2016年5月31日火曜日

市場機能を傷めぬ株高速取引のルールを

 IT(情報技術)の進歩が株式取引の世界にも押し寄せている。今や世界の主要な株式市場では、1秒間に1000回もの売買をコンピューターが自動発注する取引が主流をなす。日本も例外ではなく、東京証券取引所の売買注文の7割前後を、そうした高速取引が占めるもようだ。

 2016年初めから株価が乱高下する場面が目立つようになり、高速取引が相場変動を大きくしているのではないか、といった指摘も増えた。そこで金融庁は金融審議会の場で、ITを駆使した株式取引への対応を検討し始めた。必要に応じて新たな規制を導入する可能性もあるという。

 市場構造の変化に対応し取引ルールを整備することは必要だ。しかし、株式市場の重要な機能のひとつは自由な取引によって資本を効率的に配分し、経済の活性化に役立つことにある。過剰規制でその機能が損なわれるようなことがあってはならない。

 世界の市場監督当局にとって最大の悩みは高速取引の専門ファンドが急増し、活動の実態がとらえにくくなっていることだ。取引業者が破綻し、市場の動揺が瞬時に世界に広がるシステミック・リスクの懸念もある。

 そうした事態を避けるため、欧州では2018年から高速取引のファンドに登録制を導入し、リスク管理などを義務づけることにした。米国でも同じような登録制が検討されている。

 株式取引のグローバル化を考えれば、日本の市場監督当局が国際的な流れに足並みをそろえるのは自然なことだ。日本の取引ルールが未整備なままでは世界の市場を不安定にさせかねない。

 高速取引のファンドは海外に本拠を置いていることも多い。日本の中だけの対応ではおのずから限界がある。金融庁は米欧当局と情報交換を密にし、世界的な視野で高速取引の実態を把握すべきだ。証券取引所と連携し、不正行為があれば迅速に摘発できる体制を整えなければならない。

 そのうえで、高速取引を大幅に抑えるような規制が本当に必要かどうか、慎重に考えるべきだ。高速取引には市場に流動性を供給する機能があるとの指摘は多い。過剰規制は流動性を低下させ、円滑な株価形成の妨げになる。投資家や企業など広く市場参加者に不利益が及ぶようなことは避けなければならない。

もんじゅの延命にこだわるな

 高速増殖炉もんじゅの開発の進め方を検討していた文部科学省の有識者会合が報告をまとめた。いまは日本原子力研究開発機構が運営しているが、ずさんな安全管理が続き、原子力規制委員会が運営主体の見直しを勧告していた。

 有識者会合の報告は具体的な運営主体を示さず、産業界や学界など外部の専門家が経営に参加するなど、新組織の要件を示すにとどまった。もんじゅの存続を前提とした内容である。

 もんじゅで問われているのは運営主体の問題だけではない。そもそも高速増殖炉は日本にとって必要なのか。長期的な研究開発をどう進め、もんじゅをどう位置づけるかである。残念ながら有識者会合ではそうした議論は聞けなかった。

 報告を受け馳浩文科相は「速やかに新組織を決める」と述べた。いまいちど、もんじゅの存廃まで立ち返って判断すべきだ。その際、他省庁や産業界など幅広い層の意見を聞くことも求めたい。

 高速増殖炉は発電しながらプルトニウムなどを増やすことができ、計画当初は「夢の原子炉」とされた。だがいまは状況が大きく変わり、将来展望を欠いている。

 ひとつは実用化が見通せないことだ。もんじゅは1995年に事故を起こして以降、本格的に稼働していない。炉の冷却にナトリウムを使う技術は難しいうえ、建設費も通常の原発より高くなる。

 電力自由化が進み、電力会社同士の競争が厳しくなるなか、もんじゅの後を継ぐ実用的な炉を誰が建設するかも不透明だ。

 日本は使用済み核燃料から取り出したプルトニウムを国内外で48トン持ち、海外からは核兵器の原料になるとの懸念がある。まずはプルトニウムを通常の原発で燃やす計画が着実に進むよう、政府と電力会社が全力をあげるべきだ。

 フランスなどは高速増殖炉の実用化を急がず、研究開発に地道に取り組んでいる。日本ももんじゅの延命にとらわれず、長期的な研究計画を立て直すときだ。

消費増税の再延期 首相はまたも逃げるのか

 来年4月の予定だった10%への消費増税を2年半先送りし、実施は19年10月とする。

 安倍首相が、政府・与党幹部に増税延期の方針を伝えた。もともと15年10月と決まっていたのを17年4月に延ばしたのに続き、2度目の先送りである。

 なぜ19年10月なのか。

 首相の自民党総裁としての任期は18年秋まで。首相在任中は増税を避けたい。そして19年春~夏に統一地方選と参院選がある。国民に負担増を求める政策は選挙で不利になりかねない。だから選挙後にしよう――。

 そんな見方が、与党内でもささやかれている。

 ■「一体改革」はどこへ

 私たち今を生きる世代は、社会保障財源の相当部分を国債発行という将来世代へのつけ回しに頼っている。その構造が、1千兆円を超えて国の借金が増え続ける財政難を招いている。だから、税収が景気に左右されにくい消費税を増税し、借金返済に充てる分も含めすべて社会保障に回す。これが自民、公明、民主(当時)3党による「税と社会保障の一体改革」だ。

 国民に負担を求める増税を、選挙や政局から切り離しつつ、3党が責任をもって実施する。それが一体改革の意味だった。選挙に絡めて増税を2度も延期しようとする首相の判断は、一体改革の精神をないがしろにすると言われても仕方がない。

 首相は1度目の増税延期を表明した14年11月の記者会見で、次のように語っていた。

 「財政再建の旗を降ろすことは決してない。国際社会で我が国への信頼を確保し、社会保障を次世代に引き渡していく安倍内閣の立場は一切揺らがない」

 「(増税を)再び延期することはないと断言する」

 この国民との約束はどこへ行ったのか。

 ■「リーマン」とは異なる

 首相が繰り返す通り、リーマン・ショック級や東日本大震災並みの経済混乱に見舞われた時は、増税の延期は当然だ。

 足元の景気は確かにさえない。四半期ごとの実質経済成長率は、年率換算でプラスマイナス1%台の一進一退が続く。一方、リーマン直後の成長率はマイナス15%に達した。大震災時の7%を超えるマイナス成長と比べても明らかに異なる。

 それでも消費増税を延期したい首相が、伊勢志摩サミットで持ち出したのが「世界経済が通常の景気循環を超えて危機に陥る大きなリスクに直面している」というストーリーだ。

 アベノミクスは順調だ、だが新興国を中心に海外経済が不安だから増税できない、そう言いたいのだろう。これに対し、独英両国などから異論が出たのは、客観的な経済データを見れば当然のことだ。

 一方、野党は増税延期について「アベノミクスが失敗した証拠だ」と首相に退陣を求める。だがアベノミクスの成否を論じる前に、それが日本経済への処方箋(せん)として誤っていないか、改めて考える必要がある。

 一国の経済の実力を示す指標に「潜在成長率」がある。日本経済のそれはゼロパーセント台にすぎないと政府も認める。

 潜在成長率を高めるには、どんな施策に力を注ぐべきか。

 まず保育や介護など社会保障分野だ。税制と予算による再分配を通じて、支えが必要な人が給付を受けられるようにする。保育士や介護職員の待遇を改善し、サービス提供力を高めていく。負担と給付を通じた充実が、おカネを循環させて雇用を生むことにつながる。

 温暖化対策や省エネ、人工知能開発など、有望な分野への投資を促す規制改革も大切だ。

 ■アベノミクス修正を

 これらの施策は短期間では成果が出にくいから、金融緩和や財政で下支えする。その際に副作用への目配りを怠らない。それが経済運営の王道だろう。

 だがアベノミクスは「第1の矢」の異次元金融緩和で物価上昇への「期待」を高め、それをてこに消費や投資を促そうとしてきた。金融緩和を後押しする「第2の矢」である財政では、大型補正予算の編成など「機動的な運営」を強調する。

 首相はサミットを締めくくる記者会見で「アベノミクスのエンジンをもう一度、最大限ふかしていく」と強調した。

 しかし金融緩和の手段として日本銀行が多額の国債を買い続ける現状は、政府の財政規律をゆるめる危うさがつきまとう。補正予算も公共事業積み増しや消費喚起策が中心では、一時的に景気を支えても財政悪化を招き、将来への不安につながる。

 首相がいまなすべきは金融緩和や財政出動を再び「ふかす」ことではない。アベノミクスの限界と弊害を直視し、軌道修正すること。そして、一体改革という公約を守り、国民の将来不安を減らしていくことだ。

 選挙を前に、国民に痛みを求める政策から逃げることは、一国を率いる政治家としての責任から逃げることに等しい。

消費増税延期へ 「脱デフレ」優先の説明尽くせ

 ◆同日選見送りは妥当な判断だ◆

 重大な政策変更だ。消費増税延期の理由や、修正を迫られる財政健全化の道筋などを国民に丁寧に説明し、理解を得ることが欠かせない。

 安倍首相が、消費増税を2年半延期し、衆参同日選を見送る考えを与党幹部に伝えた。

 麻生副総理兼財務相や自民党の谷垣幹事長らとの協議を経て、公明党の山口代表とも会談した。

 2017年4月の消費税率10%への引き上げは、19年10月まで先送りする。与党は、一連の首相の判断を受け入れる方向だ。

 ◆「リーマン級」に違和感

 景気の回復は足踏みを続けており、デフレ脱却は道半ばである。特に内需の柱の個人消費は、14年4月に実施した前回の消費増税で落ち込んだままだ。

 ここで増税を強行すれば、消費マインドがさらに冷え込む恐れがある。脱デフレによる日本経済再生を掲げる首相が、増税延期を政治決断したのは理解できる。

 気がかりなのは、首相が、世界経済の現状を08年のリーマン・ショック時の状況と比較して、増税先送りの必要性を論じていることだ。

 確かに、世界経済は、中国をはじめとした新興国経済の減速などの下方リスクを抱えている。先進各国が財政出動を含む政策総動員で牽引けんいんする必要がある。先週の主要国首脳会議(伊勢志摩サミット)でも、安倍首相の主導で確認された。

 だが、世界同時不況が心配されるような状況にあるとの見方は少ない。一時急落した原油価格は回復傾向にある。米国も、景気が上向いたとして、追加利上げのタイミングを計り始めている。

 ◆アベノミクスの強化を

 リーマン・ショックを引き合いに出すことには違和感がある。

 首相がこうした見解にこだわるのは、「リーマンや東日本大震災級の出来事がない限り、予定通り増税する」と繰り返してきたためだ。アベノミクスが失敗したとの批判に反論する狙いもあろう。

 アベノミクスが、日銀による金融緩和などで円高・株安を修正し、長く低迷を続けた日本経済を浮揚させたのは事実だ。

 アベノミクスを一層強化し、成長基盤を底上げしようとする政策の方向性は間違っていない。

 安倍政権が目指す「経済の好循環」の実現が遅れている状況や、世界経済の下振れが国内経済に与える影響などについて、率直に語ることが大切だ。

 増税の先送りで生じる時間を有効活用して、今度こそ、消費増税を行える「強い経済」を確かなものにしたい。

 首相は、増税を先送りした場合も、20年度に基礎的財政収支を黒字化する財政健全化目標は堅持する方向だという。高い成長を前提とした現行の計画でも、6・5兆円の赤字が残る。

 10%への引き上げによる増収分で予定されていた社会保障の充実策の財源に、穴が開いてしまうという問題もある。

 ◆なぜ2年半の先送りか

 これらの課題にどう対応するのか。具体策が求められる。

 増税時には、家計の痛税感を和らげるため、食品などへの軽減税率導入が不可欠だ。円滑な導入への準備は怠れない。

 安倍首相は、増税延期の期間を2年半とすることについても、きちんと説明せねばなるまい。

 19年秋には翌年の東京五輪の特需が始まるが、その前の増税には懸念があるのだろう。

 18年9月末には、首相の自民党総裁任期が切れる。さらに、19年春に統一地方選、夏には参院選が予定される。増税時期を19年10月にすることには、これら重要選挙への影響を小さくすることが目的だとの見方がある。

 首相は14年11月、消費増税を17年4月へ延期する是非を問うとして、衆院解散を断行した。

 このため、与党内には、増税を先送りする場合は、衆参同日選に踏み切るべきだとの声もある。

 国政選の機会がなかった前回と異なり、今回は7月に参院選が控える。自公両党は、改選議席の過半数の確保を目指すことで、民意を問うことができよう。

 衆院選には、与党で3分の2の議席を割り込むリスクもある。

 首相が同日選の見送りを決めたのは、妥当な判断と言える。

 民進、共産など野党4党は党首会談で、31日に内閣不信任決議案を提出することを決めた。安全保障法制の制定や「経済失政」を批判し、首相退陣を求めている。

 民進党も増税の2年先送りを主張している。与党は、淡々と不信任決議案を否決すればよい。

2016年5月30日月曜日

魅力ある電力市場を息長く育てよう

 電力小売りが4月に全面自由化されてほぼ2カ月がたった。一般家庭や小規模店舗は電気の購入先を自由に選べるようになり、電気とガスのセット販売など、これまでにない売り方が話題を集める。

 だが小売りに参入した新規事業者への切り替えが期待ほど進まなかったり、地域によって切り替えた家庭の数にばらつきがあったりするなどの課題も見えてきた。

 電力自由化に期待されるのは、多様な事業者による競争を通じて電気料金を抑え、サービスの質を高めることだ。自由化市場を息長く育てるため、その魅力を高める努力を続けていかねばならない。

 20日時点で全国の約95万の家庭や店舗が既存の電力会社から新規事業者に契約先を変えた。対象となる全契約数の1.5%にとどまる。このうち首都圏と関西圏の消費者が8割超を占める。北海道では4万超の家庭や店舗が新規事業者へ変えたが、北陸や中国地方はそれぞれ約2千件にすぎない。

 一方、4月末時点で約135万の家庭や店舗が従来の電力会社からの購入は変えないものの、自由化にあわせて導入した時間帯別などの新メニューに変えた。中国電力の供給区域では7万超の家庭が中国電との新契約に切り替えた。

 政府は電力自由化の目的に消費者の選択肢の拡大を掲げる。新規事業者への切り替え数の伸び率は週を追うごとに鈍りつつある。このままでは失速しかねない。切り替えを阻んでいる理由があるなら、手を打つ必要がある。

 電気は日々の生活を支えるインフラだ。消費者にすれば電力会社を変える不安も小さくないだろう。政府は電力会社を変えても停電の起こりやすさに差はないことなど、自由化への理解を促す活動を粘り強く続けることが大切だ。

 新規事業者が既存の電力会社と料金やサービスを差別化できていないことも、多くの消費者が様子見を続けている理由ではないか。

 売り方やサービスに新規事業者がもっと知恵を絞ることが求められる。そのうえで販売用の電力を調達する卸電力市場を使いやすくするなど、政府が競争を促す環境を整えることが急務である。

 イノベーションを促すきっかけにもしていきたい。IT(情報技術)を使い電力需給の逼迫時に家庭や企業に節電を促し、その分の料金を割り引いたり、節電する能力を売買したりする仕組みの普及を後押しすることも必要だろう。

種子メジャーが起こす再編

 遺伝子組み換え技術に強みを持つ米国のモンサントやデュポン、スイスのシンジェンタは種子メジャーとも呼ばれる。その3社が世界的な再編劇を引き起こしている。増え続ける世界の食糧需要を満たすために、高度な技術が求められているからだ。

 ドイツの医薬・農薬大手のバイエルはモンサントに対し、総額620億ドル(約6兆8千億円)の買収計画を提示した。シンジェンタは中国化工集団の傘下に入ることで合意し、デュポンは米ダウ・ケミカルとの経営統合を決めた。

 70億人を超えて急増する世界人口と途上国の経済発展で食糧需要は拡大を続ける。それを賄うには農業技術の進歩が欠かせない。砂漠化などで農地の拡張は難しく、栽培面積あたりの収量を飛躍的に伸ばす必要があるからだ。

 過去50年間、収量の伸びを支えたのは化学肥料の普及や品種改良だった。今後のけん引役と目されるのが遺伝子組み換え技術だ。

 遺伝子組み換え農産物は2015年時点で世界28カ国で栽培され、作付面積に占める組み換え品種の比率は大豆で8割を超す。組み換え農産物がこれだけ普及した理由は、除草剤散布などの手間や害虫被害を軽減できるからだ。栽培面積あたりの収量増加も期待でき、農家の採算は向上する。

 頻発する異常気象への対抗策として、干ばつなどに強い品種の開発も進んでいる。ただ、研究開発にかかる費用は増大しており、それも再編が相次ぐ要因となった。

 組み換え農産物に対しては日本や欧州を中心に安全性への懸念が強いことも事実だ。消費者の選択肢を確保するために通常の農産物と分別して流通する仕組みや、組み換え農産物の使用を表示する制度は維持する必要がある。農薬とともに自然環境への影響は避けなければならない。

 消費者の不安や環境への影響を防ぎながら、いかに食糧需要を賄うか。日本企業も植物工場などの得意分野を生かし、世界の食糧問題克服に協力してほしい。

参院選比例区 野党は統一名簿を

 民進や共産など野党4党が、7月の参院選で32ある1人区すべてに統一候補を立てる。史上初めてのことだ。

 各党は日米安保や原発再稼働など基本的な政策が違い、これまで互いに議席を争ってきた。そんないきさつを乗り越えて共闘するのは画期的である。

 二つの点で評価する。

 まず3年半続く安倍政治と異なる、もう一つの民意の受け皿を有権者に示すことだ。「安倍1強」に対峙(たいじ)する勢力がひとつにまとまれば、政治に緊張感も生まれるだろう。

 安倍首相はアベノミクスでデフレ脱却をめざす一方で、特定秘密保護法をつくり、歴代内閣の憲法解釈をひっくり返して安保法制も成立させた。ともに反対論を数の力で押し切った。

 そして、この参院選で憲法改正を発議できる3分の2以上の勢力を確保し、いよいよ改憲に取りかかろうとしている。

 こんな首相のやり方に、若者を含む多くの人々が危機感を抱いている。いまも続く「アベ政治を許さない」という市民の声の広がりが、野党の背中を押したのは確かだろう。

 多くの選挙区で候補者を取り下げた共産党の判断も大きかった。民主、維新の合流も足並みをそろえやすくした。

 次に、投票率の向上が期待できることだ。1人区に複数の野党候補が立てば、よほどの風がなければ勝ち目はなかった。勝敗が見えていては有権者の関心も薄れがちだ。12年、14年の衆院選と13年の参院選での自民党の主な勝因は、野党がそれぞれ候補を立てたことだった。

 だから提案する。野党は比例区でも共闘してはどうか。一つの政治団体をつくり、統一名簿に各党の候補者を順不同で並べるのだ。政権への対決姿勢がより鮮明になるのは間違いない。

 慶応大の小林節名誉教授らが提案してきたが、なかなか実現しそうにない。民進党が否定的だからだ。統一名簿は小政党の救済策だろう、衆参同日選になれば衆院選と投票先が違って混乱する、といった理由だ。

 だが、同日選はなさそうだ。

 ほとんどの1人区で候補擁立を見送った共産党が比例区にこだわるのはともかく、野党第1党の民進党こそ共闘の音頭をとってはどうか。

 統一名簿には、分散する野党の票を一つにまとめ、死票を減らすメリットもある。

 与党の「野合」批判にこたえるためにも、統一名簿づくりの目的と選挙後の活動方針を各党で合意し、有権者にはっきり説明しておくことも欠かせない。

旧姓使用拡大 国の成長の道具ですか

 希望すれば、結婚前の姓を住民票やマイナンバーカードに併記できる。そのように政令を改める方針を政府がきめた。国家公務員が旧姓を使える範囲の拡大なども検討するという。

 それ自体に異論はない。だが旧姓の使い勝手をよくすることと、夫婦に同じ姓を名のるのを強制している民法を改めることとは、まったく別の話だ。

 今回の措置が法改正をめぐる議論にブレーキをかける方向に働かないか、注意して見ていく必要がある。夫婦別姓訴訟の判決で最高裁が昨年12月、旧姓使用の広がりを根拠のひとつにあげて合憲の結論を導きだしているだけになおさらだ。

 マイナンバーカードなどへの併記は「女性活躍加速のための重点方針2016」に盛りこまれた。冒頭、次のような政府の問題意識が示されている。

 人口減少社会を迎え、わが国の持続的成長を実現するには、国民皆が能力を発揮できる社会をつくらねばならない。女性は最大の潜在力だ。あらゆる分野で活躍できるよう、参画拡大のとり組みを推進する――。

 つまり、まず国の成長という大きな目標があり、それを達成するために、個人の人格の象徴である氏名を手段として使おうというのだ。逆立ちした発想といわざるを得ない。

 氏名はその人をその人たらしめている大きな要素だ。姓が変わることで、自分らしさを失ったように感じる人がいるのは自然だし、それまで築いてきた評価や信用が断ちきられるという不利益をしばしばもたらす。

 もちろん、好きな人と結婚して同じ姓になることに価値を見いだす人の思いも尊重されなければならない。だから同姓か別姓かを選べるようにする。それが選択的夫婦別姓である。

 今回の政府方針は、同姓の強制が女性活躍の妨げになっているのをはっきり認めている。であれば、マイナンバーカードに旧姓も記載するなどという小手先の対応ではなく、その妨げを正面から取りのぞくことに力を注ぐのが筋ではないか。

 最高裁も先の判決で選択的夫婦別姓にふれ、「合理性がないと断ずるものではない」と述べたうえで、立法府で議論を深めることに期待をにじませた。だが、この通常国会でもそうした場は設けられなかった。議員の存在意義が問われる。

 「すべての女性が輝く社会」を真にめざすのなら、政府も国会も、「国」ではなく「個」の立場にたち、そこから一人ひとりの尊厳を守る施策を練り上げていかなければならない。

もんじゅ報告書 安全担える新組織が不可欠だ

 安全を確保しつつ、高速増殖炉「もんじゅ」を再起動させる。それを担える新組織の具体化を急ぐ必要がある。

 もんじゅの新たな運営主体が備えるべき要件について、文部科学省の検討会が報告書をまとめた。

 現在の運営主体である日本原子力研究開発機構は、複数の原子炉を保有し、タイプの異なる新型炉開発や放射性廃棄物処分など、幅広い研究を手がけている。

 もんじゅも、機構内の研究部門の一つと位置付けられてきた。

 報告書は、研究に比重を置く運営形態が相次ぐトラブルの背景にあると指摘し、「運転・保守管理の適切な実施」を主眼とする実務的体制を構築するよう求めた。

 原子力機構から、もんじゅを切り離すことが狙いだろう。

 原子力規制委員会は、原子力機構にはもんじゅの運営能力がないとして、文科省に新たな運営主体を決めるよう勧告している。

 報告書は、技術力の高度化や継承のほか、核不拡散への貢献、強力な経営体制の整備なども、要件に挙げた。文科省は、これらも十分考慮し、新組織の形態や人員、予算の検討を急ぐべきだ。

 もんじゅは、当初、核燃料サイクルの完成を目指す特殊法人「動力炉・核燃料開発事業団」が開発を担っていた。その後、別の特殊法人と統合された結果、もんじゅの存在は埋没し、運営責任の所在もあいまいになった。

 こうした点を踏まえれば、報告書の方向性は現実的である。

 もんじゅの廃炉を避けるには、現在の技術者を中心に、高速増殖炉の研究開発に特化した法人を新設するしか方策はあるまい。

 運転再開に向けて最優先で取り組むべき課題として、報告書は、現行の保守管理計画の抜本的な見直しを挙げている。

 原子力発電所を構成する膨大な数の部品を、どれほどの頻度で点検し、交換するか。それを定めた保守管理計画は、原発の安全を確保する上での要である。

 現行の保守管理計画は、2008年末に当時の経済産業省原子力安全・保安院の指示により、2か月間で拙速に策定された。他原発で保守管理が強化されたのに合わせ、対応を急がされた結果だ。

 特殊な炉でありながら、一般的な原発と同じ点検項目を採用したことなどが、その後の点検不備につながったことは否めない。

 もんじゅの信頼を回復するには、徹底した保守管理で安全を確保することが最低限の条件だ。

特殊詐欺対策 多様な手口に自衛強めたい

 特殊詐欺の手口は、多様化かつ巧妙化する一方だ。市民に対する一層の注意喚起が不可欠だ。

 警察庁によると、今年1~3月の特殊詐欺の被害額は約93億円で、昨年の同じ時期に比べて20%近く減少した。

 6年ぶりに増加に歯止めがかかった昨年からの減少傾向が続いている。それでも、毎日1億円以上の被害が出ている現状が深刻であることに変わりはない。

 昨年は、「架空請求詐欺」の被害が186億円と最も多かった。老人ホームの入居権や株購入権が当たったと告げて名義貸しを持ちかけた後、「違法だ」と難詰して金を要求するといった手口だ。

 「オレオレ詐欺」も173億円に上っている。

 このところ急増しているのが電子マネーを巡る被害だ。アダルトサイト利用料などの名目でプリペイド式電子マネーを購入させ、ID番号を聞き出して、額面分の電子マネーを詐取するものだ。

