2017年10月31日火曜日

首相が3%賃上げ要請 数値ありきは疑問がある

 安倍晋三首相が来年の春闘を巡って3%の賃上げを経済界に求めた。賃上げ要請は5年連続だが、具体的な数値に踏み込んだのは初めてだ。

 今年の春闘の賃上げ率は2%弱と2年連続で縮小した。実績を上回る水準を持ち出し、企業に一段の賃上げを促す狙いとみられる。

 円安や堅調な世界経済を反映し、企業収益は過去最高の水準にある。だが賃金が伸び悩んでいるため、消費に力強さを欠き、政府が目標とするデフレ脱却のめどが立たない。

 消費の活性化には十分な賃上げが欠かせない。企業もたくわえた利益を積極的に社員に還元すべきだ。

 政府が賃上げを後押しする政策も重要だ。首相がこれまで賃上げを促してきたことも一定の効果があっただろう。ただ、だからといって、具体的な数値目標を明示する手法には疑問がある。

 賃金は本来、労使交渉で決めるものだ。政府が介入する「官製春闘」は、企業の生産性向上とともに賃金も上がるという経済原則をゆがめると指摘されている。

 生産性や収益は企業ごとに異なる。首相が一律の目標を示しても、企業の実力を反映しない賃金水準に無理に引き上げてしまうと、長続きしないのではないか。

 必要なのは、企業が賃上げしやすい環境を整備することだ。

 賃金が伸び悩む要因の一つは、人手不足を非正規社員で補う企業が多いからだ。待遇改善には「同一労働同一賃金」の早期実現が欠かせないが、首相は衆院を解散して関連法案の審議を先送りしてしまった。

 企業の生産性向上には、成長分野に参入しやすくする規制改革が重要である。アベノミクスは当初、規制改革を成長戦略の看板政策に据えたが、これまで金融緩和や財政出動に頼り、成長戦略の成果は乏しい。

 首相は賃上げ促進のため「予算や税制など政策を総動員する」との考えも示した。その柱が最近打ち出した「生産性革命」だが、緒についたばかりだ。看板を取り換えただけに終われば、いくら賃上げを要請しても、十分に進まないだろう。

 民間への干渉を強めるよりも、従来政策の効果と課題を検証し、そのうえで必要な対策を着実に講じていくべきだ。

カタルーニャ自治権停止 穏健な収拾を図るべきだ

 スペイン・カタルーニャ自治州の独立の動きをめぐり、スペイン中央政府との対立が激化している。

 中央政府はカタルーニャの自治権停止に踏み切り、州議会の解散とプチデモン州首相の解任を決めた。同氏を反逆罪で訴追して刑事責任を問う動きすらある。一方の州議会は、正式に独立宣言を採択した。

 カタルーニャ側には甘い見通しがあった。

 独立に伴う国家運営の難しさも、欧州連合(EU)に加盟することで乗り切れると考えていたようだ。しかし、そのEUからは独立を支持されず、苦しい立場に追い込まれた。

 混乱を避けて州外へ移転する企業が出始め、経済への打撃も懸念されている。

 一方、スペイン中央政府は州政府との協議を一貫して拒否している。少数与党で政権基盤が安定せず、カタルーニャの独立要求に強い姿勢を取らざるをえなかったという事情がある。

 EUなどの支持も強気を後押しした。EUには、英スコットランドやイタリア北部など、欧州各地にある分離独立の動きを勢いづかせたくないという思惑もあっただろう。

 対立の発端は、10月1日に自治州で行われた住民投票だった。中央政府は憲法違反だとして中止を求めていたが、住民の約4割が投票し、投票総数の約9割が独立を支持した。

 中央政府は今回、新たな州議会の選挙を12月に行うことを決めた。

 これまでの州議会は独立派が過半数を占めていたが、今回の混乱を受けた直近の世論調査では反対派がやや優勢とされ、独立派の封じ込めは可能とみているようだ。

 だが、衝突で多くの負傷者を出した住民投票の時のような事態を繰り返してはならない。解任した州首相を訴追するような、中央政府による強硬措置は独立派を追い詰めるだけであり、慎重な対応が求められる。

 カタルーニャの独立実現は国際的にも厳しい情勢にある。自治州側は、州議会選の実施を受け入れ、その結果を尊重していくという原則に立ち返るべきではないか。中央政府も、少なくとも自治権拡大などの協議には応じるべきだろう。

 双方が自制し、穏健な収拾を図るよう望みたい。

放置できない中小企業の後継者不足

 日本経済の活力を高めるうえで欠かせないのが、雇用の7割を支える中小企業の成長だ。ところが後継者不足が深刻で、廃業に追い込まれる例も少なくない。円滑な事業承継に向け、総合的な対策を講じるときにきている。

 2025年には6割以上の中小企業で経営者が70歳を超え、このうち現時点で後継者が決まっていない企業は127万社あると経済産業省は試算している。

 休業・廃業や解散をする企業の5割は経常損益が黒字だ。経産省によれば、廃業の増加によって25年までの累計で、約650万人の雇用と約22兆円の国内総生産(GDP)が失われる可能性がある。

 成長力のある中小企業の廃業は日本の産業基盤を弱めかねない。地方経済の活性化のためにも、後継者の確保や早めの事業の引き継ぎをしやすくする必要がある。

 親族のなかで経営者が交代するほかに、外部からのトップ起用や、他企業などの第三者に会社を売却するやり方もある。経営者が代われば事業の新陳代謝が進むことも期待できる。

 親族内の承継では贈与税や相続税の支払いを猶予する制度がある。現在は雇用の8割以上を維持することなどが求められ、こうした条件を見直す余地はある。

 ただし、優遇措置が第三者への会社の売却を進みにくくして、企業再編が広がるのを阻んでいる面もある。成長力を失った企業をいたずらに延命させることは防がなければならない。納税猶予の判断では、企業に事業計画や成長戦略を示させるなどの工夫が要る。

 税制の見直しはM&A(合併・買収)による承継を促すうえでも課題になる。企業買収時にかかる登録免許税や不動産取得税の軽減などが挙げられる。企業再編で生産性が高まる効果を考えれば、これらを検討してもいいだろう。

 外部からの経営者の登用では地方銀行や信用金庫など地域金融機関の役割が重要になる。取引先の企業の人材のなかから中小企業の後継者候補を探しやすいはずだ。商工会議所などとも連携を深めて人材の紹介に力を入れてほしい。

 中小企業が収益を伸ばしやすい環境づくりも求められる。成長分野に企業が参入するのを後押しする規制改革を、政府はもっと強力に進めるべきだ。先進国のなかで低い開業率の引き上げにもつながる。中小企業の成長の支援に多面的に取り組みたい。

再処理工場の安全立て直せ

 青森県六ケ所村に建設中の使用済み核燃料再処理工場で、ずさんな安全管理による点検漏れが見つかった。運営主体である日本原燃は2018年の稼働をめざしているが、原子力規制委員会は事態を重くみて、稼働の前提になる安全審査の中断を決めた。

 再処理工場は原子力発電所の使用済み核燃料の再利用をめざす核燃料サイクルの要だ。当初は1997年に完成予定だったが、技術的なトラブルが続き、20回以上も延期されてきた。11年の東日本大震災後も地震対策などを見直し、規制委が審査していた。

 だが8月、非常用電源を置いた建屋に大量の雨水がたまり、過去14年間で一度も点検していないことが分かった。9月には同社が運転するウラン濃縮工場でも検査漏れが見つかった。安全管理の基本ができておらず、規制委が審査中断に踏み切ったのは当然だ。

 検査漏れの背景として懸念されるのが、稼働予定が何度も先送りされたり、工程の見直しを迫られたりしたことによる、職員の安全意識や士気の低下だ。

 日本原燃は原発をもつ電力会社が共同で設立し、経営陣や職員も寄り合い所帯として発足した。再処理事業が国策として決められた経緯もあり、職員に「自分たちの工場」という意識や責任感が乏しいと指摘されてきた。

 今回の問題を受け、電力各社は日本原燃に検査要員ら20人を派遣することを決めた。だが、人を増やせば解決できる問題なのか。

 原燃の経営陣がもっと危機感をもち、検査や保全、情報の共有や公開など安全管理体制を初心に返って築き直すべきだ。外部から安全管理のプロを招き、職員の士気を保つ仕組みを取り入れる必要もあろう。

 国内では原発の再稼働が遅れ気味で、使用済み核燃料やプルトニウムの需給を考えれば、再処理工場を早期に稼働させる必要性は薄れている。18年の稼働目標ありきではなく、まず安全管理の立て直しから取り組むべきだ。

(社説)イラン核合意 問われる米外交の信頼

 国際社会が積み上げた合意を一方的にないがしろにする。そんな大国の「自国第一主義」が世界を不安に陥れている。

 トランプ米大統領の対イラン政策である。核開発をめぐる合意について、意義を認めないとし、修正ができなければ「合意を終わらせる」と表明した。

 合意は、米国が中ロ英仏独などと共に2年前、イランと交わした行動計画だ。イランが核開発を制限する見返りに、米欧が一部の経済制裁を解いた。

 かねてイスラエルによる軍事攻撃も取りざたされた中、外交交渉によって戦争の危機を防いだ歴史的な合意である。

 トランプ氏の表明を、どの当事国も冷ややかに突き放したのは当然だ。合意は今も、中東と世界の安定をめざすために肝要な枠組みの一つである。

 トランプ氏の主張はこうだ。イランは各地でテロを支援し、ミサイル開発を続け、中東を不安定にしている。だから合意の「精神」に反している――。

 イランが各地で反米を掲げる組織を支えているのは事実だ。しかしそれは、イスラエルへのアラブの反発という地域事情が絡む中東全体の問題でもある。

 そこに核合意を結びつけて、イランとの対立をあおるのは、それこそ中東を不安定化させる無責任な姿勢だ。

 イランを29日訪れた国際原子力機関の天野之弥事務局長は、イランは合意を守っていると確認した。ロハニ大統領は「こちらからは合意を破棄しない」と辛抱の態度をみせている。

 トランプ氏は、イランに新たな条件を課すため、米国の国内法を改正するよう米議会に求めた。だが議会では合意を維持すべきだとの声が大勢だという。冷静な判断を期待したい。

 心配なのは北朝鮮問題への影響だ。米国は強い威嚇の一方で対話も探っているとされる。しかし、一度合意した約束を理不尽にたがえるようでは、話し合いなど真剣に考えていないと思われても仕方あるまい。

 安倍首相は9月にロハニ氏と会談した際、イラン核合意への支持を表明し、「すべての当事国による順守が重要だ」と強調した。ならば近く来日するトランプ氏に釘をさすべきだ。

 身勝手なトランプ外交の弊害は広がっている。気候変動をめぐるパリ協定からの離脱や、自由貿易協定の見直し要求などで多くの国を悩ませている。

 独りよがりの外交は、米国の信頼を傷つけるだけでなく、世界秩序の土台を揺るがす。その国際社会の懸念を、安倍首相は本人に直言すべきである。

(社説)「慰安婦」裁判 韓国の自由が揺らぐ

 自由であるべき学問の営みに検察が介入し、裁判所が有罪判決を出す。韓国の民主主義にとって不幸というほかない。

 朴裕河(パクユハ)・世宗大学教授の著書「帝国の慰安婦」をめぐる刑事裁判で、ソウル高裁が有罪の判決を出した。

 著書には多くの虚偽が記されていると認定し、元慰安婦らの名誉が傷つけられたと結論づけた。朴教授には罰金約100万円を言い渡した。

 虚偽とされたのは、戦時中の元慰安婦の集め方に関する記述などだ。研究の対象である史実をめぐり公権力が独自に真否を断じるのは尋常ではない。

 一審は、大半の記述について著者の意見にすぎないとして、無罪としていた。高裁は一転、有罪としながら、学問や表現の自由は萎縮させてはならないと指摘したが、筋が通らない。

 学問の自由が守られるべき研究の領域に踏み込んで刑事罰を決める司法を前に、学者や市民が萎縮しないはずがない。

 韓国では、植民地時代に関する問題はデリケートで、メディアの報道や司法判断にも国民感情が影響すると言われる。

 そんな中で朴教授は、日本の官憲が幼い少女らを暴力的に連れ去った、といった韓国内の根強いイメージに疑問を呈した。物理的な連行の必要すらなかった構造的な問題を指摘した。

 社会に浸透した「記憶」であっても、学問上の「正しさ」とは必ずしも一致しない。あえて事実の多様さに光を当てることで、植民地支配のゆがみを追及しようとしたのである。

 朝鮮半島では暴力的な連行は一般的ではなかったという見方は、最近の韓国側の研究成果にも出ている。そうした事実にも考慮を加えず、虚偽と断じた司法判断は理解に苦しむ。

 韓国では、民意重視を看板に掲げる文在寅(ムンジェイン)政権が発足して、もうすぐ半年になる。政権は、歴史問題で日本に責任を問うべきだと唱える団体にも支えられている。もし高裁がそれに影響されたのなら論外だろう。

 日韓の近年の歩みを振り返れば、歴史問題の政治利用は厳禁だ。和解のための交流と理解の深化をすすめ、自由な研究や調査活動による史実の探求を促すことが大切である。

 その意味で日本政府は、旧軍の関与の下で、つらい体験を強いられた女性たちの存在を隠してはならず、情報を不断に公開していく必要がある。

 日韓の関係改善のためにも、息苦しく固定化された歴史観をできるだけ払拭(ふっしょく)し、自由な研究を尊ぶ価値観を強めたい。

朴教授逆転有罪 基本的価値観を共有する国か

 粗雑な事実認定に基づく不当な判決である。到底納得できない。

 著書「帝国の慰安婦」を巡り、名誉毀損罪に問われた韓国・世宗大の朴裕河教授に対し、ソウル高裁は無罪とした1審判決を破棄して、罰金刑を言い渡した。

 判決は、「強制連行という(日本の)国家暴力が朝鮮では行われなかった」「朝鮮人慰安婦が日本軍と同志的関係にあった」などの記述が虚偽だとした。元慰安婦の社会的評価を大きく低下させ、名誉毀損が成立すると断じた。

 検察側の主張に沿って、元慰安婦が「性奴隷として動員された」とも認定した。1996年に国連人権委員会で採択され、「性奴隷」の表現を使ったクマラスワミ報告が根拠とされた。

 報告には、客観性に乏しい記述が多く、吉田清治氏のでっち上げの証言も引用されている。問題のある資料に基づいて、裁判所が判断を出すのは不適切だろう。

 93年の河野官房長官談話が判決の論拠に使われていることも看過できない。

 河野談話は、慰安婦の募集や移送などが「総じて本人たちの意思に反して行われた」としたが、安倍政権による検証で、日韓両政府の政治的妥協の産物だったことが明らかにされている。

 韓国では、元慰安婦を支援する市民団体が強い影響力を持つ。裁判所は、市民団体が主導する反日世論に迎合した、と受けとられても仕方がなかろう。

 朴氏の著書は、慰安婦に関する韓国での一面的な見方に異を唱えた。一方で、慰安婦の過酷な境遇を作り出した「大日本帝国」の責任を追及している。バランスのとれた労作だ。

 1審判決が「学問的表現は保護しなくてはならない」として、記述内容の真偽の認定に踏み込まなかったのは合理的だった。高裁判決は、「学問の自由」への配慮を著しく欠く。

 日韓間の歴史に関する冷静な学術的議論が、韓国内でさらに萎縮していくのは避けられまい。

 慰安婦問題は、2015年末の日韓合意で外交決着した。だが、文在寅政権は、合意を履行する意思を明確にしていない。韓国内では再交渉を求める声が根強い。今回の判決で、こうした動きが勢いづくことが懸念される。

 「帝国の慰安婦」は日本語版も出ている。有罪判決は、日本の韓国観にも影を落とす。韓国は基本的な価値観を共有する国と言えるのか。疑念が強まろう。

カタルーニャ 強引な「独立」が招く異例事態

 中央政府と自治州政府が激しく対立し、収拾の兆しが見えない。国家の秩序と安定を揺るがす異常事態である。

 スペイン東部カタルーニャ自治州の議会が、一方的な独立宣言を採択した。州政府が今月初めに強行した住民投票で、独立への賛成票が多数を占めたことが根拠とされた。

 中央政府は投票結果を認めていない。独立宣言が国の一体性を定めた憲法に違反するとして、州の自治権を一部停止した。プチデモン自治州首相を更迭し、直接統治を強化するという。州議会解散と12月の議会選実施も発表した。

 プチデモン氏は解職を拒否し、住民に中央政府への不服従を呼びかけた。だが、現状は独立反対派が勢いを増し、賛成派と拮抗(きっこう)する。混乱の長期化や権力の二重構造化への懸念の表れだろう。

 多くの企業が、ビジネスに悪影響が出ることを警戒し、登記上の拠点を州外に移した。経済への打撃は避けられまい。

 カタルーニャは、独自の歴史と文化を持つ。1975年までのフランコ独裁下では、固有の言語の使用が制限された。民主化後は、教育、保健などで自治権が与えられたが、反中央感情は根強い。

 自治州は、バルセロナを中心に発展し、スペイン全体の16%の人口で、国内総生産(GDP)の2割を占める。税収が他地域のために使われている、という不満の高まりも、独立派を支えた。

 国際社会が独立宣言を認めない立場で足並みをそろえ、孤立が深まっているのは、独立派の誤算ではないか。

 欧州連合(EU)のトゥスク欧州理事会常任議長は、自治州側の仲介要請を拒んだ。米英独仏も、距離を置き、中央政府による解決を見守る立場を強調した。

 独立を求める強硬派に煽(あお)られ、冷静に情勢を判断できなかったプチデモン氏の責任は重い。

 中央政府のラホイ首相にも不手際があった。住民投票を阻止しようとして、警官隊を投入した。独立派との衝突で多数の負傷者が出たため、感情的反発を招いた。

 正常化を急ぐあまり、流血の事態を繰り返してはならない。

 EU域内では、ベルギーのオランダ語圏などでも独立運動がくすぶる。イタリアの北部2州は、今月下旬の住民投票に基づき、自治権の拡大を要求している。

 EUという「大船」に支えられているという思い込みが、こうした運動を勢いづかせている。欧州統合の思わぬ副作用だ。

2017年10月30日月曜日

朴裕河教授に逆転有罪 学問の自由を侵す判断だ

 慰安婦問題を扱った著書「帝国の慰安婦」で名誉毀損(きそん)の罪に問われた韓国・世(セ)宗(ジョン)大の朴裕河(パクユハ)教授に、ソウル高裁が逆転有罪判決を下した。

 大きな影響力を持つ支援団体に後押しされた元慰安婦らの告訴を受けて、検察が2年前に在宅起訴した。今年1月の1審判決は「意見の表明にすぎない」などとして無罪だった。

 控訴審判決は一転して、名誉毀損の意図を認定した。根拠とされたのは、不正確な引用を含んでいると指摘される1996年の国連報告書(クマラスワミ報告)などだ。

 名誉毀損の適用基準が国によって違うことは理解できる。

 しかし、朴教授の著作は植民地の女性を戦場に動員した「帝国」というシステムに着目した学術研究だ。

 朴教授は「多くの少女が日本軍に強制連行された」という画一的イメージを否定した。一方で、慰安婦を必要とした帝国主義日本に厳しい視線を向けている。実際には業者が慰安所を運営していたとしても、そのことで日本が免罪されるわけではないと明快に主張した。

 日韓のナショナリズムが衝突する状況から脱し、和解へ進む道を模索する意欲が読み取れる。それを否定するのは学問の自由を侵す判断ではないか。極めて残念である。

 日本の植民地支配に起因する問題に対して、否定的な見方が韓国社会に多いことは不思議ではない。

 だが、感情論や政治性を排した歴史研究は不幸な過去を繰り返さないために重要だ。世論の反発が強い分野でこそ、学問や表現の自由は守られなければならない。

 慰安婦問題は外交的にも敏感な懸案だ。特に朴槿恵(パククネ)前政権の前半期には日韓関係全体を悪化させた。一昨年末の日韓合意でやっと状況が変わり、両国の安全保障に緊要な対北朝鮮政策での連携もスムーズに進むようになった。

 それでも韓国には合意への反対論が根強い。文在寅(ムンジェイン)大統領は合意見直しを選挙公約としていた。当選後は「見直し」を口にしなくなったものの、日本側には文政権の進める合意の検証への警戒感が強い。

 今回の判決は韓国内の合意否定論を勢いづけかねない。文政権には、日韓の感情的対立を再燃させないよう留意してほしい。

建設石綿訴訟で原告勝訴 救済の制度作りを早急に

 建設現場でのアスベスト(石綿)による健康被害が争われた「建設石綿訴訟」で、東京高裁が国と建材メーカー4社の賠償責任を認めた。

 建設資材に含まれる石綿の粉じんで肺がんや中皮腫にかかった元労働者や遺族約90人が起こした訴訟だ。

 耐火性にすぐれた石綿は建材に広く使われ、1960年代以降の高度経済成長期に大量に輸入された。日本が石綿の輸入を停止したのは2006年だ。欧米各国が80年代に大きく消費量を減らす中で、日本の対策は後れをとった。

 企業、行政の双方が経済成長を優先して健康対策を後回しにしたことが被害の拡大を招いた。そこに問題の本質がある。国と企業両者の責任を認めた点で判決は評価できる。

 石綿を原因とする疾患の労災認定者は年間約1000人で、その半数が大工や塗装工ら建設業従事者だ。

 だが、こうした労働者は現場をわたり歩くため、被害に遭っても特定の雇用主の責任を問いにくい。疾患の発症がどこのメーカーの建材によるものか立証するのも困難だ。

 さらに、中皮腫などは発症までの潜伏期間が30~40年と長く、時間も責任追及の壁となってきた。

 石綿被害をめぐっては、石綿関連工場の元従業員らによる集団訴訟で、最高裁が国の責任を認定し、賠償が行われた。だが、建設労働者の救済は置き去りにされたままだ。

 「建設石綿訴訟」は全国で14件が係争中だ。7件で1審の判決が出ており、6件が国の責任を認定し、うち2件は一部の建材メーカーの責任も認めた。高裁判決は初めてだが、被害救済を求める司法判断の流れは定着しつつあるのではないか。

 集団訴訟の原告患者の7割は既に亡くなっている。全ての司法判断を待っていては解決が遅れる。

 原告らは、国と企業が被害を補償する基金を立法措置で創設することを求めている。公害被害をめぐっては、東京大気汚染訴訟で、国や東京都、自動車メーカーなどが費用を拠出してぜんそく患者の医療費を助成する制度を作った前例もある。

 高度成長期に作られた建物の解体工事がピークを迎え、石綿被害は今後も増加すると予想されている。

 抜本的な救済の枠組み作りを急がなければならない。

介護報酬引き下げで制度の持続性高めよ

 介護サービスの公定価格である介護報酬を2018年度から見直すための議論が、本格的に始まった。高齢化に伴い、介護費用は制度を創設した00年度の3倍の10兆円に膨らんでいる。メリハリをつけながら、全体として費用を抑制していくことが欠かせない。

 介護報酬は3年ごとに、事業者の経営状況などを踏まえ見直すことになっている。検討の資料として厚生労働省がまとめた経営実態調査によると、介護サービス全体の16年度の利益率は平均3.3%で、3年前より4.5ポイント下がった。15年度の改定がマイナス改定だったことや人手不足で人件費が上がっていることが背景にある。

 ただ、訪問介護は4.8%、デイサービスは4.9%などと比較的高い水準となっている。中小企業全体の平均は2.6%だ。

 もちろん利益率は事業者によって差があり、利益率が低くても良質な事業者の破綻を招かない工夫は必要だ。だが制度の持続性を高め、真に必要な人に質の高いサービスを届けるためにも、切り込むべきところには切り込んでいかなければならない。

 とりわけ、訪問介護のなかでも、料理や掃除などを手助けする生活援助は、見直しがいる。サービスを担う人の資格要件を緩め、報酬を下げる議論がされているが、それだけでは不十分だ。将来的には軽度者の生活援助を介護保険の給付対象から外す議論も必要ではないか。その場合でも介護保険と同じヘルパーが担いやすくすれば、利用者の不安も薄らぐだろう。

 また、生活援助の回数は全国平均で月10回ほどだが、利用者により大きなばらつきがあり、100回以上のこともあった。生活援助に限らず、真に必要なサービスかを見極め、滞りなく提供する仕組みが必要だ。症状が重くなるのを防ぐ、質の高いサービスの事業者を評価することも欠かせない。

 介護費用が膨らめば、介護保険料も高くなる。制度創設当初の月額3千円弱から、すでに5千円台半ばまでになっており、25年度には8千円を超える見通しだ。

 サービスの無駄を省き、より効率化することはもちろんだ。あわせて、低所得者に配慮しつつ利用者の自己負担を上げることや、保険料を負担する年齢を引き下げることなども、考える時期に来ている。健康寿命を延ばし、医療や介護が必要になるのを防ぐ策も重要だろう。

