2016年6月30日木曜日

責任ある社会保障の将来像を示せ

 少子高齢化が進むなか、与野党はこぞって少子化対策や高齢者福祉など社会保障の充実を競う。しかし、裏打ちとなる財源確保はなおざりだ。どこかに打ち出の小づちがあるわけではない。参院選では、各党や候補者が社会保障の給付と負担の両面で責任ある主張をするかどうかが、問われる。

求められる財源の確保

 政府はこれまで収入以上の支出によって社会保障を広げてきた。足りない分は借金で賄った。その結果が国内総生産(GDP)の2倍を超える債務残高だ。先進国の中で最悪の財政状況であり、そのツケは将来世代に回される。

 2012年、このような状態を改善するため当時の民主、自民、公明の3党が「社会保障と税の一体改革」に合意した。消費税率を5%から10%へ引き上げて財源を調達したうえで、社会保障の安定・充実を進めていくという、当然ともいえる考え方だった。

 税率は8%まで上がったが、安倍晋三首相はその先の引き上げを2度にわたって延期した。主な政党で反対するところはない。素直に考えれば、予定通りの収入がないのだから、新たな社会保障の充実策は見送るのが筋だろう。

 にもかかわらず、各党とも相変わらずの拡大路線だ。予定していた充実策の一つに低所得高齢者への年最大6万円の年金の加算がある。民進党や公明党は早期の実現を公約でうたうが、実施には年5000億円以上の財源が必要だ。具体的にどう工面するのか説明しなければ無責任ではないか。

 安倍政権はこの年金加算を前倒しする形で低所得高齢者に3万円の臨時給付金を配りつつある。これも財源が明確でない。高齢者に受けがいいからと口をつぐまず、この是非も議論してほしい。

 年金を受け取るのに必要な保険料支払期間を25年から10年に短縮することも、増税を前提にしていた施策だ。ここでも与野党は、支払期間が足りずに年金をもらっていない人の救済につながるとして、前のめりの姿勢を示す。

 年金の一部は税金で賄われている。期間の短縮を実施するのにも新たな財源がいる。拙速に実施していいものか。熟考すべきだ。

 参院選が始まる前、安倍政権は「一億総活躍社会」を掲げ、保育所や介護施設の増設、保育士や介護士の処遇改善を打ち出した。野党も同様の主張をする。

 そのための財源として、景気回復にともなう税収の上振れ分を充てる考えが与党内では浮上している。だが、税収が常に予定より増えるとは限らない。そうした安易な見通しが財政悪化の一因ではなかったか。重要な施策なら、財源の確保へ他の予算を削るといった方策を、選挙戦で聞きたい。

 「社会保障と税の一体改革」は、予定通りの増税ができないことで事実上、頓挫した。いま一度練り直しが求められる。

 25年には団塊の世代がすべて75歳以上となり、医療や介護の需要が急速に高まると予想される。この状態に耐えうる一体改革を早急に進める必要がある。消費税率は10%でも足りないとみる向きが多い。その先をどうするのか。消費税以外の増税の選択肢も含め、もっと真剣に議論されるべきだ。

給付のスリム化も必要

 増税や社会保険料のアップを抑えるには、社会保障給付の抑制も欠かせない。医療にしても介護にしても、一定の年齢以上ならば一律に手厚く給付するのではなく、それぞれの収入などを踏まえ給付を絞り込む必要がある。

 寛大ではないが、本当に必要なときにはしっかり機能する制度にスリム化しなければ、超高齢化を乗り切れない。

 人口減が進むなかでは、社会保障を維持するためにも、経済の活力を保つためにも、働く人を増やす必要がある。高齢でもできるだけ長く働くことができる環境を整え、合わせて年金を受け取り始める年齢を引き上げたい。

 女性が働くよりも専業主婦でいる方が有利な配偶者控除や年金の第3号被保険者制度も、見直していくべきだ。年金受給者を広く優遇する税制の改善も課題だ。

 社会保障と税、それに働き方も含めて、総合的にこの国の制度をどう変えていくかという視点が、求められている。

 社会保障は国民の関心が最も高い分野だ。政党や候補者は将来を見据えた政策を示してほしい。

参院選 震災の教訓 ハード偏重ではなく

 参院選が始まった。震災が話題になることが減った。でも、被災地のことを忘れないでほしい――。本紙声欄に、宮城県石巻市で被災した短大生(18)のこんな投書が載った。

 「3・11」の東日本大震災から5年余り。いまも16万を超す人々が避難生活を送る。うち5万人は壁の薄いプレハブ仮設住宅で6度目の夏を迎える。

 安倍首相は公示日に、民進党の岡田代表も2日後に福島県を訪れた。だが選挙戦では、防災や復興は脇に追いやられた印象がぬぐえない。岩手、宮城、福島の被災3県の地域課題のような扱いにも見えてしまう。

 これではいけない。熊本地震や鬼怒川の決壊、御嶽山の噴火のように大規模災害はいつ、どこで起きるかわからない。どう備え、発生後にどう対応するのかは参院選の重要な論点だ。

 「3・11」は防災を考えるうえで様々な教訓をもたらした。

 「災害に上限なし」「巨大防潮堤などハード対応には限界がある」「土地利用規制や避難策などハード・ソフトを総動員する多重防御が必要だ」……。

 多様な取り組みで被害の最小化をめざす「減災」という言葉も広まった。

 こうした視点で各党の公約を見ると、気になる部分がある。

 自民党は「住宅・建築物、道路、堤防、港湾等のインフラの耐震化」など国土強靱(きょうじん)化を前面に打ち出している。対策の柱に従来のハード重視の考え方が色濃く残る。

 民進党は「災害対応のノウハウを持つ府省庁の職員を速やかに派遣」、公明党は「災害対策を担う専門的な人材の確保」を掲げる。共産党は乱開発を防ぐための「防災アセスメントの導入」を訴えている。

 震災対応の経験を受け継ぐことは、学校での防災教育とともに重要なソフト対策だ。それだけに、もっと具体的な策を示せないだろうか。

 公約とは別に、参院選の論戦で残念なのは、「3・11」の現場で見えた課題への対策が語られていないことだ。

 たとえば、人口が減っていく津波被災地で、人口増を前提とした制度でまちづくりが進んでいる。人口減に対応する新制度が必要なのは明らかだ。

 災害救助法は戦後まもない制定時のまま「現物給付」の原則で運用され、機動性に欠ける点がある。なぜ見直さないのか。

 法や制度を平時に改善しておくことは国会議員の仕事だ。それが次の大災害への備えになる。だからこそ、現実を踏まえた具体的な議論を望む。

NHK経営委 会長選ぶ責任は重い

 NHKの経営委員会は、最高意思決定機関である。視聴者の代表として経営の方針を決め、会長を選び、罷免(ひめん)もできる。極めて重い役割を負っている。

 その新委員長にJR九州相談役の石原進氏が就いた。この5年半、経営委員を務めており、委員12人の互選で決まった。

 経営委の当面の大きな仕事は次期会長を選ぶことだ。現在の籾井勝人会長の任期は来年1月で切れる。次こそは、公共放送のトップにふさわしい人物を探してほしい。

 石原氏は就任会見で、自身も選任に深くかかわった籾井会長について「誤解されるような発言がある」とし、必要があれば「ご注意申し上げる」と述べた。一方で収支の改善などを「実績」と評価し、「是々非々で考えていきたい」と語った。

 籾井会長は2014年の就任時に「政府が右ということを左というわけにはいかない」と述べて以来、政府に寄り添うような発言を繰り返し、報道機関であるNHKへの信頼を揺るがし続けている。経営委から3度にわたり注意された。

 国会の予算承認は、通例の全会一致が3年連続で崩れた。付帯決議では「信頼が揺らいでいる現状を重く受け止め、一刻も早い収束と信頼回復に全力を」と、これも3年続けて警告された。さらに「役員は協会の名誉や信用を損ねるような発言は慎むこと」との注文もついた。

 にもかかわらず籾井会長は、4月の熊本地震では、原発報道について「当局の発表の公式見解を伝えるべきだ。いろいろある専門家の見解を伝えても、いたずらに不安をかき立てる」と指示し、批判された。

 いまに至るも政府の広報機関のような認識しかもたず、国会や経営委にいさめられても言動が改まらない。そんな会長を選んだ責任の重さを、石原氏は厳しく認識すべきである。

 自民党からの選挙報道への「要望」や、高市総務相の「停波」発言など、安倍政権と自民党は放送に神経をとがらせる姿勢が目立つ。視聴者にはNHKが萎縮しているのではという懸念が広がっている。このままでは公共放送への信頼が危うい。

 公共放送は、政府批判も含めた多様な意見や情報を幅広く伝えることに存在意義がある。

 石原氏ら経営委は、政権と適切な距離を置くという当然の姿勢を心得てもらいたい。さらにそれが視聴者に伝わるよう情報発信に努める必要がある。

 信頼回復のためには、新会長を選ぶ過程をしっかり開示するなどの透明化も不可欠だ。

安保関連法 抑止力を高める議論が重要だ

 北朝鮮は、4回目の核実験を強行し、ミサイル発射を繰り返す。中国も、日本の領海や接続水域への進入や南シナ海での軍事拠点化を加速し、力による現状変更の動きを強める。

 日本が、3月施行の安全保障関連法を適切に運用し、米国などとの防衛協力を強化する重要性は増している。各党は参院選で、厳しい安保環境を直視し、抑止力を向上させる議論を深めてほしい。

 自民党は公約で、安保関連法を踏まえて、「あらゆる事態に切れ目のない対応が可能な態勢を構築するとともに、日米同盟を不断に強化する」との方針を掲げた。「国際社会の平和と安定の確保に積極的に貢献する」とも明記した。

 最近の北東アジア情勢をうかがえば、様々な不測の事態に備え、自衛隊と米軍の連携を強めねばなるまい。情報を共有し、共同の警戒監視活動を重ねることが、日米の信頼関係をより強固にする。

 自衛隊が南スーダンでの国連平和維持活動(PKO)やソマリア沖の海賊対処活動を通じて、世界の安定に寄与することは、日本の存在感や発言力を高める。日本自体の安全確保にもつながろう。

 公明党は、「不断の外交努力と平和安全法制の両輪」を重視する考えを示している。

 妥当な主張だ。外交と軍事は相互補完関係にある。防衛力の裏打ちがあってこそ、紛争を回避する外交を効果的に進められよう。

 おおさか維新の会は、日本周辺に限定して集団的自衛権の行使を容認するという。日米同盟の強化などでは与党と共通する主張も少なくない。建設的な立場で論戦に参加することが大切だろう。

 疑問なのは、民進、共産、社民、生活の4野党が安保関連法を「憲法違反」などと一方的に決めつけ、廃止を訴えていることだ。

 集団的自衛権の行使を限定容認する安保関連法は、合理的な憲法解釈変更によって従来の政府見解と整合性があり、問題はない。

 民進党が公約に「日米同盟の深化」を明記しつつ、安保関連法廃止を求めるのは矛盾している。

 共産党の藤野保史政策委員長はNHK番組で、防衛費について「人を殺すための予算」と語った。あまりに不見識で、耳を疑う。

 藤野氏は発言を取り消し、委員長を辞任したが、背景には、一般国民と乖離した共産党の「反自衛隊」の姿勢がある。民進党は、共産党との連携の是非について、真剣に再検討すべきではないか。

株主総会 企業統治に向ける目は厳しい

 企業価値の向上に対する株主の目は、厳しさを増している。各企業は、収益力強化の前提となる統治体制(ガバナンス)の確立に一層取り組まなければならない。

 3月期決算の上場企業の株主総会が山場を迎えた。集中日の29日に総会を開いた企業の割合は、過去最低の3割だった。

 9割超の上場企業の総会が特定の日に集中していた1990年代と比べると、様変わりした。総会屋の活動が沈静化してきたことなどが、分散化の要因だろう。

 株主は総会屋に煩わされず、社長から経営方針を聞くことができる。複数社の株主が各総会で議決権を行使する機会が増える。分散化は歓迎すべき傾向だ。

 東京証券取引所と金融庁が定めた企業統治指針が導入されて、2年目となる。

 指針は、ガバナンスの強化策として、73項目の順守を求めている。外部の目で経営を監視する社外取締役の積極活用や投資家との対話の充実などだ。

 東証1部上場企業で、独立した社外取締役を選任した社は9割超に上る。2人以上を配置する社も8割にまで増えた。指針導入には一定の効果があったと言える。

 取引先の株を保有する「持ち合い株式」の実施理由を開示している企業は9割に達する。収益向上に結び付かない株式をなれ合いで保有していないか、といった点を厳しくチェックするのも、社外取締役の重要な役割である。

 不適切会計で歴代3社長が退任した東芝では、5人の社外取締役で構成する指名委員会が決めた綱川智社長らの新経営陣が承認された。指名委は外部登用も含めて検討し、トップにふさわしい人材として社内から選出したという。

 社外取締役が人事を主導することにより、経営改革を成し得るかどうか、注目したい。

 三菱自動車は、三菱グループなどから4人の社外取締役を招いている。燃費偽装の発覚前には「経営監視は十分機能している」と主張していたが、長年にわたる不正が見逃されていた。社外取締役が機能しなかった典型例だ。

 経営陣は法令順守を徹底して事業を遂行する。社外取締役は暴走に歯止めをかける。こうしたガバナンスの確立が欠かせない。

 マザーズなど新興市場の上場企業では、2人以上の社外取締役の選任比率が3割程度にとどまる。経営陣に対し、的確に助言できる人材をどう確保するか。経済界全体で取り組むべき課題である。

2016年6月29日水曜日

農業政策 TPP前提に競争力を高めよ

 日本農業の再生には、輸出拡大や農地の大規模化といった「攻め」の対策が欠かせない。

 参院選では、次世代が明るい展望を描けるような前向きの政策を競うべきだ。

 論戦の焦点は、日米など12か国による環太平洋経済連携協定(TPP)合意への対応である。

 工業製品の輸出増などで、TPPの経済効果が13兆円を超える一方、農林水産品の生産額は年最大2100億円減ると、政府は試算する。農業関係者には、安い外国産品の流入への警戒感が強い。

 自民党は公約に、TPP発効時の政府の需給対策として、輸入する外国産米と同量の国産米を備蓄用に買い入れると明記した。2020年に農林水産品の輸出を1兆円に増やす目標を前倒しで達成するとも訴えている。

 15年の農林水産品の輸出額は7451億円に上り、3年連続で過去最高を更新した。TPPによる海外市場の開放は、日本産品の販路拡大にも寄与しよう。

 農業の輸出産業化を推進するためにも、ブランド産品の育成や、生産から流通まで手がける6次産業化の具体策が問われる。

 理解に苦しむのは、民主党政権時代にTPP交渉参加を目指した民進党が、「今回の合意に反対」していることだ。コメなど重要品目が「聖域」として扱われず、交渉経過が不透明だという。

 だが、日本の農林水産品の関税撤廃率は81%で、他国を大きく下回る。交渉経過も、参加国間の取り決めで非公表とされた。民進党の主張は筋違いだろう。

 農協政治連盟(農政連)は今回、自民党候補を推薦せず、自主投票とした県組織が相次ぐ。TPP合意と農協改革への不満からだ。

 各党はTPPの発効を前提として、農業の国際競争力を高める具体的な戦略を競ってほしい。

 民進党が主張する民主党政権の「戸別所得補償制度」の復活も疑問である。零細・兼業者も含めた一律の補助金が、農家の規模拡大や経営改善に逆行するからだ。

 自民党が掲げる農業農村整備予算の増額も、費用対効果を吟味し、産業の高度化に役立つ事業を厳選して行うことが求められる。

 国内の農業人口は昨年209万人と、5年間で2割も減少した。これに歯止めをかけるには、「稼げる農業」を実現することが肝要だ。自民党が唱える「コスト低減や高収益作物・栽培体系への転換」を徹底する必要があろう。

高校教科書不正 業界に規範意識はないのか

 小中学校の教科書を巡る不正営業に続き、高校の教科書販売でも新たな問題が発覚した。

 教科書会社の大修館書店が、自社の英語教科書を採用した高校に問題集を無償配布していた。選定関係者への金品の提供を禁じた業界の自主ルールに違反する行為だ。

 文部科学省への報告では、確認できただけでも2013年から6万冊近くを配り、総額は約1700万円相当に上る。今年だけで30都道府県の91校に配った。各地の営業拠点が関与していた。

 鈴木一行社長は、会社ぐるみの不正を否定した。しかし、組織的に行われ、常態化していたと見るのが自然だろう。

 文科省は、高校教科書を発行する約40社に緊急調査を命じた。実態把握を急ぎたい。

 教科書業界は、検定中の小中学校教科書を教員らに見せ、謝礼を渡していた問題で強い非難を浴びた。業界団体の教科書協会は4月に、過度な営業を自粛する新たな行動規範案をまとめた。

 看過できないのは、大修館書店が、その頃もせっせと無償提供を続けていた点だ。営業担当者は、小中学校教科書の問題をよそ事と捉えていたのか。

 鈴木社長は27日、無償提供問題の責任を取り、教科書協会の会長を辞任した。業界の信頼を再度、失墜させた責任の重大さを考えれば、当然の対応である。

 小中学校の教科書は、教育委員会が地域ごとに一括採択するのに対し、高校の教科書は、学校ごとに選定し、教委が追認する。

 このため、教員の意向が採用に影響しやすい。教科書会社の営業担当者と教員が癒着しやすい仕組みだと言えよう。選定にあたっては、教科書会社と教員の双方に、強い規範意識が求められる。

 公正取引委員会は1956年、利益供与などの過度な売り込みを抑えるため、教科書を独占禁止法に基づく「特殊指定」の対象とした。規制緩和の流れの中、06年に指定が解除され、業界の自主的な取り組みに委ねられた。

 相次ぐ不正は、ルールが形骸化していたことを物語る。

 教科書業界の自浄能力が問われている。業者が違反営業を相互監視し、不正を見つけたら協会に報告する。協会は、違反を犯した業者に社名公表などのペナルティーを科す。こうした新ルールを厳格に運用せねばならない。

 不正営業に接した教員も、教委に通報するなど、毅然と対処することが重要である。

実行力が試される中国の改革

 中国の李克強首相は、天津で開いた世界経済フォーラムの夏季会合で講演し、構造改革と適切なマクロ経済政策によって中国経済は安定的な成長を今後も維持できると強調した。

 ただ、会合では、企業の過剰設備や過剰債務への対応が不十分との見方も出た。中国の政策当局は経済の失速を防ぐのと同時に、こうした負の遺産を処理し、投資主導から消費主導への構造転換を加速させる必要がある。痛みの伴う改革を前進させられるかどうかの実行力が問われている。

 李首相の講演は、海外で根強い中国経済への不安払拭に力点を置いた。中国経済には下押し圧力があるものの、雇用や消費は拡大していると指摘。中央政府の債務が主要国と比べて低い点をあげて、景気が下振れしても財政政策で対応できる余地があることを示唆した。人民元相場についても下がり続ける根拠はないと述べた。

 財政刺激策の余力が中国にあるのは確かだが、債務や設備の過剰を早めに解消しないと、かつての日本と同様に長期的な停滞に陥りかねない。李首相は供給サイドの改革の一環としてこうした問題に取り組む姿勢を示したが、海外からの不安を拭えるような実効性のある具体策はまだ見えてこない。

 投資依存から脱却し、消費やイノベーションを成長の原動力にしていくには、国主導の経済の仕組みを変える必要がある。

 会合でも、国有企業改革や民間企業が活動しやすくするような政策転換を求める声が相次いだ。李首相も市場や民間企業の役割を高める考えを示したが、実際に行動に移すことが重要になる。

 中国が経済の質を高めていくには、引き続き海外からの投資を促すことが不可欠だ。李首相は知的財産権の侵害を許さないと強調したが、それに加えて外国企業が中国企業と同じ土俵で戦えるような環境を整えることが求められる。この点について外国企業からの信頼を得られるかどうかも中国経済の行方を占うカギになるだろう。

混乱の収拾へ政治の責任が問われている(英EU離脱)

 国民投票で欧州連合(EU)からの離脱を決めた英国で、混乱が広がっている。辞意を表明したキャメロン首相の後継選びをめぐり与党の保守党で対立が激しくなる一方、最大野党の労働党はコービン党首への辞任圧力が増している。国民投票のやり直しを求める世論も高まってきた。

 国内に混乱を抱えたままでは、英国がEUとの離脱交渉を始めるメドは立ちにくい。事業環境の不透明さから企業が投資を手控えるなど、世界的に経済活動への悪影響が広がりかねない。国民投票を実施した国の責任として、英国は混乱を鎮めるべきだ。

 保守党は9月2日までにキャメロン首相の後継を選ぶ方針で、週内に党首選への立候補を募る。後継が有力視されるのが離脱運動を率いたジョンソン前ロンドン市長だが、感情的な反発もある。党内でEU残留を支持した議員は対抗馬をかつぎ、同氏の党首就任を阻止する構えをみせる。

 国民投票で離脱の結論を出した英国に求められるものは、EUとの交渉にどう臨むかという現実的な戦略や、離脱後にどんな社会をつくるかという構想だ。

 離脱・残留の立場を超え、対EU交渉や経済運営に関する具体論を明確に示し議論すべきだ。それを通じて、党内に生じた深刻な亀裂を修復する必要がある。

 労働党では残留運動に熱心でなかったとされるコービン党首への反発から、「影の閣僚」が相次ぎ辞任を表明している。

 二大政党制が支えてきた英国で、党首の人選や去就をめぐり保守党と労働党が同時に混乱するのは、近年になく深刻な事態だ。英国の行く末を世界中が懸念していることを自覚し、与野党ともに立て直しを急ぐ必要がある。

 国民投票そのものについて、再度の実施を求める署名が記録的な数に達している。また投票結果の扱われ方が明確ではなく、議会が必ずしも受け入れる必要はないとの声も聞かれる。そうした混迷もEU離脱の先行きを見通しにくくしている。

 政治のリーダーシップを確立し、離脱交渉に関する具体的な方針を明らかにする。さしあたり英政府に求められるものは、これだ。多くの企業が英国に進出している日本の政府も、事態の早期収拾を促していくべきだ。

参院選 地方対策 自立を促す改革を

 東京ばかりに人が集まり、地方は過疎化が止まらない。こうした流れを変えるため、中央と地方の関係見直しは急務だ。

 昨年の国勢調査では、8割を超す市町村で人口が減った。安倍政権が進める「地方創生」の方向性は正しいのか。参院選を通じ、改めて考えてみる。

 ほぼ半数の自治体が消滅する可能性があるとの民間研究組織の推計が衝撃を広げ、安倍政権が「地方創生」を政策の柱に据えたのは2年前だった。

 ただ、矢継ぎ早に打ち出した施策からは、根強い中央集権的な考え方がうかがえる。

 典型は、JR東海のリニア中央新幹線計画への肩入れだ。

 安倍首相は今月、数兆円規模の公的資金を低利でJRに貸し付け、東京―大阪間の全線開業を前倒しする考えを表明した。整備新幹線の建設も急ぎ、全国を一つの経済圏に統合する「地方創生回廊」にしたいという。

 だが、すでに全人口の5割以上が集中する3大都市圏の直結が「地方創生」にどうつながるのだろう。田中角栄元首相が日本列島改造論を掲げた70年代以降、自民党政権が推し進めた新幹線や高速道路網の建設が、過疎化の歯止めにならなかった教訓を忘れてはなるまい。

 政権が地方創生の目玉として設けた交付金制度にも上意下達の性格が色濃い。自治体の提案した事業を国が評価し、予算を配分する仕組みだ。今年度までに計3700億円が計上されたが、観光振興や地場産業育成などの事業が並び、人の流れを変えられるか、心もとない。

 発想の転換が必要だ。一時的に金をばらまき、自治体を「元気にする」のではなく、恒久的な財源と権限を渡して「自立」を促す。そういう分権改革が今こそ必要ではないか。

 この点で野党側の公約も迫力を欠く。民進党は「地域主権改革」を掲げるが、民主党政権当時に進められなかった分権の具体策を示していない。おおさか維新の会は、大阪の副首都化で東京一極集中を打破すると説く。他の地方にどんな波及効果があるのか、見えにくい。

 「日本一の子育て村」構想を掲げ、積極的な子育て支援を打ち出している島根県邑南(おおなん)町、インターネット環境が整い、IT企業の進出が相次ぐ徳島県神山町など、近年注目される地域に共通するのは、お仕着せではなく、自発的な取り組みで人を引きつけていることだ。

 自治体の足腰を強くし、柔軟な発想を引き出す。そういう方向に国全体を変えていくことが、政治に期待される役割だ。

民泊解禁へ 新たな価値を育むには

 自宅やマンションなどの空き部屋を宿泊用に提供する「民泊」について、政府の専門家会議が報告書をまとめた。

 旅館業法に基づく許可が必要なホテルや旅館とは区別し、新たな法律を作って解禁する。部屋を提供する家主や、家主から管理を委託された不動産業者、貸し手と借り手をインターネットで仲介する専門業者に、届け出や登録制度を通じて一定の義務を課す。そんな内容である。

