2016年1月31日日曜日

戦争を忘れずに次の世代へ

 天皇・皇后両陛下が5日間にわたるフィリピン訪問を終え、帰国された。国交正常化60周年を記念する公式行事に出席したほか、太平洋戦争の日本とフィリピン双方の戦没者らも慰霊された。元日本兵や遺族ともお会いになり、過酷な体験をねぎらわれた。

 今回の訪問には2005年のサイパン、昨年のパラオと同様に「戦争という悲惨な歴史を決して忘れてはならない」という両陛下の強い思いがこめられている。その思いを私たちも共有したい。

 フィリピンは先の戦争で日米両軍が陸海空で激しく戦火を交える舞台となって、日本人51万8千人に加え、フィリピン人111万人が犠牲になった。

 天皇陛下は出発前のお言葉で、戦争末期にマニラでの市街戦で多くの罪なき市民が亡くなったことに触れて「私どもはこのことを常に心に置き、このたびの訪問を果たしていきたいと思っています」と述べられた。兵士のみならず、住民を無差別に巻き込む戦争の悲惨な断面に、改めて思いを致さねばならない。

 訪問中、両陛下は、戦中から戦後にかけて、さまざまな苦難を重ねた日系人やその家族らとも懇談し、来し方を慰労された。戦争で多くの辛酸をなめ、現在は現地の社会に定着し、草の根で日比の友好を担っている人たちである。両陛下の平和を願うお気持ちが伝わってくる。

 戦中に育った天皇陛下は、ここ数年、さまざまな場で、戦争の記憶が薄れつつあることを心配し、歴史に学ぶことの重要さを繰り返し述べられている。戦争や戦没者のことを、世代を継いで、人々に正しく伝えることの大切さにも言及されている。

 戦後70年を過ぎ、戦争を体験した人々の高齢化は進み、風化は著しい。今回の両陛下のフィリピンご訪問を機に、今日の日本が、先の戦争の痛ましい犠牲のうえに築かれていることを改めて学び、次の世代へと伝える努力を惜しまぬようつとめたい。

まずは年金資金の運用体制改革が必要だ

 公的年金の資金を運用している年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)に、株式への直接投資を認めるかどうかが議論になっている。GPIF側は運用効率を高めるために必要との考えだが、国による企業支配につながりかねないとの反対意見が根強い。

 私たちはかねて、高い収益が見込めるかわりに損失の可能性も高まる株式投資を増やすのであれば、それにふさわしい責任ある形にGPIFの組織や運用体制を改革すべきだと主張してきた。

 株式への直接投資を検討するに当たっても、まずは体制整備が必要だ。そのうえで、国家権力が企業経営に影響を及ぼさない方法を十分に議論してほしい。

 130兆円にも及ぶ公的年金の積立金に関しては、2013年にまとまった有識者会議の提言に基づき、国内債券中心の運用を見直し国内外の株式の比率を高めることが決まった。ただし、現在は株式運用を外部の金融機関に委託して実施している。

 GPIFは直接投資をすることによって、委託手数料を減らすことができ、より機動的な運用も可能になると説明する。

 一方で株式を売買する際や、議決権を行使するときに、政府の考えや政治的な思惑による介入があるのではとの疑念がぬぐえない。経済界もこの点が最大の問題ととらえている。

 有識者会議は運用の見直しと同時に、GPIFの組織改革も提言していた。現在は運用に関する権限が理事長に集中している。これでは不安もあるため、金融の専門家などを集めた経営委員会による合議制を基本とするように求めた。運用見直しはすでに実現したのだから、もう一つの柱である組織改革を急ぐべきだ。

 体制が整い、株式への直接投資を検討するに当たっては、徹底した情報開示と説明責任が求められる。どの会社にどれだけ投資し、議決権はどのような方針に基づきどう行使したのかなど、つまびらかにする必要があるだろう。

 GPIFの巨額の年金マネーは株式市場で「クジラ」とも呼ばれる。その動向が株価に大きな影響を与えるからだ。クジラを巡るさまざまな臆測だけで株式相場が動くこともある。

 直接投資を実施すれば、市場に与える影響はさらに大きくなりかねない。それだけに一層の透明性が不可欠だ。

川内原発 安全と信頼が揺らぐ

 九州電力が川内(せんだい)原発(鹿児島県)で新設を計画していた重大事故時の対応拠点「免震重要棟」を巡り、原子力規制委員会との間できしみを生じている。

 発端は、川内原発の再稼働前から九電が示していた新設計画を、再稼働後の昨年12月に撤回すると規制委に申請したことだ。これに対し、規制委は撤回申請の出し直しを求めている。

 免震棟は、原発の安全にかかわる大きな要素だ。その計画がなぜ、再稼働後になって撤回されるのか。地元の市民団体が「信義則違反」と反発するのは当然であり、九電に対する信頼を自ら損ねるものと言わざるをえない。規制委の対応はうなずける。

 川内原発は、規制委の新規制基準に基づく審査に全国で初めて適合し、昨年8月から再稼働している。免震棟は福島第一原発事故で現場の拠点となり、有効性が実証された。揺れても壊れない耐震とは異なり、揺れ自体を抑えるのが免震だ。

 再稼働に先立つ審査で、九電は今年3月末までに3階建ての免震棟を建て、その中に約620平方メートルの「緊急時対策所」を設けると説明。それまでの間は約4分の1の広さで耐震構造の「代替緊急時対策所」で機能を果たすとしていた。

 だが、九電は今回、代替対策所で新基準を満たしていると主張。免震棟建設をやめ、現行施設を継続して使う代わり、隣に耐震の支援棟を設ける計画だ。免震棟に収容することになっていた宿泊室などの副次的機能は、支援棟に入れるという。

 「より早期に建設できて安全性が向上する」と説明するが支援棟建設の時期は示さず、規制委に「安全性向上の根拠が示されていない」と指摘された。

 確かに、新規制基準は、免震かどうかといった構造によって定めているわけではない。情報収集や指揮命令、外部との通信などが維持されるかどうか、機能に着目している。

 それでも、九電はなぜ審査段階でそうした計画を示さなかったのか、という疑問が残る。そもそも基準は安全確保の最低ラインに過ぎない。電力会社には基準を超え、より安全な対策を講じる姿勢が求められている。

 九電は玄海原発(佐賀県)での免震棟建設も「現時点で白紙」としている。今回の計画変更の行方は、他の原発審査や他の電力会社の安全への取り組みにも大きな影響を及ぼす。

 規制委は、九電の安全確保への姿勢を見極めてほしい。電力会社の安全文化を監視するのも規制委の責務である。

税収増の使途 議論自体がおかしい

 税収が見込みより増えた分をどう使うか。そんな議論が熱を帯びてきた。

 政府はこれまで「上ぶれ分」と呼んできたが、どうやら「底上げ」と称するようだ。表現はともかく、深刻な財政難を考えれば、どこかを起点に税収の増加分を取り出して使途を議論すること自体がずれており、財政状況への認識が甘すぎる。

 16年度予算案で見込んだ国・地方の税収は100兆円に迫り、民主党政権が最後に編成した12年度当初予算と比べて13兆円増える(消費増税分を除く)。安倍政権はそう強調するが、16年度も国の財源不足を補うために新規国債を34兆円余も発行することを忘れたのか。

 ドイツのように新規国債の発行がゼロになったのなら、前年度からの税収の増加分について「新たな事業に充てるか、借金減らしに回すか」を議論するのはわかる。日本の現状はそのはるか手前で、過去に発行した国債の元利払い費を切り離して考える「基礎的財政収支」の黒字化すら見通せない状況だ。

 税収は景気に左右され、見通しから増えも減りもする。上ぶれ分は安定財源になり得ないのに、その使い道などという議論が起きたのは、夏の参院選を意識する政府・与党が税制改革と予算編成の両面で基本を逸脱したことが直接の原因だろう。

 ひとつは、消費税率の10%への引き上げに伴う軽減税率の導入だ。低所得者ほど消費税の負担が重くなる「逆進性」対策を理由に、高所得者まで恩恵を受ける軽減税率を1兆円規模で導入することを決めた。それで計算が狂う社会保障財源の穴埋め策の一つとして、6千億円を税収増に頼ろうとする安易な発想である。

 もう一つは、今年度の補正予算に盛り込んだ「1億総活躍」関連事業の予算を今後どう確保していくかという課題だ。

 出産・子育て支援などの事業は重要で、継続すべき政策だ。ならば一時的な対応が趣旨の補正予算ではなく、当初予算で向き合うべきだ。参院選までに国民に恩恵を届けようと、国会で真っ先に審議・成立させる道筋がついていた補正予算にとびついたとの批判に、政権は反論できるだろうか。

 経済を活性化し、税収を増やす努力は不可欠だ。一方で、税収が増えても手綱を緩めない。予算の全体像を見すえつつ必要な施策を絞り込み、国債発行という将来世代へのつけ回しを少しでも減らしていく。

 それ以外に、財政を再建する道はない。

天皇陛下比訪問 友好親善深めた「慰霊の旅」

 先の大戦の記憶を深く胸に刻み、戦没者の慰霊を続ける天皇陛下の強い思いを体現したご訪問だったと言えるだろう。

 国交正常化60周年を記念してフィリピンを公式訪問した天皇、皇后両陛下は5日間の日程を終え、帰国された。

 両陛下の海外での戦没者慰霊は2005年のサイパン、昨年のパラオに続いて3度目だった。

 日米の激戦地となったフィリピンでの日本人犠牲者は、約52万人に上る。多数のフィリピン人も戦闘に巻き込まれ、約111万人が死亡した。

 今回、印象深かったのは、マニラに近いカリラヤにある日本政府建立の「比島戦没者の碑」を初めて訪問されたことだ。日本から持参した白い菊を供花された。

 両陛下は、元日本兵や遺族ら一人ひとりに「体に気をつけて下さいね」などと、言葉をかけられた。関係者の感慨は、ひとしおだったのではないか。

 両陛下は、皇太子時代の1962年にもフィリピンを訪問されている。強い反日感情が残る中、ご夫妻はフィリピン人犠牲者の遺族と対面し、戦争孤児の施設を訪ねられた。その姿に、日本への厳しい視線も和らいだとされる。

 73年、カリラヤに日本人戦没者の碑が建てられた。そこでの慰霊は、両陛下の念願だったろう。

 両陛下は国立英雄墓地も訪ね、慰霊碑の前で黙とうされた。アキノ大統領主催の晩餐会のスピーチで、天皇陛下は、多くのフィリピン人が犠牲になったことに触れ、「日本人が決して忘れてはならないこと」と述べられた。

 過去と真摯しんしに向き合う陛下の姿は、フィリピンの人々の心に、強く焼き付けられたに違いない。

 アキノ大統領は、「貴国は堅実で有能かつ信頼できるパートナーとして、今日まで、わが国の発展を後押しして下さった」と感謝の意を表した。

 今回のフィリピンご訪問は、昨年6月に国賓として来日したアキノ大統領が招請したものだ。大統領は、86年に母親のコラソン・アキノ大統領に同行して来日して以来、両陛下と交流がある。

 今年6月、アキノ大統領は任期を終えて退任する。最後の年が国交正常化60周年と重なった。

 フィリピンは、最も親日的な国の一つとされる。経済分野などで、アジアにおける日本の重要なパートナーでもある。

 今回の両陛下のご訪問を、両国の友好親善をより確かなものにしていく契機としたい。

民主党大会 野党結集を前に進められるか

 夏の参院選で、自民党の明確な対抗軸を作れるか。正念場となろう。

 民主党が、東京都内で党大会を開いた。

 岡田代表はあいさつで維新の党との新党結成について、「選択肢として排除されていない。私にお任せいただきたい」と述べた。維新の松野代表と協議し、3月末までに結論を出すという。

 2016年度活動方針も、「衆参同日選も視野に、大きな力の結集を図る」と明記し、野党勢力の結集を呼びかけた。

 だが、こうした掛け声と裏腹に、党内の足並みはそろわない。

 細野政調会長ら保守系は、「負のイメージ」を一新できるとして、新党に積極的だ。一方、労働組合系などは、地方組織の混乱を懸念し、慎重論が強い。岡田氏は難しい判断を迫られよう。

 新党結成は、理念の共有や基本政策の一致が前提となる。両党は政策協議を重ねているが、主要政策を巡る溝は埋まっていない。

 憲法改正や集団的自衛権行使の限定容認について、維新の党は基本的に前向きだが、民主党内には賛否両論がある。

 民主党政権が決めた消費税率の10%への引き上げについては、維新の党では反対論が根強い。

 環太平洋経済連携協定(TPP)の大筋合意を維新の党が評価するのに対し、民主党は批判的だ。

 対立点が残ったままの合流は、「野合」批判を免れまい。

 岡田氏は、参院選について「安倍政治の暴走を止め、政権交代をする足がかりの選挙にしなければならない」と訴えた。党綱領に掲げる「共生社会」の具体像を夏までにまとめるという。

 安倍政権との違いを強調するだけでなく、実効性のある現実的な政策にすることが大切だろう。

 参院選での候補者調整など、野党協力も重要な課題である。

 「1人区」で自民党と戦うには、野党候補の一本化が有効だ。ただ、民主党内では「保守票が逃げる」として共産党との協力に否定的な声が強い。岡田氏は協力を限定的にし、共産党の自主的な候補取り下げに期待する方向とされる。

 各党が様々な選挙区事情を抱える中、どんな協力関係を構築するか、民主党の力量が問われる。

 参院選では、ベテランの輿石東参院副議長、江田五月・元参院議長、北沢俊美・元防衛相らが立候補せず、引退すると表明した。

 世代交代は両刃の剣だ。新たな党の姿を示し、党勢を回復できるか。それとも議席減少が続くか。民主党の将来を左右しよう。

2016年1月30日土曜日

日銀頼みにせず市場安定へ協議を

 日銀がマイナス金利の導入を決めた。黒田東彦総裁の下で進めてきた異次元の量的・質的金融緩和は、マイナス金利という政策手段を加えて「マイナス金利付き量的・質的金融緩和」という未踏の領域に入る。

 日本経済が再び物価の持続的な下落であるデフレ局面に戻る事態は避けなければならない。そのための日銀の対応は理解できる。

■政府も改革で応えよ

 しかし、日銀の金融緩和だけで経済を持続的に改善させるのは難しい。政府は成長戦略を加速するとともに、経済の下押し要因となっている金融市場の安定に向け、20カ国・地域(G20)での政策協調の議論を促すべきだ。

 世界の金融市場は、株価が乱高下を繰り返すなど神経質な動きが続いていた。中国など新興国経済の減速も背景に原油価格は大きく下げ、消費者物価の上昇率はゼロ近辺で推移している。

 そうした中で、日銀は2%の消費者物価上昇率を達成する時期を2016年度後半ごろから、17年度前半ごろに先送りした。

 企業や個人の間でそれほど物価が上がらないとの予想が広がれば、実際の物価も伸び悩むおそれがあった。日銀が先手を打ったのは、春季労使交渉での賃上げを後押しする狙いもあろう。

 異例のマイナス金利は、金融機関が日銀に預け入れている当座預金の一部が対象になる。2月半ばから適用する金利はマイナス0.1%で、日銀は必要に応じてさらに引き下げるという。

 日銀はこれまで通り、長期国債の保有残高を年間で約80兆円増やすペースで資金供給を続ける。期間の短い金利をマイナスにすることで金利全体を押し下げ、物価や景気を押し上げる方針だ。

 一方で、金融機関はマイナス金利という形で事実上の手数料を日銀に払わなければならない。

 マイナス金利はすでに欧州中央銀行(ECB)やスウェーデン、スイスなどで導入されている。域内金融機関の融資を後押しする効果も期待されているが、融資が比較的底堅く伸びている日本でどこまで機能するかは未知数だ。

 金融政策決定会合で政策委員9人のうち4人が反対に回ったのは、その決定の難しさを示している。日銀は金融システム全般への目配りを怠らずに、弾力的に政策を運営してほしい。

 2回にわたる異次元緩和の下で日銀は国債を大量に買い入れ、いまや国債残高全体の3割超を保有している。マイナス金利の導入は資金供給の「量」を増やす政策に限界がある面も示したといえる。

 東京市場ではひとまず株高・円安が進み、長期金利は一時0.1%を下回った。しかし、0%台に低迷している日本経済の潜在成長率を金融政策で上げることはできない。アベノミクスで金融緩和ばかり目立つ状況は好ましくない。

 政府は法人実効税率を着実に引き下げつつ、労働や農業分野などの岩盤規制の改革の手綱を緩めてはならない。内容に問題は残るものの、15年度補正予算を速やかに執行して景気を下支えすることも忘れてはならない。

 世界規模での政策協調も急ぐときだ。ECBのドラギ総裁は追加の金融緩和を示唆している。米連邦準備理事会(FRB)も世界経済や金融市場の動向を注視する姿勢を示し、ゆっくりと利上げを進める方針を強調している。

■G20で政策協調探れ

 日銀によるマイナス金利導入は、金融政策の面から世界経済を下支えする主要中央銀行の対応の一環ととらえることもできる。

 世界的な金融市場の安定に向けた今後のカギは、世界第2位の経済大国となった中国を巻き込むことだ。G20レベルでのグローバルな協調体制づくりにむけた協議が必要となる。

 市場混乱の震源地である中国は、マクロ経済政策のジレンマを抱える。市場との対話がうまくいかず、株安や資金流出を招いた。

 ただ、当局が人民元安を放置すれば資金流出がさらに加速してしまう。一方で人民元安を是正しようと人民元買い介入を続ければ、市場からお金を吸収してしまい金融緩和の効果をそいでしまう。

 市場は不確実性を嫌う。まずは中国当局が今後の資本取引の自由化、人民元の国際化に向けた行程表を示し、G20として必要な支援をしていく方向性を打ち出してはどうか。もちろん国有企業改革なども急いでほしい。

 中国はG20の議長国、日本は主要7カ国(G7)の議長国だ。日中両国には世界経済の安定に向け緊密に協議する責務がある。

マイナス金利 効果ある政策なのか

 日本銀行が初めて「マイナス金利政策」の導入を決めた。きのう日銀が発表すると、株式市場や外国為替市場に大きな驚きが広がった。

 日経平均株価はいったん大きく上昇し、すぐに前日の終値水準を割るまで下落。そして再び上昇。激しく乱高下する展開となった。

 マイナス金利政策とは、民間銀行が日銀の当座預金に預けたお金に支払う金利をマイナスにすること。金利はふつうプラスだが、マイナスにすると、預けた銀行側が日銀に金利を払うことになる。いわば口座の管理手数料のようなものだ。

 導入するのは、銀行が日銀の当座預金に滞留させているお金を、企業への貸し出しに回すように促すためだ。

 しかし、いま歴史的な超低金利のもとでも銀行が貸し出しを大きく増やさないのは、企業の資金需要が乏しいからである。その根本的な問題がマイナス金利の導入によって解消するわけではない。

 また、この手法は銀行が金利コストを預金者に転嫁し、預金金利までマイナスにしてしまう可能性がある。

 こうした問題があるため導入は難しいとみられてきた政策なのだが、金融緩和手法の手詰まりが課題となっていた欧州中央銀行が2年前に採用。これまでの運用では大きな混乱がなかったことから、日銀も採用を決めた。

 とはいえ欧州中銀をはるかに上回る規模で量的緩和をしている日銀では、当座預金残高が250兆円と大きい。マイナス金利の影響をはかりかねる面もある。

 このため、きのうの日銀の金融政策決定会合では新政策導入の賛否が9人の審議委員で5対4の僅差(きんさ)だった。こうした経緯から、実体経済に効果を発揮する政策手段はもはや限られ、効果がはっきりしない政策に頼らざるをえなくなっている日銀の苦しい事情が見える。

 黒田東彦総裁は記者会見で「2%物価目標の実現のためなら必要なことは何でもやる」と改めて強調した。とはいえ国民の期待に働きかけるこの手法を延々と続けていていいのか。

 今回、中国をはじめとする新興国経済の減速や原油価格の下落など、世界経済の不安定さに対応して日銀は新政策を導入した。ただ、内外経済が不安定になるたびに、新たなサプライズを市場に与える今のやり方がいつまでも続けられるとは思えない。その手法はいよいよ限界にきている。

大学入試改革 見切り発車は混乱招く

 改革全体の設計図を改めて見直すべきではないか。

 大学入試センター試験の代わりとして、文科省が2020年度の導入を検討している新テストの中身が迷走している。

 昨秋、最初の4年とそれ以降を分け、4年間に方法や体制を詰める方針が打ち出された。

 さらに年末、新たに採り入れる記述式について採点に手間がかかるからと、マークシート方式から切り離して前倒しする検討が始まった。

 そして今度は、マークシート方式を複数回にする年度を先送りする案である。

 記述式に加え、マークシート方式を複数回行えば、高校教育が受験づけになりかねない。

 文科省の考えは、主体的な思考、判断力や表現力を見る記述式を優先させようというものだ。改革により知識の量だけでなく、考える力を試す。理念の方向性は理解できるが、それを実現させるのは容易ではない。

 入試が教育に与える影響は、はかりしれない。高校や大学、何より受験生を振り回すことは許されない。相次ぐ方針の変更で現実路線にかじを切る文科省の判断は遅きに失した。

 なぜここまで迷走したかを省みてほしい。あまりにも教育現場の現実を置き去りにした論議に走りすぎたのではないか。

 出発点にさかのぼる。新テストの構想は13年秋、政府の教育再生実行会議の提言から始まった。一発勝負で1点刻みの試験を改め、複数回にし、点数の段階別表示をめざした。

 ところが、文科相の諮問機関である中央教育審議会にバトンが渡されると、改革はさらに先鋭化する。

 もっと思考力や表現力を問いたいと、記述式が盛り込まれた。この段階で実現可能性が十分検討されたとは言いがたい。

 50万人を超す受験生の回答をどんな基準で評価するのか。作問や実施の負担をどうするか。そんな吟味は先送りされた。

 新テストに理想を求めるあまり、大学の個別試験とどう役割分担するかの議論も中途半端だった。そもそもセンター試験のどこが欠陥かという具体的な分析も十分ではなかった。

 そんな生煮えの議論のまま押し通そうとしたことが、混乱を生んでいるのではないか。

 文科省は改革の姿勢自体を見直すべきだ。高校や大学の抱える現実に照らし、じっくり、多角的に議論してもらいたい。

 文科省の有識者会議は3月末までに報告をまとめる。つぎはぎの見直しで見切り発車し、混乱を招いてはならない。

日銀追加緩和 脱デフレの決意示す負の金利

 物価目標を達成し、デフレ脱却を確実にする強い決意の表れだろう。

 日銀が、異例の「マイナス金利」を導入する追加金融緩和策を決めた。日銀の当座預金口座に民間銀行が預けた一定以上のお金の金利をマイナス0・1%に引き下げ、0・1%の「手数料」を徴収する。

 日銀の黒田東彦総裁は記者会見で、「必要なことは何でもすると示すことで、デフレマインドを転換する」と強調した。日経平均株価は500円近く上昇し、市場はサプライズ決定を好感した。

 国際金融市場が年初から大混乱に陥り、世界経済の先行き不安が強まる中、日銀が機動的な対応を取ったことは評価できる。

 マイナス金利には、民間金融機関に、より積極的な融資を促し、企業の設備投資などを活性化する狙いがある。欧州中央銀行(ECB)なども導入済みの政策だ。

 ただ、その効果は限定的だとする見方もある。巨額の内部留保を抱える大企業は、資金不足で投資を控えているわけではない。

 日銀に「手数料」を払う金融機関の収益圧迫も心配される。決定が僅差の表決となったのも、こうした疑念があったためだろう。

 だが、金利水準が全体的に下がれば、リスクをとっても利益を得たい投資家の動きが活発となり、円高の防止や株価を押し上げることが期待できるのではないか。

 中小企業やベンチャー企業は、資金調達が円滑になり、新事業への投資拡大などが望めよう。

 無論、金融政策だけではデフレ脱却の達成はおぼつかない。日銀が景気を下支えしている間に、政府は成長戦略を充実させるとともに、実行を急ぐべきだ。

 市場の動揺を鎮めるには、各国中央銀行の行動が重みを持つ。

 新興国経済の行方が不安視されている。とりわけ日米欧の金融当局は、先進国が世界経済を牽引する必要性を自覚し、市場との対話に万全を期さねばなるまい。政策面での連携強化が欠かせない。

