2016年2月29日月曜日

FIFAは信頼の回復を急げ

 昨年来、汚職事件で屋台骨が揺らいでいた国際サッカー連盟(FIFA)の新会長に欧州サッカー連盟(UEFA)事務局長で弁護士出身のインファンティノ氏が選出された。

 209の国と地域のサッカー協会が加盟し、有数の競技人口を誇るスポーツ団体の正常化は待ったなしだ。透明で清廉な組織運営を世界中のファンが切望している。肝に銘じてもらいたい。

 事件を受け、FIFAはすでに会長や理事の任期制限や報酬の開示、さらには権限が膨らんでブラックボックス化した理事会を意思決定部門と実務部門に分ける施策も打ち出した。新会長にはワールドカップ(W杯)をはじめ諸大会の開催や放映権の取り扱いで具体的な成果が厳しく問われよう。

 この40年余で、FIFAは主催する大会を増やすとともに、W杯の出場国枠も広げ、保有する様々な権利に絡んで収入を得るビジネスモデルを築いて急成長した。2011~14年の収入はW杯ブラジル大会の放映権料などで7000億円を超えている。

 潤沢な収入は新興国での競技の振興に資した面はあるが、一部に金権体質がはびこり、昨年5月以降、米国やスイスの司法当局の手で30人が摘発される事態に陥った。中南米諸国のサッカー協会の会長経験者や放送局幹部らだ。放映権を巡り、賄賂を授受した疑いが強く、捜査は継続中である。

 FIFA内部の委員会も、前会長のブラッター氏らの不明朗な金銭授受などを洗い出したほか、前事務局長を12年間の活動停止としたり、旧西ドイツの名手だったベッケンバウアー氏に罰金を科したりと、うみを出すべく懸命だ。新会長には当局の捜査への協力とともに、内部監査や外部からの監視の目の強化により、不正への厳正な対処が求められる。

 国や民族の違いを超え、人を一つにする大きな求心力を持つのがサッカーだ。テロや紛争が絶えない今こそ、その価値に磨きをかけてほしい。新会長の責務である。

日本でもシェア経済を根付かせたい

 個人が所有するモノや能力、時間をネット経由で他人に貸し出し、対価を得る。こんなシェアリング・エコノミー(シェア経済)と呼ばれる仕組みが様々な分野に広がり始めた。

 うまく使えば、新たな経済成長の芽となるだけでなく、過疎地対策など社会的課題の解決にも一役買うだろう。シェア経済をどう伸ばすか、真剣に考えたい。

 シェア経済の代表例は住宅の一部を開放し、観光客を泊める民泊だ。貸し手は空き部屋の有効活用で追加収入が手に入り、借り手にとっては「ホテルより安い」「ホストの家族と人間的な触れ合いができる」といった魅力がある。

 東京都大田区は1月に民泊条例を施行し、防火対策や近隣とのトラブル防止について一定の要件を満たした物件に「お墨付き」を与える制度を始めた。これまで民泊の仲介は米エアビーアンドビー社の独壇場だったが、大田区の動きに呼応して日本のベンチャー企業が「ステイジャパン」という仲介サイトを立ち上げるなど競争が活発化する兆しもある。

 自家用車を使って有償で人を運ぶ配車サービスも注目の的だ。この分野の先駆者である米ウーバーテクノロジーズ日本法人は、ドライバーと乗客を結びつける自社システムを京都府京丹後市に供与することで合意した。同市はタクシーやバスのない公共交通の空白地域が多く、ウーバー型のサービスを導入することで、お年寄りや観光客の足を確保する考えだ。

 このほか空き駐車場の貸し借りを仲介するアキッパ(大阪市)のような日本独自のサービスも登場し、市場は活気づいている。

 シェア経済の利点は、空き時間や不稼働資産の有効活用によって無から付加価値を創出し、経済全体の生産性を引き上げることだ。

 低コストでサービスを提供できる魅力もある。タクシー会社が過疎地で利益を出すのは難しいが、個人が休日に自分の車で乗客を運ぶのは追加コストがほぼゼロで、やる気があればだれでもできる。

 一方でシェア経済を社会に根付かせるには、安全や安心の確保が大切だ。事業者が努力するのは当然だが、政府や自治体がルールづくりに関与する場面が今後さらに増えるだろう。だが、そんな場合でも厳し過ぎる規制や「トラブルが1件でもあれば即禁止」といった姿勢は、変革の芽を摘みかねないと関係者は銘記してほしい。

同一賃金 底上げにつなげよ

 非正社員であっても同じ仕事なら正社員と賃金に差をつけない「同一労働同一賃金」の議論が本格化してきた。

 安倍首相は、参院選前のとりまとめを目指す「1億総活躍プラン」の柱に据えて「ちゅうちょなく法改正の準備を進める」と積極姿勢をアピールする。

 非正社員は働く人の4割に達し、賃金水準が低く暮らしが不安定だ。これを機に、待遇改善に本気で取り組んでほしい。

 お手本とされる欧州では「客観的な根拠によって正当化されない限り、不利益な取り扱いを受けない」(EUパートタイム労働指令)といったルールが雇用形態ごとに明記されている。

 日本にこうしたものが全くないわけではない。有期雇用について定めた労働契約法やパートタイム労働法には、待遇、労働条件について「不合理と認められるものであってはならない」「差別的取り扱いをしてはならない」といった、均衡待遇や均等待遇の規定もある。

 にもかかわらず、例えばパートタイム労働の賃金水準はフルタイム労働の約6割。ドイツの8割、フランスの9割と比べて著しく低いのが現状だ。このような賃金差がどうして生じるのか、そこを解きほぐして実効性ある取り組みを進めなければ、底上げにはつながらない。

 首相は法改正を強調するが、何を念頭に置いてのことなのか、はっきりしない。例えば労働者派遣法にはパート法のような規定は現在ないが、同様の規定さえ設ければ解決する話でないことは、パートタイム労働の現状をみれば明らかだ。

 そもそも日本では、長年かけてルールが定着してきた欧州と異なり、何が「不合理」な取り扱いなのかというルールがはっきりしていない。

 非正社員には長年の経験を評価する仕組みがなく、長く勤めても賃金がほとんど変わらないことが指摘されている。これは、「不合理」には当たらないのか。

 政府は、何が不合理な違いで、差別的な取り扱いにあたるのか、欧州の事例を参考にしながら指針を作るとしている。非正社員の生活を守る視点で論議を深めてほしい。

 その前提として、労使は現状を直視し、ルール作りに積極的にかかわることが必要だ。

 経営側には負担増への警戒感もある。総人件費を抑えようとすれば、正社員の待遇を切り下げて低い方へ合わせることにもなりかねない。主眼は非正社員の底上げだという原点を忘れてはならない。

仙台空港 民営化のモデル目指せ

 国が管理する空港の先陣を切って、仙台空港がこの夏に民営化される。使われるのは運営権方式という手法だ。滑走路などは引き続き国が保有し、管制業務も公務員が担う。航空会社への路線開設・増便の働きかけやターミナルビルの整備・経営といった「運営権」を民間企業が買い、空港を経営する。

 関西空港と伊丹空港の一体運用を進める新関西国際空港会社も同様の手法を採ったが、こちらは株式会社で出発した空港経営が多額の借金を抱え、運営権の売却で経営を立て直すのが狙いだ。税金を投じて全国各地に造った空港を、民営化を通じて地域の拠点にできるかどうか。東日本大震災の被災地でもある仙台が試金石となる。

 仙台空港の運営権を得たのは東急電鉄グループと前田建設工業、豊田通商の連合体だ。22億円を支払って少なくとも30年間は経営を担う。

 3者は母体となる会社を共同出資で設けた。宮城県と地元市・企業の第三セクターだったターミナルビル会社を買収。店舗を大幅に増やし、格安航空会社用の搭乗施設を新設するなど、総額で340億円を投資する計画だ。航空会社から徴収する着陸料の体系も工夫し、路線網の拡充を目指すという。

 安全・安心を最優先に、乗客に負担をつけ回しすることなく、黒字経営を保つ。難題だが、民間の知恵と資金による挑戦に期待したい。

 最大の課題は、地元の産業、とりわけ農林水産業や観光事業と連携して地域おこしの一翼を担い、空港経営との相乗効果を実現できるかどうかだろう。

 仙台空港の活用策では、震災後にカジノ施設の誘致構想が浮上したこともある。東急なども不動産開発のノウハウを持つが、商業施設や住宅といった「ハード」整備を先行させる考えはないと強調する。

 打ち出したのは、東急のアジアの店舗での物産展の開催や近隣の漁港と組んだ輸出の仕組みづくり、伊達政宗にちなみ、空港近くを流れる貞山堀での桜の植樹への支援といった「ソフト」面での対策だ。

 各地で取り組みが本格化しつつある地方創生では、深刻な財政難のなかで、地域の産物や文化をどう生かすかが問われている。地元の自治体とも力を合わせ、知恵を絞ってほしい。

 仙台空港はJR仙台駅と鉄道で直結しており、東北の空の玄関だ。空港民営化をきっかけに、被災地を含む東北全体が協力し、世界に売り込んでいく機運を高めたい。

年金額改定 給付抑制の遅れは放置できぬ

 少子高齢化に対応した年金の給付抑制が、一向に進まない。将来世代にしっかりとした年金制度を引き継ぐ上で、放置できない問題だ。

 2016年度の年金額は、据え置きとなることが決まった。物価はやや上昇したが、現役世代の賃金が低下したため、改定ルールに基づき、物価・賃金の変動に伴う増減は行われない。

 この結果、少子高齢化の進行に応じて自動的に給付水準を引き下げる「マクロ経済スライド」も実施要件が整わず、中止される。

 マクロ経済スライドは、年金の改定率を物価や賃金の変動率より少し低くすることで、緩やかに給付水準を下げていく仕組みだ。年金財政の安定化のため、04年の制度改正で導入された。

 問題は、物価や賃金が下がるデフレ下や低成長時の適用を制限するルールがあることだ。高齢者の生活を考慮して設けられた。

 この制限により、導入後も実施されず、年金水準の高止まりを招いた。15年度に初めて適用されたが、再び実施不能に陥った。

 現行制度は、現役世代が負担する保険料を固定し、収入の範囲内で高齢者に年金を支払う方式だ。今の高齢者の給付引き下げが遅れると、その分は将来世代の年金を減らして収支バランスを取る。

 給付抑制が予定通り進んでも、将来の年金水準は2、3割下がる見込みだ。さらに減額となれば、若年層の理解は得られまい。

 マクロ経済スライドの適用制限を見直し、経済情勢にかかわらず完全実施することが不可欠だ。

 だが、厚生労働省が今国会に提出する年金改革関連法案では、完全実施に踏み込まなかった。参院選を控えて、高齢者の反発を恐れる与党に配慮したのだろう。

 代わりに、適用制限ルールは残したまま、抑制できなかった分を次回以降に繰り越す方式を取り入れる。物価などが大幅に上昇した際、まとめて差し引くという。

 これでは、デフレや低成長が続けば、繰り越しが重なり、いつまでも解消されない。今回の適用中止は、その懸念を一層強めた。物価上昇時の大幅な抑制には、高齢者の強い抵抗も予想される。

 法案では、高所得者の年金減額などの課題も先送りされる見通しだ。早期の給付抑制が財政基盤を強化し、子や孫世代の安心につながる。丁寧に説明すれば、高齢者も納得するはずだ。

 「痛み」を伴う改革から逃げていては、社会保障制度の維持も財政再建も危うくなる。

高校生デモ参加 「届け出」でトラブル防ぎたい

 高校生が節度を守りつつ、政治活動の経験を積めるようにしたい。

 選挙権年齢が18歳以上に引き下げられたことを受け、解禁された高校生の政治活動について、文部科学省が学校側の対応をまとめた「Q&A」を公表した。

 Q&Aでは、政治活動への参加を例外的に制限・禁止できる具体例などを挙げている。文科省が昨秋、従来の通知を見直し、放課後や休日に校外でデモや集会に参加することを容認したためだ。

 行進中、投石や警備活動の妨害に及ぶ。無許可デモを繰り返す団体が主催するデモや、他人の生命・名誉を害する内容を連呼する集会に加わる。部活動での人間関係を背景に、先輩が後輩に支持団体の集会への参加を強要する。

 いずれも高校生の行動として、不適切なのは明らかだろう。

 議論を呼んでいるのは、校外のデモに参加する際、事前に学校へ届け出をさせることの是非だ。Q&Aは「必要かつ合理的な範囲なら可能」との考えを示し、判断を教育現場に委ねている。

 一部の教育委員会では、「届け出は不要」との方針を学校側に伝えている。「届け出制にすると、学校の監視が強まり、生徒を萎縮させる」といった批判もある。

 無論、放課後や休日に校外で行う政治活動は、基本的に、保護者の理解の下で、生徒が主体的に判断すべきものである。

 ただ、違法行為に発展する恐れがあるデモに、生徒が参加する事態は可能な限り、避けねばなるまい。休日に政治活動ばかりして、学業に支障が出るのも問題だ。

 たとえ校外の活動でも、教育上の観点から、学校が把握しておく必要はあるのではないか。

 届け出をさせる場合には、学校側の配慮も欠かせない。生徒個人の政治的信条を問いたださないようにするなど、思想・良心の自由に十分留意せねばならない。

 政治参加について、生徒がきちんと判断できる力を養う上で、主権者教育は重要だ。

 選挙管理委員会による出前授業で、生徒たちに模擬投票を体験させる学校が増えている。地元住民から地域の課題を聞き取り、議会への請願書を作成する「模擬請願」に取り組む学校もある。

 安全保障法制など、国論を二分するテーマを積極的に取り上げることも有益だろう。立場の異なる複数の新聞記事を教材に使えば、多角的な視点を提供できる。

 教育現場には、政治への関心を高める授業を求めたい。

2016年2月28日日曜日

世界経済の安定へ果敢に行動を

 中国・上海で開いていた20カ国・地域(G20)財務相・中央銀行総裁会議は、世界経済の成長持続と市場の安定に向け「すべての政策手段を用いる」との声明を採択し閉幕した。

 世界経済の先行きには不透明感が漂う。けん引役が不在のなかで金融市場の動揺が続いている。日米欧と新興国は財政・金融政策を柔軟に運営して経済を下支えしつつ、潜在成長率を底上げする構造改革を加速させるべきだ。

市場との対話を円滑に

 経済協力開発機構(OECD)は2016年の世界経済の成長率見通しをこれまでの3.3%から3.0%へと下方修正した。

 世界経済の下振れ懸念が強まるなか、G20が政策協調の方向を打ち出したのはひとまず評価できる。大事なのは、各国・地域がそれぞれの抱える課題の解決に向け果断に行動することだ。

 もっとも大きな責務を負うのは、世界第2位の経済大国となった中国である。

 人民元が安くなるとの観測から中国からの資本流出が加速している。中国当局は市場で元を買い支える介入を続け、外貨準備が急減している。そのことがさらに先行きの元安観測を強め、世界の金融市場を揺さぶっている。

 中国当局はまず金融市場に政策意図を丁寧に伝える「市場との対話」にしっかりと取り組む必要がある。

 G20に先立ち、中国人民銀行(中央銀行)の周小川総裁は記者会見し、「競争的な通貨の切り下げには反対だ」などと語った。

 こうした記者会見はG20があろうが、なかろうが、定期的に実施すべきものだ。市場との対話が円滑に進み、政策運営への信頼度が高まれば、過度な資本流出の抑制にもつながるだろう。

 過剰設備・債務といった構造問題や、国有企業の改革も急がなくてはならない。同時に、景気が想定以上に減速する場合、機動的に財政出動をするような備えをしておくべきだ。

 先進国の成長促進策は相変わらず金融政策ばかりが目立っている。G20声明がこの点にクギを刺したのは妥当である。遅れが際立っているのは構造改革だ。

 G20は18年までに域内の国内総生産(GDP)を2%以上押し上げる目標を掲げている。しかし、国際通貨基金(IMF)によれば、各国・地域がこれまでに実施した具体策だけでは0.8%程度しか成長率は高まらないという。

 欧州は域内の投資基金を通じてインフラ整備を進めるとともに、厳格な域内銀行の資産査定(ストレステスト)を通じて金融不安の芽を早急に摘み取ってほしい。高失業を是正するための労働市場改革への努力もなお不十分だ。

 日本は女性や高齢者の就業率を高めるとともに、思い切った規制改革によって成長基盤を強めるべきだ。持続可能な社会保障制度をつくる改革からも逃げてはならない。

 G20は競争的な通貨切り下げを回避することで合意した。日銀や欧州中央銀行(ECB)の金融緩和はデフレ阻止が目的だが、通貨安競争に拍車をかけることがないような目配りは要る。

 米経済は底堅いものの、ドル高で輸出が低迷し、エネルギー部門を中心に設備投資は鈍い。米連邦準備理事会(FRB)はこうした点にも配慮しながら、利上げをどんなペースで進めるか、打つ手を慎重に探ってほしい。

金融安全網の強化必要

 新興国・資源国の経済は正念場を迎えている。中国の減速に伴い原油などの商品価格は大きく下落した。財政難に直面した一部の産油国が政府系ファンドを通じて海外から資金を引きあげる事態にも発展している。

 投資マネーが流出した国では自国通貨安とインフレを招き、それが実体経済の足を引っ張る悪循環に陥っている。ロシアやブラジル、南アフリカといった国々は資源に過度に依存しない経済構造づくりが急務だ。

 気になるのは、アゼルバイジャンやナイジェリア、ベネズエラといった一部の産油国が資金繰り難に直面していることだ。

 IMFや世界銀行は迅速に支援できる態勢を整えておく必要がある。新興国がドル不足に陥った場合に備え、G20で新たな金融安全網の構築も検討すべきだ。

 適切なマクロ政策と構造改革を組み合わせて成長を促すとともに、必要に応じて為替市場の安定に向けて協調していく。危機を防止するために積極的に行動する姿勢がG20に求められている。

G20協調 緩和依存から脱却を

 年初来の世界金融波乱のあと初めて主要国の国際金融をつかさどる責任者たちが一堂に会した。きのうまで上海で開かれた主要20カ国・地域(G20)財務相・中央銀行総裁会議は、世界的な金融リスクがこれ以上高まらないように各国が政策を総動員することを確認した。

 G20の協調を演出できたことは市場の動揺を抑えるのに一役買ったかもしれない。ただ、G20が有効な具体策を打ち出すことは難しい実情もあらわになったのではないか。

 市場不安の主な要因は(1)中国経済の減速(2)原油価格の急落(3)米国の利上げ、の三つとされる。加えて欧州の難民問題、北朝鮮をめぐる緊張の高まり、泥沼化する中東情勢など、世界の不安定化が経済の長期停滞を市場に意識させている面もある。

 リーマン・ショック以来、こういう事態に主要国はこぞって財政出動や金融緩和のエンジンをふかしてきた。ところが各国はほぼ手を打ち尽くし、今では追加策を打つ余地に乏しい。

 しかもそうした対策の過剰が新興国バブルや資源バブルを生み、結果的にいまの金融波乱を招いてきた。危機対応が新たな危機を生む皮肉な構図である。

 同じ過ちを繰り返さないためにも、主要各国が財政出動と金融緩和にこれ以上のめりこむことは避けるべきだ。今回のG20でそういう問題意識は共有されなかったが、軌道修正するときが来ているのではないか。

 本当に必要な政策は長期的に経済を安定させる構造改革だ。中国なら過剰設備・過剰債務の解消や国有企業改革、欧州は財政統合の深化、日本は税と社会保障改革や財政の安定である。

 心配なのは、各国が有効な手が見つからないなかで自国の輸出産業を有利にする通貨安政策に走ることだ。G20でも通貨安競争はしないことを確認した。

 ただ、日本銀行が導入したマイナス金利政策には通貨安を促す効果がある。これを導入している日欧がこの政策を継続・強化すれば世界の通貨安競争を招きかねない。クリントン前国務長官など米大統領選の有力候補者たちが日本の円安誘導を批判しているのも気になる動きだ。

 そもそも日欧が続ける超金融緩和は一時的なカンフル剤にすぎず、期待された経済成長にはつながってこなかった。しかもその長期化が次第に市場機能を損なう副作用の方が深刻になってきている。

 日欧は一刻も早くこの「緩和依存」から脱却しなければならない。そのためにこそ主要国の協調が必要ではないか。

マラソン選考 明確な基準がほしい

 マラソンの五輪代表選びが、また、もめている。

 8月のリオデジャネイロをめざす福士加代子選手が、来月に名古屋である最後の選考レースに出場するという。

 彼女は昨年10月に米国シカゴで完走した後、今年1月に大阪国際女子で走って優勝した。それから1カ月あまりでまた42・195キロに挑むことになる。

 日本陸連は出場撤回を呼びかけていたが、代表の座を確実にしたい一心で決めたようだ。過酷な戦いを考えなければならないのは、選び方に問題があるからだ。

 女子代表は3人。まず昨年の世界選手権で8位以内で最上位の選手が内定する。次に、さいたま国際、大阪国際女子、名古屋ウィメンズの3大会の日本人3位までが対象となる。

 その中から(1)規定のタイム以内で走った選手(1人)(2)記録や順位、レース展開、気象条件などを陸連が「総合的に勘案」して評価した選手、の優先順位で選ぶ。

 世界選手権では伊藤舞選手が内定した。福士選手は大阪で、規定タイムを上回る記録で優勝して、五輪でメダルが狙えそうな有力候補となった。

 しかし今度の名古屋で、2選手が福士選手の大阪での走りを上回る快走を見せれば、落選する可能性もでてくる。だから彼女は名古屋も走ることにした。

 問題は、選考の方法が不明瞭なことだ。自動的に決まる部分が少なく、最後は選ぶ側の主観に左右される。

 分かりやすさだけならば、一つの大会で一発勝負にすることが考えられる。だが各地の大会それぞれがマラソンの社会的な裾野を広げ、選手の強化、競技の普及につながっている。

 一発選考では、たまたま体調を崩した実力のある選手が五輪に出られないことにもなる。

 たとえば選考レースで、規定タイムをきって優勝した選手を自動的に決める、あるいは、規定タイム以上を出した日本人の最高位にするなどの方法も検討に値するのではないか。

 ほかの競技をみると、競泳では、選考会となる日本選手権で1位、2位になり、規定タイムをきった選手が代表になるという明確な原則がある。

 大切なのは選ばれなかった選手がきちんと納得でき、競技を支える幅広い国民の目にも分かりやすい基準づくりである。それが選手にとっても、最善の条件で五輪に挑む道につながる。

 陸連は、透明性を確保しつつ、最も強い選手団を作る賢明な方法に知恵を絞ってほしい。

G20と政策協調 市場安定へ行動が求められる

 世界的な金融市場の混乱を、これで抑えられるか。先進国と新興国は政策協調を実効あるものとしなくてはならない。

 主要20か国・地域(G20)財務相・中央銀行総裁会議が閉幕した。採択された共同声明は、「世界経済の下方リスクと脆弱性が高まっている」とする厳しい認識を示した。

 そのうえで、世界経済の失速回避に向けて、金融政策や構造改革、財政出動といった「全ての政策手段を総合的に用いる」との強い決意を表明した。

 世界経済は、中国の成長鈍化や原油安、米国の利上げに伴う新興国からの資金流出など、多くの不安要因に覆われている。

 G20が危機感を共有し、市場の安定化へ協調して臨む姿勢を打ち出したことは評価できよう。

 各国は、過度な為替の変動が経済に悪影響を及ぼすとの見解で一致した。輸出促進のために自国通貨を切り下げる「通貨安競争」を避けることも確認した。行き過ぎた円高や、人民元切り下げを懸念する市場に配慮した形だ。

 会議の焦点は、市場の混乱の震源地とされる議長国・中国が、動揺を鎮めるのに有効なメッセージを発信できるかどうかだった。

 中国人民銀行の周小川総裁は、開会前に異例の記者会見を開いて追加の金融緩和策に言及するなど、市場の不信感を和らげるのに懸命だった。李克強首相も構造改革を進める方針を表明した。

