2016年4月30日土曜日

世界有数の観光大国になるために

 政府が外国人訪日客数の新たな目標を定めた。2020年に4000万人、30年に6000万人の来日を目指すという。15年実績の1973万人に比べて2倍、3倍の外国人を迎えるためには、宿泊施設や空港など、受け入れ体制の抜本的な改革が要る。

 従来の目標である20年2000万人、30年3000万人から大きく上方修正した。新目標を14年時点の国際ランキングに当てはめると、4000万人は6位、6000万人は4位になる。

カギは規制緩和とIT

 15年の実績は16位相当だから、実現すれば大幅なランクアップになる。現在、世界全体の外国旅行者は年間11億人台だが、30年には18億人に増えると予測されている。けん引役はアジア諸国・地域だ。この成長を取り込むため、観光に力を入れる姿勢は正しい。

 ただし、現状でもすでにホテル不足などが混乱や不満を生んでいる。2倍、3倍の旅行者を受け入れるには、政府、企業、地域が横断的に協力し、快適な旅ができる体制を整える必要がある。

 第1は規制の緩和や慣例からの脱却だ。民泊や通訳案内では規制緩和を進め、外国語に堪能な人などが受け入れに広く参加できるよう後押ししたい。個人がマイカーで旅行者を運べるネット配車サービスも歓迎されるだろう。

 民泊や配車サービスは、すでに海外で普及している。日本だけ使えないのでは旅行者が戸惑う。これらの新サービスやガイドの増加は地方への誘客にもつながる。

 美術館や博物館など日本文化を学べる施設も、もっと観光に目を向けたい。日本史の知識がない人でも理解しやすい解説文を考え、多言語に翻訳して表示するなど、工夫の余地は大きい。施設を持つ自治体は近隣で連携し、一緒に魅力をアピールしてはどうか。

 第2はIT(情報技術)の一層の活用だ。今後増える個人客の多くは、出発前や旅行中の情報収集にインターネットを駆使する。しかし日本では、旅行者がネット接続できる場所が少ないとの不満は以前から多い。整備を急ぎたい。

 入国時や宿泊施設へのチェックインでは、顔認証などのITを活用し本人確認をすれば時間が短縮できる。鉄道や催しのチケット購入も、欧米やアジアでは事前に海外から購入・予約が可能な場合が多い。同様の対応が求められる。

 熊本地震のような大災害が起きれば、訪日旅行への不安が外国で広がる。東日本大震災では政府や地元企業がマスメディアやネットを通じ、被災地以外の地域の安全性や被災地の復興状況をきめ細かく伝えた結果、震災の翌年から訪日客は増勢に転じた。

 今回の震災でも、これまでの経験を生かし、正確な情報を世界に伝えたい。訪日中の外国人に対し、携帯電話などを通じ、災害情報を多言語で提供できる仕組みを整えることも大切だ。

 第3はインフラの整備だ。新たな目標を達成するためには、日本の玄関である首都圏空港のさらなる拡充が欠かせない。羽田空港について国土交通省は東京上空の飛行ルートを解禁することで滑走路の利用効率を上げ、新規の発着枠を捻出したい考えだ。

 住宅地の真上を飛行機が飛ぶことについて、騒音や落下物を心配する声は当然ある。政府は住民や自治体に説明を尽くして不安を解消し、早期の合意形成をめざしてほしい。成田空港も3本目の滑走路の建設構想が動き出しており、国や空港会社、関連自治体を交えた協議が始まっている。

地方空港に海外路線を

 こうした一連の能力拡張が実現すれば、首都圏2空港の発着枠は年間100万回の大台に届き、ニューヨークやロンドンとほぼ肩を並べる水準になる。東京の国際都市としての魅力を磨くためにも、空港の強化は重要である。

 首都圏以外の空港の活用も進めたい。7年前に開港した静岡空港は中国を中心に海外10都市と結んでおり、立派な国際空港になった。他の地方空港も地元の自治体や経済界と連携し、海外路線の呼び込みに力を入れたい。

 訪日客の増加には、消費など目に見えやすい効果以外にもプラス面がある。日常の中で外国人とふれあう機会が増えることだ。

 若い起業家などが古民家や古ビルを改装し、カフェのある安宿を開く例が増え、地元住民と外国人が交流する場になっている。民泊もこうした場として育てていくことが可能だろう。

 世界でもトップ級の観光大国を目指すには、皆が意識を変える必要がある。果敢に取り組みたい。

被災と子ども 心開ける場をつくろう

 いらいらする。黙りこむ。指しゃぶりをする。眠れない。

 「また大きな地震が来たらどうしよう」と涙目で訴える。

 熊本県を中心に続く地震で、心に傷を受けた子どもたちの様子が報告されている。

 大人が災害への対応に追われるなか、子どものストレスは見過ごされがちだ。一人ひとりに目を配り、支える必要がある。

 子どもは、気持ちや体験を言葉でうまく伝えられない。しかも反応は一人ひとり違う。

 頑張る大人を見て、気持ちを出すのを我慢したり、無理に笑顔を見せたりする子もいる。

 まずは安心させ、様子をしっかり見る。話をよく聞き、「大変だったね」「こわかったね」と受けとめる――。

 そんな姿勢が、周りの大人には欠かせないと専門家は言う。

 大きな災害の後は「心的外傷後ストレス障害」(PTSD)が心配される。後になって、つらい体験を繰り返し思い出したり、集中できなかったりする。

 文部科学省が東日本大震災翌年の2012年、被災地の保護者を対象に調べた結果では、幼稚園児の20%、小学生の18%、中学生の12%にPTSDを疑われる症状が見られた。

 こうした事態をできるだけ防ぐには、子どもが心を開放でき、ストレスを発散できる時間と場所が重要である。

 例えば、国際的な子ども支援団体の一員の「セーブ・ザ・チルドレン・ジャパン」は、熊本県益城町の避難所5カ所に「こどもひろば」を開設している。

 主に四つから14歳の子どもを受け入れ、集まった子どもたちでお絵かきや紙芝居、ボール遊びなど遊び方を決めていく。

 子どもの居場所をつくり、同じ世代の子が一緒に遊ぶことを通じて日常を取り戻せるようにするのが狙いだ。

 熊本県西原村にある村立にしはら保育園は、子どもたちに園庭を開放している。

 避難所になった学校の校庭が駐車場として使われるなか、子どもが思いきり体を動かせる場を、と考えたという。

 被災地では連休明けの再開を目指し、準備を進めている学校が多い。学校のスタートは、子どもが日常を取り戻すためにも重要だが、心の傷がすぐに癒えるわけではない。

 阪神大震災後の兵庫県教委の調査では、心のケアが必要と判断された小中学生数がピークを迎えたのは震災3年後だった。

 保護者や教員だけでなく、地域や支援団体も含め、さまざまな目で子どもを見守り続けることが欠かせない。

日銀物価目標 現実見すえ、修正を

 日本銀行が物価を2%上昇させる目標時期をまた先送りした。新たな達成時期のめどはこれまでより半年延ばし、「2017年度中」である。

 13年4月に黒田東彦総裁のもとで異次元緩和に乗り出した時は、2年で達成するという目標を掲げていた。それを最大5年に引き延ばす計算だが、実現への道筋は見通せていない。

 もはやこの試みは行き詰まっている。目標も、それを実現するための手段も、現実を見すえて見直すべき時期に来ている。

 「2年」と期間を区切っての短期決戦で、日銀が金融市場に投入するお金の量を2倍に増やす異例の政策には当然、弊害や副作用も予想された。それでも国民や企業に染みついたデフレ心理を払拭(ふっしょく)するには、それくらい思い切った金融政策が必要、というのが日銀の立場だった。

 その後、お金の投入量をさらに増やしたが、消費者物価(生鮮食品を除く)の上昇率はほぼゼロで、3月はマイナスになった。原油相場下落の影響が大きいが、目算違いは否めない。

 黒田総裁は目標実現のためなら「出来ることは何でもやる」と言い続けてきた。その通り、大量の国債を買い取るなど異次元緩和で金融市場へのお金の量を増やし、2月には日銀史上初めてマイナス金利政策まで導入した。

 しかし、こうした政策は必ずしも経済の好循環を生まず、経済成長にも結びついていない。デフレ心理を払拭できないまま、異次元緩和の限界と弊害が次第に明らかになっている。

 とりわけマイナス金利政策の導入後、株価や為替相場が乱高下するなど金融市場の不安定さが目立ってきた。銀行の収益への影響も大きく、経済界には「悪影響のほうが大きい」との受け止め方が広がっている。

 これまでの日銀のやり方から言えば、インフレ目標の達成が遠のいたのなら追加緩和をするところだ。にもかかわらず、日銀は28日の金融政策決定会合で目標達成時期を先送りしつつ、追加緩和を見送った。日銀自身も、これ以上の異次元緩和の拡大に問題があることを意識し始めたのではないか。

 日銀には早期に政策を修正することが求められる。インフレ目標やその達成時期を絶対視せず、もっと柔軟に対応したほうがいい。現実的な目標水準に変え、一刻も早く異次元緩和からの出口戦略を練るべきだ。

 ただでさえ正常化には10年、20年かかると言われる。これ以上深入りしたら、永久に出られなくなりかねない。

デジタル教科書 「紙」の補助的役割にとどめよ

 学習効果や健康への影響が十分に検証されていないまま、教科書のデジタル化に道を開くことには疑問を禁じ得ない。

 文部科学省の有識者会議が、2020年度をめどに小中高校でデジタル教科書の使用を認める報告案を示した。

 当面は、現行の紙の教科書と併用するものの、将来的には、「紙」か「デジタル」かを選べる選択制の導入も検討するとしている。

 タブレット型の情報端末に教科書のデータを取り込んだのが、デジタル教科書だ。図面や写真を拡大したり、文章や線を何回も書き込めたりする機能を備え、インターネットにも接続できる。

 例えば、理科で宇宙や人体の仕組みを学ぶ際、デジタル教科書を使い、写真で視覚に訴える授業を行うことを想定している。

 情報技術の進展に伴い、デジタル技術を活用した教材の開発が進んでいるのは確かだ。そうした教材を使った学校で、子供たちの関心が高まったという声も聞く。

 だが、それらはあくまで、学習の基盤となる教科書を補助する副教材だ。「紙」との併用が基本とはいえ、教科書自体をデジタル化する必要は本当にあるのか。

 書き込み機能を使わせると、どんな色や太さの線を選ぶかに子供たちの意識が向きがちだとの指摘がある。教科書の内容の理解が浅くなっては元も子もない。

 端末をネットに接続して、調べものをする場合、次から次へとサイトをたどるうちに、本来の目的を見失う恐れがある。自分の頭でじっくり考える力の育成にはつながらないのではないか。

 学校などがきちんと管理していないと、有害情報にアクセスする事態も起こりかねない。

 デジタル教科書を自宅に持ち帰るようになれば、子供たちがその操作に没頭し、本を読む時間が減少することも懸念される。

 教科書検定に関して報告案は、「紙」と「デジタル」の内容を同じにすることで、「紙」だけで済ませるという。デジタル教科書の端末に追加機能として入れる音声や動画は、検定対象としない。

 追加機能の内容のチェックは、教科書を選定する教育委員会などに委ねる方向のようだが、きちんと質を確保できるのだろうか。

 有識者会議は、財政的な観点から、デジタル教科書の無償配布は困難としている。仮に保護者の負担となれば、低所得層への配慮が欠かせない。

 様々な課題があるだけに、文科省には慎重な検討を求めたい。

企業メセナ 地道な社会貢献こそが大切だ

 文化振興に企業の力は欠かせない。

 文化・芸術への支援を意味するフランス語に由来する企業メセナを、さらに定着させたい。

 クラシックを低価格で気軽に楽しめる音楽祭「ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン」が5月3~5日、東京・有楽町の東京国際フォーラムを主会場に開かれる。

 今年が12回目で、例年30万~40万人が訪れるゴールデンウィークの一大イベントである。

 この音楽祭の運営で大きな役割を果たしているのが企業メセナだ。総事業費の約4分の1を、100社超の企業が分担する。

 企業メセナの活動費の総額は年900億円に上り、文化庁の年間予算約1000億円に匹敵する。普及の背景には、企業の社会的責任への関心の高まりがある。

 社会貢献の可視化は、企業のイメージ向上につながる。バブル期にはメセナがブームとなり、多くの企業が人目を引く内容や金額を競い合った。

 金融危機などで景気が悪化すると、こうした風潮は鳴りを潜めたものの、地道な社会貢献としての活動は脈々と続いてきた。地に足の着いたメセナの裾野を、さらに広げていくことが大切だ。

 企業メセナ協議会は東日本大震災後、加盟企業の寄付を原資に被災地の郷土芸能を支援するファンドを設け、計250件に1億5000万円を助成した。今回の熊本地震後にも、熊本、大分両県を対象に同様のファンドを作った。

 文化に焦点を当てたメセナならではの視点だろう。

 協議会の昨年のメセナアワードでは、しずおか信用金庫(静岡市)による伝統工芸を次世代に引き継ぐ試みが優秀賞を獲得した。

 小学生から「あったらいい地場産品」のデザイン画を募る。それを基にした職人の作品を、提案した子供に届ける。地域への愛着を育む試みは今後も重要だ。

 今年度から、協議会の文化芸術振興プロジェクト「創造列島」が本格始動する。2020年東京五輪・パラリンピックに向けて全国で文化イベントが展開される。

 五輪憲章は、オリンピックをスポーツだけでなく、文化・教育と一体となった活動と位置づける。文化庁は大会組織委員会とも連携し、伝統芸能などの関連イベントを20万件実施する方針で、メセナがこれを側面支援する。

 日本文化の海外発信は、企業メセナで見落とされがちな切り口だった。訪日する外国人客が日本文化に親しむ好機ともなろう。

2016年4月29日金曜日

被災者向け住宅の確保急げ

 熊本県などで発生した地震から2週間余りが過ぎ、避難者はなお3万人を超す。水道などの完全復旧を急ぐと同時に、避難所の生活環境の改善が必要だ。被災者の生活再建にも乗り出したい。

 まず、400カ所を超す避難所の衛生を保ち、被災者の不便や不安を減らすことが急務だ。一部の避難所ではノロウイルスによる感染症も発生している。

 巡回する医師や看護師らが目配りし、被災者が気楽に相談できる体制を整えたい。車中泊を続ける人にエコノミークラス症候群への注意を促すことも欠かせない。

 避難生活の長期化を避けるためには仮設住宅の早期整備が要る。プレハブ住宅の建設が基本になるが、民間などの賃貸住宅を借り上げる「みなし仮設」も積極的に確保すべきだろう。

 熊本県は全体で4200戸を整備する方針だ。県外の自治体が公営住宅を提供する動きもある。県内の物件で足りなければ、県外に一時的に移ってもらい、仮設住宅が完成した後に戻ってもらうような柔軟な対応も考えるべきだ。

 仮設住宅への入居では高齢者や障害者への配慮が欠かせない。阪神大震災では独り暮らしの高齢者が仮設住宅で孤立し、孤独死に至るケースもあった。できるだけこれまでの集落単位や隣近所の関係を保てるような入居を働きかける必要があるだろう。

 熊本県によると、被災した住宅は一部破損を含めて3万棟を超す。国土交通省の集計では建物の応急危険度判定で「危険」とされた物件は8400棟に上る。最終的にどれだけの住宅が必要かまだ判然としない。

 仮設住宅に入るためには住宅の被害の程度を示す罹災(りさい)証明書が要る。しかし、庁舎が被災した市町村を中心に証明書の発行作業は遅れている。他の自治体職員の応援が必要だ。

 避難所生活から脱することは生活再建の第一歩になる。政府と自治体、民間が協力して被災者への住宅提供に全力を挙げたい。

日銀は市場や銀行とより丁寧な対話を

 日銀は金融政策の現状維持を決めた。2%の物価上昇率を達成する目標を「2017年度中」に先送りする一方、マイナス金利政策の効果の広がりを見極める。追加緩和の見送りを受け、28日の日経平均株価は前日比で600円以上も下げた。大幅な円高も進んだ。

 市場の緩和期待がやや過剰だった感はあるが、日銀が市場と十分な対話ができていたかどうかには疑問が残る。マイナス金利の悪影響が及ぶ金融機関にも、丁寧に政策への理解を求めるべきだ。

 日銀が示した経済・物価情勢の展望(展望リポート)では、生鮮食品を除く消費者物価上昇率の17年度の予測を1.7%に下方修正した。2%物価目標の達成時期は1月時点の「17年度前半」を早くも遅らせた。1年間で4回目の延期となる。黒田東彦総裁は強力な緩和策でインフレ期待を高め、目標達成への自信を訴えてきたが、その手法に陰りが見えてきた。

 そんな環境下でも日銀は追加緩和に動かなかった。マイナス金利政策で市場の金利は着実に下がり、経済復調や人手不足のもとで物価上昇の基調は崩れていないと説明する。だが直近では企業や消費者の間に物価上昇や経済の先行きに慎重な見方が広がっている。日銀の見通しはやや強気に映る。

 「金融政策に限界があるとは考えていない」と黒田総裁は強調し、必要ならためらわず量、質、金利の面で追加緩和に踏み切る考えを強調した。中国経済の減速や英国の欧州連合(EU)からの離脱の可能性など世界の経済や市場に懸念材料は多い。経済悪化のリスクに機動的に対処する構えは常に敷いておくべきだ。

 マイナス金利に対しては、銀行や企業の経営者から行き過ぎた緩和への批判の声も出ている。

 金利の押し下げを狙ったマイナス金利は金融機関が日銀にあずけた預金の一部に「手数料」を課し、資金を融資や投資に振り向ける仕組みだ。長期の金利も大幅に下がった結果、銀行の利ざやは縮まる。マイナス金利が長引けば年金や保険の運用難を招き、人々の暮らしにも悪影響を及ぼす。

 銀行や企業、消費者からの信頼がなければ強力な政策も空振りに終わる。日銀は緩和策の狙いをもっと丁寧に訴え、理解を深める必要がある。政府も労働分野の規制緩和など潜在成長率を高める成長戦略を進め、金融緩和を経済浮揚に結びつけるべきだ。

衆院選挙制度 自らを律せない立法府

 住んでいる地域によって一票の価値に不平等が生じる。この理不尽を改めるためだったはずの衆院の選挙制度改革が、中途半端に終わることになった。

 衆院の特別委員会で審議された与野党二つの関連法案のうち自公案が賛成多数で可決され、衆院を通過した。参院審議をへて近く成立する。

 衆院定数は小選挙区で6、比例区で4削減され、小選挙区画の見直しで格差が2倍未満となるよう調整される。有識者の調査会が導入を求めた「アダムズ方式」に基づく定数配分の抜本見直しは、2020年の国勢調査以降に先送りされる。

 問題点は二つある。

 過去3回の衆院選での2倍以上の一票の格差を「違憲状態」とした最高裁は、「1人別枠」という定数配分方式の「速やかな撤廃」を求めている。自公案ではこの方式による配分が実質的に残ることになり、新方式に基づく選挙ができるのは22年以降になるという。それまでに衆院選は、少なくとも一度は必ず実施される。

 また、次の衆院選に向けても、新たな選挙区画で格差が是正されるのは来年以降だ。それまでに衆院が解散されれば、14年選挙の「違憲状態」と何も変わらないまま選挙が行われることになる。

 最高裁が、格差が2倍を超えた09年衆院選を「違憲状態」と判断したのは11年3月だ。この間、小選挙区定数を5減らす緊急避難策はとったが、抜本改革は手つかずだった。

 その後も各党協議で結論が出せず、有識者の調査会に検討を委ねたあげく、抜本的に制度が改まるのは判決から10年以上も先になる。この間、不利益をこうむるのは有権者だ。定数減による現職議員への影響を最小限にしようと、先送りを図った自民党の責任は大きい。

 衆院を通過した自公案は、付則で「望ましい選挙制度のあり方について、公正かつ効果的な代表という目的が実現されるよう、不断の見直しが行われるものとする」とうたっている。

 趣旨には賛同する。だが、あるべき制度の議論より、どうすれば自らに有利かの議論ばかりが目立った最大与党の姿を見せつけられれば、議員任せの「改革」には期待できない。

 衆参両院の役割分担も視野に入れた選挙制度や、不祥事が後を絶たない政治資金のあり方も含め、長期的で、幅広い視野の検討が必要だ。そのために、法に基づく首相の諮問機関である「選挙制度審議会」の再立ち上げを考えるべき時ではないか。

安保違憲訴訟 司法の真価が問われる

 集団的自衛権の行使を認めた安保関連法は憲法に反するとして、市民ら約500人が東京地裁に訴えをおこした。今後も各地で提訴が予定されている。

 裁判所は、正面からこの問いに答えてもらいたい。各地での判決を積み重ねたうえで、憲法の番人である最高裁が最終判断を示す。その司法の責務をまっとうしてほしい。

 昨年の安保法制の国会審議を思い起こしたい。

 多くの憲法学者や元最高裁判事らが、「違憲である」「立憲主義の否定だ」と声をあげた。過去の政府答弁と明らかに食い違う憲法解釈の説明に、疑問を感じる国民も多かった。

 しかし政府与党は「違憲かどうか最後に判断するのは最高裁だ」「100の学説より一つの最高裁判決だ」と反論し、数の力で法を成立させた。

 耳を貸す相手は最高裁でしかないという政権の姿勢を、そのまま司法への敬意の表れと受け取るわけにはいかない。

 そもそも安倍政権は政府内の「法の番人」だった内閣法制局への人事措置により、チェック機能をそいだ。立法府である国会も数の論理が支配した。

 三権分立の一翼を担う司法の役割が、いまほど重く問われているときはない。

 原告側は、平和に生きる権利を侵されたとして、賠償などを求めている。憲法改正手続きを経ずに9条を実質的に変えられてしまい、国民の「憲法改正・決定権」が侵害されたと訴えている。

 これまでの判例を振り返れば原告側のハードルは高い。

 日本の裁判では、具体的な争いがなければ、法律が合憲か違憲かを判断できないとされる。抽象的に安保法の廃止などを求めた別の訴訟は「審査の対象にならない」と門前払いされた。

 審査に入ったとしても、憲法判断は訴えの解決に必要な場合以外は行わないという考えが、司法関係者の間では一般的だ。

 今回も裁判所がその考え方に立てば、賠償の求めを退けるだけで、憲法判断は避ける方向に傾くこともありえる。

 原告には自衛隊員の親族や、基地周辺の住民らも名を連ねている。裁判というテーブルに議論を載せるためにも、具体的な主張をめざしてほしい。

 訴えの根本にあるのは、立憲主義を軽んじる政治のあり方に対する深刻な危機感である。

 憲法をめぐる真剣な問いを、裁判所は矮小(わいしょう)化することなく、真摯(しんし)に受け止めるべきだ。国の統治機構への信頼をこれ以上損なってはならない。

衆院選改革法案 1票の格差是正へ仕組み整う

 衆院小選挙区選の「1票の格差」を是正する法的な枠組みが整うこと自体は、評価できよう。

 自民、公明の与党が提出した衆院選挙制度改革の関連法案が衆院を通過した。5月中旬にも成立する。

 法案の柱は、「アダムズ方式」に基づき、都道府県定数を10年ごとに配分し直すことだ。格差は、衆院選挙区画定審議会設置法が基本とする「2倍未満」に継続的に収まる。1月の有識者調査会の答申に沿った制度改革である。

 最高裁は、過去3回の衆院選の格差を「違憲状態」と認定し、現行制度の見直しを求めていた。

 今後、都市部に住民が流入し、地方の人口減が一段と進むのは避けられまい。将来の人口変動に対応し、格差を縮める客観的な仕組みを定める意義は小さくない。

 アダムズ方式は、人口の少ない県に比較的手厚く定数を配分し、地方に一定の配慮をしている。

 与党案は、2020年国勢調査からアダムズ方式を導入する。当面の是正策として、15年簡易調査に基づき、青森など6県の定数を各1減らす「0増6減」とともに、全国的に区割りを見直す。

 政府には、制度改革を円滑に実施することが求められる。自治体と連携し、有権者への周知も徹底してもらいたい。

 おおさか維新の会は、定数削減の検討などを盛り込んだ付帯決議を条件に与党案に賛成した。

 一方、民進党は、10年調査に基づきアダムズ方式を実施する法案を国会に提出し、否決された。

 選挙制度は民主主義の基盤だ。本来は幅広い合意で見直すのが望ましい。与党と民進党がアダムズ方式導入で一致しながら、導入時期を巡る溝を埋められなかったのは残念だが、「違憲状態」の解消を急ぐには、やむを得まい。

