2016年8月31日水曜日

原子力発電の長期展望示す議論を

 東京電力(現東京電力ホールディングス)福島第1原子力発電所の事故から5年半がたとうとしている。この間、政府は原子力政策の長期的な展望を示してこなかった。「原子力発電への依存度を下げる」と繰り返すのみで、どれほどの水準を維持するのか、議論を避けてきた。

 エネルギー安全保障と地球温暖化対策、電気料金の安定の3つを満足させるうえで、日本にとって原子力は欠かせない電源だ。

自由化との両立めざせ

 展望がないままでは、原子力の安全を支える人材や技術、産業さえも衰える。原子力発電の将来像を示す議論を早く始めるべきだ。

 昨年決めた2030年時点の電源構成の目標では、とりあえず原子力で電力の20~22%を賄うとしたが、その先は見えない。

 古い原発を廃炉にする代わりに、安全面で優れた新しい原発を建てるリプレース(更新)をしなければ、原子力比率は今世紀半ばにゼロに近づく。建設に10~20年以上の長期を要することを考えても、もはや時間的な余裕があるとはいえないだろう。

 議論すべき点は多い。まず電力自由化のなかで原子力事業の採算性をどう保つか、だ。

 原発は建設費が巨額だ。九州電力・川内原発は2基で約5千億円かかった。電力会社の利益を保証する形で電気料金を決める総括原価方式を前提に、建設が進んできた。自由化でこの方式が撤廃されると、原発への新規投資が滞る公算が大きい。

 さらに廃炉に必要な費用も今後、重荷になる。福島事故以前からの3基に加えて、福島第1など12基の廃炉がすでに決まった。関西電力は美浜1、2号機の廃止に約680億円かかるとするが、見積もり通りで済む保証はない。廃炉で生じる廃棄物の捨て場も決まっていないからだ。

 自由化と原発維持を両立させる国の支援の仕組みが要るだろう。原発の更新をめざす英国は新規原発の電気を安定した価格で長期間にわたり買い取る制度を設けた。再生可能エネルギーの固定価格買い取り制度に似ている。他国の事例を参考にしつつ日本の実情にあった制度づくりが求められる。

 原発事故の賠償制度で電力会社に無限責任を求めるのはそもそも無理がある。最大手の東京電力ですら福島事故後の補償や除染、廃炉で国の支援を必要とした。

 現行制度の抜本改正を見送るとしても、国の支援をより明確に制度化し、被災者保護を確実にするとともに原発事業のリスク低減を進めるべきではないか。

 福島第1の廃炉と除染は政府と東電が協力して着実に進める必要がある。国民の負担も勘案して何をどこまでやるか、現実的な対応を考えなくてはならない。

 今後、原子力発電の維持に政府の関与は強まらざるを得ない。しかし「国策民営」の基本形を変える理由はないだろう。原発の国有化などの道を選ぶより、電力会社が強い責任感を持ち経営努力を重ねることが健全な原発運営につながるはずだ。

 政府の役割が強まっても、原子力の安全規制の独立性を侵すことは許されない。原子力を維持するうえで最も重要なのは、原子力規制委員会の能力と信用である。

最高水準の規制機関に

 規制委は発足から4年たつが、福島事故で失った安全規制への信頼を回復しているとはまだ言いがたい。田中俊一委員長が口にする「世界最高水準の安全基準」を持つだけではなく、「最高水準の規制機関」であることが重要だ。政府は質と量の両面で規制委の体制をさらに充実させるべきだ。

 放射性廃棄物の処分の道筋もついていない。使用済み核燃料の再処理で出る放射性廃棄物の処分場について、資源エネルギー庁は潜在的な候補となる「科学的有望地」を今年末に示す。

 それからが正念場だ。長らく批判の的だった「トイレなきマンション」の状態を、この機を逃さず脱却しないことには原子力発電の将来もおぼつかなくなる。

 18年には日米原子力協定が締結から30年の満期を迎える。協定の継続は日本の原子力利用に極めて重要である。ただ米国には、使用済み核燃料の再処理やプルトニウム利用で日本に幅広い裁量権を認めた現行協定への批判的な見方があると聞く。

 批判にこたえるうえでも原子力政策の長期展望を示すことが重要だろう。20年、30年先の原発の数を大筋で示し、規模に見合うプルトニウムの生産・利用計画をたてるのが望ましい。

私立小中補助 もっと吟味が必要だ

 ほかに優先すべき施策がないか、現場の実態はどうか、慎重な吟味が必要だ。

 文部科学省が、私立の小中学校に通う子のいる年収590万円未満の世帯に、授業料の一部を補助する制度を考えている。

 年収に応じ、年10万~14万円を支援する。来年度予算の概算要求に約13億円を盛り込んだ。

 小中は、誰もが授業料がただで通える公立がある。私学を選んだ家庭になぜ補助するのか。

 私学の多くは中高一貫教育や男女別学、宗教教育といった特徴を打ち出してきた。だが小中とも、平均で年40万円余の授業料を払わなければならない。

 「家庭の経済状況にかかわらず、国公私を通じて多様な教育を選べるようにしたい」と文科省は話す。

 中高一貫の中学段階は公立だと授業料が無償だが、私立は有償だ。私学からは「格差を是正すべきだ」との声も出ている。

 子どもの学校選びが、家庭の豊かさに左右されないようにする。その方向性は正しい。

 私学に行かせたいが経済的なゆとりがない家庭には、限られた額だが朗報だろう。

 しかし制度化については、さらなる検討が欠かせない。

 教育費の負担を軽くする制度は、大学生への奨学金や、小中で学用品や通学費を支援する「就学援助」などがあるが、貧困の実態に追いついていない。

 公立に通いながら給食費を払うのに苦労する家庭や、学力があっても大学に行けない子がいるなか、私立小中の授業料の補助がどこまで優先されるのか。

 小学校から高校までの公教育で保護者負担を軽くする制度がないのは私立小中だけだ。公教育外のフリースクールにも公的支援のモデル事業が始まった。

 「義務教育にもかかわらず、私立小中に授業料の補助がないのは制度上、整合性を欠く」と文科省は言う。

 だが制度の問題だけでなく、現実がどうなっているのかを、まず把握する必要がある。

 恵まれない家庭が私学を選んでいるのはなぜか、どんな理由の世帯がどれだけあるのか。文科省は小中それぞれで実態を調査するべきだ。

 私学、とくに小学校は都市部に多い。私立の授業料を支援すれば、都市と地方の教育環境の格差が広がる懸念がある。各地の実情も調べてもらいたい。

 制度をつくる前にそもそも必要なのは、公立、さらには私学も含めた公教育でどこまで多様性を認めるのかという議論のはずだ。制度化は、そうした吟味を経てからでも遅くない。

予算概算要求 危機感の乏しさを憂う

 「施策の優先順位を洗い直し、無駄を徹底して排除しつつ、予算の中身を大胆に重点化する」

 来年度予算編成の出発点となる各省庁からの概算要求について、政府が今月初めに決めた基本方針の一節である。

 言葉は力強い。だが現実はといえば、決意表明はどこへやら、未曽有の財政難への危機感の乏しさに驚くばかりだ。

 きょう締め切られる概算要求の総額は、3年連続で100兆円を超える。

 要求時の基準に天井(シーリング)を設けず、一部の予算については今年度当初予算から2割増し近くまで要求できる仕組みとしたことが大きい。

 もちろん、全額がそのまま認められるわけではなく、財務省の査定などを通じて絞られる。

 とはいえ、厳しい財政を直視すれば、政府の基本方針がうたう通り、「既存事業の実績や効果を効率性、有効性等の観点から徹底検証して見直した上で要求・要望を行う」のは当然だ。

 省庁の姿勢はどうか。

 国土交通省は、公共事業費として今年度当初予算から16%増の6兆円強を要求した。経済産業省も、特別会計分を含めて9%増の1兆4千億円余を求めた。被災地での復旧事業が峠を越えた復興庁が要求を減らした例もあるが、「できるだけ多くの予算を獲得するために目いっぱい要求する」と言わんばかりの省庁が多い。

 そうした中で目を引くのが、内閣府が所管する沖縄振興予算だ。要求額は今年度当初より140億円少ない3210億円。米軍普天間飛行場の名護市辺野古への移設計画をめぐって対立する翁長雄志知事を牽制(けんせい)したのでは、ともささやかれる。

 菅官房長官はそうした見方を否定したうえで「予算については、効果的な政策を実現するために必要に応じて歳出の見直し、不断の努力をするのは当然。沖縄振興予算も例外ではない」と強調した。

 ならば、問いたい。そうした「不断の努力」をすべての省庁がすべての予算について尽くしたのか、と。

 来年度予算の概算要求に先立って、政府は今年度2次補正予算案を閣議決定した。2兆7千億円強の建設国債を追加発行して公共事業を積み増すなど、総額は3兆3千億円に迫る。当初予算と似た項目が並び、補正が抜け道となって歳出が膨らむ構図は相変わらずだ。

 こんな財政運営をしていては健全化への道は遠い。それだけは確かである。

「共謀罪」法案 テロの未然防止に不可欠だ

 世界中でテロの脅威が増大している。日本も抑止につながる対策を講じることが欠かせない。

 政府が、組織的な重大犯罪を計画した段階で処罰できる組織犯罪処罰法改正案をまとめた。9月の臨時国会に提出する方向で検討している。

 過去に3度廃案となった「共謀罪」創設に関する法案を基に、適用対象を絞り込み、新たな構成要件を加えたのが改正案だ。共謀罪の名称は、「テロ等組織犯罪準備罪」に変更する。

 2020年に東京五輪の開催を控える。テロ組織の犯罪を未然に防ぐために、必要な法整備を進めることは重要である。

 共謀罪を巡っては、「労働組合や市民団体まで対象になる」「居酒屋で上司を殴ろうと意気投合しただけで罰せられる」といった批判があった。対象となる団体の定義や、どんな場合が共謀になるかが不明確だったことが要因だ。

 改正案では、適用対象を単なる団体ではなく、組織的な犯罪集団に限定した。構成要件についても、犯行の合意だけでは足りず、化学テロに使う薬品を購入するなど、計画した犯罪の具体的な準備行為が必要になる。

 国民の懸念を払拭するためにも、捜査当局の恣意的な解釈で適用範囲が広がることがないような仕組みにしなければならない。

 共謀罪の創設が議論されたきっかけは、00年の国連総会で、テロやマフィアなどの組織犯罪撲滅を目指す「国際組織犯罪防止条約」が採択されたことだ。条約は犯罪防止に効果的な共謀罪を設けるよう、参加国に義務づけた。

 これまでに187か国・地域が条約を締結したが、日本は未締結だ。現状のままだと、テロ集団などに対する国際包囲網に加わらない弱みにつけ込まれ、日本が狙われる可能性は否定できまい。

 国境を超えたテロや麻薬密売、人身売買は後を絶たない。法整備によって、国際連携の枠組みに参加し、要注意人物などに関する情報の交換を緊密にできるようになる意義は大きい。

 テロの封じ込めには、端緒の迅速な察知も求められる。

 5月に成立した改正通信傍受法により、傍受時の通信事業者の立ち会いが不要になった。

 ただ、日本では、特定の犯罪捜査を目的に、裁判所の令状に基づいて実施する「司法傍受」のみが認められている。

 欧州ではテロに関する情報収集としての「行政傍受」も行われている。この導入も検討課題だ。

サバ漁国際規制 資源が枯渇してからでは遅い

 身近な魚でも、資源が枯渇すれば、手の届かない高級食材になりかねない。国際的管理を日本が主導せねばならない。

 日中韓など6か国・地域で構成する「北太平洋漁業委員会」が、北太平洋の公海上でサバ漁船数を増やさないよう推奨することで一致した。

 サバの資源保護に向けた初の国際合意だ。漁船数の抑制は、各国・地域の自主的取り組みに委ねられた。日本政府は「最低限のスタートラインに立てた」と評価している。今回の決定に、いかに実効性を持たせるかが課題である。

 サバの国内漁獲量は1978年に160万トンを超えたが、91年には25万トンまで激減した。その後、資源保護を目的に漁獲量が制限され、現在は、主に排他的経済水域(EEZ)内で年50万トン前後の水揚げで推移している。

 隣接する公海上では、中国漁船が急増している。2014年の20隻から、15年は報告されているだけで80隻となり、漁獲量も5倍の13万トン余に増えた。

 東京で開かれた今回の会議で、日本は漁船数の抑制を義務化するよう求めた。中国の漁獲量がこのまま増えれば、再び資源が枯渇しかねないという危機感からだ。

 しかし、中国は「資源量の減少が不明な段階で規制を強化すべきではない」と反発した。結局、義務化は見送られた。

 規制の意義を中国に認めさせるためには、会議で合意した資源量の実態調査を日本が中心となって速やかに進め、科学的データを示すことが大切である。

 中国などでの食生活の多様化や漁業の発達を背景に、主に日本が消費してきた漁業資源の持続性が危ぶまれる事態が増えている。

 委員会は、日本の呼びかけで昨年発足し、サンマの漁船数を増やさないことを義務化した。

 太平洋クロマグロについては、既に漁獲量を制限している未成魚が急減した場合の追加規制策が、当面の懸案だ。具体的なルールや発動条件を協議する国際会議が福岡市内で開かれている。

 水産大国である日本には、資源量を把握した上で、未成魚の乱獲を防ぐなど、持続的な漁業に取り組む責任がある。多様な資源の保護と漁業振興のバランスを維持していくことが肝要だ。

 狙った魚種以外の生物も捕獲してしまう底引き網漁やはえ縄漁など、大規模漁法も問題視されている。日本が率先して、可能な限り生態系に悪影響を及ぼさない手法に改善していきたい。

2016年8月30日火曜日

金融緩和では止められない成長力の低下

 世界の中央銀行首脳らが集まる毎夏恒例の国際経済シンポジウムが米国で開かれた。将来に向けて強力な金融政策の枠組みをどうつくるかがテーマだったが、むしろ浮かび上がったのは経済の勢いが構造的に弱まっているときには金融政策が効果を発揮しにくいという点だった。

 中央銀行が不況や市場の混乱に対処するため新しい手段を模索するのは当然だが、経済の構造問題の解決まで期待するのは無理がある。各国政府は金融政策依存に陥らず、潜在的な成長力を引き上げる方策に全力をあげるべきだ。

 シンポジウムで講演したイエレン米連邦準備理事会(FRB)議長は、「米国の長期的な政策金利が従来よりかなり低い3%程度にとどまるとの見方が強まっている」と指摘。米国の利上げが以前に比べて小幅にとどまる可能性を示唆すると同時に、将来経済が悪化した際に利下げできる余地も狭まっているとの認識を示した。

 政策金利が低くなる理由として、経済を刺激も冷やしもしない「中立金利」(物価上昇分を除く実質水準)が大幅に低下している点をあげた。その背景には生産年齢人口の伸び鈍化や低生産性に伴う潜在成長率の低下があるとの見方を示した。

 状況は日欧ではさらに深刻である。潜在成長力が米国より低く、日本を含め中立金利がマイナスになっているとみられる国も少なくないからだ。そうした環境下では、経済に刺激を与えようとすれば、中央銀行は一段と踏み込んだ政策対応に出ざるをえなくなる。

 日銀や欧州中央銀行(ECB)はすでにマイナス金利にコマを進めた。国際シンポジウムでは先進国が取りうる将来的な措置として、2%のインフレ目標を引き上げたり、名目国内総生産(GDP)目標などを導入したりして、緩和をさらに強化する政策の是非も論じられた。

 中央銀行は経済状況に応じて柔軟に政策手段を検討する必要がある。だがその際は、金融市場の不安定化など副作用にも十分目を配らなければならない。

 いちばん重要なのは、各国の政府や、企業、金融機関が根本的な課題である潜在成長力の引き上げに向けて努力を傾けることだ。生産性上昇で成長力が高まれば、マイナス金利などの非常手段を取る必要性も低下する。中央銀行に負担をかけすぎてはならない。

自動運転技術を賢く使いたい

 日産自動車が高速道路で自動走行する新型ミニバン「セレナ」を発売した。

 ハンドル、アクセル、ブレーキの3つを機械が制御し、適切な車間距離を確保するための加速や減速、カーブに対応したハンドル操作を自動で行うのが特徴だ。事故防止や運転手のストレス軽減につながることが期待される。

 ただ、現時点の自動運転はあくまで人間のドライバーの支援にすぎず、事故が起きたときの責任は運転手にある。技術に頼りすぎることなく、機能や限界をわきまえて、賢く使いこなしたい。

 世界では自動運転技術をめぐる開発競争が激しさを増している。自動車会社だけでなく、米グーグルのような有力IT(情報技術)企業も参戦している。

 最大のメリットは安全性の向上だ。カメラなどで周囲を認識して危険を察知すれば、人間よりはるかに素早くブレーキやハンドルを操作し、事故を回避できる。

 渋滞時は車の流れに合わせて発進と停止を機械が行うので、運転手がアクセルとブレーキを交互に踏むイライラから解放される利点もある。日産車に試乗した人からは「ノロノロ運転のストレスが大幅に減った」という声が多い。

 完全な自動運転が実現すれば、運転のおぼつかなくなった高齢者なども移動の足を確保できる。トラックやタクシーなどの運転手不足対策にもなるだろう。

 大きな可能性を秘める自動運転技術だが、過信は禁物だ。米国では今年5月、自動運転モードで走行中のテスラモーターズの車両で死亡事故が起きた。

 ドライバーが運転を完全に車まかせにして、周囲への注意を怠った可能性が指摘されている。日本でも他山の石とすべきだろう。

 日産をはじめ自動車業界は技術の限界と注意点を消費者にきちんと伝える義務がある。警察や国土交通省も国民への注意喚起を徹底してほしい。事故を減らすはずの新技術が、新たな事故の原因になる事態は避けないといけない。

アフリカ会議 良質な支援で中国と差別化を

 アフリカの健全な発展は、世界の安定に欠かせない。官民を挙げて支援し、成長力を取り込む互恵関係を築きたい。

 日本とアフリカの約50か国の首脳らによる第6回アフリカ開発会議(TICAD)がケニアで開かれた。経済構造改革や感染症対策の強化を柱とするナイロビ宣言を採択した。

 安倍首相は基調講演で、3年間で官民総額300億ドル(約3兆円)規模を投資し、約1000万人の技術者らを育成する考えを表明した。「日本と日本企業の力を生かす時が来た」とも訴えた。

 豊富な天然資源を有し、人口も急増するアフリカは、世界経済の「最後のフロンティア」と称され、各国が競って投資してきた。

 しかし、近年は、資源価格の下落、エボラ出血熱など感染症の拡大、内戦やテロの多発といった課題に直面している。貧困の根絶や社会の安定にはほど遠い。

 ナイロビ宣言が、資源輸出だけに頼らない「経済の多角化」を掲げたのは妥当だ。日本の技術力を生かした、質の高いインフラ投資や人材育成を進め、アフリカの自立を促すことが肝要である。

 初めてアフリカで開かれたTICADには、多くの日本企業や団体が参加し、具体的な投資案件などを協議した。潜在的な巨大市場への経済界の期待は強い。

 22企業・団体が計73事業の覚書に署名した。地熱発電や農業の開発、病院整備、マラリア対策など広範な協力の意義は大きい。

 首相は、「日アフリカ官民経済フォーラム」の設立を発表した。日本の閣僚や企業関係者らが3年に1回、アフリカを訪問する枠組みだ。密接に連携し、双方の利益を追求することが重要だ。

 中国は昨年12月、3年間で600億ドルを支援すると公表した。金額では日本の2倍だが、中国企業の儲もうけや資源確保などを優先するため、人材育成や技術移転につながらないとの批判が根強い。

 日本は、質を重視したインフラ整備に加え、維持や運用のノウハウを提供し、現地の専門家を育てるきめ細かな支援で、中国との差別化を図ることが大切である。

 首相は、太平洋とインド洋を「平和な、ルールの支配する海」とするインド太平洋戦略を打ち出した。ナイロビ宣言にも、海洋秩序の維持、国連安全保障理事会の改革の必要性が盛り込まれた。

 いずれも中国を念頭に置いたものだ。中国に独善的な行動の自制を促すためにも、アフリカ諸国と戦略的な関係を構築したい。

埼玉16歳暴行死 救う手立てはなかったのか

 痛ましい事件である。救う手立てはなかったのだろうか。

 埼玉県東松山市の河川敷で、16歳の井上翼さんの遺体が見つかった。全裸で溺死させられ、発見時には体の半分以上が砂利に埋まっていた。顔には殴打された複数の痕があった。

 埼玉県警は、14~17歳の少年5人を殺人容疑で逮捕した。うち2人は地元の不良グループに属する無職少年で、残る3人は中学生だ。5人は、井上さんの体を川につけるといった暴行を加えたことを認めているという。

 井上さんは、昨年11月に定時制の県立高校を中退した。定職に就かず、最近は友人宅などに身を寄せていた。5人とは、事件の1週間ほど前から行動をともにしていたとみられる。

 供述などによると、少年らは電話やメールなどで井上さんを呼び出した際に、「地元にいない」などと嘘うそをつかれて逆上した。

 ささいな動機と、重大な結果との落差に唖然(あぜん)とする。あまりに短絡的な犯行と言うほかない。

 事件の経緯を詳細に解明し、再発防止につなげねばならない。

 少年が集団的な暴行に走る同様の事件は過去にも起きている。

 昨年2月には、川崎市の河川敷で、中学1年の男子生徒が少年3人から暴行を受けて、殺害された。加害者の1人は、それまでの暴行を友人に告げ口されたと邪推して犯行に及んでいた。

 こうした集団暴行について、専門家は「一人一人の犯罪意識が希薄化し、エスカレートしてしまう」と指摘する。取り返しのつかない事態に発展する前に、周囲の介入で芽を摘むことが大切だ。

 川崎の事件の教訓が生かされなかったのは残念である。

 今回の事件では、携帯電話で指示を受けながら買い物をさせられる井上さんの姿が、現場近くのコンビニ店で目撃されていた。たばこの火を押しつけられたような痕が手にあったとの証言もある。

 親をはじめとする周りの大人が、異変を敏感に察知していれば、事件を防げた可能性もある。不良グループに対する警察などの対応は十分だったのか。中学生の3人については、学校の指導の在り方も問われよう。

 現行の少年法は、少年の保護と更生に主眼を置く。川崎の事件などを契機に、法務省が見直し作業を進めている。

 少年の凶悪犯罪を抑止するには、どのような仕組みが効果的なのか。議論を深めたい。

2016年8月29日月曜日

人材力高める改革で成長底上げを(反グローバリズムと日本)

 グローバル化に疎外感を抱く人々の不満が世界で渦巻いている。 英国民はあえて欧州連合(EU)離脱の道を選んだ。米大統領選の共和党候補トランプ氏が掲げる排外的な姿勢は、批判の一方で根強い支持を集めている。

 欧米のような反グローバル化の動きは日本ではまだ目立っていない。だが経済成長の伸び悩みが幅広い層の人々の生活や人生設計を不確かにしており、不満の芽が静かに育っているおそれがある。

再起の支援を手厚く

 日本経済の稼ぐ力を高めないと長い目でみたじり貧の構図は変わらない。安倍晋三首相は主な先進国の中でひときわ安定した政権基盤を築いている。この政治的な資本を、長期の成長を実現する強力な改革に注ぐべきである。

 求められるのはどんな改革か。重要な分野は3つある。

 日本が優先して取り組まねばならないのが、人材力、そして働く人の潜在力を引き出す制度や環境を整えることだ。

 日本では世界でも有数のペースで少子高齢化が進んでいる。働き手の人口の減少が成長の頭を抑える要素になりかねない。若者や高齢者、女性が高い意欲をもって柔軟に仕事に就けるようにし、生産性を高めなければならない。

 長時間残業を減らす。「同一労働同一賃金」を目指して非正規社員の待遇を良くする。安倍政権はそうした働き方改革に手を付けた。一気に進めていくべきだ。

 成果を出せば柔軟に働ける「脱時間給」を盛り込んだ労働基準法の改正案も早く成立させ、解雇の金銭解決制度の導入などと合わせて改革の実績を重ねてほしい。

 大切なのは、急な技術革新や産業構造の変化に取り残された人々の再起を応援する政策である。

 新たな仕事での再出発を志す人材の技能や知識を深める教育訓練の場を充実することが急務だ。低所得でも働く意欲のある人々に一定の資金を渡す「給付つき税額控除」の導入もひとつの解決策だ。再挑戦の機会を増やすことが人材力の向上に大いに貢献する。

 第2に、経済成長の果実を生み出す民間企業の積極的な事業展開を引き出す改革が必要だ。

 無数の機器がインターネットでつながり、IT(情報技術)を活用した新たなビジネスが次々と誕生している。企業がこうした急激な環境変化に対応し、国際競争を有利に戦えるようにしたい。農業やサービス業で事業展開の妨げとなる規制を直すなど、政府は成長のお膳立てに徹してほしい。

 法人税の実効税率の引き下げも米欧が進めてきている。一段の税率下げも考慮すべきだ。

 政府と産業界は日本の成長に必要なこととは何かを見定め協力して迅速に行動することが大切だ。成長力を高めて業績を上げ、賃上げなどで働き手に還元する。好循環を定着させれば、反グローバル化の機運が広がるのを防げる。