 だが、中国経済の先行きへの根深い不安を払拭するには、改革姿勢を強調するだけでは足りない。今後の政策の道筋を市場に明示することが求められよう。

 麻生財務相が「具体的なスケジュールを伴った構造改革のプランを示す必要がある」と注文をつけたのは、もっともだ。

 過剰設備の解消や国有企業の再編など、痛みを伴う改革をやり抜く行動力が欠かせない。

 声明が、追加利上げを模索する米国などを念頭に、「政策の負の波及効果を最小化するため、明確にコミュニケーションを行う」と明記したのも妥当である。

 新興国からの資金流出など、利上げの悪影響にも目配りしながら慎重な政策判断をしてほしい。

 会議では欧州の金融システムの脆弱性も議論された。不良債権処理の加速や、経済を活性化する構造改革に力を注ぐ必要がある。

 日本は、マイナス金利政策でデフレ脱却を図る考えを説明した。成長戦略を進め、内需主導の景気回復を実現することが急務だ。

FIFA新会長 蔓延する汚職を一掃できるか

 汚職にまみれた組織を再生させるためには、新会長の強いリーダーシップが求められる。

 国際サッカー連盟(FIFA)の会長選で、欧州サッカー連盟(UEFA)事務総長のジャンニ・インファンティノ氏が勝利した。

 スイス出身のインファンティノ氏は、9代目の会長だ。FIFAの会長職は、サッカー先進地の欧州と南米で占めてきた。今回もその流れは変わらなかった。

 新会長の最大の任務は、FIFAの信頼回復である。インファンティノ氏は「FIFAの悲しい時期は終わった。人々の尊敬を取り戻そう」と決意を語った。

 会長選では、ワールドカップ(W杯)出場チーム数の拡大などを掲げて支持を広げたが、急がねばならないのは、蔓延する汚職を排除するシステムの構築だ。

 組織を運営する会長、副会長、理事らに権限と利権が集中する体制の刷新は不可避だろう。

 昨年5月、米司法省がFIFA副会長らを起訴したことで、FIFAの実態が暴かれた。国際試合のテレビの放映権などで便宜を図った見返りに、賄賂を受け取っていたとして、副会長らは組織的な不当利得などの罪に問われた。

 事務総長時代を含め、30年以上も君臨し続けたゼップ・ブラッター前会長の手法が、腐敗体質を生んだことは間違いあるまい。

 競争入札の導入などにより、W杯の放映権料を高騰させ、FIFAの財政を潤した。その資金をアジアやアフリカなどの協会の支援につぎ込み、自らの支持基盤を強固なものにした。

 ブラッター氏自身にも、汚職の嫌疑は及んでいる。2011年に副会長のミシェル・プラティニ氏に対し、FIFAを通じて200万スイス・フラン(約2億4000万円)を支払った問題だ。

 02年までの活動に対する報酬という名目だったが、FIFA倫理委員会は、法的根拠のない支払いだと断定した。両氏は資格停止となり、会長選の本命だったプラティニ氏は撤退に追い込まれた。

 これにより、UEFAでプラティニ氏の右腕と呼ばれたインファンティノ氏に、会長ポストが転がり込んだとも言えよう。

 日本サッカー協会の新たな会長に就任する田嶋幸三氏は、FIFAの理事でもある。

 国際組織で力を発揮する人材に乏しいのが、日本のスポーツ界の弱点だ。FIFA改革に積極的に関与し、再度のW杯開催を狙う日本の存在感を示してほしい。

2016年2月27日土曜日

革命30年を経たフィリピン

 フィリピンでマルコス大統領の独裁体制を民主化運動が倒したピープルパワー革命から、30年が過ぎた。この間、クーデターの噂も幾度か流れたが、6年ごとの大統領選挙で政権が交代するルールはおおむね守られてきた。

 特に2010年に就任したアキノ大統領は、腐敗対策の成果や比較的好調な経済を背景に高い支持率を誇り、政治は安定している。同じ東南アジアのタイが軍政下にあるのに比べれば、民主主義が機能していると評価できよう。

 6月に退任するアキノ大統領の後任を選ぶ大統領選挙は、5月が投票だ。今のところ混戦模様だが、誰が当選しても、現政権の実績を踏まえつつ一層の発展につなげられるかどうかが問われる。

 大きな課題の一つは、持続的な経済成長のための基盤整備だ。

 海外出稼ぎ労働者からの送金やコールセンターなどサービス産業の発展、輸入に頼る原油の値下がりなどから、足元の景気は悪くない。15年の実質経済成長率は5.8%で、今年は6%を上回るとの見方が多い。

 景気減速に苦しむ新興国が目立つ中では例外的に力強い印象で、かつて「アジアの病人」と呼ばれた面影はない。ただ、製造業の育成やインフラの整備は出遅れを挽回したとはいいがたい。貧富の格差も依然として大きく、社会と政治の不安定要因だ。

 安全保障面の環境は、この30年で激変した。一つには、革命で高まったナショナリズムも背景に国内の米軍基地が閉鎖された。第二に、米軍が退いた隙を突いて中国が南シナ海への進出を加速した。アキノ大統領は中国との対決姿勢を鮮明にしてきたが、力による現状変更を阻めないでいる。

 日本はフィリピンとともに西太平洋の「第一列島線」を構成している。直面する安全保障面の課題は相通じるところが少なくない。協力は進んでいるが、さらに連携を強化する必要があろう。経済面でウインウインの関係を深めていくことは、その一環でもある。

働き手を増やし人口減に立ち向かおう

 総務省が2015年国勢調査の結果速報値を公表した。日本の人口は1億2711万人で、5年前の調査に比べ約95万人減った。大正期に調査が始まって以来初の減少となる。生まれる子どもの数よりも亡くなる人の方が多くなっているためだ。

 少子高齢化と人口減は今後も続く。65歳以上の高齢者1人当たり生産年齢人口(15~64歳)は、1970年ごろには約10人いたが、今は2人強となり、今世紀半ばにはおよそ1人になってしまうと予測されている。これだけを見ると、今後の現役世代は重圧に押しつぶされてしまいそうだ。

 しかし、発想を変えよう。65歳以上はすべて支えられる側の人ではない。今は元気な高齢者も多い。年齢を問わず、能力や体力に応じて、できる限り長く働く人を増やし、社会を支える側に回ってもらうことが肝心だ。

 年をとっても働くためには、短時間勤務など多様な働き方を用意する必要がある。すでに高齢者を戦力として活用している企業も多い。これらも参考にさらに多くの企業で工夫をしてもらいたい。

 高齢者が生きがいを持って働くことは健康面でも利点が多いとされる。医療費や介護費が節減でき、その分若い世代の負担を減らせる可能性もある。主に自らの収入で生活する期間を長くすることで、公的年金への依存度もなるべく下げたいところだ。

 高齢者と並び、社会の支え手として期待されているのが女性だ。女性の社会進出は進んだとはいえ、いまだに専業主婦である方が有利な仕組みが残っている。所得税の配偶者控除や企業の配偶者手当などは見直しが不可欠だろう。

 子育てしながら働き続けるためには、働き方の改革と同時に保育サービスの拡充も進めたい。これらは少子化対策としても重要だ。

 減っていく労働力を補うには、外国人の活用も求められる。文化や生活様式の違いを超え、どう受け入れていくか、高度専門職に限らず必要な人材を明確にして、本格的な検討を始めるべきだ。

 国勢調査では東京など一部の大都市圏を除いて、大半の自治体で人口が減っていることも確認された。地方では地域特性を生かした人を呼び寄せる魅力ある街づくりも求められる。

 既存の制度や慣習をいま一度、総点検し、総力を挙げて人口減社会に対応できる改革を進めたい。

高浜再稼働 後始末をどうするのか

 福井県の関西電力高浜原発4号機が再稼働した。

 東日本大震災後、新しい規制基準のもとでは九州電力川内原発1、2号機(鹿児島県)、高浜3号機に続き4基目だ。

 高浜4号機は3号機と同様、ウランとプルトニウムの混合酸化物(MOX)燃料を使うプルサーマル発電が実施される。

 事故時に住民がスムーズに避難できるかという課題は積み残されたままだ。東京電力福島第一原発事故の教訓を踏まえた再稼働とはとうてい言えない。

 4号機では、稼働準備中に微量の放射性物質を含む水漏れが起きた。配管の弁のボルトが緩んでいたという。福島原発事故後、安全性への国民の視線は格段に厳しくなった。関電は他の弁の点検もしたというが、動かす以上、重い責任を負うことにいま一度自覚を求めたい。

 原発を動かせば使用済み核燃料が増える。再稼働を機にこの後始末の問題を直視すべきだ。

 関電の高浜、美浜、大飯原発では使用済み燃料を入れるプールがほぼ7割埋まっている。全9基の原子炉を再稼働すれば7~8年で満杯になる計算だ。

 国の方針の核燃料サイクルに沿えば、使用済み燃料は青森県六ケ所村の工場で再処理され、燃料としてよみがえるはずだった。だが工場は完成延期が続き、実現のめどは立たない。

 しかも、プルサーマルで生じる使用済みMOX燃料は六ケ所の工場で再処理できない。国は方針を決めておらず、当面は原発内で保管するしかない。

 これらの問題を先送りしてきたツケが、噴き出している。

 原発に頼ってきた消費者側も、国や電力会社に責任を押しつけて済む話ではない。自分たちの問題として、社会全体で今後の方向性を議論していく必要がある。関西と福井とでその先鞭(せんべん)をつけられないか。

 使用済み燃料の増加を懸念した福井県は、中間貯蔵施設を県外につくるよう関電と国に要求している。関電は昨年11月、「20年ごろに場所を決め、30年ごろに操業する」と約束した。

 関電は「消費地の関西に」というが、受け入れに前向きな自治体はない。だが消費地が向き合わなければならない問題だ。関電から関西の知事、政令指定市長が加わる関西広域連合に協議を申し入れてはどうか。

 この場に福井県も加われば、福島事故後に対立が深まった消費地と立地地域との関係を結び直す一歩にもなろう。

 むろんすぐに答えは出まい。だが、議論からもはや逃げられない。

高2自殺判決 生徒を追い詰めた暴力

 2012年12月に大阪市立桜宮(さくらのみや)高校バスケットボール部2年の男子生徒(当時17)が自殺したのは、元顧問(50)の暴力が原因だとして、遺族が市に損害賠償を求めた訴訟で、東京地裁は市に約7500万円の支払いを命じる判決を言い渡した。

 裁判長は「元顧問の暴行がなければ男子生徒は自殺しなかった」と因果関係を明確に認めた。そして生徒が暴行を受けた後に無気力になる異変を元顧問が認識していたとも指摘、自殺を予見できたと認めた。

 判決後、遺族は「息子のような子を二度と出したくない」と語った。

 子どもへの暴力行為は、正当化する余地のない人権侵害だ。市教委はもちろん、教壇に立つ教員、学校関係者はこれを機に改めて心に刻んでほしい。

 理解できないのは、事件後に「暴力が自殺の要因」と認めていた市が、裁判で一転して「主な原因は生徒自身の悩みや家族にあった」と主張したことだ。「賠償にあたり、元顧問以外の要素はないのか詰めなければならなかった」と説明する。だが、責任を家族に帰するような主張は遺族感情を傷つけた。

 元顧問は13年、傷害と暴行の罪で有罪判決を受けたが、暴力と自殺の因果関係は争点にならなかった。遺族は関東に移り住んでから因果関係などの認定を求めて訴訟を起こした。市はもっと遺族側に寄り添った対応はできなかっただろうか。

 体罰は指導上やむを得ないという考えは、今も根強い。

 文部科学省によると、14年度に体罰で処分された公立の小中高校などの教職員は952人で、前年度の約4分の1に減ってはいる。だが、ゼロと回答する県もあり、実態がどこまで把握できているか、疑問も残る。

 兵庫県姫路市立中学校の教諭が、いじめを受けて骨折した生徒について「病院では階段から転んだことにしておけ」と別の教師に指示したとして、今月停職6カ月の懲戒処分を受けた。

 ことを荒立てず、面倒を避けたい。そんな勝手な隠蔽(いんぺい)体質が学校現場にあれば、子どもたちは救われない。

 学校や教育委員会は、体罰は顕在化しにくいとの前提に立ち、被害の掘り起こしに努めるべきだ。定期的なアンケートや、外部に相談窓口を設ける取り組みなどを広げたい。

 暴力はもちろん、教師の暴言や不用意な一言も、子どもを傷つける。教師は自らの指導方法を常に省みてほしい。教師同士が互いの指導に意見を言い合える雰囲気作りも不可欠だ。

「炉心溶融」判定 責任感を欠く東電の情報発信

 意図的に「炉心溶融」の認定を避けていた可能性はないのか。

 東京電力が福島第一原子力発電所の事故当時、社内規則に記された判定基準を把握せず、深刻な事態を連想させる「炉心溶融」を否定していたことが分かった。

 東電は「基準の存在に気付いていなかった」と釈明している。

 国内最大の電力事業者でありながら、お粗末と言うほかない。

 当時の「原子力災害対策マニュアル」には、核燃料の損傷割合が5%を超えれば炉心溶融と判定するよう記されていた。

 福島の事故では、格納容器の放射線量を測定する装置が停電した。これが復旧した2011年3月14日以降、燃料損傷の割合が推計可能になり、3号機については、30%損傷などと推計された。

 基準に従えば、明らかに炉心溶融の状況だった。

 しかし、東電は当時、「炉心溶融の明確な定義がない」と主張し、「炉心損傷」と説明していた。記者会見で炉心溶融を認めたのは、約2か月後だった。

 不安の増幅につながる「炉心溶融」の表現を敢えて避けたことで、国民に事態の重大性が伝わらなかったのではないのか。

 東電は、社内規則が見過ごされた原因を徹底的に調査し、事故情報を迅速かつ正確に発信する体制を構築せねばならない。

 当時の原子力安全・保安院は、震災翌日に1号機建屋が水素爆発した際、「炉心溶融」と発表した。だが、その時の広報担当者を交代させ、「溶融」という表現を使わなくなった経緯がある。

 政府事故調査委員会は、当時の政府の姿勢について、「『炉心溶融』に言及するのを避けるため、無理のある広報の形跡も認められ、積極的に否定する趣旨の発言を行った」と批判している。

 東電が、情報を発信する際に、政府の対応に合わせたことも考えられるだろう。

 福島の事故後、原子炉等規制法や災害指針が改正され、混乱を招かないよう、事故報告で「炉心溶融」は用いないことになった。

 重大事故時に、電力会社が原子力規制委員会に報告する必要があるのは、炉心損傷を推計するデータに限られる。住民避難についても、原子炉の状況に合わせた判定基準が明確化されている。

 万が一の事故の際に、住民の安全を最優先した情報が円滑に発信されるよう、原子力防災訓練などを重ねて、体制を不断に見直すことが肝要である。

民主・維新合流 「野合」批判をどうはね返すか

 政党の規模が大きくなっても、国民の支持拡大につながるかどうかは不透明である。

 民主党と維新の党が3月中に合流し、「新党結成」を目指すことで合意した。維新が解党し、民主党が実質的に吸収合併する。党名や綱領の変更も検討するという。

 民主党の岡田代表は記者会見で「必ず政権交代の受け皿になる」と訴えた。維新の党の松野代表も「終わりではなく、これからスタートだ」と強調した。

 衆院議員は93人となる。参院は維新の5人が、民主党の59人と統一会派を組む方向だ。みんなの党時代に比例選で当選した5人は、原則として他党に移れない。

 夏に参院選を控えて、「1強」の自民党に対抗する態勢を築くため、野党が勢力の結集を図ろうとする事情は理解できる。

 だが、維新の衆院議員21人のうち、松野氏や今井幹事長ら10人は民主党出身で、新味を欠く。

 松野氏は、消費税率引き上げに反対し、民主党を離党した。民主党の「労組依存」体質なども批判してきた。なぜ“復党”するのか、説明責任が求められる。

 合流手続きは変則的だ。民主党議員が1人を除いて離党し、党名などの変更後に維新議員と共に入党する。「新党」に固執する維新のメンツに配慮した結果だ。

 おおさか維新の会との分裂後、維新の支持率は、読売新聞社の世論調査で0%が続いている。比例選出の衆院議員が17人に上り、選挙基盤が弱い議員が多い。「新党」は維新の生き残り策でもある。

 民主党にとっても、政権党時代の数々の失政で傷ついた党のイメージを刷新し、低迷する党勢の回復につなげたい思惑がある。

 与党からは、「選挙互助会」などと揶揄されている。党名を変更した程度で、国民の不信が和らぐといった甘い考えは持つべきではあるまい。肝心なのは、基本政策を一致させることだ。

 民主、維新両党には依然、憲法改正、安全保障、公務員制度改革、環太平洋経済連携協定(TPP)などを巡って温度差がある。きちんと政策をすり合わせなければ、「野合」との批判を免れない。

 疑問なのは、両党が先週、共産党など他の野党3党と共同で安保関連法の廃止法案を国会に提出したことだ。5党が選挙協力を協議することでも一致している。

 民主党では、共産党との連携に反発した鈴木貴子衆院議員が離党届を提出した。共産党との協力は「保守離れ」のリスクを伴う。

2016年2月26日金曜日

アップルとFBIは冷静に議論し解探れ

 個人情報の保護と、テロ対策など国の安全確保をどう両立させるか。スマートフォン(スマホ)の情報を保護するロック機能の解除を巡る米アップルと米連邦捜査局(FBI)の対立は、難問を投げかけている。

 人びとが安心して暮らせる社会の実現は、双方に共通する目標のはずだ。冷静に議論し、解を見いだす努力を求めたい。

 FBIは、昨年12月に米カリフォルニア州で起きた銃乱射テロの容疑者が所有していたスマホ「iPhone」のロック解除を、開発元のアップルに要請した。スマホ内の情報を分析し、他のテロリストとの関わりなどを調べ、テロの防止に役立てるためだ。

 しかし、アップルは要請を拒否している。iPhoneのセキュリティーを弱めるソフトをつくる結果となり、悪用されれば深刻なプライバシー侵害などを引き起こすと考えるからだ。

 世界では今、個人情報をねらったサイバー攻撃が相次ぐ。情報保護に万全を期すアップルの姿勢は理解できる。

 一方で、テロの脅威が高まっている現実がある。ピュー・リサーチ・センターが米国で調査したところ、「アップルはロックを解除すべきだ」とする人が51%と、「解除すべきでない」の38%を上回った。生命の危険に直結する事件を防いでほしいとの声もしっかり受け止める必要がある。

 今回の容疑者の端末に限定して情報を取り出す技術やしくみを編み出す余地は残されていないのか。革新的と評価されるアップルには、事態を打開する知恵を絞ってほしい。

 FBIが、制限なく個人情報を得られるような技術を手にすることは許されない。情報の取得は具体的な脅威や事件への対応に限定されるべきだろう。明確なルールが不可欠だ。米政府による大量の個人情報収集が2013年に発覚し、国への不信を招いたことを忘れてはならない。

 スマホに代表されるIT(情報技術)の進化は、利便性をもたらす半面、膨大な個人情報の管理などこれまでになかった課題を生む。日本を含む多くの国にとって、米国の問題は人ごとではない。

 米司法省はアップルの対応を自社の宣伝が目的だと批判し、アップル製品の不買を呼びかける動きも一部にある。感情に流されない、建設的な議論を期待したい。

「炉心溶融」の闇を解明せよ

 東京電力は、2011年の福島第1原子力発電所事故の際に、マニュアルに記載された「炉心溶融」の判定基準を見過ごしていたと発表した。基準に従っていれば、事故発生の3日後には「炉心溶融」と判定できたが、東電が炉心溶融を公式に認めたのは事故からおよそ2カ月たってからだった。

 東電によると、基準の見過ごしがわかったのは今年の2月だという。なぜ約5年間も気がつかなかったのか。経緯などに関する東電の説明には不可解な点がある。第三者を入れて早急に原因や経緯を調査し明らかにすべきだ。

 判定基準は緊急時の通報について定めた「原子力災害対策マニュアル」に記載されていた。まさに福島事故のような事態に備えてつくられたマニュアルである。活用されていなかったのは驚きだ。東電の事故対応がずさんだったと言わざるを得ない。

 マニュアルは事故の前年の10年4月に改訂されていた。改訂作業に関わった社員が基準の存在を知らなかったとは思えない。指摘しなかったのだろうか。また12年6月に東電は事故調査報告を公表した。調査の過程で基準があることに気がつかなかったのだろうか。

 基準は「炉心損傷割合が5%を超えたら炉心溶融」としていた。事故発生から3日目以降、東電は炉心損傷割合を1号機で55%、3号機では30%と推測し、核燃料が溶けていると認識していた。

 にもかかわらず「炉心溶融」という言葉を避け「炉心損傷」で押し通したのはなぜか。判定基準を知らなかったことだけが理由なのか。事故発生の翌日の記者会見で「炉心溶融」に言及した原子力安全・保安院(当時)の広報担当者が交代した。「炉心溶融」を封印し事態を楽観的に見せようとした政治的な圧力はなかったのか。

 こうした一連の疑問は東電の信頼にかかわる問題だ。また原発事故時に迅速、正確に情報を国民に伝えるのは、政府も含めた通報体制の課題でもある。関係者は決して軽視すべきではない。

炉心溶融 説明は納得できない

 東京電力福島第一原発事故の発生直後、東電が認めようとしなかった「炉心溶融」(メルトダウン)について、実は社内マニュアルに判定基準があり、津波から3日後には判定できていたと自ら発表した。

 記者会見した原子力・立地本部長代理は「(マニュアルは)今月に入って初めて発見した」と語った。

 この経緯と説明には、全く納得できない。

 東電は事故当初、核燃料が傷ついた状態を指す「炉心損傷」と説明した。2カ月以上経った5月末になって、燃料が溶け落ちた炉心溶融と認めた。溶融を認めるのに時間がかかったのは「判断する根拠がなかった」と説明していた。

 この説明は虚偽だった。当時も「炉心溶融を隠し、事故を小さく見せようとした」と疑われたが、そうした疑念を再燃させる経過だ。

 柏崎刈羽原発がある新潟県の泉田裕彦知事は「隠蔽(いんぺい)した背景や、誰の指示であったか、真実を明らかにしてほしい」と求めている。当然の要求だろう。

 さらに不可解なのが、マニュアルの「発見」である。

 炉心溶融は当時、原子力災害対策特別措置法の緊急事態を示す事象として明記されていた。小さなトラブルでも国に通報すべき事態かどうか気にかけているのに、この基準に思い至らなかったとは考えにくい。

 過酷事故の最中に炉心溶融の有無を直接確認できるわけがない。だからこそ、東電は「炉心損傷が5%を超えたら炉心溶融と判定する」と明確な基準を作っていたのだろう。

 原発で事故が起きれば、詳細なデータは電力会社しか持ち得ない。政府もメディアも、一義的には電力会社からの正確で迅速な情報がなければ、判断や報道を過ちかねない。

 東電が12年にまとめた福島原子力事故調査報告書は「言葉の定義自体が共通認識となっていない炉心溶融の用語ではなく、得られたデータから判断できる範囲で正確に炉心の状況を伝えることに努めていた」とする。事故の総括が十分だったとは言いがたい。

 再稼働問題に絡んで新潟県の技術委員会から求められて調べた結果が「発見」である。

 東電は今後、第三者も交えて経緯を調べるという。

 詳細に調査して責任の所在を明らかにするべきだ。どう再発を防ぐのか、企業体質に問題はないのか。納得できる説明を国民にしなければ、東電の信頼回復の努力は実を結ばない。

シリア問題 国際調停の正念場だ

 シリアの内戦をめぐり、国際調停の動きが本格化している。大きな影響力をもつ米国とロシアは、関係勢力に戦いをやめさせる共同声明をまとめた。

 米ロが27日からの停戦を求めているのは、アサド政権と反体制派である。もし双方が真剣に受け入れれば、泥沼化した内戦は前向きな節目を迎える。

 5年間の戦いで深まった不信は容易にはほどけまい。だとしても、惨劇をこれ以上長引かせてはならない。政権と反体制派に停戦の決断を強く求める。

 停戦の対象には、過激派組織「イスラム国」(IS)やアルカイダ系の組織は含まれない。さらに米ロは、「停戦を受け入れない勢力」もテロ組織とみなす構えとみられている。

 アサド政権と戦う反体制派は民族や立場が多様で、統一された組織ではない。対応が割れ、27日の予定通りに戦闘行為はやまない可能性が大きい。

 ここは、米ロの調停力と、国連、欧州、中東関係国の協力が試される重い局面である。

 とりわけ注目されるのはロシアの出方だ。アサド政権の後ろ盾として昨年来、ISだけでなく、反体制派にも攻撃を加えてきた。停戦をためらう組織や地域への空爆を続ければ、調停は早晩失敗に終わるだろう。

 プーチン大統領は「流血と暴力に終止符を打つ好機」と異例のテレビ演説をした。その言葉通り、一刻も早く人道危機を終える指導力を発揮すべきだ。

 米国も、反体制派に対し最大限の説得をするとともに、期限後も辛抱強く戦闘の沈静化の努力を続けるほかないだろう。トルコやサウジアラビアなど周辺国の協力を固める調整役も、米国と国連に期待される。

 停戦の努力と並行して、国連が仲介する和平対話も進めねばなるまい。米ロ、欧州、中東の関係国は昨年11月、6カ月内に暫定政権をつくり、18カ月内に選挙をする目標を立てた。

 その実現への道のりは明らかに険しいが、将来的な国家像の論議を欠いたままでは、各派を長期的な停戦に導くことは不可能だろう。

 内戦ですでに25万を超える人命が失われ、1千万規模の難民・避難民がでている。戦闘による封鎖で、食料や医療品の人道支援が届かない地域もある。

 ISによる国際テロの拡散も含め、シリア問題の収束は一刻の猶予も許されない課題だ。

 今回の動きを、長い和平プロセスが本格始動する確かな糸口にしたい。米ロを含む国際社会はまず、人道的な停戦の実現へ向けて結束すべきである。

中国と南シナ海 軍事拠点化の加速を憂慮する

 力による支配の拡大で地域の緊張を高める独善的な企みと言えよう。

 中国が南シナ海で、島嶼や人工島の軍事拠点化を加速させている。

 スプラトリー(南沙)諸島の四つの人工島でレーダーとみられる施設を建設していることが、衛星写真などで判明した。

 南シナ海の北半分ではすでに、パラセル(西沙)諸島などに設置したレーダーで監視体制を築いている。今回のレーダー網の整備によって、南シナ海のほぼ全域をカバーできる警戒監視能力を獲得する狙いだろう。