夜の観光消費を伸ばそう

 訪日旅行者の増加に伴い、夕方から夜にかけての観光消費をどう伸ばすかという課題が浮上してきた。今まで大都市から地方を日帰りで訪れていた旅行者が地元に宿泊すれば地域振興にも役立つ。官民で協力し、体制を整えたい。

 日本政策投資銀行などの2016年の調査では、訪日旅行で不満を感じた点として、多くの外国人が夕方以降の楽しみ方の乏しさを挙げた。米国人だと旅行代金、英語の通じにくさに続き3位。アジアからの旅行者でも4位だ。

 シンガポールでは夜の動物園を巡る催しが人気だ。欧州では荒廃した地区にライブハウスやバーを設け、文化を発信しにぎわいを創出した例がある。こうした試みは国内旅行者も引きつけ、地元消費の掘り起こしにも役立つ。

 英国では劇場や飲食店など「ナイトタイム産業」の市場規模が10兆円に達したとの試算もある。この流れを後押しするため、ロンドンでは地下鉄の終夜営業も始まった。日本も夜の街の魅力をどう健全に育てるか考えるべき時だ。

 日本でも私立水族館や書店が深夜に客を受け入れたり、工場の夜景鑑賞会を開いたりするなど「点」としての成功例は各地にある。こうした試みを「線」や「面」に広げ回遊、滞在してもらうには幅広い関係者の協力が要る。

 美術館や庭園が夜も開館すれば観光客に喜ばれよう。公共ホールを遅い時間でも使えれば、夜間の公演を開きやすくなる。公共交通機関の深夜運行も音楽鑑賞や観劇、飲食店経営の応援になる。

 屋台や音楽クラブなどの営業場所や時間への規制も、見直す余地はあるのではないか。欧州では市役所などに夜間観光の責任者を置き、飲食店や音楽関係者との連携の窓口や政策の司令塔になっている例もある。参考になろう。

 経営者も発想を転換すべきだ。男性の団体客が主役だった温泉街などの地方観光地は、女性客や外国人などが気軽で便利に楽しめる店がまだ足りない。市場の変化をビジネスの好機としたい。

(社説)規制委5年 対話通じて安全高めよ

 原子力規制委員会の2代目委員長に更田豊志(ふけたとよし)氏が就いて、1カ月がすぎた。

 発足から5年率いた田中俊一前委員長のもとで、更田氏は委員や委員長代理を務めてきた。田中氏と二人三脚で築いた土台をもとに、積み残された課題への取り組みが問われる。

 東京電力福島第一原発の事故後、原子力安全行政の刷新を担った規制委は、「透明性と独立性」を目標に掲げてきた。

 透明性についてはかなり徹底されている。テロ対策などを除いて会議はほとんど公開され、資料や審議内容はウェブサイトで確認できる。毎週の委員長会見は動画や速記録でたどれ、他省庁が見習うべき水準にある。

 独立性も、電力会社とのなれ合いが批判された以前の態勢と比べて改善されたと言える。

 ただ、新規制基準に照らして原発再稼働の是非を判断する適合性審査には問題が残る。評価の対象が機器などに偏り、電力会社の組織運営や職員の意識に対する審査が不十分だからだ。

 再稼働した原発の運転中の管理もまったなしの課題である。

 事故防止の第一の責任は電力会社にあるが、規制委やその実動部隊である原子力規制庁は、安全軽視の姿勢や訓練不足といった問題がないか、目を光らせる役目を負う。

 カギになるのは、電力事業者との「対話」だろう。現場への訪問などで意思疎通を図りながら、安全文化の劣化の兆候を探る。ごまかしを見抜く技術を磨くことが不可欠になる。

 世界の潮流だが、日本では手つかずだ。抜き打ち検査など緊張感を保つ手法も組み合わせ、安全を高めていけるか。更田氏は規制庁職員を米国で研修させ、検査業務に明るい米コンサルタント会社も使う考えだ。先達の知恵を生かしてほしい。

 規制委の対話力は、地震や火山噴火など人知が十分でない分野でも試される。専門の学者らと交流を重ね、最新の知見に基づく規制をめざしたい。

 柏崎刈羽(かしわざきかりわ)原発(新潟県)の再稼働について「適合」判断を示したことでは、米山隆一新潟県知事から説明を求められている。原発を抱える自治体には、規制委との距離を感じているところが少なくない。

 現地に足を運び、意見に耳を傾けて、自らの仕事を見つめ直す。そうした機会をもっと増やしてはどうか。

 独立性を追求し続けることは大切だが、孤立や独善に陥っては元も子もない。さまざまな対話を重ねて、安全性の向上につなげるべきである。

(社説)シリア内戦 「IS後」へ国際仲介を

 中東のシリア内戦は、いまも膨大な犠牲を生んでいる。戦乱の終結へ向け、国際社会は努力を結集すべき時だ。

 内戦に乗じて支配地域を広げた組織「イスラム国」(IS)が、「首都」と称されたシリアの都市ラッカを失った。

 最大の拠点だったイラクの都市モスルに続き、主な支配地域が消えつつある。恐怖と暴力で疑似的な国家をつくろうとする試みはついえたといえよう。

 長い混乱で広がった力の空白が、ISに温床を与えてきた。過激派の再興を防ぐうえでも、内戦の収束が欠かせない。

 本来、国の再建に責任をもつべきアサド政権は、今も反体制派を攻撃している。この状況を打開するには国際社会の本格的な仲介が必要であり、とりわけ米国とロシアの責任が重い。

 これまで米国はアサド政権の打倒をめざし、反体制派を支えた。逆にロシアは政権を守ろうと軍事介入した。イラン、サウジアラビアなど周辺国の思惑も絡み、事態を複雑にした。

 国連主導の和平協議では2016年、政権と反体制派で「移行政権」を発足させ、国連監視のもと総選挙を実施するなどの政治プロセスが議論された。

 しかし、関係国の綱引きのなかで何ら実を結んでいない。

 まずは米ロが全土で実効性ある停戦を実現させ、和平協議を前に進めるよう周辺国にも影響力を行使することが必要だ。

 米ロはIS問題については、テロを拡散させる脅威との見方で一致していた。だが早くも、ISの旧支配地域をめぐり主導権争いを始めている。

 ラッカを制圧したのは、米国が後押しする勢力の部隊だった。油田地帯にも軍を進めており、ロシアが反発している。

 この部隊の多くはクルド人であるため、シリアで多数派のアラブ人が警戒し、民族対立に火がつくことも懸念される。

 追い詰められたとはいえ、ISはイラク国境付近に一定の勢力を維持している。シリアが一刻も早くISを根絶し、秩序を回復するためにも、アサド政権は暴力をただちに停止し、和平協議に全面協力すべきだ。

 何より目を向けるべきは、シリアの人々の惨状である。

 6年におよぶ内戦で、死者は少なくとも30万人とされる。人口2500万の半分が家を追われた。500万人が近隣国で難民となり、630万人が国内で避難生活を送る。

 大国や周辺国の利害のはざまで、今世紀最大ともいわれる人道危機が放置されていいはずがない。

米国VSユネスコ 問われる国際機関の中立性

 加盟国からの拠出を基に運営する国際機関として、中立性を保ってきたのか。存在意義に関わる重い問題を突き付けられたと言えよう。

 トランプ米政権が、国連教育・科学・文化機関(ユネスコ)から2018年末に脱退することを決めた。19年からは、正式加盟国ではなく、オブザーバー国として関与するという。イスラエルも追随する方針を示した。

 脱退理由として、ユネスコの根本的な組織改革の必要性や、「反イスラエル的な偏向」を挙げた。今年7月に、パレスチナ自治区の「ヘブロン旧市街」がユネスコの世界遺産に登録されたことも影響したのは間違いない。

 米国はユネスコと長く対立してきた。1984年にも、政治的偏向や放漫運営を理由に脱退した。その後の合理化を評価して、2003年に復帰した経緯がある。

 11年には、パレスチナのユネスコ加盟承認に反発し、年間予算の22%を占める分担金の拠出を止めた。滞納額は5億ドルを超える。

 ユネスコ総会では、パレスチナを支持する途上国が大半を占め、米国は孤立している。親イスラエルのトランプ大統領は、留まる利益はないと判断したのだろう。

 米国脱退により、ユネスコの資金不足の恒常化は必至だ。識字率向上など、真に必要な事業に絞り込む自己改革が欠かせない。

 ボコバ事務局長は、脱退は「非常に残念だ」と述べたが、ユネスコが政治的に利用され、機能しにくくなっている、という米国の主張は的を射ている。ボコバ氏自身も「中国寄り」や「改革に後ろ向き」との批判を受けていた。

 米国脱退後に、中国の影響力が増すことが懸念される。中国が申請した「南京大虐殺の文書」は、ユネスコの「世界の記憶」に2年前に登録された。事件の犠牲者数などに関し、資料は客観性に乏しく、選考過程も不透明だった。

 中国や韓国などの民間団体は、「慰安婦に関する資料」の登録も目指す。韓国政府内で、こうした動きを支援する発言が出ているのは看過できない。

 「世界の記憶」などの事業は、文化財保護や異文化への理解促進を目的とする。反日宣伝の道具に使うのは筋違いだ。日本は昨年、ユネスコへの分担金支払いを一時保留した。公平な審査を担保する改革を求め続けねばならない。

 フランスのアズレ前文化相が近く、ユネスコの新事務局長に就く。指導力を発揮し、加盟国の信頼を取り戻してもらいたい。

重力波観測 「かぐら」の活躍を早く見たい

 世界各地の天文台が参加する国際観測網がもたらした発見だ。日本の科学技術力を高め、さらなる貢献を果たしたい。

 米国を中心とする国際研究チームが、二つの中性子星が合体して放出された重力波を今年8月に捉えたと発表した。重力波は、重い天体が高速で動く時に、宇宙をさざなみのように伝わる空間のゆがみだ。

 重力波の観測は5回目だが、過去4回はいずれもブラックホールの合体だった。中性子星の合体の観測は、初めてだ。互いの重力で引き合った結果、地球から1億3000万光年離れた宇宙で合体が起きたという。

 中性子星は極めて小さく重い。半径10キロでも太陽1、2個分の質量を持つ。合体時に中性子が鉄などの原子核に吸収され、金やプラチナなど、鉄より重い元素が作られたことが確認された。

 宇宙の成り立ちの根源に迫る仮説の実証である。天文ファンならずとも胸が躍るだろう。

 今回の重力波の観測には、米国の2台の装置に加え、欧州の1台が加わった。重力波が来る方角を絞り込むことが可能になり、研究チームは世界中の天文台に追跡観測を呼びかけた。

 ブラックホールは光が出て来ないので観測は困難だが、中性子星の合体では、電波や赤外線、可視光、ガンマ線など様々な電磁波が宇宙に飛び出す。

 日本からは、国立天文台や東京大、名古屋大などが参加した。米ハワイ州にあるすばる望遠鏡は、赤外線の分析にあたった。存在感を示せたと言えよう。

 岐阜県飛騨市では、地下深くで東大などの重力波観測施設「かぐら」の建設が進む。長さ3キロのトンネル2本がL字形に交わる構造だ。レーザー光線が鏡に反射して往復する時間の、重力波によるわずかなずれを検出する。

 性能は、欧米の施設に引けを取らない。2019年にも本格観測を開始し、国際観測網に加わる予定だ。重力波源の絞り込みに寄与するのは間違いない。一日も早く稼働させてもらいたい。

 先端の天文観測装置は精密技術の粋であり、国の科学技術水準の高さを表す。重力波の観測計画は、中国やインドでも進む。国際協力と同時に、激しい競争にも対応していく必要がある。

 日本の宇宙物理研究は世界のトップレベルで、ニュートリノやX線の観測など、優れた成果が多い。政府には、こうした基盤を維持する取り組みが求められる。

2017年10月29日日曜日

衆院選後の国会 首相の謙虚さが試される

 11月1日に召集される特別国会の日程がいまだに決まらない。

 政府・与党は一定の審議には応じる方針だという。ただし、その一方で衆院選で大勝した自民党から、これまで野党に手厚くしてきた国会での質問時間の配分を見直して、野党の時間を減らす意見が出ている。

 安倍晋三首相は選挙後、「謙虚に」「真摯(しんし)に」との言葉を繰り返している。だが野党質問の削減は、およそそれとはかけ離れた姿勢だろう。こうした見直しには反対だ。

 特別国会について、自民党はこれまでトランプ米大統領の来日など外交日程が立て込んでいることなどを理由に、会期を8日までとする日程を野党側に示してきた。

 その場合、首相の所信表明演説も行わず、年内は臨時国会も開かない方針だったというから驚く。結局、野党からの批判を受け、審議には応じる判断に傾いたようだ。

 そもそも首相が先の臨時国会冒頭で衆院解散に踏み切ったのは、森友学園や加計学園問題の追及を避けるための疑惑隠しではないかと言われてきた。

 選挙中も両問題に対する首相の説明は論理のすり替えが目立ち、衆院選後は既にこの問題は決着したと言わんばかりの姿勢を示している。

 もちろん決着したとは到底言えない。また首相が「国難」と語る北朝鮮問題についても、現在の情勢を含めて、ほとんど政府は説明していない。これも自民党が大勝したから、省略していいという話ではない。

 それを考えれば、所信表明演説や各党代表質問だけでなく、予算委員会などを開き、山積している課題に対して与野党が腰を据えて議論をするのは当然だ。

 小泉純一郎政権時代の2005年には「郵政選挙」で自民党が圧勝した後、特別国会が42日開かれた例もある。今回も外交日程をこなす一方で、特別国会の日程を大幅に確保したり、改めて年内に臨時国会を開いたりするのは十分可能ではないか。

 国会の大きな役目は政府をチェックすることだ。従来、与党の質問は自画自賛型に陥りがちで、その役割を果たしているようには思えない。

 そうした与党の質問時間を増やすというのも、国会を軽んじる安倍首相や自民党の姿勢の表れだろう。

第71回読書週間 本との出合いを広げたい

 秋の深まりとともに、第71回読書週間が始まった(11月9日まで)。ことしの標語は「本に恋する季節です!」。読書離れが続く中、本との出合いを広げる手立てを考えたい。

 数ある国内の文学賞はどれぐらい読者を増やしているのだろう。

 毎日新聞が16歳以上を対象に実施したことしの読書世論調査で、受賞を参考にして本を買ったことがあると答えた人が25%にのぼった。

 2015年の芥川賞受賞作、又吉直樹さんの「火花」は、ミリオンセラーになった。恩田陸さんの「蜜蜂と遠雷」は、ことしの直木賞と本屋大賞をダブル受賞して注目された。

 今月初旬には、長崎県出身の日系英国人作家カズオ・イシグロさんのノーベル文学賞受賞が決定し、その日本的感性が話題を集めている。

 イシグロ作品の邦訳版を出版する早川書房は、8作合わせ105万5000部を増刷した。同社は「受賞により読者層が広がった」と話す。

 社会現象にならなくても、文学賞は本と出合う一つのきっかけになるだろう。それを糸口に別のジャンルの本にも取り組んでみたい。

 子どもにも本離れは進んでいる。スマートフォンの普及に加え、街の書店が減った影響は見逃せない。

 全国学校図書館協議会(全国SLA)と毎日新聞が小中高校の児童、生徒を対象に行ったことしの学校読書調査によると、本屋に行くと答えた割合が、12年の調査に比べ小中高のいずれも11~8ポイント減っていた。

 気がかりなのは、図書館の利用も小中高と進むにつれ減る傾向があることだ。学校図書館に行くと答えた割合は、小学校の59%に対し、高校生は13%。こちらも、12年調査より小中高のすべてで減少した。

 学校教育では、討論や調べ学習を通じて主体的に学ぶ方向が示されている。学校図書館を「学びの場」として活用することも期待されているが、専門家は自然科学や社会科学などの蔵書が少ないと指摘する。

 蔵書を見直し、学校図書館を充実させるには、先生の努力だけでなく自治体の財政支援が必要だ。子どもの頃に本の楽しさを知ると、成長してからも読書は身近になる。

 本の中には著者のメッセージが詰まっている。人生を豊かにしてくれる本の魅力を若い層に伝えたい。

米IT企業の決算が示す株高持続の条件

 世界の株式市場が上昇基調を保っている。ダウ工業株30種平均が最高値圏にある米国市場を起点として、日本や欧州に株高が広がるという構図だ。

 米国で株価上昇が続いている最大の要因のひとつが、好調な企業業績だ。米調査会社トムソン・ロイターによれば主要500社の2017年7~9月期決算は前年同期に比べ7%程度の増益となったもようだ。IT(情報技術)関連を中心に7割超の企業は、アナリストの事前予想を上回る好決算を発表している。

 一方で、株価上昇が長く続いていることへの警戒感も高まってきた。世界の株高をけん引する米国企業の収益に陰りが見えないかどうかといった点にも、目を凝らす必要がある。

 株価の上昇にむすびつく米IT企業の決算には、大きく分けてふたつの特徴がある。

 ひとつはグローバルな景気拡大の恩恵を受け、米国だけでなくアジアなど国外の業務が収益に貢献していることだ。

 グーグルの持ち株会社であるアルファベットの7~9月期の純利益は前年同期比33%増え、過去最高となった。業績を押し上げたのはアジアでの広告収入の伸びだ。赤字続きのツイッターも日本などアジアの売上高が伸び、上場後初の黒字転換の道筋が見えてきたとの声が聞かれた。

 もうひとつの特徴は構造改革だ。IBMは22四半期連続して減収となった。しかし新分野として投資を続けてきたクラウド事業の拡大が予想を上回ったため、株式市場の評価は高まった。

 日本でも業績の上方修正が相次ぎ、日経平均株価は21年3カ月ぶりに2万2000円台を回復した。業績の裏づけを伴う株価上昇は消費者心理の好転につながり、経済全体に良い影響を与える。日本企業が米国企業と競いグローバル化と構造改革の手綱を緩めないことが、株価の持続的な上昇と景気回復のために重要となる。

 世界を見渡せば北朝鮮の核ミサイル問題など地政学リスクがくすぶる。米欧の中央銀行が金融緩和からの出口戦略に動いていることもあり、金融市場の先行きには不透明感も強まっている。

 企業が収益力を高め、市場変動に対する抵抗力をつけているかどうか。投資家は過度の楽観に傾くことなく、厳しく見きわめなければならない。

福島復興へ汚染土の処理急げ

 東京電力・福島第1原子力発電所の事故で生じた放射性物質を含む汚染土を運び込み、最長30年にわたり保管する中間貯蔵施設が福島県大熊町で稼働した。

 原発事故から6年半以上たち、福島県内の除染は原発に近い帰還困難区域を除けばほぼ終わった。だが除染に伴って生じた汚染土は各地の仮置き場に保管されたままだ。貯蔵施設の稼働を機に、国や自治体は仮置き場の解消を急ぎ、復興に弾みをつけてほしい。

 この施設は大熊町と双葉町にまたがり、最大で東京ドーム18個分に当たる約2200万立方メートルの汚染土を受け入れる。環境省が総事業費約1兆6000億円を投じ、昨年秋に施設の建設を始めた。その一部が完成し、土壌を運び込むことになった。

 稼働にこぎつけたとはいえ、なおも課題は多い。ひとつは建設予定地が東京都千代田区の約1.4倍、1600ヘクタールに及び、国がこれまでに取得できたのは約4割にとどまっていることだ。

 地権者は2300人を超え、国からの補償内容に難色を示している人もいる。環境省は施設の意義や目的を粘り強く説明し、地権者の理解を得て用地取得に全力を挙げてもらいたい。

 各地の仮置き場から中間貯蔵施設へ汚染土を円滑に輸送できるかも課題が残る。沿道は大型トラックが頻繁に行き交うことになり、汚染土の飛散防止や交通事故への対策が欠かせない。国が事前に輸送計画を丁寧に説明し、住民の理解を得ることが大事だ。

 仮置き場が解消すれば、住民の被曝(ひばく)リスクを下げられる。仮置き場がある自治体も輸送に協力する必要がある。

 国は福島県を汚染土の最終処分地にしないと約束している。だが中間貯蔵施設の運用終了後、汚染土を県外に運び出す見通しがあるわけでもない。土壌の分別により貯蔵量を減らしたり、貯蔵中に放射線量が下がった土壌をより分けたりするなど、汚染土の量を減らす技術開発にも注力すべきだ。

(社説)指導死 教室を地獄にしない

 子どもたちの可能性を伸ばすべき学校が、逆に未来を奪う。そんな過ちを、これ以上くり返してはならない。

 教師のいきすぎた指導が生徒を死に追いやる。遺族たちはそれを「指導死」と呼ぶ。

 福井県の中学校で今年3月、2年生の男子生徒が自死した。宿題の提出や生徒会活動の準備の遅れを、何度も強く叱られた末のことだった。

 有識者による調査報告書を読むと、学校側の対応には明らかに大きな問題があった。

 周囲が身震いするほど大声でどなる。副会長としてがんばっていた生徒会活動を「辞めてもいいよ」と突き放す。担任と副担任の双方が叱責(しっせき)一辺倒で、励まし役がいなかった。

 生徒は逃げ場を失った。どれだけ自尊心を踏みにじられ、無力感にさいなまれただろう。

 管理職や同僚の教員は、うすうす問題に気づきながら、自ら進んで解決に動かなかった。肝心な情報の共有も欠いていた。追いつめられた生徒が過呼吸状態になっても、「早退したい」と保健室を訪ねても、校長らに報告は届かなかった。

 生徒が身を置いていたのは、教室という名の地獄だったというほかない。

 だがこうしたゆがみは、この学校特有の問題ではない。「指導死」親の会などによると、この約30年間で、報道で確認できるだけで未遂9件を含めて約70件の指導死があり、いくつかの共通点があるという。

 本人に事実を確かめたり、言い分を聞いたりする手続きを踏まない。長い時間拘束する。複数で取り囲んで問い詰める。冤罪(えんざい)を生む取調室さながらだ。

 大半は、身体ではなく言葉による心への暴力だ。それは、教師ならだれでも加害者になりうることを物語る。

 文部科学省や各教育委員会は教員研修などを通じて、他の学校や地域にも事例を周知し、教訓の共有を図るべきだ。

 その際、遺族の理解を得る必要があるのは言うまでもない。調査報告書には、通常、被害生徒の名誉やプライバシーにかかわる要素が含まれる。遺族の声にしっかり耳を傾け、信頼関係を築くことが不可欠だ。

 文科省は、いじめを始めとする様々な問題に対応するため、スクールロイヤー(学校弁護士)の導入を検討している。

 求められるのは、学校の防波堤になることではない。家庭・地域と学校現場とを結ぶ架け橋としての役割だ。事実に迫り、それに基づいて、最良の解決策を探ることに徹してほしい。

(社説)がん基本計画 めざす目標をはっきり

 必要な措置はひととおり盛り込まれた。だが、具体的な数値目標や水準が示されない項目が多いのは、どうしたことか。

 閣議決定された第3期がん対策推進基本計画のことだ。

 今後6年間の施策の指針となるもので、小児や働く世代に加え、思春期や若年成人、高齢者への支援・診療体制をつくる必要性が明記された。また、遺伝情報をもとに治療方針を決める「ゲノム医療」の推進をうたうなど、これまでの計画以上に手厚い内容になっている。

 しかし各施策の個別目標を見ると、「検討する」「進める」などの表現が多い。これでは実現への道筋が見えず、将来、成果を分析し、評価・検証する作業が難しくなりかねない。

 たとえば、どこまで治療するのが患者本人のためになるか、判断が難しい高齢者について、「診療ガイドラインを策定した上で、拠点病院等に普及することを検討する」とある。

 大切なのは、普及でも検討でもない。患者の要求にかない、生活の質の向上につながる診療が、現場でどれだけ行われるかだ。その視点で目標を設定するべきではなかったか。

 第2期までの計画にあった、75歳未満のがん死亡率(10万人あたりの死亡人数)を「10年間で20%減らす」という目標も、今回なくなった。15年までの10年間の実績は16%の減少。「死亡率にばかりこだわるべきではない」との考えはあるものの、再び目標を達成できなかったときの批判を恐れたとすれば、本末転倒ではないか。

 数値目標がなくなると知り、「対策の評価が難しくなる」などとして、独自に目標を設けることを決めた県もある。

 一方、がんの早期発見に関しては、検診の受診率を50%(現在30~40%台)に、そこで異常が見つかったときの精密検査の受診率を90%に、それぞれ引きあげることが設定された。

 人々に検診の重要性が伝わっていないのか。仕事を休めないなどの事情があるのか。好成績の自治体はどんな工夫をしているか。原因を分析し、効果的な対策につなげてもらいたい。

 焦点だった受動喫煙対策は、法律でどんな規制をするか、政府と与党の調整がついていないため、先送りとなった。

 社説でくり返し主張してきたように、職場や家庭、飲食店での受動喫煙をすべてゼロにするとの考えを、計画にはっきり書くべきだ。周知や準備の期間を考えると、東京五輪・パラリンピックの20年まで猶予はない。これ以上の遅れは許されない。

