2016年3月31日木曜日

船出した「スー・チー政権」

 ミャンマーでティン・チョー氏(69)を大統領とする新政権が発足した。与党の国民民主連盟(NLD)をひきいてきたアウン・サン・スー・チー氏(70)は憲法の定めで大統領になれないため、外相などのポストに就きながら実権を握ることになる。

 いわば「事実上のスー・チー政権」の船出といえる。軍が主導しない体制は1962年にクーデターが起きてから初めてで、国民の期待は大きい。

 まず求められるのは政治の透明性と効率を高めることだ。従来、軍傘下の企業や軍に近い政商などが鉱山や不動産などの開発権益を取得するプロセスは不透明で、利権の温床と指摘されてきた。

 腐敗に憤る国民の声にこたえるだけでなく、持続的な発展に欠かせない公平なビジネス環境を整えるうえでも、透明な仕組みが必要だ。国営メディアの民営化など軍政以来の既得権益にどこまでメスを入れられるか、注視したい。

 複雑な民族・宗教問題を踏まえた「国民和解」は、とりわけ難しい課題だ。新政権は民族省を新設しトップにNLDではなく少数民族政党の幹部をあてるなど、これまでとはひと味違った柔軟な構えを見せてはいる。

 だが、武装した少数民族勢力と恒久的な和平を築くには高度な地方自治を認める「真の連邦制」が必要、との声も少なくない。新政権の構想力と手腕が試される。

 わけても心配なのは、イスラム教徒であるロヒンギャの人たちへの迫害だ。これまで政府は彼らの国籍さえ認めてこなかった。東南アジアで最悪の人道問題の一つに、新政権が正面から取り組むことを期待したい。

 半世紀以上におよんだ軍人支配の後とあって、課題は山積している。しかも軍はなお強大な政治力を保持し、スー・チー氏の権力は制約を受けている。

 ようやく歩みを始めた民主主義を根付かせ、さらに発展させられるか。船出したスー・チー政権の歴史的な使命は、重い。

鴻海傘下でシャープは再生できるか

 経営再建中のシャープが台湾の鴻海(ホンハイ)精密工業の傘下に入ることが決まった。両社の交渉は長期化したが、シャープの業績悪化や将来の負債となる恐れのある偶発債務を織り込み、鴻海の出資額を当初の予定より約1000億円引き下げて決着した。

 鴻海グループはシャープの3888億円の第三者割当増資を引き受け、議決権の66%を握る。

 日本の主要電機メーカーが外資傘下に入るのは初めてで、国際的な注目度も高い。今回の再編の成否は日本の電機産業の将来を大きく左右するだろう。

 シャープ再建をめぐっては、官製ファンドの産業革新機構もスポンサーに名乗りを上げた。だが、民間企業を押しのけて政府系のファンドが出資すれば「民業圧迫」の批判を免れない。

 機構案ではシャープの液晶部門と機構が筆頭株主であるジャパンディスプレイを統合する計画だったが、各国の独禁当局がこれを承認するかどうかも不透明だった。こうした点を勘案すれば、鴻海を選んだシャープの判断はひとまず妥当だったのではないか。

 今後の注目点はこの再編でシャープが立ち直るかどうかだ。日産自動車や日本航空など過去の例を見ても、企業の再生には資金面の手当てに加えて強力なリーダーが欠かせない。日航で言えば会長として迎え入れた稲盛和夫京セラ名誉会長のような人物だ。

 この点、鴻海の郭台銘董事長は世界最大の電子機器受託製造会社を一代で築き、世界をまたにかけたビジネスを展開する。

 製品やサービスが国内市場でしか通用しない、いわゆる「ガラパゴス化」を日本の電機産業は批判されてきた。そこに新風を吹き込み、シャープだけでなく、沈滞気味の電機業界全体の刺激剤になることを期待したい。

 技術面では液晶に代わる次世代ディスプレーの有機ELがカギを握る。この分野は韓国勢がリードしているが、シャープと鴻海は巨額を投じて巻き返す考えで、今後の展開に注目したい。

 やや気になるのは、日本の外資アレルギーに配慮したのか、鴻海案が少々甘くないかという点だ。シャープによると、鴻海は「シャープの各事業の一体運営」などを約束したという。

 だが、痛みを伴う構造改革は不可避だろう。企業再生においても「良薬口に苦し」が基本である。

秘密と国会 追認機関ではいけない

 特定秘密の指定や解除の運用をチェックする衆参両院の「情報監視審査会」がきのう、年次報告書を衆参両院の議長に提出した。2014年末に特定秘密保護法が施行されて以来、初めての報告書である。

 しかし残念ながら、「監視」の名に値する内容とは程遠かった。これでは国民の代表としての国会の責任が果たせたとは、到底言えない。

 防衛省や外務省など10行政機関が指定した特定秘密382件(約18万9千点)について、概要を記した「特定秘密指定管理簿」などをもとに、各省庁から聞き取りして確認した。

 だが、開示された特定秘密は数点だけ。政府が提出した管理簿の記述は「外国から提供を受けた情報」などあいまいで、指定が適正かどうか判断できる内容ではなかった。

 最大の問題は、何が秘密にあたるかが秘密、その範囲が恣意(しい)的に広がりかねないという、秘密法それ自体にある。

 野党側は国会への情報提供を義務づけるよう求めたが、与党側は「三権分立の観点から行政権を侵してはならない」と受け入れなかった。ならばなぜ国会に監視機関を置いたのか。

 三権分立だからこそ、行政権をもつ政府に対する、国会の監視機能が重要なのだ。政府の外から特定秘密の運用を監視できるのは、唯一、国会の審査会だけである。国会は強い危機意識をもち、監視機能の強化をはからねばならない。

 審査会の対応で物足りなかったのは、政府の特定秘密の指定状況が適正かの判断に踏み込まず、運用改善を「意見」として求めるにとどめたことだ。より強い「勧告」になぜ踏み込まなかったのか。

 一方で、「意見」の中身には耳を傾けるべきものもある。

 例えば、秘密指定が適正かどうか、首相に報告する内閣府の「独立公文書管理監」に対し、審査会にも報告するよう求めたことだ。政府は真剣に検討してもらいたい。

 安全保障法制が施行され、自衛隊の運用など安保政策をめぐる政府の裁量の幅が広がった。そのうえ特定秘密への監視機能の弱さが放置されれば、国民の目の届かないところで、政府の恣意的な判断が際限なく広がる恐れがぬぐえない。

 国会が「国民の代表として監視する」という責任を自覚し、運用改善と法改正に向けた検討を不断に重ねることが、政府に緊張感を持たせるはずだ。

 形ばかりの監視で、政府の追認機関になってはならない。

ミャンマー 問われる真の民主改革

 ミャンマーで新政権が発足した。人口5千万強の国を率いるのは、昨秋の選挙で圧勝した国民民主連盟(NLD)である。

 自由選挙による文民政権は、1962年の軍事クーデター後は初めて。アウンサンスーチー氏率いるNLDへの支持は、軍政脱却を願う民意の表れだ。

 とはいえ、まだ体制の変革とは言いがたい。軍政がつくった憲法の枠組みが今もある。民主化の力量が問われるのはまさにこれからである。

 国防、内務、国境相は軍が指名し、非常時は最高司令官が全権を握ると憲法にある。国会の4分の1は軍人枠で、その同意なしに憲法改正は難しい。

 新政権では、スーチー氏側近のティンチョー氏が大統領に就く。スーチー氏は外相など4閣僚を兼務し、実質的に政権を率いるという。外国籍の家族がいれば大統領になれない憲法上の制約を受けた苦肉の策だ。

 この国が民主化への軌道にのれるかどうかは、新政権と軍が穏当な関係を築けるかどうかにかかっている。経験のない新政権が軍と対等に向き合うには、スーチー氏のカリスマ的な指導力に頼るのは当然だろう。

 だとしても、「大統領も憲法も超える存在になる」というスーチー氏の発言は、新たな独裁者になるかのような印象を与える。法治の原則を見失えば、健全な国家建設の道は遠のくことを忘れずにいてもらいたい。

 軍は経済にも根を張っている。前政権下で諸改革が進んだが、軍と関係の強い企業群の利権は依然大きい。その構造に新政権が切り込めるか、そこにも高いハードルがある。

 国内では今なお少数民族の武装勢力が軍とにらみ合う。新政権は、その問題の解決も期待されているが、ここでは軍の協力を求める必要もあろう。

 前途多難だが、やはり新政権が目指すべきは憲法改正だ。軍政への逆戻りを阻むために不可欠な手続きである。そのためには、国際社会との共栄をめざす価値観が国の将来に必要だという大局観を、軍関係者にも説き続けるほかないだろう。

 残念ながら今の世界では、民主化の流れが滞っている地域が多い。タイが民政と軍政の間で揺れ動き、中国という巨大な権威主義体制が存在する。そんな中でミャンマーの民主化が前進することの意義は大きい。

 1人あたり国内総生産は約1200米ドルで、「東アジアの奇跡」から取り残されてきたが、潜在成長力が大きい。法制度やインフラの整備、人材育成に、日本も支援を強めたい。

米軍北部訓練場 翁長氏は返還を望まないのか

 大規模な米軍施設の返還が違法な妨害で滞っている現状を、早期に打開すべきではないか。

 政府が、沖縄の米軍北部訓練場の一部返還に向けた動きを強めている。菅官房長官と中谷防衛相が先週以降、沖縄県の翁長雄志知事に相次いで協力要請した。

 北部訓練場は県内最大の米軍施設だ。1996年の日米の沖縄施設・区域特別行動委員会(SACO)合意で、約7500ヘクタールのうち約4000ヘクタールの返還が決まった。ヘリコプター着陸帯6か所を存続区域内に移設するのが条件だ。

 返還区域は県全体の米軍施設の2割近い面積を占める。返還が実現すれば、その意義は大きい。

 政府は、環境影響評価を経て、2007年にヘリ着陸帯建設に着工したが、完成は2か所にとどまる。反対派住民らが県道に車両を放置するなどして訓練場への出入り口を遮断し、工事車両が入れない状況が続いているためだ。

 疑問なのは、県道の管理者である翁長氏の対応である。菅氏らの違法車両撤去の協力要請に対し、「口頭の指導はしている」と釈明しつつ、慎重姿勢に終始した。

 本来、翁長氏は管理者として強い権限を持つ。県道からの車両撤去に本気で乗り出せば、事態は大幅に改善する可能性がある。

 北部訓練場では、米軍の輸送機オスプレイが使用されている。翁長氏が知事選で、オスプレイの県内配備の撤回を公約したとの事情があるにせよ、何より優先すべきは訓練場の返還のはずだ。

 沖縄への米軍施設の過度な集中を批判し、基地負担の軽減を訴える持論と矛盾しないか。翁長県政を支える共産、社民両党などが反対派を支援することに配慮しているとの見方もある。

 重視すべきは、地元の国頭村と東村がSACO合意を支持し、早期返還を求めていることだ。周辺住民の大半も騒音対策などの条件付きで着陸帯建設を容認する。

 沖縄本島北部の北部訓練場を除く森林地帯は年内にも、「やんばる国立公園(仮称)」に指定される見通しだ。豊かな自然と生物の宝庫である土地の返還は、観光など地域振興にも役立とう。

 東村の伊集盛久村長は先週の中谷氏との会談後、「全面返還は現実には厳しい。一部返還を次の返還に結びつける方が基地の整理縮小が進む」と強調した。

 翁長氏が米軍基地問題で「地元の民意」を重視するのであれば、こうした自治体の現実的な判断も重く受け止める必要があろう。

民政ミャンマー 不安残る経済発展路線の継承

 経済発展路線を円滑に継承できるか。新体制の舵取りが問われよう。

 ミャンマーで、国民民主連盟(NLD)のティン・チョー大統領率いる新政権が発足した。

 NLDが昨年11月の総選挙で、軍政の流れをくむ連邦団結発展党(USDP)を破って圧勝したことに伴う政権交代である。民主的な選挙を経た文民大統領の誕生は約半世紀ぶりとなる。

 NLDのアウン・サン・スー・チー党首は、外相や大統領府相など4閣僚を兼務する。「大統領の上に立つ」と公言していたように、側近のティン・チョー氏を通じて政権を主導するのだろう。

 憲法は外国籍の親族がいる者の大統領就任を禁じており、英国籍の子息をもつスー・チー氏に、その資格はない。関連条項の一時凍結という裏技による大統領就任を目論だが、軍の反発に配慮して見送ったとされる。

 ティン・チョー氏は国会での就任演説で、「民主的な基準に沿った憲法にする責任がある」と強調した。憲法改正に事実上の拒否権を持つ軍に対し、改正を粘り強く働きかけるとみられる。

 スー・チー氏が就いた外相は、大統領や軍首脳らと並んで、非常時に強大な権限を有する「国防治安評議会」のメンバーでもある。入閣により、軍の影響力を牽制する思惑があるのではないか。

 NLDは人材に乏しく、スー・チー氏の政治手腕も疑問視されている。民間の専門家やUSDP出身者を閣僚に起用したのも、苦肉の策だろう。軍やUSDPとの協調が欠かせない。

 国民の生活水準の向上など、新政権の課題は山積している。

 テイン・セイン前政権は、中国一辺倒の外交政策を転換し、米欧との関係改善を図った。経済改革を進めて、投資環境を整備することで外資を呼び込み、高成長を実現してきた。

 懸念されるのは、新政権の具体的な経済政策や外交方針がなおも明確でないことだ。

 スー・チー氏の行き過ぎた情報統制も指摘される。新政権の政策決定過程の透明性が十分に保たれないようなら、外国企業の投資拡大への不安は拭えまい。引き続き規制緩和や法制度整備などに努める必要があろう。

 東南アジアと南アジアを結ぶ要衝にあるミャンマーが民主国家として安定した発展を遂げることは、日本にとっても重要だ。日本は従来通り官民を挙げて、ミャンマーの国造りを後押ししたい。

2016年3月30日水曜日

廃炉の時代へ確かな備えを

 四国電力が伊方原子力発電所1号機(愛媛県)の廃炉を決めた。再稼働には約2千億円もの安全対策費がかかり投資に見合わないとみてのことだ。経営判断として理にかなっている。

 原発の安全基準は東京電力・福島第1原発事故の教訓を踏まえ、耐震性や防火対策などで相当に厳しくなった。原子力規制委員会の審査をパスするには、どの原発でも多額の対策費が要る。古くて小型の原子炉の中に、稼働できても投資が回収不能なものが出てくるのは不思議ではない。

 福島事故後に廃炉を決めた原子炉は伊方で6つ目だ。このほかに事故前に3基の廃炉が決まっていた。福島第1の6基と合わせて全部で15基の解体がはっきりした。今後さらに廃炉が増えると見込まれる。日本の原発は「廃炉の時代」に入ったといえる。

 円滑に廃炉を進めるには課題がたくさんある。解体で生ずる大量の放射性廃棄物について処分の基準が決まっていない。放射能のレベルが高いものは地下に埋めることになっているが、処分場所の見当もついていない。

 廃炉は20~30年はかかる息の長い作業だ。必要な人材を長期にわたって確保できるのかも課題だ。福島事故後、原子力産業を志す若者が減っているとされる。人材育成をどう進めるのか、官民で効果的な策を考えなくてはならない。

 また廃炉だけが進むのでは、エネルギー自給や地球温暖化対策の面で問題が生ずる恐れがある。政府は温暖化対策などにも配慮して、2030年時点で電源構成に占める原子力の割合を20~22%とする計画だ。現状ではこの計画の達成は不透明だ。30年以降はさらに見通しがつかない。

 古い原子炉に代わって、新型のより安全な原子炉を建てるリプレース(更新)について何の議論もないからだ。リプレースは、原発が立地してきた自治体への支援を今後どうするかという問題にも関わる。原子力利用に関し長期的な展望を示さなければならない。

まずは成長戦略関連の法案成立を急げ

 2016年度予算が成立した。最大の歳出である社会保障費への切り込みが足りず、問題の多い予算である。

 一方で、国民の関心の高い待機児童対策なども盛っている。政府は公共事業を含めて円滑な執行に全力を挙げ、当面の景気を下支えしてもらいたい。

 政府・与党の一部から景気てこ入れのため、新たな財政出動を含む経済対策の策定を求める声が出ている。

 昨年10~12月期の実質経済成長率はマイナスになり、個人消費は伸び悩んでいる。5月の主要国首脳会議(伊勢志摩サミット)や夏の参院選をにらみ、内需拡大策をアピールしようという思惑も背景にあるとみられる。

 だが、経済対策以前に政府・与党が今国会でやるべきことを忘れてもらっては困る。

 第1に、日米など12カ国が合意した環太平洋経済連携協定(TPP)案を承認するとともに、関連法案を成立させることだ。

 TPPは世界最大の自由貿易圏をつくる野心的な取り組みだ。日本企業に多くの収益機会を提供し成長戦略の切り札ともいえる。

 協定発効には、日米両国がそれぞれ国内手続きを終えることが必要となる。日本は率先して協定案を承認することで、米国がTPP関連法案を早期に審議するように背中を押すべきだ。

 第2に、労働基準法改正案の成立だ。働いた時間ではなく成果に対し賃金を払う「脱時間給」制度の新設は、労働生産性を高める労働規制改革の柱だ。

 政府が方針を打ち出してから2年近くも放置しているのは問題だ。与党が昨年の通常国会に続き、再び成立をあきらめるならば、成長戦略への本気度が疑われる。

 安倍晋三首相が「一億総活躍」を掲げたのを機に、日本経済の潜在成長率を高める改革への機運が政府・与党内で低下しているのではないか。企業の農地所有をしやすくする国家戦略特区法改正案も確実に成立させるべきだ。

 政府・与党内では、首相が来年4月に予定している10%への消費増税を再び延期し、衆参同日選に踏み切るとの観測が出ている。

 景気への目配りは必要だが、安易な増税延期は先進国で最悪の日本の財政状態をさらに悪化させるリスクがある。いまは日本経済と世界経済の行方を丹念に見極めるべきときだ。

待機児童対策 財源確保して充実を

 「保育園落ちた」の匿名ブログをきっかけに国会でも論議になった待機児童問題で、厚生労働省が緊急対策を発表した。

 柱は、待機児童が多い地域での規制緩和だ。人員配置や面積の基準が国の最低基準よりも厳しい自治体に、国の基準並みにして受け入れを増やすよう要請する。小規模保育所での受け入れの上限を19人から22人に引き上げる、といった具合だ。

 だが、保育の現場からは国の基準がそもそも低すぎるとの声も聞かれる。自治体が独自に高い基準を設けるのも、安心・安全のために他ならない。子どもたちや現場の保育士にしわ寄せがいかないかが心配だ。

 どこまで基準を緩めるかは自治体に委ねられている。判断も責任も丸投げされた自治体側も困惑しているのではないか。

 問題解決の道筋を示したうえでの応急措置というならまだわからないでもない。だが、厚労省はこれまでも面積基準などを緩和してきた。本来は時限措置のはずが常態化している。同じことを繰り返すのか。

 必要なのは、安心して子どもを預けられる保育サービスを増やすことだ。まずは、保育のニーズを把握することだ。

 昨年4月に始まった子ども・子育て支援新制度では、待機児童にはカウントされない潜在的な保育ニーズも含めて整備計画を立てることになっているが、保育所整備の規模、スピードは実態から離れたままだ。今の整備計画が妥当なものなのか、再点検が必要だ。

 ニーズに即して受け皿を整備する際には、人材確保も考えなければならない。各地で保育士不足が深刻化し、施設を作っても保育士が確保できず受け入れを制限しているところもある。

 一方で、保育士の資格はあるのに働いていない潜在保育士は80万人弱とも言われる。背景にあるのは、低賃金や長時間労働などの待遇の問題だ。

 自民、公明、民主の3党で合意した社会保障と税の一体改革では、消費税を財源に、保育士の給与を引き上げたり、職員の配置を手厚くしたりすることになっていた。

 だが必要な財源には、消費税が10%になっても3千億円足りない。その10%も15年の実施予定が延期され、子育て支援の予算は大きな穴が開いたままだ。

 安倍政権に求められていることは財源を確保し、約束を果たす姿勢を明確にすることだ。

 これまでの延長線上で小手先の対応を繰り返しているだけでは、いつまでたっても深刻な事態は打開できない。

財政政策 選挙の道具にするな

 安倍首相は、国会で成立した国の16年度予算の早期執行を指示した。それに伴う年度後半への手当てもあり、経済対策の検討に乗り出すと見られている。

 税制でも、17年4月に予定する10%への消費増税について、2度目の延期を視野に入れる。「リーマン・ショックや東日本大震災のような重大な事態が発生しない限り、確実に実施していく」と強調する一方、「日本経済自体が危うくなるような道を取ってはいけない」と含みを持たせている。

 深刻な財政難の中で予算拡充や増税先送りという選択肢をにらむのは、5月の主要7カ国(G7)首脳会議(伊勢志摩サミット)の議長国として、世界経済を安定させるための政策協調を重視するからのようだ。

 しかし、額面通りには受け取れまい。7月には参院選があり、衆院を解散しての同日選もありうる。有権者への給付を増やし、負担増は避けて、勝利を目指す。そんな思惑が込められているのは明らかだろう。

 選挙にとらわれて財政政策に頼ってきた結果が1千兆円を超える国の借金である。同じ過ちを繰り返すべきではない。

 確かに、新興国や資源国を中心に世界経済の先行きは予断を許さない。が、為替や株式など金融市場の動揺は小康状態にある。首相も「現在(日本経済が危うくなるような)重大な事態が発生しているとは全く考えていない」と国会答弁で語った。

 首相が自ら発案し、有識者に助言を求める国際金融経済分析会合では、ノーベル経済学賞受賞者のスティグリッツ・米コロンビア大教授の発言が注目された。氏は消費増税について否定的な見解を述べ、需要を作り出す重要性を強調したが、首相は「大変良い示唆をもらった」と応じた。

 が、助言はいいところ取りするべきではない。スティグリッツ氏は、安倍政権が力を入れる法人税減税について「投資を促さない」とも指摘している。

 過去最高水準の収益が続く企業部門がため込んだ資金を、どう賃上げや投資に結びつけるか。それが日本経済の喫緊の課題だ。政権はおカネを使わせようと企業に圧力をかけてきたが、動きは鈍い。ならば、減税どころか課税強化が検討課題になるのではないか。

 日本経済の体質を変える取り組みこそが必要だ。目先の思惑から財政政策に頼るばかりでは体質転換は進まず、将来世代へのツケが膨らむ一方である。

 経済政策は、選挙の道具ではない。

16年度予算成立 緩まずに経済再生に取り組め

 2016年度予算が成立した。景気の先行きが不透明さを増す中、経済再生への取り組みを緩めてはならない。

 安倍首相は記者会見で「強い経済を確かなものにする予算だ。可能なものから前倒し実施する」と強調した。

 総額96・7兆円の予算の施策を迅速に実行し、経済政策「アベノミクス」の効果を持続させて、広がりを持たせることが大切だ。

 成長戦略のさらなる強化も欠かせない。農業や医療分野などの規制改革を急ぎ、民需主導の景気回復につなげるべきだ。

 予算には、低所得の年金受給者向けの給付金制度が含まれる。15年度補正予算との合計で約3800億円を計上し、1000万人以上に3万円を支給する内容だ。

 野党などは「バラマキ」と批判した。確かに、一時的な給付では、貯蓄に回る分も多く、景気を下支えする効果は限定的だろう。

 高齢者に手厚い従来型の社会保障制度を見直し、若年層にもっと目配りすることが、社会の活力を高める観点からも求められる。

 17年4月に消費税率を10%へ上げる際、8%の軽減税率を導入する税制改正関連法も成立した。

 安倍政権内には、世界経済の動向次第では消費増税を延期すべきだとの声があるが、増税の準備は着実に進めておく必要がある。

 審議では、軽減税率の対象の線引きが分かりづらく、混乱しかねないとの指摘が相次いだ。飲食料品の「持ち帰り」に軽減税率、「店内飲食」には標準税率が適用される点などである。

 政府は、制度の周知徹底に万全を期さねばならない。

 中小企業などに認められる軽減税率の簡素な経理方式についても、円滑に導入されるよう事業者を支援すべきだ。

 今国会では、閣僚らの失態や不適切な発言が目に余った。

 石破地方創生相は地域再生法改正案の審議で、別の法案の提案理由を約2分半も読み上げた。極めてお粗末な事態である。地方創生への本気度が疑われる。

 自民党の大西英男衆院議員は会合で、神社の巫女に選挙応援を断られたことを「巫女さんのくせに何だと思った」などと語った。何か勘違いしていないか。大西氏は昨年6月にも、報道規制発言で党から厳重注意されている。

 後半国会では、環太平洋経済連携協定(TPP)承認案などの審議が予定される。夏の参院選を控え、与野党は浮足立つことなく、建設的な論戦を展開すべきだ。

待機児童対策 「緊急」と「抜本」の連動が重要だ

 子供の預け先が見つからず、親が退職に追い込まれる。そんな事態をなくすため、官民で取り組みを加速させたい。

 政府が、保育所に入所できずにいる待機児童の解消に向けた緊急対策を公表した。

 小規模保育所の定員上限19人を22人に引き上げるなど、既存の施設や制度の規制緩和が柱である。昨年4月に待機児童が50人以上いた114市区町村を中心に、積極的な実施を促していく。

