2016年11月30日水曜日

韓国の政治混乱収拾へやむを得ぬ決断だ

 韓国で長引く政治混乱を収拾するうえで、やむを得ぬ決断だといえるだろう。自らの友人の国政介入疑惑で窮地に立たされていた朴槿恵(パク・クネ)大統領が任期前の退陣を表明した。

 大統領は国民向け談話で改めて謝罪するとともに、「大統領職の任期短縮を含めた進退問題を国会の決定に委ねる」と言明した。

 朴氏の任期は2018年2月までだが、与野党の議論で「国政の混乱と空白を最小化し、安定的に政権移譲する方案」ができれば、それに従って辞任すると述べた。

 機密文書の流出や友人による財団資金の不正流用疑惑などを捜査中の検察は、すでに友人や大統領府元高官らを起訴した。さらに大統領が「相当部分で共謀関係にあった」と認定している。

 国内では大統領の支持率が5%を割り、早期退陣を求める大規模な市民集会が週末ごとに開かれていた。厳しい世論も背景に、野党勢力は今週中にも朴氏の弾劾訴追案を国会に発議する方向で準備を進めていた。

 与党の一部議員も賛同し、弾劾訴追案が採決されれば可決される公算が大きかった。これまで続投に意欲を示していた朴氏は事実上退路を断たれ、親朴派の議員らが勧めた「名誉ある退陣」を土壇場で受け入れたとみられる。

 仮に国会で弾劾訴追案が可決された場合、大統領の職務は一時停止されるが、憲法裁判所が罷免の是非を最長180日かけて審理する。朴氏が最後まで権力に固執していれば、国政の空白がさらに長期化する恐れがあったわけだ。

 野党側はなお弾劾を進める構えを崩していないが、国政の混乱を速やかに収拾すべく、朴大統領の退陣と次期大統領選に向けた早期の合意をめざしてほしい。朴氏も国民に公約した以上、国会の決定には無条件で従うべきだ。

 高度経済成長を導き、現在も国民的人気が高い朴正熙(パク・チョンヒ)元大統領を父親に持つ朴氏にとって、退陣表明は苦渋の選択だったろう。だが国民の信頼を失った以上、責任を取るのは当然だ。疑惑の真相を明らかにする義務も引き続き忘れてはならない。

 韓国は今後、選挙モードに突入するとみられるが、大統領の疑惑と朴政権が進めてきた政策は別問題だ。日韓の慰安婦問題の合意や軍事情報包括保護協定(GSOMIA)がほごにされないようくれぐれも求めたい。

電力の供給力確保を促すには

 経済産業省の有識者会議が、電力の供給力を中長期で確保するための方策を議論している。電力自由化を進め、太陽光や風力などの再生可能エネルギーを増やすなかで、発電所の新設を着実に促す仕組みを整えることが重要だ。

 電力自由化の下では、電力会社が発電所への投資に慎重になる恐れがある。電力会社の地域独占が撤廃され、新規参入者との競争で収益が不透明さを増すからだ。

 自由化は確実に進めるべきだが、電源が足りず供給が損なわれることがあってはならない。自由化と安定供給の両立は不可欠だ。

 再生可能エネルギーは、天候や時間によって発電量が変わる。需要に見合った電力を安定的に確保するには、出力が下がったときに不足分を埋める調整用の電源が別途必要になる。

 再生エネルギーの導入が増えれば、それに応じて火力発電所など調整用の電源を用意しなければならない。しかし、再生エネルギーの発電量が足りない時だけ動かす発電所は稼働率が高まりにくい。

 発電事業者は、稼働率が低くて費用の回収を見通せない投資には消極的にならざるを得ない。有識者会議はこの点を踏まえ、将来の電源不足を回避する策として「容量メカニズム」と呼ぶ手法を検討している。

 電力小売会社が、電力販売に必要な発電能力を長期の枠として入札を通して買う。発電会社は発電所の稼働状況にかかわらず安定収入が見込める。自由化で先行する米欧で導入が始まっているこの仕組みを日本でも定着させたい。

 それには制度設計が重要だ。発電能力に応じて収入を保証した結果、古くて非効率な火力発電所が温存されることになってはまずい。入札価格の決め方を工夫するなど、効率の高い発電所への切り替えを促す制度にすべきだ。

 発電能力を増やすだけでなく、供給力が足りない時に消費者に電力利用を控えるよう促し、需要のピークを下げる仕組みなどと組み合わせていくことも大切だ。

韓国の危機 超党派で国政の再建を

 韓国の朴槿恵(パククネ)大統領がきのう、自らの進退を国会にゆだねる考えを明らかにした。

 旧知の友人を国政に介入させた疑惑などに国民が怒り、国会が弾劾(だんがい)訴追に動くなか、追い込まれたかたちだ。

 1987年に民主化されて以降、大統領が任期満了を待たずに退陣するのは例がない。

 今後、どのような手続きとタイミングで退任させるのか。大統領権限が事実上空白になれば国家統治をどう保つのか。

 韓国の憲政は、かつてない危機に直面している。

 判断を一任された国会の責任は極めて重い。ここは与野党が結束して混乱を収拾するための最善の道を急ぐときである。

 北朝鮮問題などを考えれば、日本など周辺国にとっても、ゆゆしい事態だ。韓国各党は、超党派の暫定的な内閣を組み、早く次期政権を決める大統領選の環境づくりを進めてほしい。

 憲法によると、大統領が不在になれば60日内に大統領選挙をしなければならない。しかし、立候補予定者の中には現職の地方自治体の首長らもいるため、いま朴氏が退陣すれば、準備が間に合わない可能性がある。

 この混乱を経て新たなリーダーを国民が納得して選ぶには、一定の時間を選挙までの準備期間に充てるのはやむを得まい。

 朴氏は国民に向けて、「与野党が議論し、安定的な政権移譲の案をつくってもらえるなら、その日程と法の手続きに従って職を退く」と明言した。

 野党各党は、早期退陣表明を装いながら、実は野党の足並みの乱れに乗じた時間稼ぎとみて反発しており、予定通りに弾劾訴追の手続きを進める方針だ。

 国会は野党勢力が過半数を占めるが、前例がないだけに、どんな形式で大統領を退任させる「国会の意思」を示すのか。その方法をめぐってもすんなり合意できるとは限らない。

 朴氏がもし、与野党の不和を利用して延命を図る政治ゲームを仕掛けようとしているのであれば、国家指導者として失格と言わざるをえない。

 毎週末、各地で民衆が街頭で朴氏の退陣を呼びかけている。それは、民主社会であると信じて疑わなかった国民の、国家に対する失望の表れでもある。

 混乱に一日も早く終止符を打ち、公正な選挙を経た正統性ある次期指導者が国政を立て直す。そのプロセスへ向けて、与野党は目先の党利に走る政争をやめて、団結すべきだ。

 30年を迎えようとする韓国の民主化の歩みの真価が、いまこそ問われている。

東京五輪 これで大丈夫なのか

 東京五輪・パラリンピックの会場や経費をめぐり、国際オリンピック委員会(IOC)、東京都、政府、組織委員会の4者協議が公開でおこなわれた。

 国内の関係機関で調整がつかず、IOCが乗りだす異例の展開を経て見えたのは、相も変わらぬ日本側の一体感のなさだ。こんなことで五輪という巨大プロジェクトを本当に切り盛りできるのか。不安は拭えない。

 小池百合子都知事がつくった調査チームは、経費は総額3兆円を超える可能性があると指摘していた。これに対し、組織委はきのう、「2兆円は切る見込み」と述べた。上限を明示した意義は大きい。それでもなおIOCから巨額すぎると指摘されていることを忘れず、さらなる削減を図る必要がある。

 そもそも招致段階ではコンパクト五輪がセールスポイントとされていた。だが、これまでの議論でどんぶり勘定があぶり出され、別の予算費目に付け替えて見た目の数字を圧縮する手口があることも、多くの人の知るところとなった。

 チケット代金やスポンサー収入などで確保できるのは5千億円程度とされ、残りは公費での負担となる。納税者の理解を得るには、ぎりぎりの精査・節減はもちろん、詳細かつ正直な説明が欠かせない。

 注目された競技会場問題は、バレーボールをのぞいて決着した。「大山鳴動して」の感はあるが、観客収容人数の見直しなどによって100億円単位の圧縮が見込めることになった。

 競技団体についても、豪華な施設を求めるだけでなく、五輪後の活用や運営に協力し、良き遺産を残す責務があることが、社会全体の認識となった。これらは、今回の見直し論議がもたらした成果といえるだろう。

 一方で、国内組織間の信頼の醸成はまだまだのようだ。

 4者協議では「すばらしい大会になるよう協力していこう」などと互いにエールを送りながら、腹の探り合いやさや当てが目についた。テレビやネット中継などでこの様子を見た人はどう思っただろうか。

 大会本番まで4年を切り、課題は山積している。協議の場でも、大会経費の全体像の取りまとめをはじめとする準備の遅れが話題になった。

 組織委の武藤敏郎事務総長は、関係者の連携強化や情報公開に努め、ガバナンス機能を高めていくことを表明した。今さらではあるが、こうした基本的なところから正していかなければならないのが現実だ。危機感をもって臨んでもらいたい。

五輪会場見直し コスト抑えつつ準備の加速を

 2020年東京五輪・パラリンピックを成功に導くため、重要事項は関係4者の話し合いで決める。そのルールが確立された意義は大きい。

 国際オリンピック委員会(IOC)、政府、東京都、大会組織委員会のトップ級会談が開かれ、大会の競技会場の見直し問題を協議した。

 ボート、カヌー・スプリントは、新設の「海の森水上競技場」で開催することで合意した。「復興五輪」をアピールするために、小池百合子都知事が前向きだった宮城県内の「県長沼ボート場」への変更案は採用されなかった。

 「海の森」の建設を中止した場合、業者への多額の損害賠償などが必要となり、長沼開催のコスト面での優位性は乏しい。これが見送りの主な要因だろう。

 長沼は、各国チームの五輪前の合宿などで活用される。開催機運が盛り上がっていた地元に配慮した対応だと言える。

 水泳会場は、当初の計画より客席数を減らして新設する。「海の森」と同様、建設費を可能な限り圧縮する姿勢が求められる。

 東京五輪の「負の遺産」とならないよう、会場変更に反対していた競技団体も責任を持って、大会後の活用方法を検討すべきだ。

 バレーボール会場の決定は先送りとなった。新設の「有明アリーナ」で実施する案と、既存の「横浜アリーナ」に変更する案について、小池氏が「クリスマスまでには(都としての)結論を出したい」と時間的猶予を求めたためだ。

 小池氏が言うように、会場の見直しは、今回が「ラストチャンス」だろう。現行計画で404億円とされる「有明」の整備費をどこまで縮減できるのか。「横浜」に変更した場合に、警備や輸送などの面で支障は生じないのか。

 こうした点を見極めた上で、最終決定することが大切だ。

 開催都市の都と大会組織委は、五輪を成功させるための車の両輪になる必要がある。

 小池氏の知事就任以来、組織委の森喜朗会長との関係はぎくしゃくしているが、今後、連携を強め、IOCとともに大会準備を加速させなければならない。

 大会の総費用について、組織委は2兆円を上限とする考えを示した。IOCのジョン・コーツ副会長は「それに同意したわけではない」と、一層の削減を求めた。

 テロ対策など重要事項には、予算を重点投入し、無駄なコストは削る。4者が協力して、将来の範となる五輪を実現してほしい。

南シナ海警備 ASEAN「海保」を支えたい

 南シナ海で「法の支配」を確立し、安定を図る。それには、東南アジア諸国連合(ASEAN)各国の海上保安能力を高めることが欠かせない。

 安倍首相は今秋、フィリピン、マレーシア、ベトナム各国首脳と個別に会談し、巡視船の供与などを表明した。相手国の要望に積極的に応じたものだ。

 フィリピンは、日本が提供する新造の巡視艇10隻のうち1隻をスカボロー礁周辺で活動させた。

 マレーシアには中古の巡視船2隻を供与する。新造船は完成まで数年かかるためだ。各国の実情に即した対応が重要である。

 中国は、海警局などの公船を派遣し、非軍事的な手段で海洋権益を拡大する動きを強めている。

 各国が海軍を出動させれば、一気に緊張が高まる。このため、近年は、海軍とは別に、海上での犯罪取り締まりや領海警備を担う海上保安機関を新設してきた。日本の海上保安庁もモデルだ。

 ベトナムの組織は2013年、インドネシアは14年に発足したばかりだ。軍のような過度の実力行使は認められておらず、違法漁船の摘発、証拠保全など適切な法執行能力の保持が急務である。

 中曽根元首相が会長を務める世界平和研究所は10月下旬、南シナ海沿岸国の海上保安機関の能力向上を提言した。軍事的衝突を回避するための「緩衝材」の役割を期待するもので、妥当な内容だ。

 日本は、海上保安官の長期派遣や各国職員の研修の受け入れ、巡視船を使った共同訓練などを行ってきた。装備提供というハード面に加え、法整備や人材育成などソフト面の支援を強化すべきだ。

 南シナ海では、中国公船と他国の能力格差が不安定要因となっている。ASEAN各国の警備力が高まれば、中国の海洋進出に対する一定の歯止めになろう。

 米沿岸警備隊は、外国の海上保安機関を支援する専従チームを有する。海保も同様の組織の編成を検討している。日米が連携して各国を支援する体制を構築すれば、戦略的な意義がある。

 海保と政策研究大学院大学は昨年10月、各国の幹部候補職員を対象とする修士レベルの海上保安政策課程を設けた。国際法の事例研究や安全保障政策、比較刑事法などを英語で学ぶ。

 初年度は、日本、フィリピン、マレーシア、インドネシア、ベトナムの計10人が東京と広島で1年間の課程を履修した。「自由で開かれた南シナ海」の実現に向けて認識を共有する土台としたい。

2016年11月29日火曜日

年金制度の維持へ国会は建設的議論を

 年金支給額を抑えるための新たなルールを盛り込んだ年金改革法の今国会成立をめぐり、与野党の攻防が続いている。

 新ルールは年金制度の持続可能性を高めるために必要な方策の一つである。政府・与党はできる限り丁寧な説明に努めるべきだ。野党も「年金カット法案」と非難するだけでは、責任ある対応とはいえない。

 政府・与党は今国会の会期を12月14日まで延長する。建設的な議論で広く理解を得ながら、会期内に改革法を成立させてほしい。

 公的年金は毎年の物価や現役世代の賃金の変動に合わせて、支給額を改定している。これまでは物価よりも賃金が下がった場合には、原則として物価分だけしか支給額を減らさない、といった仕組みになっていた。

 新ルールでは、賃金が減るならばそれだけ現役世代が苦しくなり、年金制度を支える力も弱まるので、賃金が減った分と同じだけ年金も減らすようにする。

 さらに今回の法案には、年金受給者の増加や現役世代の減少に合わせて、年金支給額を毎年小刻みに切り下げていく「マクロ経済スライド」と呼ばれる仕組みの見直しも盛り込んでいる。

 現在、マクロ経済スライドは物価や賃金が下がるデフレ下では発動できず、年金支給額は据え置かれる。このままでは年金額だけが高止まりしてしまうので、発動できなかった引き下げ分は翌年度以降に持ち越して、物価や賃金が上がった年にまとめて引き下げることにするという。

 これらは、年金を受け取っている高齢者にとっては厳しい変更に違いない。しかし、現行の年金制度では今、年金を多く支給すると将来にその分がしわ寄せされ、余計に支給額が減りかねない設計になっている。

 賃金や物価が下がるような経済状況下では、高齢者にも少し我慢をしてもらい、できる限り将来世代の年金を減らさないような工夫が欠かせない。

 各世代でそれぞれが「痛み」を分かち合う対策は、きちんと説明すれば理解も得られるはずだ。

 今回の対策のほかにも、制度の持続可能性を高めて国民の将来不安を和らげるためには、年金の受給開始年齢の見直しや、私的年金の充実などの大きな改革が避けて通れないだろう。議論を停滞させている場合ではない。

欧州の針路問う仏大統領選

 来春のフランス大統領選挙に向けて、最大野党の共和党など中道・右派陣営がフランソワ・フィヨン元首相を候補に選出した。反移民や反欧州統合を掲げる極右政党の候補を退け、ポピュリズムの波を止めることができるかどうか、欧州政治の行方を問う選挙戦が本格化する。

 フィヨン氏はもともと本命視されておらず、予備選の第1回投票から大差をつけての勝利は驚きをもって迎えられている。

 他の候補の失速に加え、同氏が掲げる経済改革への期待や、極右勢力に勝てる候補をという中道支持者らの思いが、予想外の得票をもたらしたのだろうか。

 経済政策でフィヨン氏は、サッチャー元英首相のような市場重視の改革路線とされる。公務員の大幅削減や歳出カットで財政健全化をめざす一方、法人減税などビジネス寄りの政策を志向する。

 ロシアのプーチン大統領と関係がよいとされ、対ロ制裁解除や、シリアのアサド政権との関係改善に前向きなようだ。大統領になればフランスの外交政策に大きな変化が生じる可能性もある。

 中道・右派に対抗する与党の社会党は予備選を来年1月に実施する予定だが、現職のオランド大統領の支持率は低迷している。このままだと極右政党の国民戦線(FN)のルペン党首が、大統領選で決選投票まで勝ち進む可能性が大きいと予想されている。

 反グローバル路線のルペン氏は欧州連合(EU)離脱を問う国民投票を主張するなど、大統領に当選すれば影響は大きい。

 最終的には中道票を集めやすいフィヨン氏が有利とみられているが、予断は禁物だ。米大統領選や英国のEU離脱を決めた国民投票のように、世論調査と食い違う結果が出る事例も相次いでいる。

 米英では現状に不満を持つ中間層の票が投票結果を左右した。フランスや今後、国民投票や選挙を迎えるイタリアやドイツなどでどのような民意が示されるのか、欧州政治の動きから目が離せない。

全農改革 組合員に選ばれねば

 農家のための組織なのに、不満をもらす農家が少なくない。早急に改めるべき点があることの、何よりの証拠だろう。

 政府・与党が農業改革案で対象にした全農(全国農業協同組合連合会)の話だ。

 全農は、農協グループのなかで全国的な商社の役割を担う。肥料や農薬、機械などの購買事業や、農作物の販売事業を手がける。売り上げにあたる取扱高は年5兆円に迫り、世界の農協の中でも最大規模を誇る。

 その半面、事業が効率的でなく、組合員への貢献が不十分ではないか、と長年にわたって指摘されてきた。

 2003年に農林水産省の有識者会議がまとめた「農協改革の基本方向」は、全農の購買事業について、「組合員・会員は農協系統から購入するはずだ」という安易な姿勢があると指摘。競争の意識や、流通改革による値下げ努力が不十分で、割高な品目が多いと批判した。

 今回の改革案は、農業に使う資材の価格引き下げに向けて、事業のスリム化などを迫った。方向性は十数年前と同じだ。全農も自主改革案を示し、取り組みを始めているものの、これまでの経緯を見ればスピードに欠けるのは明らかだろう。

 自らリスクをとって販路を開拓するといった試みを含め、組合員にもっと貢献するための転換を加速させるべきだ。生産・流通の効率化は、安くて品質の良い農産物を求める消費者の利益にもつながりうる。

 今回の議論では、政府の規制改革推進会議のワーキング・グループがまとめた意見が波紋を広げた。全農の組織転換に「1年以内」といった期限を切り、選挙による会長選出や、改革が進まない場合の「第二全農」の設立推進など、急進的ともいえる内容を盛り込んだからだ。

 ワーキング・グループの意見が突然打ち出されたこともあって、農協側は過剰な介入だとして激しく反発した。緊急集会を開いて与党にはたらきかけ、与党が期限などの「トゲ」を抜くかたちで決着した。

 農協は民間団体であり、業務の細部まで政府が左右すれば、自己責任に基づく経営が失われかねない。ただ、農協側がそう反論する以上、組織運営に組合員の声が十分に反映されているか、他の企業・団体と競争したうえで組合員に選ばれて利用されているか、改めて厳しく問われることになる。

 与党への影響力に安住するのではなく、山積する日本農業の課題に自ら向き合うことが必要だ。

政治資金 地方は透明化を急げ

 政治資金の使い道など「政治とカネ」をめぐって、東京都の舛添要一前知事をあれだけ厳しく追及したのは誰だったのか。

 都議らの2015年分の政治資金収支報告書が公開された。明らかになったのは、驚くばかりの透明度の低さと、それを良しとしている感覚の鈍さだ。

 都選挙管理委員会が公表した報告書を見比べると、不思議なことに気づく。

 例えば自民党の平将明衆院議員が支部長の党東京都第4選挙区支部(大田区)では、「組織活動費」175万円の支出明細はこんなふうに書いてある。

 ▽会費15000 2/24イタリア料理店(名前と住所)▽飲食代22500 12/18日本料理店(名前と住所)……

 少なくとも、いつ、どこで、いくら使ったかはわかる。

 一方、同じ大田区が地盤の鈴木章浩都議が代表を務める党支部では、都議の中で抜きんでて多い1267万円を「組織活動費」として支出しながら、内訳はいっさい不明のままだ。全額が、明細を書かない「その他」の項に一括計上されている。

 こんなことが起きるのは、国会議員と地方の首長・議員とで公開基準に差があるからだ。

 07年に政治資金規正法が改められた時、国会議員とその候補者については、1件1万円超の支出は報告書に明細を記すことが義務づけられた。1万円以下でも、請求があれば領収書を開示しなければならない。

 一方、地方議員らの公開基準は1件5万円以上に据えおかれ、少額領収書の開示制度もない。「3年後をめどに両者の差を解消することを検討する」と法律に明記されたにもかかわらず、いまだ実現していない。

 社会のさまざまな声を聞き、支持を訴え、政策の実現をはかり、行政を点検する。有権者から託された仕事に、政治家が日々どんな形でのぞんでいるのかを、お金の出入りの面からあらわすのが収支報告書だ。

 特定の業界との癒着のおそれはないか。公私混同していないか。活動の公正さを担保するためには透明化が欠かせない。

 中央、地方を問わず、本来すべてガラス張りにしてしかるべきだ。「3年後見直し」に国会がとり組まぬのなら、都議会は自分らで公開条例をつくるなどしたらどうか。そうしてこそ、情報公開を旗印とする小池百合子現知事にも対抗できよう。

 都議会ばかりではない。政務活動費の私的流用などで、地方議会には厳しい目が注がれている。自己改革に乗りだすことが、いま求められている。

臨時国会延長 年金法案も確実に成立させよ

 貿易立国・日本は、約5年間の交渉を経て合意した高い水準の貿易・投資ルールを生かすため、手段を尽くすべきだ。

 安倍首相と公明党の山口代表が会談し、30日までの臨時国会の会期を12月14日まで延長することで一致した。

 環太平洋経済連携協定(TPP)の承認と、世代間の負担・給付のバランスをとる年金改革関連法案の成立を図るのが目的だ。いずれも今国会で処理すべき重要案件であり、会期延長は妥当だろう。

 参院で審議中のTPP承認案は11月10日に衆院を通過した。12月9日には自然承認される。

 TPP発効が、トランプ次期米大統領の離脱表明で、極めて困難になったのは事実だ。だが、参加12か国で2位の経済規模を持つ日本には、自由貿易の旗を掲げ続け、他国を牽引(けんいん)する責任がある。

 その努力が、米国抜きのTPP発効や、他の多国間貿易協定の模索など、今後の様々な展開に備えることにもつながろう。

 年金改革法案は、29日に衆院を通過する見通しだ。

 賃金や物価の変動に応じて給付額を増減する「賃金・物価スライド」を見直し、将来世代の給付を改善することなどが柱である。

 民進党などは、賃金の下落に連動させて給付を減額することから「年金カット法案」と批判するが、あまりに近視眼的で的外れだ。

 少子高齢化が進む中、年金制度を持続可能なものにするには、年金財政を安定させ、将来世代の給付水準を確保する必要がある。現役世代と高齢者が負担や給付減の痛みを分かち合い、公平感を維持することも欠かせない。

 おかしいのは、民進党が衆院厚生労働委員会の法案可決に「強行採決」と反発していることだ。

 「強行採決」は、野党側が「年金カット反対」などの紙を掲げて委員長席に殺到するなど、多分にテレビ中継を意識した演出の色彩が濃いのではないか。

 政府・与党の国会運営に拙さが目立ったことも否めない。

 TPP承認案の採決を巡る山本農相の「冗談」発言で与野党対決が強まる中、厚労委員会の審議は予定より大幅に遅れた。

 萩生田光一官房副長官が国会運営をプロレスに例えて「茶番だ」などと発言したことも、野党の態度を硬化させた。

 政府・与党幹部が失言し、国会審議が停滞する。このパターンが繰り返されるのは、緊張感の欠如と言うほかない。もっと気を引き締めて延長国会に臨むべきだ。

法廷通訳人 誤訳は冤罪の危険性をはらむ

 法廷で外国語が正しく訳されなければ、公正な裁判は成り立つまい。

 殺人未遂罪などに問われた元日本赤軍メンバーの男に対する東京地裁の裁判員裁判で、法廷通訳人が数多くの誤訳をしていた。

 男はジャカルタで1986年、日本大使館に向けて爆発物を発射した、などとして起訴された。

 検察側は、犯行現場とされるホテルの部屋から男の指紋が検出され、従業員の目撃証言もある、と主張した。男は、事件当時、国外におり、無罪だと反論した。

 9月末の公判で、捜査に当たった現地の警察官や従業員ら検察側証人3人の尋問が行われた。

 その際、証言を極端に短くするなど、日本人通訳によるインドネシア語の不自然な訳が目立った。地裁が録音を基に鑑定した結果、誤訳や訳し漏れが見つかった。

 指紋採取時に「警察の服」を着ていたと証言したとされる警察官は、実際には「私服」と答えていた。ホテル従業員の「日本人に間違いない」という証言は、「アジアの人だった」と訳された。

