2016年10月31日月曜日

不確実性の高まりが試す企業の成長基盤

 英国の欧州連合(EU)離脱や中国の過剰な鉄鋼生産など、世界の随所で不確実性を高める問題が噴出している。企業にとっては、これまで築いた成長基盤の強さが試される局面である。

 自社が強みを持つ分野に経営資源を集中的に投じたり、思い切って事業転換を進めたりした世界の大企業は、厳しい経営環境でも好調な業績や株価を保っている。米欧アジアの企業とグローバルに競う日本企業も、構造改革を一段と進める必要がある。

 不透明な経営環境で稼ぐ力の強さを示したのは米国企業だ。調査会社トムソン・ロイターの調べでは2016年第3四半期(7~9月期)に米主要500社の純利益は前年同期に比べ約3%増えたもようだ。主要500社の増益は5四半期ぶりとなる。

 原油安の影響を受けたエネルギー関連をのぞき、増益はほぼ全業種にわたっている。代表的な例は、あらゆるものがネットにつながるIoT事業が好調で9%増益だったインテルなど、IT(情報技術)関連だ。

 このほかにも、供給体制が整い3年半ぶりに黒字となった電気自動車大手のテスラモーターズなど、先行投資が実を結ぶ事例が見られた。金融業ではゴールドマン・サックスがオンライン消費者金融業に参入したように、新収益源の開拓も始まった。

 英のEU離脱に揺れる欧州では、オランダ電機大手フィリップスが16%増益となったのが目を引いた。数年前から低採算のテレビ事業を分離し、健康管理用の製品などに注力するなど構造改革を進めた効果が出た。

 往年の主力事業が衰えを見せた時、事業モデルをいかに思い切って変えることができるかは、企業が成長を続けるうえで重要だ。その意味で、フィリップスの好業績は日本企業にとっても示唆に富んでいる。

 アジアではインドのタタ・コンサルタンシー・サービシズ(TCS)の成長が鈍りつつある。長らく2桁だった増益率は16年7~9月期に8%止まりだった。インドの人件費上昇など事業環境が変わったからだ。このためクラウド事業をはじめとする新収益源の開拓を急いでいる。

 成長の基盤づくりに向け、世界の企業は改革を進めている。その競争に日本企業も挑み続けなければならない。

農家が利用するコメ先物に

 コメ先物を上場する大阪堂島商品取引所が「新潟コシヒカリ」の取引を始めた。堂島商取の先物は国内で唯一の公設取引所で決まるコメの価格指標だ。来年8月までの試験的な上場期間内に課題の売買高を増やし、コメ先物を存続してもらいたい。

 堂島商取は業務用米を対象にした「東京コメ」、一般的なコシヒカリを指標化した「大阪コメ」を上場している。特定産地に的を絞った上場商品は初めてだ。

 コメ先物を管轄する農林水産省はこれまで2回、取引所に対して試験的な上場期間の延長を認めている。ただ、3度目の延長は認めない方針で、現行期間が上場廃止を回避する最後の機会になる。

 コメ先物が本格的な上場に移行できない最大の要因は売買高の少なさだ。取引を増やすためには売り手である農業法人や農業協同組合の市場参加が欠かせない。

 そのため、新潟コシヒカリは生産者が利用しやすいよう現物で決済する場合に新潟県内の倉庫で受け渡せることにした。売買単位も既存の上場商品に比べ小さくしている。こうした利便性の向上は評価できる。

 先物市場には公正な価格を形成するだけでなく、生産者や需要家の企業が価格をあらかじめ固定し、経営に役立てる役割がある。コメの先物取引にはすでに大手卸などが参加しており、シカゴ穀物市場のように生産者が積極的に利用する姿をめざしてほしい。

 堂島商取は取引の利便性向上に加え、生産者や農協に先物の役割や利用の仕方をわかりやすく説明する必要がある。

 政府は農業の競争力を高めるカギに農家の経営感覚を挙げる。コメ先物の存在は、市場の動きを注視するだけでも農家の意識改革につながるはずだ。政府も農家に市場の利用を促してもらいたい。

 政府は2018年にコメの生産調整(減反)をやめる。主食米の過剰解消は補助金による転作誘導に頼らず、市場の機能をいかす政策に転換すべきだ。

年金法案審議 政治の責任を果たせ

 10%への消費増税に先駆けて、年金の受給に必要な加入期間を25年から10年に短くし、無年金者を減らす。そのための法案が、衆院厚生労働委員会で可決された。

 一方、民進党が「年金カット法案」と批判する、給付抑制の徹底や年金額の改定ルールの見直しが盛り込まれた改革法案は、審議入りすらしていない。前の国会からの宿題であるにもかかわらず、だ。

 国民に受けのよい話だけを進め、厳しい改革から逃げるような姿勢は、責任ある政治の姿とは言いがたい。将来世代にも目を向け、審議を進めてほしい。

 今のままでは将来の年金の水準が想定以上に下がり、とりわけ基礎年金への影響が大きい――。2年前の財政検証で厳しい見通しが示され、それに歯止めをかけるために考えられたのが、今回の改革法案だ。

 日本の公的年金制度は、現役世代が負担する保険料で毎年の給付の大半をまかなっている。制度を将来にわたって安定させるには、少子高齢化が進んでも負担と給付のバランスが大きく崩れないよう、調整することが不可欠だ。

 このため、04年の制度改革では、現役世代の負担が過重にならないように、保険料に上限を設ける一方、その収入の範囲内でやりくりできるよう、給付を抑える仕組みも入れた。

 ただ、給付の抑制は物価の上昇を前提としたため、デフレ経済の長期化でほとんど機能してこなかった。さらに現役世代の賃金が下がった時に年金も同様に下げるルールが徹底されていなかったため、年金の水準が高止まりしているのが現状だ。

 このため、今回の改革法案には、デフレ時に抑制できない分を繰り越して物価上昇時に実施することや、現役世代の賃金下落に合わせて年金額を下げるルールの徹底が盛り込まれた。

 問題は、年金の多い人にも少ない人にも給付の抑制が及ぶ点だ。低所得の人たちへの配慮は当然、考えねばならない。

 政府・与党は、10%への消費増税に合わせて低所得者向けの福祉的な給付金を導入すると主張する。増税を三たび延期することはないのか。給付金の新設で対策は十分かといった点も検討課題の一つだろう。

 老後の生活をどう守るか。他の福祉的な制度での対応や、医療や介護での負担増を抑えて年金減の痛みを和らげる道など、年金制度にとらわれず、広く与野党で知恵を絞ってはどうか。

 問題の先送りは状況をさらに厳しくするだけだ。

精神指定医 人権扱う重み再認識を

 精神科医療への信頼を根底から崩しかねない事態である。

 法律に基づく精神保健指定医の資格を、89人もの医師が取り消されることになった。厚生労働省の調査で、自分が診療に深く関わったように装い症例数を水増ししていた医師が49人、その不正をチェックしなかった指導医が40人見つかった。このほか、調査が始まった後、自ら資格を返上した者も6人いた。

 医療は患者の同意に基づいて行われるのが大原則だ。

 だが指定医は、重い精神障害で入院治療が必要と判断した場合、保護者の同意だけで患者を「医療保護入院」させられる。さらに、人を傷つける恐れなどがあると診断したときは、都道府県知事らの命令により「措置入院」とすることも可能だ。

 人の自由を奪う判断は、確かな人権意識と倫理観に裏打ちされたものでなければならない。資格の不正取得や見逃しが、人権をないがしろにし、倫理にもとる行いであるのは明らかだ。

 指定医という資格を、学会が認定する各種専門医と同じようなものと、とらえていたのではないかとの指摘もある。だとしたら考え違いも甚だしい。

 調査は、聖マリアンナ医科大学病院(川崎市)で昨年不正取得が発覚し、23人が資格を失ったことがきっかけだった。

 厚労省が近年の指定医の症例報告を洗い直したところ、12都府県の26病院で問題行為が見つかった。精神医療の中核病院や大学病院も名を連ねている。

 指定医になると処遇は上がり、病院にも診療報酬の上乗せなどの利点がある。不正の広がりの背景に、こうした事情もあったのだろうか。

 聖マリアンナ医大では資格取り消しに加え、不正取得者は1カ月、指導医は2カ月の業務停止処分を受けた。この間、医師活動はできず、病院も診療報酬の一部自主返納を進めている。

 今回も同様の措置が予想されるが、患者にとって、医師が突然代わったり、他の病院に通わなければならなくなったりするのは大きな負担だ。他の医療機関や行政とも連携をとりながら、影響を最小限におさえることに努めてもらいたい。

 厚労省の審議会の部会は、指定医資格の審査方法に欠陥があると認め、すでに口頭試験の導入などが提案されている。再発防止策を急ぐ必要がある。

 制度もさることながら、何より重要なのは、医師と病院の意識を改めることだ。教育や研修の充実などに早急にとり組み、社会との信頼を結び直さなければならない。

調査捕鯨 継続には国民的議論が大切だ

 日本の捕鯨の将来像をどう描くのか。国際社会の理解を得る粘り強い行動に加え、国民的な議論を尽くす必要がある。

 2年ぶりとなる国際捕鯨委員会(IWC)の総会がスロベニアで開かれた。豪州など反捕鯨国が日本の調査捕鯨を阻止するための決議案を提出し、賛成多数で可決された。

 決議に拘束力はなく、日本は調査捕鯨を続ける方針だが、逆風は確実に強まっている。

 日本が南極海で行っていた調査捕鯨に対し、国際司法裁判所は2014年に中止を命じる判決を出した。捕獲数を年1000頭規模から300頭余まで削減し、15年に再開した。こうした日本の対応が総会の焦点となっていた。

 日本は、判決の趣旨に沿っており、再開に問題はない、と主張した。調査捕鯨を審査するIWC科学委員会は、「捕獲調査の必要性を十分立証している」「立証は不十分で正当化できない」という両論併記の報告書をまとめた。

 しかし、IWC加盟88か国中、49か国に上る反捕鯨国の意向を反映し、豪州などの一方的な決議案に押し切られてしまった。

 反捕鯨国に根強い「クジラは特別な生き物だ」という感情論とは一線を画し、日本は今後も、科学的見地から冷静に調査捕鯨の正当性を訴えることが大切だ。

 感情論に流されれば、クロマグロやウナギなどの保護論議にも飛び火しかねない。

 クジラを貴重な海洋資源とみる日本の立場への賛同を増やす努力を怠ってはなるまい。

 対外的な主張と並行して、日本がこの先、食用の鯨肉をどこまで活用していくのか、という国内の議論が欠かせない。

 IWCの決定によって商業捕鯨を停止した1980年代以降、国内の鯨肉需要は激減している。その後の調査捕鯨には多額の国費が費やされているが、国民の捕鯨に対する関心は決して高くない。

 調査捕鯨からも撤退すれば、捕獲技術などが永遠に失われるという意見がある。商業捕鯨の停止で増えたクジラがサンマなどの魚を大量に食べ、漁業資源を圧迫しているとの指摘もある。

 こうした多角的な側面から、捕鯨の将来を考えていきたい。

 小型クジラを対象に、北海道や和歌山県で伝統的に行われている沿岸捕鯨は、IWCの管理対象に含まれていない。

 地域の活性化や、貴重な食文化の継承にも大きな役割を果たしており、大切に見守りたい。

精神医大量処分 倫理観の欠如が嘆かわしい

 精神医療への信頼を失墜させる事態だ。

 厚生労働省が、計89人の精神科医について、精神保健指定医の資格取り消し処分を決めた。

 不正取得が認定された49人と指導医40人だ。4人の新規資格申請も、不正を理由に却下した。前例のない大量処分だ。

 約1万5000人の指定医は、精神保健福祉法に基づき、自傷他害の恐れがある精神障害者の措置入院など、人権を制限する高度な判断に携わる。診療報酬も加算される。専門性と共に、高い倫理観を備えていなければならない。

 だが、実態はかけ離れている。昨年、川崎市の聖マリアンナ医大病院で組織的な不正取得が発覚し、これを受けた調査で同様の事例が次々と浮かび上がった。処分対象者は全国に広がっている。不正の蔓延まんえんが裏付けられた形だ。

 地域の精神医療への影響は小さくないだろう。

 横行していたのは、症例リポートの使い回しだ。資格申請には、3年以上の実務経験などに加え、自身が診察した8種類以上の症例リポートの提出が必要になる。

 厚労省は、2009~15年に提出されたリポート約3万件をデータベース化してカルテと突き合わせた。その結果、実際は診察していないのに、同僚の医師のリポートを一部書き換えて提出した事例などを割り出したという。

 指導医はリポートを十分に点検しないまま、確認の署名をしていた。責任感の欠如にあきれるほかない。不正を見逃し続けてきた厚労省も責任を免れない。

 指定医制度の見直しは避けられまい。審査に面接を導入して診察状況を詳細に聴取するなど、選考方法をより厳格化すべきだ。

 不正に関与した医師による措置入院の判断の是非などについても、検証が必要である。

 不正取得が発覚した北里大東病院の医師は、7月に神奈川県相模原市で起きた知的障害者殺傷事件の前、容疑者の措置入院に関わる判断に加わった。資格を返上し、処分対象からは外れていた。

 事件に関する厚労省の有識者検討会は9月、判断に問題はなかったとの見解を示した。

 一方で、入院中の容疑者に対する治療方法など、病院の対応に不十分な点があった、とも指摘している。この病院では今回、5人が取り消し処分を受けた。病院全体への疑念はつきまとう。

 身体の拘束をも可能にする強い権限を指定医は有する。責任を自覚し、襟を正さねばならない。

2016年10月30日日曜日

柔軟な働き方を広げながら残業に上限を

 厚生労働省が今月まとめた初の過労死白書からは過重労働の深刻な実態が浮かび上がった。過労死の労災認定の目安となる月80時間超の残業があった企業は2割を超えている。実効性のある対策を講じるときにきている。

 問題の根にあるのは残業を青天井で延ばせる仕組みだ。これを見直し、残業時間になんらかの上限を設ける必要があるだろう。

 労働基準法は1日の労働時間を8時間まで、1週間では40時間までと定めるが、同法36条にもとづき労使協定(36協定)を結べば残業や休日労働が認められる。協定に特別条項を付ければ残業時間を制限なく延ばせる。

 一方、世界をみれば、残業や休日労働に一定の歯止めをかけている国がほとんどだ。たとえば欧州連合(EU)諸国は労働時間を週48時間までと定めている。

 どのようなルールにするかは慎重に検討する必要があるが、日本も労働者保護のため、残業時間への上限設定を考えるべきだろう。

 ただし仕事には繁閑があり、集中的に働いた方が生産性が上がる面もある。上限規制の設け方によっては企業活動を妨げ、経済の活力を損なう恐れがある。サービス残業もかえって助長しかねない。

 EUでは労働時間の上限規制を国ごとに柔軟に運用する。ドイツは労働時間を1日10時間まで認め、6カ月平均で1日8時間を超えないこととしている。英国は原則17週の平均で、週あたり48時間以内とする仕組みを採る。

 こうした弾力的な運用は日本の制度設計にとっても参考になる。業種によって上限を柔軟に設定することも検討課題となろう。

 本人の工夫次第で働く時間を短縮できる制度を充実させる必要もある。労働時間ではなく成果の対価として報酬をもらう「脱時間給」制度の新設や、自分で仕事の時間配分を決められる裁量労働制の拡大は欠かせない。これらを盛り込んだ労働基準法改正案は早急に成立させるべきだ。

 日本の正社員は職務が不明確で「なんでもやる」労働力になっている面があり、これが長時間労働を招いているといわれる。正社員のあり方の改革も求められる。

 自殺が労災認定された電通の女性新入社員は、実際の残業時間が労使協定で定められた基準を大幅に超えていたという。従業員の労働時間を会社がきちんと管理する必要があるのはもちろんだ。

欧カナダFTAの迷走の教訓

 欧州連合(EU)とカナダの自由貿易協定(FTA)が迷走した。ベルギーの南部ワロン地域がFTAに反対して調整が難航し、正式署名を予定していたEUとカナダの首脳会議が延期される異例の事態に発展した。

 最終的にワロン地域の同意を取り付け、EUとカナダが署名する環境は整った。しかし迷走から学ぶべき教訓は多い。

 第1に、自由貿易やグローバル化への反発が欧州域内に根強く残ることを改めて印象づけた。

 EUとカナダによるFTAは2014年に合意した。関税の撤廃、サービス・投資の自由化など広範な内容を含み、成長と雇用拡大の効果が期待できる。しかし、その意義をEU各国の政治指導者は十分に市民に訴えてこなかった。

 EUが第三国と結ぶFTAの署名には加盟28カ国の承認が必要で、一定の時間がかかるのはやむを得ない。だからといって時間を空費したり、無用の混乱を招いたりしていいわけではない。

 いったんFTA交渉が妥結しても、その後の手続きが常に手間取るようならば、EUと真剣に交渉しようという国は少なくなる。

 難航している米国とのFTA交渉を前進させるためにも、EU首脳らは改めて自由貿易の推進へ結束を固める必要がある。

 第2に、EUと経済連携協定(EPA)交渉を進めている日本も先行きへの警戒を怠ってはならない。交渉を年内にまとめるのは当然だが、その後もEPAの重要性を加盟各国に粘り強く説明していく覚悟が求められるだろう。

 第3に、英国のEU離脱への示唆もある。将来、EUと英国は離脱後の関係を定める新協定の交渉に入るが、その内容はEU・カナダのFTAより高度で複雑になると予想されている。

 EUとカナダの交渉は約5年を要した。EUにとって英国との交渉とその後の承認手続きのハードルは、カナダの場合よりはるかに高い。日本を含む世界は、離脱交渉の長期化に備える構えが要る。

台湾の脱原発 民意を映す政治の決断

 9年後に原発をゼロにする。この目標に向けて、台湾が一歩を踏み出した。日本の福島第一原発事故から教訓を真剣に学んだ取り組みであり、その行方に注目したい。

 台湾は日本と同じく、資源に乏しい。中国と対峙(たいじ)し、国際的に孤立していく緊張の中で1970年代に原発導入を図り、現在は3基が稼働している。

 だが地震などの自然災害が多いことも日本と共通する。福島の事故を契機に、脱原発の市民運動が大きなうねりとなった。建設中だった第四原発でトラブルが続いて原発政策全般への不信感が広がった面もある。

 こうした動きを受け、民進党の蔡英文(ツァイインウェン)氏は年初の総統選で脱原発を公約の一つに掲げて当選した。同時実施の議会選も民進党が過半数を占め、政策決定の障害はなくなった。関連法の改正案は年内成立の見込みだ。

 原発は台湾の発電容量の14%を占める。これから9年でゼロにするのは高いハードルかもしれない。電力不足や料金高騰を不安視する声は根強い。

 だが、李世光経済部長(経済相)は「廃棄物の問題を子孫に残さないためにどんな政策が必要かということこそを考えるべきだ」と訴える。原発問題を真正面から問う重い言葉だ。

 台湾では離島に低レベル放射性廃棄物の貯蔵施設があるが、地元の反対運動が続いている。

 原発の代わりに自然エネルギーの比率を今の4%から20%にする。主力は太陽光と風力だ。蔡政権が方針を明示したことで産業界は動きやすくなる。関連分野の雇用への期待が高まる。22年に原発をなくすドイツでも同様の動きが起きている。

 台湾企業は新技術を素早く吸収し、普及しやすいものへ改良するのが得意だ。節電のノウハウも磨く余地があろう。台湾と関係が深い日本企業にとっても好機ではないか。

 原発が国民党独裁政権下で始まった事業であったのに対し、民進党は以前から反原発の姿勢で、電力事業へのしがらみがない。政権交代がそのまま政策転換を生む形になった。

 台湾社会ではすでに原発を疑問視する声が主流だった。前の国民党政権も、世論に押されて第四原発建設を凍結した。脱原発は、政治が指導力を発揮したと同時に、政治が民意を正確に反映した結果といえる。

 日本でも原発の再稼働への懸念は強く、最近も鹿児島、新潟両知事選の結果に示された。しかし国策に大きな変化がないのはなぜか。台湾の決断は日本のさまざまな問題を考えさせる。

不登校調査 多様な姿を受けとめて

 子どもたちの不登校に歯止めがかからない。

 文部科学省が全国の小中学校を調べたところ、年間30日以上休んだ子は昨年度12万6千人いた。うち90日以上休んだ人数は7万2千人と、全体の57%を占めた。90日といえば年間授業日数の半分近くにあたる。

 学校は不登校の子を何とか呼び戻そうと努力してきた。にもかかわらず、この数字である。どの子も一律に学校に通わせようとする今の制度は、壁に突き当たっているといえよう。

 ひとくちに不登校といっても実態はさまざまだ。

 友人や教員との人間関係に疲れて学校に通えなくなった子。自治体の教育支援センター(適応指導教室)に通う子。民間のフリースクールに居場所を見つけた子。引きこもりの子。貧困や虐待が背景にある子……。

 そこに共通の処方箋(せん)はない。

 すべての子に学校が最善・最適とは限らない。そう発想を切りかえ、選択肢を増やす。学校や教育委員会は訪問支援などを通じて、子どもの様子を的確に把握する。フリースクールや福祉機関とも連携し、その子に適した学びの場を考え、導く。

 そんなとり組みを真剣に進める必要がある。

 もちろん簡単な話ではない。

 自治体の約4割は教育支援センターをもたず、フリースクール、フリースペースなどの民間施設は都市部に偏在している。それでも、子どもたちの学ぶ権利の保障にむけて努力するのが大人の務めである。

 学校が自らのあり方を省みることも欠かせない。いじめや暴力をなくし、学ぶ意味を感じられる場にすることは、不登校の子に限らず、在籍するすべての子の幸せに通じる。

 長期欠席の姿や受けとめは、時代とともに変わってきた。

 戦後しばらくは働くための欠席が多かったが、高度成長とともに減り、やがて登校拒否という言葉が盛んに言われるようになる。個人の病理とされ、強引に学校に連れだす指導が行われた。だが批判の高まりを受け、国は92年「誰にでも起こりうるもの」と位置づけを変えた。

 文科省の有識者会議が今夏まとめた報告は、この延長線上に立つ。不登校を「『問題行動』と判断してはいけない」とし、「寄り添い、共感的理解と受容の姿勢を持つ」ことを求める。

 多くの子の悩みや苦しみを経て到達したこの考えを、今後の制度や政策にどう反映させていくか。大切なのは、当事者である子を中心に考え、一人ひとりの成長を支える姿勢である。

中国6中総会 習氏への権力集中が止まらぬ

 中国共産党の習近平総書記(国家主席)への権力集中が鮮明になったと言えよう。

 習政権下で6回目となる党の中央委員会総会(6中総会)は、「習近平同志を核心とする党中央」と初めて明記した声明を採択し、閉幕した。

 「核心」は党指導者として別格の存在であることを意味する呼称だ。毛沢東やトウ小平、江沢民元総書記に使われたが、胡錦濤前総書記には用いられなかった。

 来秋の党大会で2期目に入る習政権は、指導部メンバーが大幅に交代する。自らの権威を毛沢東らと同等に位置づけ、人事の主導権を握る狙いがあったのだろう。

 6中総会は党員の政治活動の指針となる準則も決め、引き締めの重点を政治局常務委員や政治局員、中央委員ら「高級幹部」に置く。政権の求心力を維持するために「反腐敗」運動を利用し続ける姿勢を明確に示したものだ。

 一党独裁の中国は「法治」を掲げながら、「司法の独立」はない。党幹部の腐敗摘発は、法を超越した党の監督機関である中央規律検査委員会が担う。「反腐敗」は政治闘争の道具にほかならない。

 習氏は就任以来、江氏の派閥に属する軍の前制服組トップや胡氏の元側近ら政敵を排除し、自身に権力を集中させてきた。処分した党員は100万人を上回る。

 6中総会の前には、失脚した幹部が「党や国民を裏切った」などと懺悔(ざんげ)する特別番組のテレビ放映をスタートさせた。

 国民受けのする大物の摘発が一段落したため、「反腐敗」を政治ショー化し、政権支持への新たな推進力にしたいのだろう。

 党内基盤を固めた習氏が恐れるのは、経済減速に伴って国民の不満が膨らむ事態ではないか。

 今月半ばには、軍の指導機関に当たる中央軍事委員会や国防省が入る北京市中心部のビル周辺で、全国から集まった数百人の退役軍人が抗議活動を行った。

 年金支給や再就職斡旋(あっせん)などの待遇改善を求める元軍人らによるデモは度々各地で起きているが、北京での大規模な行動は異例だ。習氏の進める兵力30万人の削減に不安を強めているとみられる。

 退役軍人よりはるかに弱い立場にある出稼ぎ労働者ら貧困層の苦境は、一段と深刻化している。

 強大な権力を手にした習氏が社会的弱者を支援する人権派弁護士を弾圧し、異論を力で抑え込む。そんな強権統治が続くなら、世界2位の経済大国にあるまじき異形が際立つだけである。

