への切り込みも検討してきた。日本医師会などは、医療崩壊を招きかねないとして、プラス改定を強く求めてきた。

 来年夏の参院選を前に、政府・与党が医療機関側に配慮する形で決着したとの見方もある。

 前回の実質マイナス改定以降、病院経営は悪化傾向にある。地方の医師不足も依然として深刻だ。医療従事者の人件費となる本体部分の引き上げは、地域医療を守り、国民の不安を和らげるためには、必要な措置と言えよう。

 報酬改定と同時に、薬剤費抑制のための制度改革を実施する。国内での売り上げが年1000億円を超えたヒット新薬の値下げや、医師が処方する湿布の枚数制限などが見込まれている。

 安価なジェネリック医薬品(後発薬)の利用促進も急ぎたい。

 薬局に支払われる報酬も大幅に見直す。患者の服薬情報を一元管理する「かかりつけ薬局」の普及を促すため、大病院周辺に立ち並ぶ「門前薬局」の報酬は減額する。もうけ過ぎとの批判が強いことを受けたものだ。

 診療行為ごとの報酬の具体的な配分は、年明けに議論される。超高齢社会に適した医療提供体制を構築する。費用を抑えつつ、医療の質を向上させる。こうした方向性に沿ったメリハリのある配分にすることが重要である。

 都道府県では、将来の医療ニーズと必要な病床数を盛り込んだ地域医療構想の策定を進めている。高コストの急性期向け病床を減らし、退院支援や在宅診療などを充実させるのが狙いだ。

 急性期病床が増えすぎ、症状の安定した高齢患者が多数入院している現状は改める必要がある。

 高齢者が地域で安心して暮らせるよう、医療と介護の連携強化も大切だ。報酬配分で重点課題とすべきである。

五輪エンブレム 免責できぬ「隠れシード」不正

 東京五輪・パラリンピック組織委員会とデザイン界のなれ合いが不正を招いたと言えよう。

 大会の旧エンブレムが白紙撤回された問題で、外部有識者の調査チームが報告書をまとめた。

 組織委は2014年9月、名の通った8人のデザイナーに、1次審査に応募するよう秘密裏に参加要請の文書を送付した。8人全員が無条件で1次審査を通過するよう、担当者が画策していたことも明らかになった。

 公募とは名ばかりの不適切な対応である。報告書が「いわば隠れシードを行った」「選定に何らかの情実が働いていたのではないか、といった疑念を招く」と批判したのは、もっともである。

 特に悪質なのは、作品の得票数を操作したことだ。8人のうち2人の作品が当初、1次審査通過に必要な2票を得られなかったため、組織委の審査担当者は、意図的に票を増やす工作をした。

 公正・公平であるべき選定の原則を逸脱した背信行為だ。担当者らは「良いものを作るためにとった行動」と釈明しているというが、恥知らずと言うほかない。

 審査委員代表を務めたデザイン界の重鎮、永井一正氏の責任も重大である。票の操作に主導的役割を果たした。国内の最高レベルのデザイナーが競うコンペの実現に固執したことが、8人の過剰な優遇につながった。

 票が水増しされた2人の作品は、2次審査で落選した。コンペに勝ち残った佐野研二郎氏の作品は、いずれの審査過程でも最多の票を得ており、不正は選考結果に影響しなかったという。

 そうであっても、不正な選考が免責されるわけではない。

 報告書は、担当者が「手続きの公正さや透明性の重要性を十分に理解していなかった」ことを問題視し、組織委のガバナンス(統治機能)の欠如を非難している。

 佐野氏の作品が今年9月、盗用疑惑などで白紙撤回となったのも、組織委のずさんな危機管理体制と無縁ではあるまい。

 新エンブレムについて、組織委は広く国民からデザイン案を募集し、約1万4600点の応募があった。選考は2次審査に入っている。疑念が生じぬよう、情報公開の徹底が何より大切だ。

 東京五輪で組織委は、仮設会場建設や大会全体の運営を担うが、資材の高騰などで費用の大幅な膨張は避けられない状況だという。具体的な見積もりとコスト削減策を早急に示す必要がある。

2015年12月21日月曜日

世界を覆うポピュリズムの弊害

 「イスラム教徒を排除せよ」など極端な主張をする政治勢力が欧米で勢力を伸ばしている。経済の先行き不安、テロへの恐怖などを背景に民心をつかんだ。こうしたポピュリズム的な傾向が世界に広がれば、民族や宗教の違いによる摩擦が一段と激しくなり、世界規模の紛争にもつながりかねない。

 フランスで今月実施された地方選の主役は極右政党「国民戦線」だった。2回投票制の1回目では得票率28%を記録し、共和党を中心とする右派連合(27%)、オランド大統領の与党である社会党(23%)を上回った。

フランスだけではない

 最終的には議席は得られなかったが、2回目投票の際、社会党が「極右よりまし」との理屈で共和党への投票を呼びかけた選挙区があったことなどを考慮すると、国民戦線のルペン党首の「我々が最大政党だ」との言い分もあながち誇大宣伝とはいえまい。

 大量のシリア難民の欧州への流入。選挙直前にパリで起きた過激派組織「イスラム国」(IS)による同時テロ。それらが選挙結果に影響したのは確かだが、急に起きたフランスだけの現象とみるのは適当ではない。

 昨年の欧州議会選挙において、フランスでは国民戦線が得票率25%ですでに第1党だった。英国でも欧州連合(EU)離脱を唱える独立党が議席を獲得した。

 さらに注目すべきは米国だ。来年の大統領選に向けた共和党の候補者選びで不動産業などを営むドナルド・トランプ氏が支持率で優位に立っている。政治経験ゼロなのに人気を博する理由は、歯に衣(きぬ)着せぬもの言いにある。

 「メキシコが送り込んでくる人々は麻薬や犯罪を持ち込む」

 「イスラム教徒の入国を禁止することを呼び掛ける」

 移民国家である米国では民族や宗教による差別はタブーとされてきた。だが、カリフォルニア州での銃撃テロ以降、他の共和党候補もイスラム教徒への差別的な発言が増えている。トランプ現象は米政治を構造的に揺さぶっている。

 人々はどうして極端な発言に引き付けられるのだろうか。英国の政治学者バーナード・クリック氏はポピュリズムを「政治的統合体の外部に追いやられていると考える人々を決起させる運動」と定義する。北海道大学の吉田徹教授は「既存の権力の価値体系を丸ごとひっくり返そうとする『否定の政治』」とみる。

 つまり、体制への不満というガスがたまっているところに何らかの発火要因があって初めてポピュリズムの爆発は起きるわけだ。

 世界経済はリーマン・ショックを何とか乗り切ったものの、決して順風満帆とはいい難い。主要国は自国の利害にとらわれ、国際会議などの場でも有効な対策を打ち出せていない。

 加えてグローバル経済のもとでいずれの国・地域でも所得や資産の格差が広がる。社会不安によって国家の統治能力が落ちることで、ますます国際協調がしにくいという悪循環にはまっている。

 民主主義と市場経済の機能不全を人々が変調とみているうちはまだ大丈夫だ。だが、第1次世界大戦後のドイツはそこにファシズムという新たなイデオロギーを突きつけられて価値体系が崩壊した。

格差縮小で不安緩和を

 強権的な政治体制を「従来の民主主義よりすぐれたもの」と自画自賛する中国などの経済の方が、欧米諸国よりも順調でないか。そう考える人々が増えれば、民主主義と市場経済は再び揺さぶられかねない。東欧などにおける強権政治の広がりは、そうしたおそれが決して杞憂(きゆう)ではないことを示している。

 ポピュリストはしばしば一点突破的な主張を掲げ、それさえ実現すればすべてがバラ色といった夢物語を語る。どう反論しても「現にうまくいっていない」と攻め込まれるだけだ。同じ議論の土俵に乗るのはあまり意味がない。

 まずは民主主義と市場経済の本道に立ち返り、地道な改革で格差を縮め、人々の経済不安を和らげるしかあるまい。ブロック経済や統制経済は第2次世界大戦を生んだだけだった。

 日本にはどんなことができるだろうか。世界経済の持続的発展を考えるならば、環太平洋経済連携協定(TPP)の枠組みを広げ、より多くの国がウィンウィンになれる通商体制をつくることなどが考えられる。中国包囲網などと狭量なことを言うべきではない。