 疑問なのは、定数削減である。小選挙区の6減に加えて、比例選の定数も4減少する。

 定数を減らせば、多様な民意が反映されにくくなる。法案審議を通じた国会の行政監視や立法の機能も低下しかねない。ひいては国民の不利益につながろう。

 定数が少ないほど、格差是正が困難になる点も見過ごせない。これ以上の削減は避けるべきだ。

 多くの党が公約で、定数削減を掲げたのは、消費税率の引き上げで国民に痛みを強いた以上、議員自ら「身を切る」姿勢を見せざるを得ないとの判断からだろう。

 それなら、定数でなく、政党交付金や議員歳費を減らす方が理にかなっている。

ボランティア 安全に留意して被災地支援を

 熊本地震の被災地で、ボランティア活動が本格化している。大型連休には、大勢の人が被災地に足を運び、支援に汗を流すことだろう。

 善意の力が、被災者の生活再建につながることを期待したい。

 ボランティアの受け入れは、地元の社会福祉協議会が開設した災害ボランティアセンターが窓口となっている。避難者が多い熊本市や益城町など、熊本県内の15市町村に設置された。

 センターは、住民の要望を聞いた上で、インターネットを通じて必要な人数や作業内容を発信し、訪れたボランティア希望者を現場に振り分けている。

 被災家屋の清掃や家具の移動、避難所の運営支援など、作業内容は様々だ。希望者の体力などに配慮した人員配置が大切である。

 特定の市町村にボランティアが集中しないようにするため、県の社会福祉協議会が調整役を派遣するといった工夫も必要だろう。

 被災地では、余震が頻発している。大雨による土砂災害の恐れもある。ボランティアの人たちが二次災害に巻き込まれないよう、センターは被災現場の状況を正確に把握しておかねばならない。

 熊本市では、壊れた屋根に雨漏り防止用のブルーシートをかけてほしいといった要望が多い。しかし、「応急危険度判定」で問題のあった建物へのボランティアの派遣は見送っている。

 安全確保が最優先であることを考えれば、適切な判断である。

 参加する側にも細心の注意が求められる。ヘルメットや防じんマスクなどで身を守るだけでなく、万が一に備え、ボランティア保険への加入も欠かせない。

 ボランティアの募集対象を地元住民に限っている地域も多い。

 全国から受け入れていた益城町では、大型連休中は県内在住者に限っている。宿泊先の確保が厳しいことなどが理由だ。

 ボランティア活動に向かう人たちの車で道路が渋滞し、支援物資の輸送が滞るような事態になっては、本末転倒だ。参加希望者は被災地に赴く前に、現地の状況を自らチェックしてもらいたい。

 災害ボランティアは、1995年の阪神大震災で注目された。2004年の新潟県中越地震や11年の東日本大震災で定着した。

 実績を積んだ約90のボランティア団体が、今回も現地入りしている。団体間で活動情報を共有する新たな取り組みも見られる。

 自治体と連携し、きめ細かな支援を続けていきたい。

2016年4月28日木曜日

ゲノム編集のルール作り急げ

 ヒトの受精卵の遺伝情報を改変する研究は認めるが、子宮に入れるべきではなく、基礎的な研究に限る。「ゲノム編集」と呼ばれる新しい技術の使い方について、総合科学技術・イノベーション会議(議長・安倍晋三首相)の専門調査会はこんな見解をまとめた。

 妥当な判断だろう。受精卵を操作した影響は子孫に伝わり、倫理の面でも安全性の面でも問題があるからだ。大切なのは、これを踏まえてしっかりした研究の指針を早期につくることだ。

 ゲノム編集は遺伝情報の書き換えを容易にした。受精卵に使えば、体ができていく過程で起きる遺伝情報の異常と病気との関係などを解明するのに、役立つ。不妊症や遺伝性難病の予防・治療に道を開くとの期待は大きい。

 一方で、生命のもとになる受精卵の扱いには慎重さが必要だ。研究がどんな目的で、どんなプロセスで進むのか、受精卵の提供者への説明は十分か、などを確認する手続きのルールが不可欠だ。

 ところが文部科学省や厚生労働省は、いましばらく議論を見守る、としている。透けて見えるのはリスクを避ける姿勢だ。

 このままでは研究者は安心して新技術を使えない。受精卵を操作して好みの能力や外見を持つ「デザイナーベビー」を生み出すための研究などが、水面下で進むおそれもある。日本産科婦人科学会など4学会が共同で指針づくりを提言したのは、うなずける。

 英国には受精卵を使うあらゆる研究の認可権限をもつ政府機関がある。ゲノム編集で操作する研究は、子宮に入れないなどの条件付きで既に認められている。

 米政府は現時点ではこうした研究を助成していない。世界の研究動向も踏まえ学術界が年内にもまとめる報告書をもとに、新指針などを検討する見通しだ。

 いったん方針が決まれば欧米の研究者が動くのは速い。競争も激化するだろう。国際的な議論に積極的に参加しつつ、国内の指針づくりに早く着手すべきだ。

「的」ばかりの成長戦略に「矢」をこめよ

 政府が5月末に決める予定の成長戦略(日本再興戦略)は貧弱なものに終わるのではないか。そんな心配が湧いてくる。

 産業競争力会議がまとめた成長戦略の概要は、約500兆円の名目国内総生産(GDP)を600兆円に高めるため、IT(情報技術)やロボットなどによる第4次産業革命を柱に据えた。

 「2020年に高速道路で自動走行」「3年以内にドローン(小型無人機)で荷物配送」といった目標を掲げ、20年までに付加価値を30兆円生み出すという。

 ほかにも「スポーツの成長産業化で市場規模を15兆円へ」「サービス産業の生産性伸び率を倍増」など、目標がずらりと並ぶ。意欲的な「的」をたくさん掲げたといえるだろう。

 問題は、実現するための具体策である「矢」が乏しいことだ。

 0.5%未満とされる日本経済の潜在成長率を高めるには、働き方改革で女性や高齢者、外国人材などの就労を増やしつつ、新陳代謝を進めて生産性を高めなくてはいけない。

 カギは規制改革だ。先進国の経済成長の源泉は技術革新であり、その主役は民間だ。だからこそ政府は、企業や個人が自由に動ける環境を整える必要がある。

 安倍晋三首相はかねて規制改革について「成長戦略の1丁目1番地」と語っていた。だが今回の成長戦略では規制改革の取り組みが弱い、といわざるを得ない。

 たとえば、個人が持つモノや能力、時間をインターネット経由で他人に貸し出し、対価を得る仕組みがある。住宅の一部を開放して観光客を泊める「民泊」や、自家用車を使って有償で人を運ぶ配車サービスが代表例だ。

 しかし規制の壁に阻まれ、時代にあったルールづくりは遅れている。第4次産業革命を唱えるのなら、こうした足元の懸案を解決しなくては説得力を欠く。規制改革をさらに深掘りすべきだ。

 世界銀行のビジネス環境ランキングで20年までに先進国で3位以内になる、との目標を安倍政権は掲げていた。にもかかわらず、16年版では前年より順位を下げて34位にとどまっている。

 目新しい政策を繰り出すことにとらわれ、日本の弱みを克服する努力が不十分だったからではないか。「世界で一番ビジネスのしやすい国にする」という成長戦略の原点を見失ってはならない。

秘密の監視 看過できぬ国会軽視

 安倍内閣が特定秘密保護法の運用状況について、年1回の国会報告を閣議決定し、衆参両院議長に提出した。

 3月末、衆院の情報監視審査会が特定秘密の件名について、「具体的な内容がある程度想起されるような記述」に改善するよう求めていたが、報告には反映されなかった。

 その結果、「自衛隊の運用計画等に関する情報」「警察の人的情報源等となった者に関する情報」などあいまいな表現が並んだ。これでは政府の指定が適切かどうか、客観的に判断しようがない。

 理解に苦しむのは、内閣情報調査室が「作業が間に合わなかった。経過説明をしながら、来年出す報告書で対応したい」と説明していることだ。

 確かに、一定の情報を秘密にする必要はあろう。だとしても政府の情報は本来、国民のものだ。その国民の代表であり、政府に対する監視機能をもつ国会の改善要求を、あまりにも軽く扱っていないか。

 衆院審査会の対応にも物足りなさがあった。具体的な記述への改善を「意見」として求めるにとどめ、より強い「勧告」に踏み込まなかったことだ。

 今回の報告によると、昨年末時点の特定秘密の指定件数は443件で前回より61件増えた。関連文書は27万2020点で、8万点以上増えている。

 特定秘密443件のうち441件が、秘密指定の有効期間を法が定める上限の5年に設定されていた。運用基準では「必要最低限の期間に限り指定」としているが、ほとんどの秘密を最長の5年に指定したことが妥当なのかどうか、ここでも客観的な評価ができない。

 報告には、特定秘密を扱う人を審査する「適性評価」の状況も初めて盛り込まれた。

 借金の有無や飲酒の節度、精神疾患、家族の国籍や帰化歴まで調べられ、9万6200人がクリアした。1人が不適格とされたが、その理由などは明らかにされていない。

 有識者らによる首相の諮問機関、情報保全諮問会議では、不適格の理由について「プライバシーにも配慮しつつ、可能な限り明らかにするよう努めるべきだ」との意見が出た。政府は重く受け止める必要がある。

 衆参両院の審査会は政府の追認機関にならぬよう、危機意識をもたねばならない。

 まずは問題点を徹底的に洗い出し、政府に改善を強く求めるべきだ。形ばかりの「監視」では、国民の代表としての責任を果たしたとは言えない。

三菱燃費不正 なぜまかり通ったのか

 なぜ四半世紀もの間、不正がまかり通ったのか。

 燃費試験データの偽装が発覚した三菱自動車問題への疑念と怒りは、国土交通省への追加報告を経ても膨らむばかりだ。

 まずは三菱自動車である。

 端緒となった軽自動車では、データを実測していたのが一部にとどまり、残りは机上の計算による架空のデータを使っていたことが新たにわかった。

 軽自動車以外でも、国が1991年に定めた試験方法とは異なる測定手法を当初から使っていたことが判明した。07年に社内で法定の方法を使うと決めたが、その後も改まらなかったという。

 相川哲郎社長は「会社の存続に関わる事案だ」と認めた。法令順守という基本を欠けば企業経営は成り立たない。当然の発言だが、経営面でも厳しさを増している。

 新車の販売店では三菱自動車離れが進む。購入者には、部分的な補償にとどまらず、車の買い戻しを求める声がくすぶる。

 三菱自の提携相手で、データを巡る矛盾を最初に指摘した日産自動車は、三菱自からの軽自動車の供給が止まったことで補償請求を検討中だ。

 軽自動車はエコカー減税の対象だ。関連する税金を所管する総務省は、燃費試験のやり直しで減税の適用区分が変わった場合、適正額との差額を三菱自に支払わせる検討を始めた。

 しかし、まずは実態の徹底解明である。不正な試験方法を使った車種や台数の全体像について、三菱自は「調査中」としている。軽自動車を巡り、短期間に5度も燃費に関する開発目標を引き上げたことが不正に影響したのか。三菱自は、社外の弁護士に委嘱した特別調査委員会の指示に従って、調べを尽くさねばならない。

 三菱自の不正を見抜けなかった国交省は、試験方法を抜本的に見直す必要がある。

 試験は所管する外郭団体が担当しているが、基礎データはメーカーからの提供分をそのまま使う仕組みだ。「性善説」にたつ検査体制に構造的な欠陥があったと言わざるをえない。

 メーカーのデータ測定時に国の検査員が立ち会うなど既に改善案が出ている。独フォルクスワーゲンの排ガス規制逃れでは、自動車のエンジニアらでつくるNPOと大学が独自の走行試験をしたことが発覚のきっかけとなった。第三者の目を生かすことも検討課題だろう。

 官民ともに大きな課題に直面している。関係者はそのことを自覚してほしい。

豪潜水艦に落選 装備輸出の司令塔作りを急げ

 失敗の原因をきちんと検証し、防衛装備品を輸出する政府の態勢を立て直すことが肝要だ。

 豪州が、日独仏3か国が参画を目指した次期潜水艦計画で、フランス企業との共同開発を選択した。

 日本は、防衛装備移転3原則に基づき、三菱重工業などが建造する海上自衛隊の最新鋭潜水艦「そうりゅう型」を官民合同で提案したが、受注を逃した。

 そうりゅう型の技術は世界最高水準とされる。航続性能や、敵に気づかれずに潜行する静粛性、水中音波探知機能などに優れる。

 12隻で総事業費約500億豪ドル(4兆3000億円)の大型案件で、実現すれば、日本初の本格的な装備品輸出となった。安倍首相は「残念な結果だ」と語った。

 中谷防衛相が、豪州に選定理由の説明を求め、今後の教訓とする考えを示したのは当然である。

 ターンブル豪首相は、「フランスの提案が、豪州特有の要求に最も合致した」と述べた。

 豪州で景気の減速により雇用不安が広がる中、フランスは全面的な技術移転や、豪州企業の育成、積極的な雇用を訴えていた。

 ターンブル氏は近く議会を解散する意向で、選挙をにらんだ経済重視の判断もあったのだろう。

 だが、本来、潜水艦建造は軍事の観点が重要だ。政局を優先したのなら、うなずけない。

 日本も、自らの技術の高さを過信し、現地生産の割合を低く抑えたまま、豪州のニーズや仏独の動きを的確に把握せず、柔軟に対策を講じなかったのは否めない。三菱重工業などに装備品輸出交渉の経験が乏しかったためだろう。

 内閣官房の国家安全保障局などに、安全保障に加え、ビジネスや各国の内政事情などを総合的に分析・判断する枠組みと、その司令塔を構築することが急務だ。

 経済産業省などの経済官庁や、民間企業からも人材を集める必要がある。成長戦略の視点を持つことも欠かせない。

 無論、第三国への技術流出防止策は徹底すべきだ。今回、海自などに豪州への技術供与に慎重論があったことは理解できる。

 気がかりなのは、中国が今回、日本案の不採用を豪州に働きかけていたとされることだ。豪州が中国に過剰に配慮し、日本案を退けたのであれば、見過ごせない。

 アボット前首相は、日米豪の安保協力の重要性を認識していた。ターンブル政権は、アジア・太平洋地域の安定にどんな役割を果たすのか、説明せねばならない。

熊本仮設住宅 避難所生活の長期化防ぎたい

 熊本地震で損壊した住宅は2万棟を超える。被災者の避難所暮らしが長期化せぬよう、仮設住宅の整備を急ぎたい。

 熊本県では、全国から集められた建築士らが、約600人体制で建物の応急危険度判定を進めている。倒壊などの危険があると判定された建物は8000棟超に上り、阪神大震災や新潟県中越地震を既に上回った。

 余震が終息に向かっても、自宅に戻れず、避難生活の継続を余儀なくされる被災者は多い。

 一部の避難所では、感染症が発生している。プライバシーを保てないなどとして、車内で寝泊まりする住民には、肺塞栓症(エコノミークラス症候群)が相次ぐ。

 被災者の健康維持のために何より求められるのは、独立した居住空間だと言えよう。

 災害救助法上、仮設住宅の提供は都道府県知事の責務だ。熊本県は、本震で震度7が観測された西原村に、まず50戸を建設すると発表した。5月に着工し、6月の完成を目指すという。

 阪神大震災では、発生から半月で仮設住宅への入居が始まった。中越地震や東日本大震災でも、入居開始までに要した期間は、1か月程度だった。

 東日本大震災では、アパートなどの民間賃貸住宅を利用する「みなし仮設」の仕組みも、多くの被災地で導入された。整備費の抑制が見込めるだけに、今回も積極的に活用すべきだ。

 熊本県は当面、みなし仮設を含め、4200戸分の整備費を確保する。市町村と連携し、実際に必要な戸数を出来るだけ早く確定させたい。用地の選定も急務だ。

 住まいの復興をどのように進めていくのか、県と市町村は今後の行程を提示し、住民の不安を和らげる必要がある。

 仮設住宅が用意されるまでの間は、避難所の環境改善にも取り組まねばならない。間仕切りの設置や、仮設トイレの増設といった対応が求められる。梅雨や暑さへの備えも不可欠だ。

 現地の自治体は、住民の救護やライフラインの修復などに手いっぱいだという事情もあろう。

 だが、時間の経過とともに、被災者のニーズは変わる。それに合わせて、人員の配置を柔軟に見直し、被災者の身になった支援を進めてもらいたい。

 宮城県は、東日本大震災で仮設住宅の建設業務にあたった職員を現地に派遣している。応援職員の知識や経験を最大限に生かし、対処能力を高めることも大切だ。

2016年4月27日水曜日

サウジ改革の行方に注視を

 サウジアラビアが国営石油会社サウジアラムコの株式上場を含む経済改革構想を発表した。非石油産業の育成など、原油に依存する経済構造からの脱却を掲げた。

 サウジはイスラム世界の大国で、世界有数の原油埋蔵量がある。だが長引く原油安で国家運営は厳しさを増している。その動向は世界の安定を左右する。国際社会は改革を後押ししつつ、行方を注意深く見ていく必要がある。

 改革構想はムハンマド・ビン・サルマン副皇太子が発表した。アラムコ上場で得た資金を成長部門に振り向け、経済に占める民間部門の比重を高めて「2020年までに原油がなくなっても生き残れるようにする」という。

 改革を主導するムハンマド氏は父親のサルマン国王の即位に伴い昨年、副皇太子の座に就いた。国防相を兼務し、30歳ながら政治や軍事、石油、経済などの権限を一手に握るようになっている。

 サウジは原油輸出に歳入の大半を頼る。原油価格の変動に影響されない経済構造への転換が不可欠だ。増大する若年層を吸収する雇用や産業の育成も急がねばならない。大胆な改革に踏み出せるのも強大な権限を持つからだろう。

 サウジは日本にとって原油の3割超を輸入する最大の調達先だ。サウジの安定は日本のエネルギー確保に欠かせない。構造改革に積極的に手をさしのべるべきだ。

 日本が協力し、自動車整備や家電修理にあたるサウジ人技術者を育てる事業が成果を上げている。こうした取り組みを続けるとともに、中小企業の育成や省エネルギーなど、日本が強みを持つ分野に協力を広げていきたい。

 気になるのはサウジの強硬な外交姿勢だ。隣国イエメンへの軍事介入やイランとの断交は副皇太子の意向が働いたとされる。米国との関係も良好とはいえない。

 シリア内戦など中東の混乱収拾にサウジが果たす役割は大きい。サウジはイスラム圏のリーダーとしての自覚を持ち、国際社会との融和に目配りしてもらいたい。

地震に負けない強く柔軟な供給網めざせ

 熊本地震で多くの工場や流通網が機能不全に陥った。各企業や工場は取引を通じて密接に結びついており、ひとつの工場が止まれば、影響は広範に及ぶ。

 日本で地震の恐れがない場所はない。企業は工場などの耐震補強を急ぐとともに、万一に備えて代替生産手段の確保など非常時の対応を定めた「事業継続計画」の策定を進めてほしい。

 トヨタ自動車は熊本地震の影響により、国内のほぼ全ての工場で生産が大きく滞った。系列のアイシン精機の熊本市内の工場が損傷し、ドア部品などの供給が止まったのが原因だ。

 だが、生産再開の足取りはかなり早く、今週末までに全国で30あるトヨタの生産ラインのうち22で稼働を再開する見通しだ。

 アイシンは最初の地震の直後に対策本部を立ち上げ、被害状況の確認を急ぐとともに、一部品目の海外工場からの緊急輸入や国内他工場への生産移転を決めた。それが一定の成果を上げたようだ。

 一方で画像センサーをつくるソニーの熊本工場(菊陽町)のように損傷が激しく、再開のメドが立たない拠点もまだある。

 日本の製造業は東日本大震災の際に供給網が寸断され、生産が長期間止まった経験がある。当時課題として指摘された設備の耐震化や分散生産、取引網の「見える化」がどこまで進んだのか、今回の地震を通じて検証すべきだ。

 専門家の間では、大企業は事業継続計画などの対策がそれなりに進んだのに対し、中小企業の取り組みが鈍いという指摘が多い。

 単独での対応が難しいなら、他の中小企業や行政とも連携しつつ、災害時の打撃を最小限に抑える体制を整えてほしい。それが日本全体としての強く柔軟な供給網づくりにつながるだろう。

 非常時には企業の社会的責任も大きくなる。経済産業省によれば、熊本県内のコンビニエンスストアの99%が26日までに営業を再開した。本部社員が数百人規模で現地に入って支援した。

 都市ガス供給の再開に向けては、東京ガスや大阪ガスなど全国のガス会社が約2700人の人員を現地に送り込み、復旧作業を進めている。

 流通や物流、インフラの回復は被災した人が日常生活を取り戻すための欠かせない条件だ。地域を越えた企業間の連携で被災地支援を進めたい。

ヘイト法案 反差別の姿勢を明確に

 乱暴な言葉で特定の人種や民族への差別をあおるヘイトスピーチを、どうなくしていくか。

 自民、公明の両与党が国会に出した対策法案の審議が、参院法務委員会で続いている。

 野党側はすでに昨年、独自案を出しており、少なくとも与野党は、法整備の必要性では一致したことになる。

 運用次第では「表現の自由」を脅かしかねないとして、法学者らの間には慎重論も根強い。確かに、何を対象にどう規制するか難しい問題をはらむ。

 だが近年、ヘイトスピーチは収まる気配がない。高松高裁は一昨日、朝鮮学校に寄付をした徳島県教組を攻撃した団体の活動を「人種差別的思想の現れ」と認め、賠償を命じた。

 少数派を標的に「日本から出て行け」といった差別をあおる言説は各地でみられる。人権侵害をもはや放置するわけにはいかない。何らかの立法措置も必要な段階に至ったと考える。

 与野党両案ともに罰則規定はなく、理念法にとどまる。社会の最低限のルールとして差別は許されないことを明記すべきだが、一方で「表現の自由」を侵さないよう最大限の配慮をする姿勢は崩してはなるまい。

 国連は、人種差別撤廃条約を21年前に批准した日本で国内法が整っていないことを問題視している。人種や国籍を問わず、差別に反対する姿勢を明示するのは国際的な要請でもある。

 与野党は、狭い政治的利害を超え、普遍的な人権を守る見地から透明性のある議論を重ね、合意を築いてほしい。

 今後の審議は与党案が軸になるだろうが、問題点がある。

 与党案は差別的言動を受けている対象者を「本邦外出身者とその子孫」としている。だが、これまでアイヌ民族なども標的となってきた。ここは「人種や民族」と対象を広げた野党案を採り入れるべきだ。

 また、与党案が「適法に居住する(本邦外)出身者」と対象を限定しているのも理解に苦しむ。在留資格の有無は本来、差別と無関係であり、難民申請者らに被害がおよびかねない。

 自民党ではこれまで、ヘイトスピーチを本来の趣旨とは異なる形で利用しようとする言動があった。脱原発デモや米軍基地への反対運動への法の適用を示唆するような発言があった。

 懸念されるのは、まさにそうした政治や行政による乱用である。人種や民族に対する差別行為をなくす本来の目的のために、恣意(しい)的でない的確な運用をいかに担保するか。その監視のあり方も十分論議すべきだ。

チェルノブイリ 原発事故の過酷な教訓

 旧ソ連(現ウクライナ)のチェルノブイリ原発で、史上最悪の事故が起きて30年がたった。

 人間には1世代にあたる長い歳月だが、放射性物質は今も現場周辺を汚染したままだ。

 爆発した4号機は核燃料を取り出すこともできず、コンクリートの「石棺」で覆われた。だが、それも老朽化し、かまぼこ形の巨大な新シェルターで石棺ごと覆う工事が進んでいる。

 子どもの甲状腺がんを始め、避難民や周辺住民の健康被害は今も続く。事故は継続中だ。

 原発の過酷事故をめぐり、チェルノブイリはさまざまな教訓を世界に示した。にもかかわらず、5年前には福島第一原発事故が起きた。人類はどこまで教訓をくみ取ったのだろうか。

 隣国ベラルーシの作家スベトラーナ・アレクシエービッチさんは、昨年のノーベル文学賞を受けた。著書「チェルノブイリの祈り」の邦訳が出て03年に初来日した際、「だらしないロシア人だからあのような事故が起きた。日本では学者たちがすべて緻密(ちみつ)に計算している。ありえない」と言われたと、朝日新聞との会見で語った。

 日本の社会は、産業界や行政、学者、メディアも含め、チェルノブイリの事故をどこか「ひとごと」のようにしてしまっていた責任を免れない。

 謙虚に教訓を学び、原発は恐ろしい事故を起こすものとの前提で安全対策を一から点検していれば、福島第一の事故は避けられたかもしれない。

 生かされた教訓もあった。原発の近隣地域で放射能に汚染された飲食物の摂取と出荷を早期に禁じたことは、住民の内部被曝(ひばく)を防げなかったチェルノブイリの反省があってのことだ。

 だが、放射線と放射能の違いや原発事故の特徴など、基本的な知識が、周辺住民にさえ行き渡っていなかった点は同じだ。

 福島の事故から5年。日本は森林の大半を除き、周辺を除染する選択をした。とはいえ、実際には放射能を別の場所に移す「移染」でしかない。

 地球環境意識の高まりとともに、世代も国境も超えて影響を及ぼす環境汚染が原発事故の特徴と認識されるようになった。

 遠隔地に長期避難すると、住民の帰還への思いは年齢や職業などによって分断されていく。たとえ帰れるようになったとしても、元通りのコミュニティーの復活はありえない。

 事実上半永久的に人間と地球に取り返しのつかない被害をもたらす放射能汚染の理不尽さ。

 原発のそんなリスクを、チェルノブイリは語り続けている。

熊本補正予算案 被災地のニーズ把握を的確に

 熊本地震の復旧を円滑にするため、政府が2016年度補正予算案を編成することになった。

 規模は5000億円を上回る見通しだ。5月13日にも国会に提出し、19日までの成立を目指す。

 補正予算案は、被災者の生活再建支援策、道路や橋といったインフラ(社会基盤)の復旧事業などが柱となる。

 広範囲で住宅が倒壊・損傷し、多数の被災者が避難所や車中での生活を強いられている。仮設住宅の早急な建設や民間住宅の借り上げなど、住宅の確保策に、十分な予算を配分したい。

