2016年7月31日日曜日

クリントン氏は世界の安定に目配りを

 米国はいまも世界で最も影響力を持つ国だ。その地位にふさわしい大統領に誕生してもらいたい。ヒラリー・クリントン前国務長官にはその資質があるが、不安もある。リベラル層の支持固めを狙うあまり、左派寄りの政策が目立つのだ。本命候補らしく、奇をてらわない選挙戦を期待したい。

 「あと一歩」。クリントン氏を大統領候補に正式に指名した民主党大会はこんな歓声に包まれた。共和党のドナルド・トランプ候補に勝ちたいというだけでなく、米国初の女性大統領の誕生まであと一歩という感慨にあふれていた。実現すれば、世界の女性の地位向上に一助となる。

 もっとも、いちばん大事なのは男か女かではなく、世界のリーダーに必要な見識と実行力を備えているかどうかだ。オバマ政権のアジア回帰政策のけん引役となったクリントン氏に日本や東南アジア諸国連合(ASEAN)諸国の期待が集まるのは当然である。

 民主党大会で採択した政策綱領には「アジア太平洋の同盟国との関係深化」が盛り込まれた。特に日本に関しては「歴史的な責務を果たす」と付言した。オバマ政権が明確にした「沖縄県の尖閣諸島は日米安全保障条約の範囲内」との方針を継承するという意味だ。この一文がアジアの安保に与える影響は大きい。

 懸念されるのが、環太平洋経済連携協定(TPP)への取り組みである。TPPに前向きだったティム・ケーン上院議員が副大統領候補として登壇すると、「TPP反対」のプラカードが振られた。その声に押されてか、クリントン氏は指名受諾演説で「不公正な貿易協定に反対する」と力説した。TPPにはトランプ氏も反対しており、先行きはかなり危うい。

 本当にそれでよいのか。米国が産業の空洞化に苦しんでいるのは事実だが、自由貿易の発展で得るものは失うものよりも大きいはずだ。グローバリズムの弊害をどう乗り越えるかは欧州をはじめ世界的な課題である。米国はむしろ市場経済の旗手であるべきだ。

 クリントン氏の公約には(1)最低賃金の15ドルへの引き上げ(2)大学授業料の無償化に努力――など左派に引きずられ、実現性に疑問符の付くものが少なくない。これではクリントン氏が勝った場合でも政権運営は容易ではあるまい。世界の安定にきちんと目配りする大統領候補になってもらいたい。

五輪を迎えるブラジルの混迷

 リオ五輪の開幕まで1週間を切った。南米大陸で初めての、記念すべき大会である。ところが、ホスト役というべきカリオカ(リオっ子)たちの心情は熱烈歓迎とは言い難いようだ。

 地元メディアが7月中旬に伝えた世論調査によると、ブラジル国民の5割は五輪の開催に反対で、賛成は4割だった。開催が決まったころは支持が8割を超えていたので、隔世の感がある。

 支持が急落した最大の原因は、2年連続のマイナス成長が確実とみられるブラジル経済の不振だろう。今も続く五輪関連施設の整備や警備体制の強化などにかかる巨額の経費は、多くの国民の目に無駄遣いと映るようになった。

 ただ、投資と消費が落ち込んでいるなか、五輪には景気を下支えする効果もあるはずだ。ブラジル政府や地元当局は五輪の閉幕後、経済効果と副作用の両面について冷静に分析する必要があろう。

 選手や観客たちにとっての不安材料も少なくない。治安を心配する声はかねて根強かったが、景気後退にともなう地方財政の悪化で警官の給与が遅配になるなど、むしろ懸念を深める状況がある。ジカ熱も制圧しきれていない。

 それだけに心配なのは、国全体の安全に責任を負う政治が危機に陥っていることだ。不正な予算執行の疑いでルセフ大統領は職務を停止されていて、8月5日の五輪開幕式にはテメル大統領代行が出席する。異様な事態である。

 大統領を弾劾するかどうかの採決は、五輪の閉幕後になるとみられる。それまでは政治的に中ぶらりんの状態が続く。

 4年に1度の五輪には、世界中から一流アスリートが集まり、ファンの視線が注がれる。万全の準備体制を整えるよう、暫定政権や地元当局は改めて気を引き締めてもらいたい。

 ブラジルが危機を抜け出すきっかけになることも期待したい。それにはまず、政治家たちが保身のための政争ではなく、政策論争に立ち返ることが求められる。

岡田氏退任へ 野党共闘を次に生かせ

 不可解なタイミングではある。民進党の岡田代表がきのう夕、任期満了に伴う9月の党代表選には立候補しない意向を表明した。

 東京都知事選の投票日の前日。しかも、野党共闘で党が推す鳥越俊太郎候補への最後の応援演説に立つ直前のことだ。追い込みに水を差したと批判されても仕方がない。

 岡田氏は都知事選で参院選に続き野党共闘の枠組みをつくった。ただ、鳥越氏の苦戦が伝えられると、参院選直後には小さかった岡田氏の責任論が党内で徐々に大きくなっていった。

 岡田氏はこの時点での表明について「知事選とは基本的に関係ない問題だ」と説明したが、共闘をリードした野党第1党の党首としては無責任のそしりは免れまい。

 もっとも、2014年の衆院選での海江田前代表の落選を受けて選ばれた岡田氏が、これまで党の立て直しに一定の役割を果たしたのは事実だ。

 岡田氏は3月、党内の異論を押し切って維新の党と合流、党名を民主党から民進党に改めた。参院選では32の1人区すべてで野党統一候補の擁立に成功し、11選挙区で勝利した。3年前には野党系は2勝にとどまったのに比べれば、成果をあげたといえる。

 一方、安倍首相が掲げた自民、公明の与党による改選過半数の確保を許した。与党におおさか維新の会や非改選議員らも加えた「改憲勢力」が、「3分の2」になることも阻止できなかった。

 野党共闘は行き場を失いかけた政権批判票の受け皿にはなった。ただ、それは参院1人区の選挙対策としての意義にとどまり、自公の与党体制を脅かすだけの力にはなり得なかった。

 与党の大勝を見れば、首相の経済対策「アベノミクス」への批判や「3分の2阻止」だけでは、有権者からは与党に代わり得る選択肢とは見なされなかったということだ。

 岡田氏もそうした限界を認識しているようだ。きのうは「一区切りつけ、新しい人になった方が望ましいと判断した」と語った。

 次の衆院選に向けて野党共闘を進めるのかどうかは、9月15日に予定される代表選で大きな争点になるだろう。

 衆院選は政権選択を問う選挙である以上、共闘のハードルがさらに高くなるのは確かだ。

 それでも、共闘の効果をあっさりと捨て去るのはもったいない。代表選では、次につながる建設的な論争を求めたい。

公的年金運用 国民の理解あってこそ

 公的年金の積立金の運用で昨年度、約5・3兆円の損失が出た。運用を担う年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)が公表した。

 リーマン・ショックがあった08年度(マイナス約9・3兆円)、サブプライム・ショックの07年度(同約5・5兆円)に次ぐ損失の大きさである。

 主因は国内外の株式投資の不振だ。14年秋に運用基準を見直し、株式の割合を増やしたことが裏目に出た。

 短期の損失が即座に給付に影響するわけではない。自主運用を始めて以降の積立金の運用収益は累計で約45兆円にのぼる。年金は現役世代が払った保険料と国庫負担(税金)で毎年の給付を賄うのが基本的な仕組みで、積立金は給付に必要な財源の約1割に過ぎない。

 だが、国債など国内債券を中心に運用していたころに比べ、株式市場の不安定な動きの影響を受けやすくなり、変動幅が大きくなったのは事実だ。

 野党は「国民の大事な年金を危険にさらしている」と批判を強めている。それは、国民の間に根強い不安や不信があると見定めてのことでもある。年金制度にとって、国民の理解と納得を欠く状況が広がることは、見過ごせないリスクになる。

 株式の比重を高めたことについて、GPIFはあくまで経済情勢や運用環境の変化に合わせた見直しだと強調する。

 しかし、世界経済フォーラム(ダボス会議)で「GPIFは成長への投資に貢献する」と述べるなど、運用基準の変更を政権の成長戦略と結び付けて語ってきたのは、ほかならぬ安倍首相だ。「政治主導の見直し」「政権の株価維持対策」との見方が消えないゆえんである。

 運用の見直しとセットのはずのGPIFの組織改革は積み残されたままだ。今年になってようやく、理事長に権限や責任が集中している体制を合議制に改める改革法案が国会に提出されたが、審議は進んでいない。

 これでは、GPIFがいくら「不安にならず、長い目で見守って」と呼びかけても、国民には届かないだろう。

 まずは約束した組織改革を早期に実現し、GPIFへの信頼を高めることが不可欠だ。

 資産配分についても、どこまでリスクをとるのか、安定重視の運用だと将来の給付水準はどうなるのか、選択肢を示しながら、労使の代表も入った厚生労働省の審議会で改めて議論してはどうか。

 国民の理解なくして安心なし。それを肝に銘じてほしい。

米大統領選 団結を求めたクリントン候補

 米大統領選で、「米国第一主義」を唱える共和党のドナルド・トランプ氏と、国際協調や国民融和を訴える民主党のヒラリー・クリントン氏の立場の違いが鮮明になった。

 民主党大会でクリントン前国務長官が大統領候補に指名され、本格的な選挙戦が始まった。

 クリントン氏は指名受諾演説で「我々はより完全な国になるための転換点に達した」と述べ、主要政党として初の女性大統領候補が生まれた意義を強調した。

 重要なのは、クリントン氏が「米国は世界の同盟国と協力した時、より強くなる」と語り、同盟強化を打ち出したことである。

 クリントン氏は国務長官時代に、アジア重視政策を推進した。沖縄県の尖閣諸島が、米国の対日防衛義務を定めた日米安保条約5条の適用対象であることを政権内でいち早く明言していた。

 陣営にキャンベル前国務次官補ら知日派が少なくないことも、日本にとっては心強い材料だ。

 クリントン氏は演説で、環太平洋経済連携協定(TPP)には直接言及せず、「不公正な貿易協定」への反対を表明するだけにとどめた。TPPに反発する党内左派に配慮しつつ、批准の余地を残したことは評価できる。

 日本が国会の承認手続きを迅速に進め、米国が批准しやすい環境を整えることが欠かせない。

 排他的な移民政策を掲げるトランプ氏に対し、クリントン氏は「世界や米国の分断を望んでいる」と非難した。「国民は堅実な指導者を求めている」と述べ、実行可能な政策をアピールした。

 民主党大会では、オバマ大統領や、候補の座を激しく争ったバーニー・サンダース上院議員らが応援演説を行った。党内融和の演出には成功したと言えよう。

 課題は、トランプ氏と同様、好感度が大統領候補として記録的に低いことだ。長官在任中、国務省の規定に反し、私用メールアドレスで機密情報を扱った。司法当局は立件を見送ったが、「極めて不注意だった」と指摘した。

 発覚当初、十分な説明も謝罪も拒んだことが、「信用できない」という国民感情につながっているのではないか。

 大統領夫人や上院議員も務めたクリントン氏は、サンダース氏を支持する若者らから、「既存の支配層の象徴」と目されてきた。

 選挙戦では、「反トランプ」を主張するだけでなく、現状に不満を抱く人々の支持を得なければ、国全体の団結も実現できまい。

最低賃金アップ 中小企業の足腰強化を急げ

 デフレ脱却を確実にして、持続的な経済成長につなげるには、賃金の底上げが欠かせない。

 2016年度の最低賃金(時給)について、厚生労働省の中央最低賃金審議会が改定の目安を決めた。

 全国平均で3%相当の24円引き上げる。昨年度の18円を上回り、時給で示すようになった02年度以降で最大の上げ幅だ。

 この目安を参考に、各都道府県の審議会が地域の実情を踏まえて実際の上げ幅を決める。目安通りになれば、最低賃金は全国平均で822円となり、初めて全都道府県で700円を超える。

 最低賃金は全労働者に適用され、これを下回る賃金は違法となる。最低賃金やそれに近い水準で働く人は、非正規雇用を中心に約400万人とされる。大幅アップは、こうした人の処遇改善に直結する。着実な実施が望まれる。

 政府は「1億総活躍プラン」などで、最低賃金を毎年3%程度引き上げ、全国平均1000円にする目標を掲げる。安倍首相は「3%の引き上げに最大限の努力を」と、関係閣僚に指示していた。

 今回の大幅アップは、政府の強い意向を反映させたものだ。

 経済政策アベノミクスは、企業業績や雇用を改善させ、大企業では春闘を通じて賃上げが続いている。だが、中小企業や非正規雇用への波及は遅れ、全体の消費は低迷したままだ。

 賃金アップを幅広く行き渡らせて、消費を刺激し、「経済の好循環」を実現する必要がある。

 日本の最低賃金は先進国で最低レベルにある。パートの賃金水準は正社員の6割と、欧州の8割程度と比べて大きく見劣りする。若年層に非正規雇用が増え、低賃金のため、結婚や子供を持つことをあきらめる人も目立つ。

 格差是正に加え、人口減対策としても、賃金底上げは重要だ。

 課題は、中小・零細企業が賃金アップに耐えられるよう、経営基盤の強化を図ることだ。人件費増に耐えられず、雇用が縮小されては元も子もない。

 世界経済の不透明感が増し、経営環境は厳しくなっている。

 中小企業の収益力を高めるため、生産性向上に資する設備投資などへの助成拡大を急ぐべきだ。成長分野への進出を促す支援策の充実も求められる。

 大企業による下請けへの不当な値下げ要求を防ぐため、取引状況の監視も強めねばならない。

 多面的な対策で、無理なく賃上げできる環境を整備したい。

2016年7月30日土曜日

ウナギ激減 日本が資源保護を主導したい

 絶滅が危惧されるニホンウナギの資源保護をいかに進めるか。日本は最大の消費国として、リーダーシップを発揮せねばならない。

 ニホンウナギは太平洋沖で孵化し、稚魚は黒潮に乗って東アジア沿岸の河川を目指す。これを日本や中国、韓国、台湾の業者などが捕獲し、養殖池で育てている。日本の市場に出回る成魚は、ほとんどがこうした養殖ものだ。

 稚魚の国内漁獲量は、50年前の10分の1に激減した。乱獲が主因とされる。国際自然保護連合(IUCN)は2014年、ニホンウナギを絶滅危惧種に指定した。

 資源の回復が見込めなければ、野生動植物の保護に関するワシントン条約に基づき、国際取引が規制される可能性がある。

 今秋の締約国会議に向け、欧州連合(EU)は実態調査を提案している。3年後の次回会議では、取引規制が現実化しかねない。強制措置により、生産・消費両面で大きな打撃を被る前に、有効な保護策を打ち出すことが肝要だ。

 日中韓台は14年に、養殖池に入れる稚魚の量を2割削減する自主規制で合意した。

 問題は、高値で取引される稚魚の密漁が横行し、規制の実効性が上がっていないことである。

 日本は法的拘束力のある枠組みへの格上げを提案しているが、中国などでは、生産量の減少を嫌う関連業者の反発が強いという。4か国・地域の協議は、1年以上開かれていない。

 密漁した稚魚を使っていないか。成魚の出荷量は適正か。不正な取引を監視する仕組みを4か国・地域で構築することが重要である。輸入国として日本の果たすべき役割は大きい。

 国内の河川に遡上したウナギの保護も大切だ。

 環境省は、生態調査に基づき、魚道整備など、成育しやすい河川の在り方を来年3月をめどに取りまとめる。河川改修の際の参考にしてもらう狙いがある。

 秋から冬に産卵のため海に向かう「下りウナギ」の捕獲も控えねばならない。九州などでは禁漁や再放流の動きが広がっている。

 資源不足を解消する決定打が、天然稚魚を捕獲せず、卵から孵かえす完全養殖の実現だ。長年の研究を経て、実証試験に至っている。早期の事業化を期待したい。

 日本の旺盛なウナギ需要も見直す時期にきているのではないか。きょうは土用の丑の日。伝統の食文化を末永く楽しむため、希少な資源の継承に思いを馳せたい。

日銀追加緩和 政府との協調は効果を生むか

 政府の経済対策と歩調を合わせ、デフレ脱却を目指す姿勢をアピールする狙いなのだろう。

 日本銀行が金融政策決定会合で、追加の金融緩和に踏み切った。上場投資信託(ETF)の買い入れ規模を、現在の年3・3兆円から6兆円に増やすことが柱である。

 金融緩和は、マイナス金利の導入を決めた今年1月以来だ。

 企業の海外展開を支援するため、金融機関に対する米ドル資金の供給枠も倍増させた。

 黒田総裁は記者会見で、「海外経済の不透明感が高まっており、企業や家計の経済活動をサポートする」と強調した。

 英国の欧州連合(EU)離脱決定などで、世界経済の不安要因が増しているのは事実だ。脱デフレを果たすまで、緩和的な金融政策を粘り強く続ける必要がある。

 だが、金融市場の混乱はひとまず沈静化している。日銀は、「国内の物価上昇基調は崩れていない」と説明し、物価上昇率2%の目標の達成時期も従来の「2017年度中」を変更しなかった。

 このタイミングで、本格的な追加緩和に動く必要性を見いだし難かったのではないか。実際、日銀は、年間80兆円規模の市場からの国債購入額と、現行のマイナス金利政策は維持した。

 それでも日銀がETFの購入額を増やしたのは、「政府の経済対策と相乗効果を発揮する」との考えに加え、決定会合前から、市場では追加緩和への期待が過剰に高まっていたためだ。閣僚からも緩和を求める声が相次いでいた。

 こうした状況を踏まえ、日銀として「ゼロ回答」は避けた方が良いと判断したのだろう。

 ただ、決定を受けて、市場では、緩和策が株価を下支えするとの思惑が広がる一方で、金融政策が手詰まりになってきたとの見方から円相場や株価が乱高下した。

 日銀は次回の決定会合までに、金融政策の手法と効果について検証するとしている。

 黒田総裁は従来、「異次元緩和」で市場にサプライズを与える手法で物価上昇を促してきた。

 今後は、過去の金融緩和の検証結果を踏まえ、経済や物価の先行きや、政策の方向性について、より丁寧に市場と対話を重ねていくことが求められよう。

 無論、脱デフレは、日銀の金融政策だけでは実現できない。

 金融緩和と財政政策で景気を下支えしている間に、政府は、経済対策の成長戦略を一段と強化することが肝要である。

追加緩和を政府も改革で支えよ

 日本銀行が追加の金融緩和を決めた。上場投資信託(ETF)の買い入れ額を年6兆円に倍増させ金融機関へのドル資金の供給枠を広げて外貨調達を助ける。安倍晋三首相は近く決める経済対策の規模が28兆円を超すと表明した。

 6月の消費者物価指数は前年同月比0.5%下落と大幅なマイナスで、国内景気も低調だ。政府と日銀が経済のテコ入れで連携するのは大切だが、中身をよく吟味すべきだ。金融政策も財政政策も余地は限られる。潜在力を高める構造改革を並行して強力に進めてこそ対策の効果が生きてくる。

金融機関に一定の配慮

 日銀が緩和を決めたのは1月のマイナス金利導入以来だ。長期国債の買い入れ増額やマイナス金利幅の拡大は見送った。限定的な内容に市場は円高・株安で反応したが、株価はやや持ち直した。

 英国の欧州連合(EU)離脱決定などで世界経済や市場の不確実性が高まっているのが緩和の背景だ。企業と家計の心理悪化に備えた予防措置といえる。東証株価と連動するETFの買い入れ増は市場安定に一定の効果があろう。

 信用仲介を担う金融機関への配慮もみえる。邦銀はドルなど外貨の調達に苦労している。米銀がドルを出し渋り、高い上乗せ金利を払わないと運用資金や進出企業の運転資金が取れない。このため、日銀は成長支援の枠組みで外貨供給枠を240億ドルに倍増する。

 マイナス金利の拡大を強行すれば、金融機関の収益悪化の懸念で株価下落を招きかねない。緩和策は現実的な判断といえる。

 黒田東彦総裁は9月に開く次の金融政策決定会合に向け、ここ3年半の異次元緩和や半年間のマイナス金利の効果を検証するよう事務方に指示した。2%の物価上昇をできるだけ早く実現させるため、必要に応じ追加緩和の実施に踏み切る考えも示した。

 政府は来週、経済対策を閣議決定する。日銀には政府と一体で海外経済の悪化に備えるとともに、国内経済の低迷を克服する姿勢が求められている。今後、追加緩和の観測が高まる可能性がある。

 大規模な金融緩和は限界がみえてきた。マイナス金利を一段と拡大すれば、預金金利や年金運用の利回り低下で人々の生活を圧迫する。新発国債をほぼ全額買い入れている量的緩和政策も増額の余地は乏しい。政策の効果と副作用を踏まえ、緩和策をどこまで進められるのか、丹念に検証すべきだ。

 安倍首相は27日の講演で、経済対策の事業規模が「28兆円を上回る」と明言し、このうち国と地方の財政支出と財政投融資が13兆円になると述べた。主要国首脳会議(伊勢志摩サミット)で合意した経済安定のための「政策総動員」を示す狙いだ。

 規模は大きく見せているものの今年度の財政支出は数兆円程度だろう。財政事情からみれば、裏付けのない借金を過剰に積み重ねられない現実もある。金融政策にせよ財政政策にせよ、いたずらに量を追うよりも、政策の質に配慮した運営が欠かせない。

 いま問われるのは、0%すれすれに低迷する日本の潜在成長力を着実に引き上げる具体策である。中長期で経済を強くする構造改革と、それを後押しする財政措置の組み合わせが望ましい。

 経済対策は一億総活躍社会の実現や震災対策に加え、英国のEU離脱の決定を理由にした中小企業対策など、玉石混交の感がある。

未来への投資に重点を

 人口減と少子高齢化がすすむ日本では、女性や高齢者、若者がもっと働きやすくなる環境を整えねばならない。働き方改革や一億総活躍の関連政策を柱として打ち出すのは理解できる。

 長時間労働の是正とともに、仕事と子育て・介護が両立しやすくなれば、人手不足を和らげて経済を下支えしやすくなる。雇用情勢の改善を背景に、労使が折半で負担する雇用保険料も引き下げる。

 政府・与党は低所得者に一律1万5千円の現金を払う方針だ。低所得者対策を否定するわけではないが、安易なバラマキに終わる恐れがある。

 経済対策は首相が参院選後に表明した「未来への投資」を真の意味で実現する内容にすべきだ。リニア中央新幹線の開業前倒しなどのインフラ整備も盛り込んだが、「21世紀型」と称して費用対効果に乏しい従来型の公共事業が紛れ込む余地はある。投資の効果をよく見極める必要がある。

 短期的な対策の積み上げでは若者の将来不安は消えない。雇用改革や社会保障改革を通じ、経済の足腰を強める視点が欠かせない。

米大統領選 分断乗り越える論戦を

 米国の大統領選は、経歴も政策も手法もまったく対照的な2人の戦いになる。

 民主党候補のヒラリー・クリントン氏は政治経験が豊かだ。女性を政界の頂点から阻んできた「ガラスの天井」に挑む。

 共和党候補ドナルド・トランプ氏は不動産業で名をなした実業家。政治の経歴が何もないことで改革の旗手を自認する。

 目をこらすべきは、その異例の構図よりも政策の中身だろう。これまで指導者として理にかなう主張をしているのは明らかにクリントン氏である。

 民主党大会での演説で強調したのは、米社会の融和だった。保守とリベラルの溝、富裕層と低中所得層の格差、人種間の緊張など様々な分断で揺れる米国にいま必要なのは、確かに国民の統合である。

 移民についても比較的寛容な訴えや、国際社会との協働を重んじる点でも、クリントン氏の立場は評価に値する。国務長官として、アジア重視政策を主導したことも記憶に新しい。

 テロや気候変動、租税回避の対策など、地球規模で取り組むべき課題が山積するいま、米国が同盟国との関係を重視するのは必然の流れでもある。

 そうした国民融和と国際協調路線に反する主張が目立つのがトランプ氏である。相変わらず不法移民を阻む国境の壁建設や保護主義的な貿易を唱え、同盟国の負担増を求めている。

 11月の投票に向けて論戦はこれからが本番だ。それぞれの公約が米国民の利益にどう資するのか、そして世界の安定にどう貢献するのか、理性的な論理とビジョンを語ってほしい。

 両党とも、候補者選びが激戦になったことなどから、党内の結束に不安を抱える。だからといって、相手候補への攻撃心をあおって団結を演出するようでは政策論争は深まるまい。

 両候補とも、自分の支持層だけを満足させる狭い政治ではなく、国民に広く目配りする包摂の政治をめざすべきだ。トランプ氏支持に走る白人労働者層の思いは何か。クリントン氏と競ったサンダース氏を支えた若者層の願いはどこにあるのか。

 先進国に共通する低成長と財政難、格差拡大の問題に、簡単な解決策はない。だが、自国優先を連呼するのは、米国の国際的な威信を低下させるだけだ。

 多極化の時代とはいえ、いまも世界の自由主義を引っ張る大国の矜持(きょうじ)を持ち続けられるかが問われている。「偉大な米国」を叫ぶならば、国際社会も認めるような米民主政治の価値を、この選挙戦で見せてほしい。