 警戒の目を欺く手口は、ますます巧妙になっている。被害者に喪服を着用して金融機関に出向くよう指示し、葬儀代を装って金を引き出させる。新車購入に見せかけるため、車のカタログを持参させたケースもある。

 インターネット回線を使うIP電話の悪用も多い。レンタル契約時に本人確認が不要なためだ。

 警察と関係機関が連絡を密にして、新たな手口への対策を強化する必要がある。市民に積極的に情報を公開し、自衛を求めていくことも大切である。

 被害が地方都市へと拡散していることにも警戒を要する。首都圏の昨年の被害額は、前年より20~30%減った一方で、西日本では被害が増えた府県が目立つ。岡山県では9割近くも増えた。

 取り締まりが厳しい首都圏を避け、犯行組織が地方へと軸足を移しているとの分析もある。全国の警察が連携し、漏れのない捜査体制を築くことが肝要である。

 被害防止の観点で注目されるのが、「コールセンター事業」だ。犯行拠点から押収された名簿を基に、警察から委託された業者が市民に電話で注意を呼びかける。

 昨年度には18都県が実施し、埼玉県では172件の被害を未然に防いだという。取り組みをさらに拡大させていきたい。

 改正通信傍受法が今国会で成立し、組織的詐欺の捜査でも通信傍受が可能になった。末端の現金受け渡し役から主犯格まで役割分担された犯罪組織の壊滅へ、新たな武器を効果的に活用したい。

2016年5月29日日曜日

世界の安定へ重くなるG7の役割

 中国やインドといった新興国が台頭し、日米欧が主導してきた世界の力学が大きく変わろうとしている。国際ルールをどう定め、新たな秩序を打ち立てていくのか。日本で開いた主要国首脳会議(伊勢志摩サミット)が浮き彫りにした課題である。主要7カ国(G7)の役割はさらに重くなる。

 G7は日米、英国、ドイツ、フランス、イタリア、カナダでつくる枠組みだ。1980年代には世界の国内総生産(GDP)の約7割を占めていたが、いまは5割を切った。国力だけでみれば、影響力は弱まらざるを得ない。

低成長の克服に責務

 だが、G7が果たすべき役割はむしろ、重くなっている。各国が信奉している市場経済の原則と民主主義の価値がいま、厳しい挑戦にさらされているからだ。G7は結束し、これらを守っていかなければならない。

 議長をつとめた安倍晋三首相は世界経済を最重要の議題にした。 中国の成長が鈍り、原油安で資源国が打撃をうけるなど、高い成長を続けた新興国が振るわない。

 首脳宣言は「世界経済の下方リスクが高まってきている」という考えを共有した。金融政策、財政政策、構造改革の「3本の矢」を合わせて「持続可能で均衡ある成長を速やかに達成する」という方針を打ち出した。低成長の克服へ結束を確認したのは意義がある。

 問題は各国の実行である。中央銀行が続ける大胆な金融緩和には限界もみえる。次は政府の番だ。

 日本の責任はとくに重い。日本の経済成長率は主要国で最も低い。政府の借金は逆に突出して多く財政健全化にも目配りがいる。まず雇用などの構造改革を強力に進め、潜在成長率が0%台にとどまる経済の底力を上げるべきだ。

 安倍首相は新興国経済や資源価格の動きが2008年のリーマン・ショック前に似ていると説明した。未曽有の金融危機と現状を同列視するのは無理があり、財政出動、そして消費税増税の延期に向けた理論武装とみられても仕方がない。財政出動は成長に資するかどうかの見極めが必須であり、増税延期も将来不安の解消にはつながらないことを意識すべきだ。

 首脳宣言は日本と欧州連合(EU)、米国とEUの間で進む大型の通商協定交渉でともに年内の合意を目指す方針を確認した。中国を念頭に鉄鋼の過剰生産能力の問題にも警鐘を鳴らした。

 主要国の成長が鈍り、生活の向上を実感できない人が中間層でも増えている。反グローバリズムやポピュリズムの台頭に対抗し、自由な貿易を堅持する意志をG7が確認したのは重要だ。

 租税回避地(タックスヘイブン)にあるペーパーカンパニーの所有者を特定するなど課税逃れの対策も進める。世界経済が抱える課題は刻々と変化している。G7は一般の人々の目線に立ち、刻々と変化する世界経済の課題を解決する先頭走者になる必要がある。

 政治面では、緊急の課題であるテロや難民問題で協調をうたったが、難しい宿題が持ち越しになった。強硬な振る舞いを続けるロシアと中国にどう向き合い、責任ある行動を引き出していくかという問題だ。

 ロシアによるウクライナのクリミア編入を許さず、制裁を続けることでは一致した。ウクライナの停戦を定めたミンスク合意を履行しないかぎり、制裁の緩和に応じない方針も申し合わせた。

中ロへの対応で結束を

 だが、これらの合意だけでは十分とはいえない。ロシアは欧州や中東、そしてアジアでも軍による演習や偵察を増やし、ときには強引に、大国としての影響力を広げようとしている。

 問題の核心は、そうしたロシアを率いるプーチン大統領にどう対応し、国際ルールに従わせるかだ。今回のサミットでは強硬な米国と、プーチン氏との対話を唱える日欧の溝は埋まらなかった。

 中国が南シナ海に人工島をつくり、軍事拠点を設けようとしている問題もサミットの焦点だった。首脳宣言では東シナ海と南シナ海の現状に懸念を示し、紛争の平和解決などを求める文言が入った。

 ただ、昨年に続き、今年も中国を名指しすることは避けるなど、一定の対中配慮ものぞいた。この問題では中国の軍拡に直接さらされる日米と、地理的に離れた欧州の認識に違いがある。この溝を埋める努力を続けてほしい。

 いくら正しい主張をかかげても、内部の足並みが乱れていたら、G7が世界に影響力を振るうことはできない。もう一度、結束のタガを締め直してもらいたい。

首相と消費税 世界経済は危機前夜か

 世界経済はいま、多くの国がマイナス成長に転落したリーマン・ショックのような危機に陥りかねない状況なのか。

 主要7カ国(G7)首脳会議(伊勢志摩サミット)で議長を務めた安倍晋三首相はそのリスクを強調し、G7による「危機対応」を強く求めた。だがその認識は誤りと言うしかない。サミットでの経済議論を大きくゆがめてしまったのではないか。

 首相は、来年4月に予定される10%への消費増税の再延期を決断したいようだ。ただ単に表明するのでは野党から「アベノミクスの失敗」と攻撃される。そこで世界経済は危機前夜であり、海外要因でやむなく延期するのだという理由付けがしたかったのだろう。

 首相がサミットで首脳らに配った資料はその道具だった。たとえば最近の原油や穀物などの商品価格がリーマン危機時と同じ55%下落したことを強調するグラフがある。世界の需要が一気に消失したリーマン時と、米シェール革命など原油の劇的な供給増加が背景にある最近の動きは、構造が決定的に違う。

 足もとでは原油価格は上昇に転じている。リーマン危機の震源となった米国経済はいまは堅調で、米当局は金融引き締めを進めている。危機前夜と言うのはまったく説得力に欠ける。

 だから会議でメルケル独首相から「危機とまで言うのはいかがなものか」と反論があったのは当然だ。他の首脳からも危機を強調する意見はなかった。

 にもかかわらず、安倍首相はサミット後の会見で「リーマン・ショック以来の落ち込み」との説明を連発した。そして「世界経済が通常の景気循環を超えて危機に陥る大きなリスクに直面している」ことでG7が認識を共有したと述べた。これは、「世界経済の回復は継続しているが、成長は緩やかでばらつきがある」との基本認識を示した首脳宣言を逸脱している。

 首相は会見で消費増税について「是非も含めて検討」とし、近く再延期を表明することを示唆した。サミットをそれに利用したと受け止めざるを得ない。

 財政出動や消費増税先送りは一時的に景気を支える効果はある。ただ先進国が直面する「長期停滞」はそれだけで解決できる問題ではない。地道に経済の体力を蓄えることが必要で、むしろ低成長下でも社会保障を維持できる財政の安定が重要だ。

 消費増税の再延期は経済政策の方向を誤ることになりかねない。しかも、それにサミットを利用したことで、日本がG7内での信認を失うことを恐れる。

ストーカー 警察相談なぜ生かせぬ

 特定の相手につきまとうストーカーによる悲劇が、また起きた。警察への事前の相談が今回も生かされなかった。

 東京都小金井市で冨田真由さん(20)が、自らの公演に向かう途中に襲われて1週間たつ。次第に判明した事実は、警察の対応のまずさを示している。

 事件の2週間前に武蔵野市の警察署へ相談に行き、容疑者の男の名前や住所、ツイッターへの執拗(しつよう)な書き込みを訴え、2日前に公演の情報も告げていた。

 にもかかわらず警視庁はストーカー事案とみていなかった。一般的な相談として扱い、公演の場所も緊急対応用システムに入力していなかった。

 おそらくはそうとも知らず、事件時に110番をかけて助けを求めた冨田さんの無念さは、いかばかりか。いまも意識不明のままであり、快復を祈らずにいられない。

 3年前、女子高生が刺殺された三鷹ストーカー事件で、当時の警視総監はこう謝った。「警視庁を頼って相談に来られた方の尊い命を救うことができなかったことは痛恨の極みです」

 この時も、事前の相談を犯行の防止につなげられなかった。警視庁の責任は重い。

 全国の警察に寄せられるストーカー相談は、昨年で約2万2千件にのぼる。

 三鷹事件後、ストーカー相談はすべて、各都道府県警本部の専門チームに上げるように警察庁は仕組みを改めた。チェック票で危険性を判断し、加害者が過去に似た行為をしていないか確認するよう全国に通知した。

 しかし今回のように、警察の判断で入り口から違う扱いのレールに乗せられてしまえば、対応の改善策も意味がない。

 警視庁は3年前、別の女性からも同じ男についての相談を受けていたが、男の氏名を情報共有システムに記録するのを忘れていた。

 冨田さんの相談を受けた署は、ツイッターの内容から、ただちに身に危険が及ぶ可能性は低いと判断したという。男のものとみられるブログに「死ね死ね」などの書き込みがあることは事件後まで気づかなかった。

 「この種の事案は急展開して重大事件に発展するおそれが高く、相談者の身体に危険が迫っているおそれがあることを常に念頭に置く必要がある」。3年前の警視総監の言葉を、警察はもう一度かみしめてほしい。

 ツイッターやLINEなど、つきまといの手段は多様化しており、効果的な対応が必要だ。警察は一連の対応を検証し、問題点を真剣に洗い出すべきだ。

G7首脳宣言 世界経済のリスクを回避せよ

 ◆海洋秩序維持へ連携強化したい◆

 世界が直面する様々な危機を克服するため、国際社会の先頭に立つ。先進7か国(G7)がその覚悟と解決への道筋を宣言したと評価できる。着実な履行が求められよう。

 三重県で開かれていた主要国首脳会議(伊勢志摩サミット)は、不透明感を増す世界経済やテロの脅威などへの対応を盛り込んだ首脳宣言を採択し、閉幕した。

 世界経済の見通しについて「下方リスクが高まってきている」との認識を示した。危機を回避するため、G7が「適時に全ての政策対応を行う」と明記した。

 ◆需要不足補う財政戦略

 2008年のリーマン・ショック後の世界経済を支えた新興国の成長が大きく減速している。

 安倍首相は閉幕後の記者会見で「今こそG7が責任を果たさなければならない」と強調した。成長の牽引けんいん役を引き受ける決意を示したと言えよう。

 宣言は、金融緩和、財政出動、構造改革をG7版の「3本の矢」とし、必要に応じて各国が政策を実行する方針を掲げた。

 「弱い需要と構造的な問題」が成長の重しだと指摘し、需要不足を補うため、機動的な財政戦略での協力を盛り込んだ。

 財政出動に積極的な日米と、慎重な独英との間で、一定の認識共有が図られた意義は小さくない。リスク回避に万全を期したい。

 首相は会議で、08年7月の北海道洞爺湖サミット直後にリーマン・ショックが起きたことに触れ、「政策対応を誤ると危機に陥るリスクがある」と述べた。早めに手を打つ必要性を訴えた。

 ◆課税逃れ対策の促進も

 首相は17年4月の消費増税を延期する意向だ。世界経済のリスクを回避する上でも財政出動が必要だと強調するとともに、「アベノミクスの失敗」という野党の批判をかわす狙いがあるのだろう。

 首脳宣言は「パナマ文書」で注目された課税逃れ問題に関し、国際的な対策の促進を盛り込んだ。中国の鉄鋼の過剰生産を念頭に、市場経済をゆがめる政府補助金への懸念も表明した。

 経済のグローバル化が進み、国際ルールに則のっとった税制や貿易体制を整える重要性は増している。G7は議論を主導すべきだ。

 安倍首相は政治討議で、中国による強引な海洋進出の問題を取り上げた。地理的に遠い欧州各国の首脳も認識を共有し、名指しを避けながらも、東・南シナ海の状況への「懸念」を首脳宣言に明記できたことは成果である。

 宣言は、紛争の平和的解決に向けて「仲裁を含む法的手続き」の重要性に言及した。フィリピンは、南シナ海での中国の領有権主張を巡ってオランダ・ハーグの仲裁裁判所に提訴している。

 裁判所の判断受け入れを拒む中国への牽制効果が期待できる。

 安倍首相は、アジア、アフリカなど7か国の首脳を交えた拡大会合で「世界経済の発展には、シーレーン(海上交通路)の安全確保が死活的に重要だ」と訴えた。

 あらゆる機会を通じて、国際法に基づいて海洋秩序を維持する必要性について、国際社会の理解を広げることが欠かせない。

 ウクライナ情勢に関して首脳宣言は、昨年2月の停戦合意を履行するよう全当事者に改めて求めた。

 ロシアは一昨年、ウクライナ南部クリミアを一方的に併合した。力による現状変更は容認できない。

 ◆ロシアとも協調模索を

 ウクライナ東部の親露派武装集団に合意を守らせるには、ロシアの前向きな関与が不可欠だ。

 G7は足並みをそろえ、ロシアに建設的な役割を果たすよう促すことが大切である。

 過激派組織「イスラム国」などのテロに対処する「行動計画」を策定したことも意義深い。

 航空便の乗客予約記録などを共有し、国際連携を強化する。テロ組織は、インターネットを悪用して過激思想を広めている。巧妙な手口に対処するには、ネット関連企業などとの連携が必要だ。

 首脳宣言は、北朝鮮の核実験と弾道ミサイル発射を非難し、挑発を繰り返さないよう要求した。

 国連安全保障理事会の制裁決議の厳格な履行に向け、G7は主体的に取り組まねばならない。

 新興国を含む主要20か国・地域(G20)の枠組みは各国の主張の隔たりが大きく、有効な合意を得にくい。中国の王毅外相は、G20こそが「時代の潮流に合致している」と語ったが、牽強付会だ。

 法の支配、自由など価値観を共有するG7は、国際秩序維持により強い指導力を発揮したい。

2016年5月28日土曜日

日米和解をアジア安定に生かそう

 日本に原爆が落とされてから70年以上の歳月が流れた。この長さに比べれば、時間的にはほんの一瞬のできごとだった。しかし、日米にとってはもちろん、世界にとっても極めて大きな意義をもつ訪問である。

 オバマ氏が現職の米大統領として初めて広島を訪れた。長崎も含めた第2次世界大戦のすべての犠牲者を追悼するとともに、核廃絶への決意を訴えた。被爆者とことばを交わす機会もあった。


広島訪問の歴史的意味

 米国内の世論に配慮し、オバマ氏は原爆投下への謝罪は避けた。それでも、この訪問には2つの歴史的な意味がある。

 ひとつは、かつて敵国として戦った負の歴史を乗り越え、日米が和解をさらに深める足がかりになることだ。

 日本人のなかには、すでに日米の和解は終わっていると感じる人が少なくないかもしれない。日米は緊密な同盟国であり、各種の世論調査でも、両国民は互いに親しみを抱いているからだ。

 確かに、日米は長年の協力や交流を通じ、旧敵国とは思えないほど太いきずなで結ばれている。2011年の東日本大震災で、米軍が「トモダチ作戦」と称して日本のために空前の支援を展開したことは記憶に新しい。

 しかし、そんな日米も、先の大戦の「傷口」が完全に癒やされたとはいえない。原爆投下をめぐる問題は、そのひとつである。

 日本にはなお、被爆の後遺症やトラウマに苦しむ人たちがいる。一方、米国内ではいまだに「原爆投下によって戦争を早く終わらせることができ、多くの人命を救った」という肯定論がある。

 大統領による1回の訪問でこれらの溝が埋まり、被爆者が苦しみから解放されるわけではない。それでも、日米に刺さったままになっていたトゲがまたひとつ、抜けたとはいえるだろう。

 広島や長崎の被爆とは別の意味で、沖縄に米軍基地が集中している現状も、第2次世界大戦から米国による日本占領、そして米ソ冷戦へと続いた負の歴史と無縁ではない。最近も米軍関係者による残虐な犯罪が再び沖縄で発覚し、県民の強い怒りを招いている。

 沖縄の米軍は、日本やアジアの安全を保つうえで欠くことのできない役割を果たしている。だからこそ、日米両政府は米兵や米軍関係者の犯罪をなくすとともに、地元の基地負担を減らす努力を急がなければならない。

 25日の日米首脳会談で、オバマ氏は犯罪の再発防止策の徹底を約束した。決して空手形に終わらせてはならない。

 和解に取り組む日米の姿は、アジアの他の国々もじっと見守っている。「原爆を落とされたのに、なぜ日本人は米国と仲良くなり同盟まで組めるのか」。中国の政府当局者から、こんな質問を受けたことがある。

 大戦で正面からぶつかった日米が和解を進め友情をさらに深められるなら、同じことは日本とアジア諸国にもできるはずだ。オバマ氏の広島訪問は、そんなメッセージも放っている。

 日中、日韓はいまだに歴史問題で対立し、ぎくしゃくした関係から抜け出せないでいる。過去を克服し、未来志向の関係を築くきっかけにしたい。


核なき世界今こそ前へ

 広島訪問のもうひとつの意味は、オバマ氏が09年に唱えた「核兵器なき世界」の目標に、世界の注目があらためて集まる契機になることだ。

 残念ながら世界はいま、理想とは逆の方向に進んでいる。北朝鮮は制裁を受けても核武装をあきらめようとしない。中国も核軍拡を進めている。米ロの対立から、両大国による核軍縮交渉も足踏みしたままだ。

 オバマ氏が広島を訪れたからといって、この流れがすぐに変わるとは思えない。だが、最大の核保有国のひとつである米国の指導者が核廃絶の旗印をもう一度高くかかげた意義は、大きい。

 日本は唯一の被爆国として核廃絶を訴える一方で、米国の核戦力によって守られているという矛盾した顔をもつ。核保有国に囲まれた現状では、ただちに米国の「核の傘」をなくすことはできないにせよ、核軍縮の流れを主導する責任が日本にはある。

 米大統領選では、日米同盟の現状に疑問を投げかけ、日韓の核武装を認めることすらも示唆するトランプ氏が、共和党候補の座を固めた。孤立主義の誘惑に負けず、ともに世界に関与していく。日米はこの決意を新たにしたい。

米大統領の広島訪問 核なき世界への転換点に

 米国のオバマ大統領が広島を訪れた。太平洋戦争末期、米軍が広島と長崎に原爆を投下して今年で71年。現職大統領で初めて、被爆地に足跡を刻んだ。

 オバマ氏は平和記念公園の原爆死没者慰霊碑に花を捧げ、黙祷(もくとう)した。かつてキノコ雲に覆われた地で、当事国の首脳が惨禍に思いを寄せたことは、核時代の歴史の一章として特筆されるだろう。

 オバマ氏は演説で「わが国のような核保有国も、核のない世界を追い求めなければならない」と努力を誓った。

 世界には推定1万5千発超の核兵器があふれる。「核兵器のない世界」ははるかに遠い。

 核軍縮の機運を再び高めるべく、オバマ氏が被爆地で決意を新たにしたことを評価したい。

 これを一時の光明に終わらせてはならない。核なき世界に向けた時代の転換点にできるか。米国と日本の行動が問われる。

 ■非人道性胸に刻んで

 「亡くなった人たちは、私たちと変わらないのです」とオバマ氏は述べた。いまの日米の人々と変わらない、71年前のふつうの人間の暮らしが1発の爆弾で地獄絵図に変わった。それが、被爆地が世界に知ってほしいと願う核の非人道性である。

 広島、長崎で勤労動員されていた子たち、朝鮮半島やアジア各地から来ていた人々、捕虜の米軍人らも命を奪われた。被爆者は、放射線による後遺症の恐怖を終生負わされた。

 「安らかに眠って下さい 過ちは繰返(くりかえ)しませぬから」。オバマ氏が見た慰霊碑の碑文は、被爆地の唯一無二の願いである。

 広島滞在は1時間ほどだった。被爆者代表との会話も短時間だった。それでも、被爆地の願いはオバマ氏の胸に響いたと信じたい。この地球で核を再び使わせないために何をすべきか。改めて考えてほしい。

 核兵器の非人道性は世界のすべての人が直視すべきものだ。広島、長崎はその原点を確かめられる地である。とりわけ核を持つ国、核に頼る国の政治家たちにぜひ訪問してもらいたい。

 ■真の和解なお遠く

 「戦争そのものへの考え方を変えなければいけない」。オバマ氏は、原爆投下に至った戦争の非を強調し、外交で紛争を解決する大切さを力説した。任期を通じて、イラクとアフガニスタンでの戦争終結をめざした大統領の信念がにじんでいた。

 一方で、原爆を投下した責任に触れる表現は一切なかった。

 米国では「戦争を早く終わらせ、多くの人命を救った」として、原爆投下は正当と考える人が多い。そうした様々な世論に慎重に配慮したのだろう。

 ただ、被爆者の間では「謝罪はせずとも、核兵器を使ったのは誤りだったと認めてほしい」との意見が多かった。オバマ氏がこの点に踏み込まなかったことには失望の声も上がった。

 「歴史のトゲ」を抜く難しさが改めて浮かんだといえよう。

 オバマ氏は、戦争を経た日米両国の友好関係を強調した。だが、真の和解は、相互の心情を理解し、歩み寄る努力の先にしかない。今回の広島訪問は、重い一歩ではあっても、まだスタートだととらえるべきだ。

 問われるのは日本も同じだ。

 アジアでは、原爆は日本の侵略に対する「当然の報い」と考える人が多い。オバマ氏の広島訪問にも「日本の加害責任を覆い隠すものだ」といった批判が韓国や中国で相次いだ。

 戦禍を被った国々と真摯(しんし)に向き合い、戦地での慰霊といった交流の努力を重ねる。日本がアジアの人々の心からの信頼を得るには、その道しかない。

 ■核依存から脱却を

 09年のプラハ演説で「核兵器のない世界」を唱えたオバマ氏は、その熱意が衰えていないことを広島で印象づけたが、具体策は示さなかった。

 この7年間で、核廃絶への道は険しさを増している。

 ウクライナ問題などを機に米国とロシアの対立が深まり、核軍縮交渉は滞っている。北朝鮮は核実験を繰り返し、「核保有国」と宣言した。中国は、核戦力を急速に増強している。

 核を持つ国々に共通するのは、核の威力に依存し、安全を保とうとする考え方だ。米国と、その「核の傘」の下にある日本もまた、そうである。

 非核保有国の間では、核兵器を条約で禁止すべきだとの主張が勢いを増し、今年は国連で作業部会が2回開かれた。だが米国をはじめ核保有国は参加を拒んだ。日本は参加したものの、条約には否定的な姿勢を貫く。

 だが、核保有国と同盟国が核依存から抜け出さない限り、核のない世界は近づかない。

 核兵器に頼らない安全保障体制をどうつくるか。日米両国で、核の役割を下げる協議を進めていくべきだ。核大国と被爆国が具体的な道筋を示せば、訴求力は計り知れない。

 そうした行動につなげてこそ、今回の広島訪問は、未来を切り開く大きな意義を持つ。

オバマ氏広島に 「核なき世界」追求する再起点

 ◆日米の和解と同盟深化を示した◆

 「核兵器のない世界」という崇高な理想に向けて、現実的な歩みを着実に進める。そのための重要な再起点としたい。

 オバマ米大統領と安倍首相が広島市の平和記念公園を訪れ、様々な遺品などが展示されている平和記念資料館に入った。その後、原爆死没者慰霊碑に献花し、犠牲者を追悼した。

 唯一の原爆使用国と被爆国の両首脳が並んで平和を誓った意義は大きい。現職米大統領の歴史的な被爆地訪問を評価したい。

 ◆惨禍を繰り返させない

 オバマ氏は声明を発表し、核廃絶への決意を示すとともに、「我々は、歴史を直視し、このような苦しみが再び起きることを阻止するため、何をすべきかを問う共同の責任がある」と語った。

 原爆投下は、広島と長崎で計20万人を超す無辜むこの市民の命を奪った。今なお、多くの人々が後遺症などに苦しむ。オバマ氏は、投下の是非に関する見解や、謝罪には言及しなかった。だが、核兵器の非人道性と戦争の悲惨さを十分に踏まえた対応と言えよう。

