2017年3月31日金曜日

英とEUは離脱交渉で前向きな着地探れ

 英国が欧州連合(EU)に離脱を通知し、原則2年後となる離脱に向けた準備と交渉の期間が始まった。

 独仏と並ぶ欧州の中核国である英国の離脱は、世界経済にも大きな影響を及ぼす。混乱を避けるには、来年の秋ごろまでに離脱条件などの交渉にめどをつけなければならない。

 EUは英国に厳しく臨む姿勢を見せており、交渉は難航が予想される。先が見えないまま時間切れで離脱に追い込まれることのないよう、両者は冷静に話し合い、的確な着地点を見いだしてほしい。

 離脱に伴い、英国とEUの間の人、モノ、資本などの自由な移動は大幅に制約される恐れがある。英国を拠点に欧州各地で事業展開をしてきた企業は影響が避けられない。

 既に人員配置の見直しや欧州大陸側での機能強化に動く企業も出ている。日本企業も離脱交渉の行方を注視し、さまざまな事態を想定して対応を考える必要がある。

 英国の離脱は昨年の国民投票で決まった。離脱派の主張を踏まえて、英政府はEUからの移民抑制を優先する方針だ。そのうえでEU市場への最大限のアクセスを望むが、EU側には「いいとこ取りは認めない」という空気がある。

 英国に甘い態度を取り同様の動きが加盟国の間に出ることをEUは警戒している。とはいえ、英国に大きな罰を与えようとして建設的な貿易関係の再構築を拒めば、双方のためにならないだろう。

 EU側は、英国が未払いのEU予算分担金の扱いなど離脱条件の交渉を進めないと、通商など将来の関係を定める協定に応じない構えをみせる。この「将来協定」を結ぶには時間がかかる見通しだ。

 離脱後に空白が生じ、関税が跳ね上がるといった事態が起きないよう、適切な移行期間を設けることも焦点になる。

 英国ではEU離脱方針を受け、北部スコットランドで独立問題が再燃するなど、国としての求心力が低下する恐れも出ている。離脱の影響を抑え、連合国家の基盤を堅持できるかが問われる。

 離脱しても英国はEU各国の重要なパートナーであることに変わりはない。経済から安全保障分野まで、強固な関係を続けていくことが欧州の安定と繁栄に不可欠だ。英国とEUは、新たな関係を前向きに構築していくことを明確に世界に示してほしい。

司法の注文受け止め再稼働を

 原子力発電所の再稼働の可否をめぐり大阪高裁と広島地裁が相次いで運転を認める判断を示した。

 大阪高裁は関西電力高浜3、4号機(福井県)について、昨年3月に大津地裁が出した運転差し止めの仮処分を取り消した。広島地裁も四国電力伊方3号機(愛媛県)について、住民らによる差し止め仮処分の申し立てを退けた。

 これらの原発は国の安全審査に合格し、伊方3号は昨年8月に再稼働している。大阪高裁、広島地裁はともに「国の審査に不合理な点はない」と結論づけた。過去の原発訴訟では、安全性をめぐる専門的な判断は規制当局に委ねるとの判例が示されており、今回もそれに沿った決定といえる。

 同時に、裁判所は電力会社や国による安全確保の取り組みに厳しい注文もつけた。大阪高裁は「(事故時の)避難計画は様々な点で改善の余地がある」とし、広島地裁も、起こりうる地震をより慎重に考慮するよう四国電に求めた。

 関電や四国電はこれらの注文をしっかり受け止め、安全な再稼働や運転継続に万全を期すべきだ。国も自治体に協力し、防災計画の実効性を高める必要がある。

 とくに高浜原発では1月にクレーンが倒れる事故が起き、原子力規制委員会や地元が関電の管理体制に懸念を示している。関電は安全対策を再点検し、地元の理解を得て再稼働させるべきだ。

 東京電力福島第1原発の事故後、各地で原発の差し止め訴訟や仮処分の申請が続いている。国の安全審査が妥当か、安全性を立証する責任は誰にあるのか、避難計画は十分かなどが争点になり、裁判所が異なる根拠から正反対の判断を下す例も出ている。

 司法が判断を積み上げ、一定の目安ができることが望ましい。

 仮処分は即時に効力をもち、稼働中の原発が止まれば経済や産業に影響が及ぶ。高浜原発は大津地裁の差し止め決定後、関電の異議申し立てによる地裁の再審理を経て今回の決定まで1年かかった。審理の迅速化も考えるべきだ。

敵基地攻撃力 専守防衛が空洞化する

 敵のミサイル基地をたたく敵基地攻撃能力の保有について、検討を開始するよう政府に求める――。そんな提言を自民党の検討チームがまとめ、安倍首相に提出した。首相は「しっかり受け止めていきたい」と応じたが、とうてい賛成できない。

 北朝鮮の核・ミサイル開発に対処は必要だが、敵基地攻撃能力を持っても問題の解決にはつながらない。一方で、憲法にもとづく専守防衛の原則を空洞化させる恐れがある。

 敵基地攻撃について、政府はこれまで法理論上は憲法に反しないと説明してきた。

 1956年に鳩山一郎内閣は、わが国に対し「攻撃が行われた場合、座して自滅を待つべしというのが憲法の趣旨とは考えられない」とし、攻撃を防ぐのに「他に手段がない」場合に限り、ミサイル基地をたたくことは「法理的には自衛の範囲」との見解を示した。歴代内閣も踏襲してきた。

 だが、この見解はあくまで法理を説明したものであり、現実に目を向ければ問題が多い。

 まず「他に手段がない」とは言えない。日米安保条約に基づき、米軍が日本防衛の義務を負っているからだ。

 日本の安全保障は、米軍が攻撃を担う「矛」、自衛隊が憲法や専守防衛の下、守りに徹する「盾」の役割を担ってきた。この分担を壊し、日本が敵基地攻撃をすれば、自衛隊が戦争を拡大することになりかねない。

 また、敵基地攻撃には長距離巡航ミサイルのような攻撃的な兵器が必要だ。提言は敵基地の位置情報の把握や、それを守るレーダーサイトの無力化、精密誘導ミサイルなども例示しているが、従来の専守防衛に基づく装備体系を大きく逸脱する。

 59年の防衛庁長官答弁は「平生から他国を攻撃するような、攻撃的な脅威を与えるような兵器」を持つことは憲法の趣旨ではないとしている。違憲の疑いが濃いと言わざるを得ない。

 これらを整備すれば、防衛費の大幅な増額も避けられない。そこまでしたとしても、移動式発射台や潜水艦からミサイルが撃たれれば、位置の特定も発射の兆候をつかむのも困難だ。

 敵基地を攻撃すれば反撃を受け、全面戦争への発展を想定する必要がある。原発が攻撃対象になる可能性も否定できない。

 むしろ日本は、北朝鮮への先制攻撃も視野に入れる米トランプ政権に対し、外交的な対応の強化を説くべき時ではないか。

 多くの問題をはらむなか、敵基地攻撃能力の検討に踏み込もうとする姿勢は危うい。

東芝の失敗 原発のリスク直視せよ

 原発ビジネスのリスクの巨大さをまざまざと見せつける経営破綻(はたん)である。

 東芝の危機の元凶となった子会社の米ウェスチングハウス(WH)が行き詰まった。東芝の16年度の赤字は、国内製造業としては過去最大の1兆円に達する見通しだ。

 WHが米国で受注した原発の建設費が大きく膨らんだ。将来さらに損失が発生する恐れをなくすため、東芝はWHを破綻処理して連結対象から切り離し、うみを出し切ることにした。

 代償は大きい。巨額の赤字を穴埋めするため、稼ぎ頭の半導体事業を切り売りする。原発事業も海外からほぼ撤退する。

 WHは名門の原子炉メーカーで、06年に東芝が買収した。当時は原発の強みが注目され、世界的に建設が急増するとの見方が強かった。東芝は総額で5千億円超を投じ、業界首位への飛躍をねらった。

 ところが11年の福島第一原発の事故で、状況は一変した。国内では各原発が止まり、新規受注のめども立たなくなった。安全規制は世界的に強化され、建設費の上昇傾向が強まった。新設のペースも鈍っている。

 それでも、東芝の歴代経営陣が強気を貫いた結果が今回の事態である。高まる事業リスクを見誤った責任は重い。

 この問題は一企業の失敗では片付けられない。日本は他にも三菱重工業と日立製作所が原子炉を手がける原発産業大国で、政府も成長戦略の柱として原発輸出の旗を振ってきたからだ。

 どのメーカーも逆風への対応を迫られている。三菱重工は経営が苦しい提携先の仏アレバに対し、出資などで支援を強めている。日立は米GEと手がける核燃料の技術開発で、約650億円の損失を出す見通しだ。国内でも、日本の3社が核燃料事業の統合交渉を進め、中核の原子炉製造でも業界再編が避けられないとささやかれる。

 戦略の見直しが必要なのは、政府も同様だ。

 英国で日立などが進める原発計画をめぐり、日英両政府は昨年末に協力の覚書を交わした。日本の政府系金融機関が支援を検討するが、公的資金が焦げ付けば国民につけが回る。リスクの慎重な見極めが欠かせない。

 主要な売り込み先と期待する新興国も不透明さがつきまとう。ベトナムは昨年、日本製原発の導入計画を撤回した。

 そもそも、福島の事故を起こした日本が原発を輸出することには、さまざまな批判がある。東芝の失敗を機に、前のめりの姿勢を改めるべきだ。

核兵器禁止条約 現実無視の交渉は参加し難い

 核保有国を動かさない限り、核軍縮は進展しない。この現実を無視した議論に加わらないからと言って、唯一の被爆国としての発信力を放棄したことにはなるまい。

 「核兵器禁止条約」の制定交渉が国連本部で始まり、日本は初日に交渉不参加を表明した。

 高見沢将林軍縮大使は演説で、核軍縮を追求する基本的立場を強調する一方、交渉に「建設的かつ誠実に参加することは、困難と言わざるを得ない」と述べた。

 米英仏中露の核保有国が欠席する中で条約を制定すれば、国際社会の分断を深め、核兵器のない世界をむしろ遠ざける。北朝鮮の核開発など、各国が直面する安全保障上の危機は続く。こうした理由による不参加は、理解できる。

 広島選出の岸田外相は昨年、参加の方針を示していた。だが、米国の求めもあり、豪州、カナダなど日本と同じ立場の国の大半が不参加に回った。孤立無援では成果は乏しいと判断したのだろう。

 被爆者団体からは、失望の声が上がる。政府は、事情を丁寧に説明し、国際社会の様々な場で核廃絶を訴え続けることが重要だ。

 問題なのは、オーストリア、メキシコが率いる100か国以上の条約推進派と、米英仏や日本など約40か国に上る反対派で、議論が噛み合っていないことである。

 推進派は、「核兵器は人類の普遍的脅威」として、法的禁止を求める。条約制定により、核保有国に軍縮圧力をかけられるはずだと思い込んでいる。対人地雷禁止条約などの前例を念頭に、多数決による早期成立を目指す。

 反対派は「各国の安保環境を考慮しない議論は無意味だ」と指摘する。地雷と違い、核兵器は国家の存亡を左右する破壊力を持ち、抑止力を期待できるためだ。

 ヘイリー米国連大使は「我々は現実的でなければならない。北朝鮮が条約に賛成すると信じる人がいるだろうか」と批判した。推進派も耳を傾ける必要があろう。

 核兵器の非人道性と、米国の「核の傘」が必要な現実の両面を踏まえ、実効性ある核軍縮を段階的に進めることが大切である。特に、世界の核兵器の9割を保有する米国とロシアの関与が不可欠だ。

 状況は極めて厳しい。トランプ米大統領もプーチン露大統領も核戦力の増強に意欲を見せる。米露の緊張緩和が優先課題だ。

 安倍首相は米露両首脳と良好な関係を持つ。核軍縮への道を生産的に議論できるような環境の整備に取り組んでもらいたい。

プロ野球開幕 侍たちが熱い戦いを引っ張れ

 プロ野球シーズンの到来である。

 セ、パ両リーグできょう、ペナントレースが幕を開ける。秋までの熱い戦いを堪能したい。

 ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)の余韻が残る中での開幕だ。「侍ジャパン」は惜しくも準決勝で敗れ、世界一奪還はならなかった。それでも、日本の野球が世界のトップレベルにあることを改めて示してくれた。

 筒香嘉智選手(DeNA)、菅野智之投手(巨人)ら、日の丸を背に結束した侍たちは、敵と味方に分かれてしのぎを削る。WBCでの悔しさをバネに、より高みを目指してもらいたい。

 日本代表入りを目指す選手にとって、WBCは大きな刺激となっただろう。2020年東京五輪や次回WBCを見据え、若い力が技を磨いて台頭することが、日本代表の底上げにつながる。

 オランダ代表の主力だったバレンティン選手(ヤクルト)ら、他国代表としてWBCを盛り上げた選手のペナントレースでの戦いぶりも楽しみだ。

 昨シーズンのセ・リーグは、広島が独走する展開となった。今季は混戦との見方が多い。大型補強を敢行した巨人などが、どう巻き返すか、がポイントだ。

 パ・リーグでは、日本ハムが連覇を目指す。選手層が厚みを増したソフトバンクは、日本ハムに大逆転を喫した昨季の雪辱を期しているに違いない。

 セ、パ両リーグの昨季の入場者数は、2005年に実数が発表されるようになって以来、ともに最多を記録した。一昨年に比べて、セは2・5%増、パは3・8%増と順調に伸びている。

 プロ野球が、国民に根強く愛されていることを物語る。

 球場では「カープ女子」に代表される女性ファンが目立つようになった。巨人が、グラウンド上でヒーローインタビューを間近に見られる企画を実施するなど、各球団の趣向を凝らしたファンサービスが実を結んでいると言える。

 球場をだれもが楽しめる空間にする「ボールパーク化」の流れは今後も進むだろう。ファン層をさらに拡大するため、喜ばれるサービスをより充実させてほしい。

 野球賭博事件で1年間の失格処分が終了した巨人の高木京介投手が、復帰を認められた。育成選手として再スタートする。

 二度と起こしてはならない不祥事である。巨人はもちろん、球界全体が、違法行為と決別する努力を怠ってはならない。

2017年3月30日木曜日

医療と介護の効率的な連携で無駄を省け

 政府は2018年度、医療サービスと介護サービスの公定価格を同時に改定する。改定に向けた議論が厚生労働省の審議会で本格的に始まった。

 日本では25年に団塊の世代が全員75歳以上の後期高齢者となる。急速に医療・介護需要が増えると予想され、医療費と介護費の膨張を抑えるうえで今回の同時改定が果たす役割は極めて重要だ。

 両者の連携を密にしてサービスの質の維持を図る一方、医師や介護事業者らが不必要なサービスをなくす方向に誘導し、効率化を徹底的に進めてほしい。

 医療の公定価格は診療報酬、介護の方は介護報酬と呼ばれる。わたしたちが公的医療保険や介護保険でサービスを受けた際の費用はそれぞれの報酬で決まる。

 診療報酬は2年ごと、介護報酬は3年ごとに改定されるので、同時改定は6年ごとだ。24年度にも同時改定はあるが、25年に向け余裕を持って本格的な対策を打ち出すには18年度が実質的に最後のチャンスとされる。

 政府は13年にまとめた社会保障制度改革国民会議の報告書において、複数の慢性疾患を抱えることが多い高齢者は入院して完治を目指すより、住み慣れた自宅などで病気と共存しながら生活の質を維持していく姿が望ましい、との考えを示している。

 まずはこのような形を実現しやすい報酬に変えてほしい。高齢患者を終末期に入院させて、濃厚な治療や検査をすることは今もあるとされる。こうした過剰な医療サービスの提供を防ぐような報酬体系をつくるべきだ。

 自宅や老人ホームなどで療養していく際にも、不必要な医療は省き介護サービスを中心に生活を支えていくことが求められる。

 その介護サービスについても、家事支援的なものはできる限り地域のボランティアや非営利団体に任せたい。医療と介護の両方から同じようなサービスが提供されるといった無駄もなくしたい。

 政府はここ数年、高齢者の増加に伴って大幅に伸びかねない社会保障予算を一定範囲内の伸びにとどめる目標を掲げている。この目標達成のためにも診療・介護報酬の抑制は必要だろう。

 ただ、数字合わせの場当たり的な改定にしてはならない。25年以降の超高齢化社会を乗り切るための、長期的な視野を持って改定を進めるべきだ。

銀行は運用力を競い合え

 大手信託の三井住友トラスト・ホールディングスとみずほフィナンシャルグループ(FG)が傘下の資産管理銀行を統合・合併することで基本合意した。超高齢化社会を迎えた日本にとって、資産運用の重要性は増すばかりだ。銀行は体制の効率化を進め、運用実績の向上に努めてほしい。

 資産管理銀の業務は一般の銀行とは大きく異なる。企業や年金基金といった機関投資家から有価証券を預かって、決済や配当の受け取り、株主総会の議決権行使といった事務手続きを代行し、手数料を得るビジネスだ。

 三井住友トラストとみずほは2017年度末までに資産管理銀の統合について最終契約を結び、早期の実現を目指す方針だ。これまで資産管理分野は、両行に三菱UFJFG系列を合わせた3行がシェアを分け合う構図だった。

 大手銀行がグループの枠組みを超えて手を結ぶのは異例だ。背景には資産管理事業が低収益だという事情がある。新たに誕生する資産管理銀の預かり資産残高は合計669兆円(昨年9月末)と巨額だが、最終利益(15年度)は合わせて14億円にとどまる。

 運用手法や資産の中身が多様化するなか、継続的なシステム投資も欠かせない。高収益が見込みにくい事業だけに、統合によって規模の利点を追求し効率運営につなげるのは妥当な経営判断だ。

 肝心の資産運用で銀行は強い逆風に直面している。マイナス金利政策の導入で国内の運用環境は厳しく、預金者が受け取れる金利は微々たるものだ。海外に目を向けてもトランプ政権下の米金融市場の行方は見通しにくく、欧州でも英国の欧州連合(EU)離脱をはじめ波乱材料が山積している。

 三井住友トラストとみずほ両社は、今回の部分提携をきっかけに本体同士の接近につながる可能性を否定している。各銀行は他社との提携も含む様々な手段でコスト削減を推し進める一方、運用力ではそれぞれ競い合い、顧客の資産形成に貢献してほしい。

安保法1年 隠蔽の上に積んだ実績

 安全保障関連法の施行から、1年が過ぎた。

 集団的自衛権の行使に道を開き、自衛隊の海外での活動をめぐる政府の裁量の幅を拡大し、米軍などへの兵站(へいたん)(後方支援)を世界中で可能にする。

 そんな安保法は「違憲だ」と問う訴訟が全国で続く。民進など野党は「違憲法制」の白紙撤回を求めている。1年がたったからと「違憲」が「合憲」へとひっくり返るはずがない。

 安全保障政策が機能するには国民の理解と納得が不可欠だ。だがこの1年、理解を広げようとする政府の努力はほとんど見えなかった。逆に見せつけられたのは、国民やその代表である国会に情報を隠したまま、安保法の「実績」をつくろうとした政府の不誠実である。

 安倍政権は昨年11月、南スーダンの国連平和維持活動(PKO)に派遣している陸上自衛隊に、安保法に基づき「駆けつけ警護」の新任務を付与した。

 昨年7月、部隊が活動する首都ジュバで起きた大規模な戦闘は、「衝突」であり、「戦闘」ではない――。稲田防衛相が国会で、事実をねじ曲げる答弁を重ねるなかでの付与だった。

 だが、当時の陸自部隊の日報には「戦闘」の言葉が記されていたことが後に分かった。防衛省が「廃棄した」としていたその日報を、陸自が保存していたのに、そのことを公表しないよう防衛省内で指示があったことも判明した。

 こうした事実が報じられなければ、国民にも国会にも隠蔽(いんぺい)され続けただろう。

 南スーダンが事実上の内戦状態にあるにもかかわらず、政府は「PKO参加5原則は維持されている」と主張し続けた。無理に無理を重ねて自衛隊派遣を継続し、そのなかで新任務を付与して安保法の「実績」を積もうとした。

 政府は安保法によって米国の戦争に巻き込まれることは「絶対にない」、隊員のリスクも「高まることはない」と言う。

 だが一連の経緯から見えてくるのは、安保法のために隊員を危険にさらしかねない政権の現実である。

 同時に、政権の思惑にこたえようと、文書管理や情報公開など国民や国会への責任をないがしろにする自衛隊の姿だ。しかも、その自衛隊に対する文民統制が機能しているとはとても言えない。

 こんな状態で存立危機事態などの有事に、歴史の検証にたえる判断が可能だとは思えない。この政権に自衛隊を海外で活動させる資格があるのか。

英国とEU 建設的な関係の創出を

 メイ英国首相が欧州連合(EU)からの離脱を正式に通知した。2年後の交渉期限に向けたカウントダウンが始まった。

 世界で第5位の経済規模があり、日本を含む各国の企業が欧州進出の足がかりにしてきた英国のEU離脱が、世界経済に及ぼす影響は計り知れない。

 「自国第一主義」が幅をきかせる今の時代、国際協調を構築してきたEUの歩みが後退することへの懸念も深まる。

 だが離脱は英国の有権者が国民投票で示した民意である。国際秩序の混乱を防ぎ、市民生活への影響を最小限に抑えることこそ、英国政府とEUの双方に課された責任だ。

 44年間に及ぶ英国とEUの共生に終止符を打つ交渉は、極めて困難なものとなりそうだ。

 英国はEUからの移民の流入は拒みつつ、EUと高水準の自由貿易を維持したい。そのEUにとって、国境を越えた人、モノ、資本、サービスの自由移動は譲りがたい原則だ。溝は深いといわざるをえない。

 何より避けるべきは、貿易や国境管理、在留資格をめぐる新たな枠組みへの合意を欠いたまま、離脱に至るシナリオだ。

 関税が急に復活し、双方に居住する400万人以上の市民が滞在資格を失えば、経済や社会の大混乱は避けられまい。

 激変を緩和する十分な移行期間の設定はもちろんのこと、離脱後の新たな関係構築に向けた協議を急ぐ必要がある。

 そのためには英国とEUの相互信頼が欠かせまい。妥協を視野に入れた柔軟な交渉姿勢も求められよう。

 例えばEU域内からの移民流入が鈍る英国では、人手不足の弊害が顕在化し始めている。移民規制を最優先させる方針が果たして国益に沿うのか、さらなる検討が必要だ。

 EU離脱をめぐる世論は依然割れており、残留支持者が多い北部スコットランドは英国からの独立の動きを見せる。強硬な対応は英国解体という形で跳ね返りかねないリスクをはらむ。

 一方、EU加盟国からは、さらなる離脱を防ぐために、英国に対して懲罰的に当たるべきだとの意見も聞かれる。相互不信を強めるだけの狭量な態度は改めてもらいたい。

 英国がEUを離脱しても、ともに民主主義、人権重視、法の支配という価値観を共有する点では、なんら変わりはない。

 テロ防止、温暖化対策、世界の貧困解消など、グローバルな課題でいかに連携を深めていくか。むしろ建設的な関係を再構築する機会にしてほしい。

英EU離脱通知 交渉の道筋を早期に示せるか

 欧州連合(EU)にとって未曽有の試練だ。いかに混乱を回避し、世界経済への影響を食い止めるか。EUと英国は極力早期に、交渉の道筋を明示せねばなるまい。

 英国がEUに、離脱を通知した。EU基本条約により、両者は離脱を巡る取り決めの交渉を始める。期間は2年間で、延長には全28加盟国の合意が必要だ。

 英国のメイ首相は1月、移民流入を制限し、EUの単一市場から撤退する「強硬離脱」の意向を表明した。自由貿易協定(FTA)の締結も目指す。これを受け、議会は離脱通知の権限を与えた。

 昨年6月の国民投票で決まったEU離脱の方針が、ようやく具体的な交渉の段階に入る。

 だが、交渉の対象項目は多岐にわたり、英国の思惑通りには進みそうにない。

 英国がEUに拠出を約束した分担金の支払いや、英国に住むEU加盟国民の在留資格など、難題が山積する。英国とEU加盟国の国境管理の在り方も問われる。

 EU側は、分担金問題の協議を優先させる立場を示し、英国を牽制(けんせい)する。総額は、約600億ユーロ(約7兆2000億円)に上ると試算している。

 懸念されるのは、FTAの交渉入りが遅れ、離脱後の英EU関係を見通せない状況が続くことだ。複雑な利害調整が求められ、2年間での決着は難しいとされる。

 FTAを締結しないまま離脱すれば、世界貿易機関(WTO)のルールに従い、関税や通関手続きが課せられる。英EU双方の通商上の負担が増そう。移行措置の導入が欠かせない。