 当初は、8月にも臨時国会を開き、補正予算案を成立させるとの見方もあった。安倍首相が「先手先手で機動的に対応する」との考えを示し、前倒しを指示した。

 通常は1か月ほどかかる激甚災害の指定も、本震の9日後の4月25日に行われた。被災自治体の復旧事業に対する国の補助率は、7~8割から最大9割に高まる。

 熊本地震の深刻な被害を踏まえて、政府がスピード感を持って政策対応したのは妥当である。

 安倍首相は、民進党の岡田代表ら各野党党首と個別に会談し、補正予算案の早期成立を図ることで一致した。夏の参院選を意識した思惑もあろうが、与野党の協力は歓迎できる。

 余震が続く中、生活道路や水道など、被災者の暮らしに欠かせないインフラ復旧は遅れている。

 大切なのは、被災地のニーズを的確に把握し、緊急度の高い事業を優先して実施することだ。そのためには、市町村が中心となって被災地の実情を調べ、国と情報交換することが欠かせない。

 被災地の自治体では、避難所の運営などに職員が忙殺され、復旧・復興に手が回っていない問題も指摘されている。

 全国の自治体に災害対応の経験豊富な職員の応援を仰ぎ、マンパワー不足を補う必要がある。

 道路などの復旧費は、必要額の算定に時間がかかることから、使途を特定しない予備費として計上する方向だ。実情に応じて機動的に支出できるようにするための工夫と言える。

 ただし、自由度の高い予備費の利点が逆手に取られ、不要不急の施策に無駄遣いされる恐れもあるのは気がかりだ。

 予備費の支出内容に財務省がしっかり目を光らせるのはもとより、事後的なチェック体制も構築し、予算執行の透明性を高めることが求められる。

五輪エンブレム 組市松紋で機運盛り上げよう

 2020年東京五輪・パラリンピックの新たなエンブレムが、ようやく決まった。

 大会組織委員会は新エンブレムを効果的に活用し、五輪・パラリンピックの機運を盛り上げてほしい。

 「組市松紋」と名付けられた新エンブレムは、江戸古来の市松模様をベースにしている。伝統の藍色の四角形を巧みに組み合わせた。国や文化の違いを超えてつながり合うことを表現している。

 最終候補に残った他の3案は、カラフルな作品だった。それに比べると、非常にシンプルだ。制作したデザイナーの野老朝雄さんは「夏の大会なので涼しげなものにした」と、狙いを語った。

 粋なデザインが、海外でも受け入れられれば、日本のイメージアップにつながるだろう。

 盗用疑惑が持ち上がり、白紙撤回された旧エンブレムを巡っては、密室での選考が批判された。組織委の審査担当者が得票数を操作していた不祥事も判明した。

 大会のスポンサー企業が、テレビCMやポスターからエンブレムを外すなど、白紙撤回の影響は多岐に及んだ。一連の騒動が、五輪ムードに水を差し、大会計画全体に対する国民の信頼を損なったことは間違いない。

 インターネットの普及により、類似のデザインを見つけることが、以前より容易になった。独自のデザインを選定する難しさは、格段に増している。

 組織委は今回、選考方法を大きく変更した。実績のあるデザイナーを優遇したコンペ形式を改め、広く国民から公募した結果、1万4599点の応募があった。

 透明性を確保しようと、一部の審査の模様はインターネットで公開した。最終候補4点は、商標のチェックを実施したうえで公表し、意見を募った。

 旧エンブレムのような問題があれば、最終決定の前に表面化させて、トラブルの芽を摘もうとしたのだろう。大きな混乱もなく、新エンブレムが選出され、概して好意的に受け止められているのは、何よりである。

 組織委にとって、エンブレムは大きな収入源だ。それだけに、管理や活用の面で重い責任を負っていることを忘れてはならない。

 官民の寄り合い所帯の組織委は、危機管理能力を欠いているといった指摘がある。膨張が避けられないとされる五輪の運営費の圧縮など、難題は山積している。

 気を引き締めて、五輪準備を進めてもらいたい。

2016年4月26日火曜日

五輪準備を遅滞なく進めよう

 2020年の東京五輪・パラリンピックのエンブレムが決まった。前回のデザインが白紙撤回された反省から、新たな委員会の下、募集の門戸を広げ、一般からの意見を聞くなど透明な選考を心がけた。この点は評価したい。

 4年後の競技開始に向け、国内外の市民や選手らの心をまとめるシンボルの誕生だ。大会を成功に導くきっかけとしてほしい。

 新たなエンブレムの決定で懸案のひとつは片付いたが、五輪の準備には、まだまだ解決しなければならない課題が多い。

 まず、開会式の舞台、新国立競技場の聖火台をどこに置くかだ。現在、遠藤利明五輪相の下でワーキングチームが検討中で、月内にも結論が出るもようだ。設置場所として屋根の上部、スタンド、フィールドなど複数案が出ている。

 そもそも、問題の背景には、多岐にわたる五輪準備の担当者らの意思疎通の不足がある。

 新競技場の整備は日本スポーツ振興センター(JSC)、開会式の演出などは五輪組織委員会で、聖火台の議論は置き去りだった。五輪相も「情報の共有ができていなかった」と認めている。昨年、新競技場をめぐって繰り広げられた愚を繰り返してはならない。

 さらに、この聖火台も含め、五輪の総費用がどれだけになるのか、いまだに明らかになっていないのも心配だ。主に公的資金を使うインフラ整備費も、スポンサーらから集める大会運営費も、資材や人件費の高騰、テロ対策などで大幅増加は必至だ。「2兆円」「3兆円」という数字が根拠なく飛び交う事態は尋常ではない。

 「祭典だから」といった丼勘定やおうばん振る舞いが許される財政環境にはない。責任ある機関が全体像を把握する必要がある。

 今月に入り、バドミントンの日本代表らが違法カジノで賭博をしていたことも明るみに出た。選手以前に社会人の自覚に欠けた行為だ。4年後は開催地の代表として、高いモラルが求められることを肝に銘じるべきである。

パリ協定の早期発効で温暖化を抑えよ

 地球温暖化を抑えるための「パリ協定」の署名期間が22日に始まり、日本を含む170を超える国の代表が初日に署名した。協定が効力をもつには参加国ごとに批准のための国内手続きが必要だ。各国が迅速に手続きを進めるよう求めたい。

 パリ協定は昨年12月の国連の会議で196カ国・地域が合意した。日米欧など先進国だけでなく中国、インドなど新興国にも温暖化ガスの排出削減を求める初の「全員参加型」の国際枠組みだ。

 各国はすでに2025~30年の削減目標を公表している。早期の発効は、目標の達成へ向けた省エネや技術開発、法制度の整備などを着実に進める動機づけになる。

 先進国のみに削減義務を課した「京都議定書」は途中で米国が離脱し、中国も参加しなかったため実効性が問われた。パリ協定の合意では、米中両国が積極的な役割を果たした。率先して署名もし、温暖化対策へ強い意気込みを見せたのは心強い。

 発効には55カ国以上、かつ世界の温暖化ガス排出量の55%以上を占める国の批准が必要だ。米中の排出量の合計だけで世界の4割近くに達する。両国の前向きな姿勢は多くの国に批准を促すだろう。

 ただ、米国は石炭火力発電所からの温暖化ガス排出規制をめぐり訴訟を抱える。連邦最高裁判所は一部の州の訴えを聞き入れ規制の執行停止命令を出したため、排出削減が難しくなる懸念がある。

 大統領選の行方も気になる。米国の批准には議会の承認を必要としないが、温暖化対策に後ろ向きな共和党候補が勝てば、協定の順守は疑わしくなる。

 このため、日本も批准を急がず、米国の情勢を見極めつつタイミングを検討してはどうかとの意見があるが、賛成できない。日本は世界第3の経済規模をもつ先進国として、協定の合意を着実に実行に移す国際的な責務がある。

 温暖化対策をてこにイノベーションを生みだし、産業競争力の向上につなげようという潮流に乗り遅れてはならない。日本の技術力に対する期待は高く、協定の発効を機にむしろ世界をけん引するという発想も必要だ。

 日本は5月に主要国首脳会議(伊勢志摩サミット)を開催する。早期に批准する意思を明確に伝えるとともに、議長国として他国にも批准を呼びかけ、発効への道筋をつくってほしい。

ハンセン病 司法の差別、決着せぬ

 「人権の砦(とりで)」たる最高裁として、これで問題が決着したといえるのだろうか。

 ハンセン病患者の裁判がかつて、隔離された「特別法廷」で開かれていたことをめぐり、最高裁はきのう、元患者らに「患者の人格と尊厳を傷つけたことを深く反省し、お詫(わ)びする」と謝罪した。

 裁判を隔離した判断のあり方は差別的だった疑いが強く、裁判所法に違反すると認めた。最高裁が司法手続き上の判断の誤りを認めて謝罪するのは極めて異例であり、検証作業をしたこと自体は評価できるだろう。

 だが、注目された違憲性の判断に関しては、憲法上の「裁判の公開」の原則には反しない、と結論づけた。

 果たしてハンセン病への差別や偏見に苦しめられてきた元患者や家族に受け入れられる判断だろうか。

 同時に公表された最高裁の有識者委員会の意見は、憲法上の二つの点で疑問を突きつけている。まず、法の下の平等に照らして特別法廷は「違反していたといわざるを得ない」と断じている。さらに裁判の公開原則についても「違憲の疑いは、なおぬぐいきれない」とした。

 すでに05年、厚生労働省が設けた検証会議も、同様の憲法上の問題点を指摘していた。それを長く放置してきた最高裁が出した今回の判断は、たび重なる指摘に正面から答えたとは言いがたい。

 検証会議はこの時、ハンセン病患者とされた熊本県の男性が殺人罪に問われ、無実を訴えながら死刑執行された「菊池事件」にも言及していた。男性が裁かれた特別法廷について、「いわば『非公開』の状態で進行した」と指摘していた。

 事件の再審を求める弁護団や元患者らが、特別法廷の正当性の検討を最高裁に求めて始まったのが今回の検証だった。それだけに元患者団体は「自らの誤りを真摯(しんし)に認めることを強く求める」と、違憲性を認めなかったことに反発している。

 今回の最高裁の検証では、「裁判官の独立」を理由に、個別の事件の判断は避けられた。だが、手続きに問題があれば、裁判そのものに疑いが生じかねない。本来なら個別事件も検証し、被害救済や名誉回復まで考慮すべきだろう。今後、再審請求があれば、裁判所は真剣に対応すべきだ。

 差別や偏見のない社会に少しでも近づけるために、今回の検証をどう役立てるのか。謝罪を超え、最高裁はさらにその責任を負い続けなくてはならない。

シリア情勢 停戦を崩壊させるな

 中東のシリア情勢打開へ向けた細い希望の光が、危機にさらされている。

 2月末にアサド政権と主要反体制派の間で停戦が発効してから2カ月足らず。シリア北部で衝突が再燃している。

 ロシアからの支援で勢いを増した政府軍が攻勢を強め、空爆も続けているとみられる。停戦は崩壊の瀬戸際にある。

 1千万人を超える市民が住む家を失い、今世紀最大の人道危機といわれる内戦をこれ以上、長引かせてはならない。関係各組織に強く自制を求めたい。

 とりわけアサド政権には国情を安定させ、国内社会の再建を最優先する重い責任がある。停戦期間を反政府勢力への攻撃の機会に利用するような愚行を犯してはならない。

 停戦発効後の3月、国連は和平協議をスイスで始めた。5年余りに及ぶ内戦だけに交渉は難航していたが、戦闘の再燃により事態は一層こじれている。

 反体制派の主要代表団は、和平協議からの一時離脱を決めた。復帰の見通しは立っていない。移行政権づくりなど今後の安定した国家像を探る試みは滞る公算が大きくなっている。

 米欧や反体制派はかねて、アサド大統領の退陣を求めてきたが、大統領側は拒絶したままだ。今月は、反体制派の反対を押して首都などの支配地域で人民議会選挙を強行し、体制を堅持する姿勢を鮮明にした。

 態度を硬化させる政権を説得すべきなのは、その後ろ盾であるロシアのプーチン大統領だ。米国と並ぶ停戦の呼びかけ役として、ロシアは停戦を維持するよう最大限の影響力を行使すべきである。

 ロシアは3月、主力部隊の撤収を表明したものの、依然として作戦を続け、アサド政権を支援しているといわれる。停戦を隠れみのにした政権の勢力拡大を黙認しているとすれば、無責任というほかない。

 過激派組織「イスラム国」(IS)問題など中東情勢の一層の悪化は、ロシアにとっても利益にならない。ウクライナ問題をめぐる国際的な孤立から脱するためにも、ロシアは自国の狭い利害を超えて、シリアの和平づくりに貢献すべきだ。

 米国も、関与がまだ不十分との声が根強い。オバマ大統領はきのう、米軍部隊250人規模のシリアへの増派を発表したが、その効果は未知数だ。

 米欧は今後も国連、アラブ諸国、イランなどとの対話を深めつつ、シリアの長期的な停戦実現と和平協議の進展へ向けて、本腰を入れてほしい。

ハンセン病法廷 差別的運用が偏見を助長した

 人権侵害を正すべき裁判所が、ハンセン病患者への差別を助長した。司法の汚点である。

 ハンセン病患者が当事者の裁判を隔離施設の特別法廷で行ったことについて、最高裁が調査報告書をまとめた。「ハンセン病患者の人格と尊厳を傷つけた」と謝罪した。

 1996年に、らい予防法が廃止されるまで強制隔離政策を続けた政府と、法の廃止を怠った国会は、2001年に謝罪している。三権のうち、残る司法が、遅きに失したとはいえ、過ちを認めたのは、大きな節目である。

 憲法は、公開の法廷で裁判を行うよう定めている。

 これに基づき、裁判所法は、最高裁が必要と判断した場合に限り、裁判所以外での開廷を認めている。裁判所が被災するなど例外的なケースを想定したものだ。

 地裁や高裁が最高裁に提出したハンセン病患者関連の特別法廷の設置申請は、48~72年に96件に上る。最高裁はこのうち95件で設置を認めた。特効薬の普及などで隔離の必要はなくなったとされる60年以降も、27件が開廷された。

 ハンセン病以外の疾患を理由とする申請の認可率は15%にとどまる。報告書が、遅くとも60年以降の運用について、「裁判所法に違反すると言わざるを得ない」と結論付けたのは、当然である。

 60年以前を含め、最高裁がいわば機械的に特別法廷の設置を認めていたことは間違いあるまい。

 検証に際し、最高裁は有識者委員会に意見を求めた。

 特別法廷の設置を巡る最高裁の運用について、有識者委は、憲法が保障する法の下の平等に違反すると指摘した。裁判の公開原則の観点からも、違憲の疑いが拭いきれないとの見方を示した。

 これに対し、最高裁は「合理性を欠く取り扱い」だったなどと認定したものの、明確な憲法判断には踏み込まなかった。一方で、療養所の正門に開廷を告示したことなどは、公開の要請を念頭に置いた対応だったと評価した。

 社会と隔絶された施設で開廷することが公開の要請を満たしていると言えるのか、疑問である。

 裁判官の独立を尊重するため、特別法廷で審理された判決内容の是非については、検証の対象外となった。それはやむを得ないとしても、特別法廷という異例の場で公正な裁判が行われたのか、元患者らの疑念は根強い。

 差別的運用により、裁判への信頼が損なわれた。そのことに対する最高裁の責任も重い。

政府の成長戦略 やり残し施策の点検も必要だ

 アベノミクスの柱である成長戦略も、今年で4回目となる。

 日本経済の起爆剤として機能させるには、これまでの施策を総点検し、改革のスピードを加速させることが欠かせない。

 政府の産業競争力会議が、5月に策定する成長戦略の概要をまとめた。人工知能や健康、環境・エネルギーなど、成長の見込める10分野を明示したのが特徴だ。

 情報通信技術で生産性を飛躍的に高める「第4次産業革命」で30兆円の付加価値を創出する。健康・医療分野の市場規模を16兆円から26兆円に拡大する。

 こうした数値目標を豊富に盛り込み、2020年までの名目国内総生産(GDP)600兆円の実現を目指す。

 安倍首相は、成長戦略の重点施策の一つに人材強化を挙げ、「若者に社会を変え、世界で活躍するチャンスを与える」と述べた。

 生産年齢人口が減少する中で、日本経済が長期的な発展を続けるには、技術革新を担う若い人材の育成が極めて重要だ。

 幅広い分野で野心的な目標を掲げる積極姿勢は評価できる。ただし、肝心なのは具体的な施策の中身と効果である。

 従来の成長戦略は、20年に訪日外国人客を2000万人とする目標を約5年前倒しで達成するなど、成果を上げた分野もある。

 だが、企業が活動しやすいビジネス環境を整備し、民間活力を最大限に引き出す規制改革の多くは道半ばと言える。

 例えば、労働生産性の向上のための雇用改革では、働いた時間ではなく成果に応じて賃金を決める「脱時間給」制度の創設などが実現していない。

 農業分野も、農協の組織改革は実施されたものの、意欲のある農家への農地集約や、民間企業による農業参入は、思ったほどの進展が見られない。

 企業活動のしやすさを示す世界銀行のランキングで、日本は経済協力開発機構(OECD)加盟34か国中24位にとどまる。先進国3位以内の目標は、はるか遠い。

 納税や許認可などの行政手続きが、諸外国に比べて煩雑なことなどが、評価を下げている大きな要因と指摘される。

 成長戦略が改定されるたびに、目新しい政策メニューの追加が注目を集める。その一方で、手続きの簡素化などの地道な規制改革が足踏みしているとすれば問題だ。政府は、産業界などの要望に、真摯に耳を傾けるべきである。

2016年4月25日月曜日

保育拡充への理解を深めたい

 保育所をつくろうとして、住民の反対で遅れたり、中止になったりするケースが目立ってきた。政府が掲げる「待機児童ゼロ」の大きな足かせになりかねない。女性の活躍を後押しする面でも、少子化対策としてもマイナスだ。

 静かに暮らしたいという住民の気持ちも理解できる。住民と対話を重ね、住民の懸念に丁寧に対応することで、合意点を見いだす道はあるはずだ。保育拡充を求める保護者の切実な声に、しっかりと応えなければならない。

 政府は2017年度までの5年で、保育サービスを50万人分増やす計画を進める。保育所を巡るトラブルは以前からあったが、急ピッチの整備により、問題が生じやすくなる土壌があった。

 大きな反対理由の一つが、子どもの声への懸念だ。防音壁や二重窓を設けたり、外で活動する時間を工夫したりすることで、一定の対応は可能だろう。

 送り迎えの自転車などによる通行量の増加などを不安視する声もある。これらの問題も、早い段階から住民に計画を説明することで対策を検討することができる。

 最も避けたいのは「十分な説明がなかった」などと話がこじれることだ。保育所を運営する事業者だけに任せず、自治体が積極的に住民への説明などにかかわることが欠かせない。

 小学校入学前の乳幼児のうち保育所に通っている子どもは00年に4人に1人だった。15年には5人に2人ほどだ。保育所は女性の就労を後押しし、子どもの健やかな成長を支える大きな役割を担う。

 少子化で、子どもに接する機会が少ない人が増えている。なぜ子育て支援が大事なのか。国や自治体は、日ごろから住民に理解を求める工夫をしていくべきだ。子どもを産み育てにくい社会を、どう変えていくか。住民一人一人も我が事として考えてほしい。

 保育所と住民の関係は、開園後も続く。よい交流が深まれば、子どもたちにとってもプラスに働くはずだ。

安倍政権は補選の苦戦反省し経済を前へ

 衆院補欠選挙が北海道と京都であり、与野党が1勝ずつだった。自民党は与野党が激突した北海道で勝ち、何とか面目を保ったが、苦戦を強いられた。安倍政権のどこに問題があって有権者の厳しい視線にさらされたのか。よく点検して軌道修正してもらいたい。

 2補選のうち、京都3区には自民党は候補を立てなかった。不倫騒動を起こした議員の辞職に伴う選挙とはいえ、同党が衆参両院の補選で議席を得られなかったのは民主党政権だった2009年10月以来、与党としては08年4月以来8年ぶりになる。

 不戦敗も負けは負けである。安倍政権への打撃はないと強弁すべきではない。

 北海道5区は前衆院議長の死去による補選で、自民党は前議長の女婿を擁立した。大物議員の弔い合戦は同党が本来、最も得意とする選挙戦のはずだ。だが、民進、共産、社民、生活の4野党が推した無所属候補と終盤まで互角の戦いだった。

 不倫騒動の地元以外でも有権者が「自民党、感じ悪い」とみていたからだろう。これだけ批判されているのに、若手議員の社会常識に外れた言動がなくならないのはどうしたことか。

 執行部が綱紀粛正を連呼しても本気が疑われる。不穏当な発言をした議員を1年間の役職停止にしたのに3カ月で解除した例があった。党の信頼を損なう議員は支部長から外し、次の選挙では公認しないというぐらいに迫らなければ、緩んだタガは締まらない。

 補選苦戦の背景に、経済の先行きへの不安があることも指摘しておきたい。環太平洋経済連携協定(TPP)承認案や働き方改革の関連法案などの今国会処理は難しい情勢だ。このままでは目立つ成果がないまま、夏の参院選を迎えることになる。

 経済を前に進めるアベノミクスの次の手はあるのか。来年4月からの消費増税は予定通り実施するのか。しっかりした絵図面を示してもらわなければ、有権者も審判のしようがない。

 北海道で力及ばなかった野党は共闘のあり方の見直しが必要である。いまの選挙制度は政党同士の競い合いを前提としており、無所属候補は貼れるポスターが少ないなどかなり不利である。民進党公認でも共産党が支援するなど柔軟な選挙協力を検討しなければ、与党と対峙できない。

衆院補欠選挙 与野党接戦が示すもの

 与野党の対決となった衆院北海道5区補欠選挙は、自民党の和田義明氏が、野党統一候補の池田真紀氏に競り勝った。

 だが、与党としては安閑としてはいられまい。

 一つは、同時に投票された京都3区では与党が候補を立てられず不戦敗となり、民進党の泉健太氏が当選したことだ。

 もう一つは、過去3回続けて自民党が議席を占めてきた北海道5区で、当初の予想以上に野党に追い上げられたことだ。

 接戦の理由は明白だ。民進、共産、社民、生活の各党が足並みをそろえ、統一候補を推した野党共闘の成立である。

 同区は故・町村信孝前衆院議長の地盤だが、野党が一つにまとまっていれば、実は与野党の得票は拮抗(きっこう)していた。

 例えば14年の前回総選挙。町村氏の約13万票に対し、民主候補約9万5千票、共産候補約3万票と町村氏が大差をつけた。だが、民主と共産の得票を合計すれば、当選した町村氏との差は約5千票に縮まる。

 これまで野党がバラバラに候補を立てていたことが、与党を利していたのは明らかだ。

 今回、敗れはしたものの接戦となったことは、野党共闘が、与党に迫る大きな力になりうることを示したと言える。

 昨年9月の安保法制成立後、初めての国政選挙だった。法制への反発が市民の連帯を生み、野党を結びつけたことの意味は大きい。市民が選挙運動の動画をつくり、インターネットで拡散するなど、市民主導の動きも広がった。

 朝日新聞の出口調査では、安保法制でも、政権の経済政策でも有権者の評価は割れた。

 野党各党は、共闘の目標や原則をいっそう明確に語るとともに、夏の参院選に向けて、32ある1人区で共闘の動きをさらに広げるべきだ。

 政治に緊張感を取り戻すためにも、自公連立政権に代わりうる、もう一つの選択肢を確かな形にできるかが問われる。

 与党にはゆるみが目立った。北海道5区では、応援のため現地入りした自民党議員が「巫女(みこ)さんのくせになんだ」と発言。京都3区補選は、育休宣言後に不倫した前自民党議員の辞職に伴う選挙だった。政権運営の見直しが迫られる。

 補選の結果次第では、安倍首相が衆参同日選に踏み切る可能性も指摘されてきた。

 だが、前回の衆院解散から約1年半しかたっていない。まして熊本地震で大きな被害が出るなか、国会議員の大半がいなくなる同日選に道理はない。

成年後見制度 まず課題の洗い直しを

 認知症や知的障害などで判断能力が不十分な人に代わり、財産の管理や介護サービスの契約などをする。その成年後見制度の利用を広げるための促進法が議員立法で成立した。

 認知症の高齢者が462万人とされるのに対し、制度の利用者は約18万人にとどまる。仕組みを周知し、普及に向けた施策を進めるのが法の狙いだ。

 だが、利用が低調なのには理由があるはずだ。促進の旗を振る前に、まずは制度にどんな問題点や課題があるかを総点検し、利用者本位の仕組みへと見直すことに取り組むべきだ。