 ECBのドラギ総裁は先週、3月の追加緩和を示唆した。日銀のマイナス金利導入は、これに連動した政策協調の一環だろう。

 気がかりなのは、米連邦準備制度理事会(FRB)の姿勢だ。

 FRBは、3月の連邦公開市場委員会(FOMC)で追加利上げを行う可能性を否定していない。どんな利上げペースを目指しているのかは不透明なままだ。

 世界経済や市場に与える副作用も考慮し、利上げの時機を慎重に見定めてもらいたい。

高浜原発再稼働 電力の安定供給と負担軽減を

 首都圏に次ぐ規模の関西経済圏で、電力の供給体制が増強される意義は大きい。

 関西電力高浜原子力発電所3号機(福井県)が再稼働した。2月下旬には4号機も動き始める。

 両機の合計出力は、ピークとなる夏場で、関電管内の電力需要の約7%を占める。

 再稼働により月100億円の収支改善を見込む関電は、4月にも電気料金を引き下げることを検討している。家計と企業の負担軽減に確実につなげてもらいたい。

 高浜原発は、ウラン・プルトニウム混合酸化物(MOX)燃料によるプルサーマル発電も行う。使用済み核燃料から取り出したプルトニウムが原料だ。

 資源の有効活用と放射性廃棄物の減容化につながる核燃料サイクルの進展につながろう。

 高浜原発は、福島第一原発事故で厳格化された原子力規制委員会の新基準に対応している。九州電力川内原発1、2号機に続いて、事故後の再稼働となった。

 想定される津波の高さを2・9倍に引き上げるなど、従来より大規模な自然災害を考慮して、安全対策を補強した。

 万一の事故時に原子炉を冷却するための非常用発電機を増設した。火災に備えて、ケーブルの耐火性の強化といった対策も講じた。重大事故の危険性は大幅に下がったと言えよう。

 ただ、4年間にわたる長期停止後の再稼働だ。運転には、細心の注意が必要である。

 周辺自治体の避難計画を不断に見直すことも重要だ。計画の策定が義務付けられる半径30キロ圏には、原発が立地する福井県以外に、京都府、滋賀県が含まれ、計約18万人が暮らしている。

 避難時の道路の渋滞対策やバスの確保、受け入れ先の自治体の体制整備などを進めねばならない。住民が参加する実践的な訓練を実施することも大切だろう。

 今後、再稼働が見込まれるのは、四国電力伊方原発3号機だ。規制委の安全審査に「合格」し、地元自治体も再稼働に同意している。九電玄海原発3、4号機の審査も大詰めを迎えている。

 だが、その他の原発は、規制委の審査が滞り、再稼働のめどが立っていない。電力の安定供給にはさらなる再稼働が欠かせない。

 大規模停電が起きていないのは、老朽火力発電所をフル稼働させて、しのいでいるためだ。綱渡りの状況を脱するため、規制委には迅速な審査が求められる。

2016年1月29日金曜日

東芝旧役員の責任を問う意味

 東芝が会計不祥事を巡り旧役員5人を相手取り損害賠償を求めた訴訟で、請求額を当初の3億円から32億円に増やすと裁判所に申し立てた。旧役員側は以前から、賠償請求の棄却を求めて争う姿勢を示している。賠償責任の有無や金額などは司法の判断の行方を見守りたい。

 虚偽記載を巡っては東芝がすでに約73億円の課徴金を納付した。会計監査で利益の水増しを見抜けなかった新日本監査法人も約21億円の課徴金納付命令などを受けている。旧役員の法的な責任問題が本格的に問われる意味は大きい。法廷で明らかになる事実などを踏まえて、会計不祥事の再発防止につなげていきたい。

 同時に、決算書の虚偽記載が巨額の賠償請求訴訟に発展しているのを機に、特に上場会社の経営トップらは、正しい決算書を開示する責任がまず経営者にあることを改めて自覚し、社内のリスク管理体制を再点検すべきだ。

 資本市場では日々、会社が公表した財務情報をよりどころに、さまざまな投資家が株式や債券を売買する。決算書の虚偽記載は市場の根幹を揺るがし、日本の市場全体への信頼を傷つけかねない。

 取締役会が果たすべき役割も大切だ。経営者が正確な財務情報を開示するよう監督するのが取締役会だ。なかでも、会社から独立した外部の目で厳しく経営を監督する社外取締役への期待は大きい。

 政府が成長戦略の一環で企業統治(コーポレートガバナンス)の強化を掲げ、多くの上場会社が社外取締役の起用に動いた。当初は「攻めのガバナンス」というスローガンのもと、積極的な成長戦略に転換するよう経営者を促す役割が社外取締役に求められた。

 しかし、正しい財務情報がなければ攻めの経営がままならないことは、虚偽記載をした東芝が大きなリストラを迫られている現状をみても明らかだ。上場会社は一段の成長のためにも、会計不祥事を防ぐ「守りのガバナンス」をいま一度、見直してほしい。

疑惑晴らせぬ経財相の辞任は当然だ

 甘利明経済財政・再生相が辞任した。政治とカネを巡る疑惑が完全に払拭されない以上、辞めるのは当然である。閣僚辞任は安倍晋三首相が2012年に政権復帰して以降、4人目だが、政権の中核だった甘利氏の辞任の打撃はこれまでの比ではない。

 世界経済の先行きが不透明なさなか、アベノミクスの司令塔である経財相の役割は極めて大きい。後任の石原伸晃氏はよほどの覚悟で臨まねばならない。閣僚交代が日本経済のブレーキにならないようにしてもらいたい。

 記者会見した甘利氏は週刊文春が報じた建設会社からの資金提供などを大筋で認めた。ただ、あくまでも政治資金として受け取り、口利き依頼があったことは知らなかったと強調した。

 自身の現金授受に関して「スーツの内ポケットにしまった」との週刊文春の記述を「人間として品格が疑われる行為。するはずがない」と否定する場面もあった。

 重要なのは内ポケットかどうかではない。口利き依頼を本当に知らなかったのか。資金提供の狙いは何か。それらが知りたい。

 甘利氏は衆院議員としての政治活動は続行する意向だ。とすれば閣僚辞任で一件落着ではない。さらなる調査を急ぎ、全容を明らかにしなければ政治家として説明責任を果たしたことにならない。

 会見で追加調査の公表は「しかるべきとき」にすると述べた。うやむやにしてはならない。その期限を明確にすべきだ。

 辞任の理由は「国会審議に支障を来しかねない」と説明した。閣僚辞任時によく聞くセリフだが、自分は悪くない、とのニュアンスが感じられる。政治資金収支報告書に記載がなかった300万円は秘書が使い込んだという。監督責任だけでもじゅうぶん重い。

 甘利氏によれば、安倍首相はぎりぎりまで慰留したそうだ。記者団には甘利氏の会見を「丁寧に詳細に説明していた」と語った。政治とカネの問題を甘く見すぎていないか。首相は自身の任命責任をよく認識すべきだ。

 政治とカネの問題は近年、政治資金で私物を購入するなど不適切な使途に焦点が移っていた。政治資金規正法の強化で露骨な現金授受が姿を消していたからだ。古典的な不祥事はなぜ起きたのか。「安倍1強」のもとで古い自民党が復活してきていないか。政界全体で襟を正す必要がある。

甘利氏の辞任 幕引きにはできぬ

 大臣室での現金授受疑惑が報じられた甘利経済再生相が、辞任した。

 甘利氏はきのうの記者会見で、大臣室と地元事務所で50万円ずつ2回、計100万円を受け取ったことは認めたが、政治資金として適切に処理したと説明した。

 一方で、地元秘書が寄付として受け取った500万円のうち、300万円を個人で使い込んでいたことを明らかにし、「国会議員としての監督責任や閣僚としての責務」などに鑑み、辞任を決意したという。

 安倍首相が続投させる考えを繰り返す中での突然の、そして釈然としない辞任劇である。

 疑惑の発端は、千葉県の建設会社の総務担当者が、独立行政法人都市再生機構(UR)との補償交渉にからむ「口利き」を甘利事務所に依頼、見返りとして現金や接待で1200万円を渡したとする証言を、週刊文春が掲載したことである。

 甘利氏や秘書に「口利き」の意図がなかったのかどうか、実際にURにどんな働きかけをしたのかなど、きのうの甘利氏の説明では、多くの部分がなお未解明のままだ。

 告発者の言い分との食い違いは、なお大きい。甘利氏にはさらに調査を進め、結果を速やかに公表する責任がある。

 国会の役割も大きい。

 甘利氏側と告発者の双方を招致して、それぞれの言い分を精査すべきだ。URや、URを所管する国土交通省とのかかわりも調べる必要がある。

 疑惑のさなかに、自民党の中から気になる声が聞こえた。

 党幹部から「わなを仕掛けられた感がある」といった発言が続いたのだ。現金を受け取った甘利氏の側が、あたかも被害者であるかの言い分である。

 趣旨のはっきりしない多額のカネが、いとも簡単に政治家に提供される。そして、政治家の側はよく知らない相手からでも当然のように受け取る――。

 党幹部の発言は、一部の政治家の間では、こうした現金のやりとりが日常的に行われている実態をうかがわせたとも言えるのではないか。

 甘利氏には、難航を重ねた環太平洋経済連携協定(TPP)を、粘り強い交渉で合意に導いた功績があるのは間違いない。安倍内閣にとっても、大きな痛手であろう。

 だからといって、閣僚を辞することで疑惑に幕を引くことは許されない。真相解明とともに、「政治とカネ」の問題にどう襟を正していくか、国会にも安倍首相にも問われている。

天皇慰霊の旅 歴史を知ることの重み

 フィリピン最大の都市マニラ。ここで日米による1カ月間もの市街戦があり、10万とも言われる市民が命を落とした。

 東京大空襲や沖縄戦での住民犠牲にも及ぶ悲劇を、どれだけの日本人が知っていただろう。

 戦後70年が過ぎ、記憶の風化が叫ばれる。しかし、知らない事実は風化すらしない。

 歴史に謙虚に向き合う一歩は、何があったかを知ろうとすることだ。天皇、皇后両陛下のフィリピン訪問を、そうしたことを考える機会にしたい。

 「戦争の禍(わざわい)の激しかった土地に思いを寄せていく」。天皇陛下は、かつて記者会見でそう語った。95年に長崎・広島・沖縄を巡った。05年はサイパン、昨年はパラオへ。

 その「慰霊の旅」が、旧日本軍から最も大きな傷を受けたアジアに向いたのは、自然な流れだろう。

 フィリピンでの日本人戦没者は餓死なども含めて約52万人。数え切れない悲劇があった。レイテ沖海戦で戦艦武蔵が沈み、最初の特攻隊が米艦に突っ込んだ。「バターン死の行進」では米国人とフィリピン人の捕虜が多数、犠牲になった。

 だが、訪問に先立つ「おことば」で、陛下はそうした史実をふまえた上で、地元の一般市民に光をあてた。

 「多くの命が失われました。中でもマニラの市街戦においては、膨大な数に及ぶ無辜(むこ)のフィリピン市民が犠牲になりました。私どもはこのことを常に心に置き、この度の訪問を果たしていきたいと思っています」

 当時を記す文献にこうある。「廃虚にべったり腰をおろし、うつろな目を地上に投げ落としている者もあった。だが、砲弾は情け容赦もなかった。彼らの上に砲弾が落下したあと、そこには一片の肉切れさえも残らない」(『大東亜戦史』)。沖縄戦での光景とも重なる。

 歴史を振り返る時、まず同胞の犠牲を思う気持ちは自然なことだ。ただ、そこにとどまっては、戦争の一部しか理解したことにならない。「先の戦争のことを十分に知り、考えを深めていくこと」が大切だと、陛下は昨年末に述べている。

 十分に知る。そのためには「敵と味方」「兵士と市民」「日本人と外国人」など様々な隔てを超える視点が要る。同じ人間としての視点から戦争をとらえ、過ちを繰り返さぬ誓いを貫く営みが求められている。

 戦後70年という「節目」が過ぎてなお両陛下は激戦地に足を運び、平和への願いを示している。その思いを共有したい。

甘利経財相辞任 秘書の監督責任は免れない

 ◆政権とアベノミクスを立て直せ

 安倍政権にとって、大きな打撃である。国会審議や環太平洋経済連携協定(TPP)の署名を控える中、早急に態勢を立て直さねばならない。

 経済政策「アベノミクス」の司令塔役を務める甘利明経済再生・財政相が、違法献金疑惑の責任を取り、辞任した。

 秘書による政治献金の不適切な取り扱いなどに関する監督責任を認めたものだ。

 甘利氏は、「秘書に責任転嫁はできない。いささかも国政に遅滞があってはならない。政治家は結果責任だ」と説明した。

 ◆予算審議への影響考慮

 野党は、夏の参院選をにらんで、甘利氏の疑惑を厳しく追及していた。既に、2016年度予算案の衆院審議が予定より遅れるなど、様々な影響が出ている。

 予算案の審議をはじめ、国政への悪影響を最小限に抑えるために閣僚を辞任する、という甘利氏の判断はやむを得まい。

 甘利氏は記者会見で、13年11月と14年2月の2回、千葉県白井市の建設会社から計100万円の現金を自らが受け取ったことを認めた。

 そのうえで、その資金は、自分が支部長を務める自民党支部への献金として適正に会計処理したと説明した。

 現金入り封筒を自分の背広の内ポケットに入れたとする週刊誌報道については、「そんなことはするはずがない」と否定した。

 一方で、秘書が受領した500万円のうち、200万円は党支部や甘利氏に近い神奈川県議への献金として処理したが、300万円は秘書が私的に使ったという。

 秘書は、道路工事を巡る建設会社と都市再生機構(UR)の補償交渉に関与し、会社から多数の接待も受けていたとされる。

 建設会社が、主要閣僚である甘利氏の政治力に期待し、接近してきたことは否めない。口利きの見返りに献金を受け取っていたのであれば、あっせん利得処罰法などに違反する恐れがある。

 ◆最後まで疑惑の解明を

 甘利氏が秘書の辞表を受理したのは当然である。

 「政治とカネ」の問題に対する国民の視線は厳しい。閣僚を辞任しても、疑惑に関する説明責任が果たされたことにはならない。

 甘利氏は、きちんと調査を完了し、甘利事務所と建設会社の関係や現金授受の全体像を明らかにすることが欠かせない。

 甘利氏は12年12月の第2次安倍内閣の発足と同時に、経済再生相に就任し、3年余にわたり、菅官房長官らとともに、政権の屋台骨を支えてきた。金融緩和、財政出動、成長戦略の3本の矢によるアベノミクスの推進役だった。

 日米など12か国によるTPP交渉の責任者も務めた。農業の市場開放などでフロマン米通商代表部(USTR)代表と渡り合い、昨年10月の大筋合意に貢献した。

 それだけに、甘利氏の辞任は安倍政権の重大な危機と言える。第2次内閣以降、小渕優子経済産業相ら3閣僚が「政治とカネ」の問題で辞任しているが、今回の影響は格段に大きい。

 安倍首相は、「任命責任は私にある。国民に深くおわびしたい」と記者団に対して語った。

 来週には、16年度予算案に関する衆院予算委員会の本格的な質疑が始まる。2月4日には、ニュージーランドでTPPの署名式も予定されている。

 首相は、甘利氏の後任に、自民党の石原伸晃・元幹事長を起用した。石原氏が、党政調会長や税制調査会幹部などを歴任し、経済政策全般に精通していることを考慮したのだろう。

 石原氏は第2次安倍内閣で環境相を務めた際、福島県の原発事故に伴う汚染土の中間貯蔵施設の建設を巡り、「最後は金目でしょ」と語り、物議を醸したことがある。緊張感を持って、経済再生相の職務を果たしてもらいたい。

 ◆「成長重視」は堅持せよ

 甘利氏は、金融緩和による成長を優先する「リフレ派」で、安倍首相とも一致していた。

 「財政再建派」と目される石原氏への交代に伴い、アベノミクスに変化が生じるかどうかが、政策面の一つの焦点とみられる。

 日本経済は、緩やかに回復を続け、長年のデフレからの脱却に向けて、重要な局面を迎えている。経済を最優先し、成長を重視する安倍政権の基本政策は堅持することが大切である。

 民主党など野党は、国会審議で、甘利氏の疑惑の追及を続ける構えを崩していない。疑惑解明も重要だが、内政、外交両面で建設的な論戦を挑むことが求められる。

2016年1月28日木曜日

統合失調症の症状を改善するために―社会で対策を考える

精神疾患の患者数は、ここ10年で約1.5倍に増加しています。精神疾患の患者数は、「4大疾病」(癌、脳卒中、急性心筋梗塞、糖尿病)よりも多い323万人(平成20年)です。平成23年、厚生労働省は「4大疾病」に精神疾患を加えて、新たに「5大疾病」とすることとしました。精神疾患は、国を挙げて対策に取り組んでいく必要がある非常に重要な課題です。しかしながら、いまだに対策は十分とは言えません。

精神疾患対策の一つに、統合失調症の早期介入(早期発見、早期治療)があります。統合失調症の主な症状は、幻聴(誰もいないのに人の声が聞こえてくる)や妄想(誰かに見られている、狙われているなどという事実と異なる考え)です。

統合失調症は、全人口の約1%に発症するとされていますが、これは喘息と同じくらいの割合で、決して少ないものではありません。また、20代〜30代という若い世代に多く発症することも特徴です。

統合失調症の症状が出現してから治療が開始されるまでの期間を、精神病未治療期間(Duration of Untreated Psychosis:DUP)と言います。近年の研究では、このDUPを短くすることで、その後の経過を良くすることができることが分かってきました。

ノルウェーの研究では、社会に対して継続的な啓蒙活動を行うことでDUPを短くすることができたという報告もあります。

日本のDUPは、およそ1〜2年と言われています。精神科受診の敷居が下がってきたことや、精神科クリニック数が増加していることから、DUPの短縮が期待されていますが、我々の調査では、ここ10年間でDUPは変わっていない現状が明らかとなりました。

DUPが変わっていないのはなぜなのでしょうか? 理由の一つとして、統合失調症の症状である「病識の欠如」が挙げられます。病識とは、「自分は病気である」という認識のことです。発症当初は違和感を感じていても、症状が強まる間に、徐々に病識が失われていってしまうと言われています。そのため、本人が病院を受診することは難しく、周囲の人が病気に気づいて受診を促していく必要があります。

それでは、今後、我が国ではどのような対策を講じていけば良いのでしょうか?

まず1つ目として、学校教育で精神疾患に関する教育の機会を取り入れることが大切です。若いうちから精神疾患について理解することで、精神障害者に対する偏見の軽減にもつながると考えられます。

2つ目としては、学校の教諭、養護教諭、職場の産業医、患者さんのご家族などと医療機関が連携し、発症した可能性のある患者さんをなるべく早く精神科医の診察につなげ、必要があれば適切な治療を行えるようにすることです。

以上のように、統合失調症は早期介入によって患者さんが症状に苦しむ期間を短くし、その後の経過を良くすることが可能であることが分かってきています。この問題を解決するには、病院の医療者のみでは不可能です。統合失調症の患者さんの症状を少しでも改善し、住みやすい社会にしていくため、ぜひとも、皆様と一緒にこの問題について考えていきたいと思います。

【医師プロフィール】

鈴木 航太 精神科

2010年北里大学医学部卒業。学生時代より、国際保健や災害医療などに興味を持ち、国際医学生連盟-日本(IFMSA-Japan)に所属。2012年川崎市立川崎病院にて初期臨床研修を修了後、慶應義塾大学病院 精神神経科学教室に入局。臨床の傍ら、3ヶ月かけて世界一周旅行をしつつ各国の精神医療の実情を見て回った。2014年より、医療法人財団厚生協会 大泉病院にて勤務。2015年6月より、日本若手精神科医の会(JYPO)理事。

研究開発の数値目標は慎重に

 政府は2016年度から5年間の科学技術政策の指針となる「科学技術基本計画」を決めた。5年間で約26兆円の研究費を投じ、産学官の連携強化や若手研究者の育成などに注力するとした。

 ここ数年、日本からノーベル賞の受賞が相次いでいるが、足元の科学技術研究は危うい。日本発の論文の世界シェアはじりじりと下がり、国際共同研究への参加も低調だ。大学などで生まれた成果を企業が利用し、製品化する例も欧米などに比べて少ない。

 計画を作った総合科学技術・イノベーション会議(議長・安倍晋三首相)は2年前、組織名に「イノベーション」を冠して再出発した。基本計画は20年前に始まり5年ごとに改定されてきたが、従来より意欲的な内容といえる。

 そのひとつが、IT(情報技術)やロボット技術を駆使し、車の自動運転や製造・流通を省力化する「超スマート社会の実現」を目標に掲げたことだ。

 国が科学技術の未来像を示すことは、企業や大学にとって研究の方向づけになる。若手研究者に夢を持ってもらい、閉塞感を打ち破る効果にも期待したい。

 気になるのは、人材登用や産学連携などで踏み込んだ数値目標を掲げたことだ。大学教員に占める40歳未満の若手の比率をいまの25%から30%以上にする。世界から注目され引用数が多い論文の比率を1割以上に増やす。大学などが企業から受託する研究費を5割増やすなど、8項目を盛った。

 数値目標は使い道を誤ると危険だ。国の意向を気にして数合わせで若手を登用したり、著名学術誌だけに論文投稿を強いたりする大学や研究機関が出はしないか。目先の目標達成にこだわると、多様で独創的な研究を育むうえで本末転倒になりかねない。

 これらの数値目標は、科学技術予算の増額に国民の理解を得やすくするために設けたという。基本計画の進捗状況を点検する目安として使う程度にとどめ、ひとり歩きさせない工夫が要る。

官製ファンド頼みの企業再生でいいのか

 経営不振の続くシャープの再建策とりまとめが大詰めを迎えた。現時点で有力視されるのが、経済産業省の主導で設立した官製ファンドの産業革新機構が同社に約3千億円を出資し、液晶とその他の事業を分離したうえで液晶事業については他社と統合する案だ。

 だが、官主導の再建には様々な疑問がつきまとう。シャープをめぐる現状は日本の企業再生環境の貧弱さを浮き彫りにするものだ。

 シャープの経営悪化は、液晶投資の失敗で2012年3月期に巨額の損失を計上したことで表面化した。さらに、同時期に赤字に陥ったソニーやパナソニックに比べても、その後の同社経営陣の動きは鈍く、抜本的な措置を講じないまま赤字を垂れ流し続けた。

 結果として、シャープが自力で立ち直る見込みがほぼ消えたのが今の実態だ。こうした企業をよみがえらせようとする場合、外部からの資本注入や経営人材の派遣が不可欠だが、その環境が日本ではなかなか整わない。

 外から乗り込んで経営刷新に辣腕を振るう「プロの経営者」の人材の層はもともと薄い。

 銀行など金融機関における企業再生ノウハウの蓄積も、米国などに比べれば不十分だろう。資金面でも日本経済全体ではカネ余りが指摘されながら、企業再生やベンチャー投資に投じられる民間リスクマネーは潤沢とはいえない。

 その結果、相対的に存在感が増すのが産業革新機構のような資金力の強い官製ファンドだ。借金漬けの企業を処理するために産業再生機構が設立されたのは03年だが、13年たった今も「企業再生は官製ファンド頼み」という構図が変わっていないのは残念である。

 官主導の企業再生には弊害がつきまとう。業績が悪化しても政府が助けてくれるとなれば、深刻なモラルハザードが発生し、経営努力がおろそかになる。

 公的支援を受けた企業が自力で頑張る企業と同じ土俵で戦うのは、公正競争のゆがみをもたらす。存続の難しい事業の延命に官製ファンドが手を貸すことがあれば、産業の新陳代謝を阻害し、日本経済の停滞を招くだろう。

 個別企業の救済は政府の仕事ではない。重要なのは、万一ある企業の経営が行き詰まったとしても、そこで培われた技術やノウハウ、人材が他で活躍の機会を見いだせるように、労働市場の流動性を高める方策であろう。

関電高浜原発 なし崩し再稼働に反対だ

 関西電力高浜原発3号機(福井県高浜町)が29日にも再稼働する。新規制基準の下では、昨年の九州電力川内原発1、2号機(鹿児島県)に続く。

 東京電力福島第一原発事故から今年3月で5年たつ。

 電力各社は全国43基の原発のうち25基と、建設中の1基について、基準適合審査を原子力規制委員会に申請した。川内、高浜に続き、四国電力伊方原発3号機(愛媛県)も、次の再稼働が見込まれている。

 事故の教訓がなおざりにされたまま、原発がなし崩しに動き出していく現状に強い危機感を抱く。高浜原発の再稼働に改めて反対を表明する。

 

 ■安全ないがしろに

 朝日新聞は11年7月の社説で「原発ゼロ社会」への政策転換を呼びかけた。

 事故前、日本は電力の3割近くを原発に頼っていた。原発を直ちにゼロにすれば、電力不足や電気料金の高騰で国民生活に深刻な影響が出ることが懸念されていた。

 日本は原発依存から脱し、再生可能エネルギー中心の社会を目指すべきで、それまでの原発の再稼働は安全が確保され、需給面で必要な場合に限ることを条件とした。

 高浜原発の再稼働にまず指摘したいのは、「安全第一」がないがしろにされていることだ。

 福島で私たちは「想定を超える事故は起きうる」という重い教訓を学んだ。

 福井県の若狭湾周辺には、廃炉中を含めて15基の原子炉がある。世界屈指の集中立地地域だ。災害などで複数の原発が同時に事故を起こせばどうなるのか。福島の事故が突き付けたこの疑問に、答えは示されていない。規制委の審査でも、ほとんど検討されなかった。

 福井に11基の原発を持つ関電は昨年、規模が小さく古い2基の廃炉を決めたものの、3基は運転開始から40年を超えて使い続ける方針を決めた。

 リスクを最小化する努力が不十分と言わざるを得ない。

 高浜は、ウランとプルトニウムを混ぜたMOX燃料を燃やすプルサーマル発電だ。安全性への住民の不安がより強いことも、忘れてはならない。

 