 弁護団によると、問題点は約200か所にも上った。地裁は、鑑定で誤訳は補正されたとして、証人尋問をやり直さず、男に懲役12年の判決を言い渡した。誤訳を洗い出した上で、判断を下した地裁の対応は適切である。

 裁判員裁判では、法廷での口頭のやりとりが重視され、一つ一つの言葉が裁判員の心証形成に大きな影響を及ぼす。誤訳は、被告の防御権を揺るがし、冤罪(えんざい)につながる危険性をはらむ。

 各地の裁判所には4月現在、61言語で3840人の法廷通訳人が登録されている。裁判官の面接で採否が決まるが、統一的な試験などはなく、資格も存在しない。

 昨年中に1審が終結した外国人被告のうち、7割の約2700人に通訳人が付き、39の言語が用いられた。それらが正しく訳されたのかどうか、チェックする仕組みはない。誤訳が全くなかったと、言い切れるだろうか。

 専門用語が行き交うケースも多い法廷での通訳に、一定の能力が必要なことは、言うまでもない。水準を保障するため、米国や豪州では、試験による法廷通訳人の資格制度を設けている。

 こうした例も参考に、最高裁は、再発防止策を検討すべきだ。

 複数の通訳人で、訳した内容を点検し合う仕組みの導入は有効だろう。不足している少数言語の通訳人を確保するため、大学などとの連携強化も欠かせない。

2016年11月28日月曜日

同一労働同一賃金を生産性高めるテコに

 働き方改革の目玉の一つとして、仕事が同じなら賃金も同じにするという「同一労働同一賃金」の議論が厚生労働省の有識者会合などで進んでいる。企業は制度導入に向けた対応を急ぐべきだ。

 同一労働同一賃金は政府が非正規社員の処遇向上策として来年の制度化をめざしている。仕事が同じなのに正規、非正規という雇用形態の違いで賃金に差をつけることを禁じるというものだ。

 ただし、制度の運用は柔軟にする方向にある。欧州連合(EU)には同一労働同一賃金の原則があるが、フランスでは職務が同じでも、その仕事の経験が長く成果を上げやすい社員には高めの賃金を払うことが認められている。ドイツでも取得した資格などによる賃金の差が許容されている。

 こうした例は日本にも参考になる。どのような待遇の差は合理的といえ、どんな場合は不合理で是正すべきか、政府は年内にまとめる指針で例示する。

 企業に求められるのはまず、待遇に差をつける場合は理由の説明責任が伴うことの自覚だ。

 たとえば同じ仕事に就いている正社員とパートで賃金に差を設けていれば、パート社員に対し、権限・責任や身につけた技能の違いといった理由を明確に説明する必要がある。新たに雇用契約を結ぶ際も、待遇の差の理由をきちんと説明することが重要になる。

 正社員の処遇制度も見直す機会になる。同一労働同一賃金は、賃金は職務の対価という考え方を前提にしている。日本企業は正社員の処遇制度に年功色をなお残しているが、これを改め、仕事の中身や難易度で賃金を決める職務給を積極的に取り入れるべきだ。

 求められるのは同一労働同一賃金の議論を機に、社員の生産性向上を促す処遇制度改革を進めることである。パートなど非正規社員についても技能の向上に伴って昇給する仕組みを充実させたい。

 欧州では賃金以外の面についても広く、合理的な理由がなく差をつけることを禁じている。たとえば非正規社員の研修に力を入れる動きが日本で広がれば、企業の生産性向上につながろう。

 同一労働同一賃金は、何をもって「同一労働」と認めるかなど課題も多い。だが非正規社員と正社員の賃金格差は大きく、是正を急ぐ必要があるのは確かだ。企業は制度化への対応を、競争力を高める機会として生かすべきだ。

悪質な旅の手配代行減らせ

 旅行会社の依頼で宿やバス、ガイドなどの手配を代行する「ランドオペレーター」と呼ばれるビジネスへの規制を観光庁が検討し始めた。外国人客が高額な土産物店を連れ回されるなどの問題が起こっていることが背景にある。

 日本の旅を安全で安心できるものにするため、悪質な業者を排除できる仕組みが必要だ。ただし、過度な規制で個性的な旅行サービスの芽を摘むなどの弊害を生まないことにも注意したい。

 消費者と直接、契約を結ぶ旅行会社は旅行業法に基づく登録が必要だが、ランドオペレーターは自由に開業できる。得意な分野や地域を持ち、ユニークな旅のメニューを企画提案するなど、旅行会社にとって不可欠なパートナーとなっている業者も少なくない。

 一方で団体バスを国の定める下限より安い運賃で手配するなど問題のある業者もいる。質のばらつきがある一方で行政は業者の名簿も把握しておらず、以前から対策の必要性が指摘されてきた。

 近年急増した外国人旅行者の場合、日本にいるランドオペレーターが出発地の旅行会社から手配代行を請け負うことが多い。日本の旅行会社が介在しないため、これまでは問題があっても指導などをする手立てがなかった。

 健全な旅行市場の育成や外国人観光客の満足度向上のためにも、何らかの形で行政がこのビジネスに関与できる仕組みが必要だ。

 観光庁の検討会では、ランドオペレーターも旅行業の資格を取得すべきだとの意見も出ている。しかし入り口のハードルを高くし過ぎると、個性的な業者がビジネスを続けにくくなり、日本の旅の魅力が減る。現在の業者が闇で仕事を続けてしまう可能性もある。

 旅行業とは別の「旅行手配代行業」などとして、簡単な登録制とするのが適当ではないか。問題を起こした業者には資格取り消しなどの罰則を科せばいい。行政が業者の全容を把握すれば、大地震などの時に外国人の安否を確認することにも役立つだろう。

春闘 まだまだ賃上げできる

 労働組合の全国組織「連合」が先週、来年の春闘の方針を決めた。2%程度のベースアップ、定期昇給を含めて4%の賃上げを求めている。

 今春までの3年間、日本の主要企業は円安などによる収益改善を背景に、ベアを含む賃上げに応じてきた。しかし、今年に入って為替が円高方向に転じ、業績見通しにも陰りが生じている。来年の春闘は厳しくなりそうだとの見方もある。

 だが、少し長い目で見れば、全体として企業側には賃上げの余力があるはずだ。

 2015年度の企業の経常利益は12年度と比べ、4割近く増えている。大企業の伸びはさらに大きい。今年度は減益に転じても、水準としてはなお高い。

 一方で、賃金も3年連続で上がり、雇用も改善してきた。だが、企業が生み出した付加価値と比べた労働者の取り分の割合(労働分配率)は低下が続く。

 景気が良くて企業の利益が増えるとき、労働分配率が下がること自体は珍しくない。だが、法人企業統計でみると、15年度は、リーマン・ショック前で企業業績が好調だった07年度とほぼ同じ水準まで下がっている。

 設備などの投資におカネがかかるので賃金に回す余裕がない、というわけでもなさそうだ。企業が手元に持つ現預金は着実に増えている。

 企業が将来を見て投資を考えるように、家計も所得が安定して伸びていくと見込めなければ支出を増やしにくい。消費が頭打ちになれば、企業の成長も制約される。経済を縮小均衡に陥らせないために、賃上げに前向きな判断をすべきときだ。

 経団連の榊原定征会長は、来春闘でのベアについて「出せるところは出してもらった方がいい」と語っている。今後の姿勢を注視したい。

 一方、政府と日本銀行は、今回も賃上げに期待をかける。安倍首相は経済界に(1)少なくとも今年並みの賃上げと4年連続のベア(2)将来の物価上昇も勘案(3)下請けの中小企業の取引条件の改善、といった要請をした。

 「経済の好循環」のカギが賃上げだというメッセージは分かる。だが、時の政権が、交渉の具体的な内容にまで踏み込んで介入したり、「官製春闘」とみられるような状況が常態化したりしては本末転倒だ。

 毎年、賃上げ要請が必要な状況があるとすれば、それは労使の力の差が広がっているからではないか。その場その場の口出しより、根本的な原因に目を向け、状況そのものの改善を考えるべきだろう。

税のむだ遣い 「外の目」生かし点検を

 各省庁のあまりの危機感のなさに、あきれるばかりだ。

 むだ遣いや不適切な経理だと指摘されたのが455件で、計1兆2千億円にのぼる。会計検査院がまとめた、2015年度決算の検査結果の話である。

 とくに看過できないのは、「安心・安全」にかかわる予算でのずさんな措置だ。

 たとえば、「地震に強い都市づくり」をめざし、国の交付金で防災無線を備える事業。設置した市区町村の約3割にあたる27の自治体は、耐震性が不十分な建物などに置いたため、被災時に使えないおそれがあった。

 福島第一原発事故に伴う除染作業で出た汚染土の仮置き場では、設計の不備から31カ所で土から漏れる汚染水の濃度を測れないおそれがある状態だった。

 このような、被害を広げる「人災」につながりかねない事例がいくつもある。

 お粗末な例も相変わらずだ。途上国支援の一環で除湿器を送るはずが加湿器を買ったり、総務省がシステム関連で不要な出費をしたり、といった具合だ。

 国民が納めた貴重なお金を扱うという意識があまりに欠けている。民間企業なら即、経営悪化を招くところだが、借金頼みの予算編成を重ねても何とかなっている状況に、感覚がまひしているのではないか。

 事業を増やし、より多くの予算を獲得することばかりに力を入れ、予算がどう使われ、ねらい通りの効果を上げたかについては関心が薄い。そんな官僚の悪癖を放置し続けるわけにはいかない。予算獲得から「費用対効果」へ、評価の物差しを変えていくことが待ったなしだ。

 土台がなくはない。民主党政権が始め、安倍政権も力を入れる「行政事業レビュー」だ。

 国が手がける約5千の全事業について、予算額や執行状況と成果、資金の流れ、自己点検の内容を担当省庁が統一様式のシートにまとめ、公開する。外部の有識者をまじえた検証の場を定期的に設け、事業を見直す。

 ただ、自己点検では「効果が出ている」といった自画自賛が目立つ。だからこそ「外部の目」が大切になる。

 今月あった公開の場での検証作業では、対象事業が予算額でみて昨年より小粒になった。むだ減らしより効果的な事業のあり方を考えることを重視したためというが、矛先が鈍るようでは旗振り役の行政改革推進会議の意義が問われよう。

 会計検査院との連携など、工夫の余地はある。むだ遣いを繰り返す余裕はないことを、政府全体で肝に銘じてほしい。

配偶者控除 今の見直し代案では不十分だ

 税制面から女性の社会進出を促す狙いは、どこへ行ったのか。場当たり的な見直し案では、弊害も無視できない。

 政府・与党は、所得税の配偶者控除について、見直しの方向性を固めた。

 妻の年収が103万円以下であれば、夫の所得税を軽減する現行制度を150万円以下に対象を広げる。減税の拡大分を補うため、高所得の世帯は対象外とする。そんな内容を軸に検討している。

 配偶者控除は、女性の就労を妨げると指摘されてきた。与党案は、パート労働の主婦が年収を103万円以下に収めるように勤務時間を調整する「103万円の壁」を是正する狙いがある。

 150万円以下にすれば、パート時間拡大などの効果はあろうが、働き方が本格的に変わるとは考えにくい。壁は少し遠のくだけで消えるわけではない。

 政府・与党は当初、103万円の壁をなくすことや、配偶者控除の恩恵を受ける専業主婦世帯と、受けにくい共働き世帯との不公平解消のため、制度の廃止を含めて検討する方向だった。

 専業主婦、共働きを問わずに広く薄く控除する「夫婦控除」に衣替えする案などが浮上した。

 制度が導入された半世紀前と異なり、共働きが専業主婦より多くなっている。そうした現状を踏まえた見直しなら理解できる。

 配偶者控除の対象は約1500万人、減税規模は6000億円に上る。与党内には、制度見直しで増税となる世帯の強い反発を懸念した慎重論が根強く、抜本改革案は早々に見送られた。

 代わりに出てきた案が、「103万円から150万円」への対象拡大だ。制度の仕組みは今と変わらず、不公平は解消されない。

 安倍政権は、配偶者控除見直しを「働き方改革」の一環に位置付ける。本格改正は無理。かといって現状維持もできない。そうした安易な考えが政府・与党内にあるとしたら本末転倒である。

 女性の就労促進と課税の公平という本来の趣旨に立ち返り、議論を重ねる必要がある。

 夫婦控除のほか、所得税の各種控除を高所得者に有利な所得控除から、所得にかかわらず一律の金額を軽減する税額控除に変更することなどが検討課題となろう。

 年収130万円以上だと社会保険料の支払いが生じる「130万円の壁」もある。103万円を配偶者手当の支給上限にする企業も多い。こうした課題を含めて総合的に取り組まねばならない。

宇宙関連法成立 民間のロケット開発を促そう

 日本の宇宙産業を活性化する契機にしたい。

 企業などの宇宙活動を支える宇宙関連2法が、今国会で成立した。

 民間のロケット打ち上げを政府が認可・保証する「宇宙活動法」と、衛星画像の販売などに制限を設ける「衛星リモートセンシング法」である。

 活動法によって、ロケット落下事故などの賠償で、政府は一定の責任を分担する。リモートセンシング法では、テロリストらが衛星画像を悪用できないよう、画質の制約などを規定する。

 政府がどこまで民間活動に責任を負うのかを法律で明確に定めたのが特徴だ。甚大なリスクを伴う宇宙開発に、企業が挑戦しやすくなる効果が期待できよう。

 20か国以上が日本に先んじて同様の法制度を設けている。特に米国では、ロケット打ち上げや衛星の開発・販売、宇宙探査、宇宙旅行の企画などで、企業の存在感が増している。

 日本も、世界の潮流に遅れてはなるまい。関連2法を踏まえて、ロケット打ち上げなどの認可ルールや、審査に当たる専門部署の整備を急ぐことが求められる。

 官から民に担い手が移った宇宙開発は、低コストとスピードが不可欠になっている。

 その背景には、機器制御や画像取得、高速通信などの技術の急速な進歩がある。高度な技術が安価で使えるようになり、少ない資金で短期間に、ロケットや衛星を開発することが容易になった。

 新興国や途上国でも、独自の衛星を利用した通信や放送、資源探査が広がっている。中国やインドは、有人宇宙船の打ち上げや惑星探査で日本を凌駕(りょうが)しつつある。

 国際的な市場拡大を視野に、日本でも、大学などを母体に、小型ロケットや超小型衛星の開発を手がける企業が登場している。

 民間の飛躍を促すことが政府の重要な役割である。ロケット開発などは官民協力で効率化させ、人材育成に注力すべきだろう。

 宇宙産業にさらに投資を呼び込む施策も今後、検討したい。

 米政府は昨年、企業による宇宙資源の商用化を認めた。企業が月や小惑星に進出し、金属資源などを採掘すれば、利用できる仕組みだ。投資も急増した。

 国家が宇宙資源を領有することは、宇宙条約で禁じられている。民間には開放したことで、宇宙産業が一段と多様化した。欧州でも同様の制度を設けた国がある。

 日本は、宇宙開発の一線に残れるかの正念場を迎えている。

2016年11月27日日曜日

小手先の配偶者控除見直しで止めるな

 人口が減り、人手不足が広がる日本経済を活性化するには、パートで働く人にもっと活躍してもらう必要がある。そのために時代遅れとなっている税制を変えなくてはならない。

 2017年度税制改正に向けた政府・与党の検討状況をみると、税制の抜本改革にはほど遠く、小手先の見直しで終わるのではないか、と心配だ。

 パートで働く主婦のいる世帯向けの所得税の配偶者控除の見直しである。妻(配偶者)の年収が103万円以下だと、夫(世帯主)の給与所得から38万円を控除して所得税額を減らすことができる。

 その結果、年収を103万円以下に抑えようと就業を調整するパートが多く「103万円の壁」といわれる。この壁を崩そうと政府・与党内では、対象を「年収103万円以下」から「年収150万円以下」へと拡大する案が出ているという。

 しかし、税とは別に、厚生年金や健康保険といった社会保険に「130万円の壁」がある。パートの年収が130万円を超えると年金や医療の保険料負担が生じ、可処分所得が減ってしまう。

 実は今年10月から大企業で働くパートなどが、社会保険料を徴収される基準は年収130万円から106万円に下がっている。

 いくら配偶者控除の対象を広げても、パートが106万円や130万円の壁を意識すれば、働くことを控えかねない。

 税制では年収の壁を高くしようとする一方で、社会保険では壁を低くする。こんなチグハグな対応は、政府・与党が税と社会保険をバラバラに議論しているからだ。

 国民負担という点は税も社会保険料も同じだ。大事なのは両者を一体的に改革し、年収を意識せずにもっと働きやすくする案づくりに知恵を絞ることだ。

 所得税の課題は多い。現役世代より優遇している年金受給者向けの所得控除は、低所得者に配慮しつつ、原則として圧縮すべきだ。

 公的年金を補うため、自助努力での老後の備えを税制で支援する方策もあっていい。今の政府・与党にこうした所得税の大胆な見直しをしようという機運が乏しいのは問題だ。

 配偶者控除の部分的な手直しで終わるのは困る。税と社会保障の一体改革や、所得税の抜本改革に向けた道筋を、17年度税制改正大綱で明示すべきではないか。

カリスマなきキューバの行方

 キューバのフィデル・カストロ前国家評議会議長が90歳で死去した。「革命の世紀」ともいわれる20世紀の一断面を象徴する指導者のひとりだった。

 米国のビジネス界とも結びついた体制が収奪的だとして反旗を翻したキューバ革命が起きたのは、冷戦さなかの1959年。指揮した前議長は米国との関係悪化を望んでいなかったとされるが、時代はそれを許さなかった。

 米国はカストロ政権を「容共的」だとして国交を断ち、一度ならず転覆しようとした。激怒した前議長はソ連に傾斜した。世界が最も核戦争に近づいたとされる62年のキューバ危機には、前議長の反米感情が作用した面もあった。

 経済政策の面でも前議長はソ連に傾斜し社会主義の道を歩んだ。医療や教育の無償化などを評価する声は少なくないが、米国の禁輸もあってキューバの経済は疲弊した。批判的な声に対し前議長は容赦のない弾圧で応じた。

 カリスマ的な独裁者となった前議長は2008年に一線を退き、弟のラウル・カストロ議長が後を継いだ。当面、大きな政治の混乱はないとみられるが、現議長も85歳と高齢だ。トップの座を兄と弟で半世紀以上も占めてきたことは、奇異というしかない。政治を国民に広く開く新たな行き方を、キューバは求められる。

 オバマ米政権が昨年、54年ぶりにキューバと国交を回復したことを、トランプ次期大統領は選挙戦で批判してきた。米国が「キューバいじめ」に回帰すれば抑圧的な体制の延命を促すことになりかねない。冷静な対応を求めたい。

 中南米では、今は亡きベネズエラのチャベス前大統領のように、前議長を慕う左派の指導者や活動家が、少なくない。ただ、原油安の影響もあり足元では左派政権の多くが苦境に陥っている。

 社会主義的な政策の問題を直視する必要が、改めて浮き彫りになっている。前議長の死去を踏まえて、中南米諸国は地に足のついた歩みを強めなくてはならない。

カストロ氏死去 平等社会の夢、今なお

 フィデルが死んだ。

 1959年のキューバ革命で政権を握ってから半世紀近く、フィデル・カストロ氏は、敵対する米国の隣で革命家と独裁者の二つの顔を持ち続けた。

 強烈な個性で国際的にも長く存在感を放った人間像には、社会主義革命が遠い過去のものとなった今なお、世界の不平等を問い続ける力があった。

 豊かな農場主の家で育ったカストロ氏は、もともと共産主義者ではなかった。革命後にカストロ政権を敵視した米国に対抗してソ連と連携。社会主義体制へとかじを切った。

 さらに米ケネディ政権下の出来事が反米主義を固めた。61年に米中央情報局(CIA)が仕掛けた亡命キューバ人による侵攻事件と、62年にソ連の核ミサイルを米国が海上封鎖で撤去させたキューバ危機だ。

 カストロ氏はアフリカのアンゴラなど世界の紛争に介入し、「革命の輸出」をはかった。国内では平等な社会づくりをめざして医療や教育に力を入れた半面、反体制派や言論の自由を徹底して抑え込んだ。

 冷戦の終結でソ連圏からの支援が絶たれると、国民の生活水準は一気に悪化し、経済は疲弊した。カストロ氏は08年に国家元首の地位を退いた後は、表舞台から遠ざかっていた。

 この間、キューバをめぐる状況は大きく変わった。弟のラウル氏の指導の下で経済の改革が進む。そして昨年7月、ついに米国との国交が回復した。

 両国の和解に尽力したオバマ米大統領が任期を終えようとするのをまるで見届けるかのように、カストロ氏は世を去った。

 いったん開かれた歴史の扉を再び閉じ、時代を逆回転させてはならない。

 カストロ氏を敵視する亡命キューバ人の支持を受ける米国の共和党は、これまで禁輸の緩和などに強く反対してきた。

 だが、隣国のキューバと安定した関係を築くことは、米国の安全や経済にも資するはずだ。トランプ次期大統領は、ぜひ肝に銘じてほしい。

 キューバの現政権も、もはや強権や言論封殺では国は統治できないと心得るべきだ。

 カストロ氏の革命家としての原点には、大資本による搾取や腐敗への怒りがあった。それはグローバル化に取り残され、格差に苦しむ現代の世界中の人びとの不満とも重なり合う。

 公正で平等な社会をどう平和的に築いていくか。カストロ氏の死を機に、理想と挫折が交錯した20世紀の歴史を振り返り、改めて世界の未来を考えたい。

沖縄と基地 「負担軽減」への遠い道

 沖縄県の米軍北部訓練場7824ヘクタールの約半分が、来月22日に返還される。首相官邸と沖縄でそれぞれ式典が開かれる。

 返還は1996年の日米特別行動委員会(SACO)最終報告に盛りこまれていた。20年越しの懸案が実現すること自体は評価したい。

 一方で疑問や不安も多い。

 安倍首相は9月の所信表明演説で、沖縄の基地負担の軽減策としてこの問題に触れ、「一つ一つ、確実に結果を出すことによって、沖縄の未来を切り拓(ひら)いてまいります」と述べた。

 はたして返還の先に待ち受けているのは、首相が言うような明るい未来なのだろうか。

 訓練場は見返りなしで戻ってくるわけではない。

 老朽化したヘリコプター着陸帯(ヘリパッド)にかわり、豊かな森を伐採して新しい着陸帯を六つ造ることが条件だ。工事に抗議する県民らを、警備中の大阪府警の警察官が「土人」とののしったのは記憶に新しい。

 手続き上の疑念も、深まりこそすれ解消していない。

 ヘリパッド建設は県の環境影響評価(アセスメント)の対象とされず、代わりに政府は独自アセスを行った。米軍普天間飛行場への配備計画が明らかになる11年まで、オスプレイが新パッドを使うことは隠された。

 独特の低周波音を含む騒音や風圧による被害拡大は確実で、翁長雄志(おながたけし)知事や地元村長はアセスのやり直しを求めているが、政府にその考えはないようだ。

 ほかにも、年内完成をめざして工事を急ぐあまり、樹木を切り倒す方法を手作業から重機に変えたり、計画と異なる作業用道路の建設を急に決めたりしている。アセスの前提が崩れているにもかかわらず、県が異議を唱えても顧みられない。

 米海兵隊がまとめた「戦略展望2025」には、「使用に適さない土地を返還し、限られた土地を最大限に利用できる訓練場を開発する」とあり、事実、米軍に提供されている河口域と新パッドを結ぶ新しい訓練道路の建設工事も始まった。

 負担軽減とは名ばかりで、文書にあるとおり、施設の効率配置による基地機能の強化が進むのではないか。いま沖縄では、そんな懸念が広がっている。

 今回の返還によっても、全国の米軍専用施設の面積のうち沖縄が占める割合は、約74%から71%とわずかに減るだけだ。

 この小さな県に、いつまで重い荷を背負い続けさせるのか。県民が実感し納得できる軽減の道をねばり強く探り、実践する。それが政治の責務だ。

介護人材の確保 経験と技能を評価した賃金に

 介護人材により長く働いてもらうには、経験や技能に応じて賃金が上昇する仕組みを整備することが重要である。

 厚生労働省が、2017年度から実施する介護職の処遇改善案を公表した。

 経験年数や資格、人事評価などに基づく昇給制度を導入した事業者を対象に、新たな介護報酬の加算制度を設ける。職員の平均給与の月1万円増額が可能になる。

 介護職の平均給与は月26万円で全産業平均を10万円も下回る。しかも、昇給制度がある事業所は半数程度にとどまる。人事評価を行わない事業所も多い。努力が報われず、将来設計が描きにくいことが早期離職につながっている。