 オバマ氏は、「米国のような核保有国は、恐怖の論理から抜け出し、核兵器のない世界を追求する勇気を持たなくてはならない」と強調した。

 「核のない世界」を提唱した2009年のプラハ演説を踏まえ、核軍縮・不拡散の取り組みを再び強める決意を表明したものだ。

 安倍首相は、「世界中のどこであろうとも、このような悲惨な経験を決して繰り返させてはならない」と同調した。

 多くの被爆者は、惨禍を二度と繰り返さないとの思いが全世界に共有されることを切実に願っている。日本原水爆被害者団体協議会の坪井直代表委員は、オバマ氏の手を握り、来年1月の退任後に広島を再訪するよう要請した。

 オバマ氏には、広島で体験し、感じたことを、国際社会に向けて発信し続けてもらいたい。

 ◆現実的な軍縮交渉を

 日本側は今回、謝罪を求めなかったが、原爆投下という非人道的行為を容認したわけではない。

 米国では今も、「戦争終結を早め、米兵の犠牲者を減らした」として、核兵器によって一般市民を無差別に殺害したことを正当化する意見が多数派を占める。

 戦後71年を経る中、こうした一方的な論理に対する支持は徐々に減少し、若年層を中心に、原爆投下を疑問視する考え方が拡大している。この世論の変化をさらに後押しする努力が欠かせない。

 核保有国による核軍縮交渉は近年、足踏みしている。

 世界の核兵器計1万5000発超の9割を保有する米露両国は2010年、戦略核の配備数を各1550発に減らす新条約に調印した後、協議は進んでいない。ロシアのクリミア併合などを巡る根深い米露対立が影を落とす。

 中国は核戦力を増強し、核実験を4回強行した北朝鮮も「核保有国」を自称する。核拡散の脅威はテロ組織にも広がりつつある。

 米国の「核の傘」は、日本など同盟国の抑止力として有効に機能している。核兵器の備蓄や使用をいきなり禁止するのは、各国の安全保障を無視する議論だ。

 安保環境に配慮しつつ、核軍縮を段階的に進めることが現実的なアプローチである。

 まず米露が関係を改善し、中国を交渉に巻き込むことが肝要だ。日本は、被爆国として、核保有国と非保有国の対立を緩和する橋渡し役を粘り強く務めたい。

 オバマ氏の広島訪問は、昨年の安倍首相の米議会演説に続き、戦火を交えた日米両国の和解と同盟関係の深化の象徴でもある。

 オバマ氏は「米国と日本は、同盟だけでなく友情も築いた。戦争で得られるものよりも、ずっと多くのものを得た」と指摘した。

 ◆基地負担軽減を着実に

 日米同盟は、東西冷戦中も冷戦終焉しゅうえん後も、アジアの平和と繁栄に貢献する「国際公共財」と認知されてきた。今後も、韓国や豪州と連携し、政治、経済両面で主導的な役割を果たすことが重要だ。

 25日の日米首脳会談では、沖縄の米軍属による女性死体遺棄事件に安倍首相が抗議し、オバマ氏が「深い遺憾の意」を表明した。

 両首脳が事件を重視するのは、言語道断の犯罪の影響が深刻だという厳しい認識からだろう。

 米軍の安定した駐留には周辺住民の理解が欠かせない。日米両国は、実効性ある米軍の犯罪防止策に取り組まねばなるまい。普天間飛行場の移設など米軍基地の整理縮小や、日米地位協定の運用改善を確実に進めることも大切だ。

2016年5月27日金曜日

自動車燃費への信頼を取り戻すために

 車の燃費に対する信頼が揺らいでいる。引き金は三菱自動車による軽自動車の燃費の水増しだ。ライバル企業と比べて技術面で劣勢な同社開発陣が実験データを不正に操作することで、実態以上に燃費をより良く見せかけていた。

 続いてスズキでも不正が発覚した。燃費算定に必要な「走行抵抗値」を測る際に、実車を走らせて算出するという法令に従わず、部品ごとの抵抗値を測り、それで代替する安易な方法で済ませていた。スズキは「性能水増しの意図はなかった」というが、法令違反に変わりはなく、猛省が要る。

 両社に求められるのは不正の全容解明と再発防止策の導入だ。所管する国土交通省は他社についても不正の有無を確認すべきだ。

 仮にこうした不正がなかったとしても、車の燃費をめぐる消費者の不信感はもともと大きい。

 「カタログに載っている公定燃費は過大表示ではないか」「実際に車を走らせた時の実燃費はカタログ値の半分ほどしかない」。国民生活センターなどにはこんな苦情が数多く寄せられている。

 日本の現在の燃費基準は、国交省と経済産業省の共管で導入された「JC08モード」という方式だ。これはエアコンやカーナビゲーション、照明などをすべて消した状態で燃費を測るので、実際の走行時よりも、かなり良い数字が出ることが多い。

 一方、米国では「エアコンをつけた状態」や「寒冷地での走行」など複数の走行状態ごとにガソリン消費量を測り、それらを総合して燃費をはじき出す。

 その結果は日米で大きく異なっている。例えばトヨタ自動車の新型「プリウス」の燃費は日本基準ではガソリンリッターあたり40.8キロメートルに達するが、米国基準では同24キロメートルにとどまる。

 一般のドライバーから報告を集めて車種別のリアル燃費を調べるネットサイトの「e燃費」によると、プリウスの平均燃費は同20キロメートル台半ばで、米国基準のほうが乗り手の実感に近い。他の多くの車種も同様の傾向にある。

 政府は2年後に新たな燃費基準の導入を計画している。米国方式も参考にしつつ、実態に近い計測方法を工夫すべきだ。自動車業界も燃費性能の数値上の悪化に抵抗はあるかもしれないが、消費者目線を重視する必要がある。三菱自とスズキの不正を燃費に対する信頼を取り戻す契機にしたい。

対策法踏まえ憎悪表現なくせ

 特定の民族などへの差別をあおる行為をなくせるか。ヘイトスピーチ(憎悪表現)対策法が成立した。罰則を設けなかったため、効果を疑問視する声もあるが、対策の土台ができたという意味で一歩前進である。大事なのは「ヘイトスピーチは許さない」という国民的な雰囲気をつくることだ。

 排外的な主張を唱える団体がコリアンタウンのような場所に乗り込み、「日本から出て行け」とシュプレヒコールを繰り返す。ここ数年、こうした現象が全国で起きている。在日韓国・朝鮮人への根強い差別感情に加え、韓国などとの外交摩擦が要因とみられる。

 どんな理由があろうと、民族や人種の違いによる差別はあってはならない。標的にされている人々の多くは、何世代も日本で平穏に暮らしてきた。欧米のように急増する移民とのトラブルが社会問題になっているわけでもない。

 対策法はヘイトスピーチをやめるように広く呼びかける内容だ。国や地方自治体がするのは人権教育の充実などの啓発活動や、被害者の相談窓口の整備にとどまり、街宣車での連呼などを違法行為として取り締まることはしない。手ぬるいとの見方もある。

 だが、力ずくで抑え込もうとすれば、今度は言論の自由が損なわれかねない。施行してみて効果がなければ再考すればよい。

 保護する対象は「適法に居住する日本以外の出身者とその子孫」である。野党は範囲をもっと広げるべきだと主張したが、対象が不明確だと啓発活動がしにくい。

 日本人同士の差別の解消は別の立法で対処すべきだ。また、在日米軍の撤退を求める市民活動も、ヘイトスピーチとして扱うべきではない。そもそも在日米軍は日本に移り住んでいるのではない。

 国連人種差別撤廃委員会は日本にヘイトスピーチの法規制を働きかけてきた。国際社会で差別国家だと思われていたともいえる。いまからでも遅くはない。日本は人権を大事にし、差別には厳格だ。そう呼ばれる国を目指したい。

日米と沖縄 切実な声をなぜ伝えぬ

 「厳正な対処」を強く求める安倍首相。「日本の捜査に全面的に協力する」と約束するオバマ米大統領――。

 沖縄県で起きた米軍属による死体遺棄容疑事件から6日。県民の不信が渦巻くなかでの日米首脳会談は、抗議と遺憾の言葉のやりとりとなった。

 だがそれで、米軍が絡む凶悪犯罪がなくなるだろうか。県民が背負わされてきた過重な基地負担が解消されるだろうか。残念ながら、そうは思えない。

 まず問題なのは、沖縄県の翁長雄志知事が求めた日米地位協定の改定を、安倍首相が提起しなかったことだ。会談後の共同記者会見でも首相は「地位協定のあるべき姿を不断に追求していく」と述べるにとどめた。

 確かに今回は公務外の容疑で県警が逮捕したため、地位協定上の問題は発生していない。

 だが、米軍関係者による事件が絶えない背景には、いざとなれば基地に逃げ込めば地位協定が守ってくれる、という特権意識があると指摘されてきた。

 例えば公務外の容疑で、米側が身柄を押さえた場合でも、日本側に引き渡す。いまは米側の「好意的配慮」に委ねられている運用を明文化する改定につなげれば、犯罪を防ぐ効果も期待できよう。

 地位協定は米軍にさまざまな特権を与え、米側は改定には否定的だ。だからといって改定を口にしようとしない首相の姿勢は、及び腰に過ぎないか。

 もう一つの問題は、首相が首脳会談で、米軍普天間飛行場の移設について「辺野古移設が唯一の解決策であるとの立場は変わらない」と伝えたことだ。

 耳を疑うのは、その首相が共同記者会見で「米軍再編にあたっても、沖縄の皆さんの気持ちに真に寄り添うことができなければ、前に進めていくことはできない」と語ったことだ。

 辺野古移設に反対する沖縄の民意は、度重なる選挙結果に表れている。基地の県内たらい回しが米軍絡みの犯罪の防止につながらないことも明らかだ。

 首相が県民の気持ちに「寄り添う」思いは多としたい。ならば、首相が大統領に伝えるべきは、普天間の県外・国外移設を求める県民の切実な声と、辺野古移設の断念ではないか。

 現状を放置すれば、日米関係の不安定な状態は続くだろう。

 米軍関係者による犯罪は、重大な基地被害であり、人権侵害である。日本復帰から44年がたっても、その重荷は沖縄県民に押しつけられている。その理不尽と不平等をどうすればいいのか。日本全体が問われている。

サミット開幕 世界の混迷に方向性を

 主要7カ国首脳会議(G7、伊勢志摩サミット)が、三重県志摩市で開幕した。

 経済的にも、政治的にも、G7の役割が再び注目されるなかで、日本が議長国を務める。

 8年前の北海道洞爺湖サミットの直後、リーマン・ショックが発生。世界的な経済危機に先進国だけで対処できない状況があらわになり、世界経済をめぐる議論の主舞台は中国など新興国を含むG20に移った。

 だがいま、その新興国が停滞にあえぎ、世界経済の牽引(けんいん)役としてG7が期待されている。

 G20は主に経済を語る場であり、政治や安全保障の分野で共通項を見いだしにくい側面もある。国連安保理も、中国、ロシアを含む大国の拒否権で機能不全が言われて久しい。

 G7も近年、形骸化が指摘されてきた。経済の相互依存は深まり、G7だけでテロや核問題、環境など地球規模の課題に対応できないのも確かだ。

 それでも、法の支配、自由と民主主義、人権といった普遍の価値観を共有するG7首脳が一堂に会し、世界の課題を話し合う意味は大きい。

 難民排斥など共通の価値に反する動きはG7にも広がる。だが、力に限界はあっても、混迷する世界に方向性を示しうる枠組みは他に見当たらない。

 今回のサミットでその意義が問われる課題の一つが、「パナマ文書」で明らかになった、国境をまたぐ税逃れへの対応だ。

 その責任の多くは先進国にあると言わざるを得ない。租税回避地は欧米が作った蓄財システムであり、それが新興国や途上国の汚職や腐敗の浸透にも加担してきたからだ。

 こんな実態を野放しにしたまま、「法の支配」を唱えてもむなしい。G7は率先して対策への道筋を描くべきだ。

 米国の力が相対的に低下するなか、国際秩序を安定させる軸としてもG7の役割は大きい。

 2年前のウクライナ危機でロシアがG8から追放され、サミットはG7に戻った。中国は南シナ海で岩礁埋め立てや軍事拠点化の動きを止めない。

 力や威圧で国境を変えようとするこうした動きを、既成事実化させてはならない。

 日本も、G7と歩調をあわせて政策を構想していくのが望ましい。その基本は分断と排除ではなく、世界に共通利益の価値を広げていく粘り強い対話と協調であるべきだ。

 G7をそれに向けた知恵を絞る場とするために、議長国として合意形成の努力を尽くしてもらいたい。

サミット開幕 安定成長促す協調が問われる

 世界経済の成長を持続させるには、先進7か国(G7)が協調して牽引することが重要だ。

 主要国首脳会議(伊勢志摩サミット)が開幕した。最大の焦点だった世界経済の討議では、新興国経済の減速などを背景に、大きなリスクに直面しているとの認識で一致した。

 議長の安倍首相は、新興国の投資や国内総生産が低迷している具体的なデータを基に、2008年のリーマン・ショック前の状況に似ているとの見解を示した。

 「政策対応を誤ると、通常の景気循環を超え、危機に陥るリスクがある」とも指摘した。

 他の首脳からは「危機とまで言うのはどうか」という意見も出たが、各国の状況に応じて「機動的な財政戦略と構造政策を果断に進める」ことを確認した。

 首相がリーマン・ショックにまで言及したのは、17年4月の消費税率引き上げを先送りするための布石なのではないか。

 首相は、金融政策と財政出動、構造改革の三つの政策手段をG7版「3本の矢」と位置づけて政策の総動員を求め、了承された。

 G7が危機発生に先手を打つ形で、臨機応変に政策対応をとる方針で合意したのは成果だ。

 先進各国では、景気の長期停滞への懸念から、個人や企業が消費や投資を控える需要不足が共通の課題となっている。

 規制緩和などで潜在成長力を上げ、民間の投資を促すことが肝心だ。ただ、民需が自律的に高まるには一定の時間がかかる。政府が機動的に財政出動し、需要の創出に努めることは意義がある。

 各国首脳からは、成長の低迷や格差拡大が、政治的なポピュリズム(大衆迎合)の台頭を招く一因だとする指摘も相次いだ。

 会議では、中間層が将来に期待を持てる社会にするには、「質の高いインフラ(社会基盤)」や教育、科学技術分野などへの投資が重要だとの認識で一致した。着実な政策の遂行が求められる。

 自由貿易の推進については、日米加を含む12か国が参加する環太平洋経済連携協定(TPP)の早期発効や、日本と欧州連合(EU)による経済連携協定の交渉を着実に進めることを再確認した。

 米国では秋に大統領選を控え、国内産業を守ることを優先する保護主義的な主張が勢いを増している。自由貿易を脅かしかねず、軽視できない動きである。

 G7の各首脳は、TPPの議会承認など、国内手続きの進展にも指導力を発揮してもらいたい。

G7政治討議 テロ対策を戦略的に強化せよ

 国際テロの脅威を低減し、より安全な社会を構築するため、先進7か国(G7)は、主導的な役割を果たすべきだ。

 G7は主要国首脳会議(伊勢志摩サミット)の政治討議で、テロリストの入国阻止など、国際テロ対策を強化することで一致した。その具体策を盛り込んだ「行動計画」にも合意した。

 過激派組織「イスラム国」の関連情報や航空便の乗客予約記録などを各国がより円滑に共有する仕組みを作る。テロ組織への資金流入を断つため、官民の連携を強める。これらが行動計画の柱だ。

 パリやブリュッセルの同時テロの犯行グループは国境をまたいで活動し、各国の捜査当局の目をかいくぐったとされる。テロ対策の抜け穴をふさぐことが急務だ。

 重要なのは、G7の計画を土台にして、より強固で広範な対テロ国際協調体制を築くことである。途上国の国境管理能力の向上などを支援することも欠かせない。

 日本は、中東諸国の人材育成などを支援するため、3年間で総額60億ドルの拠出を表明している。若者の失業増や格差拡大は、地域を不安定にし、過激主義が広がる土壌を作りかねない。中長期的に民生を向上させる意味は大きい。

 米軍などによる「イスラム国」掃討作戦も継続し、その支配地域を縮小させねばならない。

 いかにテロの未然防止を図りつつ、どう組織を壊滅させるのか。G7は、国際機関とも連携し、戦略的に取り組む必要がある。

 欧州各国は、内戦下のシリアなどから押し寄せる大量の難民に苦慮している。歯止めをかけるには、中継地のトルコなどとの持続的な協調が大切だ。難民・避難民への人道支援を含め、総合的な対策を推進すべきである。

 G7首脳は、海洋安全保障について、国際法に則(のっと)った秩序の維持や航行・上空飛行の自由の重要性を確認した。東・南シナ海の現状を懸念することでも一致した。

 安倍首相は、力や威圧に訴えず、紛争を平和的に解決する原則を提唱し、賛同を得た。

 中国は南シナ海で、人工島造成と軍事拠点化を加速させている。国際社会の共通の利益である海上交通路の安全を脅かす行動だ。軍事力を背景にした一方的な現状変更は、看過できない。

 東・南シナ海の問題に関し、日米だけでなく、欧州各国の首脳が認識を共有した意義は大きい。

 G7合意を基礎に、東南アジアとも連携し、強引な海洋進出の自制を中国に働きかけるべきだ。

2016年5月26日木曜日

信頼される捜査に向けた出発点にしたい

 取り調べの録音・録画(可視化)の義務化や司法取引の導入、通信傍受の対象拡大などを柱にした刑事司法改革関連法が成立した。取り調べによって容疑者から自白を得ることを最重視してきた日本の捜査や刑事裁判は、大きな転換点を迎えることになる。

 一連の法改正は冤罪(えんざい)を防ぐ方策としてはなお踏み込みが足りない。捜査手法の拡大については弊害も指摘されており、具体的な制度を練り上げる際には慎重な検討が必要だ。今回の改正を国民の信頼が得られる、より良い刑事司法をつくり上げるための出発点としたい。

 法改正により、可視化が初めて法的に義務付けられる。密室の取調室で起きる強要や誘導を防ぐ効果が期待できるが、録画をするのは殺人や放火など裁判員裁判の対象になる事件と、検察が独自に捜査する事件に限られた。すべての刑事事件の3%程度にすぎない。

 法律に先行する形で、検察や警察はすでに取り調べの録音・録画を実施している。捜査の現場からは「供述が得にくくなった」との声も聞かれるが、供述が信用できることの証明につながるのはもちろん、有罪の立証に役立つケースもある。

 録画されることを前提にした取り調べの手法や技術を磨き、法律上の対象以外についても録音・録画を広げていくべきだ。可視化が一連の改革の原点であることを忘れてはならない。

 自白に頼らない立証の手段として新たに採用される司法取引は、容疑者や被告が共犯者の犯罪について供述したり証拠を出したりすれば起訴されないなどの見返りを得られる制度だ。客観的な証拠が得にくい贈収賄事件や組織的な犯行である振り込め詐欺、会社犯罪などで、首謀者の犯行の裏付けなどに活用できるだろう。

 しかし司法取引には、自分の刑を軽くしてもらうために無関係の人を巻き込む懸念がある。取引に容疑者の弁護人が立ち合い、虚偽の供述には5年以下の懲役を科すなどの対策を盛り込んだが、これだけでは不安は消えない。

 新たな武器が新たな冤罪を生んでは元も子もない。まずは司法取引が普及している欧米の制度や実績をよく吟味すべきだ。供述に惑わされず、きっちりと裏付け捜査を尽くすという点で、検察や警察はこれまで以上にその力量が問われることになる。

ユーロ圏は慢心せず改革を

 巨額の借金を抱えているギリシャが、昨年のような財政危機に再び陥る事態はひとまず避けられる見通しとなった。

 欧州連合(EU)のユーロ圏財務相会合が、ギリシャに103億ユーロの融資枠を設けることを承認した。ギリシャが秋までの資金繰りにメドをつけ、目先の金融市場の波乱要因のひとつを取り除いた点は評価できる。

 さらに会合で、EUなどによるギリシャ向け第3次金融支援が完了する2018年時点で、ギリシャの債務負担の軽減に応じる方針で合意したのも前進だ。

 国際通貨基金(IMF)によれば、60年までにギリシャの借金の国内総生産(GDP)に対する比率はいまの約180%から250%まで膨らむおそれがあった。実質的に国家破綻の状態だ。

 そうした事態にならないように、ユーロ圏として融資の返済期間の延長や金利負担の減免といった方向を打ち出したのは妥当だろう。詳細をさらに詰めてほしい。

 ユーロ圏が債務負担軽減に合意したことで、IMFが支援に参加しやすくなったのも大きい。IMFは公正な第三者として、自国の利益や政治事情を優先しがちなユーロ圏を厳しく監視してほしい。

 もちろんギリシャ自らが年金や税制の改革、国有企業の民営化などEU側に約束した具体策を断行することが、負担軽減の前提条件だ。ギリシャのチプラス政権は改革の手綱を緩めてはならない。

 ユーロ圏各国の国債利回りは低い水準で推移している。欧州中央銀行(ECB)によるマイナス金利や量的緩和といった金融政策に支えられている面が大きい。

 日本と同様、金融緩和に過度に依存した政策運営では困る。目先のギリシャ支援が決着したからといって慢心は禁物だ。

 各国はユーロ圏「銀行同盟」の最後の柱となる預金保険の一元化で早く合意すべきだ。イタリアなど南欧各国は銀行の不良債権処理を急いでほしい。今こそ積み残した懸案の解決に動くときだ。

持続する世界 G7の決意が問われる

 主要7カ国(G7)首脳会議(伊勢志摩サミット)が、きょう始まる。話し合うべきテーマは、世界経済への対応など直近の問題だけにとどまらない。

 世界にはびこる飢餓や貧困を克服し、国や地域を問わず人間が平穏に暮らせる地球をどう築き、将来世代に引き継ぐか。それが究極の問いだろう。

 2030年までに貧困に終止符を打ち、持続可能な未来を求める――。国連がそんなゴールを掲げたのが「持続可能な開発目標(SDGs)」だ。昨秋、国連の会合で全加盟国の一致で採択され、今年が初年である。

 目標を達成するには、経済成長や技術革新、社会基盤整備が前提になる。さらに、格差の是正、男女平等、健康と福祉、教育の拡充、気候変動問題への対応などが欠かせない。課題は17分野にわたり、具体的な目標は169項目に及ぶ。

 対象が広く、理想が高いだけに、掛け声倒れの危うさもつきまとう。経済大国から途上国、最貧国までが結束して歩を進めて行けるかどうか、国際社会の意思と行動力が試されよう。

 とりわけ大きな責任が問われるのは、これまで国際開発を主導し、経済力に優れたG7だ。市場主義が招いた格差や荒廃など地球のひずみの解消は、安定的な成長の実現に役立つ。

 サミットでもこの開発目標を取り上げ、特に「保健」や「女性」について話し合う予定だ。議長国の日本は政府内に推進本部を設け、中東の安定や保健の充実への資金拠出を決めた。

 具体的な計画のもとで、息長く取り組みを積み重ねることが重要だ。G7がしっかりと決意表明し、必要な資金をどう確保し、行動するかが問われる。

 G7各国が政府の途上国援助(ODA)を着実に増やすことが望ましいが、どの国も財政難に悩む。株式などの金融取引に薄く広く課税する金融取引税の導入を独仏両国などが提唱して久しいが、景気の停滞もあって作業は進んでいない。

 まずは国際的な大企業や富裕層の間に広がる課税逃れを封じ込めたい。それ自体が経済格差を縮める一歩となるうえ、開発目標に充てる財源の確保にもつながりうる。

 その意味でも「パナマ文書」が提起した世界規模の脱税・節税問題に正面から向き合わねばならない。具体策の検討は経済協力開発機構(OECD)などに委ねるとしても、中国やロシア、インドなど新興国も巻き込みながら、税逃れへの監視網を世界全体に広げていく。G7がその旗振り役を果たすべきだ。

オーストリア 右翼躍進に深まる懸念

 危機に直面する欧州の苦悩と迷走ぶりを象徴する出来事となった。

 オーストリア大統領選で、反移民政策を掲げる右翼政党「自由党」の候補ホファー氏が大躍進を見せた。

 決選投票で最終的に敗れたものの、リベラル派の候補ファンダーベレン氏と接戦を演じ、投票総数460万余の中でわずか3万票の差まで迫った。

 シリアなどから欧州に押し寄せた難民をめぐる問題が背景にあるのは確実だ。相次ぐテロの脅威や、単一通貨ユーロへの不安も重なり、欧州連合(EU)での協調を重視する既成政党から、自国優先の右翼に支持が移ったと考えられる。

 このような内向き志向はオーストリアに限らない。欧州各国で右翼やポピュリスト政党が伸長し、米国ではトランプ氏の扇動的な発言が人気を集める。

 しかし現実には、いまのグローバル化世界で大切なのは、自国の利益だけを追う発想ではなく、国境を超える問題への協調行動と負担の分担だ。国を閉ざしても解決は見いだせない。