 日本の政治も近年、ポピュリズム的な傾向が見られる。世界の混乱をもって他山の石としたい。

個人情報流出 自治体は体制の点検を

 堺市の全有権者にあたる約68万人分の氏名、住所、生年月日などがネットに流出していた。自治体の情報流出としては過去最多という。

 市は謝罪し、関係者を処分したが、情報管理のどこに弱点があったのか、組織として原因を究明し、再発防止に努めなければならない。

 市によると、会計室出納課の元課長補佐(59)=懲戒免職=が役所のパソコンから情報をダウンロードし、民間のレンタルサーバーに保存したため、3カ月間、ネット上で閲覧可能となった。この間、外部からアクセス歴があった。

 職員は区役所で選挙システムの保守管理などを担当していた06年以降、自宅でシステムを開発するために計9回有権者データを持ち出したという。

 個人情報の外部持ち出しは条例違反(不正盗用)に当たる。端末からの情報コピーはブロックされているが、職員はシステムの補修を任されていたため、解除できたという。

 職員が長年、データを扱う立場にいたため、周囲に気のゆるみはなかったか。情報の入り口に「カギ」はあっても、カギを使う職員の意識が低いままでは意味はない。

 今回は有権者名簿だったが、公的機関がもつ個人情報は、年収や家族構成、病歴、生活保護の受給歴など多岐にわたる。外部に漏れればプライバシー侵害につながるだけでなく、犯罪に利用される恐れもある。

 記録媒体の紛失や盗難で流出する可能性もある以上、職員の持ち出しを厳しく管理する仕組みは不可欠だ。

 6月には日本年金機構で、約125万件の個人情報が流出していたことが発覚している。ウイルスメールによるサイバー攻撃を受けたためだった。

 17年7月からはマイナンバー制度が本格稼働し、社会保障や税の情報が国と自治体の間でやりとりされる。今回のような例が続けば自分の情報がしっかり管理されるのか、国民の間に不安が広がっても仕方がない。自治体は情報管理のあり方をいま一度、総点検すべきだ。

 総務省は先月、自治体に情報セキュリティー対策の強化を求める報告をまとめた。その中で、税や社会保障を扱う部門は他部門との通信を遮断することや、ID、パスワードに加え、もう一つ認証手続きを増やす仕組みの導入などを提言した。

 ネットに出回った情報を完全に削除するのは難しい。取り返しのつかない事態は二重、三重の備えで防がねばならない。

子供未来基金 信頼感が欠かせない

 子どもの貧困対策のために寄付を募る「子供の未来応援基金」の出だしが低調のようだ。

 官民あげての国民運動の目玉だが、10月の設置から今月上旬までに集まったのは300万円余で、加藤勝信少子化相は「いまの水準では事業の展開が厳しい」と危機感を募らせる。その後に500万円を超えたものの、はかばかしくない。

 国民運動の発起人には、安倍首相をはじめ関係閣僚、自治体や労使の代表、社会福祉団体のトップらが名を連ねる。「子どもの貧困を放置すれば、その子の将来が閉ざされ、社会の損失にもなる」という問題意識に反論する人はいないだろう。

 なぜ低調なのか。

 「官民あげて」とはいえ、基金の旗振り役は政府だ。

 集めたお金は、NPOや公益法人など子どもの支援活動をしている団体への支援金に充てたり、自宅でも学校でもない「第3の居場所」づくりに使ったりするという。だが、同じような支援や活動は、すでに多くの民間団体が手がけている。

 「官」ならではの工夫ができるのか。託したお金は有効に使われるのか。政府の「本業」である予算を通じた対策は十分に実施できているのか。予算不足を取り繕うために基金をつくったのでは……。

 そんな疑問や不信が、国民の間にあるのではないか。

 寄付の本質とは何だろう。

 ある社会課題に取り組みたいと考えた人が旗を揚げ、寄付を募って行動を起こす。寄付金をどう使ったか、どんな成果があったかを寄付者に説明する。寄付者は報告を聞いて考え、納得できれば再び寄付する。

 寄付する側とされる側の間に信頼感を生み出せるか。寄付が継続的に集まり、取り組みを続けていけるかどうかのカギは、そこにある。

 今月は「寄付月間」だ。

 寄付を生かして活動してきたNPOや公益法人の関係者を中心に、企業や行政、国際機関からも加わった有志35人が推進委員会をつくり、統一ロゴを用意したり、イベントを催したりしている。

 特定の分野や課題、団体に向けた寄付を集めるのではなく、「寄付文化」を広げることが目的だ。寄付の受け手が寄付者に感謝し、活動報告を改善、充実させる機会にする。多くの人に寄付に関心を持ってもらい、考え、行動してもらう――。まさに、寄付の土台づくりである。

 子供基金の関係者は、寄付の基本に立ち返り、現状を見つめ直すことから始めてはどうか。

高層ビルの安全 長周期地震動への備えを急げ

 高層ビルの地震対策が急務であることを浮き彫りにした予測結果だ。

 内閣府が、主に高層ビルを大きく、長く揺らす長周期地震動についての初の予測をまとめた。

 想定したのは、静岡・駿河湾から九州沖にかけての南海トラフ(海溝)で発生する地震のうち、和歌山県沖を震源とする長周期地震動が最大規模のケースだ。

 この地震で、大阪市内の高さ200~300メートルの超高層ビル最上階では、最大6メートルも揺れることが分かった。東京23区内でも、最大2~3メートルの揺れに見舞われる。

 この揺れは大阪や神戸で約7分以上、東京では3~5分続く。

 より関東圏に近い相模湾を震源とする地震が発生すれば、東京でも、今回の関西圏に匹敵する揺れに襲われる可能性がある。

 ただし、長周期地震動の対策は、震源からの距離だけにとらわれてはならない。

 東日本大震災の際、長周期地震動は大阪にまで到達し、超高層ビルがたわむように揺れた。

 メキシコ沖の太平洋が震源だった1985年の地震では、約400キロ離れたメキシコ市で、多数の高層ビルが倒壊した。

 今回の予測は、最新の耐震性を備えた超高層ビルについては、倒壊の危険性は低いと評価した。

 だが、全ての超高層ビルがこれに該当するわけではない。超高層を含めた60メートル以上の高層ビルは、東京、大阪、名古屋の3大都市圏を中心に2000棟以上ある。老朽化したビルも少なくない。

 東日本大震災を上回る地震が発生しても耐えられるよう、早急な対応が求められよう。ビル管理者が安全性を確認し、弱点が見つかれば、制震装置の設置などの補強策を実施するべきだ。

 高層ビルなどの耐震性強化のため、国土交通省は建築確認時の審査要件を厳しくする。石井国交相は、高層マンションなどの改修で「費用の一部を補助する」と述べた。支援策の拡充を急ぎたい。

 ビル内の安全対策を徹底することも不可欠である。

 高層階が激しく揺れると、人は立っていられない。オフィス機器や家具がフロアを滑り、倒れることで人的被害をもたらす。

 揺れによるパニックは、円滑な避難や救助作業の障害となる。エレベーターが停止すれば、高層階に多数の人が長時間にわたり取り残される可能性もある。

 様々な事態を想定し、ビルごとに、オフィス機器などの固定や避難体制の整備が欠かせない。

日豪首脳会談 経済と安保で「特別な関係」に

 日本と豪州は、アジア太平洋地域の平和と繁栄を牽引する重要な役割を担う。包括的な協力関係を構築すべきだ。

 9月に就任したターンブル豪首相が初来日し、安倍首相と会談した。経済や安全保障分野で連携し、戦略的利益を共有する日豪の「特別な関係」を深化させるとの共同声明を発表した。

 安倍首相は「揺るぎない戦略的関係を確認した」と強調した。ターンブル首相は「両国は共通の価値観を持っている」と語った。

 中国通で知られるターンブル首相は、東アジアでの最初の訪問国に日本を選んだ。安倍首相と親密だった同じ自由党のアボット前首相の路線を継承し、対日重視の姿勢を示したことを歓迎したい。

 両首脳は、今年1月に発効した経済連携協定(EPA)に基づき、貿易・投資を拡大させることで一致した。技術革新の重要性を確認し、再生医療などの分野で協力することでも合意した。

 日本は、豪州から主に天然資源や食料を輸入し、自動車などを輸出しており、相互補完の関係にある。EPAを追い風に、日豪の経済協力を進めることが大切だ。

 日豪など12か国が参加する環太平洋経済連携協定(TPP)交渉も10月に大筋合意した。早期発効に向けて連携を強めたい。

 共同声明は、南シナ海情勢に関し、「大規模な埋め立てや建設の停止」と「軍事目的での使用の自制」を明記した。無論、南シナ海で人工島造成と軍事拠点化を進める中国が念頭にある。

 米海軍は10月、人工島の12カイリ内で巡視活動を行った。豪州軍の哨戒機も最近、人工島付近で監視活動を行ったという。国際法に基づく「航行と飛行の自由」の確保へ、手段を尽くすことが重要だ。