 民泊は、近年注目されるシェアエコノミー(共有型経済)の代表例だ。個人が所有する住宅を開放し、旅行者との出会いや交流を楽しむことに価値を感じる。そんな変化を受けた新しい概念である。

 ただ、法制度が整わないまま現実が先行している。民泊を巡っても、宿泊者が残したゴミの処理や騒音を巡る近隣住民とのトラブルが急増し、見知らぬ人が頻繁に出入りすることへの不安も高まっている。

 紛争を防ぎつつ、新しい価値をどう育んでいくか。積み残した課題は多く、法案作成に向けて検討を尽くさねばならない。

 家主や不動産業者には、宿泊者名簿の作成▽民泊施設としての表示▽マンションの契約や規約に反していないことの確認などを義務づける。ネットによる仲介業者には利用料金など取引条件の説明義務を課す。これが制度の骨格だ。

 ただ、いまも現行法を無視した「ヤミ民泊」が横行していることを考えると、どこまで実効性を保てるのか、不安が残る。京都市は、自治体が規制を柔軟に決められる仕組みを求めている。民泊と直接向き合うのは自治体だ。一考に値しよう。

 物件ごとの提供日数も課題だ。報告書は「年間180日以下」としただけで結論を持ち越した。旅館・ホテル業界は「宿泊施設には特別の設備が要求されるのに、民泊はいらない。不公平だ」と主張している。

 政府が民泊解禁に踏み切るのは、訪日外国人の急増で大都市圏を中心にホテルが不足している事情が大きい。2020年の東京五輪もにらみ、既存の資産を活用するのは有効な方法だろう。ただ、海外では民泊の拡大で賃貸物件が不足し、家賃が高騰する弊害も指摘されている。

 「共有」を通じて交流が増えること自体は好ましい。海外からの旅行者に日本の日常に触れてもらう機会となり、草の根での文化理解につながるだろう。

 遊休資産を使った金もうけにとどめず、新たな価値につなげる。そんな意識で民泊の健全な発展を目指したい。

2016年6月28日火曜日

英EU離脱問題 国際連携で混乱を封じ込めよ

 欧州連合(EU)から英国が離脱する問題が招いた世界市場の混乱を長引かせてはならない。日米欧が連携を強めることが肝要である。

 EUの独仏伊など6か国の外相は共同声明で、英国に対して、早期に離脱交渉に入るよう求めた。英国に圧力をかけることで、先行き不透明感が広がるのを抑えるためだろう。

 安倍首相は、政府・日本銀行の緊急会合で「市場の安定化に全力を尽くす意志をG7(先進7か国)が一致して発信し続けることが重要だ」と強調した。杉山晋輔外務次官が緊急に英国など欧州を歴訪し、対応を協議する。

 日本は今年の主要国首脳会議(サミット)議長国を務める。国際社会の懸念払拭に率先して取り組む姿勢を示したと言えよう。

 27日、東京市場では株価が上昇に転じたが、欧米株は続落して始まった。為替相場でも円高基調が続くなど、金融市場の動きはなお予断を許さない。

 中央銀行間の円滑な資金融通、円高やポンド安など急激な為替変動に対する市場介入、世界の需要下支えのための財政出動などで、各国の協調行動が欠かせない。

 民進党の山尾政調会長は「円安・株高頼みのアベノミクスの脆さをあらわにしている」と語った。参院選を意識して経済失政を強調する狙いで、英国のEU離脱問題による市場混乱を引き合いに出したのなら、見当外れだろう。

 政府は、円高・株安が長期化した場合、今秋に打ち出す経済対策を10兆円超に拡大することを検討している。与野党には選挙戦を通じて、海外発の重大な経済不安要因をいかに和らげるべきか、その方策を競ってもらいたい。

 産業政策では、円高の進行や需要の低迷といった経済変調の影響を受けやすい中小企業に対する目配りも課題となろう。

 英国には、1000社余りの日本企業が進出している。岸田外相が駐日英国大使と会談し、配慮を求めたのは妥当だ。

 EUでは、「離脱ドミノ」を警戒するとともに、再結束に向かう動きも出てきた。

 スペインの下院選で、事前の予測に反し、EUに批判的な新興左派政党が伸び悩んだ。英国離脱を巡る混乱を見て、安定を求める心理が働いたのだろう。

 EUは今週の首脳会議で、キャメロン英首相から国民投票結果の報告を受け、対策を協議する。秩序立った離脱への道筋をつけることが求められる。

受動喫煙対策 東京五輪へ規制強化を図ろう

 他人のたばこの煙を吸い込む「受動喫煙」に対する規制強化は、世界的な潮流である。対策を加速させたい。

 受動喫煙との関連が指摘される疾患には、肺がんや心筋梗塞、脳卒中などが挙げられる。世界保健機関(WHO)の報告によると、世界で毎年60万人が受動喫煙により死亡している。

 厚生労働省の研究班の推計では、国内の死亡者も年間1万5000人に上る。交通事故による死者数の3倍を超える。推計の手法には異論もあるものの、軽視できない健康被害が生じていることは間違いあるまい。

 健康増進法は、病院や官公庁、飲食店など、多数の人が出入りする場所では管理者が防止措置を講じるよう規定している。労働安全衛生法でも、職場での対策を事業主に求めている。

 だが、いずれも努力義務のため、徹底されていない面もある。厚労省は、公共の場所について、「原則として全面禁煙であるべきだ」と通知しているが、実際には喫煙室の設置といった分煙対策にとどまるケースが多い。

 職場や飲食店では、非喫煙者の4割近くが受動喫煙を強いられているのが実情だ。

 海外では約50か国が、飲食店やバーを含めた公共の場所のすべてで、屋内全面禁煙とする法律を整備している。屋外でも競技場などで規制を設ける国は多い。

 2020年東京五輪・パラリンピックを控える日本にとって、世界標準との差を縮めるための取り組みが急務である。

 国際オリンピック委員会(IOC)とWHOは、「たばこのないオリンピック」を共同で推進する。近年、日本以外の五輪開催地と開催予定地は、罰則を伴う受動喫煙防止策を講じている。

 政府は、東京五輪・パラリンピックの基本方針に受動喫煙対策の強化を掲げ、法整備も含めて具体策を検討中だ。実効性ある防止策が求められる。

 客離れを危惧する飲食業界などでは、対策強化への反発が強い。罰則付きの受動喫煙防止条例を制定している神奈川県や兵庫県でも、小規模飲食店などについては例外措置を設けている。

 一律的な規制には、困難が伴うことを示している。

 喫煙者の権利を主張する人たちもいる。ただ、非喫煙者の健康を犠牲にしてはならない。

 より根本的な対策である喫煙率の引き下げにも、政府は真摯(しんし)に取り組む必要がある。

参院選 与野党論戦 党首討論会をもっと

 昨日までの世界と今日の世界が違って見えることがある。英国の欧州連合(EU)からの離脱決定は、そんな出来事のひとつかもしれない。

 これまでの議論の前提が成り立ちにくくなるなかで、日本はどう向き合うべきか。

 与野党のリーダーによる議論が必要だ。国会開会中なら、首相の出席を求めて予算委員会の集中審議を開くべき場面だ。

 だが今は参院選のまっただなか。そうだ、テレビなどの討論会で各党党首が何を語るか、聞いてみたい――。そう思う有権者も多いだろう。

 しかし、今回の参院選ではもう、党首討論会は開かれない見通しだ。

 公示2日後の24日にTBSの討論会が放送された後、7月10日の投開票まで約2週間、党首討論会の予定がない。ほかの4局の討論会は、公示前の19日と21日に放送された。

 自民党側がテレビ局に対し、安倍首相の遊説日程などを理由に、公示前後の1週間に実施するよう打診したという。

 21日のテレビ朝日の討論会で司会者から、公示後にも討論会をと求められた首相は「期日前投票が増えた。その前に議論を終えておくべきだ」と答えた。

 期日前投票が増えているのは確かだが、有権者の関心が高まる公示後に党首討論会を開かない理由にはならない。選挙戦が本格的に始まった途端に、党首同士の討論がなくなるのでは、何をか言わんやである。

 内外の情勢の変化に機敏に対応し、リーダー同士が多角的に政策を論じ合い、見識を競い、有権者に判断材料を提供する。それこそが政党、政治家の責任ではないか。

 討論会のテーマには事欠かない。アベノミクスや年金・介護など社会保障の先行きは。安倍首相は憲法のどこを、どう、なぜ変えたいのか。参院選後、政府は安全保障関連法を具体的にどう運用していくのか。

 民進、共産、社民、生活の野党4党がきのう、投票日までに党首討論の場をあらためて設けるよう、NHKと在京民放テレビ5局に要請した。

 多くの有権者が聞きたいのは候補者名や政党名の連呼や、政治家が自ら言いたい話を一方的に訴える演説ではない。

 例えば安倍首相は、憲法改正についてこれまでの街頭演説でまったく触れていない。

 政治家側が自ら語ろうとしないテーマも取り上げる党首討論会のような場は、テレビに限らず多ければ多いほどいい。

 ぜひ実現させてほしい。

プログラミング 小学生全員に必要か

 小学生全員がなぜプログラミングを学ばねばならないのか。

 その議論がまだ十分に熟しているとは言いがたい。

 プログラミングとは、コンピューターに動きを指示するプログラムを作ることだ。

 その教育の小学校での必修化について、文部科学省の有識者会議が議論をまとめた。

 プログラミング教育は、特別な技術を教えるのが目的ではなく、コンピューターを考えた通りに動かす体験を通じて、必要な手順を論理的に考える力を育むことだと定義づけた。

 論理的な思考力を養うことは大切だ。そのために、プログラミングによる学習を選ぶ子どもがいてもいい。しかし、果たしてそれが小学生全員に必要なのかは疑問である。

 小学校の時間割は既に満杯状態だ。2020年度からの新しい学習指導要領は、5、6年で英語を正式な教科として学ぶ。その英語も十分時間がとれず、各校の判断で10~15分程度の細切れの時間などを使う方針だ。

 プログラミング教育については新しい教科はつくらず、「総合的な学習の時間」や教科の中で行う、と有識者会議はいう。

 例えば総合学習でプログラミングを体験しながら暮らしとの関係を考える、算数で図の作成に使うなどの例を挙げている。

 どの学年やどの教科で教えるかは学校が決めるというが、文科省や自治体がよほど支援しなければ、難しいだろう。

 そもそも小学校の教員のほとんどは、プログラミングを学んだことがない。

 文科省は授業の事例集を教員向けにつくるというが、どの授業のどんな場面で教えるかを判断する力が要る。研修と、それをうけるだけの時間的余裕が確保されなければならない。

 実施の前提となる機器や教材、ネットワーク環境の整備状況も、学校や自治体間の差がかなり大きい。豊かではない自治体への後押しが欠かせない。

 必修化は安倍政権の成長戦略に盛り込まれた政策でもある。

 有識者会議は中央教育審議会で進んでいる新しい指導要領の議論に間に合わせようと、わずか3回で議論をまとめた。拙速といわざるを得ない。

 学校は既に環境教育、食育、金融教育など「○○教育」でいっぱいになっている。社会で必要だからといってあれもこれも指導要領に詰め込めば、教員だけでなく子どもがパンクする。

 無理が現場にしわ寄せされる結果を招いてはならない。中教審は指導要領の全体の中に位置づけて検討してもらいたい。

新専門医制度の不安を拭え

 内科、外科など各分野の専門医の質を上げるため、2017年度から新たな医師研修制度の導入が予定される。ところが研修のために医師が都市部に集まり、地方の医師不足が加速するとの懸念は根強い。導入延期を求める声も出るなど混乱が広がっている。

 地方の医師不足が叫ばれ始めて久しい。さらに悪化するようでは、安心して暮らすことができない地域が増え、政府の方針である「地方創生」にも逆行するだろう。新制度は不安の種をしっかりと取り除いてから始めてほしい。

 医師は免許取得後に基本的な診療能力を身に付けるため、2年間の初期臨床研修を受ける必要がある。その後、各分野の専門医資格を取得することが多い。ただ現在の専門医は各分野の学会が独自に認定している。中には学会に出席していれば比較的簡単に認定される場合もあり、専門医の質のばらつきが問題になっていた。

 このため、学会など医療関係者が集まって第三者機関「日本専門医機構」を設立し、この機関が統一的に専門医を認定する新制度を始めることにした。認定されるためには、主に大学病院などの大病院で研修を受ける必要がある。

 ただこの仕組みだと地方で働く医師が一定期間、都市部の大病院に異動してしまうという弊害が予想される。そのまま都市部に定着もしかねない。ベテラン指導医も都市部に集中する恐れがある。

 病院団体や日本医師会、地方自治体などは日本専門医機構に対し、拙速な新制度導入を避け、地域医療に支障が出ないように制度を見直すよう求め始めた。

 専門医の質の向上は必要だが、関係者の意見が対立していては患者も不安だ。新制度は医療界の自主的な仕組みとなる予定だが、混乱が続くようなら、政府が介入するのもやむを得ないだろう。

 医療界はいま一度、各団体の利害得失を超えて患者のために何が必要かを考え、力を合わせて地方でも質の高い専門医が活躍できる制度をつくってほしい。

中国主導の投資銀は実態見極め関与を

 中国主導の国際金融機関、アジアインフラ投資銀行(AIIB)が参加国の拡大を目指している。創設メンバーは57カ国だが、新たに24カ国が参加を希望している。すべて加われば80カ国を超え、日米が主導するアジア開発銀行(ADB)の67カ国・地域を上回る。行方を注視したい。

 問題となるのは、ADBなど既存の国際金融機関とのすみ分けだ。注目されたAIIBの最初の融資案件のうち、単独の融資はバングラデシュへの1件だけだった。ほかの3件はADBや世界銀行、欧州復興開発銀行との協調融資で、ひとまずはリスクを抑える手堅い初動になったといえる。

 ただ、AIIBの運営にはなお不安がある。最初の融資案件となる4カ国の事業は、すべて中国が力を入れる「新シルクロード経済圏」構想の重点地域のものだ。今は協調融資が主体だが、徐々に単独案件が増えるともみられる。

 中国は重要事項を単独で否決できる拒否権を握っており、融資先選びでもその意向が通りやすい。中国の世界戦略を実現するための融資に傾斜するのではないか。そんな懸念を払拭するよう、透明な運営ルールが必要だろう。

 人材の確保も課題だ。AIIB職員は現在、50人に満たず、参加国の数よりも少ない。リスク査定など審査業務を担う人材は不足している。これを補うため日本人の専門家らを幹部に迎える計画もある。適切な審査体制を早急に確立しなければならない。

 AIIBの創設メンバーには、英国やドイツ、フランス、イタリアなど欧州の主要国も含まれる。ただ、日本と米国は運営の透明性などが確保されるかどうかを見守りたいとして、参加に慎重な姿勢をとってきた。

 AIIBの金立群総裁は北京で開催した初の年次総会の記者会見で「AIIBは常にオープンだ」と述べ、日米などにも参加を呼びかける姿勢を示した。

 米国には微妙な変化も見える。ルー米財務長官は先に「統治や環境保護などの運用面で高い基準を満たしそうだ」と、一定の評価を明らかにした。

 巨額の資金を必要とするアジアのインフラ整備にAIIBを活用する意味は大きい。日本は米国と歩調を合わせて、一段の透明性確保を促すべきだ。同時に、その実態を見極めながら、建設的な関与を検討する必要がある。

2016年6月27日月曜日

エネルギー政策 現実的な電源構成を論じ合え

 日本経済を本格的な回復軌道に乗せるには、安価な電力の安定供給が欠かせない。

 各政党は参院選で、企業や家計の負担、環境への影響などを総合的に勘案した、現実的なエネルギー政策を有権者に示さねばならない。

 自民党は公約に、原子力発電について「エネルギー需給構造の安定性に寄与する重要なベースロード電源」と位置づけ、有効活用する方針を明記した。

 原発は、発電コストの安さ、安定した供給力で他の電源より優れている。安全性が確認された原発を再稼働させて、活用する方針を示したのは、政権党として妥当だ。

 世界最高レベルの厳しい安全基準に合致した原発だけを再稼働させることを国民に説明し、理解を広げる努力を尽くしてほしい。

 原発と同様、環境負荷の小さい太陽光やバイオマスなど再生可能エネルギーの導入も大切だ。電力供給が天候に左右されやすいといった課題克服に向けて、技術開発の強化の議論を深めたい。

 公明党は、既存の原発の再稼働を容認する一方、「原発に依存しない社会・原発ゼロを目指す」との方針も打ち出している。

 政府は2030年度の原発比率を20~22%にする目標を示すが、今後、廃炉となる老朽原発も少なくない。目標達成へ、自公両党は新増設も明確に認めるべきだ。

 民進党は、「30年代の原発ゼロに向け、あらゆる政策資源を投入する」と、12年衆院選以来、同じ公約を掲げ続ける。原発の40年の運転規制を厳格運用し、新増設も認めないとしている。

 しかし、原発の代替電源の確保策は明確でない。再生エネの地産地消を推進するというが、供給が不安定な再生エネを主要電源にすることは現実的ではない。

 共産党は、「脱原発」に向けて再生エネへの転換を進めるドイツに倣って、「原発ゼロの政治決断を行う」と主張する。

 だが、電力不足時に周辺国から供給を受けられるドイツと、自国で電力を賄わざるを得ない島国の日本は、事情が大きく異なる。

 福島第一原発の事故以来、民主(現民進)、共産両党などは「原発ゼロ」を掲げてきた。電気料金の上昇を招き、電力の安定供給を損ないかねない、この主張が幅広い支持を得たとは言えまい。

 原発、火力、再生エネなど、多様な電源を組み合わせた合理的な政策の論議が求められる。

ATM不正出金 内外の犯罪集団が結託したか

 国際的な犯罪組織が振り込め詐欺団や暴力団と結託した疑いが濃厚だ。ゆゆしき事態である。

 関係国の捜査機関は連携を密にし、全容を解明してもらいたい。

 17都府県のコンビニエンスストアの現金自動預け払い機(ATM)で、一斉に偽造クレジットカードが使われたのは、5月15日だった。日曜朝の比較的客の少ない時間帯に、18億円以上がキャッシング機能で不正に引き出された。

 1700台のATMが、約2時間半の間に1万8000回も操作された。引き出し役だけで100人以上が関わったとみられる。

 大がかりで、統制の取れた犯行だ。偽造カードの磁気テープには、南アフリカの銀行から流出したカード情報が入力されていた。国際的なカード偽造団が関与していたとみられる。

 警察は既に引き出し役ら10人以上を逮捕した。これを端緒に、指示系統を解明せねばならない。

 新潟県警は、オレオレ詐欺事件の関係先を捜索し、不正出金の際に使われた暗証番号や、ATMの操作方法を説明した「手順書」などを押収した。

 福岡県内のATM付近の防犯カメラには、現金の引き出しがあった時間帯に、山口組系暴力団関係者の車が映っていた。

 暴力団が媒介となり、海外の偽造団と国内の振り込め詐欺団が結びついた構図が見て取れよう。

 近年、偽造カードを使ってATMから現金を盗み出す犯罪は、世界各国で相次いでいる。

 国内でも昨年末、エルサルバドルの銀行のカード情報を悪用した偽造カードで、7都県のATMから1億円が盗まれたばかりだ。狙われたのは、今回と同様、海外のクレジットカードにも対応するコンビニのATMだ。

 訪日客の急増に伴い、海外カードの利用件数は大幅に増加している。各地のコンビニのATMが一役買っているのは間違いない。

 2020年の東京五輪を控え、海外カード対応のATMは今後も増設されるだろう。

 一方、クレジットカードは、従来の磁気式から偽造困難なIC式への切り替え途上にある。コンビニのATMの多くは双方が使用可能だ。磁気カードが偽造された今回の事件も、セキュリティー面の弱点につけ込まれたと言える。

 カードの完全IC化には時間を要する。不正な出金を察知し次第、即座にATMを停止するシステムの強化など、金融機関には可能な限りの自衛策が求められる。

LNG調達変えるパナマ運河

 太平洋と大西洋をつなぐパナマ運河の拡張工事が完了した。これまでに比べて、2倍以上のコンテナを積んだ大型船が通ることができるようになった。

 全長80キロメートルの運河は、アジアと米州東岸を結ぶ海上物流の要衝だ。南米から日本へ、中国から北米へ。パナマ運河の拡張が貿易の活性化を促すことに期待したい。

 パナマ運河は1914年の開通から1世紀以上の歴史があるが、近年は船舶の大型化に対応しきれなくなっていた。今回、従来の1.5倍の幅を持つ船まで通れる水路を新たに建設した。

 拡張は日本にとって重要な意味を持つ。これまで通れなかった液化天然ガス(LNG)の輸送船が航行できるようになるからだ。

 米国東岸では各地で、シェールガスを原料に使うLNGの生産計画が進んでいる。日本の電力会社や商社が参加する生産事業も2017年から順次、出荷を始める。

 日本は発電燃料や都市ガスの原料に使うLNGの世界最大の輸入国だ。しかし、東南アジアや中東から輸入するLNGは引き取り量や荷揚げする港が変えられないなど制限が多い。米国産のLNGは輸入者が自由に荷揚げ地を選び、余ったLNGの転売もできる。

 米国からのLNG輸入を契機に硬直的な取引慣行を変え、調達コストを下げていく必要がある。運河の拡張はエネルギーの調達改革を加速するための条件だ。

 米国東岸からアフリカの喜望峰や南米南端を回って日本に運ぶと1カ月以上かかる。パナマ運河を通れば20日超に短縮できる。輸送日数を短くできればコストは下がり、輸送船の回転数も増やせる。

 地中海と紅海を結ぶスエズ運河も、行き来する船舶が運河の中ですれ違えるように航路を複線化する工事を終えた。運河の通過時間を短縮し、パナマ運河を意識した通航料の値引きも始めた。

 米欧とアジアの間の物流需要取り込みへ、国際航路に欠かせない2つの運河が能力を高め、サービスを競う姿を歓迎したい。

日本企業は冷静に欧州戦略の再構築を

 英国の欧州連合(EU)離脱で混乱しているのは株式や為替市場だけではない。「5億人を抱える単一欧州市場への足がかり」として英国へ重点的に投資してきた日本企業も、今後の離脱交渉の行方を見極めながら、冷静に戦略の再構築を進める必要がある。

 孤立主義の動きが世界各地で台頭する中で、企業の国際戦略のかじ取りは一段と難しさを増すだろう。

 英国に対する日本企業の直接投資残高は昨年末時点で約10兆円。米国(50兆円)、中国(13兆円)、オランダ(12兆円)に次ぐ規模だ。日本企業にとって「英語が通じる」「規制が比較的緩やか」などの点から英国はビジネスしやすい環境が整い、製造業から金融サービス業まで幅広い企業が対英投資を進めてきた。

 それだけにEU離脱の衝撃は大きい。例えば自動車では日産自動車など日本の大手3社が英国に工場を持ち、英国生産車の約7割を他のEU諸国に輸出している。EU離脱で英国車の輸出に高関税がかかるようになれば、英国現地生産の利点は大きく損なわれる。

 製薬産業でもEU全体の医薬品行政を担当する欧州医薬品庁がロンドンに立地していることもあり、エーザイや武田薬品工業は英国に工場や研究開発拠点を展開してきた。こうした動きにもブレーキがかかる可能性がある。

 英金融街シティーには日本の大手銀行や証券会社が現地法人を構え、欧州全域を統括している。EU離脱交渉で注目されるのが、単一免許でEU域内の業務ができる「パスポート制度」の行方だ。EUから離脱した英国での免許が独仏などでは通用しなくなる恐れもある。その場合、EU域内に現法を新たにつくる必要があり、金融機関の負担は重くなる。

 1980年代、90年代の貿易摩擦のように日本企業が国際政治の奔流に巻き込まれ、苦労したケースがなかったわけではない。だが、英国のEU離脱はこれまで曲折はあっても前に進んできたグローバル化の流れを逆転させるという点で、かつてない事態である。

 米大統領選でも「トランプ旋風」で孤立主義の懸念が膨らんでいる。企業や経済人も政治の動きに受け身で反応するだけでなく、積極的な意見表明や働きかけが必要な時代が来たのかもしれない。

電力株主総会 原発頼みで展望あるか

 原発を持つ電力大手9社があす一斉に株主総会を開く。株主から70件を超す議案が出され、大部分が脱原発を促す内容だが、9社の経営陣はことごとく否決に持ち込む構えだ。

 国が原発を重要なベースロード電源と位置づけ、30年度の比率を20~22%にすると言っている。原発は経済性にも優れる。だから安全確保を大前提に原発を再稼働していきたい――。経営陣の主張はおおむね同じだ。