 ■住民守る「壁」薄く

 事故が起きた時の「最後の壁」である住民の避難計画も心もとない状況だ。

 高浜原発は避難計画の策定が義務づけられた半径30キロ圏に福井、京都、滋賀の3府県12市町が入り、17万9千人が暮らす。

 国の原子力防災会議は昨年末に、各府県がまとめた広域避難計画を了承した。30キロ圏の住民は最悪の場合、福井、兵庫、京都、徳島の4府県56市町へ避難することになる。ところが朝日新聞の調べでは、住民の受け入れ計画をつくったのは56市町のうち7市だけだ。大半の自治体が「施設や人員、物資を確保できるか」「放射性物質に汚染された車が入ってこないか」といった不安があると答えた。

 事故以前、日本には10キロ以遠の住民が避難する想定もなかったのだから、不安は当然だ。

 避難計画を実のあるものにするには訓練や検証を重ねるしかない。それなのに高浜は計画に基づく訓練が未実施だ。計画の実効性が確認されないまま、再稼働することを強く懸念する。

 30キロ圏の多くの自治体が住民の不安を受け、再稼働前の「同意権」を関電に求めた。だが関電は拒み、国も、立地自治体の同意さえあればいい、との姿勢を崩さない。

 これらの課題を置き去りにしたままの再稼働は、「見切り発車」というほかない。

 

 ■脱却への道筋議論を

 電力各社は原発再稼働を目指す理由として、需給面の不安や燃料費増大に伴う電気料金値上げの問題を強調してきた。

 事故5年を前に、状況は明らかに変わってきている。

 昨夏までほぼ2年間、原発はすべて止まったが、電力不足は起きなかった。火力発電所の点検を先延ばしするといった各社のやりくりに加え、節電意識の広がりも大きい。関電を例にとれば、販売電力量は事故前に比べ、10%程度減っている。

 電力自由化で、家庭も4月から電気の購入先を選べるようになる。電気を賢く使おうとする利用者の意識は、さらに強まるだろう。原発停止の負の影響とされた貿易赤字も、原油安で燃料費が下がり、縮小傾向だ。

 関電は「高浜原発が動けば料金を値下げできる」というが、再稼働の理由としてどれだけ説得力を持つだろうか。

 原発内のプールにたまっている使用済み核燃料をどこで中間貯蔵するかという難題もある。

 福井県の原発をめぐっては、再稼働を強く求める立地地域と、総じて慎重な消費地・関西との温度差も浮かび上がった。

 原発を長年引き受けてきた地域の理解なしに、脱原発社会への展望は開けない。国はもちろん、消費地も協力し、ともに未来図を考えていく必要がある。

18歳選挙権 参院選の投票機会を広げたい

 新たに有権者に加わる若者が適正に選挙権を行使する。政府や自治体、政党が連携し、その環境整備を図りたい。

 今春転居する予定の若者が夏の参院選で投票できない事態を解消する議員立法の公職選挙法改正案が、参院の特別委員会で全会一致で可決された。近く成立することが確実になった。

 現行法では、現住所で3か月以上居住している有権者でなければ、その市区町村の選挙人名簿に登録されず、投票できない。

 仮に参院選の日程が「6月23日公示―7月10日投開票」の場合、18~19歳の若者は、進学や就職などで3月23日以降に転居すると、投票が一切できなくなる。

 新たな有権者約240万人のうち約7万人に影響する恐れがあったという。法改正により、転居前の自治体で投票が可能になる。

 選挙権年齢の「18歳以上」への引き下げは、若い世代の政治参加を促し、民主主義の裾野を広げる重要な契機となり得る。法律の不備を解消し、投票機会を確保するのは、適切な措置である。

 各選挙管理委員会は、選挙人名簿のシステム改修などを急ぎ、円滑な執行に努めねばならない。

 政府も今国会に、投票の利便性を高める公選法改正案を提出し、成立を図る方針だ。

 今は、投票日の投票は指定の投票所1か所に限られるが、商業施設や駅などに新設する「共通投票所」も利用可能にする。期日前投票の投票時間も拡大する。

 有権者が投票所に同伴できる対象も「幼児」から「18歳未満」に広げるという。将来の有権者に、投票を身近に感じてもらう効果が期待できよう。

 政府や自治体は、二重投票など不正やミスの防止に万全を期しつつ、投票しやすい環境作りに前向きに取り組んでもらいたい。

 各種選挙の投票率は長年、低下傾向にある。若い世代の政治への関心の薄さも懸念される。民主主義の根幹である選挙の重要性の積極的な啓発が求められる。

 各党は、参院選に向け、議員と学生による討論会や情報発信などに力を入れている。若者との交流を政策立案に生かしてほしい。

 教育現場では、選管職員らを招いて、公選法や投票方法の学習、架空の候補者を設定した模擬選挙などが始まっている。地方議会などの協力を得て、議員との対話の機会なども増やすべきだろう。

 政治的中立性を担保しながら、より実践的な主権者教育を進めることが大切である。

鹿児島逆転無罪 DNA鑑定を適切に活用せよ

 DNA鑑定は事件の真相を解明する有効な手段だが、結果を適切に評価しなければ、誤った結論を導く。その危険性が浮き彫りになった。

 鹿児島市で2012年に女性を乱暴したとして強姦罪に問われ、1審で実刑判決を受けた男性に、福岡高裁宮崎支部が逆転無罪を言い渡した。検察は上告を断念し、無罪が確定した。

 高裁が逆転無罪としたのは、鹿児島県警が実施したDNA鑑定の結果は信用できないという理由からだ。県警と検察には、鑑定方法の検証が求められる。

 鹿児島地裁は、女性の胸に付着した唾液のようなものから男性のDNA型が検出された点を重視した。女性の体内から採取された精液については、「DNAが微量で、鑑定できなかった」という県警の説明を信用できると判断した。

 しかし、控訴審で精液を鑑定したところ、男性とは異なるDNA型が検出された。「男性に乱暴された」という女性の供述と食い違いが生じたことになる。

 検察の立証の根幹部分が揺らいだ以上、高裁が男性を逆転無罪としたのは当然である。

 唾液のDNA型を有罪の拠より所とした地裁判決は、県警や検察が描く事件の筋書きを疑問視する姿勢を欠いていたと言えよう。

 DNA鑑定の精度は、飛躍的に向上している。すべての塩基配列が一致する確率は「4兆7000億人に1人」とされる。

 そうであっても、捜査機関は、DNA鑑定だけに頼った立証ではなく、鑑定結果を補強する証拠を広範に集めることが重要だ。

 県警がDNA鑑定の経過を記したメモを廃棄していたことは、看過できない。

 不都合な事実をもみ消したとみられても仕方がない。高裁判決も、精液のDNA型が男性と一致しないため、鑑定不能と虚偽報告した可能性に言及した。

 警察庁は、鑑定記録を具体的に記載するよう都道府県警に指示した。事後の検証に耐えられる運用を徹底せねばならない。

 控訴審で、検察側が裁判所や弁護側に無断で精液を再鑑定していた点も問題だ。

 高裁判決は、鑑定が「秘密裏」に行われたとして、「検察官に有利に働く場合に限って、証拠請求を行う意図があったことすらうかがえる」と厳しく批判した。

 公費を使って集められた証拠は真実にたどり着くための公共財であり、捜査機関の独占物ではない。このことを忘れてはなるまい。

2016年1月27日水曜日

なお改善が必要な原発の規制

 発足から3年たった原子力規制委員会の体制や審査のあり方について、国際原子力機関(IAEA)が調査報告をまとめた。規制の独立性や透明性は確保されていると評価する一方、再稼働した原子力発電所の検査や専門人材の確保などに課題が残ると指摘した。

 IAEAは原子力利用の番人とされ、今回は専門家ら24人が2週間にわたって調べた。規制委にとっては国際機関から受ける最初のテストに当たる。

 規制委は注文を真摯に受け止め審査の改善に生かすべきだ。政府としても人材の育成や法制度の整備を真剣に考える必要がある。

 規制委ができるまで規制当局は原発を推進する経済産業省のなかに置かれ、IAEAは再三見直しを求めていた。東京電力福島第1原発の事故後、遅まきながら規制と推進の組織が分離され安全審査にこぎ着けた点に、IAEAもひとまず合格点を与えた。

 だが、報告が指摘したように課題も多い。まず審査に当たる人材が不足し、専門知識や能力も十分とは言えない点だ。新規制基準ができてから電力会社は計26基の審査を申請したが、ほぼ終えたのは5基だけ。人材不足が原因のひとつであることは否めない。

 事務局である原子力規制庁は民間から人材を集め、研修や教育を充実すべきだ。原子力専門の技術者は減っているだけに、持続的に人材を育てる仕組みづくりを政府は求められている。

 審査に合格した原発の安全確保にも課題が残る。IAEAの報告は、事故やトラブルに機敏に対応する能力に懸念があるとして、検査官の権限拡大など法制度の見直しを求めた。政府や国会はすみやかに検討する必要がある。

 専門的、技術的な見地からのIAEAの報告とは別に、規制委には重い宿題があることも指摘しておきたい。規制基準に照らした原発の安全と、国民が考える安全との間にはなお隔たりが大きい。国民への説明を尽くし隔たりを埋める努力を忘れてはならない。

投資協定の加速でグローバル化支えよ

 経済のグローバル化が進み、国際的な投資の重要性が増している。政府は2国間や多国間の投資協定の締結を加速し、日本企業が安心して海外に投資しやすくする環境づくりを急ぐときだ。

 投資協定は、海外に投資した企業の財産を保護したり、自由に投資できる範囲を定めたりする。経済連携協定(EPA)や自由貿易協定(FTA)に投資に関するルールを設ける方法もある。

 日本が外国と締結し発効した投資協定と、投資のルールを含むEPAの数は40未満だ。100を超える独仏英や中国はもちろん、米国や韓国より見劣りしている。

 全世界では2014年時点で3000近くの投資協定が存在している。残念ながら日本はこうした世界の潮流に乗り遅れている、と言わざるを得ない。

 日米など12カ国が合意した環太平洋経済連携協定(TPP)は投資ルールを盛った。日本と欧州連合(EU)が交渉中のEPAにも同様の規定が入る見通しだ。

 これらと並行して、政府は投資協定の締結を飛躍的に増やす方針を、対外経済政策の新たな柱として打ち出す必要がある。

 足元で新興国経済は減速しているが、長い目でみれば資源国を含め経済成長の余地が大きい。たとえば、ブラジルや南アフリカ、キューバとの投資協定締結を希望する日本企業が多い。

 投資協定を追い風として日本企業が海外投資をさらに増やす。そこで得られた収益を国内に還元して、賃金や雇用、配当を増やす。国内外でそんな好循環が生まれやすくなる利点は大きい。

 「量」だけでなく、既存の投資協定も「質」の高い内容に改めてもらいたい。エジプトやロシアなどと結んだ古い種類の協定は財産の保護を定める一方で、外資参入の自由化を定めていない。

 投資家と国との間の紛争解決のしくみも盛り込み、透明性の高い投資ルールとなるよう再交渉を働きかけてほしい。

 中国は米国やEUそれぞれと投資協定の締結に向けた交渉を進めている。日中や日中韓の投資協定より質の高い内容で妥結すれば、その分だけ日本企業は不利な立場に置かれかねない。

 日中韓FTAや、日中韓を含む16カ国による東アジア地域包括的経済連携(RCEP)の交渉でも、野心的な投資ルールづくりに向け政府は粘り強く努力すべきだ。

代表質問 不平等克服へ政策競え

 私たちの社会で日常化している不平等を、どう克服していくべきか。

 きのう始まった国会の代表質問では、この喫緊の課題に向けた質疑も交わされた。

 経済成長や外交・安全保障政策、そして甘利経済再生相の金銭授受疑惑の解明――。いずれも、いま国会が取り組むべき重要な課題である。

 ただ、正社員と非正社員、男と女、都市と地方など日本社会で拡大しつつある様々な格差、すなわち不平等の解消は、とりわけ対応が急がれる。

 民主党の岡田代表は「格差是正、公正な分配のための具体策について提案したい」と語り、児童手当の1人あたり支給額や児童扶養手当の支給対象年齢の引き上げなどを挙げ、財源として金融課税や所得税・相続税の累進強化を示した。

 また、安倍首相が施政方針演説で「実現に踏み込む」とした同一労働同一賃金について、もともと民主党が訴えているような正規と非正規雇用の「均等待遇」をめざすのかとただした。

 維新の党の松野代表も、国民年金保険料を払っていない人などの数字をあげて、早急な対応を求めた。

 厚生労働省の調査によれば、日本の相対的貧困率は2012年で16・1%。年々少しずつ増加している。30歳未満の若年世帯では27・8%、1人親世帯では54・6%にも達している。

 首相もこうした現状を踏まえ、「格差が固定化しないよう雇用環境の改善や社会保障環境の改善の見直しを行っていく」と応じた。ただ、岡田氏の提案への首相の答弁はやや抽象的で、物足りなさが残った。

 首相はさきの施政方針演説で、「批判だけに明け暮れ、対案を示さず、後は『どうにかなる』。そういう態度は、国民に対して誠に無責任だ」と野党を批判し、「具体的な政策をぶつけあい、建設的な議論を行おう」と呼びかけた。

 首相の念頭には、安保関連法制や憲法改正への民主党などの対応があるのだろう。だが、憲法を逸脱する政策に反対を貫くことが無責任とは言えないし、内容より改憲ありきの首相の姿勢を警戒するのは当然だ。

 むしろ首相の方こそ、野党の疑問や提案に対して、「具体的に、建設的に」答える責任を果たしてもらいたい。

 夏に参院選を控えたこの国会は短期戦とも言われる。一方、論ずべき課題は山積みであり、疑惑の解明も必須だ。選挙を意識した批判合戦に終わらせてはならない。

ポーランド 守るべき民主化の精神

 政府当局や公権力から独立した司法とジャーナリズムは、民主主義に不可欠である。

 その二つがあってこそ権力と市民の力のバランスが保たれ、健全な社会が築ける。政権による介入は厳に慎むべきだ。

 ポーランドでいま、司法と報道の操作を狙う政府の介入が目立つ。昨秋に発足した保守強硬派のシドゥウォ政権による露骨な法改正や人事である。

 この国が民主国家として歩み始めて四半世紀になる。社会主義時代に抑えられた人権や言論の自由を少しずつ進展させ、04年には念願の欧州連合(EU)加盟も果たした。

 その努力の蓄積を、現政権が権威的な態度で崩しつつある。国際的な信用を失わないためにもポーランドは民主化の原点に立ち返ってほしい。欧米各国ももっと説得に動くべきだ。

 旧東欧や旧ソ連の国々では民主化以降、経済的な苦境に立つ国が多かった。そのなかで、ポーランドは堅調な経済を維持してきた。ウクライナなど周辺国に対し民主化モデルとなる「優等生」ともいわれた。

 一方で、国民の経済格差が広がり、最近はシリア難民受け入れへの不安も高まった。その結果、それまでの中道右派政権が支持を失い、代わって汚職追放や保守回帰を唱える政党「法と正義」が政権を獲得した。

 新政権は憲法裁判所の制度を変え、違憲判断を出しにくくした。司法の監視機能を骨抜きにするためだといわれる。

 テレビとラジオの公共放送の人事を政府が握るように法律も変え、政権寄りの人物をトップに据えた。政府に批判的な記者は次々と解雇された。

 国内では抗議デモが起きているが、政権は意に介そうとしない。独断でさまざまな制度の変更を進める構えだ。

 旧東欧では、ハンガリーのオルバン政権も近年、同様に権威的な政治に終始している。

 両国の背景に共通するのは、EUの価値観への疑問だ。社会の寛容や、人権、民主主義といった理念を実践するよりも、自国の狭い国益を追う姿勢の方が国民受けする現実がある。

 しかし、議論や説得を省き、効率よく統治しようとする乱暴な政治は、安定した社会をもたらさない。民主主義とは本来、面倒で煩雑なものであり、その手続きがあってこそ、政府と市民の間の信頼が生まれる。

 ベルリンの壁が崩れたとき、ポーランドもハンガリーも自由社会の建設を誓ったはずだ。当時を思い起こし、民主化の理念を継承するよう、望みたい。

衆院代表質問 対案の各論を本格的に深めよ

 民主党が経済政策などで様々な対案を示したことは歓迎できる。肝心なのは、今後の審議で具体論を深めることだ。

 安倍首相の施政方針演説に対する代表質問が始まった。民主党の岡田代表は、経済格差を是正する「公平な分配」の重要性を強調し、児童扶養手当や年金の最低保障機能の拡充、株売買の金融課税の強化などを提案した。

 安倍首相は「経済成長と分配の好循環が、私の目指す1億総活躍という社会像だ」と切り返した。児童扶養手当の増額などには既に取り組み、限られた財源の中で最大限努力していると答えた。

 公平な分配は政府の重要な役割だが、行き過ぎれば民間の活力をそぎかねない。財源面の費用対効果の検討も欠かせない。経済成長と分配のバランスが大切だ。

 岡田氏の主張は、所得・相続税の累進性の強化など分配面に偏っており、成長を実現するための具体策が物足りない。

 岡田氏が今回、提案を重視したのは、首相の施政方針演説で「批判だけでは無責任だ」と挑発されたのが一因だろう。ただ、議論がかみ合ったとは言えない。

 一問一答方式の予算委員会で本格的な議論をしてほしい。民主党が提案を法案化し、国会に提出することも論戦を活発にしよう。

 米軍普天間飛行場の辺野古移設について、岡田氏が政府の工事を中断し、沖縄県との協議を再開するよう求めたのは疑問である。

 多くの関係者が長年、議論を重ね、最善と判断したのが辺野古移設だ。今は合意の実行段階にある。地元の理解を広げる努力は大切だが、議論を後戻りさせるのは新たな混乱を招くだけだろう。

 憲法改正に関し、岡田氏は自民党案の緊急事態条項について「基本的人権を制約し、民主主義の根幹を揺るがしかねない」と批判した。やや一面的な主張だ。

 この条項は、国民の生命や財産をより効果的に守るため、首相権限を強めるものだ。多くの国の憲法にも同様の規定がある。緊急事態の要件や首相権限の精査は必要だが、冷静な議論を求めたい。

 甘利経済再生相の違法献金疑惑について、岡田氏は、「首相の盟友中の盟友だ。任命責任はもちろん、重大な説明責任がある」と安倍首相を追及した。首相は、「甘利氏は説明責任を果たしていただきたい」と述べるにとどめた。

 国会が疑惑追及で一色になるのは非生産的だ。甘利氏は28日の記者会見で、現金授受などについて納得のいく説明が求められる。

TPPと著作権 保護強化で創作意欲守りたい

 知的財産の適切な保護は、文化や産業の発展に欠かせない。創作意欲を後押しする制度に改めることが重要だ。

 環太平洋経済連携協定(TPP)交渉の大筋合意を受け、政府は著作権法改正案を今国会に提出する方針だ。

 合意の中で注目されるのは、著作権侵害について、権利者の告訴がなくても、捜査当局が摘発できる「非親告罪」とすることだ。

 インターネット上に映像作品の海賊版が氾濫するのを防ぐ効果が期待できる。「クール・ジャパン」を代表するアニメやゲームなどの著作権保護にもつながろう。

 一方で、捜査当局が広範囲に摘発に乗り出せば、表現活動の萎縮を招く恐れがある。特に、アニメや漫画のパロディーなどの「二次創作」が阻害されるのではないかという懸念がある。

 二次創作は、同人誌などで人気が広がり、日本の新たなカルチャーとして海外に発信されている。原作者が権利の主張を控えることで、成り立っている分野だ。

 大筋合意では、各国が非親告罪の対象を「権利者が経済的被害を受けるもの」に限定できることになった。海賊版などの違法コピーに対象を絞る政府の方針は、新たな文化を育てる上で妥当だ。

 小説などの著作権の保護期間は、国際標準に合わせ、「作者の死後50年」から70年に延長される。1970年に死去した三島由紀夫の著作権は2020年末が期限だが、制度が改正されれば、40年末まで存続することになる。

 70年に延びれば、三島の名作を無料でダウンロードできる時期が先送りされ、読者のニーズに逆行するという批判がある。

 だが、世界的に評価の高い三島の作品の著作権は、現状では海外でも50年で切れる。権利者保護の観点から、ようやく国際標準にまで延びる意義は大きい。

 大筋合意で、日本にとって不利な戦時加算制度の改廃が見送られたのは残念だ。第2次大戦の連合国側が戦前・戦中に取得した著作権については、サンフランシスコ講和条約により、日本での保護期間が約10年間加算されている。

 政府は、米国などに引き続き廃止を働きかけねばならない。

 国内では、「著作物の公正な利用は著作権侵害にならない」とする米国流のフェアユースの導入を求める声もある。

 「公正な利用」という抽象的な規定は様々な解釈が可能で、知的財産を不当に脅かしかねない。拙速な導入は避けるべきだ。

2016年1月26日火曜日

国と沖縄は対話を閉ざすな

 米軍普天間基地がある沖縄県宜野湾市の市長選で与党が推した現職が勝利した。安倍政権は同基地の県内移設に向けた作業を加速する方針だ。もっとも、沖縄県は反対姿勢を崩しておらず、移設実現のハードルはなお高い。国と県は対話の扉を閉ざすことなく、問題解決に努めてもらいたい。

 普天間移設は2013年に沖縄県の当時の知事が工事に必要な埋め立てを承認した。14年の知事選で当選した翁長雄志氏は昨年、承認の取り消しを発表したが、国は「行政には継続性がある」として工事を続行している。

 日米両政府が普天間返還で合意して今年ですでに20年になる。県内に代替施設を設けることへの沖縄県民の抵抗感は理解できるが、合意を白紙に戻せば返還はさらに遠のきかねない。市街地にある普天間の危険性を一刻も早く除去するには、県内移設が現状における最も現実的な打開策である。

 埋め立て承認の可否は国と県の間で訴訟になっており、司法の裁きに委ねるしかない。最高裁で国の主張が認められれば、翁長知事は判決に従うべきである。

 ただ、先の大戦において沖縄県民が被った惨禍や現在に至る過重な米軍基地負担を考慮すると、法理論を唱えるだけでは県民世論を和らげることはできない。

 代替施設が完成したとしても、周辺住民の協力がなければ円満な運用は望めない。国は県との溝を埋めるため、何ができるかを改めてよく考えるべきだ。沖縄本島南部にある米軍基地の返還の促進は最重要課題である。

 民主主義は有権者の意向を選挙を通じて行政に反映させるのが基本ルールだが、選挙には衆参両院選もあれば、知事選や市長選もある。政策課題も1つではない。

 移設反対派が知事選や衆院選の沖縄の4小選挙区での勝利を根拠に「県内移設は否定された」と主張し、賛成派が今回の市長選で「流れが変わった」と反論する。そんな不毛な言い合いをしても双方の感情的な対立を深めるだけだ。

サイバー人材を育成し多面的な対策を

 NTTや日立製作所、トヨタ自動車などおよそ40社が、サイバーセキュリティーを担う人材の育成で協力すると表明した。必要な能力を議論し、今年半ばをめどに育成策をまとめる。企業間でノウハウを共有し、効率よく人材を増やすことをねらっている。

 日本企業のセキュリティー人材不足は深刻だ。スキルが足りない技術者の再教育を含め、約24万人の確保が課題とされる。大手企業の連携を機に、人材育成を加速し、国全体で多面的なサイバー攻撃対策を進めたい。

 IT(情報技術)は社会や経済の隅々に行き渡っている。通信や交通など重要インフラを運営する企業が手を組む今回の動きは一歩前進だが、一握りの企業だけでは十分な備えはできない。

 とくに資金に余裕がない中小企業はセキュリティー対策がおろそかになりがちだ。東京都と警視庁は、中小企業に備えを促すため、情報提供したり相談に応じたりする取り組みを始めた。こうした試みをもっと広げる必要がある。

 企業規模や業種を問わず、経営者はセキュリティー強化を重要な経営テーマと認識しなければならない。あらゆる機器がネットワークにつながる時代を迎え、サイバー攻撃被害が経営の根幹を揺るがすリスクは高まっている。経営者は対策の推進にリーダーシップを発揮するときだ。

 努力を求められるのは企業だけではない。政府はサイバーセキュリティーに関する国家資格の創設を検討している。産業界の意見も聞き、技術力のある人材が着実に育つ制度にしてほしい。ベンチャー投資などセキュリティー産業を振興する政策も欠かせない。

 大学の役割も大きい。攻撃の手法は巧妙化しており、最新の技術動向に目を光らせ、技術レベルを引き上げる研究に力を注ぐことが大切だ。IT企業と協力し、知恵を出し合う余地もある。

 目の前の脅威への対応も要る。日産自動車が一時、ホームページの閲覧停止に追い込まれるなど、攻撃は絶え間なく続く。企業などは攻撃にあった場合に備え、対処手順をきちんと定めて訓練を実施し、被害拡大を防ぐ必要がある。攻撃情報を共有し、類似の被害を抑える体制も重要だ。