企業情報開示 報道の自由配慮したルールに

 企業による公平な情報発信は、市場の公正さを維持する基礎となる。

 金融庁が、上場企業に対して公平な情報開示を求める新たなルールの導入の検討を開始した。

 来年の通常国会に金融商品取引法改正案を提出し、2018年にも施行したいという。

 上場企業が、業績予想や合併計画など株価に影響を及ぼす未公表の情報を、第三者に提供するのを制限する内容だ。

 内部情報を入手した一部の人が株式売買などで不当な利益を得れば、市場の公正性への信頼は損なわれよう。新ルール導入の趣旨は理解できる。

 公平開示ルールは、既に欧米で導入されている。

 重要情報は、適時開示が原則だが、企業が開示前の情報を特定のアナリストなどに伝えてしまう場合もある。そうした際は、同じ情報を速やかにホームページなどで公表することで弊害を防ぐ。

 日本の現行法でも、内部情報を得た人が、その企業の株式を売買することは、インサイダー取引として摘発される。だが、企業が単に内部情報を第三者に伝えただけでは、処罰の対象にならない。

 このため、欧米並みの規制を求める声が出ている。

 ただし、導入に際して注意すべき点も少なくない。

 業績悪化や不祥事などの「不都合な真実」を、企業側が隠す口実に使われる恐れがある。

 投資家との対話に消極的な企業が、アナリストや報道機関の取材をシャットアウトするための方便に使うとの懸念もある。

 実際に、米国で規制が導入された際には、企業側が摘発を恐れ、アナリストとの会合を一斉に中止するなど、過剰反応ともいえる動きが見られたという。隠蔽の口実に使われないことが大切だ。

 特定のアナリストに提供された情報は、速やかに公表されることになる。独自情報の収集にアナリストが努力しなくなり、企業と市場関係者のなれあいや、対話の質が低下する恐れも指摘される。

 日本に導入する際には、欧米での経験も踏まえ、充実した情報開示につながるよう、制度設計で工夫することが求められる。

 米国では、守秘義務を負う弁護士や会計士などに情報を伝えた場合はもとより、報道機関の取材に応じたケースでも、一般に公表する必要がない仕組みだ。

 日本でも報道の自由に配慮し、報道機関による取材・報道が、制限を受けないようにすべきだ。

2016年10月29日土曜日

中国・習主席への集権で経済は大丈夫か

 中国共産党は中央委員会第6回全体会議(6中全会)で、習近平総書記(国家主席)を別格の指導者である「核心」と位置付ける文書を採択した。

 習氏への権力集中が確認されたが、内部では異論もくすぶる。来年の共産党大会での最高指導部人事に向けてさや当てが激しくなるのは必至で、「一極体制」は危うさもはらむ。

 中国の歴代指導者で「核心」と呼ばれたのは毛沢東、鄧小平、江沢民の3氏だけだ。習氏は年初から政治意識、核心意識などの「四つの意識」の強化を掲げ、集権へ地ならしを進めてきた。従来の集団指導体制を見直す性急な動きには強い反発もあった。だが、6中全会では一枚看板の「反腐敗」運動の成果を盾に押し切った。

 今後の火種の一つは経済運営である。習氏への過度の権限集中の結果、円滑な政策執行に支障が出ているとの見方もある。

 苛烈な「反腐敗」運動の副作用として、中央・地方の官僚、大手国有企業幹部らが萎縮し、サボタージュの動きも目立つ。こうした問題の解決は、減速する中国経済の立て直しのためにも重要だ。

 「核心」の地位を手にした習氏は、次に最高指導者としての任期延長を視野に入れるとの見方が強い。中国の現行憲法は、元首である国家主席の任期を最長で2期10年としている。

 一方、共産党には68歳に達した場合、新たに最高指導部メンバーである政治局常務委員になれない、との慣例がある。

 慣例に従えば、2022年の党大会時に69歳になっている習氏は総書記から退き、23年には国家主席から降りる。習氏の任期延長問題は、自民党が党則改正で安倍晋三首相の党総裁任期の延長を図るのと似ている。「68歳定年制」の緩和を巡る攻防は、中国の政権運営上の火種になりうる。

 中国は来秋以降の党大会に向けて内政の季節に突入する。最高指導部人事の前哨戦は様々な局面に現れる。外交・安全保障問題も内政の余波を受けがちだ。

 対日関係も同様である。12年の前回の最高指導部人事の直前には、沖縄県の尖閣諸島国有化を巡って中国で大規模な反日デモが起きた。多くの日本企業が多大な被害を受けた経緯は記憶に新しい。日本としても中国の内政に十分、注意を払いつつ、対中関係をコントロールする必要がある。

夕張の再生へもっと支援を

 財政破綻した北海道夕張市をどう再生させるのか。総務省と道、市による3者協議が開かれ、老朽化した市立診療所の改築や保育料の一部引き下げを認めることで合意した。国にはさらなる支援策を求めたい。

 夕張市の破綻が表面化したのはちょうど10年前になる。炭鉱の閉山に加えて観光開発の失敗で巨額な赤字を抱え込んだためだ。

 市は国の管理下に置かれ、当時で約350億円に上った赤字を特別な地方債を発行してとりあえず埋め、その借金を2026年度までに返済する計画になっている。

 借金は計画通りに減っているが、行政サービスの低下や公共料金の引き上げで地域の衰退は加速している。破綻時に1万3千人だった人口は9千人を下回る。特に子育て世代の流出が激しい。

 3者協議では診療所の改築や認定こども園の整備、市営住宅の再編を進める点などで合意した。地域資源である炭層メタンガスの開発を支援することも盛り込まれた。保育料を見直し、子ども向けの医療費の無料化も拡大する。

 これまでは市が予算を節約してもそれで浮いたお金すら自由に使えない状況だったから、一歩前進といえるのだろう。しかし、さらに10年間、国の管理下に置かれる点は変わらない。

 夕張市の破綻は従来型の箱物行政の限界を全国の自治体に突きつけ、公共事業への依存体質を変える契機になった。地方財政に与えた影響も大きく、総務省は夕張を参考に自治体財政を4つの指標で判断する地方財政健全化法を制定し、08年度決算から適用した。

 同年度には破綻の懸念がある市町村が21あったが、14年度以降はゼロになった。「第2の夕張にはなるな」と各市町村が歳出削減に努めたからだ。結果的に夕張市だけが取り残されている状況だ。

 財政が再建されても地域が立ち行かなくなっては意味がない。赤字の穴埋めに発行した地方債の借り換えを認めるなど、さらに踏み込んだ対策を国は検討すべきだ。

核禁条約交渉 被爆国が反対とは

 「被爆国」として、日本は核兵器廃絶の先頭に立つのではなかったのか。

 核兵器禁止条約の制定に向けた交渉を来年始めるという決議が、国連総会第1委員会で採択された。123カ国が賛成、38カ国が反対した。核兵器を法的に禁止する枠組みについて、国連が本格的な議論に乗り出すのは画期的なことだ。

 だが、日本は核保有国の米ロ英仏とともに反対した。これまでも日本は条約交渉に慎重だったが、反対表明は、より核保有国に近い立場をとると宣言したに等しい。理解しがたく、きわめて残念だ。広島、長崎の被爆者や内外の平和NGOから非難の声が相次ぐのも当然だ。

 核兵器が非人道の極みであることは明らかだ。それなのに核兵器を禁じる国際法はない。廃絶への一歩として、禁止の法的な枠組みを考えよう。それが、決議を主導したオーストリアなどの非核保有国の主張だ。

 米国が特に激しく反発した。核の抑止力に基礎を置く国際安全保障のバランスが崩れるというのが最大の理由だ。「核の傘」を提供している日本や北大西洋条約機構(NATO)諸国にも影響が及ぶとして、棄権ではなく反対を求めた。その結果、日本のほか、韓国、豪州、ドイツなども反対に回った。

 委員会では、段階的な核軍縮を促す日本主導の別の決議案も採択され、米国も賛成した。岸田外相は、核兵器禁止条約の交渉開始はこうした日本の基本的立場と相いれないと説明した。

 政府内では、北朝鮮が核・ミサイル開発を進め、東アジアの安全保障環境が悪化する中、米国の核の傘は欠かせないとの考え方が強い。ただ、非核保有国側はただちに核の傘を否定しているわけではない。まずは条約の交渉開始を求めている。

 核軍縮と安全保障をどう両立させるかは、国際交渉を通じて解決すべき課題だ。その場を設けることにすら背を向ける核保有国の姿勢は、あまりにかたくなだ。米国に追随するかたちとなった日本などの同盟国は、主体性を問われよう。

 決議は年内に国連総会本会議で採択された後、来年3月に最初の交渉会議が開かれる見通しだ。米国などの核保有国は不参加の構えだが、岸田外相は会議には参加する意向を示した。

 非核保有国と核保有国の亀裂はかつてなく深まっている。この際、日本は核保有国を交渉の場に引き寄せ、主張の溝を埋める役割を積極的に果たしていくべきだ。それが被爆国としての信頼をつなぎとめる道である。

中国共産党 一党支配は限界がある

 中国共産党は、あくまで一党支配体制を守ろうとしている。

 おとといまで開かれた党中央委員会第6回全体会議による二つの決定は、そのための方策とみていい。最高指導者の権威を高めることと、党組織をいっそう引き締めることだ。

 会議後の公式文書は習近平(シーチンピン)氏を初めて「核心」と呼んだ。この呼称は前任の胡錦濤氏にはなかった。4年前の党トップ就任以来、権力の集中を図ってきた習氏が、他の指導部メンバーと別格だと、はっきり示した。

 会議では同時に、地位の利用や身内への便宜供与など、様々な腐敗への監視を強める新たな規則の導入を決めた。

 すでに習政権下では、上級幹部だけで100人以上を摘発した。国営テレビは汚職で有罪となった元党幹部の告白を連日放映している。反腐敗は大衆の支持を得やすい面もある。

 これらの決定は来秋の党人事に向けて習氏が主導権をとり、任期後半5年の基盤を固めることにつながる。それに加えて、これからも共産党支配を維持できるのか、という危機感が習氏自身にあっただろう。

 党の方針が正しいから中国は発展してきた、という宣伝とは裏腹に、中国建国以来の歴史には暗部がある。

 1958年からの大躍進運動は鉄鋼、穀物の大増産をあおって逆に多くの餓死者を出した。66年からの文化大革命は社会を大混乱に陥れた。その間、おびただしい人命を犠牲にした。

 重大な誤りは毛沢東という権威のもとで起きた。後の集団指導体制は、その反省に基づく。もちろん集団指導にも弊害はあり、胡政権では改革が進まなかった。とはいえ、毛沢東の時代に回帰するような習氏の方向には危うさがある。

 反腐敗を強めるといっても、監視する側にも大きな問題がある。党員への取り調べでは法の手続きが無視される。汚職の疑いをかけられ、無実を訴える元党幹部もいる。摘発が恣意(しい)的に進められるおそれがある。

 習氏はかねて「権力を制度というかごの中に閉じ込める」と語っている。だが、問題は制度そのものだ。

 あるべき制度とは、権力を外から監視する仕組みであり、自由な言論、独立した司法、競合する野党が不可欠だ。監視対象には当然、最高指導者が含まれねばならない。

 そもそも一党支配の永続が目的にはなりえない。国を問わず、政治がめざすべきものは、国民の暮らしを向上させるための平和と安定の実現に尽きる。

核兵器禁止条約 非保有国の亀裂拡大は残念だ

 北朝鮮は核・ミサイル開発を加速させている。日本や韓国の安全保障にとって、米国の核抑止力の役割は依然大きい。

 厳しさを増す北東アジアの安保環境を踏まえるなら、核兵器を一方的に「違法」と断じるのは時期尚早である。

 国連総会第1委員会が、「核兵器禁止条約」に関する決議を賛成多数で採択した。核兵器を禁止する法的拘束力のある文書の策定に向け、来年3月に交渉を始めることが事実上決まった。禁止条約の本格協議は初めてとなる。

 決議は、メキシコやオーストリアなどが主導し、東南アジアやアフリカ、中南米などの計123か国が賛成した。大半の国は、核の脅威にさらされていない。

 核保有国の米英仏露に加え、米国の「核の傘」に頼る日韓、独、豪州など計38か国が反対した。現実を無視した取り組みだという判断からだ。非保有国間も含め、国際社会の亀裂拡大を露呈する結果になったのは残念である。

 問題なのは、各国の抑止力に与える影響への配慮が決議に欠けていることだ。核兵器の使用、製造、保有のうち、何を禁止し、期限や検証方法をどう定めるのか。核保有国や、核放棄を拒否する北朝鮮に順守させられるのか。

 肝心な点を先送りにし、多数決で条約作りを進めても、実効性は期待できまい。米国の軍縮大使が「核軍縮に応じない国や増強している国もある中で、禁止条約は解決につながらない」と批判したのはもっともである。

 核兵器の非人道性に焦点を当てて、停滞する核軍縮の活性化を図る狙いは理解できるが、拙速な策定は混乱を避けられない。

 唯一の被爆国の日本は核廃絶を主導する立場だ。反対は「本意」でなく、現実的な選択だろう。

 佐野利男軍縮大使が「核軍縮を実効的に進めるには、核保有国と非保有国の協力が不可欠だ」と説明したのはうなずける。岸田外相も、北朝鮮の脅威が深刻化する中、この問題を巡る対立が激化することへの懸念を表明した。

 一方、日本の核廃絶決議は、167か国の賛成多数で採択された。「安保上の観点にも配慮しながら段階的に推進すべきだ」という主張は的を射ていよう。

 核実験全面禁止条約(CTBT)批准を米中に促す。米露の核軍縮交渉を再開させる。核拡散防止条約(NPT)の下で査察強化や核弾頭削減に努める。「核兵器のない世界」の実現には、地道な措置の積み重ねしかあるまい。

大阪万博誘致 意義や経済効果が見えにくい

 なぜ、万博を開催するのか。その意義や費用対効果を慎重に検討しなければならない。

 2025年の国際博覧会(万博)誘致を目指す大阪府が基本構想案を決めた。

 「人類の健康・長寿への挑戦」がテーマだ。大阪市臨海部の人工島「夢洲(ゆめしま)」に約100ヘクタールの会場を整備する。3000万人以上の来場者、6兆円超の経済波及効果を見込んでいる。

 政府も、20年の東京五輪・パラリンピック後の景気浮揚策として、誘致に積極的な姿勢をみせる。閣議了解を経て、開催承認を得るために、博覧会国際事務局(BIE)に登録申請する方針だ。

 「人類の進歩と調和」をテーマに掲げた1970年の大阪万博には、日本中が沸き立ち、6422万人が来場した。64年東京五輪と共に、日本の存在感を世界に示す歴史的なイベントとなった。

 大阪府の松井一郎知事は、2度目の大阪万博が、長く地盤沈下が続く関西経済を活性化させる起爆剤になると期待する。当初は誘致に慎重だった関西の財界も、協力姿勢に転じた。

 だが、高度成長期とは経済環境や社会状況が大きく異なる。国民が万博に何を望むのか、丁寧にくみ取ることが大切だ。

 BIEは、近年の万博に対し、地球規模の課題を提示して、解決の方向性を示すよう求めている。健康や長寿が、現代人の関心事であることは確かだが、祭典で具体的にどうアピールするのか。

 現時点の構想には、アニメイベントや和食体験といった企画が盛り込まれたが、魅力やアイデアに乏しい感は否めない。

 25年開催にはパリなどの立候補が取り沙汰される。説得力のある開催計画を練り上げないと、誘致競争での苦戦は免れまい。

 財源も大きな課題である。府は会場建設費1300億円、運営費740億円と見込む。交通網整備など関連事業費も730億円に上る。府と大阪市の厳しい財政事情を考えれば、経済界も応分の協力が求められる。

 費用が膨張した東京五輪の例もある。行政と経済団体で作る誘致推進組織は、民間資金の活用法や負担割合を詰める必要がある。

 夢洲は、08年夏季五輪の招致を目指した大阪市が選手村用地に予定していた。招致失敗後は半ば放置されてきた。

 構想では、カジノを含む統合型リゾート(IR)も整備し、万博との相乗効果をうたうが、ギャンブルと万博は相いれまい。

2016年10月28日金曜日

米国とフィリピンの間合い埋める戦略を

 フィリピンのドゥテルテ大統領が来日し、南シナ海問題を仲裁裁判所の判決にもとづき解決する方針で安倍晋三首相と一致した。

 南シナ海での人工島の埋め立てなどを違法と断じた判決を、中国は「紙くず」と呼んで無視する姿勢を鮮明にしている。大統領は先週の習近平・中国国家主席との会談では判決に触れなかっただけに、安倍首相との会談で重要性を改めて確認した意味は大きい。

 これからも中国は人工島での軍事施設の整備などをすすめる公算が大きい。その動きに歯止めをかけ、アジアに「法の支配」という原則を根づかせるため、日本はフィリピンとの連携を緊密にしていかなくてはならない。

 安倍首相があらたに大型巡視船2隻の供与を表明したのは、その一環として評価できる。両国政府はまた、海上自衛隊の練習機「TC90」をフィリピンに貸し出す文書をかわした。人材の育成などソフト面もふくめて、日本は協力を積み上げていくべきだ。

 気がかりなのは、ドゥテルテ大統領が米国と距離を置く考えを口にしていることだ。都内での講演では、在比米軍の2年以内の撤退を求める方針を示唆した。

 米軍は現在、テロ対策を名目にフィリピンに巡回駐留している。2014年にはアキノ前政権が、米軍の本格的な再駐留を認める協定を米国とむすんでいた。

 協定の見直しや巡回駐留の中止に踏み切れば、この地域での米軍の存在感はうすれる。オバマ米大統領がかかげる「アジア回帰」の路線にも打撃となり、来年1月に発足する米国の次期政権がアジア戦略をすすめるうえでの懸念材料にもなりかねない。

 首脳会談で日米・米比両同盟の重要性を再確認したのを踏まえ、日本は米国とフィリピンの間合いをせばめるよう努めるべきだ。

 アキノ前大統領が意欲を示していた環太平洋経済連携協定(TPP)への参加にドゥテルテ大統領が冷淡なことも、気になる。足元で年率7%前後の成長をつづけるフィリピン経済に必要なのは、持続的な発展をささえる足腰の強い産業の育成だ。

 それにはインフラの整備や教育の充実、透明性の高い法制度などが欠かせない。TPPは特にソフト面の改革のテコになるはずだ。日本は米国にTPP批准を働きかけるのと並行して、フィリピンの参加を促していく必要がある。

皇族の範を示した三笠宮さま

 昭和天皇の弟で、現在の天皇陛下の叔父にあたり、皇族の中で最年長だった三笠宮崇仁さまが亡くなられた。大正から昭和、平成と3代にわたる、100歳に及ぶ生涯だった。心から哀悼の意を表したい。

 三笠宮さまの1世紀に及ぶ歩みは、国際社会へ乗り出した日本が戦争へと傾斜し、やがて終戦を迎え、平和国家として繁栄するまでと重なる。この間、皇族のあり方や国民との関係も大きく変わった。まさに、身をもって激動の歴史を生きてこられた方だった。

 三笠宮さまは1943年、皇族であることを秘し陸軍参謀として中国・南京に赴任された経験を持つ。そこで「聖戦」の掛け声のもと、旧日本軍による残虐行為があったのを知った。これが、その後の活動やご発言の原点となった。

 終戦間際には、戦争の継続を兄である昭和天皇に訴えるように軍部から懇願され、毅然と断られている。

 戦後は「私個人はシヴィリアン(市民)として、新生命を開拓する」と決意し、自ら「歴史学究の徒」として歩まれた。

 大学で中近東の古代史を学ばれ、教壇に立って学生に講義したほか、テレビ番組にも出演、海外の発掘調査も視察した。「オリエントの宮様」と敬慕され、学術の国際交流に貢献した。戦後の皇族のあり方の範を示されたといってよく、国民と皇室の距離を縮めた功績は極めて大きい。

 また、日本レクリエーション協会の総裁として、フォークダンスなどの普及にも尽力され、大衆文化の健全な発展に足跡を残した。自ら人々と手を取って軽やかに踊る姿は、まさに「開かれた皇室」を体現されたものだった。

 晩年には、高円宮さま、寛仁さま、桂宮さまと男のお子さま方に相次ぎ先立たれたが、さまざまな行事には毅然とした姿で臨まれた姿が印象的であった。

 国民に寄り添い、そして国民から敬愛される戦後の皇族像を終生貫かれた。

大川小判決 この悲劇から学ぶもの

 子どもの命をあずかる学校の教職員に対し、あらためて責務の重さを指摘し、高い注意義務を課す判決が言い渡された。

 東日本大震災の津波で亡くなった宮城県石巻市立大川小の児童らの保護者が、市などに賠償をもとめた裁判で、仙台地裁は学校側の過失を認めた。

 市の広報車が想定を上回る津波の襲来を伝えた時点で、学校の裏山に児童を避難させるべきだった。住民が土砂崩れの恐れがあると言っても重視する必要はなかった。規律ある行動にこだわらず、混乱があっても、児童らをせかせば被害は避けられた――。判決はそう認定した。

 教員の判断に身をゆだねるしかない子どもたちのことを思えば、そのとおりだと思う。別の高台に向かった判断は結果として誤りで、教え子も先生も、ともに津波にのまれた。

 想定にとらわれるな。マニュアル任せにするな。情報収集に万全を。とにかく安全な場所に移って津波から命を守れ。

 震災後にかみしめた教訓を、判決を通して再び思いおこす。

 気になる記載もある。

 大川小には高齢者をふくむ地元住民も大勢集まっていた。市側は、余震が続くなか裏山の急な道を一緒に登るのは困難で、逃げる先として不適切と考えたと主張した。だが地裁は「住民は自分で避難方法などを決めるべきで、教員は住民に対する責任を負わない。児童の安全を最優先に考えよ」と退けた。

 緊急時の避難場所になっている学校は多い。判決の考えにたつのであれば、ふだんから自治体、学校、住民がそれぞれの役割や責任について話しあい、地域も参加した訓練を行い、認識を一致させておく営みが欠かせない。さもなければ、いざというときに現場の混乱を助長し、教員に過重・過酷な負担を強いることになる。

 一連の経緯をふり返って思うのは、市側の対応の不実さだ。

 遺族への説明はあいまいで二転三転した。かろうじて助かった教員や児童の聞きとりを録音せず、メモも廃棄した。判決で法的責任はないとされたが、不信を深めた。どうやって関係の修復に道を開くか。判決を踏まえ真摯(しんし)に考える必要がある。

 3・11後、文部科学省は全国の学校の津波対策を調べ、自然災害をふくむ事故への事前・事後の対応指針をまとめた。大切なのは、これを実践し、経験を共有し、不具合があれば手直しする、そんなとり組みだ。

 大川小の悲劇から何を学び、「次」の救命につなげるか。一人ひとりが問われている。

日比首脳会談 地域安定への第一歩に

 来日していたフィリピンのドゥテルテ大統領が安倍首相と会談し、南シナ海問題を平和的に解決する重要性で一致した。

 「米国と決別する」など大統領の軽率な発言が注目されるなか、今回は「常に日本の側に立つつもりだ」などと述べ、日本側の期待にこたえた。

 背景には、経済関係の強化など、日本への強い期待があってのことだろう。

 昨年のフィリピンの輸出先トップは日本(21・1%)。2位以下の米国(15%)、中国(10・9%)を上回っている。

 とはいえ大統領の発言は揺れ動いている。その一挙手一投足に左右されることなく、長い目でみてアジア地域の安定に向けた一歩と位置づけ、冷静に関係を深めることが重要だ。

 今回の来日の注目点のひとつは、中国の南シナ海での権利主張を否定した7月の常設仲裁裁判所の判決に、大統領がどう言及するかだった。

 大統領は、判決を重視する日米の立場に歩調をあわせる一方で、「いつの日か語らなければならない問題だが、今それを語るべきではない」とも述べ、中国への配慮もみせた。

 日米と中国の利害がぶつかるなか、先送りできる問題は棚上げしつつ当面の均衡をはかる。そんな苦肉の策なのだろう。

 日本は米国とともに中国牽制(けんせい)策の一環として、フィリピンとの関係を強めてきた。だが、日本がフィリピンとの関係を重視するあまり、「法の支配」など自由主義の価値観を後景に退かせるのは、本末転倒である。

 安倍首相はドゥテルテ氏が取り組む麻薬撲滅対策への協力として、薬物中毒者の更生への支援を伝えた。であれば同時に、法の手続きを無視して多くの容疑者を殺害してきた捜査手法に対する、人権上の懸念をはっきり伝えるべきだった。

 中国は先週の中比首脳会談でこの問題への批判を避けたが、日本も同じ対応でいいはずがない。日本として人権を重んじる姿勢を明確に示すことこそ、中国の海洋進出など「法の支配」を無視する行為への批判に説得力を生む。

 ドゥテルテ氏の大統領就任以来、日比首脳会談は2回目だ。情勢を慎重に注視しつつ、互いの信頼関係を育てるべきだ。

 大統領の暴言で米比関係が冷え込むなか、日本が米国との橋渡し役を担う余地もあろう。

 麻薬問題の背景にある貧困問題の解決にも協力したい。

 息の長い地道な取り組みを通じて関係を深めることこそ、地域の安定につながるはずだ。

日比首脳会談 「法の支配」で連携を強めたい

 南シナ海で「法の支配」を確立し、「航行の自由」を守ることは、国際社会共通の利益だ。その要となるフィリピンの立場が揺るがないよう、日本など関係国が支えねばならない。