 法律には、後見人による不正を防ぐ対策や、後見人の業務を手術や治療内容への同意に広げることなどを検討し、3年以内に必要な法整備をすることが盛り込まれた。また、家族や親族よりも第三者による後見が増えている状況を踏まえ、一般市民の中からの後見人の育成を推進する方針を掲げた。

 後見人による財産の着服は後を絶たない。特に弁護士などの専門職による不正は昨年、過去最多を更新した。制度への信頼にかかわる問題であり、監督体制の強化は最優先の課題だ。

 一方、後見人の業務を医療行為の同意に広げることには疑問や懸念も出ている。延命治療の中止といった重い判断を迫られれば、後見人の心理的な負担も大きい。

 医療現場では、本人が意識不明に陥るなど、意思の確認や同意を得るのが難しいケースは他にもある。そうした場合の対応は、広く医療の問題として議論するべきではないか。

 人材確保の切り札とされる市民後見人にも課題がある。一定の研修を受けるとはいえ、弁護士や司法書士ほどの専門性はない。利用者と後見人双方の不安を解消するには、市民後見人への専門的、組織的な支援体制を整えることが不可欠だ。

 また、利用者への虐待が疑われる場合などは専門職の後見人に頼らざるを得ないが、最低でも月2万~3万円の費用がかかり、資力のない人は利用できないのが実情だ。費用の補助を拡充することも必要だろう。

 今の成年後見制度が利用者の意思を尊重した仕組みになっているか、という根本的な疑問も根強い。判断能力が不十分とされる人でも、適切なサポートがあれば自ら決められる場合もある。むしろ成年後見制度の利用はできるだけ限定し、意思決定を助ける仕組みを充実させるべきだとの指摘もある。

 利用促進にとどまらない、幅広い議論を求めたい。

北海道5区補選 政局運営に勝利をどう生かす

 夏に参院選を控え、安倍政権にとって、この勝利の意味は重い。

 衆院北海道5区補欠選挙は、自民党公認で公明党などが推薦する和田義明氏が当選した。民進など4野党が推薦する無所属の池田真紀氏は及ばなかった。

 与野党は、補選を参院選の前哨戦と位置づけるとともに、衆参同日選になる可能性もにらんで、総力戦を展開した。

 「1強」の自民党に対抗するため、民進、共産、社民、生活の4党は統一候補を擁立した。参院選のカギを握る全国32の1人区のモデルケースと目された。

 仮に和田氏が敗れれば、野党が勢いづき、安倍政権の政策遂行や国会運営、選挙戦略に様々な影響が出る恐れがあった。安倍首相は、今回の勝利を今後の政局運営にどう生かすかが問われよう。

 和田氏の勝因は、関係団体や企業、議員の後援会などをフル稼働させる組織選挙を徹底したことだ。自民、公明両党支持層の9割前後を固めることに成功した。

 経済政策アベノミクスの効果は北海道では限定的とされる。それでも有権者が和田氏を支持したのは、政策の継続性と政治の安定を重視したためだろう。

 首相は熊本地震の対応を優先し、北海道入りを見送ったが、マイナスとはならなかった。

 宮崎謙介前衆院議員の女性問題での辞職に伴う京都3区補選で、自民党は、候補擁立の見送りに追い込まれ、不戦敗となった。

 告示直前に、東京地検特捜部が甘利明・前経済再生相の現金授受問題で関係先を捜索した。自民党の大西英男衆院議員による神社の巫女に関する失言劇もあった。

 自民党の傲りに起因するとみられる一連の不祥事に有権者が反発したことが、和田氏の選挙戦に影響を与えたのは否めない。自民党は謙虚に受け止めるべきだ。

 池田氏は、政党色を薄め、安全保障関連法廃止を掲げる市民団体と連携した。シングルマザーとしての子育て経験から福祉の充実も訴えた。無党派層を重視する戦術だが、支持は広がりを欠いた。

 ただ、民進、共産両党の組織的な「共闘」は、一定の有効性が示された。独自候補を取り下げた共産党の支持者のほとんどが、池田氏に投票したとみられる。

 野党は今後、さらに選挙協力の拡大を目指すだろう。既に参院選1人区で15人以上の統一候補を実現させている。「自公対民共」の戦いが、参院選全体の行方を左右するのは間違いない。

薬毒物検査強化 犯罪死の見落としをなくそう

 死者の尊厳を守るためにも、犯罪死を見落としてはならない。

 警察庁は、警察が取り扱う全遺体について、原則的に薬毒物検査を行うことを決めた。白骨化した遺体などを除き、血液や唾液に青酸化合物の反応がないかどうか測定器や試験紙で確認する。

 兵庫、大阪、京都で高齢の男性4人が変死した事件が契機となった。警察の検視で病死とされた複数の男性は、捜査の結果、青酸中毒死だったと判明した。男性らに青酸化合物を飲ませたとして、女が殺人罪などで起訴された。

 犯罪死を結果的に見落とした大阪府警は今月、検視を専門に手がける「検視調査課」を全国で初めて設置し、検視官を増員した。手痛い失敗から得た教訓を生かし、再発防止を徹底してほしい。

 同様のミスは、大阪府警に限ったことではない。警察庁によると、1998年以降に発覚した犯罪死の見落としは、52件に上る。

 このうち16件で、薬毒物の使用を特定できなかった。使われた薬毒物に見合った簡易検査を行っていれば、大半のケースで見破れた可能性があるという。青酸化合物以外に検査対象を広げることも必要ではないか。

 死因究明の一層の精度向上を図る上で、解剖医が慢性的に不足していることも、大きな問題だ。全国に約180人しかおらず、1人だけの県は10を超える。

 2012年に議員立法で成立した死因・身元調査法は、遺族の承諾がなくても遺体を解剖できる権限を警察に与え、当時、約11%だった解剖率の向上を目指した。

 しかし、昨年の解剖率は12・4%と、ほぼ横ばいだった。80~90%に達する北欧や50%近い英国などに遠く及ばない。

 臨床医に比べ、待遇面で恵まれないとされる現状を改善しなければ、法医学を学んで解剖医を志す学生は増えないだろう。

 14年に閣議決定された「死因究明等推進計画」は、「死因究明を行う専門機関の全国的な整備」をうたい、都道府県ごとに設ける協議会に実務を委ねた。協議会が大学などと連携し、解剖医を確保することも盛り込まれた。

 協議会の設置は、今のところ17都道県にとどまり、取り組みに温度差がある。警察庁などが主導し、専門機関を各地方に設置するなど体制整備を再検討すべきだ。

 犯罪死を見落とせば、犯人を取り逃がすことになる。治安にも関わるだけに、警察を挙げて、ミス防止に取り組んでもらいたい。

2016年4月24日日曜日

違法木材に実効性ある規制を

 海外で違法に伐採された木材の輸入を防ぐ新たな法律をつくる動きがある。議員立法で5月の主要国首脳会議(伊勢志摩サミット)までの成立を目指している。

 欧米では違法伐採された木材や木材製品の輸入を規制する法律があり、合法木材を選んで使うのは国際的な潮流といえる。日本も欧米に見劣りしない実効性のある制度を早期に設けるべきだ。

 インドネシアなどアジアの森林国では、豊かな自然環境を保ち、地球温暖化の進行を抑えるため、森林の乱開発の防止に取り組んでいる。しかし法制度の網をかいくぐった違法伐採がなお続いている。またロシアで違法伐採された木材が中国で加工され日本に入ってきているともされる。

 民間の環境団体によると、日本が輸入する木材の約1割が違法に伐採された木材だという。法規制がある米国では5%以下で、日本の取り組みは先進国の中で遅れ気味だ。

 木材の大消費国である日本には、生産国での違法伐採を助長させないよう努める責任がある。また違法伐採された安価な輸入材の国内への流入は、国産材の市場拡大の妨げにもなっている。違法木材の規制は国内の林産業にとり利益になるはずだ。

 政府はこれまで政府調達における合法木材の使用を奨励し、業界団体が自主的な行動規範をつくって合法と証明された木材を扱う企業を認定してきた。ただ認定制度に参加していない業界もあり限界が指摘されていた。

 法案は政府調達に限らず、すべての木材や木材製品の取引において政府が決める指針の順守を求める。ただし強制力はなく、業界の自主性に委ねる部分が大きいため規制が尻抜けになる恐れがある。より実効性の高い制度にする工夫が必要ではないか。国会で議論してもらいたい。

 消費者の選択眼も重要だ。環境に配慮した製品を示す森林認証マークなどを活用し消費サイドからも違法木材の使用を減らしたい。

「迷子の土地」の実態を把握し手を打て

 所有者がわからない「迷子の土地」が目立ち始めている。所有権が移っても新たに登記しない人が増えているためだ。災害復旧や徴税事務など様々な分野で障害になっている。

 国土交通省が昨年、実施した調査をみると、都道府県の大半が過去5年以内に「所有者の把握が難しい土地が存在した」と回答した。市町村の多くも同じだった。

 その結果、公共事業や災害復旧のための用地が確保できず、事業を中止したり、ルートを変更したりする事態が生じている。東日本大震災で高台に被災者の移転用地を整備する時にも問題になり、早急な復興の妨げになった。

 東京財団が自治体の税務担当者に実施した調査でも、土地の所有者がわからず、問題が生じたことが「ある」という回答が6割強になった。所有者がわからなければ固定資産税の徴収が難しくなる。

 影響が出ているのは災害復旧や徴税だけではない。農地を再編して規模を拡大しようと思っても耕作放棄地の所有者がわからず、一向に進まない。地籍調査の障害にもなっている。

 一般に土地を取得したり、相続したりした場合は、新たに登記するが、あくまで任意で義務ではない。このため、所有権が移っても登記簿上は以前の所有者のままというケースが珍しくない。相続を放棄する人も増えている。

 背景にあるのはバブル経済の崩壊をきっかけとする国民の土地に対する意識の変化だ。かつては土地を資産とみなす人がほとんどだったが、地価の下落で土地を保有する魅力が薄れてきた。

 伝統的な地縁・血縁社会が壊れてきたことも一因だ。地方でも土地保有に伴う管理の手間や費用負担を避ける傾向が強まっている。

 このまま「迷子の土地」が増えるのは国土を適切に管理するうえでまずい。まずは国と自治体が協力して、死亡届が提出された段階で登記など土地に関する制度についてもっと説明する必要がある。

 所有者が不明な土地が具体的にどれだけあるのかすらわからないのが現状だ。いくつかの地域に限ったサンプル調査でも構わないから実態を早急に調べるべきだ。

 ひとつの宅地でも、区画(筆)が分かれていれば別々に手続きが必要になるなど、登記は煩雑すぎるという声も多い。できるだけ簡素化し、登記に必要な費用の引き下げも検討してほしい。

震災避難 障害者への支援確保を

 「ホールに段差があり、車いすの人は入れないと断られた」

 「どこからも情報が来ず、1週間、車中泊を続けた」

 熊本県を中心に続く震災で、命をつなぐはずの避難所に入れない障害者が続出している。

 一般の避難所では生活が難しい障害者や高齢者には、「福祉避難所」が用意されるはずだった。災害に備えて、あらかじめ市区町村と協定を結んだ学校や福祉施設などである。

 だが、震災の現実の前には、うまく機能しなかった。

 熊本市では、避難の際に手助けが要る「要支援者」の名簿に登録された人は約3万5千人いる。これに対し、福祉避難所の協定をもつ施設は176あったが、実際に受け入れる施設はなかなか増えなかった。

 ケアする人が被災して人手不足だったり、建物が壊れて水道も止まったりと、施設の環境が整わなかった事情がある。

 ボランティアを募り、22日までにやっと33カ所が開設した。だが入所者は80人超どまり。介助の余裕がなく場所の提供しかできない、と嘆く施設もある。

 福祉避難所に入れない障害者らにとって、長引く震災は深刻な生活苦をもたらす。安否確認も思うように進まなかった。

 こうした中、熊本市の熊本学園大の活動が注目されている。最大60人ほどの障害者や高齢者を受け入れ、存在感を示す。

 もともとはグラウンドが広域避難場所に指定されていただけだったが、相次ぐ強震で住民が集まり始めたため、4教室を住民に開放した。さらに校舎内の大ホールを要支援者専用にし、大学関係の介護福祉士や学生ボランティアらが24時間、避難者を見守る態勢をつくった。

 今月施行された障害者差別解消法は、「合理的配慮の提供」を公的機関の義務と定めている。障害者から社会的な障壁を取り除く要請があれば、無理ない範囲で対応する。その精神を実現する先駆的な試みだ。

 避難所づくりに携わった同大の教授2人は障害者・支援者団体と協力して「被災地障害者センター」も設けた。一つの避難所に集約するのではなく、各地の障害者に適切な情報を提供する拠点となり、元の生活に戻るまで必要な支援を続ける。

 避難者は今も8万人近い。その中で障害者らは、健常者と同じように暮らすのは難しい。要支援者名簿をもとに安否を確認する仕組みや、広域で福祉施設同士が職員を派遣し合う枠組みなどを平時から準備したい。日本中どこで起きるかわからない「次の災害」に備えて。

独居房捜索 裁判官にも責任がある

 捜査当局が拘置所の独居房を捜索し、被告の手紙などを押収する。こんな捜査の是非を問う裁判が大阪高裁であった。

 判決は一審に続いて「違法」との判断だった。

 公判を控えた被告が、拘置所で捜査側に知られず弁護人と連絡をとることは、一般に「秘密交通権」と呼ばれ、憲法に基づいている。高裁の判断は当然だ。捜査当局はこの判決を受け止め、二度とこうした捜査手法をとるべきではない。

 訴えていたのは、08年に起きた強盗事件で懲役10年が確定した男性(45)と弁護人だ。

 男性はパチンコ店への強盗容疑で09年に逮捕、起訴された。公判中の10年2月に否認に転じた。その5カ月後、男性が知人にアリバイ工作をした疑いがあるとして、大阪地検は大阪拘置所の独居房を捜索し、メモや手紙類を押収した。

 男性らは12年、「秘密交通権や防御権が侵害された」と国を訴え、一審の大阪地裁は捜査の違法性を認めた。

 高裁も一審と同じ理由で、違法捜査と断じている。

 「勾留中の被告の部屋には、公判に備えて自らを守るためのメモや資料が集まっている。押収されれば防御の準備が十分できなくなり、正当な裁判を受ける権利が損なわれる」

 「秘密交通権は憲法に基づく権利であり、捜査の必要性があったとしても、被告が受ける不利益の方が大きい」

 弁護方針が筒抜けになれば、公判で被告が不利になるのは明らかだ。刑事裁判には「検察と被告は対等」という原則がある。被告の行動に疑問が浮かんだとしても、独居房を捜索し、弁護士あての手紙やメモを押収することは許されない。

 一方で男性は、捜索令状を出した裁判官にも過失があると控訴していたが、大阪高裁は裁判官の過失は認めなかった。

 裁判官の責任が問われるのは「与えられた裁量を著しく逸脱した場合」で、今回はそれには当たらないとの理由だ。

 しかし違法と認定された捜査を認めたのは裁判官だ。

 男性の弁護人は判決後、「裁判所が身内をかばったとのそしりを免れ得ない」と語った。

 独居房捜索という異例の手法を慎重に判断したのか、裁判所も自省する必要がある。

 逮捕や勾留、捜索などの強制処分に踏み切る際、そのつど裁判所の令状を必要としているのは、行き過ぎた捜査による人権侵害を防ぐためだ。裁判官には「人権の砦(とりで)」として、自らの役割を果たしてもらいたい。

熊本交通網寸断 露呈した弱点を克服したい

 熊本地震は交通網を寸断した。露呈した弱点を克服し、強靱な輸送ネットワークの再構築につなげることが肝要だ。

 九州の鉄道と高速道路などの主要道は、熊本、大分両県を中心に多くの箇所が不通になった。救援物資の運搬が滞る要因となり、災害時の輸送網確保の重要性を再認識させた。

 回送列車の脱線などで、一時は全線で運休を余儀なくされた九州新幹線は、新水俣―鹿児島中央間に続き、博多―熊本間でも運転が再開された。在来線や高速道路でも不通区間の解消が進む。

 人や物の円滑な移動が早期復興につながる。復旧の範囲をさらに広げつつ、課題を見極めたい。

 新幹線の回送列車は、熊本駅から車庫に向かって時速約80キロで走行中、最大震度7を記録した前震で脱線した。乗員は無事だったが、仮に営業運転中だったら、重大な被害が出ていた可能性がある。

 地震による新幹線の脱線事故は、2004年の新潟県中越地震が初めてだった。緊急停止システムの作動が間に合わず、走行したまま、直下型地震の激しい横揺れを受けたのが原因だ。

 この事故を契機に、JR各社が脱線や転覆を防ぐ装置の導入に乗り出した。JR九州も、レールの内側で車体の揺れを抑え込む「脱線防止ガード」を設置してきた。上下線の約1割の55キロが対象で、48キロ分の工事が完了している。

 だが、今回の脱線現場は、防止ガード設置の計画区間に含まれていなかった。

 施工時間や予算上の厳しい制約から、「活断層と交差している箇所など、危険度の高い場所を優先して整備せざるをえない」と、JR九州は説明する。

 全線での設置が現実的でないとしても、計画外の箇所で脱線した事実は重い。同様に優先順位をつけて対策を進めるJR他社にとっても、他人事ではあるまい。

 強い直下型地震は、日本中のどこでも起き得る。それが今回の地震の教訓である。現行の計画のままでいいのか、各社とも真剣に再検討すべきだろう。

 道路では、崩落した大量の土砂に埋まるケースが目立った。熊本市と阿蘇市、南阿蘇村などとを結ぶ国道は、その典型だ。幹線道路の寸断は、地域の孤立を招いた。復旧のメドは立たない。

 こうした事態を防ぐには、巨額の費用を要する砂防ダム建設や地盤の補強が必要になろう。全国の緊急輸送道路を点検し、まずは危険箇所を洗い出したい。

配偶者手当 女性の就労抑制招かぬ制度に

 労働力人口が減少する中、企業の賃金制度も、意欲ある人が能力を十分に発揮できる仕組みにしていくことが重要だ。

 厚生労働省の検討会が企業の7割が導入している「配偶者手当」について、見直しが望ましいとする報告書をまとめた。

 大半の配偶者手当には、配偶者の収入に制限が設けられている。このため、その範囲内に就労を抑えるパート主婦らが目立つ。

 そうした就労調整の結果、繁忙期に正社員らの負担が増える職場も少なくない。収入増に消極的な働き手の存在によって、パート全体の賃金相場が押し下げられているとの批判もある。

 報告書は、配偶者手当が就労調整の要因だと指摘し、「配偶者の働き方に中立的な制度」への見直しを促した。女性の活躍促進の観点からの問題提起だろう。

 配偶者手当は、「男は仕事、女性は家事・育児」が当然視されていた高度成長期に定着した。家計の安定や経済成長に一定の役割を果たしたのは確かだ。

 だが、社会情勢は大きく変わった。共働き世帯が主流となり、男女とも生涯未婚率が大幅に上昇した。非正規雇用の増加もあり、配偶者手当の主な支給対象である既婚の男性正社員は、今は労働者の3割にとどまる。

 従業員のニーズや公平感に合致しなくなったことは否めない。

 見直しを実施する企業も増えてきた。廃止して基本給に充当する。減額した分、子供手当などを増額する。こうした取り組みで、「若手社員のモチベーション向上につながった」などの効果を上げた例もあるという。

 報告書は、見直しを円滑に進めるには、従業員の意向を確認し、理解を得る努力に加え、賃金総額の維持や、賃金減となる従業員向けの経過措置の導入などがポイントになると指摘した。

 無論、配偶者手当を含む賃金のあり方は、労使の話し合いと合意によって決定すべきものだ。企業によって人員構成や経営環境は異なる。労使で真摯に協議することが求められる。

 忘れてはならないのは、女性の就労抑制のより大きな要因として、「103万円の壁」「130万円の壁」など、税制や社会保険制度の問題があることだ。

 企業は、配偶者手当の所得制限にこれらの金額を用いることが多く、壁を一層高くしている。

 家計への影響が大きく、関心が高い課題だけに、政府・与党は十分に議論を深めてもらいたい。

2016年4月23日土曜日

成長強化へアベノミクス再構築を

 安倍晋三首相が自らの経済政策「アベノミクス」を打ち出してから3年あまりがたった。一定の成果はあったが、日本経済は真に再生できるか否かの正念場にある。

 世界経済の不透明感が増すなか、安倍政権は日本経済の成長力を強化するためにアベノミクスを再構築しなければならない。

 アベノミクスは当初、大胆な金融政策、機動的な財政政策、民間投資を喚起する成長戦略を「3本の矢」と掲げて始まった。

増税に財政支出で対応

 その起点となったのは、日銀による異次元の金融緩和だ。

 「量的・質的金融緩和」と名づけた金融政策は行き過ぎた円高を是正し、株高につなげた。企業収益は過去最高水準となり、雇用や所得環境は上向いた。

 消費者物価の基調は上昇しつつある。しかし、原油安が長引いたこともあり「2年で2%」をめざしていた物価安定目標の達成時期は逃げ水のように遠のいた。

 中国経済は減速している。米連邦準備理事会(FRB)がゆっくりと利上げを進める姿勢を示したことで円高・ドル安が進み、株価の上値も重い。

 金融緩和だけで、物価が持続的に下落するデフレから脱したり、景気が本格回復したりするのは難しい。政府はその点を改めて肝に銘じてほしい。まずは財政政策を再調整する必要がある。

 景気回復がもたついているのは、個人消費が精彩を欠いているからだ。来年4月に予定している10%への消費増税は、その景気下押しを財政支出でカバーする必要がある。8%への前回の増税は予想以上に景気を下振れさせた。足元の経済活動は当時よりも停滞しており、デフレに逆戻りする危険がある。

 消費税は将来の社会保障を支える安定財源だ。日本は先進国で最悪の財政状態にある。仮に社会保障費の膨張を抑える改革をせずに増税を見送ると、財政健全化の足がかりを失い、将来の財政破綻のリスクが高まるおそれがある。

 消費増税の延期論もとりざたされているが、大事なのは増税を実施できる環境づくりに政府が万全を期すことだ。

 たとえば、自動車や家電、住宅といった高額品の購入は、消費税が8%にとどまる来年3月末までに大きく増え、その反動で4月以降は大きく減る公算が大きい。

 来年4月以降の過度の消費の落ち込みを防ぐため、住宅ローン減税などの手立ては要る。商品券や旅行券で一時的に消費を下支えする案を検討してもよい。

 熊本地震を受け、秋に16年度補正予算案を編成する動きも本格化するだろう。必要ならば空港・港湾の整備を前倒ししたり、保育所や介護施設の整備を上積みしたりするのも一案ではないか。

 成長戦略も抜本的に強化すべきだ。少子高齢化が進むなか、日本経済の中長期の実力である潜在成長率は0.5%未満に低迷している。金融政策や財政政策でこれを押し上げることはできない。

 環太平洋経済連携協定(TPP)は大筋合意に達し、政府は法人実効税率を20%台に下げた。農業や医療分野の「岩盤規制」の風穴を開けることはできたが、それでも宿題は山積している。

潜在力高める政策重要

 ひとつが柔軟で多様な働き方をしやすくする改革だ。労働時間ではなく成果で評価する「脱時間給」を盛った労働基準法改正案の成立を見通せないのは問題だ。

 女性や高齢者の就労を促しつつ、仕事と子育て・介護を両立しやすくしなければ、人口減が進む日本経済の潜在力は高まらない。

 長時間労働の是正や、「同一労働同一賃金」をめざす政府の方向性は正しい。さらに生産性を高める規制改革、解雇ルールの整備、社会保障の効率化などで具体策を詰めるべきだ。

 外国人材の受け入れも拡大したい。高度な技術や専門知識を持つ人材は日本企業に革新を促す貴重な存在となり得る。欧州連合(EU)などとの経済連携協定(EPA)で経済のグローバル化に対応する努力も怠ってはならない。

 日銀のマイナス金利政策は、企業や家計が予想する物価上昇率がかえって低下するといった副作用も目立つ。日銀は市場との対話にもっと工夫を凝らし、実体経済にも幅広く目配りしながら柔軟に政策を運営してほしい。

 いま安倍政権に求められているのは、日本経済再生に向けた総合戦略を再強化することだ。消費増税の是非だけを論じるのではなく、経済最優先の方針の下で3本の矢を一体で立て直してほしい。

