2017年12月16日土曜日

人手不足への対応は急務だ

 日銀が発表した12月の全国企業短期経済観測調査(短観)では、大企業、中堅、中小企業をあわせた全規模全産業の業況判断指数(DI)が26年ぶりの高水準になった。景気回復は6年目に入り、中小企業にも裾野が広がってきたが、先行きに懸念材料もある。深刻な人手不足だ。

 従業員などの過剰感を示す雇用人員DIは全産業で25年ぶりの人員不足を示す水準になった。人員不足は特に中小企業で深刻で、中小企業全産業の指数はバブル崩壊直後の1991年11月以来26年ぶりの不足水準となった。

 運輸、建設、小売り、宿泊、飲食業など非製造業の人手不足が特に深刻になっている。

 人手不足は一部産業の景況感にも影を落としている。不足が深刻な「宿泊・飲食サービス」「対個人サービス」などで業況判断DIが前回調査よりも低下した。

 人手不足は、東京五輪に向けた建設需要の拡大など一時的要因もあるが、少子・高齢化に伴う労働力人口の減少が主因だ。景気回復をさらに力強いものにするには、政府・企業の対応が急務である。

 まず女性や高齢者などの労働参加率を高め、働く人を増やすことが重要だ。外国人労働力の一段の活用も考えるべきだ。

 人手不足の企業が、人材確保のために賃金を引き上げ、それに応じて販売・サービス価格を上げることができれば、デフレ脱却にも貢献するだろう。

 同時に、IT(情報技術)などを活用した一段の省力化・効率化も進める必要がある。少ない人数で効率的に仕事ができるようになれば、労働生産性の引き上げにつながる。

 人材が余剰気味の産業から、不足する産業に円滑に人材が移れるようにする柔軟な労働市場をつくる改革も必要だ。外国人労働者の活用についても、政府は真正面から制度の見直しに取り組むときだ。労働力不足という危機を、日本経済の構造改革につなげる好機としたい。

日中韓首脳会談の早期開催につなげよ

 国賓訪問なのに、共同声明も共同記者会見も見送られた。それでも韓国にとって優先せざるを得ぬ外交だったのだろう。韓国の文在寅大統領が就任後初めて訪中し、習近平国家主席と会談した。

 焦点となったのは、在韓米軍への地上配備型ミサイル迎撃システム(THAAD)の配備問題だ。米韓は北朝鮮のミサイル迎撃が目的とするが、中国は自国の安全保障を損ねると猛反発。中韓関係は大きく悪化していた。

 中国は団体客の韓国観光を事実上禁じたほか、韓国企業を標的にした「経済報復」も展開。全輸出額の約25%を中国向けで占める韓国経済に大きな打撃となっていた。韓国政府はTHAADの追加配備はしないといった原則を中国に約束し、ようやく文大統領の訪中実現につなげた経緯がある。

 それだけに会談では、韓国側の過剰ともいえる対中配慮姿勢も目立った。13日に南京で行われた「南京大虐殺80年」追悼式典には駐中国大使を送り、文大統領は首脳会談で哀悼の意を示した。

 北朝鮮の核・ミサイル問題をめぐっても「朝鮮半島で戦争を認めない」「対話で解決する」といった原則で合意し、軍事行動も辞さないとする米トランプ政権の対応を暗にけん制した。

 ただ、THAADを巡る中韓の溝はなお埋まらず、中国側の大統領への接遇のレベルも低かった。「関係改善の重要な機会」(習主席)と位置づけた今回の首脳会談を機に中韓が関係修復に向かうかどうかはなお予断を許さないが、中国は「経済報復」を使った対韓圧力を即刻やめるべきだ。

 結果はともあれ、韓国政府は日本が主催する日中韓首脳会談前の訪中にこだわっていた。これで3カ国会談への障害が取り除かれたことになる。中国も南京での式典で習主席が演説を控えた経緯もあり、李克強首相が参加する日中韓首脳会談を日本で開くことに異論はないとみられる。

 日本にとっても中国、韓国との関係改善は喫緊の課題だ。日本政府は日中韓首脳会談の来年早々の開催を呼びかけていきたい。

 来年は日中平和友好条約締結から40年の節目の年だ。韓国大統領の訪日も長らく途絶えている。まずは日中韓首脳会談を早期に実現し、中韓との関係改善への布石としたい。日中韓の緊密な意思疎通は北朝鮮の核・ミサイル問題に対処する上でも欠かせない。

与党の税制改正大綱 再分配のさらなる強化を

 与党が来年度の税制改正大綱を決めた。所得税の負担を軽くしている控除の見直しなどが柱である。

 本来問われるべきは、再来年の消費増税を控え、税体系をどう改革するか、ということだった。

 増大する社会保障費の安定財源として消費税の重要性は増している。ただ低所得者ほど負担が重い逆進性の問題を抱える。非正規雇用が増え、所得格差も広がっている。

 逆進性と格差の緩和には所得再分配の強化が必要だ。収入に応じて負担を求める所得税の役割は大きい。だが、大綱は踏み込み不足だ。

 誰もが受けられる基礎控除は増やす。一方、会社員の給与所得控除は高所得者を中心に減らす。

 この結果、フリーランスの低所得者などは減税、年収850万円超の会社員は増税となる。

 与党は再分配を強める狙いと説明する。しかし、高所得者に有利な所得控除という枠組みは温存し、増税になる年収水準をどうするかという線引きの話に終始した。

 増税の対象は230万人に上る。国民に新たな負担を求めるなら、再分配を強化する税制のあるべき全体像を示し、理解を得るのが筋だ。

 矛盾も抱える。基礎控除は高所得者の控除を減らす仕組みも入れるが、対象は年収2400万円超と限定的だ。年収2000万円の自営業者は減税になり再分配に逆行する。

 再分配効果をより発揮するのは税額控除である。所得にかかわらず同じ額の税を軽減し、相対的に低所得者にメリットがある。大がかりな改革になるが、検討すべきだ。

 金融所得への課税強化も必要だ。給与の最高税率は55%だが、株式の配当・売却益などの税率は20%にとどまる。今回増税となる会社員より裕福な層ほど金融所得は多い。

 大綱は出国者から徴収する国際観光旅客税や、住民税に上乗せして森林保全の財源に充てる森林環境税の創設も盛り込んだ。どういう社会や制度を目指すかという理念が十分議論されないまま、反発の少ない層に負担を求めるのは所得税と同じだ。

 このままでは「取りやすいところから取る」安易な手法と受けとられても仕方がない。所得税の見直しはこれで終わらせず、抜本的な改革に踏み込むべきだ。

習近平・文在寅会談 韓国のジレンマが目立つ

 中国に足元を見られる韓国の現状が透けるような会談だった。

 韓国の文在寅(ムンジェイン)大統領が訪中し、中国の習近平国家主席と会談した。

 両首脳は北朝鮮情勢に関する「4原則」に合意した。戦争を容認しない、対話で解決するなどの内容だ。平和的解決は重要だが、トランプ米大統領の強硬路線に対するけん制だと受け取られる余地がある。

 文氏はトランプ氏との会談では圧力強化で合意していた。にもかかわらず、国連安全保障理事会の制裁決議にも触れない「原則」では一貫性を欠いていないか。

 文氏は、来年2月の平昌冬季五輪への習氏の出席を望んでいる。今回の訪中は、そのための地ならしと位置づけられていた。北朝鮮に選手団を派遣するよう働き掛けてほしいという中国への期待もある。

 だが、文氏を迎えた中国の姿勢は冷めたものだった。

 文氏は国賓として招待されたものの、両首脳の共同記者会見はなく、共同声明も作成されなかった。五輪に合わせた習氏への訪韓要請にも明確な回答はなかった。

 中国の強硬姿勢は、朴槿恵(パククネ)前政権末期に決まった在韓米軍への終末高高度防衛(THAAD)ミサイル配備への反発に起因するものだ。中国は今年初めごろから韓国に事実上の経済制裁を加えてきた。

 韓国経済の貿易依存度は日本の倍以上となる60%超で、対中貿易は全体の4分の1に達する。化粧品など特定の韓国商品が狙い撃ちされ、中国に進出した韓国企業は不買運動で大きな損害を受けた。韓国内でも、昨年800万人だった中国人観光客の激減に業界が悲鳴を上げた。

 文政権は結局、THAADの追加配備を行わないことや日米韓の安全保障協力を同盟に格上げしないと表明して事態収拾を図ろうとした。ところが中国側は矛を収めていない。習氏は今回も、同様の事態が再び起きないよう求めた。

 韓国は安保で米国、経済で中国に依存するというジレンマを抱える。外交のかじ取りは難しかろうが、直面する最大の危機である北朝鮮情勢では日米韓の連携が必要不可欠だ。対中関係を重視するあまり、日米韓の離間を狙う北朝鮮を利することがあってはならない。

(社説)生活保護費 引き下げ方針、再考を

 厚生労働省が生活保護費の引き下げを検討している。一般の低所得世帯の生活費と比べて、都市部などで保護世帯の受給額の方が多いという検証結果が出たためだ。子どものいる世帯や高齢者世帯が影響を受ける。

 しかし、いまの支給額でも生活は苦しいという声が少なくない。保護費の水準を決める仕組みに問題があるとの指摘もある。引き下げは再考し、制度の点検と見直しを急ぐべきだ。

 生活保護費のうち、生活費にあたる「生活扶助費」の改定では、30年ほど前から一般世帯の消費実態とのバランスをみる方式になった。5年ごとの全国消費実態調査を用いて一般低所得世帯と比べる今のやり方になったのは07年の検証からだ。

 だが、検証結果はあくまで政策判断の材料で、そのまま反映してきたわけではない。生活保護予算を減らしたのは03年度と04年度、13~15年度だけだ。このうち大幅減額は3年かけて6・5%減とした13~15年度のみで、自民党が生活保護費の削減を選挙公約に掲げたことによるものだった。

 生活保護の基準は、経済的に苦しい家庭の子どもへの就学援助や、介護保険料の減免、税制、最低賃金の水準など国民生活に広く関わる。安倍政権は、家庭が貧しくても大学に進学できるよう授業料の減免や給付型奨学金の拡充を打ち出したばかりだ。最低賃金引き上げなど暮らしの底上げも掲げてきた。保護費の引き下げはこれらの政策と矛盾する。

 そもそも、今回の検証結果の詳細なデータが厚労省の審議会に示されたのは今月上旬だ。来年度予算案の決定が迫っており、委員からは「十分な検討ができない」と不満が漏れた。審議会の報告書には「検証結果を機械的に当てはめないよう、強く求める」と明記された。

 いまの検証の方法に対しても、「一般低所得世帯との均衡のみで捉えていると、絶対的な水準を割ってしまいかねない」「子どもの健全育成のための費用が確保されない恐れがある」などの懸念が出された。報告書には「検証方法には一定の限界がある」「これ以上、下回ってはならないという水準の設定についても考える必要がある」などの留意事項が盛り込まれた。

 仕組み自体に限界があるという指摘は、4年前の前回の報告書にもあった。最低生活保障のあり方をきちんと議論してこなかったのは政府の怠慢だ。

 堅持すべきラインはどこなのか。時代にあった生活保護の姿を早急に議論するべきだ。

(社説)BPO意見書 放送の倫理が問われた

 何でもあり、の情報たれ流しがまかり通ってはならない。一テレビ局の問題にとどめず、放送界全体が改めて足元を見つめ直す機会とするべきだ。

 東京メトロポリタンテレビジョン(MXテレビ)が1月に放送した番組「ニュース女子」について、放送倫理・番組向上機構(BPO)の委員会が「重大な放送倫理違反があった」とする意見書を出した。

 化粧品会社DHC系列の制作会社がつくり、MXは関与していない「持ち込み番組」で、沖縄の米軍ヘリパッド建設への抗議活動を批判的に取りあげた。

 事実関係の誤り、裏づけ取材の欠如、不適切な映像使用、侮蔑的な表現など、指摘された問題点は数多い。驚くのは、MXが適正なチェック(考査)をしないまま放送したことだ。

 バラエティー・情報番組であっても事実を扱う以上、報道と同じように真実に迫る最善の努力が求められる。持ち込み番組であればなおさら、慎重かつ厳格に考査しなければならない。視聴者に届けるものをチェックするのは、放送に責任を持つ者の最低限の義務である――。

 BPOの見解は、今さら確認するまでもない当然の内容だ。MXは、公共の電波の使用を認められた放送局としての自覚を欠いていたというほかない。

 当初、放送法を順守した内容だと主張したMXだが、自社の番組審議会からも批判され、考査体制を見直すなどした。今回改めて「改善に着手している」とのコメントを出したが、なぜこうした事態を招いたのか、自ら検証し、番組を通じて説明することが、視聴者への誠実な向き合い方ではないか。

 この20年、NHKや民放各局は考査に力を入れてきた。社会の目が厳しさを増し、コンプライアンスが重視されるようになったことが背景にある。企画が持ち込まれたときには、早い段階から点検し、収録にも立ち会う。最後は字幕スーパー入りの完全版を、他部局やスポンサーと見ることも多いという。

 地方の民放局では、ネットの動画配信会社などからの番組の売り込みが増える傾向にある。視聴者から、より刺激的なコンテンツを求められる場面もあるだろう。だが、やすきに流れてしまっては、存立基盤を掘り崩すことになる。

 意見書は、放送局の考査は、放送内容に対する外部の干渉を防ぐとともに、あいまいな情報も入り乱れるネット空間と一線を画し、誇りを守る「とりで」だと記す。放送に携わる人たちは、胸に刻んでもらいたい。

診療・介護報酬 同時改定で効率化を加速せよ

 医療と介護の連携を強化し、効率的かつ効果的なサービス提供体制を確立する。超高齢社会にふさわしい制度作りを加速させることが重要だ。

 政府は、2018年度の診療報酬改定で、全体として1・19%引き下げることを決めた。6年ぶりの同時改定となる介護報酬は、0・54%引き上げる。

 診療報酬は医療の公定価格で、2年ごとに見直される。前回は0・84%の引き下げだった。実質的に3回連続のマイナス改定だ。

 医療職の人件費などに充てる「本体」部分については、0・55%引き上げる。医薬品価格の「薬価」部分は実勢価格に合わせて1・74%引き下げる。

 財務省は、財政健全化の観点から大幅なマイナス改定を主張し、本体にも切り込む姿勢だった。日本医師会は、政府が産業界に賃上げを要請していることを理由に、プラス改定を強く求めていた。

 近年、病院経営は悪化傾向にある。地方の医師不足や病院勤務医の過重労働も大きな問題となっている。全体の下げ幅を拡大しつつ、本体の微増を確保したのは、財政健全化と医療体制の安定の双方に配慮した妥当な判断だろう。

 診療行為ごとの個別の報酬設定は、年明けに議論される。

 全国的に過剰な重症者向け病床は、要件を厳格化して絞り込む。退院支援を担う回復期向け病床や在宅医療の報酬を手厚くする。超高齢社会に適した提供体制への転換を促す工夫が求められる。

 介護報酬は3年ごとに見直される。前回は2・27%引き下げられた。プラス改定は6年ぶりだ。

 前回改定以降、介護事業者の倒産が相次いでいる。人手不足が深刻な現状を考えれば、大幅な処遇改善が欠かせない。

 政府が掲げる「介護離職ゼロ」を実現するためにも、プラス改定は必要な措置だと言えよう。

 個別の報酬設定では、軽度者向けサービスの見直しが課題だ。限られた財源と人材を有効活用するには、重度者向けに給付を重点化することが避けられない。

 訪問介護で調理や掃除をする「生活援助サービス」は、軽度者の利用制限や報酬引き下げを検討すべきだ。自立支援・重度化防止の取り組みも進めたい。

 医療・介護費の膨張抑制は、社会保障を持続可能にするカギだが、必要なサービスの提供が危うくなっては、国民の安心は得られまい。病院依存から在宅ケアへの方向性に沿ったメリハリのある報酬設定にすることが肝要だ。

FRB利上げ 物価の行方をどう判断するか

 景気の過熱を心配するほど雇用や株価が好調なのに、物価の伸び率は目標に届いていない。

 金融引き締めを強めるのか、慎重になるのか。米当局のかじ取りは、来年の世界経済の行方をも左右しよう。

 米連邦準備制度理事会(FRB)が半年ぶりの利上げを決めた。2015年までの事実上のゼロ金利から転じて、政策金利は1・25~1・5%まで上昇する。

 15、16年の利上げは1回ずつだったが、17年は3回に加速した。FRBは、来年も3回のペースの維持を想定している。

 大規模緩和からの金融正常化を着々と進めているのは、堅調な米経済への自信の表れと言える。

 11月の米失業率は4・1%と、17年ぶりの低水準にある。株価は最高値を度々更新している。FRBは今回、18年10~12月期の成長率予想を2・5%とし、9月時点の2・1%から引き上げた。

 一連の利上げがバブルの芽を摘み、米経済の安定成長に貢献するのであれば歓迎できる。

 9年目となった米景気の拡大は、早々に調整局面を迎えても不思議ではない。FRBが利上げを進め、不況期に下げる余地を確保しておくことも理にかなう。

 悩ましいのは、物価上昇率の低さだ。2%の目標に対して1%台半ばにとどまる。利上げによる金融引き締めが行き過ぎれば、デフレ懸念が再燃しかねない。

 イエレンFRB議長は米国の物価停滞について、携帯電話サービスの料金低下など「一時的な要因」を強調する。ただ、雇用の改善が賃金や物価の上昇に直結しないのは、日欧にもみられる現象だ。

 労働市場のグローバル化や、人工知能(AI)など情報技術の進展といった、大きな構造変化が要因だという指摘がある。

 米国の物価見通しは、従来以上に慎重な検討が求められる。

 FRBは、量的緩和で膨張した米国債などの保有資産の縮小も10月に開始した。利上げとともに、金融引き締めの方向に働く。

 世界にあふれた緩和マネーが米国への還流を強めるとみられる。資金引き揚げが新興国などに深刻な影響を及ぼさぬよう、FRBは細心の注意を払う必要がある。

 日銀は、米欧と同じ物価上昇2%を目標に掲げる。現状が下回っているのは日米欧に共通する。目標に未達でも、米国は利上げを進め、欧州中央銀行(ECB)は量的緩和の縮小を決定した。

 その柔軟さは、大規模緩和を堅持する日銀にも参考となろう。

2017年12月15日金曜日

米の利上げはどこまで進むか

 米国が今年3度目となる政策金利の引き上げに動いた。来年2月に退任するイエレン米連邦準備理事会(FRB)議長の下では最後の利上げになりそうだ。

 議長は4年の任期中に、超金融緩和から利上げ開始への難しい局面転換を円滑に進めてきたといえるが、最終的な評価は今後の米国経済や金融市場の動向を見ないとわからない面もある。後任となるパウエルFRB理事には様々な宿題が残されることになる。

 イエレン体制下のFRBは2014年10月に量的緩和を終了し、そこから1年あまりたった15年12月にゼロ金利政策の解除に踏み切った。その後2年かけて政策金利を今回決めた1.25~1.50%まで引き上げたことになる。基本的には極めて慎重な姿勢で利上げを進めてきたといえる。

 その結果、金融市場に大きな混乱は起こらず、失業率が4%近くまで下がるなど経済の順調な回復につながった。その一方で、商業用不動産価格や株価の大幅な値上がりなど、バブル的な状況を招きつつあるとの見方もある。

 長期金利は利上げ開始以降、ほとんど上がっておらず、緩和的な金融環境が続いているのは確かだ。グリーンスパン元FRB議長が05年に、利上げをしても長期金利がなかなか上がらないのをさして「謎」と呼んだのと似た状況が再来しているようにもみえる。

 後を継ぐパウエル氏は資産価格の動向に目を配りつつ、戦後最長に近づく景気拡大局面の持続を支えるという重い使命を背負う。過去と比べて上がりにくくなっている物価の動向や、税制改革がもたらす経済への影響をどう見るかも政策判断にとって重要になる。

 米国の利上げがどこまで、どんな形で進むかは、好調な世界経済の行方にも大きな影響を与える。来年は欧州中央銀行(ECB)も量的緩和の縮小を始める予定で、金融面からの追い風は徐々に消える。世界経済が中央銀行の支えなしでも拡大できる基礎体力を備えているかが試されることになる。

構造問題に踏み込みが足りない税制改革

 小粒な改革に終始し、日本経済の抱える構造問題に正面から向き合っていない。14日に与党がまとめた2018年度税制改正大綱の印象だ。少子・高齢化が進むなかで、財政・社会保障の構造改革は急務である。税制も一体で骨太な議論に取り組む時だ。

 安倍晋三政権は消費税率の引き上げを2度延期した。特に2度目の延期がなければ、消費税率は今年4月に10%に上がっていたはずだった。その代わりに、安倍政権は10月の衆院選前に、次の消費増税による税収増加分の一部を教育無償化に充て、財政健全化目標を先送りすることを決めた。

 消費税率が10%になっても日本が抱える財政と社会保障の持続性をめぐる問題は解決しない。本来なら今ごろは、次の段階の改革に取り組む時期だったはずだ。

 しかし、10%への消費税率引き上げは19年10月に延期したので、政府・与党の税制調査会は、その先の議論に進めない。消費税を含む財政・社会保障の抜本改革の議論を封印するなかで、来年度税制の改正も手をつけやすい見直しに終始した。

 所得税改革では、高所得のサラリーマンの給与所得控除を縮小し、誰もが適用になる基礎控除を拡充した。働き方の変化にあわせた見直しは必要だが、所得の高い層の負担を、際限なく増やしていけば経済の活力をそぐ恐れもある。また、サラリーマンに比べて遅れている自営業者の所得把握などの努力も必要だ。

 法人税では、賃上げ、設備投資をする企業への税の優遇措置を拡充した。本来、賃上げや投資は企業が率先して取り組む問題だが、利益をあげているのに賃上げに慎重な企業の背中を押す意味では今回の措置は理解できる。

 このほか、個人住民税に上乗せする森林環境税や、海外への出国者から徴収する国際観光旅客税など新税の創設も盛り込んだ。新税の税収が新たな無駄遣いを呼ばないか心配だ。増税分は、喫緊の課題である社会保障制度の安定確保と財政健全化に充て、新政策は既存の歳出の削減などで賄うことを原則にすべきだ。

 10%への消費税率上げの次をにらんだ社会保障と税・財政の一体改革は、経済財政諮問会議などが司令塔になり指導力を発揮すべきだ。税制は政府・与党税調でという政策決定の仕組み自体が制度疲労を起こしているのではないか。

新幹線で重大インシデント 危機感があまりに乏しい

 新幹線の安全性に対する国民の信頼を大きく損なった。

 11日、博多発東京行きの「のぞみ号」の車両の台車に亀裂や油漏れが見つかり、名古屋駅で運転を取りやめた。国の運輸安全委員会は、深刻な事故につながりかねない重大インシデントと認定した。認定は新幹線では初めてのことである。

 疑問なのは、異常が見つかってから列車を止めるまでに約3時間もかかったことだ。

 博多駅出発の約20分後に、乗務員が焦げたにおいに気づいている。岡山駅手前では乗客が「もやがかかっている」と乗務員に告げた。岡山駅で保守担当者が乗り込み、うなるような異常音を確認したが、走行に支障はないと判断した。その後京都駅付近でも異臭がしたにもかかわらず、名古屋駅まで運行を続けた。

 専門家は、台車が破断していれば脱線していた可能性があったと指摘する。一歩間違えれば人命に直結する事故につながったかもしれない。

 高速で多数の乗客を運ぶ鉄道事業者としては、まず列車を止めることが最優先のはずだ。ダイヤを守る営業優先の意識が強過ぎて、安全確保が後回しになってはいないか。

 JR西日本の姿勢そのものが問われている。社員らへの教育や研修を通し、改めて安全運行への意識を高める必要がある。

 鋼鉄製の台車になぜ亀裂が入ったのか。材質の問題なのか、設計など構造上の欠陥が原因なのか。モノ作り企業の不正が相次ぐ中、徹底的な原因の解明も必要だ。

 整備や点検に落ち度がなかったのかも検証しなければならない。車両は2007年に製造された。今年2月に車両を解体しての全般検査を受け、当日の未明に目視点検も実施されたが異常はなかった。

 たとえ優れた機械やシステムでも、万全はあり得ない。安全性向上のためには、人の目による二重三重のチェックが必要だ。点検の仕組みに不備があれば見直すべきだ。

 新幹線の運行は地域によりJR各社に分かれる。東海道・山陽新幹線は、JR西日本と東海が乗り入れる路線だ。車体の異常や故障など、必要な情報が密にやりとりできる態勢は確立しているのか。JR全体で危機感を共有しなければならない。