 第3に、財政や社会保障への将来不安をなくす制度改革だ。

 2020年代には戦後の「団塊の世代」が75歳以上となる。社会保障の給付が急増し、財政の状況は一段と悪化しかねない。

各国の好例を学び合え

 雇用情勢は良いのに若い世代がお金を使わないのは、中長期で生活のやりくりができるかどうかの確証が得られないためだ。安定した制度への改革を今から始めないと、消費低迷は改善しない。

 主要7カ国(G7)の首脳会議(伊勢志摩サミット)で安倍首相は財政出動と金融緩和、構造改革の3点での国際協調を提唱した。各国が改革の好例を学び合い行動に移すのも有用な政策協調だ。

 03年にドイツのシュレーダー前首相が着手した社会保障と労働市場の改革は、激しいグローバル競争のなかで政治の決意が生きた端的な例だ。効果が表れるまでには3~4年を要し、シュレーダー氏は2年後の下院選挙でメルケル首相の陣営に惜敗したが、ドイツ経済に粘り強さをもたらした。

 各国が金融緩和頼みで経済を刺激しようとしても、光明は開けない。中央銀行が国債増発を引き受け、お札をまくように資金を流す「ヘリコプターマネー」を日本に催促する声もあるが、多大な副作用を伴うのは明らかだ。

 長期の戦略を定め、経済の足腰を強めて実績を重ねる。反グローバル化の克服には、そうした地道な努力が求められる。

「共謀罪」法案 政権の手法が問われる

 またぞろ、というべきか。

 安倍内閣が、人々の強い反対でこれまでに3度廃案になった「共謀罪」法案を、「テロ等組織犯罪準備罪」法案に仕立てなおして、国会に提出することを検討しているという。

 ついこの間おこなわれた参院選ではそのような方針はおくびにも出さず、選挙が終わるやいなや、市民の自由や権利を脅かしかねない政策を推し進める。特定秘密保護法や安全保障法の制定でもみせた、この政権のふるまいである。

 いや、自民党は治安・テロ対策を選挙公約に掲げたうえで多くの支持を得ている。政府はそう反論するかもしれない。

 しかしそこに書かれていたのは「国内の組織・法制のあり方について研究・検討を不断に進め、『世界一安全な国、日本』を実現します」という、著しく具体性を欠く一文だ。連立与党を組む公明党は、公約でこの問題にいっさい触れていない。

 そんな状況で本当に法案を提出するつもりなのか。内容以前に、政権の体質そのものがあらためて問われよう。

 実際に行動に移さなくても、何人かで犯罪をおこす合意をするだけで処罰する。それが共謀罪だ。マフィアなどの国際犯罪組織を取り締まる条約を結ぶために、日本にも創設することがかねて議論されてきた。

 しかし小泉内閣が提出した法案には、▽共謀罪が適用される組織の範囲があいまいで、ふつうの労働団体や市民団体、企業の活動が制約されるおそれがある▽共謀だけで罪となる行為が600以上に及び、処罰の網が広くかかりすぎる▽犯罪が行われてはじめて刑罰を科すという刑法の大原則がゆらぐ――といった批判が寄せられた。

 今回の案では、当時の国会審議や与野党協議の到達点を踏まえ、組織の定義などについて相応の修正がなされるようだ。

 だが対象罪種は前のままで、引き続き600を超すという。数を絞り込む方向で積み重ねてきた、これまでの議論はどうなったのか。この間も捜査のいきすぎや不祥事は後を絶たず、そんな当局に新たな力を付与することに疑問をもつ人は少なくない。さらなる見直しが必要だ。

 東京五輪をひかえ、テロ対策や国際協力の看板をかければ、多少の懸念があっても大方の理解は得られると、政権が踏んでいるのは容易に想像できる。

 もちろんテロの抑止は社会の願いだ。だからこそ権力をもつ側はよくよく自制し、人権の擁護と治安というふたつの要請の均衡に意を砕かねばならない。

福島の凍土壁 本当に破綻でないのか

 福島第一原発の汚染水対策が、暗礁に乗り上げている。

 経済産業省資源エネルギー庁と東京電力は凍土方式による遮水壁(凍土壁)を対策の柱と位置づけてきたが、いっこうに成果が上がらない。

 原子炉建屋などを取り囲むように造られた凍土壁は今年6月、全面的に稼働した。しかし3カ月近くたっても凍結しない部分が残り、そこから地下水が原子炉建屋側に流れ込む。放射性物質に触れて発生する汚染水は、日量約400立方メートルのまま減っていない。

 原子力規制委員会の検討会では、外部有識者から「計画は破綻(はたん)している」との指摘まで飛び出した。それでも、東電は未凍結部分にセメントを流し込むことなどでなお計画を進める考えを譲らなかった。世耕経産相も記者会見で凍結は進んでいるとの認識を示し、「東電を指導していく」と強調した。

 東電は凍土壁の成功を前提に、汚染水の発生を9月からは日量約250立方メートル、年明け以降は約150立方メートルと想定している。このまま減らないと、放射性物質の大半を取り除く処理や、処理後の水を蓄えるタンクの設置にも影響が及び、計画全体が綱渡りになる。

 凍土壁は、本当に破綻していないのか。

 国の事業として建設に345億円が投じられただけでなく、日々の冷却にもお金はかかっている。確たる目算を欠いたまま人や資金、時間をずるずると費やすことは許されない。

 エネ庁と東電は、期限を切って成否を見極めねばならない。規制委が再三求めてきたように、失敗した場合に備えて代替策も検討するべきだ。

 今回のような大規模な凍土壁を築く試みは、国内では例がなかった。エネ庁と東電はそれをあえて、世界最大級の原発事故の現場に持ち込んだ。

 施工期間が短くてすむ利点の一方で、規制委を含む専門家の間では「地下水が多く、流れも速いから完全凍結は難しい」「流入量を減らすのなら、土木工事で遮水壁を造る方が確実」などとさまざまな異論が当初からあった。エネ庁側はそれを押し切った経緯がある。

 言うまでもなく、凍土壁は汚染水を減らすための手段である。エネ庁と東電の間では、凍土壁の成功が目的になってしまっているのではないか。

 大量の放射性物質を含む汚染水による再度の環境汚染を防ぐために、どんな対策が有効で確実か。楽観を排し、広い視野で臨むべきだ。

相続法制見直し 高齢社会に見合う仕組みとは

 急速な高齢化に対応した相続制度を構築することが大切である。

 法制審議会が遺産相続に関する民法改正の中間試案をまとめ、国民から意見を公募している。

 試案の柱は、配偶者の権利保護である。方策の一つとして、居住権の創設を打ち出した。配偶者が自宅の所有権を有していなくても、一定期間、住み続けることのできる権利だ。

 家屋以外にめぼしい財産を持たなかった夫婦の場合、配偶者が遺産分割のために家屋の売却を迫られるケースがある。高齢で収入が乏しければ、住む場所を失いかねない。居住権創設で、こうした事態を防ぐ効果が期待できよう。

 試案は、配偶者の法定相続分の引き上げにも言及している。

 現行法で、配偶者の相続分は、婚姻期間に関係なく、一定している。結婚後の期間がどんなに短くても、遺産を子供と分割する際には、相続分は2分の1だ。高齢者の再婚も増える中、この仕組みを疑問視する声は強まっている。

 そこで、結婚から20年や30年といった区切りを設け、それより長くなれば、相続分を増やす。あるいは、婚姻後の財産の増加に応じて相続分も多くする。これらの案を併記している。

 財産形成への貢献度を相続に反映させる狙いは理解できる。

 今回の議論の発端は、2013年の民法改正だった。婚外子の相続格差に対する最高裁の違憲判断を受けて、該当する規定が廃止されると、自民党の国会議員らから「法律婚に基づく家族制度が揺らぐ」といった反発が出た。

 そこから検討が始まった経緯に照らしても、配偶者の権利保護を通じ、法律婚の意義を明確にする試案の方向性は妥当だろう。

 だが、手続きが煩雑になるというマイナスの要素も出てくる。

 配偶者の居住権行使が長期に及ぶ場合には、相当程度の財産を相続したとみなされるが、その財産価値をどう算定するのか。

 試案は、介護などの貢献があれば、相続人以外でも金銭の支払いを相続人に請求できるようにする仕組みも盛り込んでいる。

 相続に関わる人の範囲が広がれば、親族間などの紛争が増加し、長期化するのは避けられまい。

 法制審は、意見公募の結果を踏まえて、さらに議論を進める。法務省は、来年中にも民法改正案を国会に提出する方針だ。

 身近なテーマだけに、手続きの分かりやすさを重視して、新たな制度を練ってもらいたい。

沖縄振興費減額 基地と「リンク」も理解できる

 厳しい財政事情の下、沖縄を特別扱いし続けるのには限界がある、ということだろう。

 内閣府は2017年度沖縄振興予算の概算要求額について、16年度当初比140億円減の3209億円とする方針を決めた。要求額が前年度予算を下回るのは、12年の第2次安倍内閣発足後で初めてだ。

 減額の要因は、使途の自由度が高い一括交付金が1338億円と274億円も減少したことだ。

 交付金は、県を通じて市町村にも配分され、観光、雇用、情報通信など、様々な事業に充てられる。一方で、政府と自治体の調整不足などによる予算の使い残しが増えている。15年度までの不用額の累積は約280億円にも上る。

 菅官房長官は記者会見で「必要に応じ、歳出見直しへ不断の努力をするのは当然だ」と述べた。

 巨額の交付金の使い残しを踏まえれば、減額は妥当だろう。

 そもそも沖縄振興予算は、11年度までは2000億円台の前半だった。野田、安倍両政権が、米軍普天間飛行場の辺野古移設に対する沖縄県の理解を得るため、大幅に増額した経緯がある。

 政府は今回も、「21年度まで3000億円台を確保する」との方針は堅持した。那覇空港第2滑走路の建設費に今年度と同額の330億円を計上し、子どもの貧困対策費は増額した。

 沖縄県には予算面で十分配慮していると言えよう。県と自治体は、貴重な予算を無駄遣いせず、有効活用することが求められる。

 菅氏は、辺野古移設に反対する翁長雄志知事の姿勢が振興予算の減額に影響したとの見方を否定した。ただ、参院選後は、米軍基地問題と振興策について「総合的に推進する意味合いで、リンクしている」との見解も示している。

 日本の安全保障のコストを沖縄が多く負担する代償として、長年、巨額の振興費が投じられてきた。基地の返還が停滞すれば、跡地を利用した振興策も進まない。

 基地問題と振興予算が一定程度連動することは理解できる。

 振興予算とは別に、防衛省は、辺野古移設を条件付きで容認する意見が強い地元3区に直接交付する振興費を継続する方向だ。移設実現には必要な措置だろう。

 翁長氏は、基地問題を巡って政府批判を繰り返し、基地の統合・再編にも協力を拒みながら、振興予算を多く獲得したいとの姿勢を示している。違和感を禁じ得ない。全国の納税者も釈然としないのではないか。

2016年8月28日日曜日

原発停止を求めた鹿児島県知事への疑問

 鹿児島県の三反園訓知事が九州電力に川内原子力発電所(同県)の一時停止を要請した。地震に対する安全性が確認されていないなどとして、いったん止めて点検することを求めた。知事には原発の停止を求める法的な権限がなく、異例の要請である。その中身や根拠には疑問が少なくない。

 川内原発は原子力規制委員会の安全審査に合格し、前任の伊藤祐一郎知事や薩摩川内市の同意を得て、昨年8月に1号機、10月に2号機が再稼働した。三反園知事は今年7月の知事選で同原発の一時停止を訴え初当選した。要請はその公約を実行に移したものだ。

 知事は要請の根拠として、4月の熊本地震で震度7の揺れが続き原発の耐震性をめぐる県民の不安が強いことを挙げた。事故が起きた際の高齢者の避難や車両の確保などにも課題が残るとした。

 だが規制委は熊本地震の後に改めて安全性を確かめている。田中俊一委員長は「(一時停止して)何を点検するのか」と疑問を呈している。

 避難計画は、もともと県や地元自治体の責任で作ったものだ。ここまで詰めれば完璧というゴールはなく不断の改善は欠かせないが、原発の運転を続けながらできることが多いのではないか。

 九電は定期検査のため1号機を10月に、2号機を12月から一時停止させる計画を立てている。それを待たずに停止を求めるほど差し迫った根拠があるのか。知事はそれを示すべきだ。

 一方で今回の問題は、原発の稼働で欠かせない「地元同意」の定義や手続きに、なお不備が残ることを浮かび上がらせた。

 政府は、原発が安全審査に合格したあと初めて再稼働するときには地元の同意を前提条件とした。だが検査などで停止した後の再稼働でも必要なのか、はっきりしない。電力会社と自治体が結ぶ安全協定には法的拘束力がなく、協定の中身も原発ごとに異なる。

 いったんは地元が同意して稼働した原発が首長の交代で停止を求められるのでは、電力の安定供給に支障が生じかねない。電力会社は経営計画を立てられず、地域経済への悪影響も大きい。

 国が安全協定の中身について指針を示し、地元自治体がどんな状況で何を要請できるか、事前に定めておくべきだ。自治体と電力会社、規制当局などが話し合う場を設けるのも、一案だ。

就活生の負担軽減を多面的に

 大学生の就職活動が終盤を迎えている。今年は面接など選考試験の解禁が前倒しされ、昨年より早い時期に内定を取る学生が増えた。半面、企業の事業内容や特色を調べる時間が減り、内定を後で辞退する学生も多くなっている。

 納得のいく会社選びをしようと就活を続ける学生もめだつ。内定がまだ取れていない人を含め、就活が長引く様子は今年もあまり変わっていない。元気のいい中堅・中小企業と学生の橋渡しなどの支援に力を入れる必要がある。

 経団連は昨年、選考試験の開始を4月から8月に遅らせたが、抜け駆けする企業が相次いだため今年は6月に繰り上げた。これに伴い学生が内定を取り始める時期も早まり、人材サービス大手リクルートキャリアの調査によると、8月1日時点での就職内定率は79%と昨年より14ポイント上昇した。

 しかし、内定を取った学生に占める辞退者の割合も、同じ時点で56%と12ポイント高まっている。

 今年は学生が企業を研究する時間が短くなったと指摘されている。仕事内容への理解が不十分だったことが内定辞退につながっている場合も少なくないだろう。

 6月の選考解禁は海外留学生への影響もあった。外国の大学を卒業して帰国する時期と重なり、就活に出遅れる例がみられた。留学生の就活も長引かないか心配だ。

 企業は「厳選採用」を強めており、もともと就活が長期化する素地がある。経団連は来年の採用活動も今年と同じ日程にする方向だが、就活が長引くのをできるだけ抑え、学生の負担を減らすための多面的な対策が求められる。

 企業は選考時期の分散化を進めるべきだ。「新卒一括」方式の採用にこだわらず、大学4年生の秋や冬にも選考の場を設けることが当たり前になってほしい。

 大学の役割も大きい。技術力が優れていたり、海外事業に力を入れていたりする中堅・中小企業は多い。大学や商工会議所などの地域経済団体は、企業と学生が交流する場をもっと設けてはどうか。

民進党代表選 20年後の日本を示せ

 民進党の代表選は、蓮舫代表代行と前原誠司元外相の一騎打ちになりそうだ。ふたりは立候補表明の際に、同じような言葉を口にしている。

 「民進党は何をめざす政党なのか、どんな国をつくる政党なのか」(蓮舫氏)

 「民進党は何をめざすのか、どんな問題意識を持っているのか」(前原氏)

 党の存在意義そのものが根底から問われている――。そんな危機意識がにじむ。

 確かに現状は極めて厳しい。

 7月の参院選も自民、公明両党に大勝を許した。共産党などとの野党共闘で、3年前の前回選挙より議席を増やしたとはいえ、前途は険しい。

 朝日新聞の世論調査で、与党の勝因を尋ねたところ「野党に魅力がなかったから」が7割を占めた。政権批判だけでは支持を広げきれなかったということだろう。

 一方で、与党の勝因で「安倍首相の政策が評価されたから」は15%のみだ。安倍内閣の支持率は堅調だが、政策面での評価は決して高くない。

 アベノミクスは3年半たっても首相自身が「道半ば」と認めている。原発依存への回帰は明らかだ。憲法違反と批判された安全保障法制を強引に成立させた。そんななか、所得格差の拡大や中間層が細ることへの懸念が広がる。

 私たちの暮らし、この国の将来はどうなるのか。不安に思う国民にどう向き合い、安心を感じてもらえる政策を示していくか。民進党が問われているのは、まさにこの点だ。

 いまのところ、蓮舫氏は「次世代への投資」を掲げ、前原氏は「消費税1%を子どものために」などと唱えている。

 どちらも今後の論戦で、より具体的かつ総合的な政策を示してほしい。

 そこで、ひとつ提案する。

 民進党の前身の旧民主党ができてから20年。それと同じ期間、これから20年後の日本の姿を描いてみたらどうだろう。

 人口減と高齢化が進み、産業構造や地域社会が変容するなか、社会保障や教育をどう支えるのか。負担増からも目をそらさずに制度を設計するのだ。

 「自立した個人が共生する社会」「コンクリートから人へ」「新しい公共」。旧民主党以来、この党が掲げてきた理念は一定の共感を得てきた。

 だが、3年余の政権運営の失敗で見放された。人々が安心できる未来図を説得力をもって示せれば、いま一度、国民の信を取り戻せるかもしれない。

国立劇場50年 守りながら「攻め」も

 伝統芸能の拠点である国立劇場ができて50年になる。

 国立劇場は、歌舞伎、文楽、能狂言、日本舞踊、邦楽、民俗芸能などを、公演や研究を通じて保存、振興している。1966年に東京都千代田区に大小二つの劇場が開場。79年に隣接して演芸場、83年に能楽堂(渋谷区)、84年に文楽劇場(大阪市)と続き、04年に国立劇場おきなわ(浦添市)が加わった。

 この半世紀の大きな成果はまず、研修生を公募し、伝統芸能の担い手を育てたことだ。特に文楽は、85人の技芸員(演者)の半分以上が国立劇場育ちだ。

 歌舞伎でも約300人いる俳優の3割以上は研修出身者。歌舞伎に欠かせない竹本(義太夫)の語り手と三味線も大半を占め、歌舞伎座などでも舞台を支えている。

 開場直後に始めた鑑賞教室は入場料を低く抑え、幅広い人が歌舞伎に触れる機会になっている。高校生が団体で訪れる。

 こうした積み重ねは意義深い。だが活動のほとんどが劇場の中にとどまっているのは物足りない。

 鑑賞教室を活用できる学校は首都圏に偏る。国の劇場なのだから、地方にも機会を提供してもらいたい。独自の公演が難しくても、例えば、松竹が各地の公共ホールを結んで実施する巡業と連携するなど、工夫ができるのではないだろうか。

 地方の民俗芸能の公演や保存にも、もっと力を入れたい。

 多彩な芸能の魅力を発信する力を強める必要もある。

 初心者に芸の深みを見せる催しやテーマを絞った舞台など、柔軟な発想で企画を練り、劇場を飛び出して全国で上演するような積極性を期待したい。

 外国語対応の拡充も欠かせない。6月に行った英語、韓国語、中国語のイヤホンガイド付き歌舞伎公演が外国人観客に好評だったという。だが、年数回では不十分だ。多言語リーフレットのような素朴なものから、メガネ型端末をかけると字幕が見えるといった最新技術の研究まで、検討の幅は広い。観光振興の面からも公的な支援があっていい事業だろう。

 国立劇場は21年度以降に大規模な改修が計画されている。新しい劇場をどんな場にしたいか、観客も巻き込んだオープンな議論が行われるといい。

 もちろん基本は質の高い公演を続けることだ。作品の全体像を見せる「通し上演」や、埋もれた作品や演出の復活など、培ってきた国立らしさを守り、充実させながら、100年に向けて攻めの構想も描いてほしい。

日韓財務対話 通貨協定を関係改善の一助に

 日韓関係の改善傾向を経済分野で後押しする合意として歓迎したい。

 ソウルで第7回日韓財務対話が開かれた。麻生財務相と韓国の柳一鎬企画財政相が、日韓通貨交換(スワップ)協定の再締結に向けて、議論を開始することで一致した。

 スワップ協定は、通貨危機の際に米ドルなどを融通し合う枠組みだ。2001年に締結され、主に韓国の通貨不安を抑える役割を担ってきたが、昨年2月に期限切れで失効している。

 今年6月には、英国の欧州連合(EU)離脱決定の余波で、通貨ウォンが急落した。韓国は外貨準備高を積み増しており、通貨融通の必要性は低いとされるものの、柳氏は「2国間経済協力強化の証し」として再締結を提案した。

 スワップ協定は、金融分野における日韓協力の象徴的存在だ。再締結は、両国だけでなく、アジア地域全体の金融市場の安定にも役立つと評価できよう。

 日韓両政府が昨年末、慰安婦問題の解決に合意したことで、両国関係は着実に改善している。今回の協定再締結も一助となろう。

 そもそも財務対話が06年に始まったのは、小泉元首相の靖国神社参拝問題で冷却化した日韓関係を経済面から修復する一歩とする狙いが大きかった。

 12年に竹島問題を巡る日韓対立の影響で中断されたが、昨年5月に再開された。今後も、経済問題全般について、率直な協議を重ねることが求められる。

 財務対話では、資源価格の不安定化や地域紛争などの地政学的リスクで、世界経済が不確実性を増しているとの認識で一致した。

 日韓両国が、国際社会の成長を下支えするため、金融政策、財政出動、構造改革など、全ての政策手段を取ることを改めて確認したのは妥当である。

 両国は、少子高齢化に伴う潜在成長率の低下など、共通の課題を抱えている。生産性を高める規制改革など成長戦略について、建設的な対話を行うべきだ。

 通商分野では、日中韓の自由貿易協定(FTA)や、東アジア地域の包括的経済連携(RCEP)に関する交渉の進展に両国が努力することで一致した。

 米国では、11月の大統領選を控え、日米など12か国が署名した環太平洋経済連携協定(TPP)の批准が不透明さを増している。

 米国の批准の動きを見守るだけでなく、日中韓FTAやRCEPの交渉についても地道に前進させることが欠かせない。

タクシー新運賃 乗客目線で需要開拓できるか

 タクシー業界を取り巻く環境は厳しい。多様な利用者ニーズを汲み取って、需要を開拓する創意工夫が求められる。

 東京都内で、タクシーの初乗り運賃を引き下げる国土交通省の実証実験が始まった。JR新橋駅前など4か所で、初乗りを730円から410円に値下げした車両を運行させる。

 利用状況や乗客アンケートで新運賃の効果を検証するという。

 410円の区間は、730円区間の約半分の1キロ余だ。2キロ走れば現在の運賃並みとなる。

 東京23区などの事業者の約8割が新運賃を国交省に申請済みで、年内にも引き下げが実現する。

 東京の初乗り運賃は、ニューヨークやロンドンよりも割高で、利用しにくいと指摘されていた。

 運賃引き下げで、利用者の選択肢が広がることは歓迎できる。

 新たな運賃体系では、近距離の引き下げ分を補うため、遠距離料金は引き上げられる。

 初乗り運賃の引き下げで利用客を増やせれば、単価は安くなっても全体の収入は増加しよう。逆に、遠距離客の敬遠が多ければ、収入減となる恐れもある。

 近距離利用の多い高齢者や家族連れ、外国人観光客らへの浸透と、潜在的な利用客の開拓が、新運賃の成否のカギとなろう。

 国内のタクシー利用者は最近10年間で2割以上も落ち込んだ。国交省によると、運賃の割高感に加え、景気低迷による法人利用の減少や鉄道・バス路線の整備などが複合的に影響しているという。

 2002年のタクシー参入の自由化後、事業者は、車両数の増加で売り上げを確保する傾向を強めた。過当競争を是正する再規制もあり、近年は車両数が減少に転じたが、業界が長期低落状況にあるのは否めない。

 大切なのは、タクシーの「身近な交通手段」の役割を利用者に積極的に売り込むことだろう。

 妊婦に最優先で配車する「陣痛タクシー」や、子供を専門に保育園や塾に送迎する車両など、新たな取り組みが始まっている。

 外国人訪日客を対象に、多言語対応を掲げる車両が増えている。鳥取市では、自治体の補助で割安な観光サービスを行う「1000円タクシー」の例もある。

 大量輸送の交通機関と比べて、乗客一人ひとりにきめ細かく対応できるのがタクシーの長所だ。様々な利便性の向上策に、大いに知恵を絞ってもらいたい。

 高齢者や障害者など、交通弱者に寄り添う視点も欠かせない。

2016年8月27日土曜日

アフリカの成長を支え取り込もう

 日本とアフリカ諸国の首脳や経営者が一堂に会し、アフリカ開発の課題や協力策を話し合う「第6回アフリカ開発会議(TICAD6)」が今日から、ケニアの首都ナイロビで開かれる。

 豊かな人口と資源を持つアフリカは、大きな可能性を秘めた「最後のフロンティア」だ。日本はアフリカの持続的な成長をどう支え、取り込んでいくのか。改めて考える機会にしたい。