電子教科書 自治体任せは無責任だ

 教室に「デジタル教科書」をまずは導入したうえで、走りながら考える。その姿勢で大丈夫だろうか。

 小中高校で使う教科書について、文部科学省がデジタル化を解禁する方針を固めた。

 紙の教科書と同じ内容の電子データをデジタル教科書とし、タブレットやパソコンなどの情報端末で学ぶ。

 教科書のデジタル化によって文字や写真を拡大できる。音声や動画と一体で学ぶことで英語の発音を聞いたり、算数で図形を動かしたりできる。

 2020年度に新しい学習指導要領が始まる。それに間に合わせたいと文科省は急ぐ。

 だが教科書は、どの子も毎日使う教材である。乗り越えるべきハードルは多く、かつ高い。

 まず気になるのは、体への影響だ。脳の発達や睡眠への影響、長時間使うことによるデジタル依存の問題について指摘する研究者がいる。

 文科省は健康への影響が少ない形で始め、導入後に調査研究をするというが、保護者の不安に応えられるだろうか。

 学びの効果についても、読む力、書く力にどこまでつながるのかと異論が出ている。

 デジタル版は、導入していない現段階では十分な検証が難しいとして、文科省は紙の教科書をいままで通り配る。紙とデジタルを併用することで、それぞれの利点を生かすというが、さらに吟味が必要だろう。

 そもそもデジタル版を教科書と銘打つなら、国が子どもに無償で配布するのが筋である。

 ところが文科省はデジタル版を当面、無償配布の対象にしない方針だ。実際に導入するかどうかを決めるのは、教育委員会とされる。国として無責任ではないか。

 いまでも端末やネットワークの整備では、自治体間で格差が大きい。そこにデジタル教科書を導入するとなると、豊かな自治体と、財政難の自治体とで格差が広がる恐れがある。

 自治体が負担しなければ、端末の代金なども含め、保護者が担う可能性がある。だが、憲法は義務教育を無償としている。合意はどこまで得られるのか。

 政府は「2010年代中に1人1台の端末による教育の本格展開に向けた方策を整理し、推進する」と言っている。

 ならば国は少なくとも希望する自治体や保護者に対し、十分な支援をすべきだが、その仕組みもまだ示せていない。

 教科書は教育の機会均等を保障する手段である。その原点を忘れるべきではない。

受精卵の操作 限界めぐる議論を急げ

 ヒトの受精卵を人の手で操作することは許されるのか。

 遺伝子を狙い通りに改変する「ゲノム編集」技術をヒト受精卵に使うことについて、政府の生命倫理専門調査会はきのう、基礎研究に限って認め、改変した受精卵を子宮に戻すといった臨床的な利用は認めないとする報告書をまとめた。

 この分野では、先行する米国と英国、中国の各科学アカデミーが昨年12月、米国で緊急の国際会議を共催し、日本を含む約20カ国の研究者らが参加。同じ趣旨の声明を発表している。

 改変した受精卵を子宮に戻した場合、そこから育つ個人への安全性がわかっていない。子孫にも影響する恐れがある。

 人類という種(しゅ)の改変までもたらしかねない技術だけに、議論が熟さない現時点で臨床利用を認めないのは当然だ。基礎研究で許されることも限られよう。

 専門調査会の報告書が守られるように、文部科学省や厚生労働省は法規制も視野に、枠組みの具体化を急ぐべきである。

 ゲノム編集は約20年前から研究されてきたが、3年ほど前に安価で効率のいい方法が開発され、世界的な競争が一挙に激しくなった。

 昨年4月に中国の研究チームがヒト受精卵にゲノム編集を試みたと発表し、倫理面の批判が噴き出した。今回の報告書もそうした動きを受けてのことだ。

 ヒト受精卵を基礎研究に使うと、卵が分割していく際の遺伝子の働きを詳しく調べられるほか、遺伝性の難病の予防法やがんなどの新たな治療法の開発につながる可能性がある。

 一方、無制限に臨床に使われれば、親の望む能力や特徴を持つデザイナーベビーといった、病気以外への拡大もありうる。

 専門調査会は現時点で臨床利用を認めない理由について、安全性や後の世代への影響に加え、「遺伝子の総体は人類の貴重な遺産だ。現在の社会でハンディキャップになるからと特定の遺伝子を次世代に伝えない選択をするより、そのハンディキャップを包みこむ社会を築くべきであるとも考えられ、慎重な議論が必要」とも主張する。

 ゲノム編集周辺の研究者だけでは手に余る議論だろう。

 日本では家畜や魚でのゲノム編集は研究が盛んだ。ヒトの生殖細胞をめぐる問題は、クローン人間の禁止など個別に対応してきたが、原則を確立しないと今後も右往左往が続くだろう。

 生命の改変、とりわけヒトの改変をどう考え、どこに限界を置くか。人文・社会科学の専門家も加えた議論を急ぎたい。

自衛隊熊本支援 オスプレイの活用は効果的だ

 熊本地震で、自衛隊が2万人以上を動員し、被災者の救助・支援活動を展開している。

 余震や大雨による土砂崩れなど二次災害の危険が伴う困難な任務だが、全力で取り組んでもらいたい。

 防衛省は、陸海空3自衛隊の統合部隊を編成した。熊本市の陸自西部方面総監部に司令部を置き、ヘリコプターなど約120機、輸送艦など約10隻も派遣した。

 不明者の捜索や、患者の輸送、給食・給水などに従事している。食料や生活物資の輸送では、被災自治体の要員不足を補うため、避難所などへの直接搬送も担う。

 自衛隊は、衣食住を自力で賄える自己完結型組織だ。東日本大震災の教訓を踏まえ、通信機器などを充実させ、防災訓練を通じて自治体との連携も強化してきた。

 今回、熊本、大分両県など関係自治体に連絡調整要員を派遣したことで、支援活動を円滑にしている。自治体や警察などとの業務の重複を避けるためには、適切な役割分担が欠かせない。

 東日本大震災時の「トモダチ作戦」に続き、米軍が全面的に協力していることに感謝したい。

 昨年4月策定の新たな日米防衛協力指針(ガイドライン)に基づき、統合部隊司令部に設置された自衛隊と在日米軍の共同調整所が司令塔となっている。

 米軍は、普天間飛行場所属の輸送機オスプレイ4機を投入した。国道の崩落で孤立した熊本県南阿蘇村に飲料水・食料、毛布、簡易トイレなどをピストン輸送し、多くの被災者の生活を維持するうえで、重要な役割を果たした。

 オスプレイは、従来の輸送ヘリより最大速度、搭載量、航続距離のいずれも大幅に優れている。垂直離着陸の機能を有し、山間部でも対応可能なため、かねて災害派遣に有効と指摘されていた。

 理解できないのは、野党内に、オスプレイ活用に批判があることだ。民進党の原口一博・元総務相は安全性に懸念があるとして「避難している皆さんも不安に思っている。米軍の協力はありがたいが、やめてほしい」と発言した。

 だが、他の米軍機に比べても重大事故率は低く、フィリピンの大型台風やネパール地震で支援実績もある。活用しなければ、物資供給が滞り、被災者のより大きな不安を招いたのではないか。

 陸自も2018年度までに、オスプレイ17機を導入する予定で、佐賀空港への配備を目指す。その受け入れの地ならしではないかとの臆測も否定しておきたい。

衛星ひとみ分解 宇宙の藻くずになってしまう

 観測衛星がばらばらに壊れる重大事故である。残念な事態だ。

 X線天文衛星「ひとみ」が、高度約580キロ・メートル上空で11個に分解していることが分かった。

 宇宙航空研究開発機構(JAXA)が2月に打ち上げ、本格観測前の動作確認を行っていた。3月26日に地上との正常な通信が途絶え、本体部分が異常回転しながら飛行しているのが確認された。

 姿勢制御システムの誤作動により、「ひとみ」が自らの姿勢を把握できなくなったのが原因とみられる。回転を止めようと、エンジンが自動噴射されたが、予め入力されていた設定値が誤っていたため、回転がさらに速まった。

 この遠心力で、観測装置や太陽電池パネルの一部などが引きちぎられたと考えられる。

 問題は、姿勢制御という基本部分でミスが生じた点だ。JAXAは、設定値を送信前に点検したというが、結果として不十分だった。ミスの原因究明を急ぎたい。

 X線は、極めて高温の物質が放出する電磁波の一種だ。波長や強さを分析すれば、ブラックホールや中性子星、暗黒物質など、宇宙の謎に迫ることができる。大気に吸収され、地上には届かないため、宇宙空間での観測が必要だ。

 X線天文学は、日本のお家芸とされる。1979年に打ち上げた「はくちょう」以来、計5基の衛星が、巨大ブラックホールの観測などで世界的な成果を上げた。

 だが、打ち上げの失敗や観測機器の故障なども続いている。今回の事故は、他の計画でもトラブルが目立つJAXAにとって、大きな痛手である。

 ひとみは、日本の科学衛星としては最大級だ。計6種類の望遠鏡とX線検出器を備える。JAXAと米航空宇宙局(NASA)を中心に、国内外の大学など多くの研究機関が参加して開発した。日本は310億円を投じた。

 他国も利用可能な「公開天文台」としての役割が期待されていただけに、日本の衛星運用への信頼が損なわれないか、心配だ。

 国際的にも影響は大きい。現在、欧米の計3基のX線天文衛星が稼働しているが、ひとみの代役を務めるのは難しい。欧州が計画する次期X線天文衛星の打ち上げは10年余り先だ。

 ひとみの復活は、厳しいとの見方がある。それでも、JAXAは機能回復に向け、手を尽くしてもらいたい。他の観測衛星でも同様のトラブルが発生する恐れはないのか、点検が求められる。

2016年4月22日金曜日

消費者の信頼裏切った三菱自の燃費不正

 「またやってしまったのか」という思いを禁じ得ない。三菱自動車が軽自動車で燃費をよりよく見せかける不正を意図的に行っていたと公表した。同社は以前2度にわたって組織的なリコール隠しが明るみに出て、消費者の反発で経営危機に陥った経緯がある。

 それにも懲りず、新たな不正が発覚し、三菱自の企業体質に深刻な疑問が突きつけられた。

 不正の対象は「eKワゴン」など62万5千台で、うち46万8千台は同社が日産自動車向けに供給した車だった。走行試験などを手がける性能実験部という部門が、燃費算定の前提となる「走行抵抗値」を都合よく操作し、カタログに記載される燃費性能を本来の値より5~10%水増ししたという。

 いま求められるのは、燃費不正が他の車種にも及んでいないか、あるいは燃費以外の排ガスや安全関連の規制でも不正がなかったかを早急に確かめることだ。当該車を買った人に対しては、補償も必要だろう。消費者の信頼を裏切った罪は大きい。

 再発防止に向けては、不正に手を染めた個人の特定にとどまらず、不正の背後にどんな社内力学が働いたのかの解明も不可欠だ。

 同社は昨年11月にも新車開発の遅れを会社に報告しなかったとして担当部長2人を諭旨退職処分にする異例の人事を行った。自動車会社の中枢を担う開発部門で、指揮命令系統や情報伝達に混乱が生じていないか、非常に気になる。

 不正発覚のきっかけが提携先の日産自動車からの指摘だった事実も、三菱自の自浄能力に疑問を投げかけるものだ。同社は外部有識者による第三者委員会を設け、真相究明に当たるという。これを機に組織の風土や体質が抜本的に変わらなければ、企業としての社会的存在意義が揺らぐという危機感を関係者全員が共有してほしい。

 日本の自動車産業全体にとっても今回の不正はマイナスだ。昨年は独フォルクスワーゲンのディーゼル不正が話題になったが、三菱自の不正発覚で「日本車はまじめで信頼できる」というブランドイメージが傷つかないか心配だ。

 これまで自動車の燃費算定については、所管の国土交通省はメーカーの提出するデータに依拠して算出してきた。そのデータが信頼できないとなれば、すべての試験を公的機関が実施することになり、政府部門の肥大化を招く恐れもある。不正の副作用は大きい。

中国の鉄鋼過剰の解消を急げ

 経済協力開発機構(OECD)加盟国が中国を中心とした鉄鋼設備の過剰問題について初めて閣僚級の会合を開いた。設備の淘汰を政府の補助金などで遅らせる中国に是正を迫る日米などと、自らの計画での削減を主張する中国との溝は埋まらず、9月に再協議することになった。

 OECDの推計では2015年の世界の粗鋼生産能力は23億7千万トンに及び、設備稼働率は70%台を割り込んだ。日本の粗鋼生産量は3月まで19カ月連続で前年同月の実績を下回った。

 中国は反ダンピング(不当廉売)課税の増加など「貿易摩擦につながる措置の乱用」を共同声明でけん制するように求めたが、その原因が中国の過剰生産と輸出急増にあることは明らかだ。

 中国では直近3月の鉄鋼輸出量が約千万トンと前年同月比で3割増えた。国内の鉄鋼市況が景気対策期待などで上向いたため、3月の粗鋼生産量も7千万トン強と月間での過去最高を記録した。中国が過剰設備を早く整理しない限り、世界各国の鉄鋼産業に悪影響が及ぶ状況は変わらない。

 中国政府は20年までに1億~1億5千万トンの設備能力を削減する方針を打ち出した。OECDに加盟しない中国が今回の会合に代表を送り、議論に参加したことも評価できる。日米などは中国と粘り強く対話を続け、過剰設備の淘汰を促す必要がある。

 設備の現状や増設・削減計画などについて、各国が情報を共有することも重要だ。今回の会合では、中国などOECD非加盟国の鉄鋼生産が増えている現状を踏まえ、過剰問題を世界的に話し合う新たな枠組みを作ってはどうか、との意見も出た。検討すべきだ。

 日本の政府や鉄鋼産業も中国との対話を続けてほしい。石油危機後に鉄鋼産業の構造転換に取り組んだ経験は中国の過剰解消に役立つ。グループ企業や立ち上げた新事業で余剰な人員を吸収した手法などを中国の政府や企業に助言してもらいたい。

三菱自動車 教訓はどこへ行った

 不祥事のたびに企業体質の抜本的な改善を誓ってきたのは、いったい何だったのか。

 三菱自動車で、主力である軽自動車の燃費を実際よりよく見せようと、試験データを改ざんする不正が何年にもわたって行われていた。

 2000年と04年には大規模なリコール隠しが発覚し、経営危機に陥って三菱グループの支援を仰いだ。にもかかわらず、それ以降もさまざまなほころびが生じている。過去の教訓が生かされず、法令順守の意識を欠いているというしかない。

 同社は有識者委員会を設けて調査を進める。経営責任は免れないが、まずは不正の実態と原因の徹底解明である。

 改ざんは、新車の性能を確かめる実験部門で行われた。目標とする数値が達成できなければ、開発・設計部門で対策を考えるのが当然の対応だろう。

 なぜデータをごまかす方向へと走り、それを見抜けなかったのか。一部門の独断だったのか、経営陣からの圧力はなかったのか。

 提携先の日産自動車からの指摘で不正の端緒を得たのは昨年11月だった。それを確認するのに5カ月を要したことにも不信が募る。立ち入り検査に踏み切った国土交通省は1週間で詳細に報告するよう求めたが、三菱自の経営陣はスピード感を忘れずに対応してほしい。

 日産への供給分を含めた62万5千台のユーザーには謝罪と補償をするというが、問題は顧客への対応にとどまらない。

 データ改ざんが行われた4車種はエコカー減税の対象だった。実際の燃費は公表値より5~10%低いと見られ、車種によっては減税の区分が変わる可能性もある。本来なら国や自治体に納められるはずの税収が得られなかったとすれば、国民全体への背信行為にも等しい。

 4車種はすでに生産や登録を中止したが、軽自動車以外の試験でも国内で定められた方法とは異なるやり方をとっていたことが判明している。不正の対象が広がれば、部品メーカーや販売会社にも深刻な打撃となりかねない。

 自動車業界では、エアバッグ大手、タカタの欠陥製品への対応の鈍さが問題になり、独フォルクスワーゲンは排ガス規制を逃れる偽装を施していた。

 安全面や、燃費を含む環境対策は、いまや自動車業界の競争の主戦場だ。そこで不正が相次ぐようでは、業界全体への信頼が失われかねない。三菱自以外の各社にも、改めて経営のチェックを求めたい。

避難所の生活 住民自治で改善を

 熊本で震度7を観測した14日の地震から1週間がたった。避難者は今も9万人にのぼる。

 「収まったように見えても、活発な状況は続いている」と、気象庁は警戒を呼びかける。いつまで、避難生活が続くのか。被災者の不安は切実だろう。

 予断は許さないが、過去の震災経験を振り返れば、避難生活の推移と教訓を学ぶことができる。起こりうる展開を先取りして長期化に備えたい。

 避難所生活はどのくらい続いたのか。04年の新潟県中越地震ではピーク時に10万人が避難した。2週間で3分の1になり、2カ月でゼロになった。東日本大震災で最初に仮設住宅ができたのは発生から3週間後だ。

 熊本県は20日に作業チームを発足させ、住まいの確保に乗り出した。住環境の整備は何より大切であり、急いでほしい。

 避難所生活が2週目に入る頃から、被災者の要望も変わる。食事が同じものの繰り返しでは体調が崩れ、衛生状態の悪化から感染症の恐れも高まる。ストレスがたまり、被災者同士のトラブルも起きやすくなる。

 こうした問題で過去の例が教える最善策は、被災者自らが結束し立ち上がることだ。緩やかな自治組織をつくり、避難所の運営にあたる。阪神大震災では発生後2週間までに半数の指定避難先で「自治会」ができた。

 ボランティアの受け入れなどをする総務係、役所からの連絡を伝える情報係、在庫を管理する物資係……。輪番を組んで役割を決め、会合を重ねることで一体感も生まれる。

 東日本大震災では、避難所運営に積極的にかかわる人物がいるところほど全体がうまく機能し、仮設住宅に移った後もスムーズに進むケースが見られた。

 今回、たとえば熊本県西原村では、地元の消防団がこうした機能を果たしているようだ。学校の先生や住民会長、元公務員など、多くの人材が力を合わせ、行政任せでない、きめ細かな生活改善に努めたい。

 ひとまとめに「避難所」と言っても、熊本市の中心部と中山間地では、年齢層や直面する課題も異なるだろう。地域の実情にあった形が大事だ。

 行政はこれまで通り被災者支援を続けつつ、住民に任せられることは任せる方向を強め、その分、物資の配給や医療体制など広域を見渡した総合調整能力を高めることが求められる。

 現地ではボランティアの受け入れ態勢も整いつつある。被災者らの自助努力を支え励ますように、外からの支援活動が有効に働くよう工夫を望みたい。

三菱自燃費不正 法令軽視体質が繰り返すウソ

 三菱自動車が、軽自動車の燃費を実際より良く見せるため、データを不正に操作していたことが発覚した。

 燃費の良しあしは、消費者が車を選ぶ際の重要な判断材料だ。これを偽るのは、極めて悪質な行為である。

 走行時にタイヤなどにかかる抵抗の強さを意図的に低く見積もる方法で、燃費を5~10%良く見せかけていた。

 対象は、2013年から販売している「eKワゴン」と、日産自動車向けに生産する「デイズ」など4車種で、計62万5000台に上る。三菱自と日産は4車種の生産、販売を中止した。

 三菱自は00~04年にも、大規模なリコール(回収・無償修理)隠しなどの問題が発覚し、元社長らが有罪判決を受けている。

 その後、三菱グループの支援で経営危機を乗り切ったが、法令順守を軽視する企業体質は、変わらなかったと言わざるを得ない。

 今回のデータ不正について三菱自は、当時の担当部長が主導し、昨年秋に提携先の日産から指摘されるまで分からなかったと説明する。社内のチェック体制が全く機能していなかったことになる。

 これほど重大な不祥事なのに、4月13日まで経営トップの相川哲郎社長には報告すらなかったという。ガバナンス(企業統治)の欠如は明らかだ。

 自動車の性能に関する国土交通省の型式指定制度は、メーカーから正確なデータが提出されることを前提にして、手続きの簡素化が進められてきた。こうした規制緩和の流れを利用し、不正を働いたことは看過できない。

 対象車種の販売には、「エコカー減税」が適用された例もあるが、一部は対象外だった可能性が指摘される。税の軽減措置の悪用は、国民全体への背信行為だ。

 三菱自の不正の背景には、「低燃費競争」の激化がある。軽自動車の国内販売シェア(占有率)は、30%を超えるスズキ、ダイハツの2強に対し、三菱自は3%と大きく水をあけられている。

 経営陣から厳しい燃費目標の達成を迫られた開発部門の焦りが、不正を招いた面もあろう。

 国交省は、道路運送車両法に基づいて、三菱自の開発拠点を立ち入り検査した。三菱自も、第三者委員会を設けて調査する。

 不正は会社ぐるみではなかったのか。データ偽装が幅広く行われていたのではないか。こうした疑問にも真摯に向き合わない限り、信頼回復はあり得ない。

戦没者遺骨収集 遺族の思いを汲んで速やかに

 終戦から70年を経て、戦没者の遺族の高齢化が進む。異郷の地で死亡した戦没者の遺骨収集を急ぎたい。

 戦没者遺骨収集推進法が今月、施行された。遺骨収集を「国の責務」と明確に位置づけ、今年度からの9年間を集中実施期間としたのが主眼だ。

 推進法は、計画的かつ効果的な収集を政府に求めている。厚生労働省は、収集事業費として今年度予算に21億円を計上した。

 遺骨の帰還は、思うように進んでいない。海外の戦地やシベリア抑留で死亡した240万人のうち、113万人の遺骨は、いまだに現地に残されたままだ。政府がこの10年間で収集した遺骨は、2万8000柱にとどまる。

 厚労省の取り組みに対しては、「計画性を欠いている」といった不満も少なくない。

 推進法は超党派の議員立法で成立した。これまでの不十分だった点を補うよう促していることは評価できる。施行を収集に弾みをつける契機にしたい。

 推進法で特に重要なのは、埋葬地の情報を収集するため、海外の公文書館などで文献調査を進めるよう定めたことだ。戦友の記憶などに頼る従来の手法では、限界があるのは明らかだ。

 現地政府との折衝を円滑に進めるため、厚労相が外相らと連携するよう規定したのも、妥当な措置だと言えよう。

 厚労省から委託を受けたNPO法人がフィリピンで収集した多数の遺骨の中に、旧日本兵以外のものが混じっていたことが、2011年に判明した。

 この反省から、推進法には、収集にあたる公的法人を政府が指定し、実動部隊とすることも盛り込まれた。新法人は遺族団体の関係者らによって設立される予定だ。厚労省は、活動状況をチェックする有識者会議を設置する。

 政府は、これらの具体策を網羅した基本計画を近く策定し、今年度中に始動させる。新たな体制を有効に機能させねばならない。

 課題もある。遺骨の身元特定には、DNA鑑定が不可欠なため、政府は、鑑定可能な検体のデータベース化を進める。遺族のDNAとスムーズに照合できる仕組みの構築を急ぎたい。

 対日感情が障害となって収集ができない中国や、国交のない北朝鮮には、23万柱が眠る。現時点で収集の見通しは立っていない。

 遺骨が手元に戻ることを待ち望む遺族の思いを汲み、可能な限りの取り組みを求めたい。

2016年4月21日木曜日

携帯通信市場に健全な競争を

 スマートフォンの市場が健全化に向かう、はじめの一歩になるのだろうか。

 総務省は今月、「実質0円」でのスマホ端末の販売などを改めるよう、NTTドコモとソフトバンクに行政指導した。KDDIには口頭で注意した。

 企業が自由に決めるべき商品の値段に政府が介入するのは、決して望ましいことではない。とはいえ、加入者の獲得をめぐって携帯3社の間で行きすぎた端末の安売り競争があったのも事実だ。

 本来なら10万円近くする新型スマホを実質0円で売るだけでなく、「キャッシュバック」と称して何万円もの現金を店頭で手渡しする商法さえ、横行していた。

 通信会社を頻繁に乗り換え、端末を更新することで、かなりの稼ぎを手にする利用者は少なくなかったとされる。

 問題なのは、1つの会社と長く契約し同じ端末を使い続ける人が払ってきた割高な通信料金から、こうした安売りに必要な販売奨励金が捻出されてきたことだ。

 利用者間の不公平を考えれば、総務省が端末の安売りに一定の歯止めをかけ、同時に長期利用者の負担を軽くするよう携帯各社に要請したのは、理解できる。

 3社は基本的に総務省の指導を受け入れる構えだ。最大手のNTTドコモは6月から長期契約者の通信料金の割引幅を拡大する。残る2社の対応に注目したい。

 ただ行政の介入は必ず副作用を生む。行政指導はあくまで一時的なものにとどめ、企業間の健全な競争を通じて消費者の利便を高める道筋を開く必要がある。

 携帯市場がゆがんだ背景には、3社のサービスの中身に違いがほとんどなくなり、端末の安さぐらいしか客を引き寄せる決め手がなくなった現実がある。

 3社は独自サービスの開発に力を入れ、値引きに頼らない成長路線を模索すべきだ。「MVNO」と呼ばれる新規参入の通信会社を育て、3社の寡占状態を揺さぶることも競争活性化に有効だろう。

「つながる世界」だからこそ必要な危機感

 自動車や家電など様々なものをインターネットにつなぎ、新しい市場を生み出そうという機運が高まっている。IT(情報技術)を生かす取り組みは大切だが、忘れてならないのは、かつてない規模でネットが浸透する社会の安全をいかに守るか、という視点だ。