いじめ10万件増 兆候の早期発見で深刻化防げ

 いじめはどの学校でも起こり得る。この認識を教職員が共有することが第一歩だ。悲劇を繰り返さないため、軽微に見えるトラブルも見逃さない姿勢を徹底すべきだ。

 全国の小中高校などで昨年度に把握されたいじめは過去最多の32万3808件に上ったことが、文部科学省の調査で分かった。前年度より10万件近くも増えた。

 小学校の件数が1・5倍に急増したのが要因だ。今回から、けんかやふざけ合いに見えるケースもいじめの可能性を慎重に見極めるよう各校に徹底した。学校現場の意識改革が進み、掘り起こしに努めたことも影響したようだ。

 把握のきっかけは、本人の訴えが2割弱で、保護者からは1割にとどまる。学級担任による発見は1割で、大人の目が届きにくい実態が浮かぶ。半数が学校によるアンケートなどで発覚しており、有効に活用する必要がある。

 1000人当たりの認知件数が97件と全国最多の京都府は、「いやな思いをしたこと」の具体例を児童生徒に選択式で回答させるアンケートを年2回実施する。

 記述式に比べ、周囲に気づかれずに被害を伝えやすい工夫だ。面談での聞き取りも併せて行う。他の自治体も参考にしてほしい。

 青森市では、昨年8月、いじめ被害を訴えて女子中学生が自殺した。これを機に、多くの学校が月1回程度アンケートを行った結果、認知件数が前年度の10倍を超えた。それまで見過ごされていた事案が表面化したのだろう。

 2013年施行のいじめ防止対策推進法は、子どもが心身に大きな被害を受けるいじめを「重大事態」と定義する。昨年度は計400件が報告された。いじめを苦にした自殺も10件に上った。

 大切なのは、被害を早期に把握した上で、学校が迅速かつ適切に対応することだ。安易にいじめが解消したと結論づけず、継続的に見守る必要がある。

 学級担任の教師が1人で問題を抱え込まず、管理職やスクールカウンセラーらと連携し、きめ細かく対策を講じる。そうした態勢を構築することも重要である。

 道徳の授業などで、いじめが許されない行為だと繰り返し訴えることも欠かせない。

 中学、高校生に多い携帯電話によるいじめは、発見が一層困難だ。ソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)などで、生徒が気軽に相談できる仕組みを広げたい。ネットの適切な使い方を教えることも求められる。

モーターショー 電気自動車は未来をひらくか

 100年に1度といわれるクルマの大変革にどう挑むか。日本が培ってきた技術力で次世代車の開発を加速したい。

 隔年開催の東京モーターショーが開幕した。

 国内外の約150の自動車関連企業が参加している。最新車や先端技術を盛り込んだ未来のクルマを発表する祭典だ。

 今回、目を引くのは、排ガスを出さず、環境への負荷が少ない電気自動車(EV)である。

 大気汚染に悩み、EV普及を急ぐ中国、英国、フランスなどの世界的な動きを反映している。展示各社とも、エコカーの主役となる可能性が高いEVを軸に、より高性能な次世代車の実用化を目指す方針を相次いで打ち出した。

 水素を使って内部発電する燃料電池車に注力してきたトヨタ自動車が、充電タイプのEV重視の姿勢を鮮明にしたのは象徴的だ。

 トヨタは、中核部品の蓄電池で、性能の飛躍的向上を2020年代前半に実現すると公約した。

 現在のEVは充電に時間がかかり、走行距離もガソリン車に比べて短いなど使い勝手に難がある。蓄電池の技術開発が進めば、EVのハンデ克服が見えてくる。

 EV量産車リーフで先行した日産自動車も、走行距離を伸ばした試作車を展示した。海外勢では、独フォルクスワーゲンが、25年までに約50車種のEVを投入する目標を明らかにしている。

 EVを中心とした電動車戦略の成否が、世界の自動車市場の勢力図を塗り替える可能性が高い。

 日本勢は、エンジンとモーターを併用するハイブリッド車でエコカー市場を主導してきた。

 EVでは専業の米テスラが存在感を放つなど、日本メーカーが勝ち抜ける保証はない。自社グループ外の電機メーカーなどを巻き込み、業界の垣根を越えた開発体制作りが欠かせまい。

 展示のもう一つの注目点は、自動運転だ。各社は人工知能やセンサーを活用し、「ぶつからない車」の実用化を競っている。

 高齢化と人口減が急速に進む日本で、自動運転車が実用化される意義は大きい。

 高齢の運転者による交通事故防止に役立つ。人口減によって公共交通機関の維持が難しい地域への恩恵も期待できる。

 無論、最先端技術が社会に受け入れられるには、品質への信頼が大前提となる。日産の無資格検査など不祥事が後を絶たない。ものづくりの質を高める不断の取り組みを忘れてはならない。

2017年10月28日土曜日

スバルでも不正発覚 日本ブランドを揺るがす

 日本経済を支えてきたものづくりを揺るがす事態が続いている。

 日産自動車に次いで、SUBARU(スバル)でも車の検査を巡る不正が発覚した。

 スバルは無資格者が検査し、正規の検査員のハンコを書類に押していた。不正は30年以上も続き、常態化していたという。全車種を対象に25万台超をリコール(回収・無償修理)する事態に追い込まれた。

 日産の不正もスバルと同じ無資格者の検査だが、ずさんな対応が消費者の不信をさらにかき立てた。問題が発覚して対策を講じたと発表した後も、無資格検査を続けたのだ。

 一段と悪質なのは、神戸製鋼の製品データ改ざんである。

 品質を保証する日本工業規格(JIS)の認証を受ける際も不正を働いた。JISは基準が厳しく、海外での日本製品への信頼を高めてきたが、これを大きく損なった。

 懸念されるのは、国際的な不信の広がりだ。

 神戸製鋼の製品は米自動車メーカーなどが購入しており、米司法当局が調査に乗り出した。欧州の航空安全当局も航空機メーカーに使用を控えるよう勧告した。スバルや日産も米国など海外が有力な市場だ。

 日本を代表する企業の相次ぐ不正は、品質に裏打ちされた「日本ブランド」への信頼を失わせかねない。

 日本は輸入した原材料を加工し製品を輸出して成長してきた。中国が安い人件費を武器に「世界の工場」として台頭しても、日本製品は優れた品質で競争力を保ってきた。

 その源泉となったのは、きめ細かな生産工程と職人かたぎの誠実な仕事ぶりだ。品質管理への不信が強まれば、日本製品への信用も低下する。海外の消費者やメーカーの間で、日本製品そのものの購入を控える動きが広がってもおかしくない。

 不正の原因は人手不足や納期優先で品質管理がおろそかになったためとも指摘されている。国際競争が激しくなり、日本企業もコスト削減を迫られているが、生産現場にしわ寄せが及んだのだろうか。

 問題を起こした企業は速やかに全容を解明し、信頼回復を急ぐべきだ。トヨタ自動車などは検査体制に問題はなかったと国に報告したが、ほかの企業も点検に努めてほしい。

東京五輪まで1000日 機運を高めていく節目に

 この週末、東京の街は2020年東京五輪を先取りしたにぎわいに包まれることだろう。

 きょうで五輪開幕まであと1000日となった。著名な選手がトークショーを行うなど、パラリンピック開幕1000日前の来月29日まで約1カ月間、さまざまなイベントが催される。

 日本開催の夏季五輪は56年ぶりだ。約2年9カ月後の大会を「まだ先のこと」と思う人もいるかもしれないが、1000日前をきっかけに次第に機運は高まってくるだろう。

 200を超す国・地域の約1万1000人に上る選手を受け入れる準備を日本全国で広げていきたい。

 五輪は、東京や競技が行われる都外の自治体にとどまらず、日本中に活力を与えてくれる。

 参加国・地域の選手団と人的、文化的に相互交流を図る「ホストタウン」計画には現在、74の国・地域を相手に、46都道府県の179件が登録されている。

 津軽半島にある人口約2800人の青森県今別町は、前町長が選手だったことなどからモンゴルのフェンシング代表の事前合宿地となった。すでにジュニアチームが合宿を行うなど交流は始まっている。

 長野県佐久市では、都市名が同じエストニア・サク市と中学生が訪問し合い、交流を深めている。今後もより多くの自治体に、ホストタウンに手を挙げてほしい。

 約100日間かけて全国を回る聖火リレーも全国で五輪機運を醸成するだろう。

 組織委は、東日本大震災や熊本地震など大災害の被災地を手厚く回る方針だが、各地の詳細なルートは各都道府県が決める。選定が進めば、五輪への参加意識がより育まれると期待したい。

 大会経費はさらなる削減を国際オリンピック委員会(IOC)から求められた。ゴルフなど会場輸送に問題を抱える競技もある。テロ対策は警備員の確保などが急務だ。

 こちらの準備に遅れは許されない。東京都など関係機関はこれまで以上に連携を密にしてほしい。

 受け取った活力を世界に返すのも日本の役目だ。東京大会を成功させ、将来の五輪にどうつなげるかも考える節目にしたい。

欧州中銀は混乱なき緩和縮小を探れ

 欧州中央銀行(ECB)が2018年1月から国債などの資産購入額を減らし、量的金融緩和を縮小することを決めた。米連邦準備理事会(FRB)に続いて、大規模緩和からの出口に向かう。ECBには、政策転換に伴う市場や海外経済への影響にも十分な目配りをしてほしい。

 ECBは26日、現在は毎月600億ユーロ(約8兆円)としている国債など資産購入額を、来年1月から毎月300億ユーロに減らして9月末まで9カ月間は買い入れを続けることを決めた。同時に経済状況しだいでは買い入れ期間を延長したり、資産購入規模を再拡大したりする可能性も示した。

 ECBは緩和縮小に伴うユーロ高など為替市場への影響も注視しながら、緩和縮小を段階的に進める見通しだ。

 08年のリーマン・ショック後の世界金融危機に対応し、日米欧の主要先進国は、国債など資産を購入する異例の金融緩和策を進めてきた。

 10年近くたって世界経済は回復軌道に乗り、中央銀行も徐々に金融緩和の縮小にかじを切り始めた。先を行く米国は、今月から保有資産の圧縮に動き始めた。英イングランド銀行(中央銀行)も近く、金融危機後では初めて政策金利の引き上げに動くとの観測が強まっている。

 世界経済は堅調で、株式、不動産など資産価格も上昇基調が続いている。資産価格が上がる背景には、実体経済の回復や企業業績の好転とともに、主要中央銀行による大規模な金融緩和の影響もあるとみられる。米欧の金融緩和政策が大きな転換点を迎えるなかで、今後市場にどんな反応が出てくるかは注意が必要だ。

 日銀は13年に就任した黒田東彦総裁のもとで、2%の物価目標達成を目指して金融緩和を続けている。足元の消費者物価(生鮮食品を除く)上昇率は1%にも届かず、目標達成への道は険しい。ただ、米欧の金融緩和の縮小で長期金利が上がれば、日本の金利にも上昇圧力がかかる可能性がある。

 米欧の緩和縮小で、新興国への資金流入にどんな影響が出てくるかも気がかりだ。米欧とも物価上昇率は落ち着いているので金融引き締めを急ぐ緊急性はない。米欧の中央銀行は、自らの政策が国際的な資金移動や海外経済に及ぼす影響も点検しながら、慎重に政策を運営してほしい。

課題多い第3期がん対策計画

 政府は第3期がん対策推進基本計画を決めた。柱の一つとした遺伝情報に基づくがんの診断・治療は世界の潮流であり、早期の実現を望む。一方、受動喫煙対策で数値目標を見送ったのは問題だ。今後の見直しで改善を求めたい。

 がん研究は第2期基本計画が始まった12年から劇的に進み、米欧では診断・治療の際にゲノム(全遺伝情報)を調べるのが当たり前になってきた。

 従来のように胃、大腸など臓器ごとではなく患者の遺伝子の異常に応じて治療法を決める。最適な薬を投与でき生活の質(QOL)向上にもつながる。こうした「がんのゲノム医療」は米欧が先行し日本は周回遅れだった。

 新計画を機に厚生労働省はまず、正確なゲノム解析ができる拠点病院を早急に決め、全国で質の高い診断が受けられる態勢を整える必要がある。国立がん研究センターは積極的にノウハウを提供し、人材育成に努めてほしい。

 ゲノム解析装置を医療機器として承認し、検査を保険の対象とするなどの普及策も要る。患者が解析結果の意味を正しく理解できるよう、カウンセリングの充実も課題だ。人材が不足しており国をあげて育成しなければならない。

 第3期計画はがんの予防も重視しているが、焦点となった受動喫煙の防止策は中途半端だ。

 基本計画案を議論した専門家らの協議会は、20年までに受動喫煙にさらされる人をゼロにする目標を明記すべきだと結論づけていた。しかし喫煙問題を健康増進法改正案にどう盛り込むかをめぐり、厚労省と自民党の調整が難航しているため記載は見送られた。

 行政・医療機関で22年度までにゼロにするなどの目標を掲げた第2期計画よりも後退した印象だ。

 法案が通ったあとに、それに合わせて計画に目標を追記するというが、順序が逆だ。基本計画には協議会の総意としてゼロ目標を書き込み、その実現に少しでも近づけるよう法改正をめざすのが本来の姿だろう。

(社説)アスベスト禍 本格救済に乗りだせ

 被害救済にむけて歩を進めた部分と、やや後退した部分と。注目された初の高裁判決は、双方の顔をもつものとなった。

 建材に含まれるアスベスト(石綿)の粉じんを吸って中皮腫や肺がんなどを患った建設労働者と遺族が起こした裁判で、東京高裁は国と建材メーカー4社に賠償を命じた。

 地裁レベルでは「国は適切な規制をしなかった責任がある」との見解がほぼ定着している。高裁も追認したが、責任があるとされた期間は、いくつかの地裁判決よりも絞りこまれた。

 諸外国に比べて規制に乗りだした時期が大幅に遅れた労働行政に対し、もっと厳しい姿勢でのぞむべきではなかったか。疑問が残る判断である。

 一方、地裁段階では難しいとされた企業の責任については、踏みこんだ考えを示した。

 建設労働者の多くは、長期にわたり、さまざまな現場で作業するため、どのメーカーの建材が病気の原因となったか、特定するのは難しい。この点、高裁は、製造期間や市場の占有率などから、各社の責任の割合を推定できると述べ、慰謝料支払いを命じる対象とした。

 また、個人事業主として扱われ、労働法令の保護が及ばない「一人親方」についても、働き方の実態を踏まえ、労働者と扱うことなどによって救いの手を差し伸べている。今回の判決の注目すべき点といえる。

 改めて浮かびあがるのは、アスベスト問題の深刻さだ。

 70~90年代に大量に輸入されたアスベストは、吹き付け材や屋根などの建材に使われ、日本の経済成長を支えた。

 そしていま、当時粉じんを吸いこんだ建設労働者が、重い病にかかり、苦しみながら亡くなっている。潜伏期間が数十年と長く、被害はこれからさらに広がると予想されている。

 10年以上前につくられた救済制度はあるが、国の法的責任を前提としたものではなく、支払われる金額も低い。今回、高裁でも責任が認められた重みを真摯(しんし)に受けとめ、国と関連企業は本格救済に動くべきだ。

 患者らは、アスベストによって利益をあげた関連企業と国による新たな補償基金の創設を訴えている。大気汚染の被害救済のために、原因物質を出した企業に負担を求めた「公害健康被害補償制度」の例もある。一人親方の問題も含め、幅広い枠組みを検討してほしい。

 病気の性質上、被害に気づいていない人も少なくない。医療機関と連携し、発見・治療・補償を実現する工夫も必要だ。

(社説)スポ庁2年 存在意義が問われる

 何をやっている役所なのか、よくわからない。それが大方の印象ではないか。

 文部科学省の部局を「昇格」させてスポーツ庁ができて2年になる。スポーツ行政の効率化や一体化が狙いだったが、まだ成果は乏しく、存在感は薄い。

 象徴的なのは、東京五輪が開かれる20年までの任期延長が決まった際の、鈴木大地長官の記者会見だ。健康増進のためとして、スニーカー通勤を奨励するプロジェクトを打ち上げた。だが役所が仰々しく音頭をとるような施策ではないだろう。

 取り組むべきことはたくさんある。たとえば今年3月策定の第2期スポーツ基本計画にも盛り込まれた「総合型地域スポーツクラブ」の充実だ。

 そもそもは、地域のスポーツ環境を整えるため90年代に提唱された。複数の競技を用意し、年齢や技術に応じて活動できるよう、中学校区単位で全国に配置することをめざした。

 これまでに全市区町村の8割に、3500を超すクラブができた。しかし昨年度のスポーツ庁の調査で、年間予算300万円以下のところが5割超を占める▽指導者の半数は資格を持たない▽行政との連携も十分とはいえない――など、貧弱な実態が浮き彫りになった。

 「地域事情にあったクラブを」という名目の下、手本になるモデルも示さず、現場任せにしてきた結果ではないか。

 スポーツ庁も危機感を抱き、「基本計画」に沿って体制を築き直す考えだ。すべての都道府県に支援の窓口を設け、指導者の確保や組織運営のノウハウの伝授などを進めるという。

 大事なのは、クラブ側も自らの存立目的を整理することだ。クラブに期待されるものは、学校の部活動との連携、子育て支援、健康づくり、介護予防などさまざまで、網羅するのは不可能と言っていい。

 まず得意な分野をうち立て、そこを核に認知度を高め、人やカネの流れを生みだし、地域に根を張ってゆく。そんな構えで臨んでもらいたい。

 大学が地域貢献策の一つとして、体育施設の開放や指導者の派遣を行い、クラブ運営に取り組む例も増えている。地域によっては参考になるだろう。

 健康増進、自治体との関係作り、公共の建物の建設・維持などでは、他省庁との調整が欠かせない。スポーツ庁にはその作業を担い、さらに進んで司令塔の機能を果たすことが期待されるが、理想と現実の溝は深い。

 存在意義が問われる3年目であることを自覚すべきだ。

商工中金不正 公的金融の意義を問い直せ

 公的融資の水増しを全社的に行っていたとは、あきれるほかはない。

 商工組合中央金庫(商工中金)による危機対応融資の不正問題で、経済産業省などが業務改善命令を出した。経営責任の明確化や企業統治体制の強化を求めた。

 危機対応融資は、金融危機などで経営難に陥った企業に低利融資する制度だ。リーマン・ショックなどの際、商工中金と日本政策投資銀行を通じて、倒産拡大を防ぐ「安全網」の役割を果たした。

 商工中金は危機が去った後も、取引先の売上高などを実際より悪い数字に改ざんして、危機融資の実績を上積みしていた。

 不正は、全100店舗のうち97店で見つかった。件数は4609件に上り、2646億円が不正に融資されていた。まさに組織ぐるみの不祥事である。

 原因は、過剰なノルマ主義や取締役会の機能不全など多岐にわたっている。危機融資を武器にして組織の維持・拡大を図ったと言わざるを得ない。

 安達健祐社長(元経産次官)はできるだけ早期に辞任し、後任を民間経営者らから選ぶ方向となった。当然の対応である。

 商工中金には、安達社長をはじめ所管官庁のOBが天下りしている。政府系金融機関のトップや役員を官僚OBの“指定席”としてきた慣行を改めねばならない。

 商工中金を監督する経産省の責任も重い。管理不行き届きとの批判は免れまい。

 経産省は危機対応融資に対する検査と同時に、制度立案や予算獲得、事業推進などを担っていた。結果的に、不正の背中を押すことにならなかったのだろうか。

 経産省は世耕経産相や次官が給与を返納する処分を行った。組織としてのけじめをつけたというが、甘さは否めない。

 経産省の有識者会議は、商工中金の在り方について年内に結論を出すという。「平時」における商工中金の体制や適正規模について踏み込んで議論してほしい。

 民業圧迫の実態や完全民営化の是非を含め、商工中金の存在意義を問い直すべきだ。

 不祥事を受け、危機対応融資の「不要論」もくすぶる。ただ、危機は突然に発生・拡大する。平時は対象や規模を大幅に絞りつつ、公的融資を機動的に発動できる枠組み自体は維持したい。

 無論、危機を装った不正が繰り返されることのないよう、融資実態の監視強化など、制度を厳格化する必要がある。

前原代表辞意 民進はどこへ向かうつもりか

 解党に向かうはずが、一転、存続するという。民進党は一体どこに向かうのだろうか。

 民進党の前原代表は両院議員総会で、衆院選での自民党大勝を受け、「政治は結果責任だ。責任を痛切に感じている」と述べ、党の方向性が決まった時点での辞任を表明した。

 安倍政権を倒すため、民進党を事実上、希望の党に合流させ、自民党に対抗できる野党勢力を結集する構想は不発に終わった。その責任を取るのは当然だ。

 両院議員総会では、残留していた参院議員や地方議員を衆院選後に希望の党に合流させるとしていた方針の撤回を決めた。

 衆院で新会派を結成した岡田克也元代表ら無所属当選組も党籍を残すという。前原氏の後任の新代表を近く選出する見通しだ。

 出席者からは「即刻辞めるべきだ」などと、前原氏への批判の言葉が相次いだ。

 だが、合流方針については、参院議員を含めて、先月下旬の両院議員総会において拍手で了承していた。節を曲げてまでも、希望の党の小池代表の人気にすがったのではなかったか。まずは、自らの対応を反省すべきだろう。

 民進党内には、立憲民主党などとの合流を含め、野党の再々編を求める意見がある。

 野党勢力の将来の結集自体は否定すべきではない。だが、党勢の低迷が続いた民進党が、不人気な党の看板を隠して衆院選に臨み、その直後に手のひらを返したように再結集を図るのは、有権者の理解を到底得られまい。

 希望の党は両院議員総会で、幹事長に大島敦・元総務副大臣の起用を決めた。首相指名選挙では、渡辺周・元防衛副大臣に投票することになった。

 小池氏が国政から距離を置くことで、民進党出身者が党運営を担うことになる。来月にも共同代表を選挙で決めるという。

 看過できないのは、小池氏の求心力低下を見計らって、党が掲げる憲法改正や安全保障関連法の容認を反故(ほご)にしようとする動きが、公然と出てきたことである。選挙中だけ自らの主張を封印したと勘ぐられても仕方あるまい。

 「将来、政権交代しても、外交・安保政策は継続させるべきだ」とする小池氏の認識は正しい。

 抵抗政党への「先祖返り」はあってはならない。

 決めたことを守らない。決めた後で不満を口にする。こうした民主党以来の欠点を改めない限り、国民の信頼は回復しまい。

2017年10月27日金曜日

不正横行の商工中金 存続させる意義あるのか

 ここまで不正がはびこった組織を存続させる意義があるのだろうか。

 政府系金融機関の商工中金は、中小企業向けの不正融資が約4800件に上り、全国100店のほぼすべてで行われていたと発表した。

 ほかにも中小企業対象の景況調査を聞き取りせずに勝手に作ったり、補助金申請の関係書類を偽造したりとさまざまな不正が発覚した。ずさんな体質にあきれるばかりだ。

 不正があった融資は、経済危機や大規模災害などで経営が悪化した企業に低利で貸す制度だ。書類を改ざんし、対象でない健全な企業にも融資して実績を水増しした。

 国が利子補給するため、民間金融機関の融資圧迫につながらないよう配慮が必要と関係法令で定めているが、経営陣は収益の拡大に利用した。法令順守意識の欠如がほかの不正も招く背景になったという。

 問題の根源は、中小企業向け融資を自らの存在意義と位置付け、政策金融の役割を逸脱したことだ。

 2005年の政策金融改革に伴い、商工中金は15年までの完全民営化が決まっていた。だが、リーマン・ショックなどの危機への対応を理由に先送りされている。政策金融の重要性をことさら強調し、完全民営化を逃れようとしたのではないか。

 最近の社長は2代連続で経済産業省事務次官の経験者だ。天下り先の確保を優先し、監督官庁として経営をチェックする立場をおろそかにしたとみられても仕方がない。

 世耕弘成経産相は、今回の問題で退任する社長の後任を民間から起用する意向を表明した。ただ、見直しに取り組む姿勢を示しているのは、批判をかわし、組織や業務自体は温存したい考えからとも言える。

 中小企業向けの政策金融は安全網として重要だ。しかし商工中金が担う必要はない。今回の不正で公金を扱う責任感がまるでないと分かった。他の政府系金融機関に集約したり、民間金融機関が信用保証協会と組んだりしてできるはずだ。

 商工中金は戦後、資金力の乏しい民間金融機関に代わって中小企業に融資し、高度経済成長を支えてきた。経済が成熟し、カネ余りが目立つようになった今、役割は薄れている。統廃合も含めて、抜本的な見直しを検討すべきだ。

いじめ認知件数が大幅増 子供の声くみ早期対応を

 文部科学省が、昨年度の小・中・高校生などの「問題行動・不登校調査」結果を公表した。

 いじめを認知した件数は32万3808件と、前年度より約9万8000件増えた。特に小学校では約8万6000件増と大幅に増加した。

 文科省が、けんかやふざけ合いに見えても一方的なものは積極的に認知するよう通知した結果という。

 子供同士のトラブルの早期に、教員がしっかり目を配るのは大切だ。自殺など重大事態に至らぬよう、学校ぐるみで早めに手を打つ意識が浸透しつつあるなら評価できる。

 気になるのは、認知件数の割合が都道府県によってまだ大きく差があることだ。1000人当たりの件数では、最多の京都府が96・8件なのに対し、最少の香川県は5件と、20倍近い差がある。さらに、認知件数がゼロの学校が3割もある。