 今回の右翼躍進を、この国だけの出来事ととらえず、先進国に共通する問題として受け止めるべきだろう。扇情的な訴えになびく世論の底流に何があるのか。社会を見すえる議論を起こし、教訓を引き出さなくてはならない。

 オーストリアの自由党は、難民支援の削減や国境管理の強化を訴え、EUを懐疑的にみる。00年に連立政権に加わったが、当時の党首によるナチス賛美の発言などが影響してEUから制裁を受け、有権者も離れた。その後は穏健な大衆化路線に転じ、支持を回復していた。

 この国の政治の実権は首相にあるものの、大統領は内閣を罷免(ひめん)する権限を持つ。何より、戦後の欧州で右翼出身者が元首に就いた例はほとんどない。ホファー氏があと一歩のところまで迫った事実は、各国のナショナリズムや反EU意識を刺激するに違いない。

 6月23日には英国で、EU残留か離脱かを問う国民投票がある。まだ大きな反応は聞こえてこないが、自国優先主義の高まりが離脱派を勢いづかせる可能性もぬぐえない。

 先進国の多くはこれまで、伸長する右翼やポピュリストを政界から排除することに腐心してきた。ただ、その態度が、彼らを支持する市民の悩みや不安に目をつぶることにつながってこなかっただろうか。

 自らの足元を見つめ直し、対応を真剣に考えたい。

出生率1.46 一層の改善へ対策を加速せよ

 出生率が2年ぶりに上昇に転じ、21年前の水準近くまで回復した。

 朗報である。少子化対策を加速させ、一層の改善を目指したい。

 厚生労働省が、2015年の人口動態統計を公表した。

 昨年生まれた赤ちゃんは、前年より2117人増え、100万5656人だった。出生数が増加するのは、5年ぶりだ。

 1人の女性が生涯に産む子供の平均数を示す合計特殊出生率は、1・46となった。9年ぶりに低下した前年を0・04ポイント上回った。05年に1・26にまで低下した出生率は、上昇しつつある。

 景気回復で雇用情勢が好転したことが、今回の改善の主因とみられる。人口減への危機感が高まり、各自治体が少子化対策を強化した効果もあるだろう。

 ただし、楽観はできない。

 出生数は、増えたとはいえ、過去最低だった前年に次いで2番目に少ない。死亡数から出生数を引いた人口の自然減は、過去最大の28万4772人を記録した。

 出生率も、政府が当面の目標とする1・8との隔たりは大きい。少子化が続いた結果、出産年齢にある女性の人口は、今後、急速に減少する。出生率が多少上がっても、出生数は増えない。

 総人口は、08年をピークに減少に転じた。政府は「50年後も人口1億人」を目指している。40年までに出生率を2・07にする必要があるが、達成は容易ではない。

 少子化の大きな要因は、晩婚・晩産化である。女性の平均初婚年齢は29・4歳、第1子出生時の年齢は30・7歳で、ともに20年前より3歳ほど上がった。未婚率も、男女とも大幅に上昇している。

 経済的事情で結婚や出産をためらう若年層が多い。若者の雇用安定が重要だ。非正規雇用の処遇改善や正社員への転換支援をさらに促進せねばならない。

 東京圏への人口集中を抑えることも大切だ。高い家賃や保育所不足などから、東京圏の出生率は極めて低い。地方に若者が定着するには、雇用創出が求められる。

 仕事と子育てを両立できる環境の整備は欠かせない。

 保育サービスの拡充に加え、長時間労働の是正など「働き方改革」が課題だ。共働きが増える中、育児・家事を女性任せにしていては、出生率改善は望めまい。企業が果たすべき役割は大きい。

 政府の「1億総活躍プラン」案にも、こうした施策が並んだ。若い世代が結婚と子育てに希望を持てるよう、具体化を急ぎたい。

舛添氏政治資金 問題の所在が分かっているか

 問題の無意味な先送りとしか思えない。

 東京都の舛添要一知事が、政治資金の流用疑惑を調査するための弁護士を選任した。自身と密接に関わる支出の実態解明を、なぜ第三者に任さねばならないのか、理解に苦しむ。

 先週の記者会見でも、「今は第三者の調査に協力したい」などと繰り返すばかりで、個々の支出については一切の説明を避けた。

 舛添氏は「私は都民の信頼を失っている」とも語っている。自らの説明責任を丸投げするような態度は、都民の不信感をさらに膨らませただけだろう。

 千葉県内のホテルに家族と宿泊したことを認めた後も、舛添氏が代表を務める政治団体の支出を巡っては、政治資金の新たな流用疑惑が次々と浮上している。

 正月や盆の時期に、ほぼ毎年、ホテルや旅館での宿泊費が政治資金から支出されていた。

 「資料代」名目で美術品の購入を重ね、インターネットオークションを利用したケースもある。都内の自宅に事務所を置く政治団体の家賃として、妻が代表を務める会社に毎月40万円以上が支払われていることも分かった。

 公私混同が指摘される支出は、ほかにも多い。問題発覚後、舛添氏は「会計責任者のチェックが十分でなかった」などと釈明したが、チェック自体が行われていたのか、疑問である。

 原資に公費も含まれる政治資金の私物化が当たり前になっていたと言わざるを得ない。

 政治資金の使途に関しては、政治資金規正法上の厳格な規制が存在しない。選任された弁護士が今回の疑惑に対し、違法性は認められない、という結論を導き出す可能性はあるだろう。

 それによって問題の幕を引こうという思惑が舛添氏にあるのだとしたら、心得違いも甚だしい。

 たとえ、法に触れない支出だとしても、私的な出費を政治資金で賄っていたリーダーに、都民はやり切れなさを募らせている。

 自民党の谷垣幹事長が「首都のトップに立つ者として、それなりの居住まいがなければいけない」と批判したのは、もっともだ。

 舛添氏は、公人としての資質が問われていることを自覚しなければならない。

 舛添氏は、調査の期限を依然として明らかにしていない。来週には定例都議会が開会する。都知事選で舛添氏を支援した自民、公明両党も含め、各会派は厳しく追及してもらいたい。

2016年5月25日水曜日

五輪招致巡る疑念を払拭せよ

 2020年の東京五輪・パラリンピックをめぐって、なぜこうも問題や疑念が噴出するのか。歓迎ムードも冷めてしまう。

 招致に際して、シンガポールのコンサルタント会社へ2億3千万円の送金があり、賄賂だったのではないか、との疑いが浮上した。民間同士の贈収賄も摘発できる仏当局が捜査中という。

 招致委員会理事長だった竹田恒和・日本オリンピック委員会(JOC)会長もコンサルとの契約や送金を認め、第三者による実態解明を国会の場で約束した。

 竹田会長は「海外コンサルなしに招致は成功しないとまで言われている」と主張した。しかし、賄賂となれば招致の妥当性や大会の正当性が揺らぎかねない。金の流れや使途、ロビー活動の実態など真相の究明が必要だ。

 招致委とコンサル会社との契約は「東京」への支持固めが目的だったとされる。国際陸上連盟前会長で、アフリカ勢やロシアへの影響力の強い国際オリンピック委員会(IOC)委員だったセネガル人、ラミン・ディアク氏との関係強化を期待したという。

 コンサル会社側から売り込みがあり、広告会社の電通に照会したうえで契約が結ばれた。13年に東京開催の正式決定をはさんで2度に分けて金が支払われた。

 コンサル会社の社長はディアク氏の息子と親密だった。仏当局は金は集票などが目的の賄賂だった疑いがあるとみている。

 日本と欧州連合(EU)は「刑事共助協定」を結んでいる。仏側から要請があれば、日本の捜査機関による関係者への事情聴取など実態の解明に向けて協力を惜しまない姿勢が求められる。

 招致活動での目に余る買収などの対策としてIOCは14年、コンサルタントやロビイストを登録制とし、活動も監視する改革を打ち出している。不明朗なコネや金銭のやり取りを国際スポーツ界から一掃してフェアで清廉な五輪を取り戻すには、絶えざる透明化の努力が欠かせない。

世界経済の宿題を直視するサミットに

 日本が8年ぶりに議長となる主要7カ国(G7)首脳会議(伊勢志摩サミット)が26日に始まる。世界経済がどんな課題を抱え人々が何を不安に思っているのか。G7首脳は現状を直視し、未来に向けてどんな協力ができるか率直に話し合ってほしい。安倍晋三首相の指導力を試す2日間になる。

 世界経済の勢いは明らかに鈍った。国際通貨基金(IMF)が予測する2016年の世界の成長率は3.2%。10年の5%台から様変わりだ。中国やブラジルら新興国のけん引力が陰った。日米欧は大胆な金融緩和を続けるが経済の潜在力が高まらない。長期停滞の局面に陥ったとの議論もある。

 安倍首相はサミットの原点ともいえる「世界経済の持続的で力強い成長」を最大の議題に掲げた。この認識は正しい。今年の初めにみられた中国経済への悲観論や金融市場の変動はやや一服したが、油断はできない。

 内政事情の違う米欧首脳と「平時の危機感」を共有する難しさはあるものの、世界経済の成長を促すそれぞれの行動を具体的に確認するのは極めて重要だ。基本となるのは金融緩和、財政政策、構造改革の3つを釣り合い良く進めることだ。財政出動での協調にこだわりすぎるのは適切ではない。

 リスクの所在とその影響をみきわめることも大切だ。

 来月の英国の国民投票で欧州連合(EU)からの離脱が決まれば通貨ポンドの急落で市場は大混乱しかねない。ドイツなど欧州諸国は中東からの移民流入に苦しみ極右勢力の伸長を許している。米国では11月の大統領選挙に向けて過激な発言を繰り返す共和党のトランプ氏が勢いを増している。

 G7の中でも、外部の者を排除し一国だけの繁栄を求める孤立主義の兆候がある。環太平洋経済連携協定(TPP)の承認は遅れがちで、日本とEU、米国とEUの経済連携協定(EPA)交渉も幾つかの壁に突き当たっている。

 自由貿易を実現すれば広く繁栄の果実が行き渡るという説明に多くの人が納得できないでいる。富裕層と低所得層の差が広がり、租税回避地(タックスヘイブン)の利用実態を暴く「パナマ文書」で税の公正にも疑問符がついた。

 G7は世界の宿題に向き合い根気よく答えを出していくべきだ。多様さを認める民主主義や開かれた貿易が課題を解く王道であることをサミットで示してほしい。

ヘイト対策法 差別を許さぬ意識こそ

 特定の人種や民族への差別をあおり、人としての尊厳を傷つける。そんなヘイトスピーチの解消をめざす法案がきのう、衆院本会議で可決、成立した。近く施行される。

 具体的な禁止規定や罰則のない理念法で、効果については意見が割れる。だが「不当な差別的言動は許されない」と明確に宣言する初めての法である。

 理念の重みをまず、社会全体で共有したい。日本が20年以上前に批准した人種差別撤廃条約の精神に立ち返り、国際社会とともに差別的な言動をなくしていく着実な一歩としたい。

 ヘイトスピーチ対策の立法をめぐっては、「表現の自由」とのかねあいから、慎重な対応を求める指摘があるのも事実だ。しかし、法務省の試算で、昨年1年間にあったヘイトスピーチのデモや街宣は約250件にのぼるなど、見過ごすわけにはいかない状況が続いている。

 今回のヘイト対策法は、その対象を、適法に国内に居住する「在日外国人やその子孫ら」とした。だが、これまで被害にあってきたアイヌ民族や難民認定申請者らが標的になるようなことがあってはならない。

 与野党は「法が定義する以外、いかなる差別的言動も許されるとの理解は誤り」とする付帯決議を可決した。在日外国人以外に対する差別的な行為が続かないか、しっかり見守る必要がある。

 残念なことに、これまで在日コリアンの排斥を求めて活動してきた団体が来月、川崎市内でデモをするとネット上で予告している。施設の使用などを認めなければ、団体側が反発を強める可能性もあるが、自治体や警察当局は法の趣旨に照らして、適切に対処すべきだ。

 差別的な言動を容認しないという姿勢を鮮明にした法の施行を受け、政府や自治体は今後、教育や啓発活動を強めていくことになった。また、与野党は法の施行後も、差別的言動の実態を踏まえて検討を加える、との付則でも合意した。

 差別をなくす取り組みは、日ごろから不断に続く努力の積み重ねである。どうすればヘイトスピーチをなくせるか、だれもが差別におびえることなく暮らせる社会をどう築いていくか。

 肝心なのは法をつくることだけではなく、国民全体で常に考え、行動することだろう。

 「表現の自由」を守りながら、社会に潜む差別の構造に目を向け、「ヘイトスピーチは絶対に許さない」という強い意識をもたねば、身の回りから差別的な言動はなくならない。

出生率上昇 子育て支援を着実に

 1人の女性が生涯に産むと見込まれる子どもの数を示す合計特殊出生率が昨年、1・46と2年ぶりに上昇した。

 1994年の1・50以来の水準で、生まれた子どもの数も5年ぶりに前年より増えた。厚生労働省は、近年の経済状況の好転が後押ししたとみる。

 ただ、出生数が増えたとはいえ死亡数はそれを上回っていて、人口の減少は28万人を超えて過去最大を更新した。これから出産する年代の女性が減っていくだけに、人口減の大きな流れは変わりそうにない。

 結婚したい人、子どもがほしい夫婦、そんな人たちの希望がかなえば出生率は1・8程度になる――安倍政権の掲げる、そんな「希望出生率1・8の実現」という目標にもほど遠い。

 子どもを産み、育てやすい環境を整備することは、今後も最重要の課題だ。手を緩めるわけにはいかない。

 少子化の要因の一つが未婚の増加だ。結婚したカップルは昨年、戦後もっとも少ない63万5千組余りだった。結婚観の変化もあるだろうが、収入の少なさや生活への不安を理由に結婚をためらう若者が少なくない。雇用の安定は喫緊の課題だ。

 「保育園落ちた」の匿名ブログで注目が集まった待機児童問題も、なお深刻だ。保育所に入れず育児休暇を延長した例など、いわゆる「隠れ待機児童」を含む総数は、昨年4月時点で8万人以上にのぼる。保育サービスの拡充は待ったなしだ。

 日本は欧米諸国に比べて長時間労働の人の割合が多いと言われる。それが、女性が出産後も子育てをしながら働き続けることや、夫が育児に参加することを難しくし、仕事と子育ての両立を阻んでいるとされる。長時間労働の是正も急務だ。

 政府が保育所の緊急整備や子育てと仕事の両立支援など「子育て支援総合計画」(エンゼルプラン)を打ち出してから20年以上が過ぎた。課題はとっくに出そろっているのに、少子化は遠い先のこととして本格的な対策が先延ばしされてきた。その歴史を忘れてはならない。

 安倍政権は看板政策の「1億総活躍プラン」で保育サービスの拡充や保育士の待遇改善をうたうが、それ以前に、「税と社会保障の一体改革」で約束した子育て支援の充実策が、財源のめどが立たないまま置き去りになっている。

 まずは消費税率を10%に上げて財源を確保し、手薄だった子育て世代への支援を強化する。一体改革での「約束」すら守れないのでは看板政策もかすむ。

民共選挙協力 政策面でも「融合」へ進むのか

 天皇制、自衛隊、日米安全保障条約などの政策を巡り、ほぼ対極にある政党との連携は「野合」との批判を免れまい。

 民進、共産、社民、生活の野党4党が、夏の参院選で、32ある1人区すべてで統一候補を擁立する見通しとなった。

 民進党は、4月の衆院北海道5区補選の結果を踏まえ、共産党の組織票の上積み効果は小さくないと判断したのだろう。

 内訳は、無所属が16人、民進党公認が15人で、香川では共産党公認に一本化される。事実上、自民、公明の与党と、民進、共産両党が全面対決する構図が固まった。

 野党は、集団的自衛権の限定行使を容認した安全保障関連法の廃止を共通の争点にする構えだ。

 5月の読売新聞の世論調査で、安保関連法を「評価しない」と回答した人が45%で、「評価する」の41%を上回った。前回参院選の1人区で29勝2敗と圧勝した自民党としても、侮れまい。

 北朝鮮の核・ミサイル開発、中国の軍備増強などで、近年、日本の安保環境は急速に悪化した。特に中国は、独善的な海洋進出を活発化させ、南シナ海では人工島の造成と軍事拠点化を進める。

 米大統領選で共和党の候補指名を確実にしたドナルド・トランプ氏は、在日米軍を撤退させる可能性にまで言及している。

 こうした中、日米同盟の抑止力を高めた安保関連法を廃止するという選択肢はあり得ない。むしろ日本が自らの役割を拡大し、同盟関係と国際連携を強化する努力こそが求められよう。

 共産党は、原発再稼働や環太平洋経済連携協定(TPP)にも強く反対している。民進党の立場との隔たりは大きいはずだ。

 懸念されるのは、民進党が共産党への接近に一段と前のめりになっているように見えることだ。

 岡田代表は先週の党首討論で、「憲法9条の改正は必要ない」との立場を表明した。来年4月の消費税率10%への引き上げを再延期することも唐突に提案した。

 いずれも、「護憲」を掲げ、消費増税に反対する共産党に配慮したとの見方が少なくない。

 民進党の参院選候補には、共産党の地方組織と政策協定を独自に締結し、米軍普天間飛行場の辺野古移設に反対するなど、共産党と足並みをそろえる動きもある。

 野党4党は先週、次期衆院選の協力の加速でも合意した。

 民進党が、十分な党内論議も経ずに、これほどの重要事項を推進していることも疑問である。

ヘイトスピーチ 対策法を解消への足がかりに

 新たな法律を足がかりに、社会から差別的言動を排除していきたい。

 ヘイトスピーチ(憎悪表現)対策法が、衆院本会議で可決、成立した。近く施行される。

 対策法は、特定の民族や人種を標的に差別をあおり立てる言動は許さないと宣言した。在日韓国・朝鮮人らへの差別的言動を念頭に置いている。国に対し、解消に向けた措置を講ずるよう求め、自治体にも努力義務を課した。

 近年、街頭で「朝鮮人を日本からたたき出せ」などと連呼するデモが繰り返されている。成熟した民主主義国家として、残念な光景と言うほかない。

 悪質なヘイトスピーチに毅然として対処する姿勢を、法律で明確に示した意義は小さくない。

 対策法の特徴は、「規制」ではなく、「理念」を掲げることで、差別の抑止を目指した点だ。

 いかなる形にせよ、法律で言論を規制すると、公権力の判断いかんで、正当な表現活動にまで制限が及ぶ恐れがある。憲法が保障する「表現の自由」に配慮し、対策法に罰則や禁止規定が盛り込まれなかったのは、妥当である。

 民進党など野党は「法律に実効性がない」と批判し、明確な禁止規定を設けるよう求めた。その結果、「法施行後の実態を勘案して、必要に応じて検討を加える」ことが付則に追加された。

 将来の法規制に含みを持たせたとも解釈できよう。安易な改正は避けなければならない。

 修正協議の結果、ヘイトスピーチの定義が、さらにあいまいになったことも懸念される。

 「他国出身者の生命、身体、自由、名誉、財産に危害を加えることを、公然と告知するなどの不当な差別的言動」と記した条文に、野党の要求に応じて「著しく侮蔑する」との文言が加えられた。

 確かに、他国出身であるだけの理由で、「ゴキブリ」などと誹謗中傷する言葉を浴びせるのは許されまい。だが、具体的にどんな言葉が、著しく侮蔑するものなのかは分かりにくい。行政に拡大解釈の余地を残したのではないか。

 今後、重要なのは、法の趣旨への理解を浸透させることだ。

 対策法は、ヘイトスピーチに関する相談体制の整備や、人権教育の充実を基本的施策に挙げた。中でも、学校の道徳の授業などを活用し、差別は許されないという意識を高めることが欠かせない。

 国民一人ひとりがヘイトスピーチに厳しく目を光らせる。それが根絶に向けた一歩となろう。

2016年5月24日火曜日

南シナ海にらむ米越の合意

 米国のオバマ大統領がベトナムを訪れ、同国に対する武器禁輸の全面解除を表明した。南シナ海の軍事化を進める中国をけん制するため、ベトナムと軍事協力を深める姿勢を示したといえる。

 ベトナム共産党政権で序列2位のチャン・ダイ・クアン国家主席との首脳会談後に共同記者会見したオバマ大統領は、武器禁輸の全面解禁で両国関係が「完全に正常化した」と宣言した。

 両国が国交を結んだのはベトナム戦争が終わって20年後の1995年。だが米国はその後も武器禁輸を続け、2014年に部分的に解除しただけだった。ベトナムが求めてきた解禁にオバマ政権が応じて合意が成立したといえる。

 米国からベトナムへの武器輸出がどれほど膨らむかは未知数だ。両国とも中国による南シナ海の一方的な現状変更を抑えたい半面、過度に刺激するのは避けたいところ。地域の安定に役立つかどうか、実際の運用と中国の反応に注目していきたい。

 ベトナムはロシア製の武器に頼ってきたため、米国製は使い勝手が悪いとの見方もある。ただ、ロシアとの武器取引で交渉を有利に進めるためのテコを手に入れた意味は小さくないとみられる。

 ベトナムでは今年1月に指導部の入れ替えがあり、対中強硬姿勢が鮮明だったグエン・タン・ズン前首相が引退した。首脳会談後に発表した共同声明で米国との防衛協力の強化を打ち出したことで、新指導部としても中国への警戒感を確認したといえよう。

 米越の軍事協力では今後、ベトナム南部のカムラン湾の利用を米軍が拡大する可能性が指摘されている。冷戦の時代は旧ソ連の基地だったが、中国の南シナ海への進出で戦略的価値が改めて注目を集めている良港だ。

 今年4月に海上自衛隊の護衛艦が初めてカムラン湾に寄港するなど、日本もベトナムと安全保障面の協力を進めている。連携の輪を広げることで中国に対するけん制の効果を高められるはずだ。

出生率上昇に気を緩めず少子化対策急げ

 明るいニュースではあるだろう。2015年に生まれた子どもの数は100万5656人となり、5年ぶりに増加した。1人の女性が生涯に産む子どもの数を示す合計特殊出生率も、1.46にまで上がった。1994年の1.5以来、21年ぶりの高水準だ。

 とはいえ、少子化に歯止めがかかったとはいえない。政府が掲げる「希望出生率1.8」との差もなお大きい。安心して子どもを産み育てられる社会へ、着実に対策を進めなければならない。

 冷静に数字をみてみると、楽観できないことは明らかだ。出生数は増加したとはいえ、過去最低だった14年より約2千人増えただけで、過去2番目に少ない。

 合計特殊出生率も手放しでは喜べない。前年より0.04上昇したが、長年の少子化により母親となる年代の女性の人口そのものが減っている。例えば15年は、94年に比べ2割近くも少ない。そのため出生率が少し上がっても、出生数はかつてほど多くはならない。

 第1子出生時の母親の平均年齢は30.7歳と、過去最高を記録した。晩婚化の傾向にも大きな変化はない。結婚、出産をするかしないか、するならいつか。これらはもちろん個人の選択だ。だが望んでもできなかったり、先延ばししたりしなければならない障壁があるなら、取り除く必要がある。

 大事なのは、若い世代の将来への不安を和らげることだ。政府が先週まとめた「ニッポン一億総活躍プラン」は、非正規で働く人たちの待遇改善を柱に据えた。安定した雇用と収入は、若い世代が結婚や出産の希望をかなえるのを後押しする。「同一労働同一賃金」の議論を進めるとともに、個人が自らの力を伸ばせるよう支援することが必要だ。

 男女ともに働きながら子育てができるよう環境を整えることも欠かせない。硬直的な長時間労働を見直すことや、保育サービスの拡充が柱になる。今は保育所の待機児童問題にばかり目が向きがちだが、小学校に入ってからの学童保育など、充実すべき点は多い。

 出生数と死亡数の差である自然増減数は15年に、マイナス約28万人と過去最大の減少幅となった。対策が遅れれば遅れるほど、少子化に歯止めをかけるのは難しくなる。子どもたちは未来の担い手だ。支援のために必要な財源をどう確保するか、議論を深めなければならない。

日米地位協定 今度こそ抜本見直しを

 「今の地位協定のもとでは、日本の独立は『神話だ』と言われますよ」

 米軍政下、沖縄の自治を「神話」と言い放ったキャラウェイ高等弁務官の言葉を使って、沖縄県の翁長雄志知事がきのう、安倍首相に日米地位協定の見直しを求めた。

 元米海兵隊員の軍属による女性死体遺棄事件を受け、沖縄ではいま、「全基地撤去」を求める声が広がるほど激しい怒りに包まれている。米軍関係者による事件・事故をこれ以上繰り返さないためにも、米軍基地の整理・縮小を急ぐ必要がある。

 同時に、翁長知事が日米地位協定の見直しを求めるのは、米兵や軍属らによる犯罪が後を絶たない背景に、在日米軍にさまざまな特権を与えているこの協定があるとみるからだ。

 地位協定をめぐっては、これまでも米軍人や軍属による犯罪や事故が起きるたびに、日本の犯罪捜査や裁判権を制限する条項が問題となってきた。

 今回、元米兵は公務外の容疑で県警が逮捕したため、地位協定上の問題は発生していない。だが、もし米軍が先に身柄を拘束していれば、引き渡しまで時間がかかったり拒否されたりする恐れもあった。