 政府の産業競争力会議は、人工知能や大量のデータを活用しながら成長をめざす戦略を掲げ、この分野に投資する企業の動きも広がる。2020年には世界で300億にのぼる機器がネットで結ばれると予想されている。

 新種の製品やサービスによって利便性が高まり、国の力も向上すると期待できる。その一方で、サイバー攻撃の標的になるリスクは広がり、深まる。情報の漏えいや悪意による遠隔操作で生命や財産が危険にさらされかねない。

 ネットに接続する製品やサービスを手がける企業は、安全対策を徹底する必要がある。社内の情報システムを守れば十分という時代は、終わりつつある。そういう自覚がいま、求められている。

 残念ながら、日本企業の対応は心もとない。情報処理推進機構の調べによると、ネット家電や自動車の安全を守るための基本方針を明確に定めている企業は、昨年時点で5割を切る。サイバー攻撃対策にリーダーシップを発揮する経営者が少ない。

 近年サイバー空間では巧妙な手口を使うハッカー集団の攻撃が目立つ。国家の後ろ盾が疑われる例さえある。これまでにない発想や体制で相当の努力をしなければ、効果的な防御は望めない。

 例えばイスラエルでは、企業が大学や軍と協力してセキュリティー技術を磨く。自動車のハッキングを防ぐ製品をつくるベンチャーもある。米国の大手メーカーやIT会社はイスラエルに拠点を設けて先端的な研究を進めている。

 鉄道や発電所といったインフラもハッカーにねらわれやすい。安全面の備えが不十分な製品やサービスは顧客に信用されない。インフラ輸出に力を入れる日本企業は、セキュリティー対策の巧拙が競争力を左右することを認識して、手を打つ必要がある。

 有力企業が人材の育成で連携するなど日本でも前向きな動きはあるが、まだ足りない。「つながる世界」の安全をどう確保するか。垣根を越えて連携の輪を広げ、技術開発や事業モデルの創出を急がなければならない。

新幹線脱線 地震対策の総点検を

 熊本地震は九州新幹線を直撃した。熊本市内で回送列車が脱線したほか、高架橋の亀裂や防音壁の落下といった損傷が約150カ所にのぼった。鹿児島中央―新水俣間はきのう運転を再開したが、博多までの全線が復旧するめどは立たない。

 半世紀を超す新幹線の歴史で、地震による脱線は04年の新潟県中越地震と11年の東日本大震災に続いて3回目になる。

 今回脱線したのは、最大震度7の地震が起きた14日夜だ。時速80キロ程度で走っていた列車が揺れに見舞われ、全6両が脱線した。幸い乗客はおらず、運転士にもけがはなかった。もし高速で営業運転中だったら、大惨事になっていた恐れもある。

 多数の乗客を高速で運ぶ新幹線の安全確保は、とりわけ重要だ。JR各社はこれを機に過去の対策を総点検し、いっそうの安全向上をめざすべきだ。

 新幹線には地震の初期微動を検知して列車を止めるシステムがある。しかし、今回のように震源が近い直下型地震では間に合わない。その限界があらわになった中越地震の後、各社は地震で揺れても脱線を防ぐ装置の整備に力を注いできた。

 JR九州は、九州新幹線の上下線の1割超にあたる55キロに「脱線防止ガード」を敷く計画を進めてきた。ガードとレールで車輪を挟んで脱線を防ぐ仕組みで、48キロは設置済みだ。

 活断層があって激しい揺れが予想される区間を対象としているが、熊本の脱線現場は含まれていなかったという。

 ガードをどの区間に整備するかは、地震の危険度を踏まえ、各社が独自に判断してきた。

 JR東海は東海道新幹線の6割の596キロで整備を計画し、うち360キロは工事を終えた。山陽新幹線では昨年末までに110キロのガードが敷かれ、JR西日本はあと110キロ延長する予定だ。JR東日本と北海道も、形式が異なる脱線防止装置の設置を進めている。

 熊本の地震は、思わぬ場所で起きる直下型地震の怖さを示した。今の整備計画で大丈夫か。専門家の意見を聞くなど、いま一度確かめる必要がある。

 脱線防止装置の設置には1キロあたり億単位の金がかかる。深夜しか工事ができない制約もあるが、できる限り整備を前倒しすることも検討してほしい。

 東日本大震災では線路脇の架線柱が損壊した。今回も沿線の工場の煙突が倒れ、新幹線の線路をふさいだ。大地震は常に新たな「想定外」を突き付けてくる。教訓を引き出し、安全網を着実に強めていくしかない。

原発40年規制 早くも骨抜きなのか

 古い原発は廃炉とし、計画的に原発の数を減らしていく――東京電力福島第一原発事故への反省から決めたルールが、早くも骨抜きになろうとしている。

 原子力規制委員会は、運転開始から40年を超えた関西電力高浜原発1、2号機(福井県)について、新規制基準を満たしていると正式に決めた。新基準のもとで40年超の老朽原発の運転延長が認められるのは初めてだ。残る細かい審査を7月の期限までに終えれば、あと20年、運転が続く公算が大きい。

 「40年ルール」は福島での事故後、法律を改正して導入された。「1回だけ、最長20年間」と定められた運転延長は「極めて例外的」と位置づけられた。あえて例外を設けたのは電力不足に備えるためだったが、節電や省エネの定着で懸念は解消していると言っていい。

 おりしも熊本県を中心に「今までの経験則からはずれている」(気象庁)という地震が続く。隣の鹿児島県で運転中の九州電力川内原発に影響が及ばないか、不安を感じている国民は少なくない。いきなり例外を認め、規制のたがを緩めるような対応は、原発行政への不信を高めるだけではないか。

 安倍政権は個別原発の可否の判断を規制委に丸投げしつつ、運転延長を前提にしたエネルギー計画を立てた。「原発依存度を可能な限り低減する」と繰り返していた首相は、なしくずしに方針を転換してきた。

 規制委は、あくまで科学的見地から原発の安全性を高めることが役割だが、今回の審査では耐震性の試験を後回しにすることを関電に認めるなど、手順に疑問が残る。7月の審査期限をにらんだスケジュールありきだったとすれば、まさに本末転倒である。

 結局、廃炉にするかどうかの実質的な判断は電力会社に委ねられ、運転延長が採算に合うかどうかという観点から決まるという状況になりつつある。

 狭い国土に多くの人が住み、地震など自然災害も多い日本で、多くの原発を抱えていくリスクは大きい。福島での事故を経て、そこが原子力行政見直しの出発点だったはずだ。

 原発を維持する政策をとり続ければ、廃棄物の処理などで長期的には国民負担も増えかねない。エネルギー自給率は再生エネルギーの育成で高めようというのが世界の大勢だ。

 移行期間は必要だとしても、着実に原発を閉じていく政策にこそ合理性があろう。40年規制はそのための柱の一つである。そのことを思い起こすべきだ。

熊本地震1週間 広域避難も犠牲減らす一策だ

 熊本地震は、震度7を記録した「前震」から、1週間を迎える。

 犠牲者は48人に上る。大規模な土砂災害が発生した熊本県南阿蘇村では自衛隊や警察などによる不明者の捜索が続く。

 今回の特徴は、大きな地震が広範囲で頻発していることだ。16日の「本震」が震度7だったことも判明した。専門家は、特異な状況だと指摘する。一帯を縦横に走る断層が複雑な活動をしている。震源域の拡大に警戒を怠れない。

 余震や雨で他の場所でも土砂崩れの危険が増すだろう。二次災害への細心の注意が必要である。

 熊本空港では一部の便の運航が再開された。九州新幹線も一部区間で運行を始めた。寸断された交通網が復旧されつつあるのは朗報だ。支援物資の輸送状況の改善につなげてもらいたい。

 水道やガスなどのライフラインは、広範囲で途絶えたままだ。復旧にはまだ時間がかかる。

 家屋の被害も深刻だ。1981年に強化された新耐震基準を満たす住宅の多くは、前震には耐えた。だが、本震や続発する余震で、マンションなどの損傷が拡大した。住民の帰還へ向け、自治体による危険度判定を急ぎたい。

 安倍首相は、激甚災害指定を急ぐ方針を示した。自治体による復旧事業に国費を投入しやすくなる。迅速に実行すべきだ。

 9万人以上の避難住民の生活は、厳しさを増す一方だ。車中泊を続ける人に肺塞栓症(エコノミークラス症候群)の発症が相次いでいる。死者も出た。震災関連とみられる犠牲者は11人に上る。

 避難が長期化すれば、さらに健康被害が広がる恐れもある。医師らが巡回して危険性を周知し、検診を強化してほしい。

 震災関連死を防ぐため、被災地以外の地域に、一時的に生活の拠点を移す広域避難は、選択肢の一つではないか。

 公営住宅を一定期間、被災者に無償提供すると表明している近隣自治体がある。高齢者や障害者、乳幼児ら災害弱者の広域避難を優先する配慮も求められよう。

 地元を離れた避難者に、生活再建に向けた情報が届くよう、政府や自治体の連携が欠かせない。

 国内で唯一、運転中の九州電力川内原子力発電所(鹿児島県)に関する情報発信も大切だ。被災地域への電力供給を担っている。

 原子力規制委員会は、原発の揺れは小さく、安全上の問題はないと判断している。現状を丁寧に説明し、不安軽減に努めたい。

井山棋聖七冠 囲碁史に刻んだ新たな偉業

 日本の囲碁の歴史に偉大な一歩が刻まれた。

 井山裕太棋聖が十段位を3勝1敗で奪取した。26歳の若さで、棋聖、名人、本因坊など七大タイトルを独占するという空前の快挙を成し遂げた。

 「うれしいが、さらに精進しなければならない」との発言には、あくなき向上心がにじむ。

 囲碁を覚えたのは、5歳の時、テレビゲームを通じてだったという。小学生の時からプロを目指し、遠方に住む師匠からインターネット対局で指導を受けるなど、現代的な修業も経験している。

 2009年、最年少の20歳で名人に就いたほか、13年には六冠を獲得し、「史上初」の記録を次々と塗り替えた。昨年7月から先週の十段戦第3局で敗れるまで、タイトル戦で18連勝し、第一人者として不動の地位を築いている。

 中盤の構想力に優れ、スケールの大きい戦略を棋風とする。常人が予想しない独創的な手を打ち、一気に勝利することもある。

 前人未到の七冠を達成できたのは、希有の才能だけでなく、常に最善の一手を追求する真摯な姿勢や、たゆまぬ努力、強靱な精神力があったからだろう。

 今後、求められるのは、世界を舞台にした活躍である。

 約70か国・地域の4000万人が愛好する囲碁の世界戦では、20年前は日本がリードしていたが、近年は、若手の育成に熱心な中国と韓国の後塵を拝している。

 井山棋聖は13年に、世界戦の一つを制した。日本囲碁界の発展のため、さらに飛躍してほしい。

 将棋界では、1996年に羽生善治名人が七冠を獲得し、一大ブームを巻き起こした。

 井山棋聖の七冠達成で、推定310万人と言われる日本の囲碁人口の拡大も期待される。

 東京大学や早稲田大学などでは囲碁が授業科目に取り入れられて、プロ棋士らが指導している。総合学習の時間などに囲碁を教える小学校も増えている。集中力や論理的な思考力を身につけさせるのが目的である。

 こうした取り組みを充実させれば、ファン層を広げ、全体の棋力を高めることにもつながろう。

 先月には人工知能が韓国のトップ棋士に圧勝し、関係者に衝撃を与えた。だが、コンピューター技術が発達しても、囲碁が奥の深い文化であることは変わらない。

 黒と白の石で陣地取りをする単純なルールながら、古今、数々の名勝負が生み出されてきた。その魅力を次世代に伝えたい。

2016年4月20日水曜日

避難の長期化にらみきめ細かな支援を

 熊本県や大分県で続く地震はなおも落ち着く兆しが見えない。避難所に身を寄せている人は10万人に及び、食糧や水などが不足している。避難の長期化をにらみ、官民が協力して救援を一段と強めるべきだ。被災者の不安をくみ取りきめ細かな支援が欠かせない。

 気象庁によれば、14日に地震が始まって以来、人が感じる揺れは600回を超えた。地震を起こした活断層にはまだ動いていない「割れ残り」があるとみられ、今後の活動は予断を許さない。

 家屋の全半壊はわかっているだけで2千棟を超え、住人は仮設住宅ができるまで避難を余儀なくされる。耐震性に不安がある家も揺れが警戒される間は帰れない。電気や水道などの復旧の遅れも避難生活の長期化をもたらす。

 余震が多かった2004年の中越地震では、死者68人のうち8割近くが「災害関連死」だった。被災者はやまない余震におびえ、不自由な避難生活のストレスも重なった。亡くなった人の多くが高齢者や持病のある人だった。

 これを繰り返してはならない。政府は被災者生活支援チームを設け、食糧や水、毛布などの手当てを始めた。被災地以外の自治体から備蓄物資を融通すれば、量は足りるはずだ。それが特定の避難所に偏らないように、迅速に交通整理するのが政府の役割だろう。

 モノにとどまらない支援も要る。避難所に常駐し、被災者の相談にのる医師や薬剤師、心のケアを担う専門家などを増やす必要がある。日本医師会や日本薬剤師会、被災者支援のノウハウをもつ民間団体などの協力を仰ぐべきだ。

 狭い車中で寝泊まりするうちに体に血栓ができて起きる「エコノミークラス症候群」になり、亡くなる人も出ている。車中泊が危険なことは過去の地震でもわかっていた。犠牲者がこれ以上増えないように、国や自治体は的確な情報発信にも努めてほしい。

 被災した建物が安全かどうかチェックする「応急危険度判定」も早急に進めたい。登録した建築専門家がボランティアとして調べ、「調査済」「要注意」「危険」の3つに分類して標識を貼る。

 地震がおさまったとき、戻れる家と危険な家が分類されていれば、帰宅の可否を判断する目安になる。判定士は全国に10万人いる。自治体が手分けして派遣を要請し、被災地を迅速に調べる態勢づくりを考えるべきだ。

セブン&アイ人事の教訓

 セブン&アイ・ホールディングスが取締役会を開き、子会社のセブン―イレブン・ジャパン社長を務める井阪隆一取締役が社長に昇格する人事案を決めた。鈴木敏文会長兼最高経営責任者(CEO)の突然の退任表明に伴う混乱は、とりあえず収束する。

 日本を代表する流通業の今回のトップ交代は、企業統治のあり方などに教訓を残した。

 発端はセブン―イレブンの社長人事だ。セブン&アイは社外取締役などで構成する任意の諮問委員会「指名報酬委員会」に井阪氏の退任案を諮り、同意が得られないまま取締役会にも提案、否決された。鈴木会長は自分の人事案が否決されたことから退任を決めた。

 鈴木氏はセブン―イレブンの会長でもある。コンビニ好調の功績を会長と社長が奪い合う異例の事態を広く見せつけた。

 コンビニは地域社会のインフラになった。店舗は個人事業主が運営する。経営体制の混乱で迷惑をかけないよう望みたい。

 交代の過程には疑問も残る。人事案が否決された取締役会は無記名投票だったという。鈴木氏の支持する案が否決されたのは、この形式が影響したかもしれない。本来、重要人事への投票は各役員が責任を明らかにし、態度を表明するのが筋との見方もある。

 新経営陣は、一連の過程について、早い時期に丁寧な説明をし、取引先や加盟店などの不安を払拭することが求められる。

 5月には株主総会が控える。セブン&アイは近年、百貨店や専門店などを傘下に入れ、総合流通グループを目指してきた。この経営方針に対し、米投資ファンドなどから不採算事業の切り離しなどの要求が出ている。

 今後、鈴木氏に代わりグループ全体を率いることになる井阪氏の責任は重い。業績の好不調にかかわらず、社外の声に真摯に耳を傾けない経営は支持を失い、企業イメージも落とす。そういう時代に入ったことを、今回のトップ交代は象徴している。

熊本地震拡大 震災関連死の防止急げ

 心配された事態が足早に現実のものとなった。震災の関連死という新たな犠牲者である。

 強い余震が続く熊本地震の現場で、被災者たちの健康被害が広がっている。医療救援体制の強化が火急の課題だ。

 死亡が確認されたのは熊本市内の51歳の女性で、車の中で寝泊まりしていた。エコノミークラス症候群と呼ばれる肺塞栓(そくせん)症だった。

 長く同じ姿勢を保つことで、ふくらはぎの静脈などに血栓ができる。動き始めた途端にこの血栓が足の血管から離れ、肺の動脈をふさぐ病気だ。

 症状を訴える複数の被災者が熊本市などの病院に相次いで入院している。ほかにも患者は増え続けており、04年の新潟県中越地震の時より発生ペースが速いと指摘する医師もいる。

 血栓を防ぐには水分を十分とり、運動をすることが必要だ。

 だが避難所には飲料水や使いやすいトイレが不足しており、トイレ回数を減らすために水分をひかえる。余震の恐れや体調不良で体もあまり動かさない。そんな悪条件に陥りがちだ。

 ほかにも避難者の健康を脅かす問題が次々表面化している。

 阿蘇市の避難所では震災後のストレスや疲労によると疑われる急性心不全で77歳の女性が死亡した。避難所によってはインフルエンザやノロウイルスなどの感染症もおきた。滞積した生ゴミなど衛生状態の悪化に加え、心のケアも気になる。

 劣悪な生活環境が高齢者や子ども、持病のある人々らを今後も悩ますのは必至だが、電気や水道、ガスが確保できない病院もまだ多い。透析患者を県外の病院に移すなどの連携も進んでいるが、広く被災地域を見渡して情報を集約し、一刻も早く医療体制を整える必要がある。

 厚労省が指定した各地の緊急医療チームや、ボランティアの医療グループが、県外から次々と現地入りしている。保健師や薬剤師も含めた効率的な配置を実現するため、指揮系統の確立を急がねばならない。

 政府や県外自治体、NPOには、避難生活の向上のための強力なバックアップを望みたい。被災者の負担が少しでも軽くなるよう、清潔なトイレの設置支援や、プライバシー確保の工夫などが必要だ。

 被災者の中にも、医療の経験や知識を持つ人はいるだろう。避難所でできることを積極的に共有し、呼びかけてほしい。

 体操や水分確保など体調管理や感染症予防の消毒など、避難所で誰もが命と健康を守るために声をかけ合いたい。

全国学力調査 検証の仕組み見直しを

 子どもたちの学力を点検する仕組みを、本格的につくり直すべきだ。

 文部科学省が今年も小6、中3の全員を対象にした全国学力調査を行った。07年から10年目の実施である。

 調査によって、客観的なデータを重んじる姿勢が教育行政に広がった。知識を覚えるだけでなく、活用する力が大切だということを、教育委員会や学校に知らせる効果もあった。

 その半面、この調査があまりに多くの課題を抱えていることは明らかである。

 調査が全員参加方式で行われるため、自治体や学校のランキングづくりが可能になり、序列化を生んでいる。実施や採点などで数十億円ものコストがかかることも問題だ。

 年ごとに設問の難易度が違い、学力が上がったかどうかわからないこともアキレス腱(けん)になっている。

 調査が始まるきっかけの一つは、ゆとり教育を批判された文科省が、学力が低下しているかどうかのデータを持っていなかったことだった。その課題は、なお解決できていない。

 学校では、指導に生かすという名目で、調査の前に過去の問題を解かせる対策が広がっている。これでは素顔の学力をつかめない。

 調査のねらいの一つである、教育政策の検証そのものも立ち遅れている。

 そのため、文科省は政府の経済財政諮問会議から、データを踏まえた予算要求をするよう求められ、今年から新たに教育政策の実証研究を始めなければならなくなった。

 いま見直すべきは、この調査のあり方だけではない。

 小学校から高校までの子どもたちの学力を点検するために、どんな目的でどんな調査をするかを改めて検討することだ。

 欠かせないのは、学力の変化を継続的に追いかける調査である。家庭の豊かさの学力への影響や、指導方法と成績の関係といった具体的なテーマの調査も要る。

 いずれも全数調査ではなく、サンプル調査で十分だ。

 高校生の基礎学力の定着度合いをみる「高等学校基礎学力テスト」が19年に始まる。

 このテストとの関係も考え、調査を組み合わせて全体の設計図を描くことが求められる。

 教育政策が、実態をふまえた議論をきちんと尽くさないまま印象論で決まり、学校に丸投げされる。

 そんな現状を変えるためにも文科省の果たす役割は大きい。

熊本被災企業 早期の生産再開に注力したい

 熊本地震で、多くの企業の生産拠点が操業停止に追い込まれた。

 部品供給などで様々な会社が密接に結びついており、打撃は被災企業にとどまらない。

 操業再開が遅れれば、国内生産全体の停滞を招き、景気回復の足を引っ張る恐れがある。被災企業は従業員らの安全を確保しつつ、工場の修復などに全力を挙げ、正常化を急いでもらいたい。

 熊本県には、自動車やエレクトロニクス関連の有力な工場が集積しており、生産停止の影響は全国に広がっている。

 トヨタ自動車は、完成車の組み立てを行う国内16工場のうち15工場の生産を、23日までの間、段階的に停止する。

 トヨタにドア部品などを供給するアイシン精機の子会社の工場が被災して、必要な部品を調達できなくなったためだ。

 1台の車には、2万~3万点の部品が使用され、その一つが欠けても自動車は作れない。関係する会社は数百社に上るという。

 電機製品も、部品作りから完成品の組み立てまで、多数の企業で分業する構図は同じである。

 ソニーはスマートフォン向けの画像センサーで世界首位のシェア(占有率)を持つ。熊本県内にある画像センサーの主力工場は、復旧のメドが立たない状況だ。

 液晶ディスプレー用保護フィルムで世界トップの富士フイルムの工場や、エアコンなどに使う半導体で世界2位の三菱電機の生産拠点も被災した。

 重要部品の工場が長期間、稼働しないと、影響は日本だけでなく海外メーカーにも及ぼう。

 企業グループの枠を超えて代替部品を融通するなど、産業界を挙げた対応が望まれる。

 日本のもの作りは、過剰在庫を抱えない効率的な生産方式を強みとしているが、災害時には弱点となる場合もある。

 2011年の東日本大震災でも、部品のサプライチェーン(供給網)が寸断され、多くのメーカーが生産停止を余儀なくされた。その教訓から、主要企業は部品仕入れ先のデータベース化や分散発注を進めてきた。

 日産自動車が熊本地震後、部品調達を被災企業から別会社に切り替え、完成車生産の一部を早期に再開できたのは、こうした備えの成果だろう。

 効率性と災害への耐久力をどう両立させるか。各企業は熊本地震を機に、サプライチェーンの再点検に取り組んでほしい。

ブラジル情勢 国内安定と経済改善が優先だ

 リオデジャネイロ五輪を8月に控えたブラジルで、ルセフ大統領が窮地に陥っている。南米随一の経済大国の先行きが懸念される事態である。

 議会下院で、3分の2以上の議員が大統領の弾劾に賛成し、上院で審議することが決まった。

 上院で過半数が賛成すれば、弾劾法廷が設置される。この時点で、ルセフ氏は最大180日間の停職となり、テメル副大統領が職務を代行する。さらに上院の3分の2以上の賛成で弾劾が成立し、テメル氏が大統領に昇格する。

 連立与党から離反者が相次いでおり、ルセフ氏が停職や失職に追い込まれる可能性が大きくなってきた。世界経済や五輪への影響を最小限にとどめるため、混乱の早期収拾が欠かせない。それには政治の刷新も必要ではないか。

 弾劾請求の直接の理由は、ルセフ氏が再選を果たした2014年の大統領選の前に、政府会計を粉飾したという疑惑だ。財政赤字を少なく見せるため、歳出の一部を政府系金融機関に肩代わりさせたと指摘されている。

 ルセフ氏は「長年の慣行だ」と反論し、議会の動きをクーデターと批判しているが、政府への信頼を失墜させた責任は重い。そもそもルセフ氏の支持率が11%まで低下した原因は、経済の悪化だ。

 ルラ前大統領は、資源価格上昇と中国向け輸出を追い風に高成長を達成し、五輪招致を勝ち取った。その後の中国経済の減速と資源安で、昨年の経済成長率はマイナス3・8%に落ち込み、今年もマイナス成長が見込まれている。

 通貨レアルの下落とインフレが進み、失業率が上昇した。ルセフ政権が世界経済の変化に効果的な手を打たず、財政悪化を放置した結果と言えよう。

 大型汚職事件が国民の政治不信に拍車をかけた。国営石油会社の幹部が建設会社から賄賂を受け取り、与党政治家らに不正献金していたとされる。

 大規模デモが頻発する中、ルセフ氏が捜査対象であるルラ氏を官房長官に起用すると発表したことで、弾劾への勢いが増した。

 ルセフ氏が経済の立て直しのために社会保障費の削減や緊縮財政など、痛みを伴う構造改革を断行するのはもはや難しいだろう。

 心配されるのは、五輪準備に支障を来すことだ。関係閣僚が辞任し、入場券販売も振るわない。

 テロ阻止やジカ熱対策など課題は山積している。政争とデモに明け暮れているようでは、五輪ムードも盛り上がらない。

2016年4月19日火曜日

原油価格の低迷が長引くリスクに警戒を

 サウジアラビアやロシアなど主要産油国は増産凍結を話し合う会合で合意できなかった。供給過剰の解消は時間がかかるとみた市場では原油価格が急落した。

 原油安が消費国にもたらす恩恵は大きいが、産油国の安定を脅かし世界経済に及ぼす負の影響も小さくない。原油価格の低迷が長引くリスクに警戒が必要だ。

 カタールで開いた会合は原油相場の転換点になると期待された。だが増産姿勢を崩さず会合を欠席したイランにサウジが反発し、各国の足並みはそろわなかった。

 2014年の急落から今夏で2年になる原油安は、産油国経済に深刻な影響を与えている。サウジなど石油輸出国機構(OPEC)加盟国の15年の原油輸出収入は、12年に比べ6割も減った。