 安倍首相とフィリピンのドゥテルテ大統領が首相官邸で会談し、海洋安全保障などで両国が連携を強化する方針で一致した。日米・米比同盟の重要性も確認した。

 南シナ海における中国の主権を否定した7月の仲裁裁判所判決に関して、国連海洋法条約などに従った領有権問題の平和的解決の重要性を明記した共同声明も発表した。その意義は大きい。

 首相は、南シナ海について「地域の平和と安定に直結する国際社会の関心事項だ」と指摘した。

 ドゥテルテ氏も「法の支配の下、国際法に基づいて平和裏に解決したい」と語った。仲裁裁判決に言及し、「(判決の)範囲外の立場は取れない。常に日本の側に立つつもりだ」とも明言した。

 ドゥテルテ氏が先週訪中した際の中比共同声明は、仲裁裁判決に触れず、「直接関係する主権国家の協議を通して解決する」として事実上棚上げにしていた。日米とフィリピンの離間を図る中国の戦略が反映されたものだ。

 ドゥテルテ氏には、日中双方に配慮して経済的な実利を得る「天秤外交」の意図もうかがえる。

 海上交通路(シーレーン)の安全確保は、沿岸国だけでなく、船舶を航行させる関係国全体の問題でもある。安易な妥協は、一方的な現状変更の容認につながる。日米などがフィリピンと緊密に協調することが欠かせない。

 首相は、アジア太平洋の平和と繁栄には米国の関与が重要だと伝えた。ドゥテルテ氏が繰り返す米国批判を踏まえたものだ。会談に先立つ講演では、2年以内に米軍の撤退を求める方針を示した。

 会談で、ドゥテルテ氏は「米国と外交関係を断ち切るわけではない」と説明した。ドゥテルテ氏の米国不信を解消するのは簡単ではないが、日本は米比関係の改善を粘り強く仲介すべきだ。

 首相は、ドゥテルテ政権が最優先する麻薬対策について、薬物中毒者の更生などの分野で支援する考えを表明した。米国などは強権的な取り締まり手法を批判する。日本は、欧米の懸念にも配慮するよう助言することが大切だ。

 今年は日比の国交正常化60周年だ。日本は、長年の友好関係を基盤に、親身になった協力を続けたい。それがフィリピンの急速な中国傾斜の是正にもつながろう。

いじめ過去最多 早期把握に努めて子供を守れ

 いじめの被害を防ぐためには、早い段階での実態把握が欠かせない。学校現場の意識改革をさらに進めたい。

 文部科学省の「問題行動調査」によると、小中高校などで昨年度に把握されたいじめは、調査開始以来、最多の22万4540件に上った。前年度より約2割増えている。

 いじめの問題を抱えていた児童生徒の自殺も、過去最多の9件だった。深刻な事態である。

 大津市の男子中学生が自殺したのを機に、いじめ防止対策推進法が制定されてから3年が経過した。被害者が心身に苦痛を感じるものをいじめと幅広く捉え、学校に対策を義務付けたが、被害の根絶には程遠い状況と言えよう。

 認知件数の急増は、文科省の指導により、各地の教育委員会が調査を徹底し、学校現場で掘り起こしが進んだためでもある。

 きっかけとなったのは、岩手県矢巾町で昨年7月、男子中学生が自殺したケースだ。

 生徒は、生活記録ノートで担任にいじめ被害を繰り返し訴え、自殺を示唆していた。担任は問題を一人で抱え込んだ。学校側は「生徒が発する命に関わる情報を教職員が共有できなかった」と認めた。重い教訓である。

 早期把握には、「いじめはどこでも起きる」という危機感を学校全体で持つことが大切だ。生徒が答えやすいように配慮した無記名アンケートを実施する教委では、認知件数が多い傾向がある。

 4割近い学校は、いじめが「ゼロ」と回答している。指導力不足とみられるのを恐れ、表面化を避ける教員がいるのではないか。

 今回の調査では、小学校で暴力を伴ういじめが増えている現状が浮かび上がった。高校ではネット上での中傷などが目立つ。

 いじめは人権侵害である。絶対に許されないことを子供たちに理解させる取り組みが不可欠だ。

 いじめ防止対策推進法は、自殺などにつながりかねないいじめを「重大事態」と位置づけ、教育委員会や学校に事実関係の調査を課している。昨年度は全国で313件の報告があった。

 だが、定義が曖昧なため、学校によって判断が分かれ、対応の遅れを招いているという指摘がある。文科省の有識者会議は、重大事態だと認定する際の基準の明確化や、調査手法の指針の策定などを求めている。

 深刻ないじめを見逃してはならない。法の趣旨を教員に浸透させることが何より重要である。

2016年10月27日木曜日

3期9年だからこそ自民は世論に敏感に

 自民党は総裁の任期を「連続2期6年まで」から「連続3期9年まで」に改めることを決めた。これで日本の政治はどう変わるのだろうか。

 長期政権への道が開ければ政権運営はしやすくなる。国際社会での発言力も場数を踏むほど高まろう。現憲法が施行された1947年以降、日本の首相は31人。同期間に米大統領は12人、ドイツ首相は8人だった。日本のリーダーの短命ぶりは際立っている。

 一方、弊害はないだろうか。この20年あまりの統治機構改革によって、首相の権限は以前よりかなり強くなった。独裁者になってしまうのではないか。

 大統領制の場合はその懸念をぬぐえない。有権者の直接投票なので、ポピュリズムの風が吹けば専制君主的な力を振るうこともないとは言い切れない。任期の制限は不可欠だ。

 日本は議院内閣制である。党首選に勝って首相になっても、次の衆院選で与党が負ければ引責辞任することになる。民意という歯止めがあるから、党首の任期を必ず定めなければならないわけではない。同じ議院内閣制の英国の保守党の党首には、再選制限どころか、そもそも任期がない。

 ただ、日本ならではの特殊事情も考慮する必要がある。民主国家では与野党の入れ替わりがよくあるのが普通だが、日本は過去60年余のほとんどの間、自民党が政権の座を占めてきた。その総裁の任期に全く歯止めがないと、不安に思う国民もいるはずだ。

 これらの要素を考慮すると、任期を全廃するのではなく「連続3期9年まで」にするという判断はおおむね妥当といえよう。

 できれば、任期途中のリコール制度もルール化しておきたい。自民党では不人気な総裁を引きずり下ろそうとたびたび党内抗争が起きた。両院議員総会で一定数の賛成があれば臨時に総裁選をする、といった決まりが明確であれば、政局の混迷を最小化できる。

 このさき大事なのは自民党がどう振る舞うかだ。現在の総裁任期が切れる2018年9月に安倍晋三首相が3選を目指す可能性はかなり高い。政権の長期化にともなって、おごりやたるみが目立てば、民意は簡単に離れる。

 自民党が今後、世論の動向にどれだけ敏感になれるか。安倍政権の、そして自民党の将来は、それ次第である。

避難への備え問い直した判決

 災害に際して学校などの施設は「想定」にとらわれず、状況を適切に把握・判断し、子どもたちの命を守らなければならない。そんな責務の重さを改めて認識させる司法判断が示された。

 2011年3月11日に東日本大震災が起きたとき、宮城県石巻市の大川小学校は児童らを校庭に集め、約50分後に北上川の堤防ちかくを目指して避難を始めた。間もなく一帯を津波が襲い、児童74人と教職員10人が犠牲になった。

 このうち児童23人の遺族が市と県に損害賠償を求めていた裁判の判決があった。仙台地裁は「教職員らは大規模な津波を予見できた」「避難先として選んだ堤防付近は不適当で、学校の裏山に退避させるべきだった」と指摘し、学校側の過失を認めた。

 裁判で市などは、大川小が津波浸水被害の想定域外だったと主張していた。そもそも大川小は当時、津波からの避難場所に指定されてもいた。確かに、あの地震が千年に1度といわれる規模の大災害で、誰も経験したことのないような津波が襲ってくることまで予測するのは、難しかっただろう。

 だが地震が起きた後、10メートルの津波警報が流れていた。判決も指摘したように、市の広報車が近くを回って避難を呼び掛けていた。それまでの経験や「想定」とかけ離れた事態であっても、現実に起きていることを踏まえ適切に判断すべきだったということである。

 避難先についても、市側は「裏山は崩落や倒木などの危険がある」と反論していた。これも固定観念にとらわれた判断だったのではないか。より高い裏山に逃げようとの訴えがあがっていたのに児童を校庭に長時間とどめたことには、疑問がのこる。

 判決は学校だけでなく、幼稚園や保育園、病院、高齢者や体が不自由な人のための施設などに、改めて警鐘を鳴らしたといえる。いま一度、避難マニュアルの見直しや訓練の実施など災害時への備えを、自治体や施設ごとに確認しなければならない。

象牙取引規制 日本がするべきことは

 アフリカゾウを密猟から守るには、象牙の輸出入を禁止するだけでは足らない。各国の国内での売買もやめて、取引自体を根絶やしにするべきだ――。

 今月初めまで南アフリカで開かれたワシントン条約締約国会議で、中西部・東アフリカ各国からそんな決議案が出された。

 絶滅の恐れがある野生動植物の国際取引について定めるのがワシントン条約だ。国内での取引まで規制する案は、一歩踏み込んだ内容だった。

 しかし決議案は結局、閉鎖対象を「密猟や象牙の違法取引の原因となっている国内市場」に限り、採択された。アフリカゾウの数が安定している南部アフリカ各国の声が背景にある。国内に大量の象牙があり、売買されている日本もこの修正を後押しした。

 自然死したり、駆除されたりしたゾウの象牙を売れば、その資金をゾウの保存や住民の生活改善に使える。南部アフリカの意見は「持続可能な利用」という考え方に基づく。

 ただ、象牙取引がテロなど違法活動の資金源になっているとの危機感は強い。米国や中国、タイが「原則禁止」など国内取引について厳しい姿勢を打ち出してきたのはそのためだ。

 日本はどう対応するべきか。

 最近は大規模な密輸事件の摘発もない。国内取引に関するルールもある。だから日本の国内市場は密猟や違法取引を助長しておらず、閉鎖の必要はない。これが政府の見解だが、そう胸を張れる状況だろうか。

 昨年、国際NGOが中国からの買い取り人を装って日本の象牙業者に接触したところ、4社が違法輸出と認識しながら取引に応じる姿勢を見せたという。

 全形を保つ象牙の国内取引には、「種の保存法」に基づいて象牙をあらかじめ登録しておくことが必要だ。しかし今月も奈良県の象牙加工業者らを警視庁が書類送検するなど、未登録の取引の摘発はなくならない。

 政府や印章、工芸品の業界団体、ネット売買・オークション業者などでつくる官民協議会は、水際作戦の徹底や国内取引の監視強化をうたう。さらに一歩進めてはどうか。全形象牙では取引の有無にかかわらず所有者全員に登録を求めることや、象牙やその加工品を扱う業者は、届け出制を許認可制に強めることが検討課題になろう。

 「持続可能な利用」はワシントン条約も否定していない。ただ、自らの居住まいを正し、不正取引が横行する国に監視を指導するぐらいでないと、主張に耳を傾けてもらえなくなる。

福島廃炉費用 これで議論できるのか

 未曽有の事故を起こした東京電力福島第一原発の廃炉にいくらかかり、その費用をだれがどう負担するのか。

 この問いに答えを出す作業が経済産業省の有識者会議で本格化している。国民負担にもかかわる難題だが、今の議論の進め方には納得しがたい点が多い。

 まず疑問なのは、会議が非公開であることだ。議事要旨が後に公表されるが、概要にとどまり、誰の発言かもわからない。

 廃炉作業を担う東電の経営は柏崎刈羽原発(新潟県)の再稼働の有無に左右されるが、会議のメンバーには原発推進を支持してきた財界の首脳が名を連ねる。先の知事選の結果が示す通り、地元では再稼働への反対が強い。そのなかで再稼働をあてにした形で検討が進むのでは、という懸念がぬぐえない。

 廃炉費用の総額の見通しがまだ示されていない点も、理解に苦しむ。初会合で早く示すよう出席者が求めたが、先日の2回目の会合で経産省は「足元の年800億円程度から数千億円に膨らむ可能性がある」と説明しただけだった。具体的な試算結果は、今年末にも東電の経営改革の姿や国の対応とセットで示すという。

 だが、この手順はおかしい。廃炉にいくらかかりそうかを見極めることが、議論の出発点のはずだ。

 溶け落ちた核燃料の実態がはっきりしない現状では、正確な見積もりは確かに難しい。しかし、工法が妥当なのか、費用を抑える工夫ができないかをしっかり検討するためにも、先に試算結果を示すべきだ。

 費用のまかない方について、有識者会議は、金融機関の債権放棄などを伴う法的整理のほか、国が税金で肩代わりする案や、今の公的管理を長く続ける案を退け、東電自身が経営改革で資金を確保する道を選んだ。柏崎刈羽原発を分社化し、他社の原発事業と再編する方向性を示したのも、「自助努力」を強調するのが狙いなのだろう。

 東電が改革を徹底し、税金投入や電気料金値上げといった国民負担を避ける努力を尽くすのは当然だ。ただ、問われるのは、それだけで最低でも数兆円とみられる巨額の費用を東電がまかなえるかどうかの見極めである。途中で自力路線が行き詰まり、廃炉作業に影響が出れば、福島の復興が遅れることにもなりかねない。

 公開の場で、拙速を避けて、費用や負担について検討を尽くす。福島第一の廃炉は国民的な課題だけに、幅広い納得を得る姿勢が欠かせない。

自民総裁任期 「3年延長」で難題に向き合え

 国民の支持を集める首相が、政党内部の論理に左右されずに、安定的な政権運営を継続できることになろう。

 自民党は党・政治制度改革実行本部の会合で、党総裁任期を現行の「連続2期6年まで」から「連続3期9年まで」に延長する見直し案を了承した。来年3月の党大会で党則を改正する。

 論議の中で特段の異論は出なかった。将来的には任期制限の撤廃も視野に入れるという。

 主要国の政党では、党首の期数制限を設けていない例が多い。本部長を務める高村正彦副総裁は、「撤廃も魅力的な案だが、党員、国民に受け入れられやすいという政治的配慮を加えた」と述べた。現実的な判断だろう。

 安倍首相の総裁任期は、2018年9月までだ。首相がその総裁選で勝てば、任期は21年9月まで延びる。20年の東京五輪を首相として迎えることもできる。

 06~07年の第1次内閣を含めた在職日数は3500日を超え、明治・大正期の桂太郎首相の2886日を上回って、歴代1位の長期政権となる可能性も出てくる。

 憲法改正の実現など、中長期の重要課題に、腰を据えて取り組む環境が整うのは確かだ。

 首脳外交を進めるうえでも、首脳間の信頼関係構築や、発言力強化などに資する。首相が解決に強い意欲を示す北方領土問題においても、最長で24年まで任期があるロシアのプーチン大統領と、ひざ詰めの交渉ができるだろう。

 首相は、日本経済再生を掲げるが、脱デフレの実現は道半ばだ。19年10月に延期された消費税率10%への引き上げや、20年度までの基礎的財政収支の黒字化達成など、重い課題も引き続き担う。

 高い支持率を原資に、批判を恐れず、社会保障制度などの痛みを伴う改革を進めねばなるまい。

 任期延長は、衆院解散戦略や総裁選の構図にも影響しよう。

 首相にとっては解散時期の選択肢が広がる。「ポスト安倍」をうかがう岸田外相、石破茂・前地方創生相らは、次期総裁選に向けた戦略の練り直しを迫られる。

 「安倍1強」が続くことへの懸念もある。だが、首相が国政選挙や総裁選で審判を受けることに変わりはない。臨時総裁選を行うリコール規定もある。党内の支持を失えば、退陣に追い込まれる。

 首相には、これまで以上に謙虚な政権運営が求められる。リーダー候補を育成しながら、健全な政策論争を展開していくことによって、政治の活力を高めたい。

大川小津波判決 学校のミスを断じた高額賠償

 子供の命を守るため、学校は重い責任を負う。教育関係者が肝に銘ずべき判決である。

 宮城県石巻市立大川小学校の児童らが犠牲になった東日本大震災の津波被害で、仙台地裁は市と県に計約14億円の損害賠償を命じた。

 死亡・行方不明となった児童74人のうち23人の遺族らが、学校側の避難誘導などの誤った判断が招いた「人災」だと訴えていた。高額賠償は、津波の危険性を軽視した過失を重く捉えた結果だ。

 学校にいる間、児童は身の安全を教職員に委ねるほかない。だからこそ、教員は「児童の安全を確保すべき義務を負う」と判決が指摘したのは、もっともである。

 震災発生後、大川小では、児童をまず校庭に避難させた。約45分間、その場にとどめてから、北上川近くにある三角地帯と呼ばれる場所に向けて避難を始めた。致命的となったのは、この判断だ。

 移動の直前には、市の広報車が津波の接近を告げ、高台への避難を呼びかけている。ラジオ放送でも、6メートルや10メートルといった津波の高さが伝えられていた。

 教員らは、この時点で津波を予見し、危険を回避できる場所に児童を避難させる義務を負った。判決はそう認定し、標高が約7メートルしかない三角地帯は「避難場所として不適当だった」と断じた。

 「津波に向かっていった」と遺族が非難したのも無理はない。

 判決は、校舎の裏山に逃げていれば津波を避けられた、との認識も示し、「教員は結果回避の注意義務を怠った」と結論付けた。

 裏山について、市は、崩落の危険があったなどと主張したが、判決は「抽象的な危険を、津波の現実的な危険に優先させることはできない」と退けた。未曽有の被害を思えば、うなずける判断だ。

 津波被害を巡っては、企業や幼稚園などを相手に、同様の訴訟が起こされてきた。津波の予見可能性の有無が争点となるケースが多く、司法判断は分かれている。

 今回の訴訟でも、遺族側は、より早い段階から学校は津波を予見できたと訴えた。津波の際の避難先がマニュアルに明示されていなかった点なども批判したが、判決は不適切とは認めなかった。

 大川小は海岸から距離があり、予想浸水区域から外れていた。このため、事前には津波を予測できなかった、との理由からだ。

 安全確保のためには、想定外の事態に備えることが欠かせない。裁判所の判断とは別に、震災の教訓を改めて胸に刻みたい。

2016年10月26日水曜日

経済構造の変化に合わせた統計改革を

 国内総生産(GDP)統計はどこまで経済の現実を捉えているか。以前からある問いだが、サービスや情報の価値が高まり、インターネットを通じた取引が加速するなど経済構造が変化するなかで、喫緊の検討課題になってきた。

 変化を映した統計を整え、新しい思考で経済を見ていかないと、政策判断を誤りかねない。安倍晋三首相は統計のあり方を見直すよう指示したが、小手先の修正で済ませてはならない。新しい付加価値の芽を探り出すという広い視点に立ち、問題に向き合うべきだ。

 課題の一つは、インターネットが浸透する中で変わった家計の行動をどうつかむかだ。ネット販売は確実に増えているが、既存の統計では動向が把握できていない。

 ネットを媒介に個人が空いた車や部屋などを提供するシェアリングエコノミーも広がり始めた。個人が事業者として所得を得る機会がうまれつつある。こうした変化にも対応していかねばならない。

 企業がうみだす付加価値をどう捉えるかも重要な課題だ。

 GDP統計では工場などの設備投資が重視されるが、企業にとっては長期的な収益を得るための支出という意味での「投資」の概念はもっと広がっている。

 具体的には、研究開発投資から、従業員の能力を高める人的投資、事業力を伸ばすM&A(合併・買収)まで、無形資産への投資が重要になっている。研究開発投資は7~9月期の改定値からGDPに算入されるが、それだけでは十分な対応といえないだろう。

 実質GDPをはじき出す際に必要な製品・サービスの価格変化を的確につかむことも課題だ。新製品が次々に登場し、個別の顧客に合わせたマスカスタマイゼーション(個別大量生産)が進む時代に適した対応が求められる。

 これらの課題にこたえるのは容易なことではないが、民間が保有するビッグデータなども活用しながら少しでも経済の実態に迫れるよう努力していくしかない。統計に携わる人材の拡充も不可欠だ。

 同時に、経済の状況をつかむ際に過度にGDP統計に頼るのも慎むべきだ。雇用情勢や企業の業況判断など様々な数字に目を配り総合判断する姿勢が求められる。

 課題は先進国共通だ。英国が経済変化に即した統計整備に向けた報告書をまとめるなど動きも出てきた。日本も国際的な議論に積極的に参加し考え方を示すべきだ。

新任務は情勢把握を万全に

 政府は25日、南スーダン国連平和維持活動(PKO)の陸上自衛隊の派遣期限を来年3月末まで延長した。11月に派遣する部隊には安全保障関連法に基づく「駆けつけ警護」などの新任務が付与される見通しだ。現地は治安の一段の悪化が懸念されており、安全確保のための十分な訓練と情報の把握に万全を期してほしい。

 安倍晋三首相は23日、陸自朝霞訓練場(埼玉県新座市など)での観閲式で訓示し「諸君たちには新しい任務が与えられる。尊い平和を次の世代へと引き渡していくための任務だ」と強調した。

 PKO部隊は3月施行の安保関連法によって(1)国連職員や民間人が武装集団などに襲われた場合に救援に向かう「駆けつけ警護」(2)他国軍との「宿営地の共同防護」――などが可能となった。政府は派遣期間延長と別に、新任務の付与を近く閣議決定する方針だ。

 独立からまもない南スーダンでは、平和と安定のため国連の旗の下で62カ国が部隊などを派遣して緊密に協力している。陸自は施設部隊が道路整備などを担っており、新たな任務によって邦人保護や他国部隊との協力体制が強化される意味は大きい。

 一方で首都ジュバでは7月に大規模な衝突が繰り返し発生した。治安維持は一義的に他国の歩兵部隊などが担うものの、緊急時は陸自が武装集団を制圧して関係者を守る任務に携わる可能性が出てくる。入念な訓練を通じて、武器の使用基準の徹底を含む部隊の習熟度を高めておく必要がある。

 日本のPKO参加は憲法との兼ね合いで「紛争当事者の停戦合意」や「中立的な立場」などの5原則の順守が前提だ。現地情勢がさらに緊迫すれば部隊の速やかな撤収が求められる恐れもある。

 日米両国は30日から沖縄周辺の海域などで安保関連法の内容を反映させた共同統合演習を行う予定だ。安保政策の転換はいよいよ運用段階に入り、首相や閣僚は従来以上に高い判断力が求められることを肝に銘じてほしい。

南スーダンPKO 新任務の付与に反対する

 南スーダンの国連平和維持活動(PKO)に派遣されている陸上自衛隊に、安全保障関連法で可能になった「駆けつけ警護」など新任務を付与するか。

 最終的な判断に向けて、政府が検討を進めている。

 きのうの閣議で、今月末までの派遣期間を来年3月末まで延長すると決めた。11月20日ごろの次期部隊派遣までに判断する方向だ。

 駆けつけ警護は、離れた場所で武装勢力などに襲われた国連やNGOの要員らを、武器を持って助けに行く任務だ。自らを守る武器使用の一線を越え、隊員の任務遂行のための武器使用が可能になる。

 紛争のあった国の再建を手伝う「平和構築」は、憲法前文の精神に沿うものだ。日本も「地球貢献国家」として、自衛隊が参加できるPKO任務の幅を広げたい――。朝日新聞は社説でそう主張してきた。

 刻々と状況が変わる現場で、駆けつけ警護のような動きを迫られる場面は過去にもあった。その場合、憲法や国内法の枠内で行われるのは当然だ。

 だがいま、南スーダンは事実上の内戦状態にある。政府は憲法9条との兼ね合いで設けられた「PKO参加5原則」は維持されていると強調するが、「紛争当事者間の停戦合意」や「紛争当事者の受け入れ同意」が成り立っているのか、強い疑問がぬぐえない。

 そうした状況で、新任務の付与に踏み込むことには、反対せざるをえない。

 ■前のめりの安倍政権

 「仕組みはできた。必要なことは新しい防衛省・自衛隊による実行です。いまこそ実行の時であります」

 安倍首相は9月、自衛隊の幹部らにこう訓示した。

 昨年成立した安保法は、7月の参院選まで「実行」が封印された。いよいよ実績づくりに前のめりのように見える。

 しかし、現地の情勢はそれを許す状態とは程遠い。

 長い紛争をへて、スーダンから南スーダンが独立したのは2011年。自衛隊派遣はこの年に決まったが、いわゆる「紛争当事者」が存在しないPKOとされ、停戦合意の有無は派遣の前提とはされなかった。

 だが、13年12月の大統領派と副大統領派の戦闘を機に、事実上の内戦状態になった。15年8月に和平合意が成立し、今年4月に暫定政権が樹立された。

 それが7月になって、自衛隊が活動している首都ジュバで、大統領派と副大統領派の大規模な戦闘が起き、数百人が亡くなった。今月もジュバ周辺で民間人を乗せたトラックが襲われ、21人が死亡。北東部では政府軍と反政府勢力の戦闘で60人以上が死亡した。

 ■変わった派遣の前提

 派遣当初とは自衛隊派遣の前提が変わったと考えるのが自然だろう。現状では南スーダンの反政府勢力を紛争の一方の当事者とみるべきではないか。

 ところが日本政府は、従来の立場を変えようとしない。

 反政府勢力には、系統だった組織性がなく、支配が確立した領域もないとして、「紛争当事者ではない」と説明。繰り返される戦闘も、法的には「衝突」であり、「戦闘」ではないというのが、政府の言い分だ。

