2017年8月31日木曜日

日本企業は英EU離脱への備え怠るな

 英国の欧州連合(EU)からの離脱をめぐる交渉が難航している。EUと英国の双方の主張の隔たりは大きく、離脱後の自由貿易協定(FTA)などの通商協議に入るメドがたたない状況だ。

 英国が無秩序なかたちでEUを離脱するという最悪のシナリオも排除できない。英国を拠点に欧州ビジネスを展開する日本企業は、あらゆる事態に対応できる準備を怠ってはならない。

 英国は原則として2019年3月にEUから離脱する。離脱からEU・英国のFTAが発効するまでの「移行期間」について何らかの取り決めをしないと、EUと英国の間に関税が復活したり人の往来が制限されたりして、双方の経済が大混乱するおそれがある。

 EUは人、モノ、サービス、お金が域内を自由に移動できる「単一市場」と、関税なしで貿易ができる「関税同盟」をもつ。移行期間中は実質的な関税同盟を維持しつつ単一市場からは撤退する方針を、メイ英政権は示している。

 英国には約1000社の日系企業が進出している。英国に欧州本社を置いている日本企業も多い。英国がEUの単一市場の一部でなくなれば、多くの企業が事業の見直しを迫られかねない。

 経団連は、EUと英国がひとまず単一市場と関税同盟を維持する移行措置に合意するよう求めた。離脱の負の影響を最小にするための要求で、理解できる。

 メイ英首相は9月1日までの日程で来日中だ。EUからの離脱を円滑に進め世界経済に悪影響を与えないよう、安倍晋三首相や日本の経済界は強く迫るべきだ。

 同時に、日本企業はEUと英国がFTAや移行措置で合意できない事態にも備えねばならない。

 たとえば、大陸欧州から部品を輸入し、英国で組み立てて最終製品を大陸に輸出している場合、大陸と英国の間で関税が復活することも視野に供給網を再構築することが求められる。

 英国内の拠点で働くEU市民の雇用を維持できるかどうかも要注意だ。日本の金融機関は事業の一部を大陸に移す計画だ。英国とEUの交渉をみながら柔軟に対応する構えも必要である。

 EU離脱後の英国と日本はいずれFTAを結ぶ必要があるだろう。とはいえ、日本政府が英政府に最優先で求めるべき点は、EUとの交渉を早く前進させて先行き不透明感を拭うことだ。

予知に頼らぬ地震防災を前へ

 東海沖から九州沖を震源とし、最大でマグニチュード(M)9級と想定される南海トラフ巨大地震について、中央防災会議の有識者会議が防災対応の見直しを求める報告案をまとめた。

 いまの大規模地震対策特別措置法(大震法)では東海沖の地震は「予知が可能」とし、警戒宣言を出して被害を減らすとしている。だが有識者会議は「確度の高い予測は困難」と認め、予知に頼らぬ防災への転換を求めた。

 大震法を見直すのは当然だ。1995年の阪神大震災後、予知が難しいことは学界の共通認識になった。南海トラフ地震は西日本の太平洋沖の広い海域が震源になるとみられ、東海地震だけが対象の大震法がいまのままでは、防災対策で矛盾が生じかねない。

 これを機に、地震が突然起きても被害を最小限に抑える対策をもっと強めるべきだ。耐震基準を満たさない建物はできるだけ早くゼロにする。活断層の真上に公共の建物をつくらない。被災地に救援部隊や物資を送る計画を事前に立てておく、といった対策だ。

 しかし、有識者会議の案はなおも中途半端な点が多い。ひとつが大地震の前兆とみられる「異常な現象」が観測された場合、住民に避難指示を出すとした点だ。

 同会議は異常現象として2つの例をあげた。まず南海トラフの東側でM8級地震が起き、トラフ西側でも大地震の続発が予想される場合。もうひとつは本震よりひと回り小さいM7級が、巨大地震の前震として起きる場合だ。

 ただ、過去には異常が起きても大地震に至らなかった例も多く、予測が当たる確率は2~10%という。これでは避難指示を出しても空振りになる可能性が高く、社会の理解が未熟なまま発信すると、混乱を招く恐れも大きい。

 不確かな情報をもとに避難指示を出すのが妥当か、研究者や市民も交えて慎重な議論が要る。むしろ、地震に不意打ちされても被害を減らす対策を考えるのが、有識者会議の役目であるはずだ。

(社説)麻生副総理 あまりにも言葉が軽い

 首相や外相を歴任した政治家として、あまりにも軽すぎる発言である。

 麻生副総理兼財務相がおととい、自らの自民党派閥の研修会でこう語った。

 「(政治家になる)動機は私は問わない。結果が大事だ。いくら動機が正しくても、何百万人も殺しちゃったヒトラーは、やっぱりいくら動機が正しくてもダメなんですよ」

 何が言いたいのかよくわからないが、ヒトラーが率いたナチス・ドイツによるユダヤ人虐殺(ホロコースト)に、正当な動機があったとの考えを示したとも受け取られかねない。

 麻生氏はきのう「ヒトラーを例示としてあげたことは不適切であり撤回したい」とするコメントを出した。「私がヒトラーについて、極めて否定的にとらえていることは発言の全体から明らかであり、ヒトラーは動機においても誤っていたことも明らか」としている。

 理解不能である。

 ならばなぜ「動機が正しくても」と2度も繰り返したのか。

 ナチスは強制収容所にユダヤ人を移送し、ガス室などで殺害し、数百万人が犠牲になった。残虐極まる蛮行に正しい動機などありえるはずがない。

 欧米では、ナチスやヒトラーを肯定するような閣僚の発言は直ちに進退問題につながる。安倍政権の重鎮である麻生氏が、このような発言を国内外に発信した責任は重い。

 ナチスを引き合いに出した麻生氏の発言は、今回が初めてではない。

 2013年には憲法改正をめぐり、「ある日気づいたら、ワイマール憲法がナチス憲法に変わっていたんですよ。だれも気づかないで変わった。あの手口に学んだらどうかね」と発言。批判を浴びると、「誤解を招く結果となった」と撤回した。

 麻生氏はきのうのコメントでも「私の発言が誤解を招いたことは遺憾だ」と釈明した。

 発言が問題視されると、誤解だとして撤回し、とりあえず批判をかわす。自らの発した言葉への反省は置き去りにし、また過ちを重ねる……。

 麻生氏に限らず、そんな軽々しい政治家の言動を何度、見せつけられてきたことか。

 政治家にとって言葉は命である。人びとを動かすのも、失望させるのも言葉によってだ。

 その言葉がこれほどまでに無神経に使い捨てられている。

 そんなものかと、この状況を見過ごすことは、この国の政治と社会の基盤を掘り崩すことにつながる。

(社説)労基法改正 働き過ぎ是正が優先だ

 長時間労働をただす規制の強化と、一部の働き手を規制の対象外にする制度をつくることが、どう整合するというのか。政府に再考を求める。

 秋の臨時国会に提出が予定される「働き方改革」法案をめぐり、厚生労働省の審議会の議論が大詰めだ。

 労働基準法の改正では、働き過ぎを防ぐ新たな残業時間の上限規制と、既に国会に提出されている労働分野の規制緩和策を一緒にして、法案を出し直す方針を政府は示した。一定年収以上の専門職を労働時間の規制からはずし、残業や深夜・休日労働をしても割増賃金を支払わない「高度プロフェッショナル制度(高プロ)」の新設と裁量労働制の拡大である。

 だが、二つのテーマは背景や目指す方向が異なる。長時間労働の是正が喫緊の課題である一方、高プロは「残業代ゼロ」との批判が強く、2年前に関連法案が国会に提出されて以来、一度も審議されずにたなざらしにされてきた。

 働く人が望む改革と一緒にすれば押し通せる。政府がそう考えているのなら言語道断だ。一本化で議論が紛糾し、残業規制まで滞る事態は許されない。二つを切り離し、まずは長時間労働の是正を急ぐべきだ。

 そもそも安倍政権の目指す「働き方改革」とは何なのか。

 正規・非正規といった働き方の違いによる賃金などの格差を是正し、底上げをはからなければ消費の回復もおぼつかない。出産や子育てがしやすく、家族の介護をしながら働き続けられる環境を整えないと、少子高齢化社会を乗り切れない。そんな問題意識が出発点で、安倍首相も「働く人の視点に立った改革」を強調してきたはずだ。

 一方、高プロ創設などの規制緩和は経済界が要望してきた。首相が「世界で一番企業が活躍しやすい国」を掲げるなか、労働者代表のいない産業競争力会議が主導し、審議会での労働側の反対を押し切って法案化された。いわば「働かせる側の視点に立った改革」だ。

 高プロは、時間でなく成果で働きぶりを評価する仕組みとされるが、成果で評価する賃金体系は今でもある。必要な制度なのか、説明は十分ではない。残業代の負担という歯止めがなくなり、長時間労働が助長されないか。いったん導入されたら対象が広がらないか。疑問や懸念は根強く、徹底的に議論することが不可欠だ。

 「働く人の視点に立った改革」を進める気があるのか。政権の姿勢が問われる。

北ミサイル対応 更なる挑発阻止へ圧力強めよ

 北朝鮮の度重なる暴挙を非難し、挑発の停止を迫る国際社会の一致した意思が示された。日米韓は、抑止態勢の整備を進めながら、制裁包囲網を強化する必要がある。

 国連安全保障理事会が、日本上空を通過した北朝鮮の弾道ミサイル発射を強く非難する議長声明を全会一致で採択した。声明は、北朝鮮に発射停止や核放棄を求め、各国に過去の北朝鮮制裁決議の厳格な履行を促している。

 北朝鮮が決議や議長声明を悉(ことごと)く無視する現状を放置していては、国際秩序の更なる混乱は避けられまい。北朝鮮への圧力に消極的な中国とロシアも同調し、安保理が明確なメッセージを迅速に打ち出したことは評価できる。

 北朝鮮は、中距離弾道ミサイル「火星12」の発射訓練に成功したと発表した。容認できないのは、金正恩朝鮮労働党委員長が「日本の島国の輩(やから)が仰天する」という作戦を講じ、現地で指導した、と喧伝(けんでん)していることだ。

 発射は日韓併合条約の107年前の発効日に合わせたという。

 金委員長は、発射を米領グアムを牽制(けんせい)するための「前奏曲」と位置付けた。「今後も太平洋を目標にして、発射訓練を多く行う」と言い放っていることも問題だ。

 ミサイルの技術向上と長射程化、多様化を加速させ、核攻撃能力を備えたいのだろう。危険な暴走を阻止しなければならない。

 日米韓の防衛当局がより緊密に連携し、結束を示すことが抑止力強化につながろう。

 衆参両院は委員会でそれぞれ閉会中審査を開き、北朝鮮への圧力強化を求める決議を採択した。

 河野外相が「国際社会は対話のための対話ではなく、北朝鮮が非核化の意思を明確にし、具体的な行動を取るよう求めている」と強調したのは当然である。

 野党は、地対空誘導弾PAC3の配置に「空白地域があるのではないか」とただした。

 射程約数十キロのPAC3は全国に34基配置され、ミサイルを地上付近で迎撃する役割を担う。部品の落下などにも対処する。

 北海道の襟裳岬上空などを飛行した今回のルートは想定外で、仮に落下物があった場合、撃ち落とすのは困難だったとされる。

 小野寺防衛相は、射程が倍増する改良型PAC3の配備を順次進めることを挙げ、「守備範囲がかなり広がる。一層安全な防衛態勢にしていきたい」と語った。より効果的な配置、運用に努める視点が欠かせない。

全国学力テスト 応用問題をこなせる授業に

 授業内容に工夫を凝らして、応用力の底上げを図りたい。

 文部科学省が、4月に実施した全国学力テストの結果を公表した。

 10回目となったテストでは、小学6年生と中学3年生を対象に、国語と算数・数学の基礎的な知識と応用力を測った。

 基礎問題の正答率が7割前後だったのに対し、応用問題では4割台にとどまる教科があった。数学の記述式の問題に至っては、5問中4問が1割台だった。

 思考力や表現力を問う応用問題の不振は、テストの開始当初から続く。資料から必要な情報を読み取る。前後のやり取りを捉え、相手の発言の意図を理解する。実社会で必要とされる能力をいかに育むか、が変わらぬ課題である。

 成績上位県では、子供の主体性を重んじて、対話型で学ばせる取り組みが成果を上げている。

 決められたテーマについて、一人で思考した後に、グループ討論で答えを探る。教師が宿題を与えるだけでなく、児童・生徒自身が家庭での学習内容を決める。

 このような指導法で好成績を続ける秋田県には近年、延べ1万人もが視察に訪れている。指導法を吸収するため、先進県に教師を長期派遣している県もある。

 成績が下位の県と全国平均との差は縮小している。効果的な指導法の共有を促進すべきだ。

 今回は、都道府県別に加えて、政令市ごとの正答率が初めて公表された。周辺自治体に比べて、総じて好成績だった。

 都市部が多いため、塾などの学習環境に比較的恵まれていることが大きな要因だろう。過去の学力テストの結果を分析し、弱点を克服する独自のテストを実施するなど、問題意識を持って学力向上に努める市もある。

 大阪市は全教科で大阪府の平均正答率を下回った。市教委は「低迷校には経済的に困窮している家庭が多い」との見方も示す。

 市教委は、元教師らを低迷校に配置し始めた。学力向上策を助言してもらうためだ。その助言を生かして、放課後の学習用に図書室を整備した小学校もある。

 自治体間の行き過ぎた得点競争は好ましくないが、現状を直視し、地域の子供たちの学力を全体的に高める施策は大切である。

 夏休みが終わり、2学期の授業が本格化する。

 休暇中の体験で学んだことについて、自分なりの考え方を発表する。子供たちが主体的に関わるこうした授業を増やしたい。

2017年8月30日水曜日

危険極まる北の挑発に強力な制裁圧力を

 北朝鮮が日本列島の上空を飛び越える弾道ミサイルの発射を強行した。日本の安全を脅かす危険極まる軍事的挑発であり、断じて容認できない。

 防衛省によれば、ミサイルは平壌郊外から1発発射され、北海道の襟裳岬上空を通過して太平洋上に落下した。飛行距離は約2700キロメートル、最高高度は約550キロメートルで、北朝鮮が「火星12」と称している中長距離弾道ミサイルの可能性が大きいという。

 北朝鮮は先に、弾道ミサイル4発を同時発射して米領グアム沖に着弾させる作戦を予告。米国を激しく威嚇したが、その際に使用するとしたのが「火星12」だ。

 金正恩(キム・ジョンウン)委員長は「米国の行動をもう少し見守る」として、作戦計画の実施を見送っている。ただ、北朝鮮は米韓合同軍事演習が予定通り開始されたことなどに反発を強め、先週末には短距離ミサイルとみられる3発を発射したばかりだ。

 今回のミサイル発射はグアム沖にいつでも撃ち込める技術的な能力を誇示することで、米国に対話に向けた譲歩を改めて促す思惑なのだろうが、日本を直接危険にさらすような挑発は言語道断だ。しかも事前通告はなく、度を越した暴挙と言わざるを得ない。日本政府が国連安全保障理事会の緊急会合を要請したのは当然だろう。

 9月9日に建国記念日を迎える北朝鮮は今後も、挑発のレベルを上げたミサイル発射や核実験を強行する恐れがある。不測の事態も含めて、朝鮮半島の軍事的緊張がさらに高まりかねない。

 北朝鮮の危険な挑発に一刻も早く歯止めをかける必要がある。軍事衝突を避け、対話による核問題の平和的解決の道を模索していくうえでも、まずは国際社会が結束して北朝鮮に強力な制裁圧力をかけていくことが欠かせない。

 とくに北朝鮮と関係が深い中国やロシアの役割は大きい。正恩体制に深刻な打撃を与えるとされる石油禁輸を含め、北朝鮮に核・ミサイル開発の放棄を促すような厳しい経済制裁に踏み込むべきだ。

 政府は今回、全国瞬時警報システム(Jアラート)で逐次、情報を伝えた。一部の新幹線や在来線が一時運転を見合わせるなど市民生活にも影響が出た。こうした危機管理のレベルについては議論の余地があろうが、政府は今後とも国民の安全を最優先に万全の態勢で不測の事態に備えてほしい。

臍帯血問題が突きつける課題

 へその緒や胎盤から得られる臍帯血(さいたいけつ)を違法に患者に投与したとして、医師や販売業者が逮捕された。厚生労働省と捜査当局は協力して実態を解明し再発防止策を徹底してほしい。

 2014年施行の「再生医療等安全性確保法」に基づく初の摘発となる。同法によると、他人の臍帯血を投与するような治療では専門の委員会で安全性や倫理面の審査を受け、厚労省に届け出をしなければならない。

 逮捕された医師らは届け出なしに高額の治療をしていた。同様の違法行為はほかにも多数あるとみられ、継続的な調べが必要だ。

 臍帯血には血液など様々な細胞のもとになる幹細胞が含まれる。白血病などへの効果が確かめられており、治療に使われている。臍帯血はiPS細胞の作製にも使われ、再生医療研究に欠かせない。

 一方で、今回問題となった美容や抗加齢、多くの進行がんの治療への利用は安全性や有効性が確認されていない。日本再生医療学会の澤芳樹理事長は「とても医療と呼べない」と憤る。再生医療の健全な発展を妨げかねない。

 厚労省は法律上の手続きをとった再生医療の提供医療機関をネットで公表してきた。逮捕された医師のクリニックも一部の治療は届け出ていたため、この中に含まれていた。厚労省は公表を停止したが、再開の際は患者に誤解を与えぬよう、内容に工夫がいる。

 患者も安易な宣伝文句にのらないよう、注意が必要だ。再生医療学会が近く開設を予定している相談窓口などを活用したい。

 白血病治療などに使う臍帯血は日本赤十字社などの公的バンクが産婦の善意によって集め、関係法に基づき管理している。しかし、今回使われたのは法規制が及ばない民間バンクの臍帯血で、経営破綻後にクリニックなどに渡った。

 保管状況もよくわからないまま治療に使われれば、健康被害が出かねない。臍帯血以外にも様々な細胞の民間バンクがあり、新たな規制も検討すべきだろう。

(社説)ミサイル発射 日米韓の結束強化を

 北朝鮮がまた危険極まりない挑発に出た。今回は日本の上空を横切るミサイル発射である。断じて容認できない暴挙だ。

 弾道ミサイルはきのう早朝に発射され、北海道・襟裳岬の東方約1180キロの太平洋に落ちたとされる。事前に海上の航行禁止区域も設けていなかった。

 日本政府は、3度目となる全国瞬時警報システム(Jアラート)を北海道、東北、北関東など12道県に流した。各地の鉄道でダイヤが乱れ、学校の休校も相次いだ。

 蛮行で隣国を脅かす金正恩(キムジョンウン)政権に強い憤りを覚える。

 国際社会はまず、北朝鮮に事態の深刻さを伝え、強い非難の意思を示すべきだ。そのためにも国連安保理はただちに対応を協議する必要があろう。

 先の大陸間弾道ミサイル(ICBM)発射を受けた安保理制裁はまだ緒についたばかりだ。中国やロシアを含む各国の今後の徹底履行を促したい。

 北朝鮮は、いま実施中の米韓合同軍事演習に反発し、グアム島周辺へ新型ミサイルの発射を検討しているとしてきた。今回は、発射の方法や飛行距離から、その実行能力を誇示しようとした可能性が高い。

 来月9日に建国記念日を控える北朝鮮は、核実験の準備を終えたとの指摘がある。一方で最近の暴走ぶりには、盟友である中国も懸念を公言している。

 新たな実験で核搭載のICBM開発に歩を進めれば、金政権は国際社会との敵対を決定づけ、自ら体制の維持を危うくさせることを自覚すべきだ。

 今回の発射により、日米韓はますます結束力が試される。

 安倍首相は「これまでとレベルの異なる深刻な脅威」としたが、米国防総省の報道担当者は「北米には脅威にならない」と分析した。

 トランプ政権にとって今回の発射は、明確に警告したグアム周辺への攻撃ではないが、同盟国の日韓への脅威が高まるという微妙な事態である。

 米政府は先週、北朝鮮の「前向きな変化」を評価したが、その認識をどう改めるのか。韓国の文在寅(ムンジェイン)政権もこれまでの対話路線から、どこまで圧力にかじを切るのか。安倍政権は米韓との調整力が問われよう。

 さまざまな挑発を駆使して、日米韓が元来抱える立場の差を刺激し、連携を崩そうとするのは北朝鮮の常套(じょうとう)手段だ。

 そんな戦術に乗せられないためにも、日米韓は綿密に情勢の認識をすりあわせ、一枚岩で平壌に向きあう強い結束の意識を共有せねばならない。

(社説)民進党代表選 終盤論戦へ三つの注文

 9月1日の民進党代表選に向けて、前原誠司元外相と枝野幸男元官房長官の論戦が続く。

 候補者自身が「盛り上がっていない」と認めざるを得ない国民の関心の低さは、崖っぷちにある党の現状の反映だろう。

 だが、政権党に代わりうる「もう一つの受け皿」があってこそ、健全な民主主義は成り立つ。野党第1党には、それを形にする責任がある。

 その意味で、気になるのは他の野党、とりわけ共産党との選挙での連携をめぐる議論だ。前原氏は消極的、枝野氏は積極的だとされ、討論会で支援者同士が言いあう場面もあった。

 見失ってはならない現実がある。小選挙区制を中心とする衆院選挙制度の下で、野党がバラバラでは、自民・公明の連立与党に対し、勝ち目は乏しい。

 安倍政権の慢心を正し、暴走を防ぐためにも、野党勢力の結集が不可欠なのは明らかだ。

 論戦も終盤。そうした議論は横に置いて、より建設的な政策論争に力を注いではどうか。

 両氏はともに旧民主党政権の中枢を経験し、深い挫折も味わってきた。その2人のこれまでの論戦で、民進党がめざすべき社会の土台は見えてきた。残る期間、さらに政策論争を深めるために三つの注文がある。

 一つは社会・経済政策だ。

 前原氏は「All for All」、枝野氏は「お互いさまに支え合う」という。

 人口が減る社会で、若者や高齢者の不安を解消するために、教育の負担軽減や介護福祉士らの給与アップが欠かせない。そんな両氏の主張はわかる。

 問題は実現への道筋だ。財源に消費税を挙げる前原氏と、当面は国債をあてるという枝野氏のどちらに現実味があるか。制度設計をもっと聞きたい。

 二つめは原発政策だ。両氏とも「ゼロ」をめざすという。

 いまも民進党は「2030年代ゼロ」を掲げるが、電力会社の労組への配慮から、脱原発の先頭には立っていない。

 前原氏に現状を乗り越える気があるのなら、電力労組との向き合い方を語るべきだ。一方、枝野氏は「廃炉はビジネスになる」と語る。具体的なプランを聞きたい。

 三つめは、政治や行政を透明にするための具体策だ。

 森友、加計学園問題や自衛隊の日報問題で露呈した安倍政権の隠蔽(いんぺい)体質に、国民の不信が募っている。民進党ならではの文書管理や情報公開のあり方を踏み込んだ形で示してほしい。

 国民が思わず足を止める。そんな議論を望む。

北ミサイル発射 日本通過は許されない暴挙だ

 ◆国際社会は新たな脅威に警戒を◆

 日本と地域の安全保障を揺るがす暴挙が再び強行された。北朝鮮の核ミサイル開発に歯止めを掛けるため、国際社会は結束し、粘り強く圧力をかけ続けねばならない。

 北朝鮮が、平壌近郊から北東方向に、弾道ミサイル1発を通常の角度で発射した。北海道の渡島半島などの上空を通過し、襟裳岬の東約1180キロの太平洋上に14分後に落下した。最高高度は550キロで、約2700キロ飛行した。

 ◆一歩間違えれば大惨事

 北朝鮮のミサイルが日本列島の上空を通過するのは、2016年2月以来で、通算5回目だ。直近3回は「人工衛星打ち上げ」と称し、事前通告を行っていた。

 予告なしの早朝の発射が、奇襲攻撃能力を誇示する狙いであるのは間違いない。幸い、航空機や船舶の被害は避けられたが、一歩間違えれば大惨事となっていた。断じて容認できない。

 政府は、国家安全保障会議(NSC)を開き、対応を協議した。安倍首相が「これまでにない深刻かつ重大な脅威であり、地域の平和と安全を著しく損なう」と非難したのは当然である。政府は北朝鮮に直ちに抗議した。

 北朝鮮は、米領グアム周辺の海域に中長距離弾道ミサイル「火星12」を発射する計画を発表し、情勢は緊迫化していた。「火星12」をグアムではなく、日本に向けて撃つことで、米国による迎撃を避けようとしたのではないか。

 河野外相は「北朝鮮が少しひるんだ」との見方を示した。

 ◆更なる挑発も想定せよ

 北朝鮮は、韓国にとっての脅威となる短距離弾道ミサイルも発射したばかりだ。米韓合同軍事演習が31日まで続く中で、日韓への挑発を強め、米国を牽制(けんせい)する目論見(もくろみ)があるのだろう。

 9月9日には、北朝鮮の建国記念日が控える。新たな発射や核実験への警戒が求められる。

 米国は、北朝鮮の軍事挑発に関する情報の事前収集に努め、日韓防衛の強固な意志を示し続けるべきだ。トランプ米大統領が安倍首相と電話で会談し、「同盟国として、100%、日本とともにある」と述べたのは適切だった。