 パラセル諸島では、中国が実効支配するウッディ島(永興島)に、長距離地対空ミサイルに続いて、戦闘機や戦闘爆撃機を配備したことも発覚した。滑走路の拡張などで、島の面積は2年足らずで4割も増大したとされる。

 一連の措置は、東シナ海に加え、南シナ海にも防空識別圏を設定するための布石ではないか。

 国際法の根拠のないまま、南シナ海を自らの「湖」のように囲い込み、米国の影響力の排除を図る習近平政権の野心は明白だ。

 制海権と制空権を確保し、米軍の有事介入を阻む「接近阻止・領域拒否(A2AD)」戦略を効果的に進める思惑もあろう。

 米太平洋軍のハリー・ハリス司令官は上院軍事委員会の公聴会で、「中国は東アジアで覇権を追求している」と述べ、軍事拠点化に強い警戒感を示した。

 深刻なのは、訪米した中国の王毅外相がケリー米国務長官の懸念表明をはねつけたことである。

 ケリー氏は記者会見で、「係争海域への航空機配備は、航行や上空飛行の自由と両立しない」と強調した。だが、米国がもっと厳しくクギを刺さなければ、中国の一方的な言動は止められまい。

 王氏は「戦略爆撃機やミサイル駆逐艦が南シナ海に毎日現れていることを重視すべきだ」と反論した。「航行の自由」を体現する米軍の巡視活動を「軍事化」だとするのは、詭弁に過ぎない。

 習国家主席は昨年9月の訪米時に、「軍事化を進める意図はない」と明言していた。中国は、救難活動や航行の安全などで国際的責務を果たすとも強弁している。

 南シナ海の安定に重要な役割を発揮すべき大国が国際公約を守らず、率先して情勢を不安定化させるような状況は容認できない。

 米国が巡視活動を継続・強化することが肝要である。日米は関係国と緊密に連携し、対中圧力を維持せねばならない。

シャープ支援策 開発力の活用が再生のカギだ

 国内の電機産業の苦境を象徴する買収劇だと言えるだろう。

 「亀山モデル」などの液晶テレビで一世を風靡したシャープが、台湾の鴻海精密工業傘下で再建を目指すことになった。

 電機大手が外資に買収されるのは初めてだ。シャープが培ってきた技術力や商品開発力を損なうことなく、経営の立て直しを図れるか。これからが正念場である。

 シャープは液晶事業への巨額投資が足枷になった。2015年3月期に、2000億円を超える赤字に転落し、自力再建が困難になっていた。鴻海は、シャープ再建に総額6500億円を投じる。

 鴻海の年間売上高は15兆円に上る。米アップルなど世界的な企業から製造を受託し、強力な顧客基盤を有している。

 シャープを巡っては、政府系ファンドの産業革新機構も、5000億円規模の再建案を提示していた。双方が提示した支援額の差が決め手になったのだろう。

 革新機構案では、液晶や白物家電など事業ごとに解体されることへの抵抗感もあったとみられる。金融支援を続けてきた主力銀行にとっては、シャープ株を買い取る鴻海案の方が受け入れやすかったという事情もある。

 鴻海は、高橋興三社長らを続投させ、事業の大幅な見直しや人員削減は行わないと表明している。それでどのように再生を果たすのか、不透明さは拭えない。

 液晶市場では、韓国のサムスン電子、LG電子が2強だ。両社に対抗するため、鴻海はシャープの液晶技術を活用して“下請け”からの脱皮を目指す構えだ。

 電子レンジや家庭用ビデオカメラなど、数々のヒット商品を世に送り出してきたシャープの潜在力を最大限に生かす道を見いだすことが、再生のカギとなろう。

 気がかりなのは、経営不振の企業を再編や提携により再興させる民間の力が衰えていることだ。シャープ支援では、鴻海と革新機構しか手を挙げず、国内企業は静観を決め込んでいた。

 日本は、電機以外の業界でも企業数が多く、国内勢同士が限られた市場を奪い合う構図が続く。台頭する新興国に対抗し、国際競争力の強化を図るには、協業や業界再編が有力な方策になる。

 その担い手になる経営人材の育成が急務である。銀行や証券会社も、再編の仲介や再生ノウハウの提供などで、日本企業の復活を後押しする役割をしっかりと果たしてもらいたい。

2016年2月25日木曜日

老朽原発を再稼働させるには

 運転開始から40年を超えた関西電力・高浜原子力発電所1、2号機(福井県)について、原子力規制委員会は安全審査の合格証にあたる「審査書案」を了承した。運転40年超の老朽原発では初めてで、再稼働に向けた審査の最初の関門を越えたことになる。

 政府は原発の運転期間を原則40年と定め、特別な審査を経れば延長を認めるとした。関電はこの規定に基づき高浜1、2号機の安全対策を強める計画を立て、最長60年までの延長を規制委に申請していた。原子炉を覆う格納容器の補強や、電源ケーブルの火災対策を強めることなどが対策の柱だ。

 規制基準は原発を安全に運転するために必要な最低限の要求を定めたものだ。基準に照らし、規制委が約1年かけて審査した今回の判断はおおむね妥当といえる。

 ただこれが再稼働に向けての最終判断ではない。規制委は7月まで審査を続け、運転を延ばしても原子炉が健全な状態を保てるかや、安全対策を盛り込んだ工事計画が妥当かどうかを見極める。

 古い原発であるだけに、規制委は通常よりも厳格な姿勢で今後の審査に臨むべきだ。規制委が安全と判断した根拠を住民や自治体に丁寧に説明することも不可欠だ。

 原発の運転が長くなると原子炉内の機器が放射線にさらされ、もろくなる課題が指摘されている。米国などは60年までの運転を認めているが、安全上本当に問題がないのか、なお疑義を呈する専門家もいる。規制委は透明性の高い審査でそれに答えるべきだ。

 原発の運転40年ルールを厳格に守るなら、国内の原発44基のうち約半数が2020年代後半までに相次いで廃炉になる。その場合、電力を安定供給できるか、電気料金がどの程度上昇するかは、いまの時点で予測できない。

 ルールは原則として貫くべきだが、規制委が議論を尽くして安全と判断すれば例外はあってよい。電力会社が規制基準を超える安全対策を積み重ね、地元の理解を得ることも再稼働の条件だ。

1票の格差是正へ自民は答申受け入れよ

 自分さえよければ、他人はどうなってもよいということか。衆院の選挙制度改革における自民党の抵抗ぶりをみていると、そう断じざるを得ない。第三者機関の答申に沿った公職選挙法の改正を今国会で実現する。それこそが最大政党が果たすべき責務である。

 最高裁は2012年と14年の衆院選の1票の格差を違憲状態と判断した。格差是正は待ったなしの課題である。

 与野党協議の不調を踏まえ、有識者らによる第三者機関「衆院選挙制度調査会」(佐々木毅座長)を設けた経緯を考えれば、その答申は重い。自民党と共産党を除く主要政党は若干の温度差はあれ、答申受け入れの方針だ。

 ところが自民党は答申はこうも解釈できるなどと異論を唱え、抵抗を続けている。要するに答申の柱である小選挙区の7増13減が嫌なのだろう。その代わりに提案したのが、影響を受ける現職議員が少ない0増6減という案である。

 いまの定数配分は都道府県に各1議席を与え、残りを人口比例で配分する「1人別枠方式」に基づく。単純に6減する自民案ではこの方式が完全に解消されたとはいえない。別枠方式の廃止を求めた最高裁判決と整合性がとれない。

 答申が採用したアダムズ方式は小数点以下を切り上げることで、1人別枠方式ほどでないにせよ、人口の少ない都道府県に厚めに議席配分する計算方法だ。第三者機関は自民党が求める「地方の声の反映」に一定の配慮をしたといえる。そのアダムズ方式を否定し、1人別枠方式に固執するのは党利党略が過ぎる。

 安倍晋三首相は「答申を尊重する」という。軽減税率その他の政策課題が「官邸主導」で決着したのに選挙制度では首相の意向が通らないのはどうしたことか。候補者調整の責任者である谷垣禎一幹事長ら執行部の責任は重大だ。

 自民党は当初、抜本改革を20年の国勢調査の結果が出て以降に先送りしようとし、世論の批判にさらされた。そこで0増6減案を持ち出してきたわけだが、これでもまだ不十分である。

 批判されるたびに後ずさりしていると、最後に答申を受け入れたとしても抵抗していたという途中経過だけが有権者の記憶に残る。連立政権を組む公明党も今回は自民党に歩み寄るつもりはないようだ。一刻も早い答申受け入れこそが自民党の唯一の選択肢だ。

民・維合流へ 「反安倍」超える価値を

 夏の参院選をにらみ、足踏みしていた野党側の態勢づくりに動きが出てきた。

 民主、維新の両党が、3月中に合流することで大筋合意した。また、共産党は参院選での野党候補一本化に向け、改選数1の選挙区で独自候補を取り下げる方針を決めた。

 自民、公明の与党に対抗し、安倍政権への批判票の受け皿になるのが狙いだ。

 民主と維新の合流は、対等合併か吸収合併かといった手続きをめぐる対立が解けず、一時は参院選後に先送りされる観測も出ていた。ただ、そうなっては野党共闘は核がないまま失速するのは明らかだった。

 民主・岡田、維新・松野の両代表にしてみれば、党名変更や民主への事実上の吸収合併の受け入れは、自公を利するのを避けるためのぎりぎりの決断だったのだろう。

 民主、維新の合流と共産党の新たな方針で、野党共闘には弾みがつくかもしれない。だが、その道のりがなお険しいのは間違いない。

 民、維、共に生活、社民を加えた5党は、安保関連法の廃止と集団的自衛権の行使を認めた閣議決定の撤回、そして安倍政権の打倒を掲げて国会や国政選挙での協力を約束している。

 憲法がうたう平和主義や表現の自由などをめぐる安倍政権の危うい姿勢。これに対する反発が、基本政策が異なる5党を結びつけたといっていい。「立憲主義を守れ」という有権者の期待に応える道である。

 ただし、衆院で100人近い勢力となる民・維の「新党」は、「反安倍」の一点にとどまっているわけにはいかない。

 民主党には異論があるだろうが、安倍首相は政権に返り咲いてから、経済再生の取り組みに一定の評価を得てきた。また、安保関連法成立後は、「同一労働同一賃金」など民主党のお株を奪うような政策を打ち出している。

 少子高齢化や財政難といった厳しい条件を考えると、取りうる政策の幅はそう広くない。そのなかで、安倍政権への政策的な対立軸を打ち出すのは容易ではない。

 それでも、これからの日本がめざすべき社会の姿や共有すべき価値観は何なのか。はっきりと国民に示せなければ、政権交代の選択肢にはなり得ない。

 岡田代表が先の党大会で強調した「多様な価値観」や「共生」が、キーワードになるのだろう。具体的な理念や政策のなかで、これをどれだけ説得力を持って語れるかが問われる。

原発の延命 電力会社次第なのか

 運転開始から40年を超えた関西電力高浜原発1、2号機(福井県)について、原子力規制委員会は、安全対策が新規制基準に適合するとの判断を示した。関電がめざす通算60年までの運転延長に道を開くものだ。

 東京電力福島第一原発の事故を受けた法改正で、原発の運転期間は40年と定められた。ただし、規制委が認めれば、1回だけ最長20年間延長できる制度となった。

 延長が認められるには、さらに規制委での許認可を得る必要がある。すべて通ればこの制度で初の運転延長となる。

 40年とするルールは、当時の民主党政権が脱原発への姿勢を示し、古い原発から順次退場させるために導入した。運転延長の規定は、需給が逼迫(ひっぱく)して停電に陥る恐れなどから盛り込まれた。しかし、その後、どんな状況で延長を認めるのか、特段の規定はないままとなっている。

 電力会社にとって大切なのは採算だ。40年ルールの下、小型で採算の悪い5基は廃炉としたが、残る43基でも運転30年超が18基を占める。長く使うことが採算に合えば延長を求めるし、すでに申請もしている。

 このまま次々と手続きが進めば、40年ルールが形骸化しかねない。原発政策も、将来のエネルギー社会も、電力会社の都合で決まって良いのか。電力会社の算段を超える政治の意思はないのか。古い原発の運転延長が次々に決まれば集中立地する福井県のリスクが低下しないことにもなる。安倍首相が「原発依存度を可能な限り低減する」と何度も公言してきたのだから、政府は延長を明確に例外と位置づけるべきだ。

 事故前は運転期間の定めはなく、電力各社も当初は「寿命は30~40年」と説明していた。その後、旧規制当局は解析技術の向上を理由に30年以降10年ごとに保全計画を出せば、最長60年の運転を認めることにした。

 これを40年ルールに切り替えたのは、脱原発への意思である。規制委の田中俊一委員長も就任当時は運転延長については「相当困難」と述べてもいた。

 しかし、高浜原発で規制委は電気ケーブルの防火対策について、難燃性ケーブルへの交換が難しい部分は防火シートで覆うとする関電の方針を認めた。この問題にめどが立ったことで電力各社は勢いづいている。

 安倍首相は今年の施政方針演説で原発に言及しなかった。政府はこのままやり過ごすのか。

 それでは、首相の過去の発言にも、多くの国民が求める脱原発にも背くことになる。

原発40年超運転 「時間切れ廃炉」は許されない

 運転開始から40年超の原子力発電所としては初の「合格証」である。

 原子力規制委員会は、再稼働に向けて、詰めの審査を円滑に進めてもらいたい。

 関西電力高浜原発1、2号機について、規制委は、新規制基準に基づく安全性を確認したとする審査書案をまとめた。1か月の意見公募後に決定する。

 東京電力福島第一原発事故後に原子炉等規制法が改正され、原発の運転期間は原則40年となった。一度だけ最大20年延長できる制度が設けられ、関電は、特例での再稼働を目指してきた。

 今回、地震や津波、重大事故の対策が妥当だと判断された。今後、補強工事などの計画の認可が必要となる。これに加え、設備に劣化がないことが確認されれば、再稼働が実現する。

 疑問なのは、7月7日までに規制委の審査が全て終了しないと、「時間切れ」になり、廃炉に追い込まれることだ。

 古い原発の弱点とされたケーブルの火災対策として、防火シートでケーブルを覆う方針が決まっている。耐震性を確認するため、格納容器内の重要設備を実際に揺らす試験なども実施する。

 こうした取り組みに対する規制委の審査が滞れば、期限に間に合わない事態を招かないか。

 耐震性を確認する計算結果の書類だけでも、1万ページを超える膨大な量になる。ギリギリのスケジュールで審査すれば、見落としや誤認などのミスが起きやすい。

 安全対策にお墨付きを与えたにもかかわらず、時間切れで廃炉になる現行の仕組みに問題があるのは明らかだ。そもそも、原発の運転期間を40年としたルールに科学的根拠はない。原子炉等規制法を再度、見直すべきだろう。

 規制委は、今年11月に運転開始40年となる美浜原発3号機についても審査を進めている。高浜原発と合わせ、老朽原発の審査に人員が割かれ、他の原発の審査に停滞が生じていることも問題だ。

 政府は、2030年の電源構成で原発比率を20~22%とする目標を掲げている。「40年廃炉」が相次ぎ、新増設もなければ、30年の原発比率は15%前後にとどまる。49年にゼロとなる。

 発電コストなどに優れた原発の活用は、日本経済の再生に欠かせない。原発を主要電源として活用し続けることが重要である。

 政府は、安全が確認できた原発の運転延長だけでなく、新増設の方針を明確に打ち出すべきだ。

羽田米路線拡大 空の玄関の利便性を高めたい

 首都圏の羽田、成田両空港の機能をさらに強化し、海外の航空需要を取り込みたい。

 羽田空港の米路線の拡大をめぐる日米航空交渉が合意に達した。1日10往復の発着枠を昼間の時間帯に新設する。羽田とニューヨークなど米東海岸の都市を結ぶ直行便が、今秋にも就航する見通しだ。

 羽田からの米路線は現在、深夜・早朝発の西海岸・ハワイ便に限られる。到着時間が深夜・早朝となる東海岸路線を開設している航空会社はない。

 昼間に羽田を飛び立てば、東海岸には、現地時間の夕刻までに到着する。利用客にとって便利な路線となろう。日米間のビジネスや旅行による往来が、より活発になることが期待できる。

 日米の航空各社は、安全運航を徹底しつつ、サービス向上にしのぎを削ってもらいたい。

 経済成長を遂げた中国や東南アジアでは、旅客数が伸び続けている。旺盛な需要を取り込み、訪日客を増やすことは、成長戦略の重要課題だ。2020年には、東京五輪が開催される。

 訪日客の利便性を考えれば、日本の表玄関と言える羽田、成田両空港の路線や便数を拡充していく意義は大きい。

 今回の路線拡大は、滑走路の増設や管制技術の向上などにより、満杯状態だった昼間の発着枠を確保できたために実現した。

 政府は、羽田のさらなる発着枠拡大に向け、都心上空の飛行制限を緩和する方針だ。飛行可能なルートを増やし、滑走路の利用効率を高める狙いがある。

 新たに上空を旅客機が通過することになる地域では、一部の住民から事故や騒音などを心配する声も上がっている。

 政府は、低騒音機の着陸料の減額や飛行時間帯の制限などで、悪影響を抑える考えを示している。丁寧な説明を重ね、理解を得ていくことが欠かせない。

 羽田の国際化の進展により、成田の地盤沈下が懸念されている。だが、アジア太平洋地域の国際拠点(ハブ)空港としての役割は依然、重要である。

 成田では第3滑走路の新設が検討されている。有効な投資となるよう、綿密な需要予測や住民との協議を着実に進めるべきだ。

 昨年、開設された格安航空会社(LCC)専用ターミナルの効果で利用客は増えている。成長するLCCの誘致に引き続き力を注ぐ必要がある。羽田との棲み分けを図ることが一層求められよう。

2016年2月24日水曜日

シリアが混迷を脱する一歩に

 米国とロシアがシリアのアサド政権と反体制派に、27日からの一時停戦を呼びかける共同声明を発表した。オバマ米大統領とロシアのプーチン大統領が電話で会談し、停戦条件を確認した。

 機会を逃さず停戦を実現し、シリアが混迷から抜け出す一歩にしたい。米ロを中心に国際社会が連携し、内戦の当事者に停戦の受け入れを迫ってほしい。

 内戦のきっかけとなった反政府デモがシリアで始まって来月で5年になる。その間に一般人を含め、25万人以上が死亡し、国民の半分が住む家を追われた。

 今世紀最悪の人道危機といわれる悲惨な状況をもたらした責任の一端は、内戦の収拾に効果的な手を打てなかった国際社会にある。

 シリア内戦ではロシアがアサド政権を、米国が反政府勢力を支援する。混乱の隙を突き、過激派組織「イスラム国」(IS)が台頭し、テロは国境を越えて広がる。

 ISの脅威に立ち向かうには、国際社会の結束が不可欠だ。そのためにはまず、シリアの内戦を終わらせることだ。だが、ロシアの支援を受ける政権軍が攻勢を強める一方、サウジアラビアやトルコが地上軍の派遣を示唆するなど、混迷は深まるばかりだった。

 遅くはなってしまったが、米ロが歩み寄り、停戦の実現へ強い決意を示したことを評価したい。国連によると、政権軍に包囲された15地域の40万人に食料や医療などの支援が届いていない。

 まずはこれ以上の流血を防ぎ、窮地にある人々を救うことだ。そのうえで政権と反政府勢力による和平協議を速やかに再開し、内戦の政治解決を急いでほしい。

 懸念もある。米ロ合意ではISに対する掃討作戦は続ける。各勢力に自衛のための武力行使も認める。様々な勢力が入り乱れる戦闘地域で、停戦の対象とそうでない相手を見分けるのが難しいのは確かだ。

 米ロはホットラインを設け、調整を続ける。難題を乗り越え、停戦の実現につなげてほしい。

自公政権との対立軸がみえる野党結集を

 競争なきところに進歩は生まれない。政治をよくするには、しっかりした野党が必要である。民主党と維新の党の合流がその一歩となることを期待したい。単に一緒になるだけでは有権者の信頼を得ることはできない。自公連立政権と何が違うのか。政策の対立軸をきちんと示すことが大事である。

 両党は(1)維新が解党して所属議員が民主党に入党する(2)民主党は党名を変更する――ことで大筋合意した。吸収合併を主張した民主党と対等合併を求めた維新の双方の顔を立てた形だ。3月に新たな党名で結党大会を開く。

 重要なのはそうした手続きではなく、政策の一致である。「政権交代」しか訴えるものがなかった民主党政権が内紛続きで自滅したことは記憶に新しい。日本経済をどう再生させるのかをはじめ、憲法や外交・安全保障など基本政策でずれを抱えたままで二大政党の一翼を担うことはできない。

 民主党はもともと党内にさまざまな考えの議員がいる。そこに維新が加わるのだから、よほどしっかり方向性を定めないと、「一皮むけば野合」(自民党の谷垣禎一幹事長)との批判をはね返せまい。今後の合流協議は政策重視で進めてほしい。

 かつての自民党は改憲派と護憲派が共存するなど政策の幅が広かった。近年は保守への傾斜を強めており、リベラル寄りの有権者と距離ができている。民・維新党の方向性としては、こうした層の受け皿を目指すのも一案である。

 自公政権と違いを出すといっても、対決姿勢にばかりこだわり、非現実的な政策を掲げるのは好ましくない。有権者が本当に知りたいのはきょうあしたの話でなく、長い目でみて日本をどの方向に導こうとしているのかだ。

 民・維新党は夏の参院選では共産、社民、生活の各党と選挙協力を進める方針だ。ばらばらで戦っては巨大与党に対抗できないのはその通りだが、ここでも政策のすり合わせは必要である。

 過去の野党共闘は政策の食い違いを与党に突かれ、最後は足の引っ張り合いで終わることが多かった。与党内に衆参同日選の待望論があるのは、野党の選挙協力は参院選ではできても、選挙区の数が多い衆院選ではできないとたかをくくっているからだ。

 将来の政界再編の芽か、単なる選挙互助会か。有権者がみているのはそこである。

被爆訴訟 画一的な線引きやめよ

 原爆投下時、一定の地域内にいなかった人は「被爆者」と認めない。国のこの枠組みに、司法が疑問を突き付けた。

 長崎の爆心地から7~12キロの被爆地域外にいたため、被爆者並みの援護が受けられない「被爆体験者」161人が起こした集団訴訟で、長崎地裁がうち10人は被爆者だと認めた。

 57年に被爆者援護制度ができた際、国は当時の市町村域を基本に被爆地域を指定し、徐々に広げてきた。一部とはいえ司法が初めて地域外の人を被爆者と認定した意義は小さくない。

 地域の内か外かで線引きする今の枠組みはやはり無理がある。被爆者かどうかは個人の実情に応じて柔軟に認めるよう、国はやり方を見直すべきだ。

 「被爆体験者」がいた地域は、理論的には原爆の爆発で生じた初期放射線は届かない。裁判では、爆発後、ちりや雨とともに拡散した放射性物質によって、遠い地域でも健康影響があるほど被曝(ひばく)した可能性があるかが焦点になった。

 国は、被爆地域外での被曝は問題にならないほどわずかだ、としてきた。だが判決は、呼吸や飲食で放射性物質を体内に取り込む内部被曝も考慮したうえで、被爆地域外の一部でも健康に影響するような高線量の被曝はありえた、と指摘した。

 国のかたくなな考え方に、再考を促したといえよう。

 一方で判決は、東京電力福島第一原発事故のデータをもとに、自然被曝の10年分に相当する25ミリシーベルトを、健康被害が生じる線量の目安とした。

 ただ、被曝線量を被爆者の新たな基準にすることは困難だろう。被爆後すぐに敗戦を迎えた広島、長崎では、放射性物質による住民の被曝線量を推計できるような調査データは限られている。法令上も、線量は被爆者の要件とされていない。

 原爆の人体への影響は未解明な点が多いというのが科学の現状である。科学的根拠を示さなければ、被爆者と認めようとしない国の姿勢は理不尽だ。

 被爆地域を基本的な指標としつつも、その外にいた人でも、当時の状況から明確に否定できない限りは被爆者と認める。そういう方向で制度の運用を改めるのが現実的ではないか。

 広島でも昨秋、被爆地域外で「黒い雨」を浴びた人たちが、被爆者と認めるよう求める訴訟を起こした。戦後70年を過ぎても、被害者が国と争わなければならない現状は残念だ。