 稲田防衛相は国会で「新たな任務が加わるからといって、単純にリスクが増えるものではない」と強調した。現実離れした主張というほかない。

 他国軍との連携も想定されるなか、駆けつけ警護の訓練は十分か。現地派遣の医官の数にも限りがあり、隊員が負傷した時の対応にも不安が残る。

 駆けつけ警護を認める条件として、政府はPKO参加5原則に「受け入れ同意が安定的に維持されていること」を加えた。だが、現地政府がPKO部隊の増派に一時難色を示すなど、現状は安定的とは言いがたい。

 反政府勢力のトップ、マシャル前副大統領は朝日新聞に「7月に起きた戦闘で、和平合意と統一政権は崩壊したと考えている」と語った。

 南スーダン情勢の先行きが見通せないなかで、日本政府が急ぐべきは、むしろ自衛隊の撤収に向けた環境を整えることではないか。

 ■「出口戦略」の検討を

 とはいえ、ただちに自衛隊を撤収させれば、日本が南スーダンを見放すというメッセージになりかねない。

 だとすれば、自衛隊派遣に代わりうる、日本にふさわしい貢献策を打ち出す準備を始めなければならない。

 途上国援助(ODA)を拡充し、国際社会と連携しながら現地政府に働きかけ、南スーダンの安定化の進展と連動させる形でインフラ整備や教育、衛生など非軍事の支援を強める。そんな方策が考えられないか。

 法的な位置づけをあいまいにし、自衛隊の「出口戦略」も不明確なまま、危険な新任務に踏み込んではならない。

ネット同時配信 公共放送の役割を吟味したい

 世界で進む放送と通信の融合にどう対応していくか。日本の放送業界にとって大きな問題だ。

 テレビ番組を放送と同時にインターネットでも配信する事業について、総務省の有識者会議が議論を本格化させる。来年中にも最終答申をまとめる予定だ。

 若者を中心にテレビよりスマホの動画を好む人が増えている。テレビのネット配信には、そうした視聴者を取り戻す狙いがある。

 議論の焦点は、NHKの同時配信をどこまで拡大させるかだ。

 NHKは現在、総務省の認可を得て、災害情報や一部の五輪番組などで試験的に実施している。

 同時配信の範囲が広がれば、外出時にも、スマホなどで即時に楽しめる番組が増える。視聴者のメリットは少なくないだろう。

 だが、国民が広く負担する受信料に支えられている公共放送の業務拡大については、慎重に考える必要がある。

 ネット配信を大幅に認めれば、新しいシステムの整備など増大する費用を賄うため、受信料が値上がりする事態を招きかねない。

 視聴者間の公平性を確保することも容易ではない。NHKの受信料は、4世帯に1世帯は支払っておらず、不公平感は根強い。

 テレビの受信料を支払っていなければ、ネットで番組を見られないようにする案も浮上しているが、ネット視聴の仕組み次第では新たな不公平感が生じよう。

 NHKの同時配信は、民業圧迫の観点も欠かせない。

 巨額な費用負担などから現時点では慎重な民放各局が、NHKに対抗して同時配信に参入すれば、経営体力がそがれる。

 特に地方局への影響は甚大だ。キー局の番組がどこでも見られるようになれば、視聴者離れが加速して経営を揺るがしかねない。

 NHKは放送センター建て替えなどの課題を抱え、経営のかじ取りが一段と重要になっている。

 籾井勝人会長は、来年1月に任期満了を迎える。会長の任命権を持つ経営委員会の石原進委員長は「受信料の確保や国際放送の充実など実績はある」と評価し、続投論が広がりつつある。

 だが、籾井氏は就任以来、慰安婦問題を巡る不用意な発言やハイヤーの私的使用問題などで度々、批判を招いている。

 会長の資格要件の一つは、「人格高潔で広く国民から信頼を得られる」ことだ。公共放送トップとしてふさわしいかどうか。経営委は十分な議論が求められよう。

活字文化の日 良書と出会う場を広げよう

 あす27日は「文字・活字文化の日」だ。

 活字文化の一層の振興を図るため、2005年に制定された。

 来月9日まで続く読書週間の初日でもある。今回の標語は「いざ、読書。」だ。真剣に本と向き合ってほしいという願いが込められているのだろう。

 今年で70回目となる読書週間は、終戦後の混乱期、「本を通じて豊かな文化を育もう」と始まった。節目の年、原点に返って、良書と出会う場を広げたい。

 読書運動を顕彰する今年の「文字・活字文化推進大賞」で、「ビブリオバトル」が特別賞に選ばれた。お薦めの本を公開の場で論評し合い、聴衆が「読みたくなった本」に1票を投じるという、競技形式のイベントだ。

 教育現場でも注目され、大学生や高校生の全国大会が毎年開かれている。進行方法などを紹介する中学国語の教科書も登場した。

 本がもたらしてくれる感動を語り合い、様々な考え方に触れる。読書の魅力を分かち合うことに喜びを感じる若者は多い。

 山口県下関市や大阪府八尾市などの公立図書館では、借りた本の履歴を記帳する「読書通帳」の取り組みが広まっている。

 兄弟で冊数を競い合い、家族のコミュニケーションが深まるといった効果がみられる。貸出数が2倍近くに増えた図書館もある。

 電子書籍の利用も広がりつつある。昨年の市場規模は1502億円で、前年より31%増えた。読売新聞の世論調査では、「今後利用したい」という人は、未利用者を含めて36%に上った。

 紙の本を圧迫するとの声もあるものの、活字文化を活性化する役割は期待できるのではないか。

 課題もある。アマゾンジャパンは8月、「和書12万冊が読み放題」とうたって定額サービスを始めたが、その後、出版社が提供した書籍の一部を削除した。

 想定以上の利用があり、出版社への支払額が膨らんだためとされる。新たな読書スタイルを定着させるには、読者の要望を満たすシステムの構築が必要だ。

 今年の全国学力テストでは、小学生国語Bで、新聞を「ほぼ毎日読む」児童の平均正答率が65%に達し、読まない小学生を約10ポイント上回る結果が出た。

 文部科学省はこの夏、学校図書館に複数の新聞を配備すべきだとする指針案を打ち出した。NIE(教育に新聞を)の活動を、子供たちが活字に親しむ習慣作りにつなげていくことが重要である。

2016年10月25日火曜日

AT&Tの巨大買収は未来を開くか

 米通信大手のAT&Tがメディア大手の米タイムワーナーを買収する。買収総額が約854億ドル(9兆円弱)に達する巨大案件だが、メディアをめぐる大型再編は失敗に終わった例も多い。両社の統合がインターネットの未来をどう変えるのか注目したい。

 通信会社がコンテンツの獲得や配信に力を入れるのは米国だけでなく、世界共通の傾向だ。

 日本でもNTTドコモが100種類以上の雑誌をネットで読めるサービスを展開し、ソフトバンクは今秋開幕した男子バスケットの国内新リーグなどを視聴できる有料ネット放送を始めた。

 従来型の通信サービスだけでは他社と差別化できず、成長戦略が描きにくくなったことがコンテンツ強化の背景にある。

 AT&Tの買収決断もその延長線上にあると考えれば分かりやすい。タイムワーナーはニュース専門局のCNNや映画大手のワーナー・ブラザーズを傘下に持つ。こうした幅広い動画素材を活用することで、インフラ企業からネット企業へ脱皮する戦略だろう。

 だが、注意すべきは財務力を生かして、コンテンツ企業を丸ごと買収する戦略が時代に適合しているかどうかだ。いま動画や音楽などのネット上の配信サービスで存在感を発揮するのは、米アップルやグーグルなど「プラットフォーマー」と呼ばれる企業群である。

 その特徴は、多くのコンテンツ企業と利用者をつなぐサービス基盤の提供に徹していることだ。スマートフォンなど多様な機器を通じて動画や音楽を楽しめる環境を整え、特定銘柄に偏らないコンテンツを扱うことで支持を得た。

 配信ビジネスの先駆けであるアップルの音楽サービスの成功も、多くのレコード会社と協力関係を築いたからだ。

 逆に傘下に音楽会社を抱えていたソニーは、著作権者の意向を気にするあまり、アップルに出遅れたといわれる。コンテンツの囲い込みが常に正しい戦略とは限らないことを肝に銘じたい。

 AT&Tはかつて「母なる電話会社(マ・ベル)」と呼ばれ、米国を代表する優良企業だった。今でも収益力は高いが、稼いだ資金をどこに投資し、どんな企業の将来像を描くのか苦慮してきた。

 NTTをはじめとする国内の通信会社も、置かれた環境はよく似ている。大型買収の行方は日本企業にとっても示唆に富む。

テロへの備え迫る宇都宮事件

 宇都宮市の宇都宮城址公園で爆発があり、元自衛官の男が死亡する事件が起きた。ほかにも男性3人が巻き添えで重軽傷を負った。ほぼ同じ時間帯に、近くにある駐車場に止めてあったこの男の車と、男の自宅も炎上した。

 栃木県警は死亡した男が威力の強い爆発物で自殺を図ったとみて調べている。公園では当時、市民らによる「宇都宮城址まつり」の真っ最中だった。爆発の場所やタイミングなどによっては、大惨事になった可能性もある。

 見つかった遺書などから、自殺は家庭内の問題が背景にあるとみられるが、犯行の様態は欧米で相次ぐローンウルフ(一匹おおかみ)型のテロを思わせるものだ。

 反社会的で過激な考えにとらわれ、爆弾などの武器を調達し、無関係の他者を巻き込む殺傷事件を起こす――。政治的主張や宗教的思想が理由ではないというだけで、まさに身勝手な「自爆テロ」というほかない。

 この事件は私たちの社会もまた、テロと無縁ではないことを改めて示した。銃器の規制が厳しい日本では、爆発物への対応がより大きな課題であることも再認識する必要がある。

 宇都宮の爆発の現場には、半径数十メートルにわたって金属片が散らばっていたという。こうした爆弾の作り方は過激派組織「イスラム国」(IS)やアルカイダが発行する機関誌をはじめ、インターネット上に流布している。

 日本で手製爆弾による事件は過去にも起きている。だが爆弾の原料となる化学物質は薬品や肥料として広く使われるため、厳しい規制は難しい。警察が薬局やホームセンターなどを回り、こうした物質を販売する際の本人確認の徹底や不審な購入者の通報を求めることが対策の柱になっている。

 テロに限らず、犯罪を起こそうとする者の手に爆弾などの武器が容易に渡らない仕組みが要る。現在の取り組みを徹底し、さらに有効なチェック方法などを考えていきたい。

金融行政方針 目的に異論はないが

 行政が民間の背中を押すべき時はある。だが、どんな手段をとるか、慎重さも必要だ。

 金融庁が「銀行のビジネスモデルの転換」を打ち出している。低金利が続き、人口減少は止まらない。いまのままでは、地域銀行の経営がいずれ立ちゆかなくなるとの危機感からだ。

 先週末に公表した今年度の「金融行政方針」にも、いくつかの具体策を盛り込んだ。

 将来性がある企業や、地域に不可欠な企業であっても、担保や保証がないばかりにお金を借りられない。そんな状況を「日本型金融排除」と名付け、実態を調べる。それを踏まえて金融庁が銀行と「対話」する。

 一方で、銀行に情報開示を促し、「優良な取り組み」をしている金融機関は、金融庁が公表・表彰するという。

 銀行が担保や保証に頼るばかりで、本来の「目利き」の力が衰えていては、地域経済が求める役割は果たせない。テコ入れしたいとの金融庁の狙いはうなずける。融資の実情に迫り、顧客に見えにくい銀行の仕事ぶりを公表させるのも、有意義だ。

 だが、やり方次第では、疑問や心配が生じかねない。

 まず、行政に民間を上回る目利き力があるかどうかだ。

 「金融排除」は元来、英国などで貧困層が銀行に口座も持てないといった社会問題を指していたという。

 「日本型」で問われているのは、融資先の信用力の見極め方だ。「排除」か否か、厳密な線引きは難しい。表彰も、行政が民間を超える判断基準を持つことが前提になる。将来まで見すえて優良な取り組みと認定する作業は簡単ではない。

 金融庁には、銀行を検査・監督し、いざとなれば業務を停止できる強大な権限がある。バブル崩壊後の不良債権の山が金融システムを揺るがせた、あの苦い教訓を踏まえた仕組みだ。

 金融庁に奨励や表彰をされた取り組みが、万が一、不良債権につながったらどうするのか。そのとき、検査・監督にブレーキがかかるような本末転倒は、避けなければならない。

 今回の行政方針は検査・監督のあり方の見直しも強調した。「形式から実質へ」「過去から将来へ」視点を変えるという。

 検査・監督は不良債権の処理と防止に力を入れるあまり、しゃくし定規になって銀行の工夫の芽を摘んできた面がある。その過去との決別は理解できる。

 だが、新しい手法も、あくまで金融システムの安定の追求が前提になる。そのことを忘れないようにしたい。

中国退役軍人 国内不安が垣間見える

 中国の国防省など軍中枢は、北京の中心部で周囲を威圧する巨大なビルの中にある。

 その周りを、大勢の迷彩服姿の退役軍人が取り囲むという前例のない出来事が今月あった。その規模は数千人に達したともいわれ、彼らは軍歌をうたい、待遇改善を要求した。

 軍備の拡張など対外的に国の威信を高めることには巨費が投じられるのに、それを支える一人ひとりの暮らしと尊厳は軽んじられている。そんな訴えのように聞こえる。

 軍人は若返りのため毎年数万人規模で退役させられるうえ、習近平(シーチンピン)政権が旗を振る軍改革のもとで陸軍を中心に兵員の大幅削減が進み、綱紀の締め付けも厳しい。

 一方で、再就職のあっせんや年金支給などは貧弱だ。これまで基本的に地方政府に対応を委ねていたが、財政に余裕がなく、国有企業など再就職先を用意するのも難しくなっている。不満が噴き出すのは自然な流れだろう。

 もちろん、純粋な抗議行動とも言い切れない。各地から一斉に集まり、統率のとれた行動をしていた点からみれば、高いレベルの軍関係者が関与している可能性が考えられる。

 軍の内部は必ずしも一枚岩ではない。習政権の軍改革をよく思わない勢力が仕掛けた反撃、との見方は成り立つ。

 しかし、かりに権力闘争の要因があったとしても、多くの退役軍人が生活苦に直面している事実は変わらない。

 これは軍人に限った問題ではないだろう。

 社会保障の制度は不十分で、所得の差を縮めるための税制による再分配も弱い。最近の大都市での不動産価格の高騰は、持つ者と持たざる者との格差の再拡大を助長している。

 「社会主義市場経済」の名のもと、経済的な公正さへの取り組みにおいて、歴代政権はほぼ無策に等しかった。

 そもそも街頭に出て公然と集団行動をとるのは、自らの訴えを代弁する者がなく、政策に反映させる回路がほかにないからだ。実はこれまでも国内の各地方都市では、同様の抗議活動が繰り返されていた。

 大胆な宇宙開発やアジアインフラ投資銀行の設立など、国内外に躍進ぶりを宣伝する中国だが、その足元では、幅広い国民の生活不安と格差が社会の不安定要因として、くすぶり続けている。

 退役軍人による集団行動は、中国が抱え続けている国内問題の根深さを物語っている。

米の新規原発 運転実現を日本も参考にせよ

 原子力発電が、米国のエネルギー政策の重要な柱であることが改めて示されたと言えよう。

 米国で新たな原子力発電所が、20年ぶりに営業運転を開始した。米南東部のテネシー州などに電力を供給しているテネシー渓谷開発公社のワッツバー原発2号機である。

 1970年代に建設が始まったが、79年の米スリーマイル島原発事故を受け、80年代半ばに工事は中断された。規制強化により建設費が増大したうえ、電力需要も伸びないと予想されたためだ。

 2000年代に入ると、地球温暖化対策として、二酸化炭素(CO2)を排出しない原発の役割が見直された。当時は世界最大のCO2排出国だった米国として、自然な流れだったろう。

 07年に建設再開が決まった。11年の福島第一原発事故を踏まえ、非常用電源や冷却水の確保などの面で安全対策が追加された。

 開発公社は「クリーンな電力を安価で安定的に供給できる」と運転開始の意義を強調している。

 ワッツバー原発2号機の設計は旧式だが、運転開始までに施した安全対策などは、米国で建設中の他の4基にも役立とう。

 2号機を手がけたウェスチングハウス社は、東芝の子会社だ。世界では、新興国を中心に原発の需要が急増している。新規運転に至った今回の経験は、フランス、ロシア、中国、韓国との激しい受注競争でも生きるはずだ。

 米国では、100基の原発が運転しており、電力供給の20%近くを占めている。シェールオイルの増産により、火力発電は主役の座にとどまるが、米政府は、エネルギー安全保障の観点から、原発を将来も今の水準に保つ方針だ。

 長らく原発の新設が途絶えたため、懸念されたのは、関連技術の衰退や人材の減少である。

 米政府は00年代半ばから、新型原発の研究開発、関連企業育成などを強化してきた。産業界も、大学との連携拡大、就職支援などに力を注いだ。原子力潜水艦で経験を積んだ海軍出身者も、原発の運営管理に積極的に取り込んだ。

 米国では、反原発の声も少なくない。それでも新規の運転にこぎ着けたことは、原発の継続的利用を掲げる日本の参考になる。

 人材育成のため、産学官の協力体制を拡充すべきだ。大学などの研究炉の再開が欠かせない。実体験なしに教育は成り立たない。

 何より、安全が確認された原発の再稼働が大切だ。原発の新増設も検討すべきである。

金融商品手数料 顧客の利益が二の次では困る

 売り手の都合ばかりが優先され、顧客そっちのけの営業がまかり通ってはいないか。そうした疑念を解消してほしい。

 金融庁が2016年の行政方針を発表し、金融機関に手数料の改善を求めていく考えを示している。

 投資信託や保険などの販売で、銀行が受け取る手数料は高水準で不透明との批判は根強い。手数料の高い商品を勧めたり、頻繁に売買させたりする手法も長年、問題視されてきた。

 銀行が手数料稼ぎに躍起となるのは、超低金利の時代を迎え、貸し出しの利ざやを確保しにくくなった経営環境が背景にある。

 手数料ビジネスを新たな収益源と位置づける戦略自体は欧米でも一般的で、銀行経営の選択肢の一つと言える。

 問題なのは、手数料が本来、顧客に提供するサービスの対価であるにもかかわらず、サービス内容に見合わない高額な手数料が多いことだ。販売現場では、手数料稼ぎを自己目的化したような営業も幅をきかせている。

 代表例が投資信託である。

 金融庁の調査では、規模の大きい主要な投信の販売手数料と運用管理費は、いずれも米国の5倍超の水準だった。09年度からの5年間で、銀行による投信販売額は2倍強に増えたのに、残高は横ばいとなっている。

 顧客にいったん買った投信を解約させ、別の投信に乗り換えさせる。そんな「回転売買」の実態が浮かび上がる。これでは、将来に備えて中長期的な資産形成を望む顧客の意向は、二の次にされていると言われても仕方あるまい。

 手数料の透明化も進めたい。

 外貨建て保険などの販売では、保険会社から銀行に手数料が支払われるが、保険を購入する顧客には明らかにされていなかった。

 大手銀行や一部の地方銀行が今月から手数料を開示し始めたのは一歩前進だが、まだ不十分だ。

 保険に限らず、手数料の透明性が高まれば、顧客は商品内容をより比較して選べる。手数料の引き下げ圧力にもつながろう。

 銀行が顧客本位の姿勢を徹底すべきなのは、金融庁の指摘をまつまでもない。顧客に商品の仕組みやリスクを丁寧に説明し、個人が安心して投資できる環境をつくることが、「貯蓄から投資へ」の流れを後押しする。

 顧客の信頼を得る行動原理を貫けば、長い目で見て、銀行自身にも経営安定という果実をもたらすことになるだろう。

2016年10月24日月曜日

孫の世代を考えた年金改革が必要だ

 年金支給額を抑えるための新たな方策を盛り込んだ年金改革法案を巡り、与野党の対立が激しくなっている。現行制度の下では、早いうちに年金給付を抑えておけば、将来の年金を想定以上に大きく下げなくて済む。国会では、世代間のバランスを踏まえた本質的な議論を期待したい。

 厚生年金や国民年金は原則として、毎年の物価や現役世代の賃金の変動に合わせて支給額を改定している。今回の法案で焦点になっているのは、物価・賃金が下がった場合の扱いだ。

 今は物価より賃金の方が下がっていても、物価分だけしか支給額を下げない。しかし法案では賃金と同じだけ支給額も下げるとした。制度を支える現役世代の収入が減るのなら、年金もそれに準じてもらおうとの考えだ。これに対し野党は「高齢者の生活が打撃を受ける」と批判を強めている。

 年金制度は2004年の改革で大きく変わった。現役世代の負担を考慮して保険料に上限を設け、その財源の範囲内で年金を給付することにしたのだ。

 厚生年金保険料率などの引き上げは17年で終わる。その後は一定の保険料収入と現在約130兆円ある積立金を取り崩しながら、年金を支給する。今の高齢者に多く支給すれば、将来の高齢者のための財源はその分厳しくなる。

 今回の法案の中には、今と将来世代のバランスを取るための別の方策も盛り込まれている。年金支給を毎年小刻みに切り下げていく「マクロ経済スライド」と呼ばれる仕組みの見直しだ。

 現在、同スライドは物価や賃金が下がるデフレ下では実施できない。法案では、デフレ下で実施できなかった分は持ち越して、物価や賃金が上がった年にまとめて引き下げるとしている。

 どちらも年金をもらっている高齢者にとっては厳しい措置になる。しかし、孫の世代のための改革と考えれば、理解を得られないだろうか。保険料を負担する人は減り、年金受給者は増えるのだから、どちらも痛みを分け合って、制度の持続性を高めていくしかない。国会では国民の理解が深まる議論をしてもらいたい。

 デフレ下で年金がどうなるのかばかり議論している場合でもない。デフレを脱し、安定して賃金が上がる環境作りに政府や与野党は全力を尽くすべきだ。それこそが年金制度の安定にもつながる。

争点をつくれなかった野党

 衆院の2つの補欠選挙が投開票され、いずれも自民党が推した候補が大勝した。目立った争点がなく、安倍内閣の高い支持率がそのまま票差に出た。野党は無党派層を引きつけなくては勝機がないのにもかかわらず、さしたる工夫もなく、惨敗に甘んじた。

 自民、公明の与党は7月の参院選に勝利し、安定した政権運営が続く。ただ参院選と同日選だった鹿児島県知事選、今月16日の新潟県知事選では敗北した。

 2知事選とも原子力発電の是非が争点だった。有権者の多くは安倍政権について「民主党政権よりまし」とみているにすぎず、全てを任せる白紙委任型の支持ではないことがうかがえる。

 そうした状況での自民2勝はメンツにとらわれず、勝利最優先で臨んだことが功を奏した。

 東京10区は7月の東京都知事選の際、党に反旗を翻して当選した小池百合子知事の応援団だった若狭勝氏を公認した。除名してもおかしくないのを「撃ち方やめ」と融和に転じた。

 福岡6区は自民党からの立候補を望んだ2新人のどちらも公認せず、当選が決まってからの事後公認にした。政党のガバナンスとしては好ましいことではないが、内輪もめが話題となり、野党を埋没させた2005年の郵政選挙のときのような効果を生んだ。

 そうした自民党のなりふり構わない戦い方と比べ、野党は有権者に必死さを印象付けることができなかった。

 民進党の蓮舫代表は福岡に選挙期間中、一度しか入らなかった。負けるにせよ、初陣でそれなりの存在感を示さなければ党勢回復は望めないという危機感はなかったのか。衆院解散近しとの臆測も飛び交う中で、この先、何をいちばんの争点にして安倍政権と対峙していくのかがよくみえない。

 衆院に小選挙区制が導入されて今年でちょうど20年になる。明確な対立軸のある政策本位の選挙にいまだなっていかないのは何とも残念である。

補選自民2勝 野党は共闘を立て直せ

 衆院東京10区と福岡6区の両補欠選挙は、ともに自民党系候補が当選した。

 東京10区で当選した若狭勝氏は、7月の都知事選で党の方針に背いて小池百合子氏を支援した。党都連の不満をよそに党本部は若狭氏を公認し、人気の高い小池知事を味方につけた。

 福岡6区は、父鳩山邦夫元総務相の「弔い選挙」を強調した鳩山二郎氏と党県連が推す候補を無所属のまま競わせ、勝った鳩山氏を追加公認した。

 それぞれ曲折があったとはいえ、ふたつの補選を「負けない構図」に仕立てる――。自民党のしたたかさが目立つ選挙戦だった。

 一方、野党4党は両選挙区で民進党公認候補に一本化したにもかかわらず、完敗した。

 ふたつの補選が自民党議員の自動失職や死去に伴うものだったにせよ、4野党が束になっても勝てない厳しい現実を改めて突きつけられたかたちだ。

 次の衆院総選挙に向けて、今回の敗北から、野党はどんな教訓を引き出すべきか。

 1週間前、東京電力柏崎刈羽原発の再稼働が大きな争点となった新潟県知事選が、有力な手がかりになる。

 民進党の自主投票にもかかわらず、共産、社民、自由の3野党が推す候補が、自民、公明の推薦する候補を破った。民意をくみ取り、明確な政策として提示できれば、有権者を動かすことができる。新潟県知事選の結果はそのことを教えている。