 首相も会談後、「日米の立場は完全に一致している。北朝鮮に強い圧力をかけ、彼らの政策を変えねばならない」と強調した。

 韓国の文在寅大統領は、軍の報復能力を示すよう指示し、F15戦闘機が爆弾投下訓練を行った。

 日米韓は、国連安全保障理事会の緊急会合の開催を求めた。安保理が発射を非難する声明を迅速に出し、北朝鮮制裁の履行を徹底することが重要だ。

 北朝鮮と取引がある中国やロシアの企業に対して、米国は独自の金融制裁を拡大している。国際包囲網の抜け穴を塞ぎ、北朝鮮の核ミサイル開発資金を断つ取り組みを先導してもらいたい。

 北朝鮮経済の生命線を握る中国は、石油供給制限などの一段と強い措置を検討しなければなるまい。朝鮮半島情勢の流動化は、中国の安定にも悪影響を及ぼすことを認識すべきだろう。

 日本政府は、ミサイル防衛強化を着実に進める必要がある。

 多層的な迎撃態勢を築くため、イージス艦搭載ミサイルSM3や地対空誘導弾PAC3の改良型の配備が急務だ。

 20年度までにミサイル搭載型イージス艦を4隻から8隻に増やす。遅滞なく実現させたい。

 敵基地攻撃能力の保有も、検討すべきである。

 ◆伝達に万全を期したい

 防衛省は米軍横田、岩国基地で、北朝鮮の弾道ミサイル発射を想定したPAC3の機動展開訓練を行った。在日米軍基地での実施は初めてだ。共同訓練などを通じて日米の結束を示すことも、北朝鮮への抑止となろう。

 政府は全国瞬時警報システム「Jアラート」を通じて、今回のミサイル発射に関する情報を12道県の617市町村に伝達した。

 一部自治体で、防災行政無線が作動しないなどのトラブルが相次いだのは問題だ。再発防止を徹底し、伝達漏れがないよう万全を期すことが欠かせない。

 北朝鮮のミサイル発射の頻発を受け、住民参加型の避難訓練を実施する自治体も増えている。

 不測の事態に備えておくのは、過剰反応ではない。指定避難場所の周知徹底や、周囲の堅固な建物に素早く逃げ込むなどの手順をきちんと確認しておきたい。

 政府は、国民保護に関するホームページや冊子を作っている。身の守り方について、国民により一層説明することも大切である。

2017年8月29日火曜日

次世代無線通信を競争力強化につなげよ

 情報を伝える速度が現在の100倍となる次世代の無線通信サービスの実用化が近づいてきた。第5世代(5G)と呼ぶ技術の仕様について話し合ってきた国際団体が議論を速めることを決め、今年12月に結論を出す。

 5Gを使ったサービスは米国や韓国の通信会社が2018年に実用化する計画を示し、日本でも東京五輪の開かれる20年に始まる見通しだ。サービスを円滑に立ち上げるには有効な用途を見つけ、安全性を確保するといった課題の解決を急ぐ必要がある。

 無線通信の技術はおよそ10年おきに世代交代を重ねてきた。1980年代の第1世代は音声のやり取りに限られていたが、文字や動画へと扱うことができる情報を増やしてきた。5Gは4Kと呼ぶ高精細な動画などを円滑に送受信できる特徴がある。

 こうしたサービスを実現するためには、高水準の設備投資が必要になる。2020年から35年までに5Gの研究開発や設備導入に必要な投資は主要国全体で年20兆円を上回るとの試算もあり、通信会社は資金の確保が必要になる。

 5Gは1平方キロメートルあたり100万台もの機器を接続でき、通信の遅れが少ないという特徴もある。こうした点はあらゆるモノがネットにつながる「IoT」が普及する基盤になるとみられている。

 活用が期待されている分野のひとつに、高い信頼性が必要となる自動運転がある。建設機械を遠隔地から操作して工事を進めたり、医師がロボットを通じて遠くにいる患者を手術したりといった用途も話題にのぼっている。

 従来は、通信会社は通信機器をつくるメーカーと協力すれば新たな技術を普及させることができたが、5Gでは自動車をはじめとする幅広い業界との連携が欠かせない。すでにNTTがトヨタ自動車と5Gを活用した新技術の開発で組むといった動きが出ており、こうした関係を広げるべきだ。

 自動車や社会インフラ、医療機器といった人の命を左右する多くの製品がネットにつながることにより、安全性への配慮も一段と重要になる。

 世界的にサイバー攻撃が増えているが、日本では守りを固めるのに欠かせない人材が不足している。官民が協力して人材の育成を急ぐことが、5GやIoTを普及させて産業の競争力を高める基盤となる。

実戦的な力を養う産学の連携

 人が付加価値の高い仕事をする能力を身につけるうえで、大学の役割は大きい。これから社会に出る若者の教育に加え、会社に勤めている人や離職した人への再教育もより重要になっている。

 いずれの場合も強化する余地があるのは、仕事にすぐ生かせる実戦的な知識や技能を習得させることだ。転職や再就職への自信をつけてもらう必要もある。それには企業との連携を深め、教育内容を充実させたり、実際に働く機会を設けたりすることが求められる。

 日本女子大の「リカレント教育課程」には、出産や夫の海外赴任などで離職後、再就職をめざす女性らが学ぶ。英語、IT(情報技術)の知識や貿易実務などの科目のほか、受講者が大手スーパーの店舗や物流施設を視察して業務改善策を提案する場もある。

 商品の陳列方法の見直しなど消費者目線でのアイデアが相次ぐという。同大によれば、企業の現場でまた働きたいという受講者の意欲を高める効果が大きい。ほかの大学が在職者向けに設ける社会人講座も、企業で活躍する人たちと議論する機会を持つなどで、実地に役立つ教育ができるだろう。

 企業に社会人を対象としたインターンシップ(就業体験)を開いてほしいと考えている大学は多い。企業にとっては即戦力の獲得にもつながる。開催を前向きに考えてはどうか。

 新卒者の教育では京都学園大学が日本電産の永守重信会長兼社長と組んだ。来春、同大を運営する学校法人の理事長に永守氏が就き、同氏個人の寄付をもとに2020年4月、モーターやロボットの技術者を育てる工学部や大学院工学研究科を新設する。

 企業が求める能力を備えた若者を養成する取り組みとして注目される。他大学も企業からの講師の受け入れなどを広げるべきだ。

 ドイツが職業訓練で企業による実習生の受け入れを拡充してきたように、海外でも能力開発では企業の役割が重視されている。日本も企業の力をもっと活用したい。

(社説)全国学力調査 格差を克服する糸口に

 小中学生を対象とする全国学力調査の結果が発表された。

 一斉テストは学校や自治体間の競争を過熱させ、序列化を招くおそれがある。朝日新聞の社説はかねてそう指摘してきた。現に、市町村別や学校別の成績を公表する自治体があり、懸念はぬぐえぬままだ。

 一方で、調査は今年度で10回を数え、その積み重ねによって得られた知見もある。

 たとえば、家庭の経済力と子どもの学力との相関関係が、詳細なデータで裏づけられた。今回の調査でも、所得が低い家庭の割合が少ない学校のほうが、得点が高い傾向が出ている。

 学力の格差を解消して、貧困の連鎖を断たねばならない。そんな認識が社会で共有されつつある。そのための施策に、調査を最大限いかしたい。

 厳しい家庭環境にある子どもたちの学力の底上げには、少人数指導や放課後の補習が効く。学力調査の結果を用いたお茶の水女子大の研究チームは、3年前にそう指摘している。

 これを実践しない手はない。

 サポートが必要な学校に熟練教師を手厚く配置する。校外での学習支援を充実させるため、行政と民間団体とが手を携えて「無料塾」を運営する――。

 すでに着手している自治体も多いが、各教育委員会は効果を検証しながら、その地域にあった工夫を重ねてほしい。

 勉強をみてもらえることもさることながら、気にかけてくれる大人が身近にいると実感することで、子どもたちは安心し、将来を前向きに考えられるようになるだろう。

 学力調査をきっかけに、「子どもにより良い授業を提供しよう」という意識が、現場の教師や校長らに広がるのは悪いことではない。半面、成績や点数にこだわる風潮が依然としてあり、貴重な授業時間をテスト対策に費やすなど本末転倒の光景が見られるのは考えものだ。

 この調査は、児童生徒の学力低下が社会問題になったのを受けて始まった。点数を気にするのもわからなくはないが、別途行われる国際学力調査でも、いまの子どもたちはおおむね好成績を保っている。もうそろそろ「学力低下不安」から解放されていいのではないか。

 学級の規模は学力にどう影響するか。教え方によって子どもたちはどう変わるか。検証すべきテーマはいろいろある。

 政府も学校現場も、調査をより良い施策を行うための土台と改めて位置づけ、その観点から、規模や方法についても議論を深めてもらいたい。

(社説)臍帯血の医療 実態解明しルール作れ

 捜査を通じて実態の解明を期待したい。そしていまの仕組みを点検し、新たなルールも検討するべきだ。

 赤ちゃんのへその緒や胎盤に含まれる血液(臍帯血〈さいたいけつ〉)が国に無届けのまま他人に移植されていたとして、臍帯血を保管する業者や治療を実施した医師らが、再生医療安全性確保法違反の疑いで逮捕された。

 臍帯血には血液のもとになる幹細胞が含まれ、白血病などの治療で使われる。そのために、法律に基づく公的バンクが全国6カ所にあり、産婦から無償で臍帯血が提供されている。

 今回、逮捕された医師が使ったのは、個人から有料で臍帯血を預かり、本人や家族のために保管する営利目的の「民間バンク」の一つが経営破綻(はたん)し、そこから流出したものだ。

 民間バンクは規制の対象外で、事実上野放しにされてきた。厚生労働省は、4都府県の12医療機関で無届け治療が行われていたと明らかにしているが、臍帯血の流通の全容はわかっていない。

 汚染された臍帯血が使われれば、感染症などの健康被害が出る恐れがある。臍帯血の取り扱いに不信が強まれば公的バンクの運用にも影響が出かねない。

 民間バンクの実態について、厚労省は全国の産科施設から聞き取り調査を進めている。事件の捜査結果も踏まえて、民間バンクの運営や臍帯血の取り扱いに関するルールを明確にする必要がある。

 3年前に施行された再生医療安全性確保法は、iPS細胞などを使った再生医療を安全確実に実用化する手続きを定めた。同法のもとで、再生医療や細胞治療を行う病院や研究機関は、専門家らでつくる委員会で審査を受けた後、国に実施計画を提出することになった。

 今回逮捕された医師が院長を務める医院は、再生医療の提供機関として公表されていた。法で定められた計画の届け出はしていたが、具体的な内容は未公表で、臍帯血を使った治療については無届けだったことを患者は知るすべがなかった。情報公開の強化が急務だ。

 がん治療やアンチエイジングなどの目的で、公的保険の対象にならない自由診療が行われているが、その中には有効性が確立されているかのようにうたう例が見受けられる。わらにもすがる思いで利用して、泣き寝入りする患者や家族もいる。

 患者を食い物にする悪質な行為は、再生医療の健全な発展を妨げる。臍帯血の違法治療事件への対応が試金石となる。

金融「出口戦略」 重み増す各国中銀の市場対話

 欧米で大規模な金融緩和の「出口戦略」が具体化しつつある。中央銀行は市場の混乱を避けるため、丁寧な対話に努めねばならない。日本の対応も問われている。

 世界の中銀総裁らが一堂に会する「ジャクソンホール会議」が米国で開かれた。欧州中央銀行(ECB)のドラギ総裁、米連邦準備制度理事会(FRB)のイエレン議長が講演した。

 ともに金融政策には言及しなかったが、市場では「言及しない意味」を巡って思惑が駆け巡った。ユーロ高・ドル安、円高・ドル安の神経質な動きにつながった。

 市場が当局者の発言に過敏に反応するのは、それだけ中銀の存在感が増しているからだ。

 日米欧の中銀は2008年のリーマン・ショック後、超低金利と量的緩和の金融緩和策で歩調をそろえた。金融システムと景気の安定に努めたものの、過度な緩和の弊害も目立つようになった。

 三つの中銀の資産は、量的緩和で買い進めた国債などでリーマン前の約4倍にも膨張した。

 緩和解除の出口戦略は、わずかな綻びが相場の乱高下を招きかねないリスクをはらむ。市場動向は中銀任せの様相を強めている。

 出口戦略に伴う長期金利の上昇は、国債価格の下落を意味する。中銀の保有国債が多いと財務の健全性が損なわれやすい。

 各国当局は密接に連携し、対応に万全を期してもらいたい。

 ドラギ氏は7月の記者会見で、ECBが量的緩和縮小の議論を秋に開始する、と明言した。この段階での公表は、政策の衝撃を事前に和らげる狙いとみられる。

 FRBは一足早く、6月に保有資産縮小の方針を決めた。国債は売却せず満期償還を待つことや、満期分も多くは再投資に回し、緩やかな縮小ペースにとどめる詳しい道筋を示した。

 政策の不透明さを嫌う市場心理を強く意識した手法と言える。後続の中銀も参考にできよう。

 国債など保有資産の膨張が問題となるのは、日銀も同じだ。

 しかも、資産買い入れの対象に上場投資信託(ETF)を含む。株式の保有を減らすには売却によらざるを得ない。市場への影響には細心の注意を要する。

 日銀は2%の物価上昇目標の達成時期を先送りし続けており、金融正常化の時期は見えない。

 黒田総裁は金融緩和でサプライズ手法を駆使した。出口戦略は負のサプライズとならぬよう、周到なアナウンスが重要となろう。

「さい帯血」逮捕 再生医療を騙る詐欺的行為だ

 再生医療への信頼を損なう事件だ。実態の徹底解明を求めたい。

 愛媛、京都など4府県警の合同捜査本部が、さい帯血の販売会社社長やクリニック院長ら計6人を逮捕した。再生医療安全性確保法違反による初の摘発である。

 再生医療と称して、国に無届けで、他人のさい帯血を希望者に点滴したことなどが容疑事実だ。

 さい帯血は、へその緒と胎盤から採取される。血液を作る幹細胞が多いため、白血病などの治療に用いられる貴重な医療資源だ。

 治療では、感染症や拒絶反応など、命に関わるトラブルも起き得る。安全性確保法が、さい帯血利用を最もリスクの高い第1種に分類しているのは、このためだ。

 組織適合性のチェックなど、万全の安全対策を講じて使用すべきさい帯血が、有効性が確かでない大腸がんなどの治療や若返り美容に乱用されていたという。

 延べ約100人が、無届けの投与を受けた。治療費は、1人300万~400万円にも達した。

 容疑事実通りなら、再生医療を騙(かた)った詐欺的行為だと言うほかない。厚生労働省が逮捕前から、該当する医療行為を停止するよう命じていたのは、当然である。

 正当な治療用のさい帯血は、産婦から公的バンクに無償提供されて、冷凍保存される。公的バンクは、造血幹細胞移植推進法に基づく許可制で、採取時の安全管理方法なども規定されている。

 今回、投与されたさい帯血は、経営破綻した民間バンクから流出したものだ。販売会社が入手し、院長らに転売されていた。

 民間バンクは、保管料を受け取って、さい帯血を預かるビジネスだ。子供が将来、病気になった時に備えて、保管しておくケースが多いと言われる。

 問題は、民間バンクが法規制の対象外であることだ。経営が破綻した時に、預かっていたさい帯血をどのように取り扱うのか、といったルールも存在しない。

 厚労省は、人体の組織が営利目的で売買されていた実態を深刻に受け止め、再発防止策を講じねばならない。民間バンクの在り方そのものが問われよう。

 再生医療への期待は大きい。培養した筋肉の細胞で心機能を再生させる治療や、神経細胞を脳に移植してパーキンソン病を緩和する試みなどがある。安全性を確かめつつ、地道にデータを集めて、実用化を目指すことが重要だ。

 再生医療の恩恵が適切に行き渡る仕組みが欠かせない。

2017年8月28日月曜日

再生可能エネルギーを着実に伸ばすには

 太陽光や風力など、再生可能エネルギーの割高なコストを電気料金に上乗せし、消費者に負担してもらうことで普及を促す「固定価格買い取り制度」が2012年7月に始まってから5年が過ぎた。

 再生エネルギーを使う発電設備の能力は16年12月末時点で、導入前に比べて2.7倍に増えた。順調な伸びだといえるだろう。半面、これからも着実に伸ばしていくための課題も見えてきた。

 まず、量は増えても、制度が目指した発電コストの低減は十分とはいえない。

 確かに太陽光(事業用)の買い取り価格は制度開始後の5年で、半分近くまで下がった。しかし、海外との比較では依然、2倍以上の高さだ。風力や地熱など他の再生エネルギーの買い取り価格はほとんど下がっていない。

 買い取り制度は消費者が割高なコストを肩代わりすることで、競争力で見劣りする再生エネルギーに「ゲタを履かせている」状態だ。だが、17年度の買い取り費用は2兆円を超える見通しだ。

 量の拡大と国民負担の抑制の両立を探らねばならない。そのためには、再生エネルギーのコスト競争力を高め、自立を促す仕組みに制度を変えていく必要がある。

 政府は大規模な太陽光発電については今秋から、事業者を選ぶ入札制を導入する。売電価格の安い事業者から順番に選ぶ。

 風力発電などは導入状況に応じて毎年決めていた買い取り価格を3年先まで決めるようにした。コスト低減を織り込んだ価格をあらかじめ示し、事業者の競争を促す。こうした工夫に期待したい。

 再生エネルギーを日本全土で有効利用するための送電線の使い方も考える必要がある。

 太陽光や風力発電所は自然条件などの理由で立地が偏る。再生エネルギーでつくった電気を、都市などの大需要地に持っていくための送電網の整備を進めたい。

 地域をまたぐ送電網は現在、先着順で事業者に容量を割り当てている。来年度にも、事前に割り当てを固めず、卸電力市場での電力売買を通じて柔軟に決める方式に変える。送電網に無駄な空きをつくらず、最大限活用する道を考えることも大切だろう。

 再生エネルギーは温暖化ガスを出さない国産のエネルギーだ。最大限増やしていきたい。自立したエネルギー源として育てる取り組みを続けていかねばならない。

衛星生かし精密農業の推進を

 衛星画像やIT(情報技術)を利用し、農業生産の効率向上をめざす「精密農業」が米国で広がっている。日本でも担い手が不足する農業の改革は待ったなしで、準天頂衛星「みちびき」を使う日本版GPS(全地球測位システム)を最大限活用すべきだ。

 米国では東京ドーム400~500個分もの農地を数人で経営する場合もあり、精密農業による効率化のニーズが高い。GPS受信機、収量計測装置などを搭載し、自動運転も可能なトラクターやコンバインが増えている。

 日本の農地は規模が小さいが生産性向上などの課題は米国と共通しており、学ぶべき点は多い。

 米モンサントはGPSの位置情報を使い農地の区画ごとの雨量、収量などをスマートフォン(スマホ)画面の地図上にわかりやすくカラー表示するサービスを始めた。気象情報会社を買収し観測やデータ解析のノウハウを得た。

 近年は局地的豪雨が増え、隣接地でも雨量が異なる場合がある。同じように育てた同一品種でも、収量が少ないこともある。スマホなどで常に実態を把握できれば、区画ごとに収穫時期をずらしたり品種を替えたりするのに役立つ。

 日本はみちびき1~3号機の打ち上げに成功し、今年度中に4基目が上がる予定だ。既存のGPS信号と併用して最小6センチメートル程度の誤差で位置を測れるようになる。精密農業の普及につながる新サービスを展開する好機だ。

 正確な測位で農機の自動走行の安全性は高まる。農林水産省は今年3月、人間が近くで監視しながら、農地でトラクターなどを無人で自動走行させる際の安全指針を出した。今後は遠隔操作での無人走行や、農地に隣接した一般道の走行も検討すべきだろう。

 測位情報は他の衛星の画像、気象、地形、地質などの多様なデータと組み合わせてこそ使い道が広がる。斬新なアイデアをもつ企業がこれらを素早く入手して事業に生かせるよう、関係省庁が連携して仕組みづくりを進めてほしい。

(社説)成人年齢18歳 見切り発車はよくない

 成人年齢を20歳から18歳に引き下げる民法改正案を、秋の臨時国会に提出したい。上川陽子法相がそう表明した。

 8年前に法制審議会から答申を受けており、選挙権年齢も昨年夏に18歳に改められたから、というのが理由だ。

 だが、そのための環境はどこまで整っているだろうか。

 法制審は引き下げを適当としつつ、その場合の課題を挙げ、社会の担い手として若者が真に自立できるように、世の中全体で支える必要性を強調した。

 職業訓練などキャリア形成を後押しする施策。個人としての権利と義務を学ぶ教育。さまざまな相談に一括して答えられる窓口の整備。自立を阻む一因となっている虐待を減らす取り組み――。こうした考えを紹介したうえで、引き下げ時期は、政策の効果や国民意識を踏まえて決めるべきだと答申した。

 とりわけ心配されるのが消費者被害の広がりだ。成人になると、親の同意なしに契約を交わしたり取引をしたりすることができる。悪徳商法につけ込まれる恐れが指摘され、現にいまは20歳になると被害相談の件数、金額が急増するという。

 業者が狙って働きかけるためで、成人年齢が下がれば、知識と経験がより少ない若者がその対象となり、事態は深刻化するとみられる。消費者教育に力を入れるにしても、それだけでカバーできるものではない。

 政府の消費者委員会は今月、消費者契約法を改正し、恋愛感情を利用した「デート商法」による契約などは取り消せるようにすべきだと首相に答申した。しかし、若者らの判断力の不足につけこんで不要・高額な商品を買わせる行為は対象とされなかった。業者側の異論が強く、まとまらなかったという。

 同委は答申にあたって、そうしたケースについても取り消し権を検討することが「喫緊の課題」だとする異例の見解を添えた。今回の答申の不十分さを自ら認めたようにも見える。

 こんな状況のまま引き下げを先行させていいのか、大いに疑問だ。実際に「18歳成人」が施行されるのは周知期間を経た数年先だから、それまでに必要な対策を追加すれば問題ないと言うのかもしれない。だがこれだけの懸念がある以上、考えられる手立ての全体像を示し、国民に丁寧に説明して合意づくりを進めるのが政治の務めだ。

 上川法相も、成人年齢引き下げに伴う対応を「トータルのパッケージで考える必要がある」と述べた。政府全体でその言葉を実践することが求められる。

(社説)企業とSDGs 業務を見直す機会に

 2030年に向け、国連が全会一致で採択した目標がある。「持続可能な開発目標」(SDGs)と呼ばれ、貧困や福祉、教育、雇用、気候変動など17の分野で課題の解決をめざす。

 採択からまもなく2年。日本の企業も対応を急ぎ始めた。

 市民団体への寄付など、かねて社会貢献をしてきた企業は少なくない。自社の活動が17のどの分野にあてはまるかを判断し、SDGsへの取り組みとして説明する例がめだつ。

 しかし欧州などでは、自社の業務が社会に及ぼす負の影響を減らし、さらには本業の強みを生かして課題解決に役立つことが、企業の社会的責任だとする考えが広がっている。

 そんな姿勢が新たな市場の開拓や消費者からの支持につながるという経営戦略でもある。

 企業が「経済」と「社会」の両立をめざす動きは、ますます強まるだろう。SDGsを、業務の見直しと企業の将来像を描く格好の手がかりにしたい。

 SDGsで企業の取り組みが先行するのは、「パリ協定」が発効した気候変動分野だ。

 会社が使う電気などを再生エネルギーでまかなう。温室効果ガスについて業務で出した分を帳消しにする対策も合わせてとる。そんな宣言が相次ぐ。

 人権も重要なテーマだ。児童労働の根絶など働く人の権利を守ることは、下請け工場や原料、商品の取引先を含む課題になりつつある。

 そうした傾向を後押しするのが、企業に資金を提供する機関投資家の意識の変化だ。環境、社会、企業統治の英単語の頭文字を取った「ESG投資」が急速に拡大している。

 国連が2000年代半ばにまとめた原則で示した考えで、投資先の分析と決定でこの三つの要素を重視するよう求めた。

 日本でも、世界最大級の年金基金である年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)が原則に署名し、資金の一部を具体的にESG投資に振り向け始めた。企業が投資を受けられるかどうか、3分野への取り組みで左右される時代を迎えている。

 本業を生かした貢献では、日本企業にも国際的に注目される例がある。アフリカなどを舞台にした、マラリア防止の効果が長続きする蚊帳の供給(住友化学)や、栄養を補う食品の開発(味の素)だ。生産や販売を通じて雇用を生み、教育関連の事業や啓発活動にも力を注ぐ。

 社会とともに発展するという意識は、日本の企業文化にも深く根ざしている。SDGsで再確認し、磨き直してほしい。

農業支援法 全農の改革への姿勢が重要だ

 農業の再生は、新法に則(のっと)った農協組織の自己変革がカギを握る。

 農業資材の規制緩和策や、流通構造の改革を盛り込んだ農業競争力強化支援法が今月施行された。

 肥料、農薬などの資材は、農家の負担を減らすため、海外より割高な価格の引き下げを促す。

 国内の肥料は約3000のメーカーが計約2万もの銘柄を作ってきた。都道府県が品種や土壌ごとに細かな基準を定め、それに合わせて製造しているためだ。効率が悪く、価格が上がりやすい。小規模メーカーの乱立も招いた。