羽生・井山氏に国民栄誉賞 伝統文化の新時代開いた

 将棋の羽生善治氏(47)と、囲碁の井山裕太氏(28)に、国民栄誉賞が同時に授与される見通しになった。

 羽生氏は今月、7タイトル戦すべてで永世資格を持つ永世7冠を達成したことが、井山氏は今年10月に、2度目の全7大タイトルを同時制覇したことが評価された。

 国民栄誉賞を棋士が受賞するのは初めてとなる。ともに史上初の偉業を成し遂げた2人をたたえたい。

 2人の活躍は将棋、囲碁界を超えて社会に明るい希望と勇気を与え、人々に感動を与えるものである。

 羽生氏の永世7冠は、頂点に長く立ち続けなければ到達できない記録だ。永世資格は棋戦ごとに条件が異なるが、例えば名人戦は通算5期、王将戦は通算10期が必要となる。

 勝負に徹するだけでなく、羽生氏の魅力は、あくなき探究心にある。永世7冠になってからも「将棋の根本的なところは分かっていない面がある」と語る姿は印象的だ。

 井山氏は昨年4月に7冠に輝き、その後失冠しながら、約1年ぶりに7冠に復帰を果たした。7冠復帰は囲碁、将棋界で初の快挙である。井山氏の強さは、劣勢になっても追いつき、流れを呼び込む粘りにある。

 「タイトルの価値を上げるためにも、世界でいい戦いができるよう努力したい」と、国際棋戦に意欲をみせ、さらなる高みを目指している。

 近年の将棋と囲碁界は、コンピューターソフトに揺さぶられてきた。進化するAI(人工知能)は人間をはるかにしのぐ強さを見せている。

 江戸幕府の保護を受け、発展してきた将棋と囲碁の世界は、AI時代にどう伝統を守るのか。人間にしか指せない将棋、囲碁とは何か。

 この難問にも、羽生氏は「コンピューターの発想を吸収したい」と述べ、井山氏は「碁の真理を追究するプラスになる」と前向きに語る。

 人間の新たな可能性に挑む2人の姿勢は、将棋、囲碁界を活性化するだけでなく、AIと共存する現代人も励ますのではないだろうか。

 国民栄誉賞についても2人は「名誉なこと」「信じられない気持ち」と謙虚に語っている。

 「広く国民に敬愛され、社会に明るい希望を与える」文化の担い手はほかにもいるだろう。政府は対象を広げることも考えてもらいたい。

(社説)税制改革 将来像なきつぎはぎだ

 政府・与党が来年度の税制改正大綱をまとめた。

 中長期的に目指すべき姿を念頭に置きつつ、足元の政策課題に対応する。そうした取り組みが求められたのに、今回の大綱からは税制全体の将来像が読み取れない。

 再来年秋の消費増税にあわせた軽減税率導入による目減り分を補いたい財務省。デフレからの完全脱却と経済活性化が最優先の首相官邸。両者の間で右往左往する与党幹部。その結果、個人にはあちこちに負担増が、企業向けには優遇策が並び、つぎはぎ改革案ができあがった。

 国民への影響が大きいのは所得税の見直しだ。会社員向けの減税措置である給与所得控除を縮小し、すべての人が受けられる基礎控除を拡大する。

 その結果、年収850万円を超える230万人、給与所得者の4%で負担が増し、合計で約900億円の増税になる。一方、フリーランスや個人請負で働く人は減税となる。

 給与所得控除が適用されるかどうかで生じる不公平を小さくし、所得税による再分配を強めるというなら、方向性は理解できる。政府・与党は引き続き給与所得控除の一部を基礎控除に振り替えていく方針のようだが、ならば最終的な姿を示した上で、納税者に丁寧に説明していくべきだ。

 所得税は他にもさまざまな課題を抱えており、抜本的に作りかえることが急務だ。富裕層の優遇につながっている金融所得への課税の手直しをはじめ、「ひずみ」を正す作業も忘れてはならない。

 8年ぶりのたばこ増税のほか、日本からの出国者に千円を課す国際観光旅客税、住民税に一律千円を上乗せする森林環境税も、個人への負担増だ。

 「旅客税」は、国税としては92年の地価税以来の新税になる。訪日観光促進策に熱心な官邸の意向を背景に、夏に浮上すると異例の速さでまとまった。歳出削減で財源を捻出すべきではないか、無駄遣いを招くおそれはないかといった疑問や懸念は、森林環境税にも共通する。

 わずか2カ月前の衆院選で、首相はこうした負担増には触れなかった。一方、法人税では、賃上げと設備投資を促す「アメ」が目玉だ。利益が増えたのに賃上げなどに消極的な大企業には、既存の減税措置の一部を受けられなくする「ムチ」も設けるが、負担増が並ぶ個人とは対照的である。

 税制についてどんな見取り図を描くべきなのか。年明けの国会で徹底審議が必要だ。

(社説)伊方差し止め 火山国への根源的問い

 火山列島の日本で原発を稼働することへの重い問いかけだ。

 愛媛県の四国電力伊方原発3号機の運転を差し止める仮処分決定を、広島高裁が出した。熊本県の阿蘇山が巨大噴火を起こせば、火砕流が伊方原発に達する可能性が否定できない、との理由だ。

 周辺に火山がある原発は多く、影響は大きい。国の原子力規制委員会や電力会社は決定を真摯(しんし)に受け止めるべきだ。

 新規制基準の内規である「火山影響評価ガイド」は、原発から160キロ以内に火山がある場合、火砕流などが及ぶ可能性が「十分小さい」と評価できなければ、原発の立地に適さないと定めている。

 また、巨大噴火の時期や規模の予測はできないというのが多くの火山学者の見方だが、これについては、規制委は予兆があるはずだとの立場をとり、電力会社に「合格」を与えてきた。

 広島高裁は、巨大噴火が起きることは否定できないとする火山学者らの見解を踏まえ、伊方原発から約130キロ離れた阿蘇山で9万年前と同規模の噴火が発生したら、原発が被災する可能性は「十分小さい」とはいえないと指摘。規制基準を満たしたとする規制委の判断を「不合理」だと結論づけた。

 火山ガイドに沿った厳正な審査が行われていない、という判断である。

 司法からの疑義は、今回が初めてではない。

 九州電力川内(せんだい)原発1、2号機(鹿児島県)をめぐる昨年4月の福岡高裁宮崎支部の決定は、巨大噴火の発生頻度は低く「無視し得るものと容認するのが社会通念」として運転差し止めを認めなかった。だが、ガイドが噴火を予測可能としていることは「不合理」と断じていた。

 火山リスクの審査のあり方の不備が、繰り返し指摘されている事実は重い。規制委は、火山学者の意見に耳を傾け、根底から練り直すべきだ。

 数万年単位の火山現象のリスク評価が難しいのは事実だ。決定は、社会は自然災害とどう向き合うべきか、という根源的な問いを投げかけたといえる。

 巨大な災厄をもたらす破局的噴火が起これば、日本列島の広範囲に壊滅的な被害が及ぶ。原発だけ論議してどれほど意味があるか、という見方もあろう。

 しかし福島第一原発の事故の教訓は、めったにないとして対策をとらなければ、取り返しのつかない被害を招くというものだった。再稼働を進める政府は教訓に立ち返り、火山国で原発が成り立つかも検討すべきだ。

与党税制大綱 安易な税収確保策が目に余る

 国の最大税目である所得税を時代に合った姿に正す。その狙いとは程遠く、「取りやすいところから取る」安易な手法に終始した感が強い。

 自民、公明両党が、2018年度与党税制改正大綱を決めた。

 20年1月から、所得税の基礎控除を10万円引き上げる。

 一方で、会社員と公務員に限られる給与所得控除を10万円引き下げる。その控除額の上限は、年収850万円で頭打ちにする。

 給与所得控除の対象にならないフリーランスが増えている。基礎控除の引き上げで、こうした層の税負担を減らす狙いがある。

 その税収減を、給与所得控除の縮小で穴埋めする構図だ。

 働き方の多様化に資する意図は分かるが、手法に疑問が残る。

 給与所得控除の見直しで、年収850万円超の会社員などが増税となる。子育て・介護世帯を除く230万人の負担が増す。

 自民党税制調査会の当初案は、増税対象の線を800万円超で引いていた。一層の絞り込みを求める与党内の声に押され、一転して850万円超とするなど、制度設計の根拠の薄さを露呈した。

 働き盛りの中高年などが中心とみられる高所得層への増税は、勤労意欲を阻害しかねない。

 所得増を消費喚起につなげようというアベノミクスの狙いにも反するのではないか。

 ただ、所得控除には、累進課税の下で高所得層ほど恩恵が大きくなる難点がある。国際的には、所得に左右されない税額控除への移行が主流になりつつある。

 所得税は、収入がガラス張りの会社員と、自営業者などとの公平性の確保が問題視されてもいる。消費税など間接税に比重を移す方向性が考えられる。

 こうした抜本的な改革に着実に踏み出すことが重要だ。

 新たに設ける森林環境税は、24年度から、住民税に年1000円を上乗せして徴収する。

 同じく住民税に上乗せしている震災復興向け特別税が23年度に終了する。この同額を引き継ぐ形だ。いったん手にした税収を手放さない発想であれば許されまい。

 法人税は、賃上げや設備投資に積極的な企業の負担を軽減する。20年度まで3年間の措置であり、長期の固定費となる基本給引き上げを促す効果は限られよう。

 社会の激しい変化に対応するには、税制だけでは完結しない。政府は経済財政諮問会議などを活用し、社会保障制度などと一体で、幅広く議論する必要がある。

比に「慰安婦像」 日本の外交力が問われている

 日本とフィリピンが戦後に築いてきた良好な関係に影を落とす動きだ。極めて遺憾である。

 首都マニラに、慰安婦を象徴するフィリピン人女性の像が設置された。「日本軍占領下で虐待の被害者となった」と記されている。

 中国系住民と元慰安婦の団体が主導し、マニラ市が設置を許可した。歴史遺産の保護などに取り組むフィリピンの政府機関も事前に把握していたという。

 深刻な事態だ。慰安婦像の設置によって対日関係が悪化するという認識が、フィリピン側には欠けているのではないか。日本政府が撤去を求めたのは当然だろう。

 1942年から45年までの占領で、フィリピン各地に慰安所が設けられた。一般女性が一部の現地部隊によって暴力的に拉致されたケースも報告されている。

 日本政府が95年に設置した「女性のためのアジア平和国民基金(アジア女性基金)」は、元慰安婦らを対象に「償い」事業を実施した。フィリピンでは実施国・地域で最多の211人に償い金200万円などが支給された。

 こうした取り組みを通じて、日比関係は改善が進んだ。最近は、フィリピンで反日的な動きは目立たなかった。

 問題なのは、日本政府の対応が後手に回ったことだ。在マニラ日本大使館が設置を知ったのは、地元メディアなどが8日の除幕式を報じてからだった。

 設置されたのは、官公庁や高級ホテルが並ぶ大通り沿いの遊歩道だ。主導した団体は、日本に知られないよう、水面下で周到に準備を進めた可能性が大きいとはいえ、大使館の情報収集が不十分だったと言わざるを得ない。

 慰安婦像の設置は、韓国や中国のほか、米国やカナダ、オーストラリアなどに、すでに広がっている。中国・韓国系の住民が多く、政治的な影響力を持つ地域で、地元の団体や議員らが、像の設置を主導するケースが目立つ。

 外務省は、今回の反省から、インドネシアやマレーシアなど東南アジア諸国での情報収集の強化に乗り出した。

 各国政府に歴史問題に関する日本の対応を説明し、理解を求める取り組みも加速させる。着実に実行してもらいたい。

 慰安婦問題に絡めて、日本の名誉を不当に貶(おとし)めたり、周辺国との関係を傷つけたりする動きは、到底看過できない。新たな像の設置を食い止めるための一層の外交努力が欠かせない。

2017年12月14日木曜日

原発の火山対策への警鐘だ

 四国電力の伊方原子力発電所3号機(愛媛県)について、広島高裁は来年9月末までの運転差し止めを命じる仮処分を下した。

 同原発は原子力規制委員会の安全審査に合格し、昨年8月に再稼働していた。東京電力福島第1原発事故後にできた規制基準に適合した原発に対し、高裁が差し止めを命じたのは初めてだ。

 いまは定期検査のため停止中で、四国電は来年1月に運転再開を予定していた。だが仮処分は直ちに効力をもつため、当面の運転再開は見通せなくなった。

 原発の差し止めを求める申請は各地で起きているが、広島高裁の判断は時限措置がつく点を含め、変則的といえる。

 高裁は差し止めを命じた根拠として、火山の大規模噴火に対する四国電の想定が甘く、規制委の審査も不十分だと指摘した。

 伊方原発の約130キロ西には阿蘇山がある。ここで最大級の噴火が起きた場合、火砕流が原発の敷地に到達する恐れがあり、立地自体が不適切とした。

 ただ、この問題は広島地裁で審理中の訴訟で争点になっている。地裁での判断を待つために、高裁は運転差し止めに期限をつけた。

 四国電や規制委は、高裁が噴火対策に憂慮を示した点は重く受けとめるべきだ。差し止め期間を、噴火対策を改めて点検する猶予期間とみなし、広島地裁の訴訟などで説明を尽くす必要がある。

 一方で、広島高裁は規制基準や安全審査の妥当性をめぐっては、規制委が専門的・技術的知見から総合的に判断しており、「合理的と認められる」とした。

 原発の差し止め申請ではこれまでも国の安全審査の妥当性や、安全性を立証する責任は誰にあるか、住民の避難計画は適切かなどが争点になってきた。だが、裁判所が正反対の決定を下すこともあり、判断の根拠もまちまちだ。

 仮処分で原発が即座に止まれば電力供給に及ぼす影響は大きい。判例を重ねて、司法判断に一定の目安ができるのが望ましい。

産業革新機構の安易な延長に異議あり

 経済産業省は所管する産業革新機構の運営期間を2034年3月末まで9年間延長する方針だ。日本では新たな企業や技術を立ちあげるための民間リスクマネーが不足しており、政府系ファンドの役割は依然大きいという認識が背景にある。

 だが、過去の革新機構の実績を見るにつけ、安易な延長には賛成しがたい。時限的な組織として出発したはずが、延長を繰り返して恒久的な機関になってしまわないかという心配もある。

 革新機構は次世代を担う新産業をつくるという旗印で09年に発足した。だが現実には経営不振企業の救済色の強い投融資案件も一部あった。本来なら退出すべき企業を延命させ、いわゆる「官製ゾンビ企業」を生み出すようでは、産業の新陳代謝に逆行する。

 官業が民の補完に徹するのは当然の原則だが、この点でも疑問符がつく。昨年初めにシャープの再建スポンサーの座をめぐって、台湾の鴻海(ホンハイ)精密工業と革新機構が争う事態になった。

 外資の支配を嫌う経産省の一部の意向も背景にあったとされるが、行政や政治の思惑に振り回されるようでは、ファンドとして投資規律が不十分と言うほかない。

 もともと日本は外資による直接投資が少なく、安全保障上の懸念がある場合を除き、外部の資本や人材を積極的に受け入れて経済の活力を高めないといけない。外資排除に官製ファンドが一役買うような事態があっては困る。

 革新機構以外の他の政府系ファンドにも共通する課題として、そもそも有望な投資先を発掘する目利き力や投資先を育てる経営支援力が十分か、という疑問もある。投資に失敗はつきものだが、全体の投資収益がマイナスになるようでは国民負担が生じかねない。

 現在、省庁ごとに政府系ファンドが乱立し、中にはバラマキ的な運営実態のものもあるとされる。官製ファンドのリストラこそ「待ったなし」の課題ではないか。

 日本でもベンチャー投資が盛り上がりつつあるが、リスクマネーの流れを一段と太くし、産業の構造転換を加速する必要がある。

 その主役はやはり「民」であるべきだ。余剰の資金を眠らせる金融機関や大企業が新たな技術や企業に積極的に投資し、次の成長につなげる。民間マネーが今の萎縮状態から脱却することが、日本経済が活性化する道である。

米軍ヘリの窓が校庭に落下 普天間の危険性あらわに

 沖縄県宜野湾市の米軍普天間飛行場に隣接する普天間第二小学校の校庭に米軍の大型輸送ヘリコプターCH53Eの窓が落下した。

 校庭では約60人の児童が体育の授業を受けており、一つ間違えれば大きな事故につながっていた。保護者や周辺住民に怒りが広がり、現場には翁長雄志知事も駆け付けた。

 米軍は部品落下を認め謝罪のコメントを発表した。米軍には徹底した原因究明と再発防止に向けた安全対策を強く要請する。

 今回の事故は普天間飛行場の危険性を改めて浮き彫りにした。

 飛行場の敷地は宜野湾市の面積のほぼ4分の1を占め、周辺には住宅や学校、病院など公共施設が密集している。現場の小学校も飛行場とフェンスを隔てた場所にある。「世界で最も危険な基地」と言われるゆえんである。

 普天間飛行場近くの保育園の屋根の上で米軍ヘリの部品が見つかったばかりだ。父母らは上空の飛行回避を求めている。

 沖縄県によると、今回のような米軍機からの部品落下事案は1972年の本土復帰からの45年間で67件(12月1日現在)発生している。

 今年も米軍嘉手納基地の戦闘機F15や最新鋭ステルス機F35の部品落下とみられる事案があった。

 北朝鮮情勢が緊迫化する中、米軍は練度を高める厳しい訓練を繰り返しているという。

 募る疲労に整備や点検がおろそかになっていないか、改めて徹底してほしい。

 沖縄では米施政下の59年、米軍戦闘機がうるま市の小学校に墜落し児童ら17人が死亡した事故があった。児童が犠牲になった悲惨な事故は恐怖の記憶として今も残る。

 普天間飛行場の「危険の除去」は最優先の課題だが、日米両政府が移設先とする名護市辺野古をめぐっては沖縄と政府の対立が続く。

 事故が起こるたびに沖縄県民の反基地感情が高まり、辺野古移設問題は一段と厳しさを増す。そうなれば普天間の危険除去も遠のくだけだ。

 菅義偉官房長官は落下事故について「あってはならない」と批判したが、こう着した状態を打開し、普天間飛行場の一日も早い返還を実現する責任は、政府にある。

伊方原発差し止め命令 噴火リスクへの重い警告

 原発の安全性への疑問が、司法界に広がっていることの証しだ。国や電力会社は重く受け止めるべきだ。

 昨年再稼働した四国電力伊方原発3号機(愛媛県)について、広島高裁が運転差し止めを命じる仮処分決定を出した。高裁では初となる。

 伊方原発から約130キロ西に阿蘇がある。四電は噴火で約15センチの火山灰が積もると想定したが、決定はこの想定を過少だと判断した。

 そのうえで、伊方原発を安全審査で合格させた原子力規制委員会の判断は不合理だと結論付けた。

 世界有数の火山国である日本は、原発と共存することができるのか。そんな根本的な問いかけが、司法からなされたと言えよう。

 東京電力福島第1原発事故を受けて定められた新規制基準に基づき、電力会社は、原発から160キロ圏の火山の影響調査を義務づけられた。原発の運用期間中に噴火が起きて、火砕流や溶岩流が到達する恐れがあると評価されれば、立地不適格で原発は稼働できない。

 阿蘇は約9万年前に巨大噴火(破局的噴火)を起こし、世界最大級の陥没地形(カルデラ)ができた。

 四電は、より小規模の噴火を想定し、火砕流などが阿蘇から到達する可能性は十分に低いと評価した。規制委も認めた。

 一方、広島高裁は、現在の火山学には限界があり、過去最大規模の噴火を想定すべきだと指摘。原発の敷地に火砕流が到達する可能性は低いとは評価できない、と判断した。

 この決定に従えば、現在稼働中の九州電力川内原発1、2号機(鹿児島県)も停止の対象となるだろう。

 周辺には、阿蘇のほか鹿児島湾など、複数のカルデラがあり、巨大噴火の影響を受ける危険性が全国の原発の中で最も高いとされる。九電は四電と同様に、運用期間中にそうした噴火が起きる可能性は十分低いと評価し、規制委も了承していた。

 日本で巨大噴火が起きるのは1万年に1回程度とされている。だが、頻度が低いからといって対策を先送りすれば、大きなしっぺ返しを受けることを、私たちは福島第1原発事故で学んだはずだ。

 政府や電力会社は、原発の火山対策について、さらに議論を深めていく必要がある。

(社説)米軍ヘリ事故 警告されていた危険

 恐れていたことが起きた。

 沖縄の米軍普天間飛行場に隣接する普天間第二小学校の校庭に、米軍の大型ヘリコプターCH53Eから鉄製の枠がついた窓が落ちてきた。重さは約8キロ。すぐ近くで児童約60人が体育の授業をうけており、惨事に至らなかったのは偶然でしかない。

 米本国ならば許されない運用がまかり通っているとして、地元の宜野湾市は、事故の危険性をかねて指摘してきた。

 本来、米軍基地の滑走路の延長線上には、住宅や学校などのない「クリアゾーン」を設けなければならない。だが普天間にはこの決まりが適用されていない。クリアゾーンにあたる地域には、約800棟の住宅と18の公共施設があり、普天間第二小学校はそのひとつだ。

 「できる限り学校、病院の上は飛ばない」という日米合同委員会の協定は空文化しており、同校は「米軍機が墜落して有毒ガスが発生した」との想定で避難訓練を行っていた。そんな日常を送る子どもたちが、どこにいるだろうか。

 事故を起こしたヘリは、10月に沖縄・高江に不時着し、炎上したのと同型機だ。米軍は原因を明らかにしないまま、1週間後に飛行を再開した。

 そして今回、再び住民が危険にさらされた。「整備の手順や運用に問題はなかった」とする2カ月前の説明は何だったのか。米軍は整備・点検体制を洗い直し、両方の事故の地元に再発防止策を直接説明するべきだ。形ばかりの飛行停止措置などでは済まされない。

 日本政府の姿勢にも憤りを禁じ得ない。名護市の海岸でオスプレイが大破したのがちょうど1年前。米軍への飛行自粛要請、ごく短期間の受け入れ、一方的な再開、政府の容認――という光景がくり返されてきた。およそ主権国家の体をなしていない、恥ずべき従属である。

 普天間の危険性の除去は最優先の課題であり、だから辺野古への移設を進めると安倍政権は唱える。だがそれは、辺野古の周辺に危険性を移し替えるだけで、沖縄県民に重荷を押しつけることに変わりはない。

 日米両政府が普天間返還に合意した96年当時のペリー国防長官は最近、米軍の抑止力にとって、必ずしも基地を沖縄に置かねばならないわけではない旨の発言をしている。

 こうした声に耳を傾け、沖縄の負担軽減に本気でとり組む必要がある。ひとたび大きな事故が起きれば、日米安保体制そのものが大きくゆらぐ。その現実を政府は直視すべきだ。

(社説)党首討論ゼロ あり方見直す契機に

 ことしは国会で党首討論が一度もおこなわれなかった。00年に正式に導入されて以来、初めてのことだ。

 この機会に、なぜ、この制度を始めたのかを思い起こそう。

 衆院に小選挙区中心の選挙制度が採用され、従来以上に党首力が問われる時代になった。

 党首同士が丁々発止の議論を交わす機会を増やし、「政治家主導の国会」にする――。そんな狙いが込められていた。

 幅広い視野で、国の行く末や基本政策のあり方を論じあう場だ。法案審議とは違い、多数決と異なる価値観で運営される議論の空間でもある。

 このまま粗略に扱い続けていいとは思えない。

 「年間ゼロ」は残念だ。

 これを機に、党首討論のあり方を抜本的に見直すべきだと考える。

 05年までは年に5~8回開かれていたが、13年以降は年1、2回に減った。低調さの主な要因は「本会議や委員会に首相が出る週は開かない」という与野党の申し合わせにある。

 与党は、首相の失点を防ぐために党首討論を拒む理由に持ち出す。一方、野党は45分間の党首討論より長く首相に質問できる委員会を要求しがちだ。

 ことしは森友・加計学園の問題で安倍首相を追及したい野党が、党首討論ではなく委員会審議を求める場面が目立った。

 党首討論が実現しても、内容が物足りないこともある。

 とくに安倍首相は質問をはぐらかしたり、持論を延々と述べたりすることが多い。議論がかみあわない大きな理由である。

 この現状をただす責任は、与野党双方にある。

 まず、首相が本会議や委員会に出る週には開かないという申し合わせを撤廃しよう。

 自民、民主(当時)など4党は3年前、党首討論の月1回開催を含む国会改革案で合意したが、守られていない。最低でもこれは実行すべきだ。

 時間も延ばす必要がある。野党が多党化した今、1党あたりの割り当ては長くても10分ほどしかない計算だ。これでは中身のある議論など望めない。

 開催回数を増やすという前提で、1回ごとに登壇する野党党首の人数を絞る方策もある。各党が譲りあい、それなりの時間を確保しあうのだ。

 議論をより深めるためには、事前にテーマを決めておくのも一案だろう。

 党首同士が政治家としての力量をかけて真剣勝負を繰り広げる。「言論の府」の名にふさわしい党首討論が見たい。

伊方差し止め 再び顕在化した仮処分の弊害

 世界で最も厳しいとされる規制基準に沿い、原子力発電所の安全対策を講じる電力会社にとっては、新たな対応を迫られる司法判断だろう。

 広島高裁が、愛媛県の四国電力伊方原子力発電所3号機の運転を来年9月末まで差し止めるよう命じる仮処分を決定した。広島市と松山市の住民の申し立てを退けた広島地裁の決定を覆した。

 10月から定期検査に入っている3号機は、来年1月に運転再開予定だった。四電は決定を不服として、執行停止などを広島高裁に申し立てる方針だ。当分、運転再開は見通せない状況となった。