 小規模保育所は、待機児童の多い0~2歳児を預かる。マンションの一室や空き店舗でも開設できるため、用地取得が難しい都市部での有力な受け皿と言える。

 認可保育所については、国の基準より手厚く保育士を配置している自治体などに定員枠の拡大を求める。子供の「一時預かり」事業での定期利用も可能にする。

 認可保育所の増設には時間がかかる。新年度の直前になっても預け先が見つからない保護者向けの緊急対策として、規制緩和で受け皿を確保するのは理解できる。抜本対策ではないが、自治体は、前向きに対応してもらいたい。

 待機児童は昨年4月時点で2万3167人と、前年より1796人増えた。保育所定員は着実に伸びているが、共働き世帯の増加に伴う需要拡大に追いつかない。

 深刻なのは、やむなく認可外保育所に入ったり、保護者が育児休業を延長したりして、待機児童に含まれない「隠れ待機児童」が6万人にも上っていることだ。

 2015年度に始まった「子ども・子育て支援新制度」は、潜在ニーズも踏まえた保育サービス整備を自治体の責務と位置付けた。だが、財政難などを理由に、自治体の対策は後手に回っている。

 緊急対策について、子供の「詰め込み」になるとして、保育の質の低下を懸念する声も強い。

 規制緩和は、政府が定める最低基準の範囲内にとどまり、質の確保に一定の配慮をしているが、保育士の負担が増える恐れがある。時限措置とするのも一案だ。

 無論、抜本対策として認可保育所の増設は欠かせない。最大の課題は、保育士の確保である。

 安倍首相は、5月に策定する「ニッポン1億総活躍プラン」に、保育士の待遇改善を含む中長期的対策を盛り込む考えを示した。

 民間保育士の月給は全産業平均を10万円以上も下回る。着実に賃金を上昇させる具体策を打ち出すことが求められる。研修の充実などで専門性を高め、職場への定着を促す取り組みも重要である。

2016年3月29日火曜日

安保法を生かす体制はこれからだ

 法制は体の骨格のようなものだ。そこに筋肉をつけ、神経を張りめぐらさなければ、思うように動かすことはできない。

 日本の対外政策を大きく変える安全保障関連法がきょう、施行された。この法律は日本や地域の安定を保つため、米国や友好国との協力を強めるのが目的だ。それが目指す方向は誤っていない。

 ただ、いくら法律の趣旨が正しくても、稚拙な運用をすれば、大きな混乱を招いてしまう。そうならないよう、政府や自衛隊は入念に体制を整えてもらいたい。

理解を得る努力重ねよ

 その意味でまず気がかりなのが、安保法がなお、国民の理解を得られていないことだ。世論調査によると、この法律を評価しないという答えがほぼ半数を占める。

 何がなんでも反対という人ばかりではあるまい。その狙いは分かるが、制定に向けた安倍政権の対応に不安を募らせている人も少なくないはずだ。

 安倍晋三首相は、祖父の岸信介元首相による日米安全保障条約改定が後に評価されたとして、今回もいずれ理解されると強調する。

 しかし、その認識は間違っている。岸氏が果たしたのは、日本への防衛義務を米側に負わせる改定だった。逆に、今回は日本がリスクを負い、米国への支援を増やすことになる。説明責任は、はるかに重い。上から目線ではなく、理解を得る努力を続けるべきだ。

 安保法の柱は主に3つある。

第1に、集団的自衛権の行使が一部、認められる。日本の存立が脅かされる危機が迫ったとき、日本が攻撃されていなくても武力を行使できるというものだ。

 これは違憲ではないかとの批判もある。だが、戦後、憲法解釈は時代とともに変わってきた。かつては自衛隊を違憲とみなす説もあった。この法律も許容範囲内とみるべきだ。

 第2は、日本の存立を危うくするほどではないが、重要な影響が及びかねない事態への対応だ。地理的な制約なしに米軍などを後方支援できるようになる。

 第3に、日本にただちに影響しない危機でも、国際貢献上、必要であれば、多国籍軍などへの後方支援が認められる。

 このほか、国連平和維持活動(PKO)に参加している自衛隊が武器を使い、離れた所で襲われた他国軍兵士や民間人を助ける「駆けつけ警護」も可能になる。

 もっとも、法的に認められたからといって、自衛隊がすぐに新しい任務を担えるわけではない。いずれの活動も、これまでにない危険を伴う。戦闘を避けられない場面もあり得る。

 政府は自衛隊の訓練を徹底するなど、万全の準備を尽くしてほしい。そのうえで体制が十分に整った任務から、順次、部隊に付与していくべきだ。

 そこで大切なのが、米国との入念なすり合わせだ。集団的自衛権の行使や後方支援の対象は、おもに米軍を想定している。

 米側が必要としない支援を準備しても、あまり意味はない。危機に際し、優先度が高いのはどのような支援なのか。日米でよく調整しておくことが肝心だ。

 いざという事態になったとき、安保法を発動するかどうか、政府は極めて重大な判断を迫られる。法的な要件を満たしたからといって、ただちに自衛隊を出すわけではない。

成否にぎる情報力

 日本の国益やアジア地域、国際社会への影響を冷徹に分析し、派遣すべきかどうか、慎重に検討しなければならない。

 最高指揮官である首相と、首相を補佐する閣僚や官僚には、これまで以上に高い見識と判断力が求められる。必要な情報をすばやく入手して分析し、集約できる体制がより重要になる。

 今回の法制に周辺国が疑念を強め、地域の緊張が高まってしまったら元も子もない。そうした事態を防ぐためにも、外交の役割はさらに増える。ましてや、周辺国との対立をあおるような言動を、政治家がするのは論外である。

 とりわけ課題になるのが、台頭する中国との関係だ。尖閣諸島や歴史問題をめぐる対立は、すぐには解けそうにない。ならば、経済や環境など互いに恩恵を受けやすい協力を積み重ね、緊張を和らげていくことが次善の策だ。

 第2次世界大戦で日本は国策を誤り、国内外に大きな惨禍を広げた。これらの教訓を検証し、生かすことも忘れてはならない。今回の法整備で日本がより安全になるかどうかは、これからの取り組みにかかっている。

安全保障法制の施行 「違憲」の法制、正す論戦を

 新たな安全保障法制がきょう施行された。

 昨年9月、多くの市民の不安と反対、そして憲法専門家らの「違憲」批判を押し切って安倍政権が強行成立させた法制が、効力を持つことになる。

 11本の法案を2本にまとめた法制には、憲法解釈の変更による集団的自衛権の行使容認、米軍など他国軍への兵站(へいたん)(後方支援)、国連平和維持活動(PKO)の任務拡大など、幅広い自衛隊の海外活動が含まれる。

 安倍政権はこれだけ広範な法制を、わずか1会期の国会審議で成立させた。背景に、首相自身が昨年4月に訪米中の議会演説で「(法案を)夏までに成就させる」と約束した対米公約があった、との見方が強い。

 法制の成立後、首相は「これから粘り強く説明を行っていきたい」と語ったが、実行されていない。その後の国会審議も十分とは到底言えない。

 ■投網をかけるように

 憲法が権力を縛る立憲主義の危機である。この異常事態を放置することはできない。

 幅広い国民の合意を欠く「違憲」法制は正さねばならない。法制の中身を仕分けし、少なくとも違憲の部分は廃止する必要がある。国会、とりわけ野党が果たすべき役割は大きい。

 安倍政権は、集団的自衛権の行使容認は限定的で、だから合憲だと説明してきた。

 一方で、政府の裁量をできるだけ広く残そうと、「限定」の幅についてあいまいな国会答弁を繰り返してきた。時の政権の判断で、いかようにも解釈できる余地が残されている。

 集団的自衛権を容認した眼目は、中国にいかに対抗し、抑止力を高めるかにある。

 米軍をアジア太平洋地域に引き留め、そのパワーが相対的に低下しつつある分は、自衛隊の強化や地域諸国との連携によって補う。そんな考え方だ。

 米軍との共同行動に支障を来さないよう、投網をかけるように幅広く、海外で自衛隊が動けるようにしておく。有事だけでなく平時から米軍など他国軍との共同訓練や情報共有、装備面での連携が進むことになる。

 ■9条を対話の基盤に

 問題は、そのために自衛隊の海外活動に一定の歯止めをかけてきた「9条の縛り」を緩めてしまったことだ。

 2月末、アーミテージ元国務副長官ら日米の有識者らによる日米安全保障研究会が「2030年までの日米同盟」という報告書をまとめた。

 日米の対中戦略の共有が不可欠だと強調し、「十分な予算に支えられた軍事力」「アジアやより広い地域で日米の政策、行動を可能ならば統合する」ことを日本に求めた。防衛予算の拡大をはじめ、あらゆる面で日米の一体化をめざす方向だ。

 だが、中国との関係に限らず、米国の利益と日本の利益は必ずしも一致しない。

 時に誤った戦争に踏み込む米国の強い要請を断れるのか。集団的自衛権の行使について、首相は「(日本が)主体的に判断する」と答弁したが、9条という防波堤が揺らぐ今、本当にできるのか。

 留意すべきは、米国自身、中国を警戒しながらも重層的な対話のパイプ作りに腐心していることだ。日本も自らの平和を守るためには、中国との緊密な対話と幅広い協力が欠かせない。

 それなのに日本は日米同盟の強化に傾斜し、日中関係の人的基盤は細るばかりだ。中国に近い地理的な特性や歴史の複雑さを思えば、その関係はより微妙なかじ取りが求められる。

 米国の軍事行動とは一線を画し、専守防衛を貫くことで軍拡競争を避ける。憲法9条の機能こそ、抑止と対話の均衡を保つための基盤となる。

 ■問われる国会の役割

 夏に参院選がある。衆参同日選の可能性も指摘されている。

 そんななか安倍政権は、平時の米艦防護やPKOに派遣する自衛隊の「駆けつけ警護」、米軍への兵站を拡大する日米物品役務相互提供協定(ACSA)改定案の国会提出など、安保法制にもとづく新たな動きを参院選後に先送りしている。

 選挙前は「経済」を掲げ、選挙が終われば「安保」にかじを切る。特定秘密保護法も安保法制も同じパターンだった。

 政権は今回も、選挙に勝てば一気に進めようとするだろう。

 安倍政権は特定秘密保護法、国家安全保障会議(NSC)の創設など、政府への権限を集中させる外交・安保施策を次々と打ち出してきた。

 だからこそ、国会のチェック機能が重要なのに、肝心の国会が心もとない。野党が共同で提出した安保法制の廃止法案や対案を審議すらしない現状が、国会の機能不全を物語る。

 野党の使命は極めて重い。政党間の選挙協力を着実に進め、市民との連帯を広げる。立憲主義を守り、「違憲」の法制を正す。それは、日本の政治のあり方を問い直す議論でもある。

安保関連法施行 迅速な危機対処へ適切運用を

 ◆訓練重ねて国際平和の一翼担え◆

 平時から有事まで切れ目のない、迅速かつ効果的な危機対処が可能になった。日本の平和と地域の安定を確保するうえでその意義は大きい。

 安全保障関連法が施行された。昨年9月に成立、公布され、半年間の周知期間を経て、関連政令などが閣議決定された。

 関連法の最大の柱は、日本防衛の強化である。存立危機事態には、集団的自衛権の行使を限定的に可能にする。平時には自衛隊が、ともに活動する米軍艦船を防護できる。朝鮮半島有事などの際は、米軍や他国軍に後方支援を行う。

 ◆意義深い日米同盟強化

 包括的法制に基づき、危機の進展に応じた柔軟な自衛隊の部隊運用ができるのは重要な前進だ。

 もう一つの柱は、国際平和協力活動の拡充である。日本の安全に影響する事態が発生する度に特措法を制定しなくても、人道復興支援や他国軍への後方支援活動に自衛隊を機動的に派遣できる。

 国連平和維持活動(PKO)に参加中の自衛隊の部隊による駆けつけ警護や、邦人救出も可能になった。

 留意するべきは、日本の安全保障環境が厳しさを増していることだ。

 北朝鮮の金正恩政権は今年、国際社会の警告を無視し、核実験に続いて弾道ミサイル発射を強行した。軍事的挑発は過激化し、予測困難の度合いが強まった。

 中国は、「強軍路線」の下、軍備増強を加速させつつ、南シナ海での人工島造成など、力による現状変更の固定化を図っている。

 イスラム過激派による国際テロや、サイバー攻撃などの脅威も確実に拡散してきた。

 こうした中で、安保関連法の施行により、日米同盟と国際連携を強化し、抑止力を高めることは、極めて時宜に適かなうと言える。

 2月の北朝鮮のミサイル発射時には、日米共同の警戒活動や情報共有が従来より円滑に進んだ。安保関連法制定で日米の信頼関係が深まった効果にほかならない。

 ◆「違憲」批判は的外れだ

 自衛隊は従来、目前で米軍艦船が攻撃されても、反撃できず、傍観するしかなかった。これでは真の同盟関係は成立するまい。同盟の実効性を維持するには、米国にとって「守るに値する国」であり続ける努力が欠かせない。

 大切なのは、万一の際に自衛隊が効果的な活動ができるような態勢を整えておくことだ。

 安保関連法に基づく部隊行動基準や作戦計画を策定する。米軍などとの共同訓練を重ね、問題点が判明すれば、計画を練り直す。

 こうした地道な作業が、様々な危機を未然に回避する抑止力の更なる向上につながる。

 民進など4野党は、「集団的自衛権の行使は憲法違反だ」「世界各地で戦争を可能にする」などと安保関連法を批判し、廃止法案を国会に提出している。

 しかし、関連法は、日本の存立が脅かされる事態に限定して、必要最小限の武力行使を認めているにすぎない。「違憲」といった主張は全くの的外れである。

 国際平和協力活動を拡充し、安倍政権の「積極的平和主義」を具現化することも重要課題だ。

 日本が世界各地の安定に応分の貢献をすることは、自由貿易の恩恵を享受する主要国として、当然の責務である。

 国際的な発言力の向上や、自国の安全確保にもつながる。安保関連法が大多数の国に評価、支持されている点も見逃せない。

 南スーダンPKOに参加中の陸上自衛隊に対する、駆けつけ警護などの新任務の付与は、今秋以降に先送りされる見通しだ。

 中谷防衛相が「隊員の安全を確保し、任務を適切に遂行できるよう、準備に万全を期したい」と語るのは理解できる。

 ◆リスクの極小化を図れ

 従来は、仮に暴徒に包囲された民間人から救援を要請されても、基本的に断るしかなかった。偵察名目で現場に接近して自らを危険にさらし、正当防衛の状況を作り出すことでしか武器を使えない、いびつな法律だったからだ。

 今後、陸自部隊が駆けつけ警護の選択肢を持つことは、他国の部隊や関係機関などとの信頼関係の構築につながるはずだ。

 無論、PKOの現場には様々な危険が潜む。想定外のトラブルが発生することもあろう。

 だからこそ、現地情勢の情報収集には、従来以上に力を入れる必要がある。新たな部隊行動基準に基づき、多様なシナリオを想定した教育・訓練を行い、隊員のリスクを極小化する入念な準備をしておくことが一段と大切になる。

2016年3月28日月曜日

政策の競い合いで政治の活性化を

 野党の民主党と維新の党がひとつになり、民進党を旗揚げした。自民党に対抗する勢力づくりとしては1994年の新進党、98年の民主党があるが、いずれも残念な結果に終わった。民進党は三度目の正直になれるかどうか。過去の失敗を糧にして、日本の政治の活性化に貢献してほしい。

 戦後政治はその大半の時期を自民党が政権を担ってきた。高度経済成長などの成果は高く評価されるべきだが、長期政権がもたらす弊害も少なくなかった。競争なきところによどみが生じるのは経済も政治も同じである。

 いまの安倍政権ができて3年3カ月たった。自民党の若手議員の放言からもうかがえるように、ゆるみは否定できない。「自民1強」に慢心し、好き勝手に振る舞っても政権を失うことはないとたかをくくっているのだろう。

 94年にできた政治改革法の基本精神は、政権交代可能な二大政党制をつくり、政治に緊張感をもたらすことだ。選挙ごとに政権交代しなくても、それがいつでも起こり得る状況があれば与党もうかうかしていられなくなる。

 大事なのは政策の競い合いだ。与野党の批判合戦は有権者の不満のガス抜きになるかもしれないが、結果として政治を停滞させる。

 与野党がきちんと政策メニューを示し、有権者が見比べて是非を判断する。野党がよい政策を打ち出したときは与党も耳を傾ける。こうした政策決定過程を日本の政治に根付かせたい。

 民進党の代表に就いた岡田克也氏は党の針路について「再分配を重視した経済成長を目指す」と語った。自民党を新自由主義と位置付け、対峙する狙いのようだが、具体像はまだ不明確なところがある。早急な肉付けが必要だ。

 民主党政権は内紛続きで自滅した。岡田氏は「再びばらばらになることはない」と強調したが、維新からの参加者の半分近くはかつての離党組である。選挙互助会との批判を跳ね返す結束力を示せるかも課題である。

 民進党への世論の関心は高くない。日本経済新聞とテレビ東京の最新世論調査で「期待する」は26%にとどまり、「期待しない」の66%を大きく下回った。

 前途は多難だが、期待値が低いので「意外な成果」を生み出しやすいともいえる。すぐに政権交代をうかがう地力はあるまい。まずは地道な基盤づくりである。

安心はネット発展の土台だ

 だれもが安心して使える環境をどう実現するか。スマートフォンの普及とともに社会に浸透するインターネットは、安全対策が一段と重要になっている。ネット業界が果たすべき責任は重い。

 ネット企業でつくるセーファーインターネット協会は2015年、児童ポルノやわいせつなど、違法、有害と判断した情報6898件の削除をサイト運営者らに要請し、8割近くが削除された。利用者からの通報に加え、独自の調査を強化した結果、削除数は14年の4倍以上になった。

 個人に打撃を与えるような情報でも、短時間で拡散してしまうのがネットの怖さだ。ネット業界が対策に本腰を入れ始めたことは前進といえるが、課題は多い。

 詐欺や危険ドラッグ、いじめなど、ネット空間を飛び交う違法、有害な情報は多岐にわたる。安心できる環境づくりに向け、業界は活動の輪を広げることが大切だ。

 協会の会員企業は現在、ヤフーやグリーなど9社にとどまる。海外運営のサイトで被害にあう例が多く、海外のネット企業とも協力関係を築く必要がある。

 安全なネット利用を促す教育も要る。個人情報の管理に気をつけるなど自衛策のほか、軽率な行為が他人を傷つけかねないことを個人が学ぶ機会を増やしたい。

 情報処理推進機構の調べによると、ネットへの投稿経験者のうち、他人の悪口など悪意ある投稿をしたことがある人は2割を超す。学校を訪問し、子供たちに使い方を教えるネット企業が増えているが、大人も健全な利用を心がけなければならない。

 自由な表現活動や交流を可能にするのがネット本来の魅力だ。問題のある情報だとして削除を要請するような場合、表現の自由に十分配慮すべきなのは言うまでもない。外部の専門家の意見を聞くなど、慎重な判断が求められる。

 画期的なサービスの創出だけでなく、安全確保もネット産業の発展には欠かせない要素だ。ネット企業は強く自覚してほしい。

民進党発足 1強と対峙するには

 新たな旗のもとに集った議員の熱気と、国民の冷めた空気。まずは、この差を埋める努力から始めるしかない。

 民主党と維新の党などの議員が合流し、新しい民進党としてきのう党大会を開いた。

 待機児童問題で安倍政権を追及する若手の山尾志桜里氏を政調会長に起用したが、岡田代表らほとんどの役員が民主党からの横滑り。党名以外にどこが変わったのかとの批判もある。

 冷ややかな視線を浴びるのも無理はない。

 自民党の長期政権に代わる新たな政治への期待を背負って09年に発足した民主党政権は、国民の思いを裏切り続けた。

 実現できないマニフェスト、空回りした政治主導、そして消費増税をめぐる党の分裂。その時に出ていった議員の一部とよりを戻しただけだ、との印象はぬぐいようがない。

 政権を失った民主党が立ちすくむうちに、安倍政権は、民主党の野田内閣による12年の衆院解散から3度続けて国政選挙に勝ち、「1強」の政治体制を築いてきた。

 安倍首相は「民主党政権時代より、企業倒産件数は約3割減った」などと、政権交代で経済は上向いたと強調する。半面、格差の拡大や待機児童問題などへの国民の不満は根強い。

 首相はまた、集団的自衛権の行使容認や安全保障法制に見られるように、憲法の枠組みを越えかねない危うい道を進む。その先に見すえるのは「変えること」を目的とした憲法改正だ。

 安倍氏の政権運営に危うさは感じるが、ほかに選択肢が見あたらない――。こんなもどかしさを抱く有権者は多い。安倍政権のもとでの13年参院選と14年衆院選がいずれも52%台の低投票率だったことは、そのひとつの証左だろう。

 岡田代表は党大会で、民主党政権時代に期待に応えられなかったことを「深く反省する」と語った。そのうえに、新たな一歩を踏み出すべきときだ。

 衆参で156人の野党第1党となる民進党が、1強に対峙(たいじ)しうる存在になれるかどうか。それが、政治に緊張感を取り戻せるかどうかのカギを握る。

 民進党は「自由、共生、未来への責任」を結党の理念とし、教育、雇用、男女の三つの格差是正や立憲主義の堅持を打ち出すという。方向は妥当である。

 国民一人ひとりの思いをすくいあげ、具体的で説得力ある政策として政権にぶつけ続ける。

 政党にしかできないこの地道な作業を通じてしか、信頼を取り戻すことはできない。

自治体間連携 さらに知恵を絞ろう

 少子化に伴う人口減少と高齢化、財政難に直面するなかで、住民に不可欠な行政サービスをどう保ち、さらに地域の活性化を図っていくか。

 近くの市町村が共通の事業で協力することは、有力な解の一つだ。既にゴミ処理や消防で一部事務組合が、医療や介護の分野では広域連合が定着しているが、14年の改正地方自治法施行で導入された「連携協約」による協力が各地で動き始めた。

 人口がおおむね20万人以上の市が「連携中枢都市(旧地方中枢拠点都市)」を宣言する。そこが周辺の市町村と連携協約を結び、都市圏として共通のビジョンを掲げ、事業を進めていく。自治体間のより機動的な協力を促すのが狙いだ。

 兵庫県姫路市は、国にこの制度を働きかけた自治体の一つだ。同市と7市8町が参加する「播磨圏域都市圏」は昨春、ビジョンを公表した。バス路線網の維持や高度な救急医療の確保、災害対策など日常生活にかかわる課題から、創業支援、地場産品を生かした「播磨」ブランドの確立、広域観光まで、さまざまな事業が並ぶ。

 今月初めまでに全国15の市が連携中枢都市を宣言し、姫路のほか倉敷、福山、宮崎、久留米の各都市圏がビジョンを公表済みだ。どのような課題を抱え、どう打開しようとしているか、参考になるだろう。

 連携協約への道を開いた政府の地方制度調査会は今月、首相に出した答申で、制度の幅を広げるよう提言した。人口が20万人に満たなくても複数の市が中心となる「複眼型」や、特定の市に頼らずお互いに助け合う広域連携を例示している。形は多様であっていい。政府は制度の拡充を急いでほしい。

 もっとも、地域の活性化を目指す事業なら、制度を待たずとも地元の企業や金融機関、NPO、大学などを巻き込んで始められるはずだ。

 すでに多くの取り組みがある。海外市場をにらんだナマコやウニの地域ブランド化(北海道神恵内村など3町村)、文化団体や商工会を巻き込んでの文化観光振興(新潟県長岡市など12市町村)、子育て世代の女性を創業指南や託児サービスで支援する事業(熊本県合志市など3市町)……。政府は地方創生加速化交付金の交付先を決めたが、総額900億円余の4分の1はこれらの共同事業向けだ。

 自治体が事業に挑み、浮き彫りになった課題を国に伝え、対応策を求める。国は制度や予算を通じて自治体を後押しする。そんな循環を作りたい。

原発事故対策 SPEEDI活用も選択肢に

 原子力発電所の事故に備えた避難計画で、政府内の見解が割れたままでは、住民は困惑する。

 問題となっているのは放射性物質の拡散を予測する政府の「緊急時迅速放射能影響予測ネットワークシステム(SPEEDI)」の扱いだ。原発から放出された放射性物質の量や風向きなどを基に計算する。

 東京電力福島第一原発の事故では、放出量のデータを確保できず、住民の避難に役立てるという本来の役割を果たせなかった。

 原子力規制委員会は、昨年4月にまとめた避難指針で、SPEEDIを活用しないことを確認した。予測技術には限界があり、信頼性の低い予測は、むしろ弊害の方が大きいとの理由からだ。