 だが、東京電力福島第一原発事故を経験したわが国で、原発を動かすことは格段に難しくなった。経営環境の激変を率直に受け止め、乗り切るための長期展望を示すのが経営陣の務めだ。しかも電力小売りが全面自由化された時代に、「とにかく再稼働を」と繰り返すだけで、株主の信頼は得られるか。

 現状を改めて直視すべきだ。事故後から5年余り、全国の原発はほとんど動かせなかった。

 昨年、九州電力川内原発1、2号機が新規制基準のもとで初めて動き出した。だが今年1~2月に再稼働した関西電力高浜原発3、4号機は3月、大津地裁の仮処分決定で運転の差し止めを命じられた。

 原発の運転を禁じる司法判断は事故後もう3件目だ。住民が裁判所に判断を求める動きは各地で相次ぎ、「司法リスク」は高まっている。原発はますます思惑通りに動かせない電源となってきている。

 電力会社はそれでも原発に頼る姿勢を変えようとしない。

 関電は運転開始から40年を超す3基もさらに20年延長して動かす方針を打ち出した。だが、原発を動かし続けるなら必須となる使用済み核燃料の中間貯蔵施設はいっこうに建設のめどが立たない。経営陣は原発の建て替えや新増設への意欲は強調するが、具体的な計画は「国の方針が出た後に」とお茶を濁す。責任感や主体性を感じ取るのは難しいと言うしかない。

 関電の大株主である大阪市は今年も議案を出した。将来の原発廃止まで、必要最低限の再稼働は認めるものの、万全の安全対策や使用済み核燃料の処分方法の確立を会社に義務づけることを提案している。

 「事故時の住民避難計画を検証する委員会を設ける」「希望する周辺自治体すべてと安全協定を結ぶ」。ほかの株主提案にも、原発依存からの脱却をはかるうえで、傾聴に値するアイデアがいくつもある。

 株主の声に耳を傾け、原発に頼らない未来を切り開く道筋をともに探る。そういう姿勢を電力会社の経営陣に望みたい。

元少年に死刑 慣れることを憂う

 死刑に対する驚きや迷い、ためらいが、世の中全体で薄くなってはいないか。

 宮城県石巻市で6年前におきた殺傷事件で、当時18歳7カ月だった被告に死刑を科すことを認めた最高裁の判決から1週間余。国内外で大きなニュースが相次ぎ、その山のなかに早くも埋もれてしまった感がある。

 被告は同居していた女性に暴力をふるったうえ、女性をかくまった親族ら2人を殺害、1人にけがを負わせ、一審の裁判員裁判で死刑を宣告された。厳しい量刑との受けとめが専門家の間では多かったが、二審も、更生の可能性などを一審より広く認めつつ結論を維持した。

 新たに命を奪うことを意味する死刑判決に接すると、粛然とする。人として成長する途上の犯行であればなおさらだ。

 少年凶悪事件の刑罰を考えるうえでエポックになったのは、山口県光市の母子殺害事件だ。当時18歳1カ月の被告は、面識のない女性を強姦(ごうかん)目的で襲い、赤ちゃんまで手にかけ、2012年に死刑が確定した。

 亡くなった人の数など双方の事件には重なる点があり、判決は均衡がとれているようにみえる。しかし、こうして死刑に慣れてしまうのを憂う。

 光事件の一、二審判決は無期懲役刑だった。最高裁が06年に高裁に差し戻し、2度目の最高裁の審理で死刑判決が支持された。そのときも、4人の裁判官のうち1人が反対意見を表明する異例の経過をたどった。

 石巻事件では、そのような対立や葛藤は少なくとも表面にはあらわれず、議論が広範にまきおこることもなかった。

 光事件の影響が裁判員らに及び、市民も加わって出した重い判断を、こんどは高裁や最高裁が尊重し追認する。そんな連環のなか、判断が定型・画一的に流れることのないよう、裁判にかかわる法律家は事件の個別事情をふまえた丁寧な審理を、いっそう心がけてほしい。

 中でも弁護人の使命は重い。

 短い期間内で更生の可能性を見極めねばならない少年事件の裁判員裁判は、かねて難しさが指摘されていた。その壁をこえて裁判員と裁判官に届く弁護活動を展開するには、経験や知見を共有し、力量をさらに高めていくことが求められる。

 判決の後も痛ましい事件がいくつも起きている。被害者や遺族の胸中に思いをいたしつつ、しかし死刑の是非をめぐる議論の火は消さないようにしたい。前例にならい、現状を受け入れ、考えるのをやめてしまっては、社会の深化は望めない。

2016年6月26日日曜日

英EU離脱(下)大欧州の歩みをもう後退させるな

 欧州各国は第2次世界大戦後に経済の共通基盤をつくり、戦争のない平和な地域の礎としてきた。

 欧州連合(EU)を舞台に深化と拡大を続けてきた欧州統合の歩みが、英国のEU離脱により初めて後退する。欧州の安定は世界と日本にとっての利益だ。欧州の政治指導者は統合をこれ以上逆戻りさせてはならない。

単一市場の強み磨け

 EUの源流である欧州石炭鉄鋼共同体の設立を主導したのは、当時のシューマン仏外相だった。戦火を交えた独仏両国が、石炭資源と鉄鋼業を共同管理することを提案したのだ。

 ウエストファリア体制下の国民国家を超える経済統合を進め、それを通じて欧州の平和と繁栄を実現する壮大な構想を描いた。

 欧州統合はその後、関税同盟、モノ・カネ・サービス・人が域内を自由に行き来する「単一市場」の完成、単一通貨ユーロ導入と欧州中央銀行(ECB)設立、というかたちで発展してきた。

 東西冷戦後には旧共産圏の中東欧諸国を迎え入れ、加盟国数は28まで増えた。人口約5億人の大欧州は米国を上回る経済規模となった。英国のEU離脱はこうした歴史の歯車を逆回転させるものだ。

 EUの加盟国は主権の一部をEUに譲った。EUの政策はいまや通商、外交だけでなく、たとえば携帯電話料金にまで影響を与えている。域内の市場を束ね、域外には「1つの共同体」として発言力を高めた。

 経済のグローバル化の波に乗ってEUが一定の成功をしたことで、「自分の国の政策は自分たちで決めたい」と英国民にEU離脱を決断させたのは歴史の皮肉だ。

 たしかにEUの官僚機構が肥大化しているのは問題だ。選挙で選ばれないEU官僚が政策立案を主導し、民意が反映されにくくなっている状況の克服も引き続き課題となる。

 しかし、経済のグローバル化そのものは止まらない。「国境」をかつてのように復活させて市場を分断すれば、成長の機会をみすみす逃してしまう。

 大事なのは、英国を除く27の加盟国が結束し、英国の離脱後のEUのあり方を再定義することだ。経済面では、単一市場の強みをさらに磨く必要がある。

 域内の企業が国境を越えて株式や社債を発行しやすくする「資本市場同盟」、投資基金を使った域内のインフラ整備といった計画がある。これらを通じて潜在成長率を底上げしなくてはならない。

 ユーロ圏はEUの中核であり続ける。預金保険制度の一元化によって「銀行同盟」を早期に完成させ、将来の「ユーロ圏財務省」創設といった統合の道筋を着実に進むべきだ。信用不安の震源地となったギリシャは財政健全化と構造改革を断行するほかない。

 パリやブリュッセルではテロが相次ぎ、大量の難民のEU域内への流入も続く。こうした時こそ、中東・北アフリカ地域を安定させる支援策を含め、EUが結束して対応しなくてはならない。

市民・企業へ新構想を

 懸念されるのは、イタリアやオランダ、デンマークなどで反EUを掲げる政治勢力が伸長していることだ。来年のドイツやフランスの国政選挙で極右政党が台頭すれば、欧州を統合から分断へと導こうとする政治運動が加速するリスクがある。

 日本や米国はEUと経済連携協定(EPA)交渉を始めている。英国が抜けてもEUが巨大な市場であることに変わりはない。まずはEUとの交渉をできるだけ早くまとめる必要がある。

 英国が離脱しても、トルコや、セルビアをはじめとするバルカン諸国などEU加盟を望む国はある。こうした国々に門戸を開け続けるEUでなければならない。

 シューマンと並ぶ「欧州統合の父」とよばれる仏実業家ジャン・モネは「欧州各国が繁栄を勝ち得るには1国ごとでは小さすぎる」と統合の意義を唱えていた。これまで一時的に停滞することがあっても統合が前進してきたのは、国家を超えた共同体の価値を欧州の市民や企業が認めてきたからだ。

 いま、その価値が大きく揺らいでいる。欧州の政治指導者は、市民や企業の支持を再び取り戻すための骨太な大欧州の新構想を示すべきだ。28~29日のEU首脳会議をその一歩とすべきである。

参院選 表現の自由 先細りさせぬために

 安倍政権になってから評価が下がり続けている指標がある。

 国際NGO・国境なき記者団が毎年発表している「報道の自由度ランキング」だ。前の野田政権のころは22位だったが、ことしは180の国・地域の中で72位と過去最低になった。

 数字が妥当かどうかはともかく、自由にものが言いにくくなり、息苦しい空気が世の中をおおっている感覚は、多くの人が共有するのではないか。

 あらためてこの3年半の出来事を思い起こしてみる。

 多くの疑問を残したまま特定秘密保護法が制定された。首相はニュース番組が偏っていると文句を言い、総務相は放送局に電波停止を命じることもあると答弁した。首相に近い自民党議員らの勉強会では「マスコミを懲らしめるため広告料収入を断て」との発言が飛び出した。

 揺れているのは報道の自由だけではない。

 憲法を守ろうという訴えは政治的だとして、自治体が集会の後援を断ったり、会場使用を認めなかったりする動きが各地に広がる。教科書に政府見解を書くことが求められ、文科相は国立大の式典では日の丸をあげ、君が代を歌うよう要請した。

 これが、表現、集会、思想・良心、学問の自由を保障した憲法をもつ国の姿である。

 こんなふうに思う人もいるかもしれない。仕事やお金がないと明日からの生活に困る。しかし精神的自由が危ういと言われても、目に見える損害があるわけではないし、騒ぎ立てるほどの話ではないのでは、と。

 だが、自由な考えと自由な口が封じられた社会においては、仕事、お金、平和なくらしを政府に求めることも、そして、それにこたえない政府を批判することもできなくなる。旧憲法下の日本がまさにそうだった。

 この問題について、参院選にのぞむ各党はどんな考えをもっているのか。

 自民党は、表現活動の自由に制約を課す改憲案を公表している。公明党は、支持母体の創価学会が戦前に弾圧をうけた経験をもつが、公約に精神的自由の現状や将来への言及はない。

 民進党は、表現の自由を保障するうえで欠かせない「知る権利」を唱え、情報公開法の改正を訴える。共産党と社民党は言論や表現活動に権力が介入するのは反対だと主張している。

 「基本的人権のうちでもとりわけ重要」と最高裁が位置づけてきた表現の自由に、命を吹きこみ直すか、それとも先細りを許すか。投票先を決めるとき、そんな視点も大切にしたい。

企業統治 経営に必要な「外の目」

 株主総会の開催がピークを迎えた。各社の決算の内容とともに、社外取締役の起用への関心が高い。

 「2名以上の社外取締役を」などと上場企業に注文をつけた行動指針が導入されて1年。企業統治に「外の目」を生かす意義を改めて考えたい。

 大きな注目を集めたのが、セブン&アイ・ホールディングス(HD)グループのケースだ。カリスマ経営者とされてきた鈴木敏文会長がコンビニ子会社の社長交代案を示したが、経営学者などの社外取締役らが「業績は好調で交代する理由がない」と異論を唱えた。鈴木氏の案は取締役会で否決され、鈴木氏がすべての役職から退くトップ交代劇に発展した。

 人事の当否は今後の業績を見守るしかない。ただ、通常は見えにくい社長選任過程の一端が明らかになり、首脳陣の高齢化を含むセブン&アイの現状と課題、役員間の意見の相違が浮き彫りになった。株主や消費者、取引先など多様な利害関係者に対する「透明化」の意味は小さくない。

 不正会計で歴代3社長が一斉に役職から退く事態となった東芝では、新社長をグループ内から昇格させた。判断したのは、財界団体トップも務める小林喜光氏ら5人の社外取締役だ。

 社外から招いて経営体制を一新する選択肢もあったが、財務が悪化している事態を考え、あえて社内をよく知る人材を指名したという。会見には小林氏が自ら出席して説明し、社外取締役が指南役として今後も東芝の経営刷新に責任を負う姿勢を示した。

 やはり社外取締役の主導で会長と社長を解職した大手警備保障会社セコムを含め、企業の生い立ちや直面する課題は異なる。ただ、どの業界も経営環境の変化は激しく、先行きを見通しにくい。生え抜き組だけでは見落としがちな視点からのチェックが不可欠だけに、社外取締役の果たすべき役割は大きい。

 東京証券取引所によると、上場企業全体での社外取締役は6千人を超え、取締役総数の2割に達した。問われるのは実効性だ。取引先からの登用や監査役の横滑りなどで体裁を整えても、企業統治の透明性を高める効果はおぼつかない。

 社外取締役を担える人材の不足をどうやって解消していくか。個々の企業が社外取締役の助言も得ながら多様な視点を備えた人材を育て、経営陣に登用する。そうした人材が他社の社外取締役を務める。そんな循環をつくっていく必要がある。

憲法改正 超党派の合意形成を追求せよ

 憲法は70年近く一度も改正されていない。改憲勢力が参院の3分の2を占めれば、改正が一気に進むかのような簡単な話では、決してない。

 まずは具体的な改正項目の議論を冷静に深め、幅広い政党の合意形成を目指すことが肝要だ。

 参院選で、憲法改正が重要な論点の一つになっている。だが、今の議論は浅薄で、物足りない。

 自民、公明の与党は争点化を避けている。民進、共産など野党4党は、一方的に「改憲勢力の3分の2を阻止」と唱え、「争点隠し」などと与党を批判するだけだ。

 安倍首相は「条文をどう変えるかを決めるのは国民投票だ」と述べ、具体的な改正項目の議論は選挙になじまないとの考えを示した。

 公明党の山口代表も、「国民に選択肢を示す争点としては、まだ成熟していない」と指摘する。

 自民党公約は「各党との連携を図り、あわせて国民の合意形成に努め、憲法改正を目指す」と素っ気なく、公明党は言及がない。

 これだけ注目されている以上、自民党は、なぜ改正すべきか、きちんと説明するのが筋だろう。

 おおさか維新の会は、教育無償化、統治機構改革、憲法裁判所設置の3項目の改正を掲げる。日本のこころを大切にする党は、国家緊急権の規定整備、改正発議要件の緩和など4項目を主張する。

 自民党は従来、緊急事態条項の創設などを優先してきた。

 改正に前向きな党も、各論では必ずしも一致していない。

 疑問なのは、民進など4野党の対応である。勝手に9条改正を前提に据えて、日本が危険な道に進むかのように非難し、煽あおり立てるのは責任ある態度ではない。

 民進党は公約で、「憲法の平和主義を守り抜く」と訴える一方、「未来志向の憲法を国民とともに構想する」と掲げた。民主党時代から「未来志向の憲法を構想する」と言い続けながら、何ら具体案を示さないのは怠慢ではないか。

 共産、社民両党は護憲の立場を強調する。共産党が自衛隊を「違憲」と決めつけつつ、活用する方針を示すのは重大な矛盾だ。

 仮に与党とおおさか維新などが3分の2の議席を得ても、改正には多くの高いハードルが控える。改正項目の絞り込みと発議、国民投票での過半数の賛成などだ。

 参院選後に本格的に議論するうえでも、与党は選挙戦で、どんな改正項目を重視するのかを示しておくべきではないか。

民泊新制度案 地域住民の理解が大前提だ

 「民泊」のルール作りに際しては、近隣住民との摩擦が生じぬよう十分な配慮が求められる。

 厚生労働省と観光庁の有識者検討会が、民泊に関する新たな制度の整備を求める報告書をまとめた。

 自宅やマンションの空き室を旅行者に有償で提供する民泊の健全な普及を図り、訪日客の急増に伴うホテル不足を解消する。そうした新制度の趣旨は理解できる。

 民泊で使う住宅は現在、旅館業法上の「簡易宿所」とみなされている。これに対し、報告書は、営業日数などで一定の要件を満たした民泊施設については、旅館業法の対象外として、新法で規制することを提案している。

 自治体の許可が必要な現行制度を改め、家主がインターネットを通じて届け出るだけで、営業できるようにする。建築基準法が原則禁じている住居専用地域での営業も、可能にすることにした。

 今年に入り、東京都大田区と大阪府で国家戦略特区を活用した民泊条例が施行されたが、立地や営業条件などの規制が厳しく、認定された件数はわずかだ。

 新制度案は特区のケースと比べ緩やかな規制内容と言える。

 ただし、報告書は家主に対し、宿泊者名簿の作成や衛生管理、近隣住民からの苦情への対応などを求めている。事業の管理者として、当然の責務である。

 民泊を巡っては、騒音やずさんなゴミ出しなど、周辺住民とのトラブルが報告されている。テロリストの潜伏先として悪用されないかといった懸念もある。

 新制度が実現しても、こうした問題がすべて解消されるわけではないだろう。

 特に、マンションの空き室などを利用した家主不在型の民泊に不安が残る。委託を受けた管理者が、家主に代わってトラブルなどに対処するが、管理者は非常駐であることが想定されている。これで十分な対処が可能だろうか。

 年間営業日数の設定も大きな課題だ。民泊をビジネスチャンスととらえる不動産業界は上限設定に反対している。ホテル・旅館業界は、営業が圧迫されるとして、厳しい日数制限を主張する。

 報告書は、「半年未満」の範囲内で適切な日数を設定するとの記述にとどまっている。家主不在型と家主居住型で、それぞれ営業日数を設定するのも一案だろう。

 政府は今年度中に法案を国会に提出する方針だ。問題点を踏まえ、民泊が地域に受け入れられる新制度にする必要がある。

2016年6月25日土曜日

英EU離脱(上)世界経済と秩序の混乱拡大を防げ

 英国が国民投票で欧州連合(EU)からの離脱を決めた。1952年の欧州石炭鉄鋼共同体の設立から始まった欧州統合の流れが、初めて後退する。世界の経済や秩序に与える影響は、はかりしれないほど大きい。

 いったんEUから離脱してしまえば再加盟はほぼあり得ない。英国とEUが異なる道を歩み始めることに、深い憂慮の念を抱かざるをえない。

市場の動揺を抑えよ

 国民投票の結果は世界の金融市場を揺るがしている。英国経済の先行きへの懸念から英ポンドは大きく値下がりした。一方で安全な通貨とみなされる円は買われ、一時は1ドル=99円台まで円高が進んだ。日経平均株価は16年ぶりの下げ幅を記録した。

 まさかと思ったことが現実になり市場が激震に見舞われる事態は、リーマン・ショックもほうふつさせる。機動的な流動性の供給など、各国の金融当局は市場や金融システムの動揺を抑える努力を尽くさなくてはならない。

 それにしても、なぜ、こんなことになったのか。

 国の主権や独自性を重視する英国では、もともと欧州の統合を進めることに懐疑的な見方が根強かった。移民の急増で社会的なあつれきが激しくなったことで反欧州の世論が強まり、政治的な亀裂も深まった。

 そこで英国のキャメロン首相はEUと交渉し、域内からの移民への福祉を一時的に制限できるといった改革案を引き出した。この改革案を前提としてEUにとどまるか否かを国民投票で問うことにした、というのが経緯だ。

 EU残留を訴える勢力がもっとも強調したのは、離脱がもたらす経済的な不利益だ。実際、離脱にともなう混乱で貿易や投資が落ち込むのは避けがたい。

 国際通貨基金(IMF)は、離脱した場合の2019年の国内総生産(GDP)は残留した場合に比べ5.6%減少する、との見通しを発表している。

 これに対しEU離脱を求める人たちが前面に押し出したのは、年間約30万人にも達する移民が雇用や社会の安定を脅かすことへの強い警戒感だった。EUの規制が広がってきたことへの反発から、主権を取りもどせ、といった扇情的な声も聞かれた。

 国民投票の結果が示したのは、反移民や反EUの感情が経済合理性をはるかに超えて強い、という現実だ。グローバル化の恩恵を受けていないと感じる層が増え、社会全体に鬱積した不満が内向き志向を加速させたといえる。

 大陸欧州の各地でも排外的なポピュリズムが広がり、反移民や反EUを掲げる政治勢力が支持を伸ばしている。英国に続け、とEU離脱を問う国民投票を求める声が台頭することも考えられる。

 離脱ドミノが起きれば欧州全域が不安定化し、経済活動は萎縮してしまう。地政学リスクが高まりテロや軍事衝突などを誘発するおそれもある。戦後世界の平和と安定を目的とした欧州統合が逆回転を始める意味は深刻だ。

ドミノに歯止めを

 英国は今後EUに離脱の意向を正式に伝え、2年かけて離脱の手続きを進めることになる。EUと新たに結ぶ経済・貿易協定の中身などが焦点となる。英国としては離脱後もEUの共通市場と自由に取引したい意向のようだ。

 これに対しEUは、先行きが不透明なことによるリスクを抑えながら、離脱ドミノをけん制し英国に追随する国が出るのを封じる必要がある。関税などの交渉であえて厳しい条件を英国につきつけることも考えられよう。

 英国では国民投票の結果を受けてキャメロン首相が辞意を表明した。EU残留派が多いスコットランドでは、英国からの独立機運が再燃する可能性が小さくない。国内の政治的・社会的な亀裂の修復が何よりも求められる。

 同時に、離脱のロードマップを国内外に明示し不透明感の払拭に努めなければならない。さもないと英国への投資は細り、通貨危機の懸念さえ浮上する。

 世界中の多くの企業が欧州業務の中核拠点を英国に持つ。日本勢も自動車や銀行などが古くから進出している。今後はドイツやフランスなどに主要な業務の再配置を迫られよう。衝撃に企業も立ち向かわなければならない。

英国がEU離脱へ 内向き志向の連鎖を防げ

 英国の民意が世界に衝撃を走らせた。冷戦が終わって以降の世界秩序の中で、最大の地殻変動となりかねない出来事だ。

 欧州連合(EU)からの離脱か残留かを問うた国民投票で、離脱が過半数を占めた。英国は統合欧州の一員であるべきではない、との結論である。

 先の大戦後、不戦の誓いを起点に脈々と前進してきた欧州統合の歩みが、初めて逆行する。域内第2の経済力と、かつての覇権国家として特異な影響力をもつ英国の離脱は、計り知れない波紋を広げるだろう。

 この英国民の選択は、冷戦後加速したグローバル化に対する抵抗の意思表示でもある。移民や貿易など様々なルールを多くの国々で共有する流れに、国民の辛抱が続かなかった。

 それは英国特有の現象ではない。米国や欧州各国でも、グローバル化に矛先が向く国民の不満に乗じて国を閉ざそうという主張が勢いを増している。

 ナショナリズムの台頭に、主要国がいっそう結束を強めて立ち向かうべきときに、英国自身が単独行動を広げる道を選ぶというのだ。これからの英国の針路は海図なき航海となろう。

 今後の離脱交渉の行方がどうなるにせよ、英国とEUは連携の関係を見失ってはならない。両者は協調し合ってこそ、互いに利益を高め、ひいては世界の安定に資することができる。

 欧州統合の流れに水を差すことなく、英国とEU双方が新たな建設的関係を築く落着点を何とか探ってほしい。

 ■分断の修復が課題

 この投票結果を、世界の市民が離反し合う不幸な歴史の起点にしてはならない。そのために、まず修復すべきは足元の英国社会だ。激戦となった国民投票は、英国民を分断した。

 論戦では、経済危機や移民の脅威をあおる言動が相次いだ。対立感情が高ぶった空気の中で、残留派の国会議員が射殺されるという痛ましい事件も起きた。英国社会には、いまも不穏な空気が漂っている。

 残留を唱えたキャメロン首相は秋までに辞任する意向を示した。確かに、今後の国の針路を描くうえで新しい指導者を選出するのは自然なことだろう。

 ただ、首相が属する保守党内も両派で割れている。EUへの帰属意識の高いスコットランドは改めて独立へ動きかねない。政治の混乱は尾を引きそうだ。

 キャメロン首相も後継者も、国内でくすぶる対立を鎮め、EUとの関係や、世界での英国の立ち位置を冷静に考える環境づくりを急がねばなるまい。

 ■国際協調の道こそ

 19世紀の世界を制した英国は20世紀後半、深刻な停滞の時期を迎えた。その苦悩から脱し、繁栄を築けたのは、積極的に国を開いてグローバル経済の波に乗り、金融を筆頭に様々な得意分野を広げたからだ。

 ただ、その恩恵が届かない市民の不満や不安は高まり、全体的に内向き志向が強まった。復古的な主権回復派だけでなく、経済の不満から離脱を選んだ国民が多かったとみられる。

 国境の垣根が低くなったことで経済が発展しながら、国民感情は国境の壁の再建を望む。そんな倒錯した状況から生まれるものとしては、米国のトランプ現象や、欧州各国での右翼の躍進もほぼ同じ脈絡にある。