 証拠調べを十分に行わずに短期間で判断する仮処分は、効力も即座に生じる。高度な知見を要する原発訴訟への適用には慎重であるべきだ、とかねて指摘されてきた。その弊害が改めて顕在化した。

 3号機は一昨年7月、原子力規制委員会の安全審査に合格した。福島第一原発事故の経験を踏まえた新規制基準に基づく。

 この審査結果について、高裁は、地震や津波に比べて、火山の危険性に関する判断が非合理的だ、として運転を認めなかった。

 高裁が問題としたのは、原発から約130キロ離れた熊本県の阿蘇山だ。1万年に1度程度の破局的な噴火が起きれば、火山灰などの噴出物が大量に飛来し、火砕流が到達する可能性さえ、ゼロではない、との見解を示した。

 規制委は、原発の原則40年の運転期間に照らせば、破局的噴火の可能性は極めて小さい、として運転を認可した。ゼロリスクに固執しない常識的な判断だった。

 原発に限らず、破局的噴火を前提とした防災対策は存在しない。殊更にこれを問題視した高裁の見識を疑わざるを得ない。

 ただし、高裁が、新規制基準の運用上の弱点を突いた、との見方もできるのではないか。

 新規制基準は、地震や津波などの自然災害に対して、最大規模を想定した上で安全性を確保できる強度を求めている。過剰とも言える活断層評価はその代表例だ。

 一方で、火山噴火では、発生する可能性が小さいと判断されれば、原発の設置が認められる。

 高裁は、地震、津波と火山でリスク判断を使い分けている基準の運用方法に疑問を投げかけた。火山噴火にだけ甘いのではないのか、という問題提起だろう。

 火山リスクが争点の訴訟は、九州電力玄海、川内両原発でも起こされている。規制委には、基準の在り方の再検討も求められる。

東芝・WD和解 半導体売却後の成長策が要る

 約1年にわたる迷走劇に、ようやく収拾のメドが立った。稼ぎ頭の半導体事業なき後、どう収益を確保するか。再建は、これからが正念場だ。

 東芝が、半導体メモリー子会社の売却で対立していた協業先の米ウエスタン・デジタル(WD)との和解に至った。

 双方が訴訟を取り下げ、共同で新たな設備投資も行う。

 対立の長期化は、研究開発や生産増強の停滞を招き、深刻な打撃となりかねなかった。両社の歩み寄りは、賢明と言えよう。

 米原子力事業の巨額損失を穴埋めするため、東芝は今年1月、子会社売却の方針を決めた。WDは、他社への売却ができない契約だと主張して、国際仲裁裁判所に差し止めを申し立てた。

 東芝は、WD排除の姿勢を強め、米投資会社や光学機器大手のHOYAなどによる日米韓連合に売却すると発表した。東芝とWDの交渉は不透明感を増していた。

 和解成立によって、政府系ファンドの産業革新機構も資本参加に動き出すとみられる。

 最先端技術を持つ世界有数の半導体会社を、引き続き日本勢が主導できる意義は小さくない。政府の成長戦略にも資する。

 人工知能(AI)やロボットなどの発達で、高性能な半導体需要は今後も高まるとみられる。

 この間にも、ライバルの韓国サムスン電子は巨額投資を進めた。迅速な経営判断で巻き返しを図らなければならない。

 子会社売却に伴う各国の独占禁止法上の審査も残っている。中国当局の審査が長引く恐れがある。万全の態勢で臨んでほしい。

 売却後の東芝本体は、6000億円の増資と合わせて、財務状況が改善し、債務超過を脱する。

 問題は、半導体に代わる中核事業をどう育て上げるかである。

 売上高は、売却前の5兆円から4兆円規模に縮小する。過去最高だった今年度上半期の営業利益2000億円余は、メモリー事業を除けば300億円に満たない。

 それでも従業員数10万人超の巨大企業であり続ける。今後の柱は、発電設備や、エレベーターなどビル関連、情報通信事業となる。国際競争力の強化が課題だ。

 増資の引受先に、外資系ファンドが多い点も気にかかる。収益が伸びなければ、短期的な利益のために、一段の事業切り売りを求められる可能性もあろう。

 東芝経営陣は、財務体質の改善をテコに、新たな成長の具体的な戦略を示すことが急がれる。

2017年12月13日水曜日

利用者向いた卸売市場改革を

 政府は、民間企業が中央卸売市場を開設できるようにするなど卸売市場の改革策を決めた。合理的な理由のない規制はすべてなくすという規制改革推進会議の提言に比べ、後退した部分も多い。卸売市場は危機感を持ち、利用者を向いた改革を進めてほしい。

 産地が出荷する農水産物の受託を卸会社が拒否できない「受託拒否の禁止の原則」は、自民党内の議論で反対意見が多く、廃止が見送られた。

 この原則は「卸売市場は必ず引き取ってくれる」という生産者の甘えにつながりやすい。農家は市場で評価される農産物作りに工夫をこらす必要がある。

 これまで中央卸売市場は一定規模の自治体しか開設できなかった。今回の改革で、民間企業が開設した場合でも政府が公共性などの観点から認定すれば「中央卸売市場」の看板を掲げられるようになることは前進だ。

 取引する商品は市場内に運び込まなければならない「商物一致の原則」なども、法律に基づく規制がなくなる。インターネット通販に対応したり、物流を合理化したりする上で評価できる。

 ただ、規制のなくなるルールも各市場の判断で維持することも可能だ。改革はそれぞれの卸売市場に委ねられる。

 生産者や小売りが卸売市場を使わず、直接取引するようになったのは、卸売市場全体の運営に経営感覚が欠け、卸や仲卸が取引規制に縛られ利用者の意向に応えられなかったからだ。

 公的な施設であることを理由に横並び意識が強く、流通コストの安さや調達、販売力で競う意識も浸透していない。

 卸売市場改革をめぐる議論で、改革反対派からは規制をなくし、公的な側面を後退させれば市場運営をやめる自治体が出てきてしまうという声も聞かれた。だが、現実の卸売市場は整理統合が遅れ、赤字経営の仲卸も多い。規制緩和を機に、卸売市場全体の合理化を進めるべきだ。

介護報酬増額で25年問題を乗り切れるか

 2018年度からの介護報酬の改定が、大詰めを迎えている。政府は微増の方向で調整しているようだが甘いと言わざるを得ない。

 25年には団塊世代が全員75歳以上になる。このまま給付が膨らめば、制度を安定的に持続させることはむずかしくなる。真に必要な人に質の高いサービスを届けるためには、もっとメリハリをつけるとともに、25年を見据えた抜本的な見直しが不可欠だ。

 介護報酬は、介護サービスの公定価格にあたる。事業者の経営状況などを勘案して、政府が3年ごとに見直している。医療サービスの報酬改定は2年に1度で、18年度はこの2つを同時に改定する節目の年となる。

 今回の改定では、医療と介護の連携や、自立支援や重症化防止の取り組みに、報酬を手厚くする。妥当な方向だろう。

 だが、費用を抑える策は踏み込み不足だ。収益率の高い大規模なデイサービスの報酬減額などが加わるが、訪問介護の使いすぎを防ぐ策などは十分とはいえない。

 介護の総費用は、制度を創設した00年度の3.6兆円から、10.8兆円(17年度)にまで膨らんでいる。このままでは税金の投入も、40歳以上の人が納める保険料も、増えるばかりだ。

 今回の改定とは別に、すでに新たな費用増も決まっている。人づくり革命の一環として、政府は19年10月から、勤続10年以上の介護福祉士に月平均8万円の処遇改善をする方針を打ち出した。処遇改善は必要だが、消費税の増税財源を唐突に充てるのは乱暴だ。

 介護保険のサービスは高齢者の生活を支え、若い世代の介護離職を防ぐのに欠かせない。だからこそ改革を急がなければならない。

 まずは、どこまで介護保険でカバーするか、絞り込みが必要だ。例えば、料理や掃除などを手助けする生活援助は、軽度者を給付対象から外すべきだ。行政が地域住民の活動を後押しし、規制改革を通じて事業者が多様なサービスを提供しやすくすれば、カバーできる範囲は広いはずだ。

 そのうえで、国民に新たな負担を求めることも、避けては通れないだろう。低所得者に配慮しつつ利用者の自己負担を上げる、保険料を負担する年齢を20歳以上にする、などが選択肢となる。使い道がきちんと絞り込まれていてこそ、新たな負担への納得も得やすくなる。

英EU離脱条件で基本合意 ようやく出発点に立った

 英国と欧州連合(EU)が離脱の条件で基本合意した。あすからのEU首脳会議で正式に承認されれば、交渉は「将来の関係」を決める次の段階に進む。

 基本合意したのは、英国に住むEU市民の権利保障、英国が支払う清算金、英国とアイルランドの国境管理の厳格化回避の3点だ。

 しかし、2019年3月末の離脱期限が迫るなか、交渉の前進を急ぐために多くの課題が先送りされたのが実態ではないか。

 最大の懸案だった清算金は、英国が当初提案した額のほぼ倍増に応じて決着した模様だが、具体的な金額は明示されていない。

 また英国の北アイルランドと、陸続きのEU加盟国アイルランドとの国境管理を厳格にしないことに、メイ政権と閣外協力する北アイルランド地域政党が異議を唱えた。英国本島との一体性を揺るがすという理由だ。メイ首相の説得で当座は矛を収めたが、今後に不安を残した。

 北アイルランドでは過去に、英国への帰属を望む住民と、英国を離脱してアイルランドとの統合を求める住民が対立し、双方の過激派による武装闘争が続いた歴史がある。和平合意で流血が収まったのは1998年のことだ。

 その後、アイルランドとの統合派に配慮して、国境の検問所が取り払われ、自由な通行ができるようになった。英国のEU離脱によって対立が再燃するような事態は、避けねばならない。

 英国とEUはようやく本格交渉の出発点に立った。これからが真の正念場である。離脱後の通商協定をはじめ膨大な作業が必要になり、新たな難問が山積している。

 当面は2年程度の「移行期間」を設けることが模索されている。それでもその間の関税をどうするかなど暫定的な措置を決めておかなくてはならない。

 最終合意は英国とEU加盟各国議会の承認を得る必要があり、来年秋までに交渉が妥結しないと間に合わない。合意のないまま離脱すれば、新たに輸出関税が発生するなど、英国に進出している日本はじめ外国企業も大きな混乱に巻き込まれる。

 残された時間は少ない。英国とEU双方に一層の努力を望みたい。

「もんじゅ」の廃炉計画 作業の公開と監視厳重に

 高速増殖原型炉「もんじゅ」(福井県敦賀市)の廃炉計画を日本原子力研究開発機構がまとめ、原子力規制委員会に認可申請した。

 高速増殖炉は、水や空気に触れると激しく反応する液体ナトリウムを原子炉の冷却材に使う。廃炉は国内に前例がない。多くの課題があり、その道のりは極めて険しい。

 規制委は計画の審査を慎重に行うとともに、認可後も作業の進行状況を厳重に監視する必要がある。

 計画によれば作業期間は2047年度までの30年間。工程は4段階に分かれ、22年度までの第1段階で核燃料の取り出しを終える。第2段階以降で、放射能を帯びた原子炉内の液体ナトリウムの回収や設備の解体を進めるという。完了までに約3750億円の費用を見込む。

 だが、詳しい工程が示されたのは第1段階だけだ。福井県は使用済み核燃料の県外搬出を求めているが、行き先は決まっていない。

 更に、もんじゅは炉内のナトリウム抜き取りを想定した設計にはなっておらず、回収方法も未定だ。原子力機構は「技術的に十分可能」と言うが、規制委の更田豊志委員長は「淡々とやればできるという認識なら甘い」と苦言を呈している。

 もんじゅの廃炉は、原子力機構の安全管理体制がずさんで、点検漏れなどの不祥事を繰り返したことがきっかけとなった。そうした組織が廃炉作業を担うことに、福井県などが懸念を示しているのは当然だ。

 国が地元に廃炉の体制や進捗(しんちょく)状況を説明する協議会が設けられることになったが、あらゆる情報を国民に公開し、評価を受けるべきだ。

 また、高速増殖炉の廃炉で先行するフランスなどの経験や技術を活用することで、作業の安全確保と着実な実施に結びつけたい。

 もんじゅ開発にはこれまで1兆円超の国費が投入されたが、運転は約250日だけ。廃炉費用がさらにかさむ恐れもある。核燃料サイクルのもう一つの要とされる使用済み核燃料の再処理工場(青森県六ケ所村)も、稼働のめどは立っていない。

 政府は今夏、エネルギー基本計画の改定作業を始めた。現行計画は原発依存度を可能な限り低減するとした。ならば、頓挫しているサイクル政策の見直しこそが、先決だ。

(社説)巡航ミサイル 専守防衛の枠を超える

 防衛省が長距離巡航ミサイルの導入を決めた。来年度当初予算案に関連経費約22億円を追加要求する。

 日本はこれまで専守防衛のもと、自衛隊のミサイルの長射程化を控えてきた。財政的な制約や、不毛な軍拡競争に陥る可能性への考慮もあった。

 今回の判断について、防衛省はこう説明している。

 北朝鮮のミサイル警戒にあたるイージス艦の防護や離島防衛のためであり、あくまで日本の防衛のためである――。

 たしかに日本周辺の安全保障環境は厳しい。自衛隊の能力を不断に見直す必要はある。

 だが今回、航空自衛隊の戦闘機に搭載する米国製ミサイルは射程900キロ。日本海から発射すれば北朝鮮全域に届く。

 これほど長射程のミサイルがイージス艦防護や離島防衛に不可欠とは言えない。長距離巡航ミサイルの導入は、専守防衛の枠を超えると言うほかない。

 むしろその導入は、敵のミサイル基地をたたく敵基地攻撃能力の保有に向けた大きな一歩となりかねない。

 政府は敵のミサイル基地への攻撃について、「他に手段がない」場合に限って、「法理論的には自衛の範囲」としてきた。一方で05年の防衛庁長官答弁は「敵基地攻撃を目的とした装備は考えていないし、それを目的とした長距離巡航ミサイルも考えていない」としている。

 日本の安全保障は、米軍が攻撃を担う「矛」、自衛隊が守りに徹する「盾」の役割を担ってきた。この基本姿勢の変更と受け止められれば、周辺国の警戒を招き、かえって地域の安定を損ねる恐れもある。

 厳しい財政事情のなかでも、安倍政権は5年連続で防衛費を増額してきた。米トランプ政権が同盟国への武器輸出に熱を入れるなか、日本がひとたび専守防衛の枠を踏み越えれば、さらに巨額の兵器購入を迫られることはないのか。

 看過できないのは、専守防衛に関わる重大な政策転換が、国会や国民への説明もないまま唐突に打ち出されたことだ。

 政府は今夏の概算要求には盛り込んでいなかったが、特別国会の閉幕間際になってから追加要求に踏み切った。

 来年は防衛大綱の見直しや、次の中期防衛力整備計画の議論が本格化する。自民党内では防衛費の大幅増額や敵基地攻撃能力の保有を求める声が強い。

 なし崩しに安全保障政策の転換をはかる安倍政権の姿勢は危うい。年明けの通常国会で徹底的な議論を求める。

(社説)皇室会議 「議事概要」のお粗末さ

 国民への説明や歴史に対する責任をどう考えているのか。納得できない政府の対応だ。

 天皇陛下の退位の日程などについて、皇族や三権の長らが意見をかわした皇室会議の「議事概要」が公表された。会議は今月1日に非公開で約1時間15分にわたって開かれ、議員10人の全員が発言したという。

 だが、明らかになった議員の発言は「天皇陛下には1月7日の御在位満30年の節目をお迎えいただきたいこと、国民生活への影響等を考慮すること、静かな環境の中で国民が天皇陛下の御退位と皇太子殿下の御即位をこぞって寿(ことほ)ぐにふさわしい日とすることなどの意見の表明が行われた」。これで全てだ。

 退位は約200年ぶり、日本国憲法下で初めてという、歴史に刻まれる出来事である。

 どんな道筋を経て退位に至ったのか、国民が正しく認識し、後世の人々もしっかり跡をたどれるようにする。公文書管理法を持ちだすまでもなく、政府の当然の責務なのに、あまりにお粗末な内容ではないか。

 退位特例法は、退位の日を決めるにあたって「首相はあらかじめ、皇室会議の意見を聴かなければならない」と定めている。退位が天皇の恣意(しい)や政権の都合で行われないようにするために設けられた条文だ。

 「再来年4月末に退位」という政府の方針が事前に伝わるなか、会議では、衆院の赤松広隆副議長が来年末の退位を支持する意見を述べたという。

 国民生活への影響をなるべく小さくすることを考えれば、検討されてしかるべき案だ。これに対しどんな意見が出たのか、政府はどう応じ、いかなる経緯で4月退位でまとまったのか、概要には記載が一切ない。そして、これ以外に記録は残さないという。あきれるばかりだ。

 危うさを感じるのは、退位と即位は「国民がこぞってお祝いすべき」だから、個々の意見を明らかにするのは「好ましいことではない」と皇室会議で合意した、という政府の説明だ。

 異見があることを「好ましくない」と決めつける姿勢は、今後の代替わりの儀式や皇室のあり方についても、声をあげにくい風潮を容易につくり出す。昭和の幕が下りた時には、自粛ムードや天皇制への疑義を許さない空気が広がり、息苦しさが世の中を覆った。

 皇室は国民の理解と支持の上に存立することを忘れてはならない。退位問題で高まった関心を大切にしながら、情報を共有し、議論をおこし、深める。それが政府の本来の役割である。

巡航ミサイル 抑止力向上へ着実に導入せよ

 日本を取り巻く安全保障環境は厳しさを増している。様々な危機に効果的に対処するため、長射程の巡航ミサイルを導入する意義は大きい。

 防衛省が2018年度予算で、航空自衛隊の戦闘機に搭載する長距離巡航ミサイルの導入関連費を追加要求した。射程500キロのミサイルの購入費21億6000万円と、2種類の射程900キロのミサイルの調査費3000万円だ。

 離島に上陸した部隊や、弾道ミサイルを警戒中の日米のイージス艦を狙う艦船を、敵レーダーの圏外から攻撃できるようにする。

 巡航ミサイルは、全地球測位システム(GPS)を利用した精密誘導兵器で、目標をピンポイントで正確に攻撃できる。欧米諸国や中韓両国も保有している。

 北朝鮮や中国の軍備増強が進む中、自衛隊が離島やイージス艦を防衛するうえで、こうした能力の保持は急務だ。長射程のミサイルで確実に反撃する手段を持つことは、相手に攻撃を思いとどまらせる抑止力の向上にもつながる。

 ミサイル防衛の迎撃ミサイルは、弾道ミサイルを撃ち落とす唯一の方法ではあるが、他の目的にはほとんど使えない。巡航ミサイルは、多様な事態に活用できる。費用対効果の観点からも、着実に導入を進めることが大切だ。

 防衛省は、巡航ミサイルの導入について、敵ミサイル基地を攻撃する目的はない、と説明している。「自衛隊は盾で、米軍は矛」という日米の役割分担や、専守防衛の原則は変更しないという。

 確かに、長距離巡航ミサイルだけでは、敵基地攻撃能力は極めて限定的だ。目標の探知・特定には米国の偵察衛星などの情報が不可欠となる。中距離弾道ミサイル・ノドンを載せる移動式発射台を攻撃するハードルは一段と高い。

 一方で、離島や艦船の防衛が主たる目的でも、敵基地への一定の攻撃能力があるのは事実で、あえて全否定する必要はあるまい。

 日米の基本的な役割分担は維持しつつ、米軍の攻撃力の一部を自衛隊が補完・補強し、日米同盟の実効性を高めることが重要だ。

 政府は長年、発射が差し迫っているミサイル基地への攻撃は憲法に違反せず、自衛の範囲に含まれるという見解を堅持している。

 野党の一部が「敵基地攻撃能力を保有するのは憲法上、問題だ」と批判するのは的外れだ。

 政府は来年、防衛大綱を見直す。米軍との連携を前提にした敵基地攻撃能力と、巡航ミサイルの活用についても議論を深めたい。

リニア不正受注 巨大事業の裏で何があったか

 巨大プロジェクトが、不正の温床になっているのだろうか。

 東京地検特捜部が、大手ゼネコン「大林組」の本社を捜索した。リニア中央新幹線の建設工事を巡る偽計業務妨害容疑だ。発注元のJR東海の業務を受注調整で妨害した疑いが持たれている。

 対象は、名古屋市内の非常口建設工事の入札だ。大林組など3社の共同企業体(JV)が約90億円で受注した。大林組は、他の入札参加企業に「うちに取らせてほしい」などと要請したとされる。

 あえて高い見積額を提示して、大林組の受注に協力した参加企業もあったとみられる。

 事実だとすれば、企業倫理にもとるやり取りである。大林組は、入札参加企業に受注希望を伝えたことは認めているものの、「受注調整まではしていない」と、容疑を否定しているという。

 事件の全容解明のため、特捜部には徹底捜査が求められる。

 リニア中央新幹線は、東京―大阪間を1時間余りで結ぶ事業だ。総工費は9兆円に上る。JR東海は2027年に東京―名古屋間の先行開業を目指している。

 工事契約は、JR東海と建設会社間で結ばれている。公契約関係競売入札妨害ではなく、偽計業務妨害の容疑で特捜部が捜索したのは、民間契約であるためだ。

 公共工事でなくても、不正な受注調整は、法令順守の観点から許されない。公正な競争が妨げられれば、工事価格が跳ね上がる。最終的には、運賃面で利用者の負担増につながりかねない。

 大林組では07年に、大阪府枚方市発注の建設工事で顧問らが競売入札妨害罪で起訴されるなど、事件が相次ぎ、社長が辞任した。

 反省を踏まえ、定款に「入札の公正、公平を阻害する行為を一切行わない」と盛り込んだ。果たして徹底されていたのか。

 リニア工事で契約済みの22件の工事のうち、大林組を含む4大ゼネコンのJVが計15件を受注している。各JVが3~4件ずつ受注しているのは、不自然に映る。

 20年東京五輪に伴う建設需要が一服した後も、リニアの建設工事は続く。ゼネコン各社にとって、魅力的な事業であることは間違いない。捜査は、今後の契約に対する警鐘だとも言えよう。

 JR東海の担当者が、工事費の情報を漏らした疑いも浮上している。JR東海は、適正な契約だったかどうかを調査する社内委員会を設置した。事業主体として、捜査にも積極的に協力すべきだ。

2017年12月12日火曜日

もんじゅ廃炉のコスト監視を

 廃炉が決まっている高速増殖炉もんじゅ(福井県敦賀市)について、運転主体の日本原子力研究開発機構が計画をまとめ、原子力規制委員会に申請した。

 2018年度に核燃料の取り出しを始め、47年度まで30年かけて撤去する。費用は3750億円の見込みで、通常の原子力発電所の廃炉に比べ5倍以上だ。

 もんじゅは普通の原発とは仕組みが違い、炉心の熱を取り出すのにナトリウムを使う。ナトリウムは水と混じると爆発する恐れがある。機構によれば、安全な抜き取りには新たな技術開発が必要になり、コストが膨らむという。

 安全確保を最優先すべきことは言うまでもない。とはいえ安全のためならコストを青天井にかけてよいというものではない。

 もんじゅは建設などに約1兆円を投じながら、運転できた実績はゼロに近い。機構の安全管理がずさんで、検査漏れを繰り返したことが廃炉の一因になった。

 廃炉の計画づくりや工程管理を機構だけに任せず、第三者が厳しくチェックすべきだ。廃炉対策では文部科学省を中心に省庁横断のチームを設けているので、この組織に実務者を加えるなどして監視を強めるのも一案だろう。

 ナトリウムを扱う原子炉はフランスやロシアにもあり、炉から抜き取った経験がある。海外の技術で使えるものは最大限活用し、コスト抑制につなげるべきだ。

 原子炉本体の解体が始まれば通常の原発と共通点も多い。東京電力福島第1原発事故の後に廃炉が決まった原発の解体も、同じ頃に本格化する。技術をもつ企業同士を競わせて費用を抑え、もんじゅでの経験を他の原子力施設に生かす道も探ってほしい。

 ウランの有効活用をめざす核燃料サイクルでは、使用済み核燃料再処理工場(青森県六ケ所村)も完成が遅れ、コストが膨らんでいる。電気料金に上乗せする形で費用を負担しているのは国民だ。コストが野放図に増えるようでは国民の理解は得られない。

時代遅れの国際金融規制は再構築がいる

 海外展開する大手銀行を対象にした新たな国際資本規制の枠組みが最終決着した。2008年のリーマン危機の反省を踏まえ、健全性を示す最低自己資本比率などのルールを大幅に強化した。

 しかしこれだけでは今後の国際金融市場が直面する課題には対処できない。いまや金融の主役は銀行にとどまらず、IT(情報技術)と融合したフィンテックの台頭などでリスクの芽が拡散している。各国当局は、国際金融規制のあり方を再構築するつもりで新局面に臨む必要がある。

 新しい資本規制は、27の国・地域の金融監督当局・中央銀行で構成する国際委員会が本拠を置くスイスの都市名を冠し「バーゼル3」と呼ぶ。1988年に「バーゼル1」を策定し、2004年には「2」へと規制を進化させたが、リーマン危機を防げなかった。