 OPECに加盟しないロシアやブラジルはマイナス成長に陥っている。石油や天然ガス関連企業は業績が悪化し、米国ではシェールオイルやシェールガスを生産する企業の破綻が相次いでいる。

 産油国は歳入の多くを石油に依存する。中東やアフリカの産油国では財政悪化が社会を不安定にしかねない。産油国会合の失敗を受け日経平均株価が大きく下がるなど、金融市場も原油安のマイナスの側面を注視する。

 目先の混乱に加え、備えなければならないのが将来の供給力への不安だ。国際エネルギー機関(IEA)によると、15年に油田開発に投じられた資金は前年比24%減った。16年も17%減る見通しだ。2年連続での開発投資の減少は80年代以降で初めてだという。

 油田開発は生産が始まるまでに何年もかかる。開発投資の減少は供給力の伸びを鈍らせる。一方で中国やインドなど新興国の原油需要は今後も増える。

 IEAは20年に供給が日量100万バレル足りなくなると予測する。現時点で供給余力を持つのはサウジなどに限られる。不安定な中東に、より多くの石油を依存する事態になりかねない。

 原油や天然ガスの調達先の分散に加え、再生可能エネルギーの拡大や省エネの強化など化石燃料への依存度を下げる取り組みの手も、消費国は緩めてはならない。

 産油国経済の構造改革に手をさしのべることも大切だ。産油国は産業の多角化や増大する若年層を吸収する雇用の創出が急務だ。こうした協力を重ねることは資源の安全保障にもつながるはずだ。

瀬戸際のブラジル大統領

 ブラジル下院がルセフ大統領に対する弾劾を認める決議を3分の2以上の多数の賛成で採択した。5月以降に予定される上院の採決によっては、大統領は失職する。いよいよ崖っぷちに追い詰められた、との印象を受ける。

 資源安などでブラジル経済は2年連続のマイナス成長が確実視されている。8月にリオ五輪を控え、ジカ熱という深刻な問題にも直面している。上院の採決に向け弾劾支持派と反対派の多数派工作は熱を帯びているが、権力闘争にかまけていていい局面ではない。

 大切なのは、経済の立て直しなど喫緊の課題に全力で取り組める体制を早く整えることだ。政治と経済の複合危機を打開するため、自らの進退も含む大胆な決断を大統領は求められる。

 大統領の弾劾という強烈な行動に議会が踏み出した直接の理由は、国の歳出に絡んだ不正があった疑いだ。ただ根底には、経済の不振と、国営石油会社ペトロブラスをめぐる汚職問題がある。

 資源安の打撃は他の資源国にも共通する。なかでもブラジル経済が苦境に陥っている一因は、エネルギーの国内価格を人為的に抑えてきたために原油安が物価の下落につながらず、中銀が金融緩和に踏み切れないことだ。

 ポピュリズム(大衆迎合主義)と批判されてきた経済運営のツケが、景気後退の局面で浮き彫りになったといえる。ルラ前大統領の時代から14年におよぶ労働党政権の経済政策が、全面的な点検を迫られているといってもいい。

 汚職問題では、当局がルラ前大統領の捜査に乗り出した直後、ルセフ大統領が前大統領を閣僚に任命するという「事件」があった。これは事実上の捜査妨害と受け止められ、結果として大統領はいよいよ求心力を失った。

 数年前、ブラジルは世界の注目を集める新興国のスターだった。その輝きが失われた背景には根深い構造問題がある。それに正面から取り組むには何が必要か、大統領は真剣に考えるときだ。

震災への救援 官民連携で供給急げ

 水がない。食べ物がない。着替えがない。

 熊本や大分の被災者たちから悲鳴があがっている。16日未明に被害を一気に広げたマグニチュード(M)7・3の地震から、きょうで丸3日が経つ。

 不測の災害に備えた家庭でも備蓄が尽きてしまう頃だろう。震災後の劣悪な生活で犠牲者を増やすような事態は何としても防がねばならない。

 捜索救難作業を続けるとともに、ここは官民あげて、一刻も早い物資の供給と生活環境の改善に全力をあげるときだ。

 救援物資そのものは、被災地の近くに集まり始めている。だが肝心なのは、被災者一人ひとりの手元に届けることだ。

 官の力だけでは限界がある。ノウハウのある民間団体や企業と連携し、きめ細かい対応のネットワークづくりが急務だ。

 いま起きている問題の一つは「ミスマッチ」だ。熊本県庁には、企業や自治体からの物資が山積みになっている。過去の災害でも繰り返された光景だ。

 被災者に届けたいが、各市町村の事情がわからない。やみくもに送るわけにもいかない――と県は言う。一方、市町村は、一気に膨らんだ避難者への対応などで精いっぱいで、個々の避難所ごとの被災者ニーズの把握まで手が回らない。

 どこにどんな物資がどれだけ届いているのか、県全体での情報共有も十分でない。こうした混乱は、道路が寸断され、通信環境が悪い状況下では避けられない面もある。

 だが、いまも9万人以上が避難生活をしており、車中泊をしている人びとも多い。エコノミークラス症候群も含め、心身の状態悪化が心配される。

 被害が大きな自治体ほど正確な情報をつかみにくいのは、東日本大震災の教訓でもある。

 そのため政府は今回、自治体からの要請を待たずに物資を送り込む「プッシュ型支援」に乗り出している。福岡や佐賀などに集積拠点を置き、そこから被災地に運ぶという。

 被災地から離れた場所に拠点を置く方法は、07年の新潟県中越沖地震で効果を発揮した。運送会社の倉庫などを使い、民間のノウハウに頼ることが出来たのが成功の鍵だったと、当時の担当者は話す。

 その教訓を生かすべきだ。今回の震災現場には、全国から被災地経験のある行政マンや、ボランティア活動に詳しいNPO関係者らが集まりつつある。彼らの知恵と手を借りて、効率的で機動性のある支援体制づくりを急ぎたい。

対ロシア外交 焦らず、広い視野で

 ロシアとの対話は粘り強く重ねていく必要がある。それとともに、国際情勢をふまえた広い視野に立ち、対ロ外交に取り組むことも忘れてはならない。

 安倍首相が5月の大型連休中にロシア南部のソチを訪問し、プーチン大統領と非公式首脳会談に臨むことになった。

 その準備のために訪日したラブロフ外相と岸田外相が先週会談した。会談では、5月の首脳会談の後、早期に外務当局による平和条約締結交渉を行うことで合意したが、北方領土問題をめぐるラブロフ氏の強硬姿勢は変わらなかった。

 北方領土問題を打開し、日ロ関係を長期的に安定させていくには対話が欠かせない。

 大国化した中国や、核・ミサイルによる挑発を重ねる北朝鮮に向き合い、北東アジアの安定をはかるためにも、日ロの首脳がたびたび会い、信頼関係を築くことは重要だ。

 一方で、日本には守るべき原則がある。ウクライナ危機でロシアが踏み込んだ「力による現状変更」は決して容認できない、ということだ。

 安倍首相は、5月下旬のG7首脳会議(伊勢志摩サミット)で議長を務める。ウクライナ危機を契機にG8サミットから排除されたプーチン大統領としては、G7サミットに向けて、米欧と日本の足並みを乱そうとの思惑もうかがえる。

 2月の日米電話首脳協議で、オバマ大統領は「時期を考えてほしい」と安倍氏の大型連休中のロシア訪問に注文をつけた。米欧がロシアの振る舞いに制裁を科し、国際秩序への復帰を迫るなか、日本がロシアに融和的な姿勢をとることに憂慮を示したものだ。

 安倍首相は、在任中の北方領土問題の解決に強い意欲を示している。日本の政治指導者として、戦後70年を超えて動いていない懸案を打開したいと考えること自体は理解できる。

 とはいえ、日本が北方領土問題でのロシアの歩み寄りを期待して、ロシアに必要以上に妥協的だと国際社会に受け取られることは得策とは言えない。

 北方領土問題は重要だが、二国間の政治的な成果を焦ってはならない。

 対ロ外交で肝要なのは、サミットを含むあらゆる場を通じて、ロシアに国際法の順守と国際秩序への復帰を促し続けること。そして、この普遍的な理念をともにする国際社会と協調していく姿勢を鮮明に示すこと。こうした努力こそ、北方領土に関する日本の主張にも説得力を持たせるはずだ。

熊本被災者支援 長期避難見据えて取り組もう

 熊本、大分両県を震源とする地震は、500回を超えた。余震への恐怖から、自宅を離れ、避難所に身を寄せる被災者は9万人を上回る。

 被災者が必要としている支援を、迅速かつ確実に行き渡らせることが大切である。

 各地の避難所では、自治体が想定した人数を上回る住民が集まり、収容しきれないケースが目立つ。屋外に畳や毛布を敷いて、夜を明かす人もいる。

 政府は、フェリーや賃貸住宅、旅館などを宿泊場所として活用する。被災者が休息できる場所を可能な限り確保してもらいたい。

 避難所には、水や食料が十分に届いていない。被災者は、配給のおにぎりなどを受け取るのに長時間待たなければならない。

 菅官房長官は、政府の判断で被災地に送る食料90万食のうち、36万5000食が18日中に届くとの見通しを示した。用意する食料を180万食に倍増するという。

 問題は、各市町村の指定場所まで運んでも、道路の寸断や人手不足などにより、避難所までの運搬が困難な地域があることだ。

 東日本大震災でも、救援物資が集積拠点に滞留するケースが目立った。教訓を生かし、各避難所が必要とする物資を見極めて、自衛隊機や米軍の輸送機オスプレイなどで機動的に運ぶ必要がある。

 絶え間なく襲ってくる地震で、被災者は神経をすり減らしている。プライバシーを保ちにくい避難所での集団生活が長引けば、ストレスは増す一方だろう。

 2004年の新潟県中越地震では、避難生活のストレスや疲労、持病の悪化などで体調を崩して死亡する「震災関連死」が、68人の死者の8割近くを占めた。今回も、熊本県阿蘇市の避難所で、77歳の女性が急性心不全で死亡した。

 厚生労働省が中心になり、全国の医師や保健師が被災地に送り込まれている。被災者の心身のケアに取り組んでほしい。

 健康な人でも、肺塞栓症(エコノミークラス症候群)は要注意だ。車中泊などで長時間、じっとしていると、血栓で血管が詰まる症状だ。定期的に手足を動かすなどの体調管理が求められる。

 断水が続く地域では、トイレや手洗い用の水が不足している。衛生環境の悪化が心配だ。感染症が流行すれば、体力が低下した高齢者らの命にかかわる。こまめな消毒が欠かせない。

 政府は、各府省の職員を被災地の市町村に派遣する。避難状況の早急な改善に尽力すべきだ。

産油国会合不調 価格安定へ増産凍結を急げ

 サウジアラビアやロシアなど、主要産油国による石油相会合が、増産凍結の合意を見送った。

 原油価格の下落に歯止めをかけようと、生産量を今年1月の水準で据え置くことを目指していた。だが、増産方針を示しているイランの欠席にサウジが反発したため、結論が先送りされた。

 6月に予定される石油輸出国機構(OPEC)総会まで、断続的に協議を続けるとしている。

 原油価格の低迷は、産油国経済に悪影響を及ぼすだけでなく、消費国を含む世界全体のリスク要因となっている。

 会合に参加した18か国の原油生産量は、世界の半分を占める。主要産油国は、増産凍結を含む価格安定の具体策について、合意形成を急がねばならない。

 増産凍結の見送りを受け、1バレル=40ドル台前半で推移していた米国の原油先物相場は、30ドル台後半に下落した。

 一段の原油安が金融市場の波乱要因になりかねないとして、投資家がリスク回避姿勢を強め、東京市場では円高・株安が進んだ。

 石油消費国の日本にとって、原油安は本来、プラスになるが、今の局面は状況が異なる。景気回復がもたつく中、日本経済に及ぼす負の影響は軽視できない。

 財政が逼迫した産油国が、オイルマネーを市場から引き揚げる動きを加速させ、世界的な株安を招くのではないか。そうした疑心暗鬼が広がりつつある。今後の市場動向に注意が必要だ。

 産油国が合意できなかった背景には、イスラム教スンニ派の盟主を自任するサウジと、シーア派大国のイランが繰り広げる中東の覇権争いがある。

 サウジがシーア派の宗教指導者を処刑したことを契機に、両国が今年1月に国交を断絶するなど、対立は激化している。

 サウジには、敵対するイランを利する内容での決着への抵抗感が強い。イランは、核開発を巡る米欧の経済制裁を1月に解除されて増産に踏み出したばかりで、凍結には乗りにくい。

 合意を阻む複雑な要因を解きほぐすのは容易ではない。中東以外の産油国であるロシアと米国の役割は重要である。

 原油安で、ロシアは通貨ルーブルの急落とインフレに見舞われ、マイナス成長に陥っている。米国も、シェールオイル油田の採算が悪化している。自国経済への影響にも留意して、サウジとイランに歩み寄りを促すべきだ。

2016年4月18日月曜日

消費不振でも伸びる市場

 主な流通業の2016年2月期の決算が出そろった。消費者の節約志向を映し、低価格品に力を入れた企業の好業績が目立つ。その一方で、高齢化や健康志向などに丁寧に対応し、価格以外の魅力で消費者を引きつけた企業も多い。企業は的確なかじ取りで新たな消費を掘り起こしたい。

 明暗を分けたのが二大衣料チェーンだ。低価格品に強いしまむらは3期ぶりの増益になった。

 他方で主力の「ユニクロ」商品を2年連続で値上げしたファーストリテイリングの上期(15年9月~16年2月期)は大幅減益となり、16年8月期の通期業績見通しも下方修正した。値上げの失敗を柳井正会長兼社長も認める。

 大手百貨店各社も株価の低迷などで宝飾品、衣料品などの消費に陰りが見える。決算は外国人旅行者の買い物に助けられたが、その訪日外国人の消費も為替の変動などで伸びは鈍化しつつある。

 ただし低価格品だけが消費者を引きつけたわけではない。首都圏や関西が地盤の食品スーパー、ライフコーポレーションは過去最高益となった。総合スーパーの不振をよそに、食品に特化したスーパーの業績はおおむね好調だ。

 各社はコンビニエンスストアにならい、高齢の単身世帯や働く女性の増加に対応して総菜や弁当の品ぞろえに力を入れ、身近な住宅地への出店を増やした。こうした努力が実を結んだ。鮮度のいい野菜や魚を地元などから仕入れ、安いが画一的な品ぞろえが目立つ総合スーパーにない魅力づくりにつなげた。

 イオングループが増収増益となったのも、食品スーパーとドラッグストアがけん引役になった結果だ。コンビニエンスストアのローソンは健康志向をにらんだ独自商品の開発が好業績につながった。

 既存の流通業が対応しきれていなかったニーズを的確にとらえれば、価格競争に頼らず業績を伸ばすことは可能といえる。正しくツボを押せば、もっと消費は動く。企業は工夫と挑戦を重ねたい。

地震の続発に警戒しつつ救援に全力を

 熊本県で始まった地震活動は阿蘇地方や大分県に広がり、被害が拡大している。気象庁はなおも地震の続発に警戒を呼び掛けている。政府は自衛隊など約3万人を派遣し、救助を本格化させている。被災地以外の自治体なども協力して広域支援の輪を広げ、救援に全力をあげてもらいたい。

 熊本では14日夜、益城町の近くでマグニチュード(M)6.5の地震が起きた後、16日未明にM7.3の地震が発生した。これは1995年の阪神大震災に匹敵する規模だ。阿蘇や大分県でも震度6程度の地震が続き、最初の地震でもろくなっていた建物の倒壊や土砂崩れで死傷者が増えている。

 地震活動が弱まる兆しはなく、警戒を緩められない。

 政府の地震調査委員会などによると、一連の地震は熊本県を横切る日奈久(ひなぐ)、布田川(ふたがわ)断層帯、大分県の別府―万年山(はねやま)断層帯の一部がずれて起きたとみられている。

 地震が多い日本列島でも、別々の断層が連鎖するようにずれた例は少なく、今後の活動は予断を許さない。これらの断層の近くに住む人は、耐震性の低い建物ならあらかじめ避難する、揺れたら机の下に隠れる、といった地震対策の鉄則を守ることが肝要だ。

 自衛隊や警察、消防などは二次災害に注意しながら、不明者の捜索や人命救助に手を尽くしてほしい。崩れた建物や土砂の下敷きになると、発生から72時間までに救出できるかが生死の分かれ目になる。時間の猶予は少ない。

 避難生活が長期化する恐れもある。避難所のなかには食糧や水、医薬品などの物資が不足しているところもある。被災者への心のケアも欠かせない。被災地以外の自治体が備蓄物資を提供する動きが出ている。これを拡大し、支援態勢を早く整えるべきだ。

 経済への影響も心配だ。九州には自動車や電機メーカーなどの生産拠点が集まり、操業を中止した工場も多い。寸断された高速道路の復旧には時間がかかるとみられ、原材料や部品の供給が滞れば、遠隔地でも工場の操業停止が広がる恐れがある。

 被災地に拠点をもつ企業は、従業員の安否確認や被災した拠点の復旧支援に加え、サプライチェーン(供給網)の維持にも全力をあげてほしい。代わりの調達・輸送手段の確保を急ぎ、経済への影響を最小限に抑えたい。

公文書の管理 国民の資産生かすには

 手狭になっている国立公文書館の建て替え構想が、ようやく動きだしそうだ。

 政府はこのほど、国会近くに衆院が所有する2カ所の建て替え候補地についての調査結果を公表した。これを踏まえ、衆院議院運営委員会の小委員会が候補地を決めるが、十分な広さが確保できる憲政記念館の敷地が有力視されている。

 皇居外苑のいまの国立公文書館本館の延べ床面積は1万2千平方メートル弱。米国やドイツの公文書館の10分の1にも満たず、2019年度には書架が満杯になる見通しだ。

 また、所蔵する憲法の原本や古文書などを傷めずに常時展示するための空調や保安設備も整っておらず、政府が建て替え構想の具体化を急いでいた。

 憲政記念館を解体し、公文書館と一体で建て直せば、4万平方メートル以上の床面積が確保できるという。予算の制約はあろうが、国民が歴史的な資料に親しめ、研究者の利便性も高まるような施設としてほしい。

 一方、立派な施設でも中身が伴わなければ意味がない。

 行政機関の文書作成や管理のルールを統一し、歴史的価値のある文書は公文書館に移すことを定めた公文書管理法が施行されてから5年がたつ。

 ルールに基づく文書管理は一応の軌道には乗ったようだ。ただ、行政の意思決定過程を検証できるようにするという、法の目的にかなった運用がされているかは疑問が残る。

 最たる例が、憲法9条の解釈変更にあたって内閣法制局内でつくられた「想定問答」の扱いだ。法制局は公開対象となる行政文書ではないというが、多くの専門家も指摘するように、この主張は理解できない。

 行政文書にあたるかどうかを内部の当事者だけで判断できる現状では、ほかの省庁でも似たような事例が横行していると疑われても仕方がない。

 有識者による公文書管理委員会が出した制度見直しに向けた報告書は、外部の学識経験者らの協力を得て、文書管理が適切かどうかを評価・検証する試みを検討すべきだと求めている。

 将来的には各省庁に知識と権限をもつ専門職員を置くことが望ましいが、当面の対応として第三者が関与できるような制度の見直しは不可欠だ。

 公文書は国民共有の知的資源であるとうたう公文書管理法は、与野党の政治家のリーダーシップがあって制定された。

 現状の改善は、官僚任せでは難しい。国民の側に立った政治の後押しが必要だ。

保育園と住民 合意作りを丁寧に

 千葉県市川市で今年度に開園予定だった保育園が、近隣住民の反対で取りやめになった。住民との調整が難航して開園が遅れる例はこれまでもあったが、計画が中止になるのは異例だ。

 ほかに神奈川県茅ケ崎市や東京都調布市でも、同様に建設が取りやめになった。保育園の整備は急務だけに住民側が批判的に見られがちだが、経緯を見ると住民の声をしっかり聞かないまま計画が進み、対話が不十分だという問題点が浮かぶ。

 市川市の場合、事業者が市に認可保育園整備の申請をしたのは昨年3月。近所の住民への説明が本格化したのは、着工直前の9月になってからだった。

 建設予定地は住宅街で道幅も狭く、車が通る際は人が路肩に身を寄せる。地元から「危ないのでは」との声が上がったが、事業者は「市の許可はもらっている」との姿勢だったという。

 地域からの要望を受けてようやく10月に説明会が開かれたが、すでに住民との対立は深まっていた。結局、話し合いは3回。「このままでは自分たちの声が届かないまま施設が作られると思い、反対した」。住民からはそんな声も聞かれる。

 待機児童問題を受け各自治体は急ピッチで施設整備を進めている。適地が限られるなか、以前なら候補にならなかったような場所での計画が増えているとの指摘もある。より慎重な対応と十分な話し合いが求められるが、開園を急ぎすぎたきらいはなかったか。

 1年近く話し合いを重ねて、地域と保育園が良好な関係を築いた例もある。市川市も今後、保育園整備の申請前に近隣住民に周知し、説明するよう手続きを改めるという。早い段階から住民と対話を重ね、計画に反映させれば、トラブルを減らすことができるのではないか。

 自治体の役割も忘れてはなるまい。保育園整備は自治体が地域の保育ニーズを踏まえて進めており、補助金も出している。市町村にも自ら住民に説明を尽くし、理解を求める責任があるはずだ。事業者と住民に任せきりにせず、積極的に調整役を果たすことが必要ではないか。

 トラブルになったケースや話し合いで解決できた事例などの情報を自治体間で共有すれば、今後の整備にも役立つだろう。

 保育園は建ったら終わりではない。地域との良好な関係は、健やかな育ちの環境を子どもたちに用意するという観点からも欠かせない。

 丁寧な説明と真摯(しんし)な話し合いで、地域に根ざした保育園の整備を進めてほしい。

G20と世界経済 政策協調の実効性が問われる

 世界経済の安定へ各国に問われるのは、必要な政策の実行に向け、協調をより強める努力だ。

 主要20か国・地域(G20)財務相・中央銀行総裁会議が、財政・金融政策や構造改革などの政策手段を総動員する決意を改めて示した。

 共同声明は「成長は緩やかでばらつきがあり、下方リスクや不確実性が残っている」として、世界経済の行方に懸念を表明した。

 金融市場は落ち着きを取り戻しつつあるが、G20が危機感を緩めず、協調の重要性を再確認したことは評価できる。

 ただ、各国それぞれの事情があり、G20は一枚岩ではない。

 米国が機動的な財政政策の有効性を指摘したのに対し、ドイツは慎重な姿勢を崩さなかった。

 欧州経済は、デフレ懸念を強めている。景気テコ入れには、財政余力のある国が歳出拡大に踏み出すことも有力な手段となろう。

 声明は、通貨の切り下げ競争を回避する意向も盛り込んだ。その上で、「為替相場の過度な変動や無秩序な動きは経済・金融に悪影響を与えうる」という、前回会合と同様の表現を明記した。

 日本は、異次元の金融緩和の正当性が認められ、急激な円高に市場介入などで対応することにも理解が得られたと解釈している。

 米国の追加利上げペースの鈍化をにらみ、今後、円高がさらに進む心配がある。G20後の記者会見で、麻生財務相は「為替の動きに必要な対応をとることは、G20の合意内容に沿う」と強調した。

 だが、ルー米財務長官は、「最近は円高が進んでいるが、市場の秩序は保たれている」と、日本が円安誘導に動くことを牽制けんせいした。円安・ドル高が国内製造業の輸出不振や雇用悪化などを招くことを警戒しているためだ。

 先進各国が、思惑の違いを乗り越えて協調を強めなければ、市場の安定はおぼつかない。

 G20は、行き過ぎた節税への歯止め策を強化する方針も打ち出した。タックスヘイブン(租税回避地)を使った節税の実態を暴露した「パナマ文書」の流出が、国際問題化したことを踏まえた。

 明確な違法行為でなくとも、巨額の資産を持つ企業や富裕層が、過少な税金しか納めない事態は放置できない。課税の抜け道を塞ぐ国際協力体制を構築しようとするG20の方向性は適切である。