 今回の両補選ではそうした争点化ができなかった。さらに民進党が共産党に候補を取り下げさせる一方で、共産など他の野党に推薦を求めないなど、野党陣営の結束に乱れも見えた。

 民進党にとって深刻なのは、かつて旧民主党の躍進を支えた都市部で苦戦が続いていることだ。同一労働同一賃金など民進党が訴えてきた政策を安倍政権が取り込み、政策的な旗印を見いだしにくい現状もある。

 政権選択選挙となる衆院選では、野党共闘へのハードルは高い。それでも野党第1党の民進党には「もう一つの政権の受け皿」を示す責任がある。

 国会では、圧倒的な多数を占める与党を背景にした安倍政権の緩みが目につく。国会に緊張感を取り戻すためにも、野党共闘の立て直しが欠かせない。

 野党結束のカギとなる政策は何か、どのような共闘の形が最善なのか、野党各党は早急に議論を詰める必要がある。

 今回の補選と新潟県知事選の結果を分析し、学ぶべき教訓を引き出してもらいたい。

原発事故裁判 原因究明に迫れるか

 東京電力の株主が原発事故を招いた旧経営陣に対し、会社に損害を賠償するよう求めた訴訟が大きなヤマ場を迎えている。

 焦点は、政府の事故調査・検証委員会が関係者から聞きとりをして作った調書の扱いだ。

 株主側が裁判の証拠にしたいと申し立てた。政府は、責任追及に使わない前提で聴取したこと、同意を得たものは一部黒塗りをして既に公開していることをあげ、これ以上の開示は政府の仕事に「著しい支障」が出ると反対している。

 東京地裁は黒塗りされる前の調書を裁判官だけで見て、この言い分に理があるかどうかを判断することになった。

 政府の主張で事足れりとせずに、中身を見極めたうえで提出を命じるか否かを決めようという姿勢は評価できる。公正な裁判を実現するには必要かつ十分な証拠がそろうことが肝要だ。

 理解できないのは、一部の東電関係者や官僚の調書について、存在するかどうかすら明らかにしないという政府の態度である。聴取に応じたと知られるだけで、嫌がらせや報復をうける可能性があるという。

 「調書はあるが本人が開示を了承しない」といった説明ならともかく、こんな抽象的な恐れを言いたてて、いったい何を守ろうとしているのか。

 原発事故をめぐっては、ほかにも腑(ふ)に落ちない話が多い。

 当時、国会にも民間人でつくる事故調がおかれた。報告書は作られたものの、集めた記録類を公開する動きは止まったままだ。国会に第三者機関を設け、引き続き原発をめぐる諸問題の調査・検討にあたるべきだという提言も宙に浮いている。

 事故を繰り返さないために、しっかり総括をしなければならないという、発生直後の危機意識や責任感は薄れ、情報を囲いこみ、議論を再燃させる動きは封じる。そんな方向に政府も国会も流れている。だがそれは、原発政策に対する国民の不信と不安を深めるだけだ。

 改めて思うのは、原発に限らず、さまざまな事象が重なって大きな事故が起きたとき、原因の究明・共有と責任の追及を両立させる難しさである。

 責任を問わないかわりに調査に協力させ、再発防止を図るという考えが唱えられて久しい。政府事故調もその方針にたって究明にとり組んだが、作業を終えた後、裁判や自治体の独自検証によって新たな事実が判明するなどの限界を露呈した。

 どんなしくみをつくり、実効をあげるか。これもまた、社会に課せられた重い宿題である。

自民補選2勝 緊張感持って政権運営に臨め

 7月の参院選後初の国政選となった衆院の2補欠選は、ともに自民党が勝利し、議席を維持した。与党は、選挙結果に気を緩めることなく、結束して政権運営に当たるべきだ。

 小池百合子氏の東京都知事選出馬に伴う東京10区補選では、自民党公認の比例選東京ブロック前議員、若狭勝氏が当選した。

 鳩山邦夫・元総務相の死去に伴う福岡6区補選は、無所属で出馬した次男の前福岡県大川市長、鳩山二郎氏が初当選した。

 いずれも保守地盤が強い選挙区で、民進党の新人らを破った。自民党は鳩山氏を追加公認した。

 自民党は、内部対立を抱えながら、勝利を最優先して候補者を選定したことが奏功した。

 東京10区は、保守分裂となった都知事選の余波が懸念されたが、都連内の異論を抑えて、小池知事に近い若狭氏を公認した。

 安倍首相が小池氏と並んで支持を呼びかけ、和解を演出した。来夏の都議選での小池氏との連携を視野に入れているのだろう。

 福岡6区では、自民党系新人2人が公認を争い、麻生副総理と菅官房長官が別々の候補を推した。執行部は、2人の無所属での出馬を容認せざるを得なかった。

 菅氏の支援した鳩山氏が亡父の地盤を守ったが、党内にしこりが残る可能性も否定できない。

 補選勝利を受けて、政府・与党は、今国会最大の焦点である環太平洋経済連携協定(TPP)の早期承認に全力を挙げる方針だ。

 TPP承認案を巡っては、山本農相が、自民党の佐藤勉衆院議院運営委員長のパーティーで「強行採決するかどうかは佐藤さんが決めると思っている」と語った。

 民進党などは反発し、山本氏の辞任を求めて審議を欠席した。

 民進党の審議拒否は行き過ぎだが、山本氏の発言も不適切で、政府・与党のおごりと批判されるのは仕方がない。国会運営にもっと緊張感を持たねばなるまい。

 民進党は、蓮舫代表の就任後初の国政選で敗れた。野党共闘を巡っても党の方針がぶれた。

 共産、自由、社民3党は民進党候補の推薦を検討したが、共産色を薄めたい民進党の意向で見送った。政策協定も結ばなかった。

 ところが、16日の新潟県知事選で野党推薦候補が当選すると、補選終盤は4党幹部がそろって街頭演説し、共闘をアピールした。

 民進党は、野党共闘について明確な方針を示さずにいる。場当たり的な対応をいつまで続けるつもりなのだろうか。

物流の効率化 安く確実に商品を届けるには

 日常の経済活動を支える物流の効率化を図ることで、日本の成長を底上げしたい。

 物流事業の企業連携を支援する改正物流総合効率化法が10月から施行された。

 複数企業による共同配送や、トラック輸送を鉄道や船に切り替える「モーダルシフト」などを促す狙いがある。

 改正法は、物流の拠点整備を要件としていた支援の対象を拡大したところがポイントだ。今年度は一般会計と特別会計を合わせて約40億円の予算を確保した。

 政府は経済成長に資する物流改革を目指し、効率を2割向上させる目標を掲げている。

 物流の効率化は、消費者に安く確実に商品を届けることにつながる。経済の動脈と言える物流が目詰まりを起こさないよう、民間の創意工夫を政策面から後押しする意義は小さくない。

 インターネット通販の隆盛や人手不足で日本の物流業界は日々、変革を迫られている。

 国内貨物輸送の9割を担うトラック業界の現況は、特に深刻だ。運転手の平均年齢は50歳近くと他産業より高齢化が著しい。運送会社の6割が運転手不足に悩む。

 ネット通販の急拡大で、荷物の小口分散化が進んだことから、配送頻度が増えている。トラック1台あたりの積載率は、1990年代の6割から4割に低下した。

 世界の物流大国にも後れを取っている。世界銀行の物流効率性調査では、トップのドイツ以下欧米諸国が並び、日本は12位だ。

 ドイツは、全地球測位システム(GPS)を使って高速料金を自動課金するなど、官民挙げて物流対策に取り組んでいる。

 日本が学ぶべき先進事例は、他国にも数多くあるだろう。

 物流効率化は、温室効果ガス削減という環境面からも重要だ。キリンビールとアサヒビールは来年1月から、大阪―金沢間の鉄道を活用した共同配送に乗り出す。

 両社がそれぞれ個別に運ぶ体制と比べると、トラック輸送は年間1万台分少なくなり、二酸化炭素の排出量は約6割減るという。こうした企業連携を広げたい。

 過疎地の配送網を維持する視点も忘れてはならない。

 高齢者などの「買い物難民」には、外出する必要のない通販が人気を集めている。だが、都市よりコストがかかる分、利用者の負担する配送料は高くなりがちだ。

 地方住民の利便性を向上させるためにも、共同配送の導入といった効率化が必要である。

2016年10月23日日曜日

金融機関は顧客本位の姿勢を徹底せよ

 個人の大切なお金を預かる金融機関は顧客の利益を最も重視すべきである。そんな当たり前の大原則に沿って事業体制を整える動きがようやく出始めた。

 超低金利や年金不安をきっかけに、個人の資産運用の重要性が高まっていることが大きな背景の一つだ。金融機関は顧客本位の姿勢を貫くべきだ。

 日本では、投資信託などを運用する主要な資産運用会社の大半が大手金融機関グループに属する。独立性が乏しいため運用の専門性が蓄積されにくいなど、顧客本位の事業経営とはいえないとの批判がつきまとっていた。

 最近はグループ会社の影響力を受けにくくする試みがみられる。中立の立場から投信の運用や議決権行使をするためだ。

 みずほフィナンシャルグループと第一生命ホールディングス系列の運用会社が統合したアセットマネジメントOneは、取締役会に両グループ以外の出身者も加えた。野村アセットマネジメントは野村証券からの人事異動の制限を徹底し始めた。

 金融商品を販売する銀行や証券会社も、顧客本位という意味で問題含みと批判されることが多かった。典型例は手数料だ。

 金融庁が純資産の大きな投信について金融機関が顧客から受け取る販売手数料率を調べたところ、米国の0.59%に対して日本は3.2%と高かった。日本は金融派生商品などを組み込んだ複雑な投信が多いため手数料も高いとされる。米国は比較的、仕組みの簡単な投信が多い。

 売り手が商品の仕組みを丁寧に説明し、運用成績も良好であれば、手数料の高安は問題になりにくい。だが残念ながら手数料に見合うほど運用成績が良くなかったり、説明不足だったりする問題が古くからある。

 個人が投信など金融商品への不満を強めればお金は引き続き預貯金に偏在し、株式市場で企業を育てる資金の流れが滞りかねない。経済全体のお金のめぐりを良くするうえでも、金融機関の営業姿勢は重要な意味を持つ。

 金融機関の顧客本位の姿勢は「フィデューシャリー・デューティー」と呼ばれ、金融庁が行政方針の柱とした。しかし、当局に強いられるまでもなく、金融機関は自らの公共性の高さを意識し、「顧客本位」の大原則を自らに強く課すべきである。

「0円端末」が映す通信のゆがみ

 NTTドコモ、KDDI、ソフトバンクの携帯大手3社によるスマートフォン(スマホ)端末の過剰な値引き問題が再燃している。

 総務省は今春、スマホ販売の適正化をめざして指針を策定し、3社に順守を求めてきた。その結果、「端末0円」を掲げた店頭の販売競争は一時は沈静化したが、最近になって「割引クーポンなどと組み合わせて実質タダで端末を配る商法が復活した」などとして、同省は3社に行政処分をした。

 なぜ0円端末はいけないのか。「最新のスマホが安く手に入るのは歓迎」という人も多いだろうが、過剰な割引は様々なゆがみをもたらし、そのツケは結局利用者が支払うことになるからだ。

 ゆがみの一つは利用者の間での不公平だ。通信会社を頻繁に乗り換え、端末を更新する人にとって端末安売りのメリットは大きいが、安売りに必要な販売奨励金をまかなうために月々の通信料金が高止まりしている。

 その結果、同じ会社、同じ端末を使い続ける人の負担が過度に重くなる。こうした現状は社会的に見て公正とはいえないだろう。

 もう一つは競争環境のゆがみだ。大手通信会社が端末の安売りを武器に加入者を囲い込めば、「MVNO」と呼ばれる新規参入組が市場を開拓できる余地は小さくなり、競争は沈滞する。

 日本は諸外国と比べてスマホの普及率が低いが、それもスマホに関わる通信サービスの中身や料金が魅力的でないことの証左であり、3社寡占の帰結といえる。

 この状況を打破するために、総務省にはさらなる競争活性化策を求めたい。端末販売について公正取引委員会とも連携して監視を続けるとともに、新規参入組を政策的に後押しし、大手3社の対抗勢力に育てる取り組みも必要だ。

 3社はサービスの中身を磨き、安売りに頼らない顧客獲得をめざすべきだ。ドコモがコンテンツサービスに力を入れるなど独自の提案に踏み出す動きもある。横並び競争からの脱却を急いでほしい。

核燃サイクル 高速炉の虚構を捨てよ

 1兆円超を費やした高速増殖原型炉「もんじゅ」(福井県)を廃炉にしても、このままでは同じ失敗を繰り返すだけではないか。もんじゅを含む核燃料サイクル全体を見直すべきだ。

 政府は、もんじゅについて「廃炉を含めて見直す」と決めたのに続き、「高速炉開発会議」を立ち上げた。

 メンバーは経済産業、文部科学両相と、もんじゅを運営する日本原子力研究開発機構の理事長、電気事業連合会会長(中部電力社長)、原子炉メーカーの三菱重工業社長の5人。原子力開発を推進してきた当事者であり、会議の大半は非公開だ。

 もんじゅが行き詰まった原因の究明や責任追及といった総括はしないようだ。テーマは、会議名の通り高速炉の開発だというのなら、茶番である。

 使用済み核燃料を再処理してプルトニウムを取り出し、原子炉で燃やす。そうした核燃料サイクルの中核で、燃やした分より多いプルトニウムを得るのが、もんじゅのような高速増殖炉だ。高速炉は、増殖こそめざさないが原子炉の基本構造は同じで、もんじゅが直面した技術的な難しさも共通する。

 高速炉は必ず実用化できるかのような言動が政府関係者に見られるが、安全で経済的にも成り立つ高速炉を近い将来に実現する見通しはたっていない。

 もんじゅを廃炉にした場合に日本が頼むのは、フランスの高速実証炉「ASTRID(アストリッド)」計画への参加だ。しかし、まだ基本設計の段階であり、19年まで1100億円余をかけて研究開発を進め、その結果を基に建設を判断するという。造る場合も、運転開始の目標は30年ごろだ。

 仏側は、もんじゅなどで一部の実験を予定してきた。仏政府の担当者は日本記者クラブ取材団に対し、もんじゅが廃炉になれば計画の手直しが必要になるとした上で、財政面での貢献を日本に期待すると表明した。

 そんな先行き不透明な計画を前提に、ASTRIDで核燃料サイクルは万全だと政府はうたうつもりなのか。

 日本は既に国内外に48トン、原爆6千発分のプルトニウムを持っており、これを減らすことが喫緊の課題だ。プルトニウムとウランを混ぜたMOX(モックス)燃料を通常の原発で燃やすプルサーマル発電もあるが、大量のプルトニウムを消費しきれそうにない。

 だからといって、高速炉を使う核燃料サイクルしかないとの政府の主張は、現実を無視した虚構である。米国や英国がとうに核燃料サイクルを断念していることを重くみるべきだ。

トランプ氏 民主主義損なう暴言だ

 米国の民主主義のありようが問われかねない事態だ。

 米大統領選のテレビ討論会で共和党のドナルド・トランプ氏が「選挙結果を受け入れるか」との質問に明言を避けた。後に「受け入れる」と語ったが、「自分が勝てば」とした。

 選挙での勝利で政党の候補は国民の大統領になる。敗者もこれを受け入れる。公正な選挙に基づく平和的な権力移行によって、米国の民主主義は守られてきたのではなかったか。

 だがトランプ氏は、不正な有権者登録が横行しているとも訴え、投票所での監視行動まで支持者に呼びかけている。

 確固たる不正の証拠があるわけではない。トランプ氏にすれば、女性蔑視発言で高まる批判をかわし、自らを「被害者」と演出して支持層を固める戦術なのだろう。だが、選挙制度への国民の信頼を損ない、後々にまで混乱と分断を引きずりかねない危険きわまりない手法だ。

 さらに憂慮されるのが、3回の討論会で、政策をめぐる議論が深まらなかったことだ。

 トランプ氏は減税による経済活性化や、銃規制や妊娠中絶への反対などを掲げた。ヒラリー・クリントン氏は富裕増税など分配重視や少数者の権利保護を訴えた。ともに共和、民主両党の従来政策の踏襲に近い。

 トランプ氏が主張する日本などとの同盟の見直しがなぜ米国の安全につながるのか。環太平洋経済連携協定(TPP)のどこに問題があってクリントン氏は反対するのか。多くの論点があったが、結局、醜聞をめぐる非難合戦に時間が費やされた。

 確かに大統領にふさわしい資質かどうかは重要な判断材料ではある。だが、それは真剣に意見を戦わせる過程で示されるべきものだ。このままでは有権者は「どちらの候補が、よりましか」で選ばざるを得ない。

 米メディアに「史上、最も醜い」と酷評されるほどギスギスした大統領選にした責任は、主にトランプ氏にある。

 イスラム教徒や移民を敵視したり、障害者や女性をさげすんだりする態度や発言を繰り返した。「大統領になったらクリントン氏を投獄する」と、独裁政治家を思わせる暴言を吐いた。

 むろん、これで民主主義が危機に陥るほど、米国の政治文化は脆弱(ぜいじゃく)ではない。むしろ心配なのは、品性と節度を欠いた言葉や思考に、米国や世界が慣れてしまうことだ。

 投票日まで半月。少しでも冷静さを取り戻し、民主国家にふさわしい理性的な論戦をたたかわせてもらいたい。

東シナ海ガス田 信頼損なう中国の一方的開発

 日中首脳間の約束を一方的に反故(ほご)にする行為であり、看過できない。

 東シナ海の日中中間線付近で、中国が新たに2基のガス田を稼働させたことが分かった。海上自衛隊が10月上旬、ガス生産時に出る炎を確認し、写真撮影した。

 これで、中国が設置した16基の海上施設のうち、稼働している施設は計12基となった。

 海底資源に主権的権利が及ぶ排他的経済水域(EEZ)と大陸棚に関する日中の境界線は画定されていない。両国沿岸から200カイリの海域が重なっているためだ。

 海上施設は日中中間線の中国側に位置するが、係争中の海域であることに変わりはない。中国が独善的に開発を進め、既成事実を積み重ねるのは、南シナ海での人工島造成と同様の手法であり、日本の権利を侵害するものだ。

 菅官房長官が「極めて遺憾だ。中国に開発行為を中止するよう強く求める」と強調し、外交ルートで抗議したのは、当然である。

 問題なのは、中国が首脳同士の合意を無視していることだ。

 2008年5月、当時の福田首相と胡錦濤国家主席が東シナ海を「平和・協力・友好の海」とするために協力することで一致した。翌月、両政府は、日中中間線をまたぐ海域でのガス田の共同開発などで合意した。

 しかし、中国は、共同開発の条約交渉を拒み、海上施設を増設して、単独で開発し続けている。

 安倍首相と習近平国家主席は今年9月の会談で、交渉再開に向けて協議することで合意した。だが、その後の事務レベル協議で、再開の見通しは立たなかった。

 今回のガス田稼働は、首脳会談の直後に発覚した。あまりに首脳合意を軽んじている。日本だけでなく、国際社会の中国に対する不信も増長させるのではないか。

 中国は開発を中止し、日本との交渉に応じるべきだ。

 8月には、海上施設1基に水上レーダーと監視カメラが設置されたことも明らかになった。

 レーダーは、狭い範囲での水上の捜索用で、航空機の接近などの確認能力はないとみられる。今後、より高性能のレーダーを設置すれば、自衛隊や在日米軍の活動を監視することもできよう。

 防衛省は、中国がいずれ海上施設を軍事拠点化する可能性があると見ている。南シナ海で多数の人工島に軍事施設を着々と整備した事例を踏まえれば、その懸念は否定できない。米国と連携し、警戒を強化することが急務である。

米韓2プラス2 同盟強化で北の暴発を防げ

 北朝鮮の軍事的暴発を防ぐためには、米国と韓国が一層緊密に連携し、同盟の抑止力を強化することが欠かせない。

 米韓はワシントンで、外務・防衛閣僚会合(2プラス2)を開いた。北朝鮮の核・ミサイル能力の向上を「直接的な脅威」と位置づけたうえ、具体的な対処方針を発表した。

 米国は、韓国に対して「核の傘」を柱とした拡大抑止を引き続き提供することを約束する。両国は、抑止強化策を議論する高官級協議を設ける。米最新鋭ミサイル防衛システムの在韓米軍への配備をできる限り早期に行うという。

 米国が韓国を防衛する決意を明確に示したことは、アジアの安定維持に大きな意義を持つ。

 ケリー米国務長官は記者会見で「核兵器を使用すれば、効果的で圧倒的な対応に直面するだろう」と、北朝鮮に警告した。核による報復の可能性を含んだ強いメッセージと言えよう。

 北朝鮮は、自制を求める国際社会の声を無視して核ミサイルの実戦配備への動きを止めない。

 今月中旬の米韓軍の合同海上訓練と閣僚会合に合わせ、米領グアムを射程に収める中距離弾道ミサイル「ムスダン」を発射したが、2回とも直後に失敗した。国連安全保障理事会の制裁決議に違反した挑発であり、看過できない。

 北朝鮮が4月以降発射したムスダン8発のうち成功したのは6月下旬の1発だけだ。技術は確立されておらず、実験を重ねて改良を図っているのだろう。

 今月の発射位置は、以前の北朝鮮東部ではなく北西部だった。どこからでも撃てる奇襲能力を誇示しようとしたのではないか。

 北朝鮮は、「人工衛星」打ち上げの名目で長距離弾道ミサイルを発射する方針を示した。

 6回目の核実験を強行する準備も進めている。

 11月8日の米大統領選などのタイミングで米国への挑発に打って出て、一段と緊張を高める事態も懸念されよう。

 米韓が核の傘を強調した背景には、韓国内でくすぶる独自の核武装論がある。朴槿恵大統領は、拡大抑止に対する国民の信頼度を高めるために、同盟強化に努める意向を表明した。

 気がかりなのは、地域の安全保障を担う日米韓の連携で、日韓の協調が進展していないことだ。北朝鮮のミサイル情報などを共有する軍事情報包括保護協定(GSOMIA)の締結に向けて、韓国は国内調整を急いでもらいたい。

2016年10月22日土曜日

将来を見据えた介護保険の改革いそげ

 介護保険制度の改革議論が難航している。介護が必要な度合いの低い軽度者向けサービスの縮小が焦点だったが、厚生労働省は大きな改革を見送る方向だ。

 大きな改革は利用者にいたみをもたらす。改革案を議論している厚労省の審議会でも、選挙が近いのではと浮足立つ与党内でも、反対意見が強い。厚労省はそうした声に配慮したようだ。

 ただ、介護が必要な高齢者は増え続ける。2025年には団塊の世代が、要介護状態になりやすいとされる75歳以上の後期高齢者になる。このままでは莫大な介護費用が必要になりかねない。

 コストを抑えて持続可能な仕組みを整えるのに残された時間は、実は少ない。その場しのぎではない改革の議論を急ぐべきだ。

 在宅の要介護者向け訪問介護サービスには、身体介護と生活援助の2種類がある。身体介護は食事や排せつの世話などだ。生活援助は調理や掃除、洗濯などを指す。軽度者はこのうち生活援助を多く利用する傾向がある。

 生活援助サービスがないと困る人はいるだろう。その一方で「がんばれば自分でできることまでヘルパーにやってもらうので、かえって状態が悪くなっている」といった指摘も絶えない。

 14年の前回改革では、要介護状態になる手前の要支援者に対するサービスの一部について、介護保険による全国一律の給付から市町村独自のものに切りかえることが決まった。生活援助的なサービスは各自治体の判断でボランティアやNPOなどを活用し、効率化しようとの考えだった。

 今回の議論でも、軽度者の生活援助サービスについては市町村の独自事業に切りかえる案が出された。しかし「自治体の態勢が整わない」ことなどを理由に見送る方向が、早々と固まりつつある。代わって、生活援助サービスを提供する事業者に支払う報酬を引き下げる案などが浮上している。

 だが、報酬引き下げだけで増え続ける軽度要介護者に対応していけるのか、疑問だ。自治体へのサービス移管も視野に、さらなる効率化は避けられないのではないか。保険を使わず自費で生活援助サービスを購入しやすい環境も、整えたい。

 社会保障制度のなかで最も急激に費用が膨らむと予想されているのは介護だ。改革の手をこまねいてはならない。

フィリピン外交のブレ注視を

 フィリピンのドゥテルテ大統領が就任以来はじめて中国を訪れ、焦点となってきた南シナ海の問題を対話で解決する方針で習近平国家主席と一致した。アキノ前大統領の時代に高まった両国間の緊張は、ひとまず和らいだ。

 ただ、埋め立てた人工島での軍事施設の整備など、中国が一方的にすすめてきた南シナ海の現状変更をやめる可能性は低い。フィリピン側が容認に転じたわけでもなく、火種はくすぶり続けよう。