 支援法は、国が都道府県に基準の簡素化を促し、メーカーの銘柄集約を促進するよう求めた。

 農薬では、安価な「ジェネリック(後発)農薬」の普及を想定している。国は、農家がインターネット上で肥料や農薬を比較購入できる専用サイトを充実させる。

 割高な肥料や農薬の弊害は長らく指摘されてきた。農家がコストの低下を実感できるように、改革を着実に進めることが重要だ。

 流通面では、全国農業協同組合連合会(JA全農)の取引慣行の見直しが焦点となる。

 現状は、全農が農家から作物を預かって卸などへ売る委託形式が中心だ。全農には「少しでも高く売る」意識が働きにくかった。

 支援法は、全農が作物を買い取り、外食や小売りに直接販売する方式への転換を促している。

 農家は委託手数料が省けるため、手取り増の要因となる。

 ただ、資材コストや流通構造の規定は、いずれも努力義務にとどまる。農協の商社機能を手広く担う全農が、農家の経営基盤強化の先頭に立つことが肝心だ。

 改革が後戻りせぬよう、政府も実態把握に努める必要がある。

 農業就業人口は180万人と、20年前の半分に減少した。今回の施策で、肥料メーカーや卸業者の淘汰(とうた)が進むことも予想される。

 支援法は、関係企業の再編時に政府系金融機関などが資金面で援助する措置を盛り込んだ。

 融資にあたっては、円滑な資金提供や、堅実な合併計画の審査を通じて、中小業者などへきめ細かく目配りせねばならない。

 業界再編による経営体力の強化を通じて、関連産業の地力を高める取り組みに期待したい。農業の競争力向上につながろう。

 農家自身は「いかに作るか」だけでなく、「いかに売るか」の経営意識を高めることが大切だ。事業環境の改善を、高品質の作物生産や販路開拓に生かしたい。

水道管の老朽化 広域連携で運営基盤の強化を

 重要な社会基盤を将来にわたって、どう維持するのか。運営体制を強化する取り組みが喫緊の課題だと言えよう。

 水道管の老朽化が全国で深刻な事態となっている。40年の法定耐用年数を超えた管が、総延長の1割以上に上る。交換されるのは年間1%に満たず、破裂や漏水などの事故が数万件起きている。

 政令市の中で最悪の大阪市では40年超が4割に上る。総延長5200キロのうち、更新は年間70キロにとどまる。2015年度の漏水は2400万キロ・リットルに達した。断水も増えている。

 厚生労働省の有識者会議が、「遠くない将来、国民生活に重大な影響を及ぼす」と警告したのを真剣に受け止めねばならない。

 上水道の多くは市町村が公営事業として運営する。給水人口が5000人以下の小規模な簡易水道事業者が5900近くもある。

 全体の事業者のうち、3割が赤字運営だ。人口減に伴う水需要の減少を想定し、職員採用の抑制が進む。予算や人手の不足が、更新停滞を招いている。

 近隣の事業者がまとまって、施設を共有する。工事を一括発注して無駄なコストを省く。こうした広域連携による効率的な運営が不可欠となろう。

 問題なのは、施設の規模や料金の格差から、値上げにつながるのを警戒して、共同運営に消極的な事業者が多いことだ。

 秋の臨時国会で、水道法改正案が審議される見通しだ。都道府県が責任を持って、広域化の推進に努めることを明記している。

 現在、26道府県が協議会などを設置して、連携を検討中だ。水道事業は水源からの距離などが収支に影響を及ぼす。都道府県には地域の事情をくみ取り、調整・推進する指導力が求められよう。

 民間の新技術や経営ノウハウを大胆に導入することも検討に値する。自治体が施設の所有権を維持したまま、運営権を民間に売却する手法などが考えられる。

 一般家庭の水道料金の支出額は1990年代以降、ほぼ横ばいだ。必要な値上げを回避していては、施設劣化は解消されまい。

 利用者に負担増を求める前提として、事業者は資産管理を徹底し、中長期の運営計画を綿密に練り上げる必要がある。

 日本は高い技術力を背景に、「水インフラ」を輸出するビジネスに官民挙げて取り組んできた。足元の水道管の老朽化を放置しておくのは、本末転倒ではないか。

2017年8月27日日曜日

仮想通貨の健全な発展へ目配りを

 紙幣や硬貨といった実物がなくインターネット上で不特定多数の人々で取引する仮想通貨に注目が集まっている。安い手数料で送金ができるなどの利便性がある一方で、通貨価値の急変動や投資トラブルなど問題もはらむ。金融の技術革新の芽を摘まずに、健全な発展を促すような目配りが必要だ。

 2009年に誕生したビットコインを筆頭に世界では600種類を超す仮想通貨がある。政府や中央銀行が管理せず、既存の金融機関を経由しないため送金手数料が安く、インターネットで手軽に取引できるのが特徴だ。

消費者保護に課題

 最近は値上がり益を期待した投資マネーの流入で取引が活発になっている。日本では14年にビットコイン取引所で巨額のコインが消失する事件が発覚し、仮想通貨の取引は一時下火になったが、海外ではその後も、新規参入や取引拡大が続いていた。

 ビットコインは今年初めまでは中国からの取引が多かったが、中国当局が規制を強めたため中国勢の取引は急減。代わって日本からの取引が急増し、全体の3割を超える水準まで膨らんだ。

 現段階では、ビットコインの購入の大半が値上がりなどを狙った投資目的で、実際に送金や決済手段として使うための購入はそれほど多くないとみられる。

 最近ではビットコインの取引量拡大で、システムの処理能力を高める手法について関係者間の意見がまとまらず、ビットコインが分裂し、新しい仮想通貨ができる騒ぎがあった。

 利用者からみれば、手持ちの仮想通貨が突然分裂し、急激に価値が変動するなど「通貨」としての使い勝手が良いとは言えない。

 民間主導で進む仮想通貨取引に当局も監視を強めている。主要7カ国(G7)は15年の首脳会議で、仮想通貨が資金洗浄(マネーロンダリング)などに悪用されることを防ぐための規制導入で合意した。日本もこれを受けて法改正に動き、今年4月に仮想通貨の取引所に登録を義務付ける改正資金決済法が施行になった。

 国内で運営する取引所は9月末までに金融庁に登録する必要がある。この法改正で日本でも取引所の監督を通じて消費者を保護する枠組みが一応整った。

 ただ、正式な取引業者以外にも、仮想通貨を「絶対値上がりする」などとして売り込む詐欺商法などのトラブルも増えている。こうした犯罪はしっかり取り締まるとともに、消費者も怪しい勧誘には注意することが必要だ。

 海外では企業などが資金調達のために独自の仮想通貨をネット上で不特定多数に販売する新規仮想通貨公開(ICO)という取引が拡大。米証券取引委員会(SEC)などが規制に動き始めた。海外でも、新しい取引の拡大に当局が試行錯誤しながら対応しているのが実情だ。

 ただ、リスクがあるからといって、規制でがんじがらめにすればよいというものではない。仮想通貨をはじめ金融とネットが融合した技術革新は新たな産業を生み出すとともに、うまく使えば企業の生産性向上にも役立つ。

 ビットコインは取引履歴を複数のコンピューターが記録するブロックチェーン(分散台帳)という仕組みで管理している。この仕組みは仮想通貨だけではなく、貿易金融、土地登記、製造業のサプライチェーン管理など金融以外にも様々な分野への応用が期待されている。

規制に必要なバランス

 仮想通貨は今後の普及しだいでは、中央銀行の金融政策にも影響を及ぼす可能性がある。

 世界の中央銀行の中には、法定通貨をネット上で取引できるようにするデジタル法定通貨の導入の検討も始まっている、スウェーデンや中国が実験に動き、国際決済銀行(BIS)でも調査・研究が進んでいる。日銀も欧州中央銀行(ECB)などとブロックチェーンの共同研究を進めている。

 新技術の黎明(れいめい)期には、世界中の起業家が群がり、あるものは失敗し、そのうち成功したものが生き残り、世界で普及する。インターネットの初期も同様だった。

 仮想通貨やブロックチェーンについても、日本が世界の技術革新の動きに乗り遅れないようにする必要がある。また新事業への若い起業家などの挑戦を妨げないようにすべきだ。規制・消費者保護と技術革新のバランスをうまくとり、新技術が健全な発展をとげ、経済活性化にもつながるよう目配りすることが重要だ。

(社説)米の通商政策 「米国第一」を見直せ

 米国のトランプ政権が通商の世界をかき回している。カナダ、メキシコと北米自由貿易協定(NAFTA)の再交渉に入り、FTAを結んでいる韓国とも協議。中国に対しては制裁措置も視野に、知的財産侵害に関する調査を始めた。

 環太平洋経済連携協定(TPP)からの離脱を決めたのに続く動きである。

 政権が掲げる「米国第一」を貫き、自らを大統領に押し上げた、ラストベルト(さびついた工業地帯)の支持者らにアピールする狙いだろう。しかし自国の利益のみを追う姿勢では、不毛な対立をまき散らすだけだ。世界の貿易や投資にも悪影響を及ぼしかねない。トランプ政権は考えを改めるべきだ。

 NAFTAや米韓FTAの再交渉では、米国は自らの貿易赤字の削減にこだわる。しかし貿易収支は各国の産業構造や経済状況などに左右され、貿易協定で決まるものではない。

 NAFTAを巡って特に問題なのは、域内の部品をどれほど使えば関税撤廃の対象にするかを決める原産地規則を見直し、自動車について米国製の割合だけを引き上げようとしていることだ。米国製部品をより多く使った自動車の輸出を増やしたいようだが、無理な注文である。

 NAFTAは発効から20年が過ぎ、そのルールを前提に世界の自動車メーカーは北米での生産体制を築いてきた。人件費が相対的に安いメキシコに工場を移し、米国に輸出している。トランプ政権の主張には、メキシコやカナダだけでなく、当の米自動車業界も反発する。

 中国については、米国企業の知的財産を侵害している疑いがあるとして、通商法301条に基づく調査を通商代表部が始めた。「クロ」と判断すれば、関税引き上げなどの制裁措置に踏み切る可能性がある。

 中国に対しては、進出する外資に地元企業と合弁を組ませ、技術移転を強いているといった批判が日欧にもある。だからといって、国際ルールで認められない一方的な制裁措置を発動すれば、国際社会の批判は中国ではなく米国に向かう。日欧と協調して中国に政策変更を迫るのが、米国のとるべき対応だ。

 NAFTAにしても、電子商取引をはじめ新たに盛り込むべきテーマがある。米国が独善的な主張を続ければ、そうした前向きの議論にならない。

 近視眼的な「米国第一」主義を捨てることが、結局は米国の利益になる。日本政府も、日米経済対話などを通じて、繰り返し説くべきだ。

(社説)パラリンピック 共生の土台を作ろう

 年齢や性別、そして障害の有無を問わず、広く人々が関心や適性に応じてスポーツを楽しめる環境をどう整えていくか。

 東京パラリンピックの開幕まで3年を切った。大会を成功させ、スポーツにおける「共生社会」を実現するため、残された準備期間をフルに活用したい。

 昨年のリオデジャネイロの大会では、様々な競技で多くの選手の活躍が報じられ、パラリンピックへの関心が高まった。

 だが、日々の生活の中で障害者スポーツに接し、考える機会がどれほどあるかというと、まだまだ寂しいのが現実だ。

 そうした状況を変えようという取り組みが進んでいる。

 今月31日に開幕する車いすバスケットボールの国際大会は、東京体育館で有料で開かれる。多くの人に見てもらうには設備が整った会場が必要だ。借りるには結構なお金がかかる。そこでチケットを売って、資金を調達しようという試みだ。

 以前は、「お金がないのだから観客席などがない施設でもやむを得ない」というのが、障害者スポーツの世界では当たり前だった。3年前、発想を逆転させ、ブラインドサッカーの世界選手権を初めて有料化した。

 「見るスポーツ」として成り立たせることが、客を呼び、選手の自信となり、競技力の向上につながり、また客を呼ぶ。この循環を大切にしたい。

 2年前に設立された「パラリンピックサポートセンター」への期待も大きい。

 専用の事務所もスタッフもない競技団体が多いなか、センターが経理や通訳の業務を一括して引き受ける。パラリンピック終了までの期間限定の組織だが、各団体はそれまでに企画や広報、スポンサーの確保といったノウハウを身につけ、「大会後」に備えてもらいたい。

 理解のすそ野を広げる努力も忘れてはいけない。

 近年、各競技団体は全国大会の開催にあわせて、会場近くの小学校を訪れ、選手が講演したり、子どもたちと一緒にプレーしたりする場をもつようにしている。授業に使える副読本やDVDも作った。こうした積み重ねの上に大きな花が咲く。

 最近の成功例とされる12年のロンドン大会では、270万枚の入場券が完売した。事前の報道なども手伝って、「見てみたい」「応援したい」という分厚い層が形づくられたことが大きかったという。

 大事なのは、障害者と健常者との距離を縮めることだ。20年の大会では、五輪以上にこの社会の成熟度が試される。

アフリカ会議 投資増で自立発展を促したい

 日本の資金と高い技術力を活用して、アフリカ各国の自立的な発展を促す。そうした互恵関係を着実に拡大させたい。

 日本とアフリカ約50か国などによるアフリカ開発会議(TICAD)の閣僚級会合がモザンビークで開かれた。天然資源の輸出だけに頼らない「経済の多角化」に向けて、日本と各国の連携を強化する方針を確認した。

 河野外相は開会式で、「民間部門は、アフリカが自立的に成長する原動力だ。公的部門は、投資のビジネス環境を創出すべきだ」と強調した。アルジェリア、モロッコなど13か国と新たに投資協定を締結する考えも表明した。

 アフリカが援助の対象にとどまらず、ビジネスパートナーとなることの意味は大きい。政情不安や法制度の不備など、企業進出のリスクを減らすことが大切だ。

 日本企業に現地企業と同等の待遇を与える投資協定は、積極的な海外展開に欠かせない。2014年のモザンビークに続き、来月にはケニアとの協定が発効する。外務省は5月に担当組織を設けた。協定締結の加速が求められる。

 アフリカは豊富な天然資源に恵まれる。現在12億人の人口は40年には20億人を超える見通しだ。近年は、資源価格の下落で成長は鈍化しているが、巨大市場としての潜在力を期待し、中国を筆頭に各国が投資を競っている。

 重要なのは、日本の投資をアフリカ経済の中長期的な構造改革につなげることである。

 モザンビークでは、日本の協力で「ナカラ回廊」地域の開発が進む。インド洋に面するナカラ港を日本の政府開発援助(ODA)で整備するのと歩調を合わせ、日本の大手商社が炭鉱や鉄道、港湾事業に乗り出している。

 アフリカは内陸国が多い。道路や鉄道など交通網の整備が遅れており、資源や工業製品の輸出が難しいことが成長の足かせだ。港湾まで結ぶ陸上輸送網を完成させることは重要な意義を持つ。

 留意すべきは、中国が巨額の投資を背景に、政治的な影響力を強めていることだ。ジブチとエチオピアを結ぶ鉄道の資金を負担する一方、ジブチで中国軍初の海外基地の運用を始めた。

 政府は今年度中に、エチオピアのアフリカ連合(AU)本部に政府代表部を新設する。

 日本が目指す国連安全保障理事会の常任理事国入りには、アフリカ各国との協力拡大が不可欠だ。政治、経済両面で、より緊密な関係を築かねばならない。

福島原発凍土壁 汚染水を封じ込める一歩に

 汚染水の減量へ、効果的に機能させたい。

 東京電力福島第一原子力発電所の「凍土壁」工事で、最後の区間を凍結させる作業が始まった。今秋にも完了する。

 福島第一原発では、山側からの地下水が壊れた原発に流れ込んで、汚染水となる。事故直後は、1日400トンも発生していた。

 「汚染水対策の柱」と政府・東電が位置づけてきたのが、凍土壁だ。原発の地下を、凍らせた土で囲む。政府が補助金として約350億円を投じ、建設してきた。

 最終段階の作業は、水の流れが速く、難航が予想される。注意深く進めてもらいたい。

 2014年度の完成を目指していたが、作業員の放射線防護対策などにより遅れた。

 地下水の水位が原発建屋の汚染水より下がると、汚染水が流出する恐れもあった。建屋外部の地下水量を調節すれば、問題は生じないことが分かり、原子力規制委員会が最終凍結を認可した。

 当初の予測に反し、凍土壁の効果は限定的だとの見方が多いのも事実だ。完全な壁を造る計画だったが、地下の配管などが障害になり、どうしても開口部が残る。

 重要なのは、他の対策と組み合わせて、汚染水の発生を出来る限り抑制することである。

 東電は、汚染される前の地下水を、建屋周辺などの井戸からくみ上げる対策を強化してきた。汚染水の発生量は1日約130トンに減っている。凍土壁の完成で、さらなる減量が期待できよう。

 凍土壁の維持には、年10億円以上の電気代などがかかるものの、汚染水対策は、重層的に手立てを講じることで安定性を増す。地下水のくみ上げでトラブルが生じた際や、大雨で地下水が急増した時も、凍土壁は抑えになる。

 残る課題は、汚染水を浄化した後の処分方法だ。約100万トンの処理水などが、敷地内の約900基のタンクに貯蔵されている。

 処理済みの水には、自然界にも存在する放射性物質のトリチウムが含まれている。

 国内外の原子力施設では、濃度を下げれば環境への影響はないとして、海に放出している。福島第一原発では、風評を懸念して、貯蔵しているのが現状だ。

 規制委は、東電に放出を繰り返し迫っているが、東電と地元の協議は一向に進んでいない。

 協議の道筋をつけるため、東電は「風評対策の行動計画を作成する」と規制委に報告した。信頼回復へ地道な取り組みが大切だ。

2017年8月26日土曜日

日本の活性化にシェア経済をいかそう

 個人や企業の持つモノや能力をスマートフォン経由などで他人に貸し出し、対価を得る。こんなシェアリング・エコノミー(シェア経済)と呼ばれる仕組みが様々な領域に広がり始めた。新たな商機が生まれるだけでなく、うまく使えば人手不足など日本の抱える構造問題克服の一助にもなろう。

 シェア経済の第一のメリットは消費者の選択肢が増え利便が向上することだ。例えば最近話題の自転車シェアでは、今月から中国の摩拝単車(モバイク)が札幌市でサービスを始めた。スマホ操作で手軽に自転車をレンタルでき、用がすめば市内に多数設ける駐輪場のどこかで手放せばいい。

 この自転車シェアの仕組みが中国で生まれ育ったことにも注目したい。ネットを活用した新規ビジネスが米国勢の独壇場だった時代は終わりつつある。日本企業からも世界に通用する事業モデルが生まれることを期待したい。

 モノではなく、自分の技能や時間を提供するタイプのサービスは柔軟な働き方に道を開き、人手不足解消に資する可能性がある。

 業務委託したい企業と働く人をネット上で結びつけるクラウドワークスの登録ワーカー数は130万人に達した。育児中の母親や資格取得のために勉強中の人などフルタイムでは働けないが、すきま時間と専門スキルを生かして副収入を得たい人に好評という。

 運転手不足に直面するヤマトホールディングスは7月、トラックの空いたスペースと小口の荷主を結ぶ物流シェア会社のラクスル(東京・品川)と資本提携した。

 ヤマトの山内雅喜社長は「宅配サービスの維持に向け、これまでの自前主義を転換する」と述べ、他社の輸送能力をうまく活用するシェア経済の手法を取り入れる考えを示唆している。

 自家用車で人を運ぶライドシェアは、公共交通不在の過疎地などでお年寄りや外国人観光客の貴重な足になる。タクシー業界は安全性などを理由に頑強に反対しているが、走行距離あたりのタクシーの事故率は一般の自家用車に比べて2倍の高さであり、まずはタクシー自体の安全性向上に力を注ぐべきではないか。

 政府も必要な規制改革を実施し、シェア経済の離陸を後押ししてほしい。空き時間や遊休設備の有効活用で無から付加価値を生むことができれば、日本経済全体の生産性も向上するだろう。

都市の「スポンジ化」どう防ぐ

 全国で空き家や空き地が増えている。こうした十分に利用されていない空間が地域内で広く点在する状態を「都市のスポンジ化」と呼ぶそうだ。国土交通省の有識者委員会がスポンジ化への対応について報告書をまとめた。

 2013年時点で820万戸だった空き家は現在、1000万戸程度に増えているとみられる。民間機関の予測では33年には2150万戸と住宅の総戸数の3割に達する見通しだ。

 空き店舗も増えている。全国の商店街の4割は空き店舗率が10%を超えている。土地への需要も減っている。全国の空き地面積は13年で1554平方キロメートルと5年間で3割近く増加した。香川県の面積の8割に相当する広さだ。

 地方では中心部でも低未利用地が広がっている。例えば、宮崎市では中心市街地の13%が平面駐車場なども含む空き地という。

 都市のスポンジ化が進むとにぎわいを失うだけでない。景観や住環境が悪化し、生活に必要なサービスを維持しづらくなる。

 報告書は現在の都市計画制度の限界を指摘している。今の制度は地域ごとに住宅地や商業地などと主な用途を定め、建物の規模を規制することに主眼を置いてきた。人口の増加に併せて計画的に街を整備する制度だったといえる。

 現在の課題は建物や空間をどう活用するかに移っている。利用者が撤退する場合でも、早期に他の使い道を決めれば荒廃しない。

 報告書ではいくつかの対応策を紹介している。山形県鶴岡市ではNPOが仲介役になって複数の空き家や空き地がある区域を一体で再編し、近隣の住民が駐車場に利用したり、道路を拡幅したりして住環境の向上につなげている。

 千葉県柏市では空き地の所有者と市民団体などを行政が仲介し、地域住民が共同で利用する広場などとして活用している。

 スポンジ化は行政だけでは防げない。官民が情報を共有し、地域住民も巻き込んで取り組む課題なのだろう。

(社説)南海トラフ 「突然」を前提に対策を

 現在の科学的知見では地震の直前予知はできない――。ほとんどの専門家が同意するであろう「地震学の実力」が、今後の対策の出発点になる。

 静岡沖から九州沖に延びる南海トラフ沿いでは、巨大地震が繰り返されてきた。そして今、トラフ全体で大規模地震の切迫性が高いと考えられている。

 このうち東海地震については、約40年前に制定された大規模地震対策特別措置法(大震法)で、地震予知を受けて首相が警戒宣言を出し、鉄道を止めるなどの応急対策をとる仕組みがつくられてきた。

 しかし国の中央防災会議の作業部会はきのう、前提を「予知は不可能」に転換し、大震法に基づく応急対策も見直す必要があるとの最終報告をまとめた。

 警戒宣言を聞いて身構えることは期待できない。日常生活を送るなかで突然襲ってくると考えておこう、という意味だ。

 想定震源域が近く、揺れが大きいうえに、地震発生から数分間で津波が到達すると予想される地域もある。建物の耐震化を進め、津波からすぐに逃げる手立てを常に考えておくことが、何より求められる。

 個人、家族、企業、自治体。それぞれがそれぞれの立場で、日ごろから主体的に検討し、決められることは決めておく。それが重要だ。むろん、政府の責任は引き続き重い。

 南海トラフ沿いの大地震は様々な発生の仕方がありうる。過去の例を見ると、連動して起きる可能性もある。一部の地域で先に大地震が起きたとき、残りの地域はどうするか。被災地の救援と続発への警戒とを、どうやって両立させるか。

 生産や流通が複雑に絡みあう社会だ。政府、自治体と主な事業者で対応策をできるだけ整合させておかないと、救援物資を用意したのに届ける手段がないとか、逆に交通は確保したが生産ラインは止まったままだとかの不都合が生じかねない。

 難題ではあるが、政府が音頭をとって生産、物流、医療など公共性の高い機関に呼びかけ、想定されるシナリオごとに計画をつくっておくことが欠かせない。官民合同で問題点を洗い出し、解決策を探り、結果を市民と共有するようにしたい。

 警戒態勢をとった後、それをどんなタイミングで、どう緩めていくかも重要な宿題だ。

 自治体の中には政府で決めて欲しいとの声もあるが、政府頼みは疑問だ。専門家を擁する政府と、住民の生命を預かる自治体が対話し、適切な役割分担の答えを見つけていくしかない。

(社説)戦時徴用船 民間の悲劇を語り継ぐ

 終戦から72年。この夏も各地で戦没者を追悼する集いがあった。広島、長崎の被爆者に沖縄戦や空襲の被害者。民間人を戦争に巻き込み大勢の犠牲者をうんだ惨劇として、戦時徴用船の記憶も後世に語り継ぎたい。

 海運会社の商船は国家管理となり、日本軍の作戦に沿って兵士や武器、軍需物資の輸送にあてられた。

 船員もともに動員され、十分な護衛もないまま、危険な海域での任務を強いられた。「丸腰」の船は米軍の潜水艦や飛行機の標的となり、多くが雷撃や爆撃で海中に沈んだ。

 神戸港のそばに、「戦没した船と海員の資料館」がある。徴用船の悲劇を伝える「海員不戦の誓い」の場にと、全日本海員組合が17年前に開設した。

 終戦の日、資料館で戦没船員の慰霊式が開かれ、元船員や遺族らが黙祷(もくとう)を捧げた。

 森田保己(やすみ)組合長は式典で「もう二度と国家の徴用や類似する要請によって危険な場所に行かない、行かせない、と心に刻みたい」と語った。

 東京から参列した飯田尚世(ひさよ)さん(80)の父、眞柳照乎(まやなぎてるお)さんは1944年、機関長として乗務した徴用船「崙山丸(ろんざんまる)」が鹿児島県徳之島沖で米潜水艦の魚雷を受け、戦死した。36歳だった。