 高齢の原告らは次々と亡くなっており、時間がない。国は問題解決へ直ちに動くべきだ。

高齢者虐待 介護の孤立を防ごう

 家族による高齢者への虐待と判断された事例が、昨年度、1万5739件(厚生労働省)に達した。

 自治体への相談や通報の件数でみても、9割以上が家族介護のケースだ。家族による介護が多いこともあって、施設職員による虐待を大きく上回る。しかもこうした数字は、あくまで通報などがあったものに限られる。実態はより深刻とみるべきだろう。

 虐待が高齢者の尊厳と安全・安心を冒す許されない行為であることは言うまでもない。だが、虐待を生む背景や家族の状況に目を向けなければ、虐待をなくすことはできない。特に介護する側が孤立してストレスなどを抱えやすくなっていることは見過ごせない。

 家庭で起きた虐待の半分近くは高齢者と介護する人の2人暮らしだ。1人で抱え込む状況が「介護疲れ」や「介護うつ」のリスクを高めてはいないか。

 また、虐待の加害者は4割が息子、2割が夫と、男性が多いのも特徴だ。男性の場合、家事などに不慣れだったり地域とのつながりが薄かったりして、孤立してストレスを抱えやすいとも言われる。

 介護のために仕事をやめる人も10万人にのぼる。生活苦が重なり、精神的に追い詰められていくケースも少なくない。

 こうした人たちを孤立させない取り組みに、何とか知恵を絞れないか。

 例えば老老介護の高齢者世帯などには民生委員や地域のボランティアによる見守りもあるだろうが、息子と2人暮らしの高齢者の家庭などもその対象に加えてはどうか。

 同じように家族の介護をしている人たちが、体験を話し合ったり情報交換をしたりする場を作ることも、孤立を防ぐのに役立つだろう。

 また、家族による虐待では認知症の人が被害者になるケースが目立つ。そこには、認知症に対する知識の不足という問題もある。

 例えば、問題行動とされる認知症の人の言動は、不安の表れなど原因はさまざまだ。それを意に反して無理やり抑えつけようとすると、かえって状況を悪くしてしまうことがある。

 家族にとっては、これまでと異なる言動に対して様々な感情が生じてしまうこともあろう。そんな時、認知症の人への接し方を知っていれば、虐待に至るような事態は避けられるのではないか。

 支援を必要としているのは介護を受ける人だけではない。

マイナス金利 政策効果の判断は長い目で

 デフレ脱却と景気回復には、金融政策と成長戦略の両輪が必要だ。

 日銀がマイナス金利政策の導入を決定して、1か月近くが経過した。

 この間に、長期金利の指標となる新発10年物国債の利回りは、史上初のマイナスを記録した。

 大手銀行などは相次いで、住宅ローン金利を過去最低の水準まで引き下げた。

 幅広い金利の低下によって、企業の設備投資や個人の住宅購入などを後押しする効果が上がることが期待される。

 日銀は、国債の買い入れなどで世の中に出回るお金の量を増やす「量的・質的金融緩和」を続けてきた。だが、日銀の国債保有量は既に発行残高の3割を超えており、緩和手段がいずれ手詰まりになるとの観測も広がっていた。

 マイナス金利には、金融緩和の選択肢を広げることで政策の持続性を高め、デフレ克服に粘り強く取り組んでいく日銀の意思を内外に示す意味合いもある。

 導入決定後、金融市場で株安や円高が進んだことから、一段の金融緩和の効果を疑問視する見方も出ている。

 貸出金利の低下に伴う収益の減少が、銀行経営を圧迫する。年金支給額の目減りや個人預金へのマイナス金利適用によって、国民生活に悪影響が出る。こうした点を懸念する声も少なくない。

 日銀がマイナス金利の対象としているのは、銀行が日銀に預けるお金の一部にとどまる。銀行などの収益を下押しする圧力や預金者の不利益は限定的だろう。

 金融機関は、低金利をテコに中小企業やベンチャーなど新たな融資先を掘り起こし、収益力を高める機会として生かしてほしい。

 市場の混乱は、原油安や中国など新興国経済の減速、米経済の先行き不安といった海外要因が主な理由だ。市場動向に一喜一憂せず、金融緩和の政策効果は長い目で判断したい。

 肝心なのは、金融政策が景気を支えている間に、効果的な成長戦略を着実に実行することだ。

 企業のイノベーション(技術革新)や競争力強化を促すため、規制改革と税制改正を加速しなければならない。労働人口の減少に備え、女性や高齢者の活用を図る取り組みも大事となる。

 環太平洋経済連携協定(TPP)を生かし、貿易や投資を活発にする施策にも力を注ぐべきだ。

 企業も、巨額の内部留保を投資や賃上げに活用し、経済活性化の先頭に立ってもらいたい。

英国民投票へ EU離脱なら不安定化を招く

 欧州連合(EU)に英国が残留するか、離脱するかを問う国民投票が、6月23日に実施されることになった。

 国民投票で離脱となれば、もう後戻りはできない。英国は域内第2の経済規模を持ち、国連安全保障理事会常任理事国でもある。欧州の政治・経済に大きな影響を及ぼすのは避けられまい。EUは岐路に立っている。

 残留を訴えるキャメロン英首相は、「改革した欧州にとどまる方が、英国は、より強く安全で豊かになれる」と強調した。EU首脳会議が残留を後押しする改革で合意したことを踏まえたものだ。

 合意では、EU側が譲歩して、英国に特別な地位を保証した。

 政治統合の深化には、英国が関与しないことを容認した。移民に対する社会保障を英国が制限することを可能にし、ユーロ圏の経済危機で英国など非ユーロ圏に負担をかけないよう保証した。

 EU加盟継続に向けて国民を説得できるのか、キャメロン氏の指導力が試されよう。

 EUは昨年以降、中東からの難民急増という深刻な課題に直面している。各国がバラバラに流入制限策に走り、反EUの動きを勢いづかせた。このままでは、欧州統合が危機に陥りかねない。

 英国でも近年、EUに加盟した東欧諸国からの移民増加を背景に「反移民」政党が伸長し、与党・保守党内でもEU懐疑論が強まっていた。キャメロン氏は、この問題を決着させる国民投票を公約し、昨年の総選挙で勝利した。

 英国の輸出先の半分はEUだ。離脱の場合は、EUとの間で貿易などの取り決めを締結し直す必要がある。英国経済の不透明さが増すのは確実だ。

 離脱派は、EUの権限拡大を批判し、英国の主権を取り戻すべきだと主張する。保守党の首相後継候補と目される有力者、ジョンソン・ロンドン市長が「離脱」支持を表明したのは、キャメロン氏にとっては痛手となろう。

 ジョンソン氏らには、国際金融センターであるロンドンのシティーをEUの規制から解放することで、長期的な経済発展が望めるという期待もあるのではないか。

 英国の離脱は、巨大な単一市場としてのEUの存在感低下につながる。対ロシア制裁やテロ対策など外交分野での取り組みでも、EUの発言権を弱めよう。

 日本企業の多くが、欧州展開の拠点を英国に置く。国民投票の結果次第では、戦略の見直しを迫られることにもなる。

2016年2月23日火曜日

科学を軸に「北極政策」進めよ

 地球温暖化の影響で、北極圏では海氷や永久凍土が解けるなど自然環境の大きな変化が進行中だ。こうした変化は北極海航路の利用や海底資源の開発などを容易にするため、新たな事業機会の到来ともとらえられている。

 北極圏の開発と環境保護を話し合う場としては、米国やロシアなど沿岸8カ国が1996年に設けた「北極評議会」がある。ただ、北極をめぐる様々な課題は沿岸国まかせであってはならない。

 北極の環境変化は世界の気候に影響を及ぼす。北半球の中緯度に位置する日本の気象への影響も大きいとされる。北極の環境保護と利用をどう両立させていくか。人類の英知を集めて総合的に考え、取り組む必要がある。日本も積極的に関与すべきだろう。

 日本は2013年からオブザーバーとして北極評議会に参加してきた。昨年10月には、北極観測に日本の科学技術を活用し国際協力に努めるとした「北極政策」を公表した。これを受け文部科学省は今年7月、中長期的な北極研究の戦略をつくる予定だ。

 科学研究を通じて北極海における日本の存在感を高めようとする作戦で、賛成だ。

 国立研究開発法人の海洋研究開発機構が毎年、調査船を北極海に派遣して海氷の縮小を調査するなど、すでに日本には北極研究の蓄積がある。優れた観測技術に対し海外からの期待は大きい。

 沿岸国ではない、少し離れた立場から客観的で科学的な提言をしていく意義も、小さくない。沿岸国は自分たちの庭先の資源開発に前のめりになりがちだからだ。

 北極圏の自然は脆弱で、軽率な開発は回復不能な悪影響を与えるおそれがある。利用一辺倒ではない視点が求められる。

 自然科学だけでなく国際法などに詳しい社会科学者の役割も大切だ。北極の保護と利用のための国際的なルールづくりはこれからが本番だ。日本の立場や考えを反映させるよう、積極的に発言できる人材を育てる必要がある。

首都圏空港はなお一層の拡充が必要だ

 日米航空交渉が決着し、羽田空港発の米国便が拡充されることになった。現在は深夜に発着する便しかなく、行き先も米西海岸とハワイだけだった。今秋からは、昼間の時間帯に就航し、米東部のニューヨークなどと結ぶ路線も登場する見通しだ。

 都心に近い羽田の路線網拡充は利用者にとって朗報だ。乗り継ぎの利便性も増すだろう。これを機に日米の往来が一段と活発になり、ビジネスや観光に好影響を及ぼすことを期待したい。

 ただ、首都圏の空港はなお一層の整備が欠かせない。経済がグローバル化し、国境をこえた人の交流が盛んになるなかで、世界と日本を結ぶ空港インフラの充実は優先度の高い課題である。

 羽田と成田からなる首都圏空港は長らく容量不足が指摘され、潜在需要を満たせない状態が続いてきた。日本で格安航空会社(LCC)の登場が遅れたのは、空港の枠不足で新規参入の受け入れ余地が乏しかったからだ。

 羽田では発着枠が希少資源化し、割り当てをめぐる航空会社間の論争が絶えない。成田でも、就航を希望しながら目当ての時間帯に枠がないため断念する航空会社がある。機会損失は大きい。

 2014年時点で韓国ソウルの2つの空港が国外137都市と結ぶのに対し、成田と羽田は同92都市にとどまる。世界各地を結ぶハブ空港としても見劣りする。

 外国人観光客の急増や20年の東京五輪を考えると、首都圏空港の拡充は避けて通れない課題だと言わなくてはならない。

 羽田について国土交通省は、東京上空の飛行ルートを解禁することで滑走路の利用効率を上げ新規の発着枠を捻出する考えだ。

 新規ルートの真下には新宿や渋谷などの繁華街もある。騒音や落下物に対する住民の不安に真摯に向き合い、説明を尽くすことで、早期の合意形成につなげたい。

 成田では第3滑走路の建設計画が浮上している。成田国際空港会社は地元の自治体との協議や資金計画、需給の見極めなど、詰めの作業を急いでもらいたい。

 「羽田は国内線、成田は国際線」という従来の役割分担も固定的にとらえるべきではない。羽田は客単価の高いビジネス路線、成田はLCCや家族連れ中心のリゾート路線といった新たな「すみ分け」を模索しつつ、切磋琢磨(せっさたくま)してほしい。

衆院選挙制度 政権党の身を切る責任

 一票の格差の是正を迫られている衆院の選挙制度改革を、どう進めるか。きのうの大島理森衆院議長による各党見解の聞き取りで、仕切り直しの各党協議が動き始めた。

 過去3回の衆院選は、いずれも最高裁に「違憲状態」と判断された。選挙区によって一票の価値が2倍以上も異なる不平等を正すため、いまの国会で必ず制度改正をやり遂げなければならない。

 それには各政党、とりわけ最大勢力の自民党の責任は重い。

 今後の焦点は、都道府県の間の人口比に応じて定数配分を見直す「アダムズ方式」をただちに採用するかどうかだ。

 有識者による調査会が1月に衆院議長に出した答申は、アダムズ方式による定数配分の見直しと選挙区6、比例区4の定数削減などを求めた。

 これを受けて自民党がまとめた案は、まずは都道府県内の選挙区割りの変更にとどめ、都道府県をまたぐ定数配分の見直しと削減は2020年の大規模国勢調査以降に先送りするとの内容だった。

 こうした後ろ向きな案に批判が高まると、安倍首相は先週の衆院予算委員会で「20年の国勢調査まで先送りをすることは決してしない」と述べ、今月中に発表される15年の簡易国勢調査を受けて定数削減に踏み切る考えを示した。

 首相が主導して前に進めたようにも見える。だが、当初案があまりに消極的だっただけのことで、首相が胸を張るほどの話ではない。

 自民党の谷垣幹事長はきのう、首相答弁に沿った削減を議長に表明した。ところが今回はアダムズ方式による「7増13減」とはせず、議員1人あたりの人口が少ない県の定数を減らす「0増6減」を提案した。これでは最高裁に速やかな撤廃を求められた「1人別枠方式」が実質的に残ることになる。

 政権党として、無責任な対応と言わざるを得ない。

 定数削減に反対の共産党や社民党を除き、公明党や民主党などは答申の受け入れを表明した。政党間協議で結論を出せずに有識者調査会に委ねた経緯を踏まえれば、当然の態度だ。

 アダムズ方式が完全なやり方ではないにせよ、自民党がただちに導入に応じれば、おおむねの合意は形成できる。

 自民党が否定的なのは、より多くの現職議員が定数減の影響を受けるからだ。

 自ら約束した身を切る痛みを引き受け、合意につなげる。これこそ政権党の責任である。

政策減税 企業名も開示すべきだ

 安倍政権が企業向けの政策減税を充実させた14年度と、民主党政権だった12年度を比べると、主な優遇措置で企業が手にした減税額は2倍強の1・2兆円に達していた。

 朝日新聞社の調べで、そんな実態がわかった。政権は15年度から法人税の税率引き下げへとかじを切り、その財源を確保しようと減税措置の縮小・廃止に取り組んでいるが、「まずは企業を潤してデフレから抜け出す」という政権の基本姿勢が改めて裏付けられた。

 調査の手がかりとなったのは、租税特別措置(租特)透明化法に基づいて政府が毎年度作成し、国会に提出している報告書である。

 数百ページから、年によっては1千ページを超える報告書には、租特を認められた法人数や適用件数、減税額がまとめられている。業種や企業規模ごとのデータのほか、上位10社の個別金額も記されている。

 租特は実態が不透明で、だから一度始めると既得権化しがちだと指摘されて久しいが、民主党政権が制定した透明化法が風穴を開けたのは確かだろう。

 しかし、具体的な企業名は伏せられ、アルファベットと数字のコードが載っているだけだ。朝日新聞社は企業の財務データと照合して数社の名前を特定したが、企業名も公表すべきだ。

 なぜ匿名なのか。

 「企業の投資戦略に影響しかねない」「減税へのやっかみから投資自体がしにくくなる」。そんな理由が語られているようだが、いま一つわからない。公表されるデータは過去の投資に基づく減税額だし、経営に後ろめたさがないのなら、正々堂々と優遇措置を受ければよい。

 あるいは、政党への政治献金と結びつけて見られるのを恐れているのか。設備や研究開発への投資、賃上げなど、様々な促進減税が導入されてきたが、減税分を負担するのは国民だ。納税者が求めているのは個々の政策目的の実現である。減税で浮いた資金を政治献金に回すという、政策をカネで買うような行動ではない。

 情報公開の大切さは言をまたない。

 実際、国が出す補助金では交付先の企業名の公表が進んでいる。やはり民主党政権が導入し、安倍政権も力を入れている「行政事業レビューシート」。各省庁が作成し、事業概要や補助金額とともに具体的なおカネの流れを示す点が特徴だ。

 減税も一種の補助金だ。予算と税制で対応を変える理由はない。

衆院選制度改革 アダムズ方式を先送りするな

 衆院の選挙制度改革では、小選挙区の「1票の格差」の是正を優先すべきだ。各党の意見集約を急ぎ、今国会で立法措置を講じねばならない。

 与野党が、選挙制度改革に関する見解を大島衆院議長にそれぞれ表明した。

 民主、公明、維新の各党などは有識者調査会の答申を基本的に受け入れた。自民党は、定数削減には応じるが、都道府県定数の再配分は先送りする考えを示した。

 自民党案は、1票の格差を2倍未満に抑えるため、2015年の簡易国勢調査に基づき、小選挙区定数を6減らし、区割りを見直す。比例選は4削減する。安倍首相の指示で、原案を修正し、定数削減を前倒ししたものだ。

 鹿児島、岩手など6県で各1減らす「0増6減」を検討している。都道府県ごとの定数再配分は20年の国勢調査後に行うとしており、弥縫策との印象は否めない。

 調査会は、「アダムズ方式」による「7増13減」の再配分を求めていた。都道府県間格差は最大1・621倍となる。選挙区間格差も2倍未満に収まる見通しだ。

 自民党が再配分を先送りしたのは、「13減」の対象県の現職議員を中心に反対・慎重論が根強いという党内事情によるものだ。

 だが、与野党が改革案で合意できず、有識者に検討を委ね、答申を尊重すると約束した経緯を軽視すべきではあるまい。他の主要政党がアダムズ方式への賛成で足並みをそろえる中、自民党は再考せざるを得ないのではないか。

 民主主義の基盤である選挙制度は、より多くの党の賛同で見直すことが望ましい。安倍首相は今国会で関連法案を成立させる考えを示した。「1強」の自民党には合意形成を主導する責任がある。

 残念なのは、主要政党が定数削減になお固執していることだ。

 調査会が「10減」を提案したのは、各党の「国民との約束」に配慮しただけで、定数削減に「積極的な理由や理論的根拠は見いだし難い」と指摘している。

 定数を減らせば、選挙で多様な民意を反映しにくくなる。法案審議などを通じた立法府の行政監視機能も低下しかねない。日本の国会議員は人口比でみれば、欧州諸国などより多くない。

 定数が少ないほど、格差是正が難しくなり、その手間が増えることも考慮すべきだろう。

 議員が「身を切る」姿勢を示す必要があるなら、定数を減らすのでなく、政党交付金の削減などで対応するのが筋である。

アップル問題 テロ捜査と情報保護の両立を

 捜査当局は、強制力を背景に、テロ容疑者の個人情報にどこまでアクセスできるのか。

 米政府とアップル社の対立は、難しい問題を突きつけている。

 米カリフォルニア州で昨年12月に14人が死亡した銃乱射テロの容疑者の「iPhone(アイフォーン)」を巡り、米連邦捜査局(FBI)がロック機能の解除をアップルに要請した。通信記録やメモなどを分析するのが目的だ。

 これをアップルが拒否したことから、FBIは解除を命じるよう州連邦地裁に申し立て、地裁は解除命令を出した。

 だが、アップルはなおも解除を拒否している。企業が司法の命令を突っぱねる異例の展開である。今後、本格的な法廷闘争に発展する公算が大きい。

 容疑者は、ネットを通じて、過激派組織「イスラム国」の影響を受けていたとされる。FBIは、共謀者の有無など、事件の全容解明には、端末データの解析が不可欠とみているのだろう。

 ロック機能は、正しい暗証番号を入力しなければ解除できない。ミスが10回続くと、内部データが消去される。パソコンにつないで機械的に入力することも、できない仕組みだという。

 FBIは、容疑者の端末に限り、この設定を解除するソフトウェアの作成を要求している。本来なら容疑者本人に解除を命じるのが筋だが、警察に射殺されたことが、事態を複雑にしている。

 「ソフトが悪用された場合、すべての端末のロック解除につながる危険がある」というのがアップルの見解だ。

 ハッキングによる情報漏洩ろうえいが相次ぎ、情報技術(IT)企業には万全の情報保護策が求められている。それを考えれば、もっともな主張だと言えよう。グーグル、ツイッターなどのIT大手も、アップルの対応を支持している。

 米国家安全保障局(NSA)による通信傍受が暴露された際、IT企業側が、当局に協力したとの批判にさらされた経験も影響しているのだろう。

 アイフォーンなど、スマートフォンの技術は急速に進んでいる。データは暗号化され、アップルも個々の端末の暗証番号を把握していない。まず必要なのは、技術の進歩に対応した法整備である。

 テロに対抗するには、捜査機関とIT企業の一定の協力は欠かせまい。テロ対策と個人情報の保護をいかに両立させるか。日本にとっても重要な課題である。

2016年2月22日月曜日

投票しやすい環境づくりを

 選挙は国民の声をじかに聞く重要な機会である。参加できない、参加しにくい有権者が多くいるようでは、民意を集約したことにならない。投票しやすい環境づくりは民主主義の土台である。

 住民票を移すと新住所で選挙人名簿に載るまで3カ月かかる。18歳選挙権が6月に施行されるが、新有権者の一部が夏の参院選で投票できないおそれがあった。公職選挙法の改正で旧住所での投票が可能になったことは喜ばしい。

 とはいえ、新住所で投票できるようになるまで時間がかかる仕組みは手つかずのままだ。住民基本台帳の全国ネットワークができているのだから、住民票の異動の処理はこれまでよりもずっと容易になっているはずだ。

 有権者は現在、住所ごとに割り振られた投票所でしか投票できない。駅やショッピングセンターに「共通投票所」を設けて当該自治体の住民は誰もがそこで投票できるようにすれば便利になる。

 全投票所をオンラインでつないで投票済みの有権者をリアルタイムで把握できるようにすれば二重投票は防げる。与野党は夏の参院選に間に合うように法改正を実現させてほしい。

 法の運用で改善すべき点もいくつかある。1995年の参院選の投票率が国政選で最低の44.52%に落ち込んだことから、98年に投票終了時間を午後6時から8時に遅らせた。ところが、近年は6時で繰り上げ終了する地方自治体が急増している。

 自治体関係者と話すと、「投票を早く終えれば、余裕をもって開票できる」という。期日前投票や在外投票など投票日以外に投じられる票が増えるにつれ、これらの数え忘れや二重加算といった開票ミスが増えているのは事実だ。しかし、それを投票時間延長のせいにするのは筋違いである。

 平成の大合併で自治体が減り、投票所数もこの20年で1割ほど少なくなった。ひとりでも多くの有権者が投票所に来やすくする。そのための万策を尽くすべきだ。

生産性の視点が要る「同一労働同一賃金」

 仕事の内容が同じなら正社員も非正規社員も賃金を同じにする。そうした「同一労働同一賃金」を、政府は5月にまとめる「ニッポン一億総活躍プラン」の柱の一つにするという。

 政府の言う同一労働同一賃金の意味はいまひとつはっきりしないが、賃金の決め方で重要なのは、その人がどれだけ付加価値を生んでいるかという生産性の視点である。生産性の高い人には高い賃金を払うという原則を、今後の政策で明確にしてもらいたい。

 同一労働同一賃金の考え方は欧州で定着している。欧州連合(EU)指令により、パートや派遣社員など非正規労働者について、職務が同じ正規社員との間で待遇に格差をつけることを禁じている。

 だがこのルールは、国によって柔軟に運用されている。職務が同じでも、勤続年数が長く経験を積んでいたり、資格を取得していたりする人は賃金を多めにしているなどの例がある。働く人が自らの技能の向上に取り組む動機づけになるためだ。

 日本でも仕事が同じだからという理由で単純に賃金を同じにするのではなく、賃金制度づくりでは働く人の生産性向上を促す工夫が要る。人が付加価値を生む力を高めることが、賃金の上昇や経済の活性化には欠かせないからだ。

 政府が同一労働同一賃金を掲げる背景には、正社員と非正規社員の待遇格差が問題になっていることがある。だが格差の是正には、政策面では職業訓練の充実などを通じて非正規社員の生産性向上を支援することが確実な道だ。

 経営者は正社員と非正規社員の処遇の違いについて、その差がどんな理由によるものか、きちんと説明できなければならない。企業に説明責任を求めていくことが不合理な格差の解消につながろう。

 賃金のあり方をめぐる今回の議論は正社員の生産性を考える機会でもある。日本の正社員は成果を生むための専門性の不足や長時間労働の非効率さが指摘される。

 産業構造の変化に合わせ、新しい技能を身につける機会を増やしたい。働いた時間ではなく成果に対して賃金を払う「脱時間給」制度を設け、企業が早く活用できるようにすることも求められる。

 正社員も非正規社員も賃金を増やすには企業が持続的に成長する必要がある。政府の同一労働同一賃金への施策は注視したいが、問われているのは経営者の手腕だ。

介護保険 丁寧な合意づくりを

 今の介護保険制度の課題を話し合う厚生労働省の審議会が始まった。年内に議論をまとめ、来年の通常国会に制度見直しのための法案を出す予定だ。

 厚労省が検討課題に挙げるのが、介護の必要度が低い軽度の人向けの生活援助サービスを介護保険から外すことや、利用者の負担を引き上げることだ。

 高齢化に伴って年々増え続ける介護の費用の伸びを抑え、保険料の上昇を抑えたい。そんな考えからだ。

 だが、制度を見直すたびに、介護保険が使いにくくなっている、と感じている人は少なくないのではないか。今年度も「要支援」の人向けの訪問介護やデイサービスが市区町村の事業に移り始め、一定所得以上の人の利用者負担が1割から2割に引き上げられたばかりだ。