経済の多角化が急務

 1993年に東京で第1回を開いたTICADは、6回目の今回、初めてアフリカで開く。紛争や飢餓に苦しんできた「暗黒大陸」は2000年代に入ると成長の軌道に乗った。新興国の資源需要の増加に伴う資源価格上昇が足がかりとなったのは間違いない。

 今回は資源ブームが一段落した中での開催となる。資源価格の下落により、経済を資源輸出に頼る国は苦境に陥った。アフリカの自立への機運を失速させてはならない。産業を育て、経済を多角化する構造改革を急がねばならない。

 日本はこの分野で積極的な役割を果たしたい。貧困解消や教育の充実など、政府や非政府組織(NGO)による援助は引き続き大切だ。同時にアフリカが求めるのは自立を後押しする貿易や投資だ。それには企業の役割が大きい。

 アフリカでは生活水準の向上に伴い、巨大な消費市場が出現しつつある。TICAD6に出席する安倍晋三首相には今回、70以上の企業・大学の首脳や幹部が同行する。アフリカ市場への強い期待の表れといえる。

 アフリカには54の国がある。12億人の人口は40年に20億人を超えて中国やインドを上回る。一国では小さくても複数の国をあわせた経済圏で見れば市場は広がる。広域で開発を進める視点が必要だ。

 アフリカ諸国も地域経済圏づくりに取り組んでいる。ケニアやタンザニアなど東部の5カ国で構成する東アフリカ共同体(EAC)や、南アフリカやアンゴラなど南部15カ国で構成する南部アフリカ開発共同体(SADC)は自由貿易地域をスタートさせている。

 日本は投資協定をモザンビークと締結し、ケニアとは実質合意した。個別の国との貿易・投資環境の整備に加え、EACやSADCなど、地域経済共同体との経済連携協定(EPA)の締結を考えることも必要だろう。

 日本はEACとの間で、国境での輸出入手続きや税関業務を効率化して域内物流を改善する支援を続けている。こうした経済圏づくりへの協力を広げていくべきだ。

 国をまたがるインフラの整備も重要だ。経団連のサブサハラ地域委員長を務めるコマツの野路国夫会長は「発電所でつくる電気を周辺国に融通したり、内陸国と沿岸国をつなぐ物流網を整備したりすることが、アフリカ全体の底上げにつながる」と言う。

 13年に横浜市で開いた前回のTICAD5で、日本政府は広域開発を重点的に支援する10カ所を選んだ。その一つであるモザンビーク北部では、三井物産がブラジルの資源大手ヴァーレと炭鉱や鉄道、港湾を開発・運営し、日本政府がモザンビークやブラジル政府と沿線の農業開発で協力するなどの連携が具体化しつつある。

広域開発で官民連携を

 アフリカ市場をめぐる国際競争は激しさを増している。日本が中国などと、政府開発援助(ODA)の額で競うのは限界がある。企業では負担の重い港湾や道路の整備や、貿易・投資環境の改善を政府が受け持ち、企業が工場や発電所を建て、雇用を生み出す。経済援助の規模を競うのではなく、官と民の効果的な連携の質を高めることを日本は目指すべきだ。

 イスラム過激派によるテロはアフリカにも広がる。ソマリアや南スーダンでは内乱が続く。西アフリカに広がったエボラ出血熱はほぼ終息したとはいえ、アフリカの保健・衛生環境は依然として脆弱だ。アフリカにはまだまだ多くの課題がある。

 若者が過激思想に引き寄せられないようにするには教育や職業訓練の場を整え、雇用創出や生活水準の向上など社会の安定に向けた粘り強い取り組みが必要だ。日本ができることはたくさんある。

 ただし、テロや感染症の対策は日本だけで解決できる問題ではない。TICADは日本とアフリカ諸国だけでなく、国連や世界銀行など国際機関が共催する。日本のための会議にするのでなく、アフリカの課題を広く議論する場として育てていくことがTICADの重みを増し、ひいては日本の存在感を高めることになるはずだ。

川内原発 九電は懸念と向き合え

 鹿児島県の三反園訓(みたぞのさとし)知事が九州電力に対し、全国の原発で唯一、営業運転中の川内原発(鹿児島県)1、2号機をいったん停止し、機器を点検しつつ自治体の避難計画への支援を強化するよう申し入れた。

 4月の熊本地震の後、住民の間で原発への不安が広がったことを受けての行動だ。

 稼働中の原発を止める権限は知事にはない。しかし、三反園氏は7月の知事選で川内原発の一時停止を主張し、再稼働を認めた現職を破って当選した経緯がある。

 九電は、知事が示した懸念を正面から受け止めるべきだ。

 申し入れでは、機器の点検で原子炉の圧力容器・格納容器など重点7項目を記したほか、原発周辺の活断層の調査や、県民の不信を招かないための適時かつ正確な情報発信を求めた。避難計画については、知事自ら原発周辺の道路や医療・福祉施設を視察した際に寄せられた声をまじえつつ、支援体制を強化するよう訴えた。

 いずれも、事故を防ぎ、あるいは事故が起きた場合に被害を最小限に食い止めるために必要なことだろう。

 申し入れを受けた九電は「内容をしっかり確認して対応したい」としつつも、原子力規制委員会の審査を経て再稼働した川内原発の安全性に問題はないとの立場だ。しかし、熊本地震では震度7の大地震が連続して起きるという想定外の事態に直面した。それが住民の不安や知事の判断のきっかけとなったことを忘れてはなるまい。

 具体的な権限がないとはいえ、原発を抱える自治体のトップが稼働中の原発に真っ向から異を唱えたことに、政府や電力業界は警戒を強めている。九電は一時停止の要求には応じず、稼働中の2基が10月と12月に相次いで迎える定期検査までは動かし続けるとの見方が有力だ。

 しかし、点検後に再び稼働させようとする際、知事が九電の対応に満足できなければ、その反対を押し切って動かすことは現実には難しかろう。九電は結局、三反園氏が今回示した課題に対し、納得できる回答を示すしかないのではないか。

 東京電力柏崎刈羽原発の再稼働に対しては、新潟県の泉田裕彦知事がかねて厳しい姿勢をとっている。再稼働したばかりの関西電力高浜原発(福井県)の運転を大津地裁が仮処分で差し止めたことも記憶に新しい。

 行政や司法から相次ぐ異議申し立てに対し、電力業界は誠実に向き合うのか。九電の姿勢が大きな試金石になる。

相模原の事件 差別の芽を見つめて

 相模原市の障害者施設で19人が殺害された事件から、1カ月がたった。その衝撃は今も多くの人々の心を波立たせている。

 26歳の容疑者の言葉からは、底知れない闇がうかがえる。「障害者は生きていても無駄」「安楽死させた方がいい」

 警察の調べには、「(犯行は)不幸を減らすため。同じように考える人もいるはずだが、自分のようには実行できない」と供述しているという。ゆがんだ動機というほかない。

 ただ、この事件は重い問いを投げかけた。容疑者と同じ考えの者などいない。障害の有無にかかわらず誰もが堂々と生きられる社会だ――そう胸を張って断言できるだろうか。

 事件のあと、障害者や家族から様々な発言が相次いだ。その多くは、当事者や関係者でなければ見えない冷酷さが社会の中に常在する現実を映していた。

 「事件は起こるべくして起きた」。障害のある息子を持つ女性は「障害者に対する一般の感覚を最悪の形で集約したのが容疑者だと思う」と語った。

 事件の前、長男に重い障害のある野田聖子・衆院議員は、ネット上でこう書かれた。医療に金ばかりかかる息子は見殺しにするのが国益だ、と。

 茨城県の教育委員は特別支援学校の視察後、「妊娠初期にもっと(障害の有無が)わかるようにできないのか。(職員も)すごい人数が従事し、大変な予算だろう」と発言し、非難を受けて辞職した。

 命の尊さを、社会にとって有意義かどうか、経済的な影響はどうか、といった基準ではかりにかけるような意識が随所に潜んでいることは否めない。

 障害者に対する差別の歴史は古く、そして新しい。日本でも戦後に「優生保護法」がつくられ、「不良な子孫の出生を防止する」との趣旨で20年前まで続いた。優生思想は公の記述からは消されても、人々の意識からは拭えていないのではないか。

 1カ月前の事件を、常軌を逸した人間による特異な犯罪と片付けてしまうなら、ことの本質を見失う。問われているのは、社会の中に厳然とある差別的な意識そのものだからである。

 身体に特徴がある人、会話の手段が異なる人。そもそも人間は誰であれ同じではない。性格も思考も多様なように、一人ひとり違うことが自然なのだ。どんな違いも認め合い、尊重し合える共生の社会を築くには、不断の意識改革をするほかない。

 悲惨な事件を二度と起こさぬためにも、身近な差別の芽を見つめることから始めたい。

北SLBM発射 増大する脅威へ対処が急務だ

 北朝鮮の軍事的脅威が一段と増大していることが鮮明になったと言えよう。国際社会は連携して挑発を抑える取り組みを進めねばならない。

 北朝鮮が日本海に向けて行った潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)の実験について、国連安全保障理事会は非難声明を出す方向で検討に入った。

 安保理が、制裁決議に違反して核実験や弾道ミサイル発射を繰り返す北朝鮮に、強いメッセージを迅速に送ることが肝要である。

 金正恩政権は、米韓が配備を進める最新鋭ミサイル防衛システム「最終段階高高度地域防衛(THAAD)」に反発する。米韓合同軍事演習期間中のSLBM発射で奇襲能力を示し、日米韓に揺さぶりをかけたつもりなのだろう。

 朝鮮中央通信によると、実験を視察した朝鮮労働党の金委員長は「核攻撃能力を完璧に保有する軍事大国入りを証明した」と宣言した。核兵器と運搬手段の開発に注力するよう指示したともいう。

 北朝鮮が核弾頭を小型化してSLBMに搭載し、実戦配備することになれば、核攻撃の方法が多様化する。地域の安定を揺るがしかねない重大な懸念材料である。

 SLBMは、事前に発射の兆候が捕捉されにくい。たとえ北朝鮮国内の兵力が壊滅しても、潜水艦から報復する役割を担える。

 北朝鮮は、昨年春に水中発射実験を行って以降、SLBMの技術を急速に向上させている。

 韓国軍によると、今回のミサイルは約500キロ飛行した。射程は2000キロに達する可能性がある。2~3年かかると推定されていた実戦配備がより早まるとの見通しも浮上している。日米韓は抑止力の強化が急務である。

 韓国の朴槿恵大統領は、金委員長について、「予測困難だ」と分析し、北朝鮮の「核とミサイルの脅威」が現実になりつつあると、強い警戒感を示した。

 朴氏が、金政権のエリート層に「亀裂の兆候」が見られるとして、国内を引き締めるため、さらなる挑発を行う可能性が高いと指摘したのは注目に値する。

 在英国の北朝鮮大使館の公使が今月、韓国に亡命するなど、北朝鮮外交官の脱北が相次いでいることに基づく発言だ。

 今年4月には、中国の「北朝鮮レストラン」従業員が集団脱走するという異例の事件も起きた。

 「金王朝」の独裁体制が国際社会で孤立を深める中、国民の不満がさらに高まっていることを、もはや糊塗(こと)できまい。

川内停止要請 三反園知事は拳をどう下ろす

 国の規制基準に沿い、問題なく運転している原子力発電所を停止させる根拠はあるのか。明確な説明が求められよう。

 鹿児島県の三反園訓知事が、国内で唯一、営業運転している九州電力川内原発1、2号機の即時停止を求めた。

 九電の瓜生道明社長を県庁に呼び、「県民の不安の声に応えてほしい」と要請書を手渡した。

 川内原発周辺の活断層調査や施設の点検・検証を要求している。4月に発生した熊本地震を受けての対応だという。

 理解に苦しむのは、三反園氏が具体的な危険性を示していないことだ。検証を要請した項目は、原子力規制委員会の審査で確認済みのものばかりである。

 熊本地震の際に、川内原発の敷地内で観測された揺れは、耐震性能の評価時の想定より遥はるかに小さかった。九電の直後の点検でも機器や設備に異常はなかった。

 即時停止は、電力の安定供給を損なう。知事には、県民の生活や経済活動を守る責務がある。

 そもそも知事は、原発を止める法的権限を有しない。

 川内原発が立地する薩摩川内市の岩切秀雄市長も、今月初めの記者会見で「現状では、知事も、市長も、原発を停止させることはできない」と明言している。

 昨年の川内原発再稼働については、伊藤祐一郎前知事、鹿児島県議会、薩摩川内市が同意した。それをひっくり返す以上、「不安」を言い立てるだけでいいのか。

 7月の知事選の際、三反園氏は、反原発を掲げる候補が出馬を取りやめることを前提に、「原発停止の申し入れ」などで政策合意をした経緯がある。

 川内原発の現地視察もしていない中での停止要請である。支援を受けた反原発派向けのパフォーマンスの側面もあるだろう。

 事故時の住民避難対策を確認するため、三反園氏は今月、薩摩川内市などを訪れた。避難計画を見直す方針も表明している。

 万一の際の備えを不断に強化することに異論はない。だが、原発を停止させずとも可能である。

 九電が即時停止を受け入れなくても、川内原発は10月以降、13か月に1度の定期検査のために停止せざるを得ない。

 問題は、約2か月間の検査終了後の運転再開である。知事に再開を止める権限はないが、現状では再び摩擦が生じよう。三反園知事は原発の安全性や必要性を冷静に検討し、振り上げた拳をどう下ろすか、探るべきではないか。

2016年8月26日金曜日

企業は長期株主づくりへ毅然と経営語れ

 株式市場は様々な情報が飛び交う。それは多面的に企業を評価するために必要なことだが、悪質な情報操作は厳に罰せられるべきだ。企業にとっては、投機と一線を画す長期保有の株主の存在が一段と重要になる。

 そんな株式市場の原則を、改めて痛感させるできごとがあった。借りた株券を売却し株価が下がったら買い戻して利益を得る、空売りを専門とするファンドや調査会社が日本で活動をはじめた。単なる空売りだけでなく、対象企業の業績に疑義を表明するリポートも発表し、株価の下落を助長する行動もとっている。

 たとえば空売りを手がける米ファンドは7月下旬、伊藤忠商事がコロンビアの石炭事業を持ち分法投資対象から外したことなどにより、損失の計上を回避したと指摘した。株価の急落に見舞われた伊藤忠は、事業に影響力を行使できなくなったため持ち分法投資から外したなどと、会計処理の適正さを説明した。

 別の空売り専門の米調査会社は医療用ロボットのサイバーダインについて、競合の多さなどを理由に株価が割高だと指摘した。これに対してサイバーダインは「分析が非常に浅く、事実誤認を含む」との見解を発表し、同社製品の独自性を説明した。

 空売りそのものは、先進国の株式市場で広く認められている制度だ。米国では空売り専門のファンドや調査会社が企業の決算操作を摘発するなど、市場の中で一定の役割を果たしている。

 とはいえ、空売りをするとともに株価下落につながる情報を流す行為は、大いに問題含みといわざるを得ない。日本の市場関係者からは「倫理的に疑問がある」との声も聞かれる。さらに、誤った情報を意図的に広めたとすれば「風説の流布」という違法行為にあたる可能性がある。

 証券取引等監視委員会や東京証券取引所は、空売りファンドの実態把握に力を入れるべきだ。米証券取引委員会(SEC)など海外市場当局と情報を交換し、連携を強める必要もある。

 企業は情報開示や投資家向け広報(IR)を、さらに充実させなければならない。毅然として市場に向き合い、経営の哲学や戦略を丁寧に説明する必要がある。年金基金など長期株主の支持を増やせば、それが市場の攻撃から経営を守る盾にもなる。

相模原事件が問いかけるもの

 相模原市の障害者施設で入所者19人が殺害された事件から1カ月がたった。全容はまだ解明されていないが、社会的な弱者を狙ったこの事件が私たちに問いかけているものは重い。

 調べに対して容疑者は、一貫して「障害者はいなくなればいい」などと主張しているという。事前の準備や犯行状況をみても妄想や薬物の影響ではなく、極めて偏った強固な思想による犯行だったことをうかがわせる。

 なぜ容疑者は障害者への強い差別意識を抱き、それが強い殺意にまで飛躍したのか。同じような悲劇を繰り返さないために、容疑者に対する医学的見地からの調べはもちろん、こうした犯罪を生む土壌が広がっていないかどうか、私たちの足元を見直してみる必要がある。

 欧米では近年、自分と異なる民族や宗教、性的少数者などを敵視し、攻撃する「ヘイトクライム(憎悪犯罪)」と呼ばれる犯罪やテロ行為が目立っている。相模原の事件は、障害者を一方的に敵視する姿勢や犯行を予告するゆがんだ自己顕示欲などに、憎悪犯罪と似通ったものを感じさせる。

 憎悪犯罪の背景には、他者の行動や考えに不寛容な風潮や、格差の拡大といった社会の分断があるとされる。どんなに極端な主張でも、インターネットで検索すれば同じ思想の人たちに行き当たるという問題も指摘されている。

 周りを見渡せば、だれにでも思い当たるような場面があるはずだ。障害者や高齢者に対する虐待や差別は、日常の生活の中でも見聞きする。今回の事件は、「特異な容疑者による特異な犯罪」ではないかもしれない。

 障害者に限らず、子どもやお年寄りのための施設を、この事件のような悪意からどう守っていくかも大きな課題だ。高い塀で囲って隔絶することが望ましい対策とは思えない。行政や自治体、警察などが一体となって、「地域に開かれ、犯罪にも強い」施設づくりに知恵を絞っていく必要がある。

日本とアフリカ 息長く関与を深めよう

 21世紀のアフリカの発展がめざましい。中間層の台頭、旺盛な消費、若く活力に満ちた都市部。しかし、この成長大陸に最近、変調の兆しが見える。

 年6%近い数字が続いたサハラ砂漠以南の成長率が昨年、3%台に沈んだ。資源価格の下落が影響した。エボラ出血熱の流行は感染症がなお深刻な脅威であることを思い知らせた。過激派による暴力もやまない。

 安倍首相も出席して明日からケニアの首都ナイロビで開かれる第6回アフリカ開発会議(TICAD)では、アフリカを成長への安定軌道にどうやって戻すかが主な議題になる。

 資源依存を脱し、いかに産業の多様化を図るか。感染症を食い止める保健システムを根づかせられるか。若者が過激思想に染まらない社会の安定をどう築くか。アフリカ諸国との対話を通じ、日本がなすべき支援について知恵を絞ってほしい。

 2050年には人口が約25億人に達する「最後の巨大市場」では、中国や欧米各国がすでに投資競争を繰り広げている。

 初のアフリカ開催となる今回の開発会議に合わせて、150社を超す日本企業が現地を訪れる。日本としてもビジネスの足場を築いておきたい、という意欲の表れだろう。アフリカ側にも、政府の援助だけでなく民間投資を、との期待は強い。

 ここはアフリカの人々の目線に立って考えたい。これまでの急成長がもたらしたひずみにも留意する必要がある。

 食糧の生産性が低く、多くを輸入に頼る。都市と農村、成長の恩恵を受ける中間層と取り残された貧困層の格差も広がる。

 野党や市民の政治活動を制限するなど強権的な手法で開発を推し進める国も少なくない。リオ五輪で、出身民族への弾圧に抗議するポーズでゴールしたマラソン選手が注目を集めたエチオピアはその一例だ。

 急増する人口に十分な雇用と食料を確保できず、社会の亀裂が深まれば、危機へと逆回転しかねない。

 そうならないよう、日本の得意分野を生かせないか。カギになるのは中小企業だ。

 特産品を生かした食品加工や雑貨販売、地産地消の外食サービス、環境に優しい燃料の普及――。小回りが利き、地域の力を引き出す種はすでにアフリカにまかれている。巨額資本を投じた大事業でなくとも、小粒でも息の長い関与の積み重ねが発展の基盤を強固にするはずだ。

 関心を一時のブームに終わらせてはならない。投資すべき先はアフリカの未来なのだから。

リニア新幹線 国会で徹底議論を

 安倍政権が決定した経済対策に、JR東海のリニア中央新幹線計画への融資が盛られた。今年度と来年度に国債(財投債)の発行で計3兆円を調達し、JRに超低利で貸し付ける。JRは当初、45年としてきた東京・品川―新大阪間の全線開業を最大8年前倒しする方針だ。

 なんとも腑(ふ)に落ちない。

 リニアは品川―名古屋間で着工済みだが、JRによると、今回の融資を受けても、名古屋―新大阪間の工事が始められるのは最も早くて27年だという。経済対策が狙う直近の景気押し上げ効果は疑問だ。

 貸付金はJR東海が将来返済することになる。ただ、工事費が膨らんだり、開業後の収益が想定を下回ったりして、国民負担が生じる恐れはないか。融資する前に厳しく検証すべきだ。

 もともと、リニア新幹線計画は、民間会社であるJR東海が経費を全額負担するということで、これまで国会での議決を経ずに進められてきた。

 政府は今回の融資に向け、所要の法改正案などを来月始まる臨時国会に提出する方針だ。これを機に、リニアをめぐるさまざまな課題を国会でしっかり議論してもらいたい。

 安倍政権は、東京、名古屋、大阪の3大都市を1時間圏にするリニアを、「地方創生回廊」の軸と位置づける。

 全国を一つの経済圏に統合して地方に成長のチャンスを生み出すというが、根拠は不明だ。いま日本が直面する問題は地方の深刻な人口減と東京への一極集中だ。大都市間の関係を強めるリニアを「地方創生」と結びつけるのは無理がある。

 JR東海はリニアの採算性に自信を示す。だが、「人口減少を考えると、楽観的過ぎる」という指摘もある。

 環境への影響も大きな問題だ。品川―名古屋間だけで5680万立方メートルもの建設残土が生じ、新大阪への延伸でさらに増える。JRは着工前の環境影響評価の段階では具体的な処分先をほとんど明らかにせず、沿線の住民らの不安は根強い。

 全線開業で最大74万キロワットの電力消費が見込まれ、CO2の排出増も懸念されている。

 国会審議で、JR東海の経営幹部から直接話を聞く機会をもうけてはどうか。JRには国民に対する説明責任がある。

 JR東海は「経営の自由確保が前提」とし、政治の介入に警戒感を示す。ただ「国の支援は受けるが、口出しするな」は通らない。国全体に大きな影響を与える事業だけに、国会が徹底的にチェックするのは当然だ。

駆けつけ警護 リスク極小化へ訓練を重ねよ

 国際平和協力活動に従事する自衛隊部隊が応分の責務を果たすうえで、重要な一歩である。

 稲田防衛相が、3月施行の安全保障関連法で可能になった自衛隊の新任務の訓練を開始する方針を発表した。

 11月に南スーダンでの国連平和維持活動(PKO)に派遣される陸上自衛隊部隊が9月中旬、「駆けつけ警護」と「宿営地の共同防衛」の訓練を始める。10月下旬までの訓練結果を踏まえて、新任務を正式付与する予定だ。

 駆けつけ警護の解禁は、陸自にとって長年の懸案だった。

 これまでは、武装集団などに襲われた民間人や国連職員、他国部隊から救援を要請されても、「法律上できない」と断るしかなかった。民間人を見捨てるのは人道上も問題だ。国際機関や他国との信頼関係を築くこともできない。

 安保関連法の成立・施行によって、国際常識から逸脱した、日本政府の過度に抑制的な憲法解釈の歪ひずみを是正した意義は大きい。

 駆けつけ警護を要する状況は、頻繁に生じるわけではない一方、いつ起きてもおかしくない。

 万一の際、機動的かつ適切に対処する態勢を構築するには、従来以上に現地情勢の情報収集・分析に力を入れつつ、準備と訓練に万全を期す必要がある。

 陸自は既に、武器使用の要件や限度などに関する部隊行動基準を見直し、教材の作成や教官の確保などの準備を進めてきた。

 今後は、様々なシナリオを想定した実戦的な訓練を実施し、部隊運用や警告射撃の手順などを周知徹底することが欠かせない。

 南スーダンでは7月、大統領派と前副大統領派の衝突によって治安が急速に悪化した。国際協力機構(JICA)職員や大使館員らが国外退避する事態に至った。

 現在は、小康状態とされるが、油断はできない。新たな任務のリスクを極小化するためにも、訓練を充実させねばならない。

 駆けつけ警護が解禁されても、陸自の武器使用権限には制約が残る。何ができ、何ができないかについて、他国部隊と認識を共有しておくことが大切だろう。

 安保関連法では、存立危機事態における米軍艦船の防護や、在外邦人の救出も可能になった。防衛省は秋以降、日米合同演習などを通じて、新たな任務の訓練を実施する方向で調整する。

 中でも、米艦防護は、日米同盟の強化に向けて象徴的な任務だ。訓練を通じて、自衛隊と米軍の協力関係を着実に深めたい。

海洋ごみ汚染 国際連携で拡散を防止したい

 海洋の環境を脅かすプラスチックごみを減らすために、国際連携の輪を広げたい。

 日本各地の海岸に流れ着き、回収されたごみの量は2013年度、約4万5000トンだった。環境省は、未回収分を合わせた漂着ごみ全体では31~58万トンに上ると推計している。