 南シナ海での中国の動きについては、アキノ前政権の提訴をうけた仲裁裁判所がことし7月、違法とする判決を出していた。中国はこれを「紙くず」と呼んで無視する姿勢を鮮明にしてきた。

 ドゥテルテ大統領は今回の訪中にさきだって、習主席との首脳会談などで判決をとりあげる考えを明らかにしていた。だが、実際に言及したかどうかは不明だ。共同声明は判決に触れておらず、全体として南シナ海の問題は脇に置いた、という印象が強い。

 双方が前面に打ち出したのは経済関係の強化だ。フィリピンの製鉄所の建設や鉄道・港湾の整備に中国が協力する。大統領は南シナ海問題を「棚上げ」する見返りに実利を引き出したといえよう。

 大統領はまた、北京のイベントで「政治的にも軍事的にも米国と決別する」と語った。フィリピンが米国との同盟関係を見直せば東アジアの情勢はますます不安定になりかねない。フィリピンの対外政策の揺らぎは注視が必要だ。

 もともと大統領の発言はブレが大きく、一喜一憂すべきではないとの見方もできる。とはいえ、安定感を欠いた言動そのものが、一国のトップとして適切ではない。自重を求めたい。

 ドゥテルテ大統領は25日に初来日する。訪中の成果をテコに日本からも実利を得ようとする公算が大きい。日本にとってフィリピンの安定と成長は大切で、積極的に協力をすすめたい。同時に、南シナ海で「法の支配」を貫く原則の確認を促していく必要がある。

中比首脳会談 「法の支配」を忘れるな

 中国、フィリピンをはじめ、どの国であれ、国際社会の一員として順守すべき原則がある。「法の支配」である。

 現実の外交に打算と駆け引きは付きものとはいえ、国際法や人権など現代の国際秩序を守る基盤を見失ってはならない。

 ここ数年こじれた関係だった中比両国の首脳が笑顔で握手した。初訪中したドゥテルテ大統領は、南シナ海問題で突っ込んだ論議をせず、習近平(シーチンピン)国家主席は巨額の支援で応じた。

 近隣国同士が関係を改善すること自体は好ましい。ただし、互いの狭い利益のために「法の支配」を軽視するなら、アジア地域の重い懸念となろう。

 フィリピンは南シナ海問題で常設仲裁裁判所に提訴した当事国だ。今夏、中国が主張する権利を全面否定する判決を得た。中国に言いたいことが多々あったろうが、今回は封印した。

 中国が示した融資額9千億円余は、フィリピンの国家予算の1割を超す。懸案だった果物の対中輸出制限も解かれた。これほどの経済的利益を得るため、ドゥテルテ氏が和解を演じたのは現実的な対応なのだろう。

 ただ、会談とは無関係に、裁判所の判決は効力を失っていない。中国が一方的に権利を唱える南シナ海は重要航路であり、どの国にも航行の自由が認められるべきことに変わりはない。

 中国側の一部にある「外交的勝利」との受け止めが、南シナ海問題での得点を意味しているなら、的外れというべきだ。

 一方、ドゥテルテ氏にとって中国の対応が心地よかったのは麻薬対策の問題だ。手続きを無視して多くの容疑者を殺害する捜査手法を、米国が非難しているのに対し、中国は無批判のまま支援を約束した。

 「米国と決別する」などの暴言を公にするドゥテルテ氏は、軽率に過ぎる。人権を軽んじる中比両首脳の姿勢は厳しく問われねばなるまい。

 日米両政府は中国の海洋進出への牽制(けんせい)策として、フィリピンとの関係を強めてきた。その意味で今回の対中接近を不安視する声もあるが、大局観をもって冷静に情勢を注視すべきだ。

 会談を経て両国関係がどう進むかはわからない。そもそも、日米が対中包囲網をめざしたとしても、国ごとに鮮明に色分けできるほど東南アジア諸国の外交戦術は単純ではない。

 日本が基軸とすべきは、あくまで「法の支配」など自由主義の価値観である。25日から来日するドゥテルテ氏に対し、安倍政権はその原則を忘れず接してもらいたい。

体操連盟会長 その歩みが教えるもの

 国際体操連盟の新しい会長に、日本体操協会の渡辺守成(もりなり)専務理事が選ばれた。リオデジャネイロ五輪で実施された競技でみると、国際団体トップに日本人が就くのはこれで4人目だ。

 会長にはさまざまな情報が集まり、ルール改定にも影響力をもつ。国内の関係者には日本の競技力の向上、つまり好成績につながるとの期待が大きい。

 渡辺氏にはそうしたことにとどまらず、世界のスポーツ界全体を見渡した活動を望みたい。たとえばリオ五輪前に世界を揺るがしたドーピング問題だ。選手のクリーンさで定評のある日本のスポーツ人として、撲滅の先頭に立ってほしい。

 忘れられない先達もいる。

 国際卓球連盟会長だった故・荻村伊智朗(いちろう)氏は、91年に日本で開かれた世界卓球選手権で、韓国と北朝鮮の統一チームの結成に尽力した。分断された両国の人が観客席で一緒になって応援した。政治の世界の厳しい対立を解きほぐし、友好と平和に道をひらく。スポーツがもつ力を世界に示した場面だった。

 今回、渡辺氏を国際連盟トップに押し上げた出発点は、日本体操協会が10年以上前に断行したガバナンス改革にある。

 お家芸と言われた日本の体操は、96、00年の五輪でメダルを逃した。補助金の不正受給も発覚し、会長らが辞任を表明。協会は役員の若返りを図り、学閥にこだわらない運営やスポンサーづくりなど自主財源の獲得をめざした。改革を進めた一人が、イオングループで経営感覚を磨いた渡辺氏だった。

 4年後の東京五輪・パラリンピックに向けて、政府のスポーツ関連予算は増えている。だが閉幕後、尻すぼみになるのを心配する声は強い。

 競技団体はそれまでに態勢を整え、仮に助成金などが減っても自分の足でしっかり立てるようにしておく必要がある。体操協会の経験は、一つのモデルケースになるのではないか。

 かぎを握るのは「人」だ。

 スポーツ庁などは今月、競技団体などの運営に携わる人材を育てるための協議会を発足させた。実践的なスポーツマネジメントを学ぶ機会が少ないことや、担い手の層がかぎられている現状を踏まえ、充実させるのが目的だ。足腰強化に向けたこうした動きを加速させたい。

 東京五輪での獲得目標メダル数を語るのもいいが、肝心なのは個々の競技団体の力量を高めることだ。それなくして、普及も、選手の育成・強化もない。

 渡辺氏の当選から学ぶべきものはたくさんある。

比大統領訪中 仲裁裁勝訴を紙くずにするな

 国際法に基づく南シナ海の秩序維持を蔑(ないがし)ろにするのか。今のままでは、フィリピンの国益にとどまらず、アジアの安定までも損なわれよう。

 フィリピンのドゥテルテ大統領が北京で、中国の習近平国家主席と初めて会談した。南シナ海の領有権問題を巡って、アキノ前政権下で悪化していた関係を改善することで一致した。

 習氏は「2国間の対話を通じて対立を管理する。すぐに合意が難しいことは棚上げできる」と強調した。南シナ海での中国の主権を否定した7月の仲裁裁判所の判決などを念頭に置いたものだ。

 ドゥテルテ氏も領有権問題に踏み込むのを避けた。中国からの実利獲得を優先したのだろう。

 習政権はインフラ整備などの経済協力を表明し、バナナなどフィリピン産果物の輸入制限や中国人観光客の渡航制限も解除した。

 フィリピンを取り込み、判決を尊重するよう促す日米との離間を図る中国の意図は明白である。

 中国は判決を「紙くず」だと言い放ち、受け入れを拒否する。

 原告のフィリピンが勝訴を踏まえて「法の支配」の重要性を主張することは、南シナ海での中国の軍事拠点化に歯止めをかけ、「航行の自由」を守る上で欠かせない。ドゥテルテ氏は、この役割を十分に自覚せねばなるまい。

 中国の経済支援と引き換えに、南シナ海の一方的な現状変更を黙認すれば、フィリピンの将来に禍根を残すのは必至だ。

 ドゥテルテ政権は、麻薬対策を最優先課題に掲げている。警察と自警団が密売などの容疑者ら約4000人を殺害したとされる。

 米国や国連は法手続きを無視した蛮行を批判するが、中国は容認している。ドゥテルテ氏が対中傾斜を強める主な理由だろう。

 看過できないのは、ドゥテルテ氏が、フィリピンの安全保障を支えてきた米国との同盟関係を揺るがしていることである。

 南シナ海での米軍との合同哨戒活動や合同軍事演習を実施しない考えを示したほか、前政権が合意した軍事協定の見直しに言及している。北京での講演では「米国と決別する」とまで踏み込んだ。

 極端な反米路線が続けば、親米が多数を占める国民と乖離(かいり)するのではないか。投資環境の悪化を招き、前政権の経済発展路線の成果が台無しになりかねない。

 安保と経済での米国との協調継続が地域の平和と繁栄にとって重要であることを、ドゥテルテ氏には肝に銘じてもらいたい。

受動喫煙防止 国際水準の対策を目指そう

 2020年東京五輪・パラリンピックを控え、遅れが目立つ日本のたばこ対策を、国際水準に引き上げたい。

 他人のたばこの煙を吸い込む「受動喫煙」の被害防止を目指して、厚生労働省が規制強化のたたき台をまとめた。

 官公庁などの建物内と、医療機関や小中高校の敷地内を全面禁煙とする内容だ。悪質な違反者には罰則を科す。業界団体から意見聴取した上で、新たな法案を来年の通常国会に提出する方針だ。

 世界保健機関(WHO)による「たばこ規制枠組み条約」が05年に発効し、海外では対策が進む。約50か国が、飲食店やバーを含む全ての公共の場所で、屋内を全面禁煙とする法律を整備した。

 日本では、健康増進法などに防止措置の規定があるが、努力義務にとどまる。WHOからは「最低レベル」と判定されている。

 防止措置を義務化した厚労省のたたき台は、国際水準に近づくものとして評価できる。

 国際オリンピック委員会も「たばこのない五輪」を掲げる。近年の開催地や開催予定地は、罰則付きの受動喫煙防止策を講じている。五輪の開催国として、日本も対策を加速させねばならない。

 医療関係者らからは、一層の強化を求める声も多い。

 たたき台は、飲食店や駅、職場などで、屋内禁煙を原則としつつ、喫煙室の設置を認めた。

 だが、こうした「分煙」では、出入りの際に煙が流出する。掃除などのために入る従業員の被害は防げない。WHOは全面禁煙以外は不十分だとしている。

 屋内の全面禁煙を、可能な限り広げることが重要である。

 客離れへの懸念から、飲食業などには規制強化への反発が強い。東京都や大阪府は、防止策の条例化を見送らざるを得なかった。

 国際がん研究機関は、禁煙の経済的影響に関する多数の論文を検証し、全面禁煙を法制化しても、飲食店などの経営に悪影響はないと結論づけている。愛知県内の調査でも、同様の結果だった。

 全面禁煙とする業種や対象店舗を徐々に拡大した国もある。日本でも、業界の理解を得つつ、段階的に進めるのが現実的だろう。

 厚労省が8月に公表した「たばこ白書」によると、受動喫煙は肺がんになるリスクを1・3倍に高める。脳卒中や心筋梗塞、小児ぜんそくなどとの関連も確実だ。

 全面禁煙の拡大は、喫煙者の減少にも役立つだろう。政府の積極的な取り組みが求められる。

2016年10月21日金曜日

不振企業の延命より再生促す信用保証を

 中小企業向け融資が焦げ付いた場合、金融機関への返済を国などが肩代わりする信用保証制度という仕組みがある。

 銀行などの金融機関はほとんどリスクを負わずに融資できるため、モラルハザード(倫理の欠如)を招いている面が大きい。企業の新陳代謝を後押しするため、制度を抜本的に見直すべきだ。

 いまの信用保証制度では、金融機関が不況業種に融資すると、返済が100%保証される。

 経済産業省は大規模な危機が起きた場合に迅速に対応できるようにする一方で、100%の保証割合を縮小する方向性を、審議会の作業部会で示した。

 世界経済には、英国の欧州連合(EU)からの離脱といった先行きへの不透明要因がある。金融危機の再発への備えを万全にしておく必要がある、という経産省の考えはいちおう理解できる。

 しかし、危機対応とは別に、100%保証という非常時の政策手段を温存し続ければ、金融機関が取引先企業の経営改善を促す努力を怠りかねない。

 いわゆる「ゾンビ企業」という不振企業をいたずらに延命させ、廃業率も開業率も低く抑えているとの指摘が多い。金融機関も一定の貸し倒れリスクを負うように制度を改めていくのは当然だ。

 同時に、透明性の高い制度に見直すべきだ。たとえば、いまは200を超える業種を100%保証の対象となる不況業種に指定しているが、指定の際の客観基準を明確にすべきではないか。

 迅速に企業を再生させる視点も欠かせない。融資が焦げ付くと、全国で50超の保証協会が企業に代わって金融機関に返済する。焦点は自治体の対応だ。

 仮に債権者となった保証協会が債権(企業にとっての負債)を放棄し、新たなビジネスモデルの下で速やかに企業を再生させようとしても、保証協会の損失を穴埋めする自治体の議会による議決が得られない例が多いという。

 こうした事態を防ごうと自治体が債権放棄をしやすくする条例を整備するよう国は求めているものの、経産省によるとまだ23の自治体で未整備だという。

 総務省も人ごとでは困る。経産省や金融庁と一緒に自治体に強く条例制定を働きかけてほしい。省庁の縦割りを排し、不振企業の延命より再生を促す信用保証制度へと再設計を急ぐときだ。

賃金増へ広げたい労組の役割

 労働組合の中央組織である連合が来年の春季労使交渉の要求方針を決めた。今年と同様、「2%程度を基準」に毎月の基本給を上げるベースアップを求める。

 だが安倍政権になってからの春の労使交渉は、政府が賃上げを主導する形となり、労組の存在感が低下している面がある。

 労組は経営側としっかり交渉して賃上げを実現してもらいたいが、賃金を増やすための活動をもっと多面的に展開できないだろうか。海外では労働団体が職業訓練などを通じて賃金の底上げを図っている。日本の労組も自らの役割を広げてはどうか。

 米国では地域の労働者団体が経営者と組み、低賃金で働く人たちに職業訓練の機会を設けている例がある。生産性の向上や資格取得につなげ、賃金の上昇を促す。

 北欧諸国でも労組が、経営側と設けた委員会などを通じて、職業訓練のカリキュラムづくりで助言する。

 日本も賃金を上げていくうえで職業訓練の重要性は変わらない。とりわけ非正規社員の場合は教育訓練の機会を広げる必要がある。連合は例えば都道府県ごとの地方組織を通じ、訓練を充実させる活動に取り組んではどうだろう。

 スウェーデンでは機械や金属分野などの産業別労組、IFメタルが転職や失業者の再就職を支援する。IT(情報技術)を活用して転職希望者や求職者の職務経歴などの情報をつかみ、求人企業への橋渡しをする。

 労組が労働市場を育てる一翼を担い、より賃金が高い仕事に就きやすくしたり、収入が得られるようにしたりする取り組みだ。転職の支援などは日本の労組にとっても意義があろう。

 グローバル化やデジタル化の進展で、働く人が新しい技能を身につける必要性は増している。成長産業へ人を移すことも賃金を上げるうえで重要になっている。世界の労組や労働者団体の活動はそうした流れに沿ったものだ。日本の労組も乗り遅れるべきではない。

安倍政権 見過ごせぬ慢心と緩み

 衆参両院で自民党が過半数を握った国会で、安倍政権の慢心と緩みが目立っている。

 国会で審議中の環太平洋経済連携協定(TPP)の承認案について、山本有二農林水産相が18日夜、佐藤勉・衆院議院運営委員長のパーティーで「強行採決するかどうかは、この佐藤勉さんが決める」と発言した。

 山本氏は発言を撤回したが、審議が始まって間もない時期に強行採決に言及する無神経さにあきれる。それ以上に驚いたのは、行政府の担当閣僚が、立法府の議運委員長に強行採決を求めるかのような物言いだ。

 権力の乱用を防ぎ、人権を保障するため、国家権力を立法、行政、司法の相互に独立した三権にゆだねる――。山本氏の発言は、そんな三権分立への基本的な理解を欠いている。

 立法府軽視としか思えない安倍首相の発言もあった。

 17日の衆院TPP特別委員会で「我が党においては結党以来、強行採決をしようと考えたことはない」と述べたのだ。

 特別委の理事だった福井照氏が派閥の会合で「強行採決という形で(承認が)実現できるよう頑張る」と言い、辞任したことを問われての答弁だった。

 昨年の安全保障関連法をあげるまでもなく、歴代の自民党政権は採決の強行を重ねてきた。「しようと考えたことはない」強行採決をなぜ繰り返すのか。行政府の長として、立法府への敬意が感じられない発言だ。

 首相は国会初日の所信表明演説で、海上保安庁、警察、自衛隊をたたえるよう促し、自民党の議員たちが一斉に起立して拍手を送った。

 首相は行政府の長であるとともに、自衛隊の最高指揮官でもある。その首相が部下である自衛官らへの敬意を示すよう、立法府の議員に求める。三権分立への感度が鈍すぎないか。

 折しも、自民党総裁任期の延長が、わずか1カ月弱、3回の議論で決まった。目立った異論もないまま、首相は2018年の総裁選に3選をめざして立候補できるようになる。

 ポスト安倍の有力候補がいないことの表れでもあろうが、首相官邸の意向に背く言動を慎む空気が党内を覆っていることは隠しようがない。

 首相官邸の顔色を気にして議員たちが沈黙し、党内議論が活発さを失い、自浄能力が弱まる。それが首相をはじめ議員たちの慢心と緩みを招き、仲間内でしか通用しない言動につながっていく。

 それが安倍政権と巨大与党の現状だとすれば、危うい。

「土人」発言 差別構造が生んだ暴言

 耳を疑う暴言である。

 沖縄県の米軍北部訓練場のヘリパッド移設工事の現場で、抗議活動をしていた市民に対し、大阪府警から派遣された機動隊員が差別的な発言をした。

 インターネットの動画サイトに2人の隊員が「どこつかんどるんじゃ、ぼけ、土人が」「黙れ、こら、シナ人」とののしる様子が投稿され、発覚した。

 ヘイトスピーチを想起させる発言を、公務中の警察官がすることが不適切なのは言うまでもない。菅官房長官は「発言は許すまじきこと」と述べ、警察庁が対応すると説明した。

 だが、市民とやりあう現場で若い隊員が口にした言葉だけが問題なのではない。背景には、根深い沖縄への差別意識とそれを生んだ日本社会の構造があり、その一端があらわになったと見るべきだ。

 「強い憤りを感じる」と語った沖縄県の翁長雄志知事の著書に、こんな場面がある。

 翁長氏が那覇市長だった2013年、沖縄の全市町村の代表らが東京・銀座でオスプレイ配備反対のデモ行進をしたとき、「売国奴」「琉球人は日本から出ていけ」「中国のスパイ」などの暴言を浴びたという。

 それだけではない。騒ぎに目を向けることなく、買い物をして素通りしていく人の姿に、氏は「日本の行く末に対して嫌な予感がした」と書いている。

 明治以来、政府は沖縄に差別と苦難の歴史を強いてきた。先の大戦で本土防衛の「捨て石」とされ、県民の4人に1人が犠牲になった。戦後も米軍統治の下で土地や権利を奪われ、狭い県土に基地が集中した。

 そしていま、米軍普天間飛行場の辺野古への移設計画をめぐり、たび重なる選挙で示された民意を、政府は踏みにじろうとしている。さらに、全国から数百人の機動隊員を沖縄に集結させ、ヘリパッド工事を強行するなかで暴言が飛び出した。

 驚いたのは、大阪府の松井一郎知事が自身のツイッターに、「表現が不適切だとしても、大阪府警の警官が一生懸命命令に従い職務を遂行していたのがわかりました。出張ご苦労様」と書き込んだことだ。

 沖縄の人々の気持ちや苦難を思い、寄り添う姿勢がみじんも感じられない。加えて記者団には、工事への抗議活動に疑問を呈する発言までしている。

 こうした振る舞いがもたらすものは、さらなる反発と混迷、そして沖縄と本土の分断でしかない。要職にあり、国政にも一定の影響力をもつ自覚に欠けることはなはだしい。

米大統領選 虚妄の世界にいるトランプ氏

 米国の大統領選挙で、これほど醜聞が相次ぎ、個人攻撃に終始する争いがあっただろうか。「史上最低」と評されるのも仕方あるまい。

 民主党のヒラリー・クリントン氏と共和党のドナルド・トランプ氏による第3回テレビ討論会が行われた。11月8日の投票に向けた最後の直接対決でも、政策論争に乏しく、互いに中傷し合う場面が目立ったのは遺憾である。

 クリントン氏は「女性を軽んじることで、トランプ氏は自分を大きく見せられると考えている」と述べた。過去のわいせつ発言などを挙げて、大統領の資質に欠けるとの見方を強調した。米国民の多くが同意したのではないか。

 トランプ氏が11年前のテレビ番組収録の際、性的欲求を露骨に語った動画が最近、暴露された。体を触られたという複数の女性の証言も相次いで報じられた。

 共和党主流派や無党派層の「トランプ離れ」が止まらない。何の反省もなく、過激な姿勢に固執する以上、当然だ。討論会での「私ほど女性を尊敬する人はいない」との発言に説得力はなかろう。

 トランプ陣営が、サイバー攻撃によってネット上に流出したクリントン陣営の内部文書を攻撃に利用しているのも異例の事態だ。

 米政府は、ロシア政府がハッキングに関与したとみて捜査している。事実が確認されれば、厳正な措置を取らねばならない。

 看過できないのは、トランプ氏がメディアの偏向報道や有権者登録の不正疑惑をあげつらい、敗北した場合に結果を受け入れるかどうかを明言しなかったことだ。司会者に問い質ただされても、「その時に考える」と語るにとどめた。

 「偏向」や「不正」の具体的証拠を示さぬまま、選挙の正当性に疑義を呈するのは、民主主義の否定である。扇動的な妄言が支持者や社会に与える影響をどう考えているのか。あきれるほかない。

 数々の「敵失」にもかかわらず、クリントン氏が低い好感度を改善できないのも問題だ。国務長官在任中に私用メールで機密情報を扱ったことなどを巡り、トランプ氏から「犯罪者」呼ばわりされた。誠実な説明が欠かせない。

 トランプ氏支持を貫く労働者層の原動力は、雇用の海外流出や格差拡大への怒りだ。クリントン氏が代表する「エスタブリッシュメント(既存の支配層)」との感情的な亀裂は広がる一方である。

 経済のグローバル化から取り残された人々をどう救済するか。選挙戦が残す重い課題だろう。

中国成長横ばい 過剰生産と不良債権が深刻だ

 過剰生産と不良債権問題の解決に努め、世界経済の波乱の芽を摘み取らねばならない。

 中国の7~9月期の実質国内総生産(GDP)は前年同期比6・7%増と、3四半期連続で同じ伸び率だった。当局が目標とする6・5~7%成長の範囲に収まった。

 表面的には、減速してきた中国経済が下げ止まったように見える。だが、内実は「官製景気」の色彩が強く、政策依存の構図が随所に現れている。

 1~9月期の民間企業による投資が前年同期比2・5%増にとどまったのに対し、公共事業に参入しやすい国有企業は21・1%増と大幅に伸びた。

 この間の個人消費が10・4%増と堅調だったのは、税制効果だ。小型自動車減税を当て込んだ需要に下支えされた。

 財政頼みの景気浮揚から脱し、民間主導の安定成長につなげる。中国政府に求められるのは、この命題に全力で取り組むことだ。

 重要なのは、民間活力を引き出す構造改革の推進である。とりわけ過剰な生産設備を持て余す製造業の再編が最優先だろう。

 中国の製造業は、リーマン・ショック後の経済対策による積極投資で、生産設備が急拡大した。

 鉄鋼の年間生産量は約8億トンで世界のほぼ半分を占める。これ以外に抱える4億トン分の過剰設備は日本の全生産量の4倍に相当する規模だ。板ガラスやセメントも、3割前後の過剰設備がある。

 巨大な過剰生産が国際市場で素材の値崩れを招き、世界的な物価低迷にもつながっている。

 不採算企業を整理しようとしても、地元の雇用削減を懸念する地方政府の反発が強く、債務不履行を繰り返しながら延命する「ゾンビ企業」は数多い。

 こうした企業に融資する金融機関の不良債権も増大している。残高は、公表値の約1兆元の10倍に達するとの推計もある。処理を誤れば、金融システム不安が世界の金融市場に波及しかねない。

 不良債権削減策として、当局は「債務の株式化」を解禁した。借り手企業が銀行の融資を出資に切り替えてもらう仕組みだ。株式を受け取る銀行は、その分の不良債権が減ることになる。

 だが、借金をいくら株式に転換したところで、不振企業の経営が持ち直さなければ、株式はいずれ価値を失うだろう。

 国有企業の単なる延命にとどまらず、いかに産業再編に結びつけるかが問われている。

2016年10月20日木曜日

中国経済の「安定成長」にひそむバブル

 中国の7~9月期の国内総生産(GDP)は前年同期に比べ実質で6.7%増となった。景気減速の懸念があるなか成長率が横ばいだったのは、公共投資や不動産部門が下支えしたことが大きい。とはいえ住宅市場は過熱気味だ。実需の裏付けのない「バブル」の側面もあり、警戒が必要だ。