 サービスの縮小や負担増を繰り返し、家族の負担が増すことになれば、「社会全体で介護を支える」という介護保険の理念や制度への信頼が揺らぐことにならないか。そのことにも十分留意する必要があるだろう。

 審議会では、軽度の人の中には生活援助サービスがなくなるとむしろ状態が悪化しかねない人もいて、逆に介護費用が膨らむ恐れがあるとの懸念も出ている。市区町村の事業へ移された要支援向けサービスの現状や影響も検証しながら、実態に即した議論を求めたい。

 同時に、サービスの縮小や利用者の負担増という、いわば部分的な手直しでのやりくりは限界だとする指摘もある。だとすれば、制度の支え手を増やすなど、抜本的な見直しの議論も避けて通れないだろう。

 介護保険料の負担は現在、40歳からになっているが、対象年齢を引き下げるかどうかも、長年の懸案だ。

 「若い人には介護は実感されにくい」として、親の介護を意識し始める40歳を目安として制度がスタートしたが、現実には若年認知症の親の介護に直面する20~30代もいる。

 一方で雇用環境が変わり、若い世代に経済的に苦しい人たちが少なくない現状で、新たな負担を求めることができるのか、という慎重論も根強い。

 障害者福祉との関係をどうするかも大きな議論になる。

 サービスを縮小するのか、広くみんなで支える制度にするのか。給付と負担のバランスにどこで折り合いをつけるのかに、誰もが納得できる答えがあるわけではない。

 さまざまな課題をみんなで共有し、丁寧に合意をつくっていくしかない。

ハンセン病 家族被害に向き合おう

 ハンセン病への差別や偏見に苦しんできた元患者の家族59人が、熊本地裁に集団訴訟を起こした。

 国に1人500万円の損害賠償などを求めた裁判は、家族の受けた苦難を明らかにし、誤った隔離政策を続けた国の責任を問う。ハンセン病問題の「残された課題」解決を目指す。

 「父のことは、お前の生涯の秘密である」

 原告団長の林力さん(91)は、療養所に入所した父から受け取った手紙にそう書かれていたことを覚えている。

 国は1907年、法律を制定して患者の隔離政策を始めた。熊本や鹿児島など全国13カ所の国立療養所に強制収容し、堕胎、断種さえ強いた。

 感染力が極めて弱く、戦後は薬の普及で完治する病気になった。だが隔離政策は96年の「らい予防法」廃止まで続いた。

 働き手の父親が強制収容されれば、家族の生活は困窮を極める。偏見による村八分や結婚差別、就職差別などにさらされ、一家離散した家族もある。

 「いつも逃亡者のような気持ちだった。父はつらかっただろうが、家族も苦しんだ」という林団長の言葉が、家族の置かれた状況を象徴している。

 深刻なのは、隔離された親を憎んだり、死んだことにしたりして、家族関係が破壊されたことだと弁護団は強調した。

 国は、隔離政策の違憲性を認めた熊本地裁判決が2001年に確定したのを受け、元患者に謝罪し、補償を続けている。09年にはハンセン病問題基本法が施行され、国には元患者の名誉回復が義務づけられた。

 片や、家族はどうか。

 特定の元患者の配偶者への支援金制度などはあるものの、謝罪も被害補償もない。

 鳥取地裁で昨年、元患者の子どもの男性が、親とともに差別され苦痛を受けたとして慰謝料などを求めた裁判があった。賠償請求は棄却されたが、地裁は一般論として患者の子らへの偏見や差別があったと指摘した。この判決や、今年3月末で「らい予防法」廃止から20年となり、民法上、損害賠償請求権が消えるとされることが、提訴への後押しをした。

 来月第2陣が続き、原告数は150人を超えそうだという。

 ただ、今も原告の大半が名前や顔を隠して裁判に臨む。いまだに提訴をためらう人が多い現実も、忘れてはならない。

 国が犯した過ちとそれを許したわれわれの社会の人権意識を、この訴訟で語られる家族の苦しみを通して考えたい。

竹島の日 国内世論を粘り強く喚起せよ

 国家主権に直結する領土問題の解決は、簡単ではない。国内世論を喚起する啓発活動を続けながら、粘り強く取り組むことが欠かせない。

 島根県などが22日、松江市で第11回「竹島の日」記念式典を開催する。2005年に制定した県条例に基づく行事である。

 島根県は、竹島の関連資料を積極的に収集し、解説書などを刊行してきた。竹島が日本固有の領土であることを補強する調査研究活動を実施し、情報発信する地道な努力を高く評価したい。

 政府は、領土問題を担当する酒井庸行内閣府政務官を式典に派遣する。政務官の出席は安倍政権の発足以来、4年連続だ。地元では閣僚や副大臣の派遣を求める声がある中、格上げを見送っているのは韓国への外交的配慮だろう。

 日本は、17世紀半ばの江戸時代初期には竹島を漁場や中継地として利用し、領有権を確立していた。竹島を島根県に正式編入したのが1905年の2月22日である。

 アシカ猟の事業化を目指す水産業者が明治政府に竹島の所属の明確化を陳情したのが発端だ。当時、年1000頭以上のアシカを捕獲した記録が残っている。行政手続きにより、国際法上も領有権を確実にした意義は大きい。

 だが、サンフランシスコ講和条約の発効直前の52年1月、韓国が李承晩ラインを一方的に設定し、現在も竹島の不法占拠を続けている。警備隊を常駐させ、宿舎や灯台、湾岸設備などを整備した。容認できない行為である。

 安倍政権が内閣官房に設置した領土・主権対策企画調整室は、竹島に関する行政文書や日記など約1000点の資料を収集した。昨年8月には、約100点をデータベース化し、ホームページで検索・閲覧できるようにした。

 文部科学省も、領土教育に力を入れている。小中高校の教科書における竹島、尖閣諸島などの記述は徐々に充実してきた。

 領土問題の歴史的経緯や現状について、より多くの国民が正しい知識を身につけ、共通認識を持つことが重要である。

 日韓関係は、昨年末の慰安婦問題の合意により、ようやく改善に向けて動き出した。年明け以降、北朝鮮の核実験や長距離弾道ミサイル発射に対し、日韓両政府が緊密に連携し、北朝鮮への圧力を強めたことは一つの成果だ。

 様々な分野で日韓協力を着実に強化することは大切だが、領土問題については、日本の主張をきちんと伝えなければならない。

年金運用改革 ガバナンス強化を優先したい

 巨額の資金を安全かつ効率的に運用するには、それにふさわしい実効性ある組織や体制を構築することが肝要である。

 年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)による株式の直接運用の可否について、厚生労働省の審議会が、当面は認めず、現状を維持することが望ましいとする報告書をまとめた。

 自民、公明両党も、この内容を了承した。政府は、今国会に提出する予定の年金改革関連法案に直接運用を盛り込まない方針だ。

 妥当な結論である。現在のGPIFの体制や人材で的確な投資判断ができるか、疑問が拭えないうえ、株式運用の公平・透明性を確保することも困難だからだ。

 約140兆円に上る厚生年金、国民年金の積立金を運用するGPIFは、世界最大級の機関投資家である。信託銀行などを通じた資金運用が原則で、株式への直接投資は認められていない。

 GPIFは、直接運用の解禁を求めていた。市場の動きに機動的に対応できれば、運用益が向上し、信託銀行へ払う運用委託手数料も節約できるという理屈だ。

 しかし、GPIFは現在、権限が理事長に集中しており、資金運用の専門人材も少ない。

 報告書は、国民の信頼を高めるため、GPIFのガバナンス(統治)体制の強化を求めた。金融専門家らを集めた経営委員会を新設し、運用資産の構成比率などの重要案件を合議制で決めることが柱だ。適切な提案である。

 長期的に安定した資産運用を行うためには、専門人材を自前で育成し、リスク管理能力を高めることも大切となろう。

 塩崎厚労相が主導した組織改革は昨年、年金局との意見の不一致で暗礁に乗り上げた。新たな体制整備を急いでもらいたい。

 厚労省は、直接運用を3年後に再び検討するとしている。

 だが、言うまでもなく、値動きが大きい株式投資にはリスクが伴う。長期の年金資金の運用には、安全性への配慮は不可欠だ。

 巨額の年金資金を使って株式投資を積極化すれば、GPIFの市場に対する影響力は一段と大きくなるという問題もある。GPIFがどの会社の株式をどれだけ買うかによって、株価を左右する恐れが高まるからだ。

 市場では、GPIFの運用改革が株価対策と受け取られている面もある。年金資金を短期的な株価下支えに使えば、株価形成を歪める。こうした点にも十分に目配りせねばならない。

2016年2月21日日曜日

英国はEUにとどまり建設的役割を

 欧州連合(EU)はブリュッセルで開いた首脳会議で、英国の離脱を回避するために検討していたEU改革について合意した。これを受けてキャメロン英首相は、EU残留か離脱かを問う国民投票を6月23日に実施すると発表した。

 英国は今後もEUの一員であり続けるのか、それとも離脱して独自の道を歩むのか。国民投票は英国と欧州にとって重大な分岐点となる。

 仮に独仏と並ぶ欧州の中核国である英国がEUを去れば、経済から政治・外交まで生じる影響ははかりしれない。現地で活動する日本企業が事業展開の見直しを迫られる可能性もあるだろう。英国はEUにとどまり、内側から欧州をけん引する建設的な役割を果たす道を選んでほしい。

 自国の主権や独自性を重視する英国は、通貨統合への参加を見送るなど欧州統合から一定の距離を置いてきた。さらに統合が進んでEUの規制が広がっていることへの不満や、東欧からの移民が大幅に増えたことへの反発などを背景に、英首相はEU改革をまとめたうえで国民投票に踏み切る方針を示していた。

 EUが合意した改革は、域内からの移民への社会福祉を一時的に制限することを認めたり、通貨ユーロを採用していない英国などの権利を守ったりする内容だ。EUに対する不満を和らげ、残留論を後押しする狙いがある。

 キャメロン首相はEUが改革を受け入れたのだから英国は離脱する必要がないと主張し、残留に向けて国民を説得していく構えだ。

 英国の世論は割れており、投票の行方は予断を許さない。最近は離脱派が増えていることを示す調査結果も出ている。ギリシャの債務危機や、欧州への大量の難民流入に伴う混乱などが、EU残留派の向かい風になっている。

 英国が離脱すれば、巨大な単一市場を築き世界経済で存在感を高めてきたEUへの影響は小さくない。欧州各地で目立ちつつある反EUの動きがドミノ現象のように広がり、統合そのものが危機に陥る恐れも否定できない。

 欧州随一の金融センターである英シティーの将来にも不透明感が出てこないか。欧州本部を置く日本企業など、英国への進出企業は立地を含め事業戦略の再考が必要になるかもしれない。

 影響は世界に及ぶ。英国民が下す判断はきわめて重い。

展望開けぬタイの民主主義

 2014年のクーデターで発足したタイの軍事政権は早期の民政移管を約束してきたが、実現は遠のいている。当初は15年中としていたが、早くても18年はじめにずれ込む見通しだ。

 軍政はできる限り居座ろうとしている、といった観測も強まっている。軍政をひきいるプラユット暫定首相は、内外の不信を払拭するためにも民政移管への段取りを改めて明確にする必要がある。

 民政への移管が遅れている要因は、前提となる新しい憲法の制定に手間取っていることだ。15年にいったんまとまった新憲法の草案は、国民の間で評判が悪かったこともあり廃案になった。新たな草案を起草委員会が発表したのは、ようやく先月末だった。

 ただ、新しい草案も民主的とはいいがたい面がある。たとえば、下院議員でなくても首相に就任できるとの条項や、上院議員はすべて非民選にするとの条項だ。政府の命運を左右できるような強大な権限を憲法裁判所に与えるとの条項にも、反発が強い。

 加えて軍政は最近、形のうえで民政に移管したあとも実質的に軍政が続けられるような条項の追加を、起草委に提案したという。

 このため7月に予定される国民投票で草案が承認されるかどうかは微妙な情勢だ。結果として民政移管は一段と遅れかねない。民主主義の回復への道筋は視界不良といわざるを得ない。

 タイでは過去10年、タクシン元首相を支持する勢力と反タクシン派の党派対立が、政治と社会を激しく揺さぶり続けてきた。クーデターの引き金ともなったこの火種は、今もなおくすぶっている。これを鎮めて「国民和解」を進めることこそ、軍政にとっては最大の使命のはずだ。

 だが実際には、メディアへの締め付けやタクシン派への圧迫など強権的な動きばかりが目立つ。長引く軍政と民政移管の遅れは党派対立を一段と根深いものにして、「国民和解」も遅らせるのではないか。懸念を禁じ得ない。

世界の貧困と不平等 「分配」を共有できるか

 世界の資産家の上位62人が持つ富は、全人口の下位半分、36億人が持つ資産の総額に匹敵する。国際NGO「オックスファム」は、そんな衝撃的な分析結果を公表した。

 エボラ出血熱やジカウイルスなど、感染症の脅威がじわじわと広がる。大地震や、地球温暖化との関連が疑われる豪雨・水害をはじめ、自然災害が世界の各地で相次ぐ。

 ■国連の新たな目標

 一見すると無関係な両者は「貧困」でつながる。格差・不平等の拡大が深刻さを増すなかで、疾病や災害はとりわけ貧しい人たちを直撃し、それが不平等の拡大に拍車をかけるという悪循環である。

 どう歯止めをかけていくか。

 国際社会は今年、あらゆる貧困をなくすという究極の目標を掲げ、15年後を見すえて「持続可能な開発目標(SDGs)」に向けて動き出した。

 経済と社会、環境の三つの調和を目指す目標の対象は幅広い。経済成長から教育や保健、社会保障と雇用、気候変動まで、17分野で169の項目が並ぶ。「誰も取り残さない」をうたい文句に、昨年秋に国連であったサミットでは全ての加盟国が賛成した。

 持続可能な開発という考え方が明確に打ち出されたのは、ブラジル・リオデジャネイロで四半世紀前に開かれた国連環境開発会議(地球サミット)だった。国連と各国政府にNGOも加わって2年余り討議を重ねた新たな目標は「検討の過程、内容ともに画期的」と評される一方、世界が抱える未解決の課題の膨大さを浮き彫りにする。

 しかし、立ち尽くしたままではいられない。

 ■難題は資金の確保

 あらゆる課題の根底に横たわるのが、対策資金をどう確保するかという難題だろう。主に先進国が拠出する途上国援助(ODA)や、世界銀行など国際金融の仕組みだけではとてもまかなえない。途上国や貧困国向けに、返済の必要がない資金を用意できる枠組みを作りたい。

 2000年代半ば、フランスを中心に始まった「革新的資金調達」は、その一例だ。従来の発想を超えることから出発する試みは、フランスや韓国など十数カ国が導入済みの「航空券連帯税」に結びついた、航空運賃に一定額を上乗せし、それを感染症対策などに充てている。

 独仏を中心とする欧州の11カ国は金融取引税の研究を続けている。株などの取引に薄く課税し、投機的な資金の動きへの抑えとしつつ、国際課題への対策に使うのが狙いだ。

 金融街シティーを抱える英国などが反対し、参加国の減少や課税対象取引の絞り込みを強いられ、導入時期も延びている。最近の市場の混乱もあって先行きは不透明だが、11カ国の意思はもっと注目されてよい。

 「所得格差(不平等)を是正すれば、経済成長は活性化される」。先進国中心の経済協力開発機構(OECD)がこんな分析を報告してから1年余り。米大統領選では民主党の候補者選びで不平等の是正を掲げるサンダース氏が支持を集め、日本でも経済成長に軸足を置いてきた安倍政権がにわかに「分配」を唱え始めた。

 開発途上国・地域で5人に1人が1日あたり1ドル25セント(約140円)未満で暮らす極度の貧困と先進国のそれは、水準こそ異なるものの構図は共通すると言っていい。

 成長か、分配か。グローバル化か、反グローバル化か。

 1990年代末、通商の自由化を目指す世界貿易機関(WTO)の閣僚会議を標的に始まった反グローバル化の抗議運動は、主要国首脳会議(サミット)や国際金融機関の総会に飛び火し、リーマン・ショック後には「1%に支配される99%」運動が盛り上がった。

 それでも、ヒトやモノ、カネ、情報などあらゆる側面で、グローバル化はいや応なく進んでいる。ならば、そのひずみを正し、成長というパイの拡大に結びつけ、分配の原資にできないか。SDGsはそんな問いかけでもあるだろう。

 ■企業の変化を生かせ

 反グローバル化運動で批判されてきた多国籍企業にも変化の芽が生まれている。企業の社会的責任(CSR)という意識を超え、環境への目配りや社会の不平等の解消を自社のビジネスの前提かつ機会ととらえる経営だ。自然環境からどんな恩恵を受け、影響を与えているかをはじく「自然資本会計」といった試みは、昨年末の国連気候変動会議(COP21)でのパリ協定を受けて拍車がかかりそうだ。

 そんな「民」の変化を補い、加速させるためにも、政府の行動が重要になる。

 5月には日本でサミットがある。テロや難民、中東や朝鮮半島の不安定化など課題は山積しているが、共通する要因が貧困だ。世界を主導する国々の首脳が議論すべき課題である。

ミサイル防衛 米韓との戦略的協力が重要だ

 北朝鮮のミサイル発射に的確に対処するため、日本は米国、韓国と連携し、防衛態勢を戦略的に強化すべきだ。

 中谷防衛相は、今月7日の長距離弾道ミサイル発射に先立ち、自衛隊に破壊措置命令を出した。迎撃ミサイル「SM3」搭載のイージス艦3隻を日本近海に展開し、地対空誘導弾「PAC3」も沖縄など7か所に配備した。

 二段構えの迎撃態勢に問題はなかったか。検証が欠かせない。

 北朝鮮が再三のミサイル発射で技術力を着々と向上させていることを踏まえれば、自衛隊の迎撃能力をさらに高める必要がある。

 まずは、ミサイル防衛対応型イージス艦を現在の4隻から2020年度に8隻に増やす計画を着実に実行せねばならない。

 日米両政府が共同開発中の次世代型SM3の開発・配備も急ぎたい。SM3より射程が長いため、日本全体を守るのに現在は3隻が必要だが、2隻で可能になる。迎撃精度も大幅に向上する。

 将来的には、より能力が高い最新鋭装備の導入も課題となる。

 菅官房長官は、米軍の「最終段階高高度地域防衛」(THAAD)の保有について、「研究しつつ検討を加速する」と語った。

 THAADは相当、高額とされる。費用対効果や、自衛隊全体の装備体系との整合性に関する研究を進めることが大切だ。

 米韓との協力も重要である。

 今回も、米軍の早期警戒衛星がとらえたミサイル発射情報が、自衛隊に迅速に伝達された。

 新たな日米防衛協力指針(ガイドライン)に基づいて常設化された、自衛隊と米軍の協議機関「同盟調整メカニズム」が有効に機能したという。訓練を重ね、実効性を高めることが求められる。

 韓国との間では、軍事情報包括保護協定(GSOMIA)の締結が急務だ。韓国側が国内世論の反発を懸念し、現状では、北朝鮮の核・ミサイル情報に限定した米国経由での情報交換にとどまる。

 日韓が直接、情報交換できるようになれば、両国の危機対処能力は格段に高まろう。朴槿恵政権には締結を決断してもらいたい。

 迎撃システムだけで、すべてのミサイル攻撃を防ぐのは事実上不可能だ。巡航ミサイルなど、敵基地攻撃能力の保有についても本格的に検討する時期ではないか。

 憲法上も、敵国が日本へのミサイル攻撃を意思表示した場合、敵基地攻撃は可能とされる。米軍との共同作戦を前提に、どんな攻撃手段が有効か、研究すべきだ。

丸山議員の失言 国政を担う自覚はあるのか

 与野党の国会議員や閣僚の不適切な発言が相次いでいる。政治不信を助長する恐れがある。重い職責を担う自覚と緊張感を持つべきだ。

 参院憲法審査会で自民党の丸山和也氏が「今、米国は黒人が大統領になっている。黒人の血を引く。これは奴隷ですよ」と語った。人種差別と受けとられかねない。オバマ大統領の父はケニア人で、奴隷の子孫でもない。

 翌日、「自己変革があって、今の米国が生まれたことをたたえるつもりで話した」と釈明したが、到底、理解されまい。

 丸山氏は「日本が米国の51番目の州になれば、集団的自衛権は問題にならないし、拉致問題も起こらなかった」とも述べた。荒唐無稽であり、国会議員としての資質を疑われても仕方ない発言だ。

 民主党も人ごとではない。

 中川正春衆院議員は代議士会で「安倍首相の睡眠障害を勝ち取ろう」と訴えた。睡眠障害と診断された甘利明・前経済再生相を引き合いにした発言だが、同じ病気に悩む人への配慮が欠けている。

 安倍首相は「人権問題だ」などと不快感を示した。

 日本経済の再生、北東アジア情勢など、国会で論じるべきテーマは多い。各議員は、審議にもっと真剣に取り組み、建設的な議論を深めてもらいたい。

 無論、閣僚には、より慎重な言動が求められる。

 丸川環境相は講演で、福島第一原発事故に関し、放射線量を「年間1ミリ・シーベルト以下」にする国の除染目標について「何の科学的根拠もない」と発言した。

 その後、「なぜ1ミリに決めたのか、十分に説明し切れていないと(いう趣旨で)言った」と陳謝して、最終的に発言を撤回した。

 民主党政権は、徹底除染を求める地元の要望を受け、1ミリ・シーベルトの目標を掲げた。国際的には、20ミリ・シーベルト以下なら帰還可能とされる。高い目標が住民帰還や復興の障害になっているとの指摘がある。

 丸川氏の発言には、もっともな面もあるが、舌足らずで、不用意だったことは否めない。

 自民党の溝手顕正参院議員会長は、妻の出産直前に別の女性と交際していた宮崎謙介前衆院議員について、「うらやましい人もいるんじゃないの」と語った。軽口にしても不見識である。

 国会議員の育児休業の制度化を唱えていた宮崎氏の不祥事などで、自民党への視線は厳しい。「1強」状況の中、慢心が生じていないか。タガを締め直すべきだ。

2016年2月20日土曜日

転落死事件は防げなかったか

 川崎市の介護付き有料老人ホームで相次いだ入居者の転落死が刑事事件に発展した。この施設で働いていた元職員の男が、なくなった3人のうちの1人に対する殺人容疑で神奈川県警に逮捕された。

 元職員は3人の殺害を認めているという。事実であれば、介護が必要なお年寄りを、世話をする立場の職員がベランダから投げ落とすというおぞましい連続殺人だったことになる。

 高齢者の施設では近年、入居者への虐待が大きな問題になっている。殺人は特異な例だとしても、高齢化が進むなか、こうした施設での事件は誰にとっても他人ごとではない。

 なぜこのようなことが起きたのか。警察には犯行の動機などに加え、事件の背景にまで切り込む徹底した捜査を求めたい。そうした結果を事業者や国、自治体などで共有して再発の防止につなげていくべきだ。

 納得がいかないのは、14年11~12月という短い期間に、同じ施設で同じような形で高齢者が死亡しているのに、3人もの犠牲者が出るまで犯行を止められなかったという点だ。

 警察はこの3件とも司法解剖をしておらず、事件と判断していなかった。警察内部で情報を共有していれば、不自然さに気が付いたはずだ。初動捜査のあり方について検証し、今後の捜査活動に生かしていかなければならない。

 何より施設自体の管理体制はどうなっていたのか。この老人ホームでは転落死のほか、同じ男による窃盗や他の職員らによる虐待も発覚している。二度とこのようなことがないよう運営・管理のあり方を徹底して見直す必要がある。

 全国にある高齢者の施設は、事件を他山の石とすべきだ。介護の現場は人手不足が深刻になっている。教育・研修はきちんと行われているか。職員にストレスがたまっていないか。施設が閉鎖的になり、外部の目が入りにくくなっていないか。お年寄りや家族の安心のために点検すべき課題は多い。

裁量制の課徴金には透明性が不可欠だ

 公正取引委員会はカルテルを結ぶなど独占禁止法に違反した企業への課徴金の制度を見直す。調査に協力する企業は金額を減らすなど、公取委の裁量で課徴金を増減できる仕組みを考えている。近く有識者会合で議論を始める。

 企業の協力を引き出し、早期に違法行為の実態を明らかにするために、こうした裁量制を取り入れるのは妥当だろう。ただ公取委が恣意的に課徴金を決めていると受け取られるような制度になっては困る。課徴金の額を決定する根拠が明らかな、透明性の高い制度設計を求めたい。