 昇給と結びついたキャリアアップの仕組みを普及させ、人材の確保・定着と、資質の向上を目指す。その狙いは適切である。

 認知症などで専門的ケアを要する高齢者が増えている。事業者には、能力を適正に評価し、計画的に人材を育成する人事・賃金制度を着実に構築してもらいたい。

 独自の資格・研修制度を設けて賃金と連動させ、職員の意欲を高めている事業所もある。こうした事例は参考になろう。

 介護分野の有効求人倍率は2倍を大きく超え、慢性的な人手不足が続く。高齢化の進展による要介護者の増加に伴い、このままでは2025年度には38万人の介護職の不足が見込まれている。

 低賃金に加え、近年は雇用情勢の改善によって、他産業に人材が流れるなど、状況は一段と深刻化している。サービスの縮小を余儀なくされる事業者もある。

 15年度の介護報酬改定でも、平均給与を月1万2000円引き上げる加算が導入された。7割超の事業者が適用を受け、平均月1万3000円の賃上げが実現した。だが、他産業との格差是正の効果は限定的である。

 人手不足が重労働を招き、さらに介護職が敬遠される。そんな悪循環に陥っている。知識や経験の乏しい職員に頼らざるを得ない施設が多く、虐待などトラブルも増加傾向にある。サービス利用者の安全・安心が脅かされている。

 事業者の努力と工夫が求められるのは当然だが、中長期的には、一層の処遇改善に向けて安定財源の確保を検討せねばならない。

 介護職の負担軽減も大切だ。

 清掃や配膳など補助的業務を担う人材を増やし、役割分担を明確にする。情報技術(IT)の活用などで業務の効率化を図る。政府はしっかりと後押しすべきだ。

家庭教育支援 学校と地域の連携を深めよう

 子供が学校で起こす問題行動の背景には、複雑な家庭事情が絡んでいることが少なくない。

 適切に対処するためには、学校と家庭の連携が不可欠である。

 政府の教育再生実行会議が第10次提言に向けて、「学校・家庭・地域の役割分担と教育力の充実」をテーマに議論を始めた。忙し過ぎると言われる教員をいかにサポートするかが、大きな課題だ。

 日本の中学校教員の1週間の勤務時間は、平均約54時間に及ぶ。経済協力開発機構(OECD)が調査した34か国・地域で最も長い。部活動の指導や事務的な業務などに追われているためだ。

 いじめや不登校への迅速な対応が必要なのに、教員が思うように時間を割けない現状は、改善しなければならない。

 外部の専門家の力を活用し、教員の負担を軽減すべきだ。こうした声が教育再生実行会議で相次いだのは、うなずける。

 子供が心の内を打ち明けられるよう、スクールカウンセラーによる相談体制を充実させたい。

 社会福祉の専門知識を有するスクールソーシャルワーカーは、問題を抱える子供の家庭を訪れ、保護者の相談に乗る。自治体の福祉関連部局につなぐ役割も担う。ネグレクト(育児放棄)が疑われれば、児童相談所とも連携する。

 スクールソーシャルワーカーが対応するケースは、人員不足などから限られている。一層の拡充が必要だろう。

 地域の結び付きが薄れる中、問題を抱える家庭は、近所に相談相手がおらず、孤立しがちだ。

 民生委員や元教員ら地域住民で構成する「家庭教育支援チーム」を有効に機能させることも求められる。家庭訪問などにより、親から子育ての悩みを聞き、適切な対処法をアドバイスする。保護者と教員の橋渡し役にもなり得る。

 文部科学省は、チームの登録制度を設け、効果的な活動事例を収集している。各地のチームのより良い活動につなげてほしい。

 家庭教育の在り方を巡っては、第1次安倍内閣の教育再生会議が「国の介入は問題だ」との批判を受け、望ましい家庭像などに関する提言を見送った経緯がある。

 だが、多様化する家庭の状況を直視して幅広い支援策を検討する意義は大きい。教育再生実行会議で議論を深めることが大切だ。

 無論、いじめ問題などへの対応には、教員が重い責任を持つ。何が最も重要な職務なのか、的確に判断せねばならない。

2016年11月26日土曜日

官民連携や広域化で水道の基盤を強固に

 道路など様々なインフラの老朽化が問題になっているが、私たちの暮らしと命を支える水道も例外ではない。水道管が破裂し、道路が水浸しになる事故も珍しくない。事業規模の拡大や官民連携の加速による水道事業の基盤強化が待ったなしの課題だ。

 日本の水道システムは国際比較で見ると漏水が少なく、料金も総じて安価だ。水質や味についても、東京都水道局がペットボトル詰めの水道水を売り出して人気を呼ぶなど評価は高い。

 だが、最大の問題は今の水道システムが今後も維持できるかどうか不透明なことだ。

 水道サービスの担い手は市町村が中心で、全国に1400近い事業体がある。うち半数は給水コストを水道料金でまかなえない原価割れの状態で、「水道は独立採算」の原則が揺らいでいる。

 さらに今後は人口減による水需要の減少が見込まれる一方で、高度成長期に整備された水道管や浄水場が更新期を迎え、維持コストは膨らむ見通しだ。

 人の面でも不安がある。中小の市町村では水質管理や管路保全に携わる技術系職員が高齢化し、若い人の補充もままならない。

 問題解決の一つの方策が複数の市町村による広域連携だ。事業規模の拡大によってコスト低減の余地が広がり、投資体力も増す。職場としての魅力が高まれば、専門職員の採用も容易になり、事業基盤は確実に強化されるはずだ。

 埼玉県や群馬県では既に事業統合に踏み切る自治体が現れた。厚生労働省や各都道府県も統合を促す手立てを講じるべきだ。

 もう一つの道は「民」のノウハウの活用だ。三菱商事などが出資する水サービス専門会社の水ing(東京・港)は広島県企業局と共同出資会社をつくり、業務の効率化などに成果を上げている。

 空港などで導入している、公的設備の運営を長期にわたって民間企業に委ねるコンセッション方式の手法を水道事業でも積極的に活用したい。意欲ある公営事業体の民営化も検討事項である。

 設備の更新費用を捻出するために水道料金の値上げは避けられないという見方が多いが、こうした改革を進めることで、値上げ幅の圧縮が可能になるだろう。

 官民連携によって国際競争力を持ったプレーヤーが育つ効果も期待したい。インフラの海外展開は日本の成長戦略の柱の一つだ。

技能実習制度の抜本見直しを

 日本で働きたいと思う外国人を増やし、労働力不足の緩和につなげるために、制度をさらに改めていく必要がある。

 働きながら技能を学ぶ外国人技能実習制度を見直す法律が成立し、実習生を受け入れる企業や団体を監督する「外国人技能実習機構」が新設されることになった。技能実習をめぐっては違法な長時間労働や最低賃金を守らないなどの問題が後を絶たないためだ。

 併せて優良な受け入れ先については実習期間を最長3年から同5年に延ばす。対象職種には新たに「介護」を加える。不正を監視する仕組みを設けることで制度を拡充したかたちだ。

 しかし、このまま技能実習制度を続けるのは問題がある。制度の目的は途上国の人材育成への貢献だが、受け入れ先の多くは実習生を安価な労働力ととらえているのが実態だ。建前と現実のかい離が違法行為の温床になっている。

 新設する機構も十分な人員を確保できなければ、実効性のある監督体制をつくるのは難しい。

 技能実習制度は抜本的に見直し、構造的に人が足りない分野について、一定の職務能力を持った外国人材を受け入れる新たな仕組みを検討する必要がある。

 たとえば国内で募集しても充足できない職種を対象に、日本人の雇用を奪わないよう影響を分析しながら外国人を受け入れることが考えられる。

 今回、出入国管理・難民認定法も改正され、在留資格に「介護」が追加された。受け入れの経路を多様にしていく必要もある。

 外国人を広く受け入れていくためには、本人はもちろん家族が日本語を学び、日本の暮らしにうまく溶け込んでいけるようインフラを整えることが欠かせない。

 労働環境の整備や医療、子弟への教育の支援など、分野ごとに省庁がばらばらに担当するいまの制度は改めるべきだ。高度人材を含め、外国人の受け入れに関する政策を一元的に進める組織づくりが急務ではないか。

NHK会長 公共・独立守る人こそ

 NHKの次期会長選びが本格化している。来年1月に任期満了となる籾井(もみい)勝人会長の仕事をどう評価し、公共放送の将来を誰に託すのか。任免権をもつ経営委員会の判断が問われる。

 そのさなか、NHK執行部は受信料を来秋から50円程度引き下げる方針を経営委に示した。だが慎重意見が多く出て、2回の審議で見送りが決まった。

 経営に余裕があるので視聴者に還元するという籾井氏の説明は筋が通っている。だが、値下げの幅や時期など生煮えの感が強かった。人びとのくらしにも直接影響する重要な判断が退けられた意味は小さくない。

 籾井氏は自らの続投と値下げとの関係を否定するが、氏の強い意向で進められた提案に、局内外から「実績づくりを意識したのでは」との声も出ていた。

 経営委の全12委員でつくる会長指名部会は、NHKトップにふさわしい人材の要件として、経営能力だけでなく、▽公共放送としての使命を十分に理解している▽政治的に中立である▽人格高潔であり、説明力に優れ、広く国民から信頼を得られる――をあげている。

 どれももっともな内容だ。そして、これを物差しに籾井氏の3年間をふり返ると、あらためて疑問がわいてくる。

 14年の就任会見で「政府が右ということを左というわけにはいかない」と語った。翌年には戦後70年で慰安婦問題を扱うかは「政府の方針がポイント」と述べ、今年4月の局内会議で熊本地震の原発報道に関し、「公式発表をベースに」と求めた。私用のハイヤー代をNHKに立て替えさせたこともあった。

 こうしたふるまいは国会でも追及され、予算は3年度続けて全会一致の承認を得られなかった。退任する経営委員や理事からは「異常事態が続き、職場に不安が広がっている」などと憂慮する発言が相次いだ。

 籾井氏も最近は自重しているようだが、NHKは予算や人事をめぐって政治権力の影響を受けやすいといわれる。その疑念や不信を深めた責任は重い。

 次期会長を待ち受ける課題は山積している。

 総務省で検討が始まったネット同時配信には放送法の改正が必要で、受信料制度の見直しにも直結する。4K・8Kの次世代放送への取り組みもある。

 国民の理解が欠かせないが、そのためにはNHKが信頼される存在でなければならない。組織の独立を守り、現場の自由な取材や番組づくりを支える。そんな見識と覚悟、手腕をもつ人物こそ、会長にふさわしい。

やさしい法律 市民の視点を忘れずに

 商法のうち運送や海商に関する条文を改正する法案が、先ごろ閣議決定された。

 いまの経済活動にみあう内容にするのとあわせ、カタカナ・文語体のままだった条文をひらがな・口語体にすることが、今回の改正の大きなねらいだ。

 国会で成立すれば、憲法、民法、商法、刑法、民事訴訟法、刑事訴訟法の基本六法がすべて口語となる。戦後、法令の表記法が変わって70年。要した時間の長さにあらためて驚く。

 ふつうの人が読んで理解できる。法律は本来そうあるべきだが、実態はかけ離れている。

 使われている用語が難しい。文章が長く構成が複雑だ。かっこ書きが多くてわずらわしい。他の条文を準用したり読み替えたりする規定がたくさんあり、一読してもわからない――。

 人びとの権利と義務にかかわり、法的効果が生じる要件や手続きを定めるのが法律だ。正確性や厳密性が求められ、わかりやすさを犠牲にしなければならない面があるのは理解できる。だがそれにも限度があろう。

 形式だけに着目しても、たとえばローンやクレジット取引について定める割賦販売法は、第35条に24の枝番があり、そのうちの「第35条の3」はさらに62の枝番からなる。時代の変化をふまえて条文を追加した結果だが、素人の市民を保護することを目的にかかげ、わかりやすさが一段と求められるはずの法律でも、こんな具合だ。

 法改正のたびに条文の数字が変わると混乱するため、枝番方式にも一定の合理性があるとはいえ、機会をとらえて整理する作業が必要ではないか。

 法律をやさしくという意識は戦前からあった。だが、法案づくりや審査にあたる官僚からは「仕事をするうちに慣れが生まれ、従来通りでいいと思ってしまう」との反省が聞かれる。

 国家権力を名宛て人とし、市民がその権力をしばるために定めるのが憲法だ。これに対し法律は、市民の側からの提起や要望にもとづいて作られたものでも、順守を求められるのは一般の人びとだ。この認識を常にもちながら、立法作業に当たらなければならない。

 法律の制定にかぎらない。

 役所の文書や規則を平易な言葉で書く動きが米国で70年代に始まった。日本でも同様のとり組みはあるが広がりに欠ける。司法の世界でも、裁判員制度の下、わかりやすい審理をめざしているものの、それ以外の法廷は「道遠し」の感が強い。

 誰のための立法、行政、司法か。忘れてはならない視点だ。

全農改革 まず当事者の覚悟が問われる

 日本農業の再生は、成長戦略の重要な柱だ。試金石となる農協改革は、当事者が自覚を持って取り組まねばならない。

 自民党の農業改革案が固まった。全国農業協同組合連合会(JA全農)に、農業資材の仕入れ・販売、農産物の販売事業で大幅な刷新を求めた。政府の規制改革推進会議の提言を大筋で取り入れており、妥当な内容だ。

 提言が訴えた1年以内に実施するという期限設定は見送った。その代わり、全農に具体的な数値目標を盛り込んだ年次計画を公表させ、政府・与党が進捗(しんちょく)状況を点検することにした。

 推進会議は、あえて短期間に実施を迫る「高めの球」を投げ、全農に改革を促す狙いがあったのだろう。急進的な提言内容にJAグループが強く反発したため、自民党が全農の自主性を尊重しつつ、改革に向けて収束を図った。

 民間組織である全農に、政府が法的拘束力のない改革案を強制することはできない。自民党案が推進会議の提言を生かしながら、期限を設けなかったのは、実現性を見据えた政治判断と言えよう。

 問題は、全農自身が大胆な改革に踏み込めるかどうかである。

 自主的な取り組みに委ねられた以上、責任は重い。公表される数値目標や年次計画の内容が甘ければ、厳しい指弾を受ける。年限が撤回されたとはいえ、全農にとって決して楽な宿題ではない。

 巨大な農業商社である全農の業務は肥大化し、非効率な資材・販売体制などの弊害が生じている。農家からの手数料収入に依存する経営体質の改善が急務だ。

 全農の収益源である資材事業は海外に比べて割高で、農家の批判が強い。推進会議が指摘するように農家が安く購入できるような相談業務に集約してはどうか。

 農家からの委託で農産物を販売する事業は、全農が買い取る方式に改める方向だ。高値で売れる販路を開拓し、農家の所得向上につなげる努力が欠かせない。

 自民党案は、牛乳やバターの原料となる生乳流通の50年ぶりの抜本改革も盛り込んだ。国の指定する農業団体を通さず出荷する生産者も補助金が受け取れる。酪農家が自由に出荷先を選べ、生産を後押しする効果が期待されよう。

 トランプ次期米大統領の離脱表明で、環太平洋経済連携協定(TPP)の発効は見通せない。

 それでも農業の国際競争力を強め、成長産業に育成する改革は待ったなしだ。政府・与党も農業改革の手を緩めてはなるまい。

豊洲市場問題 幹部処分を組織改革の一歩に

 都政への不信感を増幅させたことを考えれば、処分は当然だろう。

 東京都の豊洲市場の建物下に盛り土がなかった問題で、小池百合子知事が、部長級以上だった当時の幹部の処分を発表した。

 現役職員12人は、職責などに応じて1~6か月の減給で、市場長だった中西充副知事と退職者5人にも、減給分の自主返納を求める厳しい内容である。

 土壌汚染対策の盛り土をやめることについて、必要な手続きを踏まなかった。都議会で事実と異なる答弁を続けた。これらが、処分に至った理由だ。

 重要事項について、担当職員が独断で方針を変更するようでは、行政組織の体を成さない。不適切な答弁は、都民への背信だ。

 小池氏が記者会見で、「行政手続きで大きな瑕疵(かし)があった」と指摘したのは、もっともだ。「けじめ」として、自らの給与を3か月減額することも表明した。

 現職幹部らの人事異動も検討するという。都の関連団体に転じた元市場長には退職を求めた。

 今月発表された都の第2次内部調査報告書は、盛り土を取りやめることに関与したか、あるいは知り得る立場だったとして、当時の市場長や管理部長ら8人の責任を認定していた。

 処分にあたっては、答弁に関わった幹部らも対象に加えた。退職者の中には反発もあったが、小池氏は「厳正に処分したことで、区切りにしたい」と強調した。

 ただし、当時の部長らはなぜ、盛り土をやめることを市場長や知事、都議会に報告しなかったのか、という疑問はなお残る。施設工事の落札率が予定価格の99%超だったという不自然な経緯についても、引き続き検証が必要だ。

 問題の背景には、都の無責任な体質や縦割りの弊害がある。

 当時、決裁に関わった石原慎太郎元知事も聞き取りに応じるなどして、責任を果たすべきだ。小池氏は「普通のリーダーであれば、その責を理解しているのではないか」と改めて批判した。

 今月の予定だった豊洲市場への移転時期は、早くても来冬になる見通しだ。環境影響評価のやり直しが必要になれば、2018年冬以降にずれ込む可能性もある。

 市場関係者の不安は高まっている。重要なのは、市場としての安全性を見極めることである。

 信頼を回復し、難題をクリアしていくことは容易ではあるまい。小池氏は、都議会とも連携して、組織改革を進めねばならない。

2016年11月25日金曜日

分断あおる政治に歯止めをかけよ(米国からの警鐘)

 政治には権力闘争という側面がある。それゆえ、どんな手段を用いても勝てばよい。そう考える扇動家がしばしば現れる。自分を正当化するため、強引に敵を仕立て上げ、不安、恐怖、憎悪などによって人々を一方向に走らせる。

 今回の米大統領選はその代表例だった。こうしたポピュリズム的な政治潮流に歯止めをかけるにはどうすればよいのか。いまこそ民主主義の真価が問われている。

軌道修正は本当か

 トランプ次期米大統領は自身の勝因について「ソーシャルメディアが役立った」との見方を明らかにした。ツイッターのフォロワー数は約1500万人で、民主党のクリントン候補の約1100万人を大きく上回る。「私には数の力がある」と豪語する。

 共和党大会で大統領候補に指名はされたが、ライアン下院議長ら党中枢と折り合いが悪く、組織的な選挙戦はあまりできなかった。不動産王と呼ばれているが、選挙資金は意外に使っていない。

 やや極端にいえば、人口3億人の大国をひとりの言語力でねじ伏せたわけだ。この事実に躍り上がっている政治家が世界中にいることだろう。ロシアのプーチン大統領をはじめとする強権政治家の多くは、大衆を操ることで自らの権力基盤を築いてきた。

 ただ、歴史を振り返ると、そうした扇動政治は必ずしも長続きしていない。中国の唐の政治書「貞観政要」に新たな体制をつくるよりも、できた体制を維持する方が難しいという話が出てくる。

 敵と味方をはっきりさせる手法は既成政治を壊す段階では有効かもしれない。だが、権力を握ってからは、自らがつくり出した敵も統治しなくてはならない。分断が深いほど、混乱は自身に跳ね返ってくる。ニューヨークなどの大都市では反トランプ・デモが続く。

 「すべての米国民の大統領になる。私を支持しなかった人にも手を差し伸べる」。当選が決まった直後、トランプ氏は勝利演説でこう語りかけた。政権移行チームの幹部は「選挙モードから統治モードに切り替わった」と説明する。確かに過激とされた選挙公約のうち、いくつかはすでに軌道修正の可能性をほのめかしている。

 「地球温暖化はでっち上げ」として早期脱退を訴えていたパリ協定は「予断を持たず検討する」と語り、公約撤回に含みを残した。

 1000万人を超えるともいわれる不法移民については、すべて追放すると主張していた。選挙後は「200万人か300万人程度いる犯罪歴がある者、ギャングのメンバー、麻薬密売人などを追放または投獄する」としかいっていない。米国とメキシコの国境に築く壁は「一部はフェンスになるだろう」とトーンダウンした。

 だが、これではまだ不十分だ。トランプ氏は犯罪歴のない不法移民に恩赦を与えて定住を認めるかどうかには言及していない。不法移民の大半を占めるヒスパニックと呼ばれる人々は、自分たちはどうなるのかと不安にさいなまれる日々だ。多くはすでに子どもがいる。出生地主義に基づいて米国籍を持つ子どもと引き離して強制送還することなど現実には困難だ。

共通の土俵で議論を

 移民による人工国家である米国は、民主主義と市場経済という普遍的な価値観を世界に伝道するという強い使命感を抱くことで、国際秩序を主導するとともに、国内のさまざまな対立の傷口が広がらないようにしてきた。

 国力が低下したからといって、アメリカ・ファースト(米国第一主義)をよしとしてしまえば、次に来るのはホワイト・ファーストやクリスチャン・ファーストといったさらなる狭量の政治である。

 「ひとつの米国」を訴えて当選したオバマ大統領が取り戻せなかった米国民の一体感を、分断をあおったトランプ氏が生み出せるのか。高いハードルであることは間違いないが、ほかに道はない。

 大事なのは、話し合いのための共通の土俵をつくることだ。トランプ氏は過去の発言を平然と否定することが多かった。政策論争でも根拠なき楽観論を振りまいた。このままでは有権者は理性的な判断ができない。メディアが極論に走らず、事実の報道に努めることが重要になる。

 ポピュリストによる分断の政治に歯止めをかけられるか。これは決して米国だけの問題ではない。

萩生田副長官 政権中枢の発言に驚く

 官房副長官といえば政権中枢のひとりである。官邸でも外遊先でも、首相側近としてその政治判断を間近に見る。若手政治家の登竜門とも言われる。

 そんな萩生田(はぎうだ)光一官房副長官がおとといのシンポジウムで、耳を疑う発言を重ねた。

 たとえば、強行採決――。

 「強行採決なんてのは世の中にあり得ない。審議が終わって採決を強行的に邪魔をする人たちがいるだけだ」。そのうえで野党議員の反対を「田舎のプロレス」にたとえ、「ある意味、茶番だ」と批判した。

 政権支持者の多い、いわば身内のシンポジウムに招かれ、本音が出たということなのか。

 国会で政府・与党が強引な態度をとれば、数に劣る野党が、さまざまな抵抗をすることは当たり前だ。

 それを「邪魔」と切り捨て、数の力で押し切ることも野党との出来レースだと言わんばかりの発言である。立法府に審議を求める行政府の要職にある者の発言としてありえない。これでは首相がいくら熟議を説いても建前としか聞こえない。

 たとえば、歴史認識――。

 戦後70年の安倍談話に触れつつ、「日本人はものすごく素直な国民」なので、「悪くないと思っていても、その場を謝ることで収める」と説明。「過去に発した文書の中には、安易なおわびを入れることによって、間違ったメッセージを世界に発信してきたという後悔と過ちがあった」と続けた。

 萩生田氏はかつて、慰安婦問題への謝罪と反省を表明した河野談話が、安倍談話を出すことで「骨抜きになっていけばいい」と語っていた。今回の発言も、河野談話や戦後50年の村山談話への批判と受け取れる。

 だがそれは、ふたつの談話を継承するとしてきた安倍内閣の方針とは食い違う。これも本音と建前の使い分けなのか。

 たとえば、首脳外交――。

 トランプ次期米大統領やロシアのプーチン大統領らと向き合う安倍首相について「お坊ちゃま育ちの割には、不良と付き合うのがものすごく上手です」。

 首相の外交面でのたくましさを強調したかったのだろうが、外国首脳を「不良」呼ばわりする感覚が信じられない。

 萩生田氏は一連の発言について、きのうの参院審議で野党から批判されると、国会審議への影響などを理由に、発言を撤回し謝罪した。

 なるほど、それも「悪くないと思っていても、その場を謝ることで収める」ためだったのですか、萩生田さん。

日韓の協定 情報交換で信頼強化を

 日本と韓国が、互いの防衛情報を日ごろから交換しあうための合意を結んだ。

 軍事情報包括保護協定(GSOMIA〈ジーソミア〉)と呼ばれるもので、情報を速やかに共有するための取り扱い方などを定めている。両政府が署名し、発効した。

 北朝鮮の核・ミサイル開発による脅威が深まっており、日韓は備えをいっそう高めざるをえない。アジア全体の安定に向けた両国の連携を強めるうえでも、この合意を生かしたい。