 95年に起きた少女暴行事件では、公務外の米兵ら3容疑者の身柄を米側が拘束し、県警の引き渡し請求を拒んだ。

 県民の強い反発でその後、凶悪事件に限って起訴前の身柄引き渡しに米側が「好意的配慮を払う」とする運用改善で合意した。その後、全犯罪に広がったが、米側の裁量で捜査が左右される恐れはいまも残る。

 こうした運用改善が実現した例はあるものの、地位協定の改定を含む抜本的な見直しは、県の長年の要求をよそに、政府は米国に提起しようとしない。

 翁長知事はきのう、オバマ米大統領に直接面会する機会を設けるよう首相に求めた。しかし菅官房長官は「外交・安全保障に関わる問題は、中央政府間で協議するのは当然だ」と否定的な見方を示した。

 その中央政府が動かないからこそ、知事は大統領との直接の面会を求めているのだろう。

 韓国やドイツは、米国との地位協定の改定を実現させている。なのになぜ、日本政府は米国に改定を求めないのか。

 今週、主要国首脳会議(伊勢志摩サミット)のためにオバマ大統領が来日する。再発防止や綱紀粛正を求めるのはもちろんだが、基地縮小や地位協定の抜本見直しについても、首相から具体的に提起すべきだ。

G7と経済 「特効薬なし」の覚悟で

 多くの国で成長ペースが鈍くなり、危機の火だねも残っている。近づく主要7カ国(G7)首脳会議(伊勢志摩サミット)では、世界経済をどう下支えしていくかが焦点となる。

 その準備として仙台市で開かれたG7財務相・中央銀行総裁会議では、各国が金融政策、財政政策、構造改革をバランスよく用いていく方針を確認した。

 それを「協調」と呼ぶのは大げさすぎるだろう。結局は停滞打開の妙案が見つからないまま、それぞれの国がそれぞれの事情で現状の努力を続けることを確認したにすぎないからだ。

 安倍晋三首相はサミット議長国として財政出動での協調をめざしてきた。今月上旬の欧州歴訪でそう働きかけたが、財政規律を重んじるドイツや英国の理解は得られなかった。

 08年のリーマン・ショック後に各国はかつてない規模で財政や金融の景気刺激策を打ったが、期待した成長にはつながらなかった。いまはマクロ政策には限界があるとの認識が広がっている。欧州では移民・難民問題で多額の財政負担も求められており、一時的な景気刺激に予算を使う余裕は乏しい。

 そんな時、どの国も飛びつきたくなるのが通貨安政策だ。自国通貨を安くすれば輸出が増え、国内の雇用や投資が上向く。ただ、それは通貨高で困る国も生むゼロサムゲームだ。

 G7財務相会合では通貨の競争的切り下げを回避することを改めて合意したが、そうした原則を確認し続けることには意義があろう。

 もっとも、最近の為替相場を巡り日米間には温度差がある。日本は1ドル=105円台と1年半ぶりの円高になった際、為替介入を示唆した。麻生太郎財務相はG7後の会見でも「2日間で5円も円が振れるのは明らかに秩序だった動きではない」と指摘した。これに対し直後の会見で米国のルー財務長官は「無秩序と言うための条件のハードルは高い」とクギを刺した。

 急激な為替変動は望ましくない。ただ、内外の物価の影響を除いた実質為替レートでは、円は1970年代以来の歴史的な円安水準にあり、米側の言い分にもそれなりに理はある。アベノミクスは円安と株高だのみだったが、それを期待し続けるのは難しいと覚悟すべきだ。

 どの国にも共通するが、日本もいまは経済の基礎体力を強くする構造改革に地道に取り組むしかない。社会保障改革、財政再建、成長戦略。いずれも即効性に乏しいが、避けられない政策課題ばかりである。

刑事司法改革 可視化で冤罪防止を徹底せよ

 日本の犯罪捜査や刑事裁判が、新たな段階に入ると言えよう。

 取り調べの録音・録画(可視化)の義務化を柱とする刑事司法改革関連法案がきょう、衆院で可決、成立する見通しだ。密室での取り調べをガラス張りにして、強引な捜査を抑止する狙いがある。

 可視化により、供述が得にくくなるなど、捜査力の低下は否めない。このため、司法取引の導入や通信傍受の拡充も盛り込まれ、証拠収集の方法が多様化される。

 無実の元厚生労働省局長が逮捕された事件が、制度改正のきっかけとなった。新制度を適正に運用し、冤罪(えんざい)の防止と事件の着実な解決を図ることが肝要である。

 取り調べの可視化が義務づけられるのは、殺人などの裁判員裁判対象事件と、地検特捜部が手がける検察の独自捜査事件だ。

 いずれも、犯行を認めた供述の任意性や信用性が、裁判でしばしば争われる。それだけに、逮捕・勾留中の取り調べの全過程が記録される意義は小さくない。

 取り調べの映像は、捜査官による供述の誘導や強要がなかったかどうか、裁判官や裁判員が判断する手がかりになろう。

 法改正を視野に、検察・警察は可視化の試行を重ねてきたが、警察ではまだ、録画装置がすべての署に行き渡っていない。3年以内に予定される施行までに、体制整備を確実に進めてもらいたい。

 捜査の新たな切り札と言われているのが、司法取引だ。容疑者や被告が共犯者の犯行を明らかにすれば、見返りに、本人の起訴を見送ったり、求刑を軽くしたりする。2年以内に施行される。

 談合や汚職、薬物犯罪などで首謀者に関する供述を引き出す効果が期待される。一方、容疑者が自分の刑を軽くしようとして、虚偽の供述をする懸念は拭えない。

 取引の場に弁護人が必ず立ち会うよう、審議の過程で法案が修正された。透明性はある程度確保できるだろうが、弁護人は依頼人である容疑者の利益を最優先するだけに、無関係の人を巻き込むリスクは残るのではないか。

 検察が裏付け捜査を通じて、取引に応じた容疑者の供述の真偽を見極めることが欠かせない。

 実施件数が限られていた電話などの通信傍受の対象犯罪には、詐欺や窃盗など9罪種が加わる。傍受時に通信事業者の立ち会いを不要にし、使い勝手も良くする。

 警察は乱用を厳に慎み、テロや、巧妙化する詐欺など組織犯罪の摘発や予防につなげるべきだ。

オバマ氏訪越 「南シナ海」で対中連携強める

 南シナ海で人工島の軍事拠点化を加速させ、実効支配を拡大する中国への強い警告となろう。

 オバマ米大統領がベトナムを初めて訪問し、チャン・ダイ・クアン国家主席らと会談した。1975年のベトナム戦争終結後、米大統領の訪越としてはクリントン、ブッシュ両氏に続き、3人目である。

 オバマ氏は、「ベトナムは防衛に必要な装備を取得できるようになる」と述べ、武器禁輸措置を全面解除することを明らかにした。ベトナムの人権状況に懸念が残るとしているが、南シナ海情勢の緊張を受けて決断したのだろう。

 今後、米国製の偵察機やミサイルが供与されれば、中国の膨張主義的な海洋進出に対する抑止効果が高まるのは確実と言えよう。

 米越両首脳は、ベトナム海軍の能力を向上させるための協力強化や、米艦艇のベトナム寄港を増やすことなどでも一致した。

 ベトナムは、南シナ海のスプラトリー(南沙)諸島の領有権などを巡り、中国と対立する。力ずくで現状変更を図る中国の脅威に、米国と共同で対処することを確認した意義は大きい。

 米国防総省によると、中国がスプラトリー諸島で埋め立てた面積は昨年末で計約13平方キロ・メートルに達し、1年間で約6倍になった。

 レーダーや補給施設を整備するなど、恒久拠点化が最終段階に入ったとされる。正当な国際法の根拠もないまま、南シナ海のほぼ全域を支配する思惑ではないか。

 中国軍機が南シナ海で巡視中の米軍偵察機に異常接近し、飛行を妨害する事件も今月中旬に起きた。不測の事態を招きかねない危険な挑発行為だ。「米国が地域の安定を乱している」という中国の主張は、筋違いも甚だしい。

 オバマ氏は、中国の習近平国家主席に、南シナ海の軍事拠点化を中止するよう再三求めているが、独善的な姿勢に変化はない。

 米国が国際法に基づく「航行の自由」を体現する巡視活動を人工島周辺などで続けるだけでなく、ベトナムなど関係国と対中圧力を強める態勢作りが欠かせない。

 経済分野で中国を牽制するには環太平洋経済連携協定(TPP)を通じたベトナムと日米などの貿易・投資の拡大が寄与しよう。TPPの早期発効が求められる。

 南シナ海に臨むベトナムの戦略的要衝であるカムラン湾に4月、海上自衛隊の護衛艦が寄港した。日本も米国と緊密に連携し、ベトナムとの共同訓練など防衛交流を重ねることが肝要である。

2016年5月23日月曜日

AIやロボットで成長するために

 日本経済が停滞から抜け出す条件は何か。重要なのは成長エンジンとなるイノベーションを生み出すことだ。人工知能(AI)やロボットなどの次世代技術をてこに新産業を興し、雇用を創出する。そんな流れを早急につくりたい。

 インターネットが本格的に普及し始めて約20年。米国ではグーグルやフェイスブックといった新興企業が次々と誕生し、IT(情報技術)を活用したサービスや機器の市場を生み出してきた。

受け身で埋没した日本

 この間、日本企業は変化の波に受動的に対応するだけで、産業構造を塗り替えるようなイノベーションを起こせていない。結果としてITの世界における存在感は縮小し、日本経済全体の成長も力強さを欠くことになった。

 政府はこうした状況を反転させようと、2016年度から5年間の「科学技術基本計画」で約26兆円の研究開発費を投じると決めた。AIやロボットを駆使して国の競争力を高める目標を掲げる。

 だが、官がいくら旗を振り、予算をつけても、イノベーション創出の主役である企業や個人の動きが鈍ければ、掛け声倒れに終わる。日本のイノベーション力を底上げするには何が必要だろうか。

 一つは各企業が手持ちの技術や人材だけにこだわる自前主義から脱却し、他の企業や大学、研究機関と積極的に交流するオープンイノベーションの推進だ。

 ロボット産業の集積地として世界から注目される米マサチューセッツ州。ボストンとその周辺を中心に約200の関連企業が集まり、新たな製品や技術が続々と登場するが、その原動力はマサチューセッツ工科大など近隣の有力大学と企業の距離の近さだ。

 ビジネスとアカデミズムの壁を越えて人材や「知」が活発に往来し、最先端の研究成果が時をおかず企業の開発現場に降りてくる。「製造業とITの融合」を経営課題に掲げる米ゼネラル・エレクトリック(GE)が本社をボストンに移すのも、同地の「知のめぐりのよさ」が決め手となった。

 技術の前線が広がる中で、GEほどの有力企業でも大学や関連するベンチャー企業と協業しなければ、置いていかれる時代である。日本企業も内向きで閉鎖的な体質を改め、外部の研究者や企業とうまく連携するネットワーク構築能力を、言い換えれば「付き合いのよさ」を磨く必要がある。

 組織内である種の「緩さ」を許容することも大切だ。「ポスト・イット」など数々の画期的な製品で知られる米スリーエムには「業務時間の15%は会社の命じた業務でなく、自分の好きな研究に使っていい」というルールがある。

 VHS型VTRはかつて日本が生んだ世界的なヒット商品だが、これも正規の業務から生まれたものではない。映像技術に情熱を燃やす日本ビクター(当時)の何人かの技術者が自発的に開発に取り組んだのが、VHS誕生のきっかけだった。

 管理を強めれば業務効率は改善するかもしれないが、個々の社員の自由度は低下し、あっと驚くような発見や革新は生まれにくくなる。そんな二律背反の関係に、企業は自覚的であるべきだ。

 経営トップ自らがイノベーションに関わることも重要だ。米アップル創業者のスティーブ・ジョブズ氏のように経営者自身が新製品や新サービスを構想する例もある。そこまで直接的な関与ではないとしても、できることは多い。

経営者は感度を高めよ

 例えば社内で起業家的な人材を募り、資金や人員を与えて新ビジネスに挑戦させるのはどうか。収益責任に縛られる幹部クラスにはない斬新な発想や事業モデルが飛び出すかもしれない。トップの感度が上がれば、「自社にない技術を取り込むためにベンチャー企業を買収する」といった経営判断も素早く下せるようになる。

 政府には政府の役割がある。

 まず人材の育成だ。経済産業省によると、AIなど先端的なITに関わる人材が20年に約5万人不足する。小中学校から大学までITを学ぶ機会を増やしたり、資格制度の導入で社会人の技術習得を促したりして層を厚くしたい。

 社会が新技術を摩擦なく受け入れるためのルールづくりも重要だ。自動運転で事故が起きた際の責任の所在や、データ活用とプライバシー保護の両立など難問は多い。企業が安心して事業に取り組める環境整備に知恵を絞りたい。

 AIやロボットは社会の変革を促し、幅広い産業に影響を与える。国の総力を挙げてイノベーションに挑戦するときだ。

リニア提訴 納得えるまで対話を

 東京・品川―名古屋間で27年の開業を目指すJR東海のリニア中央新幹線計画の是非が、司法の場で争われることになった。沿線の住民ら738人が国の認可の取り消しを求め、先週末、東京地裁に提訴した。

 リニアは45年までに大阪へ延伸され、東海道新幹線に次ぐ大動脈になる予定だ。JRは3大都市を1時間強で結ぶ社会的意義を強調し、国や経済界、沿線都府県も後押ししてきた。

 ただ、リニアがもたらすのはメリットばかりではない。品川―名古屋間の86%をトンネルが占め、沿線では環境への影響を懸念する声が相次ぐ。

 裁判には、リニアの路線が通るだけの山間部の住民が多く加わった。

 リニアに意義があるとしても、沿線に不利益を甘受させてはならない。JR東海は住民の納得を得られる対話をしてきたか。改めて問い直すべきだ。

 沿線の住民側が問題視している点は多岐にわたる。

 工事で東京ドーム46個分、5680万立方メートルの残土が生じる。JRは主に公共事業で再利用してもらう方針だが、大半はまだ調整中だ。静岡県で明らかにされた残土置き場の候補地は南アルプスの山中にあり、生態系や景観に悪影響を及ぼしたり、土砂災害の原因になったりするのでは、との不安が強い。

 トンネルを掘る工事が地下水脈を変化させ、川の流量が減る恐れも指摘されている。

 これらはいずれも11~14年に実施された環境影響評価でも問題になった。JRは「適切な対策をとる」と繰り返してきたが、残土の再利用先といった肝心な回答は先送りし、計画の修正にもほとんど応じていない。

 リニア中央新幹線は整備新幹線と同じ法律に基づいて建設されるが、JR東海が経費を全額負担する民間事業だ。公費が投入されないため、国会でも計画の問題点がほとんど議論されないまま、国は認可した。

 型通りの手続きを踏んできたのに、懸念の声があがるのはなぜか。JRも国もそのことを重く受け止めるべきだ。

 着工が間近に迫ってきた地域でも、不安がいまだに大きい。全長25キロのトンネルの起点になる長野県大鹿村(おおしかむら)では、残土を運ぶダンプカーが1日1300台超も通る見込みで、村は着工前に道路を改良するよう求めている。同県南木曽町(なぎそまち)は環境保全に関する協定締結を要請したが、JRは難色を示している。

 沿線の願いは切実だ。十分な合意がないまま、工事を急ぐことがあってはならない。

刑事司法改革 この一歩をさらに前に

 犯罪捜査や裁判のあり方を大きく変える刑事司法改革法案が成立する運びとなった。

 どの角度から光をあてるかによって評価は割れる。ここは、多くの問題や懸念をはらみつつも、将来にむけて一歩を踏みだした改革と受けとめたい。

 内容は多岐にわたる。

 取り調べの全過程の録音録画を義務づける。ただし裁判員裁判で審理される事件などに限る▽他人の犯罪摘発に協力した見返りに、求刑などを軽くする司法取引を一部導入する▽通信傍受を認める対象犯罪を増やす▽検察官は手持ち証拠の一覧をつくり、弁護側に示す▽国費で弁護士をつけられる範囲を、すべての勾留事件に広げる――。

 法改正のきっかけは、検事が証拠品を改ざんした郵便不正事件や、強引な取り調べがうんだ数々の冤罪(えんざい)への反省だった。供述に過度に頼らなくても証拠を集められる手段として、司法取引などがメニューに入った。

 捜査当局が焼け太りした感は否めない。一方で録音録画の法制化や証拠開示ルールの整備など、人権保障の観点から一定の収穫があったのはたしかだ。

 郵便不正事件の被害者である村木厚子さんや日本弁護士連合会が、苦渋の決断で法案を支持した理由もそこにある。

 大切なのは、歩みをここで止めず、さらに進めることだ。

 例えば録音録画について、国会は、義務づけられていないケースでも極力実施するよう付帯決議で注文をつけた。国民の代表の声だ。当局は真摯(しんし)に受けとめ、実践する必要がある。

 たとえ新しい武器を手にしても、人びとの理解と信頼がなければ捜査は立ちゆかない。

 検察は郵便不正事件をうけ、「独善に陥ることなく、真に国民の利益にかなうものとなっているかを常に内省しつつ行動する」と宣言した。この原点に立ち返って、警察をチェックするとともに、みずから捜査・公判にのぞんでほしい。

 裁判所の役割も重い。

 録音録画が残されていない取り調べについては、供述の任意性や信用性をより厳しい目で審査することが求められる。司法取引によって万が一にも無実の人を巻きこんでいないか、通信傍受の要件を満たしているか、しっかり監視し、逸脱を許さないのも裁判官の使命だ。

 捜査側と弁護側が激しくぶつかり合い、改革が進まなかったのが刑事司法の長い歴史だ。

 今回、それが動いた。この火をともし続け、人権の保障と真相の解明という、難しい課題の両立にとり組まねばならない。

衆院選改革法 格差是正策を円滑に実施せよ

 3回連続で「違憲状態」とされた衆院選の「1票の格差」を、継続的に是正する仕組みを法制化した意味は小さくない。

 衆院選挙制度改革関連法が参院で、自民、公明の与党とおおさか維新の会などの賛成多数で可決、成立した。

 小選挙区の格差是正のため、10年ごとの国勢調査に基づき、「アダムズ方式」で都道府県定数を配分し直し、区割りを変更する。中間年の簡易調査後にも区割りを見直す。これが関連法の根幹だ。

 将来の人口変動にきめ細かく対応し、衆院選挙区画定審議会設置法が基本と規定する2倍未満に格差を収めることが可能になる。

 新制度が軌道に乗るまでには、様々な作業が必要だ。政府は、円滑な実施に努めてほしい。

 アダムズ方式の導入は、2020年調査以降になる。当面の格差是正策として、15年簡易調査に基づき、青森など6県の定数を各1減らす「0増6減」とともに、全国的に区割りを見直す。対象選挙区は80~90に上るとみられる。

 政府は17年の通常国会で、新たな区割りを盛り込んだ公職選挙法改正案の成立を図る見通しだ。

 アダムズ方式の導入後は、再び抜本的な区割り作業を行う。

 区割りは、地域の一体性や交通事情などを十分考慮する必要がある。頻繁な選挙区の変更は、議員と有権者のつながりを損ないかねない。衆院選挙区画定審議会には多角的な検討が求められる。

 政府や関係自治体は、有権者への周知を徹底してもらいたい。

 格差是正は、参院でも重要課題だ。今夏の選挙から、人口の少ない県と隣接県の「合区」が導入される。鳥取と島根、徳島と高知がそれぞれ1選挙区となる。これに伴い最大格差は約3倍になる。

 だが、合区には弊害もある。参院に代表を送れない県の声が国政に届きにくくなることだ。

 自民党内では、参院の改選時に各都道府県から最低1人を選出することを憲法に明記する案が出ている。参院議員を都道府県代表と位置付ける考え方である。

 与野党は、憲法改正を排除せず、人口減社会における衆参両院の役割分担や選挙制度のあり方について、議論を深めるべきだ。

 今は与党が衆参で多数を占めているが、かつて衆参ねじれ国会では、政治の停滞が深刻だった。

 法案の衆院再可決の要件緩和や衆参両院の賛成を要する国会同意人事の対象の絞り込みなど、「強すぎる参院」の是正にも取り組まなければなるまい。

高額新薬 保険財政守る議論を深めたい

 医療の進歩に伴い、有効性が高く、極めて高額な新薬が次々に登場している。医療費の膨張を抑えつつ、いかに必要とする人に恩恵を行き渡らせるか。新たな課題である。

 日本では、有効性と安全性が確認された医薬品は、原則として医療保険の適用対象となる。その費用は、通常3割の自己負担を除き、保険財政で賄われる。

 高額薬の使用が増えれば、保険財政は逼迫(ひっぱく)する。ひいては国民皆保険が崩壊しかねない。

 高額薬の問題で、特に注目を集めているのが、がん治療薬「オプジーボ」だ。免疫に働きかける新タイプの薬で、一部の患者に極めて効果が高い。

 ただ、患者1人が1年間使った場合の費用は3500万円に上る。5万人が使えば年1兆7500億円に達する計算だ。医療機関で処方される薬剤費の年間総額8・5兆円の2割にも相当する。

 なぜ、これほど高額なのか。

 既存の類似薬がないオプジーボのような新薬の価格は、開発コストや原材料費、対象となる患者数などを基に決定される。

 オプジーボは当初、患者の少ない皮膚がんの治療薬として承認されたため、価格が跳ね上がった。後に、患者の多い肺がんにも適用が拡大されたことで、医療費膨張への不安が増大した。

 厚生労働省は今年度、売上高が予想外に伸びた「ヒット新薬」の価格を大幅に引き下げる制度を導入した。オプジーボにも適用される見通しだが、引き下げは2年後の薬価改定時になる。

 薬価を迅速に適正化するため、対象疾患が拡大された時点で設定し直す方式を検討すべきだ。

 費用対効果を検証する試みも始まった。オプジーボなど7種類が対象で、既存薬と比較し、効果に対して価格が割高なら、厚労省は引き下げを求める方針だ。

 高額薬は保険外にする考え方もある。だが、必要な人が経済的理由で使えないとなれば、国民の理解を得られるだろうか。

 海外では、高額な新薬の利用を、他に有効な手段のない場合や既存薬が副作用で使えない患者に限定する国も多い。参考になる取り組みだ。厚労省と医療界は、対象者選別の診断基準や治療指針の作成に努めてもらいたい。

 高齢化が進む中、高額薬の登場は「数か月の延命に、どこまで費用をかけるのか」という難題を突き付けている。高額薬の利用に年齢制限を求める声さえある。タブー視せず、議論を深めたい。

2016年5月22日日曜日

G7は成長持続へ構造改革を忘れるな

 中国経済の行方など世界経済の先行き不透明感が残るなか、日米欧という先進国は成長の持続に向けて結束を保たねばならない。

 主要7カ国(G7)の財務相・中央銀行総裁会議が、各国の状況に応じて金融政策、財政政策、構造改革をバランスよく用いる方針を再確認したのは当然だ。

 中国経済を発端とする金融市場の混乱が続いていた2月時点と比べると、市場は落ち着きを取り戻しつつある。原油価格も底入れの兆しがあり、世界経済の下振れ懸念はひとまず薄らいだ。

 それでも6月の欧州連合(EU)離脱の是非を問う英国の国民投票の結果によっては、市場が再び混乱するリスクはある。英国を中心に非常時の対応に万全を期すとともに、日米なども必要に応じて支援する備えをしてほしい。

 経済協力開発機構(OECD)によれば、2016年の世界経済の成長率は前年と同じ3%にとどまる見通しだ。「若年層、高齢者、投資家にとって3%成長は不十分」(OECDのキャサリン・マン氏)というのは事実だろう。

 中国経済は減速し、ブラジルやロシアなどではマイナス成長が続きそうだ。先進国は世界経済のけん引役を求められているが、今回の会議でも具体策で各国の溝が埋まったとはいえない。

 為替政策をめぐる日米のさや当ては続く。財政政策ではドイツや英国が追加策に慎重で、積極的な日本との違いは明らかだ。

 財政政策は予算の「規模」だけが重要なわけではない。インフラや研究開発投資などに重点的に振り向け、予算の「質」を高める余地は各国とも大きい。G7は引き続き政策協調を探ってほしい。

 G7は高齢化による潜在成長率の低下という共通の課題に直面している。金融・財政政策で短期的に景気を下支えするのと同時に、長い目でみて経済の体質を抜本的に強化するための構造改革を忘れてはならない。

 米国は環太平洋経済連携協定(TPP)の承認に動くときだ。日本もTPP承認と働き方改革が急務だ。ユーロ圏は銀行の不良債権処理を加速し、民間資金を使ったインフラ整備も進めてほしい。

 26~27日にいよいよ主要国首脳会議(サミット)が開かれる。日本の消費増税の扱いと絡んで、財政出動ばかりに焦点があたるようでは困る。議長国日本はもっと構造改革に光をあてるべきだ。

ウナギの資源危機は去らず

 絶滅が心配な生物の国際取引を規制するワシントン条約締約国会議の事務局は、今秋3年ぶりに開く会合の議題を公表した。日本の消費量が多いニホンウナギや太平洋クロマグロを新たに規制対象に加える議案の提出はなかった。