 09年から続いたバーゼル3をめぐる長期交渉の最後の争点は、自己資本比率をはじくうえで分母となる、貸し出しなどリスク資産の算出方法だった。国内規制が厳しい米国が厳格な算定を主張し、硬直的だと貸し渋りを招くとして日欧が反論する構図だった。

 最終的に日欧の立場を一定程度認める線で落ち着いた点は評価できよう。新規制は27年までに段階的に適用し、邦銀は追加の資本増強を回避できそうだ。

 ただ、これで国際金融の安定が確保されるとは到底言いがたい。金融ビジネスには異業種の参入が加速している。銀行に的を絞った規制の枠組みは時代遅れだ。

 中国ではアリババ集団など有力なネット商取引会社が大規模に決済・融資業務を手掛け、アジアなど海外進出をうかがっている。

 国の信用力の裏付けなしに国境をこえて流通する仮想通貨への対応も課題だ。ビットコインは分裂を繰り返しながら値上がりし、トヨタ自動車の株式時価総額を上回る規模になった。今月始まった先物取引では相場安定の効果を期待できる半面、投機の拡大で乱高下を増幅するおそれもある。

 千種類以上に増えた仮想通貨を使った資本調達は活況だが、危うさがつきまとう。脱税や資金洗浄の温床となるのを防ぐ国際的な監督や監視は後手に回っている。

 フィンテックには金融や経済を革新し活性化する潜在力がある。その利点を生かしながらどう規制の網をかけるか。国際金融当局の知恵が問われている。

被爆者が平和賞で演説 「諦めるな」世界で共有を

 ノーベル平和賞の授賞式で被爆者が初めて演説した。カナダ在住のサーロー節子さん(85)だ。

 受賞団体である「核兵器廃絶国際キャンペーン」(ICAN)のフィン事務局長がスピーチする際、ともに壇上に上がった。それはサーローさんが各国で被爆体験を証言するなど、核兵器禁止条約の採択に重要な役割を果たしてきたためだ。

 13歳の時、広島で被爆したサーローさんは「私の愛する都市は1発の爆弾で消滅した。住民は燃やされ、炭になった」と被爆体験を語った。 さらに、がれきの中で聞いた「諦めるな。光に向かってはっていくんだ」という言葉を繰り返し、核廃絶を求めた。各国に条約への参加を促すサーローさんには「核兵器は絶対悪」との思いがある。

 フィン事務局長は条約採択を「暗い時代における一筋の光」と評価しつつ、「理想主義者として運動を批判する人がいる」とも語った。

 授賞式には、被爆者の全国組織、日本原水爆被害者団体協議会(日本被団協)からも2人が出席した。

 核の非人道性に関心が高まったのは、被爆者が生き証人として運動を続けてきたからにほかならない。

 1982年、国連本部で演説した故山口仙二さんは「ノーモア・ヒバクシャ」と訴えた。今夏亡くなった谷口稜曄(すみてる)さんも2010年、国連本部で被爆で大やけどした背中の写真を手に核廃絶を迫った。

 それでも核保有国による削減は進まず、北朝鮮は核開発を続けている。「生きているうちに核廃絶を」という被爆者の願いと現実とのギャップはあまりにも大きい。

 核保有国や「核の傘」の下にいる日本などは条約に参加していない。米英仏露中の5大国のノルウェー駐在大使は授賞式を欠席した。条約を巡る対立が平和賞の式典に持ち込まれたのは残念でならない。

 河野太郎外相は「核廃絶というゴールは共有している」と談話を発表した。一方、授賞式に出席した松井一実・広島市長は「核に守られていると思うのは錯覚だ」と核抑止力の有効性を否定する見解を示した。

 唯一の戦争被爆国、日本は核保有国と非核保有国の橋渡し役が求められる。被爆者の思いを重く受け止め、条約への対応を再考すべきだ。

自衛隊の巡航ミサイル導入 専守防衛の境界がかすむ

 防衛省が航空自衛隊の戦闘機に搭載する長射程の巡航ミサイルを導入する。その関連経費約22億円を2018年度予算案に追加要求した。

 米国製の射程約900キロの2種類と、ノルウェー製の射程約500キロのミサイルで、米国製は調査費、ノルウェー製は取得費を要求した。

 巡航ミサイルはジェット推進でコンピューター制御により目標に誘導される。命中精度が高く、低空を飛ぶためレーダーに捕捉されにくい。

 しかし、巡航ミサイル導入を直ちに認めるわけにはいかない。防衛政策の基本である「専守防衛」との整合性が見えにくくなるためだ。

 防衛省は中国の海洋進出を念頭に離島防衛を強化すると説明する。だが、尖閣諸島は沖縄から約400キロで米国製の能力は飛び抜けている。

 射程は日本海から発射して北朝鮮に十分届く距離だ。ミサイル基地を先制的に攻撃できる敵基地攻撃能力の保有にもつながる。

 政府は、緊急時は敵基地攻撃能力を「憲法が認める自衛の範囲」と解釈しているが、専守防衛に照らして装備を保有してこなかった。

 北朝鮮は弾道ミサイルを高く打ち上げて急降下させるロフテッド軌道を多用している。ミサイル防衛では迎撃しにくいとされ、強固な抑止力を求める意見は自民党などにある。

 小野寺五典防衛相は「敵基地攻撃を目的としたものではない」と強調する。では、離島防衛を超える能力を持つ装備がなぜ必要なのか。

 専守防衛に深く関わる重大な問題である。議論の積み上げもなく政府の一存で突然、追加要求するという性質のものではない。

 敵基地攻撃能力を持とうとすれば、敵の防空網を突破する能力やミサイルを誘導する能力などが必要で、装備体系の変更にもつながる。

 安倍政権は安全保障法制など防衛力の拡大を図ってきた。厳しい財政下、防衛費を5年連続で増額し、来年度は過去最大になる見通しだ。

 米国は同盟国に軍事的な負担拡大を求めており、日本も例外ではない。専守防衛の枠が広がるなら日本の軍事的役割は増し、軍備増強は北朝鮮だけでなく中国も刺激する。

 巡航ミサイル導入にはリスクを踏まえた多角的な議論が必要だ。なにより国民の合意が前提となる。

(社説)核なき世界へ 日本の登場、待たれている

 核兵器を使う、作る、持つ。そのすべてを法的に禁じる核兵器禁止条約の採択を推進した国際NGO「核兵器廃絶国際キャンペーン」(ICAN〈アイキャン〉)に、ノルウェーのオスロで、ノーベル平和賞が授与された。

 授賞式では初めて被爆者が演説に立った。

 広島で被爆したサーロー節子さん(85)。13歳のときの被爆体験を語り、「核兵器は必要悪ではありません。絶対悪です。私たちの警告を心に留めなさい」と呼びかけた。

 核保有国の指導者たちは、真摯(しんし)に耳を傾けるべきだ。

 ■背景にある危機感

 広島、長崎の被爆者は戦後72年間、被害の実相と核兵器の非人道性を訴え続けた。平和賞は、核廃絶を求めてきたヒバクシャらとの「ダブル受賞」といってもいいだろう。

 ICANには約100カ国の450以上のNGOが集う。中心になったのは20~30代だ。国や民族を超え、メールやSNSで連絡をとり、「核は人類と共存できない」という使命感からアイデアを出しあった。

 その行動力は、核廃絶をめぐる新たな運動として高く評価されるべきだ。

 もちろん核禁条約が採択されても、核廃絶がすぐに実現するわけではない。だが、この動きの背景には遅々として進まぬ核軍縮へのいらだちがある。

 冷戦期にさかのぼれば、地球上に核兵器は7万発あった。核不拡散条約(NPT)のもと、核保有国は段階的な核軍縮を約束した。だが、1万5千発近くとされる世界の核弾頭のうち、9割以上をもつ米ロの交渉はいっこうに進んでいない。

 09年にはオバマ米大統領がプラハで「核なき世界」を呼びかけた。核を持つ超大国からのメッセージだからこそ、世界の多くの人々が核廃絶が具体的に前進することを期待した。

 しかし5年に1度のNPT再検討会議は、一昨年、最終文書を採択できないまま決裂。米国やロシアは、核兵器の近代化にすらとりくんでいる。

 ■「分断」を超えて

 このままでは核軍縮が前に進まない。核保有国による段階的削減を待つのではなく、非核保有国が主役となり、主体的に廃絶へ導こう。そんな危機感が新たなムーブメントとなった。

 受賞にはこの流れを核廃絶への一歩に、という期待もこめられていると受け止めるべきだ。

 懸念されるのは核保有国と非核保有国との分断が進み、廃絶への流れが停滞することだ。

 平和賞の授賞式に、核保有国の米ロ英仏中の駐ノルウェー大使は欠席したという。

 11月に広島で開かれた国連軍縮会議で、中満泉・軍縮担当上級代表は「核禁条約とNPTが対立せず、相互補完性を高める工夫がいる」と述べ、双方の歩み寄りの余地を模索する。

 立場は異なっても、同じ場を共有し、語る機会をもつことで、道は開けるはずだ。

 9月から署名・批准がはじまった核禁条約は、50カ国が批准すれば発効する。現時点での批准は3カ国にとどまる。ICANは発効までの目標を2年以内とする。今後、各国に共感を広げていくために何ができるか。運動としての真価が問われるのはむしろこれからだ。

 当面、世界各都市の議会で、条約に賛成する決議を採択させるため、賞金などを原資に基金をつくる。協力団体の活動支援などに使い、核保有国や核に依存する国の民意に直接、訴えかける運動を広げるという。

 ICANが、各国の政府にとって無視できない世論をつくれるかがカギとなるだろう。

 ■戦争被爆国の責務

 廃絶へむけた新たな動きに、日本政府が背を向けるような態度をとっているのは残念だ。

 昨年10月、国連で核禁条約に向けた交渉を17年に始めるよう求める決議案が採択されたとき、日本は反対した。

 ことし8月、安倍首相は訪問先の広島で「(核禁条約には)署名・批准は行わない」と語った。

 確かに、北朝鮮の核・ミサイル開発への懸念は無視できない。米国の「核の傘」の下で、いざというときに米の核兵器に守ってもらわなければいけないという現実こそ直視すべきではないか。そんな声もある。

 だが、日本は戦争被爆国として、核保有国と非核保有国の橋渡し役を自任するのではなかったか。日本が国連に毎年提出している核廃絶の決議案に賛同する国は、今年、大幅に減った。このままでは保有国の代弁者として見られる可能性すらある。

 できることはある。

 条約が発効すれば締約国会議が開かれる。その場には批准していない国も、オブザーバーとして参加できる。たとえばそうした場への参加の意向を示し、被爆国として議論に参画していく積極性があっていい。

 核の禁止を求める国は、日本の登場を待っている。

五輪テロ対策 機動力とハイテクで抑止図れ

 起こり得るあらゆる事態を想定して、抜け穴を確実に塞ぐ。それがテロ対策の要諦である。官民を挙げて、凶行の芽を摘まねばならない。

 政府が、2020年東京五輪・パラリンピックに向けた「テロ対策推進要綱」を決定した。

 対策推進本部長を務める菅官房長官は、「国際テロ情勢は極めて危険な状況だ。万全を期す必要がある」と強調した。車で群衆を無差別にはねるなど、手口が多様化するテロが各国で頻発していることへの危機感の表れだろう。

 大会中、内外から1000万人の来場者が予想される。要人の来日も相次ぐ。五輪はテロの格好のターゲットになりかねない。先進国の首都で開催された12年ロンドン五輪などを参考に、実のある対策を練り上げてほしい。

 要綱では、七つの重要項目が掲げられた。柱は情報収集や分析機能の強化だ。来夏に発足する首相官邸直轄の「国際テロ対策等情報共有センター」(仮称)を有効に機能させることが重要になる。

 外務省や警察庁、国土交通省など関係11省庁の職員が常駐し、テロ情報を共有する。各省庁が蓄積してきたデータベースなどと照合して分析し、その結果を官邸に迅速に提供して対応策を講じる。

 照合時に煩雑な手続きを廃するなど、省庁間の壁をなくした体制を築くという。機動力に富んだテロ対策を可能にするため、ぜひとも実現してもらいたい。

 テロ等準備罪などを新設する改正組織犯罪処罰法が施行され、国際組織犯罪防止条約への加入がようやく実現した。テロ情報の交換など、捜査上の国際連携がスムーズになったのは大きな前進だ。

 情報収集手段として、適用範囲が厳しく限定されている通信傍受の柔軟な活用を求める専門家は少なくない。人権に配慮しながら、範囲を拡大することの是非を国会で議論すべきではないか。

 要綱は、最も重要な警備対象として、競技会場や空港、駅などの「ソフトターゲット」を挙げている。パリやロンドンなどのテロの状況を考えれば、当然だろう。

 警備に威力を発揮するのが、人工知能(AI)をはじめとするハイテク技術だ。顔認証システムで、競技場の来場者を識別することが検討されている。スマートフォンなどを入場時の本人確認に使う電子チケットも選択肢の一つだ。

 群衆の中から不審者を効率的に割り出す仕組みが求められる。漏れのない警備体制を敷くことが、五輪の成功につながる。

日欧EPA妥結 保護主義を拒む重要な決断だ

 主張の違いが残る分野を切り離し、早期の交渉決着を優先した。

 保護主義の台頭には決して退かないという政治的決意の表れだろう。

 日本と欧州連合(EU)の経済連携協定(EPA)交渉が妥結した。2018年夏にも署名し、日欧双方の承認手続きを経て、19年の発効を目指す。

 人口6億人を擁し、世界の国内総生産(GDP)の3割を占める巨大経済圏が生まれる。日本にとって初のメガ通商協定となる。

 米国は、環太平洋経済連携協定(TPP)を離脱し、世界貿易機関(WTO)にも異を唱える。「米国第一」政策に対し、他の先進国が結束する意義は大きい。協定の早期発効が重要となる。

 13年に始まった交渉は、大筋合意の目標時期が再三延期された。多くの利害が交錯する交渉を決着に向けて急がせたのは、米トランプ政権の登場にほかならない。

 協定の「大枠合意」が発表された今年7月は、主要20か国・地域(G20)首脳会議を控えていた。今回の妥結は、2年に1度開かれるWTO閣僚会議の直前というタイミングにあたった。

 こうした機会を日欧が重視したのは間違いない。対米国で無策では、保護主義が広がりかねないとの危機感があるからだ。

 新興国などに対し、自由貿易を推進するという強いメッセージを送ったのは確かだろう。

 協定は、貿易品目の大半で関税を撤廃し、知的財産などのルールでも高水準の内容とした。

 日本の自動車は、10%の欧州関税が8年目に撤廃される。欧州産ワインやチーズなどの日本への輸入関税は撤廃に向かう。

 双方の産業界や消費者にメリットが期待できる。日本の官民は連携を強め、農産物を含めた輸出振興策を加速してもらいたい。

 欧州産品と競合する酪農業への補助金など、真に必要な国内対策も着実に実施すべきだ。

 日欧が幅広い分野で協定の成果を上げれば、世界に貿易自由化の範を示すことにもなる。

 妥結を優先したため、協定は交渉が難航した「投資」分野の一部を切り離した。企業と国の紛争解決手続きについて、別の投資協定を結ぶ方向で継続協議とした。

 先月に大筋合意した米国抜きのTPPも、残る11か国のうちカナダから不協和音が出るなど、予断を許さない面が残る。

 二つのメガ協定で要となる日本には、双方ともより良い決着に導く重い責任が課せられている。

2017年12月10日日曜日

外国人の日本語学習下支えを

 日本に住む外国人が社会に溶けこみ、活躍するうえで重要な鍵となるのが日本語の能力向上だ。日本語がよく理解できないため生活に苦労している人も少なくない。

 外国人の数が増えるなかでこうした状況を見過ごせば、社会の不安定化にもつながりかねない。外国人の日本語学習を支える体制を整えていく必要がある。

 日本に住む外国人数は2016年末で238万人に達した。日本語の指導が必要な外国籍の小中高校生などの数は同年度に3万人を超え、4年間で27%増えている。

 だが、これまで外国人住民への日本語学習支援は自治体任せで、現実には地域のボランティアに頼ってきた。人手は足りておらず、ボランティアの高齢化も目立つ。学校で外国人生徒の日本語学習を支える仕組みもでき始めたが、やはり人手不足で体制は不十分だ。

 外国人が多く住む都市でつくる外国人集住都市会議は先月、三重県津市で開いた会合で「日本語習得を自助努力に任せる考え方から転換し、生活や就労に必要な日本語学習機会を保障する制度の設立に踏み切るべきだ」と宣言し、国として外国人の日本語習得に責任を持つ体制の確立を求めた。

 政府の対応が遅れがちな裏には総合的な外国人受け入れ政策の不在がある。語学支援は本来、総合政策の一環となるべきものだ。

 例えば、日本語の能力を高めた人材には在留資格で有利な扱いをすることの制度化が考えられる。日本にずっと住むと想定される子供がきちんとした日本語を習得できるようにすれば、能力をいかして社会に貢献する人材が育つ。

 ドイツは、移民が社会から疎外された反省から、長期滞在などを望む外国人に一定時間のドイツ語講習を義務付ける仕組みを持つ。 人材や予算を考えれば同じことはできない。だが、言葉の問題を軽視したまま場当たり的に外国人を受け入れれば、社会の分断を招く心配もある。中長期的な社会の活力や安定という視点から日本語学習支援を考えるべきである。

日本は米国をWTOにつなぎ留めよ

 世界共通の貿易ルールを定め、複数の国・地域の間の紛争解決にあたっているのが世界貿易機関(WTO)である。「米国第一」を掲げるトランプ米政権はWTOを批判し、WTOの判断に従わない可能性さえ示している。

 最大の経済大国がこのような内向きな態度を示してWTOの機能が低下すれば、自由貿易の推進に強い逆風となる。日本が中心となって米国をWTOにしっかりとつなぎ留めなければならない。

 WTOは10~13日にアルゼンチンで閣僚会議を開く。貿易自由化をめざすWTOの多角的通商交渉(ドーハ・ラウンド)は、先進国と新興国が鋭く対立して妥結のメドが全くたっていない。

 それでも閣僚会議の意義はある。保護主義的なトランプ政権の誕生後初めての会議はそれぞれの国・地域がWTO改革や、電子商取引などの新たな通商課題を突っ込んで話し合う場となるからだ。

 日本は欧州連合(EU)と経済連携協定(EPA)交渉を妥結させた。11カ国による環太平洋経済連携協定(TPP)の成果もいかして議論を主導してほしい。

 焦点の米国はWTO協定上の通報義務を怠っている国・地域を対象に、事実上の罰則を科す提案をしている。念頭にあるのは中国だろう。

 たとえば、ある国が製品の国家規格を変えた場合、他の加盟国・地域に通報しなければならないルールがある。しかし、中国はインターネット安全法の施行時に通報を怠った。この点を米国は問題視しているとみられる。米国の提案は理解できる。

 一方で米国は、WTOの紛争処理機関で最高裁判事にあたる上級委員の欠員を埋める手続きに入ることに反対している。事態を放置して、WTOが紛争解決の役割を十分に果たせないのは困る。

 通報義務の提案で米国と足並みをそろえてWTO改革をけん引しつつ、上級委員の選任を巡る米国の理不尽な対応を戒める。日本にはそんな建設的な役割が求められている。欧州も自由貿易の旗振り役としての日本に期待している。

 TPPや温暖化対策の国際枠組み「パリ協定」に続き、WTOからも米国が離脱すれば、世界の自由貿易秩序は崩壊の瀬戸際にたたされる。そんな最悪の事態を防ぐためにも、今回の閣僚会議をWTOにおける米国の重要な役割を再確認する場としてほしい。

新大学入試でプレテスト 思考力判断できる工夫を

 表現力や思考力を測り、かつ選抜試験として機能する問題が必要だ。

 大学入試センター試験に代わる「大学入学共通テスト」のプレテストがあり、問題などが公表された。

 同センターが作成し、全国の高校の4割に当たる約1900校で、延べ18万人が参加した。共通テストは2021年1月に実施され、今の中学3年生からが対象になる。

 プレテストで目を引くのは、出題内容の変化だ。複数の文章や図、資料を読ませ、考える力や知識の活用力を測る問題が多数盛り込まれた。

 国語では、生徒会の規約や校内新聞の記事を読ませ、情報を読み取り他人に正しく伝える力が問われた。

 日本史なども、図表や絵画資料を多用し、物理や化学でも、グラフや実験結果を活用する力を重視した。

 「大学入試が変わらなければ、高校以下の教育も変わらない」。教育界では、そう指摘され続けてきた。

 覚えたことを再現させる入試が続けば、学校は知識偏重の「詰め込み」授業にならざるを得ないからだ。

 その点で「考える力を養う探究的な学びが必要」という出題の狙いは、ある程度反映できたと言えよう。

 ただ、今回の設問が、的確に表現力や思考力、活用力を測れたかどうかの入念な検証が必要だ。

 記述式では正答するために複数の条件を満たすことが指定された。採点の公平性を保つためとはいえ、表現力を測るというには疑問も残る。正答率1%未満の難問も試された。

 文部科学省は「知識も大事。その上での思考力、表現力」と説明するが、それでは受験生に過大な負担を強いる懸念もある。必要とされる知識量の精選も検討すべきだろう。

 新学習指導要領では「主体的・対話的で深い学び」を求めている。学んだ知識を生かし、考えたり議論したりして、本質に迫る学習だ。

 テストの狙いもそこにあるが、高校での本格的な対応はこれからだろう。しかも高校だけで思考力を養えるわけでもない。小中学校との連携も含めた授業の見直しが急務だ。

 共通テストは、50万人が受ける試験だ。成績が二極分化する難易度では、入試の機能は果たしにくい。

 本番まで3年しかない。受験生の負担に配慮し、知識と思考力をバランスよく問える工夫を求めたい。

出国税による観光促進 なぜ必要なのか見えない

 何とも手っ取り早い税金の集め方ではないか。日本からの出国者に課す新税が、今週決定の与党税制改正大綱に盛り込まれる模様だ。政府は2019年の導入を目指している。

 日本人、外国人に関係なく、航空券代などに最大1000円が上乗せされる可能性がある。渡航費と一緒に徴収すれば目立たないし、1000円程度なら、旅行者も気に留めるまい。そんな読みがあるのだろう。

 最大の問題は、何に使うか、だ。

 出国税導入は、観光庁の有識者会議での議論を経て提案された。過去最多の更新が続く訪日外国人旅行者を、さらに増やしていくには、さまざまな促進策が必要になる。とはいえ、国も地方も財政難だ。そこで新税を、ということらしい。

 昨年の渡航者数をもとに、1人1000円で計算すると約400億円の収入になる。観光庁の当初予算の倍にあたる額だ。

 観光促進に使う、というのでは、あいまい過ぎる。

 有識者会議の報告書には、「あらかじめ使途を限定しすぎることは適切ではなく、ある程度幅広く対応できるようにすべきだ」とある。こういう施策にいくらかかるから新税しかない、という論理ではない。

 旅行者の増加に伴い、税収も伸びるだろう。使い切ろうと、必要性の乏しい支出に流れる懸念もある。

 報告書は、「地方創生」への貢献にも言及している。過疎化が進む地方は、活性化の切り札として観光に強い期待を寄せている。新たな財源が、「地方の観光促進」の名の下に、ばらまかれたりはしないか。

 観光産業はもちろん重要だ。海外にも出国税に類似した税や手数料の例がある。しかし、だからといって、使い道や金額が具体的に見えない新たな財源を、すんなり受け入れるわけにはいかない。

 財政は極めて厳しい。そんな中でも必要な経費だというなら、税収を使途の特定がない一般財源に入れたうえで、別途、予算要求すればよい。

 外国人旅行者の堅調な増加が示すように、観光は金融業並みの主力産業に成長した。世界経済フォーラムの「旅行・観光競争力ランキング」(17年)では136カ国中4位だ。

 今や、民間のアイデアや資金に託す方が賢明ではないか。

(社説)幼保無償化 待機の解消を優先せよ

 家計に余裕のある人まで負担をなくすことより、真に支援が必要な人を支え、認可施設に入りたくても入れない状況をなくす方が先ではないか。

 安倍政権が子育て世代への支援拡充案をまとめた。

 幼稚園や保育所の利用が多い3~5歳では、高所得世帯を含めて「無償化を一気に加速する」と改めて示した。

 すべての世帯を対象とする無償化は、10月の衆院選の直前、首相が唐突に打ち出した。議論はいまだに生煮えだ。認可外の施設をどこまで含めるかや助成額の上限など積み残した課題は多く、有識者会議を設けて来年夏まで議論を続けるという。

 子育て中の親などでつくる市民グループからは「無償化より待機児童の解消にお金を使ってほしい」とする署名や要望が政府・与党に寄せられている。

 有識者会議の設置にあたり、政権は「現場及び関係者の声に丁寧に耳を傾ける」とした。その言を守り、無償化に年数千億円という巨額の財源を投じることの是非から検討してほしい。

 無償化の全面実施は消費増税後の20年4月。それまでに、待機児童解消に向けた32万人分の保育の受け皿整備を前倒しで進める。政府はそう説明する。

 しかしこの計画を決めたのは今年6月で、無償化の方針を打ち出す前のことだ。

 無償化は、認可施設では全員を費用ゼロとする一方、認可外の施設や利用料が高額な幼稚園では助成に限度を設け、一定の負担を残す方向だ。そうなれば、認可施設の希望者は今の想定以上に増える可能性がある。