 これに対し、関係自治体の避難計画策定を支援する政府の原子力防災会議などは今月、自治体がSPEEDIを活用することを認めた。財政支援も予定している。

 新潟、静岡両県などの立地自治体から、避難ルートの選定にはSPEEDIのデータも必要だ、といった声が上がり、全国知事会が防災会議に要望していた。

 自治体側は、巨大地震で複合災害が発生し、規制委の指針だけでは対応しきれない可能性を懸念している。道路が地震で多数寸断されれば、計画通りに避難できない恐れもあるだろう。

 最悪の状況を考慮しておくことが、災害対策の要諦である。住民の安全確保には、有用な情報をできるだけ多く入手したい、という自治体の姿勢は理解できる。

 防災会議の方針に対して、規制委は改めて「SPEEDIに信頼性はない」との見解を示した。規制委も譲らない。

 規制委の現行の指針は「予防的避難」を重視している。放射性物質が放出される前に、状況の悪化に応じて住民を避難させる。

 例えば、冷却用電源が失われれば、原発の周辺5キロ・メートル地域の住民が避難を始める。30キロ・メートル圏内では屋内退避し、放射線の測定結果次第で避難を判断する。

 福島原発事故当時の混乱を考えれば、無論、こうした考え方は重要である。だが、SPEEDIを完全に排除するのではなく、技術の進展を踏まえ、有効活用することも選択肢の一つではないか。

 日本気象学会も、SPEEDIの活用や予測精度の向上などを提言している。より良い避難計画に貢献し得るとの考え方である。

 規制委と防災会議は、SPEEDIの活用で接点を探り、自治体や住民に丁寧に説明すべきだ。

民進党結党大会 国民の不信感を払拭できるか

 民主党に対する国民の根強い不信感を払拭する契機にできるのか。

 民主、維新の両党が合流した「民進党」の結党大会が開かれた。岡田代表は挨拶で、「日本に政権交代可能な政治を実現するためのラストチャンスという認識を共有しよう」と強調した。

 改革結集の会だった4人が参加し、衆院議員は96人となった。参院では、無所属の1人が加わった民進党の60人と、維新からの5人が統一会派を近く結成する。

 新しい党名は、「国民と共に進む」との意味を込めたという。

 民主党が推した「立憲民主党」は世論調査で、維新が提案した「民進党」を下回った。結果的に、政権時代の負のイメージを引きずる「民主党」の名を捨て去ることができたとも言える。

 党役員人事で、待機児童問題を巡って注目された若手の山尾志桜里衆院議員を政調会長に抜擢ばってきしたのは清新さを求めたのだろう。

 肝心なのは、民進党が政権を担える党として現実的で説得力ある政策を打ち出せるかどうかだ。

 連合の神津里季生会長は結党大会で、民進党の政策について「目先の人気取りで、魂まで失ってはならない」と指摘した。

 その意味で、結党大会で決まった新綱領の内容は物足りない。

 憲法改正については「未来志向の憲法を国民とともに構想する」との曖昧な文言にとどまった。維新は改正に前向きだが、民主党に慎重論が強かったためだ。

 安全保障政策では、「専守防衛を前提に現実主義を貫く」と訴え、「日米同盟の深化」も掲げた。

 しかし、民主、維新両党は、米国が高く評価する安保関連法について、廃止法案を共産党などと共同で国会に提出した。こうした言行不一致で、同盟をどう深化させるつもりなのだろうか。

 原発政策は、「原発に頼らない社会」を目指すとした。当初案は「2030年代稼働ゼロ」だったが、電力系労組などの反対で、より現実的な表現に落ち着いた。

 夏の参院選に向けて、共産党などとの選挙協力も課題となる。

 共産党が1人区で独自候補を取り下げることで、野党候補の一本化は徐々に進んでいる。衆院選での協力も検討するという。

 だが、そもそも共産党との間では、憲法や日米安保など政策面の隔たりが大きい。民進党内の保守系議員などには、「共産党にすり寄りすぎだ」との反発も高まっている。今のままでは、「野合批判」が一層強まろう。

2016年3月27日日曜日

クロマグロの管理を厳格に

 太平洋のクロマグロは大幅に減少し、国際自然保護連合(IUCN)が絶滅危惧種に指定している。今年秋に開くワシントン条約会議では、ニホンウナギなどのウナギ類とともに、商業取引の規制案が提出される可能性がある。資源管理の徹底を急ぐべきだ。

 日本近海を含む海域でマグロ類などの漁業資源を管理する国際機関、中西部太平洋まぐろ類委員会(WCPFC)は、2012年時点で2万6千トンまで落ち込んだ親魚の量を10年以内に歴史的な平均である4万3千トンまで回復させる目標を掲げる。

 加盟国は目標達成のために体重30キログラム未満の未成魚漁獲量を02~04年平均の半分以下に抑え、親魚の漁獲も平均を超えないことを決めた。政府は昨年から国内沿岸を6ブロックに分けて漁獲上限を設け、未成魚をとりすぎないように管理している。

 しかし、現在の制度は上限を超えそうになった場合でも漁獲に待ったをかける強制力を持たない。国内屈指の産地である青森、北海道を含む「太平洋北部ブロック」の未成魚漁獲量はすでに上限の346トンを100トン以上も超えたが、政府が出したのは操業の自粛要請にすぎない。

 政府は現行制度を今年7月から法令に基づく漁獲上限に変え、将来的には違反に対する罰則も検討している。資源減少の深刻さや、世界のクロマグロ消費量の約8割を日本が占める現状を考えれば当然の措置といえる。

 クロマグロに依存する漁業者は対象魚を広げることなどで経営安定に努めてほしい。このまま資源が減少すれば経営への影響はもっと大きくなる。

 韓国では3月、大量のクロマグロが水揚げされた。WCPFCで親魚の漁獲枠を持たない韓国に対し、日本政府は漁獲や対日輸出をすぐに中止するように求めた。日本の要求を受け、漁業者を説得して輸出を止めた韓国政府の迅速な対応は評価できる。日本が自らの責任を果たすことが欠かせない。

民泊普及へ規制緩和を後退させるな

 空き部屋や空き家を活用し旅行者を受け入れる「民泊」を巡り、政府が規制緩和のための議論を進めている。既存の旅館業界の反対もあり、施設面などで厳しい条件を課す意見もみられる。しかし「民泊」は日本の観光に新たな魅力を加え、個人が資産を生かし収入を得る道も開く。可能な限り柔軟に対応したい。

 大手民泊仲介サイトによれば、欧米の先行例では、一般の個人が自宅の一室などに旅行者を泊める「ホームステイ型民泊」が主流だという。休眠資産の有効活用と外国人との交流が主な目的になる。

 しかし日本では、収益だけを目的にマンションなどの部屋を用意して客を泊める「ビジネス型民泊」が多数派を占めている。実態は限りなくホテルに近い。このため、ゴミ出しなどのトラブルや旅館業界の反発を生んでいる。

 これら2タイプの民泊は、きちんと区別して議論したい。そうしないと議論が混乱し、結果的に新しい旅行文化の芽をつぶすことになりかねない。

 ホームステイ型は、宿泊者の身元確認など最低限の義務を除き、原則的に自由に認めるべきだ。旅館業法はもともとホームステイ型民泊のような形態を想定しておらず、同法の対象とすること自体に無理がある。

 住宅街や農村で日本の生活にふれたい外国人に喜ばれる。こうした民泊は立地や旅行目的からみて旅館と市場は重ならない。連携して、ツアー商品を作る手もある。

 一方のビジネス型は、現行の旅館業法の対象になってもおかしくない。新種の簡易宿泊業に乗り出したい企業などがあるなら、「民泊」を名乗るのではなく、別途、旅館業法の改正などを求めるのが筋ではないか。

 東京・大田区が特区制度を活用して始めた「合法な民泊」の登録が低調だ。大田区は旅館に近い設備とすることを義務づけつつ、既存の旅館と競合しないよう短期の滞在は認めない。2タイプのどちらを想定するかはっきりせず、使いにくい仕組みになった。

 ホームステイ型とビジネス型の線引きは簡単ではない。同居を義務づければ「相続した近所の元実家」などが活用できなくなる。民泊合法化で先行する欧州では、年間の稼働日数で線引きするなど工夫している。海外の例を参考に、現実的で、旅行文化の多様化に役立つあり方を議論してほしい。

ざわつく政界 衆参同日選は筋違いだ

 夏の参院選に向け、政界がざわついている。安倍首相が消費税率の再引き上げを先送りし、衆参同日選に打って出るのではないか、との観測が広まっているのだ。

 首相が消費増税について最終判断を下すのは、もうしばらく景気の動向を見極めてのことだろう。衆院解散もいまは「頭の片隅にもない」という。

 ただ、先行きが不透明な世界経済を踏まえれば、一昨年11月の衆院解散時と同じように、税率引き上げの再延期を表明し、その是非を問うとして解散に踏み切ることは考えられないことではない。

 首相がそんな判断にいたる前に言っておきたい。衆参同日選には問題がありすぎる。

 同日選は戦後2回あったが、首相が同日選を意図して衆院を解散したのは、1986年の中曽根内閣でのことだ。「死んだふり解散」と呼ばれ、自民党は圧勝した。

 公明党も含む当時の野党は、同日選は憲法違反だと強く反発した。選挙後には有権者が「同日選を目的にした解散は、両院議員にふさわしい人物を選ぶ機会を奪うもの」などとして違憲訴訟を起こした。

 最高裁は憲法判断を示さないまま原告の主張を退けた。

 とはいえ、同日選は、任期や解散の有無など制度の異なる二院を置くことで国民の多様な意思を反映し、一院の行き過ぎを抑制するといった憲法の趣旨をないがしろにすることは間違いない。

 自民党は、大災害時の議員不在に備えるため、議員任期に特例を認める緊急事態条項を憲法に設けるべきだと主張する。しかし同日選こそ、より多数の議員の不在という「リスク」を自ら招くものではないか。

 消費増税の是非を解散にからめるとしたら、それにも首をかしげざるを得ない。

 首相は一昨年の解散時に、税率引き上げを再延期することはないと「みなさんにはっきりと断言します」と語った。それができない経済状況を招いたというなら、アベノミクスの失敗を自ら認め、潔く退陣するのが筋だろう。

 一方、首相は在任中の憲法改正をめざし、改憲案の発議に必要な参院で3分の2の改憲勢力を得たいとの意欲をたびたび表明している。この目的のため、衆参二つの選挙の相乗効果で議席の上積みを図るのが真の狙いだとしたら、解散権の乱用だというしかない。

 同日選を正当化する理屈は、見いだせない。

原発停止命令 国民の不安を直視せよ

 大津地裁の仮処分決定で、関西電力高浜原発(福井県)の運転が差し止められた意義をいま一度しっかり考えたい。とりわけ原発を推進する立場の人たちは、司法判断の背後にある国民の不安を直視すべきだ。

 推進側では不満が渦巻く。関西経済連合会の角和夫副会長は「なぜ一地裁の裁判官によって国のエネルギー政策に支障をきたすことが起こるのか」と憤り、関電の八木誠社長は一般論と前置きしつつ、「逆転勝訴すれば(住民側への)損害賠償請求は考えうる」と発言した。

 一方、国は静観を続ける。

 決定は、原子力規制委員会の新規制基準や、政府が了承した住民避難計画の妥当性に疑問を投げかけた。だが田中俊一規制委員長は「基準は世界最高レベルに近づいている」と反論。政府も避難計画は見直さず、「規制委の判断を尊重して再稼働を進める」と繰り返すばかりだ。

 5年前の東京電力福島第一原発事故後、裁判所が原発の運転停止を命じたのは大津で3件目だ。九州電力川内原発では昨年、住民側の申し立てが却下されるなど、司法判断も一様とはいえないものの、事故前に比べ、より積極的な役割を果たそうとする傾向は明らかだ。

 エネルギー資源が乏しい日本に原発は欠かせず、事故後、国は規制委をつくって専門的なチェックを強めた。電力各社も安全性向上に取り組んできた。だから裁判所の口出しは余計だ――。推進側の反応からはそんな考え方が透けて見える。

 だがそれでは、国民も裁判官も納得しない時代になっていることをもっと理解すべきだ。

 「原発の安全性は専門家の意見を踏まえた行政の判断に委ねるべきだ」という92年の最高裁判決を逸脱している、との批判もあたらない。四国電力伊方原発をめぐるこの判決はそういう考えを示す一方で、原子炉等規制法に基づく安全規制の目的について「深刻な災害が万が一にも起こらないようにするため」としている。

 福島では、専門家任せの安全網がもろくも崩れ、「万が一」が現実になった。再び原発を動かすとき、備えは十分か。法の番人である裁判所が、できる限り独自に確かめるのはむしろ望ましい姿勢といえよう。

 なぜ事故後に積み重ねた対策でも国民の信頼が得られないのか。司法からの警鐘は、それを問い直すきっかけにすべきだ。

 原発事故を経て、国民の意識は変わった。司法もその影響を受けている。原発を推進してきた側も、変わるべき時だ。

児童虐待対策 根絶へ体制強化を急ぎたい

 児童虐待による悲惨な事件が後を絶たない。警察庁によると、昨年、虐待に絡む事件で26人の子供が死亡した。

 根絶へ向けた体制強化が急務である。

 厚生労働省が、児童虐待対策を拡充する児童福祉法等改正案をまとめた。厚労省の検討会が今月公表した報告書に沿う内容だ。近く国会に法案を提出する。

 全国の児童相談所が扱った2014年度の児童虐待件数は、過去最悪の8万8931件に上った。15年間で7・6倍に増えた。

 一方で、対応にあたる児童福祉司の配置数は2・3倍にとどまる。人員不足で十分に対処できていないと指摘されてきた。

 児童相談所が関与しながら、悲劇を防げなかった例は多い。

 神奈川県相模原市では、両親から虐待を受けて児童相談所に通所していた男子中学生が自殺した。繰り返し保護を求めていたが、相談所では緊急性がないと判断し、両親が通所に応じなくなっても、家庭訪問すら行わなかった。

 こうした現状を踏まえれば、改正案が、児童相談所の体制強化を打ち出したのは妥当である。

 改正案では、児童相談所の増設を目指し、東京23区の独自開設を認めた。親から子供を引き離す際に法的サポートをする弁護士らの確保も義務づけた。家庭に強制的に立ち入る「臨検」の手続きを簡略化し、権限強化を図る。

 児童相談所と市町村との役割分担の明確化も盛り込んだ。

 児童相談所の業務は、一時保護などが必要な深刻なケースに特化する方向だ。保護に至らない子供や養護施設から家庭に戻った子供の支援は、主に市町村の業務となる。その支援拠点も整備する。

 児童相談所は、親子関係の再構築支援も担ってきたことから、親に配慮して保護を躊躇する傾向があるとされる。保護と支援の機能を分けることは、適切な対応を可能にするために有効だろう。

 最大の課題は、専門性の高い人材の確保である。児童相談所に配置される専門職の増員や、児童福祉司の任用要件の見直しなど、資質向上策の検討を急ぐべきだ。

 虐待を受けた子供の自立支援の充実も求められる。改正案では、養子縁組の相談・支援を児童相談所の業務と位置づけた。施設出身者らが利用できる「自立援助ホーム」の対象年齢は、現行の20歳未満から22歳までに引き上げる。

 虐待の被害から子供を守るためには、政府と自治体が連携し、多面的に取り組むことが重要だ。

北海道新幹線 開業効果の持続へ知恵を絞れ

 北海道新幹線(新青森―新函館北斗間)が開業した。東北新幹線(東京―新青森間)との乗り入れで、北海道と東京が新幹線で結ばれた。

 函館周辺では、多くのホテルが満室状態だ。来月以降の予約も、例年の1・5倍前後に上る。

 道南地域を中心に、観光客の増加を見込んだホテルの改修や商業施設の新設も相次ぐ。

 新幹線の開業を起爆剤とした地域経済活性化への期待が高まっている。開業効果を一時的なものに終わらせないため、官民の知恵と工夫が問われよう。

 見通しは甘くない。北海道新幹線の乗車率は25%程度と想定され、北陸新幹線の約半分だ。事業収支も開業後3年は、年50億円規模の赤字が続くとみられる。

 札幌への延伸は2030年度末の予定で、それまでは本格的なビジネス需要を見込みにくい。観光客の誘致を柱に利用促進を図るのが現実的だろう。

 沿線にある観光資源を改めて発掘し、効果的にPRしたい。JR北海道には、地元自治体などとの緊密な情報交換が求められる。

 東京からの集客では、ライバルとなる航空機との競争で苦戦を強いられそうだ。

 東京―新函館北斗の所要時間は最短4時間2分で、函館中心部へはさらに在来線で約20分かかる。航空機なら、空港からの乗り継ぎも含めて約3時間だ。価格面でも、航空運賃の割引制度を使えば、新幹線が優位とは言えない。

 一方、函館から仙台は約3時間と、在来線で札幌に行くよりも短時間で結ばれる。首都圏だけでなく、東北の都市からの観光客誘致にも力を注いではどうか。

 東北の自治体や企業との連携を強め、新たな旅客需要の掘り起こしに努めてもらいたい。

 北海道を訪れる外国人客が急増している。現在は、航空機を利用する人が大半を占める。

 こうした旅行者を鉄道に取り込むことも重要課題だ。北海道に来る外国人に東北の魅力をアピールし、新幹線を使った広域観光を提案するのも有効だろう。

 JR北海道は、脱線事故や線路の検査データ改竄など、安全に関わる不祥事を繰り返してきた。

 自然条件の厳しい北海道での列車の高速走行には、細心の注意が必要になる。安全運行を何よりも心がけねばならない。

 新青森以北区間の約4割を占める青函トンネル内の事故は、深刻な被害につながる恐れがある。安全対策に万全を期すべきだ。

2016年3月26日土曜日

観光を柱に北海道の魅力磨け

 北海道と本州が26日、新幹線でつながる。整備計画の決定から43年、着工から11年たって、北海道新幹線新青森―新函館北斗間が開業する。観光地としての北海道の魅力に磨きをかける好機だ。

 これで東京と新函館北斗が最速で4時間2分で結ばれる。東京とはまだやや遠いが、東北や北関東との結びつきは強まるだろう。函館ではすでに、ホテルの増改築などが相次いでいる。

 日本政策投資銀行は首都圏と宮城から鉄道で道南を訪れる人が年13万人増え、136億円の経済波及効果があると試算している。函館を中心に広域的な観光ルートづくりを進めて、観光客の滞在期間を延ばすことが経済効果を膨らますカギになる。

 折から函館周辺でも訪日客が増えている。開業ブームを一過性で終わらせないためにも、国内外の利用者の視点にたったサービスの向上が欠かせない。

 北海道では札幌一極集中が著しい。人口26万人を超す函館の拠点性が高まることは、北海道全体にとっても望ましいだろう。

 北海道新幹線は貨物列車とレールを共用する初のケースだ。安全を最優先に運行してほしい。それが2030年度を予定している新幹線の札幌延伸にもつながる。

 北海道旅客鉄道(JR北海道)は新幹線開業の一方で、26日に普通列車の7%にあたる1日79本の減便に踏み切る。老朽化したディーゼル車両の更新費が手当てできないためだ。乗降客が少ない8駅も廃止する。

 道内の鉄道事業は札幌周辺も含めて全路線で赤字になっている。新幹線も当面、年50億円規模の赤字が続く見通しだ。ここ数年、貨物列車の脱線事故やレールの検査データの改ざんなど、事故や不祥事も相次いでいる。

 減便はやむを得ないが、住民の足を守ることも大事だ。航空機やバスなどとの役割分担も含めて、道内の公共交通網をどう再構築するのか。今後も人口減少が続くだけに真剣に検討してほしい。

大学入試「新テスト」は練り直しが必要だ

 「最終報告」なのに曖昧な内容である。大学入試センター試験に代わる新たな共通テストについて、文部科学省の「高大接続システム改革会議」がまとめた案のことだ。記述式試験の導入にこだわるあまり、当初とは改革の方向がずれているのではないか。

 改革会議は報告で、2020年度からの新テスト導入を明記した。この春、中学2年になる生徒たちの年代から対象になる運びだ。差し迫った話だが、目玉となる記述式試験についての具体策は相変わらずはっきりしない。

 「記述式」導入の背景には、センター試験のようなマークシート式の試験だけでは思考力や判断力、表現力を深く問えないという認識がある。たしかにマークシート式の弊害はかねて指摘されており、「書かせる試験」が理想であることは言うまでもない。

 とはいえ数十万人が受けるテストで、限られた期間に答案を公平に採点できるのか、質の高い問題作成を毎年続けられるか。そんな疑問が噴き出し、文科省もいちいち対応に追われてきた。

 そこで出てきたのが、マークシート式と「記述式」の試験日程を切り離す、採点は民間委託や人工知能(AI)の活用でしのぐ、といったアイデアだ。

 こうした案は最終報告にも盛り込まれたが、具体的な手立ては示せていない。「記述式」にこだわったため、身動きが取れなくなっているのではないか。

 そもそもセンター試験から新たな共通テストへの転換は、政府の教育再生実行会議が提起したのが始まりだった。従来の一発勝負型の選抜から、複数の受験機会を提供する資格試験的なものにスリム化する。そのうえで各大学の個別試験を抜本改革する。こんな方向性だったはずだ。

 しかし改革会議では「記述式」ありきの議論が続いたため、それに辻つまを合わせようと生煮えの対応策が次々に浮上した。当初の理念とは離れて資格試験的な性格は薄らぎ、受験機会複数化の議論も置き去りになった。

 文科省は専門家チームで検討を重ね、1年ほどで成案を得るというが綱渡りが続くだろう。

 大学入試改革は教育全体への影響が極めて大きい。それだけに曖昧な部分を残したままの見切り発車は許されまい。スケジュールの再設定も含め、具体策の練り直しを考えるべきである。

大学入試改革 理念倒れは避けよ

 改革ありき、日程ありきで進むべきではない。

 大学入試センター試験にかわる「大学入学希望者学力評価テスト」をめぐり、具体策を検討していた文部科学省の有識者会議が最終報告をまとめた。

 新テストの議論は、政府の教育再生実行会議から始まり、文科相の諮問機関の中央教育審議会、そして有識者会議へと4年がかりで続けられてきた。

 にもかかわらず、検討すべき課題がなお多く残されている。

 それでも文科省は2020年度に新テストをスタートさせる計画を変えておらず、来春には実施方針をつくるという。

 果たして、できるのか。

 考える力を問う入試を、という理念は大切だ。だが、いま必要なのは、それを具体的にどう実現するかである。

 理念倒れではいけない。何ができ、何ができないかを見極め、可能なことを着実に進めてほしい。受験生や高校、大学を振り回す結果は避けるべきだ。

 議論の焦点になっているのは記述式問題の導入だ。マークシート式と違い、自分で書くことで考えを表現する力を見る。

 新テストに盛り込むことで高校にメッセージを送り、知識の詰め込みに傾きがちな授業の改革を促したいと文科省はいう。

 まず短文から始める。自由記述ではなく条件を設け、それをふまえて書かせる。マークシート式より先に別日程で実施し、採点時間を稼ぐ。そんな案も最終報告は示した。

 だが、皮肉にも実現可能性を求めるほど、思考力や判断力、表現力は測りにくくなる。

 採点基準をどうするか、50万人を超える答案を処理するのに採点者をどう確保するかなど、実施段階でのハードルも高い。

 そもそも教育再生実行会議が目指したのは、新テストを資格試験のように複数回用意して選んで受けられるようにし、多面的な選抜は各大学の個別試験が担うという全体図だった。

 最終報告は、その案も捨てていない。ふくれあがる新テストに実現性はあるのか。個別試験と、どう役割を分担するのか。早急に詰めてもらいたい。

 気になるのは個別試験だ。

 最終報告は各大学に対し、知識を問うだけでなく多面的、総合的に評価するよう求めた。

 それには専門の組織や人材が必要になるが、国はどこまで支援する覚悟があるのか。

 文科省は高校、大学教育と入試を三位一体で変える大がかりな改革を目指す。

 だからこそ見切り発車は避けるべきである。

北海道新幹線 逆風の中での出発に

 演歌の北島三郎さんが「はるばる来たぜ」と歌った函館まで、東京から4時間半。北海道新幹線がきょう開業する。北海道から九州まで、列島が高速鉄道でつながる時代を迎えた。

 とはいえ、経済効果については厳しい予測が並ぶ。

 九州や北陸などと並び、整備新幹線として計画されたのは73年。今回結ばれる新青森―新函館北斗駅間は、いまや人口減社会の最先端をいく地域だ。初年度から約50億円の赤字が見込まれている。

 青函トンネル内での最高速度は抑えられ、鉄道が飛行機より優位になるとされる「4時間の壁」は越えられなかった。地元では、函館市中心部まで18キロという新駅の立地などへの不満もくすぶる。北陸新幹線で観光客増に沸く金沢のような光景は期待できず、開業ブームどころか不協和音の中での出発だ。