 英EU関係の先行きの不透明さは、英国に進出する日本などの外国企業にとっても不安材料だ。

 ロンドンに欧州本部機能を置く金融機関の中には、他の加盟国に拠点を分散する動きが出てきた。英国に工場を有するメーカーは対応策に苦慮している。

 EUには、「離脱ドミノ」を防ぐ目的から、英国に厳しい姿勢で臨まざるを得ない事情がある。欧州各地で、反EUを掲げる政党が伸長しているからだ。

 焦点は、4~5月に行われるフランスの大統領選である。国民戦線のルペン候補が、EU離脱の是非を問う国民投票を公約に掲げ、支持率でトップを争う。

 フランスでEU重視の候補が当選する。ドイツでも9月の下院選を経て、EU統合を推進する政権が維持される。これが欧州の結束を取り戻す必須条件となろう。

北朝鮮ミサイル 不測に備えて避難訓練重ねよ

 北朝鮮の脅威が高まっている。不測の事態に備えて、国民の安全確保に万全を期したい。

 政府と関係自治体が、外国の弾道ミサイル発射を想定した初の住民避難訓練を秋田県男鹿市で行った。

 男鹿半島沖のミサイル落下を想定し、政府が全国瞬時警報システム「Jアラート」で市に発射を速報した。市は防災無線やメールで住民に避難を呼びかけた。

 約100人が体育館や公民館に駆け込んだ。北朝鮮のミサイルは10分程度で着弾するとされるが、避難は約7分で完了した。

 ミサイルの被害を避けるには、極力堅固な建物内に素早く逃げ込むのが第一だ。この認識を広く共有することが欠かせない。

 訓練が円滑に進んだのは、住民が避難所近くに待機していたためだ。今後は、より実践的なシナリオに沿った訓練も重ねたい。想定外の事態にも柔軟に対応できる体制を築くことにつながろう。

 訓練のきっかけは昨年8月、北朝鮮のミサイルが秋田沖の排他的経済水域(EEZ)に着弾したことだ。ただ、北朝鮮が東北地方上空を越える弾道ミサイルを発射したのは1998年である。むしろ遅すぎたと言えないか。

 北朝鮮のミサイル「スカッドER」は西日本を、「ノドン」は日本の大半を射程に収める。菅官房長官は「他の自治体にも訓練を働きかけたい」と語った。危機管理上、当然の問題意識だろう。

 北朝鮮は今月上旬にミサイル4発を能登半島沖に着弾させた際、「在日米軍基地への攻撃」に言及した。小型化した核兵器が搭載される懸念も強まっている。

 こうした「新たな段階の脅威」について、政府は、国民に丁寧に説明することが大切である。

 仮にミサイルが東京や大阪を直撃した場合、どの程度の人的被害が生じるのか。大量破壊兵器が搭載された最悪のケースも含め、様々な被害を想定し、事前の対策を検討しておく必要があろう。

 2004年成立の国民保護法に基づき、ほぼすべての自治体が国民保護計画を策定した。テロや軍事攻撃を受けた際、各自治体がいかに住民の避難や救援を行うか、大枠を定めたものだ。

 だが、都道府県が実施した訓練はテロ想定に限られる。テロ対策だけでなく、有事対応にも目を向けることが求められよう。

 政府はホームページや冊子で、有事における身の守り方を詳細に説明しているが、知られていない。国民への周知徹底を図りたい。

2017年3月29日水曜日

成長を後押しする労働改革は力不足だ

 政府が働き方改革の実行計画をまとめた。長時間の残業に罰則付きの上限規制を設けることや、仕事が同じなら賃金も同じにする「同一労働同一賃金」に沿った非正規社員の処遇改善などは、評価できるだろう。

 だが、もの足りない点も少なくない。成長分野に労働力を移していく施策や、働き手がより付加価値のある仕事をするための教育訓練の支援などだ。日本の成長力を高めるという視点に立って、政府は労働分野の改革をさらに進めるべきだ。

 実行計画は、昨年9月に発足した政府の働き方改革実現会議が今後の政策を整理したものだ。

 残業時間への上限規制は、いまは無制限に延ばせる時間外労働に歯止めをかける意義がある。同一労働同一賃金の考え方も、拡大した正社員と非正規社員の賃金格差を縮める効果が見込める。その際、経験や能力、貢献度などに応じた賃金の差は認められるとしており、これは妥当だろう。

 一方で会議は、多彩なテーマを駆け足で議論してきたせいもあって、国全体の生産性を高めるための改革が力不足だ。

 重要なのは、伸びる分野に人材が移りやすい柔軟な労働市場の整備や、人が需要のある仕事に就くための教育訓練の充実である。

 転職や再就職の支援策として、実行計画は中途採用でのインターンシップ(就業体験)の拡充などを挙げた。しかし、もっと思い切った施策が求められる。たとえばハローワーク業務の民間開放を進め、競争を活発にして職業紹介サービスの質を高めてはどうか。

 教育訓練では出産や育児で離職した女性など、社会人の学び直しの支援などが盛り込まれた。ただ人材育成は充実させる余地が大きい。国や自治体の職業訓練はバウチャー(利用券)方式にして受講者が自由に講座を選べるようにすれば、訓練施設間の競争が起こって講座の質が向上しよう。

 労働分野の改革は税制や社会保障制度の改革と一体的に進める必要もある。女性の就業を促すため配偶者控除は抜本的に見直すべきだ。年金制度も高齢者の就労を促進する工夫が要る。

 外国人の受け入れ政策も見直しが求められる。問題の多い技能実習制度に代わり、一定の職務能力を備えた人材を受け入れる新たな仕組みの検討が必要だろう。労働改革は課題がなお多い。

農家の意欲生かす全農改革に

 全国農業協同組合連合会(JA全農)が農産物の買い取り販売の強化や資材の購買手法の見直しを柱とする改革策を発表した。

 全農は農家が使う肥料などの資材の購入や農産物の販売で高いシェアを持つ。改革が農家の経営を左右することを自覚し、農家の創意工夫や生産意欲をもっと生かす組織に変わるべきだ。

 全農改革は今国会で審議が始まった農業競争力強化支援法案の柱でもある。政府・与党は競争原理が十分に機能していないため資材価格などが高止まりし、農家の所得向上を阻んでいるとみる。

 改革策では農産物を農家から買い取り、全農がリスクを負って小売りなどに売り込む手法を拡大する。肥料などの購買は競争入札を中心にした方式に変え、価格の引き下げにつなげる考えだ。外部の人材としてイトーヨーカ堂の前社長を役員待遇で登用する。こうした改革は評価できる。

 しかし、肝心なのは全農が本当に農家の立場に立って資材価格の引き下げに努力したり、新たな買い手を国内外で開拓できたりするかどうかだ。農家の経営を支援する農協の存立目的からみれば、政府に促されるのでなく、自らやって当たり前の改革といえる。

 農家による農家のための農協という設立の原点に戻り、農業支援に全力を注ぐべきだ。

 政府は全農に対し、2019年半ばまでの「農協改革集中推進期間」に十分な改革成果を上げるように求めている。全農が既得権益や組織の維持を優先し、改革が看板倒れになることは許されない。

 所轄官庁の農林水産省だけでなく、全農改革を提言した規制改革推進会議も改革の進捗状況を厳しくチェックし、問題点を指摘してもらいたい。

 農業改革の主眼は横並び意識の強かった農業分野に健全な競争を浸透させ、市場競争を通じて生産コストの引き下げや付加価値の向上を導くことにある。そのためには既得権益を廃し、旧弊をなくす規制改革を徹底すべきだ。

高浜原発決定 あまりに甘い安全判断

 原子力規制委員会の新規制基準や電力会社の安全対策に理解を示し、合理的だと結論づける。安全に対する意識が、福島第一原発の事故前に戻ったような司法判断だ。

 関西電力高浜原発3、4号機(福井県)の運転を差し止めた大津地裁の仮処分決定について、大阪高裁は関電側の訴えを認め、決定を取り消した。

 焦点の一つは事故後にできた新規制基準への考え方だ。

 大津地裁は、福島事故の原因究明が「道半ば」で基準が作られたとし、安全の根拠とすることを疑問視。新基準を満たしただけでは不十分とした。

 きのうの高裁決定は福島事故の基本的な原因は各事故調査委員会の調べで明らかにされているとし、新基準についても「原因究明や教訓を踏まえたもの」と評価、「不合理とはいえない」と正反対の判断を示した。

 さらに耐震安全性のための補強工事についても、高裁は「規制委が規制基準に適合していると確認した」とし、「相当の根拠にもとづいている」と評価した。関電が耐震設計の基本とした基準地震動に疑問を呈した地裁の決定とは全く逆だ。

 あまりに電力会社の言い分に沿っていないか。規制基準は正しく、それに適合さえしていれば安全だと言わんばかりだ。

 技術面で素人である住民や一般の人が不安に感じるなら、納得が得られるよう安全性を追い求める。そうした姿勢の大切さが、事故の示した教訓だったはずだ。

 住民の避難計画についての判断もそうだ。今の計画について「様々な点でいまだ改善の余地がある」と指摘しながら、対策が検討されていることを理由に追認した。複合災害や渋滞などで避難できないのではないかという住民の不安を、正面から見据えたものとは到底いえない。

 行政手続きさえ整っていればよく、安全は専門家の判断にゆだねよというなら、司法の役割は何なのか。

 福島事故から6年。甚大な被害を国民が目の当たりにした今、裁判所として原発にどう向き合うか。大阪高裁はどこまで突き詰めて考えたのだろう。

 決定を受け、関電は高浜3、4号機の再稼働に向けた準備に入る。だが関電も国も「これで安全性にお墨付きが得られた」ととらえるべきではない。福井県に多くの原発が集まる集中立地のリスクや、使用済み燃料の処分など、議論は不十分だ。

 山積する問題を残したまま、再稼働に突き進むことは許されない。

核禁止条約 被爆国の責任放棄だ

 もはや日本政府が「被爆国として、核兵器廃絶に向けて世界をリードする」と言っても説得力はなくなった。広島、長崎の被爆者はもちろん、多くの国民の思いを裏切る行為だ。

 核兵器禁止条約の制定に向け、国連本部で開幕した最初の交渉会議で、日本の政府代表は不参加を表明した。

 100以上の非核保有国が参加する一方、米国、ロシア、中国などの核保有国や北朝鮮はボイコットした。

 核兵器を「非人道的」とし、使用や保有を法的に禁じるのが交渉の目的だ。岸田文雄外相は不参加の理由について「核保有国と非核保有国の対立を深め、逆効果になりかねない」と述べたが、理解に苦しむ。

 被爆国であり、米国の核の傘の下にある日本は、非核保有国と核保有国の「橋渡し役」を自任してきた。対立が深まっている今こそ溝を埋める役割は重要だ。核保有国と足並みをそろえる形で不参加を表明するとは、責任放棄もはなはだしい。

 核保有国は、核の抑止力に頼る安全保障政策が脅かされるとして、禁止条約に強く反対してきた。米国の大使は、会議場のすぐ外で約20カ国の代表とともに抗議会見を開いた。この反発ぶりは、禁止条約の必要性を逆に示したようにも思える。

 核兵器の非人道性を、核保有国の指導者はまず理解すべきだ。どの核保有国も状況次第で核を使う可能性を否定していない。条約ができれば、核の使用は国際犯罪になる。

 トランプ米大統領は「他国が核を持つなら、我々はトップになる」と発言し、核戦力の増強に意欲的だ。北朝鮮は核・ミサイル開発で挑発を繰り返す。「核を使ってはならない」と条約で明示すれば、こうした動きへの強い歯止めにもなろう。

 岸田外相は、日本周辺の安全保障環境の厳しさも不参加の理由に挙げた。北朝鮮の脅威に加え、中国も軍拡路線をひた走るなか、禁止条約は米国の核の傘を損ね、望ましくないとの考えは、政府内に強い。

 確かに核軍縮は、地域の安定を崩さないよう注意深く進める必要がある。だからこそ日本は交渉に加わり、核の傘からの脱却は後回しにすることを認めるなど、より多くの国が賛同できる条約をめざして意見を述べるべきではなかったか。

 オーストリアやメキシコなどの非核保有国は、7月までに、条約案をまとめる意向だ。

 今ならまだ間に合う。日本政府は交渉の場にただちに参加すべきだ。

安保法施行1年 同盟基盤に危機対処力高めよ

 日本の安全保障環境は厳しさを増している。日米同盟と国際連携を強化し、様々な危機に迅速かつ効果的に対処する能力を高めねばならない。

 安全保障関連法の施行から1年を迎えた。

 平時から存立危機・武力攻撃事態まで、危機の進展に応じて、機動的な自衛隊の部隊運用を可能にする包括的な法制である。国際平和協力活動も拡充された。日本と世界の平和を確保するうえで、大きな意義を有している。

 象徴的なのは、米艦防護だ。

 目の前で米軍艦船が攻撃されても、自衛隊は反撃できない。そんな日米同盟の長年の矛盾を解消したことは、日本が、米国にとって「守るに値する国」であり続けるための重要な一歩となろう。

 昨年12月には、米艦防護の運用指針を決定した。今月上旬には東シナ海で海上自衛隊の護衛艦2隻が米空母「カール・ビンソン」などと共同訓練を行った。

 こうした訓練を日常的に重ねることが、日米の信頼関係を強固にし、ミサイル防衛などに関する協力を円滑化する。核・ミサイル開発に突き進む北朝鮮の暴発や、海洋進出を強める中国の挑発行動への抑止効果も持つはずだ。

 安保関連法に基づく訓練は昨年9月以降、在外邦人の保護・輸送や、捜索・救難活動などが実施されている。自衛隊単独の実動・机上訓練や、タイ、ネパールでの多国間の共同演習が含まれる。

 訓練を通じて、部隊運用の問題点を点検する。必要に応じて実施計画や手順などを見直す。このサイクルを地道に繰り返し、本番に備えることが大切である。

 南スーダンでの国連平和維持活動(PKO)に従事する陸上自衛隊には昨年11月、「駆けつけ警護」任務が初めて付与された。

 疑問なのは、野党が国会などで、危険極まりない任務に自衛隊が踏み出すかのような無責任な議論を声高に展開したことである。

 駆けつけ警護は、暴徒に囲まれた民間人を助ける、といった人道的な活動を主に想定している。あくまで応急的な国際標準の任務であり、軍事衝突の現場に常時出動するわけではない。

 無論、リスクは伴う。それをいかに最小化するかを冷静に論じることこそが政治の責任である。

 陸自は5月末、南スーダンでの活動を完了し、撤収する予定だ。今後、別のPKOに参加する際にも同様の任務を担えるように、装備や訓練などの準備を総合的に進めておくことが求められる。

高浜再稼働へ 非科学的な地裁決定が覆った

 厳しい規制基準に基づき、十分な安全対策が施されている、との判断は極めて現実的だ。

 大阪高裁が、関西電力高浜原子力発電所3、4号機の運転を差し止めた大津地裁の仮処分決定を取り消した。

 3、4号機は、原子力規制委員会の使用前検査などを経て、再稼働が可能になる。

 大阪高裁の決定は、高浜原発の安全性について、関電に立証責任があると指摘した。そのうえで、耐震性などの項目別に安全対策を検討し、いずれも「不合理な点は認められない」と結論付けた。

 大津地裁は、関電による説明が不十分だと決めつけ、運転の差し止めを命じた。ゼロリスクに固執した非科学的な地裁決定を覆したのは、当然である。

 大阪高裁は、地裁が不十分な内容だと批判した新規制基準についても、「福島第一原発事故の教訓を踏まえ、重大事故対策などの検討を重ねて、策定された」と、その妥当性を認定した。

 新規制基準は、世界的に最高レベルの安全性の確保を原発に課している。基準を尊重した高裁の見解は、うなずける。

 原発の安全審査について、最高裁は1992年の四国電力伊方原発訴訟判決で、「最新の科学的、技術的、総合的な判断が必要で、行政側の合理的な判断に委ねられている」と判示している。

 今回の決定は、この判例に沿った適切な内容だと言える。

 高裁レベルでは、福岡高裁宮崎支部も昨年4月、九州電力川内原発1、2号機の運転差し止めを巡る仮処分の即時抗告審で、運転を認める判断を示している。

 脱原発派の住民らが運転差し止めを求めた仮処分や訴訟は、全国で約40件に上る。二つの高裁が新規制基準の合理性を認め、差し止めを退けた意義は大きい。

 高浜原発3、4号機に関しては、大津地裁で本訴訟が係争中だ。訴訟の行方次第では、再び安定稼働が脅かされる事態も考えられる。原発の運用が司法判断によって振り回される現状は、国のエネルギー政策上、好ましくない。

 関電は、高浜3、4号機の運転を出来るだけ早く再開させる方針だ。地域住民の理解を得ることが再稼働の前提となる。

 高浜原発では1月に、大型クレーンのアームが倒れる事故が起きた。規制委は保安規定違反と認定し、再発防止を求めている。

 再稼働に向けて、関電は、人員の拡充による保安体制の強化など、安全管理を徹底すべきだ。

2017年3月28日火曜日

香港の若者が抱く不安解消へ処方箋を

 香港政府の次期トップを決める行政長官選挙で中国政府の後押しを受けた林鄭月娥氏が当選した。世論調査では民主派も推す曽俊華氏の支持率が高かっただけに、民意とのずれが浮き彫りになった。

 次期長官の課題は、深刻な香港社会の亀裂を修復し、香港の市民が「一国二制度」の未来に抱く不安を和らげることだ。

 1997年の香港返還時に中国は有権者「1人1票」の普通選挙をいずれ導入すると約束した。そして3年前、形の上で普通選挙を装いながら実際には親中派しか出馬できない改革案を提示した。

 反発した学生らが長く道路を占拠した「雨傘運動」の際、政府代表として一歩も譲らなかったのが林鄭氏だ。結局、改革は頓挫し、今回の長官選も普通選挙ではなく旧来の方式で行われた。

 雨傘運動の後、香港では奇怪な事件が相次いだ。中国に批判的な書籍を扱う書店の関係者らが連れ去られたり、中国出身の大富豪が失踪したりした。「一国二制度」と高度な自治の根幹をおびやかす出来事といえる。

 大陸への窓口として栄えてきた香港の経済的優位は揺らいでいる。隣接する中国の経済特区・深圳に、数年後には経済規模で抜かれる可能性も出てきた。そのうえ自由な空間が狭まるなら香港の魅力は半減しかねない。香港の市民の不安や焦りは理解できよう。

 雨傘運動を担ったのは香港への郷土愛が強い「本土派」の若者たちだ。議会にも進出したが、一部は当選まもなく議員資格を奪われた。長官選の翌日には香港当局が雨傘運動の主導者らに起訴を通告し、亀裂は広がっている。

 中国の李克強首相は先の全国人民代表大会(全人代、国会に相当)の演説で「香港独立に前途はない」と語った。香港独立問題にあえて触れたのは強い警戒感の表れだが、かたくなな姿勢は香港の若者の不安を募らせている。

 林鄭長官が就任する7月1日は返還20年の節目でもあり、式典が予定される。これを奇貨として新長官と中国は市民の不安に正面から向き合う道を探るべきだ。処方箋のひとつは3年前に頓挫した普通選挙導入の再提起だろう。

 中国大陸では政治改革の議論が止まっているが、多様化する利害を民主的な投票で調整する仕組みが必要なことはあきらかだ。その試金石としても、香港の民主化の行方は極めて重要だ。

建設業の社会保険加入を急げ

 政府は4月から建設工事の元請け会社に対し、社会保険に加入していない作業員は現場で働かせないルールを徹底させる。雇用保険や厚生年金への未加入がまん延しているようでは若い人は建設業に就職しない。業界を挙げて正常化に取り組むべきだ。

 建設工事で働く作業員は、中小企業の従業員や単独で現場を渡り歩く「1人親方」が多い。建設不況を受け、総合建設会社(ゼネコン)や1次下請けが技能者を社員として雇わなくなったからだ。結果、所得が不安定になり社会保険に入らない作業員が増えた。

 コンクリートを流し込むための型枠を作る工事の業界団体、日本型枠工事業協会の調査では、昨年8月時点で雇用保険や厚生年金に加入していない型枠大工は全国平均で6割弱に及んだ。工事の後に型枠を外す型枠解体工の未加入率は7割強に達している。

 こうした状況を改善するため、国土交通省は下請け作業員の保険加入を徹底させる。未加入業者は国交省発注の工事から排除する。建設業の許可も出さない。

 同省や厚生労働省、建設業の団体が立ち上げた対策協議会は、元請けが下請けに工事を発注するときに工事費とは別に法定福利費を明示した見積書をつくる、という枠組みを決めた。保険費用を確保し、加入を促すためだ。

 これを受け大林組などのゼネコン大手は新たな明細書での発注に取り組んでいるが、中堅以下のゼネコンでは浸透が遅れているという。業界を挙げて決めた対策なのだから徹底してもらいたい。

 建設業の人手不足は慢性化している。社会保険の加入を工事参加の条件にすれば、人手不足は一時的に深刻になる可能性もある。しかし所定の社会保険に入ることは義務であり、新たな人材を確保するための第一歩でもある。是正を急ぐべきだ。

 そのうえで建設技能者の収入を安定させる方策も欠かせない。工事の合理化や機械化の推進、女性の活用にも力を入れてほしい。

森友と財務省 納税者を甘く見るな

 森友学園(大阪市)を巡る様々な問題について国会で激しい論戦が続くなか、国の新年度予算が成立した。与党からは「次のステージに向かう時だ」との声があがり、幕引きを急ごうとする動きが見られる。

 とんでもない。学園の籠池(かごいけ)泰典氏の証人喚問を経ても疑惑は晴れない。安倍首相夫人の昭恵氏や昭恵氏付の政府職員の行動が、学園への異例づくしの国有地売却などに影響したのか、事実関係の徹底解明が不可欠だ。

 見過ごせないのは、取引の経緯を詳しく説明しようとしない財務省の姿勢である。

 国有地の売却ではその金額を原則公表してきたのに、森友側との取引では伏せた。財務省近畿財務局によるこの異例の対応が一連の疑惑の発端になった。

 遊休国有地の取引は売買が主流なのに、定期借地契約を認めた。その後売買に切り替えたが、ゴミ撤去費用を巡る不明朗な見積もりを経て、周辺の地価と比べて9割安という破格の条件になった。

 財務省は「適正に処理した」と繰り返す。交渉記録は廃棄したから残っていない。法令違反はない。関係者への聞き取り調査はしていない――。

 最近になって一部の調査結果を公表したが、自分たちが正しいから信じろと言わんばかりだ。国会では当時の理財局長と近畿財務局長の参考人招致が実現したが、「報告がなかった」「政治的配慮はしていない」との発言にとどまった。

 財務省の仕事は、国有財産の管理と不要な資産の処分にとどまらない。税制を考え、それに基づいて税金を徴収し、予算案として配分を練るという政府の仕事の中核を担っている。

 そうした役割は納税者・国民の理解と納得に支えられている。財務省を含む政府の説明が明らかに足りないと考える人が多数を占める現状に、危機感はないのだろうか。

 ただちに関係者から話を聞き、誰がどう動いたかを再現して、国会で説明するべきだ。自ら調べる意思がないのなら、第三者に任せるしかない。

 土地の売却契約の成立から1年もたたずに記録を廃棄したとしているのも適切でない。内規に基づく措置だというが、内規自体が情報公開を充実させる基本に反していることを自覚し、猛省しなければならない。

 かたくなな財務省は何を心配しているのだろう。自らの組織の防衛か、森友問題で浮上した政治家への配慮なのか。

 納税者の目は厳しい。甘く見れば必ずしっぺ返しがある。

香港長官選 民意との溝を埋めよ

 市民に不人気な候補者が大差で当選する。香港政府のトップである行政長官の選挙は、そんなねじれた結果になった。

 問題点は、選挙制度にある。中国共産党政権の介入を受けやすく、民意を必ずしも反映しない間接選挙なのだ。

 20年前に英国から香港が返還された際、中国は「一国二制度」の下での高度な自治を約束した。現状では、その原則が守られているとは言いがたい。

 新長官は、返還当時の出発点に立ち返り、謙虚に市民の声に耳を傾けるべきだ。

 当選した林鄭月娥(キャリー・ラム)氏は選挙前の世論調査で支持率が30%を切り、敗れた曽俊華(ジョン・ツァン)氏の半分程だった。当選したのは、選挙委員1200人による投票で決まる仕組みのためだ。

 委員は商工業、法曹など業界別に選ばれ、中国経済との関係の深さから親中派が多数を占める。曽氏も行政官出身で親中だが、北京の支持が事前に伝えられた林鄭氏へと票は流れた。

 もともとは、今回から市民一人ひとりが投票する普通選挙を実施するはずだった。ところが中国の習近平(シーチンピン)政権は、候補者をあらかじめ2~3人に絞り込む方式で統制を図ろうとした。

 これを推進したのが香港政府ナンバー2だった林鄭氏だ。学生らは街頭を占拠する「雨傘運動」で抗議した。その結果、制度の改正はならなかった。

 それで今回は従来通りの選挙になったが、この間接選挙で香港社会の納得は得られない。立候補段階から市民に開かれた、真の普通選挙が必要だ。

 香港に対する最近の中国の介入は一線を越えた感がある。

 今年1月、中国出身の有名企業家が香港で失踪した。中国当局が連行した疑いが濃い。昨秋には香港議会の議員資格をめぐり、中国側が一方的に資格剥奪(はくだつ)の解釈を示した。いずれも反発と不安を招いている。

 自由社会・香港の繁栄は中国の利益でもある。だからこそ国家統合と自治を均衡させる「一国二制度」に意味がある。

 今月、北京での全国人民代表大会で李克強(リーコーチアン)首相は「香港独立に前途はない」と警告した。香港で独立論議は自由だが、現実には少数派だ。その主張が広がるとすれば、それは中国側の強硬姿勢にこそ原因がある。

 習政権は香港政府に対し、市民への締め付けをさらに強める国家安全関連法の導入を求めるとみられている。一度試みたが、反発で見送られたものだ。民意に沿うかじ取りができるのか、林鄭氏の姿勢が試される。