 京都府は、いじめの有無や種類を選択式で答えやすくするアンケートをしたり複数回の調査を基に教員が進んで面談したりしているという。

 早期に子供の声をすくい上げ、いじめを積極的に見つけることを評価する教育委員会の姿勢も大事だ。

 いじめ自体は、依然として深刻な状況が続いている。自殺や不登校といった重大事態に至った件数も、前年度から増えて400件に達している。深刻ないじめに発展しないように未然に防ぐ努力が重要だ。

 教員がひとりで問題を抱え込まぬよう、校内での情報共有の強化やスクールカウンセラー、家庭との連携を密にする体制作りが欠かせない。

 調査では、暴力行為の増加も浮き彫りになった。学校や有識者からは、感情のコントロールができなかったり、言葉より先に手が出てしまったりする子供が増えているとの指摘があるという。いじめにもつながりかねない子供の不安定さだ。

 こうした状況は、学校のみならず家庭や社会といった多様な環境が関わってくる。対応は難しいが、教員は子供をしっかり観察し、問題の背景を知るように努めるべきだ。

 福井県では、中学2年の男子生徒が教員からの強い叱責などが原因で自殺する痛ましい事案が発覚した。

 子供の信頼がなければ、教員の指導は機能しない。いじめや不登校などへの対応もまったく同じである。

商工中金は完全民営化含め刷新せよ

 中小企業を取引先とする政府系金融機関の商工組合中央金庫で、組織ぐるみの不正融資の全容が判明した。国の制度融資である「危機対応融資」を通じて、本来は対象外であるはずの経営が悪化していない取引先企業の財務諸表を改ざんし、大規模な低利融資を実行していた。

 割り引いた利息の原資は税金である。業容を維持しようとする商工中金の組織防衛の意図は露骨だ。営業現場に過剰な貸し出しノルマを課した経営陣の刷新にとどまらず、組織の解体的な出直しが必要だ。金融市場が平時に移行しているのに維持されてきた、危機対応融資の見直しも欠かせない。

 商工中金は5月に業務改善命令を受け、不正の全容を再調査した。その結果、国内100店舗のうち97店舗で444人の職員が4609口座(融資額2646億円)について収益を悪くみせるなど不正に手を染めていた。全職員の2割が処分対象となる。信用が前提の金融機関として前代未聞だ。

 監督官庁である経産省・中小企業庁の責任も重い。引責辞任する安達健祐社長ら歴代首脳の多くが経産省の事務次官級OBだ。不正の大半は、中企庁に代わって金融庁が立ち入り検査の主導権を握ってはじめて判明した。天下り先に遠慮した監督・検査に緩みがあった、と疑われても仕方あるまい。

 政府系金融改革の一環で商工中金は組織見直しの対象となり、危機感を強めていた。このため低利を武器に民間金融機関に対抗し、強引に存在意義を高めようとしたことが不祥事の背景にある。政府は商工中金の業務内容をゼロベースで見直し、完全民営化を含め、経営体制を再検討すべきだ。

 政府が金利や貸し倒れを補填する危機対応融資は、中小企業の資金繰りが極度に悪化した2008年のリーマン危機下で創設し、東日本大震災で拡充した。民間が一斉に貸し渋りに転じる緊急事態に際して公的金融の機能は否定しない。だがリーマン危機のような本物の危機が去った後も、政府は「原材料高」「円高」など新たな名目を加えて予算を確保してきた。

 金融市場が正常化した現状で、危機対応融資は縮小・廃止すべきだ。公的金融の肥大化を監視し、安易なばらまき融資を回避しなければ、税金の無駄遣いになるだけでなく、企業の新陳代謝を通じた日本経済の足腰の強化にもつながらない。

登記の義務化含む土地対策を

 誰のものかがわからない土地が今のままだと2040年に約720万ヘクタールに上るという試算を元総務相の増田寛也氏が座長を務める民間研究会が公表した。北海道本島の面積にほぼ匹敵する広さだ。由々しき事態と言わざるを得ない。

 16年時点の推定面積は約410万ヘクタールだから、25年程度でさらに7割強増えることになる。土地が放置されることに伴う経済的な損失は累計で6兆円という。

 こうした土地が増えたことで、災害復旧や公共工事ではすでに支障が出ている。農地の規模拡大も難しくなるし、固定資産税の徴収もままならない。区画や面積を確定する地籍調査も国土の半分程度でしか終わっていない。

 背景にあるのは土地に対する国民の意識の変化だ。地価下落で土地を保有する魅力が薄れ、管理する手間や税負担を嫌って相続時に登記しない人が増えている。

 現在の不動産登記制度がずさんな点も問題を深刻にしている。明治や大正時代に登記されたままの土地がかなりあることはかねて指摘されていた。登記制度の空洞化を防ぐ有効な手立てを打ってこなかった法務省の責任は重い。

 現状でいいはずがないのだから、登記簿や固定資産税の課税台帳などを照合し、土地情報を一元化する調査を早急にすべきだ。そのうえで所有者が不明な土地の情報を公表すればいい。

 それでも名乗り出なければ、所有者の同意がなくてもその土地を広く活用できる制度をつくる。農地ではすでに、一定の手続きをすれば都道府県知事の裁定で田畑に「利用権」を設定し、第三者に貸与できる仕組みがある。

 税負担や手数料を大幅に軽減したうえで、現在は任意とされる不動産登記を義務化することも必要だ。最終的には土地の所有権のあり方から再考してほしい。

 現在、国土交通省や法務省、農林水産省などが検討を始めている。省庁の縦割りではなく、政府として総合的かつ抜本的な対策をまとめるべきだ。

(社説)国会軽視再び 「国難」をなぜ論じない

 勝てば官軍ということか。

 政府・自民党は、首相指名選挙を行う特別国会を11月1日~8日に開いた後、臨時国会は開かない方向で調整を始めた。

 憲法53条に基づき、野党が臨時国会を要求してから4カ月。安倍政権は今回もまた、本格審議を逃れようとしている。

 衆院選の大勝後、首相や閣僚が口々に誓った「謙虚」はどうなったのか。巨大与党のおごりが早速、頭をもたげている。

 国会を軽んじる安倍政権の姿勢は、歴代政権でも際立つ。

 通常国会の1月召集が定着した1992年以降、秋の臨時国会がなかったのは、小泉政権の2005年と安倍政権の15年だけだ。ただ05年は特別国会が9月~11月に開かれ、所信表明演説や予算委員会も行われた。

 安倍政権は15年秋も、野党の臨時国会召集要求に応じなかった。閣僚らのスキャンダルが相次いだことが背景にあった。

 今回は野党の要求があれば、予算委員会の閉会中審査には応じる考えという。だが、わずか1日か2日の審査では議論を深めようにも限界がある。

 審議すべきは森友・加計問題だけではない。首相みずから「国難」と強調した北朝鮮情勢や消費増税の使途変更についても、国会で論じあうことが欠かせない。

 だが臨時国会がなくなれば、6月に通常国会を閉じて年明けまで約半年も、本格論戦が行われないことになる。言論の府の存在が問われる異常事態だ。

 ここは野党の出番である。だが、その野党が心もとない。

 民進党は四分五裂し、立憲民主党は55年体制以降、獲得議席が最少の野党第1党だ。

 それでも、安倍政権の憲法無視をこのまま見過ごすことは、あってはならない。

 同党の枝野幸男代表は「永田町の数合わせに我々もコミットしていると誤解されれば、今回頂いた期待はあっという間にどこかにいってしまう」と述べ、野党再編論に距離を置く。

 それはその通りだろう。ただ民主主義や立憲主義が問われるこの局面では、臨時国会を求める一点で野党は連携すべきだ。

 自民党は野党時代の2012年、要求後20日以内の臨時国会召集を義務づける改憲草案をまとめた。それにならって、今度は「20日以内」の期限を付けて改めて要求してはどうか。

 「憲法というルールに基づいて権力を使う。まっとうな政治を取り戻す」。枝野氏は衆院選でそう訴えた。その約束を果たすためにも、野党協力への指導力を期待する。

(社説)商工中金不正 政策金融の失敗だ

 民業の補完という原則を踏み外し、不正を重ねて民業を圧迫していた。言語道断の、政策金融の失敗である。

 商工組合中央金庫(商工中金)で、国の予算を利用した不正がほぼすべての店舗に広がっていた。全職員の2割が処分されるという前代未聞の事態だ。

 所管する経済産業省の責任も厳しく問われる。政策金融のあり方について、踏み込んだ点検が急務である。

 不正の舞台になった「危機対応業務」は、災害や経済危機時に中小企業が資金を借りやすくするための公的金融制度だ。担い手の商工中金には国の予算から利子などが補填(ほてん)される。

 商工中金は、この仕組みを融資先獲得の武器に使って業績拡大を図った。経営陣が営業現場にプレッシャーをかけ、書類の改ざんなど不正に行き着いた。

 再発防止策として、公的金融と通常業務の峻別(しゅんべつ)や法令順守意識の立て直し、企業統治の見直しなどを打ち出した。早急に対応しなければ、政策を担う資格はない。

 安達健祐社長は辞意を表明した。安達氏と、その前任の杉山秀二氏は元経産次官である。経産省は、中小企業金融の政策を所管すると同時に、商工中金を監督する立場にもあった。

 大臣や次官が給与を返上するが、何の責任をとったのかがあいまいだ。政策の実績づくりや天下り先を温存したいという意識が不正を許す土壌にならなかったか、検証が不可欠だ。

 商工中金の経営陣には財務省出身者もいる。官庁出身者の登用はやめるのが当然だろう。

 経産省は有識者会議を設け、商工中金のあり方について年内にも結果をまとめるという。原点に立ち返った議論を求める。

 危機対応業務は、リーマン・ショックや東日本大震災といった本来の危機時には、一定の役割がある。しかし、景気回復が続く現時点でも「デフレ脱却」などを理由に危機と認定されていた。行き過ぎを防ぐために、基準を明確にする必要がある。

 商工中金は当初、2015年までに完全民営化すると決まっていた。だが、危機対応業務を担わせることを理由に、無期限で先送りされている。

 民間の地域金融機関は過当競争に苦しんでいる。国の後ろ盾がある商工中金による民業圧迫には、不満の声が強い。

 真の危機時に民間金融機関が「貸しはがし」に走らないような仕組みを整えつつ、平時の政策介入は控え、商工中金は完全民営化を急ぐ。政府はそうした検討を急ぐべきだ。

高齢社会大綱 年金受給の選択肢を広げたい

 意欲ある高齢者が活躍し続けられる「生涯現役社会」の実現は、少子高齢化を乗り切る上で欠かせない。就労の長期化・多様化へ向けて、年金受給時期の選択肢も広げたい。

 内閣府の有識者検討会が、5年ごとの高齢社会対策大綱見直しについての報告書案をまとめた。

 持続可能な高齢社会を構築するため、高齢者が能力を発揮して社会に貢献できる環境の整備を求めている。具体的には、就労・起業支援や定年制の見直しなどを挙げた。これらを踏まえて、政府は新たな大綱を年内に決定する。

 注目されるのは、年金の受給開始年齢に関する提言だ。70歳より後に遅らせることができる仕組みを検討するよう促している。

 公的年金の受給開始は原則65歳だが、希望すれば60~70歳の範囲で選べる。65歳より前に繰り上げると、その期間に応じて減額され、繰り下げると増額される。1年遅らせるごとに約8%増え、70歳から受け取ると42%増しになる。

 この範囲を70歳より後まで広げれば、より高齢者の就労促進と年金の給付改善に役立つ。具体的な制度設計を進めてもらいたい。

 年金の給付水準は、少子高齢化に伴って低下する。将来的には今の2~3割減になる見込みだ。

 就労期間を延ばして受給を遅らせれば、繰り下げによる上乗せに加え、その間の保険料納付分も年金額に反映される。給付水準の低下を補う有効な手段だ。

 日本の高齢者の就労意欲は極めて高い。60歳以上の4割が70歳超まで働きたいと望んでいる。高齢になっても働き続けることができれば、経済面はもちろん、生きがいや健康作りにも資する。

 働き方に合わせて弾力的に受給できる仕組みは、高齢者の希望にもかなうはずだ。受給前に亡くなる可能性もあるが、老後の経済不安が軽減される意義は大きい。

 現行の繰り下げの範囲でも同様の効果はあるものの、就労先が限られることなどから、利用は低調だ。政府は、雇用確保と制度の周知に努める必要がある。

 受給年齢の一律繰り下げを求める声もあるが、高齢者は健康状態や経済力の個人差が大きい。国民の反発は強く、制度への不信感を高めかねない。当面は、個人の選択に委ねるのが現実的だろう。

 高齢期の就労と年金を巡っては、賃金に応じて年金が減額される制度の見直しも課題だ。働く意欲を殺(そ)ぐとの批判がある。

 人生100年時代にふさわしい制度へ、改革を進めたい。

活字文化の日 出版社と図書館は協調しよう

 今日は「文字・活字文化の日」だ。読書週間もスタートした。今年の標語は「本に恋する季節です!」だ。

 折しも、日本生まれのカズオ・イシグロ氏のノーベル文学賞受賞が決まり、その作品は大量に増刷されることになった。

 文学界の盛り上がりを機に、読者人口をさらに増やしたい。

 出版界を取り巻く環境は依然、厳しい。紙の書籍・雑誌の販売額は12年連続で減少し、昨年は約1兆4700億円だった。

 特に、文庫本の売れ行き不振は深刻だ。販売額が3年続けて6%台のマイナスとなり、1069億円に落ち込んだ。ピークだった1994年の7割にとどまる。

 「文庫本は収益の柱。図書館での貸し出しはやめてほしい」。今月開かれた全国図書館大会で、文芸春秋の松井清人社長がこう要請したことが波紋を呼んでいる。

 社長発言の背景にあるのは、大手出版社のビジネスモデルだ。

 文芸作品の多くは、雑誌掲載を経て単行本になり、最後は文庫化される。長く売れる文庫本で雑誌と単行本にかかった費用を補い、収益を確保する仕組みだ。

 図書館での貸し出しが販売額をどれだけ減らしたか、を示す実証的データは見当たらない。書店の減少や、スマートフォンの普及による娯楽の多様化などの影響も少なからずあるだろう。

 それでも、比較的安価な文庫本は、借りずに書店で買ってほしい、という訴えを真っ向から批判することはできまい。活字文化の一翼を担う出版社の苦境を如実に示す発言として受け止めたい。

 本は、書き手や出版社、書店などの関係者の努力の結晶だ。身銭を切って本を購入する。その収益が本に関わる人々を潤し、次の作品への呼び水となる。活字文化の一層の振興にもつながる。

 出版社が加盟する日本書籍出版協会も昨年、文芸書の貸し出しについて配慮を求める要望書を全国の図書館長に送付した。

 最初から文庫で刊行された本は別として、文庫本の貸し出しは極力避ける。ベストセラー本は一定期間、貸し出しを控える。出版界との共存共栄のため、図書館にはこうした姿勢が求められよう。

 横浜市立神奈川図書館は昨年、シニア向けコーナーを設けた。同じ建物内に福祉施設があり、高齢者の利用が多いためだ。定年後の生き方などに関する本が多い。

 地域住民のニーズに応じ、独自のサービスを展開することも、図書館の大切な役割である。

2017年10月26日木曜日

習近平政権の新体制 強権を地域安定に生かせ

 中国共産党の第19期中央委員会第1回総会で習近平(しゅうきんぺい)国家主席(党総書記)が最高指導部の政治局常務委員会(7人)の主導権を握った。「習1強」体制の確立といえ、中国は「社会主義現代化強国」を目指し、「習近平時代」に入ることになる。

 第19回党大会では「習近平による新時代の中国の特色ある社会主義思想」が党規約に盛り込まれた。指導者の名前が明記されるのは毛沢東(もうたくとう)、トウ小平(とうしょうへい)以来3人目だ。

 「チャイナ・セブン」と呼ばれる新常務委員は側近の栗戦書(りつせんしょ)中央弁公庁主任ら習氏に近い幹部が多数を占め、後継者の内定は見送られた。習氏の任期延長論もくすぶっている。

 一方、習氏の盟友で腐敗摘発に力をふるった王岐山(おうきざん)氏は68歳以上は引退という慣例に従い、指導部を離れた。習氏も組織原理を無視して人事を操れるわけではないのだ。

 目玉は理論家で行政経験のない王滬寧(おうこねい)中央政策研究室主任の常務委員への抜てきだ。王氏は江沢民(こうたくみん)元国家主席ら3代のトップに仕え、国家の基本戦略を作成してきた。「習思想」をまとめ上げたのも王氏だろう。

 習氏は大会の報告で「天下の英才を集めて登用する」と表明した。王氏の登用もエリート統治で先進国化を目指す戦略の表れといえる。

 習氏が「1強」の力を何に使うかが鍵だ。統制強化では経済活性化にはつながらない。むしろ既得権益を守ろうとする国有企業の改革が試金石だ。対外政策では外務省だけでなく、軍やエネルギー部門など海洋進出に前のめりな利益集団を統合した外交を進められるかが問われる。

 王氏は国際政治の専門家で習氏の外国訪問にも同行してきた。楊潔〓(ようけつち)国務委員が外交官出身者では15年ぶりに政治局入りしたことも外交重視の姿勢と評価できる。

 安倍晋三首相は今年、日本で日中韓首脳会談を開催し、来年訪中した上で習氏の訪日を実現させたいという考えを示している。北朝鮮の核・ミサイル開発で東アジア情勢が緊迫する中、日中のシャトル外交は地域の安定に資するはずだ。

 11月にはトランプ米大統領が日中などアジアを歴訪する。米中関係は世界の安定に極めて重要だ。習氏が国内のナショナリズムを抑え、国際協調に動くことに期待したい。

障害者施設での虐待 行政の調査力が足りない

 宇都宮市の知的障害者施設で入所者の男性が腰の骨を折るなどの重傷を負った事件があり、職員計5人が逮捕された。

 障害者虐待防止法が施行されて5年。各市町村には虐待防止センターが設置され、厚生労働省は各施設に虐待防止委員会を設置して早期発見と通報に努めるよう指導してきた。

 しかし通報義務を果たさず、行政の調査に対し事実を否認して証拠の隠蔽(いんぺい)を図る施設は相変わらず多い。虐待が疑われる施設に毅然(きぜん)と対処するため、自治体の虐待防止センターの調査体制を強化する必要がある。

 宇都宮の事件では、体調不良を訴えた男性が病院に運ばれて一時意識不明の重体になり、東京都内に住む家族から警察に相談があって、初めて虐待が発覚した。

 複数の職員が男性に代わる代わる暴行を加えた疑いがあり、内部調査では職員の目撃証言も得られたという。ところが、証言記録が廃棄されており、栃木県警OBの職員2人が証拠隠滅の疑いで逮捕された。施設内の防犯カメラの映像も消去された疑いがもたれている。

 厚労省は毎年、全都道府県や市町村職員に対する虐待防止研修を実施している。最近は警察との連携の強化を重視している。警察の証拠保全や事情聴取のスキルを虐待調査に取り入れることが必要なためだ。

 宇都宮の施設では職員として採用した県警OBに虐待防止の取り組みや事故対応を任せていた。今回の暴行事件でも内部調査を担当していた。厚労省の方針に沿う形で警察の専門性を取り入れていたわけだが、その県警OBが虐待の証拠隠滅を行っていたとすれば言語道断だ。

 もともと施設内の虐待は、通報があっても虐待と認知される割合が著しく低い。行政の調査能力の低さ、施設とのなれあい体質が背景にある。施設側が通報した職員に損害賠償を求めたり、自治体の調査にクレームを付けたりして抵抗する例も増えている。

 虐待防止センターの職員増や専門的な調査能力の向上は不可欠だ。

 被害者や職員が勇気を出して通報しても、それが生かされなければ無力感が広がるだけだ。障害者を支援する施設での虐待を一掃するよう、国も自治体も全力を尽くすべきだ。

中国の権力集中と習氏礼賛を懸念する

 5年に1度の中国共産党大会では、既に別格の指導者である「核心」になった習近平総書記(国家主席)が党規約に自らの名を冠した思想を盛り込んだ。権力集中が一段と進み、人事でも最高指導部を含む政治局委員25人の過半数を習氏に近いメンバーが占めた。

 中国では習氏を礼賛する動きが目立ち、インターネット上での言論統制も厳しい。共産党は上場企業内に党組織を設け、管理を厳格にしている。政治、経済、社会の各方面で自由闊達な雰囲気が薄れつつあるのは大きな問題だ。

 習氏は最高指導部に若手から次期トップ候補を抜てきする慣例を破った。国家主席の任期は2期10年と憲法が定める。共産党トップの総書記もこれに準じて10年で引く慣例だ。しかし今回、「ポスト習近平」候補を絞り込まなかったため、2022年の次期党大会で任期延長もありうる。

 大胆な軍改革を進めた習氏は、要となる中央軍事委員会の副主席に文民を登用せず、委員も11人から7人に減らした。集権と共に強軍を打ち出しており、アジアと世界の軍事バランスへの影響を注意深く見守る必要がある。

 習氏は党大会の演説で35年に現代化建設に基本的にメドをつけ、建国100年となる49年には米国に比肩する強国をつくるとした。30年以上も先までの計画にふれたのは極めて異例だ。

 注目すべきは「習近平の新時代の中国の特色ある社会主義思想」を盛り込んだ共産党規約の改正である。党規約に個人名が入るのは建国の指導者、毛沢東と、「改革・開放」政策を進めた鄧小平だけだ。トップ就任から5年の習氏が鄧小平に匹敵する業績をあげたとするのはやや無理がある。

 習氏の業績とされるのは、多くの政治家、官僚、軍幹部を摘発した「反腐敗運動」で、自らの権力固めの手段でもあった。習政権は既に公務員ら140万人を処分し、今後も手を緩めないとしている。経済政策の立案・執行に支障がでないようにしてもらいたい。

 一方、習政権の基盤が固まれば対米、対日など対外政策も安定する可能性がある。中国内の権力闘争に左右されるリスクが減るからだ。日本側もこれをとらえて対中関係の改善を探る必要がある。とりわけ今年は日中国交正常化から45周年、来年は日中平和友好条約締結40周年に当たる。この機会を逃すべきではない。

クロマグロ漁獲管理の徹底を

 成熟していないクロマグロの漁獲が国内で急増し、国際的な取り決めである日本の漁獲枠を2年連続で超える懸念が強まっている。太平洋にすむクロマグロの資源量は歴史的にみてきわめて低い水準にとどまる。管理手法を工夫し、資源を回復させてほしい。

 太平洋クロマグロは乱獲で激減し、絶滅危惧種にも指定されている。そのため中西部太平洋の資源を管理する国際委員会(WCPFC)は体重30キログラム未満の未成魚の漁獲量を2002~04年平均の半分以下に抑えるルールを決めた。

 WCPFC加盟国である日本は沿岸のクロマグロ漁を承認制とし、地域や漁法ごとに漁獲上限を設けてとりすぎを防止している。

 しかし、今年は未成魚の漁獲を規制する中で海流に乗って北上したクロマグロが北海道で大量に捕獲された。水産庁などによれば、沖縄周辺で生まれるクロマグロが増えてきた影響もあるという。

 今年の漁期が始まった7月以降、北海道の定置網にかかった未成魚は600トンに達し、来年6月までの漁期に定められた日本全体の定置網漁の漁獲枠(580トン強)も超えた。

 水産庁は各自治体に定置網での未成魚漁を自粛するよう要請したが、他の漁法と合わせた漁獲も例年の2倍近いペースだ。もともと今年の漁獲枠は前年のとり過ぎ分が引かれて少なく、このままでは上限突破が避けられない。

 増えてきた稚魚を成長せさ、資源を回復軌道に乗せるために漁獲規制を徹底してもらいたい。

 日本の沿岸漁業者は国際合意に基づく厳格な漁獲規制に直面した経験がほとんどない。しかし、クロマグロの最大消費国である日本の漁獲管理には海外からも厳しい目が向けられている。

 政府は来年からクロマグロ漁を法律に基づく漁獲可能量(TAC)制度に改める。さらに、今回のような特定の地域のとりすぎを防ぐためにも漁業者ごとに漁獲枠を配分し、資源保護への意識を高める管理手法も検討すべきだ。

(社説)習近平新体制 個人独裁へ歩むのか

 これは新たな個人独裁ではないのか。おととい閉幕した中国共産党大会と、きのう発足した党指導部の人事から、そんな疑念が湧いてくる。

 5年前、党トップの総書記に就いた習近平(シーチンピン)氏は一貫して権力集中を進め、今回、党規約に自らの名を冠した「思想」を書き込んだ。この短期間で毛沢東、トウ小平に並ぶかのような権威づけがされるのは異例だ。