 だが、多額の税金をつぎ込んで建設した新幹線だ。どうしたら地域振興に役立てられるのか。そして採算のとれる路線に変えていけるのか。官民あげての工夫が必要だ。

 運行を託されたJR北海道は、一日の乗降客が10人以下のローカル駅が3割を占め、管内の全線区が赤字だ。その上に新幹線の業務を背負うJRだけに努力を求めても限界がある。

 東京までを結ぶ時間の短さだけを競えば、北海道新幹線は飛行機に勝ち目がない。だが点と点を結ぶ飛行機に対し、都市を線でつなぐのが鉄道の長所だ。

 たとえば新函館から仙台までなら2時間半で着くようになる。埼玉県の大宮までなら3時間40分。在来線で札幌に行くのとほぼ同じ時間だ。

 函館から見て、札幌か東京か、という地元の発想を少し変えれば、地図は広がる。東北や北関東との連携を進めて、訪日外国人客の周遊など新たな交流の創出に生かしてほしい。

 函館の経済人らは鹿児島などを視察し、開業の教訓を学んできた。「駅前を立派にすることを目的にしてはいけない」「あるものを生かし、市民が街を好きになれることが大切」。地方創生の大事なヒントだろう。

 JR北海道が忘れてはならないのは、安全運行の徹底だ。脱線事故やレール検査数値の改ざんなどで、ずさんな企業風土が明らかになり、14年に国から監督命令を受けた。

 いまは2600億円を投じた改善計画の途上だが、新幹線の赤字がかさめば、コスト削減へ過度な圧力が高まらないか心配だ。安全をないがしろにすることは絶対にあってはならない。

大学入試改革 高校教育の質向上を促したい

 知識だけでなく、思考力や表現力を重視する大学入試改革の方向性は妥当だ。しかし、実現への道筋はなお見えない。

 現行の大学入試センター試験に代わり、2020年度から実施される予定の新テストに関して、文部科学省の有識者会議が最終報告をまとめた。

 マークシート式では、グラフや資料から情報を読み解き、選択肢の中から複数の正答を選ぶ。思考の筋道を文章で書かせる記述式問題を導入する。英語では「書く」「話す」能力も評価する。

 こうした内容のテストなら、単なる暗記だけでは高得点は望めまい。高校では、知識を詰め込む授業から、新聞や本を熟読し、議論を通じて答えを探究する授業への転換を迫られよう。

 高校教育の質向上を促す新テストの狙いは理解できる。

 新テストでは、点数だけでなく、設問ごとの解答状況を大学側に伝えることも想定している。大学が受験生の学力をきめ細かく把握できれば、求める人材を発掘しやすくなる効果が期待できよう。

 問題は、実施態勢をどう整備するかが示されていないことだ。

 記述式では、採点者の確保と採点基準の明確化が成否のカギとなる。採点に人工知能(AI)も活用するというが、きちんと判定できるのだろうか。

 記述式の採点に要する時間を考慮し、マークシート式と分離して試験を実施する案も盛り込まれた。ただ、記述式の試験を前倒しすると、学校行事と重なるとして、高校側が難色を示している。

 英語の試験では、タブレット型端末などに音声を吹き込む方式を検討するという。だが、現在のセンター試験でもリスニングで毎年のように機器のトラブルが起きている。実施の環境を整えられるのか、不安が残る。

 新テストの難易度をどう設定するかも、現時点では不透明だ。

 文科省は17年度初めまでに新テストの詳細を詰める方針だ。受験生や保護者に混乱が生じないよう、検討過程について、情報公開を徹底することが求められる。

 最終報告には、高校生の基礎学力を測る「高等学校基礎学力テスト」を19年度から試行することも明記された。結果は当面、各高校が指導の改善に生かす。

 面接などで選ぶAO(アドミッション・オフィス)入試や推薦入試が大学で広がり、高校生の学力低下を招いた面がある。推薦入試などで、基礎テストの結果を活用するのも一案ではないか。

自動ブレーキ 事故防止に新技術生かそう

 自動車技術の急速な進歩を、痛ましい交通事故の減少につなげたい。

 米運輸省が、日米欧などの自動車メーカー20社と、2022年までに、原則としてすべての新車に自動ブレーキを搭載することで合意した。これにより、追突事故が約40%減ると予測されている。

 レーダーやカメラなどのセンサーで障害物を検知して車を止める自動ブレーキは、日本でも普及が本格化し始めた。自動車各社が乗用車やトラック、バスの新車への装備を進めている。

 国内で販売される乗用車の新車の4割超は、自動ブレーキを搭載している。一部の大型トラックとバスの新型車には、搭載が義務づけられている。中型トラックなども順次、義務化される予定だ。

 だが、全体に占める比率は、乗用車が5%に過ぎず、大型トラックも15%にとどまる。

 悲惨な事故は後を絶たず、自動ブレーキの重要性は増す一方である。普及を急がねばならない。

 大阪・梅田の繁華街で先月、乗用車が暴走して歩道に乗り上げ、11人が死傷した。運転手が急病で意識を失ったことが原因とみられる。1月には長野県軽井沢町で、加速を続けたスキーバスが崖下に転落して、15人が死亡した。

 いずれも自動ブレーキは装備していなかったとみられている。

 乗用車は、自動ブレーキの搭載によって、事故率が6割下がるという統計もある。トラックやバスと同様に、搭載を義務化することも選択肢ではないか。

 現状は、自動車メーカーや車種によって、危険を回避する性能に相当なばらつきがある。普及を促進するために、性能の高い自動ブレーキを搭載した自動車の保険料を割り引く措置は有効だろう。

 自動車・電機などの企業には、車に近づく歩行者を正確に感知したり、運転者の居眠りや急病にも対処したりできる装置の開発が求められよう。

 無論、ドライバーは事故防止機能を過信せず、自己責任で安全運転に努めることが欠かせない。

 今月下旬、政府と自動車メーカーなどが協力して、自動運転の技術開発を進める方針を決めた。ドライバーが操作しなくても、目的地にたどり着けるようにするには、より高性能な安全装置の実用化が必要になる。

 タカタのエアバッグのように、部品の不具合による装置の誤作動で、多数の死傷者を出すことは許されない。新技術の実証実験を重ね、事故を防ぐことが大切だ。

2016年3月25日金曜日

商社が資源頼みを正す契機に

 三菱商事と三井物産が2016年3月期に初の連結最終赤字に転落する見通しになった。銅や液化天然ガス(LNG)などの価格の下落で資源・エネルギー事業の減損損失が膨らむためだ。住友商事も多額の損失を計上する。

 「山高ければ谷深し」である。資源価格の高騰を追い風に総合商社が最高益を誇ったのは、わずか数年前のことだ。資源頼みの収益構造を脱し、国際商品の価格変動の影響を受けにくい経営への脱皮を急がねばならない。

 これまでも商社は、存亡が問われるような状況に幾度となく直面してきた。そのたびに新しいビジネスモデルを生み出して、危機を乗り越えてきた。

 メーカーが自分で原料を調達したり、小売店に商品を届けたりするようになると、仲介貿易や卸といった伝統的な仕事から、自らが生産や販売の主体となる事業投資へと軸足を移した。

 この流れに沿った鉄鉱石や銅鉱山、炭鉱、油田などへの投資が、新興国の経済成長に伴う世界的な資源ブームに乗って巨額の利益を生んできたのは間違いない。

 三井物産では利益の約8割を、三菱商事でも7割弱を資源事業が占めたことがある。その分、市況の低迷がもたらす反動も大きい。資源への過度な傾斜を正し他の収益源育成を急がねばならない。

 もちろん、資源ビジネスから手を引けばいい、という単純な話ではない。日本の資源確保や新興国の成長に商社が果たす役割は、むしろ増しているからだ。

 資源ビジネスは軌道に乗るまでに長い時間と多額の資金が要る。資源価格は下がることもあれば上がることもある。開発投資の縮小はいずれ需給を引き締める。短期の得失で判断して撤退すれば将来の利益を得られないばかりか、資源の安定確保という国家的な課題に支障をきたしかねない。

 資源事業のリスクを見極める力を高めビジネスモデルを進化させていく。今回の苦境をそのための契機としなければならない。

「同一賃金」論議を正社員改革にも生かせ

 仕事の内容が同じなら賃金も同じにするという「同一労働同一賃金」の具体化に向け、政府の有識者検討会で議論が始まった。正社員と同じ仕事をしているのに賃金の安いパートは多い。こうした正社員と非正規社員の待遇格差を是正するための指針をつくる。

 同時に求められるのは、正社員にも仕事に応じた処遇を広げるための議論だ。賃金は職務の対価という考え方が同一労働同一賃金の柱である。なお残る年功賃金制を改め、正社員の生産性を高める方向への改革が必要だ。

 非正規社員は雇用者全体の4割近くを占める。一方でその平均年収は正社員の35%程度とされる。こういった現状をみれば処遇の改善は急務といわざるを得ない。

 有識者検討会は、非正規社員と正社員の賃金の差が許容されるための条件などを指針として示す。これをもとに政府は不合理な格差の是正を促す。仕事によって賃金が決まるようになれば非正規社員の処遇改善が前進し、消費を刺激する効果も期待できよう。

 仕事の内容を賃金決定の物差しとする同一労働同一賃金は、どれだけ付加価値を生み出しているかという生産性重視の考え方といえる。正社員の賃金を考えるうえでも活用の余地は大きい。

 賃金制度の年功色は以前より薄まってきたが、長く勤めるほど賃金が増える仕組みは根強く残っている。仕事の中身や難易度で賃金を決める職務給をもっと取り入れるなど、正社員に生産性の向上を促す一層の取り組みが必要だ。職務を限定した「ジョブ型正社員」の導入も手立ての一つだろう。

 こうした企業の改革を支援することが政府の役割だ。たとえば、職業能力を評価する仕組みを整えれば職務給制度の設計に役立つ。社員が自らの専門性を高めて待遇の良い職務に移っていけるよう、職業訓練の充実も欠かせない。

 有識者検討会は正規・非正規社員の格差是正のための論点を4月中に整理し、政府が5月にまとめる「ニッポン一億総活躍プラン」に反映させる。併せて、職務に応じた正社員の処遇制度を浸透させるための議論も深めてほしい。

 日本企業の正社員は柔軟に担当業務が変わり、専門性を身につけにくいとされる。職務に応じた処遇が広がれば、そうしたあり方も変わっていこう。外国人など外部の人材も採りやすくなり、企業の競争力向上を後押しできる。

プロ野球開幕 金銭文化根絶の改革を

 巨人の投手4人の野球賭博や数々の金銭にからむ問題に揺れているプロ野球のシーズンが、きょう開幕する。

 一連の問題にかかわる調査はまだ続いている。全容解明は果たされておらず、ファンの疑念も払拭(ふっしょく)されてはいない。

 日ごろから安易に金銭がやりとりされる風土は、賭博や八百長へと発展するおそれがある。さらに反社会的勢力と関係がつながることも許されない。

 選手、関係者は真剣なプレーをファンに披露するだけでなく、長年続いたあしき金銭文化を根絶するシーズンとしなくてはならない。

 日本野球機構(NPB)は、選手が自分から違反を申し出れば処分を軽くするという期限つきの措置を検討している。

 NPBの調査には強制力がなく、真実にたどり着くまでの壁は厚い。自主申告を促す措置は問題の全容をあぶりだすための苦肉の策とみられる。

 だが、ここまで選手の間で日常化していた金銭問題の根深さを考えれば、もっと根本的な対策が必要だろう。

 開幕直前の今週もまた、新たな金銭のやりとりが明らかになっている。高校野球を舞台にした賭けやくじなど、いくつもの球団で次々と発覚した。

 しかし、いずれも野球協約違反にはあたらないとして実質的な処分をしていない。

 高木投手と巨人のほかの選手1人は、違法と見られる闇スロットに出入りしていたが、球団は厳重注意しただけだ。

 これらについても毅然(きぜん)とした態度を取るべきだ。コミッショナーは全球団に対し、賭博が刑法により処罰されることを選手に認識させるよう求める通達を出したが、その程度では同じ事態が繰り返されかねない。

 12年に関西の社会人野球のチームで、高校野球や競馬を対象にした部内賭博が明るみに出た。告発する投書が会社へ届き、社内調査が行われた。

 この野球部は日本選手権予選への出場を辞退し、半年間の対外試合禁止となった。警察にも報告し、単純賭博容疑で部員18人が書類送致されている。

 法令順守は当然のこと、社会のルールや倫理に反する行為をしない。プロ野球界に必要なのは、徹底した意識改革だ。野球協約が不適切な行為を見逃してしまうのならば、それを不処分の理由にするのではなく、協約の見直しを検討すべきだ。

 コミッショナーをはじめ、プロ野球に身を置く全員が球界浄化への強い意志を持ち、このシーズンに臨んでもらいたい。

学校事故指針 子どもの命守る一歩に

 体育中の事故、地震や津波の災害、不審者の侵入……。

 授業や登下校中の事件、事故をめぐり、学校や自治体の対応を定めた指針案を、文部科学省の有識者会議がまとめた。今月中にも全国の学校に通知する。

 子どもの死やけがの事実をつかみ、原因を探り、再発防止に生かす。その一歩にしたい。

 指針案は、子どもが亡くなった場合、家族の要望を受け、教育委員会などが第三者調査委員会を立ち上げることを初めてルール化した。委員を職能団体や学会の推薦で選ぶなど、公平で中立的な人選を求めている。

 発生3日以内に関係する全教職員から聞き取り調査をし、1週間以内に保護者に最初の説明をすることも盛り込んだ。

 学校での事件や事故をめぐっては、家族と学校の対立の構図が繰り返されてきた。

 保護者から責任を追及されたくないと、経緯をなかなか明らかにしない学校。事実がわからず学校に不信をつのらせ、裁判に訴えるしか手のない家族。

 両者の間の壁を越えるには、子どもの命を守りたいと願う出発点を確かめ合い、対話を重ねるしかない。

 関係者は、その原点を胸に、指針に息を吹き込んでほしい。

 指針案には課題も多い。

 学校と遺族の関係がこじれる恐れのある場合、教委などがコーディネーターを派遣することを提案した。自治体の職員が役目を果たすことを想定しているが、保護者はどこまで中立的な立場と受け止めるだろうか。

 役割を果たせる人材はまだ少ないのが実情だ。教委は学識経験者らも含め、日頃から幅広く人選しておく必要がある。

 指針案には、報道など外部への対応のため、窓口を一本化することも盛り込んだ。

 混乱を避けるためというが、情報が絞り込まれ、学校に不都合な話が隠される恐れもはらむ。教職員らの口封じにならないよう注意してほしい。

 発生防止のカギを握るのは、国だ。各地の学校の事件や事故について報告を受けて事例を蓄積し、他の自治体や学校に知らせる役割を果たす。原因を分析し、対策を発信するには、専門の部門を設ける必要があろう。

 子どもの死をめぐっては、自殺の背景調査の指針や、保育施設での事故後の対応のガイドラインなどが、文科省や厚生労働省で相次いで生まれている。

 省庁の縦割りを越え、それらをまとめて、子どものすべての悔やまれる顛末(てんまつ)を真剣に検証する。そんな仕組みづくりを始める時期に来ている。

緊急事態条項 憲法に危機管理を明記したい

 国家のあり方を定めた最高法規が非常時の危機管理の規定を持たないことは、政治の不作為そのものではないか。

 大規模災害などに備える「緊急事態条項」の創設が憲法改正の重要テーマとなってきた。安倍首相は、「緊急時に国家と国民がどのような役割を果たすべきかを憲法にどう位置づけるかは大切な課題だ」と強調している。

 自民党も2012年の憲法改正草案にこの条項を盛り込んだ。首相が緊急事態を宣言すれば、法律と同一の効力を有する政令を政府が制定できることが柱だ。

 主要な論点は二つある。

 一つは、より効果的な被災者の救出・支援を行うための首相・政府権限の強化だ。現行の災害対策基本法にも緊急政令の規定があるが、物価統制など経済秩序維持に関する3項目に限られる。

 災害対策基本法は、阪神大震災や東日本大震災を受けて、何度も改正された。例えば、自治体の要請を待たずに、政府などが救援物資を供給できるようになった。だが、十分とは言い切れまい。

 南海トラフ巨大地震では、最悪のケースで死者約32万人、倒壊家屋約238万棟など、桁違いの被害が想定されている。

 憲法に緊急政令を位置づけ、その対象を広げて、円滑な被災者の避難や救援を可能にしておくことを真剣に検討すべきだ。

 野党には、政府権限の強化は国民の権利制限につながるとして、「憲法でなく、法律改正で対応すれば良い」との慎重論がある。

 だが、より多くの人々の生命や財産を守るため、居住・移転の自由や財産権などを一時的に、必要最小限の範囲で制限することは、広く理解を得られるはずだ。

 むしろ危機管理の規定がないまま、政府が超法規的措置を取ったり、逆に必要な対策を講じられなかったりする弊害が大きい。だからこそ、多くの国の憲法が緊急事態条項を備えているのだろう。

 想定外の事態に直面し、法律の不備が判明するのが過去の大災害の教訓である。国会の事後承認など一定の条件の下で、政府が柔軟で強力な措置を取れることを憲法に明記する意義は大きい。

 もう一つの論点は、国政選の実施が困難な状況における国会議員の暫定的な任期延長である。

 従来、そんな事態はなかったが、今後も起きない保証はない。衆院解散後に大震災が発生した場合、前議員が一時的に職務を果たせるようにするなど、国会の機能を維持する仕組みが欠かせない。

プロ野球開幕 熱いプレーで信頼を取り戻せ

 プロ野球は25日、開幕を迎えた。白熱した戦いを展開し、ファンを楽しませてもらいたい。

 開幕ムードに水を差す出来事が相次いだことは極めて残念な事態だ。

 野球賭博に関わった読売巨人軍の高木京介投手に対し、日本プロフェッショナル野球組織(NPB)の熊崎勝彦コミッショナーは、1年間の失格処分を下した。計4人の選手が失格処分を受けたことは、球団史に残る汚点である。

 試合に勝つと、円陣で声を出した選手が祝儀をもらう。ノックで失策をすると、罰金を払う。選手間のこうした現金のやり取りが巨人や阪神、西武など多くの球団で行われていたことも分かった。

 たとえ、野球協約に抵触しないにせよ、グラウンド上の行為を巡る金銭の授受は、不信を招く。球界での慣習が、世間的に通用するとは限らない。

 12球団は「球界の浄化に全力で取り組み、信頼回復に最善の努力を尽くす」とする共同声明をまとめた。巨人も「痛切に反省し、再発防止に全力を尽くす」とのお詫びのコメントを発表した。

 巨人は、昨年11月に発足させた紀律委員会を有効に機能させ、選手教育を徹底せねばならない。

 失った信頼は、プレーで取り返すしかない。選手は、プロならではの投球や打撃、守備でペナントレースを盛り上げてほしい。

 今季、セ・リーグの監督は大幅に若返り、6球団の全監督が40歳代となった。世代交代した指揮官たちが、どのような采配を見せるのか、楽しみである。

 パ・リーグは、2年連続日本一となったソフトバンクに、他の5球団がどのように挑むかが、焦点となるだろう。

 本塁上のクロスプレーに関するルールが変更されたのも、注目点だ。捕手によるブロックと、走者が捕手に体当たりすることが禁じられた。選手のけがを防ぐために、必要な措置である。

 走者に有利なルール改正と言われている。捕手は、手を伸ばして走者にタッチするケースが増えるとみられるためだ。単打で二塁走者が本塁を突くケースが増えるかもしれない。各チームがどのように対処するか、見ものだ。

 球場をより楽しめる空間にしようと、各球団は「ボールパーク化」に力を注いでいる。仙台市にある楽天の本拠地のスタンド脇には、観覧車がお目見えする。

 各球団が、趣向を凝らしたサービスでしのぎを削り、ファン層を今まで以上に広げたい。

2016年3月24日木曜日

政府機関の移転にとどめるな

 政府が中央省庁や独立行政法人などの地方移転に関する基本方針をまとめた。全面的な移転が決まったのは文化庁などわずかにとどまった。

 地方創生を掲げる政府は、年間10万人を超す東京圏への転入超過数を2020年にゼロにして、一極集中を是正する目標を掲げている。そのために、東京にある企業の本社機能の地方への移転を税財政面から後押ししている。

 東京など首都圏に集中しているのは政府機関も同じだ。政府自らが範を示そうと打ち出したのが今回の取り組みである。42道府県が69機関の誘致を提案し、ほぼ半分の34機関に対象を絞り込んで移転の是非を検討してきた。

 今回の基本方針で「全面的な移転」と明記されたのは文化庁と国立健康・栄養研究所などにとどまる。「一部移転」は20機関程度あるが、国の研究機関が地方大学と連携拠点を設置するなどといった、地方に人材がどの程度移るのかよくわからない事例が多い。

 政府機関のなかには研修所のように東京やその周辺に立地する必要性が低いものがまだまだある。結論が先送りされた消費者庁や総務省統計局を含めて、さらに移転機関を増やすべきだ。

 国会対応や危機管理の面で地方に移しづらい業務は確かにある。一方で、地方への移転は政府内の仕事の進め方や職員の働き方を見直すきっかけになるだろう。

 気になるのは移転が少ない代わりに、経済産業省などの出先機関の強化を打ち出した点だ。下手をすると行政の肥大化を招く。地方分権にも逆行しかねない。

 現在、全国の自治体がそれぞれの総合戦略をまとめている。地方創生は計画段階から実行段階に移る。地方を活性化するためには、地域が自らの知恵と責任で息長く事業に取り組む必要がある。

 政府機関の移転は必要だが、それだけでは効果は限られる。政府は活性化の障害になる規制を見直し、地方に権限や財源を移すことにも、もっと力を入れるべきだ。

テロ撲滅へ国際連携が問われている

 ベルギーの首都ブリュッセルを連続テロが襲い、日本人を含む多数の死傷者が出た。

 ブリュッセルは、欧州連合(EU)や北大西洋条約機構(NATO)が本部を置く欧州の中核都市だ。昨年11月のパリ同時テロから4カ月あまりで、再び欧州の中枢を標的にしたテロが起きたことの衝撃は大きい。

 市民を無差別に襲う卑劣な行為は言語道断だ。テロを強く非難するとともに、犠牲者に深い哀悼の意を表したい。

 テロは最近トルコなどでも起きた。相次ぐ悲劇を前に、わたしたちはテロ撲滅に向けた決意と行動を新たにする必要がある。

 ベルギーの当局はパリのテロ事件の容疑者のひとりをブリュッセルで逮捕したばかりだった。新たなテロを警戒していたにもかかわらず未然に防げなかったことは、欧州に巣くうテロリストのネットワークの根深さを示している。

 こうしたテロを封じ込めるには、捜査協力や情報共有など国際的な連携が重要だ。

 5月の主要国首脳会議(伊勢志摩サミット)では、テロ対策を議題に実のある議論をする必要がある。日本は議長国として責任を果たさなければならない。

 今回も過激派組織「イスラム国」(IS)が犯行声明を出した。ISが直接関わったのかなど詳細は明らかでないが、過激思想に影響を受けた若者らがテロに走ったとすれば、その根っこを断つ必要がある。

 中東の混乱を収束させ地域を安定させることが、そのために欠かせない。関係国は立場の違いを乗り越えて協力し、シリア内戦終結などに全力を尽くすべきだ。国際社会の責任は重い。

 テロ対策を進めるうえでは、冷静な対応も大切だ。

 欧州では中東などからの難民が急増し、反難民を掲げる政治勢力が支持を増やす動きがみられる。テロの影響で移民や難民を敵視する風潮が強まれば、社会の亀裂は深まる。

 それは混乱を狙うテロリストを利するだけだ。移民と共存し、過激思想の広がりを防ぐことが、社会の安定と繁栄の基礎になることを忘れてはならない。

 今回の事件は、空港のロビーや地下鉄といった多くの人が集まる場所の安全をどう確保するかという問題も改めて示した。日本にとっても重要な課題だ。

欧州のテロ 民主社会への挑戦だ

 欧州連合(EU)の機能が集中するベルギーのブリュッセルは、欧州の中枢といえる。その街が連続テロの標的となった。

 空港と地下鉄で相次いだ爆発で多数の人々が犠牲になった。公共交通の場で無差別殺傷を狙った許せない蛮行である。

 中東に拠点をおく過激派組織「イスラム国」(IS)が犯行声明を出した。欧州の民主社会を揺さぶり、自分たちの存在を誇示する狙いとみられる。

 欧州ではイスラム過激派によるとされるテロが続いている。昨年11月には、フランスのパリで同時多発テロが起き、130人もの命が奪われた。

 わずか半年の間に大規模な都市型テロが続いたことで、欧州が警戒を強めるのは当然だ。

 ただ一方で、社会の動揺が深まれば、それこそ過激派の思惑どおりになってしまう。欧州の関係当局は効果的な対策を粛々と進めてほしい。

 欧州は、移動の自由やプライバシーの尊重など人権の価値観を定着させてきた地域だ。統治の論理が個人の権利を侵すことが多い新興国や発展途上国の現状を考えると、欧州の理念はいっそう重みを増している。