 海上交通路(シーレーン)の安全確保は、自由な経済活動の基盤となる。日豪は米国などと緊密に協調し、中国に国際ルールの順守を働きかけねばならない。

 首脳会談では、安全保障関連法に基づき、防衛協力を強めることで合意した。自衛隊と豪州軍の共同訓練を円滑にする「訪問部隊地位協定」の締結も急ぐ方針だ。日豪両国と同盟関係にある米国を交え、重層的協力を追求したい。

 ターンブル首相は、日本が南極海で調査捕鯨を再開したことについて「深い失望」を表明した。安倍首相は、科学的根拠に基づく調査の必要性などを説明した。

 双方の主張の開きは大きいが、この問題が日豪関係全体を損なわないようにする必要がある。

2015年12月20日日曜日

スマホ料金の引き下げは競争促進で

 「高すぎる」「複雑すぎて分かりにくい」といった批判の多いスマートフォンの通信料金をめぐって、総務省がNTTドコモ、KDDI、ソフトバンクの携帯大手3社に対して是正を求めた。

 民間企業の経営に政府が口出しする手法に違和感は残るが、3社も公益サービスの担い手として世間の批判を謙虚に受け止めたい。

 総務省の求める是正の中身は主に2つだ。1つはスマホの初心者向けに、安価な料金プランを用意することだ。今は年齢制限などのない一般的なプランで、大手3社の最も安い料金は月6200円だが、総務省の有識者会議は5千円以下と具体的な目安を示した。

 日本は諸外国に比べてスマホの普及率が低いが、一因はガラケーと呼ばれる従来型携帯電話とスマホの料金差が大きいことだ。

 低料金プランの導入は人々にスマホ移行を促す上で一定の効果が見込める。日本全体のIT(情報技術)技能を高め、社会の情報化や効率化を進めるためにもスマホの普及加速は重要なテーマだ。

 2つ目の柱はスマホの買い替えに伴う「キャッシュバック(現金還元)」のような極端な優遇策の是正である。こうした販売促進費用は同じ端末を長く使う人の割高な通信料金から捻出されており、利用者間の不公平が著しい。

 販促費用を削り、それを原資にして通信料金の値下げを促すという総務省の考え方は理解できる。こうした要請に3社はどう応えるのか、来春の新年度商戦に間に合う対応を期待したい。

 もっとも、3社が総務省の言い分に素直に従ったとしても、この議論の起点になった「携帯料金の家計負担軽減を」という安倍晋三首相の指示が広く実現するのか、恩恵を受けるのはごく一部に限られるのかはよく分からない。

 政府の本来の仕事は競争環境の整備である。競争が活発になれば料金は自然に下がり、消費者の満足度も高まるはずだ。そのためにも大手3社からネットワークを借りて、格安料金でスマホサービスを提供する新興の通信会社(MVNO)を伸ばしたい。

 現時点でこうした新興会社の加入者シェアは2%程度だが、これが2桁に届けば認知度も高まり、大手の寡占体制に割って入る存在に育つだろう。大手3社が適切な条件で新興会社に設備を開放するよう、実効性の高いルールを定めるのも政府の役割である。

イランは核合意履行を確実に

 国際原子力機関(IAEA)の理事会は、イランによる核兵器開発疑惑の解明作業を終了する決議を全会一致で採択した。これにより、2002年の表面化以来、中東の緊張を高める要因となってきたイランの核武装疑惑はひとまず、区切りがついた。

 米欧など6カ国とイランは7月、同国の核開発を大幅に縮小することで合意した。イランは合意の履行にあたり、IAEAによる疑惑解明の決着を求めてきた。米欧は対イラン経済制裁の解除は核合意の履行が条件だとする。

 この機を逃してはならない。イランが真に国際社会への復帰を求めるなら、核合意を確実に履行していくことが重要だ。

 IAEAはイランでは過去に核兵器開発につながる活動があったが、09年以降は兵器開発の痕跡はみあたらないとする最終報告書をまとめた。理事会はこの報告に基づいて解明作業の終了を決めた。

 核合意はウラン濃縮に使う遠心分離機の削減や、濃縮済みウランの保有制限などを定めている。イランの核開発を国際監視下に置き、兵器への転用を難しくすることで歯止めをかける内容だ。

 イランが国際社会に復帰する意義は大きい。中東は今、混迷を深めている。イランはシリアのアサド政権と良好な関係にある。長期化するシリア内戦の収拾や台頭する過激派組織「イスラム国」(IS)への対処にはイランの関与が不可欠だ。

 イランは人口7800万人の豊かな人口に加え、原油で世界4位、天然ガスで同1位の埋蔵量を持つエネルギー大国でもある。市場としての魅力も大きい。

 ただし、IAEAの最終報告が過去の兵器開発については認定したことを見過ごしてはならない。軍事転用を否定し続けたイランとの食い違いは残った。

 イランは核合意を速やかに履行することはもちろん、今後も査察へ全面協力するなど真摯な姿勢を示し、IAEAとの信頼関係を築いていくことが欠かせない。

衆院選挙制度 答申を尊重し、実行を

 衆院議長の諮問機関「衆議院選挙制度に関する調査会」が、来年1月に議長に答申する改革案をまとめた。

 衆院定数は、小選挙区で6、比例区で4の計10減らし、戦後最少の465とする。

 また「一票の格差」を縮めるため、都道府県の人口比に基づく「アダムズ方式」で定数を再配分する。これにより、都道府県ごとの一票の格差は最大1・62倍になるという。

 調査会が設置されたのは、各党による協議で結論を出せなかったからだ。自分たちではどうにもできない。だから有識者の皆さん、お願いします――。

 この経緯を踏まえれば、各党は答申にそって速やかに合意形成を図り、次の衆院選は新制度の下で行えるよう、来年の通常国会で法改正を行うべきだ。

 衆院選の一票の不平等をめぐって、最高裁はこの4年間に3度、「違憲状態」の判決を出している。これ以上、対応を先延ばしすることは許されない。

 一方、国会議員は、民意を国政の場に届けるという重要な役割を担う。「身を切る改革」は定数削減ではなく、政党交付金や各種手当の減額などで行うべきだとの議論は根強くある。

 なぜ定数10減なのか。結論の根拠が弱いことも否めないが、調査会に議論を委ねた以上、各党は答申に従わねばならない。

 同時に、選挙制度の改革は本来、一票の格差の是正や定数削減にとどまらないし、一度変えればそれで終わりでもない。

 民主的平等とは何かという観点から、制度によって民意との隔たりが生まれないよう不断の見直しを続ける。それが国会議員の責務であることを、肝に銘じてもらいたい。

 残念なのは、調査会の結論は、定数の変動を最小限にとどめるという政治的配慮が優先された印象がぬぐえないことだ。

 一票の格差是正に関しては、最高裁が「速やかな廃止」を求めていた、議席をあらかじめ都道府県に一つずつ割り振る「1人別枠方式」が名実ともに廃止されることになる。

 ただ、アダムズ方式は、結果的に各都道府県に1議席ずつ配分される仕組みになっており、「1人別枠方式」と同じ効果がある。最高裁判決の趣旨に照らして疑問が残る。

 選挙制度は民主政治の基盤である。結論はもとより、議論のプロセスも極めて重要だ。

 調査会は1年以上議論を重ねてきた。答申にあたっては、反対意見も含め議論の蓄積を紹介し、幅広い有権者の納得をえられるよう力を尽くしてほしい。

補正予算案 まるで選挙対策だ

 政府が決めた今年度の補正予算案は、与党の選挙対策だと評価するしかない内容である。

 必要な政策を積み上げるという予算編成の基本を忘れ、「いくら使えるか」が先に立ち、来年夏の参院選までに有権者へおカネを届けることを意識した項目が目立つからだ。

 総額3兆円余の財源は、今年度の税収が見込みより増えそうな分と前年度決算の余りでまかなう。新規国債の追加発行は避け、4千億円余りは当初予算で計画した国債発行を減らすことに充てる。

 財務省は「財政健全化に目配りした」と言うが、とんでもない。

 政府は、今年度の国と地方の基礎的財政収支の赤字を国内総生産(GDP)比3・3%に抑える目標を掲げてきた。これを守れるギリギリの線まで補正予算の規模を膨らませ、必要となる国債発行の減額幅を計算したに過ぎない。今年度に予定してきた国債発行が37兆円に迫ることを忘れたのだろうか。