 専門家は、国家を後ろ盾とするハッカー集団の攻撃が目立つと指摘する。日本の総力を挙げて対策を急がなければならない。

宜野湾市長選 「辺野古」容認と言えぬ

 米軍普天間飛行場を抱える沖縄県宜野湾市長選で、安倍政権の全面支援を受けた現職が、翁長雄志知事が支援する新顔を退け、再選された。

 沖縄では一昨年の名護市長選以来、知事選、衆院選と普天間飛行場の名護市辺野古への移設反対を訴えた候補が勝ってきた。今回も、移設をめざす政権と、反対する翁長知事の対立構図が持ち込まれたものの、連勝の流れは止まった。

 翁長知事は、選挙で示された民意を最大の盾として辺野古移設阻止を訴えてきた。それだけに、知事にとって大きな痛手となることは間違いない。

 とはいえ、「これで辺野古移設が容認された」と政権側がとらえるとしたら、早計である。

 当選した佐喜真淳市長は「普天間の一日も早い閉鎖・撤去」を主張しつつ、辺野古移設への賛否は明言せず、移設問題を争点化させない戦略をとった。

 朝日新聞社の出口調査では辺野古移設に賛成の有権者が34%だったのに対し、反対は57%いた。本紙の取材でも、佐喜真氏に投票した人にも「県外に移してほしい」「市民としては普天間固定化阻止、県民としては辺野古移設反対」などの声があった。佐喜真氏を推した公明党県本部幹部も「あくまで辺野古移設には反対」と言う。

 宜野湾市民の基地負担は重い。市の面積の4分の1を占める普天間飛行場は、市中心部にある。12年前には滑走路そばの沖縄国際大に米軍ヘリが墜落。オスプレイが24機配備され、騒音被害は絶えない。市の「基地被害110番」へ寄せられる苦情は昨年10月、月間で過去最多の100件を数えた。

 だからこそ普天間の閉鎖・撤去は市民共通の悲願なのだ。

 辺野古移設に触れず、「一日も早い閉鎖・撤去」を訴えた佐喜真氏への市民の期待を、そのまま辺野古移設支持と受け取ることはできまい。むしろ、身近で危険な普天間飛行場の閉鎖と撤去を願う、市民の意思と受け止めるべきではないか。

 日米両政府が返還に合意してから今年で20年。本来は生活に密着した諸課題が問われるべき市長選で、米軍基地の県内移設の是非までが問われる沖縄県民の重荷を、一日も早く取り除く責任は日米両政府にある。

 そのためには、政権はまず「辺野古移設か、普天間固定化か」と県民に二者択一を迫るやり方を改める必要がある。

 そのうえで、県外移設など早期の普天間閉鎖・撤去の方法がないか、米政府と改めて協議を始めるべきだ。

著作権法 「活用する」の発想で

 環太平洋経済連携協定(TPP)の大筋合意を受け、著作権法が変わりそうだ。文化庁はこの国会に改正案を提出する方向で準備を進めている。

 全体として、著作物の保護期間を延ばすなど著作権を持つ人や団体にとって有利な内容になっている。正当な権利を守るのは当然だが、規制を強めるばかりでは文化活動にブレーキがかかり、社会にとって大きなマイナスになる。制限はなるべく小さくし、著作物をより活用しやすくする仕組み作りを併せて進めてもらいたい。

 特に影響が大きいと見られているのは、保護期間の延長と著作権侵害の非親告罪化だ。

 いまの著作権の保護期間は作者の死後(法人などは公表後)50年。それが70年に延びる。

 作者が亡くなって50年以上も利益を生む作品はごく一部。半面、「権利者不明」の著作物はますます増え、活用の障害となる。著作権者が分からない時に文化庁長官の裁定で著作物の使用を可能にする制度の使い勝手を良くするなど、工夫を重ねる必要がある。

 著作権侵害は、いまは権利者側の告訴が必要な親告罪だ。それが非親告罪化されそうだ。これにより、様々な表現活動が萎縮するのではないかという心配が広がっている。

 特に改作やパロディーによる「二次創作」で不安が大きい。漫画同人誌などでは、著作者が黙認することで多様な二次創作が生まれ、漫画文化の裾野が広がっている。こうした土壌を痩せさせてはいけない。法整備にあたっては、非親告罪化の対象を権利者に大きな損害を与える海賊版に限定し、一般の表現活動に影響しないよう、はっきり記す必要がある。

 本は読まれてこそ、音楽は聴かれたり、演奏されたりしてこそ価値がある。活用されて作品と作者の社会的な生命は延びる。権利を保護しながら、より活用を広げるための施策を考えてゆくべきだ。

 法改正を検討する文化審議会小委員会には、保護期間を延ばすとしても存命の作者に限る、登録された著作物に限定するなど、多様な意見が寄せられている。そうした案も詳しく検討したらどうか。

 政府がTPP協定の暫定仮訳を公表したのは今月7日。国民がその全体像を詳しく知ることができるようになって、まだ間がない。協定発効もかなり先になる見通しだ。それに伴っての著作権法改正は、広く市民生活に関わる。じっくり議論を重ねたい。慌てる必要はない。

電力市場自由化 新料金プランの説明を丁寧に

 4月の電力小売りの全面自由化によって、消費者は電力会社を選べるようになる。料金を引き下げ、サービスの選択肢を広げる契機としたい。

 既存の電力大手のほか、ガス、通信、商社など新規参入業者は100社を超す。

 東京ガスは、都市ガスと組み合わせると電気料金が安くなるプランを提供する。東京急行電鉄もケーブルテレビとのセット契約で割引になる。携帯大手も電力会社と組み、携帯料金を割り引くサービスなどを用意した。

 電気とさまざまなサービスを組み合わせることにより、現在の電気料金と比べて、年1万円程度安くなるケースもある。料金の支払い先が1か所にまとまるなど利便性の向上も見込める。

 反面、料金プランと契約内容が複雑化し、各サービスの料金が分かりづらくなる問題もある。複数のサービスの長期契約によって、解約や他社への乗り換えが難しいとの指摘も出るだろう。

 各社が料金プランを工夫してわかりやすくし、消費者にしっかりと契約内容を説明する必要がある。解約時に高額な違約金の支払いを求めるなど、過剰な顧客の囲い込みも自粛すべきだ。

 人口の多い首都圏を抱える東京電力管内では、契約の切り替えを希望する消費者が集中するとみられる。事前にパソコンや店頭で申し込んでおいても、予定通り4月1日に移行できるかどうか、不安だとの声もある。

 東電は、契約移行のシステムを整備し、正常に稼働することを確認するなど、万全の態勢で臨まねばならない。

 電力自由化は、確実に家庭に電気を届けることが前提である。自ら電源を持たず、他社から調達する新規参入業者も多い。停電を招かないよう、各社は需要に見合う供給計画を作ってもらいたい。

 懸念されるのは、自由化後も新規業者の参入が限られる地方では、競争による電気料金の値下げが期待しにくいことだ。

 全面自由化後も、2020年までは、「規制なき独占」による料金の高騰を避けるため、現行の規制料金は残る。

 だが、それ以降は、発電コストの安い原子力発電所が稼働していない限り、競争が不十分な地方で料金が上昇しかねない。

 料金値下げなどの恩恵を全国に広げるには、安価な電力の安定的な供給が欠かせない。安全が確認された原発を円滑に再稼働させていくことが重要だ。

中国の人権弾圧 身勝手な力の統治が目に余る

 中国の習近平国家主席が、力による統治を一段とエスカレートさせているということだろう。

 習政権が今月、「反テロ法」を施行した。インターネットサービス企業などを対象に、テロ防止のため暗号解読技術を提供するよう義務づけている。模倣されかねないテロを詳細に報じることも禁じた。

 外国企業の活動規制や言論・報道統制が強化されるとの懸念が、国際社会で高まる一方である。

 反テロ法はテロについて、「暴力などの手段で社会をパニックに陥れ、その政治目的を実現する主張と行為」と定義している。

 中国当局が認めていない主張をしただけで処罰される可能性があるのは問題だ。テロ活動の規定も曖昧で、裁量の余地が大きい。

 深刻なのは、イスラム過激派のテロ対策に名を借りて、少数民族のウイグル族の抑圧に法を恣意的に利用する恐れがあることだ。

 施行前の昨年末には、ウイグル族政策を批判する記事を書いた北京駐在の仏誌記者が既に、事実上の国外退去処分となっている。

 共産党の一党独裁下にある中国は、「法治」を掲げながらも、「司法の独立」はない。法は党の統治を徹底するための手段だ。

 人権擁護に努める弁護士や活動家らを多数拘束し、一方的に弾圧している状況も看過できまい。

 今月も、中国の人権問題に取り組むスウェーデン人男性を拘束した。海外の民間活動団体(NGO)などから資金援助を受けて人権派弁護士を支援し、「国家の安全を脅かした」のが理由という。

 習氏は、汚職摘発で政敵を排除し、権力基盤を固めてきた。それでも依然として、民主主義や人権などの価値観が社会に浸透し、経済の減速などで国民の不満が膨らむことに強い危機感を持っているのではないか。

 「一国二制度」が適用されている香港に、中国式の強権的手法を持ち込むことも容認できない。

 香港では、書店の株主や店長ら関係者5人が相次いで失踪する事件が起きた。書店は、中国本土で出版や販売ができない中国に批判的な「発禁本」を扱っていた。

 中国側は、このうち2人が本土にいると認めたが、自らの判断で入ったなどと強調している。

 捜査権限もないのに、中国当局が香港から関係者を連行、拘束したとの批判をかわす狙いだろう。連行が事実なら、「高度な自治」を覆す由々しい事態だ。香港住民だけでなく、世界に説明を尽くすことが習政権の責任である。

2016年1月25日月曜日

道半ばのブラック企業対策

 過酷な労働を強いる「ブラック企業」対策の新たな制度が3月から始まる。法令違反を繰り返す企業からの新卒者の求人はハローワークが受理を拒否できるようにする、といった内容だ。

 だが、これで十分とはいいがたい。労働関係法令の知識の普及や法令違反の取り締まり強化など、課題は多い。ブラック企業対策に幅広く取り組む必要がある。

 新制度は昨年9月に成立した青少年雇用促進法で定められた。違法な長時間労働など法令違反を1年間に2回以上繰り返し、是正されていないといった企業は、国のハローワークが新卒求人を受け付けなくてもよいこととする。

 また、新卒者を募集する企業に対しては、採用状況や労働時間、能力開発などに関して一定の情報提供を義務づける。

 ただ、効果は限定的だろう。人材募集は求人誌やウェブサイトでも可能だ。募集時の情報提供の義務づけは学生などから求めがあった場合としており、内容も企業が選べる余地が大きい。

 たとえば採用状況については、過去3年間の新卒採用者数・離職者数や平均勤続年数などのなかから、1項目を選ぶ仕組みだ。

 企業には制度が定める以上の情報提供を求めたい。学生の要求がなくても働く環境などを自ら発信すべきだ。職場情報の自主的な提供が当たり前になれば、ブラック企業の排除への一歩になる。

 学生は企業が出す情報を理解したり、それをもとに職場の様子を思い浮かべたりする力を養ってほしい。大学の役割は大きい。働く人を保護するための労働時間規制を定めた労働基準法をはじめ、基本的な労働関係法令を学生が学ぶ機会を増やしてはどうか。

 違法行為の取り締まりでは、企業を監督指導する労働基準監督署の人員不足が指摘される。ハローワークの職業紹介業務の民間開放を進め、それに従事している公務員を監督指導業務に振り向けるのも一案だろう。自衛と取り締まりの両面に力を入れたい。

企業が厚生年金から逃れるのを許すな

 会社員のための公的年金である厚生年金に加入すべきなのに、加入していない人が200万人もいる。そんな推計を政府がまとめた。これらの人は自営業者などの国民年金に加入しているという。

 国民年金は厚生年金よりも年金額が少ない。給与天引きでなく自ら保険料を納める方式のため、保険料の未納も起こりやすい。老後の生活が厳しくなって生活保護に至ることも考えられる。

 労働者個人のためにも、社会のためにも、本来の厚生年金に加入するよう国や日本年金機構は徹底した対策を求められる。

 加入漏れが起こる大きな原因は勤め先の企業にある。厚生年金の保険料は事業主と従業員が折半して負担する仕組みだが、これを嫌って企業が果たすべき義務を果たしていないのだ。

 法人事業所と従業員5人以上の個人事業所はすべて厚生年金や健康保険に入らなければならない。ところが、特に中小零細企業が経営難を理由にして加入しないことが珍しくない。厚生労働省は約79万の事業所が違法に加入していない可能性があるとしている。

 こうした事業所に日本年金機構は調査票を送り、その回答を見て未加入がはっきりすれば、立ち入り調査も実施して加入を指導する方針だ。悪質な加入逃れに対しては刑事告発も視野に入れるという。これらの対策は当然だろう。遅きに失したといってもいい。

 マイナンバー制度が始まり情報が集めやすくなった。こういった仕組みも使って加入逃れを徹底的に追及してほしい。それでも成果が上がらなければ、税と保険料の徴収を一体化して効果を上げようという歳入庁構想も具体化すべきではないだろうか。

 厚生年金への加入条件にも問題がある。労働時間が正社員の4分の3未満のパート労働者などは、厚生年金に入る必要がない。

 不正の摘発を強めれば強めるほど、企業は短時間の非正規労働者をより多く雇ってコストを下げる方向に走りかねない。これでは老後の生活が不安定な非正規労働者が増えてしまう。

 政府は10月から、加入条件を一部見直して短時間労働者の厚生年金加入を拡大する。しかし、対象を従業員501人以上の企業とするなど、まだ限定的だ。企業の負担が急激に増えないよう配慮する必要はあるが、さらなる加入拡大策を検討すべきだ。

高齢者見守り まず実態の把握を

 身寄りのない高齢者の見守りや、病院や介護施設に入る際の身元保証をする公益財団法人「日本ライフ協会」が、将来の葬儀代などとして預かったお金を運営資金などで使ってしまっていたことがわかった。

 預託金の不足額は約2億7千万円にのぼる。さらに1億7千万円が関連のNPO法人のために使われて回収不能になっている疑惑もある。

 預託金の早急な回復などを求める国の勧告を受け、協会は理事全員が引責辞任し、弁護士らによる調査委員会を設けて実態解明を進めるとしている。

 会員になっていた高齢者の不安は計り知れない。速やかに問題を洗い出して、責任を明確にするとともに、サービスに支障が生じることのないよう、万全の対応を求めたい。

 離別や死別、生涯未婚率の上昇などもあって一人暮らし世帯は増加傾向だ。また、核家族化や家族関係の変化などによって、子どもがいても頼れない、頼れる親類が近くにいないという人も増えている。

 そんな時代背景の中で、今回のような「身元保証」「家族の代行」をうたうサービスは広がっている。

 運営主体も、地域のNPO、社会福祉協議会、民間会社など様々だ。しかし、どれだけの団体が、どんな形でサービスを提供しているのか、誰も把握していないのが実情だ。

 今回の不正をチェックできたのは、運営主体が公益財団法人だったからだ。公益財団法人には年に一度、事業の報告が義務づけられている。

 こうした不正を防いでいくためにはまず、実態の把握が必要ではないか。そこは行政の役割だろう。

 制度のはざまに対応し、行政を補完するNPOなどの自由な活動はもちろん尊重しなければならない。だが、預託金のようなお金の取り扱いには、一定のルールがほしい。

 例えば、将来の葬儀の費用に備える冠婚葬祭互助会には前受け金の半分を保全するというルールがある。高齢者にとってわかりやすく、安心して利用できるサービスにしていくために、知恵を絞りたい。

 サービスが広がる現状を考えれば、こうした取り組みが急務である一方で、そもそもサービスに頼らないと一人暮らしの人が病院や介護施設を利用できない仕組みや慣習を見直すことはできないだろうか。

 少子高齢化が進むことを考えれば、そんな根っこからの議論もしていく必要がある。

国会と育休 「くせに」を排し議論を

 国会議員の育児休暇は是か非か――。

 自民党の宮崎謙介衆院議員が育休を取ると「宣言」し、育休の規定がない衆議院規則の改正にも意欲を見せたことを受け、賛否両論が広がっている。

 「『育児は母親の仕事』という社会の空気に風穴をあけてほしい」「男性の育児参加を実践し、範を示してほしい」

 国会議員、とりわけ男性が率先して育休をとることで、社会全体の意識改革につながるのでは、との期待がある。

 一方で「民意の負託を受け、特権も与えられているのに、責任放棄では」「育休制度は雇用者と被雇用者との関係であるもの。自営業者に近い国会議員は、自らの裁量で育児参加すればよい」といった批判もある。

 それぞれに、一理がある。

 政界の論理に染まり切っていない若手議員だからこそ、投じることができた一石である。

 ただちに「正解」を出す必要はないだろう。

 国会議員が果たすべき役割は何か。有権者は国会議員に何を期待しているのか。国会の内と外でじっくり議論を深めるきっかけにしたい。

 それにしても、民間企業の男性の育休取得率2・3%(2014年度)は、あまりに低いと言わざるを得ない。

 「男のくせに」「女だから」

 社会にまだまだ根強くある、性別役割分業の意識が要因であることは、間違いないだろう。

 育児は当然、女性だけがやるものではない。男性が育児を担うことへの社会の理解が低いから、男性の育休取得率が上がらない。上がらないから、「そうしたものだ」と流され、社会の意識も変わらない。

 この悪循環を断つためには、個々人が「一歩」を踏み出し、実践を積み重ねていくことが大事だろう。

 男性なら、まずは短期間でもいいから育休を取ってみる。そこで得られた気づきを、友人や同僚に話してみる。

 そして国会議員の一義的な仕事は、そのような動きを支え、男女を問わず、子どもを産み育てやすい社会を築くための法整備であり、制度づくりである。

 出産と育児をめぐる問題は山積している。妊娠や出産で不利益な扱いを受けるマタニティーハラスメント。経済的な理由で出産をあきらめる若者。出口の見えない待機児童問題……。

 これらの解決が急務だという認識は、性別や世代、党派を超えて共有できるはずだ。育休問題にとどまらない、国会の主体的な取り組みに期待する。

琴奨菊初優勝 日本人力士10年ぶりの快進撃

 日本出身力士が10年ぶりに賜杯を抱いた。拍手を送りたい。

 大相撲初場所で、大関琴奨菊が14勝1敗で初優勝した。

 琴奨菊は「辛い時も、たくさんの方々に応援していただいて、いま自分がこうして立っていることがうれしい」と喜びを語った。

 日本人力士の優勝は、日本国籍を取得したモンゴル出身の旭天鵬を除けば、2006年初場所の栃東以来だ。角界を席巻するモンゴル勢に一矢を報いたと言える。

 琴奨菊は、11年に大関に昇進して以来、度重なるけがなどで精彩を欠いていた。今場所は、がぶり寄りを身上とする本来の取り口が戻った。一時よりも、けがが回復したこともあるのだろうが、その変貌ぶりには目を見張った。

 中でも、これまで全く歯が立たなかった横綱白鵬を、力強い出足で押し出した11日目の相撲は見事だった。3横綱すべてを破る、文句なしの優勝である。

 来場所の成績次第では、1998年に昇進した3代目若乃花以来の日本人横綱の誕生も現実味を帯びてくるのではないか。

 琴奨菊の優勝は、他の日本人力士にとっても、大きな刺激となろう。大関稀勢の里ら、期待される力士たちの奮起を期待したい。今場所は途中休場した遠藤ら、人気力士の台頭も待たれる。

 日本人力士の優勝が、これほどのニュースになるのは、かつては考えられなかったことだ。

 白鵬が猫だましといった奇手を使うことなどに批判はあるが、モンゴル勢が、近年の大相撲を支えてきたのも事実だ。

 そうした状況に、一抹の寂しさを感じているファンは少なくないだろう。琴奨菊に送られた大きな声援が、それを物語っている。

 日本相撲協会は一時、時津風部屋の力士暴行死事件や野球賭博事件など、不祥事に揺れ続けた。多数の力士が角界から追放された八百長問題では、11年春場所が中止に追い込まれた。国技としての信頼は失墜し、客足は遠のいた。

 このところ、場所には活気が戻り、「満員御礼」が増えている。激しい差し手争いや土俵際の逆転など、白熱した取組が増えていることが大きな要因ではないか。

 昨年11月に死去した北の湖前理事長が「土俵の充実」を訴えていたことが成果を上げつつある。

 日本人力士が優勝争いに絡み、外国人力士としのぎを削る。千秋楽まで目が離せない場所が続くことで、大相撲の人気回復は確たるものになるだろう。

宜野湾市長再選 「普天間固定」を避ける一歩に

 米軍普天間飛行場の危険性の早期除去という移設問題の「原点」について、多くの市民が再認識した結果ではないか。

 沖縄県宜野湾市長選で現職の佐喜真淳氏が、移設反対派が推す元県職員の志村恵一郎氏を破り、再選された。佐喜真氏は、辺野古移設を進める自民、公明両党の推薦を受けていた。

 2014年の名護市長選と沖縄県知事選で移設反対派が勝利した流れを止めたものだ。推進派の反転攻勢の足がかりとなろう。

 佐喜真氏は、自公両党の支持層を固め、無党派層にも浸透した。前回の市長選では「県外移設」を唱えたが、今回は、移設先には言及せずに、移設を実現する必要性を誠実かつ真剣に訴えた。

 普天間飛行場の固定化を避けるには、やはり辺野古移設が現実的な近道だ、との受け止めが市民に広がったのは間違いあるまい。

 政府が基地負担軽減に積極的に取り組んだことも功を奏した。

 普天間飛行場東側の土地の返還前倒しにより、交通渋滞を解消する市道整備に道筋を付けた。飛行場返還後の跡地にディズニーリゾートを誘致する構想も、若者らの支持につながったとされる。

 志村氏は、翁長雄志知事と二人三脚で、「3年で普天間飛行場の運用停止の実現」という空疎な主張を繰り返すだけだった。これでは、市民の支持を広げることに限界があるのは当然だ。

 政府は引き続き、より多くの県民の理解を得る努力を尽くしながら、辺野古移設の作業を着実に進めなければならない。

 翁長氏はなお、徹底抗戦の構えだ。自らの埋め立て承認取り消しに関する国土交通相との対立を巡り、総務省の国地方係争処理委員会の却下判断を不服とし、高裁支部に新たな訴訟を起こす。

 だが、具体的な解決案を示さずに、国との対決姿勢を強めるだけの翁長氏の硬直的な手法については、県内でも、保守系を中心に冷ややかな声が高まりつつある。

 翁長氏は、県民の基地負担軽減には何が有効かを再考し、現実的な対応をとるべきだろう。

 理解できないのは民主党の対応だ。沖縄県連が志村氏支援に回り、枝野幹事長は「多くの党国会議員が(志村氏に)頑張ってもらいたいという思いだ」と述べた。

 移設問題がここまで迷走した原因は、民主党政権が「最低でも県外」と訴え、反対派を煽ったことにある。辺野古移設を党方針と決めたのに、安易に再び反対に回るのは、無責任に過ぎよう。

2016年1月24日日曜日

デフレ脱却を前に進める労使交渉に

 経団連が春の労使交渉に臨む経営側の指針をまとめた。毎月の基本給を上げるベースアップ(ベア)には昨年に比べ慎重だ。

 背景には世界経済の先行きに不透明感が強まっているとの認識がある。ただ今期に最高益を見込む企業も少なくない。デフレ脱却への流れを確かなものにするためにも、経営者は自社の支払い能力を踏またうえで、ベアを含む賃金増を前向きに考えてほしい。

 今年の指針は「賃金の引き上げにはベア以外にも様々な選択肢がある」とし、一時金などを含めた「年収ベースでの賃上げ」を企業に求めた。ベアを否定はしていないが、表現は昨年より後退した。

 ベアを実施すると残業代や退職金なども増え、企業の負担は小さくない。経団連は2014年からベアを容認してきたが、新興国経済の減速など経営環境は厳しさを増している。ベアに慎重な姿勢も一理あるだろう。

 だが消費を増やす効果が大きいのは、一時金よりも月々の収入が上がるベアだとの指摘がある。

 物価変動の影響を除いた実質の消費支出は昨年11月まで3カ月連続で前年同月を下回った。実質賃金の伸びは鈍く、個人消費は低迷している。業績が好調な企業はベアを積極的に考えてはどうか。

 重要なのはこの先も継続的に賃金を上げていくことだ。賃金増で消費が伸び、企業収益が拡大し、それがまた賃金を増やして新たな雇用を生むという好循環をつくらなければならない。

 基本は企業の生産性向上である。新しい技能を社員が身につけるための研修の充実や、専門性の高い外国人材を採りやすくする人事制度改革などについて、労使は議論を深めるべきだ。労働力不足対策では、長時間労働の是正など女性や高齢者の働きやすい環境づくりが欠かせない。

 パートなど非正規社員の処遇改善の検討も求められる。国税庁の調査では14年の平均年収は正社員の478万円に対し、非正規社員は170万円にとどまる。

 雇用者の4割近くを占める非正規社員の賃金上昇は消費の底上げ効果も大きい。技能を高める機会を増やして生産性向上を促すなどして、待遇改善につなげたい。

 日本経済はデフレから抜け出せるかどうかの正念場にある。停滞を破るのは企業自身である。持続的な成長に向けて実りのある春季交渉としたい。

バター不足の根源にメスを

 バターの供給は足りており昨年末の需要期に店頭で品切れはなかった。農林水産省や輸入バターなどを管理する農畜産業振興機構、乳業各社はこう主張する。一方、政府の規制改革会議では、洋菓子店などが原料に使うバターの供給を制限されていると証言した。