 海水浴シーズンの前後などに行われる清掃の費用は年々増え、13年度は全国で43億円に達した。

 ごみの大半はペットボトルや洗剤の容器などのプラスチックだ。内陸で投げ捨てられたものが川から海に流れ込むほか、九州や本州の日本海側では、中国や韓国など海外から漂着するものも多い。

 海洋ごみの総量を抑制するには、プラスチック製品の使用減や再利用、ポイ捨て防止などを徹底することが欠かせない。

 世界のプラスチック生産量が増加する中、少なくとも年間800万トン分が海に流出しているとされる。中国や東南アジア諸国などが上位を占めるとの試算もある。

 5月に富山市で開かれた先進7か国(G7)環境相会合でも、G7が主導し、国際協力を推進することを確認した。

 日本は既に、中韓両国やロシアとの間で、プラスチックごみ関連政策の情報交換や、海洋汚染の実態調査の研修、海岸清掃の共同実施などの取り組みを進めている。こうした対策を関係国にさらに拡大することが求められよう。

 海洋ごみは海岸の景観を損ねるだけでなく、水産物にごみが混ざって商品価値を下げたり、漁網を破損したりする。魚や鳥が誤ってのみ込み、死ぬケースも多い。

 近年、深刻化しているのが、大きさが5ミリ以下の「マイクロプラスチック」の増加である。ペットボトルなどが、太陽光の紫外線や波の力などで細かく砕かれたものだ。既に地球全体の海に広がっており、回収はほぼ不可能だ。

 影響は、より小さな生物にも及ぶ。東京農工大が昨年、東京湾で行った調査では、カタクチイワシ64匹の8割近くからマイクロプラスチックが発見された。海底にすむ貝からも見つかっている。

 PCB(ポリ塩化ビフェニール)などの有害物質を吸着する性質も要注意だ。食物連鎖の中で蓄積され、海洋生物の繁殖や人体への影響も懸念される。

 マイクロプラスチックの研究は日米欧が先行している。だが、研究者はまだ少なく、測定や影響評価の方法が標準化されていない。日本は経験を生かし、対策の基盤作りをリードしたい。

2016年8月25日木曜日

日中韓が協力してこそのアジア安定だ

 日中韓3カ国の外相が東京で会談した。日本での開催は実に5年ぶり。中国の王毅外相の来日も、就任してから初めてだ。さまざまな対立を引きずる3カ国が対話のテーブルに着いたことを、まずは歓迎したい。

 3カ国の連携が求められる懸案のひとつが、緊迫する北朝鮮問題だ。24日朝には北朝鮮が潜水艦発射型の弾道ミサイルを撃った。3人の外相はいずれも言及したが、立場にはズレもうかがえた。

 韓国は米軍の地上配備型高高度迎撃ミサイルシステム(THAAD)の配備を決めた。これに反発する中国は最近、北朝鮮寄りの姿勢が目立つ。中国は韓国の決定に怒るより、核とミサイルの開発をやめるよう北朝鮮への圧力を強めるべきだ。

 防災、環境、テロ対策などで一定の成果があったことは評価できる。不透明さを増す世界経済の安定には一段の協力が欠かせない。年内に日本で開催する方向の3カ国首脳会談では、より具体的な成果を期待したい。

 3カ国の協力を深めるには、日中、日韓、中韓の関係を太くすることが欠かせない。このうち、日中には東シナ海、南シナ海を含めて多くの懸案がある。沖縄県の尖閣諸島の領海・接続水域には8月上旬、中国の公船、漁船が押し寄せ、日本が繰り返し抗議した。

 岸田文雄外相は王毅外相との2国間会談で、9月初旬の主要20カ国・地域(G20)首脳会議を利用し、安倍晋三首相と習近平国家主席の会談を開くよう提案した。谷内正太郎・国家安全保障局長が訪中し、地ならしをする。ぜひ首脳会談を実現し、関係改善の道筋をつけてもらいたい。

 意図しない衝突を防ぐため、日中防衛当局間の「海空連絡メカニズム」の発足も急がなければならない。王毅外相が前向きな姿勢を見せたのは良い兆候だが、早く正式合意に応じてほしい。

 従軍慰安問題をめぐる昨年末の合意を受け、日韓関係は雪解けが進みつつある。この流れを着実にし、目に見える安全保障協力にもつなげていきたい。日韓は米国や他のアジア諸国と連携し、南シナ海問題でも中国に国際法の順守を求めていく必要がある。

 アジアを代表する日中韓の3カ国が緊密に協力してこそ地域と世界の安定が保たれる。年内に実のある3カ国首脳会談を実現できるよう、調整を尽くすべきだ。

欧州に安定と成長の工程表を

 ドイツ、フランス、イタリアの3カ国の首脳がイタリア南部で会談し、英国が欧州連合(EU)を離脱した後もEUの結束を維持する方針を確認した。

 英国に続いてEUからの離脱をめざす国が相次げば、戦後欧州の平和と安定の礎であるEUの足場が崩れかねない。欧州の大国である3カ国の首脳が連携した点はひとまず評価できる。

 英国を除くEU加盟27カ国は9月に非公式の首脳会合を開き、英国離脱後のEUのあり方を協議する。今回の独仏伊の首脳会談はそのための準備の一環だ。

 大事なのは、英国離脱後のEUのビジョンと、統合の意義を示す具体策を欧州の企業と市民に示すことだ。EUのトゥスク大統領を中心に首脳間で協議を重ね、しっかりと骨格を固めてほしい。

 欧州では、頻発するテロや、シリアなどから流入する難民への対応が急務だ。経済面では、若年層を中心に失業率が高止まりしており、潜在成長率を高める構造改革が求められている。

 こうした課題にEU27カ国が協調して対処する方針を打ち出すことが、EU再結束に向けた第一歩になる。そのために、いつまでに、どんな政策を実現するかを示した工程表をつくってはどうか。

 EUの中核であるユーロ圏のあり方として、イタリアのレンツィ首相は金融安全網である欧州安定メカニズム(ESM)を欧州通貨基金(EMF)に改組するとともに、ユーロ圏財務相のポストを新設すべきだと提言している。

 大きな方向性は正しい。しかし、反EUを掲げる政党への一定の支持が集まる中、さらなる統合を無理に急いでしまうと、かえって反EU感情が広がりかねないリスクがある。

 まずは欧州の安定と成長に絞ってEUとしての青写真を示す。改革は段階を踏んで徐々に実行していく。そんな現実的なやり方でEUの信頼を取り戻していくのが一案だ。

日中韓会談 協力の重み自覚して

 いまの日中韓の間に漂う雰囲気は、それほど良好とは言えない。それでも、3カ国の外相が集う会談が東京で開かれた。

 北東アジアの安定と発展に重要な役割を果たすべき会合であり、昨年に続き定期開催できたことを前向きに受け止めたい。

 2国間に対立問題があれば、外交関係は直ちに滞りがちだ。だが、3カ国の枠組みという名目なら出席しやすい。この知恵を生かしたい。首脳会談も年内に必ず実現させるべきだ。

 歴史認識の問題が大きく取り上げられた昨年とは様相が変わり、今年は安全保障問題で緊張が高まっている。

 その一つは日中間にある東シナ海・南シナ海問題である。

 今月、尖閣諸島周辺の領海に侵入する中国の公船が一気に増え、日本政府が抗議をしても続いている。「対話を通じて情勢の悪化を防ぐ」とした一昨年の日中合意に反するものだ。

 もう一つは中国と韓国の間にある。韓国と在韓米軍が新たなミサイル防衛システムの配備を決めたことに対し、中国が文化交流行事の停止など、報復ともみられる動きをみせている。

 これらの背景には、それぞれの国内で、対外的に譲歩しにくい政治の事情があり、また、アジア太平洋地域での米中間の綱引きの現れという面もある。

 日中韓を取り巻く多くの摩擦の要因は今後も外交関係を揺らし続けるだろう。だからこそ、3カ国が首脳や閣僚の会合を定期的に開く意義は大きい。

 対立点を残しながらも協調して取り組むべき課題はいくつもある。

 最大のテーマは北朝鮮だ。きのう、再び北朝鮮が潜水艦発射弾道ミサイルを発射し、日本の防空識別圏内に到達した。

 3外相が挑発行動の自制を北朝鮮に求めることで一致したのは当然だ。特に国連安保理常任理事国であり、北朝鮮と密接な関係をもつ中国がその影響力を使うよう強く求めたい。

 日中韓の自由貿易協定といった経済協力の枠組みづくりが滞っていることも残念だ。3カ国合わせて世界経済の2割という比重を考えれば、もっと歩み寄りの工夫を追求すべきだろう。

 今月、尖閣沖の海域で中国の漁船が沈没し、日本の巡視船が乗組員を救助した。同じ海を囲む隣国間では、手を差し伸べ合う事態が日常的に起こりうる現実を思い起こさせた。

 海難救援だけでなく、環境問題や災害対策などを含め、3カ国には切っても切れぬ近隣ならではの関係がある。地道に協力を積み上げていきたい。

駆けつけ警護 もっとPKOの議論を

 安全保障関連法に基づく自衛隊の新任務の訓練が順次、始まる。政府がきのう発表した。

 まず行われるのは、南スーダンでの国連平和維持活動(PKO)に、11月に派遣される予定の陸上自衛隊部隊に対する「駆けつけ警護」の訓練だ。

 道路補修などにあたる施設部隊だが、駆けつけ警護は、離れた場所で武装勢力に襲われた国連、NGO職員らを武器を持って助けにいく任務だ。自らの部隊を守るだけでなく、外に出て多くは丸腰の人を守ることになる。隊員のリスクが高まることは避けられない。

 この任務を付与するか否かは今後、現地の治安情勢などを踏まえて政府が判断する。国会での徹底した議論が欠かせない。

 南スーダンの人道危機にいかに歯止めをかけ、国造りを支えていくか。自衛隊を含むPKOの役割は大きい。

 一方で、その実態が変質したのも確かだ。かつて「敵のいない軍隊」と呼ばれたPKOは、紛争の当事者にならない、中立性を重んじるものだった。だが近年は、人道危機から住民を保護するために武力を積極的に用いる活動が常態化している。

 紛争地の状況は刻々と変化していく。実際に駆けつけ警護に踏み込むとすれば、現地の部隊も、東京の政府も極めて難しい判断を迫られるだろう。

 ところが、その根拠となる安保関連法について、国会での議論は尽くされていない。11本の法案を2本にまとめ、焦点はPKOのあり方ではなく、集団的自衛権をめぐる憲法問題などに当たった。7月の参院選でも大きな争点にならなかった。

 この間、南スーダンの情勢は大きく変わった。自衛隊が活動する首都ジュバで7月に大統領派と副大統領派の武力衝突が起き、国連安全保障理事会は、より強い武力行使の権限を持つPKO部隊の増派を決めた。これに対し、南スーダンの代表は「主要な紛争当事者の同意というPKO原則に反している」と反発している。

 自衛隊が憲法と国内法の範囲内で活動するのは当然だ。受け入れ国の同意が維持されることが派遣の前提であり、現地の動きを注視する必要がある。

 南スーダンの国造りにより良く貢献するためにも、一方で、行き過ぎた軍事行動に陥らないためにも、自衛隊が何をして、何はしないのか、より具体的で幅広い検討が求められる。

 秋の臨時国会をその場にすべきだ。政府はできる限り情報を開示し、与野党で現地の実情を踏まえて議論してほしい。

日中韓外相会談 対「北」圧力で協調を追求せよ

 東アジアの平和と繁栄には、日中韓3か国が対話を重ね、協調を追求することが欠かせない。

 岸田外相と中国の王毅外相、韓国の尹炳世外相が東京で会談した。北朝鮮の核・ミサイル開発を認めず、自制を求めることで一致した。

 北朝鮮は会談当日朝、潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)1発を発射した。約500キロ飛行し、日本の防空識別圏内の日本海に落下した。奇襲能力の高いSLBMの技術向上は周辺国の脅威だ。

 岸田氏は会談で、北朝鮮を厳しく批判し、日中韓の連携強化を呼び掛けた。尹氏も、「団結した対応」の重要性を指摘した。

 岸田氏が王氏に対して、中国が「責任ある国連安全保障理事会常任理事国」の役割をきちんと果たすよう求めたのは当然である。

 7月以降、北朝鮮の再三の弾道ミサイル発射に対し、安保理は非難声明を検討したが、中国の反対で見送られ続けている。王氏は、「あらゆる安保理決議に違反する措置に反対する」と明言した以上、言行を一致させるべきだ。

 3外相は、日中韓の自由貿易協定(FTA)交渉の加速や、環境・防災協力、青少年交流の促進などを確認した。3か国が協調することで得られる利益は大きい。

 年内の首脳会談の日本開催に向けて、各国は努力してほしい。

 岸田氏は王氏との個別会談で、多数の中国公船が尖閣諸島周辺で領海侵入を繰り返している問題を提起し、「事態の完全なる沈静化」と再発防止を要求した。

 王氏は、「(日本側が)問題をあおり立てている。現在はほぼ平常に戻った」などと強弁した。

 中国の行動には、南シナ海問題を巡る仲裁裁判所の判決に従うよう求める日本を牽制(けんせい)する狙いもあるとされる。だが、力による現状変更の試みは、国際社会の「中国脅威論」に拍車をかけるだけで、むしろ逆効果だろう。

 中国は、無益な挑発行為を自粛することが求められる。

 岸田氏は尹氏とも会談し、韓国政府が設立した元慰安婦の支援財団に10億円を日本が拠出するとの決定を伝えた。

 日本が昨年末の日韓合意を誠実に履行する姿勢を強調したのは妥当である。慰安婦問題の「最終的かつ不可逆的な解決」に向けて、韓国側の前向きな対応を引き出すことにつながろう。

 ソウルの日本大使館前に設置された少女像の撤去は、関係団体の反発で難航している。韓国内の調整を見守りたい。

補正予算案 経済再生へ事業を吟味したい

 経済再生に向けて、予算案の事業を十分に吟味し、より効果的に執行することが肝要である。

 政府が歳出総額4兆円超の2016年度第2次補正予算案を決定した。事業規模28兆円の経済対策の第1弾で、来月召集の臨時国会に提出する。

 日本経済の課題である成長力の強化には、子育てや介護を巡る不安の払拭や、労働人口の減少を補う施策がカギを握る。

 補正予算案が、女性や中高年の働き手を増やすため、子育てと介護の環境整備に2770億円を計上したことは理解できる。

 保育・介護サービスの拡充に加え、長時間労働の是正に向けた働き方改革の推進が大切だ。

 企業の賃上げを促すための生産性向上も喫緊の課題である。

 賃上げを行う中小企業に対する販路拡大や海外進出の支援策などとして、1176億円を盛り込んだ。賃上げを一過性でなく、長期継続する方向に誘導する補助金の制度設計が欠かせない。

 人工知能の研究拠点整備などには1903億円を充てる。産学官が協力し、企業のニーズに合致した研究を進めねばならない。

 一方で、持続的な景気浮揚効果が不透明な予算も少なくない。

 「消費の底上げ」を目的とする3673億円の「臨時福祉給付金」が典型である。低所得者への現金給付は、一時的なカンフル剤にはなっても、内需を息長く押し上げることは期待できない。

 約2兆円にも上る公共事業関連予算がバラマキ型の施策に使われる懸念も拭えない。

 熊本地震や東日本大震災の復興は優先事項だが、「災害対応」を名目にした公共事業は精査が必要だ。農道整備、農水路の耐震化など旧来型の農業土木事業も、競争力強化にはつながるまい。

 実施事業の選定では、費用対効果の十分な検討が求められる。

 財政再建への目配りも重要だ。当初と2回の補正を合わせた16年度予算の歳出は、100兆円に達する。2兆7500億円の建設国債の追加発行により、国債発行額も計37兆円超となり、4年ぶりに前年度を上回る。

 当初予算で国債発行額を抑えても、補正予算でタガを緩めては意味がない。そうした事態を防ぐためにも、財政健全化への工程表の練り直しが急務である。

 経済対策の第2弾は、17年度当初予算案に計上される。今月末にまとまる各府省の概算要求は、事業や施策の実効性をしっかり見極めたものにしてもらいたい。

2016年8月24日水曜日

日米軸に安保協力の輪を広げよう(反グローバリズムと日本)

 この秋から来年末にかけて、主要国では選挙が相次ぎ、「政治の季節」を迎える。各国が内向き志向に陥らず、外交や安全保障の連携を保てるようにするため、日本が果たすべき役割は大きい。

 11月の米大統領選に続き、17年にはフランスと韓国で大統領選、ドイツで総選挙がある。さらに中国では来年秋、5年に1度の共産党大会が開かれ、党首脳の人事も予想される。

同盟強化策を前倒しで

 各国の指導者が国内政治に精力を奪われている間に、紛争の火種が広がることは避けなければならない。アジア太平洋では、南シナ海や北朝鮮問題など、深刻な危機がくすぶり続けている。

 日本は7月の参院選で与党が大勝し、政権が強い基盤をもつ数少ない主要国だ。そんな日本にまず求められるのは、日米同盟を通じ、米国のこの地域への関与が息切れしないよう支えることだ。

 環太平洋経済連携協定(TPP)は、まさにそのための経済の枠組みである。同様に、安全保障面でも、米国とアジアの結びつきを強めることが欠かせない。

 アフガニスタンやイラクでの戦争疲れもあり、米国は内向きになっている。大統領選では、共和党のトランプ候補が日韓からの米軍撤収の可能性に言及している。

 米ピュー・リサーチ・センターが4月に米国内で実施した世論調査によると、米国は自分の問題に対応するため、「他国のことは他国に任せるべきだ」との回答が57%にのぼった。

 こうしたなか、日本がやるべきなのは、同盟強化の具体策を前倒しで積み重ね、安全保障面での米国の関与が後退しないよう、早めに手を打っていくことだ。

 日米は昨年4月、18年ぶりに日米防衛協力のための指針(ガイドライン)を改定し、常設の協議機関である「同盟調整メカニズム」を立ち上げた。

 平時から情報や分析を共有し、緊急時の作戦などをすり合わせるための機関だ。この制度を使い、南シナ海や東シナ海、朝鮮半島の情勢にどう対応するのか、詰めの協議を急いでもらいたい。

 もっとも、日米同盟の絆を太くするだけでは、米国の行動に及ぼす影響力には限界がある。そこで重要なのが、米国の他の同盟国や友好国にも呼びかけ、安全保障協力を面で広げていくことだ。

 すでに、そのための足場は生まれている。日米・オーストラリア、日米・インド、日米韓といった協力の枠組みがそのひとつだ。

 とくに、日米豪は閣僚級の対話に加えて、目に見える協力も深まっている。たとえば、3カ国は4月下旬、インドネシア周辺の海域で共同訓練をした。

 日米印も昨年9月に初めて、3カ国による外相会談を実現。米軍とインド軍が毎年開いている共同訓練に、今年から自衛隊が定期参加することも決まった。

 従軍慰安婦問題をめぐる昨年末の日韓合意を受け、日米韓の連携も息を吹き返している。北朝鮮をにらんだミサイル防衛の連携も、動く機運が生まれつつある。

各国の国際貢献も支援

 次の段階として、これら「日米プラスワン」の協力に、東南アジアの国々を加えていきたい。そうしてゆるやかな安全保障協力網ができあがれば、孤立主義への防波堤の役目も期待できる。

 むろん、日本単独でもやれることは多い。そのひとつが、発展途上国の国際貢献力を高めるための支援だ。日本は5年前から、災害救難や国連の平和維持活動(PKO)に必要な技術や知識を教える研修制度を設けている。

 対象はアジアを中心に11カ国に広がり、自衛隊幹部を派遣したり、各国の軍関係者を招いたりしてノウハウを伝えている。各国の国際貢献力を底上げし、域内の安定をみなで守る体制を育てていくうえで、意義ある支援だ。

 そのうえで、忘れてはならないのが、中国に積極的に関与し、責任ある行動を促していく努力だ。南シナ海などでこれ以上、強硬な行動に走らないよう、日本は他国とそろって中国に求めていくことが大切だ。

 世界で紛争が広がり、シーレーン(海上輸送路)が不安定になれば、日本は真っ先に影響を受ける。グローバル化の流れを後戻りさせないよう、率先して努力することが日本の利益にもなる。

群大と三菱自 検証結果を共有しよう

 組織が過ちを犯したとき、外部の有識者らに検証をゆだね、どこに問題があったかを明らかにし、次の過ちを防ぐ。

 近年、社会にすっかり定着した対応だ。この夏も、耳目を集めたふたつの不祥事にからむ調査報告書が公表された。

 ひとつは手術をうけた患者の多くが死亡した群馬大病院、もうひとつは燃費データを偽装した三菱自動車のものだ。これまでに判明した事実を丹念にたどり、組織のありようを考えさせる「教材」となっている。

 たとえばこんな具合だ。

 手術件数を増やすことを経営方針に掲げる群大病院には、当時ふたつの外科があった。だが両者は連携を欠き、事故が続いた第2外科は要員不足で、一人の医師に仕事が集中した。患者らに向きあう時間は限られ、術前に実施すべき倫理審査が行われないなど多くのルール違反があった。事故の症例も全体で共有されていなかった。

 三菱自動車はどうだったか。

 高い燃費目標の達成は特定の部署の責任で、それ以外の社員は無関心だった。人手も作業時間も不足していたが、「できない」といえる企業風土ではなかった。法規を守る意識が薄く、過去のリコール隠しをうけた再発防止策も根をおろしていなかった。一体となって車を作り、売る意識が欠如していた――。

 業務も、不祥事の内容もまったく異なるのに、両者の病巣はおどろくほど重なる。

 群大病院では、途中で異常に気づき、手術を中止させた方が良いと進言した者がおり、三菱自動車でも燃費の測定方法が法令に反しているとの声が出ていた。しかし、どちらもそのままにされた。こんなところも、合わせ鏡を見る思いがする。

 世のなかに完璧な組織などない。多かれ少なかれ、問題をかかえながら毎日を走り続けている。その問題が何らかのきっかけで外に噴き出してから、あわてて善後策を講じるか。それとも、自他の間違いに学びながら早め早めに手当てをして、足元を固めていくか。

 東大名誉教授の畑村洋太郎氏らが「失敗学」を提唱して久しい。この間、多くの企業や団体が、それぞれの「失敗」をふり返った結果を文書にまとめ、公にしてきた。

 一義的にはその組織の出直しのためにつくられたものだ。できばえにもさまざまな評価があるが、くむべき教訓や示唆に富むものが少なくない。

 分かれ道は常に目の前にある。ふたつの報告書を併せ読むと、改めてその感を強くする。

自治体会計 危ういツケ回しやめよ

 北海道や岡山県、神戸市など全国85の自治体が、財源不足を隠す会計操作を繰り返している。今年度予算で総額2336億円にのぼる。こんな実態が、朝日新聞の取材でわかった。

 やり方は旧態依然だ。自治体が出資する第三セクターや土地開発公社などの法人から貸付金を回収できていないのに、翌年度の予算で穴埋めして返済されているように見せかける。

 たとえば、出資先の法人が年度末に金融機関から借りていったん自治体に返し、すぐに翌年度の貸付金を金融機関に渡す。こうすれば、赤字が続く法人の窮状が表面化しない。自治体財政も黒字を装える。

 違法とまでは言えない。だが総務省は、こうした手法を「避けるべきだ」と見直しを求めてきた。民間企業ならば粉飾決算と見られかねない処理であり、即刻やめるべきだ。

 まだこんなことをしているのかと驚く。

 10年前に「赤字隠し」の末に財政破綻(はたん)した北海道夕張市を思い出す。あの時、北海道が夕張市に是正を求めたのと同じ会計操作を、北海道がみずから続けていたのだから、あきれる。

 夕張市を反面教師として、政府は対策を打ってきた。7年前に財政健全化法が施行され、全国の自治体の財政状況が統一的な指標で比べやすくなった。

 同時に政府は、借金にあえぐ第三セクターなどを整理するための地方債の特例も創設。自治体に、売れない土地や時代遅れの施設を抱えこんだ法人の存廃を含めた対処を促した。

 この地方債は昨年度までに、全国で約1兆円が活用された。200以上の法人が使い、うち151法人が解散や廃止、破産で事業を終えた。

 横浜市や大阪市、広島市の土地開発公社、茨城県の住宅供給公社などだ。急な破綻で自治体財政に穴が開かないように、地方債で時間をかけて住民に負担を求めつつある。

 いまも「赤字隠し」を続けている自治体は、こうした対策を怠ってきたといえる。

 首長や有力議員のメンツや地域のしがらみがからまり、清算しにくい実情があるかもしれない。しかし、会計操作を続ければ、将来へのツケ回しの額を膨らませかねない。

 事態を打開するには首長や議会の役割が大きい。事務方任せにせず、住民に情報を開示し、理解を求める必要がある。

 会計操作の際に融資している金融機関にも再考を求める。こんなやり方で地域経済が育たないのは明らかなのだから。

普天間大型補修 移設遅滞は固定化の恐れ増す

 米軍普天間飛行場の辺野古移設に反対し続けることが、果たして住民の基地負担の軽減につながるのか。改めて真剣に考える必要があろう。

 防衛省が、築50年以上で老朽化した普天間飛行場の19施設の補修事業を実施すると発表した。各施設の老朽度の調査を経て、年内にも補修に着手し、2~3年程度で完了する方針だ。