 しかし、政府や水産関係者は当面の規制がなくなったことで安堵してはならない。いずれも資源状況は危機的であり、漁獲や流通で厳格な管理が急務だ。

 すでに条約で規制対象のヨーロッパウナギは稚魚の密輸が横行している。欧州連合(EU)はニホンウナギも対象に加える規制強化より、取引実態の把握と不正の排除を優先したとみられる。

 アジア地域に生息するニホンウナギの資源管理は日本や中国、韓国、台湾が2012年から枠組み作りを協議している。だが、養殖施設に供給する稚魚の数量制限には中国などが難色を示し、厳格な管理は実現できていない。協議に参加していない香港を経由し、大量の稚魚が日本に輸入される現状も指摘されている。

 ウナギは人工稚魚の生産も難航しており、アジア地域で年間3億匹必要とされる養殖用稚魚の供給はすべて天然資源に依存している。日本は各国・地域と協力し、資源管理の徹底と取引の透明化を急ぐべきだ。

 太平洋クロマグロの資源が激減した主因は、最大消費国の日本が過去何十年も未成魚の乱獲を続けたことにある。ワシントン条約で国際取引を規制しても、日本の未成魚乱獲が改善しなければマグロ資源は回復しない。米国などが提案を見送った理由とされる。

 日本近海を含む海域でマグロ類などを管理する国際機関、中西部太平洋まぐろ類委員会(WCPFC)は、日本などの加盟国が未成魚の漁獲量を02~04年平均の半分以下に抑えることを決めた。

 国内でも昨年から地域や漁法ごとに漁獲上限を定めたが、管理手法はまだ試行段階だ。資源危機は水産業の危機であることを認識し、漁業者も協力してほしい。

もんじゅ やはり廃炉にすべきだ

 高速増殖原型炉「もんじゅ」(福井県敦賀市)について検討している文部科学省の有識者検討会が先週、報告書案の議論に入った。

 機器の点検漏れなどが次々と発覚したため、原子力規制委員会が昨年11月、原子力研究開発機構(原子力機構)に代わる運営主体を探すよう馳浩・文科相に勧告した。それを受けての作業である。

 しかし、報告書の原案は具体的な運営主体について記さず、「研究開発段階炉の特性を踏まえた保全計画の策定・遂行能力がある」「社会の関心・要請を適切に反映できる」など、当たり前で従来も言われてきた条件を示すにとどまった。

 案は「これまで繰り返し改革に取り組んできたが、十分な成果が上がっていない」とも指摘する。今回に限って改革が成功し、もんじゅの管理が十分改善される理屈は見当たらない。

 年間200億円もの維持費がかかり、巨額になるのが必至の安全対策費は現時点で試算すら出せていない。もんじゅは、やはり廃炉にすべきだ。

 最大の問題は検討会でも指摘が出た通り、費用対効果の議論をしていない点だ。

 もんじゅを誰がどれほど必要としていて、運転のためにどれだけのお金を投じる用意があるのか。その検討がすっぽりと抜け落ちている。

 もんじゅはいまや、国の原子力政策でも微妙な存在だ。

 かつては、原発の使用済み核燃料からプルトニウムを取り出し、高速増殖炉で燃やす核燃料サイクル実現に向けた中核的施設という位置づけだった。

 だが、1995年のナトリウム漏れ事故以来20年以上もほとんど運転できていない、その間に核燃料サイクルの必要性は薄れる一方で、民間に高速増殖炉を望む声はないに等しい。3年前に文科省がまとめたもんじゅ研究計画では、高速炉より廃棄物対策での研究を前面に打ち出すしかなかった。

 それでも、政府がもんじゅの旗を降ろさないのは、核燃料サイクルに影響が及ぶことを警戒しているからだ。

 しかし、サイクルはもはや虚構に近い。政府がそう認めれば、各地の原発が抱える大量の使用済み燃料の処理問題が一気にクローズアップされるのが必至だ。それをごまかそうともんじゅを抱え続けるのでは、あまりに問題が大きい。

 廃棄物処理の研究は基礎段階だから小型実験炉で十分だし、その方が効率的だ。もんじゅを延命する理由にはならない。

熊本地震 ボランティアを息長く

 避難所の掃除、炊き出し、子どもの遊び相手。倒壊した家屋から家族写真や位牌(いはい)を捜しだす仕事……。行政の手が届きにくいことに、ボランティアが目配りし、手助けする。

 熊本地震の被災地では、全国各地から駆け付けた人たちが活動を続けている。目の前で困っている人に、すぐに手を差し伸べる。災害復興に欠かせないそんなボランティアの役割を、この機会に再認識したい。

 熊本県益城(ましき)町で活動するNPO法人「日本災害救援ボランティアネットワーク」(兵庫県)は、足湯のサービスをしながら被災者の声に耳を傾けている。手足のしびれを訴える人を医療関係者につないだり、スイカの収穫に人手が足りないと聞けば箱詰め作業を手伝ったり。

 「被災者のニーズは多種多様だ」と理事長の渥美公秀(ともひで)・大阪大大学院教授はいう。

 95年の阪神大震災では全国から延べ130万人以上がかけつけ、「ボランティア元年」と言われた。以来、様々な団体が新潟県中越地震や東日本大震災などで実績を重ねてきた。まず被災者に寄り添う。渥美教授たちの活動も経験に基づくものだ。

 今後、熊本では仮設住宅などへの移転が始まり、引っ越しの手伝いや移転先での支援も必要になってくる。だが、ボランティアを求める熊本県の15市町村全体で、大型連休中は1日3千人前後が集まっていたのに、最近は500人を切る日もある。

 息長く続けるためには、活動を支えるしくみも必要だ。

 文部科学省は先月、学生が安心してボランティアに参加できるよう、単位認定などで配慮を求める通知を各大学に出した。

 経験のない学生でも現地で活動し、得るものは多いだろう。大学側には積極的に学生を支援する姿勢を求めたい。

 企業の役割も大きい。経団連の昨年の調査では、アンケートに回答した企業の約半数にボランティア休暇制度があった。警備会社のALSOKは、数カ月単位で社員有志の派遣を始めた。長期的な支援のために、企業の継続性は強みだ。

 超党派の国会議員らでつくる全国災害ボランティア議員連盟は、被災地までの交通費や宿泊費を軽減する制度の創設を国に求めている。ボランティアの裾野を広げるという意味で検討に値するのではないか。

 災害ボランティアをすると、被災地の「サポーター」になる人が多いという。特産品を買い、再会を求めて旅行にも行く。交流が続けば、長く被災地を支えることにもなるだろう。

G7財務相会議 サミットで協調さらに深めよ

 不透明感を拭えない世界経済を安定成長に導くには、先進国が協調を強めることが重要だ。

 仙台市で開かれた先進7か国(G7)財務相・中央銀行総裁会議は、世界経済の持続的な成長を牽引(けんいん)していくため、金融政策と財政出動、構造改革の三つの政策手段を総動員することを確認した。

 G7各国は世界経済について、一時期より市場は安定したが、英国の欧州連合(EU)離脱問題などで先行きの不確実性は増しているとの認識を共有した。

 中国など新興国経済の減速傾向も続いている。G7が成長の先導役として、責任を果たしていく決意を示したのは当然だ。

 焦点だった機動的な財政出動を巡る議論では、積極的な日米と、財政規律を重んじる独英の溝は十分に埋まらなかった。多くの国から「財政出動はむしろ質が大事だ」といった声も相次いだという。

 各国の事情に応じて、成長に資する「質の高い投資」をどう促進していくか。今週の主要国首脳会議(伊勢志摩サミット)では、議長の安倍首相の主導で、議論を深める必要があろう。

 G7会議に合わせた日米財務相会談で、為替を巡る対立が解消しなかったのも気がかりだ。

 麻生財務相は記者会見で「(円相場の)この数週間は秩序立った動きとは言えない」と述べ、円高阻止の市場介入も辞さない考えを改めて示した。

 ルー米財務長官は「無秩序な動きと呼べる基準は極めて高い」として、介入を牽制した。

 日米の不協和音が高まれば、投機筋につけ込まれて為替相場の乱高下を招く恐れもある。金融市場の安定を最優先に、日米が丁寧に意思疎通を図ることが大切だ。

 G7会議は、タックスヘイブン(租税回避地)の実態の一端が明らかになった「パナマ文書」問題を受け、国際的な税逃れ対策の強化でも合意した。税務当局による口座情報の交換など、国際的な枠組みに多くの国の参加を促す。

 租税回避はただちに違法ではなくても、税への信頼を損なう。サミットで公正な国際課税のあり方の検討を進めるべきだ。

 テロ資金対策に関する行動計画もまとめた。G7間の情報交換の強化や、税関に申告せずに他国に持ち出せる現金の上限額引き下げなどが柱だ。

 テロ組織を追い詰めるには、国境を超えた資金の流れを断たねばならない。G7以外にも協調行動を広めたい。

台湾蔡新総統 対中「現状維持」の意思示した

 台湾海峡の緊張を高めようとする中国との間で安定した関係をどう築くのか。台湾の新政権が直面する課題は重い。

 「台湾独立」志向の強い民進党の蔡英文主席が総統に就任した。対中融和を性急に進めた馬英九・前総統の国民党から8年ぶりの政権交代である。

 蔡氏は就任演説で、中台関係について、「平和的で安定した発展を引き続き推進していかねばならない」と強調した。当局間の対話などを念頭に、「現行メカニズムの維持に努める」とも述べた。

 総統選で掲げた公約通り、「独立」でも「統一」でもない、「現状維持」を目指す意思を鮮明にしたと言えよう。

 蔡氏の圧勝は、住民の大半が「現状維持」を望んでいるとの民意の反映である。特に若い世代には、中国と台湾は別だとする「台湾人意識」が広がっている。

 経済の中国依存が強まる中、蔡氏は、中国と一定の距離を保ちながら、経済成長を実現するという難しい舵かじ取りを迫られる。

 中国の習近平政権は、中台双方が「一つの中国」の原則を認めたとされる「1992年合意」の受け入れを蔡氏に求め、政治・経済両面で牽制(けんせい)してきた。

 蔡氏は、中台関係発展の政治的基礎として、中台の窓口機関同士が92年に会談し、若干の共通認識に達したことを挙げた。その「歴史的事実を尊重する」とも語り、中国に配慮を示したが、合意内容については言及しなかった。

 中国政府は「92年合意を明確に認めていない」とする談話を出した。一段と圧力を強めるなら、中台関係の緊張は避けられない。

 中国は3月、かつて台湾と外交関係のあった西アフリカのガンビアと国交を樹立した。友好国の切り崩しなどで、台湾外交をさらに圧迫する狙いもあろう。

 中国人観光客の訪台を制限するなどの揺さぶりも続いている。こうした振る舞いは、台湾海峡、ひいてはアジアの安定に責任を持つ大国のものとは言えまい。国際社会の不信感が高まるだけだ。

 習政権には、当局間対話や経済交流の継続こそが求められる。

 馬氏は先月下旬、日本の沖ノ鳥島の排他的経済水域(EEZ)における台湾漁船の拿捕(だほ)を受け、対日強硬姿勢を打ち出した。

 岸信夫衆院外務委員長ら自民党議員が今月初め、蔡氏と会談したのは、ギクシャクした日台関係を仕切り直すうえで役立とう。日本は米国と緊密に連携し、台湾と協調を深めることが肝要である。

2016年5月21日土曜日

米軍絡みの犯罪防止に全力を

 沖縄で若い命がまた失われた。なぜ米軍絡みの凶悪犯罪はなくならないのか。事件があるたびに米政府は綱紀粛正を誓うが、長続きしない。地域の一員であるという意識が不足しているからではないか。日米両政府は沖縄県民の心情に寄り添い、本気で犯罪をなくす努力をすべきだ。

 安倍晋三首相は「非常に強い憤りを覚える。徹底的な再発防止など厳正な対応を米国側に求めたい」と語った。ことばだけに終わらせないでほしい。

 米軍は米本土から新しい兵隊が送り込まれてくるたびに「基地外で泥酔するな」などと厳命する。沖縄が先の大戦の激戦地で、米軍への悪感情を持つ人が多いことも教える。「これ以上は打つ手がない」。そう漏らす米軍幹部に会ったことがある。

 本当にそうか。米軍内に沖縄は自分たちが戦争で勝ち取った場所という意識はない、といえるだろうか。同じ島で生活する仲間という気持ちがあれば、このような蛮行ができるはずはない。

 事件の容疑者は基地で働く軍属だが、もともとは海兵隊員だ。在日米軍絡みの犯罪では、海兵隊が最も多いのは事実だ。日米は2006年、沖縄の海兵隊のうち約8000人を14年中にグアムに移すことで合意したが、施設整備の遅れなどで予定通り進んでいない。

 この移転は海兵隊が使う普天間基地の県内移設とは本来連動しておらず、遅れは移設反対運動のせいとはいえない。沖縄県民からすれば、米兵犯罪の温床を取り除く努力を日米両政府が怠っているようにしか見えない。

 「間が悪い」。安倍政権内にこんな声があるそうだ。オバマ米大統領の来日が近い時期、という意味だろうが、帰ったあとならば起きてよかったのか。県民感情を逆なでするような見方だ。

 「しっかり対応してもらった」と県民が思う振る舞いを日米両政府はできるか。普天間移設のハードルがさらに高くなるかどうかの正念場である。

中国とのつきあいに腐心する台湾新総統

 台湾の新総統に民進党の蔡英文氏が就任した。中国と距離を置く民進党による8年ぶりの政権奪回である。台湾の行方は、アジア・太平洋の経済、安全保障に大きな影響を及ぼす。初の女性総統による新思考に基づく政権運営に期待したい。

 国民党の馬英九前総統は昨年、中国共産党の習近平総書記(国家主席)とのトップ会談に踏み切るなど、中国大陸との関係強化を進めた。だが、台湾の有権者は急速な対中接近を警戒。台湾の景気低迷への批判も加わり、台湾独立志向の民進党に政権を託した。

 就任演説の注目点は中国大陸との付き合い方だった。大陸側は1992年の会談で中台を不可分の領土とする「一つの中国」の原則を確認したとしている。この「92年コンセンサス」を認めるよう台湾新政権に迫るとともに、「一つの中国」を前提としていると見なす現行憲法の尊重も求めていた。

 蔡総統は、92年に会談した事実と、若干の共通認識に言及し、引き続き平和的で安定した中台関係の発展を目指すとした。「現行の憲政体制」にもあえて触れた。「一つの中国」は認めなかったものの、一定の範囲で中国側の主張にも配慮する工夫が見られる。

 中国との関係で新しい世代の考え方を取り入れる「新思考」を探る一方、安定的な政権運営に腐心する様子がうかがえる。「現状維持」を望む有権者の声にも耳を傾ける努力は評価に値する。

 問題は中国大陸側の反応だ。武力行使の可能性をにじませる威圧的な態度をとることもあったが、それが逆効果なのは先の台湾総統選で証明されている。中国にはアジアの安定に資する慎重な行動を望む。

 台湾経済は輸出の不振で低迷している。中国経済の減速も響いた。総統選の結果が判明した後は、中国当局の意向もあり、中国からの観光客は大きく減っている。

 蔡政権にとっては構造改革を通じた経済立て直しが大きな課題だ。演説で触れた環太平洋経済連携協定(TPP)への参加も積極的に検討すべきだろう。

 蔡総統は日本や米国など民主国家との緊密な協力も強調した。日本と台湾の間に外交関係はない。とはいえ台湾の鴻海(ホンハイ)精密工業がシャープを買収するなど経済関係は強まりつつある。今後も経済、文化、人の交流の面で密接な関係を築く必要がある。

元米兵逮捕 基地を減らすしかない

 沖縄県民は幾度、おぞましい事件に直面しなければならないのか。

 うるま市の女性(20)が遺体で見つかり、米国籍で元米兵の男(32)が死体遺棄容疑で県警に逮捕された。男は女性殺害をほのめかしているという。

 元米兵は米軍嘉手納基地で働く軍属である。現役の兵士ではないが、米軍基地が存在しなければ起きなかった事件だと言わざるを得ない。

 太平洋戦争末期に米軍が沖縄に上陸して以降、米軍統治下の27年間も、72年の日本復帰後も、沖縄では米軍人・軍属による事件が繰り返されてきた。

 県警によると、復帰から昨年までの在沖米軍人・軍属とその家族らによる殺人や強姦(ごうかん)などの凶悪事件は574件にのぼる。

 事件のたびに県は綱紀粛正や再発防止、教育の徹底を米軍に申し入れてきた。だが、いっこうに事件はなくならない。

 全国の米軍専用施設の75%近くが集中する沖縄で、米軍関係者による相次ぐ事件は深刻な基地被害であり、人権問題にほかならない。これ以上、悲惨な事件を繰り返してはならない。そのためには、沖縄の基地の整理・縮小を急ぐしかない。

 95年に起きた米海兵隊員らによる少女暴行事件を受けて、全県で基地への怒りが大きなうねりとなった。その翌年、日米両政府は米軍普天間飛行場の返還で合意したはずだった。

 だが20年たっても返還は実現せず、日本政府は名護市辺野古沿岸に移設する県内たらい回しの方針を変えようとしない。

 日本の安全に米軍による抑止力は必要だ。だがそのために、平時の沖縄県民の安全・安心が脅かされていいはずがない。

 たび重なる米軍関係者による事件は、そうした問いを日本国民全体に、そして日米両政府に突きつけている。

 日本政府が米政府に再発防止を強く求めているのは当然だ。来週、主要国首脳会議(伊勢志摩サミット)のために来日するオバマ大統領にも、安倍首相から厳しく申し入れてほしい。

 だがそれを、一連の外交行事が終わるまでの一時しのぎに終わらせてはならない。

 長く県民が求めてきた辺野古移設の見直しや、在日米軍にさまざまな特権を与えている日米地位協定の改定も、放置されてきたに等しい。

 地元の理解のない安全保障は成り立たない。こうした県民の不信と不安を日本全体の問題として受け止め、幅広く、粘り強く米側に伝え、改善の努力を始めなければならない。

台湾新総統 民意に沿う現状維持

 中国と台湾の関係は、アジアの平和と安定を考える上で鍵をにぎる問題の一つである。

 きのう台湾の新総統に就いた蔡英文(ツァイインウェン)氏(59)が、亜熱帯の陽光のもと、総統府前広場で演説し、対中関係を語った。

 蔡氏は、過去を踏まえ、安定的な発展を進めると誓った。つまり、現状維持の宣言である。穏当な姿勢を歓迎したい。

 中台関係は複雑であり、慎重な対応を要する。中国は台湾を自国の一部とみなし、祖国統一をめざしている。いわゆる「一つの中国」の原則である。

 台湾では二大政党のうち、国民党は「中華人民共和国」ではなく「中華民国」として「一つの中国」を認める。一方、蔡氏ら民進党は「台湾は中国とは別の国家」とし、この原則を認めない。

 そこで中国側は「92年コンセンサス」を蔡氏に突きつけた。1992年に中台の交渉当事者間で「一つの中国」を確認したとされるやりとりを指し、その受け入れを求めた。

 演説で蔡氏は「92年コンセンサス」という言葉は使わなかった。その代わり、92年に「若干の共同認知と了解に至った。これは歴史の事実」と述べた。

 中国側は不満が残るかもしれない。だが、蔡氏は台湾独立をめぐる自党の立場表明も抑えている。最大限の歩み寄りを図ったと評価すべきだろう。

 台湾住民の多くは、中国との交流を重視する一方、台湾としての主体性も大事にする。だから、統一か独立かは遠い将来の課題とし、現状維持が最適と考えている。

 蔡氏の演説は、そうした民意のバランス感覚を誠実にくみ取ったものといえる。

 中台関係の現状維持は、周辺国にとっても安心材料だ。台湾は沖縄や尖閣諸島に近く、スプラトリー(南沙)諸島で最大の自然島を実効支配している。東シナ海と南シナ海の安定に欠かせない存在であり、日本の安全保障に直結する。

 蔡氏は演説で、東・南シナ海問題について「争いを棚上げして共同開発を」と、冷静な対応を求めた。その訴えを、中国は真剣に受け止めるべきだろう。現状変更を志向しているのは、海軍力を強化し、岩礁を埋め立てる中国のほうだからだ。

 日本と台湾との間では、前政権下で投資協定、租税協定、漁業協定といった成果が積み重ねられた。経済面は補完関係が強く、高齢化、多発する自然災害、原発問題など共通課題も多い。蔡政権のもとで日台協力がさらに進むよう期待したい。

成長戦略 経済底上げの具体策を示せ

 高い数値目標を並べるだけでは足りない。肝心なのは、着実な達成への具体策である。

 政府の産業競争力会議が、アベノミクスで4回目の成長戦略「日本再興戦略2016」をまとめた。

 情報通信技術(ICT)や人工知能(AI)を活用して生産性を高める「第4次産業革命」の推進など、官民を挙げて取り組む重点10分野を明示している。

 名目国内総生産(GDP)を500兆円から600兆円に引き上げる政府目標をにらみ、健康立国26兆円、環境投資28兆円など、具体的な市場創出額も掲げた。

 安倍首相は、「新しいビジネスが生まれ、あらゆる産業が一変する可能性がある。スピード勝負で取り組む」と強調した。

 人口減少などで日本の潜在成長率は0%台前半に低迷している。生産性向上や市場育成で、成長力を底上げする狙いは妥当だ。

 GDPの足踏み状態が続くなど、日本経済の現状は厳しい。金融緩和、財政出動、成長戦略の「3本の矢」でスタートしたアベノミクスが、息切れしてきたとの指摘も出ている。

 最大の要因は、3本目の矢の成長戦略が、十分な効果を上げていないことである。アベノミクスの立て直しには、成長戦略の深化と断固とした実行が欠かせない。

 実効性を高めるカギは、安倍首相が成長戦略の「一丁目一番地」と位置付けてきた規制改革だ。だが、政府の規制改革会議の答申は、物足りなさが否めない。

 農業分野では、バター不足の原因とされる生乳流通制度に関する改革が大きく後退した。

 3月の原案は、農協団体を通じた取引にだけ補助金を交付する「指定団体制度」の廃止を打ち出したが、農林族議員や農業団体の反発を受け、「抜本的改革を検討」との表現にとどまった。

 農協が農家に販売する資材や肥料が、民間の量販店より割高だとされる問題の改善策も、結論が今秋に先送りされた。今夏の参院選公約を意識したのだろうか。

 雇用分野も踏み込み不足だ。

 成長産業への人材移動を加速する労働市場改革が急務なのに、職場情報のデータベース整備、インターンシップ活用など、迫力に欠けるメニューが目立つ。

 既に決まった施策の停滞も見過ごせない。成果に応じて賃金を決める「脱時間給」制度の関連法案は今国会成立が見送られた。

 政府は、各施策の進捗状況をしっかりと点検すべきだ。

沖縄米軍属逮捕 再発防止へ厳正対応が必要だ

 残虐で、許し難い犯行である。在日米軍には、実効性ある再発防止策の徹底を求めたい。

 沖縄県うるま市の20歳の女性が4月下旬から行方不明になっていた事件で、沖縄県警が米軍属の32歳の男を逮捕した。恩納村の雑木林に女性の遺体を遺棄した容疑だ。

 男は容疑を認め、女性の首を絞め、刺したとの趣旨の供述もしているという。男は元海兵隊員で、今は米軍嘉手納基地でインターネット関連の業務に就いている。

 県警は、犯行に至る経緯や動機など、事件の全容解明に向けて捜査に全力を挙げてもらいたい。

 安倍首相が「非常に強い憤りを覚える。今後、徹底的な再発防止など厳正な対応を米国側に求めたい」と語ったのは当然である。

 今回の事件で看過できないのは27日のオバマ米大統領の広島訪問に対する影響だ。日米同盟を新たな段階へ導く歴史的な訪問に、深刻な影を落としかねない。

 男の逮捕当日、岸田外相はケネディ駐日米大使に対し、「卑劣で残忍な凶悪事件で、極めて遺憾だ」と申し入れた。中谷防衛相もドーラン在日米軍司令官に抗議した。矢継ぎ早の対応は、日本政府の強い危機感の表れだろう。

 ケネディ氏は、「沖縄県警や日本政府に全面的に協力する」と岸田氏に約束した。米側も、オバマ氏の来日をより意義深いものにするとの問題意識を共有し、真剣に対応していると言える。

 沖縄では、米軍関係者による凶悪犯罪が繰り返されてきた。

 2012年10月に海軍の兵士2人が集団強姦致傷容疑で逮捕され、その後、実刑判決を受けた。今年3月にも、海軍兵1人が準強姦容疑で逮捕されている。

 不祥事の度に、米軍は再発防止を約束した。12年の強姦事件後には、日本に滞在する全軍人に夜間外出禁止令を発し、軍人・軍属への再教育も表明した。

 それでも事件が続くのは、過去の対策が不十分だったからだ。米軍の教育が有効に機能したのか、本格的に検証する必要がある。それを踏まえ、効果的な綱紀粛正策を実施しなければならない。

 沖縄県の翁長雄志知事は「基地があるがゆえの事件が起きてしまった」と述べた。今回の犯行は男の勤務時間外であり、日米地位協定上の問題は生じていない。事件を普天間飛行場の辺野古移設と絡めて政治利用してはなるまい。