 矛盾の原因は、乳業各社が一般消費者向けの供給を増やし、洋菓子や総菜向けなどの供給があおりを受けたところにあるようだ。バターの生産を増やしたため、同じ原料を使う生クリームに不足感が出る問題も、昨年は起きた。

 バターなどが不足する主因は原料生乳の国内生産が減少していることだ。根底には構造的な問題が横たわる。硬直的な制度が酪農家の自由な活動や流通の合理化を阻害しているのだ。政府が緊急輸入を繰り返し小手先の調整でしのいでも、解決にはつながらない。

 問題は50年前にできた「指定生乳生産者団体制度」にさかのぼる。生産した生乳を原則すべて地域ごとの指定団体(農業協同組合組織)に出荷しないと、酪農家は補助金をもらえない仕組みだ。

 全国を10区分した農協の地域独占には、酪農家の間の競争を抑制する狙いもある。指定農協以外で酪農家から生乳を集荷する企業や、そこに出荷する酪農家は「アウトサイダー」と呼ばれる。実態は前近代的とさえいえよう。

 原料生乳をどこに売るか。何に使ってもらうか。自ら製品に加工するか。酪農家が自由に考え工夫を打ち出せる環境に変えないと、競争力を持つ酪農の将来像は描けない。集荷で新規参入が増えれば流通の合理化も期待できる。

 現行制度を維持しようとする農協や乳業各社は、改革を阻む「岩盤」と化している。規制改革会議は6月にまとめる答申で、既得権益にメスを入れる抜本改革を打ち出してもらいたい。

 農畜産業振興機構による輸入バターの取引の仕組みも複雑でわかりにくい。消費者や食品企業にも便利な、透明性の高い取引手法に変えるべきだ。

パキスタン 市民社会の形成を促せ

 国や地域社会の課題を研究し、将来を担う人々を育てる。そんな大学の役割には、地元の期待も厚い。

 20日に武装集団から襲撃されたパキスタン北西部チャルサダの公立バチャ・カーン大学は、そんな大学だった。銃乱射の前に、学生や教師ら20人以上が死亡した。

 パキスタンでは、一昨年12月にも軍運営の学校が襲われ、約150人もの児童や生徒らが犠牲になった。武器も抵抗手段も持たない弱者を狙う暴力の続発に強い怒りを禁じ得ない。

 悲劇が繰り返されないよう、パキスタン政府や地元当局、支援する国際社会は協議を重ね、十分な対策を取る必要がある。治安の確保はもちろん大切だが、武装集団の活動を抑え込むだけでは、その場しのぎの対応に終わりかねない。

 学校や教育が自分たちのものであり、自分たちこそが支えるのだと、広く社会に理解してもらう努力が欠かせない。

 今回の事件では、過激派の反政府組織「パキスタン・タリバーン運動(TTP)」の一派が犯行声明を出した。TTPはかつて、ノーベル平和賞受賞者マララ・ユスフザイさんを銃撃したことがある。マララさんは、今回の事件を強く非難する声明を出した。

 一昨年の学校襲撃にかかわったのも、TTPである。その事件以降、パキスタン当局は掃討作戦を本格化させ、凍結していた死刑の執行も再開した。過激派の多くは隣国アフガニスタンに逃れ、封じ込めがある程度成果を上げたとみられていた。

 しかし、他方でこうした厳罰主義は反発も生みやすい。事件の背景にそんな事情があるのなら、人権に配慮し、人々の支持を得ようとする姿勢が政府には求められる。困難な道だけに、国際社会との連携が不可欠だ。

 欧米諸国は、これまでもパキスタンに多大な支援を続けてきた。核兵器を事実上保有するパキスタンの混乱は、世界の秩序に影響する。インド、イランといった大国の間に位置するこの国への影響を保とうとする思惑も絡む。

 しかし、パワーゲームの論理を超えて、市民社会の形成を促す地道な協力を拡充できないか。生活に密着した社会基盤を整備し、教育体制を充実させてこそ、子どもや若者も安心して学ぶことができる。その過程で日本が果たせる役割も大きい。

 長い目で見れば、そうした努力が国家の安定につながるだろう。危機感を国際社会で共有し、支える態勢を築きたい。

廃棄食品問題 問われる日本の「食」

 本来は処分されなければならない産業廃棄物が「食品」に化け、市場に出回っていた。

 カレーチェーンを全国展開する壱番屋の冷凍カツで発覚した、愛知県の産廃業者による廃棄食品の横流し。市場に出回るまでに冷凍が解けた形跡があり、消費者に健康被害をもたらす可能性もあった。業者は弁護士に「売るためにやった」と認めている。ルールを無視した行為に驚くばかりだ。

 産廃業者からカツを買って転売した岐阜県の業者の施設からはほかにも108品目が見つかった。現時点で、製造・販売元は北海道から宮崎県まで25自治体に及ぶ。横流しされたとみられる食品にはイオンやマルコメなどの商品も含まれる。問題はどこまで広がるのか。警察の徹底的な捜査を期待したい。国も全国的な調査をすべきだ。

 問題の冷凍カツは異物混入の恐れがあり、破棄されたものだが、岐阜県の業者の手を離れたあとは「格安市場」のルートに乗り、複数の仲買業者の間で転売された。「在庫が安く出回ることはある。廃棄物とは思わなかった」と語る業者もいた。

 だが素性の確認なしに、食品の安全性は判断できまい。

 無責任な取引は、消費者ニーズに応えようと真面目に格安販売に取り組む人や、品質に問題のない余剰食品を生活困窮者らに提供するフードバンクなどの活動にも水を差しかねない。

 製品を悪用された壱番屋は、産廃業者に処理を委託する際、カツに手を加えていなかった。食品の形をとどめていたことが横流しを招く一因となった。

 問題発覚を受け、壱番屋がいち早く改善策を打ち出したことは当然だ。今後は再利用できない形で廃棄し、それができない場合は最終処理まで社員が立ち会い、目視で確認するという。再発防止に役立ててほしい。

 食品製造に関わるほかの事業者も、適正な処理がなされているか監視を強める必要がある。

 廃棄物処理法が定めるように、事業活動にともなう廃棄物は、排出者自らが処理に責任を持たなければならない。

 国内で出る食品の産廃は年間250万トンにも及ぶ。その一因とされるのが食品業界の「3分の1ルール」だ。製造から賞味期限までの3分の1を過ぎた商品は小売店へ納品できず、小売店は3分の2を経過した時点で店頭から下げる商習慣だ。

 まだ食べられる食品が、大量に破棄されることが織り込まれている日本の「食」――。今回の問題は、その現実を改めて白日の下にさらしたとも言える。

教科書謝礼問題 不正行為の蔓延にあきれる

 教科書業界の規範意識の欠如には、あきれるばかりである。

 検定教科書を巡る謝礼問題で、文部科学省が調査結果を公表した。

 小中学校の教科書を発行する22社のうち10社が、2009年度以降、検定中の教科書を4000人近くの教員らに見せ、現金などを渡していた。謝礼の総額は3500万円を超える。

 不正行為は全ての検定年度で確認された。最初に発覚した三省堂だけでなく、不正は業界で常態化し、蔓延まんえんしていたと言える。

 中でも、教科書の占有率(シェア)で上位を占める大手の違反が目立つ。東京書籍、教育出版、光村図書出版は、いずれも発行する全教科の教科書を閲覧させ、教員らに1人あたり3000円~3万円の現金などを渡した。

 検定作業に不当な圧力がかかるのを防ぐため、文科省の規則は、検定中の教科書を外部に見せることを禁じている。謝礼を受領した教員らが、検定終了後に教科書の選定(採択)に関与した場合、その公正さが歪ゆがむ恐れがある。

 実際、東京書籍の幹部は「採択目的があったのは否定できない」と明かしている。不正な営業により、高いシェアを維持していたのであれば問題だ。

 三省堂のケースでは、謝礼を受け取った校長ら6人が関わった6地区の教科書選定で、教科書が他社から三省堂に切り替わったことが判明している。

 文科省は、謝礼提供が教科書選定に与えた影響について、教育委員会を通じた調査を継続する。不正が確認された場合には、厳正な処分が求められる。

 見過ごせないのは、数研出版が教育長や教育委員計10人に、歳暮や中元を贈っていたことだ。教科書選定の権限を持つ教育長らに便宜を期待したとの疑念を抱かせる不適切な行為というほかない。

 教科書営業では、かつても金品の提供が横行した。このため、独占禁止法の特殊指定を受け、教員らに対する利益供与が禁じられた。状況が改善されたとして、06年に特殊指定が廃止され、業界の自主規制に委ねられた。

 今回、業界の自浄能力の欠如が浮き彫りになったことで、各社の経営陣の責任も問われよう。

 教科書会社が工夫を凝らし、質の高い教科書を作る。出来上がった教科書は、あくまで内容に基づいて、教委が公正に選ぶ。

 教科書への信頼は、こうしたプロセスの上に成り立っていることを、関係者は再認識すべきだ。

科学技術計画 次代の暮らしに役立つ開発を

 日本が培ってきた科学技術の力を花開かせる体制整備を急ぎたい。

 政府は、来年度から5年間の科学技術政策の指針となる「第5期科学技術基本計画」を閣議決定した。

 柱の一つが、ロボットや人工知能、IT機器などをネットワーク化させる「超スマート社会」の実現だ。介護ロボットなど、普及すれば快適な暮らしに役立つ技術が多い。交通や医療、金融といった分野での応用範囲は広い。

 米国では、グーグルが自動運転車の開発に挑むなど、業種の壁を越えたプロジェクトが進む。日本にも情報関連企業や研究者は多いが、資金力が劣ることなどから、立ち遅れが目立つ。

 基本計画は、各社が共用できる施設や情報基盤の整備の必要性を指摘した。国際競争に勝ち残るために、官民一体となった取り組みが求められる。

 安全保障の項目を初めて設けたのも、今回の基本計画の特徴だ。防衛分野での産学官の連携強化を掲げることにより、一層の民間参入を促す狙いがある。

 中国の海洋・宇宙進出や国際テロ、サイバー攻撃などを念頭に、今後、研究開発を進める。大学で既に研究が進む無人飛行機の制御技術や、超高性能樹脂などの実用化を目指したい。

 気がかりなのは、日本の研究力の低下である。基本計画も、自然科学系の論文数や国際的な共著論文数が、思うように伸びていないことに危機感を示している。

 論文が多くの研究者に引用されるのは、優れた内容であることの証しだ。引用数が多いトップレベルの論文の割合を国別に比較した調査で、日本の順位は、今世紀に入って低下を続けている。

 世界的に活躍できる研究者をいかに増やしていくかが、日本の大きな課題である。目先の成果を過度に重視するのでなく、息の長い支援が求められる。

 博士号取得後の若手研究者は、大学などで任期が限られたポストにしか就けないケースが多い。じっくりと研究に取り組めないことが問題となっている。

 身分が安定した研究者を増やすことが、日本の研究開発力の向上につながるだろう。

 女性研究者の割合も伸び悩んでいる。「新規採用で3割」という第4期計画の目標は未達成だ。

 未知の領域に挑む科学技術を発展させるためには、多様な人材が必要である。有能な研究者が存分に活躍できるよう、働きやすい環境の整備も欠かせない。

2016年1月23日土曜日

経済再生へさらなる踏み込みが必要だ

 日本経済をどう底上げしていくのか。世界の景気の先行きに不安を覚える有権者が一番知りたいのはそれだ。安倍晋三首相の施政方針演説はその期待に十分に応えたと言えるだろうか。経済再生への熱意を感じられる成長戦略を一刻も早く打ち出す必要がある。

 安倍首相の国会演説としては最も長かった。年頭の記者会見で連呼した「挑戦」を10回以上も繰り返した。さて中身はというと、踏み込み不足の感が否めない。

 1年前の施政方針演説では、農協の見直しなど「戦後以来の大改革」に取り組む決意を示した。実現したものもあるが、打ち砕かなくてはならない岩盤規制はまだまだたくさんある。

 今回の演説が規制緩和にあまり触れなかったのは不満である。成長戦略として言及したのは、中小企業版の競争力強化法の制定ぐらいであり、その詳細もまだよくわからない。

 農産品を世界に売り込む「攻めの農政」。観光立国を通じた地方創生。演説はこれらの施策がいかに成果をあげているかの説明に時間をかけた。有権者が聞きたいのはその先である。

 安倍首相が最も力説したかったのは働き方改革だそうだ。政府がこれまで「研究」にとどめてきた「同一労働同一賃金」について「実現に踏み込む」と明言した。

 首相周辺は「非正規雇用を正規雇用にしていく狙いがある」と明かす。夏の参院選で「格差是正」を争点に据えたい野党に先手を打った形である。

 もっとも、同一労働同一賃金の推進法は制定されたが、定義はまだ確定していない。本当に賃金の上昇につながるのか。企業の負担はどう変わるのか。言葉だけがおどることのないよう、政府の今後の対応を注視したい。

 演説が働き方改革を前面に打ち出した一方で、与党は昨年の通常国会からの持ち越し案件である労働基準法改正案の今国会成立に後ろ向きである。野党に「残業代ゼロ法案」と宣伝され、選挙で不利になるからだという。

 安倍首相は演説で野党のことを「批判に明け暮れ、対案を示さず、後は『どうにかなる』。誠に無責任」と攻撃した。ならば、労基法改正案が目指す脱「時間給」の考えが働き方改革にどうつながるのか、正面から説くのが筋だ。

 挑発された野党も対案を持ってぶつかってほしい。

震災復興に乗じた談合の罪

 「早期の復興」という大義を口実に、所得税の増税までして確保した国費を食い物にする情けない行為といわざるを得ない。

 東日本大震災からの復旧工事の裏側で談合が繰り返されていた疑いが強まった。東京地検特捜部と公正取引委員会が、独占禁止法違反(不当な取引制限)の容疑で道路舗装会社を一斉に捜索した。

 談合に関与したとみられるのは、大手のNIPPOや前田道路、日本道路など20社にのぼる。被災した東北自動車道など、東日本高速道路会社が2011年夏に発注した12件の舗装工事の入札で、落札企業や価格をあらかじめ調整していた疑いが持たれている。

 この疑惑を巡っては昨年、公取委が強制調査に乗り出していた。調べに対し複数の会社が談合の事実を認めているという。

 東日本高速によると、入札の直前に談合を示唆する匿名の情報が同社に寄せられていたという。これを踏まえた事実確認に対し道路舗装各社は「不正行為はない」などとする誓約書を提出した。

 ところが実際には、落札価格をつり上げ利益を確保するため受注を調整した。平気でウソをつく根深い談合体質が浮かび上がる。

 今回のような災害からの復旧にとどまらず、日本のインフラ整備では今後、道路や施設の老朽化に伴う補修や修繕の比重が高まっていく。これを担う業界を国土交通省は「メンテナンス産業」と位置づけ、情報化投資などによる生産性の向上を後押ししている。

 今回、捜索を受けた道路舗装会社はその柱になる業界だ。旧態依然とした体質を抱えたままで優秀な人材を確保できるのか。健全な成長など望めないだろう。

 05年末に大手ゼネコンが談合決別宣言をして以降も、談合事件の摘発は続いている。これまでも課徴金の引き上げなど再発防止のための取り組みがなされてきたが、根絶できていない。

 担当者の立件だけでなく、業界の構造的な問題にも切り込む徹底した捜査を、検察は求められる。

施政方針演説 「挑戦」というならば

 甘利経済再生担当相の現金授受疑惑で与野党がざわつく中、安倍首相がきのう、施政方針演説に臨んだ。

 首相が演説で掲げたキーワードは「挑戦」である。その対象として、世界経済の新しい成長、地方創生、1億総活躍、外交の4分野を挙げた。

 その中で注目すべきは、この春にもまとめる「1億総活躍プラン」の中で、「同一労働同一賃金の実現に踏み込む考えだ」と初めて明言したことだ。

 同一労働同一賃金は、正規雇用と非正規雇用の賃金格差を正すため、民主党など野党や労働界が強く訴えてきた政策だ。一方で、経済界寄りの自民党が積極的だったとは言い難い。

 その姿勢を一転させたのは、夏の参院選に向けて自民党としてより幅広い層にアピールするためには、不平等の是正や、成長の果実の分配にも目配りが必要だという思いなのだろう。

 首相が本気で同一労働同一賃金の実現に向けて努力するのなら大いに結構だ。ただ、負担増となる企業とどう折り合いをつけるかなど、ハードルが高いのも事実だ。首相は「挑戦」すると言った以上、経営側への説得をはじめ、どう実現していくのか、具体策が問われる。

 一方、首相は憲法改正について「私たち国会議員は正々堂々と議論し、逃げることなく答えを出していく。その責任を果たしていこうではありませんか」と力を込めた。

 首相はおとといの参院決算委員会では「いよいよどの条項について改正すべきか、新たな現実的な段階に移ってきた」と答弁。自民党が改憲の有力な論点としている「緊急事態条項」の新設についても「大切な課題」だと繰り返している。

 首相にとって憲法改正は重要な「挑戦」なのだろう。いまから問題提起をしておくことで、参院選での議論の地ならしをする狙いもありそうだ。安保法制の時のように、選挙前はあまり語らず、選挙後に数の力で押し通そうとするよりは、まだわかりやすい。

 半面、国民の人権や暮らしが脅かされるような不備がいまの憲法にあるのか、あるならばどう改正すべきなのか、そうした論点を首相は語っていない。緊急事態条項がそれにあたるのかどうかもはっきりしない。

 ここは野党の出番である。

 週明けから、国会は本格的な論戦に入る。甘利氏の疑惑などただすべき点は厳しく追及しつつ、首相が語ったこと、語っていないことの双方について、詰めた論戦を求めたい。

教科書選定 謝礼の調査、徹底的に

 子どもたちの教科書選びが、質ではなくお金で左右されているのではないか。

 そんな疑いを抱かせる行為が教科書業界に広がっていた。

 ゆゆしき事態である。

 小中学校の教科書会社22社のうち、10社が過去4回の検定の際、検定中の本をいち早く教員らに見せ、交通費など実費以外に金品を渡していた。

 相手方の教員らは4千人近くに上る。渡されたのは現金3千~5万円や図書カード、手土産などだ。

 文部科学省が各社に自己点検結果の報告を求めた。

 すべてが選定狙いだとは言い切れない。選定用の見本をつくる前に、間違いがないか教員にチェックしてもらう。編集に協力した人々に、できた本を見せる。そんな例もあっただろう。

 だが謝礼を渡す側には、有利な働きかけを求める意図がなかったとは言い切れまい。

 受け取った教員の側も、公務員としての自覚と倫理に欠けている。

 金品は懐に入れたままなのか。教育委員会が教科書を選ぶ際の資料づくりに関わっていなかったか。実際に選定への便宜を図ったのか。

 文科省は経緯を徹底的に洗い出してほしい。そのうえで、公正さや透明性を高める対策を打ち出してもらいたい。

 深刻なのは、7人の教育長や3人の教育委員に中元や歳暮を贈った数研出版の例である。

 自治体の教育長、教育委員は教科書を直接選ぶ立場だ。金品の授受は贈収賄になりかねない。できるだけ早く調査を尽くすべきだ。

 教科書会社は深く反省する必要がある。

 10社の行為は、検定中の本を見せることを禁じた文科省の細則と、金品の提供を禁じた業界のルールに違反していた。

 だが問題は規則を破ったことにとどまらない。教科書への信頼を深く傷つけたことにある。

 教科書は授業の軸となる教材だ。無償配布の小中学校の教科書は国費であがなっている。

 全社が襟を正すべきだ。

 忘れてならないことがある。不正を防ごうとするあまり、現場の教員の声を聴く機会が失われてはならないということだ。

 文科省は検定が終わった後、各社合同の形での教員向けの説明会を開けないか考えている。検定中も含め、オープンな意見交換の場を検討してほしい。

 現場の実情を反映させることは、豊かな教科書をつくるために欠かせない。角をためて牛を殺してはならない。

施政方針演説 「挑戦」の具体策が問われる

 「いかなる困難な課題にも、果敢に挑戦する」「目標に向かって、諦めずに進む」――。

 安倍首相は衆参両院での施政方針演説で、内政、外交の重要課題に正面から取り組む決意を強調した。大切なのは、安定した政権基盤を生かし、一つ一つ成果を上げることだ。

 首相は、「1億総活躍社会」に関し、多様な働き方を可能にする改革を重視する考えを示した。

 非正規労働者の処遇向上や正社員化を後押しし、雇用形態で賃金に差をつけない「同一労働同一賃金」の実現を目指すという。

 人口減と高齢化を克服し、社会の活力を維持する。そのために、だれもが能力を発揮できる就労機会を用意する意義は大きい。

 非正規労働者の賃金の底上げは急務である。無論、終身雇用を前提に、年功序列の賃金体系で働く正社員と、時間給を基本とする非正規労働者の処遇を直ちに同一にするのは、現実的ではない。漸進的な改革を進めるべきだろう。

 定年延長に積極的な企業への支援や、妊娠などが理由の職場での嫌がらせの防止も進めたい。

 首相は、家族の介護を理由に離職する人をゼロにするため、50万人分の介護サービスの受け皿を整備し、25万人の介護人材を育成すると表明した。「希望出生率1・8」を達成するため、9万人の保育士を確保するとも述べた。

 「1億総活躍」関連の施策は多岐にわたる。工程表を明示し、整合性を取ることが重要だ。持続可能な社会保障制度にする観点から、負担増や給付抑制など「痛み」を伴う改革も避けてはならない。

 外交面で首相は、米軍普天間飛行場の辺野古移設について「先送りは許されない」と強調した。

 辺野古移設は、米軍の抑止力を維持しつつ、基地周辺住民の負担を軽減する現実的な方策だ。地元関係者の理解を広げる努力を粘り強く続けねばならない。

 韓国の位置づけについて、昨年の演説は「最も重要な隣国」だったが、今年は「戦略的利益を共有する」と加えた。昨年末の慰安婦問題の合意を踏まえたものだ。

 北朝鮮の核実験強行で、米国を交えた日韓の防衛協力の重要性は増している。日韓両政府は、関係改善の流れを踏まえ、情報共有などで協力を具体化すべきだ。

 首相は、憲法改正や衆院選挙制度改革について「逃げることなく答えを出していく」と明言した。いずれも与野党の合意形成が難しい課題だ。首相は節目節目で指導力を発揮せねばならない。

甘利氏献金報道 疑惑解明へ説明から逃げるな

 安倍政権の経済政策の司令塔役である甘利経済再生相に、政治とカネを巡る疑惑が浮上した。

 甘利氏は、早急に実態を解明し、きちんと説明せねばならない。

 疑惑は、週刊文春が報道した。甘利氏や秘書が、土地トラブルの補償を巡る口利きの見返りとして千葉県白井市の建設会社から違法献金を受けたというものだ。

 都市再生機構(UR)との補償交渉には、秘書が関与したとされる。2013年11月に甘利氏が大臣室で50万円を受け取るなど、甘利氏側への資金提供や接待は計1200万円に上るという。

 仮に口利きや現金授受が事実ならば、重大な問題だ。あっせん利得罪や政治資金規正法違反などに問われる可能性がある。

 甘利事務所と建設会社はどんな関係で、秘書は補償交渉にどう関わったのか。献金の実態はどうだったのか。これらについて、事実関係を詳しく調査し、納得のいく説明を行うべきである。

 甘利氏は秘書の疑惑について、専門家を交えて検証する考えを示した。その内容次第では、秘書に対する監督責任も問われよう。

 甘利氏は記者会見で、「法に反する行為はしていない」と明言した。ただ、建設会社関係者との面会は認め、「記事と私の記憶が違うところが何点かある」と語るなど、報道の一部は肯定している。これでは疑惑は払拭されない。

 自らの現金授受に関して「1週間以内に記憶を確認してお話しできる」と強調した。発言通り、説明責任を果たす必要がある。

 甘利氏は、環太平洋経済連携協定(TPP)交渉の責任者で、2月4日にはTPP署名式が予定される。今国会でのTPP関連法案の審議でも、専ら答弁に立つ。

 今回の献金疑惑がTPP法案の審議に影響を与えることは最小限にとどめる必要がある。

 「政治とカネ」の問題では、12年12月の第2次安倍内閣の発足以来、小渕優子経済産業相ら閣僚3人が辞任している。

 甘利氏は、経済政策「アベノミクス」を担当し、菅官房長官らとともに、内閣の中核を担う主要閣僚である。今回の疑惑は、過去の「政治とカネ」の問題と比べても重く、展開次第では安倍政権の屋台骨を揺るがしかねない。

 安倍首相は、甘利氏に対応を任せ、「説明責任を果たしてくれると確信している」と語った。夏に参院選を控えて、安倍政権に暗雲が漂い始めているとの厳しい自覚と緊張感を持つ必要がある。

