2017年1月31日火曜日

「偉大な米国」にほど遠い入国制限

 自由や平等の旗の下に、様々な出自を持つ人々が結束する。これが米国の強さと魅力のはずだ。この理念を自ら破壊するのか。そんな不安がぬぐえない。テロ対策を名目に、トランプ米大統領が打ち出した難民や一部の国を対象とする入国制限措置のことだ。

 拡散するイスラム過激派のテロへの対処は国際社会の共通課題だ。ただし、イスラム教徒や中東の人々を狙い撃ちにしたともとれるトランプ政権の対応は、中東の人々の怒りを呼び、テロを助長することになりかねない。

一方的措置は逆効果

 トランプ氏が入国制限措置を定めた大統領令に署名した結果、全米の空港で入国できなかったり、中東などで米国行きの飛行機に乗れなかったりする人が相次いだ。制限措置に抗議するデモも各地に広がっている。

 すべての難民の受け入れを120日間止める。イラクやイランなど、中東・アフリカの7カ国についてはすべての人の入国を認めない。イラクのように米国が国交を持つ国もある。その全国民を閉め出し、入国査証を持つ旅行者まで空港で足止めされたのは不当と言わざるをえない。

 過激派組織「イスラム国」(IS)には、入国制限の対象になっていない国の出身者も多数、加わっている。イスラム教の過激思想は国境を越えて広がる。特定の国民の入国を拒んでも、テロの抑止には限界がある。

 標的になった国々は反発している。反米感情の高まりはテロリストの予備軍を増やし、結果的にテロ組織を利するだけだ。米国が一方的に扉を閉じることは、テロや難民の問題の解決にはならない。

 中東やアフリカの国々の安定を後押しし、そこの人々の生活を向上させる和平の努力や経済開発を進めることが重要だ。

 米国内で、爆弾テロや銃乱射といった事件が相次いでいるのは事実だ。昨年6月のフロリダ州オーランドでの乱射事件では、史上最悪の50人が死亡した。9月にニューヨーク市内で起きた爆発事件では、約30人が負傷している。

 前代未聞の入国制限にトランプ大統領を走らせるのは、米国内の治安が揺らいでいるという危機感だろう。

 しかし、彼がやっていることはテロ対策上、まったく逆効果であるばかりでなく、米国の長期的な国益も致命的に傷つける。

 米国が世界のリーダーとして振る舞ってこられたのは、強大な国力に加えて、自由や人権といった価値を重視し、守ろうとしてきたからだ。難民の受け入れは、その最たる証しのひとつである。

 米国が世界中から受け入れる多様な才能は、変革と飛躍の土台になってきた。IT(情報技術)分野は代表例だ。今回の措置により制限の対象となる国籍を持つ社員が移動できなくなる恐れが生じるなど、支障が出始めている。アップルやグーグルなどの経営者が懸念を表明するのも当然だろう。

 入国制限を続ければ、米国への世界の信頼は崩れ、トランプ大統領が目指す「偉大な米国」の復活どころではなくなる。宗教や民族の分断が広がり、世界がさらに危険になってしまう。

 こうした事態を防ぐため、米国の同盟国の役割も大きく問われている。

日本も懸念を伝えよ

 オランド・フランス大統領とドイツのメルケル首相はトランプ大統領との電話で、入国規制に懸念を伝えた。民主主義を信奉する同盟国として、苦言を呈するのは当然だ。

 では、日本はどうか。トランプ大統領とは、安倍晋三首相も電話した。入国制限措置の大統領令に、トランプ氏が署名した後のタイミングである。

 「就任直後から精力的に活動し、トランプ時代の幕開けを強烈に印象付けた」

 「大統領のリーダーシップによって、米国がよりいっそう偉大な国になることを期待している」

 日本側によると、安倍首相はこんな趣旨の発言をしたというが、入国制限措置に懸念を示したのかどうかは明らかではない。

 安倍首相はかねて、自由の価値を共有する国々との協力を標榜してきた。ならば、人権に反するトランプ政権の言動にこそ、きちんとクギを刺すべきだ。

 日本は難民の受け入れでも、甚だしく世界に遅れている。昨年1~9月、難民認定を申請した外国人は7926人にのぼったが、認定されたのはたったの6人にすぎない。このままでよいのかどうかについても真剣な議論が必要だ。

日米安保 「前のめり」では危うい

 安倍首相とトランプ米大統領が電話で協議し、日米同盟の重要性を確認した。2月3日にマティス国防長官が来日するほか、首相が訪米し、10日に首脳会談を開くことで合意した。

 日米関係は、アジア太平洋地域の平和と安定に資する「公共財」でもある。両国が矢継ぎ早の意見交換でそれを確かめあうことは、日米のみならず地域にとっても重要なことだ。

 一方で心配なのは、日本の防衛力強化に対する、首相の前のめりの姿勢が目立つことだ。

 首相は施政方針演説で、日米同盟を「不変の原則」と位置づけた。参院での代表質問では、日本として「防衛力を強化し、自らが果たしうる役割の拡大を図っていく」と踏み込んだ。

 「世界の警察官」をやめるというトランプ政権をアジア太平洋地域に引き留めるためには、日本としてもっと防衛負担を増やす必要がある。首相はそう考えているのかもしれない。

 だが、トランプ政権の出方も見えないのに、先走って防衛力強化を打ち出すのは危うい。激変する国際情勢のもと、対米一辺倒で地域の平和と安定を維持することは難しい。

 大事なことは、日米関係をどのように地域の「公共財」として機能させるのか、まず日米の認識をすり合わせることだ。

 中国とどう向き合うか。韓国や豪州、東南アジア諸国などとどう協調していくか。

 軍事にとどまらず、幅広い外交・安全保障の青写真を描くなかで、米軍と自衛隊の役割と能力を再検討する。日本として何をどこまで負担するかの議論はそこから始める必要がある。

 在日米軍の駐留経費の増額要求に対しても、駐留がいかに地域や米国自身の利益になっているか、日米が認識を共有することがスタート台になる。

 沖縄の米軍普天間飛行場の名護市辺野古への移設も、日米両政府が強引に進めれば県民との分断を深め、日米関係を不安定にしかねない。トランプ政権の発足を機に、在沖海兵隊の規模と機能を再検討し、県外・国外への分散を進めるべきだ。

 自由と民主主義、法の支配など普遍的な原則を重んじる。それも日米共通の役割である。

 残念なのは、中東・アフリカ7カ国の国民の入国を一時禁止する米大統領令について、首相がきのうの国会で「この場でコメントする立場にはない」と述べるにとどめたことだ。

 米国に過ちがあれば指摘し、責任ある行動を促す。そうした姿勢を世界に示すことも同盟国としての重要な使命である。

米の入国規制 世界の分断を招く過ち

 弾圧を逃れた人々が渡りついた自由の新天地。それが米国の成り立ちだったはずだ。

 現代に至るまで移民国家として発展してきた大国が、いまや建国の理念を見失い、自由の扉を閉ざそうとしている。

 トランプ政権の新たな大統領令である。テロの懸念がある国を指定し、その国民の入国を当面禁じた。シリア、イラン、イラクなど7カ国が対象となる。難民の受け入れも停止した。

 各地の空港で拘束された人々がいる。待望の渡米前だった難民家族も、迫害や苦難の中に取り残される。米国に暮らす移民らも不安に突き落とされた。

 あまりにも短慮で非寛容な政策というほかない。人道に反するだけではない。名指しされた国々が一斉に反発しており、世界の分断を招きかねない。

 多くの市民が抗議デモをし、一部の州政府も異議を唱えている。ニューヨークなどの連邦裁は、国外退去を見合わせるよう命じる仮処分を出した。

 米政界は、政権の暴走をこれ以上黙認してはならない。

 議会が行動すべきである。野党民主党は対抗法案をめざす構えだが、上下両院の過半数をもつ共和党こそ責任を自覚すべきだ。米国にも世界にも傷を広げる過ちを正さねばならない。

 この大統領令の題名は「外国テロリストの入国からの米国の保護」。対象となるイスラムの国々の人たちを一律に犯罪者扱いするかのように見える。

 トランプ氏はかねてイスラム教徒への嫌悪を公言してきた。政権は否定しているが、トランプ氏のそうした認識が反映しているのは間違いあるまい。

 オバマ政権はもちろん、ブッシュ政権もかかげたテロ対策の柱がある。それは、戦う相手は過激派なのであって、イスラムは友人である、との原則だ。

 米欧のキリスト教世界と、イスラム世界との憎悪の連鎖が深まれば、世界の危険度は増す。その配慮からオバマ氏は文明間対話をめざしたが、トランプ政権にその理解はないようだ。

 ここは国際社会も毅然(きぜん)と動くべき時だ。入国規制についてメイ英首相は訪米後に「同意しない」と表明。メルケル独首相とオランド仏大統領はトランプ氏との電話で直接懸念を伝えた。

 「テロとの戦いであっても、特定の背景や信仰の人々をひとくくりに疑うことは正当化できないと首相は確信している」。ドイツ報道官は明言した。

 身勝手な「自国第一」が蔓延(まんえん)すれば、それこそ世界の安全を脅かす。その流れを止める結束力が国際社会に問われている。

トランプ外交 「力」偏重の米露連携は問題だ

 法の支配や民主主義を揺さぶるロシアの行動を放置したまま、米国が対露関係を進展させることは許されるのか。

 トランプ米大統領が、プーチン露大統領と電話会談を行った。シリア内戦の収拾や過激派組織「イスラム国」掃討に向け、協力することで合意した。

 トランプ氏は、イスラム過激派によるテロの阻止を最重要課題に掲げ、ロシアとの共闘を模索する。プーチン氏は、対米関係の改善を通じて国際社会での孤立脱却や、中東での影響力拡大を図る。

 両氏の「蜜月」は、こうした思惑が一致した結果だろう。

 米政府は「修復を必要とする両国関係の改善に向け、意義深いスタートになった」と自賛する声明を発表した。露政府は「米露の貿易経済関係を復活させる重要性」を一方的に強調し、制裁解除への期待をにじませた。

 問題なのは、関係悪化を招いたロシアの振る舞いを、トランプ氏が軽視していることである。

 米国は欧州連合(EU)と共に、ロシアのクリミア併合やウクライナ紛争への軍事介入に対し、2014年から制裁を科している。オバマ前政権は、ロシアがサイバー攻撃などで大統領選に介入したとして新たな制裁も加えた。

 トランプ氏はプーチン氏に、クリミア問題やサイバー攻撃疑惑を提起した形跡が見られない。自国の安全のためにロシアの「力の支配」を容認し、対テロ連携と引き換えに、筋違いの制裁解除に向かうつもりではないのか。

 独仏両首脳がトランプ氏との電話会談で、解除は「時期尚早」との見解を伝えたのは当然だ。

 オランド仏大統領は、トランプ政権のテロ対策についても、難民保護の原則を尊重していないとして、懸念を示した。

 入国審査の厳格化や難民受け入れの一時停止を柱とするトランプ氏の大統領令が混乱を広げているためだ。全米や各国の空港で、イラク・シリア難民らの拘束や搭乗拒否などが相次いでいる。

 「イスラム教徒の入国禁止」という過激な公約をほぼ実行に移したと言える。「移民に職を奪われ、治安が悪化した」と主張する白人労働者らの支持層にアピールする狙いなのだろう。

 トランプ氏は「国境管理強化のためだ」と説明したが、中東で反米ムードが高まれば、テロ誘発などの逆効果になりかねない。

 トランプ氏は、さまざまな措置をとる前に、その影響を慎重に考慮する姿勢が求められる。

再犯防止法 出所者の実情に応じた対策を

 刑務所を出た人が再び犯罪に手を染める再犯問題が、深刻化している。有効な手立てを講じなければ、日本の治安に深刻な悪影響を及ぼそう。

 昨年末に再犯防止等推進法が施行された背景にも、こうした強い危機意識がある。

 政府が「再犯防止推進計画」を閣議決定し、必要な法整備や財政支援を行うことが柱だ。自治体や民間団体と連携し、社会復帰した出所者の職業訓練や住居、就職先の確保策なども実施する。

 新法は官民一体で取り組む基盤となる。政府を中心に、実効性ある施策を実践してもらいたい。

 刑法犯検挙者に占める再犯者の割合は2015年、過去最高の48%に上った。刑務所に入った者の6割近くは、過去にも入所経験がある「再入者」だった。

 窃盗や覚醒剤の再犯が多いが、凶悪犯罪もある。福岡市では昨年、殺人未遂事件で服役した男が、刑期満了から程なくして女性を刺し、殺人罪などで起訴された。

 再犯を防ぐ上で、最も重要なのは、出所者の特性に応じたきめ細かな対策だろう。

 近年は、高齢の再犯者が目立つ。15年に刑務所に入所した65歳以上は2313人で、そのうちの約7割が再入者だった。

 刑務所を出た後、同じ犯罪を繰り返して、戻ってくる者が多い。満期出所者は、ほぼ半数が5年以内に刑務所に逆戻りしている。円滑な社会復帰ができていないのは、明らかである。

 法務省は、懲役刑を廃止して、教育的処遇を可能にする刑罰の創設を検討している。刑務作業を軽減する代わりに、好ましくない考え方や行動を修正する認知行動療法などに時間を割き、受刑者の再犯を防ぐ狙いがある。

 満期出所者にも効果があるのではないか。刑期満了後は保護観察などの法的権限が及ばず、更生を手助けできない。入所中から社会復帰をにらんだ指導を強化すれば、支援の穴を埋められよう。

 15年に刑務所に再入所した者の約7割は無職だった。出所者を雇う「協力雇用主」の登録数は、昨年4月現在で1万6000社を超えたが、実際に雇ったのは約790社にとどまる。雇用側と出所者の希望がかみ合わないためだ。

 法務省は昨年、受刑中の就職希望者の職歴などを登録し、企業と橋渡しする拠点「コレワーク」を開設した。矯正と仕事を意味する英語を組み合わせた造語だ。有効に機能させて、社会での出所者の居場所確保につなげたい。

2017年1月30日月曜日

日米自動車摩擦の再燃を回避したい

 トランプ政権の発足で以前の自動車摩擦の再燃を思わせる、きな臭い空気が日米間に漂い始めた。

 トランプ大統領が「(日本は)米国車を売れないようにしている」と日本市場の閉鎖性を批判したのに続き、米フォード・モーターの首脳はホワイトハウスでの大統領との会談後に「貿易を妨げるのは為替操作だ」と発言した。

 今の為替水準では外国車と公正な競争ができないとして、米政府にドル高の是正を訴えたのだ。

 こうした言い分は果たして妥当なのか検証してみよう。

 まずトランプ大統領がかねて執着する米国内の生産について。みずほ銀行の調べによると、1999年から2015年にかけて日本車の米国現地生産は年150万台増加した。これに連動して雇用も増え、現時点で日本メーカーの直接雇用は9万人弱に達し、関連部品会社や販売店を含めた雇用創出は150万人に及ぶという。

 同じ期間に米国系3社は経営破綻に伴う大規模リストラを実施した企業もあり、米国内生産を360万台減らした。その穴を日本のほかドイツや韓国企業の現地生産が埋め、米自動車生産は年1千万台強の水準を何とか保っているのが実態だ。外国企業が米国内生産を下支えしている現状をトランプ政権は正しく認識してほしい。

 日本市場の閉鎖性についてはドイツ車の成功が反証になる。メルセデス・ベンツの販売台数はトヨタの高級車「レクサス」を上回り、BMWなどの人気も高い。米国車が日本に浸透しなかったのは事実だが、それは車の魅力や投資の不足に起因するのではないか。

 ちなみに日本市場の輸入車シェアは近年右肩上がりで、軽を除く登録車の10%近くに達した。

 為替についてはどの水準が適切か、にわかに断定はできないが、長期的にみれば企業の競争力と為替レートはほとんど関係がないのではないか。85年のプラザ合意以降を考えると、円は対ドルで大幅に上昇したが、この間、日本車は米国で躍進した。

 為替による目先の利益の増減にこだわるより、製品開発力など、より根源的な競争力に磨きをかけるのがメーカーの基本だ。

 日本の官民はこうした認識を米新政権にぶつけるとともに、米国社会に根づくための現地化の努力を加速し、米国の消費者の負担増にもつながりかねない不毛な摩擦を回避してほしい。

農漁業も東京五輪をめざせ

 2020年に開催する東京五輪・パラリンピックで、選手村などにどのような食事を提供するのか。その基準案を大会の組織委員会が提示した。ケータリング業者などは3月に正式決定する基準に適合した材料を使い、飲食料を提供することになる。

 東京五輪は世界に向けて日本の農水産物の良さを訴え、輸出拡大につなげる好機だ。政府や産地はできるだけ多くの国産食材を使えるように努力すべきだ。

 五輪で提供する食材は新鮮でおいしければいい、というものではない。12年のロンドン大会以降、食材となる農水産物には生産現場の「持続可能性」を重視するようになったからだ。

 東京五輪もこの方針を推進しなければならない。その意味で、組織委員会の基準案が農産物について内外の農業生産工程管理(GAP)制度による認証取得を基本原則にしたことは評価できる。

 GAP認証は作物の安全性はもちろん、栽培過程で農薬による水質汚染を起こすリスクはないか、就労環境に問題はないかも審査する。基準案が例示する天然漁獲の認証では、厳格な資源管理や海洋環境への配慮などが求められる。

 生産者の労働環境まで考え、農水産物を調達する企業は欧米を中心に広がっている。五輪はその象徴だ。コカ・コーラグループは緑茶飲料向けに日本で調達する茶葉について、すべての農家に日本GAP協会が推進する「JGAP」の認証を取得してもらった。

 こうした認証制度は国内産地に浸透しているとは言えない。JGAPの認証を取得した農場は4千を超えたが、それでも生産量全体からみれば数%程度とみられる。

 五輪が求める持続可能性は国内の農漁業にも重要な課題だ。就労環境に問題があれば担い手の確保はできない。漁業者が資源保護の大切さを理解していれば、クロマグロ未成魚の違反漁獲などは起きないはずだ。関係者が力を合わせ東京五輪を農漁業の競争力の強化につなげてほしい。

核燃料サイクル 再処理工場を動かすな

 高速増殖原型炉「もんじゅ」の廃炉が昨年末に決まった。

 計画から半世紀、1兆円超の資金を投じてもフル稼働のメドが立たなかっただけに、当然の帰結である。しかし政府は成算もないまま、再び高速炉開発を進める方針を決めた。

 原子力工学者らからなる国の原子力委員会は今月、新たな高速炉開発ではコスト面の課題を重視するべきで、急ぐ必要はないという趣旨の見解をまとめた。もんじゅの二の舞いを恐れての警告である。

 この高速炉ももんじゅ同様、核燃料サイクルの中核に位置づけられる。通常の原発の使用済み核燃料を再処理してプルトニウムを取り出し、それを高速炉などで燃やすという構想だ。

 プルトニウムは原爆の原料になる。高速炉の実用化が見通せない以上、危険なプルトニウムを増やすべきではない。青森県六ケ所村では使用済み燃料の再処理工場が建設中で、2018年度上期に稼働する予定だが、操業を中止すべきだ。

 その上で、核燃料サイクル全体について、凍結や断念も視野に、根本的に再考することを政府に求める。将来世代を含む国民への責任が問われている。

 ■経済性に疑問符

 天然のウランを加工して作った燃料を原発で燃やし、使用済み燃料はすべて再処理する。取り出したプルトニウムをウランと混ぜたMOX燃料にする。政府は長年、そうした全量再処理路線を掲げてきた。

 最大の誤算は、ウランが枯渇する心配は当分ないとわかり、価格も安定していることだ。

 六ケ所再処理工場の建設費は93年の着工以来、2兆2千億円に達する。完工時期は20回以上、延期されてきた。トラブル続きで稼働の先延ばしを重ねたもんじゅと同じ構図だ。

 大手電力など原子力事業者の共同子会社である日本原燃が建設主体で、費用は電気料金でまかなわれてきた。建設費を含む総事業費は約12兆6千億円と見積もられている。

 再処理の手間がいるMOX燃料が高くつくのは明白だ。経済性を重くみた米英独などは高速炉から撤退し、プルトニウムはもっぱら廃棄物扱いしている。

 プルトニウムには核兵器拡散問題がつきまとう。高速炉開発を続けているのが、ロシアや中国、フランス、インドと核保有国ばかりなのは偶然ではない。

 日本は国内の研究施設や英仏への委託で見切り発車的に再処理を進めてきた。計算上、原爆6千発分に当たる約48トンものプルトニウムを持っている。

 ■被爆国としての責任

 余剰なプルトニウムは持たないという核不拡散の国際規範に照らし、とりわけ唯一の戦争被爆国として、早急に保有量を減らすことが求められている。

 MOX燃料を原発で燃やすプルサーマル発電もあるが、四国電力の伊方原発3号機で実施されているだけで、プルトニウムは年に0・1トンほどしか減らない。原発の再稼働がどんどん進み、プルサーマルが広がるという見込みも立っていない。

 日本のプルトニウム現有量は六ケ所村の工場が約8年フル稼働した時の生産量にあたる。消費が進まないまま工場を動かせば、日本の核不拡散や核廃絶への姿勢まで疑われかねない。

 安全面の懸念も残る。

 六ケ所工場には使用済み燃料が3千トン近くある。大規模な火災や核分裂の連鎖反応が起きれば、放射性物質の放出リスクは原発以上とも言われる。昨年12月以降、原燃社内での安全上の虚偽報告や非常用発電機の故障、雨水の流入、核燃料物質の不適切保管が次々に発覚した。

 ■しがらみ超え再考を

 もんじゅ廃炉を待つまでもなく、サイクル構想には大きな無理があった。福島第一原発の事故後、長く原子力政策の司令塔役を務めてきた原子力委員会はサイクルの費用を試算し、再処理工場を稼働しないことも含めて政策の選択肢を検討する議論に踏み込もうとした。

 だが、原子力委の権限縮小や政権交代があり、実を結ばなかった。民主党政権下で「責任を持って議論する」(革新的エネルギー・環境戦略)とされたサイクル政策は、安倍政権下では「再処理やプルサーマル等を推進する」(エネルギー基本計画)と先祖返りしている。

 原子力委は今月の見解の中で、サイクル政策に「戦略的柔軟性の確保」を求め、使用済み核燃料を再処理せず長期保管する中間貯蔵の強化を推した。再処理・サイクル路線への慎重姿勢が強くにじむ。

 核燃料サイクルの抜本見直しは簡単ではない。国のエネルギー政策に直結し、関連施設がある各地の地域づくりにも影響する。青森県は再処理を条件に使用済み燃料を受け入れてきた。

 それでも今、立ち止まらなければ、国民全体が大きなつけを背負うことになりかねない。もんじゅ廃炉という、部分的な手直しですませてはならない。

日米電話会談 肝心なのは同盟強化の各論だ

 「損得」に過敏な外交姿勢を鮮明にするトランプ米大統領との間で、同盟関係を政治、経済両面でどう強化するのか。その具体論が問われる。

 安倍首相がトランプ氏と電話会談し、2月10日にワシントンで首脳会談を行うことで一致した。首相はその後、「経済や安全保障全般にわたり、率直で有意義な意見交換をしたい」と語った。

 首相は昨年11月にもトランプ氏と会談している。大統領就任後の早い段階で正式な首脳会談が実現することを歓迎したい。「米国第一」を掲げ、強烈な個性を持つ相手だけに、まずは首脳間で信頼関係を醸成することが大切だ。

 首相の訪米には、麻生副総理兼財務相、岸田外相、世耕経済産業相が同行する方向という。これに先立ち、2月3日には、マティス米国防長官が来日し、首相や稲田防衛相と会談する予定だ。

 トランプ氏は外交経験がなく、アジア情勢や日米関係に詳しい知見があるわけではない。日米間で様々な協議を行い、補完する体制の構築を急ぎたい。

 電話会談で両首脳は、「日米同盟の重要性」を確認した。単なる社交辞令にしてはなるまい。

 肝心なのは、長年、アジア太平洋地域の平和と繁栄に貢献し、国際公共財と評価されてきた日米同盟をさらに発展させることだ。それを通じて、世界と地域を安定させ、日米両国がともに利益を享受することが可能となる。

 中国は独善的な海洋進出を加速させ、北朝鮮は核・ミサイル開発に突き進んでいる。日米同盟の足並みが乱れれば、中朝の危険な挑発行為を招きかねない。

 日本は、在日米軍の経費負担の増額ではなく、自衛隊の国際的な役割を拡大することで、同盟の実効性を向上させるべきだ。

 気がかりなのは、視野が狭いトランプ氏の通商政策である。

 環太平洋経済連携協定(TPP)離脱に加え、日本、メキシコなどに個別の2国間交渉を求め、一方的な譲歩を迫ろうとしている。前提にするのが、米国の巨額の貿易赤字は相手国の不公正な貿易政策のせいだという偏見だ。

 首相は電話会談で、自動車分野を含め、日本企業が投資や雇用で米経済に多大な貢献をしていることを説明した。しかし、議論がかみ合い、トランプ氏が正確に理解したかどうかは見通せない。