 日米両政府は、米軍基地の整理縮小など、沖縄の負担軽減策を着実に実行していくべきだ。

2016年5月20日金曜日

懸案から逃げた通常国会

 通常国会は10日余りの会期を残し、主要国首脳会議(伊勢志摩サミット)を控えて早くも店じまいムードとなっている。経済や外交の課題が山積するなか議論は深まらず、多くの重要法案の処理が先送りされる見通しだ。これほど成果が乏しい国会は珍しく、与野党は接点を見つける努力をぎりぎりまで続けるべきだ。

 安倍晋三首相は18日、今国会で初の党首討論に臨んだ。民進党の岡田克也代表は2017年4月の消費税率の10%への引き上げについて「もう一度先送りせざるを得ない状況だ」と指摘し、経済政策の失敗を反省するよう迫った。共産党の志位和夫委員長やおおさか維新の会の片山虎之助共同代表も増税反対で足並みをそろえた。

 首相は「アベノミクスは功を奏している」と賃上げなどの実績に触れて反論し、増税先送りの有無は明言を避けた。日本経済は基本的に堅調だと訴えつつ、増税の延期に含みを持たせる苦しい答弁ぶりだった。

 岡田氏は憲法9条の改正阻止を7月の参院選の争点とする考えも示した。首相は対案を示さない野党側を批判する一方で、政府・与党の今後の対応への明言を避けたため議論は深まらなかった。

 党首討論は2000年に正式導入されたが、頻度はどんどん下がっている。会期末に駆け込みで開く対応を改め、もっと積極的に論戦の舞台にすべきではないか。

 今国会の焦点だった環太平洋経済連携協定(TPP)の承認案や関連法案は継続審議となる。「1票の格差」を是正する衆院選挙制度改革法案や取り調べを可視化する刑事訴訟法改正案は成立する見通しだが、年金改革法案や労働基準法改正案などの成立は難しい。

 55本に絞り込んだ政府提出法案の成立率は昨年の88%を大きく下回る見通しだ。4月中旬に熊本地震が発生して災害対応を優先した面はあるものの、参院選を前に難しい法案の審議を避ける姿勢が目立った。緊張感を欠いた国会運営の責任は与野党双方にある。

将来不安を拭わずに景気は上向かない

 2四半期ぶりのプラス成長だが実力を映す数字とはいえない。

 2016年1~3月期の国内総生産(GDP)速報値は前期に比べて年率換算で実質1.7%増だった。今年はうるう年で2月が1日多い。そのかさ上げを除けばゼロ%台半ばの低成長にとどまると多くの民間機関が指摘する。

 最近のGDP統計は後に出てくる改定値が大きく振れることが多い。速報値が景気の現状を必ずしも正確にとらえない例もある。そのことにも留意したうえでGDPの内訳をみると、民間の設備投資が1.4%減と3期ぶりにマイナスになったのが目立つ。

 今年初めから世界の金融市場が混乱し、円高や株安が進んだ。中国や新興国の減速など世界経済には不透明感が強い。3月の機械受注統計も4~6月期の見通しがマイナスだ。底堅かった設備投資の変調は企業の景気に対する心理の悪化を映しており、心配だ。

 個人消費は0.5%増と2期ぶりのプラスになったが、うるう年効果を除くと横ばい程度だろう。期間中の雇用者報酬が1.3%増えた割には低迷している。輸出は訪日外国人の消費を含めて増え、輸入は減った。外需がGDPを押し上げた面もある。

 15年度のGDPは物価の変動も含めた名目値で2.2%増と政府経済見通しの2.7%を下回った。21年度までに名目GDPを600兆円に増やす政府目標への道は出足から険しさが増した。

 民間部門の活動が振るわない原因には、将来への不安が企業や家計に広がっている問題もある。

 1つは社会保障の持続性への不安だ。企業と働き手が払う健康保険料などの社会保険料がなし崩しで上がり、家計を圧迫する。来春予定の消費税率引き上げに再延期論が強まっているが、単なる先延ばしでは不安は解消しない。

 2つ目は成長力への疑問だ。日本経済の実力といえる潜在成長率は0.2%程度と推定される。地力がゼロ近辺ではGDPが四半期ごとにプラスとマイナスを行ったり来たりするのは当然だ。

 政府は成長力の強化につながる労働や農業の規制改革などを迅速に実行に移す必要がある。付け焼き刃の需要追加策では心理は改善しない。日銀の金融緩和、成長につながる財政支出、そして構造改革による経済の体質改善を組み合わせてこそ、企業や家計の投資や消費への意欲を引き出せる。

1億活躍プラン 保育と介護の不安なくしたい

 子育てや介護への不安を解消し、国民一人一人が仕事や家庭で充実した日々を送る。それが日本の活力につながる。

 政府が、少子高齢化の克服を目指す「1億総活躍プラン」案をまとめた。

 「出生率1・8」「介護離職ゼロ」へ向けた対策と、多様な人材の活躍を可能にする「働き方改革」への取り組みが柱だ。これらを実現するための今後10年間の工程表も提示している。

 子育てや介護への支援を強化することで、女性や中高年の働き手を増やす。国民に安心感をもたらして消費を促し、中長期的には人口減に歯止めをかける。プランが1億総活躍を「究極の成長戦略」と位置づけたのは理解できる。

 プランでは、人手不足が深刻な保育士の確保策として、2%の賃金引き上げを打ち出した。月6000円程度になる。技能・経験を積んだ保育士には、月4万円程度を上乗せする。

 介護職については、賃金を月平均1万円引き上げる。いずれも、来年度から実施する。

 保育士、介護職ともに、平均月給は全産業平均より月10万円以上も低い。それが人手不足の大きな要因だ。保育・介護サービスの拡充に向けて、具体的な処遇改善策を示した点は評価できる。

 ただ、他産業との隔たりは依然として大きい。人材を確実に定着させるには、さらなる賃上げも検討すべきだろう。

 処遇改善で最大の課題は、財源の確保である。今回の対策に要する2000億円規模の確保策もプランには明記されていない。政府は安定財源を示す必要がある。

 保育士の配置を手厚くするなど「保育の質の向上」への言及が乏しいことも、物足りない。

 社会保障・税一体改革で配置基準の改善などが約束されたのに、財源不足で一部しか実現していない。3月に、既存施設の定員枠拡大などの待機児童対策が公表されたことで、保育の質の低下に対する懸念が増幅している。

 子供を安心して預けられる環境を整備しなければ、女性の活躍促進はおぼつかない。

 働き方改革では、雇用形態で賃金差をつけない「同一労働同一賃金」実現のための法改正や、長時間労働是正へ向けた時間外労働規制の再検討を掲げたが、その中身は今後の議論に委ねた。実効性ある施策につなげてもらいたい。

 プランを、今夏の参院選向けのアピールに終わらせず、着実に具体化していくことが重要だ。

党首討論 岡田氏は護憲を貫くつもりか

 参院選を前に、自民、民進両党の憲法観や安全保障観の違いが明確になったのではないか。

 今国会で最初の党首討論が行われた。

 安倍首相は憲法改正について、「自民党は憲法改正草案をまとめ、たたき台として一石を投じた」と強調した。民進党が具体案をまとめていないことも批判した。

 民進党の岡田代表は「草案を出すつもりはない」と明言した。

 憲法は今年11月、公布70年を迎える。様々な改正の論点が浮上している。首相が国会での改正論議の活性化を求めたのは妥当だ。

 岡田氏の消極姿勢の背景には、党内に改憲派と護憲派が混在し、意見集約しづらい事情もあろう。だが、岡田氏は従来、改正にもっと前向きだったはずだ。より良い最高法規を追求する作業を最初から放棄するのは無責任である。

 岡田氏が「憲法9条を当面変える必要がない」と語り、集団的自衛権の全面的な行使を認めない考えを表明したのも疑問だ。

 中国の海洋進出や北朝鮮の核・ミサイル開発で、日本の安全保障環境は確実に悪化している。

 昨年9月成立の安保関連法は、集団的自衛権の限定行使を容認しただけで、制約が厳しい。日米同盟を強化し、抑止力を高めるため、9条改正は依然、重要課題だ。

 首相が自民党改正草案について「平和主義は貫かれている」と指摘したように、9条改正と平和主義は矛盾するものではない。

 来年4月に予定される消費税率10%への引き上げについて、岡田氏は「消費が力強さを欠く中、先送りせざるを得ない」と主張した。2020年度の基礎的財政収支の黒字化目標堅持、軽減税率の白紙化など4項目の条件も示した。

 一方、「消費税を上げられる状況に持っていくとの(14年の衆院解散時の)約束が果たされないなら、内閣総辞職くらいの責任がある」と述べ、首相を牽制した。

 参院選に向けて、経済政策アベノミクスの「失敗」を印象付ける狙いがあるのだろう。

 首相は、増税について「リーマン・ショック、大震災級の影響がある出来事が起こらない限り、予定通り行う。適時適切に判断したい」との従来見解を繰り返した。

 消費増税には、14年4月の8%への増税時のように、内需を再び冷え込ませるリスクが伴う。無論、経済再生と財政健全化を両立させる視点も忘れてはならない。

 再増税の是非については、世界経済の動向を含め、多角的かつ慎重な検討が求められよう。

2016年5月19日木曜日

生産性上げる働き方改革を促せ

 勇ましい名前のわりには物足りなさが否めない。政府がまとめた「ニッポン一億総活躍プラン」のことだ。

 子どもを産み育てやすい環境を整え、仕事と介護を両立させ、高齢になっても働き続けられる社会をめざすとの趣旨に異論はない。少子化対策や働く人を増やすことは、人口減少という供給面の制約を乗り越え、日本経済の潜在成長率を高めるために欠かせない。

労働規制の見直しを

 問題はプランのメニューが的を射ているかだ。子育てや介護の支援では欧米に比べ際立つ長時間労働を改める必要があるが、出てきた是正策は効果に疑問符がつく。

 全体的に企業の働き方改革を後押しする施策をもっと充実させるべきではないか。労働規制の見直しを中心に練り直し、実効性のあるものにするよう求めたい。

 プランで評価できる点はある。一例は非正規で働く人たちの待遇改善だ。仕事が同じなら賃金を正社員と同じにする「同一労働同一賃金」の実現をめざすとした。

 日本のパートの賃金は正社員を中心としたフルタイム労働者の6割にとどまり、8~9割の欧州より低い。収入が低いと子どもを産み育てる意欲が薄れるとの指摘もある。処遇向上は意義がある。

 ただし前提として重要なのは、生産性の向上である。働く人が自らの生産性を高め、それに伴い賃金が上がっていくという形でなければ、企業による待遇改善は長続きしない。非正規労働者の自発的な能力開発に対する支援や職業訓練の充実にも政府は力を入れるべきだ。

 長時間労働の是正策は、十分かつ持続的な効果があるかが問われる。労働基準監督署が立ち入り調査に入る際の残業時間の目安を1カ月100時間から80時間に下げるとしたが、こうしたやり方には限界があろう。

 1人あたりの年間労働時間はドイツが1300時間台、フランスが1400時間台なのに対し、日本の正社員は2000時間超で高止まりしている。

 長時間労働の悪影響は深刻だ。第1子出産を機に女性の6割が離職する現実がある。管理職への昇進をためらう人も少なくない。男性が子育てや家族の介護に積極的に参加するうえでも、長時間の残業は障害になる。時間外労働を根本から抑える手立てが要る。

 一定の規制強化は必要だろう。現在は労使で協定(三六協定)を結べば時間外や休日労働が認められるが、政府はこの制度を再検討するとした。特別条項付きの協定なら月45時間を超える時間外労働が可能になっており、この点の見直しが求められるのは確かだ。

 同時にメリハリのきいた働き方を広げるための労働規制改革も、長時間労働を減らすには必要だ。

 働く時間でなく成果に対して賃金を払う「脱時間給」制度を新設する労働基準法改正案を早く成立させなくてはならない。企業と社員に多様な働き方の選択肢を用意することが重要だ。規制の緩和と強化をうまく組み合わせたい。

 気になるのは企業への資金支援が目に付くことだ。高齢者の就労支援として、65歳以降の継続雇用制度を導入した企業などへの助成を拡充する。だが予算を確保できなくなったとき、雇用を打ち切る企業が出てくる心配はないか。

民間の力を生かそう

 定年後も同じ会社で働く仕組みだけでなく、定年前を含め、別の企業や仕事に移って働き続ける道を選べるようにすることも大切だ。人材が需要のある分野に移っていきやすい柔軟な労働市場の整備が求められる。転職支援など人材サービスを活発にする職業紹介への規制の改革を急ぐべきだ。

 政府は保育の受け皿を来年度までに50万人分整え、保育士と介護士について、人手不足を和らげるため給与の引き上げを決めた。あわせて、どう財源を確保するかの議論も必要だ。

 処遇改善には民間の力を活用することも大事だ。介護では保険外の市場を育て、事業者の創意工夫で多様なサービスを提供することで収益を拡大し、働き手の収入を増やすという方法もある。

 保育も株式会社などの参入を促し、競争を通じて保育サービスの質を高めることで、保育士の賃金を上げていくことが可能だ。

 今回のプランに総じて足りないのは、生産性を上げることによって賃金上昇や雇用拡大が実現するという市場メカニズムの活用だ。正規、非正規や年齢などの違いを問わない。そこを政策の軸に据えなければ、「一億総活躍」は看板倒れになりかねない。

会期末の国会 議論不発で参院選へ

 この国会で最初で最後となるだろうきのうの党首討論で、焦点となったのは憲法改正と消費税率引き上げの是非だった。

 安倍首相は在任中の改憲に意欲を示してきた。では、具体的にどう進めていくのか。その点での首相の発言には首をかしげざるを得なかった。

 首相はきのうも「大切なのは国会の憲法審査会で議論することだ」と繰り返した。ところが、自民党は今国会では衆院の憲法審査会では実質審議は行わず、参院で参考人質疑が1回行われただけだ。

 参院でも3分の2の改憲勢力を確保したい一方、憲法にばかり光があたれば、選挙で不利になりかねない――。自民党が憲法審査会での議論を封印した背景には、首相の意欲とは矛盾する自民党のジレンマがある。

 きのうの討論で民進党の岡田代表は、集団的自衛権の行使に制限をつけない自民党の9条改正草案は、現憲法の平和主義に反すると指摘した。首相はこれには直接答えず、民進党も改正草案を出さなければ議論のしようがないと批判した。

 首相のこの論法には賛同できない。「9条を当面変える必要はないと思うから案はない」という岡田氏の方が正論である。

 一方、来年4月に予定されている消費税率引き上げについて岡田氏は「消費が力強さを欠く中、先送りせざるをえない状況だ」と明言した。岡田氏は、19年4月には10%に上げるとしたうえで、それまでの間に必要となる社会保障の充実策の財源には赤字国債をあてるという。

 参院選をにらみ、自民党内でも先送り待望論が強い。そうしたなか、先送りをすべきかどうか、いつ表明するかに苦慮する首相の機先を制したいということなのだろう。

 だが、消費増税で負担増を広く分かちあおうという「税と社会保障の一体改革」の3党合意は、旧民主党も当事者だ。

 一時的にせよ赤字国債に頼る姿勢が財政規律を失うことにつながらないか、議論が足りないまま、唐突に先送りを表明したのは理解に苦しむ。

 この国会を通じて、与野党の論戦は総じて低調だった。

 安保法制施行に伴う自衛隊への任務追加も、政府が参院選後に先送りした結果、議論は乏しかった。熊本地震の影響もあったにせよ、環太平洋経済連携協定(TPP)の承認案は継続審議となる。

 参院選でいかにマイナスにならないように振る舞うか。そんな目先の思惑を見せつけられた感の強い国会である。

1億総活躍 具体化への道筋示せ

 安倍政権が看板政策に掲げる「1億総活躍プラン」をまとめた。社会保障分野を中心に暮らしの基盤を厚くし、国民の安心感につなげる。それが消費を底上げし、経済成長をもたらす。そんな「成長と分配の好循環」をうたう。

 内容は多岐にわたるが、柱は労働分野と育児・介護分野だ。同一労働同一賃金や、最低賃金として時給1千円をめざし、非正社員の待遇を改善する。長時間労働を是正する。人手不足が深刻な保育や介護の現場で働く人の賃金を引き上げる。そんな目標が並ぶ。

 どれも長年の懸案であり、対応を急ぐべきだ。しかし、いずれも実現は容易でなく、具体化への道筋はなお見えない。

 参院選が近い。風呂敷を広げたはよいが、尻すぼみになっていくようなら、選挙目当てとの批判は免れまい。問われるのは首相の本気度と実行力だ。

 同一労働同一賃金では関連法の改正に踏み込むとしたが、まずは何が不合理な待遇差かを明確にできるか。「同一」の中身も、総じて賃金水準が低い非正社員の方に合わせるのではなく、全体の底上げにつなげねばならない。

 子育てや介護と仕事の両立を阻む要因ともされる長時間労働は、関連する規定を見直すかどうかの検討を厚生労働省の審議会に委ねるという。まずは政府として、労働時間の上限規制に踏み込むなど改革の方向性を示すべきではないか。

 保育所や介護施設を増やしても、働く人がいなければ役に立たない。保育士や介護職員の賃金を来年度から引き上げるとしたのは前進だが、2千億円ともされる財源の検討は年末の予算編成時に先送りした。教育分野では、関心が高い「給付型奨学金」の創設が、やはり財源問題から検討項目にとどまった。

 「アベノミクス」による税収増を活用するとの声もあるが、安定的な財源と言えるだろうか。他の分野の予算を無理に削って財源をひねり出すのも本末転倒である。

 そもそも子育て支援は、「税と社会保障の一体改革」で充実を約束している。しかし消費税率を10%にしても財源がなお3千億円足りない状態だ。いまだにめどが立たず、保育士の配置を厚くするなどの施策が置き去りにされている。

 まずは消費税率を予定通り10%に上げる。それでも財源が不足する現状を直視し、国民が納得できる確保策を示した上で、一つずつ着実に実行していく。それが責任ある態度である。

党首討論 岡田氏は護憲を貫くつもりか

 参院選を前に、自民、民進両党の憲法観や安全保障観の違いが明確になったのではないか。

 今国会で最初の党首討論が行われた。

 安倍首相は憲法改正について、「自民党は憲法改正草案をまとめ、たたき台として一石を投じた」と強調した。民進党が具体案をまとめていないことも批判した。

 民進党の岡田代表は「草案を出すつもりはない」と明言した。

 憲法は今年11月、公布70年を迎える。様々な改正の論点が浮上している。首相が国会での改正論議の活性化を求めたのは妥当だ。

 岡田氏の消極姿勢の背景には、党内に改憲派と護憲派が混在し、意見集約しづらい事情もあろう。だが、岡田氏は従来、改正にもっと前向きだったはずだ。より良い最高法規を追求する作業を最初から放棄するのは無責任である。

 岡田氏が「憲法9条を当面変える必要がない」と語り、集団的自衛権の全面的な行使を認めない考えを表明したのも疑問だ。

 中国の海洋進出や北朝鮮の核・ミサイル開発で、日本の安全保障環境は確実に悪化している。

 昨年9月成立の安保関連法は、集団的自衛権の限定行使を容認しただけで、制約が厳しい。日米同盟を強化し、抑止力を高めるため、9条改正は依然、重要課題だ。

 首相が自民党改正草案について「平和主義は貫かれている」と指摘したように、9条改正と平和主義は矛盾するものではない。

 来年4月に予定される消費税率10%への引き上げについて、岡田氏は「消費が力強さを欠く中、先送りせざるを得ない」と主張した。2020年度の基礎的財政収支の黒字化目標堅持、軽減税率の白紙化など4項目の条件も示した。

 一方、「消費税を上げられる状況に持っていくとの(14年の衆院解散時の)約束が果たされないなら、内閣総辞職くらいの責任がある」と述べ、首相を牽制(けんせい)した。

 参院選に向けて、経済政策アベノミクスの「失敗」を印象付ける狙いがあるのだろう。

 首相は、増税について「リーマン・ショック、大震災級の影響がある出来事が起こらない限り、予定通り行う。適時適切に判断したい」との従来見解を繰り返した。

 消費増税には、14年4月の8%への増税時のように、内需を再び冷え込ませるリスクが伴う。無論、経済再生と財政健全化を両立させる視点も忘れてはならない。

 再増税の是非については、世界経済の動向を含め、多角的かつ慎重な検討が求められよう。

GDPプラス 企業と家計の不安払拭を急げ

 プラス成長を回復したものの、景気の足踏み状態は続いていることが、改めて確認された。

 内閣府が発表した今年1~3月期の国内総生産(GDP)速報値は、実質で前期比0・4%増、年率換算で1・7%増だった。

 2四半期ぶりのプラス成長だが、今回はうるう年で2月が1日多い「かさ上げ効果」もある。これを除けば、年率で0%台の低い伸びにとどまる計算だ。

 主因は、内需の2本柱である設備投資と個人消費が、依然として活気付かないことである。

 設備投資は、前期比1・4%減と3四半期ぶりにマイナスになった。企業業績は過去最高の水準だが、新興国経済の減速や円高・株安に身構え、投資を先送りする企業が増えているようだ。

 日本企業は300兆円を超える巨額の内部留保を持つ。元手が足りないわけではない。

 投資を活性化するには、経営者に二の足を踏ませている不安心理を、和らげることが重要だ。

 先進7か国(G7)が世界経済を牽引(けんいん)し、成長を持続させる。そうした力強いメッセージを、来週の主要国首脳会議(伊勢志摩サミット)で発信する必要がある。

 カギとなるのは、機動的な財政出動を含む明確な政策協調を打ち出せるかどうかだ。

 財政規律を重視する独英両国は、財政出動に慎重だ。安倍首相は議長として調整力を発揮し、世界経済の成長に資する協調策をまとめてもらいたい。

 日本が円高阻止の市場介入を辞さない構えなのに対し、米国は否定的だ。為替政策を巡る不協和音が強まり、市場を不安定化させる事態は避けねばならない。

 個人消費は0・5%増で、特殊要因を除けば横ばい圏だった。石原経済再生相は「力強さを欠いている」と懸念を示した。

 給与や報酬が伸びているのに消費はさえない。収入増が今後も続くかどうか自信を持てず、貯蓄に回す人が多いようだ。

 消費の底上げには、賃上げの継続や非正規労働者の処遇改善が有効だ。前向きに取り組む企業を、政策で後押ししたい。

 年金など社会保障制度の将来に対する不安も、家計が節約志向を強めている要因ではないか。

 来年4月に予定される消費税率10%への引き上げが再延期されるかどうかが注目されている。増税を延期するのなら、財政再建への目配りと社会保障財源の確保策が欠かせまい。

2016年5月18日水曜日

酒の安売り規制は問題が多い

 酒税法などを改正し、量販店などによる酒の安売りを規制する法律が今国会で成立する見通しになった。財務相の示す取引基準を守らない店は販売免許を取り消すこともあるとの内容だ。小規模店の保護を目的に掲げるが、かねて指摘してきたように、この法律には問題が多いと言わざるをえない。

 国税庁は2006年、酒の過度な安売りをやめるよう取引指針を示し、原価割れ販売をしていると判断した店などに対して、注意や指導をしてきた。しかし法的な強制力がなく、効果が薄いとの不満が酒販店業界にはあった。

 改正案は酒販店業界からの要望を受けて作られた。法律が施行されれば、基準を守らない業者の名前を公表したり、改善命令を出したりできるようになる。効果がなければ罰金を科したり免許を取り消したりすることも可能になる。

 自店の提示する安売り価格が不当廉売か、それとも経営努力による値引きか、線引きや証明が難しい場合もある。もしも販売免許を失えば経営に与える影響は極めて大きい。安売り店は価格を決めるときに萎縮せざるをえなくなるだろう。結果として消費者の負担が増える可能性は大きい。

 不当廉売の防止については、現在でも独占禁止法に基づき、公正取引委員会が摘発する仕組みがある。なぜ酒の小売りだけをここまで特別扱いするのか。説明が尽くされたとは言い難い。

 そもそも、価格競争から守ることが街の酒販店の育成や存続につながるかどうかも疑問だ。大型店にない個性的な品ぞろえや独自のサービスなど、創意工夫で店の付加価値を高め、利益を増やすのが小売店の本来の姿ではないか。そうした個性的な小売店が増えてこそ、街の魅力も高まり、地域も活性化するはずだ。

 酒の小売りに限らない。タクシーや携帯電話なども含め、競争を制限するのではなく規制緩和などで自由な競争を広げることが、経済を活性化させる。この基本を忘れないようにしたい。

銀行は逆風にひるまず成長に貢献を

 マイナス金利政策、そして世界と日本の経済減速という二重の逆風が吹く。メガバンクや地方銀行が発表した2016年3月期決算は、金融機関が直面する厳しい経営環境をうつした。

 3メガ銀など五大銀行グループの17年3月期の最終利益は前期に比べて5%減と、3期連続の減益を見込む。地銀の多くは2ケタの減益を予想し、利益がほぼ半減するとみるところも少なくない。