 補正では、安倍政権が掲げる「1億総活躍」の目玉政策として、年金額が少ない高齢者に1人あたり3万円、総額3300億円を配ることを盛り込んだ。

 低年金者には資産を多く持つ人もいて、全員が貧しいとは限らない。与党の自民党内からでさえ、「なぜ高齢者ばかりかと若い世代は思う」「バラマキのイメージが先行してしまう」と、疑問が噴き出している。

 農林水産省が所管する約4千億円の4分の3強、3千億円余りは環太平洋経済連携協定(TPP)関連対策と位置づけられた。その3分の1近くは、公共事業で農地や集落を整備する農業農村整備事業だ。

 農水省は「農地の区画拡大などに絞り込んで使う」と説明し、温泉施設の建設にも使われたかつてのウルグアイ・ラウンド対策費との違いを強調する。ただ、自民党の関係議員の間では、金額こそが大切と言わんばかりに早くから予算獲得の目標額が飛び交っていた。

 そもそも、TPPはまだ発効していない。農水省は「あらかじめ体質を強化しておく」と言うが、全体で30近い新規事業を並べ、基金の創設を乱発する中身をみれば、「参院選をにらみ、TPPへの農林漁業者の不満や怒りを抑える」という思惑がありありだ。

 補正予算は当初予算と比べて編成期間が短く、どうしてもチェックが甘くなる。災害復旧などの緊急対策に絞るのが筋だ。政府・与党は過ちをいつまで繰り返すつもりなのか。

軽減税率 3党合意にも違反していない

 2017年4月の消費税率引き上げに合わせた軽減税率導入に対し、民主党が反発している。

 政府・与党は、適切に反論するとともに、丁寧な説明に努めねばならない。

 民主党の岡田代表は、約1兆円の財源を要することについて「財政再建の旗を降ろすのか。1兆円のバラマキで参院選を乗り切ろうということだ」と決めつけた。

 やや性急で、近視眼的な批判だ。医療などの自己負担額に上限を設ける「総合合算制度」の見送りで4000億円の財源は既に確保された。残りについても、たばこ増税案などが浮上している。

 将来の社会保障費の増大を考慮すれば、消費税の再増税は不可避だ。これにも備える軽減税率の導入は財政再建に逆行するまい。

 民主党は、消費増税の低所得者対策として「給付付き税額控除」の導入を主張している。所得税の課税対象者に減税し、免除者には給付金を支給する制度だ。

 しかし、軽減税率に比べて分かりにくく、消費者の痛税感も緩和されないのではないか。

 給付付き税額控除は、所得を正確に捕捉できなければ、不正受給の恐れがある。対象の線引きが政治裁量となり、大盤振る舞いになる可能性も指摘される。政権担当時に「子ども手当」などが頓挫した経験を思い起こすべきだ。

 枝野幹事長が総合合算制度の見送りについて、消費増税を決めた12年6月の民主、自民、公明の3党合意の「明確な違反だ」と批判しているのも疑問である。

 3党合意に基づく社会保障・税一体改革関連法は、総合合算制度や給付付き税額控除を検討するとしているだけで、3党が導入に合意したわけではない。関連法には、軽減税率の検討も盛り込まれている。批判は当たらない。

 枝野氏は「3党合意は破棄された」と断じ、10%への引き上げに反対する可能性も示唆した。

 民主党と統一会派を組む維新の党も、民主党と歩調を合わせる構えだ。おおさか維新の会、共産党なども反対している。

 仮に増税が予定通り実施できなければ、それこそ財政再建が一層遠のいてしまう。民主党はそんな無責任な対応は避けるべきだ。

 見過ごせないのは、枝野氏が新聞への軽減税率適用に関して、「新聞よりも水道や電気が必需品だ」と発言していることだ。

 民主主義や活字文化を支える重要な公共財である新聞や出版物に対する理解を欠いていると言わざるを得ない。

2015回顧・日本 喜びと不安が交錯した1年

 戦後70年の節目の年が暮れようとしている。

 読売新聞の読者が選ぶ今年の「日本10大ニュース」からは、喜びと不安が交錯したこの1年が浮かび上がる。

 1位に選ばれたのは、「ノーベル賞に大村、梶田両氏」だ。

 生理学・医学賞を受賞した北里大の大村智特別栄誉教授は寄生虫病の特効薬開発に貢献し、アフリカなどで多くの命を救った。物理学賞の梶田隆章東京大宇宙線研究所長は素粒子「ニュートリノ」に質量があることを突き止めた。

 世界が認めた2人の功績に、改めて拍手を送りたい。

 2位にも明るいニュースの「ラグビーW杯、日本は3勝の歴史的快挙」が入った。強豪を破ったラグビー日本代表の奮闘は感動を呼び、ラグビー人気は上向いている。2019年に日本で開催される次回W杯が、今から楽しみだ。

 政治・経済分野で票を集めたのは、「安全保障関連法が成立」(6位)と「TPP、日米など12か国で大筋合意」(9位)だ。

 国際社会で日本が果たすべき役割は増している。安保関連法に基づき、世界の平和と安定に貢献しなければならない。環太平洋経済連携協定(TPP)を経済成長につなげることも重要だ。

 国民に不安が広がる問題が多かったことが、今年の特徴だろう。「『イスラム国』が日本人2人を拘束、殺害映像を公開」(3位)は、日本も過激派組織の脅威と無縁ではないことを印象付けた。

 「マイナンバー制度がスタート」(4位)では、通知カードの送付に遅れが生じた上、便乗詐欺などの被害も出ている。

 共通番号(マイナンバー)は、公正で効率的な税や社会保障の実現に不可欠な制度だ。政府には情報管理の徹底が求められる。

 「関東・東北豪雨、茨城などで8人死亡」(5位)は、避難の在り方などに課題を残した。

 「横浜市でマンション傾斜、基礎工事のデータ改ざん」(8位)の問題は、大きな関心を呼んだ。住民の信頼を裏切った関連企業の責任は重い。

 残念だったのは、2020年東京五輪・パラリンピックの準備での相次ぐ失態だ。関係機関の透明性を欠いた意思決定が「五輪エンブレムを撤回、再公募に」(10位)と「新国立競技場の建設計画を白紙撤回」(11位)を招いた。

 東京五輪・パラリンピックは、日本の存在感を世界に示す絶好の機会だ。政府や大会組織委員会は信頼回復に努めてもらいたい。

2015年12月19日土曜日

わかりにくさ拭えぬ日銀の緩和補完策

 日銀が金融緩和を補完する新たな制度の導入を決めた。

 上場投資信託(ETF)の購入について、現在の年3兆円のほかに年3千億円の買い入れ枠を設けるのが柱だ。買い入れるのは「設備や人材投資に積極的に取り組んでいる企業」の株式を組み込んだETFとしている。

 日銀は過去に買い入れた銀行保有株を、2016年4月から売却し始める。売却による株価急落などの悪影響が出ないようにするため、ETFを買い増すという。

 一種の奇策といえなくもない。日銀による年80兆円の資金供給規模は変わらない。このため、黒田東彦総裁は「追加緩和にはあたらない」と明言した。

 株式市場を下支えしたい。同時に企業に設備投資や賃上げに前向きに取り組むよう促したい。そんな2つの目的を日銀は新制度に込めたようだ。黒田氏は「金融緩和をより効果的に実体経済に浸透させるため」と説明した。

 日本企業の収益は過去最高水準であるが、賃金の伸び率は低く、設備投資も鈍い。来年の春季労使交渉などをにらんで企業の賃上げなどを後押しして、確実に物価上昇につなげたい、という日銀の考え方は理解できる。

 しかし、投資増加などを促すためETFの買い増しをしても、追加緩和措置ではないという今回の対応は、いかにもわかりにくい。日経平均株価は日銀の発表後に乱高下した。日銀は今回の新制度の目的を丁寧に市場に発信し続ける必要がある。

 日銀は2%の物価上昇率目標を掲げている。足元の生鮮食品を除く消費者物価の上昇率がゼロ近辺にとどまっているのは、原油安が主因だ。その影響が薄らいでいけば、物価が基調として上がっていくのはたしかだろう。

 米連邦準備理事会(FRB)の利上げなどを背景に新興国経済が失速し、金融市場に不安が広がるような事態が起きれば、機動的に対応する柔軟な構えも求められている。

 設備投資や賃金を決めるのは企業で、ETF購入などによる効果はおのずと限られる。規制改革などを断行し、企業が攻めの投資をしやすくする環境を整えるという政府の役割も重要だ。

 日銀の対応は、企業に賃上げや投資増加を求める政府への側面支援とも読めるが、政府は自らの宿題を忘れてはならない。

韓国の言論の自由に疑念残る

 日韓の関係改善を妨げる障害がひとつ取り除かれたことは歓迎するが、韓国の言論の自由への疑念が払拭されたわけではない。朴槿恵(パク・クネ)大統領の名誉を傷つける記事を書いたとして在宅起訴された産経新聞の前ソウル支局長の判決公判で、ソウル中央地裁が無罪判決を言い渡した。