 そもそも、32万人増の計画では待機児童を解消できないとする民間の試算もある。無償化を進める場合の影響を含め、計画の再点検が不可欠だ。

 保育士不足への手立ても考えねばならない。政府は今回、月3千円相当の賃金引き上げの方針を盛り込んだが、無償化に多額の財源を投じるのと比べて大きく見劣りする。

 政府は5年前に決めた税・社会保障一体改革で、保育士の配置を手厚くして「保育の質」を高めると約束したが、置き去りのままだ。それどころか、手厚い保育を実施している自治体に基準の引き下げを迫り、目先の待機児童減らしに走ろうとしている。本末転倒である。

 子を持つ親が望むのは、安心して子どもを託せる施設を増やすことだ。預けられれば何でも良いわけではない。

 無償化以外にもやるべきことがある。優先順位を考え、財源を有効に使わねばならない。

(社説)服務宣誓発言 政治家として心得違い

 政治家の役割について、改めて考えさせられる出来事だ。

 自衛隊出身の佐藤正久外務副大臣(自民党)が5日の参院外交防衛委員会で、副大臣の就任にあたって決意を表明した。

 「事に臨んでは危険を顧みず、身をもって責務の完遂に努め、もって国民の負託に応える決意であります」

 自衛隊員が入隊時に行う「服務の宣誓」の一部を引用したものだ。

 これは本来、政治家が使うべき言葉ではない。野党から批判されると、佐藤氏は国会で「結果として誤解を招いたとすれば大変遺憾だ」と述べた。

 言うまでもなく、政治家と自衛隊員の役割は異なる。

 自衛隊は国を防衛し、日本の平和と独立を守るのが主な任務だ。そのために生命をかけるのが自衛隊員であり、服務の宣誓は特別な意味を持つ。

 一方、政治家はより広い視野から日本を正しい方向に導くことが求められる。政治家と自衛隊員は別の視点に立ち、一定の緊張関係を保つ必要がある。

 政治が軍事に優先する原則が文民統制(シビリアンコントロール)である。

 軍部の暴走を止められなかった戦前の反省から、憲法66条は「内閣総理大臣その他の国務大臣は、文民でなければならない」と定めた。国会に責任を負う文民の閣僚が軍事をコントロールし、実力部隊が独走するのを防ぐ狙いがある。

 自衛隊出身の佐藤氏は、今は文民の立場だ。なのにあえて服務の宣誓を引用したのは、自衛隊をコントロールすべき政治家が、自衛隊員と一体化しかねない危うさをはらむ。

 文民統制の精神に背く軽率な発言というほかない。

 佐藤氏は外交交渉によって戦争を回避すべき外務省の副大臣である。自衛隊員の気分のままで外交にあたろうとしているのであれば、心得違いだ。政治家として発想を切り替える必要がある。

 河野外相は国会答弁で「外務省の職員も、国民を守るためには危険を顧みず、身をもって責務の完遂に努める必要がある」と佐藤氏をかばった。

 外交官が職務にあたって生命の危険にさらされる場合はありうるだろう。だがそのことと、自衛隊員の服務宣誓を引用する姿勢は次元の異なる問題だ。

 あくまで外交の可能性を追求することによって、国民の生命と財産を守る。

 その立場に徹することこそ、外務副大臣に任じられた政治家の役割である。

特別国会閉幕 党首討論の再活性化が必要だ

 「疑惑」と言い募って政府を批判するばかりでは、国会の役割は果たせない。与野党は、建設的な議論に向けて、もっと知恵を絞るべきだ。

 特別国会が閉幕した。野党は、森友・加計学園問題で安倍首相を追及したが、決め手を欠いた。

 森友学園問題では、財務省が、会計検査院の検査報告を受けて、学園側とのやり取りを録音した音声データの内容を認めた。

 国有地売却価格の事前交渉は引き続き否定している。「金額のやり取りはあったが、予定価格ではない」などと強弁したが、あまりにお粗末な言い訳である。

 首相は、会計検査院の問題点の指摘について「真摯(しんし)に受け止める」と強調した。公文書管理のあり方をきちんと見直し、再発防止策を徹底することが求められる。

 加計学園問題について野党は、国家戦略特区の選定を巡る首相の関与や不適切な行政手続きの新たな材料を示せなかった。予算委員会などで長時間審議する必要性は乏しいのではないか。

 野党が「疑惑」追及に集中するあまり、北朝鮮の核・ミサイル問題やアベノミクスに関する議論が不十分だったのは物足りない。

 与党は、衆院予算委員会などの質問時間を増やすことに成功した。首相を称賛したり、野党を批判したりするのに時間を費やすようでは、意義が問われよう。

 残念なのは、党首討論が今年、一度も開かれなかったことだ。2000年に制度が導入されて以来初めての事態である。

 野党は、首相を長時間追及できる予算委員会の質疑を優先しがちだ。10月の衆院選を機に民進党勢力が4分裂し、「自民1強対多弱」の構図が強まった結果、2大政党トップによる論戦という姿が遠のいたことも影響したのだろう。

 だが、党首が、国家観を含め、大局的な議論を行う貴重な場だ。「月1回開催」「45分間」といった原則を見直し、頻度は少なくても、討論時間を増やして確実に実施するなど、党首討論のあり方を真剣に見直してはどうか。

 河野外相は、国会に出席するため、ミャンマーで開かれたアジア欧州会議(ASEM)外相会議や、広島での核軍縮関連会議を欠席せざるを得なかった。

 これでは、国会活性化の一環として副大臣制度を導入した意味がない。外相や防衛相らの出席を減らし、副大臣が責任を持って国会で答弁することが望ましい。

 来月の通常国会に向けて、与野党は協議を急いでもらいたい。

高速道財政融資 採算を吟味して無駄を避けよ

 新たな事業は投資と収益の採算性を厳しく見極める。その原則を揺るがしてはなるまい。

 政府は、高速道路網の整備を加速するため、国の信用力を使って低金利で資金調達する財政融資を活用する方針を決めた。

 首都圏中央連絡自動車道(圏央道)、東海環状自動車道の未開通区間などが対象となる。

 2018年度の財政投融資計画に盛り込まれる見通しだ。高速道路の資産を保有する独立行政法人「日本高速道路保有・債務返済機構」が、返済期間40年で1・5兆円の融資を受ける。

 機構自ら資金調達するよりも1兆円分の金利負担が軽減されるという。余剰資金は他の道路整備に充てることが可能になる。

 石井国土交通相は「高速道路整備で輸送効率が向上して、生産性が高まる」と強調する。

 資金の余裕がバラマキを招いては本末転倒である。

 圏央道の周辺では、通販業者の倉庫建設などが進む。高速道路の整備が、物流効率化を促す効果はあろう。それは、長期的な人口減少や少子高齢化を見据えた慎重な判断があってこそのことだ。

 財投は、返済が前提の仕組みのため、一般会計よりチェックが甘くなりがちだとの指摘がある。

 旧道路公団は、不採算の高速道路建設で債務が膨らみ、批判を浴びた。財投の安易な活用に歯止めをかけなければ、同じ轍(てつ)を踏む懸念は高まろう。

 民営化された旧道路公団の巨額債務は、機構が引き継いでいる。債務の返済原資は、高速道路会社が徴収した料金収入などだ。経営効率化が進まず、収支見通しが狂えば、国民にしわ寄せがいく。

 財投は、整備新幹線など道路以外にも使われている。経済性が疑問視される事業は少なくない。

 46年に大阪まで延伸する計画の北陸新幹線の場合、沿線人口の減少が見込まれる中、需要予測の甘さを指摘する声がある。

 道路や鉄道、地方空港などの整備は選挙の「票」につながる。そんな意識で採算度外視の事業を進めても経済効果は見込めまい。

 インフラの老朽化で、大規模な補修・改良工事が必要な道路や橋梁(きょうりょう)などは多い。トンネル崩落といった事故を防ぐため、安全対策にこそ注力すべきではないか。

 政府が掲げる「国土強靱(きょうじん)化」を名目にした無駄な公共事業は、将来世代に借金のツケを残すことになりかねない。成長に資する事業に絞り込むことが重要である。

2017年12月9日土曜日

5Gにらみ電波の有効活用を

 政府の規制改革推進会議が電波の活用に関する答申をまとめた。

 電波はいわゆる第4次産業革命を支える重要インフラの一つで、第5世代(5G)と呼ばれる次世代の高速携帯通信のほか、自動運転やドローンの遠隔制御、ワイヤレス充電といった新技術を実現するには欠かせない。逼迫する電波資源を適切に配分し、日本経済の成長につなげたい。

 答申は電波のどの領域(周波数帯)が、どんな用途に割り当てられているのか、利用実態の「見える化」が必要だとした。

 携帯通信会社や各放送局への割り当てについては一定の情報開示が進んでいるが、警察や消防など公共部門の使用実態は非開示が多い。通信の傍受や妨害の恐れのないよう配慮しつつ、開示を進めるという方針は妥当だろう。

 従来は広い周波数帯域を使わないとできなかったサービスが、無線技術の革新により小さい帯域で実現できるようになる例もある。

 そんな場合は余剰になった周波数を政府が回収し、新たな技術や用途に再度割り当てる仕組みも欠かせない。電波行政を担う総務省は答申の趣旨を生かした制度づくりに取り組んでほしい。

 議論を呼びそうなのが、継続して検討することになった電波の入札制だ。高い金額を払う事業者に優先的に利用権を与える仕組みで、導入推進派は「価格で決まるので電波行政の透明性が上がる」「日本以外の先進国はすべて導入済み」などと主張する。

 一方で懸念も大きい。米国などの事例をみると、入札価格が高騰し、兆円単位の巨額に及ぶことも珍しくない。今の日本の携帯通信市場はNTTドコモなど大手3社による寡占化が進み、巨額の入札費用をそのままユーザーに転嫁することも可能だ。

 その結果、例えば5Gのサービス料金が跳ね上がるような事態になれば、むしろ新技術の普及を妨げかねない。入札制については、通信市場の競争促進策とセットで議論する必要がある。

成長と財政両立の姿が見えない新政策

 政府が「人づくり革命」と「生産性革命」を内容とする新しい経済政策パッケージを決めた。問題が多い、といわざるを得ない。

 日本経済の最大の課題は潜在成長力の底上げと、先進国で最悪の財政の立て直しの両立だ。その姿が見えず、もちろん「革命」の名に値しない新政策だ。

 人づくり革命では、消費税率を8%から10%に上げて増える税収を、教育や保育の無償化にあてるのが柱だ。予算規模は、企業の拠出金3000億円を加えて総額で年2兆円となる。

 無償化は、3~5歳の幼稚園や保育所費用、0~2歳児を持つ住民税非課税世帯の保育所費用が対象だ。私立高校の授業料の実質無償化や、低所得世帯の大学の授業料や入学金の免除も盛り込んだ。

 わたしたちは教育無償化より待機児童対策を優先せよ、と訴えてきた。仕事と子育てを両立しやすくして足元の人手不足を和らげるとともに、子どもを産み育てやすい環境をつくることは少子化対策にもなる。

 政府はいちおう2020年度までに32万人分の保育の受け皿を整える計画だが、本当にそれで十分といえるのか。不安が残る。

 高所得世帯を含めて無償化で大盤振る舞いするために、20年度に国と地方の基礎的財政収支を黒字にする目標を先送りする必要があったか疑わしい。費用対効果の視点から、真に支援が必要な人を絞り込む作業を怠ったのは残念だ。

 企業は過去最高水準の収益を上げている割に、賃上げや設備投資の動きは力不足だ。「生産性革命」の名の下で、政府が減税により賃上げや設備投資を下支えしようというのは理解できる。

 企業統治を強化できれば、潤沢な現預金を攻めの投資に振り向けやすくなる。問題は補助金などの予算措置だ。例えば、一過性のバラマキで無理に中小企業の情報技術投資を支援しても、過剰設備に終わってしまう懸念がある。

 自動走行や遠隔診療の指針などをつくるというが、具体性に乏しい。焦点の規制改革では、裁判所で解雇無効の判決が出た後に金銭で労働紛争を解決する方法の結論をなお出せずにいる。

 財政規律への配慮も、構造改革で潜在成長率を上げるという視点も乏しいのが新政策だ。成長と財政よりも、分配に過度に偏るならば、安倍晋三首相の経済政策「アベノミクス」に危うさは残る。

天皇陛下退位日を閣議決定 積み残しの課題を丁寧に

 政府は天皇陛下が2019年4月30日に退位される日程を閣議決定した。退位に伴い翌5月1日に皇太子さまが天皇に即位し元号も変わる。

 1年5カ月後には31年にわたる平成が幕を閉じ、新たな時代が始まる。しかし、それまでに解決しなければならない課題は多い。

 政府は退位と即位の儀式について検討を始める。天皇退位は江戸時代の光格天皇以来約200年ぶりだ。

 この間、時代は大きく変わり、天皇は国民統合の象徴となった。伝統を生かしつつ、簡素で国民が身近に感じる形式がふさわしいだろう。

 政府は即位日を臨時の祝日にすることも検討している。ゴールデンウイーク期間中であり、実現すれば祝日法の規定により10連休になる。

 国民あげて祝うという政府の思いは理解できる。改元に伴う社会生活の混乱を回避する意図もあろう。

 ただし、産業界への影響もある。祝賀ムードの盛り上げだけでなく、天皇制を国民が考える機会とするなど目的をはっきりさせるべきだ。

 退位した天皇は上皇になる。公務を新天皇に引き継ぐが、明治以降では初めて新旧の天皇が併存する。

 国民に寄り添ってきた陛下に共感する人は多いだろう。象徴の二分化が生じない配慮が求められる。

 なにより、最大の問題は安定的な皇位継承をどう維持していくかだ。

 天皇退位特例法の付帯決議は、安定的な皇位継承、女性宮家の創設について「法施行後速やかに」検討するよう政府に求めている。

 今の皇室は天皇と皇族の計19人だが、陛下の退位後の皇位継承資格者は3人で、若い世代は秋篠宮(あきしののみや)家の悠仁(ひさひと)さま(11)しかいない。

 皇室典範は皇位継承資格を男系男子に限定している。男系男子での継承が行き詰まったときどうすればいいのか。真剣に考える必要がある。

 女性宮家の創設は結婚に伴う皇族の減少を抑え、活動を分担できる点で検討に値しよう。

 だが、それだけでは皇位継承は安定しない。女性天皇や女系天皇まで幅を広げて議論すべきだ。

 退位問題では天皇制を自由に議論できる雰囲気が醸成された。陛下の退位日に当たる法施行日を待たずに、天皇制の将来を見据えた国民的な議論を始めるべきではないか。

子育て2兆円パッケージ 肝心なところが後回しだ

 「人生100年時代、生涯を通じて質の高い教育を用意する」。政府は教育無償化を柱とする2兆円規模の政策パッケージをまとめた。高齢者に偏った社会保障を「全世代型」に変えるという方向性は正しい。

 しかし、安倍晋三首相が総選挙の際に唐突に掲げた公約を短期間でまとめたため、大事な論点がいくつか煮詰めきれず先送りされた。

 0~2歳児の保育所は住民税非課税世帯を対象に、3~5歳児は幼稚園や認可保育所は全世帯を原則無償化する。国立大学の授業料も住民税非課税世帯を対象に免除する。

 ただ、高額な料金のかかる私立幼稚園については全額補助をしない。私立大の授業料免除も一定の上限を設けることになった。

 議論となっていた認可外保育施設は結論を先送りした。私立高校については「財源を確保した上で」という条件で無償化することになった。

 経済的に余裕がある人ばかりが認可外保育施設を利用しているわけではない。認可保育所に入れないため、やむを得ず無認可保育所を選んでいる人もいる。どうして線引きをするのか、納得できる根拠が必要だ。

 私立幼稚園や私立大については補助額の上限がどの程度の水準になるかが問題だ。学費も生活費も返済型奨学金に頼って私立大に通っている学生は少なくない。不公平感を解消する制度設計が必要だろう。

 本来であれば認可・無認可、国立・私立を問わずすべて無償の対象にすべきだろう。しかし、それを実現するには膨大な財源が必要だ。

 今回の「2兆円」は消費税率を10%にしたときに借金の穴埋めに充てる分から1兆7000億円を回し、足りない分は経済界が支出することでようやく確保した。借金返済分を使うというのでは、次世代にツケ回しするのと同じだ。これで「全世代型」と言えるだろうか。

 教育無償化は「人づくり革命」の一環としてまとめられた。「現役世代の不安を解消し、希望出生率1・8を目指す」という。少子化対策が真の目的なら、保育所不足の解消や男性の育児参加を優先する方が効果があるとの説が有力だ。

 場当たり的な人気取り政策で終わらないためには、理念的な裏付けと入念な制度設計が必要だ。

(社説)憲法70年 内閣と国会に緊張感を

 特別国会がきょう閉幕する。改めて鮮明になったのは国会を軽んじる安倍政権の姿勢だ。

 森友学園への国有地売却をめぐり、会計検査院が手続きのずさんさを指摘する調査結果を国会に報告した。野党の質問でいくつもの疑問が浮かんだのに、政権は再調査や関係者の国会招致をことごとく拒んだ。

 「建設的な議論を」。首相は所信表明演説で野党に呼びかけたが、それを阻む主な要因は首相の側にある。

 ■「言論の府」の惨状

 立法、行政、司法が互いにチェックし、均衡を図る。憲法は権力分立の原理に立つ。

 しかし今、「安倍1強」の政治のありようが、国会と内閣のバランスを揺るがしている。

 憲法53条に基づく野党の臨時国会召集要求を3カ月も放置したあげく、一切の審議を拒んだまま衆院解散に踏み切る。衆院選で大勝すると、野党の質問時間を削減すべく圧力をかける。

 「数の力」を背景に、内閣は野党の主張に耳を貸そうとしない。その一方で、与党は内閣の意向を追認するばかりの下請け機関と化している。

 内閣あって、国会なきがごとし――。憲法施行から70年後の「言論の府」の惨状である。

 この70年、国会と内閣の関係は大きく変貌(へんぼう)してきた。

 自民党内閣と社会党の野党第1党を前提にした「55年体制」のもとでは、水面下での妥協と取引が重んじられた。与野党の国会対策委員会が、野党に見せ場を作る段取りまで話し合う「国対政治」である。

 長く続いた「妥協のゲーム」を変質させたのは、1980年代末に始まった一連の政治改革の動きだ。

 「政権交代のある政治」をめざして、96年の衆院選で小選挙区比例代表並立制が導入されると、与野党の妥協は成立しにくくなり、真正面からぶつかりあう場面が増えていく。

 ■権力分立のために

 第1次安倍内閣のもと行われた2007年の参院選では、自民党が当時の民主党に惨敗。野党が参院で多数を握る「ねじれ」が生じ、安倍内閣退陣、政権交代へとつながっていく。

 3年後、今度は自民党が参院選で勝利。再びねじれた国会で民主党内閣を追い込み、第2次の安倍内閣が誕生した。

 「55年体制」を懐かしむわけではない。だが今、国政選挙で連勝を重ねる安倍首相は、野党と話し合おうとする努力をあまりにも欠いてはいないか。

 首相に読み返してもらいたい憲法の条文がある。

 「内閣は、行政権の行使について、国会に対し連帯して責任を負う」(66条)

 内閣は行政権の行使に当たって、国会によるチェックを受ける。そのことを通じて、内閣を主権者である国民の民主的なコントロールのもとに置く。権力分立を実現するための、重要な要素だ。

 そのために、憲法は国会と内閣について様々な規定を定めている。

 国会による首相の指名権(67条)▽衆院による内閣不信任決議(69条)▽一般国務や外交に関する首相の国会報告(72条)▽議院から出席を求められた時の首相や閣僚の出席義務(63条)。

 衆参いずれかの総議員の4分の1以上の要求で、内閣に臨時国会召集を義務づける53条も、同様の趣旨である。

 明治憲法は閣僚が天皇に対して責任を負うことを求め、国会への責任は定めていなかった。戦前の反省に立つ現憲法は、国会の関与のもとで、行政が民主的に行われるべきことを明確にしたのである。

 その意義を、首相はいま一度かみ締める必要がある。

 ■国会改革の具体策を

 小選挙区制や政党助成制度の導入、省庁再編、幹部官僚人事の一元化、内閣機能の強化。

 「安倍1強」は、官邸主導の実現をめざしてきた一連の政治改革の帰結でもある。

 強い権力を握れば握るほど、自ら進んで民主的なチェックを受ける。権力者には本来、そんな責任があるはずだ。

 国会の役割は極めて重い。とりわけ内閣を監視し、過ちを正す野党の役割は大きい。

 内閣と与党がめざす野党質問の削減は、もってのほかだ。ただちに撤回すべきである。

 そのうえで、国会の内閣へのチェック機能を強める国会改革の具体策を、与野党で話し合うべきときだ。

 党首討論の月1回開催▽野党の対案がある場合は、内閣提出法案と同時に審査する▽議員同士の自由討議を活用する▽閣僚が国際会議などで出席できない場合は副大臣らが答弁する。

 3年前、自民、民主など4党が合意したのに十分に実行されていない。これらの案を出発点に、再協議を始めてはどうか。

 行政を監視し、緊張感ある政治をつくる。国会の重い使命に与野党の違いはない。

政策パッケージ 理念を具体化する工夫が要る

 狙い通りの政策効果を上げるためには、具体的な制度設計に一層の工夫が求められる。ばらまきを排しつつ、どうメリハリをつけるかが、重要なカギとなろう。

 政府が「新しい経済政策パッケージ」を決定した。少子高齢化に立ち向かうため、「人づくり革命」と「生産性革命」を進める。

 人づくり革命は、高齢者向け中心の社会保障政策を、子育て世帯など全世代型に転換する。

 人手不足が深刻な保育士、介護職員の処遇を改善するのは、喫緊の課題であり、妥当である。

 保育士は2019年4月から月3000円相当、介護福祉士は19年10月から、勤続10年以上を条件に月平均8万円相当をそれぞれ上積みする。着実に実施したい。

 問題なのは、厳しい財政事情の中、目玉事業である教育の無償化にちぐはぐさが目立つことだ。

 10月の衆院選の自民党公約を、そのまま形にした結果ではないか。内容を精査せずに、万人受けを狙った印象が強い。

 3~5歳児は幼稚園、認可保育所、認定こども園を一律に無償化する。既に保護者の所得に応じた減免制度があり、全面無償化は高所得層への恩恵が大きい。

 さらに熟考が必要なのは、大学など高等教育の無償化だ。

 住民税非課税の低所得世帯向けに、国立大の授業料を免除し、私立大も授業料負担を軽減する。

 政府は、大学教育の質の確保や、進学後の成績要件など、制度の適用指針を策定する方針だ。

 大学教育は、授業の内容や、学生の意欲・適性によって成果が大きく左右される。指針の運用が、形ばかりに終わってはなるまい。どこまで実効性あるものにできるかが問われている。

 少子化対策を巡っては、教育無償化より、待機児童の解消が先決だとの声も大きい。20年度までに保育の受け皿を32万人分整備するとしているが、財源の配分を含め、最優先で進めるべきだろう。

 生産性革命の分野は、18~20年を「集中投資期間」とした。一定の賃上げや設備投資を行う企業への法人税減税、中小企業のIT投資支援などを盛り込んだ。

 生産性の着実な向上には、成長産業に資する規制緩和などを効果的に組み合わせる必要がある。

 政府が掲げる働き方改革への言及が乏しいのは物足りない。

 雇用の流動化を図り、伸び盛り企業への人材供給を後押しする。女性や高齢者の活躍を促す。こうした労働市場作りが大切だ。

北朝鮮船漂着 密漁や上陸へ警戒を強めたい

 武装漁民の侵入など不測の事態に備えるには、政府全体で警戒態勢を強化し、水際対策に万全を期さねばならない。

 北朝鮮籍とみられる木造漁船が、日本海沿岸に相次いで漂着し、保護される漁民も急増している。関係当局は、事実関係を調査し、明らかにすべきだ。

 11月下旬、秋田県由利本荘市で上陸した男性8人と、乗ってきたイカ釣り漁船が見つかった。

 北海道の松前小島では、10人が乗る漁船の接岸が確認された。船には「朝鮮人民軍」と書かれたプレートもあった。北朝鮮では軍人も漁業に関与しているという。

 看過できないのは、無人島の松前小島で、漁協が管理する小屋や灯台施設から、家電製品などが持ち去られた形跡があることだ。

 警察は、窃盗容疑も視野に捜査している。法に基づく厳正な対処が欠かせない。沿岸地域での防犯態勢の見直しも急務となろう。

 漂着船は青森、山形、新潟各県などでも発見され、1月からの累計で70件を超えた。日本海の波が高くなる11月以降に急増した。見つかった遺体も約20体に上る。

 海上保安庁は、航空機による哨戒活動を拡充した。3万キロにも及ぶ日本の海岸線すべてを監視するのは困難だが、国民の不安を考慮すれば、船の接岸や乗員の上陸は極力阻止することが望ましい。

 政府全体で情報を共有し、海保や警察、自衛隊、自治体、漁協などの関係機関の協力体制を構築することが重要だ。監視活動に、情報収集衛星や小型無人機などを活用することも有効ではないか。