17年度予算成立 「森友」一色の議論で良いのか

 過去最高の一般会計総額97・5兆円の2017年度予算が成立した。

 デフレ脱却が足踏みする中、予算には、5兆円余の防衛費、保育士や介護職員の待遇改善、民間企業の活力向上の政策などが含まれる。「成長と分配の好循環」の実現へ、着実に執行したい。

 前半国会では当初、トランプ米新政権との外交や働き方改革が論点になった。その後、文部科学省の天下り、陸上自衛隊の日報、テロ等準備罪などに焦点が移り、野党は松野文科相、稲田防衛相、金田法相らを追及した。

 2月中旬以降は、学校法人「森友学園」への国有地払い下げ問題に質疑が集中した。売却価格が評価額から約8億円減額されたことを巡り、政治家の関与と行政側の忖度(そんたく)の有無が焦点となった。

 学園の籠池泰典氏が国会で、安倍昭恵首相夫人から100万円の寄付を受け、国有地に関して夫人付の政府職員が財務省に照会したと証言し、騒ぎが拡大した。

 政府や昭恵氏側は引き続き説明すべきだが、与野党も、この問題の本質がどこにあるのか、熟考して質疑に臨むべきではないか。

 見過ごせないのは、国会審議がこの問題でほぼ一色になったことだ。経済再生と財政再建の両立、新たな段階に入った北朝鮮の核・ミサイルの脅威などの議論が疎(おろそ)かになったのは残念である。

 自民党の「1強」が続く中、野党は、安倍政権に打撃を与える格好の材料と考えたのだろう。だが、他の様々な重要課題の論戦にも積極的に取り組む必要がある。

 後半国会では、多くの重要法案の審議が控えている。

 テロ等準備罪を創設する組織犯罪処罰法改正案は、2020年東京五輪に向けた国際的な捜査共助の強化に欠かせない。7月の東京都議選を前に、公明党には改正案の審議への慎重論もあるが、今国会で成立させねばなるまい。

 野党は、「1億総監視社会になりかねない」「一般市民も処罰される」といった極論で国民の不安を煽(あお)るのでなく、もっと冷静な議論を仕掛けることが大切だ。

 天皇陛下の退位に関して、与野党が歩み寄り、退位を認める特例法の制定に合意したことは評価できよう。政府は5月に法案を国会に提出する予定だ。より多くの政党の賛成で成立させたい。

 衆院憲法審査会は16日、4か月ぶりに討議を再開した。優先すべきは改正項目の絞り込みだ。各党は、それを念頭に、建設的な議論を行うことが求められる。

公文書管理 政策の検証に欠かせぬ資源だ

 行政機関が作成する公文書は、国民共有の知的資源である。管理や保存の重要性に対する認識を高めねばならない。

 内閣府の有識者会議が新しい国立公文書館の整備方針をまとめた。東京・永田町に最大で5万平方メートルの施設を新設する。

 現在の公文書館は、2019年度中にも収容限界に達する。新たな公文書館は、書庫を現在の3・5倍に拡充して、約50年分の文書を保存できる機能を持たせる。

 政府は基本計画の策定に着手する。着実な推進を求めたい。

 11年に施行された公文書管理法は、国や独立行政法人が原則、1~30年の間で期限を決めて、文書を保存するよう定める。満了時には、国民が自由に閲覧できるように、公文書館や外交史料館に移管することも規定している。

 問題なのは、保存年限に達しても、公開に至らない文書があまりに多いことである。

 期限を延長して省内で抱え込んだり、廃棄したりする事例が目立つ。15年度の場合、約290万件の公文書のうち、公文書館などに移管されたのは、0・3%の約9600件に過ぎない。

 保存期間は、政府の運用指針に沿って、各省庁がそれぞれの規則で定めている。移管せずに廃棄する場合には本来、首相の同意を必要としている。

 だが、省庁が保存の必要性を認めない文書については、独自の判断で処分しているのが現状だ。森友学園への国有地売却問題で、財務省が学園側との折衝記録を廃棄していたのも、保存文書の扱いにしなかったのが原因である。

 大切な公文書をぞんざいに扱う例も目立つ。管理法施行後5年間の紛失や誤廃棄は、判明しただけで1000件近くに上る。

 警察庁のJR福知山線脱線事故関連のファイルなど、歴史資料として保存すべき文書を廃棄と判断していたケースもあった。

 重要な政策判断の決定過程や妥当性の検証には、記録による確認が欠かせない。

 内閣府は17年度、運用指針を見直す。保存すべき文書の種類や年限をより細かく例示して、省庁に改善を促す。保存の是非を判断し、分類、整理する専門職員を各省庁に配置することも検討する。

 欧米に比べて極めて少ない専門家を育成する方策として、国家資格制度の創設も一案だろう。

 新公文書館を国民にとって有益な施設とするには、省庁の意識改革に加え、増大する文書の管理・保存体制の整備が重要になる。

2017年3月27日月曜日

米政権は中間層を真に支える策に集中を

 米国のトランプ新政権の経済政策運営が迷走している。医療保険制度改革法(オバマケア)の代わりとなる法案の調整に時間を空費した結果、本丸の法人税改革やインフラ投資拡大にいまだ手をつけられていない状況だ。

 必要なのは米国の成長基盤を強化し、中間層を真に支えるような施策に集中することだ。トランプ大統領は政策の優先順位や内容を見直し、その実現に向け指導力を発揮すべきである。

 政権と与党・共和党はオバマケアの撤廃と代替法案の成立を最優先課題にしてきたが、共和党内の対立で暗礁に乗り上げ、法案は撤回に追い込まれた。

 そもそもオバマケアを撤廃して新制度を導入することが本当に必要だったのかは疑問だ。米議会予算局は共和党の代替法案が実現すれば、無保険者がいずれ2400万人増えると試算していた。医療保険制度の柱がひんぱんにかわるのは米国民にとって迷惑な話だ。

 経済政策で優先すべきことは他にある。一つは成長の持続性を高める策だ。米国経済は改善しており、景気を後押しする財政刺激策は不要ともいえる。ただ、老朽化したインフラの改修や新設、高すぎる法人税率の引き下げなどは生産性や競争力を高めるうえで重要だ。これらを財源を確保しつつ前進させることには意味がある。

 もう一つは技術革新の波のなかで良い仕事を見つけにくくなっている中間層への支援だ。大統領が経営者の意見を聞くため招集した会議では、職業訓練の重要性を強調する声などが出たと伝えられている。技術や産業構造の急激な変化に対応できるよう人々を支えるのが政府に求められる役割だ。

 ただ、大統領が実際に力を入れているのは、対米黒字国に輸入拡大を求めたり、内外企業に米国で工場を造るよう圧力をかけたりする強引な雇用拡大策だ。こうした介入主義的な手法は望ましくなく長続きもしない。また、石炭産業への環境規制緩和で炭鉱雇用を支えると宣言しているが、衰退産業で雇用を増やすのは無理がある。

 株式相場はトランプ大統領当選後、経済活性化につながる政策の実現を予測して大幅に上昇した。だが、保護主義的な政策や、批判だけで指導力を発揮しない「悪いトランプ」にも目を向けざるをえなくなっている。経済政策の方向や政権運営の姿勢を転換しない限り求心力の低下は避けられまい。

ドローンを課題解決のテコに

 ドローンと呼ばれる小型無人機の活躍の舞台が広がっている。これまでは空から撮った映像をネットに投稿するといった個人の趣味的な使い方が主流だったが、最近は離島への物流やインフラ点検、自動測量や自動警備など幅広い分野への応用が進み始めた。

 ドローンをうまく安全に使いこなし、人手不足に悩む職場の作業効率の改善や市民生活の安全安心の向上につなげたい。

 ドローンの特徴の一つは企業だけに限らず、自治体などの公的な機関の関心が高いことだ。

 例えば長野県伊那市は害獣対策として、ドローンの活用を検討している。赤外線カメラなどを装備したドローンを山林上空に飛ばして鹿などの居場所を把握し、害獣の撃退につなげる狙いだ。今秋には動物の探索を競い合うドローンの飛行競技会を実施する。

 インフラの点検もニーズが高い。横浜市は大口径の下水管内でドローンを飛ばし、老朽化した箇所を素早く見つける実証実験を始めた。管内は有毒ガスの発生や豪雨による水位の急上昇リスクがあり、ドローンの利用で作業員の安全を確保できる利点もある。

 地震などの被害状況の把握にも威力を発揮するだろう。技術の担い手である大学や企業と、それを利用する自治体などが連携するオープンイノベーションの体制をつくり、社会の利益にかなうドローンの活用をめざしたい。

 もう一つのドローン効果は生産性の向上だ。ビルメンテナンス会社の大成は夜間のビル内部をドローンが巡回飛行する警備サービスを実施する。コマツはドローンによる自動測量を始めた。

 こうしたサービスは人が担ってきた仕事を機械が代替する側面もある。少子高齢化が進むなかで、ドローンが人手不足対策の一助になることを期待したい。

 残された課題の一つは墜落防止などの安全確保だ。企業は技術革新によって、政府は操縦者の技能向上を促すような施策を通じて、飛行の安全性を高めてほしい。

春闘と賃上げ 広がりが問われる

 春闘は、組合側からの要求に対し会社側の回答が進んでいる。先週までの連合の集計によれば、賃上げは、前年をやや下回る水準という。

 例年、交渉を引っ張る自動車や電機などの大手企業のベースアップでは、昨年以下の回答が目立った。米国のトランプ政権の政策や為替水準など、輸出をとりまく経済環境の不透明感が背景にあったようだ。

 一方で、食品加工や流通といった内需関連の産業では、昨年を上回る回答が目立つという。こうした業種では人手不足も強まっており、労働側への追い風になっていると見られる。

 個別の企業や業界ごとに、ある程度の濃淡があらわれるのはやむを得ないだろう。問題は全体の水準だ。

 昨年10~12月期の法人企業統計によると、企業全体でみれば、前年を上回る空前の利益を上げている。ベアの平均が昨年を下回るような結果になれば、働き手への公正な配分という点で大きな疑問が残る。また、今後の物価上昇次第では、実質賃金の低下を通じて消費を弱め、景気の足を引っ張りかねない。

 注目されるのは中小企業や非正社員への賃上げの波及だ。「底上げ春闘」を掲げる連合は、中小企業でも早めに回答を引き出した組合が多いことなどから、成果が出ているとしている。非正社員でも正社員を上回る改善も見られるという。

 失業率が下がり、労働市場の需給が引き締まっていることを受けて、労働組合の影響力が弱い中小・非正社員でも賃上げの流れが強まりつつあるのは確かなようだ。

 だが、賃金の水準で見ればなお大手・正社員との差は大きく、格差縮小への動きは緒についたばかりともいえる。「同一労働同一賃金」が政策課題にもなっており、さらなる裾野の広がりが必要だ。

 現時点で回答を得ているのは、連合傘下の要求提出済み組合の3分の1程度であり、中小企業の多くではこれからも交渉が続く。経営者には、公正な分配と内需の下支えを意識した上で、積極的な回答を望みたい。

 今年の春闘では、長時間労働の是正など「働き方改革」もテーマになっている。賃上げに加え、さまざまな労働条件の改善が求められるのは当然だ。

 社会全体のあり方にもかかわる課題について、企業側と労働側が集中的に議論し、大きな方向性を打ち出すことは春闘の一つの機能である。労使の前向きな取り組みが広がることを期待する。

震災とアート 喪失と希望、刻む作品

 東日本大震災と福島第一原発事故の被災地には、多くのアーティストが足を運ぶ。被災者や避難者に寄り添い、地道に創作を続けている人もいる。

 災害の記憶を長く社会にとどめていくためにも、さまざまな立場の人々をやわらかくつなぐ文化・芸術の力は大きい。

 映画「息の跡」の小森はるか監督は震災の翌春、東京芸術大大学院を休学して岩手へ移住した。そば屋で働きながら、陸前高田市の種苗店主、佐藤貞一さんを3年間撮り続けた。

 佐藤さんは津波で流された自宅兼店舗跡に自らの手でプレハブを建て、井戸を掘って店を再開した。英語や中国語で体験を記し、出版している。悲しみが大きすぎて、日本語で表現するのを体が拒んだという。

 映画は大学院の修了制作だったが、追加撮影と再編集をへて長編デビュー作になった。記録と表現が溶けあうドキュメンタリーは、震災を伝える有力な手立てだ。各地で順次上映されているのは意義深い。

 除染で出た大量のフレコンバッグや、海岸にそびえ立つ巨大堤防の前で弁当やお茶を楽しむ――。現代美術家の開発好明さんは昨年、連作写真「新世界ピクニック」を発表した。

 くつろぐ人々と荒涼とした風景との落差が、消えぬ傷の大きさをあらわにする。海外にも作品をたずさえ、震災がもたらしたものを問いかける。

 小森監督と開発さんはそれぞれ震災直後、東北へ通い支援やチャリティーをした。重い現実を前に、表現活動をすることにはためらいがあったが、被災者やその家族から逆に励まされ、創作に立ち戻れたという。

 2人はともに、被災地での息長い活動をライフワークにかかげる。

 震災後、被災地には多くのボランティアの姿があった。6年たったいま、アーティストの営みも実を結んできている。作品は、震災を新たな視点からとらえ直す手がかりになる。

 被災地のどこで、どんなアートが生まれるのか。新たな試みを見つけるのは難しい。しかし仙台市のせんだいメディアテークなど、震災をめぐる表現を集積している文化施設もある。

 こうした取り組みをもとに、個々のアーティストの活動をネット上で一覧できる仕掛けをつくったり、好みの企画には少額を寄付できるクラウドファンディングを採り入れたりしてはどうだろうか。

 共感に基づくゆるやかな支援で、震災から生まれる多彩な表現を育てていきたい。

東電経営計画 収益力高めて福島再生進めよ

 福島第一原発の廃炉や賠償費用の返済を着実に進めるには、東京電力が戦略的な提携で収益力を高めることが必要だ。

 東電が新たな経営計画の骨子を発表した。

 経済産業省の有識者会議の提言に沿って3年ぶりに見直す。他電力との統合や提携で、「稼ぐ力」を強化することが柱である。

 福島原発の事故処理費用は21・5兆円と従来予想より倍増し、このうち廃炉や賠償など16兆円を東電が負担する。今後30年間は年5000億円の確保が必要だ。

 福島再生に向けて、東電は、全社的な改革に取り組み、経営計画が示す様々な施策を着実に実行しなければならない。

 骨子が重視しているのは、東電が、事業ごとに他社との協業体制を打ち出すことだ。東電単独では収益力の向上に限界がある以上、妥当な判断と言えよう。

 火力発電事業では、中部電力との全面統合を掲げた。実現すれば、火力発電で国内の5割を占め、燃料調達でも世界有数の企業となる。統合効果を発揮するため、早期合意を目指してほしい。

 送配電事業も連携体制を構築する。2020年代初頭に他社と共同事業体を設立し、25年度に1500億円のコスト削減を狙う。

 問題は原発事業である。

 骨子は他の大手電力との再編・統合を目指す方針を示した。東電再建に資するだけでなく、安価な電力を安定的に供給する体制作りにも有効だろう。

 ただ、再編相手となる他電力には警戒感が広がっている。原発事故の処理費用を負担させられる可能性があるとの懸念を抱くのは、無理もあるまい。

 将来にわたって、福島原発の処理には東電と国が責任を負う。この原則に他社の理解と信頼が得られるよう、政府と東電は努力しなければならない。

 柏崎刈羽原発の再稼働も大きな課題だ。1基500億円の収益改善効果が見込まれるが、免震重要棟の耐震不足を示すデータを公表しなかったことが発覚し、地元自治体の不信を招いている。信頼回復に向けた取り組みが急務だ。

 東電の経営改革を推進する上で企業統治の確立も欠かせない。

 東電は、会長や社外取締役の交代など経営陣の刷新を検討している。気がかりなのは、経営陣と現場の間で意思疎通が十分ではない面がうかがえることだ。

 新体制では、隠蔽体質を払拭し、若手社員が意欲を持てる社内風土を作ることが重要である。

香港長官選挙 「高度な自治」形骸化が深刻だ

 「一国二制度」の下に認められた香港の「高度な自治」の形骸化が一段と進んだと言えよう。

 香港政府のトップ、行政長官を決める選挙が行われた。ナンバー2の政務官だった親中国派の林鄭月娥氏が、民主派の支持も得た前財政官らを破って当選した。中国への返還から20年となる7月1日、就任する。

 林鄭氏は、産業界などの代表らで構成される選挙委員約1200人の過半数の票を獲得した。委員の大半は親中派だ。支持率で前財政官に30ポイント近くリードされていた世論調査との乖離(かいり)が際立った。

 看過できないのは、習近平政権の露骨な介入である。

 共産党序列3位の張徳江・全国人民代表大会常務委員長が先月、林鄭氏を「党中央が支持する唯一の候補者だ」と語ったと報じられた。事実上、香港の親中派要人らに投票を指示したものだ。林鄭氏の優位が固まったとされる。

 2014年秋、林鄭氏は、長官選挙の民主化を求めて道路を占拠した若者らとの交渉役を務め、強硬姿勢を貫いた。習政権は、この点を高く評価したのだろう。

 新長官には、完全な「普通選挙」の導入に向けた努力が求められる。民主派の立候補も排除しない仕組みが重要だ。だが、林鄭氏は、選挙制度改革について、「軽率に進めることはできない」と語り、慎重な考えを示している。

 「高度な自治」を蔑(ないがし)ろにする中国政府の圧力は、今回の件にとどまらず、他の分野にも及ぶ。

 15年秋以降、中国に批判的な書籍を扱う書店の関係者5人が失踪し、少なくとも1人は香港で捜査権がない中国当局に連行された疑いがある。今年1月に北京の大富豪が香港で姿を消したのも、中国当局の関与が指摘されている。

 事実とすれば、香港の法治を否定する行為にほかならない。

 昨年11月には、中国が、9月の香港議会選で当選した急進的な反中勢力の議員2人が香港基本法(憲法)に反する宣誓を行ったとして、資格無効の判断を示した。これを香港高裁も追認した。

 習政権は、「香港独立」の主張が若い世代の間で勢いづくことに警戒感を強める。李克強首相は今月初めにも、「香港独立に前途はない」と警告している。

 反中勢力を強権的に抑圧する事態が続くようなら、「法の支配」に基づく国際金融センターとしての地位も損なわれよう。

 政治改革を進めてこそ、香港の安定と繁栄が保てることを、習政権は忘れてはなるまい。

2017年3月26日日曜日

機関投資家と企業の対話促す改革進めよ

 資産運用会社や年金など機関投資家の行動規範を定めた「スチュワードシップ・コード」が、約3年ぶりに見直される。金融庁の有識者会議で改定案が示され大筋で了承を得た。

 安倍晋三首相は企業統治(コーポレートガバナンス)改革を、成長戦略の一つと位置づけてきた。その推進力となったのが、2014年に策定された機関投資家の行動規範だ。今回の見直しを、ガバナンス改革を一段と進めるための契機とすべきである。

 強制ではないが守らない場合は理由を説明する必要がある、という規範の基本的な考えは変わらない。そのうえで見直し案は、議決権行使状況を開示することの重要性を強調した。

 現在は開示に消極的な運用会社も多い。見直し案は、少なくとも役員人事や報酬など主な議案ごとに行使結果を集計し、賛否の件数を公表すべきだとした。さらに個別の投資先ごとの開示も促した。

 こうした改定の背景には、資産運用を巡る日本的な事情が横たわっている。日本の大手運用会社はほぼすべて商業銀行や証券会社のグループに属する。信託銀行は企業にお金を貸しつけるとともに、大株主にもなっている。

 はたから見れば金融商品の営業が優先されるあまり、機関投資家の経営チェックが甘くなっているのではないか、との疑義も生じる。議決権行使の結果の開示を促すことにより、資産運用会社が株主の責務を果たし投資先の経営に目配りしているかどうか、外部から判断しやすくする。

 また行動規範は、あらゆる運用会社が投資先の企業価値を向上させるような提案をするよう求めた。影響力を強めるため他の投資家と協働することも選択肢の一つとして挙げている。

 企業に投資の必要性を指摘したり、利益還元を提言したりする運用会社は増えている。規範で促すことにより、機関投資家の働きかけが広がることが期待される。運用会社は企業の経営を理解し、長期の視点で助言できる専門家を育てることが必要だ。

 企業も株主向け広報の体制を拡充するなど、対話の準備を急ぐべきだ。機関投資家と経営陣が議論を深めることは企業価値を向上させ、お金の運用を託している個人の富を増やす。さらには、投資や雇用の拡大を通じて経済全体を豊かなものにするはずだ。

信頼できる臨床研究体制を

 医薬品の臨床研究で、効果が高く見えるようにデータを改ざんしたとして薬事法違反に問われた製薬会社やその元社員を無罪とする地裁判決が出た。

 改ざんがあったことは認めたが、その研究論文は法律で規制する虚偽広告には当たらず、罪は問えないとの判断だ。

 しかし医療現場では、論文を見た医師の処方に影響を与える可能性は十分ある。人の命や健康に影響したり、医療費の無駄遣いにもつながったりしかねない大きな問題は残ったままだ。

 この事件の発覚を受け、政府は昨年の通常国会に、臨床研究の透明性を高めるための法案を提出している。監査や情報公開を義務付ける内容だ。法案は継続審議中だが、早期に成立させ、信頼できる研究体制の構築を進めてほしい。

 不正があったのは製薬大手ノバルティスファーマがつくる高血圧症治療薬のデータだ。同社は臨床研究の中心となった大学病院の医師らに多額の奨学寄付金を提供していたことも問題になった。

 医薬品や医療機器の開発・改良のためには、実際に人に使ってみて有効性や安全性を確かめる臨床研究が欠かせない。これらの研究には、被験者の安全の確保や外部からの監視の目などが必要になるはずだ。ただ現状では、国が新薬や新医療機器を承認するための研究を除いて、法的な規制はかかっていない。

 今回の不正事件も、すでに国が承認した高血圧治療薬の新たな効果を探る研究の中で起こったものであり、規制対象外だった。

 規制を強めればよいというものでもない。再生医療などの新しい技術の実用化には一定の自由度も必要だ。法律が制定された後も、関係者でよく協議し、医学の発展の芽を摘まないような柔軟さを保ってほしい。

 法規制以前の問題として、製薬企業や研究者は高度な倫理観を持つべきである。不透明な寄付金などによる癒着を排し、改めて襟を正してほしい。

欧州統合60年 市民の信頼築く改革を

 「60周年」の節目を、欧州連合(EU)への信頼を取り戻していく元年としたい。

 1957年3月25日、フランスや西ドイツなど6カ国がローマ条約に調印。EUの前身、欧州経済共同体の設立を決めた。

 二度の大戦への反省から、国境を越えた人や物の自由な往来を促し、各国が主権を譲って共通政策を打ち出すことで平和と繁栄を目指す壮大な実験は、いま深刻な壁にぶつかっている。

 ギリシャ危機に端を発した経済の停滞、難民や移民の流入、相次ぐテロで、「EUは安全と繁栄をもたらすのか」と疑う声が広がった。英国のEU離脱決定で欧州統合は初の後退を迫られ、「自国第一」を掲げるポピュリズム(大衆迎合)政党が各国で勢いを増している。

 「長い平和に慣れ、EUのありがたみが薄れた」との指摘もある。何世紀も戦争が繰り返された欧州で、過去60年間は加盟国間の武力衝突がなかった。

 初心に戻り、「不戦」の共同体を築き上げた意義を再確認すべき時だ。

 ローマには25日、加盟国首脳が集い、結束を誓い合った。

 あるべきEUの姿の検討も始まった。従来通り加盟国が横並びで統合を進めるか、各国事情に応じて統合速度に差をつけるのか、活発な議論が期待される。その際、大国主導で小国の意見が軽視されてはなるまい。

 保護貿易に傾くトランプ米政権や強権姿勢を強めるロシアなど、大国のエゴへの懸念が募る折だ。EUには国際協調のモデルを追求してほしい。

 一方、60年を経ても、加盟国の市民にとってEUは身近な存在とは言いがたい。

 市民生活に直結する多くの規制をEUが決めているのに、その決定過程をめぐる発信が足りない。直接選挙で選ばれる欧州議会はあるが、権限が限られ、選挙の投票率も低い。

 「自分たちが代表されていない」という市民のEU不信が結束を乱しているなら、ゆゆしき事態だ。民意を生かし、透明性を高める改革に、EUや各首脳は知恵を絞ってほしい。

 いまの世界の先進国を見渡すと、「統治する側」と「される側」との距離をどう縮めるかは共通の課題でもある。非難の的がEUであれ、グローバル化であれ、多くの国々の市民が既成政治に限界を感じている。

 政治家や官僚が物事を決めて動かす日々の営みが、市民を置き去りにしていないか。統治システムをどう検証し、改善に取り組んでいくか。先行する欧州の実験の行方を見極めたい。

大阪万博案 このままで開けるのか

 大阪で25年に国際博覧会(万博)を誘致しようとする経済産業省の構想案がまとまった。安倍政権は5月下旬までに、博覧会国際事務局(BIE)に立候補を届け出る方針だ。

 ただ、「いのち輝く未来社会のデザイン」をテーマにした案は、全般に漠然としてインパクトを欠く。昨年11月にいち早く立候補したフランスに勝てるかという問題以前に、国民の理解を得られるか、疑問だ。