 首脳会談でも、トランプ氏の事実誤認には適切に反論しつつ、生産的な経済関係の構築に向けて論議を深めることが重要である。

中国成長減速 構造改革で世界に責任果たせ

 景気の急失速を防ぎつつ、消費中心の経済構造への変革を進めて、世界経済の安定に貢献せねばならない。

 中国の昨年の実質国内総生産(GDP)伸び率は6・7%と、26年ぶりの低成長となった。6年連続で成長率は鈍化し、減速基調が一段と強まった。

 中国経済の原動力である輸出が大幅に落ち込んだ。成長に伴う人件費の上昇によって、製造業を中心に国際競争力が低下したことが要因とみられる。

 中国の経済規模は米国に次ぐ世界2位で、日本の2倍を超える。2001年の世界貿易機関(WTO)加盟以降、「世界の工場」として急増した輸出が、GDPを押し上げてきた。

 習近平国家主席は、高成長から内需主導の安定成長である「ニューノーマル(新常態)」への移行を掲げている。問題は、それを阻む構造問題の根深さだ。

 リーマン・ショック後に実施した4兆元の経済対策は、世界経済を下支えした。だが、今や負の遺産となり、経済を圧迫する。

 鉄鋼業は、日本の生産能力の4倍もの過剰生産設備を抱える。半数以上が既に、実質破綻した「ゾンビ企業」とされる。

 不採算企業の整理は一筋縄ではいかない。失業増を嫌う地方政府が反発するためだ。金融機関が抱える不良債権も積み上がり、実態の見えない不安感が広がる。

 追い打ちをかけそうなのが、米新政権の出方だ。トランプ大統領は、最大の貿易赤字相手である中国への風当たりを強める。

 米中通商摩擦が現実化すれば、両国と経済関係の深い多くの国を巻き込み、世界の景気を冷え込ませかねない。

 中国は過剰生産の是正を急ぎ、米国の保護主義を助長しないための取り組みが必要だ。

 習氏は、スイスで開かれた世界経済フォーラムで「貿易と投資の自由化を推進し、保護主義に反対する」と述べた。中国に対する米国の強硬姿勢を牽制(けんせい)する狙いだろうが、違和感を禁じ得ない。

 中国では外資への規制や不透明な行政指導などが多く残る。国内市場が対外的に開かれているとは決して言えない。

 不透明な経済状況を背景に中国からの資金流出が進んでいる。当局は人民元買い・ドル売り介入に追われ、4兆ドルに迫った外貨準備が昨年末、3兆ドルへ減少した。

 中国は、保護主義を批判するだけでなく、外資の投資環境の整備など構造改革に努めるべきだ。

2017年1月29日日曜日

同盟国は米政権に責任ある行動を促せ

 トランプ米大統領の「首脳外交」が動き始めた。就任後、強烈な波紋を広げる政策を相次いで打ち出す新大統領に、世界で不安が強まっている。日本をはじめ同盟国は連携し、米国に責任ある行動を促していく必要がある。

 外国首脳として最初にワシントンで会談した英国のメイ首相は、この点でひとまず一定の役割を果たしたといえるだろう。

 メイ首相によると、トランプ氏が「時代遅れ」と批判していた北大西洋条約機構(NATO)について、会談では「確固たる関与」を確認した。NATOは米欧同盟の基礎となるだけに、重要性で一致したことは前向きな成果だ。

 ロシアとの関係でメイ首相は、米側との共同会見で「ウクライナの和平合意が履行されるまでは対ロ制裁を継続すべきだ」との立場を表明した。ロシアとの関係改善に危ういほど前のめりなトランプ氏に、安易に追随しない姿勢を示したものだ。

 英国は第2次大戦後、欧州で最も米国と緊密な同盟国であり続けてきた。欧州連合(EU)から離脱する予定だが、引き続き米欧同盟の中核として、トランプ政権に物申す役回りが期待される。

 トランプ氏の就任後の言動からはっきりしてきたのは、自由貿易に反し、排外的な選挙公約を本気で実行しようとしていることだ。

 環太平洋経済連携協定(TPP)からの離脱を決め、メキシコとの国境に壁をつくる大統領令に署名した。シリア難民などの受け入れも中断するという。

 このままトランプ氏が独善的な政策を強行していけば米国は世界のリーダーの座を失い、秩序を乱す元凶にすらなりかねない。国際社会への打撃は計り知れない。

 米国との結びつきが深いアジアや欧州の同盟国は、民主主義や自由貿易の原則にもとる政策に走らないよう、トランプ政権に働きかけていく必要がある。

 アジアでは日本の役割が大きい。米側が要求する日米2国間の貿易や防衛負担をめぐる問題への対応に終始することなく、グローバルな視点から米政権に向き合うことが重要だ。

 多国間の自由貿易体制や民主主義の価値の大切さを説き、アジアの安定を保つため日米で協力する路線を再確認する。これまでの米大統領には当たり前だった価値観や世界観をていねいに訴え、共有していく努力が欠かせない。

都議選での小池改革の旗は?

 7月2日投開票の東京都議会選挙に向けて、小池百合子知事が実質的に率いる地域政党「都民ファーストの会」が現職ら4人を第1次公認した。今後、小池知事が主宰する政治塾から新人も選び、40人前後の擁立を目指すという。

 同会は小池知事の特別秘書が代表を務める。都議会で自民と距離を置いた公明党などと連携し、全体で過半数の獲得を狙う戦略だ。

 小池氏が知事に就任してほぼ半年がたつ。豊洲市場や五輪施設を巡る話題が注目されているが、公約の実現にも着実に動いている。

 待機児童の解消へ手を打ち、東京を国際金融都市に変える有識者会議も立ち上げた。無電柱化に向けて条例を制定し、都道全体で新設を禁止する方針も打ち出した。

 情報公開に積極的な点は特に評価できる。都の2017年度予算案をみても、既存の事業にメスを入れる一方で、公約に掲げた施策に手厚くお金を配分している。

 地域政党を率いるのは都議会に安定勢力を確保し、こうした改革を加速するためのようだ。しかし、世間で騒ぐほど知事と都議会が対立しているわけではない。

 実際、小池知事が提案した議案はすべて議会で可決されている。知事が批判の矛先を向けている都議会自民党も賛成している。

 首長が政党を立ち上げることはおかしなわけではない。ただし、それなりの理由は要るだろう。

 大阪維新の会をつくった橋下徹氏の場合、自ら打ち出した政策が議会で否決されたことがきっかけだった。大阪都構想を実現するためには、自らを支持する集団で議会を抑える必要があった。

 今の小池知事に東京の未来を左右するような大きな政策があるのかよくわからない。現時点では対決を演出することそのものが目的になっているように映る。

 地方自治は首長と議員をそれぞれ住民が選ぶ二元代表制だ。議会と首長の間には一定の緊張関係が要る。都民ファーストの会も小池氏を支持するだけでなく、しっかりとした政策をまとめてほしい。

米政権と報道 事実軽視の危うい政治

 自由な報道による権力の監視は、民主社会を支える礎の一つである。トランプ米大統領には、その理解がないようだ。

 政権は発足直後から報道機関との対立を深めている。

 トランプ氏は「私はメディアと戦争状態にある」としつつ、報道機関を「地球上で最も不正直」と非難した。

 大統領の側近は米紙に対し「メディアは屈辱を与えられるべきだ。黙ってしばらく聞いていろ」と語り、批判的な報道を威嚇するような発言をした。

 ゆゆしい事態である。

 権力者の言動をメディアが点検するのは当然のことだ。報道に誤りがあれば、根拠を示して訂正を求めればよい。政権が一方的に攻撃し、報復まで示唆するのは独裁者の振るまいだ。

 そもそもこの政権は、事実の認定という出発点から、ゆがんだ対応をみせている。

 就任式の観衆の数をめぐり、8年前と今回の写真を比べ、オバマ氏の時より相当少なかったとした報道に、トランプ氏は「ウソだ」と決めつけた。

 「過去最多だった」とする政権の根拠のデータをメディアが疑問視すると、政権高官は「オルタナティブ・ファクト(もう一つの事実)」と強弁した。

 その後もトランプ氏は「不法移民が投票しなければ、自分の得票数はクリントン氏より上回っていた」などと、根拠を示さないまま発言している。

 「事実」を共有したうえで、議論を重ねて合意を築くのは民主主義の基本だ。政権が事実を曲げたり、軽視したりするようでは、論議の土台が崩れる。

 政策全般について、正しい情報に基づいて決められているのか、国民や世界は疑念を深め、米政府の発表や外交姿勢も信頼を失っていくだろう。

 トランプ氏は実業家時代、知名度を高めるのにメディアを利用したことを著書などで認めている。大統領選では既成政治とともに主要メディアも「既得権層」と批判し続けた。

 だが大統領に就いた今、自身が批判と点検の対象になり、重い説明責任を負うことをトランプ氏は認識する必要がある。

 一方、ツイッターでの発信をトランプ氏は今も続けている。政治姿勢を広い手段で明らかにすることはいいが、自分に都合の良い情報だけを強調し、気に入らない情報は抑え込むという態度は許されない。

 権力と国民のコミュニケーションが多様化する時代だからこそ、事実を見極め、政治に透明性を求めるメディアの責任は、ますます重みを増している。

夜間中学 学び直しの場広げよう

 学ぶ機会を十分に得られなかった人が通う夜間中学。山田洋次監督の映画「学校」で存在を知った人も多いのではないか。

 その充実を目的のひとつとする教育機会確保法が、来月全面施行される。学び直しの場を広げるきっかけとしたい。

 夜間中学は戦後の混乱期に、仕事や家の手伝いなどで学校に通えない子のために始まった。

 いまは中学を卒業できなかった中高年だけでなく、不登校だった子どもや外国から移り住んだ人も集う場になっている。

 だがその数は、東京、大阪、神奈川など8都府県にわずか31校しかない。

 もっと需要があることは、14年に文部科学省が行った調査から明らかだ。ボランティアらで運営する「自主夜間中学」は、識字学級もふくめて全国に約300カ所あり、夜間中学の4倍以上にあたる約7400人が通っているという。

 確保法はこうした状況を踏まえ、夜間中学の設置や自主夜間中学の支援などを行い、希望する人に就学の機会を提供するよう自治体に求めている。文科省も「都道府県に1校以上」という目標をかかげ、来年度予算案に自治体の新設準備についての調査研究費を盛り込んだ。

 国と地方が連携して、事態を前に動かしてもらいたい。

 文科省は、施策を総合的に進めるための基本指針づくりに取り組んでいる。現場の実情をよく知る教職員やボランティアの声をていねいにくみ上げ、指針に反映させてほしい。

 学校の設置だけでなく、教育条件の整備も欠かせない。

 年齢や国籍、学習の習熟度が様々な生徒を指導するには、一般の学校を上回る数の専任教員が必要だ。力量も問われる。

 生徒への経済支援はどうか。

 普通の小中学校に通う子どもについては、学用品や給食、通学などにかかる費用の一部を、国や市町村が援助する制度がある。夜間中学を設置している自治体の多くも同様の支援をしているが、「支給期間や対象が限られるなど十分とは言えない」との声がある。新法の趣旨を踏まえた充実策が必要だ。

 夜間中学のなかには、生徒が昼の中学の文化祭に行ったり、逆に昼の生徒が夜の授業を受けたりして、勉強する意味や喜びを確かめあっている例がある。外国人が日本語を学び、日本の習慣を身につけることは、互いの垣根を低くして、住みよい地域社会づくりにつながる。

 「わがこと」として、学びのセーフティーネットを厚くする営みを重ねていきたい。

トランプ外交 威嚇では国際秩序は保てない

 「米国第一」を外交に持ち込み、身勝手な主張を通せると思っているのか。威嚇や排除では国際政治が機能しないことを認識せねばならない。

 トランプ米大統領が、米国とメキシコの国境に壁を建設するよう命じる大統領令を出した。「メキシコに費用を全額負担させる」という持論を貫いた。両国関係は急激に悪化し、予定されていた首脳会談が中止になった。

 両首脳は電話会談を行い、修復に動いたが、メキシコのペニャニエト大統領は負担を拒否する立場を明確にしている。一致点を見いだすのは容易ではあるまい。

 外交でも、トランプ氏はツイッターでの発信で圧力をかけ、交渉を優位に進めようとする。メキシコ政府が「壁の費用負担を巡る公の議論を控えるのが望ましい」と表明したのは、こうした手法への異議申し立てと言えよう。

 トランプ氏は、入国審査の厳格化や、難民受け入れの120日間停止を柱とする大統領令にも署名した。シリア難民は当面受け入れないことになった。テロの危険がある国を対象に、入国ビザ発給を制限する方針も盛り込まれた。

 「米国民を深く愛する人しか入国させたくない」というトランプ氏の政策は、危険な排外主義だ。人権を重視する米外交の伝統にも背こう。イスラム教徒が多い国々の反発と中東情勢のさらなる不安定化を招くだけである。

 トランプ氏は、就任後初の首脳会談をメイ英首相と行い、長い歴史に根ざした両国の「特別な関係」を確認した。英国の欧州連合(EU)離脱を見据え、将来の貿易協定の締結に向けて、高官級対話を開始することで合意した。

 トランプ政権は、米国の貿易協定の枠組みを「多国間」から「2国間」に移す方針だ。メイ政権は米国を後ろ盾に、EU離脱交渉の主導権を握ることを目論(もくろ)む。双方の利害が一致した結果だろう。

 懸念されるのは、トランプ氏の独善的な外交に、英国が引きずられる事態だ。米英が支えてきた自由貿易体制と国際秩序が揺らぎかねない。EU加盟国間でも、米国との距離を巡って、亀裂が生まれる可能性がある。

 ロシアに対する制裁の解除問題は、その試金石となろう。

 メイ氏は、ウクライナの停戦合意が完全に履行されるまで、「制裁は続けるべきだ」と述べた。トランプ氏は、プーチン露大統領との友好関係構築に改めて意欲を示した。米露の過度の接近を警戒し続けることが欠かせない。

大学入試改革 考える力を育む記述式問題に

 大学入試改革にやっと着地点が見えてきた。

 国立大学協会が、国立大の2次試験で全受験生に長文の記述式問題を課す方針をまとめた。今の中学2年生が対象となる2020年度の実施を目指す。

 200~300字程度の長文で答える記述式が想定される。国語を中心に、総合問題や小論文の出題も考えられる。

 統計資料や新聞記事を読み解いて考えをまとめるなど、新たなタイプの記述式になる見通しだ。小規模大学などを対象に、大学入試センターが共通問題を作り、提供する仕組みも検討される。

 暗記中心の学習では身に付きにくい論理的思考力や表現力、読解力を養う効果が期待できよう。国立大が足並みをそろえた改革は、高校教育が変わる契機になる。考える力の育成を目指す次期学習指導要領の理念にも合致する。

 大学入試センター試験に代わり、20年度から実施される「大学入学希望者学力評価テスト(仮称、新テスト)」にも、記述式問題が導入される。国語で80字程度の短文記述式を導入し、数学でも、数式などの記述を新たに課す。

 マークシート式問題に、短文であっても記述式が加われば、理解度をより深く測れる。国公私立大の9割が利用する大規模テストで課す意義は大きい。

 文部科学省によると、国立大では理系を中心に、約6割の学生が国語、小論文などの記述式問題を課されずに入学している。

 「新入生の半数以上が、文章を書く基本的技能を身に付けていない」と感じる大学教員が4割に上るという調査結果もある。こうした現状は改善せねばならない。

 課題は、機械では処理できない記述式の採点の態勢整備だ。

 約50万人が受験する新テストの記述式問題については、一部を大学が採点する案も検討された。だが、入試日程が早い私立大などは対応が難しく、教育関連企業への委託に一本化される見込みだ。

 採点は1点刻みではなく、段階別評価で行われる。文科省は、採点基準を明確にするとともに、混乱やミスを招かないよう、業者との準備を入念に進めてほしい。

 文科省は来年度初めに、新テストの実施方針と問題例を示す。マークシート式問題の改善や、実践的英語力を測る外部試験の活用など詰め切れていない点もある。

 受験生や保護者の不安感を解消するためには、入試改革の意義も含めて、分かりやすく説明することが求められる。

2017年1月28日土曜日

目に余るトランプ政権のメキシコたたき

 トランプ米新政権のメキシコたたきがおさまらない。

 メキシコとの国境に築く壁の建設費を100%メキシコに払わせるとの主張を続けているほか、高関税の賦課や北米自由貿易協定(NAFTA)からの撤退をちらつかせて同国から米国への輸入を減らそうとしている。

 主張が理不尽であるのはもちろん、こうした攻撃によってメキシコ経済が危機に陥る懸念もある。都合の良い「取引」につなげるための手口かもしれないが、友好国に対するこうした仕打ちは新政権への警戒感を世界的に高める可能性がある。

 トランプ政権が国境の壁建設にこだわるのは不法移民の流入を防ぐためだ。だが、その費用をメキシコが支払わなければならない理由はどこにもない。メキシコに負担させる方法としては輸入課税、ビザ取得費引き上げ、在米メキシコ人の国元への送金に対する課税などが取り沙汰されるが、いずれも正当な方法とはいえない。

 壁の建設問題よりさらに重大なのはメキシコからの製品流入を力ずくで抑えようとする政策だ。関税が原則ゼロであるNAFTAの見直しのほか、より懲罰的な高関税や輸入課税の導入などが浮上している。

 いずれも実施されれば輸出の8割を米国に依存しているメキシコ経済に大きな打撃となりかねない。経済減速や米大統領選の結果を受けて同国通貨ペソは大幅に下落しているが、ペソ売りが加速して通貨危機に陥る恐れすらある。

 米国の企業や消費者も被害を受ける。米国で生産する多くの企業がメキシコからの輸入で部品を調達しており、コスト上昇圧力になる。消費者には価格転嫁による物価上昇という形で負担が及ぶ。

 トランプ政権が進めるべきなのはメキシコとの冷静な対話だ。NAFTAについては、撤廃は論外だが、労働・環境基準の導入や原産地規則の見直しなどの余地はあるかもしれない。不法移民は最近はメキシコ以南の国々からの増加が目立っており、両国が対応策で協力する道はあろう。

 メキシコへの対応から浮き上がるのは、相手の弱みにつけこみ、強引に要求を突きつけて成果を得ようとするトランプ流の手法だ。仮に一時的な利益を得ても、相手国や世界の不信感を高めれば、外交政策上は敗北になりかねない。そのことに早く気づくべきだ。

シリア和平に米国も関与を

 内戦が続くシリア情勢の打開を目指す和平会議が、カザフスタンの首都アスタナで開かれ、シリアのアサド政権と反体制派の代表らが参加した。

 内戦の当事者が顔をそろえたこの機会を、6年近い悲劇を終わらせる入り口にしなければならない。そのためには和平を後押しする国際社会の連携が重要だ。なかでも米国の関与が不可欠である。

 会議を仲介したロシア、トルコ、イランの3カ国は昨年末に発効した停戦を監視する仕組みを設けることを決めた。和平を進めるにはまず、衝突の再燃を防ぐことが必要だ。3カ国の役割は重い。

 米トランプ政権の発足直後に開かれた今回の会議で、米国からの参加は大使級にとどまった。

 シリア和平はこれまで、米国とロシアが中心になって探ってきた。しかし、過去の協議は頓挫を繰り返してきた。反体制派を支援する米国と、アサド政権側に立つロシアの対立が前進を阻んできた面は否定できない。

 シリア内戦はアサド政権軍が第2の都市アレッポを奪還するなど、政権の優位が鮮明になりつつある。米新政権が軌道に乗る前に、ロシア主導でシリアの将来像を決めてしまいたい。そんな思惑があるとすれば禍根を残す。

 トランプ米大統領は就任演説で、イスラム過激派のテロ撲滅を訴えた。過激派組織「イスラム国」(IS)の掃討で、ロシアとの協力にも前向きだとされる。

 拡散するテロへの対処は国際社会の緊急課題だ。IS掃討で米ロが協力することは歓迎したい。ただし、軍事作戦だけでテロや難民の問題は解決しない。中東の政治とその地域の人々の生活を安定させる、息の長い取り組みとセットで進めることが欠かせない。

 ロシアの一方的な行動を抑えるためにも、米国はシリア和平に積極的に関わっていくべきだ。国際社会全体で和平を実現する環境をつくっていくことが、トランプ大統領が掲げる米国の安全を高めることにつながるはずだ。

米の強圧外交 おごりが目に余る

 トランプ米大統領のおごり高ぶる姿勢に驚きあきれ、怒りを覚える。

 メキシコとの国境での壁の建設を巡って同国のペニャニエト大統領と対立し、首脳会談が中止された。トランプ氏が一方的に建設を決め、その費用負担を迫っただけに、ペニャニエト氏が猛反発したのも当然だろう。

 「メキシコが壁の建設費用を払わなければ会談をキャンセルした方がよい」「米国にまっとうな敬意を払わない限り、このような会談は無駄だ」

 トランプ氏はツイッターや演説でこう語った。やり方も外交儀礼に反する。メキシコが抵抗すると見るや、メキシコからの輸入に20%の課税を検討すると表明した。「米国第一」を超えて「米国だけ」の様相である。

 外交はお互いの信頼関係なしには成り立たない。いくら米国が超大国とはいえ、力ずくで従わせようとしても相手国の議会や国民の反発を招き、こじれるだけだ。トランプ氏はそんなこともわからないのだろうか。

 米国には不法移民が1100万人ほどいるとされ、さまざまな問題があるのは確かだ。約3200キロに及ぶメキシコとの国境のおよそ3分の1には、既に柵や壁がある。とはいえ、いきなり残りすべてに壁を築くと宣言し、費用負担を突きつけるのは常軌を逸している。

 トランプ氏は、不法移民が犯罪を増やし、雇用を奪う元凶と断言する。だが、不法滞在者を含めて移民は米国の貴重な働き手かつ消費者であり、成長の一翼を担っている。壁の建設を柱とするあまりに激しい不法移民対策に対し、ニューヨーク市長ら移民が多く住む大都市のトップが相次いで異を唱えたことに、その現実が表れている。

 米国の強圧的な姿勢にさらされる恐れは、メキシコだけではない。トランプ氏は演説で、貿易交渉は二国間で行うと改めて強調した。相手国に不満があれば期限を区切った通知書を送りつけるとし、「その国は『交渉を打ち切らないでほしい』と懇願してくるだろう」と語った。

 国際社会が結束し、米国に理不尽さを説かねばならない。

 来月には主要20カ国・地域(G20)の外相会議が予定されている。対メキシコの課税構想は、世界貿易機関(WTO)のルールに触れる恐れがある。トランプ氏が為替問題に不当な口出しをすれば、関連する国際協議の場で取り上げるべきだ。

 冷静さを失わず、しかし毅然(きぜん)と対応する。日本にも米国からの要求が予想されるが、他国と連携する姿勢が欠かせない。

「偏見」番組 放送の責任わきまえよ

 事実に基づかず、特定の人々への差別と偏見を生むような番組をテレビでたれ流す。あってはならないことが起きた。

 地上波ローカル局、東京メトロポリタンテレビジョン(MXテレビ)が、今月2日放送の「ニュース女子」という番組で、沖縄・高江に建設された米軍ヘリパッド問題を特集した。

 驚くのはその内容だ。

 軍事ジャーナリストを名乗る人物の現地報告は、建設に反対する人たちを遠くから撮影し、「テロリスト」「無法地帯」などと呼んだ。「過激な反対運動の現場を取材」とうたいながら実際には足を運ばず、約40キロ離れたところからリポートした。

 不可解きわまりない「取材」であり、論評である。

 反対運動を支援してきた市民団体「のりこえねっと」の辛淑玉(シンスゴ)さんは、番組で「運動を職業的に行っている」などと中傷されたとして、放送倫理・番組向上機構(BPO)放送人権委員会に人権侵害を申し立てた。

 当事者の動きとは別に、放送番組の質の向上をめざしてBPO内に設けられている放送倫理検証委員会も、MXテレビに報告を求めている。

 権力の介入を防ぎ、放送・表現の自由を守るためにNHKと民放連が設立した第三者機関のBPOにとっても、存在意義が問われる案件だ。視聴者・国民が納得できる対応を求めたい。

 問題の番組は化粧品会社DHC系列の制作会社がつくった。動画サイトでも公開されてはいるが、周波数が限られ、公共性が高いテレビ電波が使われた点に見過ごせない問題がある。

 放送法は、報道は事実をまげないですることや、意見が対立している問題については、できるだけ多くの角度から論点を明らかにすることを定めている。MXテレビは、番組の意図や放送までの経緯、社内のチェック体制などを早急に検証し、社会に広く説明すべきだ。

 抗議に対し制作会社はウェブサイト上で、反対派を「犯罪や不法行為を行っている集団を容認している」などとして、「言い分を聞く必要はない」と述べた。開き直りというほかない。

 気になるのは、反基地運動に取り組む沖縄への、根拠のない誹謗(ひぼう)中傷が、この数年、高まっていることだ。舞台はネットから街頭に広がり、今回はテレビで公然と語られた。

 放送は健全な民主主義を発展させるためにあり、番組は明らかにその逆をゆく。対立をあおり、人々の間に分断をもたらすことに放送を使う行いは、厳しく批判されなければならない。