 8月の新築住宅価格は、主要70都市のうち64都市で前月に比べ上昇した。7月より13都市も多い。北京や上海など大都市だけでなく、福建省アモイや安徽省合肥など地方都市の値上がりも目立つ。

 その背景には中国独特の事情がある。中国人民大学の聶輝華教授は「今、銀行は2分野にしかお金を貸さない。不動産プロジェクトと、国有企業を含む政府プロジェクトだ」と指摘する。

 習近平国家主席がすすめる「反腐敗」運動にともない、銀行は民間企業むけの融資で問題が起きれば規定違反や横領の疑いで調査を受けかねない状況にある。だが国有企業むけなら仮に焦げ付いても「国有経済の発展を支持する」と宣言すれば済むという。

 こうした国有企業への融資が不動産市場に流れ込んでいる。国有企業の17%は本業が立ち行かず赤字を垂れ流す「ゾンビ企業」とされる。この比率は民間企業より高い。だが地方当局の手配でなお融資を受けられる国有企業が多く、手っ取り早く利ざやを稼げる不動産へ資金を回している。

 こうした事情から、住宅市場の活況は実需を反映しておらず、値上がりを見込んだ投機の側面が強いことがわかる。危うい状況だ。ゆがんだ資金の流れは民間企業の育成をはばむ面もある。やがては中国経済をむしばみ、基礎体力をも低下させかねない。

 中国経済を支えてきた輸出はなお振るわない。9月の輸出額は前年同月比10%減で、6カ月連続の減少だった。工業生産は一定の伸びを示し、9月の生産者物価指数(PPI)は久々にプラスに転じたが、こちらも楽観は禁物だ。

 習近平政権は過剰な供給能力を削減する「供給側改革」を掲げている。これが本格化すれば基礎製品の生産の伸びは見込めない。

 わりあいに堅調なのは個人消費だ。自動車のほか電子商取引を通じた日用品の販売額などが伸びている。消費の刺激で景気を下支えしながら、着実に構造改革をすすめる。そんな難しいかじ取りを中国政府は迫られている。

健全なチケット転売市場を

 人気歌手などの公演チケットがネット上で時に額面の10倍を超す価格で転売されている。こうした高額転売はエンターテインメント産業の健全な発展を妨げる。一方で転売市場は現在のチケット流通の不便さ、不透明さが生んだ側面もある。問題の解決には音楽業界自身の改革が要る。

 公共の場でのダフ屋行為は都道府県が条例で禁止しているが、ネット空間で取り締まるルールはない。価格のつり上げや転売を目的とするネットでの大量購入には、新しい規制のあり方を議論してもいい。偽造が難しく、購入者の追跡や転売回数の制限ができる電子チケットの活用も有効だ。

 音楽団体などは高額転売に反対を表明しているが、従来のチケット流通に対する消費者の不満をすくいとってきた面も転売市場にあることを直視すべきだ。現状は購入時に席を選べない、キャンセル不可、といった不便がある。

 これを機に音楽業界はチケット販売の新たな仕組みをつくってはどうか。舞台との距離に応じ価格に一定の差をつける。平日と週末で価格を変える。価値のある席を、ある程度まで高い価格で売り出せば、転売業者のうまみは減り、音楽業界の収入は増える。

 事前登録した顔写真を入場者と照合するなど転売追放の試みも目立つ。だが厳格な本人確認は、気軽に公演に出かけたり友人にプレゼントしたりという楽しみ方を難しくする。米国などにならって一般の人が売買できる健全な転売市場を育成するほうが、業界の活性化につながるのではないか。

 主催者が公認した転売市場があれば、先の予定が不透明でもチケットを気軽に買える。チケットの流動性が高まれば直前でも購入しやすくなる。仕事を持つ音楽ファンには喜ばれよう。転売価格の上限を定めておくのも一案だ。

 2020年の東京五輪を含め、スポーツや音楽などの興行は海外からの観光客にとっても魅力だ。わかりやすく使いやすいチケット流通の仕組みが求められる。

原産地表示 例外はあくまで例外に

 加工食品の原材料について、原産地をどう表示させるか。消費者庁などの検討会で、仕組みづくりが議論されている。生鮮食品にはすでに表示義務があるが、加工食品は1~2割しか対象になっていない。

 検討会では、「すべての加工食品に表示を義務づける」という方向になっている。重さでみた割合が一番大きい原材料について、原則として原産国名を示させる。トマトケチャップなら「トマト(アメリカ、スペイン)」といったイメージだ。

 商品を買うとき、品質は見た目だけでは分からない。情報を得たいと思うのは当然だろう。値段だけの競争に陥れば、消費者が本当に欲する商品を手にできなくなってしまう。「原産地」は消費者が望む情報の一つだけに、表示拡大は望ましい。

 ただ、懸念もある。「例外」の扱い方だ。

 検討会で示された案では、調達先がひんぱんに変わる原材料について、例外的に「アメリカまたは中国」や「輸入」といった大まかな表示を認める。産地の切り替えのたびにパッケージを印刷し直すのは、コストがかさむという理由からだ。加工品をさらに加工する場合、たとえばパンの原材料で「小麦粉(国内製造)」との表示も認める。

 確かに、あまりに費用がかかるような仕組みは現実的でない。だが、例外が大幅に増えたり、かえって消費者を混乱させたりしては本末転倒だ。

 農林水産省は、例外は一部にとどまりそうだと説明する。だが、事業者への調査結果を見ても説得力は十分でない。

 また、例外の中には「輸入または国産」との表示が認められる場合もあるという。それでは「世界のどこか」でしかない。原産地を明示できないなら、はっきりそう伝えるべきだろう。

 制度の具体化にあたっては、例外はあくまで例外にとどめつつ、全体として誤解を生じさせないようなわかりやすい仕組みづくりが大切だ。

 加工食品を巡る原産地表示問題は、拡大を望む消費者団体とコスト増を懸念する事業者側がにらみ合い、長年の懸案となってきた。今回、検討が進んでいる背景には、環太平洋経済連携協定(TPP)を視野に、国産農産物の競争力を高めたいとの政府・自民党の狙いも見える。

 消費者に国産品志向があるのは確かだが、「どこで」だけでなく「どのように」作られたかへの関心も高い。消費者が得られる情報が増え、その選択を通じて公平な競争が進む。今回の見直しをその一歩にしたい。

戦争と医療 病院の攻撃防ぐ方策を

 戦争は人間の尊厳を蹂躙(じゅうりん)する。それでも守るべき最低限のルールはある。

 病人や負傷者、その治療にあたる病院などの施設、医師、スタッフへの武力攻撃を禁じた国際人道法のきまりがそうだ。

 戦争に巻き込まれた人びとの苦痛を減らそうと、国際社会が築き上げてきたこの規範が近年、ないがしろにされている。

 目に余るのがシリアだ。とりわけアサド政権軍とロシア軍による激しい空爆が続く北部アレッポの惨状が痛ましい。

 反政府勢力が掌握する地域にあった病院はほとんど破壊された。医師や看護師はアパートの地下室などで治療を続ける。だが、医薬品も医療器具も届かない。治療可能な手足のけがでも切断せざるをえないという。

 国際NGO「人権のための医師団」によると、内戦が始まった2011年以降、シリアでは382の医療施設が攻撃され、757人の医師やスタッフが殺害された。

 反政府勢力や過激派組織「イスラム国」による攻撃も報告されているが、9割が政権軍やロシア軍によるものだという。

 アサド政権、ロシアとも「テロリストの拠点を攻撃している」と反論したり、空爆そのものを否定したりしている。多くの目撃証言や使われた兵器からみて、きわめて苦しい主張だ。

 戦闘を離脱した負傷兵は、敵味方にかかわらず保護すべき対象だ。シリアでは、軍事拠点から離れた民間病院も繰り返し空爆を受けている。社会基盤を破壊し、住民が暮らせないようにする意図的な作戦だとしたら、許しがたい戦争犯罪である。

 蛮行は世界中の紛争地に広がっている。

 14年、イスラエル軍は侵攻したパレスチナ自治区ガザで病院に執拗(しつよう)な攻撃を加えた。翌年にはアフガニスタンで米軍が病院を誤爆、医師や患者ら42人が犠牲になった。内戦下のイエメンでは昨年以降、少なくとも4カ所の病院がサウジアラビア主導の連合軍に空爆された。ウクライナ、南スーダン、イラクでも医療施設が標的になっている。

 憂慮されるのは、国連安保理が5月に医療施設への攻撃を非難する決議を採択した後も、惨劇が繰り返されていることだ。

 違反国への制裁や責任者の訴追など、より実効性のある防止策が必要だ。多くの紛争に大国の利害が絡んでおり、決して容易な道ではない。それでも、空襲された痛みを知る日本は、先頭に立てるはずだ。

 戦争を、歯止めなき殺戮(さつりく)にしてはならない。

日ソ宣言60年 今も有効な領土交渉の土台だ

 北方領土交渉を進展させるうえで、今なお重要な土台となり得る公式文書と言えよう。

 日本とソ連が戦争状態を終結させ、国交を回復した「日ソ共同宣言」である。19日で署名から60年を迎えた。

 共同宣言は、平和条約締結交渉を継続し、締結後には、ソ連が北方4島のうち歯舞群島と色丹島を引き渡す、と明記した。両国が国会で批准した唯一の文書であり、法的拘束力を有している。

 日本が、宣言に基づく平和条約交渉で、固有の領土である国後島と択捉島を含めた4島の返還を求めてきたのは、正当な対応だ。

 ソ連はその後、「領土問題は解決済み」との強硬姿勢に転じた。冷戦下の交渉は停滞が続いた。

 留意すべきは、ソ連の崩壊後、日本とロシアの首脳が個人的関係を強めた時に、領土問題を解決する機運が高まったことだろう。

 1998年、橋本首相はエリツィン大統領に「川奈提案」を行った。4島の北側に国境線を引く一方、当面はロシアの施政権を認めるとの内容だ。エリツィン氏も一定の理解を示したとされる。

 2001年にプーチン大統領は森首相との会談で、日ソ共同宣言を交渉の「出発点」と確認した。森氏は、歯舞、色丹2島の引き渡しと国後、択捉2島の帰属決定を分離する並行協議を提起した。

 しかし、いずれも首脳の退陣などで交渉は振り出しに戻った。

 日本は、当初の「政経不可分」から、冷戦後は、経済協力をテコに領土問題の進展を図る「拡大均衡」などの方針に転換したが、具体的な成果はなかった。

 安倍首相とプーチン氏は今、信頼関係を深めている。政権基盤が強いという共通項もある。過去の交渉経過を踏まえ、いかに領土返還につなげるかが問われる。

 両首脳は11月中旬にペルーで、12月15日には山口県で会談する。首相は「しぶとく交渉を続け、何とか結果を得たい」と語る。

 プーチン氏は今も日ソ共同宣言を重視する。9月には、「署名されただけでなく、批准された」と述べ、その有効性を強調した。

 無論、軍事施設建設など「ロシア化」が進む4島の現状の下で、返還実現は簡単ではあるまい。

 ロシアは、最大限でも歯舞、色丹2島の引き渡しだけで、最終決着を図りたい方針とされる。4島の帰属問題の解決を求める日本との立場の開きは依然、大きい。

 双方が受け入れ可能な着地点をどう見いだしていくのか。戦略的な取り組みが求められる。

東京五輪施設費 4者連携で費用圧縮を目指せ

 膨張した施設費を可能な限り圧縮することは、東京五輪・パラリンピック開催に向けた重要なステップだ。国民の理解を得る決着を急ぎたい。

 小池百合子東京都知事と国際オリンピック委員会(IOC)のトーマス・バッハ会長が会談した。コスト削減について、国と都、大会組織委員会、IOCの4者による協議をバッハ氏が提案し、小池氏も同意した。

 都が月内に示す会場整備の見直し案を受け、来月にも4者の作業部会で検討に入る。

 会場整備費の問題は、都と組織委の意見対立などで混迷している。会場を変更する場合、国際競技連盟やIOCの承認が必要となり、手続きに時間がかかる。

 都が組織委などを通さずにIOCと直接協議する場が設けられる意味は大きい。効率的に調整してもらいたい。

 バッハ氏は、開催都市として選ばれた後に「ルールを変えないこと」を求めつつ、小池氏が説明したコスト削減の方針にも一定の理解を示した。

 巨額の五輪開催費は、開催地住民の理解を得にくくなっており、欧米の都市が招致を見送るケースも相次ぐ。IOCは、既存施設の活用を奨励し、開催都市以外での実施も認めている。

 バッハ氏には、東京五輪の費用を巡る混乱を長引かせたくないとの思いがあるのだろう。

 焦点はボート・カヌー会場の行方だ。東京湾岸に新設する「海の森水上競技場」から宮城県登米市の「長沼ボート場」に変更するという都の案が検討されている。

 小池氏は「復興五輪」の象徴にしたい考えを表明した。被災地の期待が高まるのは理解できる。

 宮城県は200億円で整備が可能だとした。これに対し、都の担当部局は「海の森」の整備費を、当初見込んでいた491億円から300億円程度に縮減できるという新たな試算を公表した。

 今になってこれほど巨額の削減案が出てくることは驚きだ。五輪開催の総費用が3兆円とも試算されるだけに、改めて計画全体の精査が必要だろう。

 競技団体は移動負担などを理由に宮城県での開催に反発している。バッハ氏も「すべての中心にアスリートを置く必要がある」と指摘した。選手に配慮しながら、費用を厳正に見極めて現実的に判断することが求められる。

 4者の連携でコスト削減を目指し、新時代の五輪モデルを世界に示す好機としたい。

2016年10月19日水曜日

代替フロンの効果的な削減へ法整備急げ

 ルワンダで開いたモントリオール議定書締約国会議は、冷媒に使われ地球温暖化を深刻化させる恐れがある代替フロンの生産規制で合意した。日本の生産量は減少に転じつつあるが、政府はこの流れを加速するため法整備を急ぐとともに、技術開発を促すべきだ。

 モントリオール議定書はエアコンや冷蔵・冷凍機の冷媒として使われ、オゾン層を破壊するフロンの規制が目的だ。しかし、代替物質のハイドロフルオロカーボン(HFC)が温暖化の強力な原因物質であるために、新たな規制が必要になっていた。

 11月には温暖化ガス削減の国際的枠組みであるパリ協定が発効する。今月6日には国連傘下の国際民間航空機関(ICAO)が航空機の国際線の温暖化ガス排出規制で合意している。

 国際合意が相次いで実現した背景には、異常気象の頻発などを受けた各国の温暖化に対する危機感の高まりがある。交渉を主導した米国の役割も大きい。

 代替フロン規制は議定書の締約国を3つに分類した。規制開始時期は日米欧など先進国が2019年としたが、中国やブラジルは5年、インドやパキスタンは9年遅い。目標達成時期も10年前後遅らせた。各国は猶予期間を無駄にせず削減を進めてほしい。

 日本も対応を迫られる。温暖化を起こしにくい物質への転換は機器の性能に影響し、改良などのコストがかかる。HFCの中でも比較的温暖化の影響が小さいタイプなどを使いつつ、少しずつ切り替えているのが実情だ。

 特に問題が大きいのは業務用冷凍・冷蔵ショーケースなどだ。家庭用エアコンや冷蔵庫に比べて使用期間が長いために古い製品が市中に出回り続け、使用中や廃棄時のHFCの漏れも防ぎにくい。

 モントリオール議定書は漏れ出る量の削減目標は定めていない。しかし、温暖化への影響を考えれば、漏れの防止や回収の徹底は不可欠だ。

 日本のオゾン層保護法は代替フロンの生産量を規制するがHFCは対象外だ。一方、フロン排出抑制法は機器の利用者にHFCの漏出防止策などを求めるが、排出量は直接制限していない。

 生産から排出まで、温暖化ガス削減効果が最大となるよう法体系の見直しも含め検討が必要だ。新冷媒の開発支援など、国内産業の競争力を高める工夫もほしい。

日ソ共同宣言から60年の現実

 日本とソ連(当時)が共同宣言に調印してから、今日でちょうど60年となった。同宣言によって戦争状態が終了し、両国は国交を回復した。しかし、北方領土問題は解決せず、いまだに平和条約を結べていないのが現実だ。

 日ソ共同宣言は1956年、当時の鳩山一郎首相とブルガーニン首相がモスクワで署名した。友好善隣関係の回復、互いの請求権の放棄、通商や漁業協力なども盛り込まれ、事実上の平和条約を想定した内容になっていた。

 条約締結に至らなかった理由は領土問題だ。同宣言は平和条約締結後に歯舞、色丹の2島を日本に引き渡すと規定したが、4島の返還を求める日本の世論の抵抗と、冷戦下での日ソ接近を警戒する米国の圧力が強かったためだ。

 その後、ソ連側も日米安保条約の改定に反発。2島引き渡しの公約をほごにし「領土問題は存在しない」との強硬姿勢に転じた。当時の状況を踏まえればやむを得なかったのだろうが、領土交渉が長らく停滞したことは否めない。

 その共同宣言の有効性を、ロシア首脳で初めて公式に認めたのがプーチン大統領だ。2001年、イルクーツクでの日ロ首脳会談では声明で、平和条約の交渉プロセスの出発点となる基本的な法的文書と明記した。大統領は日ソの両議会が同宣言を批准したことを重視し、ソ連の継承国として「履行義務がある」と言及している。

 ただし大統領は、歯舞、色丹の2島を「どのような条件で引き渡すかは明記していない」とクギも刺している。主権の問題を含めてすべて交渉次第というわけだ。

 日本では「2島決着」を危惧する声もあるが、北方領土をめぐる日ロの主張の隔たりはただでさえ大きい。真に領土問題の解決をめざすのなら、大統領が有効性を認めている日ソ共同宣言を軸に交渉を進めていくのが筋だろう。

 北方領土では60年の間にロシア化が着実に進んだ。還暦を迎えた共同宣言をどう生かしていくか。日ロ首脳の知恵が試されている。

自民党草案 憲法観が転倒している

 「改憲勢力」が3分の2の議席を得た参院選を受け、自民党憲法改正推進本部が再開した。

 党の憲法改正草案について、保岡興治本部長は党の「公式文書のひとつ」と位置づけ、撤回は否定しつつ、衆参両院の憲法審査会に草案を提案することは考えていないと表明した。

 草案は自民党が野党だった2012年につくった。戦前を想起させるような国家優先の発想がにじむ内容に対し、民進党などは撤回を主張している。

 一方、安倍首相は参院選後、「我が党の案をベースに3分の2を構築していくか。これがまさに政治の技術だ」と述べた。やはり自民党の「本音」が盛られていると見るべきだろう。

 だが、草案には問題点が多すぎる。最大の問題は、憲法は何のためにあるのか、その出発点が転倒していることだ。

 立憲主義に基づく憲法は、国民の人権を守るため、国家権力をしばるルールである。

 だが自民党草案は逆に、国民に義務を課し、特定の価値観を押しつける思想が色濃い。しばる相手がさかさまなのだ。

 例えば草案24条は「家族は、互いに助け合わなければならない」と定める。

 国会質疑で民進党の蓮舫代表は「なぜ家族(の規定)を憲法にいれたのか。昔の時代に戻るのではないか」と指摘した。

 家族を大切にする思いは多くの人が共有しているだろう。しかし憲法は、「家族の助け合い」を、国民に義務づけるためのものであってはならない。

 基本的人権を「侵すことのできない永久の権利」と定めた現行憲法97条が、草案ではまるごと削られている。首相は「条文の整理に過ぎない」というが、「最高法規」の章にこの条文が置かれていることの意義をどう考えているのか。

 草案はまた、憲法を尊重する義務を国民に課している。国会議員らにはより強い「擁護」の義務を定めているものの、ここでもしばる先を間違えている。

 現行憲法が重んじている個人の人権よりも、集団や国家を重んじる思想が、草案には通奏低音のように流れている。

 これが自民党のめざす国家像なのだとしたら、安倍政権がめざす憲法改正は極めて危うい。

 今後、与野党の議論がどう進むかは見通せない。だが大原則は、憲法改正をめぐる議論は国民、与野党の大多数が必要性を認め、納得して初めて前に進めるべきものということだ。

 自民党が逆立ちした憲法観のままならば、その前提は決して整わないだろう。

中国宇宙開発 何を目指しているのか

 中国は宇宙開発で何をめざしているのか。軍の主導で進めている以上、国際社会の疑問に正面から答える責務がある。

 中国の技術開発の進展ぶりはめざましい。おととい打ち上げた宇宙船には2人の飛行士が乗っており、長期滞在を試みる。

 いまや独自の宇宙ステーション計画が現実味を帯びてきた。米国やロシアと同様に、中国が軍事的な「宇宙強国」をめざしているなら、国際社会にとって懸念が増えることになる。

 中国が初めて有人飛行をしたのは03年。そして11年には無人で宇宙船と宇宙実験室とのドッキングを成功させた。

 今回は新たな実験室を使い、2人が30日間滞在し、実験やメンテナンス活動をする。ステーション建設は18年ごろに始め、22年には本格運用する計画だ。

 宇宙と軍事が関連するのは、中国に限ったことではない。だが中国は近年、公然と軍事利用の試みを続けてきたことで、各国の疑念を招いてきた。

 07年に地上からのミサイルで衛星を破壊する実験をし、「宇宙軍拡につながる」と批判を浴びた。14年にも対衛星ミサイル実験をしたと伝えられる。

 昨年の国防白書にも「宇宙は国際戦略競争の要害」と明記されている。この8月は盗聴解読不能とされる「量子暗号通信」の実験衛星を打ち上げた。

 これまで宇宙の分野では米国が圧倒的な優位を保ってきた。半面、米軍の運用は衛星通信網に大きく依存している。だから、それを脅かしかねない中国に強い危機感を持っている。

 逆に言えば、中国にとって宇宙関連の技術水準を上げることが軍事目的に沿うだけでなく、対米外交上のカードになる。

 米中間では宇宙をめぐる協議も開かれているが、紛争回避のメカニズムはない。衝突の事態はぜひとも避けるべきだ。

 現在の国際宇宙ステーションは、冷戦終結によって米ロ協力の形が実現した。両国関係が悪化しても協力は続いている。しかし、中国だけは自前で開発を進めている。単独だからこそ不信感が増す面もあろう。

 中国は宇宙ステーション計画への途上国の参加を呼びかけ、欧州も関心を寄せているという。だが、ここは一国の主導ではなく、米欧日ロ中を包含した宇宙分野での幅広い国際協力体制を築くことが必要な時期に来ているのではないか。

 たとえば年々増える宇宙ゴミの対策など、やりやすいところから協力を具体化していき、理念の共有を目指すべきだ。宇宙を対立の場にしてはならない。

憲法審査再開へ 生産的な改正論議を期待する

 11月3日に制定70周年を迎える憲法の改正に向けて、国会が議論する土俵がようやく整ったことを評価したい。

 与野党が、衆院憲法審査会を月内にも再開することで一致した。審査会で実質的な審議が行われるのは、昨年6月以来となる。

 憲法は全面改正ができず、項目ごとに改正する。衆参両院の審査会で可決した改正原案について、両院本会議で3分の2以上の多数で発議する。さらに、国民投票で過半数の賛成を得る。

 こうした高いハードルを踏まえれば、改正項目とその内容について、与野党の幅広い合意形成を追求する努力が欠かせない。

 7月の参院選は、民進党が「改憲勢力の3分の2の議席確保を阻止する」との目標を一方的に掲げ、与野党対立が先鋭化した。

 審査会では、もっと冷静に議論する必要がある。日本の最高法規をより良いものにする、という問題意識を各党が共有すべきだ。

 与野党が審査会再開で合意したのは、自民党憲法改正推進本部が2012年に作成した党憲法改正草案を公式文書と位置づけつつ、審査会にそのまま提案することはしないと決めたことにある。

 草案は、「国防軍」の保持や天皇の元首化を盛り込むなど、保守色が強い。民進党は、憲法改正論議に応じる条件として、草案の「撤回」を要求していた。

 各党が独自の改正案をまとめるのは当然で、その内容が気に入らないとして草案全体の撤回を求める方がおかしい。自民党が審査会再開を優先し、民進党に歩み寄ったのは大人の対応と言える。

 審査会は当面、立憲主義や憲法改正の限界、違憲立法審査のあり方などを議題として、参考人質疑や自由討議を行う方向だ。その後、「1票の格差」、緊急事態における国会議員任期の延長など参政権に関する問題を扱うという。