 韓国には、北朝鮮国内の動きをめぐる多種多様な重要情報がある。一方の日本には、潜水艦の監視などで韓国を上回る高度な情報収集力がある。

 ところが、これまでは米国を介して、互いの情報に接してきた。今回の協定により、日米韓の3国で北朝鮮の暴走を抑える態勢が強まる。

 トランプ次期政権の対外政策が見えにくいなか、米国だけによりかかる構造を改善し、日韓が隣国の連携を深めることは地域の安定にも役立つだろう。

 しかし、この協定を結ぶまでに年月を要したのは、韓国国内で反対や警戒の声が根強かったからだ。今でも協定を破棄する法案を出す動きや、国防相の解任騒動がおきている。

 円滑で継続的な運用には、日韓双方の世論の支持が欠かせない。そのことを両政府はしっかりと認識しなければならない。

 韓国では、朴槿恵(パククネ)大統領の不正疑惑で辞任を求める声が強まっている。その中で反対意見を押し切って締結の手続きを加速させたことも反発を強めた。

 この協定は4年前、当時の李明博(イミョンバク)政権でいったん合意しながらも、署名直前になって韓国側が辞退した経緯がある。

 政権存続に意欲を燃やす朴氏が、北朝鮮への備えの重要性を強調することで、自らに対する批判をかわそうとしている、と受け止められている。

 野党側は「売国の交渉だ」と強く反発しており、協定が政争の具となりつつあるのは残念というしかない。

 一方、朴氏の疑惑とは別に、反対意見の背景には、かつて朝鮮半島を植民地支配した日本に対する強い不信感もある。

 韓国政府、とりわけ国防当局は協定の早期実現を求めながらも、世論を気にして進められなかったというのが実態だ。

 韓国政府は、朝鮮半島の情勢をふまえ、日本との協力の意義を国民に丁寧に説明してもらいたい。日本側も、無用な誤解を避けるために、注意深い運用を心がけ、両国間の信頼づくりに努めるべきだろう。

軍事情報協定 日韓の対北連携効果が高まる

 日本と韓国が、北朝鮮の核・ミサイル開発の脅威に円滑で迅速に共同対処できるようになった意義は大きい。

 日韓両政府は、防衛機密を共有する軍事情報包括保護協定(GSOMIA)に署名した。協定では、相手国から提供された軍事関連の文書や画像を「秘密軍事情報」として保護を義務づけることなどを定めている。

 日本は、特定秘密保護法に基づいて秘密情報を管理する。

 岸田外相は「北朝鮮は次元の異なる脅威となり、日韓協力の重要性が高まっている」と強調した。韓国国防省も「日本の情報能力活用は韓国の安全保障の利益になる」との談話を発表した。

 GSOMIAが効果を発揮するには、両政府が具体的な運用の仕組みを整えて、早期に情報交換を開始することが欠かせない。

 協定発効で、日本は、北朝鮮西部からの弾道ミサイル発射情報、脱北者から収集した北朝鮮内部の動きなどの入手が可能となる。

 韓国は、日本の偵察衛星が撮影した北朝鮮の画像や、海上自衛隊哨戒機による北朝鮮の潜水艦展開に関する情報などを得られる。

 2012年、韓国の李明博政権は国内の反発を理由に、協定署名の直前になって白紙撤回した。日韓の情報共有は、米国を介した限定的なものにとどまっていた。

 朴槿恵政権が署名に踏み切ったのは、北朝鮮が今年、2度の核実験と20発以上の弾道ミサイル発射を強行したことに危機感を強めたためだろう。

 米国も「日韓両国と緊密に調整しながら、朝鮮半島の非核化への取り組みを続ける」と表明した。質の高い情報を瞬時にやり取りできるようになれば、日米韓の安保協力が一層深化し、抑止力強化につながることは間違いない。

 日本側は北朝鮮関連に加え、朝鮮半島有事の際の在韓邦人救出、米軍への物資補給などに関する情報提供を求めていく方針だ。

 自衛隊と韓国軍の共同訓練を本格化させることも大切である。

 韓国は、米の最新鋭ミサイル防衛システム「最終段階高高度地域防衛(THAAD)」の韓国配備にも協力してもらいたい。

 懸念されるのは、朴大統領の友人による国政介入事件の影響だ。野党は「国民の信頼を失った大統領が行うことではない」と署名を批判し、協定の無効を要求する。国会で朴氏の弾劾案を可決し、罷免を目指す構えだ。

 協定が破棄されれば、北朝鮮を利するだけである。

シェアビジネス 官民で信頼と安全確保したい

 企業や個人が余ったモノや時間を、インターネットを介して貸し借りする。シェアリング・エコノミーと呼ばれる米国発の新たなサービスが日本でも広がっている。

 見知らぬ人同士を仲介業者がネットで結び付ける手法が基本だ。空き時間を利用した家事や育児の代行サービス、個人の空き家を旅行客に貸す民泊、自家用車の共同使用などが知られている。

 2018年度までに市場規模の倍増が予想される成長分野だ。

 ところが、見えない相手への不安感に加え、法令や規制が明確でなく、問題が起きても業者が責任を取る仕組みになっていない。

 こうした現状を受け、政府は業者が順守すべき指針を策定した。サービスの提供者と利用者双方の本人確認の徹底や、トラブルに備えた相談窓口の設置、補償制度の導入などを求めている。

 サービスの信頼を高め、利用拡大を図るうえで、政府が指針を設けたのは一歩前進だろう。

 問題は、指針の実効性をどう確保するかである。

 具体的な取り組みとしては、業界団体のシェアリングエコノミー協会が指針に基づく自主ルールを策定する。それを確実に守っている優良業者の認定制度を17年度にスタートさせる。

 認定制度が悪質業者の排除に効果を発揮するよう期待したい。

 協会に加盟する企業はまだ100社程度と少ない。加盟社の裾野拡大が求められる。

 シェアリング・エコノミー関連の「シェアビジネス」は多岐にわたり、課題は様々だ。

 保育サービスでは、仲介サイトを通じて預けられた子供が死亡する事故が起きている。特に高い安全性の確保が必要だ。

 民泊は米国企業の参入でサービスが一気に拡大する一方で、近隣住民やマンション内の住民同士のトラブルが少なくない。

 今後も登場する多様なサービスに潜むリスクを点検し、きめ細かく対処せねばなるまい。

 旅館・ホテル業界やレンタカー会社など打撃を受ける業界からは、反発する声も出ている。

 個人の「所有」より周囲との「共有」を重視する様々な事業は、遊休資産や埋もれた能力の有効活用につながる。

 アベノミクスは規制緩和による成長戦略の強化を目指しており、日本経済の活性化にも資する。

 政府も、普及に向けた民間の取り組みを後押しする環境整備に努めるべきだ。

2016年11月24日木曜日

国閉ざすより変化への対応支援を(米国からの警鐘)

 グローバル化やエリート層への激しい攻撃で注目を浴びたトランプ氏を、米国民が次期大統領として選択して2週間余り。衝撃はまださめやらず、米国の先行きには不安が拭えない。米国の進むべき道を問い、世界が選挙からどんな教訓を学ぶべきかも考えたい。

高関税は雇用減らす

 トランプ氏勝利の裏には様々な要因があり、単純には説明できない。だが、金融危機後の大不況や技術革新の波、グローバル競争の激化などによって暮らしの悪化を感じ、先行きに不安を覚える人たちから支持を集めたのは確かだ。

 「工場の海外移転を止め、輸入品を抑え、不法移民を追い返せば雇用は守られ、生活も良くなる」「環太平洋経済連携協定(TPP)のような自由貿易協定(FTA)を結べば米国の雇用は失われるだけだ」。トランプ氏が説くそんな経済ナショナリズムが、不満を抱えた人々に心地よく響いた。

 同氏は21日にTPPからの離脱を明言したが、問題はそうした政策が本当に悩める中間層の助けになるかだ。むしろ逆ではないか。

 中国などからの輸入品に高関税をかければ一番困るのは庶民だ。日常品などが一気に値上がりするからだ。トランプ氏が攻撃する北米自由貿易協定(NAFTA)から米国が撤退し、TPPもご破算となれば、米企業の輸出機会も減り、雇用は悪影響を受ける。

 高関税を脅しの武器にして対米貿易黒字国に輸入拡大を迫るのがトランプ氏の狙いとの見方もあるが、こうした管理貿易主義で米国の産業が強くなるとも思えない。

 米国の保護主義傾斜は世界だけでなく米国民にも損失なのは明らかであり、方針を転換すべきだ。

 トランプ氏が成長促進を重視するのは理解できる。米国経済は改善しているが、この流れを生産性向上で確実にすべきだ。先進国で最高レベルの法人税率引き下げや一定の規制緩和は経済活性化や生活水準の引き上げにつながる。

 このほか大型の所得減税やインフラ投資も掲げるが、懸念されるのは財政への悪影響である。進め方によっては望ましくない金利や物価の上昇を招き、庶民の暮らしを直撃しかねない。「トランプ減税」で最も恩恵を受けるのが富裕層であるのも気になる点だ。

 欠けているのは人々が大きな変化の波を乗り越えて暮らしていけるように下支えをする政策だ。中間層の雇用を脅かす主因は急激な技術革新・変化によって、必要な仕事や技能が変わってきていることだ。FTAや中国からの競争圧力で悪影響を受けた人もいるが、それは問題の根幹ではない。

 「次世代コンピューターやロボットのあり方について投票するわけにいかないので、政治が決められるFTAが安易なスケープゴートになった」。TPP交渉責任者であるフロマン米通商代表部(USTR)代表はこう嘆いた。

 簡単な答えはないが、需要が増える仕事に役立つ技能や知識を高められるように教育や職業訓練への支援を強化することが不可欠だ。給付付き税額控除などによって働く意欲がある低所得層を支えることも求められる。

機会の均等を確実に

 トランプ氏が批判するオバマ政権下の医療保険制度改革は誰でも保険に入れるようにし、転職時の不安を和らげる効果もある。安易な改廃は中間層に打撃になる。

 反自由貿易や反移民などを掲げ、その道を進めば雇用や所得は伸びるとの幻想をふりまく政治の潮流は欧州などでも見られる。

 来年は仏大統領選挙など重要な選挙が重なる。トランプ氏当選は反グローバル化を掲げる政党の追い風になるかもしれない。だが内向きの政策では問題は解けず、人々の不満はむしろ高まるだろう。

 日本もグローバルな貿易や人の動きが鈍れば経済や雇用にマイナスになる。正規社員と非正規社員の賃金格差などが問題になっているが、「トランプ流」の内向きな政策は課題の解決にはならない。

 経済構造や技術の急激な変化、高齢化の進展など先進国はチャンスと試練の両方に直面している。

 こうした変化からうまれる新たな需要や課題に即したイノべーションを促して成長力を高める。変化から取り残された人々の自助能力を高め、教育などの機会均等を確実にする。そうした政策に注力することで、中間層の厚みを増していくのが王道ではないか。

被災いじめ 再発防止をめざすなら

 事実をはっきり示さないまま教育現場に「いじめ問題への取り組みの徹底」を指示して、果たして実が上がるのだろうか。

 原発事故後、福島県から横浜市に避難した小学生がいじめを受けた問題で、市教育委員会が市立の小中高に通知を出した。

 いじめ防止対策推進法にもとづき、市教委の諮問をうけて今回の問題の調査にあたった第三者委員会の提案を踏まえた。

 理解できないのは市教委による第三者委の報告書の扱いだ。全26ページのうち公表されたのは答申部分の7ページと目次だけ。しかもあちこちに黒塗りがある。

 実際にどんな問題行動があったのか。学校や市教委はどう判断し、いかなる対応をとってきたのか。答申の前提となった事実経過はほとんどわからない。

 いじめが原発事故の避難に伴うものだったこと、被害者は名前に「菌」をつけて呼ばれていたこと、不登校になったこと、「賠償金があるだろう」と言われ、ゲームセンターなどで遊ぶ金を負担していたこと――。

 今回の事件を特徴づけるこうした事実は、被害者の代理人弁護士の会見などで明らかになったもので、公表された報告書からはうかがい知れない。

 深刻ないじめが起き、学校や市教委もそれなりに状況をつかんでいたにもかかわらず、なぜ「重大事態」と受けとめられなかったのか。関係者とのやり取りや学校側の迷いなど、具体的な経過がわかってこそ、現場の教職員は教訓をくみ取れる。

 一部公表にとどめる理由を、市教育長は「子どもの今後の成長に十分配慮していく必要がある」と説明する。いじめられた側、いじめた側ともまだ中学生で心配りはもちろん必要だ。

 それにしても、今回の対応は「配慮」の域を超えている。学校や市教委の失態を隠したい意図があるのではないか、と受け取られてもやむを得まい。

 いじめ防止法の施行後、これまでに10以上の自治体で第三者委が報告書をまとめた。多くは「校内の情報共有不足」「教員の問題の抱え込み」を指摘するが、なぜそうなってしまったかという深部まで踏み込まないものがほとんどで、課題は多い。

 それでも、プライバシーに配慮しながら「概要版」をつくって事実を知らせようとしている例もある。今からでも横浜市は参考にすべきだ。

 報告書の内容を各校が共有し、間違えた原因を掘り下げ、みずからに引き寄せて考え、見直すべき点を見直す。このサイクルが動かなければ、再発防止にはつながらない。

JR北海道 衆知集め危機打開を

 「北の鉄路」の危機は、人口減少時代に公共交通をどう守るかという全国共通の問題を象徴している。国と自治体、住民が知恵を出し合い、打開策を探っていくしかない。

 経営難のJR北海道が、10路線13区間について、「自力で維持することは困難」と表明した。延長1237キロは道内の全線のほぼ半分にあたり、道民の生活への影響は大きい。

 気象条件が厳しい北海道は線路や鉄道車両の維持費が割高で、JR北は鉄道事業で毎年400億円を超す赤字を出す。

 国が設けている経営安定基金は低金利で運用益が少なく、赤字を埋めきれない。「維持困難」の13区間を仮に切り離せば、収支均衡は見えてくる。

 石勝線でのトンネル火災や、保線現場での検査データ改ざんなど、JR北ではここ数年、安全が揺らぐ事態が相次いだ。

 赤字圧縮のため、安全確保に必要な投資や人員まで削った歴代経営陣の失策の結果だ。

 国主導で14年に発足した現経営陣は、安全投資を優先して経営再建を進めてきた。だが橋やトンネルの老朽化も進み、さらに膨大な資金が必要だ。運行を続けるには、路線網の見直しが欠かせないと判断した。

 特に乗客が少ない3区間は廃止し、ほかの10区間は、おもに地元に経費分担を求める方向で自治体と協議したいという。

 切羽詰まった事情は理解できるが、鉄道は地域住民の公共財でもある。廃止する場合は、バスなどの代替手段で利便性を高めていく必要がある。

 JR北の島田修社長は「自分たちのレールとの意識を持って」と沿線住民に呼びかけ、経費分担に理解を求めた。ならばJRはどれだけ経営努力を尽くすのか。まず十分に説明しなければ、納得は得られまい。

 自治体側も覚悟が求められる。人口減が続く限り、すべての交通網を今まで通り維持するのは難しいと認識すべきだ。

 幹線道路の整備で鉄道離れが加速した面もあり、地域によってはバスや予約制タクシーなど、車を使った公共交通がより便利な場合もあろう。

 市町村ごとに事情は違うだろうから、道が中心になって、北海道全体の未来を考える視点からJRと協議していくのが現実的ではないか。政治家や有識者だけではなく、利用者の意見を最大限聴くべきだ。

 やはり赤字体質のJR四国も先月、路線の存廃を検討していく意向を示した。国は北海道や四国の現状を分析し、より適切な支援策を考えるべきだ。

首相南米訪問 貿易と投資で成長を支えたい

 自由貿易を拡大し、日本の投資を促進して、潜在力の高い南米諸国の成長を後押しすることは、双方の利益となろう。

 安倍首相がペルーとアルゼンチンを歴訪した。

 ペルーでは、クチンスキー大統領と会談し、経済・貿易関係の強化のため、租税条約の協議を開始することで合意した。鉱業・情報通信の技術協力でも一致した。

 高成長を続けるペルーとの連携は、他の南米諸国との関係拡充への波及効果を持とう。

 アルゼンチンでは、マクリ大統領と会談し、投資協定の早期妥結を目指す方針を確認した。日本の首相の公式訪問は、岸首相以来57年ぶりである。

 昨年12月に就任したマクリ氏は前政権の反米左派路線を転換し、自由で開放的な経済政策に舵かじを切った。2001年に陥った債務不履行(デフォルト)問題も解決し、国際金融市場に復帰した。

 日米などが経済・貿易面で支援する環境が整ってきた。マクリ政権がインフラ整備や規制緩和などを進め、国内産業の振興に努めれば、日本企業の投資も呼び込めよう。協力できる分野は幅広い。

 首相はアルゼンチンでの記者会見で、世界恐慌後の極端な保護主義が第2次大戦を招いたとして、「自由で開かれた経済こそが平和と繁栄の礎だ」と強調した。

 環太平洋経済連携協定(TPP)の行方が不透明な今、日本は南米諸国とともに、自由貿易の重要性を確認し、具体的な施策を進めることが大切である。

 南米諸国は、鉱物、天然ガスなど天然資源や、巨大市場に恵まれながら、経済の自由化に慎重で閉鎖的な左派政権が多く、潜在的な国力を発揮できなかった。

 資源安や中国の景気減速による不況の下、アルゼンチン、ブラジルなどで左派の退陣が続いたことは、自由経済を拡大し、成長を実現する好機でもある。

 首相は記者会見で、南米に多い日系人に言及し、「持ち前の勤勉さで地域の発展に力を尽くし、深い信頼を勝ち得た皆さんに心から敬意を表したい」と称賛した。

 ペルーに約10万人、アルゼンチンには約6万5000人の日系人がいる。地理的に遠い南米諸国の多くが親日的なのは、現地に根ざして活躍し、社会で枢要な地位にも就く日系人の存在が大きい。

 こうした日系人のネットワークを活用し、日本企業の進出や、観光、教育など様々な分野での交流を加速させることで、相互の信頼関係を一段と深めたい。

NHK受信料 腰据えた値下げ議論が必要だ

 受信料値下げ方針の表明は勇み足だったと言わざるを得ない。

 NHKの将来の事業計画とセットで議論を仕切り直す必要がある。

 NHKの最高意思決定機関である経営委員会が、籾井勝人会長が提案していた月額50円程度の受信料値下げを見送った。

 受信料制度については、総務省の有識者会議が、インターネットによるテレビ番組の同時配信の解禁と併せて議論を始めたばかりだ。スマートフォンなどネット経由の視聴者に課金するかどうかを含めて結論が出ていない。

 NHKは今後、高精細な4K、8KのBS放送の実施などに多額の費用がかかるとみられている。将来的な収支が不透明な段階で拙速に値下げを決め、後で値上げを迫られれば、視聴者を混乱させる恐れもある。

 経営委が値下げを見送ったのは、妥当な判断だろう。

 籾井氏ら執行部は、東京・渋谷の放送センターの建て替え費用の確保にめどが立ち、受信料収入の約3%にあたる200億円程度を還元できるとみていた。

 背景には、NHKの好調な業績がある。収益の柱である受信料収入は、不祥事による不払いの増加で一時、低迷したが、籾井氏の就任後は過去最高に回復した。

 余剰資金があるのなら、視聴者の負担軽減を図ることは、公共放送として当然の責務である。

 ただし、NHKは、公共放送として質の高い番組制作が求められている。こうした役割を果たすための費用と受信料の在り方については、事業戦略の全体像の中で検討すべきだ。

 受信料を巡る課題は他にもある。全体の支払率は77%まで改善しているが、地域ごとのばらつきが大きい。最高の秋田県が98%なのに対し、最低の沖縄県は48%と2倍の開きがある。視聴者の不公平感の是正が欠かせない。

 最高裁大法廷では、テレビを持つ家庭に受信契約を義務づけている放送法が合憲かどうかが争われている。来年中にも出るとみられる最高裁の判断次第では、受信料の徴収業務に影響を及ぼそう。

 籾井氏は来年1月の任期満了を控え、経営委が次期会長の人選を始めた微妙な時期に値下げを提案した。籾井氏は「受信料の問題と会長人事は関係ない」と説明しているが、再選に向けた実績作りとの見方も出ている。

 値下げは、会長人事が決着し、新体制がスタートした後に腰を据えて議論すべきだろう。

2016年11月23日水曜日

長期化する韓国の政治混乱を憂慮する

 韓国の政治混乱は深まるばかりだ。朴槿恵(パク・クネ)大統領の友人による国政介入疑惑をめぐり、検察は友人ら3人を職権乱用などの罪で起訴するとともに、大統領が「相当部分で共謀関係にあった」と認定した。

 起訴されたのは大統領と40年来の仲という女性の友人と、大統領府高官だった2人の側近。機密文書を友人に流出させたほか、友人が実質支配する財団への資金拠出を大企業に強要した罪などに問われた。検察は大統領が犯罪の相当部分に加担したとし、「容疑者」として捜査を続けるという。

 韓国で現職大統領が容疑者扱いされるのは前代未聞だ。大統領は任期中は原則、刑事訴追されないものの、事態の深刻さを改めて浮き彫りにしたといえる。

 大統領側は起訴内容を「全く事実に反する」と反発し、大統領が公約していた検察の事情聴取を拒否する方針を表明した。政府から独立した特別検事の聴取には応じるというが、より厳しい捜査が予想されるだけに、聴取を先延ばしする口実との見方もでている。

 検察の発表を受け、野党側は大統領の弾劾手続きの準備に着手した。ただ、仮に国会が弾劾を決議しても、憲法裁判所による最長180日間の審理が控える。このままでは政治混乱が長期化しかねず、深く憂慮せざるを得ない。

 大統領は「国政はいっときも中断できない」と続投の意思を示しているが、大統領の支持率は1ケタ台に低迷する。市民集会も各地で開かれ、退陣を求める世論が日増しに強まっている。

 朴大統領は「信頼」を信条に掲げる。一連の疑惑で失った国民の信頼を少しでも取り戻すつもりなら、まずは検察の聴取に速やかに応じ、真相を明らかにするのが筋だろう。早期の事態収拾は国政を担う指導者の責務でもある。

 政治混乱が長引けば外交への影響も避けられない。大統領はペルーのアジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議を欠席した。来月にも東京で開かれる日中韓首脳会談の出席は大丈夫なのか。

 北東アジアはとくに、核の挑発を続ける北朝鮮の脅威にさらされている。日韓はようやく北朝鮮などの情報を共有する軍事情報包括保護協定(GSOMIA)を閣議決定し、きょうにも署名する。大統領追及で勢いづく野党側は反対しているが、韓国の国益を踏まえた冷静な対応を求めたい。

4選目指すメルケル氏の難路

 ドイツのメルケル首相が2017年秋の連邦議会(下院)選挙に首相候補として出馬すると表明した。保守系与党、キリスト教民主同盟(CDU)の党首として選挙戦を率いる。東西ドイツの統一を遂げた1982~98年在任のコール元首相に並ぶ4選を目指す。

 22日で在任11年と主要7カ国(G7)首脳で最長のメルケル氏は国際舞台で群を抜く安定感を示す。一方、国内では中東などからの難民の大量受け入れが不評を買い、支持率が低下傾向にある。出馬表明でも「かつてなく厳しい選挙になる」と、笑顔はなかった。

 メルケル氏はユーロ圏の債務危機やロシアのクリミア侵攻にともなうウクライナ危機で巧みな調整力を発揮した。今後も欧州や世界の難問打開に向けた手腕に期待が集まる。任期中最後の外遊でベルリンを訪れたオバマ米大統領は「自分がドイツ人ならメルケル氏に投票する」とまで言った。

 英国が国民投票で欧州連合(EU)からの離脱を決め、米国は政治家経験がないトランプ氏を次期大統領に選んだ。フランスのオランド大統領への支持が低迷し、イタリアのレンツィ首相が狙う憲法改正には国民の反対が根強い。EU、そして世界政治の軸として、ドイツの役割は重くなる一方だ。

 だが再選は盤石でない。反移民の民族主義政党「ドイツのための選択肢」(AfD)の支持率が10%台で推移し、既存政党による安定した政権の樹立は一段と難しくなる。大連立の相手である社会民主党など左派政党が結集し、政権を奪う展開も起こりうる。

 メルケル氏への支持は、有力な対抗馬がいないという有権者の消去法的な選択の表れでもあろう。

 長期政権が陥りがちなマンネリを排し、内外経済に利益となる内需の促進や社会保障の改革にどう取り組むか。米国優先主義を唱えるトランプ氏、来年3月までにEU離脱を通告する意向のメイ英首相との関係をどう構築するか。メルケル氏はこうした点でドイツの針路を明確に示してほしい。

東日本で地震 「怖さ」思い出す契機に

 5年8カ月という歳月は、地球にとってはほんの一瞬まばたきするほどの時間でしかない。

 きのう早朝に起きた東日本大震災の余震とみられる地震は、忘れっぽい人間の記憶を呼び覚ますものになった。

 まどろみから追い立てるような揺れが、東北から関東を襲った。福島県沖を震源とするマグニチュード(M)7・4の地震は、宮城県仙台港で1・4メートルの津波を記録した。国内では大震災以来最大の高さとなった。