 問題となった記事は、朴大統領が昨春の旅客船沈没事故の当日、元側近の男性と会っていたとのうわさに言及したもの。昨年8月に同紙のウェブサイトに掲載され、韓国の市民団体が刑事告発した。検察当局は名誉毀損罪で前支局長を在宅起訴し、裁判では懲役1年6月を求刑していた。

 地裁は今回、無罪判決の理由として「公人である大統領を中傷する目的だったとみるのは難しい」「記事内容に不適切な面はあるものの、言論の自由の領域内に含まれる」などの点を挙げた。その判断はおおむね妥当だろう。

 日韓関係をぎくしゃくさせたこの問題は今回の無罪判決で決着するとみられるが、一連の経緯には苦言を呈さざるを得ない。

 まずは韓国検察の対応だ。確かに、さしたる根拠もなく風聞に基づいた記事に問題がないわけではないが、報道を対象に刑事責任を追及するやり方は度を越した。

 次に、朴大統領のイニシアチブの問題だ。「被害者」の大統領が当初から寛容な姿勢を明示していれば、前支局長は起訴されず、日韓を揺るがす問題に発展することもなかっただろう。

 さらに、司法の独立性の面でもいぶかしさが残った。地裁は公判の冒頭で、大局的に善処すべきだと主張する日本への配慮を求めた韓国外務省の要望書を読み上げる異例の一幕があったからだ。

 今回の騒動で、韓国が言論の自由を制限する国との疑心を生んだことは否定しがたい。同国では最近、旧日本軍の従軍慰安婦問題を論じた「帝国の慰安婦」の著者、朴裕河(パク・ユハ)世宗大学教授も名誉毀損罪で在宅起訴されている。改めて憂慮を禁じ得ない。

日銀の補完策 出口が遠のくばかりだ

 日本銀行がきのう、異次元緩和策を補完する新たな策を決めた。米国が7年続けたゼロ金利政策を終え、金融引き締め方向にかじを切った直後でもあり、日米の金融政策の方向の違いが鮮明になった。

 日本でも雇用は改善し企業業績は好調だ。日銀自身も「景気はゆるやかな回復を続けている」といっている。ならばなぜ副作用が大きなこの緩和策を補完しなければならないのか。

 納得できない理由はいくつかある。第一に、リーマン・ショックという未曽有の危機をしのぐためだったゼロ金利や量的緩和策がますます長期化してしまうことだ。

 政府が発行する国債はいま、最終的にその大半を日銀が買い取っている。事実上、政府の借金を日銀がお札を刷ってまかなう「財政ファイナンス」状態にある。国債が暴落するリスクを抱えて、いつまでも放置して良いはずはない。また、ゼロ金利のままでは、金融市場の機能も次第に失われていきかねない。

 だから一刻も早く「出口」を探らなければいけない。なのに日銀の打ち出す策は出口を遠ざけてしまう。

 第二に、緩和策の効果は、株価や地価など資産価格を押し上げることにとどまっている。景気が良くなって株価や地価が上昇するならいいが、金融政策で先に相場を持ち上げ、そこから経済全体に波及させるシナリオはもはや破綻(はたん)している。

 異次元緩和下の2年半、株や不動産などの資産価格はたしかに上がったが、その間、実体経済を示す国内総生産(GDP)はほとんど横ばいだ。企業や一部の富裕層が豊かになっても、その恩恵が広く行き渡るトリクルダウン効果は起きなかった。

 にもかかわらず、なぜ補完する必要があるのか。

 第三に、今回の補完策が安倍政権の試みを支援する形になっていることだ。安倍政権はみずから主導する官民対話で再三、経済界に設備投資の上積みや賃上げを求めてきた。日銀が打ち出したのは「設備・人材投資に積極的に取り組んでいる企業」の株式を対象にする上場投資信託(ETF)を日銀が買い上げる施策だ。

 設備投資も賃上げも、企業がみずからの経営判断でおこなうべきものだ。政府の介入で一時的に増やすことができても、真に経済を強くする持続的なものにはならない。

 経済政策として疑問符が付く政策を補完することが、果たして中央銀行の政策として適切なのか。

橋下氏の引退 劇場型政治の功罪

 橋下徹大阪市長が18日の任期満了で退任した。大阪府知事に就任してからほぼ8年で、政界からいったん退くことになる。

 タレント弁護士から政治家へ。人気は今も根強いが、過激な言動は批判も浴びた。

 相手を攻撃し、注目を集めながら支持を広げる。その政治手法は、有権者に改革の期待を抱かせる一方、異論を排する強引さと隣り合わせでもあった。

 功を挙げるとすれば、地方自治に納税者感覚を持ち込み、問題点をわかりやすく示したことだ。知事就任後、府職員に「みなさんは破産会社の従業員」と言い、財政危機に自覚を促した。予算編成の過程も公開し、納税者が納得できない支出は認めないとの姿勢を貫いた。

 橋下氏は退任会見で「自分は『転換』ばかりしてきた」と振り返った。高齢者向けのサービスを縮小し、現役世代への予算配分は厚くした。人口減少時代に限られた財源をどう使うか。今後の政治を考えるうえで、問題提起となったことは確かだ。

 12年には日本維新の会を旗揚げした。地方が中央にお願いするのではなく、国会に直接乗り込む。地方から政治を動かす新たな手法を開拓した。

 だが、維新が国政に進出してからの3年間は、強引さが裏目に出ることが目立った。国会での勢力拡大に重きを置くあまり、維新は2度の分裂劇を演じた。大阪市議会では他党と衝突を繰り返し、しこりを残した。

 大阪都構想の是非を問うた5月の住民投票で過半数の賛同を得られなかったのは、合意形成が不十分なまま推し進めようとした姿勢への批判が大きい。

 スピード重視の「決められる政治」は爽快だ。だが、ときには時間もかけないと、問題解決がかえって遠のくこともある。重い教訓といえよう。

 社会の閉塞(へいそく)感が強まり、有権者の不満が高まると、わかりやすく攻撃的な主張に支持が集まりやすい。橋下氏の政界復帰待望論が強いのは、こうした時代の空気と無縁ではない。

 しかし劇場型の政治には、もう終止符を打つべきだ。冷静な政策論議と合意形成への努力こそ、本来の政治の姿だ。

 橋下氏は今後、党の法律政策顧問になるという。会見で「弁護士としてかかわる」と強調したが来夏の参院選では自公両党と合わせ、憲法改正の発議に必要な3分の2の議席を獲得することに意欲を示した。安倍政権との協力も取りざたされる。

 政界復帰の意思があるなら明言すべきだろう。黒幕的な存在にはなってもらいたくない。

衆院選制度改革 格差の是正へ党利党略を排せ

 衆院選の「1票の格差」の縮小へ、与野党は党利党略を排して、制度改革に取り組むべきだ。

 衆院の選挙制度改革に関する有識者調査会が答申原案をまとめた。小選挙区の格差是正について、各都道府県の定数を「アダムズ方式」で配分し直すことを提案した。

 定数は、東京都と4県で計7増加し、青森、岩手など13県で1ずつ減る。都道府県間の格差は最大1・621倍となる。

 小選挙区間の格差も、衆院選挙区画定審議会設置法の定める2倍未満に収まる見通しである。

 アダムズ方式は、「1人別枠方式」に代わるものだ。人口の少ない県に比較的有利とされ、都道府県の定数の増減を小幅に抑えられる。将来の人口減にも一定程度対応が可能で、最少の鳥取県も当面、定数2を維持できる。

 地方に配慮しつつ、1票の格差を是正する観点で、現実的な方式と言えよう。

 最高裁は先月下旬、1票の格差が最大2・13倍だった昨年12月の衆院選を「違憲状態」と判断した。立法府として、司法の要請に速やかに応えねばなるまい。

 疑問なのは、答申原案が定数を小選挙区で6、比例選で4削減したことだ。衆院定数は戦後最少の465となる。

 小幅とはいえ、定数を減らせば、選挙で多様な民意を反映しにくくなる。議員立法や、法案審議を通じた行政監視など、立法府の能力が低下しかねない。そもそも日本の国会議員は人口比でみれば、欧米諸国より多くない。

 さらに、定数を減らすほど、1票の格差是正が困難になる。

 調査会内でも、定数削減の弊害を指摘する意見が少なくなかった。最終的に、定数の大幅削減を唱える主要政党の主張を取り入れざるを得なかったのは残念だ。

 調査会は年明けに、大島議長に答申する。主要各党は昨年6月、調査会の結論を「尊重する」ことを確認している。だが、自民党内では早くも、地方選出議員らから答申原案への反発が出ている。