 経年劣化による雨漏りや壁の剥落がある格納庫や隊舎、貯水槽などが対象で、娯楽施設は含めない。費用は日米地位協定に基づき、日本側が全額を負担する。

 普天間飛行場では輸送機オスプレイなどが離着陸する。補修による部隊運用の安全確保は周辺住民の安全にも影響する。部隊の即応能力を保持し、米軍全体の抑止力を維持することも欠かせない。

 日米両政府は、2022年度にも辺野古移設を完了し、普天間飛行場を返還することで合意している。米側は早い段階から補修を求めていたが、日本側は従来、早期返還を前提に、補修対象を優先度の高い5事業に限定してきた。

 しかし、沖縄県の翁長雄志知事らの強硬な反対などで返還日程がずれ込む可能性が出てきたため、日本側が対象拡大に応じたのは、やむを得ない面もある。

 仮に移設工事が順調に進んでいれば、補修の規模を縮小し、費用も節約できたはずだ。

 翁長氏は、辺野古の埋め立て承認を取り消し、移設を阻止する動きを強めている。これが、結果的に、普天間飛行場の危険な現状が固定化される恐れを高めているのは残念である。

 辺野古移設が停滞すれば、在沖縄海兵隊8000人のグアム移転も遅延が避けられない。米議会が予算を認めず、画期的な負担軽減策が頓挫する恐れさえある。

 政府と沖縄県は、翁長氏の承認取り消しに対する国土交通相の是正指示を巡って、法廷闘争を続けている。翁長氏が是正指示に従わないことに関する福岡高裁那覇支部での違法確認訴訟は、9月16日に判決が出る予定だ。

 翁長氏は「行政の長として確定判決には従う」と述べる一方、あらゆる手段で移設を阻止する立場を変えないと明言している。それは、普天間飛行場の長期固定化につながる道ではないのか。

 翁長氏は「移設反対がオール沖縄の民意」と主張する。だが、知事としては、早期返還を熱望する宜野湾市民や、条件付きで移設を容認する辺野古住民の民意も踏まえた対応が求められよう。

核兵器禁止条約 保有国抜きでは現実感がない

 核軍縮は、米英仏中露の核兵器保有国を巻き込み、段階的に実現していくのが現実的なアプローチだ。まず保有国と非保有国の溝を埋めることを優先する必要がある。

 国連の核軍縮作業部会が、核兵器禁止条約の締結交渉を来年中に開始するよう勧告する報告書を、賛成多数で採択した。

 条約は、核兵器の削減にとどまらず、保有、使用、配備などを一気に禁止することを想定する。交渉開始の是非は、秋の国連総会で改めて検討される。

 昨年5月に核拡散防止条約(NPT)再検討会議が決裂するなど、核軍縮の停滞が背景にあろう。今年5月のオバマ米大統領の広島訪問後も、具体的な進展はない。核保有国の消極的な姿勢に対する非保有国の不満は理解できる。

 疑問なのは、作業部会が核保有国抜きで進められたことだ。このまま条約作りを進めても、実効性は期待できず、絵に描いた餅になるのは明らかである。

 作業部会では、非保有国間の意見対立も浮き彫りになった。

 報告書は、メキシコやオーストリアが主導し、68か国が賛成した。米国の「核の傘」に頼る必要がないアフリカや中南米、東南アジアの国が多い。

 韓国やオーストラリア、ドイツなど22か国は反対票を投じた。日本など13か国は棄権した。全会一致が原則の作業部会で採決が行われたこと自体、異例である。

 唯一の被爆国として核保有国と非保有国の「橋渡し役」を務める日本が、対立の先鋭化を防ぐために棄権したのはやむを得まい。

 重要なのは、反対や棄権に回った国の大半が、ロシアや中国、北朝鮮などの軍事的脅威に直面している点である。米国の核抑止力が有効に機能する中、日韓などが禁止条約に「安全保障上の懸念」を示しているのは当然だろう。

 核保有国も、「核軍縮は安全保障環境を考慮しながら進めるべきだ」と主張している。禁止条約は受け入れられないとの立場だ。

 世界の核兵器1万5000発超の9割を保有する米露両国は、ウクライナ情勢などを巡る確執により、核軍縮を進められずにいる。中国は実態を隠したまま核戦力を増強する。北朝鮮は米本土に到達する核ミサイルを開発中だ。

 こうした緊張の構図を踏まえ、各国の安全保障に悪影響を与えない範囲で、核軍縮の機運を高め、核保有国に一定の圧力をかける。日本を中心に、そうした実現可能な方策を探る努力を続けたい。

2016年8月23日火曜日

東京五輪の成功へ課題の解決を急ごう

 世界中に感動と興奮を与えて、リオデジャネイロ五輪が幕を閉じた。選手や観客らがテロや大きな事故に巻き込まれることなく日程を終えたことに、まずは安堵したい。

 閉会式でスタジアムに描かれた「東京で会いましょう」の文字に、4年後への期待は膨らむが、その前に横たわる課題は多い。国、東京都、大会組織委員会の3者は、残された時間で解決に向け迅速に動き出してほしい。

 まずは、大会予算の問題である。招致時の計画書で示したのは3者で計7340億円だが、テロ対策や人件費、資材費の高騰などで2兆~3兆円に膨らむ懸念が指摘されている。

 組織委などは早期に増加の見通しや理由、内訳を明らかにするとともに、削減への道を探って、国民や都民に理解を求めなければならない。

 とりわけ、迷走が目立つのは組織委が担う仮設会場だ。整備費用は当初の約4倍の2800億円まで増える見通しといい、組織委と前の都知事らとの間で、都が一部を引き受けることで合意した。

 都はすでに新国立競技場の建設でも450億円の支出が決まっており、それに加わる負担となる。小池百合子都知事は追加分に関し「精査したい」と述べたが、開催都市として、さらなる財政の支出拡大となれば都民に丁寧な説明が必要だろう。

 会場計画が確定しないため、選手らを円滑に輸送する手段も検討が進んでいない。招致時に都などは、高速道路や主要幹線に「オリンピックレーン」を設ける構想を掲げた。しかし、警視庁を中心にまとめられる輸送計画は未着手のままだ。選手村ができる臨海部の輸送力の向上も不可欠で、早急な対応が求められる。

 選手の育成や強化の面でも懸案が見えた。リオ五輪で日本は過去最多の41個のメダルを得たが、「お家芸」とされる柔道やレスリング、水泳に集中した。東京大会では、バレーボールやサッカーといった団体球技でも世界と肩を並べる姿を期待したい。

 五輪での選手の活躍は、様々な年齢の人たちが競技に取り組む契機となろう。技能の向上や健康維持と目的は違っても、スポーツへの関心が高まり、裾野が広がるほど、成熟社会での人々の生き方も輝きは増す。メダルの数以上に価値があることではないだろうか。

中国の内需とり込む戦略を

 中国の景気は全体として減速傾向をたどっているが、目をこらせば個人消費を軸に力強い面も見える。増大するリスクに目配りしながら、世界第2の経済大国の内需を取り込むしたたかな戦略を、日本企業は求められている。

 1~6月期の中国の国内総生産(GDP)は前年同期に比べて実質で6.7%増えた。半期の成長率としては今世紀に入ってから最も低い。かつて高成長を引っ張った投資の伸びが衰え、輸出は減少を続けている。

 ただ小売総額は実質で9.7%膨らんでおり、個人消費には勢いがある。例えば1~7月の新車販売台数は前年同期比9.8%増えた。訪日客の増加が示すように観光支出も膨らんでいる。人件費の高騰を背景に生産合理化につながる産業機械の需要も旺盛だ。

 中国市場で着実に稼いでいる日本企業は少なくないようだ。日本銀行の国際収支統計によると、対中直接投資で日本企業が2015年にあげた収益は1兆3930億円に達し、前年比10%増えた。

 14年の後半から15年にかけて円安が進んだ影響が大きいとみられるが、不振の建設機械などを除けば日本企業はしっかり収益を確保したとみることができる。

 気がかりなのは、日本の産業界全体としては中国市場を開拓しようという意欲が弱まっているようにみえることだ。中国商務省の統計では、15年の日本から中国への新規直接投資はピークだった12年の半分以下に落ち込んでいる。

 今年の「通商白書」は、日本企業が中国市場の変化に十分に適応できていないと指摘した。生活を快適にする製品・サービスや安全な食品などへの需要が急拡大しているのに、日本勢はその取り込みに出遅れているという。

 過剰設備と過剰債務をはじめ中国経済のリスクは楽観できる情勢にはない。日中間では政治的なあつれきも絶えない。そうした問題を踏まえつつ、成長市場を見極めて開拓する知恵と機動力を、日本企業は問われている。

核兵器禁止 交渉始める道探れ

 核兵器禁止条約づくりの交渉を来年始めるべきだ――。スイスで開かれてきた国連核軍縮作業部会が、今秋の国連総会に勧告する報告書を採択した。

 「核兵器の使用・威嚇は一般的に人道法に反する」とした国際司法裁判所の勧告的意見から今年で20年。いまだ核兵器を明確に禁じる国際法がないなか、条約づくりが具体的に動き出すなら、「核兵器のない世界」に向けた大きな一歩となろう。

 日本の姿勢は残念だった。作業部会では「現在の安全保障環境を考えれば、条約の交渉開始は時期尚早」との主張を繰り返し、報告書の採決は棄権した。

 核兵器の非人道性を最も知る国としてあまりに後ろ向きだ。作業部会をボイコットした核保有国も引き寄せ、今後はどう交渉に入るのか、日本が道筋を率先して考えるべきだ。

 約100カ国もの非核保有国が禁止条約を支持したのは、核保有国任せでは核兵器のない世界への展望が開けないことに対する不満の表れだ。

 米国とロシアの核軍縮交渉は止まったまま。米ロや中国は巨費を投じ、核戦力の近代化を進めている。北朝鮮は、核・ミサイル開発を進める。

 日本や欧州など、米国の「核の傘」の下に入る国々は、核兵器禁止条約は核の抑止力による安全保障のバランスを崩し、世界を不安定にする、と抵抗してきた。核廃絶に向けては、段階的に進める、というばかりだ。

 国連総会では、核保有国が、条約の交渉開始にそろって反対する見込みだ。被爆国・日本が核保有国側に加担するなら、国際社会に失望を与えよう。

 核抑止力に頼り続ける限り、人類は破滅のリスクから抜け出せない。最終的に核兵器を法的に禁じることは、世界に真の安全をもたらすために不可欠だ。

 一口に条約といっても、さまざまな案が出ている。

 一部の非核保有国や国際NGOの間では、核保有国抜きでも核兵器禁止を明文化しようとする急進的な案が支持を広げる。

 一方、これとは別に核廃絶を法的義務とすることに合意し、具体的な道筋は段階的に定める「枠組み条約」案もある。

 この案であれば、核抑止力への依存が一定期間は許容されるため、「核の傘」に頼る国々でも参加できる、との見方もある。日本にとって有力な選択肢となりうるのではないか。

 これから求められるのは、核兵器禁止条約をめぐる国際社会の決定的な亀裂を避ける方策だ。そのためのリーダーシップを日本に期待したい。

リオ五輪閉幕 東京がモデルを築こう

 聖火がしずかに消えて、リオデジャネイロ五輪が終わった。「多様性」のテーマのもとに集い、力を尽くした世界の選手に改めて拍手を送りたい。

 南米で初となった今大会は開催国のブラジルだけでなく、南米全体に活力を与えた。

 過去最多計41個のメダルを獲得した日本にとっても話題は多かった。大きなトラブルはなく大会は成功した。

 今回は、ブラジル経済が急速に悪化する中で開かれた。大会組織委員会などは大幅に経費を削って臨まざるをえなかった。

 次回2020年の五輪は東京で開かれる。開催費用の高騰が問題になっている東京は、リオ五輪の取り組みを参考にすべきだろう。

 町を埋め尽くすような開催をアピールする飾りは、リオデジャネイロの市内にほとんどなかった。仮設会場や周辺の通路などは簡素なつくりだった。

 五輪とパラリンピックの開会式と閉会式にかかる費用は、08年北京の20分の1、前回ロンドンの12分の1になるという。運営費と施設建設費の合計予算は、立候補当初の64億ドル(6400億円)から41億ドル(4100億円)へと削減した。

 巨額の経費を理由に、冬季も含めて五輪の招致を断念する動きがある。国際オリンピック委員会は経費を抑えた持続可能な大会のあり方を模索し始めた。リオ五輪は、その課題に対する大きなヒントを与えた。

 東京はリオ五輪の路線を継承し、最大限無駄を省いて、世界の多くの都市がめざせる新しい五輪の姿を示すべきだ。財政にも環境にもやさしい、エコ感覚に富んだ柔軟な開催モデルの実現は、世界に認められる開催理念にもなるだろう。

 開催に向けては組織委と東京都、政府が一体となる必要がある。リオ五輪では五輪公共機関(APO)が設けられ、政府、州、市の間の調整にあたった。東京五輪でも、それぞれを横軸で調整する機関があれば準備がしやすくなるはずだ。

 祝祭感覚で公の財布のひもがゆるみ、多額を費やしてモノを残すことよりも、人々の心に残る五輪を実現させたい。

 ボランティアは国際感覚を養い、語学力を向上できる。数多く開かれる予定の文化行事に参加する人々は、経験しがたいような刺激を得るだろう。そして平等、尊敬といった五輪精神を共有する貴重な機会になる。

 多くの市民がさまざまな形で参画し、学びあい、世界との絆を深める。東京五輪はそうした大会をめざしたい。

リオ五輪閉幕 さあ4年後は東京の出番だ

 リオデジャネイロ五輪が閉幕した。

 ブラジルの政情不安の中で開かれた大会だったが、テロなどの深刻な事件は発生しなかった。競技が予定通り実施されたのは、何よりだった。

 ロシアの国ぐるみのドーピング違反が、大会に影を落とし、参加したロシア選手にブーイングが浴びせられる場面があった。

 陸上競技の主力選手らの出場が認められなかった結果、ロシアの獲得メダル数は、2012年ロンドン五輪よりも26個も少ない56個にとどまった。

 ドーピングに厳しい目が注がれる中、重量挙げで銅メダルとなったキルギスの選手らの違反が発覚したのは、残念な事態だ。薬物汚染を根絶する難しさを物語る。

 大会中、国際オリンピック委員会(IOC)の理事が、観戦チケットの不正転売容疑などで逮捕された。ロシアへの甘い対応で批判を浴びたIOCにとっては、追い打ちとも言える不祥事だ。信頼回復が急務である。

 日本選手団は立派な成績を残した。金12、銀8、銅21の計41個のメダル数は、過去最多だ。目指していた金14個には届かなかったものの、総数で30個以上という目標を大きく上回った。

 陸上男子400メートルリレーでの銀メダルは、歴史的快挙である。山県亮太、飯塚翔太、桐生祥秀、ケンブリッジ飛鳥の4選手の激走は日本中に感動をもたらした。

 日本のメダルのうち、7割近くを柔道、水泳、レスリングが占める。中でも、ロンドン五輪で金メダルがゼロだった柔道男子は、金2個をはじめ、全7階級でメダルを獲得して、盛り返した。

 一方で、メダルを獲得した競技数が、ロンドン五輪の13から10に減ったことは気がかりだ。

 閉会式で、東京都の小池百合子知事に五輪旗が引き継がれた。4年後は、いよいよ東京五輪である。日本オリンピック委員会(JOC)と各競技団体は、今大会の成績を分析し、4年後を見据えた効果的な強化策を練ってもらいたい。

 運営面では、リオ五輪の教訓を生かすことが大切だ。チケットの販売不振などで、空席が目立つ会場が少なくなかった。治安面への不安を口にする選手もいた。

 安倍首相は、閉会式に出席後、「今度は私たちが感動を提供する番だ」と強調した。

 開催費用をいかに節減するかが、当面の課題だろう。政府、都、大会組織委員会のチームワークが、何より求められる。

スー・チー訪中 真価が問われる「全方位外交」

 中国に取り込まれ、独善的な目論見(もくろみ)に利用されることはないのか。

 ミャンマーの事実上の最高指導者、アウン・サン・スー・チー国家顧問兼外相が志向する「全方位外交」の真価が問われよう。

 スー・チー氏は北京で、中国の習近平国家主席と会談し、両国関係を強化することを確認した。習氏はエネルギーや金融分野などで積極支援する意向を示し、スー・チー氏も「ハイレベル交流の緊密化に努めたい」と応じた。

 テイン・セイン前政権は、中国一辺倒外交の脱却を目指し、米国に接近した。中国は、関係修復を図りたいのだろう。

 習政権はアジアと欧州を陸と海のシルクロードで結ぶ巨大経済圏構想「一帯一路」を推進する。インド洋につながるミャンマーは、その実現に欠かせない存在だ。

 国民和解を急ぐスー・チー氏は、全ての少数民族武装勢力との和平を最優先課題とする。ミャンマーと2000キロ以上にわたって国境を接する中国は、一部の勢力への影響力を持つとされる。

 外相就任後、日米欧より先に中国を訪問し、対中重視姿勢を示すことで、和平プロセスへの協力を取り付ける狙いがうかがえる。習氏も早速、建設的な役割を果たす考えを表明している。

 関係修復の行方を占う試金石となるのが、軍政時代に契約されたミャンマー北部の水力発電ダム事業への対応である。

 電力の9割が中国に送られることへの反発や環境破壊の不安が国内で広がったため、前政権が5年前に、開発中止を宣言した。

 事業再開を促す中国に、スー・チー氏は「双方の利益にかなった解決策を見つけたい」と述べ、再検討する方針を伝えたという。再開するかどうかを中国との駆け引き材料に使う思惑とみられる。

 スー・チー氏は「全ての国々とより良い関係を築く」と強調するが、その外交手腕は未知数だ。

 安易な対中接近は、東南アジア諸国連合(ASEAN)の分断を画策する中国を利することにならないか。中国はASEANの圧力を弱めて、南シナ海の実効支配を一段と拡大しようとしている。

 地域の安定を維持するには、日米など関係国との協調の継続が重要であることを、スー・チー氏は忘れてはならない。

 前政権は、日米欧から積極的に投資を導入し、経済改革を進めてきた。こうした路線が明確に踏襲されなければ、自国の経済発展にもマイナスとなろう。

2016年8月22日月曜日

内向きに陥らず自由貿易推進を

 欧米では反移民や反自由貿易を標榜する政治家や政党が勢いを増し、安全保障政策も含め自国優先の孤立主義への誘惑も高まる。

 日本はその波に引きずられて内向きになることなく、環太平洋経済連携協定(TPP)を柱とする貿易・投資の自由化や人の開国を進め、国の力を強くしていかねばならない。

TPPの国会承認カギ

 国際通貨基金(IMF)は、2016年の世界経済の成長率が3.1%にとどまると予測する。世界貿易の伸び率はさらに低く、5年連続で3%を下回ると世界貿易機関(WTO)はみている。

 21世紀初頭に世界貿易をけん引してきたのは中国だった。投資主導の高成長を実現し、その過程で世界中から資源や部品を輸入し、工業製品などを輸出してきた。

 そして今、過剰な生産設備や債務を抱え、消費主導の経済へ軟着陸しようと苦闘している。世界貿易の減速はその副産物でもある。

 そんな中で、米国ではTPPに反対し、中国製品に高関税を課すというドナルド・トランプ氏が共和党の大統領候補になった。欧州では、欧州連合(EU)やユーロ圏からの離脱、移民排斥を唱える極右政党が高い支持を保つ。

 日本は人口が減少し、資源に乏しい。世界とのつながりを深めてこそ経済を活性化させ、生活水準を維持したり高めたりできる。

 米欧の保護主義の動きに強く警告を発し、他国に先んじて自由貿易の価値を世界に訴えねばならない。そのためまず次の国会でTPPを承認する必要がある。

 米国ではもう1人の大統領候補であるヒラリー・クリントン氏もTPP反対を明言し、下院議長も再交渉の必要性に言及している。しかし、参加12カ国による高度な妥協の産物である合意内容の再交渉は現実的ではない。

 日本が率先して承認すれば、米議会に「再交渉はあり得ない」と承認を迫ることができる。日米以外の国も安心して国内手続きを進めやすくなる。TPPが漂流しないように全力を挙げてほしい。

 同時に、欧州連合(EU)との経済連携協定(EPA)は、年内の大筋合意をめざして交渉を加速すべきだ。交渉が滞っている米国とEUの貿易投資協定にも刺激を与えるだろう。

 アジアでは、日中韓など16カ国が交渉中の東アジア地域包括的経済連携(RCEP)について、自由化の水準を上げるための中心的な役割を日本が担ってほしい。

 日本は「貿易立国」といわれて久しいが、実態はややかけ離れている。日本の輸出の対国内総生産(GDP)比率は15%程度で、40%前後の韓国やドイツを大きく下回る。日本も高付加価値品を中心に輸出をもっと増やす余地があるはずだ。

 たとえばアフリカでは、東アフリカ共同体、南部アフリカ開発共同体、東南部アフリカ市場共同体という3つの地域経済共同体を統合する動きが進んでいる。

 17年までの発効をめざしており実現すれば計26カ国で人口6億人超の巨大市場ができる。日本は投資協定を結ぶアフリカの国を増やしつつ、こうした地域共同体との連携策を検討していくべきだ。

「人の開国」も進めよ

 日本は貿易・投資の自由化に加え、外国人の受け入れ拡大など「人の開国」も進める必要がある。

 厚生労働省によれば、外国人労働者数は昨年10月時点で約91万人と過去最高を更新した。それでも13年に人口に占める外国人の比率は1.6%と、欧米主要国はもちろん韓国より低い。

 日本では人手不足が広がる。女性や高齢者の雇用を増やすのと同時に、外国人にもっと活躍してもらう必要がある。政府は具体的な計画づくりに着手すべきだ。

 壁は日本企業にもある。日本企業でフルタイム勤務の経験のある外国人へのアンケート調査では、「評価システムが不透明」「昇進が遅い」などの不満が多かったという。雇用慣行の見直しも外国人との共生に不可欠だ。

 人、モノ、カネ、サービスが国境を越えて自由に行き交うのが経済のグローバル化だ。それに伴う負の側面はもちろんあるが、グローバル化そのものに背を向けて国や企業、市民は豊かになれない。自由貿易を主導する日本は先頭に立って反グローバル化の動きに歯止めをかけねばならない。

むのさん逝く たいまつの火は消えず

 101歳のジャーナリスト、むのたけじさんが、昨日、亡くなった。

 よりよい社会と世界を目指すには、あの戦争と、その後の日本の歩みを、絶えず検証し、発言し続けなければならない。

 むのさんは、そのことを身をもって示しながら、戦後71年の日々を生きた。

 戦争中、朝日新聞の記者だったむのさんは、戦地などを取材した。だが、真実を伝えることができなかった。その自責の念から、敗戦の日に新聞社を去った。30歳だった。

 故郷の秋田県に戻り、48年に週刊新聞「たいまつ」を創刊。地方を拠点に反戦、平和、民主主義を守る執筆と運動を続け、農業、教育などを論じた。

 いまや戦後生まれが人口の8割以上を占める。そこに向けてむのさんは、戦時下の空気と、戦場の現実を伝えた。

 公の場での最後の発言となった今年5月の憲法集会。車椅子に座ったむのさんは、強い風に白髪をなびかせながら、張りのある声で、「若い方々に申し上げたい」と語り始めた。

 「戦場では従軍記者も兵士と同じ心境になる。それは、死にたくなければ相手を殺せ。正気を保てるのは、せいぜい3日。それからは道徳観が崩れ、女性に乱暴をしたり、物を盗んだり、証拠を消すために火をつけたりする。こういう戦争で社会の正義が実現できるでしょうか。人間の幸福が実現できるでしょうか。できるわけありません。だからこそ、戦争は決して許されない。それを私たち古い世代は許してしまった」

 体験に基づく証言の迫力と悔悟の言葉に、数万の参加者が聴き入った。

 この時、むのさんは「新聞の仕事に携わり、真実を国民に伝えて道を正すべき人間が、何もできなかった」とも語った。

 治安維持法で言論の自由が封殺された。そういう時代に報道機関はどうなるか。

 むのさんはかつて、戦時中の朝日新聞社の空気をこう振り返っている。検閲官が社に来た記憶はない。軍部におもねる記者は1割に満たなかった。残る9割は自己規制で筆を曲げた。

 戦火を交えるのは、戦争の最後の段階である。報道が真実を伝えることをためらい、民衆がものを言いにくくなった時、戦争は静かに始まる。

 だから、権力の過ちを見逃さない目と、抑圧される者の声を聞き逃さない耳を持ち、時代の空気に抗して声を上げ続けねばならない。むのさんはそれに、生涯をかけた。

南スーダン 人道危機を食い止めよ

 おぞましい人道危機というしかない。

 アフリカの南スーダンで7月、大統領派と副大統領派の武力衝突が起きた。小康状態とはいえ今も散発的な戦闘が続く。

 慄然(りつぜん)とさせられるのは、国連機関や人権団体が現地から伝える民間人の被害である。

 両派の戦闘に住民が巻き込まれただけではない。大勢が避難した国連の保護施設を狙った銃撃や砲撃。対立民族出身と判明した住民の殺害。未成年を含む女性に対する性的暴行。商店や食糧倉庫の略奪――。