 2011年3月11日の本震の後、余震活動の領域内とされる場所でのM7以上の地震は、その年に6回、12~14年に各1回起き、きのうが10回目だ。この地域の地震活動が落ち着いたわけではない。今後も同じ程度の揺れへの警戒が必要だ。

 津波は、気象庁の予想とは違うあらわれ方をした。

 宮城県には当初「注意報」が発令されていたが、仙台港で想定を超える高さを観測し、津波到達後に「警報」に引き上げられた。震源に近い福島県小名浜(おなはま)港よりも仙台港の方が高くなった理由について、気象庁は詳しくはわからないとしている。

 地震の規模はそれほどでなくても、震源が浅ければ、断層のずれ方によって津波が大きくなることがある。予想には限界があると心にとめて、命を守る行動を取りたい。

 多くの人たちをひやりとさせたのは、東京電力福島第二原発の使用済み核燃料を保管するプールで、冷却水を循環させるポンプが一時止まったことだ。

 地震による水位変動を検知し自動停止装置が働いたためで、そのこと自体に問題はない。

 しかし3・11直後、福島第一原発では、プールの冷却停止による燃料損傷と放射性物質の大量放出が真剣に危ぶまれた。それを考えると、教訓が忘れられていないか心配になる。

 原子力規制委員会は、使用済み燃料を水ではなく、空気の自然対流で冷やす「乾式貯蔵」の導入を各電力会社に求めている。だが、敷地内での長期貯蔵に道を開くことになり、地元の反発や核燃料サイクル路線の見直しを招きかねないとする電力側の反応は鈍い。ここは、安全の確保を第一に考え、実現を急ぐべきだ。

 今回の地震は、福島第一原発の敷地内のタンクにたまり続ける汚染水のリスクにも、改めて人々の目を向けさせた。

 一つ一つの災害に謙虚に学び、個人も企業も社会も着実に対策を講じる。今日にも起きるかも知れない次の災害に備えるには、それしかない。

米TPP離脱 複眼思考で対応を

 米国のトランプ次期大統領が、来年1月の就任初日に環太平洋経済連携協定(TPP)からの離脱を表明する意向を改めて示した。

 大統領選の公約に掲げ、当選後は沈黙を守っていた。他の政策では現実路線に転じる姿勢を見せているだけに、翻意への期待も出始めていたが、それを否定した格好だ。

 トランプ氏は「米国第一」を再び強調し、TPPについて「我が国にとって災難になりうる」と指摘した。その上で、雇用や産業を国内に取り戻す観点から、「二国間の貿易協定を交渉していく」と語った。

 そこには、できるだけ多くの国が貿易や投資のネットワークを作り、お互いに利益を享受するという自由貿易のあるべき姿を目指す考えは乏しい。最大の経済大国が内向き姿勢を強め、世界全体に保護主義が広がることを強く憂える。

 通商国家として発展してきた日本は何をするべきか。

 まず、トランプ氏に再考を促す努力を続ける必要がある。

 TPPの規定を変えて米国抜きで発効させる案も取りざたされるが、安倍首相も「意味がない」と語った通り、意義は大きく損なわれる。各国が互いに譲歩を重ねて何とかまとめた利害のバランスも崩れてしまう。

 ただ、トランプ氏の翻意が見通せないのも事実だ。「複眼思考」でさまざまな交渉を同時に進め、自由化を追求する姿勢をしっかりと示すべきだ。

 TPPと同じメガFTA(自由貿易協定)で、アジアに軸足を置くのが東アジア地域包括的経済連携(RCEP)だ。交渉には、世界第2位の経済大国である中国と韓国、東南アジア諸国連合(ASEAN)各国、インド、豪州、ニュージーランドが参加する。年内の合意は断念したが、日本が交渉加速を働きかけてほしい。

 日本と欧州連合(EU)の経済連携協定(EPA)では、年内の大筋合意を目指して協議が続く。対立分野が残るが、納得できる接点を探ってほしい。

 160余の国・地域が加わる世界貿易機関(WTO)の再構築も忘れてはならない。ドーハ・ラウンドが頓挫してから停滞が続くが、対象品目を限った自由化交渉が関心のある国々で続いている。太陽光パネルなど環境関連品目の関税を撤廃する協定は、日米中やEUを中心に年内の合意をめざしている。

 さまざまな交渉の成果を積み上げ、貿易自由化の恩恵を広げていく。それよりほかに保護主義を食い止める道はない。

トランプ氏表明 「TPP離脱」は誤った判断だ

 自由貿易の推進は、米国経済の成長にも欠かせない理念だ。それに背を向けた誤った判断と言わざるを得ない。

 トランプ次期米大統領が、来年1月20日の就任初日に指示する政策を発表した。大統領選後初めて、環太平洋経済連携協定(TPP)から離脱する意向を表明した。

 トランプ氏は選挙中から、不利な貿易取引が米国の雇用を奪い、製造業を衰退させるなどとTPP反対論を展開してきた。

 今回も「米国にとって災難になる恐れがある」と強調した。

 TPPは関税の撤廃・削減のほか、知的財産の保護など広範にわたる世界最大規模の貿易・投資ルールだ。アジア太平洋の経済発展を促し、果実は米国にも及ぶ。

 トランプ氏はTPPに代わり、2国間の貿易交渉に軸足を置く考えを示した。だが、多数国が参加する広域的な通商協定が実現した時ほどの効用は望めまい。

 米国の消費者に様々な恩恵をもたらすTPPを離脱して国益にかなうのか。大いに疑問である。

 米国は、TPP参加12か国の国内総生産(GDP)合計の約60%を占める。米国抜きでは発効に必要な85%に達しない。

 トランプ氏の方針を注視する参加各国は19日の首脳会合で、発効に向けた国内手続きの推進を確認したばかりだ。

 安倍首相もトランプ氏の表明前の記者会見で「米国抜きでは意味がない」と語った。

 トランプ氏が方針を転換する可能性は残る。参加国は結束し、引き続き米国に対して粘り強くTPPの意義を説くことが重要だ。

 同時に考えておくべきは、米国が離脱しても、残る11か国が国内手続きを進めてTPPの枠組みを維持する方策ではないか。

 トランプ氏は貿易以外では、シェールガスなどエネルギー分野の規制撤廃を挙げた。「数百万もの高賃金雇用」を創出するとしたが、具体的な道筋は見えない。

 選挙戦の看板政策だったメキシコ国境での「壁」建設や不法移民の強制送還について、今回は言及がなかった。実施の賛否を巡り、社会の亀裂がさらに深まるのをひとまず避けたかったのだろう。

 ただし、過激な主張を撤回したわけではない。国家安全保障担当の大統領補佐官、司法長官、中央情報局(CIA)長官にはそろって保守強硬派を起用した。

 トランプ氏が「米国を再び偉大にする」と言うのであれば、現実路線への転換を進めることだ。

福島沖の地震 津波の備えは十分だったのか

 東日本大震災の経験は生かされたのだろうか。津波への対応を詳細に点検し、改善につなげなければならない。

 福島県沖を震源とする地震が発生し、東北から関東の広範囲で津波が到達した。大震災以降としては最大の高さ1・4メートルの津波が観測された。

 大震災の余震とみられる。東北の太平洋沿岸では依然として、津波への厳重な警戒が必要なことが改めて示されたと言えよう。

 地震の揺れなどにより、15人以上が負傷した。大きな浸水被害には至らず、津波に流された人は確認されていない。

 50市町村が避難指示・勧告などを発令した。問題は、住民への呼びかけが徹底されたかどうか、である。対象住民は55万人を超えたが、避難所に移ったのは約1万2000人にとどまった。

 津波から命を守るために最も大切なのは、迅速な避難である。それが、大震災の教訓だ。

 津波は水の塊が押し寄せる。高さ50センチで、成人男性の8割が流されるとの実験結果もある。住民の安全を確保するため、自治体も速やかに、避難指示などを発することが肝要である。

 今回、津波到達後に発令したところもある。空振りを恐れてはならない。災害の度に繰り返される教訓を胸に刻みたい。

 気象庁の津波予測にも課題が残る。地震直後、津波警報を福島県に、津波注意報を宮城県などに出した。約2時間後に高さ1・4メートルの津波が仙台港で観測された。宮城県の注意報が警報に替わったのは、この津波の到達後だった。

 気象庁は、海底の地形や波の相互作用の影響で、最初の予測通りにならなかった、と説明する。予測の精度向上が求められる。

 一帯では、陸側プレートの下に海側プレートが潜り込んでいる。これに伴い、プレート間などの歪ひずみが増す。大部分は大震災により解消されたが、今度は、歪みから解放されたプレートが不安定になり、断層の動きを招きやすい。

 特に、海側プレートでは、断層が上下にずれて津波を引き起こす「アウターライズ地震」が懸念される。明治三陸地震(1896年)後に起きた昭和三陸地震(1933年)が、このタイプだ。津波で約3000人の犠牲者が出た。

 常に最悪の事態を想定し、防災の態勢を整えねばならない。

 南海トラフ巨大地震の発生も現実味を帯びている。全国の自治体や住民が、津波に対する備えを点検する機会とすべきである。

2016年11月22日火曜日

自由貿易堅持へTPPをあきらめるな

 トランプ次期米大統領が環太平洋経済連携協定(TPP)からの離脱を唱えるなか、TPPの先行きが見通せなくなっている。

 しかし、アジア太平洋地域全体の自由貿易圏をつくるうえで、TPPはもっとも重要な礎となる。日本を含む参加国はTPPの発効をあきらめることなく、国内手続きを着実に進める必要がある。

 ペルーで開いたアジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議にあわせて、日米を含むTPP参加12カ国は首脳会合を開いた。

 安倍晋三首相が「発効に向けた努力をやめるとTPPは死に、保護主義がまん延する」と訴えたのは当然である。一部の国からは、会合に先立ち「米国を外し、新たな環太平洋での協定を構築すべきだ」との意見が出ていた。

 仮に最大の経済大国である米国がTPPから抜ければ、貿易・投資の自由化により域内経済を成長させる効果は限られる。世界的に自由貿易が退潮し、世界経済の行方にも影を落としかねない。

 米国を含む12カ国がひとまずTPP存続へ協調する方針を確認したのは評価できる。課題は米国以外の11カ国の結束を保つことだ。

 トランプ氏が大統領選の期間中、TPPに反対する発言を繰り返してきたのは事実である。だからといってTPPを安易に捨て去ってはならない。

 日本など各国は、高水準の貿易・投資ルールを通じて実現しようとしているTPPの意義をトランプ氏に粘り強く説明していく必要がある。米国の外交戦略にとって重要である点も訴えてほしい。

 日本は参院で審議中のTPP承認案・関連法案を確実に成立させるべきだ。すでに議会承認を終えたニュージーランドに続き、早期発効の機運を高めてほしい。

 同時に、他の通商交渉も加速しなければならない。欧州連合(EU)との経済連携協定(EPA)交渉に向け、日本が主要閣僚会議を設けたのは前進だ。政治主導で年内の大筋合意を導いてほしい。

 中国やインドなどが参加する東アジア地域包括的経済連携(RCEP)の交渉でも、日本が積極的な役割を果たせば、米国にTPP参加を強く迫ることができる。

 APEC首脳会議は「あらゆる形の保護主義に対抗する」との宣言を採択し閉幕した。日本はこうした国際的な取り組みの先頭に立ち、世界の自由貿易をけん引しなければならない。

日ロ交渉は領土・経済均衡で

 日ロの北方領土交渉を進展させるのは、やはり容易ではないということだろう。安倍晋三首相はペルーでプーチン大統領と会談後、「解決に向けた道筋はみえてきているが、大きな一歩を進めるのはそう簡単ではない」と語った。

 プーチン氏は来月中旬、大統領として11年ぶりに来日する。今回の会談は、当面のヤマ場となる大統領来日で、領土問題を含めた平和条約締結交渉がどこまで進むかを占う試金石とされていた。

 会談は国際会議の場では異例の約70分に及び、うち半分は両首脳だけで話し合った。領土問題について、かなり突っ込んだ意見交換をしたとみられる。首相の発言からみる限り、双方の立場の隔たりはなお大きいようだ。

 安倍政権は大規模な経済協力をテコに両国の信頼を強め、領土交渉を進展させようとしている。極東開発など「8項目の対ロ協力プラン」がその柱だ。ロシアも「2国間関係を前進させる仕組みが再開した」(大統領)と、日本のイニシアチブを歓迎している。

 気がかりなのは経済協力の具体化が進む一方で、ロシアに領土問題での譲歩姿勢がほとんどうかがえないことだ。大統領はペルーでの記者会見でも、北方領土は「第2次世界大戦の結果、ロシアの領土となっている」と強調した。

 大統領は今回の会談で、北方領土での共同経済活動も取り上げたという。当の北方領土でも、日ロの経済や人道協力を優先させようという思惑が垣間見える。

 北方領土問題は戦後70年以上、解決できていない。領土を実効支配するロシアを動かすため、日本が対ロ経済協力をある程度先行させるのはやむを得ない。

 ただし、早期の決着をめざそうと投資案件や額を短期間に積み上げるだけでは、ロシアに足元を見られるだけだ。領土問題をめぐるロシアの真意を探りつつ、バランスをとって経済協力を進めていく必要もあろう。両首脳には引き続き、双方が納得できる解決策を粘り強く模索してもらいたい。

貿易の自由化 懐疑論と向き合おう

 環太平洋経済連携協定(TPP)は、依然として先行きが見えない。中心国である米国のトランプ次期大統領は選挙戦で「撤退」を唱え、当選後は沈黙を守ったままだ。

 状況が不透明な中で、どんなメッセージを発するのか。注目されたアジア太平洋経済協力会議(APEC)が終わった。

 首脳宣言とその付属文書は、世界で高まる保護主義に対抗すると明確にうたった。21のすべての加盟国・地域が参加するアジア太平洋自由貿易圏(FTAAP)を目指すことを再確認し、TPPと、経済規模で中国が中心の東アジア地域包括的経済連携(RCEP)の両方を実現すると改めて示した。

 注目したいのは、宣言に「自由貿易に対する懐疑的な見方」という文言が盛り込まれ、「自由化が不平等と格差を広げている」との反発に向き合おうとする意識がうかがわれることだ。

 さらに歩を進め、協調して対策を講じていくことにこそ、保護主義の広がりを防ぎ、世界経済の低迷を脱するカギがある。

 国と国との間の、あるいは国内の不平等の拡大と、それが持続可能な発展を妨げる恐れについては、これまでも繰り返し指摘されてきた。今回わざわざ「懐疑論」に触れたのは、英国の欧州連合(EU)からの離脱決定や、米大統領選でトランプ氏の予想外の勝利に直面し、かつてないほど危機感が強まったことが背景にある。

 不平等・格差への不安や怒りを解消していくことは、短期間では難しい。グローバル化や既得権益への反発の急速な広がりを考えれば、時間を浪費している余裕はない。

 首脳宣言は「貿易および開かれた市場の恩恵がより効果的に幅広く一般の人に伝えられることが必要」と指摘した。首脳会議に先立つ担当閣僚会議では「説明だけでなく、具体的に恩恵が広く行き渡るようにすべきだ」との発言が相次いだ。問われているのは実行である。

 教育、女性、健康と福祉。失業、中小零細企業、都市と農村。環境と気候変動……。今回のAPECで決まった各種の文書には、こんな言葉がちりばめられている。不平等・格差の原因となり、それを克服するための課題を示すキーワードだ。

 先進国か途上国かをはじめ、国や地域ごとに異なる問題と経験を持ち寄り、解決を図っていく。それを、国連や世界貿易機関(WTO)という地球規模に広げ、加速していく。

 今回のAPECを、その出発点としなければならない。

韓国の混乱 大統領は捜査に協力を

 韓国が朴槿恵(パククネ)大統領の疑惑をめぐり、混乱を深めている。

 市民のデモが週末ごとに、大統領府に近い大通りを埋め尽くし、退陣を叫んでいる。

 朴氏はこの批判に謙虚に耳を傾け、速やかに検察当局が求める事情聴取に応じるべきだ。

 検察は、朴氏の知人女性や前秘書官ら計3人を職権乱用罪などで起訴した。知人女性が絡む財団に資金を出すよう財閥に強要したり、大統領府の文書を流出させたりした疑いがある。

 検察はさらに、この3人と朴氏が「相当部分について共謀関係」にあった、と結論づけた。事情聴取を再三、求めても応じないため、3人の供述から判断したようだ。

 これに対し、朴氏の代理人は「想像と推測を重ねた砂上の楼閣」と述べ、容疑を否定した。今後は検察ではなく、政府と独立して置かれる特別検察官の捜査にだけ応じるとしている。

 だがどうして自国の検察を信じられないのか。なぜ反論があるなら調べに応じないのか。

 先に国民向けの謝罪談話の中で朴氏は「検察の調べに誠実に臨む覚悟だ」と述べた。しかし、自分の意に沿わない結果が出た途端に前言を翻すようでは不信感をあおるだけだ。

 韓国憲法は、内乱罪などの場合を除いて、大統領を逮捕起訴できないとしている。だが、検察は朴氏を「容疑者」として、捜査を続けると表明した。

 政界では、国会で弾劾(だんがい)訴追する動きが強まってきた。弾劾は憲法で認められた手続きだ。

 弾劾決議に必要な国会の在籍議員の3分の2以上の賛成は得られそうな情勢だが、最終的には憲法裁判所が罷免(ひめん)するかどうかを決める。

 過去に1度だけ弾劾決議された故・盧武鉉(ノムヒョン)大統領は、憲法裁が訴追案を棄却した。

 朴氏は弾劾が決議されても憲法裁でひっくり返せると考えているのかもしれない。だが、弾劾の行方がどうなろうと、朴氏が国民に真実を明らかにしない限り、混乱は収まるまい。

 国家権力の不正の疑いが強まった今、朴氏は訴追を免れる大統領特権を振り回すべきではない。これまでの政権運営のありのままの事実を公に説明することが、指導者としてまず果たすべき最低限の義務だろう。

 安保面でも経済面でも、国家を揺るがす事態を長引かせる余裕はないはずだ。

 12月には日中韓首脳会談が東京で予定されている。危うい北朝鮮の挑発に対処するうえでも周辺の国々は、韓国の一日も早い正常化を望んでいる。

韓国朴政権混迷 対北朝鮮で懸念はないのか

 国政を停滞させた責任は免れまい。現職の大統領が「容疑者」と認定された異常事態である。

 北朝鮮を巡る軍事的緊張が高まる中、韓国の政権が長期的に機能不全になることが懸念されている。

 朴槿恵大統領の友人女性による国政介入疑惑を捜査していた検察は、朴氏の側近2人と友人を職権乱用罪などで起訴した。文化やスポーツを振興する財団への資金拠出を企業に強要し、政府の内部文書も漏えいしていたという。

 検察は、朴氏について「犯罪事実のかなりの部分が共謀関係にある」と判断した。朴氏が側近に指示したともされる。

 韓国の大統領は憲法規定により、在職中は訴追されない。

 朴氏は、検察に協力するとの前言を翻して聴取を拒み、弁護士を通じて「共謀」を全面否定した。野党が求める退陣には応じないという意思表示だろう。

 これを受けて野党は、大統領弾劾に乗り出す方針だ。

 国会在籍議員の3分の2以上が弾劾訴追に賛成すれば、大統領の権限は停止される。さらに、憲法裁判所が最長で180日間、審理し、9人の裁判官のうち6人以上の同意で罷免が決まる。

 国会が与党議員の一部も含めて弾劾に動き出した背景には、疑惑への国民の強い怒りがある。

 今月中旬、ソウルで、大統領辞任を求めるデモが行われた。参加者は警察推計26万人で、1987年の民主化以降、最大だった。

 起訴された友人の娘が名門大に不正入学したことも発覚した。受験競争や就職難に苦しむ若者らの反発を買ったのは当然だろう。

 韓国に求められるのは、内政の混迷が外交や安全保障に影響を及ぼすのを食い止めることだ。

 日韓両政府は、軍事情報包括保護協定(GSOMIA)について実質合意した。北朝鮮の軍事情報を共有できるようにする内容で、23日に正式署名する運びだ。

 北朝鮮の核ミサイル配備は一段と現実味を増している。日米韓が連携して抑止力を高めることが急務だ。GSOMIA締結は、その重要な一歩となろう。

 韓国内では反対論も根強いが、協定の円滑な運用に努めることが肝要である。

 元慰安婦を支援する財団は、23人に現金を支給した。昨年末の慰安婦問題を巡る日韓合意時点で生存していた46人の半数に当たる。韓国が今後も合意を着実に履行して、両国関係の全般的な改善につなげることが欠かせない。

オプジーボ 高過ぎる薬価は柔軟に正そう

 有効性が高い新薬の登場は歓迎すべきだが、あまりに高額では医療保険財政を圧迫する。使用実態を踏まえた新たな価格算定ルールが必要だ。

 厚生労働省は、がん治療薬「オプジーボ」の薬価を50%引き下げることを決めた。来年2月から適用する。薬価は2年ごとに見直され、次期改定は2018年4月になる。特定の薬価を前倒しで改定するのは、極めて異例だ。

 大幅値下げには、首相官邸の強い意向が反映されている。今の薬価では、患者1人当たり年間3500万円もかかり、その大半が保険料や税金で賄われている。海外価格の2・5~5倍であることを考えても、当然の判断である。

 オプジーボは、免疫に働きかける新タイプの薬だ。既存の類似薬がないこうした新薬の価格は、研究開発経費や製造費、営業利益などを積み上げ、想定される患者数で割って算定する。

 超高額化したのは、当初、想定患者が470人と少ない皮膚がんの薬として承認されたためだ。昨年末、肺がんなどに対象が広がり、想定患者は30倍の1万5000人に増えたが、今年4月の薬価改定では是正が間に合わなかった。

 早期の大幅値下げを求める声が高まったのは、無理もない。

 製薬業界は、ルールを突然変更されると、収益の見通しが立てにくくなり、「開発意欲がそがれる」などと反発している。

 そうした側面はあるにせよ、今回の場合は、患者数の増大により、メーカーの売上高が想定をはるかに上回っているのも事実だ。現行ルールでも、次期改定での大幅な値下げが確実視されていた。

 これまでにも、患者数の少ない難病を対象に、高額な薬価が設定され、後に対象疾患が拡大されたケースはある。保険財政に悪影響を及ぼす制度の不備が放置されてきたのは、問題である。

 厚労省は、対象疾患を増やす際、薬価も迅速に改定する柔軟なルールの導入を急ぐべきだ。

 オプジーボを巡っては、使用方法の課題も浮上している。効果があるのは患者の2、3割だが、事前に見極めがつかず、多数の患者に投与されているのが実情だ。

 厚労省は、高額薬について、対象者を選別する診断基準や、扱える医療機関の要件を定めた指針の作成を進めている。適正使用につなげてもらいたい。

 医療費の膨張を抑えつつ、必要とする患者に画期的な新薬の恩恵を届ける。厚労省には、その実現に向けた工夫が求められる。

2016年11月21日月曜日

「トランプ旋風」乗り越えパリ協定を前へ

 モロッコで開いた国連気候変動枠組み条約第22回締約国会議(COP22)が閉幕した。2020年以降の地球温暖化対策を決めた「パリ協定」が発効して初めての会議で、協定のルールづくりのスケジュールをまとめ削減行動へ一歩ふみだした意義は大きい。

 米大統領選挙で温暖化を否定するトランプ氏が勝ち、協定の行方には暗雲が漂う。ケリー米国務長官は会場で「米国は約束を守る」と断言し、米政府は50年までの長期の削減戦略もいち早く公表したが、先行きは不透明だ。

 しかし、だからこそ他の参加国は結束して協定をしっかり前に進めよう、という機運が高まった。COP22に合わせて、米国はパリ協定にとどまるべきだとする公開書簡を、世界の365の企業や組織がトランプ氏や米議会にあてて出したのは、その一例だ。

 パリ協定は今世紀後半に世界の温暖化ガス排出量を実質ゼロにすることをめざす。昨年12月のCOP21で採択され、今年11月に異例の速さで発効した。世界で1、2位の排出国である中国と米国が、早期の発効を主導した。

 規定のうえでは、締約国は発効後4年間は協定を離脱できない。ただ、トランプ氏は大統領権限で批准手続きを取り消す可能性がある。トランプ氏はじめ米国の次期政権に対して、国際社会はパリ協定に残るよう強く働きかけていかなくてはならない。

 鍵を握るのは米企業や投資家の動きだろう。協定の発効で省エネ技術などへのニーズが高まるのは確実で、新たな商機を生む。国益を重視し「偉大な米国を」と訴えるトランプ氏の考えと、環境分野で産業競争力を高めることとは矛盾しないはずだ。

 カリフォルニア州のように独自に温暖化ガス対策を実施している州政府もある。排出削減の流れが大きく逆戻りしてはならないという声は、米国内にも多い。

 協定の批准が遅れた日本は一部の会議でオブザーバー参加にとどまるなど、COP22で存在感を示せなかった。環境関連の優れた技術力をもち途上国支援の実績もあるのに、協定を実行に移すうえで大きな力になっていない。