 現行の課徴金は、例えばカルテルなら大手製造業の場合、独禁法違反で得た売上高の10%というように一定の算定率を定めている。

 新制度では企業が有力な証拠を提出した場合などに課徴金を減額する。逆に証拠隠滅など悪質な行為があれば金額を引き上げる。

 公取委は現在、独禁法違反を自主申告した企業の課徴金を減免する制度を設けている。だがその対象は、公取委の調査が本格化する前の申告に原則として限られる。

 裁量制は調査の開始後に企業の協力を促す仕組みで、不正の実態解明を進めやすくなる効果が見込めよう。

 裁量制の課徴金をめぐっては、問題点として金額の決め方が曖昧になるなどの指摘がある。算定が不明瞭だとする企業による訴訟の増加を懸念する声もある。

 公取委は金額の増減にあたって理由をきちんと説明できなければならない。課徴金や罰金の決定で当局の裁量が大きい欧州連合(EU)は、どんな場合が減額の対象になるか、ガイドラインを示している。日本も金額決定の基準づくりが欠かせない。

 公取委は近年、課徴金の減免制度を取り入れるなどして調査や行政処分の権限を拡大、強化してきた。こうした手法はすでに海外で広く採用されており、実際に日本でもカルテルの摘発に大きな効果を上げている。

 だが調査を受ける側の産業界などからは、調査に対して自分たちの考えを十分に主張したり、強引な調べに対抗したりする手段が限られているといった批判が強い。

 国際的にみても、日本はこの面で立ち遅れているといえる。自らの権限を強めるだけでなく、企業の権利も適切に保障して信頼性の高い制度にすることがカルテルなどの根絶につながる。

法制局文書 国会提出は当然だ

 政府の憲法解釈を変更し、集団的自衛権の行使を認めた閣議決定は正当なのか――。

 いまなお論争が続くこの問題に関連し、内閣法制局が内部文書の国会提出を拒んでいる。

 焦点になっているのは、法制局が国会審議に備えてつくった「想定問答」だ。横畠裕介内閣法制局長官は参院の決算委員会で存在を認める一方、公文書管理法で保存が義務づけられている「行政文書」にはあたらないとの見解を示した。

 受け入れ難い答弁だ。

 公文書管理法の趣旨は、行政機関の意思決定の過程を外から検証できるよう文書保存を義務づけるものだ。横畠長官は「担当者から想定ベースの答弁資料の案をもらった」としながらも、使えないと判断して差し戻した文書だから保存義務はないと説明する。しかし、それこそが法制局内の意思決定の過程を示す文書ではないか。

 行政機関が恣意(しい)的な判断で文書を保存する、しないを決めてしまえば、あらゆる政策決定の是非を検証できなくなってしまう。国民の判断材料を奪うことになり、ひいては民主主義の土台を崩す。

 かりに想定問答が公文書管理法が定義する行政文書に当たらないとしても、憲法9条の解釈変更という重大な決定に関わる文書である。国会から求められれば提出するのは当然だ。

 かつて内閣法制局は、集団的自衛権の行使を認めるには「憲法改正という手段をとらざるを得ない。従って、そういう手段をとらない限り(行使は)できない」と答弁し、歴代内閣はこの見解を踏襲してきた。

 これを2014年7月の閣議決定で変えてしまったのは安倍内閣である。

 この解釈変更には与党も大きく関与したが、内閣法制局内でどんな検討がなされたか、可能な限り資料を集め、検証するのは国会の役割だ。

 閣議決定を受けて制定された安全保障関連法は、憲法違反の疑いが極めて強い。民主党など野党5党はきのう、その廃止法案を提出した。

 それでも安倍政権は、3月に安保法を施行する見通しだ。裁判所に違憲と判断される可能性がある法が運用されることになれば、「法の支配」に反する状況になりかねない。

 内閣法制局が文書の開示を拒み続ければ、閣議決定の正当性に対する国民の疑問はかえって深まるのではないか。

 これは法制局という官僚組織の問題ではない。政権全体の問題である。

原発自主避難 被害に応じた賠償を

 東京電力福島第一原発事故で故郷を離れて避難している人はいまも約10万人にのぼる。

 このうち、国が避難指示などを出した区域の外側にある福島県内の23市町村から別の場所に自主的に避難した人は、賠償対象区域の外側の人も含め、推計で約1万8千人いる。

 「子どもの健康が不安だから」「商売ができなくなった」

 逃げざるを得なかった事情は避難指示区域内の住民と総じて大きくは変わらない。だが、東電からの慰謝料は1人あたり12万~72万円と、区域内の住民と比べて大きな隔たりがある。

 一昨日、自主避難者の救済に道を開く司法判断が示された。

 福島県から京都市に自主避難した40代男性が、原発事故の影響で心身に不調をきたし、働けなくなったとして妻子4人とともに東電に損害賠償を求めた訴訟で、京都地裁は約3千万円を支払うよう東電に命じた。

 男性は子どもの被曝(ひばく)を恐れて避難を決意し、県外のホテルや賃貸住宅を転々とした。慣れない生活から不眠症やうつ病を発症した。地裁はこれらを原発事故が原因だと認めた。

 自主避難者への賠償は、国の原子力損害賠償紛争審査会(原陪審)が決めた指針に沿って支払われている。指針は、(1)生活費の増加分(2)精神的損害(3)避難や帰宅に要した費用――を基本に算定するというものだ。

 男性側にも指針に基づき東電から292万円が支払われたが、不十分だと訴えていた。

 判決で京都地裁は指針について「類型化が可能な損害項目や範囲を示したものに過ぎない」と指摘、事故と因果関係のある被害は事情に応じて賠償すべきだとの考え方を示した。賠償金額は個別事情に則して決定すべきで、一律な線引きは許されない、という賠償のあり方そのものを問うたといえる。

 福島の被災者への賠償は、国が東電に9兆円を援助し、東電がこの中から避難住民や企業に賠償金を払う仕組みだ。

 だが経営再建をめざす東電は、賠償の早めの打ち切りや枠内で極力抑えようとし、救済が住民本位になっていないという批判がある。

 避難者らが起こした集団訴訟は、全国21地裁・支部で続いている。原告の総数は約1万人にのぼり、相当数の人が正当な賠償を受けていないという不満を抱えている。

 東電は賠償対象者に誠実に向き合い、賠償対応のあり方を見直すべきだ。集団訴訟を扱う裁判所も、被害者の窮状を十分にくんだ判断をしてもらいたい。

新聞の軽減税率 公共財の役割に理解広げたい

 新聞は、民主主義と活字文化を支える重要な社会基盤の一つである。

 2017年4月の消費税率10%への引き上げ時に導入する軽減税率の対象に、新聞を含めることについて理解を広げたい。

 軽減税率の導入を柱とする税制改正関連法案を巡る議論が、国会で活発化してきた。酒類と外食を除く飲食料品のほか、宅配される新聞を軽減対象とする法案に対し、野党は反発している。

 民主党の福島伸享氏は衆院予算委員会で、「新聞だけが必需品ではない」と述べ、水道料金やNHKの受信料などを軽減対象としないことに疑問を呈した。

 水道料金は通常、自治体によるコストの一部負担などで、低く抑えられている。国会承認が必要な受信料は、低所得者ら向けの料金減免制度がある。

 軽減対象に加えると、家計の負担緩和策を二重に講じることになる。対象を必要以上に拡大せず、慎重に絞り込むのは妥当だ。

 そもそも新聞を軽減対象に含めるのは、単なる消費財ではなく、豊かな国民生活を維持するのに欠かせない「公共財」と認識されているからだろう。

 麻生財務相は答弁で、新聞について、「日常生活における情報媒体として、全国あまねく均質に情報を提供し、幅広い層に日々読まれている」と指摘している。

 低所得者や地方在住者でも、適切な価格で新聞を購入できる環境を維持する重要性は、多くの国民が認めるところではないか。

 無論、新聞社は、報道・言論機関としての責任を自覚し、その役割を十分果たさねばなるまい。

 欧州では、新聞だけでなく、雑誌・書籍を軽減対象に含める国が多い。日本も、対象に追加することを前向きに検討すべきだ。

 雑誌・書籍を追加するには、公序良俗に反するような出版物をどう扱うかが課題となる。

 これらを対象外にするなら、適切な線引き方法を考案することが欠かせない。出版業界や有識者らによる検討が求められよう。

 疑問なのは、野党が、安倍首相とマスコミ関係者の会食が多いとして「一緒に飯を食べているから軽減税率をしていると思われても仕方ない」と追及したことだ。

 首相は「新聞社だけでなく、フリーのジャーナリストにも会っている。私の考え方を聞きたい、自分の意見を言いたい、という人々に会いたいからだ」と反論した。新聞社に手心を加えているとの勘ぐりは、全くの的外れである。

富士山報告書 世界遺産の保全策を強めよう

 富士山の豊かな自然を守り、次世代に継承するには、環境保全策の強化が欠かせない。

 政府は、世界文化遺産である富士山の保全状況報告書を国連教育・科学・文化機関(ユネスコ)に提出した。

 報告書は、2018年7月までに、四つの登山ルートごとに1日当たりの適正な登山者数の目標値を設けるとした。富士山の環境破壊を避けるためだ。

 ユネスコの世界遺産委員会は、13年6月に富士山の登録を決定した際、来訪者管理戦略などを盛り込んだ報告書を今月1日までに提出するよう求めていた。

 これを受け、政府や関係自治体が新たな保存管理計画を作成し、その要点が報告書となった。

 富士山の登山者は、年間20万~30万人で推移している。夏休み期間の週末などの混雑時には、1日に約7000人が登り、山頂付近に長蛇の列ができる。

 山梨、静岡両県は昨年から、全地球測位システム(GPS)を使った登山者の動態調査や、アンケートを始めた。富士山の「美しさ」や「神聖さ」を実感しながら、快適な登山を楽しめるような目標値を検討するという。

 ただし、目標値を定めても、それをどのような方法で実現するかという課題は残るだろう。

 報告書は、今後の方針として、山小屋と景観との調和を図ることや、関係市町村による景観条例の策定なども盛り込んでいる。

 報告書は7月にトルコで開かれる世界遺産委員会で審査される。昨年の委員会では、92件の保全報告書のうち、90件が再提出を求められた。富士山の報告書にも注文がつく可能性はある。

 今後、環境破壊が進み、世界遺産としての価値が揺らげば、「危機遺産」に指定されかねない。そうした事態を避けるには、関係自治体が民間と協力し、富士山を守る努力を続ける必要がある。

 ユネスコ側の理解を得るためにも、報告書が示した保全策を着実に実行することが肝要だ。

 14年以降、山梨、静岡両県は登山者から1000円の富士山保全協力金を任意で徴収しているが、協力者は半数程度にとどまる。

 協力金は、合計で年1億1000万円に上り、登山道の維持管理などに使われる。登山者にこうした負担を求めるのは、理に適かなっている。いずれは義務化についても検討していいのではないか。

 観光と自然保護の調和を図り、世界文化遺産にふさわしい保全策に知恵を絞りたい。

2016年2月19日金曜日

産油国の苦境を映す協調模索

 サウジアラビアやロシアなど4つの有力産油国が、原油の生産量を1月の水準で据え置いて増産しないことで合意した。他の産油国も同調することが実施の条件だとしている。

 横断的な生産調整の模索は、2014年に原油価格が急落してから初めてだ。産油国の苦境を映す動きだといえる。

 価格は市場に委ねるのが筋だ。日本のような消費国にとって原油安の恩恵は大きい。とはいえ、産油国経済の悪化は政情不安を招いたり、世界経済の混乱を増幅したりしかねない。消費国と産油国の双方が納得できる価格水準を探る時期にきている。

 原油安の主因である供給過剰が解消されないのは、サウジやイランなど石油輸出国機構(OPEC)に加盟する国々も、ロシアや米国などOPECに加盟していない産油国も、それぞれ増産を続けているためだ。

 そこには「自分だけが減産しても他の産油国が埋めてしまい、価格の反転は望めない。それなら市場シェアの確保を優先したほうがいい」といった判断がある。

 しかし、1年半を超える我慢比べは限界に近づいている。産油国は歳入の多くを原油の輸出収入でまかなう。原油安の長期化は国家運営を難しくしている。

 ロシア経済はマイナス成長に落ち込み、通貨ルーブルの下落に苦しむ。サウジは国外の金融資産を取り崩し、産油国の政府系ファンドが海外市場から資金を引きあげる動きも加速している。

 4カ国合意の実効性は見通せない。なかでも、核問題をめぐる米欧の経済制裁が解除されたイランは、積極的に増産に動いている。4カ国合意について支持を表明したが、増産の凍結に加わるかどうかは明らかにしていない。

 それでも、OPECの盟主サウジと非OPECの代表格であるロシアが歩み寄った意義は小さくない。原油市場の秩序を回復し、産油国経済の安定を促す一歩となることを期待したい。

効率的な医療体制づくりを加速したい

 健康保険証を使って受ける医療行為の価格である診療報酬が、4月から一部変わる。たとえば、紹介状を持たず大病院にかかる患者は、診察代とは別に5000円以上の負担を求められる。

 地域のかかりつけの医師にまずは診てもらい、重装備でコストもかかる大病院には必要なときだけ行く。そんな患者の流れを定着させるのが改定の目的だ。

 公的医療保険で使うお金をなるべく抑えていくには、効率的な医療体制づくりが欠かせない。改定はやむを得ない措置だろう。

 ただ、現状では、幅広い病気を的確に診断できる医師がどこにでもいるとは言い難い。地域の診療所の医師などは技能の向上に努めてもらいたい。同時に、専門医だけでなく、広い対応力を持つ総合診療医の育成を急ぐべきだ。

 政府は原則として2年ごとに診療報酬を改定している。世間の物価や賃金の動向を反映させるほか、政府が望ましいと考える医療体制をつくるために医療機関を誘導する狙いがある。

 今回の改定では医療機関の役割分担が大きな課題となった。特に高齢の患者について、できる限り入院せずに住み慣れた自宅などで療養してもらえる環境の整備を、重要な目標とした。

 その一環として、かかりつけ医のほかに、かかりつけの薬剤師に対する報酬を設けたことも、今回の改定の特徴だ。

 患者が「かかりつけ」と決めた薬剤師は、患者が受診するすべての病院や診療所が出す薬を把握し、薬の重複や飲み合わせの悪い薬の処方を避ける。そんな役割を果たすことを期待している。

 うまく機能すれば薬代の無駄を省き患者の健康にも役立つ。「処方通りに薬を出しているだけ」と批判されることもある薬剤師だが、効率的で質も高い医療の実現へ一層活躍してもらいたい。

 一方、難しい手術や救急に対応できる大病院については、軽症患者の入院が多いと報酬が減るようにする。これも役割分担を進めるには妥当な措置だろう。

 日本では今後、手術や入院で患者を完治させ社会復帰を目指す医療におとらず、慢性疾患の高齢患者を普段の生活の中で支えていく医療が、ますます重要になる。

 高齢化や人口減などの状況に応じた効率的な体制を各地域でつくるため、医療機関の再編も進めてほしい。

安保・野党案 「違憲法制」正す議論を

 幅広い専門家らの「憲法違反」の指摘に反し、安倍政権が安全保障法制を成立させたのは昨年9月19日のことだった。

 それからちょうど5カ月。

 民主党と維新の党がきのう、対案として、領域警備法案、周辺事態法改正案、国連平和維持活動(PKO)協力法改正案の3法案を国会に共同提出した。

 さらにきょう、共産党、生活の党と山本太郎となかまたち、社民党も加えた野党5党が「違憲」の安保法制を廃止する2法案を国会に提出する。

 予定通りなら安保法制は3月に施行される。法制成立から5カ月後の対案提出は、遅きに失した感は否めない。

 それでも、「違憲」法制をこのままにはできない、もう一度議論を巻き起こしたいと野党各党が一致した意義は大きい。

 政府の安保法制は、憲法9条の縛りを解き、地球規模での自衛隊の派遣と、他国軍への支援を可能にするものだ。

 これに対し、民主党は「専守防衛に徹し、近くは現実的に、遠くは抑制的に、人道支援は積極的に」と主張する。

 日本の安全に資するには、海外での武力行使に道を開くよりむしろ、日本防衛や日本周辺での活動を中心に、憲法の枠内での法整備を考えるべきだ、という指摘だろう。

 維新の党と共同提出した対案も、その線に沿っている。現実的な考え方として国会で議論する価値はある。

 与党多数の国会では、野党の対案はなかなか審議されず、たなざらしにされがちだ。

 だが、多くの疑問や反対を残したまま法制を施行することは、安保政策を安定的、継続的に運用する観点からも望ましくない。政府・与党も、すすんで議論に応じてはどうか。

 夏には参院選がある。安保法制が本格的に運用されるのは、そのあとになりそうだ。

 PKOに派遣する自衛隊への「駆けつけ警護」任務の追加や、米軍への弾薬提供など後方支援を広げる日米物品役務相互提供協定(ACSA)改定案の国会提出は参院選後に先送りされる。反発を再燃させたくないという判断だろう。

 こうした政府の動きに、野党がどう向き合うかが問われる。

 憲法が権力を縛る立憲主義を守っていく。安保政策に違いはあっても、「違憲」法制を正す議論には党派を超えて粘り強く挑み、市民とともに幅広い連帯を育てていく。

 それが安保法制に疑問や不安を抱く民意に対する、野党の責任ではないか。

南シナ海問題 軍事拠点化は許されぬ

 南シナ海の島で、射程200キロのミサイルが空に向かって、にらみを利かせている。これはきわめて危うい事態である。

 パラセル(西沙)諸島で中国軍が地対空ミサイルを配備したことがわかった。スプラトリー(南沙)諸島での埋め立てを含め、南シナ海での最近の中国の行動は無責任すぎる。

 中国はただちにミサイルを撤去すべきである。南シナ海をこれ以上、緊張の海にしてはならない。

 スプラトリーと同様にパラセルも、中国とベトナムなどが領有権を争っている。しかし中国は徐々に支配海域を広げ、1974年までに全域を占拠した。

 ミサイルの現場とみられるのはパラセル最大の島、ウッディ(永興)島だ。50年代から中国が実効支配しており、他国から脅かされる状況ではない。

 中国政府は自らの領土と主張し、「防御施設を配備する権利がある」としている。だが、ミサイル配備は明らかに防御目的ではなく、周辺国や航空機に強い脅威を与えるものだ。

 習近平(シーチンピン)国家主席は昨秋の米中会談で、スプラトリーでの埋め立てについて「軍事拠点化するつもりはない」と明言した。

 埋め立て自体、容認されないが、ましてや軍事化はあってはならない。パラセルであれ、どの国の支配海域であれ、軍事拠点化しないルールを南シナ海全域で各国が適用するべきだ。

 米国と東南アジア諸国連合(ASEAN)は今週の首脳会議で、航行の自由と紛争の平和的解決をうたう宣言を出した。「中国」「南シナ海」の文言を避けたのは、中国に配慮する国々の言い分をくんだためだ。

 とはいえ、ASEANの多くの国々は、中国の影響力が急速に高まることを心配し、米国の関与の継続を望んでいる。

 中国は、南シナ海で「航行の自由」作戦を続ける米軍を排除したいのだろう。だが、周辺の国々がいま不信の目を向ける先は、米軍ではなく、中国の振るまいであることを悟るべきだ。今回のミサイル配備も、中国への信頼をいっそう傷つける。

 南シナ海は、屈指の重要な海上交通路でもある。その安全を損ねることは、中国自身にも不利益をもたらす。

 島の帰属の問題は平和的に話し合いを続けるほかなく、海上は自由な航行が確保されなくてはならない。

 米国はじめ日韓、豪州、ASEAN諸国など関係国は、南シナ海の安定化を共通の利益として中国に認識させる外交努力を強めるべきだろう。

政府慰安婦説明 誤解払拭へ国際発信を強めよ

 慰安婦問題に関する誤解を払拭するため、国際的な情報発信を一段と強化せねばならない。

 政府は、ジュネーブでの国連女子差別撤廃委員会で、慰安婦の強制連行を裏付ける資料は発見されていないことなど、事実関係について初めて包括的に説明した。

 杉山晋輔外務審議官が、韓国で「女性狩り」をしたとする吉田清治氏の証言は捏造で、吉田証言を報道した朝日新聞が誤報を認め、謝罪したことにも言及した。

 遅きに失した感はあるが、国際社会では、事実誤認は的確に正し、日本を貶める主張には積極的に反論することが欠かせない。

 杉山氏は、アジア女性基金や昨年12月の日韓合意に基づく元慰安婦支援に触れ、「日本政府が歴史の否定をしているとか、何の措置もとっていないという批判は事実に反する」と強調した。

 これを機に、慰安婦問題に関して、正確な事実関係を世界に広げる外交努力を加速させたい。

 懸念されるのは、「日本軍が20万人の女性を性奴隷にした」といった誤った言説が、世界各国でひとり歩きしていることだ。

 誤解を広げた発端は、1996年に国連人権委員会に提出されたクマラスワミ報告である。

 吉田証言を論拠の一つとして慰安婦を「性奴隷」と断じた。慰安婦の数は、朝鮮半島出身者だけでも20万人と記載した。こうした誤まった表現は、米国に設置された慰安婦像の碑文にも刻まれた。

 杉山氏は今回、「20万人」に根拠はなく、「性奴隷」との表現は「事実に反する」と指摘した。

 慰安婦の数は、国内外の複数の歴史研究者が兵士の数などを基に推計しているが、20万人は過大だとの見方が有力である。

 悔やまれるのは、クマラスワミ報告が出た時点で、外務省が有効な反論をしなかったことだ。

 慰安婦募集が「総じて本人たちの意思に反して行われ」「官憲等が直接これに加担したこともあった」とした93年の河野官房長官談話の一部が報告に引用され、それに縛られたのだろう。河野談話の見直しは今後の重い課題だ。

 韓国政府は、「慰安婦動員の強制性は歴史的事実」と主張した。一方で、国連などで相互批判を自制するとの昨年の日韓合意を踏まえ、強い非難はしなかった。

 日本が今回、事実関係の説明に徹したのも同じ趣旨だろう。長く停滞していた日韓関係は今、改善傾向にある。不毛な批判合戦に逆戻りする愚は避けるべきだ。

組み体操事故 子供の安全確保が大前提だ

 運動会の組み体操で、子供がけがをする事故が多発している。

 脳挫傷や内臓損傷など命にかかわる大けがを負うケースもあることは、看過できない。

 組み体操には、子供たちが四つんばいで重なる「ピラミッド」や肩の上に立って重なる「タワー」などがある。「達成感を味わえる」「団結力を育める」として、多くの小中学校が「運動会の花形」として実施している。

 問題なのは、このところ、高さを競い合う風潮が強く、大がかりな演目に取り組む学校が目立つことだ。「達成感を味わっているのは、子供ではなく、教師だ」といった指摘もある。

 昨年9月には、大阪府八尾市の市立中で、男子生徒157人による10段のピラミッドが崩れ、骨折を含め6人が負傷した。この中学校では、過去10年で計20人が骨折している。安全対策が不十分だと言わざるを得ない。

 全国の小中高校でも、組み体操の事故は、統計がある2011年度以降、毎年8000件以上起きている。命に危険が及びかねない事故も年80件を超えるという。

 10段のピラミッドは高さ6~7メートルになる。5段のタワーでも4~5メートルだ。建物の2、3階に相当する高さで、崩れれば極めて危ない。自治体が段数制限などに乗り出すのは、自然な流れである。

 厳しい規制を打ち出したのは、大阪市教育委員会だ。昨年9月、ピラミッドは5段、タワーは3段までと制限した。それでも事故はなくならず、この二つについては来年度から全面禁止とする。

 子供の安全を守ろうという規制の趣旨は理解できる。ただ、全面禁止にするかどうかは、意見が分かれるところだろう。

 なぜ段数を制限しても事故が起きるのか、まずは十分に検証することが大切だ。そのうえで、安全対策に万全を期し、適正な高さで子供たちに取り組ませるのも、一つの方法ではないか。

 馳文部科学相は、今年度中に組み体操の指針を策定する考えを示した。事故の形態を詳しく調べ、スポーツ医学の専門家らを交えて、安全に実施できる範囲や方法を具体的に示すべきだ。

 棒倒しや騎馬戦など、運動会での荒々しい競技も、昔に比べると減ってきている。危険競技だとして、安易に排除するだけでなく、けがを招かないようにルールを工夫することも可能だろう。

 子供が思い切り体を動かし、楽しめる運動会にしていきたい。

2016年2月18日木曜日

南シナ海で米国はまず行動を

 いま南シナ海では、中国が人工島をつくり、緊張が高まっている。中国は否定しているが、軍事拠点に使おうとする兆しも見受けられる。この動きに歯止めをかけるには、言葉だけでなく、米国の目に見える行動が必要だ。

 米国と東南アジア諸国連合(ASEAN)はカリフォルニア州で初めての首脳会議を開いた。中国に対抗して結束を示すため、オバマ大統領が開催を呼びかけた。

 採択された共同文書では、「航行および航空の自由」の原則をうたったほか、紛争の平和解決も求めた。一読すれば、中国をけん制する意図は明らかだ。

 米国とASEANのリーダーが一堂に会し、南シナ海問題などを話し合う意味は大きい。ただ、米・ASEANの連携はやはり、これが限界なのかという印象もぬぐえない。本来なら含まれるべき表現が、共同文書から抜け落ちているからだ。