 選挙制度は各党の消長に直結する。どんな案でも、異論は避けられない。自民党は、自らの利害に拘泥せず、各党の意見集約に主導的な役割を果たすべきだ。

 新制度への移行には、答申内容を反映した公職選挙法の改正や区割りの見直し作業などが必要で、最低1年以上かかる見通しだ。

 与野党は、こうした日程も踏まえて、選挙制度改革を実現することが求められよう。

携帯料金軽減策 利用者間の不公平解消したい

 携帯電話の過剰な契約獲得競争が生んだ利用者間の不公平は、解消せねばならない。

 高市総務相は、NTTドコモ、KDDI、ソフトバンクの携帯大手3社に、スマートフォンの端末価格を「実質0円」とする販売手法の改善や料金引き下げを要請した。

 総務相は、「利用者に納得感のある料金、サービスを実現してもらいたい」と強調した。

 総務省の有識者検討会が、携帯大手の販売戦略は、端末を頻繁に買い替える人を優遇していると指摘したのを踏まえたものだ。

 「実質0円」にするための原資は、携帯大手が販売店に支払う販売奨励金で賄われている。奨励金は同じ端末を長く使う人も含め、利用者が支払う通信料金から捻出される。結果的に料金の高止まりを招いている。

 端末の大幅割引で新規契約者を獲得し、中途解約に高額な違約金を課す「2年縛り」で契約者を囲い込む。こうした日本特有の販売手法は早急に改めるべきだ。

 料金プランの多様化も課題となる。検討会は、データ通信をあまり使わない利用者のために、「月額5000円以下」などの低料金プランの創設も求めた。

 日本の人口に対するスマホ台数の比率は、主要国よりも低い。スマホの利用が進まないのは、海外に比べて料金水準が高めであることが理由の一つだろう。

 格安スマホを販売する仮想移動体通信事業者(MVNO)は、利用者の選択の幅を広げる上で重要だ。有識者検討会では、MVNOの普及を後押しするため、サービスの多様化を進めることが必要だとの意見も出た。

 総務省は今後、携帯大手に、販売手法の改善計画を提出するよう要請する。その上で、店舗に担当者を派遣して、販売実態を覆面調査するという。

 新たに設けるガイドラインに沿って、販売手法の改善が見られない場合には、行政処分も検討するとしている。

 電気通信事業法は、公共の電波を使う携帯会社に公正な競争を求めている。行政には、利用者の利便性を向上させるため、競争環境を整備する責務がある。

 総務相が有識者検討会の提言に沿って携帯大手に改善を促したのは、妥当だろう。

 本来、携帯会社が自発的に、料金設定などにアイデアを凝らして競うのがあるべき姿だ。行政処分の発動には、各社の独創性を損なわぬよう慎重さが求められる。

2015年12月18日金曜日

米利上げの波を乗り切るには

 米国が9年半ぶりの利上げに踏み切った。経済に強さが戻ってきたことを映した動きといえる。

 ただ、新興国経済や金融市場には負の影響が及ぶ可能性もある。かつてのように米国に世界経済を下支えする力があるわけでもない。新興国も日欧など先進国も、自国の成長力を高める努力を一段と強めるべきだ。

 米連邦準備理事会(FRB)がゼロ金利の解除に踏み切った背景には雇用の改善がはっきりしてきたことがある。失業率は5.0%と金融危機以前の水準まで回復。消費の指標も強くなっている。

新興国経済には打撃も

 物価は目標とする2.0%からまだ離れている。だが、イエレンFRB議長は「雇用市場の一層の改善や原油安の影響が収まるにつれて中期的には目標水準まで高まる」との見方を示した。

 経済回復の持続力が高まっていることや、利上げ後も極めて低い金利水準が続くことを考えれば、今回の判断は妥当だろう。投資家や企業の多くもこの時期のゼロ金利解除を織り込んでいた。

 利上げの前提となった米国経済の改善は、世界経済にとって望ましいことだ。中国経済の減速が鮮明になるなかで、けん引役が不在の状況になっていたからだ。

 しかし、米国頼みには限界がある。1つはかつての回復期と比べれば成長の勢いに物足りなさがあることだ。企業はエネルギー関連を中心になお設備投資に慎重で、労働生産性の伸びも鈍い。

 世界経済への影響力も以前より小さくなっている。国際通貨基金(IMF)の推計では、世界経済に占める米国の比率は購買力平価ベースで2015年に15%台と過去10年で2割近く低下している。

 米国が利上げ局面に入ったことにともなう負の側面からも、目を離せない。

 まずは新興国経済への影響だ。米国の大規模な金融緩和が進むなかで、新興国には海外から資金が流れ込み、経済に恩恵をもたらした。利上げをきっかけにそうした資金が大量に引き揚げられれば、金融市場の混乱や通貨の大幅下落を通じて新興国の成長率を押し下げる恐れがある。

 新興国の多くはかつてに比べて外貨準備が潤沢で、政府債務が過度に膨らんでいるわけではない。ただ、米国の利上げによる自国通貨急落を防ぐために不本意ながら利上げを迫られている国もある。新興国企業では外貨建ての債務が膨張しているところもあり、ドル高が進めば経営悪化につながる。

 減速する中国経済の影響を受けやすい国や、原油や鉱物の価格下落に苦しむ資源国にとっては、米利上げの打撃がより大きくなる可能性がある。

 米国の金融市場にきしみが出ているのも気がかりだ。長期緩和を背景に低格付けの高利回り債券の人気が高まっていたが、エネルギー関連企業などの経営悪化を機に、資金が引き揚げられる動きが出ている。問題が深刻化すれば、リスクのある金融資産から逃げ出す流れが世界的に強まってくる恐れもある。

 こうした金融面の影響の広がりもにらみながら、米FRBは今後の利上げペースを調整していくことになるだろう。

成長強化で耐性高めよ

 世界各国は米利上げという新局面に対応していかねばならない。基本的には成長基盤の強化によって耐久度を高めることが大事だ。

 資源依存型の新興国は付加価値の高い分野への進出などを通じて経済を高度化することが求められる。世界経済への影響力が大きい中国は過剰設備や債務を減らすと同時に、経済失速を防ぎつつ消費主導経済に転換していくという厳しい課題に取り組む必要がある。

 欧州経済は、財政にゆとりがある国の景気刺激策や低成長国の構造改革によって回復の足取りを確かなものにすべきだ。

 日本は企業収益の改善と実質賃金の増加という好循環を確実にすることが重要だ。産官学の連携でイノベーションの力を高めるとともに、対内投資促進など海外の活力を取り込むことも欠かせない。

 金融市場が不安定化し、株安・円高などで企業心理が大きく悪化した時は金融政策の支えが必要になる局面もありえるだろう。

 米利上げは、世界経済に深刻な打撃をもたらした08年の金融危機がようやく過去のものになりつつあることを示す。だが、先進国経済の長期停滞論や新興国危機への懸念、さらにはテロや国際的な緊張まで新たな不安要因も浮かんでいる。霧の晴れない時代と向き合い続ける覚悟も求められている。

米国の利上げ なお残る出口のリスク

 米連邦準備制度理事会(FRB)が9年半ぶりとなる利上げを決めた。2008年のリーマン・ショック後に開始した「ゼロ金利」から7年を経て抜け出す。リーマン後、日本や欧州に先駆けての利上げでもある。

 ありあまるお金が金融市場に投じられる異常な緩和状態を作り出してきた大元が、米国の金融緩和だった。引き締めに転じることで世界のお金の流れは大きく変わる。金融政策が正常化へと動き出すことは長期的な世界経済の安定には望ましく、その意味で決定は評価できる。

 米景気は総じて明るくなっている。雇用が改善し個人消費も堅調だ。

 しかし、物価の上昇は、FRBが目標とする2%に届いていない。新興国経済に活気がないことから、輸出増を見込んだ設備投資も盛り上がっていない。

 景気が上向くなかで実施してきた過去の利上げと今回とではずいぶん様相が違う。だからだろう、FRBのイエレン議長は今後ゆっくりと段階的に利上げを進めると説明している。

 米国の大規模緩和は、リーマン・ショックから世界恐慌へと危機が広がることを封じる意味はあった。だが、緊急避難だったはずの政策が7年間にも及び、新しい危機リスクのエネルギーを蓄積させた側面がある。