皇位安定継承 女性宮家の議論も再開したい

 男系男子に限られている皇位の継承は、将来行き詰まる恐れもある。

 天皇陛下の退位問題で皇室への関心が高まっている今こそ、長期的視野から議論を再開する好機だ。

 安倍首相は衆院予算委員会で、「安定的な皇位の継承を維持することは極めて重要だ」と述べた。「男系継承が維持されてきた重みなどを踏まえつつ、公務負担軽減の議論とは切り離して、検討していきたい」との考えも示した。

 民進党の細野代表代行が「(秋篠宮ご夫妻の長男の)悠仁さまに男子が生まれなかった場合、現状のままでは皇位が断絶する」として、見解を質(ただ)したのに答えた。

 皇室の将来には、不安要素が多い。停滞している皇位継承制度に関する議論も射程に入れたい、という首相の意向は理解できる。

 83歳の天皇陛下の年齢を考えれば、退位の議論を優先し、制度論は別建てで検討するという考え方は、合理的だろう。

 現在、皇位継承の資格を有する皇族は4人に過ぎない。陛下の孫の世代では、悠仁さまだけだ。

 小泉内閣が設置した有識者会議は2005年、女性天皇と女系天皇を容認する報告書をまとめた。皇室典範改正案も準備されたが、翌年に悠仁さまが誕生され、国会提出は見送られた。

 野田内閣は、12年の有識者ヒアリングで論点を整理し、女性皇族が結婚後も皇室に残れる「女性宮家」の創設を検討すべきだ、という提言をまとめた。

 自民党が野党だったこの当時、安倍首相は、論考を月刊誌に発表している。女性天皇や女系天皇の即位につながりかねないとして、女性宮家案を否定し、皇位継承のためには旧宮家の皇籍復帰も考えるべきだ、とする内容だった。

 今回の国会答弁では、皇籍復帰の制度を設けても、「対象者すべてから拒否されるということもあり得る」との見解を加えた。

 民進党の野田幹事長は、「皇族減少に対応するため、女性宮家の議論も俎上(そじょう)に載せたい」とし、国会でも取り上げる構えだ。

 未婚の女性皇族は、7人おられる。女性宮家には、将来的に女性天皇が可能になった場合に備え、結婚による女性皇族の皇籍離脱を防ぐ役割も期待できる。創設を再検討する意義は小さくない。

 女性天皇には8人10代の先例がある。いずれも男性の天皇につながる男系天皇だった。

 女系天皇を認めるかどうか、は意見の分かれるところだろう。広範な議論が求められる。

対馬仏像判決 韓国は法治国家の常識を守れ

 韓国の司法が、国際的な常識に外れる判決を出した。日韓関係を一段と冷え込ませる材料がまた増えたと言えよう。

 韓国の大田地裁が、長崎県対馬市の観音寺から盗まれた仏像を、韓国中部の浮石寺に引き渡すよう政府に命じた。浮石寺に所有権があると認めたものだ。

 判決は、高麗時代に制作された仏像が対馬に渡った経緯について「盗難や略奪などで運搬されたとみられる」と推定した。14世紀に倭寇(わこう)が仏像を奪った、という浮石寺の見解に沿った判断だ。

 当時、倭寇が浮石寺の周辺地域で活動した記録はあっても、仏像を奪ったとの確証はない。韓国政府の調査でも、略奪された可能性は大きいが、断定できないという。地裁の判断は受け入れ難い。

 約700年前に遡及(そきゅう)し、明確な根拠がないまま、所有権を認定するのは無理がある。法治国家ならば、盗品は対馬の観音寺に戻し、原状を回復すべきである。

 韓国では、日本による植民地支配を不法な収奪だと、一方的に決めつける歴史教育が実施されてきた。判決は、これにより醸成された国民の反日感情に迎合した面があるのだろう。

 日本は韓国に再三、早期返還を求めており、仏像の扱いは日韓の外交問題になっている。菅官房長官は判決について、「極めて残念だ。韓国政府側に適切な対応を求めていきたい」と強調した。

 韓国政府は、判決を不服として控訴した。浮石寺への引き渡しに応じず、日本への返還に向けて、具体的に行動してもらいたい。

 日韓両国は1965年の国交正常化の際、文化財協定を結び、朝鮮半島に由来する多数の美術品や図書などを引き渡した。財産請求権は、請求権・経済協力協定で、最終的に解決されている。

 日本の植民地支配などに伴う文化財の帰属問題を巡っては、韓国に返還する法的な義務はない。

 日韓併合100年の2010年に、菅首相が李王朝ゆかりの朝鮮王朝儀軌を「韓国の人々の期待に応えてお渡ししたい」と表明し、翌11年に実行された。

 日韓関係を改善する善意の措置だったが、韓国に、さらなる要求が可能になったという誤ったシグナルが伝わったのではないか。

 観音寺は、仏像は友好の証しとして朝鮮半島から伝来したと説明する。数百年の間、信仰の対象となり、長崎県の有形文化財にも指定されている。仏像が返されないなら、日本国民の嫌韓感情が高まることは避けられまい。

2017年1月27日金曜日

NHK新会長 公共放送の使命を常に

 NHKの新しい会長に上田良一氏が就任した。

 前任の籾井(もみい)勝人氏は「政府が右ということを左というわけにはいかない」の発言に象徴される政権寄りの姿勢が人々の不信を招き、公共放送のかじ取り役として疑問がついて回った。トップダウンの人事は局内の士気の低下をもたらしたとの指摘があり、職員らによる金銭の着服・流用や番組の過剰演出など、組織の緩みも目についた。

 就任会見で上田氏は「コンセンサスの経営をめざす」と述べた。その言葉通り、混乱を早期に収拾し、NHKを国民・視聴者に信頼される存在にすることに、まず徹してほしい。

 とりわけ政治権力との距離のとり方は、報道機関としてのNHKの死活を握る。「公平公正、不偏不党の立場を貫く」と述べた初心を、日々実践することが求められる。

 年間6800億円もの受信料収入があり、1万人の職員を抱える巨大な公共放送だ。報道や番組のあり方、組織の運営は常に国民の視線にさらされ、議論の対象になる。その議論を深めるために必要な情報を発信し、説明を尽くすのも、新会長に課せられた重要な任務だ。

 上田氏が経営課題の第一にあげ、総務省とともに進めようとしている「放送と通信の融合」をめぐっても、同じく公共の精神に立つことが求められる。

 NHKは、東京五輪・パラリンピックを視野に、前年の2019年からテレビ番組をインターネットで同時に配信できるようにしたい意向を示している。スマートフォンやパソコンで動画を見る若者層のテレビ離れに対応するのもねらいだ。

 だが、NHKの都合や思惑で進められる話ではない。

 受信契約を結んでいないネット視聴者に新たに料金負担を求めるのか。その際、どんな徴収手法をとり、金額をいくらに設定するのか。課題は多く、放送法の改正も必要になる。

 民放への配慮も忘れてはならない。同時配信を行うには、巨額の設備投資、番組で使われる音楽や出演者の権利処理など、高いハードルがある。

 また、キー局の番組をネット経由で見られるようになると、地方局の経営が打撃を受け、地方発の情報発信が細る懸念も指摘されている。国民の知る権利にもかかわる難しい問題だ。

 上田氏は「民放との二元体制を尊重する」と話している。国民の利益を念頭に、放送界全体を見渡した取り組みをする。それは、国民の受信料に支えられるNHKの使命である。

25年度より後の財政・社会保障の姿示せ

 日本の財政は先進国で最悪の状態にある。政府は2020年度に、国と地方をあわせた基礎的財政収支を黒字にする財政健全化目標を掲げているが、日本経済が実力よりかなり高い成長率を実現しても達成は難しい。政府は厳しい現実を直視し、真剣に対応策を考えねばならない。

 内閣府が中長期の財政試算をまとめた。それによると、仮に中長期の経済成長率が物価変動の影響を除いた実質で2%以上、名目で3%以上で推移しても、20年度の基礎的財政収支は8.3兆円の赤字になるという。

 赤字額は昨年7月時点の前回試算より2.8兆円増えた。円高で16年度の法人税収が落ち込み、収支改善が遅れるからだ。消費増税を2度延期した影響もある。

 経済の成長力を高めて税収を増やそうという発想は正しいが、円相場しだいで企業収益やそれに伴う税収は増えたり減ったりする。しかも高い成長率が実現するとは限らない。やはり税収増に過度に頼った財政健全化策は危うい。

 まず社会保障費を軸とする歳出の削減・抑制が急務だ。18年度は診療報酬と介護報酬の同時改定を控える。政府は直ちに社会保障の抜本改革の議論に入るべきだ。

 同時に、19年10月に消費税率を10%に上げられる環境をつくる努力も必要だ。社会保障と税の一体改革を含め、財政健全化計画をゼロからつくり直してはどうか。

 20年度に基礎的収支を黒字にする目標を堅持するのは当然だ。しかし、それは財政健全化の通過点にすぎない。中長期でみた国と地方の債務残高(借金)の国内総生産(GDP)比を着実に引き下げ、財政を持続可能な状態にしなければならない。

 30年にかけて、75歳以上の後期高齢者の人口は15年比で約4割増える。放置すれば医療や介護を中心に社会保障費が急増し、財政がさらに悪化するリスクがある。

 ところが、20年代後半から30年にかけての大事な時期の財政試算を内閣府は示していない。今回の試算は25年度までにとどまる。その後の超高齢化時代を日本が乗り切れるか否かを検証する材料を示さない対応は不十分だ。

 日本人の間で財政や社会保障への将来不安は高まり、足元の個人消費が伸び悩む一因にもなっている。超長期の財政や社会保障の姿を試算することを、不安解消策を考える一歩とすべきだ。

NY株2万ドルは持続可能か

 米国を代表する株価指数のダウ工業株30種平均が初めて2万ドルを超えた。ダウ平均の大台乗せが映すものは、米国の経済や企業の強さにほかならない。

 しかし、足元ではトランプ米大統領の政策への期待が株価上昇を加速させた面が大きい。日本の政府や企業は株価の不透明な先行きを注視する必要がある。

 ダウ平均は1999年3月に初めて1万ドルを超えた。それ以降の約18年間、米国はネットバブルの崩壊や同時テロ、金融危機など数々の試練を経験した。

 こうした激動のなかで構造改革を進めた多くの企業が米株式市場に活力を与えた。

 ゼネラル・エレクトリック(GE)は稼ぎ頭だった金融業を縮小し、航空機エンジンなど製造業へのシフトを進めた。18年前は経営再建の途上だったアップルは「iPhone」など独創的な製品の発売で、時価総額世界一の企業に生まれ変わった。

 アップル復活に刺激された起業家が事業を興し、それが経済の新陳代謝を促した面も見逃せない。

 多くの企業が自由にリスクをとる事業風土が米経済の強みといえる。世界市場で米国勢と競う日本企業は改めて学ぶべきだ。

 ただ、昨年来のトランプ相場は、米国の長期的な株価上昇と様相が異なる点も多い。

 大統領選の投票以降、投資家の関心は政権との距離の近さが指摘される大手金融機関や、トランプ大統領の保護主義的な政策で恩恵を受けそうな一部製造業に集まっている。幅広い企業の株価を反映するS&P500種株価指数は、ダウ平均ほど勢いよく上昇しているわけではない。

 米国の保護主義的な政策は、長い目で見て米企業の競争力を弱めかねない。そう考えれば、米株式相場が今後も長く堅調に推移するかどうかは不透明だ。

 日本企業は米国発の株価上昇に気を緩めることなく構造改革を進め、収益力を着実に向上させていく必要がある。

朴教授の判決 学問の自由侵した訴追

 史実の探求に取りくむ学問の営みに公権力が介入することは厳につつしむべきである。

 韓国・世宗大学教授、朴裕河(パクユハ)さんが韓国で出版した著書「帝国の慰安婦」をめぐる裁判で、ソウルの地裁は朴さんに無罪判決を言い渡した。

 とかく日本との歴史認識問題に関しては、厳しい世論のまなざしに影響されがちだとの指摘もある韓国の司法だが、今回は法にのっとった妥当な判断をしたと言えるだろう。

 この裁判は、「帝国の慰安婦」が元慰安婦らの名誉を傷つけたとして、検察当局が朴さんを在宅起訴したものだ。

 判決は、検察が名誉毀損(きそん)にあたるとした35カ所のうち、大半が朴さんの意見を表明したにすぎないとし、他の部分についても特定の元慰安婦個人を指していないなどと指摘した。

 また、朴さんが本を書いた動機は、日韓の和解を進めることにあり、元慰安婦の社会的地位をおとしめるためではなかったとして無罪判決を導いた。

 著書が強調するのは、慰安婦となった女性には多様なケースがあったという事実や、植民地という構造が生み出す悲劇の数々である。

 これまでの日韓の学界による研究の積み重ねにより、植民地の現実は様々な形で浮き彫りになってきた。朝鮮半島では暴力的な連行の必要すらないほど、慰安婦の募集などがシステム化されていた側面があるという。

 韓国社会の一部に強く残る慰安婦のイメージと合わない部分があるからといって、歴史研究の中での見解や分析を封印しようとするのは誤りだ。まして、時の公権力が学問や表現の自由を制限することは、民主主義を放棄することに等しい。

 しかし検察は昨年末、「学問や表現の自由を逸脱した」などとして懲役3年という異例の重い求刑をした。

 検察は、そもそも訴追すべきではなかったことを反省し、慰安婦問題の議論の場を法廷からアカデミズムの世界に戻さねばならない。

 一方、慰安婦問題をめぐる日韓両政府の合意は、ソウルの日本大使館前に続き、釜山の日本総領事館近くにも慰安婦問題を象徴する少女像が設置されたことで、存亡の危機にある。

 日韓がナショナリズムをぶつけ合うのではなく、それを超えた和解が必要だというのが朴さんの一貫した主張でもある。

 日韓双方にとって、対立の長期化がもたらす利益などない。両国関係を立て直し、進展させる意義を改めて考えたい。

「小池新党」 改革実現の道筋をどう示すか

 東京をどのように変えていくのか。「地域政党」を標榜(ひょうぼう)する以上、理念や政策を明確にすることが欠かせない。

 東京都の小池百合子知事が事実上率いる政治団体「都民ファーストの会」が、7月2日投票の都議選に向けて、活動をスタートさせた。

 小池氏支持の会派「かがやけTokyo」に所属した都議3人と、知事選で小池氏を支援して自民党を除名された豊島区議1人を1次公認候補として発表した。

 40人前後の当選を目指すという。公明党などの小池氏支持勢力と合わせて、都議会(定数127)の過半数確保を狙う。小池氏は「都議会に本拠地ができるのは大変頼もしい」と語っている。

 自らの支持基盤を固めた上で、都政を安定的に運営したい、という意図は理解できる。

 政治団体が運営する塾の受講者は4000人に上る。このうち約1000人が、都議選候補を選ぶ筆記試験を受けた。小池氏の高い人気を物語っている。

 自民党との関係は複雑だ。

 小池氏は自民党籍を有したままで、政治団体の役職には就いていない。政治団体の代表を務めるのは、特別秘書の元都議だ。

 小池氏は、豊洲市場問題を都議選の争点とし、移転を承認した自民党の責任などを問う考えだ。

 2月5日投票の千代田区長選では、5選を目指す現職の支援の先頭に立ち、新人候補を推薦する自民党と対決する。

 自民党は昨年の定例会で、知事の給与半減や待機児童対策など、小池氏が提出した全議案に賛成している。小池氏が、地域政党を利用して、殊更に対立の構図を強調しているようにも映る。

 自民党には、人気の高い小池氏との全面対決は、出来るだけ避けたいという思惑があるだろう。小池氏との距離感を測りかねているのが実情ではないか。

 都議会自民党を離脱した3人は、新会派を結成した。公明党は自民党との協力関係を解消した。小池氏は、協調路線を明確にした公明党の要望に応え、私立高校授業料の実質無償化の拡充を新年度予算案に盛り込んだ。

 都政の透明化や不適切な慣行を見直す改革は、進めねばならない。だが、都議選をにらんだ過度な駆け引きに終始するようでは、都民の信頼は得られまい。

 都政には2020年東京五輪の開催などの重要課題が山積する。2月の定例会では、建設的な論議を交わしてもらいたい。

NHK新会長 同時配信の拙速な導入避けよ

 公共放送トップとして質の高い番組作りと透明性のある経営の確立に取り組まねばならない。

 NHK新会長に上田良一氏が就任した。三菱商事副社長からNHK経営委員に転じた上田氏は、外部の視点を持ち、内部の事情にも精通する。

 その経歴が、籾井勝人前会長時代に混迷した経営の立て直しに適任と判断された。

 上田氏は記者会見で「規律ある組織を構築する」と語った。

 籾井前会長は、理事全員に日付が空白の辞表を提出させるなど物議を醸す言動で批判を浴びた。最近は、営業職員による受信料着服など不祥事も相次いでいる。

 緩んだNHKの企業統治をどう立て直すか。上田氏は、具体策を示してもらいたい。

 番組制作のあり方への批判も根強い。原発再稼働や米軍輸送機オスプレイ配備などの報道に関し、視聴者から「偏向している」との指摘は少なくない。

 看板番組の「クローズアップ現代」でも、過剰演出によるやらせ疑惑が発覚した。

 上田氏は「不偏不党の立場を貫く」という認識を示した。言葉通り、放送法の趣旨を踏まえ、真に公正な番組作りが求められる。

 NHK経営上の今後の焦点はインターネットで放送と同時にテレビ番組を常時流す同時配信だ。

 上田氏は「視聴者に寄り添う上で避けて通れない」と、一層推進する方針を明らかにした。

 確かに同時配信が一般的になれば、視聴方法の選択肢を広げ、利便性は高まろう。

 だが、国民が広く負担する受信料で支えられた公共放送が、どこまで業務を拡大すべきか、十分な議論はなされていない。

 さらに、受信料制度の大幅な見直しも避けられない。現状でも、ワンセグ放送を視聴するスマートフォン利用者の受信料負担の是非を巡る見解は分かれている。

 同時配信には、膨大な設備投資が必要で、受信料の値上げにつながりかねない。ネット時代の視聴料のあり方と同時配信の進め方は、不可分の関係にある。

 NHKと民放の二元体制への影響も懸念される。受信料収入は年間6800億円に上る。財務上、優位なNHKが先行すれば、対抗する民放は、地方局を中心に経営が圧迫されるのは必至だ。

 NHK改革は業務内容、受信料制度、経営の三位一体で進めることが重要だ。総務省は、国民の声を反映させるために有識者会議などで議論を尽くすべきである。

2017年1月26日木曜日

経済の次の一手につながる国会論戦に

 衆参両院で各党が3日間の代表質問を終えた。野党はアベノミクスの行き詰まりを指摘したが、安倍晋三首相は民主党政権より経済指標は改善したと反論して議論がかみ合わなかった。非難の応酬ではなく、成長力の底上げやデフレ脱却に向けてこれから何をするかに絞った論戦が聞きたい。

 民進党の蓮舫代表は24日の参院代表質問で安倍内閣の経済政策への疑問をぶつけた。

 「アベノミクスをまだ続けるのか。4年前に掲げたデフレ脱却は一体いつ実現できるのか」

 「現行の社会保障制度の枠内での数字合わせだけではないあり方を議論すべき時だ」

 首相は「民主党政権ではデフレが進行し抜け出すことができなかった」「民主党政権において就業者数は10万人減少した」などと反論。さらに雇用や賃上げ、失業率などの数字を列挙してアベノミクスの成果を強調した。

 景気は明るさも見えるが、個人消費や設備投資が力強さを欠いているのは事実だ。成長戦略の柱とした環太平洋経済連携協定(TPP)は早期発効が難しくなった。野党批判と自画自賛はそろそろやめて、政権の次の一手をもっと雄弁に語ってほしい。

 蓮舫氏は対案路線の一環として中低所得者に焦点をあてた「日本型ベーシックインカム構想」を提唱した。所得税の税額控除と給付を組み合わせ基本的な生活費を保障するという。現行の福祉制度との優劣を議論するためにも財源を含む全体像を示してほしい。

 野党は安倍内閣が進める働き方改革の中身もただした。首相は同一労働同一賃金の実現に意欲を示し、「罰則付きの時間外労働の限度を定める法改正に向けて作業を加速する」と強調した。

 与野党は改革の方向性では一致しており、労働時間の上限規制などが企業の経営や労働者の生活に与える影響について議論を深めていく必要がある。

 民進党の野田佳彦幹事長は23日の衆院代表質問で、トランプ米大統領の「米国第一主義」にどう向き合うかを聞いた。トランプ氏は日本の貿易を「不公平だ」と主張し、TPPから「永久に離脱する」との大統領令に署名した。

 首相は「できるだけ早期に会談し、揺るぎない日米同盟の絆をさらに強化したい」と言及するにとどまった。日本は冷静に対米戦略を練り直す必要がある。

新横綱でさらに土俵の充実を

 大相撲に新しい横綱が生まれた。初場所で初めての賜杯を手にした稀勢の里だ。日本出身としては19年ぶりである。

 新入幕から横綱にのぼり詰めるまでにかかった場所数は、昭和以降で最長の73。優勝の次点となったのも12回に及ぶ。長年にわたる精進と辛抱のたまものが、今回の昇進である。拍手を送りたい。

 今後は、白鵬ら他の3横綱と競い合い、伝統を次代に継ぐ努力を重ねてほしい。後輩力士の範となるよう、角界の最高位にふさわしい技量と品格の向上にまい進することも忘れてはならない。

 振り返れば、大相撲の人気は1990年代のいわゆる「若貴ブーム」以降、長く低迷した。

 2000年代に入って不祥事が相次ぎ、相撲界への信頼が大きく揺らいだのが一因である。

 親方らが逮捕・起訴された新弟子の暴行死事件には耳を疑った。力士の野球賭博への関与が明るみに出たほか、八百長問題では処分者が相次ぎ、11年の春場所は開催中止に追い込まれている。

 その間、土俵では、朝青龍や白鵬らモンゴル勢に有望な若手が次々に挑む構図が長く続いた。ぶ厚かった上位陣の壁に、最近じわじわ風穴が開き出し、同時に日本相撲協会の組織改革やさまざまな営業努力もあって、女性や外国人にもファン層は広がった。

 琴奨菊や豪栄道ら優勝の顔ぶれも次々変わった昨年は、6場所計90日の本場所中、88日も満員御礼を記録した。初場所も連日の大入りだった。

 新たな横綱の誕生で、この流れに弾みがつくことを期待したい。若い人たちの関心が高まれば、入門者が増えるなど裾野の拡大にもつながるのではないか。

 さらなる人気の回復と定着のため何より重んじなければならないのは、土俵の上での取り組みの充実だ。心技体を鍛え抜いた力士同士の熱戦こそ醍醐味である。

 稽古の虫となってたたきあげてきた新横綱は、自ら範を示し角界を引っ張っていってほしい。

日米貿易 「多国間」の理を説け

 前の世紀の歴史の一こまだったはずの日米自動車摩擦が再燃するのだろうか。

 トランプ米大統領が、日本との自動車貿易が不公平だと批判し、貿易赤字を解消するために二国間の協議に乗り出すことを示唆した。

 日米など12カ国が合意した環太平洋経済連携協定(TPP)から永久に離脱するとの大統領令を発し、二国間主義を鮮明にする中での牽制(けんせい)である。

 自動車分野で日米摩擦が激しかった1980~90年代から状況は一変した。米国内で日本メーカーの生産が広がり、多くの雇用を生んでいる。乗用車の輸入関税は、米国の2・5%に対して日本はゼロだ。トランプ氏の時代錯誤の認識に耳を疑う。

 二国間主義の弊害は、日米間にとどまらない。世界最大の経済大国である米国が、手っ取り早く国内の雇用を増やそうと保護主義的な姿勢を強め、力任せに相手国に譲歩を迫れば公正な貿易のルールはゆがむ。交易が滞り、報復合戦を通じて経済活動の収縮を招きかねない。

 そうした事態になれば、輸出の低迷という形で悪影響は米国の産業にはねかえる。

 多国間で協調しながら自由化を進める理と利を米国に説くのは、経済規模で世界3位の日本の役割だ。近く予想される日米首脳会談に向けて、官民それぞれのルートで働きかけを強めてほしい。

 その一方で、多国間交渉の灯を絶やさないための取り組みも求められる。世界貿易機関(WTO)の機能不全が続く中で、まず直面する課題がTPPにどう向き合うかだろう。

 安倍首相は「TPPの意義を腰を据えて(トランプ氏に)理解を求めていきたい」と繰り返している。同盟国である米国を含まない協定は避けたいとの考えがうかがえるが、米国が加わっての発効が全く見えなくなったのは厳然たる事実である。

 TPPの参加国は自由化に積極的だけに、しっかり連携していくことが必要だ。一部の国が主張し始めた米国抜きでの協定についても、連携を保つ一環で話し合ってはどうか。協議を促すのは、経済力が突出する日本をおいてほかにない。

 大筋合意に向けて大詰めの協議が続く欧州連合(EU)との経済連携協定や、中印に東南アジア諸国を含む東アジア地域包括的経済連携(RCEP)を前に進める意義も小さくない。