 最高指導部である常務委員や政治局員の人事でも習氏に近い人物が要所に配された。

 習氏にとっては党の立て直しのつもりなのだろうが、これほどの力の集中は、危うい。

 かつて独裁者の毛沢東が「大躍進」「文化大革命」の名の下で過ちを犯し、数千万人規模の命を奪う災難をおこした。毛の死去後に集団指導体制に転じたのは重い教訓ゆえでもある。

 ところがその後は集団指導下での市場経済化に伴い、各指導者のもとでの利権構造が生じ、腐敗が深まった。国有石油企業を通じて蓄財していた周永康氏の事件は記憶に新しい。

 そうした構造に切り込むためにも、習氏はトップである自身の権限を強め、一党支配の安定化を図ろうとしている。

 だが、腐敗をただすのは当然だとしても、まるで毛時代に戻るような方向は間違っている。どんな権力であれ、批判や牽制(けんせい)を受け、説明責任を果たす仕組みが欠かせない。

 メディアによるチェック機能を高め、政策決定過程の透明化を求める議論は、もともと共産党の内外にあった。しかし今では、こうした改革派の影が薄くなったことが懸念される。

 新しい常務委員にも、5年後に習氏を継ぐべき次世代の顔ぶれが入らなかった。習氏は2期10年という従来のルールを変えて3期目以降も続けるつもりなのか。長期院政を敷くつもりなのか。権力集中の果てにはそんな可能性も見える。

 世界的には、グローバル化の波の中で欧米の自由民主主義の政治が混迷していることから、中国の一党支配による安定は、皮肉な強みとみられることもある。しかし、今の時代、どんな独裁も決して国の持続的な長期安定はもたらさない。

 北京では習氏をたたえる報道ばかりだ。この5年、生活水準の底上げが進み、習体制への支持は確かに厚い。それでも、毛沢東時代のような熱狂からは程遠く、多くの市民は冷静だ。

 飢える心配がなくなり、外の世界を広く知り始めた人々が、いつまでこの体制を容認し続けるか、やがて問われるだろう。

(社説)米軍ヘリ事故 「深化した同盟」の現実

 これが、首相がいう「深化した日米同盟」の姿なのか。

 沖縄県東村(ひがしそん)高江で炎上した米軍ヘリコプターの同型機が、事故原因不明のまま、わずか1週間で飛行を再開した。

 「安全が確認されるまで停止が必要」と唱えていた小野寺五典防衛相は、その意向を米軍に完全に無視され、「遺憾だ」と述べるだけだ。政府の無力と無責任ぶりが、際立つ。

 飛行再開の4日後に行われた衆院選では、県内の四つの小選挙区のうち三つで野党系候補が当選。比例区の自民党得票率は22・4%と、全国平均を11ポイント近く下回り、最低となった。

 民意を無視して政権が米軍普天間飛行場の辺野古移設を進めてきたことに加え、事後対応を含む今回の事故への怒り、反発がもたらした結果といえる。

 安全策が講じられなければ、いつまた事故があるともわからない。県議会や村議会の決議に続き、翁長雄志知事が高江地区周辺のヘリパッドのうち、住宅地に近い3カ所の使用中止を求めたのは当然だ。

 この事故をめぐっても、「沖縄は依然として米軍の占領下にあるのか」と思わせるような光景が繰り広げられた。

 炎上したヘリ機体の部品には放射性物質が使われ、飛散の恐れがあった。県や沖縄防衛局は調査しようとしたが、米軍は日本側を排除した。13年前に沖縄国際大にヘリが墜落した時と同じだ。昨年末のオスプレイ大破事故でも、日本の捜査当局は現場検証などができなかった。

 今回、米軍は「放射性物質は回収した」といい、国や県の周辺調査でも、空間の放射線量などに異常はないという。だが炎上した土地の表土は、ヘリの残骸ともども、米軍がすべてはぎ取って持ち帰っている。

 環境が汚染されていないかを主体的に調べるすべはなく、事故の当事者である米軍の言うことを信じるしかない。それが沖縄の、そして日本の現実だ。

 沖縄県は先月、米軍施設の外でおきた事件・事故について、日本の当局者が遺留物を差し押さえたり、現場への出入りを主導権をもって統制したりできるよう、日米地位協定を見直すべきだと両国政府に要請した。

 自民党は衆院選の公約に、「地位協定はあるべき姿を目指します」と書いた。「あるべき姿」とは何か。沖縄県のこの求めにどう対処するのか。すみやかに見解を示し、米側への働きかけを始めるべきだ。

 米軍施設は各地にあり、米軍機は全国の空を飛んでいる。ひとり沖縄だけの問題ではない。

立民と希望 安易な離合集散を繰り返すな

 違う旗を立てて選挙を戦い、厳粛な審判を受けたばかりだ。早速、離合集散に走るようでは、国民から見放されよう。

 衆院選での自民党大勝を受け、野党再々編をにらんだ動きが顕在化し始めた。

 立憲民主党の躍進を踏まえ、民進党籍を残す無所属当選組には、立民党との合流志向を持つ議員が少なくない。衆院で統一会派の結成を模索する動きがある。民進党に残った参院議員にも、同党の再結集を求める声が出ている。

 立民党は、民進党と明確にたもとを分かっている。将来的な再編までは否定しないが、衆院選直後の再結集は、集票目当てで一時的に看板を掛け替えたに等しい。有権者を愚弄(ぐろう)するものだ。

 立民党の枝野代表は両院議員総会で、「数合わせに関与すると誤解されれば、期待はどこかへ行ってしまう」と述べ、再々編に慎重姿勢を示した。当然である。

 公示前勢力を下回った希望の党の両院議員懇談会で、小池代表は「排除」発言について陳謝した。今後の党運営を国会議員に委ねる考えも示した。

 出席者からは辞任を求める声も上がったが、小池氏は代表を続投する意向を表明した。

 疑問なのは、憲法改正や安全保障関連法容認を掲げた公約を認めて、公認を得て当選しながら、なお反発する議員がいることだ。

 同じ党に所属する以上、基本理念と政策の一致は欠かせない。小池氏の発言に行き過ぎがあったとはいえ、路線や政策などでの選別自体は否定すべきではない。

 離党や解党に言及する落選者もいる。「小池人気」にすがって入党したのに、全責任を小池氏にかぶせるのは身勝手ではないか。

 立民、希望、無所属で当選した民進党出身者は計108人だ。衆院解散時の97人を上回った。こうした人材を活用・育成し、政策立案力を高める必要がある。

 安倍内閣の下では、政権を担える野党の不在が続く。政権選択選挙である衆院選で、緊張感を失わせた野党の責任は大きい。

 11月1日には、特別国会が召集される。希望の党は、首相指名選挙への対応や幹部人事を早急に決め、態勢を整えねばならない。

 立民、希望両党が取り組むべきは、自らの組織を地道に拡大するとともに、現実的な政策を練り上げることである。

 徒(いたずら)に抵抗路線に陥らず、安倍政権に対して是々非々で臨む。こうした建設的な対応を取れるかどうかも問われよう。

中国新指導部 習氏が長期独裁の基盤固めた

 中国共産党の習近平総書記(国家主席)が、長期政権を視野に入れた異例の布陣を敷いたと言えよう。独裁体制のさらなる強化が懸念される。

 党中央委員会総会が開かれ、習氏の2期目の人事が決まった。最高指導部の政治局常務委員7人には、習氏の側近の栗戦書・党中央弁公庁主任らが選出された。「68歳定年制」に従い、習氏と李克強首相を除く5人は退任した。

 50歳代の次世代指導者として、習氏の後継候補と目されていた陳敏爾・重慶市党委員会書記と胡春華・広東省党委書記は、1階級下の政治局員にとどまった。

 事前に後継者を内定し、常務委員入りさせる慣例が破られた。習氏は5年後の3期目以降の続投を目論んでいるのではないか。常務委員を含む25人の政治局員も、習氏に近い幹部が多数を占めた。

 権威の強化も進んだ。党大会では、「習近平の新時代の中国の特色ある社会主義思想」が、最高規範である党規約の行動指針に明記された。現役指導者の名を冠した「思想」が党規約に記載されるのは、建国の父、毛沢東以来だ。

 問題なのは、習氏が自らの思想で「党はすべての活動を指導する」と宣言し、独裁体制を正当化していることである。

 1期目のわずか5年で「1強」体制を築いたのは、反腐敗運動を通じて政敵や対抗勢力を排除したからだ。異論を許さず、習氏個人を礼賛する空気が社会に広がっているのは看過できない。

 「国家の安全」を名目にした言論封殺や、外資系企業への管理強化も、日本や欧米から見ると異様だ。世界第2の経済大国の指導者として、習氏は国際経済を左右する重い責任を担っていることを自覚せねばなるまい。

 今世紀半ばまでに米国に匹敵する「近代化した社会主義強国」を建設するという目標は、南シナ海の軍事拠点化など、独善的な権益拡大の動きを改めない限り、他国の警戒感を高めるだけだろう。

 東アジアの平和と繁栄の維持に不可欠な中国とどう向き合うのか。日本の外交力が問われる。

 首脳同士が信頼関係を築けるよう、定期的な会談の場が必要だ。年内の日中韓首脳会談の実現に続き、習氏の中国トップとして初の来日に道筋を付けたい。

 新指導部では、強硬な対日政策を主導した王毅外相が中央委員に留任した。政治局員に昇格した楊潔チ国務委員の後任に就き、中国外交を統括する立場となるのかどうかも注視したい。

2017年10月25日水曜日

「多弱化」進んだ野党 まずは会派単位で連携を

 自民、公明の巨大与党と再び向き合う野党側にとって、野党勢力の立て直しや再々編が選挙後の重要な課題となっている。

 衆院解散を境に民進党が分裂したため、躍進した立憲民主党ですら、野党第1党としては1955年以降最低の55議席にとどまる。つまり、野党の多弱化が一層進んだということだ。

 民進党はきのう参院議員総会を開き、党分裂の対応を協議した。敗北した希望の党はきょう、両院議員による懇談会を開く。

 民進党は立憲民主党、希望の党、無所属に三分された。一方、参院は民進党の会派が残っている。

 選挙で希望の党が惨敗したことを受けて、参院の民進党からは再結集を探るような声も聞かれる。

 だが、有権者はあくまで民進党と異なる候補や新党に1票を投じた。選挙が終わったから「元のさや」に戻るような行動が理解されるとは思えない。立憲民主党の枝野幸男代表が野党の再結集について「数合わせ」の発想を否定するのは当然だ。

 分裂に伴い、安全保障政策などで異質なグループが同居する状態が解消された面もある。参院の民進党も再編されるのが筋だろう。

 立憲民主党は選挙で「反安倍」票を集めた。ただ、今回の躍進は希望から排除されたことによる反作用の面が大きい。現状のまま、新たな結集軸にはなりにくい。

 希望の党が置かれた状況はより深刻である。

 小池百合子代表の「個人商店」的色彩が強く、衆院選ではそれが裏目に出た。結局、当選した候補のほとんどは民進党出身者だった。

 トップが小池氏で実態は民進党保守系という構造だ。政党として機能するためには、党のガバナンスや政策をもう一度見直す必要がある。

 多弱化した野党が1強の自民に向かうには、まずは国会で会派単位の連携を進め、協力の実績を積み上げることが望ましい。野党再編は理念や基本政策の共通項を見いだしたうえで進めるべきだろう。

 安倍内閣は6月以来、閉会中審査を除いて本格的な国会論戦に応じない異例の状態が続いている。野党は臨時国会の速やかな召集を一致して要求すべきだ。

教師の叱責で中学生自殺 教育と無縁な威圧的指導

 教師の生徒指導が威圧的に行われると、子供は精神的に追い詰められていく。それを教育現場は理解できたのだろうか。

 福井県池田町で、自殺した中学2年の男子生徒に関する調査報告書が公表された。「担任と副担任の厳しい叱責にさらされ続け孤立感、絶望感を深めた」。弁護士らの調査委員会は自殺の原因をこう結論付けた。

 担任だった30代男性教師は、生徒会活動の準備の遅れや忘れ物を理由に生徒を大声で怒鳴った。職員室や校門の前で叱責し「身震いするくらいの怒声」との目撃証言がある。

 副担任の30代女性教師も宿題の遅れで執拗(しつよう)な指導を繰り返したと報告書は指摘した。指導中、生徒が過呼吸の症状を訴えたが、家族や管理職には伝えなかった。

 担任と副担任の双方から厳しく叱責されれば、生徒は逃げ場がない。いじめ同然であり、責任は重大だ。

 問題はこれだけではない。校長や教頭は2人の叱責を目撃するなどして知っていたのに改善に動かなかった。管理職として詳しく調査し、対処する必要があった。

 報告書によると、同僚が指導方法を変えるよう注意したこともあったが、多くの教師は問題と思わなかったという。その結果、最悪の事態を招いてしまった。

 教師の指導をきっかけにした生徒の自殺は後を絶たない。2012年に大阪市内の高校生が部活動で顧問から体罰を受けた後に自殺した。約2年前には誤って記載した非行記録を基に進路指導を受けた広島県内の中学生が命を絶っている。

 警察庁によると、昨年までの10年間に「教師との人間関係」が原因の中高生の自殺は32件あった。

 「生徒のため」であればどんな指導も許されるわけではない。生徒指導は生徒の人格を尊重しながら、社会的資質や能力を高めるのが目的だ。叱る必要があっても限度を超えると言葉の暴力となる。

 教師が生徒と信頼関係を築き、学校は組織的に問題解決に取り組むのは当然のことだ。一方で生徒指導に明確な基準はなく、過剰な叱責でも教師は正当化しがちだと一般的に指摘されている。子供に精神的な負荷を与えない指導のあり方について議論を深めるべきだ。

米はNAFTAを危うくする姿勢改めよ

 米国、カナダ、メキシコによる北米自由貿易協定(NAFTA)の見直し交渉が暗礁に乗り上げている。米国が協定の根幹を揺るがしかねない無理な要求を掲げ、受け入れられなければ脱退も辞さない態度を示しているのが原因だ。

 NAFTAは北米経済を支える要の役割を果たしてきた。米トランプ政権はその存在を危うくするような姿勢を改めるべきだ。

 トランプ大統領はNAFTAが米国の貿易収支や雇用に悪影響を与えているとして、再交渉または脱退を昨年秋の選挙公約に掲げた。これを受けて見直し交渉が始まったが、米国側は極めて強硬な要求を突きつけている。

 ひとつは「原産地規則」を厳しくする見直しだ。米国が域内からの輸入自動車に関税をかけない条件として、NAFTA加盟3カ国での部材調達率を従来の62.5%から85%以上に引き上げるとともに、新たに米国製部材の調達率を50%以上にすることを求めた。

 米国をはじめとする自動車メーカーは、NAFTAのもとで広がった部品供給網を活用しながら質の良い製品を低コストで製造できるようになり、域内での自動車の生産や消費も伸びた。米国の要求が通れば供給網は分断され、生産拠点としての北米市場の魅力は低下せざるをえなくなる。

 貿易を巡る紛争解決手続きとして機能してきた2国間パネルによる審査の廃止も求めている。米国に不利な決定が多いとの不満による。5年ごとに更新されなければ協定が自動的に廃止になるとのサンセット条項の導入も求めた。

 いずれも一方的な要求で、NAFTAを骨抜きにするような内容ともいえる。強硬な姿勢を示して譲歩を迫るトランプ流の交渉術だとの見方もあるが、巨大な米国市場を武器に脅しをかける姿勢をとり続ければメキシコやカナダとの信頼関係は崩れかねない。

 NAFTAの弱体化や崩壊は米国経済にとっても有害なだけだ。米国の産業界や与党・共和党の議員など政治家も政権に対して姿勢の転換を強く促すべきだ。

 NAFTA再交渉の行方は北米で事業展開する日本企業にも大きく影響し、戦略の見直しを迫られる可能性もある。日本は米国から2国間自由貿易協定(FTA)の締結を打診されているが、友好国に対しても「米国第一主義」で臨む米政権の交渉姿勢は日本にとっても懸念材料といえるだろう。

「IS後」の火種を放置するな

 過激派組織「イスラム国」(IS)が首都としてきたシリア北部の都市ラッカを、米軍が支援するクルド人主体の民兵組織、シリア民主軍(SDF)が制圧した。

 ISは7月にイラク最大の拠点都市モスルも失った。偽りの国家はひとまず、崩壊したといえるだろう。だが、これで安心してはならない。国際社会はIS後にできた統治の空白を放置せず、地域の安定に取り組まねばならない。

 ISは2014年に国家の樹立を宣言した。理想のイスラム社会への回帰を訴えたが、実態は恐怖と暴力が支配する無法集団だった。こんな組織が長続きするはずはない。米国主導の有志国連合やロシアの掃討作戦によって急速に支配領域を失った。

 ISは多くの課題を残した。ラッカを失ったとはいえ、まだ残党がおり、指導者バグダディ容疑者の消息も不明だ。ISが掲げた過激思想は世界中に拡散し、テロの脅威はこれからも続く。

 なぜ世界中から多数の若者が過激思想に引き寄せられ、残虐行為に加担したのか。ISの再来を防ぐには、根の深い問題に粘り強く対処していかねばならない。

 心配なのはIS後に中東に残された火種だ。内戦を戦う様々な勢力や米国、ロシアなどの大国は、IS掃討を優先してきたが、共通の敵が消えたことで新たな勢力争いが始まっている。

 クルド人が主体のSDFがラッカを押さえた結果、シリアはクルド人の支配下に入る北部と、アサド政権が支配する地域に分断された。その固定化は一つの国家としての存続を難しくする。

 イラクでもモスル奪還を共に戦ったイラク政府軍とクルド人部隊がモスルの陥落後、クルドの独立をめぐり激しく対立している。

 ISの台頭を許したのは、シリア内戦に何の手も打てない国際社会の機能不全だ。これ以上シリアの混乱を放置してはならない。そのうえで、どう中東に安定をもたらし新たな秩序を築いていくのかを、考える必要がある。

(社説)自民党 数におごることなかれ

 自民党が大勝した衆院選。だが、その勝利はそれほど分厚い民意に支えられていたとは言えない。選挙結果を分析すると、そんな実態が見えてくる。

 政党名で投票する比例区では自民党の得票率は33%だった。一方、立憲民主党は20%、希望の党は17%。単純に足し合わせれば、票数にして自民党を220万票上回る。

 全国289の小選挙区では、自民党の得票率は48%だが、議席数では75%を獲得。これが自民党の大勝を決定づけた。

 後援会や地方議員らの組織力や公明党との選挙協力で、選挙区での自民党の地盤は強い。

 同時に、1議席を争う小選挙区制度では、第1党の獲得議席の比率が得票率に比べて大きくなる傾向がある。これが自民党を後押ししたことも確かだ。

 投票しなかった人を含む全有権者に占める自民党の絶対得票率は小選挙区で25%、比例区では17%にとどまる。つまり、自民党は有権者の4分の1から6分の1の支持で、全体の6割もの議席を得たことになる。

 安倍首相は投票翌日の記者会見で「今まで以上に謙虚な姿勢で真摯(しんし)な政権運営に努める」と語ったが、当然だろう。

 気になるのは、同じ会見で首相がこうも語ったことだ。

 「同じ総裁のもとで3回続けて勝利を得たのは、立党以来60年余りの歴史で初めてだ」

 党幹部からは、来秋の党総裁選での「安倍3選」を支持する声が早々に上がっている。

 もう忘れたのか。そんな「1強」の慢心こそが、政権におごりとひずみを生んだことを。

 首相の「謙虚」の本気度が試されるのは、早期に国会審議の場を設けるか否かだ。

 8月の内閣改造から間もなく3カ月。閣僚の国会演説すら行われていない。憲法に基づく野党の臨時国会召集要求も無視して、である。

 こうした国会軽視、憲法軽視の姿勢をまず正さなければ「謙虚」も「真摯」も口先だけ、と言われても仕方がない。

 自民党の議員たちにも問う。

 首相の政策や政治姿勢に何の異論もないのか。活発な議論を失ったまま、唯々諾々とついていくだけの与党でいいのか。

 公明党の衆院選比例区の得票数は、05年の郵政選挙をピークに減少傾向にある。山口那津男代表が反対を明言していた集団的自衛権行使を認めたように、今度は憲法への自衛隊明記を受け入れるのか。

 主張すべきは主張し、緊張感ある政治を実現する。その責任に野党も与党もない。

(社説)核禁止条約 背を向けず参加模索を

 被爆国に対する国際社会の期待を裏切る行動だ。

 日本政府が国連に提出した核兵器廃絶決議案が波紋を呼んでいる。7月に122カ国の賛同で採択された核兵器禁止条約に触れず、核保有国に核軍縮を求める文言も弱くなったためだ。

 日本は24年連続で決議案を出しており、昨年は167カ国が賛成した。だが、今回の案には、条約を推進した非核保有国から強い不満の声が出ている。

 条約づくりに尽力したNGO・核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN〈アイキャン〉)がノーベル平和賞に決まった際も、外務省が談話を出したのは2日後。「日本のアプローチとは異なる」とし、やはり条約に触れなかった。

 条約の意義を改めて確認したい。核兵器を「絶対悪」と位置づけ、「決して使われてはならない」という規範を国際法として打ち立てたことだ。

 72年前、米軍が広島、長崎に投下した原爆で、人類は核兵器の圧倒的な非人道性を知った。

 だが戦後、米国や旧ソ連をはじめとする大国は「核兵器を持つことで、他国からの攻撃を未然に防ぐ」という核抑止論を持ち出し、核軍拡に走った。

 ICANや広島、長崎の被爆者らの努力で生まれた核兵器禁止条約は、非人道性という原点に立ち返り、核抑止論を否定しようとしている。「核兵器のない世界」の実現に向けた着実な一歩であることは確かだ。

 この流れになぜ被爆国があらがうのか。

 安倍首相は8月に条約への不参加を明言した。河野太郎外相は「北朝鮮や中国が核兵器を放棄する前に核兵器を禁止すれば、抑止力に問題が出る」との見解を表明した。米国の「核の傘」に頼る安全保障政策が、最大のネックになっている。

 北朝鮮が核実験やミサイル発射を繰り返し、核の傘の役割は増しているとの見方さえある。トランプ米大統領は米国の核戦力を増強する考えを再三表明し、緊張に拍車をかけている。

 だが、「核には核を」の悪循環は、偶発的に核が使われる危険性を高めるばかりだ。すぐには困難だとしても、核の傘からの脱却と、条約参加への道筋を真剣に模索するのが、被爆国としての日本の責務だろう。

 9月以降、53カ国が条約に署名したが、核保有国や核の傘の下にある国はまだ一つもない。日本が参加の意思を示せば、インパクトは計り知れない。核保有国と非核保有国の橋渡し役を自任するなら、国際社会の多数が支持する条約に背を向け続けるべきではない。

日米韓防衛会談 対「北」連携を重層的に強めよ

 北朝鮮の暴発を阻止するには、日米韓3か国が軍事、外交両面で緊密に連携する必要がある。

 小野寺防衛相は、フィリピンでマティス米国防長官、韓国の宋永武国防相と会談した。北朝鮮の核・ミサイルの脅威に対処するため、情報共有や合同訓練の推進をうたう日米韓の共同声明を公表した。

 小野寺氏は「北朝鮮の挑発を抑止するには、日米韓で圧力を強化し、強いメッセージを発信することが重要だ」と語った。3か国の協調を訴える意義は大きい。

 北朝鮮は9月、6回目の核実験を強行した。弾道ミサイルは着実に射程が伸び、核などの搭載能力が高まっているとみられる。不測の事態に警戒せねばならない。

 小野寺、マティス両氏は個別会談で、自衛隊と米軍のイージス艦の共同運用などを強化することで一致した。日本が導入する米国製の陸上型イージスシステムの運用に関する協力も確認した。

 米国は、北朝鮮への軍事的圧力を強める。米韓合同訓練などのため、原子力空母や原子力潜水艦、戦略爆撃機を相次いで朝鮮半島周辺に展開している。北朝鮮への有効な牽制となろう。

 無論、軍事的な手法のみに傾斜すべきではない。共同声明は「北朝鮮への最大限の圧力を通じて、外交主導の取り組みを積極的に支援する」と明記し、外交努力の重要性を強調している。

 北朝鮮に影響力を持つ中国やロシアに協力を求め、国連安全保障理事会の制裁決議の厳格な履行を通じて、対話による外交的解決の条件を整えることが大切だ。

 小野寺氏は、中国の常万全国防相、ショイグ露国防相とそれぞれ会い、制裁決議に両国が賛成したことを評価した。北朝鮮包囲網の強化には、中露両国の融和姿勢の是正が大きなカギとなろう。

 中国の南シナ海進出に関し、小野寺氏は拡大東南アジア諸国連合(ASEAN)国防相会議での演説で、「一方的な現状変更の試みは、地域の繁栄の大きなリスクだ」と間接的に批判した。