 安倍晋三首相は外国首脳として初めてトランプ氏と会談した。これからも温暖化問題への積極的な取り組みを米国に呼びかける機会があるかもしれない。日本政府の積極的な貢献に期待したい。

福島の汚染土を減らす努力を

 東京電力・福島第1原子力発電所の事故で生じた汚染土壌などを受け入れる中間貯蔵施設(福島県大熊、双葉町)で、土壌を保管する本体の工事が始まった。

 この施設は環境省が建設・運営し、福島県内で生じた汚染土壌を最長30年にわたり貯蔵する。地下水の汚染を防ぐ対策を施し、最大で東京ドーム18個分、約2200万立方メートルの土壌を受け入れる。

 県が建設を認めてから本体の着工まで約2年かかった。予定地は東京・千代田区の1.4倍にあたる16平方キロメートルにおよび、地権者は2300人を超える。環境省が地権者から取得できた用地はまだ1割にとどまっており、工事の長期化は避けられそうにない。

 環境省は施設の意義や目的を丁寧に説明し、まずは用地取得に全力を挙げなくてはならない。

 汚染土壌は県内の仮置き場で山積みになっている。それらを受け入れる中間貯蔵施設の稼働は、除染の加速や放射線リスクの低減、福島の復興に欠かせない。補償額に難色を示す地権者もいるが、粘り強く交渉してほしい。

 工事が長引くなか、除染現場や仮置き場で汚染土壌を減らす対策にも、力を入れるべきだ。

 放射性物質は粒の細かい土にくっつきやすく、大粒の土は汚染が少ない。土をふるいにかけて大粒のものを除けば、汚染土壌の量を減らせる。機械式のふるいや沈殿槽を使って土をより分ける技術が提案されている。それらを除染現場や仮置き場の近くに配置すれば減量が進むはずだ。

 原発事故のため帰還困難区域に指定された7市町村では、除染はいまも手つかずだ。政府は5年後をめどに一部地域の避難指示を解除する方針で、来年度から除染を始める。こうした場所で優先的に減量技術を使ってはどうか。

 中間貯蔵施設が稼働した後も、仮置き場から土を運ぶダンプの事故防止や、沿道の住民の理解をどう得るかなど課題は多い。輸送の手間やコストを抑えるためにも汚染土壌の減量は欠かせない。

日ロ首脳会談 原則を踏みはずさずに

 安倍首相とロシアのプーチン大統領の首脳会談が、訪問先のペルーで開かれた。

 北方領土問題を含む平和条約交渉は進展するのか。注目される12月15、16日のプーチン氏来日を前に、両首脳が直接顔をあわせる最後の機会だ。

 経済協力をてこに北方領土の返還を強く望む日本と、領土問題より経済協力を優先させるロシア――。鮮明になったのは、そんなすれ違いだった。

 戦後70年を過ぎ、なお実現しない日ロ間の平和条約。日本の政治指導者として、その締結をめざす姿勢は理解できる。

 同時に、踏みはずしてはならない原則がある。「法の支配」という普遍の価値観を共有する米欧との協調と両立させねばならないということである。

 世界の目下の大きな懸念は、新大統領にトランプ氏を選んだ米国が、国際秩序を主導する立場にとどまるのかどうかだ。

 ロシアはクリミア併合で領土をめぐる「力による現状変更」に踏み込んだ。これに対し、米欧や日本は経済制裁を科し、国際秩序への復帰を促してきた。

 ところが、トランプ氏は大統領選で、米国の利益第一を公言しつつ、プーチン氏を「米国の指導者よりはるかに賢い」と持ち上げた。

 そんななか、日本がいま、優先すべき役割は明らかだ。

 米国とロシアの関係修復は望ましい。だがそれが、米国自身が「法の支配」を守る枠組みから脱落することになってはならない。トランプ氏や周辺に繰り返し、そう説くことだ。

 日本自身が「法の支配」を軽んじるような振る舞いを避けるべきなのは当然だろう。

 首脳会談では、首相が5月にプーチン氏に示した「8項目の経済協力」の具体化に向けた作業計画が説明された。制裁などで経済が低迷するロシアにとって、北方領土などを舞台とする経済協力への期待は高い。

 米国や欧州連合(EU)はロシアの大手銀行などへの融資を禁じている。だが日本はそこまで厳しくしていないため、政府系金融機関の国際協力銀行が、事業に加わるロシアの銀行への融資を検討している。

 北方領土問題は重要だ。ただその進展を急ぐあまり、経済制裁の足並みを乱すような動きと見られてはならない。

 どんな局面であれ、日本は国際法を順守し、民主主義の価値観を守る立場にたつべきだ。

 それが国際社会への責任であり、北方領土をめぐる日本の主張の正当性を強め、説得力をもたせることになる。

堺・男児不明 子を守る体制の点検を

 最悪の事態に至る前に、なぜ手を打てなかったのか。悲劇を繰り返さないために、関係当局は徹底した検証が必要だ。

 大阪府南部の山中で、3年前から行方不明の男児(4)とみられる遺体がみつかった。父親は「死んだのは私の暴力が原因」と供述した。府警は父親を傷害致死、母親も保護責任者遺棄致死容疑で逮捕した。

 男児は12年4月、両親が詐欺容疑で逮捕された際に児童相談所に保護され、翌年末に親元へ戻っていた。以来、所在が分からなくなっていた。

 男児の消息を知る手がかりはあったのに、守れなかった自治体の責任は大きい。

 一家が暮らしていた大阪府松原市は、昨年2月、男児の妹(2)がやけどを負ったことを、医師の通告で知った。市は「育児放棄の疑いがある」として複数回、家庭訪問していた。ところが男児については直接会って確認はしなかった。

 昨年夏には、3歳児健診の案内を市地域保健課が通知した。両親は「日程を変更したい」と6回にわたって延期してきた。結局、受診することなく、12月末に堺市へ転居した。

 健診の未受診は虐待の兆候でもある。大阪府の指針では、保健師らが子どもに会って確認するよう求めている。市は「親から延期の連絡があったので疑わなかった」というが、認識が甘かったと言わざるを得ない。

 自治体と児童相談所の連携も不十分だった。

 両親は13年夏、おいにあたる男児の死体遺棄容疑で、書類送検されていた。公訴時効で不起訴になったが、「遺体は河川敷に埋めた」との供述もあった。おいの行方はいまも不明だ。

 この事件のことを児相は松原市に伝えていなかった。子どもの命にかかわる情報で、注意を促すべきではなかったか。

 大阪府は児相や市の対応について、近く検証を始めるという。連携不足の背景や警察との情報共有のあり方など、課題をあぶり出す必要がある。

 保護すべきだったが、踏み切れなかった。児童虐待ではしばしばそんな話を聞く。様々な事情が絡み、結果論で安易に語れぬ面はある。だが子どもの命を守るのは大人の責任だ。個々の事件を大切な教訓とし、今後に生かさねばならない。

 厚生労働省によると、住民票はあるのに乳幼児健診を受けていないなど、居住実態が不明な18歳未満の子が、7月現在で少なくとも25人いるという。

 体制に不備がないか、各自治体はいま一度点検してほしい。

日露首脳会談 領土交渉進展は楽観できない

 12月にロシアのプーチン大統領を日本に迎えるに当たり、北方領土問題と経済協力をバランスよく進める必要がある。

 安倍首相は、ペルーでプーチン氏と会談し、プーチン氏来日の準備を着実に進めることを確認した。70分間の首脳会談の半分は通訳のみが同席した。

 会談後、平和条約交渉について、「解決に向けて道筋が見えてはきている」と記者団に語った。首相は、「大きな一歩を進めることはそう簡単ではない」とも指摘したうえ、「一歩一歩前進していきたい」と強調した。

 戦後70年以上、北方4島の返還を実現できず、ロシア国内では返還反対論が強いままだ。領土交渉の進展は楽観できない。

 権力基盤が強固なプーチン氏との信頼関係を深める中で、領土問題の解決の糸口を探る首相の戦略は、基本的に妥当だろう。

 首脳会談に先立ち、日露両政府はペルーで次官級協議を開き、8項目の経済協力計画の具体策をまとめた。極東の都市開発への日本の支援などが盛り込まれた。

 領土問題を打開する「呼び水」でもある日本側の経済協力のメニューは出そろいつつある。

 岸田外相が来月初めにもロシアでラブロフ外相と会談し、プーチン氏来日について調整する。

 気がかりなのは、領土交渉に関するプーチン氏の真意がいまだ見えてこないことである。

 プーチン氏は今回の会談で、米欧の対露経済制裁などの影響によって「今年上半期の日露間貿易が前年同期比で36%減少した」と指摘した。日本の経済協力の拡充を促したとみられる。

 だが、領土問題にゼロ回答で、大規模な経済協力を期待するのには無理がある。プーチン氏は、自らの来日でさらに大きな成果を目指すなら、領土問題の前進に向けて真剣な努力が求められよう。

 ウクライナ、シリア情勢を巡りロシアと対立するオバマ政権は、安倍首相とプーチン氏の接近に強い懸念を示している。首相はオバマ大統領に対し、日露関係を改善する狙いを改めて説明し、理解を得なければならない。

 トランプ次期米大統領は、米露関係の修復に意欲を示している。北方領土交渉の行方には、どんな影響があるのだろうか。

 ロシアにとって、米国と良好な関係を築ければ、日本に歩み寄り、米欧との分離を図る重要性が低下するとの観測もある。

 日本は、米露の動きも注視することが欠かせない。

TPP首脳会合 高度な貿易合意を無にするな

 世界に例を見ない広範な貿易・投資ルールの実現に向け、参加国の覚悟が改めて問われていると言えよう。

 環太平洋経済連携協定(TPP)参加12か国の首脳会合がペルーで開かれた。

 発効には、承認国の国内総生産(GDP)合計が全体の85%を占める必要がある。単独で60%を超える米国抜きには成立しない。

 トランプ次期米大統領は「米国の雇用を奪う」と、選挙中にTPPからの撤退を公言しており、協定の発効が危ぶまれている。

 安倍首相は会合で「我々が現状にひるんで国内手続きをやめてしまえば、TPPは完全に死んでしまい、保護主義を抑えられなくなる」と反転攻勢を訴えた。

 参加各国が、協定の経済的、戦略的な重要さを再認識し、発効に向けた国内手続きの推進を確認したのは当然である。

 TPPは関税の撤廃・削減を始め、知的財産の保護や適正な労働条件など貿易から投資まで幅広い分野に及ぶ。次代の経済協定の標準と目される意欲的な内容だ。

 今年2月に正式合意したTPPは約5年間の難交渉の末に決着した。関係国が対立と妥協を繰り返し、ようやくまとめた協定は「ガラス細工」とも評される。

 参加国が積み上げた交渉の成果をここで無にしてはなるまい。

 ニュージーランドは国内手続きが完了した。参院で審議中の日本も早期承認し、各国の結束を後押しすることが重要だ。

 一部の国に米国抜きの協定発効を探る考えが浮上している。せっかく合意した協定を白紙に戻さない方策として、あらゆる選択肢を検討することはあっていい。

 それでも、トランプ氏が就任後、正式に態度表明するまで、参加国は足並みをそろえ、米国への働きかけを続けねばなるまい。

 米次期政権の与党となる共和党は自由貿易推進の立場だ。トランプ氏も、選挙公約の優先順位を精査する意向を示している。

 TPP会合に続いて開かれたアジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議も、保護主義への対抗が主要議題となった。

 APECが掲げるアジア太平洋の自由貿易圏構想はTPPと、日中韓など16か国の地域包括的経済連携(RCEP)が中核だ。

 TPPが頓挫すれば、RCEPの存在感が強まる。だが、中国の国内事情を反映し、国有企業改革や知財保護などで高水準のルール作りが難しくなろう。それを避ける上でもTPPが欠かせない。

2016年11月20日日曜日

トランプ氏はFRBの独立性を尊重せよ

 トランプ米次期大統領は選挙戦で、米国の中央銀行である米連邦準備理事会(FRB)のイエレン議長への批判を繰り返した。大統領になれば発言は収まるかもしれないが、米国の金融政策は米国のみならず世界経済にも影響する。FRBの独立性を尊重する姿勢を明確にすべきだ。

 イエレン議長は17日の議会での質疑で「中央銀行が目標達成のため最適な政策判断をする権限を持つことが極めて重要」と指摘。中銀が政治圧力を受けた国では経済がひどくなっていると強調した。

 トランプ氏や共和党議員が「イエレン議長は民主党政権を利する低金利政策を取っている」と批判しているのに反論した形だ。政策決定は政治の影響を受けていないし、今後も政治の介入には断固反対するとの意思表示だろう。

 トランプ氏は選挙戦で金融政策に再三言及した。「低金利政策は貯蓄者を傷つけている」といったかと思えば、「金利を上げてドルが強くなりすぎれば大問題だ」と指摘するなど、内容はばらばらだ。だが、イエレン議長への個人攻撃だけは一貫している。

 政治家のFRB批判は以前からある。独立性は法律で担保されており過剰な心配は不要だろう。1979年に就任したボルカーFRB議長が米議会の攻撃をはねのけて大幅利上げでインフレを退治して以来、FRBの政治的中立性への信頼も揺らいでいない。イエレン氏も2018年の任期満了まで議長の座にとどまる見通しだ。

 ただ、気になるのは議会で金融政策への監視を強めようとする動きが強まっていることだ。金融政策を米政府監査院(GAO)の直接監査対象にする法案は否決されたが、その後も同様の法案づくりをめざす動きは共和党議員を中心に根強い。トランプ氏がこれを後押しすれば独立性を阻害する法律が成立する恐れもある。

 トランプ氏は大型の財政刺激策を打ち出そうとしているが、実行されれば長期金利やドルが上昇する可能性が大きい。その際にFRBの利上げをけん制するのではないか、との懸念もある。

 中央銀行と政権が信頼関係を築くのは大事だ。金融政策の決定理由や議論について透明性を高めることも求められる。だが政策決定が少しでも政治の影響を受けていると思われれば、経済や市場の安定を損ないかねない。そのことをトランプ氏は肝に銘じるべきだ。

原発の廃炉費は丁寧な議論を

 経済産業省の有識者会議で原子力発電所の廃炉をめぐる二つの議論が進んでいる。一つは、電力自由化の下で必要な廃炉を進める方策について。もう一つは、事故を起こした東京電力(現東京電力ホールディングス)福島第1原発を処理する体制についてだ。

 いずれも放置が許されない課題だ。やり遂げる仕組みを整えることが急務である。そのための費用を誰が、どう払うのか。国はわかりやすい議論と、国民への丁寧な説明を心がけてほしい。

 二つの議論に共通するのは、一部の費用の負担をすべての国民に求める案を検討している点だ。新規に参入した電力事業者も使う送電線の利用料に費用を上乗せすることで、新電力から電気を買う消費者にも負担を求める考え方だ。

 自由化で競争が激しくなれば、原発を持つ電力会社が廃炉に備えて用意する引当金を確保できなくなる可能性がある。そのため、予定より前に廃炉を決めた原発については送電線の利用料の一部を廃炉費用にあてる案が出ている。

 福島第1原発の処理では、廃炉や損害賠償などの費用が見込みを大きく上回る可能性が高まっている。そこで、上振れ分の一部を送電線の利用料に上乗せして集める案を、国は示している。

 負担が事業者間の競争を阻害するものであってはならない。一方で重要なのは、役目を終えた原発の廃炉と、福島の事故処理・復興を着実に進めることだ。資金不足で滞るようなことが起きてはならない。事故処理の費用を東電HDの経営努力だけで賄えないなら、補う財源が必要だ。

 不足分を広く国民に負担を求めざるを得ないのなら、理由を誠実に説明することが大切だ。どうして送電線に上乗せするのか。ほかに手段はないのか。理解を得られるようつとめるべきだ。

 議論が限られた場所で進む「密室感」は国民の疑念を招く。原発を重要なエネルギーとして使い続けるためにも、信頼を積み上げる努力を怠ってはならない。

原発事故賠償 事業者の責任はどこへ

 何十年も前からある設備だが、事故を起こした時の賠償への備えをきちんとしていなかった。必要な資金を確保するため、今から、昔の客にも負担を求める――。

 原発について、経済産業省がそんな案を有識者会議に示した。経営の常識から外れたつけ回しであり、事業者の責任をあいまいにすることにもなる。撤回するべきだ。

 原子力損害賠償法は、原発事故を起こした事業者が原則すべての損害に賠償責任を負うと定める。ただ東京電力福島第一原発の事故を受けて、国が設立した機構がひとまず賠償費を立て替え、後で長期間かけて東電を含む大手電力各社に負担金を払ってもらう制度ができた。

 原発を持つ事業者が共同で事故のリスクに備える「相互扶助」の考え方に基づく。負担金は電気料金への上乗せが認められ、実質的には大手各社と契約する利用者が負担する構図だ。

 そこへ、今回の案である。

 負担の対象をさらに広げ、電力自由化で参入した原発を持たない「新電力」も含める。具体的には、新電力が大手の送電線を使う時に支払う託送料金に上乗せする方法を想定している。ほぼすべての国民に負担が及ぶことになる。

 経産省の説明はこうだ。

 「原発事故の賠償費は本来、日本で原発が動き始めた60年代から確保しておくべきだった。だから、過去にこのコストが含まれない安い電気を使った人に負担を求めるのが適当だ」

 背景には、福島事故の賠償費がすでに想定を超えて6兆円ほどに達し、今後も膨らむとの見通しがある。とはいえ、「過去分」を持ち出すのなら、まず大手各社が原発を動かして積み上げてきたもうけをはき出させるのが筋だ。必要な備えを半世紀間も怠った責任を問わないままで、新たな負担に納得する人がいるだろうか。

 経産省は、福島第一の廃炉費や、事故を起こしていない原発の廃炉費でも、一部を託送料金に混ぜ込む負担案を示している。「託送頼み」は賠償費で三つ目だ。

 新電力に負担を負わせるのは原発優遇策にほかならず、電力自由化の土台となる公正な競争環境を損なう。新電力の契約者の中には、原発を嫌って大手から乗り換えた人もいる。

 原発事故の被害者への賠償をしっかり行うのは当然だ。だが、原発に関するコストは、原発を持つ事業者が担うべきである。理屈の通らないつけ回しは許されない。

介護外国人材 受け入れ方法を誤るな

 人手不足が深刻な介護の現場で、外国人を受け入れるルートが二つ、増える。

 一つは、外国人の在留資格に新たに「介護」を加える。留学生が日本国内の専門学校などで学び、介護福祉士の国家資格を得れば、日本で働けるようにする。国会で出入国管理及び難民認定法の改正法が成立した。

 もう一つは外国人技能実習制度の活用だ。受け入れ先への監督を強める適正化法の成立を受け、来年の法施行に合わせて介護を対象に加える。今は建設や製造、農業など74職種で、介護が初の対人サービスになる。

 国内には、すでに経済連携協定(EPA)に基づいて来日し、日本で介護福祉士の資格取得をめざす人や、国家試験に合格して働く人たちがいる。

 EPA方式と同様に、新たな在留資格は介護の資格取得をめざす人に門戸を広げる。日本語ができ、専門知識も持つ外国人は、介護の現場からも活躍を期待される存在になるだろう。

 問題は、技能実習制度の介護職への拡大である。いまは原則として最長3年の実習期間も5年にする。

 制度を巡っては、実習生が違法な低賃金や長時間労働を強いられる例が後を絶たず、国内外から批判されてきた。「途上国への技術移転」の名のもとに、安い労働力を確保する手段として使われてきたのが実態だ。

 適正化法では、法的な権限を持つ監督機関を新設し、実習生への報酬を同じ職場で働く日本人と同等以上にすることも明記された。当然の対応だ。

 一方で、これで問題がなくなると言わんばかりに、制度をなし崩しに広げるのは賛成できない。本当に劣悪な労働環境が改善されるのか。まず「適正化」の実が上がるかどうかを見極めるのが先ではないか。

 対人サービスである介護については、とりわけ慎重な対応が必要だ。利用者のお年寄りや職場の同僚とのコミュニケーションは、安心・安全にもかかわる。政府は、技能実習制度でも一定の日本語能力を条件にするとしているが、学習支援の体制は十分と言えるのか。

 そもそも、資格の取得を目指すわけではなく、短期で母国に帰る実習生に、どこまでの介護の質を求めるのか。

 介護の現場で人手不足が深刻なのは、他の業種に比べて賃金が低いという構造問題があるからだ。最優先で取り組むべきは、介護現場の待遇改善である。場当たり的な対応は、ようやく出てきた改善への機運にも水を差しかねない。

COP22閉幕 「全員参加」がパリ協定の核だ

 すべての国が、同じ枠組みの中で温室効果ガスの排出削減に取り組み、地球温暖化を抑止する。京都議定書に代わる「パリ協定」の要諦だ。

 大排出国が国際ルールに背を向けることは、許されまい。

 モロッコで開かれていた国連の気候変動枠組み条約第22回締約国会議(COP22)が閉幕した。2020年からの協定実施に向け、詳細なルール作りを18年までに完了することなどで合意した。

 7日に開幕した会議は当初、パリ協定の発効を歓迎する雰囲気に包まれていた。しかし、米大統領選で共和党のトランプ氏が勝利すると、様相が一変した。

 トランプ氏は「地球温暖化はでっち上げだ」とネット上で発言したことがある。選挙戦でも「パリ協定を離脱し、温暖化対策の資金も止める」と持論を展開した。

 炭鉱労働者の雇用確保などのために、二酸化炭素を多く排出する石炭火力発電の拡充にも積極的だ。COP22の討議で、各国代表から協定の先行きを懸念する声が相次いだのは、無理もない。

 パリ協定採択の舞台となったフランスのオランド大統領は「米国は、世界2位の排出国として、約束を尊重すべきだ」と訴えた。

 ケリー米国務長官は「米国は設定した目標へ進んでいる。これが覆ることはないと確信している」と、トランプ氏を牽制けんせいした。

 地球温暖化は、人為的活動により引き起こされている可能性が極めて高い。それが、世界規模で積み重ねられてきた科学研究の結論であり、国際的な共通認識だ。

 世界全体の排出量を削減するためには、国際協調が不可欠である。米国は、オバマ政権下で、協定成立や早期発効に貢献した。トランプ氏の姿勢は、あまりに内向きで無責任だと言わざるを得ない。

 米国が離脱すれば、先進国からの技術・資金支援に頼る途上国の対策などにも影響が及ぶ。

 協定は、発効から4年が経過しないと離脱できない仕組みになっている。日本など各国は、米国が応分の責任を果たすよう働きかけていく必要がある。

 期間中には、パリ協定批准国の第1回会議も開かれた。批准した時期などの関係で、日本と同様、議決権のないオブザーバー参加だった国が半数以上を占めたため、重要な決議は見送られた。

 山本環境相は「革新的技術の研究開発を強化し、世界全体の削減にも貢献する」と表明した。まずは、公正なルール作りに積極的に関与することが求められる。

日ASEAN 防衛協力を重層的に深めたい

 南・東シナ海での中国の海洋進出を踏まえ、東南アジア諸国連合(ASEAN)との防衛協力を着実に深化させたい。

 2年ぶり2回目となる日ASEAN防衛相会合が、ラオスで開催された。稲田防衛相は、海洋・航空での「法の支配」貫徹や各国軍の能力構築を柱とする包括的な支援策を発表した。

 防衛装備・技術協力や、共同訓練、人材育成などを引き続き推進する。サイバー防衛、地雷・不発弾処理も新たに手掛ける。

 各国が抱える多様なニーズや課題を的確に把握し、戦略的に取り組むことが大切である。

 昨年12月のASEAN共同体の発足に伴う加盟国間の連携強化を受けて、従来の各国に対する個別の防衛協力に加えて、複数国を対象にした重層的な支援も行う。

 日本による専門家の研修や装備協力を複数国に広げて、各国間でも情報や技術を共有する。それにより、「ASEAN全体の能力向上と一体性の強化」を図る。こうした狙いは、妥当だろう。

 日本は1990年頃からASEAN各国との防衛交流を開始し、2000年頃から個別の協力を進めてきた。災害救援や施設整備などに関する自衛官のきめ細かい技術指導は高い評価を得てきた。

 今後は、防衛協力のさらなる質の向上が求められよう。

 南シナ海での中国の主権主張を否定した仲裁裁判所判決を巡り、稲田氏は「当事者を拘束する最終的な判断で、これに基づく解決が重要だ」と訴えた。各国の国防相とは、法の支配、紛争の平和的解決の必要性で一致したという。

 間接的な対中牽制となろう。

 中国も近年、ASEAN各国への武器提供などを増やそうとしている。タイは中国から潜水艦を購入する方針とされる。

 中国から大規模な経済支援を受けるカンボジア、ラオスと、南シナ海の領有権問題を抱えるベトナム、フィリピンなどとでは、対中姿勢に温度差がある。

 ASEAN側には、「日中両にらみ」で支援を引き出したいという思惑があるのは確かだ。

 日本にとって、南シナ海における「航行の自由」原則の維持は、海上交通路(シーレーン)の安全確保のうえで欠かせない。

 東シナ海での中国軍の活動に波及させないためにも、ASEANとの協力を積極的に進めたい。

 その協力では、トランプ次期大統領の意向が不透明であるものの、米国と緊密に協調し、役割分担することが重要だ。

2016年11月19日土曜日

信頼を土台に「中身ある日米関係」目指せ

 安倍晋三首相とドナルド・トランプ次期米大統領の初顔合わせは無難に終わった。在日米軍の駐留経費の負担などをめぐり、いきなり角を突き合わせる事態にならなかったことは喜ばしい。安倍首相は互いの信頼を土台にして、新政権と「中身のある日米関係」を築く努力をしてほしい。