 巨額の資金確保や交通アクセス整備にも難題を抱えている。手続き上、立候補は閣議了解だけでできるが、国会でその是非を議論すべきだ。

 大阪万博構想は、松井一郎大阪府知事が率いる大阪維新の会が14年に提唱した。わずか3年でここまで進んだのは、維新との関係を重視する安倍政権の後押しゆえだ。関西出身の世耕弘成経産相はとりわけ前向きだ。

 だが、構想浮上から閣議了解まで7年かかった05年愛知万博に比べ、準備不足は明らかだ。

 最も重要な開催テーマについて、大阪府は「健康・長寿」を提案した。しかし経産省の有識者会合では「途上国の支持を得にくい」との声が相次ぎ、「未来社会」に今月変更された。

 人工知能(AI)や仮想現実(VR)といった先端技術を駆使し、参加型で疲れない万博を目指すという。多くの要素を盛り込もうとしたあまり、かえって万博の統一的な方向性が見えにくくなった感が否めない。

 フランスでは官民合同の万博誘致組織が12年末から活動を始めている。日本はまだ、経団連会長をトップとし、今月27日にようやく発足する段階だ。

 経産省は今月の有識者会合に「関西弁」に訳した構想案を参考資料として配布した。ところが批判が相次ぐと、すぐに撤回した。政府の司令塔のドタバタぶりにも不安を禁じえない。

 万博の会場建設には1250億円かかる見込みだ。過去の万博では国と地元自治体、経済界が3分の1ずつ負担してきた。ただ、関西の企業からは「一過性のイベントに資金を出すのは難しい」との声が相次ぐ。

 会場候補の人工島には鉄道がなく、必須となる地下鉄延伸で別に640億円かかる。大阪府と大阪市はカジノを含む統合型リゾート(IR)誘致とセットでの整備をもくろむものの、カジノには府民の抵抗感が強い。

 松井氏らは「20年東京五輪後の成長の起爆剤に」と25年万博開催にこだわる。だが無理押しする必要がどこまであるか。国民の意見を幅広く聞き、立候補を慎重に判断したほうがいい。

対「イスラム国」 有志連合の結束で壊滅目指せ

 過激派組織「イスラム国」による卑劣なテロを阻止するには、掃討作戦が不可欠だ。関係国は、米国を中心に緊密に連携し、組織の壊滅を急がねばなるまい。

 米国主導の有志連合の閣僚級会合が開かれ、68か国・地域などの代表が参加した。閣僚声明は「イスラム国」を「地球規模の脅威」と位置づけ、「根絶に向けて固く結束していく」と強調した。

 「米国第一」を掲げるトランプ政権が会合を呼びかけ、協調を確認した意義は小さくない。議長役のティラーソン米国務長官は、組織打倒への強い決意を示した。

 「イスラム国」は、2014年以来、イラクとシリアの一部地域を支配する。有志連合が支援する現地部隊の攻勢により、イラクで約60%、シリアで約30%を奪還したのは明るい材料である。

 イラク軍による北部の要衝モスルの制圧作戦は最終局面に入った。自爆テロなどの抵抗を抑え込まねばならない。

 壊滅のカギを握るのは、「イスラム国」が首都と称するシリア北部ラッカの攻略だ。米国は、米軍特殊部隊の増派や空爆強化などを検討している。早急に戦略を構築し、実行に移してもらいたい。

 「イスラム国」はインターネットで過激思想を拡散し、欧米での無差別テロを煽(あお)る。ロンドン中心部でも最近、関連が疑われるテロが起き、多くの死傷者が出た。

 閣僚声明は、ネットでの宣伝戦の対策拡充やテロリストに関する情報の共有を打ち出した。奪還した地域の復興支援や難民の帰還促進も課題に挙げた。

 軍事力だけで、過激思想やテロを根絶するのは困難である。現地の政治的安定と民生向上に向け、国際社会が長期的に関与し、資金を提供する取り組みが欠かせない。日本も、人道援助や教育支援などの貢献を続けていきたい。

 懸念されるのは、有志連合とは距離を置くロシアの動向だ。シリア内戦に軍事介入し、アサド政権を支援する。停戦協議の主導権も握りつつある。テロ組織の撲滅よりも、中東での影響力拡大に重点を置いているのは間違いない。

 トランプ大統領は、ロシアと共同で「イスラム国」掃討作戦を進める構想を持っていた。だが、側近らとロシアの癒着疑惑に関し、国内で強い批判を浴び、対露協調路線は行き詰まっている。

 トランプ氏には、同盟国を中心とする有志連合を対テロ戦略の軸に据えたうえで、米露の立場の違いを埋める努力が求められる。

個人向けローン 銀行の安易な姿勢はツケ残す

 貸しやすい顧客ばかりを相手に安易な利ざや稼ぎに走っていないか。

 急増する銀行のアパートローンとカードローンについて、金融庁が実態調査に乗り出した。

 銀行には、高収益が期待できる個人向けローンを積極的に増やすことで、マイナス金利政策による収益減を補う目的があろう。

 だが、目先の利益を優先した過剰な融資は、新たな貸し倒れリスクを抱え込むことにつながる。

 審査体制や営業手法などが顧客本位で行われているか、金融庁には十分なチェックを求めたい。

 アパートローンは、投資用の賃貸住宅を建てる人向けの融資だ。2016年の実績は4兆円に迫り、前年より2割以上増えた。

 16年の貸家着工件数が8年ぶりの高水準に達したことも、融資の急増ぶりを裏付ける。

 きっかけは、15年に相続税の課税対象が拡大したことだ。更地のままより住宅を建てた方が税金が少なくなる。建設資金を銀行から借りると、納税額は一層減る。

 問題は、銀行と不動産業者らがアパート経営の節税効果や資産運用益ばかりを強調して、将来のリスクを十分説明しないケースが指摘されていることである。

 アパートローンは、借り主が得る家賃収入で返済する仕組みだ。部屋の借り手が確保できればいいが、空室が増えれば、返済が滞る可能性もある。特に、人口減が加速する地方都市を中心に空室リスクが懸念されている。

 日銀は、1月の支店長会議で「魅力の乏しい物件などで、空室率上昇や家賃下落が見られるとの声がある」と警鐘を鳴らした。

 一方、カードローンも、16年末の残高が5・4兆円に達し、この1年間で1割ほど増えている。

 消費者金融業者には、利用者の年収の3分の1を超えた貸し出しができない「総量規制」が導入されている。銀行は対象外だ。

 無担保で使い道を問わず、申し込み当日に融資を受けられる手軽さを盛んにPRしている。

 消費者金融には抵抗感がある消費者も、銀行から借りるなら安心との心理が働くとされる。

 だが、一部には返済能力を大幅に超える金額を融資する事例が報告されている。カードローンの金利は割高だ。行き過ぎた融資が広がれば、多重債務者の増大など社会問題化しかねない。

 銀行に求められるのは、将来性のある企業の資金需要を地道に掘り起こし、日本経済の活性化に資する融資を行うことだろう。

2017年3月25日土曜日

生産性を高めて無理なく残業を減らそう

 残業時間への規制案が固まった。残業を実質的に青天井で延ばせる現行制度を改め、罰則付きの上限規制を設ける。繁忙月に例外として認める残業は100時間未満とすることで決着した。

 制度の見直しを過重労働是正の一歩としたい。重要なのは、労働生産性の向上によって働く時間を短縮していくことだ。働く時間の配分を本人にゆだね、生産性が上がるようにする制度の整備にも政府は力を入れてもらいたい。

 政府、連合、経団連の政労使が規制案に合意した。残業の上限は原則として月45時間、年間では360時間とする。労使協定を結べば、年720時間の残業や繁忙月の特例などを認める。

 月100時間を超える残業は脳や心臓疾患による過労死のリスクが高まるとされており、その基準近くまでの残業を認めることには批判もある。経営者は労働時間の短縮にできるだけ努める必要があることを自覚すべきだ。

 終業から始業までに一定の休息を設ける勤務間インターバル制度については、導入を企業の努力義務とした。各企業は自社の事業内容などを踏まえ、制度化を検討してはどうか。

 長時間労働対策でより大事なことは、一人ひとりが効率的に働き、短い時間で仕事が終わるようにする環境づくりだ。企画力や創造性で勝負するホワイトカラーの場合は、本人の工夫によって生産性を高め、働く時間を短縮できる制度を充実させる必要がある。

 労働時間ではなく成果の対価として報酬を得る「脱時間給」制度の新設や、仕事の時間配分を自分で決められる裁量労働制の拡大が求められる。これらを盛った労働基準法改正案は一昨年に国会に提出されたが、本格審議が見送られたままだ。成立を急ぐべきだ。

 日本はサービス分野の生産性がとりわけ低く、企業はIT(情報技術)を活用するなどで仕事の進め方を見直す必要がある。いまは労使協定で労働時間規制の適用除外になる運輸業や建設業についても、政府は将来的に残業の上限規制の対象とする方向だ。建設会社や運輸会社は積極的に業務効率化を進めることが求められる。

 生産性の向上を伴わずに労働時間の短縮を急げば、企業活動に無理が生じやすい。社員が仕事を自宅に持ち帰らざるを得なくなる恐れもある。政府は生産性向上の支援策に多面的に取り組むべきだ。

EUは統合深化で生き残れ

 2度にわたる大戦の舞台となった欧州で、ドイツとフランスなどが再び戦火を交えないための壮大な事業が欧州連合(EU)だ。

 今年の3月25日は、EUの前身である欧州経済共同体(EEC)設立を定めたローマ条約の調印から60年にあたる。平和の礎としてのEUの成果を踏まえ、さらなる統合への道を歩んでほしい。

 EUの歩みはおおむね成功だった。その柱は域内を人、モノ、カネ、サービスが自由に移動できる「単一市場」だ。加盟国の経済が相互に結びつきを強め、戦争とはほぼ無縁の欧州を築き上げた。

 しかし、各国が主権をEUに徐々に移して統合が進んだことで、足元では反EUを掲げる極右政党が台頭している。4~5月の仏大統領選で仮に「EUとユーロからの離脱」を訴える国民戦線のルペン党首が当選すれば、実質的にEU存亡の危機に直面する。

 英ロンドン中心部で襲撃事件が起きるなど、欧州は今なおテロの脅威に苦しむ。中東や北アフリカから流入する難民への対応も課題だ。経済面ではギリシャやイタリアなど南欧の低迷が長引く。

 そんな難局の時こそ、英国を除くEU加盟27カ国の首脳は結束して行動する必要がある。加盟国は国ごとに行動するには規模が小さい。協力と協調を通じて初めて実効ある政策を打ち出せる。

 トランプ大統領の下で米国が内向き志向を強めるなか、EUには自由貿易や地球温暖化対策をけん引する役割も期待されている。

 一部の加盟国が先行して統合を深める「多速度の統合」という考えが出ている。EUの基本理念に反する行動をしがちな中東欧をけん制するねらいなら理解できるが、加盟国の分断につながらないような工夫は要る。

 EU加盟候補国はトルコを除けば小国で、規模からみたEUの拡大はほぼ一段落した。ユーロ圏の再強化からテロ対策、軍事協力まで統合の具体策を深めることが、EU生き残りの唯一の道だと欧州の首脳は肝に銘じてほしい。

森友学園問題 説得力ない首相の説明

 疑問はいっこうに晴れない。

 安倍首相はきのうの参院予算委員会で、「森友学園」への国有地払い下げや学校認可に、自身や妻昭恵氏が「まったく関与していない」と強調した。

 審議で焦点となったのは、首相夫人付の政府職員から籠池(かごいけ)泰典氏に届いたファクスだ。

 証人喚問での籠池氏の証言によると、国有地の買い上げ条件の緩和についての相談を、昭恵氏の留守番電話にメッセージとして残した。

 その後、首相夫人付職員は次のファクスを籠池氏に送った。

 「財務省本省に問い合わせ、国有財産審理室長から回答を得ました」「なお、本件は昭恵夫人にもすでに報告させていただいております」

 「工事費の立て替え払いの予算化について(略)平成28年度での予算措置を行う方向で調整中」と、政府予算に言及した部分もある。

 首相は、ファクスは籠池氏側から首相夫人付への問い合わせに対する回答で、昭恵氏は報告を受けただけだと主張する。しかし、国家公務員である首相夫人付の職員が、昭恵氏の了解もなく一学校法人の要望を官庁に取り次ぐものだろうか。

 首相は、首相夫人付の行為について「事務的な問い合わせで、依頼や働きかけ、不当な圧力はまったくない」という。だが首相夫人付からの問い合わせは、官庁に政治的な影響力を持ちうる。

 自らが持つ権力の重さや周囲の受け止めを、首相と昭恵氏はどう考えているのか。

 稲田防衛相も発言の信用性がいっそう疑われる事態だ。

 稲田氏はこれまで、弁護士である夫が「本件土地売却にはまったく関与していない」と述べていた。だが籠池氏の証言を受け、夫が16年1月の籠池夫妻と国側との話し合いに同席した事実を認め、「(国有地)売却の話ではなく、借地の土壌汚染対応の立て替え費用の返還の話」だったと語った。

 籠池氏の喚問での証言に対し、昭恵氏は自身のフェイスブックで「籠池さんから何度か短いメッセージをいただいた記憶はありますが、土地の契約に関して、まったくお聞きしていません」などと反論した。

 だが、自分の主張を一方的に述べるフェイスブックでの説明だけで、首相夫人という公的存在としての説明責任を果たしたとは到底、言えない。

 籠池氏は、虚偽を述べれば偽証罪に問われる証人喚問で証言した。昭恵氏も自ら国会で説明すべきである。

「道徳」の検定 教科化で窮屈になった

 文部科学省は「考え、議論する道徳」をめざすという。その取り組みが、この検定意見であり、この教科書なのだろうか。

 道徳が来年春から教科になるのに伴い、文科省が小学校の教科書の検定結果を公表した。

 話し合ったり、発表したり、主人公の役を演じて考えたりするなど、学習方法はたしかに多様になった。

 しかし、肝心の中身は学習指導要領にがんじがらめだ。

 検定の具体例を見てみよう。

 指導要領は道徳科の内容として、「正直、誠実」「節度、節制」「礼儀」「感謝」など22の徳目を定めている。

 他の教科と違い、これらに客観的・科学的根拠があるわけではない。だが指導要領に書かれている以上、教科書はすべてを網羅しなければならない。

 加えて検定意見は、一つひとつの徳目の説明に書かれている具体的な事項にふれていなければ、「不適切」とした。

 例えば、指導要領は「感謝」の対象として高齢者を挙げる。このため元の教科書にあった地域の「おじさん」への感謝は、「おじいさん」に書き換えられた。町探検で出合った「アスレチック」は、「伝統と文化の尊重」を理由に、「こととしゃみせん」の店に変更された。

 あまりのしゃくし定規ぶりに驚く。「考え、議論する道徳」の最初の教科書が、こんなに窮屈な検定姿勢から生まれるとは皮肉以外の何物でもない。

 国が指導要領で徳目の内容を定め、それに基づいてつくった教科書を改めて国が検定する。この二重の縛りが、お仕着せの教科書を生んだ。朝日新聞の社説は「道徳の教科化」に疑念を投げかけてきたが、その思いは深まるばかりだ。

 道徳の狙いは、「いかに生きるか」という課題に子どもたちを向きあわせることにある。文科省が決めた徳目の枠内に、そもそも収まるはずがない。

 教員には教科書を使う義務があるが、文科省も独自の教材の使用まで禁じてはいない。

 一線の先生に求めたいのは、あくまでも目の前の児童・生徒から出発する姿勢である。一人ひとりの子やクラスをとりまく状況を踏まえ、身のまわりの出来事も素材にして、胸に届く指導を試みてほしい。

 教育委員会や学校長には、現場の意向を最大限尊重し、工夫の余地を確保してもらいたい。考え、議論する力を本気で育てたいのなら、成長段階に応じて、教科書の内容そのものを疑い、批判的に読む授業も認めるべきだろう。

道徳教科書検定 考えて議論する授業の土台に

 命の大切さや思いやりの心を、しっかりと伝える。道徳の授業が果たす役割は大きい。

 2018年度から「特別の教科」に位置づけられる道徳の小学校用教科書の検定結果が公表された。義務教育で新規の教科書が登場するのは、26年ぶりとなる。8社が各学年分を申請して、合格した。

 現行の道徳は正規の教科ではなく、軽視されがちだった。「特定の考えの押しつけになる」との批判も少なくない。副読本などを読み、登場人物の心情を考えるだけの授業にとどまっていた。

 教科化に伴い、「考え、議論する」道徳への転換が図られる。各教科書には、「自分ならどうするか」といった設問や、議論のヒントが示された。児童が意見を書き込む欄を設けた教科書もある。

 話し合いや体験学習を重視し、子供に深く考えさせようという狙いは理解できる。

 道徳の教科化は、大津市のいじめ自殺問題が契機になった。大半の教科書が、いじめを重要なテーマとして扱った。

 正当化する理由などないことや、傍観してはならないことを訴えている。メールによるトラブルの防止にページを割いているのは、現実的である。

 いじめの場面を児童が演じる授業例には検定意見が付き、「役の交代」の必要性が明記された。関係の固定化などにつながる可能性があるからだろう。いじめを授業で扱う際には、学級の状況に応じた配慮が重要になる。

 各教科書には、文部科学省の教材などで数十年も使われてきた物語や昔話の再掲が目立つ。初めての検定だけに、教科書会社は合格を意識して、学校現場で定着しているものを選んだ傾向がうかがえる。画一的な印象は否めない。

 一方で、電車とホームの間に挟まれた女性を救出しようと、乗客が力を合わせて車両を押す様子を捉えた新聞の写真が、教材になった。助け合いの大切さを伝える内容だ。東日本大震災の被災体験も多くの教科書で扱われている。

 子供の心に響く、身近な題材を選ぶ工夫が求められる。

 同時に検定結果が公表された高校の教科書では、安全保障関連法などの時事問題が多く盛り込まれた。自分が生きる社会への理解を深めることは大切だ。

 ベテラン教師の大量退職で、若手が増えた学校も多い。新しい教科書を生かすためには、教師の指導力向上が欠かせない。研鑽(けんさん)の機会を拡充する必要がある。

森友問題審議 首相夫人の立場を整理したい

 学校法人「森友学園」への国有地売却問題は、事実関係をきちんと踏まえ、冷静に真相を解明することが肝要である。

 新たな焦点は、安倍昭恵首相夫人付の政府職員が国有地の借地契約を巡って、財務省に問い合わせたことだ。

 職員は、契約をより有利な内容にしたいとする森友学園の籠池泰典氏に、「現状ではご希望に沿うことはできない」と回答した。

 参院予算委員会で野党は、昭恵氏が職員を通じて財務省に働きかけたのではないかと追及した。

 安倍首相は、「事務的な問い合わせであり、働きかけ、不当な圧力ではない」と語り、昭恵氏の関与を全面的に否定した。

 籠池氏側は職員に書面で連絡を取っており、昭恵氏が直接関わったとは言えまい。だが、昭恵氏周辺が所管省庁に照会することが結果的に、官僚の「忖度(そんたく)」を誘発する恐れがあるのも事実だ。

 昭恵氏は、2月にこの問題が発覚した後、籠池氏の妻と頻繁にメールでやり取りしていた。誤解を招きかねず、軽率な行動だ。

 自民党内から「首相夫人の立場を踏まえ、もう少し慎重であるべきだ」などと、昭恵氏への苦言が出るのは、もっともだろう。

 予算委は、当時の近畿財務局長の武内良樹氏らを参考人として呼んだ。売却価格が評価額から約8億円減額された経緯について、武内氏は「政治家及び秘書などから問い合わせはなく、政治的配慮は一切していない」と明言した。

 野党側は、「政治家の関与」や「行政側の忖度」をあぶり出そうとしたが、不発に終わった。

 約8億円の算定根拠に関して国土交通省の佐藤善信航空局長は、「地下9・9メートルまで廃材等が存在すると見積もるのは合理的だ」と語った。くい掘削工事で廃材が発見された場所などを基に、撤去処分費用を積算したという。

 将来、国の責任が問われるのを避けるため、売却価格を下げたのは理解できる。ただ、金額の妥当性については、さらに丁寧に説明することが求められよう。

 安倍首相は答弁で、「昭恵氏から100万円の寄付を受けた」との籠池氏の証言に強く反論した。「密室でのやり取りで反証できない事柄を並べ立て、事実に反することが述べられた」と語った。

 昭恵氏もフェイスブックで、昭恵氏の同行者が席を外したとする部分を含め、籠池氏の主張を否定した。野党は、昭恵氏らの証人喚問を要求した。関係者は、具体的な説明を続けねばなるまい。

2017年3月24日金曜日

真相解明にはさらなる国会招致がいる

 疑惑は深まったと言うべきだろう。衆参両院の予算委員会が23日、学校法人「森友学園」の籠池泰典理事長を証人喚問した。

 籠池氏は大阪府豊中市の国有地を評価額より大幅に安く購入できた経緯について「政治的な関与はあったのだろう」と指摘。安倍昭恵首相夫人から100万円の寄付を受け取ったとも明言した。国会は関係者をさらに招致して真相を解明していく必要がある。

 森友学園が計画した小学校の新設を巡っては、評価額9億5600万円の国有地が地中のごみ撤去費などを差し引いて1億3400万円で売却された。籠池氏は大阪府の小学校の設置認可に関しても「特別な取り計らいを頂いたと感謝している」と言及した。

 証人喚問で焦点となったのは政治家の関与だ。籠池氏は小学校開設に関して「安倍晋三首相には直接お願いしたことはない。昭恵夫人を通じていろいろなことを相談した」と説明した。籠池氏はまた、昭恵夫人が2015年9月に講演で学園を訪れた際に「どうぞ安倍晋三からです」として100万円の寄付をした、と証言した。

 国有地の契約条件を巡って、首相夫人付の政府職員からファクスで「財務省本省に問い合わせ、国有財産審理室長から回答を得ました」「現状ではご希望に沿うことはできないようです」と回答をもらった事実も明らかにした。

 首相は学園側との接触について「個人的な関係や寄付の事実はない」と明確に否定しており、どちらかが嘘をついていることになる。学園側から首相や夫人の名前を聞かされた政府や大阪府の関係者が何らかの便宜を図ったとの疑惑もぬぐえない。

 籠池氏は証人喚問で国有地の売却や学校の設置認可について相談したという複数の参院議員らの名前を明らかにした。大阪府の松井一郎知事が学園に力添えしたと受け取れる証言も繰り返した。

 嘘をつけば偽証罪に問われる場で籠池氏がここまで証言した事実は重い。参院予算委は24日に当時の財務省理財局長と近畿財務局長を参考人招致する。松井知事や籠池氏の交渉代理人だった弁護士の証言も聞く必要がある。

 政府・与党には昭恵夫人の国会招致について慎重な意見が根強い。しかし様々な疑惑の解明に後ろ向きだと思われれば、政治不信を増大させる結果につながることをよく自覚すべきだ。

生殖医療は法の整備が急務だ

 病気で妊娠できない女性が国内で匿名の第三者から提供を受けた卵子を使って体外受精し、初めて出産した。同様のケースは今後増えるとみられるが、親子関係をどう規定するかなどは曖昧なため、法整備が急務だ。

 卵子提供は海外で広く実施されている。日本では倫理的に問題があるといった声もあり、一部の医療機関が姉妹や友人の卵子を使うのにとどまってきた。一方で、海外に渡航して匿名の第三者の卵子提供を受ける人は多い。国内で可能になれば選択肢が広がる。

 ただ、卵子提供者と産んだ女性のどちらを母とするか、子が出自を知る権利をどうするかなどが問題となる。卵子が商業主義的に売買されることへの懸念もある。

 民法は誰が母になるかを明記していない。厚生労働省審議会は2003年に条件付きで卵子提供を認める報告書をまとめ、法整備が必要とした。昨年には自民党の部会が「子を産んだ女性が母」などとする民法特例法案を了承したが、国会審議には至っていない。

 子宮の病気などで妊娠できない女性が海外に渡航し、自身の卵子を他人の胎内に入れて子を産んでもらう「代理懐胎」でも親子関係の問題が起きている。

 14年には、提供精子を使って生まれた男性が出自を知りたいと病院に「遺伝上の父」の情報開示を求め、資料がないと拒否されて話題になった。

 国際生殖医学会連合による65カ国・地域の実情調査では、8割で第三者からの卵子提供を認めていた。米欧アジアのほとんどの国に生殖補助医療に関する法律がある。日本の対応は遅れている。

 政府は技術の進歩や広がりを踏まえ、さまざまなケースを想定して法整備を急ぐべきだ。

 もちろん、生殖補助医療に頼りすぎるのもよくない。卵子の提供を受けても高齢妊娠は母子ともに危険を伴う。卵子提供者の体の負担も大きい。医学的な課題を理解したうえで、子の幸せを第一に最新医療を活用したい。

籠池氏の喚問 昭恵氏の招致が必要だ

 安倍首相の妻の昭恵氏が、国有地払い下げに関与したことを疑わせる重大な証言だ。関与を全否定してきた首相の説明とも食い違う。解明のため昭恵氏を国会に招致する必要がある。

 学校法人「森友学園」理事長の籠池(かごいけ)泰典氏がきのう、衆参両院で証人喚問にのぞんだ。同氏は昭恵氏に国有地買い上げ条件の緩和に関し、「助けをいただこうと考えた」と証言した。