 南シナ海で米軍が展開する「航行の自由」作戦への支持を改めて表明した。日本が沿岸国と連携し、関与を強める考えも示した。

 11月には、トランプ米大統領が就任後初めて、日中韓、ベトナム、フィリピンを歴訪する。

 日本政府は、北朝鮮問題をはじめ、日米のアジア政策について幅広く調整すべきだ。両国が適切に役割分担し、地域の安定を追求することが肝要である。

あおり運転妨害 「過失」に違和感残る東名事故

 「あおり運転」と呼ばれる運転妨害の横行が目に余る。誰もが被害者になりかねない。ゆゆしき問題である。

 後ろに取り付いて追い立てる。幅寄せをする。進路を塞ぐ妨害もある。

 注目されるきっかけとなったのが、神奈川県内の東名高速で6月に起きた死傷事故だ。

 建設作業員の男の車がワゴン車の進路を遮り、追い越し車線に停車させた。男は車を降り、ワゴン車内の家族連れを引きずり出そうとしていた。そこにトラックが追突した。ワゴン車の夫婦が死亡し、娘2人らも負傷した。

 高速道路上の停車が危険なのは言うまでもない。ましてや、見通しの悪い夜間の出来事だった。無謀極まりない行為である。

 事故直前まで、男はあおり運転を繰り返していた。直前のパーキングエリアで駐車方法について注意され、腹を立てたためだ。

 なぜ、そんな些細なことで、執拗なあおり運転をするのか。男は以前にも、同様の妨害運転をしていたという。トラブル自体を楽しむ面もあったのだろう。

 神奈川県警は男を自動車運転死傷行為処罰法違反(過失運転致死傷)容疑などで逮捕した。この罪の法定刑は、7年以下の懲役か100万円以下の罰金などだ。

 県警は当初、刑罰がより重い危険運転致死傷容疑の適用を検討したが、見送った。法が想定するのは、走行中の妨害行為で事故に至ったケースであるためだ。

 今回の事故は停車後に起きた。適用には限界があっただろうが、高速道路上で停車させた行為を過失とすることには違和感を禁じ得ない。法改正も検討課題だ。

 警察庁によると、車間距離不保持の摘発は昨年、7625件に上った。その約9割を高速道路上が占める。ドライバーの半数以上が後ろの車にあおられた経験を持つ、との調査結果もある。

 Nシステム(自動車ナンバー自動読み取り装置)などを駆使した確実な摘発が求められる。

 神奈川県警は今回、東名高速を走行していた約260台の車を特定し、その目撃証言などから、男のあおり運転を裏付けた。

 妨害に遭ったら、相手にせず、パーキングエリアに入って、ドアを開けずに110番することだ。ドライブレコーダーで相手の行為を記録するのも有効だろう。

 運転中はストレスがかかるため、攻撃性が高まりがちだという。ドライバー一人一人が譲り合いの精神で安全運転に努めたい。

2017年10月24日火曜日

安倍首相の記者会見 謙虚をどう形にするかだ

 衆院選の結果を踏まえ、安倍晋三首相が自民党総裁としてきのう記者会見した。

 首相は自らこう語った。「国民からより一層厳しいまなざしが注がれる。そのことをすべての与党議員が強く意識しなければならない。今まで以上に謙虚な姿勢で、そして真摯(しんし)な政権運営に全力を尽くさなければならない」

 自民党の大勝におごらず、国民目線で政治を進める、という意思表明なら、ぜひそうあってほしい。

 しかし、そう言いつつ、首をかしげざるを得ない発言があった。

 一つは、学校法人「加計(かけ)学園」をめぐる国家戦略特区での獣医学部新設の問題だ。

 十分に説明し国民から理解を得られたと受け止めるか、との質問に首相は「国会審議をすべてご覧になった方にはかなりご理解いただけたものと思っている」と答えた。

意図的なすり替えでは

 説明責任は果たし、この問題はもう終わったといわんばかりだ。

 とくに首相は7月の閉会中審査に参考人として出席した加戸守行・前愛媛県知事の発言を強調している。

 加戸氏は「『加計ありき』と言うが、12年前から声をかけてくれたのは加計学園だけだ」と話した。

 愛媛県がけん引し、「ゆがめられた行政がただされた」という加戸氏の発言を、首相としては自身の関与を否定する事例としたいのだろう。

 しかし、この問題の核心は、学園の理事長が首相の友人であり、首相や側近が指示したり、官僚がそんたくしたりして、特区の選定の公平性がゆがめられたかどうかだ。

 加戸氏は7年前に知事を退任し、今回の選定に直接関与していない。その事情を知りつつ、加戸氏の発言が潔白の証明だと主張する首相は意図的に論点をすり替えていると言われても仕方がないのではないか。

 もう一つは、憲法改正である。

 首相は選挙中、自ら改憲への支持を訴える場面はほとんどなかった。これについて「街頭(演説)では地域の生活に密着した政策を述べるものだ」と首相は説明した。

 しかし、自民党が衆院選の主要公約に憲法改正を据え、その最初に掲げた自衛隊の憲法9条明記は首相自身が5月に提起したものだ。

 首相は「憲法(改正)を決めるのは国会ではなく、国民投票だ」と会見で答えた。

 確かに改憲を認めるかどうかは国民投票だが、首相は、衆院選では具体的な議論をしなくても問題ないと考えているようだ。

 改憲案の発議は国会しかできない。その国会を目指す候補者が選挙でそれぞれ憲法観を示すことは投票の重要な指標ではないか。

 自民党総裁である首相が改憲への見解表明を避け続けるなら、国民の理解を深めたいという自身の態度とは正反対と言わざるを得ない。

党の実力を示す比例票

 首相は、自民党の衆院選3連勝はほぼ半世紀ぶりで、「同じ総裁の下で3回続けて勝利を得たのは立党以来60年あまりの歴史の中で初めてのことだ」と胸を張った。

 来年秋に控える党総裁選への強い自信の表明だといえよう。

 しかし、首相はそれほどの信任を得たのだろうか。

 比例代表の全国の政党別得票数を見比べると、自民党の約1852万票に対し、立憲民主党が約1107万票、希望の党が約966万票で、この主要野党2党を合計すると自民党をしのぐことがわかる。

 小選挙区の「勝因」が、立憲と希望の野党分裂選挙になった事情が大きいことは疑いようがない。与党との三つどもえになった選挙区での野党の勝率は約2割にとどまる。

 比例代表では野党を下回り、小選挙区で「漁夫の利」を得たというのが、実態である。

 共同通信の出口調査では、首相を「信頼していない」は51%で、「信頼している」の44%を上回った。

 首相の言う「謙虚」や「真摯」とはどういう意味なのか。

 臨時国会の召集については外交日程を列挙して明言せず、加計問題も「質問いただければ丁寧に答える」と受け身に徹する。

 改憲をめぐる他党との合意形成には「努力」するが、「政治であるからみなさますべてにご理解をいただけるわけではない」とかわした。

 首相に必要なのは、「謙虚」や「真摯」を口で言うだけでなく、具体的な形にすることだ。

日本経済の持続力高める改革急げ

 衆院選で与党の獲得議席が3分の2に達した。野党候補の乱立が有利に働いた面もあるが、安倍内閣は国政選挙5連勝で政権基盤を固め直した。日本が取り組むべき優先課題は、財政や社会保障制度の立て直しと成長力強化の両立である。政府・与党はその実現に集中的に取り組んでほしい。

 近く発足する第4次安倍内閣は2020年の東京五輪・パラリンピックとその先を見据え、日本経済の持続力を高めるための抜本改革に取り組まねばならない。

費用対効果の見極めを

 自民、公明両党は19年10月に予定する消費税率10%への引き上げに伴う増収分の使い道を変更し、幼児教育・保育の無償化などに振り向けると公約した。その結果、20年度に国と地方をあわせた基礎的財政収支を黒字にする目標は達成できなくなる。

 では基礎的財政収支はいつ黒字にするのか。そのために医療や介護などの社会保障制度をどう改革するのか。具体的な取り組みを盛り込んだ新たな財政健全化計画を早急につくる必要がある。

 日本の国と地方をあわせた借金(債務残高)は国内総生産の2倍を超え、先進国で最悪の状態にある点を忘れてはならない。

 18年度は医療と介護サービスの公定価格である診療報酬と介護報酬が同時に改定される。年末にかけた予算編成では、所得や資産にゆとりのある高齢者向けの歳出をもっと抑制すべきだ。20年度以降を含む社会保障改革の中長期の工程表もつくってはどうか。

 安倍政権は「人づくり革命」と称し、3~5歳児までの幼児教育や低所得世帯の高等教育の無償化などに2兆円を割り当てるとしている。だが厳しい財政事情を踏まえれば、歳出は真に必要なものに絞り込む必要がある。

 私たちは待機児童対策を最優先にすべきだと訴えてきた。仕事と子育てが両立しやすくなれば足元の人手不足を和らげつつ、子を産み育てる少子化対策にもなる。

 3~5歳児を持つ世帯のうち、高所得層まで無償化の対象とする必要があるのか。無償化ありきで待機児童対策が後回しにされないか懸念される。児童手当の見直しの議論が全くないのも問題だ。

 成長力の強化では、自民党が公約で掲げたロボット、あらゆるモノがネットにつながる「IoT」、人工知能(AI)の活用で技術革新を後押ししていく視点は大事である。しかし、そのために打ち出す政策の中心は規制改革でなければならない。

 たとえば金融とIT(情報技術)が融合したフィンテックでは、事業のアイデアに対応して政府が関連する法規制を一時凍結する「サンドボックス」といわれる仕組みが欧州やアジアで導入されている。日本は周回遅れだ。

 経済外交は11月に正念場を迎える。ニュージーランドでは環太平洋経済連携協定(TPP)の見直しや再交渉を求める新政権が近く誕生する。米以外の11カ国によるTPP発効に向けて日本は指導力を発揮してほしい。

 北朝鮮の核・ミサイル開発は、いまだに解決の糸口が見えない。日米同盟の緊密な協力を土台に、国際社会と連携して北朝鮮を封じ込めていく必要がある。中国や韓国との近隣外交の強化も安倍政権の発足以来の重要な宿題だ。

改憲は丁寧な議論で

 自民党は衆院選で憲法改正を初めて重点公約の柱とした。自公両党に希望の党、日本維新の会など改憲に前向きな勢力を加えると衆院の8割に達し、改憲案の発議に必要な3分の2を超える。

 ただ各党が想定する改憲項目は現状では中身がかなり異なる。自民党は自衛隊の明記のほか、教育無償化、緊急事態条項、参院選の「合区」解消を重視する。公明党はいずれも慎重な立場だ。時代に合わせた憲法論議は大事だが、丁寧な話し合いの積み重ねが有権者の理解を得る近道となる。

 発足からまもなく5年となる安倍内閣は、長期政権ゆえの「おごり」や「緩み」が目立っている。森友、加計両学園の問題では、首相官邸の働きかけや官僚の過度の忖度(そんたく)が影響したとの見方が浮上している。

 足元の景気は堅調で、日経平均株価は23日の終値が史上初めて15日連続で上昇した。しかし日本経済を長期的な視点でみれば、社会保障や財政の将来不安が個人消費や企業の設備投資の足を引っ張ってきたのも事実だ。

 安倍内閣は目先の人気取り政策に目を奪われるのではなく、有権者から与えられた貴重な政治資本を有効に使うべきである。

(社説)自公3分の2 憲法論議 与野党超えて、丁寧に

 衆院選で自民、公明両党が定数の「3分の2」を維持した。改憲の国会発議に必要な勢力を安倍首相は再び手にした。

 本紙と東京大学による共同調査では、当選者の8割が改憲に賛成の姿勢だ。与野党を問わず改憲志向は強まっている。

 一方で、各党の考え方の違いも見えてきた。

 自民党は公約に自衛隊の憲法明記を盛り込んだ。首相は、自衛隊が違憲という論争がある状況に終止符を打ちたいと言う。「自民党内の賛成を得る段階ではないが、そういう観点から議論を進めていただきたい」と、9条改正に意欲を見せる。

 希望の党の小池百合子代表は「(政権を)サポートする時はしていく」というものの、自衛隊明記には「もともと政府は合憲と言ってきた」と否定的だ。

 公明党の山口那津男代表は9条改正は不要との立場だ。「野党第1党の理解を含めた合意形成を図るべきだ」と、与野党を超えた幅広い合意を求める。

 その野党第1党となった立憲民主党は、違憲と位置づける安全保障関連法を前提とする9条改正には反対だ。

 衆院だけではない。参院ではやはり9条改正に反対の民進党が、なお野党の最大勢力だ。

 首相はきのうの記者会見で、国会発議について「すべて(の野党)に理解を頂けるわけではないが、合意形成の努力を払うのは当然だ」と語った。

 「スケジュールありきではない」とも述べた。当然の姿勢だろう。

 国会の憲法審査会で、超党派による真摯(しんし)で丁寧な議論を積み重ねる環境をつくれるかどうかが問われる。

 時代の変化のなかで憲法を問い直す議論はあっていい。

 だが、踏みはずしてはならない原則がある。

 憲法は国民の人権を保障し、権力を制限する規範である。

 改憲はそうした方向に沿って論じられるべきであり、どうしても他に手段がない場合に限って改めるべきものだ。

 改憲にどの程度のエネルギーを費やすか。優先順位も厳しく吟味する必要がある。

 何よりも大事なのは、主権者である国民がその改憲の必要性を理解し、同意することだ。

 本紙の衆院選の出口調査によると、9条への自衛隊明記については賛成、反対とも46%。民意は二分されている。

 衆院選で示された自民党への支持は、必ずしも改憲への支持とは言えない。

 憲法論議が国民を分断するようなことはあってはならない。

(社説)自公3分の2 野党の役割 まず臨時国会を求めよ

 野党が分裂した選挙区では、与党の勝率が8割を超えた。乱立した野党は衆院選で、負けるべくして負けた。

 野党第1党に躍進した立憲民主党も、議席数は与党の6分の1ほど。このまま野党各党がバラバラに行動しては、緊張感のある政治は望むべくもない。

 さりとて、選挙で戦ったばかりの各党が一気に連携を深めるのは難しい事情もあろう。

 それでも、直ちに協力できることがある。必ずやるべきことでもある。臨時国会の早期召集を求めることだ。

 選挙後の特別国会は11月1日からの予定だ。政府・与党内では、首相指名選挙と正副議長の選出などだけで閉じる段取りがとりざたされている。

 森友・加計学園問題の「疑惑隠し解散」だとの批判に対し、当初は選挙後に臨時国会を開くことも検討されたという。

 だが与党の大勝を受けて、その必要性は薄れたとの判断が広がっている。年明けの通常国会まで、実質的な審議の場が設けられない可能性がある。

 だからこそ臨時国会である。

 もともと野党は6月に、森友・加計問題の解明をめざして臨時国会を求めていた。衆参いずれかの総議員の4分の1以上の要求があれば、内閣は召集しなければならないと定める、憲法53条に基づく要求である。

 だが安倍首相はこれを3カ月も放置した末に、やっと開いた臨時国会の冒頭、一切の審議を拒んで衆院を解散した。

 この憲法と国会を軽視した首相の姿勢をただすためにも、改めて臨時国会を求めることは野党の大事な役割だ。

 希望の党も加われば、野党勢力で4分の1は確保できる。

 同党の小池百合子代表は政権との距離について「何でも反対ということではない」などと語るが、選挙戦では森友・加計問題を厳しく追及してきた。国会での真相究明を求める点では他の野党と協調できるはずだ。

 巨大与党をチェックし、その独断や暴走に歯止めをかけるには、野党勢力が力を合わせる必要がある。臨時国会の召集要求は、それに向けた話し合いの入り口になり得る。

 臨時国会が開かれれば、首相が衆院選の争点に掲げた消費増税分の使途変更や北朝鮮情勢についても議論ができる。

 首相はきのうの会見でも森友・加計問題について「これからも国会で質問いただければ、丁寧に答えていく」と述べた。

 ならば野党の要求を待たずとも、みずから率先して臨時国会の召集を決めてはどうか。

安倍政権再始動 脱デフレへ成長力を強化せよ

 ◆北朝鮮危機に日米同盟生かそう◆

 衆院選での国民の信任を原動力として、困難な政策課題にも果敢に取り組み、成果を上げることこそが求められる。

 自民党の衆院選大勝を踏まえて、安倍首相と公明党の山口代表が会談し、自公連立政権の継続を確認した。

 11月1日召集の特別国会で、第4次安倍内閣が発足する。現閣僚全員が再任される見通しだ。

 自公両党は、衆院の3分の2を超す計313議席を獲得した。第2次内閣発足から約4年10か月を経て首相は安定勢力を確保し、さらなる長期政権の基盤を固めた。希有(けう)とも言える機会を活用し、積極的な政策を展開すべきだ。

 ◆消費増税の環境整備を

 安倍首相は記者会見で「ぶれることなく政治を前に進め、しっかりと結果を出す」と強調した。

 最優先すべきは、アベノミクスを強化し、デフレ脱却を完遂することだ。円高株安を是正し、企業業績や雇用は改善したが、その恩恵は一部にとどまっている。

 首相は2度、消費税率10%への引き上げを延期した。2019年10月に予定される消費増税を確実に実施できる経済環境を作り出す必要がある。

 政府は、18~20年度を「生産性向上・集中投資期間」と定め、人工知能やロボット、医療分野などの情報技術(IT)への投資を促進する。いかに成長戦略を強化し、具体的な成果を生み出すか。

 大胆な規制改革で民間の資金や活力を最大限活用し、経済の好循環につなげることが大切だ。安全性の確認された原発の再稼働も着実に進めねばならない。

 財政再建にも注力すべきだ。

 20年度の基礎的財政収支の黒字化目標を取り下げた以上、それに代わる目標を示すことが欠かせない。経済成長による税収増への過大な期待は禁物だ。急増する社会保障費の抑制には、「痛み」を伴う改革も避けてはなるまい。

 ◆子育て支援は効果的に

 首相は、少子高齢化を「国難」と位置づけ、すべての3~5歳児の幼稚園・保育所の無償化などを目指す方針を掲げている。

 ただ、完全な無償化の恩恵は高所得世帯にも及ぶ。待機児童解消や保育士の処遇改善をより重視すべきだとの指摘もある。費用対効果を検討し、子育て世代が真に必要な施策に重点化すべきだ。

 11月は外交日程が目白押しだ。トランプ米大統領の来日、ベトナムでのアジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議、フィリピンでの東南アジア諸国連合(ASEAN)関連首脳会議が続く。

 年内には、東京で日中韓首脳会談も開催し、中国の李克強首相、韓国の文在寅大統領が初来日する方向で調整している。

 北朝鮮危機は、米国による軍事的圧力だけでは解決しない。中国、ロシアを含めた国際社会が協調して、国連安全保障理事会の制裁決議を厳格に履行し、北朝鮮に核放棄を迫ることが欠かせない。

 安倍首相は、トランプ氏との親密な関係に加え、中国の習近平国家主席、ロシアのプーチン大統領と対話を重ね、北朝鮮包囲網を実質的に強化することが重要だ。

 中国、韓国との関係改善と並行し、ロシアとの北方領土交渉を前進させる環境整備を着実に続けたい。

 憲法改正について、首相と山口氏は連立合意に「国民的議論を深め、合意形成に努める」と明記した。首相は「与野党にかかわらず、幅広い合意を形成する努力を重ねねばいけない」とも語った。

 自公両党や希望の党、日本維新の会は改正に前向きだが、自衛隊の明記など、具体的な改正項目を絞るのは簡単ではない。

 まずは自民党が牽引役となり、改正項目の具体案をまとめることが必要だ。同時に、他党の主張にも耳を傾け、柔軟に対応して、より広範な合意を追求すべきだ。

 ◆国会審議から逃げるな

 疑問なのは、政府・与党内で、年内は実質的な国会審議を見送る案が浮上していることだ。

 8月の現内閣発足後、閉会中審査を除き、国会は本格的な質疑を行っていない。首相は自らの疑惑について「誠意を持って丁寧に説明する」と明言した。

 新内閣発足を機に、首相の所信表明演説や各党の代表質問、予算委員会質疑などを行うのは最低限の責務だ。見送れば、「森友・加計学園隠し」批判は免れまい。

 首相は今回の自民党大勝で、来年秋の自民党総裁選での3選に弾みをつけた。「ポスト安倍」をうかがう岸田政調会長や石破茂・元幹事長は、それぞれ戦略の見直しを迫られよう。

2017年10月23日月曜日

日本の岐路 「安倍1強」継続 おごらず、国民のために

 衆院選は自民党がほぼ公示前の勢力を維持し、公明党を含む与党で3分の2に達した。

 私たちは安倍晋三首相が抜き打ち的に衆院解散を表明して以来、「日本の岐路」と題して、この選挙を論じてきた。

 従来にも増して、今回の選挙が日本の分岐点になると考えたからだ。具体的には首相に権力が集中する「安倍1強」を継続させるか否かの選択であった。

 そもそも今回の総選挙には、安倍首相が来年秋の自民党総裁選で3選を果たすための実績作りという狙いがこめられていた。

 首相が3選されれば、2021年秋まで政権担当が可能になる。第1次政権の1年分を含め、安倍首相の在任期間は憲政史上最長の10年近くに及ぶこともあり得る。

 そうした前提のうえで有権者は継続を選んだ。

持続可能な社会保障に

 勝利した首相にはそれだけのエネルギーが補充されたと考えられる。ただし、首相の役割は特定のイデオロギーへの奉仕ではない。首相はおごることなく、恵まれた政治資源を国民のためにこそ活用すべきだ。

 国民生活にとって、今、最も優先されるべきは、少子高齢化と財政危機の下で社会保障制度を持続可能にしてゆくことだ。

 25年に団塊世代のすべてが75歳以上となり、大都市圏を中心に介護、医療の需要や財政負担が急増する。同時に若者、子育て支援など全世代型の施策も迫られている。

 一方で、国と地方の借金は1000兆円を超す。社会保障の持続と財政再建を両立する「魔法のつえ」などない。給付と負担のバランスの必要を説くことは、強い基盤を持つ政権だからこそ可能なはずだ。

 来週発足する第4次内閣にとって喫緊の課題は、北朝鮮危機への対応だ。トランプ米大統領が来月5日に訪日する。日米の連携は重要だが、軍事的圧力に傾斜するトランプ政権に同調して不測の事態を招かぬよう、細心の注意を払う必要がある。

 安倍首相の最終目標が憲法改正にあることは疑いの余地がない。

 選挙結果を受けて、首相は改憲についても国民の理解が得られたと強弁する可能性がある。

 首相は9条に自衛隊の存在を明記したいと訴えてきた。実力組織を憲法にどう位置づけるかという問題提起を私たちは否定していない。

 ただし、安全保障法制や特定秘密保護法の時のように性急に憲法を扱ったら、それこそ国の針路を誤らせる。国民に信頼されない改憲作業ほど、危険なことはない。

 将来を見据えて、自衛隊の役割を冷静に論じ、広く国民の同意を得ていかなければならない。

 憲法の論点は自衛隊に限らない。参議院の役割の見直しも含め、衆参両院の憲法審査会で建設的議論を深めるべきだろう。

緊張感ある国会審議を

 着実な成果を上げていくためにはこれまでの「安倍政治」の手法や中身を改め、押しつけ型の政権運営を見直す必要がある。

 衆院選中に実施した毎日新聞の世論調査では、選挙後も安倍首相が首相を続けることに「よいとは思わない」との回答は47%で、「よいと思う」の37%を上回った。

 それでも今回、安倍内閣が信任を得られたのは野党側の事情による。

 小池百合子東京都知事が結成した希望の党は一時、与党を脅かす存在になりかけていた。

 だが、民進党議員の参加をめぐる露骨な選別が逆風を呼んだ。公約や党内統治のずさんさも露呈し、急に失速した。

 他方で小池氏の強引なやり方に反発して民進党の左派リベラル勢力は立憲民主党を結成し、両党は競合関係となった。

 政権批判票の分散が、小選挙区制度の下で自民を利した。小池氏の劇場型手法に多くの有権者が不安を抱き、自民党を「よりまし」と判断したのではないか。

 行政の公正さが疑われた「森友・加計」問題の解明作業は中断したままだ。首相は選挙での勝利を口実として、過去の問題だと片付けるべきではない。

 野党では立憲民主党が公示前勢力を大幅に上回り、躍進した。

 「安倍1強」が続く国会の審議を与党ペースにせず、緊張感を作り出すには野党の姿勢がカギを握る。建設的な政策論争を期待したい。

安倍政権を全面承認したのではない

 この1カ月の大騒ぎは何だったのだろうか。降って湧いたような突然の衆院選は、これまでとさほど違わない与野党の議席配分で幕を閉じた。選挙戦の当事者たちは我が身の生き残りに必死だったのだろうが、有権者が頭を悩ますようなしっかりした選択肢が提供されたとは言い難かった。

 いちばんの責任は民進党の前原誠司代表にある。いくら党の支持率が低迷していたとはいえ、衆院解散の当日という土壇場になって、野党第1党ができたてほやほやの新党「希望の党」に合流を決めたのは、あまりにも奇策だった。