 求められるのは、市民の自由と治安維持のバランスを保ちつつ捜査やテロ予防を進める難しい対応だろう。

 昨秋のパリ同時多発テロの容疑者の多くは、ブリュッセル近郊の出身だった。現場から逃走し、先週拘束された容疑者も、同じ地区に隠れていた。過激派のネットワークが地下に広く根を張っていると考えられる。

 その摘発がなぜ徹底できないのか。詳細に検証する必要がある。その反省のもとに、今後の対策も進められるべきだ。

 かぎを握るのは、欧州各国が結束できるかどうかだ。最近のEUは、難民問題などで立場の食い違いが目立つ。今回を機に協力態勢を築き直したい。

 例えば、欧州の過激派や犯罪組織に流れる銃の規制を強める枠組みをつくろうと、EUは以前から試みている。この努力を強化し、各国が持つ情報の共有を広げられないか。

 過激派に加わる若者は、移民の家庭出身であることが多い現実をふまえ、欧州社会のなかで移民の統合を改善する手立てもオープンに議論したい。

 今回のような事件に乗じて、移民の排斥や反イスラムを叫ぶ言動にも十分注意すべきだ。

 市民の自由と尊厳を見失わない落ち着いた振るまいこそ、欧州の価値観に合致する。テロに対してもできるだけ冷静に、決然とした態度を貫いてほしい。

政府と沖縄県 分断を埋める協議に

 米軍普天間飛行場の名護市辺野古への移設をめぐる裁判の和解を受け、政府と沖縄県がきのう初めての協議に臨んだ。

 この協議を両者の分断を埋める機会にしなければならない。そのためには互いの問いかけに正面から答え、接点を見いだす努力が求められる。

 だが残念ながら、初回の協議はすれ違いに終わった。

 菅官房長官は「辺野古が唯一の解決策」との姿勢を変えなかった。これに対し、翁長雄志知事は「辺野古が唯一の解決策というかたくなな固定観念に縛られないで、真摯(しんし)に協議を進めるよう求めた」と語った。

 考えるべきなのは、地元の理解と協力を欠いた安全保障の基盤は脆弱(ぜいじゃく)にならざるを得ないということである。

 県との合意が得られないまま辺野古に新基地を造っても、沖縄の米軍基地は安定的な運用ができなくなる恐れがある。日本の安全保障は、かえって不安定な状況に陥りかねない。

 政府がいま、なすべきは、県との協議にかかる期間を生かし、安倍首相が2013年末に仲井真弘多・前知事に約束した「普天間の5年以内の運用停止」の実現に向けて、具体的な検討に入ることだ。

 辺野古移設が実現するとしても、どんなに早くても2022年度以降。それまでの間、普天間の危険性除去が棚上げされることがあってはならない。

 政府はこれまでも普天間の機能の分散を進めてきた。これをさらに進め、県外・国外への分散を真剣に検討すべきだ。そのためには、本土の自治体とも話し合い、米国とも協議に入る必要がある。

 そうした姿勢こそ、政府に求めたい。

 政府はきのう、沖縄本島北部に広がる米軍北部訓練場の半分あまりの早期返還について、県との協議を提案した。96年の日米特別行動委員会(SACO)の最終報告に盛り込まれたが、実現していない案件だ。

 沖縄の負担軽減に努めるのは当然だが、辺野古移設とは別問題である。両者を関連づけ、地元に無用の混乱を招かないよう丁寧な議論をしてほしい。

 和解後の政府の姿勢にも疑問がある。政府は県との協議を開く前に、辺野古埋め立ての承認取り消しを撤回するよう翁長知事に指示した。和解条項に盛られた手続きだとはいえ、真の和解を望む態度とは程遠い。

 今回の協議を、新たな訴訟の判決が確定するまでの問題の先送りに終わらせてはならない。政府の責任は極めて大きい。

ベルギーテロ 「欧州の首都」標的にした蛮行

 「欧州の首都」を舞台に、市民を無差別に狙った卑劣なテロである。断じて許されない。

 国際社会は、テロ封じ込めに向けた包囲網を一段と強化せねばなるまい。

 欧州連合(EU)本部があるベルギーの首都ブリュッセルの国際空港と地下鉄駅で、爆破テロが相次いで発生した。30人以上が死亡し、200人超が負傷した。

 シリアとイラクに拠点を置く過激派組織「イスラム国」は犯行声明を出し、ベルギーが有志連合による対「イスラム国」攻撃に参加していることを理由に挙げた。

 犯行グループには、自爆犯のほか、逃亡した者もいる。ベルギー当局は、事件の捜査を急ぎ、犯行の全容を解明してもらいたい。

 オランド仏大統領は「ブリュッセルへの攻撃は、欧州全体に対するものだ」と指摘した。EU各国の治安機関によるテロ関連情報の共有を進めることが重要だ。

 ブリュッセルには、イスラム系住民が多数居住する地区があり、欧州のイスラム過激派の温床という一面も持つ。4日前には、昨年11月のパリ同時テロで生き残った実行犯が、この地区の潜伏先で逮捕されたばかりだった。

 深刻なのは、ベルギー当局の厳戒下にあった空港という重要施設でテロを防げなかったことだ。

 犯人は、手荷物検査場の前にある航空会社のチェックインカウンター付近で自爆したという。警備の盲点だったのではないか。テロ対策の再検討が必要だろう。

 地下鉄の車両の爆発は、EU本部に近い駅で起きた。犯行グループがパリ同時テロ犯の逮捕に反発し、大量殺人で欧州を再び揺さぶる暴挙に出たとの見方もある。

 米欧や中東諸国には、「イスラム国」の台頭を許したシリア内戦を収束させ、テロ組織を掃討するさらなる努力が求められよう。

 地下鉄爆破には日本人も巻き込まれ、1人が重傷、1人が軽傷を負った。ベルギーには、日本企業約220社が進出し、在留邦人も約5400人に上る。

 多数の邦人が海外で活動する今日、イスラム過激派のテロは日本にとっても、他人事ではない。

 安倍首相が今回の事件を強く非難し、「国際社会と連携して対応しなければならない」と述べたのは当然である。

 5月に開かれる主要国首脳会議(伊勢志摩サミット)では、テロ資金源の遮断などの具体策を打ち出すことが課題となる。政府は、空港警備の再点検など、テロ阻止に万全を期すべきだ。

文化庁京都へ 地方創生に役立つ移転なのか

 地方創生にとって、東京の役所の移転が本当に必要なのか。そんな疑問を抱かざるを得ない。

 政府が、文化庁を数年以内に京都へ移転させることを柱とする中央省庁の地方移転の基本方針を決定した。

 日本文化の国際発信力の向上や文化財を活用した観光の推進を、文化庁移転の理由としている。

 京都は、歴史的な建造物や文化遺産が集積し、外国人観光客に人気がある。そこから情報発信する象徴的意味合いを重視したのだろう。誘致活動に取り組んだ京都府や京都市は歓迎している。

 安倍首相は、政府関係機関の地方移転について「地域に仕事と人の好循環を作り出し、東京一極集中を是正する」と強調した。

 だが、文化庁移転が地域活性化に具体的にどう結びつくのか。移転費に見合う成果が期待できるのか。そもそも国際発信力がなぜ東京より高まるのか。いずれについても説得力のある説明はない。

 文化庁の仕事は、文化財保護だけではない。音楽、美術から映画、アニメまで幅広い文化芸術振興、著作権保護、日本語教育、宗教法人の認証など、多岐にわたる。

 政府は今後、協議会を設け、移転内容の詳細を詰める。原則、国会対応の担当者らだけを東京に残し、長官以下、約250人の職員の大半が京都に移るとされる。

 基本方針は、文化庁の機能強化をうたうが、京都と東京の二元体制になることで、逆に行政効率の低下を招かないか。

 協議会には、国会対応に限らず、必要な部署は東京に残すなど、柔軟な検討が求められる。早くも現在1人の次長ポストを増設する案が浮上している。組織の肥大化にも警戒せねばなるまい。

 基本方針は、消費者庁が徳島県へ、総務省統計局が和歌山県へそれぞれ移転する案について、8月末までに結論を出すことにした。テレビ会議やインターネットを活用した実証実験などを重ねて、移転の可否を判断するという。

 消費者庁の移転には、消費者団体などが反発している。食の安全などに関する緊急事態が発生した場合、東京にある他の関係省庁との迅速かつ適切な調整に支障を来すことを懸念するためだ。

 消費者庁は2009年、縦割りを排する消費者行政の司令塔として発足した経緯がある。こうした心配には一理あろう。

 中央省庁の移転は、東京を離れた場所でも行政機能を維持できることが大前提となる。慎重に検討を進めねばならない。

2016年3月23日水曜日

土地デフレの終息はいいが

 リーマン・ショック以降続いた土地デフレが終わった。国土交通省が発表した公示地価(1月1日時点)で全国平均の地価が8年ぶりに上昇した。不動産市場への資金流入に加えて、訪日客の増加も地価を押し上げている。

 大都市から始まった地価上昇のすそ野は着実に広がっている。都道府県別にみると、商業地では新たに北海道や石川県、広島県などが上昇に転じた。住宅地でも新たに熊本県が上がった。

 商業地が特に堅調だ。東京の都心部を中心に主要都市でビルの空室率が低下している。社員の採用増や業容拡大に併せてオフィスを移転したり、拡大したりする企業が多い。需給が引き締まり、東京などでは賃料も上がっている。

 訪日客の増加で大阪の心斎橋や東京の銀座などではブランド店や免税店の出店が相次いでいる。ホテル用地の取得も広がっている。

 土地デフレが終わり、地価が上昇に転じたことは経済にとって望ましいだろう。担保価値が上がれば中小企業なども設備投資などの資金を手当てしやすくなる。

 地価が上がったといっても全国平均で0.1%の上昇にすぎない。実需の支えがなければ、持続的に地価が回復するのは難しい。規制緩和などでビジネス拠点としての都市の魅力を高め、内外の投資を呼び込む政策が要る。

 一方で気になる点もある。銀行による不動産融資は昨年、バブル期を超えて過去最高になった。運用難が背景にあるとはいえ、不動産業への資金集中が続けば、新たなバブルを生みかねない。

 大阪では上昇率が40%、名古屋でも30%をそれぞれ超えるような地点が出てきた。東京・銀座の一等地ではバブル期よりもすでに地価は高い。マンションの販売価格も全国でかなり上がっている。

 日銀のマイナス金利政策は住宅投資などを後押しするだろうが、バブルの芽を膨らます可能性もある。地価は上昇への期待感から振れやすいだけに、注意を要する局面に入ったといえるだろう。

米・キューバの接近を世界の安定に生かせ

 1961年に国交を断ってから長年にわたり米国と敵対してきたキューバの地を、オバマ米大統領が踏みしめた。両国の和解は歓迎すべきであり、世界の安定にも役立てていきたい。

 オバマ氏のキューバ訪問は、現職の米大統領としては約90年ぶりだ。残り任期が1年を切るなか政治的な功績を残したい思惑もにじむが、緊張を和らげようとする努力をひとまず評価したい。

 キューバの人権や民主化の問題が解決したわけではなく、米議会には対キューバ制裁の全面解除に反対する声がある。米共和党の大統領候補からもオバマ氏の決断への批判が聞かれる。和解の道のりはなお曲折が予想される。

 それでも、経済交流は着実に動き出しつつあり、和解の流れが反転するとは考えづらい。大切なのは、この動きを前向きに生かしていくことだ。

 米国とキューバの握手は冷戦の遺物の解消という面が色濃い。アジアでは朝鮮半島の情勢と重なるといえる。キューバを数少ない友好国としてきた北朝鮮にとって、米・キューバの接近は少なからぬ圧力になろう。

 中南米の政治潮流にも転機となる可能性がある。中南米では反米的なポピュリスト(大衆迎合主義者)が政権を握る国が少なくないが、そうした政権を精神的に支えてきたのがキューバだからだ。

 折しも、原油をはじめ1次産品の国際相場の低迷で、こうした政権の多くは苦しい立場に追い込まれている。イデオロギー的な対立や過去のしがらみを克服しようとするオバマ外交には、追い風が吹いているといえるだろう。

 経済政策と外交の両面で、実利にもとづく現実主義が南北アメリカで広がることを期待したい。

 地政学的な影響も見逃がせない。中国やロシアは米国をけん制するため、キューバやベネズエラなど中南米の反米諸国に接近し、支援してきた。

 米国とキューバの歩み寄りは、こういった動きの勢いをそぐことにつながり、米国やその同盟国にとっての意義は小さくない。

 日本としてもキューバの改革を積極的に支えていく必要があろう。両国政府は昨年、初の官民合同会議を開いて、インフラ支援などを話し合った。一千万人超の人口を抱える同国は日本にとっても魅力的な市場だ。交流をさらに進めていきたい。

米とキューバ 和解の歩みを広げよう

 核戦争の瀬戸際だった1962年のキューバ危機を記憶する人にとっては、隔世の感があろう。米国のオバマ大統領が、キューバの地に降り立った。

 現職米大統領の訪問は、実に88年ぶりである。断交状態は半世紀以上にも及んだ。今回の訪問の実現は、厳しい対立関係も話し合いによって解決できることを世界に印象づけた。

 もちろん両者の隔たりはまだ大きい。首脳会談では、米国の禁輸措置の全面解除やキューバの人権問題をめぐって、オバマ氏とカストロ国家評議会議長との考え方の違いも際だった。

 それでも、この歴史的な訪問は両国関係だけでなく、米州大陸全体にとっても意義深い。キューバ経済を支えた南米ベネズエラとも米国が歩み寄れれば、地域の安定化につながる。

 訪問を機に結びつきを深め、新たな関係を広げてほしい。

 両国は一昨年12月に関係正常化の交渉に入り、昨年7月に国交を回復した。この間、キューバ側が最も望む、大規模な民間投資計画など具体的な進展は、期待ほどには実現していない。

 各種規制が多い社会主義国キューバ側の投資受け入れ環境が整っていない事情はもちろんある。だが、それよりも、米議会が今もキューバへの禁輸措置を完全に解こうとしないのがそもそもの足かせだ。

 オバマ氏の今回の訪問は、そうした停滞感を拭い、両国関係は後戻りすることなく発展する流れにあることを、内外に示す狙いがあるとみられる。

 米国の野党共和党は、国内の政争の思惑で外交を振り回す姿勢を改めるべきだ。大国が自分の目と鼻の先の島国をことさら孤立させ、国民を長年困窮させる政策は人道にも反する。

 キューバ側にも正すべき点はある。米国の接近に今なお一部の人びとが懐疑的な最大の理由は、キューバ国内の人権問題が解決されていないからだ。

 集会や言論の自由は制限されており、今回も訪問直前に反体制派の約50人が拘束された。米側は改善を求めるが、キューバ側は内政干渉だとしている。

 混乱を避けつつも、少しずつ変化を受け入れる姿勢が、キューバの政権に欠かせない。国を外に開くことは、内にも開くことだ。そのような認識をしっかり抱く必要がある。

 両国の関係改善では、ローマ法王とカトリック教会が重要な仲介役を担った。これは新たな和解モデルでもある。カトリックの影響力の強い中南米に限らず、同様の試みを世界に広げ、対立の解消に役立ててほしい。

省庁移転 骨太の理念が見えない

 結局どこまで本気だったのか。疑問が残る。

 政府が関係機関の地方移転に関する基本方針を決定した。安倍政権の地方創生の目玉で、自治体に広く誘致を呼びかけてきたが、中央省庁では文化庁が数年以内に京都へ移転することだけが本決まりとなった。

 徳島県が誘致した消費者庁と、和歌山県が求めた総務省統計局は検証を重ね、8月末までに結論を出すという。だが、5道府県が誘致した中小企業、特許、観光、気象の4庁は「機能の維持・向上が期待できない」などと見送られた。研究・研修機関も多くの自治体が誘致したが、全面移転は1機関のみだ。

 人口減少時代に入った日本で、東京一極集中の是正は急務だ。政府機関移転には「自分たちが何もしないで企業に地方移転をお願いしても説得力がない」(石破茂地方創生相)という象徴的な意義があったはずだが、尻すぼみの印象だ。

 最大の問題は、政府全体のあり方をどう見直すかという視点が欠けていたことではないか。一極集中を是正するにはどの機関をどこへ再配置すべきか。しっかりした理念がなければ、形だけに終わりかねない。

 国会対応に縛られる省庁の職員が、長時間勤務を強いられる弊害は言われて久しい。省庁同士の役割を整理したり、東京で担う必要がない業務を地方に移管したりすることを考えるきっかけにもできたはずだ。

 しかし政府内の議論は、省庁を地方に移しても、現状の機能が維持できるかにほぼ終始し、組織や業務のあり方を改革する方向に踏み込まなかった。

 基本方針には一部の省庁・機関の地方拠点の強化や新設も盛り込まれた。これでは組織肥大化の懸念さえぬぐえない。

 唯一移転する文化庁は、京都政財界の強い働きかけが実った。京都は伝統文化の集積地だ。現場に身を置くメリットを生かし、移転が豊かな文化行政につながるよう、詳細設計を丁寧に進めてほしい。

 文化庁と並んで河野太郎消費者相が移転に前向きな消費者庁は、「消費者保護の機能が低下するのでは」という懸念から、徳島移転の結論が持ち越された。トップダウンで決めず、国民が納得できるような形で議論を尽くしてもらいたい。

 残念なのは、特に大きな権限を持つ府省本体が、移転候補にあがらなかったことだ。地方側に誘致の動きもなかった。移転論議をこれで終わりにせず、時代に合った政府機構のあり方をしっかり考えていくべきだ。

核燃料サイクル 米国への丁寧な説明が必要だ

 原子力発電所の使用済み核燃料を再利用する核燃料サイクル事業は、日本の原子力政策の柱だ。深刻なエネルギー事情を踏まえ、内外の理解を得る努力が欠かせない。

 トーマス・カントリーマン米国務次官補は、上院外交委員会の公聴会で、「全ての国が再処理事業から撤退すれば、非常に喜ばしい」と述べ、日本の核燃料サイクル政策にも疑問を呈した。

 中国や韓国などが再処理計画を検討していることには、「核の安全保障と不拡散に懸念をもたらす」と否定的な考えを示した。

 米国は今月末、ワシントンで核安全サミットを主催する。国務次官補の発言は、核不拡散を主導する姿勢を強調し、中韓を牽制けんせいする狙いだろう。

 1988年に発効した現行の日米原子力協定は、日本が使用済み核燃料の再処理やウラン濃縮を行うことを例外的に認めている。

 日本は、国際原子力機関(IAEA)の厳格な査察の下で、核物質の平和利用を推進し、国際的な不拡散体制にも貢献してきた。その実績を踏まえている。

 協定は2018年7月に期限切れを迎える。現行の規定が維持されるよう、日本政府は全力を挙げてもらいたい。

 日本が保有するプルトニウムは約47・8トンで、核兵器約6000発分相当との指摘もあるが、燃料として再利用する目的だ。

 中国は「大量の核兵器を作るのに十分な量だ」と非難している。核保有の実態を明かさず、核戦力を増強しているとされる中国に日本を批判する資格があるのか。

 韓国は昨年6月、米国との原子力協定の期限切れに伴い、新協定を締結した。米国は、日本と同等の権利は認めていない。

 北朝鮮の核開発を受け、韓国世論には核兵器保有論がくすぶる。韓国がプルトニウム利用に乗り出せば、朝鮮半島の緊張が高まると米国が懸念した結果だろう。

 日本の課題は核燃料サイクルの実用化だ。再処理が進まないと、原発の貯蔵プールは使用済み核燃料であふれ、運転不能になる。

 原発の再稼働を急ぎ、プルトニウムを通常の原発で燃やすプルサーマル計画を軌道に乗せねばならない。高速増殖炉「もんじゅ」の再起動もなお必要ではないか。

 日本は2年前の核安全サミットで、不要な核物質を米国に引き渡すことで合意した。プルトニウムを積んだ専用船が日本を出港した。核物質の厳格管理をアピールする機会となろう。

公示地価上昇 景気底上げにどうつなげるか

 都市で先行する地価の上昇を、景気底上げにつなげることが重要だ。

 国土交通省が発表した今年1月1日時点の公示地価は、全国平均が前年比0・1%上昇した。リーマン・ショック前の2008年以来、8年ぶりにプラスへ転じた。

 商業地は8年ぶりの上昇で、住宅地は下落幅が6年連続で縮小した。地価の改善傾向は、一段と強まったと言えよう。

 特に、東京、大阪、名古屋の3大都市圏は、商業地と住宅地がともに3年連続で上昇した。

 日銀の金融緩和に伴う低金利や住宅ローン減税によって、住宅需要が下支えされている。

 商業地では、企業業績の改善や増加した訪日客による「爆買い」で収益率が上がり、オフィスや商業施設などの需要が高まった。

 実需による地価上昇が投資や消費を刺激する「好循環」を作り、景気の本格回復へ結びつけることが欠かせない。

 新規事業への進出を阻んでいる規制の撤廃など、成長戦略を加速させて、民間活力を引き出すことが何より大切である。

 オフィスビルの容積率緩和や再開発に対する税制優遇など、政策支援をさらに進めるべきだ。

 海外からの投資を呼び込むためにも、欧州やアジアの主要国よりも高い法人税の実効税率の引き下げを急ぎたい。

 気がかりなのは、都心の一等地などで、局地的なバブルを心配する見方が出ていることだ。

 全国トップだった東京・銀座の調査地点の公示地価は、バブル期の最高額を上回った。

 銀行の不動産業向けの新規貸出額は昨年、バブル期を上回って過去最高となった。潤沢な資金を元手に、投機的な不動産取引が横行しかねない金融環境にあることは確かだろう。

 一方で、中国経済の減速などのあおりで、不動産市況が冷え込む懸念も拭えない。

 政府と自治体は、地価が乱高下する予兆はないか、警戒を強める必要がある。

 地方圏で地価の二極化が続いていることにも注意したい。

 札幌、仙台、広島、福岡の地方中枢4都市では、調査地点の約80%で地価が上昇した。ところが、その他の地方圏は、上昇地点が約15%にとどまる。

 外国人の別荘需要を喚起し、住宅地で全国1位の上昇率となった北海道倶知安町の例もある。地域特性を生かした街づくりに知恵を絞ることが求められる。

2016年3月22日火曜日

ゲノム編集は歯止めが必要だ

 DNAの遺伝情報を望み通りに書き換える「ゲノム編集」の技術が急速に進歩し、この技術をどこまで応用するか、という深刻な問題が浮上している。

 遺伝情報の誤りを直せば、それがもとで発症する病気を治せる。受精卵や生殖細胞の遺伝情報を書き換えれば、重い遺伝病にかかる子をなくすことができる可能性もある。多くの利点を備えた医療技術なのは間違いない。

 しかし、受精卵や生殖細胞の遺伝情報にうかつに手を加えると、次世代に思わぬ副作用をもたらしかねない。遺伝情報の働きが完全にはわかっていないからだ。加えて、生まれていない子には治療内容を説明し了解を得るインフォームドコンセントもできない。

 ヒトの受精卵や生殖細胞への応用は、安全性や倫理面で大きな課題があると言わざるを得ない。現時点では慎重であるべきだ。とくに、手を加えた受精卵を胎内に移植するのは禁止すべきだろう。

 逆に、次世代に遺伝しない体細胞にこの技術を適用する研究は、加速するのが望ましい。欠損した遺伝子を補うなどして先天的な病気やがんを治す「遺伝子治療」はすでに実績がある。既存の遺伝子治療と同様、安全性や有効性などを確認し臨床応用すればよい。

 昨年、中国の研究チームがゲノム編集でヒトの受精卵の遺伝情報を改変したと発表した。これに対し日米の遺伝子細胞治療学会は反対する声明を発表し、米政府も応用を控えるよう呼びかけた。国内では内閣府の総合科学技術・イノベーション会議で対応を話し合っているところだ。

 生命倫理の根幹である生殖細胞と受精卵の扱いを原則的に定めた「生命倫理基本法」が日本にはない。クローンやES細胞(胚性幹細胞)など新技術が登場するたびに対応策を決めたため、制度がパッチワーク状態だ。

 生命科学の研究で世界の先頭を行くためにも早期に基本原則を定めるのが望ましい。ゲノム編集の議論を足がかりにしてほしい。

南シナ海問題は戦略を立て直すときだ

 いまのやり方では効果がない。皆がそう気づいているのに、よい打開策がみつからないまま、事態がさらに悪くなっていく。これが、南シナ海問題の現状だ。

 中国は南シナ海の南沙(英語名スプラトリー)諸島に7つの人工島をつくった。その一部に、戦闘機も使える滑走路を完成させたほか、レーダー施設を設けた。

 米シンクタンクなどによると、対空火器などの武器を置く動きもある。南シナ海の北にある西沙(パラセル)諸島には、もっと強力な地対空ミサイルを配備した。

 米情報機関によると、2016年末か17年初めにも、人工島の軍事施設が完成する見通しだ。中国はやがて南シナ海に防空識別圏を設定し、外国機が無断で飛ぶのを禁じるのではないか、という観測が流れる。