2016年1月22日金曜日

財政健全化の目標達成へ足場固め直せ

 内閣府が中長期の経済財政に関する試算をまとめた。

 それによると、日本経済の成長率が名目で3%以上、物価変動の影響を除いた実質で2%以上で推移した場合でも、2020年度の国と地方をあわせた基礎的財政収支は6.5兆円の赤字になる。

 赤字幅は、昨年7月時点の試算である6.2兆円から拡大した。政府は基礎的財政収支を20年度に黒字にするという目標を掲げているものの、その達成に向けたハードルがさらにあがった形だ。

 日本の財政は先進国で最悪の状態だ。基礎的収支の黒字化の目標は達成しなければならない。政府はここで財政健全化に向けた足場を固め直し、歳出と歳入の両面から具体策を詰めるべきだ。

 中長期試算で財政見通しが悪化したのは、政府が17年4月に導入する消費税の軽減税率の財源が固まっていないためだ。年間で約1兆円の減税のうち財源が決まっているのは約4千億円にとどまる。

 政府・与党の一部では、税収が当初の想定から上振れする分を財源として期待する声がある。ただ、税収は景気次第で増えたり減ったりする。不確実な税収部分は安定した恒久財源ではない。

 インボイス(税額票)導入により、納めるべき消費税が事業者の手元に残る「益税」は減る公算が大きいが、導入時期は21年度なので当面の財源とはならない。

 歳出の削減か、増税か、あるいはその組み合わせか。成長戦略とあわせて政府・与党は具体的な財源論議から逃げてはいけない。

 同時に、20年度までの実現可能な財政健全化の道筋を描く努力を怠ってはならない。特に注文したいのが、社会保障分野の歳出削減・抑制だ。社会保障は国の予算の最大の歳出だが、安倍晋三政権は切り込みが足りない。

 経団連によると、12年度から14年度にかけて従業員の1人当たり賃金は約11万円増えた。しかし、約5万円は医療や年金などの社会保険料の負担増で打ち消され、手取りの賃金増加は約6万円にとどまったという。

 賃上げがアベノミクスの「光」とすれば、抜本的な社会保障改革を素通りして歳出を十分に削り込めずにいるのは「影」の部分だ。

 所得や資産にゆとりのある高齢者に負担増を求める。現役世代との間の過度な不均衡を改める。こうした痛みを伴う難題に、政権は真正面から取り組んでほしい。

経財相は真摯に疑惑に答えよ

 「信なくば立たず」は政治の要諦である。どれほど手腕のある政治家であろうと、少しでも後ろ暗いところがあれば一挙に信用を失う。甘利明経済財政・再生相は政治とカネを巡る自身の疑惑について、真摯に答えて有権者への説明責任を果たさねばならない。

 指摘された疑惑は(1)千葉県の建設会社がトラブルの仲立ちを経財相の秘書に依頼し、見返りに少なくとも1200万円を提供した(2)経財相本人が現金を受け取ったこともある(3)一部は政治資金収支報告書に未記載である――などだ。政治資金規正法などに抵触するおそれがある。

 経財相は「第三者も入れて、きちんと調査する。しかるべきときに説明する」と述べた。2014年に政治とカネの疑惑を問われた小渕優子元経済産業相は調査に1年もかけ、ほとぼりが冷めたころに発表した。「しかるべきとき」を盾にして、時間稼ぎをすることがあってはならない。

 秘書の行動の詳細はともかく、経財相自身が現金の入った封筒を手にしたかどうかは即答できそうなものである。「記憶が曖昧なところがある」というのはいかにも不誠実な答弁だ。

 経財相は環太平洋経済連携協定(TPP)に関する交渉を所管してきた。安倍晋三首相を支える柱のひとりである。仮に辞任することになれば、政権に与える衝撃は小渕氏のときの比ではなかろう。

 だからといって続投ありきでは困る。「安倍1強」の権力を背景に臭いものにふたをしようとしている、と思われたら政権そのものが揺らぎかねない。

 首相は「説明責任を果たしてくれるものと確信している」と語った。危機感が不足していないか。事実関係を究明し、直ちに包み隠さず公表するように経財相に命じるべきである。進退にまで波及するかどうかはその調査結果が出てから考えるべき問題だ。

 高木毅復興相の醜聞もなおくすぶっている。政策遂行に専念できる体制を早く固めたい。

甘利氏の疑惑 全容解明の責任果たせ

 甘利経済再生相に、現金のやりとりがからむ重大な疑惑が浮上した。

 甘利氏はきのうの参院決算委員会での野党の追及に、「調査して、説明責任を果たしていきたい」と答えた。当然である。事実関係を徹底的に調べ、包み隠さず説明する責任が、甘利氏にはある。

 週刊文春が報じた疑惑は、甘利氏と衆院神奈川13区の地元事務所の秘書が、千葉県の建設会社側から総額1200万円の現金や飲食接待を受けていた疑いがあるというものだ。

 建設会社の総務担当者は、社の隣接地の道路建設をめぐる独立行政法人都市再生機構(UR)との補償交渉にあたり、甘利事務所に口利きを依頼。現金や接待は、その見返りだとするコメントを出した。

 報道によれば、会社側は大臣室と地元事務所で現金50万円ずつ計100万円を甘利氏に直接手渡したという。

 甘利氏はきのうの答弁で、建設会社の社長らに会ったことは認めたが、現金のやりとりなどについては「そこで何の話をされて、どういうことをされたのか、いま事実関係は記憶をたどっているところだ」と、あいまいな説明を繰り返した。

 それ以外の報道内容については「初めて知った」「半信半疑で、ウソじゃないかと思った」などというばかりだ。

 事実であれば、国会で野党議員が指摘したように、政治資金規正法だけでなく、あっせん利得処罰法に反する疑いがある重大な事案である。

 甘利氏は第三者を交えて調査するというが、ごまかしは決して許されない。

 安倍政権では、小渕優子氏や松島みどり氏らが「政治とカネ」の疑惑で相次いで閣僚を辞任した。いまの内閣でも高木復興相の選挙区内での香典支出問題がくすぶっている。

 甘利氏は、2006年以来、安倍内閣で経済関係の閣僚を歴任し、いまは成長戦略や環太平洋経済連携協定(TPP)を担当している。安倍内閣の経済政策の要であり、首相の側近中の側近と言っていい。

 首相は甘利氏の疑惑について、きのうの国会で「政治家として説明責任を果たしていくと確信している」と語った。

 事実関係を明らかにするのは一義的には甘利氏の責任であるとしても、週刊文春の記事にはURを所管する国土交通省の局長についての記述も出てくる。

 政権の姿勢が問われる事態だ。首相は内閣を挙げて全容解明の努力をする必要がある。

震災復旧談合 被災者への背信行為だ

 東日本大震災で壊れた高速道路の復旧工事の入札で談合があったとして、東京地検特捜部と公正取引委員会が強制捜査に乗り出した。

 5年前の光景を思い出そう。あの巨大な揺れや津波で無残にねじ曲がり、崩れた道路が、少しずつ工事で形を取り戻していく。多くの国民が復興への希望を見いだしたはずだ。

 その「震災復興」という大義に隠れて、業界が結託して不正を働いたなら、被災地への背信行為だ。被災者の足元で営業を続けながら、業者は自らの利益を優先していたことになる。

 捜査当局は全容解明に力を尽くしてほしい。

 問題となっているのは、東日本高速道路(NEXCO東日本)東北支社が発注した12件の舗装工事だ。総額176億円。予定価格に落札額が占める割合(落札率)は、約95%だった。

 旧道路公団が約10年前に民営化されて以来、高速道路の工事は利用料を財源としている。だが、今回問題となった工費のほとんどは国の復興予算でまかなわれた。支えているのは所得増税などの措置だ。国民の負担が一部業者の不当な利益につながったならば、許しがたい。

 「原材料費が高く、高値で受注したかった」というのが業者の言い分だ。アスファルト合材が固まりやすいという特殊な事情もあり、受注地域を割り振ったとも供述しているという。しかし高値落札の出来レースを正当化する理由にはならない。

 同工異曲の図が、何度繰り返されてきただろう。

 業者の中には、十数年前にも、舗装工事の談合で公取委から排除勧告などを受けたところがある。東北を舞台にしたゼネコン談合事件もあった。95年の阪神大震災では、当時の建設相が談合防止を業界に求めた。業界自身に自浄力がないのか、疑われても仕方ないだろう。

 今回は発注者がチェックできなかったのかも疑問だ。

 入札前には、談合を告げる匿名情報がNEXCOにあったという。誓約書を書かせて入札をおこなったが、落札率は10年度より10ポイント超も高かった。

 被災地では、人件費の高騰などのために、工事の受注を希望する業者があらわれない「入札不調」が珍しくない。手続きを急ぎたいという心理が、発注者側になかっただろうか。

 震災から、近く丸5年を迎える。インフラ整備に巨額の税金が落ちる一方で、本当に地元の役に立つ使われ方をしているのか。今回だけでなく、政府はしっかりと監視する必要がある。

厚生年金逃れ 従業員の老後が脅かされる

 事業主の経営上の都合で、従業員の老後の安心が脅かされている。看過できない事態だ。

 厚生年金に加入する資格があるのに、未加入となっている人が200万人に上ることが、厚生労働省の調査で明らかになった。

 保険料負担を逃れようと、届け出を怠っている疑いのある事業所は全国で79万に上るという。

 このままでは、将来、低年金・無年金の人が続出しかねない。安倍首相が国会で、「放置するのは問題だ」として、対策の強化を表明したのは、もっともだ。

 厚生年金は原則として、全ての法人事業所と従業員5人以上の個人事業所に加入義務がある。保険料は、従業員本人と事業主が折半して負担する。

 厚生年金に入れないと、国民年金だけに加入する。老後は満額でも月6・5万円の基礎年金のみだ。自分で保険料の支払い手続きをする必要があるため、未納により年金が減る人も目立つ。

 少子高齢化に伴い、基礎年金の水準は今後30年で3割程度下がる見込みだ。定年のない自営業者らを想定した国民年金は、給与所得者の老後保障にはなり得ない。

 未加入者は、厚生年金と同時加入する企業の健康保険組合などにも入れない。保険料が割高な国民健康保険に入ることになる。

 企業負担のある厚生年金に対象者がきちんと加入することは、本人の救済だけでなく、年金財政全体の安定性向上にも大きな効果がある。政府は、そのメリットを国民に周知する必要がある。

 加入逃れは中小・零細企業が中心とみられる。経営難を理由に挙げる事業主も多いが、企業の社会的責任を蔑ろにしてはなるまい。保険料を負担している企業との公平性の点からも問題が大きい。

 日本年金機構は、度重なる加入指導に応じない事業所に対しては立ち入り検査の上、強制加入させることができる。だが、長期間にわたって検査を実施しなかった事例が相当数に上ることが、会計検査院の調査で判明している。

 厚労省と機構は、検査基準を明確化し、迅速な対応を徹底すべきだ。検査拒否には重い罰則が定められている。塩崎厚労相が、悪質な事業所には刑事告発も辞さない考えを表明したのは妥当だ。

 政府は、非正規労働者の年金を充実させるため、パートらへの厚生年金の適用拡大を進めている。加入逃れが横行していては実効性は望めない。全ての対象者が確実に加入できるようにすべきだ。

震災復旧談合 支援に乗じた不正は許されぬ

 震災復興事業を食い物にするような不正は、到底許されない。

 東京地検特捜部と公正取引委員会が、道路舗装各社を独占禁止法違反容疑で一斉捜索した。東日本大震災で被災した高速道路の復旧工事を巡って、談合を行い、利益を分け合った疑いが持たれている。

 特捜部の事情聴取に対し、一部の業者は談合を認めているとされる。実態解明と厳正な責任追及が求められる。

 談合の疑いがあるのは、東北自動車道などの復旧舗装工事12件だ。2011年に入札が行われ、12社が1件ずつ落札した。落札総額は176億円に上る。大手数社が「幹事社」となり、落札予定業者を割り振っていたという。

 予定価格に対する落札額の割合(落札率)の平均は約95%で、震災前より大幅に上昇した。震災後は原材料費が高騰しており、各社が談合で落札額をつり上げ、利益の確保を狙ったと特捜部はみている。事実なら極めて問題だ。

 東北各地を結ぶ高速道路は、被災地への支援物資を運ぶ大動脈であり、復旧が急がれていた。一部の業者は「早期の復興のため、落札業者が決まらない事態は避けたかった」と弁明している。

 だが、各社は談合で、自社工場近くの工事を優先的に受注できるよう調整していた。震災復興に乗じて、各社が工事しやすい場所で利益を分配し合ったと批判されても仕方あるまい。

 各社に支払われた工事費には、国の復興予算が充てられた。復興予算が所得増税によって賄われたことを忘れてはならない。

 各社は入札前、発注者の東日本高速道路に、「談合をしない」という趣旨の誓約書を提出していた。その裏で行われた受注調整だけに悪質性は際立っている。

 今回の事件は、企業の「なれ合い体質」を浮き彫りにした。

 捜索対象には、大手ゼネコンの系列会社も含まれる。大手ゼネコンは05年、「談合決別宣言」を出したが、不正は繰り返された。「談合は必要悪」といった旧態依然の考え方が、根強く残っているのではないか。

 談合やカルテルは、担当者が刑事責任を問われるほか、公取委から課徴金が科される。国際カルテルでは、海外で巨額の罰金や制裁金を支払わされる。公正な競争を歪める行為は高い代償を伴う。

 談合の根絶には、各企業のトップが前面に立ち、社内研修を重ねるなどして、法令順守の意識を浸透させる必要がある。

2016年1月21日木曜日

被災地の自立へきめ細かな支援続けよ

 政府は東日本大震災の被災地の復興に関する2016年度から5年間の基本方針の骨子をまとめた。3月までに閣議決定する。震災からまもなく5年。被災地の自立に向けた環境を整えられるかが最大のカギになる。

 基本方針では地震や津波で被災した岩手、宮城について、今後5年間を復興の「総仕上げ」の期間と位置付けた。災害公営住宅の建設や高台での宅地造成が進み、あと1年程度で住宅再建のめどが立つ見通しのためだ。

 とはいえ、被災者からみればようやく生活を立て直す出発点にたどりついたにすぎない。新たに暮らす場所でのコミュニティーづくりや生活関連サービスの確保など課題は山積している。

 もともと、高齢化が進んでいる地域だ。専門家による相談や見守りなど、心のケアも欠かせない。

 産業再生も道半ばだ。内陸部を中心に企業立地が増え、漁港の復旧や水産加工施設の再建は進んだ。農地の規模拡大にも取り組んでいる。一方で、震災以前の売り上げを回復した地場企業はまだ少ない。水産加工業者などは今も人手不足に苦しんでいる。

 観光面はさらに厳しい。日本全体では訪日客が急増しているが、福島も含めた被災3県は蚊帳の外だ。宿泊者数をみても震災以前の水準にすら戻っていない。

 被災地が自立するためには風評被害を払拭する必要がある。政府は復興の現状を内外に正しく発信することに注力すべきだ。

 福島については政府が復興期間と位置づける20年度までの10年間が終わって以降も、国が前面に立つと基本方針に明記した。原子力発電所の事故すら収束していない以上、当然だ。

 政府は帰還困難区域を除いた地域について17年3月までに避難指示を解除する目標を掲げている。役場や住民が帰還してこそ、福島は新たな段階に入る。

 そのためには除染を加速すると同時に、福祉や医療、商業など生活できる環境を整えなければいけない。放射線量のきめ細かな把握や健康管理も欠かせない。

 福島再生に向けて打ち出したロボットや廃炉研究の拠点づくりなども着実に進めてほしい。

 政府は16年度から5年間の事業費を6.5兆円と見込む。被災地ごとに復興の度合いは異なるだけに、自治体や住民の声を生かしたきめ細かな支援を続けるべきだ。

中国依存の観光立国の危うさ

 2015年に日本を訪れた外国人が1973万人に達し、過去最高となった。円安効果もあり、2年間でほぼ倍増したことになる。ただし中国をはじめ近隣からの訪日客が大半を占めるなど課題も多い。為替などに左右されず安定的に観光客が来るような仕組みづくりが大事になる。

 15年の訪日客を国・地域別にみると、中国が25%で初の首位となった。これに韓国、台湾、香港を足した上位4カ国・地域の占有率は72%となり、14年から6ポイント上昇した。東南アジアとインドは計11%、欧米とオーストラリアは計13%で、いずれも14年よりシェアを減らしている。

 中国景気が減速するなか、中国人観光客の旺盛な消費意欲にも陰りが見え始めている。物流網の整備も進みネットで日本から直接、生活用品を購入する動きも広がりつつある。中国からの団体客と、その買い物だけをあてにした観光振興には危うさがある。

 今後は東南アジアや欧米などからの観光客誘致にも一層、力を入れたい。こうした地域からの観光客は単純な買い物より日本ならではの体験に関心があり、繰り返し訪日してくれる可能性は高い。地方へ誘致する道も広がる。

 観光地としての日本の弱みは外国語が通じにくいことだ。現在不足しているアジア系の言語の通訳ガイドを早く育成すべきだ。個人旅行者に要望が多い無料ネット接続サービスももっと広げたい。

 富裕層がゆっくり滞在する旅への対応も力を入れるべき分野だ。戦後、大衆向け団体旅行で伸びた国内の観光産業には、こうした旅行のための施設や人材、運営ノウハウが不足しているからだ。

 手ごろな価格で日本の生活を味わいたい外国人も多い。一般の人が持つ空き部屋や空き家に客を受け入れる「民泊」は大きな魅力になる。過度に規制せず、ふれあいの場を増やしたい。

 こうしたきめ細かい工夫や規制緩和の積み重ねが、安定感のある訪日客の増加につながる。

訪日外国人 摩擦を理解へのてこに

 15年に日本を訪れた外国人が前年から5割近く増え、2千万人に迫った。東京五輪の20年にかけて掲げた目標を、早々に達成しそうな勢いだ。訪日客が飲食や買い物、宿泊などで日本に落としたおカネは推計で年3兆円を超え、経済活性化や地方創生の観点からも「観光立国」は重要な政策課題になった。

 訪日客をさらに積み上げていくには、繰り返し訪れるリピーターを増やすことがカギになる。都市部のホテル不足や違法ガイドの横行など課題は山積みだが、外国人と日本側の双方から出る苦情やトラブルといった摩擦を解消していくことも不可欠なテーマだろう。

 無料で使える公衆無線LANの整備や多数の外国語表記による案内板の設置など、外国人からの要望に官民あげての取り組みが続く。イスラム教に特有の考え方である「ハラル」を学ぶ講習会も盛んだ。ただ、そうしたインフラ整備や宗教上の対応以上に、日常生活での振る舞いや習慣の違いにどう向き合うかが問われそうだ。

 例えば、中国人の団体旅行の一部に見られる、食事の際の問題である。

 「大声で騒ぐ」「料理を大量に残す」といったことに眉をひそめるお店の関係者や日本人客は少なくなく、入店を拒否する例も見られる。中国人に限らず海外に出かけると気分が高まり、つい羽目をはずしがちになるものだが、「楽しいからこそ騒ぎながら食べる」「お金持ちであることを誇示するためにわざと残す」といった解説を聞くと、文化や風習の違いが浮かび上がってくる。

 私たちの価値観とは異なる行動に出会ったとき、がまんするのでも拒否するのでもなく、受け入れながら「日本ではこうですよ」とはたらきかけることができないか。それがお互いの理解を深めていく出発点だろう。

 リピーター客になるほど旅行会社の出来合いのメニューに飽きたらず、ソーシャルネットワーク(SNS)を通じて仕入れた情報を頼りに、自分だけの旅行を楽しもうとする。SNSは中国人の「爆買い」の推進力でもあるが、「モノ」を巡る評判は移ろいやすく、人気商品の入れ替わりはめまぐるしい。

 ただ、文化や慣習への評判はそうではあるまい。「親切に道案内してくれた」「駅や店できちんと並んで待っている」といった点への評価は高いようだ。海外から称賛されることを守り、積極的に伝えていく大切さは、観光戦略にとどまらず外交全般に通じる。

洪水対策 「ソフト中心」徹底を

 「(ダムや堤防など)施設の能力には限界があり、大洪水は必ず発生する」

 「(避難など)ソフト対策は必須の社会インフラだ」

 そんな危機感と警鐘が盛り込まれた報告書を、国土交通省の有識者審議会がまとめた。

 きっかけは昨年秋、茨城県を中心に大きな被害をもたらした鬼怒川の氾濫(はんらん)である。

 様々な誤算や準備不足が重なったが、起点となったのは想定を超える集中的な豪雨だった。「気候変動により、今回のような施設の能力を上回る洪水の発生頻度が全国で高まることが予想される」という報告書の指摘には、多くの人がうなずくだろう。

 ハード(施設)整備よりソフト面の備えが強調されて久しいが、行政から企業、住民まで、意識が切り替わったとは言いがたい。一方で、温暖化との関係が疑われる豪雨が頻発し、財政難から既存の施設の維持更新もままならない状況が続く。

 「時間もカネも足りない」中で、防災・減災をどう強化するか。報告書が副題に掲げる「社会意識の変革による『水防災意識社会』」を目指し、できることを着実に実行していきたい。

 まずはソフト面の具体策だ。

 鬼怒川の氾濫は、行政による避難勧告の遅れや市町村を超えた広域避難への準備不足など、多くの課題を浮き彫りにした。住民がとるべき行動を読み取れるハザードマップへの改良、携帯端末を生かした洪水警報の発信や河川の水位監視カメラ映像の提供をはじめ、知恵を絞る余地はまだまだありそうだ。

 街の中で想定される浸水深を表示し、洪水で家屋が流される恐れがある家屋倒壊危険区域を公表するなど、不動産評価に響きかねない情報の開示も避けて通れまい。

 鬼怒川の氾濫では堤防整備が不十分な箇所が決壊したため、報告書も「ハード整備自体は不可欠」との立場だ。ただ、巨大なダムやスーパー堤防の建設を優先しがちな発想からはそろそろ抜け出すべきだろう。

 国は施設整備を進め、避難を中心とするソフト対策は市町村任せ――。これまではそんな役割分担が色濃かった。治水対策のかじ取り役である国交省は、ハードを偏重しがちな自らの意識を改めつつ、ソフト対策でも一歩前へ出る必要がある。

 自治体には、今回の報告書を先取りしたとも言える滋賀県流域治水推進条例など、様々な取り組みがある。それらを参考にしつつ、「現場」を預かる自治体との連携を深めてほしい。

春闘スタート 控え目でもベア実施がカギだ

 高水準の賃上げを継続できるかが、デフレ脱却のカギとなろう。

 経団連が、春闘に臨む経営側の交渉方針を示す「経営労働政策特別委員会報告」を公表した。3月にかけて労使交渉が本格化する。

 報告は、賃上げについて、「デフレからの脱却と持続的な経済成長の実現に向け、経済の好循環を回す社会的要請がある」ことを重視すべきだと明記した。

 その上で、「昨年を上回る年収ベースの賃金引き上げ」の前向きな検討を求めた。賃上げに積極姿勢を示したことは評価したい。

 ただ、基本給を底上げするベースアップは、賃上げ方法の多様な選択肢の一つと位置付け、昨年より慎重な姿勢をにじませた。

 昨年は、過去最高の業績を背景に、大手企業で2・52%、中小企業も1・87%と高い賃上げを達成した。今年は、中国経済の減速で収益が低迷する企業も増えた。業績格差を意識したのだろう。

 今春闘を「デフレ脱却と経済の好循環実現を目指す闘争」と位置付けている連合も、昨年より控えめな「ベア2%程度」の要求にとどめた。自動車総連や電機連合も昨年の「6000円以上」から「3000円以上」に下げた。

 消費者物価の伸びが低迷する中で、無理な要求額を掲げることよりも、ベアの確実な獲得を優先する狙いがある。

 無論、賃上げの水準や方法は、労使間の交渉で、各社の業績に応じて決めるのが原則だ。

 だが、消費増税の影響で消費は伸び悩んでいる。賞与など一時金より月給を増やした方が、個人消費を押し上げる効果は大きい。

 こうした労組の要求も踏まえ、「経済の好循環」を回すには、業績の良い企業は、ベアの実施に積極的に取り組むことが大切だ。

 今春闘では、中小企業に賃上げの裾野を広げるとともに、非正規労働者の待遇改善にも本腰を入れねばならない。

 労働者全体の4割を占める非正規労働者の時給アップや、正社員への登用によって、賃金水準を引き上げてほしい。

 中国を震源とする世界の金融市場の動揺が続き、円高も進んでいる。経済情勢の先行きは読みにくいが、好業績を維持している今こそ、経営者は、人材や設備に投資して、新事業の開拓や生産性向上を図る手腕が問われる。

 政府も、女性や高齢者の活用を促進するなど政策面で、民間主導の息の長い成長を後押しすることが欠かせない。

外国人客急増 日本の魅力に磨きをかけたい

 日本に魅力を感じて、多くの外国人観光客が来日するのは、うれしいことだ。日本ファンがさらに増えるよう、受け入れ態勢を充実させたい。

 国土交通省によると、2015年に日本を訪れた外国人旅行者は、前年比47%増の1973万人に上った。3年連続で過去最高を更新し、20年までの目標として政府が掲げる年間2000万人に、早くも迫る勢いだ。