勝手に自滅した野党

 有権者に「選挙目当て」とすぐに見透かされ、7月の都議選に続くブームを当て込んで希望の党になだれ込んだ候補者はいずれも苦戦を余儀なくされた。

 希望の党を立ち上げた小池百合子代表の振る舞いもよくわからなかった。「排除」という物言いが盛んにやり玉にあげられたが、政策を同じくする同志を集めようとするのは当然であり、そのことは批判しない。

 しかし、分身的存在だった若狭勝氏らが進めていた新党づくりを「私がリセットします」と大見えを切ったのに、自らは出馬しなかった。これでは政権選択にならない。都知事選と都議選の連勝によって、自身の影響力を過大評価していたのではないか。

 選挙戦では終盤になって、もうひとつの新党「立憲民主党」が急速に勢いづいた。これをもって、「リベラルの復権」ともてはやす向きもあるようだが、それは早計だろう。

 立憲民主党をつくったのは「改革保守」を名乗った希望の党に受け入れてもらえなかった面々である。初当選は社会党だった人もおり、中道より左寄りなのはその通りだ。

 だが、憲法改正に関する考え方をみても完全に一枚岩ではない。政策が支持されたというよりは(1)排除されたことへの判官びいき(2)希望の党の失速で行き場を失ったアンチ安倍政権の有権者の後押し――などが重なりあった結果であり、一過性の人気に終わるかもしれない。

 この選挙をひとことで総括すれば「野党の自滅」である。自民党と公明党を合わせて、定数の過半数を大幅に上回り、選挙前と同水準の議席を獲得したとはいえ、野党候補の乱立に救われた選挙区も多い。両党が「与党の勝利」「安倍政権への全面承認」と受け止めているとしたら、大いなる勘違いである。

 有権者は自公の連立政権に軍配を上げたが、野党よりはややましという消極的な支持にすぎない。自民党に取って代われる受け皿さえあれば、簡単に見限る程度の支持であることは、都議選で身に染みたはずだ。

 主な世論調査を見ても、8月の内閣改造・自民党役員人事を受けて一時は上向いた安倍内閣の支持率は、選挙戦に入って再び低下した。ほとんどの調査で、不支持が支持を上回っており、不支持の理由も引き続き「首相の人柄が信用できない」が多い。

 森友・加計学園問題などで生じた政権への不信感はなお払拭されていないと見るべきだろう。自公が過半数を占めたことで「みそぎは済んだ」などと浮かれないことである。

経済再生が政治の役割

 疑惑をかけられた議員の表舞台への登用や、強引な国会運営を押し進め、「魔の2回生」が「魔の3回生」になるようなことがあれば、いずれ手痛いしっぺ返しを食らうことになろう。

 順風だった橋本龍太郎内閣がロッキード事件の有罪議員の入閣をきっかけに瓦解への道を歩んだ例があることを強調しておきたい。

 今回の衆院選勝利によって、安倍晋三首相は来年9月の自民党総裁選で3選を果たし、2021年まで政権にとどまる可能性が出てきた。そうなれば、戦後最長の佐藤栄作首相どころか、戦前の桂太郎首相を抜き、憲政史上最長の超長期政権になる。

 問題はそれに見合う業績を上げているかどうかだ。政権返り咲きからでも間もなく5年だが、アベノミクスひとつとっても「道半ば」「7合目」というばかり。生活がよくなった実感があまりないという国民が大半だろう。

 「安倍1強」と呼ばれる強大な権力を何に使うのか。経済を再生し、国民の暮らしを守る。それこそが政治の役割だ。「初の憲法改正」という宿願ばかり追い求め、肝心の原点を置き去りにしてはならない。

(社説)政権継続という審判 多様な民意に目を向けよ

 衆院選は自民、公明の与党が過半数を大きく超えた。有権者は安倍首相の続投を選んだ。

 森友・加計問題への追及をかわす大義なき解散――。みずから仕掛けた「権力ゲーム」に、首相は勝った。

 ただ、政権継続を選んだ民意も実は多様だ。選挙結果と、選挙戦さなかの世論調査に表れた民意には大きなズレがある。

 ■選挙結果と違う世論

 本紙の直近の世論調査によると、「安倍さんに今後も首相を続けてほしい」は34%、「そうは思わない」は51%。

 国会で自民党だけが強い勢力を持つ状況が「よくない」が73%、「よい」は15%。

 「今後も自民党中心の政権が続くのがよい」は37%、「自民党以外の政党による政権に代わるのがよい」は36%。

 おごりと緩みが見える「1強政治」ではなく、与野党の均衡ある政治を求める。そんな民意の広がりが読み取れる。

 ならばなぜ、衆院選で自民党は多数を得たのか。死票の多い小選挙区制の特性もあるが、それだけではあるまい。

 首相が狙った権力ゲームに権力ゲームで応える。民進党の前原誠司代表と希望の党の小池百合子代表の政略優先の姿勢が、最大の理由ではないか。

 小池氏の人気を当て込む民進党議員に、小池氏は「排除の論理」を持ち出し、政策的な「踏み絵」を迫った。

 それを受け、合流を求める議員たちは民進党が主張してきた政策を覆した。安全保障関連法の撤回や、同法を前提にした改憲への反対などである。

 基本政策の一貫性を捨ててまで、生き残りに走る議員たち。その姿に、多くの有権者が不信感を抱いたに違いない。

 例えば「消費増税凍結」「原発ゼロ」は本紙の世論調査ではともに55%が支持する。希望の党は双方を公約に掲げたが、同党の政策軽視の姿勢があらわになった以上、いくら訴えても民意をつかめるはずがない。

 与党との一対一の対決構図をめざして模索してきた野党共闘も白紙にされた。その結果、野党同士がつぶし合う形になったことも与党を利した。

 ■筋通す野党への共感

 その意味で与党が多数を占めた今回の選挙は、むしろ野党が「負けた」のが実態だろう。

 旧民主党政権の挫折から約5年。「政権交代可能な政治」への道半ばで、野党第1党が散り散りに割れたツケは大きい。

 与党の圧倒的な数を前に、野党が連携を欠けば政権への監視役は果たせず、政治の緊張感は失われる。その現実を直視し、選挙と国会活動の両面で協力関係を再構築することこそ、野党各党が民意に応える道だ。

 留意すべきは、権力ゲームからはじき飛ばされた立憲民主党がなぜ躍進したのかだ。

 判官びいきもあろう。そのうえに、民進党の理念・政策や野党共闘を重んじる筋の通し方への共感もあったのではないか。

 「上からのトップダウン型の政治か、下からの草の根民主主義か」。枝野幸男代表が訴えた個人尊重と手続き重視の民主主義のあり方は、安倍政権との明確な対立軸になりえよう。

 では、首相は手にした数の力で次に何をめざすのか。

 自民党は公約に初めて改憲の具体的な項目を明記した。一方で首相は選挙演説で改憲にふれず、北朝鮮情勢やアベノミクスの「成果」を強調した。

 経済を前面に掲げ、選挙が終わると正面から訴えなかった特定秘密保護法や安保法、「共謀罪」法を押し通す。首相が繰り返してきた手法だ。今回は改憲に本腰を入れるだろう。

 ■白紙委任ではない

 だが首相は勘違いをしてはならない。そもそも民主主義における選挙は、勝者への白紙委任を意味しない。過去5年の政権運営がみな信認され、さらなるフリーハンドが与えられたと考えるなら過信にすぎない。

 首相の独善的な姿勢は、すでに今回の解散に表れていた。

 首相は憲法53条に基づく野党の臨時国会召集要求を3カ月も放置した末、あらゆる審議を拒んで冒頭解散に踏み切った。

 与党の多数は、そんな憲法と国会をないがしろにした政争の果てに得たものだ。そのことを忘れてはならない。

 民意は改憲をめぐっても多様だ。本紙の世論調査では、自民党が公約に記した9条への自衛隊明記に賛成は37%、反対は40%だった。

 短兵急な議論は民意の分断を深めかねない。主権者である国民の理解を得つつ、超党派による国会の憲法審査会での十分な議論の積み上げが求められる。

 憲法論議の前にまず、選ばれた議員たちがなすべきことがある。森友・加計問題をめぐる国会での真相究明である。

 首相の「丁寧な説明」は果たされていない。行政の公正・公平が問われる問題だ。勝ったらリセット、とはいかない。

 民意の分断を防ぎ、乗り越える。そんな真摯(しんし)で丁寧な対話や議論が、いまこの国のリーダーには欠かせない。

 政権のおごりと緩みを首相みずから率先して正すことが、その第一歩になりうる。

衆院選自民大勝 信任踏まえて政策課題進めよ

 ◆「驕り」排して丁寧な政権運営を◆

 安倍政権のすべてを支持するほどではない。だが、政治の安定を維持し、経済再生や日本の安全確保できちんと結果を出してほしい。それが、今回示された民意だろう。

 第48回衆院選は、自民党が過半数を大きく上回る議席を得て、大勝した。公明党との連立政権が継続する。安倍首相は2012年衆院選以来、国政選で5連勝だ。

 首相は大勢判明後、「安定した政治基盤の下、一つ一つ結果を出したい」と強調した。

 ◆首相全面支持ではない

 首相は、来年秋の自民党総裁選での3選に向けて、足がかりを築いた。内政、外交両面でさらなる長期的な政権戦略を練り、その布石を打つことが大切である。

 我が国は今、デフレ脱却、財政再建、北朝鮮の核・ミサイルなど様々な課題に直面している。

 今の野党に日本の舵取りを任せることはできない。政策を遂行する総合力を有する安倍政権の継続が最も現実的な選択肢だ。有権者はそう判断したと言えよう。

 希望の党の結成や、民進党の分裂・合流、立憲民主党の結成という野党再編の結果、小選挙区で野党候補が乱立し、反自民票が分散した。これが、自民党に有利に働いた点も見逃せない。

 公示直後の世論調査で、内閣支持率は不支持率を下回った。首相は、自らの政策や政治姿勢が無条件で信任されたと考えるべきであるまい。与党の政権担当能力が支持されたのは確かだが、野党の敵失に救われた面も大きい。

 安倍政権の驕りが再び目につけば、国民の支持が一気に離れてもおかしくない。首相は、丁寧かつ謙虚な政権運営を心がけ、多様な政策課題を前に進めることで国民の期待に応えねばなるまい。

 与党は、19年10月の消費増税による増収分の使途変更で教育無償化などを拡充すると表明した。

 バラマキを排し、真に必要とする家庭を支援する制度を設計する必要がある。達成不可能になった20年度の基礎的財政収支の黒字化という目標に代えて、新たな財政健全化の道筋も明示すべきだ。

 安倍政権の原点は経済再生だ。アベノミクスの加速へ、既存政策の焼き直しでなく、成長戦略を多角的に強化することも急務だ。

 ◆希望は新党の脆さ露呈

 北朝鮮情勢は今後、さらに緊迫する可能性がある。日米韓3か国が連携し、金正恩政権への圧力を強めつつ、中国の協力を得て、核放棄を迫り続けねばならない。

 立憲民主党は当初、希望の党に合流できない民進党の左派・リベラル系議員の受け皿として出発したが、安倍政権に批判的な層に幅広く浸透し、躍進を果たした。

 労働団体による個別議員への支援に加え、共産、社民両党との選挙協力も効果を上げた。

 今後、民進系の無所属議員らと連携する可能性がある。政府・与党に何でも反対する「抵抗政党」に陥らず、建設的な論戦を仕掛けることが求められよう。

 希望の党が安全保障関連法を容認し、安保政策で自民党と差のない保守系野党を目指す姿勢は、評価できる。従来の不毛な安保論争に終止符を打つことは重要だ。

 希望の党は一時、政権獲得を目指す構えだった。だが、小池代表の民進党からの合流組への「排除」発言などで失速した後は、盛り返せず、苦戦した。

 消費増税凍結、30年の原発ゼロなど、付け焼き刃の政策は具体性を欠いた。「しがらみのない政治」の名の下、政治経験の乏しい新人の大量擁立も疑問視された。

 組織基盤がなく、「一枚看板」の小池氏の人気に依存した新党の構造的な脆さを印象づけた。

 小池氏の地元の東京で振るわず、全国でも当選者の大半を民進党の移籍組が占めた。小池氏の求心力低下は避けられまい。

 ◆憲法改正論議を活発に

 政策面で民進党に先祖返りしたり、離党して民進党の再結集を図ったりすることは、有権者を愚弄する行為であり、許されない。

 共産党は、立憲民主党に左派系の票を奪われ、伸び悩んだ。

 今回の衆院選では、憲法改正が本格的な争点となった。

 自民、公明、希望、維新の各党は改正に前向きである。各党の合計議席が衆院の3分の2を大きく上回ったが、改正項目に関する足並みはそろっていない。

 自民党は今後、自衛隊の明記、緊急事態条項など4項目に関する党内論議を再開し、党の考え方をまとめる。各党も、無為に議論を先送りせず、自らの見解を策定すべきだ。超党派の合意形成に向けた重要な一歩となるだろう。

2017年10月22日日曜日

日本の岐路 衆院選きょう投票 「安倍1強」の継続か否か

 衆院選の投票日を迎えた。

 憲法改正や社会保障、経済・財政政策、外交・安全保障など多くの課題でこれからの日本政治の方向を決定づける可能性がある選挙だ。

 報道各社の事前調査では2014年の前回衆院選に続き、自民党が優位な情勢になっている。しかし調査時点で投票態度を明らかにしていない人は3~4割おり、接戦となっている小選挙区も多い。

 私たち有権者の1票は重い。ぜひ投票所に足を運んでもらいたい。

 改めて指摘しておきたい。

 今回は安倍晋三首相の1強体制が継続するのを是とするのか、しないのかが問われている衆院選だ。

 事前調査通りなら、安倍首相が来年秋の自民党総裁選で3選される可能性が強まる。その場合、安倍内閣はあと4年、21年秋まで続き、第1次内閣も含め在任期間は約10年に達して憲政史上最長となる。

首相権限強化の副作用

 なぜ、この1強体制に至ったのだろうか。

 1990年代初めに進められた一連の政治改革は、衆院への小選挙区比例代表並立制導入とともに、内閣機能の強化を目指したものだった。

 各府省の縦割りを排して首相のリーダーシップを強め、迅速に政治課題に対応するという改革の目的が間違っているとは思わない。だが、そのひずみも見えてきたのが安倍政権の約5年間だった。

 内閣人事局が府省幹部の人事権を握った結果、官僚が自由にものを言えなくなっている。森友学園や加計学園の問題が象徴的だ。官僚が安倍首相らの意向をそんたくした結果、行政手続きがゆがんだのではないかとの疑問が今も消えない。

 小選挙区制導入により、自民党では候補者選定や資金配分の権限が党総裁や幹事長に集中した。活発な党内議論が著しく乏しくなっているのはそれと無関係ではないだろう。

 国会も軽視され、安全保障法制をはじめ審議が不十分なのに与党が強引に成立させる場面も目立った。

 安倍首相の実行力を評価する人もいるだろう。しかし権限強化の副作用は明らかに出ている。こうした権力のあり方を問う選挙でもある。

 異例ずくめの選挙戦だった。

 首相は「森友・加計問題の疑惑隠しではないか」との批判を受けながらも臨時国会で何の審議もせずに衆院を解散した。首相自らの都合を優先したのは間違いないだろう。

 一方、野党は小池百合子東京都知事が代表を務める希望の党ができたものの、民進党候補者は分裂し、立憲民主党が急きょ発足。結局、「自民・公明」「希望の党・日本維新の会」「共産・立憲民主・社民」の3極が争う構図となった。

それぞれの尺度で選ぶ

 小選挙区制は二つの主要政党が1議席を争う形を想定している。戸惑う有権者が多いのは当然だろう。

 安倍内閣の支持率は依然、低迷している。毎日新聞の世論調査によれば、衆院選後も安倍首相が首相を続けることについて「よいとは思わない」と答えた人は47%。「よいと思う」と答えた人の37%を上回った。

 にもかかわらず自民党が優位な情勢になっているのは、小選挙区制の下で野党が分散した理由が大きい。ただし決められたルールに基づいて行う選挙の結果によって進められていくのが民主政治の基本である。

 自民党が勝利すれば、憲法改正の議論は首相のペースで急速に進む公算が大きい。経済政策でも特に地方で不満の声が強い今のアベノミクスの方向は変わらないだろう。原発などエネルギー政策も同様だ。国会運営も変わらないかもしれない。

 衆院選の投票率は、ともに自民党が大勝した前々回の12年が59%、前回が52%と2回連続で戦後最低を更新した。有権者の半数近くが棄権する状況は民主政治の危機と言える。

 この低投票率の下で生まれた「安倍1強」でもある。棄権するのは、結果的には政権に白紙委任するのに等しいことも忘れずにいたい。

 確かに今回の選択は難しい。しかし選ぶ方法はさまざまだ。自分が望ましいと考える政治状況に少しでも近づけるために投票する方法もある。最も関心のある政策で自分の考えに一番近い党や候補者を選んだり、候補者の人となりに重きを置いたりするのもいいだろう。

 選挙は有権者が政治に関わる最も重要な場だ。今回初めて総選挙で投票する18、19歳を含め、それぞれの判断で大事な1票を投じたい。

節目の選択「お任せ民主主義」に決別を

 きょう22日は衆院選の投開票日である。12日間にわたって繰り広げられてきた選挙戦に有権者の審判が下る。

 衆院議員の任期は2021年10月までの4年間。18年秋の明治150年の記念式典、19年の改元、20年夏の東京五輪がひかえている。19年夏の参院選との衆参同日選がない限り、向こう3年おそらく議席は動かない。

 平成から次なる時代へ、10年代から20年代へ、日本政治の方向性が固まる節目の選挙である。

 報道各社による各党の獲得予想議席の報道で大勢が明らかになり、選挙戦への関心がすっかりしぼんでしまったのは確かだ。

 小選挙区はすでに行方が見えており、自分の票が選挙に影響を及ぼす可能性は低いので棄権しようと考える人がいるとすれば、事前の予測が外れた例をあげよう。

 大平正芳首相が一般消費税の導入を掲げて戦った1979年の衆院選と、橋本龍太郎首相の退陣につながった98年の参院選が代表例だ。いずれも自民党勝利の予想がくつがえった。

 もうひとつ指摘される棄権の理由は、政党や候補者の政策の違いや自分の利益になるかどうかが判断できないためである。こんどは自民・公明両党、希望の党・日本維新の会、共産・立憲民主・社民各党の3極の構図になったことで分かりやすくなったはずだ。

 まして小選挙区と比例の2票を持っている。使い分けるかどうかはともかくとして、権利を行使しない手はない。棄権とは多数派に国の将来を無条件でゆだねることである。そんな「お任せ民主主義」とは決別したい。

 多くの有権者がお任せではなく自ら出て行くと政治は動く。05年の郵政選挙はその前の03年のときより投票率が8ポイント上昇し67%、09年の政権交代選挙は69%だった。

 前回14年の投票率は過去最低で52%とギリギリで5割を維持した。今回もし50%を下回るような事態になれば、半分に満たない人の声を民意といえるのかといった声も出てきかねない。

 今回、18歳選挙権で20歳未満の若者が総選挙ではじめて一票を投じる。高齢者の利益を重視するシルバー民主主義に流れないようにするためにも、まずは若者が一票を投じることから始めたい。

株価の連騰が企業に促すもの

 日経平均株価が20日、9円12銭高の2万1457円64銭で取引を終了し、1960年12月から61年1月にかけて記録した14日間の最長連騰に並んだ。

 歴史的ともいえる株価の連続上昇の背景には、景気や企業業績の拡大がある。と同時に、低金利が続いているため運用難の資金が株式に流れ込んでいる。

 日本企業の競争力向上に対する市場の期待が先行している面も大きい。企業は株高の持つ意味を受け止め、成長に向けて手を打つことが求められている。

 60年12月当時の日本は高度成長期のまっただ中にあった。池田勇人内閣が国民所得倍増計画を決めた時期に重なる。官民の投資が成長をけん引し、所得の増えた家計が消費を拡大した。

 現在は当時より長い期間の景気拡大が続いているが、実感に乏しいとの声は多い。その要因の一つは、業績が良いにもかかわらず投資や賃上げに慎重な企業が多いことである。

 その意味で、今回の選挙戦などを通じて、企業が抱え込んだ現金の有効活用策が注目されているのは望ましいことだ。

 いまや上場企業だけで手元資金は100兆円を上回る。長期の視点で日本企業に投資する外国人投資家は、これを使って設備投資や企業買収など成長のための布石を打つよう求めている。

 人件費の上昇につながる賃上げも、優秀な人材を獲得するための先行投資と捉える投資家は決して少なくない。歴史的な株価の連続上昇には、日本企業の潜在力への期待が多分に反映している。それに応えるのが経営者の責務だ。

 折しも、世界的には「暗黒の月曜日」(ブラックマンデー)と呼ばれた世界同時株安から30年の節目である。最高値圏にある米株式市場は、利益に比べて株価が高いとの指摘も増えている。

 日本企業が戦略的な投資で収益基盤を強固なものにしておくことは、急激な株価変動への備えにもなるはずだ。

(社説)衆院選 きょう投票 棄権なんてしてられない

 さて、誰に、どんな思いを託そうか。思案の雨の朝である。

 訳のわからぬ理屈で首相が衆院を解散したと思ったら、あれよあれよという間に野党第1党も自ら散り散りになった。打算と駆け引きの果て、置き去りにされたのは、理念と丁寧な説明、そして国民である。

 一連の騒ぎにはほとほと愛想が尽きた。投票に行く気になれない。そんな声もしきりだ。

 だが今回の一票は、時代を画する重みを持つ。

 ■ヒラリー氏の嘆き

 3年前の衆院選の投票率は52・66%と戦後最低を記録した。

 多くの人が投票し、さまざまな意思が反映された代表者を通じて、国を運営してゆく。それが近代民主主義の姿だ。ところが大勢の人がそこに集うほど、一人ひとりの声は相対的に小さくなり、政治に参加している実感や責任感は薄まる。

 制度が抱えるジレンマ、と言っていい。しかし「しょせん選挙なんて」というニヒリズムが広がれば、堅固に見えた社会の土台も崩れる。

 昨年の米大統領選。世界中がまさかと思っていたトランプ氏が当選し、ヒラリー・クリントン氏は一敗地にまみれた。

 投票率は50%台だった。過去に比べ特に低かったわけではないが、選挙が終わった後に、多くの市民から「実は投票に行かなかった」と謝られたと、ヒラリー氏が近著で明かしている。「市民としての責任を最悪の時に放棄したのね」という言葉が口をつきそうになったという。

 街の灯が一つ消えても、目に映る風景はほとんど変わらない。やがて「なんだか暗いね」と皆が気づいた時には、もう元に戻れない地点に来ているのかもしれない。

 棄権という選択は、将来を白紙委任することに他ならない。

 ■お客様か主権者か

 いつの世も、候補者は耳に聞こえの良いことしか語ろうとしない。ならば有権者の側が、その甘い言葉の先を考えたい。

 朝日新聞の社説は、選挙の最大の争点は安倍1強政治の評価だと主張してきた。ためしに、首相の政権運営が評価されて、あと4年、21年までこの政治が続く姿を想像してみよう。

 このころから、団塊の世代が75歳以上の後期高齢者になっていく。社会保障の経費をまかない、あわせて財政の健全化を進めるという困難な課題に、「アベノミクスの加速」は有効な答えを出せているだろうか。

 政権は原発を基幹電源と位置づけ、再稼働を進める。たまり続ける「核のごみ」を処理し、未来に負担をかけない道筋が、4年後には描けているか。

 そして憲法。例によって街頭演説などでほとんど触れない首相だが、今回、自民党は「自衛隊の明記」をはじめ、具体的な改憲項目を公約に盛りこんだ。選挙が終われば、国民との約束を果たすとして改憲への動きを加速させるだろう。有権者にその覚悟と準備はあるか。

 自分が思い描く望ましい未来像と照らし合わせてほしい。

 留意したいのは、消費者の気分で政治を見るわけにはいかないということだ。

 政党は、自動販売機に並ぶお茶やジュースではない。「お客様」なら好みのものがなければ買わなければいい。だが「主権者」はそれでは済まない。選挙の先にたち現れる政治は、日々の生活を規定し、支配する。無関係や没交渉はあり得ない。

 ならば、品ぞろえに不満があっても、その中からましな一つを選ぶ。その選んだ先と対話を重ね、次はこういう政策が欲しいと働きかけ、国を動かす。そうやってはじめて、「主権者」たり得るのではないか。

 自販機と違って、すぐには渇きを癒やせないかもしれない。期待していたとおりの味でないこともあるはずだ。それでも選ぶことをしなければ、民主主義は始まらない。

 ■物差しを決める

 こう言うと、選ぶことの重さにたじろぐ人がいるだろう。「そんな必要はない。肩の力を抜いて」と、著書「世論」などで知られる米国の評論家リップマンなら助言するに違いない。