 英国に続けとばかりに、他のEU加盟国でも離脱の機運が高まりかねない。もし米国の大統領選でもトランプ氏が当選したら、さらに来年のフランス大統領選で右翼ルペン氏が勝つような事態になれば、世界は不寛容な政策に満ちてしまう。

 内向き志向の潮流が、世界を覆う事態を防がねばならない。偏狭な一国中心の考え方が広がれば、地球温暖化やテロ対策、租税問題など、地球規模の問題に対処する能力を世界は鍛えることができなくなってしまう。

 どの先進国も、政治のかじ取りが難しい時代である。低成長と財政難による福祉水準の低下や格差の拡大という問題が共通し、どの国の政治家も解決策どころか有権者への効果的な説明すら見いだしあぐねている。

 だからこそ、国際協調しか道はない。国境を超える問題への対処の道は、各国の経験と知恵を結集した行動しかないことを改めて考えるべきだろう。

 自由と民主主義の価値を唱える欧州の強い存在感をこれからも失わないでほしい。

 ■市場の動揺に対処を

 今回の英国の決定による影響は、株式・為替市場の動揺となって広がっている。まずは眼前の混乱への取り組みが必要だ。

 英国とEUだけでなく、日米なども加わる主要7カ国(G7)が中心となって、市場の不安をおさえるよう緊急の協調体制を築きたい。

 日本銀行など各国の中央銀行は金融機関へのドル資金の供給で協力しあう構えだ。不測の事態や必要が生じたときには、柔軟かつ強力に危機防止で連携してほしい。

英国EU離脱へ 世界を揺るがす残念な選択だ

 ◆国際協調で市場の安定に努めよ◆

 英国の将来を不透明にし、欧州の安定を揺るがす深刻な事態である。世界経済への悪影響を食い止めることが急務だ。

 欧州連合(EU)残留か離脱かを問う英国の国民投票で、離脱支持が51・9%に達し、英国の脱退方針が決まった。市場の激震で、通貨ポンド、ユーロが急落するとともに、世界同時株安の様相を呈した。

 日米や欧州諸国はそろって英国に残留を求めていた。これを押し切っての離脱は賢明な判断か。疑問だと言わざるを得ない。

 ◆キャメロン首相の誤算

 EU加盟国の脱退は、その原点である欧州石炭鉄鋼共同体の1952年の発足以来初めてである。求心力の低下により、欧州統合の拡大と深化が大きく後退するのは避けられない。

 国際通貨基金(IMF)は、離脱ならば、英経済がマイナス成長に陥ると予測していた。残留派を率いたキャメロン首相は、離脱は無謀だと主張したが、大勢を変えられなかった。キャメロン氏は今年10月までに辞任する意向を表明した。

 離脱派の中核勢力は、ジョンソン前ロンドン市長ら、与党・保守党内で欧州統合に懐疑的な政治家だ。EU法の肥大化に伴い、英国の主権が縮小することを厳しく批判し、国民投票の日を「独立記念日にしよう」と呼びかけていた。

 特に説得力を持ったのが、「移民を制限する」との主張だ。EU諸国からの移民急増が、英国民の雇用や福祉を脅かしていると強調した。こうした論理が、繁栄に取り残された地方の低所得層や高齢層に浸透したのだろう。

 排外主義が潜むポピュリズムの台頭に懸念を強めざるを得ない。スコットランドの独立や、北アイルランドのアイルランドへの編入を求める住民運動は、EU志向が強い。離脱への反発で、こうした動きが勢いづく恐れもある。

 ◆欧州統合は大きく後退

 EUは近年、ギリシャ財政危機や、大量の難民流入に対して、効果的な対応をとれず、各国でEU不信の増大を招いた。

 デンマーク、オランダなどではEU残留・離脱を問う国民投票を求める声が高まる。フランスで伸長する極右政党、国民戦線のルペン党首も国民投票を提唱する。

 こうした排他的な動きが各国で強まれば、「離脱ドミノ」の悪夢が現実になりかねない。

 東西冷戦下、自由主義諸国の欧州の共同体は共産主義の盟主・ソ連に対抗し、ドイツを西側に取り込む役割を果たした。73年の英国加盟以降は、仏独英が主導し、平和と繁栄を体現してきた。

 米国との絆が強い英国の離脱で主要国間のバランスが崩れる。EUでは、ドイツが一段と突出した影響力を持つことになろう。

 ロシアのプーチン大統領はEUの足並みの乱れを奇貨とし、ウクライナ問題を巡る対露制裁の解除を画策している。弱体化したEUは圧力を維持できるのか。

 英国は今後、EUとの脱退交渉で、貿易や投資に関する取り決めを原則2年以内にまとめる。その政治的コストも大きい。

 EU向けが輸出の半分を占める英経済がどうなるのか。ロンドンのシティーの金融センター機能が低下すれば、世界経済にも悪影響を及ぼそう。離脱のダメージを最小限にとどめる方向で妥結に努力する必要がある。

 投資家は、リスク回避の姿勢を強めている。日経平均株価は1200円以上値下がりした。

 最も心配されるのは、2008年のリーマン・ショックのように世界市場で資金の供給が途絶え、経済危機が拡大することだ。

 先進7か国(G7)財務相・中央銀行総裁は緊急電話会議で、「市場の動向と金融の安定を緊密に協議し、適切に協力する」との共同声明を採択した。

 ◆日本への影響最小限に

 中央銀行が潤沢な資金を供給するなど、世界経済の収縮回避に全力を挙げねばならない。

 円相場は、一時1ドル=99円台に急騰した。過度の円高は輸出産業の収益を悪化させ、日本のデフレ脱却を阻害しかねない。

 麻生財務相と日本銀行の黒田東彦総裁は共同談話で「必要に応じて対応を行う」と、市場介入も辞さない姿勢を示した。

 日本の円売り介入に否定的な米国の理解を得つつ、市場の安定にあらゆる手段を尽くすべきだ。

 英国には、日本企業が1000社以上進出している。欧州への足掛かりの役割が大きい。英国とEUの交渉経過を注視し、海外戦略を見直すことが求められよう。

2016年6月24日金曜日

「排ガスゼロ」競争を日本車の好機に

 ハイブリッド車がエコカーの代名詞だった時代が長く続いたが、世界の自動車産業はもう一歩前に踏み出そうとしている。欧米での環境規制強化の流れもあり、電気自動車(EV)など排ガスを出さない「ゼロ・エミッション車」の開発が盛んになってきた。

 エコカーの新潮流はハイブリッド車の普及を先導してきた国内メーカーに新たな開発課題を突きつける一方で、うまく対応できればさらなる飛躍の好機となる。地球温暖化や排ガスによる大気汚染の解決に寄与するためにも、日本車の踏ん張りに期待したい。

 排ガスゼロ車ブームの火付け役的な存在が、新興EVメーカーの米テスラモーターズだ。同社は今春、新型EVの「モデル3」をお披露目し、1週間で30万台を超える予約を集めた。

 今年から来年にかけて米ゼネラル・モーターズや日産自動車も新型EVを投入する見込みで、これまで足踏みしてきたEVの普及が一気に加速する可能性がある。

 欧州勢でも独フォルクスワーゲンはディーゼル不正発覚後の新戦略として、EVの販売台数を大幅に増やす計画を発表した。

 ハイブリッド車の盟主であるトヨタ自動車も、今秋、外部電源から充電できる新型のプラグイン・ハイブリッド車を発売する。電池だけで60キロメートル走れるので、夜間に充電しておけば、ガソリンを一滴も使わずに日常的に使えるようになる。

 これらの背景にあるのは技術革新だ。EVの動力源であるリチウムイオン電池の容量当たりコストは、2020年までの10年間で5分の1以下に下がる見通し。航続距離や車両価格の点でEVの競争力は着実に高まっている。

 規制面でも米カリフォルニア州や欧州連合の排ガス規制、燃費規制が強化され、既存エンジンの性能向上や、電池を補助的な動力源とする従来型ハイブリッド技術の改良だけでは対応が難しい。EVや燃料電池車などの排ガスゼロ車の開発と普及促進が、各メーカーの避けて通れない課題になった。

 日本がけん引したハイブリッド車とは打って変わって、プラグイン車の開発ではドイツ勢が先行しているという見方もある。自力での対応が難しい中堅メーカーは、大手企業と組むなどして技術導入を急がねばならない。技術力に加えて、各社の経営力や先を読む目が試される局面である。

憂慮すべき北のミサイル開発

 憂慮すべき事態といえるだろう。北朝鮮が中距離弾道ミサイル「ムスダン」の発射実験に成功したとみられるからだ。

 北朝鮮メディアは23日、移動式発射台から打ち上げた中距離弾道ミサイル「火星10」が高度1413.6キロまで上昇し、400キロ前方の予定目標水域に「正確に着弾した」と報じた。「新たな戦略兵器」の発射実験が「成功裏に行われた」としている。

 北朝鮮は前日にミサイル2発を発射した。中谷元防衛相は2発目が高度1千キロ超に達し、「中距離弾道ミサイルとして一定の機能が示された」と分析した。北朝鮮側の報道内容とほぼ一致する。

 「ムスダン」は射程3千キロ以上とされ、実戦配備で米領グアムや在日米軍基地を攻撃できる能力を誇示するのが狙いだ。北朝鮮は4月以降、このミサイルの試射を繰り返してきたが、いずれも直後に爆発するなど失敗していた。

 「成功」が事実であれば、北朝鮮はミサイル開発技術を着々と向上させていることになる。北東アジアの安全保障にとって、一段と深刻な脅威となりかねない。日米韓は情報交換を緊密にするとともに、ミサイル防衛体制をより充実する取り組みが欠かせない。

 北朝鮮の弾道ミサイル発射は、国連安全保障理事会の決議に明白に違反する。中国を含めた国際社会は結束してこれまで以上に強い圧力をかけていくべきだろう。

 北朝鮮による核実験や長距離弾道ミサイル発射を受け、安保理は今春、厳しい経済制裁決議を採択している。まずはこの決議を着実に履行することが肝要だ。

 中国の習近平国家主席は先に、訪中した北朝鮮の要人と約3年ぶりに会談した。だが北朝鮮は非核化に応じず、核兵器開発と経済建設を同時に進める「並進路線」を続ける意向を伝えたという。

 粘り強い説得はもちろん必要だろうが、北朝鮮と経済的なつながりが深い中国が厳しい制裁圧力をかけなければ、北朝鮮の核開発に歯止めをかけるのは難しい。

参院選 税制改革 「再分配」を強めよう

 正社員と非正社員、大企業と中小企業、都市と地方。高齢者と若者、稼ぎや資産の多い人と少ない人……。

 様々な格差・不平等の拡大を実感する人は多いだろう。誰もが生き生きと暮らせる社会をめざすには、再分配政策を強め、格差を縮めることが不可欠だ。

 その際、社会保障などの予算措置に加え、大きな役割を担うのが税制だ。安倍政権が消費増税を先送りし、年金や介護分野での低所得者対策が後回しになりそうなだけに、税制を広く見直して再分配を進める重要性はますます高い。

 具体的には所得税と相続税、法人税について「持てるところから取る」という基本方針をしっかりと掲げることが必要だ。

 所得税では政府税制調査会が昨年秋、働き方や家族のあり方の多様化、格差の拡大などを踏まえて論点を整理した。女性活躍推進の観点で始めた配偶者控除の見直し作業を発展させ、各種控除の改変を焦点にすえる。

 税率の見直しも忘れてはならないだろう。所得税率は5~45%の累進制だが、株式の配当や売却益への課税は20%が基本だ。年間所得が1億円を超えると実際の税負担率が下がっていく傾向があるが、高所得者ほど株式を多く持っているからだ。

 相続税では15年から、基礎控除の縮小や最高税率の引き上げなどで課税が強化された。それにより、死亡に伴って相続税が課される比率が4%強から6%程度に高まると見られる。

 不動産相場が高い大都市圏での影響はどうか、政府は分析を深めるとしてさらなる増税には慎重だ。だが、資産の再分配のカギとなるのが相続税だけに、段階的に強化していくべきだ。

 そして、法人税である。

 安倍政権は、企業の負担を軽くすれば賃上げや投資が進むとして税率の引き下げを急ぐ。

 確かに賃上げはある程度実現し、投資も持ち直しの傾向にある。しかし企業が全体として過去最高水準の利益をあげ、多額の現預金をため込んでいる状況からすればまったく力不足だ。企業におカネを使ってもらうには、むしろ課税強化が検討課題になるのではないか。

 論点は多いのに、参院選での議論は低調だ。民進党など野党4党は「累進所得税、法人課税、資産課税のバランスの回復による公正な税制」という共通政策を掲げたが、自民党の公約は消費増税の延期以外に税制に関する記述がほとんどない。

 めざす社会像を知る手がかりの一つが税制である。各党や候補の主張に耳をすまそう。

慰霊の日 沖縄戦の記憶、共有を

 沖縄はきのう、沖縄戦の犠牲者らを悼む慰霊の日を迎えた。

 太平洋戦争末期の沖縄戦から71年。これほど長い時が過ぎてなお、沖縄では戦禍の傷口を見せつけられる。

 例えば、県土の10%を覆う米軍基地。県内各地で頻繁に見つかる不発弾の処理。そして、道路工事現場などから見つかる戦没者の遺骨だ。

 収骨された遺骨は昨年度が103柱、一昨年度は194柱、その前年度が263柱と、その数は毎年100柱を超す。

 沖縄戦では、20万人余が死亡した。県によると、そのうち日本人の遺骨は今年3月までに18万5224柱が収骨され、糸満市摩文仁(まぶに)の国立沖縄戦没者墓苑で眠っている。それでもまだ3千柱近くが見つかっていないという。

 当時の軍人・軍属の死者は、県外出身者が6万6千人、沖縄県出身者は2万8千人。一般県民の死者は9万4千人と推定される。実に県民の4分の1が犠牲になった。

 おびただしい遺骨があることはわかっているのに、収骨作業は民間ボランティア頼みで、なかなか進まなかった。

 ようやく今年4月、国に収骨を義務づける戦没者遺骨収集推進法が施行され、9年後までに集中的に収集することになった。これまでの遅れを取り戻してもらいたい。

 慰霊の日、摩文仁で開かれた県主催の全戦没者追悼式とは別に、名護市辺野古にある米軍キャンプ・シュワブのゲート前でも、慰霊祭が開かれた。

 沖縄戦直後、米軍がここに民間人の収容所を設置し、2万人とも4万人とも言われる住民が数カ月間、暮らした。その間、マラリアや栄養失調で亡くなる人が相次いだという。

 キャンプ・シュワブの建設は1956年ごろから始まったが、「遺骨はまだ残っているはずだ」と、米軍普天間飛行場の辺野古移設に反対する市民団体が昨年から慰霊祭を始めた。

 遺骨収集推進法の施行を受けて、政府は米軍基地内の遺骨収集にも取り組むという。米軍もぜひ協力し、一刻も早く収骨を実現してほしい。

 普天間飛行場の県内移設に向けた政府の強硬姿勢、米軍属による女性殺害・強姦(ごうかん)容疑事件の発生など、沖縄県民はいまも過重な基地負担にあえいでいる。その苦悩は、沖縄戦の記憶と切り離すことはできない。

 政府や本土の国民は「慰霊の日」の意味を共有し、沖縄が経験した苦難の歴史に、改めて思いを巡らす契機としたい。

沖縄米軍基地 現実的な負担軽減を考えよう

 沖縄の過重な米軍基地負担を着実に軽減できる現実的かつ効果的な方策は何か。参院選を通じて改めて考えたい。

 安倍首相は沖縄全戦没者追悼式であいさつし、「国を挙げて、基地負担の軽減に一つ一つ取り組んでいく」と強調した。

 米軍普天間飛行場の移設問題について、自民党は公約で、辺野古移設の推進を掲げた。「日米安保体制の抑止力を維持しつつ、基地負担軽減のため、一刻も早い飛行場の返還を期す」と明記した。

 共産、社民、生活の各党は、辺野古移設に反対する翁長雄志知事を支持し、「沖縄の民意を無視した辺野古新基地建設の中止」を訴える。しかし、肝心の代替案はない。

 別の移設先を模索しても、膨大な時間を浪費するだけで、普天間飛行場の危険な現状が固定化されよう。辺野古移設が実現可能な唯一の選択肢なのは変わるまい。

 民進党は公約で、「沖縄との対話を重ねながら米軍再編に関する日米合意を着実に実施する」とし、辺野古移設支持をにじませた。

 だが、4野党と市民団体の政策協定では「新基地建設中止」をうたった。岡田代表は「齟齬(そご)はない」と強弁するが、「二枚舌」との批判を免れないのではないか。

 米軍属が逮捕された女性殺害容疑事件を受けて、日米地位協定のあり方も論点に浮上した。

 政府は、軍属の対象を狭める方向で米側と協議している。

 自民党が、協定の「あるべき姿を検討する」としたのに対し、野党側は抜本改定を主張する。

 現協定でも、凶悪事件に関しては、米側から警察への起訴前の身柄引き渡しが可能だ。運用改善で対応するのは現実的だろう。

 疑問なのは、共産、社民両党などが中心になって、事件に抗議する「県民大会」を19日に開き、米海兵隊の撤退や普天間飛行場の県外移設を決議したことだ。

 許し難い事件であり、再発防止策の徹底が急務なのは当然だ。だが、海兵隊の撤退まで求めるのは、「痛ましい事件を政治利用した」とみられても仕方あるまい。

 自民、公明、おおさか維新の各党は「政治色が強い」として参加を見送った。過激な主張を掲げたことで、かえって「県民大会」の趣旨を損ねたと言えよう。

 様々な民意がある中、平和を祈念する全戦没者追悼式で、翁長氏が昨年に続き「辺野古移設は許容できない」と一方的に訴えたことにも強い違和感を禁じ得ない。

露ドーピング 五輪から汚染を排除できるか

 ハードルを課しながらも、ロシアをリオデジャネイロ五輪から排除しなかった。極めて政治的な判断だと言えよう。

 国際オリンピック委員会(IOC)が主要国際競技連盟などとの五輪サミットを開き、国ぐるみのドーピング問題で揺れるロシア選手のリオ五輪参加を条件付きで容認した。

 陸上競技を含む五輪の全競技を対象に、ロシア国外の機関による検査などで潔白が証明できた選手は、ロシア代表として出場できる。8月に迫るリオ五輪の混乱を抑えるための苦肉の策だろう。

 昨年11月にロシア陸上界の大がかりなドーピング違反が明らかになって以降も、ロシアでは陸上競技に限らず、検査逃れなどの不正が相次いで発覚した。

 立ち入りに特別な許可を必要とする軍事拠点を居場所として検査官に伝えるなど、驚くべき悪質な実態が報告されている。

 国際陸上競技連盟が17日、「ドーピング文化に顕著な変化が見られない」と結論付け、ロシア陸連の資格停止処分を解除しなかったのは、うなずける。

 IOCも、この決定を支持した。それでも、条件付きでのリオ五輪参加を認めた背景には、ロシアへの配慮がうかがえる。

 プーチン露大統領は「個人の責任であり、違反していない者が犠牲になってはならない」と国際陸連の決定に反発していた。ドーピングが組織的に行われていたことを考えれば、「個人責任」との主張は当たるまい。

 ただ、ロシアは、陸上競技などでメダルを量産してきたスポーツ大国でもある。開催立候補都市の減少などで五輪の将来に危機感を強めるIOCが、ロシアとの関係に決定的な亀裂が生じるのを避けたとしても、不思議ではない。

 IOCは、ケニアにも同様の条件を課した。ロシアだけを狙い撃ちにしたわけではない、と印象付ける思惑も透けて見える。

 ロシアのドーピングは、旧ソ連時代から続くとされる。薬物の力を借りて勝利し、国威発揚につなげる。国主導でフェアプレーの精神を蔑ろにしてきた。2014年のソチ五輪でも、検体のすり替え疑惑などが浮上している。

 テニスのマリア・シャラポワ選手は禁止薬物を服用したとして、2年間の出場停止となった。

 ロシアはドーピングの土壌を一掃できるのか。各選手のリオ五輪出場の是非を判断する各競技の国際連盟は、厳正な検査ルールの整備を急がねばならない。

2016年6月23日木曜日

ツケ回しせず経済再生の道筋示せ(16年参院選 政策を問う)

 来春の消費税増税はしない。社会保障はできるだけ充実する。最低賃金は1000円に引き上げる。与野党の参院選公約にはともに聞こえのいい言葉が並ぶが、これでは有権者が知りたい疑問に答えていない。成長低迷をどう克服し傷んだ財政をどう立て直すのか。道筋をきちんと語るべきだ。

空回りの「成長と分配」

 安倍晋三首相が3年半にわたって進めた経済政策、アベノミクスの中間評価が選挙戦の焦点だ。

 自民と公明の連立与党は雇用や企業収益、税収が改善した実績を誇示する一方、アベノミクスは道半ばだと路線継続を訴える。民進党など野党はアベノミクスは失敗だと断じ、路線転換を求める。

 有権者は過去の実績より今後の政策の良しあしを見極めたい。ところが各党の公約は説得力を欠き、優劣を比べようがない。

 与党は「成長と分配の好循環」を掲げる。経済拡大で得た成果を社会保障で分配し、さらに成長につなげるという。保育や介護の受け皿を広げ、サービス従事者の処遇改善に取り組むと指摘する。

 最大野党の民進党は「分配と成長の両立」をうたう。幼稚園や保育園など教育関連の負担軽減策を「人への投資」として強化し、潜在力を高めるという。

 日本の潜在成長率は0.5%程度ときわめて低い水準にとどまる。成長のテコ入れは欠かせない。企業業績の改善に比べて賃金の上昇は遅れている。予算措置で家計を潤す分配策を前面に出すのも、政治的には自然な判断だろう。

 だが、双方の主張は成長と分配という2つの言葉をもてあそぶだけで、空回りしている。分配の財源は不明確で、バラマキ策の競い合いになる懸念すらある。

 与党はこれまでの所得・法人税の自然増収をアベノミクスの果実として財源にする考えだが、景気変動に左右される収入を社会保障の恒久的な政策に充てるのは疑問だ。民進党は社会保障充実の財源を当面、赤字国債の増発で賄うというが、これも論外である。

 成長の底上げをどんな施策で実現するかも鮮明でない。イノベーションや人工知能(AI)、観光需要といった言葉は躍るが、既得権益と衝突するような構造改革や規制改革には言及を避けている。

 与野党はともに働き方改革と「同一労働同一賃金」の達成を強調する。少子高齢化が進むなか、女性や高齢者ら幅広い人材が有効に働けるようにするのは正しい。

 改革実行のスピードと深さが問題となる。自民党は「外国人労働者が適切に働ける制度」を限定的に整える方針を政策集に記した。労働力人口の減少の激しさを考えればもっと意欲的でいい。

 不人気な消費増税を先送りしたことで、日本の財政や社会保障の将来は一段と厳しくなる。与野党は2020年度に基礎的財政収支を黒字に転換する財政健全化の目標達成を明言する。本当に実現可能なのか。

 与党の自民・公明両党は消費税率を10%に引き上げる時期を19年10月と2年半ずらし、同時に食料品に軽減税率を導入すると明記した。民進党が公約に記した増税時期は19年4月と半年早いが、財政健全化の厳しさは変わらない。

痛みから逃げず改革を

 増税を来年4月に実施したとしても、日本経済が名目3%を超す高い成長の前提で、20年度の目標達成に6兆円余りの収支改善がいる。環境はさらに悪化した。

 増税による追加収入で社会保障を充実する「社会保障と税の一体改革」は挫折した。社会保障の負担と給付のバランスが崩れた状態は長期化する。これ以上の財政悪化を食い止めるには、給付の制限など痛みを伴う改革から逃げることはできない。

 25年度ごろには団塊の世代全員が75歳以上になる超高齢化の時代が訪れる。社会保障の構造を大胆に変えなければ医療や介護の支出が急膨張し、そのときの勤労世代を苦しめるのは明らかだ。

 脱デフレのためマイナス金利を導入し発行残高の3分の1を超す国債を買う日銀の金融緩和は、皮肉にも財政の厳しさを覆い隠し政治の甘えを招いている。

 初めて18歳から投票できる今回の参院選は、将来世代に無責任なツケを残さない政治の覚悟が問われる。現在の世代の反発を恐れて難題を封印している与野党だか、もうごまかしは許されない。

参院選 安保法制 誤った軌道を正せ

 この参院選は、昨秋の安全保障関連法成立後、初めて全国規模で民意が示される機会だ。

 安保法は、集団的自衛権の行使を憲法解釈の変更で認め、兵站(へいたん)(後方支援)など自衛隊の他国軍支援を地球規模に広げた。憲法9条の縛りは緩み、法制は違憲の疑いが濃い。

 10本の法改正と1本の新法を一括し、わずか1国会で強行成立させた安倍政権の強引な手法も忘れることはできない。

 安保政策は、憲法が権力をしばる立憲主義と、幅広い国民の理解のうえに立つことが大前提だ。それを軽視した安倍政権のやり方は、時間が経過したからと容認されるものではない。