 とくに懸念されるのは資産価格の動向だ。ゼロ金利下でいくらでもお金を調達できる環境となったことで、株や債券への投資が進み、歴史的な高値が続いている。8年前に問題となった低所得者向けのサブプライムローンが再び自動車ローンなどで増加している。マネーの巻き戻しで、こうしたお金の動きが調整されていくことは避けようがないだろう。

 FRB自身の出口戦略も簡単ではない。FRBが買い進めた国債や金融商品などの保有資産は平時の5倍の4・5兆ドル(約550兆円)にのぼる。FRBはこれを少しずつ減らし、市場に注ぎこんだ大量のお金を回収する必要がある。ペースによっては市場を混乱させる恐れもあり、慎重さが不可欠な、息の長い試みとなる。

 金融政策は今後、米が引き締め、日欧が緩和というねじれ状態になる。それが国際的なマネーの流れにどんな影響を与えるか、読みにくい。あらゆる事態を想定しておくべきだ。

 日本銀行と欧州中央銀行(ECB)も大規模緩和の手じまいに向け、出口戦略を練っておく必要がある。先行するFRBのかじ取りは、そのための教材となるはずである。

産経記者判決 無分別な訴追終結を

 韓国大統領の名誉を傷つけたとして起訴された産経新聞の前ソウル支局長に対し、韓国の裁判所が無罪を言い渡した。言論の自由を保障した法に照らし、当然の判決である。

 そもそも、大統領の気に入らない記事を書いたとしても、検察という公権力が記者を起訴すること自体が異常だった。

 「わが国が民主主義制度をとっている以上、言論の自由を重視せねばならないのは明らかだ」とする判決は妥当である。検察当局は控訴せず、速やかに判決を受け入れるべきだ。

 問題になったのは前支局長が昨年8月、ネット上に出した記事だ。旅客船沈没事故の際、所在不明になった朴槿恵(パククネ)大統領が男性と会っていたのでは、という「うわさ」を紹介した。

 これに大統領府が「責任を追及する」と公然と反発し、市民団体の告発を受ける形で検察が捜査し、起訴した。前支局長は長らく出国を禁じられた。

 韓国の法律では、被害者の朴氏が処罰を望まないと言えば、訴追は免れた。起訴から1年2カ月間公判が続き、判決にまで至ったのは、朴氏自身が訴追を求めたからとみるべきだ。

 権力者の意向次第で報道機関の記者を訴追することが、韓国の民主主義にどんな禍根を残すか、考えなかったのか。

 日本のみならず、海外のジャーナリスト団体などからも、韓国政府に対し、強い懸念の声が相次いだのも当然だった。

 判決公判の冒頭で裁判長は、「善処」を求める日本の要望を考慮するよう、韓国外交省が裁判所に求めていたことを明らかにした。異例の措置であり、韓国政府が日韓関係や国際批判などを考えて自ら決着を図ろうとしたとも受け取れる。

 もともと公訴を提起すべきでない問題を、自ら政治問題化してしまった責任を、韓国政府は反省しなくてはならない。

 それでなくとも近年の日韓関係は、政治の関係悪化により、市民交流にも暗い影が落ちている。無用ないさかいを生んで外交問題にする振る舞いは、日韓両政府とも慎むべきである。

 一方、判決は記事が取り上げた「うわさ」について、虚偽であることを前支局長は認識していたと認定した。産経側も裁判の途中からそれに異を唱えなかった。報道機関としての責任をまっとうしたとは言えまい。

 いずれにせよ、この問題は、日韓間の懸案の一つだったのは間違いない。一刻も早く終止符を打ち、両政府は慰安婦問題など大きな課題の解決に全神経を注ぐべきである。

米ゼロ金利解除 「出口」迎えた異例の危機対応

 リーマン・ショックに端を発した未曽有の金融危機に、米国が空前の大規模緩和で対処する事態に終止符が打たれた。

 危機の震源地である米国が、金融政策を平時の状態に戻せるまで、経済再生を果たしたことを歓迎したい。

 米連邦準備制度理事会(FRB)が、9年半ぶりの利上げを決めた。政策金利の誘導目標を年0~0・25%から年0・25~0・50%に上げ、2008年末から続く事実上のゼロ金利政策を解除した。

 米国の景気拡大局面は6年強に及び、失業率は危機前の水準に戻った。雇用安定や緩やかな物価上昇も見込める以上、異例の金融緩和を打ち切るのは妥当である。

 危機後の世界経済は、日米欧の金融緩和で潤沢な資金が流入した新興国が牽引してきた。米国の利上げによって、この構図が大きく転換することに注意が必要だ。

 世界の投資資金が、金利上昇を期待できるドルでの運用に傾くのは確実である。新興国に流れていた「緩和マネー」が、大量に米国へ逆流する恐れが指摘される。

 新興国の通貨や株価が急落し、市場に深刻な動揺を招くリスクを十分警戒せねばなるまい。

 原油価格の下落も懸念材料だ。産油国の財政逼迫でオイルマネーが市場から引き揚げられている。緩和マネーの逆流が重なれば、混乱に拍車がかかりかねない。

 FRBの決定の直後、日米の株価が大幅に上昇するなど、市場は利上げをおおむね好感した。

 投資家の多くが事前にゼロ金利解除を織り込んでいたうえ、FRBのイエレン議長が、今後の利上げを緩やかなペースで進める考えを表明したのも奏功した。

 だが、金融緩和の「出口戦略」の今後に、油断は禁物である。

 FRBには、繊細な舵取りが求められる。「市場との対話」を慎重に重ねて、金融政策の方向性を市場関係者に徐々に浸透させることが欠かせない。

 新興国側も、過度な資金流出が起きないよう、投資先としての魅力を高める努力が大切になる。外資の参入を促す規制緩和など構造改革を加速してもらいたい。

 甘利経済再生相は、利上げの日本への影響について「中長期的にプラスだ」と強調した。円安・ドル高が進み、輸出にさらに勢いがつく効果が期待できよう。

 ただ、過度な円安が輸入物価を高騰させ、景気が悪化する危険性からも目が離せない。成長戦略を着実に実行し、内需主導の自律的な景気回復を急ぐべきである。

産経前支局長 無罪を対日駆け引きに使うな

 起訴したこと自体にそもそも無理があった。無罪は当然である。

 韓国の朴槿恵大統領に関するサイト記事で、名誉毀損罪に問われた産経新聞前ソウル支局長に、ソウル中央地裁は無罪を言い渡した。

 判決は、記事の一部は「虚偽」とする一方で、「大統領を誹謗する目的は認められない」ことを無罪理由に挙げた。記事を書いた主な目的については、「日本に韓国の政治、社会の状況を伝えるためだった」と指摘した。

 産経新聞のサイトに掲載された記事は、韓国紙「朝鮮日報」のコラムを引用したものだ。昨年4月に旅客船セウォル号が沈没した事故の当日、朴氏が男性と会っていたという噂があると報じた。

 前支局長が風評を安易に記事にした点は批判を免れない。ただし、朴氏は公人であり、記者会見などで不正確な報道に反論し、名誉を回復する手段を有している。

 検察が報道内容を理由に刑事訴追したのは、明らかに行き過ぎだった。大統領府の意向をくんだ政治的起訴だったと言えよう。

 無罪判決により、裁判所は、不適切な刑事訴追に対するチェック機能を果たしたことにはなろう。しかし、判決には、朴政権の政治的意図が色濃く反映されていることは間違いあるまい。

 裁判長が判決言い渡しの前に、韓国外交省から善処を要請された異例の文書を読み上げたのは、その証左だ。文書は「最近、日韓関係改善の兆しが見える」として、日本側への配慮を求めている。

 日韓の国交を正常化した基本条約の発効50周年を18日に迎えることも、背景にあるのだろう。刑事訴追に対する国際的な批判をかわす狙いもあったとみられる。

 前支局長の裁判は、日韓関係改善の障害の一つとなっていた。

 朴氏は先月、安倍首相と初めて会談し、慰安婦問題を早期に妥結する方針で一致した。判決後、外交省幹部は「両国関係改善の契機にしたい」との見解を示した。

 韓国には、無罪判決を慰安婦問題の前進につなげたい思惑があるのではないか。だが、外交上の駆け引きに、別の次元の司法判断を利用するのは筋が通らない。

 無罪判決は日本政府の意向に沿う結果ではある。外務省は前支局長の裁判に関して韓国に適切な対応を求めていた。安倍首相は「日韓関係に前向きな影響が出てくることを期待したい」と語った。

 慰安婦問題で安易な妥協をすることなく、日韓関係全般の改善を図ることが大切である。

2015年12月17日木曜日

「夫婦別姓」の議論に終止符を打つな

 夫婦別姓を認めない民法の規定は、憲法に反しない。最高裁大法廷がそんな判断を下した。だが15人中、女性3人を含む5人の裁判官が「違憲」判断を示しており、決して一枚岩の結論ではない。