 まずは野党が重視するテーマを取り上げ、改正項目を絞り込む作業を後回しにするのは妥当だ。

 立憲主義に関する認識は、昨年の安全保障関連法の審議で、政府の憲法解釈の是非を巡って、与野党対立の論点にもなった。

 今回は、当時のような不毛な論議の繰り返しを避けてほしい。異なる意見にも耳を傾け、生産的な議論を行うことが求められる。

 憲法審査会には、少数会派の意見も極力尊重し、公平で円満な運営に努める伝統がある。与野党の信頼関係を再構築し、改正論議の環境を整えることが重要だ。

ユネスコと日本 記憶遺産の政治利用を許すな

 国際機関を舞台にした反日宣伝は許されない。日本は明確なメッセージを伝える必要がある。

 岸田外相が国連教育・科学・文化機関(ユネスコ)への今年の分担金など約44億円の支払いを保留していることを明らかにした。

 例年より半年も支払いを引き延ばしているのは、ユネスコに世界記憶遺産(世界の記憶)制度の改革に向けた努力を求める狙いがあるとみられる。

 中国が申請した「南京大虐殺の文書」が昨年10月、記憶遺産に登録された。南京事件の犠牲者を「30万人以上」とするなど実証的な歴史研究では疑問視される資料が多く含まれている。

 文化財保護の名の下に中国が反日宣伝の攻勢に出た面が強い。

 記憶遺産は、選考過程が非公開で、選考する委員の人選も不透明な点が問題となっている。

 中国が申請した時点で、日本は「国際機関の政治利用だ」と指摘し、登録後もユネスコに制度の見直しを要求してきた。

 様々な機会をとらえて、政府が選考の中立性・公平性を求めていくのは当然である。

 ユネスコの執行委員会は4月に制度の改善を決議し、各国から意見を聞く活動も始めてはいる。

 しかし、具体的な改善策のメドは立っておらず、日本の働きかけが奏功しているとは言い難い。

 疑問なのは、分担金支払いの保留について、政府が明確な理由を示していないことだ。岸田外相は記者会見で「総合的な判断だ」と述べるにとどめた。

 露骨な圧力と受け取られるのを嫌ってのことかもしれないが、昨秋の登録後、当時の馳文部科学相は「分担金は国民の税金だ」として透明性確保が支払いの条件となるとの考えを示している。

 正当な理由がある以上、世界に向けて、広く自らの主張を発信していくべきではないか。

 日本の分担金は全体の9・7%を占め、パレスチナ加盟に反発して支払いを止めている米国の22%を除けば、世界一だ。

 保留が長引けば、ユネスコの活動に支障を及ぼしかねず、中国が影響力を強める懸念もある。

 日中韓などの民間団体が今年、慰安婦問題の関係資料を申請しており、ユネスコが来年10月までに登録の可否を決める見通しだ。

 記憶遺産が再び、反日宣伝に利用されるような事態は阻止せねばならない。ユネスコに改善を促すには、世界に発信し、国際世論を喚起することも必要だろう。

2016年10月18日火曜日

生前退位では国民の総意形成をめざそう

 天皇陛下の生前退位などを議論する有識者会議が初回の会合を開いた。国民の関心が極めて高く、将来の皇室のあり方や憲法、皇室典範の姿にも関わる案件である。

 皇室制度、歴史、法律の専門家らも含め、各層から幅広く意見を聴き、国民の総意としてまとめるべく努力してほしい。適切な情報開示によって、議論の透明性を確保することは言うまでもない。

 有識者会議では年明けにも論点を整理するという。論点は生前退位だけでなく、公務の負担軽減や、摂政を置くことの是非、さらには退位後の呼称、お立場なども対象になる見通しだ。

 安倍晋三首相は「議論が一定の段階」になった際に、与野党で協議する、などと国会で答弁している。法案作りの前に、衆参両院議長が各党の代表者から意見を聴くといった手法が想定されているようだ。来年の通常国会での法整備を視野に入れているとされる。12月で83歳になられる天皇陛下の年齢を考えれば、円滑でスピーディーな審議は欠かせまい。

 これまでのところ、政府側は生前退位に関し、皇室典範の改正でなく、一代限りの特例法の制定を軸に検討すると伝えられている。

 一方の野党側は民進党の野田佳彦幹事長が典範の改正も視野に幅広く議論すべきだとし「皇族の減少という問題も議論しなければならない」と述べている。自らの首相在任中に、女性宮家の創設を柱とする論点整理をまとめたことも念頭にあると見られる。

 憲法で「国民統合の象徴」とされる天皇陛下の地位を巡る立法府での議論が、政治的な駆け引きを背景に進むことは、国民が望んでいない。厳に慎まねばならない。また、結論ありきの進行も避けるべきだろう。

 明治初期、福沢諭吉は「帝室論」の冒頭「帝室は政治社外のものなり」と述べた。皇室は政治の世界の外にある、との意味だ。また「日本人民の精神を収攬(しゅうらん)するの中心」とも記す。

 福沢の述べた理想の皇室像や国民との関係は、象徴天皇制の下で実現し、すでに70年を超える歴史を経た。世界に誇るべき「伝統」となったと言える。

 戦後、昭和天皇や現在の天皇陛下の折に触れてのお言葉に、多くの国民が慰められ、励まされてきた。有識者会議のメンバーには、歴史の評価に耐えうる、禍根を残さぬ議論を望みたい。

原発の不安解消になお努力を

 16日投開票の新潟県知事選で、東京電力柏崎刈羽原子力発電所の再稼働に慎重な米山隆一氏が初当選した。原発事故への県民の不安の大きさを改めて示した結果といえる。原発再稼働をめざす国や東電は地域住民の理解を得るための一層の努力が求められる。

 米山氏は共産、自由、社民各党が推薦し、民進党も支援した。敗れた森民夫氏は自民、公明両党が推薦し、当初は組織力を背景に優位とみられていた。与党には、7月の鹿児島県知事選で九州電力川内原発の一時停止を掲げた候補に敗れたのに続く厳しい結果だ。

 柏崎刈羽原発には7基の原子炉があり、2011年の福島第1原発の事故後にすべて止まった。東電は国の原子力規制委員会が定めた新規制基準のもと、まず6、7号機の再稼働をめざし、規制委が審査を進めている。

 同原発では02年、東電が原子炉のひび割れを隠していた問題が発覚し、07年の中越沖地震でも火災発生の通報が遅れた。規制基準を満たすための安全対策にとどまらず、迅速な通報や情報公開の体制をつくり、住民の信頼を取り戻す必要がある。

 国が重く受け止めるべき点も多い。現知事の泉田裕彦氏は福島原発事故の徹底した原因究明を求め、知事を引き継ぐ米山氏も同じ立場だ。政府や国会などの事故調査委員会が根本的な原因を洗い出したとはいえ未解明の部分も残る。国が継続して調べるべきだ。

 米山氏は17日、柏崎刈羽原発の再稼働について記者団に「県民の命や暮らしが守られない現状において認められない」と強調した。同時に「あらゆる可能性を排除するつもりはない」とも述べ、再稼働の議論自体は否定しなかった。

 米山氏には安全確保を前提としつつ、現実的な対応を求めたい。緊急時に住民を避難させる防災計画作りや地域の経済や雇用を拡大する観点から原子力の役割を考えるのも自治体の責任といえる。国と協力しながら、こうした首長の責務を果たしてほしい。

民進党と原発 民意は見えているか

 民進党にはくみ取るべき民意が見えていないのではないか。新潟県知事選をめぐる一連の対応に、強い疑問を感じる。

 共産、社民、自由の野党3党は、現状での東京電力柏崎刈羽原発の再稼働に慎重な泉田裕彦知事の「路線を引き継ぐ」と訴えて当選した米山隆一氏を推薦した。一方、民進党は自主投票とし、参院選以来の野党4党の選挙協力の構図は崩れた。

 ところが、朝日新聞の出口調査によると、民進支持層の85%が米山氏に投票していた。民進党の判断と、支持層の思いとの亀裂の深さに驚く。

 そもそも民進党は米山氏を次期衆院選新潟5区で公認内定していた。だが知事選出馬が決まった米山氏には推薦を出さなかった。電力総連など連合新潟が米山氏の対立候補を支持しており、党として明確な対応がとれなかったと見られている。

 連合は旧民主党時代から民進党を支えた有力な団体だ。7月の参院選比例区で民進党から当選した11人のうち8人が連合の組織内候補で、個人名得票1位は約27万票を得た電力総連出身候補だった。目に見える集票力があり、気を配らざるをえない存在なのだろう。

 政党にとって、支持層の期待に背いてでも、自らの政策を貫くべき場面は当然ある。だが脱原発をめぐっては、民進党としての方向性も、支持層の思いも重なっていたはずである。

 参院選で民進党が掲げた重点政策は「2030年代原発ゼロに向け、あらゆる政策資源を投入します」と宣言し、こう続けている。「安全確認を得ていないものは再稼働しない、の原則を徹底させます。また、責任ある避難計画がなければ原発を再稼働すべきではありません」

 3カ月前のこうした主張はどうなったのか。新潟での対応はわかりにくいし、もし政策より支持労組への配慮が先に立ったとすれば情けない。

 民進党の蓮舫代表は「米山氏勝利」の可能性が伝えられた最終盤にようやく応援のため新潟入りした。かろうじて野党共闘に加わった形にしたかったようだが、支持層が求めるのは、そんな政治技術ではないだろう。

 朝日新聞の最新の全国世論調査によると、いま停止している原発の運転再開に賛成の人は29%、反対が57%だった。

 今回の新潟県知事選は、原発政策が、原発回帰を鮮明にする自民党・安倍政権との対立軸になりうることを教えている。

 民進党の「脱原発」は本気なのか。改めて党内で議論し、姿勢を明確にしてもらいたい。

車の燃費審査 「消費者の視点」徹底を

 不信を晴らすには、消費者の視点で審査の仕組みを改めていくしかない。

 三菱自動車に端を発した燃費不正問題で、国土交通省が再発防止策をまとめた。メーカーの走行試験に抜き打ちで立ち会う。新しい国際基準を一部前倒しで導入する。不正をしたメーカーには罰金を科し、審査も厳しくする。そんな内容だ。

 燃費試験は、国交省の外郭団体「自動車技術総合機構」が行っている。室内の試験装置に車を乗せ、ローラー上でタイヤを回して燃料の減り具合を測る。

 だが、これだと野外の公道を走るときの空気抵抗や、タイヤと路面の摩擦による抵抗が反映されない。そこで国交省は各メーカーに、野外で車を走らせて抵抗を測り、そのデータを報告するよう求めている。

 三菱自やスズキは、規定とは違う方法で測っていた。三菱自では、国の試験で目標とする燃費が出るよう逆算してデータを偽装する例まであった。発覚後の再測定でも不正があった。

 一連の不正は決して許されないが、メーカーを信じる「性善説」に立った審査に限界があることも浮き彫りになった。

 国交省が制度の不備を認め、見直しに動いたのは当然だ。従来は、測り方の規定があいまいで、何度も試走しての「いいとこ取り」が明確に禁じられていないという問題があった。この点についても、新たに導入する国際基準では測定データの平均をとるため、有利なデータだけを選ぶことはできなくなる。

 しかし、今回の見直しで十分とはいえない。国の審査を経てカタログに記載される燃費と、公道を走った場合の「実燃費」がかけ離れているという、長年の課題が残っているからだ。

 車の専門誌やウェブサイトには、ドライバーの実感に近い実燃費の情報があふれている。カタログ燃費と大きな差があるのは「常識」で、日本自動車工業会も約20%の違いを認める。

 実燃費と室内の試験との差は、ある程度は仕方あるまい。ただ、あまりにも大きい差がメーカーの甘えを生み、専門家ですら不正の有無を判断できない事態を招いたと言えないか。

 この差を埋めるには、速度ごとの燃費を表示させるのが有効だ。米国では、市街地を想定した「低速走行」時の燃費や、高速道路での「高速走行」時の燃費を出す。国交省が導入する国際基準でも複数の走行パターンを試すので、可能なはずだ。

 消費者にわかりやすく、信頼できる仕組みにする。それが不正の芽を摘むことにつながる。

「生前退位」会議 予断を排した議論が重要だ

 憲法の下で天皇制のあるべき姿について、国民の幅広い合意を形成するための一歩としたい。

 天皇陛下が示唆された生前退位のご意向を踏まえて、政府の「天皇の公務の負担軽減等に関する有識者会議」が初会合を開いた。

 安倍首相は「国家の基本に関わる極めて重要な事柄であり、国民の様々な意見を踏まえ、提言をまとめて頂きたい」と語った。座長の今井敬経団連名誉会長は、「この問題のとりまとめには国民の理解が不可欠だ」と強調した。

 会議では、生前退位だけでなく、高齢である陛下の公務の負担軽減策や、国事行為を代行する摂政の役割なども議論する。

 陛下のご意向を尊重しつつ、政府として、制度全体を包括的に検討することは適切だろう。

 会議は、憲法や皇室の専門家ら十数人から意見聴取し、年明けに論点を整理する。来春にも提言をまとめる見通しだ。衆参両院も、論点整理を受けて議論する。

 政府内では、現在の陛下に限って生前退位を可能にする皇室典範の特例法を制定する案が浮上している。早ければ、来年の通常国会にも法案を提出するという。

 重要なのは、生前退位の問題に関して、予断を排し、様々な選択肢を慎重に検討することだ。

 憲法は、天皇は国政に関する権能を有しないと定めている。この規定に照らせば、陛下のご意向を前提に、生前退位ありきの議論を拙速に進めることは避けたい。

 特例で自由意思による退位を認めても、将来的に、皇位の安定的な継承が損なわれる懸念がある。摂政制度の活用など、現行の枠組みで可能な公務負担軽減の方策についても十分検討すべきだ。

 天皇の公的行為の範囲をどう考えるかも重要な論点となろう。

 陛下は、国事行為とは別に、国民に寄り添うことが象徴天皇の務めだとして、全国各地へのご訪問を積極的に重ねられてきた。

 そのお気持ちは尊いが、陛下の82歳という年齢を勘案すれば、公務を減らしたり、皇族が代行したりすることは、多くの国民が理解するのではないか。

 読売新聞の世論調査によると、生前退位に関して政府が結論を「急ぐべきだ」と回答した人は48%で、「慎重に検討すべきだ」の45%と拮抗(きっこう)している。

 何より大切なのは、国民が納得できる結論を得ることである。

 有識者会議は、建設的な議論をリードしてほしい。国会にも、論議を深める努力を期待したい。

経済統計見直し 社会構造の変化を取り込もう

 適切な政策を講じるには、世の中の動きを正確に把握することが前提となる。経済データの収集も時代の変化を取り込む工夫が欠かせない。

 内閣府の有識者会議が経済統計の見直しに向けた検討を始めた。統計の数値が景気動向を必ずしも反映していないとの批判を踏まえ、問題点を洗い出し、改善することが狙いだ。

 インターネットやスマートフォンを活用したサービスが続々と登場し、共働き・単身世帯の増加で消費スタイルも変わった。従来の手法では、景気動向をつかみにくくなっているのは事実だろう。

 データの連続性から直ちに抜本的な変更は難しいとしても、社会の構造変化に応じた統計改革の可能性を幅広く探ってほしい。

 焦点の一つは、国の経済規模を示す国内総生産(GDP)の精度をいかに向上させるかである。

 GDPは政策を決定する際の重要指標だが、低成長時代が続いていることもあり、統計のわずかなぶれが、プラス成長かマイナス成長かを左右している。

 GDPは、個人消費や設備投資などを項目ごとに積み上げて算出している。基礎になる個別の統計が実態を十分捕捉できていなければ、GDPの精度も落ちる。

 気になるのが、GDPの6割を占める個人消費の基礎統計に家計調査を用いていることだ。

 調査対象が少なく、一部の動向で数字が振れやすい。収入や支出を細かく記入する方式のため、回答者が専業主婦や高齢者に偏りがちといった批判も絶えない。

 スーパーの売上高など販売統計から消費動向を推計するのが、国際的な潮流だ。企業のビッグデータなどを活用した新たな手法を検討するのも一案だろう。

 GDP改革を考えるうえで、現行の算定方式に疑問を投げかけた日銀の論文にも注目したい。

 税務データを基に独自試算した2014年度の名目GDPは、内閣府の公表値より約30兆円多かった。実質成長率も、内閣府のマイナス0・9%ではなくプラス2・4%になった。

 日銀方式は、国際基準に基づく内閣府方式とは大幅に異なり、発表頻度や速報性に問題はあるが、行政情報の活用という点で示唆に富む。有識者会議でも、議論の俎上(そじょう)に載せてはどうか。

 GDPの基礎統計は所管官庁がバラバラで、自前の統計を優先して改革には後ろ向きだった。縦割り意識を排除し、関係省庁が連携しなければ成果は上がるまい。

2016年10月17日月曜日

政府は継続的な賃上げの基盤づくりを

 来年の春季労使交渉に向け、政府が経済界に賃上げを強く求めている。要請は安倍政権になって4年連続だ。デフレ脱却には消費拡大のカギを握る賃上げが不可欠との判断からだが、民間の賃金決定に政府が介入することには違和感を拭えない。

 賃金を上げるために政府が果たすべき役割は、企業の生産性向上の支援や経営者の先行きへの不安を取り除くことである。そのための規制改革や社会保障改革に政府は注力してもらいたい。

 8月は消費支出が物価変動の影響を除いた実質で前年同月比4.6%減と、6カ月連続の減少となった。実質賃金の伸び率が鈍っていることが響いている。

 一方で企業が抱える資金は潤沢だ。日銀によると、民間企業が保有する現金・預金は6月末で242兆円と過去最高になった。

 経済財政諮問会議などの場で政府は、経済界に積極的な賃上げを求めている。企業は積み上げた資金をもっと賃金に振り向けてほしいとの考えがある。

 しかし、賃金決定への政府の介入は、賃金は企業の生産性の向上とともに上がっていくという市場メカニズムをゆがめかねない。

 民間の賃金の決め方に政府の意向が反映されるようになれば、この先、企業が政府から、賃金の引き下げを迫られる心配もある。

 政府に求められるのは企業が継続的に賃金を上げていくための基盤づくりだ。海外企業に比べ見劣りする営業利益率の引き上げなど企業自身の奮起が必要なのはもちろんだが、企業が活動しやすい環境整備は政府の仕事である。

 成長分野への参入など事業活動を阻んでいる規制の見直しを大胆に進めるべきだ。働く人の生産性を高める労働時間規制の見直しやほかの仕事に移りやすい柔軟な労働市場の整備など、雇用分野の制度改革も重要度を増している。

 企業に収益力向上を促すには、長期の視点に立った投資家の声を生かす企業統治改革も推進する必要がある。社外取締役の起用は広がってきたが、トップ選びの過程の透明性を高めるなど取締役会改革の余地は大きい。

 賃金や消費が伸び悩む理由のひとつには、企業や働き手が払う社会保険料がずるずると上がり、負担が増していることがある。政府は年金、医療、介護という社会保障と財政を一体的にとらえた構造改革に力を入れてほしい。

スマホ発火問題の検証急げ

 スマートフォン(スマホ)の世界最大手である韓国サムスン電子が、新型機種の生産・販売中止に追い込まれた。充電中などに発火する例が相次ぎ、安全性への疑念が広がったためだ。

 スマホは暮らしや仕事に不可欠な道具になりつつある。サムスンは不具合の原因を究明し、消費者の不安を取りのぞく必要がある。

 問題の「ギャラクシーノート7」は、サムスンが8月に韓国や米国などで発売したばかりだった。発火事故を受け、9月初めに250万台の回収を表明した。「一部の電池に異常がある」とした。

 同社は当初、欠陥を解消したとする新端末を用意し、各国での販売再開をめざしたが、新端末でも発火が起き、今月11日に生産・販売の打ち切りを発表した。日本では販売していなかった。

 業績への影響については情報を開示しているものの、なぜ端末に不具合が生じたのか、詳細な説明はしていない。気になるのは、激しいシェア争いの背後で、端末に過度に負荷がかかる無理な設計をしていなかったかという点だ。

 スマホは先端技術の固まりだ。小さな本体に部品を詰め込み、様々な機能を実現する。購買意欲を刺激しようとメーカー間の多機能化競争は激しい。これが端末の進化を促すのは確かだが、やみくもに機能競争に走り、安全性の確保という、ものづくりの基本がおろそかになっては元も子もない。

 ノート7も、瞳の虹彩を使う個人認証など最新技術が満載だった。専門家の間には、回路設計の不備を疑う見方もある。サムスンはきちんと検証し、説明責任を果たすべきだ。それが信用の回復につながる。

 他の端末や部品メーカーも、消費者が安心できる品質を備えているか製品を点検してほしい。

 スマホに限らない。人工知能(AI)で動くロボットなど、複雑な構造の製品が今後、急速に普及していく。世に送り出す企業にとって、安全対策がきわめて重要であることは言うまでもない。

新潟県知事選 原発への不安を示した

 原発の再稼働に前のめりな安倍政権への「待った」だ。その意思表示と言える結果である。

 新潟県知事選で、共産と社民、自由の野党各党の推薦を受けた米山隆一氏が初当選した。最大の争点だった東京電力柏崎刈羽原発の再稼働に厳しい姿勢を示し、自民、公明両党推薦の前長岡市長、森民夫氏との事実上の一騎打ちを制した。

 選挙で浮き彫りになったのは、県民の原発への強い不安だ。米山氏は「東電福島第一原発の事故や、その影響・課題が検証されない限り、再稼働の議論は始められない」と公約した。有言実行を肝に銘じ、再稼働を目指す国や東電に毅然(きぜん)と向き合うことが責務である。

 再稼働に慎重な態度を貫いてきた泉田裕彦知事が立候補をとりやめ、その路線が継承されるかどうかが注目された知事選は当初、全国市長会長も務め、「国とのパイプ」を強調した森氏が圧倒的に優勢とみられた。

 だが、告示直前に立候補を表明し、再稼働問題で泉田路線を継承すると明言した米山氏の勢いがまさった。朝日新聞社の有権者への調査では、再稼働への賛成が2割台だったのに対し、反対は6割を超えた。この声が米山氏を当選させた。

 柏崎刈羽は7基の原子炉が集中する世界最大級の原発だが、02年に重大なトラブル隠しが発覚し、07年の中越沖地震では火災や微量の放射性物質漏れが起きた。不安を感じる人が多いのもうなずける。

 泉田氏は国に対し、原発事故時の住民の避難計画を原子力規制委員会が審査しない問題点を指摘し、原子力災害対策指針の改善を訴えた。福島第一原発事故については県の専門家委員会を使って独自に検証を続けた。炉心溶融の公表が遅れた問題も追及し、今年になって東電が隠蔽(いんぺい)を認めることにつながった。

 原発の安全を国任せにせず、知事がさまざまな役割を果たせることを泉田氏は行動で示してきたと言える。選挙結果は、そうした姿勢の継続を望む県民が多いことを示した。

 安倍政権は原発を「重要な基幹電源」と位置づけ、規制委の審査を終えた原発は再稼働させていく考えだ。柏崎刈羽の再稼働についても、実質国有化した東電の経営再建に不可欠だと位置づけている。

 しかし、新潟の民意と真摯(しんし)に向き合うべきだ。

 この夏には鹿児島県知事選でも原発の一時停止を掲げた候補者が当選した。住民の声に耳を傾けることは、国政の責任者の務めである。

日本とユネスコ 節度欠く分担金の保留

 カネの力で主張を押し通そうとするのであれば、あまりに節度を欠いている。

 日本政府がユネスコ(国連教育科学文化機関)に対する今年の分担金約38億5千万円などの支払いを保留している。

 昨年、中国が申請した「南京大虐殺の記録」をユネスコが世界記憶遺産に登録したことが理由とされる。反発した自民党議員らがユネスコに圧力をかけるよう政府に求めていた。

 国際条約に基づく世界文化・自然遺産や世界無形文化遺産とは異なり、記憶遺産はユネスコが独自に運営する事業だ。

 審査が非公開で、関係国に意見表明の機会がないといった問題点を日本が指摘したまではいい。ユネスコも透明性の向上などの改革を約束していた。

 だが、分担金と引きかえに履行を迫るような強圧的な対応は賢明とはいえない。

 教育や文化の振興を通じて戦争の悲劇を繰り返さないというユネスコの理念をどう実現させるか。そのための日本の行動を冷静に考えるべきである。

 分担金の支払いは加盟国に課された義務だ。それを果たさなければ、制度改革も含め日本の発言力低下は免れまい。

 分担金が最も多い米国は、パレスチナ加盟への反発から支払いを凍結している。大国のエゴへの批判が続く中、分担金が2番目に多い日本は堅実にユネスコを支え、信頼されてきた。

 その日本が背を向ければ、途上国の識字教育、文化交流、地震警報システムなど幅広い事業に影響が出かねず、批判の的となろう。結果的に、日本に次いで分担金が多い中国が存在感を増すかもしれない。

 そもそも記憶遺産は、後世に残すべき資料の保存や活用を支援するもので、正しい歴史的事実を認定する制度ではない。

 南京事件については、第1次安倍政権が中国政府と合意して設けた日中歴史共同研究で、日本側も「集団的、個別的な虐殺の発生」を認めている。

 過剰に反応すれば「事件そのものを否定するのか」と世界から疑念をもたれる恐れもある。

 記憶遺産の審査には資料の収集、評価、保存にあたる専門家(アーキビスト)が携わる。日本が力を入れるべきなのは、こうした人材の育成だろう。

 慰安婦問題をめぐる日韓合意のように、歴史をめぐる溝は当事国間の対話で埋める努力を尽くすのが先決ではないか。

 「人の心の中に平和のとりでを築く」。そう憲章でうたったユネスコを歴史対立の「戦場」としてはならない。

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