 眞柳さんは神戸高等商船学校(現・神戸大海事科学部)を卒業後、あこがれの外洋航路の船乗りになった。神戸の自宅に戻るとよく、洋楽のレコードを聴いていたという。

 今年2月、飯田さんは命日にあわせて徳之島沖の海上へ行った。父の好物だったコーヒーを波間に注ぎ、「悔しかったでしょう」と声をかけた。

 飯田さんの孫で上智大生の松本日菜子さん(22)は1年前、親類らにインタビューを重ねて「軍属だったひいおじいちゃん」という映像作品を作った。ナレーションでは「もし戦争がなかったら、もし軍属でなかったら、彼は世界中の海を回っていたのでしょうか」と語る。

 資料館によると、戦争中、7千隻超の民間船舶が失われ、戦没した船員は約6万600人。船員の死亡率は推計で43%にのぼり、2割ほどとされる陸海軍人を上回る犠牲をうんだ。

 中国大陸から東南アジア、南洋諸島まで日本は戦線を拡大する一方、軍事物資の補給・輸送は民間を動員して解決しようとした。大勢の戦没船員は、無謀な国策が招いた被害といえる。

 戦争ではしばしば民間も「協力」を迫られ、犠牲を強いられる。過去の出来事ととらえず、歴史の教訓としたい。

エネルギー計画 環境配慮した安定供給策探れ

 環境保護に配慮しながら電力の安定供給をどう実現するか。政府と電力会社の双方が真剣に取り組まねばならない。

 経済産業省の有識者会議が、国のエネルギー政策の指針となる「エネルギー基本計画」の見直しの議論を始めた。焦点の一つは、基幹電源である石炭火力発電の活用策である。

 石炭火力は燃料を安定調達でき、発電コストが安い。その反面、液化天然ガス火力の2倍の二酸化炭素(CO2)を排出するなど環境面で課題を抱える。

 温暖化対策の枠組みである「パリ協定」の締約国である日本は、2030年度に排出量を13年度比で26%減らす目標を掲げる。

 国内には約150基の石炭火力発電設備がある。発電量全体に占める比率は約32%で、30年度の政府目標を6ポイントも超えている。しかも新設計画が40基以上ある。

 「脱石炭」の世界的な流れに沿い、日本も石炭火力への過度な依存を避けるため、知恵を絞ることが求められる。

 環境省は今月、中部電力の大型石炭火力発電所計画に対し、CO2排出量の追加削減策を求める意見書を経産相に提出した。

 計画の認可権限を持つ経産省も、中部電が既に決めている老朽火力発電所の廃止計画を上積みするように勧告した。環境影響評価の審査対象外である発電所の存廃に言及したのは初めてだ。

 中部電は、東京電力と火力発電事業の統合を進めており、合計の発電量は、国内全体の半分を占める。両社が協力すれば、古い火力発電所を廃止し、CO2の排出量が比較的少ない最新鋭のものに入れ替える余地は大きい。

 環境省の主張に慎重姿勢だった経産省が、石炭火力活用の現実策を提示したのは当然と言える。

 新設計画を進める他の電力大手にも、環境対策で協業を促すことを期待したい。石炭火力から排出されるCO2を高圧で地下に閉じこめる技術の実用化を含め、有識者会議で議論を深めてほしい。

 エネルギー基本計画では、原子力発電の中長期的位置付けも主要なテーマである。

 エネルギー安全保障上、原発の利用は欠かせない。温室効果ガスをほとんど出さない原発は、パリ協定の目標達成にも資する。

 30年度の原発比率「20~22%」の政府目標実現には、30基程度の再稼働が必要だ。現状では5基しか動いていない。原発を基幹電源として活用するなら、再稼働への取り組みを強化すべきだ。

文化財保護法 保存と活用の両立を図りたい

 適切に保存しつつ、可能な限り公開して、その魅力を多くの人に享受してもらう。

 文化審議会の調査会が文化財の積極的な活用を柱とする中間報告案を示した。

 文化財の保護に重点を置いた政策から、保護と活用を両立させる姿勢に転じたと言えよう。文化庁は、来年の通常国会に文化財保護法改正案を提出する方針だ。

 中間報告案に具体例として盛り込まれたのが、国宝や国の重要文化財に指定された美術工芸品の公開に関する規制緩和だ。

 所有者が文化財を貸し出して公開する期間について、文化庁の要項は年60日以内を原則とする。これを変更し、材質が石や土、特定の金属の工芸品ならば、規制に縛られずに公開するよう求めた。

 白熱灯や蛍光灯に代わり、紫外線の少ない発光ダイオード(LED)が照明に用いられるようになるなど、展示品への悪影響を抑える技術が発達したためだ。

 公開期間が延長されることで、貴重な美術品に親しむ機会が増える。展示会の収益の増加分を文化財の修復などに充てる好循環も生まれるのではないか。

 明治期の貴重な宮殿建築として国宝指定を受けている東京・元赤坂の迎賓館は連日、多くの見学者でにぎわっている。

 建物であることから、公開期間の規制はなかったが、壁などの損傷を防ぐために、一般公開は長らく、年10日間に限られていた。

 観光立国を目指す政府が、賓客の接遇に支障のない範囲で昨春から開放したところ、1年間に70万人以上が訪れた。観光資源として活用することで、文化財への理解と関心も深まる。

 地域の活性化にも寄与し得る。中間報告案は、市町村が主体的に文化財の保護と活用に取り組めるよう、文化財保護法を改正することを提言している。

 国の史跡に案内所を設けたり、重要文化財の建造物を宿泊施設に改修したりする場合は、基本的に文化庁長官の許可が必要だ。

 この規定を見直し、一定の条件を満たすケースでは、現状変更の許可権限を文化庁から市町村に移譲する。こうした制度改正が今後の課題となるだろう。

 無論、度が過ぎた現状変更を認めれば、文化財としての価値が損なわれる。どの程度までなら許容されるのか、文化庁による助言や支援は欠かせまい。

 地域の貴重な資産として、次世代に引き継いでいくために、有効な活用策を見いだしたい。

2017年8月25日金曜日

農家保護策のツケを払うのは消費者だ

 今年産のコメが値上がりしそうだ。主因は補助金で家畜飼料米の増産を奨励し、食べるコメの需給を人為的に引き締めようとする政策にある。自由な競争を阻害し、横並びでコメ農家を保護する政策のツケは外食企業や消費者が払うことになる。見直すべきだ。

 今月に入り、早場米と呼ばれる宮崎、鹿児島産などの新米が店頭に並び始めた。店頭価格は1年前の新米価格に比べ1割前後も高い。今後出回る関東、北陸産米なども軒並み前年より値上がりする可能性が高い。

 政府は主食用米の生産を減らし、飼料米の生産を増やす農家に対し10アールあたり最大10万円強を助成する。都道府県ごとに主食用米の生産抑制目標も設定している。

 この政策は食用米の価格を押し上げ、農家の収入を増やすことが狙いだ。政府は来年6月末の民間在庫を、東日本大震災の影響で在庫が急減した2012年並みに削減できるとみている。

 飼料米を増産し、農家の収入を増やす生産者偏重の政策には、外食企業や消費者がどのような影響を受けるかという視点はない。人為的に在庫を減らしたところに日照不足などの影響が追い打ちをかけ、価格が高騰する懸念もある。

 財務省は競争力の向上につながる助成金の運用に変えるよう求めているが、農林水産省は飼料米の増産政策を強化している。

 少子高齢化によって、食用米の国内需要は年間750万トン台と10年前に比べ100万トン近く減った。コメの値段が上がれば需要はさらに縮小し、政府が力を入れる輸出拡大にも障害となる。

 横並びの保護を脱し、市場での競争を通じて付加価値を上げたり、生産コストを引き下げたりする政策に早急に転換すべきだ。

 国内では政府が1日からセーフガード(緊急輸入制限)を発動し関税が大幅に上がった米国産冷凍牛肉も卸価格が上昇している。

 セーフガードは国際的な貿易ルールで認められた緊急措置ではある。ただ、牛丼チェーンなどが使う米国産冷凍牛肉の輸入が増えることで、高品質の牛肉生産が主力の国内畜産農家がどれだけ損害を受けるか、疑問はある。

 発動が単に国内農家に対する「保護のアピール」でしかないとすれば、負担の増す企業や消費者は被害者だ。政府は農家が被る損害や関税引き上げの影響を検証し、問題点を修正してもらいたい。

ベンチャー育成を進めるには

 KDDIが設立から3年に満たないベンチャー企業を、約200億円で買収する。国内のベンチャーを対象としたM&A(合併・買収)では有数の規模になる。

 外部投資家から成長資金の提供を受けるベンチャーは、投資を回収する機会をつくる必要がある。日本では従来、新規株式公開(IPO)が投資回収の中心だった。今回のような動きが広がれば、ベンチャーへの資金の流れがより太くなるだろう。

 KDDIが傘下に入れるソラコム(東京・世田谷)はあらゆるモノがネットにつながる「IoT」向けの通信サービスを提供し、約7千社を顧客に持つ。KDDIと組み、新たな技術の導入や海外展開を急ぐという。

 起業が盛んな米国では2016年、投資回収の局面に入ったベンチャーのうち約9割が他の企業による買収を選んだ。欧州でもベンチャーを対象としたM&Aが増えている。

 買収を通じた投資回収はIPOに比べて株式市場の環境に左右されにくい。ベンチャーは従来より安定した環境のもとで事業拡大に専念でき、短期的な業績を重視する株主の意向を気にせず大胆な手が打てる利点もある。

 買収する側の大企業には自社で開発が難しかった技術や、新たな顧客を取り込める効果が大きい。米国では自動車や金融、流通といった幅広い業種で大企業が買い手になる事例が増えており、日本の企業経営者もこうしたM&Aを真剣に検討すべきだ。

 ただ懸念もある。ひとつは迅速な事業展開や自由な社風を重視するベンチャーは、リスク管理などのために慎重になりがちな大企業と摩擦を生みやすいという点だ。買収後に人材の流出を食い止めることも重要だ。

 KDDIによるソラコム買収は国内でベンチャーを対象としたM&Aが広がるかを占う先例となる。こうした動きが増えれば、日本の成長戦略の柱のひとつであるベンチャーの育成も進むはずだ。

(社説)NHK受信料 徴収策の強化の前に

 NHKが主な収入源である受信料の確保のために知恵を絞るのは当然である。だとしても、「公共放送の役割とは何か」「NHKはどうあるべきか」という根本の議論を抜きにして、自分たちの都合を優先しすぎてはいないか。

 NHK会長の諮問機関が、受信料の徴収のあり方についての答申案をまとめた。「公平負担の徹底」をうたい文句に、いま対象世帯の80%にとどまっている徴収率を引き上げる方策などを検討している。

 視聴者に不公平感を抱かせない。効率よく受信料を集める。どちらも大切なことだ。だが、電力会社やガス会社にNHKが照会して、受信料契約のない住民の氏名と住所を教えてもらい、契約を求める案内を郵便で送る――という提案には、疑問を抱かざるを得ない。

 NHKのために個人情報がそのように使われることを、国民はどう受けとめるか。実施にはきわめて慎重であるべきだ。

 答申案は、不払い世帯に割増金を求める考えも示した。こちらはすでにある制度だが、過去に発動された例はない。

 この諮問機関はすでに先月、番組のインターネット同時配信が行われた場合、ネットのみの利用者にも「受信料と同程度の負担を求めるのが妥当」とする答申を出している。

 二つの動きから浮かび上がるのは、受信料制度とNHKのありようは現状を維持したまま、収入を得る道を確かなものにしようという姿勢だ。

 NHKは四つのテレビチャンネルを持ち、4K・8Kの高精細新技術でも業界を主導する。ドキュメンタリーや教養番組、ドラマなど、この夏も優れた番組をたくさん送り出したが、一方で「なぜNHKが国民の受信料を使って放送しなければならないのか」と思わせるようなものも少なからずある。

 子会社13社の利益剰余金は15年度末で948億円にのぼり、会計検査院から適切な規模を検証するよう求められた。配当を通じて一部がNHK本体に戻れば、視聴者サービスに還元される可能性が増える。

 外部から寄せられる声に耳をすまし、真に視聴者の役に立つ番組やサービスを発展させる。同時に不要な業務を見きわめ、整理・縮小する。そのなかで受信料値下げの可能性を探る。

 そうした営みと視聴者に対する丁寧な説明があって初めて、答申案にあるような受信料の徴収方法の見直しにも、理解を得られる道が開けよう。踏むべき手順を間違えてはいけない。

(社説)米政権の混迷 分断抑え現実を見よ

 この大国を率いる資質があるのだろうか。トランプ大統領が就任して7カ月、米国の政界と多くの国民が悩んでいる。

 「この国を偉大にしてきたものが何だったか、それは今日でも何なのか、彼は理解しているように見えない」

 与党共和党の上院外交委員長コーカー氏はそう語り、大統領としての能力に疑問を呈した。

 「米国を再び偉大にする」という政権の看板と裏腹に、政治の混迷は深まるばかりだ。

 与党からも苦言が出たのは、トランプ氏がとりわけ重大な過ちを犯したからだ。米国の難題である人種差別をめぐり、社会の分断を再燃させたのだ。

 発端は、バージニア州であった白人至上主義団体の集会だ。反対した市民との衝突で死傷者が出た事態について、トランプ氏は「双方」に非があるとし、差別団体と抗議の市民を同列視するような認識を示した。

 移民国家米国が誇るべき価値とは、民族や文化の多様性であり、それを認めあう寛容さだろう。特定の民族が優越するとの考え方は、米国にも国際社会にも、認める余地は全くない。

 米国の経済が大きく発展したのも、自由と平等という建前で世界の頭脳と活力を吸い寄せてきたからだ。人種差別に対する公の拒否は、公民権闘争など苦難の歴史を経て築いた米社会の共通ルールのはずだ。

 それを大統領自らが揺るがすのは愚行というほかない。今からでも、差別思想への拒絶と、平等の原則の厳守を明確な公式見解として言明すべきだ。

 財界と軍は敏感だった。主要企業の首脳らでつくる政策助言機関は抗議の辞任が相次ぎ、解散した。陸海空軍の制服組トップは「人種差別、過激主義、憎悪を許容しない」と表明した。

 米政権への不安な視線は、国際社会も共有している。米国第一主義を推進した首席戦略官バノン氏が突然更迭されたが、それを機にトランプ外交は変わるのか。北朝鮮問題などを抱える日本も注視せざるをえない。

 トランプ氏は今週、アフガニスタンを支える目的などで米軍の駐留継続を明言した。撤退の主張からの転換だが、「大統領としての判断は当初の直感とは違うものだ」と釈明した。

 ならばこの際、もっと国内外の現実を直視してもらいたい。温暖化対策、移民政策、通商政策などでの一方的な変更や主張が招いている混乱は、米国と世界の信頼関係を損ねている。

 トランプ氏が今すべきは、米社会の亀裂の修復と、現実的な政策を真剣に練ることだ。

北方領土「特区」 看過できない露の揺さぶり

 日露両政府が検討する北方領土での共同経済活動の趣旨と相いれない、一方的な措置である。到底看過できない。

 ロシアのメドベージェフ首相が、北方領土への経済特区の設置を認める文書に署名した。色丹島の斜古丹(マロクリリスク)地区が対象で、水産加工工場を建設する構想だ。

 国内外から約74億ルーブル(約135億円)の投資と、700人以上の雇用を見込む。進出企業には税制面などで優遇するという。

 問題なのは、特区がロシア国内法の適用を前提とすることだ。

 共同経済活動において、日本側は、徴税権や警察権などに関して日本の法的立場を損なわない「特別な制度」の創設を求めている。ロシアの特区が、この主張と齟齬(そご)があるのは明らかである。

 昨年12月の日露首脳会談では、「特別な制度」の下での共同経済活動を目指すことで合意した。日露両政府は先週の次官級協議で、観光や養殖など実施事業の内容を調整したばかりだ。

 ガルシカ極東発展相は「日本との協議の結果が出るまで、住民の生活向上を止めるわけにはいかない」として、特区の設置を正当化している。近年築いてきた日露の信頼関係を壊しかねない。

 安倍首相は、来月上旬にウラジオストクでプーチン露大統領と会談する予定だ。日本側の懸念をしっかりと伝え、特区の是正を求めなければならない。

 ロシアが日本だけでなく、中国や韓国などからの投資に関心を示しているのは気がかりだ。

 既に色丹島の港湾工事には、韓国企業が参加しているという。特区にも外国資本を導入し、地域振興を図る思惑が透けて見える。

 日本と中韓を天秤てんびんにかけることで、共同経済活動などの交渉で日本の譲歩を引き出すため、揺さぶりをかける狙いもあろう。こうした手法はロシアの常套手段だ。

 日本政府は、冷静に対応することが重要である。

 特区事業や領土問題などに関する露政府の最終決定権は、あくまでプーチン氏にある。

 来年春に大統領選を控え、当面、領土問題で政治決断は期待できまい。他方、ロシア経済は米欧の制裁などで低迷が続き、日露の経済関係強化への期待は大きい。

 プーチン氏も、共同経済活動の交渉が頓挫すれば、日本から本格的な経済協力を得られにくくなることを十分に認識していよう。

 日本は、ロシア側に様々なレベルで働きかけを強めるべきだ。

アフガン情勢 米軍増派でも「出口」が見えぬ

 米国を中心とする国際社会がアフガニスタンから手を引けば、過激派が浸透し、テロの温床に逆戻りする。粘り強く関与を続けねばなるまい。

 トランプ米大統領が新たなアフガン戦略を発表し、米軍の駐留を継続する方針を表明した。増派の規模や時期は明言しなかったが、米メディアは、現在の8400人体制に、約4000人を追加すると報じている。

 米軍は、アフガン治安部隊の訓練や、テロ組織への空爆を担う。増派は一定の効果を持とう。

 アフガン派兵は、2001年の米同時テロを受けて始まった。実行した国際テロ組織アル・カーイダが、タリバン政権にかくまわれて活動していたからだ。

 アル・カーイダは弱体化したが、敗走したタリバンは勢力を回復した。戦争は16年に及ぶ。オバマ前政権は駐留米軍を10万人まで増強した後、米国世論の厭戦(えんせん)ムードを背景に縮小を進めた。戦闘任務もアフガン部隊に移管した。

 トランプ氏が、昨年の大統領選でのオバマ批判と早期撤収論を転換し、関与強化に踏み出したのは評価できる。「拙速な撤収は、テロリストが入り込む空白を生む」と強調したのはもっともだ。

 軍人出身のマティス国防長官らの説明を聞いて、現実の厳しさを認識したに違いない。

 問題なのは、アフガンのガニ政権と治安部隊が、戦闘能力や装備の不足により、治安悪化を抑えられないことだ。政府が統制する地域は全土の約60%にとどまる。

 今年上半期にテロや戦闘の巻き添えで死傷した民間人は5000人を超え、過去最悪のペースで増えているという。5月末には、首都カブールの大使館街で、150人以上が死亡し、日本人ら多数が負傷する自爆テロが起きた。

 過激派組織「イスラム国」が侵入しているのも懸念材料だ。

 ガニ政権は民族対立と汚職問題を抱え、国民の不信と統治力低下を招いている。諸外国の支援に依存する体質から脱却し、タリバンとの和平交渉に臨む態勢を整えない限り、対テロ戦争の「出口」は見えてこないだろう。

 トランプ氏は、アフガンの隣国パキスタンに対し、「テロリストの聖域になっている」と非難した。両国の国境地帯の治安を向上させる取り組みが欠かせない。

 欧州諸国は、増派や財政支援を通じて米国の負担を軽減しながら、アフガンの自立を促す必要がある。日本も教育や医療などの非軍事分野で貢献したい。

2017年8月24日木曜日

新たな金融危機を封じる手立ては十分か

 仏大手金融機関BNPパリバが高リスク商品を組み込んだファンドの解約を突如停止した「パリバ・ショック」から、10年が経過した。またたく間に世界中に動揺が広がり、翌年の米リーマン・ブラザーズの破綻に至った記憶は、今なお生々しい。

 世界の金融監督当局は危機への対応として、銀行や証券会社への規制を強化した。中央銀行も思い切った金融緩和策をとった。これらの措置で、世界経済は成長軌道に戻ったが、債務の急増や不動産価格の高騰など、新たな危機につながりかねない現象も世界中で散見されるようになった。

 金融危機の再発を防ぐための体制が十分に整っているかどうか、世界の金融当局は改めて点検する必要がある。

 金融危機の重要な教訓の1つは、国際協調の大切さだ。この点で、金融監督当局の足並みがそろわなくなりつつある現状は、大いに懸念すべきだ。

 例えば、銀行経営の安定を目的にした「バーゼル3」と呼ばれる自己資本比率規制だ。比率の分母に当たるリスク資産の計算をめぐって米欧間の溝が広がり、交渉は昨年来難航している。

 米国が格付けなど客観基準をもとに融資のリスクを計算するよう求めているのに対し、欧州は米国案より緩やかな銀行独自モデルに基づく計算方法を主張している。

 米欧当局の足並みの乱れが続くようだと、銀行株などが投機売買の標的となり金融市場が動揺しかねない。双方の歩み寄りを強く求めたい。

 各国・地域も固有の懸念を抱えている。トランプ米大統領は金融規制の一部緩和を検討しているが、政権基盤が弱体化する中で効果的な規制の見直しができるかどうか疑問だ。欧州の中ではイタリアの不良債権比率が高止まりし、アジアでは中国の不透明な「影の銀行」への懸念が強い。

 この10年間で金融システムへの新たな脅威も浮上した。銀行へのサイバー攻撃など、国際的に議論を深め対応策を共有しておくべき分野は多い。

 大手銀行の経営が比較的安定している日本は、国際協調を主導できる立場にある。金融庁と日銀は連携を密にし、主要国の監督当局で構成する金融安定理事会(FSB)などの場で、欧米間の橋渡しや意見の取りまとめに積極的に動くべきだ。

「だます犯罪」に備え固めよう

 今年1~6月の半年間に、全国の警察が把握した刑法などに触れる犯罪(刑法犯)の件数は約45万1千件だった。警察庁によると、年間を通して戦後最少となった2016年の上半期をさらに8%近く下回っている。

 殺人、強盗などの凶悪犯や窃盗などが大きく減っており、犯罪減少の基調が続いている。この流れをさらに加速させ、一段の犯罪抑止を図っていきたい。

 だがこうした中、いっこうに歯止めがかからない分野がある。その代表が「特殊詐欺」と呼ばれる犯罪だ。高齢者らを狙い子どもや孫を騙(かた)って電話をかけるおれおれ詐欺や、ニセの請求話をでっち上げて現金を振り込ませる架空請求詐欺などが含まれる。

 上半期に警察が把握した特殊詐欺は8863件で、昨年の同じ時期より38%増えた。被害総額は6.5%減ったものの約187億円に上り、依然として巨額のカネが犯罪集団に流れ込んでいる。

 携帯電話から無差別に仕掛けられるため捜査は難しく、警察は有効な打撃を与えられていない。これまで以上に詐欺グループの摘発と、広報・啓発など抑止の両面で力を入れていく必要がある。

 最近では犯行に使われた電話番号に警察が電話をかけ続けて使えなくする方法などが試みられている。法改正で特殊詐欺の捜査に通信傍受が使えるようにもなった。あらゆる手段を動員して対応していくしかない。

 一部の金融機関では一定期間振り込み実績のない高齢者の口座について、ATMからの振り込みをできなくするといった制度を始めた。振り込む場合は窓口に行くことになり職員らが注意を促せる。

 「だます犯罪」に強い社会を築くためには警察はもちろん、金融機関や関係業界がそれぞれの持ち場で知恵を絞る必要がある。

 なにより私たち一人ひとりの備えが欠かせない。別居している家族がいれば連絡を取り合い、不審な話があればまず家族や警察に相談するよう心がけていきたい。

(社説)国会先送り 許されぬ憲法無視だ

 憲法に背く行為である。決して容認できない。

 自民、公明両党の幹事長らがきのう、臨時国会を9月末に召集する方針で一致した。

 憲法53条に基づき、野党が召集を要求したのは6月末。すでに2カ月経つのに、さらに1カ月以上も臨時国会を開かないことになる。こんな国会対応がまかり通っていいわけがない。

 改めて確認しておく。憲法53条は臨時国会について、衆参いずれかの総議員の4分の1以上の要求があれば、内閣は召集しなければならないと定める。

 立法府における少数派の発言権を保障するための規定であり、首相や与党の都合で可否を決めていい問題ではない。

 確かに召集時期を決めるのは内閣だ。だが「召集のために必要な合理的な期間を超えない期間内に召集を行うことを決定しなければならない」という内閣法制局長官の国会答弁がある。

 「3カ月以上」は「合理的な期間」だ――。そう言う人がどれほどいるだろう。

 とくに自民党は言えないはずだ。なぜなら野党だった5年前にまとめた憲法改正草案で、少数会派の権利を生かすとの趣旨で、要求から「20日以内」の召集を義務づけているからだ。