追加金融緩和 日銀は政権のしもべか

 日本銀行が金融緩和の追加策を決めた。日銀が買い入れる上場投資信託(ETF)の額を年間6兆円に倍増する。

 安倍政権は近く事業規模28兆円の大型経済対策を発表する予定で、日銀に金融緩和で協力するよう求めていた。マイナス金利の拡大や国債買い入れの増額に弊害や限界が指摘されるなかで、政府に歩調を合わせるための苦肉の策と言えよう。

 金融政策の本来の目的は、日本経済を安定させ持続的な発展を確かなものにすることだ。今回の緩和策がそれにかなっているかと言えば、疑わしい。

 日銀は四半期に一度の「展望リポート」で日本の景気の現状を「緩やかな回復を続けている」とし、今後についても「緩やかに拡大していく」と見通した。有効求人倍率が全都道府県で初めて1倍を超えるなど多くの景気指標が改善を示し、景気はそれなりに安定している。

 欧州経済や新興国経済に不透明感があるとはいえ、いま大型の経済対策を打ち出そうという政府の発想そのものがおかしい。日銀はそれに物申すべきだが、追加緩和でむしろ側面支援してしまった。政権の意を受けて追従したと見られても仕方あるまい。

 金融政策を決める審議委員9人のうちETF購入増には2人が反対した。「市場の価格形成に悪影響を及ぼす」などもっともな理由からだが、こうした意見は出にくくなっている。委員の任期が来るたびに、政権がアベノミクス賛成論者に替えてきたからだ。反対の2人は第2次安倍政権の発足前から務める民間エコノミスト出身者である。

 政権の考えに近い委員ばかりになれば、黒田東彦総裁が旗を振る異次元緩和に対するチェック機能は失われてしまう。今後ますます政権にとって都合のよい金融政策に傾きかねない点も気がかりだ。

 ただ、金融機関の経営をますます圧迫しかねないマイナス金利政策の強化や、政府への財政ファイナンスと受け取られかねない国債買い入れの増額に手をつけなかった点は評価したい。市場では「実施しないと円高、株安になる」となかば脅しのように語られていたが、そのこと自体が金融政策と市場とのゆがんだ関係を表している。

 企業や家計にとって、行きすぎた金融緩和は今や有害だ。マイナス金利政策では、金融機関だけでなく運用計画が狂った年金基金も悲鳴をあげている。日銀は正常な金融政策に立ち戻るため、早く異次元緩和からの出口政策を検討し始めるべきだ。

2016年7月29日金曜日

遊ぶ人も社会も歓迎するポケモンGOに

 1つのゲームがこれほど社会的なインパクトを持つとは、やはり驚きだ。スマートフォン向けゲーム「ポケモンGO」の配信が先週から日本でも始まり、熱狂的ともいえるブームが起きている。

 調査会社のMMD研究所によると、15~69歳の男女の9割がポケモンGOについて知っており、約4割が実際にプレーしていると答えた。配信開始から1週間足らずでポケモンGOの利用者が全国で3千万人を超えた計算になる。

 大ヒットの理由は何はともあれゲームとしての斬新さだろう。スマホを手にして街を歩くと、突然ポケモンが画面に映り込み、ボールをぶつけてそれを捕まえる。

 じっとしたまま画面と向きあう従来のゲームとはまったく異なる楽しさで、幅広い年齢層のファンを開拓した。

 ポケモンGOの人気は国境を越え、米国や欧州では日本より一足先にブームに火がついた。ポケモンという日本発のコンテンツが世界で愛されている証しである。

 ポケモンを捕まえるために、人が実際に動くという点にも注目したい。店や観光スポットはゲームとうまく連携することで集客効果を期待できる。日本マクドナルドがポケモンGOとの提携を決めるなど、新たなマーケティングの手法として企業の関心は高い。

 ビジネスの文脈を離れても、引きこもりがちな人が外に出て歩き回るようになれば、健康増進に役立ちそうだ。過疎に悩む地域に人を呼び込むといった地域振興にも一役買うかもしれない。

 一方で懸念もある。

 歩行中や自転車に乗って画面をのぞく「ながらスマホ」が横行し、駅のホームから落ちたり、交通事故が起きたりしないか心配だ。本人が危険なだけでなく、周囲にも多大な影響が及ぶ。遊ぶ人は安全に十分留意してほしい。

 ゲームにふさわしくない場所までゲームの舞台になってしまっているという問題もある。各地の神社や広島市の平和記念公園にもポケモン目当てで多数の人がおしかけ、本来の雰囲気を損ねているという。私有地に他人が立ち入るトラブルも報道された。

 ポケモンGOを配信する米ナイアンティック社は「ゲームの舞台から外してほしい」という各方面からの要請に迅速に応えるべきだ。「歩いて楽しむゲーム」という新機軸が社会全体から歓迎されるために欠かせない条件である。

元慰安婦支援の着実な履行を

 韓国政府が旧日本軍の元従軍慰安婦を支援するための財団を発足させた。昨年末の日韓合意に基づくもので、支援事業を進める体制がようやく整ったといえる。

 名称は「和解・癒やし財団」とした。元慰安婦らの心の傷を癒やし、名誉と尊厳の回復をめざすのが目的だ。存命している40人はもちろん、すでに死去した元慰安婦も含めた全員を対象に、癒やし金の支給などを進めるという。

 日本政府はこの財団に10億円を拠出する。資金の使途を明確にするための日韓政府間協議を開いたうえで、来月中にも拠出するとしている。妥当な判断だろう。

 ソウルの日本大使館前では、慰安婦を象徴する少女像が設置されたままだ。韓国政府は日韓合意で「解決への努力」を約束したが、移転のメドは立っていない。このため日本国内では少女像が撤去されるまで、資金拠出を見合わせるべきだとの意見もでている。

 しかし、この問題と資金拠出を関連づければ、せっかくの日韓合意が頓挫しかねない。日本政府は心身に深い傷を負った元慰安婦への人道的配慮を何より優先し、支援事業を粛々と進めていくべきだろう。合意の着実な履行はひいては、韓国側に「暗黙の圧力」をかけることにもなるはずだ。

 元慰安婦問題の決着を日韓の最大の懸案としてきた朴槿恵(パク・クネ)大統領は、昨年末の合意を高く評価した。これをきっかけに、長らく冷え込んでいた両国関係も改善の兆しがみえている。

 ただ、韓国では世論の反発も根強く、市民団体などは「売国的合意」と批判する。財団の設立会見では学生らが妨害する事件も起きた。朴政権は責任を持って財団の運営を進めるとともに、少女像の早期移転も視野に、世論の粘り強い説得に努めてもらいたい。

 朴大統領の任期はあと1年半。日韓合意は元慰安婦問題の「最終的かつ不可逆的な解決」をうたった。この合意がほごにされないよう、任期中の最終決着をめざして指導力を発揮してほしい。

慰安婦財団 緒に就いたにすぎない

 戦時中、日本軍将兵たちの性の相手を強いられた元慰安婦らの支援にあたる韓国の財団がきのう、立ち上がった。

 昨年末の日韓両政府による合意を受けた設立で、元慰安婦らへの具体的な措置にあたる。

 政府同士が長年の懸案に終止符を打つべく合意したからといって、被害者らの負った傷がすぐに癒やされるはずもない。

 元慰安婦らが少しでも心穏やかな余生を送れるよう日韓双方が今後も不断の努力を続ける必要がある。問題解決への取り組みは緒に就いたにすぎない。

 元慰安婦らの考えは多様だ。彼女らの声に丁寧に耳を傾け、できることから着実に実行に移していくしかあるまい。

 財団幹部が元慰安婦ら一人ひとりを訪ねて意見を聞いて回ったところ、相当数が財団を支持する意向を示したという。

 その一方で、政治合意は日本の法的責任や国家賠償を明確に記していないとして、一部の元慰安婦や支援団体が反発し、白紙撤回を求めている。

 責任をめぐる問題は、四半世紀の間、両国が決着点を見いだせなかった原因の一つである。だが合意は日本軍の関与の下で起きた問題だとし、安倍首相が謝罪と反省の意を表明するなど政府としての責任を認めた。

 いま大切なのは、この合意を土台にして、元慰安婦の救済を具体的にどう進めていくかだろう。その目標に向かって、韓国の支援団体も財団の中で意見を述べて、ともに力を合わせてもらいたい。

 日本政府は来月初めの局長級会談などを経て、10億円を財団に送る方針だ。合意に基づく行動で、当然の判断といえる。

 自民党内には、ソウルの日本大使館前にある少女像の移転の確約を迫る声がある。だが固執すれば、合意の履行をむずかしくする。むしろ移転できるような環境の整備を急ぐべきだ。

 また、韓国では合意内容を安倍首相が公の場で語らないことも不信を招いている。

 首相はことし1月の国会で、合意の文言を繰り返して発言することは、「最終的、不可逆的に終わったことにならない」として、言及を拒んだ。これでは首相の真意に疑念が投げかけられるのもやむをえまい。

 後戻りしない最終的な解決のためには、合意にあるように、日韓両政府が協力して事業にあたる必要がある。

 互いに一方的な解釈を強調することなく、合意の精神を最大限尊重する。そのことが、問題解決への早道であることをいま一度、肝に銘じるべきである。

タクシー業界 攻めの工夫で再生を

 タクシーの初乗りが400円台に――。そんな新しい料金体系が、来年にも東京都心部などでお目見えしそうだ。

 国土交通省が業界の申請を受けて運賃改定の手続きを進めており、来月から期間を限って都内4カ所で試験導入される。

 現在は23区内などでは「2キロまで730円」から加算されていくが、ある大手は「1キロ強で410円」を申請した。約2キロで730円になるよう刻みを決めており、単純な値下げではないが、高齢者や外国人ら観光客の利用や、天候が悪い日の「ちょい乗り」が増えそうだ。

 ただ、業界には「売り上げが減るのでは」と心配する声が少なくない。そもそも最初に改定を促したのは国交省のようで、「民間発」とは言いがたい。

 それでも、低迷が続くタクシー業界にとっては改革の時であることは間違いない。新たな需要を掘り起こし、顧客に喜ばれる努力を広げてほしい。

 タクシーの輸送人数はこの10年で2割以上も落ち込んだ。人口減や景気の影響があったとはいえ、鉄道やバス、航空機と比べても「一人負け」の状態だ。

 業績の悪化と運転手の賃金低下をどう食い止めるか。規制強化を求めて競争を和らげようとするばかりでは、国民にますますそっぽを向かれてしまう。

 業界の転機は、2000年代初めに小泉内閣が進めた規制緩和だった。車両や運転手が増えて競争が激化したが、乗客減が止まらず、限られたパイを奪い合う構図に陥った。

 政府はその後、規制の強化へと転じ、3年前には議員立法でタクシー関連の法律が改正された。一定の要件を満たす地域では国交省が運賃の上・下限を決め、一部では新規参入や増車を禁じ、減車も命じられる。

 そんな強い規制を与野党に求めたのはタクシー業界だった。だが、格安業者が裁判に訴え、運賃の幅が狭すぎるとして政府側が負ける判断が相次いでいる。行き過ぎた規制緩和は正すべきだが、過剰な規制強化も社会に受け入れられないことを自覚するべきだろう。

 利用客を引きつける方法は、料金の安さだけではない。

 介護タクシーや妊婦を運ぶマタニティータクシーは一般的になった。相乗りをしやすくしたり、一定額で乗り放題にしたりと、高齢者の買い物や通院、観光客の周遊などを意識した取り組みが始まっている。

 規制強化という「守り」よりも、創意工夫による市場開拓という「攻め」を強める。そんな業界の姿勢が求められている。

韓国慰安婦財団 支援を着実に軌道に乗せたい

 慰安婦問題を巡る昨年末の日韓合意が、ようやく実行段階に入った。関係改善の流れを確実なものにせねばならない。

 韓国政府が、元慰安婦を支援する「和解・癒やし財団」を発足させた。

 理事長には、女性問題の専門家で、財団設立準備委員会の委員長を務めた金兌玄・誠信女子大名誉教授が就任した。

 財団は、日本政府から10億円の拠出を受ける。元慰安婦や遺族に対し、見舞金の性格を持つ「癒やし金」の支給や名誉回復などの措置を検討している。

 金氏は記者会見で、面談した元慰安婦の大半が「財団の事業に参加すると意思表示した」ことを明らかにした。

 慰安婦問題は、四半世紀にわたり日韓関係に刺さったトゲであり、朴槿恵政権下での関係悪化の最大の要因となった。

 朴大統領は、残り1年半余りの任期中に、財団の活動を軌道に乗せ、慰安婦問題を決着させるよう一層の努力が求められる。

 日本政府は、8月中にも10億円を拠出する方向で調整中だ。合意時に存命していた元慰安婦46人のうち、6人が財団設立前に亡くなった。早期に資金を拠出し、事業を進めることが適切である。

 1995年に日本政府が設立したアジア女性基金は、韓国では61人の元慰安婦に「償い金」を支給した。だが、元慰安婦を支援する団体が反発し、韓国政府が基金に協力しなかったため、十分な成果を上げられなかった。

 この反省を踏まえ、今回は、韓国政府が財団の設立と運営に責任を負う態勢をとった点が重要だ。「最終的かつ不可逆的解決」と位置づけ、問題を蒸し返さないよう韓国側にクギも刺している。

 懸念されるのは、元慰安婦の支援団体や左派野党が、合意への反対姿勢を崩していないことだ。財団発足の記者会見場に反対派の学生らが乱入する騒ぎもあった。

 韓国側は、日本側が撤去を求めるソウルの日本大使館前の少女像について「適切に解決されるよう努力する」と約束している。像を設置した支援団体を説得できるかどうか、きちんと注視したい。

 岸田外相はビエンチャンで尹炳世外相と会談し、「日韓合意以来、両国関係は前向きに進展している」と評価した。核実験やミサイル発射など挑発を重ねる北朝鮮への対処で意思疎通が円滑になったのは間違いない。

 日韓は米国との同盟を軸に、安全保障協力を強めるべきだ。

米比軍事協定 南シナ海で対中連携を強めよ

 南シナ海の緊張を一方的に高める中国の行動を抑止するには、フィリピンが従来通り、日米など関係国と緊密に連携することが肝要である。

 フィリピンのドゥテルテ大統領はケリー米国務長官と会談し、南シナ海に関する中国の主権の主張を否定した仲裁裁判所の判決について、「いかなる協議を行う際にも、基礎になる」と強調した。

 中国が判決を棚上げしたまま、フィリピンとの対話に臨もうとする時、米比両国が判決の重要性で一致した意義は大きい。

 両国は、アキノ前政権下で合意した軍事協定の履行も確認した。協定は米軍のフィリピン再駐留を事実上認めるもので、先月末に発足した新政権が早期に同盟強化を打ち出したことは評価できる。

 中国は、南シナ海の人工島でレーダー施設や滑走路を整備して軍事拠点化を加速させ、防空識別圏の設定も現実味を帯びつつある。脅威は格段に増大している。

 「米国嫌い」とも評されるドゥテルテ氏は先に、軍事協定を「南シナ海問題に使うことは許さない」と述べ、安全保障面で米国と距離を置く姿勢も見せていた。

 懸念されるのは、ドゥテルテ氏の対中政策などの方向性が、なお不透明なことである。

 初の施政方針演説でも「仲裁判決を尊重する」と語ったが、南シナ海情勢への直接の言及は1分足らずだった。約1時間半の演説は「違法薬物や汚職との戦い」など国内問題に終始した。

 ドゥテルテ氏は、フィリピン南部ダバオの市長時代に治安を回復させ、その実績を評価されて大統領に当選した以上、犯罪対策に重点を置くのは自然だ。それを割り引いても、外交の重要課題で方針を示さないのは疑問と言える。

 中国はフィリピンに、鉄道インフラ建設などの経済支援を持ちかけている。ドゥテルテ氏も、ラモス元大統領を特使として訪中させることを検討しているという。

 ドゥテルテ氏が忘れてならないのは、「法の支配」に基づく南シナ海の秩序の維持が自国のみならず、地域全体の利益につながることである。拙速な対中交渉に走らないよう注意が求められる。

 岸田外相は、先の東南アジア諸国連合(ASEAN)関連会議に合わせて、フィリピンのヤサイ外相と初会談した。退役した海上自衛隊の練習機の有償貸与など安保協力を進めることで合意した。

 日米が連携して、安保と経済の両面で支援を続けることが南シナ海の平和と安定に寄与しよう。

2016年7月28日木曜日

生産性と最低賃金の引き上げを一体で

 働けば少なくともこの金額はもらえるという最低賃金の引き上げ幅が、2016年度は過去最大となる。厚生労働省の中央最低賃金審議会は、都道府県ごとに定められる最低賃金を平均で時間あたり24円引き上げ、822円とする目安を決めた。

 最低賃金の引き上げは非正規社員の待遇を改善する効果がある。個人消費の刺激にもつながる。半面、中小企業の経営を圧迫するのも事実だ。政府は規制改革などで企業の生産性向上を後押ししていく必要がある。

 安倍政権は時給1000円をめざして最低賃金を毎年度3%程度引き上げる方針を掲げる。今年度は3%が24円に相当し、これにちょうど沿う形となった。最低賃金が時給で示されるようになった02年度以降で最も高い上げ幅となり、初めて20円台に乗った。

 日本の最低賃金の水準は先進諸国のなかで低い。経済協力開発機構(OECD)によると、フランスやドイツの6割程度にとどまっている。女性や高齢者の就労意欲を引き出すためにも最低賃金の引き上げが求められる。

 ただし最低賃金の上昇は、企業の生産性の向上と相まって進むことが重要だ。人件費負担の重さが雇用削減を招くような事態は防がなければならない。

 12年12月の第2次安倍政権発足後、最低賃金の上げ幅は今年度で計70円を超える。継続的に賃金を引き上げていけるよう、企業が収益力を高めることが欠かせない。

 賃上げに努める中小企業の人件費負担を和らげる補助金が政府で検討されているが、企業の競争力向上にはつながらない。

 政府が力を入れるべきは、企業の事業構造改革を進めやすくする環境整備である。医療や環境・エネルギー関連など、成長分野への進出を促す規制改革にもっと積極的に取り組むべきだ。

 サービス業の生産性を高めるためのIT(情報技術)投資などへの支援も要る。働く人の能力開発を後押しするために職業訓練の充実も大事になる。企業自身も低賃金の労働力に頼らず利益を生めるよう、経営改革に注力する必要があるのはもちろんだ。

 中小企業の収益力向上には、下請け企業への過度な値下げ要求を監視する必要もある。独占禁止法が禁じている「優越的地位の乱用」などの取り締まりの強化も政府に求めたい。

南シナ海の外交はこれからだ

 南シナ海をめぐる中国の主張を退けた仲裁裁判所の判決を踏まえ、東南アジア諸国連合(ASEAN)はどう対応するか――。ラオスで開かれたASEANの外相会議は注目を集めたが、結局、判決に言及しない共同声明を採択するにとどまった。

 フィリピンやベトナムは判決に言及することを主張したが、中国を最大の援助国とするカンボジアが反対した。ASEANは全会一致が原則なので、共同声明はカンボジアも同意できる内容にならざるを得なかった。

 「判決は紙くずだ」と主張している中国の外交工作が奏功した形だ。とはいえ、南シナ海をめぐる対立の構図は変わっていない。地域の平和に国際法を生かしていく努力が、一段と求められる。

 共同声明が出たあと中国の王毅外相は「これでページがめくられた」と述べた。判決を過去のものとしたうえで、フィリピンなどとの2国間の協議で問題を解決していく姿勢を示したといえる。

 一方、フィリピンのドゥテルテ大統領は判決を前提として中国と話し合う考えを表明している。日本と米国、オーストラリアの外相はラオスで共同声明を出し、判決が当事国を法的に拘束するとの考えを確認した。

 こうした立場の違いは、東アジアの安全保障問題を話し合う場であるASEAN地域フォーラム(ARF)にもそっくり持ち込まれ、議論は平行線をたどった。

 中国は今後、埋め立てた人工島での施設整備など判決を無視した既成事実の積み重ねを続ける可能性が強い。これを止めるのは、ASEAN諸国にとっても日本や米国にとっても、容易ではない。

 それでも、緊張を高めずに解決の道筋を探るには外交こそがカギとなる。ASEAN諸国も含め、国際法にもとづく秩序づくりが大切だと考える国々の結束をはかりながら、中国に判決の受け入れを促していく。日本は米国や豪州などとともに、こうした取り組みを粘り強く続ける必要がある。

最低賃金上げ 継続できる環境作りを

 安倍首相が時給1千円の目標を掲げた最低賃金について、厚生労働省の審議会が今年度の引き上げ額の目安をまとめた。

 全国平均では今の時給798円から3%、24円の引き上げで、実施されれば822円になる。比較できる2002年度以降では最大の引き上げ幅で、初めて800円を超える。

 この目安をもとに、各都道府県の審議会が10月ごろまでに具体的な額を決める。目安の着実な実現を目指してほしい。

 政権は「1億総活躍プラン」で、時給1千円に向けて最低賃金を毎年3%程度ずつ引き上げることをうたった。その1年目の今年度は約束を何とか果たしたかっこうだ。

 だが、過去最大の引き上げとはいえ、今のペースでは時給1千円を超えるのにあと7年もかかる。日本の最低賃金は国際的にも見劣りする水準にあることを忘れてはならない。

 大事なのは、この引き上げを1年限りで終わらせることなく続けていくことだ。そのためには、企業が賃金をしっかり支払える環境を整えていくことが不可欠である。

 大企業は利益をため込んでいる例も多く、もっと賃金に振り向けてほしい。問題は経営環境が厳しい中小・零細企業だ。

 政府が近くまとめる経済対策では、賃上げをした事業者への補助金の拡充も検討されているようだが、経営体力をもっと強めなければ本質的な解決にはならない。

 付加価値の高いサービスやものづくりを後押しし、生産性を向上させる。大企業と下請け企業の取引条件を改善する。長年の懸案であるこれらの課題に実効性のある対策を打ち出せないままでは、中小・零細企業は先細りになるばかりだ。

 人手不足が深刻な介護や保育の現場では賃金の低さが問題になっているが、待遇を改善するにはより多くの税金や保険料を投入することが必要だろう。

 最低賃金の引き上げの目安は地域によって四つのランクに分かれている。もっとも高い東京は25円の引き上げで時給が932円になる計算だが、最も低いランクの沖縄などでは21円のアップで714円にとどまる。こうした地域間の格差をどう考えるのか。目安のあり方自体も議論すべきテーマである。

 今や働く人の4割近くが非正規雇用だ。パートで働く人には、家計の補助のためではなくその収入で生計を立てている人も少なくない。最低賃金の底上げは待ったなしであることを忘れてはならない。

独法の役員 選考の過程を透明に

 まさか天下り復活の出来レースではあるまい。独立行政法人の最近の人事のことだ。

 昨年以降に任命された約20の役員ポストを見ると、公務員OB以外が登用されたのは六つにとどまり、残りはいずれも公務員OBが選ばれた。

 独立行政法人の役員は、所管省庁の閣僚が任命するトップやお目付け役の監事を中心に、公募と有識者の選考委員会での検討で選ぶのが基本だ。天下りへの批判を踏まえ、適材適所の人選をするための仕組みである。

 応募者が多かった3例で公募段階の公開情報をみると、日本年金機構副理事長ポストには26人の応募があり、うち公務員OBは1人。国際協力機構副理事長は25人の応募中、公務員が4人、住宅金融支援機構理事長が10人中1人だった。結果はいずれも公務員OBが任命され、しかも所管省庁の出身者だ。

 公開情報は限られている。任命された人物の経歴は当然としても、他には選任・任命理由の概略ぐらいだ。

 これでは適材適所の選考がなされたのかどうか、判断できない。プライバシーなど配慮すべき点はあるが、公募の締め切り時など、選考途中でもっと情報を公開するべきではないか。

 応募者の承諾を得て氏名や経歴を明示する。OBなら出身の企業や役所の名前と分野、携わってきた業務を示す。せめてそうした工夫の余地はあろう。

 新理事長が7月に任命された都市再生機構(UR)の場合、所管省庁の国土交通省の元局長で、東日本大震災後に発足した復興庁の元次官が選ばれた。

 URは大震災の被災地で住宅の集団移転や災害公営住宅の建設、沿岸部のかさ上げなどを担っている。選任理由は、復興を牽引(けんいん)してきた実績や、選考委員会の評価の高さだという。

 ただ、URは過去の大規模開発に伴う負の遺産で多額の債務を抱え、さまざまな業務改革の途上にある。3年前に政府が閣議決定した基本方針では「民間出身の役職員の活用拡大など民間のノウハウを採り入れた実施体制」が強調されており、前任の理事長はメガバンク元役員が務めていた。

 引き続き民間人トップのもとで改革を加速させる選択肢は検討されたのか。今回の人事は復興を担当する官庁から事業を実施する法人へ、形としては典型的な天下りとの批判もある。