 北朝鮮は、日本の排他的経済水域(EEZ)での違法操業を強行している。核ミサイル開発に対する国際社会の経済制裁が続く中、金正恩政権が食糧不足対策として奨励しているとの見方が強い。

 海保は今夏、イカやカニの好漁場である能登半島沖の「大和堆(やまとたい)」で、延べ約820隻を強制退去させたが、密漁は後を絶たない。取り締まりの徹底が求められる。

 水産庁の取締船が漁船から小銃を向けられたこともあった。日本側の安全確保も怠れない。

 政府は、朝鮮半島有事で北朝鮮から日本に多数の難民が押し寄せる事態を想定し、対処方針を検討している。当然の対応である。

 工作員やテロリストが紛れ込んでいる恐れも否定できない。港での厳格な審査や難民の一時収容施設の設置などが重要だ。

 疫病や生物兵器の対策を含め、様々なシナリオに基づく対応策の具体化を進める必要がある。

2017年12月8日金曜日

妥当なロシアの五輪参加禁止

 不正の深刻さに見合った妥当な処分といえるだろう。国ぐるみの組織的なドーピング不正があったとして、来年2月の韓国・平昌五輪へのロシア選手団の参加が禁止されることになった。

 国際オリンピック委員会(IOC)がロシア・オリンピック委員会の資格を停止し、同国選手団の派遣を禁じる決定を下した。

 ロシアは2014年のソチ五輪で33個のメダルを獲得した。

 だが、再検査による違反者は25人にのぼり、11個のメダルが剥奪された。禁止薬物を摂取した選手の尿検体のすり替えに治安機関が加担するなど、巧妙な隠蔽工作の実態も明らかになっている。IOCが組織的なドーピング不正と認定し、厳罰を下したのは当然だ。

 昨年のリオデジャネイロ五輪でIOCはロシア選手の参加の可否を各国際競技団体の判断に委ね、「弱腰」との批判を浴びた。その反省もあったとみられる。

 IOCは一方で、潔白が証明された選手については「ロシアからの五輪選手」として個人参加を認める。ただし、ロシア国旗や国歌は認めないという。組織的な不正とはいえ、完全に潔白な選手の権利も尊重しないと公平性に欠ける。やむを得ない措置だろう。

 ロシアは国家主導のドーピングを認めていないが、IOCの決定を真摯に受け止め、まずは不正の実態を自ら解明するとともに、責任者を厳しく処分すべきだ。

 プーチン大統領は強硬派の間で浮上していた五輪のボイコットを否定し、選手の個人参加も容認する姿勢を示した。参加選手が「非国民」のレッテルを貼られないよう十分に配慮してもらいたい。

 プーチン氏は来年3月の大統領選への再出馬を表明したばかり。IOCと対決して国際的な孤立を深めれば、選挙戦にマイナスに響くとの判断も働いたようだ。

 ドーピング不正は20年の東京五輪にも暗い影を落としかねない。日本は率先してその根絶を世界に訴え、公正でクリーンな五輪の実現をめざしていく必要がある。

中東和平の努力を妨げる身勝手な判断だ

 トランプ米大統領がエルサレムをイスラエルの首都と認め、商都テルアビブにある米国大使館をエルサレムに移す方針を決めた。

 中東和平の努力を妨げ、地域を不安定に陥れる身勝手な判断と言わざるをえない。

 エルサレムはユダヤ教、キリスト教、イスラム教の聖地が集中する。旧市街の1平方キロメートルに満たない一角をめぐって歴史上、何度も衝突が繰り返されてきた。

 イスラエルは1967年の第3次中東戦争で旧市街を含む、東エルサレムを占領・併合した。エルサレムを永遠・不可分の首都と宣言する一方、パレスチナ人も将来の独立国家の首都と主張する。

 93年の「パレスチナ暫定自治宣言(オスロ合意)」は、イスラエルと将来のパレスチナ国家が共存し、エルサレムの帰属は当事者の交渉で解決することを確認した。

 国際社会もこれを和平実現の原則とし、各国はエルサレムでなくテルアビブに大使館を置く。

 オスロ合意は米クリントン政権が仲介して実現した。その後の交渉がうまくいっていないのは確かだが、イスラエルに一方的に肩入れするトランプ大統領の今回の判断は、公正な仲介者としての立場の放棄である。

 パレスチナやアラブ諸国は反発している。大使館移転を発表した大統領は中東和平交渉へ関与を続ける意欲を示したが、交渉は後退を余儀なくされるだろう。

 パレスチナ問題は不安定な中東の核心にある問題だ。今回の判断が民衆の怒りに火をつければ中東の混迷は増す。イスラム過激派が米国の姿勢を口実にテロを活発化させることも心配だ。

 懸念されるのは、トランプ大統領がどこを向いて判断を下したかだ。トランプ氏は大統領選挙戦でエルサレムへの大使館移転を公約に掲げてきた。

 自身の支持率が低迷するなかで、公約の実行で支持者をつなぎとめ、ロシアと政権の不適切なつながりが疑われる「ロシア疑惑」から国民の目をそらすことが狙いだとすれば、ご都合主義と言わざるをえない。

 日本は米国に追随してはならない。エルサレムの問題は、2国家共存の原則にたった和平交渉を通じて解決すべきだ。日本は、同じ立場に立つ欧州諸国などとともに、イスラエル、パレスチナ双方にこの原則に基づく直接交渉の再開を促していく必要がある。

特別国会が閉会へ 空洞化がますます進んだ

 衆院選後の特別国会が事実上、きょう閉会する。安倍晋三首相に第4次政権の運営方針をただすとともに、「森友・加計」問題の真相を解明すべき国会だったが、その役割を果たしたとは言い難い。

 6月の通常国会閉会から臨時国会冒頭の衆院解散を挟み、5カ月ぶりの本格論戦だった。ところが、首相の所信表明演説は衆院選の自民党公約をコンパクトにまとめただけで、物足りなさは否めなかった。

 開会前は質疑なしで特別国会を済ませようとするなど、政権側の逃げ腰も目に付いた。結局、首相の出席した質疑は衆参両院の本会議4日間と予算委員会4日間にとどまった。

 質疑に応じるに当たっては、「数の力」で野党の質問時間を減らした。質疑を避けたい首相へのそんたくがにじむ与党の対応だった。

 先の通常国会で首相は、森友学園への国有地売却価格を約8億円値引きした財務省の対応を「適切だ」と擁護した。その後、会計検査院が「適切とは認められない」との報告書をまとめてもなお、首相は検証と原因究明を拒み続けている。

 近畿財務局が森友学園を特別扱いしたことは明白だ。なぜそこまでの便宜を図る必要があったのか。「金額のやり取りはあったが価格交渉ではない」などの理屈の通らない答弁で逃げ切れると考えているのだとすれば、国会を軽んじている。

 財務省前理財局長の佐川宣寿国税庁長官や首相の妻昭恵氏らの参考人招致に与党は応じなかった。

 値引きを正当化した佐川氏の国会答弁はもはや破綻している。にもかかわらず、佐川氏が徴税業務のトップの座にあることに割り切れない思いを持つ国民も少なくないだろう。その人事を「適材適所」と開き直った首相の答弁にも驚かされた。

 国会の空洞化が指摘されて久しい。議院内閣制のもと、与党が多数を占める国会は政府提出法案を成立させる下請け機関のようになりがちだ。首相は所信表明演説で「建設的な議論」を野党に呼びかけたが、それを阻んでいるのは政府・与党側だと言わなければならない。

 選挙に勝てば国会に説明する必要はないといわんばかりの姿勢が空洞化に拍車を掛けている。このままでは来年の通常国会にも不安が残る。

NHK受信料に合憲判決 公共放送の自覚を新たに

 テレビを設置した者にNHKとの契約を義務づけた放送法64条の憲法適合性が問われた訴訟で、最高裁は合憲との判断を示した。

 判決は受信料制度を「国民の知る権利」を満たす仕組みと認定した。受信料を、特定の個人や国家機関などから影響が及ばないよう、公平に負担を求めたものと結論づけた。

 そして契約を拒む男性に、受信料を支払う必要があると述べた。

 社会の情報基盤であるNHKの役割を重くみて、その維持・運営を受信設備の設置者が支えるという判決の考え方は理解できる。

 NHKは、2006年から支払い督促の法的手続きに乗り出した。未契約者を相手取った訴訟は今年9月末で約280件にのぼる。

 受信料制度が合理的と認められたことで、未契約世帯約900万からの徴収にも影響が予想される。

 ただし、NHKはこの判決をお墨付きにせず、公共放送としての自覚を新たにしなければならない。

 前会長は国際放送について「政府が右というものを左というわけにはいかない」と述べるなど、政治との距離が問われた。職員の無駄遣いが問題になったことも少なくない。

 放送法は、NHKの目的を、あまねく全国で受信できる、豊かで良い番組を放送するとうたう。NHKの倫理・行動憲章は冒頭に、自主自律を堅持し、健全な民主主義の発展に役立つ放送を掲げている。

 つまり公共放送は、国の言い分を伝えるのではなく、多くの角度から論点を明らかにするなど、多様性の確保が期待されているのである。

 今回の訴訟では、法相が戦後2例目となる意見書を提出した。危急時の情報提供をNHKの使命に挙げ、受信料は不合理ではないと記した。

 NHKの災害報道には一定の評価がある。しかし、公共放送には他にも重要な役割があるだろう。

 日本の放送は、NHKと民間放送の二元体制を特徴とする。広告収入に頼る民放と補い合い、NHKには例えば地方や少数者に配慮する番組が求められるのではないか。

 NHKではテレビ離れが進む中、ネット業務の範囲や負担のあり方も検討されている。公共放送としての役割をもっと議論し、人々の理解を得るよう努めてほしい。

(社説)羽生永世七冠 探究心と、柔軟さと

 47歳。控えめでさわやかな笑顔は、10代で時の人になり、注目されたころと変わらない。

 将棋の羽生善治さんが今期の竜王戦を制し、永世称号のある七つのタイトル全てで永世資格を得た。史上初の出来事だ。

 中学生でデビューし、当時、最年少の19歳で手にした最初のタイトルも竜王だった。

 羽生以前/羽生以後といわれるように、そのめざましい活躍は同世代の才能を奮い立たせ、将棋界全体のレベルを飛躍的に引き上げてきた。

 ただ、近年は苦しい場面も目についた。公式戦29連勝の新記録をつくった藤井聡太四段(15)ら若手の台頭が著しく、世代交代がささやかれた。

 コンピューター将棋の進化で、新しい戦法もすぐに古びてしまう。日進月歩の将棋界で生き抜く厳しさは、羽生さんにしても例外ではなかった。

 それをはね返した強さの秘密のひとつは、卓越した探究心ではなかったか。今回の快挙に際してなお、「将棋の本質がまだまだわかっていない」と述べたのが象徴的だ。

 「決断とリスクはワンセット」「実践には思考の何倍もの『学び』がある」「そんな馬鹿なと思われることから創造は生まれる」「先入観を捨てよ」

 膨大な試行錯誤の中から生まれたこうした羽生語録は、将棋の世界を超えて、多くの人びとの共感を集めてきた。

 人工知能(AI)をめぐる発言も、「人間とは何か」という本質を浮き彫りにする。

 短時間に多くの指し手を読む力で、コンピューターははるかに人をしのぐ。では人間の可能性をどこに見いだすのか。

 「いかに読まないかだ」と羽生さんは言う。論理ではなく、その場でパッと判断できる大局観こそが武器になる、と。

 永世七冠を決めた直後の会見で、40代後半になっての強みを問われ、「足し算でなく、無駄なことは考えずに引き算で考える」「経験によるところが大きいので、そこは大切にしたい」と語ったこととも重なる。

 ふつうは障壁と考える加齢という現実を受け入れ、しかし可能性をあきらめない。年を重ねることで得たものを駆使し、できることに絞って果敢にとり組む。この柔軟さが、羽生さんの強さを支えてきた、もうひとつの秘密といえるだろう。

 対戦相手に向き合い、相手の得意形にも飛び込みながら、自分の殻を破っていく。挑戦を続けるその姿勢は、世代や立場を問わず、これからも多くの人を勇気づけるに違いない。

(社説)米の中東政策 和平遠のく「首都」宣言

 第1次大戦の際、英国の外相がユダヤ人の民族的郷土づくりを支持する書簡を出した。バルフォア宣言と呼ばれ、それがイスラエル建国につながった。

 宣言から先月で100年。今度は米国の大統領が、宗教都市エルサレムをイスラエルの首都と認め、宣言文書に署名した。

 20世紀以来続くのは、大国によるイスラエルへの肩入れであり、その裏で堆積(たいせき)するパレスチナの失望である。欧米の思惑に翻弄(ほんろう)され、居住地や聖地を占領され続けた怒りは大きい。

 トランプ米大統領は、そんな歴史にどれほど思いをはせたのか。歴代の米政権が避けてきた一線を踏み越え、聖地の帰属を宣言した意味は重い。米国は、公正な仲介人として中東和平に取りくむ立場を失った。

 イスラエルはすでにエルサレムを「首都」として支配している。だとしても、パレスチナの人々も東エルサレムを首都とする国造りをめざしている。

 長年の紛争を解決するには、「2国家共存」しかない。その構想をいつか実現するためにも国際社会はエルサレムの扱いを先送りし、各国とも大使館を商都テルアビブに置いてきた。

 だがトランプ氏は、大使館の移転も指示した。手詰まりの和平構想をさらに遠のかせる無分別な決定というほかない。

 ここにも透けて見えるのは、トランプ流の自国第一主義である。自由貿易協定の見直しなどと同様に、中東政策も選挙公約どおり転換する実行力を誇示する狙いがあるようだ。だが、その対価となる米外交の信頼性の損失は計り知れない。

 500万人以上のパレスチナ難民は今も世代を超えて劣悪な生活を強いられている。パレスチナ自治区の中でも貧困と荒廃が続いている。その理不尽な問題の放置が過激思想の温床となり、イスラエルと世界を苦しめるテロの脅威を広めてきた。

 エルサレムは、ユダヤ教とキリスト教とともにイスラム教の聖地でもある。その地位を一方的に変えれば、世界のイスラム圏で反発を招きかねない。

 その底知れない影響を理解しないトランプ氏の暴走を、国際社会は看過してはなるまい。

 歴史上の責任をもつ英国やフランスなどは、国連などで米国の過ちをただし、エルサレム問題の棚上げと和平交渉の再開に向けて力を尽くすべきだ。

 日本政府もかねて中東安定への貢献を約束してきた。菅官房長官はこの問題について「米国を含む関係国と緊密に連携」するというが、今は米国との連携ではなく、直言を考える時だ。

自治体基金増額 地方の将来見据えて改革せよ

 人口減少が加速する中で、地方財政の持続可能性をどう高めるか。将来を見据えた、多角的な論議が欠かせない。

 自治体が保有する基金の総額が2016年度末で過去最高の21・5兆円となった。この10年で8兆円近く増加した。将来の財源不足に向けた財政調整基金や、公共施設整備、災害に備える特定目的基金などだ。

 経済財政諮問会議では、民間議員から「財源が使い切れないのではないか」「新たな埋蔵金だ」といった疑問の声が出た。

 財務省は18年度予算編成で、自治体の税収不足を補う地方交付税の削減を総務省に求めている。

 地方交付税の総額は15・6兆円で、17年度予算の16%を占める。国と地方の長期債務の合計は1000兆円を超す。自治体財政に余裕があるならば、基金や交付税のあり方を見直すのは当然だ。

 08年のリーマン・ショック後、交付税に特別枠が創設され、17年度も2000億円を計上している。地方税収が回復した以上、廃止・減額を検討すべきだろう。

 高知県の尾崎正直知事は3日、視察に訪れた野田総務相に対し、県内市町村の基金増加について4分の3は職員や給与の削減で捻出した、と強調した。「余力がないと、いざという時に臨機応援に対応できない」とも訴えた。

 基金増を理由に交付税を減らせば、将来向けに歳出を抑制する自治体の意欲はそがれてしまう。

 少子高齢化が進む中、多くの自治体は、社会保障費の増大や、公共施設の老朽化対策、大規模災害への対応などに迫られている。こうした課題に備えるため、基金を活用する事情は理解できる。

 首長は、基金の使途や将来計画を明確に住民や議会に説明し、透明性を高める必要がある。

 是正すべきは、地方税収が東京都などに集中していることだ。

 都と23区の基金は計4・3兆円で、10年で2・5兆円も増えた。全国の増加分の3割を占める。都は交付税の不交付団体で、今の交付税制度での調整は難しい。

 政府は近年、法人事業・法人住民税制度の一部を見直し、税収の均衡化を図ってきた。さらなる格差是正策に知恵を絞りたい。

 大都市を中心に、子供の医療費無料化の対象拡大など、過剰とも言える自治体間のサービス競争が広がっているのは気がかりだ。

 地方の財源確保を主張する一方で、放漫財政に走るのは許されない。歳出健全化に対する自治体自身の不断の努力が求められる。

首都エルサレム 米国の認定は中東の混乱招く

 イスラエルとパレスチナの和平合意を建設的に仲介するという基本姿勢に疑問符が付いた。米国の外交政策への信頼が低下し、中東が一層混乱するのは避けられまい。

 トランプ米大統領が、エルサレムをイスラエルの首都と認定し、テルアビブにある米大使館の移転を準備するよう、国務省に指示した。エルサレムにイスラエルの政府や議会があり、首都として機能していることを理由に挙げた。

 国際社会の共通認識とは大きく異なる。理解に苦しむ決定だ。

 1967年の第3次中東戦争で、イスラエルは支配地を拡大した。旧市街を含む東エルサレムを占領し、西側と合わせた全域を「不可分の首都」と宣言している。

 パレスチナ自治政府は、東エルサレムを「将来の首都」と位置付ける。旧市街には、ユダヤ教、イスラム教、キリスト教の聖地が集中する。エルサレムの帰属は宗教が絡む複雑な問題だ。

 日本を含む各国政府は、「帰属は当事者間の交渉で決めるべきだ」との中立的な立場をとる。菅官房長官が、この原則を改めて示したのはもっともだ。各国がテルアビブに大使館を置くのは、和平への障害を避ける目的がある。

 米議会が1995年に大使館をエルサレムに置く法律を定めた後、歴代米大統領が執行を先送りしてきたのも同じ理由からだ。

 自治政府のアッバス議長は、「和平プロセスを損なうだけでなく、地域を不安定化させる」と、トランプ氏の突然の決定を激しく非難した。自治区ガザでは大規模なデモが起き、アラブ諸国の首脳らも一斉に反発を表明した。

 河野外相は今月下旬に、イスラエルやパレスチナを歴訪する方向で調整している。国連安全保障理事会も緊急会合を開く。事態の沈静化に寄与してもらいたい。

 トランプ氏は、和平合意の実現を引き続き支援すると強調した。イスラエル寄りの立場をこれほど鮮明に示して、仲介できるのか。2014年から中断している交渉の再開は一段と困難になった。

 昨年の米大統領選で掲げた「首都移転」の公約を実現させ、支持層にアピールする狙いが、トランプ氏にはあろう。政権とロシアの癒着疑惑から、国民の目をそらせる思惑も否定できない。

 「内向き」の外交施策に国務省が歯止めをかける役割を果たしていないのは問題だ。米国の中東戦略は、エネルギー安全保障や世界経済に影響を及ぼす。政権は、重い責任を認識せねばならない。

2017年12月7日木曜日

受信料合憲でも課題山積だ

 テレビを持つ人はNHKと受信契約をしなければならない――。受信料支払いの根拠となる放送法のこの規定は、契約の自由を保障する憲法に違反しないのか。議論が続いていた問題に、最高裁が初めて判断を示した。

 結論は「合憲」である。NHKが受信契約に応じない東京都内の男性を相手に起こした裁判で、最高裁が出した判決は「受信契約を結び、受信料を支払うのは法的義務」というものだった。

 災害時の報道でNHKが果たしてきた役割などを考えると、この判決が理解できないわけではない。だが、NHKの公共放送としての役割を定めた放送法ができた1950年に比べて、放送や通信をめぐる環境は大きく変わっている。変化をふまえて、NHKのあり方について議論を深める必要がある。

 インターネットやスマートフォンの普及により、情報を伝える手段は多様になっている。災害時にツイッターやフェイスブックといった交流サイトを通じて情報を得る機会も増えてきた。

 娯楽の多様化を背景に、視聴者のテレビ離れも進んでいる。とくに若年層でこうした傾向が強い。今回の判決によって一時的に受信料の未払いが減ったとしても、テレビを視聴する習慣が薄れてしまえば公共放送の足元はぐらつきかねない。

 職員が家庭を訪問して受信契約を結ぶ活動も難しくなっている。単身世帯やオートロックを備えたマンションが増えたためだ。

 多くの課題がある中でまず必要なのは、現在の技術や社会環境を前提に、公共放送の役割を定義し直すことだ。そのうえで適正な業務の範囲を定め、公平な費用負担のあり方を探る必要がある。

 利害関係者が多く、自らの力をそぐ可能性もあるため、総務省やNHKはこうした議論を避けてきた。だが問題の先送りは限界に近づいている。NHKが公共放送としての役割を果たし続けるには、本質的な議論が不可欠だ。

医療の持続性を危うくする診療報酬増額

 国の2018年度予算編成の焦点である診療報酬改定について、安倍政権は全体で小幅に減額改定する一方、主に医療職の人件費に充てる診療報酬の本体部分は増額改定する方向で調整している。

 診療報酬は本体部分と薬価に大別できる。医療制度と国の財政の持続性を高めつつ、現役の働き手が健康保険料を無理なく払える水準に収めるために、私たちは薬価だけでなく本体部分も減額改定するのが望ましいと主張してきた。政権の考え方に異を唱えたい。

 財務省は18年度の社会保障費が17年度当初より6300億円増えると見込んでいる。厚生労働省はこの伸びを政権の目標である5千億円程度に圧縮できる水準に見合うまで薬価を下げる考えだ。

 目標達成にメドをつけつつあるため、本体部分や介護報酬は増やせるという緩みが政権内に生じているが、このような辻つま合わせでは医療の持続性は保てまい。

 この20年ほどのデフレ経済のもとで、産業界の賃金水準はほぼ横ばいが続いた半面、診療報酬の本体部分の水準はなだらかに上昇した。にもかかわらず18年度も増額改定するのは、与党の支持基盤である医療団体とその意を受けた族議員への配慮があるからだろう。

 デフレ脱却へ向けた政権の賃上げ要請は医療界も例外ではないというのが医療団体の立場だ。しかし民間の賃金と公の保険料・税を主な財源とする診療報酬を同列に論じるのは筋が違う。本体部分の増額は保険料の引き上げにつながるだけに、慎重であるべきだ。

 より重要なのは保険制度そのものの改革だ。2点、提案したい。

 第1は、保険が利く処方薬のなかで薬局で手に入る市販薬と効果・効能が同様な薬は保険適用から外すのを原則にすべきだ。胃薬、風邪薬、湿布薬などのたぐいだ。

 病の程度にもよるが、症状を自ら判断し薬剤師の助言を得て薬を飲むセルフメディケーションの推進は公的医療費の抑制に資する。

 第2は、少額の保険免責制の導入だ。現役世代の患者なら、免責額とそれ以外の医療費総額の30%分を合わせた額が病院・診療所での窓口負担になる。患者、医師の双方に医療費への意識を高める動機づけになるだろう。

 診療報酬政策によって医師などの医療行為を誘導するやり方には限界がある。すべての団塊世代が後期高齢者になる25年を見据え、不断の制度改革が欠かせない。

米がエルサレムは「首都」 対立あおる危険な決定だ

 危険な決定と言うよりない。アラブ・イスラエルの歴史的対立の火にみすみす油を注ぐような道をなぜ選ぶのか。そして、なぜ今なのか。

 米政府は5日、トランプ大統領がエルサレムをイスラエルの首都と認定し、今はテルアビブにある米大使館のエルサレム移転を決めたことを明らかにした。大統領自身が表明する予定だ。

 東エルサレムを首都として国家樹立を目指すパレスチナ自治政府をはじめ、アラブ各国は猛反発している。これに便乗したテロが各地で起きることも懸念される状況だ。

 3宗教(ユダヤ、キリスト、イスラム)の聖地があるエルサレムは1947年の国連総会パレスチナ分割決議で「国際管理地」とされた。

 80年代にイスラエルがエルサレムを「不可分の首都」とした時も、国連安保理はその宣言を無効として撤回を求める決議を採択している。

 さらに、90年代から米国を主な仲介役として始まった中東和平交渉では、エルサレムの最終的地位を当事者の協議によって決めることになっていた。トランプ政権の決定は大きな方針転換であり、中東和平プロセスを崩壊に導く恐れもある。

 米議会は95年、大使館移転を求める法を制定したが、歴代政権は執行を延期してきた。それは、同盟国イスラエルへの配慮と米国の国際的な責任を両立させる知恵とも言えた。

 今、米国が努めるべきなのは和平交渉再開に向けた仲介であり、国際社会が支持する「2国家共存」の枠組みを崩すことではないはずだ。

 エルサレムへの大使館移転はどう見ても筋が通らない。米国への追随も危険だ。中東和平を支援する日本が、現時点で大使館移転は考えていないと表明した点は評価したい。

 米国の決定の背景にはトランプ氏の娘婿でユダヤ教徒のジャレッド・クシュナー氏(大統領上級顧問)の影響が指摘される。ロシアとの癒着疑惑「ロシアゲート」に関する同氏への追及の矛先を鈍らせ、親イスラエルの傾向が強い保守層の歓心を買って政権の人気回復を図る。トランプ氏のそんな思惑も感じられる。