 籠池氏本人が15年10月、昭恵氏の携帯電話の留守番電話にメッセージを送り、翌月、首相官邸の昭恵氏付きの職員から「財務省の室長から回答を得ました」「現状では希望に沿うことはできません」などと書いたファクスが届いたという。

 事実なら昭恵氏が籠池氏の要望を誰かに伝え、職員を通じて返事をさせたことになる。

 菅官房長官はファクスの存在を認めた上で、「問い合わせへの回答」だと説明する。だが国の財産処分に関して要請を受けた首相夫人が何らかの動きをしていたなら、一定の関与をしていたことになる。

 政府は昭恵氏を「私人」だとし、認可や土地取引と無関係と強調する。だが首相夫人が公的存在であることは明らかで、説明責任は免れない。

 昭恵氏側が100万円を寄付したとされる問題で、籠池氏は「夫人の方から封筒をかばんの中から出した」と語り、同行の職員を昭恵氏が「人払いした」ため、園長室で一対一のやりとりだったと証言した。「寄付していないことを確認している」という首相側との言い分は、真っ向から食い違っている。

 もちろん、籠池氏の一連の証言が事実だとは限らない。解明するには、昭恵氏本人の公の場での証言が不可欠だ。

 首相の説明責任も問われる。国会で首相は「国有地払い下げや認可に私や妻が関係していたということになれば首相も国会議員も辞める」とまで語った。そこまで言うなら、ファクスの件を含め昭恵氏の行動をどう説明するつもりなのか。

 参院予算委員会はきょう、売却交渉をしていた時期に財務省理財局長だった迫田英典・国税庁長官と、近畿財務局長だった武内良樹・財務省国際局長を参考人招致する。

 籠池氏は複数の政治家名もあげたが、財務省や国土交通省がどう対応したのか、未解明のままだ。当時の実情を知る両氏は明確に答えるべきだ。

 また籠池氏は「刑事訴追の恐れ」を理由に、補助金不正疑惑について口をつぐんだ。解明はまだ、緒についたばかりだ。

待機児童ゼロ もう先送りできない

 「もっと保育所を増やして!」。新年度を前に、希望する認可保育所などに入れなかった子育て世帯の切実な声が、今年も各地であがっている。

 「保育園落ちた」の匿名ブログをきっかけに政府が緊急対策を打ち出してからちょうど1年。保育所の数は増えたが、深刻な実態に追いつかない状況が続く。安倍首相は「17年度末までに待機児童ゼロ」の政府目標の達成は厳しいと認めた。

 首相は6月にも新たな対策をまとめることを表明した。小手先の対応は許されない。できるだけ早く解消するよう、本腰を入れてほしい。

 待機児童が一向に減らない原因の一つに、保育のニーズをきちんとつかめていないという問題がある。首相も国会答弁で、働く女性が予想以上に増え、見込み違いがあったと語った。

 国の整備計画は、自治体が積み上げた数字をもとにしている。待機児童には数えていない潜在的な保育ニーズも含めることになっているが、どこまで実態に迫れているのか。まずはニーズの把握の仕方を含め、今の計画を根本から見直すべきだ。

 保育所の整備が急ピッチで進むなか、建設予定地の近隣住民の反対で計画が遅れたり中止されたりする例も目立ってきた。

 子育て支援は最重要の課題だという意識を、地域全体で共有することが必要だろう。一方で、整備を急ぐあまり、丁寧な説明や住民との話し合いがおろそかになっていないか。事業者任せにせず、自治体が合意形成の先頭に立つことも大事だ。

 保育所を増やすには、何よりも安定的な財源の裏付けが欠かせない。保育士を確保するために待遇を改善し、職員の配置を手厚くして保育の質を高めるには、お金がかかる。

 こうした取り組みを支えることこそ、政府の役割だ。責任をきちんと果たしてほしい。

 政府はこれまで、職員の配置基準などを緩めて受け入れ枠を増やす応急措置を進めてきた。しかし、保育所整備を求める保護者らの集会では「預けられれば何でも良いのではない」「子どもの成長にふさわしい保育所を」との声が多くあがる。

 無理をして詰め込むと子どもへの注意が行き渡らず、事故のリスクを高めかねない。親の不安にも真摯(しんし)に耳を傾けねばならない。

 「子どもが生まれておめでたいはずなのに、どうして憂鬱(ゆううつ)な思いをしなければならないのか」――。そんな社会で良いはずがない。悲痛な訴えを正面から受け止めねばならない。

籠池氏証人喚問 信憑性を慎重に見極めたい

 注目の国会証言と首相答弁が正面から食い違う異例の展開である。証言は真実なのか。慎重に見極める必要がある。

 衆参両院の予算委員会が、学校法人「森友学園」の籠池泰典氏を証人喚問した。

 籠池氏は、2015年9月に安倍昭恵首相夫人が学園の幼稚園で講演した際、園長室で2人だけになり、現金100万円を受け取った、と主張した。昭恵氏に講演料10万円を渡したとも語った。

 いずれの現金授受も、首相は再三、国会答弁で否定している。

 自民党の西田昌司参院議員は質疑で、昭恵氏には同行者が2人おり、籠池氏と2人だけになる機会はなかったと指摘した。昭恵氏からの聞き取りに基づく発言だ。

 残念ながら、現状では、昭恵夫人の寄付の有無を断定できるような確実な証拠はない。真相を解明するのは簡単ではないが、首相側と籠池氏側の双方がさらに誠実に説明を尽くすしかあるまい。

 籠池氏は、国有地の定期借地契約をより有利な内容にするため、昭恵氏側に電話で相談したが、「現状では希望に沿えない」と回答されたことを明らかにした。

 国有地払い下げに関して「政治的関与があったのだろう」との見方を示した。小学校の開設について、自民党参院議員ら3人に働きかけたことも新たに認めた。

 籠池氏の一連の行動は、小学校の開設が相当な綱渡りだったことを示すものだと言えよう。

 西田氏は、学園の厳しい財務状況に言及し、寄付金などに依存した小学校開設を「もともと無理な計画だった」と断じた。

 公明党の竹谷とし子参院議員は「安倍晋三記念小学校」として寄付を募ったことについて、「本人の許可を得ずに名前を使ったのは詐欺ではないか」と追及した。

 籠池氏は「詐欺ではない」と反論したが、一連の発言の信憑(しんぴょう)性にも関わろう。小学校の認可に関して「大阪府にはしごを外された」と非難するのは筋違いである。

 籠池氏は、今年2月以降、昭恵氏と籠池氏夫人との間でメールのやりとりがあり、「口止めとも取れる」内容もあったと語った。

 首相側はメールの全容を公表する用意があるという。事実解明のため、早期に公表すべきだ。

 国有地価格が評価額より約8億円下がったことについて、籠池氏は「びっくりした」と語った。

 この点が今回の疑惑の発端だ。政府は、埋設された廃棄物の撤去費用の算定根拠などをより詳細に説明することが求められる。

近大研究炉再開 原子力分野に学生呼び込もう

 原子力を今後も活用していくための人材育成に役立つだろう。

 近畿大の研究用原子炉が、4月に運転を再開する。東京電力福島第一原発の事故後、新規制基準の下で、研究炉として初めて再開にこぎ着けた意義は大きい。

 2014年2月に定期検査で運転を停止した。新規制基準に基づく審査をこの年の10月に申請したものの、原子力規制委員会による審査が長期化していた。

 原発と同様の安全チェックを規制委に求められたためだ。補強策を施すことを前提に、昨年5月、規制委の審査に合格した。

 その後、近大は、防火扉を交換し、原子炉を停止させる制御棒を多重化するなど、約1億円を投じて設備を大幅に改良した。ようやく今月、最終段階である規制委の使用前検査にパスした。

 原子力に携わる人材を育てるには、実際に原子炉を操作する体験が重要になる。近大炉の熱出力は、豆電球並みの1ワットだ。熱出力が10億倍以上の原発と異なり、構造は単純で、安全性が高い。教育用として最適だと言えよう。

 長期停止前、他大学を含めて毎年100人以上の学生が近大炉で実習していた。運転停止中は、韓国の大学の研究炉に学生を派遣して、しのいでいた。今後は、安定運用が求められる。

 原子力分野で、優秀な人材の必要性は増している。

 まずは、福島第一原発の廃炉作業である。初期の対応はほぼ終了し、溶け落ちた核燃料の取り出しや、原子炉の解体といった最難関の段階を迎えている。

 30~40年に及ぶ長い道のりとなる。専門知識と意欲を持った人材を継続的に育てる必要がある。他の原発の廃炉や放射性廃棄物の処理・処分でも活躍できよう。

 将来の原発新設を担う技術者も確保したい。原子力を平和利用するための国際連携も、専門家なしには成り立たない。

 問題は、他の研究炉の運転再開が見通せないことだ。京都大には、より大きな研究炉があるが、大掛かりな補強工事を求められている。規制委による審査が長引いている研究炉も4基に上る。

 規制委の審査能力を向上させることが急務である。

 通常の原子炉とは方式が異なる研究炉の審査も見込まれる。日本原子力研究開発機構の高速実験炉「常陽」だ。高速炉「もんじゅ」廃炉で、活用が期待される。

 規制側を含め、政府全体で人材育成の戦略を再構築すべきだ。

2017年3月23日木曜日

日欧はEPA早期合意で自由貿易を守れ

 トランプ米政権が環太平洋経済連携協定(TPP)からの離脱を決め、「米国第一」を掲げて保護主義的な政策に傾いている。そんな中で日本と欧州は結束し、世界の自由貿易体制を守るという強い決意を示さねばならない。

 安倍晋三首相が欧州4カ国を訪問した。メルケル独首相やオランド仏大統領らとの会談で、自由で開かれた経済や貿易が重要との認識で一致したのは当然だ。

 欧米各国では、移民や難民の増加も背景に経済のグローバル化への反発が強まっている。英国の欧州連合(EU)離脱決定や、トランプ米政権誕生の原動力にもなった。しかし、自由貿易は世界の繁栄の礎である。それに背を向けて国を閉ざせば経済は低迷し、豊かになる機会を失いかねない。

 米国が内向き志向を強めている今、日本と欧州は自由貿易体制を守り、保護主義に歯止めをかける必要がある。そんな立場を確認できた点で安倍首相の訪欧はいちおうの評価ができる。

 問われているのは、言葉だけではなく、日本とEUの経済連携協定(EPA)の合意という具体的な成果だ。

 交渉は足踏みし、想定より遅れている。安倍首相とトゥスクEU大統領らは年内の大枠合意をめざす方針を確認したが、本来は昨年中に合意しておくはずだった。

 交渉で残された最大の焦点は関税の削減・撤廃だ。たとえばEUはチーズなどの乳製品や豚肉などの市場開放を求めているが、日本の農業関係者が抵抗している。

 仮に日本が一定の市場開放に応じなければ、EUは日本の乗用車や電子機器にかける関税の撤廃を受け入れないだろう。そろそろ日本とEUの双方が政治レベルで事態の打開をめざすときだ。

 米国のTPP離脱の背後で、EUは米国を除くTPP参加国との自由貿易協定(FTA)を急ぐ方針だ。メキシコとFTA改定の交渉をしているほか、オーストラリアやニュージーランドとの交渉開始も視野に入れている。

 日本とEUがEPAで合意すれば、焦った米国がTPP復帰を検討する契機になる可能性はある。日欧が自動運転車などの分野で協力できる余地も広がる。

 「自由貿易の旗を高く掲げる」(安倍首相)のはきわめて大事だが、日欧EPAの合意という成果が伴わなければ、首脳の本気度が疑われるだろう。

人手の不足も映す地価動向

 地価は引き続き緩やかな上昇が続いている。国土交通省が公表した公示地価(1月1日時点)をみると、商業地に続いて住宅地も下落から脱した。不動産市場への資金流入が地価を押し上げている。

 地価上昇の理由は幾つかある。ひとつは低金利で借り入れコストが低下した不動産投資信託(REIT)が積極的に物件を取得している点だ。金融機関の不動産向け融資も高水準になっている。こうしたお金は地方都市にも向かい、地価上昇のすそ野を広げている。

 それを実需が下支えしている。訪日客の増加をにらんだホテルや商業施設向けの土地取得が活発だ。オフィスの空室率をみても東京などの大都市に限らず、主要都市で低下している。

 ここ数年続くこうした構図に加えて、最近目立つようになってきた新たな特徴もある。人手不足が地価に影響し始めた点だ。

 REITの取得物件をみると、人手不足への対応として高機能化が進む物流施設が増えている。この結果、全国の工業地の上昇率は住宅地を上回っている。

 一方で、人手不足による建築費の上昇で首都圏のマンション価格が高止まりし、売れ行きが鈍い。持続的な賃金上昇による所得環境の改善がないと、住宅地の上昇は続かないだろう。

 人口動向の影響も色濃くうかがえる。都道府県別の上昇率をみると、人口が増えている沖縄県が住宅地では最も高かった。

 反対に、全国の住宅地で下落率が最大になったのは千葉県柏市の郊外だった。大都市圏ですら人口が伸び悩むなか、魅力が薄れると大きく下落するということだ。

 現在の地価動向は景気実態をおおむね反映しているといえるのだろう。地価水準をみても、ほとんどの地域でリーマン・ショック前の2008年よりも低い。

 一方で、大阪の道頓堀のように上昇率が40%を超す地点もある。不動産融資は過熱気味なだけに、バブルの芽はないのか、政府や日銀はよく注意してほしい。

大学と軍事 若手にも考えてほしい

 大学などの研究機関は軍事研究に携わるべきではないとする声明案を、日本学術会議の委員会がまとめた。あすの幹事会を経て4月の総会で採択される見通しで、その意義は大きい。

 文系、理系をあわせた科学者の代表機関である学術会議は、1950年と67年に「軍事目的の科学研究を行わない」との声明を出している。

 今回の声明案は、軍事研究が学問の自由や学術の健全な発展と緊張関係にあることを確認したうえで、過去の二つの声明を「継承する」としている。

 自衛のための研究を容認する声もあったため、いまの言葉で正面から宣言する方式でなく、「継承」という間接的な表現になった。物足りなさは残るが、予算削減などで総じて厳しい研究環境を迫られるなか、科学者たちが集い、学問の原点を再確認したことを評価したい。

 もちろん、これで問題がすべて解決するという話ではない。筑波大での学生アンケートでは、軍事転用を見すえた技術研究に賛成する意見が、反対を上回った。「転用を恐れたら民生用の研究も自由にできない」との理由が多かったという。

 たしかに同じ技術が軍民両用に使われることは多い。研究開発した技術の使い道に、最後まで責任を負うよう科学者に求めるのは、現実的ではない。

 だが、民生用に開発した技術が軍事転用されることと、最初から軍事目的で研究することとの間には大きな違いがある。

 軍事が科学技術の発展を加速させた歴史は長い。一方で、国家に動員された科学者が積極的に軍事研究に携わった結果、毒ガスや生物兵器、核兵器が開発され、おびただしい人の命を奪ったことを忘れてはならない。

 50年と67年の声明は、科学技術の牙を人類に向けてしまった歴史に対する痛切な反省に基づく。学術会議や大学には、こうした問題の本質を若い世代に広く伝える責務がある。しかしその営みは極めて不十分だった。

 学術会議が議論を進めているさなかに、米軍の資金が大学の研究者に渡っている実態が判明した。これも「伝承」の弱さを裏づける証左の一つだろう。

 今回の声明案は、資金の出所がどこか慎重に判断するのとあわせ、軍事研究と見なされる可能性があるものについて、大学などには技術・倫理的な審査制度を、学会には指針を、それぞれ設けるべきだとしている。

 若手研究者もぜひこうした場に参加して、多角的な議論に触れ、科学者の責任とは何か、考えを深めていってもらいたい。

震災障害者 もう孤立させぬために

 地震で負傷し、障害が残った「震災障害者」を孤立させないでほしい。95年の阪神大震災で障害者になった人たちと支援団体が先月末、政府に要望した。

 東日本大震災では約6千人が重軽傷を負った。昨年の熊本地震でも2千人を超す。

 傷が癒えても心身の機能が元に戻らず、多くの人が障害者となることは、阪神の被災地で問題視されてきた。

 だが実際どれだけの人に障害が残ったか、全容をつかむすべは今のところない。周囲に悩みを打ち明けられず、孤立しがちだと当事者たちは指摘する。

 地震大国の日本では、誰もが震災障害者になりうる。どんな支えが望ましいか。過去の教訓に耳を傾け、考えたい。

 まずは、誰が震災障害者になったかを行政が把握できる仕組みが必要だろう。

 今の公的支援としては、災害弔慰金法に基づく最高250万円の災害障害見舞金がある。東日本では岩手、宮城、福島3県で今年1月までに92人が受給した。熊本では昨年末までに4人だという。だが、支給対象は、両腕・両足の切断や両目失明といった最重度の障害だけだ。

 兵庫県と神戸市の10年の調査では、阪神大震災で少なくとも349人が障害を負ったが、約8割は見舞金の対象外だった。東日本や熊本でも似たような状況である可能性がある。

 神戸市にある支援団体「よろず相談室」は改善策として、被災者が自治体に障害者手帳の交付を求める時に提出する医師の診断書の書式を改めるよう提案する。障害の原因欄に「震災・天災」を加えることだ。

 兵庫県と神戸市はすでに採用している。ほかの自治体もすぐに検討してもらいたい。

 その上で、被災者の置かれた実情に気を配り、寄り添って支える仕組みが必要だ。

 震災障害者は、家族や住居、仕事も失うといった複合的な困難に直面しがちだ。悩みを抱え込み、苦しむケースが目立つ。

 よろず相談室は07年から月1回、震災障害者と家族、支援者が思いを語り合う「集い」を開いてきた。阪神大震災で下半身不随になった飯干初子さん(70)は「おしゃべりをするうちに、笑って生きていこうという気持ちになれた」と振り返り、「ほかの被災地でも同じような場を」と願う。

 障害を負った人々が前を向いて生きられるよう、手を差し伸べる。社会全体で協力すれば、決して難しくはあるまい。「ひとごとではない」と考える人を増やしていきたい。

首相欧州歴訪 経済連携協定の合意を急ごう

 日本と欧州による巨大な自由貿易圏が誕生すれば、米国の保護主義的な動きへの牽制(けんせい)効果を持とう。戦略的な観点から交渉を急ぎたい。

 安倍首相がブリュッセルで欧州連合(EU)のトゥスク欧州理事会常任議長らと会談し、日本とEUの経済連携協定(EPA)交渉の早期妥結を目指すことで一致した。独、仏、伊首脳との個別会談でも、その方針を確認した。

 首相は共同記者発表で、EPAについて「交渉の妥結が世界に発する象徴的なメッセージは極めて重要だ」と強調した。トゥスク氏も、「日本とEUが自由で公平な世界貿易制度に関与することが非常に大切だ」と指摘した。

 両者が「反保護主義」で足並みをそろえ、EPAの早期合意の目標を共有した意義は大きい。

 日本とEUの国内総生産(GDP)は世界の3割を占める。日本がEUに農産物などの市場を開放すれば、競争相手の米国の輸出業者には不利に働く。米国に環太平洋経済連携協定(TPP)への復帰を促す効果も期待できよう。

 EUにとっても、日本への輸出拡大のメリットを得ることは、英国に続く加盟国のEU離脱の防止に間接的に寄与する。

 EPA交渉は、目標だった昨年中の大筋合意が見送られた。日本は自動車関税、EUはチーズなど農産加工品の関税撤廃をそれぞれ要求し、調整が難航しているためだ。これ以上の遅れは許されまい。双方が歩み寄るべきだ。

 5月下旬にはイタリアで主要国首脳会議(サミット)が開かれる。議長のジェンティローニ伊首相と安倍首相は、先進7か国(G7)が「サミットで、いかなる保護主義にも対抗するとの強いメッセージを発する」ことで合意した。

 G7は世界経済の発展に主導的な役割を担っている。日本は欧州各国と連携し、「米国第一」を掲げるトランプ米大統領に対し、自由貿易が各国の利益となることを粘り強く説明せねばならない。

 一連の首脳会談で、北朝鮮の核・ミサイル問題や、東・南シナ海の秩序維持の重要性に関する認識をメルケル独首相らと共有したことは貴重な成果だ。中朝両国に対する外交圧力になろう。

 オランド仏大統領との会談では、原子力分野の協力を強化することで一致した。フランスの高速炉の実用化に向けて、日仏共同の運営組織の設置を目指す。

 日本にとって、使用済み核燃料の再利用は重大な課題だ。技術協力を着実に進めたい。

公示地価上昇 実需に基づき緩やかに着実に

 地価の回復傾向が、一層確かなものになってきた。日本経済のデフレ脱却につなげたい。

 国土交通省が発表した1月1日時点の公示地価は、回復が遅れていた住宅地が、わずかながら上昇に転じた。

 リーマン・ショックのあった2008年以来9年ぶりのプラスである。前年より上昇幅が拡大したり、下落幅が縮小したりした都道府県は36に及んだ。

 全用途と商業地は2年連続で上昇し、上げ幅も拡大した。先行して持ち直していた東京、大阪、名古屋の3大都市圏の上げ幅が横ばいとなり、札幌、仙台、広島、福岡の「地方中枢都市」が、それを上回る伸びを示した。

 交通の便の良い地方都市などでも上昇地点が増えている。

 地価上昇の裾野が全国に広がってきたと言えよう。

 日本銀行の金融緩和政策で住宅ローンなどを借りやすい環境になっている。外国人観光客の急増を受けた店舗やホテルの新増設ラッシュ、2020年東京五輪を見据えた都市部の再開発なども不動産取引を後押ししている。

 商業地の上昇率で上位5位までを大阪市内の繁華街が独占したのは、訪日客要因の代表例だ。

 効果的なインフラ整備も土地の需要に弾みをつける。首都圏の環状道路である圏央道は9割が開通し、周辺で工場や物流センターの引き合いが大幅に増えている。

 こうした実需に基づく緩やかな地価上昇を着実に続けていくことが大切だ。地価上昇を、新たな投資や消費の呼び水として経済の好循環を実現する。そのために、官民を挙げて知恵を絞りたい。

 高齢化や人口流出が進む地方圏では、地域の特色を生かした振興策が地価動向のカギを握る。

 名古屋市の通勤圏にある岐阜県岐南町は、充実した子育て支援の成果で若い世帯が増え、地価が安定的に上昇している。

 新産業の誘致や観光資源の発掘に努める自治体もある。政府は、規制改革を進め、地域の取り組みを支援することが求められる。

 一方で、だぶついた緩和マネーが不動産投機に向かう「バブル」の誘発には警戒が要る。

 銀行の不動産業向け新規融資は昨年、前年比15%増の12兆円まで膨らみ、過去最高を記録した。

 全国で最も地価の高い「山野楽器銀座本店」は前年より25%上昇し、バブル期を超える1平方メートルあたり5000万円に達した。

 政府・日銀は、投機的な取引への注意を怠ってはなるまい。

2017年3月22日水曜日

米国の北朝鮮への強硬姿勢は本気か

 米トランプ政権が北朝鮮に強硬姿勢で臨む構えをみせている。日本、韓国、中国の3カ国を歴訪したティラーソン国務長官は、情勢次第で先制攻撃も辞さない考えを表明した。日本にも重大な影響を与える政策変更である。どこまでが本気で、どこからが駆け引きなのか。注意深く見守りたい。

 「20年間の(朝鮮半島の)非核化の努力は失敗した。違うアプローチが必要だ」。ティラーソン氏は安倍晋三首相らとの会談でこう強調した。韓国では軍事力行使の可能性について「あらゆる選択肢を検討する」と明言した。

 オバマ前政権は「戦略的忍耐」を掲げ、北朝鮮が核開発を断念するならば話し合いに応じるとしてきた。米国が圧力に軸足を移す背景には、トランプ大統領の人柄もあるが、北朝鮮の軍事技術の急速な進歩がある。

 先の北朝鮮のミサイル発射を巡り、韓国はいったんは「大陸間弾道ミサイル(ICBM)ではないか」との見方を示した。その後、間違いとわかったが、米本土に到達可能な技術水準に至るのはさほど遠くなさそうだ。地球の裏側のできごととみてきた米国も真剣に取り組まざるを得なくなった。

 課題は北朝鮮に影響力を持つ中国の出方だ。ティラーソン氏の訪中に合わせてトランプ氏は「中国はほとんど協力していない」と非難した。ただ、北京でのティラーソン氏は来月の習近平国家主席の訪米を歓迎する発言に終始し、協議の中身はよくわからなかった。

 どんな外交も、対話と圧力の適切な組み合わせが重要である。北朝鮮の挑発行為は国際社会の常識を外れており、その意味で米国がアプローチを修正することは理解できる。他方、かつてのイラク戦争のような無謀な戦いにつながることがあってはならない。

 安倍政権は米国だけでなく、関係が冷え込んでいる韓国とも緊密に連携し、上手にバランスを取る役割を果たしてほしい。

 不測の事態への備えも忘れてはならない。万が一だが、米朝が戦闘状態に陥った場合、自衛隊ができること、できないことは何なのか。日米の調整を進め、有事に国論が二分しないようにしなくてはならない。