 蛮行の数々が国民を守るべき兵士によって繰り広げられているという。この1カ月間で約7万人が隣国ウガンダに逃れた。

 この事態を受けて国連安保理は最近、より強い武力行使の権限を持つ国連平和維持活動(PKO)部隊の増派を決めた。まずは、この人道危機を止めることに全力をあげてほしい。

 南スーダンは半世紀に及ぶ内戦を経て2011年にスーダンからの独立を果たした、世界で最も新しい国家だ。

 「自分たちの国」を手にした歓喜に沸いたのもつかの間、主要民族の間の争いから、13年に新たな内戦が勃発した。200万人以上が家を追われ、国内外で避難生活を送る。

 昨年、和平合意が成立。対立してきた民族同士が共に政府、国軍、警察を構成しての国造りが、ようやく緒に就いた時期の衝突だった。

 背景には、国の収入源である石油事情の悪化があった。内戦による減産に加え、国際価格が低迷している。給与の遅配などで兵士のモラルも下がった。

 暴力が広がり、経済や人心の荒廃がさらに進む負のサイクルを断ち切らなければならない。武器を置いて、国造りを再開するよう、国際社会は両派への説得を尽くす必要がある。

 民主的な政府と公正な統治を根づかせる国家建設には、膨大な時間と労力がかかる。まして多くの民族が武力で割拠している南スーダンでは、はるか遠いゴールにもみえる。

 だが思い起こしたい。この国がゼロからのスタートを切ってから、まだ5年が経過したばかりだ。

 日本はPKOに自衛隊を派遣しているが、それ以外にも人材育成や保健衛生、教育など得意な分野がある。治安が回復され次第、できる限りの貢献をすべきだろう。

 わずかずつでも歩みを進め、南スーダンの国民が「独立の果実」を実感できるよう、ねばり強く支えていきたい。

米TPP消極論 憂うべき保護貿易主義の台頭

 自由貿易を旗印にしてきた米国での保護主義の急速な高まりに、歯止めをかけねばならない。

 11月の大統領選挙の共和、民主両党候補が、ともに環太平洋経済連携協定(TPP)に反対している。

 共和党のドナルド・トランプ氏は、TPPからの撤退を公約した。「自動車産業にとって大惨事になる」と述べ、米自動車産業の雇用確保などを理由に挙げる。

 深刻なのは、国務長官時代に協定を推進した民主党のヒラリー・クリントン氏も今月中旬、「選挙後も、大統領としても反対する」と明言したことだ。TPPの批准が危ぶまれる事態である。

 米国では、製造業の空洞化に伴い、中間所得層が退潮し、白人の低所得層などにグローバル経済に対する反感が強まっている。

 両候補が「大衆迎合」の選挙戦術として、保護主義的な主張をエスカレートさせているとすれば、将来に禍根を残しかねない。

 日米など12か国が2月に署名したTPPの発効は、「国内総生産(GDP)で全体の85%以上を占める6か国以上の批准」が最低限の要件となっている。

 米国は参加国全体のGDPの62%、日本が16%を占めており、日米両国の批准は欠かせない。

 両候補が反対する中、オバマ大統領は現政権中に批准手続きを完了させたい考えだ。大統領選後、新政権の発足前の年末にかけて開かれる「レームダック(死に体)議会」での承認が必要で、審議日程は極めて窮屈となる。

 しかも、政治力の大きい製薬業界が医薬品の独占販売期間を巡って協定内容に反発していることなどから、連邦議会でのTPP賛成派は広がりを欠いている。

 上下両院で多数を占める共和党のポール・ライアン下院議長は最近、「賛成票が集まらない。再交渉が必要だ」と発言した。

 米国は、2007年に韓国と調印した自由貿易協定(FTA)で、議会の反対を理由に再交渉し、5年後に発効させた前例がある。

 しかし、12か国の複雑な交渉を経たTPPは、ガラス細工の合意にも例えられる。いったん崩れれば空中分解しかねない。安倍首相が「再交渉には絶対応じない」と強調するのは当然である。

 米国には、域内全体の発展を自国経済の成長につなげるという大局的な視点が求められよう。

 日本は、TPPの早期発効に向けた強いメッセージを米国に送るため、秋の臨時国会で確実に承認を果たさねばなるまい。

中国弁護士弾圧 「見せしめ」強権統治が際立つ

 異論を封じるために、「見せしめ」効果を狙ったのだろう。中国の習近平政権の力による統治が一段と強まっている。

 今月上旬、中国・天津市の裁判所は、国家政権転覆罪に問われた北京の弁護士や人権活動家の計4人に対し、相次いで有罪判決を言い渡した。

 習政権が昨年7月から始めた一斉摘発によって連行・拘束した弁護士や活動家らは300人を超える。逮捕者は20人以上で、このうち4人が起訴されていた。

 判決は、4人が非合法の宗教活動家や陳情者らを束ねて国家政権を敵視するよう扇動したなどと断じた。格差の拡大や不公正な司法に不満を持つ人々と、その支援に当たる弁護士らがネットワーク化する動きを警戒したと言える。

 看過できないのは、中国メディアが「共産党や政府に自らの行為が危害を及ぼしたことを深く懺悔ざんげする」などと謝罪する弁護士らの映像を繰り返し報じたことだ。

 従来のように裁判を「密室」で行うよりも過程を公開する方が、弁護士らの抵抗意思を挫くじくことができると考えているのだろう。

 刑罰の軽減や家族の監視解除などを交換条件に司法当局から「自白」を強要されたとみられても仕方あるまい。一党独裁下にある中国は法治を掲げながらも、「司法の独立」はない。法治は統治の道具に使われるだけだ。

 深刻なのは、中国が言論統制をさらに強めていることである。

 習国家主席は4月に開いた党の会議で、「ネットでの党や政府、指導者個人に対する批判を歓迎する」と呼びかけた。独裁に歯向かう恐れのある勢力を甘言であぶり出そうとしたのではないか。

 5月には、以前からネットでメディア統制に反対していた著名な企業家の党員が「党の政治規律に違反した」として処分された。

 習政権は、中国で活動する外国のNGO(非政府組織)を管理する法律も制定した。人権や民主主義などの価値観の浸透防止を目的に、来年1月に施行する。活動家の弾圧に利用するとみられる。

 昨年5月以降、日本人男女計5人が中国で拘束され、うち2人が起訴されたことは、憂慮すべき事態だ。スパイ容疑や国家安全を脅かした疑いが指摘されている。

 当局が反スパイ法の曖昧な規定を恣意(しい)的に運用したのなら、問題だ。国内引き締めの巻き添えにならないか警戒せねばならない。

 日米欧が外交ルートを通じて、人権擁護を徹底するよう中国に粘り強く訴えることが肝要だ。

2016年8月21日日曜日

快適なIT生活を産業に育てよう(産業革命4.0が拓く未来)

 これからIT(情報技術)やロボットが広く活躍する舞台となるのが、家や店など消費者にとって身近な場だ。私たちのふだんの行動がデータ化されたり、生活用品がネットにつながったりすることで、便利さ、快適さは一段と進化する。世界が挑む競争に、日本企業も後れをとるべきではない。

 いま各国で「インターネット通販+宅配便」が既存の小売業と攻防戦を繰り広げている。3者が一様に視線を注ぐのがITだ。

発注不要な通販も登場

 生活に必要な品を発注しなくても届けてくれる――。そんな通販を今年、米アマゾン・ドット・コムが始めた。プリンターのインクや洗濯用洗剤の残量を検知・推定し、ネットを通じて情報を吸い上げ、残り少なくなると自動的に届けてくれる仕組みだ。

 消費者は品切れで困ったり買い置き品で場所を取られたりせずに済む。買い物の時間や労力も不要になる。まだ米国だけの試みだが、将来、日本でも始まれば流通業には脅威かもしれない。

 通販の成長を支える宅配便ではヤマトホールディングスが客との応答や効率的な配送ルートづくりに人工知能(AI)を使い始めた。佐川急便のSGホールディングスが日立グループと提携した目的の一つもITのノウハウだ。配達時間の短縮などを期待する。

 守る側の流通業では三越伊勢丹ホールディングスなどが、ディープラーニング(深層学習)というAI技術を使ってデータ解析するベンチャー企業のABEJA(東京・港)と協力。来店者の画像から年齢や性別、関心のある商品などを分析する。

 商品を「買わなかった」客も解析の対象にできるのがミソだ。購入者や売れた商品の分析だけでは今後の成長は難しい。しかし不満を抱いて去る人への聞き取りは手間もかかり相手のストレスにもなる。消費者が目の前にいるリアル店舗の強みをITで形にする。

 これまで企業と消費者をITで結ぼうとすれば、パソコンを操作してもらうなど手間がかかった。これからは特に意識せず簡単に使えたり、不満や要望が労力をかけず企業に伝わったりと、ITを裏方として使う例が増えそうだ。ITの「見えない化」ともいえる。

 物販の分野だけではない。ITを裏方に使い、生活の快適さを向上させる新商品、新サービスが各国で相次ぎ生まれている。内蔵センサーで子どもの呼吸や心拍数を測り寝台の傾斜や照明を遠隔操作できるベッド。座った人の体形に合わせ、もみ具合をAIが判断するマッサージチェア。窓掃除用の小型ロボット。赤ちゃんの動きを感知し、ネットを通じて親に報告してくれるベビー用品などだ。

 センサーの小型化とネットへの接続で、家全体が情報端末になるともいえる。しかし昔のSF映画のような、大げさでこれ見よがしなものではない点に留意したい。技術はあくまでも裏方だ。

 ITの進化で時間の使い方も変わる。「家事や育児などにあてていた時間が減り、その分睡眠や趣味、娯楽の時間が増える」と、みずほ情報総研はみる。そうした娯楽などの姿もITが変えていく。

カギは「さりげなさ」

 魚群探知機の情報を釣りをする人のスマートフォンに送るサービスや、センサーを組み込みフォームを点検できるゴルフクラブ、やはりセンサー入りで軌跡を記録できるサッカーボールをエプソンやアディダスなどが実用化した。植物の状態を自動チェックし水をやる家庭菜園システムもある。

 家庭、暮らし、買い物、余暇がIT、AI、ロボットの活用で一段と楽しく快適、便利になろうとしている。コンビニエンスストアやニュータウン、公共交通、宅配便など、快適な生活サービスの提供は日本企業の得意技だ。センサーなど精密機械の技術力もある。始まったばかりのこの競争に、企業はどんどん参加してほしい。

 ただし懸念もある。携帯電話で米アップルはボタンが少なく直観的に操作できるiPhoneで世界を席巻した。操作法が複雑でマニュアルも分厚い日本メーカーの製品は衰退していった。

 生活の場でのITの肝は、さりげなさ、自然さ、簡便さ、使いやすさ、楽しさにある。取り組む企業は消費者、若い世代、ベンチャーなどの声を十分に生かしたい。

戦後71年の夏に 亡き人の声に耳をすます

 広島と長崎の原爆忌。そして終戦の日。お盆も重なり、8月は、いまはこの世にいない人への思いが深まる。

 敗戦から71年の夏。

 放送で、活字で、体験を踏まえて、反戦と平和を語り続けた人たちの訃報(ふほう)が続く。亡き人たちの声に耳をすませてみる。

 ■ラジオに託した思い

 この夏もラジオから、評論家、秋山ちえ子さんが読む「かわいそうなぞう」が流れた。戦争中、動物園のゾウが殺された実話をもとにした童話だ。秋山さんは40年以上、終戦の日に合わせて、朗読を続けてきた。ご本人は4月に99歳で世を去ったが、思いは引き継がれた。

 秋山さんがラジオに関わり始めたのは戦前。結婚して中国に渡り、戦後、再びマイクの前に戻った。連合国軍総司令部(GHQ)の民間情報教育局の指導の下、女性を啓発するNHKの番組で、暮らしの話題や時事問題などを伝えた。その後は1957年から2005年まで、TBSラジオで番組を持った。

 もし戦争中日本にいたら「お国のために戦ってくださいというような放送をしていたのではないか」と語っていた。番組の事前録音を好まないのは「生放送にしておかないと、戦争が始まりそうな時に『反対しましょう』と言えないから」だった。

 放送が国策の宣伝に使われた時代、そしてGHQの検閲を肌で知る人の冷徹な見方である。

 少年の目で戦争を見つめた昭和ひとけた世代も、次々と鬼籍に入った。

 「焼け跡闇市派」を自称した作家の野坂昭如さんは、昨年12月に85歳で亡くなった。

 14歳で神戸大空襲を体験。栄養失調で妹を失った体験を踏まえた小説「火垂(ほた)るの墓」は、過酷な体験を世代を超えて伝えている。「戦争でひどい目に遭うのは年寄りや子供など力の弱い者」と、03年に病に倒れた後も反戦を訴え続けた。亡くなる直前も、ラジオ番組に寄せた手紙で警鐘を鳴らした。

 〈(日本は)たった1日で平和国家に生まれ変わったのだから、同じく、たった1日で、その平和とやらを守るという名目で、軍事国家、つまり、戦争をする事にだってなりかねない〉

 この手紙を受け取った永六輔さんも先月、83歳で逝った。

 作詞、文筆など多彩に活躍したが、旅に暮らし、各地の人々の営みをラジオにのせるのをライフワークにした。

 様々な「弱者の応援団」を買って出て、権力にユーモアで対抗した。例えば尺貫法の復権。計量法で尺寸単位の物差しが違法とされ、伝統を継ぐ職人たちが困っていた。それをラジオや舞台で面白おかしく訴え、ついに国に併用を認めさせた。

 ■「個」を貫く

 「11PM」などのテレビ番組を作った大橋巨泉さんも先月、82歳で亡くなった。

 11歳で敗戦。教え込まれた「国のために命を捨てるのは当然」という価値観が反転した。

 戦争が始まると、国民は一方向の生き方を強いられ、自由や遊びは封じられる。巨泉さんはその対極を生きた。テレビにゴルフ、競馬、マージャンなどの遊びを持ち込んだ。50代で半分隠居して、趣味に生きた。

 01年、民主党の参院議員になったが、党が賛成した自衛隊の海外派遣に、政府の説明が不十分だと反対した。「戦争を経験した人間として譲れない一線はある」と主張を曲げず、議員は半年で辞めた。

 今の安倍政権はテレビに神経をとがらせる。政府と違う見方を伝えたニュースを首相が「偏っている」と非難し、政権はことさら「政治的公正」を言い立てる。先月の参院選では報道時間が大幅に減った。自民党の部会は、学校で中立を逸脱している事例を募った。その例に当初は「子供たちを戦場に送るなと主張する先生」を挙げていた。

 憲法で言論・表現の自由が保障されているのに、ものを言いにくい空気がよどむ。同調圧力が高まり、忖度(そんたく)が人々の口を重くする。疑問を抑えて集団に合わせることを拒み、「個」を貫いた巨泉さんの姿勢が、いまの世に問いかけるものは大きい。

 ■聞く耳を磨く

 どうしたら亡き人の声が聞こえるだろうか。2月に81歳で旅立った能楽師ワキ方の名手、宝生閑(かん)さんの言葉を思い出す。

 能には亡霊が主人公(シテ)の作品が多い。ワキ方が演じる旅の僧は、死者が現世に残した思いの聞き役となる。

 閑さんはこう話していた。

 「僧には好奇心と向学心がある。だから、シテは自らを語るんです。歴史や文学の素養がなくては、彼らの声を聞くことはできない。亡霊だってせっかく現れたのに、『伊勢物語、それなんですか?』なんて言われたら困るでしょう。理解できる相手を選んで現れるはずですよ」

 受け手に意欲と知恵があってこそ、亡き人の声は届く。それを聞き取る耳を磨きたい。過去に学び、明日を考えるために。

裁量型課徴金 談合抑止の有効打となるか

 カルテルや談合は、企業の自由な競争を歪(ゆが)め、消費者の利益を損ねる。実効性のある抑止策が求められる。

 公正取引委員会が、独占禁止法の違反企業に科す課徴金の制度改正を検討している。

 焦点は、公取委の調査に対する企業の協力に応じて、課徴金の額を増減する「裁量型」の導入だ。積極的な協力を促し、実態解明をしやすくする狙いがある。

 課徴金は行政処分の一つで、企業が違反行為で得た売上高に一定の算定率を掛けて決める。2006年には、違反を自主申告した企業の課徴金を減免する制度が導入され、効果を上げている。

 ただ、どの程度減額するかは申告の順番で機械的に決まる。申告後に、調査に協力しても課徴金の額がさらに減るわけではない。このため、公取委が企業の全面的な協力を得られず、調査が難航するケースも少なくなかった。

 裁量型では、重要な証拠を出せば課徴金が減額される一方、証拠を隠せば増額される。現行制度の欠陥を補い、企業が調査に協力する動機付けとなろう。

 裁量型の制裁金制度がある欧州連合(EU)では、社内調査を行い、自発的に証拠を探す企業が多いという。海外で普及している裁量型の導入には、日本の制度を国際標準に合わせる意義もある。

 導入の際に重要なのは、手続きの透明性の確保だ。公取委の恣意(しい)的判断で、課徴金の額が左右されると、制度の信頼性が揺らぐ。

 判断基準をあらかじめ明確に示すことが大切だ。EUは、金額を増減する際に考慮すべき要件のガイドラインを公表している。

 課徴金を科した後も、公取委が金額の決定理由について、丁寧に説明することが欠かせない。

 裁量型の導入は公取委の権限強化につながるだけに、企業側からは防御権の拡充を求める声が出ている。弁護士との相談内容を秘匿できる権利を認めるかどうかなどが、今後の検討課題だ。

 日本の課徴金制度を巡っては、他にも問題点が指摘されている。欧州では違反行為の期間が長ければ、その分だけ制裁金も高額になるのに対し、日本では対象期間に最長3年という上限がある。

 日本企業と海外企業が国ごとに市場を分け合うカルテルが結ばれた場合、日本市場で売り上げのない海外企業に、公取委は課徴金を科すことができない。

 経済活動のグローバル化が進む中、国際的な違反行為に対処し得る仕組みの構築が必要である。

露トルコ急接近 米欧の安保秩序に影を落とす

 北大西洋条約機構(NATO)加盟国のトルコがロシアに過度に接近すれば、米欧主導の安全保障秩序に影響しよう。深刻な事態である。

 トルコのエルドアン大統領がロシアでプーチン大統領と会談し、昨年11月のトルコによる露軍機撃墜以降、悪化している関係を修復することで合意した。

 ロシアは、エルドアン氏が今年6月に撃墜を謝罪したとして、トルコへの観光旅行の制限や、トルコ産農産物の禁輸など、経済制裁を段階的に解除する。エルドアン氏は今回の訪露で、プーチン氏を「親友」とまで呼んだ。

 緊張緩和は地域情勢の複雑化を避ける上で評価できる。懸念されるのは、両国の急接近に米欧牽制けんせいの思惑が目立つことである。

 エルドアン氏は、7月のクーデター未遂事件後、反対勢力の粛清をエスカレートさせた。事件の黒幕とみなす在米宗教指導者の引き渡しを米国に要求し、欧州連合(EU)が反対する死刑制度の復活も検討している。

 米欧の批判に耳を貸さず、ロシアとの蜜月を演出したのは、長年の目標であるEU加盟を断念してでも、強権統治を貫くという意思の表れではないか。

 トルコは、ギリシャに滞留するシリア難民を受け入れる措置の停止もちらつかせている。今年3月のEUとの合意が白紙になれば、欧州への密航者が再び増加するのは避けられまい。

 合意の着実な履行に向けて、トルコとEUは対話を維持し、接点を探ることが肝要である。

 ウクライナ情勢などを巡って、ロシアは米欧と対立を続けている。この時期にトルコとの関係改善に応じたのは、NATOを揺さぶり、シリア情勢の主導権を握る狙いがあるのだろう。

 ロシアはイランと共に、シリアのアサド政権の後ろ盾となっている。ロシア軍は今月半ば、初めてイランの空軍基地を利用し、シリア空爆も行った。

 米欧側の一員として反体制派を支援するトルコをロシア側に引き寄せることで、政権温存につなげようとしているのではないか。

 米軍は、トルコの空軍基地を拠点に、シリアで過激派組織「イスラム国」に対する空爆を行っている。トルコの対露接近が続けば、作戦にも悪影響が出る。シリア和平協議の障害にもなろう。

 米国のバイデン副大統領は近くトルコを訪問する。エルドアン氏の真意を探り、関係を立て直す契機とせねばならない。

2016年8月20日土曜日

医療・介護の効率化へ自治体は奮起を

 人口の高齢化に伴い、医療と介護にかかる費用負担が重くなる一方だ。質を保ちながらも、費用を抑える改革が求められる。その難しい課題に都道府県や市町村が挑みつつある。住民が安心して暮らせるよう、尽力してほしい。

 2014年に成立した医療介護総合確保推進法に基づき、都道府県は「地域医療構想」をつくることになった。都道府県内を複数の地域に分け、人口予測から地域ごとに、どのような機能の医療機関がどの程度必要かを定める。

 今のままでは人口に対して病院が多すぎたり、同じような機能の病院がいくつも存在し続けたりで、効率化が期待できないためだ。今年度中に大半の都道府県が構想を策定し、その実現を目指す。

 地域の実情をしっかり見据え、実のある構想をつくってもらいたい。実現に向けては病院の再編も必要になり、一筋縄では進まないと予想される。行政の最重要課題の一つとするぐらいの覚悟で臨むべきだろう。国も関係省庁が一体となり、支援してほしい。

 介護分野では市町村の役割がこれまで以上に重要になる。医療介護総合確保推進法では、介護の必要度合いが少ない軽度の高齢者向けサービスの一部を、全国一律から市町村独自のものに切り替えることを定めた。

 その際には、ボランティアやNPOなどによるサービス提供も活用して効率化を目指す。多くの市町村は17年4月までに事業を始めるべく、準備中だ。

 奈良県生駒市は、独自の介護予防事業をすでに始めている。筋力を鍛える教室をのぞくと、トレーニング機器を使う人も、指導する人も高齢者であることに驚く。

 指導しているのはこの教室の卒業生だ。経験者だからきめ細かい指導ができ、自分自身の活力維持にもなる。教わる側の高齢者も「頑張れば、指導できるぐらい元気になれる」と張り合いが出る。

 これらの事業によって高齢者に占める介護が必要な人の割合が下がってきた。市の担当者は「市職員が本気を出せば、地域を変えていくこともできる」と意気込む。

 全国にはほかにも先進的な取り組みをする市町村がある。これらも参考に、全自治体が知恵を絞り、競い合ってもらいたい。

 高齢者には医療と介護が共に必要だ。両者を一体として効率的に提供するため、都道府県と市町村の連携も強化してほしい。

海洋観測の立て直しが必要だ

 異常気象や地球温暖化には海の温度や溶け込んだ二酸化炭素の量などが大きく影響する。きめ細かな海洋観測が必要だが、日本は観測機器や船の運航が減り国際的な役割も十分に果たせていない。国、研究機関、大学などが連携し、観測態勢を立て直すべきだ。

 特に、赤道沿いの熱帯太平洋の観測が手薄なのが心配だ。この海域は日本をはじめ世界の気象に大きな影響を及ぼすからだ。

 海洋研究開発機構は海水温や塩分、潮流、風などの観測機器を付け、おもりで固定したブイを2012年には15基設置していた。だが今は8基で、50基以上の米国に大きく見劣りする。

 ブイは1基数千万円するほか、熱帯海域に行く船を確保できないのが理由だ。海洋機構は研究船の「みらい」や「白鳳丸」などでブイの設置・回収や海水分析をしてきたが、近年は地震研究や海底資源調査などの大型プロジェクトに船が優先的に回されるという。

 日本学術会議分科会の報告によると、研究者が提案した観測などのための研究船の航海日数は、今年度は500日以下の見込み。7年前の半分以下の水準だ。これでは観測・研究の人材育成も危うい。気象庁も10年に、観測船を5隻から2隻に減らした。

 人工衛星も観測に使えるが海の深くの状況まではわからない。簡便な自動観測用フロート(浮き)は増えているが、5~10日に一度浮き上がる時にしかデータを送れない。データが足りないと気象予測などの精度向上は難しい。

 海の観測は海洋機構、気象庁、大学、海上保安庁など多くの機関が担う。小型の練習船をもつ大学や高等専門学校もある。観測機器を共同で使ったり、航海時間を融通しあったりする工夫ができれば観測能力の不足を補える。

 国の総合海洋政策本部は7月に「海洋状況把握」の能力強化を決めた。これを機に熱帯海域などの全体的な観測戦略を立て、機器や船を有効に使いつつ、人材も育てる仕組みを構築すべきだ。