 だが、聖地を政治の道具にしてはならない。紛争の地・中東に新たな火種を投じるのは、米国に不利益をもたらすだけである。

平昌五輪から露選手団除外 厳罰を重大に受け止めよ

 国際オリンピック委員会(IOC)はドーピングの組織的な不正があったとして、ロシア・オリンピック委員会の資格を停止し、来年2月の平昌冬季五輪から同国選手団を除外することを決めた。

 昨年のリオデジャネイロ五輪に際してIOCは、ロシアの組織的不正を認定しなかった。出場資格を各競技団体の決定に委ねて、「弱腰」との批判を受けた。今回、IOCがスポーツの公平性を守るべく厳しい姿勢を示したのは当然だ。

 ロシアは2014年のソチ五輪で、金13個を含む33個のメダルを獲得した。金メダル数も総数も国・地域別でトップだった。

 しかし同年12月にロシア陸上界の組織的なドーピング疑惑が報道されると、昨年7月には世界反ドーピング機関は国ぐるみの不正と認定し、リオ五輪・パラリンピックからのロシア選手の全面排除を勧告した。

 ロシアは一貫して不正を否定してきたが、IOCはソチ五輪に関しても検体の再検査など科学的な証拠を積み上げた。

 IOCが組織的不正があったと認定した事実は重く、公正な競争を阻むドーピングは絶対に許さないという強いメッセージになるだろう。

 ロシアは組織的ドーピング解明を自らの手でも進めるべきだ。否定するだけでは、無条件に五輪に参加できる日は帰って来ない。

 ただ、今回気がかりなのは、IOCがロシアに少なからず配慮した点もうかがえることだ。

 個人資格といいながら、潔白が証明された選手は「ロシアからの五輪選手」という国名が入った特別枠から参加できる。リオ五輪で個人資格で参加した国の選手は「独立参加選手」との扱いを受けた。不公平感はぬぐえない。

 またIOCの裁定には、ロシアが順守すれば平昌五輪の閉会式で資格停止を解除する可能性も盛り込まれている。

 各国からは「スポーツの尊厳を守った」など歓迎の声が相次ぐ。しかし、形を厳しく見せたからといって公正さが担保されたとはいえない。

 IOCは平昌五輪までに計2万件以上の検査を実施するという。違反に厳しく立ち向かい、フェアでクリーンな五輪へと導いてほしい。

(社説)NHK判決 公共放送の使命を常に

 家にテレビがある者はNHKと受信契約を結ばなければならない――。そう定める放送法の規定が「契約の自由」などを保障する憲法に反するかが争われた裁判で、最高裁大法廷は合憲とする判決を言い渡した。

 判断の根底にあるのは、公共放送の重要性に対する認識だ。特定の個人や国の機関などの支配・影響が及ばないようにするため、放送を受信できる者すべてに、広く公平に負担を求める仕組みにしているのは合理的だと、大法廷は結論づけた。

 問題は、判決が説く「公共放送のあるべき姿」と現実との、大きな隔たりである。

 NHK幹部が政治家と面会して意見を聞いた後、戦時下の性暴力を扱った番組内容を改変した事件。「政府が右ということを左というわけにはいかない」に象徴される、権力との緊張感を欠いた籾井(もみい)勝人前会長の言動。過剰演出や経費の着服などの不祥事も一向に絶えない。

 今回の裁判でNHK側は「時の政府や政権におもねることなく不偏不党を貫き、視聴率にとらわれない放送をするには、安定財源を確保する受信料制度が不可欠だ」と主張した。

 近年強まる政治家によるメディアへの介入・攻撃に抗し、この言葉どおりの報道や番組制作を真に実践しているか。職員一人ひとりが自らを省み、足元を点検する必要がある。

 メディアを取りまく環境が激変し、受信料制度に向けられる視線は厳しい。それでも多くの人が支払いに応じているのは、民間放送とは違った立場で、市民の知る権利にこたえ、民主主義の成熟と発展に貢献する放送に期待するからだ。

 思いが裏切られたと人々が考えたとき、制度を支える基盤は崩れる。関係者はその認識を胸に刻まなければならない。

 あわせて、NHKが道を踏み外していないか、政治の側が公共放送の意義をそこなう行いをしていないか、チェックの目を光らせ、おかしな動きにしっかり声をあげるのが、市民・視聴者の務めといえよう。

 最近のNHKは、民放との二元体制で放送を支えてきた歴史を踏まえずに事業の拡大をめざすなど、自らの事情を優先する姿勢に批判が寄せられている。

 今回の受信料裁判を機に、公共放送のあり方について、あらためて社会の関心が集まった。

 これからの時代にNHKが担う役割は何か。組織の規模や業務の内容は適正といえるか。NHKが置き去りにしてきた、こうした根源的な問題について議論を深めていきたい。

(社説)五輪と薬物 ロシアは責任を認めよ

 ロシアの国旗も国歌も締めだされる。来年2月の平昌(ピョンチャン)冬季五輪は「ロシア抜き」という異例の開催になる。

 禁止された薬物を選手に投与する、いわゆるドーピングによるものだ。ロシアの組織的な責任を問い、国際オリンピック委員会(IOC)が決めた。

 この事態を招いた原因はロシア自身にある。政府とロシア・オリンピック委員会などが広範に薬物を使い、隠蔽(いんぺい)していた事実が認定された。

 だがプーチン大統領は「国ぐるみではなかった」と抗弁し、当局の責任を認めていない。薬物汚染の重大さを考えれば、厳罰を科すのは当然だ。

 IOCは、選手団派遣を禁じた一方、潔白が証明された選手については、国旗や国歌なしで五輪に参加する道を残した。

 政府や五輪関連組織のふるまいがどうあれ、何の非もない選手にまで扉を閉ざすのは理不尽と判断したことは理解できる。

 しかしロシア・オリンピック委員会の対応次第で、ロシアの資格停止を閉会式で解く可能性を残したのは納得できない。

 「罰金」などの処分をすべて受け入れる姿勢に転じたとしても、平昌五輪の期間中は、ロシアの組織的な責任を厳しく問う態度を貫くべきではないか。

 ロシアが開いた前回のソチ冬季五輪は、薬物まみれの大会だったことが判明している。ロシアが獲得した33のメダルのうち11個の剥奪(はくだつ)も決まっている。

 その国と組織に対し、手ぬるさを残す処分で臨むようでは、五輪憲章を守るべきIOCの姿勢が問われる。スポーツ界での薬物の蔓延(まんえん)が深刻化している実情を考えればなおさらだ。

 一方、こうした問題を見るにつけ、ロシアの無軌道ぶりがいかに国際社会の不安を高めているか痛感せざるをえない。

 薬物疑惑の発覚後、プーチン氏は、ソチ五輪当時の責任者であるスポーツ相を、更迭ではなく、副首相に昇進させた。先月は「米国が(来年の)ロシア大統領選に向けて問題をつくろうとしている」と言い放った。

 ウクライナやシリアなど、自らが介入している紛争をめぐってもロシアは国際的な批判や調査を拒み、自己利益とメンツを守ろうとする姿勢が目立つ。

 しかし、五輪での処分が示すように、国際ルールの無視を続ける姿勢は結局、ロシア自身の不名誉な孤立を招く。

 懸命に練習を積み、五輪の舞台をめざす選手らのためにも、過ちを率直に認めて責任者を処罰し、国際調査の全面受け入れと透明化を進めるべきだ。

受信料制度合憲 NHKの在り方を考えたい

 全国にあまねく良質の番組を提供する。公共放送の目的が果たされてこそ、受信料に対する国民の理解が得られる。

 最高裁大法廷が、NHKの受信料制度を「合憲」とする初めての判断を示した。

 判決は「憲法が保障する表現の自由の下、国民の知る権利を充足すべく採用された」と、受信料制度の合理性を認めた。受信契約を義務付けた放送法の規定についても、「公平な受信料徴収のために必要だ」と結論付けた。

 国家や特定の個人、団体から財政面での支配や影響を受けないよう、事業運営の財源を受信料に求める。広く公平な負担によって支えられているNHKの特性と、公共放送としての存在意義を踏まえた判決だと言えよう。

 自宅にテレビがある男性が「視聴者の意思に委ねられる」と受信契約を拒否したため、NHKが受信契約を求めて提訴した。

 判決は「NHKがテレビ設置者の理解が得られるよう努め、これに応じて受信契約が結ばれることが望ましい」とも指摘した。

 これをNHKは重く受け止めるべきだ。災害情報など、公共の福祉に資する報道や番組をより充実させることが欠かせない。

 不偏不党で、公正な報道が求められるのは言うまでもない。報道番組での不適切な演出や、偏向した内容が目立つようでは、受信料制度の基盤が崩れる。

 NHKでは、制作費の流用といった不祥事が相次ぎ、受信料の支払い拒否が増えた。3月末時点の支払率は79%だ。未契約は全国で約900万世帯と推計される。

 最高裁は、NHKが未契約者を提訴し、勝訴が確定した段階で契約が成立するとの見解も示した。規約上、テレビを設置した月に遡って支払い義務が発生する。

 NHKにとっては、受信料を徴収しやすくなる。徴収業務の経費を節減する余地も生じよう。

 受信料収入の増大で、NHKの肥大化が今以上に進まないか。経営効率化への取り組みが疎(おろそ)かになることも懸念される。

 NHKは、テレビ番組をインターネットで同時配信する新規事業を2019年度にもスタートさせる方針だ。4K・8Kなど、高画質放送の事業も手がけている。

 事業を野放図に広げれば、民業圧迫につながる。事業拡大に突き進むのではなく、受信料の値下げを検討するのが先決だろう。

 最高裁判決を契機に、公共放送としての在り方を虚心坦懐(たんかい)に見直してもらいたい。

露ドーピング 平昌への参加禁止は不可避だ

 常軌を逸したドーピングの蔓延(まんえん)を考えれば、五輪への参加禁止は当然の措置である。

 国ぐるみのドーピング不正が指摘されるロシアが、来年2月の平昌冬季五輪への出場を禁じられた。

 国際オリンピック委員会(IOC)理事会が決定した。資格停止となったロシア五輪委員会は、選手団派遣ができなくなった。

 スポーツ大国のロシアは、冬季競技でも多数の有力選手を抱える。フィギュアスケート女子の金メダル候補、エフゲニア・メドベージェワ選手らが出場できないとなれば、平昌五輪の競技レベルの低下は避けられない。

 不利益を押して、IOCが参加禁止に踏み切った事実は、ロシアのドーピングがいかに深刻であるか、を物語っている。

 2010年バンクーバー五輪で不振だったロシアは、自国開催の14年ソチ五輪で、メダル数を2倍以上の33個に増やした。

 そのうち、金4個を含む11個のメダルが既に剥奪(はくだつ)された。ドーピングの再検査で違反が相次いで確認されたためだ。25人の選手は五輪から永久追放となった。

 メダル獲得のためには手段を選ばなかった実態がうかがえる。違反が見つかった選手の競技は広範にわたる。組織的なドーピングが競技を問わずに行われていた、とみるのが自然だろう。

 ロシア五輪委は「政府がドーピングを支援したという嫌疑は証明されていない」と、国ぐるみの不正を改めて否定している。

 IOCは、組織的ドーピングが広がった状況に対して、ロシアのスポーツ省などは責任を取る必要がある、と主張している。もっともな見解である。

 薬物を用いて競技力を向上させようというドーピングは、スポーツの根幹であるフェアプレーの精神を冒涜(ぼうとく)する行為だ。

 昨年のリオデジャネイロ夏季五輪で、IOCは多くのロシア選手の参加を容認した。全面拒否した国際パラリンピック委員会との対応の違いが際立ち、弱腰だとの非難を浴びた。今回の決定は、この教訓を生かした結果だろう。

 ドーピングとは無関係だと証明された選手については、五輪旗の下での個人参加の道が残された。クリーンな選手への配慮は必要だ。IOCには、公正かつ厳格な認定が求められる。

 ロシアがドーピングの土壌を一掃しない限り、20年東京五輪でも同じ問題が持ち上がる。IOCは毅然(きぜん)とした姿勢を貫くべきだ。

2017年12月6日水曜日

英とEUは通商協議入り急げ

 英国の欧州連合(EU)離脱条件をめぐり難航が続く交渉に打開の動きが出てきた。英国が離脱時に支払う「清算金」などで譲歩の姿勢を示し、EU側も前向きに受け止めているようだ。

 今月中旬のEU首脳会議で合意に達すれば、英国はEU側と離脱後の通商関係など次の段階の協議を始めることができる。

 交渉に費やせる時間は限られており、これ以上の遅れは問題が多い。離脱を混乱なく実現し、世界経済や企業経営などへの悪影響を抑えるためにも、交渉を前に進める政治決断が必要だ。

 英とEUは交渉の第1段階として6月から、清算金、相互に居住する市民の権利保障、アイルランドと英領北アイルランドの国境管理の3分野を優先協議している。EU側は十分に進展したと認めず、通商関係など第2段階の協議に入ることを拒んできた。

 英国は清算金の額を積み増し、EU側の要求に大きく近づけたもようだ。予定通り2019年春にEUを離脱するには、18年秋ごろまでに離脱条件を固める必要があるとされる。交渉の時間切れを避けるためには譲歩もやむなしと判断したとみられる。

 第2段階の通商関係などをめぐる協議はさらに難航する可能性がある。英側はできるだけ自由度の高い貿易協定を結んでEU市場との関係を維持したい。一方、EU側は、英国が欧州大陸からの移民を規制するのに伴い、EU市場への参入も制限する考えだ。

 英国が離脱後にEUとどんな関係を結ぶかは、英国の将来を左右するだけでなく、欧州で事業展開する企業などに大きな影響を及ぼす。すみやかにEU側と関連の協議を開始し、輪郭をなるべく早く世界に示してもらいたい。

 メイ英首相は政権基盤に不安があり、国内では離脱の方針をめぐる対立が続いている。ようやく前に動き出したこの機会をいかして、交渉を加速するよう求めたい。EU側の柔軟で現実的な姿勢も欠かせない。

生産性を踏まえ賃上げの議論を深めよ

 2018年の春季労使交渉に臨む労働組合と経営側双方の方針が定まってきた。連合は基本給を一律に上げるベースアップ(ベア)と定期昇給を合わせ、月給を4%程度増やすよう要求することを決めた。経団連は月給の3%引き上げを企業に求める方向だ。

 デフレ脱却に向け、消費拡大のカギを握る賃上げは一段と重要になっている。企業の労使は自社の生産性を踏まえながら、賃上げの議論を深めてほしい。

 連合によると17年春の平均賃上げ率は1.98%と、4年ぶりに2%を下回った。消費を喚起して企業の設備投資を活発にし、経済を活性化させるには、起点の賃上げが勢いを増す必要がある。

 企業業績は上場企業の純利益が18年3月期に過去最高になる見通しだ。手元資金は上場企業だけですでに100兆円を上回る。企業が賃上げに意欲的になれる環境にあるといえるだろう。

 そのなかで連合の要求は控えめにみえる。ベア2%、定期昇給を含め4%という数字は15年春の春季交渉から変えていない。

 大手企業と中小企業の賃金格差是正を進めるためだが、企業収益の伸びに応じて賃上げ要求も柔軟に変えるのが本来の姿だろう。業績が好調な企業の労組は積極的な要求をすべきだ。

 経団連は安倍政権の要請を受け入れるかたちで、ベア、定期昇給を合わせて3%という高めの賃上げを企業に呼びかける。だが企業が賃上げで無理をすれば、競争力を損なって翌年以降の賃金上昇が抑えられる心配もある。

 人材や設備への投資など経営資源の配分をうまく判断した企業が成長し、そうでない企業が淘汰されるのが市場経済の強みだ。政府の介入はそうした民間の活力をそぎかねない。

 経営者は自社の生産性に見合った賃上げが例年以上に重要になる。もちろん成長力のついた企業には積極的な賃上げを求めたい。

 来春の労使交渉では、働き方改革で社員の残業代が減った分をどのように補うかという課題もある。生産性が高まれば賞与で還元するなどの方法が考えられよう。

 継続的に賃金を上げるために何より求められるのは企業の生産性の向上だ。企業の労使は春季交渉で、年功色の残る賃金制度の思い切った改革や女性、高齢者の働きやすい環境づくりなど、多面的に議論してもらいたい。

相次ぐ北朝鮮木造船の漂着 無謀な漁に追い込む非道

 北朝鮮からとみられる木造船の漂着や漂流が日本海沿岸で急増している。海上保安庁の統計では、先月は単月として過去最多の28件が確認された。

 北朝鮮をめぐる情勢が緊迫の度合いを強める中での出来事だ。周辺自治体や住民は不気味に感じている。

 能登半島沖に広がる日本海有数の漁場「大和堆(たい)」では昨年から、北朝鮮や中国から来たとみられる漁船の違法操業が多発している。

 漂着した木造船もそうした船であろう。全長10メートル程度の船ばかりで、海岸に漂着した時には枠組みしか残っていないような船が少なくない。

 冬の日本海は大陸から北西風が強く吹いており、波が高い。小型船での航行が難しい季節になっても無理に操業を続けた末、風に押し流されてきたようだ。

 無謀な漁の背景にあるのは何か。

 北朝鮮は沿岸部の漁業権を中国に売却してしまったため、自国漁船が外洋に出ざるをえないとされる。それにもかかわらず金正恩(キムジョンウン)政権は、自給可能なたんぱく源だとして冬場にも漁業に力を入れるよう号令をかけている。

 核開発に対する国連制裁の影響も無視できない。

 石油製品の輸入に支障が出るようになり、粗悪な燃料を使って故障を招いた可能性が指摘される。中国に輸出できなくなった海産物が国内に回って価格下落を引き起こし、漁民を苦しめてもいるようだ。

 どちらにしても、根本的な原因は核・ミサイル開発に起因する北朝鮮の国際的孤立にある。

 金政権は核開発とともに国民生活の向上を主要政策に掲げる。だが実際には、国力を核・ミサイル開発に集中させる政策が国民生活を苦しくし、こうした無謀な漁に追い込んでいるのである。

 木造船が接岸した北海道の無人島、松前小島では小屋にあった家電製品などがなくなっていた。こうした違法行為は厳重に取り締まらなければいけない。

 遭難した漁船は人道的見地から当然に救助する必要がある。ただし、日本海では過去に北朝鮮の工作船が頻繁に出没してきた。不測の事態が起きないよう水際の警備には万全を期してもらいたい。

熊本の子連れ市議論争 議会を変えるきっかけに

 熊本市議会で先月、赤ちゃんを抱いた女性議員が出席を阻止され、全国的な論争に発展した。海外のメディアも、女性の社会進出が遅れた日本での出来事として注目した。

 議員への批判の中には、「わがままだ」「ベビーシッターを雇えば済む」といった声や、「夫は何をしているのか」と責めるものもあった。

 混乱を招かない方法はなかったのか。「パフォーマンス」との批判を呼んだ議員のやり方には疑問も残る。結果的に個人の問題に矮小(わいしょう)化する議論が目立ったのは残念だ。

 しかしながら、それで事の本質を見失ってはならない。最大の問題は、日本に女性政治家があまりにも少ないという現実だ。

 世界で165位という国政(議会下院)レベルはもちろん、地方議会においても、女性議員は全国平均で1割強しかいない。

 あえて想像してみよう。もし議員の半数が女性だったら騒動は起きていたか。子連れ出席を求めた緒方夕佳氏は熊本市議会で初めて在任中に出産した議員というが、そうした事例が当たり前だったらどうか。

 鶏と卵の議論のようだが、議員の出産がまれであるがゆえに制度が整わず、制度が整わないがゆえに女性議員が働きづらいのだ。

 「議員の妊娠は無責任」「税金で議員用に託児所を作るなど論外」といった意見もある。では問いたい。女性議員が少な過ぎることで、自治体、さらに日本全体はどれだけ損失を被ってきただろう。

 少子化、人口減少が深刻化し、ようやく子育て支援が重視されてきた。というのに、肝心の予算を決め、法律を作る場、つまり議会が男性一色では話にならない。過疎や高齢化に悩む地方自治体ならなおさらだ。

 育児も親などの介護も、実は女性議員だけの問題ではない。両立のために何ができるか。できない理由を探す前に、みんなで工夫したい。

 海外には、育児などで議会を欠席する際に代理議員を立てる制度がある。男性議員が有給育児休業を完全に取らないと批判される国もある。

 熊本市議会は近く、議長が緒方議員に厳重注意を行う模様だ。国内外でこれだけ関心を集めたのである。先進的な解決策で称賛される機会を失うのは、実にもったいない。

(社説)無戸籍問題 解消に向け、動き出せ

 生まれた時に出生届が出されず、戸籍がないまま生活している人がいる。夫の暴力から逃げた女性が、新たなパートナーとの間に生まれた子どもの出生届を出せなかったケースなど、さまざまな事情がある。

 背景にあるのが民法の規定だ。「離婚の成立前に妊娠した子は夫の子」「離婚しても300日以内に生まれた子は別れた夫の子と推定する」(772条)。120年前の明治の制定時から変わっていない。

 国が把握している戸籍のない人は700人を超すが、うち約4分の3は民法の適用を避けるため、母親が出生届を出せなかったことが原因だという。無戸籍者は約1万人にのぼるとする民間団体の推計もある。時代にあった法改正など、無戸籍者の解消にむけ、国会や政府は本腰を入れてとりくむべきだ。

 この問題に関連して先日、注目すべき判決が出た。

 生まれた子との父子関係を否定する「嫡出(ちゃくしゅつ)否認」を夫だけに認める民法774条の規定は、法の下の平等を定めた憲法に違反するとして、兵庫県の60代の女性と娘らが国に計220万円の損害賠償を求めていた。

 女性は約30年前、夫の暴力から逃れて別居した。離婚が成立する前に別の男性との間に娘が生まれ、離婚後、この男性を父とする出生届を出したが、民法の規定で受理されなかった。女性には嫡出否認の権利がない。元夫の死後の昨年まで娘と孫は無戸籍のままだった。

 神戸地裁は請求を退けたが、要件を限定して妻に否認権を認めることも「選択肢の一つ」と述べ、こうした補完制度の整備は「国会の立法裁量」と指摘した。夫の暴力から逃れる妻への離婚訴訟支援にも言及した。

 女性の娘はパスポートを作れず、孫には小学校入学前の健康診断の連絡も届かなかった。

 国は2008年と12年に、無戸籍者も市区町村長の判断で住民票に記載できると通知したが、要件が厳しく、抜本的な解決策になっていない。

 法務省は先月、各地の法務局に弁護士会や家裁などとの連携組織をつくって無戸籍問題の解決にとりくむよう指示した。上川陽子法相は「人間の尊厳に関わる重大な問題」と述べた。無戸籍者の把握に努め、深刻な問題という認識を政府内で共有し、不利益を生まないための施策を充実させてほしい。

 国会も基本的人権を脅かす問題だと認識し、実情に沿った法整備への議論を急ぐべきだ。法が差別をうみ、社会生活を制約するなどあってはならない。

(社説)インフル流行 正しい知識で備えよう

 この冬もインフルエンザが全国的な流行期に入った。

 それに先立ち、未成年者を中心にインフルエンザにかかったときに起きることがある異常行動について、厚生労働省が注意を呼びかける通知を出した。

 国の研究班によると、突然走り出すなど重大な事故につながりかねない行動が、昨シーズンだけで53件確認された。通知には、予防策として玄関やすべての部屋の窓のかぎをかけることなどが盛り込まれている。

 医師や薬剤師が患者・家族に確実に伝えるとともに、とりわけ子どものいる家庭は十分に注意を払ってもらいたい。

 現在、治療薬は主に4種類ある。そのうちのひとつ、タミフルを飲んだ中学生の患者が自宅マンションから転落死するなどの事故が十数年前から相次ぎ、大きな社会問題になった。

 因果関係について結論が出ないまま、厚労省は発症から最低2日間は患者を一人にしないよう通知し、10代の患者にはタミフルの処方を原則として控える措置が、今もとられている。関係者は引き続き、薬が異常行動のリスクを高めることはないのか慎重に検証する必要がある。

 留意すべきは、異常行動は薬の種類や服用の有無にかかわらず、報告されているということだ。インフルエンザの症状として誰にでも起こりうると考え、備えなければならない。

 インフルエンザはいわゆる風邪とは違い、高齢者や子どもを中心に重症化することが少なくない。その認識は広く定着した。学校保健安全法の施行規則は、発症した翌日から5日間、かつ熱が下がってからも2日間を「出席停止期間」と定める。多くの職場でも同じような措置がとられている。

 今年は、重症化や発症の予防に一定の効果があるとされるワクチンが、地域や病院によっては入荷しづらい状況になっている。シーズンに向けてワクチン製造用に選んだウイルスでは十分な生産量が確保できないことがわかり、選び直しをして、生産開始が遅れたからだ。