 安倍首相は今月初めの記者会見で、「働き方改革」のための法案などを準備したうえで召集時期を決めたい、と語った。

 しかし野党や国民がいま求めているのは、法案審議の場ではない。一連の疑惑の真相を究明し、再発防止策を考える。そのための国会である。

 加計学園の獣医学部新設の背景に首相の意向があったのか否か、関係者の証言は食い違っている。森友学園への国有地売却をめぐっては、格安価格の決定過程について、政府側に虚偽答弁の疑いが新たに浮上した。陸上自衛隊の「日報」隠蔽(いんぺい)疑惑については、稲田元防衛相の関与の有無はあいまいなままだ。

 この間、衆参で計4日間の閉会中審査が開かれたが、真相解明には程遠かった。短時間のうえ、野党が求めた関係者の招致を与党が拒むケースが相次いだためだ。

 そのうえ、臨時国会の召集を先延ばしする与党や首相の姿勢は、疑惑追及の機会を遅らせ、国民の怒りが鎮まるのを待っているようにしか見えない。

 7月の東京都議選での自民党惨敗を受け、首相は「謙虚に、丁寧に、国民の負託に応える」と誓ったはずだ。

 それで、この対応である。政治全体への国民の不信がいっそう募ることを憂える。

(社説)「甲子園」閉幕 歴史の重み受け継いで

 第99回全国高校野球選手権大会がきのう、兵庫県西宮市の阪神甲子園球場で幕を閉じた。

 9回2死からの逆転劇や延長戦での激闘もあった。点差が開いても最後まであきらめず、全力を尽くす姿は、見る人の胸を打ち、スタンドから連日、惜しみない拍手がおくられた。

 3839チームの頂点に立ったのは花咲徳栄。埼玉県勢として初の栄冠だ。

 初戦を突破した後の13日、同校の選手たちは大阪府吹田市の市立平和祈念資料館を訪れ、戦時中の生活を伝える資料を手にした。社会科を教える岩井隆監督が「野球ができることへの感謝を忘れないで欲しい」と考えた。3回戦まで進んだ去年の夏も、選手を伴って戦争資料館「ピースおおさか」(大阪市)に足を運んでいる。

 準優勝した広陵(広島)の選手たちは開幕前の6日、広島に原爆が投下された午前8時15分にあわせて、甲子園の室内練習場で一列に並び、広島の方角を向いて1分間黙祷(もくとう)した。

 横浜の4番打者・増田珠(しゅう)君(3年)は長崎市の中学出身で、祖母は広島で被爆した。長崎原爆の日の9日午前11時2分、練習を一休みして黙祷し、言った。「今、野球ができることに幸せを感じています」

 夏の甲子園大会は、期間中に「終戦の日」を迎える。

 今年の15日は天候不良で試合が中止になったが、三本松(香川)の選手たちは正午に練習を中断し、目を閉じた。

 甲子園にはかつて「聖戦完遂」など、戦意高揚のための看板や垂れ幕が掲げられたことがある。日中が全面戦争に突入した1937年ごろからだ。

 41年の第27回大会では、地方大会が始まりながら「戦局深刻化」で中断した。

 45年8月、阪神地域への空襲の後、スタンドは焼け焦げ、グラウンドに無数の焼夷(しょうい)弾が突き刺さっていた、という西宮市民の証言が残る。

 戦死した元球児もいる。球児たちの夢も、命も奪った戦争の歴史を忘れてはならない。

 大会は終戦の翌年に西宮球場で復活したが、甲子園は占領軍に接収されていた。47年、グラウンドとスタンドの接収が解除され、大会は7年ぶりに甲子園で開催された。

 それから70年。甲子園では毎年8月、選手たちが黒い土と緑の芝の上で懸命にプレーし、数々のドラマをつむいできた。

 来年の夏は第100回の記念大会を迎える。これからも、高校球児の夢の舞台が二度と途絶えることがないようにしたい。

米韓合同演習 「北」の挑発に警戒を怠れない

 核ミサイル開発を加速する北朝鮮の暴走を抑止する。そのためには、様々な事態を想定し、軍事面の即応・対処力を堅持することが重要だ。

 米軍と韓国軍が、毎夏恒例の合同軍事演習「乙支フリーダム・ガーディアン」を開始した。

 ソウル近郊におけるコンピューターの机上演習が主体だ。朝鮮半島有事の全面戦争に加え、局地戦やミサイル基地攻撃などのシナリオを基に、米韓両軍の部隊運用や指揮命令系統を確認する。

 北朝鮮のあらゆる攻撃や挑発に効果的に対処できるよう、演習を着実に実施する必要がある。

 北朝鮮軍の報道官は「無慈悲な報復と容赦ない懲罰を免れない」と反発した。朝鮮労働党の金正恩委員長は、ミサイルの弾頭やエンジンの増産を指示したという。

 31日までの演習期間中、北朝鮮が潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)などを発射する恐れがある。常に警戒を怠れまい。

 米海軍第7艦隊のイージス駆逐艦2隻が6月以降、民間船と衝突する事故を相次いで起こしたのは気がかりだ。第7艦隊は全艦船の運航を停止し、安全点検する。

 米軍は、原因究明と再発防止を急ぐとともに、北朝鮮の弾道ミサイル発射などへの即応態勢を維持することが求められる。

 北朝鮮が今月上旬に公表した、弾道ミサイル4発をグアム周辺に発射する作戦案を巡って、米朝間で駆け引きが続いている。

 米国は、グアムへの攻撃には軍事力行使で応えると警告した。北朝鮮の資金洗浄に関与したとされる中国、ロシアの2企業などへの新たな金融制裁も発動した。

 軍事面に限らず、外交・経済分野も含めた重層的な圧力を北朝鮮にかけることが大切だ。

 見逃せないのは、米国が、非核化に向けた北朝鮮の「真剣な取り組み」を条件に、対話の用意がある、と呼びかけたことだ。

 北朝鮮は、グアム周辺へのミサイル発射を当面控える姿勢を見せている。トランプ大統領は北朝鮮の対応を評価して、「前向きなことが起きるかもしれない」と述べ、事態の好転に期待感を示した。

 北朝鮮の核・ミサイル問題の最終的な解決には、米朝の対話と外交交渉が欠かせない。今は、対話が具体的な成果を生むための環境を整える段階である。

 米太平洋軍のハリス司令官は、「外交的解決が重要だが、強い軍事力に裏打ちされるべきだ」と指摘する。軍事力を外交に生かす戦略性が問われている。

無痛分娩 事故抑止へ問題を洗い出そう

 出産の痛みを麻酔で和らげる無痛分娩に、妊産婦が安心して臨めるよう体制整備を急ぎたい。

 無痛分娩の事故が顕在化したことを受けて、産婦人科医や麻酔科医らで構成する厚生労働省の研究班が初会合を開いた。実態を把握し、安全対策を練り上げることが目的だ。今年度中をメドに結論をまとめる。

 米国やフランスでは、無痛分娩が出産の半数以上を占める。日本でも年々増えており、昨年度は全体の6%に上った。

 無痛分娩には、出産時の疲労やストレスが少なく、産後の回復が早いといった利点がある。出産年齢の上昇を考えれば、人気が高まっているのもうなずける。

 このところ、重大事故が目立つようになったことは看過できない。妊産婦が死亡したり、母子に障害が残ったりしている。

 研究班の初会合では、2010年以降に死亡した妊産婦271人のうち、5%に当たる14人が無痛分娩だった、と報告された。

 問題の共通点を洗い出し、事故抑止につなげねばならない。

 無痛分娩では一般的に、硬膜外麻酔と呼ばれる局所麻酔を用いる。背中から細い管を差し込んで、脊髄の外側に麻酔薬を注入し、出産の痛みを抑える。

 今年1月に死亡した大阪府内の女性は、診療所で麻酔を投与された後に意識を失ったとされる。大阪府警は、容体急変後に院長が適切な対処を怠ったとみて、業務上過失致死容疑で捜査している。

 総合病院での出産が通例である欧米とは異なり、日本では、小規模な診療所での出産が多い。無痛分娩に限れば、診療所での出産が半数以上を占める。麻酔を含めて、1人の医師が実施するケースも少なくないという。

 妊産婦がうまく息張れず、分娩が長時間に及ぶ。赤ちゃんを器具で吸引する。無痛分娩では、こうした状況が生じることもある。

 日本の産科の安全性は総じて高い。無痛分娩でもレベルアップを図るべきだ。専門医の学会が中心となり、安全に実施するためのガイドラインを策定する必要がある。研修なども増やしたい。

 診療所で妊産婦の容体が急変した場合に、即座に対応できるよう、大病院との連携体制を強化することも欠かせない。

 無痛分娩には一定のリスクが伴う。出産する側も、それを認識することが大切である。疑問点や不安な面があれば、医師から十分に説明を受け、納得した上で、出産の方法を選択したい。

2017年8月23日水曜日

EUは独仏中心に統合深化の案を固めよ

 欧州連合(EU)からの離脱条件をめぐる英国とEUの交渉が難航している。英政府が貿易分野などの交渉方針を出し始めたのは前向きな動きだが、EU側との溝は深く、先行きは見通せない。

 交渉が進まないのは、英国内の路線対立が一因だ。一方のEU側も、柔軟に落としどころを探る姿勢が必要だ。交渉が失敗したまま英国が強制的な離脱に追い込まれれば、世界経済に多大な影響が及びかねない。

 同時に求められるのは、英国が抜けたあとのEUがどんなかたちになり、欧州統合をどう進めていくのかという今後の姿を描き、世界に示すことだ。

 欧州は昨年来、排外的なポピュリズム(大衆迎合主義)勢力に揺さぶられた。今年5月のフランス大統領選挙で穏健な中道路線のマクロン氏が極右候補を退けたのを機に、足元は落ち着きを取り戻している。EUにとって態勢を立て直し、将来の見取り図を議論して改革を進める好機である。

 重要な改革のひとつはユーロ圏の強化だ。ギリシャの財政・金融危機のような事態を防ぎ、単一通貨を効果的に機能させていくには、より強靱(きょうじん)な体制への変革が必要不可欠だろう。

 ユーロ圏の共通予算や、それを所管するユーロ圏財務省の創設などが選択肢としてあがっている。

 今後の統合の進め方も大きなテーマだ。独仏などが分野によって先行して統合し、後続組などと差をつける「多速度式」が検討されている。独仏を中心に統合深化の具体策を詰め、求心力や結束力を保っていかなくてはならない。

 EUはポーランド与党の司法介入の動きを問題視して是正を求めるなど、一部加盟国との確執も目立つ。スペインを襲ったテロで治安対策にも改めて注目が集まる。課題が山積し、改革と結束に向けた取り組みが問われる局面だ。

 マクロン仏大統領は、自国の経済改革に向けた歳出削減への反発などから、支持率が低下しているが、欧州の若きリーダーとしてEUの前向きな将来像を示す役割が期待される。

 EUの盟主とも呼ばれるドイツの指導力は欠かせない。9月下旬に予定する総選挙では、メルケル首相の与党が勝って首相続投が決まるとの見方が多い。ドイツが長期的な視点にもとづき、EUの立て直し議論や英国との離脱交渉を建設的に進めることを望みたい。

地熱発電の利用拡大へ工夫を

 日本の数少ないエネルギー資源で、温暖化対策にも役立つ地熱の利用が進まない。環境省は国立・国定公園地下の開発規制を緩和したが、地熱探査の支援や環境影響評価(アセスメント)の迅速化など、もう一段の推進策が必要だ。

 日本の地熱資源量は世界第3位の2347万キロワットだが、発電能力はその2.2%分にとどまる。政府は2030年に6~7%に高めるとしているものの、この控えめな見通しすら達成が危ぶまれる。

 地熱は実際に掘削しないと資源量を確定しづらく、開発に10年前後かかる場合も多い。失敗のリスクを軽減するための工夫がいる。

 環境省は一昨年、開発が厳しく制限されているが有望地も多いとされる国立・国定公園の「第1種特別地域」の地下で、域外からの斜め掘りによる地熱開発を認めるよう規制を緩和した。

 しかし、こうした地域は開発が難しく送電網を確保しにくい山あいが多い。斜め掘りは掘削距離が長くなりコストもかかる。生態系への影響や温泉の枯渇への懸念も根強く、発電に至った例はない。

 有望地を絞り込みやすくするため、産官学が協力して地熱資源の公共データベースを整備してはどうか。温度センサーを搭載したヘリコプターやドローン(小型無人機)を使えば、公園地帯などを広く調査できる。

 温泉地の理解を得るには国が主導して地熱開発の候補地に近い温泉の湯量や温度、成分を継続的に監視することも必要だろう。

 環境アセスメントの期間短縮も課題だ。手続きに3~4年かかり事業見通しを立てにくいからだ。

 最近はアセスが義務付けられない出力7500キロワット未満の計画が多い。送電容量の不足が主な原因というが、アセス回避が目的とみられるケースもある。小規模な発電所でも複数できれば環境への影響が大きくなる心配が出てくる。

 国と自治体は審査を並行して進めたり手順を見直したりしてアセスを効率化し、環境に配慮した地熱開発を後押ししてほしい。

(社説)森友学園問題 これで適正な処理か

 学校法人・森友学園への国有地売却問題で、財務省近畿財務局が学園側に「いくらなら買えるのか」と、支払い可能額をたずねていた――。複数の関係者が朝日新聞にそう証言した。

 財務省の佐川宣寿(のぶひさ)・前理財局長は国会で「(価格を)提示したこともないし、先方からいくらで買いたいと希望があったこともない」と述べたが、虚偽答弁だった可能性が出てきた。

 意図的なうそであれば国民を愚弄(ぐろう)する話で、隠蔽(いんぺい)にも等しい。説明が事実と違う疑いが浮上した以上、同省は交渉の詳細を示し、価格決定にいたる経緯を説明する責任がある。

 問題のやりとりは、学園の前理事長の籠池泰典(やすのり)容疑者が土地購入を申し入れ、代理人弁護士を通して近畿財務局などと去年3月に協議した際のものだ。

 学園側は「新たなごみが見つかった」とし、「できるだけ安く買いたい」と伝えた。これに対し財務局は地中の埋設物の除去費として、国費で1億3千万円をすでに負担しており、「それより安くはならない」と説明、学園側は「払えるのは1億6千万円まで」と具体的な希望額を明示していた。

 約3カ月後に売却された価格は1億3400万円。学園側の希望をかなえ、財務局の示した「下限」に近い額だった。

 改めて指摘しておきたい。

 この土地の更地の鑑定価格は9億5600万円。財務局はここから、ごみ撤去費として8億1900万円などを値引いた。

 国民の共有財産である国有地を処分する場合、厳正な手続きや審査を経て契約内容を決めるのが筋だ。今回、借地契約から売買に切り替え、10年の分割払いを認めたのも異例だった。

 国は「適正に処理された」と説明し、学園への「特別な便宜」を否定する。ならば、誰がいつ、どんな交渉をして決めたのか、つまびらかにしてもらいたい。

 値引きの根拠になったとされる21枚の現場写真によると、「新たなごみ」の判別が困難なばかりか、国が国会で説明した「深さ3・8メートル」まで大量のごみが埋まっている状況は、とても確認できない。価格の目安を先に決めた上で、それに合わせるようにごみ撤去費を積算した疑いがぬぐえない。

 安倍首相は今月の内閣改造後、「謙虚に、丁寧に、国民の負託に応える」と述べたが、野党の求める国会の早期召集には応じていない。一日も早く国会を開き、佐川氏や、学園の小学校の名誉校長を務めた首相の妻の昭恵氏らを招致すべきだ。

(社説)医師過労防止 地域医療と両立めざせ

 東京都内の病院で働いていた研修医が、長時間労働が原因で自殺したとして、7月に労災認定された。5月にも新潟市民病院で同様の労災が認められたばかりだ。

 医師は、正当な理由がなければ診察や治療を拒めない。とりわけ病院の勤務医の多忙さはよく知られる。総務省の就業構造基本調査では週の労働時間が60時間を超える人の割合は医師が42%と職種別でもっとも高い。

 だが、勤務医も労働者だ。過労で心身の健康がおびやかされれば、手術ミスなど医療の質の低下にもつながりかねない。患者の命と健康を守るためにも、勤務医の働き過ぎを改めていくべきだ。

 政府は働き方改革として、秋の臨時国会に「最長で月100時間未満」などと残業を規制する法案を提出し、長時間労働の是正に取り組む方針だ。

 ただ、医師については、画一的な規制が地域医療を崩壊させかねないとする医療側に配慮し、適用を5年間猶予して、これから残業規制のあり方を議論することになっている。

 実際、労働基準監督署から長時間労働の是正を求められた病院で、外来の診療時間や診療科目を縮小する動きがある。医師の過労防止で必要な医療が受けられなくなる事態は避けねばならない。

 そのためには、残業規制の強化を実行できる態勢を、同時に作っていく必要がある。

 まずは、病院の勤務医の仕事の量を減らすことだ。医師でなければできないことばかりなのか。看護師や事務職など、他の職種と仕事をもっと分かち合う余地はあるはずだ。

 初期の診療は地域の開業医に担ってもらうなど、病院と診療所の役割分担を進めていくことも重要だ。

 医師不足の背景には、地域や診療科ごとの医師の偏りという問題もある。実情に合わせて正す方策を考えたい。地域によっては、病院を再編し医師を必要なところに集中させることが適当なケースもあるだろう。

 様々な取り組みを進めたうえで、それでも全体として医師が足りないようなら、いまの計画より医師を増やすことも考えねばなるまい。

 そうした議論が、働き方を巡る規制の検討会、医師の需給見通しの審議会など政府内でバラバラに進むことのないよう、横断的・一体的に検討すべきだ。

 地域医療との両立をはかりながら、医師の働き方の見直しに道筋をつける。難題だが、避けては通れない。

米トランプ政権 側近更迭を機に路線を見直せ

 ホワイトハウスの内紛には、現実路線への転換が欠かせない。

 トランプ米大統領が、バノン大統領上級顧問・首席戦略官を更迭した。最近1か月間で、高官が辞めるのは4人目だ。首席補佐官や報道官らの重職の「辞任ドミノ」を引き起こしたのは、トランプ氏にほかならない。

 右派メディアを率いていたバノン氏は、昨年の大統領選で、トランプ陣営の参謀を務めた。「米国第一」をスローガンに、エスタブリッシュメント(既得権層)や中南米系移民を敵視する戦術を主導し、勝利の立役者となった。

 問題なのは、トランプ氏が就任後も、選挙戦の成功体験から、政治や行政の見識を欠くバノン氏に強大な権限を与えたことだ。

 医療保険制度「オバマケア」の撤廃や不法移民の追放を強引に推進したが、目論見通りには実現していない。白人労働者など当選を後押しした層の利害を優先し、記録的な低支持率を招いた。

 政権内では、トランプ氏の長女夫妻が穏健派で、国際協調を重視する。軍人出身のケリー首席補佐官、マクマスター補佐官(国家安全保障担当)も現実主義者だ。

 思想信条が異なるバノン氏が、安定した政権運営の障害となるのは自明だったのではないか。

 ホワイトハウス内の対立は収まっても、最大の懸念材料が残る。トランプ氏自身の資質である。

 南部バージニア州の衝突事件で、「非は双方にある」と語った。人種差別に反対する活動家を、白人至上主義のKKKやネオナチなどの極右勢力と同列に並べた。

 人種による亀裂を容認したと受け取られても仕方ない。与党の共和党や経済界も含めて、反発の声が広がったのは当然だろう。

 大統領への二つの助言機関は、委員の「抗議の辞任」が相次ぎ、解散した。トランプ氏は、過激な言動が国民の分断を深め、政策の遂行にも支障を来している現実を直視する必要がある。

 トランプ氏の家族と元軍人の勢力が政権内で影響力を持ち、外交や経済などの専門家が不足しているのは気がかりだ。北朝鮮情勢が緊迫化する中、国務省などの高官ポストの空席を早急に埋めて、体制を強化せねばならない。

 トランプ氏は、アフガニスタンでの米軍の駐留を継続し、対テロ戦争の勝利を目指す考えを表明した。「内向き」の姿勢を転換する一歩になることを期待する。

長崎新幹線 車両開発の見通しが甘過ぎた

 高度な技術を要する車両の開発が、思うように進まない。見通しの甘さが招いた迷走である。

 建設中の九州新幹線長崎(西九州)ルートで、整備計画の見直しが不可避となった。国土交通省が「2025年度の全面開業までに、開発が間に合わない」と表明したためだ。

 線路幅に応じて車輪がスライドするフリーゲージトレイン(FGT)を導入する目算だった。実用化の時期が判然としない車両の使用を前提にして、見切り発車で計画を進めた国の責任は重い。

 長崎ルートは博多―長崎間143キロを結ぶ。博多から九州新幹線の鹿児島ルートを経て、在来線を通り、その後は再びフル規格の軌道で長崎に至る特異な路線だ。

 FGTは、レール幅の異なる新幹線と在来線双方の区間を走行できる。国の主導で、1990年代から約500億円を投じて開発が進められてきた。04年に長崎ルートへの採用方針が決まった。

 ところが、耐久走行試験中に、車軸の摩耗が見つかった。安全性に関わる問題点が解消されていない以上、導入を見合わせたのは当然である。維持コストが、通常の新幹線車両の2倍に膨らむことも明らかになっている。

 長崎までのフル規格区間の工事は、半分近くまで終えている。JR九州は、22年度に在来線特急と新幹線を乗り継ぐリレー方式で暫定開業する方針だ。

 博多―長崎間の所要時間は、20分程度の短縮にとどまる。乗り換えの不便も強いられる。新幹線開業の恩恵は、極めて乏しい。

 JR九州は全区間をフル規格で整備すべきだ、と主張する。所要時間の短縮効果が大きい。山陽新幹線に乗り入れやすく、関西方面からの誘客が期待できる。こうしたメリットはあるだろう。

 問題は建設コストである。フル規格に変更するには、新たに数千億円が必要だとされる。

 整備新幹線の建設費は原則、国が3分の2を賄う。残りを沿線自治体が負担する。長崎ルートの整備計画には、必要性などの面で当初から慎重論が少なくなかった。さらに公費を投入することに、国民の理解は得られるのか。

 秋田、山形新幹線のように、レール幅を広げた在来線を走る「ミニ新幹線」も選択肢の一つだ。

 長崎ルートは、地方の要望を受けて、政治的に建設が進められてきた整備新幹線の典型例だと言えよう。整備計画の見直しに取り組む政府・与党は、投資効果を改めて精査する必要がある。

2017年8月22日火曜日

米トランプ政権は混乱の収束に努めよ

 米トランプ政権が一段と混迷を深めている。大統領が白人至上主義を容認すると受け取られかねない発言をし、国民世論に大きな亀裂が入った。混乱の火種と目されてきたバノン首席戦略官を更迭したのを奇貨として、国論の収束に努めてもらいたい。

 米国は世界中からやってきた移民がつくった人工国家である。多民族国家はしばしば短命に終わりがちだが、米国は自由主義や民主主義といった理想を掲げ、世界をリードする役割を担ってきた。

 国家統合のタガとなってきたのが、多様性の尊重だ。さまざまな民族、さまざまな文化がごちゃ混ぜとなり、多少の摩擦はあっても、むしろ経済の活性化や新しい文化の創造に寄与してきた。

 だが、トランプ大統領はバージニア州で起きた暴動に際して「双方に責任がある」と語り、白人至上主義の秘密組織クー・クラックス・クラン(KKK)の肩を持つかのような態度をとった。いかなる人種差別も許容されるべきではなく、米国の国内問題として看過するわけにはいかない。

 バノン氏はいなくなったが、トランプ氏本人が姿勢を改めたかどうかは判然としない。トカゲのしっぽ切りで終われば、政権への批判は収まるまい。

 トランプ政権は各界から人材を集め、大統領の政治経験のなさを補おうとした。だが、プリーバス首席補佐官を解任し、共和党主流派と溝が深まった。多くの経営者が背を向けたため、経済諮問機関は解散せざるを得なくなった。

 軍部の代表であるマクマスター国家安全保障担当補佐官との折り合いも悪いらしい。もはやトランプ氏が頼れるのは長女夫妻だけのようだ。これではまともな政権運営はできない。非常識な言動を改め、共和党主流派などと関係を修復すべきだ。

 いまのままでは議会で法案を通せず、看板政策に掲げてきた大規模なインフラ投資や大幅な法人減税は実現しない。トランプ氏も何もできないまま、残り任期を数える日々は耐え難いだろう。

 有名なスポーツ選手がホワイトハウス招待を拒否し、芸術家の表彰イベントは受賞者がボイコットをほのめかしたため、トランプ氏の方が出席辞退に追い込まれた。

 米大統領は行政の長であるだけでなく、国家元首でもある。全ての米国民の代表としての振る舞いを求めたい。

存在意義問われる民進代表選

 民進党の代表選が21日に告示され、前原誠司元外相と枝野幸男前幹事長が立候補した。民主党政権の失敗による下野からすでに4年8カ月。野党第1党として何を目指すのかすら示せない状況は今度こそ変わるのか。党の存在意義が問われる新代表選びとなる。

 新代表は国会議員と党員・サポーター、地方議員らの投票で9月1日に決まる。前原、枝野両候補は告示後に党本部で記者会見し、ともに党の現状への危機感と立て直しへの決意を口にした。