 米国に対して直接、間接に多国間交渉の大切さを訴える。日本が率先して取り組んでほしい。

財政再建 決意ばかりの無責任

 積み上がる国と地方の借金に歯止めをかけ、将来世代へのつけ回しを抑えていく。そのために政府が掲げる財政再建目標の達成が、さらに遠のいた。

 もともと高い目標であり、達成を危ぶむ声は政府内外でますます強まっている。しかし、安倍首相は国会答弁などで「必ず実現する」と繰り返す。

 首相は経済成長による税収増を強調するが、それだけでは達成はおよそ見通せない。にもかかわらず、歳出の抑制・削減や、消費税を中心とする増税には及び腰である。

 どうやって実現するのか、決意ばかりで具体的な説明はない。あまりに無責任だ。

 財政再建の目標は、基礎的財政収支(PB)を20年度に黒字化することだ。PBが黒字になれば、過去の借金の元利払い費を除く政策経費を、その年度の税収などでまかなえたことになり、借金の膨張に一定の歯止めがかかる。

 内閣府の試算では、16年度は国と地方の合計で20兆円の赤字だ。安倍政権が頼みとする「経済再生ケース」でも、一定の前提を置いてはじくと20年度に8兆円余の赤字が残る。赤字額は半年前の試算から3兆円近く増えた。足元の税収が落ち込んだためだ。

 そもそも経済再生ケースは、19年度以降に成長率が実質で2%以上、名目では3%以上と、バブル崩壊前の水準に高まることが前提になっている。現状からかけ離れ、それだけ税収も多めに見積もられる構図である。

 目標と実態の隔たりに対し、政権の危機感は乏しい。17年度の当初予算案でも、歳出への切り込みは甘く、16年度に落ち込んだ税収の急回復を見込んだ。その通り税収が上向けば、PBはわずかに改善することになるが、財政再建への一歩とはとても言えない。

 忘れてならないのは、日本銀行のマイナス金利政策で国債の金利が低く抑えられ、借金にともなう国や地方の負担が増えにくくなっていることだ。通常の市場なら、国債の発行が増えれば価格が下落(利回りは上昇)する「悪い金利上昇」を招く恐れがあるが、そうした財政への警告機能は金融政策によって封じ込められている。

 だからこそ、政府が財政再建へのしっかりした目標と計画を決め、着実に実行していく姿勢が重要になる。ところが政権は、目標の堅持を叫びながら、経済成長と税収増を当て込むばかりで、計画が見えない。

 政府への信認が損なわれかねない事態である。

韓国朴教授無罪 「学問の自由」の尊重は当然だ

 検察が起訴したこと自体に無理があった。

 韓国のソウル東部地裁は、名誉毀損(きそん)罪に問われた朴裕河・世宗大教授に対し、無罪を言い渡した。著書「帝国の慰安婦」で、元慰安婦の名誉を傷つけたとし、懲役3年を求刑されていた。

 判決は、「学問の自由」は憲法で保障されていると強調した。名誉毀損罪に問うには「故意」であることを厳密に証明せねばならない、との認識を示した。

 そのうえで、「執筆の動機は、相互信頼の構築を通じた韓日の和解だった」とし、元慰安婦を中傷する意図はなかったとして、無罪の結論を導き出した。

 合理的で当然の判断である。

 朴氏は著書で、日韓の資料に基づき、慰安婦問題を「大日本帝国」と植民地の歴史の中に位置づけた。バランスがとれた労作だ。

 著作に関する公権力の介入は、抑制的であるべきだ。名誉毀損問題は当事者間の民事訴訟で争うのが、民主国家の常道だろう。

 朴氏に対しては、一部の元慰安婦が民事訴訟を提起している。昨年1月の1審判決は、「朝鮮人慰安婦が日本軍と同志的関係にあった」などの記述が「虚偽」で、慰安婦の人格権を侵害したと認定し、朴氏に賠償を命じた。

 朴氏が判決を不服として控訴したのも無理はない。

 特に問題なのは、河野官房長官談話や国連人権委員会のクマラスワミ報告などを根拠に、慰安婦の「強制連行」を認定したことだ。河野談話は日韓の妥協の産物だった。クマラスワミ報告は、虚偽証言を引用するなど瑕疵(かし)が多い。

 刑事裁判で有罪となれば、日韓関係が一層冷え込んでいただろう。最悪の事態は避けられた。

 だが、釜山の日本総領事館前に慰安婦を象徴する少女像が設置された問題は、いまだに解決の見通しが立っていない。

 大統領代行を務める黄教安首相は、市民団体が設置したことを理由に、「政府が関与し、あれこれいうのは難しい」と及び腰だ。

 像設置は、国際条約上、問題があり、2015年末の慰安婦問題を巡る日韓合意の精神に反する。問題克服に「努力する」と言うなら、撤去に向けての韓国政府の具体的な行動が欠かせない。

 日本は、駐韓大使と釜山総領事を9日に一時帰国させた。安倍首相は国会で、日韓合意について、「日本側の義務はすべて果たしてきている」と述べ、韓国側に誠実な履行を求めた。当面、その出方を見守るしかあるまい。

稀勢の里昇進 日本人横綱の誕生を喜びたい

 多くの大相撲ファンがこの日を待っていたのではないだろうか。

 大関稀勢の里が、第72代横綱に昇進した。日本出身の横綱の誕生は、1998年に昇進した3代目若乃花以来、実に19年ぶりだ。

 新入幕から73場所を要した。年6場所制となった58年以降、最も遅い昇進だ。ついに頂点を極めた忍耐力を称(たた)えたい。

 稀勢の里は「横綱の名に恥じぬよう、精進致します」と口上を述べた。培ってきた技に、さらに磨きをかけて、角界を牽引(けんいん)する強い横綱になってほしい。

 初場所で14勝1敗の好成績を上げて、念願の初優勝を飾った。横綱審議委員会は、優勝がなくても年間最多勝だった昨年の安定した成績も高く評価した。白鵬ら3横綱と互角以上に戦える実力は、誰もが認めるところだろう。

 中学卒業とともに入門し、早くから大器として期待された。何度も賜杯に手が届きかけた。

 しかし、序盤に下位の力士に不覚を取ったり、終盤の大一番で星を落としたりして、チャンスを逃し続けた。精神的な脆もろさを克服することが課題だった。

 初場所は、プレッシャーが強まる終盤でも、落ち着いた取り口が目を引いた。白鵬の猛攻を土俵際でこらえ、鮮やかに逆転した千秋楽の一番は、特に光った。苦い経験を糧に、階段を一つ上ったような風格が感じられた。

 同じ大関の琴奨菊と豪栄道が昨年、それぞれ初優勝した。ライバルに先を越された悔しさが、バネになったはずだ。

 綱取りに失敗しても、「次こそは」と後押しするファンの応援も、原動力だったろう。

 初場所では、日馬富士、鶴竜の2横綱と豪栄道が途中休場し、取組に恵まれた。先場所の12勝3敗という成績は物足りない。こうした理由から、今回の昇進を疑問視する声もあった。

 見返すためには、来場所以降、常に優勝争いに絡む活躍を見せることが求められる。

 場所は大入りが続く。八百長問題など、相次ぐ不祥事で失墜した信頼は回復しつつある。角界を支える白鵬らモンゴル勢に日本人力士が挑む取組が人気を博する。

 それにも増して、綱を張る日本人力士の存在は、「国技」である以上、やはり土俵の華となる。

 稀勢の里の横綱昇進は、他の日本人力士の大きな励みとなっただろう。横綱の地位を狙える若手が台頭することが、大相撲のさらなる盛り上がりにつながる。

2017年1月25日水曜日

米離脱でもTPPの果実いかす道を探れ

 トランプ米大統領が環太平洋経済連携協定(TPP)から「永久に離脱する」とした大統領令に署名した。アジア太平洋地域に世界最大の自由貿易圏をつくるTPPの発効は当面、絶望的になった。

 TPPは新たな世界標準となる貿易・投資ルールを定めている。その歴史的なとりくみが頓挫するのは、きわめて残念だ。

 最大の経済大国である米国がTPPから抜ければ、域内経済を成長させる効果は限られる。日本は今後も他の参加国と連携し、米国にTPPの重要性を粘り強く訴えていく必要がある。

 同時に、米政権の新方針を踏まえた次善の策を検討しなければならない。大事なのは、米国を除くTPP参加11カ国の結束を保つことである。

 すでにオーストラリアやニュージーランドなどからは、米国抜きの11カ国で経済連携を推進する案が出ている。

 TPPは関税撤廃に加え、知的財産権や電子商取引などの新たなルールを盛り込んだ。こうした果実をいかすため、11カ国で経済連携を進めるのは一考に値する。

 再交渉や国内手続きのやり直しといった課題はあるが、TPPが実現しようとしていた貿易・投資の自由化の利点は大きい。11カ国の首脳・閣僚らで早急に議論を始めるべきだ。

 米国とカナダ、メキシコによる北米自由貿易協定(NAFTA)の再交渉でも、TPPの労働や環境などのルールは活用できる。

 気になるのは、TPP離脱後のトランプ政権が多国間から2国間へと貿易交渉の軸足を移す方針を示している点だ。

 経済のグローバル化が進んだ現在、国境を越えた複雑な供給網がつくられている。2国間交渉を重んじるのは世界経済の現実を直視しない視野の狭い発想だ。

 米政権は日本にも2国間の自由貿易協定(FTA)交渉を求めてくる可能性がある。米国との2国間交渉の是非についても11カ国で対応をすりあわせてほしい。

 日本が米国との2国間FTAを最初から拒む必要はない。ただ交渉に入れば、米国は農産品を対象にTPPの水準を上回る関税撤廃を求める公算が大きい。

 日本の農産品の関税撤廃率はTPP参加国で最も低い。異次元の改革で農業自由化を進めることが、日米FTAの条件になる点を日本政府は理解しておくべきだ。

郵政株の売却は柔軟に進めよ

 財務省が日本郵政の株式を一般の投資家に売り出す。同社が上場した2015年に次ぐ2度目の売り出しだ。実務を担う証券会社を3月をめどに決め、7月中にも実施する可能性がある。

 政府が追加売却の準備に着手したのは、日本郵政の株価が上場時の売り出し価格を上回るようになったからだ。しかし、昨年来の株価上昇は米トランプ大統領の政策への期待が先行し、日本の株式相場全体が底上げされたことに助けられた側面も強い。

 相場頼みでなく、収益力の着実な向上が日本郵政の民営化には不可欠である。

 この点で日本郵政も手を打ってはいる。豪物流大手の買収により海外事業の足場を築いたほか、はがき料金の値上げなどにより収益の改善も図っている。それでもなお投資家は、日本郵政の収益が傘下の上場企業であるゆうちょ銀行とかんぽ生命保険の金融2社に偏っていることを懸念している。

 日本郵政は流通業との提携などによる物流事業の強化や経営効率化を進め、市場の信認を高める必要がある。

 日本郵政が保有する金融2社の株式の追加売却についても、日本郵政は自ら道筋を示し不透明感をぬぐう努力を求められる。現在89%の日本郵政の保有比率が50%まで下がれば、2社の経営の自由度は高まる。さらに政府の影響力を排除し民間企業との競争条件を公平にするため、完全民営化も視野に入れるべきだ。

 政府の影響力を残したままゆうちょ銀の預入限度額を再び引き上げる要望もくすぶる。しかし、金融2社の完全民営化を進めるのが本筋だ。それを前提として金融2社も、資産運用力などの強化を急がなくてはならない。

 民営化企業は株主の裾野が広い。拙速な売り出しで多くの投資家が損失をこうむるようだと、消費者心理にも影響が出かねない。政府は市場の声をよく聞いて、日本郵政株の売却の進め方や時期、規模を柔軟に考えてほしい。

退位の論点 結論への誘導が過ぎる

 天皇陛下の退位をめぐり政府が設けた有識者会議が、論点と考え方を整理して公表した。

 事実上、退位を認める前提に立ち、「将来の天皇も対象とする法制度とするか、今の陛下に限るか」について、それぞれの積極論と課題を並べている。

 実際は、将来の天皇も対象とする場合の課題をことさら多く挙げる一方、「一代限り」の利点を詳述しており、後者を推しているのは明らかだ。

 朝日新聞の社説は、この会議の姿勢に疑義を唱えてきた。

 一代限りとは、次代に通じる退位の要件や基準を示さず、対応をその時どきの状況にゆだねることを意味する。すると、どんな事態が起きるか。

 容易に考えつくのは、政権や国会の多数を占める与党の意向で、天皇の地位が左右される恐れが高まることだ。決まりがないまま、退位の前例だけが存在する状況は好ましくない。

 ところが論点整理では、逆に「一般的な要件を定めると、時の政権の恣意(しい)的な判断が、その要件に基づくものであると正当化する根拠に使われる」との見解が示されている。

 ルールがあると権力の勝手を許すという主張で、理解に苦しむ。この論法に従えば、世の中に法律や規則はないほうがいいという話にもなりかねない。

 衆参両院の正副議長、首相、最高裁長官らで構成される皇室会議の位置づけも不明だ。

 周囲の強制や天皇の自由意思で退位が行われるのを防ぐ策として、多くの専門家が皇室会議の議決を要件のひとつとする案を示している。これについて論点整理は「三権分立の原則にかんがみ不適当」との意見を対置し、消極姿勢をにじませた。

 皇室会議は皇位継承順位や皇族の結婚、身分の離脱、摂政の設置などを審議する機関だ。

 退位に関する手続きにかかわることが、なぜ三権分立を侵すのか。皇室会議の議によって決める事項と天皇の退位とは、本質において、どこが、どう違うのか、詳しい説明はない。

 このように論点整理には、理屈や常識、これまでの歩みに照らして首をひねる記述が散見される。「一代限り」で事態を収束させたい政権の意向を尊重するあまりの結果ではないか。

 いま提起されているのは、象徴天皇の役割とは何か、その地位を高齢社会の下で安定的に引き継いでいくにはどうしたらいいか、という重い問題だ。

 論点整理がもつ欠陥や思惑を見抜き、多くの国民が納得できる結論に向けて議論を深めることが、国会には求められる。

名古屋議定書 国際潮流への意識を

 国際会議での採択から6年、発効から2年が過ぎてやっと、日本が合意作りに貢献した取り決めへの参加が見えてきた。

 名古屋議定書の話である。

 薬の開発など、遺伝資源(有用な遺伝子を持つ動植物や微生物)から生まれた利益について、途上国など遺伝資源の提供側と先進国を中心とする利用側で公正に分け合い、保護と活用を両立させる。そう目標を掲げる生物多様性条約に基づき、適正な利益配分への国内手続きなどを定めたのが議定書だ。

 2010年秋に名古屋で開かれた会議で議長国として採択にこぎつけ、「名古屋」の名がついた。温暖化対策の京都議定書とともに、日本が誇る成果だ。

 しかし、その後はたなざらしの状態が続いていた。締結国が順調に増え、14年秋に議定書が発効した後も、関係省庁や産業界、学術関係者の意見がまとまらず、国内でのルール作りが進まなかったからだ。

 政府はこのほど国内措置に関する指針案を決め、パブリックコメントを受け付け始めた。今後の手続きが順調に進めば、この国会での議定書の承認を経て、締結国となる。

 日本の企業や大学が海外の遺伝資源を使う場合、提供国の同意を事前に取り付け、利益の配分条件を決めておく。それに基づいて分け合うのが基本的な手順だ。指針案には、環境省が企業などから報告を受けたり、他の締結国から法令違反の申し立てがあれば情報提供を求めたりすることが盛り込まれた。

 提供側と利用側の共存共栄をめざす議定書の趣旨に照らし、指針案に課題がないか。政府は寄せられた意見に耳を傾け、改善に努めてほしい。

 それにしても、なぜここまで対応が遅れたのか。

 議定書の内容にあいまいな部分があり、産業界などから慎重論が出たのが主な理由だ。懸念には理解できる点もあるが、既に議定書の締結国・地域が90を超え、欧州連合(EU)や英独仏など先進国も多く締結済みである現状を踏まえ、この6年の過程を検証する必要がある。

 日本は昨年末、地球温暖化に関するパリ協定の国会承認が遅れ、発効に間に合わなかった。温暖化対策も生物多様性の問題と同様に、かつては日本が議論を引っ張っていた。現状は残念でならない。

 国連では、この両分野を含めて「持続可能な開発目標(SDGs)」が定められ、ますます関心が強まっている。官民ともに国際潮流への神経をとぎすまし、意識を高めてほしい。

トランプ氏始動 時代錯誤の通商政策見直しだ

 トランプ米大統領が早速、「米国第一」の保護主義政策を矢継ぎ早に打ち出した。世界経済の活力を奪いかねない憂慮すべき事態である。

 トランプ氏は、北米自由貿易協定(NAFTA)の再交渉を言明したのに続いて、環太平洋経済連携協定(TPP)から「永久に離脱する」ことをうたった大統領令に署名した。

 12か国の批准を目指す現行協定の発効は見込めなくなった。

 米国は交渉参加国と2国間で通商交渉をやり直すという。

 だがそれでは、高水準の貿易・投資ルールを多数の国で共有するTPPの代わりにはならない。

 安倍首相が米国に対し、TPPの戦略的、経済的意義について「腰を据えて理解を求めていきたい」と述べたのは妥当だ。

 TPPは発効前の離脱規定がないため、枠組み自体は残る。

 豪州は、米国抜きの協定実現を目指す考えだという。日本は早々とTPP批准の国内手続きを完了した。米離脱への対応に関する参加国の協議を主導したい。

 NAFTAの見直しも気がかりだ。米国、カナダ、メキシコの間で関税を撤廃したNAFTAは、部品や完成品を取引する世界的なサプライチェーン(供給網)の要となっている。北米で活動する企業の立地戦略の大前提である。

 再交渉の行方によっては、工場進出などの経営戦略に混乱をきたす恐れがある。米国を含む世界経済を冷やしかねない。

 トランプ氏が貿易上の不公正な国として、中国とともに日本を名指ししたことは理解しがたい。

 30年前の日米摩擦当時の知識で対日批判を繰り広げる。同盟国の日本を他国と同列に論じる。こうした乱暴な発言は選挙中から繰り返された。大統領に就任すれば現実的な姿勢に転じるだろうとの期待は、はかなくも裏切られた。

 トランプ氏は「我々が日本で車を売る場合、彼らは販売を難しくしている」などとも主張した。

 しかし、日本は米国車に関税を全くかけていない。世耕経済産業相が「関税以外も日本車と何ら差別的な取り扱いはしていない」と反論したのは当然である。

 日本車メーカーは日米摩擦の教訓から、北米での現地生産を強力に進めた。今や7割を超える事実もトランプ氏は無視している。

 あくまで持論に固執し、誤った思い込みを正そうともしない。事実の重みも理解しない。これでは大国の指導者としての資質に疑問を抱かざるを得ない。

衆参代表質問 教育・労働政策の具体論競え

 奨学金拡充や働き方改革の方向性は、与野党が一致している。より具体的な論議を求めたい。

 民進党の蓮舫代表が参院本会議で代表質問に立ち、政府が導入する給付型奨学金について「創設は評価するが、中身が残念すぎる」と酷評した。

 「教育、教育、教育。これが私たちのアベノミクスへの対案だ」と訴え、2018年度から1学年約2万人に月2万~4万円を給付する制度の大幅強化を求めた。

 安倍首相は、「全ての子供が機会を与えられるよう、必要な財源を確保しつつ、しっかりと取り組む」と述べるにとどめた。

 給付型奨学金は、旧民主党などが積極的だった。安倍政権がこの政策を採用し、実現に動いたため、民進党が差別化を図ろうと、学生支援の水準を高めた面がある。

 肝心なのは、本当に助成が必要な学生に適切な額が行き渡るようにすることだ。与野党は「バラマキ競争」に走らず、財源や制度設計を冷静に論じねばならない。

 蓮舫氏が財源について「税制のゆがみを正し、能力に応じた負担を求める」と語るだけで、各論に踏み込まなかったのは残念だ。

 蓮舫氏は、教育支援など「人への投資」が人口減の抑制や女性の社会進出を通じて生産性を上げ、需要を喚起すると主張した。

 「人への投資」を偏重し、企業活動を活性化する成長戦略の視点が欠けていないか。

 働き方改革を巡って、蓮舫氏は「長時間労働是正の実現は急務だ」と指摘した。残業時間の上限を規制する野党提出の労働基準法改正案の審議入りも強く要求した。

 首相は、野党案について「(労働時間の上限を)厚生労働省令に丸投げするなど具体的な中身がない」と批判した。「罰則付きの時間外労働の限度を定める法案を早期に提出する」とも強調した。

 電通社員の過労自殺を踏まえて長時間労働の是正は与野党の共通認識だ。実効性のある規制をいかに設けるか、議論を深めたい。

 日本維新の会の馬場幹事長は衆院代表質問で、憲法改正について「国民が抱える課題の解決のために行うべきだ」と述べ、教育無償化、統治機構改革、憲法裁判所設置の3項目の改正を提案した。

 首相は、「維新が具体的な考え方を示していることに敬意を表したい。教育が重要なのは論をまたない」とエールを送った。

 衆参両院の憲法審査会の議論を活発化するには、自民、維新両党が積極的に連携し、改正項目の絞り込みを牽引(けんいん)すべきだ。

2017年1月24日火曜日

退位巡る議論で国民の理解深める努力を

 天皇陛下の退位を巡る政府の有識者会議が、中間的なとりまとめとなる「論点整理」を公表した。3月の最終報告に向け、新たに専門家らからヒアリングを進めるなど、議論を深めていくという。国民の総意をくみ取る努力を続けてほしい。

 論点整理の中では、83歳と高齢となられた陛下の公務の負担軽減策について、摂政といった現行の制度を活用するよりも、退位による円滑な皇位継承の利点を挙げている。

 その退位に関する制度のあり方が、現在、この問題でもっとも意見が分かれるところだ。

 論点整理では、将来の全ての天皇を対象とするいわゆる恒久的な制度化には多くの「課題」を列挙し、今の陛下一代に限る考え方には積極的な意見を主に記した。総じて、政府がめざそうとしているとされる一代限りの特例法の制定に沿う内容となっている。

 確かに、論点整理が指摘するように、恒久制度化には「将来の状況を、社会情勢の異なる今の時代に規定すべきではない」との反対が根強い。退位の要件を法で定めた場合でも、時の政権による恣意的な判断が正当化される恐れもあろう。

 一代限りの退位という制度設計を巡っては「将来の退位に関して、その時の皇室の状況や社会情勢などを踏まえた判断が可能となる」などとする指摘もあった。

 しかし一方で、専門家からは「皇室典範を改正して恒久制度とする方が憲法の趣旨に沿う」との意見も出ている。国民の多くが典範改正による制度化を望んでいるという見過ごせない現実もある。

 有識者会議は引き続き、退位後の敬称や住居などについて方向性を示す予定だ。恒久制度化か一代限りかの論点でも、双方の背景や課題などについて、引き続き国民に理解を深めてもらう姿勢が欠かせない。

 同様の相違は今月、衆参両院議長の下で始まった10会派の代表者会議でも浮き彫りになりつつある。安倍晋三首相はきょう、有識者会議の論点整理を衆参の議長に報告し、意見の集約を要請する。党利党略を離れ、立法府として統一的な意見を示すよう望みたい。

 戦後、この国に平和と発展をもたらした象徴天皇制は永続させねばならない。未来を見据え「結論ありき」を排した議論が必要であるのはいうまでもない。

なお実感できぬ刑法犯の減少

 昨年1年間に全国の警察が把握した刑法などに触れる犯罪(刑法犯)は約99万6千件だった。戦後最少だった2015年よりさらに1割近く減り、初めて100万件を下回った。

 刑法犯の減少は14年連続で、戦後最悪だった2002年の285万4千件からは、6割以上減ったことになる。国民の防犯意識の高まりに加え、警察や自治体、ボランティアなどによる総合的な取り組みの成果といっていい。

 だが統計の数字ほど、国民が肌で感じる体感治安は良くないのではないか。理由のひとつは、身近なところで「安心」を損なう犯罪が横行しているからであろう。

 たとえば、児童虐待や配偶者間などでの暴力事件は増え続けている。家庭内で起きるため外から見えにくいうえ、私的な領域だけに警察や行政がどう介入すべきか難しい問題がある。

 こうした事件を確実に摘発し、抑止に結びつけることが「安心」につながる。警察だけの対応では不十分だ。関係する機関が連携して、想定される事態ごとに取るべき手順を決め、組織内で徹底しておくといった対策が欠かせない。

 刑法犯全体では、容疑者が摘発された割合を示す検挙率が30%台にとどまっている点が大きな課題になる。1980年代後半までは60%前後だったが、都市化や社会の匿名化など捜査環境の変化もあり、低迷したままだ。

 従来型の捜査が難しくなるなか、警察は防犯カメラや携帯電話の解析、DNA型鑑定といった科学捜査に力を入れている。こうした手法は実際に容疑者の割り出しや裏付けに威力を発揮しており、今後の検挙率向上に不可欠な武器であることは間違いない。

 ただ捜査の現場では、カメラ映像を過信して無関係の人を逮捕したり、人権などの配慮を欠いて安易に機器を利用したりする事例が起きている。刑事司法全体の信頼まで失いかねない問題であり、手続きの明確化や職員への教育の徹底が必要だ。