 会談を終えたふたりがにこやかな表情でビルの下まで一緒に降りてきたところをみると、「温かい雰囲気の中で話ができた」という首相の説明は大筋その通り受け取ってよいだろう。トランプ氏もフェイスブックで「素晴らしい友情関係を始められたのは喜ばしい」と明かした。再会談も合意した。

 事実上の首脳会談であるにもかかわらず、事前の発言要領のすり合わせなどはなかったことを考えれば、十分な成果である。

 そもそも今回の会談は何を話すのかよりも、会うことそのものに力点があったといってよい。

 次期米大統領は就任までの2カ月余、外国首脳と会わないのが慣例だ。現大統領との二重外交に陥りかねないからだ。トランプ氏が投票日から10日足らずで安倍首相と会ったのは、内外に根強くあるトランプ氏への警戒感を払拭する効果があると踏んだからだろう。

 安倍首相は9月の訪米時に民主党の大統領候補だったヒラリー・クリントン氏とだけ会った。情勢を見誤ったと思われてもしかたがない。トランプ陣営とも太いパイプを構築してあったというイメージづくりには早期訪米は不可欠だった。その意味で、今回の会談は双方にメリットがあった。

 大事なのは、実務色が濃くなる2回目以降の会談で、日米の懸案にきちんと対処していけるかどうかだ。いくらゴルフ談議に花が咲いても、肝心の中身が乏しければ日米同盟は空洞化していく。

 トランプ氏が破棄すると語る環太平洋経済連携協定(TPP)を何らかの形で生き残らせることができるのか。安倍首相が今回、TPPに言及したのかどうかは明らかにされていないが、自由主義と市場経済を世界の国々が広く共有するところに繁栄と安定があるという価値観を粘り強く語り続ければ、トランプ氏が歩み寄ってくる余地も生まれよう。

 当選後のトランプ氏と最初に会った外国首脳として、東南アジア諸国などとのネットワーク強化の一翼を担うことも有意義だ。視野を広げて動くべきだ。

新薬に納得できる価格を

 政府は、超高額の抗がん剤オプジーボの公定価格を、緊急的な措置として来年2月から今の半額にすることを決めた。1人の患者が1年間使えば、3500万円にもなるという今の値段のままで使用が広がれば、健康保険の財政が大きく悪化するとの判断だ。

 人口の高齢化に伴い医療費は増え続け、国民や企業の健康保険料や税の負担は重くなる一方だ。この状況を踏まえると、引き下げは妥当な措置と言える。

 しかし、いったん決まった価格を政府の裁量で臨時に引き下げるようなことが続けば、製薬企業の経営に影響が出てもおかしくない。膨大な投資を必要とする新薬の開発意欲もそぎかねない。医薬品の価格設定について、透明で、関係者の納得が得られるような新たなルールをつくる必要がある。

 健康保険で診療を受けた際に処方される医薬品は、一つ一つに公定価格が定められている。オプジーボのような、これまでにない画期的な新薬は、その開発にいくらかかり、どれほどの市場が見込めるかなどを総合的に考慮して、値段が決まる。

 オプジーボは当初、患者数が少ない一部のがんに使う薬として認可された。多額の開発投資の割に使用量は少ないと見込まれるので、高い単価がつけられた。しかし、その後、他のがんにも適用が広がって問題が顕在化した。

 この経緯を踏まえると、画期的新薬の適用範囲はその作用などから考えて、無理のない範囲で柔軟に設定することが必要ではないか。製薬企業と厚生労働省だけの密室の協議で値段を決めている今の仕組みを見直し、外部の目が入るような仕組みも必要だろう。

 費用対効果も踏まえるべきだ。既存薬に比べて効果の割に値段が高いといったことがわかる客観的な指標などがあれば、それを基にした値段の引き下げも理解を得やすい。

 技術の進歩に伴い、今後画期的な新薬は次々と登場する可能性がある。対応を急ぎたい。

日米関係 真の信頼を築くために

 安倍首相が訪問先のニューヨークで、トランプ次期米大統領と会談した。同氏が大統領選で勝利後、外国首脳と直接顔をあわせたのは初めてだ。

 この会談でトランプ氏が何を語るか。世界が注目していたといっても言い過ぎではない。

 トランプ氏は大統領選で「米国第一」を掲げ、日本など同盟国のために過大な負担をしているとして同盟の見直しを主張した。環太平洋経済連携協定(TPP)からの撤退に言及し、地球温暖化対策の新ルール「パリ協定」からの離脱も示唆した。

 大統領選に勝ち、次期大統領となったトランプ氏がこうした発言を維持するのか、それとも修正するのか。各国の関心はそこに集中していたからだ。

 だが会談は非公式という位置づけで、終了後、取材に応じた首相も、具体的な内容は「差し控えたい」と説明を避けた。

 一方で、首相は「信頼」をこう強調した。「ともに信頼関係を築いていくことができる、そう確信のもてる会談だった」

 新大統領の就任は来年1月20日。それまでは米国を代表するのはあくまでオバマ大統領だ。トランプ氏は次期政権の人事や政策づくりを進めているさなかであり、同氏の発言は米政府の公式な準備も、日米間のすり合わせも経ていない。

 その意味で、首相がトランプ氏の発言内容を公表しなかったこと自体は理解できる。

 ただ、物足りないのは、会談後の首相の発信がトランプ氏との個人的な「信頼関係」をうたうのに終始したことだ。

 日米両国がこれからも、アジア太平洋地域と世界の平和と安定のために協力していく。首相は最低限、その決意をトランプ氏との間で再確認し、世界に発信すべきだったのではないか。

 真の意味での国と国との信頼は、指導者同士が世界で最初に会ったとか、ウマがあうとかに左右されるべきものではない。時間はかかっても具体的な行動のうえに築いていくものだ。

 自由貿易、核不拡散、地球温暖化……。世界を覆うさまざまな課題に日米がどう連携し、寄与していけるか。

 その基礎にあるのは、日米が共有してきた自由と民主主義、法の支配などの価値観だ。

 トランプ氏が孤立主義的な考え方をあらため、現実的な着地点を見いだせるよう、日本もあらゆる手立てをとらえて促していきたい。

 今回の会談を、日米が具体的な協力を通じて真の信頼を築いていくための、第一歩としなければならない。

豊洲市場問題 腰をすえた移転対策を

 早い時期に新市場に移転できないことがはっきりした。東京都は腰をすえて汚染物質などへの対策を講じ、「安全」に対する消費者や業者の不安を徹底的に取り除かなければならない。

 築地市場の移転問題で、小池百合子都知事はきのう、豊洲への移転は「早くても2017年冬か18年春」と公表した。環境影響評価をやりなおすことになれば、さらに1年ほどかかるという。「先が見えず、計画が立てられない」といった業者の声にこたえ、とりあえずの目安を示す形となった。

 新市場は今月7日にオープンするはずだった。だが入り口はいまも金網が張られたままだ。営業開始にそなえて零下60度に冷やされた冷凍庫は、スイッチを切ることもできないまま、空っぽで動き続けている。

 この先、何より優先してとり組むべきは安全性の確認だ。

 豊洲の地下空間の大気などからは、国の指針値を超える水銀が検出されている。地下水からはベンゼンなどが出た。その水位も、管理システムが稼働して1カ月たつが、想定どおりには下がっていない。

 水銀もベンゼンも、すぐに健康に影響が出るような水準ではないと専門家は指摘する。

 しかし、日々口にする食べ物をあつかう場所である。食の安全にきびしい目をむける消費者を相手に商売をし、自分たちもそこで働く業者が、不安を感じるのはもっともだ。

 安心・安価をセールスポイントに、産地から品物をじかに仕入れる量販店などの影響で、卸売市場を経由する流通量は減っている。築地も例外でない。

 ここで拙速な対応をして疑念を残し、築地から豊洲に引き継がれるべきブランドにさらに傷をつけるようなことになれば、回復は容易でない。覚悟を固め、都民にもていねいに説明して危機を乗り越えるしかない。

 移転の時期が遅れるほど関連業者の経営は苦しくなる。

 築地市場で働く500余の水産仲卸の多くは零細事業者だ。都の方針にそって準備を進めてきたが、いま、築地と豊洲とでさまざまな経費を二重払いしていたり、取引先との違約金問題が生じたりしている。

 すべては都の不手際が引き起こしたことだ。補償の対象や金額、方法を決めるにあたり、都は業者の声を丹念に聞き取り、誠実に対応する義務を負う。

 市場を動かすのは卸や仲卸、買い受けなどの人々だ。その主役が体力とやる気を失ってしまっては、都民の台所は機能せず食卓を守ることもできない。

首相VSトランプ まずは信頼関係を構築したい

 政治の経験がなく、過激な言動を売り物にする相手だけに、まずは個人的な信頼関係の構築を重視する。その戦略は間違ってはいまい。

 安倍首相がニューヨークでトランプ次期米大統領と初めて会談した。その後、「共に信頼関係を築けると確信できた」と語った。トランプ氏もフェイスブックに「素晴らしい友人関係を始められた」と書き込んだ。

 各国首脳に先駆けた大統領就任前の異例の会談は、世界的な注目を集めた。具体的な内容は一切公表されておらず、楽観は禁物だが、1時間半に及び、双方が前向きに評価している。おおむね順調な初顔合わせだったのだろう。

 米国は、大統領の権限が圧倒的に強い。過去の中曽根・レーガン、小泉・ブッシュ関係のように、日米両首脳が良好な間柄を維持すれば、閣僚や官僚の協議にも好影響を与える。困難な外交問題を克服することもできよう。

 トランプ次期政権には、二つの大きな懸念がある。

 一つは、トランプ氏が在日米軍駐留経費の日本負担の大幅増額を求めていることだ。北朝鮮の核・ミサイル開発や中国の海洋進出などで、東アジア情勢が不安定な時だからこそ、日米同盟が揺らぐ事態は避ける必要がある。

 トランプ氏は今なお、日米貿易摩擦が激しかった1980年代の対日観を持ち、現状を正しく把握していないとの見方もある。

 日本は、年約7600億円もの駐留経費を負担している。同盟国の中で群を抜くトップだ。

 米国は日本を守るが、日本は米国を守らず、片務的な関係だ、という考えも正確ではない。

 冷戦後、自衛隊は国際活動を拡充し、米軍の後方支援も強化した。安全保障関連法の制定で、集団的自衛権の限定行使も可能になり、非対称性は是正されつつある。

 日本は、こうした実態をトランプ氏側に丁寧に説明し、理解を広げることが大切である。

 もう一つの気がかりは、トランプ氏の環太平洋経済連携協定(TPP)撤退発言で、TPPの行方が不透明になっていることだ。

 TPPが発効できなければ、アジア太平洋地域で自由貿易を拡大する機会を逸する。日米が自由度の高い貿易・投資ルール作りを主導し、中国をその枠組みに取り込む戦略も頓挫しかねない。

 日本は、TPPを今国会で確実に承認するとともに、TPPの意義をトランプ氏側に説き、日米が協調する道を探るべきだ。

堺男児不明事件 虐待のサインを見過ごすな

 行政が安否確認と情報共有を徹底していれば、痛ましい事件を未然に防げたかもしれない。

 大阪府南部の山中で、所在不明になっていた堺市の4歳男児とみられる遺体が見つかった。傷害致死容疑で逮捕された父親の自供を元に、大阪府警が捜索していた。

 父親は「昨年12月に自宅で顔を殴って死なせた」と供述し、保護責任者遺棄致死容疑で逮捕された母親は「夫が何度も暴力を振るっていた」と話している。

 両親の供述は変遷し、食い違いもみられる。それでも、男児を日常的に虐待していたことはうかがえる。真相究明のため、警察は捜査を尽くさねばならない。

 悔やまれるのは、児童相談所や自治体が虐待の兆候を見逃し、男児を保護できなかったことだ。

 男児は生後間もなく、児童福祉施設に預けられた。両親が別の詐欺容疑で逮捕されたためだ。

 両親は、乳児だったおいの遺体を河川敷に埋めたとも供述し、死体遺棄容疑で書類送検された。結局、遺体は発見されず、公訴時効で不起訴となった。

 2013年12月に男児を両親の元に帰した際、児相はその経緯を居住先の大阪府松原市に伝えなかった。不起訴とはいえ、子供の命に関わる事案だ。男児への虐待リスクとして、共有すべき情報だったのではないか。

 その後の自治体の対応も、ずさんだったと言わざるを得ない。

 児相と松原市は昨年3月、男児の妹に対する母親のネグレクト(育児放棄)を認定した。その際には当然、男児の養育についても疑念が生じるだろう。

 ところが、市の担当者は「(男児は)祖母宅にいる」という両親の言葉をうのみにして、男児本人との面会を怠った。

 両親は6回にわたり、男児の乳幼児健診の受診を延期した。この間、松原市は家庭訪問による安否確認をしていない。一家は未受診のまま堺市に転居した。松原市が堺市に未受診であることを連絡したのは、転居の約3か月後だ。

 子供を虐待している親は、体の傷などによる発覚を恐れ、健診を受けさせない傾向がある。厚生労働省は、未受診児の安否確認の徹底を通知している。原則を順守しなかった松原市の責任は重い。

 厚労省によると、今年7月時点での所在不明児は、13都県で25人に上る。表面化していない虐待も多いだろう。対応が後手に回らないよう、自治体、児相、警察は連携を一層強化すべきだ。

2016年11月18日金曜日

国民の理解を深める実のある憲法論議に

 衆参両院の憲法審査会が議論を再開した。改憲への各党の立場はなお開きがあるが、現憲法のどこが時代に合わず、なぜ改正が必要かについて冷静な検討作業を積み重ねていく必要がある。国民の憲法への理解が深まるような実のある議論を求めたい。

 参院憲法審は16日に約9カ月ぶり、衆院憲法審は17日に約1年5カ月ぶりに再開した。自民党、日本維新の会などは早期の改憲、民進党や公明党は「改憲ありき」ではない慎重な検討、共産党と社民党は改憲反対の立場を訴えた。

 7月の参院選をへて与党を含む「改憲勢力」は衆参で改憲案の発議に必要な3分の2を超えた。ただ力点の置き方は違いも目立つ。自民党は二院制のあり方や緊急事態条項を重視し、維新は国と地方の役割分担や憲法裁判所の設置などを優先項目に想定する。

 民進、共産、社民などは昨年9月に成立した安全保障関連法に関して「政府の強引な憲法解釈の変更が立憲主義をゆがめた」と引き続き追及していく構えだ。憲法論議が長期にわたり中断したのも、昨年6月の衆院憲法審で参考人の3人全員が「安保法案は違憲」と指摘したのが発端だった。

 平和主義を定める9条の扱いは重要な論点に違いないが、だからといって他の改憲テーマの議論を避ける理由にはならない。

 自民党が2012年に公表した憲法改正草案で示した緊急事態条項は、日本有事の際に政府に広範囲の強い権限を与えるなど多くの問題点を含む。一方で大規模な自然災害で国政選挙ができなくなった場合の規定などは合意が得やすいのではないか。

 国政選挙の「1票の格差」の抜本是正、参院選での県をまたぐ「合区」の解消は、衆参の役割分担を含む統治機構のあり方をめぐる議論が必要だ。

 自民党には数で押し切るような審査会の運営は厳に慎むよう求めたい。国会が改憲案の初の発議にこぎ着けても、国民投票で過半数の賛成を得なければ改正は実現しない。丁寧な議論の積み重ねが有権者の理解の前提となる。

 憲法は今月3日で公布から70年となった。制定当時に想定しなかった社会状況が生まれているのは事実で、改憲、護憲という議論の入り口での対立から卒業すべき時期にきている。与野党には思い描く日本の将来像を競うような視野の広い議論を期待したい。

洋上風力伸ばす法整備を

 海で発電し、運転中は温暖化ガスを出さない洋上風力発電の計画が各地で動き出した。国土交通省が港湾内に風車を建てるルールを定め、弾みがついた。沖合にも設置できるよう法整備を急ぎ、洋上風力をもっと伸ばすべきだ。

 海に囲まれた日本は洋上風力発電に向いた場所が多い。環境省によれば、技術的に見込める発電量は陸上の風力の約5倍あり、2030年時点で原子力発電所10基分以上の電力を賄える可能性がある。再生可能エネルギーのなかでは太陽光に次いで有望とされる。

 だが国内での導入は遅れていた。福島県沖などで官民共同の実験が進んでいるが、事業化のめどは立っていない。英国やドイツなどで大型風車の稼働が相次いでいるのに比べ、出遅れが目立つ。

 洋上風力は陸上に比べて克服すべき課題が多い。水深が大きい場所では、いかだのような設備で風車を支える必要があり、電気を陸に届ける送電線も要る。漁協などとの調整も避けて通れない。

 当面有望なのが港湾だ。港湾は国の委託で自治体が管理し、漁業権がないところも多い。政府は港湾法を改正して自治体が事業者を公募する手順を定め、北九州市や秋田県などで計画が始動した。

 再生エネルギーの普及を促す買い取り制度により、洋上風力による電気は陸上風力の1.6倍の高値で電力会社が買い取ることになった。これも追い風だ。

 ただ沖合に建てるにはなお壁がある。領海を管理するのは国だが、どの省庁が風車建設の許認可を出すのかはっきりしない。漁協などと協議する手続きも曖昧なままだ。法律などでこれらを明確に定めることが欠かせない。

 政府が導入目標をはっきり示す必要もある。再生エネルギー全体については30年に電力の22~24%を賄うとしたが、洋上風力でどの程度担うのか示していない。

 先ごろ東京で開かれた風力の国際会議ではコスト低減に有望な技術が相次ぎ報告された。普及に必要なのは政策的な後押しだ。

憲法審査会 まず立憲主義を語れ

 衆参両院で憲法審査会の実質審議が再開した。

 きのうの衆院の審議で、自民党は憲法改正の論点として、環境権、統治機構改革、緊急事態条項、参院選の合区解消、自衛隊の認知などを列挙し、「国民の憲法改正への合意形成をめざす」と意欲をみせた。

 憲法審査会はこれまで、野党の少数意見を尊重しようとする運営姿勢をとってきた。

 戦後長く国民の支持を受けてきた現行憲法の理念を共通の土台とし、与野党の枠組みを超えて静かな議論を進めてほしい。

 国会では「改憲勢力」が衆参で3分の2を占めるが、世論調査では憲法改正への賛否は二分されている。国民の大勢が改憲を求めている状況ではない。

 そんななかで憲法改正が大きな政治テーマになっているのは、改憲を悲願とする安倍首相によるところが大きい。

 しかし、その首相は最近、憲法改正についての発信を控えている。首相はその理由を「改正がリアリティーを帯びる中で、自民党総裁として発言することは控えた方が良いと判断した」と国会で語った。改憲論議に野党を巻き込むための戦略的沈黙ということなのだろう。

 ただ、首相の憲法をめぐる過去の発言には、首をひねる内容のものがいくつもある。

 たとえば14年2月の衆院予算委員会では、立憲主義について「(憲法は)国家権力をしばるものだという考え方はある」としながらも、「かつて王権が絶対権力を持っていた時代の主流的な考え方であり、いま憲法というのは、日本という国のかたち、理想と未来を語るものではないか」と述べたのだ。

 憲法は権力を制限し、国民の自由と基本的人権を保障するもの――。それが近代立憲主義の考え方であり、現行憲法はこれを基本理念としている。

 首相がもし立憲主義は時代遅れという考え方を憲法改正の出発点に置いているなら、その改憲に与(くみ)することはできない。

 憲法をより良くするための議論を否定するものではない。ただ、そうした議論のためには与野党が立憲主義という共通の土台に立つことが欠かせない。

 衆院審査会では、民進、共産両党などが安全保障法制を「立憲主義にもとる」と批判した。「違憲立法を進める政党に改憲を論じる資格があるのか」との指摘も出た。

 安倍内閣が憲法解釈の変更によって、集団的自衛権の行使を認めたことをどう総括するか。まずそこから共通の土台づくりを始めるべきだ。

川内原発 問われる知事の本気度

 ようやく設置が見えてきた。しかし、知事選から4カ月。対応が遅すぎる。

 今春の熊本地震を受け、川内原発の一時停止を訴えて当選・就任した鹿児島県の三反園訓(みたぞのさとし)知事が、有識者からなる県独自の「原子力問題検討委員会」を置くための予算案を12月県議会に提案することになった。

 県内にある九州電力川内原発は、1号機が定期検査で運転停止中だ。九電は熊本地震の影響を調べる特別点検も実施しており、知事は先週、専門家2人とその様子を視察した。

 当初、この視察結果も検討委で議論し、原発の運転再開の是非を判断するはずだった。

 だが、1号機が再び動くのは12月8日の予定だ。通常の議会日程を考えると予算案の採決は12月中旬で、運転再開に間に合わない。

 設置は9月議会でも提案できたはずだ。知事は視察後の会見で「検討委の場でみなさんに安全かどうかをはかって、結果を見て総合的に判断する」と従来の発言を繰り返したが、運転再開前に検討委をつくる気がなかったのでは、と疑いたくなる。

 県議会は原発推進の声が大きく、検討委設置の陳情を不採択にしたこともある。その抵抗を気にして慎重になったとみられるが、堂々と必要性を訴え、説得するのが筋だろう。

 原発を抱える道と県の大半が、自前で安全性を検証する専門家組織や制度を持つ。しかし、九電の原発が立地する鹿児島と佐賀にはない。遅れを取り戻すためにも、検討委の設置を急ぎ、機能させるべきだ。

 検討委の役割は大きい。火山噴火など地域の問題に即した安全性の議論では、国の原子力規制委員会の判断を補完することが期待される。地元の事情を踏まえた避難計画の見直しは自治体にこそ責任があり、検討委の専門的な知見が重みを持つ。

 三反園氏は稼働中の川内原発の即時停止を九電に要請し、拒否された後、気になる発言を繰り返している。「稼働しても稼働しなくても放射性物質はそこに残る」「私には稼働させる、させないの権限がない」

 原発の稼働に反対する判断を避けようと、弁解を重ねているように聞こえてならない。

 熊本地震で、県民の原発への不安は増した。それを減じる第一歩が検討委の設置である。

 カギを握るのが委員の顔ぶれだ。すでに固まっているようだが、原発への賛否や専門分野などから見て、バランスのとれた人選になっているか。知事の本気度が問われる。

憲法審査会再開 政権批判の場ではないはずだ

 過度の与野党対立を避け、丁寧な合意形成を目指す。そんな審査会の伝統を大切にしたい。

 衆院憲法審査会が1年5か月ぶりに実質的な審議を再開した。テーマは憲法制定の経緯などである。

 自民党の中谷元氏は、憲法制定に「GHQ(連合国軍総司令部)が関与したことは否定できない事実だ」と指摘した。一方で、GHQの「押しつけ」を強調すべきではないとの考えも示した。

 民進党の武正公一氏は、「日本の主体性が発揮された」と力説した。公明党の北側一雄氏も、「押しつけ憲法という主張自体、今や意味がない」と語った。

 米国の占領下とはいえ、二院制など日本側の主張も数多く反映された。国民主権、平和主義など憲法の基本原理は国民に定着している。各党がGHQの「押しつけ」だけを憲法改正の理由とする立場と一線を画したのは適切だ。

 参院選の結果、与党と憲法改正に前向きな勢力が両院で3分の2を超えた。だが、国民投票で過半数の賛成が必要な改正のハードルを踏まえれば、野党第1党を含めた幅広い合意形成が望ましい。

 疑問なのは、武正氏ら民進党議員が安全保障関連法や、自民党の憲法改正草案、安倍首相の改正論議の呼びかけを取り上げ、政権批判を意図的に展開したことだ。

 前日の参院審査会でも、「安保関連法を放置して改憲の議論は許されない」などと訴えた。

 憲法審査会は本来、いかに国の最高法規をより良いものにするかを冷静に論じる場だ。蓮舫代表が提案路線を掲げるなら、民進党には、より建設的な対応が求められる。「護憲」を唱えた共産、社民両党とは立場が異なるはずだ。

 日本維新の会が、自民、民進両党に具体的な改正項目を提案するよう求めたのは理解できる。

 2000年の衆参両院憲法調査会の設置以来、様々な論点の議論が尽くされ、今は改正項目を絞り込む段階にある。各党は独自の案を早急に出し合うべきだ。

 参院では、自民党が「合区」解消のため、参院議員の地域代表の性格を強める改正を主張したが、公明党は慎重だった。まずは、参院のあるべき姿について議論を深めるのも一案だろう。

 今国会中に予定される審査会はこの後、衆院の1回しかない。憲法改正原案の審議という重大な役割を担う機関として、怠慢すぎないか。国民が審査会の動向を注視する中、もっと精力的に議論することが欠かせない。