 政府は2013年に策定した現在の「防衛計画の大綱」を今年秋にも改定する。こうした機会に日本を取り巻く安保環境を国民に丁寧に説明すべきだ。

十分な審議が必要な「共謀罪」

 政府は組織犯罪処罰法の改正案を閣議決定した。テロや組織的な犯罪を、実行される前の計画段階で処罰できる「テロ等準備罪」を新設するのが目的だ。いまの国会での成立を目指す。

 テロ等準備罪はこれまで3回にわたり「共謀罪」の名称で法案が提出されたが、「処罰対象が不明確」「恣意的に運用されかねない」といった批判が強く、いずれも廃案になっている。

 今回の法案では、適用の対象を「組織的犯罪集団」に限定した。処罰するためには重大な犯罪を計画したことに加え、現場の下見といった準備行為が必要となるような見直しも行った。

 法律の乱用を防ぐといった観点から、こうした修正は評価できる。しかしこの法案の必要性や意義について、そもそも国民の間に理解が深まっているとは言いがたい。国会審議の場では成立を急ぐことなく、十分な時間をかけて議論を尽くす必要がある。

 共謀罪の制定は、国際組織犯罪防止条約を締結するため各国に課せられた義務の一つである。だが廃案が続いたこともあり、今回政府は国民が理解しやすいテロを前面に出して必要性を訴えてきた。

 当初の法案の中に「テロ」の文言がなく、与野党から指摘を受け慌てて盛り込むことになった背景にもこうした事情がある。

 テロも組織犯罪の一形態とは言えるが、国会審議ではまず、資金洗浄や人身売買、薬物取引など条約がうたう「本来」の組織犯罪対策のあり方などについて十分に議論すべきではないか。現に日本は暴力団犯罪など組織犯罪の脅威にさらされている。

 テロ対策も2020年の東京五輪をにらんで欧米並みに取り組むのであれば、この条約に便乗するだけでは中途半端に終わってしまいかねない。テロを正面から定義することからはじめ、海外と比べて法制度や捜査手法の面でどのような問題、課題があるのかを分析し、国民に問うていく。こうした作業が必要なはずだ。

豊洲百条委 都の無責任体質に驚く

 土壌汚染がわかっていた豊洲への市場移転を、誰が、いかなる判断に基づいて決めたのか。

 東京都議会百条委員会による石原慎太郎元知事らへの証人喚問を終えても不透明さは残ったままだ。かわりに浮き彫りになったのは、決定にかかわった人々の驚くべき無責任ぶりだ。

 質疑から、都が東京ガスと01年に「水面下」で交わした文書の存在が明らかになった。豊洲の汚染物質の処理は都条例の範囲にとどめるとし、完全除去までは求めない内容だ。交渉の基調となり、11年に都は「今後の汚染対策費は東ガスに負わせない」とする協定を結んだ。

 政策を進める際に、相手の事情を踏まえ、譲歩や妥協をせざるを得ない場面はある。

 だがそのためには、状況を掌握し、他の方策も検討したうえで決断することが不可欠だ。とりわけ費用が百億円単位になる事業とあれば、最上層部が知らないでは済まされない。

 実際はどうだったか。

 石原氏は豊洲問題について「大きな流れに逆らいようがなかった」と証言し、当時の浜渦武生副知事に一任したと述べた。豊洲移転を表明した10年、「知事が歯車を大きく回すしかない。それがリーダーとしての責任だ」と会見で語った石原氏の、これが実像なのか。

 浜渦氏は05年までナンバー2として石原氏の名代を務めた。だが、市場問題に携わったのは01年文書を結ぶ前までだとし、「私のどこに責任があるのか」と気色ばんだ。元市場長らも水面下交渉について「知らない」をくり返した。

 汚染対策に巨費を投じた末に、こんな情けないやり取りを目の当たりにしなければならない都民は、その気持ちをどこにぶつければいいのか。

 もうひとつあきれたのは、都がいま保管している01年文書は原本ではなく、作成の6年後に東ガスからファクスで送られた写しだという事実だ。重要な合意が引き継がれず、幹部で共有もされない根底に、こうしたずさんな文書管理がある。

 小池百合子知事は、市場問題の経緯の検証が今後の移転判断に「影響を及ぼす」と述べる。検証はむろん大切だが、それが進まないことが判断の先送りを続ける理由にはなるまい。

 明らかになった無責任体質の反省に立ち、意思決定過程を透明にして、後世の批判に耐える都庁の態勢を築く。それが、知事が率先して取り組むべき課題だ。豊洲移転の是非についても、そのプロセスの中で結論を出していかねばならない。

「共謀罪」法案 疑問尽きない化粧直し

 かつて3度廃案になった「共謀罪」を創設する法案が、化粧直しをして組織的犯罪処罰法改正案として閣議決定された。

 先立つ与党審査では、当初案になかった「テロリズム集団」という言葉を条文に書きこむ修正がされた。テロ対策の法案だと世間にアピールするのが狙いで、法的に特段の意味はない。

 化粧直しのポイントは、(1)取り締まる団体を「組織的犯罪集団」に限定する(2)処罰できるのは、重大犯罪を実行するための「準備行為」があった場合に限る(3)対象犯罪を組織的犯罪集団のかかわりが想定される277に絞る――の三つだ。

 だが、いずれにもごまかしや疑問がある。

 旧来の共謀罪についても、政府は「組織的な犯罪集団に限って成立する」と言ってきた。だとすれば(1)は新たな縛りといえない。安倍首相の「今度は限定している。共謀罪との大きな違いだ」との国会答弁は、国民を誤導するものに他ならない。

 (2)の「準備行為」も何をさすのか、はっきりしていない。

 殺人や放火などの重大犯罪には「予備をした者」を罰する規定が既にあるが、これと「準備行為」はどこがどう違うのか。準備行為である以上、犯罪が実際に着手される前に取り押さえることになるが、それまでにどんな捜査が想定されるのか。わかりやすい説明が必要だ。

 共謀罪は組織犯罪防止の国際条約に加わるために必要とされた。そして条約の解釈上、重い刑が科せられる600超の犯罪に一律に導入しないと条件を満たせないというのが、政府の十数年来の主張だった。

 (3)はこれを一転、半減させるというものだ。融通無碍(むげ)、ご都合主義とはこのことだ。

 現時点で政府が「市民生活に影響は及ばない」と説いても、状況次第で法律の解釈適用をいかようにも変えられると、身をもって示しているに等しい。

 そもそも条約をめぐっては、これほど大がかりな立法措置を求めておらず、現行法のままで加盟可能との異論も以前からある。何らかの手当てが必要だとしても、277の罪が妥当かの精査は当然必要となろう。

 条約を締結できないことで、これまでにどんな支障が生じ、締結したらいかなるメリットがあるのか。この点についても、政府から説得力のある具体的な説明はなされていない。

 犯罪が実行されて初めて処罰するという、刑法の原則をゆるがす法案である。テロ対策の名の下、強引に審議を進めるようなことは許されない。

テロ準備罪法案 政府は堂々と意義を主張せよ

 テロ対策の要諦は、事前に犯行の芽を摘むことである。政府は、法案の早期成立に万全を期さねばならない。

 テロ等準備罪の創設を柱とする組織犯罪処罰法改正案が国会に提出された。

 2020年東京五輪を控え、テロ対策は喫緊の課題だ。改正案が成立すれば、国際組織犯罪防止条約への加入が具体化する。締約国間で捜査共助や犯罪人の引き渡しが円滑にできるようになるなど、メリットは計り知れない。

 法案化の過程で、対象となる「組織的犯罪集団」が「テロリズム集団その他の組織的犯罪集団」に修正された。テロの文言がなく、与党の批判を招いたためだ。

 組織的犯罪集団は「共同の目的が一定の犯罪を実行することにあるもの」と定義される。修正により、テロ対策という立法の趣旨は、より明確になったと言える。

 「その他」に想定されるのは、暴力団や振り込め詐欺集団だ。犯罪の抑止効果が期待できよう。

 テロ等準備罪の成立には、犯行計画に加え、資金調達などの準備行為の存在が不可欠だ。要件を満たさない限り、裁判所は捜索や逮捕に必要な令状を発付しない。

 適用範囲が恣意(しい)的に拡大される、といった民進党などの批判は当たるまい。「一般市民も対象になりかねない」という指摘も殊更、不安を煽(あお)るものだ。

 対象犯罪について、政府は当初の676から、組織的犯罪集団の関与が現実的に想定される277に絞り込んだ。「対象の団体を限定した結果、犯罪の絞り込みも可能になった」との見解を示す。

 公明党が「対象犯罪が多すぎる」と主張したことにも配慮した。理解を広げるために、一定の絞り込みは、やむを得ない面もある。

 政府は過去に「条約上、対象犯罪を限定することは難しい」と説明している。これとの整合性をどう取るかが課題だ。

 今国会の審議では、共謀罪法案との違いを際立たせようと腐心する政府の姿勢が目立つ。

 共謀罪法案を3度も提出したのは、必要性が高かったからだろう。差異を付けることを優先するあまり、今回の改正案が捜査現場にとって使い勝手の悪いものになっては、本末転倒である。

 国民の安全確保に資する法案であると、堂々と主張すべきだ。

 金田法相の答弁は不安材料だ。要領を得ない受け答えが多く、「成案を得てから説明する」と繰り返してきた。緊張感を持って、審議に臨んでもらいたい。

G20共同声明 反保護主義へ再結束が必要だ

 このままでは世界の自由貿易が危機に直面しかねない。各国が結束を固め、米国を震源とする保護主義の台頭に歯止めをかけねばならない。

 ドイツで開かれた主要20か国・地域(G20)財務相・中央銀行総裁会議の共同声明は、「保護主義に対抗する」としてきた前回までの表現を削除した。トランプ大統領の就任後、初参加した米国が強く求めたという。

 「反保護主義」ばかりか、「自由貿易」への言及もなかった。

 麻生財務相は記者会見で「自由貿易の重要性はG20の間で共有された」と述べた。だが、サパン仏財務相が「満足のいく結論に達しなかった」との談話を出すなど、参加国の相互不信が残った。

 G20は、金融危機で各国に保護主義が台頭した2008年以降、反保護主義を打ち出し、自由貿易の推進を謳(うた)ってきた。

 自由貿易は、国々が互いに得意分野を生かすことで、世界経済の成長を目指すものだ。自国の繁栄には他国を犠牲にしてもよいという保護主義とは、相容(あいい)れない。

 米国は「公正な自由貿易」を主張するが、その意味するところは「米国の利益になる貿易」で、保護主義と言うほかあるまい。

 G20は米国を説得し、改めて真の自由貿易の重要性を打ち出すべきだったのではないか。

 訪欧中の安倍首相が、メルケル独首相、オランド仏大統領とそれぞれ、自由貿易の意義を確認したのは、もっともである。

 日本と欧州連合(EU)の経済連携協定(EPA)交渉を促進するなど、保護主義への対抗姿勢を一層鮮明にすべきだ。

 4月の日米経済対話に続き、5月に先進7か国、7月にはG20の首脳会議が相次いで開かれる。こうした機会をとらえ、日本は米国に対して互恵的な通商関係の重要性を説かねばならない。

 為替政策で、G20声明は「通貨の競争的な切り下げを回避する」との従来の表現を踏襲した。

 トランプ政権は、日本や中国が通貨安に誘導していると批判してきた。今回、為替を取り立てて問題視しなかったのは、通貨当局の陣容が固まっていないという事情もあり、気は抜けない。

 米国が3か月ぶりに利上げし、新興国に流入していた緩和マネーが逃げ出す可能性が、世界的なリスクに浮上している。

 G20各国は、金融・財政と構造改革を組み合わせた「政策の総動員」によって、世界経済の安定成長を図ることが大切だ。

2017年3月21日火曜日

欧州のポピュリズムに懸念が消えない

 反イスラムや反欧州連合(EU)などの排外的な主張がどれだけ支持を広げるか、欧州政治の流れを左右する国政選挙が今年は相次ぐ。その第1弾となった先週のオランダ下院選挙では、極右の自由党が予想外に勢いを欠く結果となった。

 極右勢力が躍進すれば、影響は4~5月のフランス大統領選挙に及んだり、EUの不安定化につながったりする可能性があっただけに、欧州にとって好ましい結果だったといえる。

 自由党はイスラム教の礼拝所廃止といった過激な主張を掲げて支持を増やし、一時は第1党の座をうかがう勢いも示した。しかし中道右派の与党、自由民主党が首位の座を守り、次期政権への連立協議で中心になることが確定した。

 投票率は8割にのぼり有権者の関心は極めて高かった。EU離脱を決めた英国からトランプ米大統領誕生へと、欧米ではポピュリズム(大衆迎合主義)的な政治の動きが続いている。その連鎖が及ぶことをオランダ国民は拒否した。

 だが、有権者が必ずしも主流政党の支持で結束した結果でない点には注意する必要がある。自由民主党は勝ったとはいえ、議席を減らした。連立与党の一つである中道左派の労働党は大敗し、代わりに環境政党が大きく伸びた。

 極右への集中は回避したが、与党への批判票が左右の政党に分散して向かったもようで、既存政治への不満が根強いことを示した。

 欧州政治の焦点は4月下旬からの仏大統領選に移る。世論調査では極右政党・国民戦線のルペン党首が、中道系の独立候補マクロン元経済産業デジタル相と争う展開だ。中道の左右二大政党の候補はいずれも勢いがない。

 移民規制やEU、ユーロ圏からの離脱など過激な政策を掲げるルペン氏が大統領に当選すれば、欧州は混乱が必至だ。最終的にはマクロン氏が有利とみられているが、予断は許さない。

 9月に議会選を迎えるドイツでは、難民排斥を訴える民族主義政党が注目を集めている。排外的な勢力が支持を得る流れがどこまで及ぶのか、不透明感は消えない。

 保護主義的な姿勢をみせる米政権への対応、近く始まる英国とEUとの離脱交渉など、欧州が抱える懸案は多い。仏独という中核国が過激で排他的な勢力を選挙で退け、安定した政治基盤を堅持できるか、引き続き目が離せない。

混迷深まる築地の豊洲移転

 築地市場の豊洲への移転問題がさらに混迷してきた。地下水の再調査で改めて高い濃度の有害物質が検出されたためだ。早期の移転は難しいと言わざるを得ない。

 豊洲市場での地下水の調査は2014年秋以降、9回実施された。今年1月に公表された最後の調査で基準値を最大79倍上回るベンゼンなどが検出された。

 数値が急激に悪化したため、実施したのが今回の再調査だ。再調査でも最大100倍のベンゼンが検出され、毒性が強いシアンなども再び見つかった。

 環境基準は地下水を飲み水に使う場合の目安である。豊洲では飲料水としても食品の洗浄にも使わないから、これで安全性に欠けるわけではない。土壌はコンクリートなどで覆われているので、法的にも何ら問題はない。

 しかし、この結果では消費者の理解はなかなか得られまい。再調査でも数値は改善していなかったのだから、なおさらだろう。

 一方で、築地市場も問題を抱えている。こちらも土壌汚染のおそれがあるうえ、市場内の6棟の建物は耐震性を欠いていることが発覚した。開放型の施設が多いから衛生面にも不安がある。

 東京都は当初、築地市場を現在地で再整備する方針だった。1991年に着手したが、営業しながらの工事は難航し、とん挫した。過去の経緯をみても建て替えは時間や費用がかなりかかるだろう。

 豊洲市場を巡っては、都議会の百条委員会が続いている。土壌汚染に対する都の認識が甘かった点や、石原慎太郎元知事がこの問題に関して人任せにしていた様子などが明らかになった。

 これまでの経緯を引き続き検証することは大事だが、それを移転の是非を決める判断材料のひとつと位置付ける小池百合子知事の姿勢は解せない。過去と今後は切り離して考えるべきだ。

 豊洲でも築地でもない第3の選択肢はあるのか。まずは、豊洲での有効な追加対策の可能性を探るべきだろう。

残業時間規制 まだ一歩でしかない

 働き方改革で焦点となっている残業時間の規制について、繁忙期など特別の場合の上限を「月100時間未満」とする案を、政労使がまとめた。

 ほかに、労使協定で認められる残業の原則は月45時間までと法律に明記▽これを超える特例は年6カ月まで▽2~6カ月間の特例の上限は月平均で80時間以内、とする方向も固まった。

 これまで事実上無制限だった残業時間に上限が設けられる。長時間労働を改めていく一歩には違いない。だが、現状の深刻さを考えると物足りない。さらなる残業削減への努力を関係者に求める。

 上限規制を巡って「100時間未満」を主張する連合と「100時間以下」を唱える経団連が対立するなか、最後は安倍首相が「未満」とするよう要請した。連合に配慮を示した形だが、実態は当初「100時間など到底あり得ない」と反対していた連合の譲歩だ。

 合意ができず規制が導入できなくなっては元も子もないという判断もあっただろう。が、100時間を超える特別条項付きの労使協定は今でも全体の約1%にすぎない。現状追認と言われても仕方あるまい。

 過労死で家族を失った遺族は今回の案に強く反対している。月100時間の残業は、労災認定の目安とされる「過労死ライン」ぎりぎりだからだ。15年度に脳・心臓疾患で過労死と認定された96件のうち、月100時間未満の残業だった例は54件と過半を占める。懸念の声があがるのはもっともだ。

 そもそもこの上限は、どんな場合も超えてはならない「最低基準」だ。この範囲内の労使協定ならよいわけでなく、できる限り残業を減らす努力が求められることは言うまでもない。

 政府も、こうした考え方を徹底し、残業時間を短くする取り組みを促す考えは示しているが、どうやってその実を上げていくのか。さらに具体的に示す必要がある。

 合意では規制の実施状況を踏まえて5年後に見直しも検討するとされているが、さらに上限を引き下げていく姿勢をより明確にすべきではないか。

 厚労省が昨年11月、長時間労働が疑われる全国約7千事業所を対象に立ち入り調査したところ、労使協定を上回るなどの違法な残業が約4割で見つかった。規制は作るだけでなく、守られてこそ意味がある。指導監督態勢の強化も大きな課題だ。

 政府は疑問や不安の声に耳を傾け、実行計画やその後の法改正の作業にいかしてほしい。

黒田日銀総裁 国民に説明責任果たせ

 日本銀行の黒田東彦(はるひこ)総裁が就任5年目を迎えた。当初から、2年程度で年率2%の物価上昇を目指すことを掲げてきたが、依然、実現を見通せていない。任期が残り1年になった今、国民への説明責任を果たすよう改めて求めたい。

 まずは、現行の大規模な緩和策に潜むコストについてだ。

 将来、物価上昇率目標が実現すれば、日銀は利上げが必要になる。その「出口」でどんな対応をするのか、日銀はほとんど明らかにしていない。黒田総裁は「経済・物価・金融情勢によって、出口での戦略も変わってくるため、時期尚早なことを言うと、マーケットに余計な混乱を及ぼす」と説明する。

 たしかに、具体的な手順について予断はできない。だが想定される多くの場合で、巨額の国債を抱え込んだ日銀が大幅な損失を出す可能性がある。前提の置き方にもよるが、年間数兆円規模の損失が何年も続くと試算する専門家もいる。

 もちろん、日銀の目的は物価安定であり、利益の最大化ではない。収益にしても長期間でならして考えれば、大きな問題にはならないとの見方もある。

 そうだとしても、出口でのコストの議論を封印しているのは不健全だ。そのときになって急に公表すれば、日銀への信頼が失われかねない。黒田氏ら今の執行部が説明すべきで、「時期尚早」は言い訳にならない。

 昨秋から始めた長期金利の操作も問題をはらむ。米国の利上げなどで長期金利の上昇基調が強まる中で、低水準に固定する操作は、市場への介入を強めることになる。操作に無理がないか、国債購入が財政難への政府の危機感をゆるめていないか、副作用についての説明も十分とは言えない。

 説明責任を果たすうえで、注目されるのは政策決定会合での議論だ。会合には、正副総裁3人と6人の審議委員が参加する。いずれも、国会の同意を得て内閣が任命している。

 最近の会合では第2次安倍政権下で任命された7人が執行部提案に賛成し、それ以前に任命された審議委員2人が反対するケースが続く。後者の2人は今年の7月で任期を終える。後任次第では、会合で表明される意見の幅が狭まりかねない。

 次の審議委員の人選は、来春の正副総裁の後任選びの試金石でもある。多様な見解の持ち主による十分な討議があってこそ、政策は周到さを増し、国民への説得力も高まる。国会と内閣は、その責任の重さを自覚してほしい。

日露2プラス2 建設的な安保協力を追求せよ

 東アジアの厳しい安全保障環境を踏まえれば、双方の利益が合致する分野で建設的な協力を追求する意義はあろう。

 日露両政府が外務・防衛閣僚協議(2プラス2)を3年4か月ぶりに開いた。

 北朝鮮の核・ミサイル開発に対し、緊密に連携して対応することで一致した。北朝鮮に挑発行動の自制や国連安全保障理事会決議の順守を求める方針も確認した。

 北朝鮮は、大陸間弾道弾(ICBM)用とみられる新型エンジンの燃焼実験の実施を発表した。北朝鮮の暴走を阻止するには、ロシアとも情報・意見交換し、北朝鮮包囲網を強化する必要がある。

 稲田防衛相はショイグ国防相との個別会談で、ロシア軍の北方領土への地対艦ミサイル配備などに抗議した。ショイグ氏は、「ロシアの国防目的だ」と説明した。

 北方領土での軍備増強は、日露関係を改善し、平和条約交渉を落ち着いた環境で行うことに逆行する行為であり、抗議は当然だ。

 ショイグ氏は、在日米軍のミサイル防衛体制に懸念を示した。稲田氏が「北朝鮮向けで、ロシアに脅威を与えるものではない」と強調したのはうなずけよう。

 ロシアが日本との2プラス2に前向きなのは、ウクライナ問題で先進7か国(G7)から対露制裁を科される中、G7の分断を図る思惑があるとみられる。

 安全保障を巡る日露の立場が完全に一致しているわけではない。しかし、まずは可能な分野で協調し、信頼醸成を図りつつ、協力を拡大することが肝要だ。G7の足並みを乱さない範囲で、日露の防衛交流や共同訓練も進めたい。

 岸田外相とラブロフ外相の会談では、4月下旬に安倍首相がロシアを訪問することで合意した。

 焦点の北方4島での共同経済活動については、4島周辺の観光船ツアーや、ロシアの島民向け遠隔医療などの検討に入った。いずれも北海道の関係自治体の要望に基づき、日本が提案した。

 だが、共同経済活動のハードルは高い。日本は、警察権、徴税権などに関し、互いの法的立場を害さない「特別な制度」下での実施を主張する。ロシアは「ロシアの法律に矛盾しない案件のみ実施できる」との姿勢を崩さない。

 共同経済活動は、あくまで北方領土返還に向けた環境整備が目的である。ロシアの不法占拠を既成事実化するような妥協はあり得ない。領土に関する原則を曲げずに一致点を探るべく、粘り強く交渉することが大切である。

石原氏証人喚問 無責任体制があぶり出された

 政策の決定過程が、あまりに不透明である。責任の所在が不明確な都政運営の問題点が、浮かび上がった。

 築地市場の豊洲への移転問題で、東京都議会の百条委員会が、石原慎太郎元知事の証人喚問を行った。

 石原氏は、「ピラミッドの頂点にいて、(移転を)決裁した責任は認める」と述べた。

 一方で、豊洲移転は既定路線だったことを強調し、「都庁全体の大きな流れの中で決定した」と説明した。用地買収交渉や土壌汚染対策などは、「自分が立ち入る問題ではなく、担当者に一任するしかなかった」とも釈明した。

 百条委では、複数の元都幹部が移転問題について、石原氏に節目ごとに報告していたと証言した。石原氏は「記憶にない」などと繰り返した。組織のトップの姿勢として、疑問を禁じ得ない。

 当初の交渉を一任された元副知事の浜渦武生氏も、19日の証人喚問で、東京ガスとの土壌汚染対策などの確認書の内容について、「全く知らない」と否定した。

 一体、誰が豊洲移転問題の実質的な責任を負っていたのか。

 百条委で分かったのは、担当幹部らが土壌汚染のリスクを把握しつつも、豊洲への「移転ありき」で突き進んだ実情だ。元市場長の岡田至氏は「交渉をまとめることが第一だった」と証言した。

 東京ガスに土壌汚染対策の追加負担をさせる瑕疵(かし)担保責任を免除した経緯など、「水面下」の交渉の実態は不透明なままだ。来月に行われる交渉役の元都幹部らの証人喚問で解明してほしい。

 豊洲市場の地下水の再調査では、環境基準の最大100倍のベンゼンが検出された。数値が急上昇した前回の調査結果を裏付けた。地下水位の管理システムが本格稼働した影響とみられる。

 豊洲市場では、地下水を飲料などに利用せず、敷地はコンクリートなどで覆われている。都の専門家会議は「地上部分は科学的に安全」という見解を示した。

 小池百合子都知事は、水質調査の結果を「重く受け止めなければならない」と語った。移転問題については「判断するのはまだ早い」との考えを示した。小池氏は、都民や市場関係者の「安心」を確保することを重要視している。

 市場問題を7月の都議選の争点とするため、移転の最終判断を引き延ばすようなら、都民や市場関係者の不信を招こう。過去の経緯と安全性の問題を区別して、速やかに方向性を示すべきだ。