日米関係 主体的な外交の契機に

 トランプ米大統領の就任は、日米関係にどう影響するのか。そのことが、通常国会の与野党論戦の大きなテーマになるのは当然だろう。

 安倍首相は、先週の施政方針演説でこう強調した。

 「これまでも、今も、そしてこれからも、日米同盟こそが我が国の外交・安全保障政策の基軸だ。これは不変の原則だ」

 「米国第一」を掲げ、「世界の警察官」はやめるというトランプ氏を、アジア太平洋地域への関与に引き留めたい。そんな思いが「不変の原則」という強い言葉に表れたようにみえる。

 中国の強引な海洋進出や北朝鮮の核・ミサイル開発など、地域の安全保障環境は厳しさを増している。地域の平和と安定を維持するためには、日米関係は引き続き重要だ。

 だとしても「不変の原則」の名のもとに、米国追随の外交を漫然と続けてはなるまい。

 きのうの衆院代表質問で民進党の野田佳彦幹事長は、トランプ大統領の就任演説では、日米が共有してきた「自由、民主主義、人権、法の支配などの言葉が聞かれなかった」と指摘し、首相の所感を問うた。

 物足りなかったのは、首相が「日米は普遍的価値の絆で固く結ばれた同盟国だ」などと答えるにとどめたことだ。近く行われるだろうトランプ氏との首脳会談では、普遍的な価値の重要性を十分に説く責任がある。

 トランプ氏の米国が孤立主義に閉じこもらないよう促す。そのことが、国際社会の秩序を守り、日米関係をアジア太平洋地域の「公共財」として機能させることにもつながる。

 そのためにも大事なことは、日本自身が国際的にも、歴史的にも認識を疑われない行動をとることである。

 昨年末、首相の真珠湾訪問に同行した直後に、稲田防衛相が靖国神社に参拝した。代表質問で民進党の大串博志政調会長が見解をただすと、首相は「答えを差し控えたい」などと述べただけだった。

 だが、日本はA級戦犯の責任を認めたサンフランシスコ平和条約を受け入れ、国際社会に復帰した。そのA級戦犯が合祀(ごうし)されている靖国神社に政治指導者が参拝すれば、近隣国との関係に水を差し、米欧を含む国際社会の疑念を招きかねない。

 アジアで、そして世界で日本がどう役割を果たすか。信頼を勝ち得るために、どんなふるまいが求められるのか。

 トランプ政権の誕生を、日本が主体的に外交を構想する契機としなければならない。

訪日観光 「体験」で広く息長く

 16年に日本を訪れた外国人旅行者は、前年より2割増え2400万人に達した。ただ、旅行で使った金額は、1人当たりの推計で見ると1割減った。為替の影響に加え、中国人らによる高額商品の「爆買い」が下火になったことが主な理由という。

 訪日観光は経済にプラスで、外国との関係を強める基盤にもなる。今後は一時の追い風に頼らず、リピーターを増やし、滞在を延ばす工夫が大切になる。

 首都圏や関西圏でのホテル不足対策や、両者の名所を回る「ゴールデンルート」以外の観光コースの開拓といった課題に加え、訪日客の関心の多様化にもっと注目したい。

 「次の訪日でやりたいこと」を尋ねた観光庁の調査では、日本食や名所めぐりといった定番メニューのほか、四季の体感、歴史・文化・農漁村の体験などを挙げる人が多い。目的が、買い物や見るだけの観光から体験に移る傾向が読み取れる。

 この流れを意識した試みは、既に各地で広がりつつある。

 徳島県三好市の山奥にある落合集落では、古民家に泊まり、住民との郷土料理作りなどを体験できる。それを目当てに香港や欧米などから多くの人が訪れている。佐賀県はタイ映画のロケを誘致し、タイ人旅行者の呼び込みに成功した。映画の「追体験」が売り物になった。

 東京や大阪では、日本発の人気ゲームキャラクターに扮してカートを街中で運転できるサービスが話題だ。日本人には意外と思えることにも、外国人が新鮮な魅力を感じ、ネットの口コミで広まる例は少なくない。

 まだまだ知恵を絞れるはずだ。体験型の観光を掘り起こすには、地元の自然や文化、産業に詳しい人を結びつけるかじ取り役が重要になる。各地の観光団体や自治体は、人材や組織の育成を積極的に進めてほしい。

 国の役割は、地域の取り組みを後押しする環境整備だろう。

 ホテルやガイドの不足に対応するため、民家に旅行者を泊める「民泊」や通訳案内士の規制緩和が進みつつあるが、一方で質の確保にも目配りが必要だ。免税店で健康食品を不当な高値で売りつけるツアーなど、日本のイメージを損ねる例も見られる。政府は旅行関連サービスの手配業者に登録制を導入する方針だが、警察と連携した取り締まり強化や訪日客向けの相談窓口の整備も急ぐべきだ。

 各地で知恵を競い合い、成功例に学びながら、日本ファンを増やしていく――。官と民、国と地方が力を合わせ、そんな好循環を広げていきたい。

「退位」論点整理 国民の総意を得るたたき台に

 天皇陛下の退位問題で最も重要なのは、多くの国民が納得できる結論を導き出すことだ。示された選択肢を、議論を深めるたたき台としたい。

 政府の「天皇の公務の負担軽減等に関する有識者会議」が、論点整理の結果を公表した。前回までの計8回の会合で出された意見をほぼ網羅した内容だ。

 陛下のご負担をどう軽減するのか。この主たる論点に関しては、「現在の天皇に限った退位」「すべての天皇を対象とする退位制度の創設」「摂政設置の要件拡大」の3案を併記した。

 一代限りの退位は、時代ごとに変化する天皇の考え方や世論に対応できることがメリットだとする。課題としては、天皇の高齢化による同様の問題が、今後も起こり得る点などを指摘した。

 皇室典範改正を伴う恒久的な退位制度は、「皇位継承は皇室典範で定める」と規定する憲法の趣旨には合致するとの意見が記された。一方、退位の要件を決めるのが困難な点など、様々な問題が列挙されていることが目を引く。

 摂政制度に対しては、強制退位や恣意的退位を回避できる利点を示す反面、「権威の二重性」を招く可能性を懸念している。

 退位そのものを疑問視する考え方も盛り込まれた。

 全体的に比較すると、一代限りの退位に関する課題が少ない。今の天皇陛下に限った退位を認めようという有識者会議の方向性がにじみ出ていると言えよう。

 国会でも法整備の議論が始まっている。衆参両院の正副議長は今後、各党の意見を集約し、政府に提示する。政府は、有識者会議の最終的な提言も踏まえ、5月頃に法案を国会に提出する予定だ。

 自民、公明両党は、一代限りの特例法制定という政府の方針を支持する姿勢を見せる。民進、共産両党などは、皇室典範改正による制度化を求めている。皇室典範に付則を設けた上で、特例法を制定する折衷案も浮上している。

 憲法は、天皇の地位について「国民の総意に基づく」と定める。退位問題も、各党の合意による決着が望ましい。安倍首相が衆院本会議で、「政争の具としてはならない」と強調したのは当然だ。

 政府は、2019年元日の新天皇即位と改元を検討している、と報じられている。これに対し、宮内庁の西村泰彦次長は「困難だ」との考えを示した。元日には宮中の重要行事が多いためだ。

 官邸と宮内庁の意思疎通が、ますます重要となるだろう。

衆院代表質問 米新政権と巧みに付き合おう

 トランプ米新政権が多くの問題を抱える中、日米両国が協調し、ともに利益を得られる道を真剣に模索すべきだ。

 安倍首相の施政方針演説に対する各党の代表質問が、衆院で始まった。

 民進党の野田幹事長は、トランプ大統領の「米国第一主義」にどう向き合うかを質(ただ)した。環太平洋経済連携協定(TPP)離脱の正式表明への対応も尋ねた。

 首相は「揺るぎない同盟の絆を強化したい。主張すべきは主張する」と語った。「トランプ氏も自由貿易の重要性は認識しており、TPPの意義について腰を据えて理解を求めたい」とも述べた。

 トランプ氏の通商政策はグローバル経済の効用を無視しており、近視眼的だ。ツイッターで民間企業を批判し、要求に従わせる強権的な手法も容認できない。

 自己中心的なトランプ氏にTPP離脱を撤回させるのは困難だろう。それでも、日本はカナダ、豪州などと連携して、自由貿易の意義を米国に説き、粘り強く歩み寄りを促すことが大切である。

 首相は2月前半の訪米を調整している。重要なのは、日米の立場の違いを際立たせないことだ。政治、経済両分野でアジア情勢の認識を共有する中で、協力する同盟関係をしたたかに追求したい。

 財政健全化に関して、野田氏は、「甘い経済見通しに基づく」2020年度の基礎的財政収支の黒字化目標は「達成不可能になった」と主張した。

 首相は、安倍内閣で税収が22兆円増加したとして、目標を堅持する考えを強調した。

 消費増税の延期などで黒字化目標の達成が難しくなったのは否めない。規制緩和や構造改革などの成長戦略は引き続き推進しつつ、財政再建実現への工程表を現実的なものに練り直す時だろう。

 疑問なのは、野田氏がTPP発効の見込みがなくなったとして、関連予算の撤回を求めたことだ。農業改革や輸出強化策は発効とは関係なく進める必要がある。

 民進党の大串政調会長は、文部科学省の天下り問題について「役所全体の体質が問われる」と松野文科相らの責任を追及した。

 首相は、「国民の信頼を揺るがせるもの」と認める一方で、再就職等監視委員会による「厳格な監視が機能した」とも語った。

 文科省が天下りに職員OBを仲介させるなど、国家公務員法の抜け道が判明した。再発防止には、徹底した実態解明に加え、法の抜け道をふさがねばならない。

2017年1月23日月曜日

企業の労使は生産性向上の議論を深めよ

 保護主義的な政策を掲げる米トランプ政権が発足し、世界経済の先行きに不透明感が強まるなか、春の労使交渉が始まる。労働組合には経営側が賃上げに慎重になることを警戒する声もある。

 景気に不安があっても安定的に賃上げできるだけの生産性の向上を、企業は一段と求められている。成長性の高い事業への投資などに加え、人が効率的に時間を使って成果を生むことが欠かせない。長時間労働の是正にもつながる。企業の労使は目先の賃上げだけでなく、労働生産性の向上策についても議論を深めるべきだ。

 経団連は昨年と同様、企業に一時金を含めた「年収ベースでの賃上げ」を呼びかけている。毎月の基本給を上げるベースアップ(ベア)は選択肢のひとつとした。

 物価変動の影響を除く実質の消費支出は、昨年がうるう年だったことを考慮すると11月まで15カ月連続で前年同月を下回る。消費を喚起しデフレ脱却へつなげるには今春も賃上げが期待されるのは確かだ。業績が好調な企業はベアも前向きに考えてはどうか。

 重要なのはこの先も継続的に賃金を上げ、消費を力強く伸ばしていくことだ。

 生産性の高さの目安となる1人あたり名目国内総生産(GDP)をみると、日本は2015年、主要7カ国のなかではイタリアに次いで2番目に低い。

 不要な業務の削減やIT(情報技術)を使った業務効率化、仕事の時間配分を本人が決める裁量労働制の導入、教育投資の充実など、生産性向上策を労使で多面的に考えてほしい。人工知能(AI)を活用する手もあるだろう。

 今春の労使交渉では労働時間の短縮も議論の柱のひとつになる。求められるのは効率的な働き方を広げることで、企業がより多くの付加価値を生みだせるようにすることである。単に働く時間を減らすだけではなく、労働生産性を上げるという視点が必要だ。

 労働力不足対策として少ない人数でも仕事ができるようにしたり、働きながら家族の介護をしやすくしたりするためにも生産性向上が大事になる。非正規社員の賃上げ原資の確保にもつながる。

 労働時間ではなく成果に対して賃金を払う「脱時間給」制度は社員の生産性向上を後押しする。その創設を盛り込んだ労働基準法改正案を、20日召集の通常国会でぜひ成立させるべきだ。

「サイバー」に強い自由社会を

 米国の新しい大統領にドナルド・トランプ氏が就いたが、その当選を決めた昨年の選挙戦にロシア政府がサイバー攻撃などで干渉した疑いがあることには、これからも留意していく必要がある。

 米国の国家情報長官室が6日に公表した報告によると、ロシアは大きく分けてふたつの方法で干渉した。ひとつには、サイバー攻撃で政治家らの電子メールなどを手に入れ、民主党のクリントン候補に不利とみられる情報をウィキリークスなどを通じて公開した。

 一方でロシア政府の影響下にあるメディアでクリントン候補に不利な偽ニュースを流し、交流サイト(SNS)などで拡散した。

 こうした干渉が選挙結果にどう響いたか報告は触れていない。ただ、ロシアのプーチン大統領には、米国の政治システムへの信頼を揺るがし自由民主主義に打撃を与える狙いがあった、としている。耳を傾けたい分析である。

 民主的な選挙に外から干渉しようという試みは珍しくない。今回の米大統領選では、かつてなく高度な手法が目を引く。背景にあるのはいうまでもなくネットの普及とSNSの台頭だ。サイバー時代の自由民主主義の危うさを、我々は直視しなくてはならない。

 今年はフランスやドイツなどで重要な選挙が相次ぐ。欧州への干渉の広がりが懸念される。自由民主主義の国々は協力して対策を強化すべきだ。とりわけ日本のサイバー対策は遅れている、との見方が少なくない。米欧などとの連携を急ぎたい。

 もっとも、サイバー攻撃の完封は不可能に近い。また、偽ニュースを排除しようとして情報の自由な流通をさまたげれば、かえって民主主義の基盤を損なう。

 大切なのは、情報の真偽と、その裏にひそむ政治的な思惑を見極める力を、有権者が身につけることだ。サイバー攻撃などの干渉をおそれるあまり、政府や政党をふくめ自由社会がIT(情報技術)をいかした革新を怠れば、むしろ「敵」の思うつぼだろう。

中国の経済 雄弁と裏腹の実態

 スイスの保養地、ダボスで開かれる世界経済フォーラム年次総会は、各国の政財界の要人が集う場として毎年注目される。

 今年は、中国の最高指導者として初めて出席した習近平(シーチンピン)国家主席に関心が集まった。トランプ政権を念頭に経済の保護主義を批判し、グローバル化を受け入れるべきだと訴えた。

 近代以降の世界秩序の中心を担ってきた英国、そして米国がつまずいている今、中国が取って代わるとの印象を世界に発信したかったのかもしれない。

 実際のところ中国はグローバル化から利益を最も受けた国と言っていい。外資をとり入れ、輸出を飛躍的に伸ばし、高い経済成長を続けてきた。

 しかし、習氏の言葉は説得力に欠ける。世界第2の経済規模ながら、今なお市場化改革と対外開放が不十分だからだ。

 エネルギー、金融、通信といった主要業界で国有企業が幅を利かせ、民間企業を圧迫し、外国企業の投資を厳しく制限している。改革開放を掲げて40年近くになるが、あくまで共産党政権が管理するもとでの話だ。

 昨年は中国産鉄鋼製品の輸出攻勢が各国で問題視された。過剰生産力を抱えた国有企業が地方政府と国有銀行の支持のもとで淘汰(とうた)されなかったことがそもそもの原因だ。

 習氏は、中国が「国情にかなった発展の道を歩んだ」ことを強調した。グローバル化のもとでも基本政策を欧米と同じにする必要はないとの主張だ。

 だが、そうした政権の流儀は市民の利害とずれているのではないか。

 ここ数年、中国の旅行者が日本、香港や台湾で生活用品を買いあさった理由の一つは、中国政府の輸入関税引き下げが遅れたことだ。

 外国為替をいくら厳しく管理しても、抜け道を使って米ドル建ての投資をし、生活防衛に走る人々がいる。

 情報の管理はさらに厳しく、北京ではツイッターやフェイスブックは利用できない。それでも、壁を乗り越えるネットユーザーも少なくない。

 中国の昨年の経済成長率は6・7%で、26年ぶりの低さだった。貿易の不振が目立つ。人件費の上昇で労働集約型産業が優位性を失い、世界経済での中国の位置づけは変わりつつある。いっぽう、個人消費が力を増しているのは明るい材料だ。

 習氏はダボスで「中国の貢献」をアピールしようとした。だが、真の主役は党や国家ではない。転換期の中国を担うのは民間企業と市民である。

文科省天下り 子どもに説明できるか

 文部科学省による官僚の天下りの実態が明らかになった。

 政府の再就職等監視委員会が国家公務員法に違反する、もしくはその疑いがあると指摘した例は4年間で38件にのぼる。

 組織ぐるみで法を曲げ、口裏合わせをして隠蔽(いんぺい)を図る。その姿勢に憤りを覚える。

 教育を担う官庁が見せた無軌道ぶりは、文教政策への深刻な不信と疑念を招いた。この先どんな顔で、子どもたちに「道徳」を説くのだろうか。

 監視委が調査を始めたきっかけは、大学の設置認可や私学助成を担当する高等教育局の前局長の動きだ。2年前の秋、退官からそう日をおかずして早稲田大の教授になった。

 大学は、教授の業務を「政策の動向の調査研究」「文科省の事業に関する大学への助言」とウェブサイトで紹介していた。

 少子化が進み、大学の経営環境は厳しい。いかに国の政策を先取りして予算を獲得するかに、多くの大学は懸命だ。

 そこに有力な文部官僚が天下る。世間の目を気にしてしかるべきなのに、逆に関係を誇示するような記載は、感覚のマヒを雄弁に物語っている。

 監視委によると、前局長は文科省在任中から求職活動をし、人事課は前局長の履歴書を作って早大に送ったうえ、面談日程の調整までしていた。

 官民の癒着をなくそうと、07年に国家公務員法が改正された。現役の役人による求職活動も、省庁側による再就職のあっせんも禁止になった。前局長の例はこのどちらにも触れる。

 さらに驚くのは、文科省が人事課経験のあるOBに、退職予定者の個人情報や外部の求人情報を伝え、マッチング作業をさせていたと、監視委が認定したことだ。辞任した事務次官もこの仕組みを使ってあっせんに関与していたという。事実ならば省をあげての脱法行為というほかなく、悪質度は極めて高い。

 文科省は、監視委と連携して再就職の例を洗い直し、問題ありと判断した場合は、自主的な退任を求めるなどの対応をとるべきだ。再発防止に向け、職員や大学に対し、法の内容を徹底させることも欠かせない。

 徐々に変わりつつあるとはいえ、中央官僚の世界には、同期入省者が次官に就任したら、他の者は定年前でも退職する不文律があり、再就職先の確保は大きな関心事になっている。

 安倍首相は、他省庁でも違法な再就職がないか調査を指示した。当然の措置だが、官僚制度の大本や文化にまで切り込まねば、病の根を断つのは難しい。

テロ準備罪法案 極論排して冷静に検討したい

 テロや組織犯罪の芽を摘み、国民を守る重要な基盤となる法案だ。確実に成立させたい。

 政府は今国会に、組織犯罪処罰法改正案を提出する。組織的な重大犯罪の計画・準備段階で処罰する「テロ等準備罪」の新設が柱だ。

 過去に3度廃案となった「共謀罪」の創設法案を基にしている。共謀罪法案には、団体や共謀の定義が不明確で、捜査権が乱用されかねないとの批判があった。

 今回は罪名を変更し、処罰対象をテロ組織や暴力団、振り込め詐欺集団など「組織的犯罪集団」に限定した。具体的な「犯行計画」だけでなく、資金調達や下見などの「準備行為」を犯罪の構成要件に追加し、厳格化した。

 捜査当局の恣意しい的な法運用に対する有効な歯止めとなろう。

 菅官房長官は「一般の方々が対象となることはあり得ない」と強調する。政府は、この点を繰り返し丁寧に説明し、国民の懸念の払拭に努めねばならない。

 改正案は、テロ対策などでの国際協力を定めた国際組織犯罪防止条約の加入に必要なものだ。条約は187か国・地域が締結している。先進7か国(G7)で批准していないのは日本だけである。

 2020年には東京五輪が控えている。国際連携を強め、テロ対策を拡充することが急務だ。

 現行法には殺人予備罪などがあり、テロ等準備罪を設けなくても対処は可能だとの意見もある。だが、計画・準備段階で処罰できる規定は一部の犯罪にしかない。

 当面の焦点は、政府・与党による対象犯罪の絞り込みである。

 政府は、懲役・禁錮4年以上の刑が科される676の「重大な犯罪」から、組織犯罪との関連性が薄い罪などを除外し、300程度に減らすことを検討している。「対象犯罪が多すぎる」との公明党の主張に配慮したものだ。

 多くの国民の理解を得て成立を図るには、やむを得まい。

 政府内には、過度の絞り込みは条約締結に支障を招くとの指摘も出ている。捜査や他国との協力の実効性を維持する観点からも、慎重に検討することが大切だ。

 疑問なのは、民進党が改正案への反対姿勢を強めていることだ。蓮舫代表は、「権力による監視に使われないか」「(犯罪の)名前を変えるだけでは到底理解できない」などと発言している。

 条約が03年に国会で承認された際には当時の民主党も賛成した。民進党は、改正案の必要性について冷静に議論してもらいたい。

欠陥エアバッグ タカタは説明責任を果たせ

 過去に例を見ない規模のリコール(回収・無償修理)を引き起こした欠陥エアバッグである。製造元として事の重大さを認識しているのか、大いに疑問が残る対応だ。

 米司法省が、自動車部品大手タカタの元幹部3人を詐欺罪などで起訴した。タカタは罰金や賠償金など10億ドル(約1140億円)の支払いで合意した。

 タカタのエアバッグは作動時に異常破裂する欠陥があり、飛び散った金属片で、運転者や同乗者の死傷事故が相次いだ。米国では11人が死亡し、全世界で1億台超がリコール対象となっている。

 起訴状によれば、元幹部らは2000年頃からエアバッグが破裂する欠陥を知りながら、捏造(ねつぞう)した試験データを自動車メーカーに示して販売を続けた。改ざん行為を「XX」と呼び、部下に不正を指示していたという。

 看過できないのは、米当局に対して刑事責任を認めながら、データ改ざんの経緯や動機、組織ぐるみか否かなどを、タカタ自らが明らかにしていないことである。

 タカタの情報開示に消極的な姿勢は、これまで幾度も指摘されてきた。今回も、3人の肩書や権限など不正への関与について、退職者でプライバシーの問題があるなどとして公表を拒んでいる。

 生命に関わる重大事故を招いた経営責任を考えれば、タカタが個人情報を理由にして、欠陥エアバッグを巡る詳細について自主的に発表しないのは筋が通るまい。

 タカタは、「徹底した再発防止策と内部統制の強化を既に実施している」とのコメントを出した。ならば、どう対策を講じたのかきちんと説明すべきだ。それが、タカタ製エアバッグの搭載車を購入したユーザーへの責務だろう。

 国土交通省は、タカタに米司法省との合意内容の報告を求めている。三菱自動車の燃費不正問題では、立ち入り検査を実施した。原因の徹底究明に向け、より厳しい対応が必要ではないか。

 タカタ製エアバッグの改修率は日本国内では6割にとどまる。昨年末にも異常破裂で、運転者が負傷する事故が起きたばかりだ。改修を急がねばならない。

 リコール費用は1兆円超とみられる。財務内容が急速に悪化して自力再建は難しく、支援企業の選定を進めている。

 法令に違反しても説明責任を果たさない。安全最優先の意識に欠ける。こうした企業風土を改め、消費者の信頼を回復しなければ、経営再建もおぼつかない。

2017年1月22日日曜日

「米国第一」を世界に拡散させるな

 世の中は持ちつ持たれつだ。「俺が俺が……」の人は必ず周囲とあつれきを生む。国際社会だって人の世だ。すべての国が国益に固執したら、行き着く先は国際紛争だ。米国のトランプ新大統領が掲げる自国第一主義が世界を覆い尽くすことのないように、協調の輪を広げることが大切だ。

 「新しいビジョンがこの国を支配する。それはアメリカ・ファーストだ」。トランプ氏は就任演説で改めてこう力説した。

保護貿易阻止へ行動を

 国益をないがしろにする政治指導者はいない。問題は手法だ。トランプ氏は「保護こそが繁栄と強さにつながる」と、保護貿易主義を駆使して強引に投資や雇用を呼び戻す姿勢を示した。

 公正さを欠いた自由貿易では自国の産業が不利になる。そんな主張ならばまだわかるが、保護主義こそ正義と言わんばかり。ダボス会議で中国の習近平国家主席が自由貿易の推進を訴えたが、まるであべこべだ。

 トランプ政権はさっそく「環太平洋経済連携協定(TPP)からの離脱」を発表した。知的財産などを含む新時代の貿易・投資ルールの漂流は憂慮すべき事態だ。

 北米自由貿易協定(NAFTA)でもメキシコなどとの再交渉を表明した。2国間交渉で不均衡の改善を個別に要求する可能性もある。管理貿易的な手法が横行すれば、貿易の流れが滞り、世界経済の成長を損ねかねない。

 メキシコに工場を移す自動車大手などに高関税を課すと脅し、米国内の雇用増を打ち出す企業を称賛する。そうした手法は短期的な評価を得ても、中期的には国際的な供給網の寸断や企業活動の萎縮を招く。米消費者も割高な商品を買わされて不利益を被る。

 トランプ政権は年4%の経済成長を目指し、世界的にみて高い法人税の減税、道路や空港などのインフラ投資、エネルギーや金融の規制緩和に取り組む姿勢だ。経済活性化につながる政策も多いが、財政赤字の拡大や温暖化対策との整合性に配慮する必要がある。