 公務員OBにも、独法で活躍してほしい人材は少なくない。問われるのは人選の透明性と納得感だ。制度の原点に戻ってチェックすべき時ではないか。

財政試算見直し 健全化へ歳出改革策を示せ

 将来世代へのツケを軽くすることの本気度が問われている。

 政府は、2020年度の基礎的財政収支が5・5兆円の赤字になるとの試算を公表した。1月時点の試算より1兆円縮小した。

 基礎的財政収支は、政策経費をどれだけ国債などの借金に頼らずに賄えているかを示す指標だ。政府は、財政再建の目標として、20年度の黒字化を掲げている。

 赤字幅の縮小は、17年度予算での歳出改革をあらかじめ織り込んだからだ。従来は物価上昇率並みの歳出増を想定していたが、その半分への抑制を前提にした。年末の予算編成で確実に実現することが強く求められる。

 問題なのは、それを果たしても、なお巨額の赤字が残ることだ。

 社会保障の支出は、現行制度のままでは、高齢化の進展により毎年1兆円規模で増加する。年金給付の抑制や、収入が多い高齢者の医療費負担増など、痛みを伴う改革が避けられない。高額な医薬品の柔軟な価格改定も大切だ。

 そもそも試算は、アベノミクスによる経済再生を前提に、実質で2%超、名目では3%超という、極めて高い成長率と、それに伴う税収増を想定している。

 日本経済の実力である潜在成長率は0%台前半に過ぎない。潜在成長率を底上げするため、労働市場改革、規制緩和、成長分野への産業転換といった構造改革に一層注力することが肝要である。

 政府は近く、大型の総合経済対策を発表する。補正予算の財源の一部となる建設国債の発行は、新たな財政悪化要因となる。

 政府は、基礎的財政収支の赤字幅を現状の15兆円程度から、18年度に5~6兆円まで抑える中間目標を掲げる。17年4月に予定された消費税率引き上げの2年半延期により、達成は見込めなくなったが、目標は見直していない。

 安倍首相は経済財政諮問会議で「20年度の財政健全化目標を堅持する」と改めて表明した。真剣に実現を目指すなら、新たな中間目標の設定など、改革工程表の具体的な練り直しが欠かせまい。

 国と地方の長期債務残高は1000兆円にも達する。国内総生産(GDP)比で200%を超える先進国最悪の水準だ。

 基礎的財政収支の黒字化を達成しても、国債残高の減少という真の財政再建は、その先にある。道のりは遠く、険しい。

 歳出全般について、前例踏襲を改め、効率化を徹底する地道な取り組みが大切である。

指定廃棄物解除 各県の実情に合わせた処分を

 放射線量が下がった廃棄物は、迅速に処分する。その流れを定着させることが重要である。

 千葉市が保管する7・7トンの「指定廃棄物」について、環境省が指定を解除した。福島第一原発事故で拡散された放射性物質の汚染濃度が、1キロ・グラムあたり8000ベクレルの基準値を下回ったためだ。

 解除は、千葉市の申請に基づく。4月の省令改正以来、初のケースだ。今後は一般ごみと同様に、焼却や埋設などができる。千葉県内の約3700トンの指定廃棄物を減らしていく一歩である。

 指定廃棄物は、主に牧草や稲わら、ごみの焼却灰、下水汚泥だ。約17万トンが、関東、東北を中心とした12都県の公共施設や農地などに一時保管されている。

 放射性物質は放射線を放出して壊れ、時間の経過とともに、濃度が低下する。セシウム134は、約2年で半減する。8000ベクレルは、許容される被曝量の国際的な目安から導き出された基準だ。

 環境省と千葉市は、安全に処分できることを住民に丁寧に説明し、理解を広げたい。

 ただし、今回の解除は、指定廃棄物を巡る新たな混乱を引き起こしかねない側面もある。

 環境省は、指定廃棄物の埋め立て処分場を千葉県内に1か所設ける方針だ。指定廃棄物の有無や地形、生活空間からの距離などを基に検討し、千葉市沿岸の東京電力の所有地を候補地に選んだ。

 これに対し、千葉市は、指定解除により、市内に指定廃棄物が存在しなくなったとして、候補地の白紙撤回を求める構えだ。

 一方、環境省は、県内の市町村長の会合で1か所に集約する合意が成立していることから、千葉市に処分場の受け入れを求める姿勢を崩していない。

 事態打開へ、環境省は他の手法も柔軟に検討すべきだろう。

 環境省は2月、茨城県で指定廃棄物の分散保管の継続を認めた。屋内などで保管され、放射性物質濃度も全体的に低いためだ。

 千葉県内でも、千葉市以外の9市17か所の保管状況は良好だとされる。濃度は今後、下がり続ける。指定解除が進めば、大規模な処分場の必要性も低下しよう。分散保管は、千葉県でも有力な選択肢となり得るのではないか。

 宮城、栃木両県では、稲わらや牧草などの指定廃棄物の大半が、農家の庭先や牧草地に一時保管されている。基準を下回った廃棄物の指定解除は、生活や農業の障害を取り除く有力な手段である。

2016年7月27日水曜日

社会保障を軸に「岩盤歳出」に切り込め

 日本の財政は先進国で最悪の状態にある。この立て直しには、具体的な計画が必要だ。安倍晋三政権はその点を忘れてはならない。

 安倍政権は消費税率を10%に引き上げる時期について、2017年4月から19年10月へと再び延期することを決めた。これを踏まえて内閣府は中長期の経済財政に関する試算をまとめた。

 名目経済成長率が3%以上で推移する経済再生ケースをみると、20年度時点で国と地方をあわせた基礎的財政収支は5.5兆円の赤字になる。名目成長率が1%台半ば程度の現実的なケースだと、9.2兆円の赤字になるという。

 いずれの場合も今年1月時点の試算よりも赤字幅は縮小する。消費増税を再延期するのに数字が改善するのは、17年度予算での歳出抑制を織り込んだからだ。

 前提の置き方しだいで試算値はかわるので、幅を持ってみる必要はある。それでも20年度に基礎的財政収支を黒字にするという目標を達成するハードルが高いことが改めて浮き彫りになった。

 名目成長率が高くなれば税収増が期待できる。0%台にとどまっている日本の潜在成長率を高めるための構造改革は、財政健全化の面からみても不可欠だ。

 同時に、政権は歳出の削減・抑制から逃げてはならない。消費増税を再延期するのであればなおのこと、長年手つかずの「岩盤歳出」に切り込んでほしい。

 大事なのは、高齢化で膨らむ一方の社会保障費を効率化する視点だ。医療や介護では、所得や資産にゆとりのある高齢者の自己負担を増やす方向は避けられない。

 給付は真に困っている人に重点化し、子ども・子育て支援は充実する。そんなメリハリのある改革が急務だ。

 18年度の診療報酬と介護報酬の同時改定を待たずに、政府は17年度予算から歳出抑制の具体策を打ち出していくべきだ。地方財政や公共事業費も聖域を設けず、厳しく見直してほしい。

 政府の経済財政諮問会議の民間議員は、補正予算などに頼らず民需主導で成長できれば、20年度時点の基礎的財政赤字を1兆円未満に縮小できるとの見方を示した。

 しかし、楽観的な経済想定を前提に中長期の財政健全化計画をたてるのは危うい。いつまでに、何をやり、どの程度、財政収支を改善するか。堅実で具体的な計画を固めなくてはならない。

薬物汚染のない公正な五輪に

 開幕が迫るリオデジャネイロ五輪をめぐり、国際オリンピック委員会(IOC)が、国ぐるみのドーピングを指摘されたロシアの選手出場に道を開いた。

 先に原則禁止されている陸上を除き、各国際競技団体(IF)が参加の可否を判断するという。信用できる検査を通ることや、薬物での制裁歴がないことなど厳しい条件付きだ。

 南米初の五輪の成功という大目標を前に、スポーツ大国としての連帯責任を重くみるのか、それとも、潔白な選手の参加への権利を尊重するのか。両者を考量した結果の苦渋の選択だろう。

 IOCには「IFへの丸投げ」など厳しい声も上がっている。IFは「時間切れ」を理由に安易な決断は避けねばならない。ドーピングに対し従来にもまして厳しい姿勢を貫き、出場を認めるか否か、混乱なく結論を出してほしい。

 昨年以降、世界反ドーピング機関(WADA)が明るみに出したロシアの組織的ドーピングと隠蔽の実態は信じがたい。5年にわたり、スポーツ省や治安機関がかかわり、多くの選手が禁止薬物を摂取し、尿検体の開封やすり替えなどが横行した。

 前例のない悪質さにWADAは全競技でロシア選手の締め出しを勧告したが、不正に関与した証拠のない選手まで処分が及ぶことには行き過ぎの声があったのも事実である。

 もちろん、今回のIOCの決定は、ロシアの行為を免罪するものではない。「政治的陰謀」といった抗弁をする前に、国内の検査機関を立て直し、関与した者へ厳しい処分を下すことが不可欠だ。不正は「国策化」しているともいえる。公正さの確立には、国外の要員の導入も必要だろう。

 4年後の東京大会は、クリーンで平等な競技環境のもと、極限に挑む選手の姿に心を揺さぶられる五輪でありたい。我が国のコーチや選手らをはじめ、スポーツを愛する一人ひとりが、世界へ反ドーピングの声を高く上げ続けよう。

相模原の事件 犯行生んだ闇の解明を

 障害を抱える老若男女が静かに暮らす施設で、身の震えるような事件がおきた。

 相模原市できのうの未明、26歳の男が施設に押し入り、知的障害者ら19人の命が奪われ、多くの人が負傷した。

 その経緯から浮かび上がるのは、強烈な殺意と、不気味に冷静な計画性である。犯罪史上でも特筆される異様な事件だ。

 複数の刃物を準備し、ハンマーで窓を割って侵入。職員を結束バンドで縛り、寝ていた入所者を次々に切りつけた。そして警察に出頭した。

 男は今年2月ごろ、「障害者が生きているのは無駄だ」と書いたビラを施設の近くでまき、保護者の同意で安楽死させられるように求める手紙を衆院議長公邸に持参していた。

 どんな事情であれ、障害者に対する危険な偏見は断じて容認できない。事件はどんな経緯で起きたのか。捜査当局は徹底した解明を進めてほしい。

 事件を不可解にさせるのは、男がこの施設で3年以上も働いていたという事実だ。

 施設では、10~70代の149人が共同生活を送り、160人を超える職員が働いている。

 日常の世話を通じて障害者らと親密に接し、家族や関係者らとも交流があったはずだ。その経験を積んだ男が「障害者」を狙い撃ちしたとすれば、なぜなのか、事件の闇は深い。

 男の言動について連絡を受けた市は2月、精神保健福祉法にもとづいて、男が自分や他人を傷つける恐れがあるとして措置入院させていた。12日後には入院の必要はなくなったと診断され、退院したという。

 措置入院は、本人や家族の同意と関係なく、行政が強制的に命じるものだ。必要以上に長びかせれば重大な人権侵害につながる。

 ただ、入院の直前に議長公邸に持参した手紙で、男は犯行を「予告」していた。その中に記されている手口は、今回の事件で起きたことに重なる。

 退院時には、家族と同居する約束になっていたが、実際にはどうだったのか。男の治療と見守りは十分だったのか。本人と家族への支援体制や、医療と警察との連携などについて、綿密に検証する必要がある。

 男は4、5年前には教員を目指しており、教育実習先の学校では子どもたちから慕われていたという。穏やかな人柄とみられた若者が一転、犯行に走った背景に何があったのか。

 現代社会のありようも含めた広い視点から今後の捜査を見つめ、考えるほかない。

ロ事件40年 浄化の道なお遠く

 ロッキード事件で田中角栄元首相が逮捕されて、きょう27日でちょうど40年になる。

 刑事被告人になっても大派閥を率い、首相の座をも左右した田中支配時代と、派閥が力を失い、対抗勢力の不在を嘆く声がしきりの首相一強の現在と。永田町の光景は様変わりしたが、変わらないものがある。

 政治とカネをめぐる病だ。

 この間、衆参両院の選挙制度が改まり、政治資金規正法の見直しや連座制の強化など、それなりの手だてが講じられてはきた。だが法律をつくる政治家自身の手によって抜け道もしっかり用意され、疑惑の根絶と信頼の回復にはほど遠い。

 最近も、業者との不透明な関係を追及され、甘利明氏が経済再生担当相を辞任した。舛添要一氏が政治資金の使途の疑念にこたえられないまま、都庁を去ったのは1カ月前のことだ。

 にもかかわらず政治の側、とりわけ自民党の動きは鈍い。

 先の参院選で、公明、民進、共産、おおさか維新などの各党は、主張する内容や濃淡に違いはあったものの、秘書に対する政治家の監督責任の強化、政治資金や国から支払われる活動経費の透明化、企業・団体献金の禁止など、浄化へのとり組みをそれぞれ公約にかかげた。

 ところが甘利氏が所属し、前回の都知事選で舛添氏をかついだ自民党は、政策集の中でこの問題にいっさい触れなかった。

 こうした姿勢が、ふつうの人と政治との距離を広げ、不信の根を深くする。選挙には勝ったが、「身内の醜聞にも正面から向き合わない」との評価は、この先ついてまわるだろう。

 公明をふくむ他の政党は、与野党の垣根をこえて合意点を探り、自民党が重い腰を上げざるを得ない状況をつくりだしてほしい。まずとり組むべきは、すべてのカネの流れをガラス張りにして、市民が常に点検し評価できる環境を整えることだ。

 田中氏に関してはもう一つ、忘れてはならない汚点がある。

 逮捕の1年半前、いわゆる金脈問題がとどめとなって首相を辞した際、氏は「いずれ真実を明らかにして、国民の理解を得てまいりたい」と表明した。

 しかし約束はついに果たされなかった。そしていま、甘利、舛添両氏とも、自らの疑惑についてだんまりを決めこみ、批判の嵐が過ぎるのを待つ。

 右肩上がりだった時代への郷愁も手伝ってか、田中氏再評価の動きがさかんだ。だがカネをめぐる黒い体質と国民に対する不実は、40年を経てなお、清算されていない負の遺産である。

ASEAN会議 中国の国際法無視が目に余る

 南シナ海のほぼ全域に主権が及ぶという独善的な主張を否定した仲裁裁判所の判決を拒否し続ける。そんな中国の横暴は決して許されまい。

 日米中や東南アジアなどによる東アジア首脳会議(EAS)と東南アジア諸国連合(ASEAN)地域フォーラム(ARF)の外相会議が開かれた。

 中国が南シナ海で軍事拠点化を進める問題について、ケリー米国務長官は、「仲裁の結果には法的拘束力がある」と述べ、中国に判決を尊重するよう要求した。

 岸田外相も、「仲裁裁判に紛争当事国が従うことで、問題の解決につながる」と強調した。

 日米など関係国が結束して、中国に判決の順守を促し続けることが肝要である。

 看過できないのは、中国の王毅外相が岸田外相との会談で、「日本は南シナ海問題の当事国ではない」などと強弁し、言行を慎むよう求めたことだ。

 「法の支配」に基づく南シナ海の秩序維持と航行の自由の確保は国際社会共通の利益にほかならない。王氏の主張は筋違いだ。

 中国は判決後、フィリピンに近い南シナ海のスカボロー礁付近で新型爆撃機の巡視飛行を実施したと発表した。今後は常態化させるという。人工島の施設建設を続ける方針も示している。一連の行動は緊張を高めるだけだ。

 EAS外相会議に先立ち、ASEAN外相会議は共同声明で、南シナ海の現状に対し、「深刻な懸念」を表明した。判決に直接言及しなかったのは、中国から大規模な経済支援を受けているカンボジアが強硬に反対したためだ。

 王氏は、フィリピンを念頭に、「会議で仲裁裁判に触れたのは1か国だけだ」と語った。判決で外交上の大敗北を喫した習近平政権はASEANを切り崩し、巻き返しを図ったつもりなのだろう。

 判決を棚上げしたまま、政権交代したばかりのフィリピンを懐柔して対話に持ち込む。こんな筋書きも描いているのではないか。

 王氏は、南シナ海での関係国の行動を法的に拘束する行動規範について、来年上半期までに策定を完了する目標を明らかにした。これまでASEANとの協議では、中国の消極姿勢が障害だった。

 時期の明示には、ASEAN側の批判をかわす狙いがあろう。国際法を蔑ろにする中国が国際ルールの策定に真摯に取り組むとは思えない。関係国は、行動規範の実効性を高めるよう対中圧力を強めるべきである。

障害者19人殺害 まずは不可解な動機の解明だ

 犯罪史に残る凄惨な事件である。

 神奈川県相模原市の知的障害者福祉施設「津久井やまゆり園」に刃物を持った男が侵入し、入所者らを次々と襲った。19~70歳の男女19人が死亡し、重軽傷者も26人に上った。

 就寝中の入所者を狙った未明の凶行だった。突然、刃物を突き立てられた入所者の恐怖と苦痛は、いかばかりだったか。

 施設の元職員の男が、県警津久井署に出頭し、殺人未遂容疑などで緊急逮捕された。男は容疑を認め、県警は殺人容疑に切り替えて取り調べる。所持する複数の刃物に血が付着していた。

 ハンマーで窓ガラスを割って侵入し、夜勤職員を結束バンドで縛って犯行に及んだ可能性がある。周到な計画性がうかがえる。

 不可解なのは、動機である。男は取り調べに、「障害者なんていなくなればいい」という趣旨の供述をしているという。

 予兆はあった。男は2月14日と15日、夜間の犯行を予告するような手紙を東京の衆院議長公邸に持参し、警視庁が津久井署に対応を引き継いでいた。

 男が「重度障害者の殺人はいつでも実行する」と話したため、津久井署は相模原市に通報した。

 市は「自傷他害の恐れがある」として2月19日、緊急措置入院を命じ、男はこの日、3年余り勤めた施設を自主退職した。在職時にも、障害者を冒涜するような発言があったという。退職に至った経緯が動機解明のカギとなろう。

 入院時の検査では、大麻の薬物反応も確認されたが、市は3月2日、「症状がなくなった」とする病院の診断に基づき、男を退院させた。この判断と、その後の対応について検証が不可欠だ。

 これほどの重大な殺傷事件を許したことは、社会にとって痛恨事である。事件を受け、安倍首相は「真相究明に政府としても全力を挙げていく」と強調した。

 菅官房長官は、厚生労働省を中心に、関係省庁間で再発防止策を検討する方針を示した。そのためには、神奈川県警が事件の全容を解明することが前提となる。

 福祉施設の防犯態勢の再点検も進めるべきだ。利用者にとって使いやすい開放的な構造が、防犯上の盲点となっているケースなどはないか。施設管理者は確認を急ぎ、改善に努めてもらいたい。

 地域住民の理解なしに、福祉施設は成り立たない。施設が地域から孤立しないためにも、事件の再発防止を徹底せねばならない。

2016年7月26日火曜日

世界経済停滞の根源に迫る政策を

 世界経済が勢いを取り戻せないでいる。国際機関などの成長率見通しはここ1、2年何度も下方修正されており、貿易の低迷も続く。世界は一過性ではなく、中長期的な成長力の低下に直面している恐れがある。停滞の根源に目を向け、その解決につながる政策に焦点を合わせていく必要がある。

 中国の成都で開いた20カ国・地域(G20)財務相・中央銀行総裁会議の共同声明は「世界経済の回復は望ましい水準よりも弱いままだ」として、成長促進へ向けて財政・金融政策、構造改革のすべての政策を総動員すると宣言した。

投資鈍らす不安を除け

 経済協力開発機構(OECD)の見通しでは、2016年の世界の実質経済成長率は3.0%と15年と同水準にとどまる。貿易の実質伸び率は2.1%と一段と減速する。

 重要なのは、なぜ停滞が続くのかを綿密に分析したうえで、それに見合った有効な政策の実行に集中していくことだ。

 先進国経済については、ポイントが3つある。まずは金融危機の後遺症を早く取り除くことだ。欧州では金融システムへの懸念がなおくすぶり、これが回復の足かせになっている。イタリアの銀行などの不良債権処理を加速させなければならない。ギリシャの公的債務の縮減も急ぐ必要がある。

 ただ、欧米の多くの企業や金融機関のバランスシートは改善しており、危機の後遺症だけで経済停滞は説明できない。2つ目の課題として取り組まねばならないのは投資の低迷にどう対処するかだ。

 先進国企業は収益が改善しているにもかかわらず、設備投資などに慎重な姿勢を崩していない。国際決済銀行(BIS)は「経済の先行きに確信を持てないことが投資低迷の主因」と分析している。

 いったん染みついた悲観論を除去するのは容易ではないが、ビジネスをしやすい環境を整えるとともに、不安の種を減らしていくことが大切だ。

 あらゆるモノがインターネットにつながる「IoT」をはじめ、新しい需要が見込める分野では、既存の規制が邪魔になって投資が進みにくい例が少なくない。こうした分野の規制緩和や、新しい分野への人の移動を阻む労働規制の改革が求められる。

 企業の投資を誘発するようなインフラ投資も重要だ。画期的な技術革新につながる基礎研究への財政支出も意味がある。

 企業が抱える不安は様々だ。高齢化対応で社会保障費負担が今後一段と拡大する。金融規制の強化に伴い、いざというときの資金繰りが厳しくなりかねない。自由貿易や移民流入を嫌う反グローバリズムが拡大し、モノ、サービスや人の国境をまたいだ移動が妨げられる。こうした懸念も投資を鈍らせる大きな要因になりうる。

 各国政府は保護主義に陥らない姿勢を明確にするとともに、社会保障制度や金融規制のあり方を議論する際には企業の懸念に十分配慮することが大事だ。

 3つ目の課題は、構造的な低所得や長期失業への対応だ。社会的な問題であるだけでなく、消費の低迷につながっている面も無視できない。グローバル化への反発を和らげる意味でも重要だ。

低所得や失業にも対応

 新しい時代に見合った技能を習得するための職業訓練や初等教育への支援をもっと拡充すべきだろう。労働意欲を高めつつ所得を底上げする給付付き税額控除の強化や、段階的な最低賃金引き上げも検討すべき選択肢だ。

 政策の優先順位は各国が置かれた状況によって変わるが、ポイントは企業や個人の力をどう引き出すかだ。政策の総動員にあたっては、そこに意を注ぐべきだ。

 欧米に代わるけん引役が期待されてきた新興国の経済も転換期を迎えている。ブラジル、ロシアなど資源頼みだった経済は不振から脱却できていない。世界第2の経済大国である中国は、過剰な設備と債務に苦しんでおり、調整に手間取れば経済の停滞が長期化する恐れがある。それぞれの国が抱える構造問題に正面から取り組む必要がある。

 経済が世界的に伸び悩むなかで警戒しなければいけないのは、自国の問題解決のために他国へのしわ寄せをいとわない政策に流されることだ。過剰設備の解消のために低価格で製品を輸出する中国の対応はその一例だ。金融緩和の強化も姿を変えた通貨切り下げ競争につながりかねない。

 自国経済と世界経済がともに改善する好循環をうむような政策運営に各国が努めることが大切だ。

ドーピング 決意が問われるIOC

 リオデジャネイロ五輪からのロシア選手の全面的な締め出しが回避された。禁止薬物に手を染めていない選手は、一定条件を満たせば参加できる。

 国ぐるみのドーピングの責任を、個々の潔白な選手全員にも負わせるのは理不尽の感が否めない。ロシア選手に参加の道が開かれたことは理解できる。

 しかし、国際オリンピック委員会(IOC)の決定のあり方には、大きな問題が残った。

 IOCは参加の条件として、国外の機関による検査結果の提出や、抜き打ち検査などを挙げた。判断は、それぞれの国際競技団体に委ねるという。

 今後の対応は団体ごとにばらばらになるだろう。陸上競技はすでにチームとしてのロシア参加の道を閉ざしている。同様の姿勢を探る団体がある一方で、テニスではすでに出場を認める方針が発表された。

 これで競技間の公平が担保されるのか。もっと統一的な対応をとらなかったのは、世界最大の祭典の統括組織としての責任を放棄したといっていい。

 さらに疑問なのは、不正にかかわったと思われるロシア・オリンピック委員会に明確な処分を科していない点だ。個々の選手らは救済されるべきだが、不正関与の疑いが濃厚な関係組織は調査し、責任を問うのが当然の対応ではないか。

 背景に大国ロシアへの政治的ともいえる配慮があったとしたら、それは認められない。

 国際スポーツ界でのロシアの存在は大きい。財政難に苦しむ国が多い中、今も積極的に国際大会を誘致し、有力選手を多く抱える。結果としてスポンサーを引き寄せる力を持つ。

 今回の結論がこうしたロシアの影響力を考慮し、目先の利益にこだわったものだとしたら、将来に向けてスポーツの本質的な価値を損なうことになる。

 ロシアへの非難は今回の決定を経て何ら変わることはない。問題の解明や再発防止の体制づくりをただちに進め、関与したすべての国家幹部の処分などを急がねばならない。

 国際的な薬物問題の蔓延(まんえん)は深刻だ。IOCが過去に取り置いた検体を再検査したら、08年北京と12年ロンドンの二つの五輪で98人が陽性となった。最近発表された45人分では、北京での不正選手は8カ国・地域、ロンドンでは9カ国・地域に及ぶ。