原発避難いじめ なぜ「重大事態」を放置したか

 子供を守ろうとする意識が感じられない。

 福島第一原発事故後、避難先の横浜市でいじめを受けた男子中学生への学校と教育委員会の対応は、あまりにひどい。

 「いつもけられたり、なぐられたり」「いままでいろんなはなしをしてきたけど(学校は)しんようしてくれなかった」

 公表された生徒の手記からは、同級生らにいじめられるつらい心情と、親身になってくれない教員への失望が伝わってくる。

 生徒は小学2年だった2011年8月、福島県から家族と自主避難した。転校直後から名前に「菌」を付けて呼ばれたという。

 「ばいきんあつかいされて、ほうしゃのうだとおもっていつもつらかった。福島の人は、いじめられるとおもった」と記されている。被災者の苦労に追い打ちをかける陰湿かつ悪質ないじめである。

 4年生で暴力を受けるようになり、5年生の春ごろには「プロレスごっこ」と称して集団で暴行された。避難という特異な経験をした児童には、きめ細かな配慮が求められる。いじめを止められなかった教員の責任は重い。

 生徒が同級生らに「賠償金をもらっているだろう」と迫られ、ゲームセンター代などを何度も負担したことも看過できない。弁護士によると、生徒が自宅から持ち出した額は150万円にも上る。

 同級生らの言動に、被災者に対する周りの大人の偏見が影響した可能性はないのか。

 いじめ被害では、学校側が実態に気付かないケースが多い。今回、問題なのは、学校が金銭の授受などを把握していながら、対応を怠ったことである。

 生徒は中学1年の現在まで、2年半近く不登校を続けている。

 13年9月に施行されたいじめ防止対策推進法は、被害者が不登校になったり、金品を取られたりしたいじめを「重大事態」と定義し、第三者委員会による調査を教委や学校に義務付けている。

 横浜市教委は、保護者の要請を受け、今年1月にようやく第三者委に調査を依頼した。それまでは「重大な件との認識はなかった」という。第三者委の報告書が「猛省」を促したのは当然だ。

 自殺を考えた生徒は、東日本大震災の犠牲者に思いをはせ、「ぼくはいきるときめた」と記している。その決意に応えるためにも、市は再発防止を徹底すべきだ。

 文部科学省は、教育現場が重大事態に適切に対処するよう、指導を強化する必要がある。

2016年11月17日木曜日

賃上げ持続へ企業の経営力が問われる

 消費を盛り上げデフレ脱却への歩みを進める鍵として、賃上げへの期待が高い。安倍晋三首相は働き方改革実現会議で経済界に、来年の春季労使交渉で今春並み以上の賃上げをするよう要請した。

 民間の賃金決定への政府介入は市場メカニズムをゆがめかねず、控えるべきだが、賃上げの意義が大きいのは確かだ。消費を刺激し、生産活動を活発にして雇用や設備投資を増やす。それがまた消費を下支えするという好循環の起点になるためだ。生産性を高めて業績を伸ばしている企業は来春の賃上げを前向きに考えてほしい。

 肝要なのは企業が継続的に賃金を引き上げていけるだけの成長力をつけることである。M&A(合併・買収)や新しいビジネスモデルの創造などに、日本企業はもっと資金を有効活用すべきだ。

 上場企業の2017年3月期の業績は輸出産業で円高の悪影響があるものの、商社の収益回復や建設などの内需型企業が堅調なことから、経常利益の減益幅が前期比2%まで縮小する見通しだ。

 しかし英国の欧州連合(EU)離脱決定や、米次期大統領に環太平洋経済連携協定(TPP)からの撤退を表明しているトランプ氏の就任が決まったことで、世界経済は不透明さを増している。

 経営環境が激しく変化するなかでも革新的な製品やサービスを送り出し、利益を上げ続ける力を日本企業は一段と求められている。収益力を高めることが持続的な賃上げの前提になる。

 海外企業に比べて見劣りする利益率の改善は急務だ。株主から預かった資金をどれだけ効率的に使って利益を生んでいるかを示す自己資本利益率(ROE)は、米欧企業では2桁が当たり前だが、日本の上場企業は7%台にとどまる。本業のもうけを表す営業利益率の低さが背景にある。

 上場企業の手元資金は100兆円超と過去最高水準にある。これを技術開発やM&Aなどにもっと振り向けるべきだ。あらゆるモノがネットにつながる「IoT」や人工知能(AI)など有望分野が相次ぎ登場している。問われているのは企業の戦略性だ。

 企業活動を阻む規制の多さや社会保険料の企業負担増が賃上げを抑えている面はある。政府は規制改革や社会保障改革を急ぐ必要がある。同時に企業自身も、賃金を安定的に増やしていくための努力が求められる。

PKO新任務は安全と両立を

 政府は南スーダン国連平和維持活動(PKO)に派遣する陸上自衛隊の部隊に「駆けつけ警護」などの新任務を付与した。3月に施行された安全保障関連法が運用段階に入る。日本の国際貢献の幅が広がる半面、自衛隊員の安全確保との両立が課題となる。

 「駆けつけ警護」は派遣部隊の近くで国連や非政府組織(NGO)の職員らが襲われたときに救援する。政府は15日の閣議決定に合わせて基本的な考え方を示し「他に速やかに対応できる国連部隊が存在しない、といった極めて限定的な場面」で実施するとした。

 もう一つの新たな任務である「宿営地の共同防護」は、自衛隊を含む各国の部隊が活動拠点とする宿営地が襲撃された場合に協力して防衛する。

 いずれも想定されうる事態だ。自衛隊は1994年にザイール(現・コンゴ民主共和国)で難民に車両を強奪されたNGO職員を救助して輸送した。2002年には東ティモールの暴動で邦人のレストラン経営者らを保護した。

 救援活動や宿営地の共同防衛の法的根拠が明確になり、事前に訓練をしておける意味は大きい。暴徒を追い払うための威嚇・警告射撃も可能となった。部隊編成に大きな変更はないが、現地の医官は3人から4人に増やすという。

 一方で新たな任務が危険を伴うのは事実だ。駆けつけ警護に向かう途中に戦闘に巻き込まれたり、武装集団と敵対したりする恐れもある。政府や現場の指揮官は高い判断力が求められる。

 陸自の施設部隊が道路整備などを担当する首都ジュバの付近では7月に大規模な武力衝突が発生した。現地の状況が内戦に近づけば、自衛隊の活動が違憲性を帯びる可能性もある。その場合は即時撤収も視野に入れるべきだ。

 12月で日本の国連加盟から60年となり、PKO参加も来年で25年の節目だ。危険をいかに最小化しつつ意義ある国際貢献をするかについて、与野党で改めて議論を深めるべき時期にきている。

いじめの手記 きみは独りじゃない

 鉛筆で書いたんだろうか。きみの手記を読んで、胸が張りさけそうになりました。

 「いままでなんかいも死のうとおもった。でも、しんさいでいっぱい死んだからつらいけどぼくはいきるときめた」

 見知らぬ土地でばい菌あつかいされたり、支援物資の文房具をとられたり、福島から転校してきた5年前からずっとつらい思いをしてきた。それが、いたいほど伝わりました。

 きみは独りじゃない。

 そのことをまず知ってほしい。学校の外に目をやれば、味方はいっぱいいる。そして、学校以外に自分の居場所をみつけて、いまかつやくしている大人も大勢いる。東日本大震災のぎせいとなって生きられなかった多くの人やその家族も、「生きる」という決意を後おししてくれるはずです。

 原発事故で自主避難した横浜で、きみがいじめにあったことは、すこし前の新聞にのっていました。でも多くの人は今回あらためて、きみや同じような立場の人たちに思いをはせるようになった。手記の公表を弁護士さんはためらったそうだけど、「ほかの子のはげみになれば」と、きみが求めたと聞きました。その勇気をありがとう。

 東日本大震災では、いまも大勢の人たちが、住みなれた家をはなれて避難しています。

 事故を起こした原発のある福島県双葉町の伊沢史朗(いざわしろう)町長が先週、こんな話をしていました。避難先で町の人がパートなどにつくと「賠償金をもらっているのに」とかげ口をいわれるというのです。かといって働かずにいると、今度は「賠償金があるからだ」といわれる。

 同じ学年の子たちが、きみに「ばいしょう金あるだろ」と言い、大金をはらわせたことなどは許せません。しかし彼らも、そんなまわりの話を耳にしていたのかもしれない。これは大人の社会の問題です。

 福島からの避難者への冷たい仕打ちは各地で問題になっていたし、きみもサインを出し続けていた。だれか気づいてほしい、助けてほしい。そう思っていたんじゃないだろうか。

 なのに学校の対応はまったく不十分だった。ほかの保護者からの連絡で、お金がやり取りされているのを2年前に知っていながら、相談をよせたご両親に伝えなかった。教育委員会も本気で向き合ってほしかった。同じことをくり返さないようにしなければなりません。

 きみが将来、自分のことも、他人のことも大切にできる大人になることを信じています。

関電の原発 なし崩し延命に反対だ

 運転開始からまもなく40年となる福井県の関西電力美浜原発3号機について、原子力規制委員会はきのう、最長で20年の運転延長を認可した。

 認可は関電高浜原発1、2号機に続き3基目だ。東京電力福島第一原発事故を機に、原発の運転期間は原則40年とされ、延長は例外だったはずだ。原則がなし崩し的に形骸化することを強く危惧し、改めて反対する。

 40年以上の運転は米国や欧州で例があるものの、取り換えられない原子炉容器の劣化などで、安全性が低下するのでは、との懸念は根強い。

 美浜3号機では04年、11人が死傷する蒸気噴出事故が起きた。長年にわたる点検漏れが一因だった。原発が古くなれば、より慎重な保守管理が求められる。運転延長によって、関電が背負う責務はいっそう重い。

 関電は地震の揺れの想定(基準地震動)を引き上げ、20年春までに耐震工事をほどこすという。ケーブルを燃えにくくするといった対策も講じる。

 運転延長に伴う費用は3基で3800億円を超す。新規制基準で義務化されたテロ対策施設の建設費も別に加わる。事故前なら100万キロワット級の原発の建設費に匹敵する水準だ。

 関電はそれでも「経済性はある」とし、3年後に稼働40年を迎える大飯原発1、2号機も運転延長を目指す構えだ。保有する11基中、廃炉にしたのは最も古かった美浜1、2号機の2基だけだ。3号機存続の背景には、福島の事故前に後継機への建て替えを約束していた地元に対する配慮ものぞく。

 これでは福井県の若狭湾沿いに、古い原発が林立する状態が続く。電力会社の経営論理だけではなく、国全体の事故リスクを下げる観点から、廃炉を選択していくべきではないか。

 規制委の姿勢も疑問だ。

 高浜、美浜の3基とも、運転開始から40年の期限内に認可されないと廃炉になる可能性があった。規制委は他の原発より審査を優先させた上、重要機器の耐震性の最終確認は工事完了後に先送りした。時間切れを回避しようとした感は否めない。

 関電の原発内の使用済み核燃料貯蔵プールは満杯に近い。関電は中間貯蔵施設を福井県外につくるというが、具体化のめどは立っていない。課題を先送りしての運転延長は無責任だ。

 福島の事故を経験し、原発に対する日本社会の視線は変わった。古い原発に頼り続けて、未来が開けるとは思えない。運転延長は本当に必要か。関電には再考を強く求めたい。

首相賃上げ要請 中小や非正規にも広げたい

 企業収益を社員に還元し、消費を刺激して経済を活性化する。好循環でデフレ脱却を確実にするためには、賃上げを加速させることが重要だ。

 政府の働き方改革実現会議で、安倍首相が2017年春闘に向け、経済界に賃上げの継続を求めた。

 首相は「経済の好循環を継続するカギは来年の賃上げだ。少なくとも今年並みの水準を期待する」と述べた。経団連の榊原定征会長は「賃金引き上げの勢いを継続していく」との意向を示した。

 政府が賃上げを要請するのは、これで4年目だ。それまで1%台だった賃上げ率は14年以降、2%台へ上昇した。

 賃金は本来、労使の合意を元に企業が独自の判断で決めるものである。だが、長年にわたるデフレ経済で守りの経営が染み付いた企業は、利益水準が上がっても賃上げには慎重な姿勢が根強い。

 首相が引き続き、経済界に呼びかけ、賃上げへの努力を求めるのは理解できよう。

 気がかりなのは、好調だった企業業績に陰りが見え始め、「賃上げの余地は限られている」とためらう声が出ていることだ。

 16年度の中間決算では、円高要因で減収減益の企業が目立ったとはいえ、利益の水準自体はなお高い。直近は大幅に円安が進み、株価も回復基調にある。内部留保は約380兆円と過去最高だ。

 経営者は過度な先行き不安にとらわれず、成長に向けた布石を打つべきである。

 特に大切なのが人への投資だ。社員の能力を向上させる研修制度の充実などで生産性を高め、収益を増やせれば、さらなる賃上げの原資にもなろう。

 中小企業にも賃上げの裾野を広げたい。政府は、賃上げに取り組む中小企業への法人税減税の拡充を検討している。賃上げを維持できるよう、税制に頼り過ぎることなく中小企業の生産性を後押しする施策も欠かせない。

 失業率が大幅に低下しながら、賃金がそれほど上昇しないのは、非正規雇用の増加も一因だ。

 政労使は協力し、非正規の正社員化を含めた待遇改善に努めねばならない。同一労働同一賃金の実現も課題となる。

 医療費の自己負担増や介護保険料の引き上げなどが今後、想定され、消費者の節約志向を強めかねないとの見方がある。消費底上げには、社会保障制度の持続可能性を高め、将来不安の払拭を図ることも不可欠だ。

高齢運転事故 自分の身体能力と向き合おう

 悲惨な事故の連鎖を断ち切らねばならない。

 高齢ドライバーによる交通死亡事故が相次いでいる。安倍首相は関係閣僚会議で、新たな対策を検討するよう指示した。

 75歳以上の免許保有者は、昨年末時点で478万人に上る。10年間で倍増した。今後も、車が凶器となる事故は起き得る。

 横浜市港南区で10月、87歳の男が軽トラックで集団登校の列に突っ込んだ。小1の男児が死亡し、7人が重軽傷を負った。男には認知症のような症状があり、横浜地検が鑑定留置して調べている。

 75歳以上の人は、3年ごとの免許更新の際、記憶力と判断力を測定する認知機能検査を義務付けられている。男は3年前に検査を受け、異常はなかったとされる。

 現制度では、検査で認知症の疑いが指摘されても、過去1年間に一定の違反がなければ、診察を受けなくても免許は更新される。

 これでは検査の意味がない。75歳以上による昨年の死亡事故458件のうち、直近の検査で認知機能の低下などがみられた運転者が半数近くを占めた。防げた事故も少なくなかったのではないか。

 来年3月に施行される改正道路交通法は、更新や違反時の検査で認知症の恐れがある免許保有者全員に診察を受けさせる。認知症と診断されれば、免許取り消しや停止とする。認知症患者が運転しないよう徹底する必要がある。

 症状の進行が早いケースもあろう。検査を受ける頻度を見直すことも検討課題だ。

 今月に入り、栃木県下野市と東京都立川市の病院敷地内で車が暴走し、計3人が死亡した。運転していたのは、ともに80歳代の男女だ。アクセルとブレーキの踏み間違いなどの疑いがある。

 加齢によって、運動能力や反射神経が衰えるのは避けがたい。高齢ドライバーが、自らの身体能力と冷静に向き合うことが重要である。不安を感じたら、免許の返納も考えるべきだろう。家族らも日頃から異変に注意を払いたい。

 都市部以外では、車なしには暮らせない地域がある。ハンドルを握る際には無理をせず、くれぐれも安全運転を心がけてほしい。

 四つ葉のクローバーなどをあしらった高齢者マークを付けた車に対しては、周りのドライバーが思いやることも大切だ。

 高齢ドライバーにとって、自動運転車は大助かりだろう。実用化までの間、メーカーは、自動ブレーキや踏み間違い防止装置などの性能向上に努めてもらいたい。

2016年11月16日水曜日

トランプ氏に同盟の価値をどう説くか

 世界が注目する初顔合わせになることは間違いない。日本だけでなく、国際社会の懸念を伝え、成果のある会談にしてもらいたい。

 安倍晋三首相は17日、米次期大統領のトランプ氏とニューヨークで会談する。日本の首相が就任前の次期大統領に会うために米国を訪れるのは異例だ。会談の焦点は同盟関係と自由貿易の大切さをどう説き、理解を引き出すかだ。

 米軍の駐留費をもっと負担しなければ同盟国を守らない。選挙中、こんな趣旨の発言を続けてきたトランプ氏には、日本や韓国はもちろん、ロシアとの緊張が高まる欧州の同盟国も懸念を抱く。

 とはいえ、他人の助言をすんなり聞くようにはみえないトランプ氏を説得するのは、簡単ではあるまい。ただ「日米安保体制を大事にしてほしい」と促すだけでは、逆効果になる可能性がある。

 彼は日米や米韓、米欧の北大西洋条約機構(NATO)といった同盟関係は、米側の持ち出しが多く、公平ではないと考えている。

 この認識を改めさせるにはまず客観的なデータを示し、理解してもらうことが第一歩だ。在日米軍基地を維持するため日本は多くの資金を払っている。基地が集中する沖縄の社会的な負担も大きい。

 だが、これらの説明だけでは不十分だろう。トランプ氏の根底には「米国は日本を守るのに日本は米国を守らない」という不満があるからだ。事実関係だけみれば、あながち間違った指摘ではない。

 この批判に反論するには、日本はお金を払うだけでなく、憲法が許す範囲で米軍の活動を物理的にも支援していくとの姿勢を示すことが欠かせない。

 今春施行された安全保障関連法にもとづき、日本は同盟強化へどんな役割を果たすのか。できるだけ、具体的にトランプ氏に語りかけることが大事だ。

 会談のもうひとつの重要課題が、米次期政権が保護貿易主義に傾かないよう働きかけることだ。

 トランプ氏は選挙期間中、環太平洋経済連携協定(TPP)からの撤退を表明している。いきなりこの公約を撤回してほしいと言っても、聞き入れるとは思えない。

 まず目指したいのは、TPPの「合意破棄」を少なくとも正式表明しないよう思いとどまらせることだ。そのうえでTPPの米国への恩恵を説き、この枠組みの破綻を回避する道を探るしかない。会談をその足掛かりにしたい。

総力あげて高齢者事故を防げ

 高齢者が運転する車による重大事故が相次いでいる。横浜市では軽トラックが児童の列に突っ込み、東京都立川市と栃木県下野市では病院の敷地内で車が暴走し、死傷者が出た。認知症の疑いや、アクセルとブレーキを踏み間違えた可能性が考えられるという。

 こうした事故は誰にとっても他人ごとではない。認知症の早期発見からお年寄りの生活の支援まであらゆる手立てを考え、車の利用者はもちろん行政、自治体などが一体となって事故の防止に取り組んでいく必要がある。

 認知機能の検査は、来年3月の改正道路交通法の施行で強化される。75歳以上のドライバーは3年に1度の免許更新の際、簡易検査で認知症のおそれがあれば医師による診断が義務付けられる。

 「おそれ」のある人は年間5万人に上るが、これまでは過去に違反がなければ受診は義務ではなかった。新制度を着実に実行し、さらに改善点を探っていくべきだ。

 運動能力や判断力の衰えを感じている高齢者に対しては、免許を自主的に返納するよう警察、自治体、家族らによる働きかけを一段と強めていくべきだろう。

 ただ過疎地などでは車がなければ買いものや病院にも行けないという実情もある。独り暮らしの人も多く、自由に出かけられなくなって趣味や生きがいをなくし、体調を崩すという話も聞く。

 行政や自治体、地域が知恵を絞って、乗り合いのタクシーやコミュニティーバスなどの生活の足を確保していくことが重要だ。

 障害物を探知して自動的にブレーキをかける技術や、アクセルを踏み込んでも暴走しない仕組みはすでに開発、実用化されている。こうしたシステムを装備した車は自動車保険の保険料を低くするなどして普及を促していきたい。

 より安全性を高めた「高齢者仕様」の車だってあっていい。高齢化社会の中でこうした車が注目されれば、自動車メーカーにとっても新しい需要を掘り起こすきっかけになるのではないだろうか。

駆けつけ警護 納得できぬ政府の説明

 南スーダンの国連平和維持活動(PKO)に派遣する陸上自衛隊部隊が「駆けつけ警護」などができるようにする。政府がきのう閣議決定した。

 事実上の内戦状態にある南スーダンでの新任務の付与に、あらためて反対する。

 現地の治安情勢は予断を許さない。国連の事務総長特別顧問は今月11日、南スーダンで「民族間の暴力が激化し、ジェノサイド(集団殺害)になる危険性がある」と警告した。

 国連南スーダン派遣団(UNMISS)にも混乱が広がっている。7月の首都ジュバでの大規模戦闘では、各国の文民警察官らが国外に退避。今月に入ってケニア出身の司令官が更迭され、これに反発したケニアは部隊の撤退を始めた。

 武器は全土に拡散し、7月の戦闘の際は国連施設も略奪の被害を受けた。この戦闘で政府軍とPKO部隊が一時交戦したとの認識を、南スーダン情報相が本紙の取材に示している。

 政府は、憲法との整合性を保つため設けられた「PKO参加5原則」は維持されていると繰り返す。実態とかけ離れていないか。現状は「紛争当事者間の停戦合意」や「紛争当事者の安定的な受け入れ同意」が確立した状況とは考えにくい。

 駆けつけ警護について政府は「近くで対応できる国連部隊がいない場面で応急的かつ一時的な措置」と説明。邦人保護の必要性を強調し、地域はジュバ周辺に限り、他国軍人を助けることは想定されないとする。

 実際に駆けつけ警護を行う可能性は低いと政府はいうが、ならばなぜ、この混乱のなかで新任務の付与を急ぐのか。

 現場では、相手がどんな勢力なのか、判断が難しい場合もあろう。仮に政府軍と戦闘になれば、交戦権を禁じた憲法9条に反する恐れも出てくる。

 自衛隊が参加できるPKO任務の幅を広げるのはいいとしても、「参加5原則」の枠内で行われるのは当然だ。

 いまの南スーダンの状況がそれを許すとは思えない。

 政府がいま、急ぐべきは新任務の付与ではない。内戦状態が拡大して、道路や施設整備が難しくなった場合の、自衛隊の撤収に向けた準備ではないか。

 日本がめざすのは、あくまで南スーダンの国造りであって、自衛隊の派遣継続で存在感を示すことではない。

 そのためにも、支援の重点を切り替える必要がある。自衛隊の「出口戦略」を描き、人道支援や外交努力など日本らしい貢献策を強めていく時だ。

トランプ氏 米国のあるべき姿示せ

 衝撃が一巡した世界に、深い霧が立ちこめている。

 ドナルド・トランプ氏が大統領として米国をどこに導こうとしているのか。先行きが見通せない不安である。

 選挙中に掲げていた過激な政策から、少しずつ修正を図るかのような発言が聞かれる。

 廃止を唱えていたオバマ政権の医療保険制度改革は、「一部存続」を示唆した。不法移民を阻むメキシコ国境での壁建設については「一部はフェンスで代用」と語った。日韓の核武装を容認する趣旨の発言には「そんなことは言っていない」。

 軌道修正の兆しは、重要ポストの人事にも映し出た。

 政権移行チームのトップには政治経験が豊富なペンス次期副大統領を据えた。閣僚級の首席補佐官には共和党主流派のプリーバス氏の起用を決めた。

 こうした動きを、現実路線への転換として、手放しで評価するわけにはいかない。

 実現性が疑わしい政策に対する批判をかわそうとしているのか、今後の政策遂行に欠かせない党主流派との関係修復が主眼なのか。真意が見えない。

 首席戦略官・上級顧問に就くバノン氏は、人種差別や女性蔑視など過激な発言で物議を醸してきた人物だ。新設のこの役職にどんな権限があるのか、明確な説明もない。

 米国各地で連日、トランプ氏への抗議デモが続く。一方、非白人系やイスラム教徒の市民への嫌がらせも相次いでいる。

 まずトランプ氏がなすべきは、米社会を分断させないために、排他的な言動を許さない明確なメッセージを出すことだ。

 不安は国際社会にも広がる。これまでの秩序より米国の利害を優先させるのではないか。温暖化防止や核軍縮など国際社会と協調して積み上げてきた成果に背を向けるのでは――。

 トランプ氏は過去、交渉を有利にするため「手の内は見せない」と公言してきた。

 だが、大国がどんな行動をとるかわからない状況が、相手を不安に陥れ、過剰な反応を誘発しかねない危険を、トランプ氏は学ぶべきである。

 政権が交代すれば、政策も変わるのが必然だ。だが、民主主義や人権、法の支配の尊重といった米国の基本原則に揺るぎがあってはならない。

 トランプ氏は、そうした米国のあるべき姿を早急に示し、霧を晴らしてほしい。安倍首相をはじめトランプ氏と接触する各国首脳も、自国に絡む問題だけでなく、国際協調の利点への説明を尽くすよう、切に望む。

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