 日銀が導入したマイナス金利政策で市場金利が低下し、貸し出しの利回りが下がった。預金金利をマイナスにするのは困難なため、利ざやが縮まり収益を圧迫する。

 三菱UFJフィナンシャル・グループの平野信行社長は今期に利ざや圧縮だけで350億円、運用商品の販売鈍化などの影響も含めれば1000億円の減益要因になるという。金利低下で借り換えを中心に住宅ローンの需要が回復し始めたが、円高や世界経済の不透明感もあって企業の設備投資の意欲はいまひとつ盛り上がらない。

 マイナス金利は企業などが借り入れをしやすくしてお金を循環させ、経済を刺激する効果を狙っている。つなぎ役の銀行は逆風にひるまず役割を果たしてほしい。

 成長分野を見極めて企業に資金やノウハウを効果的に提供する。個人の顧客に幅広い投資商品について情報を提供し、中長期の資産形成を親身になって手助けする。地道な努力の積み重ねでビジネスの実績をあげていくべきだ。

 「マイナス金利の負の影響をむしろプラスにする環境を作る」とみずほフィナンシャルグループの佐藤康博社長は言う。トップの経営改革の掛け声は現場に伝わっているか。横並びの金利競争やノルマ主義の販売競争といった消耗戦が続いていないか。検証がいる。

 金融庁は昨年からメガバンクや地域金融機関の取引先企業を対象にヒアリングを進めている。「上から目線で顧客優先という感じがない」「支店の業績のために短期の借り入れを要請された」といった、銀行の態度に対する顧客からの率直な批判が集まっている。

 より厚い自己資本を積むよう求める金融規制の強化、金融とIT(情報技術)の融合で効率的なサービスを提供する「フィンテック」の台頭など、銀行を取り巻く試練は数多い。マイナス金利を重荷でなく変革の突破口ととらえ金融面で経済成長を後押しする。そうした貢献を各行に求めたい。

民法改正 法の支配ゆるがす混迷

 法の支配――。民主社会の背骨をつらぬくこの考えを、議員はどこまで理解しているのか、不安と不信が交差する。

 会期末が迫る国会で、民法改正案の扱いが宙に浮いている。

 女性は離婚後6カ月は再婚できないと定めた民法について、最高裁は昨年12月、100日を超える部分は不合理な差別で憲法に違反すると判断した。

 これをうけて、政府はことし3月、再婚禁止期間を100日に縮める改正案を国会に提出した。妊娠していないという医師の証明があれば、期間にかかわりなく再婚を認めることなども盛りこまれている。

 それから2カ月が過ぎたが、成立する見とおしが立っていない。衆参両院の法務委員会には審議すべき法案が他にも多く残っていて、与野党間で話し合いが整わないという。

 嘆かわしい話だ。万が一にもこのまま閉会するようなことがあったら、国会の存在意義が正面から問われかねない。

 権力をもつ者が自分勝手にふるまうのを排し、法に服させ、市民の権利や自由を守る。

 それが法の支配だ。裁判所から基本的人権を侵しているといわれた法律はすみやかに正すのが、唯一の立法機関である国会の当然の使命ではないか。

 残念ながら、その使命を怠ってきた例がある。父母や祖父母を殺した者に、死刑か無期懲役刑しか科せられなかった刑法の規定は、違憲判決から廃止まで22年を要した。一票の格差の裁判でも、政党の利害や思惑がからみ、司法の指摘にしっかり向きあわない定数是正や先送りが繰り返されている。

 再婚禁止期間の見直し自体は与野党に異論がない。それなのに混迷におちいっているのは、選択的夫婦別姓なども審議の対象にしたい野党と与党の間で、綱引きが続いているからだ。

 家族をめぐる諸課題に国会がとり組むのは歓迎だ。だがその結果、すべてご破算になっては元も子もない。結婚を認めるか否かという、重大な人権にかかわる法改正であることを思い起こし、調整を急いでほしい。

 審議する法案の順番や日程をめぐっては、各党の間で様々なかけひきや取引が行われる。長年積みあげてきた慣行もある。多数党の横暴に歯止めをかける知恵も含まれており、すべてを否定するつもりはない。

 しかし、せめぎ合いの中でも頭におくべきことがある。

 それは、法の支配という考えであり、国会がつくる法律によって、一度きりの人生を左右される多くの市民の存在である。

台湾政権交代 中国は大人の対応を

 中国・習近平(シーチンピン)政権は、台湾の人々を「同胞」と呼ぶ。台湾を祖国に統一する宿願を込めているはずだった。

 ところがいま、習政権が示す態度は、その言葉とは裏腹だ。台湾への観光客を絞り、経済や学術の会議も見送りがめだつ。

 台湾で20日、国民党から民進党に政権が交代することに対し、習政権が牽制(けんせい)にでているとみられる。中国の台湾交流責任者は最近、「本当の兄弟のように腹を割って話はできない」と、台湾側に警告めいたことを語った。

 こんな強圧的な態度で未来志向の中台関係が築けるとは思えない。台湾の民意が選んだ新政権に、中国政府は謙虚に向き合うべきである。

 台湾では過去8年間、国民党が政権を担った。国民党はもともと中国の政党であり、台湾を含めて「中国は一つ」との認識のもとで対中関係を深めた。

 だが民進党は、中国との関係を重視してはいるが、「台湾は中国とは別の主権国家」とする立場だ。中国側はかねて、その原則論の撤回を求めて様々な圧力をかけてきた。

 スイスで来週開かれる世界保健機関(WHO)総会をめぐっても、動きがあった。オブザーバーである台湾への招請状が遅れたうえ、「一つの中国」の原則に沿った招請である旨が明記されていた。台湾側は、WHOを通じて中国が突きつけた「踏み絵」とみている。

 ケニアでは台湾の振り込め詐欺容疑者ら45人が捕まったが、先月、台湾でなく中国に「強制送還」された。容疑者引き渡しをめぐりケニア政府への介入があったとして、台湾当局者が中国に強く抗議している。

 習政権としては、民進党政権を黙って見ていては国家分裂を認めたも同然、との考えがあるかもしれない。だが、大国の影響力を見せつけるやり方は、国際社会の中で中国の台湾政策への疑問を強めるだけだろう。

 中台間の経済関係は緊密になったが、台湾の人々の意識は、逆に統一志向から離れている。分断から67年経ったせいだけではない。中国が軍事的手段による統一という選択肢を捨てていないことや、中国国内で民主化の気配が見えないことを台湾側は問題視している。

 「一つの中国」を受け入れろと圧力をかけるだけでは、習政権が台湾の民心を得るのは難しい。台湾の人々が選んだ政権のスタートを、まずは静かに見守る。そして真剣に新たな対話を始めることをめざす。中国にそんな大人の対応を望む。

東京五輪招致 不正送金疑惑は晴れるのか

 2020年東京五輪の招致に絡む不正送金疑惑が浮上した。4年後に迫る大会への期待に水を差す残念な事態である。

 東京五輪の招致委員会から、国際陸上競技連盟(IAAF)のラミン・ディアク前会長の息子が関与するとされるコンサルタント会社の口座に計2億3000万円もが送金されていた。

 フランスの検察当局が贈収賄容疑などで捜査している。コンサルタント会社を介し、招致委からディアク氏側に賄賂が流れたという筋を書いているとみられる。

 ディアク氏は、ロシア陸連の組織的なドーピング違反の隠蔽に関わったと言われる。陸上界に長らく君臨し、疑惑の多いディアク氏側に高額の資金が渡った可能性があれば、捜査当局が関心を示すのは、無理からぬことだろう。

 ディアク氏は、五輪開催地を決めるための投票権を持つ国際オリンピック委員会(IOC)の委員も務めていた。送金は、東京開催が決まった13年9月を挟む7月と10月の2度にわたっていた。

 こうした事実も、送金の違法性を疑わせる要因だと言えよう。

 問題の送金の原資は、民間からの寄付やスポンサーからの協賛金だ。招致委の理事長だった日本オリンピック委員会(JOC)の竹田恒和会長は国会で、送金の名目はコンサルタント会社のロビー活動費などと説明した。

 「契約や支払いは、監査法人の監査を受け、IOCの承認も得ている」と正当性も強調した。

 確かに、五輪の招致活動では、IOC委員の支持を取り付けるためのロビー活動が欠かせない。

 02年ソルトレークシティー五輪の招致で、IOC委員の買収疑惑が発覚し、委員が立候補都市を訪問することが禁じられた。

 招致活動の制約が厳しくなった結果、情報収集などを請け負うコンサルタント会社の有用性が増した。今回も、問題のコンサルタント会社から売り込みがあった。

 招致委は、広告大手「電通」を通じ、この会社の実績を確認したというが、ペーパーカンパニーだとの指摘もある。調査が甘かったと批判されても仕方がない。

 2億円余の料金は適正だったか。それに見合うどんな活動をしたのか。検証が必要だ。

 竹田氏は「守秘義務」などを理由に、十分な説明をしていない。これでは疑念は晴れまい。

 やましい送金でないのなら、情報を可能な限り開示し、仏当局の捜査にも積極的に協力して、潔白を証明するしかない。

エネルギー白書 供給不足に備える開発戦略を

 原油価格の低迷が世界的なエネルギー資源開発の停滞を招いている。

 放置すれば、将来的に深刻な供給不足に陥るリスクがある。

 資源を輸入に頼る日本にとって、憂慮すべき問題だ。

 経済産業省がまとめた2015年度版のエネルギー白書は、資源開発投資の減退に警鐘を鳴らした。「中期的な原油価格の高騰や世界経済の不安定化のリスクになっている」と指摘している。

 世界の石油・ガス開発投資は、15年に前年より20%減り、16年もさらなる縮小が見込まれる。2年連続で投資が減少すれば、1980年代以降では初めてとなる。

 14年夏には1バレル=100ドル前後だった原油価格は一時、20ドル台まで急落した。このため、投資コストの回収が難しくなり、資源開発に急ブレーキがかかった。

 米国のシェールオイル革命やイランの増産などで、原油は供給過剰だが、国際エネルギー機関(IEA)は18年以降、供給不足に転じると予測している。

 このところ1バレル=40ドル台の原油価格は20年に80ドルへ上昇し、その後も右肩上がりになるという。

 今月、北九州市で開かれた先進7か国(G7)エネルギー相会合は、原油安の局面でも資源開発を続ける重要性を確認した。

 日本にとって、原油や液化天然ガス(LNG)の権益拡大は喫緊の課題である。

 輸入・生産量のうち、日本による自主開発の比率は約25%にとどまる。政府は、これを30年までに40%とする目標を掲げる。

 国際石油開発帝石が昨春、アブダビの陸上油田の権益を獲得した際は、安倍首相のトップ外交が奏功した。成功例を生かし、官民挙げた資源獲得を強化したい。

 原油安のあおりで、複数の大手商社が赤字決算になった。民間では、新たな資源開発に慎重なムードがある。公的資金を活用したリスクマネーの供給など、政策面の支援も検討すべきだろう。

 日本の資源開発企業は、海外メジャーに比べて資金力やノウハウで見劣りする。海外勢と伍ごする中核的企業の育成も急がれる。

 白書は、エネルギー安全保障の観点から、「中長期を見据え、原子力を含めたエネルギー源の多様化が重要」とも指摘した。

 日本のエネルギー自給率は、原発稼働停止の影響で6%まで低下した。危機的な状況である。

 安全性が確認された原発の円滑な再稼働や、老朽化した原発の更新・新増設を進めるべきだ。

2016年5月17日火曜日

魅力ある法曹を取り戻そう

 法と良心に従い、真実を見極める裁判官。社会のため、悪を追及する検察官。市民の人権を守り、ビジネスの最先端でも活躍する弁護士――。こうした法曹の世界が、急速に魅力を失いつつある。

 それをはっきり表しているのが、法曹へ進む人材を養成する法科大学院の先細りだ。今春の志願者数はのべ8274人で初めて1万人を下回った。入学者も1857人と過去最低を更新した。45校中43校が定員を割り込んでいる。

 このまま法科大学院離れが続けば、法曹界に有為な人材が集まらなくなり、司法という国の重要なインフラが損なわれてしまう。

 政府は法科大学院の統廃合を軌道に乗せて人材養成システムを再構築し、大学院全体の教育機能を高める改革を急ぐ必要がある。

 「身近で使いやすい司法」を目指す司法改革の目玉として、法科大学院は2004年に始まった。法曹需要が増えるという見通しの甘さもあってピーク時には74校が乱立した。このため、修了者の7~8割が法曹資格を得るとの見込みは外れ、毎年の司法試験の合格率は2割台に低迷したままだ。

 一方で司法試験の合格者数自体は増えたため、弁護士になっても就職難に陥るといった事態を招いた。大学院に入っても司法試験に受からない。受かったとしても就職先がない。それがさらに大学院離れに拍車をかけている。

 それぞれの大学院のレベルアップが急がれる。教育に当たるスタッフを民間などからも広く集め、魅力ある学びの場とする必要がある。多様な学生を呼び込むため、地域ごとの配置や社会人学生への対応などを考慮しながら、政府が主導して対策を加速すべきだ。

 貧困や介護の現場、虐待・ストーカー被害など、法律の目が届いていない分野はまだある。ビジネスの世界でも、知的財産をめぐる紛争やコンプライアンスの徹底など、法律家の活躍が期待される機会は多い。政府や弁護士会は、法曹という仕事のやりがいや意義の積極的な発信を求められる。

高額治療薬の費用対効果は十分に議論を

 医療技術の進歩にともない画期的な医薬品が相次いで登場している。患者にとっては朗報だ。その一方で課題が浮かんできた。非常に高額な薬もあることだ。

 高額な薬の使用量がどんどん増え、その費用を健康保険制度で賄うとなれば、保険の財政が揺らぎかねない。国の財政危機にまでつながるとの不安も出てきた。

 そこで厚生労働省は今年度から2年をかけ、試験的に医薬品や医療機器の費用対効果を検証する作業を始める。効果の割に価格が高い薬などを見きわめ、価格の引き下げへの活用を狙う。

 考え方は妥当だろう。ただ、費用対効果を測る方法や結果の評価の仕方については様々な意見がある。専門家らで十分に議論して情報をできるだけ公開し、患者や国民の声にも耳を傾けて有意義な手法を確立してもらいたい。

 検証作業は製薬企業などが提出するデータをもとに進められる。企業には負担との声もあるが、公的保険制度を守るためにも協力は惜しまないでほしい。

 費用対効果を試験的に測る対象として厚労省はこのほど、7つの医薬品と5つの医療機器を決めた。医薬品の中には抗がん剤の「オプジーボ」や、C型肝炎治療薬である「ソバルディ」などが含まれる。いずれも画期的だが高額な薬として注目されている。

 例えば「オプジーボ」はヒトの免疫力を活用するこれまでにないタイプの薬で、一部のがんに高い有効性が確認された。ただし1人の患者が1年間使ったときの費用が約3500万円にもなる。

 健康保険の高額療養費制度によって、この薬を使っても患者の負担はごく一部で済む。大半は健康保険料や税金で賄われる。適用が広がり、使用が増え続ければ確かに影響は大きいだろう。

 かといって薬の値段をむやみに引き下げればよいというものでもない。製薬企業が画期的な薬の開発や販売の意欲を失ってしまっては元も子もないからだ。こんな視点も含め、どこまで適切な値決めにつながるかが問われる。

 費用対効果の良くない薬は健康保険の適用対象から外すべきだとの議論もある。だが保険の利かない薬は裕福な患者しか使えなくなりかねないという問題が生じる。

 海外でも費用対効果評価を実施している国はあるが、試行錯誤しているようだ。参考にして、よりよい仕組みにしてほしい。

ふるさと納税 富裕層の節税策なのか

 減税を呼び水に自治体への寄付を促す「ふるさと納税」のあるべき姿とは何か。現状を見すえ、ゆがみを正すときだ。

 自治体が寄付を募ろうとするあまり、返礼品をめぐる過剰な競争に走る動きが収まらない。

 そのうえ新たな弊害も浮上している。所得が多い人ほど恩恵が増えるため、富裕層の節税に利用されているのだ。

 「寄付を通じてふるさとなどを応援する」という本来の趣旨を見失ってはなるまい。制度を拡充してきた安倍政権は責任をもって改善すべきだ。

 制度は第1次安倍政権が打ち出して08年度に始まり、ここ数年返礼品への注目が高まった。

 寄付額は14年度に前年度の3倍近い389億円になり、15年度はさらに1300億~1400億円に達したようだ。寄付の上限額引き上げなど制度拡充の効果も大きかったとみられる。

 とりわけ、富裕層にとっては上限額が増えた分、節税策として使い勝手がよくなった。

 寄付額から2千円を引いた分だけ所得税と住民税が軽くなるのが制度の基本だ。上限は所得が多いほど高い。世帯の家族構成にもよるが、給与年収が400万円だと上限額が2万~4万円程度に対し、2500万円の人は80万円に達する。

 例えば、その人が80万円を寄付しても、79万8千円が減税されて戻ってくる。寄付先の自治体からもらえる返礼品分が得となる。その金額にもよるが、減税で返礼品の取得を助けている構図だ。

 返礼品は高価な牛肉や魚介類が話題になることが多いが、商品券や家電・電子機器などに広がり、地元との結びつきがあいまいな例も少なくない。

 そうした返礼品を控えるように、総務省は自治体に通知を出したが、強制力はなく、根本的な対策になっていない。

 安倍政権は「地方と都市部の税収格差を縮める」「寄付集めが地方創生につながる」と利点を強調する。確かにその効果もあるが、自治体同士が税金を奪い合い、結局、国と地方に入る税収の総額を減らしている。

 税収が減る都市部の自治体では、保育所整備などへの影響を心配する声も出始めている。自治体間や、国と地方の財政力の格差を縮めるには、税制や予算の仕組みを見直すのが筋だ。

 熊本地震では被災地の自治体に見返りを求めない寄付が集まっている。こうした本来のあり方をどう広げていくか。

 必要な改革から逃げず、制度の弊害を是正する。そうした真摯(しんし)な姿勢を政権に望む。

沖縄復帰44年 道遠い「本土」との平等

 戦後、米軍政下におかれた沖縄が日本に復帰して15日で44年を迎えた。だが沖縄は真に「復帰した」と言えるだろうか。

 労組や市民団体が集まる「5・15平和行進」に初参加した大阪府の男性(42)は前日、米軍普天間飛行場の移設先、名護市辺野古の米軍キャンプ・シュワブを訪れた。船で埋め立て予定地を視察していると、沖縄防衛局の警備船から立ち入り禁止区域に近づかぬよう警告された。

 近くで米軍関係者がカヌーをこいでいたが、彼には何も言わない。「ここは日本じゃないのか」。男性はそう実感した。

 米海兵隊は1950年代、山梨や岐阜に駐留していたが、本土の基地反対運動が高まるなかで、米軍政下の沖縄へ移った。キャンプ・シュワブもそのころできた基地の一つだ。

 復帰直後、全国土面積の0・6%しかない沖縄に、米軍専用施設の59%が集中していた。だがいま、その割合は75%近くにまで高まっている。本土の基地が大幅に減る一方で、沖縄の基地の減り方はそれだけ鈍い。

 2014年に普天間飛行場の空中給油機を米軍岩国基地(山口県)に移駐したなどの実績もあるが、沖縄県外への基地移転計画は近年も頓挫している。

 10年に民主党政権が打ち出した普天間飛行場の鹿児島県徳之島への移設案、15年の米軍オスプレイの佐賀空港暫定移駐案と、政府はともに本土の移設・移駐先の反対で断念した。

 政府の対応には本土と沖縄で落差もある。97年、米軍の実弾射撃訓練を沖縄から本土の5演習場に移転した際、当時の防衛施設庁が住宅防音工事の補助金制度を新設した。一方、沖縄ではこの制度は長く知られなかった。キャンプ・シュワブを抱える名護市は今、なぜ沖縄に制度が適用されてこなかったか、政府への不信感を募らせている。

 普天間飛行場の辺野古移設計画も、反対の民意にもかかわらず、政府に見直す意思はうかがえない。政府と県の裁判は和解が成立し、埋め立て工事はいったん中断しているが、政府が姿勢を変えなければいずれ再び裁判に立ち戻る公算が大きい。

 政府は「普天間か辺野古か」の思考停止から脱し、県外移設を含む第三の道を探るべきだ。

 「基地なき沖縄」を切望しながらかなわず、復帰後も重い基地負担にあえぐ沖縄。多くの県民にとって、政府の対応が本土と平等とは思えない現状のままで、真の「復帰」への一歩を踏み出すことはできない。

 本土の自治体、住民も他人事では済まされない。

プログラミング 必修化を創造力育てる一助に

 子供たちの論理的な思考力や創造力の向上につなげることが大切だ。

 文部科学省が、コンピューターのプログラミング教育を必修化することを決めた。2020年度から小学校で実施するのを手始めに、21年度に中学校、22年度には高校で順次必修化する。

 自分の思い通りになるソフトウェアを作り上げるのが、プログラミングだ。画面上でキャラクターの動きを操ったり、ブロックを積んだりと、ゲーム感覚で楽しめる子供向けの教材も多い。

 小学校では、理科や総合学習などの授業で取り入れられる見通しだ。プログラミングに親しみながら、年齢に応じて高度化していく工夫が求められよう。

 茨城県古河市や佐賀県武雄市などでは、企業やボランティアの協力で、既に小学校でプログラミング教育に取り組む。自ら学ぼうとする意欲が高まるといった効果が報告されている。

 授業内容の検討を始めた文科省の有識者会議は、こうした先行事例を参考にすべきだ。

 中学では、技術・家庭で教えている簡単なプログラミングを、より充実した内容にする方向だ。高校では選択制を必修に改める。

 プログラミング教育への関心は、急速に高まっている。政府の産業競争力会議も、成長戦略のメニューに盛り込んだ。

 スマートフォンをはじめとする電子機器は、プログラムによって制御されている。家電製品の節電機能や電車の運行管理など、プログラミング技術は、日常生活の隅々にまで浸透している。

 子供たちが早い時期からプログラミングになじむことで、IT分野で世界的に活躍する人材の輩出も期待できるのではないか。

 海外では、多くの国がプログラミング教育に力を入れている。イスラエルでは00年から高校で必修化され、英国でも、14年から5歳以上のすべての子供が学ぶ制度が導入された。いずれも、産業力の強化を念頭に置いている。

 オバマ米大統領は今年1月、コンピューター科学教育に40億ドル(約4400億円)を投じると表明した。グーグルなどの情報関連企業も、無料で利用できる教育向けサイトを開設するなど、人材育成を後押ししている。

 教師がいかに知識や技術を習得するか。必修化に向けた日本の最大の課題だろう。IT企業やNPOが手がける講習会などは多い。民間の知見を活用し、教師のレベルアップを図りたい。

熊本城再建 復興の象徴として取り組もう

 石垣ごと崩落した櫓やぐら、傾いた天守閣――。熊本地震によって、「天下の名城」である熊本城は甚大な被害を受けた。

 再生に向けた息の長い取り組みが必要だ。

 熊本城は、加藤清正によって約400年前に創建された。国の特別史跡に指定されている。

 熊本地震では、「武者返し」と呼ばれる曲線美が特徴の石垣が約50か所で崩落した。築城時の姿を伝える北十八間櫓など13の国指定重要文化財すべてが損壊した。

 西南戦争の際に焼失し、1960年に復元された天守閣も、基礎の石垣の一部が崩れ落ちた。

 明治期の1889年に熊本地方を襲った地震でも、一部の石垣に被害はあったが、櫓などの建造物は無事だった。築城以来、最大規模の被害をもたらした今回の地震の凄まじさがうかがえる。

 文化財の修復は、損壊前の状態に復元することが原則だ。文化庁の規定に従い、倒壊した石垣の石や建物の部材を回収する。写真などを参考に、使用されていた場所を一つひとつ特定する。工事には20年以上を要するという。

 費用は、重文だけでも数十億円はかかるとの見方もある。修復には、国から最大85%の補助が出るが、それでも熊本城を所有・管理する熊本市の負担は重い。

 募金などの支援の輪を広げていくことが欠かせない。

 東日本大震災でも、福島県白河市の小峰城跡の石垣が崩れ、修復作業が進む。石積みのノウハウなど、情報を共有したい。

 文化庁は、1995年の阪神大震災をきっかけに、文化財建造物の耐震対策に乗り出した。

 予備診断を実施した国宝、重文の約6割で耐震補強が必要とされたが、工事は思うように進んでいない。熊本市も重文の耐震診断の準備を始めたばかりだった。

 熊本城の重文の中で、昭和期に壁や天井を鉄骨で補強した宇土櫓は、原形がほぼ保たれた。耐震補強の重要性が、改めて浮き彫りになった。文化的価値が損なわれぬよう配慮しながら、文化財の耐震化を加速させる必要がある。

 熊本地震では、国指定の文化財だけでも約140件の被害が確認された。阿蘇神社(阿蘇市)の楼門が全壊し、滝廉太郎の「荒城の月」ゆかりの岡城跡(大分県竹田市)の石垣にもずれが生じた。

 地域の歴史を今に伝える貴重な文化財は、被災した人々の心の拠り所にもなる。被災者の支援を最優先しつつ、文化財の再建も着実に進めていきたい。

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