 いまからでも遅くない。「違憲」の法律は正す必要がある。長期的にみればそれが立憲主義を立て直し、日本の安全保障の土台を固めることになる。

 もう一つの選択肢は用意された。民進、共産、社民、生活の野党4党は市民連合とともに、安保法の廃止と集団的自衛権の行使を認めた閣議決定の撤回を共通政策に掲げている。

 民進党の岡田代表は、参院選の党首討論会などで「安保法ができる前の状態に戻す。そのことで日米同盟がおかしくなることはない」と述べている。

 これに対し、安倍首相は安保法を廃止すれば「日米の同盟の絆は毀損(きそん)される」と批判している。確かに、安保法は国内法ではあっても、一種の対米約束の色彩を帯びている。

 問題は、そうした傾向を必要以上に強めたのは誰だったか、ということである。

 安倍首相は、安保法案の国会審議が始まる前の昨年春に訪米し、米議会での演説で「夏までに成就させる」と約束した。

 ケリー米国務長官は、その2日前の記者会見で「日本は自国の領土だけでなく、米国やパートナー国も防衛できるようになる」と期待を語っていた。

 安保法を白紙に戻せば、米側の期待には背くことになろう。だがその責任は、「違憲」の法制を強引に成立させた安倍政権が負わねばならない。

 仮に一時的な混乱があったとしても、憲法9条のもとで海外での武力行使を禁じる原則に立ち返り、そこから日本の外交・安保政策を構想すべきだ。

 安倍政権は、今春の法施行後も、南スーダンPKOに派遣している自衛隊への「駆けつけ警護」任務の追加などを先送りしている。参院選への影響を考えてのことだ。

 選挙後、安保法は本格的に動き始める。誤った軌道は正さなければならない。

都知事退任 舛添問題では済まない

 舛添要一氏が東京都知事の職を辞した。退任会見を開くこともなく無言で都庁を去った。

 不適切なホテル宿泊費の寄付などの約束はどうなったのか。金銭問題はなお未解決であることを忘れてはなるまい。

 高額な海外出張費を発端に、舛添氏の一連の問題が浮上して約2カ月半になる。

 その経緯を振りかえれば、問題は、政治家による公金の使い方がずさんすぎることにあるのは明らかだ。舛添氏に限った問題ではない。同じような公私混同を繰り返させない仕組みをつくることが肝要だろう。

 だが、今回焦点になった様々な問題点は、再発の防止に向けて入り口の論議にすら至っていない。

 たとえば海外出張費のあり方について、都は検証チームをつくり、今月末にも結果を出すはずだった。ところが都政トップが不在となったのを機に見送りになった。今後の方針は新知事に委ねられることになった。

 政治資金規正法にもとづく使途公開の「基準の差」も、手つかずのままだ。

 「ナントカ還元水」で知られた07年の農水相の疑惑などを受け、国会議員や国政候補者が代表をつとめる政治団体の支出報告は厳しくなった。1件1万円超について、政治資金収支報告書への明細記入や領収書の添付が義務づけられている。

 しかし地方自治体の首長や議員の場合は、こうした義務は法律上、1件5万円以上に限られる。公開へのハードルが高いのだ。参院議員時代の舛添氏のように資料代として1万~3万円台の美術品などを繰り返し買っても、収支報告書に店の名前などを載せなくてよい。

 07年の規正法改正では、そうした「差」の解消を、3年後をめどに検討するはずだったが、実現していない。

 都議会は舛添氏を厳しく追及したが、同じように自分たちにも公正さを課すべきだ。政治資金の使途をもっと細かく公開するよう、条例を提案し、改革に乗り出してはどうか。

 身を律するという点で、都議会が8月のリオデジャネイロ五輪への視察団の縮小を検討しているのは当然だろう。

 いまの計画では経費が計1億円前後にのぼる可能性もあるという。次の開催都市として視察はすべきだが、30人近い都議が行く必要があるのか。

 政治とカネの問題を見つめる有権者の厳しい目は、舛添氏の退場後も何ら変わりはない。都議を含むすべての政治家がその視線を理解し、行動すべきだ。

参院選公示 主張の信憑性を見極めたい

 第24回参院選が公示された。どの政党・候補者が現実的な主張をしているのか。説得力と信憑性を冷静に見極めたい。

 立候補者は389人と前回に比べて44人減った。

 勝敗のカギを握る1人区で、民進、共産など野党4党が統一候補を擁立したことが影響した。みんなの党の解党などで、「第3極」が勢いを失ったことも大きい。

 結果的に「自民・公明対民進・共産」の構図が明確になった。

 安倍首相、民進党の岡田代表はともに1人区で遊説を始めた。

 首相は熊本市での第一声で、最大の争点の経済政策について「アベノミクスは道半ばだ。しかし、今やめてしまえば、暗く停滞した時代に逆戻りする」と訴えた。

 岡田氏は甲府市で、「安倍さんの経済政策は限界にぶち当たっている。分配と成長を両立させる政策こそ、本当の意味での経済政策だ」と強調した。

 アベノミクスは円安・株高や税収増、雇用改善を実現した反面、個人消費は伸びず、恩恵が広くは行き渡っていない。残された課題をいかに克服するのか。与野党は、具体的に論じ合ってほしい。

 社会保障も重要な論点だ。読売新聞の世論調査で、「最も重視したい政策課題」に挙がった。

 消費税率10%への引き上げ延期により、社会保障政策の財源が不足するのは確実である。

 首相は21日の党首討論会で「保育士、介護職員の待遇改善は優先的に行いたい」と語った。年金受給に必要な加入期間短縮にも前向きな考えを示した。さらに、優先順位を示すことが求められる。

 新たな財源確保策も焦点だ。

 首相は、「アベノミクスの果実」の税収増分を充てる考えに言及した。岡田氏は、行財政改革と赤字国債で賄うと表明している。より踏み込んだ議論が聞きたい。

 高齢化に伴い社会保障費が膨張する中、給付の抑制や負担増が避けられない。論戦では、「痛み」を伴う政策についても、正直に国民の理解を求めるべきだ。

 消費増税を巡り、民進、共産両党の足並みの乱れが表面化している。岡田氏が2年間の延期を主張するのに対し、共産党の志位委員長は「先送りではなく、きっぱり断念すべきだ」と言明する。

 公明党の山口代表は「共産党は消費税を廃止すると言ってきた。民進党と何ら合意も一致もない」と批判した。民進党は、どう説明するのだろうか。

北ミサイル発射 安保環境の深刻化を直視せよ

 日米の安全保障上の脅威が深刻化した。警戒を強めるべきだ。

 北朝鮮が、中距離弾道ミサイル「ムスダン」とみられるミサイル2発を発射した。1発目は空中爆発したが、2発目は約400キロ飛行し、日本海に落下した。高度も1000キロを超したという。

 中谷防衛相は、「中距離弾道ミサイルとしての一定の機能が示された」との見方を示した。

 4~5月に発射した4発は失敗に終わっていた。発射実験を重ねることで、技術力が着実に向上し、ミサイルの精度や性能が高まっていると受け止める必要がある。

 ムスダンは移動式発射台を使用し、推定射程は最大4000キロとされる。グアムや日本の米軍基地を標的に想定しているという。

 国連安全保障理事会の制裁決議は北朝鮮の弾道ミサイル発射を禁止している。安倍首相は「明白な国連決議違反だ。絶対に許せない」と非難した。当然の対応だ。

 北京では、北朝鮮の核問題を巡る6か国協議の代表や有識者による国際会議が開催中で、北朝鮮当局者も出席している。この時期の発射は、核・ミサイル開発続行の示威活動ともみられ、国際社会に正面から反旗を翻すものだ。

 中国も海洋進出をエスカレートさせている。中国軍艦は9日、尖閣諸島の接続水域に初めて進入した。鹿児島県沖の領海や、北大東島の接続水域にも入った。

 昨年9月に成立した安全保障関連法は、集団的自衛権の行使を限定容認し、自衛隊による米軍艦船の防護を可能にした。不測の事態に備えて、安保関連法を適切に運用し、抑止力を高める努力を継続することが肝要である。

 疑問なのは、参院選で共闘する民進、共産両党がなお、安保関連法の廃止を主張することだ。

 民進党の岡田代表は、日米同盟を「血の同盟」にしてはならないと強調した。街頭演説とはいえ、扇動そのものではないか。

 岡田氏は、関連法廃止について「日米安保条約を廃棄するとは言っていない。日米同盟がおかしくなることはない」とも説明する。ご都合主義と言うほかない。

 安保関連法を基盤にした日米防衛協力の強化は、アジアの安定に寄与するもので、国際社会も高く評価している。廃止によって同盟関係を迷走させてはならない。

 共産党の志位委員長は、「違憲」の自衛隊を段階的に解消するとまで言う。非現実的に過ぎる。

 安保環境を無視した議論は、国民の支持を得られまい。

2016年6月22日水曜日

日本の針路みえる与野党の論戦に

 参院選がきょう公示される。最大の焦点は安倍晋三首相の3年半の政権運営と、なかでもアベノミクスへの評価だろう。日本の成長力をどう底上げし、国民の将来不安をいかに解消していくのか。国の針路を明らかにするような与野党の論戦を望みたい。

アベノミクスを問う

 公示に先立ち、21日に日本記者クラブ主催の9党首討論会が開かれた。かなりの時間が経済再生と財政健全化をどう実現していくのかの議論にあてられた。

 安倍首相(自民党総裁)は「就職率も有効求人倍率も高い水準となった。成果を出してきた」と述べ、2016年度の税収が国と地方をあわせて12年度より21兆円増加すると強調した。

 公明党の山口那津男代表は「経済再生、デフレ脱却をさらに進め、その実感を地方や中小企業、家計へと国の隅々まで届ける」と訴えた。

 民進党や共産党などは経済政策の大きな変更が不可欠だと主張した。民進党の岡田克也代表は「一人ひとりが豊かになっていない。働き方の大改革を実現していくなかで持続的な成長がはじめて可能になる」と批判した。

 共産党の志位和夫委員長は「アベノミクスによる国民生活の破壊、格差と貧困を是正する」と力を込めた。

 アベノミクスは円安や株高で企業収益をいったん押し上げたが、規制改革をはじめとする成長戦略はまだ十分な効果があがっていない。与野党は子育て支援や所得の格差是正などを重点政策に掲げている。「分配と成長」の考え方や必要財源をどう確保していくかといった具体策をもっと分かりやすく説明すべきだ。

 安倍政権は17年4月の消費増税を2年半延期すると決めた。野党も増税先送りを容認する立場のため争点になりにくい。だが2度の増税延期で旧民主、自民、公明3党による「社会保障と税の一体改革」の合意は事実上破綻した。給付と負担のバランスをきちんと議論しないと、財政はさらに危機的状況に追い込まれかねない。

 外交や安全保障では、立場の違いが際立った。民進党や共産党などは昨年成立した集団的自衛権の行使容認を柱とする安全保障関連法について「憲法9条の平和主義に反しており廃止を求める」との立場で足並みをそろえた。

 民進党は環太平洋経済連携協定(TPP)に関しても、コメや麦など重要5品目の聖域が守られていないとして「今回の合意には反対」との立場を示している。

 野党として「政府の対応は問題点が多い」と反対論を展開するのはたやすい。しかし民進党は政権を経験した幹部が多い野党第1党として、建設的な対案を示す責任がある。共産党などとの選挙協力を優先して基本政策の軸がかすむようでは困る。

 憲法改正を巡っては、岡田代表が「改正は論点でないというのはおかしな話だ。しっかりと参院選で議論すべきだ」と指摘し、与党の争点隠しだと強調した。首相は「自民党はすでに改正案を示している。(衆参両院の)憲法審査会で冷静に議論し、集約していくべきだ」と述べるにとどめた。

次世代に何を残すのか

 自民党では改憲で優先すべき項目として、大災害時などの政府の対応を定める「緊急事態条項」の新設が有力視されている。野党も「安倍政権での改憲論議には応じない」という態度ではなく、時代に合わせた憲法のあり方を議論していく必要がある。

 首相は参院選の勝敗ラインについて「与党で改選定数の過半数(61議席)」と繰り返している。首相は「そんなに低い目標ではない。目標を定めた以上、責任が伴うのは当然だ」と語った。

 民進党は本格的な初陣となる今回の選挙で、二大政党の一角を占め、将来の衆院選での政権交代を視野におく勢力を確保できるかがカギとなる。与党など改憲勢力が衆院に続き、参院でも改正案の発議に必要な3分の2以上の議席を確保できるかも焦点だ。

 参院選では18歳と19歳が初めて選挙権を得る。日本は高齢者の声が政治に反映されやすい「シルバー民主主義」の問題点が指摘されている。与野党は互いに揚げ足を取るのではなく、次世代にどんな日本を引き継ぐのかという骨太の政策論争を展開してほしい。

参院選 きょう公示 戦略的投票でこたえよう

 参院選がきょう公示される。

 安倍首相が前面に掲げるのは経済だ。一方、その裏に憲法改正があるのは明白だ。

 首相は、必ずしも改憲を争点にする必要はないという。国会での議論がいまだ収斂(しゅうれん)していないというのが、その理由だ。

 しかし、改憲に意欲的な首相自身がどこをどう変えたいのかをまったく明かさないのでは、有権者は判断しようがない。

 こんな逆立ちした政治の進め方に弾みをつけるのか、ブレーキをかけるのか。この参院選には「政権の中間評価」ではすまない重みがある。

 ■民意とのねじれ

 安倍氏が2012年12月に首相に返り咲いてから、参院選は2度目になる。振り返れば「安倍1強政治」の出発点となったのは、政権交代から7カ月後に衆参の「ねじれ」を解消した13年の前回参院選だった。

 この時に自民、公明両党に票を投じた有権者には、民主党政権の混乱にあきれ、安定した政治で景気回復に取り組んでほしいとの思いが見てとれた。

 3年前のねじれ解消を受け、私たちは社説で「民意とのねじれを恐れよ」と書いた。中小企業や地方で働く人々の賃金は上がるのか、財源を確保して医療や福祉を安定させられるのか。首相がこうした期待に応えぬまま「戦後レジームからの脱却」にかじを切れば、民意を裏切ることになるとの趣旨だ。

 昨年の安全保障関連法の制定からなお続く反対運動のうねりをみれば、この懸念は的外れではなかったと感じる。

 消費増税先送りという「新しい判断」の信を問う。これが首相のいう争点だ。税収や就業者の増加といった経済指標を強調し、アベノミクスを前に進めるか後戻りさせるかと訴える。

 首相は本来、増税を「確実に実施する」という約束を破った責任を取るべきだ。そうしない裏には、「苦い薬は飲みたくない」という多くの国民の率直な思いに乗じた計算が見える。

 安倍氏は「与党で改選議席の過半数獲得」を勝敗ラインに掲げる。覚悟を示したかに見えるが、勝敗ラインを割れば退陣するのかは、はっきりしない。

 ■低い投票率の結果

 安倍氏率いる自民党と公明党が3連勝した12年以降の衆参両院の選挙には、共通の特徴がある。投票率が低いのだ。

 12年衆院選で59%台、13年参院選と14年衆院選はともに52%台で、14年は衆院選として戦後最低を記録した。

 民主党へと政権交代した09年衆院選の69%台と比べれば、その差は大きい。投票者数でみれば、09年の7202万人に対し14年は5474万人。単純計算で、1700万あまりの人が投票所に行くのをやめた。

 自民党はこの間、野党転落と政権復帰の両方を経験したが、実は得票数に大きな変動はない。比例区では、いずれの選挙でも棄権を含めたすべての有権者の5人に1人に満たない支持で推移している。

 つまり、安倍自民党は支持者をさほど増やしているわけではない。死票が出やすい選挙制度のもと、民主党支持の激減と棄権者の増加が、自民党に得票以上に多くの議席をもたらしているに過ぎない。

 解釈改憲による集団的自衛権の行使容認。特定秘密保護法の制定や、放送法を振りかざした国民の知る権利や報道の自由への威圧。憲法の縛りを緩めるばかりか、選挙で問わぬままに改正論議に手をつけようという政権の危うさを目の当たりにした有権者に何ができるか。

 ■「悪さ加減」を選ぶ

 答えの一つが、自らの一票を有効に使う「戦略的投票」だ。

 聞き慣れない言葉かもしれない。一例を挙げれば、最も評価しない候補者や政党を勝たせないため、自分にとって最善でなくとも勝つ可能性のある次善の候補に投票することだ。

 首相もたびたび演説に引用する福沢諭吉は、こんな言葉を残している。

 「本来政府の性は善ならずして、注意す可(べ)きは只(ただ)その悪さ加減の如何(いかん)に在るの事実を、始めて発明することならん」(時事新報論集七)。政治学者の丸山真男は、戦後にこれを「政治的な選択とは〈中略〉悪さ加減の選択なのだ」(「政治的判断」)と紹介した。

 民主党政権の失敗は、なお多くの有権者の記憶に生々しい。その後の低投票率には、政治への失望や無力感も反映されているのだろう。

 だが、このままでは民主主義がやせ細るばかりか、立憲主義も危機に瀕(ひん)する。

 意中の候補や政党がなくとも、「悪さ加減の選択」と割り切って投票所に足を運ぶ。7月10日の投票日までに、選挙区と比例区2枚の投票用紙をいかに有効に使うかを見極める。

 18、19歳の240万人もの若者を有権者として新たに迎える選挙だ。上の世代が、ただ傍観しているわけにはいかない。

きょう公示 難題克服へ政策論争を深めよ

◆経済改革の実効性を吟味したい◆

 安倍政権の経済、社会保障、外交・安全保障政策などを信任するのか。あるいは、転換を求めるのか。日本の針路を左右する重要な選挙だ。

 参院選がきょう公示される。

 デフレ脱却と財政再建の両立、少子高齢化と人口減社会への対策の強化、不安定化する国際情勢への対処――。日本は今、多くの困難な政策課題に直面している。

 各政党と候補者は、説得力ある処方箋を示し、積極的な政策論争を展開してもらいたい。

 参院選の最大の争点は無論、アベノミクスの是非である。

 2014年の衆院選と同様、安倍首相は消費税率10%への引き上げを延期し、その信を問う考えを示している。日本記者クラブ主催の9党党首討論会でも、経済政策が論争の焦点となった。

 安倍首相は、アベノミクスについて「リーマン・ショックで失われた国民総所得50兆円を今年中に取り戻せる」と語った。税収増、雇用改善の成果も強調した。

 公明党の山口代表は、「アベノミクスの成果が十分に及んでいないところに希望を広げたい」と述べ、地方や中小企業対策に重点を置く考えを示した。

◆重要性増す安保関連法

 民進党の岡田代表は、「金融や財政(政策)で(成長を)膨らませるだけのやり方は限界がある」などと安倍政権を批判し、経済政策を転換するよう主張した。

 消費増税の延期はやむを得ないが、景気の足踏み状況を早期に脱し、19年10月には確実に増税できる環境を実現する必要がある。

 与党は、今秋に予定される当面の経済対策や、中長期的な成長戦略の強化策の骨格を示すべきだ。野党も、アベノミクスの批判一辺倒でなく、どう転換するかを具体的に明らかにせねばなるまい。

 自民党の公約は「成長と分配の好循環」、民進党は「分配と成長の両立」をそれぞれ明記した。

 成長と分配の順番が逆だが、保育士の待遇改善、最低賃金の引き上げなど、共通する政策も多く、違いが分かりにくい。両党には、さらなる説明が求められよう。

 集団的自衛権の行使を限定容認した3月施行の安全保障関連法も重要な論点となろう。

 首相は「日米同盟の絆を強くした。日本の安全は、さらに強化された」と意義を指摘した。共産党の志位委員長は「自衛隊を海外の戦争に出していいのか」と述べ、関連法の廃止を主張した。

 北朝鮮は核とミサイルによる軍事挑発を続け、中国は独善的な海洋進出を拡大させる。安保関連法を効果的に運用し、日米同盟を強化する重要性は一層高まった。

◆憲法は冷静に話し合え

 与党は、こうした実情を丁寧に訴え、国民の理解を広げる努力を尽くすことが大切である。

 憲法改正について、首相は、参院選後に、衆参の憲法審査会で具体的な改正項目を絞る作業を進めたい考えを改めて示した。

 岡田氏は、「お互い協力する姿勢が安倍政権にあるのか。立憲主義に対する認識が全く間違っていないか」と疑問を呈した。

 与党は、憲法改正を参院選の争点に据えることに慎重な姿勢を示している。首相は街頭演説でほとんど触れず、公明党は公約に盛り込まなかった。

 野党との対立を先鋭化するのは選挙戦術上も、選挙後に幅広い合意形成を目指すうえでも、得策でないと判断したのだろう。だが、少なくとも、どういう改正項目を重視し、優先したいのかを示さなければ、有権者は戸惑おう。

 野党も、9条改正反対と唱えるだけでは無責任である。

 憲法は、70年近く一度も改正されず、現実との様々な乖離かいりが指摘される。最高法規をより良いものにする観点から、冷静に議論することが求められる。

◆野党協力は実るのか

 自民、公明の与党は改選議席の過半数の61議席を獲得目標に掲げる。さらに、憲法改正発議に必要な参院の3分の2を占めるため、改正に前向きなおおさか維新の会などとの合計で78議席を確保できるか。この点も注目される。

 民進、共産、社民、生活の野党4党は、「1強」の自民党に対抗するため、32ある1人区のすべてで統一候補の擁立に成功した。憲法、安全保障など基本政策が異なる中、「野合」批判をかわし、選挙協力の実を得られるか。

 新たに選挙権を手にした18、19歳の約240万人を含め、有権者は、各党の訴えをしっかりと吟味し、誤りなき選択をしたい。

2016年6月21日火曜日

沖縄は何に憤っているのか

 沖縄をめぐる様々なあつれきはどうして起きるのか。米軍絡みの犯罪にしても、普天間基地の県内移設にしても、個々の事象だけ追っても全体像はわからない。多くの県民は何に憤っているのか。それを知ることが、対話の糸口につながるはずだ。

 沖縄に住む軍属の米国人による殺人事件への抗議集会が開かれた。普天間基地の県内移設に反対する翁長雄志知事の支持勢力が主催、日米地位協定の改定や海兵隊の撤収を求める決議を採択した。

 「よく県全体(の声)という話をうかがうが、これは全く当たらない」。菅義偉官房長官は集会についてこう強調した。自民党などが不参加だったのは事実だが、これでは翁長知事とは話し合わないと言っているようなものだ。

 日米両国政府は沖縄県の要望を踏まえ、地位協定における軍属の範囲の見直しを進めている。特権が縮小すれば犯罪抑止効果が見込める。ぜひ実現させてほしい。

 問題は本土と沖縄の間に信頼関係がないことだ。日米がいくら努力しても「どうせ小手先の対策」と受け止められかねない。

 沖縄の地理的重要性を考えれば一定数の米軍が沖縄に駐留することは日本の安全保障にとって不可欠だ。沖縄県民にもそう考える人は少なくない。にもかかわらず反基地運動が盛り上がるのは、安倍政権の姿勢が県民の心情を硬化させているからではないか。

 普天間移設に必要な埋め立てに関する国土交通相の指示が適法かどうかを審査してきた総務省の第三者機関「国地方係争処理委員会」は判断をせずに終了した。

 「いずれの判断をしても国と地方のあるべき関係を構築することに資するとは考えられない」というのが小早川光郎委員長の説明である。法的に正しくとも力押しできないこともあるということだ。

 安倍政権は沖縄との話し合いの糸口をまず探すべきだ。県民のために一生懸命に動いていると思われない限り、どんな対策を実施しても効果は生まない。

老朽原発の再稼働へ基準上回る安全策を

 運転開始から40年を超えた関西電力高浜原子力発電所1、2号機(福井県)について、原子力規制委員会は最長20年の運転延長を認めた。原発の運転期間は法律で原則40年と定められたが、特別な審査に合格すれば延長できる。それが適用される第1号になった。

 関電は運転延長に向け、原子炉の格納容器の補強や防火対策の強化などを計画し、規制委に申請していた。規制委は新規制基準に照らし、それらの対策や工事計画などが妥当かを1年以上かけて審査し、最終的に合格とした。

 関電の対策は規制基準の要求に沿っており、規制委の判断は妥当といえる。半面、基準は原発の安全性を確保するための最低限の対策であり、長期の運転で機器が劣化しないかなど課題も残る。点検を厳しくし機器類を早めに交換するなど、基準で定められた以外の安全策の積み重ねが欠かせない。

 関電は2019年秋以降の再稼働をめざしている。追加的な安全策や保守点検計画も最大限公表し、地元の理解を得るべきだ。

 今回の規制委の判断は、国のエネルギー政策にとって重要な意味をもつ。政府は昨年まとめたエネルギー需給見通しで、30年時点の発電量に占める原発の比率を20~22%にすると定めた。この数字は運転40年超の原発が一定数再稼働することが大前提だ。