 仕事や家事で忙しいのに、複雑な政治課題への見聞を深め、合理的な判断を下すなんて教科書だけの世界だ。有権者にできるのは、政治家が世の中のルールと己の欲望のどちらに従っているかを判断することだ――。そんな趣旨の文章を、90年以上前に書き残している。

 彼に励まされて、もう一度、候補者の考えを比べてみよう。

 自分が最も大切だと考える政策や、政治家に求める姿勢を一つ決め、その物差しで投票先を決めてもいい。それでも考えあぐねるなら、今晩どの党首が笑顔でいると「いいね」と感じるか。それも選び方だ。小選挙区と比例区で投票先を使い分けても、一向に構わない。

 関心が高いから投票へ行く。投票へ行くから関心が高まる。どちらも真理だ。さあ一歩を。

きょう投票 日本の針路を正しく定めたい

 ◆政策の質と説得力を見極めよう◆

 第48回衆院選は、きょう投票日を迎えた。

 様々な課題に直面する日本の新たな針路を選択する機会である。政党や候補の主張を冷静に見極め、貴重な1票を投じたい。

 今回の特徴は、野党第1党の民進党が公示前に分裂し、候補が希望の党、立憲民主党、無所属に分かれたことである。

 与党の自民、公明両党に対し、希望の党、日本維新の会の保守・中道系野党と、共産、立憲民主、社民の左派・リベラル系野党が挑戦する3極の構図となった。

 ◆アベノミクスの功罪は

 「寄り合い所帯」が分裂し、基本理念や政策を軸に再編成されたことで、各党の違いが有権者に分かりやすくなったのは確かだ。

 北朝鮮情勢が緊迫し、安倍首相が「国難」と位置づけた中での選挙となったのも異例だった。

 衆院選は本来、政権選択選挙である。だが、政権獲得を目指したはずの希望の党は、過半数ぎりぎりの候補しか擁立できなかった。安倍政権を信任するのか。どの党に伸びてほしいのか。有権者は選択する必要がある。

 与党は、目標とする過半数の233議席からどこまで上積みできるか。希望の党と立憲民主党の野党第1党争いも注目される。

 アベノミクスの功罪、急速に進む少子高齢化への対応、厳しさを増す安全保障環境に対する備えなどが投票の判断材料となろう。

 アベノミクスに関して、安倍首相は演説で、日経平均株価の21年ぶりの高値などを挙げ、「一つ一つ実現してきた」と強調する。

 雇用改善や企業業績回復で成果を上げる一方、賃金が伸び悩むなど、停滞感も漂っている。

 希望の党の小池代表は「経済成長が進まない」と批判し、徹底した規制改革を求める。立憲民主党の枝野代表も「強い者をより強くし、偏った経済政策を進めた」として賃金の底上げを訴える。ただ、具体案を示せたとは言い難い。

 ◆安保法の意義が高まる

 2019年10月の消費税率10%への引き上げを巡っては、与党と野党の主張が衝突した。

 与党は、消費増税を実施し、赤字国債縮減に充てる増収分の使途の一部を教育無償化などに変更すると公約に掲げた。新たな財政再建目標は示していない。

 希望、立憲民主両党と日本維新の会は「凍結」を求めた。共産、社民両党は引き上げに反対する。しかし、新たな財源確保については、「身を切る改革」などと掛け声ばかりで、実効性に乏しい。

 各党とも、将来世代へのつけ回しを抑制する「痛み」の伴う施策を避けたのは残念である。

 安全保障を巡っては、希望の党が安保関連法を容認したことで、与党と野党が厳しく対立した従来の構図が変化した。日本維新の会も一定の理解を示す。

 自衛隊が、より幅広い支持を得て、関連法に基づく米艦防護などを遂行できる意義は大きい。

 共産、立憲民主、社民の各党は関連法廃止を主張している。

 北朝鮮の脅威が高まる中で、安保関連法を土台にして日米同盟の信頼性を一層高める必要があることを忘れてはなるまい。

 衆院選の結果、自公両党と、憲法改正に前向きな希望、維新の両党の合計の議席数が、発議に必要な3分の2に当たる310を上回る可能性が高まっている。

 自民党は自衛隊の明記などを掲げる。公明党は環境権などの「加憲」を主張する。希望の党は「知る権利」など、日本維新の会は教育無償化などを優先する。

 各党がどのような憲法改正を目指しているのかも、投票する際の参考にしたい。

 ◆「資質」の吟味が重要だ

 森友・加計学園問題について、首相は遊説で言及しなかった。党首討論会でも、「反省」を口にしつつ、「私が関与したと言った人は一人もいない」と繰り返すにとどめた。首相の説明責任に関する評価が問われよう。

 疑問なのは、民進党の参院議員らが、立憲民主党や無所属の候補などによる民進党の「再結集」に言及していることだ。

 希望の党には、自党の公約を公然と批判したり、当選後の離党まで口にしたりする候補がいる。

 にわか作りの新党であっても、政党としてきちんと結束できるかどうかを見定める必要がある。

 自民党にも、失言や不祥事が問題視された前議員がいる。自分の選挙区の候補が、選良にふさわしい資質を有するのか、厳しく吟味するのは有権者の責任だ。

2017年10月21日土曜日

日本の岐路 働き方改革 若い世代こそ見極めよう

 働き方改革関連法案をめぐる選挙での論戦が低調だ。自民、公明の与党は「残業代ゼロ法案」と批判される「高度プロフェッショナル(高プロ)制度」については公約にすら掲げていない。選挙後の国会で焦点になるのが確実な法案だ。選挙で論じないのは不誠実だ。

 この法案の欠陥は、労働者を過酷な長時間残業から守る規制と、長時間労働を助長するような内容がセットで盛り込まれている点だ。

 高プロ制度は所得の高い一部の専門職に残業代なしの成果主義賃金を適用するもので、金融商品の開発やディーリング、コンサルタント、研究開発職などが対象とされる。

 確かに単純労働と違って、創造性の高い仕事は働いた時間の長さと成果が比例するわけではない。自分で働く時間や仕事の内容を決め、その成果によって賃金が決まる方が合理的ではある。

 しかし、日本では専門職も経営者のコントロール下に置かれる慣行が根強い。高い目標値を設定されて成果主義賃金が導入されると、目標達成のために労働時間が延びることは容易に予想される。今は年収1075万円以上の人が対象だが、いずれ年収や職種による制限が緩和され、対象が広がることも懸念される。

 これとは別に「裁量労働制」の対象を広げる改革も法案に盛り込まれる。あらかじめ定めた時間を働いたとみなして賃金を決める制度だ。

 残業代なしで成果を求められる働き方が着々と広がりそうだ。

 労働者を守る側の足元はぐらついている。選挙前、政府は年間104日以上の休日確保を企業に義務づける連合の要求を丸のみし、それまで同法案に反対していた連合が一時容認に転じた。これが政府の法案とりまとめにつながった。

 高プロ制度に反対していた民進党は分裂した。希望の党は高プロに対する賛否を明らかにしていない。

 高プロ制度を適用するためには労使委員会の決議や本人の同意が必要とされているが、労働組合の組織率は2割を切っているのが現状だ。

 日本人の働き方が大きく変えられる可能性のある改革案である。特にこれから社会で働く若い世代への影響は大きい。若者たちは各党の方針を見極めて投票してほしい。

横行するあおり運転 危険排除の啓発強めたい

 幅寄せや割り込みで車の進路を妨害する「あおり運転」は、他の車を巻きこんだ重大事故につながる危険性が極めて高い。

 先週容疑者が逮捕された東名高速道路上の夫婦死亡事故は、こうした無謀な運転が取り返しのつかない結果を招くことを改めて示した。

 この一件を契機に、あおり運転への社会的な関心が高まっている。

 被害者一家の車は、高速道路上で容疑者の車に接近や追い抜きなどを繰り返された。揚げ句に追い越し車線で車を停止させられ容疑者に暴行を受け、そのさなかに後続のトラックに追突され夫婦は亡くなった。

 逮捕容疑は、自動車運転処罰法違反(過失致死傷)と暴行だ。過失致死傷罪の法定刑は最高でも懲役7年である。警察は、容疑者が車外にいたため、より罰則の重い危険運転致死傷罪の適用を見送った。

 捜査中だが、逮捕容疑の罪名でしか起訴できなければ疑問が残る。起こった事態の重大さと、科す刑罰の落差が大きすぎるからだ。法の不備ならば正さなければならない。

 あおり運転の実態はどうなのだろうか。警察は、接近しての嫌がらせは、道路交通法の「車間距離不保持」で摘発している。昨年の摘発件数は7625件だが、あおり運転がうちどれだけあるかは不明だという。

 一方、日本自動車連盟(JAF)が昨年実施したインターネット調査では、回答者約6万4000人の過半数が、あおられた経験が「よくある」「時々ある」と答えた。

 死亡事故の減少や飲酒運転の撲滅など車社会の進展に伴う課題は、時代とともに変化してきた。今は多くの人がストレスを抱える。あおり運転が横行する背景に、ハンドルを握ることで攻撃性が強まるというドライバーの意識を指摘する声もある。

 あおり運転がきっかけで傷害など刑事事件に発展するケースも少なくない。どちらが最初にあおったのかなど、証言が食い違えば犯罪の証明は容易ではない。ドライブレコーダーの装着などが有効だろう。

 ただし、ドライバーの自己防衛に任すだけでは足りない。警察による摘発はもちろん重要だが、社会から危険な行為を排除するための地道な啓発活動を関係機関が連携して進めていくことが大切だ。

米国の国際機関軽視は世界の安定脅かす

 米トランプ政権が国際機関や国際的な枠組みを軽視する姿勢を一段と強めている。指導力を発揮すべき超大国が身勝手な行動に走れば、世界の安定は脅かされる。米国は責任の重さを自覚すべきだ。

 米国は、6月に地球温暖化対策の国際枠組み「パリ協定」からの離脱を表明したが、今月は国連教育科学文化機関(ユネスコ)からの脱退も決めた。反イスラエル的な姿勢や組織改革が不十分なことを理由にあげた。

 世界経済の安定を損ないかねない決定も目立つ。先週は貧困問題解決などのために計画していた世界銀行の増資に反対を表明。結果的に増資は見送られた。金融危機に即応する体制づくりが必要な国際通貨基金(IMF)の増資にも批判的な姿勢を崩していない。

 さらに問題なのは、通商問題に関する紛争処理を担う世界貿易機関(WTO)の上級委員の選任手続き入りに反対していることだ。任期切れでやめる委員がいても欠員が埋まらないため、7人で構成される委員会のメンバーが年末には4人まで減る可能性がある。

 こうした米国の態度の裏には、WTOが米国に不利な判断を下す例があることへの不満の高まりがあるとされる。米通商代表部(USTR)は今春の報告書で、米国はWTOの判断に必ずしも従う必要はないとの姿勢も示した。

 WTOの裁定に各国が従うことでルールに基づく自由貿易体制は維持されてきた。紛争解決機能が弱められたり、大国の判断で無視されたりするようなことがあれば、決定に従う国はなくなり、貿易秩序は混乱に陥る。

 もちろん、世銀など国際金融機関はかねて、組織の官僚化や非効率的な資金の使われ方が批判されていた。WTOについても、経済のサービス化やデジタル化、経済システムの異なる中国の台頭など、競争環境の変化にルールづくりが追いついていない面もある。

 ただ、こうした問題は国際機関のなかで真摯に議論することで解決すべきだ。組織の弱体化を招くような強硬姿勢や脅しで対処すべきものではない。

 モノや資金、人が国境を越えて動くグローバル化が一段と進む中で、その負の影響を強調する声も増えている。国際的な経済活動が広く恩恵をもたらすようにするには、グローバルな協調が不可欠だ。米国がその輪に加わらなければ成果を上げることはできない。

国民審査で司法のチェックを

 衆院選投票日の22日には、最高裁の裁判官に対する国民審査もあわせて行われる。不適任だと思う裁判官がいれば「×」印をつけ、それが有効投票の過半数になると罷免される。

 個々の裁判官が「憲法の番人」としてふさわしいかどうかを、有権者が直接判断する重要な制度である。主体的に参加したい。

 とはいっても、多くの人にとって最高裁はなじみがなく、「何を基準に、どう判断したらいいのか分からない」というのが正直なところではないだろうか。

 最高裁の裁判官は15人いる。今回の審査では、任命された後、最初の衆院選を迎える7人の裁判官が対象となる。

 では2014年の前回衆院選からこの間、最高裁はどのような判決を出してきたのだろうか。7人全員が審理に加わった「1票の格差」をめぐる裁判では、最大で3.08倍あった16年の参院選について「合憲」と判断した。7人のうち林景一裁判官は「違憲状態」とする個別意見を述べた。

 小池裕、大谷直人両裁判官がかかわった裁判では、結婚の際に夫婦別姓を認めない民法の規定を「合憲」とした。有権者の受け止めはそれぞれであろう。

 価値観の変化や多様化にともない、こうした大切な問題に決着をつける最高裁の役割は一段と重くなっている。各裁判官がどの判決に、どのように関与したのか。新聞報道や各世帯に配られる審査公報、最高裁のホームページなどで調べれば手掛かりになる。

 いま現在も、たとえば東京電力福島第1原子力発電所の事故をめぐり、原発の稼働差し止めや損害賠償を求める裁判が各地で続いている。いずれ最高裁が最終的な判断を示す可能性が高い。普段からこうした動きに関心を持つことが、司法のチェックにつながる。

 国民審査は形骸化が指摘される。まずは最高裁が判断材料をより積極的に発信する必要がある。制度の見直しをためらわず、さらに実効性を高めていくべきだ。

(社説)衆院選 電力の将来 「二つのずれ」どうする

 エネルギー政策をめぐって、二つの「ずれ」が広がっている。原発に対する国民の意識とのずれ、そして世界で起きている潮流の変化とのずれだ。

 電気をはじめエネルギーをどう使い、何でまかなうかは、生活や社会のあり方を左右する。政策には国民の理解と信頼が欠かせない。ずれをどうやって埋めていくのか。衆院選はそれを考える大事な機会である。

 福島の大事故を目の当たりにし、国民の原発への見方は一変した。各種世論調査では、再稼働への反対が賛成のおおむね2倍という状況が定着している。

 それでも、安倍政権は原発を基幹電源と位置づけ、活用する姿勢だ。必要性やリスクを正面から国民に説明しないまま、なし崩しで再稼働を進める。

 日本の外に目を向けると、先進国を中心に原発を減らす動きが相次ぐ。再生可能エネルギーが一気に普及し、脱原発と温暖化対策の両立が現実的な選択肢になりつつある。

 ずれを放置したままでは、政策の行き詰まりは避けられない。方向性をただす役割を担うべきなのは、国民の代表からなる国会である。

 だが、問題が複雑で専門的なこともあり、官僚が主導する構図は原発事故の後も変わっていない。とりわけ多くの課題を抱える原発政策では、透明性や民主的な手続きが欠けている。

 エネルギー情勢が転換期を迎えた今こそ、政治が責任を果たす時だ。知恵を集め、政策を練る。選択肢を示し、国民の意思を確かめる。そんな本来の進め方に変えなければならない。

 だが、選挙戦ではどの党も、自らの主張が抱える難題について、十分には語っていない。

 原発回帰を進める与党は、大事故時の対応や「核のごみ」の処分、核燃料サイクルといった根本的な課題でも、説得力のある解決策を示すべきだ。それを欠く今の政策は無責任である。

 一方、脱原発を訴える多くの野党は実現性を問われる。原発ゼロへの行程や再エネの普及策、社会全体のコスト増への対処などの説明が足りない。

 しかし、傍観してばかりもいられない。電気を使う暮らしの外側には、数多くの問題が積み重なっている。原発は、地元にとっては生活の安全や地域経済に直結する。離れた街に住む人も、再稼働すればその電気を使うかどうかを通じてかかわりを持つことになる。

 一人ひとりが、「自分事」としてエネルギーのことに考えをめぐらせる。それが、将来を選び取る出発点になる。

(社説)衆院選 政治の言葉 空疎さ嘆くだけでなく

 はっと立ち止まり、目を開かされる。心に響き、考えを深めるきっかけを与えられる――。

 今回の衆院選で、言葉との、そんな幸せな出会いを経験した人はどれだけいるだろうか。

 この国の政治の言葉は、総じてひどくやせ細ってしまった。

 首相の「こんな人たち」、官房長官の「怪文書みたい」をはじめとする政権中枢の暴言、ごまかし、対話の拒絶は、深い不信を招いた。そして唐突に選挙になり、ワンフレーズのキャッチコピーが街にあふれる。

 例えば自民党。「国難突破」をうたい、公約で「守り抜く」をくり返す。結党以来ほぼ政権の座にありながら、「国難」を招いた責任をどう考えるのか。だが幹事長は批判する聴衆を「黙っておれ」と一喝した。

 議員らの離合集散の震源となった希望の党に目を向ければ、政治に、家計に、世界に「希望を」とたたみかけ、原発から花粉症まで「12のゼロ」を打ちあげる。しかし人々が記憶に刻んだのは、代表の「排除します」の一言ではなかったか。

 わかりやすい表現に努め、耳目を集めること自体は否定されるべきではない。開かれた政治の実現に、一定の効果をもたらす面はあるだろう。

 問題は、「耳目を集めること」が目的となり、そこで終わってしまっていることだ。

 何かを「守り抜く」には、あるいは「ゼロ」にするには、往々にして代わりに何かを犠牲にしなければならない。

 光と影。その全体像を誠実に語る言葉がないから、次に続くはずの対話もなり立たず、言葉全体が輝きを失う。

 世の中を覆う空気も無縁ではない。短い文言でやり取りを済ませ、「いいね!」の数を競うのが、ネット社会のひとつの側面だ。細部を切り詰め、結論を急がせる。空疎な言葉と対話の欠如を、政治の責任だけに帰すわけにはいくまい。

 投票日が目前に迫ったこの週末を、候補者や政党の言葉を、あらためて点検する機会にしてはどうだろう。

 地に足のついた説得力をもっているか。訴える政策は歴史の評価に堪えるものか。人びとの心の奥にある不安や葛藤を想像する力をもち、まっすぐ向きあっているか。そして、それを自分自身の言葉で語ろうと、もがいているか。

 もし疑問やしっくりこない感じを抱いたら、それを大切にしよう。なぜなのかを考え、ワンフレーズの向こうにある、その候補者の真の姿を、少しでも見きわめるようにしたい。

あす投票 1票で将来への責任果たそう

 衆院選はあす、投票日を迎える。各党、各候補の政策や主張をよく比較し、1票を投じたい。

 選挙権年齢が18歳以上に引き下げられて初めての全国規模の衆院選である。各党は、若者を意識した政策を競っている。高等教育、幼児教育・保育の負担軽減や、非正規雇用者の処遇改善などがその柱だ。

 少子化対策は重要だが、将来世代へのつけの増大も避けねばならない。政策の費用対効果や財源確保策を見極めることが大切だ。

 昨年の参院選で、18、19歳の投票率は46・78%だった。全体の投票率より低かったものの、20、30歳代は上回った。18歳の中でも、高校生の方が投票率が高いという調査結果もある。

 模擬投票など、高校での主権者教育が効果を上げたと評価できよう。若い有権者の投票意識を高める取り組みが、長期的な投票率の底上げにつながろう。

 前回衆院選の投票率は、戦後最低の52・66%にまで落ち込んだ。有権者の半数近くが棄権する深刻な状況であり、民主主義の根幹が揺らぎかねない。投票率の向上が重要な課題である。

 読売新聞の世論調査では、衆院選に「関心がある」と答えた人は80%で、前回の69%を上回った。期日前投票も過去最高である。駅前やショッピングセンターなど、便利な場所に投票所を開設する工夫が功を奏したのだろう。

 「1票の格差」を是正するため、19都道府県の97選挙区で区割りが変更された。複数の選挙区に分割される市区町は過去最多の105に上る。投票所が従来と異なる有権者も多い。自宅に郵送される投票所入場券をよく確かめたい。

 地方の人口減に伴い、投票所の減少が続いている。投票所が遠くなる不便を解消するため、島根県浜田市は、「移動期日前投票所」を導入し、投票箱を積んだワゴン車で地区を巡回した。車を運転しない高齢者らに好評という。

 神奈川県箱根町も同様の取り組みを始めた。投票所までの送迎車運行や、期日前投票所の積極的な設置など、誰もが投票しやすい環境を整えることが求められる。

 投票は原則、午前7時から午後8時までだが、締め切り時刻を繰り上げる投票所も多い。全国の投票所の35%が時間変更する。

 台風21号の影響で、投票日を繰り上げたり、投票時間を短縮したりする自治体もある。関連情報に十分な注意が必要だ。

日産無資格検査 自浄能力を発揮する正念場だ

 日本の「ものづくり」を揺るがす不祥事が、またもや明るみに出た。

 安全性の確保と法令の順守を軽んじて、何を優先しようというのか。

 日産自動車が国内工場で、無資格の従業員に検査員の名義を使わせて新車の「完成検査」をしていた。国土交通省の立ち入り検査で発覚した。

 約116万台のリコールを届け出た日産では、西川広人社長が2日に「9月20日以降は、全て認定した検査員が行う体制になった」と断言した。ところが、その後も4工場で不正が続いていた。

 日産は、全6工場で車両の出荷停止に追い込まれた。3万4000台の再検査も実施する。業績への影響は避けられまい。

 完成検査は、道路運送車両法に基づき、国から委託され、車両の安全性を最終チェックするものだ。各社が認定した有資格者にしか許されていない。

 無資格の従業員による検査が常態化していたことは、消費者も裏切る脱法行為である。

 日産は「工場長、課長、係長へと指揮が伝わったが、コミュニケーションギャップがあった」と現場の不手際を強調している。

 法令順守を求める経営陣の指示すら、現場に徹底されないようでは、組織の体をなしていない。

 単に意思疎通の欠如が原因と片づけることはできまい。長年、不正を容認する空気が蔓延していたのではないか。現場が声を上げられなかったとすれば、硬直的な企業体質の弊害は深刻だ。

 他の自動車メーカーに比べて、日産の検査体制は手薄だとの指摘もある。法令に沿った検査をするための有資格者の育成を怠っていたのか。経営陣は、生産効率や規模拡大にばかり目を奪われてきたと非難されても仕方ない。

 世界的な電気自動車ブームを追い風に、日産グループは、新型リーフなどをテコに生産・販売台数で世界一を目指している。

 昨年には、燃費不正を起こした三菱自動車を傘下に収め、企業体質の改善を請け負った。その直後に親会社でも不祥事が起きた。

 安全最優先という製造業の基本に戻り、品質の信頼性を回復することが求められる。日本を代表する企業として、自浄能力を発揮してもらいたい。

 神戸製鋼所は、品質偽装の発覚後も不正の一部を隠し続けていた。高品質を誇る日本の製造業への信頼が損なわれつつある。ルールを守るという根本に立ち返るところから始めねばならない。

2017年10月20日金曜日

日本の岐路 女性の活躍 肝心なのは、「結果」です

 「政治は結果が全て」。安倍晋三首相の口癖である。では、この「結果」はどうだろう。世界経済フォーラムの男女平等度評価で日本は、2012年が135カ国中101位、16年は144カ国中111位。

 安倍首相は「すべての女性が輝く社会」に日本を変えると宣言した。推進室も作った。

 だが、女性の社会進出が一段と進んだ他国と比べると、日本の時計はまるで止まっているかのようだ。

 確かに働く女性の数は増えたが、多くが非正規雇用であり、管理職に占める女性の割合は05年の10%から16年の13%と、ほとんど改善していない。ほぼ同時期のフランスで、7%が33%へと大幅改善しているのと好対照である。

 変化のスピードが遅い背景に、政策を決める政治の分野で、男女平等が進まないことがあるだろう。

 解散前の衆院の女性議員比率はわずか9・3%で、193カ国中165位だった。女性議員が公用車で子どもを保育園に送迎したり、任期中に出産したりすると非難される。男性の閣僚や議員が12週間の育児休業を普通に取るノルウェーのような国との格差は、あまりにも大きい。

 ようやく政党に男女均等の比率で候補者を擁立するよう努力義務を課す「政治分野における男女共同参画推進法案」が国会に提出された。だが、衆院が解散となり廃案になった。日本の政治で、いかに優先順位の低い問題であるかを物語っている。

 自らの政党で自主的に女性候補の数を増やすことは最低でもできたはずだ。しかし、自民の今回の女性候補は、25人(8%)で、前回の42人(12%)よりむしろ減少した。

 例えば小選挙区と比例代表の重複立候補をやめ、比例名簿の上位を女性とすれば、女性議員を大幅に増加させられるのに、である。

 現政権の女性政策を批判する希望の党も、女性候補は2割に過ぎない。

 女性起用の極端な遅れの裏側には、それに対して怒りをあらわさない国民がいるともいえる。あいにく主要政党で半数近くの候補を女性にした党はないが、どのような女性候補を擁立しているかで比較することはできる。公約に並ぶ言葉だけではなく、それぞれの党における女性候補の重視の度合いも見極めたい。

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