 南シナ海は世界の貿易を支える大動脈だ。そのような事態になれば、安全保障だけでなく、経済への影響もとても大きい。

 オバマ米政権は人工島の軍事化をやめるよう再三にわたって中国に要求し、昨年10月と今年1月、人工島付近に米軍の艦船を送ってけん制した。しかし、中国が動きを止める兆しはまったくない。

 では、どうすればよいのか。まず、米軍は人工島への艦艇派遣の頻度をもっと高めるべきだ。そのうえで、米国や日本、オーストラリア、インド、南シナ海の周辺国が連携し、中国への圧力を強める必要がある。

 具体的には、各国による南シナ海での共同演習や訓練を拡充するほか、東南アジア諸国が海上警備力を強められるよう、日米豪などが足並みをそろえて支援を注いでいくことが大切だ。

 こうした取り組みは徐々に広がりつつあるが、明確な中長期の計画をつくり、息長く続けられる体制を整えてほしい。

 もっとも、これだけで中国による南シナ海の軍事化を抑えられる保証はない。そこで米国に求めたいのは、中国が武力による威嚇や挑発に出た場合、米軍がどのような対抗措置をとるのか、中国側に明示し、いまのうちに強い警告を発することだ。

 中国としても米軍と衝突する事態は望んではいないだろう。南シナ海で危機を起こせば、米軍の介入を招いてしまう。そう中国軍に明確に悟らせることが、同国の強硬な行動に歯止めをかける抑止力になる。

シリア和平 機運逃さず各国努力を

 泥沼の内戦に陥ったシリアの情勢をめぐり、国連主導の和平協議がスイスで始まった。

 国家と地域社会を崩壊させ、多くの犠牲者と未曽有の難民を出した紛争が収拾の糸口を見いだせるか、注目されている。

 もちろん、楽観はできない。協議に参加するアサド政権や反体制派は、勢力の拡大を狙って自らの立場を譲らず、妥協の気配がうかがえない。

 協議の対象ではない過激派組織「イスラム国」(IS)などへの対応をどうするか、見通しは立っていない。

 とはいえ米国とロシアが仲介した停戦が発効した先月以降、大規模な戦闘は伝えられていない。ロシアは主要部隊の撤収と空爆停止を表明し、前向きな兆しが生まれている。

 この機会を逃さず、確固たる和平への流れにつなげたい。節度を欠く駆け引きや交渉の引き延ばしは許されない。

 折しもフリージャーナリストの安田純平さんと見られる男性がシリアで拘束された、との情報が流れている。安否が気遣われるが、情報は錯綜(さくそう)しており、現地の混沌(こんとん)ぶりが伝わる。

 シリアの荒廃を長期化させてはならない。米国や欧州連合(EU)、地域の有力国は、各勢力に対して協議を進展させるよう働きかけるべきだ。

 ロシアは昨年9月、IS対策を名目に介入したが、ISと関係のない反政府勢力を攻撃し、空爆で民間人に被害も出して、批判を浴びてきた。

 撤収に踏み切ったプーチン大統領の真意は不透明だが、単に退くだけでなく、安定化へ積極的に関与し続けるべきだ。

 ロシアにはアサド政権に対し反体制派と真剣な対話を進めるよう説得する責任がある。さもないと、ロシアがウクライナ危機で失った国際社会の信頼は、到底回復できないだろう。

 ロシアとともに停戦を呼びかけた米国は、停戦の継続へ影響力を駆使するとともに、国連、関係国・組織間の対話を率先してゆかねばならない。

 同時に姿勢が問われるのは、トルコ、サウジアラビア、イランなど中東の主要な国々だ。これまで、それぞれが影響力を持つシリア国内の各勢力の利益を守る態度が目立った。しかし、シリアの和平なしに中東全体の繁栄と安定はありえないことを十分認識するときだ。

 日本にとっても中東の混迷は積極的に関与すべき人道問題であり、また、エネルギー確保に直結する問題でもある。経済援助や難民支援を含め、多様な面からかかわり方を探りたい。

地域活性化 身近なデータが大切だ

 経験や勘だけに頼らず、データを分析し、地域の活性化戦略に生かしてほしい――。

 地方創生の旗を振る政府が、自治体に対してそんな呼びかけを強めている。産業や観光、人口などに関して、いわゆる「ビッグデータ」を活用した「地域経済分析システム」を昨春に用意し、セミナーを開いてきた。

 客観的な指標に基づいた政策は、予算を有効に使うためにも大切だ。ただ、小さな市町村ほど立派なデータベースに戸惑い、戦略作りが民間シンクタンク任せにもなりかねない。

 データとどう向き合い、使いこなすか。東日本大震災の被災地で、震災前に1万人を超えていた人口が津波による犠牲や移住で4割近く減った宮城県女川町の試みが参考になりそうだ。

 町の再生に関わるNPO法人のスタッフが注目したのは、様々な「うわさ」だった。11年前、ハリケーン・カトリーナに直撃された米ニューオーリンズの復興でも用いられた手法だ。

 特に着目したのは「女川など沿岸部の住民は不健康」「隣の石巻市や、仙台市など都市圏に出かけて食事や買い物をすることが多い」の二つだった。

 国や県、町の資料を分析するとその通りで、町民の「メタボ率」は国や県の平均、同規模の町村より高い。町民の消費行動についても、町を訪れる観光客の支出分も含め、年に40億円余が町外で消費されているとの推計が浮かび上がった。

 そこで打ち出したのが「健康から経済を動かす」プロジェクト。水産の街・女川の特徴を生かし、地元の海産物を使ったヘルシーメニューを開発する。調理は高齢者らにお願いし、朝食抜きの子供たちに朝ごはんを、町民には外食メニューとして、昨年末に街開きした駅前商店街の一角で振る舞う。

 地元業者に食材費を支払い、町民には食事代として地元におカネを落としてもらう。商店街にある交流施設のキッチンで健康メニューの料理教室を開けば、世代を超えて関係が深まるだろう。町民が健康になれば医療費が減り、町の財政も助かる――。まだ構想段階だが、さまざまな効果が期待できそうだ。

 政府は昨年末、分析システムに「地域経済循環」に関わる数項目を加えた。他の地域からおカネを稼いできて、それを地域内で動かす。問題意識や狙いは女川の試みと共通する。

 日々の生活や地場産業に注目し、課題や可能性を探る。小さな自治体でも、そんな姿勢でデータ活用に努めれば、活性化への突破口になるのではないか。

開発協力白書 オール日本で戦略的な支援に

 途上国の発展を後押しすることは、日本の国際的な影響力や発言権を高め、国益の確保につながる。官民が連携し、戦略的に取り組むべきだ。

 外務省がまとめた2015年版の開発協力白書は、国連が採択した30年までの「持続可能な開発目標」を特集した。貧困や飢餓の撲滅、気候変動への対処など17分野の目標を定めている。

 すべての人に安全で健康な暮らしを約束し、世界全体の繁栄に貢献することは、各国共通の責務だ。日本も積極的に関与したい。

 安倍首相は、アジア地域の良質なインフラ(社会基盤)整備を支援するため、5年間に政府開発援助(ODA)などで1100億ドルを投じる方針を掲げる。

 対象地域の開発計画に適合した道路や橋、港湾などの整備は、途上国の自立的で持続的な発展に向けて、重要な基盤となる。

 インフラ輸出の拡大は、安倍政権の成長戦略にも資する。安売りも辞さない中国の輸出攻勢に対抗するには、円借款を呼び水に民間資金も取り込み、途上国の要請に柔軟に対応することが大切だ。

 白書は、政府に加え、民間活動団体(NGO)、企業、大学などによる「オールジャパン」の協力推進の必要性も強調している。

 衛生状態の改善や、水資源の確保、産業振興など、途上国が抱える課題は、多岐にわたる。各国の発展段階や優先案件も異なる。

 相手国の事情に合わせた、きめ細かい支援を行うには、政府と民間がそれぞれの知見や得意分野を補完し合って、相乗効果を上げることが欠かせない。

 青年海外協力隊員はこれまで、計88か国に延べ約4万1000人が派遣された。NGOは世界各地で、人道支援や技術指導などの地道な活動を展開している。

 こうした草の根レベルの「顔の見える援助」を強化したい。

 16年度予算案では、政府全体のODA予算は5519億円で、17ぶりに増加する。「積極的平和主義」にODAを活用しようとする安倍政権の姿勢の表れだろう。

 だが、ピークだった1997年度と比べると、半分の水準に過ぎない。14年の実績では、米英独仏に次ぐ5位で、前年の4位から後退した。世界3位の経済規模と比べて、日本の援助額は少ないとも指摘されている。

 ODAは、相手国との信頼関係を深め、国際社会における日本の存在感を高める重要な外交カードだ。政府は国民の理解を得つつ、予算の増額に努めるべきだ。

仮想通貨法案 不正防止へルール導入を急げ

 急拡大する仮想通貨が悪用されるのを防ぐ第一歩である。

 政府がビットコインなどの仮想通貨を規制する関連法改正案を決め、今国会での成立を目指している。

 仮想通貨は、民間の暗号技術を応用し、お金のような価値を持たせた電子データで、主にインターネットを介して流通している。世界に600種類以上あるとされ、買い物の決済や送金に使える。

 欧米などの主要国の多くが規制を導入済みだが、日本は仮想通貨を単なる「モノ」とみなし、金融取引の規制をかけていない。

 改正案では、実際の通貨と同様に使われるケースが増えていることに対応し、透明性確保や利用者保護策を講じることが柱だ。

 国内外の実情を踏まえ、法規制に乗り出すのは妥当である。法案の着実な成立を図るべきだ。

 国際的に懸念が強いのは、仮想通貨は匿名性が高く、テロ資金の提供や犯罪がらみの資金洗浄に使われかねない点である。

 このため改正案は、仮想通貨を売買する取引サイトなどの業者に登録制を導入し、口座開設時の本人確認や取引記録の保存、不審取引の通報などの義務を課す。

 規制の主管官庁は金融庁とし、業者に対する検査や行政処分の権限を与える。仮想通貨が犯罪・テロ集団を利することのないよう、金融庁は取引の監視や不正摘発に万全を期してもらいたい。

 2014年には、ビットコインの取引サイト「マウントゴックス」の運営会社が破綻した。顧客が預けた多額の現金などが消失し、一部は経営者が着服していた。

 改正案は、業者の自己資金と顧客資産の分別管理や、外部監査の義務化を盛り込んだ。ルールを徹底し、同様の事件の再発を防止することが大切だ。

 ビットコインなどの利用が増えている背景には、既存の銀行より安い手数料で世界中に送金できる使い勝手の良さがある。他方、投機的な売買で、仮想通貨の相場は乱高下を繰り返してきた。

 仮想通貨は、紙幣など法定通貨のような公的な価値の保証はない。企業などの発行主体が明確な電子マネーとも違う。

 利用者には、仮想通貨のリスクを認識し、自己責任を肝に銘じてもらう必要がある。

 金融とIT(情報技術)の融合の進展で、仮想通貨を使った金融サービスは今後、一段と多様化しよう。実情に合わせて柔軟にルールを見直し、取引の安全性と利便性の両立を図ることが重要だ。

2016年3月21日月曜日

人工知能を生かして日本の活力に

 人工知能(AI)技術の長足の進歩に驚いた人も多いだろう。米グーグル傘下の英企業が開発した人工知能の「アルファ碁」が、世界トップ級のプロ棋士である韓国の李世●(石の下に乙、イ・セドル)九段との対局で4勝1敗と勝ち越した。

 これまでもコンピューターがチェスやクイズ番組で人間のチャンピオンを下したことはあったが、囲碁はその奥深さや局面の数の多さゆえに、人の優位があと10年は続くとみられた分野だった。

■「頭脳の限界」を超える

 だが、技術の進化は私たちの思い込みをあっさり覆した。脳の神経回路をまねた「ディープラーニング(深層学習)」と呼ばれる先端技術を取り入れ、AI同士での対局を繰り返すことで、めきめきと腕を上げた。

 時には直感や勘で最適解を選び出す人間的な思考方法や判断力を、機械が身につけ始めたといえるかもしれない。

 歴史を振り返ると、かつての産業革命の本質は動力革命で、人類を「筋肉の限界」から解き放った。蒸気の力で機械を動かすことで工業生産が飛躍的に伸び、蒸気船や鉄道の登場で大量の物資を安く遠くに運ぶことが可能になった。

 これと対比すると、今起きているのは「頭脳の限界」からの解放だという指摘もある。これまで人間だけが行ってきた認知や判断、推論などの頭脳労働を機械が支援したり、代替したりすることが広い領域で可能になり始めた。

 こうした技術革新の波は社会に様々な恩恵をもたらす。富士重工業が先導した車の自動ブレーキは周囲の車両や歩行者をカメラで検知し、危ないと判断すれば運転手に代わって機械がブレーキを踏む。そうした仕組みで交通事故が6割減った。

 画像診断にAIを活用すれば、医師が見逃しかねない微細な病気の兆候を高い確度で発見できるだろう。人の集まる駅や競技場で監視カメラを通じて怪しい動きをする人を特定し、テロなどの防止に役立てるシステムは各地で導入が広がっている。

 自動翻訳の技術が進むと、電話のこちら側で日本語を話せば、向こうでは自動的に英語に訳されて、外国人とストレスなく会話できる時代が来るかもしれない。

 AIやコンピューターの進化はより良い社会や生活を実現するための推進力であり、日本としても官民挙げて進めなければならない大きなテーマだ。

 そこで重要なのがソフトウエア関連の技術力を磨くことだ。日本企業はものづくりに強みを発揮する一方で、ソフトやアルゴリズム(計算手法)の分野では存在感が薄いのが気がかりだ。

 自前の人材育成に時間がかかるのであれば、トヨタ自動車やリクルートのように米シリコンバレーに研究拠点を設け、米国のトップ級の人材を招き入れるのも一案だ。政府や大学もこの分野の人材育成に力を入れる必要がある。

 自社以外の企業や大学、研究機関と柔軟に連携する「オープン・イノベーション」も重要だ。たとえば医療分野でのAI活用を進めるには、医学とコンピューターという異なる領域の「知」を結合しないといけない。手持ちの技術や人材だけに頼る自前主義では、ブレークスルーはおぼつかない。

■人と機械の協業を

 社会にとっても、AIやロボットに代表される新技術とどう向き合うかは大きな課題だ。革新のスピードが速く、社会がめまぐるしく変化する時代は、人々の不安が高まる時代でもある。

 野村総合研究所は昨年12月、10~20年先には今ある仕事の49%がAIやロボットで代替できるようになる、との調査結果を発表。各方面に衝撃を広げた。

 一方で労働人口が減る日本にとって、人を補助するロボットなどの進化は経済にとってプラスという見方もある。

 機械と人が「仕事」をめぐって争うのではなく、互いに協業して価値を生み出す社会をめざしたい。介護サービスでは力仕事をロボットが担い、心の触れ合いは人間が引き受ける。そんな役割分担が社会の様々な分野で進むのが望ましい姿である。

 新しい技術と法規制や人間固有の倫理観をどう調和させるかについても、議論を深めるときだ。

 「完全自動運転車の事故に責任を負うのは誰か」「意識や心を持ったロボットをつくってもいいのか」。すぐには答えの出ない問題も多いが、こうした課題も見据えながら技術の進歩を正面から受け止め、それをうまく生かすことで、新たな未来を開きたい。

朝鮮学校補助 子どもらに責任はない

 全国各地にある朝鮮学校は、在日コリアンの子どもたちが通っている。日本の学習指導要領に準じた各教科のほか、民族の言葉や文化も学ぶ。

 どの学校も財政的に運営は厳しく、所在地の自治体の多くが他の私学や国際系の学校と同じように、補助金を出している。これに対し、自民党などから補助を打ち切るよう文部科学省に求める声が出ている。

 拉致問題に加え、核実験などを繰り返す北朝鮮への制裁の一環だという。いくつかの自治体はすでに補助を止めている。

 だが、朝鮮学校に通う子どもたちには、核開発や拉致問題の責任はない。北朝鮮の国に問題があるからといって、日本で暮らす子どもの学びの場に制裁を科すのは、お門違いの弱い者いじめというほかない。

 そもそも地方自治体が権限を持つこの問題について、文科省が介入するのは適切ではない。

 日本では、民主党政権だった6年前から高校の無償化が始まったが、これも朝鮮学校には適用されていない。民主党政権は適用を保留し続け、その後の安倍政権は発足後すぐに無償化対象からはずしてしまった。

 政治的理由による除外は違法だとして、朝鮮学校の生徒らが国を相手どり、東京や大阪など各地で裁判に訴えている。

 国際的にも、人種差別撤廃委員会など国連の場では、高校無償化の適用除外は「差別だ」と認めたり、日本政府に対し、無償化の適用や、地方自治体に補助の維持を勧めるよう求めたりする見解が相次いでいる。

 国内でも、埼玉弁護士会が昨年、補助を止めている埼玉県の上田清司知事に「極めて重大な人権侵害」と警告した。

 朝鮮学校では、在日本朝鮮人総連合会(朝鮮総連)の関係者が運営にかかわっているケースは多い。だが、政治と教育は別だ。神奈川県の黒岩祐治知事は「子どもたちに罪はない」として、学校ではなく、生徒たち個人への補助を続けている。

 歴史観の違いはともかく、教育内容に問題があれば話し合いで解決すべきだ。実際、朝鮮学校の教育も変化してきている。

 在日コリアンの社会は多様化しており、多くの朝鮮学校で、韓国籍の子どもが過半数となりつつある。北朝鮮の体制を崇拝している人々の子どもだけが通うと考えるのは誤りだ。

 何より朝鮮学校の子どもたちも私たちの社会の一員だ。日本と隣国の懸け橋になりうる子どもたちを排除しようという思想であれば、逆に日本に反感を持つ人々を増やすだけである。

民泊と規制 家庭滞在型の振興探れ

 自宅の一部やマンションの空き室を旅行者らに有料で貸す「民泊」について、政府の審議会が中間まとめを公表した。

 本来は必要となる旅館業法上の許可を得ていない民泊が横行している現状を踏まえ、現行法のもとで進める当面の対応と、法改正を視野に入れる中期的課題に分けた。

 当面の対応では、ホテルなど旅館業法が定める類型のうち、規制が緩い「簡易宿所」の条件を緩和して民泊をあてはめることにした。その上で、旅館業法に基づく許可は求める。感染症やテロの温床になるのを防ぎ、民泊で多発している騒音やゴミ出しを巡る近隣住民とのトラブルにも目配りするための、苦肉の策と言えるだろう。

 政府は今後、部屋の提供者やインターネットで旅行者との間を仲介している国内外の業者に周知していくというが、これで違法な民泊がなくなるかどうか。許可を担う都道府県などは、どの建物のどの部屋が提供されているのかすらわからず、「違法な提供自体をやめてもらうしかない」と訴える。

 そうした状況だからこそ、中期的な課題の解決を急ぎたい。

 訪日外国人の急増に伴うホテル不足に直面する関係者ら推進派と、既存の旅館業者や住環境の維持を重視する消極派の間で、一致点も見えてきた。

 一つには、一口に民泊といっても多様なことだ。家主やそれに代わる管理者の有無、戸建てか共同住宅か、個人所有か法人所有かなどで対応策は異なる。

 もう一つは、一般の家庭が空き部屋を提供し旅行者を泊める「ホームステイ型」なら、近隣住民とのトラブルを防ぎつつ、日本やその地域への理解を深めてもらう機会となることだ。

 まずは家庭滞在型を見すえ、安全・安心な民泊への条件を探るべきだ。

 建築基準法上の住居専用地域では旅館などを営めないため、この地域で民泊を認めるには旅館業法の適用を見送ることが必要になる。国家戦略特区では旅館業法を適用しない仕組みが既にあり、東京都大田区が全国の先陣を切ってこれによる民泊制度を始めた。認定がまだ数件と出足は低調なようだが、特区で浮き彫りになった課題が参考になるだろう。

 部屋の提供者に加えてネット仲介業者、民泊物件の管理業務に注目する不動産業界など、関係者は多い。誰がどのような責任を担うのが適当か。どこにどんな規制をかけるべきか。どのような法整備が必要か。さらに検討を急ぎたい。

高校教科書検定 歴史記述がより正確になった

 近現代史に関する記述が、より正確でバランスのとれたものとなった。新検定基準の趣旨が反映された結果だろう。

 来春から高校1、2年生が使う教科書の検定結果が発表された。通説的な見解が存在しない場合、その旨を明示することなどを求めた新基準が、高校教科書で初めて適用され、計5か所に検定意見が付いた。

 日本史で、1937年の南京事件の犠牲者数は「20万人」が「おびただしい数」に改められた。

 脚注には「日本の研究では20万人以上、十数万人、数万人などの見解がある」などと付記された。歴史を客観的に理解する上で、こうした説明は欠かせない。

 前回の検定で合格した政治・経済などの教科書の表現に、検定意見が付く例もあった。

 慰安婦問題で、「政府は93年に公式に謝罪した。しかし、日本政府の対応には、国内外からさまざまな批判がある」との記述について、生徒が日本の具体的な対応を「理解し難い」と指摘された。

 65年の日韓請求権協定で「法的に解決済み」とする政府の立場や、アジア女性基金の設立を支援し、「償い金」支給に協力した事実が書き加えられた。

 「女性が慰安施設に送られたとされる」との記述を自主的に削除した教科書会社もあった。旧日本軍による強制連行があったと誤解されかねないためだ。

 「慰安婦狩り」を行ったとする吉田清治氏の証言を報道した朝日新聞が、誤報と認めたことを削除理由の一つに挙げている。

 慰安婦に関し、全体として的確な表現となったのは前進だ。

 領土の記述は、現行の1・6倍に増えた。一昨年に改定された学習指導要領の解説書に、尖閣諸島と竹島が「我が国の固有の領土」と明記されたことが要因だ。国の主権にかかわるだけに、正しい知識を習得させる必要がある。

 現代社会では、憲法解釈の変更による集団的自衛権行使の限定容認の説明に検定意見が付いた。

 「平和主義を国是としてきた日本が世界のどこででも戦争ができる国になる」との記述が、「日本の国是とされてきた平和主義のあり方が大きな転換点を迎えているといえる」に修正された。

 事実誤認を含む偏向した記述に「生徒が誤解する恐れがある」との意見が付いたのは当然だ。

 今夏の参院選から、選挙権年齢が18歳以上に引き下げられる。高校生の適切な判断力を養うことが教科書の重要な役割である。

防衛省研究助成 技術基盤強化へ産学と連携を

 官民の協力で安全保障の技術基盤を強化し、防衛力の向上につなげることが重要である。

 防衛省は2016年度から、民間の技術研究を助成する「安全保障技術研究推進制度」を拡充する。

 大学や研究機関、企業による、防衛装備への応用・活用が可能な民生技術研究を支援する制度で、15年度予算の約3億円を16年度は約6億円に倍増する。

 14年6月に策定された「防衛生産・技術基盤戦略」に基づき、15年度は109件の応募があり、九つの研究チームが選ばれた。1件当たり最大3900万円が支給され、助成は3年間受けられる。16年度も同様に広く募集する。

 日本の安全保障環境は厳しさを増しており、特に中国軍は長年、技術革新に多額の予算を投じている。サイバー攻撃など、新たな脅威も顕在化しつつある。

 防衛省が、民間の知見を積極的に取り入れ、軍事、民生両分野で使用できる「デュアルユース(両用)」の技術開発を重視する方向性は妥当だろう。

 民間が主体的に研究内容を考案して応募し、有識者が選定する仕組みも透明性があり、適切だ。

 理化学研究所は、主に光の反射を抑える「メタマテリアル」という構造の素材の研究を進める。偵察機などを敵に発見されにくくするステルス技術に応用できる。

 東京電機大は、画像として広い領域を観測できる高性能レーダーを搭載する無人機2機を使い、地上を移動する物体の識別能力を高める研究を行っている。実用化されれば、偵察活動や、災害時の被災者捜索などにも有効だ。

 宇宙航空研究開発機構(JAXA)が取り組む最大速度マッハ5の超音速エンジン開発は、戦闘機にも航空機にも活用できよう。

 民間にとっても、使い勝手の良い制度である。研究費を確保できるだけでなく、その成果は研究者のものになるためだ。

 デュアルユースの研究は既に、海外では広く普及している。

 米国防総省の基礎研究への助成額は年20億ドル規模、応用研究へは年45億ドル規模にも上る。

 軍事研究を通じて、人工衛星を利用した全地球測位システム(GPS)や、インターネットを生み出すなど、技術の「ボーダーレス化」が進んできた。

 政府は、1月に決定した「第5期科学技術基本計画」で、防衛分野における「産学官」の連携強化を掲げた。研究推進制度を着実に拡充することが欠かせない。

2016年3月20日日曜日

総合電機の看板下ろす東芝

 経営再建中の東芝が今後の事業計画を発表した。中核部門と位置づける半導体メモリー事業に重点投資する一方で、優良部門の医療機器事業や「会社の顔」である白物家電事業の売却を決めた。これまでこだわってきた総合電機の看板を捨てて再出発する東芝の行方に注目したい。