ホーム転落死 悲劇を防ぐ声かけを

 東京メトロ銀座線の青山一丁目駅のホームに立ち、目を閉じる。ラッシュ時。遠くのレール音は雑踏にかき消され、電車は突然、大音響で迫ってくる。

 今週、視覚障害のあった品田直人さんがホームから転落して電車にはねられ、亡くなった。

 「行動範囲を広げたい」と盲導犬と外出し、通勤していた。事故直後、あるじを失った盲導犬ワッフル号が所在なげに現場をみつめていた。

 痛ましい事故の再発を防がねばならない。これは決して、避けられぬ悲劇ではない。

 品田さんは、ホームの点字ブロックより線路側を歩き、足を踏み外してしまった。ホームは幅3メートルほどと狭く、その真ん中を、点字ブロックをさえぎるように柱が連なっている。

 駅入り口からホームまで、どこに階段があり、どこで曲がるか。会社への最寄り駅だったというから、品田さんの頭の中には「地図」があっただろう。

 だが、そうした感覚は、考え事で集中力が緩んだだけで狂ってしまうこともあるという。

 視覚障害者がホームから転落した事故は2014年度に全国で80件あった。日本盲人会連合のアンケートでは、4割がホームから落ちたことがあると答えている。驚くべき数字だ。

 まず有効なのはホームドアの設置だ。国土交通省は、1日当たりの利用客が多い駅などから優先して設けるよう定めているが、設置率はまだ低い。鉄道会社は障害者の意見も反映しながら、整備を急いでほしい。

 ホームドアの設置が構造上難しい駅もある。戦前に全線開業した銀座線では、補強工事が必要なため、設置には18年度までかかる。乗降客が多い渋谷駅や新橋駅は、さらにその後だ。

 何より肝心なのは、障害のある人を見守り、手をさしのべる一人ひとりの行動だろう。危なそうな時には、すすんで声をかける。それは本来、当たり前のことだが、残念なことに、そんな光景はそれほど多くない。

 障害者に限った話ではない。青ざめた顔でホームにかがみこむ通勤途中の会社員、階段を前に途方にくれているベビーカーの親子、手すりにしがみつき一段ずつ降りる高齢者……。

 「大丈夫ですか?」。そのひと言が無関心の空気を変える。

 ワッフル号を育てた北海道盲導犬協会は「犬には声をかけないでとお願いしますが、犬を連れているユーザーには声をかけてほしい」と呼びかけている。

 困っている人がいれば、歩み寄り、助ける。そう誰もが自然にふるまえる社会でありたい。

経済財政試算 「期待」頼みにあきれる

 国や自治体の政策は、現実を見据えて検討するのが当然の原則だ。甘い前提と試算を出発点にするなら、単なる「期待」や「願望」にすぎない。

 日本にとって最大の懸案の一つである財政再建では、とりわけ厳しい現状認識と見通し、着実な実行が大切になる。

 ところが政府は、ますます「期待」頼みの姿勢を強めているといわざるをえない。

 甘い前提の試算を示し、具体的な取り組みを欠いたまま、達成が見込めない高い目標を「堅持する」と繰り返している。中長期の経済財政試算と財政再建の話である。

 指標となる基礎的財政収支(PB)は、15年度は国と地方の合計で15・8兆円の赤字だった。政府はこれを20年度に黒字にする目標を掲げており、国際会議でも再三強調してきた。

 政府が発表した最新の試算によると、19年10月に延期された10%への消費増税を織り込み、歳出が一定のペースで増えていくと仮定すると、20年度には5・5兆円の赤字が残る。

 5年間で赤字が10兆円減るなら、もうひと踏ん張りではないか。そう考える人がいるかもしれない。だが、現実は甘くはない。歳出と歳入の両面で、試算が甘すぎるのだ。

 まずは歳出である。物価上昇率などに基づき、高齢化に伴う社会保障費の増加を含めて推移をはじいたが、一方で社会保障改革で歳出がある程度抑制される効果を見込んだ。しかし、どの制度をどう見直すのか、国民に痛みを強いることになる改革の具体的な内容は手つかずのままだ。

 歳入についてはさらに問題が大きい。税収は所得税や法人税を中心に経済成長に左右されるが、毎年度の成長率は実質で2%以上、物価変動を加味した名目では3%以上になることを試算の前提としている。

 しかし、足元の13~15年度の実質成長率の平均も、経済の実力である潜在成長率についての政府の見立ても、ともに0%台にとどまる。それらと比べて高すぎる。その分だけ税収がかさ上げされ、PB赤字は縮む計算になる。

 成長率を高めて税収を増やす努力は財政再建に必要だ。一方で、歳出を不断に見直し、少しでも抑制・削減していくことも欠かせない。

 高めの成長と税収増への期待によりかかり、歳出の見直しには及び腰。そんな姿勢で「20年度のPB黒字化という財政再建目標を堅持する」と言い続けても、説得力は生まれない。

訪日客地方誘致 空港と港の国際化を急ぎたい

 海外からの観光客の増加を地方の活性化につなげるには、地方空港や港湾の国際化が急務だ。

 7月の外国人訪日客数は、前年同月比2割増の229万6500人に上り、単月での過去最高を更新した。1~7月の累計は1401万人となり、11月中には2000万人を超える見込みだ。

 訪日客の9割は、成田、羽田、関西などの主要7空港を利用している。東京―京都―大阪を巡る定番ルートに人気が集中し、観光地やホテルの混雑も激しい。

 2020年の訪日客4000万人という政府目標と地方創生を両立させる。その観点から、いかに観光客を地方に誘導するかが重要な課題となっている。

 一つの有力な手段は、旅行者が手軽に使える格安航空会社(LCC)の路線の地方誘致だろう。

 政府は17年度から、訪日客誘致に積極的な地方空港を個別に認定し、支援する方針である。

 新規に就航した国際線の着陸料を最大で3年間無料にしたり、税関や出入国管理施設などの整備費を補助したりする。

 認定は、自治体などによる具体的な誘客計画の策定が条件となる。計画作りの段階から、政府と自治体、経済界が連携し、実効性を高める工夫が欠かせない。

 7月に民営化された仙台空港では、東京急行電鉄などが設立した運営会社が、LCC向け搭乗施設の新設などに取り組んでいる。高松空港や、北海道4空港でも民営化の動きがある。民間ならではの柔軟な企画力に期待したい。

 最近、中国など近隣国からの便が急増しているクルーズ船の地方寄港の促進も大切である。

 昨年の寄港は上位20港で計1154回に達した。今年は4割超の伸びが見込まれる。政府は、昨年の訪日客111万人を20年に500万人に増やすことを目指す。

 大型のクルーズ船は、1回で数千万円の「爆買い」が珍しくない。昨年の寄港数が全国最多の259回だった博多港を抱える福岡市では、雇用創出、税収増など、大きな経済効果が確認されている。

 一方で、大型船を係留できず、沖合の船から小型船で人員を岸壁に運ぶ地方港もある。

 政府は、今月上旬決定の経済対策に大型クルーズ船が寄港可能な港湾施設の整備を盛り込んだ。現在、対象港を選定している。

 港湾整備の公共事業と並行し、外国語標識の設置やインターネット環境の向上など、ソフト面を含めた総合支援策が求められる。

「タカマツ」金 力と技の融合で頂点を極めた

 リオデジャネイロ五輪の終盤、日本の女子選手の金メダルが相次いでいる。快挙を称たたえたい。

 日本のバドミントン界に初めての金メダルをもたらしたのが、女子ダブルスの高橋礼華、松友美佐紀両選手の「タカマツ」ペアだ。

 世界ランク1位でリオ五輪を迎え、その重圧をはね返した。決勝の最終ゲームで、3点差の劣勢を5連続得点で挽回した勝負強さは、見事と言うほかない。

 高校時代からペアを組む2人のコンビネーションは抜群だ。力の高橋、技の松友と評される。高橋選手が豪快なショットで相手を崩し、前衛で構える松友選手が仕留める。それぞれの持ち味を存分に発揮して、栄冠を手にした。

 女子ダブルスは、2008年北京五輪で4位、12年ロンドン五輪で銀メダルと階段を上ってきた。それに刺激を受けた高橋、松友両選手は「次は自分たちがメダルを取る」と鍛錬を積んだ。

 強いぺアの系譜が、切れ目なく続いている。競技力が向上する理想的な形と言えよう。

 レスリング女子58キロ級の伊調馨選手は、五輪4連覇を成し遂げた。夏季五輪の女子個人種目で、史上初の偉業である。

 女子レスリングが正式種目となった04年アテネ五輪以降、王者として君臨してきた。頂点を極め、目標を失いかけた時もあろう。気持ちを高め、男子選手と練習するなどして、レベルアップに励んできた精神力には感服する。

 陸上のカール・ルイス、競泳のマイケル・フェルプスら、名だたる選手が五輪4連覇を達成してきた。伊調選手の名も、五輪史にしっかりと刻まれるだろう。

 女子レスリングは、6階級中、4階級で金メダルに輝いた。お家芸とも言える成績だ。

 伊調選手とともに、五輪4連覇を目指した53キロ級の吉田沙保里選手は、銀メダルだった。個人戦の連勝記録も206で途切れた。

 残念な結果だが、世界の女子レスラーの目標である吉田選手の戦績が、今回の敗戦で色あせることは、決してない。

 今大会は、歴史的に重みのあるメダルが目立つ。

 卓球の男子は、悲願のメダルに手が届いた。団体で銀、個人のシングルスでも水谷隼選手が銅メダルを獲得した。女子団体で2大会連続して表彰台に立った福原愛選手らの奮闘も素晴らしかった。

 テニス界として96年ぶりのメダルだった錦織圭選手の銅メダルも、忘れがたい一つである。

2016年8月19日金曜日

賢い規制で新技術の普及促進を (産業革命4.0が拓く未来)

 日本経済が新たな産業革命の扉を開くには、技術を磨くだけでは十分でない。せっかくの技術があっても、各種の規制や既存業界の抵抗が普及を妨げるようでは大きな飛躍を望めない。

 技術革新と並行して、それを受け入れる社会的なルールづくりや規制改革を急ぐ必要がある。

■動画投稿サイトの失敗

 技術と規制がかみ合わなかった結果、ビジネスがうまく離陸しない――。その一例がネット上の動画投稿サイトだ。この分野の草分けは米ユーチューブで、今では世界で10億人超、日本でも4千万人以上が利用するトップ企業だ。

 日本勢にも巻き返しの機会がなかったわけではない。ユーチューブが2007年に日本語対応サービスを始めたのとほぼ同時期に、NTTグループと日本のヤフーも同様のサービスを開始した。

 ところが結果は惨敗。国内2社は視聴者が集まらず、早々とサイトの閉鎖に追い込まれた。明暗を分けたのは技術力ではなく、著作権法などに違反した投稿をめぐる日米のルールの違いだ。

 米国では、違法動画が投稿されても権利者からの指摘を受けて削除すれば、ユーチューブなどサイト運営会社の責任は原則として問われない。一方で日本の法体系はその点が必ずしも明確でない。

 そこでヤフーなどはサイト内を自主的にパトロールし、違法の恐れが少しでもありそうな投稿をしらみつぶしに削除した。結果として魅力あるコンテンツが激減し、だれも見に来なくなった。

 責任の範囲を明示した予見可能性の高いルールがなければ、企業は安心して事業ができず、国際競争でも不利になる。動画サイトの歴史から浮かび上がる教訓を関係当局は銘記してほしい。

 ネットを介して余った設備や時間を他人と分かち合うシェアリングエコノミーが直面する規制の壁も高い。例えば自家用車で人を運び対価を得る「ライドシェア」。タクシー業界の反対が強く、解禁のメドはたっていない。

 一方、ライドシェア発祥の地の米国のほか、中国でも配車仲介は人気を博し、滴滴出行(ディーディーチューシン)のような注目株の急成長企業が現れた。

 ライドシェアの禁止は、便利で安価な移動の足を市民から奪うだけでなく、新たな企業が伸びる余地を狭める。規制の軸足が既存業界の保護ばかりに傾くようでは、日本経済の新陳代謝が足踏みするのは避けられない。

 新技術や新サービスが登場すると、しばしば議論を呼ぶのが「安全」だ。例えば自動車の自動運転技術をめぐって最近、米国でテスラモーターズ車の死亡事故が発生し、世界的にも注目された。

 技術が不完全な段階で、それを過信して事故を起こすことは避けなくてはならない。他方、自動運転の完成度が高まれば事故防止にも威力を発揮するだろう。足元の事故を減らそうと技術開発や実証実験にストップをかければ、逆に将来の事故を減らす機会を失う結果となりかねないわけだ。

■ルールの明確化が重要

 規制当局に求められるのは「熟慮の上の大胆さ」だろう。安全面に細心の注意を払いつつ、特区制度なども活用して、企業サイドから要望の強い公道での無人走行実験などを地域限定で解禁する、というのも一案ではないか。

 ここまで規制の負の側面を強調してきたが、適切な規制が市場を活気づけることもある。昨春に首相官邸の屋上で墜落したドローンが発見された事件が契機になり、曖昧だったドローンの飛行ルールが改正航空法に明記された。これが企業の意欲に火をつけ、無人警備や自動測量など幅広い分野でドローンの活用が進みつつある。

 19世紀後半の英国には赤旗法という法律があった。当時の先端技術である蒸気式の乗り合いバスに旅客を取られると警戒した馬車運送業者が後押しした法律だ。

 蒸気自動車の最高速度を時速6キロメートル程度に制限したほか、赤い旗を持った人が車の前を歩き危険物の接近を周囲に知らせることを義務付けた。英国の自動車産業がドイツなどに後れをとった要因が、この法律だったという。

 技術の可能性を封じ込めるのではなく、それを最大限引き出す。そのための賢い規制や社会的合意をどうつくるのか。日本政府の能力と覚悟が問われている。

核先制不使用 首相はオバマ氏に力を

 敵の核攻撃がない限り、核兵器を先に使わない。それが「核の先制不使用」だ。

 オバマ米大統領が検討しているとされるこの政策について、安倍首相がハリス米太平洋軍司令官に反対姿勢を示したと米紙ワシントン・ポストが報じた。

 同紙によると首相は、北朝鮮に対する抑止力が弱まり、紛争の危険が高まるという趣旨の懸念を伝えたという。

 報道に対し日本政府の公式な説明はなく、首相が本当にこうした発言をしたのかは不明だ。ただ日本政府はこれまで、先制不使用は「核の傘」の抑止力を損なうもので賛同しがたいとの立場をとってきた。

 今回も外務省幹部は朝日新聞の取材に、「もし米政権が核の先制不使用を宣言すれば、日本を守る米国の拡大抑止は成立しなくなる。あり得ない話だ」と述べている。

 被爆国・日本として、あまりにも後ろ向きな姿勢と言わざるをえない。

 核戦争には、勝者も敗者もない。核抑止論に立つ限り、核戦争の危険はなくせない。核の拡散を防ぐためにも、世界有数の核保有国が核の役割を減らす姿勢を示すことは意義がある。

 安保環境を厳しく見る必要はあるが、米軍の通常戦力だけでも北朝鮮などへの抑止は機能しているという見方も有力だ。

 「核兵器のない世界を追求する勇気を」。3カ月前、広島でそう呼びかけたオバマ氏に同行した安倍首相は、むしろ積極的にオバマ氏に協力し、先制不使用を後押しすべきだ。

 ワシントン・ポストによれば日本と同様、米国の「核の傘」に入る韓国のほか、核保有国の英国やフランスも政策転換に反対しているという。

 一方で、川口順子元外相や豪州のエバンズ元外相らアジア太平洋地域の元閣僚らは最近、オバマ政権に先制不使用を求め、日本を含む米国の同盟国に支持を促す声明を出した。

 核の惨禍を身をもって知る日本が、非核への歩を進めようという世界の潮流を阻むことがあってはならない。

 「核の傘」に頼らぬ安全保障をめざし、その意志と目標を掲げ、米国と協議を進めることこそ日本外交にはふさわしい。

 それが結果として日本の道義的な立場を高め、地域の安定と平和にも資するはずだ。

 首相は広島で、核兵器のない世界に向けて「絶え間なく努力を積み重ねていく」と誓った。

 そのために何をするのか、具体的なビジョンと行動が問われている。

竜巻注意情報 活用されているのか

 災害情報の「空振り」が続くと、本当に注意すべき時がわかりにくくなる。ここ数年、各地で発生する竜巻、突風に対する注意情報も、そんな感覚で受け流されていないだろうか。

 この10年を見ると、竜巻の1年の確認数は海上竜巻をのぞいて平均約25個。台風シーズンの夏から秋にかけてが最も多い。

 気象庁は08年から、竜巻、ダウンバーストなどの突風が「今まさに発生しやすい」という段階で竜巻注意情報を出している。年間の発表は800~千件以上にのぼるが、どれだけ有効活用されているか疑問だ。

 たしかに大雨や雷と違い、実際に情報が発表されても竜巻に遭遇する可能性は低い。だが、ひとたび巻きこまれたら甚大な被害が出るのが竜巻だ。

 06年に北海道佐呂間町と宮崎県延岡市で相次いで発生した竜巻では、計12人が死亡した。12年には茨城県つくば市で1千棟以上の建物が破損し、死者1人、負傷者は37人に及んだ。13年には埼玉、千葉両県で1千棟超が損壊した。

 注意情報が始まって8年。気象庁など関係省庁は、もっと情報の活用を促してはどうか。

 そのために、まず大切なのは予測精度の向上だ。

 茨城の竜巻では、注意情報をメールなどで住民に伝達していなかった市町もあった。理由は「精度の低い情報を流すことで、誤情報が続き、情報の信頼性が失われる」だった。

 竜巻注意情報が出て実際に竜巻やダウンバーストなどの突風が吹いた確率は5~10%だ。気象庁は一昨年から消防の協力を得て、目撃情報をとり入れるなどして精度向上に努めている。独自の観測網をもつ民間の気象会社の情報も活用するなどし、さらなる精度向上に結びつけてほしい。

 情報の対象が都道府県単位であることも改善の余地がある。「県内のどこかで発生するかも」といわれても行動しにくい。気象庁は、区域を細分化する方向で検討中だ。信頼性を高めるためにも急務だろう。

 情報を受ける側も、うまく活用する心構えが大切だ。

 竜巻注意情報が出るということは、大雨や雷などの激しい現象が起こりやすい知らせでもある。ただし、即避難を呼びかける性質の情報ではない。まずは自分で空模様を確認し、黒い雲、急に暗くなる、冷たい風が吹くといった、発達した積乱雲の兆候があれば、頑丈な建物に避難することが求められる。

 自ら考え、対応する。防災情報を賢く使いこなしたい。

中国と南シナ海 行動規範を骨抜きにするな

 国際ルールの協議に応じることで、東南アジア諸国連合(ASEAN)の反発を抑え、内容を骨抜きにする。中国はそんな独善的な筋書きを描いているのではないか。

 南シナ海での紛争防止を図る「行動規範」の策定に向けて、中国とASEANが公式高官協議を開き、来年半ばまでに枠組み合意を目指すことで一致した。

 中国は行動規範の策定に慎重だった。これ以上、期限を決めなければ、来月初めに中国が議長として開く主要20か国・地域(G20)首脳会議で国際社会の批判が自国に集中すると考えたのだろう。

 その中国が南シナ海問題を扱わない方針を示しているのは看過できない。各国首脳が緊張緩和について議論する重要性は、むしろ高まる一方である。

 行動規範は、領有権を争う中国やフィリピンなど関係国の行動を法的に拘束するものだ。本来は、国連海洋法条約の尊重や各国の行動を監視する仕組みの創設などを盛り込むことを想定している。

 だが、習近平政権は今後のASEANとの協議で、行動規範の拘束力をできる限り弱め、人工島の軍事拠点化の動きが制約されないようにする目論見(もくろみ)ではないか。

 中国は南シナ海を巡る主権の主張を全面否定した7月の仲裁裁判所の判決を「紙くず」と言い放ち、受け入れていない。国際法を蔑(ないがし)ろにする中国が国際ルール作りに責任を果たすとは思えまい。

 日米は、ASEAN各国、豪州などと連携して対中圧力を強め、実効性のある行動規範にしていかねばならない。

 問題なのは、中国が南シナ海情勢について「外部の介入を防ぐ必要がある」と強調し、日米排除の姿勢を鮮明にしたことである。

 中国は最近も、スプラトリー(南沙)諸島などで、実効支配強化の動きを加速させている。

 米国の政策研究機関は今月、中国が造成した複数の人工島で、戦闘機や早期警戒管制機などを収容できる格納庫の建設が進んでいるとの分析を明らかにした。

 中国軍はフィリピンに近いスカボロー礁付近で、新型爆撃機などの巡視飛行も繰り返している。

 「法の支配」に背を向け、南シナ海のほぼ全域を強大な軍事力で支配しようとする中国の膨張主義の表れにほかならない。

 南シナ海の安定には、米国が「航行と飛行の自由」を確保するための艦艇と航空機の巡視活動を続けるだけでなく、関係国と監視態勢を築くことが欠かせない。

ホーム転落事故 視覚障害者の安全を守りたい

 東京の地下鉄駅で、視覚障害者の男性が線路に転落し、電車にひかれて死亡した。痛ましい事故である。再発を防がねばならない。

 現場となった東京メトロ銀座線の青山一丁目駅ホームは、幅が3メートルしかなく、複数の太い円柱も立っている。盲導犬を連れて歩いていた男性は、柱の手前でホームの端に近付き、足を踏み外したという。

 盲導犬には線路側を歩かせることが多いが、事故時は逆側にいた。危険を察知した駅員が線路から離れるよう放送で注意喚起したものの、事故を防げなかった。

 視覚障害者のホームからの転落事故は年70件以上、発生している。視覚障害者の4割近くが転落を経験しているとの調査結果もある。対策に猶予はないことを、全鉄道事業者は認識せねばなるまい。

 転落防止に最も有効なのはホームドアだが、今回の現場には設置されていなかった。

 国土交通省は、1日の利用客が10万人以上の駅には優先的に整備するよう、5年前から鉄道事業者に求めてきた。しかし、該当する全国251駅のうち、設置済みの駅は3割に過ぎない。

 整備が遅れている理由として、事業者は多額のコストを挙げる。JR東日本が進める山手線の全29駅への設置には、550億円を要するという。容易に賄える額ではないのも事実だ。

 ホームによっては、強度や広さといった構造上の問題もある。複数の事業者が相互に乗り入れる路線では、車両の扉の位置が一定しないという事情も指摘される。

 一方で、様々な工夫も講じられている。一般的なスライド式ホームドアではなく、バーやロープで遮る方式を導入した駅がある。費用や重量を大幅に減らせるのがメリットだ。車両に応じて開閉位置が変わるドアの開発も進む。

 4月には、東京メトロの別の駅で、ベビーカーを扉に挟んだまま電車が発車する事故があった。これもホームドアが設置されていれば防げていた可能性が強い。

 官民でさらに知恵を絞り、整備を加速させてほしい。

 設置がどうしても困難な駅では、駅員の支援がより重要だ。東京メトロは障害者への積極的な声掛けを各駅に通知した。

 利用者にも、目の不自由な人が近くにいたら、注意を促す心配りが求められよう。危険なのは「歩きスマホ」だ。視覚障害者に衝突し、思わぬ事故を招きかねない。厳に慎みたい。

2016年8月18日木曜日

バブルの懸念ぬぐえぬ賃貸住宅の増加

 賃貸住宅の建設が増えている。日銀のマイナス金利政策などで住宅が建てやすくなっているためだ。目先の景気にはプラスだろうが、首都圏を中心に空室も増えているだけにバブルの懸念はないのか心配な面もある。

 国土交通省によると、昨年の貸家の着工戸数は前年よりも4.6%増えた。今年に入っても6月までの累計で前年同期を8.7%上回っている。好調な賃貸住宅が住宅投資を下支えしている。

 賃貸住宅が増え始めたきっかけは2015年1月の相続税の増税だった。アパートのような住宅は賃借人の借地権と借家権が生じるため、現金や預金、更地の不動産を保有している場合に比べて相続税を課す際の評価額が下がる。

 ここに着目し、節税対策として団塊世代などを中心にアパート経営に乗り出す人が増えている。

 マイナス金利政策で住宅を建てる資金を手当てしやすくなっていることも一因だ。金融機関も一般的な住宅ローンに比べて貸出金利を高めにしやすいアパート建設向け融資に力を入れている。

 一方で住宅需要が高まっているわけではない点は要注意だろう。すでに全国には820万戸の空き家があり、その半分強は賃貸用の住宅だ。首都圏を中心に空室率が一段と上昇している。

 それでも新規物件が増えている背景には、サブリース(転貸)方式でのアパート建設があるのだろう。土地を保有する個人などが建てたアパートを、業者が長期間にわたって一括で借り上げる契約方式だ。一定期間、家賃収入を保証する場合が多い。

 新築時には入居者を確保できたとしても、時間とともに空室は増える傾向がある。その結果、地主に約束していたはずの家賃収入を業者側が大幅に減額したり、契約を解除したりしてトラブルになる事例が、目立っている。

 国交省は9月から制度を見直して、地主との契約時に将来の家賃水準などが変わる可能性がある点を「重要事項」として説明するよう、サブリースを手掛ける大手業者などに求める。トラブルを未然に防ぐために必要な措置だ。

 周辺の他の物件は空室が目立つのに、自分のアパートだけは大丈夫と考える方がおかしい。節税が目的だとしても、アパート経営には相応のリスクがあることを土地の保有者はしっかりと自覚すべきだろう。