 まず、中国の国名が出てこない。「南シナ海」や「人工島」、「埋め立て」といった言葉も登場しない。ASEANの一部の国々が中国の反発を恐れ、できるだけ表現をあいまいにするよう働きかけた結果だろう。

 ASEANでは、フィリピンやベトナムなどが中国との領有権問題を抱える一方で、カンボジアやラオスは中国から多くの援助を受けている。この立場の違いが、共同文書にも表れた格好だ。

 こうしたASEANを束ねるには、まず米国が行動により、中国による現状変更を許さない姿勢を示すことが必要だ。具体的には、南シナ海での米軍による監視活動をもっと強めるほか、ASEAN各国との共同演習を加速すべきだ。これらの活動は増えてはいるが、まだ足りない。

 中国が南シナ海の西沙(パラセル)諸島に地対空ミサイルを配備したとの報道もある。オバマ政権は言葉では非難しても、阻止する行動には出ない――。こんな印象を与えれば、中国の強硬な振る舞いがさらに勢いづきかねない。

革新を怠った米ヤフーの経営が示すもの

 米ヤフーの経営不振が深刻化している。2015年は赤字決算となり、人員カットや拠点の閉鎖によるコスト削減を迫られた。それでも一部の投資家は納得せず、さらなるリストラを求める。今後、中核事業の売却などに発展する可能性がある。

 どれだけ大きな成功を収めても、経営革新に取り組む手を緩めれば競争力を失う。インターネットサービスの草分けであるヤフーの失速はそうした現実を示している。業種を問わず、企業経営者は肝に銘じなければならない。

 1995年設立のヤフーは、ネット上のさまざまな情報を整理して紹介するサービスで一時代を築いた。電子メールやニュース提供などを通じ、ネットを大衆化した功績は大きい。しかし、最近は画期的なサービスを生み出せず、存在感は薄れがちだ。

 自社サービスへの慢心があったのは否めない。ネット利用に不可欠なサービスとして検索が台頭する潮流を軽視し、技術開発で出遅れた。経営戦略の焦点が定まらず人材が流出するヤフーは、日本企業にとっても反面教師といえる。

 ヤフーに代わりネット業界をけん引してきたのは、検索技術を磨いた米グーグルだ。昨年には持ち株会社体制になり、自動運転や医療などの新事業に励む。時価総額は米アップルと首位を争う高い水準にある。将来を見すえた投資に積極的な姿勢が組織の活力になっている。

 革新に挑み続ける経営を求められるのはネット企業に限らない。グローバル化とIT(情報技術)の進化により、あらゆる業種で競争環境の変化が速くなっていることを企業は認識する必要がある。

 スマートフォンを使った配車サービスで急成長する米ウーバーテクノロジーズは約70カ国に進出し、タクシーなど運輸業界の勢力図を変え始めた。金融分野でもサービスの創出を先導するのはITを駆使するベンチャー企業群だ。

 先を見通すのが難しいからこそ、経営者は強力なリーダーシップを問われる。成功に安住しない企業風土づくりも怠れない。

 日本では電機や素材産業で企業再編の動きが広がるが、新しい事業モデルをつくるための経営者の決断は少ないのではないか。上場企業は今年3月期に増益を確保しそうだが、世界経済は不透明さを増す。スピード感を持ち、新市場を切り開く経営を進めたい。

鞆の浦 景観重視の先例に

 広島県福山市の景勝地・鞆(とも)の浦の一部を埋め立て、橋を架ける計画を県が完全撤回した。

 古くから瀬戸内海の「潮待ちの港」として栄えた鞆の浦には、雁木(がんぎ)と呼ばれる階段状の船着き場や常夜灯のほか、幕末に坂本龍馬も立ち寄った風情ある街並みが残る。宮崎駿(はやお)監督の映画「崖の上のポニョ」に登場する町のモデルとしても有名だ。

 広島県が埋め立て架橋計画をまとめたのは83年。反対する地元住民らは訴訟で対抗した。一審の広島地裁は09年10月、「鞆の浦の景観は、国民の財産ともいうべき公益だ」として、計画を差し止めた。それから6年余り、控訴していた県と住民側が訴訟終結で合意に達した。

 景観保護を前面に掲げた住民運動が「動き出したら止まらない」と言われる公共事業を頓挫に追い込んだ。画期的な一例になったといえる。

 鞆の浦の論争が浮き彫りにしたのは、歴史がはぐくんだ景観と、そこで暮らす住民の利便性を両立させることの難しさだ。

 鞆の町を貫く県道は極めて狭い。観光客の車も多く、混雑が住民の悩みだ。過疎化も深刻で、60年代に1万3千人を超えていた人口はいま5千人に満たない。「新たな橋で混雑を解消し、町の活性化を」。多くの住民が架橋計画にそういう期待を寄せたことも事実だった。

 ただ、鞆の浦の景観は、古代以来の人の営みの所産であり、一度壊せば取り戻せない。海をほぼ2ヘクタール埋め立て、港を横切る橋を架ける計画は、その点で配慮が乏しかったといわざるをえない。撤回は妥当だ。

 良好な景観を守る大切さは、今は多くの人がうなずくところだろう。04年には景観法が制定された。法に基づき、建物などへの規制を盛り込んだ景観計画をつくった自治体は昨年9月現在で492に達する。

 もっともそれまでの日本では景観よりも開発が重んじられる傾向が強かった。鞆の浦の論争はその移行期に重なった結果、不幸にも長期化した。

 広島県は架橋計画に代わるいくつかの案を示しているが、住民の賛否は分かれる。長年にわたってもつれた糸を解きほぐすのは容易ではない。決着を急ぐことなく、住民との話し合いを軸に事を進める必要がある。

 景観と利便性向上の要請がぶつかる事態は今後もさまざまな地域で起きうる。「失ってはならない景観」について地域全体で認識を共有したうえで、どこまで変えるかは、住民の意見をもとに詰めていく。そういう丁寧な合意形成が欠かせない。

文化と地域 息長い市民参加の開花

 地域にまかれた芸術の種が根付き、開いた花が海外で脚光を浴びた。小澤征爾さん指揮の音楽アルバムがアメリカでグラミー賞を受けたのは、そんなできごとに見える。

 受賞作には、長野県松本市で開かれた「サイトウ・キネン・フェスティバル松本」で上演した歌劇「こどもと魔法」が収録されている。地元のアマチュア歌手や子どもたちも参加した。

 小澤さんはきのうの記者会見で「みんなでつくったものがこういう形になり、松本でやってよかった」と語った。

 小澤さんが総監督を務めるこの音楽祭は、松本市で1992年から毎年開かれている。昨年、「セイジ・オザワ松本フェスティバル」に改称した。

 海外から著名な音楽家が多く訪れる一方、小中学生向け演奏会にも力を入れる。例年、9万近い人たちが音楽に触れる。

 市民の参加も活発だ。チケットを買う行列を整理したり、そばを打って海外からのゲストをもてなしたりと、様々な場面で音楽祭を応援する。

 松本市は市役所に「国際音楽祭推進課」を置き、14年は総予算約8億円のうち1億3千万円を負担した。市の調査では、音楽祭は地域の誇りとなり、子どもたちの芸術への関心の高まりや、地域のイメージアップに貢献している。経済効果は10億円を超えるという。

 有名人を招く地方イベントは珍しくないが、継続する催しは限られる。一過性のにぎわいではなく、文化として浸透するには、幅広い市民の参加意識と愛着が重要だ。松本市の例は各地の参考になるだろう。

 地方を拠点にした国際芸術祭の先駆けは、演出家の鈴木忠志さんが82年に始めた「利賀フェスティバル」(富山県南砺市)だ。山深い地に世界的な演劇人が集う催しは今日まで続く。昨夏は約1万人の観客を集め、市は、芸術と産業振興とを結びつける努力も始めた。

 埼玉県の「彩の国さいたま芸術劇場」では、演出家の蜷川幸雄さんが主宰する平均77歳の劇団「さいたまゴールド・シアター」が10周年を迎える。「生活者の老い」を表現に昇華し、海外でも高い評価を得る。

 〈芸術家+地元の人々の理解と参加+行政の支援〉という足し算に、長い時間を乗じる「かけ算」によって、文化は地域の財産になる。

 今、各地をリードしている大御所たちを継ぐ人を育てることも含めて、大事なのは、やはり息長い取り組みである。そんな試みが広がるといい。

米ASEAN 南シナ海での狼藉に警告した

 南シナ海で人工島の軍事拠点化を図る中国に、独善的な行動は許されないとのメッセージを送ったということだろう。

 オバマ米大統領が東南アジア諸国連合(ASEAN)10か国の首脳を招き、米国で初めて会議を開催した。

 共同声明では、南シナ海を念頭に、「航行の自由」の確保や非軍事化、行動の自制を通じて、海洋の安全を維持する重要性が明記された。名指しは避けたが、中国の狼藉への警告を意味している。

 スプラトリー(南沙)諸島の中国の人工島には、3000メートル級の滑走路や戦闘機用の格納庫が整備されたという。今年初めに試験飛行が実施され、滑走路の本格運用が近く始まるとみられる。

 パラセル(西沙)諸島で中国が実効支配する島には、新型の地対空ミサイルとレーダーシステムが配備されたとも報じられた。

 中国は、米国を南シナ海の「域外国」と位置づけ、介入を拒んでいる。米国の影響力を排除すれば、海洋権益を既成事実化できると高をくくっているのだろう。

 だが、海上交通路(シーレーン)の安全は、日本を含む国際社会共通の利益だ。オバマ氏とASEAN首脳が、「すべての国の権利を保護する、ルールに基づいた国際秩序」の意義を共同声明で打ち出したのは当然である。

 米軍艦艇は昨年10月と今年1月に、南シナ海で「航行の自由」を行動で示す巡視活動を行った。

 オバマ氏は記者会見で「国際法が許すところでは、どこでも実施し続ける」と述べ、活動継続を改めて明言した。中国の挑発を抑えるには、定期化が欠かせない。

 懸念されるのは、ASEAN内の温度差が目立つことである。議長国ラオスやカンボジアなどは中国と経済関係が深い。ASEANの分断が進み、対中圧力が弱まる事態は避けねばならない。

 米国には「アジア重視」政策の推進と強い指導力が求められる。オバマ氏が5月にベトナムを訪問するのも、その一環となる。

 首脳会議では、日米など12か国による環太平洋経済連携協定(TPP)についても話し合われた。オバマ氏は、シンガポールなど4か国の参加を歓迎し、インドネシア、タイなど残る6か国の参加に向けた支援を表明した。

 高い水準の貿易・投資ルールを適用するTPPの拡大は、経済面でも覇権的行動をとる中国への牽制になる。ASEANからの参加国の増加は、日本の貿易活性化にもつながろう。

川崎連続転落死 介護の現場で何があったのか

 高齢者を預かる施設への信頼を揺るがす事件と言えよう。

 入所者がベランダから転落死する事件が相次いだ川崎市の有料老人ホーム「Sアミーユ川崎幸町」の元職員の男が、殺人容疑で神奈川県警に逮捕された。

 事件は2014年11月から12月にかけて3件続き、夜間から未明の時間帯に80~90歳代の男女3人が死亡した。23歳の元職員は、いずれの日も当直勤務だった。

 逮捕容疑は、1件目の被害者の殺害だ。調べに対し、元職員は「抱き上げて、投げ落とした」などと容疑を認めている。

 供述が事実であれば、なぜ殺意を抱いたのか。虐待などの予兆はなかったのか。元職員は、介護の仕事に「嫌気がさした」とも供述しているとされる。県警は、動機や経緯を詳細に解明し、再発防止につなげねばならない。

 元職員は他の2件に関する話もしているという。3件とも目撃者はおらず、防犯カメラの映像なども残っていない。自白頼みの捜査に陥らぬよう、供述の慎重な裏付けが何より重要である。

 事件を巡り、捜査の問題点が明らかになりつつある。所轄の幸署が県警本部に転落死の連続発生を報告したのは、3人目の死亡者が出た後だった。3件は、個別の変死事案として処理され、司法解剖などは行われなかった。

 介護の必要な高齢者が、ベランダの高さ1メートル以上の柵を乗り越えて転落するのは、不自然ではないか。事件性を疑い、早期に本格捜査に着手すれば、その後の発生を防げたかもしれない。

 元職員は昨年、入所者の現金や貴金属狙いの窃盗を繰り返したとして逮捕され、執行猶予付きの有罪判決を受けた。別の元職員も入所者への暴行罪で起訴された。

 施設の運営会社の親会社は、有料老人ホームやサービス付き高齢者向け住宅などを手広く展開する介護サービス業界の大手だ。信頼して入居した利用者や家族らは、裏切られた思いだろう。

 職員の管理体制に問題がなかったのかどうか、施設の運営状況についての検証が必要だ。

 介護施設の職員によるトラブルは後を絶たない。14年度に確認された施設での虐待は、過去最多の300件に上った。

 背景として、かねて指摘されるのが、介護現場の深刻な人手不足だ。知識や経験の乏しい職員も雇用せざるを得ない実態がある。

 職員教育の見直しと、外部からの監視強化が急務である。

2016年2月17日水曜日

試練続く欧州の難民危機

 内戦が続くシリアなどから欧州をめざす難民の流れが止まらない。受け入れに寛容だったドイツなどでも流入の抑制を求める声が強まりつつあり、事態の悪化を防ぐ努力が必要だ。欧州だけでなく、国際社会全体の課題として取り組む姿勢も欠かせない。

 地中海を渡ってギリシャとイタリアに入った難民や移民は昨年、百万人を超え、第2次大戦後で最悪の規模になった。今年になってからも既に8万人を上回った。厳寒期入りで一時的に減っても、暖かくなる春以降さらに大量の難民が海を越え、収拾がつかなくなることが懸念されている。

 想定を超えた状況に、欧州は秩序だった対応をとれないでいる。欧州連合(EU)は昨年、域内に入った難民の一部を加盟国で分担して受け入れることを決めたが、難民に否定的な国の抵抗で計画は未達成のままだ。

 地域統合で巨大な共同体を築いたEUでは、大半の国が国境審査を廃止している。いったんギリシャなどに入った難民は域内を自由に動けるため、ドイツなど豊かで受け入れ体制の手厚い国に押し寄せた。たまりかねて国境審査を復活させる国が相次ぎ、移動の自由という欧州統合の理念が問われる事態になっている。

 難民の流入を抑制しようと、独自の政策を導入する動きも出てきた。デンマークは難民申請者の財産を没収できる法律を定めて論議を呼んでいる。

 求められるのは解決に向けた包括的な対応だ。経済的理由による移民を区別したうえで、人道的支援が必要な難民についてどう受け入れるかを冷静に検討する。シリアに隣接するトルコなど周辺国の難民対応を支援して欧州への流入を軽減する。そもそもの原因である内戦の収束に全力を尽くす。

 取り組むべき課題は見えているが、足りないのは政治的意思だ。EUは18日からの首脳会議で議論を深めてほしい。内戦の外交的解決をはじめ、欧州以外の国際社会が負うべき責務も大きい。

中国は日米韓と連携し北朝鮮に圧力を

 日本や韓国、米国が相次ぎ、北朝鮮への独自制裁を打ち出した。国際社会の警告を無視し、核実験に続いて事実上の長距離弾道ミサイルを発射したのだから当然だろう。厳しい制裁に二の足を踏んでいる中国も日米韓と連携し、北朝鮮に強い圧力をかけるべきだ。

 日本政府は、拉致被害者らの再調査をめぐる日朝合意にともなって2014年に緩和した制裁措置を復活するとともに、北朝鮮に寄港した第三国籍の船舶の入港禁止など新たな制裁も加えた。

 韓国は南北経済協力事業の開城工業団地の稼働中断を決め、米国も金融制裁などを科す予定だ。

 北朝鮮はさっそく制裁に反発した。日本に対しては、拉致被害者らの再調査を全面的に中止し特別調査委員会も解体するとした。韓国には、開城団地を閉鎖し「軍事統制区域」にすると通告した。

 拉致再調査の中止は極めて遺憾だ。しかし、これまでも北朝鮮が誠意ある調査を進めてきたとは言いがたい。日朝合意で特別調査委は発足したが、「1年をメド」とされた調査期間は先送りされ、結局は一度も報告がなかった。仮に日本が制裁を強めなくても、進展は望めなかっただろう。

 拉致問題の解決を促す努力は欠かせない。だが今は、国際社会が結束して強い圧力をかけ北朝鮮の暴挙に歯止めをかけるときだ。

 日米韓がいくら独自制裁を強めても、北朝鮮と経済的なつながりが深い中国が動かなければ、その効果には限界がある。

 金正恩(キム・ジョンウン)第1書記は「衛星をもっと打ち上げよ」と、さらなる長距離ミサイル発射を公言した。国連安全保障理事会では中国が強力な経済制裁に難色を示し、決議が採択されていない。国際社会の足並みの乱れが北朝鮮の暴走を助長していることを、中国も認識すべきだ。

 北朝鮮の核開発は中国にとっても脅威のはずだ。まずは正恩体制に打撃となる石油禁輸を含めた厳しい制裁で、その過ちを正す必要があろう。一日も早く安保理制裁決議に同意し強固な包囲網を築くよう、中国に求めたい。

 中国は米軍の地上配備型ミサイル迎撃システム(THAAD)の韓国への配備計画を強く警戒している。あくまでも北朝鮮の弾道ミサイル対策が目的で中国を標的にしたものでないことを米韓は丁寧に説明し、制裁への同調を中国に促していかなくてはならない。

入所者殺害 まず全容の解明を

 老人ホームの職員が施設のベランダから入所者を相次いで投げ落とし、殺害する。信じがたい事件が川崎市で発覚した。逮捕された今井隼人容疑者(23)は、当初は事故と思われていた3人の死亡について、殺害を認めているという。

 なぜ、こんなことが起きたのか。もっと早いうちに犯行を防ぐ手立てがなかったのか。疑問が次々と浮かぶ。

 県警は容疑者の動機を含めて事件の全容をまず、解明してほしい。そして行政や福祉事業者は教訓をくみ取ってほしい。

 事件があったのは2014年の11月から12月にかけて。2カ月の間に80~90代の男女3人が、敷地内の同じ裏庭に倒れていた。入社して半年あまりの容疑者は、いずれの日も当直勤務だった。現金や指輪などを盗む行為も繰り返していた。

 この施設では事件後に別の職員による入所者への虐待や入浴中の死亡事故も起きている。入所者の心情や安全をどう考えていたのか大きな疑問が残る。

 殺害に至った今回の事件は特異だとしても、老人ホームや介護施設での虐待は年々増えている。厚生労働省のまとめでは、昨年度は300件で8年続けて過去最多を更新している。

 虐待を起こす職員の中には、日頃から利用者や家族の声をきちんと聞かない、話しかけても返事をしないなど問題があることもある。そうした小さな「兆候」にも注意が必要だ。事故やトラブルが起きた時に、きちんと情報を集め、検証する仕組みがほしい。入所者の安全が脅かされることがないよう、施設側には万全を期してほしい。

 外部の「目」も、施設の質を高めるのには有効だ。中立の第三者機関による「福祉サービス第三者評価」などの仕組みの活用を考えたい。評価結果は公表され、利用者が施設を選ぶ際にも役立つはずだ。

 虐待の原因となるのは、職員の「知識や技術不足」や「ストレス」などで、「30歳未満」の若い職員に虐待の割合が多いとの指摘もある。介護の職場は大変な仕事の割に賃金が安く、離職率も高い。人手不足が深刻で、現場からは「どんな人でもいいから、働いてもらわないと回らない」との声も聞かれる。そんな中で、プロとは到底言えない職員が増えてはいないか。

 すべての介護施設などで職員に対する教育・研修の徹底を求めたい。行政も、必要な指導・監査を強めてほしい。

 肉親が施設で命を奪われてしまう。そんな悲劇を繰り返してはならない。

対北朝鮮 「日米韓」連携を糸口に

 北朝鮮の核・ミサイルによる挑発にどう向き合うべきか。

 カギを握る中国は、北朝鮮を崩壊させるような混乱を恐れ、制裁の徹底には腰が重い。

 まずは日本、米国、韓国の協力を再構築し、それを土台として、中国を連携に巻き込まなければならない。将来的には、ロシアも含む6者協議の再開につなげることが望ましい。

 そこで注目されるのは、米国の高高度迎撃ミサイルシステム「THAAD(サード)」の韓国配備の動きだ。北朝鮮の長距離弾道ミサイル発射を受け、米韓両政府が協議に乗り出した。

 これに中国が反発している。システムの一部として韓国の陸上に配備されるレーダーの探知範囲が中国に及ぶためだろう。米韓は「北朝鮮向け」と説明するが、中国向けの利用も可能だからだ。

 韓国は従来、経済関係が深まる中国に配慮してTHAAD配備に慎重姿勢をとってきた。

 巨額の費用負担や韓国世論の動向もあり、配備は最終的に決まってはいない。THAAD配備をめぐる米韓の協議は、中国を動かすための外交カードの意味も帯びている。

 そこでは、米中両国の亀裂を深めないことが求められる。

 日米韓と中国、ロシアに対立構図が生まれれば、地域の平和と安定に悪影響を及ぼしかねない。そのことで北朝鮮への対応が滞るのは、中国にとっても利益に反するはずだ。

 気がかりなのは、米国の朝鮮半島に対する関心が乏しいように見えることだ。年明けの北朝鮮の核実験後、オバマ大統領は一般教書演説で言及せず、日韓両政府を落胆させた。

 北朝鮮に対し、国際社会が一定の行動をとるのは当然だが、制裁だけで問題は解決しない。対話の窓口をあけておくことが欠かせない。

 対話に向けては、米国の役割が大きい。米国と北朝鮮がひざ詰めで話し合わないと、最終的な解決は難しい。

 むしろ日韓両国が米国を引き込み、北朝鮮に対して足並みをそろえて向き合う機運をつくってはどうか。

 その意味でも、日韓が昨年末に慰安婦問題の政治的解決で合意し、協力を進める基盤が整った意義は大きい。自衛隊と韓国軍の軍事情報包括保護協定(GSOMIA)も締結に向けて動き始めている。

 北朝鮮の暴発は、誰の利益にもならない。その認識を日米韓で共有し、そこを糸口として、中国を含む北東アジアの外交的枠組みを早急に築きたい。

朝鮮半島緊張 「北」の軍事挑発に警戒怠るな

 国際社会の再三の自制要求を顧みず、北朝鮮が挑発を重ねている。孤立を深め、自らの困窮を悪化させるだけであることを早く認識すべきだ。

 朝鮮中央通信は、北朝鮮の金正恩第1書記が「衛星をもっと多く打ち上げねばならない」と述べたと伝えた。長距離弾道ミサイルの再発射を示唆したものだ。

 中谷防衛相は「北朝鮮が人工衛星の打ち上げを口実としたミサイル発射を繰り返す可能性も否定できない」と指摘した。日本は、米韓など関係国と連携して、警戒を強めることが大切である。

 朴槿恵韓国大統領が国会で「このままでは、ブレーキなしに暴走する金正恩政権が核ミサイルを実戦配備する」と演説した。軍事技術向上により北朝鮮の脅威が高まる危険性を訴えたのは当然だ。

 韓国は、北朝鮮の核実験と長距離弾道ミサイル発射への独自制裁として、南北協力事業「開城工業団地」の操業を全面中断した。

 問題なのは、北朝鮮が一方的に開城工業団地を「軍事統制区域」にすると宣言し、南北の軍同士の通信を閉鎖したことである。

 金政権の資金源を標的にしたことに猛反発したとみられる。

 開城工業団地の2004年の操業開始以来、北朝鮮は労賃など計5億6000万ドル(約634億円)の外貨を得ている。労賃などの7割が朝鮮労働党に上納され、核・ミサイル開発や、ぜいたく品購入などに流用されたという。

 北朝鮮軍の総参謀長が最近、処刑されたとの情報もある。金第1書記は側近の軍・党幹部を次々に粛清する恐怖政治でしか、体制を維持できないのではないか。

 南北の緊張が高まるのは避けられまい。米軍は攻撃型原潜やステルス戦闘機F22を韓国周辺に展開する。米韓が協調し、北朝鮮の軍事挑発を抑止すべきだ。

 朴氏は演説で、米韓同盟の「防衛力増強を進めている」と力説した。これまで慎重だった最新鋭の米ミサイル防衛システムの韓国配備について、米国と協議する方針に転換したのもその一環だ。

 韓国では、与党幹部や有力紙などが公然と核武装論に言及し始めた。朴氏の発言には、これを沈静化する狙いもあるのだろう。

 朴氏は、日米の対北朝鮮独自制裁の動きについて、「北朝鮮の行動を看過しないという強い意思を示している」と評価した。

 厳格な北朝鮮制裁で日米韓の足並みがそろった機運を生かし、国連安全保障理事会の制裁決議採択につなげることが肝要である。

健康保険証詐取 年金機構のチェックが甘い

 日本年金機構の甘い審査につけ込んだ犯罪と言えるだろう。

 架空の人物を従業員に仕立て、健康保険証を詐取したとして、男2人が警視庁に逮捕された。同様の手口が広がっていないか、警察は実態把握を急ぐべきだ。

 自前の健康保険組合を持たない中小企業などが従業員の健康保険証を取得する場合、その従業員の住所、氏名や基礎年金番号などを記入した申請書を年金機構に提出する必要がある。