 今回の東芝の計画は、事業の「選択と集中」という点で一定の踏み込みを見せた。同社を長年支えてきた家電事業を中国家電大手に売却することについて、室町正志社長は「じくじたる思い」としながらも、「構造改革の一環として断行する」と述べた。

 医療機器子会社の東芝メディカルシステムズは6655億円でキヤノンに譲渡する。東芝にとっては売却益を手にすることで手薄になった自己資本を補強でき、キヤノンは成長が期待できる医療関連市場に有力な足場を築ける。

 この再編を機に欧米に見劣りする日本の医療機器の国際競争力が改善することを期待したい。

 こうした事業再編は本来ならもっと早く着手すべきだった。ライバルの日立製作所は世界金融危機後の2009年3月期の巨額赤字計上を機に、テレビ事業からの撤退など構造改革を進めた。

 東芝はそれより7年遅れだ。利益の水増しによってビジネスの実態から目を背けることで、貴重な時間を浪費した。

 世界に目を広げれば、日本の電機メーカーにとってお手本的存在である米ゼネラル・エレクトリックも傘下の白物家電事業を中国企業に売却する。事業構成の絶え間ない見直しは経営者の重要な仕事である。

 今回の事業再編は東芝再生の出発点にすぎない。「2016年度の全事業黒字化」など、計画に盛り込んだ公約を本当に達成できるのか。あるいはさらなる減損は発生しないのか。こうした点を株式市場は注視している。

 何人もの財界トップを輩出した名門企業であっても、一度失った信頼の回復は容易ではない。

EU・トルコは難民危機打開へ合意生かせ

 中東などから大量に流入する難民に悩む欧州連合(EU)が、トルコとの首脳会合で無秩序な難民や移民の流れを阻止するための連携強化策に合意した。

 トルコは多数のシリア難民を抱え、欧州に向かう難民や移民の経由地としてもカギを握る国だ。これ以上の事態悪化を防ぎ難民危機の潮目を変えるには、欧州とトルコの協力体制が欠かせない。

 合意の最大の狙いは、トルコから海を渡って隣国のギリシャに入り込む不法な移民や難民の流れに歯止めをかけることだ。そのために20日以降、トルコからギリシャに渡る密航者を原則としてトルコへ送り返すことになった。

 トルコから密航する途中で命を落とす難民も後を絶たない。危険を冒してギリシャに着いても送り返されるとなれば密航を断念し、結果として欧州への無秩序な流入が止まることをEU側は期待している。

 難民らを送還する一方で、トルコにいるシリア難民の一部をEU側が正規の手続きを経て引き取ることも決めた。就労目的の不法な経済移民などの流入を防ぐと同時に、EUは保護の必要な難民を秩序だって受け入れる体制を整えていく必要がある。

 合意には課題も多い。難民らの送還には国連機関などが懸念を示しており、国際法の順守や人権への配慮が不可欠だ。トルコからギリシャに入る流れを遮断しても、別のルートで欧州入りをめざす難民や移民が増える事態をどう防ぐかという問題もある。

 EUは協力への見返りとして、トルコ国民がEUに旅行する際のビザ(査証)免除措置の前倒し検討などを約束した。その進展が滞れば合意履行に影響が及ぶ可能性も出てくる。EU加盟国の間で難民受け入れなどの対応に温度差があることも気がかりだ。

 欧州の難民危機は正念場を迎えつつある。地中海を渡ってギリシャに入った難民や移民は、年初から既に14万人を超え昨年の同時期を大幅に上回っている。有効な手を打てず放置すれば、春を迎えさらに急増して混乱が拡大する恐れがある。

 EUとトルコは課題を乗り越えて、合意を危機打開の突破口にするよう全力を尽くしてほしい。難民問題の根本にあるシリア内戦などの収拾を急ぐ責任が国際社会にあることも、改めて強調しておきたい。

マイナス金利 弊害広げない方策を

 日本銀行がマイナス金利政策を導入して1カ月が経過した。量的緩和のカードをほとんど使い果たした日銀が、新たな緩和手段として賭けに打って出た政策である。現状では、その賭けが良い結果をもたらしているとはとても言えない。

 この政策でもともと史上最低水準だった長期金利は一段と下がった。そこまでは日銀の狙い通りだ。ただ、株価や為替相場が乱高下を繰り返したところに金融市場の動揺が見て取れる。

 この政策で収益悪化が見込まれる金融界からは批判の声があがっている。銀行が日銀に預ける当座預金の一部にマイナス金利がかかるので負担が増える。

 歴史的な低さの貸出金利をもう一段下げる必要にも迫られている。それで融資需要が増えるならいい。だが必ずしもそうではないようだ。住宅ローン金利を下げて増えたのは、安いローンに借り換える人たちばかりで新規需要は少ないという。

 銀行貸し出しを増やし、企業の投資を活発にする。それが金融緩和の目的のはずだった。こうして銀行経営を萎縮させてしまっては逆効果ではないか。

 日銀が異次元緩和で盛り上げようとした人々の「インフレ期待」にも影響が出ている。朝日新聞が2月に実施した世論調査では、マイナス金利政策による景気回復が「期待できない」と答えた人は6割にのぼった。

 一方、海外当局からは、日本や欧州のマイナス金利政策が強化されれば、世界的な通貨安競争の引き金にならないかという懸念が示されている。

 政策の恩恵を最も受けているのは日本の財政だろうか。長期金利の一段の低下で、1千兆円を超える国の借金の利払い費が抑えられるからだ。ただ、その結果、財政規律を緩めるムードが強まってはいないか。

 日銀による国債の大量買い入れは本来は禁じ手だ。そこを財政立て直しの時間を稼ぐためだとして許されている面がある。ところが、いま政権内で消費増税見送り論が公然と語られているのは本末転倒である。

 日銀の金融政策そのものが日本経済に弊害をもたらし始めている。現実的とは思えない2%インフレ目標にこだわり異常な緩和政策をこのまま続ければ、かえって日本経済が抱える問題は大きく複雑になっていく。

 異次元緩和はやめたくなっても、すぐにはやめられない政策である。金利や為替など市場への影響が大きすぎるためだ。これ以上、深入りするのをやめ、影響を最小にとどめつつ撤退する方策を練るべきだ。

人工知能 ともに進化する未来に

 米グーグル傘下の英企業が開発した囲碁用人工知能(AI)の「アルファ碁」が、世界のトッププロの一人、李世ドル(イセドル)九段に対し4勝1敗の成績をあげた。

 囲碁は1局の展開が宇宙にある原子の数より多く枝分かれするといわれ、スーパーコンピューターでも読み切れない。

 計算が及ばない局面では、経験や直感がものをいう。そのため、AIはチェスや将棋でトッププロを破った後も、囲碁では達人に勝てずにいた。

 だが、アルファ碁は先を読む能力に「経験」を加えた。名棋士の対局記録を10万局も入力し、3千万回もの自己対局で研究を重ねる「深層学習」で「直感」を磨く方法を組み込んだ。

 その成功は、AIの進化を象徴する画期的なできごとだ。

 小説や映画が描く「機械が人間を支配する社会」を予感し、不安を抱く人もいるようだ。

 しかし、囲碁のルールや勝利のための戦略は、人間がアルファ碁に授けた。「トッププロも負かすAIの開発」は、人間の新たな勝利とも言える。

 AIが思考の目的を自ら見つけることはまだ考えられない。目的を与えるのは今のところ、人間の役割である。

 だからこそ人間はAIの目的や使い方について、深く考えなければならない地点にいる。

 自動車の自動運転への応用など期待される分野がある一方、軍事利用や市場操作といった危うい問題も少なくない。

 さまざまな職種で人に代われば、人手不足の解消になるか、失業を生むことになるか。AIとどんな社会を築くか、多角的に考えていく必要がある。

 AI研究に人間探究の意義があることも指摘しておきたい。

 囲碁は「手談(しゅだん)」とも呼ばれる。着手には対局者の意図だけでなく性格や人間性まで表れ、対話を重ねるようだからだ。

 突然現れた強豪のようなアルファ碁について、張栩(ちょうう)元名人が「もっと対局を見たい。囲碁の神髄に近づけるかもしれない」と語ったのはもっともだ。その打ち筋をトッププロが独自に解釈できれば、人間の囲碁自体が大きく進化するだろう。

 人は、自分のことも他人のことも本当には分かっていない。自省や意思疎通の積み重ねで「理解した気になっている」だけだ。

 AI研究は人の脳の働きを一つずつ定式化する試みであり、脳の新たな理解につながる。

 さまざまな経験を積み、学びながら、自らの価値観や目的を確立する「赤ちゃん脳」の理解が、究極の目標の一つなのだ。

EUトルコ合意 難民流入に歯止めはかかるか

 欧州を揺るがす難民や移民の大量流入の収束につながるのだろうか。

 欧州連合(EU)とトルコは首脳会議を開き、難民らの移動制限に向けた枠組みに合意した。

 今後は、トルコからギリシャに密航した難民らは原則送還する。その代わりにEUは、トルコで正式な手続きを経たシリア難民を7万2000人まで受け入れる。20日から実施される合意の柱だ。

 エーゲ海経由のルートを遮断することにより、難民の流入を抑制する狙いがある。

 EUとトルコは共同声明で、難民らの送還について、「一時的な特別措置だ」と強調した。難民保護の国際規範に抵触しかねないとの懸念に配慮したものだろう。

 EUは、トルコの協力を得る見返りとして、難民支援を60億ユーロ(7500億円)に倍増する。トルコ国民のEU諸国への渡航ビザ免除や、トルコのEU加盟交渉を加速させることも約束した。

 トルコ政府は最近、体制に批判的な新聞を管理下に置いた。EUがこれを事実上、不問に付したのは、難民問題の解決が待ったなしであることを物語っている。

 EUは昨年秋、国別の難民受け入れの割り当てを決めたが、ハンガリーなど東欧諸国の抵抗により、ほとんど実現していない。

 ギリシャからドイツなどに向かう難民らが経由地の中・東欧に滞留し、混乱が広がった。今年も、1日あたり約2000人がギリシャに到着しているとされる。

 今回の合意が履行されても、北アフリカからイタリアに向かう別の密航ルートに移るだけではないか、との疑問も残る。

 深刻なのは、最大の難民受け入れ国のドイツでも、反難民の世論が高まっている事態である。

 昨年の大みそかに、難民申請者らの集団による性犯罪事件が起きたことがきっかけになった。

 今月中旬に行われた三つの州議会選では、難民受け入れに反対する新興右派政党が躍進した。メルケル首相の指導力に陰りが出ていることは否めない。

 「域内移動の自由」を理念とするEUは、シェンゲン協定により、国境検査の廃止を進めてきた。だが、難民流入抑制やテロ対策のため、独やベルギーなど8か国が独自検査を復活させている。

 このまま協定が有名無実化すれば、人やモノの流れが停滞し、巨額の経済的損失が出かねない。

 EUはトルコとの合意を機に結束を取り戻し、難民問題に取り組むことが欠かせない。

リベンジポルノ 判決契機に被害防止の徹底を

 元交際相手の画像をインターネット上にばらまく。卑劣な「リベンジポルノ」を指弾する司法判断である。

 2013年に東京都三鷹市で起きた女子高校生殺害事件の差し戻し審の裁判員裁判で、東京地裁立川支部が、23歳の男に懲役22年を言い渡した。

 男は、女子高校生への未練と恨みから、殺害だけでなく、画像の投稿を重ねた。殺人罪のほか、児童買春・児童ポルノ禁止法違反などにも問われていた。

 画像は不特定多数の人の目にさらされ、抹消するのは難しい状況だった。判決が「被害者の尊厳を傷つけた極めて悪質な犯行」と非難したのは、もっともだ。

 検察は当初、画像の投稿行為については、起訴を見送った。事件化によって娘の名誉が傷つくことを両親が危惧したためだ。

 差し戻し前の裁判員裁判の判決は、投稿行為の悪質性に触れ、懲役22年の刑を選択した。この判決を、東京高裁は「起訴していない投稿行為を量刑で考慮した疑いがある」として、破棄した。

 検察はその後、遺族から児童買春・児童ポルノ禁止法違反の告訴を受けて、追起訴した。結果として、今回の判決は、差し戻し前と同じ量刑となった。遺族は納得できないだろう。

 異例の展開は、性犯罪に関わる裁判の難しさを物語っている。

 この事件が契機となり、14年11月にリベンジポルノ被害防止法が施行された。性的な画像を無断で公開すると、3年以下の懲役などが科される。

 リベンジポルノに関し、警察には昨年1年間で1143件の相談が寄せられた。「画像を公表する」と脅されるケースが多いが、実際に公表されたという訴えも188件に上った。

 警察が昨年、脅迫罪やリベンジポルノ被害防止法違反などで摘発したのは、276件だ。被害を防ぐため、取り締まりを一層強化する必要がある。

 ネット上に一度流出した画像は、転載が繰り返される可能性が高い。画像の拡散を食い止めるには、サイト管理者への削除要請など迅速な対処も欠かせない。

 画像を安易に撮らせたり、他人に送ったりする行為の危険性を周知することも大切だ。

 三鷹の事件では、男からのつきまといについて、女子高校生らが警察に相談していたのに、所轄署の連携不足などから悲劇を防げなかった。事件は、ストーカー対策にも重い教訓を残した。

2016年3月19日土曜日

増税延期の是非慎重に判断を

 政府が内外の有識者から世界の経済や金融情勢を聴く「国際金融経済分析会合」を開いている。

 安倍晋三首相は5月の主要7カ国(G7)首脳会議で議長を務める。会合はその準備の一環だが、来年4月に予定している10%への消費税増税を再び延期する環境づくりとの見方が出ている。

 会合で、スティグリッツ米コロンビア大教授は来年4月の消費増税を見送るよう提言した。増税に慎重とされるクルーグマン米プリンストン大名誉教授も、近く講師として招かれる。

 首相は消費増税を見送る条件として「リーマン・ショックのような事態」などに言及してきた。

 最近の世界の金融市場は落ち着きを取り戻しつつある。原油価格にも底入れの兆しがある。ただ、中国など新興国経済の減速は不安材料だ。世界経済の動向に警戒を怠ることはできない。

 国内では、足元で個人消費が低迷しているのが気になる。今年の自動車、電機などの主要企業による賃上げ回答も、力強さを欠く結果となった。

 雇用情勢の改善が続いているにもかかわらず、なぜ消費に波及しないのか。社会保険料の負担増や、社会保障への将来不安が消費を下押ししている影響は、どの程度あるのか。

 増税の是非を判断するうえでも、政府は消費不振の原因をしっかり把握しなくてはならない。

 一方で日本は先進国で最悪の財政状態にある。消費税は膨らむ社会保障を支える安定財源で、増税先送りにはリスクもある。

 増税実施の場合はその影響を和らげる経済対策を打つ手もある。これらの点を考慮し、経済状況をギリギリまで見極めてから増税の是非を最終判断してほしい。

 このところ、経済再生に向けた努力は日銀頼みになっている印象がある。潜在成長率を底上げするための構造改革に、足踏みは許されない。雇用分野の規制改革や外国人材の活用などに、安倍政権は果敢に取り組むべきだ。

原発事故の避難計画は継続的に改善せよ

 原子力発電所で事故が起きた時の住民の避難計画について、政府が新しい方針を決めた。重要な変化は、原発が立地する自治体の裁量の幅を広げたことだ。

 たとえば、避難指示にあたって「SPEEDI」と呼ばれる放射性物質の拡散予測システムの情報を利用できる、とした。

 東京電力福島第1原発事故のとき、SPEEDIの情報は役立てられなかった。結果的に、放射性物質の流れた方向へ多くの住民が避難する事態につながった。

 新潟県など原発の立地県やその隣接県、さらに全国知事会も、避難指示にはきめ細かい情報が必要だとして、SPEEDIの情報の利用を政府に求めていた。

 こうした声を踏まえて政府は今回、自治体が自らの責任と判断でSPEEDIの情報を参考にするのを認めることにした。考えを改めたこと自体は妥当だろう。

 ただ、避難をめぐる様々な課題は、昨年8月に九州電力・川内原発(鹿児島県)が再稼働に至る過程ですでに指摘されていた。対応が鈍いと言わざるを得ない。

 新しい方針はまた、政府が屋内退避を求めた地域であっても県などが独自の判断で避難を指示できる、とした。地震や津波と原発事故が同時に発生した場合など、屋内にとどまることはむしろ危険で迅速な避難が必要なケースもありうるからだ。

 自治体は今後、より多様な情報をもとに、より柔軟で機動的な判断を下せるようになる。半面、自治体と政府の指示が食い違ってくる可能性には、注意が必要だ。

 SPEEDIを例にとると、原子力規制委員会は避難指示の判断に使わない方針を変えていない。予測がはずれると避難者の危険をかえって高めかねない、とみているからだ。これでは、いざというときに混乱を招かないか心配だ。普段から関係者の意見を調整する取り組みが欠かせない。

 政府はまた、自衛隊や消防など「実動部隊」が円滑に支援にあたれるよう、原発の立地する地域ごとに平時からチームを編成する方針も打ち出した。自治体の裁量を認めつつ支援を強める政府の姿勢は、評価したい。

 ただ、避難計画に完璧はない。絶えず点検して、より実効性の高いものにする継続的な努力を、政府や自治体、電力会社は求められる。その結果を検証する仕組みも必要ではないか。

教科書検定 押しつけは時代遅れだ

 教科書は、時の政権の言い分を教え込む道具ではない。

 来年春から高校で使う教科書の検定結果が発表された。

 文部科学省は、新しいルールを高校に初めて適用した。

 教科書編集の指針を変え、検定基準も政府見解があれば、それに基づいて記すよう改めた。自民党の意向に沿ったものだ。

 今回も、昨年の中学の検定と同じようなことが起きた。

 領土問題で、日本政府の立場を記すよう意見をつけた。戦後補償のコラムには、政府見解に基づいて書くよう指摘した。

 目立ったのは、自衛隊や憲法、原発など賛否の分かれる問題で、安倍政権の姿勢に沿う記述を求めたことだ。

 例えば「現代社会」で、積極的平和主義の記述がある。原本には「憲法解釈を変更し」「広範な地域で自衛隊の活動を認めようという考え方」とあった。

 ここに「誤解するおそれがある」と意見がついた。「主義」なので、もとになる目的を書くように、というのだ。

 その結果、自衛隊活動をめぐる憲法解釈の変更により、「国際社会の平和と安定および繁栄の確保に、積極的に寄与していこうとするもの」となった。

 政府の立場を知ることは悪いことではない。ただ、それを唯一の正解として扱うのは押しつけだろう。戦前の国定教科書に近づいていないか。

 国はそもそも教科書の影響力を大きく考えすぎている。

 子どもは教科書だけで学んでいるのではない。図書館で調べれば、反対の見方や違った視点の本を知ることができる。

 文科省は、次の学習指導要領の議論を進めている。

 高校で「歴史総合」「公共」(ともに仮称)などの科目をつくり、多面的、多角的に考える力を育てようというのだ。

 こうした科目では、政権の見方、考え方を相対化し、野党や市民、他国など様々な立場を伝える教科書が求められよう。

 いまのままの検定の姿勢で、果たして対応できるだろうか。

 現在の検定制度は、紙の教科書を前提にしている。

 だが、参考になるサイトのアドレスを書く教科書が増えてきた。検定でもその内容を確認しているが、ページの内容はどんどん変わる。国が中身を吟味し切れるものではない。

 教科書の一言一句に目くじらを立てる検定は、もはや時代遅れではないか。幅広い教材を認め、教師の指導の裁量を広げ、子どもが多角的に考える機会を増やす。検定も、その方向に踏み出してもらいたい。

北朝鮮の挑発 自らの足元を崩す愚行

 北朝鮮がきのう早朝、日本海に向けて弾道ミサイル2発を発射した。日本全土をほぼ射程に収めるノドンとみられる。

 ことしに入り、核実験と事実上の長距離弾道ミサイル実験をし、国連安保理が厳しい制裁決議を出したばかりだ。今回も、明確な決議違反である。

 国際社会の声にまったく耳を傾けようとせず、独善的な行動をとり続ける北朝鮮に、改めて強い憤りを覚える。

 米国と韓国はいま、韓国内で史上最大規模の合同軍事演習をしている。北朝鮮は毎年、この演習に反発し、中止を求めてきたが、核とミサイルの実験という自らの暴走が規模の拡大をもたらした。自業自得である。

 北朝鮮は、米軍が演習に特殊部隊を参加させたことから、金正恩(キムジョンウン)・第1書記を狙った「斬首作戦」だと非難している。韓国大統領府や米本土などへの先制攻撃に言及したほか、核弾頭の爆発実験や、その弾頭を載せる弾道ミサイルの発射実験をすると新たな脅しをかけている。

 演習に対抗するかたちで言動をエスカレートさせているが、実際には米国に対話を呼びかける強いメッセージだろう。

 それと同時に、5月に予定する36年ぶりの朝鮮労働党大会に向けて国内を引き締めたいという思惑も透けて見える。

 米大統領選の候補者選びが注目されているすきに、核・ミサイル開発を進め、核保有国として米新政権とわたり合うつもりかもしれない。

 だが、無謀な振るまいを続けてきた金正恩政権に対し、国際社会はすでに根強い不信感を抱いている。さらなる挑発の繰り返しは、米国との本格的な対話を遠のかせるだけだ。

 国内の結束も、これまでのように強まるかどうか疑わしい。先の安保理決議による制裁を中国がどれだけ実行するかによるが、北朝鮮経済が少なからぬ打撃を受けるのは間違いない。

 北朝鮮の構造上、すぐに指導部が痛みを感じる事態にはなりにくい。だが、すでに事実上の資本主義が流入しており、いったん豊かなモノを手にした人々は、生活水準が落ちれば体制への不満を募らせるだろう。

 北朝鮮メディアは最近、「自らの力で前途を切り開く」ことの重要性を強調する。制裁による影響に国民を備えさせる狙いとみられるが、祖父や父に比べて、カリスマ性に欠ける正恩氏が、安定を維持できるのか。

 核にせよ、ミサイルにせよ、成算のない賭けにすぎない。正恩氏はその愚かさを深く認識すべきだ。

北ミサイル発射 国際社会で孤立深める軽挙だ

 「核戦力」の増強を誇示したいのだろうが、実際は国際的な孤立を深めるだけである。

 北朝鮮が中距離弾道ミサイル「ノドン」とみられるミサイルを、西部粛川付近から発射した。約800キロ飛行して、日本海に落下した。

 韓国軍によると、もう1発発射したが、直後にレーダーから消えた。空中爆発の可能性がある。

 北朝鮮の核実験などを受けて、国連安全保障理事会は今月初旬、改めて弾道ミサイルの発射を禁じる決議を採択している。

 北朝鮮の行動は、1週間前の短距離弾道ミサイル発射に続き、明白に決議に違反している。

 安倍首相が「国際社会と緊密に連携し、毅然として対応する」と非難したのは、当然である。

 北朝鮮は、安保理決議と、今月始まった米韓合同軍事演習に対して、反発を強めている。

 朝鮮中央通信によると、金正恩第1書記は、「核弾頭の爆発実験」と「核弾頭搭載可能な様々な弾道ミサイルの発射実験」を早期に行うと言い放った。

 核弾頭の軽量化に成功したとも主張し、米国に対抗する「核先制攻撃」までも示唆している。

 金第1書記は、5月の朝鮮労働党大会に向けて、自らの求心力を高めたいのだろう。しかし、核弾頭の小型化が、ミサイルに搭載できるレベルにまで進んだのは疑わしいとの見方が一般的である。

 中谷防衛相は発射について、「弾道ミサイルの能力増強につながるとすれば、我が国の安全保障上、強く懸念する」と語った。

 日本を射程に収めるノドンは多数、実戦配備されているといわれる。移動式発射台を使うため、事前に発射の兆候をつかみにくい。発射を重ねて精度を高めることには警戒が怠れない。

 北朝鮮が朝鮮半島の緊張を高めようと、さらなる軍事的挑発に出ることにも備える必要がある。

 国際社会は、核ミサイル保有の野心を隠さない金第1書記の暴走を看過してはなるまい。

 まずは、安保理制裁決議を厳格に履行すべきだ。核ミサイル開発の資金や物資を遮断する包囲網を強化することが欠かせない。

 北朝鮮の脅しに動じず、その暴発を抑止するには、日米韓3か国の安全保障面での連携がますます重要になっている。

 今月末に米国で行われる核安全サミットに合わせて、日米韓は首脳会談を開催する方向だ。中国の協力を得つつ、制裁の実効性を高める具体策を協議したい。

シリア和平協議 露軍撤収で道は開けるのか

 シリア内戦を巡るアサド政権と反体制派による和平協議が、約1か月半ぶりに再開した。

 米露の仲介によって、2月末に発効した停戦合意は大筋で維持されている。話し合いの環境がようやく整ったことは、一応評価できる。

 5年に及ぶ内戦は、25万人以上の死者と数百万人規模の難民を出した。「イスラム国」などの過激派組織を掃討し、欧州への難民流出を食い止めるためにも、この好機を生かさねばならない。