 ドーピングは競技を不公平にするだけでなく、人間の健康もむしばみ、スポーツの根源的な意義を損ねる。その重大な問題と闘う決意が、IOCと各国の傘下団体に求められている。

沖縄ヘリ施設 強硬策では解決できぬ

 人びとを機動隊が排除する。封鎖された県道には、道路を管理する県職員さえ入れない。

 権力と重機が住民の反対を押して軍事施設をつくる光景がまた沖縄で繰り返されている。

 現場は沖縄本島北部にある東村の高江。政府が先週末、ヘリコプター着陸帯(ヘリパッド)の工事を再開した。全国から数百人規模の機動隊が動員され、衝突でけが人も出た。

 すでに普天間飛行場の辺野古移設計画をめぐり政府と沖縄の関係は悪化してきたが、その上に今回の衝突騒ぎである。

 政府がここまで強硬策を急がねばならない理由は見当たらない。20年近く住民の反対に直面し、一部を除いて大幅に遅れた工事である。

 米兵・軍属の犯罪も重なって高まる反基地感情をこれ以上、こじらせれば、日米安保体制への影響も心配される。政府は力ずくの行動は慎むべきだ。

 ヘリパッドは1996年の日米特別行動委員会(SACO)合意で建設が決められた。現在7800ヘクタールある米軍北部訓練場(東村など)の約半分、4千ヘクタールの返還と引き換えとされる。

 だが、この間に在沖縄海兵隊の展開の仕方は変化している。かつての合意に沿って今も6カ所のヘリパッドが必要なのか再考の余地があるのではないか。

 計画された6カ所は高江集落を囲むように並び、400メートルしか離れていない民家もある。2014年までに2カ所ができたが、オスプレイが低空を夜遅くまで飛ぶこともある。

 沖縄防衛局による測定では、6月は1日平均32・8回、毎晩平均12回以上の航空機騒音にさらされた。「眠れない」という苦情が出ているのは当然だ。

 もともとオスプレイの利用は数年前まで知らされていなかった。「基地返還につながる」と着陸帯建設に反対しなかった翁長雄志知事も「オスプレイの運用は想定外だ」と批判する。

 北部訓練場を含む「やんばる」と呼ばれる地域の自然環境も懸念されている。ヤンバルクイナなどの希少種も生息しており、訓練場に隣接する約1万4千ヘクタールが、8、9月にも新たな国立公園に指定される。

 工事再開について政府は「基地負担の軽減策」としているが、普天間飛行場の移設も、北部訓練場の一部返還も、「負担軽減策」が、なぜ新たな負担とセットなのか。このままでは政府と沖縄県の関係は冷え込むばかりだ。

 政府はまず強行工事を中断し、県民がなぜ反対するのか、耳を傾けるべきだ。

露ドーピング IOCはなぜ自ら判断しない

 五輪を司る組織が、なぜ自ら判断を下さないのか。解せない結論だ。

 国際オリンピック委員会(IOC)が、国ぐるみのドーピングで揺れるロシアの選手団を、8月のリオデジャネイロ五輪から全面排除することを回避した。

 ロシア選手の出場の可否は、各競技の国際連盟(IF)が、信頼できる国際的機関のドーピング検査結果を基に見極める。IFに判断を丸投げしただけだ。

 IOCは、五輪で主要な位置を占めるロシアとの全面衝突を避けたのだろう。弱腰の対応と批判されても仕方がない。

 ロシアのドーピング汚染は、問題の発端となった陸上競技だけでなく、広範な競技に及んでいることが判明している。

 世界反ドーピング機関(WADA)の調査チームは、2014年ソチ冬季五輪を含む11年から15年にかけて、ロシア政府がドーピングを主導していたと認定した。

 中には、ドーピングと無縁の選手もいるかもしれない。不正を犯した証拠がない選手の権利を尊重するのか、連帯責任を負わせるのか。IOCのバッハ会長は「決断を下すのは、大変な任務だった」と釈明している。

 政府が先頭に立って、スポーツの根幹である公正性を蔑ろにしていた以上、国ごとリオ五輪から排除するという選択肢をもっと検討してもよかったのではないか。

 WADAの調査結果に列挙された実態は、常軌を逸している。

 ドーピングをしたロシア選手の尿検体が、事前に採取して保存しておいた陰性の尿とすり替えられていた。関与したのは、連邦保安局(FSB)の職員らだった。扮装ふんそうして夜間、検査機関に忍び込み、不正工作をしていた。

 プーチン大統領が起用したスポーツ省の次官が、どの選手の不正を隠蔽するかを決めていた。

 10年バンクーバー冬季五輪で、ロシアの金メダルが3個と低迷したことから、組織的な隠蔽システムが作られたという。

 自国開催のソチ五輪の金メダルは13個に急増した。国威発揚のため、薬物の力を借りてメダルを奪取したとみるのが自然だろう。

 リオ五輪の開幕まで2週間足らずだ。最悪の事態を免れたロシアのムトコ・スポーツ相は「多くの選手が基準を満たすと確信している」と強気の姿勢をみせる。

 競技ごとに、ばらつきのない厳正な判断が、果たしてできるのだろうか。IOCには、混乱を生じさせない重い責任がある。

道徳の成績評価 子供の成長過程に注目しよう

 思いやりの心や規範意識を育む中で、子供の努力や成長に目を向ける。道徳の授業では、そうした観点が欠かせない。

 文部科学省の専門家会議が、2018年度以降に小中学校で正式の教科に格上げされる道徳の評価方法に関して、報告書をまとめた。

 1年間を通じ、子供たちの考え方や授業に取り組む姿勢にどんな変化が見られたかを、通知表などに文章で記述する。他の子供と比べる相対評価は行わない。入試の合否判定に使う内申書には、結果を記載しない。そんな内容だ。

 道徳は、子供の内面にかかわる分野だけに、そもそも優劣をつける評価はそぐわない。国語や算数・数学などの教科のように、テストによって、点数化する方法が適切でないのは明らかだろう。

 一人ひとりの成長過程を丁寧に記録する方向性は妥当である。

 報告書は、授業中の発言や作文、感想文を評価の判断材料にすることを提案した。発言する機会が少ない子や作文が苦手な子については、他の生徒の話を聞く態度などに注目するよう求めた。

 生徒の特徴に配慮した、きめ細かな評価が必要になるだけに、教師の力量が問われよう。

 道徳の授業は学級担任の教師が行う。担任任せにしてしまうと、評価の尺度や観点がばらばらになりかねない。各学校で教師同士がコミュニケーションを重ね、共通認識を持つことが大切だ。

 年に何度か、教師が交代で他のクラスの道徳の授業を行っている学校がある。複数の教師が指導することで、子供の新たな面をとらえる効果が見られるという。参考になる取り組みではないか。

 道徳については、正規の教科でなかったため、大学の教員養成課程で指導方法が十分に教えられてこなかった。教育委員会などが研修体制を整え、教師の指導力の底上げを図らねばならない。

 道徳教育の充実には、教科書の役割が大きい。教科化に伴い、検定教科書が導入されることになり、今年度は小学校用の教科書の検定が実施される。これまでに教科書会社など8社が申請した。

 道徳教科書の検定基準は、特定の主義主張に偏った記述を排し、子供たちが多角的に考えられる内容にするよう求めている。

 道徳の教科化に対して、愛国心を強要する戦前の国家主義教育を招きかねないとの批判がある。的外れと言うほかない。

 厳正な検定を通じ、質の高い教科書が行き渡るようにしたい。

2016年7月25日月曜日

仕事と介護の両立に備えを

 介護休業を取得するための基準が、来年1月から新しくなる。今よりも対象となる範囲が広がり、休みが取りやすくなる。

 介護を理由にした離職者は年間約10万人いる。これを減らしていくための大事な一歩だろう。介護で時間的な制約があっても、社員が力を発揮できるよう、企業も備えを急いでほしい。

 厚生労働省の見直し案が、このほど固まった。新しい基準では、介護を必要とする家族が「要介護2以上」なら休めると明記する。要介護1以下であっても、認知症で見守りが必要な場合などは、利用できるようにする。

 現行の休業基準は、介護保険制度が始まる前にできた。「要介護2~3程度に相当する」とされるが、直接は連動しておらず、分かりにくかった。介護休業が広がらない一因ともなっていた。

 介護の対象者も広がる。別居している祖父母や兄弟姉妹らのためにも休めるようになる。少子化により、介護を担う若い世代は減りつつある。遠距離介護も多い。必要な対策だろう。

 ただ、介護休業は介護が必要な家族1人あたり93日が上限で、期間は短い。あくまで、介護の体制を整えるための準備期間という位置づけだ。実際の介護は長期間に及ぶことも多い。

 仕事と介護の両立のために大事なのは、企業の働き方改革だ。硬直的な長時間労働を見直し、フレックスタイムや在宅勤務といった柔軟な勤務を広げる。やれることは多くある。来年1月には介護のための残業免除制度なども始まる。職場が先駆けて変わることで、制度を使いやすい土壌も整う。

 避けたいのは、社員がひとりで悩みを抱え込むことだ。相談にのる体制を整え、必要な支援につなげる工夫をしたい。

 介護は、いつ誰が当事者になっても不思議ではない。介護保険について基本的な知識を身につけたり、日ごろから親とよく話をしておいたりするなど、社員一人ひとりの備えも大切になる。

地銀は企業の新陳代謝促す主役をめざせ

 地方銀行は十分に地域経済に貢献しているか。これを測るための新しい指標(ベンチマーク)を金融庁が近く導入する。

 日本は他の先進国と比べ開業率も廃業率も低い。サービス産業の生産性はきわめて低い。こうした状況を打破するため、地銀が果たすべき役割は大きい。中堅・中小企業の新陳代謝を促す取り組みを加速してほしい。

 新たな仕組みはこうだ。地元にどれだけ融資しているか。担保や保証に依存しない融資の割合はどの程度か。こうした50項目を超える指標を金融庁が設定する。

 その中から地銀は自らのビジネスモデルにあわせて複数の指標を選び、達成度を金融庁と協議するという。地銀が地元で金融仲介機能を発揮しているかを、定量的に把握できるようになる。

 地域経済の活性化は本来、金融庁にいわれなくても地銀自らが努力する課題だが、これまでの取り組みは十分ではなかった。

 金融庁はかつて地銀が不良債権を抱えないように「守り」を重視していた。不良債権問題をほぼ克服した今、地銀に求められるのは企業の収益力や生産性の向上につながる「攻め」の融資だ。

 目利き力を発揮し、有望企業を発掘する。新事業を企業と一緒に開拓し、売り上げ増につなげる。合併や買収も提案する。地銀はこうした取り組みを新たな仕組みの下で大胆に進めねばならない。

 その努力を積み重ねていけば、人口減や高齢化がすすむ地域でも経済をもっと強くできるはずだ。地銀は債権者として地元企業のガバナンス(統治)にもっと力を発揮してほしい。

 日銀のマイナス金利政策で利ざやが圧縮し、資金の運用で苦労する地銀は少なくないだろう。

 しかし、地銀には「助言や情報を期待できない」「担保や保証に依存している」といった厳しい声が企業から寄せられている点を忘れてはならない。

 金融庁によると、信用保証協会を利用する企業の約7割が「金融機関に勧められたから」と回答した。地銀が自らリスクをとらず、保証協会付きの融資ばかりに頼っているようなら情けない。

 信用保証は経済が危機的な状況に陥った場合、お金の目詰まりが起きないようにする安全網だ。今は非常時ではない。企業の新陳代謝を後押しするためにも、政府は信用保証を縮減すべきだろう。

原発と地震 異見生かして検証を

 地震や大雨、火山の噴火など自然災害が多い日本で、原発事故のリスクをどう下げるか。

 福島第一原発事故の反省を踏まえて発足した政府の原子力規制委員会が、4月の熊本地震を機に真価を問われている。

 一昨年まで委員長代理を務めた地震学者の島崎邦彦・東京大名誉教授が、熊本地震などの観測結果を基に「関西電力大飯原発(福井県)では、想定される地震の揺れを過小に見積もっている恐れがある」との見解を公表した。従来の計算手法に問題があると指摘している。

 規制委は原子力規制庁に再計算を指示し、その結果を受けて一度は「過小評価にはなっておらず、揺れの想定を見直す必要はない」と結論づけた。

 規制委は先週、この再計算に無理があったとして、判断を白紙に戻した。にもかかわらず、田中俊一委員長は、島崎氏の主張が専門家の間で広く認められるまで見直さない考えを示唆した。「根拠が確立されなければ見直すわけにはいかない」との理由である。

 東日本大震災と原発事故から得た教訓を思い起こしたい。

 当時の想定よりずっと大きな津波が過去にあったという知見がありながら、対策を講じないまま事故に至った。さまざまな科学的知見を反映しながら「想定外」をなくすことを突きつけられたのではなかったか。

 規制委は「待ちの姿勢」に陥ってはならない。島崎氏の指摘について、どの程度深刻な問題なのか、自ら判断すべきだ。独力ではこころもとないなら、地震学の専門家を集めて検討を求めればよい。

 地震や噴火などに関しては学術的な知見が十分ではない。一つの地震や噴火が従来の常識を大きく覆すこともある。熊本地震でも震度7が相次ぎ、当初は本震と見られた揺れが前震だったとわかった。島崎氏の主張に限らず、幅広く検討課題を引き出す取り組みがあってよい。

 それだけに、学界の役割はいっそう大きくなる。

 東日本大震災の後、日本地震学会や日本活断層学会、土木学会など50以上の学会が「防災学術連携体」を立ち上げた。情報共有や交流を深め、防災や減災への貢献をうたう。原子力関連だけでなく、さまざまな科学的主張のうち重要だと考えるものを紹介し、対応を促す役割を期待したい。

 異見に耳を傾け、最新の知見を素早く生かす。行政と学界は島崎氏の指摘への対応を通じ、その仕組みを連携して確立していかねばならない。

税逃れ対策 各国トップが旗を振れ

 できるだけ多くの国と地域が歩調を合わせ、包囲網を狭めていく。国境をまたぐ脱税や過度な節税、資金洗浄への対策はこれにつきると言っていい。

 中国で開かれた主要20カ国・地域(G20)財務相・中央銀行総裁会議は、世界経済の分析と対策を巡る協議に加え、税逃れの問題で協力的でない地域を特定するための基準を承認した。

 金融口座の情報を他国と自動的に交換することを2018年までに始めるかなど、複数の項目で判断する。将来は「ブラックリスト」をつくり、制裁措置をとることも視野に入れる。

 一歩前進ではあるが、課題はなお山積している。租税回避地(タックスヘイブン)に設けられたペーパーカンパニーの実質的な所有者を割り出し、情報を交換する仕組みづくりは緒についたばかりだ。

 多国籍企業などによる過度な節税に対抗しようと、経済協力開発機構(OECD)が昨年まとめた15分野の対策も、参加国を当初の40余から100程度へ増やす途上にある。

 国際調査報道ジャーナリスト連合(ICIJ)が伝えたパナマ文書は、富裕層や企業がタックスヘイブンで蓄財にいそしむ実態をうかがわせた。一部の国の指導者や親族らの名も登場し、納税者の怒りを買った。

 課税する側の各国・地域のリーダーが襟を正し、課税逃れを許さないという旗を振り続けることが大切だ。一連の具体策が成果を生み、取り組みにはずみをつけられるかどうかは、指導者らの姿勢にかかっている。

 税逃れ対策に熱心だったのは英国のキャメロン前首相だ。厳しい財政再建を進めたなかで、スターバックスなどグローバル企業が英国での納税を巧妙に逃れてきた実態がわかった。国民の反発を追い風にして議論を主導した。

 そのキャメロン氏も、タックスヘイブンでの亡父の資産運用がパナマ文書で判明して批判にさらされ、英国の欧州連合離脱問題で退陣に追い込まれた。

 だが、税逃れ対策を停滞させるわけにはいかない。率先してきた英国の政治情勢が不透明になっただけに、9月のG20首脳会議などで改めて国際的な決意を示してはどうか。

 財政難、経済格差、大企業や既得権益への国民の不満。これらは多くの国に共通しており、とりわけ税の不公平感の高まりは社会の安定もむしばむ。

 税を公正に集め、国民のために有効に使う。財政運営に国民の信頼を得る。その起点となるのが税逃れ対策の徹底である。

G20と経済安定 構造改革でリスクに備えよ

 世界経済を安定基調に乗せるには、経済基盤をより強固にするための構造改革が、各国に求められている。

 主要20か国・地域(G20)財務相・中央銀行総裁会議が中国で開かれた。

 共同声明は、英国の欧州連合(EU)離脱決定で「世界経済の不確実性が増している」と指摘した。「将来的に、英国がEUの緊密なパートナーであることを期待する」とも強調した。

 ハモンド英財務相は、麻生財務相ら各国代表と会談し、離脱への道筋などについて意見交換した。世界経済への悪影響を抑えるには、情報開示に努め、離脱交渉を円滑に進めることが重要だ。

 金融市場は、英国民投票後に乱高下した為替や株式の相場が、概ね投票前の水準に戻った。

 しかし、国際紛争や頻発するテロなど、世界経済が直面する脅威はむしろ増している。

 国際通貨基金(IMF)は今月、今年と来年の世界の経済成長率見通しを引き下げた。不確実性の高まりで、消費や投資が減速するとみているためだ。

 G20が、必要に応じて金融、財政、構造改革の政策手段を総動員することを改めて確認したのは、妥当である。

 中でも、安定成長のためには、民間の活動を促して潜在成長力を高める構造改革がカギを握る。

 規制緩和や、労働市場改革、成長分野の投資促進などで生産性を高める。賃金増を消費拡大につなげる。日本も、こうした改革を着実に進める必要がある。

 共同声明は、中国鉄鋼の過剰生産問題で、市場を歪める政府補助金に「注目を必要とする」と懸念を示した。中国は不採算な国営企業の改革を進めねばならない。

 雇用の確保などを名目にした保護主義の台頭も、世界経済の大きなリスクである。英国のEU離脱決定は、内向き志向の表れだ。

 米大統領選の共和党候補となったトランプ氏は「米国第一」を訴え、日米など12か国が合意した環太平洋経済連携協定(TPP)を全面否定している。

 G20会議では、自由貿易による互恵主義を揺るがす動きを警戒する声が相次いだ。共同声明が「あらゆる形態の保護主義に対抗する」と明記したのは当然だ。

 日本は、秋の臨時国会で速やかにTPPの承認や関連法案の成立を図り、米議会の承認に弾みをつけたい。TPP発効は、日EUの経済連携協定(EPA)交渉の前進にもつながろう。

ストーカー死刑 被害者の思いに応える対処を

 極刑となった判決を、ストーカー被害の抑止につなげねばならない。

 最高裁が、2011年の「長崎ストーカー殺人事件」で殺人罪などに問われ、1、2審で死刑判決を受けた男の上告を退けた。

 元交際相手の女性を奪い返そうと実家に侵入し、祖母と母親を刺殺した。身勝手で残忍な犯行である。最高裁も「刑事責任は極めて重大だ」と死刑を選択した。

 被害者の相談を受けた千葉、三重、長崎3県警の連携不足が批判された。ストーカー対策が強化される契機となった事件だ。

 警察庁は、暴力に発展しそうな男女間のトラブルの相談や通報を警察本部と各署長が把握し、対応を指揮するよう指示した。

 しかし、13年に東京都三鷹市で起きた高校3年の女子生徒殺害事件では、生徒の相談を受けた署の担当者が、上司に報告を上げていなかった。切迫した危険性がないと判断したためだったが、生徒はその当日に殺害された。

 三鷹事件後にはストーカー対策の専門部署を全警察本部に置き、加害者逮捕と被害者保護に最優先で取り組む方針も示された。

 それでも、事件が後を絶たないのは残念だ。全国の警察が昨年に把握したストーカー被害は、約2万2000件に上る。3年連続で2万件を超えている。被害者から相談を受けながら、重大な結果に至った例も相変わらず目立つ。

 東京都小金井市で今年5月、タレント活動をする大学生の女性がファンの男に刺され、一時重体となった。この事件では、署が女性の訴えをストーカー事案に当たらないと判断し、警視庁の専門部署に連絡していなかった。

 女性は、SNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)への男の執拗な書き込みにおびえていた。警視庁は、書き込みを分析すれば、内容が悪意へと変化していくのを読み取れたとして、対応に問題があったことを認めた。

 この事件を受け、警視庁は、SNSに関する相談を全て専門部署に報告させることを柱とする再発防止策を決めた。

 自民、公明両党はストーカー規制法を改正し、SNSの書き込みも取り締まり対象として明記する方針だ。早期改正を望みたい。

 警察官の意識の変革も必要である。一連の事件からは、被害者の恐怖や苦しみを十分にくみ取れない姿が見て取れる。

 被害者の思いに応えるという職務の原点を、この機会に全国の警察官に再確認してもらいたい。

2016年7月24日日曜日

働く人が安心できる「ギグエコノミー」に

 インターネットを使った配車サービスの運転者になったり、ネット経由で企業から商品デザインなどを受注したりというように、世界では個人の働き方が多様化している。こうした一回一回仕事を請け負う就業形態の広がりは「ギグエコノミー」とも呼ばれる。

 就労機会を増やす動きとして歓迎したい。IT(情報技術)が経済を活性化する例のひとつといえる。半面、働く人の生活が不安定になる恐れも否定できない。IT時代の個人の新しい働き方を浸透させるため、待遇改善など労働者保護の取り組みが重要になる。

 スマートフォンを活用した配車サービスで急成長する米ウーバーテクノロジーズは、運転者を従業員ではなく個人事業主として扱う。米国では月に4回以上働く運転者が40万人にのぼる。

 主にウーバーの収入で生計を立てる運転者が増え、「会社は労働者の権利を守り、待遇改善を進めよ」と訴える声が強まっている。自分の都合で好きなときに働く自由はあるが、雇用されている従業員のような安定した待遇を望めないことが背景だ。

 このためウーバーは今春、ニューヨークで働く運転者が参加できる労働者組織の設立を承認した。正式な労働組合ではないが、処遇上の問題などを会社と定期的に話し合い、運転者の生命保険加入などを支援する。

 サービスの健全な普及を促すため、労働環境の整備にウーバーが知恵を絞る余地は大きい。日本でもサービスが本格的に普及した場合、運転者が安心して働ける環境づくりが課題になるだろう。

 データ入力、デザインや家事などをネットで個人に仲介する「クラウドソーシング」は、日本でも急速に広がっている。受注する人は発注者と雇用関係にないため、最低賃金が適用されない。仲介サイトの運営会社は最低保証額を設けることを検討すべきだ。

 サイト運営大手のクラウドワークスは、病気やけがで収入が途絶えたとき給付が受けられる就業不能保険に働く人が加入しやすいよう、会社が費用を負担する仕組みを考えている。いざというときへの目配りも大事になる。

 著しく低い代金での仕事の発注などを禁じた下請法は、個人も保護対象の下請け業者に含まれる。ギグエコノミー時代は法令違反の取り締まりも重要だ。公正取引委員会の役割は一段と重くなる。

商品取引所の利便性高めよ

 原油などの商品先物の売買高が世界で拡大している。東京商品取引所を中心とした国内市場でも昨年から売買が増えてきたが、世界との格差は依然として大きい。上場商品を増やしたり、売買コストを引き下げたりして利便性を高める必要がある。

 世界の2大取引所である米国のシカゴ・マーカンタイル取引所(CME)とインターコンチネンタル取引所(ICE)では主力の原油先物売買高が昨年、計3億8千万枚(1枚は約15万9千リットル)に達した。原油が史上最高値を記録した2008年の2倍近い。

 商品取引所が形成する価格は相対取引の指標として利用される。石油会社などにヘッジの場を提供し、経営の安定に役立ててもらうことも取引所の重要な役割だ。

 商品取引所として歴史の浅いICEが原油先物の売買残高でCMEを上回るまでに急成長したのは、上場商品であるブレント原油先物を石油会社などが活発に利用しているためだ。

 東商取でも原油先物の売買は増え、昨年は01年に上場して以来の最高を記録した。それでも売買高は365万枚(1枚は5万リットル)にすぎない。CMEなどと比べた知名度の低さや割高とされる売買コストなどから、市場参加者を十分に増やせていない。

 国内の事業会社もCMEなどでヘッジすることは可能だ。ただ、アジア地域の需給を映し、円建てで取引できる国内商品市場の存在意義は大きい。

 東商取は先物上場に向けて日本が世界最大の需要国である液化天然ガス(LNG)の現物市場を開設し、今年6月には電力先物の試験取引も始めた。中国やシンガポールで急成長する商品取引所に顧客を奪われないためにも上場商品を増やす努力は重要だ。

 金融先物と商品先物をひとつの取引所で売買できる総合取引所の実現は、監督省庁の対立で進んでいない。取引所の国際競争力や市場参加者の利便性を高めるために検討を続けてほしい。