 関電は美浜3号機(福井県)でも運転延長をめざしており、他の電力会社にも同様の動きが出るだろう。まず関電が高浜1、2号機の安全な再稼働に万全を期し、地元や国民から信頼されるような先例になってほしい。

 その一方で美浜1、2号機や中国電力の島根1号機(島根県)、四国電力の伊方1号機(愛媛県)などは電力会社の判断で廃炉が決まった。規制基準を満たすには安全対策に巨額の費用がかかるためだ。「40年ルール」は実質的に機能しているともいえる。

 ほかの40基強の原発も多くが高度成長期に建てられ、今後相次いで運転40年を迎える。すべて廃炉にすれば、低廉な電力を安定供給できるかや、日本が世界に公約した温暖化ガスの削減目標を達成できるかがきわめて不透明になる。

 規制委が安全と判断し、地元が同意すれば再稼働するケースがあってもよい。原発の建て替えをどうするかを含め、政府が中長期的な原子力の利用の仕方をもっと明確に示す必要もある。

原発40年規制 運転延長に反対する

 運転開始から40年を超えた関西電力高浜原発1、2号機(福井県)について、原子力規制委員会が運転延長を認可した。関電は安全対策工事をしたうえで、2019年秋以降の再稼働をめざす方針だ。

 東京電力福島第一原発の事故を経て、朝日新聞は社説で20~30年後の「原発ゼロ社会」を主張してきた。当面どうしても必要な原発の稼働は認めつつ、危険度の高い原発や古い原発から閉じていくという意見である。

 このままでは、利益をあげられると電力会社が判断した原発について、次々と運転延長が認められかねない。今回の認可に反対する。

 まずは規制委である。

 難題とされた電気ケーブルの火災対策で、燃えにくいケーブルへの交換が難しい部分は防火シートで覆う関電の方針を受け入れた。運転延長後の耐震性を推定するために格納容器内の重要機器を実際に揺らす試験も、対策工事後に回して認可した。

 「1回だけ、最長20年」という運転延長規定は、電力不足などに備えるために設けられた。規制委も「極めて例外的」「(認可は)相当困難」と説明していたのではなかったか。

 より大きな問題は、安倍政権の原発への姿勢である。

 法律を改正し「原発の運転期間は40年」と明記したのは民主党政権のときだった。福島の事故を受け、国民の多くが「原発への依存度を下げていく」という方向で一致していたからだ。

 安倍政権も、発足当時は「原発依存度を可能な限り低減する」と繰り返していた。しかし、なし崩し的に原発温存へとかじを切り、基幹エネルギーの一つに位置づけた。

 「規制委が安全と判断した原発は再稼働していく」。これが最近の政権の決まり文句だ。

 その規制委は個別原発の安全審査が役割だと強調する。避難計画が十分かどうかは審査の対象外だし、高浜原発がある福井県のような集中立地の是非も正面から議論はしていない。

 高浜原発を巡っては今年3月、再稼働したばかりの3、4号機について、大津地裁が運転差し止めの仮処分決定を出した。決定の根底には、原子力行政を専門家任せにしてきたことが福島の事故につながったとの反省がある。

 「原発40年」の法改正は民自公の3党合意に基づく。規制委によりかかりながら、原発依存度低減という国民への約束をなかったことにするのは許されない。政権は40年ルールへの考え方をきちんと説明するべきだ。

参院選 あす公示 若者よ黙ってないで

 参院選があす公示され、7月10日の投票日に向けて、各党や候補者の論戦が本格化する。

 今回から約240万人の18、19歳の有権者が投票できるようになる。これを機に、若者の政治参加について考えてみる。

 若い世代の投票率は低い。とくに20代は60代の半分に満たないことも珍しくない。

 たとえば14年の衆院選では、20代の32・58%に対し、60代は68・28%あった。13年の前回参院選は20代が33・37%で、60代は67・56%だ。

 いまや国民の4人に1人が65歳を超える。人口が多いうえに投票率が高いのだから、選挙結果を左右する力が大きいのは、若者より圧倒的にお年寄りだ。

 政治家は選挙のことを考え、投票所に足を運ぶ高齢世代の声に耳を傾けがちだ。そんな政治を称して「シルバー民主主義」という言葉も生まれた。

 その一例が、参院選前に実施された。所得の低い65歳以上の約1100万人を対象に一律3万円を渡す臨時給付金だ。

 所得の低い人への対応策は必要だとしても、なぜ高齢者だけなのか。野党は「税金による選挙対策だ」と批判したが、「賃上げの恩恵を受けにくい高齢者にアベノミクスの果実を支給する」として止まらなかった。

 もともと長年にわたって、高齢者向けの予算配分は多い。国立社会保障・人口問題研究所によれば、13年度の政府支出は年金や介護など高齢者向けが54兆円余、保育所建設や児童手当など子育て向けは約6兆円だ。

 もちろん、年齢を重ねるほど医療費や介護費が必要なケースが増える。総額が膨らむことは避けられない。だが同時に、若い世代にも、もっと予算を振り向ける必要があるのも確かだ。

 保育所増設や保育士の待遇改善、子どもの貧困対策、返済義務のない給付型奨学金の創設なども急ぐべきだろう。

 総務省によると、仕方なく非正規で働く「不本意非正規」の割合が最も多いのは25歳から34歳の世代だ。そうした人たちを正社員にするための能力開発事業なども拡充すべきだ。

 子育て、教育、雇用対策など若い世代向けの政策の充実強化を政治家に迫る近道は何か。

 やはり、若者自身が選挙公約に目をこらし、投票に行き、意思表示することだ。

 消費増税を延期すれば、目の前の負担は増えなくてすむ。一方でそのツケを背負わされるのは、若い世代にほかならない。

 こうした政治のあり方をどう評価するのか。黙っていていいわけがない。

あす公示 政治路線の議論も重視したい

 参院選は、あす公示される。与野党は、政策に加え、政治路線に関する議論も深めてほしい。

 安倍首相は、改選議席の過半数の61議席を与党で獲得することを目指す。

 民進党の岡田代表は、これを野党共闘で阻止することを新たに目標に掲げた。民進、共産など野党4党が統一候補を擁立する32の1人区の攻防がカギを握ろう。

 気がかりなのは、参院選後の4党の路線が不明確なことだ。

 岡田氏は、共産党との連携について「政権を共にすることはできない」と述べ、連立政権を組むことを否定している。だが、共産党の志位委員長は「(次期)衆院選までに前向きな結論を出す」と強調する。足並みはそろっていない。

 4党は、安全保障関連法の廃止などを共通政策にしているというが、憲法、日米安保など基本政策の違いは大きく、中長期的な協力関係も曖昧だ。首相が「無責任だ」と批判するのは理解できる。

 首相は、秋の臨時国会から衆参両院の憲法審査会で改正項目の議論を始めたい考えを示した。国会で改憲のテーマが絞られていないことを理由に挙げるが、自民党として、どの項目の改正を優先するかも明示すべきではないか。

 岡田氏も、「9条改正阻止」を唱えるだけでなく、民進党公約にある「未来志向の憲法」の具体像を説明してもらいたい。

 残念なのは、参院のあり方に関する議論が乏しいことだ。

 今回、1票の格差を是正するため、選挙区選で合区が導入された。地方の人口減が進めば、合区が拡大し、地方の声が国政に一段と届きにくくなるのは確実だ。

 改正公職選挙法は、「参院のあり方を踏まえた選挙制度の抜本的な見直し」の検討を付則に明記している。自民党は公約で、全都道府県で最低1人が選出されるよう憲法改正を含めて検討するという。真剣な論議が欠かせない。

 参院には本来、衆院に対する抑制や補完の役割が期待される。与党が参院で少数となる「ねじれ国会」に陥った際、政治の停滞を防ぐには、衆院の法案再可決の要件の引き下げが求められる。

 参院の独自色も強めたい。

 予算審議で優越する衆院に対して、参院が決算を重視し、審議結果を翌年の予算編成に反映させてきたことは評価できる。

 衆参両院の役割分担と選挙制度を一体で改革し、立法府を活性化させることが肝要である。

高浜20年延長 再稼働へのハードルを越えよ

 原子力発電を日本の主要エネルギー源として活用していくために、重要な一歩と言えよう。

 営業運転の開始から40年を超えた関西電力高浜原子力発電所1、2号機について、原子力規制委員会が20年間の運転延長を認可した。

 福島第一原発事故後に厳格化された新規制制度は、原発の運転期間を40年に制限し、例外的に最長20年間の延長を認めている。今回、それが初めて適用された。

 40年超の原発でも、安全を確認して稼働させれば、電力の安定供給上、大いに有益である。

 ただし、老朽原発の再稼働は容易ではない。関電は着実にハードルを越える必要がある。

 最大の関門は、設備やシステムの改修だ。全長約1300キロ・メートルのケーブルの6割を難燃性に取り換える。残る部分も防火シートで巻くといった措置を施す。

 重大事故に備え、格納容器上部に、コンクリート製の強固な覆いを建設する工事も待ち受ける。中央制御室では、安全確保の要となる制御盤を最新のタイプに更新する。複雑な制御システムを確実に機能させねばならない。

 関電は、2019年秋に工事を終え、再稼働を目指す。規制委は工事の進展に合わせて、厳格な検査を実施する。格納容器内の主要設備の一部は、実際に揺さぶり、耐震性能を確認するという。

 地元の理解を得ることも、再稼働に欠かせない条件である。関電は、工事内容や再稼働の必要性を丁寧に説明せねばならない。

 工事には、2000億円を超える巨費を要するが、再稼働にこぎ着けられれば、1か月で90億円の収益改善につながる見通しだ。

 関電は、一連の手続きを円滑に進め、今後も続く原発の長期運転のモデルとしてもらいたい。

 規制委にも、審査の効率化が求められる。制度の仕組み自体を見直すことも大切だ。

 電力会社が時間的余裕を持って運転延長を申請しようにも、現行では申請時期が限られている。さらに、運転開始後40年の日までに審査が未了だと、廃炉になる。

 当然ながら、審査スケジュールは綱渡りになる。他の審査にもしわ寄せが出る。今回も、他の原発の再稼働審査が滞っている。

 40年で運転を制限することが科学的に妥当かどうか、という根本的な問題も残っている。

 政府は、30年度の原発比率として20~22%の目標を掲げる。その達成には、運転延長だけでなく、原発の新増設も検討すべきだ。

2016年6月20日月曜日

社外取締役の起用をもっと積極的に

 東京証券取引所が上場企業の経営の規範となる企業統治指針(コーポレートガバナンス・コード)を導入して1年が過ぎた。その眼目は、企業と利害関係のない社外取締役の選任を2人以上求めるなど、「外部の目」による企業活動の監督を促すことにある。

 指針に沿って社外取締役の起用は広がり始めている。だが、上場企業のなかで規模の小さい中堅・新興企業では選任が遅れており、底上げが課題だ。取締役会に多様な視点が入り議論が活発になるよう企業は努力を続けてほしい。

 社外取締役は社内の意向におもねらず、株主の意見を経営に反映させる役割を負う。欧米の企業統治では欠かせない。日本企業も世界から資金を呼び込み、グローバル市場で競争するには、社外取締役の積極活用が求められる。

 セブン&アイ・ホールディングスでは鈴木敏文前会長の提案した幹部人事案が、社外取締役が主導する形で否決された。欧米の取締役会ではトップの意見が退けられることも珍しくない。株主の立場に立った経営の意思決定が日本でも浸透し始めた表れといえる。

 ただ東証によれば、2部上場企業の11%、ジャスダック上場では32%が、企業と利害関係のない「独立社外取締役」を1人も選任していない。96%の企業が選任している1部と差がある。

 2人以上の独立社外取締役を置く企業の割合も、1部上場の78%に対し、2部は54%、ジャスダックは22%にとどまる。

 2部などに上場する中堅・新興企業を中心に、日本企業は社外取締役の起用にもっと積極的になるべきだ。独立社外取締役を複数置く企業は、1人しかいない企業や置いていない企業より、資本効率を示す自己資本利益率(ROE)が高いとの調査結果もある。

 情報開示でも企業には課題がある。トップ交代のあったセコムは、社外取締役を交えて設置した指名報酬委員会のメンバーを公表していない。交代の過程が不透明だと、議決権行使の助言会社は苦言を呈した。「外部の目」を入れたとしても、説明姿勢が不十分なら株主の信頼は得にくくなる。

 取締役会の審議内容を専門評価会社に示し、企業価値を高める議論が十分かなどを検証してもらう「取締役会評価」も世界では広がっている。第三者が点検することで取締役会の運営の改善につながろう。実施を前向きに考えたい。

投資協定で経済外交に弾みを

 企業が安心して海外に投資できるように、政府が2国間や多国間で結ぶのが「投資協定」だ。日本政府が2020年までに、100の国・地域と投資協定を結ぶという目標を打ち出した。

 わたしたちは日本企業のグローバル戦略を後押しするため、投資協定の締結数を大幅に増やすよう求めてきた。政府がその一歩を踏み出した点を評価したい。

 投資協定は海外に投資した企業の財産を保護したり、自由に投資できる範囲を定めたりする。経済連携協定(EPA)に投資のルールを定める方法もある。

 日本はこれまでに30を上回る国・地域と投資協定や、投資ルールを含むEPAを結んできた。政府はこの数を他の主要国の水準に近づけようとしている。大事なのは協定づくりに向けた体制整備だ。

 政府はまず企業の要望にきちんと耳を傾け、具体的な戦略を練ってほしい。同時に、民間出身の人材を加えて交渉チームを抜本的に強化してはどうか。

 投資協定は今後の新興国向け経済外交に弾みをつける有力な手段となる。たとえば、8月にケニアでアフリカ開発会議を開くのにあわせ、協定締結の交渉に入るアフリカの国を積み増すべきだ。

 日本企業の間では、ナイジェリア、南アフリカ、セネガルなどとの協定をのぞむ声が多い。ケニアとは交渉が実質合意に達したが、ガーナやタンザニアとの交渉も早くまとめてほしい。

 資源安で足元のアフリカ経済は伸び悩んでいるが、人口増加を背景に潜在力は大きい。投資協定の網を広げれば、日本企業の進出を促し、将来のEPA締結の足がかりにもなる。

 中南米では、政権交代を経て経済自由化を進めているアルゼンチンや、米国と国交回復したキューバも有力な協定締結先である。

 日本企業が海外投資で得られる所得収支は、貿易収支を上回る。投資協定をテコに日本は投資立国としてさらに成長できる。政府はそのための交渉を急ぐ時だ。

沖縄県民大会 怒りと抗議に向き合え

 「今回もまた、1人の命を守れなかった」。発言者からは異口同音に、無念さ、悔しさのこもった言葉が続いた。

 沖縄県で米軍属の男が殺人・強姦(ごうかん)致死容疑で逮捕された事件に抗議し、犠牲となった女性を追悼する県民大会が、きのう炎天下の那覇市で開かれた。

 基地があるがゆえの事件はやまない。そのたびに米軍や政府は「再発防止」「綱紀粛正」を約束する。それでもまた事件は起き、県民を打ちのめす。

 1995年の少女暴行事件後の県民大会には、党派を超えて8万5千人(主催者発表)が参加した。この怒りの広がりが、米軍普天間飛行場の日米返還合意へとつながった。

 だが今回は、県政野党の自民党や中立の公明党が大会への参加を見送った。このため、事前には「抗議の広がりは限定的ではないか」との見方もあった。

 だが、参加者は主催者発表で6万5千人。5万人の目標を大幅に上回った。

 事件後、複数の米軍基地前で追悼や抗議の集会が続く。今回合流しなかった公明は独自に追悼集会を開き、自民も後日、同様の集会を予定している。

 県民大会が超党派の形にならなかったのは、決議文の内容や運営方法をめぐって、主催で翁長雄志知事を支持する「オール沖縄会議」と、自民、公明が折り合えなかったためだ。

 決議文のうち「在沖米海兵隊の撤退」と「普天間飛行場の閉鎖・撤去と県内移設の断念」を自民が受け入れず、公明も歩調をあわせて参加を断った。

 とはいえ、事件への怒りや悲しみは沖縄の自公も共有しているはずだ。基地の整理縮小や日米地位協定の改定を求める点でも一致している。大会に込められた県民の意思を、安倍政権は重く受け止める必要がある。

 沖縄では07年の教科書検定意見撤回要求、12年のオスプレイ配備反対と、保革を超えた取り組みが誕生。翁長知事を生んだ「オール沖縄」勢力が、新たな政治の潮流を形作ってきた。

 その流れを止めようとしたのが中央の政権である。

 自民党本部は2年半前、米軍普天間飛行場の県外移設を公約としていた沖縄選出の国会議員や県連に公約を破棄させた。

 「辺野古が唯一の解決策」と繰り返す政府・与党のかたくなな姿勢が、沖縄県民の間に深い亀裂を生んでいる。

 新たな犠牲者を出さないためにも、沖縄の分断をこれ以上深めないためにも、政府・与党は沖縄県民の思いに正面から誠実に向き合わねばならない。

参院選 18歳選挙権 世代を超え考えよう

 選挙権年齢を「18歳以上」にする改正公職選挙法が、きのう施行された。

 国政選挙では、来月投開票の参院選から導入される。

 それに向けて、多くの高校が選挙の仕組みを教える授業や模擬投票に取り組んでいる。

 選挙管理委員会も出前授業など啓発活動に力を入れる。政党も、若者向けのイベントに参加するなどPR合戦を展開中だ。

 選挙を前に、投票の方法や各党の政策を伝えることはもちろん大切だ。

 だが、忘れてならないのは、投票は、民主主義を実践する一つの手段でしかないことだ。

 日ごろから、現実の社会で何が問題かをつかみ、どうすれば解決できるかを考えることこそが重要だろう。

 それを養うためには選挙のときだけでなく、ふだんの取り組みが欠かせない。

 学校にいる間から実感して欲しいのは、自分が動けばものごとを変えられることである。

 学級会や児童会、生徒会はその格好の場だ。席替えをどうするか、遠足はどこに行くか。教員が仕切るのではなく、彼らに運営を委ねたい。

 社会の問題と出合う機会を増やすことも必要だ。

 年金や医療、福祉、税金、原発、安全保障……。ちまたには意見が対立するテーマがあふれている。それらについて多様な見方を知り、多角的に考え、話し合う場を広げたい。

 ところが学校は「政治的中立」を気にし、生の政治課題に相変わらず距離を置いている。

 「文部科学省は新聞は複数を使えというが、何紙でないといけないのか」「個人の主張は述べるなといわれても、説明しているとにじんでしまう」。現場からはそんな声が聞こえる。

 問題になると面倒だからと教員が尻込みするようでは困る。

 保護者や地域、教育委員会は「偏向教育」のレッテルを貼らず、試行錯誤を見守りたい。

 萎縮させてはならないのは、生徒たちの政治活動もだ。

 デモに参加するとき、学校が事前の届け出を義務づけては、政治への関心をそぐどころか思想の監視につながりかねない。

 主権者を育てる教育は、学校だけが担うものではない。

 家庭や地域が「政治は汚い」「やっかいだ」と避けるのではなく、社会に向き合い、自らの問題として声を上げることが求められる。その姿を見せなければ若者も黙ってしまうだろう。

 18歳選挙権は、18歳や19歳の問題ではない。すべての世代の問題である。

社会保障 「痛み」伴う改革から逃げるな

 ◆不安払拭へ責任ある政策論争を◆

 超高齢社会に耐え得る社会保障制度を構築するには、給付抑制や負担増など「痛み」を伴う改革が避けられない。

 参院選公約で、各党は社会保障の様々な充実策を掲げた。人口減への危機感を反映し、少子化対策を強調している。

 反面、医療や年金の維持へ向けた施策は乏しい。改革の全体像が示されなければ、国民の将来不安は拭えない。各党は責任ある政策論争を展開すべきだ。

 ◆一体改革の理念どこへ

 膨張する社会保障費の財源は消費増税で確保し、将来への負担のツケ回しである赤字国債発行には頼らない。子育て支援や介護サービスを充実させ、超高齢社会に適した制度に転換する。

 2012年に自民、公明、民主の3党合意で確認した「社会保障・税一体改革」の理念である。

 安倍政権の下、消費税率10%への引き上げが2度にわたり延期された。民進党も増税延期では一致する。一体改革の枠組みが揺らいでいることは否めない。

 一体改革を維持するのであれば、予定した充実策のうち、何を優先し、何を見送るのか。不足する財源をどう手当てするのか。これらを明確にする必要がある。

 自民党は、保育や介護の受け皿を拡大するため、保育士で月平均6000円相当、介護職では月平均1万円の賃金アップなどの処遇改善策を打ち出した。2000億円規模の財源を要する。

 安倍首相は、子育て・介護分野に「アベノミクスの果実を充てる」と説明する。税収増を当てにしているのだろう。だが、当面はしのげても、継続的に実施するための恒久財源とは言い難い。

 一体改革には、低年金者向けの給付金創設や無年金者の救済策も含まれている。いずれも消費税10%時の実施が法律で決まっている。自民党が公約で触れなかったのは、再増税まで実施を延期するという意思表示と受け取れる。

 ◆負担の先送り許されぬ

 民進党は、保育士の月給を5万円、介護職の月給を1万円、それぞれ引き上げることを掲げた。年金・医療を含めた社会保障の充実は、消費税引き上げを待たずに実施するとも主張する。

 岡田代表は、消費増税までの財源不足は赤字国債で賄うと表明している。一体改革の理念を反故ほごにするのだろうか。

 雇用政策について、各党の公約には大差がない。雇用形態で賃金差をつけない「同一労働同一賃金」の実現や最低賃金引き上げを一様に訴える。民進党などが掲げてきた政策を、自民党が争点化を避ける狙いで取り込んだ結果だ。

 ただ、同一労働同一賃金は、日本の雇用慣行と相いれない部分も多い。残業や転勤の有無、責任の重さなど、正社員と非正規労働者の違いをどう評価して「同一労働」と判断するのか。各党は、具体的な議論を深めてもらいたい。

 年金制度の在り方は、かつて大きな争点だったが、今回は各党ともおざなりな扱いだ。中でも、自民党は一言も触れていない。

 民進党の公約からは、民主党時代の看板政策だった最低保障年金の創設が消えた。巨費を要し、非現実的と批判されていた。

 年金には大きな課題が残る。少子高齢化の進行に応じて給付水準を引き下げる「マクロ経済スライド」の機能強化である。

 現在は、デフレ下での実施が制限されているため、04年改革での導入後も長らく発動できず、予定より引き下げが大幅に遅れている。その分は、将来世代の年金を減らして帳尻を合わせる。

 将来世代を守るため、経済情勢にかかわらず完全実施する見直しが不可欠だ。この問題に各党がどう対処しようとしているか。若年層が特に注視すべきテーマだ。

 公明党や民進党は、非正規労働者への厚生年金の適用拡大を訴える。重要な課題である。

 ◆見えない医療の将来像

 医療制度改革に関する言及が乏しいことも、物足りない。高齢化で膨張する費用を抑制しつつ、いかにして質の高い医療を提供するかが、社会保障制度を持続させる上で最大のポイントだ。

 退院支援や在宅診療を拡充し、必要性の低い入院を減らす。高齢者にも経済力に応じた負担を求める。こうした政府の方向性に対し、各党が描く将来像は公約から見えてこない。介護保険制度についても、同様のことが言える。

 安定した社会保障制度を次代に引き継ぐ政策を示している党を、今後の論戦の中で見極めたい。

2016年6月19日日曜日

18歳選挙権を国の将来考えるきっかけに(16参院選 政策を問う)

 選挙権年齢を「20歳以上」から「18歳以上」に引き下げる改正公職選挙法が19日に施行された。日本は高齢者の声が国政に反映されやすい「シルバー民主主義」の弊害が指摘されている。若い有権者の参加を機に次世代に負担をつけ回す政治の流れを変え、みんなで日本の将来を考える一歩としたい。

 与野党は7月の参院選に向けて若者へのアピールを競っている。党首が高校生らと対話したり、漫画を使った広報に力を入れたりしている。しかし肝心の政策の中身はいまひとつ若者の心に届いているようには思えない。

 各党は公約で育児や就学の支援、労働者の格差是正を重視した。ただ具体的な取り組みや目標の達成時期は曖昧で、どの程度の実現性があるか判断しにくい。

 来年4月に予定していた消費税率の10%への引き上げは各党とも「延期」で足並みがそろった。一方で社会保障の充実と財政再建をどう両立させるのかの説明が不十分だ。財政へのしわ寄せは将来世代の負担をさらに重くする。

 18歳と19歳の有権者はそれぞれ約120万人。60代は1歳あたり200万人超の年次もあり、投票率も20代より2倍程度高い。若い世代は数の上では劣勢だが、積極的に政治参加すれば他の世代の考え方にも波及するだろう。