 円安基調が続いたことや、ビザ(査証)の要件緩和、免税品の対象拡大などが要因だという。

 これらに加え、訪れた先々での温かい「おもてなし」が、外国人観光客を引きつけているのではないか。訪日客のほぼ半数が、日本を2回以上訪れたことがあるリピーターだという。

 米国の観光誌が選ぶ世界の人気観光地ランキングで、京都が2年連続1位に輝いた。日本の伝統文化への高い関心がうかがえる。

 訪日客の国・地域別では、中国、韓国、台湾、香港の東アジアが72%を占めた。最も多い中国人は、499万人で、前年の2倍超に急増している。

 日本に滞在中の消費額は、この3年間で3倍以上に伸び、3兆4771億円に達した。自動車部品の輸出額に相当する額だ。

 特に中国人の消費額は、前年の2・5倍の1兆4174億円にも上った。“爆買い”が大きな経済効果をもたらしている。

 政府は、2000万人目標の上積みを検討中だ。ただ、訪日客をさらに増やしていく上での課題は少なくない。

 東京や大阪などのホテルは満室状態が続く。地方空港への路線拡充、クルーズ船の岸壁整備で、地方にも訪日客を呼び込みたい。

 観光庁は昨年、「日本の奥の院・東北探訪」や「温泉アイランド九州」など七つの広域観光周遊ルートを選定した。旅行会社などと連携し、美しい自然や伝統文化を外国人に満喫してもらえば、地方創生にもつながるだろう。

 経済の減速により、今後、中国人観光客の伸び悩みも予想される。欧米などからも、より多くの観光客が来日するよう、多様なニーズに応えることが大切だ。

 欧米の観光客からは、文化財に関する分かりやすい説明書きがほしいといった声が上がっている。駅や街頭での外国語表示も増やす必要がある。公衆無線LANなどの拡充も急がねばならない。

 20年東京五輪・パラリンピックの開催準備と連動させ、日本の魅力を磨いていきたい。

2016年1月20日水曜日

中国は市場との対話重視でリスク回避を

 中国の2015年の国内総生産(GDP)が前年比6.9%増となった。天安門事件の影響で経済が停滞した1990年以来、四半世紀ぶりの低い伸びだ。15年10~12月は前年同期比6.8%増にまで鈍っている。中国の経済減速は世界の市場を揺るがしているだけに、中国政府には小手先ではない抜本的な施策を求めたい。

 世界第2位の経済規模を持つ中国のGDPは、3位の日本の2倍をゆうに超す。巨象の景気減速は国際通貨への道を半歩だけ踏み出した人民元の動きも絡み、各国市場の乱高下につながっている。

 中国国内では設備投資の減少と生産調整でモノの動きが滞っている。中国の15年の貿易総額は前年比で8%減った。中国への輸出依存度が高い各国への影響は大きく、歴史的な原油安など国際商品市況を下押しした。

 新車販売の伸び率も、15年は3年ぶりの低水準にとどまった。今後は景気刺激のため打ち出した小型車を対象にした減税措置の効果を注視したい。不調の住宅市場に関しては、中国政府が後押しする在庫調整の進み具合が焦点だ。

 好材料は堅調な消費である。15年通年の小売売上高はインターネット通販の伸びを背景に10.7%増となった。とはいえ14年の伸びには及ばず、消費拡大だけに頼る下支え策は危険である。

 経済政策のブレも問題だ。中国政府は、株式市場の相場急変時に売買を停止する「サーキットブレーカー」制度を導入からわずか4日で撤回した。昨夏の株価急落の際は、警察組織まで動員する強引な“介入”に踏み切った。

 これでは当局と市場の間の健全な対話は成り立たず、いたずらに不信を広げてしまう。中国政府はまず市場原理に沿った透明なルールを確立すべきだ。市場参加者との対話重視こそリスク回避の早道である。これは世界のマーケットへのメッセージにもなる。

 習近平国家主席ら中国指導部はかつての高成長から、持続可能な中高速成長への移行を唱えている。方向は正しい。それには痛みを伴う構造改革が必要だ。だが、最も重要な国有企業の改革は進まず、経済活性化のカギを握る民間企業の活力をそいでいる。

 構造改革を断行しつつ、景気の腰折れを防ぎ軟着陸させる。これは習指導部が自ら掲げた目標であり、世界第2位の経済大国の責任でもある。遅滞は許されない。

治安の改善を実感するために

 昨年1年間に警察が把握した刑法などに触れる犯罪(刑法犯)の件数は約109万9千件で、戦後最少となった。13年連続して前年を下回り、ピークだった2002年の285万4千件と比べると6割減ったことになる。

 警察や自治体、事業者、ボランティアなど、この間の官民をあげた取り組みを評価したい。

 統計上、治安の水準はもっとも良い状態になったわけだが、国民が「本当に治安が改善した」と実感できるまでには至っていない。さらに対策を強め、より安全で安心な社会をつくっていきたい。

 課題のひとつは、容疑者が摘発された割合を示す検挙率が30%程度にとどまっている点だ。1980年代後半までは60%前後を維持しており、低迷は明らかである。「犯罪は減ったものの、起きた事件をなかなか解決できない」というのでは、安心は得られない。

 刑法犯の減少は、空き巣や車から金品を盗む車上狙いなど「減りやすい犯罪」が減った結果でもある。捕まる可能性の低い、「より割のいい」手口にシフトしている面もあるだろう。事実、電話1本で高齢者らから大金をだまし取る振り込め詐欺は増えている。

 立場が弱い子どもや女性が巻き込まれる虐待や暴力、ストーカーなどの被害は依然深刻だ。サイバー犯罪など、検挙も抑止も難しい新手の犯罪も横行している。

 捜査の体制や手法が、犯罪の現状に適応したものになっているかどうか、改めてチェックし、見直す必要がある。大量退職が続くベテラン捜査員の技能の継承や、捜査への科学技術の導入には引き続き力を入れていくべきだろう。

 危険性が具体的に高まっているわけではないが、海外でのテロの広がりは、国内の「安心」にも影を落としている。諸外国のテロ対策の仕組みなどもよく研究し、関係機関が連携を強めて備えを固める必要がある。テロ情勢や対策の内容などを広く知らせることも、国民に協力を求め、安全・安心を得るために欠かせない。

中国経済 投資偏重からの転換を

 中国の昨年の経済成長率は6・9%だった。25年ぶりの低い伸び率とはいえ、7%前後という政府目標にはほぼ達した。重要なのは数字の大小ではなく、どう安定的に成長を続けるのか、そのかじ取りにある。わけても過剰投資に陥りがちだった経済構造を変革していくことがカギを握る。

 中国のこれまでの経済成長は投資頼みだった。設備投資やインフラ投資が国内総生産(GDP)に占める割合は50%に近く、中所得国の平均的な水準のほぼ2倍だ。共産党と中央・地方政府の指示のもとで国有銀行、国有企業が動員されてきた結果であり、市場経済化が進んだ今もその体質は残る。

 投資の実行はその時点で経済成長率を引き上げるが、需要からかけ離れた供給力が積み上がれば、経済は早晩行き詰まる。

 無駄な設備を抱えた国有企業を整理する改革は過去の政権も進めた経緯はある。しかし、リーマン・ショック後の景気対策で、再び過剰投資を招き、現在の経済不振はその後遺症と言える。不動産投資は空きビルを林立させ、鉄鋼や非鉄金属、ガラス、セメントといった業種で設備を持て余す状況となった。

 発足から3年になる習近平(シーチンピン)政権は、経済改革に本腰を入れる構えは見せながらも、過剰投資の問題にはあまり触れてこなかった。地域振興を優先する地方政府の抵抗があったのだろう。ようやく昨年12月の中央経済工作会議で「過剰生産能力の解消」を優先課題に掲げた。改革に踏み出す準備ができつつあるとみることができる。

 一方で景気は悪化している。こんな時期に大なたを振るえば不況を深刻化させる心配があろう。だから財政出動を拡大する姿勢を同時に示しているのは、軟着陸を目指すうえでは理解できる。とはいえ、改革を中途半端に終わらせてはならない。

 財政投入でインフラ建設を進めるにも、中身の吟味は必要だ。例えば重点項目に鉄道整備が挙げられている。年間8千億元(14・5兆円)規模の投資をするというが、採算と経済効果のチェックは欠かせない。

 重厚長大型産業が低迷する中で、都市部の消費が比較的堅調なのは明るい材料だ。今後は国有企業を守るよりも、消費動向に敏感な民間企業が育つ環境づくりが、新たな雇用を生むためにも重要だ。民間の力を主に、政府の調節を従にすることが長い目でみて成長に資する。

 そうした改革を世界各国が求めている。中国抜きに世界経済の安定は語れないからだ。

強制送還 入管行政見直す契機に

 「夫は物のように扱われ、死んでいった」という日本人の妻の嘆きに、何と答えればいいのだろう。

 2010年、強制送還中の機内で、当時45歳のガーナ人男性が急死した。両手は結束バンドで縛られ、タオルで猿ぐつわをされた状態だった。

 この事件をめぐり、一昨日、東京高裁で判決があった。高裁は国の対応に問題があったとした一審判決を取り消し、遺族側に逆転敗訴を言い渡した。

 判決は、男性が「世界で100例程度しか症例のない極めてまれな」心臓の腫瘍(しゅよう)による不整脈で亡くなったと認定した。

 男性の両手足に手錠をかけ、入管職員が7人がかりで機内に運びこむ▽タオルで猿ぐつわをする▽手錠を外し、用意していた結束バンドで手首を腰と結ぶ――。判決は、機内外でのこうした制圧行為は、死因とは直接関係がないとした。

 法務省の内規では、原則として、手錠と捕縄しか認めていない。足に手錠をかけることは、事件後、法務省が改めて禁じる通達を出している。

 だが判決は、決まったもの以外の道具を「一切用いてはならないわけではない」とし、足への手錠も「違法ということはできない」と認めた。法務省より後退した感が否めない。

 確かに、国外退去を命じられた人が機内で暴れたりすれば、一般客に迷惑がかかる。自殺防止の必要もある。結束バンドには、手錠よりも目立たぬようにという意味もあった。

 だが法務省は、高裁判決によって、退去強制手続きのあり方にフリーハンドが与えられたと解釈すべきではない。むしろ男性の死亡を、硬直した入管行政のあり方を見直すきっかけにすべきだ。

 ことは、身体の自由を制限するという人権上の問題である。行政の裁量の幅はできるだけ小さいことが望ましい。

 外部の目にさらされることが少ない入管行政のあり方も改める必要がある。運用の適切さを担保するため、有識者からなる入国者収容所等視察委員会に、送還の現場を見学させることを日弁連が提案している。真剣に検討してもらいたい。

 在留期限を超えていても、その他には問題を起こしたわけではなく、日本の社会に根付いている外国人は少なくない。死亡した男性も日本人女性と20年以上、家庭を築いていた。

 どの国籍であれ、多様な理由で日本に生活の基盤をもつ人びとと、できる限り共生できる寛容な社会をつくりたい。

ジャカルタテロ 「イスラム国」の脅威アジアに

 過激思想の影響を受けたテロの脅威が、中東、欧米から、東南アジアにまで浸透していることが鮮明になった。

 世界最大のイスラム人口を抱えるインドネシアの首都ジャカルタの中心部で、男らが爆弾を爆発させ、警官隊と銃撃戦を繰り広げた。犯行グループ4人を含む8人が死亡し、20人以上が負傷した。

 現場は、大型商業施設などがある繁華街で、日本大使館にも近い。狙われたのは、昨年11月のパリ同時テロと同様に、コーヒーショップなど警備が比較的手薄な「ソフトターゲット」である。

 当局は、過激派組織「イスラム国」に加わったシリア滞在中のインドネシア人戦闘員が主導したテロと見て、捜査している。「イスラム国」も犯行声明を出した。

 一般市民や外国人を無差別に襲う卑劣な蛮行は許されない。国際社会が改めてテロ対策で連携を強めることが急務だ。

 この首謀者は、「イスラム国」の東南アジア支部の設立を企て、インドネシアの仲間を使ってテロを起こすことで影響力を拡大しようとした可能性があるという。

 事実とすれば、深刻な問題である。当局には、事件の全容解明と治安回復に努めてもらいたい。

 穏健なイスラム教徒の結束を図り、「イスラム国」の宣伝戦に対抗することも求められる。

 インドネシアなど東南アジア各国では近年、当局の取り締まりが強まったため、国内のテロ組織の活動が下火になっていた。

 「イスラム国」の扇動によって国内のテロ組織が息を吹き返し、両者の「共闘」が活発化する事態を警戒せねばならない。

 「イスラム国」には、インドネシアから約380人が参加したとされる。東南アジア全体では、「イスラム国」などに約600人が加わっているともいわれる。

 心配なのは、訓練を積んだ戦闘員が帰国し、大規模なテロに及ぶ危険性が高まっていることだ。

 東南アジア諸国連合(ASEAN)各国は、出入国管理などを厳格に実施する必要がある。

 「イスラム国」は、日本も標的だと明言している。東南アジアまで迫ったテロは対岸の火事ではない。政府は昨年12月、海外のテロ情報を集約する「国際テロ情報収集ユニット」を新設した。

 岸田外相は「ユニットなども活用しつつ、海外の邦人の安全対策に万全を期したい」と強調している。ASEANとテロリスト情報の共有を進めることが大切だ。

中国GDP減速 安定成長へ構造改革が急務だ

 景気の腰折れを防ぎながら、いかに安定した成長軌道へ移行するか。

 減速が続く中国経済の舵取りは、一段と難度を高めている。

 中国の2015年の実質国内総生産(GDP)が前年比6・9%増と、25年ぶりの低い伸びとなった。過剰な生産設備や不動産在庫の解消が進まず、投資や生産活動が鈍ったのが主因だ。

 輸出も前年より2・8%減少した。人件費の上昇で価格競争力が弱まり、安価な製品を大量に輸出・販売する「世界の工場」の地位が色あせてきた。

 中国は成長目標を「7%前後」としてきた。国家統計局は「6・9%の成長率は政府の目標に符合している」と強調したが、投資と輸出中心の高成長モデルはもはや限界に近づいている。

 習近平政権の掲げる消費主導の成長モデルへの転換が急務だ。

 当局は、鉄鋼や石炭の過剰供給体制の縮小など、構造改革を進めるという。財政出動などの一時的な景気刺激策だけでは不十分だ。既得権益に固執する国有企業や地方政府の抵抗を抑えて、改革を断行する必要があるだろう。

 消費喚起には、顧客の望む新製品や新たなサービスの開発が有効だ。イノベーション(技術革新)の担い手となる民間の活力を引き出すためにも、国有企業の再編・縮小が欠かせない。

 気がかりなのは、中国の経済統計が信頼性を欠いていることだ。経済を実際より良く見せるため、当局が統計を高めに算出しているとの疑念は根強い。見せかけの数字で当座を取り繕って、改革の手を緩めてはなるまい。

 中国経済の先行き懸念と人民元安は、国際的な資金の流れに悪循環を引き起こし、世界経済の深刻なリスク要因になっている。

 景気減速に伴う中国の石油需要の減退予測は、原油価格の低迷に拍車をかけた。原油安は、財政が悪化した中東産油国の「オイルマネー」を国内へと回帰させ、世界株安の一因とされる。

 人民元安の進行は、資本の国外流出を加速させた。外貨建ての負債を抱える中国企業の業績を悪化させる恐れが高まっている。

 人民元安に歯止めをかけるためにも、為替取引の規制緩和や金利自由化などの金融制度改革を進めて、中国に再び投資資金が向かう環境を整えることが肝要だ。

 日本企業も中国経済の構造変化を捉え、中国の消費者や企業の新しいニーズに応えられるよう、ビジネスを見直さねばならない。

2016年1月19日火曜日

イラン核問題の決着を中東安定のテコに

 米欧諸国がイランの核疑惑をめぐり、同国に科してきた経済制裁の解除を決めた。核開発の大幅な縮小を定めた米欧など6カ国との合意が履行されたと確認した。

 イランによる核兵器の開発疑惑は中東の緊張を高める要因となってきた。これを取り除く意義は大きい。イランの国際社会復帰を混迷する中東の安定につなげたい。

 昨年7月の核合意はイランが保有する濃縮ウランや核関連施設を縮小し、核爆弾をすぐにはつくれないようにする見返りに、米欧が制裁を解除する内容だ。

 国際原子力機関(IAEA)がイランによる合意の実行を確認した。2002年の核開発疑惑の発覚以来、国連や米欧が科してきた貿易・金融や原油輸出などの制限は解除される。

 評価したいのは核拡散の危険を外交で防いだことだ。中東は今、混迷を深める。シリアやイエメンの内戦が長期化し、イスラム過激派のテロが国境を越えて広がる。

 地域大国のイランと国際社会の和解は混迷を解きほぐす足がかりになるはずだ。イランはシリアのアサド政権に影響力を持つ。国際社会と連携し、シリアの和平実現に積極的に関与してほしい。

 心配なこともある。サウジアラビアやイスラエルは、核問題の決着によるイランの影響力拡大を警戒している。

 サウジはイスラム教スンニ派の盟主であり、イランはシーア派の大国だ。サウジは今月、イランの首都テヘランにあるサウジ大使館が襲撃を受けたことなどを理由にイランと断交した。

 産油地帯のペルシャ湾をはさんで対峙する両国の緊張は、新たな不安定要因になりかねない。イランの国際社会復帰を本当に実のあるものにするには、国際社会が両国の緊張緩和を促す必要がある。

 サウジは日本にとって最大の原油輸入先だ。日本はイランとは1979年の革命後も独自のパイプを維持してきた。サウジ、イランと良好な関係にある日本は積極的に橋渡し役を務めてほしい。

 制裁解除により、対イラン投資は大幅に緩和される。世界有数の石油・天然ガス埋蔵量を誇り、人口7800万人を擁するイラン市場の魅力は大きい。

 半面、イラン産原油の輸出拡大は、世界経済の不安要因となっている原油安を一段と加速しかねない。イランは原油市場の安定でも役割を果たしてほしい。

GEの経営改革に学びたい

 米ゼネラル・エレクトリック(GE)が経営改革を急ピッチで進めている。展望の開けない事業を大胆に整理する一方で、伝統的な製造業とデジタル技術の融合によって新たな収益モデルを構築し、成長力を高めたい考えだ。

 設立から120年以上たつ名門GEの経営は、日本企業にも学ぶべき点が多い。官僚体質に陥りがちな大企業が若さと活力を保つには、絶え間ない改革で組織を揺さぶり続けることが不可欠だ。

 最近のGEの動きで特筆すべきは矢継ぎ早の事業売却だ。かつては全社利益のほぼ半分を稼いだ金融ビジネスの切り離しを昨年決めたのに続き、今年に入って白物家電事業を中国の海爾集団(ハイアール)に売却すると発表した。

 家電は100年の歴史を持つ伝統事業だが、収益が伸び悩む中で、ジェフ・イメルト会長は中国企業への譲渡をためらわなかった。

 もう一つの大きな動きは本社移転だ。創業者のトーマス・エジソン以来、GEは本社をニューヨーク市かその近郊に置いてきたが、今年夏以降ボストンに移すことを決めた。

 イメルト会長はデジタル技術を使って、発電設備など伝統的な製造業の事業モデルを革新する「インダストリアル・インターネット」を会社の旗印に掲げている。

 ボストンとその周辺はハーバード大やマサチューセッツ工科大など50以上の大学が集積し、ネット関連のベンチャーも多い。優秀な頭脳の集まるボストンに本拠を移すことで、デジタル化にかける強い決意を示し、経営のモデルチェンジを加速する考えだろう。

 GEの収益力は今も健在で、株式時価総額は円換算で約30兆円に及ぶが、それに安住することなく、絶えず自己変革に挑戦する姿勢を見習いたい。

 経営が傾いてから、やっとリストラに着手するのでは遅い。会社の基盤が強いうちに、未来を見すえて、ときに事業売却のような痛みを伴う改革を実行する。それが経営者の仕事である。

イラン問題 中東安定化探る一歩に

 中東をめぐる国際政治の枠組みが変わる歴史的な節目である。イランに対し米欧が続けてきた制裁の解除が発表された。

 孤立していたイランが国際社会への本格復帰に歩を進める。米欧は、イランとの対立から、平和共存の模索へかじを切る。

 それは大局的に見て、中東と世界の長期的な安定のために欠かせない一歩である。関係国の判断を支持したい。

 問題は、新たな中東の政治地図をどう落ち着かせるかだ。イスラエルやサウジアラビアなど多くの周辺国は、米欧とイランの接近を強く警戒している。

 秩序の移行に伴う混乱の悪化を避ける最大限の努力が求められる。米欧やロシアはそれぞれの影響力を駆使し、地域の緊張をほぐしてゆくべきだ。

 1979年の革命以降、政教一致の体制をとるイランは長く反米姿勢をとってきた。サウジなど王族が支配する周辺国は革命の輸出を恐れ、米欧とともにイランの封じこめを続けた。

 だが、その対決の構図が中東問題をこじらせてきた。シリアやイラクの混乱も、過激派「イスラム国」(IS)問題も、背景には米欧・アラブ対イランの分断が影を落としている。

 イスラエルもサウジも、イランとの一触即発の緊張を続ける不毛さを悟るべきだ。永遠の火薬庫としての中東の姿を変える努力こそ、国民や同胞のために果たすべき責務である。

 その同じ責任は当然、イランの指導部にもある。核合意を守るだけでは不十分だ。各地の傘下勢力への軍事支援など覇権争いの行為をやめるべきだ。

 イラン国内の人権にも大きな懸念が残っている。宗教指導体制への批判を許さない弾圧を続ける限り、国際社会への本当の仲間入りはあり得ない。民主化を進める覚悟を促したい。

 制裁解除により凍結が解かれるイランの資産は1千億ドル(約12兆円)ともいわれる。欧米企業の間では、新たな有力市場とみて、ビジネス参入する動きが広がっている。

 だが米国では、秋に迫る大統領選・議会選を意識して野党共和党がいまも強硬姿勢をとっている。中東和平と核問題を政争の具にするのは無責任だ。

 核をめぐる緊張を、武力でなく外交で穏便に収拾に導く知恵は、北朝鮮問題でも求められている。イラン問題は、核拡散を防ぐモデルケースでもある。

 その意味でも、アジアにとってひとごとではない。今回の進展が逆戻りしないよう、中東の安定へ向け、日本政府も積極的に関与の工夫をこらすべきだ。

夜行バス事故 生かされなかった教訓

 ここまで法令違反が積み重なっていたことにあぜんとする。

 15人が亡くなった長野県での夜行バス事故である。バス会社の運行管理のずさんさが次々と明らかになってきた。

 過去の事故の教訓はなぜ生かされなかったのか。人命第一という当然の大原則を、業界全体が肝に銘じるべきだ。

 事故は険しい峠道の下り坂で起きた。激安をうたうツアー会社が客を集め、業者を介してバスを確保する仕組みだった。

 運転手2人は死亡しており、事故の直接の原因は分かっていない。だが、国土交通省の特別監査などで判明したバス会社の違法ぶりには驚かされる。

 運転手の体調を出発前に確認しない▽にもかかわらず、書類に体調管理の済み印を押した▽運転手に健康診断を受けさせない▽休憩のタイミングなどを運行指示書に記さない――。

 こんな違反がなかば常態化していた。命を預かっているという自覚が欠けているというほかない。国交省や警察は、厳しく対応すべきだ。

 バス会社だけではない。ツアー会社は「今年は雪不足で客が少ない」として、国の定めた限度額を下回る運賃で提案し、バス会社も応じていた。この会社は、昨シーズンは基準の半額で引き受けていたという。

 4年前に起きた関越道での夜行バスによる46人死傷事故を機に、国交省はバス会社が満たすべき安全基準を厳しくした。

 同時に、安値を求める消費者心理に一定のブレーキをかけるために運賃の下限額も定めた。安全のためには相応のカネがかかるという前提だった。

 しかし今回の事故は、この仕組みが「ザル化」している実態を浮き彫りにした。

 規制緩和で、貸し切りバス事業者はこの十数年で1・5倍の約4500社に増えた。下請けのような立場である零細バス会社にとって、舞い込んできた依頼は断りにくい。運賃が下限割れしていても、バスを遊ばせているよりはましといった感覚もあるという。

 そうした問題を防ぐはずの国交省の監査は、手が回りきっていない。予算や人員規模に限界があるとしても、チェック機能がゆるい問題は明らかだ。

 たとえば、ツアーで使われるバス会社名やその処分歴などについて、もっと公開し、消費者の目を監視役にする。悪質な業者を退場させるには、そんな工夫もあっていい。

 ずさんなバス運行を野放しにしない。官民、ユーザーをあげた真剣な方策が必要である。

イラン制裁解除 合意履行を中東安定へ生かせ

 イランを国際社会にいかに引き込み、混迷を深める中東情勢の安定につなげるか。これからが正念場である。

 米英仏独露中の6か国とイランは、イラン核施設の縮小と引き換えに、米国や欧州連合(EU)、国連安全保障理事会の制裁を解除する昨年7月の核合意の履行を発表した。

 イランは既に、貯蔵していた低濃縮ウランの大半をロシアに搬出し、濃縮用の遠心分離器約1万9000基の3分の2を撤去した。国際原子力機関(IAEA)の査察官が現地で確認した。