小中学の道徳 教科にすべきではない

 子どもの内面が評価できるのか。多様な価値観を認める教科書が生まれるのか。

 いずれも疑問をぬぐえない。「道徳」はやはり教科にすべきではない。

 文部科学省は、小中学校の道徳を2018年度以降に教科化する方針だ。同省の専門家会議が、指導方法や評価のあり方について報告をまとめた。

 昨年、学習指導要領を変えて教える内容を定め、教科書検定の基準を決めたのに続くものだ。これで「特別の教科」の枠組みが出そろったことになる。

 道徳の教科化は大津市のいじめ事件を受け、政府の教育再生実行会議が子どもの規範意識などを育てるために提言した。

 これに対し文科省は、読み物の登場人物の心情理解ばかりの「読み物道徳」から、「考え、議論する道徳」への転換を目指すという。

 ものごとを多面的、多角的に考え、話し合うことは大切だ。

 専門家会議の報告は授業法としてグループで話し合い、役割演技をして考える方法などを挙げた。だが、そのために教科という形が必須だとは思えない。

 評価について専門家会議は子ども同士を比べず、その子がいかに成長したかを数値ではなく記述式で表現し、入試の合否判定には使わない方針を示した。

 具体的な方法として感想文をファイルする、授業中の発言を集めるなどの例を挙げている。

 発言や書くことが苦手な子の場合は、話に聴き入り、考えを深めようとする姿勢に注目することが重要だとした。

 心の値踏みになりかねない危うさに一定の考慮をしたといえる。だが評価の難しさは記述式でも変わらない。内面を知るには外に現れた言葉や態度を見るしかない。しかも学級全員が対象だ。どこまで可能だろうか。

 その大変さを見越したかのように、評価の記述の文例集がすでに出版されている。

 教科化によって、教材は検定教科書を使うことになる。

 文科省は2年前に検定ルールを変えた。「国を愛する態度」などを盛り込んだ教育基本法の目標に照らし重大な欠陥があると判断されれば不合格になる。

 運用次第では、愛国心を教え軍国主義教育を担った戦前の国定教科書に近づきかねない。

 道徳が70年以上教科にならなかったのは、教科書を使い、評価することが心のあり方への介入となる懸念があったからだ。

 その慎重な配慮を捨て、なぜ今、子どもの心を評価せねばならないのか。来春に公表される検定結果にも目をこらしたい。

西洋美術館 20世紀の歴史語る遺産

 これまでと趣の異なる世界遺産が誕生した。東京・上野の国立西洋美術館本館である。パリを拠点にした建築家ル・コルビュジエ(1887~1965)が手掛けた。

 フランス、アルゼンチン、インドなど7カ国にある17作品の一つとして登録された。複数の大陸をまたぐ世界遺産は例がない。日本が他国と共同で推薦したのも初めてだった。

 人類全体の宝を守るのが世界遺産の目的だ。しかし、ややもすると、自国の文化に国際的なお墨付きを得たいとの思いが強まり、考え方が内向きになるきらいがある。

 それが今回は、各国の協力で登録に至ったのが意義深い。

 ル・コルビュジエは、ヨーロッパ伝統の石やれんがの建物から離れ、コンクリート、鉄、ガラスを使って、工業化と都市化が進んだ時代にふさわしい、機能的で開放的な建築を目指した。その思想は国を超えて共有された。人や物、情報が世界を頻繁に行き交う20世紀の文化を象徴する「遺産」といえる。

 日本の世界遺産としても異色である。

 これまでの19件は寺社や城、屋久島、富士山などで、特別な価値や歴史を感じとりやすい。一方、西洋美術館本館は、1959年にできた鉄筋コンクリートの四角い建物。一目で格別の価値は分かりにくい。

 だが、戸外に開かれた1階の空間「ピロティ」や、展示室が四角いらせん状に外に広がる構造などに込められた考えを知ると興味が深まるのではないか。ル・コルビュジエの影響を受けた日本の建築家は多い。そういう人たちの作品にも関心を広げると、日常目にする建築の見え方が変わるかもしれない。

 一歩踏み込んで知り、考えることを促す。新しい世界遺産はそんな「宝」といえそうだ。

 西洋美術館はすでに、資料や解説などで建物の魅力を伝える取り組みをしているが、これを機にさらに拡充してほしい。

 建物の成り立ちにも目を向けよう。

 第1次大戦で利益を得た経済人、松方幸次郎は、日本の人たちに見せたいとヨーロッパの美術品を集めた。多くは散逸・焼失してしまったが、パリにあった約400点は第2次大戦中に敵国人財産としてフランス政府の管理下に置かれた。それが戦後、日本に寄贈返還され、展示のためにつくられたのが、この美術館だ。

 二つの世界大戦、国を超えた理解と交流。美術館が語る20世紀の歴史にも耳をすませたい。

米大統領選 党の亀裂深めたトランプ指名

 11月の米大統領選の勝利と8年ぶりの政権奪還に向け、共和党は亀裂を修復できるのか。課題が残る船出と言えよう。

 ドナルド・トランプ氏が党大会で大統領候補に正式指名された。民主党候補になるヒラリー・クリントン前国務長官との間で選挙戦が本格化する。

 トランプ氏は指名受諾演説で、「敵と我々の最大の違いは、こちらは米国第一だということだ」と内向きの国益重視を言い募り、グローバリズムを否定した。

 懸念されるのは、大衆の怒りと恐怖を煽るポピュリズムや孤立主義を改めて鮮明にしたことだ。

 不法移民の流入を阻むため、国境に壁を建設する。テロが浸透する国からの移民受け入れを即時中止する。こうした施策で「法と秩序を回復する」と強弁した。

 環太平洋経済連携協定(TPP)に関しては、「米国を外国政府の支配にさらす」と反対する。

 自由貿易が広がり、金融政策やテロ対策で国際社会の協調が求められる時代に、米国だけが殻にこもり、経済発展と安全を確保することが果たしてできるのか。

 クリントン氏については、既存の支配層の象徴と位置付け、国務長官として中東の混乱やテロを招いたと非難した。「我々にはもはや、政治的公正さに気を使う余裕はない」とも語り、品位を欠く言動や個人攻撃を正当化した。

 トランプ氏はホテルチェーンを展開する実業家で、政治経験も、軍歴もない。本選でも、アウトサイダーとして、民主党員の一部や無党派層を含む幅広い支持の獲得を狙おうとするのだろう。

 結束を確認するはずの共和党大会で、分断が露呈したことは深刻だ。ブッシュ前大統領や前回の大統領候補のミット・ロムニー氏ら党重鎮が軒並み欠席した。

 指名投票では、トランプ氏以外の候補に3割もの票が流れた。予備選で争った党主流派らが、敗北を認めて撤退した後も、トランプ氏支持を拒否したからだ。人格を否定するほどの中傷合戦のしこりが残っているのは間違いない。

 副大統領候補には、政治経験が豊富で主流派の信任が厚いインディアナ州のマイク・ペンス知事が指名された。党内の調整役を担うが、融和は期待できまい。

 トランプ氏陣営は、妻のメラニアさんの党大会での演説に、盗用があったとして謝罪した。候補らの政策や発言には、今後、一段と厳しい目が注がれる。陣営は、自力で各分野の専門家を集める態勢を整えられるのだろうか。

熱中症対策 夏本番へ体調管理を万全に

 大暑が過ぎ、これからが夏本番だ。熱中症に十分気を付けたい。

 総務省消防庁の速報によると、7月11~17日の1週間に熱中症で救急搬送された人は、3099人に上り、うち3人が死亡した。その前週の搬送者数は、前年同期の3・5倍に達している。

 4月27日からの通算の搬送者数も、昨年より約1割多い。西日本から梅雨明けが進む中、体が暑さに慣れていないこの時期は、要注意だ。患者の半数が65歳以上で、多くは自宅で発症している。

 熱中症は、汗をかいて水分や塩分が失われ、体温調節がうまくできなくなることで引き起こされる。めまいや手足のしびれ、頭痛、けいれんなどの症状が出る。意識を失うケースもある。

 最も大切なのは、こまめに水分を補給することだ。のどの渇きを感じる前に水や塩分を摂取したい。お年寄りは、温度の変化を感じにくい。扇風機やエアコンを有効に使い、室温が28度を超えないように心がけてほしい。

 外出や運動時には、帽子をかぶり、風通しのよい服装にする。体調不良を感じたら、涼しい場所で休息し、水分を補給する。冷たいタオルや保冷剤で頭やわきを冷やすのも効果的だという。

 冷房の利いた図書館や公民館、ショッピングセンターなどに出向き、みんなで涼しさを分かち合う「クールシェア」が広まっている。参加施設は、全国で1万2000か所を超える。

 地域住民の交流の場となり、省エネにもつながる取り組みだ。さらに拡大させたい。

 独り暮らしのお年寄りら、思うように外出できない人には、近隣住民による声がけなど、普段に増しての心配りが欠かせない。

 熊本地震の発生から3か月が過ぎた熊本県では、今も4000人近くが避難生活を送る。

 夏の熊本は高温多湿だ。熱がこもりやすいテントなどでの寝泊まりは避け、エアコンが設置された避難所に身を寄せたい。被災した家屋の片づけなどは重労働だけに、無理は禁物である。

 健康被害を防ぐため、自治体は啓発を強化すべきだ。

 地球の平均気温は、一昨年、昨年と連続して観測史上最高を更新し、今年前半もさらに上昇した。日本でも温暖化が顕著だ。政府は昨年11月に閣議決定した気候変動の適応計画で、熱中症を健康に対する脅威と位置付けている。

 街全体の緑化推進など、大きな枠組みでの対策も重要である。

2016年7月23日土曜日

トランプ氏の米国第一主義を憂慮する

 どこまでが本音で、どこからがはったりなのかが相変わらずよくわからない。米共和党の大統領候補に正式に決まった実業家ドナルド・トランプ氏の指名受諾演説を聞いた印象である。当選すれば日本にも多大な影響を及ぼす人物だ。今後の言動を一段と注視する必要がある。

 4日間にわたる共和党大会を通してみると、最終的には現実路線に落ち着くのかと思わせる場面もあった。

 副大統領候補に指名したインディアナ州のマイク・ペンス知事は連邦議会下院議員を12年間務めた。トランプ氏が批判してきた既成政治の体現者だが、経験は豊富である。勝つためにはそれなりの安定感があった方がよいとの判断だろう。

 採択した政策綱領も懸念されたほど極端ではなかった。トランプ氏が広言していた「イスラム教徒の入国禁止」は「入国審査の厳格化」に薄められた。環太平洋経済連携協定(TPP)には触れず、「重要な貿易協定は急ぐべきでない」としか書かなかった。

 もっとも本人は「TPPは米製造業を破壊する。決して署名しない」「我々が守っている国々には相応の負担を求める」といった米国第一主義の主張を繰り返した。選挙戦で人気取りの発言が出るのは珍しくないが、トランプ氏は本気で言っている面がかなりある。

 トランプ夫人の演説盗用騒動からは、陣営が少数の不慣れなスタッフで運営されていることがうかがえる。多くの党幹部の欠席、議事進行の混乱。民主党のヒラリー・クリントン前国務長官とぶつかる11月の本選挙への道は平たんではなかろう。米国でもクリントン氏優位との見方が多い。

 だが、これまでの対外政策を根本から覆しかねない人物がホワイトハウスへあと一歩の地位まで来た事実は軽んじるべきではない。

 「日本は米国の軍事力にただ乗りしている」。こうした主張を変えない政治家に多くの支持が集まったのが現実だ。トランプ氏が当選しようとしまいと、現状に不満を抱く人々の矛先が日本を含む海外に向く可能性も否定できない。

 トランプ氏をポピュリストと一刀両断するのは簡単だ。だが共和党が弱体化し、米政治が一段と混乱に陥るかもしれない。自国さえよければよいという風潮が世界に広がるのも心配だ。日本がそうなっていないかにも気をつけたい。

沖縄との対話もっと丁寧に

 国と沖縄県の法廷闘争が再び始まった。安倍政権は判決確定を待たずに米軍普天間基地の同県名護市辺野古への移設工事を一部再開する方針だ。菅義偉官房長官は県との対話と裁判が「並行して進んでおかしくない」と語るが、対話に熱意があるように見えない。もっと丁寧に話し合ってほしい。

 普天間基地の県内移設に反対する翁長雄志知事は昨年、工事に必要な辺野古沿岸の埋め立て工事の承認を取り消した。今回、国が提訴したのは、「その取り消しを是正せよ」という国の指示に従わない県は地方自治法違反だと確認してほしいという訴訟である。

 高裁からの二審制なので、来年春ごろに最高裁で決着がつく見込みだ。安倍政権は勝訴に自信を示している。日本は法治国家であるから、最高裁が最終判断を示した場合、従うのは当然である。

 ただ、今回のように国と地方自治体がここまで全面対立した事例は過去にあまりない。

 国が裁判に勝ったとして、県民の多くが納得しないまま工事を進めて不測の事態が起きないか。加えて基地はつくればおしまいではない。周辺住民とのあつれきを抱えて円滑な運用ができるのかも不安視する声は少なくない。

 3月に国と県がいったん和解した際、(1)総務省の第三者機関「国地方係争処理委員会」に適否の判断を委ねる(2)負けた側が裁判を起こして最終決着をつける――との手順で合意した。国は(1)(2)とも勝つことを想定していた。

 ところが、係争委は「納得できる結果を導き出す努力をすることが最善の道」として適否を判断しなかった。県は敗北とみなさず、裁判を起こさなかった。国は「県は和解を守っていない」と非難するが、係争委の判断を尊重すればまずは話し合いだろう。

 少なくとも判決が確定する前に工事を再開するのは行き過ぎである。参院選が終わったとたん、拳を振り上げるような進め方は、県民感情をより悪化させ、解決をさらに難しくするのではないか。

トランプ候補 米国を孤立させるのか

 これが世界の安定と発展に大きな責任を担う国の指導者にふさわしい演説だろうか。

 米共和党の大統領候補に指名されたドナルド・トランプ氏が受諾演説をした。世界が「不安定化」し、米国もすっかり「安全」を失ったと強調した。

 偉大な米国を取り戻すという訴えは近年の大統領選の決まり文句だが、トランプ氏の「米国第一主義」は異例ずくめだ。

 自由貿易を推進してきた党の立場を覆し、保護主義的な貿易政策を唱えている。不法移民を阻む国境の壁の建設や、テロを許した国からの移民停止を主張し、貿易だけでなく人の流れも制限しようとしている。

 世界の秩序が流動化しているのは確かだが、その危機感を理由に国ごと殻に閉じこもろうというのは、あまりに時代錯誤的な孤立主義というしかない。

 二大政党の党大会は、選挙に向けて党内の結束を固めると同時に、候補者が描く国の将来像を示す場でもある。過激なトランプ氏も正式な候補になれば、現実的な政策に転じると考えた国民も多かったはずだが、それも期待はずれに終わった。

 豊かで強い米国の地位は、国の門戸を大きく開いて築かれたものだ。自由と機会を看板に、人材と富を世界から受け入れた歴史の上に成り立っている。つまり米国こそがグローバル化の世界最大の受益者なのだ。

 にもかかわらず、グローバル化の負の面ばかりを説き、国を閉じればすべての難題が解決するかのような幻想を振りまく政治手法は、ポピュリズムのそしりを免れまい。かえって国益を損ねる可能性がある英国の欧州連合離脱と同じ構図だ。

 さらに憂慮されるのが、トランプ氏が同盟関係の意義に理解を示さないことだ。演説で「米国が防衛する国々に相応の負担を求める」と述べ、米紙には「他国にかかわるより、わが国を第一に考える」と語った。

 日本や欧州などの同盟国との協力関係を米国が軽んじれば、世界の安保環境は激変する。強国が力任せに周辺国を脅かしたり、独裁政権が人権を侵害したりする行為が各地で続く今、同盟国が結束して危機を封じる意義はむしろ増している。

 テロの拡散や難民の流出を防ぐための紛争解決や、経済危機の連鎖を止めるための国際協調などの大切さを考えれば、米国といえども、もはや一国主義に閉じこもる余裕はない。

 偏狭な「米国第一主義」は、米国にも世界にも利益をもたらさないことを、共和党候補トランプ氏は学ぶべきである。

誤認起訴 過ち生んだ原因を探れ

 どんな人や組織にも間違いやミスはある。社会が完璧を求めすぎると、どこかに無理が生じる。そんなことを踏まえたうえでなお、今回の失態は厳しく批判するしかない。

 東京・八王子で2年前におきた傷害事件の被告として訴追した2人について、東京地検立川支部が人違いを認め、起訴を取り消した。2人は犯行を否認したまま、それぞれ113日間と98日間、身柄を拘束された。

 誤認起訴とわかったのは、犯人らが逃走に使ったタクシーのドライブレコーダーの映像を、弁護人がタクシー会社に問い合わせて閲覧したのがきっかけだった。そこには被告らと明らかに違う人物が映っていた。

 なぜ捜査当局は気づかなかったのか。弁護人の努力を多としつつ、だれもが抱く疑問だ。

 警察は2年前に運転手から事情を聴いている。そのとき映像を見ないまま担当者が異動し、引き継ぎもなかったという。警察の捜査をチェックする立場にありながら確認を怠った検察ともども、お粗末というほかない。この間に映像が消去されてしまっていたらと思うと、恐ろしくなる。客観証拠の重要性に対する認識の甘さに驚く。

 「被疑者・被告人等の主張に耳を傾け、積極・消極を問わず十分な証拠の収集・把握に努め、冷静かつ多角的にその評価を行う」

 大阪地検検事による証拠改ざん事件などをうけて、5年前に制定された「検察の理念」の一節だ。検察官とそれを支える職員一人ひとりの血となり肉となっているのだろうか。

 検察OBなどから最近の捜査のありようについて、こんな懸念を聞くことがある。

 容疑者や関係者の供述調書をつくらないなど省力化の傾向がある。裁判員制度のもと、調書よりも公開の法廷でのやり取りを重視する機運がたかまったことが背景にあるのだろう。公判で勝負すること自体は結構だが、そうやって安易な方向に流れると、裁判員事件に限らず捜査全般のレベルの低下につながるのではないか――と。

 たしかに法廷に出す証拠はよりすぐりのものに絞られる傾向がある。だがベストエビデンス(最良の証拠)にたどりつくには、前提として捜査をつくし、あつめた証言や物証に適切な検討を加えることが不可欠だ。

 真犯人の検挙と並行して、警察、検察は今回の過ちを生んだ原因をさぐり、被害者と国民に説明する必要がある。人の自由を奪う強大な権限をもつ機関として、当然の務めである。

辺野古再提訴 移設の停滞は看過できない

 米軍普天間飛行場の辺野古移設をこれ以上、停滞させてはならない。司法の場で決着を図るのは一つの選択肢だろう。

 政府が、沖縄県の翁長雄志知事を相手取り、新たな訴訟を福岡高裁那覇支部に起こした。移設先の埋め立て承認取り消し処分の撤回を求める政府の是正指示に、翁長氏が従わないことについて違法確認を求めたものだ。

 政府と県は今年3月、高裁支部で和解し、それぞれが起こしていた訴訟を取り下げた。政府は、埋め立て工事も中止した。

 和解条項は、まず総務省の第三者機関「国地方係争処理委員会」が是正指示の適否を判断し、県が不満なら提訴するとしている。だが、委員会が判断を回避したため、県は提訴を見送り、和解に基づく手続きが進まなくなった。

 委員会の対応は疑問であり、政府の提訴はやむを得ない。

 政府が訴状で、移設の停滞による悪影響として、「日米間の外交、防衛上の著しい不利益」に加え、「沖縄の負担軽減を進められなくなる」と指摘したのは重要だ。

 沖縄県の埋め立て承認取り消しに伴う工事の中止で、普天間飛行場の移設を2022年度にも完了するとした日米合意のずれ込みは避けられまい。遅れを最小限にとどめることが求められる。

 政府は、県の対応の違法性が最終的に最高裁で確認され次第、移設作業を再開する方針だ。訴訟対応に万全を期す必要がある。

 残念なのは翁長氏の姿勢だ。

 翁長氏は「国の強硬な態度は異常とも言える」と主張し、協議を訴訟に先行させるよう求めた。

 だが、和解は、訴訟と並行した協議の継続を盛り込んでいる。そもそも、翁長氏が辺野古移設に反対一辺倒で、代案も示さないままでは協議の進展は見込めない。

 無論、沖縄の基地負担軽減を着実に進めることも大切だ。

 県内最大の米軍施設である北部訓練場の一部返還に向け、政府は、その条件であるヘリコプター着陸帯の建設工事を再開した。

 返還が実現すれば、県全体の米軍施設面積は2割減る。地元自治体や周辺住民の多くが、着陸帯建設を伴う返還を支持している。

 輸送機オスプレイの使用に反対する一部住民らが、県道への違法な車両放置などで妨害していたため、警察が排除した。

 翁長氏は県道管理者なのに、車両撤去などに消極的だった。米軍施設の沖縄集中を批判しながら、大規模返還に協力しないのは、道理にかなわないのではないか。

ポケモンGO マナーを守って街を歩こう

 安全に留意し、ルールを守ってこそ、ゲームは楽しい。

 世界各国で大人気のスマートフォン向けゲーム「ポケモンGO」の配信が、日本でも始まった。

 無料でアプリをダウンロードし、スマホのカメラで周辺を映し出すと、風景の中にポケモンが合成表示される。それにボールを当てて捕まえるゲームだ。

 任天堂の関連会社ポケモンなどが手がける。街を歩き回りながらキャラクターを集める新タイプのゲームとして話題となった。

 米国では1日の利用者数が約2300万人に達した。スマホ向けゲームでは過去最高だという。ダウンロードしているのは、ポケモンが人気を呼んだ1990年代に子供だった人たちが中心だ。

 日本発のコンテンツが海外でも愛されている好例である。

 経済的効果も見込める。ポケモンを捕まえるための道具を入手できるスポットを、飲食店などに設定すれば、集客に役立つだろう。日本マクドナルドはポケモンGOとの提携を発表した。

 任天堂の株価は一時、6年ぶりに3万円台を記録した。関連株も好況だ。ゲーム業界の起爆剤となることが期待されている。

 一方で、懸念も多い。

 米国では、スマホの画面に気を取られ、看板などにぶつかって負傷する人が相次いでいる。運転中にゲームに興じて事故を起こしたり、足を踏み外して崖から転落したりした例もある。

 日本でも、歩きながらメールなどをする「歩きスマホ」が大きな問題となっている。ポケモンGOが、それに拍車をかけることにならないか。駅のホームで事故が起きかねないと、鉄道会社は神経をとがらせている。

 ゲームにそぐわない場所にまで利用者が足を踏み入れることも考えられる。米国では、同時テロ跡地の慰霊碑やホロコースト記念博物館などにポケモンが現れ、施設側が不快感を示している。

 事業者には、危険な場所や不適切な施設を洗い出し、ゲームの舞台から外すようにソフトを設定することが求められる。トラブルが生じた際に、その場所を速やかに除外する柔軟な対応も必要だ。

 夏休みに入り、ポケモンGOで遊ぶ子供たちは多いだろう。政府は、ネット上で注意を喚起し、菅官房長官は記者会見で、「安全に使うため、注意点を守ってほしい」と異例の呼びかけをした。

 家庭でも、保護者が子供に守るべきことをきちんと伝えたい。

2016年7月22日金曜日

サイバー空間の寡占とどう向きあうか

 グーグルやフェイスブックなど、プラットフォーマーと呼ばれるサイバー空間の米巨大企業に対して、欧米の競争政策当局が警戒の姿勢を強めている。強い市場支配力をテコにして競争を阻害する恐れがあるからだ。

 日本政府も実態の把握を急ぐべきだ。必要なら監視強化などの措置をためらうべきではない。

 世界規模のプラットフォーマーとしては、グーグルとフェイスブックのほかに電子商取引のアマゾン・ドット・コム、「アイフォーン」の生みの親のアップルが有名だ。この4社の頭文字をとって「GAFA(ガーファ)」と呼ばれることもある。

 これらの企業は、利用者が増えれば増えるほどサービスの利便性が高まる「ネットワーク効果」を生かし、各分野で支配的なシェアを握った。世界中の個人や企業が彼らのサービスを利用しており、今では日々の生活や仕事を支えるインフラ的存在でもある。

 こうした便利さの半面、寡占の弊害も無視できなくなりつつあるのが現状だ。プラットフォーマー規制に積極的な欧州委員会は、グーグルの広告事業やスマートフォン向け基本ソフト(OS)の「アンドロイド」事業がEU(欧州連合)競争法に違反した疑いがあるとして、三たび警告を発した。

 これとは別に仏独の競争当局もグーグルやフェイスブックの調査を始めた。米国でも連邦取引委員会などがグーグルやアップルの商慣行に関心を示している。

 欧米の当局が主として問題視するのは、一つの分野の独占をテコに隣接する市場からもライバルを締め出し、独占領域をなし崩し的に広げる手法だ。

 かつて「ウィンドウズ」でパソコンのOS市場を牛耳った米マイクロソフトは、その力を乱用してネット閲覧のブラウザー市場でライバルのネットスケープを排除し、米司法省に独占禁止法違反で提訴された。

 グーグルの場合も、「アンドロイド」と抱き合わせる形で地図や検索などのアプリをスマホメーカーに提供し、競合するアプリの排除をはかった、というのが欧州委員会の見方である。