 法制度がどうあるべきかは本来、裁判ではなく、国会で議論すべき課題だ。判決は一つの大きな節目ではあるが、終着点ではない。夫婦別姓の問題をどう考えるのか、議論を深めたい。

 焦点となったのは、民法750条の「夫婦は婚姻の際に夫または妻の氏を称する」という規定だ。

 最高裁判決は、夫婦同姓について「我が国の社会に定着してきたもので、家族の呼称を1つに定めることには合理性がある」などと指摘。姓を変えた女性が「アイデンティティーの喪失感などの不利益を受ける場合が多いことが推認できる」としたものの、「不利益は通称使用が広まることで一定程度は緩和される」などと述べた。

 ただ、この指摘には疑問が残る。例えば、女性の社会進出は急速に進んでいるが、通称と戸籍名の使い分けで苦労している女性は少なくない。通称使用を認めていない職場もある。

 結婚の際に姓を変えているのは、ほとんどが女性だ。違憲とした裁判官からは「通称使用で不都合が一定程度緩和されているからといって、別姓を全く認めないことに合理性は認められない」などの意見が出た。

 女性が姓を変える背景には、社会的、経済的な立場の弱さや事実上の圧力などがあるという。女性が置かれた現状への目配りが利いた指摘であり、説得力がある。制度と現状のはざまで悩む人をそのままにしていいのだろうか。

 どのような制度が必要かは、時代によって変わっていく。最高裁はこの日、女性の再婚禁止期間を6カ月とする規定について、「100日を超える期間は違憲」とする初判断を示した。社会の変化に伴い違憲になったという。

 法務省の法制審議会は1996年、この規定の見直しや、選択的夫婦別姓制度の導入を答申していた。大事なのは、違憲判決が出るまで待つのではなく、制度を不断に見直していくことだ。

 最高裁判決は姓を巡る制度について「国会で論ぜられ判断されるべき事柄だ」と述べた。選択的夫婦別姓に「合理性がないと断ずるものではない」ともしている。議論に終止符を打ってはならない。

「民主主義のコメ」として

 2017年度からの消費税率引き上げ時の軽減税率導入で、宅配の新聞が適用の対象となった。単に税にとどまらず、広く民主主義のあり方にも絡むテーマとしてとらえたい。

 この問題をかんがえるとき参考になるリポートがある。日本新聞協会の諮問を受けた法学者らによる「新聞の公共性に関する研究会」(座長・戸松秀典学習院大名誉教授)が13年9月にまとめた「新聞への消費税軽減税率適用に関する意見書」がそれだ。

 「新聞は誇るべき日本の文化である」「新聞は日本全土のいたるところでサービスを受けられるようになっており、このユニバーサル・サービスこそが日本の民主主義の支柱であり、基盤である」と新聞への軽減税率の適用を是認した内容である。

 「民主主義のコメ」としての新聞の位置づけだ。これは決して特別なことではない。欧米先進国で新聞に減免制度が導入されているのをみれば分かる通りである。

 背景にあるのは、民主主義が成り立つために言論・出版の自由が保証されていなければならないという考え方だ。前提になるのは思想の自由市場論である。多様な言論が繰りひろげられることを通じて、真理や誤りがおのずとえり分けられていき、合理的な結論に達するというものだ。

 そのためには新聞は綿密な取材による真実の探求を通じて、政府や企業などの統治に鋭く目を光らせ、権力をチェックする役割を果たす必要がある。

 民主主義の一翼を担うジャーナリズムとして存在するのが何より大事になることを、その仕事に携わる言論人は肝に銘じなければならない。

 ただ書籍・雑誌は有害図書排除の仕組みをどうつくるかなども考慮しつつ「引き続き検討する」にとどまった。活字文化を守り、知識への課税を最小限にとどめていくという視点も忘れてはなるまい。これは何も紙のメディアだけに限られたものではないだろう。

「夫婦同姓」の最高裁判決 時代に合った民法を

 婚姻や家族のあり方は時代とともに変わるものである。国の制度は現実に合っているか。個人を尊ぶ社会を築くためには、不断の見直しが欠かせない。

 明治時代から続く民法の二つの規定をめぐり、最高裁がきのう判決を出した。問われたのは、憲法が定める「個人の尊重」と「両性の平等」に合うかどうかである。

 結婚すると夫婦どちらかの姓を選ばなければならないとする750条について、合理性を認め、合憲とした。

 男女の役割などが多様化し、家族像が大きく変化しているなか、この判決は時代に逆行する判断と言わざるを得ない。夫婦別姓を認めないことで、多くの不平等が生まれている現実を直視しているのか疑問である。

 一方、女性だけに離婚後6カ月は再婚できないと定める733条がある。これについては、100日を超える部分が男女平等に反し、違憲だとした。

 いずれの規定も1898(明治31)年施行の明治民法で定められた。戦後、基本的人権の尊重をうたった日本国憲法の下で新しい民法ができたが、二つの規定はそのまま残り、120年近く続いてきた。

 再婚禁止規定は、生まれてくる子どもの父親が誰かという混乱を防ぐためにつくられた。しかし、医学が発達し、DNA型鑑定で親子関係がわかる時代を迎え、女性にだけ再婚禁止を課す根拠は揺らいでいた。

 やっと禁止期間を短くすることは、司法による一定のチェック機能が働いたといえるが、それでも、今の時代に規定自体が必要なのかとの議論も残る。

 新たな時代の民法はどうあるべきか、国会は真剣に論議を進めるべきである。

 ■憲法の番人の役割は

 夫婦同姓を定める規定については5人の裁判官が、両性の平等などを定めた憲法24条に反すると述べた。3人の女性裁判官は、夫婦の96%が夫の姓を名乗るという不平等が起きている現実を踏まえ、「夫婦が別の氏を称することを認めない点で合理性を欠く」と指摘している。

 「通称使用で不都合が一定緩和されている」などという理由で合理性を認めた多数意見は、およそ説得力に欠ける。

 結婚後も夫婦が望めば別々の姓を選べる。そんな制度を盛った改正案を法制審議会がまとめたのは1996年のことだ。

 しかし、「家族の崩壊につながる」などと保守系議員らが反対し、20年近くたっても実現の見通しは立っていない。

 「結婚後も同じ姓で生き、同じ姓で死にたい」。そんな思いを抱えながら、苦しんできた人たちが、司法に救済の場を求めたのが今回の裁判である。

 選挙で選ばれた代表でつくる国会が法改正を実現するのが民主主義の筋道ではある。しかし、一人ひとりの人権を多数決で奪うことはできない。

 立法という民主的な政治過程を通じた解決が困難なとき、救済の手をさしのべるのが「憲法の番人」の役割であるはずだ。

 ■国際的な流れをみよ

 夫婦同姓の規定を最高裁が合憲としたことは、法改正に動かない政治への免罪符にはならない。別姓を選べる制度に合理性がないとしたわけではない。

 判決は「選択的夫婦別姓のような制度のあり方は国会で論ぜられ、判断されるべきことだ」と述べている。この言葉を国会議員一人ひとりが、党派を超えて真剣に受け止めるべきだ。

 国際社会の見る目は厳しい。日本政府は85年に国連の女性差別撤廃条約を批准したが、国連女性差別撤廃委員会から改正するよう勧告を受けてきた。

 海外では、夫婦同姓を法律で義務づけている国はほとんどない。タイではかつて「結婚した女性は夫の姓を使う」と法律で定めていたが、憲法裁判所の違憲判断を機に05年に選択的夫婦別姓が導入されている。

 国際的な流れをみても法改正に向けた議論を始めるときだ。

 朝日新聞社の11月の世論調査では、選択的夫婦別姓に賛成は52%で、反対の34%を上回り、20~50代のどの年代でも6割前後が賛成だった。若い世代になるほど抵抗感が少ない。

 ■女性に強いられる壁

 女性の社会進出は進み、家族の形は多様化した。結婚したカップルの3組のうち1組が離婚する時代。男性が働き、女性が家事をするという家族モデルが時代に合わなくなって久しい。

 ところが、姓を変えずに事実婚を選んだ人たちが様々な壁で苦労している。配偶者として相続人になれず、子どもが生まれても共同で親権を持つことができない。そんな女性たちの不利益をこれからも政治が放置し続けることは重大な怠慢である。

 家族をめぐっては、無戸籍児など民法の規定が想定していなかった様々な問題が生じている。親や子どもが生きやすい社会にするには、民法をどう見直していくべきか。今回の判決を機に議論を深めていきたい。

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