 通貨政策も一貫性を求めたい。トランプ氏は「ドルは強すぎる」と通貨安誘導を示唆した。ところが、ムニューチン次期財務長官がすぐに「長期的には強いドルが重要」と軌道修正した。そもそもドル高が進む背景には積極財政策で米経済の成長が高まるという市場の期待感がある。闇雲に口先介入をしても市場は混乱するだけだ。

 日本は欧州連合(EU)などと手を携え、米国の保護主義への傾斜に歯止めをかける必要がある。粘り強く自由貿易体制の大切さを説くとともに、日・EUの経済連携協定(EPA)やアジア圏での質の高い経済連携を実現させる。そうした具体的な行動が重要だ。

 歴代の米大統領は就任演説で未来への希望を語ってきた。トランプ氏は相変わらず既成政治への批判が中心だった。敵をつくり、自己を正当化する劇場型の政治手法は、国民の分断を深めるだけだ。「我々はひとつの国民だ」との呼びかけに現実味はなかった。

 大統領として発した最初の行政命令は、オバマケアと呼ばれる医療保険制度改革の見直しだった。新たな設計図もないまま、中低所得層を無保険状態に戻せば混乱は避けられない。

日米同盟を再確認せよ

 国内のあつれきが深まれば、外交に目を向ける時間は少なくなり、政権の内向き志向は一段と強まろう。そうなれば、中国の海洋進出や北朝鮮の核開発などで不安定化しつつあるアジアの安全保障環境はさらに悪化する。

 トランプ氏が安保政策への関心が薄いのは、就任演説で「イスラム主義テロリズムの撲滅」以外にほとんど言及がなかったことからも明らかだ。

 安倍晋三首相は今月、オーストラリアなどを訪問し、地域の連携の枠組みを強化することでアジアの安定を目指す姿勢を示した。妥当な判断だが、あくまでも補完措置だ。通商と同じく、安保においても周辺国と連携し、米国をアジアに関与させ続けるよう努めることが重要になる。

 自分たちの生活が脅かされる。英国のEU離脱もトランプ政権の誕生も、人々のそんな不安感によって起きた現象だ。今年は欧州でフランス大統領選など重要な選挙が相次ぐ。ポピュリズム(大衆迎合主義)的な風潮にどうすれば待ったをかけられるか。

 日本ができる最大の貢献は、トランプ政権に同盟の価値を再確認させ、それをより大きな枠組みに広げることだ。安倍首相の役割は極めて重大である。

施政方針演説 未来を拓くと言うなら

 「未来を拓(ひら)く。これは、すべての国会議員の責任です」

 通常国会が開幕し、安倍首相が施政方針演説でそう訴えた。

 一人ひとりの議員が「未来」を思い、議論し、合意形成をはかる。それはあるべき姿だ。だが演説を聞く限り、首相の本気度には大きな疑問符がつく。

 たとえば沖縄の米軍普天間飛行場の移設問題である。「最高裁判決に従い、名護市辺野古沖への移設工事を進める」「必要なことは、実行だ。結果を出すことだ」と言い切った。

 一方で、たび重なる選挙で示された沖縄県民の「辺野古移設反対」の民意や、県との対話をどう進めるかについてはまったく語らなかった。

 沖縄の未来をつくる主人公は沖縄に住む人々だ。その当たり前のことが、首相の演説からは抜け落ちている。

 1千兆円を超えて膨らみ続ける日本の借金残高。演説は税収増を誇る一方で、2020年度に基礎的財政収支を黒字化するとの目標をどう実現するかの道筋などには触れなかった。

 穴が開いたままの社会保障の財源をどう確保するのか。そこへの言及も薄い。国の借金を放置すれば、ツケは未来の世代に回る。いつまでも避けては通れない現役世代の負担の議論を、演説は避けてしまった。

 「意見の違いはあっても、真摯(しんし)かつ建設的な議論をたたかわせ、結果を出していこう」

 首相は演説で、民進党など野党にそう呼びかけた。

 だが先の臨時国会での安倍政権のふるまいは違った。

 首相は「私が述べたことをまったくご理解いただいていないようであれば、こんな議論を何時間やっても同じ」と言い、与党は採決強行を繰り返した。

 少数派の異論や批判に耳を傾け、よりよい合意をめざす。それこそが「建設的な議論」の名にふさわしい。一定の審議時間が積み上がったからと、数の力で自らの案を押し通すやり方を「建設的」とは言わない。

 首相は演説で、旧民主党政権時代の失敗を当てこするなど民進党への挑発を重ねた。建設的な議論を呼びかけるのにふさわしい態度とは思えない。

 トランプ米大統領の就任で、国際社会が揺れる中での国会である。天皇陛下の退位に関する法整備や、「テロ等準備罪」を新設する法案など、丁寧な合意形成が求められる法案が焦点となる国会でもある。

 演説を言葉だけに終わらせず、未来に向けた「建設的な議論」を実現する。その大きな責任は首相自身にある。

トランプ政権 内向き超大国を憂う

 この日から「米国第一」のみがビジョンになる――。

 就任演説でのこんな宣言とともに、米国でトランプ政権が発足した。

 おおむねツイッターなどを通じて発せられてきた内容であり、想定の範囲内だった。そう冷静に受け止められたようだ。

 しかし、世界最強の超大国のトップに就任後、最初のメッセージである。「貿易、税金、移民、外交問題に関するすべての決定は、米国の労働者や米国民の利益になるものにする」「防御が大いなる繁栄と強さをもたらす」。自国優先と内向き志向の言葉の数々に、改めて驚きと懸念を禁じ得ない。

 通商分野では早速、転換を打ち出した。日米など12カ国で合意済みの環太平洋経済連携協定(TPP)から離脱し、メキシコやカナダとの北米自由貿易協定(NAFTA)では再交渉を求めるとホワイトハウスのホームページで公表した。

 世界貿易機関(WTO)を舞台にした自由化論議が暗礁に乗り上げるなか、取り組みを再起動する役割が期待されたTPPの発効は、完全に見通せなくなった。NAFTAの見直しも、トランプ氏が標的とするメキシコに動揺が広がれば、日系を含む自動車メーカーなど立地産業への悪影響が予想される。

 トランプ氏は「すべての国々が、自己の国益を第一に考える権利がある」と強調する。

 その通りだろう。しかし、それぞれが目先の利益を追って対立するのではなく、協調しつつ人やモノ、カネの行き来を自由にしていけば、経済が発展して得られる富は大きくなる。第2次大戦後、当の米国が主導して築いてきた様々なルールを通じ、そのことを追求してきたのではなかったのか。

 貿易や為替をめぐる著しい不均衡は、それ自体が持続的な成長への妨げになる。修正することは必要だが、その作業は協調を土台とした冷静な交渉を通じて進めるべきだ。

 一方的に要求をぶつけても何の解決にもならず、貿易戦争のような不毛な対立を招くだけだろう。ましてや米国は圧倒的な経済大国である。力ずくで他国をねじ伏せるような姿勢をとれば、その弊害は計り知れない。

 自由な市場が米国に投資を呼び込み、雇用を生んできた。活力の一翼を担ってきたのは移民だ。開かれた国であることが米国の魅力であり、強さである。

 トランプ氏はそのことに早く思いを致してほしい。日本を含む各国も、粘り強く米国に説いていく必要がある。

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トランプ新政権 価値観と現実を無視した演説

 ◆「米国第一」では安定と繁栄失う

 新たな指導者を迎える高揚感には程遠い。米国の内外で、多くの人々が不安に包まれた。国際秩序と世界経済の先行きの危うさが懸念される船出となったからだろう。

 ドナルド・トランプ氏が第45代米大統領に就任した。演説で「今日から米国第一だ」と宣言し、外交と経済の両面で国益を最優先する立場を鮮明にした。

 自由、民主主義、法の支配への言及は皆無に近かった。米国の価値観の揺らぎは避けられまい。

 ◆攻撃姿勢は融和妨げる

 就任式は異例ずくめだった。多くの議員がボイコットした。会場周辺では、抗議デモが行われ、警官隊との衝突が相次いだ。

 最新の世論調査で、トランプ氏の支持率は40%と歴史的に低い。自らを批判する政治家らを「敵」に仕立て、ツイッターで逐一非難する攻撃的な姿勢が、分断を深めたと言えよう。大統領にふさわしい手法や態度ではない。

 トランプ氏は演説で、貧困や犯罪など米国の暗い面をことさら強調した。

 既存の支配層の失政により、雇用と安全が損なわれたという一方的な見方を示し、「ワシントンの権力を国民に返す」と訴えた。

 目を向けているのは、大統領選勝利の原動力となった工場地帯の白人労働者なのだろう。

 賛否が二分する医療保険制度「オバマケア」の見直しも、大統領令を就任初日に出した。

 議会が厳しい対決局面に入るのは間違いない。「力を合わせ、米国を再び偉大にする」という宣言も空々しく響くだけだ。これでは国民融和の実現は難しい。

 ◆事実誤認目立つ貿易観

 トランプ氏は「忘れ去られた男性や女性」に配慮し、中間層の生活向上に取り組む姿勢を示した。歓迎する国民もいる。

 看過できないのは、具体策として、「米国製品を買い、米国人を雇う」原則を表明したことだ。海外からの製品や労働者の流入を拒絶する露骨な保護主義である。

 日米など12か国が署名した環太平洋経済連携協定(TPP)から離脱する。カナダ、メキシコとの北米自由貿易協定(NAFTA)も再交渉する。こうした基本政策がホワイトハウスのホームページで発表された。

 トランプ氏は、経済のグローバル化を念頭に、「我々は米国の産業を犠牲にして、外国の産業を豊かにしてきた」という見解も示した。事実誤認も甚だしい。国際分業が進み、相互依存が強まった現実を無視したものだ。

 日本、中国、メキシコを相手に1980~90年代のような貿易戦争を仕掛け、2国間の通商交渉を通じて、自国に有利な協定を結ぶ思惑なのだろう。

 就任前から、個別企業に「海外拠点からの製品には高い国境税を課す」と圧力をかけている。

 保護主義は、米国の投資環境の悪化と生産性低下、物価高を招く。雇用増や所得向上につながらず、格差が拡大しかねない。「誰かが得をすれば、誰かが損をする」というゼロサムの発想は不毛だ。

 トランプ氏は演説で、「古い同盟を強化し、新しい同盟も作る」と述べたが、日米同盟をどうとらえるのか。

 外交・安全保障の前提として、「各国が自国の利益を最優先するのは当然の権利だ」とも語った。

 同盟関係と国際協調よりも、「力の支配」や2国間の取引を重視する考えが透けて見える。

 「他国の軍を助成する一方で、我々の軍の消耗を容認してきた」と主張したのも的外れである。

 日米同盟や北大西洋条約機構(NATO)は、中国や北朝鮮、ロシアなどの脅威を抑止する。米国も、アジア太平洋地域と欧州の安定から利益を享受している。

 ◆力の支配認められない

 テロ対策では、「文明化した世界を結束させ、過激なイスラム・テロに対抗し、地球上から完全に撲滅する」と強調した。これではイスラム教を敵視し、文明間の戦争を始めるととられかねない。

 過激派組織「イスラム国」などの掃討には、サウジアラビアやヨルダンなど、地域のイスラム教国の協力が不可欠である。

 米国優先の孤立主義では、国際平和は保てない。自らが指名した退役軍人のマティス国防長官も、同盟重視、対露警戒の見解を示している。トランプ氏は、現実に即した戦略の構築が求められる。

 日本政府は、新政権に対し、日本の投資が米国の雇用増を生んでいることやTPPの意義、日米同盟強化の重要性を粘り強く説明せねばならない。

2017年1月21日土曜日

「未来への責任」の具体策が知りたい

 第193通常国会が召集され、安倍晋三首相が施政方針演説をした。政権発足後の4年間の実績を踏まえ「今こそ、未来への責任を果たすべき時だ」と訴えた。まさにその通りである。しかし将来のために実際に何をするのかという具体策は、演説を最後まで聞いてもよく分からなかった。

 首相は演説冒頭に外交を据え、昨年末のオバマ米大統領との真珠湾訪問を振り返った。戦後の廃虚から立ち上がった先人の努力をたたえてこう強調した。

 「今を生きる私たちもまた、立ち上がらなければならない。少子高齢化、デフレからの脱却と新しい成長、厳しさを増す安全保障環境。未来を生きる世代のため、新しい国づくりに挑戦する」

 将来への責任は世界の政治家が好んで使うフレーズだ。5年目の政権運営に入った安倍首相は決意を語るのではなく、もはや結果を出すべき時期に来ている。

 中小企業の支援、農業改革、地方創生や観光立国――。演説では今年重点をおく個別政策にかなりの時間を割いて触れた。一方で中長期の難しい課題への言及はかすんでしまっている。

 財政政策では、必ず言及してきた国と地方を合わせた基礎的財政収支(プライマリーバランス)を2020年度に黒字化する政府目標に全く触れなかった。

 首相は足元の景気を優先し、消費税率の10%への引き上げを2度にわたり延期した。社会保障と税の一体改革をめぐる与野党合意を撤回したに等しく、危機的な財政状況を立て直していく道筋を国民に説明する責任がある。

 首相が「最大のチャレンジ」と位置づける働き方改革をはじめ、規制改革、就学支援、女性活躍などの肉付けはこれからだ。どの政策も従来の延長線上の発想では大きな効果は期待できない。

 米国のトランプ新政権は環太平洋経済連携協定(TPP)の多国間合意を白紙に戻す考えを示している。自由貿易の旗手として日本が世界の通商ルールづくりにどう関与していくのかという決意をもっと発信してほしい。

 首相は演説の中で「抽象的なスローガンを叫ぶだけでは世の中は変わらない」と繰り返した。痛みを恐れて改革をためらっている余裕はいまの日本にはない。与野党はこれから始まる今国会の論戦を通じて、未来のための処方箋を競い合ってもらいたい。

痛み先送りが心配な中国経済

 中国の2016年の実質経済成長率は6.7%で1990年以来の低水準となった。前年比0.2ポイント低下は想定内だが、問題は目先の景気を重視する余り、痛みを伴う改革の先送りが続く点だ。

 習近平国家主席は世界フォーラム年次総会(ダボス会議)で生産能力の削減など構造改革の推進を改めて宣言した。実態はどうか。共産党は13年に、市場メカニズムを重視し政府の管理を減らす方針を決めたが、貫徹できていない。ガバナンス改革による国有企業の経営効率化も進んでいない。

 景気をテコ入れするための財政出動で不動産価格が上昇し、一時的な鉄鋼市況の好転などで生産能力の削減は滞っている。投資と借金に頼った成長から脱却する「新常態」路線は、道半ばだ。

 昨年、習主席は「強く大きな国有企業を」と宣言した。国内で国有企業を守り自由化に逆らう動きを進めながら、ダボス会議で「保護主義に反対する」と説いても、説得力に欠ける。

 一連の問題は、ことし後半に予定する5年に1度の共産党大会にからんでいる。習政権は最高指導部人事を前に目先の景気を気にせざるをえない。足元では消費がわりあい堅調だが、このまま構造調整が進まなければ、年率3.2%増に落ち込んだ民間投資の回復や持続的な成長は見込めない。

 もう一つの懸念材料は経済統計の信用度だ。景気の低迷が深刻な東北部の遼寧省で過去に2割も統計数字を水増ししたことを、省長が公式に認めた。背景には、幹部の昇進に成長目標の達成が不可欠というゆがんだ制度があった。

 国家統計局は信頼性を確保する措置をとっていると強調した。だが国家レベルの統計も現場からの報告にある程度は頼っている。水増しがないとは言い切れない。

 いまや中国の経済統計は日々、世界の市場を動かしている。中国は粘り強く構造改革を進めるとともに統計の信頼回復にも力を注ぐべきだ。それは世界第2位の経済大国の責任である。

トランプ氏と世界 自由社会の秩序を守れ

 「自由な選挙、言論や信教の自由、政治的抑圧からの自由」

 戦争の惨禍の記憶も鮮明な1947年3月、トルーマン米大統領は議会演説で、米国が守るべき価値観を挙げ、宣言した。

 「自由な人々の抵抗を支援する。それこそ米国の政策だ」

 「共産主義封じ込め」をうたったトルーマン・ドクトリンである。

 東西対立という時代状況にあったとはいえ、いらい米国は自由や民主主義の「守護者」としての求心力を強めていく。同盟関係が結ばれ、米国を軸とした国際秩序が築かれた。

 それから70年。新大統領のドナルド・トランプ氏は「アメリカ・ファースト(米国第一主義)」を掲げている。

 「偉大な米国の復活」は、国際秩序と一線を画す孤立主義への回帰なのか。大国としての責任を担い続ける覚悟はあるのか。しっかりと見極めたい。

 ■あやうい取引の政治

 実業家としての経験からトランプ氏は取引(ディール)の巧者を自負する。

 かけひきを駆使し、手の内を明かさず、相手を出し抜く。

 だが外交交渉は、商取引とは別物だ。自国の最大利益が目標だとしても、相手国への配慮や、国際社会の一員として守るべき原則を尊重する姿勢が欠かせない。

 懸念すべきは、トランプ氏が普遍的な理念や原則まで、交渉を有利に進める「取引材料」と扱いかねないことだ。

 トランプ氏は最近、ロシアとの関係をめぐり、核兵器の削減と対ロ制裁解除を結びつける可能性を示唆した。核軍縮という大きな目標も場当たり的な取引材料とされないか、心配だ。

 さらにトランプ氏は、英国に続く欧州連合(EU)加盟国のEU離脱に期待を示した。北大西洋条約機構(NATO)を「時代遅れ」と切り捨てた。

 確かに利害の調整が煩雑な多国間組織より、ロシアのプーチン大統領のような強権的なリーダーを相手にする方が、取引は効率的に進められるだろう。

 だが、共通の利益で長年結ばれてきたパートナーを軽んじる姿勢は、米国が築き上げてきた国際秩序への自傷行為にほかならない。長い目で見れば、米国の利益を損なうことをトランプ氏は悟らねばならない。

 ■分断の言葉と決別を

 トランプ氏は就任時点で「米史上、最も嫌われる大統領」のひとりになりそうだ。全米で抗議の声が渦巻く中での異例の就任式となった。

 無理もない。トランプ氏はこれまで敵意や不安をあおる言葉の数々で社会を分断し、米国への信頼を傷つけてきた。

 深刻なのは、批判に真摯(しんし)に耳を傾けず、異論を排除する姿勢が、多様な意見の共存で成り立ってきた民主主義の土台を崩しかねないことだ。

 トランプ氏は、米国の外に工場を移す企業を攻撃した。一部が移転を見直したことを「雇用を増やした」と自賛した。

 だが経済学者のポール・クルーグマン氏は、トランプ氏が守ったと主張する雇用をはるかに上回る規模の失業が、米国では毎日起きていると指摘する。

 多くの雇用が日々入れ替わる経済の全体像からみれば、トランプ氏が誇る「成果」はほんの微々たるものだ。

 「強い指導者」を演出する派手な言葉は、格差拡大や賃金の停滞、地域社会の劣化など、むしろ向き合うべき本質を覆い隠すリスクもはらむ。

 ■民主主義を立て直す

 一方、国際合意や歴史的経緯への認識を欠く言葉は、すでに世界に混乱を広げている。

 「一つの中国」を疑問視するトランプ氏の発言に対する中国の反発の矛先は、米国より先に台湾に向かう恐れがある。

 疑心暗鬼は予期せぬ過剰反応を誘発する。相手を混乱させる発信も取引を有利に進める手段と考えているのであれば、ただちに改めるべきだ。

 いま一度、思い起こしたい。

 金融業界との癒着やロビイストの影響力にまみれたエリート政治の打破こそ、有権者がトランプ氏にかけた期待ではなかったか。政界アウトサイダーとしての改革をめざすのならば、政治扇動の発信よりも、分け隔てない国民各層との対話で分断の克服に努めるべきだろう。

 民主主義を守る責任は、新大統領を迎える米国の政治と社会が担うべき課題でもある。

 議会と司法は監視役を十分に果たしてほしい。偏見や対立をあおる虚言を排し、多様で寛容な言論空間を再生するのはメディアや市民社会の役目だ。

 トランプ氏の米国が孤立主義の殻に閉じこもらないよう、同盟国や友好国は今こそ関与を強める必要がある。民主主義と自由の価値観の担い手として、日本が果たせる役割も大きい。

 自由社会の秩序をどう守り育てていくか。米国に任せきりにせず、国際社会が能動的にかかわる覚悟が問われている。

施政方針演説 成長阻む「壁」を打破できるか

 「1強」と称される安定した政権基盤が続く中で、成果を出すことが従来以上に問われよう。

 安倍首相は衆参両院における施政方針演説で、内政全般に関して「言葉ではなく、結果で国民の負託に応えていく」との決意を繰り返し表明した。

 経済再生を最優先し、「働き方改革」を具体化することが20日召集の通常国会の焦点である。首相の問題意識は理解できる。

 首相は、「確実に経済の好循環が生まれている」と語り、名目国内総生産(GDP)の増加、ベースアップの3年連続実現など、4年間の成果を列挙した。

 一方で、アベノミクスが道半ばなのは否めない。消費や投資は伸び悩み、地方や中小企業に恩恵が広がっていないと指摘される。

 首相は、「第3の矢」である成長戦略推進への意欲を示した。規制改革などで様々な「壁」の打破に取り組む考えも強調した。

 ただ、具体的な言及は人工知能(AI)の活用などにとどまり、物足りなさが残った。一層の指導力の発揮が求められる。

 首相は、働き方改革を「最大のチャレンジ」と位置づける。「同一労働同一賃金」の導入や長時間労働是正について、法改正を図る方針も打ち出した。現実的な手法で改善することが大切である。

 社会保障制度改革や財政再建に関する言及は少なかった。国民の将来不安は根強い。首相には、困難な改革に正面から取り組み、具体的な道筋を示す責任がある。

 海外情勢は、トランプ米大統領の就任など指導者交代が相次ぎ、激変する恐れがある。首相が外交について「最も大切なことは、しっかりと軸を打ち立ててぶれないことだ」と語ったのは妥当だ。

 首相は「日米同盟が我が国の外交・安全保障政策の基軸であることは不変の原則」と指摘した。当面は、トランプ氏との首脳会談や関係構築が試金石となろう。

 ロシアとの北方領土交渉に関して「容易ではないが、一歩でも二歩でも着実に前進していく」と語った。北方4島での共同経済活動と自由往来拡大に関する協議を進展させることが欠かせない。

 戦後70年が過ぎ、首相は「次なる70年を見据えながら、もう一度スタートラインに立って、新しい国創りを進めよう」と述べた。

 憲法問題では、「(改正案を)国民に提示するため、衆参憲法審査会で具体的な議論を深めよう」と呼びかけた。憲法は5月に施行70年を迎える。改正に向けて建設的な論議を進めてもらいたい。

文科省天下り 組織的あっせんの解明を急げ

 文部科学省で組織ぐるみの天下りのあっせんが発覚した。教育行政への信頼を失墜させかねない事態だ。政府は、全容の解明を急ぎ、再発防止策を徹底せねばならない。

 政府の再就職等監視委員会が文科省による職員らの再就職のあっせん行為10件について、国家公務員法違反と認定した。あっせんに直接関与した前川喜平文科次官が辞任したのは、当然だろう。

 端緒は、元高等教育局長が2015年8月の退職の2か月後に、早稲田大教授に就いたケースだ。元局長の在職中に、人事課職員が大学側に再就職を打診し、経歴などの情報を提供した。元局長も、大学との面談日程を調整した。

 公務員による他の職員らの再就職あっせんや、利害関係のある企業・団体に対する在職中の求職活動は国家公務員法に違反する。

 高等教育局は、大学の設置認可や助成などに幅広い権限を持つ。そのトップが退職直後に私立大に再就職すること自体、癒着の疑念を招く。大学側も、文科省とのパイプ役を期待したのだろう。

 調査では、特定の職員OBが仲介役を務める組織的な天下りの仕組みがあったことも判明した。

 国家公務員法は07年、官製談合事件などを機に改正され、天下り規制を厳格化した。監視委は、文科省に規制をすり抜ける目的があったと断じた。こうした脱法行為が中央省庁で常態化していたことには、驚かされる。

 前川氏も文科審議官当時、OBを通すなどして2件のあっせんに関与した。前川氏を含む7人が停職などの懲戒処分を受けたが、氷山の一角である可能性が高い。

 監視委は、疑わしい事例が、ほかに少なくとも28件あるとして、文科省に詳細な調査を求めた。

 退職から2年以内に大学に再就職した管理職は、11~15年度で79人に上る。文科省は省を挙げて、徹底的な洗い出しに取り組み、不正を根絶することが必要だ。

 看過できないのは、人事課が早大の事案で、別のOBが再就職を仲介したとする虚偽の説明をして隠蔽工作を図り、大学側に口裏合わせを頼んだことだ。

 不誠実な対応は、文科省への学校現場の不信感を増幅し、入試改革や学習指導要領改定など重要施策にも支障をきたしかねない。責任の重さを肝に銘じてほしい。

 安倍首相は、全省庁にも調査を指示した。他省庁も再就職の在り方について真剣に点検すべきだ。定年前に早期退職する慣行の見直しも再発防止につながろう。

2017年1月20日金曜日

組織的な天下りあっせんは許されない

 いまだにこんなことがまかり通るのか。文部科学省が幹部の再就職を組織ぐるみであっせんしたとされる問題だ。官の権威をかさに着た民間への「天下り」は長年、批判されてきた。さまざまな規制を重ねてきたのに結局、なくならないのか。政府を挙げて再発防止に取り組まねばならない。