 代表選ではまず、なぜ党がここまで追い込まれたのかを議論すべきだ。安倍内閣は「1強体制」に伴う様々な問題が露呈し、長期政権の弊害への批判が増大している。それなのに民進党の支持率は1桁に低迷したままだ。自民党が惨敗した7月の東京都議選で躍進したのは旗揚げしたばかりの「都民ファーストの会」だった。

 旧民主党は2012年末に下野した後も政権時代の失敗の総括を後回しにし、組織内の結束や選挙での野党共闘を優先してきた。それでは党代表の顔を何度も替え、党名を変更しても、有権者は政権を再び委ねる気にはならない。

 安倍政権が進めるアベノミクスや安全保障政策、憲法論議の問題点をあぶり出すのは野党として確かに大切な仕事だ。しかし民進党が描く日本の将来像や成長戦略、社会保障などの基本政策はいまだにはっきりしない。

 両候補は21日の記者会見で、個人消費を増やすための景気対策や年金、介護、子育て支援策の充実に意欲を示した。一方で消費増税について前原氏が「恒久財源を持ちたい」と前向きだったのに対し、枝野氏は「現状で上げられる状況ではない」として国債発行に言及した。重点政策と財源をセットにした議論がもっと必要だ。

 現衆院議員の任期切れまであと1年4カ月。残された時間はそう長くない。今回の代表選も内向きの論争に終始するようなら、政権の受け皿の役割は他の勢力が担うしかない。

(社説)民進党代表選 崖っぷちだ、どうする

 この崖っぷちを乗り切れるかどうか。野党第1党としての存在意義が問われる民進党の代表選は、前原誠司氏と枝野幸男氏の一騎打ちになった。

 党代表は毎年のように交代している。約5年前の旧民主党政権の挫折後、代表選は早くも4度目。あきれる人も多かろう。

 本紙の8月の世論調査で民進党の支持率が6%に過ぎないことが、そんな実情を映す。

 民主主義が健全であるためには、頼れる野党が必要だ。政権交代に現実味がなければ、政権党は緊張感を失い、おごりや腐敗につながる。「安倍1強」のもとで噴き出した森友学園や加計学園の問題、陸上自衛隊の日報隠しはその典型だ。

 7月の東京都議選で民進党は大敗したが、直後の本紙の世論調査では、82%もの人が「自民党に対抗できる政党は必要だ」と答えた。有権者の大多数に、民進党は安倍政権に代わりうる受け皿とは見られていない現状を端的に物語る。

 事態は今回の代表選だけで打開できるほど甘くはない。せめて再生への手がかりをつかむためには、どうすべきか。

 民進党は何のために、何をする政党なのか。どんな社会の未来図を描くのか。愚直でも、徹底した論戦を通じて国民に示すことだ。

 きのうの記者会見で前原氏は「消費税を上げる代わりに教育・子育て・医療・年金・介護の恒久財源をしっかり担保していく」、枝野氏は「原発ゼロへのリアリティーある工程表をしっかりと示す」などと述べた。

 両氏はともに旧民主党政権の中枢を担った。その失敗の教訓や反省も踏まえ、原発エネルギー政策、人口減少社会での給付と負担のあり方など日本の喫緊の課題について、自民党と民進党はどう違うのか、具体的な青写真を示し合ってほしい。

 自民党と同じように、民進党が既得権益をもつ支持団体に縛られるようでは国民の選択肢にはなりえない。「安倍1強」が続いた自民党が失った党内議論の幅を国民に大いに見てもらう。そんな論戦を聞きたい。

 小池百合子・東京都知事を支持する議員らの新党結成が取りざたされるなか、民進党内には政界再編に期待する声もある。

 世論に耳を澄ますことは大切だが、風に頼るだけでは地に足のついた政治は望めない。新党ブームにあやかるのではなく、地方議員や党員らが参加する代表選を機に、「国民とともに進む」原点に立ち返ることだ。

 それができるかどうかに、この党の存亡がかかっている。

(社説)微小プラごみ 危機感持って抑制を

 海に流れ込んだ微細なプラスチックが生態系を脅かしている。危機感を持って対策を急ぐ必要がある。

 世界の海で、大きさ5ミリ以下のマイクロプラスチック(MP)の検出が相次いでいる。

 主な発生源は、陸域に捨てられたペットボトルやレジ袋といったプラスチック類だ。雨で流され、川を経て海へ出ると、波や紫外線の作用で細かく砕かれる。洗顔料や化粧品などに配合されている微粒子や、プラスチック素材の衣服から洗濯で流れ出る繊維も多いという。

 MPは、海底に堆積(たいせき)しているポリ塩化ビフェニール(PCB)のような有害物質を吸着しやすい。魚介類が誤って摂食することもわかっており、食物連鎖で人間や他の生物に悪影響が出る恐れが指摘されている。

 ダボス会議で知られる世界経済フォーラムは昨年、少なくとも年800万トンのプラスチックが海に流出しているとの推計を示し、2050年までに海中のプラスチック量が「世界中の魚の重量を超える」と警告した。

 今年6月にあった主要7カ国(G7)環境相会合は「地球規模の脅威だ」と訴えた。

 海中に漂うMPの回収は不可能に近い。プラスチックごみの流入を抑えることが急務だ。

 環境省の調査では、日本周辺海域で世界平均の27倍ものMPが検出されている。中国やインドネシア、フィリピンなどアジアのごみが海流の影響で集まっている可能性がある。一方、日本由来のごみも北米や太平洋の島々に多く漂着している。

 日本は近隣諸国との協力強化に動いているが、日本国内からのプラスチックごみを大幅に減らす取り組みも求められよう。

 海外では身の回りのプラスチックを減らそうとする動きが進む。欧州連合は14年、レジ袋の使用量を1人年40枚以下にする目標を打ち出し、フランスは昨年、配布を禁止した。米国では15年、微粒子を配合した商品の製造を禁じる法律が成立した。

 日本では年平均で1人300枚のレジ袋を使うとされるが、削減策は流通事業者と自治体任せだ。微粒子も、化粧品の業界団体が昨年3月、自主規制を呼びかけたにとどまる。

 MP問題に詳しい高田秀重・東京農工大教授は「消費者はもっと関心を」と訴える。買い物時はバッグを持参し、レジ袋は断る。微粒子入りの商品は避ける。消費者が意識を持って行動すれば、生産者や流通事業者、国も動かずにいられなくなる。

 一人ひとりの問題として、できることを考えたい。

民進代表選告示 瀬戸際脱する機会にできるか

 党勢低迷は深刻で、離党の動きも止まらない。安倍政権への対抗軸を示し、瀬戸際の党を再生する機会にできるのか。

 民進党代表選が告示され、前原誠司・元外相と枝野幸男・元官房長官が立候補した。9月1日の臨時党大会で、新たな代表を選出する。

 蓮舫代表が行き詰まった末の後継選びだ。最大の焦点は、党の基本路線を左右する、共産党との衆院選協力のあり方である。

 保守系の前原氏は共同記者会見で、「理念、政策が合わないところとの協力はおかしい」と強調し、連携の見直しに言及した。

 リベラル系が推す枝野氏は、共闘を継続する考えを示し、「我が党が主体性を持ちながら、できることを最大限やる」と述べた。

 政権を選択する衆院選で協力するなら、現実的な基本理念と政策の共有が前提だ。だが、共産党には「日米安全保障条約廃棄」など非現実的な主張が少なくない。

 民進党の政策を堅持しつつ、どう連携を進めるのか。両氏は、その道筋を明確にすべきだ。

 民進党は民主党時代以来、「寄り合い所帯」に甘んじてきた。共産党との共闘で、重要政策に関する意見集約は遠のいた。この歪ひずみをどう解消するかも問われる。

 憲法改正を巡り、前原氏は「安倍政権の下では反対、は国民の理解を得られない」と語り、論議に参加する意向を示した。自衛隊を明記する「加憲」が持論だ。

 枝野氏も、自衛隊根拠規定を加える私案を発表したことがある。だが、会見では、「変える必要があれば、議論を積極的に進めるが、今のところない」と述べた。

 国内外の情勢変化により、憲法は、現実との様々な乖離(かいり)が生じている。民進党内にも改正論は根強い。責任政党として、改正論議には積極的に臨む必要がある。

 前原、枝野両氏が安全保障関連法を違憲と断じたのは疑問だ。

 安保関連法は最高裁判決や政府見解との整合性を維持している。仮に廃止されれば、北朝鮮情勢が緊迫する中で、日米同盟の信頼性を揺るがすのは確実である。

 経済政策では、前原氏は「中福祉・中負担」を掲げ、消費税率10%への引き上げに肯定的な見解を示した。枝野氏は介護職員、保育士らの賃金増を訴え、消費増税でなく法人増税に意欲を見せた。

 両氏の主張は、アベノミクス批判が目立った従来の党執行部よりは、具体的と言えよう。さらに、成長戦略や財源を含め、論戦を深めることが求められる。

バルセロナテロ 観光名所を標的とした蛮行だ

 不特定多数が集まり、警備がしにくい「ソフトターゲット」がまたもや狙われた。決して許されない無差別テロだ。

 スペイン東部バルセロナの観光名所「ランブラス通り」でワゴン車が暴走し、通行人をはね飛ばした。死傷者が100人を超える惨事となった。

 近郊のカンブリスでは、別の乗用車が歩行者に突っ込んだ。警察官が運転手らを射殺した。

 計画には、少なくとも12人が関わったとされ、複数のモロッコ国籍者らが拘束された。警察当局は全容解明を急いでもらいたい。

 犯行グループは当初、爆発物も使用し、バルセロナの複数の場所を攻撃する計画を練っていたという。建築家ガウディの代表作で、世界遺産の「サグラダ・ファミリア大聖堂」の爆破も検討していたと報じられた。

 犯行前日に、アジトとしていた住宅で爆発事故を起こした。警察に察知されたため、車によるテロだけを実行したとみられる。

 欧州では、昨年7月に南仏ニースで大型トラックによるテロが発生した後、車を凶器として使う犯行が相次いでいる。

 今年6月に被害を受けた英国のロンドン橋では、歩道に柵が設置された。各国の警備当局は、こうした対策を練る必要がある。

 過激派組織「イスラム国」が、今回の事件で犯行声明を出した。直接の関与の有無は不明だが、イラクやシリアでの支配地域が縮小する中で、存在感をアピールする狙いがあるのだろう。

 犯行グループが、イスラム過激思想の影響を受けているのは間違いない。宗教指導者が実行犯を扇動したとの見方も強い。

 スペインは、若年層の失業率が40%台に高止まりしている。移民2世らが就職難で疎外感を抱き、過激思想に染まりやすい。教育の拡充や貧困対策などの長期的な取り組みも求められよう。

 スペインが今回、フランスなどの近隣国との国際的な捜査態勢をとったのは妥当だ。

 フィンランドでも、男が通行人をナイフで次々と刺す事件があり、イスラム過激主義との関連が疑われている。欧州各国の警察と情報機関は、テロ対策で連携を強化しなくてはならない。

 日本は7月に、テロ等準備罪の新設を柱とする改正組織犯罪処罰法の施行を受けて、国際組織犯罪防止条約を締結した。2020年東京五輪に向けて、テロ関連情報の交換などの国際協力を着実に進めることが大切である。

2017年8月21日月曜日

大学をどう変える(下) 強みを伸ばし自ら将来像描こう

 日本の大学は国際化やIT(情報技術)時代を担う人材の教育で後れを取り、世界をリードしてきた科学研究でも陰りが見え始めている。この状況を変えるには何が必要なのか。

 大学が自ら強みを見つけ、それを伸ばす将来像を描くことが欠かせない。国頼みの姿勢や横並び体質から脱する必要もある。特色ある戦略を打ち出すため、ガバナンス(統治)改革が第一歩になる。

横並びから脱する

 理工系大学では日本を代表する東京工業大。2012年に就任した三島良直学長が「第2の建学」とも呼べる改革を進めている。昨春には学部と大学院の区分けを廃し「学院」に一本化した。専攻を超えた研究チームもつくり、新分野に果敢に挑んでいる。

 成果も表れてきた。英科学誌が今春公表した日本の大学・研究機関ランキングでは、東工大は国内6位ながらも論文の増加率でトップクラスだった。大隅良典栄誉教授がノーベル賞を受賞し、入学志願者も増加。三島学長は「30年には世界の研究大学の10指に名を連ねる」と高い目標を掲げる。

 大阪大は医薬関連企業が多い地元の利を生かし、産学連携を強めている。免疫学の研究所では中外製薬から10年間で総額100億円の資金を受けて共同研究を始め、海外での知名度も増してきた。

 ただ、700校以上ある国公私立大のうち、改革に積極的に取り組んでいるのはまだ少数だ。

 有力教育誌や専門機関が発表する世界の大学ランキングによれば、日本から上位100校に入るのは東大、京大など数校だけ。中国やシンガポールの大学が急伸しているのに比べ、日本の大学は外国人教員や留学生が少ないなど国際化の遅れが目立つ。

 教育で進む技術革新にも乗り遅れている。米国の主要大は「ムーク」と呼ばれるオンライン講義を活用し、世界で3千万人以上に授業を配信している。だが日本で活用している大学はごく一部。将来の人工知能(AI)社会を担う人材の育成にも懸念が広がる。

 安倍政権は13年の成長戦略に「今後10年以内に世界の大学ランキング上位100校に日本から10校以上を入れる」と盛り、文部科学省は国際化の重点校を選んだ。だが官の支援頼みでは実効性に疑問が残る。大学が自ら将来像を描き実践していく必要がある。

 ここ数年、受験生や企業の評価が高いのが国際教養大(秋田県)や立命館アジア太平洋大(大分県)など、世界に通じる人材育成をめざす大学だ。授業を英語で行うなど、小規模大学の利点を生かして独自色を打ち出してきた。

 地方大でも地元の強みに注目する大学が出始めている。

 静岡大は2年前、アジアから毎年約80人の留学生を招く「アジアブリッジ計画」を始めた。地元にはスズキやヤマハなど海外展開する企業が多く、これらの企業が学生の研修などで協力する。

 今秋修了する大学院1期生のなかには、地元企業に就職が内定した留学生もいる。鈴木滋彦副学長は「日本で学びたい留学生と、現地法人の幹部候補生を育てたい企業の希望をともに満たし、大学にとっても活路となる」と話す。

教育と経営の分離を

 茨城大も今春、地域貢献をめざして人文社会科学部を新設した。学生に複数の専攻を持たせ、視野の広い人材を育てる。文科省は少子化に対応して人文系学部の縮小を求めているが、先手を打って大学自身が改革に乗り出した。

 これらの大学に共通するのは、学長や副学長が強いリーダーシップを発揮していることだ。

 日本の大学では教授会の権限が強く、学部間の利害調整や迅速な意思決定を阻んできた。この反省から2年前に学校教育法などが改正され、「教授会は意見を述べるが、最終決定は学長が下す」と統治の改革へ踏み出した。

 だが改革はまだ不十分だ。欧米では学長とは別に、戦略づくりや財務を専門に担当する副学長格のポストを設け、民間を含め学外から人材を招く大学が多い。経営と教育・研究とで、役割分担と責任を明確にするためだ。

 もう一段の統治改革に向け、制度を設計するのは文科省の役割だろう。ただし、個々の大学の戦略づくりに国が口をはさむのではなく、大学の自主性を最大限引き出せるような改革にすべきだ。

(社説)憲法70年 沖縄から地方自治を問う

 日本国憲法から最も遠い地。それは間違いなく沖縄だ。

 「憲法施行70年」の最初の25年間、沖縄はその憲法の効力が及ばない米軍統治下にあった。沖縄戦を生き抜き、6月に亡くなった元知事の大田昌秀氏は、戦後の苦難の日々、憲法の条文を書き写して希望をつないだ。

 それほどにあこがれた「平和憲法のある日本」。だが本土復帰から45年が経ったいま、沖縄と憲法との間の距離は、どこまで縮まっただろうか。

 ■重なりあう不条理

 米軍嘉手納基地で今年4月と5月に、パラシュート降下訓練が強行された。過去に住民を巻き込む死亡事故があり、訓練は別の基地に集約されたはずだった。米軍は嘉手納での訓練を例外だというが、何がどう例外なのか納得ゆく説明は一切ない。

 同じ4月、恩納村キャンプ・ハンセン内の洪水調整ダム建設現場で、民間業者の車に米軍の流れ弾が当たる事故が起きた。演習で木々は倒れ、山火事も頻発して森の保水力が低下。近くの集落でしばしば川が氾濫(はんらん)するため始まった工事だった。

 航空機の騒音、墜落の恐怖、米軍関係者による犯罪、不十分な処罰、環境破壊と、これほどの不条理にさらされているところは、沖縄の他にない。

 普天間飛行場の移設問題でも、本土ではおよそ考えられない事態が続く。一連の選挙で県民がくり返し「辺野古ノー」の意思を表明しても、政府は一向に立ち止まろうとしない。

 平和のうちに生存する権利、法の下の平等、地方自治――。憲法の理念はかき消され、代わりに背負いきれないほどの荷が、沖縄に重くのしかかる。

 ■制定時からかやの外

 敗戦直後の1945年12月の帝国議会で、当時の衆院議員選挙法が改正された。女性の参政権を認める一方で、沖縄県民の選挙権を剥奪(はくだつ)する内容だった。交通の途絶を理由に「勅令を以(もつ)て定める」まで選挙をしないとする政府に、沖縄選出の漢那憲和(かんなけんわ)議員は「沖縄県に対する主権の放棄だ」と激しく反発した。

 だが、連合国軍総司令部の同意が得られないとして、異議は通らなかった。翌年、沖縄選出の議員がいない国会で、憲法草案が審議され成立した。

 52年4月には、サンフランシスコ講和条約の発効により沖縄は本土から切り離される。「銃剣とブルドーザー」で強制接収した土地に、米軍は広大な基地を造った。日本国憲法下であれば許されない行為である。

 そして72年の復帰後も基地を存続できるよう、国は5年間の時限つきで「沖縄における公用地暫定使用法」を制定(その後5年延長)。続いて、本土では61年以降適用されず死文化していた駐留軍用地特別措置法を沖縄だけに発動し、さらに収用を強化する立法をくり返した。

 「特定の自治体のみに適用される特別法は、その自治体の住民投票で過半数の同意を得なければ、制定できない」

 憲法95条はそう定める。ある自治体を国が狙い撃ちし、不利益な扱いをしたり、自治権に介入したりするのを防ぐ規定だ。

 この条文に基づき、住民投票が行われてしかるべきだった。だが国は「ここでいう特別法にあたらない」「沖縄だけに適用されるものではない」として、民意を問うのを避け続けた。

 復帰後も沖縄は憲法の枠外なのか。そう言わざるを得ない、理不尽な行いだった。

 軍用地の使用が憲法に違反するかが争われた96年の代理署名訴訟で、最高裁が国側の主張をあっさり追認したのも、歴史に刻まれた汚点である。

 ■フロンティアに挑む

 それでも95条、そして「自治体の運営に関する事項は、地方自治の本旨に基づいて法律で定める」とする92条をてこに、沖縄が直面する課題に答えを見いだそうという提案がある。

 基地の存立は国政の重要事項であるとともに、住民の権利を脅かし、立地自治体の自治権を大幅に制限する。まさに「自治体の運営」に深くかかわるのだから、自治権を制限される範囲や代償措置を「法律で定める」必要がある。辺野古についても立法と住民投票の手続きを踏むべきだ――という議論だ。

 状況によっては、原発や放射性廃棄物処理施設などの立地に通じる可能性もある話で、国会でも質疑がかわされた。

 憲法の地方自治の規定に関しては、人権をめぐる条項などと違って、学説や裁判例の積みあげが十分とはいえない。見方を変えれば、70年の歩みを重ねた憲法の前に広がるフロンティア(未開拓地)ともいえる。

 憲法から長い間取り残されてきた沖縄が、いまこの国に突きつけている問題を正面から受けとめ、それを手がかりに、憲法の新たな可能性を探りたい。

 その営みは、沖縄にとどまらず、中央と地方の関係を憲法の視点からとらえ直し、あすの日本を切りひらく契機にもなるだろう。

防衛大綱見直し 南西方面の機動力を強化せよ

 北朝鮮の核とミサイルが「新段階の脅威」となり、中国の軍備増強や海洋進出も続く。日本の平和を守り抜くため、防衛体制を強化する必要性は一段と増している。

 安倍首相が、2013年に策定した防衛大綱の見直しを小野寺防衛相に指示した。来年末にも新たな大綱を決定する見通しだ。

 防衛力の整備は一朝一夕にはできない。新たな安全保障環境に対応できる自衛隊の装備や部隊編成のあるべき姿について、じっくりと議論を深めることが重要だ。

 新大綱の柱の一つはミサイル防衛だ。現行のイージス艦発射型と陸上発射型の迎撃ミサイルの能力向上に加え、新しい地上配備型イージスシステムの導入を急ぎ、多層的な迎撃体制を構築したい。

 ただ、多数のミサイルを同時発射し、防衛網を破る「飽和攻撃」などを想定すれば、迎撃だけの対応には限界がある。巡航ミサイルなど、敵のミサイル基地を攻撃する能力も必要ではないか。

 自民党が能力保有を提言し、首相も将来の検討に含みを残している。米軍との緊密な連携を前提に、検討を開始すべきだ。

 尖閣諸島などの離島を含む、南西方面の防衛体制の拡充も重要な論点となる。中国軍が東・南シナ海で独善的な行動を強めているのはアジア全体の不安定要因だ。

 中国の国防費は既に、日本の3倍以上で、今年も7%増やした。安倍政権は防衛費を増加に転じさせたが、伸び率は年0・8%程度にとどまる。中国との差が一段と拡大するのは確実である。

 現大綱は、護衛艦や戦闘機の数を増やしたが、さらに海上・航空の防衛力を高めねばならない。危機を早期に察知し、部隊を迅速に派遣する対処力を重視したい。

 サイバー・宇宙分野の能力向上も大切だ。現代戦では、敵を攻撃する際、同時並行でサイバー網や偵察・通信衛星を攻撃し、部隊の指揮通信系統を混乱させる作戦が想定される。中国は07年に衛星破壊実験を実施した。

 自衛隊は、サイバー防衛隊を創設し、宇宙監視体制の構築を目指している。反撃能力の養成を含め、具体策に知恵を絞るべきだ。

 一連の防衛力整備には、巨額の予算を要する。防衛費は増加させる必要があるが、厳しい国家財政の下、大幅増は難しい。

 防衛省は、戦車・火砲などを減らしてきた。他の優先度の低い装備の削減や予算の効率化にも取り組むべきだ。陸上自衛隊の部隊削減も避けてはなるまい。

医療被曝 必要以上の検査を減らしたい

 適正な放射線管理の下で、先端医療技術の恩恵を受けたい。

 日本学術会議が、病気の検査などに伴う医療被曝の低減を目指した提言をまとめた。政府による検査実態の把握や医師教育の充実など、4項目の取り組みを求めている。

 日本は医療被曝が突出して多い、と海外から指摘されている。年平均で1人当たり約3・9ミリ・シーベルトと推計され、世界平均の0・6ミリ・シーベルトを大きく上回るという。

 政府は、世界最高水準の医療の実現を目標に掲げる。病気の検査に欠かせない放射線を、賢く使う態勢作りを急ぐべきだ。

 提言が焦点を当てたのは、CT(コンピューター断層撮影)検査だ。体の周りからエックス線を連続して照射し、体内の詳細な断面を撮影する。内臓に形成された微細な癌がんでさえ検出可能だ。

 造影剤を用いれば、体の奥の細い血管まではっきり映し出すことができる。脳や心臓の血管の異常箇所を見ながら手術する例も増えている。医療を飛躍的に向上させてきたことは間違いない。

 1回の検査で浴びる放射線量は、10ミリ・シーベルトを超えるケースがある。1回だけなら問題はないが、概おおむね0・1ミリ・シーベルト以下にとどまる胸部のエックス線撮影に比べて、けた違いであることは事実だ。

 検査を繰り返せば、被曝量は軽視できなくなる。病気の種類や症状により、撮像の精度を抑えるなど、適切な利用が求められる。

 提言は、無用なCT検査が実施されている可能性を指摘する。

 国内に導入されているCT装置は、世界最多の1万台以上だ。人口当たりの設置数は、先進国平均の4倍以上に達している。

 これを反映して、検査数も多い。人間ドックでの利用を含めて、年間3000万件もの検査が実施されていると推定される。

 医師には、CT検査が真に必要な患者かどうかを見極める判断能力が求められる。検査を担当する診療放射線技師の経験や専門的知見を生かせるチーム医療を普及させて、被曝低減につなげたい。

 CT装置は検査時の放射線量を表示する機能を備えているが、多くの病院では記録を残していない。患者への説明も不十分だ。

 全病院の検査データを集積して分析し、適正な検査につなげる仕組みが必要ではないか。放射線医療の専門組織が提唱しているが、対応は遅れている。

 少ない放射線で検査できる新型CT装置の開発などに、官民を挙げて取り組むことも大切だ。

2017年8月20日日曜日

大学をどう変える(上)「公共財」としての価値を高めよ

 政府は高等教育の無償化の検討を始めた。だが、私立大学の約40%が定員割れし、大半の大学が学力による学生の選抜機能を失っている。現状のまま無償化で門戸を広げれば、大学の一層の質の低下は避けられない。