 新手の税逃れ方法に迅速に対処するためにも、緊密な情報交換と、より効果的なルール作りに努めていくことが期待されよう。

ヘイトスピーチ 解消に向けた機運を高めたい

 過激な言葉で、特定の人種や民族への差別をあおり立てる。ヘイトスピーチ(憎悪表現)を許してはなるまい。

 自民、公明両党が、ヘイトスピーチの対策法案を国会に提出した。「不当な差別的言動の解消に対する理解を深める」ことを理念に掲げている。国や自治体に相談体制の整備や人権教育の充実を求める内容だ。

 民進党など野党も既に、独自の法案を出している。

 東京や大阪などの街頭で、在日韓国・朝鮮人の排除を訴えるデモが繰り返されてきた。インターネット上では、動画が公開されている。「朝鮮人を日本からたたき出せ」といった過激な言動は、言葉の暴力というほかない。

 京都の朝鮮学校周辺で行われた街宣活動を巡っては、児童が受けた精神的被害を認定し、主催団体などに1200万円の賠償を命じる判決が確定した。

 法務省によると、2012年4月~15年9月の間、1152件のヘイトスピーチが確認された。

 政府は14年8月、国連の人種差別撤廃委員会から、対策を強化するよう勧告を受けている。

 何らかの対処を迫られているのは確かだろう。

 法制化で留意しなければならないのが、憲法が保障する「表現の自由」との兼ね合いである。

 与野党の法案はともに、罰則を設けていない。そうであっても、行政が恣意的に解釈できる余地があれば、正当な表現活動まで制約を受けてしまう。

 その点で、野党案には問題が多い。「人種などを理由とする差別」を禁止し、「国や自治体は、差別を受けた関係者の意見を反映させるために、必要な措置を講じる」との規定を設けている。

 禁止規定があることで、それを根拠に、警察が現場の判断でデモを取り締まる事態もあり得る、との懸念が出ている。

 関係者の意見が直接反映されれば、国や自治体による恣意的な運用への歯止めはないに等しい。

 内閣府に差別防止の有識者会議を設け、首相への勧告権を与えるというが、一部の有識者が必要以上の権限を持つのは疑問だ。

 禁止規定を盛りこまなかった与党案でも、「他国出身者であることを理由に、地域社会から排除することを扇動する不当な差別的言動」というヘイトスピーチの定義には、なおあいまいさが残る。

 国会審議で求められるのは、ヘイトスピーチの根絶に向けた機運を社会全体で高める観点だ。

2016年4月17日日曜日

日ロ交渉の糸口みつかるか

 隣国のロシアとの関係改善は大事だが、北方領土交渉を進展させる糸口はみつかるだろうか。

 岸田文雄外相とラブロフ外相が都内で会談し、平和条約締結交渉や経済・安全保障協議を加速することで合意した。来月初めには安倍晋三首相が訪ロする予定で、ラブロフ外相は「あらゆる分野の協力拡大」に期待を示した。

 首相の訪ロに対しては、プーチン大統領も「米国の圧力にもかかわらず、日本の友人たちは関係維持に努めている」と歓迎する。

 ロシアにはウクライナ危機による国際的な孤立脱却に利用する思惑もうかがえるが、対ロ関係の改善をめざす日本政府の立場は理解できる。領土交渉を進めるうえで首脳対話は欠かせないからだ。

 さらに中国の軍事的台頭や北朝鮮の核問題など、北東アジアを取り巻く不安定な安保環境も踏まえれば、ロシアと一定の関係を保っていくことは大切だ。

 もちろん、ウクライナ問題をめぐる米欧との協調を乱すべきではないが、日本は今年の主要7カ国(G7)の議長国でもある。ウクライナ東部の和平合意の早期履行に向け、ロシアに責任ある行動を促す役割もあろう。

 ただし、これが領土問題の解決に結びつくかは予断を許さない。

 外相会談では首相の訪ロ後に、外務省高官レベルの平和条約締結交渉を速やかに開くことでは一致した。だが、ラブロフ外相は第2次世界大戦の結果、北方四島がロシア領になったと日本側が確認することが交渉の前提になるという強硬な立場を繰り返した。

 領土問題をめぐる隔たりは大きい。北方領土ではインフラ開発なども着々と進められており、手をこまぬいていれば、領土問題解決の道は遠のくばかりだ。

 日ロ首脳は「相互に受け入れ可能な解決策」を模索することで合意している。日本としては、まずは首相の訪ロ時に大統領の本音を探り、首脳間の対話を続けながら長期的視点で対ロ戦略を練っていく必要があるだろう。

G20は課税逃れの対策を着実に進めよ

 米ワシントンで開いていた20カ国・地域(G20)財務相・中央銀行総裁会議は、タックスヘイブン(租税回避地)を利用した課税逃れ対策の強化を盛り込んだ声明を採択し閉幕した。

 課税逃れを抑えるには国際協調が不可欠だ。パナマの法律事務所の文書が大量に流出したのをふまえ、G20が対策の強化を打ち出したのはひとまず評価できる。

 これまでの対策のひとつとして、90を超える国・地域が2018年末までに、非居住者の銀行口座の情報を自動的に交換しあう取り組みへの参加を表明している。

 だが租税回避の舞台となったパナマは参加の意向を表明していない。対策の実効を上げるため、G20はパナマを含むすべての国・地域に参加を求めた。当然だ。

 これに加えてG20は対策に非協力的な地域を認定する基準を7月までにつくり、制裁措置を検討する。租税回避地に置くペーパーカンパニーの実質的所有者について、情報を入手したり交換したりすることもめざす。

 一連の対策はこれまでより踏み込んだ内容といえる。各国の首脳らが租税回避地を利用している実態に世界中で批判が高まった。放置すれば各国市民の政治不信に拍車がかかりかねない、との危機感が背景にあったとみられる。

 租税回避は合法のものが多いとはいえ、資金洗浄やテロ資金の温床になっているとの指摘は多い。大事なのは、今回の対策を着実に実施することだ。G20が果たす役割は大きい。

 世界経済の成長促進策についてG20声明は「すべての政策手段を用いる」との2月の合意を再確認するにとどめた。「金融政策のみでは均衡ある成長につながらない」との指摘は正しい。問われているのは各国・地域の具体策だ。

 米国やドイツはインフラ投資などで財政出動をできる余地がある。中国は財政政策で景気を下支えしながら、国有企業改革を遅滞なく進めてほしい。

 ユーロ圏は銀行の不良債権処理や労働市場改革が急務だ。日本も女性や高齢者の就労を後押しする改革を加速する必要がある。

 国際的な政策協調の舞台は、日本で5月に開催される主要7カ国(G7)の首脳・閣僚会議に引き継がれる。世界経済の先行きに不透明感が残るなか、議長国の日本は緊張感を持って運営にあたってほしい。

九州の地震 拡大に最大の警戒を

 震度7が「前触れ」に過ぎなかったとは。容赦ない自然の猛威に改めて驚くほかない。

 きのう未明、熊本県熊本地方を震源とするマグニチュード(M)7・3の地震が起きた。1995年の阪神・淡路大震災に匹敵する規模だ。

 14日に同県益城町(ましきまち)で最大震度を記録した地震は「前震」で、きのうが「本震」だった。災害がどんな時差や周期で襲ってくるかは人知を超える。機敏に命を守る行動をとることの大切さを再確認したい。

 その後も続く地震は、震源が大分県にも広がり、被害は拡大している。交通・通信の途絶に停電、天候も悪条件になるが、各地の捜索や救出活動を急ぎ、一人でも多く救い出されるよう祈らずにはいられない。

 被災地では地震の揺れに加えて、土砂崩れや土石流など複合災害の危険が増している。行政には早めの避難呼びかけなど、万全の対応を求めたい。

 震度7の地震後に余震が続いた2004年の新潟県中越地震では、死者68人のうち、揺れによる死亡は4分の1だった。そのほかは、水分不足で狭い車中泊を続けるなどして血管が詰まった肺塞栓(そくせん)症(エコノミークラス症候群)や、避難所で体調を崩した震災関連死だった。

 被災者にはけがの手当てだけでなく、適切な睡眠や食事、心理ケアも含めた全身の体調管理が重要だ。避難所などでは十分に注意してほしい。

 国の地震調査委員会によると、14日の震度7の地震は日奈久(ひなぐ)断層帯で起きた。

 だが、きのうの本震は、ほど近い布田川(ふたがわ)断層帯で起きたように見える。さらにその後の阿蘇や大分県の地震は同断層帯の延長線上で起きているようだ。

 余震が続いているというよりも、本震が違う断層に影響を及ぼし、新たな地震が相次いでいるとも解釈できる状況だ。

 熊本~大分の線を東に延ばすと、四国の大活断層帯「中央構造線」がある。拡大しない保証は残念ながらない。近くには四国電力伊方原発もある。警戒を強めねばなるまい。

 日奈久断層帯方面の地震拡大も引き続き心配だ。こちらも先には九州電力川内(せんだい)原発がある。

 一連の地震は、規模と連続性などが通常とは違う展開になっており、予断を許さない。

 被災者らの不安をよそに、デマがネットなどに出回っているのは見過ごせない。災害の中では何よりも情報が安全を左右する。被災者や関係者は、公的機関などからの確かな情報の入手に努めてほしい。

G20の課題 構造問題への対応こそ

 主要20カ国・地域(G20)の財務相・中央銀行総裁会議が米ワシントンで開かれ、各国が金融政策や財政出動、構造改革などの政策を動員して成長をめざす方針を確認した。

 金融市場の動揺がようやく静まり、最近は経済危機の再発懸念がずいぶん薄らいできた。とはいえ、世界経済が長期停滞に陥ったのではないかとの声も経済学者から増えている。

 国際通貨基金(IMF)は最近、今年から来年にかけての各国の成長率見通しを軒並み下方修正した。これに対し、主要国はどこも新たな景気てこ入れ策の余力に乏しい。比較的堅調な米国経済ですら、世界経済を引っ張る成長エンジンの力強さは見られない。

 こんなとき、どの国も自国の輸出産業を有利にできる通貨安を促したくなるものだ。だが通貨安競争はゼロサムゲームであり、自国が有利になる分だけ他国を不利にしてしまう。今のように世界中の経済がさえない時にそうした手法は控えるべきだ。G20がその点を再確認したのは当然である。

 G20は目の前の対策よりも、長期的、構造的な課題へと取り組みの重点を移していくべきだろう。数年前まで急成長を誇ってきた新興国には最近、経常赤字や高インフレ、外貨準備不足などから資本流出が心配される国が少なくない。不測の事態に備える意味でも、G20の協調はますます重みを増している。

 国家指導者らがタックスヘイブン(租税回避地)を利用した税金逃れや資産隠しに関与していたことを暴露した「パナマ文書」への対応も試金石となろう。文書には中国やロシア、英国などの首脳周辺、サウジアラビア国王やウクライナ大統領らの名前が登場している。

 とりわけ新興国や途上国にはゆゆしきことだ。経済の抜本改革には政治の安定が不可欠だ。その責任を担うべき首脳が資産を海外に逃がし、黙認していたなら、みずから自国の将来を信じていないことになる。

 多国籍企業や富裕層による税逃れへの対応は、各国で深刻な格差問題の面からも重要だ。それを防ぐことで再配分の新たな財源も生まれるだろう。

 経済協力開発機構(OECD)とG20は、多国籍企業の税逃れ防止のため、銀行口座などの情報の自動交換制度を導入する。今回のG20会議は、この制度にすべての関係国が遅れずに加わるよう求めた。パナマなど合意していない国にも強く参加を働きかけ、協調体制を拡大してほしい。

熊本地震拡大 総力戦で広域被害に対処せよ

 地震対策がいかに難しいか。それを思い知らされる被害拡大である。

 熊本県で16日未明、マグニチュード7・3の地震が発生した。1995年の阪神大震災に匹敵する。

 気象庁は、震度7を記録した14日の地震は「前震」で、今回が「本震」との見方を示した。

 その後も強い余震が頻発し、震源域は九州の南西部から北東部にかけて拡大している。これだけ広範囲で大規模な直下型地震が続くことは、極めてまれだ。

 被災地域は、当初の熊本市周辺から大分、福岡両県などに広がった。家屋の下敷きになるなどして、多数の死者・負傷者が出ている。政府は非常災害対策本部会議を開き、安倍首相は「人命が第一だ。事は一刻を争う」と述べた。

 政府は、現地に派遣している自衛隊員を大幅に増員し、2万5000人態勢にすることを決めた。警察官や消防隊員も追加派遣する。適切な対応だ。生き埋めなどになった被災者の生存率は、72時間で大きく下がるとされる。

 政府と自治体は連携して人員配置を進め、救出・救援活動に全力を挙げてもらいたい。道路や鉄道が寸断し、孤立した地域の住民の救助も急がねばならない。

 心配なのは、災害対応の拠点となる役所や医療機関が損壊し、機能を十分に果たせなくなっている地域があることだ。熊本県宇土市役所の本庁舎は、倒壊の危険があるため、市は災害対策本部を駐車場の仮設テントに移している。

 築51年の本庁舎は、耐震診断で震度6強の地震で倒壊の恐れがあると指摘されていたが、対応が遅れていたという。

 熊本市民病院も倒壊の恐れがあるため、入院患者を別の病院に搬送した。負傷した被災者を治療する医療機関が不足している。広域的な協力が欠かせない。

 今回の地震は、活断層の横ずれによるものだ。九州中央部には多数の断層帯があり、一連の地震は、この一帯で発生している。

 断層帯では大きな地震が発生しやすい。活断層が一度動くと、その余震に加え、別の断層でも地震が起きることがある。今回もこのケースに当てはまるだろう。

 地震が九州にとどまらない可能性も指摘されている。九州の断層帯は、四国や紀伊半島を貫く「中央構造線断層帯」に隣接しているためだ。引き続き、広域での厳重な警戒が求められる。

 熊本県・阿蘇山では、小規模な噴火が起きた。火山活動との連動にも注意が必要だ。

日露外相会談 首脳往来の環境を整備したい

 北方領土問題の進展には、ロシアと高いレベルの対話を粘り強く続けることが欠かせない。

 岸田外相が、来日したロシアのラブロフ外相と会談し、5月上旬にロシア南部ソチで日露首脳会談を行う方向で準備を進めることで一致した。

 岸田氏は共同記者会見で、北方領土問題について「双方に受け入れ可能な解決策を作成すべく、交渉に弾みを与える前向きな議論が行えた」と強調した。

 ラブロフ氏は「対話を継続する用意がある」と応じた。昨年9月の外相会談後、領土問題を議題としたことさえ一方的に否定した硬直的な態度と比べれば、柔軟姿勢を示したと言えよう。

 昨年秋以降は、議員交流や高官協議が続いており、日露外交の雰囲気自体は悪くない。

 プーチン大統領も、「米国を中心とする圧力にもかかわらず、日本は(対露)関係を維持しようとしている」と記者団に述べ、安倍首相のソチ訪問を歓迎した。領土問題についても、「いつか妥協できる」と語っている。

 無論、ロシアが領土問題で軟化していると見るのは早計だ。

 ラブロフ氏は来日前、一部メディアに対し、1956年の日ソ共同宣言について「平和条約交渉で領土問題を検討するとは書かれていない」などと主張した。

 4島の帰属問題の解決が条約締結の前提とした2001年のイルクーツク声明など、過去の合意に反しており、容認できない発言だ。声明はプーチン氏自身が署名したことも踏まえるべきである。

 領土問題の解決には、両首脳の強い意志と決断が求められる。

 2人の任期はいずれも18年までだ。安倍首相の訪露後、プーチン氏の来日を実現し、相互往来を重ねる中で、合意の糸口を探ることが重要である。その環境整備を着実かつ戦略的に進めたい。

 留意すべきは先進7か国(G7)の足並みを乱さないことだ。

 ウクライナ情勢を巡ってロシアと対立するオバマ米大統領は、2月の首相との電話会談で、首相の訪露に懸念を伝え、延期を求めた。首相は「ロシアとの平和条約も大事だ。ロシアとの対話を続けねばならない」と反論した。

 首相は今月上旬、ウクライナのポロシェンコ大統領と会談し、経済支援の継続を約束した。

 5月に主要国首脳会議(伊勢志摩サミット)を控え、ウクライナ情勢の改善と日露関係の進展の両立を目指す日本の立場を説明し、米欧の理解を得る必要がある。

2016年4月16日土曜日

再点検が要る直下地震対策

 熊本県で震度7の地震が起き、多くの死傷者が出ている。震源に近い益城(ましき)町などで建物の倒壊が相次ぎ、交通網も寸断された。東日本大震災から5年で激震に襲われ、私たちが地震国に住むことを改めて思い知らされた。

 気象庁は震度6程度の余震に注意を呼び掛けている。余震が続けば、もろくなった建物の倒壊や土砂災害を招く恐れがある。政府は自衛隊や消防などを派遣したが、二次災害に万全の注意を払い救援に総力をあげてもらいたい。

 工場や店舗が被害を受け、操業や営業を中止した企業も多い。企業はサプライチェーン(供給網)を早急に点検して代替手段を確保するなど、経済活動への影響を最小限にくいとめてほしい。

 今回の地震は熊本県中部に延びる「布田川(ふたがわ)・日奈久(ひなぐ)断層帯」がずれたとみられる。活断層はわかっているだけで全国に2千カ所以上あるが、備えがなお不十分であることが浮き彫りになった。

 国の地震調査委員会は3年前、日奈久断層などを「地震発生の確率が高い」と警告していた。その情報は住民にきちんと伝わっていたのか。古い建物の耐震補強を自治体などが支援する仕組みは十分だったのか。検証が要る。

 余震で避難所の天井や照明が落ち、住民が屋外で夜を明かしたところもあった。命を守る避難所がこれでは困る。自治体は安全な場所を避難所に指定したのか。被災地以外でも再点検すべきだ。

 活断層による地震は日本のどこでも起き、とくに西日本では警戒が必要と訴える専門家が多い。

 西日本の太平洋岸の南海トラフでは大地震が約100年ごとに繰り返し起き、次の地震が近づいているとされる。地殻のひずみが増すと内陸の活断層がずれやすくなると考えられ、昭和東南海(1944年)、南海地震(46年)の数十年前から内陸地震が相次いだ。

 耐震補強や安全な避難場所の確保は地震への最低限の備えだ。それを肝に銘じ、徹底したい。

安定成長狙う中国は改革の公約実行を

 中国の経済減速が続いている。2016年1~3月の国内総生産(GDP)は前年同期比6.7%増で、リーマン・ショック後の09年1~3月以来、7年ぶりの低水準だった。中国の変調は世界経済に影響する。中国政府には国有企業の抜本改革など中長期的に成長力を高める対策を求めたい。

 成長を引っ張ってきた工業生産の伸びは供給過剰で鈍っている。頼みの個人消費の勢いにも陰りがある。建設や設備への投資は、住宅購入規制の緩和もあって上向いたものの、既に大都市の住宅市況は過熱気味だ。不動産開発に頼る景気テコ入れには限界がある。

 先に中国政府は今年の成長目標を6.5~7%とし、今後5年間の目標も年6.5%以上とした。中国の李克強首相は「中高速成長」に自信を示したが、そこへの軟着陸には困難が伴うことを浮き彫りにした。

 今後も減速が続けば目標達成に黄色信号がともる。中国政府には危機感があり、景気の腰折れを防ぐ様々なテコ入れ策を打ち始めた。海外で購入した商品を中国内に持ち込む際に課す関税の引き上げもその一環だ。対象は高級腕時計や酒、化粧品など。中国人観光客の「爆買い」に歯止めをかけ、国内での消費を促す狙いがある。

 とはいえ、こうした小手先の施策の効果は限られる。しかも、最も大切な視点が抜け落ちている。中長期的な安定成長を確保するため、中国自身が打ち出した公約を実行していないという問題だ。

 13年11月に開いた経済政策の方向性を示す共産党中央委員会第3回全体会議(3中全会)では、市場メカニズムを重視し、中央政府の管理を減らす構造改革の断行と、その理念に沿った国有企業改革がうたわれた。

 それから2年半。一連の構造改革が停滞しているばかりか、共産党による管理強化と、国有企業の肥大化が目立つ。市場メカニズムを尊重しないが故に、供給過剰の原因だった「ゾンビ企業」の淘汰も遅れた。

 市場志向の改革を期待してきた中国内の経済専門家からは、強い不満が聞かれる。内外の市場との真摯な対話の不足は、海外勢の対中投資姿勢にも影響している。

 今、必要なのは理念に基づく構造改革の継続だ。それが習近平国家主席ら中国指導部が強調する経済の「ニューノーマル」、中長期的な安定成長への道を開く。

震度7の熊本地震 大地の警告に耳すまそう

 上下左右に揺れて崩れる家屋。歩行者らが身をすくめる市街地。激震が襲った現場の恐怖は想像するに余りある。

 東日本大震災を思い起こした人や、稼働中の九州電力川内(せんだい)原発を心配した人も多かったのではないか。

 熊本県熊本地方を震源とする地震が九州を襲った。同県益城町(ましきまち)では最大の揺れを表す「震度7」を観測した。

 熊本城では天守閣の瓦が落ち、石垣が崩れ、国の重要文化財「長塀」が約100メートルにわたって倒れた。

 大震災から5年がたち、東北など被災地を除いて、地震への警戒が少しずつゆるみ始めたように思える昨今だ。

 そこに、当時以来の震度7が今度は九州で観測された。

 日本列島に暮らす以上、どこにいても地震と無縁ではいられない。遠方の災難であっても、「明日は我が身」と考えることが何より重要だ。

 被災地に救援と復旧の手を差し伸べるとともに、大地の警告に耳を傾け、地震への備えを周到に進めよう。

 ■まず救援に全力を

 今回の熊本地震では、昨夕までの集計で9人が亡くなった。そのほとんどは、倒壊した建物の下敷きになったとみられる。

 自衛隊や緊急消防援助隊などが現地入りし、救援活動をしている。二次災害に気をつけながら、まずは被災者の捜索と救助に全力を挙げたい。

 大きな余震が何度も起きているのが今回の特徴だ。

 気象庁は、今後1週間は最大で震度6弱程度の余震の恐れがあるとしている。弱い木造建築なら倒れることもある。土砂崩れが起きる危険もある。住民は当面、単独行動は避け、傷ついた建物や急傾斜地には不用意に近づかないようにしたい。

 一時は4万人以上が避難し、なお多くの人びとが公民館や学校などに身を寄せている。屋外に段ボールなどを敷いて座り込む姿もあった。

 朝晩はまだ冷え込む。雨も心配だ。被災者の体調管理にも十分注意を払ってほしい。

 ■活断層が起こす激震

 気象庁が最大震度を「7」とした1949年以降、震度7を記録したのは今回が4回目だ。

 1995年1月の阪神・淡路大震災(マグニチュード〈M〉7・3)、2004年10月の新潟県中越地震(M6・8)、11年3月の東日本大震災(M9・0)、そして今回の熊本地震(M6・5)だ。

 地震の規模(エネルギー)はMが0・2大きいと約2倍、2大きいと1千倍になる。

 四つのうち、東日本大震災だけが巨大なプレート(岩板)の動きによる海溝型地震で、阪神大震災の約360倍ものエネルギーを一気に放出した。

 残りの三つは、地殻内の断層が起こす活断層型地震だ。海溝型に比べるとエネルギーが小さく、激しく揺れる範囲は限られるが、震源が浅いため、真上付近では大きな被害を出す。

 今回の震源は、国の地震調査委員会がいずれも「主要活断層帯」と位置づける布田川(ふたがわ)断層帯と日奈久(ひなぐ)断層帯にほど近い。

 委員会は両断層帯について、一部が動けばM6・8~7・5程度、全体が一度に動けば7・5~8・2程度の地震を起こす恐れがあるとの予想を公表していた。30年以内に起きる確率も活断層型としては比較的高いとしていた。

 熊本地震は予想より規模が小さかったが、阪神大震災の約16分の1のエネルギーでも震度7を引き起こし、人命が失われることがあることを示した。

 日本列島は至る所に活断層がひしめいている。専門家の間では「東日本大震災を機に日本は地震の活動期に入った」「未知の活断層もある」といった見方もある。活断層帯の近くはもちろん、そうでない地域でも細心の備えをすることが肝要だ。

 ■平時からの備えこそ

 九州は大地震の恐れが低くないのに、警戒がやや薄いと見られてきた。

 益城町の教育委員会は、東日本大震災の半年後に地震学者を講演に招き、最悪M8の直下型地震がありえることや、家屋の耐震化が安全上、最も有効と町民らに訴えていた。だが耐震化は約7割にとどまり、県全体に比べて進んではいなかった。

 東京都は昨年、災害への対処法をまとめた防災ブックを約670万の全世帯に配った。

 身のまわりの事前点検から、「古い建物ではあわてて1階に下りない」などの注意点や、生活再建に役立つポイントなどを例示。過去に重宝した食品包装用ラップを備蓄品リストに加えたり、レジ袋でおむつを作る方法もイラストで示したりと、具体的な内容で評判になった。

 同じ震度7でも被災地域が広いと、救助・救援活動は一気に難しくなる。大きな地震であるほど、平時からの個々の住民と各世帯の備えが対応を左右することも胸に刻んでおきたい。

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