2017年3月20日月曜日

保護主義に反対できないG20では困る

 「米国第一」を掲げるトランプ米政権との間で、主要国や新興国がしっかりとした国際協調を築く難しさが浮き彫りになった。

 トランプ政権が誕生してから初めてとなる20カ国・地域(G20)財務相・中央銀行総裁会議は、異例の展開となった。

 G20はこれまでに採択した声明で、貿易や投資の面で「あらゆる形態の保護主義」に対抗する方針を繰り返し確認してきた。

 各国が関税を高くしたり、不当な補助金で輸出を増やしたりすれば、報復の連鎖を通じて世界経済に大打撃を与えるからだ。大恐慌などで学んだ教訓である。

 それなのに今回のG20は米国の反対を受けて声明から「保護主義に対抗」の文言を削除し、代わりに「経済に対する貿易の貢献の強化」と指摘するにとどめた。こんな中途半端なG20では困る。

 多額の貿易赤字を削減したい米国の立場に配慮し「過度の世界的な不均衡の縮小」に努力する、との表現も声明に盛り込んだ。

 トランプ政権は環太平洋経済連携協定(TPP)からの離脱を決め、米国の利益を損なうような世界貿易機関(WTO)の決定に従わない方針すら示している。保護主義的な姿勢は大いに心配だ。

 次は各国・地域の首脳の番だ。公正なルールに基づく自由貿易のあり方は、首脳自らが討議するに値するテーマである。

 トランプ米大統領を交えた5月の主要7カ国(G7)、7月のG20の首脳会議で、保護主義に戻らない方針を再確認してほしい。

 今回のG20の数少ない成果は、外国為替政策だ。「為替の過度な変動や無秩序な動き」が経済に悪影響を与えるとの認識を共有するとともに、通貨の競争的な切り下げを回避するという従来の方針を踏襲したのは評価できる。

 トランプ氏はかつて日本を「通貨安誘導」と批判していたが、日米の財務相による意思疎通が進んだ点もひとまず金融市場の安定につながる材料だろう。

 今後もトランプ政権の対応に各国や国際社会が振り回されることが予想される。G7やG20はもちろん、国連やWTOといった場での合意形成はますます難しくなると覚悟しておく必要がある。

 米国は政権交代直後の方針転換を国内外に印象づけたい面もあるのだろうが、建設的な態度で各国と真摯な対話を重ね、国際協調に努めるよう改めて求めたい。

好循環つくれぬ「官製春闘」

 賃金の伸びをテコに経済を活性化させようという政府のもくろみが、腰折れしかねない状況といえよう。自動車、電機などの主要企業の賃上げ回答は、昨春に続いて、毎月の基本給を引き上げるベースアップ(ベア)が多くの企業で前年を下回った。

 経営者が積極的な賃上げを継続できる環境が、整っていないことの表れともいえる。規制改革など政府は企業活動を活発にする政策に力を入れるべきだ。

 トヨタ自動車のベア回答は昨年より200円少ない1300円、日産自動車は半分の1500円だった。電機は日立製作所、パナソニックなどが昨春より500円少ない1000円にとどまった。

 前年割れの背景には、米トランプ政権の発足や英国の欧州連合(EU)離脱決定などで、世界経済が不透明さを増していると経営者が受け止めていることがある。

 企業に求められるのは、そうした外部環境の変化を乗り越えて、賃上げの原資となる収益を着実に高める経営力だ。日本の1人あたりの付加価値は伸び悩んでおり、生産性の向上を急ぐ必要がある。

 企業の後押しこそ、政府の役割である。成長分野への企業の参入を阻んでいる壁を取り払ったり、人工知能(AI)やロボットなど新技術を活用した経営効率化を広げたりするためにも、規制の見直しは重要になる。

 投資家の声を生かし、経営者に成長投資など収益力の向上を促す企業統治改革も意義が大きい。働いた時間でなく成果に対して賃金を払う「脱時間給」制度など、労働生産性を高める働き方の制度も整備が急務だ。

 政府が企業に賃上げを要請する「官製春闘」は今春で4年連続だ。だが、要請すれば賃上げが順調に進むというものではないことは、はっきりしてきたといえる。

 賃金が上がって消費が伸び、企業収益が拡大してそれがまた賃金を増やすという「経済の好循環」を政府は描く。実現のため、政府はやるべきことをやってほしい。

G20と米国 「国際協調」を粘り強く

 「米国第一」を掲げる世界最大の経済大国の独善がまかり通り、自由貿易体制が揺らぐのか。そんな危惧を禁じ得ない結果である。

 米トランプ政権の発足後、初めての国際経済会議として注目された主要20カ国・地域(G20)財務相・中央銀行総裁会議の共同声明が、昨年から一変した。焦点だった通商分野の記述は、「あらゆる形態の保護主義に対抗する」という一文が削られ、「経済に対する貿易の貢献の強化に取り組んでいる」という表現にとどまった。

 自国の貿易赤字削減と国内での雇用確保を掲げ、保護主義的な姿勢を強める米国が強硬に削除を主張。複数の国が反対して引き続き明記するよう求めたが、米国に押し切られる形で妥協したようだ。

 G20は1990年代後半のアジア通貨危機を受けて財務相・中央銀行総裁会議が始まり、08年のリーマン・ショック後に首脳会議も設けられた。グローバル化が進む経済の危機を防ぐには主要国と新興国の協調が欠かせない。そうした理念の柱の一つが「反保護主義」だった。

 時代を逆行させるかのような動きは、米国にとどまらない。欧州でも移民・難民や雇用への懸念などを背景に、英国が欧州連合(EU)からの離脱を決めた。フランスなどでも排外主義的な主張が台頭している。多国間の枠組みに背を向ける米国を放置すれば、危うい「自国最優先」に弾みがつきかねない。

 ここは、各国が結束を強め、国際協調の大切さを粘り強く訴え続けなければならない。

 今年のG20議長国のドイツは財務相会議の終了後、7月の首脳会議に向けて議論を継続する意向を示した。5月には主要7カ国(G7)首脳会議もある。米国に翻意を促していけるかどうかが問われる。

 日本の責任と役割は大きい。

 安倍首相は欧州歴訪に出発し、独仏などの首脳と会談する。自由貿易体制の維持と深化は主要議題の一つだ。各国と連携して「反保護主義」を明確にうたってほしい。日本とEUの経済連携協定など、多国間での交渉を前に進めることも有効だろう。

 今回のG20財務相会議の声明では、地球温暖化に関する文章もすべて削除された。環境対策に後ろ向きなトランプ政権の意向が反映されたとみられる。

 国際協調が不可欠な課題は、途上国の開発支援や貧困対策など、ほかにも数多い。取り組みの停滞を防げるか、貿易分野が試金石となる。

駅前活動判決 過剰規制省みる機会に

 意見が割れるテーマを取りあげた催しや活動は公共の場から締め出し、発表の機会そのものを与えない。各地の自治体に広がるこのおかしな風潮に、歯止めがかかることを期待したい。

 神奈川県海老名市の駅の自由通路で「マネキンフラッシュモブ」と呼ばれる活動をしないよう命じた市長の命令を、横浜地裁がこのほど取り消した。

 不特定多数の人が集まり、共通の衣装をつけ、各自ポーズをとってマネキンのように静止する。数分間続けると次の場所に移動し、またポーズをとる。そんなパフォーマンスだ。

 参加者が「アベ政治を許さない」「自由なうちに声を上げよう」と書いたプラカードを持っていたことから、市は「条例が禁じる集会・デモや承認のない広報活動にあたる」とし、今後こうした行為をしないよう命じた。その命令が違法とされた。

 もっともな判断である。

 判決は、集まったのは約10人で、1時間半ほどの活動中、他の通行人の妨げにならなかったと指摘し、市は条例の解釈適用を誤っていると述べた。

 直接の言及こそなかったが、民主社会を築くうえで欠かせない「表現の自由」を重視する立場にたって、結論を導きだしているのは明らかだ。

 人はだれも自分の意見を持つ自由を持つ。だが他人に伝えられなければ、心の内にあるだけにとどまる。世の中に訴え、賛否にさらされ、考えを深め、また世に問い、賛同者を増やす。そのサイクルがうまく回って初めて、民主主義は機能する。

 ネット時代を迎え、意見を表明する手段は質量とも大きく変化した。しかし、道路や公園・広場、公民館など大勢の人が行き交い集う場が、大切な役割を担うことに変わりはない。

 にもかかわらず、政治性があるなどの理由で、こうした公共空間を市民に利用させない行政の動きが近年目につく。対立や苦情に巻きこまれたくないという「事なかれ主義」に基づくものも多いようだが、過剰な規制は、結局は自分たちの足元を掘り崩し、社会を弱体化させる。この自覚を欠いた安易な制約が横行してはいないか。

 表現活動を縛るのは、危険な事態を招くと明らかに予想されるときや、法が定める不当なヘイト行為など、例外的な場合に限るべきだ。主催者側とよく話し合い、状況に応じて、条件をつけて使用を認めるなどの工夫も検討されてよい。

 海老名市は控訴を断念した。司法の警告を「我が事」として各自治体は受けとめてほしい。

春闘集中回答 労使で働き方改革を進めたい

 働き方改革で生産性を高め、今後も賃上げの流れを継続したい。

 2017年春闘で、主要企業の回答が出そろった。多くの企業が賃金水準を底上げするベースアップ(ベア)の実施を決めた。

 自動車・電機などの労組の要求額は前年と同じ3000円だったのに対し、トヨタ自動車が1300円、日産自動車が1500円、日立製作所などは1000円の回答をそれぞれ示した。

 政府が高水準の賃上げを求める「官製春闘」は4年目を迎えた。毎年、ベアを維持してきたが、賃上げ額は前年割れとなった。

 一方で、労使が協力して働き方を改革する取り組みが広がったのが、今春闘の特徴と言える。

 トヨタはベアに加え、子育て中の従業員を対象に家族手当の支給額を上積みした。育児にかかる家計の負担を軽減し、働く女性の確保につなげる狙いだ。

 NECも、退社から出社までに一定時間を確保するインターバル制度を拡充するという。

 政府が長時間労働の是正に乗り出し、経団連と連合も、実質的に青天井だった残業時間に上限を設けることで合意した。

 この流れを受け、労使が賃上げだけでなく、雇用慣行の見直しに取り組む意義は大きい。

 働きやすい環境を整え、従業員の意欲と能力が高まれば、生産性の向上が期待できる。それが、企業の収益力を高め、さらなる賃上げの原資を生むだろう。

 経営者には、内向きのデフレ志向から脱し、より前向きな経営戦略で臨んでもらいたい。

 昨秋以来の円安などを追い風に、17年3月期決算は堅調だと予想されている。緩やかな景気回復を背景に業績改善を実感しつつも、トランプ米政権の経済政策への懸念などから、賃上げに慎重な姿勢を崩さない経営者は多い。

 企業の成長には、原動力となる新規事業の開拓が欠かせない。

 賃上げを続けるとともに、社員の能力開発研修を充実させるといった人への投資が必要である。

 大手企業では定着した賃上げの裾野を、中小企業や非正規労働者にも広げていきたい。

 機械・金属関連の中小部品メーカーは、大手企業に匹敵する1300円前後のベアが相次いでいる。ニトリホールディングスや味の素など、パートの時給引き上げを決めた企業もある。

 企業の業種や規模を問わず、賃上げの継続が、家計の所得環境を改善するのに不可欠な条件だ。

福島避難者判決 争いの長期化が憂慮される

 東京電力福島第一原発事故について、国と東電の過失責任を認めた初の司法判断である。

 福島県から群馬県に避難した住民ら137人が慰謝料などを求めた裁判で、前橋地裁は国と東電に計約3800万円の賠償を命じた。

 未曽有の事故の重大性を改めて認識させる判決だと言えよう。

 事故の原因となった巨大津波は予見し得たのか。最大の争点について、判決は、予見可能性を明確に認め、事前の対策で事故は防げた、との見方を示した。

 東電は、2002年に国が公表した地震活動の長期評価を踏まえて、15メートル超の津波到来の可能性を推計した。判決が、事故を予見できたと認定した理由の一つだ。

 予見可能性については、専門家の間でも見解が分かれている。

 東電経営陣らに対する刑事告訴・告発を巡り、検察がいったん不起訴と判断した際には、地震学者への聴取結果などを基に、巨大津波の予見可能性を否定した。

 前橋地裁は、過失要件を緩やかに捉えて結論を導いた。予見可能性の認定で、民事と刑事のハードルの高さの差が如実に表れた。

 原子力災害の特徴について、判決は「侵害される法益が極めて重要で、被害者が広範に及ぶ」と指摘した。国に対しては、「規制権限の適切な行使による発生防止が期待されていた」にもかかわらず、行使を怠ったと批判した。

 原発事故の特殊性を重視した判断だと言える。

 憂慮されるのは、争いの長期化である。避難者らに対しては、国の原子力損害賠償紛争審査会の中間指針に基づいて、東電から賠償金が支払われている。損害の賠償を円滑に進めるための目安として機能してきた。

 東電との交渉や裁判外紛争解決手続き(ADR)を経て、既に賠償を受けている住民は多い。

 前橋地裁は、原告の62人について、賠償金の上積みを命じた。避難指示区域に住んでいた住民以外に、区域外から自主避難した人たちも含まれている。

 全国で提起された同種の集団訴訟は、前橋地裁を含めて28件に上る。今回の判決を機に、ADRなどで和解したケースでも、訴訟が提起される可能性は否定できまい。司法判断が新たな争いにつながる事態は避けたい。

 重大事故が起きた以上、国と東電には、被害者の生活を支える責任があるのは言うまでもない。慰謝料とは別に、就業など個々の事情に応じた対応が求められる。

2017年3月19日日曜日

日本はTPP11カ国の協調を主導せよ

 環太平洋経済連携協定(TPP)の署名国は、米国がTPP離脱を正式に決めた後で初めてとなる閣僚級会合を開いた。

 TPPは実質的に世界標準となる貿易・投資ルールである。米国を除いた11カ国が、地域の経済統合の原動力としてのTPPの役割を強調したのは当然だ。

 TPPの将来像をめぐり、11カ国には温度差がある。

 たとえば、オーストラリアやニュージーランドは米国を除いた11カ国での発効を主張したとされる。農業国である両国は米国と競合している。米国が離脱すれば、その分だけアジアや中南米に牛肉などを輸出しやすくなる。

 これに対し、日本などは最大の経済大国である米国のTPP参加が重要との立場から、米国抜きの発効に慎重だ。中南米の一部の国には中国や韓国の参加に期待する声もある。三者三様だ。

 大事なのは、11カ国の結束を固めることだ。5月下旬の次回会合までに各国は意見の隔たりをできるだけ埋め、合意点を見いだす努力をすべきだ。そのために日本こそ指導力を発揮すべきだ。

 米国が加わったTPPが理想型なのはたしかだ。しかし、トランプ米政権が近い将来にTPPに復帰するとは考えにくい。

 米国にはいつでもTPPに戻れるように門戸を開けておく。同時に、次善の策として、米国を除く11カ国でTPPを発効できるように、発効条件の変更といった協定内容の部分的な見直しの準備も進める。

 また、各国が個別に米国と2国間の自由貿易協定(FTA)を結ぶのも排除しない。そんな3段階の対処方針で11カ国が協調できるように働きかけてはどうか。

 「米国抜きのTPP」に米国が難色を示す可能性はあるが、そうした選択肢を考えざるを得ない状況をつくった責任は米国にある。

 TPPはモノにかかる関税撤廃だけでなく、知的財産権の保護、電子商取引、環境、労働などの新たなルールも定めている。

 米国が約束した関税撤廃が実現しない欠点を割り引いても、透明性の高いルールをアジア太平洋地域に広げていく利点はきわめて大きい。

 11カ国によるTPPは、日本が今後の米国との通商協議を優位に進めるためのカードになる可能性も秘める。日本が率先して汗をかく必要がある。

改憲は急がば回れの発想で

 衆院憲法審査会が4カ月ぶりに憲法改正の実質審議を再開した。まずは「参政権に関連した諸問題」に重点をおいて討議する。与野党の問題意識には共通点もあり、優先度が高い改憲項目は何かという合意形成に向けて丁寧で建設的な議論を期待したい。

 与野党6会派は16日の衆院憲法審査会で、大災害時の国会議員の任期延長、首相の解散権のあり方、衆参両院の選挙制度などについて見解を表明した。

 自民党は2011年の東日本大震災後に地方選挙が執行できなかった例をあげて「国会議員の任期延長が必須となる」と訴えた。民進党は首相の解散権を制限すべきだと主張する一方で「緊急事態での衆院議員の任期延長は検討に値する」との認識を示した。

 公明党は「危機管理法制は相当整備されている」としてやや慎重、日本維新の会は改憲に積極的な立場から意見を述べた。共産党や社民党は、憲法に規定のある参院の緊急集会や投票日の繰り延べで対応可能などとして改憲に反対だと強調した。

 緊急事態条項を巡っては自民党が2012年に公表した憲法改正草案で、武力攻撃や内乱、大規模災害時に内閣に「法律と同一の効力を有する政令」の制定権を与えるといった考え方を示した。

 16日の審議では内閣や首相への強い権限付与に慎重意見が多かったが、災害時の議員任期の延長や国と地方の関係などは優先的な検討課題になり得る。

 安倍晋三首相は5日の自民党大会で「今年は憲法施行70年の節目の年だ。自民党は憲法改正の発議に向けて、具体的な議論をリードしていく」と語った。

 時代に合わせた憲法の議論は大事であり、緊急事態の対応や衆参両院の位置づけ、「1票の格差」の是正などは重要なテーマだ。ただ改憲への立場は与党内にも温度差がある。国民の幅広い理解を得るには、丁寧な議論の積み重ねが前提となる。国会審議も急がば回れの発想で臨んでほしい。

原発賠償判決 国と東電への警告だ

 東京電力はもちろん、国の原子力行政に厳しく反省を迫り、自覚を促す判決だ。

 福島第一原発の事故で避難生活を余儀なくされた住民が、東電と国に賠償を求めた集団訴訟で、前橋地裁は両者の責任を認める判決を言い渡した。

 根底に流れるのは、事故が起きれば甚大な被害をもたらす原発を「国策民営」で推進してきた以上、事業者も国もそうした事態を招かないようにする、極めて重い義務を負うという考えだ。うなずく人は多いだろう。

 一方で、刑事と民事の違いはあるが、東電の元幹部について検察が2度にわたって不起訴にした末に検察審査会が強制起訴の議決をするなど、事故をめぐる法的評価は定まっていない。

 今回と同じような集団訴訟は各地の地裁に起こされている。救済すべき住民の範囲や金額もふくめ、今後の裁判例の集積を注視する必要がある。

 判決を聞いて改めて思うのは、3・11前に関係者全体を覆っていた「慢心」である。

 地裁は、東電は遅くとも02年には大津波を予測できたのに簡便な対策さえ怠った、そして国は必要な措置をとるよう東電に命じるべきだったと指摘した。判決には「経済合理性を安全性に優先させた」「国の不合理な態度も東電と同様の非難に値する」といった苦言が並ぶ。

 これは、事故翌年に国会の事故調査委員会が「東電や国がリスクを認識しながら、対応をとっていなかったことが根源的な原因」と指摘したのと重なる。

 にもかかわらず、この津波リスクの扱いについて、東電は今に至るも、きちんとした検証結果を公表していない。

 事故を防ぐには、いつ、だれが、どのような判断をすべきだったのか。いかなる組織だったらその判断が通ったのか。こうしたことを調べ、考え、他の事業者にも伝える。事故を起こした当事者が負う当然の責任を、東電は果たさねばならない。

 国の姿勢も問われる。

 原子力規制委員会ができて、態勢は強化された。だが近年、原発立地近くの活断層の認定や基準地震動の設定をめぐり、電力会社側が抵抗しているようにみえる場面が散見される。

 事業者優位といわれ続けてきた関係を脱し、新たな知見に基づき、迅速に対応させる。今回の判決を、規制業務のあり方を点検する機会にしてほしい。

 安倍首相はことしの東日本大震災の追悼式の式辞で、「原発事故」の言葉を使わなかった。だが、掘り下げるべき課題は、たくさん残ったままである。

北陸新幹線 延伸を無理に進めるな

 福井県敦賀市と大阪市を結ぶ北陸新幹線の延伸ルートが決まった。最後に残っていた京都―新大阪間について、与党は京都府京田辺市を経由する「南回り」を選んだ。

 朝日新聞は社説で、国の厳しい財政事情を踏まえ、整備新幹線の新規着工は努めて慎重にするよう求めてきた。

 国土交通省は、北陸新幹線の大阪延伸には総額2兆1千億円かかると試算している。

 新幹線は今、北海道、北陸、九州の3区間が工事中だ。総事業費は3兆円を超え、30年度にすべて完成するまで、大阪延伸に回す財源のあてはない。

 北陸や関西の政財界では、国債発行などで財源を確保し、着工を前倒しする推進論が熱を帯びるが、財政規律を安易に緩めれば禍根を残す。大阪延伸をそこまでして急ぐ必要はない。

 推進派が主張するように、新幹線は確かに一定の経済効果が望める。北陸新幹線は2年前に長野―金沢間が開業し、首都圏と北陸が直結した。観光ブームは今も続いている。

 ただ、過大な期待は危うい。北陸―関西間には北陸―首都圏間と違って航空路線はなく、移動は今もJR西日本の特急が主役だ。新幹線で需要が増える効果は控えめにみるべきだ。

 国交省の試算でも、費用対効果の指数は1・05で、効果は投資額をわずかに上回るだけだ。

 北陸新幹線の運行を担うJR西は、東海道新幹線がある京都―新大阪間に別の線路を引くよう強く望んだ。建設費が最も安く済む米原(滋賀県)で東海道新幹線と接続する案も拒んだ。

 与党はJR西の主張を受け入れる一方、「便益に比べて費用負担が重くなりかねない」と懸念する京都府にも配慮して「南回り」を採用し、京田辺市内に新駅をつくることにした。

 しかし、市街地が多く、建設費がかさむことが確実な京都―新大阪間にそもそも新たな新幹線が必要なのか。突っ込んだ議論はなく、疑問がぬぐえない。

 新幹線開業後、並行在来線をJRから経営分離し、第三セクターにするルールも火種として残る。大阪延伸では滋賀県の湖西線が主な対象になりそうだが、同県は「新幹線も通らないのに」と断固拒む構えだ。

 日本は人口減少時代に入り、社会保障をはじめ、急を要する課題は目白押しだ。鉄道や道路といった公共インフラをどう維持するかも難題となっている。

 そうしたなか、新幹線整備に巨費を投じることにどれだけ国民の理解が得られるか。大阪延伸を無理に進めてはならない。

防衛省日報隠し 稲田氏に「統率力」はあるのか

 防衛省・自衛隊は、いまだに隠蔽体質を改善できないでいるのか。

 南スーダンで国連平和維持活動(PKO)に従事する陸上自衛隊部隊の活動に関する日報が、廃棄されたはずの陸自内部に保管されていたことが発覚した。

 防衛省は当初、「陸自に日報は存在しない」と説明し、その後、統合幕僚監部で見つかったと公表した。だが、陸自上層部は、陸自にも日報の電子データが残っていることを把握していた。

 統幕幹部が、従来の説明と整合性が取れないとして、公表しないよう指示したという。

 重大な判断ミスだ。異議をはさむ者はいなかったのか。組織的に不都合な事実を隠そうとした、と受け取られても仕方あるまい。日報に関する防衛省の説明全体の信ぴょう性も疑われかねない。

 稲田防衛相は、直属の防衛監察本部に特別監察を指示した。この程度の調査に、自衛隊が自浄能力を発揮できないのは問題だ。

 防衛省では、2004年に海上自衛官がいじめで自殺した問題の内部調査結果を遺族に隠すなど、不祥事の隠蔽が続いている。

 防衛監察本部のトップは元高検検事長だ。国民の信頼回復に向けて、外部の視点による厳正で迅速な調査を求めたい。

 気がかりなのは、「長く保管しても良いことはない」として、公文書を拙速かつ安易に廃棄する風潮があることだ。

 今回、日報を保存していたのは、将来の業務の参考になるとの職員の判断があったためという。

 電子データ化に伴い、文書保存のコストは大幅に低減された。貴重な情報を有効活用する視点を忘れず、時代に即した文書管理のあり方を検討することが重要だ。

 日報問題を通じて、稲田氏の省内統率力に疑問符が付いた。

 報道されるまで、陸自内での日報の存在を把握できなかった。昨年12月に統幕内で日報が見つかったことが稲田氏に報告されたのも1か月後だった。稲田氏と事務方の意思疎通の悪さは否めない。

 国会での「軽さ」が目立つ。

 稲田氏は、学校法人「森友学園」が原告の訴訟に代理人として出廷したことを質(ただ)され、「虚偽」と断定したが、翌日、一転して認め、謝罪に追い込まれた。

 即答せず、きちんと調べてから答えれば、避けられる失態だ。

 野党は辞任を要求し、与党からも資質を問う声が出ている。稲田氏には、閣僚の国会答弁の重さを自覚してもらいたい。

オランダ下院選 排外主義勢力の伸長は侮れぬ

 排外主義勢力がオランダを席巻する事態は、回避された。だが、影響力の拡大は、欧州連合(EU)にとって不安材料だと言えよう。

 オランダ下院選で、ルッテ首相率いる中道右派の自由民主党が議席を減らしながらも、第1党の座を守った。

 「反イスラム」と「反EU」を掲げる大衆迎合主義(ポピュリズム)政党、自由党は第2党にとどまった。選挙直前までは支持率でトップに立っていた。

 自由党のウィルダース党首は、男女平等など欧州共通の価値観とイスラム教が相いれないことを訴え、オランダの「イスラム化」阻止を唱えた。

 イスラム圏からの移民受け入れ停止や、国内モスクの閉鎖などを公約に並べた。ツイッターを多用し、EUとの協調を優先する既成政党の政策を激しく攻撃した。

 EU原加盟国であり、ユーロ圏に属するオランダで、自由党が勝利すれば、EUへの深刻な打撃となったのは間違いない。

 自由民主党が踏みとどまった意義は大きい。EU重視の他党と連立政権を樹立する見通しだ。ルッテ氏は、「オランダは誤ったポピュリズムに『ノー』をつきつけた」と勝利宣言した。