 中央省庁では長年、組織の円滑な運営のため、事務次官までたどり着けない幹部に「肩たたき」と呼ばれる退職勧奨をし、代わりに再就職先をあっせんしてきた。ポストの確保のため、税金を費やして不要不急の外郭団体を設立することもよくあった。

 政府系の組織で高給をはむ次官OBらも問題視された。

 こうした弊害を打破するため、政府は各省庁による天下りあっせんを禁止し、再就職の窓口は内閣府に設けた官民人材交流センターに一元化した。職務権限や補助金を背景にした、半ば強引な人材あっせんはなくなるとの触れ込みだった。

 ところが、文科省は高等教育局長の再就職を支援するため、行き先候補である大学に職歴を伝えるなどしていたという。

 同局は大学を所管する部署であり、そこへの再就職はただでさえ職権乱用ではないかと疑われやすい。あっせんまでするとは、あまりにも無神経な振る舞いだ。

 政府の再就職等監視委員会は他省庁を含め、厳正に調査し、ウミを出し切ってもらいたい。文科次官の引責辞任はやむを得まい。

 少子化時代に入り、学校経営は楽ではない。大学側にも局長受け入れで文科省とのパイプを太くしたいとの打算はなかったか。

 組織的な天下りあっせんが禁止されて以降、再就職がうまくいかない官僚がいるのは事実である。だが、民間はみな自力だ。法律を破ってよい道理はない。

 最近は、さほど昇進しなかったキャリア官僚も定年まで役所にとどまりやすくする人事もいろいろなされている。

 天下りあっせんの禁止は2007年の改正国家公務員法に盛り込まれた。同法を成立させたのは第1次安倍内閣だった。当時は内閣支持率が落ちていて、綱紀粛正に必死だった。

 あれから10年たった。再登板後の安倍内閣の支持率は高水準だ。だから、役所も世の中を甘く見たのか。政権全体の緩みでないことを望む。

習演説が映す世界の混迷

 20日に閉幕する世界経済フォーラムの年次総会(ダボス会議)は、内向きの傾向を強める世界の政治や経済の姿をそのまま映し出すものとなった。

 自由で開放的な経済や社会の発展を促す役割を担ってきた欧米の政治指導者たちはあまり姿を見せず、会議の主役として保護貿易主義の拡大に警鐘を発したのは中国の習近平国家主席だった。

 中国は世界経済での影響力を強めているが、経済の自由化や民主化という点では大きな問題を抱える。その指導者にグローバル化の意義を訴える役回りを求めざるをえないほど、世界は混迷の度を深めているとも言えるだろう。

 ダボス会議はモノや人の自由な移動がもたらす恩恵の大きさを訴えると同時に、近年は技術革新の波に取り残された人々への支援拡大も強く求めてきた。成長の果実が皆に共有される仕組みを作らないと、多国籍企業を敵対視するような大衆迎合的な政治の台頭を招きかねないとの危機意識による。

 だが、英国の欧州連合(EU)離脱決定に加え、自由貿易に批判の矛先を向けるトランプ氏が米大統領選挙で勝利するなど、現実の政治は予想以上に内向きになってしまった。今回の会議ではこうした流れにどう歯止めをかけるかが改めて問われたが、会議の常連だった独仏の首脳がともに欠席するなど異例の状況になっている。

 こうしたなかで一段と重要になっているのは、ダボス会議の参加者の多数を占めるグローバル企業の経営者や起業家が果たすべき役割だ。自社の技術をどう社会全体の利益につなげるのか。人工知能(AI)などの先端技術がどんなインパクトを人々の生活にもたらし、負の影響を減らすにはどんな環境整備が必要なのか。

 変化の現場にいるビジネスリーダー自身が解決策や政策提案を示し、政治の後押しをすることが求められている。民間人が国の壁を越え、世界のために知恵を出しあうことこそがダボス会議の本来の意義でもあろう。

駅の転落事故 欄干を社会でつくろう

 目の不自由な人たちが「欄干(らんかん)のない橋」と恐れる駅のホームで、また悲劇が起きた。埼玉県のJR蕨(わらび)駅で14日朝、盲導犬を連れた男性が転落し、電車にはねられて亡くなった。

 昨年、東京と大阪で死亡事故が続き、国や鉄道業界が対策強化に乗り出した矢先の事故だ。きわめて重く受け止めたい。

 国の検討会は昨年末、視覚障害者が単独で駅を利用する時は駅員が声をかけ、本人が希望しなくてもできる限り乗車まで見守る、との方針を打ち出した。

 蕨駅でも改札の駅員が男性の通過に気づいたが、日頃よく利用している人だったので声はかけなかったという。

 ホームドアがない駅では、人の目が何よりの「欄干」である。慣れた駅でもふとした原因で視覚障害者が転落することはある。鉄道各社は改めて、現場の駅員に声かけや見守りの徹底をはかってほしい。

 気になるのは、駅で「人の目」が少なくなっていることだ。

 鉄道各社は合理化に力を注ぎ、駅員は自動改札機の普及とともに急速に削減されてきた。1日平均12万人弱が利用する蕨駅でも、ホーム上に駅員が立つのは平日朝だけだという。

 地方では駅員が一人もいない無人化が進む。こうした駅はホームドアどころか、点字ブロックの整備も後回しにされがちだ。近くに住む視覚障害者の利用者にとってリスクは大きい。

 福岡県中間(なかま)市の視覚障害者団体「つばさの会」は昨年11月、1万1千人超の署名を添え、市内を通るJR線の駅を今年3月から無人化する計画を撤回するよう、JR九州に求めた。会長の進好司(しんよしじ)さんは「地方で暮らす障害者の命の重みが軽んじられているのでは」と憤る。

 駅は、日々移動する私たちの生活に欠かせない場所だ。ハンディがある人でも安全に利用できる環境を整えることは、鉄道側の責務である。

 点字ブロックや、人の転落を感知する線路上の装置、監視カメラの設置など、命を守れる態勢があるかを鉄道各社は確かめるべきだ。それが不十分なままの無人化には反対だ。

 駅を利用する人たちも、できる限りサポートをしたい。白杖(はくじょう)を持ったり、盲導犬を連れたりしている人を見て「危ない」と感じたら声をかける。転落を見たらすぐ非常ボタンを押す。「歩きスマホ」や、点字ブロックをふさぐ荷物も、視覚障害者がぶつかればたいへん危険だ。

 だれもが命を守る「欄干」になれる、との意識を広めたい。

列島と雪害 不慣れな地域も警戒を

 厳しい寒気が列島に流れ込む季節に入った。

 数年に一度の寒波が押し寄せた14、15日には、広い範囲で大雪となり、交通機関にも影響が出た。地球温暖化で雪が減る傾向にある一方で、屋根の雪下ろし中の転落等で100人近くが毎年のように亡くなっている。

 過去の経験を生かし、雪害を最小限に食い止めたい。

 とりわけ独り暮らしや高齢者だけの世帯は注意が必要だ。

 総務省消防庁によると、昨年春までの5年間の雪による犠牲者442人のうち、7割が65歳以上だ。雪深い山あいでは、高齢化で雪下ろしの担い手不足が深刻だ。1人で作業しない。携帯電話を持ち、ヘルメットや命綱をつける。こうした基本を守ってほしい。地域での一斉雪下ろしや、ボランティアや行政による支援も広げたい。

 災害時には地域の力も試される。「互助の輪」から抜けている家がないか確かめておこう。

 雪害は日本海側の豪雪地帯だけの問題ではない。20日には南岸低気圧が近づき、北日本から西日本にかけての太平洋側でも降雪が予想される。

 3年前、関東甲信への大雪では交通網が寸断され、孤立集落や、立ち往生する車が続出し、暮らしに深刻な影響がでた。物流が滞り、山梨県ではコンビニなどで食料品が底をついた。

 雪の重みで電線が切れて停電すれば、電話での救援要請や安否確認も難しくなる。昨年1月には九州で水道管が凍結して大規模な断水もおきた。自治体は様々な事象を想定し、保温策などを徹底しておくべきだ。

 近年、積雪が観測史上最高を更新する地点が増え、「ゲリラ豪雪」が局所的に発生している。今月15日に約11年ぶりに積雪が10センチを超えた広島では、午前6時から3時間で13センチと、雪国並みのペースで降り続いた。

 大丈夫と思って車で出かけ、立ち往生すると、除雪作業の妨げにもなる。できるだけ車は控え、やむなく運転する場合もスタッドレスタイヤやチェーンを早めに装着する必要がある。

 国土交通省は、立ち往生の原因をつくった車にペナルティーを科すことを検討中だ。ただ、それだけで解決する問題ではない。路面状況の情報をこまめに発表し、迅速な道路規制にもあわせて力を入れてほしい。

 受験シーズンのさなか。天気予報にやきもきする関係者も多いだろう。気象庁、自治体のホームページや内閣府の防災ツイッターなどで最新情報を入手できる。雪に慣れない地域こそ備えを万全にしておきたい。

経団連春闘指針 賃上げ継続で脱デフレ確実に

 過去3年間続けてきた賃上げの勢いを継続し、息切れの見えるアベノミクスを再点火する契機とせねばならない。

 経団連が2017年春闘に向けて、経営側の交渉指針をまとめた。

 基本給を底上げするベースアップを、定期昇給や賞与・一時金と並ぶ「賃上げの柱」と位置づけた。今は減益でも中期的に収益増が見込める企業にも賃上げを促すなど、これまで以上に賃金水準底上げに踏み込む姿勢を示した。

 景気の本格回復には、企業収益を賃上げにつなげ、家計の所得増で個人消費を喚起するという経済の好循環が必要である。

 春闘は14年以降、3年連続で2%超の賃上げを実現したものの、デフレ脱却は道半ばだ。

 経済界が旗を振り、賃金の継続的上昇を目指す基本方針を明確にしたことは評価できよう。

 今回の春闘は、賃金水準とともに、働き方改革も焦点となる。

 電通社員の過労自殺で長時間労働の弊害が批判されている。

 交渉指針は「長時間労働を前提とした働き方を見直し、飛躍的な生産性の向上を実現すべきだ」と提言した。経営トップ主導で、悪あしき雇用慣行の改善に取り組むよう求めたのはうなずける。

 基本給を変えずに所定内時間を短くする時短労働は、実質的なベアの意味を持つ。残業代の減少分を原資とすれば、正社員の賃上げや非正規労働者のボーナス支給など処遇改善も可能となろう。

 人口減で働き手が減る中、日本経済の成長力を取り戻すには、生産性の向上と、女性や高齢者も働ける環境の整備が欠かせない。

 日本の生産性は、経済協力開発機構(OECD)加盟国平均を下回り、米国の6割程度にとどまる。非効率で硬直的な雇用制度が足かせとなっている。

 不要な残業を削減して効率を高める。多様な人材登用で労働力を保つ。労働市場改革に、労使は協調して実を上げてもらいたい。

 政府も働き方改革の具体化を進める。労働時間規制の見直しなどを急ぐべきだ。

 指針は、景気回復には消費者の不安払拭が必要として、持続的な社会保障制度の確立を求めた。社会保険料の負担増で、賃上げしても手取り収入は増えず、消費増につながっていない面がある。

 指針が政府への要望を明記するのは異例の対応だ。経済界の賃上げ方針は、政府の要請に沿っている。年金、医療、介護などの改革で応える必要があろう。

海保強化方針 中国見据えて計画的に進めよ

 中国公船による領海侵入や、一方的な海洋調査が常態化している。常に即応できる警備体制の構築が欠かせない。

 政府が、初めて「海上保安体制強化に関する方針」を決め、その柱に「尖閣領海警備体制を更に強化する」ことを掲げた。「中国公船の大型化・武装化」を踏まえ、海上保安庁の巡視船や監視拠点の整備を加速する。

 尖閣諸島周辺で、中国は公船の活動をエスカレートさせている。2012~16年の接続水域への進入は計1017日、延べ3437隻に達した。領海侵入も計180日、延べ557隻に上る。

 荒天の日を除くと、ほぼ毎日のように接続水域に入る。月に数回は必ず領海に侵入する。15年には、武装した公船が確認された。

 独善的な行動を重ね、既成事実化を図るのは、人工島を造成し、軍事拠点化した南シナ海と同様の手法だ。これを防ぐには、常時、海保の巡視船が中国公船を監視して警告を発することで、日本の主権を行使する必要がある。

 今回の強化方針は、安倍首相や石井国土交通相、麻生財務相らによる関係閣僚会議の決定だ。政府全体として海上保安能力を計画的に増強するのが目的である。

 海保の予算と定員は近年、増加している。17年度予算案には過去最高の2106億円と1万3744人が盛り込まれた。将来は、中期防衛力整備計画のように、5年間の予算や装備取得計画を策定することも検討に値しよう。

 強化方針は、尖閣諸島の警備と同時に、他の大規模事案に対応できる体制を作ることも打ち出している。14年秋、小笠原諸島周辺に200隻超の中国サンゴ漁船が集結した事態を踏まえたものだ。

 「二正面作戦」に備える狙いは理解できる。近く大型巡視船5隻を緊急に増やす。全国の巡視船・艇約370隻が柔軟に応援できる体制にすることが重要だ。

 警戒すべきは、中国が近年、尖閣諸島周辺などに多数の調査船を派遣し、海洋調査を本格化していることだ。日本の同意がない調査も急増している。軍事目的の情報収集や資源確保の狙いだろう。

 中国は近年、日本の排他的経済水域(EEZ)周辺の海底地形を、中国語で命名するための国際機関への申請も活発化させている。

 海洋権益を守るには、中国の動向を注視し、日本の調査が後手に回らないようにすることが肝要である。海保は、測量船を増強するとともに、他府省と連携し、効率的な調査に取り組むべきだ。

2017年1月19日木曜日

完全撤退、企業への打撃を抑えよ(英EU離脱)

 英国が欧州連合(EU)離脱に伴い、人やモノ、サービス、資本が自由に移動できるEUの単一市場から完全に撤退すると表明した。英国とEUの経済関係の枠組みが変わり、広範な影響が生じよう。英国のEU離脱がいよいよ後戻りできない局面に入ったという認識のもと、日本政府や企業もさまざまな事態を想定して対応を考えていく必要がある。

移民の流入制限を優先

 英国は昨年6月の国民投票で、移民の流入増加への懸念などを背景にEU離脱を決めた。これを受けてメイ首相はEU域内からの移民の制限や、EU司法裁判所の管轄から抜けて主権を回復することを優先し、単一市場から撤退する方針を明確に示した。

 単一市場は欧州統合の中核だ。英国が人の移動の自由を制限しながら単一市場にとどまる「いいとこ取り」は認めないと他のEU諸国が主張したため、メイ首相は決断に踏み切ったようだ。

 英国には1000を上回る日系企業が進出している。在留邦人は6万人を超え、欧州で最多だ。単一市場離脱は日本企業や関係者に大きな影響を及ぼす恐れがある。

 EUには現在、加盟国のどこかで金融業の免許をとれば域内全域で営業できる「単一パスポート制度」がある。日本の一部金融機関は英国で免許を取得しており、EU離脱に伴い他の加盟国で取り直さなければならない。

 欧州随一の金融センターである英シティの地位が揺らぎかねず、関係企業は、英国に軸足を置いたビジネス展開の見直しも迫られそうだ。

 英国に進出している製造業にとっては、英国とEUの間の関税の取り扱いが最大の関心事だろう。たとえば、日本の自動車メーカーは大陸欧州から部品などを輸入して英国で組み立てて、最終製品を大陸欧州などに輸出している。

 仮に英国とEUの間で関税が復活すれば、それだけ輸出入のコストが膨らみ、ビジネスモデルが成り立たなくなる恐れも出てくる。

 メイ首相は域外に共通の関税をかけるEUの「関税同盟」から抜ける一方で、EUと包括的な自由貿易協定(FTA)を結び、可能な限り単一市場にアクセスできるようにしたい考えを示した。

 英国とEUは、関税を復活して日本企業が欧州でビジネスをしにくくなったり、経済が混乱したりしないように努めてほしい。

 今後の難題のひとつが「移行期間」の扱いだ。英国は3月末までにEUに離脱を正式通告する方針で、その後は原則2年で離脱しなければならない。一方、英国とEUの間の新たなFTAなど離脱後の「将来協定」を結ぶにはそれ以上の時間がかかる見通しだ。

 それまでをつなぐ移行期間がないと、英国にはEU離脱直後から世界貿易機関(WTO)のルールが適用され関税が復活する。移行期間にどの程度の長さをあて、EUのルールをどこまで適用するかなど決めるべき点は多い。

 こうした点に丁寧に対応し、円滑にEUから離脱できるように、英国とEUは建設的な姿勢で交渉に臨むことが求められる。

日本からも働きかけを

 EUから離脱しても、英国が欧州の大国である点は変わらない。経済から外交、安全保障まで英国とEUは重要なパートナーとして、欧州の抱える課題に取り組む必要がある。

 英国ではEU離脱に不満を持つスコットランドで独立への動きが強まる可能性が消えない。メイ政権とEUは、英国が分裂して混乱に陥ることを防ぐとともに、欧州で反EUを唱える勢力が広がらないよう協力して離脱手続きを進めてほしい。

 米国のトランプ次期大統領は英国のEU離脱を支持し、米英間でFTAを結ぶ意欲を示した。EU離脱までは第三国との通商交渉はできないルールがある。内向きな2国間主義に陥りEUに背を向けることにならないよう、両国は留意すべきだ。

 日本政府と企業は起こりうる変化を予想し、的確に備えていかなければならない。同時に、英国とEUが現在と近い経済関係を維持し、開かれた貿易体制を保っていくよう働きかけていくことが重要だ。英国のEU離脱が保護主義への流れにつながることのないよう、日本は先頭にたって自由貿易の旗を振り続ける必要がある。

英国とEU 「自国優先」に歯止めを

 欧州の「一つ屋根」から完全に離別し、孤独な道を歩むのか。それは英国にも世界にも利益になるとは思えない。

 メイ首相が欧州連合(EU)からの完全離脱を表明した。昨年6月の国民投票の結果をふまえ、方針を鮮明にした。

 EUの単一市場に残るには、人の移動の自由を受け入れざるをえない。その選択肢を捨てて「完全離脱」するのは、あくまで移民の流入規制を優先させるためだという。

 英世論は今も割れ、政治も揺れている。首相はその混迷に区切りをつけたかったようだ。

 しかし、英国はEUを含む国際協調の枠組みの中に常にいた国だ。自由貿易の理念や、移民に門戸を開く寛容な価値観を推進する責任を果たしてきた。

 国民の反移民感情に配慮する必要があったとしても、英国が欧州の国々と積み上げてきた政治・経済の協調枠組みから早々に決別するのは得策ではない。

 メイ氏は「よりグローバルな英国を築く」と、楽観的な将来像を描く。EU域外との貿易協定を目指していくという。

 だが英国の最大の貿易相手はEUであり、輸出のほぼ半分を占める。日本を含む多くの外国企業も「EUへの足がかり」として英国に拠点を置いてきた。

 離脱は、英国自身の貿易を損ねるだけでなく、保護主義を広げかねない。規制に批判的だった英国を欠いたEUは、障壁を強めるかもしれない。EUが揺らげば、経済・金融危機は他の地域にも波及する。

 移民が経済的な繁栄を下支えしてきた事実を無視して英国が規制に突き進めば、排斥の機運が各国にも広がりかねない。

 EU離脱は実現しても、それにかわるEUとの貿易協定交渉がスムーズにまとまる保証はない。むしろ国内にEU懐疑勢力を抱える国々は、英国に厳しい条件を求めるはずだ。

 英国に住むEU市民や、EU域内の英国人の権利や雇用をどう守るか。同じ「欧州」の人間として長く共生した関係を変えるのは容易ではあるまい。少なくとも離脱の衝撃を和らげる十分な移行期間が欠かせない。

 EU側もこれを引きがねに、欧州の統合という歴史的な取り組みを頓挫させてはならない。国際協調路線を守り、「自国優先」の拡散を防ぐために、英国もEUも、長期的な秩序安定の道を探ってもらいたい。

 交渉の過程で孤立主義の弊害が顕在化すれば、民意が変化することもありえるだろう。その時、英国は改めて引き返す賢明さも忘れないでほしい。

共産党 共闘の実をより大きく

 昨夏の参院選に続く野党共闘をさらに発展させ、「野党連合政権」の樹立をめざす――。

 共産党はきのう閉会した大会で、そんな決議を採択した。

 初日には安全保障関連法への反対で連携した民進、自由、社民3党の幹部らが出席し、野党共闘をアピールした。他党の党首を招いたのは1922年の結党以降初めてという。

 衆参ともに圧倒的な議席を握る安倍政権は、数のおごりを感じさせる強引な国会運営が目立つ。国会に緊張感を取り戻すためにも野党の役割は重要だ。

 1人区で一定の成果をあげた参院選での選挙協力に続き、次の衆院選でも野党共闘をいっそう進める必要がある。

 だが選挙協力といっても、大事なのはその中身だ。衆院選は有権者に政権選択を問う選挙である。共産党が野党による政権の受け皿づくりを掲げるならなおさら、参院選以上に共通政策の明確さが問われる。

 例えば自衛隊の位置づけだ。共産党は2004年に改定した現在の綱領で自衛隊の存続を容認したが、将来は解消をめざす方針は変えなかった。自衛隊の存在が広く国民に受け入れられるなか、こうした主張が説得力をもつのかどうか。

 変化への模索は見える。

 昨年、志位和夫委員長らが天皇陛下が出席する国会開会式に党として初めて参加。きのう採択された大会決議では「共闘に、日米安保条約や自衛隊についての独自の立場を持ち込まない」ことをうたった。

 政治腐敗などをあばく調査活動。安全保障や貧困・格差の問題などでの厳しい追及……。共産党は国会論戦で独自の存在感をもってきた。

 一方で、その閉鎖性もあって連携する政党を長く見いだせないできた。より開かれた政党に変身する努力はもっと必要なのではないか。

 そのうえで、民進党など野党各党との政策の具体的なすり合わせを急ぐべきだ。

 例えば、国民のくらしに密接にかかわる原発政策では、再稼働に反対の共産党と、「2030年代原発ゼロ」を公約にしつつも再稼働は条件付きで容認する民進党とは開きがある。

 安保法への異議申し立てを通じて生まれた、野党共闘と市民との連携をさらに広げるためにも、原発をはじめ主要な政策について、説得力ある選択肢を示すことが欠かせない。

 問われているのは共産党だけではない。共闘の実を大きく結ぶために、民進党など他の野党もまた歩み寄らねばならない。

英EU強硬離脱 日系企業も戦略修正が必要だ

 欧州連合(EU)からの離脱には、重大な経済的リスクが伴う。英国がようやく、厳しい現実を直視した方針を打ち出した。秩序ある脱退につなげねばならない。

 メイ首相は「EUに半分残り、半分離脱することは求めない」と述べ、移民規制を優先し、EU単一市場から撤退する「強硬離脱」の意向を表明した。多数の国民が移民制限を望んでいるためだ。

 単一市場は、ヒト、モノ、資本、サービスの移動の自由を原則とする。メイ氏はこれまで、移民規制と単一市場との自由貿易の双方を追求すると強調し、EUから「いいとこ取りは許さない」と、繰り返し警告されていた。

 メイ氏が初めて強硬離脱を受け入れたのは、EUとの交渉開始に向け、一歩前進だろう。

 欧州理事会のトゥスク常任議長(EU大統領)は、英国の方針を「現実的だ」と評価した。

 メイ氏は3月末までに、EUに対して正式な離脱通知を行う考えだが、難題が山積している。

 英最高裁が、通知に議会承認が必要かどうかを審理中で、判断によっては調整が求められる。

 交渉期間は原則2年だ。英国はEUとの自由貿易協定締結を目指す。最終合意は議会の採決にかける。EUは、加盟国の「離脱ドミノ」を防ぐためにも、英国の要求を丸のみにはできない。離脱過程は長期化するとの見方が強い。

 英国の輸出の半分はEU向けで、ロンドンは欧州一の金融センターだ。新協定なしに単一市場から脱退すれば、英国だけでなく、欧州全体の経済が混乱しかねない。新協定を結ぶために移行期間を設けることも課題だ。

 英国には、日本企業約1000社が進出している。EU離脱をにらんで戦略の見直しに動き出した企業も少なくない。

 現在は、EU加盟国で金融免許を取得すれば、域内で業務を行える「シングルパスポート・ルール」(単一免許制度)が適用されている。単一市場離脱後は、この仕組みの対象外となろう。