 必要なのは、量的拡大よりも国際競争力の強化だ。人材育成や研究の中核を担う「公共財」としての価値をいかに高めるのか。長期的な視野に立ち、抜本的な大学改革に乗り出す時だ。

規模適正化が課題に

 まず、検討すべきは大学の規模の適正化だ。

 バブル経済崩壊後の低成長、少子化時代に、大学はその数、入学定員を増やし続けた。その結果、志願者の90%超が進学する「全入」に近づいた。水ぶくれした大学が限られた予算を奪い合い、国全体としての教育・研究の投資効率を低下させてはいないか。

 18歳人口のピークは1992年度の205万人。直近は120万人で、2040年には88万人と予測される。現在の大学数は780。92年に比べ18歳人口は約40%減ったが、大学数は約50%、入学定員も約25%それぞれ増加した。

 今の大学進学率、入学定員が維持されると仮定すると、20年後には十数万人規模の供給過剰になる。入学定員1000人の大学が100校以上不要となる計算だ。

 1980年代に18歳人口が減少した米国では、大学が入学者数を抑制し、選抜機能を維持した。新入生の減少で大学は授業料を引き上げたが、連邦政府は貸与奨学金と寄付制度の拡充という支援策を講じた。少子化が進む韓国では現在、大学を5段階にランク分けし、評価下位大学に定員削減を求める荒療治を始めた。

 日本でもようやく規模適正化の議論が始まった。少子化による教員採用減が確実な国立大の教員養成大学・学部に対し、文部科学省の有識者会議は定員削減や他大学との機能集約・統合を求める報告書案を示した。妥当な判断だ。

 20年後には日本の労働人口の約49%が人工知能やロボットなどにより代替可能という民間調査がある。産業別就業者の推計なども参考に今後は、国公私立の設置形態の別を問わず、入学定員の総枠の削減を視野に、時代に適合した学部の重点化を図るべきだ。

 政府は東京23区内の私立大の定員増を今後認めない方針を決めた。若者の東京一極集中を是正する目的だが「木を見て森を見ず」の感が否めない。問題はむしろ学生の選抜機能を失い教育の質の低下が懸念される地方の小規模大学だ。大学間の単位互換や校地の共有化など、地域教育の中核となるような統合・再編が望まれる。

 大学の数や入学定員が急増したのは、「事前規制から事後チェックへ」という政府の規制緩和策が大学設置基準にも及び、一定の要件を満たせば新規開設が認められるようになったからだ。

 規制緩和の本質は、新規参入を促す一方、質の低いサービスは市場から淘汰される仕組みにある。しかし、大学の経営や教育水準をチェックするため2004年度に文科省が導入した「認証評価制度」がうまく機能していない。

評価に応じ傾斜配分を

 大学基準協会などの機関が評価結果を公表しているが、社会的にほとんど認知されていない。財務省の財政制度等審議会は、主に規模や定員の充足率に応じ交付する私立大の補助金を評価結果に連動させ傾斜配分すべきだと提言。学術論文の数や学生の就職実績なども勘案すべきだと指摘する。

 どんな評価指標が妥当かは議論の余地があるが、公費の使途や効果の「見える化」は国民的な要請だ。評価機能の拡充も課題だ。

 その点、気になる動きがある。評価機関によって経営や教育が「不適格」とされた地方の私立大が公立大に衣替えするなど、定員割れの私大を地方交付税で救済する事例が相次いでいる。納税者の観点からは、違和感がある。

 日本の大学の国際的評価が総じて低調なのは、密度の低い教育を量的に拡大してきたからだ。高等教育無償化の前提は、各大学が入学金や授業料が公費で充当されるにふさわしい公的価値を持つことを、社会に証明することにある。

 国はまず、定員を戦略的に削減し教育の質を高める大学を支援するなど規模適正化と、外部評価に応じた資金配分に着手すべきだ。

(社説)水俣条約発効 人と環境重視の社会へ

 国際的な水銀規制ルールを定めた「水俣条約」が発効した。

 熊本県水俣市の工場が水銀を含む廃液を海に流し、周辺住民に深刻な神経障害などを引き起こしたのが水俣病だ。

 条約は前文で「水俣病を教訓とし、同様の被害を繰り返さない」ことをうたう。そして、一定量以上の水銀を含む製品の製造や輸出入を原則2020年までにやめることや、水銀廃棄物の適正管理を求めている。

 国連機関によると、アフリカや東南アジアなどの約20カ国で、不適切な処理が現に確認されているという。

 条約名や前文に「水俣」を盛りこむことを提案した日本政府は、国内の水銀管理に万全を期すのはもちろん、途上国に資金やノウハウを提供して、水銀禍の防止に貢献すべきだ。

 公害の原点とも言われる水俣病。その最大の教訓は、企業や社会は人や環境への負荷を無視して、そろばんずくで動いてはいけないということだ。

 水銀が健康に及ぼす害は、昔からある程度知られてはいた。だがそれ以上に、便利さが重宝がられ、損得が優先された。

 空に、川や海に、森や土に。無軌道な排出・投棄は、環境をそこない、食物や生物の汚染を招いた。健康被害は金銭であがなえないし、汚れた環境を元に戻すことは不可能に近い。

 近年、環境汚染にのぞむ姿勢は、被害を確認して補償などをする「後追い」から、早期発見と事前のリスク管理を柱とする「予防」へと変わってきた。

 また経済のグローバル化に伴い、規制は一国だけでは効果がなく、国境を越えたものにしなければならないという認識も定着してきた。先進国が規制を厳しくしても途上国が緩くては、途上国に公害を「輸出」することになりかねないからだ。

 こうした知見の積み重ねの上に、環境規制のためのさまざまな国際条約が結ばれ、地球規模の「環境倫理」が規範化されてきたことは評価したい。

 考えるべきは、その源となった水俣病が、まだ「終わっていない」ことである。

 いわゆる公式確認から60年を経てなお、患者の認定や損害賠償を求める動きが続く。司法が救済の不備を指摘しても、行政の対応は鈍く、たれ流された水銀を含んだ汚泥は、回収されないまま埋め立て地に眠る。

 条約の発効は、ひとつの区切りでしかない。

 水俣の教えを忘れてはいないか。人と環境を大切にする社会に向かっているか。真の、そして不断の点検が求められる。

(社説)自動車の未来 試される変革への対応

 自動車が「100年に一度」とも言われる大変革の時代を迎えようとしている。

 ガソリンなどを燃料とし、20世紀に入って普及したエンジン車への規制を強める動きが世界で広がり、電気自動車(EV)が次世代エコカーの本命候補になりつつある。自動運転の技術も急速に進化し、遠くない将来、操作がほとんどいらないクルマが登場するかもしれない。

 自動車は暮らしを支え、その産業は日本経済の屋台骨だけに、社会に大きな変化が生じそうだ。企業など民間が競争を通じて創意工夫を重ね、行政はインフラやルールの整備で後押しするという基本を忘れずに、向き合っていきたい。

 世界的な「EVシフト」の背景にあるのは、地球温暖化対策への意識の高まりだ。米国の一部の州や中国がEVなどのエコカーを普及させる政策を進めていたが、英仏が新たに2040年までにエンジン車の販売を禁止する方針を打ち出した。

 電池の性能向上やコスト低下といった技術革新が後押しする。EVではベンチャー企業の米テスラが台頭し、世界の主要メーカーも本格投入を急ぐ構えで、エンジンからモーターへの移行が加速しようとしている。

 一方、自動運転では業種を超えた開発競争が激しい。カギを握る人工知能(AI)や情報通信の技術を武器に、米国のグーグルやアップルなどが参入し、自動車産業に挑む構図だ。

 二つの波は、とりわけ日本の自動車業界に強く自己改革を迫っている。燃費の良さや価格の手ごろさ、総合的な技術力で国際競争を生き抜いてきたが、今後はこうした強みを発揮しにくくなるからだ。

 EV分野などでマツダと提携したトヨタ自動車の豊田章男社長は「海図のない、前例のない戦いが始まっている」と語った。国内AIベンチャーへの多額の出資も発表し、自前主義へのこだわりを捨てて異業種との連携を急ぐ。ホンダがグーグル系企業と完全自動運転の共同研究で合意するなど、国境をまたぐ動きも広がる。

 一方、個別企業では対応しきれない課題もある。EVや充電設備の普及は当面、補助金など政策支援がカギになる。完全自動運転の実用化には安全に関するルールづくりが不可欠だ。自動車をめぐる環境規制の見直しもいずれ課題になるだろう。

 どんな製品が主流になるかを最後に決めるのは消費者だ。その利益を守りつつ、社会が望ましい方向に向かうよう環境を整えることが行政の役割である。

文氏「徴用工」 変節で日韓関係を壊すのか

 日韓国交正常化の基盤である重要な合意を蔑ろにするつもりなのか。

 韓国の文在寅大統領が就任100日の記者会見で、植民地時代に朝鮮半島から動員された元徴用工について、日本企業に対する個人請求権は有効だとの考えを表明した。

 歴代韓国政権が維持してきた見解を一方的に覆すもので、容認できない。大統領自らが歴史問題を煽あおり立てる姿勢は、日韓の溝を深めよう。日本政府が「未来志向の関係構築に水を差す発言だ」と抗議したのは当然である。

 1965年の国交正常化に合わせて締結された日韓請求権・経済協力協定は、元徴用工を含めた請求権問題について「完全かつ最終的に解決された」と定めた。

 盧武鉉政権は2005年に、協定の適用対象を整理する中で、元徴用工に対しては協定が適用され、その補償や救済は韓国政府が行うとの結論を出している。

 しかし、文氏は、韓国最高裁が2012年に元徴用工の個人請求権は消滅していないとの判断を示したことに安易に依拠し、「日本企業に対する民事的な権利は残っている」と主張した。

 問題なのは、最高裁の判断が、法理よりも、反日ナショナリズムに基づいていたことだ。

 日本では、時効などを理由に、韓国人元徴用工の賠償請求を退ける判決が確定している。韓国最高裁は「植民地支配は違法だった」という見解から、日本の判例に沿った下級審判決を差し戻した。

 徴用についても、「植民地支配と直結した不法行為」として、請求権協定の対象外と判断した。

 元徴用工が日本企業を相手取った訴訟は14件以上で、うち3件が最高裁で係争中だ。司法の最終判断を先取りするような今回の文氏の発言を受け、賠償を命じる最高裁判決が出る可能性がある。

 韓国政府が黙認すれば、賠償命令によって、日本企業が資産を差し押さえられるなど、韓国でのビジネスに影響が出かねない。深刻な事態だ。日本政府は、日本側に支払い義務はないとの立場を堅持し、対策を練る必要があろう。

 文氏は15日の演説で、元徴用工問題を巡り、日本側に「勇気ある態度」を求めただけでなく、北朝鮮と共同で被害実態調査を行う方針も打ち出している。

 北朝鮮の核・ミサイル問題が緊迫度を高め、日米韓が連携を強めるべき時に、歴史問題で北朝鮮と「共闘」する姿勢は理解し難い。日韓の離間が進めば、北朝鮮を利するだけではないか。

漁業資源保全 襟を正して国際協調を目指せ

 日常の食卓に魚は欠かせない。水産資源の利用と保護の両立に向けて、水産大国・日本は、国際協調を主導すべきだ。

 水産資源の国際的な争奪戦が激化している。中国など新興国の経済成長に伴い、世界の魚介類消費量が過去10年で3割も増えたことが背景にある。

 日本に近い公海では、中国、台湾などの漁船の操業が増えている。その影響で、日本の漁獲量はピーク時の3分の1に減少した。カタクチイワシやサケ、スルメイカはここ10年で6割も減った。供給減で価格は上昇傾向にある。

 公海での水産資源の管理は、海域ごとに関係国が「地域漁業管理機関」を設置し、漁獲枠などを規定するのが一般的だ。

 日本は、漁獲実績や資源量の科学的なデータを基にしたルール作りを関係国に働きかけるが、合意形成は簡単ではない。

 乱獲で激減した太平洋クロマグロの漁獲規制に関する国際会議が28日から韓国で開かれる。10か国・地域が参加する。日本は、将来、クロマグロが想定以上に増えた場合は現行の規制を緩和する仕組みを提案する方針だ。

 だが、この提案がすんなり受け入れられる情勢ではない。日本が昨年1月~今年6月のクロマグロの漁獲枠を1割近く超過し、各国から批判を浴びているためだ。

 自ら資源保護のルールを順守しなければ、国際協調を呼びかけても説得力を持たない。

 日本の漁獲枠を守るには、政府と自治体、漁協の連携が重要だ。自治体、漁協ごとに漁獲量の上限を割り当てたうえ、適宜、漁業者に注意喚起するなど、実効性のある取り組みが求められる。

 北太平洋でのサンマ漁を巡って7月に札幌市で開かれた国際会議では、日本が国・地域別の漁獲枠の新設を提案した。

 過去5~10年間の漁獲実績に基づいて上限を定めるもので、日本に有利な内容だった。だが、中国や韓国などの反対で合意できず、継続協議となった。

 国際的なルール作りは、各国の利害が衝突するため、一筋縄ではいかない。限られた水産資源を各国が分け合い、共存共栄を図る大局的観点から、粘り強く合意を模索することが欠かせない。

 最近、日本周辺で中国船によるサンマなどの大量漁獲が目立つ。陸から遠い海域での漁には大型船が必要だが、日本は零細の漁業者が大半だ。企業参入を含め、漁業者の経営規模拡大を促進する環境を整備することも大切である。

2017年8月19日土曜日

日米同盟のさらなる肉付けが必要だ

 日米の外務・防衛担当閣僚協議(2プラス2)が開かれ、北朝鮮への圧力を一段と強めることで一致した。核・ミサイル開発に固執する北朝鮮を封じ込めるには、日米の隙のない連携を印象付ける必要がある。米国が日本防衛に関与し続ける姿勢を明確にしたことを評価したい。

 ただ、日米が結束をうたった文書を発表すればそれで危機が去るほど、朝鮮半島情勢は甘くない。合意を踏まえ、同盟をさらに肉付けすることが重要だ。

 日本が表明した自国防衛における役割の拡大をどう進めるのか。国民に分かりやすく説明し、秋から本格化する防衛大綱の改定作業につなげてもらいたい。

 今回の2プラス2は、防衛協力の指針(ガイドライン)の改定を決めた2年前の前回と異なり、どうしても開かなくてはならないわけではなかった。安倍政権が強く望み、米側が応じた。

 背景にあるのは、米トランプ政権への懸念だ。2月の日米首脳会談でトランプ大統領は日米同盟の重要性に言及したが、大統領選の期間中に繰り返した孤立主義的な発言はなお記憶にある。

 北朝鮮や中国に「米国は日本や韓国を守らない」と誤解させないためにも、日米同盟を見せつける場を求めた。

 そうした事情を考えれば日本自らが防衛力の強化に動くのは当然だ。小野寺五典防衛相が表明した地上配備型のミサイル防衛システム「イージス・アショア」の導入はその一歩である。いずれは日米のミサイル防衛システムの一体運用へと踏み込む。それこそが日米同盟の効力をより高める道だ。

 究極のミサイル防衛ともいえる敵基地攻撃についても検討を始めておくべきだ。

 オーストラリアのターンブル首相は「北朝鮮が米国を攻撃した場合、米国の支援に向かう」と明言した。同首相はトランプ氏との不仲が指摘されているが、国同士の同盟とはそんな事情に左右されるものではないことを示した。

 相互防衛が条約で義務化されている米豪と、日本が米国を守る義務を負わない日米安保体制を同一に論じるのは適当ではない。とはいえ、北朝鮮問題は日本にとって死活的な意味を持つ。

 米国の視線をアジアに引きつけ続けるには、日米一体でアジアの安定に取り組む姿勢をみせなくてならない。

韓国は徴用工問題蒸し返すな

 日韓の歴史問題をめぐる文在寅(ムン・ジェイン)大統領の対応には大きな疑念を抱かざるを得ない。慰安婦問題に続き、こんどは日本の植民地統治下で労働に従事した韓国人の徴用工問題を蒸し返し、個人の請求権はなお消滅していないとの立場を示した。

 文大統領は就任100日の記者会見で徴用工問題に触れ、「両国間の合意は個人の権利を侵害できない」と表明した。韓国では最高裁(大法院)が2012年、徴用工の請求権は今も効力があると判断しており、これを「政府の立場」として追認するという。

 そもそも日韓両国が1965年の国交正常化の際に結んだ請求権協定は、請求権問題は「完全かつ最終的に解決された」と明記している。このため両政府ともこれまで、徴用工問題は解決済みとの認識を原則として共有していた。

 韓国は盧武鉉(ノ・ムヒョン)政権下の2005年、日韓の請求権協定には徴用工問題も含まれ、賠償を含めた責任は韓国政府が持つべきだとの政府見解もまとめている。当時、大統領首席秘書官だった文氏もこれにかかわった。

 にもかかわらず、従来の政府の立場を覆し、国家間で締結した条約や協定を軽視するような今回の発言は決して看過できない。

 大統領が追認するとした韓国最高裁の判断にはかねて、内外から疑問の声が多い。世論の圧力が強い韓国では、司法判断も民意に左右されやすいとの指摘もある。

 最高裁の判断を受け、韓国の地裁や高裁ではすでに、元徴用工が新日鉄住金、三菱重工業などを相手に賠償などを求めた訴訟で日本企業が敗訴するケースが相次いでいる。文氏発言が、保守政権下で見送られた最高裁の判決の時期や内容に影響する恐れもある。

 仮に最高裁で日本企業への賠償命令が確定するようなら、在韓資産の差し押さえなどに発展しかねない。経済のみならず日韓の協力関係に深刻な打撃を与えるのは必至だ。文大統領にはもっと慎重な外交のかじ取りを願いたい。

(社説)日米2+2 外交の姿が見えない

 軍事の言葉が躍るばかりで、外交の姿が見えない。

 北朝鮮情勢が緊迫するなか、日米の外務・防衛担当閣僚会合(2プラス2)が開かれた。

 弾道ミサイル発射を繰り返す北朝鮮に対し、日米の結束を示すことが抑止効果を持ちうることは理解できる。

 懸念されるのは、発信されたメッセージの力点が軍事、とりわけ自衛隊の役割拡大に傾斜していたことだ。

 日本側は米側に次々と手形を切った。防衛大綱を改定する。米国製の陸上配備型迎撃ミサイルシステム「イージス・アショア」を導入する。安全保障関連法のもとで「さらなる協力の形態を追求する」ことや、情報収集、偵察、訓練などの新たな行動を探求することもうたった。

 代わりに日本側が得たものは「米国の核の傘」であり、「日米安保条約5条の尖閣諸島への適用」の再確認である。

 日本側の約束はいずれも自衛隊の能力強化と防衛費の拡大につながる動きだ。米国製の高額兵器の購入は、トランプ政権の求めに沿うものだろう。

 だが5兆円を超す防衛費のさらなる増額をどう考えるのか。ミサイル防衛の費用対効果は。国会での議論もないままに、対米公約だからと既成事実化を図っていい問題ではない。

 会合前にも、安倍政権の軍事傾斜の姿勢を印象づける小野寺防衛相の発言があった。

 10日の閉会中審査で、グアムが北朝鮮のミサイル攻撃を受けた場合、集団的自衛権を行使できる「存立危機事態」にあたりうるとの考えを示したのだ。

 念頭にあるのはミサイル迎撃だ。小野寺氏は「米側の打撃力の欠如」が集団的自衛権発動の要件を満たしうるとしたが、安保法の制定過程ではこうした想定は議論されていない。

 政府による安保法の恣意(しい)的な拡大解釈の可能性を改めて示したと言える。このケースの迎撃は能力的にも困難で、実態とかけ離れた議論でもある。

 マティス米国防長官は今月、「戦争の悲劇は破滅的になる」と述べ、北朝鮮との軍事衝突が招く危険性を指摘した。

 その悲劇が起きるのは韓国であり、日本である。最終的には平和的解決をめざす以外の選択肢はない。

 いま日本が注力すべきは、日米、日米韓で連携し、中国やロシアを巻き込む外交だ。エスカレートする米朝間の緊張をやわらげ、北朝鮮の核実験とミサイル発射の「凍結」に向けて対話局面への転換をはかる努力が求められている。

(社説)国際化と司法 権力抑止は置き去りか

 国連の国際組織犯罪防止条約への加盟手続きが終了し、今月10日に効力が発生した。

 政府が条約を結ぶために必要だと唱え、その主張の当否も含め、各方面から寄せられた数々の疑問を封じて成立させたのが「共謀罪」法である。

 実際に行われた犯罪に対し罰を科すのが、日本の刑事法の原則だ。だがこの法律は、はるか手前の計画の段階から幅広く処罰の網をかける。薬物・銃器取引やテロなどの組織犯罪を防ぐには、摘発の時期を前倒ししなければならず、国際社会もそれを求めているというのが、この間の政府の説明だった。

 他国との協調が大切であることに異論はない。伝統的な刑事司法の世界を墨守していては、時代の変化に対応できないという指摘には一理ある。

 では政府は、国際社会の要請や潮流を常に真摯(しんし)に受けとめ、対応しているか。都合のいい点だけを拾い出し、つまみ食いしているのが実態ではないか。

 たとえば今回、条約に加わる利点として、逃亡犯罪人の引き渡しが円滑になる可能性があると説明された。しかし引き渡しを阻む大きな理由としてかねて言われているのは、日本が死刑制度を維持していることだ。

 91年に国連で死刑廃止条約が結ばれ、取りやめた国は140を超す。欧州などでは「死刑を続ける日本には犯罪人を引き渡せない」との声が広がる。ところが政府は、こうした世界の声には耳を傾けようとしない。

 公務員による虐待や差別を防ぐために、政府から独立した救済機関をもうけるべきだという指摘に対しても、馬耳東風を決めこむ。国際規約にもとづき、人権を侵害された人が国連機関などに助けを直接求める「個人通報制度」についても、導入に動く気配はない。

 権力のゆきすぎにブレーキをかける方策には手をつけず、犯罪摘発のアクセルだけ踏みこむ。そんなご都合主義が国内外の不信を招いている。

 何を罪とし、どんな手続きを経て、どの程度の罰を科すか。それは、その国の歴史や文化にかかわり、国際的な統一にはなじまないとされてきた。

 だが協調の流れは、より太く確かなものになっている。その認識に立ち、犯罪の摘発と人権擁護の間で、公正で均衡のとれたシステムを築く必要がある。

 作業にあたっては、国民への丁寧な説明と十分な議論が不可欠だ。その営み抜きに、政権が強権で押し通した共謀罪法は、内容、手順とも、改めて厳しく批判されなければならない。

日米2プラス2 強固な同盟で「北」を抑止せよ

 増大する北朝鮮の脅威に対し、日米同盟が結束して対処する強い意志を示した意義は大きい。

 日米両政府がワシントンで外務・防衛担当閣僚による日米安全保障協議委員会(2プラス2)を開いた。北朝鮮の核・ミサイル開発を強く非難し、同盟強化によって抑止するとの共同文書を発表した。

 北朝鮮は、日本上空を通過して米領グアム周辺に至る弾道ミサイル4発の発射を予告している。

 マティス米国防長官は記者会見で、「日本、グアムなどにミサイルが発射されれば、すぐに撃ち落とす」と明言した。共同文書は、「核の傘」提供を含む、日本の安全に対する米国の関与も再確認した。北朝鮮への牽制となろう。

 北朝鮮は「米国の行動をもう少し見守る」としており、発射を見送るとの見方もある。だが、日米両国は、不測の事態に備えて、対応に万全を期さねばならない。

 当面、重要なのは、石炭の全面禁輸など、国連安全保障理事会の北朝鮮制裁決議の完全履行だ。中国に対し、「北朝鮮に行動を改めさせる断固とした措置」を取るよう促したのは当然である。

 共同文書は、自衛隊と米軍の役割分担の見直しも打ち出した。自衛隊がより大きな役割を担うことが、日米同盟の実効性を高め、アジアの安定にも寄与する。前向きに取り組むことが大切だ。

 自衛隊の哨戒機や潜水艦の能力は世界有数とされる。東シナ海を中心に、米軍との共同の警戒監視活動に力を入れたい。

 安全保障関連法に基づく「さらなる協力」を目指すことでも一致した。自衛隊の艦船が米艦防護などを積極的に進め、米軍との協力関係を拡大することが、日本防衛の強化にもつながろう。

 小野寺防衛相は、イージス艦と同レベルのミサイル迎撃能力を有する地上配備型イージスシステムの導入方針を米側に伝えた。

 導入すれば、現在、日本海で24時間態勢でミサイルを警戒中のイージス艦を弾力的に運用し、有効活用することが可能になる。着実に進めねばならない。

 共同文書は、中国の強引な海洋進出を踏まえ、尖閣諸島が日米安保条約5条の適用範囲であることを改めて明確にした。

 河野外相は、南シナ海での中国の威圧的な活動を念頭に、東南アジア各国の海上保安機関などの能力構築支援として5億ドルの拠出を表明した。こうした地道な援助を通じて各国と連携し、国際法に基づく海洋秩序を追求したい。

カワウソ発見 野生生物との共生を進めたい

 水辺の環境保全を考える契機としたい。

 野生のカワウソが、国内では38年ぶりに長崎県の対馬で確認された。琉球大のチームが設置したカメラに約5秒間映っていた。

 イタチ科のカワウソは、国の特別天然記念物に指定されている。成獣の体長は、尻尾も含めて1メートルほどだ。河川域に生息し、魚やカニなどを食べる。

 大陸には、ユーラシアカワウソが広く分布する。その亜種とされるのがニホンカワウソだ。かつては全国で見られたが、明治以降、乱獲などで激減した。良質の毛皮は軍服などに多用された。