 トランプ米大統領による入国制限など強引な政治手法を巡る混乱や、英国のEU離脱の先行き不透明感が、有権者の安定志向にアピールした側面もある。

 欧州統合の推進役であるドイツのメルケル首相は、ルッテ氏に対し、「友人、欧州人として協力していきたい」と祝福した。

 留意すべきは、選挙戦でルッテ氏が反イスラム票を取り込むために、移民に厳しい姿勢を打ち出したことである。

 新聞広告で「男女平等などの社会規範を尊重できないなら、国から出て行け」と警告した。

 トルコに対しても、強い姿勢で臨んでいる。オランダで開かれた政治集会に参加しようとしたトルコ閣僚の入国を拒否した。

 もともと国民の間で、トルコなどからのイスラム系移民が仕事を奪い、社会秩序を乱す、という漠然とした不安が膨らんでいることは否定できない。そうした状況を軽視できなかったのだろう。

 4~5月の仏大統領選では、国民戦線のルペン党首が、台風の目だ。反イスラムと反EUを強調して支持を広げる。

 EUがポピュリズム伸長という試練を克服し、結束を保てるのか。情勢を見極めねばならない。

2017年3月18日土曜日

着地点みいだした国会の天皇退位論議

 天皇陛下の退位に向けた法整備をめぐり、衆参両院の正副議長が国会としての提言を安倍晋三首相に伝達した。1月以来の各党派の議論を踏まえた内容である。

 一代限りの特例法を主張する与党と、皇室典範改正による恒久制度化を求める野党が当初は対立していたが、双方が歩み寄った。退位を特例法で定めたうえで、特例法と典範が「一体をなす」と典範の付則に明記するという。

 大きな政治問題としないで国民の多くが納得できそうな着地点を見いだした努力を、評価したい。首相はできるかぎり尊重して法案づくりを進めてほしい。

 特例法と典範の付則という枠組みは、国民を代表する国会が退位をそのつど判断できる。それを通じて、象徴天皇制に対する国民の理解と共感が一層ふかまる。

 「典範による皇位継承を定めた憲法2条に違反する」との疑いも払拭される。退位は例外的措置としながらも、将来の退位の先例にもなり得ることも明らかにした形で、妥当だろう。

 提言はまた、今回の退位論議にいたった事情を特例法に詳細に記すよう求めた。昨夏の陛下の「おことば」への国民の共感など固有の事情を強調することで、今後、恣意的、強制的な退位につながるのを避ける狙いだ。

 退位の手続きや退位後の敬称、待遇も規定すべきだと指摘した。ほぼ200年ぶりとなる退位を円滑にすすめるための配慮を重ねており、評価できよう。

 「おことば」の末尾で陛下は、皇室の安定的な持続にも強いお気持ちをにじませた。「女性宮家の創設等」について提言は、特例法の施行後に検討すべきだという点で政府と各党派が一致している、と明示した。

 ただ、結論を得る時期について思惑の違いは大きい。提言は、付帯決議に盛り込むことも含め合意に向けた努力を各党派に促した。注目していきたい。

 政府の有識者会議も近く再開される。大型連休前後とされる法案提出に向け、詰めなければならない点は数多い。特に、暮らしに影響の大きい改元の時期に関してはスピード感が必要だ。

 2019年元日の改元が検討されているとされるが、それには様々なシステムやカレンダーなどの手直しがともなう。国会はさらに政府と意思疎通を密にして「国民の総意」づくりに努めてほしい。

原発事故の過失認めた重み

 東京電力福島第1原発の事故で、福島県から群馬県に避難した住民らが「生活基盤を失い、精神的苦痛を受けた」などとして国と東京電力を相手に損害賠償を求めていた集団訴訟の判決が、前橋地裁であった。

 地裁は「国や東電は巨大津波の到来を予見することができ、事故を防げた」と指摘し、両者に賠償を命じた。事故をめぐる一連の裁判のなかで国や東電の過失が認められたのは初めてのことだ。

 従来の司法判断の流れからみれば大きく踏み込んでおり、唐突な印象も否めない。だが、つねに万一の事態を想定し、安全を確保するための備えを尽くすべきだとする裁判所の考えが明確に示されたことの意味は、重い。

 2002年に巨大地震発生の可能性を示す長期評価が出され、国と東電は津波が来ると想定できた。それを受け国は東電に対策を命じる権限があったのに、怠った。判決はそう結論づけた。

 国や電力会社は指摘を真摯に受け止め、原発の周辺住民に対する避難計画の策定といった安全対策に生かしていく必要がある。

 原発事故の避難者には、学識経験者らでつくる原子力損害賠償紛争審査会による指針にもとづいて、賠償が行われてきた。

 だが事故から6年たったいまもなお、多くの人が福島をはなれて暮らしている。今回の判決は、国や東電の対応に納得しきれないままたくさんの人たちが避難生活を余儀なくされている現状を、改めて示したといえる。

 今回の訴訟と同じような形で損害賠償などを求める訴訟は、全国各地で30件ほどが争われているという。強制起訴された東電の旧経営陣らに対する刑事責任の追及も今後、始まる。

 各地の原発の再稼働をめぐっても依然、様々な議論が続く。安全性をめぐる国民の不安は払拭されていないままだ。

 今回の判決はこうした動きに影響を与えることも考えられる。事態を注視していく必要がある。

籠池氏喚問へ 真相究明への一歩に

 学校法人「森友学園」の理事長退任を表明した籠池(かごいけ)泰典氏の証人喚問が、23日に衆参両院の予算委員会で開かれる。

 国有地売却問題が発覚して1カ月余。この間、事実解明が進むどころか、疑惑は拡大の一途をたどってきた。国会は証人喚問を、真相究明への一歩にしなければならない。

 自公両党は国民の声に背を向け、籠池氏や財務省幹部らの参考人招致を拒み続けてきた。

 だが、籠池氏が「安倍首相から、昭恵夫人を通じて100万円の寄付を受けた」と、16日に参院予算委員会のメンバーに語ったことで、対応せざるをえなくなったのだろう。事実なら、籠池氏との個人的な関係を否定してきた首相の答弁の信用性も根本から問われよう。

 首相側は全否定している。きのうの衆院外務委員会でも首相は「籠池氏とは一対一で会ったことがなく、多額の寄付を私自身がすることはあり得ない。妻や事務所など、第三者を通じてもない」と言い切った。

 言い分が異なる以上、公の場ではっきりさせるしかない。

 証人喚問で虚偽の陳述をすれば、偽証罪に問われる。籠池氏は発言の重みを認識し、真実を包み隠さず語ってほしい。

 見過ごせないのは、自民党の竹下亘国会対策委員長が「首相に対する侮辱だ」と、喚問に懲罰的な意味合いがあるかのような発言をしたことだ。国会はつるし上げやうっぷん晴らしの場ではない。真実解明という目的をはき違えてはならない。

 そのうえで、籠池氏には尋ねたいことが山ほどある。

 最大の焦点は、政治家の関与はあったのかということだ。

 問題となった国有地は、鑑定価格より約8億円安く売却された。不自然な取引の背景に口利きなどはなかったのか。

 学園が4月開校をめざしていた小学校の名誉校長就任を昭恵氏が引き受けた経緯や、「顧問弁護士だった」と籠池氏がいう稲田防衛相夫妻との関係も十分解明されたとはいえない。

 さらに小学校建築費を巡り、補助金を不正受給していたのではないかと疑われてもいる。傘下の幼稚園での教育勅語の暗唱や、虐待の指摘などについても、問われねばならない。

 大切なのは23日の証人喚問が終わりではないということだ。売却交渉をしていた時期に財務省理財局長だった迫田英典・国税庁長官ら、国会で証言すべき人物はほかにもいる。与野党ともにこの問題を早く終わらせるのではなく、国民が納得するまで真相究明に努めるべきだ。

天皇退位 「総意」が見えてきた

 衆参両院の正副議長が天皇退位をめぐる各党・会派の議論をとりまとめ、「立法府の総意」として安倍首相に伝えた。

 この問題で与野党が対立し、多数決で決着をつける事態は好ましくない。何より「天皇の地位は国民の総意に基づく」という憲法の趣旨に反する。年明けから調整に乗りだし、協議の過程の公開にも心を砕いた正副議長の努力を評価したい。

 「とりまとめ」は、退位のための特例法を制定する▽皇室典範を改め、その付則に、特例法は典範と一体をなすものである旨の規定をおく▽特例法に退位に至る事情を書きこむ▽退位の時期を決める手続きに、皇室会議がどう関与するか、各党・会派で協議する▽法施行後、政府に「女性宮家」の創設などを検討する場を速やかに設ける――といった内容からなる。

 退位を今の陛下限りにすべきだとする与党と、制度化を求める民進など野党双方の主張を採り入れた、妥協の産物であることは否めない。退位を「例外的措置」としつつ「将来の退位の先例となり得る」と書くなど、一見矛盾する記載もある。

 朝日新聞の社説は、将来に通じる退位のルールを定めることが大事だと訴えてきた。その観点に立つと、「とりまとめ」は明確さに欠ける面はある。だが高齢の陛下の問題提起を受け、国会が象徴天皇の姿を真摯(しんし)に検討した結果として、次代以降の退位もあり得るとの立場をはっきり示した意義は大きい。

 首相官邸の意向を踏まえ「一代限り」の方向性を打ちだし、説得力に欠ける議論を展開してきた政府の有識者会議に任せていては、このような結果には到底至らなかっただろう。

 もちろんこれで決着したわけではない。今後、政府が具体的にどんな法案を準備するのか。そのプロセスを国民の監視の下におき、条文の内容や構成も改めて精査する必要がある。

 この先、退位問題以上に議論が交錯しそうなのは、「とりまとめ」の最後に書かれた安定的な皇位継承のための方策だ。

 陛下の孫の世代にあたる皇族は4人だけで、うち3人は女性だ。野田内閣が論点整理までこぎつけながら、政権交代によって放置されてきた女性宮家構想について、まさに「速やかに」議論を始める必要がある。

 再びうやむやにしたり結論を先延ばししたりすれば、将来はますます厳しく難しいものになる。皇室制度は大切だと言いつつ、逃げの姿勢をとり続ける安倍政権は、その言行不一致を今度こそ改めなければならない。

「退位」特例法案 一本化を促した「国民の総意」

 各党・会派が、主張の違いを乗り越えて、成案を得た意義は大きい。

 天皇陛下の退位問題に関し、衆参両院の正副議長が国会としての意見をまとめた。特例法で退位を認めるという内容だ。大島衆院議長が、安倍首相に提示した。

 憲法1条は「天皇の地位は、国民の総意に基づく」と定める。国民の代表機関である国会の見解は、最大限尊重されるべきだ。

 首相は「厳粛に受け止め、直ちに法案の立案に取りかかりたい」と述べた。政府は、大型連休後に特例法案を国会に提出する方針だ。退位問題は、一定の道筋がついたと言えよう。

 自民、公明両党は一貫して、一代限りの特例法制定を主張した。将来の天皇にも適用される制度では、退位要件を定めるのが困難だとの理由からだ。

 民進党は、皇室典範を改正して、「天皇の意思」などを退位の要件として盛り込み、恒久的な退位制度を設けるよう求めた。

 皇室典範の付則に、特例法は典範と「一体をなす」と明記する。陛下が退位の意向を示されたお言葉が、国民に広く理解されていることを特例法案に書き込む。

 自民党が示した折衷案が国会の見解となったのは、正副議長の調整によるところが大きい。

 憲法2条は「皇位は皇室典範の定めにより継承する」と規定している。特例法と皇室典範が一体だとみなしたことには、憲法への配慮がにじむ。民進党も「主張が一定程度入った」と歩み寄った。

 国民の受け止め方を踏まえ、退位の是非をその都度判断する仕組みであれば、恣意しい的な退位や強制的な退位は防げる。国会は、こうした見解を示している。

 特例法の制定に際しても、留意せねばならない重要な問題だ。

 ご高齢の陛下の退位を早急に実現させるために、国会が、天皇制の本質にかかわる論点を先送りした感は否めない。

 終身在位の原則が、なし崩しになる恐れはないのか。天皇陛下の退位後、皇太子が不在となる状況にどう対処するのか。退位した陛下の呼称や待遇の問題もある。

 政府は、法案作成に万全を期してもらいたい。

 国会は政府に対し、安定的な皇位継承のために、女性宮家創設などを検討することも求めた。

 未婚の女性皇族7人のうち6人は成人で、結婚すれば皇籍を離れる。女性宮家の創設は、女性天皇が可能になった場合に備える意味も持つ。今後の重要な課題だ。

籠池氏喚問へ 真実解明して混乱を収拾せよ

 一民間人の真偽不明の発言に与野党が振り回される茶番劇を、これ以上続けてはなるまい。国会で真実を明らかにし、混乱を収拾すべきだ。

 衆参両院の予算委員会が、学校法人「森友学園」の理事長を退任表明した籠池泰典氏の証人喚問を23日に行うことを決めた。籠池氏は出頭が義務づけられ、虚偽証言をすれば、偽証罪に問われる。

 籠池氏は参院予算委の理事らに対し、開校予定だった小学校の建設を巡り、「安倍首相から昭恵夫人を通じて100万円の寄付を受けた」と語った。2015年9月に昭恵氏が学園の幼稚園で講演した際に受け取ったという。

 首相は17日の衆院外務委員会で「これだけ多額の寄付を私が行うことはあり得ない。妻や事務所を通じてもない」と否定した。昭恵氏の寄付もないと明言した。

 従来の国会答弁でも、「妻も私も、寄付金集めに全く関わっていない」と強調してきた。

 双方の主張は完全に食い違っている。仮に寄付が事実でも、選挙区外のため、違法性はない。だが、籠池氏の発言は首相答弁の信頼性を大きく傷つけるものだ。自民党が「首相に対する侮辱だ」と反発するのは、もっともである。

 与党は当初、国有地売却などに違法性が認められず、籠池氏が私人であることに配慮して、籠池氏の国会招致に否定的だった。

 今回、その方針を転換したうえ、強制力のない参考人招致でなく、証人喚問に同意したのは、籠池氏に事実を語るよう迫り、首相への疑念を払拭する狙いだろう。

 籠池氏は連日、根拠が曖昧で自分勝手な情報を一方的に発信し、騒動を大きくしている。国会審議でも、森友学園問題ばかりに焦点が当たり、内政・外交の重要な議論が後回しになっている。極めて異常な事態で、看過できない。

 籠池氏は従来、「首相、昭恵夫人からしていただいたことは何もない」と繰り返していた。「寄付を受けた」という主張と整合性が取れない。学園の帳簿には記載しなかったのか。証人喚問では、詳細な説明が求められよう。

 森友学園は、金額だけが異なる3通の校舎建築工事契約書を作成し、大阪府、国土交通省などに提出していた。補助金の不正受給を図った疑いが指摘されている。

 国有地が評価額より約8億円安い価格で売却された経緯についても、依然、不明な点が残る。

 証人喚問で籠池氏は、事実関係を誠実に語り、一連の疑惑の解明に協力する責任がある。

2017年3月17日金曜日

経済の安定に資する米の緩やかな利上げ

 米国が昨年12月に続く利上げに踏み切った。経済が順調に回復しているのを映した決定である。緩やかな利上げの継続は、金融の不安定化を防ぎ、米景気拡大の持続力を高めることにもつながる。

 米国の金利上昇は資金の米国への回帰や一層のドル高につながる可能性もある。海外からの資金依存度が高い新興国は、変化に耐えられるよう国内の経済構造を強固にしていく必要がある。

 2015年、16年と1年に1回だけだった従来に比べれば利上げペースを速めるものの、内外の経済状況を見極めながら慎重に判断する姿勢は変えない。イエレン米連邦準備理事会(FRB)議長が、利上げ発表後の記者会見で示したのはこうした考え方だろう。サプライズを避けつつ政策を決めていく姿勢は評価できる。

 米国が経済回復に伴い金利を引き上げることは、将来景気が悪化したときの利下げ余地を増やす面もある。ゼロ金利の壁にぶつかる可能性を減らせるという意味でも、経済の安定に貢献する。

 米国経済には、仕事がみつからない人がなお多いといった問題が残る。だが、その解決手段は景気刺激よりも、求職者の技能と需要が合わないミスマッチの解消といったミクロ政策に移っている。

 米国経済や金融政策にとって最大の不透明要因は、皮肉なことにトランプ米新政権の政策運営だ。

 減税やインフラ投資などの財政刺激策がどこまで実現するのか、保護主義的な政策を本当に実施するのか。これら次第では経済や金融政策が予想された道筋からはずれる可能性がある。トランプ大統領は来年2月に任期が切れるイエレン議長を再任しない姿勢を示しているが、どんな人を後任にするのかもまだ見えてこない。

 日本にとっては、米経済の改善や米金利の緩やかな上昇はプラス材料だ。日本の景気押し上げや、円高が進みにくい環境をつくりだすからだ。副作用を伴う一段の金融緩和を迫られるリスクも減る。

 物価がほぼ横ばいにとどまる日本は、短期の政策金利を米国と同じように高められる状況にはなっていない。ただ米国の利上げ継続に伴い、日本の長期国債金利には上昇圧力が高まる可能性がある。

 日銀は、昨年9月に10年物国債の利回りを0%程度に誘導する政策を導入したが、この水準に抑え続けることの是非についても今後議論がなされるべきだろう。

稲田防衛相の管理能力を疑う

 閣僚の国会での説明がここまでいい加減では、野党が「隠蔽だ」と追及するのは当然だろう。南スーダン国連平和維持活動(PKO)に派遣している陸上自衛隊の日報問題などを巡り、稲田朋美防衛相の管理能力に大きな疑問符がつく状況になっている。

 南スーダンPKOの派遣部隊の日報に関して、防衛省がこれまで「廃棄して存在しない」と説明してきた陸自内で保管されていたことが明らかになった。

 南スーダンでは昨年7月に政府軍と反政府勢力の大規模な武力衝突が起き、陸自の派遣部隊は日報で「戦闘」との表現を使った。

 防衛省は昨年12月に日報への情報公開請求に対し「すでに廃棄した」として不開示とした。その後の調査で統合幕僚監部に電子データが残っていると判明したにもかかわらず、防衛相への報告まで1カ月を要し、公表はさらに2月7日にずれ込んだ。

 陸自内に日報のデータがずっとあったとすれば、防衛相は国会で事実と異なる答弁を繰り返したことになる。それまでの説明と辻つまを合わせるため、陸自内で見つかったデータが消去されたとの疑いも浮上している。

 防衛相は一連の経緯を踏まえ、直轄の防衛監察本部に特別防衛監察の実施を命じた。対応が後手に回っているとはいえ、情報管理の問題点や隠蔽の有無をきちんと明らかにしてほしい。

 防衛省は日報の扱いについて、中央即応集団司令部の担当者が報告用の「モーニングレポート」を作成したら廃棄する仕組みだと説明してきた。現地情勢は隊員の安全に直結するだけに関心も高い。これを機に情報の保全と公開に関する基準を見直す必要がある。

 防衛相は日報の扱いがこれだけ焦点になっても省内の動きを把握できていない。学校法人「森友学園」の訴訟への弁護士時代の関与を全面否定した先の答弁も「記憶違い」だったとして発言の撤回と謝罪に追い込まれた。国会審議に臨む姿勢が問われている。

オランダ選挙 排外主義になお警戒を

 難民や移民を敵視する排外主義に国をゆだねることは控えたい。だが、今の政治のありようには我慢しがたい。

 15日に投票されたオランダ総選挙は、そんな悩める民意を映し出したといえるだろう。

 「イスラム教の聖典コーランは発禁。モスク(礼拝所)は閉鎖する」「移民・難民を阻むために国境を閉じる」。こうした極端な反イスラム、反移民を掲げる右翼・自由党がどこまで支持を伸ばすかが注目された。

 事前の調査では首位に立つとの予測もあったが、第2党以下の勢力にとどまる見通しだ。

 ウィルダース党首は、ツイッターでメディアや既成政治への批判を繰り広げ、「オランダのトランプ」とも呼ばれた。だが、具体的な政策を欠いた実像が選挙戦で次第に露呈した。

 わかりやすい主張で人々の感情に訴えるポピュリズム(大衆迎合)の政治家には、国政は任せられないというバランス感覚が働いた結果といえよう。

 欧州連合離脱を決めた英国民投票、トランプ氏勝利と、昨年から加速した非寛容や排外主義の流れが欧州を覆うのかに関心が集まっている。

 春のフランス大統領選や秋のドイツ総選挙を前に、オランダの結果が、この流れに歯止めをかけた、と安堵(あんど)する声もある。

 だが、楽観は禁物だ。

 予想は下回ったが、自由党は議席を増やす見通しだ。党首はこれまで社会保障費の削減などを批判してきた。「移民が雇用を脅かし、難民は社会保障にただ乗りしている」という短絡的な宣伝をある程度浸透させることには成功したといえよう。

 ルッテ首相が選挙期間中に、「普通に行動できないなら国を去れ」と、移民やイスラム教徒への批判を思わせる広告を出したのも懸念される。右翼に押され政治全体が排斥に傾いているとしたら、ゆゆしき事態だ。

 第1党を守るとはいえ、与党で中道右派の自由民主党は議席を減らす。連立を組む中道左派の労働党は議席が3分の1以下になりそうな惨敗ぶりだ。一方、格差是正を訴える左派政党が大きく議席を伸ばしそうだ。

 オランダでも、グローバル化に伴って製造業が衰退し、非正規雇用が広がることへの不安や不満が広がっている。

 むしろ今回の選挙は、国民を悩ませる問題に正面から取り組む処方箋(せん)を示してこなかった主要政党の怠慢に、国民が異議をつきつけたとみるべきだ。

 排外的ポピュリズムの風がやんだわけではない。先進国の政治家には改めて自戒が必要だ。

陸自日報問題 国民への重大な背信だ

 重大な国民への背信である。こんな稲田防衛相と自衛隊に、隊員を海外派遣する資格があるとは思えない。

 南スーダン国連平和維持活動(PKO)に派遣されている陸上自衛隊部隊の日報をめぐり、「廃棄した」としていたデータが、陸自内に保存されていたことが新たに判明した。

 しかも情報公開請求への不開示決定後に、データが削除された可能性が指摘されている。事実なら、組織的な隠蔽(いんぺい)行為があった疑いが濃い。

 問題の日報は、昨年7月の首都ジュバの状況を「戦闘」と記していたが、政府は「衝突」と言い続けた。「戦闘」と認めれば憲法との整合性がとれなくなり、派遣の正当性が崩れるのを恐れたからだ。

 その日報が情報公開請求されると、防衛省は昨年12月、「廃棄した」として不開示を決定。その後、統合幕僚監部でデータが見つかったとして一部を公開したが、じつは陸自にもデータはあったということだ。

 稲田氏がこのことを知っていたなら、明確な虚偽答弁を繰り返していたことになる。

 知らなかったとしても、陸自の「隠蔽」を見抜けなかったことになる。自衛隊の海外派遣という重要政策で、結果として国会で虚偽の答弁を続け、国民に誤った情報を示した責任は免れない。文民統制の観点からも、稲田氏の責任は極めて重い。

 陸自が「隠蔽」したとすれば、それはなぜか。

 自衛隊派遣を継続し、「駆けつけ警護」など新任務付与の実績を作りたい――。そんな政権の思惑に合わせ、派遣先の厳しい治安情勢を国民の目から隠そうとしたのではないか。

 その背景には、制服組の役割をより重視する安倍政権の姿勢もあるようにみえる。

 稲田氏は、直轄の防衛監察本部に「特別防衛監察」の実施を指示した。事実関係を徹底的に調べ、速やかに公表するのは国民への当然の責務だ。

 きのうの国会で稲田氏は「防衛省、自衛隊に改めるべき隠蔽体質があれば、私の責任で改善していきたい」と強調した。

 だが、稲田氏は「森友学園」の代理人弁護士を務めたことをめぐり、事実に反する国会答弁を繰り返し謝罪したばかりだ。

 自らの言葉の信頼性が揺らぐなかで「私の責任で改善を」と言っても説得力を欠く。

 稲田氏を一貫して主要ポストに起用してきた安倍首相は、どう対応するのか。「徹底して調査してほしい」と言うだけで済むはずがない。

時事問題

注目の投稿

もんじゅ廃炉のコスト監視を

 廃炉が決まっている高速増殖炉もんじゅ(福井県敦賀市)について、運転主体の日本原子力研究開発機構が計画をまとめ、原子力規制委員会に申請した。  2018年度に核燃料の取り出しを始め、47年度まで30年かけて撤去する。費用は3750億円の見込みで、通常の原子力発電所の廃炉に比...

このブログを検索

Google News - Top Stories

ブログ アーカイブ