 和平協議は、移行政権の樹立、選挙実施を経て、新政権を発足させる行程表の進め方が焦点となる。アサド大統領の続投を主張する政権側と、早期退陣を求める反体制派の溝は深い。

 移行政権を双方の幹部で構成するなどの歩み寄りがなければ、前進は期待できまい。国連と米露などの仲介の成果が問われる。

 カギとなるのは、アサド政権を支援するロシアの動向だ。プーチン大統領は、昨年9月から過激派掃討の名目でシリアを空爆してきた部隊の一部撤収を命じた。

 ロシアがいつまでも軍事的関与を続ける保証はないとのメッセージをアサド政権に送り、行程表の履行に取り組ませる一定の圧力をかけた、という見方もある。

 しかし、原油価格下落と通貨安でロシア経済が厳しい中、戦費支出の長期化を避けたいというのが本音ではないのか。

 懸念されるのは、ロシアが影響力を拡大し、シリア情勢の主導権を握っている現状である。米国は、反体制派の軍事力強化やアサド氏退陣後の受け皿作りに失敗し、後手に回る事態が続いている。

 内戦終結には、関係国が協調し、停戦や和平協議を後押しすることが肝要だ。だが、米露に信頼関係はなく、ロシアの一方的な行動が目立つ。撤収についても、米国に事前説明はなかったという。

 ロシアはシリア内の基地を維持しており、撤収した部隊をいつでも再投入できる。

 ケリー米国務長官は近くロシアを訪問する。米国はロシアの動向や意図を見極め、今後の戦略を練る必要がある。

 心配なのは、シリアで昨年6月に消息を絶ったジャーナリスト安田純平さんとみられる男性の動画がネット上で公開されたことだ。反体制派の一つである過激派「ヌスラ戦線」の勢力圏で拘束されたとの情報がある。

 政府は安田さんの所在確認と全体像の把握を急いでいる。救出に全力を尽くしてもらいたい。

2016年3月18日金曜日

監査法人の信頼高めるには

 金融庁の有識者会議が、会計監査への信頼を高めるための提言をまとめた。東芝の虚偽記載を新日本監査法人が見抜けなかったのを受け、監査法人の組織運営を改革するよう求めている。

 大手の監査法人は、所属する公認会計士が3000人を超えて巨大化する一方で、組織として会計監査の品質を高める体制の整備などが遅れていた。

 個々の会計士の力量や心構えに頼るだけでは、東芝のような会計不祥事は防げない。監査法人は不正の発見に力を入れる厳格な監査を経営方針として示し、人材育成や人事評価、専門性に応じた人員の配置など、監査の質を組織として高める体制をつくるべきだ。

 専門家の集まりである監査法人では個々人の自立心が強く、組織として規律が働きにくい傾向があった。上場会社における社外取締役のように、監査法人でも外部の人材を登用し、法人運営を監視することも検討に値するだろう。

 金融庁は提言を受け、監査法人が法人運営などで守るべき規範を示す「ガバナンス・コード」(統治指針)を年内につくる方針だ。その際には、監査法人による情報開示も拡充すべきだ。ガバナンス体制の詳細や、監査している上場会社ごとの契約年数や報酬、担当者らの概要も公表してほしい。

 監査報告書では「適正」という結論だけでなく、重点的に調べた会計分野や虚偽リスクの評価などを盛り込み、監査の内容をもっと説明させるのも有効だろう。

 会計監査の透明性を高めれば、市場参加者による監査法人への監視が強まり質の向上につながる。

 有識者会議は、一定年数ごとに強制的に監査法人を交代する制度も改革の選択肢の一つだと指摘し金融庁に調査・分析を求めた。

 交代制は会社とのなれ合いを防ぐ半面、知識や経験の蓄積が途切れ、監査の質が下がるとの指摘もある。今年6月から交代制を義務づける欧州の事例などを検証し、交代制の是非についても議論を深めていく必要がある。

中国は内外の市場と真摯な対話進めよ

 中国の李克強首相は全国人民代表大会(全人代、国会に相当)の閉幕後の記者会見で「中国経済のハードランディング(急激な悪化)はあり得ない」と強調し、年6.5%以上の「中高速成長」への自信を示した。世界の市場はこの言葉を額面通りに受け取っていない。それが世界経済の不透明感につながっている。

 貿易額の急減など様々な経済指標が中国経済の減速を裏付けている。供給過剰の原因である「ゾンビ企業」の本格整理もこれからだ。問題はそれだけではない。中国の経済政策の根幹をいったい誰が決め、どう実行しているのか。透明性と信頼感の問題である。

 3年前、習近平国家主席が主導する現政権が発足した。当初は習主席と李首相を「ツートップ」とする「習・李」体制と呼ばれていた。政治・外交・安全保障は習主席、経済の司令塔は李首相という明確な役割分担を想定したのだ。しかも、李首相が主導する経済政策には「リコノミクス」というニックネームまで付けられた。

 今、「リコノミクス」は死語になった。中国内外の多くの研究者は、李首相は経済政策の根幹を決められないと見ている。では誰か。権限集中を進めてきた習主席である。「ツートップ」体制は跡形もなく消え、伝統的な集団指導体制さえ風前のともしびだ。

 習主席による厳しい「反腐敗」運動の中、経済政策を担う政府の官僚らの間でも真のトップの命令にだけ従えばよいとの風潮が強い。ところが習主席自身は経済の専門家とはいえない。トップに近い共産党のブレーン集団が経済政策を仕切ることになる。しかも李首相をトップとする政府の各部門との連携に不協和音も聞こえる。

 最終的に経済政策は政府から発表される。だが、その政策決定の過程が一段と見えにくくなった。突然の政策変更もある。昨年来の中国の株・通貨安も市場運営の不透明さが大きな要因だった。これでは世界の市場との的確な対話などおぼつかない。

 世界第2位の規模になった中国の経済は中国指導部が考える以上に世界市場とリンクしている。そのマーケット側が中国当局の対話姿勢に疑問を抱いている。中国は経済政策の決定過程を透明化したうえで、内外の市場と真摯に対話する意思を明確に示すべきだ。それが中国経済の安定成長への前提条件だろう。

高校生と政治 届け出制は自由を侵す

 「18歳選挙権」に逆行する動きと言わざるを得ない。

 愛媛県立高校の全校がこの春から校則を改め、校外での政治活動に参加する生徒に、事前の届け出を義務づける。

 デモに参加しようとする高校生をためらわせ、政治への関心をそぎかねない。

 政治活動は、憲法が保障する思想良心、表現の自由にかかわる権利である。学校は、指導の名でその基本的な権利を縛るべきではない。

 まして校外の活動だ。「危険がないか把握する必要がある」とする高校もあるが、そこまでの管理は必須とはいえない。

 愛媛県立の全高校に再考を求めたい。全国各地の高校も追随すべきではない。

 文部科学省は昨年、校外でのデモなどの政治活動への参加を解禁した。その一方、ことし1月には届け出制も容認した。

 個人的な政治的信条の是非を問うようなものにしないことなど、配慮が必要としている。

 だが届け出れば、教員は生徒にどんな活動か尋ね、指導することになりかねない。そうなると事実上の許可制ではないか。

 何歳であれ有権者には、どんな政治主張に関心があるかを自分の胸にとどめる自由がある。

 愛媛県で届け出制の端緒をつくったのは県教委だ。教頭らを集めた主権者教育の研修会で、校則などの変更例を示した。

 海外旅行や地域行事への参加とともに「選挙運動や政治活動への参加」を挙げ、「1週間前に保護者の許可を得てホームルーム担任に届け出る」とした。

 判断は各校に任せたと県教委は言うが、校則を変えた場合は報告するよう求めていた。

 学校は無言の要請と受け止めたはずだ。だからこそ、全校が一斉に見直したのだろう。

 朝日新聞が2月、全都道府県と政令指定市を調べた結果、6自治体が「届け出不要」としたが、愛媛県を含む27自治体は「各校に任せる」と答えた。

 33自治体は「検討中」「未検討」などと答えた。どの自治体も、高校に届け出制の導入を求めるべきではない。

 そもそも18歳選挙権を決めたのは大人たちである。投票を認めながら、政治活動への参加を管理する姿勢は筋が通らない。

 学校や教委がすべきなのは規制ではない。生徒の主体性を大切にしながら、政治への意識を高める「主権者教育」である。

 校則や高校生の政治活動のありかたは本来、生徒自身が考えるべきことだ。彼らに議論する場をつくることこそ、主権者を育てる教育にふさわしい。

小6焼死再審 過ちの検証が必要だ

 大阪市東住吉区で95年、小学6年生の女児が焼死した火災で、殺人罪などで無期懲役が確定後、再審開始が決まっていた母親の青木恵子さん(52)と、内縁の夫だった朴龍晧(ぼくたつひろ)さん(50)について、大阪地検が有罪主張をしない考えを示した。

 4、5月に開かれる再審公判の後、逮捕から20年余りを経て近く無罪が確定する見通しだ。

 2人は保険金目的で自宅に放火したとされたが、大阪高裁が昨秋、車のガソリン漏れによる自然発火の可能性を認め、地裁の再審開始判断を支持した。

 検察はその後も有罪立証を模索したが、自然発火の可能性を消せず、断念したという。新証拠がない以上、裁判を長引かせる理由はない。2人の名誉回復を急ぐためにも、速やかに再審手続きに入るのは当然だ。

 一昨日の記者会見で、青木さんは「警察が正しく捜査していれば、こんなに長い期間、娘を殺した母親という立場に置かれることはなかった」と語った。

 我が子を失った悲しみに浸ることも許されず、自由を奪われた約20年はあまりに重い。

 捜査当局は自らの過ちを検証すべきだ。特に重要なのは、唯一の直接証拠だった自白がどうやって引き出されたかだ。

 大阪高裁は「取調官は度々大声を出し、被害者を救出しなかったことを責め、体調悪化がうかがえる中で自供書を作成させた」と捜査を批判した。

 こうした指摘への反論や自発的な総括は、検察当局からも警察からも聞かれない。初動段階から自白に頼り、予断をもって捜査した面はなかったのか。描いた構図に沿って証拠を都合よく解釈しなかったか。捜査当局には、検証した上で明らかにする責任がある。何より2人に説明し、謝罪すべきだ。

 裁判所の責任も、厳しく問われなければならない。

 火災が自然発火かどうかは、一審の段階から大きな争点だった。弁護側は火災の状況が供述内容と矛盾し、放火説は成り立たないと訴えてきた。だが地裁、高裁、最高裁はことごとく退け、捜査当局の自白調書を有罪の有力証拠と認定した。

 捜査の不備を見抜くべき立場にあるのが裁判所だ。供述と客観的な証拠の矛盾をどこまで吟味したのか。無実の訴えにどこまで真摯(しんし)に耳を傾けたのか。裁判所もまた自白偏重と言われても仕方ないのではないか。

 今回のような事態を防ぐにはどうすればいいか。再審公判を、警察、検察、そして裁判所が、自らの使命を謙虚に見つめ直す機会とするべきだ。

経済分析会合 消費増税再延期の地ならしか

 安倍首相と閣僚らが、国内外の有識者と意見交換する「国際金融経済分析会合」が始まった。

 5月の主要国首脳会議(伊勢志摩サミット)で、議長国の日本が議論を主導するのに役立てるのが狙いとされる。

 2017年4月に予定される消費税率10%への引き上げを再延期するための地ならしではないか、との見方も強まっている。

 首相は14年11月に衆院解散とともに消費増税の先送りを決めた際、有識者会合を開き、判断材料としていた。増税に慎重な学者を今回の会合に多く招いたことが、こうした観測を呼んでいる。

 ジョセフ・スティグリッツ米コロンビア大教授は会合で、「消費増税は需要を増加させない。今のタイミングは適切ではない」と述べ、増税の再延期を勧めた。

 22日の会合に出席するポール・クルーグマン米ニューヨーク市立大教授も14年11月、首相と面会した際、デフレ脱却前に増税を実施する危険性を説いたという。

 ただ、日本の財政は先進国で最悪の状態にある。しかも、消費税の増収分は全額、高齢化の進行を背景に膨張を続ける社会保障費に充てることになっている。

 増税延期の是非を判断するには景気動向だけでなく、財政再建への影響や代替財源の確保など、多角的な検討が求められよう。

 会合では、世界経済の先行きについて厳しい見方が相次いだ。

 スティグリッツ教授は、「世界経済は低迷している。16年は、金融危機以降で最悪だった昨年よりも弱くなる」と指摘した。

 年初来、混乱が続いた金融市場は一応、落ち着きを取り戻しつつある。だが、世界経済の前途にはなお、中国など新興国の景気減速や、原油価格の低迷といった不安材料が山積している。

 安倍首相が「サミット議長国として、世界経済の力強い成長へ、明確なメッセージを出したい」と強調したのは理解できる。

 リーマン・ショック後の世界経済を支えた新興国の成長鈍化が続く中、先進国が本来の役割を果たす重要性は高まっている。

 サミットで具体的な処方箋を示すため、日本がいかに指導力を発揮するかが問われよう。

 会合で、デール・ジョルゲンソン米ハーバード大教授は「生産性の向上を促すため、岩盤規制を撤廃すべきだ」と唱えた。

 日本が民需主導の安定成長を実現するには、企業や個人の活力を高める成長戦略を着実に強化し、実行していかねばなるまい。

中国全人代閉幕 「独善」と「強権」が進む一方だ

 中国の習近平政権の独善的な対外姿勢と内政面の強権統治が一段と強まったと言えよう。

 中国の全国人民代表大会(全人代=国会)が閉幕した。

 李克強首相は記者会見で、日中関係について、「改善の勢いはあるが、強固ではなく、脆弱だ」と強調した。歴史問題でも、「言行を一致させるべきだ。元の道に戻るのを目にしたくない」と述べ、日本の対応に注文を付けた。

 王毅外相も先に、「日本の政府と指導者は関係改善が必要と言う一方で、絶えず中国に対し、面倒を起こしている」と、不信感を示した。日本を「裏表のある人のやり方だ」とも批判していた。

 日本が米国と歩調を合わせて、中国による南シナ海での実効支配の拡大を牽制することなどに反発しているのだろう。

 だが、二面性があるのは、「平和発展」を標榜しながら、地域の緊張を高める中国の言動ではないか。中国の指摘は筋違いだ。

 米政府によると、南シナ海の人工島の軍事拠点化は年末か来年初めに完成する見通しだという。

 王氏は米国を念頭に、「軍事化のレッテルは中国には貼れない。ぴったりの国がある」とも語った。習政権がいくら詭弁を弄しても、軍拡の実態は糊塗できまい。

 最高人民法院(最高裁)が全人代の報告で、沖縄県の尖閣諸島海域で「司法管轄権」を示したと主張したことも受け入れられない。一昨年9月の中国漁船とパナマ船籍貨物船の衝突事故を中国の海事裁判所が調停したとしている。

 尖閣諸島に対する領土主権を訴える狙いだろうが、そもそも発生場所は尖閣諸島の領域外であり、中国の見解に根拠はない。日本政府が抗議したのは当然である。

 全人代では、経済・社会政策に関する新5か年計画が採択された。懸念されるのは、「国家安全体制の構築」という項目が計画に追加され、ネット世論の管理強化などが盛り込まれたことだ。

 習政権は発足以来、人権派弁護士や民間活動団体(NGO)に対する抑圧をエスカレートさせてきた。「国家安全体制」を名目に、メディアの締め付けなど言論弾圧をさらに強めるのは確実だ。

 統制強化の背景には、政権の経済減速への危機感もあろう。中国人による外国での「爆買い」を憂慮する声が全人代で相次いだのは、その表れではないか。

 中国が力で異論を抑え込もうとしても、時代錯誤とのイメージが国際社会で広がるだけだ。

2016年3月17日木曜日

ロシアに強い圧力と関与を

 ロシアがシリアに展開する空軍部隊の撤収を始めた。シリアでは米ロの呼びかけで一時停戦が発効し、国連主導の和平協議がようやく再開した。プーチン政権がこのタイミングで軍部隊の撤退を命じたのは、シリアの内戦収拾に向けたロシアの役割を誇示できる格好の機会とみたからだろう。

 過激派組織「イスラム国」(IS)掃討を名目に、ロシアは昨年9月末からシリアでの空爆作戦を続けていた。この空爆をめぐっては反体制派を標的にし、ロシアが支援するアサド政権の延命を狙ったとの批判も根強い。

 とはいえ、曲がりなりにも和平協議の再開にこぎつけたのは事実だ。ロシアが果たした一定の役割は認めざるを得ない。この流れを恒久的な和平の実現と中東の混迷脱却につなげることが重要だ。

 一方で、看過できないこともある。ロシアがシリアでの国際的な貢献をウクライナ危機と関連づけ、日米欧による対ロ経済制裁の緩和を画策していることだ。

 折から、ロシアがウクライナ領のクリミア半島を併合してから、あすで2年となる。ロシアは武力を背景に主権国家の領土の一部を奪い、国際秩序を大きく乱した。さらに親ロシア派住民の保護を口実にウクライナ東部にも軍事侵攻し、泥沼の戦闘を招いた。

 日米欧はロシアをG8(主要8カ国)の枠組みから外し、米欧は石油産業なども対象にした厳しい経済制裁を科した。原油安と制裁の影響で、ロシア経済は昨年、マイナス成長に陥った。国際的な孤立も深めたロシアは、重い代償を払ったといえるだろう。

 ただ、この間にクリミアのロシア化は一段と進んだ。ウクライナ東部では、昨年2月の停戦合意後も一触即発の緊張が続いている。ロシアが和平実現へ十分な役割を果たしているとは言いがたい。

 シリア情勢とウクライナ危機は別問題だ。日米欧はまずはウクライナ東部の和平協議進展を促すべく、ロシアに強い圧力をかけ、関与を続けていく必要があろう。

企業の成長力高め賃金を安定的に増やせ

 デフレから抜け出すには力不足の感が否めない。自動車、電機などの主要企業の賃上げ回答は、毎月の基本給を上げるベースアップ(ベア)が多くの企業で昨春の半分以下にとどまった。

 賃金増をテコに消費が伸び、企業収益が拡大し、それがまた賃金を増やし雇用を生むという好循環が遠のく心配も出てこよう。

 求められているのは世界経済が不安定ななかでも継続的に安定した賃上げができるように、企業が成長力を高めることだ。経営者は事業構造の思い切った改革や新たなビジネスモデルづくりへの投資に、より力を入れてもらいたい。

 トヨタ自動車のベア回答は昨年の4割弱にあたる1500円となった。電機のベアも日立製作所、パナソニックなどが昨春の半分の1500円を回答した。

 賃上げが昨年に比べ低調になったのは、一つには労働組合が物価上昇の鈍さを考慮して要求を抑えたことが影響している。しかし、中国経済の減速や米利上げによる新興国景気の先行きへの懸念など、世界経済の動向に経営者が不安を抱いていることも大きい。

 日本企業に必要なのはそうした外部環境に翻弄されず、利益を着実に増やしていく力だ。上場企業の今年3月期業績は増益の見通しだが、円安と原油安に底上げされた面もある。収益をあげる地力をさらに高める必要がある。

 資本効率を示す自己資本利益率(ROE)をみると日本企業は一桁にとどまり、10%台の米欧企業と開きがある。伸びが見込めない事業の撤収と成長分野への資源の集中を急がなくてはならない。

 上場企業の手元資金は約100兆円に達している。資金を抱え込んでいては成長機会を逃しかねない。M&A(合併・買収)や研究開発に積極的に投資すべきだ。

 パートなど非正規で働く人の比率は4割近い。消費を活発にするには非正規社員の継続的な賃上げも欠かせない。そのためにも企業の収益力強化が要る。

 政府は企業が賃金を上げやすくなる環境づくりに力を入れる必要がある。成長分野への企業の参入を促す規制改革は急務だ。

 政府が企業に賃上げを要請し、「官製春闘」の呼び名が生まれて今年で3年目になる。だが、賃上げは、結局は企業自身が成長力をつけられるかにかかっている。企業が活動しやすい環境の整備に政府は多面的に取り組んでほしい。

経済分析会合 増税先送りの布石か

 消費税率の10%への引き上げを再び先送りする、その布石なのか。安倍首相自身や、首相に助言している学者らの最近の発言を聞けば、そうした見方が出るのも当然だろう。

 「国際金融経済分析会合」が始まった。内外の著名な経済学者らを招き、首相や主要閣僚が意見に耳を傾ける。5月の主要7カ国(G7)首脳会議(伊勢志摩サミット)の議長国として、経済政策のあり方を議論する際の参考にするという。

 しかし、首相が14年11月、翌年秋に決まっていた10%への消費増税の先送りと衆院解散を発表した際も、事前に有識者からの聞き取りを重ねていた事実を誰もが思い出すのではないか。

 そこに、最近の言動が重なる。消費増税について、首相は「リーマン・ショックや東日本大震災級の事態が発生しない限り、予定通り引き上げる」と繰り返してきたが、先月下旬の国会答弁で「世界経済の大幅な収縮が起こっているか、専門的な見地の分析も踏まえ、その時の政治判断で決める」と加えた。

 その後、首相自身は元の発言に戻したものの、分析会合でまず意見を述べたノーベル経済学賞受賞者のスティグリッツ・米コロンビア大教授は、世界経済の弱さを強調し、消費増税の見送りを進言した。

 リーマン・ショック並みの経済混乱に見舞われたら、増税の延期は当然だ。海外経済に不透明感が漂うのも事実である。

 しかし、現状は「リーマン級」にはほど遠い。消費増税は予定通り実施するべきだ。

 なぜ消費増税が必要なのか。

 私たち、今を生きる世代は様々な社会保障サービスを受けているが、財源が全く足らず、多額の国債発行でまかなっている。自らへの給付を支えるために負担を増やし、将来世代へのつけ回しを少しでも減らす。同時に、子育て支援など不十分な分野を充実させていく財源も確保する。それが「社会保障と税の一体改革」だったはずだ。

 首相は、自らの発言に責任を持ってほしい。14年秋の記者会見で、その後の基本姿勢として「(消費増税を)再び延期はしないと断言する」と語ったではないか。経済状況次第で増税延期に道を開く「景気条項」を消費増税法から削除するよう命じたのも、その決意の表れではなかったのか。

 近づく参院選を意識し、さらには衆院解散の時期を探ることが最優先なのだろうか。足元の株価に一喜一憂し、目先の対応を繰り返しても、日本経済の真の再生にはつながらない。

春闘一斉回答 ベア超える課題解決を

 春闘はきのう大手企業が賃上げ回答を労働組合に伝える一斉回答日を迎えた。賃金体系を底上げするベースアップ(ベア)では、鉄鋼大手のように前回より積み上げたところもあったが、総じて多くの企業が慎重だった。自動車や電機は3年連続のベア実施とはいえ、水準は昨年より低かった。

 やむをえない面もある。世界経済の低迷で経営の先行きが楽観できないからだ。

 また、ベアだけで春闘の成果を判断しにくくなっている。いまや業界や企業によって業容はかなり違うし、働き方も多様だ。主要業界の大企業の正社員のベアが、そのまま全体に波及するとは限らない。

 問題はこうした控えめなベアの結果生みだされた原資が、大きな構造問題を解決する力に振り向けられるかどうかだろう。ベアを抑制しても企業が利益をためこむばかりでは困る。

 ここ10年ほど、大企業と中小企業、正社員と非正規社員との間の賃金格差が以前より広がっている。その是正が急務だ。その点、連合が分配のあり方に目を向け、「底上げ春闘」を掲げたのはうなずける。

 それには企業が総人件費を増やし、非正規社員にも適切に分配することが求められる。いまや労働者の4割を占める非正規労働者の待遇の底上げなくして経済の好循環はありえない。

 下請け企業が適正な賃金が支払えるよう、過度に厳しい取引条件を求めない、といった努力も必要になる。自動車総連は今回、自動車産業の裾野に広がる取引先の中堅・中小企業での労働条件の底上げを唱えている。新しい春闘の流れを示す試みとして評価したい。

 とはいえ、今春闘で非正規の賃金改善を要求した労組は、2月末時点で全体の5%にも満たない。もっと労使が協力して、春闘を非正規の賃上げを進める場として活用する必要があるのではないか。

 安倍政権が賃上げを企業に求めていることから「官製春闘」とも言われる。しかし、賃金水準は本来、企業が労使間交渉で決めるべきものだ。政権が介入することで、政府にしかできない中長期的な課題から国民の目をそらせてしまわないか。

 政権が取り組むべきは雇用や労働の質の向上のために制度を整えることだ。「同一労働同一賃金」を実現し、最低賃金を引きあげ、長時間労働を減らすことである。春闘の議論を機に、政労使がそれぞれの立場でそういう構造問題に本気で取り組んでいってほしい。

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