築地市場の移転を混乱なく

 東京都の小池百合子知事は、東京都中央卸売市場・築地市場(中央区)と、その移転先となる豊洲市場(江東区)を視察した。安全性の確保に疑問があるとして移転の時期を見直す考えを、都知事選で表明していた。

 豊洲では建設計画の決定後に土壌から有害物質が検出され、東京都は対策を進めてきた。その結果、市場の用地で実施した水質調査ですべて環境基準を満たしているとして、計画通り11月7日に開場する方針を示していた。

 これに対し小池知事は、水質調査はもともと2年間かける計画なのに、その調査期間が完了する11月18日より前に開場を決めたことなどに疑問を投げかけている。

 新市場には水産物を中心に全国の食品が集まる。安全性への不安が再燃しないよう、適切な検査と情報開示は欠かせない。

 ただ、卸会社などの市場参加者はすでに、11月の開場に向けて準備の最終段階に入っている。国内最大の卸売市場の移転である。混乱なく進めてもらいたい。

 1935年に開場した築地市場は老朽化が目立つ。開放型の施設なので、生鮮品の流通で高まる温度や品質管理への要求にも十分に対応できない。

 豊洲市場では閉鎖型の施設に変え、量販店などの要望に応えるため市場内で生鮮品を加工できる設備や荷さばき場も導入した。今後も市場参加者の利便性を高める努力が求められる。

 中央卸売市場は都内だけで11、全国では64もある。整理統合は遅れ、輸送網の整備で中核市場に全国の食品が集まるようになった流通の変化に追い付いていない。豊洲市場の開業に合わせ、東京都などの自治体は市場の再編と近代化を進めるべきだ。

 小池知事はリオデジャネイロ五輪の閉会式から戻った後に結論を出す方針だが、卸売市場の合理化は着実に進めてほしい。約5800億円まで膨らんだ豊洲への移転にかかる総事業費が適正だったかも、検証が要るだろう。

甘利氏の責任 速やかな説明を求める

 国民が抱く憤りも、機能しない法律に対するいらだちも、理解していないのではないか。

 都市再生機構(UR)をめぐる口利き疑惑で元秘書が改めて不起訴になったのを受け、甘利明衆院議員の事務所が出したコメントのことだ。「まさか元秘書らが法に触れるようなことをすることはないと信じていた。不起訴に安堵(あんど)した」とある。

 元秘書は、URと土地交渉をしていた業者から、補償金の増額を働きかけるよう頼まれた。2人は、まず業者がURに内容証明郵便を送り、続いて甘利事務所が接触することを決めた。

 指示をうけた別の秘書が約束なしにUR本社を訪れ、回答状況をただした。やがて補償金の上積みがあり、支払いがあったその日に、業者は元秘書に現金500万円を渡した。

 この事実の流れを見て、まともな政治活動と感じる人がどれだけいるだろうか。

 元秘書はあっせん利得処罰法違反の疑いで告発されたが、立件に必要な「議員の権限に基づく影響力」を行使した証拠がないとして、いったん不起訴になった。これに、市民から選ばれた検察審査会が異を唱えた。

 「有力議員の秘書があえて約束なしに、交渉を担当していない本社に乗り込んだのは、その行動が影響を与えうると判断したと考えるのが自然」「URがわざわざ応対したのも、そうしないと不利益を受ける恐れがあると判断したとみるのが自然」と述べ、再捜査を求めた。

 元秘書の行いすら、この法で罰せられないとすれば、かねての指摘通り、ザル法と言わざるを得ない。そんな思いが検審の議決からうかがえる。だが不起訴の結論は変わらなかった。

 一般に、検察が法令を厳格に解釈し、刑罰権の発動に抑制的なのは結構だ。しかし今回、検審が示したまっとうな市民感覚をふまえ、裁判所に判断を求める道はなかったか。ザル法に命を吹きこむ好機を逃し、幕引きとなったのは釈然としない。

 もちろん、幕が引かれたのは刑事責任の追及であって、甘利氏の監督責任や道義的責任は残されたままだ。国会閉会にあわせたように体調は回復し、自身をふくむ関係者の不起訴も確定した。いまこそ約束していた調査結果を明らかにし、自らの見解を語らなければならない。

 国民は甘利氏に十分な時間を与えた。次は氏が十分な時間を確保して記者会見し、国会でも質問にしっかり答える番だ。閣僚を辞めたときに語った「政治家としての美学」「政治家としての矜持(きょうじ)」が問われている。

酒安売り規制 消費者利益を忘れるな

 お酒の安売りを規制することを狙った法改正が、本格的な国会審議もないままほぼ全会一致で決まり、新たな仕組みが来年春までに始まる。

 先の通常国会で成立した、酒税法と酒類業組合法の改正法の話である。

 新たな仕組みは、まず、お酒のメーカーや販売業者が守らなければならない「公正な取引の基準」を財務相が作る。違反した業者には指示や公表、命令、さらには罰金を科し、免許取り消しもできるというものだ。

 酒税はメーカーが出荷段階で納めるが、実際に負担するのは最終的にお酒を買う消費者だ。製造から卸、小売りへと各段階で税金が価格に転嫁されていく仕組みである。行き過ぎた安売りで卸や小売りが揺らぐと、税金転嫁のつながりも危うくなり、税収に響きかねない。そんな問題意識があるという。

 税収への影響をいうまでもなく、ライバルを廃業に追い込もうと原価を割り込んだ安値で売るような行為は許されない。そうした不当廉売は独占禁止法に基づき公正取引委員会が取り締まればよい。

 安売り規制の仕組みづくりは、大手量販店に押されがちな中小零細の酒販店が求めてきた。国会会期末が近づいていた5月、議員立法で法改正が提起されると、夏の参院選への思惑からか与野党がこぞって賛成した。そんな経緯を見るにつけ、消費者の利益より業界保護が優先されないかと心配になる。

 政府がまず問われるのは、財務相が決める「公正な取引の基準」だ。

 基準作りにあたっては、業者の適切な経営努力による事業活動を妨げて消費者の利益を損なうことがないように、とくぎを刺す規定が改正法に盛り込まれた。具体的な内容については、公取委と協議しつつ、国税庁の審議会に諮るともされている。独禁法の規定と整合性をとりながら、過度な規制にならないようにすることが欠かせない。

 お酒の安売りをめぐっては、飲酒による健康への悪影響やアルコール依存、未成年者の飲酒との関係を指摘する声も根強い。だが、そうした問題に価格で対応するのは筋が違うのではないか。販売業者への研修や教育、消費者への啓発に力を入れるべき課題だろう。

 価格が下がって助かるのは消費者だ。広く消費者の利益を高めていくことこそが、政策の出発点であるはずだ。

 政府はその原則を肝に銘じ、具体的な制度づくりと運用にあたってほしい。

介護休業新要件 離職ゼロへ制度の定着図ろう

 介護休業制度の見直しが進んでいる。より取得しやすい仕組みに改め、「介護離職ゼロ」へ向けた足がかりとしたい。

 厚生労働省は、労働者が介護休業を取得するための要件の緩和を決めた。

 現在は、対象となる家族の状態が一定の基準に当てはまれば、休業が認められる。概(おおむ)ね「要介護2~3」相当とされる。

 ただ、介護保険導入前に創設されたため、要介護度と連動していない。判断に専門知識を要し、一般の人には自分が休業できるかどうか分かりにくい。取得が進まない一因でもある。

 新たな要件では、「要介護2以上」なら取得できることを明記する方針だ。「要介護1」以下でも、認知症で見守りが必要な場合などは取得可能とする。来年1月からの適用を予定している。

 広く定着している要介護度を用いて要件を明確化し、制度の活用を後押しする狙いは妥当だ。

 対象となる家族の範囲も拡大する。今は、祖父母や兄弟姉妹の場合は同居が要件だが、別居でも認める。3世代同居が減り、兄弟数も少なくなるなど、家族構成が変化していることを考えれば、必要な措置だろう。

 介護休業は、介護が必要な家族1人につき最長93日取得できる。仕事と介護の両立を図るため、ヘルパーの手配など介護態勢を整える期間と位置付けられている。

 しかし、取得率は3・2%と極めて低調だ。制度の趣旨が理解されていないことや、周囲への気兼ねから利用をためらう社員が多いことが原因だ。

 介護を理由とした離職は40~50歳代を中心に毎年10万人に上る。政府は、「介護離職ゼロ」を掲げ、介護休業の拡充を図ってきた。

 今月から、休業中に雇用保険から支払われる給付金が大幅に増額された。来年1月からは、最大3回まで分割しての休業も可能になる。政府は、こうした見直しの内容を企業に周知徹底し、制度の定着を図るべきだ。

 企業も、両立可能な職場作りを加速させてほしい。働き盛りの社員の退職は、企業にとっても痛手だ。社員への情報提供や相談体制の整備を進める必要がある。

 忘れてはならないのは、長時間労働の是正などの働き方改革である。介護は長期にわたる場合も多い。残業が恒常化した職場で両立させるのは難しい。

 法定の制度は最低限のものだ。企業の実情に合わせ、実効性ある制度を工夫してもらいたい。

日の丸液晶支援 競争力高める新戦略が必須だ

 先行する海外のライバル企業に打ち勝てるか。日の丸液晶の復活に向けた実効性のある戦略を描かねばならない。

 液晶大手ジャパンディスプレイ(JDI)が、筆頭株主で政府系ファンドの産業革新機構に金融支援を要請した。数百億円超に上るとみられる。

 省電力で薄型の有機EL(エレクトロ・ルミネッセンス)パネルなどに設備投資するための資金を賄うのが目的だ。

 有機EL事業は量産体制の構築まで巨額の投資を必要とする。経営状況が厳しい中で、大株主である革新機構が支援の先頭に立つのはやむを得まい。

 JDIは2012年に、革新機構の主導で発足した。その後、日立製作所、ソニー、東芝の3社の中小型液晶事業が統合された。

 だが、高価格帯のスマートフォンの売れ行きが世界的に鈍り、新設した工場設備の費用負担がかさんで、資金繰りが苦しくなった。16年4~6月期の営業利益も、前年同期の22億円の黒字から34億円の赤字に転落した。

 半導体やパソコンなど、日本のモノ作りを象徴するハイテク製品の競争力は、新興国企業の台頭で低下した。日本がリードした液晶事業の立て直しに向け、官民は連携して知恵を絞ってほしい。

 気がかりなのは、世界の薄型パネル市場で高い占有率を持つ海外メーカーの投資規模が一段と大型化していることである。有機ELを巡っては、韓国のサムスン電子とLGのいずれもが数千億円を投じる計画を進めている。

 台湾の鴻海精密工業が子会社化したシャープも、有機ELと次世代の液晶パネルを柱に再建を目指す。鴻海の支援で有機EL量産のために2000億円規模の設備投資を行う方針だ。

 革新機構が金融支援の検討に当たって、JDIの事業計画を十分に吟味することが重要である。米アップルのiPhoneに依存した戦略の見直しや、スマホ以外の液晶需要の取り込みなどがカギを握るだろう。

 革新機構は、公的資金で運営されていることを忘れてはならない。政府系ファンドが、競争力を失った企業の延命に手を貸すような事態は避けねばなるまい。

 経営不振に陥っても、国が助けてくれるといったモラルハザード(倫理の欠如)が支援先企業に生じる懸念もある。

 革新機構の支援を呼び水に民間銀行の資金も導入し、経営体力の回復を急いでもらいたい。

2016年8月17日水曜日

サービスで稼ぐ製造業へ進化を (産業革命4.0が拓く未来)

 進化を続けるIT(情報技術)を米欧企業は競争力強化のテコにしている。日本企業も技術を使いこなし、成長力を高めたい。

 とりわけ製造業にとっては事業革新の好機だ。インターネットで顧客とつながり、一人ひとりのニーズに応えた製品づくりが可能になってきたからだ。顧客に納めた機器が順調に動いているかどうかもネット経由でつかめ、保守などのサービスで対価を得る道も広がる。企業の創意工夫が問われる。

■個々のニーズに照準

 従来の大量生産型のものづくりは作りすぎや原材料の在庫増を招きやすい。これを改善できるのがIT活用の第1の利点である。個々の消費者の好みに合った衣料の生産を始めたセーレンは改革に踏み出した一例だ。

 色、柄、形などの組み合わせで47万通りから選べるオーダーメード衣料を販売する。消費者は選んだ組み合わせを端末画面に映し出し、自分の姿と重ねて「試着」、ネットを通じて福井県の工場に発注する。いまセーレンは都内の百貨店などで受注しているが、9月からは消費者が自分の端末からも注文できる仕組みにする。

 一人ひとりの消費者ニーズに応えることは需要の創造につながる。自社製品のファンを増やす効果もある。

 技術革新が個々人へのきめ細かな対応を可能にする。米医療機器大手メドトロニックは人工知能(AI)技術を使った米IBMのコンピューター「ワトソン」を使い、糖尿病患者に、血糖値を下げるインスリンをその人に最も合ったタイミングで自動注入するシステムの実用化をめざしている。

 日本企業もグローバル競争に勝つには最先端技術の積極的な活用が求められよう。

 製造業にとってIT利用の第2の利点は、「モノ」以外の収益源を生み出せることである。背景には、あらゆる機器がインターネットにつながる「IoT」という技術の潮流がある。

 米ゼネラル・エレクトリック(GE)は航空機エンジンや発電機器をネットに接続し、取り付けたセンサーから得られる「ビッグデータ」を分析、故障する前に部品を交換するなどのサービス事業を伸ばしている。日立製作所も鉄道や発電設備などをネットでつないだ保守サービスに力を入れる。

 こうしたサービス事業は大手製造業の専売特許ではない。自動車向けを中心とした金型メーカーのヤマナカゴーキン(大阪府東大阪市)は、金型を固定するボルトにセンサーを埋め込み、振動や加わる力から金型に起きる不具合を予測できるようにした。

 異常が起きる前に修理すれば生産設備を安定的に稼働させることができる。山中雅仁社長は「当面は金型の受注増をめざし、ゆくゆくは保守サービスの対価をもらえるようにしたい」と、新しいビジネスモデルづくりに意気込む。

 企業は様々な分野に進出できる可能性がある。ダイキン工業は販売した空調機器をネットで結び、顧客の電力消費の状況を把握して、時間帯によって契約先の電力会社を変えることを提案する節電支援サービスを視野に入れる。

■外部の資源をいかせ

 人件費の安い国・地域の企業は完成品の組み立てで優位に立つ。製造業の付加価値の源泉は部品やサービスに移っていると、かねて指摘されてきた。

 しかし日本メーカーは、ものづくりの力を生かし部品事業は伸ばしているが、サービスを収益源に育てる取り組みは遅れていた。「製造業のサービス化」を日本企業はいまこそ進めるときだ。

 求められるのは自前主義にこだわらず、人材や技術などの経営資源を外部からも取り込んでいく柔軟さである。

 ソフトウエア技術者などの需要は世界で増大することが見込まれる。実力本位の報酬決定を徹底し、国内外の優秀な人材の獲得競争に負けないようにしたい。

 ビッグデータをAIで分析する技術は多くの企業で必要になるとみられるが、自社開発に時間をかけ過ぎれば商機を逃す恐れもある。事業のスピードを重視し、研究開発で先行する企業や大学と臨機応変に組む姿勢も必要だ。

 そして肝心なのは、独創的な事業モデルを描く構想力である。経営力の優劣が表れやすくなっていることを企業は自覚すべきだ。

シールズ解散 個人の連帯これからも

 安倍政権が成立させた安全保障関連法への反対や立憲主義の擁護などを訴えてきた学生団体「SEALDs(シールズ)」が15日に解散した。

 「自由と民主主義のための学生緊急行動」との日本語名の通り、昨年5月以来の緊急行動は終わり、参院選後には解散すると宣言していた。

 国会前での集会に代表されるシールズの活動は、選挙による代表制民主主義に限られない民意の表し方を、わかりやすく、スマートに示した。反発も受けたが、若者だけでなく、より上の世代の政治参加も後押ししたのは間違いない。

 それがうねりとなり、やがて政党を動かすまでにいたったことは、大きな功績だ。

 「一人ひとり違う個性をもった個人が一緒に生きていける社会にしていきたい」。シールズの著書にあるこうした社会のありようこそ、「立憲主義」の柱のひとつだ。

 メンバーの奥田愛基(あき)さんは昨年9月、安保法案を審議した参院特別委員会に出席し、「どうか政治家の先生たちも個人でいてください。自分の信じる正しさに向かい、勇気を出して孤独に思考し、判断し、行動してください」と訴えた。

 国会での採決は止められなかった。だが政党や組織にとらわれずに自ら考え、行動してほしいとの訴えは、国会の外の多くの人々の心に響いたはずだ。

 7月の参院選では、安保法に反対する学者やママの会などの有志とともに結成した市民連合を通じて野党共闘を働きかけ、32の1人区すべてで統一候補を擁立する原動力となった。改憲勢力の伸長は許したものの、11の1人区で野党に勝利をもたらしたことは特筆される。

 シールズの活動は野党各党の間を、また野党と市民との間をつなぐ懸け橋となった。

 一方、参院選で勝利した安倍政権は、秋以降、憲法改正を現実の政治日程に上げようとするだろう。政権の行き過ぎをチェックし、ブレーキをかけるためには、野党と市民の連帯はますます重要になってくる。

 解散ですべてが終わるわけではない。「終わったというのなら、また始めましょう」というのがシールズの姿勢であり、「シールズ琉球」はこれからも活動を続けるという。

 きのうの解散記者会見で、メンバーの一人が語った言葉を銘記したい。「友達から『解散するの?』『今後どうするの?』と聞かれるが、それを私たちに問いかける前に自分はどうしていきたいかを考えてほしい」

国の代理人 行政正す第三者の目に

 2年前の衆院選、そして先月の参院選と、自民党の公約に耳なれない政策が盛りこまれた。「訟務機能の強化」である。

 国がかかわる裁判で国の言い分を主張するのが訟務の主な仕事で、法務省がその役を担う。

 機能強化の一環として昨年から力を入れているのが、各省庁から法的な問題について事前に相談をうけ、トラブルの回避と軽減をめざす「予防司法」だ。これまでに330件を超す協議が行われたという。

 意義あるとり組みではあるが、事業を進めるときなどに法務部門に意見を求めるのは、民間企業では当たり前の話だ。立ちおくれの感は否めない。

 実際、残念な例があった。

 国際司法裁判所が2年前に日本の調査捕鯨を違法とする判決を出したにもかかわらず、政府は昨冬、捕鯨を再開した。自国の都合を優先する態度は批判を浴び、南シナ海問題で国際機関の判断に従わない中国を日本は批判できるのか、という声になってはね返っている。

 訟務部門に相談があれば「出港不可」の回答になったとの見方がもっぱらだ。目の前の利害やしがらみにとらわれがちな担当部署と、一定の距離をおく専門家集団が上手に連携してはじめて、全体は機能する。国のコンプライアンス不全を指摘されても仕方ない出来事だった。

 捕鯨問題に限らない。大切なのは、その対応は国民のためになるか、真に国の利益につながるかという視点からの、冷静で多面的な検討である。

 政府に間違いはないという考えにしばられ、裁判でもかたくなに争い、救済を遅らせ、被害を広げる。そんな過去をこの国の行政はもっている。

 「訟務機能の強化」がめざすべきは、役所に都合のいい理屈を築きあげることでも、勝訴を重ねることでもない。はびこる組織の論理と独善的な姿勢を排し、行政内部に法の支配を広く行きわたらせることだ。

 訟務部門には裁判官からの異動組が多い。国の代理人を務めるうちに色に染まり、裁判官に戻って行政寄りの判断をするのではとの懸念が以前からある。

 人事のあり方は引き続き検討するとして、現に訟務にあたる担当者は、中立・公正を旨とする司法の世界で培ってきた見識をふまえ、内部から行政をチェックし、是正することに力を注いでもらいたい。

 「勝つべき事件には勝ち、負けるべき事件には負けるべきところで正しく負ける」

 4年前から法務省自身がかかげている政策目標である。

GDP足踏み 企業の積極投資を促したい

 世界経済の変調が重しとなり、景気の足踏みが続く。企業が「攻めの経営」に転じられるよう、政府は国内外で新たな市場を創り出す取り組みを急がねばなるまい。

 内閣府が発表した今年4~6月期の国内総生産(GDP)速報値は、実質で前期比0・048%増だった。2期連続プラス成長とはいえ、ほぼ横ばいの状態だ。

 主因は、企業活動の柱の輸出と設備投資が減少したことだ。

 輸出は1・5%減で、2期ぶりのマイナスだった。GDPへの寄与度は、内需のプラス0・3%が、外需のマイナス0・3%で相殺された。民間設備投資は2期連続マイナスの0・4%減となった。

 円高の進行と、中国など新興国経済の減速が響いた。英国の欧州連合(EU)離脱決定によるヨーロッパ経済の不透明化など、世界経済は今後も逆風が続くとの見方が少なくない。

 企業が海外戦略に明るい展望を持てるようにする必要がある。政府は、環太平洋経済連携協定(TPP)の国会承認や、日EU経済連携協定(EPA)の大筋合意を着実に進めねばならない。

 日本企業の内部留保は300兆円を超える。日銀のマイナス金利も投資を促す。それでも守勢を崩さない企業心理を好転させるためには、国内市場の成長に対する期待を強めることも不可欠だ。

 最も重要なのは、規制改革により新産業の育成を後押しすることである。中でも、あらゆるモノがインターネットでつながるIoTや、車の自動運転技術などに用いる人工知能(AI)の開発・普及は大きな可能性を秘める。

 今回、公共投資は2・3%増と急伸した。民間の需要不足を補うため、予算の執行を前倒ししたことによる。秋には事業規模28兆円の大型経済対策も控える。

 予算消化ありきの無駄な事業を排除しつつ、公共投資を一過性の景気刺激に終わらせない工夫が大切だ。経済対策に盛り込まれた海外客船向けの港湾整備では、外国語の観光案内などソフト面が伴わなければ効果は上がるまい。

 GDPの6割を占める個人消費は0・2%増と堅調だが、景気を牽引(けんいん)するには力不足だ。消費喚起がデフレ脱却のカギを握る。非正規雇用者の待遇改善など、「働き方改革」は待ったなしだ。

 年金など社会保障制度の将来不安も取り除かねばならない。政府は、消費増税延期の下で社会保障・税一体改革をどう進めるのか、明確に示すことが求められる。

タイ新憲法 国民和解につなげられるのか

 軍事政権の延命が図られたということだろう。タイの最大の懸案である国民和解に道筋をつけられるのか。

 国際社会の信頼を得るには、軍政は全面的な民政移管に力を尽くさねばならない。

 軍政下でまとめられた新憲法草案が国民投票の結果、賛成多数で承認された。軍が政治的な影響力を行使できる仕掛けが施され、民主的な内容にはほど遠い。

 新憲法は、下院議員でなくても首相になれるようにし、軍人首相に道を開いた。経過措置として最初の5年間は、軍政の意に沿う人物を上院議員に任命できる。その上院にも、首相の指名権を与えることが国民投票で認められた。

 下院では、1党が単独で過半数を獲得しにくい選挙制度を導入する。地方の農民や都市の低所得者を支持層とし、選挙に強いタクシン元首相派の復権を阻止する軍政の狙いを反映したものだろう。総選挙は来年中に実施される。

 タイでは10年以上にわたり、タクシン派と、軍人や官僚などの既得権益層を中心とする反タクシン派が激しい対立を続けてきた。

 新憲法承認の背景には、国民が軍政下であっても安定を望んだ面や、民政復帰の一歩となることへの期待があろう。

 しかし、いかなる理由であれ、民主的な手続きを無視し、クーデターで政権を奪取した現在の軍政に正統性がないのは明らかだ。

 懸念されるのは、現政権が言論統制を強めるなど、強権で異論を抑え込んでいることである。

 新憲法に反対する学生や、軍政に批判的な発言をした政治家、記者の一時的な拘束を繰り返した。有権者に賛否を呼びかける組織的な運動も全面的に禁止した。

 こんな統治手法では、国民和解は実現しまい。国民投票後には、タイ王室の宮殿がある中部や南部のリゾート地で連続爆発事件が起きた。軍政は新憲法に不満を持つ勢力が関与したと見ている。

 今後も、不透明な政情が続くようなら、外国企業の投資や観光収入など経済に及ぼす影響が心配される。タイは自動車メーカーなど日系企業の大切な製造拠点だ。

 東南アジア諸国連合(ASEAN)は南シナ海問題で揺れている。主要国タイの安定はASEANの結束にとっても重要である。

 国民投票を受けて、プラユット暫定首相は「国民の懸念を払拭するため、あらゆる手を尽くすつもりだ」との声明を発表した。その言葉通り、社会の分断の克服に真摯(しんし)に努めることが欠かせない。

時事問題

注目の投稿

人手不足への対応は急務だ

 日銀が発表した12月の全国企業短期経済観測調査(短観)では、大企業、中堅、中小企業をあわせた全規模全産業の業況判断指数(DI)が26年ぶりの高水準になった。景気回復は6年目に入り、中小企業にも裾野が広がってきたが、先行きに懸念材料もある。深刻な人手不足だ。  従業員などの...

このブログを検索

Google News - Top Stories

ブログ アーカイブ