 男らは、まず2013年に、大分県の旅行会社名で年金未加入者の男性を雇用したと偽り、健康保険証を取得した疑いが持たれている。男性は実在せず、年金番号は未記入だったが、機構は新規の番号を割り当てて受理していた。

 その後、この年金番号を使って、男性が次々と別会社に転職したように装い、保険証の交付を受け続けたという。これらの会社はペーパーカンパニーだったようだ。

 年金番号の記載がある場合、機構は、その番号を基に被保険者の氏名や生年月日などを確認する。最大の問題は最初の申請を認めたことだ。なぜ、架空の人物であることを見抜けなかったのか。

 厚生労働省の通知に基づき、機構は12年から、従業員の本人確認を徹底するよう事業者に要請していた。オウム真理教の元信者が逃亡中に働いていた職場を通じ、偽名で健康保険証を入手していた事件の発覚を受けた措置だった。

 だが、事業者任せのチェックにとどまる限り、事業者による虚偽申請は見破れない。

 現在は、機構が自ら、住民基本台帳ネットワークで従業員の氏名などを確認するよう、運用が厳格化されている。この照合作業を徹底せねばならない。

 2人は別の保険証詐取容疑でも再逮捕された。関係先からは約360通の健康保険証が押収されている。複数の架空名義で不正取得を繰り返していた疑いが強い。

 犯罪に使うための銀行口座や携帯電話などの入手に、保険証が使われた可能性も大きい。一部は、通販商品を詐取した際の身元証明などに悪用されていた。

 年金番号が共通番号(マイナンバー)と連結されれば、制度上、居住実態がなく、共通番号を持たない架空の人物名義の申請は、より排除しやすくなろう。

 昨年の個人情報流出問題で、機構の情報管理への懸念が強まり、今年1月の予定だった連結は延期された。不正を許さない体制の構築が信頼回復につながる。

2016年2月16日火曜日

出たい人より出したい人を

 妻の出産直前に女性タレントと不倫していた自民党の宮崎謙介衆院議員がきょう辞職する。夫の育児休暇取得が重要と主張していただけに、発言と行動の落差にあぜんとする思いだ。どうしてこんな人物を公認候補にしたのか。自民党の責任は重大である。

 騒動のさなかに自民党の溝手顕正参院議員会長は「羨ましい人がいるのでないか」と軽口をたたいた。安倍1強体制のもとで政権全体におごりが出ていないか。よく反省してもらいたい。

 宮崎氏は自民党に追い風が吹いた2012年と14年の衆院選で当選した。この当選2回組は党内でも「苦労知らず」と呼ばれ、評判はいまひとつだ。昨年、政治とカネを巡る疑惑などで離党した武藤貴也氏もそのひとりだ。

 自民党はこの機会に不適切な行為をしている議員がほかにもいないかどうかをよく調べ、ウミを出し切る必要がある。

 宮崎氏や武藤氏を公認した候補選定の過程もよく検証すべきだ。自民党は安倍晋三首相が幹事長時代に候補公募制を導入した。世襲議員の増加に歯止めをかけ、異分野からの人材参入などによって党の活力回復に一定の効果があったことは間違いない。

 ただ、選挙の直前になって選挙区ごとにばたばたと公募することが多く、どうしても見た目や、語り口のうまい下手で絞り込みがちである。これでは最も重要な人格や識見のよしあしは分からない。

 自民党は伝統的に選挙直前になって候補を決めることが多いが、もっと早くから候補選定に取りかかった方がよい。英国の主要政党のように党本部がめぼしい人材をプールし、急な選挙でも対応できるようにするのも一案だろう。

 選挙について「出たい人より出したい人を」といわれることがよくある。センセイと呼ばれたいだけの目立ちたがり屋の集団が長続きするはずがない。社会の役に立つ人材をどうリクルートし、議員としてどう育てていくのか。政界全体の課題である。

経済の基礎体力強める改革を再起動せよ

 2015年10~12月期の日本の国内総生産(GDP)速報値は、物価変動の影響を除いた実質で前期比0.4%減、年率換算で1.4%減となった。2四半期ぶりのマイナス成長である。

 日本経済がこんなに頻繁にマイナス成長に陥ってしまうのは、経済の実力を示す潜在成長率が0%台半ば以下に落ち込んでいるからだ。政府は経済の基礎体力を強める構造改革を再起動すべきだ。

 GDPを大きく押し下げた要因は、個人消費の不振だ。暖冬で冬物衣料の売れ行きが鈍ったほか、テレビやパソコンなどの耐久財の購入も控えられた。

 住宅投資もマイナスに転じた。設備投資を除くと内需はほぼ総崩れの状態にある。

 輸出から輸入を差し引いた外需は成長率を押し上げた。しかし、これは輸入の減少が主因で、個人消費など内需の弱さの裏返しだ。日本経済のけん引役は不在だ。

 15日の東京市場では先週末の欧米市場の流れを引き継ぎ、ひとまず株安・円高の動きに歯止めがかかった。それでも金融市場では当面、神経質な動きが続く公算が大きい。

 先行きの懸念材料は多い。中国をはじめとする新興国経済の減速で輸出は期待しにくい。過去最高水準にある企業収益も円高で鈍化するとの観測が出ている。

 市場の混乱から企業や家計の心理がさらに悪化すると投資や消費が伸び悩み、1~3月期のGDPも低迷するリスクがある。政府・日銀は景気や市場の動向を丹念に点検してほしい。

 米国やユーロ圏と比べると、日本経済の弱さは際立つ。安倍晋三政権ができた12年10~12月期以降の13四半期のうち、マイナス成長になったのは6四半期もある。

 わずかな外的ショックで成長率がマイナスに沈んでしまう日本経済のもろさは否めない。政府はこうした事実を真摯に受け止め、構造改革で潜在成長率を地道に上げる努力を怠ってはならない。

 安倍政権は「一億総活躍」を掲げ、「成長と分配の好循環」をつくるとしている。人口減少下で女性や高齢者が活躍できるようにするのは当然だが、分配と比べ成長戦略の議論がなおざりになっていないか。

 柔軟で多様な働き方を実現する労働市場改革、企業統治の改善、外国人材のさらなる活用など、政権の宿題は山積している。

丸川環境相 撤回しても残る「軽さ」

 福島第一原発事故への対応で、担当閣僚である丸川環境相の発言が波紋を広げている。

 国が追加被曝(ひばく)線量の長期目標として示した年間1ミリシーベルトについて、7日の講演で「『反放射能派』と言うと変ですが、どれだけ下げても心配だという人は世の中にいる。そういう人たちが騒いだ中で、何の科学的根拠もなく時の環境大臣が決めた」などと発言した。翌日の信濃毎日新聞が報じた。

 放射性物質の除染や、追加被曝の抑制などは、安倍内閣の最重要課題の一つである。

 原発事故からまもなく5年。除染だけでは長期目標の達成が難しい地域がまだ残り、住民の帰還が進まない現状がある。

 長期目標は、国際放射線防護委員会が原発事故から復旧する際の参考値とする「年1~20ミリシーベルト」の最も厳しい水準だ。1ミリシーベルトに決まった背景には、安全や安心を求める地元福島の要望もあった。

 一日も早い帰還を願う住民の思いと、長期目標をどう整合させるか。さまざまな複雑な要素を考慮して決められ、いまなお試行錯誤が続く難題である。

 丸川氏がそうした経緯を知らなかったとすれば、不勉強と言われても仕方がない。それとも、経緯を知ったうえで、決定当時の民主党政権をおとしめるための発言だったのか。

 さらに深刻なのは発言が報じられて以降の二転三転ぶりだ。

 国会質問や取材に「こういう言い回しをした記憶は持っていない」などと答え続け、一転して「言ったと思う」と認めたのは12日朝、発言を撤回したのはその日夕方になってからだ。

 本当に発言内容を忘れたのか。記憶がないと言っていれば、いずれ国民が忘れてくれると思ったのか。いずれにせよ、閣僚としての適格性が疑われる発言というほかない。

 丸川氏だけではない。安倍内閣の言動の「軽さ」を印象づける場面は他にもある。

 島尻沖縄北方相は記者会見で、北方領土の一部である歯舞(はぼまい)群島の「歯舞」を読めず、秘書官に問う場面があった。

 安倍首相も、自民党のインターネット番組で、2014年に北朝鮮が拉致被害者らの再調査を約束した「ストックホルム合意」を、中東和平の「オスロ合意」と間違えた。

 確かに、言い間違いや思い違いは誰にでもある。ただ、原発事故対応や北方領土、拉致問題はいずれも安倍内閣が重要課題に掲げるテーマだ。閣僚の資質とともに、内閣としての姿勢が問われかねない。

景気に陰り 基本に沿った政策を

 昨年10~12月期の実質経済成長率は1・4%のマイナス(前期比年率換算)だった。

 国内総生産(GDP)の6割近くを占める個人消費が前期比0・8%減と落ち込んだ。暖冬で冬物衣料などの売れ行きが悪かったというが、所得の伸び悩みも背景にあろう。「外需」はGDPを押し上げたが、輸出入とも減ったなかで輸入の減少がより大きかったためだ。

 そこに、最近の為替相場や株式市場の激動である。乱高下しつつも円高と株安の基調が続いており、国内経済への悪影響を心配する声が高まってきた。

 今後の状況を注視すべき局面だ。ただ、金融の目詰まりから消費や投資が一気に落ち込んだ08年のリーマン・ショック時とは様相が異なる。日本企業の収益は過去最高水準で、雇用は人手不足もあって堅調だ。

 ここは浮足立たず、基本に沿って政策を展開するべきだ。

 まずは金融・資本市場の動揺を抑える国際協調である。

 中国で高成長の維持が難しくなり、産油国は原油相場の下落に直撃されている。金融緩和を競ってきた日米欧の中で米国が利上げに転じたこともきっかけに、あふれるマネーはリスク回避の思惑から安全資産とされる「円」へ、株式よりも国債へと流れ込む局面が目立つ。

 今月下旬には中国・上海で20カ国・地域(G20)財務相・中央銀行総裁会議がある。どんな手を打てるか、幅広く議論してほしい。

 日本では、アベノミクスの旧「3本の矢」のうち財政運営が注目され始めた。金融緩和に限界と弊害が指摘され、成長戦略は効果が出るまでに時間がかかるからだ。具体的には、17年4月の10%への消費増税の延期や、国会で審議中の来年度予算案の成立後をにらんだ財政出動を求める声が出ている。

 が、ここでも基本に立ち返ることが必要だ。消費増税は膨らみ続ける社会保障費をまかなうためであり、予算に関してはまずは成立済みの今年度補正予算の執行を急ぐことだろう。

 民間にも注文がある。

 これから労使による春闘が本格化し、企業は投資など来年度の計画を詰める時期を迎える。

 企業はおカネをため込んでいる。それを賃上げに回せば自社の人材力の強化につながり、業績を左右する国内市場の支えにもなろう。設備や研究開発への投資は競争力を高め、新たな収益源を生むために不可欠だ。

 足元の混乱に右往左往せず、将来に向けて戦略を練る。これが企業経営の基本のはずだ。

GDPマイナス 足踏み脱却へ消費拡大がカギ

 景気回復は足踏み状態にあることが改めて確認された。天候要因などで簡単に成長率が水面下に沈むのは、日本経済の足腰が弱い証拠だ。

 デフレ脱却を確かなものにするには、成長戦略を着実に推進しなければならない。

 内閣府発表の2015年10~12月期の国内総生産(GDP)速報値は、実質で前期比0・4%減、年率では1・4%減だった。マイナス成長は2四半期ぶりだ。

 主因は個人消費の低迷である。暖冬による冬物衣料などの売り上げの不振が響いた。輸出も新興国経済の低迷で0・9%減った。

 設備投資は、1・4%増と2期連続でプラスだった。企業の好業績や、共通番号(マイナンバー)制度に対応するシステム改修の需要などを反映し、ようやく回復の兆しが出てきたのは好材料だ。

 安倍首相は衆院予算委員会で、「企業収益は過去最高で、就業者数は増加するなど、経済のファンダメンタルズ(基礎的条件)は確かだ」と述べ、成長率の落ち込みは一時的との考えを示した。

 首相の景気認識は妥当だが、雇用者報酬が増える中での消費減少は、貯蓄を優先する家計の節約志向の根強さを示している。

 家計のデフレマインドを払拭するには、今春闘での賃上げがカギを握る。石原経済再生相は「力強い賃金上昇の実現へ、様々な政策に取り組みたい」と語った。

 基本給のベースアップを中心に賃上げの裾野を広げ、経済の好循環を再加速することが重要だ。

 気がかりなのは、急激な円高・株安など市場の混乱の影響だ。

 企業が想定する当面の円相場は1ドル=118円前後が多い。円高が進めば、輸出関連企業などの業績を一段と下押ししよう。

 業績の伸びの鈍化は、賃上げ機運に水を差すうえ、設備投資の先送りにつながりかねない。

 今月下旬には、中国・上海で主要20か国・地域(G20)財務相・中央銀行総裁会議が開かれる。政府・日銀は、国際金融市場の安定に向けて、政策面での緊密な協調体制を確立せねばならない。

 中国など新興国経済の混乱要因である先進国への資金の逆流について、具体的な防止・緩和策を示すことが求められよう。

 政府は今春、成長と分配の好循環を目指す「ニッポン1億総活躍プラン」を策定する。

 経済界とも連携し、医療、農業など新分野への投資や人材育成を後押しする規制緩和策に知恵を絞ることが大切である。

診療報酬改定 「かかりつけ」の普及進めたい

 医療費の膨張を抑えつつ、超高齢社会のニーズに合った質の高い医療を提供する。その体制作りを前進させたい。

 2年に1度の診療報酬改定の具体的な内容が、中央社会保険医療協議会で決まった。4月から適用される。

 重症者向けの急性期病床の要件は厳しくする一方で、退院支援に積極的な病院や在宅医療への報酬を手厚くする。「病院依存」からの転換を図った前回改定の流れを加速させる狙いは妥当である。

 人員を手厚く配置し、高度な機器を備えた急性期病床が過剰になり、リハビリ重視の回復期病床が足りないのが、目下の問題点だ。症状の安定した高齢者が、入院費の高い急性期病床に多数とどまり、医療費を押し上げている。

 前回の改定後に削減された急性期病床はわずかでしかない。回復期向けなどへの転換をさらに促す必要がある。退院後の受け皿作りは、介護施設の整備も含め、介護保険と一体的に検討すべきだ。

 持病があっても在宅で安心して暮らせるよう、「かかりつけ」機能を重視した点も、今回の特徴だ。身体疾患を併せ持つ認知症患者の主治医に対する報酬を新設する。在宅医療専門の診療所の開設も、新たに認める。

 大病院を紹介状なしで受診する患者には、初診5000円以上、再診2500円以上の定額負担を導入する。かかりつけ医との役割分担を明確にし、軽症者の大病院への受診を減らすのが目的だ。

 大病院の勤務医の負担軽減につながることも期待したい。

 患者の服薬情報を一元管理する「かかりつけ薬剤師」に対する報酬も新設する。医師と連携し、重複投薬の防止や残薬の解消に努める。必要に応じて、患者宅で訪問指導を実施する。

 複数の持病を持つ高齢者が多種類の薬を飲み、副作用でかえって体調を崩す例が目立つ。薬剤の適正な使用は、費用抑制だけでなく、患者のメリットも大きい。

 特定の病院の処方箋を主に扱う「大型門前薬局」については、かかりつけ機能が不十分だとして報酬を大幅に減額する。後発薬(ジェネリック)の普及を促すため、価格を下げる措置も講じる。

 課題は、かかりつけ医・薬剤師の量と質の確保である。

 患者にとって、信頼できる開業医らが身近にいなければ、実効性は上がるまい。地域の医師会や薬剤師会の姿勢が問われる。

 限りある財源と人材を有効活用していくことが大切だ。

2016年2月14日日曜日

宇宙の謎に迫る重力波の観測

 100年前にアインシュタインが予言し、宇宙からやってくる「重力波」について、米大学などのチームが初めて観測に成功したと発表した。天才科学者の理論の正しさを裏づけるとともに、天文学の新しい地平を開く快挙だ。

 重力波をめぐっては、ノーベル賞を受けた梶田隆章東大教授が率いるチームを含め、世界の研究者が観測一番乗りを狙っていた。日本は先を越されたが、がっかりすることはない。日本の観測施設で今回の成果を検証し、新たな現象の発見につなげてほしい。

 重力波は宇宙を伝わるさざ波に例えられる。柔らかいマットの上で重いボールを転がすと、ボールは沈んでマットをゆがめながら動く。宇宙にある重い星も周囲の時空をゆがめ、星が動くとゆがみがさざ波のように伝わる。これが重力波の正体と考えられる。

 アインシュタインは一般相対性理論に基づき、1916年に重力波の存在を予言した。だが波はきわめて微弱なため、直接とらえるのが難しく「天才が残した最後の宿題」といわれてきた。

 観測に成功した米カリフォルニア工科大などのチームは、一辺4キロメートルの巨大な装置をつくり直接観測に挑んだ。重力波で生じる空間のゆがみを、レーザー光の到達時間の差に変えて検出する方法だ。

 宇宙の成り立ちという根源的な謎に迫ろうと、科学者が知恵と技術を動員して成し遂げた成果だ。理論を実験で裏づけていく近代科学の大きな到達点ともいえる。

 重力波を観測することで、宇宙の起源を探る「新たな窓」が開けるとの期待も大きい。

 いまの天文学では天体を光やX線などで観測している。これらと違い、重力波はあらゆる物体を突き抜け、遠くまで伝わる。遠方の天体からの重力波をとらえれば、宇宙の初期の姿やブラックホール誕生の謎を解く手がかりになる。

 日本はX線天文学などで世界をリードしてきた。そこで培った知見を新たな「重力波天文学」にも生かしてほしい。

展望なき「もんじゅ」開発を問い直せ

 日本原子力研究開発機構が開発を進める高速増殖炉「もんじゅ」について、文部科学省は有識者の会議を設けて運営体制の見直しを議論している。

 もんじゅで発生している安全管理の不備は確かに深刻なことだ。しかし、もんじゅが抱える問題の本質はそこにはない。

 いま考えるべきことは、原子力をめぐる大きな環境変化の中で、日本にとって高速増殖炉は必要な技術なのか。必要ならどう実用化を進め、その中でもんじゅをどう位置づけるかだ。

 長期的な展望を欠いたままで開発を続けてはならないだろう。文科省の会議が論点を運営体制に絞って検討しているのは残念だ。

 高速増殖炉は発電しながらプルトニウムなど核燃料を増やせる「夢の原子炉」として、政府主導で開発が進められてきた。もんじゅは研究開発から実用化に進む中間段階の「原型炉」と位置付けられている。だが、1995年の運転開始後わずか4カ月でナトリウム漏れ事故を起こし、20年以上、本格的に稼働したことはない。

 この間に原子力発電を取り巻く環境は大きく変わった。福島第一原発事故を契機に政府は原子力への依存度を下げる方針を決めた。

 また電力自由化が進み、電力会社が既存原発に比べ高価な高速増殖炉の建設を手がけるのは困難になった。政府も電力業界も、もんじゅの後を継ぐ実用炉建設への道筋を示しておらず、実用化の担い手がいないのが現実だ。

 原子力機構はもんじゅを放射性廃棄物を燃やして量を減らす新技術の研究などに転用する計画だ。ただ、それはもんじゅがなければ本当にできないのか。機構の説明は十分でない。

 原子力規制委員会はもんじゅの安全管理上の規則違反を問題にし、「原子力機構にはもんじゅを運転管理する資質がない」と運営体制の見直しを求めている。機構は自らが作成した点検計画を正しく実行できず、結果的に大量の点検漏れなどが生じた。

 この問題の解決も大事だが、長期的な視点からもんじゅの開発を続ける必要があるのかを問うべき時だ。それには文科省だけでなく経済産業省なども含め、縦割りを排した検討が必要ではないか。

 もんじゅには約1兆円が投じられた。稼働させるにはさらに追加投資が要る。やめられないので続けるなどという議論は通らない。

日本人拉致 調査の約束を果たせ

 北朝鮮は、日本人拉致問題を含む包括的な調査を全面的に中止し、そのための特別調査委員会を解体すると表明した。

 深刻な人権問題である拉致問題を政治の駆け引きに使うような北朝鮮の態度に、強い憤りを感じる。

 今回は、核と事実上のミサイル発射の実験に対し日本政府がとった制裁への対抗措置だとしている。しかし、国際社会から非難され、日米韓の独自制裁を科されるような暴挙を働いたのは北朝鮮自身である。

 北朝鮮による拉致は、人道に反する犯罪だ。約束通り、北朝鮮は拉致被害者らについての調査を続け、明らかになった真実を包み隠さず速やかに報告するよう求める。

 北朝鮮は2年前、スウェーデンのストックホルムで、拉致被害者や遺骨問題などの調査を包括的に進め、最終的に日本人に関するすべての問題を解決する意思を表明した。

 その後、特別な権限をもつとされる特別調査委が設けられたことに伴い、日本はそれまでの独自制裁の一部を緩めた。

 北朝鮮側は調査期間について当初は「1年程度を目標」と説明したが、昨年夏には報告の延期を伝えてくるなど、まじめに調べているとは思えないような返答を繰り返してきた。

 ストックホルムでの合意後も日本外務省は中国の大連や上海などで、頻繁に北朝鮮側と非公式に接触を続けた。

 だが、日本政府が認定した12人の被害者については今も「8人は死亡。4人は入国していない」との従来通りの主張を変えていない。その不誠実な態度に問題があることは明らかだ。

 一方で、日本政府の対応にも理解に苦しむ点がある。

 北朝鮮側は昨年来、訪朝した関係者らに対し、拉致問題の再調査を終え、報告書は完成したが、日本政府が受け取りを拒んでいると主張している。

 安倍首相は、再調査について「重い扉をこじ開けた」と成果を強調してきた。北朝鮮が調査の打ち切りを明言した今、これまでの協議で分かったことを、被害者の帰りを待ち望む家族らに説明する必要があろう。

 日本政府は、将来的な国交正常化と経済支援など、独自に持つカードをうまく使いながら、二国間協議の再開を今後も粘り強く探るべきだ。

 同時に国際社会との連携も欠かせない。北朝鮮は最近、国連で人権問題が取り上げられることに敏感になっている。指導層に責任が及ぶのを警戒してのことで、有効な圧力となりうる。

石炭火力発電 温暖化対策はどうなる

 石炭火力発電所の新設計画に待ったをかけてきた環境省が、条件付き容認に転じた。

 二酸化炭素を大量に出す石炭火力は地球温暖化対策に逆行すると主張してきたが、電力自由化で「安価な電源」を増やしたい電力業界とその意向を反映した経済産業省に押し切られた。

 石炭火力としては二酸化炭素の排出が比較的少ない最新式を新設の最低基準にする、新しい業界団体で各社の排出削減を管理するなどの条件はつけた。

 だが、削減への具体的な道筋や目標達成が怪しくなったときの歯止めは示されていない。業界の自主努力に大きく依存する手法で、温室効果ガスの削減は十分に進むのだろうか。

 昨年末、パリで開かれた国連気候変動会議(COP21)で、各国はこぞって温暖化対策に積極的に取り組もうという歴史的な「パリ協定」を採択した。

 あれから2カ月経ったというのに、日本政府は見るべき対策を打ち出していない。日本は最終日、より野心的な取り組みを主張する国々の「野心連合」に駆け込みで加わった。その場限りのポーズにしてはいけない。

 石炭火力の新設がすべて駄目だというつもりはない。旧式を最新式に置き換えれば、発電量あたりの二酸化炭素排出は減るからだ。とはいえ最新式でも、天然ガス火力の2倍近い。

 日本は2030年度の温室効果ガスの13年度比26%減を掲げるが、各国の今の目標は不十分というのがパリ協定の認識だ。

 米国が排出規制で石炭火力を狙い撃ちしたり、英国が既存施設の25年全廃を決めたり、多くの先進国が「脱石炭」にかじをきろうとしているのは、将来の削減強化をにらんでのことだ。

 もちろん国によって事情は違う。日本は脱原発も進める必要がある。だからといって石炭火力への依存を高めれば、将来困るのが目に見えているのだ。

 30年目標を超え、すでに閣議決定した「50年に80%削減」の長期目標も見据えて社会をつくり変えていく必要がある。

 問題は石炭火力が安価なまま放置されていることだ。強い規制をしないのならば、各種の温暖化対策にかかるコストを上乗せし魅力を減らすべきなのだ。

 民間が自主的、独自に工夫できることも少なくないだろう。

 しかし、低炭素社会の土台や主柱を整えるのは、やはり政府の責務である。政府は温暖化対策への本気さを示すメッセージ性の強い、骨太の政策を導入するべきだ。脱原発も含めて、国民が望むエネルギー社会に導くことが政府の役割である。

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