 高知県で1979年に撮影されたのを最後に、姿は確認されていない。90年代までに絶滅したと考えられている。環境省は2012年、ニホンカワウソを「絶滅危惧」から「絶滅」に再分類した。

 20世紀初頭に絶滅したとされるニホンオオカミと並び、日本の絶滅種の象徴的存在である。

 環境省は今回、糞のDNAを分析した。少なくとも2匹がいるとみられるが、ニホンカワウソの生き残りかどうかは特定できていない。約50キロ・メートル離れた韓国から海を渡ってきた可能性もある。

 ニホンカワウソであれば、大発見であることは言うまでもない。他の種類であっても、対馬に生息している意義は大きい。カワウソが生息できる豊かな自然環境を今後も守っていきたい。

 写真撮影などのために、生息していそうなエリアに立ち入ったり、おびき出そうと餌をまいたりする行為は慎まねばならない。

 環境省は、範囲を拡大して、糞などの調査を継続する。種類を特定するためには、カワウソの絶滅防止の保全活動を進める韓国側との情報交換は欠かせない。

 野生生物が絶滅の危機に瀕すると、回復させることは極めて難しい。その典型例が、03年に日本産の最後の一羽が死んだトキだ。

 環境省は1999年以降、中国から提供を受けて、繁殖と放鳥を続ける。自治体や地元住民も交えた長年の努力の結果、新潟県佐渡島で、ようやく200羽以上に増えた。毎年、約1億5000万円の国費が投入されている。

 国連の生物多様性条約に基づき、2020年までの世界の環境保全策を定めた「愛知目標」は、絶滅危惧種の絶滅防止や種の効果的な保全を掲げる。

 14年に公表された目標の中間評価では、改善はみられない。野生生物との共生に向けた取り組みの強化が求められる。

2017年8月18日金曜日

一方的な措置では公正な貿易実現できず

 トランプ米大統領は、中国の不当な政策によって米企業の知的財産権が侵されていないかどうかを調査するよう米通商代表部(USTR)に指示した。米通商法301条に基づく一方的な制裁実施を視野に入れた決定だ。

 日米欧企業の間では、技術移転の要求を含め、中国での知的財産権侵害に対する不満が強まっている。米国がこれに強い態度で臨むこと自体は間違っていない。

 問題は、高関税などの制裁を脅しに使って中国に対応を迫っても効果が期待できないことだ。実際に一方的な制裁に踏み切れば、世界貿易機関(WTO)のルールに抵触するのは明白で、中国はWTO提訴や報復で応じるだろう。

 それよりも、日欧など同じ問題を抱える国や企業と協調して中国に圧力をかけるほうが効果的だ。中国は先進国企業からの投資をなお必要としている。各国が一体になって知的財産権の侵害防止を求めれば無視するのは難しい。

 これは米国が検討中の安全保障を理由にした鉄鋼の輸入制限についてもいえる。鉄鋼問題の核心は中国の過剰設備だ。国際的な枠組みの下で、中国に設備削減を迫るのが得策だ。一方的な輸入制限は自由な貿易秩序を傷めるだけだ。

 当面の問題解決には直結しないが、環太平洋経済連携協定(TPP)の戦略的な意義を見つめ直すことも重要だ。TPPには中国の不公正な貿易・取引慣行の変革を促す役割も期待されるからだ。

 TPPは国有企業への不当な補助禁止や知的財産権保護、質の高い投資ルールを盛り込んでいる。これを世界標準にすることで、中国が異質な経済の仕組みを見直さざるを得なくなることを狙っていた。トランプ政権は就任早々、TPP不参加を表明したが、それによって中国への対抗策を自ら封じ込めていることに気づくべきだ。

 TPP不参加の愚かさは16日に始まった北米自由貿易協定(NAFTA)の再交渉にも表れている。米国が求める環境・労働基準の強化や電子商取引に関する規定は再交渉の相手国であるカナダ、メキシコも参加するTPPにすでに含まれているからだ。

 ただ、米国がNAFTAの新協定に貿易不均衡是正や為替操作の防止も盛り込もうとしているのは要警戒だ。これが実現し、今後米国が進める貿易協定のひな型になるようなら、日本にも悪影響が及ぶ可能性がある。

郵貯の限度額上げの拙速慎め

 日本郵政傘下のゆうちょ銀行の預入限度額を再び引き上げるべきだという議論が浮上してきた。野田聖子総務相が記者会見などで、再引き上げを容認する考えを示唆したのがきっかけだ。

 政府はゆうちょ銀行の預入限度額を2016年4月に、それまでの1000万円から1300万円に引き上げたばかりだ。今の段階で1300万円からさらに限度額を上げるなら拙速だ。政府は厳に慎んでもらいたい。

 16年4月に限度額が引き上げられ、ゆうちょ銀は17年3月までの1年間で個人貯金を1.7兆円増やした。

 この点を総務相は「どのくらいの悪影響を同業他社が被ったのか、データで出す」と述べた。どれだけ民間金融機関からの預金がゆうちょ銀に流入したかの実態を把握しようという姿勢のようだ。

 議論の大前提として、ゆうちょ銀は完全民営化したわけではない点を忘れてはならない。日本郵政とゆうちょ銀、かんぽ生命保険の3社は株式を上場したが、政府はまだ日本郵政株の約8割を持つ。

 ゆうちょ銀株の7割超は日本郵政が保有しているため、政府の関与は強く残っているといえる。それなのに郵貯の限度額を上げ続けるならば、政府による民業圧迫との批判は免れない。

 日銀によるマイナス金利政策や低金利を背景に、ゆうちょ銀は資産運用に苦しんでいる。貯金が増えていたずらに運用資産が増えれば、リスク管理が難しくなる点も政府は留意すべきだ。

 地域金融機関の店舗が減り、過疎地に配慮して郵便局の利便性を高めるべきだとの議論はある。ただ、ゆうちょ銀の限度額を上げなくても、民間金融機関との連携でサービスを補完するやり方はあるはずだ。限度額上げありきの姿勢ならおかしい。

 政府の郵政民営化委員会は6月、ゆうちょ銀による新規業務として、口座保有者向けの無担保融資を認めた。なし崩しで郵貯の肥大化を認めてはいけない。

(社説)徴用工問題 歴史再燃防ぐ努力こそ

 未来志向的な日本との関係を真剣にめざすなら、もっと思慮深い言動に徹するべきだ。

 韓国の文在寅(ムンジェイン)大統領が就任100日を迎えて開かれた、きのうの記者会見である。

 植民地時代の元徴用工らへの補償問題について、これまでの韓国政府の見解から逸脱するかのような認識を示した。

 個人の賠償請求権を認めた韓国の裁判所の判断に触れ、「政府はその立場から歴史認識問題に臨んでいる」と語った。

 文氏は、その2日前の植民地解放の式典でも、慰安婦問題と徴用工問題を並べて取りあげ、「日本指導者の勇気ある姿勢が必要」だと訴えている。

 その真意には不明な点もあるが、歴史問題はとくに慎重な扱いを要する政治テーマである。文氏の言動には、あやうさを感じざるをえない。

 文氏は徴用工問題の流れをどう整理して発言しているのだろうか。慰安婦問題とはひとくくりにできない経緯がある。

 日本政府は1965年の請求権協定で、すべての問題が解決済みとしてきた。それに対し韓国の盧武鉉(ノムヒョン)政権は05年、慰安婦問題などの課題はなお残るとしつつ、徴用工については問題視しない見解をまとめた。

 当時、盧政権の大統領府幹部だった文氏自身が、この作業にかかわった。徴用工問題については韓国政府が救済を怠っていたと認め、慰労金の支給など独自の支援措置をとってきた。

 だが、5年前に大法院(最高裁)が個人の請求権を認める見解をだした。それを受けて「日本企業に賠償請求は可能」との司法判断が急速に広がった。

 日本が植民地支配により、多くの人々に多大な損害と苦痛を与えたのは事実である。

 日本側は法的な問題に閉じこもらず、被害者たちの声に真摯(しんし)に向きあい、わだかまりをほぐすための方策を探り続けるのは当然の責務だ。

 ただ、歴史問題は一方の当事者だけで解決できるものではない。今を生きる両国民の距離を縮めていくには、双方の政治指導者の深慮と行動を要する。

 韓国ではこの夏、徴用工らを題材にした映画が人気だ。ソウルなどでは徴用工の像が建てられ、いわゆる少女像のレプリカを乗せた路線バスも走る。

 そんな世論が文氏に響いているのかもしれない。しかし政治指導者は、風向きを読むだけでなく、世論を未来に導く説得の時にこそ真価を問われる。

 歴代政権が積み上げた歩みをまず尊重する。それが歴史問題の再燃を防ぐ出発点である。

(社説)建設現場 新法てこに処遇改善を

 大手建設会社でつくる日本建設業連合会は、9月にも残業時間に上限規制を設ける。

 建設業界は、政府が3月にまとめた「働き方改革実行計画」に伴う残業時間の上限導入を、東京五輪向けの工事などを理由に5年間、猶予された。

 しかし、新国立競技場の工事に従事した建設会社員が今春に自殺し、両親が違法な長時間労働だったとして労災申請したのを受け、自主規制に乗り出す。

 大手が一歩を踏み出す格好だが、中小を含む建設業界を見渡せば、解決すべき課題が山積みになっている。

 まず、低賃金と長時間労働の常態化だ。公共工事の人件費の基準額を引き上げて賃金の底上げを図っているが、まだ製造業の工場労働者に及ばない。週休2日の確保も不十分だ。

 社会保険の加入率も低い。国交省が2014年に民間工事を調べたところ、2次、3次下請けの作業員の厚生年金保険加入率は5割前後だった。

 一方で、建設現場では事故死が多く、年間約400人が亡くなっている。業界団体によれば、建設労働者10万人あたりの死亡率は英国の5倍、ドイツの3倍というデータもある。

 こうした現状の改善をめざす法律が今春、施行された。

 通称「建設職人基本法」で、全会一致による議員立法だ。この新法には二つの特徴がある。

 一つは、安全と健康の確保を民間工事にも厳しく求めた点だ。請負契約の中で災害補償の保険料を含む経費を明示することや、適切な工期を確保することなどを促している。

 対応を迫られる元請け企業は、経費の上積みが必要になりそうだ。それが元請けの責任だと自覚すべきだろう。

 二つめは、これまでの労働法制では保護されなかった「一人親方」も対象にしたことだ。

 大工や左官などで、全国に約50万人いるといわれる。「けがと弁当は自分持ち」という気風が残るうえ、下請けの末端で働く人が多く、待遇改善を求めにくい実情がある。新法を機に、保険加入率の向上や安全教育の徹底が期待されている。

 ただ、法律には罰則規定がない。政府は法に基づく基本計画を6月に閣議決定し、請負代金や工期を適正に設定することを掲げたが、業者にどこまで徹底できるかは未知数だ。

 計画の実現を図るには、工事現場により近い自治体との連携が欠かせない。

 都道府県別に毎年、保険加入率や事故率を比較するなど、できる工夫を重ねてほしい。

GDP大幅増 好調持続へ体質強化を急ごう

 好調な景気をいかに持続させるか。政府は、改革の手を緩めず、経済の地力を高めるべきだ。

 内閣府が発表した今年4~6月期の国内総生産(GDP)速報値は、実質で前期比1・0%増、年率換算で4・0%増と、大幅に伸びた。プラス成長は6四半期連続である。

 牽引けんいん役は、内需の柱の個人消費と設備投資だ。ともに小幅な伸びが続いてきたが、今回は、消費増税前の2014年1~3月期以来の高い上昇率を記録した。

 個人消費は、08年のリーマン・ショック後の景気対策を受けて購入された自動車や家電の買い替えが進んだ。天候に恵まれ、旅行やレジャー、外食も好調だった。

 設備投資は、企業が人手不足対策として省力化用の機械を活発に導入した。20年東京五輪に向けた建設ラッシュも後押しした。

 公共投資も5・1%の大幅増となった。16年度第2次補正予算のインフラ整備の効果が大きい。

 内需の大幅増は、様々な好条件が重なった結果である。今後も継続するとは楽観できない。

 日本経済の実力を示す潜在成長率は0%台にとどまる。7~9月期の成長率は、冷夏の影響などで低下するとの見方が多い。

 好調期の今こそ、経済の足腰の強化に果断に取り組むべきだ。

 優先すべきは、労働者の賃金を着実に増やすことだ。非正規社員の賃金は上向いているが、正社員の伸びは鈍い。今年の春闘の平均賃上げ率は4年ぶりに2%を下回った。大手企業の夏のボーナスも前年割れしている。

 賃金増が小幅なことが、消費が力強さを欠き、消費者物価の上昇率も0%台を低迷する要因の一つだ。各企業は、内部留保を膨張させず、従業員に積極的に振り向けてもらいたい。それが、経済の好循環を実現する道である。

 企業や個人の「貯蓄志向」を転換させるには、将来不安を取り除く努力が大切だ。

 規制緩和で新産業を生み出す。成熟産業から成長産業に転職しやすい環境を整備する。女性や高齢者の雇用を促進する。こうした構造改革を推進すべきだ。

 持続可能な社会保障制度の構築には、収入の多い高齢者の負担増なども避けられまい。

 海外経済には不安材料が少なくない。北朝鮮情勢の緊迫化や、トランプ米政権の保護主義、中国の巨額の不良債権問題などだ。

 海外の動向に左右されにくい内需主導の経済を作り出すことが、中長期の成長に欠かせない。

里親・養子制度 受け入れ家庭への支援拡充を

 虐待や貧困などで実親と暮らせない子供のために、温かい成育環境を確保する。里親や養子縁組の普及へ向けた体制整備を急ぐ必要がある。

 親が養育できない子供の受け入れ先について、厚生労働省が新たな数値目標を決めた。

 未就学児については、新規の施設入所を原則停止し、里親委託率を5~7年以内に75%にする。就学後の子供も、10年以内に委託率50%を実現する。

 現在の里親委託率は、全体で17・5%にとどまる。政府は2029年度までに3割超にする目標を掲げてきた。今回、これを大幅に引き上げ、達成時期も早めた。

 親が養育できず、保護が必要な子供は4万5000人に上る。その大半が児童養護施設や乳児院などの施設で集団生活を送る。

 昨年5月に成立した改正児童福祉法は、里親などによる家庭養育を原則とすることを明確にした。新目標は、その具体化へ向けた政府の強い意思の表れだろう。

 子供の健全な発育には、特定の大人との情緒的な結び付きが極めて重要だ。施設では職員の入れ替わりも多い。家庭への移行を促進する狙いは妥当である。

 戸籍上も養父母の実子扱いとなる「特別養子縁組」を5年以内に倍増させ、年間1000件以上にする方針も打ち出した。子供に永続的に安定した家庭を確保する有効な選択肢だ。

 昨年12月には、民間あっせん事業者の質の向上を図る養子縁組あっせん法が成立した。児童福祉施策の一環として機能させたい。

 問題は、目標に見合った体制を構築できるかどうかである。

 里親登録数は全国で1万世帯に過ぎない。大幅な目標引き上げに、現場からは戸惑いの声も上がる。目標達成を急ぎ、受け入れ家庭の適性審査などがおろそかになっては、子供のためにならない。

 中核的な役割を担う児童相談所の人員拡充が不可欠だ。里親委託や養子縁組には、双方のマッチングなど難問が多い。専門人材の育成・確保も課題となる。

 受け入れ家庭を増やすために重要なのは、相談・支援の強化だ。虐待などで心身の発達に問題を抱え、養育が難しい子供も少なくない。里親などの募集から研修、受け入れ後のサポートまで一貫して実施する体制が求められる。

 児童相談所は、急増する児童虐待の対応にも追われる。児童養護施設や乳児院、民間事業者などとの連携を密にして、里親や養子縁組家庭を支えることが重要だ。

2017年8月17日木曜日

資本主義が嫌いな人のための経済学 [著]ジョセフ・ヒース

■左派こそ勉強を

 2008年金融危機に始まる世界不況、さらには震災後には特に、「資本主義はもう終わり」みたいな物言いを無数に見かけてきた。これは特に左派に多いし、その人たちは資本主義の理論的根拠(と思っている)経済学も破綻(はたん)したと言いたがる。
 でもそのほとんどは、実は経済学の主張をろくに知らず、自分の主張も考え抜いていない。そしてその無知と怠慢につけこむ保守派の乱暴な議論に反論できず、万年負け犬の地位に甘んじている。
 それじゃダメだ。資本主義のダメな現状を改善したいなら、左派もちゃんと勉強しようぜ、というのが本書だ。
 というわけで本書は、筋金入り左派哲学者による、むずかしい綱渡りだ。経済学を乱用して既成体制の走狗(そうく)と化した一部論者には鉄槌(てっつい)を。
 しかし優しさとか友愛とか、左派の無内容な情緒的議論にも手加減無用。本書の邦題は実に秀逸だ。まさに資本主義が嫌いな人こそ経済学を学ぼう。実は、嫌いな部分を考えるヒントは既存の経済学でかなり議論されているんだから。それが本書の中心的な主張だ。
 書き方や主張は実にストレートだ。レヴィットとダブナーの『ヤバい経済学』批判など少し異論もあるが、主張はおおむね納得できる。経済学者が書いたら、上から目線で無知な大衆に説教するような嫌みな本になりがちだが、それもない。
 ただし十分な理解には経済学について多少の予備知識はいる。また前半/後半で投げ出さず、全体をバランスよく読んでほしい。特に左派の読者は、ミイラ取りがミイラになったと思うかもしれない。資本主義だの合理的個人だのをかなり擁護する本だから。でも表面的な好き嫌いだけでそれを否定するのでは前に進めないのだ。
 本書をきっかけに、それに気がつく人が一人でも増えてくれれば……。
    ◇
 栗原百代訳、NTT出版・2940円/Joseph Heath 67年、カナダ生まれ。哲学者、トロント大学教授。

ライト兄弟―イノベーション・マインドの力 [著]デヴィッド・マカルー

■発明には「がまん」が必要なのだ

 この本を読まずしてイノベーションを語るなかれ。人類初の動力飛行に成功したライト兄弟の本格的な伝記である。かの有名な兄弟のこと、伝記はたくさんあるだろうと思いきや、日本語では子供向けのものばかりで、大人も読めるものはほとんどないようだ。意外。
 さて、その道のりは、とにかく失敗、失敗、また失敗である。不具合に直面した兄弟は、細心の探究心で原因を突き止め、驚異的な忍耐力で改善し、粘り強く次の試行をおこなう。それでもまたうまくいかない。それを兄弟は驚異的な忍耐力で(以下繰り返し)。
 歩みは遅々として進まない。とにかく時間がかかる。二人が動力飛行を志したのをいつからとするかにもよるが、成功まで、ざっと5年ないし10年かかっている。発明とは、これぐらいの時間を要するものなのだろう。この年数を「がまん」できない人には、イノベーションという言葉を口にしてほしくない。
 また、金儲(もう)けにもつながらない。兄弟はそれなりの金額をかせいだが、大富豪になったわけではない。弟のオーヴィルは、「目的が金儲けにあったなら、もう少し見込みがありそうなものに挑戦していた」と、しばしば言っていたそうだ。
 兄のウィルバーは、常に、飛行前の点検に2〜3時間かけていた。そしてわずかでも不具合を見つけると、躊躇(ちゅうちょ)せず飛行を中止した。観衆が何万人待っていようが、お偉方が見ていようが、断固として中止した。
 どうも彼は、事故は必ず起こるものだと思っていた節がある。けれども、最大限の注意を払っていれば事故の確率を最小に抑えることはできる、抑えなければこの発明は世の中に受け入れられないという信念も合わせもっていたようだ。
 超有名人になってもそれ以前と何も変わらなかったとか。読書家で古典の知識が膨大だったとか。今だからこそ、この兄弟から学ぶべきことがたくさんありそうだ。翻訳もすばらしい。
    ◇
 David McCullough 33年生まれ。作家、歴史家。ピュリツァー賞を2度受賞。著書に『海と海をつなぐ道』など。

パクリ経済―コピーはイノベーションを刺激する [著]K・ラウスティアラ、C・スプリグマン

■複製は悪か、利益と創造の源か

 本書が一貫して主張するのは、コピーは必ずしも創造性を萎縮させるのではなく、むしろイノベーションを刺激するケースが存在することだ。1970年代にビデオデッキが登場したとき、映画産業がこれを撲滅しようと訴えたが、米最高裁は1票差で容認したという。その後、映画産業は縮小どころか、新しいホームビデオ市場でさらなる利益を得るようになった。本書では、著作権が認められていないために、創造活動が活性化しているファッション、料理、コメディー、アメフトの戦術、フォント、金融商品、データベースなどの分野のメカニズムを解析している。いずれも誰かの創造が独占されず、クリエーターの集団によって改良が繰り返され、競争的なプロセスが促進されているのだ。
 ときとしてコピーは流行を生み、オリジナルの宣伝になり、オリジナルへの探求に導く。また分野によっては、法に頼らずとも、創造者コミュニティーの規範が不当なコピーを制御する。コピー禁止の強化と著作権の拡大さえすれば、単純にコンテンツ産業が育成されると思い込みがちだが、本書は説得力ある事例とデータによって異なる実態を明らかにする。
 「音楽と音楽産業は同じものではない」という指摘は印象的だった。なるほど、監視の目を光らせるのは、レコード会社や著作権協会である。クリエーターは金だけが動機で制作するわけではないし、デジタルツールの発達で制作や流通のコストも下がった。現在、体験をコピーできないライブの重要性と収益が増加し、ネットを通じた音楽受容の変革が進む。新しい上映技術を進化させ、映画館の観客を増やしているのに対し、音楽がCDなど正規品の品質を向上させていないのも怠慢かもしれない。パクリを敵視するのではなく、どう付き合い、抱き込むかが、次世代の産業の鍵になるのだろう。
    ◇
 山形浩生ほか訳、みすず書房・3888円/K.Raustiala カリフォルニア大教授、C.Sprigman ニューヨーク大教授。

地球は本当に丸いのか?―身近に見つかる9つの証拠 [著]武田康男

 学校には丸い地球儀があり、図鑑を開けば宇宙から捉えた丸い地球の写真が載っている。私たちは肉眼で地球を外側から確認したこともないのに、自然に、そして無意識に地球は丸いものだと信じ込んでいる。そういった「信念」に囲まれて生きている。生まれたときに自分のそばにいる大人を親だと思い、食事は一日三食、人は恋愛をするものと思っている。これらも本当に正しいのかどうか確認する前に信じていることだ。
 では、地球は本当に丸いのだろうか。宇宙に行かずに、現在地からそれを証明することはできるだろうか。この本はもし地球が平らだったらこうはならないという身近な証拠を、美しい写真とキャプションで紹介する。言われてみれば確かにそうだ、証拠の数々に世界の深淵(しんえん)を感じる。
 こういうものだと教わった事に疑問を持ち、ゼロからそれを立証するという作業は何事においても重要な姿勢だ。夏休み、お子さんにもぜひ読んでもらいたい。

戸籍と無戸籍―「日本人」の輪郭 [著]遠藤正敬

■籍に捉われず生きられる社会を

 「無戸籍」とは、著者によれば4通りに分類できるそうだ。記載されるべき戸籍に記載されていない、もともと戸籍がない、戸籍から抹消された、記載されていた戸籍が消失した……。この中で一般的なのは親が出生届をださなかったケースという。しかし徴兵拒否のために戸籍を抹消した者や、かつての植民地の人びとの戸籍の扱い、戦時残留者の日本人としての戸籍を求める動きなど、無戸籍者には歴史そのものが内在している。
 本書は、日本社会の戸籍についての歴史、無戸籍と無国籍の違いなどを丹念に追いながら、戸籍は私たちにとって何を意味するのだろうか、と問うていく。序章、終章を含めて全12章で具体的な論述を試みる。歴史的、社会的な視点が幅広いのが特徴である。
 たとえば第八章では、無戸籍者の戸籍をつくる方法を論じながら、「『日本人の資格』とは」との分析を試みる。1945年の敗戦を機に、大日本帝国の臣民とされた人びとのうち、朝鮮人、台湾人は改めて外国人登録の適用を受けなければならなくなる。52年のサンフランシスコ平和条約発効までの彼らの不安定な地位、その後の手続きなどを検証すると、戸籍問題はつまりは国家や国際社会の思惑が幾重にもからんでいることがわかってくる。
 無戸籍の者が戸籍をつくるには「就籍」(家庭裁判所の審判を得て戸籍を創設すること)が必要だが、中国人として育てられた残留孤児のケースでも、日本国籍喪失を理由に就籍はかなり面倒だという。本書が明かしているのだが、戸籍に「棄児」として記録されるケースの残酷さを含め、個人の存在は国家エゴにふり回されるといっていい。
 著者は戸籍がなくても生きていけないかと問い、住民の地位と権利を保障するのが「当然」で、「籍」に捉(とら)われない生き方のできる社会をと結論づける。戸籍から解放される社会が世界の潮流なのかもしれない。
    ◇
 えんどう・まさたか 72年生まれ。早稲田大学台湾研究所非常勤次席研究員。『戸籍と国籍の近現代史』など。

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