 希望する高齢者や子どもが優先的に接種できるように、自治体や病院は配慮してほしい。ワクチン不足の状態は、今月中旬以降に解消される見通しだというが、厚労省はこれを教訓に再発防止に努めるべきだ。

 いうまでもなく、重要なのは帰宅時や食事前の手洗いなど、ふだんからの予防策の徹底である。せきやくしゃみが出るときにはマスクをつけるなど、周囲への気配りも大切だ。正しい知識で流行期を乗り越えたい。

対「北」原油制限 日米韓は中国に実施を促せ

 北朝鮮の核・ミサイル問題を外交的に解決するには、徹底した制裁で政策転換を迫るほかない。中国の北朝鮮に対する原油供給の制限は、最も有効な手段である。

 北朝鮮が、「米本土全域を攻撃できる」と主張する新型の大陸間弾道ミサイル(ICBM)を発射したことを受けて、トランプ米大統領と中国の習近平国家主席が電話会談した。

 トランプ氏は、「中国が北朝鮮への原油を止めなければいけないところまで来た」と語り、供給停止を要求した。中国の圧力が不十分なことが事態を悪化させている、という認識はもっともだ。

 中国は遼寧省丹東を始点とする全長30キロの地下パイプラインで、年間50万トンの原油を供給する。原油はジェット燃料などに精製され、軍事利用もされている。

 国連安全保障理事会が9月に採択した決議は、北朝鮮へのガソリンなどの輸出に制限を加えたが、原油輸出は「過去1年間の輸出量」を上限とするにとどまった。

 2003年に中国がパイプラインを一時閉鎖した後には、北朝鮮は非核化を巡る対話のテーブルに戻った。核・ミサイル開発に歯止めをかけるため、中国が独自に制裁を強化し、北朝鮮の「生命線」に踏み込むことが欠かせない。

 核・ミサイル開発と米韓合同軍事演習の同時停止を柱とする中露の提案を、北朝鮮は無視した。習氏の特使は、訪朝の成果を上げられなかった。

 融和策が行き詰まっている現実を中国は直視すべきだ。

 北朝鮮が今後、核実験や弾道ミサイル発射を強行した場合、中国が原油供給制限を決断するよう、日米韓は促す必要がある。

 米韓は大規模な合同演習を開始し、航空自衛隊と米軍の戦闘機も日本海上空や沖縄県周辺の空域で共同訓練を行った。日米韓の安全保障協力を強化し、抑止力を高める取り組みが重要である。

 懸念されるのは、米国が腰を据えて北朝鮮との外交を行う態勢が整っていないことだ。

 ティラーソン米国務長官の早期辞任の観測が強まっている。北朝鮮との対話に前向きなティラーソン氏と、否定的なトランプ氏の溝はこれまでも浮き彫りになっていた。東アジア・太平洋担当の国務次官補の不在は看過できない。

 トランプ氏のアジア歴訪でも、国務省の影は薄かった。米政権は早期に混乱を収拾し、外交と軍事を有効に組み合わせた北朝鮮戦略を構築しなければならない。

羽生永世七冠 将棋史に刻む偉業を称えたい

 伝統ある将棋の歴史に深く刻まれる前人未到の偉業を称えたい。

 羽生善治棋聖(47)が竜王戦で、渡辺明竜王(33)を4勝1敗で破り、「永世竜王」の資格を獲得した。同時に、7タイトル全ての永世称号を制する「永世七冠」も達成した。史上初の快挙である。

 永世竜王と永世七冠をかけて竜王位に挑戦したことは、過去2回ある。前途に立ちはだかったのはいずれも渡辺竜王だった。

 特に2008年は勝者が永世竜王となる大一番で、3連勝の後、痛恨の4連敗を喫した。この挫折を乗り越え、因縁の宿敵を相手に「三度目の正直」を果たした。

 羽生新竜王は「記録を達成できて嬉しい。最後のチャンスかもしれない、と臨んだ」と語った。

 今年は、王位、王座の2冠を失い、「羽生の全盛期は過ぎた」との見方も一部にあった。将棋は、実力が如実に反映される、非情な勝負の世界である。逆風をはね返しての快勝は見事だった。

 永世七冠に次ぐのは、故大山康晴十五世名人、中原誠十六世名人の五冠だ。永世称号は、長年に亘わたるトップの実績が条件で、一つでも取った棋士は10人しかいない。驚異的な記録と言うほかない。

 1985年に史上3人目の中学生棋士となり、19歳で初タイトルの竜王を獲得した。91年以降、無冠となった時期はない。96年には史上初めて七冠を独占し、将棋ブームを巻き起こした。

 「羽生マジック」と呼ばれる終盤の逆転力に加え、序盤にも穴はない。どんな戦型も柔軟にこなす。今回の大記録は、「羽生時代」の一つの到達点を示す勲章だ。

 知的好奇心の対象は将棋にとどまらない。チェスでも日本トップの実力を誇る。棋力で人間を超えた人工知能(AI)に強い関心を抱き、今年、著作を刊行した。

 AIは、100年考えても思いつかない手を生み出す時もあるが、絶対的に正しいわけではない。新たなものを生み出す創造性では人間が優れている――。

 過去の取材にこう答えている。その幅広い知性と創造性こそが一流棋士としての存在を支えているのだろう。通算獲得タイトルは99期で、大台まであと一つに迫った。さらなる活躍が期待される。

 今年は、中学生でプロ入りした藤井聡太四段(15)が、デビュー以来29連勝という大記録を樹立し、将棋が再び注目を集めている。

 新旧の天才がタイトルを争う夢の対局を待ち望むファンも多かろう。今後の将棋界が楽しみだ。

2017年12月5日火曜日

ロシア疑惑の解明を妨げるな

 米トランプ政権とロシアとの不明朗な関係をめぐる疑惑は、ホワイトハウスの元高官が起訴され、新たな段階に入った。トランプ大統領自身が疑惑にかかわった可能性も取り沙汰される。米政治の混迷は世界秩序にも負の影響を与える。トランプ氏は疑惑の解明に積極的に協力すべきだ。

 起訴されたのはマイケル・フリン元大統領補佐官だ。昨年12月にロシアの駐米大使と接触したことなどをめぐり、米連邦捜査局(FBI)に虚偽の証言をした容疑がかけられている。

 裁判に先立ち有罪を認めたことから、減刑と引き換えにトランプ氏の関与などを証言するとの観測が出ている。FBIはトランプ氏の娘婿のジャレッド・クシュナー氏がフリン氏に指示をしていたかどうかを重視している。

 トランプ氏は「(フリン氏の)政権移行期の行動は合法だった。何も隠すことはなかった」とツイッターに書き込むなど、疑惑の払拭に懸命だ。

 全容解明にはなお時間がかかりそうだが、より大きな問題はロシア疑惑がトランプ政権のかじ取りを左右しかねないことだ。

 外交・安保政策で内向き志向を強めるとの見方が多いが、米国民の視線を外にそらすため、逆に北朝鮮への軍事行動を急ぐと見る向きもある。

 中東諸国の反対を無視して「イスラエルの首都はエルサレム」と宣言するとの報道がある。これも政策判断というよりは、物議を醸すことでロシア疑惑への関心をそらすためではないか。いずれにせよ、さまざまな重大な決断がその場しのぎのためになされるとしたら恐ろしい。

 米国民は政治スキャンダルについて、事件を起こしたかどうかもさることながら、その後に隠蔽工作をしたかどうかなど潔さを重視する傾向がある。捜査妨害と判断されれば、大統領選でトランプ氏に1票を投じた保守層にも動揺が起きるかもしれない。政権の浮沈にかかわる重大局面である。

企業は物言う株主と正面から向き合え

 世界的にアクティビスト(物言う株主)と呼ばれる投資家が、企業への影響力を一段と強めている。年金基金などからの支持も得て、事業の構造改革や社外取締役の選任など様々な要求を企業に受け入れさせている。

 物言う株主は、日本市場では2000年代初めから本格的に活動を始めた。これまでは主に配当や自社株買いなどの利益還元を求めてきたが、今後は経営の中身に踏み込んだ提案も増えるとみられる。日本企業は様々な提案を出す投資家と正面から向き合い、株式市場に自社の考えを効果的に訴えなければならない。

 日本で物言う株主の存在感を改めて印象づけた最近の事例は、東芝の増資だ。債務超過による上場廃止を避けるために、5日払い込みで6000億円の資本を海外の投資家から調達する。

 これにより東芝の主要株主には多くの海外ファンドが顔を並べる。その中には、韓国サムスン電子の不透明なグループ経営を批判したことで知られるエリオット・マネジメントや、ソニーにリストラを求めたサード・ポイントなど、米国の有力アクティビストが含まれている。

 海外の物言う株主は金融緩和によるカネ余りを背景に巨大化し、運用の一部をアジアにふり向ける姿勢を強めた。東芝の増資引き受けはアジア投資拡大の一環とみることができる。

 米国では大手製造業のゼネラル・エレクトリック(GE)が、大手運用会社トライアン・ファンド・マネジメントからの役員受け入れの要求に応じた。物言う株主に出資する公的年金が役員選任などを支持することが増えたため、提案が通りやすくなっているという背景がある。

 役員受け入れのほか、組織の再編やブランド戦略など、株主からの提案は多様になってきた。企業に環境対策や社会貢献を求める「ESG投資」をかかげる物言う株主もあらわれた。

 日本企業の株主との対話は、目先の配当や自社株買いに集中する傾向があった。しかし、それだけでは様々な要求を出す海外ファンドへの対応として不十分だ。

 経営のためになると思われる意見に耳を傾け、企業価値の破壊につながりそうな提案には反論する。経営陣の姿勢をきちんと市場に伝える体制の構築が、企業には必要となる。

東海第2原発の延長申請 自己保身が主目的の選択

 原発頼みの経営の危うさを示す、自己保身が主目的の延命策だ。

 日本原子力発電(原電)は来年11月で運転開始40年を迎える東海第2原発(茨城県東海村)の運転延長を原子力規制委員会に申請した。

 首都圏唯一の原発で、避難計画の策定が義務づけられた30キロ圏には全国最多の約96万人が暮らす。計画作りは難航している。しかも、約1800億円とされる安全対策費の調達すら、めどが立っていない。

 再稼働や延長申請に踏み切れる状況とは言い難い。原電は出資者である電力会社などとも協議し、経営の抜本的な見直しこそ急ぐべきだ。

 原電は、電力大手9社などの共同出資で設立された原発専業会社だ。東京電力福島第1原発事故後の原発停止で、2012年度以降は発電量がゼロになった。廃炉になったり、活断層の存在が指摘されたりしたことで、再稼働が見込める原発は東海第2しか残されていない。

 だからといって、再稼働や運転延長が安易に許されてはならない。

 「原発40年廃炉の原則」は福島第1原発事故を教訓に導入された。規制委が認めれば最長で20年間延長できるが、あくまで例外的措置とされた。東海第2原発がなくとも、国内の電力需給に大きな影響はない。このままでは40年原則は形骸化する。

 原発が稼働せずとも原電が倒産しないのは、売電契約を結ぶ東電などの電力会社から、設備の維持管理費などとして年間1000億円規模の基本料金を受け取っているからだ。消費者は、知らぬ間に、電気料金としてそのツケを支払っている。

 原電に安全対策費をすべて自力で拠出する財務余力はない。規制委が費用を債務保証する電力会社などの提示を求めているのは当然だ。

 東海第2原発の30キロ圏には県庁所在地の水戸市など14市町村が位置する。原電は、県と東海村に加え、水戸市など周辺5市にも再稼働の了解権を認める方針を示している。避難計画作りに苦慮する自治体が、再稼働に同意するかも見通せない。

 原電は日本初の商業炉だった東海原発の廃炉作業中で、他社に先駆けてノウハウを蓄積している。廃炉専業会社として生き残りを図る方が、将来性も見込めよう。政府もその方向に誘導すべきだ。

核の脅威と核管理体制 唯一の被爆国の正念場だ

 北朝鮮がミサイルを発射した11月29日、広島市で第27回国連軍縮会議が開幕した。核廃絶を掲げつつ北朝鮮の脅威に悩む日本。ミサイル発射は、悩める「唯一の被爆国」の姿を改めて浮き彫りにした。

 「悩み」を構成する別の要素は今年7月、国連で核兵器禁止条約(核禁条約)が賛成多数で採択されたことだ。米国の核の傘に依存する日本や欧州諸国などは賛成しなかった。

 賛成すれば「米国による核兵器の抑止力の正当性を損なう。北朝鮮に誤ったメッセージを送ることになりかねない」(河野太郎外相)。これが今の日本の立場である。

 だが、昨年の広島には当時のオバマ米大統領が歴史的訪問を果たし「核なき世界」への誓いを新たにした。被爆者を含め多くの人が外相発言に疑問を持ち、国内外で日本の立ち位置が厳しく問われている。

 核禁条約に関して日本が核保有国と非保有国の「橋渡し役」になるのは望ましいことだ。だが、2日間の軍縮会議で米政府代表のパネリストが全くいなかったのは気になる。従来は核軍縮担当の国務省高官らが訪日して議論を主導していた。

 英仏の政府代表もおらず、核禁条約に反対する核保有国のかたくなな態度を印象づけた。「橋渡し役」を務めるのは容易ではない。

 反対に、厳しい対日関係の反映のようにこのところ不参加を続けていた中国から2人の代表が出席したのは明るい材料だ。

 国連の担当部局と外務省などが中心となって開いてきた軍縮会議は本来、意義深い会合である。この会議に先立ち、やはり広島で開催された核軍縮に関する「賢人会議」(外務省主催)の提言にも期待したい。

 心配なのは、突っ込んだ議論が軍縮会議であまり見られなかったことだ。核禁条約と核拡散防止条約(NPT)をどのように調和させるか。2015年のNPT再検討会議は決裂に終わったが、次回会議(20年)をいかにして成功に導くか。

 論点は多い。核の脅威と核管理体制の動揺が世界を不安定にしている今、型通りの意見交換ではなく危機打開への真剣な議論が必要だ。今後とも建設的な議論を促して日本の立ち位置を明確にしたい。ここは唯一の被爆国の正念場である。

(社説)パーティー券 「透明化」の流れに背く

 政治家の資金集めパーティーへの資金の出どころが極めて不透明だ。そんな実態が、昨年の政治資金収支報告書の本紙による分析で分かった。

 安倍内閣の閣僚のうち17人が昨年、在任中に計56回パーティーを開き、約7億4千万円の政治資金を集めていた。

 納得できないのはその94%、7億円近くは誰が支払ったのかが不明ということだ。

 56回のうち26回ではパーティー券購入者の記載が一切なかった。菅官房長官は1年で7600万円、稲田元防衛相は2400万円を得たが購入者の公表率はゼロだ。

 こんな不透明がなぜ許されるのか。政治資金規正法が、パーティー1回につき20万円以下の購入者は、個人や企業名を収支報告書に記載しなくてよいと定めているからだ。

 一方、規正法では、寄付については年額5万円を超えれば個人や企業名の記載が義務づけられる。同じ閣僚17人が昨年受けた寄付の総額約5億8千万円のうち、93%は寄付者の名前や住所が公表されている。

 これに対し、パーティー券は購入者が匿名で資金提供しやすいうえ、政治家にとっては、補助金を受けるなど寄付が制限される企業からも調達できる。双方に利点があり、政治団体の収入源の主役になりつつある。

 現状は政治資金の透明化をめざす流れに背く抜け道に、パーティーが使われているようにしか見えない。法の不備である。

 規正法は冒頭、その目的をこう定める。政治活動を「国民の不断の監視と批判の下に」置くことで、「政治活動の公明と公正を確保」する――。

 政治家への資金提供は本来、すべて国民に公開されるべきものだ。少なくとも、パーティー券購入も寄付と同じく、5万円超の場合は収支報告書への掲載を義務づける法改正が必要だ。

 もうひとつ問題なのは、閣僚らに大規模なパーティー開催の「自粛」を求めた大臣規範に反する可能性があることだ。

 強い職務権限を持つ閣僚の政治活動について、透明性と中立性を保つための措置である。

 ところが、安倍首相は3回の朝食会で6800万円、麻生財務相は1回で6360万円を集めていた。これでも「大規模ではない」というのか。

 共産党を除く各党には、年額300億円を超す税金が政党交付金として渡されている。

 政治資金パーティーは与野党を問わず広がっている。透明化に背を向け、税金との二重取りを続ける現状は許し難い。

(社説)新大学入試 考える授業への転換を

 センター試験の後を継ぐ「大学入学共通テスト」の試行調査があり、主な科目の問題例と解答が公表された。今の中学3年生から新制度に移行する。

 注目されるのはマークシートの選択式問題の変わりぶりだ。たとえば歴史は、暗記量よりも史実の背景や意義をきちんと理解しているかを問い、数学も筋道を追って答えを導き出す力を試す内容になっている。

 短文の記述式問題が同時に導入されることとあわせ、思考力を重視する姿勢が鮮明だ。

 基本理念は賛同できる。入試が終わればはがれ落ちてしまう詰め込み勉強よりも、「考えるスタミナ」を養うことに高校時代の3年間を使う。その方がはるかに大学進学後や社会に出てから役に立つからだ。

 ただ、現在のセンター試験よりかなり難しく、成績が二極分化する心配がある。多くの受験生が低い点数の範囲に集中すると、差がつかず、選抜試験として使いにくくなるだろう。

 今回はあくまでも試行で、さらに検討するというが、大学を受験する高校生の大半が参加することが想定されるテストだ。適切な難易度を早く見きわめ、本番により近い問題例を示すようにしてもらいたい。

 授業や教科書のあり方も考え直す必要がある。

 複数の資料を読み比べ、あるいは討論をして、多角的な見方を養う。学んだ内容と実社会のつながりを考える――。今回の問題例からは、そんな勉強をしてきてほしいというメッセージを読みとることができる。

 しかし、現実はどうか。

 試行調査にのぞんだ高校からは、授業とのギャップを指摘する声が多くあがっている。

 見切り発車で新テストの実施時期が決まり、どんな姿になるかが見え始めたのはこの夏以降のため、「準備はこれから」というところが多い。来春には新テスト1期生となる生徒が入学する。国の対応の不手際で生徒にしわ寄せが及ばないよう、対応を急いでほしい。

 歴史や生物の教科書について、学者や教員の団体が「扱う用語が多すぎる」と精選をそれぞれ提言したが、他の教科でも同様の検討が必要ではないか。

 文部科学省は「知識から思考力へ」ではなく「知識も思考力も」だと強調する。ことばで言うのは簡単だが、高校に努力を促すだけでは限界がある。

 小中学校の授業のあり方もふくめ、教育全体の洗い直しを不断に進める。「思考力をつける授業」への転換は、そうした営みの積み重ねのうえにある。

大学プレテスト 課題解決力を適切に測れるか

 思考力や表現力を的確に測るのは、容易ではない。受験生の負担に配慮しながら、問題の内容や構成の検証を尽くすことが大切である。

 大学入試センター試験に代わり、2020年度から実施される大学入学共通テストの試行調査(プレテスト)の結果が公表された。全国の国公私立高校の4割にあたる約1900校で、延べ18万人が参加した。

 出題には、苦心の跡がうかがえる。現行のセンター試験との違いを際立たせようとした結果だろう。教科書で扱われないような複数の資料を読み比べて、自ら考える力や課題を解決する力を問う出題が各教科で目立った。

 世界史、日本史は図表や絵画資料を多用した。化学や生物は実験・観察の過程を重視している。暗記偏重になりがちな高校教育の改善を促す効果が期待できよう。

 国語では、文学的な文章だけではなく、生徒会の規約や学校新聞などの実用的な文章から情報を読み取る問題が登場した。実社会でも役立つ読解力の向上を主眼とした点は理解できる。

 マークシートの選択肢から正解を全て選ばせるなど、従来にない出題方式も物理、数学を中心に導入された。当てずっぽうでは通用しにくく、正答率は低迷した。

 大量の文章を読みこなす必要もあったため、結果として難易度は上昇した。50万人が受ける共通テストには、基礎的能力を測る役割がある。どの程度の難易度が適切なのか、見極めが重要となる。

 国語と数学で導入される記述式問題の採点には、不安が残る。民間業者による採点結果のチェック体制に万全を期したい。

 記述式では、大学への出願の際に行う自己採点の在り方も課題だ。文脈の適切さや誤字脱字を受験生が正確に判断できるのか。

 実践的能力が重視される英語のプレテストは、来年2月に先送りされた。実施方針の決定が遅れ、準備が間に合わなかった。

 国立大学は、英検などの民間試験と共通テストの両方を課す方向で足並みをそろえる。具体的な実施方法は未定だ。受験生の負担を軽減する工夫が求められる。

 共通テストの出題の狙いについて、高校への周知が不可欠だ。移行期に受験生が動揺すれば、塾での対策が過熱する恐れがある。

 来秋には各大学を会場に、本番の形式により近いプレテストが行われる。円滑な移行に向けて課題を洗い出し、改革の理念が生きる試験につなげてもらいたい。

月探査参加へ 日本の宇宙技術を磨く好機だ

 日本人宇宙飛行士が月面に降り立つ足がかりとなるのだろうか。

 米国が計画している月上空の宇宙基地建設構想に、日本も参加を目指すことになった。政府の宇宙政策委員会が、宇宙基本計画の工程表改訂案に方針を盛り込んだ。

 日本人宇宙飛行士による月探査も念頭に、「国際協力による月への着陸探査活動の具体化を図る」との取り組みも明記した。

 可能性に満ちた改訂案だ。宇宙開発に挑む次世代の育成につながる。宇宙先進国の現状を間近に学べるだけに、日本の基礎技術力を高める好機となろう。

 宇宙基地構想で日本が実現すべき分野として、政府は、基地内の空気・水の浄化や月面での掘削技術などを挙げている。

 有人宇宙船の開発などは、実現間近の米国に任せて、構想に不可欠な部分を担う。日本の存在感をアピールする狙いがある。

 宇宙技術を高度化できれば、人工衛星製造やロケットの打ち上げ受注で信頼性が向上して、国際競争力が強まる。素材の開発や遠隔制御技術など、幅広い裾野産業の活性化にも貢献しよう。

 日本の宇宙関連予算は年3000億円前後だ。厳しい財政下で月を目指すには、国際協力による効率的な開発が現実的である。

 構想参加にあたっては、民間の開発力が欠かせない。米国では、政府主導の開発が減っている。ロケットのコストは大幅に下がり、来年には、2社が新たな有人宇宙船の運用を始める。日本も、政府丸抱えの体制を見直す時期だ。

 安全保障の観点からも、月探査での国際協調の意義は大きい。

 ロシアは、2024年までの運用が決まっている国際宇宙ステーション(ISS)に続く基幹プロジェクトとして、月探査を目指している。米露は既に、連携することで合意している。

 トランプ米大統領は先月来日した際、安倍首相と宇宙探査での協力強化で一致した。日米露などが参画するISSに次ぐ国際プロジェクトでも、日本の役割に期待していることの表れだ。

 月探査には、中国やインドなどの新興国も高い関心を寄せ、探査機を送り込んでいる。大きな成果を上げるためには、ISSよりも幅広い国際協力の枠組みを構築することが重要になる。

 日本がホスト国となって、東京で来春、約60か国が参加する国際宇宙探査フォーラムが開催される。国際連携の調整役として、政府の手腕が問われよう。

2017年12月4日月曜日

がんと仕事の両立に工夫を

 政府は第3期がん対策推進基本計画の中で治療、予防と並び、仕事との両立を国を挙げて取り組む課題として正式に位置づけた。現在、年間100万人以上ががんに罹患(りかん)する。その3分の1は生産年齢人口とされる。人手不足の中、十分に働ける社員が辞めれば企業にとって損失だ。

 本人も収入減と治療のための支出増で家計が苦しくなるうえ、生きがいを失う場合もある。国の負担も増える。治療と仕事の両立が進むことはさまざまなプラスを生む。カギを握るのは企業だ。

 がん治療は個人差が大きい。手術だけで終わる人もあれば放射線照射や抗がん剤が必要となる人もいる。勤務時間や休暇取得の柔軟な運用が求められる。介護や育児のため時間単位で休暇を取れる会社が増えている。病気治療にも同様の制度があれば患者は助かる。

 支援制度の整備と並行して進めたいのが、職場風土や意識の改革だ。厚生労働省などの調査では、がんという病気への先入観や職場のコミュニケーション不足も就労継続の壁になっているという。

 近年の生存率の向上を知らず仕事を辞めさせようとする。本人が公表を望まないのに秘密が守られない。薬の副作用による倦怠(けんたい)感が怠慢と判断される。あるいは患者本人が休暇や手当の制度を知らず、活用されない。こうした例も少なくないとされる。

 管理職や人事部門の社員に向けたがん治療に関する研修や、全社員を対象にした休暇制度や手当の周知といった活動に、企業はもう少し力を入れてはどうか。こうした取り組みは、社員が会社や上司と病気について気軽に相談できる雰囲気づくりにも役立つ。

 本人、上司や会社と並び、従業員の健康管理では産業医など医療の専門家が果たす役割も大きい。しかしがんの大半は業務が原因でかかる病気ではないため、産業医全般にがんの知識が不足しているとの指摘もある。がん治療に詳しい産業医や産業看護師の育成も急ぎたい。

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