 自由な競争環境の維持は新たなプレーヤーの台頭を促しイノベーションを加速するのに欠かせない。公正取引委員会など日本の関連当局もプラットフォーマーの振る舞いに注意を払うべきだ。

医学研究と個人情報の両立を

 個人情報保護と医学研究の間にあつれきが生じている。昨年の個人情報保護法の改正で匿名化の条件が厳しくなり、大学病院などが患者の病歴や検査結果などを外部に提供し共同研究をするのが難しくなったからだ。

 このままでは医学研究の進展を滞らせかねない。個人情報の保護と医学研究の両立へ、早急に制度を見直す必要がある。

 医師や研究者は、氏名や住所など個人の特定が可能な情報を取り除いた患者のデータを「非個人情報」とみなし、様々な研究に活用している。厚生労働省と文部科学省が設けた指針(ガイドライン)に基づいて進められている。

 しかし改正法の下では、従来のやり方だと匿名化が不十分とみなされ、データを外部に提供する際に患者本人の同意を改めて取り直す必要が生じる。すべての研究で同意を取り直すのは現実的には難しい。厳格に法を適用すると、再生医療などの先端分野を含め幅広い医学研究に影響する。

 欧州でも同じ問題が起きた。欧州議会などでの議論の末に今年、個人情報の保護強化策を医療には適用しないとする妥協策を決めた。その代わり、医学研究者らには情報を安全に管理するよう強く求める仕組みだ。

 医学研究に比較的寛容な米国でも個人情報保護を強める動きがあり、対応策の検討が始まった。

 欧州の議論は参考になる。実は日本の改正法にも「学術研究」を適用除外にする条項がある。ただ「学術研究」では対象が大学などに限られ範囲が狭い、といった課題がある。

 情報通信技術の発達で個人情報を保護する必要性は増している。一方で、医療のように公益性のある活動が必要以上に制限されるのも、好ましくない。

 改正法は来年施行の予定だ。日本学術会議や日本医学会など専門組織がこの問題に発言をしていないのは不可解だ。研究者の側から制度のあり方について積極的な提案をすべきだ。

政府と沖縄県 裁判より対話でこそ

 政府と沖縄県の話し合いに、冷たい水を差すことにならないか、懸念される。

 米軍普天間飛行場の辺野古への移設計画をめぐり、政府はきょう県を相手取り、違法確認訴訟を起こす方針だ。

 翁長雄志(おながたけし)知事が前知事の埋め立て承認を取り消したことに対し、国土交通相の是正指示に従わないのは違法だと訴える。

 県と政府の和解が成立してから4カ月余。この提訴で、移設計画をめぐる政府と県の対立は再び法廷に持ち込まれる。

 改めて確認しておきたい。

 国交相の是正指示について、国の第三者機関「国地方係争処理委員会」は6月に適否を判断しないと決め、政府と県に次のように話し合いを促した。

 「いずれの判断をしても、それが国と地方のあるべき関係を構築することに資するとは考えられない」「普天間の返還という共通目標に向けて真摯(しんし)に協議し、納得できる結果を導き出す努力をすることが最善の道だ」

 政府側は「協議と訴訟は車の両輪」というが、裁判による決着を急ぐ姿勢が沖縄との亀裂をいっそう深めることにならないか、強い疑問を禁じえない。

 県議会与党が過半数の議席を得た6月の沖縄県議選に続き、今月10日の参院選沖縄選挙区では、野党統一候補が現職の沖縄担当相を大差で破った。辺野古移設計画をはじめ安倍政権の沖縄政策を批判する民意が、改めて示されたと言えるだろう。

 だが参院選の終了を待っていたかのように、政府は再び強硬姿勢を見せ始めている。

 日米両政府が米軍北部訓練場の一部返還の条件として合意した、東村高江でのヘリコプター着陸帯移設。参院選の翌11日、中断していた工事を再開する準備に沖縄防衛局が不意打ち的に入った。オスプレイの騒音被害などが拡大しないか、一部住民らの強い反対がある。

 14日には、辺野古移設をめぐる県との作業部会で、和解によって中断している陸上部分の工事再開を求めた。

 政府が直視すべきは、県民の理解がなければ辺野古移設は困難だし、米軍基地の安定的な運用は望めないという現実だ。日米安保を円滑に機能させるためにも、県民との信頼の立て直しこそ急ぐ必要がある。

 政府はまず「辺野古が唯一の解決策」という固定観念から脱することだ。そのうえで米政府に働きかけて海兵隊の規模と機能を再検討し、県外・国外への分散を進めることだ。

 民意を軽視していては、決して問題解決にはつながらない。

トルコの事件 法の支配に沿う対応を

 軍事力による政変は免れた。だが、代わりに現政権が独裁への道を突き進むかのようだ。

 トルコ政府が、先週のクーデター未遂事件に絡んで「反乱」勢力の一斉排除に乗りだした。

 拘束されたり、解任・資格剥奪(はくだつ)されたりした公職者は約6万人。軍、警察関係者から裁判官、大学学長、教師にまで及ぶ。多くのテレビ局やラジオ局の免許も取り消された。

 エルドアン政権は米国在住のイスラム教指導者ギュレン師を反乱の首謀者とし、その支持者を「テロリスト」と呼んで「根絶やしにする」と宣言した。

 民主的に選ばれた政権を暴力で倒す企ては重大な犯罪であり、全容の解明と責任者の訴追が進められるのは当然だ。ただし、それはあくまで法の支配の枠内で手続きをとることが民主国家の原則である。

 トルコ政府は、ギュレン師やその支持者らが事件にどう関わったのか明らかにしていない。既定の司法ルールではなく、政治的な判断で大量の公職者らが拘束や処分されているとすれば、ゆゆしい事態である。

 ギュレン師は世俗主義とイスラム教は共存できるとする穏健な思想を説き、トルコ知識人の支持者も少なくない。

 イスラム主義色を強める現政権に、たとえ彼らが批判的だとしても、十分な証拠に基づかないまま強引に弾圧するのであれば、それは不当な粛清だ。

 エルドアン大統領は、02年に廃止した死刑制度を復活させる可能性にも言及した。さらに非常事態を宣言したことで、強権的な手法に拍車がかかるのではとの懸念も広がっている。

 強権政治の行きつく先はトルコ社会の分断だ。穏健派も厳しい弾圧を受ければ過激化しかねない。発展を遂げて、多くの日本や欧米企業が進出した経済の先行きも危ぶまれている。

 トルコの社会や経済が不安定化すれば、隣国のシリアやイラクで活動する過激派組織「イスラム国」(IS)につけこまれる隙はますます広がる。

 オバマ米大統領は「(事件の解明は)法手続きに沿って行ってほしい」と注文し、欧州連合(EU)は「死刑を復活したらトルコはEUに加盟できない」と、くぎを刺した。

 エルドアン政権は、トルコの国際的な信頼を維持するためにも、法治の原則を見失わずにいてもらいたい。

 トルコは親日国家として知られ、安倍首相とエルドアン氏の個人的な関係も良好だ。自制するよう日本政府も影響力を発揮してほしい。

都知事選論戦 公約の実現性を見極めよう

 東京都知事選の告示から1週間余が過ぎた。

 中盤戦を迎えても、論戦が深まっているとは言い難い。候補者は、公約の実現性を競い、有権者に判断材料を提供すべきだ。

 元防衛相の小池百合子氏、自民、公明両党などが推薦する元総務相の増田寛也氏、ジャーナリストで、民進、共産など4野党推薦の鳥越俊太郎氏らが支持を訴える。

 主要候補は、都政の重要課題に向き合うことを公約に掲げているものの、いずれもスローガン先行の印象が拭えない。

 首都直下地震対策では、一様に建物の耐震化と不燃化を挙げた。2020年東京五輪・パラリンピックについても、費用を抑制しつつ成功を目指す点で一致する。

 ただし、木造住宅密集地域での住宅解体費用の補助や、五輪開催費用の分担を巡る国や大会組織委員会との協議など、以前から都が進めてきた取り組みもある。それらをどう受け継ぎ、改めるのか、判然としないのは物足りない。

 その中で、8000人を超える待機児童の問題では、具体性にやや濃淡が出ている。

 小池氏は、保育所の受け入れ年齢や広さといった規制を「見直す」と主張する。増田氏は「1か月以内に解消に向けた地域別のプログラムを作る」と約束した。

 鳥越氏は、告示翌日の15日に公表した政策集に、「あらゆる施策を通じて、待機児童ゼロを目指す」と明記したが、どのような施策なのかは、はっきりしない。

 前知事の舛添要一氏の辞職による急な選挙で、準備期間が短かったという事情はあろう。そうであっても、目玉とする政策については、財源や実現への手順をきちんと示すべきではないか。

 主張が割れるテーマもある。

 在日外国人に対する選挙権の付与に関し、鳥越氏が肯定的な見解を示すのに対し、小池氏は明確に反対する。岩手県知事時代に永住者の地方参政権を認める発言をした増田氏は今回、「慎重に考えるべきだ」と姿勢を変化させた。

 選挙権付与は、公務員の任免を「国民固有の権利」と定める憲法に照らし、地方選挙であっても問題が大きい。鳥越氏は、そこをどう考えるのか。

 鳥越氏の演説では、野党の国会議員が安倍政権批判に多くの時間を割き、本人も「憲法を大事にする」と呼応している。野党が都知事選をPRの場に利用している、と批判されても仕方がない。

 31日の投票日に向け、都民は政策本位で訴えに耳を傾けたい。

トルコ非常事態 ここまでの粛清が必要なのか

 欧州と中東を結ぶ地域大国のトルコが不安定化すれば、シリア内戦や難民問題、テロへの対処に悪影響が及ぶ。

 軍の一部によるクーデター未遂事件を政治的に利用して、社会の亀裂を深める事態は避けねばなるまい。

 トルコのエルドアン大統領が、3か月間の非常事態を宣言した。「クーデターの試みに関与したテロ分子全員を早急に取り除くためだ」という。国民の権利の大幅な制限が可能になり、強権統治が一段とエスカレートしよう。

 政権はすでに、事件に関与した疑いで軍幹部や裁判官ら数千人を拘束している。解任・停職処分を受けた警察官、公務員、教員を含めた総数は6万人に達する。テレビ・ラジオ24局の放送免許を剥奪し、言論統制も強めた。

 エルドアン氏は、政敵である米国在住のイスラム教指導者ギュレン師を「事件の黒幕」と指弾する。学校を開設して教えを広める「ギュレン運動」は、各界に浸透し、支持者は数百万人とされる。

 ギュレン師は関わりを否定するが、政権側は米国に引き渡しを要求している。ギュレン派を大量粛清するのは、「魔女狩り」と非難されても仕方あるまい。

 エルドアン氏は首相から大統領に転じ、13年間、国を率いている。反対派を一掃して、大統領権限の強化に向けた憲法改正の動きを加速させたいのだろう。

 エルドアン氏の呼びかけに応じて、多くの国民が街頭に繰り出し、反乱軍の企てを阻止した。民主主義を守るために身を挺ていした者もいた。クーデターを鎮圧しても、締め付けを強めるだけでは、支持者が離れていくのではないか。

 オバマ米大統領がエルドアン氏との電話会談で、法の支配の尊重を求めたのは当然である。欧州連合(EU)は、トルコが死刑制度を復活させた場合、EU加盟は不可能になると警告した。

 懸念されるのは、軍と警察の混乱が長期化し、治安維持能力が低下することである。先月末には、最大都市イスタンブールの国際空港で大規模テロがあった。

 過激派組織「イスラム国」掃討に向けた有志連合の作戦は、シリアとイラクの重要拠点奪還へ正念場を迎える。トルコの混迷は、国際連携にも打撃となろう。

 トルコは親日国として知られ、安倍首相はエルドアン氏と信頼関係を築いてきた。原発や地下鉄の建設で進出する日本企業も現状を憂慮している。エルドアン氏には自制が求められよう。

2016年7月21日木曜日

不確実さ増す世界経済に改革で応えよ(英EU離脱)

 英国の欧州連合(EU)からの離脱が決まり、世界経済の先行きの不確実性が増している。20カ国・地域(G20)は必要に応じ短期的な景気下支え策を講じつつ、中長期の潜在成長率を高める構造改革を断行すべきだ。

 国際通貨基金(IMF)が発表した最新の見通しによると、世界経済の成長率は2016年が3.1%、17年は3.4%と、いずれも前回の4月時点から下方修正された。

 英国の国民投票が終わった直後に混乱した世界の金融市場は、落ち着きを取り戻しつつある。それでも楽観は禁物だ。

 EUと英国の交渉はまだ始まってすらいない。始まってからも交渉は少なくとも2年かかる。

 EUから離脱した後の英国とEUの関係がどうなるのか。この点がはっきりするまでは、世界経済の行方は見通しにくい。

 世界の金融環境が引き締まり、企業の投資や個人消費が鈍くなると、17年にかけて世界経済の実質成長率は2.8%まで減速する可能性がある――。IMFはそんなシナリオも示した。警戒を怠ることはできない。

 難民の流入、頻発するテロ、シリアをはじめとする中東情勢の混迷、先進国における保護主義の台頭などリスクは山積している。

 世界経済の成長を持続させるため、各国・地域はそれぞれの宿題に応えねばならない。

 欧州では、英国のEUからの離脱を着実に進めていく責務が英国とEUの双方にある。

 ユーロ圏は金融不安が再燃しないように、イタリアの銀行などが抱える不良債権処理を円滑に進めるべきだ。EUの投資基金を活用したインフラ整備も有効だ。

 米連邦準備理事会(FRB)は次の利上げの時期を慎重に見極めてほしい。日本やユーロ圏は金融緩和を続けているが、これに頼りすぎた政策運営は避けるべきだというIMFの主張は妥当だ。

 日本は働き方改革や規制改革を果敢に実行し、潜在成長率を高めなくてはならない。中国は過剰設備や過剰債務の問題に真正面から取り組む必要がある。

 G20は23~24日に中国で財務相・中央銀行総裁会議を開く。適切なマクロ経済政策と構造改革を組み合わせ、世界経済の安定に貢献する方針を再確認してほしい。

年金の受給資格緩和は慎重に

 政府は来年度から、年金を受け取るために必要な保険料の納付期間を現行の25年から10年に短縮する方針だ。納付期間が25年に満たず、年金をもらえずにいる高齢者を救済することが目的だ。

 生活が苦しい無年金の高齢者にとっては少しの額でも年金がもらえることは意義があるだろう。ただ10年間保険料を払えば年金がもらえるという認識ばかりが広がれば、今後国民年金加入者で、10年を超えて長く保険料を払い続ける人が減りはしないだろうか。

 10年間の加入で支給される年金はわずかだ。それだけでは老後の生活を支えきれず、生活保護に頼る高齢者を増やしてしまうことにもなりかねない。できるだけ長く保険料を納めてもらい、将来の年金額を増やすための方策も同時に講じてほしい。

 年金受給資格の緩和はそもそも、消費税率が10%に上がったときにその財源を活用して実施する予定だった。安倍晋三首相は税率引き上げを延期したので、本来は資格緩和も延期すべきだった。ところが先の参院選で与野党が早期実施を公約としたことから、来年度から実施の方向となった。

 当初はこの措置で新たに年金を受け取れるようになる人は約17万人で、必要な国庫負担金は年約300億円とされていた。ところが精査すると対象者は60万人超で、必要額は600億円以上になるという。まずはこの財源をどう確保するのかが問われる。政府は責任ある対応を見せてほしい。

 公的年金はすべての国民が原則20歳から60歳になるまで加入し、その間保険料を払い続けることを前提に設計されている。国民年金では、無収入や低収入でも加入し続けることができるよう、保険料の減免制度がある。収入が安定しない期間の保険料納付を猶予し、後払いを認める制度も備える。

 年金受給の資格期間短縮によって、これら長期の年金加入促進策の利用者が減っては本末転倒だ。国民の老後の生活安定を損なわないよう十分注意すべきだ。

政務活動費 後払い方式を基本に

 政務活動費約910万円をだまし取ったとして詐欺などの罪で在宅起訴された野々村竜太郎・元兵庫県議(49)に対し、神戸地裁は今月はじめ、懲役3年執行猶予4年(求刑懲役3年)の判決を言い渡した。

 行ってもいない出張費を請求する。食料品などのレシートを改ざんして「事務費」として計上する。そんな手法で公金を詐取したと、判決は認定した。

 「号泣会見」で注目を集めたこの件をきっかけに、地方議員による政務活動費の不適切な使用が各地で表面化した。先週も富山県議会の副議長(56)が領収書を偽造して約460万円を架空請求したことが発覚し、今週辞職した。全国の議員は、改めて襟を正すべきだ。

 朝日新聞の昨年の全国調査で発覚した事例は、およそ公金を扱う議員のやることとは思えない乱脈の実態だった。

 人件費などの名目で身内企業に支出した例や、演歌コンサート代を計上した議員もいた。

 政策を磨くための調査研究なら大いに結構だ。意識すべきなのは、政務活動費が政策立案にどう役立っているか、各議員には説明責任があることだ。

 多くの議会で、政務活動費は一定額が会派や議員に前払いされる。これでは「返したくない」との意識を誘発する。

 京都府京丹後市は、議員に活動報告書や領収書を出してもらい、議長が審査した後で支給する後払い方式にしている。

 調査研究にかかった費用の補填(ほてん)という政務活動費の性格上、こちらの方が健全だ。

 野々村元県議以外も不適切支出をしていた兵庫県議会は、1人月50万円を月45万円に減額し、議員は使った分を会派から後払いしてもらう方式に変えた。その効果もあり、15年6月~今年3月に支給された約3億7千万円の3割が返還された。

 この際、各議会は後払い方式を基本にしてはどうか。

 もちろん、金の流れを市民にさらすことは欠かせない。

 収支報告書をネット公開する自治体は増えている。だが添付する領収書までネット公開の対象にしているのは高知県、大阪府、兵庫県など一部にとどまる。他自治体も追随すべきだ。

 舛添要一・前東京都知事の政治資金の公私混同問題で明らかになったように、公金を扱う政治家の意識は市民感覚とずれていることが少なくない。

 議会を傍聴する。ネットで読めるなら議事録に目を通す。そんな市民の行動の積み重ねこそが、「見られている」という緊張感を議員にもたらす。

ドーピング ロシアは根本的是正を

 半月後に迫ったスポーツの祭典を荒波が襲っている。

 ロシアによる禁止薬物使用の問題を調べていた世界反ドーピング機関(WADA)が、新たな調査報告書をまとめた。

 大半の競技で薬物の不正があり、それを国家が組織的に行っていたと認定した。リオデジャネイロ五輪・パラリンピックからロシア全体を締め出すよう勧告している。

 ロシア政府と関係者は、まず率直に責任を認め、スポーツを国威発揚に使う考え自体を根本的に改めるべきである。

 報告書によると、不正は夏季競技から冬季競技、パラリンピックにまで及んだ。採取した尿がすり替えられた。取り締まる側の検査機関の所長が禁止薬物を提供し、隠蔽(いんぺい)はスポーツ省が主導する悪質なものだった。

 疑惑はこれまでも浮上していたが、ロシア側の対応は不誠実すぎた。当初は疑惑そのものを認めず、処分は個人にとどめるべきだと開き直った。今回もプーチン大統領は政治によるスポーツへの干渉だと反発した。

 背景には、バンクーバー冬季五輪の低迷があったとされる。国の威信向上をねらう不正は、スポーツ界幹部と国家上層部が作り上げた、あしき文化といえるだろう。

 努力を重ねて限界に挑む選手も、スポーツそのものも、国の目的達成のために使われただけだとしたら残念でならない。

 WADAの昨年の報告書は、「選手に対し、薬物を使うか、代表選手をやめるかを選べという雰囲気があった」と指摘していた。大きな舞台に出場するには不正を受け入れるしかなかったとすれば、選手たちは国家の犠牲者だったともいえる。

 これほどの不正には重い処分で臨むべきではあるが、選手全体を排除することが適切か否かは慎重な検討が必要だろう。個々の選手について事情調査をするなどし、個人的にでも道が開けないか手立てを尽くすよう、国際オリンピック委員会などは知恵を絞ってもらいたい。

 ロシアの問題に限らず、スポーツが世界的に商業主義と関係を深めるなか、経済的利益を目的にした選手のドーピングも幅をきかせている。

 国際陸連では、違反の疑いがある選手に関係者が金銭を要求していたとされる。国際サッカー連盟の醜聞も、多額の金銭をめぐるものだった。

 公平、公正を価値とするスポーツ界のモラルが危機にある。五輪を前にスポーツ界はいま一度、自分たちの取りくみを見つめ直す必要がある。

同一労働・賃金 労使協議で格差を是正したい

 多様な人材を有効に活用することで、正規、非正規労働者双方の賃金の底上げにつなげたい。

 経団連が、仕事内容が同じなら、雇用形態にかかわらず賃金格差をつけない「同一労働同一賃金」制度導入をにらんだ提言を発表した。

 経済界には、人件費や労働紛争の増加などにつながるとして、制度導入への根強い懸念がある。

 一方、政府は、6月に閣議決定した「1億総活躍プラン」で、同一労働同一賃金の実現を目玉の一つに据えた。先の参院選でも、与野党が共に導入を公約に掲げた。これらの動きに、経済界として早急な対応を迫られた。

 提言の特徴は、新制度について「わが国の雇用慣行に留意した仕組みを目指す」とした点だ。

 実際に同一労働かどうかを判断する際には、職務内容だけでなく、勤務地や職種の変更の可能性といった「様々な要素を総合的に勘案する」との見解を示している。

 制度を先行導入している欧州各国では、仕事の内容に応じて従業員の賃金が決まる「職務給」制度が定着している。

 これに対し、日本では、経験や仕事をこなす能力などを重視する「職能給」が主流で、正社員の仕事の範囲が明確に定まっていないケースが多い。こうした違いを踏まえ、経団連が日本型の制度の導入を求めたことは理解できる。

 政府は年内に、正規と非正規間の不合理な待遇格差の事例を示した指針を設ける方針だ。

 これについて提言は、「非正規という理由だけで役職手当が一切支給されない」など、明らかに合理性を欠いているものに限定すべきだと注文している。

 確かに、職能給に年齢・勤続給を組み合わせるなど、賃金制度は企業により様々であることを考えれば、一律の指針で待遇格差の是非を判断するのは困難だろう。

 肝心なのは、企業が非正規労働者に、待遇が異なる理由を十分に説明できるかどうかだ。政府の指針はその際の参考に過ぎない。

 正社員への登用を希望する非正規労働者に対し、キャリアアップを支援する仕組みも充実させる必要がある。非正規にとどまる労働者のためにも、待遇改善につながる教育研修などが欠かせない。

 人材育成を通じて従業員の生産性が向上すれば、企業にとっても収益が増え、賃上げの原資を生み出すことができるだろう。

 同一労働同一賃金に近付けるには、労使双方が地道な協議を積み重ねることが何より重要だ。

「炉心溶融」隠し 中途半端な調査で幕を引くな

 東京電力が、福島第一原子力発電所の「炉心溶融」を、すぐに公表しなかったのはなぜか。

 東電は「首相官邸からの指示」だと説明する。誰が重要情報を東電に伏せさせたのか。危機管理の在り方に直結する問題である。政府は真相解明に取り組むべきだ。

 「炉心溶融」隠しの問題は、東電柏崎刈羽原発がある新潟県が、福島原発事故の検証作業を進める過程で浮上した。

 事故時の社内マニュアルの基準に従えば、震災発生から間もなく、「炉心溶融」に至ったと判断できたことが、東電の社内調査で判明している。だが、「炉心溶融」を認めたのは、2か月後だった。

 東電は、第三者検証委員会を設けて社内関係者を調査し、先月、報告書を公表した。当時の社長が、官邸の意向を踏まえて、原子力担当の副社長に、「炉心溶融」を記者会見で使わないよう指示していた、などと結論付けた。

 東電の広瀬直己社長は、隠蔽に当たるとして謝罪した。必要な情報を伝えなかったことは、住民を裏切る行為だ。東電が社長らを減給処分にしたのは当然である。

 報告書の重大な欠陥は、誰が隠蔽を指示したのかを特定できなかったことだ。国民の安全確保を最優先すべき政府が、原発の危機的状況を隠蔽するよう指示していたとすれば、極めて深刻である。

 新潟県は、真相解明のため、当時の官邸関係者を含めて調査することを検討している。福島県議会も、「県民を愚弄するもの」として、国会や政府に究明を求める意見書を採択している。

 東電による中途半端な調査で終わらせるわけにはいかない。

 当時の菅首相と枝野官房長官は、指示したことはない、と主張している。民進党は報告書に反発し、東電に対して謝罪と撤回を求めている。受け入れられない場合、法的措置も辞さないという。

 一部公開されている政府事故調査委員会の調書には、官邸にいた経済産業省などの官僚が、旧原子力安全・保安院や東電の広報に介入していた、との証言もある。

 実際、記者会見で「炉心溶融」と表現した保安院幹部は、交代させられた。東電も、原子炉の状況説明の内容を制限された。「炉心溶融」の表現を使いにくい状況にあったことは間違いあるまい。