 「18歳選挙権」は学校現場にも大きな影響を与える。高校はもちろん小中学校の段階から、政治的教養をはぐくむ主権者教育が重要になる。すでに模擬投票を実施するなど意欲的な試みを展開している学校も少なくない。

 とはいえデモや集会などの政治活動をどこまで認めるか、授業で政治的中立性をどう確保するかといった問題が立ちはだかる。文部科学省は昨秋、高校生の政治活動を禁止していた通知を廃止し、校外の活動については「家庭の理解の下、生徒が判断して行う」と原則容認に転換した。

 それでも学校現場ではトラブルを恐れて禁圧的な対応に走りがちだ。懸念もわからないではないが、18歳以上は成人と同じ有権者であるという基本をまずは大切にしてほしい。行き過ぎた指導は生徒を萎縮させ、主権者意識の育成を阻みかねない。生徒たちの判断をゆったりと見守る度量が必要ではないだろうか。

プログラミング教育への注文

 文部科学省は小学校におけるコンピューターのプログラミング教育を2020年度から必修化する方針を決めた。

 情報通信機器は今や日々の生活で欠かせない存在だ。子どもたちが将来、どんな職業に就くにしても情報通信技術(ICT)の心得がある方が望ましい。

 子どもたちが早い段階からICTと慣れ親しむことの大切さに異論はない。米国ではオバマ大統領がコンピューター教育を充実する計画を今年初めに発表した。多くの国が情報関連の教育を手厚くする策を講じている。

 一方で人工知能などの新技術が産業競争力を左右するといわれ、ICT系の人材不足が深刻で早期の育成を望む声もある。足元の人材確保と息の長い教育課程の見直しとは次元が異なる話だ。混同してはならない。

 簡単なソフトウエアでロボットを思い通りに動かすといった学習教材がすでにある。大事なのは、論理的な思考力や問題解決能力を養うことだ。プログラミングのスキルではない。

 プログラムの作成は、問題を解決するため必要な手順を考えることにつながる。身の回りにある多様な情報を自分なりに読み解き、使いこなす能力も求められる。

 そうした力はこれからの社会をよりよく生きるうえで、読み書きの力と同様に欠かせない普遍的な力であるともいえる。

 課題は多い。まずプログラミングを通じて子どもたちの論理的思考力の向上につなげられる教員をいかに養成するかだ。英語教育の拡充など小学校の教員にかかる負担がただでさえ増す傾向にある。企業OBなど学校の外から力を借りるのもいい。また校内に安全で使いやすいネット利用環境を整える必要もある。

 いずれも時間がかかる。急ぐ必要はあるが、あわてて生煮えの状態で子どもたちに与えることは避けたい。中央教育審議会などでさらに議論を重ね、より望ましい取り組み方を模索してほしい。

参院選 社会保障の将来 給付と負担の全体像を

 たくさんの猿を飼っている人が、家計が苦しくなって餌のトチの実を減らすことにした。朝は三つ、夕方に四つ与えると言うと猿たちが怒ったので、朝に四つ、夕方は三つにすると言ったら喜んだ。

 「朝三暮四」の由来になった中国の寓話(ぐうわ)だ。目先を変えて言いくるめるたとえである。

 参院選での社会保障をめぐる議論もさながらこの話のようだ。各党は選挙公約で「充実策」を競い合う。その先にある「痛み」を覆い隠すように。

 だが、そんなその場しのぎは有権者に見透かされるだろう。むしろそうした姿勢が、制度への不信や将来への不安を高め、消費を冷やし、経済低迷の一因となっているのではないか。

 「子育て世帯を支援していく決意は揺らぎません」。消費増税の再延期を表明した記者会見での安倍首相の言葉だ。

 「アベノミクス」の成果と誇る税収の増加分を使い、保育や介護の「受け皿」を増やし、保育士と介護職員の賃金アップに優先して取り組むという。

 ■財源危うい「充実」

 だが、保育所を増やせば運営費として毎年約1千億円がかかる。保育士や介護職員の待遇改善には年に約2千億円が必要とされる。景気次第の税収増は、安定した財源とは言えない。

 そもそも子育て支援では、「税と社会保障の一体改革」で決めた施策が置き去りになっている。消費税収などを財源に保育士の配置を厚くするといった充実策を進めるはずなのに、いまだに財源のあてがない。

 子育てだけではない。低所得者の介護保険料の負担を軽くする、無年金の人を減らすといった対策も、消費増税の再延期で宙に浮いている。

 国民は今、さまざまな不安を感じている。子育て、医療や介護、雇用、貧困・格差の拡大……。これらを解消していくために社会保障を立て直す。そのために必要な財源を確保する。一体改革で示した対策は国民への「約束」であり、いずれも喫緊の課題ではなかったのか。

 約束をなし崩しにしているのは、首相が率いる自民党だけではない。一体改革をともにまとめた公明党や民進党も消費増税の延期に賛成し、安定した財源のめどがないままにもっぱら充実策を言っている。

 置き去りになっているのは、充実・強化の約束だけではない。少子高齢社会のもとで制度をどう維持していくかという議論が一向に聞こえて来ない。

 ■高まる抑制の圧力

 日本の総人口が減っていく一方で、2025年には「団塊の世代」が75歳以上になり、社会保障費は増えていく。医療費は今より約1・4倍、介護費は約1・9倍に膨らむと見込まれている。

 国の財政は国債発行という将来世代へのつけ回しに頼っており、国の借金は1千兆円を超えてなお増え続ける。社会保障費は政府予算の約3割を占め、財政難と表裏の関係にある。

 一体改革では、消費税の増税分をすべて社会保障に充てるとされたが、その大半は借金が増えるのを抑えるのに使われ、新たな「充実策」には約1%分しか回らない。社会保障を支える財政の状況はそれほど厳しい。

 さらに、消費税率を10%にしてもそれだけでは借金の増加は止まらない。安倍政権は、社会保障費の毎年度の増加を高齢化に伴う「自然増」程度に抑える目標を掲げている。

 そのための方策として、高齢者の医療費の負担増、介護保険の利用者負担の引き上げ、要介護度の低い人へのサービスの見直しなどが検討課題に挙がっている。しかし本格的な議論は参院選後に先送りされた。

 ■政治の役割は何か

 選挙では充実ばかり唱え、終わった途端に負担増や給付減を言い出すのか。そんなやり方は、政治や社会保障への国民の不信を強めるだけだろう。

 制度のほころびを繕い新たなニーズに対応する。全体の費用はできるだけ抑えていく。これをどう両立させるのか。

 経済的に余裕のある人には、高齢者であっても負担を求める流れは加速するだろう。だが、それにも限界はある。これ以上の給付の抑制・削減が難しければ、国民全体でさらなる負担増も考えねばならない。

 既存の制度をどう見直し、限りある財源をどこに振り向けるのか。必要な財源をどうやって確保していくか。選択肢を示し、合意を作っていくことは、まさに政治の責任だ。

 税・社会保障一体改革は、与野党の枠を超えて「給付」と「負担」の全体像を示し、国民の理解を得ようとする「覚悟」だったはずだ。

 だが、参院選に臨む3党の姿勢は一体改革の土台を自ら掘り崩すかのような惨状である。

 このままずるずると「一体改革前」へと後戻りしていくのか、それとも踏ん張るのか。3党の責任はとりわけ重い。

「炉心溶融」調査 住民への背信行為ではないか

 福島第一原子力発電所事故の際、東京電力は、住民の安全確保を最優先に考えていたのか。それさえも疑わしく思える調査結果である。

 「炉心溶融」の公表が2か月も遅れた問題で、弁護士による東電の第三者検証委員会が報告書をまとめた。

 事故発生3日後の2011年3月14日、当時の清水正孝社長が、記者会見中の副社長に、広報担当社員を通じて、「炉心溶融」という言葉は「使わないように」と伝えた。首相官邸からの指示があったことを理由に挙げたという。

 東電はその後、「炉心損傷」と表現するようになった。「現場や本店で『炉心溶融』の使用を差し控えようとの認識が共有されていた」と、報告書は指摘する。

 当時の菅首相や枝野官房長官は、自らが指示したことを全面的に否定している。

 官邸には事故当時、多数の政治家や官僚らが詰めていた。誰が清水氏に指示したのか、今回の調査では解明には至らなかった。

 東電関係者に限った聴取に基づく調査・検証の限界だろう。清水氏の記憶も曖昧だった。

 ただし、事故処理に際して、東電が、官邸の意向を過度に忖度(そんたく)していたことは明らかになった。

 原発で重大な事故が起きれば、周辺地域に甚大な影響が及ぶ。これに適切に対応する責任は、一義的には電力会社にある。

 その際、何より重視すべきは、住民の安全である。原発はどのような状況にあるのか、正確かつ必要な情報を周辺自治体や住民に的確に伝えねばならない。

 事態の深刻さがはっきりと分かる「炉心溶融」の表現を避け、事故状況が不明確な「損傷」の言葉を用いたことは、住民への背信行為と言われても仕方がない。こうした東電の姿勢が、原発への不信拡大につながっている。

 社内には当時、「炉心溶融」かどうかを判断するマニュアルが存在していた。これに背いたことにも、猛省が必要である。

 事故時の広報対応については、政府や国会の事故調査委員会も官邸の関与を指摘している。

 旧経済産業省原子力安全・保安院の担当者は、記者会見で「炉心溶融」に言及し、交代させられた。東電は官邸に、広報内容を事前に相談するよう指示されていた。

 東電柏崎刈羽原発が立地する新潟県は、再稼働の前提として、情報操作の経緯に関する全容の解明を求めている。政府も調査に協力せざるを得まい。

食育推進 知識普及の次は実践の番だ

 食を通じて、心身の健全な成長を育みたい。

 きょうは「食育の日」だ。食育基本法に基づく推進基本計画で、毎月19日としている。6月は食育月間でもある。

 今年度は、5年ごとの改定により、第3次基本計画が始まった。食生活の乱れがちな20~30歳代を重点対象としている。この世代で朝食を抜く人の割合を現状の25%から、5年後に15%以下とすることなどを目標に掲げた。

 社会に出たり、子育てに入ったりすることも多い若い世代が、規則正しい食生活や食の知識を身につける意義は小さくない。

 社会人が生活習慣の指導を受ける機会は限られる。自治体の啓発イベントに企業や医療機関が参画するなど、関係者が十分に連携を図る必要があろう。

 内閣府の調べでは、食育という言葉を「知っていた」人の割合は昨年時点で79%と、10年前より26ポイント増えた。食品の選び方や調理の知識が「あると思う」人も63%と、18ポイント伸びている。

 しかし、知識が実践につながっているかといえば、心もとない状況もある。例えば、野菜の摂取量は成人1日平均292グラムで、目標の350グラムに届いていない。

 基本法制定から10年余りたっても、市町村ごとの推進計画はまだ2割以上で未作成だ。食育が定着するかどうかは家庭での意識の高まりにかかっているだけに、きめ細かな働きかけが求められる。

 文部科学省によると、小中学生では、朝食を食べる頻度の高い子供ほど学力が高い傾向がみられるという。体力面も同様で、食育の大切さを裏付けている。

 地域社会で取り組めることもある。沖縄県浦添市では、給食以外の食事に事欠くような子供も参加する調理体験会を開く形で支援している。食育と社会福祉を結びつける動きだろう。

 第3次基本計画は、食料資源の浪費などが問題化している食品ロスの削減も重点課題に据えた。

 長野県松本市の小学校で、食料自給率や海外の食料不足を授業で取り上げたところ、給食の食べ残しが最大34%も減ったという。

 学校現場で食育を担うのは、栄養の指導と管理を専門とする「栄養教諭」だ。2005年度に制度化され、現在、全国約3万校を数える公立小中学校などに、約5300人が配属されている。

 学校栄養職員が、都道府県の講習を受けて栄養教諭の免許を取得する仕組みもある。要員配置の一層の充実を図ることが重要だ。

2016年6月18日土曜日

いら立つ中国の動きに冷静な対処を

 中国の軍艦が沖縄県・尖閣諸島の接続水域に入ったのは先週だった。今週は中国海軍の情報収集艦が鹿児島県沖の日本の領海を通過し、さらに沖縄県・北大東島の接続水域に進入した。

 尖閣の接続水域に中国艦が初めて進入しただけでも十分、警戒すべきだが、これに続く日本周辺海域での中国艦の動きは、これまでとは違う緊張を生み出している。状況をエスカレートさせる行為であり、強い懸念を表明する。

 沖縄周辺海域では海上自衛隊の艦船が初めて定期参加した日本、米国、インドの共同海上訓練「マラバール」が実施された。中国艦はインドなどの艦船を追跡する形で接続水域や領海を通過し、情報収集などもしたとみられる。

 一連の動きは南シナ海と無関係ではない。中国が岩礁を埋めて滑走路も建設したため、東南アジア諸国連合(ASEAN)との摩擦は激しくなっている。14日に中国雲南省で開いた中国・ASEAN外相会合は事実上、決裂した。

 南シナ海の領有権問題を巡っては、フィリピンの提訴を受けた常設仲裁裁判所の司法判断が近く出る。ASEAN側は判断受け入れを拒む中国をけん制している。

 ここにきて、中国のいら立ちが東シナ海や西太平洋にも波及してきたといえる。中国は地域の安定を崩しかねない行為を中止すべきだ。強く自制を促したい。

 日本は冷静に対処することが大切だ。先の主要国首脳会議(伊勢志摩サミット)の首脳宣言は、名指しを避けながら中国の動きをけん制した。一連の中国の軍艦の動きに抗議や懸念を伝えるに際して、日本政府が「航行の自由」という日米の主張との整合性に目配りしたのは当然だろう。

 いうまでもなく、日中の間の偶発的な衝突は万が一にもあってはならない。双方はまず防衛当局間の「海空連絡メカニズム」の早期発効に向け、詰めの協議を急がなくてはならない。

 両国関係が不透明な時期だからこそ、様々なレベルでの信頼醸成も求められる。日中の主要閣僚が参加する「ハイレベル経済対話」を再開し、韓国を交えた日中韓首脳会談も開く必要がある。

 この2つは年内に日本で開く方向だが、具体的な日程が固まらない。世界第2位と第3位の経済大国の対話は、米中両国の対話と同様、世界とアジアの安定にとって極めて重要である。

具体性とぼしい民進党公約(16参院選政策を問う)

 野党第1党の民進党が7月の参院選の公約を発表した。「人からはじまる経済再生」をキャッチフレーズとし、子育て支援や賃金格差の是正により「分配と成長の両立」を訴える。ただ重点政策を列挙する一方、それぞれの実現に向けた具体的な道筋や財源をどう確保するかなどはほとんど触れていない。安倍政権との対立軸がかすんでいる。

 経済政策は人への投資、働き方革命、成長戦略を3本柱に掲げた。個別の項目は自民党の公約と重なる部分がかなりある。「同一価値労働同一賃金」「誰もが時給1000円以上の最低賃金」「返済不要の給付型奨学金」などに重点をおき、保育士や介護職員の給与引き上げも盛り込んだ。

 消費税率の10%への引き上げは2019年4月とし、安倍政権の増税時期より半年早くした。党幹部は「財政健全化目標の堅持にはこだわる」と説明するが、不足する財源は大企業や富裕層の増税、金融所得課税の税率の5%上げに触れるにとどまった。予算のムダ縮減を重視する姿勢を訴えつつ中身や規模は示しておらず、政府・与党との違いが見えにくい。

 旧民主党時代から続けてきた「マニフェスト(政権公約)」の呼称も今回からやめた。非現実的な数値目標を掲げて破綻した苦い経験があるとはいえ、実現可能性を訴えるうえで迫力に欠ける。

 外交・安全保障では昨年成立した安全保障関連法について憲法9条の平和主義を揺るがすとして「白紙化」を求めた。環太平洋経済連携協定(TPP)はコメや麦など重要5品目の聖域が守られていないと指摘し「今回の合意には反対」との立場を打ち出した。

 党内の幅広い意見や共産党などとの野党共闘に配慮した姿勢がうかがえる。だが二大政党の一角をめざすのなら安倍政権の方針に反対するだけでは物足りない。投票日までの論戦を通じ、実現性のある政策の対立軸をさらに明確にしていく必要がある。

炉心溶融隠し 検証はなお道半ばだ

 許しがたい背信行為が明らかになった。しかし、検証作業はなお道半ばである。

 東京電力福島第一原発の事故発生直後、当時の清水正孝東電社長が「炉心溶融(メルトダウン)」という言葉を使わないよう社内に指示していたことがわかった。東電の設けた第三者検証委員会が報告した。

 原子炉の核燃料が溶け落ちる炉心溶融は、深刻な原発事故を象徴する言葉だ。未曽有の原発災害のさなか、トップ自らが周辺住民を含む国民に事故の重大さを隠そうとしていた。

 東電は4年以上もの間、炉心溶融の通報遅れを追及する新潟県に対して「炉心溶融の定義がなかった」「炉心溶融の言葉を使わないよう社内に指示したことはない」などと虚偽の説明を繰り返していた。

 今年2月になって定義があったことを認め、その間の経緯を明らかにしようと設けたのが第三者委である。

 第三者委は、その役割を果たしたか。東電社長の指示を指摘したのは一歩前進だが、「ノー」と言わざるをえない。

 納得できないのは、田中康久委員長(元仙台高裁長官)が記者会見で「意図的な隠蔽(いんぺい)とまでは言えない」と述べたことだ。

 事故当時、炉心溶融は原子力災害対策特別措置法で通報すべき緊急事態に明記され、「炉心損傷5%超」という東電の判定基準にも達していた。当初はそれを認めず、社長の指示もあった。隠蔽でなくて何なのか。

 東電以外の関係者からの聞き取りを尽くさないまま、社長の指示は首相官邸側からの要請に基づいたものと推認されると結論づけたことも疑問だ。田中委員長は「調査権限が限られ、短期間では難しい」と釈明したが、そもそも聞き取りを申し込んでもいない。当時首相だった菅直人氏や官房長官だった枝野幸男氏は否定している。

 東電は新潟県からの要請事項に関して県と合同で検証を続けるという。さらに幅広く事故を振り返り、結果を公表することは東電の務めだが、国会が果たすべき役割もあるはずだ。

 炉心溶融に関する官邸からの要請の有無に限らず、事故後の官邸や各省庁と東電とのやりとりも断片的にしか分かっていない。国会は事故調査委員会による報告書をまとめているが、国政調査権を使って明らかにすべき点はなお多い。

 福島第一原発事故から教訓をくみ取り、同じ失敗を繰り返さない。そのために、まずは事実を徹底的に解明する、それが後の世代への務めでもある。

英国民投票 緊張を抑え熟慮のとき

 英国はこれからも欧州の地域統合の流れの中を歩むのか、それとも離脱するのか。

 その選択を下す国民投票が23日に迫るにつれ、英国の社会が不穏な空気に包まれてきた。両主張の間で、政治家だけでなく市民の対立も強まっている。

 その状況下で痛ましい事件が起きた。下院議員がおととい、路上で銃撃され死亡した。

 逮捕された男の動機などはまだ不明だ。国民投票との関連も捜査の結果を待つほかない。ただ背景が何であれ、国会議員の殺害という異常な事件が社会の緊張をいっそう高めている。

 英政府は徹底した捜査による真相解明を急いでほしい。同時に、投票に向けた国民の冷静な行動と判断を促す環境づくりに全力を尽くしてもらいたい。

 事件を受けて離脱派と残留派の双方はいったん、運動を自粛した。暴力を憎み、犠牲者を悼む思いは党派を問わず同じだろう。同時に、このまま対立が激化すれば過激な意見や行動が続発しかねない、との危惧を共有したともみられる。

 英社会全体が落ち着きを取り戻すときだ。英国の将来のために、いま何が必要か、熟慮を深めてほしい。

 英国は「現代の議会制民主主義発祥の地」と呼ばれ、多くの国に影響を与えてきた。議員は民主政治に直接かかわる存在であり、どんな事情であれ危害を加える行為は許されない。

 今回の議員は労働党の所属で人権派として知られ、難民の権利を守る活動にも熱心だった。国民投票に向けては、EUにとどまるよう訴えていた。

 残留派は、離脱にともなう経済見通しの不透明さを強調し、英国の権威も落ちると唱える。離脱派は、移民問題を主に取りあげ、英独自の政策で「主権を取り戻す」と主張している。

 多くの先進国で経済格差が広がり、グローバル経済や難民・移民問題に怒る声は強まっている。他の欧州諸国や米国でも、国の対外的な門戸を絞ろうとする主張が勢いづいている。

 だが、それは解決策にはなりえない。とりわけ統合の実績を積んできた欧州で、今から政治の思惑だけで歯車を逆に回そうとしても経済は元に戻らない。

 すでに様々な市場は国民投票を心配し、動揺し始めている。英国とEUとは否応(いやおう)なく同舟の仲間であり、いずれかの混乱は双方の危機を意味する。

 世界にとっても重大な投票である。あまりに対立感情が深まる中での判断は誰のためにもならない。今回の悲劇を機に、改めて英国民の熟考を求めたい。

アベノミクス 成長力高める道筋を明示せよ

 ◆財政健全化の論議も深めたい◆

 デフレを脱却し、安定的な成長軌道に乗ることができるか。日本経済は正念場を迎えている。

 22日に公示される参院選で、各政党は、経済再生に向けて、実効性のある処方箋を有権者に示し、深みのある論戦を展開してもらいたい。

 最大の争点は、安倍政権が3年半続けてきた経済政策「アベノミクス」の是非である。

 ◆好循環をどう実現する

 安倍首相は街頭演説で「雇用は110万人増え、有効求人倍率は24年ぶりの高水準だ」と述べ、アベノミクスの成果を強調する。

 民進党の岡田代表は「アベノミクスは限界に突き当たっている。国民の大半は景気回復を実感していない」と反論している。

 アベノミクスは、日本銀行による大胆な金融緩和、機動的な財政出動によって時間を稼ぎ、その間に成長戦略を実行し、潜在成長率を高めようという経済政策だ。

 金融緩和と財政出動によって円安と株高が実現して、企業業績が大幅に回復したことは間違いない。

 反面、設備投資や個人消費の活性化にはつながらず、首相の目指す「経済の好循環」は未いまだ着火していない。肝心の成長戦略も道半ばにある。

 自民党は公約に、「アベノミクスのエンジンを最大限にふかす」と明記した。人工知能(AI)を活用した生産性向上や、訪日外国人を2020年に4000万人へ倍増させる施策などを並べた。

 国内総生産(GDP)を戦後最大の600兆円に増やし、経済のパイを拡大するという。

 しかし、企業の内部留保や家計の貯蓄をどう活用し、経済の好循環を回すのか。その方策にはほとんど言及がない。

 民間の力を引き出す規制緩和についても、「終わりなき規制改革を断行する」と記述するだけで、具体策は示されていない。政権党の公約として物足りない。

 ◆「分配」の偏重は危うい

 農業、医療といった成長分野への企業参入を阻む規制の緩和、脱時間給制度の導入など、取り組むべき課題は多い。

 自民党は、参院選の論戦を通じて、こうしたアベノミクスの補強策を提示すべきだ。

 与党の公明党は、消費マインドを喚起するためとして、プレミアム付き商品券と旅行券の発行を公約に掲げている。

 一時的な景気のカンフル剤にはなっても、持続的に個人消費を押し上げることは難しい。費用対効果を吟味し、より有効な財政政策を追求する必要がある。

 民進党は公約で「分配と成長の両立」を目指す方針を掲げた。

 「人への投資」として、保育士の月給5万円引き上げ、低年金者の年金の最大年6万円増額なども盛り込んだ。一方で、富裕層に対する所得増税を打ち出した。

 分配政策を強化し、所得格差を是正することを通じて、個人消費の底上げを図れば、成長できるという考え方である。

 だが、過度に分配を重視すれば、バラマキに陥る。本来、まず成長を実現してこそ、分配の原資を確保できるのではないか。

 安易な所得課税の強化は、勤労者の努力や創意工夫の意欲を減退させ、経済の活性化に逆効果となる懸念が拭えない。

 民進党と本格的な選挙協力を行う共産党は、消費増税について、政府に「先送り」でなく「断念」を求めた。高齢化に伴い膨張し続ける社会保障費の削減を中止し、拡充に転換するとも主張する。

 そのため、研究開発減税や連結納税制度などを大企業への「優遇税制」と批判し、抜本的に見直すという。日本企業の国際競争力を低下させ、結果的に経済成長を阻害することが強く懸念される。

 ◆将来不安の解消を図れ

 消費増税の延期自体は、現在の国内外の厳しい経済情勢を勘案すれば、やむを得まい。

 個人消費が低迷し、貯蓄が増えているのは、社会保障制度の持続可能性を含め、日本の将来への不安に起因する面がある。

 こうした心配を払拭するには、国と地方の借金が1000兆円を超し、先進国で最悪の状況にある財政の健全化が欠かせない。

 自民、民進両党は、ともに20年度に基礎的財政収支を黒字化する目標を堅持するとしている。

 消費増税を延期しながら、財政再建目標を達成するのは本来、極めて難しいはずだ。代替財源をどう確保し、歳出削減をいかに図るのか。各党は、その具体策をきちんと提示すべきだ。