 三井住友銀行は、ロンドンにある欧州の本部機能を他の都市に分散させることを検討している。

 自動車など製造業は、今後も英国工場を欧州向けの生産拠点にできるのか。英EU関係の動向を見極める必要がある。

 日本政府は昨年9月、日系企業への配慮を求めた要望を英国に伝達した。影響を最小限に抑えるため、英国とEUの双方に対する継続的な働きかけが欠かせない。

野党衆院選協力 「野合」批判にどう応えるのか

 政権選択選挙である衆院選で共闘するには、安全保障など基本政策の一致が欠かせない。この原則を堅持できるのか。

 民進、共産、自由、社民の4野党が次期衆院選での連携に向けて動き始めた。

 静岡県熱海市で開かれた共産党大会に民進など3野党の代表者が初めて出席したのは象徴的だ。

 民進党の安住淳代表代行は「真摯(しんし)に話し合い、それぞれの考えを尊重しながら一定の幅の中に政策を寄せ合うことは可能だ」と述べた。自由党の小沢共同代表も「もっと緊密な関係を構築し、政権交代を実現しよう」と訴えた。

 共産党の志位委員長は「共闘が多くの国民の希望となるよう流れを発展させよう」と語り、「野党連合政権」への意欲を示した。

 衆院で3分の2超の議席を占める自民、公明の与党に対抗するため、野党が選挙協力を目指すことは理解できなくもない。

 前回衆院選の結果に基づく読売新聞の試算では、4野党などが候補を一本化すれば、295小選挙区のうち最大59選挙区で与党を逆転する可能性がある。1選挙区あたり約2万とされる共産党票は民進党にとって魅力だろう。

 共産党は、4野党による共通政策と政権構想の策定などを提案している。10日に始まった共通政策に関する協議では、原発の再稼働の是非が焦点になるという。民進党は条件付きで再稼働を容認し、共産党などは反対している。

 だが、もっと重大な対立点を放置していないか。共産党は、日米安保条約廃棄を求め、将来の自衛隊や天皇制の廃止を否定しない。こうした非現実的な主張を掲げる政党とどう協力するのか。

 衆院選での連携は、各党が日米同盟や自衛隊の位置づけなどで足並みを揃(そろ)えることが前提となる。連合の神津里季生会長の「民進党と共産党は目指す国家像が違う。本当の共闘はできるはずがない」という指摘はもっともである。

 民進党の蓮舫執行部は共産党との連立を否定し、限定的な連携にとどめたい意向だ。昨年の参院選のように、票欲しさに曖昧な政策合意をまとめ、本来は禁じ手の共産党との協力に走れば、「野合」との批判が強まるだろう。

 候補者調整も課題である。民進、共産両党は約200選挙区で競合する。共産党は先月下旬、「必勝区」の15選挙区で自党候補への支持を民進党に暗に要請した。

 民進党は反発している。共産党候補への支援にも消極論が強い。歩み寄りは簡単ではあるまい。

2017年1月18日水曜日

米政権にアジアへの関与促す構想を描け

 米国主導の秩序が崩れ、安定が損なわれてしまうのではないか。トランプ次期米政権の船出を控えてアジア太平洋にこんな不安が漂うなか、安倍晋三首相が域内の国々を訪れた。

 各国との安全保障や経済の協力を深めるうえで意義のある訪問だった。ただ、米国抜きでこの地域の安定を保つのは難しい。今後、安倍政権に求められるのは、アジアへの強い関与を米国に効果的に促していくための戦略だ。

 安倍首相が足を運んだのは、中国の海洋進出にさらされる南シナ海の周辺国と、同じ米国の同盟国であるオーストラリアだ。大きく分けてふたつの成果があった。

 ひとつは国際法にもとづく海洋の秩序を維持するため、各国との連携を改めて確認したことだ。フィリピン、ベトナム、インドネシアには、海上警備力の整備に向け巡視艇の供与や人材育成への支援を続ける方針を伝えた。

 フィリピンやベトナムは南シナ海で離島の領有権を争う。インドネシアはそうした係争は抱えていないが、近海で活動する中国漁船に懸念を募らせている。これら3カ国の海上警備力を底上げする支援は海洋の安定にもつながる。

 安倍首相はさらに、フィリピンに向こう5年間で1兆円規模の経済支援を約束した。反米的な発言を繰り返し中国に傾斜するドゥテルテ大統領の動きに、歯止めをかける効果を狙ったものだ。

 こうした政策は地道に続けていく必要がある。しかし、日本だけの取り組みには限界があるのも事実だ。南シナ海や東シナ海の安定を守るには、米軍の関与を息切れさせないことが極めて大事だ。

 外交をビジネスの延長でとらえるトランプ次期大統領には、そうした重要性を説くだけでは不十分だろう。米軍の活動を下支えするため日本や他の同盟国はどのような貢献をするのか。明確な青写真を示したうえで、米国の関与を働きかけなければならない。

 むろん、軍事だけでなく、経済面のアジア太平洋と米国の結びつきも重要である。この点、自由貿易に逆行するトランプ氏の政策は極めて深刻な問題だ。

 安倍首相はオーストラリアとベトナムの首脳との会談で、環太平洋経済連携協定(TPP)の早期発効に向けて協力していくことで一致した。他の署名国とも手を携えて、トランプ氏にTPPへの支持を働きかけたい。

タカタの信頼回復なお遠く

 エアバッグの大規模リコール(回収・無償修理)問題を起こしたタカタが、米司法省に罰金を含む総額10億ドルの和解金を支払うことで合意した。加えて、製品の欠陥を知りながら隠蔽したとして同社の元幹部3人が訴追された。

 米司法当局によるタカタへの捜査はこれでひとまず終わる。だが問題の収束にはほど遠い。現に17日には、昨年末に神奈川県内を走っていたホンダ車の運転手がタカタ製エアバッグの異常でやけどを負ったことが明らかになった。

 タカタと同社のエアバッグを搭載する自動車会社にとって最も重要なのはリコールを加速し、これ以上被害を広げないことだ。

 問題のエアバッグは、風船を膨らませるためのガス発生装置が異常爆発し、金属の部品片が飛び散って人を傷つける恐れがある。

 昨秋には米カリフォルニア州で運転していた女性が亡くなり、欠陥エアバッグによる米国の死者は11人になった。今も事故の危険性の高い古い車がそのまま走っている例もあり、放置できない。

 日本でも死亡事故こそないが、けが人が出たのは今回のホンダ車が2件目だ。一方でリコール対象車のうち実際に改修を終えたのは6割強にとどまる。事態の重大さの割に対応が鈍すぎないか、関係者の猛省を促したい。

 タカタの経営再建も今後の課題だ。世界のエアバッグ市場はタカタを含む大手4社が大半を供給している。万一タカタが事業継続に支障をきたせば、自動車全体の生産が滞る恐れがある。

 他方、総額1兆円以上とみられるリコール費用を全額負担する体力はタカタにはない。ホンダなどの自動車会社がかなりの部分を肩代わりしているのが実情だ。

 タカタの再出発には、経営体制を刷新して安全を最優先する風土を築くとともに、リコール費用をだれがどう負担するのか透明性の高い処理をすることが不可欠だ。それなしではタカタに興味を示す投資ファンドなども実際の支援には乗り出しにくいだろう。

退位と国会 透明性が欠かせない

 天皇陛下の退位を実現するための法整備をどのように進めるか、衆参両院の正副議長の下に検討の場が設けられることになった。政府が法案を提出する前から各会派で意見をかわし、合意づくりを図るねらいだ。

 異例の取り組みである。見解の違いや対立を残したまま審議に入って紛糾する事態を避けつつ、国会の存在価値をアピールしたいという、与野党の考えが一致したと見ていい。

 そんな思惑ぶくみの動きではあるが、憲法は、天皇の地位は「主権の存する日本国民の総意に基(もとづ)く」と定める。その国民の代表によって構成される立法府が、問題の重要性をふまえ、時間の余裕をもって議論を始める意義は小さくない。みのりある話し合いにしてほしい。

 というのも、政府が昨年秋に設けた有識者会議がおかしな方向に流れているからだ。

 どんな場合であれば退位を認めるかの要件は定めず、今の陛下に限った特別な法律を制定する。将来のことはそのときにまた考える――。有識者会議が軸にすえている考えだという。

 だがこれでは、高齢社会において、いかにして象徴天皇の代替わりを安定・円滑に行うかという、この先も引き続き直面する課題への回答にならない。

 会議では、将来を縛らない方が状況に応じた対応ができるとの意見が出ているという。天皇の立場が時の政権や与党の意向によって左右されかねない、危うい見解ではないか。

 朝日新聞の最新の世論調査でも「今後のすべての天皇も退位できるようにするのがよい」との回答が62%だった。他メディアの調査も同様の傾向だ。国会での検討がこうした声に沿い、有識者会議のゆがみの是正につながるよう期待したい。

 あわせて心すべきは、説明責任をしっかり果たすことだ。

 退位問題をめぐっては、昨年から「政争の具にしてはならない」との発言がしきりに聞かれる。それ自体に異論はないが、政争に利用しないことと、各会派がそれぞれの考えを示し議論を深めることとは別の話だ。

 国会では近年、各党が法案の内容を事前にすりあわせ、公開の委員会や本会議で審議らしい審議をしないまま成立させてしまう動きが目につく。

 ふつうの法律でも問題をはらむやり方だが、まして今回は、日本国民統合の象徴である天皇の地位に関する話である。

 オープンな議論が行われてこそ「国民の総意」は形づくられる。関係者は肝に銘じ、見識ある対応をとってもらいたい。

日米地位協定 さらに特権の見直しを

 日米地位協定で保護されている米軍属の範囲を限定する、補足協定が発効した。

 昨年、米軍属が沖縄県の女性を殺害したなどとして起訴された事件を受けた再発防止策の一環で、米軍属を「米政府予算で雇用される文民」など8項目に明確化する。

 定義があいまいで、米側の裁量に委ねられてきた軍属の範囲に一定の線を引く。今回の事件の被告も軍属から除かれる。

 こうしたケースが増えれば、事件を起こした米軍関係者の裁判権が米側から日本側に移る余地が大きくなる。軍属の認定に疑義があれば、日本側から提起して協議もできる。

 一歩前進ではあるだろう。

 補足協定は従来のような地位協定の運用改善ではなく、法的拘束力をもつ国際約束だ。日本政府は画期的と自賛している。

 ただこれが、事件の再発防止にどれだけ実効性を持つかは疑わしい。多くの米兵や軍属に、日本の法律の適用を除外するという、特権的な地位は変わっていないからだ。

 地位協定が助長してきた特権意識が、米兵や軍属による事件や事故が絶えない背景にあるのではないか――。沖縄県などが地位協定の改定を求め続けてきたのは、そんな思いからだ。

 だが日本政府は協定改定に動こうとしない。

 沖縄県民の切実な声より、米側への配慮を優先する姿勢はここでも明らかだ。

 問題はこれで一件落着ではない。日米両政府は、地位協定の改定を含め、改めて全般的な見直しに取り組むべきだ。

 焦点の一つは裁判権だ。

 公務外の事件・事故は日本側に裁判の優先権があるが、容疑者の身柄が米側にあれば、起訴まで米側が拘束する。1995年に沖縄で起きた少女暴行事件の後、起訴前の身柄引き渡しに米側が「好意的考慮を払う」という運用改善がなされたが、結局は米側の裁量次第だ。

 「日本の要請があれば引き渡しに応じる」と協定に明記し、強制力を持たせれば、犯罪抑止効果は高まるだろう。

 地位協定はまた、米軍機の事故などの捜査について米軍の優越を認めている。昨年末、沖縄県で米軍オスプレイが大破した事故でも、日本の機関は捜査にかかわれなかった。

 住民の理解のない安全保障政策は成り立たない。日米両政府が米軍基地の安定的な運用を望むなら、地位協定のさらなる見直しは避けて通れない。

 両政府は、その現実に気づくべきだ。

訪日客2400万人 地方の魅力向上が次の課題だ

 東京や京都の定番観光地は飽和状態に近い。観光立国を軌道に乗せるには、外国人の目を引きつける地方観光の開拓が重要である。

 昨年の訪日外国人旅行者数が前年より22%増え、2403万人となった。4年連続で過去最高を更新し、5年前と比べると4倍近くまで急増した。

 政府は、東京五輪が開かれる2020年に4000万人の目標を掲げる。今後15%の伸びが続けば達成できる計算だ。

 ビザ発給要件の緩和や免税制度拡充が功を奏した。成長著しいアジアで中間層が増え、海外旅行熱が高まるという追い風もある。

 訪日客が昨年、土産物や宿泊・移動などに使った金額は3・7兆円余に上る。鉄鋼や自動車部品の輸出額と肩を並べる規模だ。

 訪日客の増加が、人口減で内需が伸び悩む日本を活気づける経済効果は大きい。今後も外国人客の誘致を積極的に推進したい。

 最も人気が高いのは、東京―京都―大阪を回る「ゴールデンルート」だ。ところが、旅行者の集中で副作用も目立つ。観光スポットは恒常的に混み合い、ホテルは商用の予約さえままならない。

 日本は北から南まで多種多様な自然環境や伝統文化に恵まれる。全国各地の魅力を世界に発信し、訪日観光の裾野を広げる方策が次なる課題だろう。

 観光庁は海外向けに売り込む地域を100か所認定し、ブランド化を進める計画だ。富良野、伊豆、琵琶湖、佐世保など全国111地域が名乗りを上げている。

 祭りや行事など地方色豊かなイベント体験は人気が高い。さらに自然や建造物、食などをどう組み合わせてアピールするか。市町村など自治体の枠にとらわれない広域連携が一つのカギとなる。

 空港の使い勝手を良くすることも欠かせない。団体客の多い格安航空会社の乗り入れや、長時間待たせない入国審査などに取り組む必要がある。地方空港は、誘客や利便性を競い合い、地方観光の底上げにつなげてもらいたい。

 通常国会では、個人の空き部屋を旅行者に貸す民泊の届け出や、旅行手配業者の登録を義務付ける法改正が想定されている。

 民泊は、生活習慣の異なる外国人客のトラブルが起きやすい。海外の旅行会社と組む手配業者には、割高な土産物店に誘導するなど悪質なケースが指摘される。

 これらの問題点を放置してはなるまい。政府や自治体は、適切な監督・指導が求められる。

ケネディ氏離任 同盟強化への貢献を評価する

 日米同盟をより強固にするための重要な貢献を高く評価したい。

 キャロライン・ケネディ駐日米国大使が18日、離任する。20日に大統領が民主党のオバマ氏から共和党のトランプ氏に交代することに伴うものである。

 お別れのビデオメッセージで、安倍首相に対して「『希望の同盟』を強化し、オバマ大統領の信じる『和解の力』に共鳴していただいた」と謝意を示した。最後に、「さよならは言わない。いつか日本に戻ってきたい」と語った。

 ケネディ氏は2013年11月の来日以来、首脳往来や在日米軍問題に積極的に関与してきた。

 特筆すべきは、16年5月のオバマ氏の歴史的な広島訪問に尽力し、実現させたことだ。

 米国内では、大統領の初の被爆地訪問への慎重論も少なくなかった。だが、オバマ氏やケリー国務長官と電話一本で話せるパイプを駆使し、環境を整備した。

 自らも広島の平和記念式典に出席し、「核兵器なき世界」を追求する意義を実感したことが、その原動力となったのだろう。

 安倍首相の15年4月の米議会演説や先月の真珠湾訪問でも、ケネディ氏の役割は大きかった。

 着任前、その手腕は未知数とされたが、外交や政治の経験がなくても、大使として多くの業績を上げられることを行動で示した。

 沖縄の米軍普天間飛行場の辺野古移設が難航する中、米軍属による女性殺害事件や輸送機オスプレイの不時着事故が発生した。日米同盟への影響が小さくない時に、基地問題の前進に奔走した。

 先月下旬の北部訓練場の一部返還に続き、今月16日には、軍属の範囲を縮小する日米地位協定の補足協定が締結された。ケネディ氏の在任中に結論を出そうと、日米双方が歩み寄った成果だ。

 菅官房長官は、沖縄の負担軽減に目に見える進展があった要因として、「ケネディ大使の行動力と人柄」を挙げている。

 ケネディ氏が被災地など全国各地を回り、一般市民との草の根交流に活発に取り組んだことも、多くの日本人に好感を持たれた。

 トランプ次期大統領は、後任の大使に政権移行チーム幹部のウィリアム・ハガティ氏を起用する意向とされる。大統領に近い点はケネディ氏と共通する。早期の人選は日本重視の姿勢と言える。

 新たな駐日大使を含め、日米双方の当局者が対話を重ねて、アジアの平和と繁栄に主導的な役割を果たすことが求められよう。

2017年1月17日火曜日

AIで日本を強く(4)脅威論超え技術使いこなす教育を

 人工知能(AI)は身近になってきた半面、懸念も広がっている。世界の開発競争が激しくなるなか日本は技術先進国の座を保てるのか、人の仕事がAIに奪われはしないか、といった不安だ。

 AI脅威論ともいえる見方を拭うため教育の役割は大きい。必要なのはAIを操る知識や技能だけではない。人は機械にどう向き合うのか、人の知性や尊厳とは何かといった、根本に立ち返った教育を若い世代から始めるべきだ。

人材育成に危機感もて

 東京大学は昨年6月、AI専攻の寄付講座を開設した。トヨタ自動車、パナソニックなど8社が9億円を出し、50人の学生が学ぶ。特任教授に就いた中島秀之・はこだて未来大前学長は「米欧が手がけていない研究に取り組み、独自色を打ち出したい」と意気込む。

 AIに必要な技術は従来のIT(情報技術)とは異なる。AIの性能を飛躍的に高めた深層学習(ディープラーニング)は、膨大なデータを分析して隠れた法則性を見いだす。統計学やデータ科学、人の言葉を機械で処理する技術などがそれを支える。

 だがこれらの知識をもつ人材の層は薄い。日本の大学でデータ分析を学ぶ学生は米国の7分の1、英、仏などの半分にとどまる。世界の学術誌に載ったAI論文は欧州が3割、米中が各2割を占めるのに対し、日本はわずか2%だ。

 こうした状況に政府や大学、産業界は危機感をもつべきだ。

 滋賀大学は4月、国内初の「データサイエンス学部」を新設する。多くの大学は入学者の減少に直面し、学部や学科の新増設は難しい状況にある。しかし時代に合わせて学部などを再編し、社会が求める人材を育てることは、大学自身の生き残り戦略にもなるはずだ。

 企業でも、AIを応用した製品・サービスを開発し、提供する人材の育成が急がれる。

 2013年、データ分析の専門家を育てる民間団体「データサイエンティスト協会」が発足し、会員は64社・5200人まで増えた。だが十分な数とはいえない。社会人がAIを学べるような再教育の場を拡充する必要がある。

 ネットの活用は有効な手段になろう。米国では大学の授業を誰でも受講できる「大規模公開オンライン講座(ムーク)」が、「プログラミング」や「機械学習」などAI関連の授業を100以上も提供する。社会人を含めてそれぞれ数万人の受講者を集めている。

 日進月歩のAI技術は教える側の人材も不足している。ネット講義は教師一人で大勢を教えられるほか、受講者一人ひとりの理解度をAIで分析しながら効率的に進められる。日本でも積極的に活用すべきだ。

 45年にはAIの能力が人知をしのぎ、多くの職業がAIに取って代わられる――。こんな予測もあるなか、AIの上手な使い手を育てる教育も欠かせない。

 大阪市の追手門学院大手前中学はロボットコンテスト世界大会への出場で常連校だ。授業にロボットやプログラミング教育を積極的に取り入れ、AI時代を見据えた人材育成も視野に入れる。

若い世代から倫理教育

 福田哲也教頭は「ロボットはあくまでも教材。答えがひとつでない課題を生徒に考えさせ、創造力を養うことが目的だ」と話す。

 20世紀半ば、SF作家アイザック・アシモフはロボット開発の原則として(1)人に危害を加えない(2)人の命令に従う(3)ロボットが自身を破壊しない――の3つを唱えた。根底にあるのは技術は人が使うものという人間本位の思想だ。

 AIについても、こうした原則を若いころから教える必要がある。将来、AIが人を代替する仕事は増えるだろうが、最後に人が判断すべき領域は残る。「AIも万能ではない。その結論をうのみにしないように教えることが大事」と指摘する専門家も多い。

 文部科学省は20年度から小学校でプログラミング教育の必修化を検討している。知識や技能を教えるだけでなく、人と機械の役割分担を考え、AIを使ううえでの倫理を養うことも重視すべきだ。

 AI利用のルールについて社会的合意を得ることも欠かせない。AIが分析対象とするデータは個人情報を含み、保護と利用のあり方に課題を残す。学会や産業界が指針を示し、利用者らと議論の場を設ける必要がある。

豊洲市場 「安心」へ、徹底検査を

 東京都の豊洲市場の地下水から、驚くべき数値の有害物質が検出された。濃度がケタ違いにあがり、検出箇所も大幅に増えた。巨費を投じた都の汚染対策はきちんと機能しているのか、という疑念さえ起こさせる。

 とはいえ、ここは冷静に対応する必要がある。今回の数値の変動はあまりに急激で、専門家も戸惑っている。いまはまだ、議論の土台である数値の信頼性が揺れている状態だ。

 都は今夏と想定していた移転判断のスケジュールにこだわらず、さらに検査を続け、今回検査結果が大きく変動した原因を徹底的に調べるべきだ。

 2014年に2年間の予定で始まった地下水の検査は、今回が9回目。都としてはここで都民の「安心」をとりつけ、豊洲移転に向けてはずみをつけたい、そんな期待があった。

 だが調査結果は予期せぬものだった。盛り土のあるなしにかかわらず、敷地内の72カ所から環境基準を超える有害物質が検出された。発がん性物質のベンゼンは最大で基準の79倍。本来検出されてはならないシアンは初めて検出された。

 都の専門家会議は、原因について、(1)昨秋から「地下水管理システム」を動かし、地下水のくみ上げや排出を始めたことで水の流れが変わった(2)採水時に土の粒などが混入した、という可能性を指摘している。

 移転を予定する仲卸業者らには、都への不信感が改めて広がっている。今回の検査は、入札で過去8回とは異なる会社が初めて担当した。今後、都は複数の会社に検査を依頼し、数値を突き合わせることなどで信頼回復に努めてもらいたい。

 食の「安全・安心」をめぐっては、さまざまな視点がある。

 専門家からは「地下水を飲むわけではないので健康に影響はない」「(人が働く)地上部に問題はない」などの声も出る。確かに、地下水で魚を洗うことなどは想定されていない。

 一方、土壌や地下水の汚染を環境基準以下に抑えることは、都が豊洲移転を決めた際の都民への約束だった。東京ガスの工場跡地への移転に反対する都民の声も少なくなかった。

 科学的な「安全」と、消費者の「安心」は時にずれる。

 いくら行政が「安全」を強調しても、消費者の納得がえられない場合もある。逆に「安心」を過剰に求めれば、風評被害につながりかねない。

 「安全」と「安心」をどう両立させるか。都に求められるのは、一歩ずつ着実に手順を尽くし、不信をぬぐう姿勢だ。

中学の部活動 先生も生徒も休もう

 学校の先生の労働時間の長さが、大きな社会問題になっている。原因のひとつと指摘されているのが、部活動を指導する負担の重さだ。

 スポーツ庁が昨年行った全国調査によると、中学校の運動系部活動で、「学校の決まり」として練習を休む日を設けていないケースが全体の22・4%を占めた。「設けている」と答えた学校でも、4分の1は休養日から土日を除外していた。

 休日返上で生徒に向きあう先生の姿が浮かびあがる。生徒と教員の心身に余裕をもたせるために、背負う荷を減らすことに本腰を入れるべきだ。

 文部科学省は今年初め、都道府県の教育長らに対し、各校に休みの日を設定させるよう通知を出した。学校任せにしていては限界がある。ここは足並みをそろえたとり組みが必要だ。

 この問題は最近になって持ちあがったわけではない。1997年に当時の文部省におかれた有識者会議は、中学の運動部では週2日以上の休みを確保するよう、提言している。

 にもかかわらず、20年にわたって改善されない背景として、土日や休日に開かれる大会や試合が増えていることがあげられる。進学時の選考資料につかわれる内申書や調査書に、部活動での成績や姿勢が記入されるのも、教員や生徒、保護者が力を抜けない一因だろう。

 部活動を重視すること自体は否定されるべきではない。勉強とは違う場面で輝く生徒もいれば、成長が異なる別の学年の子どもたちとの交流は、社会性や指導力を育む場にもなる。

 だが、物事にはおのずと限度がある。

 学校の勤務条件があまりに劣悪だと、優秀な人材は教員をめざさなくなる。多感な時期の生徒に、勉強や部活動の外にも広い世界があることを示し、知識や関心を深めるのを後押しするのも、教育の大切な役割だ。その意味では、文化系の部活動にも同じことがいえる。

 季節によって若干のばらつきが出るのはやむを得ないが、週2日の休みは合理的だろう。中学校体育連盟とも連携をとり、大会の日程や運営のあり方から検討してみてはどうか。

 外部の指導者を活用する道もある。導入している学校は多いが、責任や役割、待遇などがあいまいで、現場には不安や疑問がある。整備を急ぐべきだ。

 何より、教員、生徒、保護者がそれぞれの思いをぶつけ合う場を設け、問題意識を共有することが大切だ。校長はじめ管理職はしっかり支えてほしい。

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