 官僚らへの聴取権限がない東電の調査には限界がある。鍵となるのは、未公表の調書の内容だろう。当時の経緯について、政府は踏み込んだ検証を実施すべきだ。

2016年7月20日水曜日

巨額買収で自己変革に挑むソフトバンク

 ソフトバンクグループが半導体設計の英アーム・ホールディングスを約3兆3000億円で買収すると発表した。実現すれば、日本企業による海外企業の買収で過去最大の案件となる。

 成長するIT(情報技術)市場で、日本企業の存在感は薄い。今回の買収が刺激となり、日本企業の間で攻めの経営をする機運が高まるかどうか。ソフトバンクの戦略の成否とともに注目したい。

 アームはスマートフォン(スマホ)に使う半導体の設計を得意とし、モバイル機器向けでシェアは9割におよぶ。自動車用の半導体などにも手を伸ばし、さらなる成長機会をうかがっている。

 ソフトバンクグループの孫正義社長は「アームが今後、成長戦略の柱になる」と訴える。あらゆる機器がインターネットにつながる「IoT」と呼ぶ技術の新潮流に乗り、主導権を狙うという。

 1981年設立のソフトバンクの歴史はパソコンソフトの流通で始まる。その後、ネットや携帯通信などに進出し、事業モデルを変えながら成長してきた。

 現在、主力の通信サービスは格安事業者の台頭もあり、成長の余地が小さい。こうしたなか半導体という新領域に挑み、大胆に事業構成を変える。

 豊富な資金を抱えながら、企業買収に及び腰な経営者が目立つ日本の産業界で、孫氏の行動力は異彩を放つ。巨額買収にはリスクも伴うが、旺盛な起業家精神の行方を見守りたい。

 ソフトバンクには越えるべきハードルもある。買収成立にはアーム株主の承認が要る。同社は英国にとって数少ない有力IT企業だ。孫氏は英国への投資継続を約束するが、日本企業の傘下に入ることに反発する声が出るかもしれない。ソフトバンクに対抗し他社が買収提案する可能性もある。

 孫氏の手腕に依存する経営にも危うさがある。後継者と目されていたニケシュ・アローラ氏は6月に突如退任した。後継者の育成は重い課題として残されたままだ。

 パソコン、スマホという巨大市場で海外企業の後じんを拝した日本勢にとって、IoTは追い風といえる。得意の自動車や産業機器とネット技術を融合できれば、新サービスの創出につながる。

 世界の企業が知恵と技術を競うなかで存在感を示せるか。日本の産業界全体が、起業家精神を取り戻さなければならない。

トルコ政府は自制した対処を

 民主的に選ばれた政府を力ずくで倒そうとする企ては許されない。トルコで軍の一部が起こしたクーデター未遂は非難されてしかるべきで、全容の解明が求められる。ただしそれは法にのっとったものでなければならない。

 トルコ政府はクーデターの企てに関与したとして、多くの人々を次々に拘束している。軍人のほか、検察官や裁判官、警察官などが含まれる。加えて県知事や市町村長など30人を含む、多数の公務員を解任した。

 トルコ政府は米国在住のイスラム教指導者、ギュレン師が事件の首謀者だと主張する。社会福祉や教育活動を推進するギュレン師の運動には、軍や政府の内部に多数の支持者がいるとされる。

 イスラム教の規範を重視するエルドアン大統領は政権基盤を固める段階では、ギュレン師と良好な関係にあった。しかし、数年前から激しく対立するようになった。

 トルコ政府の性急にも見える関係者の拘束や解任は、事件を機に政権の意に沿わない勢力を一掃する狙いではないか。米欧諸国はそんな懸念を強めている。

 欧州連合(EU)はクーデターの企てを非難する一方、トルコ政府に事件捜査や再発防止に取り組む際に、強権的な手法を慎むよう求めた。米国のケリー国務長官も法の支配の重視を訴えた。

 エルドアン大統領は死刑制度の復活に言及している。EU加盟を目指すトルコが2002年に廃止した死刑の復活は、加盟の道を閉ざすことになりかねない。

 事件は国民に大きな亀裂を残した。強権的な手法による対立勢力の排除は一時的に成果をあげても国民の間に不満を残し、融和を遠ざける。政府による非人道的な対応は国際社会でのトルコの地位を危うくする。

 中東と欧州のつなぎ目に位置するトルコが地域の安定に果たす役割は大きい。国際社会との連携が不可欠だ。そのためにも、エルドアン大統領には事件への対処について自制を求めたい。

中国経済 国有企業偏重をただせ

 中国の動向は世界経済の行方を左右する主な要因の一つだ。先週発表された4~6月期の経済成長率は前年同期比6・7%だった。政府の目標水準には達したが、心配なのは民間企業の投資が急に減速している点だ。

 国有企業中心の古い体質を改め、市場の機能をさらに生かす改革を進められるかどうか、正念場を迎えている。

 1~6月の上半期では、国有企業の投資が前年同期比で23・5%も伸びた。これに対して民間は2・8%増にとどまり、6月だけだとマイナスになった。

 偏りの原因は、政府が景気下支え策として打ち出した公共事業にある。

 公共事業に参入し、受注をはじめ取引にかかわるうえで優先されているのは国有企業だ。銀行も融資で国有企業を優遇しがちである。政府の後ろ盾があり、潰れる心配がないためだ。

 一方の民間企業には様々な見えない参入障壁があると、政府自身も認めている。競争力の低い国有企業が支えられ、民間企業の成長が阻まれている。

 その構図は借金の残高にも表れる。国際通貨基金(IMF)によれば、中国の企業債務の国内総生産に対する比率は145%に達する。日本でいえば90年代半ばのバブル崩壊後の水準で、かなり高い。この債務の55%を国有部門が占めるが、生産額は22%にとどまる。非効率なところに資金が流れ込んでおり、銀行の不良債権問題が深刻になるおそれがある。

 中国の民間企業は苦難の歴史を歩んできた。毛沢東時代に全面否定され、80年代に規模の小さなものから認められた。少しずつ力をつけ、企業家らが様々な差別の撤廃を政府に働きかけてきた。憲法改正で民間部門の利益を保護することがわざわざ明記されたが、それは民間企業が軽視されがちな状況のゆえでもある。

 国有企業は共産党や政府と、政策や人事で長年にわたり深くつながっている。改革は容易ではないだろう。それでも習近平(シーチンピン)政権は「市場が資源配分の中で決定的役割を果たすようにする」との方針を掲げてきた。

 最近は鉄鋼などの過剰設備問題を解決しようと、痛みを覚悟するよう訴えてもいる。ならば、生産性の低い国有企業の投資は抑えるよう誘導するのが先決ではないか。

 市場経済は万能ではない。だが、市場の限界や失敗を語る前に、まずは機能するのを妨げている要因を取り除いていくべきだろう。民間の成長なしに中国経済の明日は描けない。

裁判員を威圧 制度の意義再確認を

 指定暴力団の元組員ら2人が起訴された。知人の組幹部が被告となった事件の裁判を担当する裁判員に、路上で声をかけるなどしたことが「威迫・請託」にあたると検察は判断した。

 声かけの後、参加を辞退する裁判員が相次ぎ、職業裁判官だけで審理をやり直すことになった。ゆゆしい事態である。

 現地の福岡県内では暴力団の動きが活発で、最初から裁判員を外しておけばよかったとの声もある。だがそれは違う。

 殺人などの重大事件は裁判員裁判でおこなうと法律は定めており、例外とするには厳しい条件が課せられている。除外の申し立てがあっても裁判所が認めず、そのまま無事に判決に至ったケースもいくつもある。

 なぜ裁判員の参加にこだわるのか。それは、この制度を採り入れた理由と重なる。

 専門家任せにせず、主権者として司法権の行使にかかわり、ふつうの感覚を裁判に反映させる。経験を通じて、犯罪の背景にある社会問題やそれを乗り越える方策を考える。国民と直接結びつくことによって司法の基盤を強固にし、行政や立法をチェックする権能を高める。

 そんな意図やねらいが制度には込められている。裁判員が理解できるように、審理の進め方や言葉づかいをわかりやすくする取りくみが進み、裁判が活性化する効果ももたらした。

 今回の事件を、市民参加の意義をいま一度確認する機会にしたい。「無理して裁判員裁判をやる必要はない」という方向に流れてしまっては、私たち社会全体が理念を放棄し、無法に屈することになりかねない。

 もちろん裁判員の安全・安心に最善を尽くすのが前提だ。制度が始まる前、この試みを軌道に乗せるため、法曹関係者らは協議を重ね、課題を出しあい、対策を考えた。裁判員の保護もそのひとつで、実際に特別な送迎態勢をとった例もある。

 導入から7年。おおむね順調な運営が続き、当初の緊張がうすれた感は否めない。今回の声かけも、そうした緩みのなかでおきたものではないか。

 再発防止にむけて、最高裁は全国の裁判所に通知を出した。それぞれの現場で適切な対応をとるのはもちろん、市民参加の提唱からいまに至るまで積み重ねられてきた議論を、あらためて共有する必要がある。

 どんな制度も困難に直面し、ゆらぐときがある。そんなときこそ、原点に立ち返り、過去の工夫をたどり、新たな知恵を出す。そうすることで、制度は鍛えられ、よりたくましくなる。

南スーダン支援 安全優先でPKOを継続せよ

 南スーダンの安定化に向け、日本は国連平和維持活動(PKO)の一翼を担っている。安全確保に万全を期し、活動を継続することが重要だ。

 首都ジュバで今月上旬以降、大統領派と副大統領派が武力衝突し、多数の死者が出た。

 国連南スーダン派遣団(UNMISS)に参加する陸上自衛隊の施設部隊約350人は、ジュバ近郊での道路整備、関係機関の施設建設などの活動を見合わせた。

 在留邦人退避を支援するため、政府は航空自衛隊のC130輸送機を派遣し、大使館員4人を輸送した。概ね適切な対応だった。

 C130は航続距離が短く、現地までに数か所で給油を要した。より機動的な海外活動を行うには、航続距離が約6500キロの新型主力輸送機C2の本格配備を急ぐことが欠かせない。

 陸自が邦人を市街地から空港まで陸上輸送することも検討した。治安改善に伴って見送ったが、そうした任務にも対応できる態勢を整えておくことが大切だ。

 陸自部隊は現在、避難住民へのテント設営、食料支援など宿営地周辺での活動にとどめている。

 政府は、紛争当事者間の停戦合意などの「PKO参加5原則」は守られているとして、陸自の活動を継続する。妥当な判断だ。

 UNMISSにはインド、韓国、中国など62か国が参加している。日本が拙速に撤退すれば、国連や他国との信頼関係が崩れ、国際貢献への姿勢が疑われかねない。

 2011年の南スーダンの独立後、政府は、陸自部隊を約半年交代で派遣している。

 国造りの基礎である道路整備に陸自が従事することは、南スーダンの安定と発展に寄与しよう。

 現在、日本が参加するPKOは南スーダンだけだ。安倍政権の「積極的平和主義」を体現するためにも、着実に取り組みたい。

 今後の焦点は、安全保障関連法の施行を踏まえた、「駆けつけ警護」任務の付与である。

 現地で国連職員や民間人、他国軍兵士らが武装集団などに襲われた場合、陸自部隊が救援に行くことが可能となる。

 防衛省は、武器使用の限度などを定める部隊行動基準を作成する一方、訓練開始に向けた検討にも入った。早ければ、11月にも現地に派遣する部隊に新任務を付与するとみられる。

 駆けつけ警護が必要な状況は、頻繁ではないが、いつ発生してもおかしくない。事前の十分な準備と訓練が求められよう。

国立西洋美術館 近代建築に光当てる遺産登録

 国民に親しまれている近代建築が世界に認められた。朗報である。

 東京・上野公園の国立西洋美術館が、世界文化遺産に登録された。

 トルコのイスタンブールで開催された国連教育・科学・文化機関(ユネスコ)の世界遺産委員会で決まった。クーデター未遂の影響で、審議が大幅に遅れた末の決定となった。

 過去2回にわたる登録見送りを経て、念願がかなった。国内では16件目の文化遺産となる。

 20世紀を代表するフランスの建築家、ル・コルビュジエの作品だ。日本をはじめ、仏独やアルゼンチンなど計7か国が共同推薦していた17点の一つである。

 コルビュジエは近代建築の先駆者として名高い。コンクリートやガラスなど大量生産可能な建材を多用し、合理性や機能性を重視した。その設計思想は、時代の要請と合致していたと言えよう。

 今回、文化遺産登録が決まったのも、グローバルに展開された建築文化が評価されたためだ。大陸をまたいでの登録は、世界文化遺産史上初めてのケースである。

 西洋美術館は、東アジアで唯一の構成資産となった。実業家の松方幸次郎が戦前、フランスで収集した作品を収蔵・展示する目的で、1959年に建設された。

 らせん状に回廊を配し、建物を外側に増築できるようにした「無限成長美術館」の発想に基づく。建物を支柱で持ち上げた構造も特徴だ。これらの意匠を箱型のフォルムに取り入れている。

 コルビュジエの美術館建築の完成形とされる作品だけに、日本にとって大きな財産だ。

 坂倉準三、前川国男ら著名な門下生を輩出したことで、コルビュジエは、日本の近代建築の礎になったとも言えるだろう。

 世界の主な遺跡や歴史的建造物の文化遺産登録は、ほぼ終了している。今後は近現代の建築が対象になる可能性が高い。

 64年の東京五輪会場として、丹下健三が設計した国立代々木第1体育館(東京都渋谷区)の登録を目指す運動も始まっている。

 日本ではこれまで、近現代建築を文化財として保護しようという発想が乏しかった。今回の西洋美術館の登録を、近現代建築の価値を再認識する契機としたい。

 上野公園には、美術館や博物館が集中する。2020年東京五輪に向け、この一帯を国際文化都市・東京の顔にしようという構想が進む。新たな世界遺産の誕生を五輪の盛り上げにも生かしたい。

2016年7月18日月曜日

まず日欧EPAとTPPに集中せよ

 英国の欧州連合(EU)からの離脱が決まり、日本は通商政策の優先順位を再確認すべきだ。

  まず政府はEUとの経済連携協定(EPA)の年内合意へ政治主導で交渉を急ぐときだ。同時に、国会は日米など12カ国による環太平洋経済連携協定(TPP)の協定案を早く承認してほしい。

 日本政府とEUは首席交渉官による会合を近く開く。9月には次回交渉会合を予定している。

 焦点の農産品や自動車などの関税削減・撤廃をめぐり、双方はできるだけ主張の間合いを狭めてほしい。閣僚らによる政治決断をしやすい環境づくりに全力を挙げる必要がある。

 EU加盟国のなかで英国は日本とのEPAにもっとも積極的な国のひとつだった。英国のメイ新首相も、英国がEU加盟国にとどまるまでの間は日・EU交渉の早期合意を後押ししてほしい。

 英国がEUから離脱しても、EUが巨大な経済圏である事実は変わらない。EPAができれば、日本企業の欧州でのビジネス環境が大きく改善する。たとえば自動車の国際標準づくりなど日欧が連携できる分野も広がる。

 来年はドイツやフランスなどで国政選挙が控える。日・EU交渉が来年までずれ込むと、合意が見通せないまま長いあいだ漂流するおそれさえある。そうした事態は何としても避けてほしい。

 TPPは日・EU交渉にも影響している。EU側は一部の農産品でTPPを上回る関税削減や撤廃を求めているからだ。一方でTPPには米大統領候補が反対を表明している。しかし、12カ国の交渉をやり直すのは非現実的だ。

 TPP再交渉の余地がない点を示すためにも、日本は率先してTPP協定案を速やかに承認すべきだ。それを通じ米議会にTPP協定案の早期審議を促しつつ、日・EUの交渉も加速する。そんな二正面作戦が求められている。

 フロマン米通商代表部(USTR)代表は、EUから離脱後の英国が米欧の貿易投資協定やTPPに参加する選択肢に言及した。

 日本政府内では英国と2国間の経済協定を検討する意見も出ているが、英国とEUの交渉すら始まっていない段階では時期尚早だ。日本政府はまずEUとの交渉に集中しなくてはいけない。

民の力で空港の活性化を

 空港の経営を民間企業に委ねるコンセッションという取り組みが、今月から仙台空港で始まった。「民」の経営センスを導入することで、空港の魅力を高め、地域経済の活性化につなげたい。

 コンセッションは民営化の手法の一つ。滑走路など重要施設の所有権は国に残しつつ、一定の対価と引き換えに民間企業に長期の設備運営権を譲り渡す仕組みだ。

 仙台の場合は東急グループなどで構成する企業連合が22億円の運営権料を国に払い、最長65年間の運営権を取得した。国が管理する空港のコンセッション第1号で、高松や福岡のほか、新千歳など北海道の各空港が後に続く。

 これまで地方空港の多くは滑走路などは国が整備し、旅客ビルや貨物ビルは地方自治体を中心とする第三セクターが所有・経営するなど、複数の運営主体による寄り合い所帯の色彩が強かった。

 コンセッションを機にこれらの設備を集約し、まとめて「民」に運営を委ねることで、一体的で機動的な経営に道が開ける。

 いま仙台空港は格安航空会社(LCC)専用の旅客棟の新設や空港発着のバス路線の拡充、商業施設の刷新に着手しつつある。安全と安心を確保しながら、これまでの公営空港とはひと味違う魅力的な空港づくりに期待したい。

 経営の自由度が増すメリットも大きい。各空港が航空会社から徴収する着陸料は全国一律で国が決めていたが、コンセッション後は各空港が独自の判断で柔軟に設定できるようになる。新規路線を誘致するために、着陸料を大胆に割り引くといった措置も可能で、仙台空港の就航路線や利用客数の押し上げ効果が注目される。

 こうしたコンセッションの手法は空港以外の公営施設にも応用できるだろう。愛知県は有料道路の運営権を民間企業に譲渡する。市民ホールや動物園など集客を主目的とする施設の運営も、お役所より企業のほうに一日の長がありそうだ。地域経済の活性化に向けて、民の力を最大限生かしたい。

海の再生 豊かな「里海」へ、行動を

 いよいよ夏本番だ。海辺に出かけ、思いっきり楽しもうと計画している人も多いだろう。

 きょう18日は「海の日」だ。

 この祝日を機に、人間と海との関係を考えてみる。

 島国だけに、海はつねに魚や貝類をはじめ、豊かな実りをもたらしてくれていた。

 だが戦後、社会がひたすら経済成長を追い求め、人々の暮らしが豊かになるにつれ、その代償を払うように、海はひどく痛めつけられた。

 その反省を踏まえた環境改善が進むなか、さらに一歩先の「海の再生」をめざす動きが各地で始まっている。

 ■戻らぬ豊かさ

 高度成長期だった60~70年代、日本の海は激変した。

 瀬戸内海や東京湾、伊勢湾では赤潮が頻発した。工場や家庭排水の影響で、窒素やリンの濃度が高まる富栄養化が起き、プランクトンが異常発生する現象だ。漁業被害も深刻化した。

 沿岸は次々に埋め立てられ、全国の3分の1以上が人工海岸になった。都市に近い内海や湾では、多くの干潟(ひがた)や藻場(もば)が失われていった。

 このため政府は70年代以降、汚濁物質の流入を抑える対策に力を注いだ。水質は着実に良くなり、瀬戸内海では赤潮の発生がピーク時の3分の1ほどにまで減った。

 ところが、海の豊かさは戻ってきていない。

 瀬戸内海の漁業生産量は、最盛期の約4割しかない。全国でも沿岸漁業の生産量は減り続け、漁業離れに拍車をかける。

 海藻が消失する磯焼けも各地で相次いでいる。原因は未解明だが、森林が荒れ、腐植土に含まれる鉄分が川を通じて海に供給されなくなったためという見方もある。

 5月に富山市で開かれた主要7カ国(G7)環境相会合は、大きさ5ミリ以下の微小プラスチックが海の生き物に及ぼす悪影響への懸念を表明した。

 ペットボトルや化粧品など、身の回りのさまざまなものが発生源だ。人間の活動が海にかけている負荷は重い。

 ■人の手を加える

 海と人間の望ましい関係を考えるうえで、近年、「里海(さとうみ)」という言葉が注目されている。

 「人手が加わることで、生物の生産性と多様性が高くなった沿岸海域」という定義だ。

 98年から提唱してきた柳哲雄・九州大名誉教授は「きれいで、豊かで、にぎわいがある海」と表現する。

 ポイントは、山から河川を経て、海へ至る物質の流れを滑らかにすることだ。

 たとえば、沿岸の干潟や藻場は陸から流れ込む窒素やリンを取り込み、海の富栄養化を抑える役割を果たしていた。

 それが失われると、復元は容易ではない。人の手で適切に補っていく必要がある。

 里海の先駆例として知られるのが日生(ひなせ)(岡山県備前市)の漁師らによる「アマモ場」の再生だ。アマモはイネに似た長い葉をつける海草で、多くの生き物を育むゆりかごである。

 瀬戸内海が汚れるにつれ、日生の浅瀬からアマモの群生が消えた。「魚が減ったのもそのせいでは」と考えた漁師らが85年からアマモの種をまき始めた。

 台風の直撃で全滅するなどの苦難を乗り越え、昨年には50年代の4割ほどまでアマモ場は回復した。魚やエビが戻り、特産の養殖カキの収穫も安定する効果が出ている。

 アマモ場づくりは各地に広がっている。6月に日生で開かれた「全国アマモサミット」には2千人が集まった。

 環境省の14年度の調べでは、「里海づくり」に取り組む行政や市民らの活動は全国で216件にのぼる。

 「森は海の恋人」を合言葉に、宮城県のカキ養殖漁師らが89年から続ける植林や、干潟の保全など内容はさまざまだ。

 ■一人ひとりが意識を

 豊かな海の復活には、活動の輪を広げ、より多くの人が息長く携わることが欠かせない。

 東京湾再生に取り組む官民連携組織は13年から「東京湾大感謝祭」を始めた。江戸前の海の幸を食べたり、海辺のレジャーを体験したり。昨年は3日間で8万8千人が盛り上がった。

 企画を担う海洋環境専門家の木村尚(たかし)さんは、横浜市でアマモ場再生に尽力してきた。

 東京湾周辺には3千万人が暮らしている。「その3千万人が3千万通りに東京湾にかかわっていくようになれば、海はよみがえる」と木村さんは言う。

 たとえば、近海でとれた魚介類を積極的に買って食べれば、里海づくりを担う漁師らの支えになる。潮干狩りや磯遊びで子どもたちに海の魅力を体験させるのもいい。

 暮らしの中から出てくる排水やごみを減らすことも大切だ。

 私たち一人ひとりが海を意識し、具体的に行動する。その先に、豊かな里海が見えてくるに違いない。

中国成長横ばい 過剰な生産設備の是正を急げ

 構造改革に伴う痛みをどう克服し、安定成長を実現するのか。中国の経済運営の難しさが改めて浮き彫りになった。

 景気の腰折れを避けつつ、過剰設備の整理や、非効率な国有企業を淘汰(とうた)する難題に取り組まねばならない。

 中国の今年4~6月期の実質国内総生産(GDP)は前年同期比6・7%増となった。成長率は前期から横ばいで、4四半期ぶりに下げ止まったが、リーマン・ショック以来7年ぶりの低成長だ。

 投資や輸出が振るわず、高度成長の原動力だった「世界の工場」モデルの限界が鮮明となった。

 習近平政権は、投資中心の高成長から、消費主導で安定成長する「新常態」(ニューノーマル)への転換を目指している。だが、肝心の消費は、投資や輸出を補完するほどの力強さを欠いている。

 成長路線の転換には、鉄鋼、石炭などの過剰生産の是正が求められるが、難航している。

 リーマン・ショック後の大型景気対策で膨張した粗鋼の生産量は年約8億トンと、世界の半分を占め、相場の値崩れを招いている。

 上海で今月開かれた主要20か国・地域(G20)貿易相会合の声明でも、鉄鋼などの過剰生産が「世界的な問題だ」と明記された。

 旧式の高炉などで操業停止の動きもあるが、焼け石に水だ。強引にリストラを進めると、製鉄と炭鉱だけで180万人の失業者が出るとみられる。雇用を懸念する地方政府などが抵抗するため、生産設備の削減が進まない。

 サービス産業の振興など産業構造の転換を進め、雇用の受け皿の確保につなげる政策が必要だ。

 国有企業や、地方政府の関連企業などで、実質破綻しながら公的補助で生き延びている「ゾンビ企業」問題も深刻化している。

 気がかりなのは、過大な設備や不動産への投資に絡んで、不採算企業に貸し込んだ金融機関の不良債権が膨らんでいることだ。

 公式統計では、銀行の不良債権残高は1兆元余だが、実態は数倍に上るという見方も根強い。

 官から民へ経済活動の主役を移す国有企業改革は、ゾンビ企業の整理が欠かせない。しかし、不良債権問題が表面化すれば、金融不安を招きかねない。

 中国経済の変調は、英国の欧州連合(EU)離脱問題と並ぶ世界経済のリスクとみられている。改革と景気の微妙なバランスをどう図っていくか。中国と取引のある多くの日本企業も、その推移を見極めた対応が大切となろう。