 イランが核兵器製造に着手しても、完成までの期間は「2~3か月」から「1年以上」に延びた。IAEAが監視し、違反があれば制裁は再発動される。核開発への一定の歯止めと評価できよう。

 オバマ米大統領は「世界はより安全になった」と強調した。15年間の合意履行期間終了後、イランが核保有に動き出さないよう、米国など関係国が穏健改革路線を後押しすることが欠かせない。

 イランが拘束していた米国人記者らが解放され、国交のない米国とイランのパイプは一層太くなった。シリア内戦の終結や過激派組織「イスラム国」の掃討などにどう生かすかが問われる。

 イスラム教シーア派大国のイランはシリアのアサド政権を支援し、「アサド退陣」を求めるスンニ派の盟主サウジアラビアとの対立が先鋭化している。イスラエルは、敵対するイランの弾道ミサイル開発にも神経をとがらせる。

 米国はミサイル関連で対イラン追加制裁を発表したが、サウジとイスラエルの対米不信は根深い。オバマ氏は、両国との同盟関係の再構築も進めねばならない。

 イランは原油輸出を再開し、米国の制裁で事実上禁じられていた外国金融機関、企業との取引が大幅に拡大する。計1000億ドルとされる原油代金などの外国口座の資金も凍結が解除される。

 原油埋蔵量が世界4位、天然ガスは1位という豊富な資源と、8000万人近い人口を抱える市場に対する各国の期待は大きい。

 投資協定締結で合意している日本は、原油調達先の多角化や自動車などの輸出増加、プラント進出を見込む。情報収集を進め、市場参入に結びつけたい。

 懸念されるのは、イランの増産で原油安が進み、産油国の経済悪化と世界的な株安を招く事態である。サウジとイランが覇権争いを続ければ、中東情勢の沈静化も、世界経済の安定も望めまい。

岡田民主党1年 「左傾化」で支持は広がらない

 「反対一辺倒」の姿勢を改め、現実的な政策を提示しない限り、一度失った国民の信頼を取り戻すことは難しい。

 民主党の岡田代表が就任から1年を迎えた。この間、読売新聞世論調査で民主党の支持率は7~11%で、自民党の3分の1以下に低迷している。安全保障政策などで「左傾化」していることが要因の一つだろう。

 昨年の安保関連法案審議では、本格的な対案の国会提出を見送る一方で、共産党などとの共闘に傾斜し、批判を浴びた。

 国会で政府を追及するだけでなく、廃案を求める市民団体の国会周辺でのデモに参加したことは象徴的だ。厳しい日本の安保環境を顧みず、情緒的に反対を煽る勢力と同一視された面は否めない。

 岡田氏は今も、市民団体との連携を模索している。夏の参院選をにらみ、今国会に安保関連法の廃止法案を提出するという。

 周辺有事での米軍支援などを可能にする法案も提出するが、集団的自衛権行使の限定容認を柱とする安保関連法の廃止を唱えれば、米国との信頼関係は崩れよう。

 前原誠司元代表が「廃止になれば、日米防衛協力の指針(ガイドライン)の履行ができなくなる」と指摘したのはもっともだ。

 政権交代があっても、日米同盟を基軸とする外交・安保政策は2大政党の「共通基盤」として維持する。民主党が政権奪還を目指すには、そうした与党時代の失政の教訓を忘れてはならない。

 憲法改正についても、岡田氏は「安倍政権の下では議論に応じない」との頑なな姿勢を続ける。

 理解に苦しむのは、大規模災害時などに首相や行政の権限を一時的に強化する緊急事態条項の創設について、「恐ろしい話だ。ナチスが権力をとる過程とはそういうことだ」と非難したことだ。

 多くの国の憲法は、効果的な災害対応などのため、同様の条項を設けている。これらもナチスになぞらえるのだろうか。

 参院選での共産党との選挙協力に、岡田氏が当初、前向きな反応を示したことには、党内や支持団体の連合から異論が相次いだ。

 天皇制や自衛隊、日米安保条約を否定する政党との連携は「野合」批判を免れまい。左傾化は保守や中道の支持層を失う。

 岡田氏は就任時、「穏健保守」とされる自民党の「宏池会」が自分の立場に近いと述べた。保守を本気で志向するのであれば、路線を転換し、政権担当能力の向上に力を注ぐことが欠かせない。

2016年1月18日月曜日

仕事と介護の両立支えよう

 「介護離職ゼロ」に向けた法整備が動き出した。労働政策審議会がこのほど、育児・介護休業法などを改正する法律案要綱を了承した。政府は近く、介護休業の分割取得などを柱にした改正法案を国会に提出する。

 介護のために離職する人は年間約10万人いる。働き盛りの社員が両立を断念すれば、企業にとっても損失だろう。これを機に企業は、働き方の見直しを進めてほしい。国や自治体は介護サービスの整備を急ぐ必要がある。

 現行の育介法では、介護が必要な家族1人につき介護休業は原則1回しか取れない。法律案要綱によると、合計93日の範囲で3回休めるようにする。短時間勤務などができる期間の延長、残業免除制度も盛り込んだ。

 雇用保険法も見直す。休業中の雇用保険からの給付を、賃金の40%から67%に引き上げる。

 介護が必要になりやすい75歳以上の高齢者は、2025年には約2200万人に増える。子ども世代はきょうだいの数が少なく、未婚率も高い。男女問わず親の介護に直面する人は確実に増えるだけに、支えとなるだろう。

 企業にとっては、長時間労働を見直し、短い時間でも成果の上がる働き方を推進することがより重要になる。時間的な制約がある社員でも力を発揮できる職場になれば、企業の成長にもつながる。法改正の動きにかかわらず、いち早く取り組むことが大切だ。

 両立のためには、介護サービスそのものの拡充も欠かせない。例えば介護休業はあくまで介護体制を整える期間という位置づけだ。地域に安心できるサービスがなければ、両立はおぼつかない。

 最大の懸念は、介護分野の深刻な人手不足だ。働き手を確保するためには処遇改善が課題となるが、それには財源がいる。介護保険外の民間のサービスの充実や、住民同士の助け合い活動などを育てていくことも欠かせない。

 企業、国、自治体がそれぞれに知恵を絞らなければならない。

電力小売りの全面自由化へ準備を万全に

 4月1日に始まる電力小売りの全面自由化まで3カ月を切った。既存の電力会社や新規参入する事業者が相次いで料金メニューを発表し、受け付けも始まった。

 多様な事業者が料金を競い、電気と携帯電話のセット販売など、これまでにないサービスの登場に期待が高まる。競争が生み出す活力をうまく成長につなげたい。そのためには全面自由化への移行に万全を期すことが大切だ。

 まず、消費者に電力自由化を正しく理解してもらうことが欠かせない。一般家庭や小規模店舗はこれまで地域の電力会社からしか電気を買えなかった。4月以降は自由に選べるようになる。

 電力は社会を支えるインフラだ。どの企業から電気を買っても安定して使えることが大原則だ。だが、経済産業省が昨年11月に実施した調査によると、「電力会社を切り替えても停電の頻度や電気の質は変わらない」ことを知らない回答者が7割を超えた。

 4月までにどの事業者から買うかを決めなくても、現在、契約する企業から供給されることも5割の回答者が知らない。電力自由化という言葉はなんとなく知っていても、具体的な内容について理解が進んでいるとはいいがたい。

 制度変更を狙った悪質な売り込みなどの被害にあわないように、政府や自治体は一人暮らしのお年寄りなどにも自由化のしくみについて丁寧に説明してもらいたい。

 夜間に電気を多く使う人向けなど、消費者の生活様式にあわせたきめ細かい料金メニューや、携帯電話やガスなどとのセット販売の魅力は大きい。しかし、契約が複雑になり、わかりづらくなるようでは逆効果だ。

 政府は電力小売りに参入する事業者に顧客への契約条件の説明や、苦情や問い合わせへの対応を義務付けている。事業者はこの順守はもちろん、できるだけわかりやすい説明を心がけてほしい。

 自由化には公正な競争環境が不可欠だ。政府は監視役となる「電力取引監視等委員会」を設けた。誤解を招く売り込みをしていないか、市場に影響を与える情報を開示せずに取引していないか。チェックする委員会の役割は重い。

 消費者が契約先を変える場合、事業者間で顧客情報を移す作業が要る。そのための情報システムを全国規模で整える必要がある。自由化が始まっても混乱がおきないように入念に準備してほしい。

ヘイト条例 大阪から議論加速を

 ヘイトスピーチ(憎悪表現)の抑止を目指す全国初の条例が大阪市で成立した。

 約7万人の在日韓国・朝鮮人が暮らす大都市が「ヘイトスピーチを許さない」との意思を明確に示した意義は大きい。

 条例は、規制対象のヘイトスピーチについて、「特定の人種や民族に属する個人や集団を社会から排除することや、憎悪、差別意識をあおる目的で行われる表現活動」と定義した。

 法律専門家らでつくる審査会が表現内容を調査し、ヘイトスピーチだと判断すれば、市長が表現者の名称を公表する。

 市議会での議論の結果、審査会の中立性を保つため、委員の選任は議会の同意が必要とされ、より厳格になった。

 当初案にあった被害者の訴訟費用の支援は削除されたものの、ヘイトスピーチを直接規制する法律がない現状で、自治体としてできる最大限の内容になったといえるのではないか。

 表現の自由との兼ね合いから、努めて抑制的に運用されるべきだが、条例があること自体がヘイトスピーチの抑止につながれば望ましい。

 被害は今も各地で続く。「私たちはどう対処すべきなのか」という社会全体の議論を加速させる効果も期待したい。

 大阪で一昨年、議論の口火を切ったのは橋下徹前市長だった。野党が過半数を握る市議会でも「ヘイトスピーチへの対処は必要」という認識が深まり、条例成立に至った。

 ここ2年で、多くの地方議会で対策強化を求める意見書が採択された。朝鮮学校への悪質な街宣があった京都では、条例制定を求める運動が起きている。

 ヘイトスピーチに脅かされているのは、同じ地域社会に暮らす人々である。人権を守るため、それぞれの地域でできることをもっと考えていきたい。

 なにより行動を求められるのは、政府と国会だ。

 政府は「現行法の適切な運用と啓発に努める」と繰り返してきた。だが被害の訴えが相次いでいるのに、法務省が人権侵害として改善を勧告したのは先月が初めて。国会でも昨年5月、民主、社民両党などがヘイトスピーチを禁じる法案を出したが、自民党に慎重論が根強く、審議は停滞している。

 あまりに対応が遅い。「ヘイトスピーチを許さない」という意思を共有し、国として何をすべきか、議論を詰めるべきだ。

 法務省は昨年、実態調査をようやく始めた。この問題への国民の関心を高めるためにも、状況把握を急いでもらいたい。

省庁移転 全体で筋通るものに

 消費者庁を徳島県に、文化庁を京都市に移す構想が現実味を帯びてきた。河野太郎消費者相と馳浩文部科学相が移転を前提に検討を進める考えを示し、3月までにまとめる政府の基本方針に盛り込まれる見通しだ。

 中央省庁の地方移転は東京一極集中是正を目指す安倍政権の地方創生の目玉だ。各省庁はこぞって及び腰だが、政治主導で突破口を開こうとする政権の姿勢そのものは評価できる。

 ただ移転にあたっては、国全体にどれだけプラスになるかという観点からの検討が不可欠だ。とりわけ消費者庁の徳島移転は効果がいま一つはっきりしない。消費者団体や日本弁護士連合会も反対を表明している。最終判断を急がず、移転の是非を慎重に見極めるべきだ。

 今回の省庁移転は、政府が自治体に提案を募る形で進められた。伝統文化の先導役を自負する京都府が文化庁を、先駆的な消費者行政に取り組んできたとする徳島県が消費者庁の誘致に、それぞれ名乗りを上げた。

 ただ、省庁をどこに配置するかは本来、政府が国全体の利益を考え、主体的に判断すべき課題だろう。地方に手を挙げさせるやり方は正道といえるか。

 移転する場合も、省庁の業務の特性や、移転先との相乗効果をよく考える必要があろう。

 消費者庁は09年に発足した。中国製冷凍ギョーザ事件などで行政の縦割りが被害を拡大させた教訓を踏まえ、消費者行政の「司令塔」と位置づけられた。他省庁との連携や働きかけが大きな役割だ。

 大半の職員が他省庁や自治体、民間の出向組だ。法律上は他省庁に被害防止措置を要求できる権限を持つが、行使した例はまだない。

 東京を離れることで、消費者庁の存在感がさらに弱まるのではという懸念はぬぐえない。徳島県は「高速ネット回線の活用で距離の壁は克服できる」とするが、他省庁にその環境が整っているわけではない。

 河野氏は、3月にも消費者庁長官らを1週間程度派遣するという。実務上の課題を検証するのはもちろん、反対意見もよく聴いて判断する必要がある。

 文化庁も、保護に取り組むべき文化財が全国にあるなか、京都に移す効果を疑問視する声がある。多くの国民が納得できる説明が求められる。

 省庁移転が、動かしやすいところだけを動かすといった政権の実績づくりがねらいでは困る。東京一極集中の是正という大方針のもとで、全体として筋が通るものにしてほしい。

AIIB始動 公正な運営へ不安が拭えない

 公正な運営を実現し、国際金融機関の責務を果たせるのか。新銀行への不安はなお拭えない。

 中国主導のアジアインフラ投資銀行(AIIB)が北京で設立式典などを開き、本格的に業務を開始した。

 出資国は57か国に上り、アジア諸国のほか、英仏独など欧州勢も加わった。初代総裁には、中国の金立群・元財務次官が就いた。

 習近平国家主席は「AIIBを含む新旧の国際金融機関が共に『一帯一路』建設に参加することを歓迎する」と演説した。中国と欧州を結ぶ巨大経済圏構想「一帯一路」の推進に、AIIBを利用する意図を露わにした発言だ。

 景気減速が鮮明となる中、最大出資国の中国は、AIIBのインフラ整備を自国の成長回復の手段とする姿勢を強めかねない。

 AIIBの融資が軍事転用の可能な港湾整備事業など、中国の独善的な海洋進出のために使われないかとの疑念も募るばかりだ。

 AIIBはこれまで、詳細な融資基準や資金調達の具体的方法などを明示してこなかった。市場からの信頼を確立し、安定的に資金を調達できるのだろうか。

 組織体制や運営について、国際金融機関としてふさわしい透明性を確保しなければならない。

 日米はAIIBへの出資を見送った。公平で中立な運営が期待できない以上、妥当な判断だ。

 ただ、杜撰な審査で融資の焦げ付きが頻発するような事態となれば、世界市場全体に動揺を招き、日米経済にも打撃を与える。

 日米は今後、AIIBの動向を注視し、問題があれば、出資国である欧州各国などを通じて、改善を求めていく必要がある。

 AIIBは融資案件の一つとして、アジア開発銀行(ADB)との協調融資を検討中だ。ADBの看板を利用し、資金調達を円滑に進める狙いだろう。

 日米はADBを通じ、AIIBに適切な組織運営や融資審査のノウハウを習得させ、国際ルールの順守を促すことが求められる。

 アジアのインフラ需要は年8000億ドル程度の巨費に上ると試算され、既存の金融機関だけでは資金を十分に賄えない。

 安倍政権は、アジアでのインフラ整備に今後5年で計1100億ドルの支援を行う方針を表明した。ADBも、融資枠の拡大や審査期間の短縮化など、被支援国の利便性を高める改革に取り組む。

 インフラ支援で日本やADBの存在感を高め、中国の身勝手な動きを牽制すべきだ。

もんじゅ再建策 信頼取り戻す新組織が必要だ

 高速増殖炉「もんじゅ」の存続には、失墜した信頼を取り戻せる運営組織が不可欠である。

 文部科学省の有識者検討会が、「もんじゅ」の在り方に関する審議を始めた。今夏までに結論を出す。

 日本原子力研究開発機構が運営するもんじゅについては、原子力規制委員会が2012年以降、立ち入り検査などを重ねてきた。その度に、法規制に違反する機器の点検漏れなどが指摘された。

 規制委は15年11月、文科省に対し、半年後をめどに新たな運営主体を示すよう勧告した。機構には「運転を続ける資質がない」という理由からだ。

 規制委の注文に、有効な改善策を講じられず、状況を悪化させた機構の責任は重い。

 馳文科相は検討会の初会合で、「重大な事態であり、問題を総括し、運営主体の在り方を具体的に深掘りしたい」と強調した。

 検討会は、機構の組織体制や技術的な能力など、様々な観点から問題点を検証し、新組織の条件を提示せねばならない。

 もんじゅは、試運転中の1995年12月にナトリウム漏れ事故を起こし、長期間停止した。2010年に運転再開にこぎ着けたものの、直後に核燃料を移動させる大型装置が原子炉に落下し、大規模な修理を余儀なくされた。

 さらに、当時、他の原子力発電所で点検不正が相次いだことから、原発の保守点検制度が厳格化された。もんじゅでも09年に保守点検計画が策定された。

 特に深刻なのは、この計画に多数の不備があったことだ。

 もんじゅで点検が必要な機器は、約5万点にも上る。緻密な計画なしに、点検は円滑に進まない。安全確保の基本となる保守点検計画の見直しが急務である。

 機構側に説明の機会を十分に与えないなど、規制委の対応にも問題はある。だが、求められた検査に的確に対処できる組織であることは、原発を運営する上で欠かせない条件だろう。

 重大事故など、想定外の事態に対応できる高度な危機管理能力も求められる。

 もんじゅについて、政府のエネルギー基本計画は、放射性廃棄物減容に向けた研究などの拠点と位置づけている。ウラン資源を有効に活用できることから、ロシア、中国、インドは、もんじゅ同様の原子炉開発に取り組んでいる。

 高速炉開発から日本が脱落し、これらの国に任せてしまっていいのか。正念場である。

2016年1月17日日曜日

台湾初の女性総統が問われる対中政策

 台湾の総統選挙で、最大野党・民進党の蔡英文主席(59)が馬英九政権の与党・国民党の朱立倫主席らを破り、当選した。蔡主席は4年前に敗れた雪辱を果たし、初の女性の総統となる。

 民進党による8年ぶりの政権奪回は3度目の政権交代でもある。同時に投開票した立法院(国会に相当)選挙でも、民進党が初めて単独で過半数を制した。

 1996年に総統の直接選挙が始まってから20年。二大政党を軸とする民主主義が根を下ろし、成熟しつつあるといえる。

 8年に及んだ馬政権の最大の実績は、中国大陸との関係改善だ。共産党政権が主張する「一つの中国」の考え方を認めて緊張を和らげ、実質的な自由貿易協定である経済協力枠組み協定(ECFA)を結んだ。習近平国家主席との初の首脳会談も実現した。

 にもかかわらず国民党が歴史的な大敗を喫したのは、同党内の内紛や景気の低迷といった要因に加えて、中国に接近しすぎることへの警戒感が台湾の有権者の間で強まったからだ。

 習主席ひきいる共産党政権が、メディア統制の強化や人権派の弁護士への弾圧など強硬な政策を進めていることで、大陸との距離感がさらに広がった面もある。

 5月に発足する蔡政権は、有権者の対中警戒感に目配りしつつ、大陸と安定した関係を維持する戦略を問われる。

 民進党は「一つの中国」を認めていないが、総統選で蔡主席は中台関係の「現状維持」を公約に掲げた。中国との間に距離を保ちながら、民進党内の独立志向を抑えて緊張の高まりを避けようという姿勢がうかがえる。慎重なかじ取りを期待したい。

 心配なのは、共産党政権が「一つの中国」の受け入れを蔡政権に迫って、関係を後退させる可能性だ。これまでに築いた成果を台無しにしないよう、習主席らは建設的な姿勢を求められる。

 日本と台湾の間には外交関係がないが、経済や人の往来、文化などの面で互いに大切な存在だ。東アジアの安定にとっての台湾の重要性は、いうまでもない。交流をさらに深めていきたい。

 蔡主席は昨年10月に来日し、環太平洋経済連携協定(TPP)に台湾が加わることへの支持を訴えた。安倍晋三政権は米国などとも連携しながら、TPP参加への地ならしにつとめるべきだ。

都市型震災への備えを着実に

 東日本大震災からまもなく5年になるが、地震への備えがなかなか進まない。とくに21年前のきょう起きた阪神大震災のような都市直下地震への対策が後手に回っている。2つの大震災の教訓を風化させず、着実に備えを強めたい。

 首都圏の4都県と5つの政令指定市は15日、マグニチュード(M)7級地震を想定した合同訓練を実施した。これらの自治体は災害時の応援協定を結んでいる。訓練では地震から18時間後の状況を想定し、負傷者の救護や物資の支援などで連携を確かめた。

 政府の想定によれば、M7級の首都直下地震が起きると死者は最大2万3千人、建物の倒壊などの被害は同61万棟にも及ぶ。とりわけ怖いのが火災だ。木造住宅の密集地で出火すると延焼し、最悪41万棟が焼失する恐れがある。

 地震による火災は石油・ガス器具が火元になると考えがちだが、近年の地震では電気製品からの出火が過半を占めている。阪神大震災では倒れた家具で電気コードが圧迫され、電気が復旧した際に漏電して起きる火災が相次いだ。熱帯魚水槽のヒーターなど思わぬ場所から出火することもある。

 火災を防ぐため、地震を感知して自動的に電気を遮る「感震ブレーカー」を広めたい。配電盤に付けるなど様々なタイプが市販され、手ごろな価格の機器もある。費用の一部を助成する自治体もあり、こうした制度を活用したい。

 帰宅困難者向けの避難所の確保もこれからだ。首都直下地震が平日の昼に起きると、最大800万人が家に帰れなくなる。勤務先や学校で被災した人は待機するのが鉄則だが、買い物客や旅行者らはどこに避難したらよいのか。

 東京都などは大規模ビルをもつ企業と協定を結び、一時滞在所とする計画だ。だが避難者の安全確保に誰が責任を持つかや、水や食料など備蓄物資をどう提供するかがあいまいで、協力企業はまだ少ない。国や自治体がルールを明確に定めて企業の協力を求め、共助の仕組みを整えたい。

台湾総統選 「現状維持」を出発点に

 予想を超える大差がついた。きのう投開票された台湾の総統選は野党・民進党の蔡英文(ツァイインウェン)主席が勝利した。同党にとっては8年ぶりの政権復帰となる。

 蔡氏が掲げたのは中台関係の「現状維持」である。この民意を踏まえることが、中国や他の関係国にも求められる。

 敗北した与党・国民党は、中国に接近しすぎたとみられた。国民党政権は、定期直行便を開設するなど対中関係の改善を進め、一部の企業や人々は潤ったが、社会の不平等が広がったとの不満もたまった。

 民進党は、大陸から来た国民党の独裁に抗する台湾生まれの政党として、30年前に結成された。基本認識は「台湾は中国とは別の独立主権国家」である。

 だが選挙戦で蔡氏はそれを前面に出さず、中台関係の「現状維持」を言い続けた。国民党に待ったをかけたが、全面否定したのではない。民進党政権になれば中台関係が不安定化する、という内外にありがちな印象をぬぐう狙いだろう。

 国民党や中国共産党は、その点を攻めた。両党は共に中国の正統政権を主張するが、台湾を含めて「一つの中国」との認識で一致し、中台交流の基礎としてきた。民進党はそれを受け入れていない、というわけだ。

 国際社会を見渡せば、日本や米国を含む大半の国が「一つの中国」を尊重している。そのうえで北京の政府を中国の唯一の合法政府と認め、台湾とは国交がない。しかし、現実には台湾は中国の統治下にはない。

 複雑な現状を考えれば、「一つの中国」の原則を振り回すよりも、共存共栄を図ることこそが賢明であり、周辺国にとっても好ましい。国共両党の間でも、立場の不一致はあえてあいまいにしてきたのである。

 蔡氏は、ことし5月から4年間の政権を担う。対中関係の政策について、さらに踏み込んで内外に示す必要があろう。

 それにしても台湾の民意の表れ方は絶妙だ。96年の初の総統直接選を起点として、00年、08年、そして今回と着実に政権交代を実現させた。

 00~08年の民進党政権が台湾独立の志向を強めると民意に拒まれた。今回はその逆で、民意が均衡を回復させる重りとなった。一昨年の学生運動の流れをくむ新政党も現れた。台湾政治は進化を続けている。

 中国の習近平(シーチンピン)政権は、この民主政治の現実と向き合わなくてはならない。国民党は中台交流で成果を残したが、国民党だけを台湾であるかのように扱うのは誤りである。

時事問題

注目の投稿

人手不足への対応は急務だ

 日銀が発表した12月の全国企業短期経済観測調査(短観)では、大企業、中堅、中小企業をあわせた全規模全産業の業況判断指数(DI)が26年ぶりの高水準になった。景気回復は6年目に入り、中小企業にも裾野が広がってきたが、先行きに懸念材料もある。深刻な人手不足だ。  従業員などの...

このブログを検索

Google News - Top Stories

ブログ アーカイブ