2016年6月17日金曜日

世界の中銀は英国リスクに入念な備えを

 米連邦準備理事会(FRB)と日本銀行が金融政策の現状維持を決めた。英国が23日に実施する欧州連合(EU)からの離脱を問う国民投票が迫り、市場の緊張が増している。日米欧の中央銀行はいかなる事態が起きても万全な対応ができるよう、緊密に協力して備えてほしい。

 英国の各種世論調査ではEU離脱支持が残留支持を上回る傾向が強まっている。離脱となれば英経済の減速が見込まれ、世界の2大金融市場であるロンドンの優位も揺らぐ。外国為替市場ではポンド安とともに円高が進み、16日の東京市場で円は一時1ドル=103円台まで上昇した。日経平均株価も週初から1100円も下げた。

 日米の中銀トップは英投票の結果と、それが経済や市場に及ぼす影響を見極める姿勢を示した。

 イエレンFRB議長は15日、米連邦公開市場委員会(FOMC)後の記者会見で、緩やかな政策金利引き上げを探る路線に英離脱のリスクが影響する可能性を認めた。日銀の黒田東彦総裁も16日の金融政策決定会合後の会見で「主要中銀と連絡を密にしながら注視している」と警戒感をにじませた。

 英国のEU残留が正しい選択であると私たちは考える。離脱は英国の将来を巡る不透明感を増大させ、世界経済を冷やしかねない深刻な地政学リスクだといえる。しかし離脱か残留かの判断はあくまで英国民が下す。

 主要7カ国(G7)の中銀は政府と協力し、投票結果が金融市場や銀行、企業の活動、そして実体経済に及ぼす影響を入念に点検すべきだ。あらゆる展開を想定して対処策を練る必要がある。

 英国の中銀、イングランド銀行は混乱に備えて14日に流動性供給を実施した。欧州中央銀行(ECB)のドラギ総裁は「非常事態への備えはできている」という。日米も含めた包括的な市場安定策を詰め、機敏に行動に移すべきだ。

 個々の実体経済にも慎重な目配りが欠かせない。FRBの声明は雇用改善の際だった減速に言及した。政策決定メンバーでは年内2回の利上げ予想が最多だが、1回との見方も大きく増えている。

 日銀もマイナス金利など緩和策の強化を見送った。国債入札の参加に消極的な姿勢を示す大手銀行が出てくるなど、追加緩和のハードルは高い。デフレへの逆戻りを防ぐため、政府と連携し物価安定への綿密な努力を続けてほしい。

なお謎が残る「炉心溶融」

 2011年3月の福島第1原子力発電所事故のとき、東京電力は社長の指示で、「炉心溶融」という言葉を使うのを意図的に避けていたことがわかった。

 炉心溶融の公表が遅れた背景を調べていた東電の第三者検証委員会が、当時の清水正孝社長が「首相官邸からの指示」として広報担当者に伝えていたと結論づけた。

 避難する地元住民や救援に向かった自衛隊などはもとより、国民全体に対し、東電は正確な情報をできるだけ早く伝える責任があった。炉心溶融への言及を避けたのは極めて不誠実な判断だった。

 今なお国民の間に根強く原子力への不信感が残るのは、こうした東電の姿勢にある。当時の経営幹部の責任は重い。

 検証委は清水社長が官邸の誰からどんな指示を受けたのかを明らかにしていない。清水社長は「記憶がはっきりしない」と供述したという。検証委は当時官邸にいた政治家や官僚への聞き取りはしておらず、裏付けをとっていない。謎は残ったままだ。

 東電が「炉心溶融」を公式に公表したのは2カ月後の5月になってからだ。溶融を判断する明確な基準がなかったため遅れたと、東電は説明した。ところが今年2月になって炉心溶融の判断基準を記した社内マニュアルの存在を明らかにし、マニュアルを見過ごしていたと説明を改めた。

 では、なぜ5年もの間、マニュアルの存在を公表できなかったのか。その理由も未解明だ。この点でも検証委の調査は甘いといわざるを得ない。さらなる調査が必要ではないか。

 一連の経緯から垣間見えるのは、多数の原発を動かす東電の幹部が炉心溶融に至るような重大事故への心構えを欠き、周辺住民の安全を最優先で考えることもしなかったという事実だ。

 危機において事態を正確に掌握できず、情報を社会に伝える判断もできなかった。電力会社は東電の混乱を他山の石として平時から備えをすべきだ。

参院選 改憲の是非 正面から問わぬ不実

 各政党の党首らが街頭演説に繰り出し、公約も出そろって参院選は事実上スタートした。

 その中で、与党側からぱったり聞こえなくなったのが、憲法改正をめぐる議論である。

 安倍首相の最大の政治目標が憲法改正であるのは周知の事実だ。先の国会では「参院選でも訴えていきたい」「私の在任中に成し遂げたい」と強い意欲を何度も示してきた。

 ところが、これまでの街頭演説では一切、触れていない。

 民進党の岡田代表が、安倍政権による9条改正反対を公約の2本柱のひとつに掲げ、街頭演説でも力を込めて訴えているのとは対照的だ。

 憲法改正は、日本国民が戦後経験したことのない極めて大きな政治テーマだ。それを実行したいなら、最大の争点と位置づけてしかるべきだ。

 それなのに、首相は国会中の雄弁とは打って変わって口をつぐむ。この姿勢は不可解であり、争点隠しの意図があるなら不誠実と言わざるを得ない。

 自民党が公約で憲法改正について触れているのは、26ページの冊子の末尾の2項目だ。

 この参院選から導入される、県境をまたぐ合区を解消するため、「憲法改正を含めそのあり方を検討します」とうたい、次に「衆議院・参議院の憲法審査会における議論を進め、各党との連携を図り、あわせて国民の合意形成に努め、憲法改正を目指します」と記している。

 合区の解消から改憲に取り組むのかと思いきや、稲田政調会長は「そこはさまざまな考え方がある」とはっきりしない。

 これでは憲法改正といってもどの条文を、どのように改正するのか、有権者には相変わらずわからないままだ。

 一方、自民党と連立を組む公明党は、公約で憲法改正に触れていない。山口代表は「議論が成熟しておらず、参院選の争点にはならない」と説明する。

 自民、公明の両与党とも、国民に正面から憲法改正を問おうとしない。それで両党とその補完勢力で改憲発議に必要な3分の2の議席を得たとしても、改憲論議を一気に進めることが許されるはずがない。

 安倍政権はこれまで、世論が割れる政策については選挙の際に多くを語らず、選挙で勝てば一転、「信任を得た」とばかりに突き進む手法をとってきた。特定秘密保護法や安全保障関連法の制定がその例だ。

 公約の末尾に小さく書かれた「憲法改正」の4文字。これを、同様の手法を繰り返す伏線とさせるわけにはいかない。

中国艦侵入 法の適用も都合次第か

 沖縄県・尖閣諸島の接続水域に中国の軍艦が入ったのはつい先週のことだ。今度は中国海軍の情報収集艦が、鹿児島県沖の日本の領海を通過した。

 これを偶発的な出来事とは、片づけられない。周辺国の懸念を無視する形で既成事実を積み重ねようとする態度が、中国側からうかがえる。

 中国政府は、今回の海域について「国際航行に使われる海峡であり、各国艦船に通過する権利がある」「航行の自由の原則に合致している」としている。国際海洋法に照らして正当だと言いたいようだ。

 中国の主張どおり、現場海域が国際海峡だとすれば、確かに日本領海内であっても軍艦を含め外国船舶の通過は問題ないことになる。

 だが、中国艦が単に通過していただけとは考えにくい。実際に何をしていたのか。日米印の合同演習に参加するインド軍艦を追う形で領海に入っており、レーダーで監視していた疑いがある。この点を中国政府は「遠海訓練」とするのみで、はっきりとは説明しない。

 中国艦が日本領海に入ったのは、確認されたものでは2度目だ。前回の04年11月は、原子力潜水艦が潜ったまま航行したことが違法にあたり、中国政府も「誤って入った」と認めた。

 その後の12年間、中国は海軍力を強め、積極的な海洋進出の動きを隠さなくなった。周辺国と事前協議もせず、実力で事実を先行させ、あとで都合次第で法の理屈を使い正当化を図る。そんな行動を今後も続ければ、東シナ海も南シナ海もいっそう緊張を増す。

 国際海洋法の原則を重視しているならば、南シナ海の大半を囲むように線引きして優先権を唱え、岩礁を強引に埋め立てることをどう説明するのか。フィリピンとの国際仲裁裁判を拒むことは正当化できるのか。

 中国雲南省で今週開かれた中国と東南アジア諸国連合(ASEAN)の特別外相会議では、南シナ海問題をめぐる懸念が参加国から表明された。中国はASEANとの協調ぶりを示したかっただろうが、逆に裏目に出たのも当然だろう。

 中国は、アジアの平和に責任を負うべき大国である。にもかかわらず国際社会のルールや規範を、あるときは無視したり、別の時は自己正当化の根拠にしたりでは、周辺国はとても信用することができない。

 静かであるべき海を荒立てる艦艇の動きに加え、法の原則まで我が物扱いしようとする中国政府の姿勢を憂慮する。

国境離島特措法 領土保全へ人口減を抑制せよ

 国境の島々が無人になれば、安全保障上の懸念が高まる。領土・領海を守るには、離島の適切な管理が欠かせない。

 超党派の議員立法により、先の通常国会で有人国境離島地域保全特別措置法が成立した。国境に近く、住民がいる離島を保全するのが目的で、与野党のほぼ全員が賛成した。

 来年4月に施行される。その後、政府の総合海洋政策本部が国境離島保全の基本方針を策定する。

 日本の領海と排他的経済水域(EEZ)の合計は、世界6位の広大な面積を持つ。その基点となる国境離島の無人化を防ぐことは国益の確保に直結する。

 特措法は、国の努力義務として、国境離島への行政機関の設置や、必要に応じた土地の買い取りなどを定めている。長崎県の対馬で、自衛隊施設周辺の土地が韓国資本に買収された事例などを踏まえたものであり、妥当だ。

 対馬や、北海道の利尻・礼文島、島根県の隠岐諸島など、15の「特定有人国境離島地域」を指定し、フェリー・航空料金の引き下げ、雇用拡充などに取り組む。既に別の特措法がある沖縄県や奄美群島などは対象としていない。

 離島は、交通や物流のコストが高い。産業競争力の面でも不利だ。過去60年で日本の人口は約4割増えたが、離島の人口は5割以上も減少した。対策が急務だ。

 沖縄県の尖閣諸島は、戦前はカツオ節工場などがあった。最盛期には200人超の住民がいたが、事業撤退によって無人化した。

 国境離島がいったん無人化してしまえば、維持管理のコストが莫大になる典型例である。

 国境離島の保全・管理は、2013年に決定した国家安全保障戦略にも明記されている。

 中国海軍艦艇が尖閣諸島や北大東島の接続水域、鹿児島県沖の領海に入るケースが相次いでいる。離島振興策にとどまらず、安全保障の観点から国境離島を重点的に支援する意義は小さくない。

 無論、日本全体の人口が減り始めた中、生活環境の厳しい離島で地域社会を維持するには一層の工夫が求められる。地元の実情や要望を踏まえて、支援策にメリハリをつけ、限られた財源を効果的に活用する必要がある。

 今回の特措法は、有人島が対象で、無人島は次の課題である。

 無人島の管理や警戒を怠れば、偽装漁民などに占拠される「グレーゾーン事態」も排除できまい。一部の無人島の国有化も含め、総合的な保全策を検討したい。

イチロー4257本 日米の垣根を越えた金字塔だ

 また一つ、球史に確かな足跡を残した。

 米大リーグ・マーリンズのイチロー選手が、日米通算で4257本目の安打を放ち、ピート・ローズ氏が持つ大リーグ最多安打記録を上回った。

 オリックスで1278本、2001年に米国に渡ってから2979本。1992年にプロ初安打を放って以降、ほぼ四半世紀を経ての偉業達成を称(たた)えたい。

 イチロー選手は試合後、「ここにゴールを設定したことはない」と、あくなき向上心を示した。

 日本での安打が含まれることから、今回の記録は大リーグの公式記録にはならない。ローズ氏は、「日本と大リーグの野球が同等だと言う人がいるとは思わない」などと語っている。

 仮にそうであっても、イチロー選手の卓越した打撃技術に異を唱える人はいないだろう。記念すべき安打で出塁したイチロー選手に、総立ちのスタンドから大きな拍手が送られた。米国でも高く評価されていることの証しだ。

 01年から10年にかけての10年連続200安打の大リーグ記録は、金字塔である。04年の262安打は、年間最多記録として輝く。

 12年のシーズン途中に、マリナーズからヤンキースに移籍したころから、成績は徐々に下降線をたどった。年齢による衰えを指摘する声が聞かれるようになった。

 42歳となった今季も、先発メンバーから外れる試合が多かった。それでも出番が回ってくると、結果を出し、出場機会が増えた。

 「ローズ超え」が目前に迫る中、安打を量産するプレーぶりは、全盛期の姿そのものだった。

 持ち前の俊足、強肩も健在だ。今月2日には、日米通算700盗塁を達成した。

 日頃からの地道な鍛錬があるからこそ、走攻守で今なおトップレベルの力を発揮できるのだろう。野球に対する真摯(しんし)な姿勢は、日米を問わず、選手たちの手本だ。

 投手は野茂英雄氏、野手ではイチロー選手が、大リーグへの道を広げた。国内で頂点を極めた選手のメジャー志向は依然、強い。スター選手の流出は、日本のプロ野球にとって痛手ではある。

 ただ、大リーグの日本人選手が活躍すれば、野球全体への関心が高まる。イチロー選手にあこがれる子供たちが増えれば、野球の裾野が一層拡大する。

 今回の快挙に、日本のプロ野球選手たちも刺激を受けたに違いない。大リーグに負けない熱戦を展開してもらいたい。

2016年6月16日木曜日

混乱を深めた舛添知事の遅すぎる辞職

 東京都の舛添要一知事が21日に辞職する。参院選を控えて都議会与党の自民党、公明党からも不信任決議案の提出を突きつけられ、続投を断念した。都政の混乱を深めた今回の舛添氏の判断は、遅きに失したと言わざるを得ない。

 都議会での一連の審議を通じても、舛添知事の政治資金の私的流用や公用車の公私混同などに関する疑惑は解消されなかった。

 知事は千葉のホテルで会談したという「出版社社長」の名前を明かすことを拒み、家族同伴で招かれたという音楽会などについても招待主を明かさなかった。政治資金で購入した美術品の行方などもはっきりとわかっていない。

 先日公表した弁護士2人による調査結果まで疑われかねない状況だ。これでは都民は納得しない。説明責任を自ら十分に果たさなかったのだから、舛添知事の辞職は当然だろう。

 問題の発覚以降、都政の停滞も深刻になった。都庁の担当窓口に寄せられた苦情や意見は3万件を超す。都議会では知事が都政の重要課題に関して答弁できない事態になり、任期が切れる副知事の後任人事も一時、決められない状況に陥った。

 これで、誰が新知事になろうともその次の都知事選は2020年の東京五輪の開催期間に近くなる公算が大きい。世論に一度火が付いて流れができると、長期的な視点は顧みられなくなる。これが「劇場型政治」の現実だろう。

 14年2月に舛添氏は211万票を集めて都知事に初当選した。「世界一の東京」を掲げて、障害者雇用の促進、水素社会の実現、国際金融センター構想など、様々な施策に取り組んだ。

 石原都政の負の遺産だった新銀行東京も他行との経営統合に踏み切った。知事個人の問題とは別に、舛添都政そのものはある程度評価できるのではないか。

 東京五輪に向けた競技施設の整備はこれから本格化する。深刻な待機児童の解消、超高齢社会への対応、環境対策の推進など、都政は依然として様々な課題を抱えている。日本経済のけん引役として東京が果たす役割も大きい。

 13年12月に辞職した猪瀬直樹氏に続く、「政治とカネ」問題での都知事の退場になる。4年間で3度目の都知事選というのは異常事態としか言いようがない。

 今度こそ、政治資金にきれいな候補者を選びたい。

標的型メールに強い危機感を

 旅行大手のJTBがサイバー攻撃を受け、最大約793万人分の顧客情報が流出したおそれがあると発表した。攻撃手法は高度化し、企業から情報が盗まれるリスクは高まっている。企業は情報システムの安全性を高めるだけでなく、万一のときの対応策を入念に練るなどの備えが必要だ。

 JTBによると、取引先を装ったメールが届き、パソコンやサーバーがウイルスに感染した。顧客の氏名や生年月日、住所、電話番号、パスポート番号などが漏れた可能性がある。

 特定の対象をねらう「標的型メール」と呼ぶ手口は巧妙だが、JTBの対応にも甘さがあった。3月19日には不審な通信に気づいていたが、通信を完全に遮断したのは同25日だった。こうした対処の遅れが被害の拡大を招いた可能性は否定できない。

 昨年6月に発覚した日本年金機構からの情報流出も標的型メール攻撃だった。対応が後手に回り傷口を広げたと問題になった。教訓を生かす危機意識がJTBは足りなかったと言わざるを得ない。

 仮にサイバー攻撃にあった場合、通信の遮断をだれが、いつ判断し、実行するか。企業はそうした具体的な手順を定め、訓練を積むことが欠かせない。日ごろから備えなければ、いざというとき冷静な行動はとれない。企業は管理体制の総点検を急いでほしい。

 産業界では、顧客サービスの向上や製品の開発に、膨大な個人データを活用する動きが広がっている。情報管理が不十分で信頼できない企業とみなされれば、顧客からデータを集められなくなり競争力を失う。経営者はそのことを肝に銘じなければならない。

 セキュリティー会社の調べでは、昨年だけで4億3千万にのぼる新種の不正ソフトが見つかった。国家の関与が疑われるハッカー集団による攻撃も目立つ。

 執拗な攻撃に対抗するには、企業と警察の情報共有など官民連携も大切だ。国全体で安全対策のレベルを上げる努力が求められる。

参院選 各党の公約 これでは物足りない

 参院選の主な政党の選挙公約が出そろった。どんな政策を、どんな優先順位でめざすのか。有権者との「契約書」だ。

 だがその作られ方、内容を見るにつけ、「契約書」の名に値するか、疑問がぬぐえない。

 例えば政権与党の自民党だ。

 安倍首相が消費増税の再延期を表明した翌日に、政府が介護・子育て支援の拡充など「1億総活躍プラン」を閣議決定。その翌日、プランの具体策を盛り込んだ公約を発表した。

 驚くのは、以前から強調してきた社会保障事業がずらりと並んでいることだ。

 増税延期によって、国・地方をあわせて年に4兆円を超える税収が見込めなくなる。どう穴埋めするのかと思ったら、公約には「赤字国債に頼ることなく安定財源を確保して」とある。

 社会保障と税の一体改革のメニューについて、首相も「すべてを行うことはできない」と明言した。ならば何を残し、何をやめるのか。具体的な項目は選挙後に先送りしてしまった。

 一方、民進党は増税を延期しても一体改革による社会保障の充実策は予定通りに実施するとしたほか、保育士らの月給5万円引き上げや給付型奨学金の創設も掲げた。

 財源は行財政改革などで捻出し、不足した場合には国債でまかなうと言うが、それが責任ある姿勢なのか疑問が残る。

 自民、民進両党の公約のもうひとつの特徴は「推進します」「全力で取り組みます」といった表現の多さだ。どこまで実現すれば、公約を果たしたことになるのかわからない。

 政策を裏付ける財源や達成時期を明記し、実行し、検証して改善する。それを有権者が評価のモノサシに使う。それが公約の意義である。

 21世紀になり、民主党が数値目標や工程表を示した「マニフェスト」をつくり、公約は進化したと言われた。

 だが09年総選挙で、民主党は予算の見直しなどで16・8兆円の財源を確保するというバラ色の公約を掲げて政権交代を果たし、破綻(はたん)し、批判を浴びた。それ以後、各党の公約は再び、目を引く政策を並べた希望リストに先祖返りしたかのようだ。

 財政には限りがあり、政治の取り得る選択肢は多くはない。

 そんな時代の政党の公約にとって死活的に重要なのは、何を実現し、その代わり何はあきらめるのか、政策の優先順位を示すことにほかならない。

 投票日まで、各党には公約の物足りなさを埋めるような具体的な論戦を求める。

教科書不祥事 信頼回復へ意識改革を

 教科書をめぐる不公正な営業活動が、小中学校だけでなく、高校にも及んでいた。

 「大修館書店」がこの春、自社の英語の教科書を使う5都県の14高校に、問題集約1500冊を無償で配っていたことが明らかになった。

 高校の教科書は公立の場合、地域で同じ教科書を選定する小中とは違い、各校が自ら選び、教育委員会が追認している。

 同社は選ぶ側の高校に直接、物品を提供したことになる。

 教科書は質で選ぶのが原則だ。内容より営業力が決め手となるのは好ましくない。

 そのため、業界団体の「教科書協会」もルールで選定関係者への金品提供を禁じ、具体例として「教材」も挙げている。

 同社は「ドリルの在庫が残っていたので、役立てて欲しいと渡した」と言うが、ルールを自ら破ったことになる。

 受け取った学校も問題だ。選ぶ側として自覚を持ち、利益供与を受け入れるべきではない。

 深刻なのは、この行為が、小中の教科書会社が教員らに謝礼を渡していたことが発覚した後に行われたことである。

 営業担当の社員が小中と高校は別と考えていたとしたら、危機感があまりに乏しい。

 同社の社長は立て直しに向けて協会の会長に就任したばかりだが、辞任を表明した。

 協会は現在、新たなルールづくりを進めている。よほど実効性のある内容にしなければ、失った信用は取り戻せまい。

 文科省は一連の謝礼問題を受けて小中の会社のみを調査したが、今回は高校の全社を対象にする。徹底的に調べてもらいたい。

 小中の問題については、公正取引委員会が独占禁止法違反の恐れがあるとして、金品の提供をやめるよう9社に警告する方針だ。

 全社が、この警告を自らの問題として受けとめてほしい。

 教科書選びをめぐっては、100年以上前から不祥事が起きている。

 1902年には選定をめぐる汚職が一斉摘発され、三十数府県の関係者100人以上が処罰された。「教科書疑獄」である。これによって多くの教科書が使えなくなったこともあり、国定化への道が開かれた。その歴史を忘れるべきではない。

 少子化のなかの販売競争は、会社にとって、生き残りをかけた戦いに違いない。

 だが、どんな背景があろうとも、教科書への信頼を損なう行為は許されない。各社はそのことを肝に銘じて欲しい。

民進党公約 TPPや「辺野古」に及び腰だ

 党内外への様々な配慮から曖昧さが目立つ。安倍政権への対案としては物足りない内容だ。

 民進党が参院選公約を発表した。

 経済、子ども、社会保障など11の重点政策を掲げた。経済政策では、「アベノミクスは失敗」と断じ、「分配と成長の両立」を訴えて「人への投資」を強調する。

 具体的には、保育士給与の月5万円増額や、給付型奨学金の創設、最低賃金の時給1000円以上への引き上げなどを挙げた。

 「1億総活躍社会」を目指す自民党も公約で、「分配」に力を入れている。民進党は論戦を通じて、違いを明確にする必要があろう。

 消費税率10%への引き上げについては、来年4月から2年間の延期を盛り込んだ。

 疑問なのは、岡田代表が社会保障充実の財源を赤字国債で賄うと主張したことだ。代替財源を十分に検討せず、安易に「借金」に頼るのは避けるべきだろう。

 かつて民主党政権は公約を「マニフェスト」と呼び、子ども手当、高速道路無料化などを訴えたが、財源の裏付けのない非現実的な数値目標が破綻し、批判された。

 今回、「マニフェスト」の呼称をやめたものの、説得力が伴わなければ、支持は得られない。

 環太平洋経済連携協定(TPP)に関して、コメ、麦など重要5項目の「聖域が確保されていない」との理由で、「今回の合意」には反対した。TPP自体への賛否は示さずに、農村票を獲得しようとする虫のいい戦術ではないか。

 安全保障関連法については「白紙化」を明記した。岡田氏はケネディ米大使に「日米同盟は非常に重要だ」と釈明したが、整合性を取るのは難しく、関連法を評価する米国には理解されまい。

 憲法に関し、9条改正には反対する一方、「未来志向の憲法を国民とともに構想する」との玉虫色の表現にとどまった。党内の改正推進派、慎重派の双方に気兼ねする構図は相変わらずだ。

 民進党など野党4党は公約とは別に、市民団体と政策協定を結んだ。この中で、米軍普天間飛行場の辺野古移設工事の中止を求めたことは理解できない。

 移設問題の迷走は、民主党政権が一時、県外移設を模索したことが要因だ。その後、辺野古移設を支持する立場に転じたのに、今になって「沖縄の民意を無視している」として、再び移設に水を差すのは、無責任に過ぎよう。

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