広域通信制高校 脆弱な監督体制を見直したい

 広域通信制高校で、ずさんな教育や運営が相次いで明らかになっていることは見過ごせない。

 文部科学省は、私立や株式会社立など全国の広域通信制高校106校の実態調査を始めた。

 早急に問題点を洗い出し、再発防止につなげねばならない。

 通信制は、自学自習を基本としており、生徒はテレビやインターネットなどを使って勉強する。広域通信制は三つ以上の都道府県から生徒を募集する高校だ。

 点在する生徒の学習を支援するため、学習塾などが経営する各地の民間施設と提携し、サポート校とするケースが多い。

 問題なのは、サポート校との関係が不透明なことだ。

 北海道の私立「クラーク記念国際高校」は、編入資格のない都内のサポート校の生徒を中途入学させていた。サポート校の職員がネットでの授業を生徒に代わって受講していた事例もあった。

 三重県伊賀市の株式会社立「ウィッツ青山学園高校」は、各地のサポート校に指導を丸投げしていた。その結果、生徒をテーマパークに連れていき、買い物のお釣りの計算をさせ、「数学」の授業とみなしていたことも判明した。

 お粗末と言うほかない。

 ウィッツ高については、国が高校授業料を肩代わりする就学支援金制度を悪用し、支援金を不正受給した詐欺容疑で東京地検が捜査している。支援金の受給資格がない高校既卒者を勧誘したのが、都内のサポート校だった。

 こうした状況を許した最大の要因は、脆弱(ぜいじゃく)な指導監督体制だ。

 広域通信制高校の指導は、本校がある都道府県が担うが、県外のサポート校の現状まで掌握するのは難しい。他の県が管内のサポート校に関する問題に気づいても、指導権限がないのが実情だ。

 特区制度に基づき設立される株式会社立の高校を所管するのは市町村だが、教育実務に精通した職員が不足している。

 広域通信制の運営や教育内容が適正かどうかチェックする体制を再構築し、自治体間で情報を共有できるようにすべきだ。

 広域通信制を巡っては、過去にも添削リポートに解説をつけなかったり、試験問題が毎年同じだったりする例があった。問題を放置してきた文科省の責任も重い。

 近年、不登校経験者や中途退学者の学び直しの場となるなど、通信制高校の必要性は高まっている。教育の質を担保する仕組みを整備することが肝要である。

2016年7月17日日曜日

中東の混迷打開に欠かせぬトルコの安定

 トルコで軍の一部がクーデターを企て、首都アンカラや最大都市イスタンブールで激しい衝突や爆発が起きた。エルドアン大統領は「反乱は鎮圧した」と語り、試みは失敗したとしている。

 トルコは中東と欧州のつなぎ目に位置する。拡散するテロや増大する難民など、中東の混迷を打開し欧州の動揺を静めるうえで果たす役割は大きい。それにはトルコ自体の安定が不可欠だ。軍の暴走は許されない。

 政教分離を国是とするトルコで、軍は世俗主義の守護者を自任する。イスラム教の価値観を重視するエルドアン大統領とは長年、対立してきた。

 トルコの歴史を振り返ると、これまでも政治の混乱や経済の低迷期に、軍がクーデターで権力を掌握した例はある。しかし、民主主義の経験を積んだ現代のトルコで、力ずくで権力を奪おうという企てはあまりに前時代的だ。

 人々は軍の外出禁止令に従わず戦車の前に立ちはだかった。これが国民の受け止め方だろう。

 エルドアン大統領が実質的に率いている公正発展党(AKP)が政権の座についたのは、2002年だ。以来、AKP政権の下でトルコの経済規模は3倍となり、今や中東最大を誇る。エルドアン氏の指導力と政治の安定が飛躍をもたらしたのはまちがいない。

 社会生活の面でイスラム教の価値観を守りながら高い経済成長を実現したトルコの経験は、新しい国づくりに苦闘するほかの中東諸国の参考になるはずだ。

 一方で、政権の長期化にともない大統領の強権的な姿勢に批判も増えている。敵対する勢力やメディアへの弾圧に反発も強い。

 トルコはシリアやイラクと国境を接し、過激派組織「イスラム国」(IS)と対峙する。国内ではISや少数民族クルド人の反政府組織によるとみられるテロが相次ぎ、国民の不安は増している。

 こうした大統領の強権化や治安への不安が、クーデターの企てを招く土壌になった可能性も指摘されている。大統領は国民の声に広く耳をかたむけ安定の回復に取り組む必要があろう。

 人口7千万人を超えるトルコは市場としても有望だ。日本企業の進出も相次いでいる。安倍晋三首相とエルドアン大統領は何度も会う良好な関係にある。日本は国際社会と連携しトルコの安定を支えていかなくてはならない。

中国に判決受諾促す連携を

 南シナ海をめぐる中国の主張には国際法上の根拠がないとの判決に、中国は強く反発している。情勢が不透明ななか、モンゴルで8カ月ぶりの日中首相会談が実現した意義は大きい。

 安倍晋三首相は法の支配の下で紛争を平和的に解決することが重要と指摘した。李克強首相は受け入れを拒む姿勢を改めて示し、日本に関与をやめるよう求めた。

 日本と中国はともに国連海洋法条約の批准国で、同条約に基づく判決に従う義務がある。今からでも遅くない。中国は判決を受け入れ平和的な解決を探るべきだ。

 モンゴルでのアジア欧州会議(ASEM)に参加した各国の対中スタンスは微妙に異なる。一致団結して圧力をかけるのは難しかった。それでも、欧州の国々は判決を尊重すべきだとする立場を示し、議長声明は「海洋法条約に基づく紛争の解決」を訴えた。

 今月下旬には安全保障に関する東南アジア諸国連合(ASEAN)地域フォーラム(ARF)がラオスで開かれる。ここには米国も参加する。日本は関係国と連携し粘り強く中国に受け入れを促していくしかない。

 日中間には懸案が山積している。6月には中国の軍艦が尖閣諸島の接続水域に初めて入った。南シナ海の対立が東シナ海に波及し、偶発的な衝突につながる事態は避けなければならない。防衛当局間の「海空連絡メカニズム」の早期発効へ協議を急ぐべきだ。

 安倍首相は李首相に日中ハイレベル経済対話の再開も求めた。韓国を交えた日中韓首脳会談の開催も課題だ。いずれも予定通り年内に日本で開くべきだ。世界経済の足取りが不確かなだけに、9月に中国・杭州で開く20カ国・地域(G20)首脳会議に向けた経済面の協力も進めなければいけない。

 意見の食い違いがあるからこそ真摯な対話が大切だ。中国は予想外に厳しい南シナ海判決にいら立ちを強めている。安倍政権は情勢をしっかり分析したうえで、冷静に次の一手を打つ必要がある。

トルコの反乱 一刻も早い秩序回復を

 西洋と東洋の十字路ともいわれるトルコは古来、世界の要衝の地として知られてきた。

 国民の多くがイスラム教徒だが、政教分離の国是の下で民主主義体制を確立させた国として中東のモデルともいわれた。

 その国で軍の一部が反乱を起こし、戦闘で多数が死傷した。トルコ政府は「クーデターは鎮圧された」としているが、なお不穏な状態が続いている。

 どんな背景であれ、流血の事態をただちに終結すべきだ。エルドアン大統領と軍の指導部は一刻も早く秩序を回復し、混乱を収束させねばならない。

 近年のトルコでは、エルドアン氏の強権的な政治運営に一部で批判がでていた。大統領の権限強化や報道規制に加え、軍の権限も縮小されたことで、軍の一部に不満があったようだ。

 しかし、たとえ政治手法に批判があったにせよ、民主的に選ばれた正統な政権である。武力で転覆をもくろむ行為は、到底容認できない。

 この国で軍は、伝統的に民主主義や世俗性の担い手とされ、政権が宗教色を強めた時などに介入した。1980年までに3度、クーデターなどで権力を奪った。

 ただ、いずれも冷戦期であり、西側軍事同盟の一員としてトルコをとどまらせたい米欧の思惑があった。今回も同じような意識で軍事的な政変を狙ったとすれば時代錯誤も甚だしい。

 オバマ米大統領ら欧米各国の首脳が、いち早く現政権支持を打ち出したのは当然だ。

 いまの国際社会でトルコが果たすべき役割は大きい。北大西洋条約機構(NATO)の一員であり、欧米とアラブ世界との懸け橋として、中東問題全般での関与が欠かせない。

 隣国シリアの内戦による大量の難民への対策や、過激派組織「イスラム国」(IS)と米欧主導の戦いを続けるうえでも、この国の協力が必須条件だ。

 トルコは長らく欧州連合(EU)への加盟を望んでいるが、それには自由や人権、法の支配の強化が必要だ。

 政権による市民の権利制限や、少数派クルド人に対する人権侵害などが続く限り、混乱の火種はくすぶり続ける。

 エルドアン政権と軍がめざすべきは、しっかり手を携えて、国内の様々な分断と対立を克服する統治体制を築くことだ。

 日本の安倍政権は、トルコへの原発輸出に向けて協定を結ぶなど関係強化に動いてきた。あらゆる対話を通じて、国内の融和を図るよう求める責務があることを忘れてはならない。

川内原発 新知事は考えを語れ

 「原発をいったん停止して再点検する」

 全国で唯一稼働中の九州電力川内原発を抱える鹿児島県の知事に、こう訴えた元テレビ朝日コメンテーター、三反園訓(みたぞのさとし)氏(58)が就任する。無所属新顔として知事選に立ち、川内原発の再稼働に同意した現職の伊藤祐一郎氏(68)を破った。

 4選を目指した伊藤氏への多選批判が決め手になったとの見方が多いが、三反園氏が熊本地震を受けて川内原発一時停止の公約を打ち出した影響も小さくなかっただろう。地震発生直後の1週間で、停止を求めるメールや電話が九電に5千件も寄せられるなど不安が広がったからだ。

 ところが、三反園氏は当選直後に「九電に一時停止を申し入れる」と改めて表明したものの、その後は詳しい説明をしていない。一時停止を選挙公約にしていたとはいえ、運動期間中に積極的に訴えたわけではなかった。それだけに、原発推進・反対両派を含め、県民の間に疑心暗鬼も生じているようだ。

 知事には稼働中の原発を止める法的権限はない。ただ、昨年夏から秋に再稼働した川内原発1、2号機はこの秋から冬にかけて定期点検で再び止まる。九電が点検終了後に稼働させる際、知事の同意はいらないものの意向は無視もできず、稼働へハードルは高くなる。

 三反園氏は、自らの考えをしっかり語り続けるべきではないか。九電や再稼働を支えた県議会との向き合い方を練っているのでは、との見方もあるが、まずは県民に対して説明することが基本のはずだ。

 三反園氏が知事選で掲げた公約は、(1)川内原発を停止し、施設の点検と避難計画の見直しを行う(2)有識者による原子力問題検討委員会を置く、といった内容だ。

 熊本地震では熊本県内で数多くの道路や橋が崩壊し、余震が次第に川内原発に近づいていった。もし原発近くが震源になると避難路が寸断されるのではないか。そんな県民の不安に応じようとする姿勢がうかがえる。

 三反園氏がいう原子力問題検討委と同種の委員会は、すでに新潟県や静岡県などにある。再稼働を目指す原発の安全審査は政府の原子力規制委員会が担うが、議論を専門家任せにせず、地方自治体が住民を守る役割を積極的に果たすことは大切だ。

 原発一時停止を掲げて当選した以上、考えを丁寧に説明し、県民の不安を解消する努力を続ける。それが新知事に求められている姿勢である。

アジア欧州会議 中国は国際法に背を向けるな

 南シナ海での中国の主権を全面的に否定した仲裁裁判所の判決を中国が無視していることは、看過できない。

 関係国が結束して、中国に判決に従うよう促し続けることが肝要である。

 アジア欧州会議(ASEM)首脳会議が、国連海洋法条約に則った紛争解決の重要性を明記した議長声明を採択し、閉幕した。

 中国への配慮から、南シナ海への直接の言及は避けた。合意文書の採択は全会一致が原則だけに、やむを得ない面もある。

 会議で、多くの首脳が南シナ海の問題を取り上げ、「法の支配に基づく海洋秩序の維持」を支持したことは評価できよう。

 安倍首相が、判決は「最終的なもので、紛争当事国を法的に拘束する」と強調したのは当然だ。

 疑問なのは、中国の李克強首相が安倍首相との会談で「日本は南シナ海問題で騒ぎ立て、介入するのをやめるべきだ」と述べ、改めて判決を拒否したことである。

 中国は仲裁裁判を「政治的な茶番」と決めつけ、判決を「紙くずだ」とも言い放つ。スプラトリー(南沙)諸島の人工島に建設した飛行場では、民間機による着陸テストを繰り返し、実効支配の既成事実化を図っている。

 国際司法判断に背を向け、一段と緊張を高める中国の独善的な言動は、地域の安定に責任を持つ国連安全保障理事会の常任理事国にあるまじき振る舞いである。

 中国は、当時の柳井俊二国際海洋法裁判所長が仲裁裁判の裁判官4人を選任したことを「公正でない」と主張するが、筋違いだ。

 裁判官には、国連海洋法条約の手続きに基づき、専門家が選ばれた。裁判への参加を拒否した中国の対応にこそ、問題がある。

 70か国以上が中国の立場を支持していると主張し、自らを正当化する宣伝戦を展開するのは、孤立への危機感の表れではないか。

 首脳会議が議長声明で、仏ニースやバングラデシュのテロを踏まえ、暴力的過激主義を防ぐ決意を示した意義は小さくない。

 過激派組織「イスラム国」の呼びかけに応じ、武装集団などが各地で事件を起こしている。中長期的には、若者の就業対策など過激主義の温床となる社会問題への対応でも連携することが大切だ。

 経済分野では、英国の欧州連合(EU)離脱問題で揺れる世界経済の安定化が焦点となった。

 議長声明で、金融、財政、構造改革の全ての政策手段をとる用意があると確認したのは妥当だ。

トルコ軍反乱 鎮圧が国民融和につながるか

 民主的な手続きで選ばれた政権を、軍隊が武力で転覆させる行為は到底許されない。当事者が自制し、さらなる流血を回避することが急務だ。

 トルコの首都アンカラと最大都市イスタンブールで、軍の一部が戦車を展開し、放送局を占拠するなど、クーデターを企てた。交戦や爆発が発生し、多数の死傷者が出た。アジアと欧州を結ぶ大橋や主要道路が一時閉鎖された。

 政府を支持する軍と警察が、反乱軍をほぼ制圧した。試みは失敗に終わり、多くの兵士が殺害、拘束された。エルドアン大統領は「クーデターを鎮圧した。事態を掌握している」と強調した。

 米国や欧州連合(EU)、国連などが政権への支持を表明し、秩序の回復を求めたのは当然である。安倍首相は「事態を憂慮している」と語った。混乱の長期化にも備え、日本政府は在留邦人の安全確保に努めねばならない。

 今回の反乱は、政権が宗教色を強め、憲法改正などで軍の権限縮小を断行したことに対する不満が背景にあるのだろう。

 トルコは、1923年に軍人出身のケマル・アタチュルクが初代大統領に就任して以来、政教分離の世俗主義を国是としてきた。

 軍は「世俗主義の守護者」を自任する。これまでも、政府のイスラム化や政治腐敗を理由にクーデターを起こしている。

 エルドアン氏はイスラム穏健政党を率い、2003年から首相、14年から大統領を務める。経済成長を主導した実績を基に、近年は夜間の酒類販売禁止などイスラム教徒寄りの政策を進めた。

 問題なのは、エルドアン氏の強権的な手法によって、国内のあつれきが増していることである。

 反政府デモを弾圧し、政権に批判的な言論機関を管理下に置いた。独立を主張するクルド人武装組織との戦闘が泥沼化し、過激派組織「イスラム国」などによる相次ぐテロを防げずにいる。

 エルドアン氏が世俗主義者らとの融和を図らなければ、政情の安定は期待できまい。

 トルコは、有志連合の「イスラム国」掃討作戦で、米軍に基地を提供している。「イスラム国」の外国人戦闘員の移動を阻止するうえでも重要な役割を担う。

 欧州に向かうシリア難民が滞留している問題では、EUとの協調が求められている。

 今回の事態が中東情勢の一層の悪化につながらないよう、日本をはじめ、国際社会が積極的に関与することが欠かせない。

2016年7月16日土曜日

中国経済の「L字」予測が示す不透明感

 中国の2016年4~6月期の国内総生産(GDP)は前年同期比6.7%増だった。成長率は1~3月期から横ばいだが、リーマン・ショック直後の2009年1~3月期以来、7年ぶりの低い伸び率が続いた。警戒が必要だ。

 世界経済は英国の欧州連合(EU)離脱などで揺れている。中国政府には国有企業改革を中心に中長期的に成長力を維持する抜本的な対策を求めたい。

 中国経済の現状分析を巡り、注目すべき動きがあった。習近平国家主席の経済ブレーンと見られる人物が5月、共産党機関紙、人民日報で語った中身だ。

 「中国経済はU字型回復などあり得ない。もっと不可能なのはV字型回復だ。それはL字型の道をたどる」「L字型は一つの段階で1、2年で終わらない。数年は需要低迷と生産能力過剰が併存する難局を根本的に変えられない」

 「L字」とは下降した後、当面上向かないことを意味する。従来の中国政府の説明とは違う。古い手法によるテコ入れ策はバブルを生み、問題を大きくするとし、断行すべきはサプライサイド中心の大胆な構造改革だとも指摘した。先送りしてきた改革の再加速を意味するなら歓迎したい。

 中国政府は6月の記者会見で、危機意識を裏付けるデータも示した。中国の社会全体の債務額は15年末で168兆4800億元(約2700兆円)。これをGDPで割った比率は249%とした。中国が「全社会レバレッジ率」と呼ぶこの比率は極めて高い。

 中国政府は、貯蓄率が高いためコントロール可能だと説明している。だが、巨額の債務処理には長い時間が要る。返済に追われる民間部門は一定の期間、設備投資を控えざるをえない。最近の統計もこれを証明している。深刻さの認識が、先の「中国経済は当面『L字』に」という表現だった。

 成長のけん引役だった工業生産は供給過剰で伸びず、輸出も大幅に減っている。中国経済には不透明感が漂う。今後は好調な新車販売などを含めた消費の後押しと、将来につながる効率的な公的投資でテコ入れを図る必要がある。

 中国の今年の成長目標は6.5~7%だ。李克強首相は中国経済について「楽観しており、自信がある」としている。習主席の経済ブレーンの指摘とはニュアンスが違う。経済政策を巡り路線対立がないのか。これも懸念材料だ。

手段選ばぬテロ防止へ連携を

 フランスのニースで花火大会の観客に大型トラックが突っ込み、80人を超える死者を出した。オランド大統領は「テロの可能性を排除できない」と表明した。手段を選ばぬ襲撃に強い怒りを覚える。

 惨劇が起きた場所はニースの海岸沿いの広い遊歩道で、観光名所として有名だ。人でごった返す中をトラックがスピードを上げて走り抜け、無差別の殺傷を繰り広げるのは想像を絶する。

 昨年11月にはパリで多数の死者を出す同時多発テロが起き、仏政府は非常事態宣言を出した。それが解除されないまま最高度の警戒が続くなかで事件が再発し、テロ防止の難しさがあらためて浮き彫りになった。

 乗用車やトラックで歩行者らをはねて無差別に殺傷する事件は、日本でも過去に起きている。走っている車を一台一台監視するのは不可能で、銃器や爆発物のような規制もできない。模倣犯の封じ込めが課題になる。

 フランスのテロは、独特の移民政策も背景にあると言われる。フランス語や文化を受け入れフランス人になりきるよう求める「同化」政策をとるが、現実には学業や就職での差別が残っている。

 移民の不満はマグマのように鬱積し、何らかの刺激を受ければ噴き出して事件や暴動につながりやすいという。過激派組織「イスラム国」(IS)への感化などがこうした刺激になるだろう。

 南仏の観光地は明るく安全と思いがちだが、治安がよい場所ばかりではない。移民も多く、別荘や高級ホテルに滞在する富裕層と相いれない面もある。どこへ行くにもテロのリスクが伴うことを一人ひとりが認識する必要がある。

 ベルギーやバングラデシュなど各国で相次ぐテロも事情は少しずつ異なるものの、移民政策や貧富の差が絡むとされる。しかし、移民排除などの動きはかえって対立を深刻化させる。テロの根底にある問題を見つめ直し、時間をかけてでも世界が連携して解決策を探っていくしかない。

仏のテロ 許されぬ市民への攻撃

 罪のない市民を狙う卑劣な行為が、いったいいつまで続くのだろうか。

 フランス南部の国際リゾート都市ニースで、休日の夜を楽しむ人々の中を大型トラックが暴走した。犠牲者は80人を超え、子どもたちも含まれる。

 運転手は、銃撃戦の末に射殺された。当局は、テロ事件として捜査している。

 どんな理由があろうとも、武器を持たない市民への暴虐は、断じて容認できない。

 フランスでは、昨年1月に風刺週刊紙「シャルリー・エブド」襲撃事件が、11月にパリ同時多発テロが、相次いで起きた。また、今年3月にはブリュッセルの空港や地下鉄でも連続テロがあった。

 これらを受けて、仏当局は厳戒態勢を取ってきたはずだった。今後は警戒のあり方に見直しも迫られそうだ。

 バングラデシュの首都ダッカで今月起きたテロでは、日本人7人が犠牲になった。モンゴルで始まったアジア欧州会議(ASEM)でもテロ対策が主要議題となったが、日本も欧州など各国と緊密に連絡を取り、議論に積極的に参加すべきだ。

 事件が起きた14日は、フランス革命を記念する祝日だった。これを祝う花火を見ようと、大勢の人が集まっていた。

 海に面した現場は、ニースで最も華やかな街路だ。世界中から観光客やバカンス客がやってくる。さざ波の音を耳に、潮風を肌に散策を楽しむ世界は、自由と平等、博愛を掲げたフランス革命以来、市民社会が模索と成熟を重ねて到達した一つの姿とも言える。

 そのような、安心と喜びに満ちたライフスタイルこそが標的になったのか。だからこそ、容疑者はあえてこの日この場所を狙ったとも考えられる。

 容疑者は31歳の男性だと報じられている。パリやブリュッセルのテロの場合のように、欧州社会で生まれ育ったいわゆる「ホームグロウン」なのか。過激派とのつながりはあるのか。捜査を待たねばならない。

 重要なのは、暴力を封じ込めるだけでなく、なぜ彼らが暴力に向かうのか、背景の解明も含めて対策を練ることだ。そのためには、治安機関や捜査機関だけでなく、社会学や心理学など各分野の英知を結集し、外交問題や社会の格差、移民問題など幅広い分野での課題を検討する必要がある。

 道は遠いが、少しずつ歩みを進めたい。まずは各国が協調し、テロや暴力を許さない姿勢を示すことが大切だ。

日中首脳会談 冷静な対話の環境を

 アジア欧州会議(ASEM)首脳会合に出席するため、モンゴルの首都ウランバートルを訪問中の安倍首相がきのう、中国の李克強(リーコーチアン)首相と会談した。

 日中の首脳会談は昨年11月以来のことだ。

 オランダ・ハーグの常設仲裁裁判所が、中国が唱える南シナ海での権利を認めないという判決を下した後、初めて直接意見を交わす場となった。

 会談で安倍首相は、南シナ海や東シナ海での中国の行動に懸念を表明し、仲裁裁判所の判決を受け入れるよう促した。

 南シナ海の大半を「9段線」と呼ばれる境界線で囲み、その内側に歴史的な権利があるという中国の主張に、およそ理がないことは判決が示す通りだ。

 中国は周辺海域で岩礁を埋め立てて人工島化し、既成事実化を進めている。軍事演習も強化し、防空識別圏の設定にも含みを持たせている。近隣国や米国との決定的な対立を招きかねない危険な選択肢だ。

 今回の判決は、中国に対し、こうした姿勢を軌道修正できるかどうかを問いかけている。中国が国際秩序の枠内で行動し、国際協調の果実を享受する国たり得るのか否か。

 日本もまた、中国とどう向き合うかが改めて問われている。9月初旬に中国・杭州で開かれるG20首脳会議に向け、日中関係をどう深め、周辺海域の安定をはかっていくか。

 日中双方にとって肝要なのは対話の窓を閉ざさないことだ。

 日本は、南シナ海に領有権や経済的権利を持たないし、主張もしていない。ただ、この海域がきわめて重要な航路である以上、海運に依存する国として関係国とともに懸念を示し、中国に判決を受け入れるよう促すのは当然のことだ。

 これに対し、中国は激しく反発してきたが、その中身はとても受け入れられない。

 たとえば、国際海洋法裁判所長だった柳井俊二・元外務次官が、常設仲裁裁判所の裁判官の選任にかかわっていたことについて、中国外務省の幹部らは、日本が裁判をゆがめたかのように批判している。

 だがこれは国連海洋法条約にもとづく手続きである。中国は裁判官の人選に関与できたにもかかわらず、裁判自体に参加していなかった。

 大事なことは、対立をあおることなく、冷静な対話の環境を整えることだ。国際法の秩序と安定を南シナ海と東シナ海に取り戻すために何ができるのか。日中双方が議論を通じて、具体的な解決策を模索すべきだ。

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